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ブルーライト問題概念

2014年2月28日 金曜日

特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):165.168,2014特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):165.168,2014ブルーライト問題概論BlueLightMatters:TheEyeisaCameraandaClock!坪田一男*I眼はカメラであり,時計だったカメラとしての眼が扱う光の波長眼は外界のイメージを得るためにある.地球に降り注100420nm498nm534nm564nmRedconesGreenconesRodsBlueconesShortMediumLong400500600700ぐ放射線のうち400.800nmにまたがる可視光線を使って“ものを見る”.いわゆるカメラの機能だ.もちろんカメラのように単純ではなく,空間的にも時間的にも画像処理を行い膨大な視覚情報を脳に届けている.可視光線のなかでは緑の波長(550nm)あたりが最も感度が高いともいわれるが,赤,緑,青の3つの錐体細胞と,Normalizedabsorbance5001つの桿体細胞が可視光線の波長領域をほぼ全域にわたってカバーし,天然色のすばらしく豊かな世界を作っている.実は眼にはカメラ以外にもう一つの機能があった.時計としての機能である.外界からの光情報は画像情報として使われるばかりでなく,サーカディアンリズムのなかでの“時”を知る手がかりとして光を使っているのだ.ただし時計としての眼はカメラとしての眼と光の使い方が違う.内因性光感受性網膜神経節細胞(intrinsicphotosensitiveretinalganglioncell:ipRGC)によって460.480nm付近のブルーライトを光情報として使っているのだ(図1).光受容体はオプシンではなく,メラノプシンという別の分子が使われている1).カメラとしWavelength(nm)460nm~480nmNormalizedabsorbance時計としての眼が扱う光の波長100500400500600700Wavelength(nm)ての眼と時計としての眼の使っている波長に差があるの図1眼におけるカメラとしての機能と時計としての機能は非常に興味深い.視覚情報としては,地球に降り注ぐ上:カメラとしての眼が使う光波長領域(オプシンの光感受性光を満遍なく使ってものの識別を行うことが有利だが,波長).下:時計としての眼が使う光波長領域(メラノプシンの光感受性波長).時間情報としてはブルーライトが最も有利であったのだ*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕坪田一男:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(5)165 ろう.夜明け前にはブルーライトが弱く,日中は強い.そして夕焼けの時間帯にはブルーライト成分が減少していく.この変化によってサーカディアンリズムを決めていく.II健康にとって重要なサーカディアンリズム昔から規則正しい生活が健康の基本と考えられてきた.そのメカニズムについてはまだまだ不明なことも多いが,サーカディアンリズムとの関連が大きく注目されている.すなわちサーカディアンリズムの乱れが大きな健康ハザードを起こすことがわかり,単なる睡眠障害にとどまらず,うつ病,高血圧,糖尿病,肥満,そしてがんのリスクファクターにまでなっていることがわかってきている2.4).現代社会では昼仕事して,夜は寝るという単純な生活様式から24時間の生活があたりまえのものになってきている.看護師,パイロット,24時間営業のコンビニエンスストアの従業員など,夜にも働いているタイムシフトワーカーは,なんと労働人口の20%近くにまで達するといわれ,彼らの健康状態,特にがんの発生率の増加が問題になりつつある.一般のわれわれであってもsocialjetlagとよばれる,平日と週末での時間の使い方の差などがサーカディアンリズムを狂わす原因となっている5).IIIサーカディアンリズムを調節するブルーライトサーカディアンリズムを調節しているのはおもに光だ.130年前の電灯の発明によって人類は夜の光を手に入れたが,80年前の蛍光灯によってさらに進歩し,20年前のLEDの発明によってさらに明るい光にさらされるようになってきた.さらに光の強さばかりでなく,光の質も変化している.近年普及しているLEDには,ブルーライトの波長(380.495nm)が多く含まれている(図2).LEDとは,lightemittingdiode(発光ダイオード)のことで,電気を流すと光を発する半導体の一種である.社会的にさまざまなメリットがあり,急速に普及してきている.青い光は明るくて,装置が小型でシンプル,衝撃にも強いため,薄型の液晶やスマートフォンなどに適している.白166あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014熱灯や蛍光灯に比べて消費電力が少なく,寿命も長く,経済効率が良い,環境にも優しいとされている.すでに欧米や,日本において照明についてはLED化を推進していくことが社会全体の合意となっており,一部の国または会社では白熱電球の製造を禁止または中止している.ブルーライトLEDは紫外線や赤外線を含まないため,美術館の照明などにも適しているとされ,さらに蛍光灯に用いられる水銀汚染の問題もなくなる.いいことづくめのLEDであるので,例え眼に負担がかかるといっても,やはり社会の潮流はLEDへと移っていくだろう.ちなみにこのLEDは日本の中村修二先生が開発して,当時在籍していた日亜化学工業と訴訟になったことは記憶に新しい.その後,開発者の中村修二先生はカリフォルニア大学に移籍されたが,日本の科学技術が時代を大きく変えたといえる.IVブルーライトの影響2002年にマウスで,2005年にサルで見つかったipRGCは前述したように460.480nmのブルーライトに最も感受性の高い光受容体だったのだ(図2)6,7).この波長領域はまさにブルーライトLEDと偶然にも一致しており,これが一つの大きな問題となっている.この光受容体から入ったシグナルは“見る”ために後頭葉の視覚野には行かず,直接的にサーカディアンリズムを司るsuprachiasmaticnucleus(視交叉上核:SCN)に入る.すなわち昼間の空のブルーライトがSCNを刺激し,夜はSCNを刺激しないことがサーカディアンリズムの基本リズムを作っているのだ(図3)8).光がサーカディアンリズムを作るといってもこのようにブルーライトが基本であり,緑や赤の光ではその影響が少ないことがわかっている.さて,サーカディアンリズムに加えて眼への直接的な影響もブルーライトは大きい.まず第一に,ブルーライトは「散乱しやすい光」であること.そして「高エネルギー」であることの2点が考えられる.散乱しやすい光ということは像がぼやけやすく,そのために眼が常に調節しようと働いてしまうことで調節機能に負荷がかかり,眼が疲れるのではないかと考えられる.実際にブルーライトが存在すると散乱が増加し,実用視力が低下す(6) 太陽光の分光分布400500600700波長(nm)短い長い紫外赤外放射眼に見える光(可視光)放射一般的な白色LEDの分光分布400500600700青色が強い波長(nm)図2太陽光の波長分布と一般的な白色LEDの波長分布上:太陽光の波長分布.カメラとして眼が使う光波長と一致する.下:一般的な白色LEDの波長分布.時計としての眼が使う波長領域と一致する.る研究も進みつつある.高エネルギーの点については,ブルーライトが紫外線とは別に網膜に障害を与えることが動物実験で確認された9).これらはあくまで動物実験で,短時間に強い光をあてた結果であるが,われわれ人間も,毎日PC画面やスマートフォンの画面を見続けていたらどうなるだろうか?網膜の酸化をしっかりプロテクトしていく抗酸化力を上げること,すなわち運動や栄養素摂取などを考えていくことが大事だと思われる.網膜の黄斑部はルテインやゼアキサンチンといった青色光を吸収し高い抗酸化力を持った成分が存在している10).超高齢社会においては80年,100年と網膜に光障害が蓄積する可能性もあり,長い時間を考慮すればブルーライトの影響も無視できないものといえるだろう.さらに日本では成人の亜鉛不足が指摘されているが,亜鉛が活性中心にあるSOD(スーパーオキシドジスムターゼ)1のKO(ノックアウト)マウスに通常の光をあてると網膜障害が起こることを筆者らは見いだしており11),網膜の保護力を上げることも重要かもしれない.このあたりは今後しっかりと検証していく必要があると考え筆者らはブルーライトを測定する器械を開発して研究を始めている12).すべての結果が出るのを待つまでの間にその影響は蓄積されてしまうので早めに臨床的には注意をしていくことが必要と思われる.(7)第3の視細胞視交叉上核サーカディアンリズムブルーライト図3サーカディアンリズムの基本型ブルーライトによって第3の視細胞であるipRGCが刺激され,視交叉上核へシグナルが伝わる.これによってサーカディアンリズムが決まる.Vブルーライト問題の解決に向かってサーカディアンリズムの乱れから自分たちを護るプロジェクトはすぐにでも始めたい.昼はブルーライトを思い切り浴びる.外で遊ぶ.外を歩く.外でジョギングする.そして夜になったらLED電球は極力使わず,コンピュータやスマートフォンを使う場合はPCメガネなどブルーライトをカットするメガネを使う.しかし一番いいのは夜はコンピュータをやらないこと.スマートフォンをやらないこと.夜間はなるべくブルーライトを眼に入れずにサーカディアンリズムをしっかり保つことだ.また白内障の視力障害は超音波乳化吸引術によって安全に治療できる時代になってきたが,従来はあくまでカメラとしての眼を治療するというスタンスであった.核白内障が進むと,視力は出ていてもブルーライトの透過率は極端に低下することがわかっており,高齢者の睡眠障害の一部は昼間のブルーライト曝露が足りないためとも推測される.実際筆者らは白内障手術によって睡眠が改善され,歩行速度が増加することを報告した13).これは時計としての眼を治療するという新しい概念を提唱するもので,これから眼科医にとっても重要な領域になってくると考える.現代社会において,夜間の生活を完全にやめられないことは明らかであるし,タイムシフトワーカーの問題もある.そこで緊急の課題としてこれらのブルーライトLED問題についてどの程度のヘルスハザードが存在するのか,光の質を変えることでシフトワーカー問題を解決することができるのか,どのようにサーカディアンリあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014167 ズムを正常化していくべきかなどなど研究を推し進めていく必要性を感じている.同時に網膜障害や,毛様体へのかかわりなど幅広い眼科研究が待たれるところである.文献1)PandaS,ProvencioITuDCetal:Melanopsinisrequiredfornon-image-formingphoticresponsesinblindmice.Science301(5632):525-527,20032)WuL,ReddyAB:Disruptingrhythms:diet-inducedobesityimpairsdiurnalrhythmsinmetabolictissues.Diabetes62:1829-1830,20133)BhattiP,Cushing-HaugenKL,WicklundKGetal:Nightshiftworkandriskofovariancancer.OccupEnvironMed70:231-237,20134)ScheerFA,HiltonMF,MantzorosCSetal:Adversemetabolicandcardiovascularconsequencesofcircadianmisalignment.ProcNatlAcadSciUSA106:4453-4458,20095)RoennebergT,AllebrandtKV,MerrowMetal:Socialjetlagandobesity.CurrBiol22:939-943,20126)MelyanZ,TarttelinEE,BellinghamJetal:Additionofhumanmelanopsinrendersmammaliancellsphotoresponsive.Nature433(7027):741-745,20057)HattarS,LiaoHW,TakaoMetal:Melanopsin-containingretinalganglioncells:architecture,projections,andintrinsicphotosensitivity.Science295(5557):1065-1070,20028)SextonT,BuhrE,VanGelderRN:Melanopsinandmechanismsofnon-visualocularphotoreception.JBiolChem287:1649-1656,20129)NarimatsuT,OzawaY,MiyakeSetal:Biologicaleffectsofblockingblueandothervisiblelightonthemouseretina.ClinExperimentOphthalmol2013,12253.[Epubaheadofprint]10)SasakiM,YukiK,KuriharaTetal:Biologicalroleofluteininthelight-inducedretinaldegeneration.JNutrBiochem23:423-429,201211)ImamuraY,NodaS,HashizumeKetal:Drusen,choroidalneovascularization,andretinalpigmentepitheliumdysfunctioninSOD1-deficientmice:amodelofage-relatedmaculardegeneration.ProcNatlAcadSciUSA103:11282-11287,200612)EtoN,TsubotaK,TanakaTetal:Developmentofamonitorforquantifyingpersonaleyeexposuretovisibleandultravioletradiationanditsapplicationinepidemiologicaluse.日本衛生学雑誌,2012-MS13)AyakiM,MuramatsuM,NegishiKetal:Improvementsinsleepqualityandgaitspeedaftercataractsurgery.RejuvenationRes16:35-42,2013168あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(8)

序説:眼とブルーライト,体内時計

2014年2月28日 金曜日

●序説あたらしい眼科31(2):161.163,2014●序説あたらしい眼科31(2):161.163,2014眼とブルーライト,体内時計Eyes,BlueLightandBiologicalClocks坪田一男*中村孝博**今月の《あたらしい眼科》の特集は,“眼とブルーライト,体内時計”である.眼とブルーライト(光)は読者の皆さんもなじみ深い事柄であり,内容が容易に想像できるかもしれない.しかし,そこに眼科領域では少々なじみの薄い「体内時計」という言葉が入ってくると,どんな特集であるのか想像がつきにくいのではないだろうか.本特集では,学際性を意識し眼科分野のみならず,工学分野,時間生物学分野の先生方から幅広くご寄稿いただいた.現在,私たちが置かれている光環境が身体に与える影響について幅広く学べる内容になっている.私たちは生命を維持するために一日を,「朝起きて,食事をして,仕事(学業)を行い,夜寝る」といったサイクルで誕生から寿命までおおよそ80年間(約3万回)繰り返す.一日のリズムを駆動するのは体内時計であり,さまざまな生理現象に“意味のあるリズム”を持たせる.身近な「睡眠」という生理現象に目を向けてみると,NHK放送文化研究所の生活時間調査では,調査開始の1970年代から現在まで,日本人の睡眠時間は減少傾向を示している.一方,睡眠障害の患者数は増加傾向にある.睡眠障害と診断されなくても,生活習慣や生活環境が引き金となるいわゆる“不眠症状“を訴える人が全国民の30.40%であることが日本大学の研究班の視覚②③④⑥睡眠覚醒体内時計ホルモン体温⑤⑦①図1本特集の概要照明などから発せられる光にはさまざまな波長光が含まれる.そのなかでもブルーライトは網膜へ到達しやすい波長である.網膜神経節細胞のなかには,ブルーライトに感受性の高い受容細胞が存在し,受容した情報を体内時計に伝える.その光情報をもとに体内時計は多くの生理現象のリズムを駆動する.図中の①.⑦は本特集の稿のおおよそ該当する部分を示している.①ブルーライト問題概論,②照明用LEDの基礎,③ブルーライトによる網膜障害,④黄斑色素によるブルーライト障害の防御,⑤体内時計概論,⑥内因性光感受性網膜神経節細胞による体内時計の調節;⑦ブルーライト-体内時計-睡眠障害の関連.報告で明らかになっている.このように現代日本人の睡眠の量と質はともに減少傾向にある.経験でわかるように寝不足や就寝時間のシフトなどの不規則な睡眠習慣は,身体の不調を促す要因となる.極端に長いもしくは短い睡眠時間を持つヒトは,生活習慣病の罹患率が高いことや,シフトワークをする労働者はがんに罹りやすいとの報告がされている.それでは,国民の睡眠の質と量の減少は,何に起*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**TakahiroNakamura:帝京平成大学薬学部薬学科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)161 因するのであろうか.さまざまな要因があるだろうが,その一つが私たちを取り巻く光環境の変化にあるといえよう.睡眠はおもに体内時計機構によって制御されるが,光は体内時計の針を動かす強力な因子となる.すなわち,夜間の照明や情報端末などからの人工的な光は私たちの体内時計の針を動かし,体をまだ昼であると錯覚させる.人類は約50万年前に火の存在を発見しさまざまな用途に利用し,文明を発達させてきた.人類の長い歴史からみて,火を灯りとしての利用することはヒトの生活スタイルを変え,夜間でも昼間のような行動を可能にした.1860年代にエジソンらによって発明された白熱電球は瞬く間に世界中の家に光を与えた.その後,1930年代には蛍光灯が発明され,私たちは夜間でも,瞬時に光をON/OFFできる生活が当たり前となった.1990年代に中村修二先生が高輝度青色発光ダイオード(ブルーライトLED)を発明し,現在では蛍光灯に変わりLED照明が照明の中心になってきている.ブルーライトLEDは照明に使われているだけでなく,スマートフォンやパソコンのモニター,テレビといった情報端末の液晶画面に使用され,その省エネルギー性能からブルーライトLEDは私たちの生活に大変身近なものになってきている.しかし,実はこのブルーライトこそが体内時計の針を動かす最も強力な光波長である.2013年の厚生労働省研究班の報告によるとネット依存の中高生は全国で推計52万人(全国の中高生は約680万人)いることが判明し,そのなかの59%が「睡眠の質が悪い」と訴えているという.このことは,夜間に浴びるブルーライトが中高生の体内時計の針を狂わせ,睡眠に悪影響を及ぼしている可能性が高い.今,私たちは“光の質”の変遷期に直面し,ブルーライトが体に与える影響を正しく深く知る必要があるのではないだろうか.本特集では,このようなブルーライト問題に対し162あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014て,まず坪田の稿でこの問題についての問題提起とブルーライトの基礎知識について触れる.新しい公害ともされる「lightpollusion(光害)」について,私たちが今直面している現状について述べている.そして,現在急速に普及し,私たちの生活に欠かせない存在となっている照明用LEDについて開発者の立場からパナソニック株式会社の真鍋由雄先生に読者の中心である眼科医にわかりやすいように解説していただいた.生活に溢れるLED照明の仕組みについて知り,なぜ,LED照明が普及しているのか理解できるであろう.つぎに,そのブルーライトの眼に対する害である「ブルーライトによる網膜障害」について島根大学医学部眼科学講座の谷戸正樹先生にご執筆いただいた.光曝露による網膜内での視物質の代謝に関連した視細胞と網膜色素上皮細胞の機能低下メカニズムについて詳しく解説していただき,可視光のなかでもブルーライトとこれら網膜障害との関連について述べていただいている.続いて,このブルーライト障害から眼を守る防御機構について「黄斑色素によるブルーライト障害の防御」として聖隷浜松病院眼科の尾花明先生にご執筆いただいた.強いブルーライトに曝される危険性の高い中心窩において黄斑色素が中心となって光に対する防御が行われているという内容である.常にその防御機構が光障害に勝ることによって網膜障害を防ぐことができている.しかし,さまざまな要因でそのバランスが崩れることで網膜に疾患が生じるのである.加齢黄斑変性との関連についてもご解説いただいた.先に述べたように,体内時計の針を動かす強力な因子は光であり,そのなかでも,私たちの体内時計はブルーライトに最も感受性が高い.夜間に浴びるブルーライトは体内時計を狂わせてしまう.では,ブルーライトはどのようにして体内時計を狂わすのであろうか.まず,「体内時計概論」として,体内(2) 時計のメカニズムについて中村らが解説している.特に一日のリズムである概日リズム(サーカディアンリズム)について,リズム特性やリズム発振機構について述べている.次に,体内時計は,入力系振動体-出力系の3つに分けて示されることがあるが,その入力系について,「内因性光感受性網膜神経節細胞による体内時計の調節」として米国ソーク研究所の羽鳥恵先生にご執筆いただいた.耳が聴覚と平衡感覚を担っているように,眼も視覚機能と非視覚機能を担っている.その非視覚機能の受容器である内因性光感受性網膜神経節細胞について詳しく説明していただいている.ブルーライトを受容する受容機構について理解が深まる内容である.そして最後に,ブルーライトを中心とした光がヒトの体内時計と睡眠に与える影響について,国立精神・神経医療研究センターの北村真吾先生・三島和夫先生に「ブルーライト-体内時計-睡眠障害の関連」として多くのヒトのデータをご紹介いただいている.いずれの内容も専門性の高いものであるが,読者にはこの特集を読み終わった後に,眼・ブルーライト・体内時計の関連性が理解できるような構成になっているので,ぜひ,最後までご一読いただきたい.(3)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014163

非球面頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルレンズの臨床試験

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):145.155,2014c非球面頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルレンズの臨床試験宮本裕子*1稲葉昌丸*2梶田雅義*3小玉裕司*4濱田恒一*5水谷聡*6*1アイアイ眼科医院*2稲葉眼科*3梶田眼科*4小玉眼科医院*5ハマダ眼科*6水谷眼科診療所ClinicalStudyofFrequentReplacementToricSiliconeHydrogelLenswithAsphericOpticsYukoMiyamoto1),MasamaruInaba2),MasayoshiKajita3),YujiKodama4),TsunekazuHamada5)andSatoshiMizutani6)1)AiaiEyeClinic,2)InabaEyeClinic,3)KajitaEyeClinic,4)KodamaEyeClinic,5)HamadaEyeClinic,6)MizutaniEyeClinic乱視矯正を目的として新しく開発された前後面非球面頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルレンズ「PV2HDA」の安全性と有用性を評価するために臨床試験を行った.近視性乱視を有する80例160眼に対して試験レンズを処方し,屈折検査,フィッティング検査,細隙灯顕微鏡検査を施行し,自覚症状の確認と見え方や装用感に関するアンケート調査を行った.その結果,全期間を通じてレンズ上の視力は1.0以上と良好な視力が得られた.レンズの安定性も良好で,重篤な合併症は1例も認めなかった.自覚症状については,充血が軽減し,特に暗所での見え方が良好という結果が得られた.また,アンケート調査によって,見え方に関する満足度が高いことが明らかとなった.近視性乱視を矯正する目的において良好な視力が得られ,眼科医の管理のもと臨床上安全で有用なレンズであることがわかった.Aclinicalstudywasdonetoevaluatethesafetyandefficacyofthefrequentreplacementtoricsiliconehydro-gellenswithasphericoptics(PV2HDA),whichwasnewlydevelopedtocorrectastigmatismandreduceasphericaberration.Thestudylenses,prescribedfor160eyesof80patientswithmyopicastigmatism,wereexaminedbyrefraction,fittingandslitlampbiomicroscopy.Aquestionnairesearchwasthenconductedtoassesssubjectivesymptomsandsurveythequalityofvisionandthefeelingofwearingthelens.Resultsshowedthatvisualacuitywithstudylenswearwas1.0orbetterthroughoutthestudyperiod.Lensstabilitywasalsogood,andnoseriouscomplicationswerereported.Asforsubjectivesymptoms,resultsshowedthathyperemiawasrelievedandthatqualityofvisionwasespeciallygoodindarkplaces.Thesurveyalsoevidencedahighsatisfactionratingintermsofqualityofvision.Thestudylenswasshowntobeclinicallysafeandusefulforachievinggoodvisualacuityincorrectingmyopicastigmatism,underthesupervisionofanophthalmologist.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):145.155,2014〕Keywords:頻回交換乱視用ソフトコンタクトレンズ,シリコーンハイドロゲルレンズ,非球面レンズ,臨床試験.replacementtoricsoftcontactlens,siliconehydrogellens,asphericlens,clinicalstudy.はじめに柔軟な素材特性をもつソフトコンタクトレンズ(SCL)による乱視矯正は困難とされるが,近年は有用な乱視用SCLが登場してきている.素材の面においても,従来素材のSCLと比べ,高い酸素透過性などの優れた性能をもったシリコーンハイドロゲルレンズが急速に普及してきている.この2つの特徴を併せ持つSCLとして「メダリストRプレミア<乱視用>」が2008年10月より発売されているが,優れた乱視用SCLには,質の高い見え方と,より適切な動きと同時にレンズの良好な安定性が求められる.また,当初に開発されたシリコーンハイドロゲルレンズの素材は硬めであるために装用感の低下が指摘されているが,素材の開発やデザインの改良により装用感の向上を図っている.「PV2HDA」は,「メダリストRプレミア<乱視用>」の装用感を向〔別刷請求先〕宮本裕子:〒558-0023大阪市住吉区山之内3丁目1-7アイアイ眼科医院Reprintrequests:YukoMiyamoto,M.D.,AiaiEyeClinic,3-1-7Yamanouchi,Sumiyoshi-ku,Osaka558-0023,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(145)145 上させるために,レンズのバラスト厚を0.345mmから0.300mmに,エッジ厚を0.089mmから0.050mmに薄くし,さらに眼球の球面収差を補正する目的で前後面非球面設計されたレンズとなっている.今回,筆者らは「PV2HDA」を用いて臨床試験を行ったので,その結果を報告する.I対象および方法1.対象対象は,屈折異常以外にSCL装用に問題となる眼疾患を認めず,自覚的屈折値で.9.00D以下の近視眼でかつ.2.50D以下の乱視眼である.さらに,球面および円柱レンズの矯正により片眼0.5以上の遠方視力が得られ,球面SCLおよび乱視用SCLを日常装用している者とした.2.方法a.倫理審査委員会およびインフォームド・コンセント本試験は,松本クリニック治験審査委員会の承認を得た.本試験の実施趣旨を理解した後,自らの意志で参加同意書に署名した者を登録症例とした.臨床試験を実施した医療機関6施設の名称と担当医師を表1に示す.b.試験レンズおよび装用方法試験レンズ「PV2HDA」は,わが国にて販売されている「販売名:ボシュロムメダリストフレッシュフィット(商品名:ボシュロムメダリストフレッシュフィットRコンフォートモイストR)<乱視用>」と同一である.試験レンズの物性と規格を表2に示す.装用方法は終日装用で,使用期間は最長2週間とした.基本的に,マルチパーパスソリューション(MPS)によるこすり洗い,すすぎ,消毒,保存を毎日行うよう指導した.MPSはレニューRセンシティブを推奨したが,担当医がそれ以外の消毒剤の使用が適切と判断した場合は,担当医が指示した消毒剤を指示した方法によって使用することとした.c.試験レンズの処方試験レンズを処方するにあたってインフォームド・コンセントを取得し,裸眼および矯正視力の測定,自覚的および他覚的屈折検査,角膜曲率半径計測,細隙灯顕微鏡検査など通常のSCL処方に必要な検査を行った.試験レンズの適応であることを確認した後に,トライアルレンズを装着し,フィッティングの観察を行ったうえで,追加補正屈折値を求め,処方レンズの規格を決定した.d.観察期間と検査項目観察期間は2012年4月4日から2012年9月29日までで,定期の検査日は試験開始時,1週間後,1カ月後の3回で,それ以外は定期外として取り扱った.検査項目は,自覚的屈折検査,他覚的屈折検査,試験レンズによる遠見視力の測定である.さらに細隙灯顕微鏡による前眼部所見の観察を行い,試験レンズのフィッティングを評価し,装用した状態で表1試験実施機関および担当医師医療機関名試験担当医師アイアイ眼科医院宮本裕子稲葉眼科稲葉昌丸梶田眼科梶田雅義小玉眼科医院小玉裕司*ハマダ眼科濱田恒一水谷眼科診療所水谷聡*試験代表医師.表2試験レンズの物性と規格項目物性・規格材質(USAN*1)BalafilconAFDA*2分類グループIII酸素透過係数(Dk値)91×10.11(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)含水率36%度数範囲球面度数.1.00D..6.00D(0.25Dステップ).6.50D..8.00D(0.50Dステップ)円柱度数.0.75D.1.25D.1.75D円柱軸10°20°90°160°170°180°ベースカーブ8.9mm直径14.5mm中心厚0.10mm(S.3.00D)レンズデザインプリズムバラスト(後面トーリック)レンズカラーライトブルー*1USAN:UnitedStatesAdoptedNames.*2FDA:FoodandDrugAdministration.試験レンズの表面検査を行ったうえで,交換の必要性などを確認した.前眼部所見の程度判定基準を表3に,フィッティング評価基準を表4に,汚れの形態と範囲の程度分類を表5に示す.自覚症状については,違和感,乾燥感,充血,くもりについてまったく認めない状態を0mm,最も強い状態を100mmとしたvisualanalogscale(VAS)を用いて,対象者自身に評価させ平均値を算出した.アンケート調査は,表6各設問について非常にそう思うか,そう思うか,ややそう思うか,あまりそう思わないか,そう思わないか,全く思わないかの6つのなかから選択することとした.上位3つの非常にそう思う,そう思う,ややそう思うの合計を算出した.自覚症状の確認とアンケート調査については試験参加前に装用していたコンタクトレンズ(CL)(元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者,元ハイドロゲルレンズ装用者,元球面レンズ装用者,元乱視用レンズ装用者)別でも評価した.146あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(146) 表3前眼部所見の判定基準項目程度基準0ステイニングなし.角膜上皮ステイニング1すべての領域で表層に点状のステイニングがごくわずかに認められるが,融合していない.表層の異物によるステイニングも含む.2融合,またはびまん性の点状ステイニングがわずかに認められるが,フルオレセインは実質内に達していない.3著明に,または密に融合した点状ステイニングが認められ,フルオレセインがわずかに実質内に達している.4重度の上皮.離またはびらんが認められ,上皮実質が失われている.角膜実質が顕著に,かつ速やかに染色される.0上皮混濁や上皮下混濁がない.正常な透明性.1局所的な上皮混濁や上皮下混濁がわずかに認められる.角膜浮腫2局所または全体的な上皮混濁がかすかながら確かに認められる.3局所または全体的な上皮混濁が著明に認められる.4はっきりした上皮混濁が広範囲に認められて角膜がすりガラス状になる,または無数の水疱が融合している.0顕著な輪部血管アーケードは認められるものの,輪部の外観は正常である.11/4の範囲内で角膜に1.5mm未満の血管新生が認められる.角膜血管新生21/4以上の範囲内で角膜に1.5mm未満の血管新生が認められる.3いずれかの1/4の範囲で角膜に1.5.2.5mmの血管新生が認められる.4広域に角膜に2.5mmを超える血管新生が認められる.0充血は認められない.結膜血管の外観は正常である.11/4の範囲内に極軽度の結膜血管充血が認められる.球結膜充血21/4以上の範囲に軽度の結膜血管充血が認められる.3いずれかの1/4の範囲に顕著な結膜血管充血が認められる.4広域に顕著な結膜血管充血が認められる.0眼瞼結膜の外観は正常でベルベット状をしている.乳頭はない.眼瞼結膜乳頭増殖1結膜表面のなめらかさがやや失われている.2結膜表面のなめらかさがやや失われている.直径1.0mm未満の乳頭が認められる.3結膜表面のなめらかさは明らかに失われている.直径1.0mm未満の乳頭が認められる.4直径1.0mmを超える巨大乳頭が局所または全体に認められる.0角膜浸潤なし.1無症状の単発の浸潤が認められる.角膜浸潤2充血および何らかの自覚症状を伴った単発または多発の浸潤が認められる.3何らかの角膜異常と充血を伴った単発または多発の浸潤が認められる.4角膜実質に及ぶ染色と充血を伴った単発または多発の浸潤が認められる.表4フィッティングの評価基準項目分類安定位置中央上方下方耳側鼻側レンズの回転無±10°以内±20°以内±20°以上回転方向無鼻側耳側動きルーズノーマルタイトその他の所見球結膜の圧迫レンズのエッジの浮き上がり(147)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014147 表5汚れの形態と範囲の程度分類形態点状,膜状1.CL全体面積の1/3未満の汚れを認める範囲2.CL全体面積の1/3以上2/3未満の汚れを認める(程度)3.CL全体面積の2/3以上の汚れを認める表6アンケート調査項目設問内容・装着数分後の見え方が鮮明でクリア・1日を通して見え方が鮮明でクリア・夜間や薄暗い場所でもクッキリ・装着してすぐにレンズの位置が安定・装着直後に快適な装用感・装着して数分後の快適な装用感・快適な装用感が1日を通して持続・乾燥感が軽減II結果1.症例a.年齢と性別年齢は,18.54歳〔34.4±9.6歳(平均値±標準偏差)〕,男性19例38眼(23.8%),女性61例122眼(76.3%)の計80例160眼であった.b.中止症例および解析対象症例試験途中で中止となった症例は3例であった.そのうち2例は,仕事が多忙となったなど対象者自身の意志によって試験の継続を希望しなくなった.残りの1例は,定期検査に来院されず連絡が取れなくなったため中止症例として扱った.上記の3例6眼を除いた77例154眼を解析対象症例としたが,細隙灯顕微鏡所見および有害事象については全症例を対象として集計した.なお,1週間後および1カ月後に観察期間が規定範囲日外のため定期外として取り扱った症例が各1例あった.c.対象者の自覚的屈折値試験開始時に行った自覚的屈折検査の結果,近視度数が.3.00..5.75Dの例が154眼中69眼(44.8%)で最も多かった.一方,乱視度数は.1.00D以下の例が154眼中72眼(46.8%)で最も多かった(表7).乱視軸については図1のごとく,180°と90°以外の例も認められた.対象者の乱視度数は,.0.50..1.00Dが72眼(46.8%)を占めていた.2.処方レンズの規格と試験レンズによる視力装用開始時に処方したレンズ度数は,球面度数が.3.00..5.75Dの例が最も多く,対象者の自覚的屈折値と同じであったが,.0.25..2.75Dが53眼(34.4%)に増加し,.6.00D以上の例が26眼(16.9%)に減少していた.円柱度数は59.1%の症例が.0.75Dで処方可能であった(表8).処方したレンズの円柱軸は180°が126眼(81.8%),90°が15表7自覚的屈折値眼(%)乱視度数\近視度数.0.25..2.75D.3.00..5.75D.6.00D以上合計.0.50D2(1.3)7(4.5)2(1.3)11(7.1).0.75D9(5.8)13(8.4)7(4.5)29(18.8).1.00D8(5.2)15(9.7)9(5.8)32(20.8).1.25D10(6.5)12(7.8)5(3.2)27(17.5).1.50D3(1.9)9(5.8)4(2.6)16(10.4).1.75D3(1.9)4(2.6)11(7.1)18(11.7).2.00D4(2.6)6(3.9)2(1.3)12(7.8).2.25D1(0.6)3(1.9)2(1.3)6(3.9).2.50D1(0.6)0(0.0)2(1.3)3(1.9)合計41(26.6)69(44.8)44(28.6)154(100.0)小数点以下2位を四捨五入したためパーセントの合計は必ずしも一致しない.(眼)140120100806040200908070605040302010180170160150140130120110100(度)図1自覚的屈折検査の乱視軸分布148あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(148) 表8処方レンズの規格眼(%)円柱度数\球面度数.0.25..2.75D.3.00..5.75D.6.00D以上合計.0.75D30(19.5)50(32.5)11(7.1)91(59.1).1.25D20(13.0)18(11.7)9(5.8)47(30.5).1.75D3(1.9)7(4.5)6(3.9)16(10.4)合計53(34.4)75(48.7)26(16.9)154(100.0)(眼)140120100806040200908070605040302010180170160150140130120110100(度)図2処方したレンズの円柱軸分布視力(平均値)1.00.11.22N.S.1.24N.S.1.261.091.091.09装用開始154眼1週間後152眼1カ月後152眼図(N.S.);ANOVA,Dunnett.3試験レンズによる視力平均値は小数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力に変換して平均値を算出した後小数視力に再度変換した値である.○:矯正視力,■:追加矯正視力.眼(9.7%)で,90%以上の対象者が180°および90°の円柱軸で処方が可能であった(図2).つぎに,試験レンズ装用時の視力は図3のごとく,装用開始時から1カ月後のすべての観察期間で1.09と変化がなかった.検眼レンズによる追加矯正視力においても,装用開始時が1.22,1週間後が1.24,1カ月後が1.26で有意差を認めなかった.3.試験レンズのフィッティング試験開始時,1週間後,1カ月後,定期外検査の累積数462眼について,試験レンズのフィッティングを観察した.表9に示すように,試験レンズの安定位置は,中央が424眼(91.8%)と最も多く,つぎに耳側に安定した例が31眼(6.7%)であった.動きは,ほとんどの症例(95.0%)がノーマルで,ルーズな例やタイトな例はごくわずかであった.回転については,ガイドマークが真下に位置していたものが(149)306眼(66.2%),ガイドマークが真下の位置から耳側10°以内に認められたものが108眼(23.4%)と,ガイドマークが真下の位置に認められなかった例のなかでは耳側方向が多かった.さらに図4のごとく,診察の結果,総合評価として大変良好と評価されたものが152眼中115眼(75.7%),良好と評価されたものが28眼(18.4%)で,合計94.1%の例で良好以上の結果であった.4.試験レンズの表面診察日に,細隙灯顕微鏡で試験レンズを装用したまま汚れとキズの状況を確認した.308枚中282枚(91.6%)は正常であった.汚れを認めたもののなかで一番多かったものは,点状の汚れ程度1で,17枚(5.5%)のみであった.特に強い汚れを生じたものやキズを認めた例もなかった(表10).5.試験レンズの交換試験レンズの処方交換を行ったものは累積304眼中10眼(3.3%)で,交換理由として視力不良が8眼(2.6%)と最も多かった.回転によるフィッティング不良で交換したものは1眼(0.3%)で,フィッティング不良および視力不良が理由のものは1眼(0.3%)のみで非常に少なかった(表11).6.細隙灯顕微鏡による前眼部所見試験開始時の前眼部所見として,角膜上皮ステイニングが21眼あり,球結膜充血が4眼,CLPC(contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis)が2眼,その他11眼(角膜瘢痕,結膜結石,瞼結膜充血)が認められた(表12).しかし,いずれも担当医は試験レンズの装用が可能であると判断し,本試験が開始された.観察期間中においても,角膜浮腫,角膜新生血管,角膜浸潤および角膜潰瘍など重篤な異常所見は認めなかった.今回,担当医が有害事象として挙げたものを表13に示す.角膜上皮ステイニングが3例4眼,SEALs(superiorepithelialarcuatelesions)が3例5眼,CLPCがあたらしい眼科Vol.31,No.1,2014149 表9フィッティング検査眼(%)安定位置動き回転中央耳側上方下方/耳側上方/耳側下方424313220(91.8)(6.7)(0.6)(0.4)(0.4)(0.0)ノーマルルーズタイト439212(95.0)(4.5)(0.4)無306(66.2)耳側10°以内108(23.4)20°以内17(3.7)21°以上5(1.1)鼻側10°以内21(4.5)20°以内3(0.6)21°以上2(0.4)462(100.0)462(100.0)462(100.0)小数点以下2位を四捨五入したためパーセントの合計は必ずしも一致しない.やや不良大変良好115眼(75.7%)良好28眼(18.4%)不良表10試験レンズの表面検査枚(%)5眼(3.3%)4眼(2.6%)検査結果1週間後1カ月後定期外検査計正常1401384282(91.6)点状の汚れ(程度1)10717(5.5)膜状の汚れ(程度1)257(2.3)膜状の汚れ(程度2)22(0.6)キズ0(0.0)計1521524308(100.0)←図4試験レンズの総合評価〔n=152(眼)〕表11試験レンズの交換理由眼(%)\交換理由検査眼数1週間後1カ月後152(100.0)152(100.0)累積数304(100.0)視力不良フィッティング不良(回転)フィッティング不良(回転)および視力不良6(3.9)2(1.3)1(0.7)1(0.7)8(2.6)1(0.3)1(0.3)合計8(5.3)2(1.3)10(3.3)表12細隙灯顕微鏡検査による前眼部所見眼(%)前眼部異常所見試験開始時1週間後1カ月後定期外検査検査眼数16015615210無127(79.4)123(78.8)119(78.3)8(80.0)角膜上皮ステイニング程度121(13.1)22(14.1)21(13.8)22(20.0)球結膜充血14(2.5)1(0.6)2(1.3)2(20.0)CLPC*112(1.3)1(0.6)1(0.7)21(0.7)その他*211(6.9)12(7.7)10(6.6)重複記載あり.*1CLPC:contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis.*2その他:角膜瘢痕,結膜結石,瞼結膜充血など.150あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(150) 表13有害事象事象名発現数程度因果関係投薬一時中止中止軽度関連性あり/可能性あり製品名角膜上皮ステイニング3例4眼3例4眼3例4眼3例4眼角結膜上皮障害治療用点眼薬─1例2眼人工涙液ドライアイ治療用点眼薬SEALs*13例5眼3例5眼3例5眼2例4眼角結膜上皮障害治療用点眼薬1例2眼─人工涙液CLPC*22例2眼2例2眼2例2眼1例1眼非ステロイド抗炎症点眼薬──*1SEALs:superiorepithelialarcuatelesions.*2CLPC:contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis.表14消毒剤の変更NO参加前使用消毒方法装用開始1週間後変更理由1カ月後12345過酸化水素用剤過酸化水素用剤過酸化水素用剤他社MPS用剤他社MPS用剤過酸化水素用剤過酸化水素用剤レニューセンシティブレニューセンシティブレニューセンシティブ過酸化水素用剤過酸化水素用剤過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗い過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗い他社MPS用剤自己都合少し痒みしみる過酸化水素用剤過酸化水素用剤過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗い過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗い他社MPS用剤VAS(mm)VAS(mm)1008060***4031.635.138.432.426.822.823.022.716.920.318.02015.50試験開始時1週間後1カ月後154眼152眼152眼図5自覚症状(全対象者)(*p<0.05)(**p<0.01);ANOVA,Tukey-Kramer.■:違和感,■:乾燥感,:充血,:くもり.2例2眼であった.角膜上皮ステイニングを認めた症例のなかで1例2眼は,被験者が試験の継続を希望しなかったため中止となった.SEALsを認めた症例のなかで1例2眼は一時中止したが点眼加療によって改善し,その後は試験レンズを再装用することが可能であった.有害事象が原因で,試験レンズの装用が中止に至ったという症例は1例もなかった.7.消毒剤の変更消毒剤の変更は,装用開始から参加前使用消毒処方を指示した2例と1週間後に変更した3例であった.変更理由として自己都合,少し痒み,しみるという症状があったため,過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗いが2例と参加前使用消毒方法への指示が1例であった(表14).MPSとの適合性による問題だと考えられる障害は生じなかった.(151)10080604028.628.412.215.319.424.522.718.813.016.720.22012.90試験開始時1週間後1カ月後154眼152眼152眼図6見え方についての自覚症状(全対象者)(N.S.);ANOVA,Tukey-Kramer.■:明所,■:暗所,:瞬目時,:こすった時.8.自覚症状a.違和感,乾燥感,充血,くもりについて試験レンズ装用による違和感,乾燥感,充血,くもりについてVASを用いた評価を行った.数値が高いほど症状が強いという意味を表す.違和感は,試験開始時と比較して1週間後に増加したが,1カ月後には改善していた.乾燥感も試験開始時と比較して1週間後に増加したが,1カ月後には改善していた.逆に,充血は1週間後,1カ月後と減少していった.くもりは試験開始時と比較して1週間後に微増したが,1カ月後には改善していた(図5).b.見え方について試験レンズ装用による明所,暗所,瞬目時およびこすった時の見え方についてもVASを利用して評価した.数値が低いほど見え方が良好という意味を表す.有意差はなかったもあたらしい眼科Vol.31,No.1,2014151 VAS(mm)VAS(mm)10VAS(mm)1001008080**6060**33.138.542.636.240*27.623.64028.127.328.926.423.624.121.721.319.318.417.815.217.72016.213.117.114.612.715.710.914.32013.89.16.60試験開始時1週間後1カ月後0試験開始時1週間後1カ月後108眼106眼106眼46眼46眼46眼図7自覚症状(元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者)図8自覚症状(元ハイドロゲルレンズ装用者)(*p<0.05)(**p<0.01);ANOVA,Tukey-Kramer.(*p<0.05);ANOVA,Tukey-Kramer.■:違和感,■:乾燥感,:充血,:明所,:暗所.■:違和感,■:乾燥感,:充血,:明所,:暗所.0%見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)*快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減20%40%60%80%100%19121315121710829343524222324121723201716171922461314121222131487571335862図9アンケート調査(全対象者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.*快適な装用感(装用直後)に1例未回答あり.グラフ内の数値は症例数.のの試験開始時と比べ,暗所での見え方が良くなっているのがわかる(図6).c.事前に使用していたCL別の自覚症状と見え方さらに,自覚症状の5項目(違和感,乾燥感,充血,明所での見え方,暗所での見え方)について,元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者(53例106眼)と元ハイドロゲルレンズ装用者(23例46眼)とに分けて検討した結果を,各々図7と図8に示す.元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者において,暗所での見え方が装用開始時に比較して1カ月後に有意に良くなっているのがわかる.違和感については,一時悪化したが,1カ月後には有意な改善を認めた.元ハイドロゲルレンズ装用者においては,充血が装用開始時と比較して1カ月後は有意に改善していた.9.アンケート調査表6に示す項目について回答した結果を図9に示す.非常にそう思う,そう思う,ややそう思うの合計の割合は見え方が鮮明でクリア(装着数分)は85.5%,見え方が鮮明でクリア(1日)は90.8%,夜間や薄暗い場所でもクッキリ89.5%,すぐレンズ位置が安定は73.7%,快適な装用感(装着直後)は66.7%,快適な装用感(装着数分)は75.0%,快適な装用152あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(152) 0%20%40%60%80%100%107665106322252819171615612161414131217177449997161113764712244図10アンケート調査(元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.グラフ内の数値は症例数.0%20%40%60%80%100%図11アンケート調査(元ハイドロゲルレンズ装用者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.*快適な装用感(装用直後)に1例未回答あり.グラフ内の数値は症例数.957977457975579657633525124535621111111112見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)*快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減感が持続(1日)は69.7%,眼の乾燥感が軽減は55.3%であった.とりわけ見え方が鮮明でクリア(装着数分・1日)と夜間や薄暗い場所でもクッキリで満足が得られていた.試験参加前に使用していたレンズ素材別に検討した結果を,図(153)10と図11に示す.両者とも見え方の鮮明さという面で満足度が高いが,レンズの安定性に加えて装用数分後から一日を通しての装用感という面でも,元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者において70%以上の例で満足が得られていた.あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014153 0%20%40%60%80%100%見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減図12アンケート調査(元球面レンズ装用者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.グラフ内の数値は症例数.21222122215224412212121311111110%20%40%60%80%100%見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)*快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減図13アンケート調査(元乱視用レンズ装用者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.*快適な装用感(装用直後)に1例未回答あり.グラフ内の数値は症例数.17121213101510828323322222219101519161614151820461212111219121486571225751元ハイドロゲルレンズ装用者では,特に,レンズを装着してえ方の鮮明さと夜間や薄暗い場所でもクッキリという面で満数分後の装用感において80%以上もの例で満足されている足度が高いが,元球面レンズ装用者においては夜間や薄暗いことがわかった.さらに,試験参加前に使用していたレンズ場所でもクッキリが100%で満足度が得られていた.元乱視種類別に検討した結果を図12と図13に示す.両者とも見用レンズ装用者では,特に,見え方が鮮明でクリア(1日)154あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(154) において90%以上の例で満足されていることがわかった.III考察多施設臨床試験の結果,今回の試験レンズの安全性という面においては,細隙灯顕微鏡検査で角膜新生血管,角膜浸潤,角膜浮腫や潰瘍など重篤な合併症は1例も生じることなく安全なレンズであると思われた.認められた前眼部所見のなかで,試験開始時に角膜上皮ステイニング程度1が21眼(13.1%)であったが,試験期間を通して眼数に変化はなく,また,開始時と比較し,球結膜充血や上眼瞼結膜乳頭増殖の発現数は1カ月後には減少していた.角膜上皮ステイニング3例4眼,SEALs3例5眼,CLPC2例2眼が有害事象として挙げられたが,これらはいずれもSCLの特性として発現する可能性のある所見1.3)であった.一時中止例に対しては点眼加療によって改善し,その後は試験レンズを再装用した.眼科医の管理のもと安全に使用できるレンズであると考える.つぎに,有用性という面において考えてみると,VASによる自覚症状の評価で,有意差はないものの充血が改善傾向にあり,違和感が一時的に1週間後に微増したが,1カ月後にはやや改善している.試験レンズは,レンズ厚を薄くすることで,シリコーンハイドロゲルレンズの素材による硬さのための装用感を改善するように設計されているという特徴があり,違和感を訴えた対象者であっても,一定期間装用を継続することによって,課題を克服できる可能性があると予想された.アンケート調査の結果から,装着して数分後および1日を通して見え方が鮮明でクリアで,夜間や薄暗い場所でもクッキリ見えるなど,見え方についての満足度が高いということがわかった.元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者と元ハイドロゲルレンズ装用者と分けても検討してみたが,大きな違いはなく,どちらも見え方においての満足度が高かった.症例数が少ないので単純に比較はできないが,元ハイドロゲルレンズ装用者は,元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者に比べ,乾燥感に満足する傾向にあった.さらに,試験レンズによる矯正視力も良好で,処方レンズの度数については,頂点間補正を行った自覚的屈折度数よりやや弱めの円柱度数が処方されていることが示唆され,梶田4)や水谷5)の報告と同様の結果であった.担当医による診察で,レンズの動きが適切であった例は95%で,安定性の評価において94%の症例が良好以上という結果が得られている.一方,一般的にシリコーンハイドロゲルレンズ素材は,脂質が付着しやすいと言われている6).試験レンズの表面はイオン化した酸素ガスを直接衝突させるプラズマ加工が施されている7.9)が,この表面加工が脂質の付着を予防すると考えられ,今回も90%以上のレンズに見かけ上,汚れは検出されなかった.本論文の最初に,「優れた乱視用SCLというのは,質の高い見え方と,より適切な動きと同時にレンズの良好な安定性が求められる」と述べたが,今回の試験レンズはこの要素を兼ね備え,優れた乱視用SCLと言えるのではないかと思われた.非球面設計のCLは見え方の質を向上させることが期待10.12)され,かつ明所より暗所でその効果か高いことが言われている.これらのことは非球面眼内レンズで,波面センサーによる高次収差測定やコントラスト感度と瞳孔径との関係においても検討13,14)されている.今回の試験レンズはトーリックSCLとしての軸の安定性による乱視の矯正効果などが,視機能の向上に影響を及ぼした可能性が考えられるが,非球面によって球面収差を補正する光学特性を有しており暗所でより良い見え方の改善が認められた背景には,試験レンズの光学特性が寄与した可能性が考えられる.以上の点から,非球面頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルレンズ「PV2HDA」は,近視性乱視眼に対して臨床的に安全で有用であると考えられた.文献1)大内典子,小玉裕司,丸山勝巳ほか:ソフトコンタクトレンズ装用上のEpithelialSplittingについて.日コレ誌43:12-14,20012)宮本裕子:次世代のコンタクトレンズ─シリコーンハイドロゲルレンズを中心として─.あたらしい眼科21:757760,20043)稲葉昌丸:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとは.日コレ誌53:2-5,20114)梶田雅義:トーリックソフトコンタクトレンズの処方.トーリックコンタクトレンズ.p34-53,メジカルビュー社,19995)水谷聡:トーリックコンタクトレンズの処方.日コレ誌51:267-274,20096)植田喜一,中道綾子,稲垣恭子:シリコーンハイドロゲルレンズの臨床における汚れの定量分析.日コレ誌52:180187,20107)佐野研二:進化するコンタクトレンズ素材─水との共生─.あたらしい眼科24:723-735,20078)松沢康夫:シリコーンハイドロゲルの表面の性質について.日コレ誌50:S1-S5,20089)村岡卓:「ボシュロムメダリストRプレミア」の紹介.日コレ誌51:72-78,200910)糸井素純:前面非球面デザインの効用.日コレ誌48:S1S6,200611)MorganPB&EfronN:Comparativeclinicalperformanceoftwosiliconehydrogelcontactlensesforcontinuouswear.ClinExpOptom85:183-192,200212)植田喜一,永井浩一:頻回交換型非球面ソフトコンタクトレンズの使用経験.臨眼58:1785-1791,200413)大谷伸一郎,宮田和典:非球面眼内レンズと高次収差.あたらしい眼科24:1435-1438,200714)太田一郎,三宅謙作,三宅三平ほか:非球面眼内レンズ(Nex-AcriAAAktisN4-18YG)挿入眼の視機能.あたらしい眼科28:135-138,2011(155)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014155

遠視性不同視弱視眼に生じた片眼性の心因性視覚障害の1例

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):141.144,2014c遠視性不同視弱視眼に生じた片眼性の心因性視覚障害の1例溝部惠子小林史郎大塚斎史京都第二赤十字病院眼科CaseReportofUnilateralFunctionalVisualLossinHyperopicAnisometropicAmblyopiaKeikoMizobe,ShirohKobayasiandYosifumiOhtsukaDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital遠視性不同視弱視症例に生じた片眼性の心因性視覚障害を経験した.症例は13歳,女児.近医にて左眼不同視弱視に対して通院治療中であったが,左眼矯正視力は(1.2)と安定していた.中学1年の夏休み後より左眼霧視を自覚.近医にて左眼の著明な視力低下を指摘され,当院へ紹介された.初診時視力は右眼(2.0),左眼(0.01),器質的異常なくRAPD(相対的求心路瞳孔反応障害)(.)で脳MRI(磁気共鳴画像)にも異常なく,左眼にらせん状.求心性視野狭窄を認めた.中学入学後の環境変化による心因性視覚障害と診断し右眼遮閉による暗示治療を開始したところ,3カ月後には左眼視力は回復し視野も正常となった.両眼性の心因性視覚障害の自験例6例と本症例の発症要因や治癒期間を比較したが,特に相違を認めなかった.両眼性でなく片眼性の発症となった要因としては不同視弱視の既往が考えられた.Purpose:Toreportacaseofunilateralfunctionalvisuallossinhyperopicanisometropicamblyopia.Case:A13-year-oldfemale,successfullytreatedwithhyperopicanisometropicamblyopiainherlefteyewasreferredtoourhospitalforvisualdisturbance.Findings:Rightcorrectedvisualacuitywas2.0,leftwas0.01.Aspiralvisualfielddisturbancewasshowninherlefteye.Noorganicabnormalitywasfoundinhereyesorbrain.Unilateralfunctionalvisuallosswasdiagnosedandocclusiontherapywasinitiated.Fourmonthslater,thedisturbanceofvisualacuityandfieldhadrecoveredtonormal.Conclusion:Comparedthisunilateralcasewith6casesofbilateralfunctionalvisualloss,itrevealednodifferencesinthecauseofdisturbanceordurationoftherapy.Unilateraldisturbancemightbeduetopasthistoryofanisometropicamblyopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):141.144,2014〕Keywords:心因性視覚障害,不同視弱視,片眼性視覚障害.functionalvisualloss,anisometropicamblyopia,unilateralvisualdisturbance.はじめに心因性視覚障害は,器質的障害では説明できない視覚障害のことであり,器質的障害を生じる心身症や現実適応不良の解離性障害や疾患逃避傾向の強い転換ヒステリーなどの精神科診断基準のいずれにもあてはまらない障害である.小学校低学年から高学年の女児に多く,初診時視力は0.1から0.5程度で,両眼性の障害が多いといわれている1,2).片眼性の心因性視覚障害の報告も少なくないが,外傷が契機となった症例が多い3,4).今回,外傷の既往なく,視力安定した不同視弱視症例の弱視眼に心因性視覚障害を発症した1例を経験した.両眼性の心因性視覚障害の自験例との相違を比較検討したので報告する.I症例患者:13歳,女児.6歳から左眼の遠視性不同視弱視に対して近医で眼鏡処方され治療を続けていた.経過は良好で,平成22年6月には右眼視力が1.2(1.2×+1.00D),左〔別刷請求先〕溝部惠子:〒602-8026京都市上京区釜座通り丸太町上ル春帯町355-5京都第二赤十字病院眼科Reprintrequests:KeikoMizobe,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital,355-5Haruobicho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8026,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(141)141 眼視力が0.5(1.2×+4.50D(cyl.1.25DAx170°),と安定していた.しかし中学1年の夏休みが過ぎてから左眼の霞みを自覚し,平成22年10月初旬の受診時には左眼視力が0.01(0.01×+4.50D(cyl.1.25DAx170°)と著しい低下を示したため平成22年10月下旬に当科へ紹介された.当科初診時主訴:「左目に靄がかかる」,「体のバランスがとりにくくふらつく」,「走るとめまいがする」などであった.所見:右眼視力は遠見で2.0(2.0×+0.50D),近見では1.0,と良好であったが,左眼視力は遠見で0.01(0.01×+左眼4.50D(cyl.1.50DAx180°),近見も(0.08×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と,きわめて不良であった.所持眼鏡は右眼が+0.75D,左眼が+4.50D(cyl.1.25DAx180°で,検影法による屈折検査では右眼は+1.00D(cyl.0.25DAx90°,左眼は+4.00D(cyl.1.25DAx180°であり,所持眼鏡は適正であった.チトマスステレオテスト(TST)はfly(+),animal(3/3),circle(4/9)と比較的良好であった.相対的瞳孔求心路障害(RAPD)は陰性,眼位・眼球運動は正常で前眼部・眼底には異常を認めなかった.脳MRI(磁気共鳴画像)にても異常を認めなかった.Goldmann視野検査右眼図1初診時のGoldmann視野左が左眼,右は右眼の視野を示す.呈示イソプターは,左眼;V/4e,III/4e,II/4e,右眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1e,I/1aである.右眼は正常だが左眼でらせん状から求心性狭窄を認める.左眼右眼図2遮閉治療開始約4カ月後の視野呈示イソプターは,左眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1e,I/1a,右眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1eである.左眼視野も正常となった.142あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(142) では右眼視野は正常であったが,左眼視野にらせん状から求心性の狭窄を認めた(図1).経過:器質的異常を認めなかったこと,左眼視力がきわめて不良の割に近見立体視が良好であったこと,らせん状狭窄・求心性狭窄の視野の結果などから心因性視覚障害を疑った.心因性視覚障害の可能性があることを患者と母親に説明し,右眼遮閉訓練による視力向上を暗示し,親子での頻回通院を指示した.遮閉訓練は平成22年11月中旬から開始し可能な限りの施行を指示した結果,学校での終日遮閉が施行できた.遮閉治療開始約1カ月後の平成22年12月初旬の所見では,左眼の遠見視力は(0.08×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と改善はわずかであったが,近見視力は(1.0+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と著明に回復した.TSTもfly(+),animal(3/3),circle(9/9)まで可能となった.平成23年3月下旬には左眼の遠見視力も(1.2×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)に回復し,視野も図2に示すとおり正常に回復した.II考按1.両眼性心因性視覚障害症例との比較心因性視覚障害は両眼性障害が多いが,本症例のような片眼性障害に両眼性とは異なる特徴がないかを検討した.比較のため両眼性の心因性視覚障害6例の自験例について,発症年齢・視力・視野異常の有無・治療期間・発症要因などを調べた.両眼性心因性視覚障害6例の発症年齢と視野異常の有無・初診時視力などの内訳を表1に示す.初診時年齢は6歳が1例,7歳が5例ですべて女児であった.Goldmann視野検査は5例に施行できたが,すべてに求心性またはらせん状視野異常を認めた.初診時裸眼視力は0.1から0.4程度が多いといわれている1)が,当院の6例でも初診時裸眼視力は0.15から0.6程度であった.遠見視力と近見視力との乖離を認めたものが5例(近見視力不良が著明であったものは3例),同程度であったものが1例であった.レンズ中和法のトリック視力で視力向上を認めたものは3例であった.母とのスキンシップやコミュニケーション,だっこ点眼,母子での頻回通院などの治療により,症例6を除き全例3年以内(2.5カ月から3年)に治癒し視力(1.0)以上を得られた.心因性視覚障害の発症の要因としては,表1に示すように,母の仕事・父の不在・兄弟姉妹の世話・小学校入学や受験などさまざまであったが,家庭での父母との関わりの変化が要因として多く認められた.本症例では初診時裸眼視力が0.01と両眼性症例と比して低かったが,初診時裸眼視力が0.6程度の外傷性の片眼性心因性視覚障害の報告例もあるため5),片眼性だから視力低下が著明であったということではなく,長期間の不同視弱視治療の既往が視力値の低さに影響した可能性が考えられた.本症例の発症要因は中学入学による環境の変化であったが,母親とのコミュニケーション,母子での通院,健眼遮閉訓練と視力向上暗示などの治療により改善を得ることができたことは両眼性症例と同様であった.2.本症例の診断と発症機序心因性視覚障害は片眼性でも両眼性でもまずは器質的疾患の除外をしてから診断することが重要である.今回の症例では器質的異常を認めなかったが,遠視性不同視弱視を有していたため視力低下の原因として不同視弱視の弱視眼の視力再低下も考えられた.しかし,感受性期以降での不同視弱視眼の再視力低下例の報告6)では通院の断絶と眼鏡装用状態不良の状態に発生しており,日常生活での眼鏡装用状態は良好で定期通院も欠かさず治療はすでに安定期に入っていた本症例表1両眼性の心因性視覚障害自験例6例の内訳症例年齢(歳)らせん状視野求心性狭窄などの視野異常遠見裸眼視力遠見矯正視力近見視力心因性障害の要因・きっかけと考えられた事項最終受診時遠見矯正視力治癒期間右眼左眼右眼左眼右眼左眼右眼左眼16あり0.60.40.60.60.20.1次女の受験,4女の世話(4姉妹の3女)1.01.02年27あり0.150.20.50.50.030.03母仕事,父多忙,弟に手かかる一人で何でもこなしている学校での一年生の世話大変1.01.22.5カ月37不明0.40.30.50.60.40.5小5の兄の塾通いで母多忙母仕事,半年間の父の出張1.01.03カ月47あり0.30.30.50.40.090.2父の単身赴任,母仕事小学校入学,長女(妹有り)1.01.03年57あり0.20.150.70.40.40.3有名小学校入学大人びてしっかりした性格1.21.23年67あり0.150.150.40.30.60.5父の刑務所入所,母の留守多い兄に知的障害あり手間かかる0.30.2未(143)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014143 では,弱視眼の視力再低下が生じたとは考えにくかった.また,心因性視覚障害の診断に立体視検査も有用であるという報告7,8)があり,本症例にも立体視検査を施行したが,初診時に右眼視力(1.2)と左眼視力(0.08)という状態で立体視差140秒の立体視を認めた.片眼視力が(0.25)以下であると立体視は検出されにくいという報告9)や左右眼の視力差が3段階以上では高度な立体視を示しにくいという報告10)などと照合すると,きわめて視力差が大きい本症例の状態で得られた比較的良好な立体視の結果を説明しにくいと考えられた.さらには,視野検査においては心因性視覚障害にみられる典型的な視野障害であるらせん状・求心性狭窄を示した.治療の経過から弱視眼の視力再低下が生じたとは考えにくかったこと,視力の割には良好な立体視検査結果を得たこと,典型的な視野障害のパターンを示したこと,暗示治療により視力・視野・立体視のすべてが正常になったこと,などから本症例は片眼性の心因性視覚障害と診断してよいと考えた.本症例は中学入学後の生活環境変化がきっかけとなり心因性視覚障害が発症したと考えられたが,両眼性でなく片眼性であった理由としては不同視弱視の治療の既往が考えられた.片眼性心因性視覚障害は外傷を契機に発症したという報告が多いが3),外傷の既往のない場合では組織脆弱性の存在が症状発現の根拠として考えられている4).本症例では左眼弱視治療による左眼脆弱性の潜在的意識が心因反応として表現され,左眼にのみ症状が発生した可能性が考えられた.3.治療心因性視覚障害の治療については,児童精神科に委ねるまでには暗示療法11)やだっこ点眼12)が知られている.筆者らは今回示した学童期前半の両眼性症例に対してはだっこ点眼治療を適用したが,本症例に対しては中学生であり弱視訓練の既往もあったため,健眼遮閉訓練による視力向上を暗示した暗示療法を行った.心因性視覚障害は難治のものや再発するものも少なくないが,本症例は治療に速やかに反応した.学童期に訓練により弱視が治癒したという過去の記憶が今回の暗示療法をより効果的にしたのではないかと考えられた.4.まとめ心因性視覚障害は両眼性が多いが,片眼性に発症することもある.片眼性の場合は外傷を契機にすることが多いが,本症例のように外傷によらないこともある.外傷によらない片眼性心因性視覚障害の診断は困難なことがあり,特に多方面から慎重に行う必要がある.心因となる要因は片眼性と両眼性とでは相違なかったが,本症例は不同視弱視という既往症が片眼の脆弱性を意識させて片眼性発症につながったのではないかと考えられた.暗示療法により本症例は速やかに改善したが,一般に心因性視覚障害の根源となる心因は深く障害が難治となるものや再発するものも少なくないと考えられているため,長期に注意深く治療を続ける必要があると考える.文献1)山出新一:心因性視覚障害の臨床像眼科から見た特徴.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p3-12,19982)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,20003)山崎厚志,船田雅之,三木統夫ほか:片眼性心因性視覚障害の一例.眼科32:911-915,19904)中野朋子:ケースレポート片眼性の症例.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p181-185,19985)宮田真由美,勝海修,及川恵美ほか:眼球外傷後に片眼性の心因性視覚障害を呈した2症例.日本視能訓練士協会誌37:115-121,20086)村上順子,村田恭子,阿部孝助ほか:感受性期以降に弱視眼視力の再低下に対して治療を行った不同視弱視の1例.あたらしい眼科28:1783-1785,20117)古賀一興,平田憲,沖波聡:心因性視覚障害の診断における両眼立体視検査の有用性.眼臨紀1:1195-1199,20088)BruceBB,NewmanNJ:Functionalvisualloss.NeurolClin28:789-802,20109)須藤真矢,渡邉香央里,小林薫ほか:不同視弱視症例における視力と立体視の関係.あたらしい眼科27:987-992,201010)平井陽子,粟屋忍:視力と立体視の研究.眼紀36:1524-1531,198511)八子恵子:治療の進めかた.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p121-126,199812)早川真人:だっこ点眼.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p146-152,1998***144あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(144)

重心動揺検査における視覚系とRomberg 率との関係 ─プリズムを用いた疑似的な上下斜視の場合

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):137.140,2014c重心動揺検査における視覚系とRomberg率との関係─プリズムを用いた疑似的な上下斜視の場合金澤正継*1魚里博*1,2浅川賢*1,2川守田拓志*1,2*1北里大学大学院医療系研究科視覚情報科学*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学RelationshipbetweenVisionSystemandRombergQuotientinStabilometry─InVerticalStrabismusSimulatedthroughUseofaPrismMasatsuguKanazawa1),HiroshiUozato1,2),KenAsakawa1,2)andTakushiKawamorita1,2)1)DepartmentofVisualScience,KitasatoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences4Δのプリズムを用いて疑似的な上下斜視を生じさせ,視覚系とRomberg率との関係を検討した.健常若年者11名を対象に,UM-BARII(ユニメック社)を使用し,重心動揺検査を行った.測定は開眼と閉眼に加え,片眼ずつ4Δのプリズムを基底上方および下方へ装用した6条件とした.また,上下複視に対する重心動揺の評価は,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率を求め,垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係を比較した.その結果,Romberg率と高い正の相関を認めた(r=0.69.0.89,p<0.05).以上より,上下斜視が生じた場合の姿勢維持には,Romberg率が関係していることが示唆された.Thepurposeofthisstudywastosimulateverticalstrabismusbyusinga4ΔprismandexaminetherelationshipbetweenvisionsystemandRombergquotient.Werecruited11healthysubjectsandmeasuredtheircenterofpressurewithaplatformUM-BARII(UNIMEC)under6conditions:openeyes,closedeyesandopeneyeswith4Δprismbaseupordownonbotheyes.Changeinposturestabilizationbyprismeffectwasdefinedastheratioofchangeinnormalconditionwith4Δprismfromthatwithouttheprism.ThisparameterwasanalyzedwithverticalfusionalamplitudeandRombergquotientbyregressionanalysis.ResultsshowedthatcorrelationcoefficientwassignificantlycorrelatedwithRombergquotient(r=0.69.0.89,p<0.05);therewasnocorrelationwithfusionalamplitude.WesuggestthatposturalcontroldependsuponRombergquotientinverticalstrabismus.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):137.140,2014〕Keywords:重心動揺検査,上下斜視,Romberg率,姿勢維持,プリズム.stabilometry,verticalstrabismus,Rombergquotient,posturalstabilization,prism.はじめにプリズムとは,患者が有する眼位ずれを測定するのに用いられるだけでなく,その治療にも使用される光学的補助具の一つである1).また,重心動揺検査とは,重心位置から平衡機能を客観的かつ数量的に総合判定する検査のことである.眼位と平衡機能との関係は,石川ら2,3)が指摘して以来,プリズム処方による眼位治療の効果4,5)やプリズムを用いた疑似的な眼位異常の研究6,7)について,重心動揺検査8)を用いた評価が行われている.矢吹らは,斜視患者にプリズム処方を行ったところ,重心位置が安定した5)ものの,その続報において両眼単一視を獲得することの有用性が認められなかった9)と述べている.この点について,姿勢維持に対する視覚情報の役割には,個人差が大きい6,9)ためとされているが,その影響因子は明らかにされていない.そのため,その因子を明らかにすることで,斜視患者に対するプリズム処方の適応基準を示すことができる可能性がある.以前筆者らは,融像可能な範囲内でのプリズムによる影響を検討し7),上下方向へのプリズム効果が前後方向の重心動揺を増大させること〔別刷請求先〕魚里博:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部視覚機能療法学Reprintrequests:HiroshiUozato,DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara-shi252-0373,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(137)137 を報告した.そこで本研究では,プリズムを用いて上下複視を作成し,姿勢維持の変化を評価するとともに,平衡機能の指標であるRomberg率10)との関係を検討したので報告する.I対象および方法1.対象対象は,平衡機能などの器質的疾患および屈折異常以外に眼疾患が認められない年齢20.32歳(24.9±4.1歳,平均±標準偏差,以下,同様)の男性6名,女性5名,計11名とした.自覚的屈折度数(等価球面値)は右眼.2.50±3.02D,左眼.2.50±2.87D,円柱度数で右眼平均.0.16±0.30D,左眼平均.0.25±0.35Dであった.被験者はSynoptophore(model2001,ClementClarkeInternational)による自覚的斜視角において,上下偏位がないことをあらかじめ確認している.また,被験者にはヘルシンキ宣言の理念を踏まえ,事前に実験の目的を説明し,本人から自由意思による同意を得たうえで行った.2.方法重心動揺検査の方法は,日本平衡神経科学会(現,日本めまい平衡医学会)の基準8)に従った.測定機器には,平衡機能計UM-BARII(ユニメック社)7)を用い,視線上の距離2mに設置した視角1.3°の十字視標7)を固視させた.記録時間は60秒間,サンプリング周波数は20Hzとした.既報11)に従い,条件ごとに3回の測定を行い,測定結果は3回計測の平均値を採用した.測定条件は両眼開放にて完全屈折矯正レンズを装用させ,その上から片眼ずつ4Δのプリズムを基底上方baseupおよび基底下方basedownに装用させた.これに,完全屈折矯正レンズのみを装用させた開眼と閉眼を加えた,合計6条件の測定を行った.基底方向別の装用順は,被験者ごとにランダムに変えて行い,プリズム装用後の順応12)を考慮して,装用直後に測定を開始させ,測定終了後にはプリズムを外すよう指示した.なお,自覚による複視の有無を確認したところ,60秒間の測定時間内において融像が可能な被験者はいなかった.また,重心動揺検査の測定結果は個体差が大きいとされており13),プリズムによる姿勢維持の変化を相対的に評価するため,検査から得られたプリズム負荷前後の重心動揺総軌跡長(以下,総軌跡長)の変化率(プリズム負荷後の総軌跡長/プリズム負荷前の総軌跡長)を求め,これをプリズム効果による姿勢維持の変化の指標とした.そのうえで,視覚情報における姿勢維持の影響因子として,筆者らの知る限り既報にはなかった,垂直方向の融像幅およびRomberg率10)との関係について比較した.なおRomberg率は,閉眼時と開眼時の総軌跡長の比(閉眼時の総軌跡長/開眼時の総軌跡長)によって求められる.検討項目は,6条件における総軌跡長の比較,プリズム負138あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014荷前後の総軌跡長の変化率と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係とした.統計学的解析では,母集団が正規分布を示し,母分散が妥当性の範囲内13)となったため,6群間における総軌跡長の比較について,反復測定分散分析(repeatedmeasureANOVA)と多重比較検定法であるScheffe検定を行った.プリズム負荷による総軌跡長の変化と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係は,回帰分析による比較を行った.各検定とも有意水準をp<0.05とした.II結果Synoptophoreにより融像幅を測定した結果,右眼の視標が上方へずれた場合に2.1±0.8Δ,同じく下方へずれた場合に2.3±0.6Δまで融像可能であった.総軌跡長について解析を行った結果,プリズム負荷前後による比較では統計学的な変化が認められなかった(p>0.05).また,プリズム負荷後に総軌跡長の減少をみた被験者も一部認めたが,開眼時と比較して閉眼時には有意に増加(延長)していた(図1,p<0.05).一方,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係について回帰分析を行った結果,左眼に基底下方のプリズムを負荷させた条件のみ相関関係が認められなかった(r=0.55,p=0.08)ものの,その他の右眼,左眼にプリズムを基底上方および右眼に基底下方のプリズムを負荷させた条件では両者の間に正の相関を認めた(r=0.69.0.89,p<0.05,図2).一方,垂直方向の融像幅とは相関関係が認められなかった(r=0.35.0.48,p>0.05,図3).7006005004003002001000総軌跡長(mm)*****開眼右眼右眼左眼左眼閉眼4BU4BD4BUΔ4BDΔΔΔ図16群間(閉眼を含む)の総軌跡長の比較各条件における11名の被験者の総軌跡長(mm)の平均±標準偏差を示す.開眼時およびプリズム基底上方(baseup:BU)と基底下方(basedown:BD)装用後と比較して,閉眼時には総軌跡長が有意に増加した(*:p<0.05).(138) ac1.51.51.31.3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.71.10.90.70.50.500.511.5200.511.52Romberg率Romberg率b1.5d1.5プリズム負荷前後の1.31.10.90.7プリズム負荷前後の1.31.10.90.70.50.511.520.500.511.52Romberg率Romberg率図2プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率とRomberg率との散布図(n=11)回帰直線は,a:右眼4Δ基底上方のときr=0.79(p<0.01),b:右眼4Δ基底下方のときr=0.69(p=0.02),c:左眼4Δ基底上方のときr=0.89(p<0.01),d:左眼4Δ基底下方のときr=0.55(p=0.08)となった.III考按まず60秒間の総軌跡長では,閉眼時に総軌跡長の有意な増加を認めたが,その他の条件において有意差は認められなかった.すなわち,4Δという上下方向の正常な融像幅14)を超えたプリズムによって,上下複視を生じさせた場合でも,一時的であれば,健常被験者の姿勢に対する影響は無視できる程度であるということが明らかとなった.閉眼時における総軌跡長の増大については,先行研究3,11)にて報告を支持するものであり,視覚情報が姿勢維持を行ううえで重要であることを示している.視覚情報の重要性が認められた一方で,プリズム負荷後に総軌跡長の減少をみた被験者が含まれていた.そのため本研究では,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率を求め,垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係を解析した.その結果,左眼に基底下方のプリズムを装用させた条件以外,両者の間に正の相関を認めた.Romberg率は,末梢前庭障害,抗重力筋あるいは下肢の深部知覚障害では増大する10)が,平衡機能を反映する反面,視覚情報の変化に対しては影響を受けにくい指標とされている15).本検討では,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率とRomberg率との間に正の相関が認められ,この結果は,視覚への依存度が強い被験者ほど,上下複視が生じた場合に姿勢維持への影響が大きいことを示している.すなわち斜視患者にプリズム処方を行う場合,Romberg率が高い者ほど,複視から両眼単一視を獲得することで視覚情報が安定し,その結果,姿勢維持の安定につながる可能性がある.ただし,本研究では健常者を対象としているため,この確証には斜視患者を対象に検証を行う必要がある.また,プリズム負荷前より負荷後に総軌跡長が短縮した被験者はRomberg率が低い傾向にあり,視覚情報への依存度が弱いためと考えられる.なお,左眼への基底下方プリズム負荷にて有意な変化が認められなかった要因としては,非優位眼固視にて重心動揺が安定するという報告11)もあり,眼優位性を合わせて評価することも処方時の治療効果を高めるうえでは重要な因子の一つと考えられる.本検討では,疑似的な上下斜視に対する姿勢維持にあたり,Romberg率に依存することが認められた.すなわち,Romberg率が高い症例ほど,微小角の斜視であっても,プリズム矯正により姿勢が安定し,プリズム処方の効果が期待(139)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014139 ac1.51.51.31.3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.7プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.70.50.50123401234融像幅()Δ融像幅()Δb1.5d1.5プリズム負荷前後の1.31.10.90.7プリズム負荷前後の1.31.10.90.700.512340.501234融像幅()Δ融像幅()Δ図3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率と融像幅との散布図(n=11)回帰直線は,a:右眼4Δ基底上方のときr=0.35(p=0.29),b:右眼4Δ基底下方のときr=0.41(p=0.21),c:左眼4Δ基底上方のときr=0.48(p=0.13),d:左眼4Δ基底下方のときr=0.42(p=0.20)となった.できる可能性が示された.そのため,眼科臨床において重心31:11-17,20047)金澤正継,魚里博,浅川賢ほか:プリズム基底方向が動揺検査を施行することは少ないが,平衡機能をスクリーニ姿勢維持に与える影響.Vision24:137-144,2012ングとして評価する重要性が考えられた.8)日本平衡神経科学会:重心動揺検査の基準.Equilibrium本論文の要旨は,第17回日本眼鏡学会にて発表した.Res42:367-369,19839)矢吹明子,長谷部佳世子,平井美恵ほか:外斜視患者におけるプリズム装用後の重心動揺と重心位置(続報).日視会文献誌38:151-156,200910)田口喜一郎:重心動揺検査.21世紀耳鼻咽喉科領域の臨1)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcu-床:CLIENT21めまい・平衡障害(野村恭也,小松崎篤,larMotility:TheoryandManagementofStrabismus.6th本庄巌総編集),p197,中山書店,1999ed,p540-p541,Mosby,StLouis,200211)AsakawaK,IshikawaH,KawamoritaTetal:Effectsof2)石川哲,疋田春夫:内斜視研究の現況と治療特にバリdominanceandvisualinputonbodysway.JpnJOphthalラックスレンズの応用を中心として.眼臨66:323-329,mol51:375-378,2007197212)EskridgeJB:Adaptationtoverticalprism.AmJOptom3)尾林満子,小沢治夫,臼井永男ほか:内斜視患者の身体平PhysiolOpt65:371-376,1988衡機能に関して.臨眼30:1265-1269,197613)今村薫,村瀬仁,福原美穂:重心動揺検査における健4)MatheronE,KapoulaZ:Verticalheterophoriaandpos-常者データの集計.EquilibriumResearchSuppl12:1-84,turalcontrolinnonspecificlowbackpain.PLoSONE6:1997e18110,201114)山本裕子,新井牧恵:上下および回旋方向の融像域につい5)矢吹明子,長谷部佳世子,平井美恵ほか:斜視患者のプリて.眼臨69:1382-1384,1975ズム矯正前後の重心動揺と重心位置(予報).眼臨紀1:15)高橋洋,鶴巻俊江,山名隆芳ほか:弱視者の立位バラン144-147,2008スの特徴.筑波技術大学テクノレポート14:165-167,6)IsotaloE,KapoulaZ,FeretPHetal:Monocularversus2007binocularvisioninposturalcontrol.AurisNasusLarynx140あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(140)

パクリタキセルとドセタキセルを投与中に囊胞様黄斑浮腫を認めた1例

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):133.136,2014cパクリタキセルとドセタキセルを投与中に.胞様黄斑浮腫を認めた1例佐藤尚人亀田裕介佐伯忠賜朗鷲尾紀章土田展生幸田富士子公立昭和病院眼科ACaseofCystoidMacularEdemaSecondarytoPaclitaxelandDocetaxelNaotoSato,YusukeKameda,TadashiroSaeki,NoriakiWashio,NobuoTsuchidaandFujikoKodaDepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital目的:タキサン系抗癌剤であるパクリタキセルとドセタキセルを投与中に,両眼に.胞様黄斑浮腫を認めた1例を報告する.症例:63歳,男性.胃癌肝転移に対しパクリタキセル投与を開始後1カ月より両眼の視力低下を自覚し,4カ月後に当科を受診した.初診時矯正視力は両眼とも0.3,両眼にフルオレセイン蛍光眼底造影検査で異常を認めない.胞様黄斑浮腫を認めた.パクリタキセルの投与を中止したところ黄斑浮腫の改善がみられたものの,ドセタキセルを開始したところ黄斑浮腫が遷延した.パクリタキセルの投与を中止して4カ月後に,矯正視力は右眼0.6,左眼0.9へと上昇した.結論:タキサン系抗癌剤の副作用として両眼に.胞様黄斑浮腫が出現し,薬剤の中止によって改善がみられた.Wereportacaseofcystoidmacularedemaduetotaxanesinthetreatmentofgastriccancer.A63-year-oldmalepresentedwithcomplaintofdecreasedvision1monthafterinitiationofpaclitaxeltreatmentformetastaticgastriccancer.Attheinitialophthalmologicexamination,best-correctedvisualacuitywas0.3OU.Dilatedfundusexaminationdisclosedevidenceofbilateralcystoidmacularedema.Fluoresceinangiographyshowednoevidenceofleakage.Thepaclitaxeltherapywasdiscontinued.3monthslater,theoncologistreintroducedataxanetreatmentusingdocetaxel.By4monthsaftercessationofpaclitaxeltreatment,thepatient’sbestcorrectedvisualacuityhadimprovedto0.6ODand0.9OS.Fundusexaminationfindingsandopticalcoherencetomographyshowedadecreaseinmacularedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):133.136,2014〕Keywords:パクリタキセル,ドセタキセル,.胞様黄斑浮腫.paclitaxel,docetaxel,cystoidmacularedema(CME).はじめにタキサン系抗癌剤は,乳癌,非小細胞肺癌,卵巣癌を中心に,胃癌,食道癌などの治療に対しても近年広く用いられている抗癌剤であり,その代表的なものとして,パクリタキセルやドセタキセルがよく知られている.タキサン系抗癌剤はセイヨウイチイの樹皮成分に含まれるジテルペンから合成され,微小管の蛋白質重合を促進し,細胞分裂を阻害することで癌の増殖を抑えると考えられている.全身への副作用として骨髄抑制,末梢神経症状などが知られており1),眼科領域のものとしては,蛍光眼底造影にて異常を示さない.胞様黄斑浮腫が近年数例報告されているが2.7),パクリタキセル投与後にドセタキセルが投与され,.胞様黄斑浮腫が遷延したという報告例は数少ない.今回筆者らはパクリタキセルを中止し,その後黄斑浮腫が改善したが,ドセタキセル開始後に黄斑浮腫が遷延した1例を経験したので報告する.I症例患者:63歳,男性.主訴:両眼視力低下.〔別刷請求先〕佐藤尚人:〒187-8510東京都小平市花小金井八丁目1番1号公立昭和病院眼科Reprintrequests:NaotoSato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital,8-1-1Hanakoganei,Kodaira-shi,Tokyo187-8510,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)133 既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:平成23年12月より胃癌原発の多発肝転移に対してパクリタキセルによる化学療法を開始された.平成24年1月頃より両眼の視力低下を自覚し,同年4月27日に当科を受診した.初診時所見:視力は右眼0.2(0.3×sph.0.5D),左眼0.3(矯正不能),眼圧は右眼16mmHg,左眼16mmHgであった.対光反応は正常で,瞳孔径に左右差を認めず,前眼部,中間透光体には,軽度白内障を認めた以外,特に異常はみられなかった.眼底所見としては両眼に.胞様黄斑浮腫を認め,光干渉断層計検査(opticalcoherencetomography:OCT)において,中心窩における軽度の漿液性網膜.離および網膜外層を中心とした黄斑浮腫がみられた(図1a,b).中心窩網膜厚は右眼607μm,左眼551μmであった.フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)においては早期から後期にかけて網膜血管からの明らかな蛍光漏出や蛍光貯留はみられなかった(図1c,d).高血圧や糖尿病などの基礎疾患はなく,内服薬や血液検査所見からも他に黄斑浮腫をきたす原因が考えられなかったことから,パクリタキセルが原因の黄斑症と考え,当院外科にコンサルトのうえ,パクリタキセルの投与を中止することにした.経過:平成24年5月22日をもってパクリタキセルを中止し,6月12日から抗癌剤をTS-1とシスプラチンに変更したところ,7月6日には.胞様黄斑浮腫の軽減がみられ,視力も右眼(0.5),左眼(0.5)と改善した.その後TS-1による重篤な角膜障害,涙道障害や,シスプラチンによる網膜血管障害もみられず,経過は順調であったが,腹部CT(コンピュータ断層撮影)にて肝転移腫瘍の増大がみられたため,8月26日より抗癌剤をドセタキセルへ変更した.9月25日受診時の視力は右眼(0.6),左眼(0.9)とさらに改善がみられたものの,OCTにて軽度黄斑浮腫の残存がみられた(図2a,b).中心窩網膜厚は右眼324μm,左眼321μmであった.その後最終観察時点で所見に大きな変化はみられていない.II考察タキサン系抗癌剤による眼への副作用としては黄斑浮腫の他に,視神経中毒症8),鼻涙管狭窄症9)などの報告があるが,abcd図1初診時の所見a,b:光干渉断層計所見(a:右眼,b:左眼).両眼黄斑部に,網膜外層を中心とした.胞様変化がみられ,右眼には漿液性網膜.離を認めた.c,d:フルオレセイン蛍光眼底造影所見後期像(c:右眼,d:左眼).網膜血管および黄斑部において蛍光漏出や蛍光貯留を認めなかった.134あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(134) abab図2投薬中止4カ月後の所見a,b:光干渉断層計所見(a:右眼,b:左眼).右眼の漿液性網膜.離は消失,両眼黄斑部の.胞様浮腫は改善し,網膜厚の減少もみられるが,.胞様変化の残存がみられる.今回の症例においてはいずれもみられなかった.タキサン系抗癌剤による.胞様黄斑浮腫については海外でいくつかの報告があり2.6,10,11),わが国においては伊藤らを始めとし7)少数ではあるが数例の報告がある.過去の症例報告においては,パクリタキセル投与に伴う黄斑浮腫や,同じくタキサン系抗癌剤であるドセタキセル投与に伴う黄斑浮腫の報告がみられるが2.6),本症例のように,パクリタキセル投与後にドセタキセルを投与され,黄斑浮腫がみられた症例は稀であり,詳細な報告については筆者らの調べた限りではまだない.特徴的所見としてはFAにて異常を示さない.胞様黄斑浮腫があるが,今回の症例においても同様の所見がみられた.類似のFA所見をとる黄斑浮腫の原因疾患としては,X染色体連鎖性網膜分離症,ナイアシン黄斑症,Goldmann-Favre症候群などが知られているが,今回の症例においては,検査結果やこれまでの経過,患者背景からいずれの疾患も否定的であった.本症例のようにタキサン系抗癌剤による黄斑浮腫のFA所見がなぜ異常を認めないのかという原因については,黄斑浮腫が細胞内液の増加によって起こるためであるとする説6)や,貯留する液体の粘性が高いことでフルオレセインの拡散を阻害しているため10),などの仮説が立てられているが,いまだ確定したものはなく,今後さらなる検討が必要と考えられる.過去の報告においては,パクリタキセルの投与を中止後1.4カ月程度で改善がみられている例が多く2.4,7),今回の症例でも同様の結果が得られたが,完全に黄斑浮腫が消失するまでには至らなかった.先ほど述べたように,パクリタキセルと同じタキサン抗癌剤であるドセタキセルにおいても同様の黄斑浮腫をきたすことが知られているが5,6),今回黄斑浮腫が遷延した一つの原因として,このドセタキセルを開始したことが関与している可能性も考えられる.しかしながらこれまでのところドセタキセル開始後に黄斑浮腫の悪化や視力低下はみられておらず,今回ドセタキセルが黄斑浮腫に直接的な影響を及ぼしているかどうかについては明らかでないため,今後さらなる経過観察が必要であると思われる.過去の報告ではパクリタキセルによる遷延性黄斑浮腫に対して,アセタゾラミドが奏効した例もあり7,11),今後黄斑浮腫が改善しない場合にはアセタゾラミドの投与も検討する必要があると考えている.今回胃癌原発の多発肝転移に対してパクリタキセルおよびドセタキセルを投与され,.胞様黄斑浮腫が出現した症例を経験した.経過観察にはOCTが有用であった.抗癌剤の変更によってまた同様の副作用が出現する可能性もあるため,化学療法担当医と連携して,継続して経過観察をすることが重要であると考えた.文献1)JimenezP,PathakA,PhanAT:Theroleoftaxanesinthemanagementofgastroesphagealcancer.JGastrointestOncol2:240-249,20112)JoshiMM,GarretsonBR:Paclitaxelmaculopathy.ArchOphthalmol125:709-710,20073)MurphyCG,WalshJB,HudisCAetal:Cystoidmacularedemasecondarytonab-paclitaxeltherapy.JClinOncol28:684-687,20104)SmithSV,BenzMS,BrownDM:Cystoidmacularedemasecondarytoalbumin-boundpaclitaxeltherapy.ArchOphthalmol125:709-710,20075)TeitelbaumBA,TresleyDJ:Cysticmaculopathywithnormalcapillarypermeabilitysecondarytodocetaxel.OptomVisSci80:277-279,20036)TelanderDG,SarrafD:Cystoidmacularedemawithdocetaxelchemotherapyandthefluidretensionsyndrome.SeminOphthalmol22:151-153,20077)伊藤正,奥田正俊:抗癌剤パクリタキセル使用中に.胞様の黄斑症を呈した1例.日眼会誌114:23-27,20108)CapriG,MunzoneE,TarenziEetal:Opticnervedisturbances:anewformofpaclitaxelneurotoxicity.JNatl(135)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014135 CancerInst86:1099-1101,19949)EsmaeliB,ValeroV,AhmadiMAetal:Canalicularstenosissecondarytodocetaxel(taxotere):anewlyrecognizedsideeffect.Ophthalmology108:994-995,200110)KuznetcovaTI,CechP,HerbortCP:Themysteryofangiographicallysilentmacularoedemaduetotaxanes.IntOphthalmol32:299-304,201211)MeyerKM,KlinkT,UgureiSetal:Regressionofpaclitaxel-inducedmaculopathywithoralacetazolamide.GraefesArchClinExpOphthalmol250:463-464,2012***136あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(136)

眼内レンズの偏芯が網膜像に与える影響

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):123.132,2014c眼内レンズの偏芯が網膜像に与える影響不二門尚*1雜賀誠*2*1大阪大学大学院医学系研究科・感覚機能形成学*2㈱トプコン研究開発センターEffectofIntraocularLensCenteringErrorsonRetinalImageQualityTakashiFujikado1)andMakotoSaika2)1)DepartmentofAppliedVisualScience,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)R&DCenterofTopconCompany目的:眼内レンズ(IOL)の偏芯が網膜像に与える影響を調べること.方法:IOLを水中にて保持可能な模型眼を,角膜相当部の球面収差(SA)がヒト眼の角膜SAに相当する0.25μm(瞳孔径6mm)になるように作製した.IOLホルダには,偏芯(偏心+傾斜)のないもの,偏心0.5mm,傾斜5.0°の3種類を用意し,+20Dの球面IOL1種類,および非球面IOL3種類を設置し,波面収差・デフォーカスMTF(ModulationTransferFunction)・PSF(PointSpreadFunction)を測定し,Landolt環シミュレーションを実施した.結果:IOLの偏芯により発生したコマ収差量は,IOLの補正球面収差量にほぼ比例した量であった.Landolt環シミュレーションでは,球面収差により焦点深度が深くなり,コマ収差により網膜像の劣化が認められた.まとめ:IOLの球面収差補正量が多いほど,偏芯によるコマ収差の発生量が大きく,網膜像の劣化が起きやすいことが示唆された.一方,球面収差補正量の少ないIOLは,コマ収差の発生が少なく偏芯の影響をあまり受けないことがわかった.Weexaminedtheeffectofintraocularlens(IOL)shiftandtiltontheretinalimage,usingamodeleyewithcornealsphericalaberrationofthehumaneye.Centrationerrorwassetat0,shiftat0.5mmandtiltat5.0degrees.ExaminedIOLswere1sphericalIOLand3differentkindsofasphericalIOL,withapowerof20D.WithIOLshiftortilt,comaaberrationsincreasedalmostconcomitantlywiththecorrectedpowerofsphericalaberration;retinalimagesdegradedaccordingly.InIOLswithsmallcorrectionofsphericalaberration,depth-of-focuswaslargeandtheinfluenceofIOLshiftortiltontheretinalimagewasslight.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):123.132,2014〕Keywords:眼内レンズ,偏芯,球面収差,コマ収差,模型眼.intraocularlens,centeringerrors,sphericalaberration,comaaberration,modeleye.はじめに白内障手術後の視機能を改善するため,球面収差量を減少させることを目的とした,非球面眼内レンズ(IOL)が臨床で使用されている.通常の球面IOLであればIOLの度数が大きくなるに従って球面収差量は増加するが,IOLの光学面を非球面化することで球面収差の補正量を制御することが可能となる.ヒト眼の高次収差は正常眼であれば球面収差が支配的である.全眼球収差は,角膜で発生する収差と水晶体で発生する収差に大きく分けられる.白内障手術では,水晶体を取り除いた後にIOLを挿入するので,水晶体で発生する収差をIOLの収差に置き換えることが可能となる.IOLの球面収差量を制御することで,全眼球収差量をコントロールし,より良い視機能を実現することが可能と考えられる.そのため,いくつかの補正量で設計された非球面IOLが利用可能となっている.1つ目のコンセプトは,全眼球の球面収差を補正しゼロにしてしまうものである.この場合,非常にコントラストのよい画像がピント位置で得られることになる.2つ目は,全眼球の球面収差を若者の球面収差である0.1μm(瞳孔径6mm)程度になるように補正するものである.3つ目は,IOLの球面収差量はほとんどゼロとして角膜の球面収差がそのまま全眼球収差とするものである.IOLの設計コンセプトとして球面収差の補正は重要である〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科・感覚機能形成学Reprintrequests:TakashiFujikado,DepartmentofAppliedVisualScience,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-2Yamadaoka,Suita,Osaka565-0871,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(123)123 球を評価するだけでは十分でない.特に,IOLの偏芯(偏心響を与えるのか評価することは重要である.ヒト眼でのIOLると,偏心は0.30±0.16(SD)mm,傾斜は2.62±1.14degの異なるIOLを模型眼に挿入し偏芯させて波面収差やMTFIOLの偏芯が網膜像に与える影響に差があるかどうかを評価することである.I方法る.絞りは,IOLの前に設置され,角膜上で6mmに対応する大きさとした(図1).IOL眼の偏芯を測定した先行研究より,ホルダの偏芯量は平均+2SD程度になるように,偏心0.5mm,傾斜5.0degの2種類に設定した.偏芯のないホルダと合わせて合計3種類のIOLホルダを用意した.偏心ホルダは,Y軸下方に0.5mm偏心しており,傾斜ホルダは,X軸に対して時計回りに5.0deg回転している.波面収差の測定では移動可能な眼底に対応する拡散版を用意し,波面の予備測定値から眼底を移動させて正視の状態にして波面を測定した.波面収差の測定は,Astonと共同開発した前方開放のハルれた2).模型眼は円柱のホルダにて収差測定器に固定され,が,実際の網膜像を評価するためには,理想的な構成での眼と傾斜の総称)が,これら非球面IOLの性能にどのような影の偏芯についてすでに多くの研究がなされているが,平均す1)であると言われている.本研究の目的は,設計コンセプト(ModulationTransferFunction)などの光学特性を測定し,IOLの偏芯の影響を評価するために,模型眼の設計・製作を行った.模型眼の角膜に相当するレンズには光学ガラスSBSL7製で,40Dのパワーでヒト眼の角膜球面収差に対応する0.25μmの球面収差を持つように設計した.IOLは模型眼のホルダに固定され水中にて保持できるようになっていトマンシャック(Hartmann-Shack)(HS)収差測定器で行わ…..両者の軸が一致し偏芯が発生しないような状態で測定された.HS波面センサーにて,模型眼の高次波面収差を測定し,6mm径の6次のゼルニケ(Zernike)関数に展開した.Zernike関数の3.4次項を高次収差として検討した.測定は,それぞれのIOLに対して点像のきれいな画像を取得するために,IOLを取り外すことなしに3回行われ,点像の良い1枚の画像が解析に使用された.Zernike多項式とは,半径1の単位円の内部で定義された直交関数で,極座標系ではつぎのように定義された関数である.Zmn(r,q)=RR|mn(m|r)cosmq;form.0n(r)sin|m|q;form<0デフォーカスModulationTransferFunction(MTF),PointSpreadFunction(PSF)測定は,模型眼の眼底部を取124あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014角膜レンズ水図1IOL模型眼光学系と光路図IOLカバーガラスYXZり外した状態で測定装置MATRIXPLUS(株式会社ナノテックス)を用いて行った.物点位置に相当するピンホールから模型眼までの距離は50cm(2D)に固定され,眼底に相当する受光素子の位置を移動させながら点像(PSF)を撮影した.点像はフーリエ(Fourier)変換されMTFが計算された.最良像面は30本/mmでのMTF値が最大となる位置とし,0.15D(0.05mm)ステップで±1.5Dのデフォーカス測定を行った.点像の強度は収差やデフォーカスの状態によって大きく変化するため,PSF像の露光時間は中心強度がほぼ一定になるように調整した.ランドルト(Landolt)環シミュレーションは(株)Topcon開発のソフトを用いて行った.波面収差測定の結果から,3.4次のZernike係数を入力し,Strehl比の最も高い最良像面位置を求めた.その位置から±0.5Dに対応するZernikeのデフォーカス項(Z20)を入力し,デフォーカスした状態でのLandolt環を計算した.IOLは,すべてアクリル製の3ピースのものを用意した.+20Dの球面IOL:Aと,非球面IOL:B,C,Dの4種類である.Bは,角膜収差を完全に補正するようにIOLの球面収差補正量は.0.27μmである.Cは,全眼球収差が若者と同じく0.1μm程度になるように,IOLの球面収差補正量は.0.17μmに設計されている.Dは球面収差補正量を.0.04μmとほぼ0.0に設計されているIOLである.測定は,これら4種類のIOLを3種類のホルダに固定し,波面収差,デフォーカスMTF・PSFの順に行い,再びホルダに固定し直して同様の測定を合計3回繰り返して行った.解析では,3回の測定値のうちで中央値となる測定を採用した.Landolt環シミュレーションはHS収差測定器で測定された高次収差から実施した.II結果偏芯のないホルダに入れた場合の波面収差を図2,デフォーカスMTFを図3,デフォーカスPSFを図4,Landolt環シミュレーションを図5に示す.Zernike係数はISO24157:2008のsingleindexで表記しており,Z7が縦コマ(124) A:球面IOL0.40.30.20.10Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.1-0.2-0.3C:SA-0.170.30.20.10Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.1-0.2-0.30.30.20.10-0.1-0.2-0.30.30.20.10-0.1-0.2-0.3Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14B:SA-0.27D:SA-0.04Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14図2偏芯のないホルダでのIOL模型眼の高次収差(瞳孔径6mm)A:球面,B:非球面(SA補正.0.27),C:非球面(SA補正.0.17),D:非球面(SA補正.0.04).Z7は縦方向のコマ収差,Z12は球面収差を表す.全球面収差は,模型眼の球面収差とIOLの球面収差の和となっている.A:球面IOL806040200-4-3.5-3-2.5-2-1.5C:SA-0.1780604020-04-3.5-3-2.5-2-1.50.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.0B:SA-0.2780604020-1-0.50-04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50D:SA-0.0480604020-1-0.50-04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.500.20.51.00.20.51.0図3偏芯のないホルダでのIOL模型眼のデフォーカスMTF(瞳孔径6mm)横軸はデフォーカス量(D),縦軸はMTF値である.実線は縦方向,破線は横方向のMTF値である.太線,中太線,細線はそれぞれ小数視力0.2,0.5,1.0に対応する空間周波数におけるMTF値である.物面は2D位置に固定して測定した.補正した球面収差量が大きいIOLほどピークは高くなっているが,すそのは狭くなっている.項,Z12項が球面収差項である.図2において,球面収差項0.05,0.11,0.28μmとなった.デフォーカスMTF(図3)は,模型眼の角膜による収差0.25μmであるために各IOLは,横軸にデフォーカス量(D),縦軸はMTF値のグラフでの補正量に応じて,A,B,C,DのIOLでそれぞれ0.36,あり,実線は縦方向,破線は横方向のMTF値である.太線,(125)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014125 A:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17-3.0D-3.0D-3.0D-2.0D-2.0D-2.0D-1.0D-1.0D-1.0DD:SA-0.04-3.0D-2.0DA:球面IOLB:SA-0.27-1.0D-1.5D-2.0D-2.5DC:SA-0.17D:SA-0.04-1.5D-2.0D-2.5D図4偏芯のないホルダでのIOL模型眼のデフォーカスPSF(瞳孔径6mm)ピント位置を.2.0Dとして±1.0DでのPSFを測定した.収差やデフォーカスによって強度が変化するため中心強度が等しくなるように露光時間を調整した.ピント位置での像に違いはないが,補正した球面収差量が大きいIOLほどデフォーカス像は大きくなっている.図5図2の高次収差に対応するLandolt環シミュレーション(瞳孔径6mm)Strehl比の最も高い位置を最良像面として.2.0Dの位置とした.その位置から±0.5Dに対応するZernikeのデフォーカス項(Z20)を入力しデフォーカス像を計算した.ピント位置では補正した球面収差量の大きなIOLによるLandolt環像がはっきりとしているが,デフォーカス位置では補正球面収差量の小さなIOLによる像のほうが認識可能である.20/10020/4020/2020/10020/4020/20126あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(126) 0.20.51.02.00.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.0Z7D:SA-0.04Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14A:球面IOL0.3B:SA-0.270.40.30.20.20.10.100-0.1-0.1-0.2-0.2-0.3-0.3C:SA-0.170.30.30.20.20.100.10Z6Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.1-0.2-0.1-0.2-0.3-0.3Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14図6偏心0.5mmホルダでのIOL模型眼の高次収差(瞳孔径6mm)球面収差は図2とほぼ同じであるが,コマ収差がIOLの球面補正量に比例して発生している.A:球面IOLB:SA-0.27808060604040202000-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50C:SA-0.17D:SA-0.0480806060404020200-00.20.51.00.20.51.04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50図7偏心0.5mmホルダでのIOL模型眼のデフォーカスMTF(瞳孔径6mm)コマ収差が大きいIOL(B,C)では,図2に比べてピーク値が低下し,縦と横のMTFに差が存在している.中太線,細線はそれぞれ小数視力0.2,0.5,1.0に対応する空間周波数におけるMTF値を示す.球面収差量が小さいほどMTFのピーク値が高くなっている.縦と横方向のMTF値は,非対称な収差が存在しないためほぼ一致している.デフォーカスPSFは,.3.0D,.2.0D,.1.0Dの3カ所で測定した.ピーク強度を合わせるために露光時間はそれぞれの条件で変えている.球面収差量が大きいほど像に小さな点がみられ,デフォーカスを付加しても点像が大きくならず,つまり焦点深度が深くなる傾向がみられる(図4).Landolt環シミュレーションでも,球面補正の少ないIOLを用いた場合(球面収差が多く残存する場合)には焦点深度が深くなる傾向は認められる.一方ピント位置では,球面補(127)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014127 A:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17D:SA-0.04-3.0D-3.0D-2.0D-2.0D-1.0D-1.0D-3.0D-2.0D-1.0D-3.0D-2.0D-1.0DA:球面IOLB:SA-0.27-1.5D-2.0D-2.5DC:SA-0.17D:SA-0.04-1.5D-2.0D-2.5D図8偏心0.5mmホルダでのIOL模型眼のデフォーカスPSF(瞳孔径6mm)コマ収差のあるIOLではピント位置でもコマ収差の影響である上のほうに尾を引くような形状がみられる.デフォーカスによるボケは,球面収差の補正量が大きいIOLのほうが大きい.図9図6の高次収差に対応するLandolt環シミュレーション(瞳孔径6mm)ピント位置での像はコマ収差の影響があっても球面収差の補正が大きいIOL(B,C)がはっきりしているが,デフォーカス位置ではコマ収差により像の劣化がみられる.20/10020/4020/2020/10020/4020/20128あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(128) A:球面IOLB:SA-0.27B:SA-0.270.4C:SA-0.17Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z140.30.30.20.20.10.10Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.10-0.1-0.2-0.2-0.3-0.3-0.4D:SA-0.04Z6Z70.30.30.20.20.10.100Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.1-0.1-0.2-0.2-0.3-0.3Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z140.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.0図10傾斜5.0degのホルダでのIOL模型眼の高次収差(瞳孔径6mm)球面収差は図2とほぼ同じである.コマ収差は図6の偏心0.5mmホルダよりも大きい.球面IOLで発生しているコマ収差の符号が異なっている.A:球面IOL80B:SA-0.27806060404020200-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50-04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50C:SA-0.17D:SA-0.048080606040402020-00.20.51.00.20.51.04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50-04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50図11傾斜5.0degのホルダでのIOL模型眼のデフォーカスMTF(瞳孔径6mm)偏心0.5mmホルダと同様の結果であるが,コマ収差量が大きいためピーク値が低下している.正の大きいIOLを用いた場合(残存球面収差の少ない)B,Cがはっきりとしており,これはMTF測定値とも一致している(図5).つぎに偏心0.5mmのホルダに入れた場合の波面収差を図6に,デフォーカスMTFを図7に,デフォーカスPSFを図8に,Landolt環シミュレーションを図9に示す.波面収差の測定値で球面収差量は,図2の偏芯のないものとほとんど変わらない.コマ収差量は,A,B,C,Dでそれぞれ0.12,.0.21,.0.10,0.03μmとIOLの球面収差補正量にほぼ比例して発生した.デフォーカスMTFは,コマ収差の発生が大きいIOL(B,C)ほど図3に比べて低下し,縦と横方向のMTF値の差が(129)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014129 A:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17D:SA-0.04-1.0D-1.0D-1.5D-2.0D-2.5D-3.0D-3.0D-2.0D-2.0D-1.0D-1.0D-3.0D-3.0D-2.0D-2.0DA:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17D:SA-0.04図12傾斜5.0degのホルダでのIOL模型眼のデフォーカスPSF(瞳孔径6mm)偏心0.5mmホルダと同様の結果であるが,コマ収差の大きなB,Cについては,彗星の尾のような形状がより顕著にみられる.図13図10の高次収差に対応するLandolt環シミュレーション(瞳孔径6mm)ピント位置での像を比較すると,コマ収差の影響が大きいため球面収差の補正が大きいIOL(B,C)でもボケがみられ,デフォーカス位置ではコマ収差の影響も加わり像のボケが顕著である.-1.5D-2.0D-2.5D20/10020/4020/2020/10020/4020/20130あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(130) 大きくなる(図7).PSFも同様にコマ収差が大きく発生したIOLは影響が大きく,特に.2.0Dのピント位置と.1.0Dの位置では上に尾を引くコマ収差の特徴がみられる(図8).図4と同じく,球面補正の少ないIOLを用いた場合コマ収差の発生量も少なく,デフォーカスによってもあまり形状が変わらず焦点深度が深くなっている.Landolt環シミュレーションも球面収差の影響が強くみられる.コマ収差の大きなBでは,コマ収差のない図5よりもデフォーカスによるボケに強くなっている(図9).傾斜5.0degのホルダに入れた場合の波面収差を図10,デフォーカスMTFを図11,デフォーカスPSFを図12,Landolt環シミュレーションを図13に示す.波面収差の測定値で球面収差量は,図2の偏芯のないものとほとんど変わらない.コマ収差量は,A,B,C,Dでそれぞれは.0.15,.0.36,.0.25,.0.03μmとなった.偏心での結果と比べて,球面収差はほぼ同じで,コマ収差はやや大きくなっている.球面IOL:Aのコマ収差の符号が逆になった以外は偏心と同様に球面補正量に比例してコマ収差が大きくなる傾向がみられた.デフォーカスMTF・PSF,Landolt環シミュレーションの結果も,コマ収差量は増えてはいるが,偏心の結果と同様の結果が得られた.III考按偏芯が収差に及ぼす影響については,レンズの収差論で理論的に研究されている3).レンズの偏芯量がそれほど大きくない場合には,ザイデル(Seidel)収差の拡張から,球面収差量は偏芯量に依存しないこと,コマ収差量は偏芯量の1次とレンズの持つ球面収差量に比例すること,非点収差は偏芯量の2乗と球面収差量に比例することが知られている.今回の波面収差測定(図6,10)からも,もともとのIOLが持つ球面収差量に比例した大きさのコマ収差が偏芯により惹起されていることがわかる.MTF測定においては,コマ収差量は,縦方向と横方向のMTF値の差となって現れる.偏芯のない状態では(図3)両者のグラフはほとんど一致しているが,偏芯した場合には(図7,11),球面収差の補正量の大きなBやCのIOLで,MTFの値は大きく異なっている.同様にPSFの測定(図4,8,12)を見ても,コマ収差の影響で,縦方向と横方向の像に大きな違いが認められる.偏芯量がそれほど大きくない場合には,球面収差は偏芯に依存しない.今回の波面測定結果でももともとの球面収差は,偏芯の有り無しでほとんど差はない.そのためMTF・PSF測定値,Landolt環シミュレーションでは,球面収差の影響は偏芯に依存せずに一定である.全眼球の球面収差の量から,大きく2つのタイプ:球面収差の大きなA,Dと小さなB,Cに分けることができる.MTFの測定では,眼球(131)806040200A:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17D:SA-0.04-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50図14偏芯のないホルダでのIOL模型眼のデフォーカスMTF小数視力0.2に対応する縦方向のMTFを全IOLでまとめて表示した.球面収差の補正が大きいIOL(全眼球の球面収差が小さい)ほどピークが高くなるがすそのは狭くなり,一方,球面収差補正が小さい(全眼球の球面収差が大きい)とピークは低いがすそのは広がっている.球面収差の大きなもの(IOLの球面補正が小さいもの)は,ピーク値が低いがすその広がった形状である.また,空間周波数によってピント位置がずれている.一方,眼球球面収差の小さなものはピークが高く,すそのは狭い.PSFでは,ピント位置ではあまり点像の違いはわからないが,デフォーカス位置では,眼球球面収差の小さなものは大きく点像が広がっている.Landolt環シミュレーションでもPSFと同様の傾向があり,眼球球面収差の小さなものはピント位置での像はシャープであるが,デフォーカスによって急激に像が劣化している.球面収差の大きなものは,ピント位置でも多少のボケがあるが,デフォーカスが存在しても像の劣化はそれほど大きくはない.焦点深度とMTFの関係については,Marcosらによって研究されている4,5).1999年の論文では,デフォーカスMTFのピーク位置を正規化し,その60%以上の領域を焦点深度として議論しているが,2005年の論文では特定の数値を焦点深度とはせずに,グラフの形と網膜シミュレーション画像から定性的に焦点深度の深さについて述べている.本研究でも,偏芯のない場合の小数視力0.2に対応する縦方向のMTF(図14)とLandolt環シミュレーションの結果から,球面収差の残余量に比例して焦点深度が深くなっていることはわかる.偏芯によるコマ収差があると,縦と横のMTFがかい離するため焦点深度を定義することは困難である.偏芯の収差論からは,球面収差の影響は偏芯によりほとんど影響を受けないことと,コマ収差が偏芯している素子の球面収差量に比例することは導かれる.そのため,全眼球収差の球面収差としてはある程度の値を持ち,IOL自身の球面補正量が小さいものが,IOLが偏芯した場合でも焦点深度が深く,網膜像の劣あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014131 化を引き起こさないと考えられる.今回の測定からも同様の結果が認められた.ヒト眼でのIOLの偏芯については,多くの研究がなされている.2009年の論文1)によれば平均して偏心は0.30±0.16(SD)mm,傾斜は2.62±1.14degであると言われている.実際にはシフトやチルトは2次元のベクトル量であるので,大きさだけでなくベクトル量として偏芯の大きさと方向を調べている研究もある6,7).偏芯の方向性については,なんらかの傾向がありそうであるが現時点ではあまり明確ではない.本研究では模型眼に,ヒト眼でのIOLの偏芯の平均値+2SD程度の大きさの偏心,傾斜を与えてIOLの球面収差補正量との関係を調べた.偏芯による影響は,収差論から予測されるとおり偏芯した素子の球面収差量に比例したコマ収差の発生が確認できた.網膜像への影響は,MTF・PSF測定,Landolt環シミュレーションで定量的に確認することができた.本研究では,偏心と傾斜を別々に与えているが,偏芯の小さな領域では,コマ収差の発生は,方向による影響を考慮すれば偏心と傾斜による収差を線形に足し合わせることで評価可能である.IV結論非球面IOLに関しては,理想的なIOLの挿入状態を仮定して網膜像の評価が行われているが,実際にはIOLの偏芯が避けられず,球面収差の補正量に比例してコマ収差が増加し,網膜像が劣化する.IOLの補正球面収差量を小さくすることで,コマ収差の発生が抑えられ,IOL挿入患者のQOV(qualityofvision)の向上を図ることが可能である.文献1)EppigT,ScholzK,LofflerAetal:Effectofdecentrationandtiltontheimagequalityofasphericintraocularlensdesignsinamodeleye.JCataractRefractSurg35:10911100,20092)BhattUK,SheppardAL,ShahSetal:Designandvalidityofaminiaturizedopen-fieldaberrometer.JCataractRefractSurg39:36-40,20133)浅野俊雄:レンズ工学の理論と実際.p162-167,光学工業技術協会,19844)MarcosS,MorenoE,NavarroR:Thedepth-of-fieldofthehumaneyefromobjectiveandsubjectivemeasurements.VisionRes39:2039-2049,19995)MarcosS,BarberoS,Jimenez-AlfaroI:Opticalqualityanddepth-of-fieldofeyesimplantedwithsphericalandasphericintraocularlenses.JRefractSurg21:223-235,20056)RosalesP,DeCastroA,Jimenez-AlfaroIetal:IntraocularlensalignmentfrompurkinjeandScheimpflugimaging.ClinExpOptom93:400-408,20107)MesterU,DillingerP,AnteristNetal:Impactofamodifiedopticdesignonvisualfunction:clinicalcomparativestudy.JCataractRefractSurg29:652-660,2003***132あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(132)

人間ドックにおける緑内障疑い例と循環障害因子との関連

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):119.122,2014c人間ドックにおける緑内障疑い例と循環障害因子との関連横田聡辻隆宏西川邦寿小堀朗福井赤十字病院眼科SuspectedGlaucomaandSystemicVascularDisorderunderHealthCheckupSatoshiYokota,TakahiroTsuji,KunihisaNishikawaandAkiraKoboriDepartmentofOphthalmology,FukuiRedCrossHospital目的:当院における検診受診者で緑内障疑いと診断された症例について,検診検査項目のうち特に血管異常に関係する項目との関連について検討する.対象および方法:2010年1月から12月の間に当院検診センターを利用し,生活習慣病一般検査に加えて,頭部magneticresonanceimaging(MRI)・頸部超音波検査および眼底写真検査を受けた全362人(男性258人,女性104人.平均年齢56.4歳).Bodymassindex(BMI),腹囲,喫煙歴,血圧,血糖,脂質,眼圧,頭部MRI,頸部超音波検査の結果と眼底写真により判定した緑内障疑いとの関連について検討した.結果:362人のうち緑内障疑いは66人であった.緑内障疑い群では,収縮期血圧異常(37.9%),空腹時血糖異常(18.2%),頭部MRIでの虚血性変化あり(30%)の割合が対照群(それぞれ25.3%,8.8%,11%)と比較して有意に高かった(p<0.05:c2検定).平均眼圧は緑内障疑い群で14.0mmHgであり,対照群の13.1mmHgと比較して有意に高かった(p<0.05:Studentのt検定).また,回帰分析では,頭部MRI虚血性変化や高い眼圧は緑内障疑いのリスクファクターであった(p<0.05).結論:緑内障性の視神経変化には高眼圧のほか全身および頭部の血管障害が関与している可能性がある.Torevealtherelationbetweenglaucomatousfundusandcerebrovasculardisorder,wereviewed362patients(258males,104females)whohadundergonebrainmagneticresonanceimaging(MRI),cervicalultrasonographyandfunduscameraexaminationatourhospital’shealthcheckupcenterfromJanuarytoDecember2010.Bodymassindex(BMI),waistcircumference,smokinghistory,bloodpressure,fastingglucose,serumlipid,intraocularpressure(IOP),brainMRIandcervicalultrasonographywerestatisticallyanalyzedinrelationtodiscappearance.Ofthe362patients,66werediagnosedwithsuspectedglaucoma.Thesuspectedglaucomagroupwasmorelikelytohavesystolichypertension(37.9%),impairedfastingglucose(18.2%),brainischemia(30%)andhighaverageIOP(14.0mmHg),ascomparedtothecontrolgroup〔25.3%,8.8%,11%(chi-squaretest)and13.1mmHg(Student’st-test),respectively〕.MultivariatelogisticanalysisshowedthatbrainischemiaandhighIOPsubjectsweremorelikelytobeinthesuspectedglaucomagroup(p<0.05).OtherthanIOP,brainMRIischemicchangewasrelatedtosuspectedglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):119.122,2014〕Keywords:緑内障,検診,頭部magneticresonanceimaging(MRI)虚血性変化,高血圧,耐糖能異常.glaucoma,healthcheckup,brainmagneticresonanceimaging(MRI)ischemicchange,hypertension,abnormalglucosetolerance.はじめに緑内障は,視神経と視野に特徴的変化を有し,通常,眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる眼の機能的構造的異常を特徴とする疾患である1).しかし,正常眼圧緑内障のなかには眼圧非依存因子を推定させる所見を呈することも多い2).過去にも,循環障害や糖尿病については緑内障の発症や進展因子として関与していることが示されている3).また,近年,網膜神経線維層欠損や視野障害と脳微小血管異常との関連が報告された4).これは,脳の微小循環障害のある患者においては網膜にも同様の微小循環障害があり影響を及ぼしたものと推察される.緑内障連続体5)として見たと〔別刷請求先〕横田聡:〒918-8501福井市月見2-4-1福井赤十字病院眼科Reprintrequests:SatoshiYokota,DepartmentofOphthalmology,FukuiRedCrossHospital,Tsukimi2-4-1,Fukui,Fukui9188501,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(119)119 きに,どの時点から脳微小循環と眼の機能的構造的異常が関連しているか詳しく調べられた報告は少ない.今回,筆者らは検診における緑内障疑い例の緑内障性視神経異常と脳ドックを含む全身の検診の項目との関連について調べたので報告する.I対象および方法対象は2010年1月から12月の間に福井赤十字病院検診センターを利用し,頭部magneticresonanceimaging(MRI)・頸部超音波検査および眼底写真検査を受けた362人(男性258人,女性104人.平均年齢56.4歳).院内の倫理規定に従い,検診用カルテより臨床情報を収集し後ろ向きに解析した.眼底検査は無散瞳カメラ(CanonCR-DG10)で眼底写真の撮影を行い,得られた写真より緑内障の有無を判定した.判定は日本緑内障学会による緑内障ガイドライン1)に沿って行い,いずれかの眼で緑内障診断基準もしくは緑内障疑いと判定する場合の基準を満たすものを緑内障疑い群,それ以外を対照群とした.すなわち,陥凹乳頭径比(C/D比)については,Glosterらの方法6)を採用し視神経乳頭陥凹の最大垂直径と最大垂直視神経乳頭径を定規で測定しその比を垂直C/D比とした.リム乳頭径比(R/D比)についても,Glosterらの方法6)を採用しリム部の幅とそこに対応して乳頭中心を通る乳頭径の比をR/D比とした.垂直C/D比とR/D比をもとに,Fosterらが提唱する診断基準7)を参考に,垂直C/D比が0.7以上,上極もしくは下極のリム幅が0.1以下,両眼の垂直C/D比の差が0.2以上,網膜神経線維層欠損の存在のいずれかを満たすものを本研究においての緑内障疑い群とした.検診時の担当医の判定を知らない筆者らのうちの1人が改めて判定を行い,当時の検診担当医の判定と一致しない場合には筆者らの間で協議を行ったうえで決定した.Bodymassindex(BMI)は25以上を異常とした8).腹囲は男性で85cm以上,女性で90cm以上を異常とした9).喫煙歴は受診時までに1年以上の習慣的喫煙歴の有無で分けた.血圧は収縮期血圧が140mmHgを超えるものもしくは拡張期血圧が90mmHgを超えるもの10),もしくは受診時に降圧剤の内服をしているものを異常とした.耐糖能は空腹時血糖が126mg/dl以上のもの11),もしくは糖尿病治療薬の内服をしているものを異常とした.脂質代謝はTG(トリグリセリド)150mg/dl以上,HDL(高比重リポ蛋白)40mg/dl未満,LDL(低比重リポ蛋白)140mg/dl以上のいずれかを満たすものもしくは高脂血症の治療薬の内服をしているものを異常とした12).眼圧は非接触眼圧計(NIDEKNT-3000)を使用して計測した.頭部MRIは,放射線科医,神経内科医,脳神経外科医のいずれかが読影を行いラクナ梗塞を含む虚血性変化のあるものを異常とした.頸部超音波検査では放射線120あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014科医が読影を行い,内頸動脈の壁肥厚が1.3mm以上あるものを異常とした.各因子の異常の有無と眼底写真においての緑内障疑いとの関連について統計学的に解析を行った.統計解析にはJMP(SASInstituteInc.バージョン10.0.2)を用いた.II結果362人のうち緑内障疑いは66人であった.残りの296人を対照群とした.緑内障疑い群では男性48名,女性18名,平均年齢58.2歳,対照群では男性210名,女性86名,平均年齢56.0歳で両群間に男女比および年齢分布に有意な差は認められなかった(c2検定,Studentのt検定).BMI異常,腹囲異常,喫煙歴,血圧異常,脂質代謝異常,頸部超音波異常はそれぞれ緑内障群で27.3%,45.5%,59.1%,40.9%,50.0%,対照群で33.1%,47.0%,58.1%,29.4%.52.0%に認められたが,両群間に有意な差は認められなかった(それぞれc2検定).収縮期血圧異常は緑内障疑い群で37.9%,対照群で25.3%と緑内障疑い群で有意に高かった(p<0.05:c2検定).耐糖能異常は緑内障疑い群で18.2%,対照群で8.8%と緑内障疑い群で有意に高かった(p<0.05:c2検定).頭部MRIでの虚血性変化がみられた割合は緑内障疑い群で30%,対照群で11%と緑内障疑い群で有意に高かった(p<0.05:c2検定).左右の平均眼圧は緑内障疑い群で14.0mmHg,対照群で13.1mmHgと緑内障疑い群で有意に高かった(p<0.05:Studentのt検定)(表1).単変量解析で用いたパラメータを用いて変数強制投入法によるロジスティック回帰分析を行ったところ,表2に示すように,頭部MRIでの虚血性変化および左右平均眼圧が高いことが緑内障疑い群となるリスクを有意に上げることがわかった(p<0.05).しかし,年齢はリスク要因とはならなかっ表1緑内障疑い群と対照群においての各パラメータの単変量解析対照群緑内障疑いn=296n=66男女比*1(男/女)210/8648/18年齢*256.058.2BMI肥満*198(33.1%)18(27.3%)腹囲異常*1139(47.0%)30(45.5%)喫煙歴あり*1172(58.1%)39(59.1%)高血圧*187(29.4%)27(40.9%)(収縮時高血圧)*175(25.3%)25(37.9%)p<0.05耐糖能異常*126(8.8%)12(18.2%)p<0.05脂質代謝異常*1153(51.7%)36(54.5%)MRI頭部虚血*133(11.1%)20(30.3%)p<0.05超音波頸動脈肥厚*1103(34.8%)29(43.9%)平均眼圧*213.1mmHg14.0mmHgp<0.01*1:c2検定,*2:Studentのt検定.(120) 表2ロジスティック回帰分析による緑内障疑いとなるリスクファクターオッズ比(95%信頼区間)pvalue男女比(男)0.975(0.439.2.184)0.952年齢*11.004(0.970.1.039)0.826BMI肥満0.597(0.270.1.310)0.198腹囲異常1.130(0.527.2.374)0.750喫煙歴あり0.910(0.453.1.855)0.910高血圧1.062(0.555.1.995)0.854耐糖能異常2.093(0.909.4.633)0.081脂質代謝異常1.106(0.617.1.991)0.734MRI頭部虚血3.190(1.496.6.812)0.003超音波頸動脈肥厚1.103(0.590.2.033)0.755平均眼圧*11.131(1.017.1.258)0.023*1:単位オッズ比(年齢は1歳,平均眼圧は1mmHgの変化の場合).た.III考按わが国の緑内障有病率は多治見スタディより5.0%程度とされている13,14).本研究では緑内障疑いは受診者の18.2%と高頻度であった.実際に緑内障と診断されるには視野検査が必要であり,今回はスクリーニング検査のため高値となった.実際の緑内障患者で今回と同様の結果になるかは今後の検討課題である.緑内障と全身疾患との関連については過去にも報告されている15).既報3,16)と同様に,検診での緑内障疑い例と収縮期血圧異常や耐糖能異常との関連が示された.肥満は眼圧上昇の誘因であるとの報告17)もあるが,本研究では肥満や脂質代謝異常と緑内障疑いとの関連は認められなかった.これら生活習慣病一般検査と緑内障の関連が示されていることで,食習慣や生活習慣の改善・運動の習慣化といった生活習慣病の予防につながるライフスタイルが緑内障の予防にもつながる可能性が示された.これまでも脳虚血性変化と視野進行の関連は報告されている4).本研究では新たに頭部MRIにおける虚血性変化と緑内障性視神経乳頭形状変化との関連が認められた.頭部での微小循環の障害の患者では同様に網膜や視神経乳頭においても微小循環が障害されている可能性が高く,緑内障の治療や診断面において眼局所での循環と緑内障の発症・進展との関係について今後注目すべきである.血圧異常,耐糖能異常,脳虚血性変化や緑内障は高齢になれば罹患率は上がるため年齢による交絡の可能性がある.しかし,本研究は多変量解析で,年齢は緑内障疑い群となる因子でなく,頭部MRI虚血性変化および高い眼圧が,年齢に関係なく緑内障疑い群となる因子の一つとして示された.眼圧以外に脳の微小循環障害はそれ単独でも緑内障危険因子と(121)なることが判明した.一方,本研究では検診受診時のデータを使用しており,測定している項目が限られているため緑内障と関連があるとすでに報告されている因子のいくつかについては検討ができなかった.多治見スタディでは,近視と開放隅角緑内障との関連が示されている18).しかし,当院の検診では持参の眼鏡やコンタクトレンズでの矯正視力の測定のみで,オートレフラクトリーメータや最大矯正視力検査を行っておらず,本研究では屈折値と緑内障疑い群との関連の検討はできなかった.本研究により緑内障は高血圧症や糖尿病,脳循環障害などの全身疾患との関連があることが明らかになった.緑内障の予防や治療にはこれら全身疾患の改善も必要であると考えられる.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20122)SakataR,AiharaM,MurataHetal:Contributingfactorsforprogressionofvisualfieldlossinnormal-tensionglaucomapatientswithmedicaltreatment.JGlaucoma22:250-254,20133)雨宮哲士,関希和子,笹森典雄ほか:人間ドックデータと緑内障性眼底変化との関連.山梨医科大学雑誌14:91-97,19994)SuzukiJ,TomidokoroA,AraieMetal:Visualfielddamageinnormal-tensionglaucomapatientswithorwithoutischemicchangesincerebralmagneticresonanceimaging.JpnJOphthalmol48:340-344,20045)WeinrebRN,KhawPT:Primaryopen-angleglaucoma.Lancet363:1711-1720,20046)GlosterJ,ParryDG:Useofphotographsformeasuringcuppingintheopticdisc.BrJOphthalmol58:850-862,19747)FosterPJ,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thedefinitionandclassificationofglaucomainprevalencesurveys.BrJOphthalmol86:238-242,20028)松沢佑次,坂田利家,池田義雄ほか:肥満症治療ガイドライン.肥満研究12:93,20069)メタボリックシンドローム診断基準検討委員会:メタボリックシンドローム診断基準.日内会誌94:794-809,200510)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編):高血圧治療ガイドライン2009.200911)糖尿病診断基準に関する調査検討委員会:糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告.糖尿病53:450-467,201012)日本動脈硬化学会(編):動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版.201213)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,200414)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmologyあたらしい眼科Vol.31,No.1,2014121 112:1661-1669,200517)MoriK,AndoF,NomuraHetal:Relationshipbetween15)PacheM,FlammerJ:Asickeyeinasickbody?System-intraocularpressureandobesityinJapan.IntJEpidemiolicfindingsinpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.29:661-666,2000SurvOphthalmol51:179-212,200618)SuzukiY,IwaseA,AraieMetal:Riskfactorsforopen-16)KleinBE,KleinR,JensenSC:Open-angleglaucomaandangleglaucomainaJapanesepopulation:theTajimiolder-onsetdiabetes.TheBeaverDamEyeStudy.Oph-Study.Ophthalmology113:1613-1617,2006thalmology101:1173-1177,1994***122あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(122)

プロスタグランジン関連点眼液併用下でのβ遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液から1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液への変更時の眼圧下降効果と安全性

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):115.118,2014cプロスタグランジン関連点眼液併用下でのb遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液から1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液への変更時の眼圧下降効果と安全性井上賢治*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科OcularHypotensiveEffectandSafetyofTreatmentwith1%DorzolamideHydrochloride/0.5%TimololMaleateinPlaceofb-BlockerorCarbonAnhydraseInhibitorKenjiInoue1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:プロスタグランジン(PG)関連点眼液併用下で,b遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液(以下,CAI)を1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液(以下,DTFC)へ変更した際の眼圧下降効果と安全性を検討する.対象および方法:PG関連点眼液とb遮断点眼液あるいはCAIの2剤併用中の原発開放隅角緑内障,落屑緑内障患者53例53眼を対象とした.b遮断点眼液(30例)あるいはCAI(23例)を中止し,washout期間なしでDTFCに変更した.眼圧を変更前と変更1,3カ月後に測定し,比較した.結果:眼圧は両群ともに変更1,3カ月後に変更前と比べて有意に下降した(p<0.0001).眼圧下降率は変更1カ月後はb遮断点眼液群11.5±11.7%,CAI群16.5±13.1%,変更3カ月後はb遮断点眼液群15.0±13.0%,CAI群15.8±15.3%で変更1カ月後と3カ月後で有意差なく,b遮断点眼液群とCAI群の間に有意差はなかった.副作用が出現した症例はなかった.結論:PG関連点眼液とb遮断点眼液あるいはCAIを併用中に,b遮断点眼液あるいはCAIを中止してDTFCに変更することで,約15%の眼圧下降が得られ,安全性も良好だった.Purpose:Weinvestigatedthesafetyandefficacyofswitchingfromb-blockerorcarbonanhydraseinhibitor(CAI)to1%dorzolamidehydrochloride/0.5%timololmaleatefixed-combinationeyedrops(DTFC)inanefforttoreduceintraocularpressure(IOP).SubjectsandMethods:Thestudypopulationcomprised53eyesfromprimaryopen-angleorexfoliationglaucomapatientswhowereconcomitantlyusingprostaglandinanalogsandb-blockersorCAI.Theb-blockersorCAIwerediscontinuedandthepatientsswitchedtoDTFC.IOPwasmeasuredat1monthbeforeandat1and3monthsaftertheswitch.Results:IOPhaddecreasedsignificantlyinbothgroupsat1and3monthsaftertheswitch(p<0.0001).TheIOPdecreaseratesafter3monthswereabout15%.Innocaseweretheeyedropsdiscontinuedduetoadversereaction.Conclusion:Patientsconcomitantlyusingprostaglandinanalogsandb-blockersorCAIsafelyreducedtheirIOPabout15%bydiscontinuinguseofb-blockerorCAIandswitchingtoDTFC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):115.118,2014〕Keywords:1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液,b遮断点眼液,炭酸脱水酵素阻害点眼液,変更,眼圧,緑内障.1%dorzolamidehydrochloride/0.5%timololmaleatefixed-combinationeyedrops,b-blocker,carbonicanhydraseinhibitor,switch,intraocularpressure,glaucoma.〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(115)115 はじめに近年アドヒアランスの向上を目的として配合点眼液が開発された.日本でも2010年に1%ドルゾラミド点眼液と0.5%チモロール点眼液の配合点眼液(コソプトR)が発売された.1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液の眼圧下降効果は,b遮断点眼液と炭酸脱水酵素阻害点眼液からの切り替えの報告が多い1.5).点眼液治療における第一選択はプロスタグランジン関連点眼液である.その理由としてプロスタグランジン関連点眼液が強力な眼圧下降効果を有する点,全身性副作用が少ない点,1日1回点眼の利便性を有する点があげられる6).しかしプロスタグランジン関連点眼液単剤で眼圧下降効果が不十分な場合は他の点眼液の追加投与が必要となる.点眼液の作用機序を考慮するとb遮断点眼液や炭酸脱水酵素阻害点眼液が2剤目として適している.プロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液の併用を行っても眼圧下降効果が不十分な場合には3剤目の点眼液の追加投与が必要となる.3剤目としては2剤目までに使用していない炭酸脱水酵素阻害点眼液あるいはb遮断点眼液が使用されることが多い.2012年には,ブリモニジン点眼液が使用可能となり3剤目の選択肢として増えたが,今回はブリモニジン点眼液の使用経験が少ないため検討は行わなかった.このように多剤併用療法になるとアドヒアランスの低下が問題となる7).配合点眼液の登場により,従来の3剤目の追加投与ではなく,1剤を配合点眼液に変更する方法が考えられる.しかしこのような変更による眼圧下降効果の報告は多くない4,8.10).さらに3剤目を追加投与する場合と1剤を配合点眼液に変更する場合の眼圧下降効果の違いは不明である.そこで今回,プロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液の2剤併用中の緑内障患者に対して,b遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液を中止して,1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液へ変更した際の眼圧下降効果と安全性を前向きに解析した.そして3剤目を追加投与した際の効果との比較を,文献的情報11,12)をもとに試みた.I対象および方法2010年12月から2011年7月までの間に井上眼科病院に通院中で,プロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液の2剤のみを使用中で目標眼圧に到達していない原発開放隅角緑内障(正常眼圧緑内障も含む)あるいは落屑緑内障53例53眼(男性25例25眼,女性28例28眼)を対象とした.これらの症例をプロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液の併用群30例(男性16例,女性14例)(グループ1)とプロスタグランジン関連点眼液と炭酸脱水酵素阻害点眼液の併用群23例(男性9例,女性14例)(グループ2)に分けた(表1).緑内障手術既往歴を有する症例および3カ月以内に白内障手術を施行した症例は除外した.両眼該当例では眼圧の高い眼を,眼圧が同値の場合は右眼を,片眼症例では該当眼を解析対象とした.使用中のb遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液を中止し,ウォッシュアウト期間なしで1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液(1日2回朝夜点眼)に変更した.プロスタグランジン関連点眼液は継続とした.変更前と変更1,3カ月後に患者ごとにほぼ同時刻にGoldmann圧平眼圧計で同一の検者が眼圧を測定し,変表1患者背景(グループ1とグループ2)グループ1グループ2患者(例)3023年齢(歳)(平均±標準偏差,範囲)70.9±10.6,42.8572.3±7.2,55.84原発開放隅角緑内障2823緑内障の病型正常眼圧緑内障1─落屑緑内障1─プロスタグランジン関連点眼液ラタノプロストトラボプロストタフルプロスト27211562チモロール11─b遮断点眼液カルテオロールレボブノロール97──ベタキソロール2─ニプラジロール1─炭酸脱水酵素阻害点眼液ブリンゾラミド─13ドルゾラミド─10Meandeviation値(dB)(平均±標準偏差,範囲).11.9±6.88,.23.65..0.10.9.13±5.60,.19.12..0.71点眼変更前眼圧(mmHg)(平均±標準偏差,範囲)18.4±3.1,13.2521.0±4.5,15.31116あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(116) 更1,3カ月後の眼圧を変更前と比較した〔ANOVA(analysisofvariance)およびBonferroni/Dunnet検定〕.変更前2回の来院時の眼圧を測定し,各々の差が1mmHg以内で,眼圧が安定している症例を対象とした.そして今回用いた変更前眼圧は,変更時の眼圧値を使用した.変更1,3カ月後の眼圧下降幅,眼圧下降率を変更前と比べることで算出し,比較した(Mann-WhitneyのU検定).さらにグループ1とグループ2の変更1,3カ月後の眼圧下降幅,眼圧下降率を比較した(Mann-WhitneyのU検定).変更後に来院時ごとに副作用を細隙灯による前眼部の観察,眼底の観察,患者の自覚症状から調査した.統計学的有意水準はいずれも,p<0.05とした.本研究は井上眼科病院の倫理委員会で承認され,研究の趣旨と内容を患者に説明し,患者の同意を得た後に行った.II結果グループ1とグループ2の患者背景を表1に示す.プロスタグランジン関連点眼液は全例1日夜1回点眼で,ブリンゾラミド点眼液は全例1日2回朝夜点眼である.グループ1とグループ2の間に年齢,MD(meandeviation)値に有意差はなかった.眼圧はグループ2がグループ1に比べて有意に高かった(p<0.05).グループ1の眼圧は変更1カ月後16.2±3.1mmHg(平均値±標準偏差),3カ月後15.5±3.5mmHgで,変更前18.4±3.1mmHgに比べて有意に下降した(p<0.0001)(図1).眼圧下降幅は変更1カ月後(2.2±2.3mmHg)と3カ月後(2.9±2.6mmHg)で有意差がなかった(p=0.0875).眼圧下降率は変更1カ月後(11.5±11.7%)と3カ月後(15.0±13.0%)で有意差がなかった(p=0.0715).グループ2の眼圧は変更1カ月後17.2±3.1mmHg,3カ月後17.2±4.1mmHgで,変更前21.0±4.5mmHgに比べて有意に下降した(p<0.0001)(図1).眼圧下降幅は変更1カ月後(3.8±3.5mmHg)と3カ月後(3.6±4.4mmHg)で有意差がなかった(p=0.6149).眼圧下降率は変更1カ月後(16.5±13.1%)と3カ月後(15.8±15.3%)で有意差がなかった(p=0.6009).グループ1とグループ2の眼圧下降幅は変更1カ月後,3カ月後ともに有意差がなかった(p=0.0686,p=0.7102).同様に眼圧下降率は変更1カ月後,3カ月後ともに有意差がなかった(p=0.0863,p=0.9714).変更後3カ月間に点眼液が中止となった症例はなかった.グループ2で変更1カ月後に2例(8.7%)で点状表層角膜症が出現したが,2例ともAD(area-density)分類13)ではA1D1で,点眼液を継続したところ,変更3カ月後には消失した.III考按プロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液あるいは(117)302520151050変更前変更1カ月後変更3カ月後眼圧(mmHg):グループ1:グループ2図11%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液変更前後の眼圧グループ1,グループ2ともに眼圧は変更1,3カ月後に変更前と比べて有意に下降した.グループ1はプロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液からの変更群,グループ2はプロスタグランジン関連点眼液と炭酸脱水酵素阻害点眼液からの変更群である.値は平均値±標準偏差を示す.炭酸脱水酵素阻害点眼液を併用中の患者の3剤目の点眼液としてさまざまな方法が考えられるが,今回は以下の2つの方法を検討した.b遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液を中止し,1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液へ変更する方法と,2剤目までに使用していない炭酸脱水酵素阻害点眼液あるいはb遮断点眼液を追加投与する方法とした.アドヒアランスに関しては点眼液数,1日の総点眼回数が少ない配合点眼液へ変更したほうが有利である.しかし過去に今回と同様の変更を行った報告は多くはない4,8.10).Pajicらは,2%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液使用中の患者の投与前後の眼圧と安全性を多施設で調査した8).ラタノプロスト点眼液とb遮断点眼液を使用中の37例で,b遮断点眼液を中止して2%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液へ変更したところ,眼圧は変更前(19.8±4.2mmHg)に比べて変更後(16.5±3.3mmHg)に有意に下降し,眼圧下降幅は3.3±2.9mmHgだった.石橋らは,タフルプロスト点眼液とb遮断点眼液併用中の20例で,b遮断点眼液を中止して1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液へ変更した9).眼圧は変更前(15.8±2.9mmHg)に比べて,変更1カ月後(14.0±2.8mmHg),3カ月後(14.0±2.7mmHg)に有意に下降し,眼圧下降幅は1.8mmHgだった.早川らは,プロスタグランジン関連点眼液とチモロール点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液併用中の9例で,チモロール点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液を中止して1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液へ変更した10).眼圧は変更前(17.6±2.1mmHg)に比べて変更4週間後(15.8±2.2mmHg),12週間後(15.0±2.7mmHg)に有意に下降し,眼圧下降幅は1.8mmHgと2.6mmHgだった.今回,筆者らは,プロスタあたらしい眼科Vol.31,No.1,2014117 グランジン関連点眼液とb遮断点眼液の併用群,プロスタグランジン関連点眼液と炭酸脱水酵素阻害点眼液の併用群の2群に分けて解析したが,その結果は過去の報告8.11)とほぼ同等であった.一方,2剤目までに使用していない炭酸脱水酵素阻害点眼液を追加投与し,その眼圧下降効果を検討した報告11,12)として,Tsukamotoらは,ラタノプロスト点眼液とb遮断点眼液を使用中で眼圧下降効果が不十分な原発開放隅角緑内障患者52例に対して1%ドルゾラミド点眼液あるいはブリンゾラミド点眼液を8週間追加投与した11).8週間後には両群ともに眼圧は有意に下降し,眼圧下降幅は1%ドルゾラミド点眼液群が1.8±1.4mmHg,ブリゾラミド点眼液群が1.9±1.3mmHgだった.また,丹羽らは,ラタノプロスト点眼液とb遮断点眼液を使用中で眼圧下降効果が不十分な慢性緑内障患者41例に対して1%ドルゾラミド点眼液を4週間追加投与した12).4週間後には眼圧は有意に下降し,眼圧下降幅は1.9mmHg,眼圧下降率は11.2%だった.以上をもとに考えると,眼圧下降幅は1剤を配合剤に変更する今回のグループ1(変更1カ月後2.2mmHg,3カ月後2.9mmHg),グループ2(変更1カ月後3.8mmHg,3カ月後3.6mmHg),過去の報告(1.8mmHg9,10),2.6mmHg10),3.3mmHg8))のほうが3剤目を追加投与する報告(1.8mmHg11),1.9mmHg12))より大きいと推測される.同様に眼圧下降率も1剤を配合剤に変更する今回のグループ1(変更1カ月後11.5%,3カ月後15.0%),グループ2(変更1カ月後16.5%,3カ月後15.8%),過去の報告(10.2%10),11.4%9),14.8%10),16.7%8))のほうが3剤目を追加投与する報告(9.8%11),11.2%12))より大きいと推測される.3剤目としてb遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液を追加投与するよりも配合点眼液へ変更するほうが,眼圧下降幅や眼圧下降率が大きかったが,その理由としてアドヒアランス,点眼液の刺激感,対象の平均年齢が70歳を超えていることなどが関与している可能性がある.今回のグループ1とグループ2の変更前眼圧に有意差があったが,変更1カ月後,3カ月後の眼圧下降率は両グループ間に有意差はなかった.さらにグループ1,グループ2ともに変更前眼圧が高値だったが,対象のなかにアドヒアランス不良例やプロスタグランジン関連点眼液のノンレスポンダー例が特にグループ2に多く含まれていた可能性がある.それらの詳細な検討は今回行わなかった.結論として日本人の原発開放隅角緑内障および落屑緑内障患者に対してプロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液の2剤併用中で,b遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液を中止して,1%ドルゾラミド塩酸塩・0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更することで,点眼液数を増やすことなく眼圧を下降させることができ,患者の自覚症状や前眼部・眼底所見において安全性も良好だった.その眼圧下降率は3剤目を追加投118あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014与するよりも大きいと推測され,点眼液を2剤併用中の患者の3剤目として配合点眼液を使用することは有用であると考える.文献1)井上賢治,富田剛司:ドルゾラミド・マレイン酸チモロール配合点眼液1年間投与の効果.あたらしい眼科30:857860,20132)NakakuraS,TabuchiH,BabaYetal:Comparisonofthelatanoprost0.005%/timolol0.5%+brizolamide1%versusdorzolamide1%/timolol0.5%+latanoprost0.005%:a12-week,randomizedopen-labeltrial.ClinOphthalmol6:369-375,20123)InoueK,ShiokawaM,SugaharaMetal:Three-monthevaluationofocularhypotensiveeffectandsafetyofdorzolamidehydrochloride1%/timololmaleate0.5%fixedcombinationdropsafterdiscontinuationofcarbonicanhydraseinhibitorandb-blockers.JpnJOphthalmol56:559-563,20124)武田桜子,村上文,松原正男:b遮断薬・炭酸脱水酵素阻害薬配合点眼液に切り替えた緑内障患者の効果および安全性.あたらしい眼科29:253-257,20125)嶋村慎太郎,大橋秀記,河合憲司:アドヒアランス不良な多剤併用緑内障治療眼に対する配合剤への切り替え効果の検討.眼臨紀5:549-553,20126)ChengJW,CaiJP,WeiRL:Meta-analysisofmedicalinterventionfornormaltensionglaucoma.Ophthalmology116:1243-1249,20097)DjafariF,LeskMR,HarasymowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-243,20098)PajicB,fortheConductorsoftheSwissCOSOPTSurvey(CSCS):ExperiencewithCOSOPT,thefixedcombinationoftimololanddorzolamide,gainedinSwissophthalmologists’offices.CurrMedResOpin19:95-101,20039)石橋真吾,田原昭彦,永田竜朗ほか:タフルプロスト点眼薬併用下でのb遮断点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果.あたらしい眼科30:551-554,201310)早川真弘,澤田有,阿部早苗ほか:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼液への切り替え経験.あたらしい眼科30:261-264,201311)TsukamotoH,NomaH,MatsuyamaSetal:Theefficacyandsafetyoftopicalbrinzolamideanddorzolamidewhenaddedtothecombinationtherapyoflatanoprostandabeta-blockerinpatientswithglaucoma.JOculPharmacolTher21:170-173,200512)丹羽義明,山本哲也:各種緑内障眼に対する塩酸ドルゾラミドの効果.あたらしい眼科19:1501-1506,200213)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrelationwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,2003(118)

前眼部OCTにて経過観察できた栗の毬による角膜外傷の1例

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):111.114,2014c前眼部OCTにて経過観察できた栗の毬による角膜外傷の1例谷口ひかり堀裕一金井秀仁柴友明前野貴俊東邦大学医療センター佐倉病院眼科Anterior-segmentOpticalCoherenceTomographyExaminationofCornealInjuryfromChestnutBurrHikariTaniguchi,YuichiHori,HidehitoKanai,TomoakiShibaandTakatoshiMaenoDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter症例は,65歳,女性.平成24年9月に落下してきた栗の毬で左眼を受傷した.初診時の患眼視力は0.9p(n.c.),細隙灯顕微鏡検査にて角膜に毬の刺入による創が認められ,角膜浸潤を認めた.前眼部OCT検査にて毬の刺入部に高輝度の部分を認め,また限局した角膜浮腫がみられ,同部位の角膜厚は646μmであった.前眼部OCT(光干渉断層計)上では,毬による前房内への穿孔は認められなかった.左眼に対し,抗菌薬点眼および抗真菌薬(ミコナゾール点眼)を処方したところ,治療に反応し,投与開始後28日目の診察では,視力も(1.2)と改善し,前眼部OCT検査にて,角膜浮腫の軽減が確認できた.受傷58日後の診察では,左眼視力(1.2),前眼部OCT所見でも角膜浮腫が消失し,毬の刺入部の角膜厚は505μmであった.今回筆者らは,前眼部OCTを用いて毬による角膜穿孔および角膜浮腫の状態を観察でき,治療効果を経時的に経過観察することができた.A65-year-oldfemalewithleftcornealinjurycausedbyafallingchestnutburrwasreferredtousinSeptember2012.Best-correctedvisualacuity(BCVA)inthelefteyewas0.9.Slit-lampexaminationshowedseveralcornealwoundsfromtheburr,cornealinfiltrationandedemainthecenterofthecornea.Anterior-segmentopticalcoherencetomography(AS-OCT)showedcornealthicknesstobe646μminthefocaledematousregion;therewasnocornealpenetration.Thepatientwastreatedwithantiviralandantifungaltopicaleyedrops,resultingincompleteresolutionafter2months.FinalBCVAwas1.2inthelefteye.Inthiscase,usingAS-OCT,throughoutthetreatmentcourseweobservedthecornealwoundscausedbythechestnutburr,aswellasthechangeinthefocalcornealedema.Itwasveryusefultoevaluatethetherapeuticeffectovertime,usingAS-OCT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):111.114,2014〕Keywords:前眼部OCT,栗の毬,角膜外傷,角膜浮腫,抗真菌薬.AS-OCT,chestnutburr,cornealinjury,cornealedema,antifungalmedication.はじめに栗の毬による角膜障害は,海外ではまれであるが,日本では毬による角膜穿孔の症例や1.6),さらに毬が水晶体まで到達して外傷性白内障をきたした症例7,8)など数多く報告されている.それらの報告の多くは,角膜に刺さった毬の有効な除去方法の報告9)や,抗菌薬で症状の改善を認めない症例への抗真菌薬投与で改善したことの報告10)であり,画像検査による治療経過を報告したものは少ない.今回筆者らは,栗の毬による角膜異物により角膜障害をきたした1症例を経験し,初診時より前眼部OCT(光干渉断層計)検査にて異物の角膜深達度や角膜浮腫の程度を評価し,治療開始後もその経過を追っていくことができた.前眼部OCT検査により治療効果を画像検査で評価することができ,治療方針の変更,継続の判断をするために非常に有用であったと考え,ここに報告する.〔別刷請求先〕谷口ひかり:〒285-8741千葉県佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:HikariTaniguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura,Chiba285-8741,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(111)111 I症例症例は,65歳,女性で,平成24年9月,栗拾いをしていた際に,木の上から落ちてきた栗が左眼に当たった.受傷当日は自宅で経過をみていたが,翌日にも眼痛が改善しないため,近医眼科を受診した.左眼角膜に栗の毬が刺さっており,異物除去の際に角膜穿孔などの危険があることから,同日,東邦大学医療センター佐倉病院眼科(以下,当科)を紹介受診された.当科初診時の視力は右眼0.6(1.2×sph+1.00D),左眼0.9p(n.c.),眼圧は右眼11mmHg,左眼12mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査にて角膜に毬の刺入による創が7カ所認められ,そのうち2カ所に実質深層まで達する異物の残存があり,異物周囲の角膜浸潤を認めた(図1a,b).前房内炎症,角膜後面沈着物がみられ,Descemet膜皺襞を認めた.中間透光体,眼底に明らかな異常所見は認めなかった.前眼部OCT検査(RTVue-100,Optovue社,スキャンビーム波長l=840±10mm)にて毬の刺入部には高輝度の部分を認め,また,限局した角膜浮腫がみられ,角膜厚は646μmであった(図1c).前眼部OCT上で創が深いと考えられた4カ所(右眼角膜中心部より3時方向の2点,5時方向の1点,8時方向の1点)は前房内への異物の穿孔はみられなかったが,深度が最も深い部分では角膜内皮付近まで刺入していると考えられた(図1c).また,前眼部OCT像にて,角膜浮腫は前房側へ凸の形を呈していた(図1c).同日,2カ所の残存角膜異物に対して,局所麻酔下にて異物除去術を施行した.角膜穿孔はなく,前房水の漏出もなかった.同日より左眼にモキシフロキサシン点眼1日6回,セフメノキシム点眼1日6回,セフカペンピボキシル内服を開始した.翌日および翌々日の再診時には,痛みの自覚症状は改善がみられたが,左眼視力は0.3(0.5p×sph+1.50D(cyl.2.00DAx85°)と悪化していた.眼圧は8mmHgであった.診察上,創部周辺の角膜浮腫の増悪を認め,前房内炎症や角膜後面沈着物も残存していた.異物による外傷で,抗菌薬投与により効果がみられなかったことから,初診翌々日より前述の抗菌薬に加えて,抗真菌薬であるミコナゾールを点眼に調剤した0.2%ミコナゾール点眼を1日6回,オフロキサシン眼軟膏1日3回,アトロピン点眼1日2回を追加投与した.追加投与3日後の再診時には,左眼視力0.4(1.2p×sph+1.00D(cyl.0.50DAx175°),眼圧9mmHgとなり,前房内炎症細胞は消失して,Descemet膜皺襞も改善していた.ミコナゾール点眼の効果があったと判断し,抗菌薬内服は終了とし,点眼,眼軟膏を継続とした.ミコナゾール点眼使用開始後8日目には,左眼視力(1.2×sph+1.00D(cyl.0.50DAx175°),眼圧8mmHgであった.前房内炎症の再発はなく,角膜浸潤,Descemet膜皺襞112あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014ab646μmc図1初診時の右眼前眼部写真(a),フルオレセイン染色(b),および前眼部OCT(c)角膜に毬の刺入による創が7カ所認められた.そのうち2カ所は細隙灯顕微鏡検査にて実質深層まで達していると考えられた.c図は角膜中心部の創部を前眼部OCT(RTVue-100,Optovue社,スキャンビーム波長l=840±10mm)で確認したものである.角膜浮腫を呈している部分は前房側に突出しており,角膜厚は646μmであった.は改善傾向だった.同日よりミコナゾール点眼,モキシフロキサシン点眼,セフメノキシム点眼を1日6回から4回に,オフロキサシン眼軟膏を1日3回から1回に減量とし,アト(112) 525μm525μm図2フロリード点眼治療開始28日後の左眼角膜受傷部の前眼部OCT角膜実質に混濁は残存するものの,角膜浮腫は軽減し,角膜厚は525μmであった.ロピン点眼は中止とした.ミコナゾール点眼開始後から28日後の診察時には,左眼視力1.0(1.2×sph+1.50D(cyl.0.50DAx175°),眼圧9mmHgと裸眼視力も改善していた.前眼部所見もさらに改善しており,前眼部OCTでは軽度角膜混濁に一致した高輝度の所見はみられたものの,初診時に前房側に凸となる浮腫を認めた部分の角膜厚が525μmと正常化し,改善が認められた(図2).また,点眼,眼軟膏は終了とした.受傷58日後の再診時にも,左眼視力1.0(1.2×sph+1.00D(cyl.0.50DAx10°),眼圧9mmHgと著変なく,前眼部所見,角膜内皮細胞検査ともに正常であった.同日の前眼部OCT検査にて角膜浮腫は認めず,毬の刺入部の角膜厚は505μmであった(図3).受傷より4カ月半経過した平成25年1月31日の外来診察では,左眼視力1.0(1.2×sph+1.00D(cyl.0.50DAx10°),眼圧9mmHgであった.前眼部OCT所見でも悪化は認めず,経過良好であり,経過観察を終了とした.II考按栗は,日本国内で多く栽培されており,わが国では栗の毬による角膜外傷の報告例は多い1.10).毬や棘のある植物による角膜外傷は,角膜内に異物が残存することがあり9),また,角膜穿孔の危険もあるため1.6),注意して加療する必要がある.さらに,植物による角膜外傷と角膜真菌症の発症には深い関係がある14).諸戸らは,栗の毬の刺入後の角膜感染症患者の角膜裏面の滲出液から酵母菌であるMalasseziarestrictaをPCR(polymerasechainreaction)にて検出し,抗真菌治療が奏効した症例を報告している10).本症例では微生物学的検査は行っていないが,当初抗菌薬投与のみで治療を開始したものの,翌日,翌々日と悪化傾向にあったため,抗真菌薬(ミコナゾール点眼)を追加処方し奏効した.植物による角(113)ab505μmc図3受傷時より58日後の前眼部写真(a),フルオレセイン染色(b),および前眼部OCT(c)角膜にわずかの混濁を残すのみで,角膜厚は正常化した(505μm).膜外傷で,抗菌薬治療で効果がない場合は抗真菌薬治療を考慮するため,初診時症状が軽度であっても頻回の診察が必要であると思われる.今回,本症例の角膜浮腫に対して前眼部OCTにて経過観察を行うことができた.初診時は,毬が角膜内皮面まで達しており,前房側に凸な角膜浮腫を認めた.治療に伴って浮腫あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014113 は軽減していき,角膜厚も減少した.角膜障害は細隙灯顕微鏡検査だけである程度は観察可能であるが,角膜浮腫や混濁の程度を客観的に評価するには,前眼部OCTでの角膜断面観察が有用であると思われる.今回の角膜浮腫が前房側に凸であった理由であるが,浸潤などで角膜浮腫となり膨化する場合,角膜上皮側はBowman層があるために構造が乱れにくいが,内皮側のDescemet膜は構造的には弱いため,内皮側に凸の形をとるのではないかと考えられる.しかしながらそのメカニズムは不明であり,今後,角膜の限局性の浮腫に対して,多数例に検査を行っていきたいと考える.今回筆者らは,栗の毬による角膜外傷の1例を経験した.治療には抗真菌薬点眼が有効であった.前眼部OCTを用いて毬による角膜穿孔および角膜浮腫の状態を観察でき,治療効果を経過観察することができた.文献1)小暮信行,佐渡一戌,足立和孝ほか:栗のいがによる角膜深層異物の2症例.眼臨101:1709-1712,19982)越智亮介,清水一弘,山上高生ほか:栗のイガ刺入による角膜穿孔の2例.臨眼59:449-452,20053)甲谷芳朗,楠田美保子,井上一紀ほか:栗のとげによる穿孔性角膜外傷の1例.臨眼50:836-838,19964)浦島容子,郡司久人,鎌田芳夫ほか:栗のイガが刺入した角膜深層異物の3症例.眼科43:1735-1738,20015)隈上武志,高木茂,伊藤久太朗ほか:栗のイガによる角膜外傷の3例.眼臨87:992-995,19936)小林武史,尾崎弘明,加藤整:栗の毬による眼外傷の1例.眼臨98:95-96,20047)河合公子,瀬戸川亜希子,馬場高志ほか:栗のイガによる眼障害の1例.眼臨92:1713-1715,19988)柚木達也,北川清隆,柳沢秀一郎ほか:栗のイガによる外傷性白内障の1例.眼臨100:889-890,20069)越智順子,渡邊一郎,桐生純一ほか:栗イガによる角膜外傷の1例.臨眼65:1075-1078,201110)諸戸尚也,小森伸也,小國務ほか:栗のイガ刺入後に生じたMalasezia眼感染症の1例.臨眼66:623-627,201211)ChenWL,TsengCH,WangIJetal:Removalofsemi-translucentcactusspinesembeddedindeepcorneawiththeaidofafiberopticilluminator.AmJOphthalmol134:769-771,200212)SteahlyLP,AlmquistHT:Cornealforeignbodiesofcoconutorigin.AnnOphthalmol9:1017-1021,197713)BlakeJ:Ocularhazardsinagriculture.Ophthalmologica1-3:125-135,196914)塩田洋,内藤毅,兼松誠二ほか:角膜真菌症の早期診断・早期治療.臨眼40:325-329,1986***114あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(114)