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わたしの工夫とテクニック 涙嚢鼻腔吻合術鼻外法における安全な骨窓作製が可能な骨膜剝離子

2012年11月30日 金曜日

あたらしい眼科29(11):1535.1537,2012わたしの工夫とテクニックあたらしい眼科29(11):1535.1537,2012わたしの工夫とテクニックMyDesignandTechnique涙.鼻腔吻合術鼻外法における安全な骨窓作製が可能な骨膜.離子SafeBoneOstiumCreationinExternal-Dacryocystorhinostomy,要約今回作製した両端の骨膜.離子は,一方は平型で上顎骨の骨膜.離に,もう一方はL字型で骨窓作製に特化した形状になっており,涙.窩の縫合線に差し込み小窩をあけることができる.涙.鼻腔吻合術鼻外法の骨窓作製の一方法として,この器具とロンジャーを組み合わせれば,ソノペットやドリルなどの電動器具を使わなくても手術が可能である.また,上顎骨裏側の鼻粘膜を損傷せずに骨窓を作製できるという利点がある.キーワード:涙.鼻腔吻合術鼻外法,骨窓,骨膜.離子,ロンジャー.はじめに涙.鼻腔吻合術(DCR)鼻外法は,DCRを行う術者であるならば,必ず習得しておいてほしい術式である1,2).骨窓の作製時に,ソノペットやドリルなどの電動器具を使わなくても可能なオーソドックスな方法として,骨ノミの使用がある2,3).しかし,ノミは先端が鋭いために,上顎骨内側に存在する鼻粘膜を損傷する危険性がある4).今回,筆者が作製したのは,安全に骨窓を開けることのできる骨膜.離子である.その開発経緯と使用経験につき述べる.I開発の経緯DCR鼻外法は,特殊で高価な電動器具がなくても完遂できる手術である2).ソノペットやドリルなどを使用するのは,骨窓形成の部分であり,ここを手動で行うことにすれば,高価な電動器具を購入する必要はない.今回開発したのは,先端が鈍なL字型をした骨膜.離子である.着想の発端は,筆者がシンガポール留学中に経験したDCR手術である.乱暴にペアンの先で涙骨を穿破する方UsingNewSurgicalRaspatorium中内一揚*全長:17cm図1全長約17cmの中内式骨膜.離子の全貌(M-2018)(上)と,骨窓作製時に特化したL字型形状の先端(左下)および平型骨膜.離子の形状(右下)法5)もあるが,注目したのが骨窓形成時に,Traquair’speriostealelevatorという両端がL字型になった骨膜.離子を使って手術を行う方法である6).この器具を使うことで,鼻粘膜を損傷せずに骨窓を開ける「とっかかり」を得ることができる.この.離子はSpeedwaySurgicalCo.(India)が販売しているが,日本には代理店がなく購入がむずかしい.そのため,筆者はこの.離子を改良し,先端形状をさらに骨窓作製用に特化し,もう一方の先端は平型の骨膜.離子とした(図1).II対象平成22年4月から平成24年3月の2年間に当院にてDCR鼻外法を施行した12例14眼に,この骨膜.離子を用いて手術を施行した.*KazuakiNakauchi:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕中内一揚:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(85)1535 b図4CT所見a:術前,b:術後.右上顎骨,涙骨が大きく欠損している(白丸).今回の方法で作製した骨窓である.b図4CT所見a:術前,b:術後.右上顎骨,涙骨が大きく欠損している(白丸).今回の方法で作製した骨窓である.III手術方法全例,全身麻酔下で行った.1%リドカイン塩酸塩・アドレナリン注射液〔(1%キシロカインR注射液「1%」エピレナミンR(1:100,000)含有〕を注射して5分後,内眼角内側1cmの点より約30°外下方に向かう長さ2cmの直線皮膚切開を真皮に至る深さで行った.皮下の眼輪筋を先端が鈍な剪刀で.離し,眼角動脈を傷害しないように注意しながら,骨膜を露出する.骨膜を涙.窩に沿って約2cm切開する.今回開発した骨膜.離子の平型端を使用して骨膜を.離する(図2a).4-0ナイロン糸を使用して,腸丸0番針で骨膜から皮膚に通糸して通常6糸で牽引・展開する.涙.を持ち上げながら,涙.窩にL字型端を差し込み,涙骨-上顎骨の縫合線を探し出す.そこに先端を差し入れて,同時に裏側にある鼻粘膜を押し下げるようにする.このあと,縫合線周囲の薄い骨を押しつぶす感じで穿破する(図abc図2各種器具の使用方法a:平型骨膜.離子の使用方法.骨と骨膜の間に先端を差し入れて上顎骨涙.稜の骨膜を浮かせている.b:L字型骨膜.離子の使用方法.縫合線に先端を差し入れて,その部分を押し破るようにする.固い場合はてこのように使用する.上顎骨裏側の鼻粘膜を傷害しないようにエッジは鈍になっている.c:ロンジャーの使用方法.bで開けた小孔にロンジャーの先端を差し込み,上顎骨を削り取る.1536あたらしい眼科Vol.29,No.11,20122b).もう少し固い場合は,テコの原理で破砕する.直径約5mmの穴が開けば,そこに彫骨器(BoneRongeurForceps:以下,ロンジャー)を差し込み骨窓を拡大する(図2c).ロンジャーの大きさは,骨の厚みに応じて変える(当科ではKatenaProduct社製を使用,図3).骨窓を約7mm×10mmに広げ,ささくれた骨梁をきれいにすれば作業は終了である.あとは型どおり鼻粘膜と涙.とをH型に切開して粘膜同士を結び前弁・後弁を作製する.粘膜腔の確保のために,シリコーンヌンチャクチューブ(NST)を挿入する.最後に骨膜を縫合し,皮膚縫合をして手術を終了する.IV結果14例中13例で,今回開発したL字型骨膜.離で骨窓を開けることができた(成功率93%).ただし,1例では,涙骨図3ロンジャーの全貌(KatenaK7-1801)握ると先端が縮むように設計されている.a(86) および上顎骨が厚く,縫合線に先端を差し込むことができなかった.この場合は,骨ノミ(永島医科器械株式会社製)を使用して手術を完遂することができた.また,DCRの成功率であるが,術後2週間でNSTを自己抜去してしまった1例を除き,流涙は改善した(成功率93%).今回の方法でDCR手術を施行した症例の術前・術後のCT(コンピュータ断層撮影)写真を示す(図4).術後には右上顎骨に大きめの骨窓が作製されているのが確認できる.V考按DCR鼻外法は鼻内法が内視鏡などの機器を必要とするのに対し,ほとんど電気機器を使用しなくても手術が可能な方法である.しかし,骨窓作製の手技に関しては1975年発刊の手術書にもドリル(エアトーム)が載っていることもあり7),かなり以前より電気機器による掘削が行われていたことがわかる.大事なことは上顎骨の裏側にある鼻粘膜を穿破しないようにすることである2).最近になり超音波式骨掘削機(ソノペット,日本ストライカー社製)の使用が,術野の確保および,粘膜保護に有効であると報告された8).しかし,この機械は高価で,使用頻度を考えると眼科で購入するのはむずかしい.今回,筆者が開発したのは,シンガポールにて経験した手術法6)からヒントを得て作製した骨膜.離子である(図1).なお,もともとの器具はTraquair’speriostealelevatorといい,両端がやや長さを変えたL字型になっているが,骨窓作製においてはどちらが使いやすいという区別はなかった.そのため,筆者は片端をL字型とし,さらに丸みと厚みを加えて,鼻粘膜を保護しかつ縫合線を穿破しやすいようにし,またもう一端を小型の平型骨膜.離子として,涙.稜付近の骨膜.離に使用できるようにした.現在イナミより中内氏式骨膜.離子として発売されている(M-2018).この.離子とロンジャーがあれば,骨窓が作製可能である.当科で使用しているロンジャーは,KatenaProduct社のK7-1801.3であり,下から上にかじり取るタイプのものである(図3).この形状は好みに応じて使い分けてよいと考える.今回作製した骨膜.離子は,DCR鼻外法の骨窓作製時に使用する特別な器具である.この器具が皆様のお役に立てればと考えている.追記:本稿の内容は,第1回日本涙道・涙液学会(2012)で発表した.文献1)中村泰久:涙.鼻腔吻合術.眼科診療プラクティス80,p66-69,文光堂,20022)上岡康雄:涙.・鼻涙管閉塞の標準的治療(涙.鼻腔吻合術:DCR鼻外法).眼科手術24:160-166,20113)宮崎千歌:涙.鼻腔吻合術(DCR).眼科マイクロサージェリー第6版,p123-128,エルゼビアジャパン,20104)佐々木次壽,加納晃:ホルミウムYAGレーザーを用いた涙.鼻腔吻合術鼻外法の経験.眼科40:103-107,19985)TseDT,HuiJI:Dacryocystorhinostomy.ColorAtlasofOculoplasticSurgery2ndedition,p257-270,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,20116)WongTY:Oculoplasticandorbitaldisease.TheOphthalmologyExaminationsReview2nd,p345-387,WorldScientific,20117)三井幸彦:涙.鼻腔吻合術.眼科手術の手ほどき(第三版),p62-66,金原出版,19758)Siviak-CallcottJA,LindvergJV,PatelS:Ultrasonicboneremovalwiththesonopetomni.ArchOphthalmol123:1595-1597,2005SUMMARYSafeBoneOstiumCreationinExternal-Dacryocystorhinostomy,UsingNewSurgicalRaspatoriumKazuakiNakauchiDepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicineWehavedevelopedanewraspatoriumforexternal-dacryocystorhinostomy(DCR).Thisinstrumenthastwofunctionalends,oneofwhichisasquarehead;theotherisL-shaped.Thesquareheadisusedasaperiosteumscraperoverthemaxilla;theL-shapedheadisspecializedforbreakingthesuturelinebetweenlacrimalboneandmaxillaboneatthelacrimalfossa.Withthehelpofrongeurforceps,abigboneostiumismadewithoutdamagetothenasalmucosa.ElectricaldevicessuchasSonopetorbonedrillarenotneeded.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1535.1537,2012〕Keywords:external-dacryocystorhinostomy(DCR),boneostium,raspatorium,rongeur.Reprintrequests:KazuakiNakauchi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-city,Hyogo663-8501,JAPAN(87)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121537

My boom 10.

2012年11月30日 金曜日

監修=大橋裕一連載⑩MyboomMyboom第10回「大澤俊介」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す連載⑩MyboomMyboom第10回「大澤俊介」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す自己紹介大澤俊介(おおさわ・しゅんすけ)岡波総合病院眼科・三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学私は三重県津市に生を受け,長崎大学医学部卒業後,平成9年に三重大学眼科学教室に入局しました.大学病院と市中病院を行ったり来たりの勤務を経て,現在は伊賀忍者の里にある岡波総合病院で網膜硝子体手術にドップリ浸かりながら忍んでいます.大阪と名古屋という大都市に挟まれた三重という穏やかな土地に生まれたためか,性格は温厚そのもの(「嘘だ.」という声が聞こえますが…)で人との出会いが何よりの生きる潤滑剤と考えています.眼科のMyboom①<Pneumaticcontrol>私のlifeworkとなっているmicro-incisionvitrectomysurgery(MIVS)は,手術手技,手術装置・器具,手術アジュバントの進歩とともにさらに低侵襲かつ洗練した手術へと進化を続けています.まさに今,本当の意味でのminimallyinvasivevitrectomysurgery:MIVSへと昇華されようとしており,その発展・成熟期に直面しているといっても過言ではないと思います.その中で現在,私はpneumaticcontrolの器具にお熱を上げており(死語でしょうか?),まさにMyboomとなっています.MIVSにおけるpneumaticcontrolとはフットペダルで噴出ガス圧をコントロールし,そのガス圧でforceps(鉗子)やscissors(剪刀),その他の器具を動かします.端的にいえばフットペダルで器具の開閉などを行(83)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYうシステムです.通常,forcepsは膜などを把持するときに当然ながら手で器具を握り込む必要があり,その折に少しでも力みが出るとブレが起こりますし,操作の角度によっては非常に得手が悪い局面があります.そこでpneumaticforcepsを使用すると手で器具を握り込む操作がありませんので,あたかも硝子体カッターを操作しているかのような感覚で,力みなく得手も気にせず膜把持・.離操作が可能となります.私も最初はフットペダルで器具を操作するというだけであたかもおもちゃのマジックハンドを操作するかのようなイメージをもっていましたが,現在のフットペダルのセンサーはかなり優秀で踏み込み量に応じてリニアかつスムーズに器具の開閉が行えます.今ではこのブレのない感覚がERM(網膜上膜)やILM(内境界膜)の.離操作での最良のパートナーとなっていますし,増殖膜の処理ではフットペダルの踏み込み量の50%をforcepsに,残り50%をscissorsに振り分けてbi-manual(双手法)操作で.離・切除を進めることができ,安全・確実かつ手の疲れがなく(生来の怠け者で…)長時間の操作が可能な点も気に入っています.皆様も機会があればpneumaticcontrolを是非ともお試しください.眼科のMyboom②<勉強会>数年前から“自称”若手の診療に燃える眼科医たちを中心にいくつかの勉強会を行っています.形式は少人数での症例提示&ディスカッション(叩き合い)のものから,数十名規模の講演会&ディスカッション(やさしい叩き合い)のものまでさまざまですが,積極的なディスカッションを中心に行うことで生の意見を戦わせ,お互いの知識・技術のブラッシュアップとコミュニケーションをより深めることを目的としています.<勉強会>というと堅苦しい感じがしますが,本当にフランクに志をあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121533 〔写真1〕勉強会(祭り)の後,戦友(仲間)たちと〔写真1〕勉強会(祭り)の後,戦友(仲間)たちともった多くの眼科医と交流できるこうした場はいつも新しい出会いと発見に溢れており,そして会を重ねるごとに心に熱い思いが込み上げる素敵なMyboomです.もちろん勉強会(祭り)の後もその余韻(飲み会)が夜中まで続くことはいうまでもありません(写真1).プライベートのMyboom<美味しい出会い>もちろん勉強あってのことですが…,学会参加の醍醐味の一つとしてグルメ探訪は外せない要素だと思います.そこで私が積極的に選んでいるのが同世代の店主が営むまさに「これから」(もうすでに有名店なことも多々ありますが…)のお店です(写真2).われわれ医師も患者さんに育てられますが,お店も客とともに育っていくその成長・変遷を一緒に体感するのはなかなかおつなもので,こうして通うようになったお店は間違いのないホ〔写真2〕同い年の店主と「青空:はるたか」にてスピタリティをいつも提供してくれます.勉強に疲れた頭に爽快なインパクトをもって疲れを癒やしてくれる私のMyboom<美味しい出会い>を皆様にもお勧めします!次回のプレゼンターは岐阜の小國務先生です.小國先生はMyboomの<勉強会>でいつもともに学ぶ仲間で,クールで熱く少年のような心をもった先生です.きっと素敵なMyboomを紹介されると思います.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.☆☆☆1534あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(84)

現場発,病院と患者のためのシステム 10.システムを導入すると手間が軽減されるって本当?

2012年11月30日 金曜日

連載⑩現場発,病院と患者のためのシステム連載⑩現場発,病院と患者のためのシステムベンダ(システムを提供する会社)は,システシステムを導入すると手間が軽減されるって本当?ムを導入すると作業が迅速に進み,効率化されるという決まり文句で勧めてきます.証拠として導杉浦和史*入事例をいくつか挙げ,かつ,導入先の見学もできますと付け加えることも忘れません.しかし,導入されていることと,実感できる効果をあげて情報システムを導入すると,そのシステムがカバーする業務が効率よく処理され,人が減る,あるいは余った要員を忙しい部門に再配置できるという期待があります.昭和40年代後半から50年代後半にかけた大型汎いることは別物です.また,導入先を見学する際には,「効果が出ています」といわざるを得ない立場の,“導入を決めた責任者”が対応することを理解しておく必要があります.用コンピュータを使った黎明期の情報システムは,確かに目に見える量的な効果がありました.それは,大量/一括/繰り返しという,コンピュータが最も得意とし,人間には不得意な単調な作業を繰り返す業務がシステム化の対象だったことが大きな理由です.しかし,今までの仕事の仕方を見直さないままシステムに写し取ってコンピュータで処理するという単純な発想で効果が出るような業務のシステム化は,製造業など他業種では,経営層が無関心,無理解でない限り,もはや残されていません.一方,医療機関には,依然として多種多様な各種帳票,伝票,メモがあり,これを人間力で処理する業務がたくさん残っていて,システム化による効果が期待できます.しかし,今の仕事の仕方を変えずにそのままシステム化することは避けなければなりません.システムを導入すると手間が軽減されることを実感するにはどうしたらよいのでしょう.そのためには,BPR(BusinessProcessRe-engineer-ing)と呼ばれる作業を行わなければなりません.MITのマイケル・ハマー教授が提唱した,アカデミックな定義がありますが,実務家の筆者らは,シンプルに,“過去に引きずられず,原点に立ち返って業務の内容,手順を見直し,改革すること”と理解しています.同じ仕事,環境に長い間ひたっていると,意識・無意識を問わず,それが当たり前となり,常識を形成してしまいます.この常識が,その世界にいない人には非常識に映ります.常識の逆転現象ですが,病院関係者に「この常識を変えなければ,サービスレベルを維持・向上しつつ,病院スタッフの負荷軽減,患者満足度向上は実現できない,だから変えましょう」と提案しても,なかな(81)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYか受け入れてもらえません.BPRの前に意識改革が必要な所以です.どうして非効率な仕事は引き継がれてしまうかを過去のコンサルティグ経験から考えてみると,おおよそ以下のような経過をたどっているようです.①何もわからない②教えてもらい,少しずつ業務がわかるようになる③何でこうなっているのか?と疑問に思うことがある④発言してみるが取りあってもらえない,あるいは生意気と思われるので止める⑤不本意に思いつつも,そのまま流される⑥そのうち,慣れてくる⑦慣れてくると,別段問題がないように思えてくる⑧非効率な仕事のやり方がそのまま温存される⑨自分が教える立場になるが,そのまま教える⑩非効率な仕事のやり方が継承されるまた,次のような問題もあります.①医師を頂点とする権威のピラミッド構造から来る,事なかれ主義の蔓延②今の仕事のやり方を考えてきたプライドをもつベテラン層の存在③BPRによって既得権を制限される層の存在これらが,改革の足を引っ張ることはしばしば経験す*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121531 あるべき姿・危機感・必然性・意識改革《引き上げ要因》・予算,時間の制約・事なかれ主義・守旧派,ベテラン層の抵抗《バイアス要因》あるべき姿・危機感・必然性・意識改革《引き上げ要因》・予算,時間の制約・事なかれ主義・守旧派,ベテラン層の抵抗《バイアス要因》プロセス1プロセス2プロセス3プロセス4プロセス5①何を処理するプロセスか②絶対必要か③なければ,何が(誰が)どう困るか,その頻度は④前後のプロセスで重複している機能はないか⑤それは前後の,あるいは他のプロセスを改善することで吸収できないかプロセス1プロセス2プロセス3プロセス5プロセス4がなくなっても作業品質には影響がないプロセス1+aプロセス3プロセス5プロセス1の仕事のやり方を改善・改革し,図1BPRの成否を分ける綱引きの構図プロセス2を吸収する新プロセス1プロセス3プロセス5図2BPRの考え方るところです.しかしながら,これを排除しなければBPRを成功裏に終わらせることはできません(図1参照).過去,医療制度改革,後期高齢者医療制度発足などの受診抑制策,診療報酬改定の影響で,閉鎖せざるを得なかった民間病院が出たことがありましたが,ある事象を危機と捉えるかどうか,また,実行可能な具体策を採るか採らないかで明暗が分かれます.この危機を敏感にキャッチしてBPRを進め,BPR済みの業務の中からコンピュータで処理して効果が期待できるものを選んでシステムを整備した病院があります.この病院は,他院が深刻な来院者減になっている状況下で,逆に増えたという実績があり,BPRとシステムが具体的な効果をあげた事例として知られています.さて,BPRを行うのは難しいのでしょうか.アカデミックな視点での研究はともかく,それほど難しいものではないというのが筆者の経験からいえることです.図2に示すように,シンプルに考えることをお勧めします.ここでポイントになるのは,①を説明してもらい,畳みかけるように②の絶対必要か?という質問をすることです.現場の看護師,検査員,医事会計の担当者は「必要です」というに違いありません.しかし,それを鵜呑みにしていたらBPRはできません.必要といわれることを承知で質問し,③で必要とする裏付けを取ります.「昔からそうしていた」という回答があれば,前述1532あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012BCBCBCA削減削減30分40分10分待つ20分待つA患者3患者2患者1ABCBCBCAAABCBCBCAA患者3患者2患者1A図3順番の見直しの①.⑩の経過をたどった仕事に該当し,BPRの効果が出てくる可能性があります.現在当院では,院内業務を総合的にシステム化するHayabusaプロジェクトが推進されていますが,BPRの実践例がいくつもあります.来院した患者さんは,問診,検査,診察,処置,会計などさまざまなプロセスを経て帰ります.このプロセス,守らなければならないものを考慮しつつ適宜順番を変え,待っている間に別のことができないかを検討したものが図3です.このBPRの結果はHayabusaに実装されています.なお,青の点線で示す順番は,総時間は変わらないものの,待たずに検査してもらえた,1回待たされただけだったという,気分的な満足を感じてもらうことを狙った場合です(患者3).(82)現状

タブレット型PCの眼科領域での応用 6.タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用-その3-

2012年11月30日 金曜日

シリーズ⑥シリーズ⑥タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第6章タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用─その3─■視覚障害者の生活が変わるタブレット型PCの拡張性今回は,私が代表を務める“GiftHands”が提案するタブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用法について紹介していきたいと思います.本章ではさまざまなアプリや周辺機器を活用することでタブレット型PCが,ロービジョンエイドとしてどのように活用できるかを患者たちの生の声とともに紹介していこうと思います.なお,原則的に私が現在,GiftHandsの活動や実際に外来で扱っているタブレット型PCは“新しいiPadR(米国AppleInc)”と“iPhone4SR(米国AppleInc)”,iOSバージョン6.0です(2012年9月30日現在).■私のロービジョンエイド活用法「便利アプリ編」タブレット型PCやスマートフォンが普及した理由の一つは,安価で役に立つアプリケーションソフトウェア(以下アプリ)が多数存在していることです.タブレット型PCやスマートフォン用のアプリ開発は比較的容易なため,ユーザーの視点でのアプリを主婦や学生が開発して人気を得ることもあります.このような背景で日々生まれ続けるアプリの中には,ロービジョンの患者にとっても非常に有用なアプリが無数に存在しています.このようなアプリの中で私の患者が特に興味深い活用法をされていたアプリを紹介させていただきます.1.LightDetector(EveryWareTechnologies)カメラに写る風景の明るさをリアルタイムに音の高さで表現するシンプルな感光器アプリです.ある全盲の患者は,「このアプリのお陰で電気の消し忘れがなくなりました.光の見えない私にとって光を音として感じられ(79)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYる喜びは非常に大きいです」と,ちょっとした電気の消し忘れも,全盲の方には毎日の生活の中で悩みの種となるのです.このような便利アプリが非常に安価にかつタブレット型PC上で即座に購入できることもスマートフォンやタブレット型PCのアプリの最大の利点であるといえます(2012年9月30日現在).2.ColorIdentifier(GreenGarStudios)カメラに写る対象物の色を判読して読み上げてくれる色識別アプリです.色の識別精度はそれほど高くありませんが,このアプリの予想外な使い方を患者は教えてくれました.「これを使ってから,靴下の組み合わせを間違えることがなくなったよ.目が不自由でもオシャレはしたいからね」と,一人暮らしのこの患者はアプリで靴下の組み合わせが間違っていないか,読み上げられた色が同じかどうかで判断するのだというのです.何色かではなく,同じ色かを判定するのにはこのアプリの精度でも十分に機能するのだということです.日々の生活の中にある小さな悩みを聞き逃さないことこそ,タブレット型PCやスマートフォンをロービジョンエイドとして生かす指導が行えるかの最大のコツといえるのではないでしょうか.大阪府立視覚支援学校では,上記のアプリを組み合わせて全盲の学生に金環日食を体感させるなど,独創的かつ創造性が高い実証実験を行っています(図1).このように既成概念にとらわれない学校が出現して来ていることは,社会全体がタブレット型PCやスマートフォンをロービジョンエイドの新しい形として認識し始めた証拠といえます.アイデア一つで見えなくても感じることのできるさまざまなアプリが,非常に安価に手に入ることは重症度によらず視覚の障害で生活に不便を感じるすべての人にとって,何よりの朗報といえるのではないでしょうか.あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121529 図2テンキー入力が可能な携帯型充電器図1全盲の生徒が,金環日食を聴覚や温度感覚を使って観測する(大阪府立視覚支援学校HPより転載)大阪府立視覚支援学校のHP:http://www.osaka-c.ed.jp/mou/ipad/ipad2012/ipad1.html■私のロービジョンエイド活用法「便利グッズ編」タブレット型PCがロービジョン患者専用の機器ではないことの利点は,周辺機器が充実していることからもいえます.タブレット型PCで問題となるのは,凹凸を触知できないタッチパネルによるキーボードの入力操作です.システムのバージョンアップに伴い音声入力による文字認識の精度はきわめて向上していますが,それでもすべての入力を音声で行うのは困難です.キーボードを目視しないで入力するブラインドタッチに慣れて来た患者にとって,タブレット型PCのタッチパネル式のキーボードを使うのが困難なのは事実です.しかし,タブレット型PCではBluetoothという近距離無線通信機能を利用した,外付けのさまざまなキーボードを使用することが可能です.また,同様の通信機能を利用して携帯電話に一般的に使用されているテンキー入力が可能な,スマートフォンやタブレット型PC用の携帯型充電器(図2)なども発売されており,より多くの患者のニーズを満たすことが可能になってきています.キーボード入力一つをとっても,周辺機器の多さはタブレット型PCが一般社会に広く普及する汎用性の高い機器であるからこそ成立するといえます.「一般の人が使っている機器だから,外出時に操作がわからなくなった時に隣の人に聞けるのよ.特に海外でも聞けるのは本当に助かるわ」「一般の家庭用品だから欲しいと思った時にすぐ電気屋で買える.買うのに手続きが多く,手に入れるのに時間がかかるのであれば,欲しい気持ちは冷めてしまいますよ」と,私のセミナーに参加した患者は笑顔でそう語っていました.ロービジョンの患者にとって一般の人と同じ物を使えることの重要性は計り知れないのです.患者のニーズを満たすアプリや周辺機器の組み合わせのヒントは,彼らの発する言葉の中にしか見つかりません.彼らの言葉に耳を傾けることで見えてくる気づきとそこから生まれる多くのアイデア,私はそれらを得るためにGiftHandsの活動を続けています.本文中に紹介しているアプリなどはすべてGiftHandsのホームページ内の「新・活用法のページ」に掲載されていますので,ご活用いただけたら幸いです.http://www.gifthands.jp/service/appli/また,本文の内容に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」にていつでも受けつけていますので,お気軽にご連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆1530あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(80)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 114.MIVS関連の周辺部医原性裂孔(初級編)

2012年11月30日 金曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載114114MIVS関連の周辺部医原性裂孔(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●MIVS関連の周辺部医原性裂孔MIVS(minimallyinvasivevitreoussurgery)の普及により,硝子体手術中の周辺部医原性裂孔形成の頻度は大幅に減少しているものと思われる.MIVSではトロカールを使用するので,器具の挿入が容易となり,基底部硝子体に不用意な牽引が作用しにくくなったことが最大の理由と考えられる.しかし,MIVSの周辺器機が多様化するに従い,今までにはみられなかった合併症をまれに経験するようになってきた.●シャンデリア照明による医原性周辺部裂孔MIVSでは4ポートで23ゲージ(G)や25Gのシャンデリア照明を装着して眼底の視認性を向上させることが多い.トロカールから挿入するシャンデリア照明のなかには,先端が結構長い機種も市販されている.術中に術野がより明るくなるようにシャンデリア照明の向きを助手に調節してもらうことがあるが,このときに先端を不用意に立てすぎると,先端で周辺部網膜を損傷することがある(図1).通常はこのような合併症はまず生じないが,助手が無意識に先端を押し込みながら過度に立てると,網膜に接触しうるので注意が必要である.●医原性鋸状縁断裂トロカールを使用する最大の利点は,前述したように以前の20G硝子体手術時にときどき生じた医原性鋸状縁断裂の発症頻度を激減させたことと考えられる.しかし,『硝子体手術のワンポイントアドバイス(10)医原性鋸状縁断裂(初級編)(Vol.21,p361)』でも記載したように,高度に混濁した陳旧性の硝子体出血例(図2)では,基底部硝子体が基質化して弾力性が低下しているため,MIVSでもまれに医原性鋸状縁断裂が生じることがある(図3).この場合は基質化した硝子体出血の一部がトロカール内に嵌入し,器具の挿入時にやや抵抗を感じることがある.このようなときには無理をせず,対側の強膜創から硝子体カッターを挿入し,トロカール先端の出血を切除してから,器具を再挿入する必要がある.また,術中にトロカールが外れて再挿入する際にも注意が必要である.図1シャンデリア照明による周辺部医原性裂孔助手がシャンデリア照明を押し込みながら過度に立てすぎたため,先端で網膜を損傷したと考えられる.図2医原性鋸状縁断裂が生じやすい症例陳旧性の基質化した混濁の強い硝子体出血は,医原性鋸状縁断裂が生じやすい.図3MIVS(23G)の術中に生じた医原性鋸状縁断裂トロカールに嵌入した硝子体を牽引することで,基底部硝子体後縁に医原性鋸状縁断裂が生じたものと考えられる.(77)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215270910-1810/12/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 143.遺伝子から病態へのアプローチ

2012年11月30日 金曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第143回◆眼科医のための先端医療山下英俊遺伝子から病態へのアプローチ荒川聡(九州大学大学院医学研究院眼科学分野)はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)をはじめ,緑内障,高度近視,ぶどう膜炎などの眼科疾患と遺伝子との関連が多く報告されるようになっています1.4).いわゆる一つの遺伝子異常で生じる単一遺伝子疾患ではなく,年齢や生活習慣などの環境要因が一因となる多因子疾患での遺伝子の役割が注目される時代です.疾患と関連する遺伝子同定のための方法は,家系や双生児を用いた連鎖解析に始まり,現在では全ゲノムを対象に包括的な関連解析を行うゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)や,GWASを複数集めたメタ解析などの報告が散見されるようになりました5,6).本稿では,遺伝子研究から疾患の本質である病態にいかにアプローチするかということを,加齢黄斑変性のGWASを用い説明します.加齢黄斑変性に対するGWASから得られたこと欧米に比べ,日本を含むアジアでは滲出型AMDの有病率が高いという背景に着目し,九州大学および理化学研究所を中心とし,日本人の滲出型AMDのみを患者群として,総計2万人のサンプルを用いてGWASおよび追試研究(replicationstudy)を行いました.その結果,表1に示すように,新規に2つの一塩基多型(SNP)を同定し,それらのうち,より関連の強いSNPは8番染色体上のrs13278062であることを報告しました(オッズ比1.37倍,統合p値1.03×10.12).このSNP周辺の詳細なタイピングを行った結果,図1のLDブロック(SNP間の関連を表示した図)に示すように,このSNPは黒点線で囲まれた領域を代表するマーカーSNPであり,この領域に存在するTNFRSF10AとLOC389641遺伝子が候補遺伝子として考えられました.この2つの遺伝子発現をデータベース上で確認したところ,TNFRSF10A遺伝子産物の発現は網膜で認められているのに対し,LOC遺伝子の発現は確認されていないため,この領域における疾患関連遺伝子はTNFRSF10A遺伝子であると考えました.また,このSNPはTNFRSF10A遺伝子の397ベース上流に位置しており,この場所は遺伝子の発現をコントロールするプロモーター領域であることが報告されています.TNFRSF10A遺伝子は,腫瘍壊死因子受容体スーパーファミリー10Aのことで受容体蛋白の一つです.この受容体にリガンドであるTRAILが結合すると,カスパーゼを介したアポトーシスの誘導や,また別の経路として転写因子であるNFkBを介して炎症性サイトカインの誘導を促し,炎症を惹起させることが報告されています7).それでは,このSNPがAMD発症にどう関与しているのでしょうか.前述のとおり,このSNPはTNFRSF10Aの発現量を調整するプロモーター領域に位置するため,この受容体蛋白の発現の増減に関与していることが推測できます.GWASの結果,AMD患者群はコントロール群に比表1GWASおよび追試研究の結果SNP対立危険遺伝子研究症例数患者群対照群対立危険遺伝子頻度患者対照群性年齢調整後p値オッズ比rs132780628番染色体Tゲノムワイド関連解析追試研究8277013,32315,5650.4170.4170.3430.3462.46×10.68.19×10.81.411.35統合1.03×10.121.37rs17139854番染色体Gゲノムワイド関連解析追試研究8277083,32315,5690.3330.3290.2860.2829.03×10.55.71×10.51.341.27統合2.34×10.81.30GWASと追試研究の結果を統合すると,ゲノムワイドレベルな有意水準(5.0×10.8)を満たすSNPを2つ同定しました.(73)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215230910-1810/12/\100/頁/JCOPY ………………..(Mb)CHMP7LOC389641TNFRSF10ATNFRSF10DTNFRSF10CAge,sex-adjustedpvalue………………..(Mb)CHMP7LOC389641TNFRSF10ATNFRSF10DTNFRSF10CAge,sex-adjustedpvalue図1rs13278062と滲出型AMDとの関連この図の上段は,横軸に8番染色体のゲノムの位置,縦軸に疾患との関連の強さを示し,下の段の赤い図はLDプロットとよばれ,それぞれのSNPの連鎖不平衡を示している.rs13278062はこの領域のマーカーSNPであり,疾患関連遺伝子はTNFRSF10A遺伝子であると考えた.このSNPはTNFRSF10A遺伝子の397ベース上流に位置し,この場所はTNFRSF10A遺伝子の発現量を調節するプロモーター領域と報告されている場所である.(文献1より引用)べ,このSNPのTアレルをもつ頻度が多いことがわかっており,このTアレルはGアレルに比べTNFRSF10Aの発現量を減少させると報告されています8).しかし,この論文で使用している細胞は,膀胱癌細胞,線維芽細胞,子宮頸癌細胞を用いた結果であり,網膜細胞での検討は報告されていません.現在行っている機能解析のうち,ルシフェラーゼアッセイを用いて,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞での発現量のアレルによる差を検討中ですが,仮にRPE細胞での発現もTアレルをもつと減少することが確認されたのなら,どのような機序でAMD発症につながっていくのでしょうか.TNFRSF10AとTRAILが結合すると,アポトーシス経路および細胞増殖・炎症経路に働きかけ,それぞれの経路にスイッチを入れることとなります.通常であれば,この2つの経路を促す,つまりTNFRSF10A/TRAILの複合体が増えることによって炎症を惹起しAMD発症につながると考えますが,今回の結果では,1524あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012TNFRSF10Aの発現量が減少することによって,発症しやすくなるという結果がGWASから得られました.この結果について,まずは発現量の変化をRPE細胞を用いて確認するところから,機能解析を進めています.おわりに遺伝子というと,研究者のみの話であって,とっつきにくい分野だと感じている方が多いと思います.しかし,近年のゲノム研究の進歩により,遺伝子と疾患の全容が明らかにされつつあります.このような,疾患と関連する遺伝子を探す研究の目的は,最初のドミノを倒すことだと感じています.これまで想像もしていなかった蛋白質が,病態と関連しているという事実が“いきなり”現れます.今後の研究で2つ目,3つ目のドミノが倒れることによって,病態解明のための一つの重要なアプローチ手法ということができるゆえ,多くの方々が遺伝子研究に興味をもっていただければ幸いです.(74) 文献1)ArakawaS,TakahashiA,AshikawaKetal:Genomewideassociationstudyidentifiestwosusceptibilitylociforexudativeage-relatedmaculardegenerationintheJapanesepopulation.NatGenet43:1001-1004,20112)NakanoM,IkedaY,TokudaYetal:CommonvariantsinCDKN2B-AS1associatedwithoptic-nervevulnerabilityofglaucomaidentifiedbygenome-wideassociationstudiesinJapanese.PLoSONE7:e33389,20123)NakanishiH,YamadaR,GotohNetal:Agenome-wideassociationanalysisidentifiedanovelsusceptiblelocusforpathologicalmyopiaat11q24.1.PLoSGenet5:e1000660,20094)MizukiN,MeguroA,OtaMetal:Genome-wideassociationstudiesidentifyIL23R/IL12RB2andIL10asBehcet’sdiseasesusceptibilityloci.NatGenet42:703706,20105)SeddonJM,SantangeloSL,BookKetal:Agenome-widescanage-relatedmaculardegenerationprovidesevidenceforlinkagetoseveralchromosomalregions.AmJHumGenet73:780-790,20036)YuY,BhangaleTR,FagernessJetal:CommonvariantsnearFRK/COL10A1andVEGFAareassociatedwithadvancedage-relatedmaculardegeneration.HimMolGenet20:3699-3709,20117)JohnstoneRW,FrewAJ,SmythMJ:TheTRAILapoptoticpathwayincanceronset,progressionandtherapy.NatureRevCancer8:782-798,20088)WangM,WangM,ChengGetal:Geneticvariantsinthedeathreceptor4genecontributetosusceptibilitytobladdercancer.MutatRes661:85-92,2009■「遺伝子から病態へのアプローチ」を読んで■以前のこのコーナー(Vol.29,No.7)で,京都大学の強く惹起するサイトカインなので,滲出型加齢黄斑変三宅正裕先生に,「強度近視とゲノム」というタイト性における血管新生や滲出性変化を誘導する因子としルで執筆していただいたことを覚えておられるでしょて矛盾しないと考えられていました.ところが,今回うか.その中で,ゲノムワイド関連解析(GWAS)にの発見によれば,TNF-aが働かないほうが,むしろより,まったく予想されていなかった疾患遺伝子が発滲出型加齢黄斑変性になりやすいということになりま見される可能性があり,治療方針のみならず,疾患概す.TNF-aが働かないということは,炎症が起こり念も変えてしまう場合があることをわかりやすく解説にくいはずであり,血管新生も起こりにくいはずでしていただきました.す.これは,従来のTNF-aと加齢黄斑変性の関係でさて,今回の荒川聡先生の内容も,GWASを使っは説明できない現象であり,新たな発見や理解が必要た研究で,加齢黄斑変性の疾患概念を変える可能性のになります.現在,その点について精力的に研究が進ある大発見です.ご存じのように加齢黄斑変性は,シんでいます.ニア世代の失明原因の最上位を占める疾患であり,現CFHの場合は,因子自体が予想されなかったもの在の網膜分野では最も注目を集めているものの一つでですが,今回は因子自体は予想されたものでしたが,す.欧米人を対象としたGWAS解析によりcomple-その働き方が予想とは異なったというわけです.mentfactorH(CFH)という新規因子が,原因としGWAS解析が示したTNF-aと加齢黄斑変性の新たて同定されましたが,今回は腫瘍壊死因子(TNF)受な関係について説明できる新たな発見が期待されま容体スーパーファミリーが新たな疾患関連因子としてす.そしてそれは,より効果的で新しい予防法や治療発見されました.TNF-a自体は,加齢黄斑変性患者法の開発につながるでしょう.の網膜組織に豊富に発現しているだけでなく,炎症を鹿児島大学医学部眼科学坂本泰二☆☆☆(75)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121525

新しい治療と検査シリーズ 208.超広角走査型レーザー検眼鏡 Optos® 200Tx

2012年11月30日 金曜日

新しい治療と検査シリーズ208.超広角走査型レーザー検眼鏡OptosR200Txプレゼンテーション:吉田宗徳名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学コメント:鈴間潔長崎大学大学院医歯薬学総合研究科眼科視覚科学.バックグラウンド眼底周辺部の観察は熟練した眼科医であればできて当然の手技ではあるが,得られた所見を客観的に正確に記録することは案外困難なうえに時間のかかる作業である.眼底の詳細な観察には散瞳も必要である.手描きのスケッチによる記録は昨今普及してきた電子カルテとの相性もあまり優れているとはいえない.一方,眼底カメラによる記録は視野が限られ,周辺部の記録ができない.OptosR200Txは無散瞳下で視野200°の撮影が可能な撮影装置であり,簡単に広い範囲の眼底を観察・記録することができる..OptosR200Txの原理OptosR200Tx(図1)は共焦点レーザー検眼鏡の原理を用いて,レーザー光によって眼底をスキャンし,眼底像を描出する.OptosR200Txでは通常のカラー眼底撮影,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA),眼底自発蛍光をとることができる.レーザーは波長532nm(緑色),633nm(赤色),488nm(青色)の3色が用いられる.このうち532nmと633nmでそれぞれ眼底の浅層および深層を撮影し,合成したうえで疑似カラーによる着色を経てカラー眼底写真を作成する.また,488nmのレーザーはFAに用いられる.OptosR200Tx本体には大きな凹面鏡が格納されており,レーザーはその凹面鏡にいったん反射させる形で眼球内へと導かれ,眼底をスキャンする.このとき,瞳孔面にスキャンする中心点(バーチャルスキャンポイント)を置き,そこを中心とした円を描くように眼底を約200°スキャンする形で撮影している.1回の撮影に要する時間は約0.3秒である..使用方法通常の眼底カメラとそれほど変わることはなく,OptosR200Tx本体の前に被験者を座らせ,顔面を固定し,眼球の位置を機械の中心になるよう微調整して図2OptosR200Txで撮影した蛍光眼底造影写真網膜静脈分枝閉塞症の症例.眼底周辺部まで造影の結果が描出されている.下方には広範な網膜無灌流域がみられる.図1OptosR200Txの外観(71)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215210910-1810/12/\100/頁/JCOPY シャッターを押すのみである.ただし,眼球の位置がきちんと機械の真ん中にくるように顔の位置を調整すること,睫毛が写り込みやすいので十分に開瞼すること,など多少のコツが必要である.眼底周辺部の撮影においても従来のカメラのように被験者に上下左右を向いてもらう必要はなく,正面視のみで撮影が可能である..この方法の良い点なんといっても眼底の周辺部までの写真による記録が残せることは大きなメリットである.また,無散瞳での撮影が可能なので,散瞳不良の症例や,あまり散瞳を好まない患者にも使用が可能である.このような特徴を生かして,集団検診や糖尿病網膜症のスクリーニング,遠隔医療など応用の範囲は広いものと考えられる.FAでもOptosR200Txには大きなメリットがある.従来のFAではよほど頑張ってパノラマ撮影をしない限り,眼底周辺部は限られた情報しか得られなかった.OptosR200Txを用いたFAでは,簡単に周辺部までの造影結果が得られるうえ,被験者も眼球を動かす必要はなく,眩しいストロボ光もないので楽である.出来上がりの写真も従来の9方向撮影でよくみられた明るさのばらつきが少なく,より広い範囲でよりクオリティの良い造影画像が得られる.周辺までの撮影でも1枚の撮影に時間がかからないので,周辺までの造影の経時変化をより詳細にとらえられる利点もある..本方法に対するコメント.比較的簡単に眼底周辺部までの撮影ができるメリッリットが大きい.また,最周辺部の早期像はこれまでトは計り知れず,特に学生・修練医教育や患者説明でほとんど記録されていないので撮影結果に驚くことも威力を発揮する.たとえば,網膜.離のバックリングある.しかし,広く撮影できるため分解能は11~16手術時の眼底スケッチの代用にもなりうる.しかしμm(X方向),13~16μm(Y方向)とそれほど高く緑,赤,青の3色による疑似カラーのため実際の所見はない.インドシアニングリーン蛍光眼底造影撮影にとは色調が異なり,眼底検査や従来の眼底写真と併用も対応していないため,黄斑部疾患の診療には向いてしないと病変の評価がむずかしいことがある.フルオいない.偽水晶体眼では人工レンズが写真の中央にでレセイン蛍光眼底造影は色調の差が問題にならずメかでかと撮影されるがこれは仕方がないであろう.☆☆☆1522あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(72)

抗VEGF治療:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術と抗VEGF薬

2012年11月30日 金曜日

●連載⑥抗VEGF治療セミナー─病態─監修=安川力髙橋寛二4.増殖糖尿病網膜症に対する若林卓大島佑介大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学硝子体手術と抗VEGF薬牽引性網膜.離や血管新生緑内障などの重篤な病態まで進行した増殖糖尿病網膜症の治療には,網膜光凝固だけでは奏効せず,硝子体手術を必要とするケースが少なくない.その場合,後に再手術や濾過手術が必要な可能性も考慮すると,結膜を温存できる小切開硝子体手術を選択することが望ましく,術中や術後の出血の制御が手術の成否や視力予後を決定する重要な鍵となる.最近では血管内皮増殖因子(VEGF)の中和抗体を術前に硝子体内投与することにより新生血管の活動性を一旦抑えたうえで手術を行うことが可能となったので,出血にかかわる合併症が減り,硝子体手術の安全性と確実性がさらに向上した.一方,投与量と時期によってはまれに深刻な合併症を引き起こす懸念もあるので,薬剤投与から手術までの間は慎重な経過観察が必要である.増殖糖尿病網膜症における硝子体手術の術式選択と抗VEGF薬の意義一般に増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に対する硝子体手術は他の疾患の場合と比べて,出血や炎症などの合併症の発症率がやや高く,とりわけ牽引性網膜.離や血管新生緑内障を合併した症例では,後に再手術や濾過手術が必要なケースも多いので,最近では結膜を温存し複数回の手術にも耐えうる23ゲージ以下の小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)が術式選択の主流となりつつある.PDRに対するMIVSの新たな利点として,器具が細い分だけ狭いスペースにも器具を挿入しやすく,多くの症例では複数の器具を使用せずとも,硝子体カッターで膜処理や吸引などの操作を完遂することができるので,手術時間の短縮と手術操作の低侵襲化に寄与するところが大きい1).しかし,MIVSであっても,眼内新生血管の活動性が著しい重症PDRでは,術中出血に苦慮する場合が少なくなく,低侵襲に手術を完遂するためには,増殖膜処理に際しての出血や視認性低下による網膜裂孔の誤形成をできるだけ避けたい.糖尿病網膜症における新生血管の形成および進展には,虚血網膜から過剰に分泌される血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が中心的な役割を果たしており,活動性の高いPDRでは健常眼に比べて硝子体内のVEGF濃度は著しく高いことが知られている2).このような背景から,最近では活動性の高いPDRの硝子体手術に際して,術前にVEGFの生理(69)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY活性を阻害する抗ヒトVEGFモノクローナル抗体であるbevacizumab(商品名:AvastinR)を硝子体内投与し,新生血管の退縮を図りつつ手術を行うことで出血による合併症を回避する手術戦略がよくとられており,手術の安全性を高める方法として認知されつつある3,4).アメリカ網膜硝子体学会で行われた調査によれば,世界的に網膜硝子体手術の専門家の約半数はPDRの硝子体手術において,ルーチンにbevacizumabを手術補助薬剤として術前投与を行っている(PreferenceandTrendSurgery,2012).しかし,わが国において,硝子体手術の補助薬剤として用いられるbevacizumabは,外科領域における抗癌剤の一種として認可されているが,眼科領域では今もなお未承認薬剤であるので,いわゆるオフラベルでの使用にあたっては,まずは施設の倫理委員会の承認を得て,その効果と合併症について患者と十分に話し合って理解を得たうえで使用しなければならない.抗VEGF薬併用の効果の実際と留意点旺盛な線維性新生血管膜を伴う牽引性網膜.離や血管新生緑内障を合併した重症PDRであっても,術前にbevacizumabを1.1.25mgを硝子体内投与すると,ほとんどの症例では約一両日内に網膜や虹彩の新生血管が退縮(図1A,B)し,上昇していた眼内(前房水)のVEGF濃度も生理的濃度もしくはそれ以下まで急激に低下する3).これによって,術中の膜処理の際の線維性血管膜からの出血,虹彩切除や眼内の圧変化に伴う虹彩新生血管からの出血が少なくなるので,この時期に硝子体手術をすれば,術中に重篤な出血による合併症を引きあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121519 AC図1Bevacizumab投与前後の眼底写真と超音波画像(B.scan)A(左上):Bevacizumab投与前の眼底写真.網膜光凝固は十分にされておらず,旺盛な新生血管を伴う線維性増殖膜により牽引性網膜.離が生じている.B(左下):Bevacizumab投与前の超音波画像(B-scan).超音波エコー所見から増殖膜の収縮による牽引性網膜.離が生じているのがBD確認できる.C(右上):Bevacizumab投与後の眼底写真.眼内のVEGF濃度の低下によって新生血管が消退しており,一方では増殖膜全体の線維化も進んでいる.D(右下):増殖膜の線維化進行に伴う膜自体の収縮牽引によって,超音波エコー所見では,牽引性網膜.離の丈がやや進んでいる.起こす頻度が著明に低くなり,術後の硝子体出血の遷延化や再発の可能性が有意に少ないと報告されている5).しかし,一方で現行の過剰量と思われる抗VEGF抗体の投与では,本来のVEGFのもつ神経保護作用や正常血管の恒常性維持に寄与する生理的作用も阻害されるので,著しい虚血性変化に陥った末期の血管新生緑内障では,bevacizumabによる虚血性変化の進行と思われる重篤な視力障害を生じる可能性が懸念されている.また,抗VEGF抗体の投与は増殖膜の線維化を促進するため,手術までの間隔が長引くと牽引性網膜.離を増悪させる危険性がある(図1C,D)6).とりわけ,術前に網膜光凝固治療がほとんど行われていない症例や後部硝子体ポケットに沿って輪状に完成した活動性の高い線維性血管膜を伴う症例にその傾向が高いことがわかっており4),術前投与のタイミングとして硝子体内投与から予定手術までの間を長くあけずに1.3日にとどめることが望ましい.また,bevacizumabは現在の一般的な投与量の半量以下でも十分に新生血管の退縮効果が得られることがわかってきており,合併症を生じない程度の至適投与量と投与のタイミングを今後さらに検討する必要がある4,7).1520あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012文献1)KadonosonoK,YamakawaT,UchioEetal:Fibrovascularmembraneremovalusingahigh-performance25-gaugevitreouscutter.Retina28:1533-1535,20082)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19943)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciDJetal:Intravitrealbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695.e1-e15,20064)OshimaY,ShimaC,WakabayashiTetal:Microincisionvitrectomysurgeryandintravitrealbevacizumabasasurgicaladjuncttotreatdiabetictractionretinaldetachment.Ophthalmology116:927-938,20095)ZhaoLQ,ZhuH,ZhaoPQetal:Asystematicreviewandmeta-analysisofclinicaloutcomesofvitrectomywithorwithoutintravitrealbevacizumabpretreatmentforseverediabeticretinopathy.BrJOphthalmol95:1216-1222,20116)ArevaloJF,MaiaM,FlynnHWJretal:Tractionalretinaldetachmentfollowingintravitrealbevacizumab(Avastin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthalmol92:213-216,20087)YamajiH,ShiragaF,ShiragamiCetal:Reductionindoseofintravitreousbevacizumabbeforevitrectomyforproliferativediabeticretinopathy.ArchOphthalmol129:106-107,2011(70)

緑内障:緑内障に間違われやすい視神経疾患

2012年11月30日 金曜日

●連載149緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也149.緑内障に間違われやすい視神経疾患中馬秀樹宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野緑内障に間違われやすい視神経疾患として,視神経低形成,圧迫性視神経症があげられる.また,薬剤性の視神経症は緑内障の進行と間違われやすい.加えて,正常眼圧緑内障と診断された外傷性視神経症も供覧する.日常診療に役立てるように,それぞれの症例の緑内障性視神経症との類似点,鑑別点を述べる.緑神経低形成である1).間違われやすい理由は,似た内障に間違われやすい視神経疾患の代表例は,視視野欠損を呈し,自覚症状がないからである.鑑別点は,緑内障では視神経乳頭の内側が削れてカッピングが大きくなる(図1左).一方,視神経低形成は,視神経乳頭の外側が欠損しており(低形成),相対的にカッピングが大きく見える(図1右).視神経乳頭の外側の低形成は,本来あるべき強膜輪が白く(場合によっては黄色がかって見えたり,灰白色に見えたりする)見え,ダブルリングサインとよばれ,診断の重要な根拠となる.視神経低形成であれば基本的には非進行性である.緑内障と間違えれば不必要な眼圧下降薬を患者に負担させることになり,作用よりも副作用が強調されることになる.しかし一方で,筆者らは,19歳で視神経低形成と診断され,39歳時に緑内障が合併した症例を経験している.興味深いことに,視神経低形成と診断された時点左図1緑内障性視神経症・視野(左)と視神経低形成・視野(右)で,視野欠損はないが神経線維束欠損がみられた部位に〔もちろん,その当時OCT(光干渉断層計)はなく,検眼鏡的所見であるが〕緑内障性変化が現れた.眼圧は10mmHg台後半であった.現在はOCTにより,神経線維束の欠損が容易に可視化できるようになった.視神経低形成をみたときには,若年者であっても神経線維束の欠損部と視野の欠損部を対比させ,視野欠損がなくても神経線維束の欠損部があればやはり脆弱であることを念頭において,長期的な観点で経過をみること,またそのことを含めきちんと病態や予後について説明し,患者本人が責任をもって管理できるよう指導することが大切図2緑内障に似た圧迫性視神経症(67)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215170910-1810/12/\100/頁/JCOPY ab4カ月前受診時中止7カ月後図3緑内障にエタンブトール視神経症を合併した例であろう.緑内障に間違われやすい視神経疾患の二つ目は,圧迫性視神経症である2).代表例を図2に示す.間違われやすい理由は,似た視野欠損を呈し,カッピングを形成してくるからである.緑内障では初期は視機能の低下を自覚せず,よほどの左右差がない限りrelativeafferentpupillarydefect(RAPD)が陰性であり,リムの色がオレンジを保つ.一方,圧迫性視神経症は視機能の低下を自覚し,初期からRAPDが陽性となり,リムの色が蒼白化するのが特徴で,重要な鑑別点である.これらは治療や管理がまったく異なり,また,圧迫性視神経症は治療が早いほど予後が良いため,正確で迅速な診断が大切である.視神経低形成や圧迫性視神経症は,注意深い乳頭観察や,画像診断で可視化され,診断が容易であるが,容易1518あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012右左図4緑内障に似た外傷性視神経症に可視化されないものもあり,注意を要するものがある.症例の一つは緑内障として経過観察されており,急速に視野欠損が進行したものである(図3)3).緑内障による視野欠損の進行ではなく,エタンブトール内服によるものであった.エタンブトール中止により視野は改善した.薬剤性視神経症は,病歴で聴取しなければわからないので注意が必要である.もう一例も正常眼圧緑内障と診断されていたが,眼圧も10mmHg台前半でRAPDが陽性,リムの色が蒼白化しており,緑内障性視神経症としては非典型的であるが,画像診断も含め異常なく,相談を受けた症例である(図4).この症例は,注意深く病歴を聴取すると,以前,素手でボクシングをしていた既往が明らかになり,外傷性視神経症であると診断した症例である.もちろん,視神経低形成の例のように緑内障を完全に否定できた訳ではなく,引き続き経過観察は必要である.文献1)藤本尚也:視神経低形成と緑内障との鑑別と合併.神経眼科24:426-432,20072)Bianchi-MarzoliS,RizzoJFIII,BrancatoR:Quantitativeanalysisofopticdisccuppingincompressingopticneuropathy.Ophthalmology102:436-440,19953)井上由希,中馬秀樹,河野尚子ほか:エタンブトール視神経症が合併し,急速に進行したように見えた正常眼圧緑内障の1例.あたらしい眼科26:825-828,2009(68)

屈折矯正手術:LASIKによるマイクロモノビジョン

2012年11月30日 金曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載150大橋裕一坪田一男150.LASIKによるマイクロモノビジョン吉田陽子中村友昭名古屋アイクリニックマイクロモノビジョン法とは,LASIK(laserinsitukeratomileusis)を希望する中高齢患者に対する矯正方法の一つである.Prolateな角膜形状を維持する非球面照射を行い,球面収差を増やすことで焦点深度を深くさせる.さらにモノビジョン法と組み合わせることで,1.5D以下の左右差でも,生活に支障のない遠見・近見視が得られるため,マイクロモノビジョン法とよばれている.●中高齢者に対するLASIK近年,LASIK(laserinsitukeratomileusis)の普及とともに,当院にLASIK手術を希望し来院する患者のうち,調節力が低下した40歳以上が2割程度と増加してきている.“LASIKを受けると,遠方だけではなく近方も良く見えるようになる”と思って来院する患者が多い.もともとコンタクトレンズ(CL)を使用し,眼鏡なしで生活してきた患者が多く,LASIK術後も,可能ならば“眼鏡なしの生活”を希望されることがほとんどで,老視に対して注意が必要である.特に,LASIK矯正時には老視は出ていないが,近い将来加齢により近方視力低下が予想される患者や,すでに老視は始まっているが,裸眼では近くが見えるため,老視の自覚がない患者の場合,特に慎重に適応を決めなくてはならない.●マイクロモノビジョン法従来は,遠見を重視し,必要時近見眼鏡を使用する方法や,低矯正にして,運転時などに眼鏡を使用する方法があった.また,以前より提唱されている左右の度数に差をつけるモノビジョン法1)も取り入れていた.当院では最近,マイクロモノビジョン法を提案している.CarlZeissMeditec社が,老視矯正のために開発した独自のmultipleablationにモノビジョン法を組み合わせたものである2).プロファイルは球面収差を増加させるような非球面照射である.角膜本来のprolateな形状を維持しつつ球面収差を増加させることで,焦点深度を深くするというものである(図1).しかし,それだけではせいぜい0.75Dの近方加入度数の減少に留まり,良好な近方視力を得ることはできなかった.そこで,モノビジョン法と組み合わせることによって,従来のモノビ(65)図1照射パターン(プロファイル)球面収差Z(4,0)/Z(6,0)を増やす.角膜の非球面性(Q-value)が強くなる.焦点深度が深くなる.ジョン法での問題点である左右の違和感を減らし,両眼視による遠近の視機能向上を図ることが可能になった.1.5D以下の少ない左右差であっても,日常生活に支障のない遠見視力・近見視力が違和感なく得られるために,マイクロモノビジョン法(LaserBlendedVision:LBV)とよばれている(図2).マイクロモノビジョン法が成功するかどうかは,インフォームド・コンセントにかかっている.患者選択が非常に重要である.ライフスタイル,特に夜間の運転をするかどうか,必要があれば眼鏡をかけてもよいかなど,術前に必ず確認しなければならない.また,全例で,術前にCLを使用した,シミュレーションを行っている.原則,優位眼は正視で,非優位眼は.1.5Dの近視を残した状態で生活してもらう.違和感が強ければ,年齢やライフスタイルを考慮し,許容範囲内での調整を行い,左右差を減らしたCLでさらに生活してもらう.若年者のLASIKに比べ,検査のための来院回数が増えることになる.●結果術後早期の成績を示す.9例18眼,平均年齢51.3歳(43.68歳)を対象とし検討.平均等価球面度数は.5.2±1.3Dで,近見加入度数は1.60±0.42.優位眼を正視,あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215150910-1810/12/\100/頁/JCOPY 100m3.0m0.6m0.2mギャップ融像若い視力の良い目老視モノビジョンLBV(LaserBlendedVision)■遠い所景色を見るスポーツ観戦など■離れた所テレビ・時計・陳列商品などを見る■少し離れた所パソコン・カーナビ・鏡台などを見る調理をする■近い所新聞・書籍類・携帯電話を見る図2LBV(LaserBlendedVision)の視界の幅モノビジョンでのギャップがない.(%)■:両眼視■:優位眼■:非優位眼1009080706050403020101.501.2以上1.0以上0.7以上0.5以上図3平均遠見裸眼視力両眼平均裸眼視力:1.55.非優位眼を.0.5..1.5Dの近視としてLBVを行った.術後3カ月の結果は,両眼視での平均遠見裸眼視力は1.55(図3),平均近見裸眼視力は0.79(図4)と大変良好であった.立体視は,近見矯正下と比較しやや低下する.常時,眼鏡を必要とする患者はいなかったが,長時間の近見作業時など,ときどき眼鏡を使用する患者が33%であった.満足度は非常に高かった.●今後の展望老視に対する根本的治療ではないため,全例が対象になる訳ではないが,適応を満たせば非常に満足度の高い(%)■:両眼視■:優位眼■:非優位眼10090807060504030201001.00.7以上0.5以上0.3以上0.1以上図4平均近見裸眼視力両眼平均裸眼視力:0.79.手術である.加齢に伴う調節力の低下や,水晶体の変化に伴う屈折値の変動などにも留意しつつ長期データを取り,患者にとって最適な手術を選択できればよいと考えている.文献1)五十嵐章史,清水公也:中高年におけるモノビジョン法を用いたLASIK.あたらしい眼科28:1435-1436,20112)ReinsteinDR,ArcherTJ,GobbeM:LASIKformyopicastigmatismandpre-presbyopiausingnon-linearasphericmicromonovisionwiththeCarlZeissMeditecMEL80platform.JRefractSurg27:23-37,2011☆☆☆1516あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(66)