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写真:水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による虹彩毛様体炎

2013年9月30日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦352.水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による戸所大輔群馬大学大学院医学系研究科虹彩毛様体炎病態循環再生学講座眼科学分野①②③図2図1のシェーマ①:瞳孔にノッチ状の不整がみられる.②:著明な角膜後面沈着物.③:毛様充血.図1水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による虹彩毛様体炎(72歳,男性)皮疹を伴わず,片眼性の充血と眼痛で発症したVZVによる虹彩毛様体炎.強い炎症,高眼圧,瞳孔の不整を認め,zostersineherpeteを強く疑った.写真はミドリンPR点眼後.図3角膜後面沈着物(図1と同一症例)角膜後面に多数の沈着物を認める.角膜上皮には偽樹枝状病変を認めない.図4分節状虹彩萎縮(図1の症例の2カ月後)消炎後,虹彩色素脱失を伴う分節状の虹彩萎縮を残した.角膜内皮細胞密度の減少はみられなかった.(53)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312530910-1810/13/\100/頁/JCOPY 水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)はヘルペス属ウイルスの一つで,初感染時に水痘(varicella)を起こし再活性化により帯状疱疹(herpeszoster)を起こす.眼部帯状疱疹に伴って片眼性の肉芽腫性虹彩毛様体炎や偽樹枝状角膜炎を発症することがあるため,皮膚科からの紹介で眼科を受診するのが日常診療において最もよくあるパターンであると思われる.典型的な皮疹を伴う場合は,診断も容易であるし抗ウイルス薬の全身投与もすでになされていることが多いため,眼局所に対する点眼治療のみで改善することが多い.しかし,帯状疱疹の皮疹の程度はさまざまであり,皮疹が軽微であったり皮疹を伴わない場合,皮膚科を経由せず眼科を受診する.このような場合は,眼所見の特徴からVZVの関与を疑う必要がある.VZVによる虹彩毛様体炎では角膜後面沈着物を伴う強い炎症所見(図1,3),高眼圧,角膜知覚の著明な低下,分節状の虹彩萎縮を伴いやすいという特徴がある.VZV以外に単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)やサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)も虹彩毛様体炎を起こすが,VZVによるものは最も炎症所見が強い.CMVでは角膜内皮細胞密度の低下が著明で,分節状虹彩萎縮はまれである.片眼性の肉芽腫性虹彩毛様体炎をみた場合,皮疹の有無,瞳孔不整の有無,角膜内皮細胞密度,角膜知覚に着目すべきである.今回の症例では高眼圧を伴う片眼の肉芽腫性虹彩毛様体炎があり,ステロイド薬点眼に反応しないため近医より紹介された.初診時,皮疹を伴わなかったが,瞳孔にノッチ状の不整がみられた(図1)ため,VZVによる虹彩毛様体炎を強く疑った.診断確定のために前房水を採取しヘルペス属ウイルスに対するPCR(polymerasechainreaction)検査を行ったところVZVDNAが陽性であり,VZVによる虹彩毛様体炎と診断した.バラシクロビル1,500mg内服を行い,約3週間で消炎および眼圧下降が得られた.初診時にみられた瞳孔のノッチに一致した部位に脱色素を伴う分節状の虹彩萎縮を残し,治癒した(図4).本症例では,VZVによる虹彩毛様体炎を認めるものの典型的皮疹がなく,いわゆるzostersineherpete(無疱疹性帯状疱疹)とよばれる病態であった1,2).バラシクロビル内服が有効だが,一般に抗ウイルス薬には抗菌薬のような即効性がないため,効果の発現には1.2週間を要することに注意したい.文献1)YamamotoS,TadaR,ShimomuraYetal:Detectingvaricella-zostervirusDNAiniridocyclitisusingpolymerasechainreaction:acaseofzostersineherpete.ArchOphthalmol113:1358-1359,19952)NakamuraM,TanabeM,YamadaYetal:Zostersineherpetewithbilateralocularinvolvement.AmJOphthalmol129:809-810,20001254あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(00)

時の人

2013年9月30日 月曜日

人人の時新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)・教授ふくちたけお福地健郎先生新潟大学眼科は明治43(1910)年に新潟大学眼科医学専門学校が創立され,眼科学講座の設置が定められた時をもってその嚆矢とする.2010年には新潟大学医学部とともに眼科も100周年を迎えた.新潟大学眼科は代々,緑内障をメインテーマとし,その歴史は第二代熊谷直樹教授まで遡る.そして,第四代岩田和雄教授,第五代阿部春樹教授(いずれも現・名誉教授)の後任として2012年11月,福地健郎先生が第六代教授に就任された.同眼科は現在,緑内障,網膜・硝子体,角膜・ぶどう膜・感染症,神経眼科・小児眼科(斜視・弱視),腫瘍・形成,ロービジョンの専門外来を持ち,地方の眼科医療にとっての重要な拠点として,専門である緑内障以外の領域に関しても,一線の眼科医療レベルを維持,確保することが一つの使命となっている.今回の教授就任に伴い教室のスタッフも一新され,「それぞれが責任ある立場でレベルアップをし,よりよい眼科医療を提供できるようになってくれること」を先生は期待しておられる.*福地先生は昭和35(1960)年新潟市に生まれ,お父上のご実家が静岡県熱海市にあった関係から,小学校3年から約10年間は太平洋側で過ごされた.静岡県立沼津東高等学校を経て,昭和60(1985)年に新潟大学を卒業し眼科に入局,岩田和雄教授の下で研修を開始,さらに澤口昭一先生(現・琉球大学教授)の指導の下,緑内障の基礎研究に従事されることになった.岩田教授の当時の研究テーマは「緑内障における視神経障害のメカニズムの解明」で,視神経乳頭の組織学的,組織化学的研究が福地先生の緑内障研究のスタートになった.その後,シカゴ・イリノイ大学に留学され,BeatriceYue教授の指導を受け生化学,分子生物学的研究の経験を積まれた.留学から復帰後(阿部教授に代替わり),特に澤口先生が転出されて以降は,緑内障臨床チームの外来・病棟診療に当たってこられた.緑内障専門医としてのキャリアは主に基礎研究から始められたが,岩田教授の緑内障研究のためには臨床のトレーニングも必要との方針から,大学院時代から緑内障外来を担当された.そして次第に,手術や薬物などの治療研究,視野の長期経過などの臨床観察研究へと,結果的に緑内障に関する広い分野に研究対象を増やすことになり,最近の研究成果では,緑内障眼の視野障害進行速度と眼圧との関係を検討し,眼圧値そのものだけでなく眼圧変動も進行速度に関わることを示された.また,視野とQOL(qualityoflife)の相関を検討し,視野の領域によってQOLへの影響が異なることを示し,視野のパターンからみたテーラーメード治療の必要性について示された.福地先生は「これらの研究のすべての根本は,緑内障患者の視機能予後を改善すること,特に生涯のQOLという観点から考えた場合にどのように管理しどのように治療すべきか,とういう命題である.そのために,病態の分析・理解と,薬物および手術による治療の双方のレベルアップを目指しこれからも緑内障の研究と実践を続けていきたい.」と抱負を述べられ,さらにまた,「岩田教授,阿部教授と引き継がれてきた新潟大学眼科緑内障の伝統を背負うのは大きなプレッシャーですが,私たちは,決して“守る”のではなく,若く能力のある(ただ,まだまだ潜在している)後輩たちとともに新しい伝統を“作る”ために前進あるのみ」との思いを披瀝された.*最後に趣味はクラシック音楽・絵の鑑賞,読書を挙げられた.特にクラシック音楽はお父上の影響もあり,昔からよく聴いており,最近は(その販売の仕方がクラシック音楽業界の衰退の要因になることを危惧されつつ)セット物,ボックス物として廉価で販売されている昔のCDをよく購入(輸入盤で通販)されているとのこと.(51)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312510910-1810/13/\100/頁/JCOPY

医療におけるデジタルデータの取り扱い原則

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1243.1249,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1243.1249,2013医療におけるデジタルデータの取り扱い原則ManagingofDigitalDatainMedicalSystems永田啓*はじめに医療の進歩とともに,人間の生体から情報を得るさまざまな検査が発明され,それを人の手で直接行う方法から,医療機器により行う方法へと進歩した.情報は数値・グラフ・画像・動画といった形で発生し,表示され,記録される.記録は,手書きから,医療機器によるアナログ出力や画面を撮影した写真(フィルムやポラロイド)といった形で処理されていたが,コンピュータテクノロジーの発達とともに,次第にデジタル化されるようになった.2013年現在では,大部分の機器の出力はデジタル化を経たデータとなっている.情報のデジタル化は飛躍的に情報の扱い方を進歩させたが,デジタル化されたデータには,それまでのアナログデータとは違った問題点も生じている.本稿では,そうしたデジタルデータの取り扱いに関して考えてみたい.IIT化=デジタル化IT(InformationTechnology)化・ICT(InformationandCommunicationTechnology)化はここ40年で画期的に進み,誰もがあたりまえにコンピュータ機器やネットワークを使う時代となっている.コンピュータ・スマートフォン・タブレットといったさまざまなコンピュータデバイスが日常に入り込み,ごく普通に使われている.テレビをはじめ音響機器からカメラ・ビデオといった映像機器・そして日常に使用する家電まで,あらゆるものがコンピュータ制御となった.ネットワークも一部の科学者や研究者が使っていた時代から,パソコン通信などにより個人が使用できるようになり,今やインターネットはいつでもどこでも誰でも使える環境として世界をつないでいる.あまりにあたりまえになっているので,デジタルということを意識することは少ないが,改めて情報のデジタル化について考えてみよう.図1のようにアナログデータを扱うためには,紙・写真・音・動画といったそれぞれの情報形態ごとに別々に作成するための道具・保存するための道具・見るための道具が必要となる.また,保存するためのスペースと搬送に関わる方法(運輸)が必要である.しかし,データがデジタル化することで,図2のようにすべての情報形態がコンピュータのデータファイルとして,コンピュータとネットワークにより,同じ方法で扱うことができるようになった.IT化というのは,まさに情報のデジタル化ということに他ならない.デジタル化することで,文字であろうが写真であろうが音声であろうが動画であろうが,コンピュータという共通の道具で作成・保存・利用が可能となり,ネットワークという形で搬送が物量や運送時間といったものから解放され,飛躍的に情報流通が発展することとなった.さらにアナログでは,紙は劣化するし,フィルムや焼き付けた写真も劣化してゆく.過去のデータは劣化するため,そのデータが発生したときの新鮮さは失われ,情*SatoruNagata:滋賀医科大学医療情報部〔別刷請求先〕永田啓:〒520-2192大津市瀬田月輪町滋賀医科大学医療情報部0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(43)1243 作成保存作成保存報が欠落してゆく.レコードはすり減って音が悪くなるし,ビデオテープで撮影した手術ビデオは経年変化で劣化する.リバーサルフィルムで撮影した眼底写真は色あせてしまう.また,アナログでは複製したものは,元のものよりは情報が欠落し,同じものは完全には複製できない.しかし,コンピュータが普及し,さまざまな情報がデジタル化され,情報をまったく同じ状態で複製することが可能となった.デジタルデータは劣化せず,データが発生したときのままの状態で保存が可能となった.こうした情報の劣化がない状態では,情報はそのままの形で永久に保存可能で,使用も可能であると思われていた.IIデジタルデータの取り扱いにおける注意点データのデジタル化によるメリットはこのように明らかであるが,データがデジタル化したことによる問題はまったくないのだろうか.デジタルデータは劣化しないことから保存期間は飛躍的に向上したのだろうか.1244あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013作成保存図2デジタル情報の扱い図1と比較して,デジタル情報はコンピュータとネットワークという共通のしくみで,文章も図も写真も動画も同じコンピュータファイルとして扱うことができる.1.メディアの変遷医療の現場では,大型コンピュータの時代から新しい技術としてコンピュータが導入されはじめたが,1970年代後半にパーソナルコンピュータが発明されたころから,積極的な利用が本格化した.当時のコンピュータは医療機器の制御を行ったり,データを処理したりといった組み込み型で使われることが多く,デジタルデータは磁気テープに記録されるのが普通であった.大型コンピュータやワークステーションではオープンリールのテープが使われ,パーソナルコンピュータではカセットテープが使われた.それ以来,データを記録しておくメディアは図3のように,フロッピーディスク・CD・MO・DVD・ハードディスクなどディスクメディアやメモリーカード・SSD(SolidStateDrive)といったスタティックメディアなど,さまざまなものが発明され,使われ,そして消えていった.そのなかで比較的長い寿命を保っていたのは,フロッピーディスク・CD・SDカード類であるが,フロッピ(44)図1アナログ情報の扱いアナログ情報だと文章・図・写真・動画といったメディアごとにそれぞれ作るための道具,保存するための道具,見るための道具が必要となる.また,保存にはスペースが必要だし,運ぶためにもトラックなど搬送手段が必要となる. 図3さまざまな外部記憶メディア過去さまざまな外部記憶メディアが生まれ消えていった.生き残っているものはそう多くない.ーディスクも生産がほぼ終了し,CDをはじめとするディスクメディアを扱うドライブも,最新のコンピュータには標準で搭載されなくなった.メディアが変遷するということは,過去のデジタルデータを保存したメディアが「読めなく」なるとういうことである.2.OSの変遷・CPUの変遷・アプリケーションの変遷コンピュータは図4のようにハードウェアとOS(OperatingSystem)そしてその上で動くアプリケーションによって構成される.メディア以外にも,コンピュータのOS・CPU(中央演算装置)・アプリケーションの変化も問題となる.ハードウェアファームウェアOSアプリケーションソフトウェア図4コンピュータの基本的構成ハードウェアの上に,基本的な機能をもつファームウェアとOSがあり,ユーザーはOSとその上のアプリケーションを使用する.パーソナルコンピュータが私たちの手に入るようになった1970年代後半では,コンピュータのハードウェアは非力で,当時はまだ日本語をパーソナルコンピュータで自由に扱える状況ではなかった.パソコンのOSも非力で,グラフィック性能もきわめて低い状態であった.(45)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131245 図5WindowsRの変化パーソナルコンピュータのOSであるWindowsRもこれだけ変化している.変化するたびに,操作性やデータの互換性などが変化してしまう.当時のデジタルデータは,現在ではそのままでは読めないものが多い.その後,日本語を扱えるOSの登場や,ディスプレイのカラー化・高解像度化などが起こり,パーソナルコンピュータは現在の形に近づいてきた.たとえば,パソコンOSのWindowsRは図5のようにWindowsR1.0から現在のWindowsR8に至るまで,何度もバージョンアップを繰り返してきた.WindowsRは比較的,以前のOSとの互換性をもつほうではあるが,それでも,OSの変化に伴い,過去のデータが読めなくなったり,過去のアプリケーションが動かないといった事態はよく発生する.OSはCPUなどコンピュータのハードウェアに依存するため,ハードウェアが進化することで,それに対応して変化せざるをえない.最新のコンピュータでは,以前のOSは動かせないといった事態が生じるのはこのためである.アプリケーションはOSに依存するので,OSの変化によりアプリケーションもバージョンアップが必要となる.OSやアプリケーションの変化で,過去のデータがうまく扱えなくなる状況も生じている.昔,学会で行った講演のプレゼンテーションファイルを現在のコンピュータでひさしぶりに開こうとすると,アプリケーションが昔のファイル形式をサポートしておらず,データがあるにもかかわらず,そのファイルの中身が見られないといったことも起こっている.3.メディアやコンピュータの変遷にどう対応するか?メディアの変遷は今後も起こるので,本当に残していかなければならないデータは,メディアの変化に応じ1246あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(46) て,新しいメディアにコピーしなおして,「読める」状態を確保する必要がある.特に貴重な医療データを残す場合には,こうしたメディアの変遷に対して常に注意を払って対処しておく必要がある.また,OSやアプリケーションの変化に対応するためには,ファイル形式をできるだけ標準的なものにしておくか,OSやアプリケーションのバージョンアップに合わせてこまめにファイル形式を最新のものに変更しておくといった工夫が必要である.最近は仮想(バーチャル)環境をコンピュータ上に構築して古いOSをそのバーチャル環境で動かすことも可能になっているが,古いOSはサポートが打ち切られているため,OS自体の不具合やコンピュータウイルスへの対処ができない,といった問題が生じるため,専門家による管理が必要となる.現在,ファイル形式としてOSやメディアの変化に比較的耐えてきたものは,単純なテキストファイル,画像であればJPEG(JointPhotographicExpressGroup),文章やレイアウトであればPDF(PortableDocumentFormat)といったものである.医療情報においては,標準化が次第に行われているが,標準化にあたってのデジタルデータ形式は,できるだけ継続性を保つために,XML(ExtensibleMarkupLanguage)やHTML(HyperTextMarkupLanguage)5など,中身はテキストファイルで構成されたデータ形式がよく使われる.画像データは放射線画像からはじまったDICOM(DigitalImagingandCommunicationinMedicine)などを使用する方向にあるが,多くの医療現場ではデファクトスタンダードとなったJPEG形式の画像がたくさん使われている.DICOMは最初,可逆圧縮を行う画像フォーマットであったが,最近では中身の画像はJPEGなどのフォーマットでも可能で,画像に撮影日や患者情報といったデータを付加したファイル形式となっている.4.眼科領域の標準化眼科領域での医療情報の標準化も次第に進んでおり,眼科機器からの情報出力における標準化を,日本眼科医療機器協会が日本眼科学会・日本IHE(IntegratingtheHealthcareEnterprise)協会と協力して順次整備してい(47)る.眼科機器からの出力データの共通化は,レフ・ケラトメータ・眼圧計からはじまり,眼底画像出力標準化など,順次眼科機器からの出力の標準化が進められている.IIIカルテとデジタルデータ医療現場で患者から発生するあらゆるデータはカルテに統合されてきた.カルテは紙に記載され,紙カルテをベースとした情報集約が起こり,紙ベースの医療情報システムが作られた.カルテは単純なノートから,さまざまなフォーマットの用紙が考案され,熱計表・検査結果を貼り付ける分類用紙・クリニカルパス用紙・ICU(IntensiveCareUnit,集中治療室)などで使われる詳細な変化や指示を一覧できる用紙など,さまざまな工夫を積み重ね,効率的で一覧性も高いものへと進化した.さまざまな指示を行うための伝票システムも複写伝票などの工夫で,医療現場を効率的にかつ安全に運営するためのノウハウがつまったものとなった.紙カルテの歴史は古く,それに伴って紙カルテに適応される法律も起源は古い.現在でも紙カルテに関しては保存必要年限が5年と定められているのはご存じだろう.1.医療情報システムの導入と変化医療現場に診療・検査機器以外にコンピュータシステムが導入されたのは,図6のように最初はレセプト作成のためであった.そのあと,さまざまな紙伝票とその結果を閲覧するための紙を電子化したオーダリングシステムが導入され,診察室や病棟ステーションといったところにコンピュータが導入された.オーダリングシステムはレセプトシステムと連携して,レセプト作業を軽減したが,逆に医師や看護師への事務負担が増加するといった事態も招くこととなった.オーダリングシステムにおいては,デジタルデータを扱うが,最終結果はプリントアウトされ,紙カルテに綴じ込まれるか張り付けられ,それがカルテとなった.オーダリングシステムはあくまでツールであり,それ自体はカルテではなかった.このため,オーダリングシステムが故障しても,医療あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131247 図6大規模汎用型医療情報システムの進歩日本の大規模汎用型医療情報システムは,レセプトからはじまり,オーダリングシステム,電子カルテへと進化した.ICUのシステムのようにME機器とより結びついたシステムへと今後進化してゆく.現場では不便になりはせよ,診療が止まるということはなかった.あくまで紙カルテがカルテの原本であり,それが確保されている限り,どのようなツールを使っても,そのツールがカルテに関する法的制限を受けることはなかった.紙カルテとオーダリングの組み合わせは医療現場に効率性と便利さを実現したため,カルテ記載もコンピュータで行えば,より便利になるという考えが当然起こってくる.こうしてオーダリングシステムをベースに,電子カルテシステムが開発された.電子カルテシステムは,デジタルデータを原本とするため,院内のどこからでもカルテを閲覧・記載でき,院内における情報共有など多くのメリットをもたらしたが,原本をデジタルデータとするため,システムが止まると診療ができない状況になってしまうことが問題となっている.2.紙カルテと電子カルテ紙カルテは前述のように長い歴史をもっており,カルテに関する法律も紙カルテを前提として作られてきた.そして,カルテを運用していくうえでの取り決めや許可も,長い歴史のなかで積み重ねられてきた.厚生労働省は,カルテに関して正確な記載を求め,さまざまな規制を行おうとしたが,過去にすでに許可した事項に関して,新たな規制を加えることは長年の積み重ねがあるためむずかしい状況であった.1999年までは国は電子カルテを認めていなかったが,1248あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013自己責任真正性見読性保存性from著しく1999自由度が下がるオーダリングではできたのに…図7電子カルテの法的な問題それぞれの医療機関が自己責任で真正性・見読性・保存性を保証する必要がある.オーダリングは法的拘束を受けないが,電子カルテは受ける.「法令に保存義務が規定されている診療録及び診療諸記録の電子媒体による保存に関するガイドライン」として,電子カルテを「容認する」立場となった1).ガイドラインで定められたのは,図7に示すように,個々の病院の自己責任のもと,真正性・見読性・保存性を確保したうえで電子カルテをカルテ原本として認めるという内容である.また,そのとき以来,電子カルテは紙カルテとは違う新しいものである,という扱いを行ってきた2).真正性とは誰が記載したかを保証するものであり,見読性とはいつでもカルテ使用者が容易に肉眼で読める状態を保証することである.保存性とは真正性を保ち見読可能な状態で改変されない状態で保存することを保証することである.現在,電子カルテの保存期間に関する明確な取り決めはないが,紙カルテのように5年で破棄することは認められておらず,このため,現状では電子カルテは永久保存となっている.厚生労働省は紙カルテでは実現できなかった,きっちりとしたカルテ運用・内容管理を行いたいと考えており,それに従って,電子カルテに関して,紙カルテとは違う取り決めを行いはじめている.また,法律は紙カルテを前提として作られているため,法曹界では電子カルテの扱いに関して,当分の間は電子データそのものではなく,プリントアウトした電子カルテの内容をもって裁判を行うとしている.オーダリングを中心とした医療情報システムは,医師や看護師が中心に使うオーダリングシステムと検査・薬剤・放射線・手術・材料・内視鏡・ICUなどのサブシ(48) 見かけは同じでも,中身は違う訴え訴え診断治療思考過程電子カルテ治療診断現在のシステムは,医療行為の一部を担うオーダーと結果参照がメイン思考過程カルテ上に展開電子カルテは,医療・看護行為のすべてが,思考過程を含めて,含まれる図8オーダリングシステムと電子カルテシステムの違いオーダリングでは紙カルテが原本なので,システムが止まっても診療は可能であるが,電子カルテだと原本が電子データなので,システムが止まると診療ができなくなる.ステムが連携して構成されている.当然,電子カルテを中心とした医療情報システムも,医師や看護師が中心に使う電子カルテシステムと検査・薬剤・放射線・手術・材料・内視鏡・ICUなどのサブシステムが連携して構成される.図8に示すように,紙カルテを原本とするオーダリングシステムと電子データを原本とする電子カルテシステムは,見かけは同じでも意味合いがまったく違うことを意識しておく必要がある.多くの病院では,サブシステムを含む医療情報システム全体を電子カルテと定義している.その場合,検査・薬剤といったサブシステムに対しても真正性・見読性・保存性を保証する必要が出てくる.検査システムを例にとると,従来のオーダリングシステムでは,検査結果をプリントアウトしたあとは,そのプリントアウトが原本であり,紙カルテに貼り付けられるので,その後はデータを何年か後に消してもまったく問題はなかった.しかし,電子カルテシステムとした場合には,検査システムのなかのデータが原本であり,それを現状では永久保存しなければならないことになる.このため,病院で電子カルテシステムを導入する場合には,どのデジタルデータが電子カルテとしての原本保証を行うものであり,それがどのシステム上にあるものであるかを厳密に規定しておく必要がある.そうでなければ,サブシステムを入れ替えたり,そのサブシステム(49)のもつデータを部門の考えで消去できなくなる可能性があり注意が必要である.3.電子カルテと眼科システム眼科システムにおいても,どのデータを電子カルテの原本として扱うかを考えておく必要がある.たとえば,眼底写真をすべて電子カルテの原本と考えると,瞬目やピント不良など撮影に失敗したデータもすべて残す必要が出てくる.紙カルテのときに,リバーサルフィルムで撮影した眼底写真は,カルテの原本としてすべて残されているだろうか.診療根拠・治療根拠としてのカルテ原本保証といった概念が次第に強くなる現状で,こうしたことを意識しておく必要がある.紙カルテと電子カルテは違うものであることを,自覚してほしい.また,電子カルテの要件を厳密に保証するためには,それに対応したデータベース設定やシステム設計が必要であるが,それを実現しているのは,複数診療科が使用する大規模な電子カルテシステムが大部分である.サブシステムや小規模システムにはこの要件は荷が重い.眼科システムでは,それ自体が電子カルテとして原本保証を行うのではなく,必要なデータやカルテ記載を電子カルテシステムに送り,送ったデジタルデータを原本とする形をとる方法が良いと考える.それにより,眼科システムでは厳密な原本保証を行わずに自由度を上げるとともに,眼科としてのカルテの原本保証を実現することが可能となる.おわりに一人の人間から発生するデータは,日々増加し,指数関数的に増加する.今後もこの傾向は変わらない.デジタル眼科として,デジタルデータをどのように扱うか,また,電子カルテと原本保証をどのようにするかを,きっちりと考えることが重要である.文献1)医療情報システムの安全管理に関するガイドライン.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0202-4a.pdf2)e-文書法と厚生労働省の所管する法令に基づく書面に関して.http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/03/tp0328-1a.htmlあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131249

文献検索:“Papers”を用いた文献管理と論文執筆への応用

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1239.1242,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1239.1242,2013文献検索:“Papers”を用いた文献管理と論文執筆への応用ManagingBibliographywith‘Papers’Application吉村武*はじめに過去の文献の検索は,Medlineで雑誌・年代・ページ数を検索し,図書館へ行き冊子をめくり,コピーをしてくるというやり方が一般的であった.現在はPubmed(www.pubmed.gov)でキーワード検索を行い,フルテキストのPDF(PortableDocumentFormat)ファイルをダウンロードできるようになった.所属の大学や施設の図書館で契約している雑誌がある場合,フルテキストは大学のネットワーク経由で取り込むことができるが,出版から一定期間経過した論文は無料で配布されていることも多い.また,公共科学図書館(PublicLibraryofScience:PLOS)のように,オープンアクセス(無料)の論文も増えてきている.本稿では,筆者が現在行っている文献検索の方法・論文執筆時の参考文献の挿入などについて概説する.I論文の重要度による文献検索Pubmedでは年代順に検索することがほとんどであるが,重要度が高い,つまり引用回数の多い順番で検索することも有用である.GoogleScholar(www.scholar.google.com)を利用すると,「引用の順番」に論文を並べることができる.図1aに示すとおり,Pubmedを経由せずPDFをダウンロードすることも可能である.図1aの“cytedby**”をクリックし,引用件数を用いる「孫引き」をしていくことで,現在の自分のテーマのなかで重要とされる文献(価値がある文献)が明らかとなってくることが多い.II文献管理に関する考え方の変遷以上のようにして論文をPDF媒体として集められるようになり,フォルダにまとめて管理するようになった.「研究テーマ別」・「著者」・「年代」などの階層ファイルを作れるかもしれない.しかし,いざ使う場合にどこのフォルダにしまったのかわからなくなり,印刷して付箋を付けてリングファイルで管理したほうが良いかもという事態になってしまう.これを音楽に置き換えてみたい.昔は曲一つひとつをCDからMD(さらに昔はカセットテープ)に録音し,ケースに曲名などを綴り持ち出していた.いまでは,コンピュータ上でiTunes(Apple社)というアプリケーションを使い,CDやインターネット経由で購入する音楽ファイルはmp3の形式でハードディスク上に保存,聴きたい曲をクリックすると再生し音楽を聴くことが主流となっている(曲ごとの情報はインターネット経由で取得される).集めた音楽ライブラリーは,iPodに入れてかなり多くの曲を外に持ち出せる.iPhoneはiPodと携帯電話が融合した器械であり,世界中で大きなシェアを得ている.このような技術革新で音楽の聴き方は短期間で根本から変革した.また,最近は音楽ライブラリーそのものをクラウド注1上に保存し,iPhoneの3g電話回線経由でも聴きたい曲を再生できるようになった.*TakeruYoshimura:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕吉村武:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(39)1239 a.b.‘引用回数’の順番図1GoogleScholarの外観(説明は本文参照)文献管理も,ちょうど「曲」を「文献」に置き換えて考えられるような状況になっている.III文献管理ソフトPapersの紹介膨大なPDFを管理する場合,活躍するのが「Papers」というアプリケーションである(www.papersapp.com).1995年にオランダのアムステルダム大学の同級生として出会ったAlexanderGriekspoor氏とTomGroothuis氏は,2000年からオランダがん研究所(NetherlandsCancerInstitute:NCI)で大学院生活を始めた.研究の傍ら,検索で増え続けるPDFをなんとかできないものかと2人はソフトウェアの開発をはじめた.「Mek&Tosj」名義で作り上げたPapersという無料アプリケーションは瞬く間に研究者たちの間で話題となり,2004年の米国Apple社からの受賞をはじめ多方面から高評価を受けた.2006年の学位取得後にAlexander氏1240あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013が英国のケンブリッジ大学で研究生活を続ける一方,Tom氏は「Mekentosj」法人を設立しさらにPapersを発展させた.2010年には米国Apple社のiOS部門に組み込まれ,iPhoneやiPad向けのソフトウェアも開発されることとなり,2012年にはドイツSpringerScience+BusinessMedia社の一部門となっている.開発時よりMacintoshRのみの対応であったが,昨年よりWindowsROS上での使用も可能となっている.筆者は大学院生時代の2003年頃から同ソフトウェアの使用を始めたが,ソフトウェアの不具合などは‘Papersforum’内でディスカッションされ,個人的な質問にもすぐにメールで答えてくれていた.事業拡大に伴い,最初は無料であったソフトが今は79ドルとなってしまったが,多くの機能も追加され使い勝手の良いソフトである.また,学生の先生方は,自分の顔と学生証を一緒に撮った写真を送ると40%の割引が受けられることも追記しておきたい.(40) d.d.a.c.b.図2Papersの外観(説明は本文参照)IVPapersの使い方図2にあげるように,外観は音楽ソフトであるiTunesと非常に類似したものとなっている.以下に筆者が日常的に行っている方法を簡潔に記述する.①キーワード検索,PDF取得②Papers内へ保存③PDF情報の取得筆者はPubmedもしくはGoogle,GoogleScholar,医学中央雑誌経由でPDFを一旦デスクトップ上に保存したうえで,Papersソフトウェア上にドラッグ&ドロップでコピーして論文情報を取得するやり方をとっている.Papersもソフト内でウェブブラウザによる検索およびPDF取得ができるので,どちらでも便利である.①の段階でのPDFファイル名はまちまちであるが,②で雑誌名・年代・筆頭著者のフォルダに分けられ一つの大きな“Papers”フォルダにまとめられる(デスクトップ上のPDFは削除する).そして,③Papers内で論文を選択し,“Match”(control+command+M)を行う.これによりアブストラクトを含む論文詳細情報が取得され,以後Papers内の検索が可能となる.また,それぞれ論文のURLに再度アクセスするのも容易である.筆者は“Papers”ライブラリフォルダをクラウドサービスのDropbox注2上に保存し,自宅および医局のコンピュータと同期させている.以上のように文献を蓄積したのち,特に筆者が便利と感じる点を以下にあげる.①全文検索(図2a):Papers保存文献のあらゆるテキストから,指定した単語・文節を拾い上げてくれる.論文執筆時に,「英語での言い回し」などを探すときにも便利である.②スマートコレクション(図2b):アブストラクト・本文・著者・年代など,指定した条件を含む文献を自動的にフォルダとして管理できる.③RecentlyRead,RecentImportのタブ:最近読ん(41)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131241 だ(取り込んだ)論文,つまりまだ印象に残っていとRobertMcGrath氏により設立された.る論文を順番に並べてくれる.両者ともPapersと同じように文献の管理,キーワーViPhone,iPadでのPapersの利用ドサーチができるが,一番の違いはアルゴリズムに基づき,「この文献も読んでみませんか」と推薦論文が出て前述のとおりiOS用にもPapersが開発され,WiFiくることである.(無線LAN)経由でPapersライブラリを共有できるよ筆者はまだ使用経験がないが,いずれもシンプルな外うになった.iPhoneはPDFを読むのに適したサイズで観と操作性を特徴としており,今後この分野でシェアをはないが,iPadは解像度が良くなり十分使用に耐える.拡大する可能性がある.しかし,操作性にはまだ改良の余地があるように思える.おわりにVI参考文献の編集・挿入LPレコードを聴かせてもらったとき,針が降りたあとの間合にどんな格好良い曲が始まるんだろうという期論文執筆の際,参考文献の作成にもPapersは有用で待感があった.ノイズも即興演奏の一部のように聴こえある.Word(またはPages注3)で文章作成中,以下の操たりもした.大事なCDから何度も聴いた音楽は,フレ作を行い文献を挿入する.ーズを現在でも思い出せる.音楽の印象は,周囲の状況①Controlキーをダブルクリックで検索ウィンドウがとともに残るものかもしれない.その一方,過去の音楽立ちあがる(図2c).がアクセスできる範囲に大量にある現在,自分の音楽を②キーワードを入れてPapersライブラリ内に保存し広げるのも容易となった.てある目的の参考文献を検索(図2d).論文も,じっくりと読むにはプリントもしくは雑誌で③文献をダブルクリックした後“insertcitation”を読むほうが印象に残ると思う.従来通り,アンダーライダブルクリックすることで,Word(またはPages)ンを引いたり書き込んだり,また人と議論しながら読んへ挿入される.だ論文は,いまでも印象に残る図や文節も多くある.引用文献を挿入し文章を完成させた後,巻末に参考文本稿のように‘Papers’を用いて文献を管理する現献リストの形で表示するには以下の操作を行う.在,大量の論文から自分の情報を取捨選択する能力がつ①Controlキーをダブルクリック.いていかないことも多くあるが,少なくとも多量の文献②“Selectstyle”で参考文献の形式を選択する.を集め管理し,論文の参考文献リストを作ることができ③“Formatmanuscript”をダブルクリック.るのは有益と感じている.紙面の都合上,詳細なアプリ以上により,簡単に参考文献リストが作成できる.ケーションの操作については別稿にゆずるが,先生方にVII類似のソフトウェアとって便利な文献管理をするきっかけとなれば幸いである.以下に類似のソフトウェアを紹介する.■用語解説■1.Mendeley(http://www.mendeley.com)注1クラウド:コンピュータのデータの格納を,ネット2007年英国ロンドンでLast.fm注4およびワーナーミュージックの元経営陣により設立,多くの研究者を集ワーク経由のサービスとして利用する形態のこと.注2DropBox:www.dropbox.com,オンラインストレージサービス.め開発された.現在Elsevier社に買収されている.注3Pages:Apple社提供の文章作成ソフト.注4Last.fm:2002年イギリスで設立されたオンライン2.ReadCube(http://www.readcube.com)音楽サービス.2007年米国ハーバード大学の学生SinisaHrvatin氏1242あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(42)

手術ビデオ記録・編集

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1233.1238,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1233.1238,2013手術ビデオ記録・編集SurgeryVideoRecordingandEditing平原修一郎*吉田宗徳*小椋祐一郎*はじめに近年のデジタル技術の進歩はめざましく,ハイビジョン画像や3D映像がわれわれに非常に身近な存在となってきている.現在の眼科手術の記録は,顕微鏡にビデオカメラを設置することにより,術者の視点からみた手術映像をDVD(DigitalVersatileDisc)などに記録する方法が一般的と考えらえるが,眼科手術の記録もより高画質な映像での記録が求められつつある.顕微鏡に設置するビデオカメラをハイビジョン対応のものとすることにより高精細な画像を記録することが可能であるが,撮影した画像の信号の伝達,保存などに規格の統一がなく,設定には工夫を要する.一般にこれらの動画処理に用いられる機器は高価であり,さらに眼科手術の3D映像の撮影・録画に関してはいまだ方法は確立されていないため,より安価で容易に撮影できる方法が模索されている.本稿では当院において採用している,可能な限り民生用の機器を用いた3D手術映像の記録方法の提案とともに,ハイビジョン画質の映像の記録,保存,編集方法について述べる.IハイビジョンとはハイビジョンはHighDefinitionTelevision,高精細テレビジョンの略称でHDTVあるいは単にHDと表記されることが多い.このHDとはもともとNHKが高画質のテレビ放送用の規格として考えたものである.すなわち,従来のテレビ画像に対して走査線の数を増やして画面を構成する粒子,いわばピクセル数を増やして精細な画像を表示するということを意味し,一般的にハイビジョンといわれるFullHDはアスペクト比(縦横比)16:9で,1,920×1,080ピクセルの解像度を有する.非常に多くの情報量をもっているので,通常はMPEG(MovingPictureExpertsGroup)2やMPEG4(H.264)形式に圧縮されて利用されていることが多い.IIハイビジョンカメラの選択現在のところは,IkegamiとSONYのカメラが,眼科手術顕微鏡用のハイビジョンカメラとして使用することが可能で,それぞれの特徴を以下に述べる(図1).IkegamiからはMKC300HDRやMKC500HDR(映像信号出力1,080/59.94i)といったフルハイビジョンカメラがあり,Ikegamiのカメラアダプターを使うとオートアイリス,オートフォーカス機能が働き,3D映像を記録する場合,左右がずれて,違和感を覚える可能性がある.そこでZeiss社のカメラアダプターを使用することにより左右カメラのフォーカスや絞りのずれの心配はなくなる.SONYのPMW-10MDR(映像信号出力1,080/59.94i)はカメラアダプターを用いることにより顕微鏡の三眼部や接眼部などにカメラを接続でき,オートアイリス機能のないものを使用し,絞り6mm固定にすることにより硝子体手術においても焦点深度を深くして周辺部までピ*ShuichiroHirahara,MunenoriYoshida&YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕平原修一郎:〒467-8602名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(33)1233 図1眼科手術用顕微鏡へのハイビジョンカメラの取り付け3D録画に対応するため,左右両方にそれぞれハイビジョンカメラを取り付けてある(矢印).ントが合うようにすることが可能である.また,SONY3DHDVideoCameraMCC-3000MTRを用いれば,最初から2台のカメラを1台のカメラコントロールユニットで操作することが可能である(図2).ビームスプリッターは術者用顕微鏡に設置し,光量は術者:カメラが50:50とする.III手術用顕微鏡と広角眼底観察システムの違いによる相違点硝子体手術のときに最近では広角眼底観察システムが広く使われている.広角眼底観察システムの代表的なものとして,ResightR(Zeiss社)とOFFISSR(TOPCON社)がある.これらを用いると画像に反転が生じるため,さらに画像を反転させるインバーターが用いられる.ResightRとOFFISSRでは,インバーターとビームスプリッターの位置が異なるため,3Dの手術画像を記録する際,注意が必要である.OFFISSRではインバーターがビームスプリッターよりも対物レンズ寄りにあるため,術者が広角観察システムを作動させればカメラ画像も自動で反転するが,ResightRの場合はビームスプリッターが対物レンズとインバーターの間に入るため,画像信号を何らかの方法で反転させる必要があり,3Dの手術画像を作成する場合は,左右の画像信号も反転させる必要がある.当院ではResightRを使用しているため,1234あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013ab図2カメラコントロールユニットと左右画像反転装置a:左右画像反転装置(Lucina).b:カメラコントロールユニットSONY3DHDVideoCameraMCC-3000MTR.図2のような,左右の画像を反転させる装置を使用している.IV手術映像記録装置眼科手術映像をハイビジョン録画する方法を以下に述べる.眼科手術映像をハイビジョン撮影する際,カメラ自体はFullHDでの撮影が可能だが,このHD映像を転送するHD-SDI(HighDefinition-SerialDigitalInterface)という規格に沿った入力装置がレコーダー側になく,結局S(Separate)ビデオ(アナログ)の映像入力を用いざるをえず,画質の劣化を招くこととなってしまい,カメラだけをハイビジョンにしてもハイビジョン録画ができないという事態が生じていた.そこで,2Dのハイビジョンを簡便に撮影する方法として,パナソニックのメモリーカードポータブルレコーダーAG-HMR10RとHD-SDIケーブルで接続する方法(34) を,筆者らの施設では以前より使用している.AGHMR10RはAVCHD(AdvancedVideoCodecHighDefinition)という規格を用い,MPEG4(H.264)で記録をする装置である.記録媒体としてはSD(SecureDigital)メモリーカードを用いる.レコーダーからはHDMI(HighDefinitionMultimediaInterface)ケーブルでディスプレイに接続することができる.この方法の良い点はFullHDの画質のまま録画ができるのはもちろんだが,レコーダーが非常にコンパクトであること,記録媒体がSDカードで持ち運びが便利であることである.欠点として,高速に読み書きできる高品質なSDカードはやや高価なこと,撮影時に術式などの情報が記入できないことなどがある.2012年にJVC(ビクター)からHD-SDI入力端子を備えた業務用BD(Blu-rayDisc)レコーダーSR-HD2500Rが発売され,ハイビジョン録画が可能となった.コーデックはMPEG2とMPEG4(H.264)が選択でき,このレコーダーでの編集も可能である.現状ではこの選択もよいかもしれない.現在筆者らは,パソコンを用いた手術記録も行っている.パソコンを用いて動画を記録するメリットとしては,そのまま動画データを編集ソフトで編集することが可能な点で,手術施行日や内容の記入が容易である.BDなどに記録した際は,動画を編集したいときにはパソコンで編集可能なファイルに変換が必要となることなどの手間がかかるうえ,変換に伴うデータの劣化も避けられない.手術動画の記録にも対応したビデオキャプチャーボードはいくつかあるが,3Dの手術動画の録画に対応した,BlackmagicDesign社DeckLinkExtreme3DRを採用した方法を筆者らは以前報告した1).このキャプチャーボードを通して,右と左のFullHD動画を,左右を同期させてそれぞれハードディスク(HDD:Harddiskdrive)に記録することができる.ただし,非圧縮で録画をすると,1分当たり約10GBという膨大なデータ量となるため,そのまま保存することは非現実的であり,何らかの方法で圧縮する必要がある.Microsoft社のWindowsのシステムを使用する場合1),図3MacBookProRを用いた3D録画システムの1例(35)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131235 MotionJPEGのAVI(AudioVideoInterleaving)ファイルで保存することにより,1分当たり約1GBのデータ量となる.これはMPEG2形式の約10倍,MPEG4(H.264)形式の約5倍の大きさである.Apple社のMacintoshを使用する場合(図3)は,QuickTimeProRes4:2:2(HQ)というファイル形式で録画が可能で,1分当たり約1.8GBで録画が可能である.MotionJPEGやProResは,フレーム間の圧縮を行わないので圧縮率は低くなるものの,のちのちMPEG2などへの圧縮・展開が容易で,sidebysideやtopandbottom(水平方向や上下方向に圧縮した左眼用,右眼用画像を1枚のフレームとして記録・送信する方法)への変換も可能であり,編集を容易に行うことができる.BlackmagicDesign社の3Dビデオキャプチャーボードで左右のハイビジョン映像を同時録画するには150MB/sec以上の書き込みスピードが必要であるが,Windowsの場合,OSWindowsR7にCPU(CentralProcessingUnit)としてintelCorei72700KR,メモリに16GB,マザーボードとしてASUSP8Z68Vを組み込んだパソコンにて200MB/secの書き込みが可能で,3D動画録画に対応していることを実践している1).Windowsの場合は,パソコン内にビデオキャプチャーボードを組み込む必要があるが,Macintoshの場合はThunderbolt.という高速の通信ケーブルを用いることによって,市販のMacBookProRと外付けのBlackmagicDesign社のビデオキャプチャーボード(UltraStudio3DR)(図4)に接続し,そこからさらにUSB3.0接続のポータブルHDDにデータを保存することも可能である.当院では現在,このMacintoshのシステムを採用しており,ThunderboltTMを通じて,6TB程度の外付けHDDへデータを保存し,そこからポータブルHDDにデータを移動させて管理している(図5).BDやDVDに録画する場合は,MPEG2などのファイルで1分当たり約0.2GBのデータ量で録画可能で,3D動画として,sidebysideで録画が可能だが,左右のカメラ画像をsidebysideに変換する器械が必要となる.BlackmagicDesign社のビデオキャプチャーボードからはsidebysideの信号が出ているため,3D再生用1236あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013図4外付けのビデオキャプチャーボードUltraStudio3DR(BlackmagicDesign社)のモニターにつなげばそのまま3D動画を再生することが可能であり,デジタルビデオコンバーターからiLinkケーブルを介してBlu-rayなどの市販ビデオデッキに記録することもできる.V動画の編集WindowsとMacintoshとでは記録形式が異なるため,編集用ソフトも異なったソフトが必要となる.まず,Windowsの場合は,ファイルの種類はMotionJPEG/59.94iで記録されており,AdobePremierProR(Adobe社)を,ビデオ編集ソフトとして使用できる(図6).MotionJPEG/59.94iの形式のままであれば編集に伴う画像の劣化は起こらないが,MPEG2などへ圧縮後に編集を繰り返していくと,画質の劣化が免れない.最良の画質を得るためには,編集を施した最後に,使用する用途に合わせてMPEG2やMPEG4(H.264)などへ圧縮して書き出すとよいと考えられる.Macintoshの場合は,ファイル形式はQuickTimeProRes4:2:2(HQ)で録画されており,編集ソフトとしてはFinalCutProR(Apple社)をビデオ編集ソフトとして使用可能である.左右の動画をそれぞれ2Dとして使用することはもちろん,左右の画像をそれぞれ横に50%に圧縮して書き出すことでsidebysideの3Dファイルを作成することができる.Linebylineと異な(36) 顕微鏡ビームスプリッターハイビジョンカメラハイビジョンカメラBlackmagicvideocaptureboardカメラコントロールユニット3D対応ハイビジョンモニター内視鏡切り替えスイッチBlu-rayHDDレコーダーハイビジョンモニターMacBookPro外付けHDD内視鏡カメラThunderboltTMHD-SDIHDMIsidebyside信号HD-SDIアナログ接続アナログ接続a顕微鏡ビームスプリッターハイビジョンカメラハイビジョンカメラBlackmagicvideocaptureboardカメラコントロールユニット3D対応ハイビジョンモニター内視鏡切り替えスイッチBlu-rayHDDレコーダーハイビジョンモニターMacBookPro外付けHDD内視鏡カメラThunderboltTMHD-SDIHDMIsidebyside信号HD-SDIアナログ接続アナログ接続a図5当院で採用している3Dハイビジョン撮影の一例a:系統図.ビデオキャプチャーボードからの左右のハイビジョン撮影データは,ThunderboltTMを通してパソコンで管理録画し,HDMI端子からsidebysideの信号が出ているため,3D対応モニター(b)に接続し,手術をリアルタイムに3Dでみることが可能となっている.HD-SDI端子はBlu-rayDisc録画用として内視鏡切り替えスイッチ(c)を通して保存しているが,内視鏡との切り替えスイッチにHDMI出力がないため,アナログ接続となり,やむなく画質が低下してしまうこととなっている.c:内視鏡切り替えスイッチSONYAVSELECTORSB-V55Ab:3D対応ハイビジョンモニターり,sidebysideの場合,水平方向に圧縮された画像となるため,画質は劣化しハーフHDとなるため,厳密にはフルハイビジョンではなくなるが,通常の視聴にはあまり問題のないレベルである.おわりに手術動画を,高画質で撮影して記録することは,手術図6AdobePremierProR編集画像(37)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131237 中のより詳細な情報を記録するという点で意義深い.さらに3Dで手術動画を記録することは,今まで,術者と介助者のみしか見ることのできなかった映像を,多くの人々と共有することが可能であり,教育的にも大いに意義のあることであると考えられる.だが,現在,手術動画の記録方法には確定した方法はなく,今回述べた録画方法は筆者らの施設で考える記録方法の一例である.現状としては,録画後の2D,3D動画のデータ編集を考えると,画質の劣化を起こさないためにも可能な限り高画質で録画をすることが有利で,高容量のHDDへの記録が有効と考える.今後3,840×2,160の4K(ピクセル数がFullHDの4倍),7,680×4,320のスーパーハイビジョン(同16倍)が開発される予定とされているが,より高画質で,なおかつ安価に誰しもが利用することのできる手術動画記録方法が発展することが望まれる.謝辞:本稿執筆において,焼津こがわ眼科の原田隆文先生に数多くのアドバイスをいただきましたことに,深く御礼申し上げます.文献1)平原修一郎,野崎実穂:ハイビジョンの記録媒体とビデオ編集.特集:眼科手術におけるハイビジョンと3D画像の利用.眼科手術25:371-374,20121238あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(38)

眼科日常診療におけるタブレット端末

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1227.1231,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1227.1231,2013眼科日常診療におけるタブレット端末TabletPCforOphthalmologicFollow-upCare丸山耕一*はじめに2008年,iPhone3GRの日本発売を皮切りにパソコンとしての機能を併せ持つスマートフォンが市場を席巻する.2010年に入るとアップル社によるiPadRシリーズとして,9.7inchサイズでタッチパネル形式のいわゆる多機能タブレット端末も登場した.この端末は軽量で持ち歩きが自由なパソコンであり,Wi-Fiもしくは携帯通信網を活用した移動通信システムを介して,さまざまな情報の取得,発信が可能となった.その利用方法は多彩であり,医療業界でも活用できる範囲は広い.そもそも,いつでもどこでも患者情報を呼び出せ,所見の書き込みや保存,オーダリング,画像の取り込みや共有,極短時間で医学知識の再確認などを可能とすることは,医療従事者にとって長年の重要な案件であった.このタブレット端末は,患者情報を即時的にピックアップ,閲覧できるのみならず,一部では医学的検査も可能な医療機器として利便性の高いツールとなってきている.今回は医療分野のなかでも眼科領域に絞って,タブレット端末を中心にその有用性について解説する.タブレット端末には,iOSRを基本ソフトとするiPadRのほか,AndroidRやWindowsR8をもとにした端末も各種存在するが,ここでは筆者が使用しているiPadRシリーズを中心に話を進めていく.I電子カルテとの連動厚生労働省が電子カルテの積極的運用を打ち出して以来,病院や診療所での電子カルテ導入は着実に進んでいる.以前は携帯性に優れたPDA(PersonalDigitalAssistants)端末などにより患者投薬内容や検査内容の確認,承認などが行われていたが,その利用範囲は限られていた.しかし,インターネット環境が整い通信速度や容量が飛躍的に向上した現在では,双方向型のデバイス端末,すなわちiPhoneRやiPadRが電子カルテと連動できるようになった.眼科において,すでに電子カルテのシステム端末の一つとしてiPadRなどのタブレット端末が一部で利用されている(図1).院内無線LAN(LocalAreaNetwork)の範囲であれば,診察室のみならず手術室やベッドサイドで患者情報を呼び出し,閲覧や入力ができるほか,外来検査室での視力測定値,眼圧の入力などにも活用できる.また,眼底写真や光干渉断層計(OCT)などの画像所見の閲覧もほぼストレスフリーで可能となっている.ただし,院外でのタブレット端末の使用は推奨されていない.これは通信速度が院内より確実に遅いためで,画像などデータのやり取りがむずかしく現在のところ電子カルテとしての機動性は低い.加えて患者データは究極の個人情報であり,セキュリティ上,厳重な認証システムの設定を要する.現在,眼科ではタブレット端末の個人使用が多く,アプリケーション(以下,アプリ:パ*KoichiMaruyama:川添丸山眼科〔別刷請求先〕丸山耕一:〒569-0824高槻市川添2丁目9-10川添丸山眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(27)1227 図1B.line画像電子カルテ端末としてiPadRが活用されている(ビーライン社製眼科電子カルテ)ソコンではソフトウェアに相当)のインストールも自由だが,電子カルテとして本格運用を行うならば,今後はタブレット端末のユーザー証明やアクセス記録監査をはじめ徹底したモバイル端末管理システムが必須となるであろう.II在宅医療への導入急速な高齢化社会に突入した日本では,在宅医療のニーズは高まっており,診療報酬改定でも手厚い点数配分となってきている.そのなかで眼科医も積極的に在宅医療,訪問診療に加わる時代となってきた.ここでもタブレット端末の利用価値が高まりつつある.iPadRなどのタブレット端末は,眼科検査機器として利用できる可能性が高く,現時点でも近見視力測定やアムスラーチャート(図2),色覚検査などのアプリが豊富にある.ただし,検査結果の信用性や再現性などの検証を要するほか,文献的考察もまだ少ないため,データとしては参考所見にとどまる.しかし,診療所に出向けない体の不自由な高齢者や身体障害者らに対して,タブレット端末の将来性は否定されるものではなく,今後もアプリの充実や改良が繰り返し行われることによって,簡便で有用な眼科検査機器となる可能性はある.1228あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013図2眼科検査アプリにおけるアムスラーチャートIII患者・家族とのコミュニケーションツール患者やその家族への疾患の説明や,インフォームド・コンセントの場において,タブレット端末の利便性は高い.これに適したタブレット端末用のアプリの種類も豊富で,指先やスタイラスペン(ペン型入力装置)で文字や絵が描けるものも多数ある.筆者が汎用しているiPadR用の手書きメモアプリ『neu.Notes』をはじめ,これらの手書きメモ用アプリでは眼底写真や眼球画像を張り付けてその上から文字などを書き込むことが可能である(図3).さらに指2本で画像の拡大・縮小ができる機能も使いやすい.また,説明に用いた画像や文章を,無線LANを通じて,もしくはPDF(PortableDocumentFormat)ファイル化してメールで送信することによりプリントアウトすることもできる.PDFファイルで保存された画像や文章に,画面上で文字や図を上書きできる『neu.Annotate』も使いやすい.聴覚障害を患者が有する場合には,アプリのなかでも『筆談パット』が役立つ1,2).2分割されたiPadR画面上(28) 図3手書きメモアプリ『neu.Notes』を用いた患者への説明で,医師側が書き込んだ文章が対面する相手側に逆向きに表示されるため,コミュニケーションツールとして有用である(図4).IVロービジョンケアへの活用視覚障害者が文字を読むためには拡大鏡や拡大読書器が利用されているが,それぞれ読める文字数の制限や携帯性に欠ける場合が多いなど,その利便性には改善すべき余地がある.これに対して近年,iPadRなどタブレット端末をロービジョンケアに用いる方法が紹介され始めている.三宅らはiPad2Rを使用し網膜色素変性や糖尿病網膜症患者などを対象として付属カメラを用い,画面上で白黒反転機能も活用できる拡大読書器としてiPad2Rは有用であると報告している3).その一方でカメラの解像度やiPad2Rを支える固定器の軽量化など改善点についても指摘している.iPadRシリーズの付属カメラはニューモデルが発売されるたびにその解像度は改良されており,さらに視認性を向上させるアプリも開発されている2).加えて,カメラで撮影した文面やダウンロードした文章,画像などはiPadRで自由に拡大・縮小が可能なため,タブレット端末がロービジョンケアに有用であることは間違いない.また,文章を音声変換して読み上げる機能もロービジョンケアに役立つ.iPadRやiPhoneRシリーズでは本体機能の一部として,設定のアクセシビリティから画面(29)図4書き込んだ文章を対面した相手側に表示できるアプリ『筆談パット』図5txtファイルを音声で読み上げるアプリ『Voicepaper』表示される文字の大きさも変えることができる.の白黒反転が可能となるほか,自動テキスト読み上げ機能をONにすることにより文章の音声読み上げができる.さらに,iPadR用アプリ『Voicepaper』(図5)には,ファイル保存アプリ『Dropbox』に保存したテキストあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131229 図6読み上げアプリ『棒読み』音声をカメラロールに保存することも可能.ファイルを音声変換する機能がある.同じくiPhoneR用アプリの『棒読み』(図6)では読みたいテキストをコピーし,アプリ上にペーストすることにより文章を読み上げることができるほか,音声の保存も容易である.今後はiPhoneR内蔵カメラで撮影した文書をOCR(OpticalCharacterReader:光学式文字認識)機能をもつアプリにより各種ファイルに変換し,文章を音声で読み上げるという方法も充実してくるであろう.なお,ロービジョンケアへのタブレット端末の応用については,本誌における三宅琢先生の連載「タブレット型PCの眼科領域での応用」に詳しく記載されており,ぜひ参照されたい.V眼科教育にiPadRを応用学会発表では,現在もノートパソコンとUSB(UniversalSerialBus)メモリーなどへの依存性が高い.その一方で,医科歯科系の大学のなかには,学生全員にタブレット端末を持たせるところもあり,医学教育への導1230あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013図7眼科教育画像液晶テレビと接続し,PDFファイル閲覧アプリを介して図表の説明を行う.入が進められている.眼科学の教育では,画像や動画を多く使用するため,眼科研修医や医学生への講義ツールにiPadRは使いやすい.ノートパソコンと同じく,プロジェクターや大画面液晶テレビに接続し,PowerPointファイルを開くことが可能なアプリ『Keynote』やPDFファイル用アプリ『neu.Annotate』や『PowerPresenter』を介して講義を行うことができる(図7).おわりに眼科領域におけるタブレット端末の利用範囲は広い.前述した視力検査やアムスラーチャートなどにとどまらず,iPhoneRの本体内蔵カメラで前眼部写真や眼底撮影を行う試みも始まった.iPhone4sR以降,カメラの解像度も向上しており,手持ちスリットランプにiPhone4sRを取り付けるアダプター(Keeler社製)もすでに発売されている.撮影時の手ぶれをレリーズ機能などで克服できれば,在宅医療にも利用しやすくなるであろう.タブレット端末が本格的に登場してからまだ5年にも満たない.今後ICT(InformationCommunicationTechnology)医療の発達に伴い,携帯性に優れ直感的に操作できる多機能タブレット端末にわれわれ眼科医の触れる機会はさらに広がると考えられる.さらに政府は「医療情報連携基盤」,言わば「患者自らが入力する日々(30) の健康情報や医師による診療情報を電子的に記録保存し,医療従事者が管理把握できる医療情報ネットワーク」の構築を推進している4).医療従事者だけでなく患者一人一人がタブレット端末を携帯し,患者自身で行う検査情報を医療提供側と共有できる体制が整うこともそう遠くはない.文献1)三宅琢:今日から変わる眼科診療;見える!伝わる!デジタル眼科説明.眼科グラフィック2:348-349,20132)武蔵国弘:眼科と医療問題;タブレット端末の眼科応用.IOL&RS26:338-341,20123)三宅琢,野田知子,柏瀬光寿ほか:多機能電子端末(iPad2R)のロービジョンエイドとしての有用性.臨眼66:831-836,20124)総務省:医療分野におけるICT利活用に向けた取組.医療情報連携基盤(EHR).平成24年版情報通信白書,p106107,2013(31)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131231

遠隔地診断・地域医療連携

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1219.1225,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1219.1225,2013遠隔地診断・地域医療連携Tele-OphthalmologyatAsahikawaMedicalUniversity吉田晃敏*はじめに北海道は,人口10万対医師数が全国平均を上回っているものの,そのうちの約6割が札幌市と旭川市に偏在しており,医療過疎となっている地域が数多く存在する.そのため,患者が遠方から足を運ばなければならない,あるいは医師が地方の病院まで出向かなければならないなど,患者および医師の双方が肉体的・時間的・経済的負担を強いられている.このような状況を改善するため,筆者は,「患者や医師が移動せず,医療情報を動かす」遠隔医療を考え,インターネットが本格的に普及する以前の1994年から,カラー動画像のリアルタイム伝送による遠隔地診断を開始した1,2).さらに1999年には,旭川医科大学病院に国内初の遠隔医療センターを設立し,眼科を含むさまざまな診療科が最先端の遠隔医療を実施できる環境を整備した.現在は,遠隔地診断に留まらず,手術支援や紹介元病院との手術情報の共有,退院患者をフォローアップするための遠隔在宅医療支援など,状況に対応した遠隔医療を行っており,これらを有機的に機能させて,患者へのシームレスな医療支援を実現している.一方,遠隔医療の推進と並行して,ICT(情報通信技術)の研究開発にも積極的に取り組み,現在では臨場感の高い3D-HD(立体ハイビジョン)映像を一般のインターネット回線で伝送することが可能となった.また,通信インフラの整備が遅れている地域でも遠隔在宅医療支援が行えるように,モバイル通信に対応できるシステムを開発した.本稿では,旭川医科大学眼科が実践している遠隔医療について,システム構成やICTの研究開発成果を交えながら紹介する.I旭川医科大学眼科が実践する遠隔医療1.ISDNを用いた初期の遠隔医療1994年10月,本学眼科と関連病院眼科をISDN(サービス総合ディジタル網)のINS(InformationNetworkSystem)net64(通信速度は128kbps)で接続し,細隙灯顕微鏡,眼底鏡などに装備したCCDビデオカメラや室内カメラの映像を,リアルタイムに送受信できる遠隔図11994年10月,カラー動画像のリアルタイム伝送による初めての眼科遠隔医療支援関連病院からリアルタイムに伝送される網膜画像(動画像)を観察し,診断・治療法を助言.*AkitoshiYoshida:旭川医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕吉田晃敏:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1-1-1旭川医科大学眼科学講座0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(19)1219 図2ISDNを用いた初期の眼科遠隔医療システム関連病院側のシステムは,INSnet1500とINSnet64×3回線のどちらかを選択できるようにし,旭川医科大学側は,両方で通信できる環境を構築.このシステムは1995年から2005年まで使用.図3旭川医科大学の手術場から硝子体手術をリアルタイムでボストンに伝送し,その手術に対しコメントをしているスケペンス眼研究所の医師団前列左から2番目ストラライン博士,3番目スケペンス博士,4番目マックミール博士.医療システムを構築した.これにより,関連病院の眼科医が観察する患者の眼球像を大学病院に伝送できるようになり,診断や治療法を助言することが可能となった(図1).しかしながら,通信速度の不足が原因で,画像の色彩や細かな動きは十分に再現されなかった.その1220あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013後,INSnet64を3回線束ねて384kbpsで送受信できるシステムを構築したが,伝送フレームレートは15frame/secが限界であった.そこで1995年8月,INSnet1500(約1.5Mbps)に対応したコーデックを導入し(図2),30frame/secの動画伝送を可能にした.一方,このシステムは,国際ISDN回線で結ぶ国際間の運用にも活用した.1996年11月に米国ハーバード大学医学部スケペンス眼研究所(図3)と,1998年10月には中国南京中医薬大学眼科と接続し,診断や治療法に関する議論,ライブサージャリーの伝送による手術術式の確認などに活用した.また,スケペンス眼研究所とは,網膜疾患カンファレンスや,同研究所と本学が旭川市内の関連病院眼科を同時に支援する「三元遠隔医療」なども実施した.2.遠隔医療センターを中心とする遠隔医療ネットワークの構築1999年に遠隔医療センターを設立した以降も,しばらくはISDNを用いていたが,その後のインターネットの普及に伴いAsymmetricDigitalSubscriberLine(ADSL)や光回線などのブロードバンド環境が急速に(20) 図4現在使用しているHD遠隔医療システムの基本構成遠隔医療センターの通信回線は光.遠隔医療システムはIPに対応したHD(高精細)ビデオ会議システムを使用.関連病院側の周辺機器も順次HD化.整備されたことから,2005年に光回線(通信速度は約10Mbps)に更新した.同時に,拠点間をVirtualPrivateNetwork(VPN)で接続し,ネットワークの安全性を確保した.さらに,これまでの遠隔医療システムをInternetProtocol(IP)に対応したHD(高精細)ビデオ会議システムにアップグレードし,ビデオカメラを含む周辺機器も順次HD化を進めた(図4).これらの更新により,関連病院が遠隔医療ネットワークに参加しやすい環境を整備できた.しかしながら,当時の北海道は,遠隔医療支援を必要とする地域ほどブロードバンド環境の整備が遅れており,2007年時点での筆者らの調査結果では,公的病院の約8割がADSLも光回線も利用できない状況であった.そこで,衛星回線とインターネット網を併用した衛星インターネットを利用し,離島や過疎地などのブロードバンドが未整備の地域からでも,衛星回線を介して遠隔医療ネットワークに参加できる環境を構築した.II3D遠隔医療システムの開発と運用眼科領域における遠隔医療支援では,色や動きを正確に伝達することが重要であるが,さらに奥行き情報も伝達できれば,より精度の高い支援が可能となる.奥行き情報の伝達は,顕微鏡に左眼用と右眼用のビデオカメラを装着し,医師が顕微鏡で観察する患者の眼球像を3D(立体)映像として撮影・伝送することで実現できる.そこで,実用的な3D遠隔医療システムの開発を目指し,1998年から立体動画像の伝送・表示に関する研究を行ってきた.1.眼科領域に適した立体表示方法3D遠隔医療システムは,2台のビデオカメラで撮影される左右一組の画像を,対応する左右の眼に投影する2眼式の立体視システムであり(図5),両眼視差(左右画像間における被写体のズレ量)を積極的に利用して奥行き(立体感)を表現するものである.2眼式立体視システムは,他の方式に比べて3D環境の構築は容易であるが,眼球輻湊運動と調節反応の不一致によって生じる眼疲労や,撮影系と表示系の幾何学的な位置関係に起因する再現空間の歪みなど,特有の問題も有している.そこで,眼科立体画像の特徴解析や,顕微鏡の撮影系・表示系パラメータに基づく歪みの解析,眼科医による主観評価実験などを行い,長時間の観察においても疲労が少なく,見やすい立体表示方法を確立した3).2.アジア・ブロードバンドネットワークを用いた実証実験2006年のAsiaPacificAcademyofOphthalmology(APAO)において,筆者がシンガポール・ナショナル・(21)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131221 細隙灯顕微鏡3Dモニタビデオカメラ(左眼用)ビデオカメラ(右眼用)3Dメガネ細隙灯顕微鏡3Dモニタビデオカメラ(左眼用)ビデオカメラ(右眼用)3Dメガネ図53D遠隔医療システム細隙灯顕微鏡や手術顕微鏡に取り付けた左右2台のビデオカメラで撮影される立体画像を,対応する左右の眼に投影する2眼式の立体視システム.アイ・センターで執刀した硝子体手術を,同センターから学会会場へ3D-HD(立体ハイビジョン)でライブ伝送するという世界初の試みが成功した.その後,総務省が策定した「アジア・ブロードバンド計画」において,筆者らが開発した3D遠隔医療システムの技術と運用ノウハウがアジア諸国間における医療格差の解消に有効であるかどうかを検証するため,2006年から3年間,シンガポールおよびタイを相手国とする眼科遠隔医療の実証実験を行った.通信回線は,本学から東京までを情報通信研究機構が運用するJGN(JapanGigabitNetwork)2ネットワークで接続し,そこからシンガポールおよびタイまでを,2006年1月に開通したアジア・ブロードバンドネットワークで接続した.各国は,3D-HD手術動画像を送受信できる遠隔医療システムを構築した.ただし,左眼用と右眼用のビデオカメラで撮影した2チャンネルの動画像を,2台のコーデックで1チャンネルずつ独立に伝送することとした.このシステムの実用性と,3D-HD眼科遠隔医療の有用性を評価するため,各国が相互に伝送する網膜硝子体手術を,各国の専門医・研修医で構成する評価者29名に立体視観察をしてもらい,アンケートを実施したところ,8割以上の評価者が伝送品質に満足していることを確認した4).この成果により,3D-HDによる遠隔医療がアジア諸国間における医療格差の解消に有効であることが証明された.3.注目領域の品質を重視した3D.HD伝送方式の開発3D-HD遠隔医療システムを普及させるためには,低コスト化・省スペース化を図ることが重要であり,1台のコーデックで2チャンネルの立体動画像を伝送できることが望ましい.それを実現する方法として,3Dテレビにも採用されているフレームシーケンシャル方式やside-by-side方式の適用が考えられるが,いずれの方式も,2チャンネルの動画像を1チャンネルに合成する過程で解像度が低下してしまう.そこで筆者らは,医師の注目領域が画像中の限られた部分に限定されるという点に着目し,左右それぞれの動画像から抽出した注目領域を合成して1チャンネル動画像として伝送する方式を提案した(図6).この方式の有効性を確認するため,増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術の動画像を,提案方式とside-by-side方式で伝送し,両方式における受信画像の画質を客観的に評価したところ,提案方式のほうが高画質であることを確認した5).これにより,1台のコーデックで2チャンネルの立体動画像を伝送する方式が確立し,3D-HD遠隔医療システムの低コスト化と省スペース化が可能となった.4.運用現在,遠隔医療センターと眼科外来診察室に3D-HD1222あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(22) 左眼画像右眼画像注目領域side-by-side方式提案方式水平方向の画素を1画素ず注目領域を含む矩形領域つ間引き,水平解像度を1/2を抽出し,そのまま合成に圧縮してから合成図6立体動画像を伝送する際のside.by.side方式と提案方式の比較3Dテレビに採用されているside-by-side方式は,2チャンネルの動画像を1チャンネルに合成する過程で水平方向の画素を1画素ずつ間引くため,伝送前に情報の1/2を失うこととなる.これに対し,提案方式では画素の間引きを行わないため,注目領域に関しては画像解像度を維持したまま伝送できる.遠隔医療システムを設置している.ただし,関連病院の多くは従来の2D環境を使用しているため,本学側では2D・3Dの両方に対応できる環境を整備している.また,本学へ紹介された患者の手術経過を,紹介元病院の担当医と共有できるように,本学手術室から関連病院へ,3D-HD手術動画像をライブ伝送する環境も整備している.なお,3D-HD遠隔医療システムは,8Mbps程度患者自宅目が痛いですか?問診(読上げ)簡易検査の通信速度があれば実用的な画像品質で送受信することができるため,一般のインターネット回線を用いた運用が可能である.III退院患者をフォローアップする遠隔在宅医療支援糖尿病などの生活習慣病患者の場合,退院直後における食事・栄養の管理が最も重要となるが,これまでは食生活のコントロールや生活習慣の改善を患者自身に委ねるしかなく,自宅に戻ってから病状が悪化するケースも少なくなかった.そこで,図7に示すようなシステムを独自に開発し6),退院後の在宅患者に対して医師・看護師が術後の経過観察や生活指導を行う遠隔在宅医療支援を開始した.患者には,退院直後からバイタル情報を記録してもらう必要があるため,患者宅用端末とバイタル測定器のほかに,自宅にインターネット環境がない場合はデータ通信カードも提供している.なお,主機能の一つであるTV電話機能は,200kbps程度の通信速度があれば円滑なコミュニケーションが可能であり,データ通信カードを利用したモバイル通信でも問題なく運用できることを確認している.IV中国への支援中国政府は,都市と地方の医療格差を解決する手段として,筆者らが実践する遠隔医療の導入を決定し,旭川医科大学に対して遠隔医療を国内で普及・展開するため旭川医科大学病院遠隔医療センターアラーム蓄積条件一致アラーム通知インター心電計結果入力データ送信ネットデータ閲覧自動入力端末モバイル網端末血圧計歩数計血糖値計体重計ビジュアルコミュニケーション病院図7退院患者を遠隔からフォローアップする遠隔在宅医療支援システム退院患者が自宅で測定する日々のバイタル情報を,旭川医科大学病院の医師・看護師がインターネットを介してチェックし,バイタル情報に変化がみられれば,TV電話機能を用いて容体の確認や生活習慣の改善指導を実施.(23)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131223 の協力を要請してきた.それに応じるため,2011年に中国衛生部との間で「中日遠隔医療プロジェクト無償援助協定」を締結し,本学が有する遠隔医療の運用ノウハウや技術を中国政府へ提供することとした.具体的には,図8で示すように,中日友好医院(北京市)と上海交通大学医学院附属瑞金医院(上海市)が,それぞれの関連病院である神木県医院(陝西省),都江堰市人民医院(四川省)を支援できる遠隔医療ネットワークの構築中日友好医院旭川医科大学(下級医院)(下級医院)(遠隔医療センター)神木県医院上海瑞金医院(遠隔医療センター)都江堰市人民医院支援支援連携(下級医院)図8「中日遠隔医療プロジェクト無償援助協定」における中国への遠隔医療支援体制中日友好医院,上海交通大学医学院附属瑞金医院に対して遠隔医療センターの構築・運用に関するノウハウを提供.神木県医院,都江堰市人民医院を含む4病院に対して遠隔医療システムの構築・活用に関する技術指導を実施.を目指し,中日友好医院と上海交通大学医学院附属瑞金医院に対して遠隔医療センターの構築支援ならびに運用ノウハウの提供を行い,4病院すべてに対して遠隔医療システムの構築方法や活用方法などの技術指導を行っている.また,遠隔医療のなかでも特に高度な運用スキルが必要となる3D-HD遠隔医療システムについては,本学で実施した研修によって各病院の技術者を育成した.2012年には,本学遠隔医療センターと中国4カ所の病院を結ぶ国際間ネットワークが完成し,5拠点で同時にプロジェクト始動式を行った(図9).始動式では,中日友好医院と上海交通大学医学院附属瑞金医院から本学遠隔医療センターへ,硝子体手術のライブ映像が3D-HDで送られ,来賓を含む出席者全員が3Dメガネをかけて立体視した.現在は,中国国内で実施される遠隔医療の様子を本学遠隔医療センターで視聴し,必要に応じて運用面での指導を行っている.おわりに筆者らは,遠隔医療の普及・促進とさらなる高度化を目標に,画像伝送やセキュリティなどのさまざまな要素技術を研究開発し,また,いろいろな角度から遠隔医療の効果やニーズを検証してきた.これらの成果や運用実績は,平成21年度「情報通信月間」総務大臣表彰において功績が認められ,さらに,「第9回産学官連携功労図95拠点同時にプロジェクト始動式を開催中国4病院との間を国際回線で接続し,3D-HD手術映像を相互に伝送.その映像は,中日友好医院の会場に出席した中国衛生部の副部長や,旭川医科大学の会場に来賓として出席した中国駐札幌領事館の総領事,北海道副知事,旭川市長らが3Dメガネをかけて視聴.1224あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(24) 者表彰」において文部科学大臣賞を受賞(ソフトバンクBB株式会社孫正義代表取締役社長と連名)するに至った.現在,本学の遠隔医療センターを中心とする遠隔医療ネットワークには,多くの医療機関や患者宅が接続しており,この数は今後も増え続けると予想している.筆者らは,このネットワークと長年にわたる遠隔医療の運用実績,そして技術開発の成果を最大限に活用し,北海道内はもちろんのこと,被災地への支援や国際間における医療格差の解消にも役立てたいと考えている.文献1)吉田晃敏,亀畑義彦:遠隔医療─旭川医科大学眼科の試みとその効果─.工業調査会,19982)吉田晃敏:格差なき医療─日本中で世界最高水準の治療が受けられるようになる日─.講談社,20073)畠山修東,林弘樹,三田村好矩ほか:眼科遠隔医療支援のための立体動画像伝送システムの開発─新圧縮アルゴリズムおよび立体視パラメータの検討─.電子情報通信学会技術研究報告101:43-46,20014)吉田晃敏,笹沼宏,高橋淳一ほか:アジア・ブロードバンドネットワークを用いた眼科遠隔医療3D-HD手術映像の国際間共有システムの開発と評価.日本遠隔医療学会雑誌4:267-268,20085)林弘樹,石子智士,吉田晃敏:眼科手術顕微鏡で撮影した立体HD動画像の高品質伝送方法に関する検討.日本遠隔医療学会雑誌7:219-220,20116)三上大季,林弘樹,守屋潔ほか:退院患者を対象とした遠隔在宅療養支援システムの研究開発.日本遠隔医療学会雑誌6:111-113,2010■用語解説■コーデック:動画や音声を圧縮(符号化)・伸張(復号)する装置やソフトウェアのこと.VirtualPrivateNetwork(VPN):公衆回線をあたかも専用回線のように利用できる通信サービス.拠点間を専用回線で結ぶよりも低コストで導入できる.VPNには幾つかの形態があるが,旭川医科大学の遠隔医療ネットワークは,通信事業者がサービス提供するIP-VPNを利用している.InternetProtocol(IP):米国防総省で開発された通信規格.データ転送の信頼性を重視したTCP(TransmissionControlProtocol)/IPと,データ転送の高速性を重視したUDP(UserDatagramProtocol)/IPがあり,動画や音声をリアルタイムに伝送するアプリケーションでは後者を利用するのが一般的である.JGN2ネットワーク:独立行政法人情報通信研究機構が2004年4月から運用を開始したオープンなテストベッドネットワーク環境のこと.フレームシーケンシャル方式:3D映像の左眼用画像と右眼用画像を,時分割で交互に表示する方式.映像フレームレートの2倍以上の描画速度をもったモニタで立体表示する.伝送の際は,左右のフレームレートの合計が30frame/secに収まるように,フレームを間引く(時間方向の解像度を低下させる)などの処理を行う必要がある.side.by.side方式:3D映像の左眼用画像と右眼用画像を,それぞれ水平方向に1/2圧縮(画像の解像度を削減)し,それらを横に並べて1枚のフレームとして伝送する方式.2D映像と同じ環境で3D映像を伝送できるのが特徴である.なお,圧縮された水平解像度は,表示の際に画像処理によって復元される.(25)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131225

電子カルテ:診療所の現況

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1213.1218,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1213.1218,2013電子カルテ:診療所の現況ElectronicMedicalRecordinEyeClinic前田利根*はじめに大病院と比較すると一部診療所では比較的早期から電子カルテが導入されてきた.大病院では会計システムなどの基幹システムと眼科部門システムとの統合が容易でない場合がしばしばであった1,2)が,診療所ではそのような制約が少なく電子カルテの導入が容易であった.また,診療所では医師数がほとんどの場合一人でありコンピュータに造詣の深い医師の場合,積極的にこれを導入してきた背景がある.以上の点から眼科の電子カルテは,病院と比較して診療所のほうが一歩先を行っていたが,近年大病院はほぼ強制的に電子カルテに移行してきており,既存の診療所では紙カルテからの移行が金銭面やコンピュータに不慣れな医師などさまざまな要因からむずかしい場合も多く,最近では大病院のほうでより広く電子カルテは導入されている.本稿ではソフトウェア注1,ハードウェア注2の両面から診療所における電子カルテを論じ,現状における電子カルテの長所・短所を列挙したい.Iソフトウェアとハードウェアソフトウェア面から見ると古くからレセコンとよばれる会計システムは存在した.その後,画像ファイリングシステムが導入され,最後にいわゆる電子カルテが台頭してきた.最後まで電子カルテ導入の足かせになったのは外来診療におけるスケッチの部分であろう.現在これらのソフトウェアは同一ハードウェア内で稼働可能となっており,必要とされるコンピュータ端末数は減少している.ハードウェア面ではなんと言っても検査データの取り込みが大事である.レフラクトメータ,非接触型眼圧計などの測定値は最新機器では容易に電子カルテに取り込める.細隙灯顕微鏡画像の取り込みは機器も安価になっている.現在,検査データの取り組みがむずかしいのはGoldmann視野やHess式チャートなどであるが,スキャナーで検査用紙ごと読み込んでしまえばこれも対応できる.1.ソフトウェア電子カルテの会計システムは日本医師会が開発した無料ソフトORCA(オルカ注3)で代用するシステムと独自会計システムとの2つに分けられる.診療報酬の改定とともに毎回会計ソフトのアップデートを求められることを考えると,そのランニングコストはORCA併用システムのほうが有利かもしれない.会計ソフトにはフィルタ機能がある.昨今みられる健康保険の突合せ審査では保険者側でコンピュータを使用して不適正な請求を自動ではじいているが,会計ソフトのフィルタを使用するとこれと同様のチェックを行える.このフィルタが公開されている会社もあるが,公開されていない製品もある.あらかじめフィルタが公開されていない場合は,各診療所でそのフィルタを育ててい*ToshineMaeda:前田眼科クリニック〔別刷請求先〕前田利根:〒151-0053東京都渋谷区代々木一丁目38番5号KDX代々木ビル5階前田眼科クリニック0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(13)1213 く必要がある.保険診療に関してはローカルルールの存在する場合もあり,それはそれで良いようでもあり,悪いようでもある.このフィルタは別ソフトとして発売もされている.現在市場で広く販売されているフィルタソフトとしては,MightyCheckerPRO,べてらん君,レセプト博士,レセプトチェッカーなどがある.Windows上のソフトでありORCAやdynamicsなどのシステムでも使用可能なソフトもある.画像ファイリングシステムは古くから眼科分野に存在したが,データの取り込み方法は古くはRS232C注4などの古典的なインターフェースが用いられていた.しかし,最新機器ではイーサネット注5を介しておりデータ取り込みスピードも汎用性も向上している.もちろん,屈折検査,角膜曲率検査,眼圧検査ではそのデータの大きさはテキストベースでわずか数行であり高速なインターフェースは必要ない.しかし,光干渉断層計(OCT)や眼底カメラなどではそのデータ量は著しく大きく,高速なインターフェースが求められる.電子カルテ部門については,テキストベースでいくのか,スケッチベースでいくのか大きく2つに方向性が分かれる.細隙灯顕微鏡写真と眼底写真をもってスケッチに代用している施設も多い.スケッチベースの電子カルテはどうしてもその入力に時間を要する.2.ハードウェアNAS注6などの出現,RAID注7を含めたハードディスクの極端なコストダウンが電子カルテシステムの後押しをしていることは間違いない.大病院ではどうしてもデータの安全性を再優先するため民生品注8で代用することなく,独自の安全性をより高めた機器を使用することが多い.そのため,ハードウェアが高コストとなる.その点では診療所における電子カルテシステムのほうが有利ではないだろうか.その他,メーカーによってはCloudシステム注9でデータのバックアップを行っている.Cloudシステムのセキュリティは大変重要ではあるが,データバックアップ法の一つとして今後この分野が発展する可能性がある.1214あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013II診療所における電子カルテの利点電子カルテではカルテ庫が不要であり,カルテ管理の人員が不要な点に優れる(図1).しかし,その運用面ではなんといっても,視力の推移,眼圧の推移がグラフで表示されることが大きい(図2).それらを患者に見せながら病状を説明すれば,患者も自分の病状を理解しやすい(図3).経時的なデータを患者に説明するときにも特に有用であり,静的量的視野検査(図4,5)や,OCT(図6)を以前のデータと比較表示できる点に優れる.その他,電子カルテでは過去の薬剤処方を一括で調査することが可能である.紙カルテでは手間のかかる検索作業も簡単にできる.電子カルテではカルテのひな形をあらかじめ作成しておくことにより,均質な診療録を作成することが可能である.アナムネの取り漏れなどがなくなる.また,定型的な処方・処置・手術をする際,毎回の入力手順を省略でき,診療の質が向上する.III診療所における電子カルテの欠点スケッチに要する時間を紙カルテと電子カルテで比較すると,従来からの紙カルテのほうが優れている.手間のかかる電子カルテのスケッチではあるが,過去のス図1診療室の電子カルテ当院の診察ブース.デスク上にはモニターが2台ある.テーブル上はパソコン機器だけが配置され,通常の診療に使う機器は上のテーブル上段に配置している.(14) 図2視力,眼圧の推移を示すグラフ電子カルテでは過去の視力や眼圧の推移を一瞬にして折れ線グラフに示すことが可能である.図3説明専用モニター医師と患者の中間点にもう1台モニターを設置している.モニターを見ながらの説明が大変やりやすい.ケッチをコピーアンドペーストして使える点では優れる.超広角眼底写真の上に手書き文字を書き入れる方法は一つの解決策ではあるものの,超広角眼底写真撮影装置を有している診療所はまだまだ少ない.万が一の電子カルテシステム停止時には,通常その再立ち上げには思いのほか時間がかかる.最悪の場合,紙ベースで診療を行い,システムが復旧してから,紙カルテを読み込むとよい.常勤医では優位な面が多い電子カ(15)-0.81-0.52-0.93-1.45-1.04-1.07-2.11-1.45図4視野の経過を示す画面過去の静的視野のMD値を折れ線グラフで示している.長期的な経過が一目でわかる.ルテではあるが,パート医師による診療ではその対応がむずかしい場合がある.電子カルテメーカー間でユーザーインターフェースが統一されていないが,この点は今後に期待される.キーボードは思いのほか汚染されている.便座の雑菌数とキーボードの雑菌数を比較するとキーボードの汚染のほうがひどいという報告がある3).日常のキーボードの掃除も大切であろうが,診療ブースでは,ときどきキーボードやマウスの買い換えが必要であろう.あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131215 図5視野の経過を示す画面過去と現在の視野を同時に示している.患者に変化の有無を具体的に示すことが可能である.1216あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(16) 図6OCTの経過を示す画面過去のOCTと現在のOCTを同時に示している画面.患者に変化の有無を具体的に示すことが可能である.おわりに診療所の電子カルテシステムの現状を報告した.眼科用電子カルテはいくつか存在するものの,いずれも細かなソフトの改良はほとんど望めないと考えたほうがよい.将来の改善を期待することなく,現状でベストなシステムを導入するのがよい.文献1)新家眞:大学附属病院および国立病院眼科における完全(ペーパーレス)電子カルテ導入について答申.日眼会誌108:323-327,20042)廣川博之,篠崎和美,山西茂喜ほか:電子カルテ導入につ(17)いて(座談会).日本の眼科79:1113-1137,20083)SeanPoulter:HowyourcomputerkeyboardisFIVETIMESdirtierthanyourtoiletseat-andcouldevengiveyou‘qwertytummy’.Which?Computing,2008(http://www.dailymail.co.uk/health/article-563110/Howkeyboard-FIVE-TIMES-dirtier-toilet-seat–qwerty-tummy.html)(筆者注:英国の消費者情報誌「Which?Computing」2008年5月号に掲載されているらしいがどうしてもオリジナルを見つけられなかったので代表的なウェブアドレスを掲載した)「用語解説」(注1.9)は次頁に掲載あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131217 ■用語解説■注1ソフトウェア:コンピュータを動かすためのプログラ注6NAS:ネットワークアタッチトストレージ(Networkムのこと.アプリケーションと称されることもある.AttachedStorage)とは,コンピュータネットワーク注2ハードウェア:コンピュータ(パソコン)本体のこと.に直接接続して使用するファイルサーバ.その実体はキーボードやモニターなども含む.コントローラとハードディスクからなるファイルサー注3ORCA:全国の医師,医療機関が誰でも無料で使えるビス専用コンピュータである.呼び名としては略称の改良可能な日本医師会作成の公開ソフトウェア.2002NAS(多くの言語ではナスと発音,英語読みではナズ)年から稼働している.現在およそ13,000施設が使用しが使われることが多い.ている.注4RS232C:米国電子工業会によって標準化された通信規格の一つ.通信方式としては最も普及しており,ほとんどのパソコンに標準で搭載されていた.ケーブルの最大長は約15m,最高通信速度は115.2kbps(キロビット/秒).パソコン本体とプリンタ,モデム,スキャナなどの周辺機器を接続するのに使われる.コネクタにはD-sub25ピンやD-sub9ピンのものが使われることが多い.注7RAID:RAID(RedundantArraysofInexpensiveDisks,またはRedundantArraysofIndependentDisks:レイド)とは,複数台のハードディスクを組み合わせることで仮想的な1台のハードディスクとして運用し冗長性を向上させる技術.おもに信頼性・高速性の向上を目的として用いられる.注8民生品:おもに映像・音響・通信などに関連した電子機器や装置において,一般消費者による使用・一般家注5イーサーポート(イーサネット):イーサネットはコン庭での使用を目的としていること,または,そのことピュータネットワークの規格の一つで,世界中のオフィを前提に開発・設計された製品・規格を指す(その場スや家庭で一般的に使用されているLAN(LocalArea合は民生機,民生規格などとも表現される).分野によNetwork)で最も使用されている規格である.イーサり「コンシューマー用」「家庭用」などとよばれる場合ネットにはいくつかの規格があるが,1000BASE-Tでもあるは,ケーブルの最大長100m,最高通信速度は1Gbps注9Cloudシステム:ネットワーク,特にインターネット(ギガビット/秒).コネクタはRJ45が使われることがをベースとしたコンピュータ資源の利用形態.ユーザほとんどである.ーは,コンピュータによる処理やデータの格納をネットワーク経由で利用する.ユーザーが用意すべきものは最低限の接続環境のみであり,加えてクラウドサービス利用料金を支払う.(前田利根)1218あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(18)

病院システムと眼科医療情報の標準化

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1203.1211,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1203.1211,2013病院システムと眼科医療情報の標準化StandardizationofHospitalInformationSystemandOphthalmologyDepartmentMedicalInformation篠崎和美*はじめに多くの病院に共通する,診療所との違いは,電子カルテの導入などの決定権が,眼科医にはなく,病院にあることである.眼科医の意向をよそに決定した病院の方針に従い,勤務医のわれわれは,円滑な眼科診療を守る必要がある.電子カルテ化の波が押し寄せ,約10年経た.電子カルテの導入の早い施設では,導入時の混乱と,リプレイスの悩みも経験した.亀の歩みではあるが,眼科のチーム力により,当初に比べ,眼科領域の医療情報のIT(InformationTechnology)環境は,多少改善しつつあるかと思う.しかし,問題は尽きない.病院とは,20床以上の病床数の入院施設を有する施設を指す.眼科病院にはじまり,地域医療支援病院,特定機能病院など,病院は規模,機能,管理者により多岐にわたり,一度に取り扱うのはむずかしい.そこで今回は,大学病院を軸として,地域医療支援病院,診療所,地域医療連携(病診連携)も考慮しながら進めている産学連携による眼科領域の医療情報環境への『標準化』の取り組みを中心に述べたい.I『標準化』の経緯内閣「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)」の「e-Japan重点計画」策定1)を契機に,2001年12月に厚生労働省から,「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」2)が提示された.これは,2002年度からおおむね5年間の医療の情報化の達成目標とともに,産官学の役割分担と戦略的に情報化を推進するためのアクションプランが示されたものだった.電子カルテシステム(HIS)注1の普及策として,2001年度と2002年度に,病院へのHIS導入の予算措置がとられたことも背景に,完全(ペーパーレス)電子カルテ化を導入する施設が増え,眼科にも波紋を寄せた.筆者らの施設も2003年に電子カルテ化を導入したが,利点と欠点が浮き彫りになった3).当初は,眼科部門システムも現在ほど充実しておらず,HISも内科中心に構成され,ユーザの声に叶うものではなかった.2004年に,日本眼科学会より「大学附属病院および国立病院眼科における完全(ペーパーレス)電子カルテ化導入について」4)という答申が出された.電子カルテ化における問題点や眼科医の希望は,おおむね共通し,また,問題解決には,施設やベンダの垣根を越えた協力が必要と思われた3).協力の一つの形として,『標準化』が考えられた5).2007年から,『標準化で相互運用性・コストダウンを目指す─快適な眼科医療情報環境へ─』の目標を掲げ,日本眼科学会,日本眼科医療機器協会注2,日本IHE(IntegratingtheHealthcareEnterprise)協会注3の産学連携による眼科領域の医療情報環境への『標準化』の取り組みがスタートした6,7).この『標準化』の取り組みは,まず,大学病院から診療所まで関与する検査機器の出力データについて,2009年オートレフラクトケラトメータ(以下,レフケラ)6),*KazumiShinozaki:東京女子医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕篠崎和美:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)1203 2010年眼圧計,眼底写真の出力データ共通仕様書の実装から始めた7).今年度からは部門システムの導入が困難な市中病院への対応,また,2014年に開催される第34回国際眼科学会(WorldOphthalmologyCongress:WOC)に向けて,国際的にも視野を広げて活動をしている.II電子カルテ化で生じる眼科領域の問題点:対応中1.眼科の他科や院内からの孤立の危険性機能の良い眼科部門システムを導入することで,使い勝手の悪いHISに頼らず,診療を行うことができる.HISへの関心は低く,眼科独自で診療を行う機運も見受けられた.院内の他科領域やHISベンダが,眼科の特殊性に対する認識が低いところに,孤立してしまうと,医療領域のIT情報の入手の遅れ,システム変更の際にも取り残される危険性を感じた.2.各ユーザやベンダにおける多大な労力や莫大な費用の負担・システム開発の効率の悪さ各検査機器と眼科部門システムやHISとの接続,HISと眼科部門システムへの接続も個々の対応であると,多大な労力や莫大な費用の負担が,各ユーザやベンダに課せられる.接続に追われていると,テンプレートの改善,閲覧性の向上などのシステム開発に手が回らない.3.検査データの互換性についての不安検査機器からの出力データの方式がさまざまであると,互換性がなく,眼科部門システム,HISや検査機器を入れ替えた場合に,以前のデータの閲覧ができない可能性がある.4.複雑な診療動線眼科の患者動線は,自科内でも,診察室・検査室・処置室を出入りする.さらに,中央検査や眼科以外の診療科への受診もある.1人の患者に対して,医師と看護師以外にも視能訓練士(ORT)がかかわる.また,1人の医師が,検査・診断・治療に携わる.さらに,自科検査は,オーダする眼科医自身が行う場合,オーダした医師1204あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013と異なる眼科医が行う場合,ORTが行う場合,看護師による準備が必要な場合があり,また,同じ検査でも関与する者が時と場合により異なる.情報の流れが比較的一方的な内科の診療と異なり,情報のやり取りが複雑で,システム上の処理もむずかしい.眼科特有であり,他科からは理解を得難い.III協力の一つである『標準化』の必要性相互接続性,データの互換性,長期のデータの保障や,オーダリング関連の問題の改善などは,各々の施設やベンダが,個々に対応するには限界があり,負担が大きい.したがって,施設やベンダの垣根を越える協力がないと,問題の解決はむずかしい.『標準化』は協力の一つである.『標準化』した方法で,データをやり取りすると,相互接続性,データの互換性,長期のデータの保障も期待される.他科と異なり複雑な診療動線のため生じるオーダリング関連の不都合も,眼科として一つの仕様を提示できれば,病院の電子カルテ側の対応も可能となると考えた.眼科に限らないが,HISや眼科部門システムの導入を終え,運用にも慣れて安堵したころ,5年後にはシステムのリプレイスの話が浮上してくる.したがって,数年先を踏まえてみた場合,相互接続性,データの互換性,システム共通基盤を獲得することで,検査機器・眼科部門システム・HISなどのさまざまな連携のソフト開発にかかるユーザやベンダの労力や費用の負担が軽減され,コストダウン,接続の効率化が期待できる.また,データに互換性をもたすことも可能となる(図1).IV眼科領域のIT化する医療情報の『標準化』への日本眼科学会,日本眼科医療機器協会,日本IHE協会の協力による産学連携の必要性『標準化』は,将来を見据えて,眼科学,さらに眼科診療に有益なものでなければいけない.方向性を誤らないためには,日本眼科学会の協力が不可欠である.また,米国では,EyeCareをAmericanAcademyofOphthalmology(AAO)がバックアップしており,AAOとの交渉が生じた場合も,学会を通じて行う必要がある.(4) 従来『標準化』bca図1『標準化』の可能性:レフケラレフケラの1行の結果に対して,機器は大量の情報の処理をしている.a:従来は,レフケラ,眼科部門システムの各々の組み合わせに対し,接続ソフトを要した.機器やシステムが入れ替わると,接続ソフトの変更も生じる.b:出力データの『標準化』を行うと,レフケラの機種の入れ替えをしても,眼科部門システムの入れ替えをしても,データの互換性が担保され,接続ソフトも最小限に抑えられる.c:システム導入のプロセスにおいて,『標準化』を取り入れると,各過程で時間,費用の軽減ができ,その分,品質の向上に費やすことができる.また,日本眼科医療機器協会は,約100社の眼科関じて行うことは,医療界全般のIT化の情報も考慮しな連の機器会社が入会しており,協力が必須となることはがら,他の領域のベンダとも良い関係を築くうえで欠かいうまでもない.せない.一方,検査機器は海外に市場をもつものもあさらに,日本IHE協会の協力についてであるが,眼り,国際的な活動も必要とされ,米国のIHEの眼科部科で『標準化』を進めるにも,場や機会がなかった.日門であるEyeCareと協力も要する.交渉に日本IHE本IHE協会からは,眼科領域の『標準化』への場や機協会の協力を得ることが望ましい.会の提供,さらに,先に『標準化』を進めている領域かV産学連携による眼科領域のIT化する医療情報ら,技術や経験の協力の提供を受ける.また,眼科領域の『標準化』への日本眼科学会,日本眼科医療の『標準化』においても,眼科領域以外のベンダへの働きかけが必要となる.したがって,厚生労働省委託事業機器協会,日本IHE協会の役割分担の受託やさまざまな領域に関与する日本IHE協会を通眼科領域での『標準化』における各組織の役割は,家(5)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131205 の設計に例えて示すと図2のごとくである.日本眼科学会の役割は,方針や基準の提示である.日本IHE協会眼科委員会では,標準規格に基づき,日本眼科学会からの方針や基準を満たすガイドラインの提示,眼科以外の他領域とのパイプ役などを行う.日本眼科医療機器協会は,HISや眼科部門システムへの対応,しましょう.図2『標準化』への日本眼科学会,日本眼科医療機器協会,日本IHE協会の役割分担家の設計に例え,日本眼科学会,日本眼科医療機器協会,日本IHE協会の各々が担う役割を示している.『標準化』は統一化ではなく,ベンダごとに十分特色を出すことが可能で,ユーザ側は『標準化』したものを利用するほうが,自由な選択ができる.機器からの出力データ設計図の作り方DICOMHL7情報IHE日本眼科学会この地区は高さ***までにしましょう.照明には★★の基準を取り入れましょう.日本眼科医療機器協会照明の取り付け器具では●●や★★の基準があります.利用するには,天井,配線は■■がいいかもしれません.海外にも通用します.照明の取り付け器具では,★★の基準を満たし,▲▲としましょう.照明の取り付け部分は,★★の基準,▲▲に合うように★★基準照明の取り付け器具照明器具の取り替え簡単『標準化』=統一化×検査機器に対して出力データ(図3)の『標準化』を進める.3つの組織の産学連携による『標準化』は,統一化ではなく,むしろ,ベンダごとに十分特色を出すことが可能で,ユーザ側もシステム構築に自由度を得ることができる(図2).VI眼科領域の『標準化』の2本柱:活動とその進捗眼科領域の『標準化』では,2本柱を立てて進めている(図4).一つは,検査機器からの出力データの形式の『標準化』,二つめは,HISと眼科部門システムの連携やHISでの情報処理における『標準化』である.日本眼科学会は,適宜方向性を示す.検査機器からの出力データの『標準化』は,日本眼科医療機器協会が中心に進め,HISと眼科部門システムの連携(情報のやり取り)の『標準化』など,HISに関与するところでは,日本IHE協会眼科委員会が中心に進めている.1.検査機器からの出力データの『標準化』2009年にレフケラの出力データ共通仕様書ができた6).レフケラから着手した理由は,眼科で欠かせない検査であり,多くが国産でベンダの協力を得やすく,数値で扱いやすく,通常臨床に使用するデータは限られる図3検出機器からの出力データ例として,レフケラの出力データを示す.われわれが目にするのは,単純な数値であるが,実際には機器から大量の情報が出力されている.2008-12-05日付10:10:00時間ケラト一回計測分データ7.6943.751727.6844.00827.6944.00レフ一回計測分データ-4.75-0.2579目にする結果1206あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(6) などである.2010年には,数値系データとして眼圧計,画像系データとして眼底カメラの出力データ共通仕様書(システムやプログラムの機能と,その詳細をまとめたもの)ができた.検査機器への実装(仕様書に準じたプログラムを実際の機器に組み込むこと)が可能となった出力データの共通仕様書は,日本眼科医療機器協会のホームページから,入手が可能である.標準規格として,文字情報に対してHL7注4,医療画像に対してDICOM注5などの標準規格がある.また,DICOM規格のサプリメント91,110,130では,レフケラや眼底写真,OCTなどに関して,米国で定めている.しかし,現状の国内では,DICOM規格に対して,ベンダが足並みを揃えて対応するむずかしさ,わが国での有用性の不確かさから,レフケラや眼圧の数値情報について,『標準化』の第一段階としてXML注6形式が採用された.眼底カメラについては,画像JPEG+画像情報XML形式がとられた.いずれも標準規格であるHL7やDICOMへの移行を視野に入れ対応している.現在,眼軸長計測装置,レンズメータ,視野検査,スペキュラマイクロスコープなどに取り組んでいる.また,2014年春に開催されるWOCを目指し,国際的な医療画像への標準規格であるDICOMでの対応を眼底カメラに対して検討している.レフケラ,眼圧とも,われわれが目にするのは単純な数字であるが,実は,検査機器からは,複雑な情報が数十行に及んで機器から出力されている(図3).ベンダの理解と垣根を越えた協力があって初めて実現する.このように『標準化』は,一つの機器の出力データに対応するのも,多大な労力や時間を要する.2.HISと眼科部門システムの連携の『標準化』HISの不便さから,眼科医の眼科部門システムでの処理を希望する声や,診療所での眼科部門システムの導入も増え,10年前に比較し,部門システムとHISの連携(情①検査機器⇒眼科部門システム(⇒HIS)②HISと眼科部門システムの連携HISにおける改善日本眼科医療機器協会中心に日本IHE協会中心に日本眼科学会方向性をみる眼科部門システム病院情報システム(HIS)写真視野HRTICGSLOTMSOCTレフケラ眼圧DR1図4眼科領域の『標準化』の2本柱眼科領域の『標準化』では,①:検査機器からの出力データの形式の『標準化』と,②:HISと眼科部門システムの連携やHISでの情報処理における『標準化』の2本柱を立てて進めている.日本眼科学会は方向性を示す.①は日本眼科医療機器協会が中心に,②は日本IHE協会眼科委員会が中心に進めている.現在,対応されている部門システムとHISの連携を示す.たとえば,患者の登録番号や氏名などの患者情報も,眼科での誤入力,二重の作業を避けるには,HISから部門システムへ情報を受ける必要がある.眼科での診療録や自科検査結果のレポート(診療録,検査結果をまとめたもの)をHISで保存することが要求される場合もある.また,HISから,眼科部門システムをWeb参照(HIS上のいずれかの画面で,マウスをクリックし,眼科部門システム内の診療録,検査結果の画面に移動し,閲覧)を必要とする施設もある.ここでも,連携が必要となる.(7)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131207 12導入時の5割..メーカー(ベンダ)変更では導入時..メーカー(ベンダ)が違う場合,同一メーカー(ベンダ)でも機種ごとに異なる.....,,.,,さまざま12導入時の5割..メーカー(ベンダ)変更では導入時..メーカー(ベンダ)が違う場合,同一メーカー(ベンダ)でも機種ごとに異なる.....,,.,,さまざま12図5HIS・眼科部門システムのリプレイス時の問題点眼科部門システムを入れ替えた際の例を示す.報のやり取り)は進んだ(図4).一方,個別対応となり,ベンダの組み合わせや医療機関の作り込み,投資できる費用や,施設ごとの方針が加味され,連携は多様化している.連携の種類は,運用方法の数×部門システムの種類×HISシステムの種類ほどある.導入から5年後にHISや眼科部門システムのリプレイスが訪れる.見直しのチャンスでもあるが,現状では問題も多い(図5).個別対応では,再度,個々の施設で開発費用,ベンダの開発労力が発生する.『標準化』した連携がとられていると,この問題も緩和される(図1).また,HISで視力検査など自科検査の処理がやりづらいために,眼科部門システムで自科検査の情報処理を行っている.眼科医に利用しやすい自科検査のHIS上での情報処理の『標準化』したソフト(共用のソフト)ができれば,低コストでHISに導入することができ,HISと眼科部門システムの連携が不要になるものもある.3.外来診療におけるHISと眼科部門システムの連携についてのアンケート調査7)現状の把握を目的とし,2009年12月に外来診療におけるHISと眼科部門システムの連携についてアンケート調査を行った.大学病院の本院81施設の教授あてに送付し,電子カルテ担当者,もしくは適任者からの回答を依頼した.81施設中29施設(35.8%)より回答を得た.HISは27施設93.1%,眼科部門システムを導入している施設は16施設55.2%が導入していた.また,医事会計も関与する自科検査や処置のオーダに関して,部門システムの利用が多かった.投薬では,処方はHISで行い,処方内容の閲覧に眼科部門システムを利用する施設もあった.患者情報や,診療録以外にも,自科検査のオーダ関連のHISと眼科部門システムの連携も多いことがわかった.この連携の『標準化』を進めるため,2010年から2012年にかけて,診療動線の分析,オーダ関連の情報処理の流れの分析を行った.1人の患者に対して,医師,看護師,ORTが関与する.また,1人の医師が,検査・診断・治療に携わる.さらに,自科検査の実施も,オーダする眼科医自身,オーダした医師以外の眼科医,ORTが行う場合がある.造影検査など,看護師の関与が必要な場合がある.さらに,同施設でも,日や時間により,臨機応変に対応し,診療効率を上げている(図5).したがって,受付から検査(オーダ,受付,実施,検1208あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(8) 査結果の保存),医事会計までの診療動線で,8割ぐらいの施設で利用可能な共有できる動線,臨機応変に対応できる自科検査のオーダ関連のHISと眼科部門システムの連携は見つけられなかった.オーダリングに関しては,HISにおける自科検査や処置における情報処理を簡便にする共用ソフトの開発がよいという結論に至った.本年度,これに向けて,HISベンダに交渉を開始した.4.HISのみによる電子カルテ化の施設への対応,眼科診療の効率化のための共用ソフト開発2012年,日本眼科学会に電子カルテ委員会が発足した.眼科部門システムを導入できない病院が少なくないことが問題となった.また,HISと連携する眼科用電子カルテ機能の施設間の聞き取り調査の報告8)をみても,眼科用電子カルテも,眼科に広く導入されている眼科部門システム,眼科医自身の手掛けたシステムなどさまざまであり,眼科診療に満足がいく眼科部門システムの導入は,容易でないことがわかる.そこで,基本的なレフケラ,眼圧計,眼底カメラ,視野計などで診療を行っている施設などでは,HISのみで眼科医も診療しやすい環境を作ることも必要と考えた.今では,HISベンダでの画像ファイリングシステムの発展,ペンタブレットの普及や,眼科診療で基本的に使用される検査機器の出力データの『標準化』も進んできたこともあり,2005年に日本眼科学会より出された「眼科用電子カルテシステムのあり方について」の答申9)を踏まえ,時系列での閲覧性も考慮し,HISと検査機器の接続の『標準化』について,HISベンダとの交渉を始めた.眼科医の共通の意見として,HISベンダに,眼科医に有益な提案をしていけるようにしたいと思う.日本IHE協会を通じ,保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)注7や日本画像医療システム工業会(JIRA)注8への協力も必要になると思われる.オーダの簡便化,便利な共用ソフトのHISへの導入により,眼科部門システムとの連携も減り,リプレイスなどでの費用の削減が期待できる.薬剤の処方などに関しても,眼科に特徴的な,左右の指示,本数での処方の処理が容易になるように交渉予定である.(9)VII今後の課題InformationandCommunicationTechnology(ICT:情報通信技術)の地域への活用をうたった総務省が掲げる「u-Japan政策」10)の背景もあり,地域医療連携の活動が盛んになってきた.眼科医の活躍も多い.眼科では,画像が多く,容易に取り扱えるがゆえに,利便性と裏腹に,法的にも安全な画像の取り扱いが重要となる.また,2010年厚生労働省において「保健医療情報分野の標準規格として認めるべき規格について」の提言が示され,毎年改正が加えられている.厚生労働省・総務省など政府の動向,クラウド注9,OSなどIT界の変化などの情報にもアンテナを張ることも必要である.大学病院は,診療以外に教育,研究の機関でもあり,10年間での教育や研究での活用性の再評価も望まれる.おわりに電子カルテ導入が近い施設では,ぜひ,同規模で電子カルテや眼科部門システムが稼働している施設の見学をお勧めする.病院側から眼科への理解を得難い場合は,関係者の同行も大事である.稼働後のたくさんのデータが入ったカルテを,診療の流れのなかでみることで,デモ機では把握できない情報を得ることができる.また,システム導入時には,導入の費用だけではなく,保守費用,5年後のリプレイスの費用も考慮しておくことも大切である.日本眼科学会,日本眼科医療機器協会,日本IHE協会の産学連携により,『標準化で相互運用性・コストダウンを目指す─快適な眼科医療情報環境へ─』を,眼科医の希望に叶う活動にするため,眼科医の声が欠かせない.まず,活動の紹介が必要と考え,大きい規模の眼科学会では,器械展示会場で,活動を紹介するブースを設置している.立ち寄って,ご意見をいただけるとありがたい.良いシステムの構築には,システムの良し悪しもあるが,構築するのは人であり,ベンダや病院を含め良いチームを結成できるかが決め手だと思う.あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131209 ■用語解説■注1HIS:HospitalInformationSystem.医学,医療が高Medicine.複数の装置間で診療に関する情報のやり取度化するのに伴い,医療情報も多様化し増大してきたりを行うために,メディアやネットワークを用いて,ため,コンピュータを用いて病院内情報を合理化する医用画像(CT,MR,X線画像など)を送受信するためシステム.電子カルテシステム,オーダエントリーシの規格.1983年にACR(theAmericanCollegeofステム,医事システムなどの総称.Radiology)とNEMA(theNationalElectricalManu注2日本眼科医療機器協会:http://www.joia.or.jp/.1978facturersAssociation)が合同委員会を作り規格策定を年に発足.眼科医療機器の製造販売業,販売業,眼科始めた.画像フォーマットやその変換,通信プロトコ医療機器に関係している会社などからなる団体.正規ルなどに関して規定している.部門業務の進捗管理に会員数106社・賛助会員数17社(2013年8月現在).かかわる規格も含まれている.眼科学会時の併設器械展示会の開催などでおなじみ.注6XML:ExtensibleMarkupLanguage.XMLはインタ注3日本IHE協会:http://www.ihe-j.org/index.html.ーネットの標準として勧告された,言語を作る言語:IntegratingtheHealthcareEnterprise(IHE)-Japan.メタ言語.インターネット上でのデータ交換に非常にIHEの初期の概念は1998年に米国で提唱され,1999適した技術.年に北米放射線学会(RSNA)と医療情報・管理システ注7保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS):http://ム会議(HIMSS)がスポンサーとなって活動が開始さwww.jahis.jp/.JapaneseAssociationofHealthcareれた組織である.2001年からIHE-Jとして活動を開InformationSystemsIndustry(JAHIS).1994年発足.始.106社の会員(2013年8月現在)ユーザとベンダ会員数は350社(2013年7月現在).保健医療福祉情が協調し,双方がIT化についての考え方や手段を共報システムに関する技術の向上,品質および安全性の有しながら,医療情報システム間および検査機器など確保,標準化の推進を図ることにより,保健医療福祉の連携を,標準規格を用いてどのように行うかガイド情報システム工業の健全な発展と国民の保健・医療・ライン(『標準化』)を示し,「医療情報システムの相互福祉に寄与し,もって健康で豊かな国民生活の維持向運用性確保のための対向試験ツール開発事業」厚生労上に貢献することを目的とした組織.生活者の重視,働省の委託事業も担ってきた.放射線科を中心に活動技術規準の確立,産官学の協調,産業界の健全な発展が開始され,循環器,内視鏡,病理,臨床検査,眼科を理念としている.などにも活動が広がっている.また,米国のIHEには,注8日本画像医療システム工業会(JIRA):http://www.眼科部門としてEyeCareがあり,AAOもバックアッjira-net.or.jp/outline/.JapanMedicalImagingandプしている.RadiologicalSystemsIndustriesAssociation(JIRA).注4HL7:HealthLevel7.健康産業全般において,デー1924年に設立.会員数は約170社(2013年5月現在).タ交換をするためのフォーマットを標準化したもの.画像医療システムに関する規格の作成および標準化のACR/NEMA(DICOM)やASTM,IEEEなど,他の推進,品質および安全性ならびに技術の向上に関する医療関係の標準化委員会とも協力関係にあり,医療全研究調査,生産,流通および貿易の増進ならびに改善,般の標準化を目指している.現在の最新のバージョン講習会,研究会の開催や参加,法令,基準などの周知は3.0.医療情報交換のための標準規約で,患者管理,徹底および行政施策に対する協力,薬事法施行規則にオーダ,照会,財務,検査報告,マスタファイル,情定められた高度管理医療機器など,または管理医療機報管理,予約,患者紹介,患者ケア,ラボラトリオー器の販売業者などの営業管理者および医療機器の修理トメーション,アプリケーション管理,人事管理など業者の責任技術者に対する継続的研修など行っている.の情報交換を取り扱っている.HL7はHealthLevel注9クラウド:クラウド・コンピューティング.ソフトSevenの略で,「医療情報システム間のISO-OSI第7ウェアやハードウェアのネットワークを介したサービ層アプリケーション層」に由来している.ス.プライベート・クラウド,パブリック・クラウド注5DICOM:DigitalImagingandCommunicationsinに大別される.稿を終えるにあたり,眼科領域の産学連携による医療情報の『標準化』への,日本眼科学会,日本眼科医療器機協会,日本IHE協会眼科委員会,日本IHE協会のご協力,日本眼科医会の啓発活動へのご協力に深謝申し上げる.1210あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013文献1)内閣IT戦略本部:e-Japan重点計画概要.http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dai3/jyuten/0329sum1.html,20012)厚生労働省:保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザインの策定について.http://www.mhlw.go.jp/shingi/(10) 0112/s1226-1.html,20013)篠崎和美:私立大学附属病院における電子カルテ導入.あたらしい眼科21:885-892,20044)新家眞,東範行,伊藤逸毅ほか:大学附属病院および国立病院眼科における完全(ペーパーレス)電子カルテ化導入について.日眼会誌108:323-327,20045)篠崎和美:電子カルテ化における眼科領域の標準化.日本の眼科79:745-746,20086)篠崎和美,永田啓,吉冨健志ほか:オートレフラクトケラトメータデータ出力形式の『標準化』─『標準化』でコストダウン・相互運用性を目指した快適な眼科領域の医療情報環境へ─.日本の眼科80:1571.1574,20097)篠崎和美,永田啓,吉冨健志ほか:2010年度眼科領域の『標準化』の進捗─『標準化』でコストダウン・相互運用性を目指した快適な眼科領域の医療情報環境へ─.日本の眼科82:1227-1229,20118)若宮俊司,寺岡由恵,金光俊明ほか:眼科用電子カルテ機能の施設間比較調査結果.臨眼67:887-890,20139)大鹿哲郎,東範行,伊藤逸毅ほか:眼科用電子カルテシステムのあり方について.http://www.nichigan.or.jp/member/guideline/ecv.jsp,200510)総務省:u-japan政策.http://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ict/u-japan/(11)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131211

序説:デジタル眼科

2013年9月30日 月曜日

●序説あたらしい眼科30(9):1201.1202,2013●序説あたらしい眼科30(9):1201.1202,2013デジタル眼科TelemedicineandDigitalRecordinginOphthalmology吉冨健志*前田直之**はじめにインターネットが生活の一部となり,さまざまなデジタル媒体が日々の生活を変えている現在,医療の世界もデジタル化は避けて通れない.デジタル化は便利な点がいろいろあると同時にさまざまな問題も発生してくる.われわれはデジタル化の利点ばかりでなく,負の部分についても理解しておくことが,これからの時代に大切なことと思われる.1.電子カルテシステム現在,ほとんどの施設ではオーダリングや薬処方,患者予約はコンピュータ上で行われている.これを電子カルテと認識している方も多いと思われるが,これは基本的には「医事システム」であり,医事業務処理をコンピュータが行っているだけで,真の電子カルテ「電子診療録」とは異なるものである.診療録としての電子カルテシステムが導入されているかどうかは,病院として正式のカルテが,紙媒体なのか,電子媒体なのかが重要である.電子カルテを導入する施設は最近急速に広がっており,大学病院ばかりでなく,一般病院,開業医でも導入しているところが多くなってきている.昔の紙カルテとはまったく異なる使い方に,導入当時は混乱もあったが,今はさまざまな種類の電子カルテシステムがあり,使いやすくなってきたと感じている方も多いと思う.しかし,電子カルテの発達は,紙カルテの時代には考えられなかった問題を発生させているのも事実である.病院情報システム(HIS:HospitalInformationSystem)は,全科の電子カルテシステムであり,血液検査の結果や放射線科での撮影画像閲覧はよく作られているが,眼科のような特殊な科のデータについては使いにくいのが現状である.大学病院などの一般病院では,多くの科はHISで情報を管理しているが,眼科のデータは,HISだけで管理するのはむずかしく,眼科に特有なシステム(部門システム)をHISとは別に導入する必要がある.このとき問題になるのは,眼科だけ別にコストがかかること,患者の年齢,性別などの基本情報や,薬剤の情報はHISで管理され,視野や眼底写真などのデータは部門システムで管理されるため,この2つのシステムの連携がうまくいかなければならないことである.実際に病院全体でHISを更新したり,他社のシステムに変更すると,眼科の部門システムも変更する必要があり,余計な手間とコストがかかるという問題が明らかになってきている.逆に眼科開業医は,眼科に特化したシステムのみで医事業務と診療録システムを管理するため,このような問題は起こらない.*TakeshiYoshitomi:秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系眼科学講座**NaoyukiMaeda:大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学講座(眼科学)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)1201 2.遠隔医療と病診連携電子カルテが普及し,多くの患者データがデジタル化され,患者紹介の際にもデータをデジタルで送ることが増えてきている.さらに,ネット配信で遠隔地のデータをオンタイムで見ることができ,眼科に限らず遠隔地医療に革新的な進歩をもたらしている.異なる医療機関でデータを共有する際に問題となるのは,データの標準化の問題である.ある施設のデータが,他の施設で読み込めない,あるいは読み込めても電子カルテに取り込めない,などの問題を解決するにはさまざまな施設や,電子カルテシステムを開発している業者などがデータのFormatについて摺り合わせてゆく必要がある.これについては,特に放射線科の分野で放射線画像データの標準化が進められており,全科のなかでは最も進んでいると思われるが,それでもまだ完全に解決すると言うにはほど遠い状況である.このような問題が解決すれば,医療機関でのデータの移動がスムーズになり,患者への余計な検査が不要になるなどのメリットも多い.しかし,病気に対する患者の情報の扱いについては紙カルテの時代とは異なり,十分に注意する必要がある.患者のデータがデジタル化されれば,疾患ごと,投与薬剤ごと,特定の治療ごとのデータを瞬時に集め,解析することが可能になる.これは医学の発展にとっては好ましいことで,データの共有化ができれば多施設研究も簡単にできるようになる.一方で,情報の漏洩が発生した際は,紙カルテとは比べものにならない大量の患者データが漏洩してしまうことになる.情報管理は以前とは比べものにならないくらい厳重に行う必要がある.HISはインターネットに接続できないようにするなどの対策は現在も取られているが,患者情報の扱いについては利便性と情報管理の重要性の立場から多角的に考えてゆく必要がある3.さまざまなデジタル機器タブレット端末などの機器は,われわれの日常生活も変えてきている.電子書籍が増えてきて,本屋さんの売り上げが落ちてきているなど,昔は想像もできなかった変化が起きている.医療の分野でもさまざまな医療機器がデジタル化されている.ポラロイドの眼底カメラは,ポラロイドフィルムが発売されなくなり,使えなくなっている.このような変化がこれからも眼科医療の分野に起こってくると考えられる.カルテがデジタル化すれば,視野も,眼底写真もデジタル化され,一度も紙媒体にならないようになると思われる.新しい医療機器の使い方には,新しい考え方が必要である.新しい時代に出てきたさまざまな医療機器を使いこなすときに重要なのは,機器の使い方のみではなく,医療データをデジタル化することに対する新しい考え方を受け入れることだと思う.1202あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(2)