特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):165.168,2014特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):165.168,2014ブルーライト問題概論BlueLightMatters:TheEyeisaCameraandaClock!坪田一男*I眼はカメラであり,時計だったカメラとしての眼が扱う光の波長眼は外界のイメージを得るためにある.地球に降り注100420nm498nm534nm564nmRedconesGreenconesRodsBlueconesShortMediumLong400500600700ぐ放射線のうち400.800nmにまたがる可視光線を使って“ものを見る”.いわゆるカメラの機能だ.もちろんカメラのように単純ではなく,空間的にも時間的にも画像処理を行い膨大な視覚情報を脳に届けている.可視光線のなかでは緑の波長(550nm)あたりが最も感度が高いともいわれるが,赤,緑,青の3つの錐体細胞と,Normalizedabsorbance5001つの桿体細胞が可視光線の波長領域をほぼ全域にわたってカバーし,天然色のすばらしく豊かな世界を作っている.実は眼にはカメラ以外にもう一つの機能があった.時計としての機能である.外界からの光情報は画像情報として使われるばかりでなく,サーカディアンリズムのなかでの“時”を知る手がかりとして光を使っているのだ.ただし時計としての眼はカメラとしての眼と光の使い方が違う.内因性光感受性網膜神経節細胞(intrinsicphotosensitiveretinalganglioncell:ipRGC)によって460.480nm付近のブルーライトを光情報として使っているのだ(図1).光受容体はオプシンではなく,メラノプシンという別の分子が使われている1).カメラとしWavelength(nm)460nm~480nmNormalizedabsorbance時計としての眼が扱う光の波長100500400500600700Wavelength(nm)ての眼と時計としての眼の使っている波長に差があるの図1眼におけるカメラとしての機能と時計としての機能は非常に興味深い.視覚情報としては,地球に降り注ぐ上:カメラとしての眼が使う光波長領域(オプシンの光感受性光を満遍なく使ってものの識別を行うことが有利だが,波長).下:時計としての眼が使う光波長領域(メラノプシンの光感受性波長).時間情報としてはブルーライトが最も有利であったのだ*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕坪田一男:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(5)165ろう.夜明け前にはブルーライトが弱く,日中は強い.そして夕焼けの時間帯にはブルーライト成分が減少していく.この変化によってサーカディアンリズムを決めていく.II健康にとって重要なサーカディアンリズム昔から規則正しい生活が健康の基本と考えられてきた.そのメカニズムについてはまだまだ不明なことも多いが,サーカディアンリズムとの関連が大きく注目されている.すなわちサーカディアンリズムの乱れが大きな健康ハザードを起こすことがわかり,単なる睡眠障害にとどまらず,うつ病,高血圧,糖尿病,肥満,そしてがんのリスクファクターにまでなっていることがわかってきている2.4).現代社会では昼仕事して,夜は寝るという単純な生活様式から24時間の生活があたりまえのものになってきている.看護師,パイロット,24時間営業のコンビニエンスストアの従業員など,夜にも働いているタイムシフトワーカーは,なんと労働人口の20%近くにまで達するといわれ,彼らの健康状態,特にがんの発生率の増加が問題になりつつある.一般のわれわれであってもsocialjetlagとよばれる,平日と週末での時間の使い方の差などがサーカディアンリズムを狂わす原因となっている5).IIIサーカディアンリズムを調節するブルーライトサーカディアンリズムを調節しているのはおもに光だ.130年前の電灯の発明によって人類は夜の光を手に入れたが,80年前の蛍光灯によってさらに進歩し,20年前のLEDの発明によってさらに明るい光にさらされるようになってきた.さらに光の強さばかりでなく,光の質も変化している.近年普及しているLEDには,ブルーライトの波長(380.495nm)が多く含まれている(図2).LEDとは,lightemittingdiode(発光ダイオード)のことで,電気を流すと光を発する半導体の一種である.社会的にさまざまなメリットがあり,急速に普及してきている.青い光は明るくて,装置が小型でシンプル,衝撃にも強いため,薄型の液晶やスマートフォンなどに適している.白166あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014熱灯や蛍光灯に比べて消費電力が少なく,寿命も長く,経済効率が良い,環境にも優しいとされている.すでに欧米や,日本において照明についてはLED化を推進していくことが社会全体の合意となっており,一部の国または会社では白熱電球の製造を禁止または中止している.ブルーライトLEDは紫外線や赤外線を含まないため,美術館の照明などにも適しているとされ,さらに蛍光灯に用いられる水銀汚染の問題もなくなる.いいことづくめのLEDであるので,例え眼に負担がかかるといっても,やはり社会の潮流はLEDへと移っていくだろう.ちなみにこのLEDは日本の中村修二先生が開発して,当時在籍していた日亜化学工業と訴訟になったことは記憶に新しい.その後,開発者の中村修二先生はカリフォルニア大学に移籍されたが,日本の科学技術が時代を大きく変えたといえる.IVブルーライトの影響2002年にマウスで,2005年にサルで見つかったipRGCは前述したように460.480nmのブルーライトに最も感受性の高い光受容体だったのだ(図2)6,7).この波長領域はまさにブルーライトLEDと偶然にも一致しており,これが一つの大きな問題となっている.この光受容体から入ったシグナルは“見る”ために後頭葉の視覚野には行かず,直接的にサーカディアンリズムを司るsuprachiasmaticnucleus(視交叉上核:SCN)に入る.すなわち昼間の空のブルーライトがSCNを刺激し,夜はSCNを刺激しないことがサーカディアンリズムの基本リズムを作っているのだ(図3)8).光がサーカディアンリズムを作るといってもこのようにブルーライトが基本であり,緑や赤の光ではその影響が少ないことがわかっている.さて,サーカディアンリズムに加えて眼への直接的な影響もブルーライトは大きい.まず第一に,ブルーライトは「散乱しやすい光」であること.そして「高エネルギー」であることの2点が考えられる.散乱しやすい光ということは像がぼやけやすく,そのために眼が常に調節しようと働いてしまうことで調節機能に負荷がかかり,眼が疲れるのではないかと考えられる.実際にブルーライトが存在すると散乱が増加し,実用視力が低下す(6)太陽光の分光分布400500600700波長(nm)短い長い紫外赤外放射眼に見える光(可視光)放射一般的な白色LEDの分光分布400500600700青色が強い波長(nm)図2太陽光の波長分布と一般的な白色LEDの波長分布上:太陽光の波長分布.カメラとして眼が使う光波長と一致する.下:一般的な白色LEDの波長分布.時計としての眼が使う波長領域と一致する.る研究も進みつつある.高エネルギーの点については,ブルーライトが紫外線とは別に網膜に障害を与えることが動物実験で確認された9).これらはあくまで動物実験で,短時間に強い光をあてた結果であるが,われわれ人間も,毎日PC画面やスマートフォンの画面を見続けていたらどうなるだろうか?網膜の酸化をしっかりプロテクトしていく抗酸化力を上げること,すなわち運動や栄養素摂取などを考えていくことが大事だと思われる.網膜の黄斑部はルテインやゼアキサンチンといった青色光を吸収し高い抗酸化力を持った成分が存在している10).超高齢社会においては80年,100年と網膜に光障害が蓄積する可能性もあり,長い時間を考慮すればブルーライトの影響も無視できないものといえるだろう.さらに日本では成人の亜鉛不足が指摘されているが,亜鉛が活性中心にあるSOD(スーパーオキシドジスムターゼ)1のKO(ノックアウト)マウスに通常の光をあてると網膜障害が起こることを筆者らは見いだしており11),網膜の保護力を上げることも重要かもしれない.このあたりは今後しっかりと検証していく必要があると考え筆者らはブルーライトを測定する器械を開発して研究を始めている12).すべての結果が出るのを待つまでの間にその影響は蓄積されてしまうので早めに臨床的には注意をしていくことが必要と思われる.(7)第3の視細胞視交叉上核サーカディアンリズムブルーライト図3サーカディアンリズムの基本型ブルーライトによって第3の視細胞であるipRGCが刺激され,視交叉上核へシグナルが伝わる.これによってサーカディアンリズムが決まる.Vブルーライト問題の解決に向かってサーカディアンリズムの乱れから自分たちを護るプロジェクトはすぐにでも始めたい.昼はブルーライトを思い切り浴びる.外で遊ぶ.外を歩く.外でジョギングする.そして夜になったらLED電球は極力使わず,コンピュータやスマートフォンを使う場合はPCメガネなどブルーライトをカットするメガネを使う.しかし一番いいのは夜はコンピュータをやらないこと.スマートフォンをやらないこと.夜間はなるべくブルーライトを眼に入れずにサーカディアンリズムをしっかり保つことだ.また白内障の視力障害は超音波乳化吸引術によって安全に治療できる時代になってきたが,従来はあくまでカメラとしての眼を治療するというスタンスであった.核白内障が進むと,視力は出ていてもブルーライトの透過率は極端に低下することがわかっており,高齢者の睡眠障害の一部は昼間のブルーライト曝露が足りないためとも推測される.実際筆者らは白内障手術によって睡眠が改善され,歩行速度が増加することを報告した13).これは時計としての眼を治療するという新しい概念を提唱するもので,これから眼科医にとっても重要な領域になってくると考える.現代社会において,夜間の生活を完全にやめられないことは明らかであるし,タイムシフトワーカーの問題もある.そこで緊急の課題としてこれらのブルーライトLED問題についてどの程度のヘルスハザードが存在するのか,光の質を変えることでシフトワーカー問題を解決することができるのか,どのようにサーカディアンリあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014167ズムを正常化していくべきかなどなど研究を推し進めていく必要性を感じている.同時に網膜障害や,毛様体へのかかわりなど幅広い眼科研究が待たれるところである.文献1)PandaS,ProvencioITuDCetal:Melanopsinisrequiredfornon-image-formingphoticresponsesinblindmice.Science301(5632):525-527,20032)WuL,ReddyAB:Disruptingrhythms:diet-inducedobesityimpairsdiurnalrhythmsinmetabolictissues.Diabetes62:1829-1830,20133)BhattiP,Cushing-HaugenKL,WicklundKGetal:Nightshiftworkandriskofovariancancer.OccupEnvironMed70:231-237,20134)ScheerFA,HiltonMF,MantzorosCSetal:Adversemetabolicandcardiovascularconsequencesofcircadianmisalignment.ProcNatlAcadSciUSA106:4453-4458,20095)RoennebergT,AllebrandtKV,MerrowMetal:Socialjetlagandobesity.CurrBiol22:939-943,20126)MelyanZ,TarttelinEE,BellinghamJetal:Additionofhumanmelanopsinrendersmammaliancellsphotoresponsive.Nature433(7027):741-745,20057)HattarS,LiaoHW,TakaoMetal:Melanopsin-containingretinalganglioncells:architecture,projections,andintrinsicphotosensitivity.Science295(5557):1065-1070,20028)SextonT,BuhrE,VanGelderRN:Melanopsinandmechanismsofnon-visualocularphotoreception.JBiolChem287:1649-1656,20129)NarimatsuT,OzawaY,MiyakeSetal:Biologicaleffectsofblockingblueandothervisiblelightonthemouseretina.ClinExperimentOphthalmol2013,12253.[Epubaheadofprint]10)SasakiM,YukiK,KuriharaTetal:Biologicalroleofluteininthelight-inducedretinaldegeneration.JNutrBiochem23:423-429,201211)ImamuraY,NodaS,HashizumeKetal:Drusen,choroidalneovascularization,andretinalpigmentepitheliumdysfunctioninSOD1-deficientmice:amodelofage-relatedmaculardegeneration.ProcNatlAcadSciUSA103:11282-11287,200612)EtoN,TsubotaK,TanakaTetal:Developmentofamonitorforquantifyingpersonaleyeexposuretovisibleandultravioletradiationanditsapplicationinepidemiologicaluse.日本衛生学雑誌,2012-MS13)AyakiM,MuramatsuM,NegishiKetal:Improvementsinsleepqualityandgaitspeedaftercataractsurgery.RejuvenationRes16:35-42,2013168あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(8)