監修=坂本泰二◆シリーズ第155回◆眼科医のための先端医療山下英俊点眼と視機能:毎回の点眼が見え方に与える影響は?高静花(大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室)はじめに点眼薬は眼科治療においてなくてはならないものであり,それぞれのエビデンスある治療効果を眼科医も患者も期待しています.一般に周術期あるいは感染症治療などでは,点眼薬は一定期間のみ使われますが,ドライアイや緑内障などの慢性疾患においては,点眼薬は1日に数回,毎日,長年にわたって用いるものです.そうなると,「疾患を治し(悪化させず),良好な見え方を保つ長期効果」だけでなく,毎回の点眼による「見え方」への影響も気になるところです.ドライアイにおける点眼と見え方ドライアイにおいて点眼治療は,自覚症状の軽減,涙液安定性の改善,角結膜上皮障害の改善,および眼表面の保護という目的で行われます.ひとたび点眼薬を目に入れると涙液安定性が一時的にもたらされて視機能の向上が得られるようなイメージがありますが,逆に涙液量の増加,分布の不均一により一時的な霧視を自覚するイメージもあります.また,点眼薬そのものの性状による影響も考えられます.点眼が視機能に及ぼす影響については,角膜トポグラファー,コントラスト感度の測定,波面センサーなどを用いて客観的な評価を行うことが可能であり,正常眼やドライアイにおいて1回の点眼が視機能に及ぼす影響を調べたものはこれまでにもさまざまな報告がなされています.ドライアイの重症度,用いた点眼薬,測定のタイミングなどがみな異なるため一律に比較するのはむずかしいのですが,1回の点眼で視機能の改善がみられるという一方で,点眼前後では変わらない,あるいはむしろ悪化するといわれており,結果はさまざまです.ドライアイ点眼が高次収差,散乱に及ぼす影響今現在,日本でドライアイ治療として用いられている(83)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYもののなかで,0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼は粘度が著明に高く,また懸濁液であるレバミピド点眼は濁度が著明に高く,実際にそれらを点眼したときに「見えにくさ」を訴えることは日常外来でも経験されます1.4).一般に,眼の光学的特性の影響を与えるものとしては収差,散乱,回折,反射があげられますが,眼表面,角膜疾患において光学的に大きく影響しうるものは,前者2つ,すなわち不正乱視による収差(高次収差)と混濁による散乱があげられます.筆者らは,各種ドライアイ点眼が高次収差および前方散乱に及ぼす影響の定量評価を行いました5).高次収差は従来の視力検査では検出できない不正乱視,また前方散乱は眼内に入る光の散乱を数値として表したものです.ドライアイのない正常眼においては,0.3%ヒアルロン酸ナトリウムの点眼直後に著明に高次収差が増加しましたが,点眼5分後には点眼前の状態に戻りました.ジクアホソルナトリウム点眼,レバミピド点眼の点眼直後でも点眼前に比べると高次収差は増加しましたが,高次収差の変化量は0.3%ヒアルロン酸ナトリウムが他の2剤に比べて有意に大きくなっていました(図1).また,レバミピド点眼の点眼直後では著明に前方散乱が増加しましたが,他の薬剤では点眼による前方散乱の変化は認められませんでした(図2).レバミピドは懸濁液で白濁しており,これが涙液と混ざって眼表面上に存在すると前方散乱が引き起こされ,その結果,視機能の低下が起きたと考えられます.一方,0.3%ヒアルロン酸ナトリ眼球高次収差(μm)0.3%ヒアルロン酸ナトリウムジクアホソルナトリウムレバミピド防腐剤無添加人工涙液0.400.350.300.250.200.150.100.050.00p<0.001p=0.036p=0.003p<0.001p<0.001p<0.001点眼前点眼1分後点眼5分後点眼10分後時間図1点眼後の眼球高次収差の変化の経過縦軸は眼球高次収差,横軸は時間を示す.0.3%ヒアルロン酸ナトリウムの点眼直後で著明な増加が認めるが,5分後には点眼前の値に回復している.(文献5より改変)あたらしい眼科Vol.30,No.11,201315750.3%ヒアルロン酸ナトリウム1.61.41.21.00.80.60.4ジクアホソルナトリウムレバミピド防腐剤無添加人工涙液p<0.001p<0.001p<0.001p<0.001Straylightlog[s]点眼前点眼1分後点眼5分後点眼10分後時間図2点眼後の前方散乱の変化の経過縦軸は前方散乱の指標であるStraylight,横軸は時間を示す.レバミピドの点眼直後で著明な増加が認めるが,5分後には点眼前の値に回復している.(文献5より改変)ウムはほかの点眼薬に比べると粘度が40倍程度高く,点眼後,一時的に涙液層の分布が不均一になることにより高次収差が増大したと考えられます.このことより,少なくとも正常眼では,ドライアイ点眼はいずれも異なるメカニズムで一過性に視機能に影響を与えると考えられます.しかし,涙液動態の異なるドライアイでは,また違った結果が得られるのかもしれません.緑内障点眼が高次収差,散乱に及ぼす影響多数ある緑内障点眼薬のなかでも,ゲル化点眼は粘度が著明に高く,また懸濁液であるブリンゾラミド点眼は濁度が著明に高く,いずれも点眼後の「見えにくさ」を訴えることは日常外来でも経験されます.これらの視機能低下についても,コントラスト感度,高次収差,後方散乱の測定を行い定量評価を行った研究が知られています6).両点眼薬とも点眼2分後のコントラスト感度の低下,点眼2分,5分後における高次収差の増加がみられ,またブリンゾラミドのみ2分後に後方散乱が有意に増加すると報告されています.おわりに高次収差,散乱の測定によって定量的に評価できた「点眼による見えにくさ」は,点眼がqualityofvision(QOV)に与える影響を表しますが,生涯にわたって点眼治療が必要な患者にとっては,qualityoflife(QOL)の一部にあたるといえるでしょう.点眼を処方するときに,その薬剤の主たる治療効果はもちろん最優先ですが,慢性の眼科疾患においては毎回の点眼がQOV,QOLにも影響をもたらすという視点をもってもいいのかもしれません.文献1)RidderWH3rd,LaMotteJ,HallJQJretal:Contrastsensitivityandtearlayeraberrometryindryeyepatients.OptomVisSci86:1059-1068,20092)BergerJS,HeadKR,SalmonTO:Comparisonoftwoartificialtearformulationsusingaberrometry.ClinExpOptom92:206-211,20093)IshiokaM,KatoN,TakanoYetal:Thequantitativedetectionofblurringofvisionaftereyedropinstillationusingafunctionalvisualacuitysystem.ActaOphthalmol87:574-575,20094)KohS,InoueY,SugimotoTetal:Effectofrebamipideophthalmicsuspensiononopticalqualityintheshortbreak-uptimetypeofdryeye.Cornea32:1219-1223,20135)KohS,MaedaN,IkedaCetal:Effectofinstillationofeyedropsfordryeyeonopticalquality.InvestOphthalmolVisSci54:4927-4933,20136)HiraokaT,DaitoM,OkamotoFetal:Contrastsensitivityandopticalqualityoftheeyeafterinstillationoftimololmaleategel-formingsolutionandbrinzolamideophthalmicsuspension.Ophthalmology117:2080-2087,2010■「点眼と視機能:毎回の点眼が見え方に与える影響は?」を読んで■過去20年間にわたり,眼科臨床における多くの症判定されるには,自覚症状の改善という主観的評価状が定量化されてきました.現在,抗血管内皮増殖因と,客観的な改善という評価が揃うことが不可欠で子(VEGF)薬が,網膜疾患の治療を一変させつつあす.以前から,視力という主観的な評価は可能でしります.この薬が,眼科臨床に導入されるプロセスにた.しかし,従来の眼底像や蛍光眼底検査というファは,光干渉断層計(OCT)による網膜厚の「定量化」ジーな評価では,再現性の高い客観的評価は不可能でが大きな役割を果たしました.一般に,治療が有効とした.ところが,抗VEGF薬の臨床評価計画が立て1576あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(84)られたのとほぼ時を同じくしてOCTが臨床に導入さのように,再現性の高い定量化が可能になると,点眼れたために,抗VEGF薬の効果を客観的に評価する後の目のかすみというファジーな症状が,客観的現象ことが可能になったのです.OCTがなければ,抗として描出されます.そうなれば,問題点の把握も容VEGF薬の認可はずっと時間がかかったといわれる易になりますし,その解決も可能となります.のはそのためです.つまり,OCTによる「定量化」抗VEGF薬が臨床に導入されて,治療法が一変しが新しい眼科治療学の領域を開拓したことになったのたと先ほど書きましたが,現在はつぎの段階に移ってです.きています.抗VEGF薬が広く使われるようになる今回,高先生が解説された点眼後の視機能の「定量と,その効果の差がわかってきて,遺伝子の問題,さ化」は,上記を想起させる研究です.点眼後しばらくらなる病型の問題,免疫学の問題など,学問としても目がかすむというのは,ある意味当たり前のことです大きく広がりつつあります.点眼後の視機能の定量化が,患者さんの身になれば,笑ってすまされる問題でも,新たな学問の領域を広げる大きな可能性をもったはありません.しかし,患者さんの主観的判断では,研究です.具体的に点眼薬のどの因子によって引き起こされるか鹿児島大学眼科坂本泰二は解析不可能であり,解決法も期待できません.今回☆☆☆(85)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131577