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網膜静脈閉塞症に対する抗VEGF治療

2012年9月30日 日曜日

特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1203.1208,2012特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1203.1208,2012網膜静脈閉塞症に対する抗VEGF治療Anti-VEGFTherapyforRetinalVeinOcclusion辻川明孝*I網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対するこれまでの治療黄斑浮腫では直接失明に至ることはないが,変視症・小視症・視力低下をひき起こし,治療に苦慮することが多い.網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)に伴う黄斑浮腫は自然消退し,視力改善することもある.その一方で,網膜中心静脈閉塞症(CRVO)に伴う黄斑浮腫は自然軽快することはまれであり,特に,虚血型のCRVOでは高度な視力障害に至ることも多い.一般に,CRVOのほうがBRVOよりも視力予後は悪い.1984年に報告されたBranchVeinOcclusionStudy1)で有効性が報告されて以来,BRVOに伴う黄斑浮腫に対しては格子状光凝固が長年標準治療として行われてきた.2009年に報告されたStandardCarevsCorticosteroidforRetinalVeinOcclusion(SCORE)study2)ではトリアムシノロンの効果は格子状光凝固と変わらず,むしろ,合併症が多かったため,格子状光凝固の有効性が再確認される結果となった.一方,わが国では,硝子体手術による後部硝子体.離の作製,内境界膜.離,arteriovenous(AV)seathotomyなどの手術治療が盛んに行われてきた.1995年に報告されたCentralVeinOcclusionStudy3)では格子状光凝固は黄斑浮腫の吸収を早めるが,視力予後は無治療群と変わらず,CRVOに対する格子状光凝固の有効性が否定される結果が報告された.それ以降,CRVOに伴う黄斑浮腫に対する標準治療は確立されないできた.しかし,2009年に報告されたSCOREstudy4)ではトリアムシノロンの硝子体内注入の有効性が示され,1mgのトリアムシノロンの使用が推奨された.一方,わが国では,硝子体手術による後部硝子体.離の作製,内境界膜.離,radialopticneurotomyなどの手術治療も行われてきた.II黄斑浮腫におけるVEGFの関与網膜静脈閉塞症は網膜動静脈交叉部や篩状板後方で網膜主幹静脈の循環障害によって生じる疾患である.循環障害により,静脈や毛細血管の内圧が上昇し,障害を受けた血管のバリア機能が破綻するのに伴い,血液成分が漏出する.その結果,黄斑部の網膜内の漏出液が貯留することに伴って黄斑浮腫が形成される.黄斑浮腫の形成には血管内皮増殖因子(VEGF)の役割も大きいことが知られている.網膜虚血に伴って誘導されたVEGFの作用により,血管透過性が亢進し,黄斑浮腫の状態がさらに悪化する.網膜静脈閉塞症では硝子体中のVEGF濃度が上昇していることも報告されている5).実際に,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対して抗VEGF薬の硝子体内投与を行うと,短期間で黄斑浮腫が完全に消失することが多い.このことから考えても,黄斑浮腫の病態にはVEGFの役割が大きいことがうかがわれる.*AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学〔別刷請求先〕辻川明孝:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(27)1203 III抗VEGF薬Pegaptanib(MacugenR)はわが国でも中心窩下脈絡膜新生血管を伴った加齢黄斑変性に対して認可されている.PegaptanibのBRVO,CRVOに伴う黄斑浮腫に対する有効性が小規模studyで報告されている.黄斑浮腫を伴ったBRVO症例に対してpegaptanib(0.3mgまたは1.0mg)を6週間ごとに3回投与し,その後は6週間ごとに必要に応じて投与を行ったところ,54週後には平均14文字の視力改善効果が得られた6).また,黄斑浮腫を伴ったCRVO症例に対してもpegaptanibれている.わが国で網膜静脈閉塞症に対して行われている抗VEGF薬はほとんどがbevacizumabである.Ranibizumab(LucentisR)はわが国でも滲出型加齢黄斑変性に対して第一選択の薬剤として用いられている.また,網膜静脈閉塞症に対しても米国,EUでは承認を受けているが,わが国では第III相臨床試験が進行中で:Pegaptanib,0.3mg(n=33):Pegaptanib,1mg(n=33)1510:Sham(n=32)+9.9*+7.1-3.2視力(文字数変化)-5(0.3mgまたは1.0mg)を6週間ごとに投与を行ったところ,30週後には平均7.1文字,9.1文字の視力改善が得られた.Sham群は30週後には平均3.2文字の視力低下となっており,pegaptanib(1.0mg)の視力改善効50果が報告されている(図1)7).しかし,わが国では網膜静脈閉塞症に対する保険適用はない(表1)8).-10一方,bevacizumab(AvastinR)は眼科領域での適応投与期間(週)がないものの,加齢黄斑変性・網膜静脈閉塞症・糖尿病図1CRVOに対するpegaptanib治療による視力改善効果黄斑浮腫を伴ったCRVO症例に対して,pegaptanib(0.3mg網膜症・新生血管緑内障などさまざまな疾患に対してのまたは1.0mg),偽注射を6週間ごとに5回の投与を行った.有効性が報告されて,適応外治療としてしばしば用いらPegaptanib(1.0mg)投与群のほうが偽注射より有意に視力改善効果が高かった(*p<0.05vs偽注射群).(文献7を改変)表1網膜静脈閉塞症に対する抗VEGF薬0612182430一般名PegaptanibRanibizumabBevacizumabAflibercept(VEGFTrap-Eye)商品名MacugenRLucentisRAvastinREyleaR製剤アプタマー遺伝子組み換えFabフラグメント抗体可溶性融合蛋白ターゲットVEGF165VEGFVEGFVEGF,PlGF分子量50kDa48kD149kD115kD特徴VEGF121は阻害しないので安全性が高いといわれている全身のクリアランスは速いが,滲出型加齢黄斑変性で脳血管障害のリスクが増加するとの解析結果もある血中での半減期が長く,全身的な副作用のリスクがあるVEGFに対する結合親和性が高く,硝子体内の生物活性の半減期が長くなると考えられ,投与間隔を長くできる可能性がある日本での眼科適応中心窩CNVを伴う滲出型加齢黄斑変性中心窩CNVを伴う滲出型加齢黄斑変性なし中心窩CNVを伴う滲出型加齢黄斑変性(申請中)海外での網膜静脈閉塞症に対する現状なし米国,EUでは承認済み適応外治療で用いられているCRVOに対する国際共同第III相臨床試験が終了.BRVOに対する国際共同第III相臨床試験中日本での網膜静脈閉塞症に対する現状なし第III相臨床試験中適応外治療で用いられているCRVOに対する国際共同第III相臨床試験が終了.BRVOに対する国際共同第III相臨床試験中(文献8を一部改変)1204あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(28) ある.Aflibercept(VEGFTrap-Eye,EyleaR)はわが国では中心窩下脈絡膜新生血管を伴った加齢黄斑変性に対して申請中である.CRVOに対しては国際共同第III相臨床試験が行われた.また,BRVOに対しても国際共同第III相臨床試験が進行中である.IVBRVOに伴う黄斑浮腫に対する抗VEGF治療1.BRAVOstudy9)昨年,黄斑浮腫を伴ったBRVOに対するranibizumabの効果を検証した第III相臨床試験RanibizumaBfortheTreatmentofMacularOedemafollowingBRAnchRetinalVeinOcclusion(BRAVO)studyの結果が報告された9).BRAVOstudyではBRVO397例を3群に分けて,0.5カ月の治療期間には,ranibizumab(0.3mgまたは0.5mg),偽注射を毎月行った.その後の6.11カ月の観察期間では,必要に応じてranibizumabの追加投与を行った.ただし,対象眼は基準を満たすと格子状光凝固を行うことができたので,偽注射群の57.6%,ranibizumab群の約20%は格子状光凝固を受けていた.5mg)群,偽注射.群でそれぞれ16.6文字,18.3文字,7.3文字の視力改善が得られ,ranibizumab治療群のほうが有意に視力改善効果が高いことが示された(図2).その後の観察期間(6.11カ月)の間にはranibizum3mg,0.5mg)群には平均2.9回,2.8回のranibi-.ab(0zumab投与が行われた.偽注射群に対しても3.8回のranibizumab投与が行われた.12カ月後には平均16.4文字,18.3文字,12.1文字の視力改善が得られ,12カ月後においてもranibizumab治療群のほうが高い視力改善効果がみられた.観察期間中に一度もranibizumabの追加投与を行わなかった症例はranibizumab(0.3mg,0.5mg)群,偽注射群でそれぞれ17.2%,20.0%,6.5%であった.2.HORIZONstudy10)BRAVOstudy終了後の304症例に対するその後の経過がHORIZONstudyとして報告された10).対象眼は3カ月に一度以上の検査を受け,必要であればranibizumab(0.5mg)の投与を受け,205症例で12カ月以上経過された.HORIZONstudyでの12カ月の期間(治療開始から12.24カ月)でのranibizumab投与回数はranibizumab(0.3mg,0.5mg),偽注射群で平均2.4回,2.1回,2.0回であった.BRAVOstudyの開始時に比べ6カ月後にはranibizumab(0.3mg,0:Sham/0.5mg(n=132):0.3mgRanibizumab(n=134):0.5mgRanibizumab(n=131)て,HORIZONstudyの開始時にはranibizumab(0.3視力(文字数変化)201612840+18.3*+18.3**+16.4**+16.6*+7.3+12.10724681012mg,0.5mg),偽注射群で平均16.8文字,19.2文字,13.2文字の改善が得られていたが,その後12カ月にお視力(文字数変化)2520151050+13.2+16.8+19.2+17.5+14.9+15.6BRAVOHORIZONRVO治療期間(0~5カ月)観察期間(6~11カ月)図2BRAVOstudyでの視力変化黄斑浮腫を伴ったBRVO症例に対し,0.5カ月の治療期間には,ranibizumab(0.3mgまたは0.5mg),偽注射をそれぞれ毎月行った.その後,6.11カ月の観察期間では毎月検査を行い,必要に応じてranibizumabの投与を行った.ただし,すべての対象眼は格子状光凝固を行うことができた.6カ月後,12カ月後のいずれにおいてもranibizumab治療群のほうが有意に視力改善効果が高かった(*p<0.0001,**p<0.01,vs偽注射群).(文献9を改変)(29)BaselineM1236912期間(月):Ranibizumab0.5mg:Ranibizumab0.3/0.5mg:Sham/0.5mg図3HORIZONstudyでの視力変化BRAVOstudy終了後のBRVO症例に対し,最低3カ月に一度は検査を受け,必要であればranibizumabの投与を続けた.いずれの群においても12カ月後まで視力改善効果が維持された.しかし,12カ月の時点でranibizumab投与群と偽注射群とで視力変化に差はみられなかった.(文献10を改変)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121205 いても視力改善効果が維持された(図3).しかも,12カ月の時点での視力改善効果は14.9文字,17.5文字,15.6文字となり,ranibizumab投与群と偽注射群とで差はみられなくなっていた.15文字以上視力改善がみられた症例の割合は50.0%,60.3%,51.5%であった.約50%の偽注射群の症例では格子状光凝固を受けているので解釈はむずかしいが,ranibizumabの治療開始が6カ月遅れても,2年後には視力改善効果には差はなくなるとも解釈できる.VCRVOに伴う黄斑浮腫に対する抗VEGF治療1.CRUISEstudy11)昨年,黄斑浮腫を伴ったCRVOに対するranibizumabの効果を検証した第III相臨床試験RanibizumabfortheTreatmentofMacularEdemaafterCentralRetinalVeinOcclUsIonStudy:EvaluationofEfficacyandSafety(CRUISE)study11)の結果が報告された.CRUISEstudyではCRVO392例を3群に分けて,0.5カ月の治療期間には,ranibizumab(0.3mgまたは0.5mg),偽注射を毎月行った.その後,6.11カ月の観察:Sham/0.5mg(n=130):0.3mgRanibizumab(n=132):0.5mgRanibizumab(n=130)18期間では,必要に応じてranibizumabの追加投与を行った.6カ月後の平均視力改善はranibizumab(0.3mg,0.5mg)群,偽注射群でそれぞれ12.7文字,14.9文字,0.8文字であり,ranibizumab治療の視力改善効果が報告された(図4).その後の観察期間(6.11カ月)にはranibizumab(0.3mg,0.5mg)群には平均3.8回,3.3回のranibizumab投与が行われた.偽注射群に対しても3.7回のranibizumab投与が行われた.12カ月後には平均13.9文字,13.9文字,7.3文字の視力改善が得られ,12カ月後においてもranibizumab治療群のほうが有意に視力改善効果が高いという結果が示された.しかし,観察期間中に一度もranibizumabの追加投与を行わなかった症例はranibizumab(0.3mg,0.5mg)群,偽注射群でそれぞれ7.0%,6.7%,4.3%であった.2.HORIZONstudy10)CRUISEstudy終了後の304症例に対するその後の経過がHORIZONstudyで報告された10).対象眼は3カ月に一度以上の検査を受けた.必要であればranibizumab(0.5mg)の投与を受け,181症例で12カ月以上経過された.HORIZONstudyでの12カ月の期間(治療開始から12.24カ月)でのranibizumab投与回数はranibizumab(0.3mg,0.5mg),偽注射群で平均2.9回,+14.9*+12.7*+0.816+13.9**3.8回,3.5回であった.CRUISEstudyの開始時に比べ視力(文字数変化)14121086420+13.9**て,HORIZONstudyの開始時にはranibizumab(0.3mg,0.5mg),偽注射群で平均14.9文字,16.2文+7.3字,9.4文字の視力改善が得られていたが,その後の12視力(文字数変化)2520151050-5+16.2+12.0+14.9+8.2+9.4+7.6CRUISEHORIZONRVO治療期間(0~5カ月)観察期間(6~11カ月)図4CRUISEstudyでの視力変化0724681012黄斑浮腫を伴ったCRVO症例に対し,0.5カ月の治療期間にBaselineM1236912は,ranibizumab(0.3mgまたは0.5mg),偽注射をそれぞれ期間(月)毎月行った.その後,6.11カ月の観察期間では毎月検査を行い,必要に応じてranibizumabの投与を行った.6カ月後,12カ月後のいずれにおいてもranibizumab治療群のほうが有意に視力改善効果が高かった(*p<0.0001,**p<0.0001,vs偽注射群).(文献11を改変)1206あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012図5HORIZONstudyでの視力変化CRUISEstudy終了後のCRVO症例に対し,最低3カ月に一度は検査を受け,必要であればranibizumabの投与を続けた.いずれの群においても12カ月後には一旦改善した視力の低下がみられた.(文献10を改変)(30) 視力(文字数変化)20151050-54812162024*p<0.001vs.Sham21.3letterdifference週+17.3*2q4-4.0Sham視力(文字数変化)20151050-54812162024*p<0.001vs.Sham21.3letterdifference週+17.3*2q4-4.0Sham図6COPERNICUSstudyでの視力変化黄斑浮腫を伴ったCRVO症例に対し,0.5カ月の治療期間には,VEGFTrap-Eye,偽注射をそれぞれ毎月行った.6カ月後においてVEGFTrap-Eye治療群のほうが有意に視力改善効果が高かった.(文献12を改変)カ月の間に平均5.2文字,4.1文字,4.2文字の視力低下を認めた(図5).しかも,12カ月の時点での視力改善効果は8.2文字,12.0文字,7.6文字となり,ranibizumab投与群と偽注射群とで差は小さくなっていた.3.COPERNICUSstudy12)今年になって,黄斑浮腫を伴ったCRVOに対するVEGFTrap-Eyeの効果を検証した第III相臨床試験COPERNICUSstudy12)の結果が報告された.COPERNICUSstudyではCRVO189例を2群に分けて,0.5カ月の治療期間,VEGFTrap-Eye硝子体内注射,または,偽注射を毎月行った.6カ月後の平均視力変化はVEGFTrap-Eye群,偽注射群でそれぞれ17.3文字,.4.0文字であった(図6).15文字以上視力改善が得られた症例は56.1%,12.3%と,VEGFTrap-Eye治療群のほうが有意に視力改善効果が高いという結果が示された.VIわが国での治療現在,わが国での網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対する抗VEGF治療としては,適応外使用でbevacizumabの硝子体内注入が行われているのみである.Bevacizumabの硝子体内注入は適応外治療であるので,各施設の倫理委員会での承認されたプロトコルに従い,インフォームド・コンセントを得たうえで行う必要がある13).投与スケジュールにはコンセンサスはないが,上記のstudyで行われたような毎月投与を行っている施設は少なく,初回投与後,黄斑浮腫の再発があれば必要(31)に応じて再投与を行っている施設が多い.BRVOに伴う黄斑浮腫は自然消退することがある.したがって,これまでは3カ月程度経過観察を行っても,改善しない症例に対して外科的な治療を行うことが推奨されることが多かった.しかし,抗VEGF治療では,大きな合併症・患者の負担も少ないため,初診時に治療を行っている施設も多い.一方,BRAVOstudyでは6カ月偽注射を(格子状光凝固を含む)行った後にranibizumabによる治療を開始しても,2年後には視力の差はみられなくなっている.この点から考えると,経過観察の後に治療を開始しても視力予後は変わらないということになる.Bevacizumabの硝子体内投与により,多くの症例で黄斑浮腫は急速に消退する.しかし,8割程度の症例では2.3カ月後に再発がみられる14).そのたびに再投与を行うことが多いが,何度も何度も再発を繰り返す際にはいつまで治療を行うのか判断に迷う.BRAVOstudyでも,CRUISEstudyでも,ranibizumab投与群でも半年の観察期間に平均約3.4回のranibizumabの投与が行われた.さらに,BRVOではHORIZONstudyでの12カ月のranibizumabの平均投与回数は2.0.2.4回であり,2年目でも平均2回の治療を要している.CRVOでは2年目に3.4回の治療を要しているが,それでも,平均視力の低下がみられるため,投与回数が不足している可能性がある.おわりに網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対する抗VEGF治療の効果はこれまでの治療法よりもはるかに優れている.近い将来,抗VEGF治療が網膜静脈閉塞症に対する治療の中心になるのはまちがいない.現時点ではbevacizumabを適応外治療として用いる以外には選択肢はない.わが国でも,何種類かの抗VEGF薬を使えるようになることが期待されている.文献1)TheBranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserphotocoagulationformacularedemainbranchveinocclusion.AmJOphthalmol98:271-282,1984あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121207 2)ScottIU,IpMS,VanVeldhuisenPCetal:Arandomizedtrialcomparingtheefficacyandsafetyofintravitrealtriamcinolonewithstandardcaretotreatvisionlossassociatedwithmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion:theStandardCarevsCorticosteroidforRetinalVeinOcclusion(SCORE)studyreport6.ArchOphthalmol127:1115-1128,20093)TheCentralVeinOcclusionStudyGroupMreport:Evaluationofgridpatternphotocoagulationformacularedemaincentralveinocclusion.Ophthalmology102:1425-1433,19954)IpMS,ScottIU,VanVeldhuisenPCetal:Arandomizedtrialcomparingtheefficacyandsafetyofintravitrealtriamcinolonewithobservationtotreatvisionlossassociatedwithmacularedemasecondarytocentralretinalveinocclusion:theStandardCarevsCorticosteroidforRetinalVeinOcclusion(SCORE)studyreport5.ArchOphthalmol127:1101-1114,20095)NomaH,FunatsuH,MimuraTetal:Vitreouslevelsofinterleukin-6andvascularendothelialgrowthfactorinmacularedemawithcentralretinalveinocclusion.Ophthalmology116:87-93,20096)WroblewskiJJ,WellsJA3rd,GonzalesCR:Pegaptanibsodiumformacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion.AmJOphthalmol149:147-154,20107)WroblewskiJJ,WellsJA3rd,AdamisAPetal:Pegaptanibsodiumformacularedemasecondarytocentralretinalveinocclusion.ArchOphthalmol127:374-380,20098)辻川明孝:抗VEGF薬.あたらしい眼科29(臨増),2012(印刷中)9)BrownDM,CampochiaroPA,BhisitkulRBetal:Sustainedbenefitsfromranibizumabformacularedemafollowingbranchretinalveinocclusion:12-monthoutcomesofaphaseIIIstudy.Ophthalmology118:1594-1602,201110)HeierJS,CampochiaroPA,YauLetal:Ranibizumabformacularedemaduetoretinalveinocclusions:long-termfollow-upintheHORIZONtrial.Ophthalmology119:802809,201211)CampochiaroPA,BrownDM,AwhCCetal:Sustainedbenefitsfromranibizumabformacularedemafollowingcentralretinalveinocclusion:twelve-monthoutcomesofaphaseIIIstudy.Ophthalmology118:2041-2049,201112)BoyerD,HeierJ,BrownDMetal:VascularendothelialgrowthfactorTrap-Eyeformacularedemasecondarytocentralretinalveinocclusion:six-monthresultsofthephase3COPERNICUSStudy.Ophthalmology119:10241032,201213)KondoM,KondoN,ItoYetal:Intravitrealinjectionofbevacizumabformacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion:resultsafter12monthsandmultipleregressionanalysis.Retina29:1242-1248,200914)YasudaS,KondoM,KachiSetal:Reboundofmacularedemaafterintravitrealbevacizumabtherapyineyeswithmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion.Retina31:1075-1082,20111208あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(32)

糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF治療

2012年9月30日 日曜日

特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1195.1201,2012特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1195.1201,2012糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF治療Anti-VEGFTherapyforDiabeticMacularEdema古泉英貴*はじめに糖尿病黄斑浮腫は糖尿病患者の視機能障害の主原因であり1),無治療で放置した場合は50%以上の患者が2年以内に2段階以上の視力低下をきたすとされる2).糖尿病患者は現在でも世界中で増加し続けており,糖尿病黄斑浮腫の克服は公衆衛生的な観点のみならず,医療経済的にも非常に重要な問題である3).糖尿病黄斑浮腫に対する治療としては古典的な局所あるいはグリッド光凝固が長年標準治療として用いられてきた.1985年のEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)による研究結果では黄斑部光凝固を施行した場合,無治療の場合と比較して約半数の症例で中等度以上の視力低下を抑制することができたとされている4).その光凝固治療の主たる目的は現存する視機能を維持させることであった.近年,滲出型加齢黄斑変性に伴う脈絡膜新生血管に対する抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)治療の優れた視力維持・改善効果が脚光を浴びているが,糖尿病網膜症の病態にもVEGFは深く関わっている.VEGFは糖尿病網膜症でみられる虚血網膜で発現が亢進し,病的な血管透過性亢進および血管新生を誘導する.そして血液網膜関門の破綻より網膜浮腫をもたらす.糖尿病黄斑浮腫眼における前房水のVEGF濃度は黄斑浮腫の重症度と相関するとされ5),眼内のVEGFを抑制することは糖尿病黄斑浮腫の治療戦略として理にかなっているといえる.それぞれの薬剤の特徴については他稿に譲るが,現在眼科領域で使用可能な抗VEGF薬としてはペガプタニブ(マクジェンR),ベバシズマブ(アバスチンR),ラニビズマブ(ルセンティスR)がある.ただし,ベバシズマブは眼科用薬剤としては適応外使用である.ペガプタニブとラニビズマブは現在わが国では滲出型加齢黄斑変性のみに適応があるが,後者はEUと米国において糖尿病黄斑浮腫に対しての使用が最近認可された.アフリベルセプト(VEGFTrap-Eye,EyleaR)も糖尿病黄斑浮腫も含めた各種疾患において臨床試験が進められている.抗VEGF治療は黄斑浮腫以外でもその血管新生抑制作用より増殖糖尿病網膜症,特に硝子体手術前の補助薬剤としての使用や血管新生緑内障にも効果が期待できるが,本稿では糖尿病黄斑浮腫に限定し,エビデンスレベルの比較的高い研究成果につき概説する.Iペガプタニブ糖尿病黄斑浮腫の改善効果のある抗VEGF治療として最初に報告された6).現在第III相試験まで終了しその視力改善効果が報告されているが,アプタマー製剤であるペガプタニブと比較して抗体製剤であるベバシズマブやラニビズマブの切れ味の良さが注目されたこともあり,その治療効果はあまり啓蒙されていないというのが実情である.*HidekiKoizumi:東京女子医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕古泉英貴:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(19)1195 IIベバシズマブ滲出型加齢黄斑変性の場合と同様,糖尿病黄斑浮腫においてもベバシズマブの治療成績に関して多数の報告がある.しかしそれらのほとんどが後ろ向き研究かつ短期間,少数例での報告であり,成績においてもかなりのばらつきがある.前向き無作為研究としては米国の多施設臨床研究システムであるDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR.net)の研究7)とBOLT試験8)がある.DRCR.netの研究では黄斑部光凝固とベバシズマブ各々の単独療法および併用療法についての効果を検討しているが,その結果は光凝固単独群と比較しベバシズマブ単独あるいは両者の併用療法群では視力,網膜厚とも有意に改善したとしている.第II相試験であった研究の結果を受けて現在第III相試験が進行中である.BOLT試験でもベバシズマブは光凝固と比較して視力,網膜厚とも有意に改善させることがわかった.これらの研究はベバシズマブと光凝固の比較であり,無治療群(シャム注射)との比較はなされていない.また前述のごとく,現状ではベバシズマブは糖尿病黄斑浮腫のみならず眼科用薬剤としては適応外使用である.IIIラニビズマブラニビズマブは大規模な前向き研究にて糖尿病黄斑浮腫に対する治療効果が立証されている.その代表的なものを以下に示す.1.READ.2試験米国における①ラニビズマブ単独群,②光凝固単独群,③ラニビズマブ+光凝固併用群の治療成績を比較した126症例が対象の第II相無作為多施設試験である.ラニビズマブ単独群では0.5mgを6カ月間でベースラインおよび1,3,5カ月目の合計4回投与を行い,光凝固単独群ではベースラインおよび必要があれば3カ月目にも追加治療を行った.ラニビズマブ+光凝固併用群にはラニビズマブ0.5mgの投与および光凝固をベースラインと3カ月目に行った.6カ月目の成績ではラニビズマブ単独群では平均7.24文字改善し,光凝固単独群で平均0.43文字悪化していたのと比較して有意な差を認1196あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012ベースライン0.000.000.00:RBZ:Laser:RBZ+LaserRBZ:ラニビズマブ,Laser:光凝固.6カ月目7.24-0.433.8012カ月目6.612.394.8124カ月目7.705.106.801086420-2-4ベースラインからの変化(文字数)図1READ.2試験の視力経過(文献10より引用改変)めた9)(図1).短期間の結果ではあるが,ラニビズマブ単独療法が光凝固よりも視力改善効果の点で優れることが明らかとなった最初の報告である.6カ月目以降はラニビズマブ単独群,光凝固単独群では2カ月ごと,両者の併用群では3カ月ごとに経過観察のうえ,あらかじめ決められた基準に基づいて(prorenata:PRN)追加治療を行った.24カ月目の時点でもラニビズマブ単独群では視力は維持された(平均7.7文字)が,加えて残りの2群にもラニビズマブの使用を可能としたところ平均視力の改善がみられ(光凝固単独群で平均5.1文字,ラニビズマブ+光凝固併用群で平均6.8文字),3群間の有意差はみられなくなった10).さらに6カ月目から24カ月目までに必要であったラニビズマブの治療回数はラニビズマブ単独群で5.3回,光凝固単独群で4.4回,両者の併用群で2.9回と併用群で最も少なかった.2.DRCR.netの研究DRCR.netの主導により行われた854眼を対象とした大規模な第III相無作為多施設試験である.①ラニビズマブ0.5mg+PromptLaser(ラニビズマブより3.10日以内の迅速な光凝固)群,②ラニビズマブ0.5mg+DeferredLaser(ラニビズマブより24週以上経過した遅れた光凝固)群,③トリアムシノロン4mg硝子体内注射+PromptLaser群,④光凝固単独群,の4群への割り付けを行い比較した.ラニビズマブは導入期に月1(20) :光凝固単独:ラニビズマブ+PromptLaser:ラニビズマブ+DeferredLaser10.3-1.4121086420-2-4-6ベースラインからの変化(文字数):ラニビズマブ群2群の平均(n=102):無治療(シャム注射)群(n=49):トリアムシノロン+PromptLaser1110987654月数2図3RESOLVE試験の視力経過(文献13より引用改変)1008162432404856647280889610441220283644526068768492100週数この試験ではラニビズマブ単独治療や無治療との比較図2DRCR.netによる研究の視力経過(文献12より引用改変)は行われていないが,光凝固にラニビズマブ治療を加えベースラインからの変化(文字数)0D81234567891011123回,3カ月連続での投与を行い,その後は毎月の経過観察を行い,あらかじめ決められた基準に基づいて(PRN)追加治療を行った.1年後にはラニビズマブ+PromptLaser群およびラニビズマブ+DeferredLaser群ではベースラインと比較して有意に視力が改善した(両群とも平均9文字)が,トリアムシノロン+Laser群(平均4文字)と光凝固単独群(平均3文字)ではベースラインと有意差はみられなかった11)(図2).ラニビズマブの1年間の投与回数はラニビズマブ+PromptLaser群で平均8回,ラニビズマブ+DeferredLaser群で平均9回であった.ラニビズマブ+Laser群と同様,トリアムシノロン+Laser群においても網膜厚は光凝固単独群と比べて有意に減少したが,白内障の進行とともに視力改善はみられなかった.さらに,眼圧上昇のリスクもトリアムシノロン+Laser群では他の群と比較して有意に高かった.眼内レンズ挿入眼に限れば,トリアムシノロン+Laser群ではラニビズマブ群と同様の視力改善傾向を示した.その後報告された2年間の成績でもラニビズマブ+Laser群の視力改善効果は維持された12)が,2年目のラニビズマブ追加治療回数はPromptLaser併用群で平均2回,DeferredLaser併用群で平均3回と1年目よりも少ない回数で視力が維持された.(21)ることは光凝固単独治療と比較して有意に視力改善効果が高いことが明らかになった.3.RESOLVE試験ヨーロッパを主体に行われた第II相無作為二重盲検多施設試験である13).151眼を①ラニビズマブ0.3mg群,②ラニビズマブ0.5mg群,③無治療(シャム注射)群に割り付けた.まず導入期に月1回,3カ月連続でラニビズマブを投与後,毎月の経過観察のうえ,あらかじめ決められた基準に従い(PRN)追加治療を行った.追加治療においてはレスキュー光凝固の使用も可能とした.12カ月間のラニビズマブ群2群の平均注射回数は10.2回,1カ月目から12カ月目までの視力改善度の平均値では7.8文字であり,無治療群の0.1文字悪化と比較して有意な差が認められた.12カ月目にはラニビズマブ群2群の平均で10.3文字まで改善した(図3).この試験はそれまでのゴールドスタンダードであった光凝固との比較はなされていないが,ラニビズマブ単独治療が無治療と比較して良好な視力予後をもたらすことを証明したことで重要である.4.RESTORE試験RESOLVE試験と同様,ヨーロッパを主体に行われた第III相無作為二重盲検多施設試験である14).345症例あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121197 8度とともに,ラニビズマブ治療回数も単独群で7.0回,p<0.000146.15.9p<0.00010.85.RISEandRIDE試験米国で行われた第III相無作為二重盲検多施設試験で2ある15).RISE試験で377症例,RIDE試験で382症例併用群で6.8回と有意差はみられなかった.RESOLVE試験とRESTORE試験の結果を受け,2011年1月EUにおいて糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ治療が承認された.1カ月目から12カ月目までの視力改善度の平均値(文字数6を①ラニビズマブ0.3mg,②ラニビズマブ0.5mg,③0ラニビズマブラニビズマブ+光凝固光凝固n=115n=118n=110治療図4RESTORE試験におけるベースラインと比較した,1カ月目から12カ月目までの視力改善度の平均値(文献14より引用改変)を①ラニビズマブ0.5mg単独群,②ラニビズマブ0.5mg+光凝固併用群,③光凝固単独群に割り付けを行い,12カ月間の比較を行った.ラニビズマブは単独群,光凝固との併用群とも導入期に月1回,3カ月連続で行い,その後は毎月経過観察のうえ,あらかじめ決められた基準に従い(PRN)追加治療を行った.ラニビズマブの追加治療の基準はRESTORE試験よりも寛容であったが,1カ月目から12カ月目までの視力改善度の平均値ではラニビズマブ単独群で6.1文字,ラニビズマブ+光凝固併用群では5.9文字と光凝固単独群の0.8文字と比較して有意に良い視力経過が得られた(図4).ラニビズマブ単独群とラニビズマブ+光凝固併用群の間では視力改善RISE無治療(シャム注射)群にそれぞれ割り付け,同じプロトコールのもと24カ月間経過観察を行った.RISEandRIDE試験の最大の特徴はラニビズマブを24カ月にわたり毎月投与を行ったこと,すなわちラニビズマブ治療が有する最大の視力改善効果を検証したことである.24カ月後に15文字以上の視力改善がみられた割合ではラニビズマブ0.3mg群,ラニビズマブ0.5mg群ともに無治療群よりも有意に多いという結果であった(図5).途中経過においてレスキュー光凝固が認められたが,両ラニビズマブ群では光凝固群と比較してその必要性も少なかった.24カ月目の時点ではラニビズマブ群が10.9.12.5文字の視力改善を示したのに対し,無治療群では2.3.2.6文字の改善にとどまり有意な差を認めた(図6).また,両ラニビズマブ群では黄斑浮腫の改善のみならず,増殖糖尿病網膜症への進展や汎網膜光凝固の必要性も明らかに少なかった.RISEandRIDE試験はラニビズマブ単独療法の効果を最大かつ最長に示した重要な試験であり,この結果を受けて米国FDA(食品・医薬RIDE15文字以上改善した割合(%)10080604018.144.839.2p<0.0001p<0.000210080604020012.3無治療33.645.7p<0.0001p<0.0001図5RISEandRIDE試験において24カ月目に15文字以上視力改善した割合(文献15より引用改変)無治療0.3mg0.5mg0.3mg0.5mgn=127n=125n=125n=130n=125n=127ラニビズマブラニビズマブ1198あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(22) RISERIDEベースラインからの変化(文字数)15154812162024012.511.92.61050481216202412.010.91052.300Day7月数Day7月数:ラニビズマブ0.3mg群:ラニビズマブ0.5mg群:無治療(シャム注射)群図6RISEandRIDE試験の視力経過(文献15より引用改変)品局)により2012年8月,糖尿病黄斑浮腫に対してのラニビズマブ治療が承認された.ラニビズマブの前向き試験の結果は糖尿病黄斑浮腫に対する良好な視力改善効果のみならず,特に光凝固との併用療法につきいくつかの重要な情報を含んでいる.RESTORE試験の12カ月成績14)ではラニビズマブ単独群とラニビズマブ+光凝固併用群で視力改善効果とラニビズマブ治療回数の差は認められず,光凝固の付加価値は明らかでなかった.READ-2試験では最初の6カ月間の報告9)ではラニビズマブの単独療法の視力改善効果が注目されたが,その後光凝固群,ラニビズマブ+光凝固群にラニビズマブの使用を認めたところ,図1のごとくそれらの群では24カ月目にかけて視力が改善している10).しかも6カ月以降の残り18カ月で必要であったラニビズマブの必要注射回数は光凝固を行っている群で少なかった.この結果をみれば過去に光凝固の既往があっても後のラニビズマブ治療により視力改善効果がみられることのみならず,ラニビズマブに光凝固をうまく組み合わせることでラニビズマブ治療の回数も減らすことができうることを示唆している.DRCR.netによる研究12)においてはラニビズマブ+光凝固群では視力維持に必要なラニビズマブの治療回数が1年目よりも2年目で減少しており,このことも光凝固の遅発性の治療効果を示している.トリアムシノロンは黄斑浮腫減少効果こそあるものの白内障の進行や眼圧上昇のリスクを鑑みれば第一選択とはなりがたいと思われる.ラニビズマブの治療開始時の視力改善効果の切れ味は非常に優れており,現状での治療戦略としてはまず毎月の経過観察を基本としたラニビズマブ単独療法で視力改善を図った後は必要に応じて(PRN)追加投与を行い,光凝固をうまく組み合わせることで視機能の維持と同時にラニビズマブ治療回数を減らすことを目標とするのが妥当なところかもしれない.安全性に関しては重篤な副作用の頻度においてはラニビズマブ群とコントロール群の間に特記すべき差は認めず,心血管系や脳血管系の合併症の増加も認められなかった10,12.15).糖尿病患者の場合は特に治療に伴う感染症のリスクが気になるところではあるが,過去の加齢黄斑変性に対するラニビズマブの大規模臨床試験では,糖尿病と非糖尿病の間で眼内炎のリスクについては差がないとされている.今後多数例,長期間でのさらなる安全性の確認が必要である.IVVEGFTrap.Eyeベバシズマブやラニビズマブなどの抗VEGF製剤と異なる薬理作用をもつアフリベルセプト(VEGFTrapEye)は新たな治療オプションとしての役割が期待されている.その一つである米国の第II相無作為二重盲検多施設試験であるDAVINCI試験の6カ月16)および1年成績17)が報告された.その内容は,まず糖尿病黄斑浮腫を有する221患者に対し以下の5群,すなわち①(23)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121199 :2.0mgPRN*:0.5mg4週毎:2.0mg4週毎:2.0mg8週毎*:光凝固*最初の3回は4週毎14121086420-2ベースラインからの変化(文字数)0481216202428323640444852週数図7DAVINCI試験の視力経過(文献17より引用改変)VEGFTrap-Eye(0.5mg)を4週毎,②VEGFTrapEye(2.0mg)を4週毎,③VEGFTrap-Eye(2.0mg)を4週毎に最初の3回投与の後8週毎,④VEGFTrap-Eye(2.0mg)を4週毎に最初の3回投与の後あらかじめ決められた再治療基準に従い(PRN)投与,⑤光凝固,に無作為に割り付けを行った.その結果は,VEGFTrap-Eyeを用いた4群では6カ月(24週)の時点で平均視力が8.5.11.4文字と大きく改善し,光凝固群の2.5文字改善に対して有意な差を認めた(図7).VEGFTrap-Eyeの治療効果は12カ月(52週)の時点でも維持された.この試験はVEGFTrap-Eyeの4群間の治療効果の有意差を検出すべくデザインされていないが,8週毎の追加投与でも良好な視力経過を示したことは医療サイド,患者サイド双方にとって朗報であり,今後の第III相試験の結果が期待される.おわりに本稿で述べたように,糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF治療は長期間にわたる視機能維持・改善のベネフィットの得られうる治療である.しかし,その治療効果を維持するためにはやはり反復治療が必須であり,治療回数が増えるとともにコストの問題のみならず,局所および全身リスクについての危惧もある.今後光凝固治療とのより良い組み合わせや新しいドラッグデリバリーシステムの応用,そして個々の病状に応じたテーラーメイド医療により黄斑浮腫をコントロールしていく試みが望まれる.そして何よりも重要なのは糖尿病そのものの1200あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012管理であるのは言うまでもない.文献1)ArocaPR,SalvatM,FernandezJetal:Riskfactorsfordiffuseandfocalmacularedema.JDiabetesComplications18:211-215,20042)FerrisFL3rd,PatzA:Macularedema.Acomplicationofdiabeticretinopathy.SurvOphthalmol28(Suppl):452446,19843)JavittJC,AielloLP,ChiangYetal:Preventiveeyecareinpeoplewithdiabetesiscost-savingtothefederalgovernment.Implicationsforhealth-carereform.DiabetesCare17:909-917,19944)Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup.ArchOphthalmol103:1796-1806,19855)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:Increasedlevelsofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6intheaqueoushumorofdiabeticswithmacularedema.AmJOphthalmol133:70-77,20026)CunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,ananti-vascularendothelialgrowthfactoraptamer,fordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,20057)ScottIU,EdwardsAR,BeckRWetal:AphaseIIrandomizedclinicaltrialofintravitrealbevacizumabfordiabeticmacularedema.Ophthalmology114:1860-1867,20078)MichaelidesM,KainesA,HamiltonRDetal:Aprospectiverandomizedtrialofintravitrealbevacizumaborlasertherapyinthemanagementofdiabeticmacularedema(BOLTstudy)12-monthdata:report2.Ophthalmology117:1078-1086e1072,20109)NguyenQD,ShahSM,HeierJSetal:PrimaryEndPoint(SixMonths)ResultsoftheRanibizumabforEdemaofthemAculaindiabetes(READ-2)study.Ophthalmology116:2175-2181e2171,200910)NguyenQD,ShahSM,KhwajaAAetal:Two-yearoutcomesoftheranibizumabforedemaofthemAculaindiabetes(READ-2)study.Ophthalmology117:2146-2151,201011)ElmanMJ,AielloLP,BeckRWetal:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077e1035,201012)ElmanMJ,BresslerNM,QinHetal:Expanded2-yearfollow-upofranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:609-614,201113)MassinP,BandelloF,GarwegJGetal:Safetyand(24) efficacyofranibizumabindiabeticmacularedema(RESOLVEStudy):a12-month,randomized,controlled,double-masked,multicenterphaseIIstudy.DiabetesCare33:2399-2405,201014)MitchellP,BandelloF,Schmidt-ErfurthUetal:TheRESTOREstudy:ranibizumabmonotherapyorcombinedwithlaserversuslasermonotherapyfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:615-625,201115)NguyenQD,BrownDM,MarcusDMetal:Ranibizumabfordiabeticmacularedema:resultsfrom2phaseIIIrandomizedtrials:RISEandRIDE.Ophthalmology119:789-801,201216)DoDV,Schmidt-ErfurthU,GonzalezVHetal:TheDAVINCIStudy:phase2primaryresultsofVEGFTrap-Eyeinpatientswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology118:1819-1826,201117)DoDV,NguyenQD,BoyerDetal:One-yearoutcomesoftheDAVINCIstudyofVEGFTrap-Eyeineyeswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology119:1658-1665,2012(25)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121201

加齢黄斑変性に対する抗VEGF治療

2012年9月30日 日曜日

特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1189.1193,2012特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1189.1193,2012加齢黄斑変性に対する抗VEGF治療Anti-VEGFTreatmentforNeovascularAge-RelatedMacularDegeneration佐藤拓*はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療はめまぐるしく移り変わってきている.欧米において光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)から抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)療法への変化が生じ,わが国も同様な変化が続いている.わが国では2008年10月より抗血管新生療法のpegaptanib(マクジェンR)が保険治療薬となり,続いてranibizumab(ルセンティスR)が発売になり,適応外使用として用いられてきたbevacizumab(アバスチンR)を使う頻度や施設が減少してきた.さらにaflibercept(VEGFTrap-Eye,EyleaR)も発売が直前となり,抗VEGF療法も選択する時代となってきた.本稿では,主要な滲出型AMDに対する抗VEGF治療の臨床データについてまとめる.IRanibizumab(ルセンティスR)RanibizumabはbevacizumabのFabフラグメント(可変領域:抗原と結合する部位)でありbevacizumab同様すべてのisoformを阻害する.分子量は約50kDaであり,そのため組織移行性は約150kDaのbevacizumabより良好であるが,眼内半減期が短い特徴がある.VEGFに対する親和性も高められており,臨床成績も良好な成績が多く,現時点での滲出型AMDに対する治療の基本薬となっている.海外で実施されたranibizumabの第III相比較試験であるMARINA1)(occulltCNV:choroidalneovascularizationに対するranibizumab単独投与)やANCHOR試験2)(classicCNVに対するranibizuamb単独投与とPDTとの比較試験)では,毎月1回硝子体内投与を2年間(計24回投与)実施したところ,投与後の視力スコアの平均変化量はベースラインと比べてMARINA試験24カ月で6.6文字(図1),ANCHOR試験12カ月で11.3文字の有意な増加が認められ(図2),毎月投与がranibizumab治療におけるゴールデンスタンダードとなった.しかし,毎月の硝子体内投与は,患者側や医療機関側の負担が大きいため,実現することが困難である場合が多い.その後のPIER試験3)(毎月1回計3回の導入期投与の後,維持期においては3カ月に1回投与するプロトコール)では,導入期終了時点での改善した視力が,維持期である12カ月後の平均視力でベースラインと同様のレベルまで低下した(図3).つまり,ranibizumabを維持期に3カ月に1回投与するプロトコールで視力改善を保てないことがわかった.つぎに行われたPrONTO試験4)では,ranibizumabを維持期においては毎月来院して,視力とともに光干渉断層計(OCT)所見を基本とした臨床所見に応じて必要により(PRN:proranata)投与するプロトコールで行われ,有意な視力改善効果が認められた(図4).2年間のルセンティスR投与回数は平均で9.9回(5.0回/年)であり,毎月投与が行われた第III相比較試験よりも少ない投与回数で同様の効果が得られ,わが国での治療の基本となりその後,*TakuSato:群馬大学大学院医学系研究科病態循環再生学講座眼科学分野〔別刷請求先〕佐藤拓:〒371-8511前橋市昭和町3-39-15群馬大学大学院医学系研究科病態循環再生学講座眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(13)1189 100.5mgofranibizumab0.3mgofranibizumab0-55Meanchangeinvisualacuity(no.ofletters)-10-15Shaminjection15182124036912MonthMeanchangefrombaseline(day7)0.5mgofranibizumab+2.6+5.9+6.5+7.2+7.2+7.4+6.8+6.7+6.60.3mgofranibizumab+2.3+5.1+5.6+5.9+6.5+6.9+6.1+6.2+5.4Shaminjection+0.6-3.7-6.6-9.1-10.4-11.8-13.6-15.0-14.9図1MARINA試験―視力変化24カ月OccultCNVに対して,ranibizumab毎月投与0.3mg,0.5mgいずれの群も,投与3回で改善した視力を24カ月維持可能であった.(文献1より)151050-5-10Verteporfin0.3mgofranibizumab0.5mgofranibizumabMeanchangeinvisualacuity(no.ofletters)-15Meanchangefrombaseline(day7)0.5mgofranibizumab+4.6+8.4+9.8+10.0+9.9+10.2+10.6+10.2+10.9+11.4+10.9+11.1+11.30.3mgofranibizumab+2.9+5.9+6.4+6.8+7.2+7.4+7.9+8.2+7.7+8.1+7.8+8.6+8.5Verteporfin+3.9+0.5-1.8-2.5-3.1-4.1-5.6-6.8-7.1-7.1-8.3-9.1-9.5図2ANCHOR―視力変化12カ月ClassicCNVに対して,verteporfin(PDT)治療群は視力改善が得られなかったのに対して,ranibizumab治療は3回投与で改善した視力を12カ月まで維持可能である.(文献2より)わが国における維持期の再投与ガイドライン5)も作成さわたるAMD治療としてranibizumab,PDTは高い対れた.費用効用が得られることが示唆されている6).一方,柳らにより,滲出型AMDに対するranibizumab,PDT,pegaptanibの対費用効用解析の結果では,IIBevacizumab(アバスチンR)生涯にわたって治療を行った場合,ranibizumab,PDTVEGFすべてのアイソフォームを阻害する抗VEGFは患者の効用を改善させる一方,費用が減少し,生涯に中和抗体である.大腸癌に対する点滴静注薬であり,わ1190あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(14)0123456789101112Month :Sham(n=63):Ranbizumab0.3mg(n=60):Ranbizumabmonthly:Bevacizumabmonthly:Ranbizumabasneeded:BevacizumabasneededMeanchangevisualacuityscorefrombaseline(no.ofletters)15141312111098765432101050-5-1016.1letter123456Month*p<0.0001-0.2-1.6-16.3:Ranbizumab0.5mg(n=61)789101112ETDRSlettersdifference*14.7letterdifference*-15図3PIER試験―視力変化12カ月0412243652647688104Ranibizumabを導入期に3回投与後3カ月に1回投与する方法では,改善した視力が維持できないことが示されている.Follow-upweeks(文献3より)1618202224図5CATT―視力変化24カ月24カ月の経過観察でranibizumabとbevacizumabは同様の効果が示されている.投与方法の違いでは毎月投与群のほうがPRN投与群より良好な視力改善が得られている.(文献8より)用など経済面の問題が議論されている(米国ではranibizumab$2,000,bevacizumab$50).LevelⅠevidenceがないままbevacizumabの使用は広まっている現状である.米国の高齢者または障害者向け公的医療保険制度であるMedicareの2008年データではbevacizumabの480,025回注入(58%)に対してranibizumabが336,89802468101214Numberoflettersgained:Mean:Median15129630Monthssinceinitialinjection図4PrONTO試験―視力変化24カ月導入期に3回毎月投与後,視力とOCT所見に基づくPRN投与で2年間改善した視力を維持できている.(文献4より)が国の眼科での使用はオフラベルであることを忘れてはならない.ルセンティスRとの相違点は,分子量が大きいこと,VEGFへの親和性も劣ることがいわれているが,実際の臨床的データの相違は少ないといわざるをえない.その代表的報告がCATT試験である.本試験はranibizumabとbevacizumabの無作為多施設比較試験で各薬剤の毎月投与群と1回投与後PRN投与をする4群の比較試験である.12カ月7)と24カ月8)の結果が報告されており,2年目の結果では,ranibizumabとbevacizumabは同等の治療結果が示された.毎月投与群のほうがPRN投与群より良好な視力改善を得られている.Ranibizumabとbevacizumabは眼球内だけでなく,全身への作用や効果の持続期間など理論的な相違と,費(15)回注入(41%)され,516ミリオンダラー支払われており,費用が大きな社会問題になっている9).IIIPegaptanib(マクジェンR)VEGFアイソフォームの165に選択的に結合するRNAアプタマーである.Pegaptanibを用いた滲出型AMDグループに対する欧米の臨床試験にV.I.S.I.O.N試験がある.投与方法が6週間ごとという大きな特徴がある.臨床データでは視力改善効果は乏しかった10,11)ことより,滲出性変化に対してはVEGF165の選択的抑制では効果が弱いことが予想される.わが国での臨床試験の結果も出ているが,視力の維持効果はあるものの改善効果が乏しいことが示されている12).しかし,抗体医薬ではないため免疫原性がほとんどなく,抗原抗体反応が少ないメリットを有している.その後,導入期に視力をranibizumabやPDTにより改善させて,維持期に再発を減らす目的で投与するLEVEL試験が行われ,良好な成績を示しており(図あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121191 907560453015065.5(-20/50)61.8(-20/60)49.6(-20/100)Visualacuity(letters)907560453015065.5(-20/50)61.8(-20/60)49.6(-20/100)Visualacuity(letters)Induction61218243036424854baselineWeeks図6LEVELStudy―視力変化12カ月導入期で改善した視力がpegaptanib8週ごと投与と再発時のルセンティスR追加により54週間保たれている.(文献13より)6)13),現在国内でもLEVEL-J試験が進行中である.IVAflibercept(VEGFTrap.Eye,EyleaR)VEGFTrap-Eyeは,ヒト型VEGF受容体1と2の細胞外ドメインの一部をヒト型IgG1(免疫グロブリンG1)のFc部分と融合させた遺伝子組み換え融合蛋白質で,硝子体内への投与を目的に開発された等浸透圧の液剤である.VEGFTrap-Eyeは,可溶性のデコイ(おとりの)受容体としてVEGF-Aと胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)に結合することにより,本来のVEGF受容体への結合および活性化を阻害する.VEGFとの親和性をranibizumabより80.140倍有する.分子量は約110kDaであり,分子量約50kDaのpegaptanib,約48kDaのranibizumab,約150kDaのbevacizumabの中間の大きさである.VIEWプログラムは,滲出型AMD治療を目的としたVEGFTrap-Eyeの2つの無作為化第III相臨床試験である.被験者1,217名を無作為に割り付けたVIEW1試験は,米国とカナダで実施され,被験者1,240名を無作為に割り付けたVIEW2試験は,ヨーロッパ,アジア太平洋,ラテンアメリカ,日本で行われた.ポイントとしてranibizumabに対する非劣性試験で,VEGFTrap-Eyeを導入期に毎月3回投与して,維持期に4週ごと投与する群と8週ごと投与する群に割り付けられ,ranibizumab毎月投与群と比較するデザインになっている.2年目は全治療群が同じ薬剤をPRN投与するデザインであるが,少なくとも3カ月に1回投与する方法で1192あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012ある.VIEW1,2試験の統合解析では,VEGFTrap-Eye2mgの2カ月に1回投与群のベースラインからの視力改善は96週目で7.6文字(52週目では8.4文字)であった.2年間の投与回数は平均11.2回で,2年目の投与回数は4.2回であった.Ranibizumab毎月投与群のベースラインからの視力改善は96週目で7.9文字(52週目では8.7文字)であった.2年間の投与回数は平均16.5回で,2年目の投与回数は4.7回であった.Ranibizumab投与群と比較してVEGFTrap-Eye2mgの2カ月に1回投与群の2年目の平均投与回数が全体的に少なかった(4.7回と比較して4.2回)ことは,VEGFTrap-Eye2mgの2カ月に1回投与群では頻回に治療を必要とする被験者が少なく,必要な投与回数も少なかったことを示され,改善した視力を保ちながら維持期の治療回数を減らせる可能性が示されている14.16).V合併症について眼科医が最も注意をしなければならない合併症として,眼局所の合併症以上に全身的合併症である.血圧上昇や脳心血管系イベントの可能性があり,既往のある,ハイリスク症例には特に慎重投与が望ましいとされてきている.Uetaらのメタアナリシスでは,ranibizumab使用が脳血管イベントのリスクを有意に上昇させるが〔p=0.045,OR:3.24,95%CI(信頼区間):0.96.10.95〕,非致死性心筋梗塞のリスクは上昇しない(p=0.193)ことを報告している17).しかし,近年続いてranibizumabやbevacizumabの使用が全身性リスク(死亡率,心筋梗塞,脳血管イベント)を高めていないという臨床報告が続けて報告されている.理論的な予測と異なり,臨床データでは副作用が低い可能性を示唆するデータが増えてきている18,19)が,抗VEGF薬の投与は引き続き慎重を要する.おわりにわが国でも滲出型AMDに対する抗VEGF薬の使用経験が蓄積されてきた.今後国内外の臨床成績を参考に,各種抗VEGF薬の使い分けや他剤との併用療法を含めた治療法の選択がわれわれに求められはじめている.(16) 文献1)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20062)BrownDM,KaiserPK,MichelsMetal:Ranibizumabversusverteporfinforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1432-1444,20063)RegilloCD,BrownDM,AbrahamPetal:Randomized,double-masked,sham-controlledtrialofranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:PIERStudyyear1.AmJOphthalmol145:239-248,20084)LalwaniGA,RosenfeldPJ,FungAEetal:Avariable-dosingregimenwithintravitrealranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:year2ofthePrONTOStudy.AmJOphthalmol148:43-58,20095)田野保雄,大路正人,石橋達朗ほか:ラニビズマブ(遺伝子組換え)の維持期における再投与ガイドライン.日眼会誌113:1098-1103,20096)柳靖雄,相原由季子,福田敬ほか:脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性に対するラニビズマブ,光線力学療法,ペガプタニブナトリウムの対費用効用解析.日眼会誌115:825-831,20117)MartinDF,MaguireMG,YingGSetal:Ranibizumabandbevacizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed364:1897-1908,20118)MartinDF,MaguireMG,FineSLetal:Ranibizumabandbevacizumabfortreatmentofneovascularage-relatedmaculardegeneration:Two-yearresults.Ophthalmology119:1388-1398,20129)BrechnerRJ,RosenfeldPJ,BabishJDetal:Pharmacotherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration:ananalysisofthe100%2008medicarefee-for-servicepartBclaimsfile.AmJOphthalmol151:887-895,201110)GragoudasES,AdamisAP,CunninghamETetal:Pegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed351:2805-2816,200411)ChakravarthyU,AdamisAP,CunninghamETJretal:Year2efficacyresultsof2randomizedcontrolledclinicaltrialsofpegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology113:1508e1-1525,200612)田野保雄,ペガプタニブナトリウム共同試験グループ:脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性を対象としたペガプタニブナトリウム1年間投与試験.日眼会誌112:590-600,200813)FribergTR,TolentinoM,WeberPetal:Pegaptanibsodiumasmaintenancetherapyinneovascularage-relatedmaculardegeneration:theLEVELstudy.BrJOphthalmol94:1611-1617,201014)BrownDM,HeierJS,CiullaTetal:PrimaryendpointresultsofaphaseIIstudyofvascularendothelialgrowthfactortrap-eyeinwetage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology118:1089-1097,201115)HeierJS,BoyerD,NguyenQDetal:The1-yearresultsofCLEAR-IT2,aphase2studyofvascularendothelialgrowthfactortrap-eyedosedas-neededafter12-weekfixeddosing.Ophthalmology118:1098-1106,201116)バイエルヘルスケア社が12月5日に発表したプレリリースの邦訳http://byl.bayer.co.jp/scripts/pages/jp/press_release/press_detail.php?file_path=2011%2Fnews201112-07.html17)UetaT,YanagiY,TamakiYetal:Cerebrovascularaccidentsinranibizumab.Ophthalmology116:362,200918)CurtisLH,HammillBG,SchulmanKAetal:Risksofmortality,myocardialinfarction,bleeding,andstrokeassociatedwiththerapiesforage-relatedmaculardegeneration.ArchOphthalmol128:1273-1279,201019)CampbellRJ,GillSS,BronskillSEetal:Adverseeventswithintravitrealinjectionofvascularendothelialgrowthfactorinhibitors:nestedcase-controlstudy.BMJ345:e4203,2012(17)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121193

抗VEGF薬剤の種類と特徴

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特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1185.1188,2012特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1185.1188,2012抗VEGF薬剤の種類と特徴CharacteristicsofAvailableAnti-VEGFAgents鈴間潔*はじめに最近の抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor:血管内皮増殖因子)治療の発展には目を見張るものがある.滲出型加齢黄斑変性(AMD)の治療では第一選択となっており抗VEGF薬なしでの治療はもはや考えられない.重症の増殖糖尿病網膜症の硝子体手術における術前投与も広く行われており,手術時間の短縮や術後経過に寄与している.また,将来的には糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫に対しても適応拡大されるであろう.私たちは今まさに抗VEGF治療の発展の真っただ中におり,VEGFという言葉を聞いたことがない眼科医はほとんどいないのではないだろうか.本稿では,今現在使われているか間もなく使用可能になる抗VEGF薬剤についてわかりやすくまとめさせていただいた.IマクジェンR:pegaptanib(ペグ化抗VEGFアプタマー)〔滲出型AMDの治療薬として最初に認可を受けた阻害薬〕最初に開発されたVEGF阻害薬であるマクジェンR:pegaptanib(図1)はVEGF165より大きい分子量のisoformを中和するように,すなわちexon7の部分(図2)に結合するように作られたRNAアプタマーである1).したがって,マクジェンRは抗体ではなく核酸でできており,分解されにくいように高分子ポリエチレングリコ図1マクジェンR製剤外観ール付加などの分子修飾が加えられている(図3).分子量は約50kDaである.マクジェンRは滲出型AMDの治療のために開発されたVEGFを標的とするアプタマー(短いヌクレオチド鎖)で,眼球に直接注射される.滲出性AMD患者1,200人を対象とし6週間に1回,0.3mgずつ投与された大規模臨床試験の結果ではマクジェンRは視力低下を抑制したが,視力回復効果は認められなかった.マクジェンRを投与された患者の半数以上は,研究開始から1年間における視力低下が3段階以内に抑えられ,患者の約65%で視力の安定が認められた2).IIルセンティスR:ranibizumab(ヒト化抗VEGF抗体のFab部分)〔滲出型AMDに現在広く用いられている阻害薬〕ルセンティスR(図4)はVEGFに対するマウスモノ*KiyoshiSuzuma:長崎大学大学院医歯薬学総合研究科眼科視覚科学〔別刷請求先〕鈴間潔:〒852-8501長崎市坂本1-7-1長崎大学大学院医歯薬学総合研究科眼科視覚科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(9)1185 VEGFR-1VEGFR-2Heparin-bindingNrp-1bindingBindingsiteBindingsitesitessite123456a6b78ExonVEGF189VEGF165VEGF121図2おもなVEGFisoform分子量の違いにより受容体の活性化の強さや持続時間が異なる.(TischerEetal:JBiolChem266:1194711954,1991より)a….b………………………………….40-kDaPEG-5¢3¢-3¢-dT-5¢Photo-crosslinkU14CNC137図3マクジェンRの分子構造(a:構造式,b:立体構造)VEGF165に対するRNAアプタマー(aptamer,抗体のように標的蛋白質に特異的に結合し生理作用を妨害するRNA)をポリエチレングリコール(PEG)に結合させた薬物.2004年にFDAでAMD治療に承認された.(NgEWetal:NatRevDrugDiscov5:123-132,2006より)Heavychainヒト化し結合性の改善ルセンティスRFabLightchainFcヒト化した抗体マウスモノクローナル抗体FcアバスティンR図5ルセンティスRとアバスチンRの分子構造(SteinbrookRetal:NEnglJMed355:1409-1412,2006より)図4ルセンティスR製剤外観1186あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(10) クローナル抗体を遺伝子組み換えによってヒト化したものである.その結合部位はisoform共通であるためすべてのVEGFisoformを阻害する.ルセンティスRはFabフラグメント(可変領域:抗原と結合する部位)であり,さらにVEGFとの結合力が強くなるように一部遺伝子改変が行われている(図5).分子量は約50kDaであり,そのため組織移行性はアバスチンRより良好であるが,眼内半減期が短くなるといわれている.ただし,全身移行した場合の半減期も短いため安全性が高く,さらにFc部分がないので炎症も起こしにくい可能性がある.ルセンティスRは網膜疾患の治療を目的として開発された抗VEGF薬で眼球に直接注射される.視力を安定または改善する作用があり,毎月0.5mgの投与が最も良い効果を期待できるが,高価であるためそれよりも少ない頻度でルセンティスRを投与する眼科医も多い.1,300人以上のAMDを対象とした臨床試験の結果,0.5mgずつの投与を月1回のペースで2年間行った場合,患者の約90%において視力を安定(顕著な悪化がみられなかった)させる効果があり,患者の約30%において視力改善が認められた3).IIIアバスチンR:bevacizumab(ヒト化抗VEGF抗体)〔抗VEGF作用のある抗癌剤で,滲出型AMDなどに対して眼科医による適応外使用が行われている〕アバスチンRもVEGFに対するマウスモノクローナル抗体を遺伝子組み換えによってヒト化したものである.その結合部位はisoform共通であるためすべてのVEGFisoformを阻害する.分子量は約150kDaである.アバスチンRは抗癌剤として開発されたものであり,ルセンティスRはアバスチンRの分子が原型である.ルセンティスRと同様の効果があり,アバスチンRのほうが非常に低価格であることから米国ではアバスチンRを好んで使用する眼科医も多い.アバスチンRは月1回かそれ以下の頻度で1.25mgずつ投与される.アバスチンRの眼内への投与はFDA(米国食品・医薬品局)の認可を受けていないため,米国国立衛生研究所は滲出型AMD患者1,200人を対象としたAMD治療比較試験(ComparisonofAMDTreatmentTrial:CATT)を行った.この試験はアバスチンR1.25mgの投与とルセンティスR0.5mgの投与の安全性と効果を比較するというもので,2種類の薬を同じスケジュールで投与した場合,同程度の効果と副作用が認められることが報告された4).IVアイリアR:aflibercept(VEGFTrap.Eye)〔米国ではすでに認可された阻害薬で,2カ月に1回の頻度で投与される〕アイリアRはVEGFTrap-Eyeともよばれており,VEGFレセプター1とレセプター2のVEGFに結合する細胞外ドメインを抗体のFabフラグメントと入れ替えた組み換え蛋白である(図6)5).VEGFレセプター1の細胞外ドメインはVEGFへの結合力が強く,VEGFのすべてのisoformに結合し,さらにPlGF(胎盤由来増殖因子)やVEGF-Bにも結合するためそれらも阻害する(図7).1カ月に1回の投与を3回行ったのち,2カ月に1回の投与に減らしてもルセンティスRを月1回投与した場合と同様の効果を得ることができるといわれている.滲出型AMD患者約2,400人に対して行った臨床試験において,ルセンティスRを月1回0.5mgずつ投与される患者と,アイリアRを最初の3カ月間のみ月1回2mgずつ投与されたのち,2カ月に1回同量を投与される患者との比較が行われた.1年間の治療の結果,2カ月に1回投与されるアイリアRは,1カ月に1回投FcExtracellular)EndothelialcellmembraneIntracellular12331455677VEGFTrap-22346VEGFR-1VEGFR-2Eye(アイリアR図6アイリアRの分子構造(GayaAetal:CancerTreatRev38:484-493,2012より)23(11)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121187 PlGFVEGF-AVEGF-BVEGF-CVEGF-DssVEGFR-1VEGFR-2VEGFR-3(Flt-1)(KDR/Flk-1)(Flt-4)図7VEGFとVEGFレセプターファミリーの結合パターンVEGFレセプター2が中心的な役割を担っているといわれている.(YancopoulosGDetal:Nature407(6801):242-248,2000より)与されるルセンティスRと同等の視力安定もしくは回復効果を現した.アイリアRはより少ない治療回数で効果を得ることができ,体への負担も少ない可能性がある(Schmidt-ErfurthUetal:ARVO2011).おわりに他にも多くの種類の抗VEGF薬が開発されているが,先述の4剤が現在臨床応用されている代表的なものである.この4剤はすべてVEGFに結合し細胞膜の受容体に結合できなくするものであり,VEGFTrap-Eye(臨床治験中)以外はすでに薬として流通している.これら以外にも受容体のリン酸化阻害薬やVEGFの合成のそのものを阻害する薬剤も開発途上にある.今後もっと多くの種類のVEGF阻害薬が登場することが予測でき,それらの特徴と効果の違いを理解しておくことも重要になってくるであろう.文献1)NgEW,ShimaDT,CaliasPetal:Pegaptanib,atargetedanti-VEGFaptamerforocularvasculardisease.NatRevDrugDiscov5:123-132,20062)GragoudasES,AdamisAP,CunninghamETJretal:Pegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed351:2805-2816,20043)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20064)MartinDF,MaguireMG,YingGSetal:Ranibizumabandbevacizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed364:1897-1908,20115)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal:VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumoreffects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,20021188あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(12)

VEGFと眼疾患

2012年9月30日 日曜日

特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1179.1183,2012特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1179.1183,2012VEGFと眼疾患VascularEndothelialGrowthFactorsinEyeDisease野崎実穂*はじめに眼血管新生は,眼の正常な発生に不可欠であるが,糖尿病網膜症や加齢黄斑変性といったさまざまな疾患の病態にも深く関与している.21世紀に入り,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬の登場で,臨床の場での眼血管新生疾患の治療方針は劇的に変化してきている.VEGFが1989年に発見されたことを考えると,約20年を経て基礎研究に裏付けされた治療法が確立されたことになる.本稿では,おもにVEGFとVEGFの関与する眼疾患について述べる.IVEGF発見の歴史1948年にベルギーの眼科医であったMichaelsonは,虚血網膜から血管新生作用のある“FactorX”が分泌され,糖尿病網膜症などの血管新生に関与している,と推論した1).また1971年に米国ハーバード大学の外科医であったFolkmanは,腫瘍の成長は血管新生に依存し,腫瘍細胞が“腫瘍血管新生因子(tumorangiogenesisfactor:TAF)”を産生,この血管新生を抑制すれば腫瘍の抑制につながると仮説をたてた2).さらには,糖尿病網膜症のような,血管新生によって起こる疾患においては抗血管新生治療が有効なのではないか,とも考えていた.その12年後にSengerらが皮膚透過性の亢進したモルモットの肝細胞癌から,ある蛋白質を精製し,血管透過性因子(vascularpermeabilityfactor:VPF)と命名した.1989年に,FerraraおよびHenzelが内皮細胞を特異的に増殖させる因子を分離,遺伝子配列を決定し,血管内皮増殖因子(VEGF)と命名した3).その後,同じ年にVPFの遺伝子配列が決定されると,VPFとVEGFが同じ分子であることが判明した.VEGFは,二量体を形成する糖蛋白質で,おもに血管透過性と血管新生に関与する.その後,腫瘍とVEGFについての研究が盛んに行われ,VEGFは増殖の活発な血管の豊富な腫瘍に多く発現しており,1992年に,抗VEGF抗体A4.6.1,後にヒト化されベバシズマブと命名された抗体が作られ,このVEGF抗体によって血管新生を遮断することで腫瘍の成長を止めることが示された.ベバシズマブは,1997年に腫瘍に対する標準化学療法の補助療法として臨床試験が開始され,2004年に米国で承認されている.眼科領域では,1994年に糖尿病網膜症とVEGFの関連が初めて報告され,1996年に動物モデルを用いて抗VEGF抗体を用いて網膜血管新生を抑制させることに成功した.その後,2004年12月に,選択的抗VEGFアプタマーであるペガプタニブが滲出型加齢黄斑変性の治療薬として米国で承認された.IIVEGFVEGFは二量体からなる糖蛋白質で,内皮細胞に特異的に作用する.VEGFは血管発生と血管新生に関与,*MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)1179 表1VEGFファミリーとその受容体および機能VEGFファミリー受容体機能VEGF(VEGF-A)VEGF-BVEGF-CVEGF-DVEGF-EVEGFR-1,VEGFR-2,neuropilin-1VEGFR-1VEGFR-2,VEGFR-3VEGFR-2,VEGFR-3VEGFR-2血管新生,血管系維持細胞接着,細胞遊走リンパ管新生リンパ管新生血管新生Placentalgrowthfactor(PlGF)VEGFR-1,neuropilin-1血管新生,炎症VEGFファミリーはVEGF-A.Eおよびplacentalgrowthfactor(PlGF)まであり,それぞれに受容体が決まっており,それぞれ異なる機能をもっている.VEGF-A121VEGF-A145VEGF-A165VEGF-A189VEGF-A206VEGF-CVEGF-DVEGF-BPlGFVEGF-ES-SS-SVEGFR-1NRP-1VEGFR-2VEGFR-3NRP-2(Flt-1)(Flk-1/KDR)(Flt-4)血管発生血管新生リンパ管新生図1VEGFファミリーとその受容体NRP(ニューロピリン)は,チロシンキナーゼのない受容体で,VEGFRの補助的役割をしていると考えられている.(HicklinDJ,EllisLM:JClinOncol23:1011-1027,2005より)血管透過性亢進作用もある.その他のVEGFの機能としては炎症細胞遊走や,神経保護作用がある.VEGFファミリーはVEGF-A.Eおよびplacentalgrowthfactor(PlGF)からなるが,血管新生に最も関与しており,最も研究されてきたのはVEGF-Aで,VEGFと表記しているものの,VEGF-Aをさしていることが多くVEGFファミリーの代表である(図1,表1).VEGFの受容体として,チロシンキナーゼのある受容体3つが同定されている.VEGFR-1(Flt-1),VEGFR2(Flk-1/KDR),VEGFR-3の3つのうち,VEGFR-1はおもに胎生期の血管発生に重要な働きをし,病的な血管新生への関与は少ないと考えられている.一方,VEGFR-2はほとんどすべての血管内皮細胞に発現し,VEGFの血管新生作用のほとんどに関与し,内皮細胞表2VEGFチロシンキナーゼ受容体とその機能VEGF受容体機能VEGFR-1胎生期の血管発生に大きく関与病的血管新生への関与は少ないVEGFR-2VEGFの血管新生作用のほとんどを担うVEGFR-3リンパ管新生に関与分裂,増殖,遊走促進や血管透過性亢進といった作用を担い,VEGFR-3は,リンパ管新生に関与するといわれている.また,VEGFR-1は,VEGFR-2に比べVEGFに対する親和性が10倍高いため,いわゆる“おとり受容体”としてVEGFの作用を調節していると考えられている(図1,表2).VEGF-Aはチロシンキナーゼ受容体であるVEGFR1あるいはVEGFR-2に結合し,VEGFファミリーのなかでは唯一虚血により誘導されるという特徴がある.VEGF-BはVEGFR-1に結合し,細胞外マトリックスの変性や細胞接着,細胞遊走に関与,VEGF-CとVEGF-Dは,VEGFR-2とVEGFR-3に結合し,リンパ管新生に関与するといわれている.PlGFはVEGFR1に結合し,炎症に関与する他,VEGF-Aによる内皮細胞の増殖を促進する作用があるが,PlGF単独の内皮細胞増殖作用は弱いと考えられている(表1).ヒトVEGF-Aのなかでも,アミノ酸の数の違いから,VEGF121,VEGF145,VEGF165,VEGF189,VEGF206の5つのアイソフォームが知られている.5つのアイソフォームのうち,VEGF165が最も多く存在しており,血管新生に重要な役割を果たしている.VEGF121は,発現量は少ないものの,VEGF165やVEGF189よりも内皮細胞増殖作用が強いといわれている.また,生理的血管新1180あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(4) 生や神経保護作用4)ももっている.IIIVEGFと血管発生VEGFは脈管(血管)発生(vasculogenesis)と血管新生(angiogenesis)に関与する(図2).VEGF-A欠損マウスは胎仔致死であり,特にVEGF164(ヒトではVEGF165)とVEGF188(ヒトではVEGF189)欠損により異常肺血管発生など血管系欠損がひき起こされるようである.眼発生における血管発生にも,VEGF-Aが深く関わっている.眼発生の血管発生の始まるおもな部位は硝子体と脈絡膜であり,マウスの第一次硝子体過形成遺残モデルでは,硝子体血管にVEGF-Aが発現しており,網膜色素上皮細胞(RPE)におけるVEGF発現をノックアウトさせると,脈絡膜毛細血管板の形成不全がみられ小眼球となる5).網膜血管の発生は胎生期後期から始まり,生後も血管発生が続くが,VEGF-Aが血管の発芽と遊走に関与している.VEGF-Aは正常の網膜発生の過程で生理的虚血によって誘導され,VEGF-Aを阻害すると網膜血管の形成が抑制されてしまう.VEGF-Aのそれぞれのアイソフォームは眼発生の過程で別々の役割を担っていると考えられており,VEGF164だけを発現しているマウスでは正常の網膜血管発生がみられるが,VEGF120あるいはVEGF188だけを発現しているマウスでは,血管の発育が阻害されてしまう.図2血管発生と血管新生血管発生とは,胎生期に血管前駆細胞の分化,増殖,遊走から起きる新規の脈管形成をさす.血管新生は,既存血管から血管内皮細胞の遊走,増殖が起き,新たな血管が形成されることをさす.(5)IV正常眼におけるVEGF血管新生は,虚血,炎症,創傷治癒,腫瘍などによってひき起こされるが,正常の組織の恒常性維持にも必要なプロセスである.糖尿病網膜症や加齢黄斑変性では血管新生は病的に問題となるが,心臓のリモデリングや創傷治癒には血管新生は必要なプロセスである.また,VEGF-Aは眼血管系の維持にも関与していると考えられている.RPEから常にVEGF-Aは脈絡膜側へと産生され,脈絡膜毛細血管板にはVEGFR-2が発現していることから,PREと脈絡膜毛細血管板間でシグナルのやりとりがあると考えられている.RPEと脈絡膜毛細血管板の間に存在するBruch膜は,正常では透過性のある膜であるが,加齢による肥厚や脂質の沈着などが起きると,RPEからの脈絡膜側へのVEGF産生が抑制され,加齢黄斑変性の発症につながるといわれている.眼内では,さまざまな細胞からVEGFが産生されており,RPEの他,周皮細胞,血管内皮細胞,グリア細胞,Muller細胞と神経節細胞がおもなものである.VEGF-Aの産生を制御するものにはさまざまなものがあるが,低酸素は非常に重要な因子で,細胞培養実験でも低酸素状態にするとRPEからのVEGF-A産生が増加することが証明されている.VVEGFと眼疾患1.糖尿病網膜症糖尿病網膜症の基本病態は,血管透過性亢進,網膜虚血,血管新生である点から,VEGFと眼疾患の関連と■用語解説■血管発生(vasculogenesis):胎生期に血管前駆細胞の分化,増殖,遊走から起きる新規の脈管形成をさす(図2).血管新生(angiogenesis):生後,既存血管から新たな血管形成が起きること.炎症,虚血,創傷治癒,腫瘍などによって血管新生が誘導される(図2).マウスとヒトのVEGF-A:VEGF-Aのアイソフォームは5つあり,マウスはヒトに比べるとアミノ酸が1つずつ少ないため,ヒトのVEGF165はマウスのVEGF164に相当する.あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121181 して,糖尿病網膜症が注目された.実際に,活動性のある増殖糖尿病網膜症患者の硝子体内や前房水中でVEGF-Aが増加していることが報告された6).また,増殖糖尿病網膜症患者でも,汎網膜光凝固術後にはVEGF-Aの増加が有意に抑制されていることも報告され,治療によりVEGF-Aの発現を減少させることができることが明らかになった6).その後,増殖期ではない糖尿病網膜症患者でもVEGF-Aが上昇しており,特に黄斑浮腫を伴った症例でVEGF-Aの増加が認められ,黄斑浮腫とVEGF-Aの関連も明らかとなった.VEGF-Aの増加の機序としては,高血糖により機能的にも解剖的にも毛細血管障害が起き,毛細血管の無灌流が生じ,それにより虚血となりVEGF-Aが誘導され,血管新生が促進されると考えられている.2.網膜静脈閉塞症中心静脈閉塞症患者の前房水でも,正常眼と比較してVEGFが増加していることが報告された6).サルの網膜静脈閉塞症モデルでは,静脈閉塞後,虹彩血管新生の重症度と相関してVEGF-Aの発現が増加し7),網膜内でのVEGF121とVEGF165の増加が認められた.3.未熟児網膜症未熟児網膜症(ROP)患者の前房水でも,VEGFが増加していることが報告されている6).正常の網膜血管発生にVEGFは非常に重要な役割を担っており,網膜血管の発生途中では,生理的な虚血となりVEGFが誘導され,血管発生を促進させる.しかし,その時期に高酸素となると,生理的な虚血がなくなりVEGFが誘導されなくなり,毛細血管内皮細胞のアポトーシスが起こり,血管が退縮し,無血管の網膜が広がることになる.その後,通常の酸素濃度にさらされると,無血管の網膜は虚血となるためVEGFが誘導され,血管内皮細胞が硝子体内へ増殖,遊走し,血管新生が起きる.マウスを用いた酸素誘導網膜症モデル(ROPモデル)では,高酸素の時期にVEGFを投与することによりROP発症を防ぐことができ,通常の酸素濃度になりVEGFが過剰発現している時期にVEGFを阻害することによりROP発症を防ぐことが可能であった.そのような背景から,抗1182あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012VEGF抗体(ベバシズマブ)をROP症例の硝子体内に投与し治療効果を得た報告もあるが,投与量,神経網膜発生への影響,全身への安全性といった問題もあり,今後検討される必要がある.4.脈絡膜新生血管加齢黄斑変性の剖検眼ではRPEにVEGFが過剰発現しており,摘出された脈絡膜新生血管でVEGFが発現していた8).実験的にはVEGFをサルの硝子体中に注入すると,脈絡膜血管内皮細胞増殖が促進され,さらにラットのRPEにVEGFを発現させたウイルスベクターを入れると,網膜下新生血管が形成されたことから脈絡膜新生血管におけるVEGFの関与も明らかとなり,現在の抗VEGF治療の確立につながった.5.血管新生緑内障虹彩血管新生の患者の前房水や硝子体中でVEGFが増加していることが報告されている6).実験的にサルの硝子体内にVEGF-A165を投与すると虹彩新生血管が誘導され,血管内皮細胞の増殖が確認された.さらに複数回のVEGF注射でサル眼において血管新生緑内障が誘導され,血管新生緑内障へのVEGF-Aの関与が証明された.6.角膜新生血管角膜は血管のない透明な組織であるが,興味深いことにVEGFが存在している.しかし可溶型のVEGFR-1(sflt-1)が“おとり受容体”として角膜に存在しVEGFと結合しているため,VEGFが細胞膜表面のVEGFR-2に結合できず,VEGFの血管新生作用や血管透過性亢進作用が抑えられている(図3)9).炎症などで浸潤するマクロファージからVEGFが産生されることが明らかとなっており,角膜新生血管に関与している.抗VEGF抗体の投与で角膜新生血管を抑制できることも報告されている.おわりに数々の眼血管新生疾患において,VEGFの関与が明らかとなり,現在の抗VEGF治療につながった.これ(6) 図3可溶型VEGFR.1を阻害した角膜(左)と正常角膜(右)(マウス)左の角膜には血管新生を認める.下段は血管をFITC(fluoresceinisothiocyanate)蛍光抗体で染色した角膜フラットマウント.正常マウスの角膜には血管は存在していないが,可溶型VEGFR-1を阻害した角膜(左)では角膜が新生血管で覆われているのがわかる.らは,ベンチサイドからベッドサイドへ,という研究者の理想とするゴールではあったが,VEGFの長期阻害による副作用への懸念,反復する硝子体内注射という投与法などの問題もまだあり,今後より良い治療法,投与法の開発が期待される.文献1)MichaelsonIC:Themodeofdevelopmentofthevascularsystemoftheretinawithsomeobservationsonitssignificanceforcertainretinaldisorders.TransOphthalmolSocUK68:137-180,19482)FolkmanJ:Tumorangiogenesis:therapeuticimplications.NEnglJMed285:1182-1186,19713)FerraraN,HenzelWJ:Pituitaryfollicularcellssecreteanovelheparin-bindinggrowthspecificforvascularendothelialcells.BiochemBiophysResCommun161:851-858,19894)NishijimaK,NgYS,ZhongLetal:Vascularendothelialgrowthfactor-Aisasurvivalfactorforretinalneuronsandacriticalneuroprotectantduringtheadaptiveresponsetoischemicinjury.AmJPathol171:53-67,20075)MarnerosAG,FanJ,YokoyamaYetal:Vascularendothelialgrowthfactorexpressionintheretinalpigmentepitheliumisessentialforchoriocapillarisdevelopmentandvisualfunction.AmJPathol167:1451-1459,20056)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19947)MillerJW,AdamisAP,ShimaDTetal:Vascularendothelialgrowthfactor/vascularpermeabilityfactoristemporallyandspatiallycorrelatedwithocularangiogenesisinaprimatemodel.AmJPathol145:574-584,19948)FrankRN,AminRH,EliottDetal:Basicfibroblastgrowthfactorandvascularendothelialgrowthfactorarepresentinepiretinalandchoroidalneovascularmembranes.AmJOphthalmol122:393-403,19969)AmbatiBK,NozakiM,SinghNetal:CornealavascularityisduetosolubleVEGFreceptor-1.Nature443:993997,2006(7)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121183

序説:抗VEGF治療のすべて

2012年9月30日 日曜日

●序説あたらしい眼科29(9):1177.1178,2012●序説あたらしい眼科29(9):1177.1178,2012抗VEGF治療のすべてAllYouNeedtoKnowaboutAnti-VEGFTherapy小椋祐一郎*血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の阻害薬剤の登場により,加齢黄斑変性や黄斑浮腫の治療は劇的に変化した.VEGFが眼内の血管新生や血管透過性の亢進に深く関わっていることがボストンのAielloらのグループによって報告されたのは,1994年のこととまだ記憶に新しい1).Michaelsonが,X因子(FactorX)としてその存在を予言した網膜血管新生因子2)が数十年の時を経て,証明されたのである.その後,VEGFを標的とした分子標的薬(moleculartargetdrug)の開発が行われ,VEGFに対するアプタマーであるペガプタニブ(マクジェンR)が2004年に米国で加齢黄斑変性の治療薬として承認され,わが国でも2008年に承認された.その治療効果は後発の薬剤と比較するとやや劣るが,眼科臨床での最初の抗VEGF治療薬として,その上市は画期的であった.ちょうど同じ頃,米国では抗VEGF抗体であるベバシズマブ(アバスチンR)が大腸癌の治療薬として承認され,適応外使用としての眼科応用が報告され始めた.ついで,米国では2006年に抗VEGF抗体の断片であるラニビズマブ(ルセンティスR)が加齢黄斑変性を適応として承認された.わが国で承認されたのは3年後の2009年であったが,臨床試験の成績では1カ月に一度の投与で95%以上の症例が1年後でも視力が維持され,平均視力も改善するというすばらしい治療成績であった.加齢黄斑変性にはそれまでも,レーザー光凝固,放射線治療,硝子体手術,光線力学的治療などいろいろな治療が行われてきていたが,いずれの治療と比べてもその成績は格段に優れており,治療法が一変した.しかし,毎月硝子体内注射を行って投与することは現実には困難であり,投与間隔の最適化についてさまざまな試みや工夫がなされている.また,治療に反応しない症例や投与の合併症の問題も残っている.近視性や特発性などの加齢黄斑変性以外の脈絡膜新生血管への適応拡大も課題である.一方,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症に伴った黄斑浮腫に対しても臨床試験が行われ,抗VEGF治療の適応が広がってきている.ルセンティスRは米国では2010年に網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫に対して承認されており,糖尿病黄斑浮腫に対してもこの原稿を書いている2012年8月に承認されたというニュースが入ってきた.わが国でもすでに黄斑浮腫に対する臨床試験は終了しており,現在承認申請が行われている段階である.今回の特集では,このようにわが国でも近い将来に適応拡大が予測される抗VEGF治療について,基礎的な知識から適応疾患への応用,併用療法,合併症と,そのすべてを網羅した.ご執筆いただいた先生は第一線で精力的にご活躍されている方ばかり*YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)1177 であり,本特集が読者の知識の整理とアップデートに役立つことを確信している.文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19942)MichaelsonIC:Themodeofdevelopmentofthevascularsystemoftheretina,withsomeobservationsonitssignificanceforcertainretinaldiseases.TransOphthalmolSocUK68:137-180,19481178あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(2)

トップアスリートの視力

2012年8月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(8):1168.1171,2012cトップアスリートの視力枝川宏*1,2,3川原貴*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityofTopAthletesHiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),HiroshiKomatsu3),MichikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguchi3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatsubara2,3)1)EdagawaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversityわが国のトップレベルの競技者の聞き取り調査と視力測定をした.対象は国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを行った夏季と冬季のオリンピック・アジア大会53競技の競技者1,574人.聞き取り調査は競技時の矯正方法と眼の既往症歴について行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.1)視力1.0以上の競技者は全体の82.5%で,球技群が最も多く86.2%,格闘技群が最も少なく74.0%であった.2)視力の矯正は90.3%が使い捨てコンタクトレンズを使用していたが,5.4%はLASIK(laserinsitukeratomileusis),0.5%はオルソケラトロジーを選択していた.3)眼既往症者は3.0%,スポーツ眼外傷は1.0%であった.眼既往症発症率はスピード群が最も高く4.5%,スポーツ眼外傷発症率は球技群が最も高く1.5%であった.眼既往疾患では角膜疾患とその他の疾患が最も多く25.5%,ついで網膜疾患14.9%であった.Thisresearchstudiedthestateofvisualacuityoftop-classathletes.Weexaminedandinterviewed1,574top-classathleticcompetitorsintheOlympicandAsianconventiongames,regardingtheirvisualacuity.Ofalltheathletes,82.5%hadvisualacuityover1.0;thepercentagewas86.2%forthoseinballgamesand74.0%forthoseinfightgroups.Ofalltheathletes,90.3%useddisposablecontactlens;5.4%hadlaserinsitukeratomileusisand0.5%usedorthokeratology.Ofalltheathletes,3.0%hadahistoryofeyediseaseand1.0%hadhadeyeinjuriesresultingfromsports.Eyediseaseincidencewashighestinathletesinvolvedinhigh-speedathletics(4.5%);theincidenceofeyeinjurywashighestintheballgamegroups(1.5%).Themostcommondiseaseswerecornealdiseaseandotherdiseases(25.5%),followedbyretinaldisease(14.9%).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(8):1168.1171,2012〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ,スポーツ眼疾患.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport,sporteyedisease.はじめにスポーツにおいて視力は最も重要で確実な視機能であり,視力が不十分だと競技能力に影響する可能性がある.優れた競技者は一般に優れた視機能を保持していると考えられ,これまでもさまざまな集団で視力の調査報告が行われている1.6).しかし,わが国では真にトップレベルの競技者の視力を多数調査した報告はない.筆者らはすでにトップレベルのスキー競技者の視機能は報告した2)が,今回はさまざまな種目のトップレベルの競技者を対象に,視力の現状と眼既往症歴を把握することを目的として調査を行った.I対象および方法対象は2008年10月から2009年10月までに国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを行った夏季と冬季のオリンピックとアジア大会の出場者および候補者1,574人である.競技種目および競技者数は夏季オリンピック・アジア〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,EdagawaEyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPAN116811681168あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(142)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 大会36種目の1,233人,冬季オリンピック・アジア大会17種目の341人で,平均年齢は23歳であった.競技種目は種目の競技特性から6種類に分類した(表1).標的群はライフル射撃など標的を見る種目で6種目90人,格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する種目で6種目98人,球技群は野球などボールを扱う種目で14種目653人,体操群は体操など回転運動が含まれる種目で6種目79人,スピード群はスキーなど道具を使用して高速で行う種目で14種目269人,その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えにくい種目で7種目385人であった.視力測定は競技時と同様の状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.聞き取り調査は競技時の視力矯正方法と眼既往症歴について行った.分析は競技者全員と6種類の競技群で,競技時の視力矯正方法,単眼視力と両眼視力,眼既往疾患歴で行った.なお,単眼視力と両眼視力は,1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.4,0.3未満の4段階で評価した.左右の視力についてはt検定で,単眼視力と両眼視力については分散分析で行い,5%の有意水準設定で検討した.表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目6種目(90名)アーチェリー・ビリヤード・ボウリング・ライフル射撃・カーリング・バイアスロン2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目6種目(98名)剣道・柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目14種目(653名)ゴルフ・サッカー・水球・スカッシュ・ソフトテニス・ソフトボール・卓球・テニス・バスケットボール・バドミントン・バレーボール・ホッケー・ラグビー・アイスホッケー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目6種目(79名)新体操・体操・ダンススポーツ・トランポリン・フィギュアスケート・飛び込み5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目14種目(269名)自転車・スキー(アルペン・エアリアル・クロス・クロスカントリー・コンバインド・ジャンプ・モーグル)・スケート(ショートトラック・スピードスケート)・スケルトン・スノーボード・ボブスレー・リュージュ6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目7種目(385名)競泳・ウェィトリフティング・セーリング・トライアスロン・武術太極拳・ボート・陸上競技II結果1.視力単眼視力と両眼視力は6競技群で有意な差はなく,左右眼の視力も有意な差はなかった.単眼視力1.0以上は全体の82.5%(2,598/3,148眼)で,球技群が最も多く86.2%(1,126/1,306眼),格闘技群が最も少なく74.0%(145/196眼)であった(表2).両眼視力1.0以上は全体の92.2%(1,452/1,574人)で,球技群が最も多く95.4%(623/653人),格闘技群が最も少なく84.7%(83/98人)であった(表3).2.視力矯正方法視力矯正をしている者は日常生活では39.5%(621/1,574人)であったが,競技では35.4%(557/1,574人)で,日常生活で矯正している者の89.7%(557/621人)が競技でも矯正していた.競技中の矯正方法はコンタクトレンズ(CL)90.3%(503/557人)・LASIK(laserinsitukeratomileusis)表2競技群別にみた単眼視力の分布(n=3,148)視力競技群1.0以上0.9.0.70.6.0.40.3以下不明標的群n=180147(81.7%)21(11.7%)3(1.7%)1(0.6%)8(4.4%)格闘技群n=196145(74.0%)25(12.8%)15(7.7%)11(5.6%)0球技群n=1,3061,126(86.2%)117(9.0%)41(3.1%)12(0.9%)10(0.8%)体操群n=158133(84.2%)12(7.6%)9(5.7%)4(2.5%)0スピード群n=538436(81.0%)49(9.1%)31(5.8%)16(3.0%)6(1.1%)その他群n=770611(79.4%)67(8.7%)53(6.9%)27(3.5%)12(1.6%)表3競技群別にみた両眼視力の分布(n=1,574)視力競技群1.0以上0.9.0.70.6.0.40.3以下不明標的群n=9082(91.1%)4(4.4%)4(4.4%)00格闘技群n=9883(84.7%)7(7.1%)7(7.1%)1(1.0%)0球技群n=653623(95.4%)19(2.9%)6(0.9%)05(0.8%)体操群n=7975(94.9%)2(2.5%)1(1.3%)1(1.3%)0スピード群n=269246(91.5%)11(4.1%)6(2.2%)3(1.1%)3(1.1%)その他群n=385343(89.1%)20(5.2%)15(3.9%)1(0.3%)6(1.6%)(143)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121169 表4競技群別眼既往症者標的群格闘技群球技群体操群スピード群その他群競技者数(人)(n=1,574)909865379269385眼既往症者数(人)(n=47)33221126スポーツ眼外傷者数(人)(n=15)1110021眼既往症発症率(%)眼既往症者数/競技者3.33.13.41.34.51.6スポーツ眼外傷発症率(%)スポーツ眼外傷者数/競技者数1.11.01.500.70.35.4%(30/557人)・眼鏡3.8%(21/557人)・オルソケラトロジー0.5%(3/557人)であった.使用されていたCLの種類は使い捨てレンズ(DCL)93.2%(469/503人)・ソフトレンズ(SCL)4.0%(20/503人)・ハードレンズ(HCL)1.2%(6/503人)・不明1.6%(8/503人)で,DCLでは1日交換レンズ(1dayDCL)46.3%(217/469人)・2週間交換レンズ(2WDCL)49.0%(230/469人)・1カ月交換レンズ(1MDCL)4.7%(22/469人)であった.CLは全競技群で使用されていた.LASIKを選択していたのはスピード群16人・標的群7人・球技群4人・その他群3人,眼鏡を選択していたのは標的群16人・その他群4人・球技群1人,オルソケラトロジーを選択していたのはその他群3人であった.3.眼既往症眼既往症者は3.0%(47/1,574人)で,スポーツ眼外傷者は1.0%(15/1,574人)であった.眼既往症発症率(眼既往症者数/競技者数)はスピード群が,スポーツ眼外傷発症率(スポーツ眼外傷者数/競技者数)は球技群が最も高かった(表4).眼既往症では角膜疾患とその他の疾患がともに25.5%(12/47人)で最も多く,ついで網膜疾患の14.9%(7/47人)であった.角膜疾患の41.7%(5/12人)はCL関連で,これはCL装用者全体の0.8%(5/621人)であった.その他の疾患の50.0%(6/12人)は原因不明の視力低下で,網膜疾患は全員がスポーツ眼外傷であった.また,弱視の者はスピード群に2人と球技群に1人いた.III考察トップレベルのアスリートの視機能については,8種目のオリンピックレベルのアスリート157人を分析した報告4)がある.この結果では視力は種目間で有意な差があり,視力が良好な種目はソフトボールやアーチェリーで,悪い種目はボクシングや陸上競技であったと報告している.今回は競技群で分析したために種目間の視力差はわからなかったが,球技群種目や標的群種目では視力は良好で,格闘技群種目や陸上競技を含むその他群種目では視力が悪かったのはこの報告と同様の傾向であった.わが国の大学生の調査5)でも視力が良1170あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012好な者は球技種目に多くて対人や個人種目では少ないと,同様の結果を報告している.球技は視力の影響を受けやすい3)と以前に報告したが,球技群種目の者は日頃の経験を通して視力は運動能力に影響すると感じていて視力が良好な者が多かったと考えられる.また,今回体操群やスピード群でも視力が良好な者が多かったのも,同様の理由と考えられる.一方,格闘技群種目は対戦者が近距離にいるので競技者が他の種目よりも遠方を見ることが少なく,視力に重きをおく必要を感じなくて視力の悪い者が多かったと考えられるが,ボクシングのように規則で競技中は視力矯正用具を使用できない種目があることも一つの理由としてあげられる.このように競技者の視力は競技特性から影響を受けていると考えられる.今回の対象者の視力矯正割合は日常生活では39.5%で,競技では89.7%であった.これを大学生の視力矯正割合6)と比較すると,日常生活では大学生の32.5%とあまり差はなかったが,競技では大学生の71.8%よりも2割ほど高かったことから,トップレベルの競技者は競技では視力を良好に保とうとする意識が高いように思われる.矯正方法ではほとんどの者はCLを使用していたが,LASIKは冬季のスピード群や標的群の者が選択しており,オルソケラトロジーはその他群の者が選択していた.LASIKやオルソケラトロジーを選択した理由として,冬季競技は乾燥したなかで行われるうえにスピード競技では多くの風が眼に当たること,標的競技は標的を注視する際に瞬きが少なくなるなど,競技中の環境が角膜を乾燥させやすい状況にあるためだと思われる.また,眼鏡が標的群で多かったのは,標的を注視する眼だけを矯正する射撃用眼鏡を使用していたためである.視力の悪い競技者は競技能力を十分に発揮できない3)ことから目的に応じた方法で視力を矯正する必要があるが,各手法の問題点を十分に理解せずに便利な方法を選択している競技者が多かった.スポーツ眼外傷については約8割は球技によるものと報告されている7.10)が,今回球技群は66.7%(10/15人)と少なかった.この差は報告がスポーツ眼外傷で眼科を受診した患(144) 者の分析であったのに対して,今回は聞き取り調査の結果であったために生じたものと思われる.今回の聞き取り調査では一般的な既往症が少ない印象があった.これは聞き取り調査では競技者は重大な疾患だけを申告する傾向にあったことから,一般的な既往症の情報を得ることができなかったためと思われる.今後の検討が必要である.既往症では角膜疾患の4割はCL関連で,不適切なCL管理やCL使用に適さない競技環境のために起こったと考えられる.その他の疾患の半数が原因不明の視力低下であったのは,視力低下を指摘されたにもかかわらず,放置していた者が多かったためである.疾患については,眼窩より大きなボールを使用する種目で網膜疾患,身体接触の多い種目で眼窩底吹き抜け骨折が起こっていた.これは過去の報告7.11)と共通しており,種目によって起こりやすい疾患のあることがわかる.また,視覚が競技能力に影響すると思われる弱視の者がスピード群と球技群にいたことは,ハンディのある視覚を日頃の練習で獲得した技術でレベルの高い競技能力を得ることができたためと考えられる.競技能力はさまざまな要素から成立しているので,視覚の結果だけで競技能力を判断することには慎重でなければならない.文献1)大阪府医師会学校医部会:視覚とスポーツに関する調査報告書.p4-12,19962)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:スポーツ選手の眼に関する意識と視機能.臨眼60:1409-1412,20063)枝川宏,石垣尚男,真下一策ほか:スポーツ選手における視力と競技能力.日コレ誌37:34-37,19954)LadyDM,KirschenDG,PantallP:ThevisualfunctionofOlympiclevelathletes─Aninitialreport.EyeContactLens37:116-122,20115)上野純子,正木健雄,太田恵美子:大学運動部選手の視機能について.日本体育大学紀要22:31-37,19926)佐渡一成,金井淳,高橋俊哉:スポーツ眼科へのアプローチ.臨床スポーツ医学12:1141-1147,19957)黒坂大次郎,木村肇二郎:スポーツ眼外傷.眼科34:1085-1091,19928)徳山孝展,池田誠宏,岩崎哲也ほか:ボール眼外傷の15年間の統計的検討.臨眼46:1121-1125,19929)木村肇二郎:スポーツによる眼外傷.眼科MOOK39,労働眼科,p10-21,金原出版,198910)鈴木敬,馬嶋昭生,佐野雅洋:名古屋市立大学におけるボール眼外傷の統計的観察(II).眼紀37:615-619,198611)岡本寧一:接触競技による眼外傷の特徴とその対策.あたらしい眼科14:335-359,1997***(145)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121171

プリズム法によって偏心視の改善が得られた後期緑内障の1 例

2012年8月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(8):1164.1167,2012cプリズム法によって偏心視の改善が得られた後期緑内障の1例江崎秀子日本大学医学部附属板橋病院検査治療部視能訓練室EccentricViewingAidUsingPrismCorrectioninAdvancedGlaucomaHidekoEsakiDivisionofOrthoptics,NihonUniversityItabashiHospital偏心視のためのロービジョンケアの一つにプリズム法がある.方法は偏心視域へ視標が投影されるのを促し,視力の改善を図るものである.今回,両中心暗点を示す症例にプリズム法を用いたところ,qualityofvisionの改善が得られたので報告する.患者は73歳,男性である.後期緑内障による両中心暗点のために読字・書字が不能であった.より良好な偏心視域を開発するためにプリズム矯正を行った.まず,中心視野検査で相対的高感度域を把握し,その域を活用できるように単眼視用のプリズム矯正を行った.単眼視の改善矯正レンズを求めた後,さらに両眼視のための矯正を行ったところ,視力値の上昇とともに読字・書字が可能となった.今回の結果から,筆者らは偏心視のためのプリズム法を有用性と簡易性の面から推奨したい.Prismcorrectionisalowvisionaidforeccentricviewingincasesofscotomawithcentralvisualfielddefect.Thisapplicationpromotethatobjectisreflectedtoperipheralretinallocusanduseprismrelocationforacasetoshowbothcentralscotomathatisathingplanningvisualimprovement,sincequalityofvisionwasimproved.Thepatient,a73-year-oldmale,showedcentralscotomaduetoadvancedglaucoma,andwasnotabletoreadorwrite;hehascaredforlowvision.Therelativelyhighsensitivityareaoftheretinawasexaminedwithacentralvisualfieldanalyzer.Theperipheralretinallocuswasexpectedwiththeresults.Thebasetofollowaninverseprismmethodsucceededinthiscase.Thepatientwasabletoreadandwritethroughuseofprismaticglasseswithmaximumbinocularcomfort,withsinglevision.Werecommendprismcorrectionforitseffectivenessandsimplicityintrainingforeccentricviewing.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(8):1164.1167,2012〕Keywords:プリズム,偏心視,偏心視域,ロービジョンケア,中心暗点.prisms,eccentricviewing,preferredretinallocus,low-visionaids,centralscotoma.はじめに中心暗点をもつ偏心視1)患者のなかには相対的高感度網膜部位を自覚せず,本来の視機能を十分に活用できずに日常生活で不便を強いられている場合がある.そのような患者は,新たな偏心視域(preferredretinallocus2):PRL)獲得訓練2.7)が必要である.その訓練の一つであるプリズム法は,視標をプリズムによって相対的高感度網膜領域へ誘導させるもので,1982年にRomayanandaら3)によって最初に報告された.彼女らはロータリープリズムを用いた自覚的最良値による眼鏡の装用でPRLの改善を得た.1996年Verezenら4)は網膜下方にPRLがある場合はプリズム基底を下に入れる,いわゆる順プリズム法の図説を加え,さらに2006年5)には過去9年間327名にプリズム眼鏡処方者にアンケート調査(回答83%)を行い,40%は長期眼鏡装用が可能で有用であったと評価している.一方,Rosenbergら(1989年)2)は「偏心視に伴う頭位異常方向へプリズム基底を用いる方法」で偏心視の改善を得た.この方法では,PRLが網膜下方にある場合,頭位異常の出現を仮定すると「顎上げ」が推定され,Verezenらの〔別刷請求先〕江崎秀子:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部附属板橋病院眼科弱視訓練室Reprintrequests:HidekoEsaki,DivisionofOrthoptics,NihonUniversityItabashiHospital,30-1Ooyaguchikamichou,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPAN116411641164あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(138)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY プリズム基底とは逆向きの上方基底となる.筆者らは両眼の中心暗点を伴う後期緑内障患者に対してプリズム法を用いたところ,視機能の改善とともに良好なqualityofvision(QOV)が示された.その基底方向はRosenbergらのプリズム基底側と同様で,その機序は偏心固視治療法における逆プリズム法8.10)に準じるものと考えられ,若干の検討とともに報告する.I症例および検査1.症例患者は73歳,男性.初診は2011年5月,既往歴・家族歴は特になし.現病歴は2002年に両眼の原発開放隅角緑内障の診断を受け,点眼療法にて経過観察中である.読字は,単眼用拡大鏡(20×)を使用していたが,両眼の中心暗点を発症し,読字および書字が不能となった.近医で複数の眼鏡を処方されるも改善せず,本院を受診した.初診時,視力は右眼0.05(矯正不能),左眼(0.04×+1.0D),眼圧は右眼14mmHg,左眼14mmHg,前眼部および中間透光体は軽度加齢白内障のほかに異常を認めなかった.右眼左眼aa右眼左眼b右眼左眼図1視野と固視点a:Goldmann視野計測結果.b:Humphrey視野計SITA-StandardTMプログラム中心10°計測結果.点線囲い:相対的高感度域.c:眼底撮影による固視検査結果.棒の先端が固視点.眼底は黄斑部に異常なく,視神経陥凹乳頭(C/D)比は右眼0.9,左眼0.9であった.視力測定時,視標を探す視線方向・頭位が安定せず,返答を得るには長めの時間を要した.Goldmann動的量的視野計(Haag-Streit社製,以下GP)検査では,右眼は湖崎分類IIIa,中心暗点10×5°,左眼はIIIa,中心暗点8×8°が検出された(図1a).Humphrey視野計(CarlZeissMeditec社製,HumphreyFieldAnalyzerII)SITA-StandardTMプログラム中心10°(以下,HFASS10-2)による静的量的視野結果では,右眼は上鼻側と上耳側方,左眼は上鼻側から耳側にかけて弓状に示された(図1b).固視棒付き無散瞳眼底カメラ(Kowa社製VK-a)撮影では右眼は傍黄斑下耳側,左眼は視神経乳頭下部に固視点が示された(図1c).読字は接眼拡大鏡(20×)使用で10.5ポイントの文字を想像を交え曖昧に認識できた.2.検査方法a.単眼視のプリズム矯正レンズ選択法プリズム基底は,HFASS10-2で高感度域が示される網膜部位へ視標を投影する方向(順プリズム法)と,高感度域の網膜部位が視標へ向かうほうへ基底を置く方法(前者とは逆向きの基底,逆プリズム法8.10))の2法で行った.屈折異常矯正レンズにプリズムを加入し,視標の見え方の改善具合について最良自覚が得られる基底方向と度数を選択した.b.読字・書字用矯正眼鏡レンズの選択法読字・書字用矯正眼鏡の視距離は25cmに設定した.GP検査で左右の視野の重なる領域が示されたことから,両眼視を重視した眼鏡レンズの調整を行った.利き眼検査をholeincardtest,網膜対応検査をBagolini線条試験,眼位検査をsimultaneousprismcovertestで施行した.斜視が顕れる場合はプリズム順応試験を併用した.なお,利き眼側のプリズム度は収差を考慮して8Δ以下のガラスプリズムを用い,眼位矯正度が不足する場合は,非利き眼側へFresnel膜プリズムを貼付した.c.QOV評価プリズム眼鏡装用前後でコントラスト感度を比較した.CSV-1000HGT(VectorVision社製)の検査距離は約2.5mであるが,低視力者であることから検査距離を1mとし,両眼開放下で施行した.読字は,拡大読書器(NEITZ社製VS-2000AFD)を用いて新聞コラム(5.5ポイント)を読ませ,書字は本院の名称を8.5mm罫線用紙に書かせ,所要時間を計測した.d.両眼視から3カ月後の眼位・網膜対応・矯正眼鏡度読字を両眼開放下で行えるようになったことで,眼位・網膜対応・矯正眼鏡度について経過観察を行った.(139)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121165 II結果1)順プリズム基底方向では左右眼とも視力や装用感の改善は得られず,逆プリズム基底で「Landolt視標の輪郭がややはっきりする,濃く見える,視標が探しやすくなる…」などの自覚改善が得られた.遠見視力は右眼が(0.05)から(0.06×6ΔBase135°),左眼が(0.04)から(0.05×+1.0D12ΔBase90°)に改善した.近見自覚最良矯正値は右眼が(0.06×+3.5D6ΔBase90°),左眼が(0.05×+1.0D6ΔBase90°)であった.2)Holeincardtestによる利き眼は遠見では右眼を,1m以下の近見では左眼を示した.利き眼側の矯正を主とした遠方両眼矯正視力は(0.07×R;.0.5D6ΔBase65°,L;+1.0D6ΔBase115°)であった.複視は遠見矯正下では出現せず,Bagolini線条試験では交代性抑制を示し,右眼側が細長く,左眼側が短めであった.近見視力は(0.08×R;+3.5D20ΔBase15°,L;+5.0D6ΔBase90°)で,両眼単一視が認められた(図2).3)プリズム装用で全視標のコントラスト感度が上昇した.特にそのなかでの最高周波4.5cyclesperdegree(cpd)では対数コントラスト感度値0.81から1.55へと5段階の改善を示した(図3).新聞コラムの読字は,プリズム装用前では1分間で61文字,装用後では151文字が可能であった.書字は7文字を約8.5mm幅の罫線用紙に約20秒で正確に模写した.4)読字が両眼開放下で可能となってから3カ月後,Bagolini線条試験では屈折矯正眼鏡下の近見外斜視は10Δで中和し,その線条の濃さはほぼ同等となった.近見眼位は25cm40cm350cm∞+3.5D+3.5D+5.0D+5.0D+2.0D+2.0D+3.5D+3.5D-0.5D-0.5D+1.0D+1.0D6Δ6Δ6Δ6ΔCT;ortho¢6Δ6ΔRLRCT;XT¢左眼右眼:プリズム基底方向RL図2各視距離における眼鏡度,網膜対応および利き眼の所見視距離350cm以上の遠距離では網膜抑制のために両眼視は不能.視距離40cmでは眼位は正位で両眼視が可能であるも,網膜対応では左眼の像は右眼より強調され,両眼視における視野は左眼よりも狭いことが推測される.視距離25cmでは外斜視が顕れて複視出現.CT:遮閉試験,XT¢:外斜視,ortho¢:正位.1166あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012CSV-1000ContrastSensitivity……………………….3.04.51.31.5Cyclesperdegree図3両眼プリズム加入前後のコントラスト感度結果横軸の視標サイズは1mでの換算値.8Δで中和が得られ,近見25cm両眼矯正視力は(0.08×R;+3.5D8ΔBase30°,L;+5.0D6ΔBase115°)であった.III考按本症例は後期緑内障に伴う中心暗点のため読字・書字が不能となり本院を受診,傍黄斑部に相対的高感度網膜部位が検出され,未開拓のPRLが推察された.プリズム法を施行したところ即効性に偏心視の改善が促され,両眼視力は(0.05)から(0.08)へと上昇し,読字・書字が可能となった.視野中心暗点に相当する領域が中心窩を含む網膜上方部にあり,相対的高感度部位が網膜の下方部にある場合,正面視標をその部位へ投影させるにはVerezenら4)が示したようにプリズム基底は下方となる.ところが,その基底では改善が得られず,逆に基底を上方にすることで良好なPRLの獲得が可能となった.筆者らは1990年に逆プリズム法を用いた偏心固視の治療経験を報告10)した.プリズムで眼球回転を促し,視標を中心窩に向かわせることで中心固視を得た.今回は中心窩を使えない偏心視の症例に対して,視標をPRLへ向かわせることで偏心視の改善を得た.偏心視と偏心固視では,視標を投影させる目標部位は異なるが,視力改善を惹起させる機序は同じものと考えられ,今回のプリズム法を「逆プリズム法」と表現した.その原理については,つぎに述べる.空間視において,健常者は中心窩が受け取る像が視方向の中心となるが,中心窩の機能が欠損する場合ではPRLがそ(140) PRLPRLaabPRLPRLaab:プリズム:暗点領域:中心窩:眼球回転方向図4プリズム効果の模式図a:正面のウサギは暗点に隠れ,上方の星は網膜下方のPRLへ投影される.b:プリズム装用にて網膜像は下方へ移動され,それに伴って眼球は下転し,ウサギは認知可能となる.の役割を担う.偏心視の主視方向は中心窩に残存するものであるが,日常空間視においてより良い視力を得るには視標とPRLが向かい合うこと,視性位置覚とそれに伴う外眼筋の筋性位置覚の矯正が重要な働きをもつ10).本症例のプリズム効果は,基底を上方に入れることで,視標は下方へ移動して見える.視標とPRLは見ようとするものを正面で捉えようとする習性によって眼球は下転する.図4に今回のプリズム効果の模式を示した.本症例のプリズム効果とはプリズムによって走査された視性位置覚が微小な眼球運動を促し,未開拓の相対的高感度の網膜部位を新しいPRFへと導くものと考える.さて,本症例が矯正治療前にPRLを自覚し,眼球の回転を頭位で代償するならば,顎上げが考えられる.したがって,逆プリズム法とRosenbergら2)のプリズム基底方向は一致するものと推定する.本症例は,両眼視野の残存があるために,両眼視の改善を目標においた.単眼用ルーペ活用による眼疲労があり,さらに外斜視が出現したため,眼位矯正用プリズムを単眼視機能改善矯正レンズに加入した.ロービジョンにおけるコントラスト感度は感度標準測定値のカーブは1.2cpdでピークを示すとされる11).本症例も同様なピークが示され,プリズム装用にて測定最高周波数4cpdでは5段階(対数コントラスト感度値0.81から1.55)の上昇が得られ,プリズムの有用性が高く評価された.また,読字が両眼視で可能となってから3カ月後,外斜視量が減少しプリズム眼鏡度数を弱められたことは,融像性輻湊幅の増強によると推察され,orthopticsによる経過観察が必須と思われた.わが国のPRL獲得訓練は,視線をずらす方法を身につける積極的な訓練療法が入院もしくは外来で行われている7).今回の結果から,偏心視におけるプリズム法は患者の時間的制約負担がなく,簡易性の面から試行価値のあるものとして推奨したい.謝辞:稿を終えるにあたり,ご指導を賜りました日本大学医学部附属板橋病院眼科の山崎芳夫先生,ご助言をいただきました元日本大学医学部付属練馬光が丘病院眼科の古作和寛先生・佐々木淳先生に感謝いたします.文献1)加藤和雄:VIII.用語解説.弓削経一ほか編:視能矯正─理論と実際─.p363-370,金原出版,19982)RosenbergR,FayeE,FisherMetal:Roleofprismreorientationinimprovingvisualperformanceofpatientswithmaculardysfunction.OptomVisSci66:747-750,19893)RomayanandaM,WongSW,ElzeneinyIHetal:Prismaticscanningmethodforimprovingvisualacuityinpatientswithlowvision.Ophthalmology89:937-945,19824)VerezenC,Volker-DiebenH,HoyngC:Eccentricviewingspectaclesineverydaylife,fortheoptimumuseofresidualfunctionalretinalareas,inpatientswithage-relatedmaculardegeneration.OptomVisSci73:413417,19965)VerezenC,MeulendijksC,HoyngCetal:Long-termevaluationofeccentricviewingspectaclesinpatientswithbilateralcentralscotomas.OptomVisSci83:88-95,20066)AmericanOptometricAssociation:Careofthepatientwithvisualimpairment(lowvisionrehabilitation),Optometricclinicalpracticeguideline,20107)三輪まり枝:拡大読書器を用いたPreferredRetinalLocus(PRL)の獲得および偏心視の訓練.日本ロービジョン学会誌10:23-30,20108)RubinW:Reverseprismandcalibratedocclusion.AmJOphthalmol59:271-277,19659)PigassouR,GaripuyJ:Treatmentofeccentricfixation.JPedOphthalmol4:35-43,196710)江崎秀子,大野新治:逆プリズム法を用いた偏心固視の治療.眼紀41:1479-1486,199011)LeatSJ,WooGC:Thevalidityofcurrentclinicaltestsofcontrastsensitivityandtheirabilitytopredictreadingspeedinlowvision.Eye11:893-899,1997***(141)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121167

ペンタカムによる角膜全屈折力およびEquivalent K 値を用いた眼内レンズ度数計算の検討

2012年8月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(8):1159.1163,2012cペンタカムによる角膜全屈折力およびEquivalentK値を用いた眼内レンズ度数計算の検討金谷芳明堀裕一山本忍出口雄三前野貴俊東邦大学医療センター佐倉病院眼科EvaluationofTrueNetPowerandEquivalentKReadingsObtainedfromPentacamforRoutineIntraocularLensPowerCalculationYoshiakiKanaya,YuichiHori,ShinobuYamamoto,YuzoDeguchiandTakatoshiMaenoDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter目的:正常角膜眼においてPentacam(Oculus社)で測定した角膜全屈折力(TNP)およびEquivalentK値(EKR)をケラト(K)値として用いて眼内レンズ(IOL)度数計算を行った場合の予測屈折値の誤差を検討した.方法:当科で白内障手術を行った連続100眼を対象とした.全例IOLマスターで,ケラト(K)値,眼軸長を測定し,SRK/T式にてIOL度数を決定し,術後1カ月の等価球面値と予測屈折値の誤差を算出した.さらに,術前にPentacamHR(Oculus社)で測定したTNPおよびEKRの3mm,4.5mm領域をK値としてシミュレーションした予測屈折値と術後1カ月の誤差を算定し比較した.結果:術後1カ月の平均絶対誤差はIOLマスター,TNP,EKR(3.0mm),EKR(4.5mm)の順に0.46±0.38D,1.04±0.80D,0.55±0.47D,0.53±0.44Dであり,IOLマスターとEKR(3.0mm,4.5mm)間には有意差はなかった(p>0.05,pairedt-test).結論:正常角膜におけるIOL度数計算は,EKRをK値として用いた場合,IOLマスターのK値を使用した場合と同等の精度である.Purpose:Toevaluatekeratometry(K)readingsobtainedwithScheimpflugtopographer(PentacamHR,Oculus)forroutinecataractsurgery.Methods:In100consecutivecataracteyes,TrueNetPower(TNP)andEquivalentKreadings(EKR,3mmand4.5mm)weremeasuredviaPentacamHR,andautomatedKwasmeasuredviaIOLMaster(CarlZeiss),tocalculateIOLpowersusingtheSRK/Tformula.Themeanabsolutepredictederrors(MAEs)atonemonthpostoperativelywerecomparedbetweentheseparameters.Results:TheMAEswere0.46±0.38D,1.04±0.80D,0.55±0.47Dand0.53±0.44DfortheIOLMaster,TNP,EKR(3mmand4.5mm),respectively.TherewasnosignificantdifferencebetweenEKR(3mmand4.5mm)andIOLMaster(p>0.05,pairedt-test).Conclusion:Intermsofaccuracy,EKRdidnotdifferfromIOLMasterinroutineIOLpowercalculation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(8):1159.1163,2012〕Keywords:ペンタカム,角膜全屈折力,TrueNetPower,EquivalentKreadings,IOL度数計算.Pentacam,Wholecornealpower,TrueNetPower,EquivalentKreadings,IOLpowercalculation.はじめに屈折矯正手術後の患者に対し白内障手術を行う際には,通常の眼内レンズ(IOL)度数計算方法を用いると,術後屈折値に誤差を生じることが知られており1),誤差を最小限にするために,過去にもさまざまな方法が施行されてきた2.6).たとえば,Scheimpflug型前眼部解析装置であるPentacam(Oculus社)で測定した角膜全屈折力(TrueNetPower:TNP)7,8)およびEquivalentK値(EquivalentKreadings:EKR)9,10)や,デュアル・シャインプルークアナライザー(Galilei,Zeimer社)で測定した角膜全屈折力(TotalCornealPower)5)を用いてIOL度数計算を行う方法が報告されている.今後,わが国でも屈折矯正手術後の患者に対し,白内障手術を行う機会は増えてくるため,これらのパラメータを用いてIOL度数計算を行う状況が増えてくる可能性があると〔別刷請求先〕金谷芳明:〒285-8741佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:YoshiakiKanaya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura,Chiba285-8741,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(133)1159 思われる.このため,今後は各機械におけるこれらのパラメータの特徴を把握しておく必要があると考える.今回,筆者らは正常角膜眼において,IOL度数計算の際にScheimpflug型前眼部解析装置であるPentacamにて測定したTNP,EKRをケラト(K)値として用いた場合の予測屈折値の誤差を検討したので報告する.I対象および方法東邦大学医療センター佐倉病院眼科(以下,当科)にて白内障手術を行い,IOLマスターにて眼軸長の測定が可能であ図1PentacamHRにおけるTrueNetPower表示この症例では中央値は43.7(黒丸で囲った部分)と表示されている.り,PentacamHR(Oculus社)で不正乱視を認めなかった白内障手術患者連続100眼(男性59眼,女性41眼,平均年齢72.0±9.6歳)を対象とした.全例IOLマスターver.5.4(カールツァイス社)にて,K値,眼軸長を測定し,SRK/T(Sanders-Retzlaff-Kraff/theoretical)式にてIOL度数を決定し手術を行い,術後1カ月での等価球面値と予測屈折値との誤差を算出した.さらに,術前にPentacamHRにて測定5mm).した角膜中央部のTNP(図1)およびEKR(3.0mm,4(図2)をK値として使用し,眼軸長はIOLマスターの測定値をそのまま用いて,SRK/T式にて計算したIOLの屈折誤差のシミュレーションを行った.具体的には,実際に手術で使用したIOL度数における,各K値を用いた場合の予測屈折値と実際の術後1カ月での等価球面値との誤差を算定し検討した.また,術前乱視の大きさ,および眼軸長の長さで分類した際の誤差の比較もそれぞれ検討した.II結果IOLマスターによるIOL度数計算で白内障手術を行った100眼の平均眼軸長は24.1±1.3mm(範囲21.93.27.76mm)であり,術前乱視の平均値は1.20±0.94D(範囲0.4D)であった.IOLマスター,TNP,EKR(3.0mm),EKR(4.5mm)をK値として用いた場合の誤差の散布図をとると,誤差の平均はそれぞれ,0.15D,.0.81D,.0.06D,0.17Dとなり,TNPがマイナスに大きくずれる傾向があった(図3).誤差の絶対値による検討では,IOLマスター,TNP,EKR(3.0mm),EKR(4.5mm)をK値とした平均絶対誤差はそれぞれ0.46±0.38D,1.04±0.80D,0.55±0.47D,0.53±0.44Dであり,TNPを用いた場合はIOLマスターによるIOL度数計算と比べ,絶対誤差は有意に大きかった(p≦図2PentacamHRにおけるHolladayReportに表示されるEquivalentK値1.0,2.0,3.0,4.0,4.5,5.0,6.0,7.0mm領域が表示され,4.5mm領域が標準として設定されている.本検討では,3.0mmと4.5mm領域での値を使用した.1160あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(134) ◆:IOLマスターでの誤差◆:TNPでの誤差◆:EKR(3.0)での誤差◆:EKR(4.5)での誤差-6-5-4-3-2-101230100誤差(D)症例(n=100)図3全症例における各K値を用いた場合の誤差の散布図誤差の平均は,IOLマスター,TNP,EKR(3.0mm),EKR(4.5mm)の順に0.15D,.0.81D,.0.06D,0.17Dとなり,TNPがマイナスにずれる傾向にあった.表1各パラメータでの平均絶対誤差と範囲平均絶対誤差±IOLマスターとの比較標準偏差(D)範囲(D)(pairedt-test)IOLマスター0.46±0.38.1.13.2.03.TNP1.04±0.80.5.88.1.83p≦0.001EKR(3.0mm)0.55±0.47.2.02.1.83NSEKR(4.5mm)0.53±0.44.1.95.2.40NSNS:nostatisticallysignificantdifference.表2平均絶対誤差の割合誤差の割合(%)誤差の範囲(D)0.0.50.5.1.01.0.1.51.5.2.02.0.IOLマスターTNPEKR(3.0mm)EKR(4.5mm)59285558336124301029105308318310.001,pairedt-test)(表1).また,IOLマスターとEKR(3.0mm)およびEKR(4.5mm)の間には有意差はなかった(p>0.05,pairedt-test)(表1).絶対誤差が0.5D以内における割合はIOLマスター,TNP,EKR(3.0mm),EKR(4.5mm)の順に,59%,28%,55%,58%と,TNPを用いた場合の絶対誤差が0.5D以内の症例が最も少なかった(表2)が,TNPと他のK値との間に有意差はみられなかった(p>0D以上...つぎに,術前乱視を1.0D未満,1検定)2c0.05,2.0D未満,2.0D以上とに分けて,それぞれの誤差を検討したところ,術前乱視による誤差の有意な変動はみられなかった(p>0.05,Tukeytest).しかしながら,EKR(4.5mm)では,乱視による変動が少ない傾向がみられた(表3).また,眼軸長ごとに分けて誤差を検討した結果,症例数が1例であ(135)表3術前乱視の大きさと平均絶対誤差平均絶対誤差±標準偏差(D)術前乱視(D).1.01.0.2.02.0.症例数IOLマスターTNPEKR(3.0mm)EKR(4.5mm)4037230.46±0.360.45±0.420.53±0.350.93±0.731.01±0.591.26±1.150.49±0.440.61±0.460.55±0.530.54±0.480.51±0.450.52±0.36表4眼軸長と平均絶対誤差平均絶対誤差(D)眼軸長<22.0mm22.0.24.5mm24.5.26.0mm>26.0mm症例数1632511IOLマスター1.0150.490.440.32TNP2.2151.060.891.15EKR(3.0mm)1.1150.590.450.48EKR(4.5mm)0.3550.560.470.47った22mm未満の短眼軸以外はすべてIOLマスターによる計算で最も誤差が小さく,22.24.5mmの症例では0.49D,24.5.26mmの症例では0.44D,26mm以上の症例では0.32Dとなった(表4).しかしながら,他のK値との間に統計学的有意差はみられなかった(p>0.05,Tukeytest).III考按Scheimpflug型前眼部解析装置であるPentacamを使用しIOL度数を計算する方法は過去にも報告7.10)されており,角膜中央部のTNP7,8)やEKRをK値として使用する方法9,10)が報告されている.当科では,正常角膜眼における白内障手術のIOL度数計算はIOLマスターによる計算で行っているが,今回,PentacamHRで測定したTNPおよびEKRをK値として使用し,IOL度数計算をした場合の誤差を検討したところ,IOLマスターのK値を用いた場合とEKRを用いた場合との間に有意差はなく,両群ともTNPを用いた場合よりも有意に誤差が小さかった.今回,実際のIOL度数決定に用いたIOLマスターによる角膜屈折力測定はリング状の照明が角膜前面中央部2.4mmの領域に反射して生じるマイヤー像を用いて行っており,その値から補正をして算出された屈折力を用いている.一方,PentacamHRで測定される角膜全屈折力(TNP)は角膜前面と角膜後面の曲率を合わせて理論的に算出されたパラメータであり,EKRはIOL度数計算を行うために角膜後面の影響も考慮し,IOL度数計算式にそのまま代入できるように開発されたパラメータである11).角膜中央部のTNPを用いる方法は,LASIK(laserinsitukeratomileusis)やPRKあたらしい眼科Vol.29,No.8,20121161 (photorefractivekeratectomy)などの屈折矯正手術後に白内障手術を受ける場合に有用とされている方法7,8)で,これらの白内障手術においては有用であるが,通常の白内障手術のIOL度数計算にそのまま使用することはできないとされている11).その理由としては,IOL度数計算式は角膜全屈折力ではなく,角膜中央の前面曲率半径と1.3375という換算屈折率を用いて計算しているからであり,本検討でもTNPを用いた場合,通常どおりIOLマスターのK値を用いた場合と比べ有意に誤差は大きく,他のパラメータと比べ,マイナスにずれる傾向にあった(図3).EquivalentK値は角膜中央部1.0,2.0,3.0,4.0,4.5,5.0,6.0,7.0mm領域での値がPentacamHRに搭載されているHolladayReport(図2)に表示されており,PentacamHRでは4.5mm領域が標準として表示されている.既報では,LASIKやPRKなどの角膜屈折矯正手術後の白内障手術には4.5mm領域の値をK値として使用するのが良いとする報告11)や,通常の白内障手術におけるIOL度数計算においては,3.0mm領域の値を使用した場合に最も誤差が少なかったとする報告12)があるが,本検討では,3.0mmと4.5mm領域の値をK値として使用した場合の誤差を検討したところ,通常どおりIOLマスターで測定した場合との誤差に有意差はなかった.また,本検討においては,EKR(3.0mm)とEKR(4.5mm)との間の誤差に有意な差はみられなかった(p>0.05,Tukeytest).術前乱視と誤差との関係であるが,本検討は術前乱視と誤差との間に統計学的有意差はなかった.しかしながらEKRは術前乱視による誤差の変動が少ない傾向がみられたため,今後はEKRの有用性について症例数を増やして検討をしていきたいと考える.IOL度数計算においては眼軸長もまた,術後の誤差に関係してくるといわれており,22mm以下の短眼軸や25mm以上の長眼軸においては,IOL度数計算において,誤差が大きくなることが懸念される13).Hofferの報告では,眼軸長を22mm未満,22.24.5mm,24.5.26mm,26mm以上に分けて,それぞれ各種計算式で平均絶対誤差を検討しており,22.0.24.5mmの平均的な眼軸長においては,HofferQ式とHolladayI式が最も誤差が小さく,24.5mm以上の眼軸長においては,SRK/T式で誤差が最も小さかったと報告している13).本検討では,眼軸長をHofferの報告と同様に分け,パラメータごとにすべてSRK/T式で計算し,平均絶対誤差を評価した.結果は1症例しかなかった眼軸長22mm未満以外ではIOLマスターで最も誤差が小さかったが,5mm)との間にそ.IOLマスター,EKR(3.0mm)とEKR(4れぞれ有意差はなかった.本検討ではSRK/T式のみで計算しており,Hofferの報告のように,さまざまな計算式での評価は行っていないため,今後は他の計算式とパラメータと1162あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012の関係も検討する必要があると考える.今回の検討において,正常角膜におけるIOL度数計算では,従来どおりIOLマスターを用いた場合に予測屈折値と術後等価球面値との誤差が最も小さかった.このことは,やはり正常角膜であるならば,IOLマスターで測定されたケラト値を用いることで精度の高いIOL決定ができると考えられる.しかしながら,PentacamのEKRを用いた場合との誤差に有意差はなく,乱視による誤差の変動がEKRを用いた場合は小さいように思われるため,術前乱視が大きい症例や角膜形状がイレギュラーな症例では角膜形状解析装置を使用するなど,可能な限り多くの計算法を用い,症例ごとに結果を検討する必要があると考えられる.また,今後,増加していくことが考えられるLASIKやPRKなどの屈折矯正術後の白内障眼におけるIOL度数計算においても,同様な対応が必要であると考える.最後に,今回はペンタカムのみの検討であったが,今後は他のScheimpflug型前眼部解析装置や前眼部OCT(光干渉断層計)でのパラメータの特徴も解析することで,機種間の特徴の違いについても検討していきたいと考える.白内障術後視力は,今や裸眼視力の精度が求められる時代である.前眼部解析装置を用いることで,より満足度の高い白内障術後視力を提供できるのではないかと考える.文献1)GimbelHV,SunR:Accuracyandpredictabilityofintraocularlenspowercalculationafterlaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg27:571-576,20012)HolladayJT:Consultationsinrefractivesurgery:IOLcalculationsfollowingradialkeratotomysurgery.RefractCornealSurg5:203,19893)HaigisW:Intraocularlenscalculationafterrefractivesurgeryformyopia:Haigis-Lformula.JCataractRefractSurg34:1658-1663,20084)CamellinM,CalossiA:Anewformulaforintraocularlenspowercalculationafterrefractivesurgery.JRefractSurg22:187-199,20065)荒井宏幸:LASIK後のIOL度数決定法.坪田一男(編):眼科プラクティス9,屈折矯正完全版,p94,文光堂,20066)AramberriJ:Intraocularlenspowercalculationaftercornealrefractivesurgery:double-Kmethod.JCataractRefractSurg29:2063-2068,20037)東浦律子,前田直之:角膜形状異常疾患での眼内レンズ度数計算.大鹿哲郎(編):眼科プラクティス25,眼のバイオメトリー,p239,文光堂,20098)金谷芳明,堀裕一,出口雄三ほか:異なる2つの計算方法で眼内レンズ度数を決定したLASIK後の白内障手術.眼臨紀5:107-110,20129)FalavarjaniKG,HashemiM,JoshaghaniMetal:DeterminingcornealpowerusingPentacamaftermyopicphotorefractivekeratectomy.ClinExperimentOphthalmol(136) 38:341-345,201010)TangQ,HofferKJ,OlsonMDetal:AccuracyofScheimpflugHolladayequivalentkeratometryreadingsaftercornealrefractivesurgery.JCataractRefrectSurg35:1198-1203,200911)ShammasHJ,HofferKJ,ShammasMC:Scheimpflugphotographykeratometryreadingsforroutineintraocularlenspowercalculation.JCataractRefractSurg35:330334,200912)SymesRJ,SayMJ,UrsellPG:Scheimpflugkeratometryversusconventionalautomatedkeratometryinroutinecataractsurgery.JCataractRefractSurg36:1107-1114,201013)HofferKJ:ClinicalresultsusingtheHolladay2intraocularlenspowerformula.JCataractRefractSurg26:12331237,2000***(137)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121163

虹彩炎に伴う続発緑内障として加療されていたサイトメガロウイルス角膜内皮炎の2 症例

2012年8月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(8):1153.1158,2012c虹彩炎に伴う続発緑内障として加療されていたサイトメガロウイルス角膜内皮炎の2症例山下和哉松本幸裕市橋慶之川北哲也榛村重人坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室TwoCasesofCytomegalovirusCornealEndotheliitisTreatedasSecondaryGlaucomaComplicatedwithIritisKazuyaYamashita,YukihiroMatsumoto,YoshiyukiIchihashi,TetsuyaKawakita,ShigetoShimmuraandKazuoTsubotaDepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KeioUniversity近年,角膜内皮炎のなかにサイトメガロウイルス(CMV)の関与する症例が報告され,注目を集めている.当科で経験したCMV角膜内皮炎の2例について報告する.1例はPosner-Schlossman症候群として,もう1例はヘルペス性虹彩炎として治療されていた.2例とも角膜内皮細胞密度の減少,角膜浮腫,角膜後面沈着物を認めていた.前房水を採取し,PCR(polymerasechainreaction)検査を行ったところ,CMVが検出されたので,CMV角膜内皮炎と診断した.ガンシクロビルの点滴と点眼による治療を行ったところ,角膜浮腫および角膜後面沈着物の軽減が認められた.虹彩炎と続発緑内障を伴う,難治性の角膜内皮炎はCMV角膜内皮炎を考慮する必要があると考えられた.Recently,therehavebeenseveralreportsconcerningcornealendotheliitiscausedbycytomegalovirus(CMV)infection.Weherereport2casesofCMVcornealendotheliitis.OnepatientwastreatedasPosner-Schlossmansyndrome,theotherasherpeticiritis.Decreasedcornealendothelialcelldensity,cornealedemaandkeraticprecipitates(KP)wereobservedinbothcases.Polymerasechainreaction(PCR)revealedCMVDNAinaqueoushumorinbothcases,leadingtodiagnosisofCMVcornealendotheliitis.SystemicandtopicalganciclovirapplicationreducedcornealedemaandKP.Incaseofrefractorycornealendotheliitisbeingtreatedassecondaryglaucomacomplicatedwithiritis,CMVcornealendotheliitisshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(8):1153.1158,2012〕Keywords:サイトメガロウイルス,角膜内皮炎,ガンシクロビル.cytomegalovirus,cornealendotheliitis,ganciclovir.はじめに角膜内皮炎のうち,アシクロビルやバラシクロビルなどの抗ヘルペスウイルス薬による治療に対して抵抗性で水疱性角膜症に至る難治症例が知られている.2006年にKoizumiらは,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(vallicera-zostervirus:VZV)などのヘルペス群ウイルスの他に,角膜内皮へ炎症を生じる疾患としてサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)角膜内皮炎を報告した1).その報告以来,CMV角膜内皮炎の臨床的特徴および発症機序を解明しようとする報告が相ついでいる2.5,8,9).全身の免疫異常を認めない患者の前房水PCR(polymerasechainreaction)検査にてCMVDNA(deoxyribonucleicacid)が検出され,片眼性で前房内炎症や眼圧上昇を伴うことが多く,ガンシクロビルによる治療が有効であるとの報告がある5).しかし,発症メカニズムはいまだに不明で,臨床所見,治療方法についても十分なデータの集積はないといってよい.今回,筆者らは,虹彩炎に伴う続発緑内障として加療されていたCMV角膜内皮炎の2症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕山下和哉:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KazuyaYamashita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KeioUniversity,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(127)1153 I症例(MD)値.5.5dBと緑内障性変化を認めた(図1).左眼は異常を認めなかった.〔症例1〕72歳,男性.前眼部:右眼は限局性の角膜上皮および実質浮腫と一致主訴:右眼眼痛.した部位に黄白色で円形の角膜後面沈着物をびまん性現病歴:平成18年より,右眼の眼痛が出現し,近医にてに認めた(図2a.c).左眼は後発白内障を軽度認め右眼虹彩炎,続発緑内障として通院加療中であった.平成たが,その他,異常を認めなかった.22年8月より,右眼角膜浮腫が出現したために,ベタメタゾン(リンデロンR)点眼,アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏,バラシクロビル(バルトレックスR)錠内服にて治療されたが効果がなかった.右眼角膜内皮炎の疑いにて,平成22年10月7日に当科を紹介受診となった.既往歴:糖尿病(平成22年9月ヘモグロビンA1C6.2%内服なし).両眼)超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(平成17年).治療前所見:視力:右眼1.2(i.d.(cyl.0.50DAx155°),左眼0.8(矯正不能).眼圧:右眼17mmHg,左眼14mmHg.角膜内皮細胞密度:右眼1,361/mm2,左眼2,882/mm2.血液:血中CMV-IgG24.0(enzymeimmunoassay:EIA価).視野:Humphrey視野検査にて右眼はmeandeviation図1症例1のHumphrey視野検査(30.2)Humphrey視野検査(30-2)において,右眼はmeandeviation値.5.5dBと緑内障性変化を認めた.abcdef図2症例1の細隙灯顕微鏡検査(上段:治療前,および下段:治療後)a:上耳側に限局性の角膜上皮および実質の浮腫を認める(矢印).b:フルオレセイン生体染色にて,上耳側の角膜上皮浮腫が明瞭となる(矢印).c:上耳側の角膜浮腫の部位に一致して黄白色で円形の角膜後面沈着物をびまん性に認める(矢印).d:上耳側の角膜上皮および実質浮腫の消失を認める(矢印).e:フルオレセイン生体染色においても上耳側の角膜上皮浮腫の消失を認める(矢印).f:上耳側の角膜後面沈着物の消失を認める(矢印).1154あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(128) 12341:サイズマーカー(f×174DNA/HaeⅢ)HSV-22:患者検体HSV-13:陽性コントロールEBVHHV-6VZVCMV4:陰性コントロール図3症例1の前房水PCR検査右眼前房水における,ヒトヘルペスウイルスマルチプレックスPCR検査にてサイトメガロウイルスDNA陽性を認めた.中間透光体:両眼ともに異常なし.眼底:視神経所見は,右眼は軽度の視神経乳頭陥凹拡大を認め,視神経乳頭辺縁部下方欠損を認めた.左眼は異常を認めなかった.前房水:右眼前房水におけるヒトヘルペスウイルスマルチプレックスPCR検査にてCMVDNA陽性(図3).経過:平成22年10月30日より入院し,自家調整した0.5%ガンシクロビル(デノシンR)点眼1日8回,0.1%ベタメタゾン(サンベタゾンR)点眼1日5回,0.5%レボフロキサシン(クラビットR)点眼1日3回,ガンシクロビル(デノシンR)点滴500mg/日による治療を開始した.ガンシクロビルの点滴は14日間施行したが,明らかな副作用は認められなかった.同年11月13日退院となり,以降,外来にて通院加療となったが,前眼部に認められた限局性の角膜上皮・実質浮腫および角膜後面沈着物は徐々に軽減し,平成23年1月29日に消失した(図2d.f).治療後所見:視力:右眼1.2(i.d.+0.25D(cyl.0.50DAx100°).眼圧:右眼14mmHg.角膜内皮細胞密度:右眼1,119/mm2.〔症例2〕65歳,女性.主訴:左眼霧視および左眼眼痛.現病歴:平成7年4月に,左眼霧視と左眼眼痛が出現したため,近医を受診し,左眼緑内障発作の疑いにて,当科を紹介受診となった.初診時,左眼虹彩炎および続発緑内障を認め,Posner-Schlossman症候群と診断された.以降,増悪寛解を繰り返したため,抗炎症と眼圧下降の治療を施行されていたが,薬物治療に反応せず,これまでに左眼緑内障手術を計3回施行された.また,左眼白内障に対して超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を併施された.平成23年(129)図4症例2のHumphrey視野検査(30.2)Humphrey視野検査(30-2)において,左眼はmeandeviation値.6.9dBと緑内障性変化を認めた.5月11日に,左眼角膜内皮炎が認められたため,アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏を開始されたが改善しなかった.既往歴:左眼)線維柱帯切開術(平成9年8月).左眼)線維柱帯切除術+超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(平成14年6月).左眼)線維柱帯切除術(平成21年6月).治療前所見:視力:右眼(1.2×+1.50D(cyl.1.00DAx105°).左眼(0.8×.2.50D(cyl.0.50DAx180°).眼圧:右眼17mmHg,左眼18mmHg.角膜内皮細胞密度:右眼2,326/mm2,左眼985/mm2.血液:血中CMV-IgG58.0(EIA価).視野:Humphrey視野検査にて左眼はMD値.6.9dBと緑内障性変化を認めた(図4).右眼は異常を認めなかった.前眼部:左眼は広範囲に角膜上皮および実質浮腫と一致した部位に黄白色で円形の角膜後面沈着物をびまん性に認めた(図5a.c).右眼は異常を認めなかった.中間透光体:両眼ともに異常なし.眼底:視神経所見は,左眼は乳頭陥凹/乳頭比0.8,視神経乳頭辺縁部下方欠損を認めた.右眼は異常を認めなかった.前房水:左眼前房水におけるヒトヘルペスウイルスマルチプレックスPCR検査にてCMVDNA陽性(図6).経過:平成23年6月20日より入院し,自家調整した0.5%ガンシクロビル(デノシンR)点眼1日8回,0.1%ベタメタゾン(サンベタゾンR)点眼1日5回,0.5%レボフロキサシン(クラビットR)点眼1日3回,ガンシクロビル(デノシンR)点滴500mg/日による治療を開始した.また,以前よあたらしい眼科Vol.29,No.8,20121155 aabcdef図5症例2の細隙灯顕微鏡検査(上段:治療前,および下段:治療後)a:広範囲に角膜上皮および実質の浮腫を認める(矢印).b:フルオレセイン生体染色にて広範囲の角膜上皮浮腫が明瞭となる(矢印).c:角膜中央部に黄白色で円形の角膜後面沈着物をびまん性に認める(矢印).d:全体的に角膜上皮および実質の浮腫の消失を認める(矢印).e:フルオレセイン生体染色においても全体的な角膜上皮浮腫の消失を認める(矢印).f:角膜中央部の角膜後面沈着物の軽減を認める(矢印).12341:サイズマーカー(f×174DNA/HaeⅢ)2:患者検体3:陽性コントロール4:陰性コントロールHSV-2HSV-1EBVHHV-6VZVCMV図6症例2の前房水PCR検査左眼前房水における,ヒトヘルペスウイルスマルチプレックスPCR検査にてサイトメガロウイルスDNA陽性を認めた.り,緑内障に対して,2%カルテオロール(ミケランLAR)点眼1日1回,0.03%ビマトプロスト(ルミガンR)点眼1日1回,1%ブリンゾラミド(エイゾプトR)点眼1日2回使用,ドライアイに対して,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム(ヒアレインR)点眼1日4回にて治療されていた.ガンシクロビルの点滴は14日間施行したが,明らかな副作用は認められなかった.同年7月4日に退院となり,以降,外来にて通院加療となったが,治療前に前眼部に認められた広範囲の角膜上皮・実質浮腫および角膜後面沈着物は徐々に軽減し,同年8月18日に消失した(図5d.f).治療後所見:視力:左眼(0.8×+3.50D(cyl.2.50DAx45°).眼圧:左眼12mmHg.角膜内皮細胞密度:左眼1,026/mm2.II考按ヒトヘルペスウイルス(humanherpesvirus:HHV)は二本鎖DNAをゲノムとしてもつウイルスで,現在8種類のウイルスが確認されている.CMVはbヘルペスウイルスに属するDNAウイルスであり,ヒトに感染するウイルスとしては最大のビリオンを形成する6).また,健常人の大多数が乳幼児期に初感染し,高度の細胞性免疫不全下で再活性化をきたし,網膜炎の他,肺炎,胃腸炎,肝炎,骨髄抑制と多臓器1156あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(130) にわたって回帰感染をひき起こすことが知られている6).今回,筆者らが経験したCMV角膜内皮炎の2症例における特徴として,片眼性で,角膜浮腫および角膜後面沈着物を認める点,全身の免疫不全を認めない点,ガンシクロビルによる治療が有効であった点などは,細谷らの報告と一致していた5).しかし,典型的なコインリージョンとよばれる衛星病巣は認められなかった.また,2症例ともに,過去に虹彩炎に伴う続発緑内障として加療されていたことは特記すべき点である.Cheeらは,前部ぶどう膜炎をきたしたHIV陰性患者105例中24例の前房水中にCMVDNA陽性を認め,そのうち18例はPosner-Schlossman症候群,5例はFuchs異色性虹彩毛様体炎,1例はヘルペスによる前部ぶどう膜炎として加療されていたと報告しており7),過去に前部ぶどう膜炎として加療されていた症例のなかにCMV角膜内皮炎が潜在している可能性があることを示唆している.また,Kandoriらは,原因不明の角膜内皮炎29例中7例の前房水中にCMVDNA陽性を認め,ガンシクロビルによる治療にて7例中5例で臨床的な改善を認めたと報告している8).今回の症例においては,過去の角膜所見が不明であるため,その経過を評価することは困難であるが,今回,角膜内皮炎所見を呈した段階では角膜内皮細胞密度はすでに1,000前後/mm2に低下していた.CMV感染症の治療においては,一般的に,CMVのDNAポリメラーゼに利用されることにより,CMVのDNA合成を阻害するガンシクロビルが用いられ,ガンシクロビルに耐性がある場合は,CMVのDNAポリメラーゼのピロリン酸結合部位を非競合的に阻害し,ウイルスDNAの合成を阻害するフォスカルネットが用いられている6).ガンシクロビルの初期投与量としては,1回5mg/kg,1日2回,12時間ごとに1回1時間以上かけて14日間点滴静注し,維持療法が必要な場合は,1回5mg/kg,1日1回,1回1時間以上かけて7日間で1クールとして追加施行するのが一般的である.Koizumiらは,CMV角膜内皮炎8例に対して,(ガンシクロビル投与を拒否したため,バラシクロビル投与を行った1例を除く)ガンシクロビル投与を行った7例中,6例では角膜の透明化が得られたが,1例では水疱性角膜症に至ったと報告している2).今回,筆者らはガンシクロビルの点滴と自家調整した点眼にて治療を行い,2例とも臨床的改善を認めた.ガンシクロビル点眼液の作製方法としては,デノシンR点滴静注用1バイアル(500mg)を蒸留水10mlに溶解した後,生理食塩水にて全量100mlとなるように希釈し,点眼瓶に分注している.現在,CMV角膜内皮炎に対する治療法のプロトコールは存在していないが,2例ともに再発予防目的にガンシクロビル点眼を継続している.現在に至るまでCMV角膜内皮炎の再発や角膜上皮障害などの副作用は認めていない.また,唐下らは,再発性サイトメガロウイルス(131)表1ヒトヘルペスウイルス(humanherpesvirus:HHV)と関連する眼疾患HHV-1HHV-2HHV-3HHV-4HHV-5HHV-6HHV-7HHV-8角膜炎虹彩炎・ぶどう膜炎網膜炎+21)+18)+10)+19)+18)+10)+20)+18)+10)+17)+13)+10)+1)+18)+11)+15)+14)+12)+16)─────角膜内皮炎にバルガンシクロビル内服が奏効した9)と報告しているが,ガンシクロビルの副作用である血球減少症や腎機能障害を調節する治療法の確立も今後の課題といえる.HHVと関連する眼疾患についてPubMedにて検索したところ,I型からVI型までは角膜炎,虹彩炎またはぶどう膜炎,網膜炎のいずれにおいても報告があった.しかし,VII型においては虹彩炎またはぶどう膜炎,網膜炎の報告はなく,VIII型においてはいずれも報告がなかった(表1).過去にヘルペスウイルスとおもな眼疾患を表にまとめた薄井の報告21)と比較すると,Epstein-Barrウイルスが網膜炎をきたす報告,CMVが角膜炎をきたす報告,HHV-6が角膜炎,虹彩炎またはぶどう膜炎,網膜炎をきたす報告,HHV-7が角膜炎をきたす報告が,約10年の期間で追加報告されていることがわかる.元来,ヘルペスウイルス属はヒトの眼組織にきわめて親和性が高いことが予想されることより,現在,確認されていないヘルペスウイルスもいずれ各組織に確認されるものと考えられる.CMV角膜内皮炎は比較的新しい疾患概念である.角膜内皮炎として過去に加療するものの治療に奏効せず,予後不良となった症例のなかに含まれている可能性がある.また,今回の症例のように虹彩炎に伴う続発緑内障として加療されている症例のなかに,CMV角膜内皮炎が潜在している可能性がある.過去に,片眼性で,原因不明の虹彩炎と続発緑内障を認めた角膜内皮炎に対してはCMV角膜内皮炎を疑い,積極的に前房水のヘルペスウイルス属のPCR検査を施行し,適切な治療を選択する必要があると考えられる.本稿の要旨は,第772回東京眼科集談会(平成23年11月10日)にて発表した.文献1)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovirusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol141:564-565,20062)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasあたらしい眼科Vol.29,No.8,20121157 anetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20083)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Cornealendotheliitisassociatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Ophthalmology114:798-803,20084)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendotheliitisafterpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20075)細谷友雅,神野早苗,吉田史子ほか:両眼性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例.あたらしい眼科26:105-108,20096)森慎一郎:サイトメガロウイルス感染症.日本胸部臨床69:802-810,20107)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Clinicalfeaturesofcytomegalovirusanterioruveitisinimmunocompetentpatients.AmJOphthalmol145:834-840,20088)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Prevalenceandfeaturesofkeratitiswithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-222,20109)唐下千寿,矢倉慶子,郭權慧ほか:バルガンシクロビル内服が奏効した再発性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例.あたらしい眼科27:367-370,201010)LauCH,MissottenT,SalzmannJetal:Acuteretinalnecrosisfeatures,management,andoutcomes.Ophthalmology114:756-762,200711)SloanDJ,TaeqtmeyerM,PearceIAetal:CytomegalovirusretinitisintheabsenceofHIVorimmunosuppression.EurJOphthalmol18:813-815,200812)CohenJI,FahleG,KempMAetal:Humanherpesvirus6-A,6-B,and7invitreousfluidsamples.JMedVirol82:996-999,201013)YamamotoS,SugitaS,SugamotoYetal:QuantitativePCRforthedetectionofgenomicDNAofEpstein-Barrvirusinocularfluidsofpatientswithuveitis.JpnJOphthalmol52:463-467,200814)MaslinJ,BigaillonC,FroussardFetal:Acutebilateraluveitisassociatedwithanactivehumanherpesvirus-6infection.JInfect54:237-240,200715)OkunoT,HooperLC,UrseaRetal:Roleofhumanherpesvirus6incornealinflammationaloneorwithhumanherpesviruses.Cornea30:204-207,201116)InoueT,KandoriM,TakamatsuFetal:Cornealendotheliitiswithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforhumanherpesvirus7.ArchOphthalmol128:502503,201017)MatobaAY,WilhelmusKR,JonesDB:Epstein-Barrviralstromalkeratitis.Ophthalmology93:746-751,198618)JapA,CheeSP:Viralanterioruveitis.CurrOpinOphthalmol22:483-488,201119)TiwariV,ShuklaSY,YueBYetal:Herpessimplexvirustype2entryintoculturedhumancornealfibroblastsismediatedbyherpesvirusentrymediator.JGenVirol88:2106-2110,200720)MagoneMT,NasserRE,CevallosAVetal:Chronicrecurrentvaricella-zosterviruskeratitisconfirmedbypolymerasechainreactiontesting.AmJOphthalmol139:1135-1136,200521)薄井紀夫:ヘルペスウイルス感染症.治療84:516-520,2002***1158あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(132)