特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):43.49,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):43.49,2014SelectiveRetinaTherapy(SRT)SelectiveRetinaTherapy(SRT)山本学*はじめに眼底疾患に対するレーザー治療は,糖尿病網膜症での治療に代表されるように,もともと神経網膜の酸素需要量を減少させることが目的で,網膜の最外層に位置する網膜色素上皮(RPE)内のメラニンにレーザーのエネルギーが吸収されることによる熱凝固が主体であった.色素上皮で発生した熱はその内層の神経網膜,および外層の脈絡膜にも到達し,機能的・機械的な障害が起きる.糖尿病網膜症ではこれを利用して,網膜新生血管の発生を予防もしくは消退させるのであるが,網膜に対する破壊的な治療であることは周知の事実である.これを応用した加齢黄斑変性に対する従来のレーザー治療では,病態の主体である脈絡膜新生血管は消退するものの,視力は保てず機能的には十分な治療とは言い難かった.黄斑疾患に対するレーザー治療の場合,いかに低侵襲で安全に治療できるかが問題となる.従来の熱凝固の場合,治療する部位が黄斑部の中心に近ければ近いほど,視野に見えない場所ができる暗点という合併症が生じやすくなる.また,黄斑部の中心である中心窩に病変がある場合は,従来のレーザーで行えば,高確率で視力低下が発生し,視力も0.1以下になってしまう.これを避けるために,さまざまな工夫を凝らした治療が開発されてきた.加齢黄斑変性では光線力学的療法が臨床応用され,健常な神経網膜に障害を与えずに脈絡膜新生血管を閉塞させることができるようになった.最近,眼科領域でも活発になりつつあるマイクロパルスレーザーである図1SRTレーザーの装置が,これは神経網膜への熱の影響を可能な限り少なくする目的で行われている.マイクロ秒という短い時間で複数回照射するパルス波により,熱の拡散をRPE周囲のみに留めることができる.これにより,神経網膜を保護でき,視機能の低下をもたらすことも最小限となる1.3).SelectiveRetinaTherapy(SRT,選択的網膜色素上皮レーザー治療)は,マイクロパルスレーザーの一種であるが,従来のレーザーと根本的に違うのは,レーザー*ManabuYamamoto:大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学〔別刷請求先〕山本学:〒545-0051大阪市阿倍野区旭町1-5-7大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(43)43の効果が熱凝固ではなく,熱機械的破砕(thermomechanicaldisruption)とよばれる特殊な機序によるところである.従来のマイクロパルスレーザーは限りなく低侵襲にできるメリットはあるものの基本的には熱凝固であるため,神経網膜への影響をゼロにはできない.SRTでは,特殊な条件を整えることにより,RPEのみを標的とし,その内層の神経網膜や外層の脈絡膜へ影響を及ぼすことなく治療できるようになった.このことから,SRT治療におけるコンセプトは,病的なRPEを破砕し,その周囲の健常なRPEの再生を促進することとされる.ISRTの特徴SRTの照射条件を表1に示す.マイクロパルスレーザーである点では他のマイクロパルスレーザーと変わりないが,この照射条件で行うと,熱エネルギーは限りなくRPE内のメラノソーム周囲のみに限局し,その部位での温度が上昇する.それによりメラノソーム周囲に微表1SRTの照射条件波長527nm(Nd:YLFレーザー)1パルスの照射時間1.7μs(1パルス分)1照射のパルス数30発1回のパルス照射エネルギー60μJ.パルス周波数100Hz1照射の時間300msスポットサイズ200μm小気泡が発生し,物理的にRPEが内部より破壊される.これを熱機械的破砕とし,熱凝固では不可能であったRPEのみをターゲットにすることを可能にした.従来の熱凝固とSRTの違いを模式図にしたものを図2に示す.熱凝固の場合では,閾値を超えた照射部位のみならず,その周囲のRPEや神経網膜,脈絡膜にまで熱の影響は及ぶが,SRTの場合は,照射した部位のRPEのみに影響し,その周囲のRPEや神経網膜・脈絡膜にはまったく影響しない4).熱機械的破砕を行う条件としては,50マイクロ秒以下のマイクロパルスレーザーで行うことが望ましいとされているが,ナノ秒までになると効果が不安定になるため,現在の照射条件となった経緯がある.ここでRPEの機能を述べる.RPEは網膜最外層で単層に並び,細胞間はtightjunctionとよばれる強固な細胞接着構造を持つ.RPEは生体内ではtightjunctionによる血液網膜関門の主体となるバリア機能として活躍する他,脱落した視細胞外節を貪食し,視細胞外節の再生を促進するという神経網膜の恒常性を維持するのに非常に重要な役割を持っている.SRTの作用機序を図3に示す.もともとRPEは増殖能が強いが,増殖するスペースがないと増殖しない.病的なRPEが存在すると,tightjunctionの破綻が発生したり,色素上皮の貪食能が低下したりすることで,神経網膜の恒常性が損なわれ,視機能低下につながる.SRT図2熱凝固とSRTの違い従来の熱凝固では,閾値を超えた照射部位の周囲にも熱の影響があり,神経網膜・脈絡膜側への熱の拡散が起こる.一方,SRTでは照射部位周囲への熱の拡散はなく,効果は網膜色素上皮のみに限局される.44あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(44)abcd図3SRTの作用機序病的な網膜色素上皮(RPE)により,網膜下へ滲出液が貯留する(a),SRTレーザーを照射すると,病的RPEが破砕される(b),破砕されたスペースへ正常なRPEが再増殖する(c),網膜下滲出液の吸収が促進される(d).abcdefgh図4SRT照射実験網膜色素上皮と脈絡膜を豚眼より取り出したorgancultureによるSRTの照射実験.a:単層に並んだ網膜色素上皮.b~g:SRTの照射エネルギーを徐々に大きくしていくと,微小気泡が大きくなる.h:SRT照射後.照射部位のRPEは破砕されている.では,この病的なRPEを破砕し,健常なRPEの再増殖に確認しながら治療ができていた.しかしながら,SRTを促す目的で照射を行う.SRTで病的RPEが破砕されでは熱凝固は発生しないため凝固斑は生じず,造影検査た後は,およそ数日から2週間程度で健常なRPEが再などで後から確認することはできても,リアルタイムに増殖し,もとの構造を取り戻すとされている.治療効果を確認することはできないため,不十分な治療SRTがRPEのみを標的にできることが判明したものに終わったり,不必要にエネルギーが大きくなったりすの,実際の治療には問題点もあった.従来の熱凝固による可能性も考えられた.不十分であった場合は追加の治るレーザーでは,神経網膜が白濁する凝固斑を見ること療が必要になる程度で済む(患者への負担が多くなるこができ,これによって臨床的にレーザー照射が適正になとは不利益ではある)が,照射エネルギーが大きくなっされていると判断していた.マイクロパルスレーザーでた場合は,周囲への熱エネルギーの拡散は生じるわけでも同様で,淡く網膜の深層が白濁するかしないかというはなく,微小気泡の発生が多く,大きくなる(図4).照ことを基準とすることが多く,熱凝固の影響を検眼鏡的射エネルギーが大きくなることで,生体内では密着して(45)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201445表2SRTのモニターEnergyBurstSpotsizeSpotOA-Value/μJnumber/μm186743302002824203020031043,0243020041052,10530200左から順にレーザー照射番号,照射エネルギー,OA値,パルス回数(30回で固定),スポットサイズ.SRTを照射するたびにリアルタイムで表示される.50Zeit[μs]Zeit[μs]500102030Zeit[μs]図5OA値の測定4050エネルギーが弱くRPEが破砕される前は,30回のパルスの波形は一定であるが,エネルギーを強くしRPEが破砕されるほどになると,波形が乱れ始める.OA値はこの乱れを計算して測定している.いる神経網膜や脈絡膜側への物理的障害が懸念される.そこで,SRTの治療効果が一定になるように,光音響値(optoacousticvalue:OA値)が測定できるように追加で開発された(表2).RPE内で微小気泡が形成されると,RPEが膨張し,それによる振動が生じる.そ46あたらしい眼科Vol.31,No.1,201401020304050μJ2000-200-400Druck[μbar]010203040125μJ6004002000-200-400-600-500Druck[μbar]125μJ10005000-500-1000Druck[μbar]の振動をトランスジューサーで読み取り,波形として測定する.SRT照射1回におけるパルス照射回数は30回であり,微小気泡がRPEを破砕するのに十分なエネルギーでない場合は,30回のパルスの間,ほぼ常に一定の波形が得られる.エネルギーを強くしていき,RPEが破砕され始めると,30回のパルス波は均一でなくなり乱れが生じてくる.この乱れを数値に変換することで,レーザー照射の効果が十分であったかどうかが推測できる(図5).このOA値のおかげで,リアルタイムに照射エネルギーが十分かどうか判定でき,SRTの治療効果はかなり安定したものになっていると思われる.II中心性漿液性脈絡網膜症に対する治療中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)は,働き盛りとされる30.50代の男性に多いとされている.その症状としては,ものが歪んで見える変視症,ものが小さく見える小視症,中心が暗く見える中心暗点で,視力低下は軽度であるとされる.片眼性が多いが,両眼発症も少なからず存在する.原因は心身のストレスと言われ,重症の腎疾患患者や,副腎皮質ステロイド薬投与患者でも誘発されることがある.自然治癒の傾向が強く,通常数週間から半年で自然治癒するとされているが,最近では遷延や再発する症例も少なくない.比較的早期に自然治癒した場合は,後遺症を残すことなく終わることも多いが,遷延・再発を繰り返す場合は,視力低下や変視症などが改善できないこともある.その所見としては,黄斑部に限局した境界鮮明な漿液性網膜.離を認め,小型の漿液性網膜色素上皮.離を伴うこともある.フルオレセイン蛍光眼底造影検査を行うと,漿液性網膜.離内に通常1個,時には数個の蛍光漏出点がみられる.漏出は比較的激しく,噴水状や円形に拡大する(図6).病態生理は,原因は不明とされるが,インドシアニングリーン蛍光眼底造影で異常脈絡膜組織染がみられることから5),脈絡膜血管の異常透過性亢進にあるとされる.脈絡膜の透過性が亢進し,脈絡膜内に組織液が貯留することで,RPEが二次的に障害され,バリア機能が破綻すると,脈絡膜の組織液が神経網膜下へ漏出し,RPE(46)の網膜から脈絡膜へのポンプ機能低下も加わり,ますます網膜下に滲出液が貯留すると考えられている.CSCに対する治療としては,CSC自体に自然治癒傾向が強いことから,網膜.離吸収促進のために末梢循環改善薬や蛋白分解酵素製剤を補助的に使った経過観察をすることも多い.罹病期間の短縮,黄斑萎縮の予防,再発の予防目的で漏出点にレーザー凝固を行うが,黄斑部中心の中心窩に近いと通常のレーザー治療はできない.このような症例においては,最近では,加齢黄斑変性に使用する光線力学的療法が,中心性漿液性網脈絡膜症にも有効であるとの報告がある6).保険適用外使用であるが,効果は高いものと思われる.漏出点が中心窩付近にあっても治療することが可能であり,脈絡膜異常透過性亢進の部位に照射することで,透過性亢進が抑制さabc図6CSCの症例a:眼底写真.矢頭に漿液性網膜.離を認める.b:フルオレセイン蛍光眼底造影.旺盛な蛍光漏出がみられる(矢印).c:光干渉断層計による網膜の断層写真.中心窩下に漿液性網膜.離がみられる(矢印).ab図7SRT後のフルオレセイン蛍光眼底造影と光干渉断層計治療前にみられた蛍光漏出は,SRT3カ月後に消失している(矢印).また治療前にみられた漿液性網膜.離も消失している(下段).(47)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201447れ,漿液性網膜.離が消失すると考えられている.光線力学的療法の問題点としては,現在保険適用外であるため高額な治療費を自己負担で行わなければならない点,脈絡膜循環への影響は大きく,長期的な視力予後は不明である点,また,光線力学的療法の治療時に使用するベルテポルフィンは光感受性物質であり,治療後5日程度は強い直射日光を避けるなどの光予防が働き盛りの患者に必要である点である.脈絡膜への影響を最小限に治療効果を高める方法としては,照射量半減などの方法が試みられ,良い結果が得られている7).SRTの過去の報告では,急性期のCSCに対しSRTを行い,無治療で経過を見たものよりも圧倒的に漿液性網膜.離の消失率が良かったとされている8).SRTも光線力学的療法と同じく,漏出点が中心窩付近にあっても理論的には治療することが可能である.当科でも2011年6月にSRTを導入した後,CSCに対し,倫理委員会承認のもと,SRTの臨床試験を開始した.3カ月以上遷延し,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)で蛍光漏出を伴うものを対象とした.治療は漏出点をすべてカバーできるようにレーザー照射範囲決定し,OA値を参考に十分な効果が得られるように照射を行った.照射直後にFAを再検し,照射部位に間違いないことを確認した.その結果,3カ月後には約半数,6カ月後で8割程度の漿液性網膜.離の消失,FAでの蛍光漏出の消失が得られ,また3カ月後以降で術前と比較し視力改善もみられた.以上のことから,遷延したCSCの症例に対するSRTは,治療6カ月後までの短期経過では,視力維持,滲出性変化の改善に有効であったと思われた(ARVOannualmeeting,2013).III今後の展望CSCに関しては,引き続き継続した試験を行い,長期的にもSRTの有効性・安全性を検証していく必要があると思われる.また,今回は遷延したCSCのみを対象としたが,SRT自体のきわめて高い安全性を考慮すれば,発症後に可及的早期の段階でSRTを行うことは,社会復帰までの期間が短縮できる可能性などを考慮する48あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014と,自然治癒を待つよりも有効であると思われる.今後は急性期CSCに対するSRTの治療効果も検討していきたい.また,マイクロパルスレーザーの領域では,糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症に対する治療として有効であったという報告がある9).また過去のSRTの報告では,遷延性網膜.離に対する治療も有効とされている10).これを受けて,当科でも2012年9月に糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑部網膜浮腫,遷延性網膜.離,網膜.離手術後の残存網膜.離に対し,倫理委員会承認を受け,治療を開始している.最近では,糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症では,抗血管内皮増殖因子(VEGF)阻害剤の硝子体内注射により,網膜内の浮腫の軽減,視力改善に有効であったという報告が多い.しかしながら,抗VEGF阻害剤の単独治療では薬剤の効果の消失とともに再発も多く,治療回数が増え患者への負担も大きくなっている.これにSRTを併用することで,さらなる網膜内浮腫の軽減,視力改善が期待でき,ひいては再発を抑え,治療回数を減少させることも可能ではないかと考えている.SRTは眼科領域における他の眼底レーザー治療と比較し,低侵襲であるため,良好な視力であっても臆することなく治療を行うことができる.特に視力に関わる黄斑部近辺に病変が及ぶ場合には,神経網膜への影響を考え,なかなか治療に踏み切ることができなかった.視機能をできるだけ良く保つためには,疾患の早期発見,早期治療が基本であるが,SRTが治療適応となる場合には,早期治療の第一選択として考えていけるものと期待している.文献1)ChenSN,HwangJF,TsengLFetal:Subthresholddiodemicropulsephotocoagulationforthetreatmentofchroniccentralserouschorioretinopathywithjuxtafovealleakage.Ophthalmology115:2229-2234,20082)ParodiMB,SpasseS,IaconoPetal:Subthresholdgridlasertreatmentofmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusionwithmicropulseinfrared(810nanometer)diodelaser.Ophthalmology113:2237-2242,20063)稲垣圭司,伊勢田歩美,大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫に対する直接凝固併用マイクロパルス・ダイオードレーザー閾(48)値下凝固の治療成績の検討.日眼会誌116:568-574,20124)SchueleG,RumohrM,HuettmannGetal:RPEdamagethresholdsandmechanismsforlaserexposureinthemicrosecond-to-millisecondtimeregimen.InvestOphthalmolVisSci46:714-719,20055)HayashiK,HasegawaY,TokoroT:Indocyaninegreenangiographyofcentralserouschorioretinopathy.IntOphthalmol9:37-41,19866)YannuzziLA,SlakterJS,GrossNEetal:Indocyaninegreenangiography-guidedphotodynamictherapyfortreatmentofchroniccentralserouschorioretinopathy:apilotstudy.Retina23:288-298,20037)LaiTY,ChanWM,LiHetal:Safetyenhancedphotodynamictherapywithhalfdoseverteporfinforchroniccentralserouschorioretinopathy:ashorttermpilotstudy.BrJOphthalmol90:869-874,20068)KlattC,SaegerM,OppermannTetal:Selectiveretinatherapyforacutecentralserouschorioretinopathy.BrJOphthalmol95:83-88,20119)RoiderJ,LiewSH,KlattCetal:Selectiveretinatherapy(SRT)forclinicallysignificantdiabeticmacularedema.GraefesArchClinExpOphthalmol248:1263-1272,201010)KoinzerS,ElsnerH,KlattCetal:Selectiveretinatherapy(SRT)ofchronicsubfovealfluidaftersurgeryofrhegmatogenousretinaldetachment:threecasereports.GraefesArchClinExpOphthalmol246:1373-1378,2008(49)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201449