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眼トキソプラズマ症・トキソカラ症:抗生物質眼注,劇症型の対応など

2012年10月31日 水曜日

特集●ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎:治療の最前線あたらしい眼科29(10):1325~1330,2012特集●ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎:治療の最前線あたらしい眼科29(10):1325~1330,2012眼トキソプラズマ症・トキソカラ症:抗生物質眼注,劇症型の対応などCaseManagementforSevereOcularToxoplasmosisandToxocariasis伊東崇子*はじめにトキソプラズマ症とトキソカラ症は代表的な寄生虫感染であり,ぶどう膜炎全体に占める割合はともに約1.1%である1).トキソプラズマ症では胎児や乳幼児で重篤な網脈絡膜炎をひき起こすことがあり,後天感染においてもときにぶどう膜炎をひき起こし,重篤な視力障害の原因となることがある.また,トキソカラ症でも硝子体混濁や牽引性網膜.離などにより重篤な視力障害を生じることもあり,注意が必要である.本稿では,そのような重症例について症例を提示しながら述べる.Iトキソプラズマ症1.病態ネコを終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)により発症する人畜共通感染症である.先天感染では感染した母体から胎盤を通して胎児に感染し,後天感染は食肉などを通した経口感染が一般的とされるが,感染ルートが特定できない場合がほとんどである.先天感染では多くの場合は脳脊髄炎などの重篤な全身症状を伴わず,両眼底後極部の陳旧性の網脈絡膜瘢痕病巣として偶然発見される.2~3乳頭径大の灰白色~黒褐色調の瘢痕病巣であり,黄斑に及んでいる場合は重篤な視力障害の原因となる.また,主病巣の近傍や,少し離れた場所に小さな色素性瘢痕病巣を伴うことがあり,娘病巣とよばれる.後に再燃することがあり,瘢痕病巣の近くに境界不明瞭な白色の滲出性病変がみられるが,通常数カ月で沈静化し,同様の瘢痕病巣となる.後天感染でも先天感染の再発病巣と同様に,眼底後極部に1~2乳頭径大の白色の滲出性病変を生じ,硝子体混濁や血管炎を伴う.先天感染は両眼に生じることが多いが,後天感染は通常片眼性である.病変は限局性で,赤道部や周辺部に生じることもあるが,瘢痕病巣は患眼および他眼にも存在しない.病巣が黄斑に及んでいる場合,視力予後は不良である.2.検査・診断先天感染では母子両者の血清中の抗トキソプラズマ抗体価を測定し,経過観察中に抗体陰性からの陽転化や,ペア血清における4倍以上の抗体価の増加がみられれば診断意義は高い.後天感染ではIgM(免疫グロブリンM)抗体上昇により初感染を確認できれば診断につながるが,眼局所の感染を証明するためには眼内液(前房水,硝子体液)の抗体率の算出や,PCR(polymerasechainreaction)法でのトキソプラズマDNAの証明が有用である.3.治療原虫そのものに対してマクロライド系抗菌薬であるアセチルスピラマイシン800~1,200mg/日を4~6週間1クールとして投与し,前眼部炎症や硝子体混濁が強い場*TakakoIto:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕伊東崇子:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(9)1325 合はプレドニゾロン内服を0.5mg/kg/日,30mg程度から漸減する.アセチルスピラマイシンに反応していても1クール終了後に病巣の活動性が残存している場合は,もう1クール投与する.副作用として肝機能障害や下痢がある.また,アセチルスピラマイシンに反応が不良の場合や副作用出現時にはクリンダマイシン(ダラシンR)15~20mg/kg分4内服を行う.このような治療に抵抗し,硝子体混濁が遷延したり,黄斑上膜形成,牽引性網膜.離を伴ったりする症例がまれに存在し,硝子体手術が必要になることがある.また,ステロイド薬抵抗性の症例や妊婦,従来の併用療法で効果不十分であった症例に対し,クリンダマイシン1.5mg/0.1mlとデキサメタゾン400μg/0.1mlの硝子体内注射が有効であったという報告がある2).ここで,アセチルスピラマイシンやステロイド薬抵抗性であり,硝子体手術とクリンダマイシンの全身投与や硝子体内注射によって炎症コントロールできた症例について述べる.〔症例〕(図1~4)患者:60歳,男性.主訴:左眼霧視,視力低下.既往歴・家族歴:幼少時に外傷にて右眼失明,高血圧症,高脂血症,B型肝炎.生活歴:特記事項なし.図1トキソプラズマ症:再々発時の前眼部写真強い豚脂様角膜後面沈着物を認める.現病歴:1週間前から左眼霧視を自覚し,近医受診.左眼虹彩炎や硝子体混濁を認め,九州大学病院眼科紹介受診.初診時所見:視力は右眼光覚なし,左眼(0.3),眼圧は右眼測定不能,左眼12mmHgであった.左眼微塵状角膜後面沈着物,前房にcell(+),硝子体混濁(+),眼底外下方に白色病巣,視神経乳頭発赤,血管炎を認め図2トキソプラズマ症:再々発時の眼底写真硝子体混濁と,外上方と下方に白色滲出斑を認める.図3図2より20日後の眼底写真滲出斑がほぼ全周に拡大し,後極部への拡大傾向も認め,急性網膜壊死が疑われた.1326あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(10) ….x20図4トキソプラズマ症:網膜生検の病理組織写真好塩基性に染まる多数の原虫を含んだ卵形.胞(黄矢印)と遊離したトキソプラズマ原虫と考えられる構造物(赤矢印)を認めた.た.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では初期は病変周囲がやや過蛍光,中央が低蛍光であり,後期は病変全体が過蛍光であった.また,左眼視神経乳頭の過蛍光や血管炎を認めた.全身検査所見:血清抗トキソプラズマ抗体価2,048倍以上(基準値160未満)と上昇を認めた.内因性ぶどう膜炎や,その他の感染症を疑う所見は認めなかった.経過:トキソプラズマ症疑いの診断で,アセチルスピラマイシン1,200mg内服とデカドロン6mgからの全身投与を開始し,またトリアムシノロンアセトニド後部Tenon.下注射(subtenontriamcinoloneacetonideinjec-tion:STTA)40mgを施行した.硝子体混濁は軽快し,2クール終了後にアセチルスピラマイシンを中止し,4カ月半後にはプレドニゾロン内服を中止した.しかし,その3カ月後に炎症が再燃し,再度STTA40mgを施行した.その後も網膜滲出斑や硝子体混濁は残存し,5カ月後に3回目のSTTA40mgを施行し,アセチルスピラマイシン1,200mg内服を再開した.血清抗トキソプラズマ抗体価が10,240倍と再上昇を認め,硝子体混濁が増強し,発症から1年1カ月後に左眼硝子体手術を施行した.術後視力(1.0)と改善した.術後2カ月目に再々発し,4回目のSTTA40mgを施行した.しかし,その1カ月後に強い前眼部炎症を認(11)め,左眼眼圧30mmHgと上昇し,プレドニゾロン30mg内服開始.前房水PCRにてトキソプラズマDNA陽性であった.アセチルスピラマイシン抵抗性の症例であり,硝子体混濁が増強し,網膜外上方と下方に滲出斑が出現したため急性網膜壊死も疑いゾビラックスR点滴投与を行ったが,滲出斑の後極への拡大傾向を認め,クリンダマイシン灌流下で硝子体手術および,確定診断のため硝子体採取ならびに網膜生検を施行した.検体は外上方の滲出斑にVランスで切開を入れ,内境界膜(ILM)鑷子にて採取した.網膜組織はトキソプラズマ症に矛盾しない結果であり,硝子体液PCRにてトキソプラズマDNAを認め,単純ヘルペスウイルス(HSV)および水痘帯状ヘルペスウイルス(VZV)-DNAは認めなかった.術後にクリンダマイシン1,200mgを点滴投与し,プレドニゾロン30mg内服より漸減し,軽快した.術後1カ月でクリンダマイシン点滴を中止し,クリンダマイシン硝子体内注射1mgを施行した.術後2カ月目に前眼部炎症や網膜滲出斑の増大がみられたため,クリンダマイシン900mg内服を再開し,2回目のクリンダマイシン硝子体内注射1mgと5回目のSTTA40mgを施行した.炎症は徐々に消退し,術後3カ月でクリンダマイシン450mgへ漸減し,術後5カ月に150mgへ漸減し,プレドニゾロンを中止した.その後,炎症がやや再燃したため,クリンダマイシン450mgへ増量して半年維持し,300mgと150mgをそれぞれ1年維持し,中止した.その後,再燃は認めておらず,視力は(0.5)である.IIトキソカラ症1.病態イヌ回虫(Toxocaracanis)やネコ回虫(Toxocaracati)の幼虫移行症であり,イヌやネコとの直接接触や,感染したウシやブタ,トリなどの生肉や肝臓の生食などから感染する.通常片眼性であり,1)眼内炎型,2)後極部腫瘤型,3)周辺部腫瘤型,4)非定型型の4型に分類される3).1)眼内炎型(約10%弱):10歳以下の幼小児に多く,初期には前部ぶどう膜炎がみられ,強い硝子体混濁が特徴であり,網膜.離や血管新生緑内障を生じることもあたらしい眼科Vol.29,No.10,20121327 ある.2)後極部腫瘤型(20~30%):6~14歳に多く,20歳以上でもみられる.黄斑部や乳頭周囲に境界不鮮明な白色肉芽腫性病巣を認め,急性期を過ぎると瘢痕化して硝子体索状物による牽引性網膜.離を生じることもある.3)周辺部腫瘤型(60~70%):成人に多く,眼底周辺部に白色隆起性病巣やびまん性の硝子体混濁を認め,後極部腫瘤型と同様の経過を生じることがある.4)非定型型:上記のいずれにも分類されないもの.2.診断ペット飼育歴や生食歴の問診が重要であり,確定診断にはELISA(enzyme-linkedimmunosorbentassay)法やトキソカラ抗体測定キット(ToxocaraCHEKR)などで血清だけでなく,眼内液(前房水,硝子体液)の虫体に対する特異的抗体を測定する.3.治療プレドニゾロン内服0.5mg/kg/日からの漸減が原則であり,駆除剤であるジエチルカルバマジン(スパトニンR)100mg/日を併用する.内科的治療を行っても炎症が遷延し,硝子体混濁が強い症例や,牽引性網膜.離が進行した症例などは硝子体手術の適応となる.また,牽引性網膜.離の予防や病巣の瘢痕化の促進,炎症の沈静化のために網膜光凝固を施行することがある.ここで,発症7年後に硝子体混濁が増強し,硝子体手術に至った症例について述べる.〔症例〕(図5~9)患者:21歳,男性.主訴:左眼痛,充血.既往歴・家族歴:14歳時に左眼ぶどう膜炎で入院加療.生活歴:1カ月半前にレバ刺し食.現病歴:2日前から左眼痛や充血を自覚し,近医受診.左眼虹彩炎や硝子体混濁,瘢痕病巣を認め,九州大学病院眼科紹介受診.初診時所見:視力は右眼(1.2),左眼(0.7),眼圧は1328あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012図5トキソカラ症:初診時の眼底写真強い硝子体混濁を認める.図6トキソカラ症:初診時の周辺部眼底写真内下方に瘢痕病巣を認める.右眼13mmHg,左眼12mmHgであった.左眼微塵状角膜後面沈着物,前房にcell(++),硝子体混濁(++),眼底内下方に瘢痕病巣,血管炎を認めた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では左眼視神経乳頭の過蛍光や病巣周囲からの蛍光漏出,血管炎を認めた.検査所見:血清,左眼前房水抗トキソカラ抗体価上昇を認めた.経過:1週間後に左眼硝子体混濁が増強し,STTA(12) ab図7トキソカラ症:初診時蛍光眼底造影写真視神経乳頭の過蛍光(a)や病巣周囲からの蛍光漏出(b),血管炎(c)を認める.40mgを施行し,ジエチルカルバマジン100mg内服を開始した.しかし,2週間後に左眼前房cell(+++)と悪化し,硝子体混濁の改善もみられなかったため,プレドニゾロン30mg内服を開始した.開始後も硝子体混濁が増強し,左眼視力(0.02)と低下を認め,2週間後に(13)図8トキソカラ症:術前のBモードエコー写真網膜全.離を認める.図9トキソカラ症:再発時の眼底写真網膜.離を認める.は左眼視力手動弁となり,Bモードエコーにて網膜全.離を認めた.硝子体手術を施行し,内下方の瘢痕病巣の辺縁に裂孔を認めた.術後に網膜光凝固を追加し,炎症は一旦落ち着いたが,術後3週間に網膜再.離を認め,2回目の硝子体手術,輪状締結術を施行し,シリコーンオイルを注入した.その後,経過良好であり,3カ月後にシリコーンオイル抜去術を施行した.退院時視力は(0.2)であった.あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121329 おわりにトキソプラズマ症ではアセチルスピラマイシンやステロイド薬に治療抵抗性の症例,トキソカラ症では長期にわたり炎症が沈静化していたにもかかわらず突然炎症が増悪し,硝子体手術を要した症例について述べた.このような症例はまれであるが,遭遇する可能性があることをお伝えできれば幸いである.文献1)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOphthalmol51:41-44,20072)LasaveAF,Diaz-LiopisM,MuccioliCetal:Intravitrealclindamycinanddexamethasoneforzone1toxoplasmicretinochoroiditisattwenty-fourmonths.Ophthalmology117:1831-1838,20103)WilkinsonCP,WelchRB:Intraoculartoxocara.AmJOphthalmol71:921-930,19711330あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(14)

ウイルス性虹彩毛様体炎

2012年10月31日 水曜日

特集●ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎:治療の最前線あたらしい眼科29(10):1319.1324,2012特集●ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎:治療の最前線あたらしい眼科29(10):1319.1324,2012ウイルス性虹彩毛様体炎ViralIridocyclitis蕪城俊克*大友一義*はじめにステロイド薬治療に抵抗する難治性のぶどう膜炎をみたとき,感染性ぶどう膜炎の可能性を考える必要がある.感染性ぶどう膜炎には,細菌性(結核,梅毒などを含む),真菌性,原虫,ウイルス性などがある.そのなかでも,ウイルス性虹彩毛様体炎は最も日常的に遭遇する感染性ぶどう膜炎であり,注意が必要である.ウイルス性虹彩毛様体炎の原因ウイルスとしては,ヒトヘルペスウイルス科に属するウイルスが最も重要であり,1型から8型までが知られている(表1).そのうち,単純ヘルペスウイルス1型(herpessimplexvirus-type1:HSV-1),2型(HSV-2)と水痘帯状ヘルペスウイルス(varicellazostervirus:VZV)は,虹彩毛様体炎(以下,虹彩炎)や汎ぶどう膜炎(急性網膜壊死)の原因となる.近年,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)も,以前から知られていたCMV網膜炎のみならず,虹彩炎の原因にもなることが明らかとなった1).また,Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎と診断されていた症例は,rubellaウイルス(風疹の原因ウイルス)やCMVが原因であることが多いことが明らかとなってきている2).ヒトTリンパ球向性ウイルス(humanTlymphotropicvirus:HTLV)-I関連ぶどう膜炎は汎ぶどう膜炎であることが多いが,まれに前部ぶどう膜炎だけの症例もある.このほかにも,mumpsウイルス(流行性耳下腺炎の原因ウイルス)3),ヒトヘルペスウイルス(humanherpesvirus:HHV)-7,HHV-8,ヒトparechoウイルス,デング熱ウイルスなどが,虹彩毛様体炎,角膜ぶどう膜炎,あるいは角膜内皮炎の原因となる可能性が報告されている.しかし,これらの症例報告の数は少なく,まだぶどう膜炎の病因としては確立していない.わが国ではparechoウイルス,デング熱ウイルスによるぶどう膜炎症例の報告はない.本稿では,最近の報告も含めて現在までにわかっているウイルス性虹彩毛様体炎について述べる.表1ヒトヘルペスウイルス科に属するウイルス名称略称潜伏部位関連する疾患単純ヘルペスウイルス1型HSV-1三叉神経節など口唇ヘルペス,角膜炎,虹彩炎単純ヘルペスウイルス2型HSV-2仙髄神経節など外陰部ヘルペス,虹彩炎,網膜炎水痘帯状ヘルペスウイルスVZV脊椎後髄神経節など水痘,帯状疱疹,虹彩炎,網膜炎サイトメガロウイルスCMVリンパ球などサイトメガロウイルス網膜炎,肺炎,肝炎,脳炎Epstein-BarrウイルスEBV外分泌腺など伝染性単核症,上顎癌,Barkittリンパ腫,Sjogren症候群ヒトヘルペスウイルス6型HHV-6CD4陽性T細胞など突発性発疹ヒトヘルペスウイルス7型HHV-7CD4陽性T細胞など突発性発疹ヒトヘルペスウイルス8型HHV-8Kaposi肉腫*ToshikatsuKaburaki&KazuyoshiOtomo:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕蕪城俊克:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)1319 IHSVおよびVZV虹彩炎ヘルペスウイルスによる角膜炎,ぶどう膜炎,眼瞼炎などの眼部ヘルペスは,一度感染したHSVあるいはVZVが,眼の知覚神経節である三叉神経節に潜伏感染し,その再活性化が三叉神経節第1枝領域(眼瞼皮膚,角膜,結膜,強膜,虹彩毛様体,網膜)に起きることで発症する.HSV,VZVの初感染は若年成人期までに8.9割の人で起きる.HSVの初感染の多くは不顕性感染であるのに対し,VZVでは全身性の水疱性皮疹(水痘)を生じる.ウイルスの再活性化は,発熱,感冒,ストレス,老齢,免疫力の低下などが誘因となることが多い.HSVよりもVZVのほうが一度に多くの神経束に再発するため,VZV虹彩炎のほうが眼瞼炎などの随伴症状を伴いやすい.虹彩炎は通常片眼性で,充血,羞明,眼痛,霧視を訴え,前房内炎症は急性期には高度なことが多い.HSV虹彩炎は,急性期には豚脂様の角膜後面沈着物(keraticprecipitate:KP,図1)がみられ,角膜混濁や浮腫,眼圧上昇を伴うことも多い.上皮型角膜ヘルペス(樹枝状潰瘍)や眼瞼の水疱性皮疹を伴うこともある.鎮静期には小円形の虹彩萎縮を残すことがある.それに対し,VZV虹彩炎は眼部帯状疱疹(herpeszosterophthalmicus)に引き続いて起きる場合が多いが,皮疹を伴わない場合もある(zostersineherpete).眼部帯状疱疹の約1/3にVZV虹彩炎を合併する.鼻根部に皮疹がみられる場合は虹彩炎を起こしやすい(Hutchinsonの法則).虹彩炎は肉芽腫性で,急性期には豚脂様KP(図2)がみられ,眼圧上昇を伴うことが多い.時間経過とともに虹彩色素を伴った茶色のKPとなる.虹彩後癒着や前房蓄膿をきたすことがある.VZV虹彩炎の鎮静期には,扇形あるいは広範囲にくっきりとした虹彩萎縮を残すことが多く,瞳孔不整をきたすこともある.VZVによる虹彩炎はHSV虹彩炎よりも眼圧コントロールが不良となりやすいとの報告がある.臨床所見からヘルペス性虹彩炎を疑った場合,確定診断のための検査として,前房水を採取して,①PCR(polymerasechainreaction)法でHSVまたはVZVDNAが陽性,または②血清と前房水(または硝子体液)におけるウイルス抗体価を蛍光抗体法(FA)で測定して,下記の計算式で抗体価率(Q値)が6以上,であれば該当ウイルスを病因と判断する.抗体価率(Q値)=(眼内液ウイルス抗体価÷眼内液中の総IgG濃度)(血清ウイルス抗体価÷血清中の総IgG濃度)前者は発症早期(1カ月以内)で陽性率が高く,後者は発症後1カ月以上経ってから陽性率が高まるとされている.ステロイド薬点眼だけでは虹彩炎が遷延する症例図1HSV虹彩炎高度の前房内炎症,毛様充血とともに白色で豚脂様から微塵状まで大小の角膜後面沈着物を認める.図2VZV虹彩炎の角膜後面沈着物前房内炎症,毛様充血とともに豚脂様角膜後面沈着物が下方を中心にみられる.1320あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(4) で,アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏を併用すると虹彩炎が消退するような症例はヘルペス性虹彩炎が疑わしい(治療的診断).治療は,抗ウイルス薬とステロイド薬点眼,散瞳薬の点眼を併用する.アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏1日5回,ベタメタゾン(0.1%リンデロンR)点眼1日5回,トロピカミド(ミドリンPR)点眼1日3回を1.2週間行い,前房内の消炎を確認しながら徐々に減量・中止するのが基本である.僚眼が視力不良のために眼軟膏を使いづらい症例では,眼軟膏の代わりに内服治療を行う.HSVが原因と考えられる症例では,バラシクロビル〔バルトレックスR(500mg)〕内服2錠分2を5日間,VZVが原因と考えられる症例では6錠分3を1週間程度投与する.本症では虹彩炎の再発を繰り返す症例がしばしばある.繰り返しヘルペス眼症(虹彩炎,角膜ヘルペス,眼瞼炎を含む)を再発する症例には,アシクロビル〔ゾビラックスR(400mg)〕1日2錠内服あるいはバラシクロビル(500mg)1日1錠内服の継続が再発予防に有効であった,との報告がある4).本症は,通常眼底には炎症病変を及ぼさないので視力予後は良好であるが,再発を繰り返す症例では続発緑内障や併発白内障,角膜混濁や角膜内皮不全などにより視力障害を残す可能性がある.IICMV虹彩炎CMVは80.90%の人が小児期に不顕感染し,生体内で持続感染している.そしてエイズや抗癌剤の使用,免疫抑制剤の使用などで免疫不全となった際に,網膜,肺,肝臓,副腎,脳などで再活性し,CMV感染症をひき起こす.CMV網膜症が健常人で発症した報告は散見されるものの,CMVは健常人には感染症をほとんど発症しないものと最近まで信じられてきた.ところが近年,免疫不全のない健常人の虹彩炎や角膜内皮炎の患者の前房水から定量的PCRで有意な量のCMV-DNAが検出される症例が報告され1),CMVが健常人で虹彩炎や角膜内皮炎の原因となることが広く認められるようになってきている.CMV虹彩炎はそれまでPosner-Schlossman症候群あるいはFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎と診断されてい(5)た患者に多い.Cheeらは眼圧上昇を伴う前部ぶどう膜炎105眼の前房水を採取してPCR検査を行ったところ,24眼(22.8%)でCMV-DNAが陽性になり,それらのうち18眼(75%)は臨床的にPosner-Schlossman症候群,5眼(20.8%)はFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎,1眼はヘルペス性虹彩炎疑いと診断された,と報告している1).CMV虹彩炎の臨床的特徴としては,①片眼性が多い(23例中22例,96%),②慢性または再発性の虹彩毛様体炎,③豚脂様,小型または星型の角膜後面沈着物(100%),④眼圧上昇を伴う(平均最高眼圧43.5mmHg),⑤再発歴100%(23例中23例),⑥虹彩萎縮を50%(24例中12例)に認める,⑦角膜内皮炎の合併29%(7例中2例),⑧角膜内皮細胞密度が減少している症例が多い,などがあげられる.眼所見からPosner-Schlossman症候群と診断されていた症例の約半数がCMV虹彩炎である可能性が推測されている5).CMV虹彩炎は,HSVやVZVによる虹彩炎と比べて前房内炎症所見が軽度なことが多く,炎症が強くても前房内cellは2+以下であることが多い.結膜充血も軽度である.0.1%ベタメタゾン点眼(リンデロンR)の使用により前房内細胞は消失することが多いが,弱い炎症が遷延することもある.また,0.1%ベタメタゾン点眼を中止する,あるいはフルオロメトロン(フルメトロンR)点眼に弱めると前房内炎症や白色KPが再発し,眼圧も上昇するという経過をとる症例が多い.KPには特徴があり,炎症の再燃時には白色(あるいは透明色)の豚脂様または小型KPがみられる.KPには樹枝状の突起(図3)がみられることも多く,星型KPとよばれ,感染性ぶどう膜炎を疑う所見とされている.前房内炎症の消退期には,茶色の色素性KPを残すことも多い.ステロイド薬点眼中に上皮型角膜ヘルペスに類似した樹枝状潰瘍を呈することがある.CMV虹彩炎の経過中に,角膜内皮炎を認めることがある.CMV虹彩炎とCMV角膜内皮炎は,炎症の首座の違いであり,同一疾患の経過中の別の時期を診ているのであろうと推測されている.角膜内皮炎は,限局性の角膜実質および上皮浮腫と,その部位に一致した白色小型のKPで,典型例では角膜実質内には炎症所見はみられない.軽度の前房内炎症を伴うことが多い.ステロイあたらしい眼科Vol.29,No.10,20121321 図3CMV虹彩炎にみられた樹枝状の角膜後面沈着物角膜後面沈着物(KP)に樹枝状の突起がみられ(星形KP),感染性ぶどう膜炎を疑う.ド薬点眼のみで様子をみたり無治療で放置すると角膜新生血管の進入や角膜混濁,さらに角膜内皮細胞傷害が進行して角膜内皮機能不全をひき起こしうるので注意する必要がある.白色小型KPが円形に配列するcoinlesion(図4)7)はCMV角膜内皮炎で特徴的な所見であるとされており,CMV角膜内皮炎の約半数でみられる.CMV虹彩炎および角膜内皮炎の診断には,前房内炎症や新鮮な白色KP,あるいは限局性角膜浮腫やcoinlesionがみられる日に前房水を採取し,PCR検査を施行する.また,定量的PCR法であるreal-timePCRを用いることで前房水中のウイルスのコピー数(/μl)がわかれば,より病原性が確実となる.片眼性に虹彩炎を繰り返す症例で,僚眼と比べ角膜内皮細胞密度が明らかに減少している症例では本症の可能性を考える必要がある.CMV虹彩炎の治療は十分に確立されていない.保険適用はないが,CMV網膜炎に準じた抗CMVウイルス薬(ガンシクロビル,デノシンR)の投与とステロイド薬点眼の併用がよいと考えられている.Cheeらはバルガンシクロビル(ガンシクロビルのプロドラッグで内服で投与可能)内服(導入療法として1,800mg分2を6週間,および維持療法として900mg分2を6週間)またはガンシクロビル硝子体注射(2mg/0.1mlを週1回,3カ月間)を行っている1).また,KoizumiらはCMV1322あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012図4CMV虹彩炎にみられたcoinlesion角膜移植後にCMV虹彩炎と判明した症例で,虹彩炎の再燃時にcoinlesionがみられ,角膜内皮炎の合併が疑われた.角膜内皮炎に対してガンシクロビル全身治療(10mg/kg/dayを7日間)に加えて維持療法として0.5%ガンシクロビル点眼液1日4.8回点眼を併用している6).通常これらの抗ウイルス治療により前房内炎症や眼圧上昇の速やかな消退が得られるが,中止すると虹彩炎が再発しやすいのが問題点である2).0.5%(あるいは1%)ガンシクロビル点眼が再発予防に有効な可能性があり,試みられている.本症のおもな続発症・合併症として,併発白内障,続発緑内障,角膜内皮不全がある.角膜内皮細胞密度は僚眼と比べ高度に減少している症例が多く,経過中に角膜内皮炎を併発している可能性が考えられる.また,続発緑内障は虹彩炎の遷延により緑内障手術が効きにくいことが多く,繰り返す緑内障手術や白内障手術のために角膜内皮細胞密度がさらに減少するというジレンマがある.角膜内皮不全となり角膜移植を施行しても,虹彩炎が遷延するためgraftfailureになりやすい.本症の長期予後についてのまとまった報告はないが,緑内障や角膜内皮障害のために高度の視力障害や視野障害をきたす症例がときどき経験される.IIIFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎は,通常片眼性の軽度の虹彩毛様体炎,白内障,虹彩異色を3主徴とする疾患(6) 図5Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎の虹彩異色びまん性の虹彩色素の脱出および白内障を認める.である.20%の症例で眼圧上昇を伴い,その際にはPosner-Schlossman症候群と類似して,鑑別がむずかしいことがあるが,Posner-Schlossman症候群ほど急峻な眼圧上昇ではなく,慢性的な上昇であることが多い.虹彩異色とは両眼で虹彩の色調が異なることを指すが,有色人種では不明瞭で,びまん性の虹彩表面の萎縮と考えたほうがよい(図5).前房内炎症は軽度で,KPは白色小.中型で数は少なく,角膜後面全体に上方まで分布することが多い(図6).虹彩後癒着は起こさない.前房穿刺時に出血することがある(Amslersign).白内障は後.下白内障であることが多い.硝子体混濁をしばしば伴う.KPは白色,小.中型で数が少なく,角膜後面全体に上方まで分布することが多い.近年,Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎患者の前房水では,風疹ウイルスDNAのPCR検査が陽性であったり,風疹ウイルスの抗体価率が高値である症例が多いことが明らかとなり,この疾患の発症に風疹ウイルスが関与している可能性が考えられている2).deVisserらは,前房水PCR検査または抗体価率で風疹ウイルスが陽性であった30症例について臨床像を検討したところ,小型のKP,虹彩異色,白内障,虹彩後癒着なしの4項目のすべてを満たす症例が10例(33%),3つを満たす症例が13例(43%),2つを満たす症例が7例(23%)であり,従来からいわれているFuchs虹彩異色性虹彩毛様(7)図6Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎の角膜後面沈着物角膜後面沈着物は白色小型で,角膜後面全体に散在性に上方まで分布することが多い.体炎の臨床像とよく合致するものであったと報告している7).一方,Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎症例のなかに,前房水PCR検査でCMVのDNAが陽性となる症例もあることが報告されている.Cheeらは,臨床的にFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎と診断された36眼のうち,前房水PCR検査で15眼がCMV-DNAが陽性であったと報告している4).このように眼所見上Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎と考えられる症例には,風疹ウイルスやCMVが病因として関与している症例が多いことが推測されている.風疹ウイルスに対する抗ウイルス薬は現在のところなく,ステロイド薬点眼を行っても前房内には弱い炎症や白色のKPが持続して,炎症は完全に消退しないことが多い.したがって本症に対しては無治療で様子をみるのが基本である.一方,前房水のPCR検査でCMV-DNAが陽性となった症例については,前記のごとくCMV虹彩炎として治療することが望まれる.本症の視力予後は一般に良好であり,白内障が進行すれば白内障手術を行う.慢性の虹彩炎がみられても内眼手術を行って問題はない.IVその他のウイルス性虹彩炎HTLV-I関連ぶどう膜炎はサルコイドーシスに類似あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121323 した硝子体混濁や網膜血管炎がみられることが多いが,まれに前眼部だけのぶどう膜炎がみられることがある.軽度の虹彩毛様体炎,白色小型のKP,隅角結節がみられることが多い.通常,ステロイド薬点眼や局所注射が著効する.また,非常にまれであるが,mumpsウイルスによる角膜ぶどう膜炎,角膜内皮炎の報告がある3).Mumpsウイルスによる角膜内皮炎は,流行性耳下腺炎の罹患後3.10日ごろに,充血,羞明,眼痛,急激な視力低下をきたして発症する.通常片眼性で,虹彩炎とともに高度な角膜実質浮腫,混濁がみられる.虹彩炎は軽度なことが多い.角膜浮腫は数日で減少して,Descemet膜皺襞を伴った水疱性角膜症の所見となる.2.3週間で角膜は透明化するが,内皮細胞数は著明な減少がみられる.診断はmumpsウイルスの感染症状(耳下腺の腫脹,発熱,麻疹)に加え,前房水PCR検査でのウイルスDNAの証明が確定診断となる.Mumpsウイルスに対する抗ウイルス薬は存在しないため,対症療法としてステロイド薬点眼,抗生物質点眼を行う.近年,軽度の虹彩炎を伴う角膜内皮炎の症例で,前房水の定量的PCR検査によりHHV-7やHHV-8のウイルスDNAが検出された,との報告がある.文献1)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Clinicalfeaturesofcytomegalovirusanterioruveitisinimmunocompetentpatients.AmJOphthalmol145:834-840,20082)QuentinCD,ReiberH:Fuchsheterochromiccyclitis:rubellavirusantibodiesandgenomeinaqueoushumor.AmJOphthalmol138:46-54,20043)OnalS,TokerE:Arareocularcomplicationofmumps:kerato-uveitis.OculImmunolInflamm13:395-397,20054)MiserocchiE,ModoratiG,GalliLetal:Efficacyofvalacyclovirvsacyclovirforthepreventionofrecurrentherpessimplexviruseyedisease:apilotstudy.AmJOphthalmol144:547-551,20075)CheeSP,JapA:PresumedFuchsheterochromiciridocyclitisandPosner-Schlossmansyndrome:comparisonofcytomegalovirus-positiveandnegativeeyes.AmJOphthalmol146:883-889,20086)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20087)deVisserL,BraakenburgA,RothovaAetal:Rubellavirus-associateduveitis:clinicalmanifestationsandvisualprognosis.AmJOphthalmol146:292-297,20081324あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(8)

序説:ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎の見極め

2012年10月31日 水曜日

●序説あたらしい眼科29(10):1317.1318,2012●序説あたらしい眼科29(10):1317.1318,2012ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎の見極めDiagnosingofSteroid-ResistantUveitis園田康平*ぶどう膜は眼球内で唯一豊富な血流を有する部位である.単位体積あたりの血管が多く,さまざまな全身血管病に伴う眼炎症の起炎部位になりやすい.ぶどう膜炎といっても単にぶどう膜の炎症のみを指すのではなく,眼球内炎症の総称である.ゆえに,最近は広く眼全体の炎症状態を代表する呼び名として国際的にはぶどう膜炎のことを「内眼炎(intraocularinflammation)」と呼ぶ.ぶどう膜炎は大きく自己免疫病などの内因性のものと,感染症などの外因性のものに分類できる.大切なことは,ぶどう膜炎は単一の疾患ではなく,種々の原因疾患によって生じるため,複数の鑑別診断のなかから診断を絞り込んでいく作業が必要であるということであろう.眼科疾患は「見てすぐに判る」場合が多いが,ぶどう膜炎については1.2回の診察で診断がつくことはむしろ少なく,「何回か診察するうちに検査結果が出そろって,それらを踏まえていくつかの鑑別診断をあげ,そのなかから確定診断を行う」といった地道な過程が必要である.ぶどう膜炎治療で最も使用頻度が高く,かつ頼れる薬剤が副腎皮質ステロイド薬である.眼科領域におけるステロイド薬投与法には大きく分けて全身投与と局所投与がある.治療の基本はあくまで局所ステロイド薬治療と散瞳薬による適切な瞳孔管理である.眼球は閉鎖臓器であり,ステロイド薬局所投与はその特徴を最大限に活かした有効な治療法である.全身投与を検討する前に,局所投与で治療できないか最大限その可能性を探るべきである.一方,ぶどう膜炎は全身病であり,局所ステロイド薬治療だけでは根本的な問題解決につながらないこともある.局所投与でどうしても対応できない場合には,ステロイド薬全身投与の適応であろう.たとえば,Vogt-小柳-原田病や難治性サルコイドーシスなどでステロイド薬全身投与を考慮する.一度全身投与を行うと決めたら,ある程度の量をしっかりと使うべきである.初回プレドニゾロン換算10.15mg程度の投与は,百害あって一利なしである.少量投与で効かなかった場合,それはステロイド薬が足りなかったから効かないのか?それともそもそもステロイド薬が効かない疾患なのか?を鑑別できない.結果として副作用のリスクだけを負うことになりかねない.ステロイド薬に関する以上の基本原則を踏まえ,本特集では「ステロイド薬が効かないときに何を考えるべきか?」「ステロイド薬以外の具体的な治療はどうするのか?」という観点で現在のオピニオンリーダーの先生に執筆をお願いした.ステロイド薬が効かない代表が感染症と仮面症候群である.感染症は〔近年PCR(polymerasechainreaction)法の発展で診断率が上がっている〕ウイルス性虹彩毛様*KoheiSonoda:山口大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)1317 体炎と,臨床的に見落としやすい原虫・寄生虫感染を取り上げ,前者を蕪城俊克先生・大友一義先生,後者を伊東崇子先生にお願いした.仮面症候群の代表として眼内悪性リンパ腫と白血病眼内浸潤を取り上げ,前者を近藤由樹子先生と園田が担当し,後者を毛塚剛司先生にお願いした.また,感染症と仮面症候群は除外できても,ステロイド薬に反応が悪く治療に難渋するのがBehcet病と小児ぶどう膜炎である.Behcet病は抗TNF-a(腫瘍壊死因子a)治療が始まり画期的な進歩がみられる一方で,長期にわたる生物製剤の使用に関してさまざまな留意点が指摘されている.また,小児においては成長障害など特有のステロイド薬副作用も懸念され,長期の投薬がむずかしい.このあたりの問題点を明確にしたうえで,現時点での最善の対応について竹本裕子先生・南場研一先生と中井慶先生にそれぞれお願いした.外科治療は内科的治療が行き詰まったときの有力な治療法である.ぶどう膜炎における実際の外科治療の適応とタイミングについて丸山和一先生にお願いした.「ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎」イコール「臨床的に困るぶどう膜炎」である.本特集が臨床における考え方の整理に役立てば幸いである.1318あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(2)

ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした探索的試験

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1303.1311,2012cブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした探索的試験新家眞*1山崎芳夫*2杉山和久*3桑山泰明*4谷原秀信*5*1公立学校共済組合関東中央病院*2日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*3金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)*4福島アイクリニック*5熊本大学大学院生命科学研究部視機能病態学分野AnExploratoryStudyofBrimonidineOphthalmicSolutioninPatientswithPrimaryOpenAngleGlaucomaorOcularHypertensionMakotoAraie1),YoshioYamazaki2),KazuhisaSugiyama3),YasuakiKuwayama4)andHidenobuTanihara5)1)KantoCentralHospital,TheMutualAidAssociationofPublicSchoolTeachers,2)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,4)FukushimaEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KumamotoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciencesブリモニジン酒石酸塩点眼液(以下,ブリモニジン)の探索的臨床試験として,原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象に0.1%または0.15%製剤の1日2回,4週間点眼による眼圧下降効果および安全性を,プラセボを対照として比較検討した.主要評価項目に設定した投与4週間後の0時間値および2時間値の眼圧変化値において,0.1%群および0.15%群はいずれもプラセボに比べ有意な眼圧下降を示した.また,0.1%群と0.15%群の眼圧下降効果および副作用発現頻度に差はなく,副次評価項目の眼圧変化率,目標眼圧達成率やノンレスポンダー率においても主要評価を支持する結果を得た.眼科学的検査,血圧・脈拍数や臨床検査においても臨床的に問題となる変動はなく,本剤の忍容性が確認できた.以上の結果より,ブリモニジンはプラセボよりも有意な眼圧下降作用を有し,わが国における臨床至適濃度は0.1%濃度が妥当と判断した.This4-weekexploratoryclinicalstudysoughttodeterminetheintraocularpressure(IOP)-loweringefficacyandsafetyoftopical0.1%and0.15%brimonidinetartrateappliedtwicedailyinpatientswithprimaryopenangleglaucomaorocularhypertension.Comparedtothevehiclealone,0.1%and0.15%brimonidinesignificantlydecreasedthemeanIOPchangefrombaselineat0and2hatweek4.NodifferencewasseenbetweentheIOP-loweringeffectsandincidenceofadversesideeffectsof0.1%and0.15%brimonidine.Percentchangesfrombaseline,achievementoftargetpressureandnonresponderrateatthesecondaryendpointsupporttheresultsobtainedattheprimaryendpoint.Theabsenceofclinicallysignificantchangesonophthalmologicalandlaboratoryexaminations,andinbloodpressureandpulserate,confirmedthetolerabilityofbrimonidine.Topical0.1%and0.15%brimonidinearesignificantlymoreefficaciousinloweringIOPthanisthevehiclealone.Withcomparableefficacyandtolerability,0.1%brimonidineisclinicallysuperiorto0.15%.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1303.1311,2012〕Keywords:ブリモニジン,緑内障,高眼圧症,探索的臨床試験,選択的アドレナリンa2作動薬.brimonidine,glaucoma,ocularhypertension,exploratoryclinicalstudy,selectivea2-adrenergicagonist.はじめにまざまな緑内障治療薬が上市されており,なかでも原発開放わが国ではプロスタグランジン(PG)関連薬や交感神経b隅角緑内障においてはPG関連薬やb遮断薬が優れた眼圧下受容体遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,交感神経a1受容体遮降効果により第一選択薬として使用されている.しかし,b断薬,非選択性交感神経刺激薬,副交感神経刺激薬などのさ遮断薬の心肺機能に及ぼす影響やPG関連薬に特異的な副作〔別刷請求先〕新家眞:〒158-8531東京都世田谷区上用賀6-25-1公立学校共済組合関東中央病院Reprintrequests:MakotoAraie,M.D.,Ph.D.,KantoCentralHospital,TheMutualAidAssociationofPublicSchoolTeachers,6-25-1Kamiyoga,Setagaya-ku,Tokyo158-8531,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(127)1303 用が危惧される症例では,機序の異なる治療薬の選択が必要となってくる.また,高眼圧症または初期の緑内障患者であっても,単剤治療では十分な効果が得られない症例が多々存在することも事実である.緑内障治療における薬剤耐性の状況として,OcularHypertensionTreatmentStudy(OHTS)1)では目標眼圧を達成するために5年目で約40%が2剤以上を必要とし,CollaborativeInitialGlaucomaTreatmentStudy(CIGTS)2)では2年で2剤以上を必要とした症例が75%以上と報告されている.緑内障に対する薬物療法の選択肢を広げざるをえない背景には,このような単剤治療のみでは目標眼圧の維持が困難な症例の存在や継続投与によって生じる薬剤耐性の問題があげられる.非選択性交感神経刺激薬のエピネフリン製剤やa1遮断薬,b遮断薬などのアドレナリン受容体をターゲットとした緑内障治療薬は,わが国においても比較的古くから臨床の場に供されてきた.一方,交感神経受容体サブタイプの一つであるa2受容体をターゲットとした緑内障治療薬の開発も過去に試みられており,海外では選択的アドレナリンa2作動薬として1960年代初めに合成されたクロニジンに期待が寄せられた.しかし,クロニジンは眼圧下降作用を有するものの点眼においても中枢性の血圧下降作用を示し,ボランティアの50%で拡張期血圧を30mmHgまで低下させる3)などの副作用により臨床応用には至っていない.ついで,1970年代に合成されたアプラクロニジンは,p-アミノ基の導入により親水性が増加したため中枢性の全身的な副作用は減少したもののヒドロキノン様構造が酸化を受けやすく,生体成分のチオール基と共有結合しハプテン化され4),長期使用では約半数が眼局所のアレルギーにより点眼中止を余儀なくされた5).また,眼圧下降効果を示さなかった症例の割合が投与3.6週間後に24%,投与7.8週間後には57%と高率に認められている6).そのため長期投与が必須となる緑内障や高眼圧症に対する開発は断念され,レーザー手術後の一過性の眼圧上昇の防止を目的とした限定的な使用に留まっている.一方,ブリモニジンはヒドロキノン様構造をもたず,アプラクロニジンにアレルギー反応を示す症例にも交差反応は示さず,全身性の副作用が少ないアドレナリンa2作動薬として唯一,ブリモニジン酒石酸塩点眼液として開放隅角緑内障または高眼圧症に対する適応を取得した緑内障治療薬である.本剤はアプラクロニジンに比べa1受容体よりもa2受容体に高い親和性を示し,既存の緑内障治療薬とは異なる房水産生抑制作用とぶどう膜強膜流出路からの流出促進作用の2つの眼圧下降機序を有する7).また,眼圧コントロール不良例や前治療薬に副作用を生じた症例8)あるいは他剤との併用による高い有効性と忍容性が報告されており9,10),単剤あるいは併用治療のみならずチモロールとの配合剤としても豊富な使用実績を有している.海外では米国アラガン社が1996年に保存剤として塩化ベンザルコニウム(BAK)を含有した0.2%製剤の米国承認を取得し,その後,保存剤を亜塩素酸ナトリウム(PURITER:以下,Purite)に変更するなどの処方改良が加えられ,現在では0.2%ブリモニジンBAK製剤と同等の眼圧下降作用を有する0.15%ブリモニジンPurite製剤が汎用されている.しかし,これまでに日本人におけるブリモニジンの使用経験はないことから,国内においても用量反応性の検討が必要と考え今回,原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象に0.1%ブリモニジンPuriteまたは0.15%ブリモニジンPurite製剤の1日2回,4週間点眼による眼圧下降効果と安全性を,プラセボを対照として探索的に検討したので報告する.I方法本臨床試験は,開始に先立ちすべての実施医療機関の治験表1実施医療機関および治験責任医師実施医療機関治験責任医師かつしま眼科勝島晴美中の島たけだ眼科竹田明さいたま赤十字病院眼科小島孚允春日部市立病院眼科水木健二大宮はまだ眼科濱田直紀真仁会小関眼科医院小関信之日本大学医学部附属板橋病院眼科山崎芳夫東京医療生活協同組合中野総合病院眼科鈴村弘隆レニア会武谷ピニロピ記念きよせの森総合病院眼科武井歩済安堂お茶の水・井上眼科クリニック井上賢治オリンピア会オリンピア眼科病院井上立州善春会若葉眼科病院吉野啓吉川眼科クリニック吉川啓司蒔田眼科クリニック杉田美由紀湘南谷野会谷野医院谷野富彦富山県立中央病院眼科岩瀬剛金沢大学附属病院眼科杉山和久恩賜財団福井県済生会病院眼科齋藤友護,棚橋俊郎千照会千原眼科医院千原悦夫厚生年金事業振興団大阪厚生年金病院眼科狩野廉創正会イワサキ眼科医院岩崎直樹湖崎会湖崎眼科湖崎淳尾上眼科医院尾上晋吾杉浦眼科杉浦寅男研英会林眼科病院林研熊本大学医学部附属病院眼科稲谷大NTT西日本九州病院眼科布田龍佑熊本市立熊本市民病院眼科有村和枝陽幸会うのき眼科鵜木一彦上野眼科医院木村泰朗広田眼科広田篤永山眼科クリニック永山幹夫1304あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(128) 審査委員会で審議を受け,承認を得たうえで医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)に関する省令などの関連規制法規を遵守し,2006年4月から10月の間に表1に示す32施設で実施した.対象患者は,有効性評価対象眼が原発開放隅角緑内障または高眼圧症と診断された満20歳以上の男女で,試験参加に先立ち文書による同意が得られ,表2の採用基準に該当する症例とした.表2対象被験者のおもな採用・除外基準おもな採用基準1)両眼とも矯正視力が0.7以上の者2)両眼とも眼圧値が31mmHg以下3)原発開放隅角緑内障は,有効性評価対象眼の眼圧値が18.0mmHg以上4)高眼圧症は,有効性評価対象眼の眼圧値が22.0mmHg以上おもな除外基準1)緑内障,高眼圧症以外の活動性の眼科疾患を有する者2)治験期間中に病状が進行する恐れのある網膜疾患を有する者3)角膜屈折矯正手術,濾過手術,線維柱帯切開術および内眼手術(緑内障に対するレーザー療法を含む)の既往を有する者4)コンタクトレンズの装用が必要な者5)a2作動薬にアレルギーまたは重大な副作用の既往のある者6)a作動薬,a遮断薬,b作動薬,b遮断薬,モノアミン酸化酵素阻害薬,アドレナリン増強作用を有する抗うつ薬,中枢神経抑制薬の使用が必要な者7)肝障害,腎障害,うつ病,Laynaud病,閉塞性血栓血管炎,起立性低血圧,脳血管不全,冠血管不全,重篤な心血管系疾患などの循環不全を有する者8)高度の視野障害がある者9)圧平眼圧計による正確な眼圧の測定に支障をきたすと思われる角膜異常のある者10)その他,治験責任医師または治験分担医師が本治験に適切でないと判断した者被験薬は1mL中にブリモニジン酒石酸塩1.0mgまたは1.5mgを含有し,Puriteを保存剤として有し,対照薬のプラセボは被験薬の基剤を用いた.試験薬剤は1日2回,朝(8:30.10:30)と夜(20:00.22:00)に両眼に1滴ずつ4週間点眼した.本試験は二重盲検法により実施し,3群の試験薬剤は北里大学薬学部臨床薬学研究センター・臨床薬学部門の小宮山貴子がプラセボとの外観上の識別不能性を確認したうえで無作為割付けを行った.試験参加前に緑内障の薬物治療を受けていた患者に対しては,交感神経遮断薬またはPG製剤は4週間以上,副交感神経作動薬,炭酸脱水酵素阻害薬または交感神経作動薬は2週間以上の休薬期間を設けた.その他,ステロイド薬についても1週間以上の休薬期間を設けたが,眼瞼周囲を除く皮膚局所投与については休薬不要とした.検査および観察項目と治験スケジュールを表3に示す.眼圧はGoldmann圧平眼圧計で朝の点眼前を0時間値として8:30.10:30の間に,点眼後は2時間値の測定を行った.視力検査は遠見視力表を用い,角膜・結膜・眼瞼所見は無散瞳下で細隙灯顕微鏡を用いて観察した.角膜所見の判定基準はAD(Area-Density)分類11)を用い,結膜・眼瞼所見(結膜充血,結膜浮腫,眼瞼紅斑,眼瞼浮腫,結膜濾胞)は4または5段階に程度分類し,結膜充血および結膜濾胞は標準写真を用いて判断した.眼底所見は検眼鏡などを用いて緑内障性異常の有無および垂直陥凹/乳頭径比(vC/D比)を記録した.視野検査は自動静的視野計を用いた.血圧(収縮期,拡張期)・脈拍数は5分間安静後,座位の状態で測定した.臨床検査は血液学的検査および血液生化学的検査をファルコバイオシステムズで実施した.当該治験薬との因果関係の有無にかかわらず,治験薬を点眼した被験者に生じたすべての好ましくないまたは意図しない疾病あるいはその徴候を有害事象として扱い,治験薬との因果関係が否定できない有害事象表3治験スケジュール時期*スクリーニング項目背景因子調査●視力検査●角膜・結膜・眼瞼所見眼圧検査●眼底検査・写真●視野検査●血圧・脈拍数臨床検査有害事象休薬投与開始日投与2週間後投与4週間後0時間2時間0時間2時間0時間2時間●●●●●●●*:下段,測定ポイント(時間).(129)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121305 を副作用とした.治験期間中は表2の除外基準に抵触する薬剤および処置の併用は禁止し,その他の眼圧に影響を及ぼす可能性のある薬剤の新たな処方や治験期間中の用法用量の変更は行わないものとした.有効性の評価は,PerProtocolSet(PPS:治験実施計画書に適合した解析対象集団)を主たる解析対象集団とした.主要評価項目は,投与4週間後の眼圧変化値(0時間値,2時間値)とし,Dunnett型の多重比較法によりプラセボとの比較を行った.副次評価項目は,投与2週間後の眼圧変化値と2および4週間後の眼圧変化率とし,Dunnett型の多重比較法によりプラセボとの比較を行った.また,2および4週間後に眼圧値が19mmHg以下に達した症例の割合(眼圧値の目標眼圧達成率),眼圧変化率が.20%以上に達した症例の割合(眼圧変化率の目標眼圧達成率)および.10%に達しなかった症例の割合(ノンレスポンダー率)を求め,c2検定またはFisherExact検定による薬剤群間比較を行った.さらに,0時間値と2時間値の平均値を算出し,主要評価項目および副次評価項目の集計ならびに解析を行った.安全性の評価として実施した血圧および脈拍数は,薬剤ごとに投与開始日と投与後の各観察時点の変化を1標本t検定で比較した.いずれも有意水準両側5%とし,解析ソフトはSASforWindowsRelease8.2(SASInstituteJapan)を用いた.また,視力・角膜・結膜・眼瞼所見・眼底・視野・臨床検査は各項目について薬剤ごとに投与前後の比較を行った.目標症例数については,少なくとも0.15%ブリモニジン群がプラセボ群に対して投与4週間後の眼圧変化値で統計学的に有意に優れていること示すため,有意水準両側5%,検出力80%の条件で必要症例を算出し,さらに試験実施中の中止,脱落を考慮して1群40例と設定した.II結果試験薬剤を投与した症例は0.1%ブリモニジン群44例,0.15%ブリモニジン群45例およびプラセボ群44例で,これらの症例はすべて安全性解析対象とした.PPS採用症例は0.1%ブリモニジン群43例,0.15%ブリモニジン群43例およびプラセボ群42例で,その背景因子を表4に示す.眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率の推移をそれぞれ図1,表5および表6に示す.主要評価項目である4週間後の眼圧変化値(0時間値,2時間値)は,いずれの観察時点においても0.1%ブリモニジン群,0.15%ブリモニジン群ともに表4被験者背景(PPS)項目0.1%ブリモニジン0.15%ブリモニジンプラセボ性別男性221915女性212427年齢(歳).6426282965.171513平均57.659.055.3緑内障診断名(有効性評価対象眼)原発開放隅角緑内障(広義)212320高眼圧症222022眼圧値(mmHg)2724:0.1%ブリモニジン21:0.15%ブリモニジン:プラセボ1815投与2週4週投与2週4週投与2週4週開始日開始日開始日0時間値2時間値0,2時間平均値図1眼圧値の推移平均値±標準偏差.0,2時間平均値は0時間値と2時間値の平均値を示す.1306あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(130) 表5眼圧変化値の推移および薬剤群間の比較平均値±標準偏差(例数)プラセボvs0.1%プラセボvs0.15%観察時点0.1%0.15%差の差のブリモニジンブリモニジンプラセボ平均値p値*平均値p値*0時間値投与開始日22.1±2.1(43)22.4±2.7(43)22.2±2.3(42)────2週間後.3.1±1.8(43).3.3±2.3(43).1.5±1.9(41).1.6p=0.0006.1.8p=0.00014週間後.3.7±2.0(43).3.4±2.2(43).2.3±2.2(42).1.4p=0.0055.1.2p=0.02302時間値投与開始日21.7±2.5(43)21.8±3.0(43)21.6±2.4(42)────2週間後.4.7±2.5(43).4.8±2.3(43).2.2±2.3(41).2.5p<0.0001.2.6p<0.00014週間後.5.1±2.5(43).4.9±2.0(43).2.3±2.4(42).2.9p<0.0001.2.7p<0.00010時間値と2時間値の平均投与開始日21.9±2.2(43)22.1±2.8(43)21.9±2.3(42)────2週間後.3.9±1.9(43).4.1±2.0(43).1.9±1.8(41).2.1p<0.0001.2.2p<0.00014週間後.4.4±1.9(43).4.2±1.8(43).2.3±2.2(42).2.1p<0.0001.1.9p<0.0001単位:mmHg,差の平均値:[ブリモニジン.プラセボ],*:Dunnettの多重比較.表6眼圧変化率の推移および薬剤群間の比較平均値±標準偏差(例数)プラセボvs0.1%プラセボvs0.15%観察時点0.1%0.15%差の差のブリモニジンブリモニジンプラセボ平均値p値*平均値p値*0時間値投与開始日22.1±2.1(43)22.4±2.7(43)22.2±2.3(42)────2週間後.14.1±8.0(43).14.8±9.8(43).6.5±8.2(41).7.6p=0.0002.8.3p<0.00014週間後.16.4±8.9(43).15.1±9.6(43).10.1±9.9(42).6.3p=0.0049.5.0p=0.03062時間値投与開始日21.7±2.5(43)21.8±3.0(43)21.6±2.4(42)────2週間後.21.8±11.2(43).21.8±9.4(43).9.9±10.4(41).11.9p<0.0001.11.9p<0.00014週間後.23.2±10.7(43).22.4±8.0(43).10.3±10.8(42).12.9p<0.0001.12.1p<0.00010時間値と2時間値の平均投与開始日21.9±2.2(43)22.1±2.8(43)21.9±2.3(42)────2週間後.18.0±8.7(43).18.3±8.7(43).8.3±7.8(41).9.7p<0.0001.10.0p<0.00014週間後.19.9±8.2(43).18.7±7.6(43).10.3±9.8(42).9.7p<0.0001.8.4p<0.0001単位:%,差の平均値:[ブリモニジン.プラセボ],*:Dunnettの多重比較.プラセボ群に比べ統計学的に有意な眼圧下降を示した.0.1%ブリモニジン群と0.15%ブリモニジン群の眼圧変化値に大きな違いはなかった.副次評価として,各観察時点における眼圧変化値および眼圧変化率を薬剤群間で比較した結果,すべての観察時点において主要評価の結果と同様に0.1%および0.15%ブリモニジン群はプラセボ群に比べ有意な眼圧下降効果を示し,両濃度間の眼圧下降効果に大きな違いはなかった.投与2週間後および4週間後の眼圧値が19mmHg以下になった眼圧値の目標眼圧達成率,眼圧変化率が.20%以上になった眼圧変化率の目標眼圧達成率および眼圧変化率が.10%に達しなかったノンレスポンダー率をそれぞれ表7,表8および表9に示す.眼圧値の目標眼圧達成率は,0.1%ブリモニジン群はすべての観察時点において,0.15%ブリモニジン群は4週間後の0時間値を除き,プラセボ群に比べ有意に高かった.眼圧変化率の目標眼圧達成率は,0.1%ブリモニジン群は2週間後の0時間値を除き,0.15%ブリモニジン群は4週間後の0時間値を除きプラセボ群に比べ有意に高かった.ノンレスポンダー率については,0.1%および0.15%ブリモニジン群はすべての観察時点においてプラセボ群に比べ有意に低かった.なお,0.1%と0.15%製剤の眼圧値の目標眼圧達成率,眼圧変化率の目標眼圧達成率およびノンレスポンダー率には有意な差はなかった.その他の解析として,各観察時点における眼圧の0時間値と2時間値の平均値を用いて同様の解析を行った結果,0.1%および0.15%ブリモニジン群はすべての観察時点においてプラセボ群に比べ有(131)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121307 表7眼圧値の目標眼圧達成率(19mmHg以下)の薬剤群間比較目標眼圧達成率(%)薬剤群間比較観察時点0.1%ブリモニジン0.15%ブリモニジンプラセボプラセボvs0.1%プラセボvs0.15%0.1%vs0.15%0時間2週間後55.855.831.7p=0.0261†p=0.0261†p=1.0000†4週間後67.458.140.5p=0.0126†p=0.1034†p=0.3722†2時間値2週間後76.781.451.2p=0.0147†p=0.0034†p=0.5960†4週間後88.486.057.1p=0.0015‡p=0.0031†p=1.0000‡0時間値と2時間値の平均2週間後69.872.136.6p=0.0023†p=0.0011†p=0.8123†4週間後79.174.450.0p=0.0050†p=0.0202†p=0.6097†目標眼圧達成率:眼圧値が19mmHg以下に達した症例の割合.†:c2検定,‡:FischerExact検定.表8眼圧変化率の目標眼圧達成率(.20%以上)の薬剤群間比較目標眼圧達成率(%)薬剤群間比較観察時点0.1%ブリモニジン0.15%ブリモニジンプラセボプラセボvs0.1%プラセボvs0.15%0.1%vs0.15%0時間2週間後23.332.69.8p=0.1433‡p=0.0158‡p=0.3362†4週間後39.537.219.0p=0.0382†p=0.0629†p=0.8245†2時間値2週間後53.553.57.1p=0.0005†p=0.0005†p=1.0000†4週間後60.567.416.7p<0.0001†p<0.0001†p=0.5005†0時間値と2時間値の平均2週間後39.548.89.8p=0.0022‡p=0.0001‡p=0.3851†4週間後53.548.819.0p=0.0010†p=0.0038†p=0.6661†目標眼圧達成率:眼圧変化率が.20%以上に達した症例の割合.†:c2検定,‡:FischerExact検定.表9ノンレスポンダー率の薬剤群間比較ノンレスポンダー率(%)観察時点0.1%ブリモニジン0.15%ブリモニジンプラセボプラセボvs0.1%0時間2週間後37.223.368.3p=0.0044†4週間後18.625.652.4p=0.0011†2時間値2週間後14.011.653.7p=0.0001†4週間後7.09.350.0p<0.0001‡0時間値と2時間値の平均2週間後27.920.963.4p=0.0011†4週間後18.67.052.4p=0.0011†ノンレスポンダー率:眼圧変化率が.10%に達しなかった症例の割合.†:c2検定,‡:FischerExact検定.薬剤群間比較プラセボvs0.15%p<0.0001†p=0.0113†p<0.0001‡p<0.0001‡p<0.0001†p<0.0001‡0.1%vs0.15%p=0.1589†p=0.4355†p=1.0000‡p=1.0000‡p=0.4514†p=0.1951‡1308あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(132) 表10副作用一覧薬剤0.1%ブリモニジン0.15%ブリモニジンプラセボ安全性解析対象例数444544【MedDRA(Ver.10.0)PT】例数(%)件数例数(%)件数例数(%)件数全体6(13.6)76(13.3)92(4.5)2点状角膜炎4(9.1)46(13.3)71(2.3)1結膜浮腫001(2.2)100結膜充血1(2.3)11(2.2)100眼の異常感1(2.3)10000眼刺激1(2.3)10000眼瞼.痒症00001(2.3)1意な眼圧下降効果を示す一方で,0.1%と0.15%ブリモニジン群の眼圧下降効果に差はなかった.発現した有害事象は,0.1%ブリモニジン群11例(25.0%)13件,0.15%ブリモニジン群14例(31.1%)21件,プラセボ群10例(22.7%)11件であった.このうち副作用は0.1%ブリモニジン群6例(13.6%)7件,0.15%ブリモニジン群6例(13.3%)9件,プラセボ群2例(4.5%)2件で,表10に示すようにすべて眼局所の障害で,発現した副作用のなかでは点状角膜炎の頻度が高かった.重症度としては0.1%ブリモニジン群の点状角膜炎1例1件が中等度と判定された以外はいずれも軽度で,0.1%ブリモニジン群と0.15%ブリモニジン群の副作用の発現頻度に差はなかった.死亡例,重篤な副作用および薬剤の投与中止を必要とするような重要な副作用はなかった.角膜・結膜・眼瞼所見,視力検査,視野検査および眼底検査に臨床上問題となる変動はなかった.バイタルサインの血圧および脈拍数で,試験薬剤投与後に統計学的に有意な低下が散見されたものの変動幅は小さく,臨床上問題となる変動はなかった.また,臨床検査についても治療の対象となるような異常変動はなかった.III考察今回のプラセボを対照とした0.1%および0.15%ブリモニジンPurite製剤の1日2回,4週間投与による用量反応試験において,主要評価とした投与4週間後のトラフに相当する0時間の眼圧変化値は,プラセボ群の.2.3±2.2mmHgに対し0.1%ブリモニジン群は.3.7±2.0mmHg,0.15%ブリモニジン群は.3.4±2.2mmHgと両群とも有意な低下を示した.また,ピークに相当する2時間後においてもプラセボ群の.2.3±2.4mmHgに対し,それぞれ.5.1±2.5mmHg,.4.9±2.0mmHgとブリモニジン群はいずれも統計学的に有意な眼圧下降作用を示した.本剤は日本人においても有意な眼圧下降作用を有し,0.1%ブリモニジンPurite製剤が海外で承認されている0.15%ブリモニジンPurite製剤と同等の眼圧下降作用を有することが確認できた.この眼圧下降作用は炭酸脱水酵素阻害薬の0.5%塩酸ドルゾラミド点眼液を(133)1日3回または1%ブリンゾラミド点眼液を1日2回点眼したときと同等あるいはそれ以上の効果を示唆する結果であった12,13).また,副次評価項目には臨床に即した評価として,日本緑内障診療ガイドライン14)で推奨されている緑内障初期症例に対する目標眼圧19mmHg以下の症例,無治療時眼圧からの眼圧下降率20%以上の症例の割合を含め,眼圧下降率が10%未満のノンレスポンダー率を設定したが,これらの副次評価においても本剤の主要評価を支持する結果を得た.米国でブリモニジンの開発初期に実施された0.08%,0.2%および0.5%ブリモニジンBAK製剤による用量反応試験では,0.2%群と0.5%群の継続投与による眼圧下降作用に明らかな違いはなく,いずれも0.08%群に対して有意な眼圧下降作用を示し,安全性の面では0.2%群が優れることからブリモニジンの至適濃度として0.2%が選択されている15).その後,この0.2%ブリモニジンBAK製剤の保存剤をPuriteに変更するとともに,pHを中性領域に変更することで眼内移行性が約1.4倍向上し16),臨床的にも0.15%ブリモニジンPuriteが0.2%ブリモニジンBAK製剤と同等の眼圧下降作用を有することが確認されている17).さらに,0.2%ブリモニジンBAK製剤と0.15%ブリモニジンPuriteあるいは0.2%ブリモニジンPurite製剤の3用量による長期投与試験の結果,0.15%ブリモニジンPurite製剤は,0.2%ブリモニジンBAK製剤および0.2%ブリモニジンPurite製剤と同等の眼圧下降作用を示す一方で,アレルギー性結膜炎や口内乾燥などの発現率が有意に少ないことが確認され18),2001年にFDA(FoodandDrugAdministration)の承認を取得している.国内の臨床試験に用いた0.15%ブリモニジンPurite製剤は,米国で0.2%ブリモニジンBAK製剤と同等の眼圧下降作用が確認された製剤である.その主薬濃度のみを変更した0.1%ブリモニジンPurite製剤が,わが国においては0.15%ブリモニジンPurite製剤と同様の眼圧下降作用とプロファイルを示したことから,間接的な比較にはなるものの日本人に対する0.1%ブリモニジンPurite製剤は,これまで海外で汎用されてきた0.2%ブリモニジンBAK製剤あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121309 とも同等の眼圧下降作用を有すると考えられる.現在,緑内障治療薬の薬効評価は眼圧下降作用を指標として検討されているが,緑内障に対する最終的な治療目的は視神経障害の進行阻止である.目標眼圧の維持は緑内障の進行を抑制するうえで有効な手段ではあるものの,眼圧は代替評価項目(サロゲートエンドポイント)であることから近年,改めて視神経乳頭の血流改善や網膜神経節細胞に対する直接的な神経保護治療が注目されつつある.ブリモニジンは角膜透過性が高く,薬理作用が期待できる濃度が点眼で網膜や硝子体に到達しており19.21),虚血再灌流モデルやグルタミン酸硝子体内注入あるいは眼圧上昇動物モデルに対する点眼投与で網膜神経節細胞のアポトーシスを抑制することが報告されている22,23).また,臨床研究においても0.2%ブリモニジンBAK製剤の点眼により正常眼圧緑内障の視野障害の進行がチモロール点眼液よりも少なかったという結果24)や開放隅角緑内障のコントラスト感度が改善したなど25),神経保護作用を示唆する結果が報告されている.これらの神経保護作用を支持する根拠の一つとして,前述の点眼投与による網膜への移行性があげられる.ブリモニジンのa2受容体に対する親和性を示す平衡定数値は約2nMに対し26),有水晶体眼の網膜硝子体手術患者へ0.15%ブリモニジンPurite製剤を点眼したときの硝子体内濃度は12.5nMとの報告があり21),また,サルに14C-ブリモニジン点眼液を投与した移行性試験では,硝子体よりも網脈絡膜に高い放射能濃度が認められている19).従来,点眼による後極部網脈絡膜への移行は非常に少ないと考えられていたが,眼球壁に沿った結合織中の拡散によっても点眼投与した薬物が短時間で網脈絡膜に高濃度で到達することが報告されている27,28).0.1%ブリモニジンPurite製剤の組織移行性については今後さらなる検討が必要となるものの従来の報告結果は,0.1%ブリモニジンPurite製剤においても点眼後に,神経保護作用が期待できる濃度が網脈絡膜へ到達する可能性を否定するものではないと考える.安全性に関しては,海外の臨床試験17,18,29)で比較的,発現頻度の高いアレルギー性結膜炎,結膜濾胞および口内乾燥の報告はなく,結膜充血も0.1%群および0.15%群に1例のみであった.一方,これまでは報告の少なかった点状角膜炎が0.1%群に4例,0.15%群に6例と比較的高い発現頻度を示した.本試験では角膜所見をAreaとDensityによる9段階で評価するAD分類を用いたことで,初期の微細な角膜上皮の変化の検出が可能になったことが一因と考えられる.なお,発現した点状角膜炎はすべて無治療での継続治療の間に消失しており,本剤の臨床使用における忍容性に支障を及ぼすものではなかった.また,両群に発現した副作用はすべて眼局所の症状・所見で,0.1%群と0.15%群の発現頻度や重症度に大きな違いはなく,臨床検査やバイタルサインの血圧1310あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012および脈拍数に対する影響も少ないことが確認できた.以上のプラセボを対照とした0.1%および0.15%ブリモニジンPurite製剤の1日2回,4週間点眼による眼圧下降作用と安全性に関する検討結果から,わが国における原発開放隅角緑内障および高眼圧症に対するブリモニジンPurite製剤の至適濃度は0.1%が妥当と判断した.謝辞:本臨床研究にご参加いただきました諸施設諸先生方に深謝いたします.文献1)KassMA,HeuerDK,HigginbothamEJetal;TheOcularHypertensionTreatmentStudy:Arandomizedtrialdeterminesthattopicalocularhypotensivemedicationdelaysorpreventstheonsetofprimaryopen-angleglaucoma.ArchOphthalmol120:701-713,20022)LichterPR,MuschDC,GillespieBWetal:CIGTSStudyGroup:InterimclinicaloutcomesintheCollaborativeInitialGlaucomaTreatmentStudycomparinginitialtreatmentrandomizedtomedicationsorsurgery.Ophthalmology108:1943-1953,20013)RobinAL:Theroleofapraclonidinehydrochlorideinlasertherapyforglaucoma.TransAmOphthalmolSoc87:729-761,19894)ThompsonCD,MacdonaldTL,GarstMEetal:Mechanismsofadrenergicagonistinducedallergybioactivationandantigenformation.ExpEyeRes64:767-773,19975)ButlerP,MannschreckM,LinSetal:Clinicalexperiencewiththelong-termuseof1%apraclonidine.Incidenceofallergicreactions.ArchOphthalmol113:293-296,19956)AraujoSV,BondJB,WilsonRPetal:Longtermeffectofapraclonidine.BrJOphthalmol79:1098-1101,19957)TorisCB,CamrasCB,YablonskiME:Acuteversuschroniceffectsofbrimonidineonaqueoushumordynamicsinocularhypertensivepatients.AmJOphthalmol128:8-14,19998)LeeDA:Efficacyofbrimonidineasreplacementtherapyinpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinTher22:53-65,20009)LeeDA,GornbeinJA:Effectivenessandsafetyofbrimonidineasadjunctivetherapyforpatientswithelevatedintraocularpressureinalarge,open-labelcommunitytrial.JGlaucoma10:220-226,200110)SchumanJS,BrimonidineStudyGroups1and2:Effectsofsystemicbeta-blockertherapyontheefficacyandsafetyoftopicalbrimonidineandtimolol.Ophthalmology107:1171-1177,200011)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,199412)北澤克明:原発開放隅角緑内障および高眼圧症に対するMK-5070.5%点眼液の第III相比較試験─0.25%マレイン酸チモロール点眼液との多施設共同群間比較試験.眼紀45:1023-1033,199413)北澤克明,三嶋弘,阿部春樹ほか:原発開放隅角緑内障(134) および高眼圧症に対するALO4862(エイゾプトR)点眼液の第II相用量反応試験.眼紀54:65-73,200314)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:3-46,201215)DerickRJ,RobinAL,WaltersTRetal:Brimonidinetartrate:aone-monthdoseresponsestudy.Ophthalmology104:131-136,199716)DongJQ,BabusisDM,WeltyDFetal:Effectsofthepreservativepuriteonthebioavailabilityofbrimonidineintheaqueoushumorofrabbits.JOculPharmacolTher20:285-292,200417)MundorfT,WilliamsR,WhitcupSetal:A3-monthcomparisonofefficacyandsafetyofbrimonidine-purite0.15%andbrimonidine0.2%inpatientswithglaucomaorocularhypertension.JOculPharmacolTher19:37-44,200318)KatzLJ:Twelve-monthevaluationofbrimonidine-puriteversusbrimonidineinpatientswithglaucomaorocularhypertension.JGlaucoma11:119-126,200219)AcheampongAA,ShackletonM,JohnBetal:Distributionofbrimonidineintoanteriorandposteriortissuesofmonkey,rabbit,andrateyes.DrugMetabDispos30:421429,200220)KentAR,NussdorfJD,DavidRetal:Vitreousconcentrationoftopicallyappliedbrimonidinetartrate0.2%.Ophthalmology108:784-787,200121)KentAR,KingL,BartholomewLR:Vitreousconcentrationoftopicallyappliedbrimonidine-purite0.15%.JOculPharmacolTher22:242-246,200622)BaptisteDC,HartwickAT,JollimoreCAetal:Comparisonoftheneuroprotectiveeffectsofadrenoceptordrugsinretinalcellcultureandintactretina.InvestOphthalmolVisSci43:2666-2676,200223)KimHS,ChangYI,KimJHetal:Alterationofretinalintrinsicsurvivalsignalandeffectofalpha2-adrenergicreceptoragonistintheretinaofthechronicocularhypertensionrat.VisNeurosci24:127-139,200724)KrupinT,LiebmannJM,GreenfieldDSetal;Low-PressureGlaucomaStudyGroup:Arandomizedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisualfunction:resultsfromtheLow-PressureGlaucomaTreatmentStudy.AmJOphthalmol151:671-681,201125)EvansDW,HoskingSL,GherghelDetal:Contrastsensitivityimprovesafterbrimonidinetherapyinprimaryopenangleglaucoma:acaseforneuroprotection.BrJOphthalmol87:1463-1465,200326)BurkeJ,SchwartzM:Preclinicalevaluationofbrimonidine.SurvOphthalmol41:S9-S18,199627)IshiiK,MatsuoH,FukayaYetal:Iganidipine,anewwater-solubleCa2+antagonist:ocularandperiocularpenetrationafterinstillation.InvestOphthalmolVisSci44:1169-1177,200328)新家眞:点眼薬の後眼部および後極部への移行.眼薬理20:7-11,200629)CantorLB,SafyanE,LiuCCetal:Brimonidine-purite0.1%versusbrimonidine-purite0.15%twicedailyinglaucomaorocularhypertension:a12-monthrandomizedtrial.CurrMedResOpin24:2035-2043,2008***(135)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121311

同名半盲の精査により58歳で発見された鉗子分娩による脳障害の1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1299.1302,2012c同名半盲の精査により58歳で発見された鉗子分娩による脳障害の1例西野和明*1徳田耕一*2吉田富士子*1新田朱里*1齋藤三恵子*1齋藤一宇*1*1回明堂眼科・歯科*2柏葉脳神経外科病院ACaseofForcepsDelivery-RelatedIntracranialTraumaDetectedbyLeftHomonymousHemianopsiaina58-Year-OldPatientKazuakiNishino1),KouichiTokuda2),FujikoYoshida1),AkariNitta1),MiekoSaito1)andKazuuchiSaito1)1)KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,2)KashiwabaNeurosurgicalHospital目的:同名半盲が発見動機になった,鉗子分娩が原因と考えられる脳障害の症例を報告する.症例:58歳,男性.眼鏡処方を目的として来院.緑内障様の視神経乳頭異常がみられ,かつ眼圧が両眼とも22.23mmHgと高かったことから,Goldmann視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が認められた.その後,脳神経外科の頭部MRI(magneticresonanceimaging)検査により,後頭葉の脳障害が発見された.問診上,患者の出生が鉗子分娩であったこと,幼少期から左側の運動障害などがみられたことから,原因は鉗子による物理的な圧迫と考えた.結論:鉗子など器具を使用した分娩の場合,無症候ではあっても脳損傷がみられることもあり,頭部精査が必要なことがある.Purpose:Toreportacaseofforcepsdelivery-relatedintracranialtraumaassociatedwithhomonymoushemianopsia.Case:A58-years-oldpatientwasreferredtoKaimeidoOphthalmicandDentalClinicforeyeglassconsultation.Goldmannperimetry,performedbecauseofhighintraocularpressureandglaucoma-likeopticnerveabnormalities,unexpectedlydisclosedlefthomonymoushemianopsia.Magneticresonanceimagingindicatedahigh-intensitylesionoftherightoccipitallobe.Themainreasonforthisfindingwasconsideredtobephysicaldepressionbyforcepsdelivery,childhoodleftmovementdisordershavingbeenrevealedviaquestionnaireonthecauses.Conclusions:Inafewcaseofinstrumentalbirth,skullradiographicsmayleadtothediscoveryofasymptomaticcomplicationsthatarenotclinicallysignificantandrequirenotherapeuticintervention.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1299.1302,2012〕Keywords:緑内障検査,視野検査,同名半盲,鉗子分娩,脳障害.glaucomaexamination,Goldmannvisualfieldtest,homonymoushemianopsia,forcepsdelivery,intracranialtrauma.はじめに吸引・鉗子分娩は急速遂娩の方法として,しばしば施行される手技である.これらの適応は胎児側,母体側の両面から考えられる.前者は児頭の位置異常などにより分娩第2期が遷延化し,脳虚血による障害を避ける必要がある場合である.後者は母体側に重症な心臓疾患や脳血管異常がある場合などである.しかしながら,吸引・鉗子分娩が適切に施行されなければ,母児の生命予後にかかわる重篤な問題をひき起こすことがある1).吸引分娩による児の眼科的な合併症としては網膜出血が多く,一方,鉗子分娩の合併症としては角膜損傷,外眼部損傷が多いという2).このように眼科的な合併症は児の生命予後を左右するものではないが,生後の視機能に重篤な障害を残す場合もあり,理解しておく必要がある.一方,吸引・鉗子分娩による児の頭部や脳損傷は生命予後にかかわる重篤な問題をひき起こすことがあり,さらに熟知する必要がある.それらの合併症は出生後まもなく,あるいは遅くても幼児期あるいは小児期に何らかの症状で発見されることがほとんどである1).しかしながら,今回筆者らは58歳,男性で,眼鏡処方を目的として来院し,緑内障様の視神〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(123)1299 経乳頭の異常所見から視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,さらに脳神経外科の頭部MRI(magneticresonanceimaging)検査により,出生時の鉗子分娩が原因と考えられる後頭葉の脳障害が発見された症例を経験したので報告する.I症例患者:58歳(初診時年齢),男性.主訴:視力低下.既往歴:鉗子分娩.糖尿病,高血圧などの既往はない.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:眼鏡店で視力が不十分だったので,眼科を受診するようアドバイスされた.精査を目的として回明堂眼科・歯科(当院)を受診.初診時所見:2000年4月19日,上記を主訴として当院初診.視力は右眼0.05(1.0×.3.5D(cyl.1.75DAx60°),左眼0.06(0.7×.3.75D(cyl.1.25DAx140°),眼圧はGoldmann圧平眼圧計で右眼23mmHg,左眼22mmHg.細隙灯顕微鏡検査では軽度の白内障が認められる以外は,角膜の透明性など異常はみられなかった.また,角膜内皮細胞密度は右眼2,678cells/mm2,左眼2,690cells/mm2.中心角膜厚は右眼528μm,左眼532μmと大きな異常は認められなかった.周辺前房深度はvanHerick法でGrade4と十分深く,隅角鏡検査でもShaffer分類Grade3.4と開放隅角であった.眼球運動は10プリズム程度の外斜視,回旋性の眼振が認められた.斜視は幼少期から指摘されていたという.眼底検査では両眼ともやや蒼白な視神経乳頭が認められ,陥凹乳頭径比(cup-to-discratio:C/D比)は0.9以上であった(図1a,b).経過:緑内障様の視神経異常からHumphrey視野検査をab図1初診時の視神経乳頭所見(2000年4月19日)眼底検査では両眼ともやや蒼白な視神経乳頭が認められ,C/D比は0.9以上であった.a:右眼,b:左眼.ab図2Goldmann視野検査緑内障様の視神経異常からHumphrey視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,Goldmann視野計でも同所見を確認した.a:左眼,b:右眼.1300あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(124) 図3頭部MRI検査T2強調画像により,右の後頭葉に脳梗塞として矛盾しない高輝度な陰影が確認された(矢頭).この梗塞部位は後頭葉視皮質の前方,中央部,後方のすべてが含まれ,それらが合計して同名半盲の所見を呈したと考えられる.行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,Goldmann視野計でも同所見を確認した(図2a,b).その後脳神経外科へ頭蓋内精査を依頼し,頭部MRIのT2強調画像により,右の後頭葉に脳梗塞と思われる所見が確認された(図3).その原因は鉗子分娩によるものと診断された.その根拠として,まず患者が鉗子分娩の件を記憶していたこと,頭部外傷などの既往がないこと,脳梗塞を含む病歴もなかったことなどがあげられる.さらに小学校の頃,書道では下に書き進むほど左に曲がってしまう,野球のキャッチボールやバッティングなど距離感を必要とするものが苦手,ギターの左の握りなどが苦手であったという幼少時のエピソードが判明し,それらも脳障害と鉗子分娩を関連付ける参考になった.2012年2月9日現在,白内障は多少進行したが,現在の矯正視力は右眼(0.8),左眼(0.6)と問題なく,同名半盲以外の視野の異常はみられない.しかしながら,緑内障様の視神経乳頭の形状と,やや眼圧が22.23mmHgが高いことから,緑内障を予防する目的にて,ラタノプロストを点眼中である.II考按本症の脳障害は眼科的に同名半盲という明らかな障害を併発しながら,当院の初診つまり患者が58歳になるまで発見されなかった珍しい症例である.当初この脳障害の原因は明らかではなかったが,患者が鉗子分娩による出産であったこ(125)とを記憶していたことから,一番有力な原因と考えるようになった.もちろん成人してからの無症候の脳梗塞であるとの考えを否定することはできないが,患者には頭部外傷などの既往がなく,高血圧,糖尿病,脳梗塞などの病歴もみられなかったことや,脳血管障害を有する家族がみられないなど,脳障害の危険因子が少なかったといえる.さらにこの脳障害の発見を契機として患者が過去をさかのぼれば,確かに幼少期の運動障害などのエピソードが思い浮かぶという.それらのことから総合して,本症の脳障害の有力な要因は鉗子分娩であると推定した.鉗子分娩に限らず吸引分娩など器具が使用された場合,新生児の臨床的な問題点の有無は精査されるべきであるが,必ずしもそれらのすべての症例に頭部画像診断などがルーチンとして行われる必要はないと考えられている.その理由は鉗子分娩などの後の頭蓋内出血などの脳障害の頻度がそれほど多くはないためである.欧米の報告によれば,後遺症が残る頭蓋内出血の頻度は,正常分娩と吸引,鉗子分娩などを合わせた場合,10,000件の分娩に対して5.6件(0.05.0.06%)の割合とされている1).一方,吸引,鉗子などが使用された場合でも,報告者による多少の差はみられるものの,頭蓋内出血の頻度は0.11.0.34%と正常分娩に比べ数倍高い程度である3.7).わが国でも高木ら2)が,頭蓋内出血の頻度を正常経腟分娩では1,900件中1件(約0.053%)であるのに対して,鉗子分娩では664件中1件(約0.15%),吸引分娩では860件中1件(約0.12%)と報告している.以上の報告から,確かに鉗子分娩,吸引分娩は頭蓋内出血の危険因子ではあるものの,それほど高い頻度で発症するものではない.したがって,分娩器具を使用したすべての新生児に対して,MRIなどの頭蓋内精査を実施することは正しいとは考えられないが,新生児の頭部に陥没骨折などの所見や神経学的な問題が確認される場合には,もちろん積極的に頭部画像診断が行われるべきである1).鉗子分娩による頭蓋内出血のタイプは硬膜下出血,くも膜下出血などがある.近年その原因は,器具による圧迫というより,それ以前の胎児低酸素症に基づくものが多いとされ,吸引分娩,帝王切開術においても発生頻度は変わらないと報告されている5).本症の画像診断の所見は脳梗塞であり脳出血の所見はなく,梗塞周囲が萎縮している所見から古い脳梗塞巣と思われる.本症の鉗子分娩当時の状況は詳細不明であるが,仮に鉗子で頭部に大きな外力が加われば脳ヘルニアと同様,後大脳動脈が閉塞し同領域に脳梗塞をひき起こした可能性がある.このように本症の経験から得られる教訓は,鉗子分娩後に無症候であっても脳損傷が潜在する場合があるということや,視神経乳頭の異常が鉗子分娩の合併症の発見につながる場合もある,ということであった.眼科といえども問診は分あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121301 娩にまでさかのぼらなければならない場合もあるということになる.また本症は,眼科的には同名半盲という大きな問題がありながら,幼少期には大きな自覚症状もなく生活することができた.これは幼いころの障害がいかに柔軟な代償機能によって支えられているか,ということを改めて認識するうえでも本症は貴重な症例と考えられる.本論文の要旨は第5回北海道眼科医会臨床懇話会(札幌)にて口演した.文献1)DoumouchtsisSK,ArulkumaranS:Headtraumaafterinstrumentalbirths.ClinPerinatol35:69-83,20082)高木健次郎,松村英祥,馬場一憲ほか:吸引・鉗子分娩による児の損傷.周産期医学39:1034-1036,20093)MaryniakGM,FrankJB:ClinicalassessmentoftheKobayashivacuumextractor.ObstetGynecol64:431435,19844)PlaucheWC:FetalcranialinjuriesrelatedtodeliverywiththeMalmstroemvacuumextractor.ObstetGynecol53:750-757,19795)TownerD,CastroMA,Eby-WilkensEetal:Effectofmodeofdeliveryinnulliparouswomenonneonatalintracranialinjury.NEnglJMed341:1709-1714,19996)WenSW,LiuS,KramerMSetal:Comparisonofmaternalandinfantoutcomesbetweenvacuumextractionandforcepsdeliveries.AmJEpidemiol153:103-107,20017)DemisieK,RhoadsGG,SmulianJCetal:Operativevaginaldeliveryandneonatalandinfantadverseoutcomes:populationbasedretrospectiveanalysis.BMJ329:24-29,2004***1302あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(126)

眼窩原発の粘表皮癌の1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1294.1297,2012c眼窩原発の粘表皮癌の1例中村聡*1宇野仁揮*1大黒浩*2大塚紀幸*3*1苫小牧市立病院眼科*2札幌医科大学医学部眼科学講座*3北海道大学大学院医学研究科分子病理学ACaseofMucoepidermoidCarcinomaofOrbitaSatoshiNakamura1),HitokiUno1),HiroshiOhguro2)andNoriyukiOhtsuka3)1)DepartmentofOphthalmology,Tomakomai-City-Hospital,2)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofPathology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine涙腺原発の粘表皮癌の1例を経験した.症例は79歳,女性,眼瞼腫脹で初診,右上眼瞼の涙腺部には硬い腫瘤がみられ生検を施行したところ悪性腫瘍が疑われた.右眼窩内容除去術を施行し,病理組織学的検査では粘表皮癌と診断された.70Gyの放射線照射を行い,2年後の現在,局所的な再発はなく,遠隔転移もみられていない.Wetreatedacaseoflacrimalglandmucoepidermoidcarcinoma.Thepatient,a79-year-oldfemale,presentedwitheyelidswelling.Therewasafirmmassintheregionoftherightlacrimalglandfossa.Anincisionalbiopsywasperformed,andmalignanttumorwassuspected.Exenterationoftherighteyeandorbitwasperformed.Mucoepidermoidcarcinomawasdiagnosedonthebasisofhistopathologicevaluation.Thepatientthenreceived70Gyofradiation.Therehavebeennorecurrencesfor24monthssinceexenteration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1294.1297,2012〕Keywords:粘表皮癌,涙腺部腫瘍.mucoepidermoidcarcinoma,lacrimalglandtumor.はじめに粘表皮癌は唾液腺や気道粘膜に原発することが多く,涙腺原発の粘表皮癌は非常にまれである.今回筆者らは涙腺由来の粘表皮癌を経験し,眼窩内容除去術を施行し,病理組織学的に悪性度が高かったため局所の放射線照射の併用を行った.この腫瘍の特徴を検討し,治療方法について考察する.I症例症例:79歳,女性.主訴:右上眼瞼外側の腫脹.初診:2010年2月19日.既往歴:78歳で胆石症に対して胆.摘出術をうけている.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:3カ月前より右上眼瞼に腫脹を生じ近医眼科を受診.眼窩蜂巣炎の診断で治療されていたが,上眼瞼の腫脹が増強してきたため,苫小牧市立病院眼科(以下,当科)へ紹介となった.初診時所見:視力はVD=0.3(0.7×+2.0D(cyl.1.0DAx70°),VS=0.2(1.0×+2.5D(cyl.1.0DAx80°).眼圧はRT=16mmHg,LT=14mmHg.前眼部,中間透光体,眼底には軽度の白内障以外に特記所見はなかった.右上眼瞼外側には軽度の腫脹がみられ,触診で涙腺部に一致して弾性硬,可動性のない腫瘤を眼窩骨と眼球の間に触知した.MRI(磁気共鳴画像)検査を施行したところ,涙腺部の腫瘍はT1強調画像で外眼筋と同程度の中等度の信号を呈し,T2強調画像で不均一な低.中等度の信号を示し,腫瘍は薄い被膜を伴っていた(図1).また,外眼角部にも同様の腫瘤がみられた(図2).造影MRIでは不均一な造影増強効果がみられた(図3).全身所見:血液化学的検査では異常を認めなかった.PET-CT(positronemissiontomography-computedtomography)による全身検査では,右眼窩部への集積がみられたが,その他全身に明らかな集積はなかった.臨床経過:2010年4月26日,診断および治療方針を決めるために生検を行った.生検は外眼角部の皮膚を切開して,皮下の腫瘤を切除した.病理組織学的検査では異形成の高い〔別刷請求先〕中村聡:〒053-8567苫小牧市清水町1-5-20苫小牧市立病院眼科Reprintrequests:SatoshiNakamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Tomakomai-City-Hospital,1-5-20Shimizu-cho,Tomakomai-shi053-8567,JAPAN129412941294あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(118)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 図1深部涙腺腫瘍のMRI所見上:T1強調画像.外眼筋と同程度の中等度の信号を呈した(矢印).下:T2強調画像.不均一な低.中等度の信号を示した(矢印).図3ガドリニウム造影によるMRIT1強調画像上:深部の腫瘍.下:外眼角部の腫瘍,不均一な造影増強効果がみられた.腫瘍細胞と硝子化した間質が発達していた.軽度のリンパ球浸潤がみられたがリンパ球の異形成はみられなかった.悪性度の高い未分化癌で腺癌や粘表皮癌が疑われたため,同年5月28日に右眼窩内容除去術を施行した.摘出腫瘍は外眼角部皮下に球形の直径15mm大の白色結節がみられ,また涙腺導管を介して連続性に,開口部の結膜に直径7mm大の娘結節を形成していた(図4).病理組織学的検査では粘表皮癌と診断された.同年7月7日から右眼窩部に1回2Gyで35回,合計70Gyの放射線照射を行った.その後退院し,当科外来で経過観察を行っている.2年後の現在,局所的な再発はなく,遠隔転移も認めていない.病理組織学的所見:ヘマトキシリン-エオジン(HE)染色,(119)図2外眼角部腫瘍のMRI所見上:T1強調画像,下:T2強調画像.図4眼窩内容除去術で摘出した腫瘍の割面外眼角部の皮下には直径15mm大の白色結節病変(矢印)がみられ,涙腺導管(△)を介して連続性に開口部の結膜に直径7mm大の娘結節(▲)を形成していた.図5腫瘍組織のHE染色標本腫瘍は硝子化した間質が発達し,そのなかには扁平上皮様細胞と中間型細胞,粘液産生を伴う腫瘍細胞を認めた.あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121295 図6腫瘍組織のalcianblue染色標本粘液細胞がみられ,青色に染まる粘液物質を有していた.periodicacidSchiffstain(PAS染色),alcianblue染色を行い,光学顕微鏡的に検索した.腫瘍は硝子化した間質が発達しており,そのなかには紡錘形から多辺形の細胞で核も円形の扁平上皮様細胞や中間型細胞と細胞質のやや明るく粘液産生を伴う腫瘍細胞からなっていた.腫瘍細胞はシート状に胞巣を形成して増殖する所見がみられた.腫瘍細胞は核の大小不同,異型な核や異常核分裂像が散見され,細胞間橋を有していた(図5).Alcianblue染色では粘液細胞がみられ,青色に染まる粘液物質を有していた(図6).また,PAS染色でも粘液物質を有する粘液細胞がみられた(図7).以上の所見から本症例は粘表皮癌と診断された.粘液産生細胞の割合が乏しく,扁平上皮様細胞が多いことから低分化型で悪性度の高いGrade3の粘表皮癌と診断された.II考按粘表皮癌は1945年Stewartら1)によってmucoepidermoidtumorとして記載された.粘表皮癌は唾液腺や気道粘膜に発生することが多い.唾液腺原発の粘表皮癌では,中年図7腫瘍組織のPAS染色標本粘液物質を有する粘液細胞がみられた.層に好発するが,小児に発生することもある2,3).涙腺での発生は非常にまれであり,国内では8例が報告されている4.11)(表1).発症年齢は50.80歳で,中年から高齢に好発している.Eviatarら12)の涙腺原発粘表皮癌のreviewでも中年から高齢に好発しているが,12歳の小児に発症した例もみられる.今回筆者らはMRIによる検査を行ったが,MRIの画像について言及している報告は少ない.Warnerら13)は,MRI検査ではT1強調画像で高信号を呈するとしているが,本症例ではあてはまっていなかった.木村ら10)の報告では,腫瘍はT1強調画像で筋肉よりもわずかに高い中等度の信号強度を呈し,T2強調画像で不均一な低.中程度の信号を呈していた.ガドリニウム静注後のT1強調画像では,全体に不均一な造影増強効果がみられた.本症例のMRIによる画像所見でも木村らの報告例と比較的類似したMRI所見を呈していた.また,本例では涙腺導管を介して2つの腫瘤がみられ,その外側を皮膜が覆っている所見がみられた.眼窩原発の粘表皮癌は症例数が少なく,予後のまとまった表1涙腺で発生した粘表皮癌の国内報告例一覧症例報告者年齢(歳)・性別悪性度治療1松尾(1978)51・男性軽度Kronlein手術,rad2星野(1980)67・男性高度En3高橋(1984)65・男性高度Ex,rad4吉田(1984)81・男性高度Ex5藤江(1993)53・女性中等度Ex6響(1995)75・女性軽度Ex7木村(2000)66・男性中.高度En,chem,rad8松崎(2011)38・男性軽.中度Ex9本例79・女性高度En,radrad:放射線照射,En:眼窩内容除去術,Ex:腫瘍摘出術,chem:化学療法.術後経過8カ月生存2年2カ月生存1年3カ月で死亡3カ月で死亡1年6カ月生存5年5カ月生存6カ月生存2年生存2年生存1296あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(120) 統計データの報告がない.粘表皮癌は,扁平上皮様細胞と粘液産生細胞からなり,その移行型の中間型細胞がみられることもある.粘液産生細胞にはPAS,alcianblue,mucicarmineなどのムチン染色に陽性を呈するムチンがみられる.粘液産生細胞の割合が多く,扁平上皮様細胞が少なく,異型性に乏しいほど高分化型で予後は良好であり,粘液産生細胞の割合が乏しく,扁平上皮様細胞が多く,細胞異形成が著しいほど低分化型で予後は不良である.Thorvaldssonら14)は唾液腺原発粘表皮癌の12年生存率で,悪性度の低いGrade1では100%,Grade2では97%,Grade3では43%と報告している.Seifertら15)は唾液腺原発粘表皮癌の5年生存率で高分化型では95%,中分化型では80.90%,低分化型では25.30%と報告している.低分化型の粘表皮癌では高分化型,中分化型の粘表皮癌に比べて極端に生命予後が不良になっている.涙腺原発粘表皮癌の国内報告例では(表1),悪性度が高い症例では5例中2例が死亡している.死亡した2例は局所切除が行われ,生存している3例では眼窩内容除去術が行われている.Eviatarら12)の涙腺原発粘表皮癌のreviewでも悪性度の低いGrade1およびGrade2では生命予後が良好であるのに対して,悪性度の高いGrade3では死亡例が多くみられる.特にGrade3で生存している症例は眼窩内容除去を施行されているのは注目すべき点である.悪性度の高い粘表皮癌の症例に対しては眼窩内容除去術を行い,腫瘍とともに周囲の組織を含めて広範囲に切除する必要があると思われる.涙腺原発粘表皮癌に対する放射線療法は国内の報告例では,松尾ら4)が7,000radのライナック照射を,高橋ら6)は4,000radのリニアック照射を,木村ら10)は60Gyの放射線照射を行っている.筆者らの症例では病理学的所見で悪性度が高かったため,局所再発防止のため70Gyの放射線照射を施行した.Jakobssonら16)は粘表皮癌に対する放射線の感受性は低いと報告している.粘表皮癌に対する放射線治療の報告例は少なく,放射線による効果は現在のところ不明であり,今後より多くの症例による検討が必要である.文献1)StewartFW,FooteFW,BeckerWF:Mucoepidermoidtumorsofsalivaryglands.AnnSurg122:820-844,19452)KrollsSO,TrodahlJN,BoyersRC:Salivaryglandlesionsinchildren.Cancer30:459-469,19723)NagaoK,MatsuzakiO,SaigaHetal:HistopathologicalstudiesonparotidglandtumorsinJapanesechildren.VirchowsArchPatholAnatHistol388:263-272,19804)松尾信彦,長谷川栄一,藤原久子ほか:涙腺原発の粘表皮癌の一例.眼紀29:1011-1111,19785)星野元宏,市川宏:名大眼科22年間における眼科腫瘍109例の検討─第2報,発生頻度および病理組織像について─.眼紀31:648-656,19806)高橋博之,横山寧恵,片岡和洋ほか:涙腺に原発した粘表皮癌の1例.臨床皮膚科38:1145-1148,19847)吉田雅子,雨宮次生:涙腺原発粘表皮癌の1症例.眼臨78:695-699,19848)藤江直子,三村康男,谷崎勍ほか:涙腺部粘表皮癌の1例.あたらしい眼科10:1421-1426,19939)響徹,鈴木純一,小成賢二ほか:眼科領域にみられたmucoepidermoidcarcinomaの2例.臨眼49:719-723,199510)木村久理,阿部俊明,所敏広ほか:涙腺原発の粘表皮癌の1例.臨眼54:1339-1343,200011)松崎晶子,川上智子,青山肇ほか:涙腺の粘表皮癌の1例.診断病理28:90-93,201112)EviatarJA,HornblassA:Mucoepidermoidcarcinomaofthelacrimalgland.25casesandareviewandupdateoftheliterature.OphthalmicPlastReconstrSurg9:170181,199313)WarnerMA,WeberAL,JakobiecFA:Benignandmalignanttumorsoftheorbitalcavityincludingthelacrimalgland.NeuroimagingClinNorthAm6:123-142,199614)ThorvaldssonSE,BeahrsOH,WoolnerLBetal:Mucoepidermoidtumorsofthemajorsalivaryglands.AmJSurg120:432-438,197015)SeifertG,BrocheriousC,CardesaAetal:WHOinternationalhistologicalclassificationoftumors.Tentasivehistologicalclassificationofsalivarygland.PatholResPract186:555-581,199016)JakobssonPA,BlanckC,EnerothCM:Mucoepidermoidcarcinomaoftheparotidgland.Cancer22:111-124,1968***(121)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121297

外傷性黄斑円孔が自然閉鎖した後に再発がみられた1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1291.1293,2012c外傷性黄斑円孔が自然閉鎖した後に再発がみられた1例山本裕樹*1,2佐伯忠賜朗*1鷲尾紀章*1土田展生*1幸田富士子*1*1公立昭和病院眼科*2お茶の水・井上眼科クリニックLateReopeningofSpontaneouslyClosedTraumaticMacularHoleHirokiYamamoto1,2),TadashiroSaeki1),NoriakiWashio1),NobuoTsuchida1)andFujikoKoda1)1)DepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital,2)OchanomizuInouyeEyeClinic症例は13歳,男性で,軟式野球ボールが右眼に当たり受傷した.初診時の視力は右眼(0.3),左眼1.2(矯正不能),右眼眼底に黄斑円孔,および軽度の硝子体出血,網脈絡膜萎縮を認めた.受傷約1カ月後に円孔は自然閉鎖した.しかし受傷後約1年で黄斑円孔の再発を認めた.しばらくしても自然閉鎖が得られず,円孔の拡大および視力低下をきたしたため,硝子体手術を施行した.術後円孔は閉鎖した.自然閉鎖した外傷性黄斑円孔の再発はまれであるが,閉鎖後も再発の可能性があることに留意すべきである.また,再発した外傷性黄斑円孔に対し硝子体手術は有用であった.A13-year-oldmalewasstruckintherighteyebyarubberball.Best-correctedvisualacuitywas0.3rightand1.2left.Fundusexaminationdisclosedmacularhole,slightvitreoushemorrhage,andchorioretinalatrophy.Onemonthlater,themacularholeclosedspontaneously.Aboutoneyearafterthetrauma,themacularholereopenedanddidnotspontaneouslyclose,butenlarged.Vitrectomywasperformed.Themacularholeclosedafterthesurgery.Whilemacularholereopeningmightbeararecomplication,ophthalmologistsshouldbeawareofitspossibleoccurrenceaslatecomplicationofaspontaneouslyclosedtraumaticmacularhole.Vitrectomywasaneffectivetreatmentforreopeningofaspontaneouslyclosedtraumaticmacularhole.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1291.1293,2012〕Keywords:外傷性黄斑円孔,自然閉鎖,再発,黄斑前膜,硝子体手術.traumaticmacularhole,spontaneousclosure,reopening,epiretinalmembrane,vitrectomy.はじめに鈍的外傷に続発する外傷性黄斑円孔は,自然閉鎖が早期より認められることが多い.受傷後約3カ月の経過観察のあとに,閉鎖しない場合は硝子体手術が有効であると報告されている1.5).一旦自然閉鎖したのち再発した外傷性黄斑円孔は,非常にまれな合併症6)である.今回,自然閉鎖したのち再発した外傷性黄斑円孔を経験し,硝子体手術により閉鎖し良好な結果を得られたので報告する.I症例患者:13歳,男性.初診:2008年9月24日.主訴:右眼視力低下.現病歴:2008年9月15日軟式ボールが右眼に当たり,その後視力低下を自覚して近医を受診し,公立昭和病院眼科を紹介された.既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.初診時所見:視力は右眼0.1(0.3),左眼は1.2(矯正不能),眼圧は右眼18mmHg,左眼は14mmHg,右眼は軽度散瞳状態であった.眼底に軽度の硝子体出血,視神経乳頭の発赤,網脈絡膜萎縮,約0.2乳頭径大の黄斑円孔を認めた(図1).経過:受診から約1カ月後の10月22日に黄斑円孔は自然閉鎖し(図2),矯正視力も(0.5)に改善した.その後も脈絡膜萎縮は残るものの,円孔は閉鎖していた.受傷から約8カ月後の2009年5月27日に矯正視力(0.8)であった(図3).2009年9月9日の再診時,黄斑円孔の再発,黄斑前膜を認めた(図4).しかし,矯正視力が(0.9)で比較的良好で,自覚症状もなかったため,経過観察とした.2009年11月25日受診時には矯正視力が(0.4)に低下し,円孔の拡大を〔別刷請求先〕山本裕樹:〒187-8510東京都小平市天神町2-450公立昭和病院眼科Reprintrequests:HirokiYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital,2-450Tenjin-cho,KodairaCity,Tokyo187-8510,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)1291 図42009年9月9日のOCT写真黄斑円孔の再発を認め,網膜萎縮部に収縮した黄斑前膜を認める.図1a2008年9月24日の眼底写真軽度の硝子体出血,黄斑鼻側に網脈絡膜萎縮,視神経乳頭の発赤,約0.2乳頭径大の黄斑円孔を認める.図1b2008年9月24日の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)写真全層の黄斑円孔を認める.図5a2009年11月25日の眼底写真1/3乳頭径の黄斑円孔の再発を認める.図5b2010年11月25日のOCT写真図4と比較し黄斑円孔の拡大を認める.図22008年10月22日のOCT写真黄斑円孔は閉鎖しているが,網膜の萎縮を認める.図62010年12月24日のOCT写真黄斑円孔は閉鎖し,黄斑上膜は認めない.図32009年5月27日のOCT写真黄斑円孔は閉鎖しており,網膜の萎縮がみられる.1292あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(116) 図72010年7月21日の眼底写真黄斑円孔は閉鎖している.認めた(図5).2009年12月10日,右経毛様体扁平部硝子体切除術〔人工的後部硝子体.離作製+内境界膜.離+20%SF6(六フッ化硫黄)ガスタンポナーデ併用〕を施行した.術後に黄斑円孔は閉鎖し(図6),矯正視力は(0.3)であった.その後も再発なく経過している(図7).II考察鈍的外傷に続発する外傷性黄斑円孔は,自然閉鎖が早期より認められることがある.円孔が閉鎖しない場合には,硝子体手術が有効であるといわれている1.5).自然閉鎖したのち再発するのはまれである6).特発性黄斑円孔の場合,再発の原因は,黄斑円孔手術後の黄斑前膜によるもの,白内障手術施行後の黄斑浮腫によるものとの報告がある7,8).本症例では受傷1カ月後に自然閉鎖し,約1年後,黄斑円孔の再発を認めた.再発の原因としては網脈絡膜萎縮側の黄斑前膜の収縮により黄斑部に水平方向の牽引がかかり,閉鎖した円孔の再発を惹起したことが考えられる.再発時,自覚症状もなく矯正視力も変化ないため,再び自然閉鎖を期待して経過観察したが,円孔の拡大および視力低下を認め,収縮した黄斑前膜に変化がないため自然閉鎖は期待できないと考え,硝子体手術を施行した.外傷性黄斑円孔の再発はまれであるが,その原因として黄斑前膜が関与して再発する可能性が今回考えられた.自然閉鎖後も経過観察が必要だと思われる.また,再発した症例に対して硝子体手術は有効であった.文献1)MitamuraY,SaitoW,IshidaMetal:Spontaneousclosureoftraumaticmacularhole.Retina21:385-389,20012)徐麗,新城ゆかり,蟹江佳穂子ほか:外傷性黄斑円孔の治療.眼紀53:287-289,20023)長嶺紀良,友寄絵厘子,目取真興道ほか:外傷性黄斑円孔に対する硝子体手術成績.あたらしい眼科24:1121-1124,20074)土田展生,西山功一,戸張幾生:外傷性黄斑円孔に対し内境界膜.離が有効であった2症例.臨眼54:961-964,20005)佐久間俊郎,田中稔,葉田野宜子ほか:外傷性黄斑円孔の治療方針について.眼科手術15:249-255,20026)KamedaT,TsujikawaA,OtaniAetal:Latereopeningofspontaneouslyclosedtraumaticmacularhole.RetinalCases&BriefReports1:246-248,20077)PaquesM,MassinP,SantiagoP:Latereopeningofsuccessfullytreatedmacularholes.BrJOphthalmol81:658662,19978)PaquesM,MassinP,BlainPetal:Long-termincidenceofreopeningofmacularhole.Ophthalmology107:760766,2000***(117)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121293

Kabuki Make-up 症候群に合併した家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)の1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1287.1290,2012cKabukiMake-up症候群に合併した家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)の1例宇野仁揮*1,2吉田香織*1松田泰輔*1,3前田貴美人*1石川太*1大黒浩*1*1札幌医科大学医学部眼科学講座*2深川市立病院眼科*3市立小樽病院眼科ACaseofFamilialExudativeVitreoretinopathywithKabukiMake-upSyndromeHitokiUno1,2),KaoriYoshida1),TaisukeMatsuda1,3),KimihitoMaeda1),FutoshiIshikawa1)andHiroshiOhguro1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,FukagawaMunicipalHospital,3)DepartmentofOphthalmology,OtaruMunicipalHospitalKabukimake-up症候群の男児がCoats病様の後極部滲出性病変で初発した家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)の1例を報告する.症例は11カ月の男児で,患児と視線が合わないことに両親が気づき,札幌医科大学附属病院眼科を受診した.眼底検査では,左眼のみに黄斑部に及ぶ網膜下黄白色隆起性病変を認め,眼窩部MRI(磁気共鳴画像)で検眼所見と一致した網膜下隆起性病変を認めた.Coats病と診断したが,後に左眼の滲出性病変が進行し,牽引乳頭を呈するようになり,右眼眼底にも網膜上に白色膜様組織と軽度の滲出性病変が出現した.蛍光眼底撮影を施行し,両眼に周辺部網膜血管の多分岐,直線化などの走行異常と広範な網膜無血管野を認めたことから最終的にはFEVRの診断に至った.両眼の網膜無血管野に対して冷凍凝固療法,網膜光凝固術を施行し,病変の進行を認めていない.患児は,特異な顔貌,精神運動発達遅滞,反復性中耳炎から1歳11カ月時に小児科にてKabukimake-up症候群と診断された.これまでKabukimake-up症候群にFEVRが合併した報告はなく,非常にまれな1例として報告する.An11-month-oldinfantwithKabukimake-upsyndromedevelopedfamilialexudativevitreoretinopathy(FEVR),withCoatsdisease-likeexudateintheposteriorpole.Hisparentsnoticedhisabnormaleyecontact,andconsultedouruniversityhospital.Coatsdisease-like,yellow-whiteprotrudingsubretinallesionswereevidentintheposteriorpoleofhislefteyeuponfundoscopicexaminationandmagneticresonanceimaging.Fluoresceinangiographyrevealedlinearvesselsandanon-perfusedlesionwithintheperipheralretinaofbotheyes.ThepatientwasthereforefinallydiagnosedashavingFEVR;cryopexyandphotocoagulationtherapywerethenperformedtowardtheretinalavasculararea.HewasalsodiagnosedashavingKabukimake-upsyndromeattheageof1yearand11months,baseduponthespecificmanifestationsincludingpeculiarcountenance,mentalretardationandrepetitiveotitis.Thusfar,noreportisavailableregardingKabukimake-upsyndromeassociatedwithFEVR;wethereforereportthiscaseasaveryrareone.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1287.1290,2012〕Keywords:家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR),後極部滲出性病変,Kabukimake-up症候群.familialexudativevitreoretinopathy,familialexudativevitreoretinopathy(FEVR),exudateintheposteriorpole,Kabukimake-upsyndrome.はじめにKabukimake-up症候群は,1981年にNiikawaら1)とKurokiら2)によって報告された先天性奇形症候群であり,特異な顔貌,骨格異常,特異な皮膚紋理,精神発達遅滞,低身長,易感染性などを特徴とする.切れ長の眼瞼裂,下眼瞼外側1/3の外反は100%にみられ,これが歌舞伎役者の隈取りをした目を思わせることが由来とされる.Kabukimakeup症候群の60%に角膜パンヌス,青色強膜,斜視,眼瞼下垂,脈絡膜コロボーマ,視神経低形成,若年白内障,Peters奇形,屈折異常などの眼科的合併症があると報告3,4)されて〔別刷請求先〕宇野仁揮:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HitokiUno,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,S1W16,Chuoku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(111)1287 いるが,網膜血管障害の合併例はない.今回,筆者らはKabukimake-up症候群にCoats病様のI症例後極部滲出性病変で初発した家族性滲出性硝子体網膜症患者:11カ月,男児.(FEVR)のまれな1例を経験したので,報告する.主訴:視線が合わない.既往歴:満期産,正常分娩で出生.切れ長の眼瞼裂,下眼瞼外側1/3の外反,外側1/2の疎らな弓状の眉毛,つぶれた鼻尖といった特徴的な顔貌(図1),精神運動発達遅滞,反図1顔面写真切れ長の眼瞼裂,下眼瞼外側1/3の外反,外側1/2の疎らな弓状の眉毛,つぶれた鼻尖が認められる.図2眼窩部MRIT2脂肪抑制強調画像左眼に視神経より耳側に隆起性病変を認める.図31歳9カ月時の眼底写真と蛍光眼底写真左上:右眼眼底写真.黄斑耳側の網膜上に白色膜様組織および軽度の網膜下滲出性病変を認める.右上:左眼眼底写真.黄斑部から耳側にかけて網膜下に黄白色滲出性病変および網膜上の白色膜様組織により牽引乳頭が生じている.左下:右眼FA写真.耳側周辺部血管の直線化,多分岐,および無血管野を認めるが,新生血管は認めない.黄斑耳側に牽引されたけ血管および白色網膜下滲出性病変に淡い蛍光漏出を認める.右下:左眼FA写真.黄斑部から耳側にかけて網膜下への旺盛な過蛍光,周辺部耳側から下方にかけての血管の直線化,多分岐,および周辺部の無血管野を認めるが,新生血管は認めない.異常血管からの淡い蛍光漏出も認める.1288あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(112) 復性中耳炎などの所見から1歳11カ月時に小児科にてKabukimake-up症候群と診断された.皮膚科でアトピー性皮膚炎と診断され治療中.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:患児と視線が合わないことに両親が気付き,札幌医科大学附属病院眼科を受診した.眼科所見:初診時,視力,眼圧は測定不可.左眼に角膜反射15°の内斜視を認め,眼振や眼球運動障害は認めなかった.前眼部・中間透光体に異常なく,眼底は左眼に黄斑部から耳側にかけて約3視神経乳頭径大の網膜下黄白色滲出性病変を認めたが,右眼には検眼鏡的に異常は認めなかった.眼窩部MRI(磁気共鳴画像)は左眼に検眼所見と一致した,網膜下に限局的な隆起性病変を認めた(図2).以上の所見と乳児の片眼性の病変であることからCoats病と診断した.黄斑部を中心とした病変であり視力予後の期待が困難であることが予想されたことから経過観察を行った.II経過外来での定期検査で,徐々に左眼の滲出性病変が進行し,牽引乳頭を呈するようになり,さらに1歳8カ月時には右眼眼底の黄斑耳側の網膜上に白色の膜様組織および軽度の滲出性病変の出現が認められたため,1歳9カ月時に全身麻酔下図42歳1カ月時の眼底写真と蛍光眼底写真左上:右眼眼底写真.黄斑耳側の網膜上に白色の膜様組織および軽度の滲出性病変はやや改善し,耳側に網膜光凝固瘢を認める.右上:左眼眼底写真.黄斑部から耳側にかけて網膜下にある黄白色の滲出性病変や牽引乳頭に変化はなく,周辺部耳側から下方にかけて冷凍凝固術および網膜光凝固瘢を認める.左下:右眼FA写真.周辺部耳側無血管野に網膜光凝固瘢を認め,新生血管の出現は認めない.黄斑耳側に認めた淡い蛍光漏出はやや消退した.右下:左眼FA写真.黄斑部から耳側にかけて網膜下への旺盛な過蛍光は残存している.新生血管は認めない.(113)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121289 で蛍光眼底撮影(FA)を施行した.FAでは両眼ともに周辺部網膜血管の多分岐,直線化などの走行異常と広範な網膜無血管野を認めた(図3)ことからFEVRと診断し,両眼の網膜無血管野に対して冷凍凝固療法を行った.続いて1歳10カ月時および2歳1カ月時に全身麻酔下で眼底検査およびFAを実施し,残存した網膜無血管野に対し,網膜光凝固術を追加した.現在は外来にて定期的に眼底検査を施行しているが,網膜光凝固術後2年5カ月の経過(4歳3カ月時)で,左眼の網膜牽引は収縮し皺襞形成を認め,右眼は耳側の滲出性病変は消退し,病変の進行を認めていない.III考按家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)とは,無症候性にゆっくりと進行し,眼底検査や裂孔原性網膜.離で発見されることが多い疾患であり,軽症例では網膜血管の走行異常(耳側周辺部網膜血管の分岐過多,直線化,血管吻合,血管途絶と周辺部網膜の無血管野)を認め,進行すると滲出性変化や線維血管膜増殖を生じ,硝子体出血,牽引乳頭,黄斑偏位などの病態を呈する.乳幼児にみられる活動性のFEVRでは急速に進行し,牽引乳頭や鎌状網膜.離,硝子体出血を合併することが多い5).本症例では,初発網膜病変が片眼性の網膜下黄白色滲出性病変であり,家族歴がなく,Coats病の特徴(片眼性で,小児や若年男子に好発し,黄白色の網膜下滲出物の存在)に一致したことからCoats病と診断した.しかし,経過中に左眼の牽引乳頭の出現,右眼の網膜上に白色の膜様組織および軽度の網膜下滲出性病変の出現,さらにはFAにて網膜血管の多分岐・直線化が明確化することで診断がFEVRへと至った.このような非典型的な眼底所見の経時的変化を認めたことで,診断が難渋したが,本症例のようにCoats病様の高度な滲出性病変を呈した症例6)も報告されている.FEVRはこれまで眼科に特異的な疾患であり,他の全身所見は正常であると考えられてきたが,近年,骨密度低下という全身症状を伴う骨粗鬆症偽網膜膠腫症候群(OPPG)との遺伝的な関連性が示唆された7)ことは興味深いことである.しかし,FEVRとKabukimake-up症候群との関連性についての報告はない.Kabukimake-up症候群は,1981年にNiikawaら1)とKurokiら2)によって報告された先天性奇形症候群であり,特異な顔貌,骨格異常,特異な皮膚紋理,精神発達遅滞,低身長,易感染性などを特徴とするものである.ほとんどが孤発例で,新生突然変異による常染色体優性遺伝か,染色体微小欠損が推測されている8).本症候群の責任遺伝子は不明であったが,2010年に12番染色体上にあるヒストンメチル基転移酵素の一種であるMLL2の機能不全が原因である可能性が高いということが明らかにされた9).本症候群の60%に角膜パンヌス,青色強膜,斜視,眼瞼下垂,脈絡膜コロボーマ,視神経低形成,若年白内障,Peters奇形,屈折異常などの眼科的合併症があると報告されている3,4).心血管系の異常としては,心房中隔欠損症などの報告4)があるが,筆者らが渉猟しえた限りでは,網膜血管障害の報告はない.今回,Kabukimake-up症候群に合併したFEVRの一例として報告した.両症候群の関係は不明であるが,軽微なFEVRは眼症状に乏しく見過ごされている可能性もあり,今後Kabukimake-up症候群の症例ではFEVRの可能性も考慮に入れるべきと思われた.文献1)NiikawaN,MatsuuraN,FukushimaYetal:Kabukimake-upsyndrome.JPediatr99:565-569,19812)KurokiY,SuzukiY,CyoHetal:Anewmalformationsyndromeoflongpalpeblalfissures,largeears,depressednasaltip,andskeletalanomaliesassociatedwithpostnataldwarfismandmentalretardation.JPediatr99:570-573,19813)川目裕:Kabukimake-up症候群.小児内科35:251253,20034)平形恭子,大島崇,西川朋子ほか:Kabukimake-up症候群の眼科的所見.臨眼43:1331-1335,19895)岩崎琢也:家族性滲出性硝子体網膜症.眼科学第1版,Ⅰ巻,p409-410,文光堂,20026)KondoH,HayashiH,OshimaKetal:Frizzled4gene(FZD4)mutationsinpatientswithfamilialexudativevitreoretinopathywithvariableexpressivity.BrJOphthalmol87:1291-1295,20037)近藤寛之:家族性滲出性硝子体網膜症.臨眼62:138-144,20088)NiikawaN,KurokiY,KajiiTetal:Kabukimake-up(Niikawa-Kuroki)syndrome.AmJMedGenet31:565589,19889)NgSB,BighamAW,BuckinghamKJetal:ExomesequencingidentifiesMLL2mutationsasacauseofKabukisyndrome.NatGenet42:790-793,2010***1290あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(114)

緑内障患者の日常生活困難度と両眼視野

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1281.1285,2012c緑内障患者の日常生活困難度と両眼視野水木健二*1,2山崎芳夫*1早水扶公子*1*1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*2春日部市立病院眼科DailyLivingDisabilityandBinocularVisualFieldExaminationinPatientswithGlaucomaKenjiMizuki1,2),YoshioYamazaki1)andFukukoHayamizu1)1)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualScience,NihonUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KasukabeCityHospital目的:緑内障患者の日常生活困難度と両眼視野との関係を検討する.対象および方法:重度視野障害を有する緑内障患者46例に対し,30項目からなる日常生活困難度の調査を行い,スコアを求めた.Humphreyfieldanalyser(HFA)のEsterman両眼開放視野を測定しEstermanスコアを算出した.同様に中心24-2プログラムと中心10-2プログラムを行い,bestlocationmodelにより両眼加算視野を作成し,平均totaldeviation(TD)を求めた.結果:日常生活困難度スコアとEstermanスコアとのSpearman順位相関係数はr2=0.124(p=0.017),HFA24-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.171(p=0.004),HFA10-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.242(p=0.001)であった.結論:重度視野障害を有する緑内障の日常生活困難度には中心10°以内の視野障害が影響する.Purpose:Toevaluatetherelationshipbetweendailylivingdisabilityandbinocularvisualfieldexaminationinpatientswithglaucoma.SubjectsandMethods:Weexamined46patientswithglaucomawithseverevisualfielddefects.Dailylivingdisabilitywasassessedusingaquestionnaireconsistingof30questions.ThebinocularEster-manvisualfieldtestwasperformedwithaHumphreyfieldanalyzer(HFA).Thebinocularcompositionvisualfieldsofcentral24-2andcentral10-2fieldsofHFAwerecalculatedusingthosemonocularvisualfieldsaccordingtothebestlocationmodel.Therelationshipamongdailylivingdisabilityscore,Estermanscore,andmeantotaldeviation(mTD)ofbinocularcompositionvisualfields.Results:ThedailylivingdisabilityscorewassignificantlycorrelatedtotheEstermanscore(r2=0.124,p=0.017),mTDofbinocularcompositioncentral24-2field(r2=0.171,p=0.004),andcentral10-2fields(r2=0.242,p=0.001).Conclusions:Theseresultssuggestthatvisualfielddamagewithincentral10-degreesstronglyaffecteddailylivinginpatientswithsevereglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1281.1285,2012〕Keywords:緑内障,日常生活困難度,Esterman視野,両眼加算視野,Humphrey視野計.glaucoma,dialylivingdisability,Estermanvisualfield,binocularcompositionvisualfield,Humphreyfieldanalyzer.はじめに緑内障は適切に治療されなければ失明に至る重篤な視機能障害をもたらす疾患である.平成17年度厚生労働省難治性疾患研究報告書「網脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究」1)において,緑内障が視覚障害の原因の第1位を占めることが明らかにされている.平成7年の身体障害者福祉法改正により視力障害認定基準に視野障害の重み付けが増し,視覚障害者に占める緑内障患者数は急増している2).同時に,身体障害者のqualityoflife(QOL)の改善を目的とする調査が行われるようになり,緑内障患者については日常生活活動困難度に影響する視野障害重症度の評価が求められている.Estermanが考案した両眼開放視野は片眼ずつの視野検査よりQOLと相関があることが報告され3),その後,Crabbらにより自動視野計の静的閾値検査結果の左右眼を重ね合わせた両眼加算視野が提唱されている4)が,緑内障患者のQOLの評価について,両眼視野の検査法別の比較検討の報告はない.今回,筆者らは緑内障患者を対象にQOLアンケートを行うとともに,両眼開放視野と両眼加算視野の関連について検討を行ったので報告する.〔別刷請求先〕山崎芳夫:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:YoshioYamazaki,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualScience,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchikami-machi,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(105)1281 I対象および方法対象は,日本大学医学部附属板橋病院にて経過観察中の緑内障患者から,本研究参加に書面で同意が得られた視野障害重度の後期緑内障患者46例である.症例の選択基準は,①少なくとも1眼がHumphreyfieldanalyser(HFA,Zeiss,Dublin,CA,USA)中心24-2プログラム(HFA24-2)のmeandeviation(MD)が.20decibel(dB)以下,②矯正視力が両眼とも0.5以上(対数視力0.57以下),③眼位異常も含め緑内障以外の視野に影響を及ぼす眼疾患のないもの,とした.対象の年齢は65±11歳(平均±標準偏差),レンジは39.85歳,男性39例,女性7例である.緑内障の病型は原発開放隅角緑内障(狭義)が28例,正常眼圧緑内障が13例,.性緑内障が2例,発達緑内障が2例,続発緑内障が1例で表1日常生活困難度質問項目1020304070506080図1Esterman両眼開放視野の検査点Ⅰ文字の読み書きについて1新聞の見出しの大きい文字は読めますか読めない・読みづらい・読める2新聞の細かい文字は読めますか読めない・読みづらい・読める3辞書の細かい文字は読めますか読めない・読みづらい・読める4電話帳はひけますかひけない・ひきづらい・ひける5電車の料金表は見えますか見えない・見づらい・見えるⅡ文章の読み書きについて6文章の読み書きに不自由を感じますかよく感じる・時々感じる・感じない7縦書きの文章を書くと曲がることがありますかよくある・時々ある・ない8文章を一行読んだ後,次の行がすぐ見つかりますか見つからない・見つけづらい・見つかるⅢ家の近所の外出について9一人で散歩はできますかできない・しづらい・できる10見づらくて歩きづらいことがありますかよくある・時々ある・ない11信号を見落とすことはありますかよくある・時々ある・ない12歩行中,人やものにぶつかることがありますかよくある・時々ある・ない13階段につまづくことはありますかよくある・時々ある・ない14段差に気づかないことはありますかよくある・時々ある・ない15知人とすれ違っても,相手から声をかけられていないとわからないことはありますかよくある・時々ある・ない16人や走行中の車が脇から近づいてくるのが見えないことがありますかよくある・時々ある・ないⅣ交通機関(電車,バス,タクシー)を利用した外出について17見づらくて外出に不自由を感じることはありますかよくある・時々ある・ない18知らない所へ外出する時,付き添いが必要ですか必要・いたほうがいい・必要ない19タクシーは拾えますか拾えない・拾いづらい・拾える20電車やバスでの移動に不自由を感じますかよく感じる・時々感じる・感じない21夜間の外出は見づらくて不安を感じますかよく感じる・時々感じる・感じないⅤ食事について22見づらくて食事に不自由を感じることはありますかよく感じる・時々感じる・感じない23見づらくて食べこぼしてしまうことがありますかよくある・時々ある・ない24お茶を注ぐとき,こぼしてしまうことがありますかよくある・時々ある・ない25おはしでおかずをつかみ損ねることがありますかよくある・時々ある・ないⅥ整容について26下着の表と裏を間違えることはありますかよくある・時々ある・ない27鏡で自分の顔は見えますか見えない・見づらい・見えるⅦその他28テレビは見えますか見えない・見づらい・見える29床に落とした物を探すのに苦労することがありますかよくある・時々ある・ない30電話に顔を近づけないとかけづらいことがありますかよくある・時々ある・ない1282あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(106) あった.視野検査はHFAを用い,両眼開放下でEsterman両眼開放視野を行った後,HFA24-2とHFA中心10-2プログラム(HFA10-2)を片眼ずつ施行した.Esterman両眼開放視野は,図1に示すように日常生活上重要な視野領域に重み付けを行い,下方,中心,赤道経線上により多くの検査点が配置されており,左右80°,上方50°,下方70°の範囲に合計120点の測定点からなる3).HFAには両眼同時測定用の矯正レンズ枠がないため,Esterman両眼開放視野検査は色付きレンズを除き,日常装用している多焦点,もしくは単焦点レンズを眼鏡装用下で行った.測定条件は,刺激視標サイズはGoldmannIII,刺激輝度は10dBの単一輝度である.反応がなかった点を再度刺激し,2回目で反応がない点を暗点と判定した.120点の測定点に対して反応があった点の数を百分率表示しEstermanスコアとした.HFA24-2とHFA10-2は近方視力完全矯正下で右眼,左眼の順に測定した.測定条件は,刺激視標サイズはGoldmannIII,検査ストラテジはSwedishInteractiveThresholdAlgorithm(SITA)-Standard(SITA-standard)を用い,測定点の感度閾値を求めた.HFA24-2は中心視野30°以内に測定点54点,HFA10-2は中心視野10°以内に測定点68点の左右眼の対応する感度閾値を比較し,良好な感度閾値を各測定点の感度閾値と定義し(bestlocationmodel),両眼加算視野を作成した4).両眼加算視野の測定点はHFA24-2は左右眼で重複しない2点を除外した52点,HFA10-2では全点が対応し68点である.両眼加算視野の評価は各測定点のtotaldeviation(TD)から,患者ごとに平均TDを算出した.日常生活活動困難度のアンケート調査はSumiら5)の考案した生活不自由度問診表を用いた.質問項目は文字・文章の読み書き,近所の歩行外出,交通機関の利用,食事,着衣・整容,その他の7項目30問で構成され(表1),各問について不自由度に応じて「支障なし」を0点,「やや困難」を1QOLスコア項目(満点)文字の読み書き(10)文章の読み書き(6)近所の外出歩行(16)図2QOLスコア交通機関の利用(10)項目別分布食事(8)整容(4)その他(6)点,「困難」を2点とした3段階に点数化し,QOLスコアとした.すなわち,全項目で支障なしは0点,すべて困難の場合は60点である.QOLスコアとEstermanスコア,HFA24-2およびHFA10-2の両眼加算視野の平均TDについて,Spearman順位相関係数を求め,緑内障患者のQOLと両眼視野の検査法別の関係について検討した.また,対数視力両眼和についても同様の検討を行った.本研究は,日本大学医学部附属板橋病院臨床研究委員会の承認を得て実施した.II結果全患者46例のQOLスコア値は9±9点(0.34点)であった.QOLスコアの項目別分布を図2に示す.項目別には近所の外出歩行の不自由度の訴えが最も多く,ついで文章の読み書き,文字の読み書きの順であった.Estermanスコアは79±17点(29.97),両眼加算視野の平均TDは,HFA24-2が.14.8±7.3dB(.27.8.0.2),HFA10-2が.13.2±8.0dB(.31.5.0.9)であった.対数視力両眼和は0.16±0.41(.0.24.1.16)であった.QOLスコアと各両眼視野検査結果との相関関係を図3に示す.Estermanスコアはr2=0.124(p=0.017)(図3a)HFA24-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.171(p=0.004)(,)(図3b),HFA10-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.242(p=0.001)(図3c)であった.QOLスコアの項目別の相関関係は,Estermanスコアは近所の歩行外出(r2=0.121,p=0.018),食事(r2=0.120,p=0.018)の2項目と有意な相関があった.HFA24-2両眼加算視野の平均TDは,文字の読み書き(r2=0.112,p=0.023),近所の歩行外出(r2=0.167,p=0.005),食事(r2=0.149,p=0.008),その他(r2=0.155,p=0.007)の4項目と有意な相関を示した.HFA10-2両眼加算視野の平均TDは文字の読み書き(r2=0.166,p=0%10%20%30%40%50%60%70%80%90%100%項目別スコア::0点■:1点■:2点■:3点■:4点■:5点■:6点■:8点■:9点■:10点■:12点(107)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121283 a:Esterman両眼開放視野605040302010060504030201006050403020100-30.0-20.0-10.00HFA10-2両眼加算視野平均TD(dB)Estermanスコア(点)r2=0.124p=0.017n=46c:HFA10-2両眼加算視野020406080100HFA24-2両眼加算視野平均TD(dB)r2=0.171p=0.004n=46-30.0-20.0-10.00r2=0.242p=0.001n=46b:HFA24-2両眼加算視野図3QOLスコアと各両眼視野結果との相関関係r2:Spearman順位相関係数,p:有意水準.0.005),近所の歩行外出(r2=0.195,p=0.002),交通機関の利用(r2=0.225,p=0.001),食事(r2=0.194,p=0.002),その他(r2=0.329,p=0.000)の5項目と有意な相関を認めた(表2).対数視力両眼和とQOLスコアとの有意な相関はなかった(r2=0.069,p=0.083).対数視力両眼和と各両眼視野検査結果との相関関係は,Estermanスコアがr2=0.002(p=0.742),HFA24-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.019(p=0.370)HFA10-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.147(p=0.009)(,)であった.1284あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012QOLスコア(点)QOLスコア(点)QOLスコア(点)表2QOLスコア項目と両眼視野検査結果の相関EstermanスコアHFA24-2両眼加算視野平均TDHFA10-2両眼加算視野平均TD文字の読み書き文章の読み書き近所の歩行外出交通機関の利用食事整容その他0.078(0.060)0.029(0.255)0.121(0.018)0.067(0.084)0.120(0.018)0.018(0.378)0.029(0.260)0.112(0.112)0.028(0.266)0.167(0.005)0.058(0.107)0.149(0.008)0.028(0.264)0.155(0.007)0.166(0.166)0.056(0.113)0.195(0.002)0.225(0.001)0.194(0.002)0.073(0.069)0.329(0.000)Spearman順位相関係数:r2(有意水準).なお,質問票の信頼性と妥当性について算出したCronbacha係数は0.937であった.III考按わが国の身体障害者に対する福祉行政は,昭和24年に制定,翌年に施行された身体障害者福祉法に始まる.同法の視覚障害認定基準は視力障害を中心に定められていたが,平成7年の法改正より,中心視野障害が日常生活活動において重要な役割をもつことから視能率の概念が認定基準に導入された.同時に法改正により,身体障害者のQOLの改善を目的に日常生活活動の調査が行われるようになり,緑内障患者については日常生活活動困難度に影響する視野障害重症度の評価が注目されている.しかし,同法の認定基準はGoldmann動的視野計を用いた単眼視野を基本とし,現在眼科臨床の視野検査の汎用機である静的自動視野計ではない.そこで,HFAを用いた両眼視野と日常生活困難度について検討した.今回の結果では,緑内障患者のQOLスコアとの関係はHFA10-2の両眼加算視野の平均TDが最も相関が強く,ついでHFA24-2の両眼加算視野の平均TDで,Esterman両眼開放視野スコアは有意な相関を示すが関係は弱いことが示された.また,QOL質問票の項目別スコアとの関係はHFA10-2の両眼加算視野平均TDが5項目,HFA24-2の両眼加算視野平均TDは4項目,Esterman両眼開放視野スコアは2項目であり,本研究で用いたQOLアンケートでは,中心視野10°以内の障害が緑内障患者の日常生活困難度に影響を及ぼしていることが明らかとなった.藤田ら6)は緑内障患者多数例を対象に10項目のQOL質問とEsterman両眼開放視野を行い,本結果と比較して良好な相関関係を示し,その有用性を述べている.しかし,その対象には視力不良者や視野不良者が多数含まれている.本研究(108) では静的視野検査を施行するため,中心固視が困難な視力不良者は含まれていない.したがって,対象となる患者集団の臨床背景によりQOLスコアと各両眼視野検査の結果との相関は異なると思われる.また,同様に対数視力両眼和とQOLスコアとの間に有意な相関はなかった.山縣ら7)は,Goldmann視野計を用いたEsterman両眼開放視野は視野障害者の移動や歩行の困難度の評価に適すると報告し,藤田ら6)もEstermanスコアは屋内行動よりも屋外行動との相関が強いと述べている.本研究結果でもEstermanスコアと歩行困難度は有意な相関を示しており,周辺視野の狭窄は移動や歩行に大きく影響することが確認された.両眼加算視野ではHFA10-2の平均TDがHFA24-2の平均TDよりもQOLスコアとの相関係数が高く,Sumiら5)の報告と同様に,中心視野障害が緑内障患者のQOLと強い関係があることが明らかとなった.視野内の部位と機能的役割については,明確にされておらず推測の域を出ないが,文字や文章の読み書き,食事など屋内での日常活動には中心視野が重要な役割をもち,屋外の行動には中心と周辺を含めた視野全体が関与すると思われる.両眼視野は左右眼の視野を重ね合わせることにより単眼よりも視野が広がると同時に,各眼共通の視野で重なり合う部位は,両眼相互作用の働きであるbinocularsummationにより単眼視よりも網膜感度が増強されることが知られている.Nelson-Quiggら8)は,両眼視感度閾値(binocularsensitivity:BS)について右眼感度閾値(SR)と左眼感度閾値(SL)との間に(BS)2=(SR)2+(SL)2の関係が成立すると仮定したbinocularsummationmodelを構築し,本研究で用いたbestlocationmodelによる両眼加算視野と実測値を比較し,binocularsummationmodelのほうがbestlocationmodelよりも優れているが,両モデル間に有意差はなく,ともに実測値ときわめて近似すると述べている.しかし,binocularsummationの働きは,正常眼や緑内障以外の視野障害例では認めるものの,緑内障眼では成立しないことが報告9,10)されており,緑内障患者についての両眼加重視野の評価は今後の検討課題である.身体障害者福祉法改正により導入された視能率は動的視野の45°ごとの8経線の角度を合計し正常角度の合計で除して算出される.日常生活にとって重要な中心視野や下方視野に比重がおかれていないため,生活不自由度との乖離が指摘されている7).今後,重度の視野障害患者の適切なQOL評価に向け,自動視野計を用いた両眼視野と日常生活困難度との関係について詳細な検討が必要である.文献1)中江公裕,小暮文雄,増田寛次郎ほか:日本における視覚障害の現況.網脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究.平成17年度厚生労働省難治性疾患研究報告書,p263-267,20062)平成18年身体障害児・者実態調査結果.厚生労働省,20073)EstermanB:Functionalscoringofthebinocularfield.Ophthalmology89:1226-1234,19824)CrabbDP,ViswanathanAC,McNaughtAIetal:Simulatingbinocularvisualfieldstatusinglaucoma.BrJOphthalmol82:1236-1241,19985)SumiI,ShiratoS,MatsumotoSetal:Therelationshipbetweenvisualfielddisabilityandvisualfieldinpatientswithglaucoma.Ophthalmology110:332-339,20036)藤田京子,安田典子,中元兼二ほか:緑内障患者における日常生活困難度と両眼開放視野.日眼会誌112:447-450,20087)山縣祥隆,寺田木綿子,鈴木温ほか:視野障害患者の移動困難度評価におけるEstermandisabilityscoreの有用性に関する臨床統計学的研究.日眼会誌114:14-22,20108)Nelson-QuiggJM,CelloK,JohnsonCA:Predictingbinocularvisualfieldsensitivityfrommonocularvisualfieldresults.InvestOphthalmolVisSci41:2212-2221,20009)CalabriaG,CaprisP,BurtoloC:Investigationsofspacebehaviorofglaucomatouspeoplewithextensivevisualfieldloss.DocOphthalmolProSer35:205-210,198310)MillsRP,DranceSM:Estermandiabilityratinginsevereglaucoma.Ophthalmology93:371-378,1986***(109)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121285

落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1276.1280,2012c落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績竹下弘伸山本佳乃越山健山川良治久留米大学医学部眼科学講座SurgicalOutcomeofRepeatTrabeculotomyforExfoliationGlaucomaHironobuTakeshita,YoshinoYamamoto,TakeshiKoshiyamaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:落屑緑内障に対する線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)後の眼圧上昇に対し再度LOTを施行した症例について検討した.対象および方法:落屑緑内障に対し初回LOTを施行した285眼のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)を対象とした.初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再LOTは,初回LOT後に少なくとも1年以上眼圧下降効果が得られていた症例に行った.結果:再LOT後の眼圧および薬剤スコアは,術前と比較して有意に下降した(p<0.05).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率(18カ月)は76.2%であった.追加処置が必要であった合併症は1眼のみであった.結論:落屑緑内障において初回LOT後の再LOTは,重篤な合併症はみられず眼圧下降が得られたPurpose:Toevaluatethesurgicaloutcomeofrepeattrabeculotomy(LOT)forexfoliationglaucoma.Methods:InitialLOTwasperformedin285eyes,ofwhich26eyes(24cases)requiredrepeatLOT.AverageperiodbetweeninitialandrepeatLOTwas49.7±27.7months;follow-upperiodwas19.8±22.5months.Intraocularpressure(IOP)hadbeencontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT.Results:IOPandmedicationscoreafterrepeatLOTdecreasedsignificantlycomparedwithbeforesurgery(p<0.05).Kaplan-Meiersurvivalanalysisshowedthesuccessrate(IOP≦20mmHg)at18monthstobe76.2%.Oneeyehadacomplicationrequiringadditionalprocedure.Conclusions:Inexfoliationglaucoma,withIOPcontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT,repeatLOThadIOP-loweringeffectwithoutseriouscomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1276.1280,2012〕Keywords:落屑緑内障,線維柱帯切開術,再手術,眼圧,生存率.exfoliationglaucoma,trabeculotomy,repeattrabeculotomy,intraocularpressure,survivalrate.はじめに落屑緑内障は,高齢者に多く,発見時すでに高眼圧と進行した視機能障害を有する症例が多いとされており,治療に関しても薬剤抵抗性で外科的な治療を必要とすることが多く,予後不良の症例も少なくない1).落屑緑内障に対する初回手術として線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)が有効であることは多数報告されており2.4),当院においても落屑緑内障に対する初回手術はLOTを標準術式としている.しかし,本疾患に有効とされているLOT後の成績も長期経過では眼圧下降効果は減弱し眼圧コントロールが再度不良となってくることがあり,再手術が必要となった場合,術式選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回手術としてLOT(単独手術もしくは白内障同時手術)の落屑緑内障に対し再手術として再度LOT(単独手術もしくは白内障同時手術)を施行した症例の術後成績をretrospectiveに検討した.I対象および方法対象は1999年2月から2009年12月までに,落屑緑内障に対し初回LOTを行った285眼(白内障同時手術165眼,LOT単独120眼)のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)である.男性14例15眼,女性10例〔別刷請求先〕竹下弘伸:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HironobuTakeshita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN127612761276あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(100)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 11眼,再LOT時の平均年齢は73.1±9.1歳,初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再手術時の再LOTの選択基準は,初回LOT後に少なくとも1年以上,緑内障点眼薬の使用を含め眼圧20mmHg以下にコントロールされていたが,その後に眼圧が21mmHg以上に再上昇した場合を再LOTの適応とした.なお,急激な視野狭窄の進行を認めていた場合には線維柱帯切除術(trabeculectomy:LECT)を行った.初回手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行し,再手術としてLOT単独手術を施行したものをA群,すでに白内障手術後で初回LOTを単独で施行し,再手術として再度LOT単独手術を施行したものをB群,初回手術としてLOTを単独で施行し,再手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行したものをC群とした.A群11眼,B群7眼,C群8眼であった.対象の内訳を表1に示し,対象の背景を表2に示す.平均年齢はA群,B群に比べC群で有意に若かっ表1対象の内訳既往手術初回LOT再LOTA群─LOT+PEA+IOLLOT単独B群PEA+IOLLOT単独LOT単独C群─LOT単独LOT+PEA+IOLLOT:線維柱帯切開術,PEA+IOL:超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術.た(p<0.05).症例数,再LOTまでの期間,術後観察期間は各群に有意差はなかった.手術方法は,初回LOTを白内障同時手術で同一創より施行した症例では,再手術として耳側もしくは鼻側の下方象限よりLOTを施行した.初回LOTを下方象限より施行した症例では,その対側の下方象限より再LOTを施行した.なお,白内障同時手術では超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を角膜切開で行い,LOTにおいてはsinusotomyおよびdeepsclerectomyの両方またはいずれかを併用した.術後は,前房内に逆流した血液がSchlemm管内壁切開部を覆い,流出路障害を起こさないように,術創を避ける方向に側臥位をとらせた.検討項目は再LOT後の眼圧経過,薬剤スコア,生存率,合併症,視力,湖崎分類での視野の経過を検討した.薬剤スコアは緑内障点眼1剤を1点,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を2点と換算した.生存率はKaplan-Meier生命表法を用い,2回連続で眼圧が20mmHgを超えた時点,炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加した時点,再手術を追加した時点を死亡と定義した.II結果再LOT前後の全体における眼圧経過を図1に示す.再LOT前の平均眼圧は,28.1±5.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,術後24カ月まで有意な眼圧下降していた表2対象の背景全体A群B群C群眼数平均年齢(歳)再LOTまでの期間(月)観察期間(月)2673.1±9.149.7±27.719.8±17.81177.3±4.859.0±32.719.8±22.5775.6±9.942.0±23.514.8±7.1865.1±8.3*43.7±22.724.2±17.7*p<0.05(Mann-Whitney検定).4035302520151050術前13******眼圧(mmHg)n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26術前136121824眼圧(mmHg):A群:B群:C群*********40353025201510506121824観察期間(月)観察期間(月)図1眼圧経過(全体)図2眼圧経過(群別)術後24カ月まで眼圧は有意に下降した(Wilcoxonsigned-A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下降ranktest:p<0.05).していた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった.(101)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121277 76543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群7654321076543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群76543210術前136121824術前1361218観察期間(月)観察期間(月)図3薬剤スコア(全体)図4薬剤スコア(群別)平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少をA群およびC群では経過中再LOT前と比較して有意に減少し認めた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).ていた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった.10076.2%A群100%C群83%B群43%10080生存率(%)8060生存率(%)60404020006121824観察期間(月)図5生存率(全体)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で76.2%であった.(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).再LOT前後の群別における眼圧経過を図2に示す.再LOT前の全体における平均眼圧は,A群29.6±6.5mmHg,B群28.1±2.4mmHg,C群26.0±6.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下20006121824観察期間(月)図6生存率(群別)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点でA群100%,B群43%,C群83%であった.1.0降していた(p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった(図2).再LOT前の全体における平均薬剤スコアは4.7±1.1点で最終視力0.1あり,再LOT後の平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少を認めた(p<0.05)(図3).再LOT前の各群における平均薬剤スコアは,A群4.4±1.1点,B群5.2±0.9点,C群4.3±1.0点であった.3カ月時点でA群およびC群では1点前後に減少し,その後両群とも徐々に増加する傾向がみられたが,経過中の薬剤スコアは再LOT前と比較して有意に減少していた(p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった(図4).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で全体76.2%(図5),A群100%,B群43%,C群83%(図6)であった.1278あたらしい眼科Vol.29,No.9,20120.01光覚弁0.010.11.0術前視力図7視力経過術前と最終視力を比較して2段階以上視力が低下したのは2眼(7.7%)であった.術中・術後合併症は,1週間以上遷延した前房出血を2眼に認めた.また,Descemet膜.離を1眼,4mmHg以下の低眼圧を2眼,トラベクロトームの早期穿破を1眼に認め(102) 最終視IaIbIIaIIbIIIaIIIbIVVaVbVbVaIVIIIbIIIaIIbIIaIbIa術前視野図8視野経過湖崎分類による術前と最終視野を比較して視野狭窄が進行したのは5眼(19%)であった.た.追加処置が必要であった合併症は,前房出血の遷延に対し前房洗浄を要した1眼のみであった.再LOTの術前と最終視力の経過を図7に示す.術前と比較して2段階以上視力が低下した症例は2眼(7.7%)あり,その原因は視野狭窄の進行と考えられた.再LOTの術前と最終視野を図8に示す.再LOT前後の視野は,5眼(19%)に視野狭窄が進行した.そのうち2眼は視力低下した症例と一致しており末期緑内障の進行によるものであった.III考察落屑緑内障に対するLOTの有効性と安全性については,すでに多くの報告4,5)があり,当院でも初回手術は下方からのLOTを第一選択としていることが多い.LOTの術後眼圧は,10mmHg台後半に落ち着くことが多いとされて2,4.6)おり,緑内障点眼薬を併用しても眼圧値が20mmHg未満の5年生存率は65.73.5%であると報告されている4,5,7).しかし,再手術が必要となったときは,術式の選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回LOT後の再LOTの術後成績の検討を行った.禰津ら3)は再度LOTを施行する有効性について,初回LOTで眼圧コントロールの改善が得られた症例では再度眼圧コントロールが得られるとしている.しかし,初回LOT無効例においてはSchlemm管以後の生理的な流出路が何らかの原因により廃用性に機能を失っている可能性があり,その場合は他の術式に頼らざるをえないと述べている.落屑緑内障に対する初回LOT後の再LOTの報告として福本ら7)は,落屑緑内障に対し初回LOT後に1年以上にわたって眼圧下降が得られていた症例に対しては再度LOTが有効であるとしている.再手術としてLOT単独とLOT併用白内障手術を比較した場合,LOT併用白内障手術(103)のほうが眼圧,生存率,点眼スコアは良好であったと報告している.今回の検討では,眼圧コントロールについて,眼圧値は24カ月時点において術前と比較し有意に眼圧下降しており,20mmHg未満の生存率は18カ月時点で76.2%と良好な結果が得られ,同様な結果であった.落屑緑内障の眼圧上昇の機序について伊藤ら8),猪俣ら9)は,まず線維柱帯内皮細胞の変性が起こり,線維柱層板肥厚と,線維柱帯間隙の狭窄または閉塞,線維柱帯における落屑物質の形成貯留,さらに虹彩色素上皮などの変性により形成された落屑物質や遊離した色素上皮顆粒,それらを貪食したマクロファージなどが狭くなった線維柱帯間隙に貯留することなどの機序が重なって房水流出抵抗が増大し発生すると述べている.隅角で局所産生された落屑物質が傍Schlemm管結合組織内に集積し,その結果同部とSchlemm管の変性が起こり,房水流出抵抗の増大とそれに続く眼圧上昇をきたすと報告されている1,10).今回,対象を既往手術,手術の順番で群分けし検討を行った.白内障手術既往眼に初回LOTを行い,眼圧が再上昇し再度LOTを行ったB群においては有意に眼圧下降効果が不良であった.B群は白内障手術既往眼で再LOT時すでに3回目の手術となり,他群より1回多く手術による炎症を受けている.落屑症候群を伴う眼では,白内障手術後にも落屑物質が産生される11)ことがいわれており,白内障手術による炎症の既往による変化と落屑物質の線維柱帯への蓄積が房水流出障害を起こし,LOTの再手術の眼圧下降効果を減弱させている可能性があると推測した.しかし,各群の症例数は少なく経過観察期間も短いため,既往手術と手術の順番が手術成績に関連があるかについては,今後も症例数を増やし長期的に検討を要すると考えられた.再LOT後の視力,視野経過については,視力低下が2眼(7.7%),視野進行が5眼(19%)に認められた.寺内ら12)は,LOT後の視力低下は12.2%に認められ,その原因は視野進行に伴うものであり,このうち白内障の進行による8.2%は白内障手術によって改善したと報告している.当院における再LOT後の視力低下は,全症例が眼内レンズ挿入眼であるため白内障進行による視力低下はなく,再LOT前に湖崎分類Ⅳ期の症例が再LOT後に湖崎分類Vb期に進行し,いずれも視野狭窄の進行に伴うものであった.視野狭窄が進行した5眼(19%)は,いずれも湖崎分類IIIa期以上の症例であった.このうち3眼(12%)は再LOT後の眼圧が18mmHg以下でコントロールされていたものの視野狭窄が進行していた.そのため術後の経過観察を行ううえでは,視野の進行度を考慮した目標眼圧を設定しコントロールすることが重要であると考えられた.再手術の術式選択においても目標眼圧がlow-teensである場合,LOTにおける眼圧下降には限界があるとも考えられる.しかし,再度LOTを選択すあたらしい眼科Vol.29,No.9,20121279 るかLECTを選択するかは,視野の進行度や年齢,生活スタイル,全身状態,キャラクターなど症例個々の背景により異なるため,単純に答えは見いだせない.今回の検討から,LOTではLECTでみられるような重篤な合併症13)はみられず,術後管理が容易である点,初回LOTの対側下方から再LOTを行うことで上方結膜を温存する点からも,少なくとも初回LOT後に1年以上眼圧下降効果が得られ視野も進行していない症例に対しては,再度下方からLOTを選択してよいと考えられた.今後も症例数を増やし長期的に検討していきたいと考えている.文献1)布田龍佑:落屑緑内障.眼科手術19:291-295,20062)松村美代,永田誠,池田定嗣ほか:水晶体偽落屑症候群に伴う開放隅角緑内障に対するトラベクロトミーの有効性と術後の眼圧値.あたらしい眼科9:817-820,19923)禰津直久,寺内博夫,沖波聡ほか:トラベクロトミー複数回手術例の経過.眼臨80:499-501,19864)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleffectsoftrabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19935)稲谷大:線維柱帯切開術の術後管理のポイントは?あたらしい眼科25(臨増):172-174,20086)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1148-1152,20087)福本敦子,後藤恭孝,黒田真一郎ほか:落屑緑内障に対するトラベクロトミー後の再手術の検討.眼科手術22:525528,20098)伊藤憲孝,猪俣孟:緑内障を伴う落屑症候群の隅角および虹彩の病理組織学的研究.日眼会誌89:838-849,19859)猪俣孟,田原昭彦,千々岩妙子ほか:落屑緑内障の臨床と病理.臨眼48:245-252,199410)Schlozter-SchrehardtU,NaumannGOH:落屑症候群形態学および合併症.NaumannGOHed:眼病理学II,p13531404,シュプリンガー・フェアラーク東京,199711)名和良晃,辰巳晃子,山本浩司ほか:落屑症候群での超音波乳化吸引術後の落屑物質産生の組織学的観察.臨眼51:1393-1396,199712)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:TrabeculotomyProspectiveStudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,200013)宮田博,市川有穂,杉坂英子:落屑緑内障に対するトラべクレクトミーの手術成績.あたらしい眼科24:952-954,2007***1280あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(104)