特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):37.41,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):37.41,2014エンドポイントマネージメント(PASCALR)EndpointManagement(PASCALR)野崎実穂*はじめにびまん性黄斑浮腫に対するレーザー治療は,過去には格子状光凝固が行われてきたが,その後瘢痕の拡大や癒合,萎縮が問題となり,凝固法などが修正されてきた.現在,わが国では局所性黄斑浮腫の原因となる毛細血管瘤に対する直接光凝固は好まれて行われるが,格子状光凝固法はあまり施行されていない.黄斑浮腫に対して,硝子体手術,局所ステロイド治療,抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬硝子体内投与,といった治療法が誕生してきたなか,閾値下レーザー,という従来の概念とは別のレーザー治療も注目されてきている.今までは閾値下レーザーを行うには,マイクロパルスレーザーが必要であったが,パターンスキャンレーザーであるPASCALRで閾値下レーザーが施行できるエンドポイントマネージメントソフトウェアが開発され,有用性が期待されている.Iエンドポイントマネージメント開発の背景糖尿病黄斑浮腫は,働きざかりの世代の失明原因の上位であり,社会的問題でもある.局所性浮腫には,毛細血管瘤への直接光凝固が有効であるが,びまん性浮腫は,その原因が血液網膜関門破綻,硝子体内サイトカイン,硝子体の牽引などさまざまなものが関係しており,有効な治療法はまだ確立されていない.EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)で,びまん性浮腫に対してびまん性漏出/無灌流領域を凝固する格子状光凝固が有効とされた1)が,その後経年変化で,凝固斑の拡大融合などで,大きな輪状暗点や中心視力の悪化症例などが報告され2),現在のDRCR.netでは,modifiedETDRSテクニックが提唱されている3).この方法は,ETDRSの推奨した格子状光凝固よりも,凝固出力設定を非常に弱くし,凝固斑の拡大融合を防ぐために,できるだけ凝固間隔をあけて打つ,という方法である3).しかし,実際にはわが国では,格子状光凝固はあまり行われていない,というのが現状で4),最近は,格子状光凝固にかわり,閾値下レーザー光凝固が,網膜に不可逆性の障害を残さない治療として注目されてきている5,6).従来の閾値下レーザー光凝固では,マイクロパルスレーザーを用いて,閾値下の出力設定を計算し,できるだけ密に凝固するのが良いと推奨されているが,閾値下出力の設定・計算や,検眼鏡的に確認できない凝固斑の,凝固間隔を密にする,といった手技の難易度もあり,施設によってその治療成績にばらつきがある5,6).一方,2008年にわが国でも販売開始された,パターンスキャンレーザーであるPASCALR(株式会社トプコン)は,従来よりも短照射時間・高出力設定であること,パターンスキャンテクノロジーにより照射パターンもいろいろ選択できる,という特徴がある7).短照射時間・高出力設定であるために,従来の凝固法に比べて,瘢痕拡大が少ない,網膜内層への障害が少ない,というメリットがあり8,9),網膜色素上皮(RPE)のみをターゲッ*MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(37)37トにした治療が可能になった.このPASCALRの特徴を生かし,コンピュータでエネルギーとパターンを細かく制御し,再現性のある均一な凝固斑を用いてRPEに対して閾値-閾値下凝固を可能にしたソフトウェアが,エンドポイントマネージメントである.IIエンドポイントマネージメントとは網膜光凝固の治療効果について考えるとき,凝固エネルギーは,照射出力×照射時間となり,エネルギーが強すぎれば,出血などの問題が,エネルギーが弱すぎると治療効果がまったく得られないことになる(図1).エンドポイントアルゴリズムは,その間の治療効果のあるウインドウを最大限に計算する式である10).熱拡散が,レーザー光凝固による網膜に対する障害の最も大きなファクターであるという背景から,コンピュータモデルを用い,組織の温度上昇,動物実験により得られたheatshockproteinの発現パターンなどをもとに,アレニウス(Arrhenius)積分で計算された係数が得られ,それをもとにエンドポイントアルゴリズムが作成された.つまり,100%(閾値)の照射エネルギーの50%(閾値下)のエネルギーで照射する場合に,その出力と照射時間は,単純に半分になるわけではなく,エンドポイントアルゴリズムにのっとって計算される.100%閾値の出力設定は,“barelyvisible”(見えるか見えないか)凝固に設定することが重要であり,メーカーでは照射約3秒後に,わずかに凝固斑が観察できる程度の設定を推奨して上限下限いる.エンドポイントマネージメントを用い,さまざまな閾値下設定でウサギに照射して,1時間後の眼底所見を調べた実験結果では,100%閾値設定(見えるか見えないか程度の凝固斑)で照射するとカラー眼底写真で観察可能,75%で照射するとカラー眼底写真では判定不能であるが蛍光眼底造影では観察可能,50%の設定ではかろうじて蛍光眼底造影と光干渉断層計(OCT)で観察可能,30%の設定ではどの観察系でも判定不可能であった10).閾値下凝固の浮腫への奏効機序としては,従来の凝固ではRPEが死んでしまうが,閾値下凝固ではRPEが刺激されることにより,細胞修復プロセスが活性化され,その修復プロセスの一環として浮腫が減少すると考えられている.動物実験の結果でも,エンドポイントマネージメントを用いた50%の閾値下凝固では,凝固1日目ではRPEのごく一部が障害されているが,3日目にはRPEは修復されているのが確認されている10).また実際に照射する際,PASCALRで閾値下凝固を行うと,さまざまなパターンが選択できるので,凝固斑が観察できなくても,ある程度均一に照射することは可能ではあるが,“目印”があればより正確に凝固が可能である.そのためにエンドポイントマネージメントには“ランドマーク”機能がついている.ランドマークとは,パターン隅の凝固斑のみベースライン(閾値)とした100%設定にして凝固する機能で,ランドマークを凝固出血かろうじて見える(閾値)観察不可能蛍光眼底造影で観察可能光干渉断層計で観察可能治療効果なしエンドポイントアルゴリズム照射出力照射時間図1エンドポイントマネージメントのアルゴリズム治療効果のあるウインドウを最大限に計算するのが,エンドポイントマネージメントアルゴリズムである.38あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(38)図2実際のコントロールパネル(A,B)A(上):Titrationした後に実際の閾値下凝固を行う.右上(破線枠内)がエンドポイントマネージメント設定.通常50%とする.Maculargridパターンで凝固の場合は,”Fixationlight”Onとすると,固視標が点滅するので,固視が得られやすい.ランドマークは,円周の外周2カ所の隅(矢印)に出る.B(下):3×3などのパターンでも閾値下凝固可能.右上(破線枠内)の“Landmark”をOn/Offすることで,ランドマーク(100%)を操作できる.図はランドマークonの状態.四隅にランドマークが出る.後観察できるため,より確実な閾値下凝固が可能な便利な機能である(図2,3).IIIエンドポイントマネージメントの使用法アーケード外の浮腫のないエリアでまずtitrationを行う.照射時間は15ミリ秒,スポットサイズは200(39)50%(閾値下)50%(閾値下)100%(閾値)ランドマークOffランドマークOn図3ランドマークのシェーマ100%(閾値)出力は検眼鏡で観察可能であるが,50%設定では閾値下になるため,観察不能である.ランドマーク機能を使えば,パターンの4隅(パターンによっては2隅)が100%出力のランドマーク凝固となるので,どこの部位を凝固したかが,確認できる.μm,照射して約3秒後にわずかに凝固斑が認められる最小出力を決める.その後,エンドポイントマネージメントを50%に設定し,ランドマークをONとし,固視標が点滅するように“fixationlightOn”とする(図4A).まず,maculargridパターンで,全周照射(spacingは0.25あるいは0.5),その照射でカバーできなかったエリアを2×2などのパターンで追加凝固する(図4B,5).Maculargridパターンで凝固した円周より内側を照射する場合は,中心窩に近いため“Landmark”をOffにしておかないと,100%閾値設定の凝固が入るため,長期的にはRPE萎縮などが生じる可能性もあるため注意が必要である.凝固後,ランドマークは自発蛍光などで観察可能であるが,50%で設定した凝固斑は,検眼鏡でも自発蛍光,蛍光眼底造影検査でも検出不可能である.ランドマークも,浮腫のない領域で設定した閾値であるため,浮腫の強い症例では,実際には観察できない場合もある.しかし,パターンで凝固できるため,ある程度どの領域が凝固されたかの判定は比較的容易である.また,最初の“見えるか見えないか”(閾値)の凝固設定(100%)が非常に重要で,この設定が高出力であると,50%の閾値下凝固を行っても,凝固斑が検眼鏡で観察でき,“閾値下”凝固ではなくなってしまうので,注意が必要である.おわりにレーザーの“名人”ではなくても,誰でも再現性のある“閾値下”凝固が可能となったエンドポイントマネーあたらしい眼科Vol.31,No.1,201439①アーケード外でtitrationを行い100%(閾値)出力を決定する②Maculargridで,ランドマークをonにしてエンドポイントマネージメント50%設定で凝固するA①アーケード外でtitrationを行い100%(閾値)出力を決定する②Maculargridで,ランドマークをonにしてエンドポイントマネージメント50%設定で凝固するA③Maculargridで凝固(灰色丸内)できなかった部位に3×3(ランドマークon)や2×2(ランドマークoff)のパターンで追加凝固する.B図4エンドポイントマネージメントでの凝固シェーマA:まず,血管アーケード外の網膜でtitrationを行い,100%(閾値)設定を決める.つぎにmaculargridパターンで,ランドマーク機能つきで凝固する.B:Maculargridパターンで凝固(灰色丸内)できなかった部位について,3×3(ランドマークon)や2×2(ランドマークoff)パターンを用いて凝固を追加する.abcde図5エンドポイントマネージメントを用いた実際の症例74歳の女性,左眼びまん性糖尿病黄斑浮腫に対して,他院で格子状光凝固治療を受けたが,浮腫が残存するために当院受診.a,b,c:治療前.OCTで,網膜内.胞と,漿液性網膜.離を認め,中心網膜厚は531μm(a,b).蛍光眼底造影では,びまん性の蛍光漏出を認める(c).視力(0.5).d,e:治療後.出力200mW,50%でエンドポイントマネージメントレーザー施行.OCTで網膜内.胞,漿液性網膜.離が消失,中心網膜厚は315μm.視力(0.7).40あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(40)ジメントソフトウェアは,今後一般的な治療法として広く使用されると思われる.動物実験結果では,50%以下の設定であれば何度でも施行可能で,中心窩を凝固しても問題は起きない,とも言われている.また,すでに海外でも使用されており,30%でも治療効果がみられるという報告もあり,症例に応じて30.70%で使い分けているようである.一方で,欧米人と日本人ではRPEの色素量の違いなどがあり,欧米のデータをそのまま日本人に当てはめると,長期の経過ではRPEの萎縮などが出現する可能性もある.今後,われわれは,日本人に適したエンドポイントマネージメントの凝固設定を確立していく必要があると考える.文献1)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Treatmenttechniquesandclinicalguidelinesforphotocoagulationofdiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyReportNumber2.Ophthalmology94:761-774,19872)SchatzH,MadeiraD,McDonaldHRetal:Progressiveenlargementoflaserscarsfollowinggridlaserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol109:1549-1551,19913)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,FongDS,StrauberSF,AielloLPetal:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,20074)野崎実穂,鈴間潔,井上真ほか:日韓糖尿病網膜症治療の現状についての比較調査.日眼会誌117:735-742,20135)FigueiraJ,KhanJ,NunesSetal:Prospectiverandomisedcontrolledtrialcomparingsub-thresholdmicro-pulsediodelaserphotocoagulationandconventionalgreenlaserforclinicallysignificantdiabeticmacularoedema.BrJOphthalmol93:1341-1344,20096)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemainJapanesepatients.AmJOphthalmol149:133-139,20107)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20068)PaulusYM,JainA,GarianoRFetal:Healingofretinalphotocoagulationlesions.InvestOphthalmolVisSci49:5540-5545,20089)植田次郎,野崎実穂,吉田宗徳ほか:網膜光凝固後の組織反応の光干渉断層計による評価PASCALと従来レーザーとの比較.臨眼64:1111-1115,201010)LavinskyD,SramekC,WangJetal:SubvisibleRetinalLaserTherapy:TitrationAlgorithmandTissueResponse.Retina,2013Jul18.[Epubaheadofprint](41)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201441