特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):637.643,2014特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):637.643,2014調節の自覚的・他覚的検査法とその進歩SubjectiveandObjectiveTestsofHumanEyeAccommodation神田寛行*はじめに調節検査はおもに,老視の進行度や神経眼科的疾患が疑われる調節障害の評価や,眼精疲労や不定愁訴の原因精査のために行われる.この検査にはさまざまな検査法が存在するが,大別すると,自覚的調節検査と他覚的調節検査に分類される.自覚的調節検査とは,被検者の視標の見え方を基に調節力などの評価を行う検査法である.また,他覚的検査法とは,屈折検査装置を用いて計測した屈折度を基に調節力や調節微動などの評価を行う検査法である.I自覚的調節検査調節検査は,調節近点(nearpointofaccommodation)および調節遠点(farpointofaccommodation)を測定した後,両者から調節力を算出することを基本とする.調節近点とは調節を最大に働かせた状態の網膜中心窩の共役点(用語解説参照)のことで,調節遠点とはまったく調節を働かせない状態(無調節)の網膜中心窩の共役点のことである(図1).調節近点・遠点の符号は,角膜頂点を基準として,眼前が正,眼後が負である.調節力とは,調節遠点から調節近点までの幅を眼屈折力の変化で表したものであり,その単位はジオプトリー(D)で示される.数式で表すとつぎのようになる.11調節力(D)=調節近点(m).調節遠点(m)……(1)自覚的調節検査では被検者の視標の見え方を基に網膜無調節時最大調節時調節遠点調節近点中心窩中心窩図1調節遠点および調節近点の模式図中心窩の共役点の測定が行われる.網膜中心窩の共役点に位置する視標の像は網膜上に結像するという理屈から,「明瞭な網膜像が得られているとき,その視標は網膜中心窩の共役点に位置しているはず」と推定するのである(厳密には多少の誤差が生じる.II他覚的調節検査を参照).調節近点を測定する場合,視標を近方移動させて,被検者が視標を明瞭に見ることのできる近方側の限界点を探る.この限界点が,調節を最大に働かせたときの網膜中心窩の共役点,つまり調節近点とみなされるのである.また,調節遠点を測定する場合は,被検者が視標を明瞭に見ることのできる遠方側の限界点を探る.例を挙げて説明する.裸眼の状態で,仮に近方側には眼前0.2(m),そして遠方側には眼前1.0(m)まで視標*HiroyukiKanda:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室〔別刷請求先〕神田寛行:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(11)637を明視できたとする.このときの調節近点は+0.2(m),調節遠点は+1.0(m)とみなされる.両者より調節力は以下のように算出される.11調節力(D)=調節近点(m).調節遠点(m)=1.10.2(m)1(m)=4(D)実際の臨床の現場では,自覚的調節検査は完全屈折矯正下で行われる.こうすることにより,完全屈折矯正下の調節遠点は,自動的に無限遠方〔∞(m)〕となる.数式(1)における調節遠点の項がゼロとなるため,複雑な計算を行わなくとも,調節近点の逆数を求めるだけで直接調節力を算出することができる(下記数式参照).また,屈折矯正によって乱視が矯正されることから網膜像のボケを自覚しやすくなり,裸眼時よりも完全屈折矯正下のほうが精密に調節近点を測定できるという利点がある.11調節力(D)=完全屈折矯正下の調節近点(m).∞(m)1=完全屈折矯正下の調節近点(m)自覚的調節検査における最も重要な注意点として,どの距離で視標が明瞭に見えなくなったのかという判断,つまり網膜像のボケの自覚の判断の基準を一定にして回答してもらえるように,十分に被検者に説明することが必要である.また,最大限の調節量を引き出すために,調節近点の測定の際はできるだけ頑張って視標を見るように検者が被検者に対して適切な声かけを行うことが重要である.以下では自覚的調節検査に使用されるおもな検査装置について紹介する.1.石原式近点計(はんだや)(図2)石原式近点計は本稿で紹介する検査機器のなかで最も長く活躍してきた検査機器である.この機器には,屈折矯正レンズを設置するためのレンズホルダー,あご台,そして可動式の視標台が設置されている.視標台は装置の側面に設置されたハンドルを使って,手動で前後に動638あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014かすことができる仕組みとなっている.視標にはLandolt環視標などの近見視標が用いられるが,このほかにも検者が自作した視標を用いることも可能である.ただ,自作の視標を用いる際には視標のサイズやデザインによって検査結果が変わってしまうことがあるので注意を要する.たとえば,大きい視標では視標が多少ボケても模様を認識できてしまうことから,ボケの判断がむずかしい.よって,調節力の測定の際は,被検者が明視可能な最小サイズの視標を用いたほうが望ましい.被検者はあご台に顔を乗せた状態で,視標を固視する.視標を徐々に眼に近づけていき,明視可能な最も近方側の限界を探る.単位時間あたりの屈折度の変化量が一定(定屈折)になるように,眼から離れたところでは視標の移動スピードを速く,眼に近づくにつれて移動スピードを遅く移動させることが望ましい.繰り返し測定を行う場合は,再現性の良いデータを得るために,検査試行ごとに同じパターンで移動させるよう心がける.単純な機構であるが,視標の移動スピードや視標の種類に関して自由度が高いことがこの装置の特長である.視標を手動で動かすことから,検者の習熟度が検査結果の再現性に影響する可能性があるが,これは逆にいえば,検者の習熟度が高ければ再現性の高い測定結果が得られるだけでなく,さまざまな種類の調節刺激パターンを実施することができ,検査の自由度を広げることが可能である.2.両眼開放定屈折近点計(ワック)(図3)両眼開放定屈折近点計は調節近点・遠点の測定を行うことができる.石原式近点計との違いは,視標が電動で移動する点にある.その移動速度は,定屈折になるようにコントロールされる.このような工夫により検査結果が検者の習熟度に影響されにくいという利点がある.また施設が変わっても同じ条件下で測定結果を得ることができる.さらに遮閉板に偏光板を用いることにより,両眼開放下で片眼の調節近点を測定できることも本装置の特長である.これにより自然視に近い状態で調節機能を評価できる.検査時は,近接する視標に対してボケを自覚した時点(12)図2石原式近点計の外観(画像提供:株式会社はんだや)で,被検者にボタンで回答させる.石原式近点計と同様に被検者がボケの判断を常に一定するようにすることが重要である.3.アコモドポリレコーダー(コーワ)アコモドポリレコーダーは調節近点・遠点が測定できるだけでなく,調節緊張時間・弛緩時間といった調節の動的特性を測定することができる.この検査装置は現在販売が終了しているが,現在もなお多くの施設で稼働している装置である.まず,調節遠点と調節近点を本装置で事前に測定してから,調節緊張時間・弛緩時間の検査を実施する.装置内部に設置された視標は,光学的に調節遠点付近と調節近点付近に設置されて,電動で遠方視標と近方視標が交互に切り替わるようになっている.視標が切り替わった直後は,視標にピントが合わないが,その後視標が明瞭に見えるようになったら,被検者にボタンで回答してもらう.近方視表にピントが合うまでの時間を緊張時間,遠方視標にピントが合うまでの時間を弛緩時間として調節時間として測定される.図3両眼開放定屈折近点計“D'ACOMO”の外観(画像提供:株式会社ワック)II他覚的調節検査調節検査の基本は自覚的調節検査であるが,まれに被検者の集中力が持続しない場合や,視標のボケの判断があいまいな場合など,被検者の応答の信頼度が低く,自覚的調節検査では正確な検査結果を得ることがむずかしいことがある.また,このような事例は,特に小児に対する検査で遭遇することが多い.加えて,自覚的調節検査で得られる調節力は,調節ラグの影響により,真の屈折力の変化としての調節力よりも大きな値となってしまう.調節ラグとは調節刺激に対して調節反応量がわずかに少なくなる現象のことで,瞳孔によるピンホール効果や球面収差などにより,焦点深度が深くなることが影響していると考えられる.それに比べ,他覚的調節検査は屈折検査装置を用いて計測した屈折度から調節量を評価するため,調節ラグの影響を排除でき,被検者の応答の信頼度が低い症例でも,調節反応を正確に評価できる.このように他覚的調節検査は自覚的調節検査の限界を補う役割を担っている.ただ,他覚的調節検査でも,調節反応には,被検者の明視努力,矯正視力,視標の大きさ,移動速度などが影響するので,検査時に何もかも機械まかせにせず,検者は被検者の状態を正確に把握して適切な声かけを行うことが重要である.(13)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014639調節力測定を例に他覚的調節検査についてもう少し詳細に説明する.自覚的調節検査は患者の応答に基づいて調節遠点・近点を測定して調節力を算出するのに対し,他覚的調節検査は無調節時および最大調節時の屈折度を屈折検査装置で測定し調節力を算出する.I自覚的屈折検査にて,調節力とは調節遠点から調節近点までの幅を眼屈折度の変化で定義されると述べた.これは言い換えると無調節時の眼屈折度と最大調節時の眼屈折度の差に等しい.(1)式より,調節力(D)=1.1近点(m)遠点(m)=1.最大調節時の網膜中心窩の共役点(m)1無調節時の網膜中心窩の共役点(m)=〔.1×最大調節時の眼屈折度(D)〕.〔.1×無調節時の眼屈折度(D)〕=無調節時の眼屈折度(D).最大調節時の眼屈折度(D)たとえば,仮に.1Dの近視の被検者に対し他覚的調節検査を行ったところ,最大調節時の屈折度が.5Dを示したとする.両者の差より,この被検者の調節力は4Dとなる.他覚的調節検査に用いる装置は,屈折検査装置と視標位置の制御が可能な視標呈示装置で構成される.屈折検査装置にはオートレフラクトメータや波面センサーが用いられる.視標呈示装置には外部視標と内部視標の2種類の方式が存在する.外部視標とは,実空間に設置した視標のことであり,被検者は光学系(屈折矯正レンズを除く)を介さずに直接視標を見ることができる.そのため,両眼開放下での検査が可能になり,自然視に近い状態で検査結果を得ることができる.一方,内部視標とは,屈折検査装置内部に設置された視標のことで,被検者は検査装置内のBadel光学系を介して視標を見る.この場合,見かけ上の視標位置が移動するため,外部視標に比べて装置がコンパクトになり,視標位置の移動幅も広く取ることができる.以下では,他覚的調節検査に用いられる検査装置について説明する.640あたらしい眼科Vol.31,No.5,20141.AA.2000(ニデック)この装置では,内部固視標注視時の調節の時間変化(調節波形)を測定できる.視標の制御モードは,静的特性が失われない速度(約0.2D/秒)で等速度に移動させるモード(等速度制御)と,遠方視標と近方視標を交互に瞬間的に切り替えるモード(ステップ制御)の2種類がある.等速度制御で得られた調節波形を解析することで,調節近点・遠点,調節力,調節ラグが定量できる.またステップ制御で得られた調節応答波形を解析することで,調節緊張時間・弛緩時間,調節ラグが定量できる.この装置の登場によって調節障害の病態が詳細に把握できるようになり,細かくパターン分類されるようになった1).なお,本装置は現在販売されていない.2.AA.2(ニデック)(図4)これは調節応答量と調節微動の解析に特化した調節解析ソフトウェアである.このソフトをインストールしたパソコンとニデック製のオートレフラクトメータを接続することで他覚的調節検査を行う.固視標にはオートレフラクトメータの内部固視標が用いられ,その視標位置はパソコンから制御されて8段階でステップ状に切り替わる.各視標位置で静止視標に対する屈折度の連続測定が行われ,得られたデータから調節微動高周波成分(highfrequencycomponents:HFC)の出現頻度と調節反応量が解析される.調節微動とは調節応答の時間的なゆらぎのことで,特に1.0.2.4Hzの周波数帯の調節微動をHFCとよぶ.検査結果はFK-MAPとよばれるカラースケールを用いた棒グラフの集合体で示される.HFCの出現頻度が低いときは緑色,高いときは赤色で示される.棒グラフの高さは調節反応量を表す.なお,HFCの出現頻度は眼精疲労との関連性があることがKajitaらによって報告されている2).本検査機器以外にもSpeedy-i(ライト製作所)で同様のFK-MAPの測定ができる.3.WMT.1(シギヤ精機製作所GS事業部)(図5)これは,両眼開放視下での調節波形を測定する検査装置で,最近になって市販が始まったばかりの新しい機器(14)図4眼調節機能測定ソフトウェアAA.2を用いた調節検査装置の外観(画像提供:株式会社ニデック)である.両眼開放型のオートレフラクトメータと可動式の外部視標から構成される.視標位置の制御が特徴的で,外部視標にもかかわらず,ステップ制御(急峻な近方移動と静止を繰り返し段階的に近方に移動する),スクエア制御(急峻な近方移動⇒静止⇒急峻な遠方移動⇒静止を繰り返して遠方視と近方視を切り替える),正弦波制御(視標位置が正弦波状に時間変化する),定速度制御(等速度で近方移動と遠方移動を繰り返す),定屈折制御(定屈折で近方移動と遠方移動を繰り返す)などさまざまな制御モードが備わっている.被検者に移動する視標を注視させ,屈折度を毎秒5回のサンプリング頻度で連続的に測定する.両眼開放での測定が可能であることから,上記で紹介した他覚的調節検査装置に比べて,より自然視に近い状図5WMT.1の外観(画像提供:シギヤ精機製作所GS事業部)態で調節機能が評価できる.単眼視で生じる調節は網膜像のボケのみを手がかりにするが,両眼視では融像性輻湊に伴う調節(輻湊性調節)も加わって調節が生じるため,単眼視と両眼視では調節の特性には違いがある.調節障害の病態をより詳細に把握するためには,両眼開放下での他覚的調節検査は重要である.今後の臨床への応用が期待される.III新しい調節検査装置最後に,筆者らの研究グループがトプコン研究開発センターと共同で開発を進めている,新しい調節検査装置“両眼波面センサー”について紹介する.従来の調節検査装置では,近見三反応のすべてを同時に測定することはできなかった.開発中の調節検査装置は,外部視標を用いた両眼開放下での輻湊と調節,および瞳孔反応の同時測定が可能である.加えて,これらの測定を両眼同時かつ連続的に行う(図6).両眼波面センサーには,両眼に1台ずつによるHartmann-Shack型の波面センサーが設置されている(図7).Hartmann-Shack型の波面センサーは眼の屈折度および高次収差の測定を短時間に高精度に測定できるという長所を有する.高次収差のなかでも特に球面収差は,調節量が増加すると負の方向に変化することが知られており3),調節努力の指標として用いることができる.さらに,両眼波面センサーは前眼部撮影カメラを両眼に搭載しており,得られた前眼部映像を解析することで輻湊と瞳孔反応を得る.(15)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014641202076520765時間(sec)時間(sec)051015051015輻湊(MA)右眼調節反応(D)右眼瞳孔径(mm)左眼調節反応(D)左眼瞳孔径(mm)202076520765時間(sec)時間(sec)051015051015輻湊(MA)右眼調節反応(D)右眼瞳孔径(mm)左眼調節反応(D)左眼瞳孔径(mm)図6健常者を対象に,外部視標を等速度で往復運動させたときの,測定結果の1例上より順に,輻湊,調節反応,瞳孔反応の時間変化をグラフで示した.黒の実線は視標位置を,カラーで示したグラフは測定データを示す.視標の近方移動に伴い,輻湊,調節,縮瞳が惹起される様子が捉えられている.また左右の調節および瞳孔反応が同期している様子も捉えられている.視標波面センサー波面センサー図7両眼波面センサーの模式図(左)と外観(右)各眼に波面センサーが搭載され,両眼開放下で外部固視標を両眼視しているときの近見三反応を測定する.まだ研究段階であるが,調節痙攣の病態把握4)や立体おわりに映像に伴う眼精疲労の原因解明に有効であることが示さ近年の光学技術の発達や計算機の処理能力の向上に伴れている.このほかにも,さまざまな疾患への応用が期い,高性能な他覚的調節検査装置がつぎつぎと登場して待される.いる.これらの新しい調節検査装置により,自然視に近642あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(16)い状態で精密かつ動的に調節を評価できるようになった.これにより患者のさまざまな自覚症状を客観的な数値データで示すことが可能となりつつある.■用語解説■共役点(きょうやくてん):幾何光学では,結像関係にある像点と物点の関係を互い共役であるといい,その2点を共役点とよぶ.共役点のいずれか1点から発した光は,もう一方の共役点に焦光する.文献1)近江源次郎,木下茂:赤外線オプトメータによる調節障害のパターン分類─その1調節障害の準静的特性による臨床的分類─.眼紀41:2062-2063,19902)KajitaM,OnoM,SuzukiSetal:Accommodativemicrofluctuationinasthenopiacausedbyaccommodativespasm.FukushimaJMedSci47:13-20,20013)NinomiyaS,FujikadoT,KurodaTetal:Wavefrontanalysisineyeswithaccommodativespasm.AmJOphthalmol136:1161-1163,20034)KandaH,KobayashiM,MihashiTetal:Serialmeasurementsofaccommodationbyopen-fieldHartmann-Shackwavefrontaberrometerineyeswithaccommodativespasm.JpnJOphthalmol56:617-623,2012(17)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014643