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抗がん剤S-1による涙道閉塞・狭窄

2013年7月31日 水曜日

特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):915.921,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):915.921,2013抗がん剤S-1による涙道閉塞・狭窄LacrimalDrainageObstructionandStenosisAssociatedwithAnti-CancerDrugS-1柏木広哉*はじめにがん患者の増加や化学療法の進歩により,抗がん剤使用数は増加している.それに伴い眼部副作用(眼障害)も増加傾向にある.しかしながら,処方医,眼科医,患者のこの副作用の認知度は高くない.そのために重症化して,日常生活に支障をきたすことがある.経口抗がん剤のティーエスワン(TS-1R,以下S-1と略す)による涙道閉塞や狭窄は流涙症を生じさせ,眼科医のなかでは数年前から問題視されていた.しかしながら有効な予防法がないこと,製薬会社の注意勧告が2013年まで出されなかったことにより,重症化して後遺症に悩んでいる患者も多い.また,がんセンターでのS-1処方数は,一般病院と比べて大量にあるにもかかわらず,眼科常勤医がいる施設がきわめて少ない(4施設)問題もある.当院では3年9カ月(2008年4月.2011年12月)で,この副作用を149例293側(S-1投与前に他の抗がん剤使用症例を除外した113例223側)経験した(表1).この経験をもとにして,この副作用について述べる.なお,TS-1Rは商品名であるため,今後S-1と統一されるほうが望ましいと考える.IS-1とは一般名はテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムで,製造発売元は大鵬薬品工業.経口抗がん剤(3種類の合剤)であり,以下の作用機序をもつ.テガフール:5-フルオロウラシル(5-FU)のプロドラッグで,DNAの生合成を阻害.さらに5-FUの代謝物もRNA機能を阻害する.ギメラシル:5-FUの血中濃度維持を保つ.オテラシルカリウム:5-FUの消化器への毒性を軽減する.1999年に認可され,胃がん術後の補助療法,進行胃がん,膵臓がん,胆.がん,胆管がん,肺がん(非小細胞がん),大腸がん,乳がんや頭頸部がんなどに幅広く使用されている.なお,2012年の年間処方数はメーカー推定13万件である.早期胃がん術後補助療法ではS-1単独療法が多く,胃がん進行例ではS-1+シスプラチン点滴療法がメインである.その他のがんではS-1投与以前に他の抗がん剤(GEM:ゲムシタビンなど)を使用している症例が多い(35例,約23%).S-1の規格は100mg,120mgであり,錠剤,細粒と両方ある(図1).1日2回投与で1日総量は80.120mgが一表1当院眼科3年9カ月間における,S-1使用による涙道閉塞や狭窄の疾患別症例数(S-1投与前に他の抗がん剤使用35例を含む)疾患胃がん膵臓がん肺がん胆.・胆管がん膵臓がん大腸がん食道がん原発不明がん合計(例)閉塞狭窄数(側)計98251642211149293*HiroyaKashiwagi:静岡県立静岡がんセンター眼科〔別刷請求先〕柏木広哉:〒411-0934静岡県駿東郡長泉町下長窪1007静岡県立静岡がんセンター眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(33)915 図1S-1内服薬25mgと20mgがあり,細粒(左),錠剤(右)がある.般的である(副作用が強いときには50mgに減量することもある).内服方法は,4週投与(投)-2週休薬(休),3投-1休,2投-2休などである.胃がん術後補助療法では,10カ月から12カ月間内服することが一般的であるが,進行がんでは2.3年服用することがある,なお,S-1使用のおもな国は,日本,中国,韓国,デンマーク,ドイツなどである.II涙道通過障害による流涙症流涙症は軽視されやすいが,視力のQOL(qualityoflife)を低下させ日常生活のレベルの低下を起こす.また,抗がん剤治療のストレスも加わり,精神的苦痛を伴う.以前よりタキサン系(パクリタキセル1),ドセタキセル2))や5-FU3)などの抗がん剤による涙道閉塞の報告がある.S-1に関しては,2005年Esmaeliら4)が初めて報告して以来,わが国でも報告例5.11)が続いている.発症頻度は,内科の立場よりKoizumiら12)が,S-1単独療法で16%,S-1+シスプラチン点滴併用で18%,流涙症が生じると報告している.眼科からは,発症頻度は,9.8%8),10.8%9),18.0%13),発症時期は,投与後4.5±3.8カ月9)や3カ月11)と報告されている.症例数の違いや胃がん補助療法に絞った報告13)など母集団の条件が同じではなく,今後の検討が必要と考える.また,シスプラチン併用で,発症時期が早くなるとの報告がある9).S-1によるこの涙道障害は,ドセタキセルと同様な機序(血漿から涙液中に薬剤が移行し,涙道壁に直接接し内腔上皮の肥厚と間質の線維化をきたす14))と,考えられている.しかし,血行性の影響や涙腺や結膜,涙液の性状との関係も考慮すべきである.5-FU点滴やゼローダR(同じ5-FU系経口抗がん剤)と比べ,S-1による副作用が圧倒的に多いのは,5-FUの血中濃度の半減期が長いことが原因なのではないかと考えられている.よって涙液中や血清中の5-FUの濃度測定が必要と考えられるが,手技やコストの問題でなかなか施行できない.1.診断と治療当院では,化学療法中の患者に眼症状がでた場合,速やかに眼科医の受診依頼をするシステムが確立されている.眼科諸検査の他にSchirmer試験,涙液メニスカス高の測定に,外来ベッド上での涙管通水検査(図2)を行う.4%点眼キシロカインR麻酔の後,二段針(その他の涙道洗浄針でも構わない)を付けた2.5mlのシリンジを用いて,生理食塩水を涙点から注入する.涙点や涙道の通過状態で障害の状態を判断する.必要があれば,ブジーによる涙小管閉塞部位の確認も行う.涙点(図3),涙小管の障害が約60%との報告があり9),当院でも同様な傾向がある.さらにS-1に曝露された涙液をwashoutする目的で防腐剤非添加の人工涙液を1日6回点眼するように指導している.この点眼薬は薬価の関係で院内処方できない.さらに処方医受診時(1.3週ごと)に通水検査を行う.通水処置の間に病状が進行する症例もあるが,それでS-1を中止することは皆無である.916あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(34) 2.50%以上を占める進行例には早急に涙管チューブ挿入術(表2)軽症例はS-1服用終了で流涙症は改善するが,進行図2通水検査涙管通水検査の実際(外来顕微鏡を用いて施行)(a).午前外来開始前に外来看護師がその日必要な症例数を準備している(b).涙道洗浄針は二段針を使用している.それ以外の涙道洗浄針でも構わない(c).例(閉塞や強い狭窄が考えられる症例)は症状に改善は望めず,早急な涙管チューブ挿入術が必要とされる.ただし,盲目的なブジーや涙管チューブ挿入は,仮道形成を起こす場合があり,慎むべきである.基本は,涙道内視鏡,鼻内視鏡を併用した涙管チューブ挿入術である.麻酔は,皮下浸潤麻酔,涙道内麻酔,滑車下神経麻酔,眼窩下神経麻酔,などを用いる.閉塞部(図4)の開放は,内視鏡的直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)15)を基本に,シース誘導内視鏡下穿破法(sheathguidedendoscopicprobing:SEP)16)を施行している.涙管チューブはNS-チューブR,ラクリファーストR(シリコーン製:カネカメディクス)(図5),PFカテーテルR11cm,5cm(ポリウレタン製:東レ)を用いている.PFカテーテルRの5cmタイプは,涙.上部の閉塞が開放できない場合,涙小管だけは保護する目的で挿入している.しかし,抜けやすい傾向がある.上下一方の涙小管しか開放できない場合は,Eagle涙道チューブR(シリコーン製,Eagle社)17)を挿入している.このチューブにはプラグが装着してあり,涙点部で固定できるよ図3右下涙点の線維化による閉塞(左)とその拡大図(右)表2S-1単独およびS-1+シスプラチン点滴療法のみに絞った113例の内訳(軽症例と進行例)疾患軽症進行合計胃がん405595膵臓がん8311肺がん213胆.・胆管がん011肝臓がん000大腸がん101食道がん011原発不明がん011合計(例)5162113閉塞狭窄数(側)102121223(35)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013917 図4涙道内視鏡で観察できた総涙小管閉塞うな構造になっている(図6).しかし,チューブ本体は柔らかく,蛇腹状態になる欠点があり,もう少し強度があると理想的である.上記3種類のチューブはS-1終了3カ月後に抜去している(S-1終了後3カ月後に角膜障害が生じた事例があったためである).3.治療成績(S-1単独療法,S-1+シスプラチン療法に絞って)涙管チューブの留置完了率は,坂井らの報告では93.1%9),当院では75.6%(84/111側:S-1単独療法,S-1+シスプラチン療法のみ),体調不良で処置不可能が5例10側あった.非完了症例は,高度な涙小管閉塞をきたしたものが多かった.涙小管閉塞に関しては,矢部・鈴木分類改訂版18)があるが,そのGrade3(涙点から5.6mm以下の部位より遠位側が閉塞)では,全例図5涙管チューブヌンチャク型シリコーンチューブ(ラクリファーストR)全長11cm(a).右眼に装用された状態(b).このチューブはNSチューブと異なり,先端からの突き抜け防止のためのストッパーが装着されている(c).涙管チューブ挿入は不可能であった.進行した涙小管閉塞には,涙小管形成手術(canaliculoplasty:CP),結膜涙.鼻腔吻合術(conjunctiva-dacryocystorhinostomy:C-DCR)が必要となるが,このGrade3に対してのCPの適応は限定的である19).チューブ抜去後の再閉塞は8側あり,涙管チューブの再挿入を試みたが挿入不可能な症例もあった.当院での最終的な流涙症の評価は,S-1先端プラグホルダー図6Eagle涙管チューブ左上涙点から挿入されたEagle型涙管チューブ(左).Eagle涙管チューブの構造図(右).918あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(36) 終了3.5カ月後(ごく一部の長期服用者は2012年12月の段階で評価)とし,流涙症改善(50%以上流涙が減少)率は74.4%(166/223側)であった.4.その他の副作用(角膜上皮障害,眼瞼色素沈着,鼻汁)角膜上皮障害5,7,9,11,20),眼瞼色素沈着,鼻汁などの副作用もあるが,この角膜障害による視力低下は,失明の恐怖感を生じさせることが多い.角膜上皮障害(クラック状,点状表層角膜炎型,シート状型)は,涙液に移行した5-FUの長期曝露が原因ではないかと考えられ,流涙症患者の25.30%に生じている9,11).当院では投薬開始から1.3カ月で生じ,点眼加療では改善しなかった.よって服薬中止を処方医に指示し,2.3カ月服用を中止することで全例改善した.ヒアルロン酸の点眼は,その粘稠性の高さから5-FU含有の涙液の長期駐留を起こして,角膜上皮障害を増悪させるので,使用しないことも重要である.5.対策と留意点処方医は流涙症状が出た場合,早急に眼科に紹介させることを徹底させる.初期検査後,必要があれば涙道外来を行っている施設および医師に紹介する(涙道外来を行っている施設および医師は,日本涙道・涙液学会ホームページ(URL/http://www.lacrimal-tear.jp/)に掲載されている.防腐剤非添加の人工涙液の使用説明では,これで涙が減少して症状が改善するわけではないこと,なぜドライアイ用点眼を使うのかを十分説明しておくことが重要である.さらに,水道水で眼を洗う患者も多い傾向があるので,水道水は滅菌水ではないことを十分認識させる.また,副作用冊子は,処方医,患者,眼科医の眼部副作用の認識を上昇させる意味で重要である.現図7当院で製作した抗がん剤眼副作用冊子第3版(16ページで構成)(37)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013919 図8当院電子カルテの抗がん剤と涙道関係のテンプレート在,当院作成の眼部副作用の冊子改訂3版(図7)や涙道・涙液学会,角膜学会監修の冊子がある.6.その他近年電子カルテ診療が普及しつつあり,当院でも抗がん剤関係のテンプレートを作製した(図8).また,処方医のカルテを検索するときに,がん専門の略語が多く苦労するため,重要な略語の意味や日本語訳を知っておくと便利である(表3).2009年米国NationalCancerInstitute(NCI)のCancerTherapyEvaluationProgram(CTEP)が公表したCommonTerminologyCriteriaforAdverseEvents(CTAG:有害事象共通用語規準)に関して,JapanClinicalOncologyGroup/日本臨床腫瘍研究グループ)による日本語訳がある.そのなかには,涙目のグレード分類が1.3まであり,1:治療を要さない,2:治療を要する,3:外科的治療を要すると分類されている.眼科医の立場から考えると,グレード1には違和感がある.IIIまとめ筆者はこの1年間で日本眼科手術学会,日本涙道・涙液学会,日本癌治療学会,日本緩和医療学会,日本がん看護学会,「がんの社会学」に関する合同班会議,患者家族集中勉強会などで講演してきたが,この副作用の認920あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013表3抗がん治療関連略語とその日本語訳略語フルネーム日本語訳などAdjAdjuvanttherapy補助療法CDDPcis-Diaminedichloroplatinumシスプラチン(薬剤名)CPT-11Camptothecin11イリノテカン(薬剤名)CTCAECommonTerminologyCriteriaforAdverseEvents有害事象共通用語規準GEMGemcitabineゲムシタビン(薬剤名)ジェムザール(商品名)NACNeoadjuvantchemotherapy術前化学療法PDProgressivedisease進行PRParticalresponse部分寛解SDStabledisease不変CRCompleteresponse完全寛解著効知度は十分ではないと考える.また,当院のように緩和医療が充実した施設の場合,終末期まで通水処置を行うことも多い.さらに,早期胃がん術後補助療法における使用例での生存率は高いだけに,後遺症に悩みながら生活している患者も多い.それだけ患者にとって,この副作用の苦痛が大きく治療への願望も強いことを,十分認識しておくことが必要である.今後さらなる情報伝達,予防法の確立などが求められる.文献1)McCartneyE,ValluriS,RushingDetal:Upperandlowersystemnasolacrimalductstenosissecondarytopaclitaxel.OphthalPlastReconstrSurg23:170-171,20072)加藤秀紀,尾本聡,久保寛之ほか:ドセタキセルによって涙道閉塞をきたした3例.臨眼58:1463-1466,20043)AgarwalMR,EsmaeliB,BurnstineMA:Squamousmetaplasiaofthecanaliculiassociatedwith5-fluorouracil:aclinicopathologiccasereport.Ophthalmology109:23592361,20024)EsmaeliB,GolioD,LubeckiLetal:Canalicularandnasolacrimalductblockage:anocularsideeffectassociatedwiththeanti-neoplasticdrugS-1.AmJOphthalmol140:325-327,20055)栗原勇大,平岡孝浩,坂田典繁ほか:経口抗癌薬S-1内服に伴う角膜表面と涙液の評価.眼臨紀1:701-705,20086)塩田圭子,田邊和子,木村理ほか:経口抗癌薬TS-1投与後に発症した高度涙小管閉塞症の治療成績.臨眼63:1499-1502,2009(38) 7)細谷友雅:抗癌剤による角膜および涙道の障害.眼科54:27-32,20128)SasakiT,MiyashitaH,MiyanagaTetal:Dacryoendoscopicobservationandincidenceofcanalicularobstruction/stenosisassociatedwithS-1,anoralanticancerdrug.JpnJOphthalmol56:214-218,20129)坂井譲,井上康,柏木広哉ほか:TS-1による涙道障害の多施設研究.臨眼66:271-274,201210)井上康:TS-1による涙道閉塞.眼科手術25:391-394,201211)柏木広哉:外来化学療法における副作用対策(6)眼障害.コンセンサス癌治療11:224-226,201212)KoizumiW,NaraharaH,HaraTetal:S-1pluscisplatinversusS-1aloneforfirst-linetreatmentofadvancedgastriccancer(SPIRITStrial):aphaseIIItrial.LancetOncol9:215-221,200813)KimN,ParkC,ParkDJetal:LacrimaldrainageobstructioningastriccancerpatientsreceivingS-1chemotherapy.AnnOncol23:2065-2071,201214)EsmaeliB,BurnstineMA,AhmadiMAetal:Docetaxelinducedhistologicchangesinthelacrimalsacandthenasalmucosa.OphthalPlastReconstrSurg19:305-308,200315)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術16:485-491,200316)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,200717)五嶋麻理,杉原紀子,松原正男:Eagle涙道チューブ使用例の検討.臨眼65:949-952,201118)加藤愛,矢部比呂夫::涙.鼻腔吻合術における閉塞部位別の術後成績.眼科手術21:265-268,200819)鈴木亨:涙小管閉塞症の顕微鏡下手術における術式選択.眼科手術24:231-236,201120)ChikamaT,TakahashiN,WakutaMetal:NoninvasivedirectdetectionofocularmucositisbyinvivoconfocalmicroscopyinpatientstreatedwithS-1.MolVis15:2896-2904,2009(39)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013921

涙道内視鏡

2013年7月31日 水曜日

特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):909.913,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):909.913,2013涙道内視鏡LacrimalEndoscope杉本学*はじめに涙道内視鏡・鼻内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術がはじまって,10年が経過した.本来の涙道内腔を開放して確実にチューブを留置できれば涙管チューブ挿入術の治療成績が向上することが期待された.まず,鈴木により,閉塞部を観察し,閉塞部を内視鏡の先端で穿破する内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)1)が報告された.涙道内を観察して穿破する画期的な方法であるが,穿破時の穿破状況は観察不能であった.そのため,本来の涙道内腔を開放できているかどうか不明であった.観察下での開放をめざしてシース誘導内視鏡下穿破法(sheath-guidedendoscopicprobing:SEP)2)が開発され,穿破時の観察も可能になった.また,閉塞部を開放後のチューブ挿入も,開放部に確実に一対のチューブを留置できるシース誘導チューブ挿入術(sheath-guidedintubation:SGI)3)が開発され盲目的な操作はほぼなくなった.これら涙道内視鏡・鼻内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術については,本誌Vol.29(7),2012の特集「眼科小手術PearlsandPitfalls」に詳しく述べたので,こちらを参照4)のこと.手術方法の変更はないが,今まで,シース誘導プロービング(sheathguidedprobing:SHIP)とよんでいた手技を,シース誘導非内視鏡下プロービング(sheath-guidednon-endoscopicprobing:SNEP)とよぶことになった.SHIPという名称では,SEPとの違いがわかりにくく,SNEPのほうが手技をよく表現できているので,改称することになった.さて,SEPによる開放でも,本来の涙道内腔を開放できているかどうかの道しるべは,いまだ確立されていない.道しるべの確立のためには,眼科手術が顕微鏡および周辺機器の改良により進歩してきたように,まず観察系の改良が必須である.本特集では,ファイバーテック社製涙道内視鏡が改良され,涙道内視鏡像が少し鮮明になって手術がしやすくなったことを述べる.また,今まで認可を受けた涙道内視鏡はファイバーテック社製のみであったが,町田製作所製も使用できるようになった.同一症例を観察した映像を比較してみた.涙道内視鏡・鼻内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術のチューブ抜去後2,000日の成績は,涙小管閉塞症では90%を超えるものの,鼻涙管閉塞単独症では70%であり5),涙道内視鏡を使用しない涙管チューブ挿入術より成績は向上したが満足できるものではない.ただ,通水不良例は涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)しか残されていないのだろうか.チューブ抜去後,再狭窄・再閉塞を起こしてきたがDCRを希望しない,あるいは適応困難な症例に,筆者が行ってきたDCR以外の対処方法について提案する.I涙道内視鏡の改良ファイバーテック社製涙道内視鏡は,今まで観察系のファイバー数が6,000本であったが,10,000本に増加した製品が発売された.ファイバー数が大幅に増えたも*ManabuSugimoto:すぎもと眼科医院〔別刷請求先〕杉本学:〒719-1134総社市真壁158-5すぎもと眼科医院0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(27)909 10,000画素6,000画素10,000画素6,000画素10,000画素6,000画素図1ファイバーテック社製:新製品と従来品の比較映像10,000画素6,000画素図2ファイバーテック社製:新製品と従来品のクラッドの比較赤丸内を比較するとクラッドの違いがわかりやすい.のの,涙道内視鏡プローブの外径は0.9mmのままで,涙道内視鏡の操作性は従来品と変わりなかった.新製品と従来品の映像を比較したものが図1である.第一の違いは,中央部分の映像が少し鮮明になったことである.これにはファイバー数が増えたことと,ファイバー1本1本の径が微妙に違うため,クラッドとよばれるファイバー1本1本の輪郭が目立ちにくくなったことが寄与している(図2).第二の違いは,観察視野が少し広がったことである.これは,涙道内をより広角に観察できるため,見落としを少なくできる利点がある.図3に同一症例の涙小管ポリープを新製品と従来品で観察比較したものを示す.DVDから静止画を落としているため少しわかりづらいが,新製品のほうが少し鮮明に観察される.特に,ポリープのネック部分を比較するとわかっていただけると思う.動画では両者の違いがよ910あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013図3ファイバーテック社製:新製品と従来品の涙小管ポリープの比較映像りよくわかる.また,従来品は焦点深度が5mm設定の1種類であったが,新製品は焦点深度が3mm,5mm,15mmの3種類から選択できる.図4にチャート位置を内視鏡先端から2mmに設定して,3種類の焦点深度の内視鏡映像を示す.設計どおりに焦点深度3mmの映像が一番観やすい.筆者は,SEPでは,シースを涙道内視鏡先端より1.2mm伸ばした状態で穿破していくため,2.3mm前方が詳しく観察されることが重要であると考えている.焦点深度3mmの涙道内視鏡を用いた,鼻涙管閉塞症に対するSEPの実際映像を図5に示す.閉塞部のくぼみ(ディンプル)を同定し(図5a),ディンプルめがけてSEPすると一番表面の粘膜が破れる(図5b).そのままSEPを進めると,本来の内腔であったところと思われる,疎な粘膜下組織部分となり(中央の3カ所暗い部分)(図5c),お迎えの穴が見つかる(図5d).お迎えの穴に向かって進んでいく(図5e.g)と,大きな内腔に達する(図5h).従来の涙道内視鏡では,ここまで穿破の様子が詳しく観察できなかったため,お迎えの穴・裂孔形成に気づくことが遅れがちであった.ファイバー数10,000本・焦点深度3mmの涙道内視鏡を使用するようになって有利になった点をあげると,第一に,SEP中に裂孔形成すると,急に血管が見え映像が変わったことに早く気づく.出血を最小限に抑えることができて,リカバリーしやすくなった.第二に,SEPでの本来の内腔と考えられる部位の開放に自信がもてるようになったため,滑車下神経ブロック麻酔を併用し,患者の痛みを軽減することに積極的になった.今(28) 3mm5mm15mm図4ファイバーテック社製新製品:3種類の焦点深度の比較映像sssssss図5ファイバーテック社製新製品(焦点深度3mm)による鼻涙管閉塞に対するSEPa:ディンプルの同定,b:表層の粘膜が穿破されるところ,c:疎な粘膜下組織部分,d:お迎えの穴の発見,e.g:お迎えの穴に向かって進めていく,h:大きな内腔.S:シース,黒矢印:ディンプル,黄矢印:お迎えの穴,緑矢印:お迎えの穴が拡がっていくところ.まで,筆者は,本来の内腔かどうかの指標の一つとし塞では,SEP・SNEPで穿破できているのかどうかわかて,患者の痛みを利用してきた.そのため滑車下神経ブらないことがあったが,比較的薄い硬い膜が残っているロック麻酔はなるべく行わず,涙道内麻酔で開放を行っ場合,膜を透して涙.鼻側粘膜血管が見える感じがわかてきたが,今後は,患者の疼痛と術者の負担の軽減できり,穿破の判断ができるようになった.る,滑車下神経ブロック麻酔を併用することを推奨すつぎに,ファイバーテック社製(ファイバー数10,000)る.第三に,従来品では,涙.の小さい硬い総涙小管閉と,町田製作所製(ファイバー数6,000)で同一症例の(29)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013911 下涙小管,涙.粘膜を観察した映像を示す(図6).鮮明さはファイバーテック社製がよく,町田製作所製はクラッドがはっきりわかり,色調も少し緑がかった感じであった.町田製作所製の内視鏡プローブの外径は0.9mmでファイバーテック社製と変わりなく,操作性に違いは感じられなかった.町田製作所製の内視鏡プローブの根元は,ファイバーテック社製のように太くなっていないため,涙道シースストッパー(はんだや)が固定されずファイバーテック社製10,000町田製作所製6,000下涙小管下涙小管涙.粘膜涙.粘膜図6ファイバーテック社製品と町田製作所製品の比較映像回旋してしまう.町田製作所仕様のものを作製する必要がある.II鼻涙管の再狭窄・再閉塞の対処法鼻涙管閉塞症に対して涙道内視鏡・鼻内視鏡を併用した涙管チューブ挿入術を行って,通水不良になった症例でDCRを勧めても,希望される方は筆者の施設では少ない.そこで2006年6月.2013年1月に鼻涙管閉塞症(涙小管閉塞症,総涙小管閉塞症の合併例は除く)に対し,SEP・SNEPおよびSGIを行い,チューブ抜去後2カ月以上経過観察できた,143例174側を,レトロスペクティブに解析してみた.24例25側が通水不良例(15%)であった.25側のうち,5側に2度目のSEPおよびSGIを行っていた.2度目の留置チューブ抜去後の通水不良例は今のところ見られなかった.残りの20側に関しては,涙道内視鏡下でシースを使って,再狭窄部を削って拡張するscraping(図7)で通水を回復していた.Scrapingは3.6カ月に一度施行することで,通水を維持することができていた.鈴木は,このように鼻涙管閉塞症に対するチューブ留置術後の再狭窄・再閉塞に対してscrapingで通水維持することを,Javateが実施しているassistedpatency6)の日本版と提唱している.涙道内視鏡が全国に普及し,涙道内視鏡術者が増えれば,鼻涙管閉塞症に対する涙管チューブ挿入術後の再狭窄・再閉塞の対応として,DCRの希望がない,もしくは適応困難な症例に対して,2度目の涙管チューブ挿入s図7Scrapinga:scraping前,b:scraping中,c:scraping後.S:シース.赤矢印:削り取られている部分.912あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(30) 術を行うか,scrapingでフォローすることも選択肢になると考えている.おわりにファイバーテック社製涙道内視鏡が改良されて少し鮮明に観察できるようになったが,多くの眼科医はこの映像ではまだ満足できないのではないだろうか.認可を受けた涙道内視鏡が2社使用可能になったことにより,今後の涙道内視鏡の改良がよりスピーディーに進んでいくことが期待される.病変および手術過程を鮮明に観察することができれば,新しい知見が得られるようになるので,病態の解明や手術方法の改善につながっていく.涙道内視鏡を併用した診療は,まだまだ進歩していく可能性が大きい.涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術が普及し,再狭窄・再閉塞症例もscrapingでフォローできれば,DCRを施行する症例が減少することが予想される.しかし,骨性鼻涙管が閉塞している症例など,DCRでないと治療できない症例は必ずある.今後はDCRができる術者の教育と普及も重要になってくる.文献1)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術16:485-491,20032)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20073)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20084)杉本学:涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科29:933940,20125)杉本学,井上康:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績.あたらしい眼科27:12911294,20106)JavateRM,PamintuanFG,CruzRTJr:Efficacyofendoscopiclacrimalductrecanalizationusingmicroendoscope.OphthalPlastReconstrSurg26:330-333,2010(31)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013913

先天鼻涙管閉塞

2013年7月31日 水曜日

特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):903.907,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):903.907,2013先天鼻涙管閉塞CongenitalNasolacrimalObstruction廣瀬美央*はじめに先天鼻涙管閉塞は眼脂・流涙を生じる病態のなかで最多の疾患である.日常の臨床において頻繁に遭遇する疾患だけに,その治療時期・方法については十分な理解が必要である.I病態生理涙道は胎生期に顔面の発生とともに形成され,鼻涙管尾側は出生頃に下鼻道外側壁に開口するが,これが生後も開口されず閉塞したままのものを先天鼻涙管閉塞という.出生児の数%から20%に認められ,生後1年までに約90.95%の症例で自然治癒が見込まれる1)ので,いわば発生過程の途中にある状態と考えてもよい.顔面の形成は胎生5週頃から始まり,同時に鼻涙管から涙.も形成される.このため,胎生初期での発生異常では顔面の形成異常に付随し骨性の閉塞を伴うことがあり,成長後に涙.鼻腔吻合術などの涙道再建を要することになる.症状は生後まもなくからの眼脂・流涙で,涙.部圧迫や涙管通水検査による貯留物の逆流,色素残留試験陽性(図1)などから診断は容易である.慢性炎症で経過することが多く経過観察のみでよいが,急性涙.炎を生じることがあるので,家人に涙.部の腫脹や発赤が生じないか観察を喚起する必要がある.図1色素残留試験フルオレセイン試験紙を結膜.に接触させ,5分後の色素残留を観察する(この症例では左側の色素残留が著明である).年長児など通水検査が困難なときに簡便である.II治療方針初期治療としては,観察や涙.マッサージのみを基本とし,流涙・眼脂は家人に拭き取ってもらうだけとする.近年,眼科領域でのメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)の検出が増加傾向であり小児においても例外ではない2.5).眼脂が出ていると家人が心配し抗菌薬の点眼を希望されることが多いが,抗菌薬の点眼は眼脂が著明であるときに短期間(数日間)使用し,常用させないことが耐性菌を生じさせないために重要であることを丁寧に説明し,適正*MiouHirose:兵庫県立尼崎病院眼科〔別刷請求先〕廣瀬美央:〒660-0828尼崎市東大物町1丁目1-1兵庫県立尼崎病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(21)903 な使用を促すことも眼科医に求められる対応であると考える.家人が涙.マッサージをする際は力加減や圧迫する部位を間違わないように施行者に直接指導をする.先天鼻涙管閉塞で自然治癒されない場合や急性炎症を生じる場合はプロービングにより閉塞の解除を行う.プロービングなどの外科的治療を行う時期は議論の余地があるが,治療に伴う合併症を鑑みて,急性炎症が生じなければ生後6カ月まではプロービングせず観察することが望ましい.生後1歳までは局所麻酔下でよいが,1歳を過ぎてからは全身麻酔下でのプロービングを行う.菌血症を伴う急性涙.炎に対しプロービングを行う場合は,抗菌薬の全身投与を行わないと成功率が低いとの報告もあり,抗菌薬の静脈内投与など事前の対処が必要である6).III治療方法局所麻酔下でのプロービングでは患児の固定が重要となる.体幹をバスタオルやタオルケットなどで包み込むが,腕が術野に出てこないようにして巻き込むとよい.介助者は患児の顎から側頭部を拇指と手掌でしっかり固定する(図2).点眼麻酔後,必要に応じて涙点拡張針で涙点を拡張する.涙点部の操作は下涙点が簡単であるが,プロービング自体は上涙点からのほうが施行しやすい.涙小管水平部を長軸方向に(耳側に)引き延ばすようにすることで正しく涙小管が拡張される.方向を間違えば涙小管損傷によりその後のプロービングが困難になるとともに,医原性涙小管閉塞をきたすことがあるので注意が必要である.図2患児頭部の固定法介助者は患児の顎を拇指で支え,側頭部を手掌で包み込むようにしっかり固定する.図3プローブの動き左上:涙小管垂直部に挿入.上涙点の場合は上眼瞼を翻転すると入れやすい.右上:涙小管を長軸方向に引き伸ばすように眼瞼を外側に引いた状態で涙.まで進める.左下:骨性の感触があれば涙.内に挿入されているためゆっくりとプローブを立てる.右下:鼻翼外側(鼻孔の外側)に向け涙.から鼻涙管へ滑らせるように進める.904あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(22) 図4プローブの方向(正面)鼻涙管内でプローブの先端は鼻翼外側に向いている.プロービングにはバンガーター(Bangerter)針などの先端が鈍になった涙洗針または金属プローブ(いわゆるブジー)を使用する.弱弯曲のプローブを用いる施設もあるが,涙道内でのオリエンテーションがつかなくなると不用意な操作で粘膜を損傷することになるため,初心者は特に直針を用いたほうがよい.バンガーター針などであればプロービング後の通水確認が器具の出し入れをせずにそのままできるので簡便である.涙点拡張針と同様に涙小管を長軸方向に引き伸ばすように眼瞼を外側に引いた状態で涙.まで進める.骨性の感触があれば涙.内に挿入されているのでゆっくりとプローブを立てて鼻翼外側(鼻孔の外側)に向け涙.から鼻涙管へ滑らせるように進めていく(図3).先天鼻涙管閉塞は鼻涙管開口部での閉塞がほとんどであるので,鼻涙管内はプローブを抵抗なく進められる.鼻涙管内にあるプローブの方向は通常プローブの先端が鼻翼外側に向き,プローブの根元は眉毛部に当たるくらいの水平であることが多い(図4,5).十分な深さまで到達しないうちに抵抗がある場合は鼻涙管の走行が耳側や背側に変位している可能性があるので,少し引き戻して角度を変えて挿入してみる.閉塞部まで到達すれば軽く押し込むようにプローブを進めて穿破する.通水が確認されない場合は後日再度プロービングを試みてもよいが,その際にも治癒できない場合は複数回繰り返さずに,生後1歳を過ぎてから全身麻酔下で涙道内視鏡検査を施行するのが望ましい.涙道内視鏡検査では,閉塞部を涙道内から確認することが図5プローブの方向(側面)プローブの根元が眉毛部に当たるくらい,顔面に水平に寝かせた状態となる.でき,内視鏡で直接または内視鏡に被せたシースを利用して閉塞部の穿破をすることが可能であり,盲目的治療が困難な症例では大変有効なツールである.(涙道内視鏡の金属部は一般的なプローブや涙洗針より柔らかく,局所麻酔下で行う場合に患児の急な動きで破損する可能性があるので注意が必要である.)IV合併症急性涙.炎・蜂窩織炎先天鼻涙管閉塞でもときに急性化し急性涙.炎や,蜂窩織炎が生じることがある.乳幼児の涙.炎の代表的起因菌には,インフルエンザ菌,肺炎球菌,黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌があげられる.治療開始前に涙.貯留物の培養・感受性試験を施行しておくのが望ましいが,治療に間に合わない場合は広域抗菌スペクトラムの抗菌薬で経験的薬物治療(empirictherapy)が行われる.その場合も起因菌の同定がされれば狭域抗菌スペクトラムの抗菌薬に変更して継続する治療(de-escalation)を行う.V鑑別疾患乳幼児に眼脂・流涙をきたす疾患として鑑別すべき疾患をあげる.(23)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013905 1.先天涙.ヘルニア先天涙.ヘルニアは鼻涙管開口部の閉塞と内総涙点の機能的閉塞により涙.と下鼻道の閉塞部鼻粘膜がそれぞれ拡張したもので,拡張した涙.部は皮膚を透過して暗青色の腫瘤に見える(図6).その色調から血管腫と間違われることがあるが,副鼻腔のX線CT(コンピュータ断層撮影)検査により涙.から下鼻道につながる拡張した涙道が認められることで診断できる(図7,8).急性炎症により自然治癒することもある7)が,新生児は鼻呼吸をしているため,下鼻道に拡張した鼻涙管粘膜が鼻道を閉塞し呼吸困難を生じる場合,または急性炎症により蜂窩織炎が懸念される場合は可及的速やかに下鼻道の鼻粘膜を開放する.膿を含んだ多量の貯留物の誤嚥を避ける意味で全身麻酔下での治療が望ましい.図6先天涙.ヘルニア左側先天涙.ヘルニアの症例.内眼角部にやや暗青色の腫瘤が認められ(←部),左眼は耳上側に圧排・偏位している.図8先天涙.ヘルニアのCT(冠状断)拡張した開口部粘膜を伴う腫瘤で左側下鼻道が占拠されている(↑部).下鼻甲介が鼻上側に圧排・偏位している.図7先天涙.ヘルニアのCT(水平断)涙.から鼻涙管,下鼻道に連続する占拠性病変を認める(↑部).906あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(24) 図9先天涙.皮膚瘻成人例.左側内眼角下方に涙.からの瘻管が開口している.フルオレセインで染色した生理食塩水で涙.洗浄を行うと瘻管から漏出するのが確認できる(↑部).2.先天涙.皮膚瘻涙.から皮膚に瘻管が形成されているもので,発症率は比較的高く1%程度ともいわれる8).内眼角部下方に臍状にくぼみが見られる.鼻涙管閉塞を合併していなければ自覚症状はないことが多いので,治療を必要としない.鼻涙管閉塞を合併する症例では瘻管から涙.貯留物が漏出する(図9).漏出点の焼灼や瘻管の結紮のみでは再開通することが多いので,根治治療としては瘻管を摘出する.3.涙点閉鎖流涙を主訴とする.先天涙点閉鎖では膜状の閉塞であることが多く閉塞部を穿孔することで完治するが,涙乳頭を伴わない場合は意図的涙小管断裂を作製し造袋術が必要となる.結膜炎などの炎症後に発症した後天涙点閉鎖では涙小管を含め広範な閉塞が認められることがある.4.結膜炎生後数日から2週間以内に発症する結膜炎では出生時の産道感染が考えられ,クラミジア感染症や淋菌感染症の可能性がある.妊婦健診を受けている産婦であれば出産前に診断・治療されていることが多いが,妊婦健診を受けていない場合は注意が必要である.若年者の性感染症が増加傾向であることから新生児の結膜炎では念頭に置くべきであり,特に淋菌感染は急速に進行し角膜穿孔など重症化するので見逃してはならない.5.先天緑内障出生10,000例に対し1例の発症率で,流涙や羞明を主訴とし角膜径の拡大を認める.手術を要する病態である.文献1)YoungJD,MacEwenCJ:Managingcongenitallacrimalobstructioningeneralpractice.BMJ315:293-296,19972)大石正夫,宮尾益也,阿部達也:ペニシリン耐性肺炎球菌による眼科感染症の検討.あたらしい眼科17:451-454,20003)今泉利雄,松野大作,神光輝ほか:ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)による涙.炎の3症例.あたらしい眼科17:87-91,20004)児玉俊夫,宇野俊彦,山西茂喜ほか:乳幼児および成人に発症した涙.炎の検出菌の比較.臨眼64:1269-1275,20105)後藤美和子,菅原美香:先天鼻涙管閉塞による涙.炎の起炎菌と薬剤感受性.眼臨紀1:365-367,20086)BaskinDE,ReddyAK,ChuYIetal:Thetimingofantibioticadministrationinthemanagementofinfantdacryocystitis.JAAPOS12:456-459,20087)松本直,権田恭広,杤久保哲男ほか:急性涙.炎により自然寛解した涙.ヘルニア.臨眼65:1501-1504,20118)飯田文人:先天性外涙.瘻の小学校健診における発現率.臨眼59:1299-1301,2005(25)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013907

涙嚢鼻腔吻合術:鼻内法

2013年7月31日 水曜日

特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):897.901,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):897.901,2013涙.鼻腔吻合術:鼻内法Dacryocystorhinostomy:EndonasalDCR宮崎千歌*はじめに涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)は鼻涙管閉塞の手術治療としての基本的な術式である.DCRは涙道と鼻腔との交通を新たに作製する方法である.鼻涙管と鼻腔の間には薄い骨があり,バイパスを作製するため,ドリル,ノミなどで切除する.骨を切除するには,皮膚を切開して鼻外から骨を切除する鼻外法と,鼻内視鏡下に鼻腔内から骨を切除する鼻内法がある.眼科医にとってなじみの少ない鼻腔との吻合を形成する術式であるため,敬遠されがちではあったが,術式の改良とともに,DCRは馴染みやすいスマートな手術となってきている.19世紀末にKillian1)Caldwell2)らによってEn(endonasal)-DCRが行われ,(,)20世紀末にMcDonoghら3)によって鼻内視鏡を用いた近代的な鼻内法が行われるようになった.一方,鼻外法は20世紀はじめにToti4)によって行われ,1921年にはDupuy-Dutemps5)によって改良され,現在の鼻外法になっている.しばらくDCRは鼻外法が主流であったが,2000年代に入ると内視鏡の導入,ドリル6,7),ケリソンロンジャー8),レーザー9)などの手術器具の登場により鼻内法の手術方法が改良され,術後成績も改善している.中鼻道の涙道周囲の上顎骨,涙骨,症例によっては鈎状突起,篩骨を切除するには,道具はどれを使っても良いわけである.鼻内法では,鼻外法に比べて顔面に傷を作らず,骨切除量が少ない.鼻出血の管理が可能であれば,日帰りでの手術も可能である.鼻腔内での操作は鼻内視鏡と器具を双手で持つため,鼻腔内操作に慣れることが大切である.鼻内法は内視鏡観察により鼻腔内で手術を施行するが,モニターの画面は二次元画像である.平面の画像を自分のなかで三次元の構築をしながらの手術操作が必要であり,鼻腔からみて涙道の位置を把握することが大切である.そのためには,涙道周囲の解剖学的知識の理解が必須である.鼻外法,鼻内法にかかわらず,鼻涙管閉塞に対するDCRの治癒率は高い.抗生物質点眼,内服を継続することによって,眼分泌物からの多剤耐性菌検出率が高くなり,起炎菌となる場合には治療に難渋する場合もあるため,漫然と保存的治療を続けないことが大切である.I必要な解剖鼻内視鏡で鼻腔を観察すると,中鼻道には,中鼻甲介,中鼻道外壁,下鼻甲介,鼻中隔が観察できる(図1).涙道は中鼻甲介の付着部から下方,上顎骨のふくらみをもった鼻粘膜のライン上(maxillaryline)に存在し,maxillaryline上に涙道内視鏡の透過光が観察される.涙道周辺の骨は,顔面正面では鼻骨(nasalbone),上顎骨(maxilla)が存在する(図2).鼻腔内では中鼻甲介(middlenasalconcha),下鼻甲介(inferiornasalconcha),鼻中隔(nasalseptum)が観察される(図3).眼窩右側方から涙道周辺を観察すると,前方から鼻骨,*ChikaMiyazaki:兵庫県立塚口病院眼科〔別刷請求先〕宮崎千歌:〒661-0012尼崎市南塚口町6丁目8-17兵庫県立塚口病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(15)897 上顎骨,前頭骨(frontalbone),涙骨(lacrimalbone)篩骨(ethmoidbone),頬骨(zygomaticbone)から構(,)成されている.涙道前方の上顎骨のふくらみを上顎骨前涙.稜(anteriorlacrimalcrest),涙道後方の涙骨のふくらみを涙骨後涙.稜(posteriorlacrimalcrest)といい,涙道鼻中隔側は,涙骨上顎骨縫合である(図4).骨性涙道は,上顎骨前頭突起(frontalprocess),涙骨,下鼻甲介から構成されている.上顎骨前頭突起は涙.溝(lacrimalgroove),涙.結節(lacrimaltubercle)を,涙骨は涙.溝,涙骨鈎(lacrimalhamulus),下行突起(descendingprocess)を,下鼻甲介は涙骨突起(lacrimalprocess)をそれぞれ有する.骨性鼻涙管の薄い骨(上顎骨前頭突起と涙骨)の部分にDCRの骨窓を作製する.涙骨上顎骨縫合(maxillarylineとよばれ手術の際の目印となる)より後方の涙骨は大変薄い.涙骨から後方に中鼻甲介涙道内視鏡の透過光鼻中隔下鼻甲介図1鼻内視鏡で鼻腔を観察(右)は鈎状突起(uncinateprocessofethmoidbone),半月裂孔(similunarhiatus),篩骨胞(ethmoidbulla)がある(図5).涙骨も含め大変薄い骨になっている.篩骨の耳側には眼窩が位置し,その境界は篩骨眼窩板(orbitalplateofethmoidbone)や紙様板(図6)とよばれ副鼻腔の内視鏡手術の際に,注意すべき部位ではある.紙様板の耳側は眼窩であり,眼球周辺脂肪組織,内直筋,眼球が存在する.DCRの手技で篩骨眼窩板(orbitalplateofethmoidbone)まで手術操作が及んではいけないが,内視鏡観察下の手術は二次元での手術であり,自分が思ったより背側に器具が入ってしまうこともあるため,器械が背側に行きすぎないように注意する必要がある.鼻中隔中鼻甲介下鼻甲介上顎骨鼻骨図2涙道周辺の骨上顎骨前頭突起中鼻甲介篩骨蜂巣涙骨涙骨上顎骨縫合図3涙道周辺の骨(鼻腔から右眼窩方向)鼻骨前頭骨頬骨篩骨涙骨後涙.稜上顎骨前涙.稜涙骨上顎骨縫合上顎骨涙骨図4涙道周辺の骨(眼窩右側方から涙道周辺を観察)898あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(16) 鈎状突起篩骨胞半月裂孔下鼻甲介中鼻甲介外す涙道図5鼻腔(右側)―中鼻甲介を切離鈎状突起篩骨胞半月裂孔下鼻甲介中鼻甲介外す涙道図5鼻腔(右側)―中鼻甲介を切離II手術適応鼻涙管閉塞は,涙道内視鏡で観察すると,灌流下に涙.は大きく腫脹し,閉塞部位は穿破できないか,穿破できたとしてもピンホール様で小さい.涙点閉塞,涙小管閉塞に鼻涙管閉塞を伴っている症例に対しては,涙道再建術の一部として本術式が必要である.III手術器具ジャクソン(Jackson)スプレー,鼻用タンポンガーゼ,カテラン針,硬性鼻内視鏡(外径4mm,仰角0°または30°,鼻腔が狭い場合は外径2.7mm),涙道内視鏡,光源ファイバー(硝子体手術用など),ドリル,またはノミ,調骨器,鼻鏡,鼻用鑷子,白内障手術用スリットナイフ,涙道洗浄針,涙点拡張針,彫骨器,鉗子,凝固器,吸引管,ステント,手術顕微鏡.(下記「手術方法」ではドリルで記載する.)IV手術方法1.麻酔①局所麻酔での手術が可能であるが,無痛での手術はむずかしい.静脈確保をし,ドルミカムR1mg,ソセゴンR3mgを術直前に初回投与.ドルミカムR0.5mg,ソセゴンR1.5mgを以後5分おきに追加投与し,骨窓(17)涙道図6篩骨紙様板篩骨蜂巣を除くと眼窩内からの透過光が見えるほど薄い.形成終了時まで継続する.腎機能低下者,透析患者,高齢者(70歳以上)にはドルミカムRを半量とする.②中鼻道に2%キシロカインRとボスミン液Rを1対1で混合した液を鼻腔に噴霧する.同液に浸したタンポンガーゼを,吻合孔を作製する予定の中鼻甲介付着部周辺から前方に5枚挿入する.数分待ち鼻粘膜を収縮麻酔する.③2%キシロカインRで前篩骨神経ブロック麻酔,滑車下神経ブロック麻酔をし,2%キシロカインRを涙道内に注入し涙道内を麻酔する.2.手術方法①涙道内視鏡を涙点から挿入し涙道閉塞部位を確認する.場合によっては涙小管にシースを留置しておき,光ファイバーが挿入しやすいようにする.②硝子体用光ファイバーを涙点から挿入し,総涙小管の高さに固定する.③鼻内視鏡にて中鼻道に見える透過光を確認し骨窓作製部位の目安とする.④鼻内視鏡は左手に持ち,鼻孔の腹側に当て固定しておく.器具は右手に持ち,鼻内視鏡の下から出し入れをする.鼻粘膜に器具が触れると,出血,腫脹するため,手術と関係のない粘膜に極力触れず,器具の出し入れの回数は少なくし,余分な出血を避ける.術中視野を広く保つために術前処置の工夫や手術時間を短縮する.あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013899 上顎骨耳側鼻中隔上顎骨耳側鼻中隔上顎骨耳側鼻中隔図7右鼻腔骨窓を作製する部位の鼻粘膜に麻酔する.★:中鼻甲介,■:鈎状突起.涙道上顎骨耳側鼻中隔図9上顎骨から涙骨にかけての骨をカーブダイアモンドDCRバーで削り骨窓を作製上顎骨が削れたところには涙道が見えてくる.★:中鼻甲介.⑤涙道は上顎骨のカーブに沿って存在する.中鼻甲介の付け根から上顎骨のカーブに沿って切除する予定の鼻粘膜を2%キシロカインRでカテラン針にて麻酔する.鼻粘膜と上顎骨の間に2%キシロカインRを注入しておくと,鼻粘膜を骨から.離しやすい(図7).⑥透過光を目安に鼻粘膜をドリルシステム(メドトロニック社)のトライカットブレードで切除する.フットペダルにより回転数は変動させることが可能である(図8).⑦骨壁が露出したら,先端をバーに変更し,涙道内視鏡または涙道内に挿入された光を目安に,涙道に沿う感じで骨を削って骨窓を作製する(図9).使用時は900あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013図8骨窓作製部位の鼻粘膜をトライカットブレードで切除★:中鼻甲介.上顎骨耳側鼻中隔図10涙道周囲に鈎状突起がある場合は切除★:中鼻甲介,■:鈎状突起.6,000.10,000rpmに設定し,フットペダルにより回転数は変動させることが可能である.涙点から挿入している光源をほぼ水平とし,その位置が上顎骨を削る上端とする.下端は可能であれば,下鼻甲介の付け根まで削る.背側は涙骨を除去する.涙道の展開がむずかしい場合には鈎状突起を場合によっては除去する(図10).ドリル,ノミ,調骨器を使用し,涙道周辺の骨をできるだけ残さないように除去する.⑧露出した涙.および鼻涙管を穿刀(スリットナイフなど)で切開する(図11).余分な涙道壁をトライカットブレードや鉗子を使用して処理し,涙道内腔を露出する.それだけでも十分であるが,上端および下端で水平(18) ★鼻中隔耳側涙道鼻中隔耳側涙道★上顎骨ステント鼻中隔耳側図11涙.および鼻涙管を切開黄点線:涙道.★★:中鼻甲介.方向に切開を加え,観音開きとしてもよい.涙.内腔に涙石などが残存していないか確認し,涙石が存在するときには,鼻腔から鑷子,鉗子を用いて排出する.⑨上下涙点からステントを挿入する(図12).⑩抵抗なく通水できることを確認し手術を終える.3.術中術後の出血への対応手術中の出血に対しては,出血部にボスミン液Rに浸したタンポンガーゼを当て,5分程度待つ.それでも止血できないときには,凝固器を使用する.術後の出血に対しては,挿入したタンポンガーゼを抜き,再度鼻腔内を観察し,出血点を見きわめ,上記と同様の処置をし,ベスキチンや軟膏を塗布したタンポンガーゼを創部周辺に挿入圧迫する.4.術後処置ベスキチン,ガーゼ類の鼻腔パッキングは2日後に抜去する.ステントは鼻粘膜が再生していれば,1カ月半程度で抜去する.図12涙点からステントを挿入し,鼻腔側から鑷子でステントを引き,位置を調整★:中鼻甲介.文献1)KillianJ:DiskussionzuSeifertsVortrag.6.Versamml,Suddeutsch,Laryngologen,18892)CaldwellGW:Twonewoperationsforobstructionsofthenasalductwithpreservationofcanaliculi,andanincidentaldescriptionofanewlacrimalprobe.NYMedJ57:581,18933)McDonoghM,MeiringJH:Endoscopictransnazsaldacryocystorhinostomy.JLaryngolOtol103:585-587,19894)TotiA:Nuovometodoconservatoredicuraradicaledellesoppurazionicronichedelsaccolacrimale(dacriocistorinostomia).ClinModerna10:385-387,19045)Dupuy-DutempsL,BourguetJ:Procedeplastiquededacryocystorhinostomyetsesresultats.AnnOcul158:241-261,19216)TsirbasA,WormaldPJ:Mechanicalendonasaldacryocystorhinostomywithmucosalflaps.BrJOphthalmol87:43-47,20037)松山浩子,宮崎千歌:涙.鼻腔吻合術鼻内法の手術成績.眼科手術24:495-498,20118)CodereF,DentonP,CoronaJ:Endonasaldacryocystorhinostomy:Amodifiedtechniquewithpreservationofthenasalandlacrimalmucosa.OphthalPlastReconstrSurg26:161-164,20109)ChristenburyJD,CharlotteNC:Transcanalicularlaserdacryocystorhinostomy.ArchOphthalmol110:170-171,1992(19)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013901

涙嚢鼻腔吻合術:鼻外法

2013年7月31日 水曜日

特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):891~896,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):891~896,2013涙.鼻腔吻合術:鼻外法Dacryocystorhinostomy:ExternalDCR上笹貫太郎*嘉鳥信忠*はじめに涙道閉塞には先天性,後天性を含めさまざまな原因があるが,特に多いのは原発性後天性鼻涙管閉塞である.原因は明らかではないが,涙道内に加齢などによる涙液の停滞や感染,炎症が慢性的に生じ,涙道粘膜上皮の病的変化から閉塞につながると推測されている1).このような病態で,涙管チューブ挿入術などの術式では改善に至らない症例に対し,涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)が用いられる.DCRには,大きく分けて鼻外法(externalDCR)と鼻内法(endonasalDCR)がある.鼻外法は皮膚切開によるアプローチのため,術野が直視下で確保しやすく,骨窓の作製および粘膜の切開を大きく行うことができる.そのため,鼻内法の成功率が63~90%であるのに比較し,鼻外法は85~95%と高い確率で改善している2,3).近年,術式の進歩により鼻内法の成功率は上昇し,皮膚切開創が残らないことから鼻内法が広く用いられるようになってきたが,鼻腔内の形状などによっては鼻内法の適応外となる症例もあり,鼻外法は現在も必要とされる術式である.本稿では,当科において行われている鼻外法の術式について解説する.I適応涙道通水検査で上下涙小管の交通が確認できたうえで,鼻涙管の穿破が不可能な強固な閉塞が疑われる症例が適応となる.また,涙.炎を合併した流涙を認める症例や,鼻腔が狭く鼻内法が困難である症例なども適応となる.術前にはX線computedtomography(CT)検査を行い,涙道内腫瘍や涙道を圧排するような涙道周囲病変,骨性鼻涙管閉塞などの有無を確認することが望ましい.これらが発見された場合は,DCR以外の治療法を選択する場合がある.さらに鼻腔内における篩骨蜂巣の張り出しの程度も確認し,骨窓を作製する位置を検討できる利点もある.II手術器具おもな手術器具を図1に示す.鼻外法に特徴的な器具としては,骨窓形成のための骨膜.離子(図1-⑭)やソノペット(図1-⑯)などがある.ソノペット以外に骨ノミおよびハンマー,彫骨器,電動ドリルなどを用いる施設もある.ソノペットは超音波の振動によって1方向にのみ作用するため,ドリル使用時に懸念される周囲組織の巻き込みの心配がなく,軟部組織の損傷が少ない.III涙道内視鏡検査まずは涙道内視鏡で涙道内を確認する.涙道チューブでは改善が困難な涙.または鼻涙管の狭窄や閉塞を認めた場合,DCRを選択する.IV切開線のデザイン・局所麻酔当科では全身麻酔下で手術を行うが,局所麻酔下で行*TaroKamisasanuki&NobutadaKatori:聖隷浜松病院眼形成眼窩外科〔別刷請求先〕上笹貫太郎:〒430-0906浜松市中区住吉2-12-12聖隷浜松病院眼形成眼窩外科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)891 ①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑩⑪①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑩⑪⑫⑬⑭⑮⑯⑯⑯ソノペット先端側面ソノペット先端正面図1鼻外法に用いるおもな手術器具.①:ピオクタニンエタノール液と竹串,②:定規,③:硝子棒,④:持針器,⑤:スプリング剪刀,⑥:有鈎鑷子,⑦:形成剪刀,⑧:メス(15c番および11番)⑨:釣り針鈎+ペアン,⑩:バイポーラ,⑪:モスキート,⑫:形成用弯曲ハサミ(鈍),⑬:雑用剪刀,⑭:骨膜.離子,⑮:涙道チューブ(PFカテーテルR),⑯:ソノペット(超音波手術器).う施設も多い.局所麻酔で行う場合は,エピネフリン含有キシロカインRやカルボカインRを用いて滑車下神経麻酔を併施する.本稿では全身麻酔下での手技について説明する.前準備として,骨窓を作製する予定の鼻堤付近に5,000倍希釈ボスミンRガーゼを挿入し,鼻粘膜の出血を予防する.つぎに皮膚切開線のデザインを行う.内眼角の形状や触診からmedialcanthaltendon(MCT)と骨性鼻涙管移行部を確認する.そして,MCT付着部の上方から涙.骨移行部外側まで皮膚割線に沿って弓状に切開線をデザインする.そのラインは約20mmとなる(図2).さらにエピネフリン含有キシロカインR局所麻酔を,切開予定線上に行う.V皮膚切開デザインに沿って皮膚を切開する.切開は皮膚に対して垂直に行う.皮膚から眼輪筋までの切開は少しずつ進める.眼輪筋層に達したら,形成剪刀などを用いてMCT上から眼輪筋を左右に分けるようにすると,上顎骨前頭突起上の骨膜まできれいに展開できる.892あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013涙.MCT皮膚切開線Surgeon’sview図2右鼻外法手術症例(70歳,女性)の皮膚切開上縁がMCT上縁の高さになるように皮膚切開線をデザインする(約20mm).VI骨膜切開骨窓作製予定部位の骨膜切開を行う.骨膜切開線は,MCTの下端から無名血管溝に沿って長軸方向に約10mmの長さの線を描き,骨膜が展開しやすいように両端に切り込みを入れてI字型にデザインする(図3).骨膜切開前に骨膜上の血管を凝固止血しておくと切開時の出血をある程度防止できる.骨膜をきれいに展開するには1回で骨膜全層を切開する必要があるが,骨上でのメスの操作は刃が流れやすいため,皮膚を傷つけないように注意する.つぎに骨膜.離子などで骨膜を.離していく.鼻側は無名血管溝から1~2mm内側まで,眼窩内は後涙.稜まで十分に骨膜を.離し,涙.をしっかりと.離する(図4).骨を貫通する血管からの出血はこの段階で十分に止血しておく.VII骨窓の作製骨窓の作製は,鼻外法の成功率を左右する最も重要な手技である.まず骨の削る部位をマーキングする.長軸方向は血管溝部に沿って4)MCT下縁まで,上下の短軸方向のラインは体に対して水平に描くようにする.つぎにソノペットや骨ノミ,電動ドリルなどを用いてマーキングした範囲の骨を削っていく(図5).当科では,粘膜の損傷が少ないことや,骨を削る際の効率性からソノ(10) 骨膜切開線骨膜切開線無名血管溝図3骨膜切開上縁がMCT下縁になるようにできるだけ大きく骨膜切開線をデザインする.ペットを採用している.最初に浅部から削ると術野が広がり深部の操作がしやすくなる.深部は後涙.稜まで,鼻側へは上顎骨前頭突起の裏までを削っておく.鼻粘膜に付着した骨片は粘膜を傷つけないように鑷子などで除去する.骨窓の角が残っていると眼鏡を使用した際に痛みを感じることがあるので,骨窓の表面,特に角の部分はなるべく滑らかにしておく.ソノペットを使用する際には,吸引管で術野を確保しながら行うが,吸引管の先を傷つけないようにネラトンチューブを装着しておくとよい.また,ソノペットは熱をもち,皮膚熱傷の原因となる.作業は迅速に行い,作業中は皮膚などに接触しないように注意する.VIIIフラップの作製(2フラップ法)吻合孔作製についてはさまざまな術式が報告されている5,6)が,ここでは2フラップ法を解説する.吻合孔は涙.側フラップ(後弁)と鼻粘膜側フラップ(前弁)で作製するが,涙.の大きさには個人差があったり,涙.内の癒着によって大きなフラップが作製できなかったりするため,前弁の位置や大きさを変えなければならなくなることがある.そこで,まずは後弁から作製する.内総涙点から最短の部位での吻合孔作製が理想的であることから,上涙点から金属ブジーを挿入して涙.を張らせ,11番メスで長軸方向に切開する(図6).続いてスプリ(11)図4骨膜の.離骨窓作製予定部位の骨膜を.離し,さらに涙.を涙.窩内まで十分に.離する.骨窓作製範囲図5骨窓作製骨窓作製範囲をデザインし(約10mm),ソノペットなどで削る.ング剪刀などで短軸方向へ切開を加える.いずれもブジー先端が切開部から出ているのを確認しながら涙.全層を一刀で切開する.最終的にフラップはコの字型になる.後弁が完成したら鼻粘膜側に開いて,前弁の位置,大きさを決める.今度は,鼻粘膜の奥側を長軸方向に11番メスで切開し,さらに両端を上顎骨前頭突起側へ切り開く(図7).前弁が開くと,鼻内にボスミンRガーゼが見える.もしガーゼが確認できなかったら篩骨蜂巣へ侵入している可能性がある.その場合は,確実に鼻腔内に到達するように骨窓を拡大するか,篩骨蜂巣をさらあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013893 ブジーで盛り上がった涙.壁ブジーで盛り上がった涙.壁涙.側フラップ鼻粘膜図6後弁の作製金属ブジーで涙.壁を盛り上げた状態で涙.側フラップ(後弁)を作製する.鼻粘膜図7前弁の作製涙.側フラップ(後弁)の大きさに合わせて鼻粘膜を切開し,鼻粘膜側フラップ(前弁)を作製する.に開放する.鼻粘膜内に到達したら,枚数を確認してボスミンRガーゼを抜いておく.IX吻合孔の作製最初に涙.側フラップ(後弁)の縫合を行う.後弁を後涙.稜に被せるように開き,鼻腔粘膜へ7-0ポリプロピレン糸などで数カ所縫合する(図8).後弁を縫合したのち,外鼻孔から鼻腔内へシリコーンスポンジを挿入して骨窓から引き出す.シリコーンスポンジを固定するためにスポンジとMCTを縫合する.シリコーンスポン894あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013図8後弁の縫合涙.側フラップ(後弁)と鼻粘膜を縫合する.MCTシリコーンスポンジ鼻粘膜側フラップ図9シリコーンスポンジの固定涙.側フラップ(後弁)を鼻粘膜と縫合した後,鼻腔よりシリコーンスポンジを挿入し,MCTに縫合固定する.必要に応じて涙道チューブも挿入し,鼻腔内へ通す.ジは留置するが,鼻腔より抜去しやすいようにシリコーンスポンジは角を少しすくう程度,MCTは全層をしっかり通糸するようにしておく(図9).さらに涙小管狭窄や閉塞などを合併しているときは,涙管チューブを上下涙点から挿入し,骨窓から鼻腔内へ留置する.シリコーンスポンジを縫合したら,シリコーンスポンジを骨窓側へ押し付けるように外鼻孔よりゲンタシンR軟膏付きガーゼを2~3枚つめてパッキングする.これでシリコーンスポンジの固定と術後の鼻出血を防止することができる.最後に鼻粘膜フラップ(前弁)と涙.を数カ所縫合(12) 鼻粘膜側フラップ涙.鼻粘膜側フラップ涙.図10前弁の縫合鼻腔より挿入したガーゼをシリコーンスポンジの周辺に留置し,鼻粘膜側フラップ(前弁)を涙.壁と縫合する.する(図10).粘膜はもろく切れやすいので,きつく締めすぎないようにする.X閉創吻合孔が完成したら,6-0ポリプロピレン糸などで骨膜縫合および必要に応じて眼輪筋縫合,皮下縫合を行う.最後に皮膚を7-0ポリプロピレン糸などで縫合する.死腔予防と血腫による瘢痕形成予防のために術創に沿って固く丸めたガーゼを当て,さらに上から圧迫眼帯をしておく.外鼻孔にはガーゼを当てるか,綿球を詰めて手術を終了する.XI術後管理外鼻孔の綿球はすぐに汚れるため,毎日交換する.圧迫眼帯は翌日には解除し,抗生物質点眼およびステロイド点眼を開始する.術創部の死腔予防のガーゼは翌々日まで残しておく.術後3~4日目に鼻ガーゼを抜去するが,鼻出血を認めたときは綿球を詰めておく.術後5~6日目に抜糸し退院となる.外来では点眼の継続とともに定期的に涙.洗浄を行い,術後約1カ月で鼻腔よりシリコーンスポンジを抜去する.涙管チューブを挿入した場合はさらに術後1カ月半から2カ月で涙管チューブを抜去する.図11鼻外法の術後経過鼻外法術後1年(代表症例の左側).シリコーンスポンジの大きさで吻合孔(矢印)が形成されている.XII術後経過術後1~2週間で吻合孔はほぼ完成するとされ,長期にわたりその形態を維持するとされている7).留置材料の表面に沿った術後の上皮化によって吻合孔は形成されるため,吻合孔の大きさは留置材料の種類と留置の仕方によって異なる.最も大きなものはガーゼを使用した場合で,骨窓とほぼ同じ大きさを維持できる.シリコーンスポンジや涙管チューブを使用した場合はその大きさの吻合孔となるが,当科で使用しているシリコーンスポンジでも長期経過での再発率は低い(図11).吻合孔への留置が不十分であれば,吻合孔は収縮し,炎症や肉芽形成によって再閉塞する可能性がある.XIII合併症の管理鼻外法は比較的安全な手術であるが,血流の豊富な涙.粘膜や鼻粘膜への操作が不可欠であるので,出血の管理が重要である.術中の出血は手術時間に影響し,術後の出血は癒着による再閉塞を誘発する.特に局所麻酔下で出血の処理に手間取ると患者を不安にさせる.鼻外法において出血しやすいポイントは,皮膚から骨膜に至るまでの切開によるもの,骨膜.離によるもの,涙.粘膜や鼻粘膜切開によるもの,術後の吻合孔からの(13)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013895 出血,局所麻酔下ではさらに骨窓作製時の疼痛,血圧上昇によるものが含まれる.対策としては,まず術前の抗血栓剤内服の一時休止,滑車下神経麻酔,鼻粘膜浸潤麻酔があげられる.全身麻酔下でも局所麻酔と鼻処置は必要である.当科では,皮膚切開部への局所麻酔と鼻腔内へのボスミンRガーゼ挿入を行っている.術中は,皮膚切開を内眼角動静脈が傷つかないように少しずつ進め,こまめに止血する.骨膜.離時には骨を貫通する血管を見つけ次第,ちぎらずに凝固止血して切離する.ちぎれてしまうと血管の断端が骨内に潜りこみ,凝固できなくなる場合がある.その場合は骨蝋を詰めて止血する.骨窓作製時は骨または傷ついた鼻粘膜から出血しやすい.骨からの出血は凝固や骨蝋で止血する.鼻粘膜からの出血は骨窓作製時に傷つけないように注意すべきであるが,ソノペットを使用すると骨からの出血を止血しつつ軟部組織の損傷を防止できる.鼻粘膜切開時の出血は術前の鼻処理が適切ならすぐに止血するが,誤って中鼻甲介を傷つけると止血が困難である.鼻粘膜切開時にメスを深く入れないこと,または高周波メスなどの使用で出血を予防できる.術後は吻合孔周囲の止血の確認と,抗生物質軟膏付きガーゼの留置,さらに帰室後のヘッドアップまたは座位で出血を予防する.術後2週間程度は頭位を極端に下げたり,鼻をかんだりといった行為を避けるように指導する.文献1)上岡康雄:涙.鼻腔吻合術鼻外法の位置づけと必要な手技.涙.鼻腔吻合術と眼瞼下垂手術I(栗橋克昭編著),p7786,メディカル葵出版,20082)HartikainenJ,AntilaJ,VarpulaMetal:Prospectiverandomizedcomparisonofendonasalendoscopicdacryocystorhinostomyandexternaldacryocystorhinostomy.Laryngoscope108:1861-1866,19983)AnijeetD,DolanL,MacEwenCJ:Endonasalversusexternaldacryocystorhinostomyfornasolacrimalductobstruction.CochraneDatabaseSystRev19:1-17,20114)柿﨑裕彦,岩城正佳,浅本憲ほか:涙.鼻腔吻合術鼻外法における適切な初期骨窓作製のための解剖学的根拠.日眼会誌112:39-44,20085)PandyaVB,LeeS,BengerRetal:Theroleofmucosalflapsinexternaldacryocystorhinostomy.Orbit29:324327,20106)SerinD,AlagozG,KarslogluSetal:Externaldacryocystorhinostomy:double-flapanastomosisorexcisionoftheposteriorflaps?.OphthalPlastReconstrSurg23:28-31,20077)上岡康雄:涙.・鼻涙管閉塞の標準的治療(涙.鼻腔吻合術:DCR鼻外法).眼科手術24:160-166,2011896あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(14)

涙道の解剖

2013年7月31日 水曜日

特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):885.889,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):885.889,2013涙道の解剖AnatomyoftheLacrimalSystem宮久保純子*はじめに近年,涙道閉塞の治療は,従来のブジーで閉塞部を開放する方法から涙道内視鏡で涙道内の閉塞部を観察し,鼻内視鏡で鼻腔内を観察しながら手術をする方法へと進歩してきているが,解剖を熟視することが重要なことに変わりはない.内視鏡を使用せずに治療せざるをえない場合は,なおさら解剖の知識が重要となる.涙道は涙点から下鼻道の外側壁にある鼻涙管下部開口までをさす(図1).涙点から涙小管垂直部,涙小管水平部,総涙小管,内総涙点までは眼瞼組織の中を走り,可動性,伸縮性がある部位である.涙管洗浄や,涙道内視鏡検査,チューブ挿入術施行時には,十分に眼瞼を外方に進展,固定させ,長さを考えて施行する必要がある.外傷性涙小管断裂では,周囲組織との関係を知ることが役立つ.涙.窩に位置する涙.,骨性鼻涙管の中を走る膜性鼻涙管骨内部(以下,鼻涙管骨内部),下鼻道外側壁を前方に走る膜性鼻涙管下鼻道部(以下,鼻涙管下鼻道部)は固定された組織である.涙道内視鏡検査,チューブ挿入術施行時には,その長さと傾きを考えて施行する必要があり,涙.鼻腔吻合術では涙.窩と鼻腔との関係を知る必要がある.涙.摘出では涙.周囲組織の解剖の知識が役立つ.本稿では以上の観点から,涙道閉塞治療において参考となる解剖について解説する.I涙道の長さと傾き栗橋1)は,日本人の成人の涙道の各部の長さは,涙点から内総涙点までが平均11mm,涙.の左右径が平均3mm(内腔は1.2mm),涙.の長さは平均10mm,鼻涙管全長は平均17mmと述べている(図1).成岡ら2)は成人の頭部を正面から見た場合,涙.は正中線に対し涙小管水平部(10mm)涙小管垂直部(2.4mm)総涙小管内総涙点涙.(3×10mm)中鼻甲介下鼻甲介下鼻道下部開口鼻涙管下鼻道部鼻涙管骨内部17mm涙点図1涙道涙道は涙点から下鼻道の外側壁にある鼻涙管下部開口までをさす.日本人の涙点から内総涙点までは平均11mm,涙.の左右径が平均3mm,涙.の長さは平均10mm,鼻涙管全長平均17mmである.*SumikoMiyakubo:宮久保眼科〔別刷請求先〕宮久保純子:〒371-0044前橋市荒牧町2-3-15宮久保眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)885 正中線鼻涙管は涙.に対し内方に傾き正中線に対し外方に傾くものが63%正中線鼻涙管は涙.に対し内方に傾き正中線に対し外方に傾くものが63%涙.は正中線に対し25°外方に傾く鼻涙管は涙.に対し上方に傾くものが80%図2涙道の傾きa:正面図.涙.は正中線に対し外方に平均25°傾く.鼻涙管は涙.に対しては内方に傾き,そのうちの約37%は正中線に対し内方に傾き,約63%は外方に傾く.b:側面図.鼻涙管は涙.に対して前方に傾斜しているものが80%と述べている.(NariokaJetal:OphthalmicSurg39:167-170,2008より)外方に平均25°傾く.鼻涙管は涙.に対しては内方に傾き,そのうちの約37%は正中線に対し内方に傾き,約63%は外方に傾くと述べている.頭部を横から見た場合,鼻涙管は涙.に対して前方に傾斜しているものが80%と述べている(図2).II涙点から総涙小管まで上,下涙点は眼瞼縁のやや内側にあり,少し隆起している涙乳頭の中心にある.涙乳頭は血管が少なく結合組織が多く白っぽく見え,この結合組織は瞼板に連続し,涙点は瞼板に固定されている.涙点の奥には平均2.4mm図4内総涙点右眼の解剖写真(涙道以外の軟部組織は除去し,涙.を切開した).内総涙点は涙.壁のやや前方に位置している.総涙小管には粘膜襞があるが,内総涙点より粘膜隆起が見える.の涙小管垂直部があり,ときに膨大している(図3a,b).涙点は加齢とともに変化し,狭小化,膜の被覆,壁の肥厚,前方への突出(クチバシ状隆起)などが見られる3).涙小管水平部は眼瞼縁のすぐ下の眼輪筋の中を内眼角に向かう.涙点から内眼角部までの眼瞼縁は瞼板,マイボーム腺はなく,ここを眼瞼のlacrimalportionとよび(図3a),内眼角腱までは皮膚,眼輪筋,涙小管,眼窩隔膜,結膜などで構成された弱い部位で,外傷により眼瞼を強く前方や外方に引く力が加わると,内眼角腱を残して容易に断裂する.図3涙点・涙小管a:涙点は少し隆起している涙乳頭の中心にある.涙乳頭は血管が少なく結合組織が多いため白っぽくみえる.涙小管水平部は眼瞼縁のすぐ下の眼輪筋の中を内眼角に向かう.涙点から内眼角までの眼瞼は瞼板,睫毛,マイボーム腺がなく,眼瞼のlacrimalportionとよぶ.b:涙乳頭の結合組織は瞼板に続いており,涙点は瞼板に固定されている.涙点の奥には平均2.4mmの涙小管垂直部があり,ときに膨大している.886あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(4) 図5涙道内視鏡写真(左眼の上涙小管)a:涙小管水平部は平滑な内腔表面の管構造で,断面は円または楕円形をしている.b:総涙小管は複雑な形をした管構造で,粘膜襞があり断面は不整形である.上下涙小管は多くの場合,内眼角部で合流し総涙小管となり,涙.を貫いて内総涙点より涙.に入る(図4).涙小管の涙.への開口方向は,後方から前方に向かっていることが多く,内総涙点は涙.壁のやや前方に位置している.総涙小管が広く大きい場合があり,これをマイエル(Maier)洞とよぶ.涙小管水平部は平滑な内腔表面の管構造で,断面は円または楕円形をしている(図5a).涙小管垂直部,水平部の内腔面は重層扁平上皮でその外側に弾性線維層があり,それを眼輪筋が取り巻いている(図3b).III眼輪筋眼輪筋は瞼裂を中心に同心円状に走る薄いシート状の筋である.瞼裂から近い部を眼瞼部(palpebralpart)の瞼板前部(pretarsalmuscle)といい,内眼角部で瞼板前部浅層筋と深層筋〔ホルネル(Horner)筋〕に分かれ,浅層筋は内眼角腱となり,眼窩の内側部に付着している.瞼板前部深層筋(ホルネル筋)は,内眼角部で浅層筋と分かれて後方に向かい,上眼瞼のホルネル筋と下眼瞼のホルネル筋が交差するように重なり後涙.稜に付着している.筋幅は5.10mm近くあるしっかりした筋である(図6).浅層筋が内眼角腱となり涙小管を上方に固定し,深層筋(ホルネル筋)は涙小管を後方に引っ張る.瞬目時に眼輪筋の中の涙小管垂直部と水平部は,水平かつ後方に引かれることになり,この動きが導涙機構に関与してい図6眼輪筋眼瞼部瞼板前部の深層筋(ホルネル筋)(右眼)右眼の上下眼瞼の眼輪筋眼瞼部瞼板前部の深層筋(ホルネル筋)を残し周囲組織を除去し,反転して眼球側から観察した写真(矢印は上下涙点).深層筋(ホルネル筋)は筋幅が5.10mmあるしっかりした筋で,浅層筋とともに涙小管を囲み,内眼角部で浅層筋と分かれて後涙.稜に付着する(点線).ると推察される.涙小管断裂時に涙小管鼻側断端を探す場合,浅層筋と深層筋(ホルネル筋)が分かれるより眼球側で断裂した場合は,鼻側断端は浅層筋で内眼角腱にも引かれているので,傷の浅い部位にある.しかし,断裂により浅層筋と深層筋(ホルネル筋)のつながりが絶たれると,涙小管鼻側断端は深層筋(ホルネル筋)に引かれて,傷の後方の深い部位にいく.IV涙.涙.は,眼窩の内下側に位置する涙.窩にある(図4,7).涙.窩は薄い涙骨と上顎骨前頭突起の骨で構成されている.涙.窩の前縁を前涙.稜,後縁を後涙.稜とよぶ(ホルネル筋の付着部).涙.窩は鼻側壁の骨を隔てて鼻腔があるものと,骨の中に前篩骨洞が介在しているもの,鼻腔側で中鼻甲介の根元がかかるものなどがあり,骨の厚さもさまざまである.涙.の断面は左右径が平均3mm,前後径が平均7.5mmと前後に長い楕円形をしている.内腔の左右径が1.2mmと非常に狭く,スリット状のこともある.(5)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013887 前涙.稜後涙.稜涙.窩前涙.稜後涙.稜涙.窩図7涙.窩(左眼)左眼の眼窩の写真.眼窩の内下方に位置する涙.窩に涙.がある.涙.窩の前方の縁は上顎骨前頭突起の前涙.稜で,後方の縁は涙骨の後涙.稜である.V膜性鼻涙管膜性鼻涙管は骨性鼻涙管の中を走り,下鼻道に抜け,多くは下鼻道外側壁を前下方に走って下鼻道に開口している(図8a.c,9).骨性鼻涙管の中の部分を鼻涙管骨内部(interosseousportion),下鼻道の部分を鼻涙管下鼻道部(intermeatalportion),下鼻道の鼻涙管出口を下部開口とよぶ4).多くの場合,長さはさまざまであるが鼻涙管下鼻道部があり,下鼻道側の管の壁は薄い膜状図9鼻涙管骨内部と下鼻道部右眼の膜性鼻涙管を鼻腔から見た解剖写真(下鼻甲介は除去し,鼻涙管は切開し開放してある).膜性鼻涙管骨内部(黒矢印)は下鼻道に出たところで,前方に屈曲し,下鼻道外側壁を前方に向かう鼻涙管下鼻道部(点線矢印)となる.青点線がスリット状の下部開口.で,下部開口はスリット状をしている(図8c,9).鼻涙管骨内部は下鼻道に出たところで前方に屈曲し,下鼻道外側壁を前下方に向かう形態は,チューブ挿入術時の仮道形成好発部位となり,注意が必要である.鼻涙管骨内部が下鼻道にそのまま開口し,鼻涙管下鼻***図8鼻腔の鼻内視鏡写真(右眼)a:中鼻甲介の付け根あたりの鼻堤の外側に涙.があり,鼻堤の下方にあるmaxirallylineとよばれる縁(点線)の後方に,薄い骨または薄い骨と篩骨蜂巣を介して涙.と鼻涙管がある.*は中鼻甲介.b:鼻涙管下鼻道部は下鼻甲介(*)外方の下鼻道外側壁にある.c:鼻涙管骨内部は骨性鼻涙管から下鼻道に出たところで前方に屈曲し,鼻涙管下鼻道部(点線)は下鼻道外側壁を前方に向かう.多くの場合下部開口はスリット状である(*).888あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(6) 道部がなく,円形の大きな下部開口のものが10%くらいある5).下部開口が閉塞または狭窄し,鼻涙管下鼻道部が広く拡張しているもの,下部開口より下方にも鼻涙管下鼻部が伸び先で盲端になっているものなどもある.鼻涙管骨内部の断面の形態は多くは円形.楕円形で,節状の粘膜襞が見られるものもある.いずれもHasner弁やRosenmuller弁とよばれる本当の弁構造はない.VI鼻腔鼻腔側から見ると,中鼻甲介の付け根あたりの鼻堤の外側に涙.があり,涙.鼻腔吻合術鼻外法の吻合孔のおよその位置である.鼻堤の下方にあるmaxirallylineとよばれる縁の後方に,薄い骨または薄い骨と篩骨蜂巣を介して鼻涙管がある(図8a).Maxirallylineは涙.鼻腔吻合術鼻内法や経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術の吻合孔作製位置の目安となる.VII涙.,鼻涙管の壁構造涙.や鼻涙管の壁構造は,内腔粘膜は多列円柱上皮で,その外側に静脈叢やリンパ球を含む疎な海綿体組織の層(上皮下結合組織層)があり,さらに外側はらせん状配列した結合組織線維層で厚い構造をしている.海綿体組織は流れる血流により体積が変わり,涙道内腔の広さが変わるといわれている.また,らせん状配列の線維層の収縮は,導涙作用に影響しているといわれている.多列円柱上皮細胞の間に杯細胞(gobletcell)がみられ,ムチンや免疫に関係するTFF(trefoilfactorfamily)peptideが分泌される.電子顕微鏡写真では,多列円柱上皮は絨毛(microvilli)をもつ細胞の間に線毛(cilia)をもつ背の高い細胞があり,線毛をもつ細胞は粘液層を鼻涙管下方に運ぶ粘液線毛輸送機能を有し,絨毛(microvilli)をもつ細胞は涙液を再吸収する1,6).原発性後天性鼻涙管閉塞(primaryacquirednasolacrimalductobstruction:PANDO)では,閉塞が長期に続くと,上皮や上皮下構造に組織的な変化が起こり,多列円柱上皮は扁平上皮化し,粘膜下は線維化するといわれている6,7).文献1)栗橋克昭:涙.鼻腔吻合術と眼瞼下垂症手術Ⅰ涙.鼻腔吻合術.涙.鼻腔吻合術─涙道疾患,眼瞼下垂症,交感神経過緊張,セロトニン神経─.眼科診療プラクティス80,p1-10,文光堂,20082)成岡純二:ヌンチャク型シリコーンチューブ挿入術のための臨床解剖の重要性.ヌンチャク型シリコーンチューブ─私のポイント─涙道手術と眼瞼下垂症手術(栗橋克昭編),p61-67,メデイカル葵出版,20063)大野木淳二:涙道の臨床解剖─ヌンチャク型シリコーンチューブ挿入時の注意点.ヌンチャク型シリコーンチューブ─私のポイント─涙道手術と眼瞼下垂症手術(栗橋克昭編),p68-73,メデイカル葵出版,20064)OlverJM:Anatomyandphysiologyofthelacrimalsystem.ColourAtlasofLacrimalSurgery,p2-27,ButterworthHeinemann,Italy,20025)大野木淳二:鼻内視鏡による鼻涙管下部開口の観察.臨眼55:650-654,20016)WeberRK,KeerlR,SchaeferSDetal:PathophysiologicalaspectsofPANDO,dacryolithiasis,dryeye,andpunctumplugs.AtlasofLacrimalSurgery.p15-27,Springer,NewYork,20077)宮久保純子:涙道閉塞の病態生理学.眼科最新手術(澤充,谷原秀信,坪田一男ほか編),眼科53(臨増):13411347,2011(7)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013889

序説:涙道領域─最近の話題

2013年7月31日 水曜日

●序説あたらしい眼科30(7):883.884,2013●序説あたらしい眼科30(7):883.884,2013涙道領域─最近の話題CurrentTopicsontheLacrimalPassage井上康*白石敦**涙道領域における最近の大きな出来事としては,平成23年10月に日本涙道・涙液学会が設立されたことがあげられる.涙道領域においては,長年にわたり涙道疾患の治療にかかわる眼科医らによって積極的な臨床・学会活動が行われてきたが,核となる専門学会が存在せず,診療指針の確立がなされてこなかった.また,閉塞性涙道疾患の主症状である流涙は閉塞性涙道疾患に限らず,さまざまな眼瞼および眼表面疾患で起こる.流涙を主訴とする患者を診察するに当たり,流涙に対する的確な診断と原因別の治療指針の確立が重要であるという考えに基づき,学会名を,日本涙道・涙液学会と決定した.今後,涙道領域の診断・治療指針の確立とともに広く関連分野からの知見を集積し,流涙への的確な対応を可能にする体制が整いつつあると考えている.今回の特集では,「涙道領域─最近の話題」として涙道・涙液領域について,それぞれの分野における専門家の先生方に最新の知見を交えた解説をお願いした.すべての外科的治療および内視鏡検査を行う前には,涙道周辺の解剖について正しく理解しておく必要がある.まず,本特集内容への理解を深めるために,宮久保純子先生に涙道の解剖について詳しく解説していただいた.涙道閉塞に対する涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)鼻外法は100年以上の歴史のある術式であり,わが国においても改良が加えられ洗練された術式として普及している.さらに近年では,鼻内視鏡を用いて鼻内からアプローチするDCR鼻内法が広まりつつある.上笹貫太郎先生・嘉鳥信忠先生にはDCR鼻外法を宮崎千歌先生にはDCR鼻内法について,それぞれの術式の特徴,適応症例,最近の術式や工夫について解説していただいた.先天鼻涙管閉塞は涙道専門家でなくとも日常臨床において頻繁に遭遇し,涙道ブジーを中心に治療を行ってきた疾患であるが,その治療方針についてはいまだ結論が出ていないのが現状である.先天鼻涙管閉塞に対しての治療方針の確立は,日本涙道・涙液学会のさしあたっての責務と思われる.本特集では廣瀬美史先生に先天鼻涙管閉塞の現状について解説していただいた.わが国では涙道内視鏡が導入され約10年が経過したが,他の臓器では造影検査に加え内視鏡検査が導入されることにより飛躍的な診断能力の向上と,内視鏡下治療の発展を経験してきた.涙道領域においても同様に,涙道内視鏡の導入以来,診療内容に大きな変化がみられ,今後さらなる発展を続けていくと思われる.杉本学先生には,涙道内視鏡導入以後の涙道診療の変化と涙道内視鏡を用いた診断・*YasushiInoue:井上眼科**AtsushiShiraishi:愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野(眼科学)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)883 治療の現状について解説していただいた.最近の話題の一つとして,抗がん剤S-1による眼障害があり,おもに角膜および涙道に発症する.特に涙道狭窄・閉塞は治療の難易度の高い涙点・涙小管に発症し,不可逆的であるため,涙道領域の副作用としては看過できない問題であり,日本涙道・涙液学会でも学会をあげてこの問題に取り組んでいる.本特集では多くの症例の治療経験をお持ちの柏木広哉先生に抗がん剤S-1による眼障害について,その現状,問題点,治療,対策法について解説していただいた.従来,閉塞性涙道疾患の診療では,術前診断は細隙灯顕微鏡によるtearmeniscusheight(TMH)および涙管通水検査で行われ,術後経過も通水が良好であるか否かで判断されてきており,評価方法の統一性が曖昧であった.今後,本疾患に対する診断・治療指針を確立するためには,術前術後の客観的な評価方法の導入が必須となる.本特集ではTMHの評価方法として,最近では一般眼科でも導入が進んでいる光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いた評価方法について鈴木亨先生に解説していただいた.また,閉塞性涙道疾患の主症状は流涙であるが,同時に視機能異常を訴える症例もしばしば経験する.このような症例の治療後には自覚的な視機能の改善を認めることも珍しくない.閉塞性涙道疾患の視機能異常の改善に対するメカニズムについて井上が波面センサーを用いた眼高次収差の解析結果から解説させていただいた.最後に,今回特集した情報が明日からの診療や手術技術のアップデートにつながることを切望し,序言にかえさせていただく.884あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(2)

改良型AcrySof®眼内レンズにおける表面散乱光の加速劣化試験による評価

2013年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(6):875.877,2013c改良型AcrySofR眼内レンズにおける表面散乱光の加速劣化試験による評価松永次郎丸山葉子本坊正人南慶一郎宮田和典宮田眼科病院AcceleratedAgingModelofSurfaceLightScatteringinImprovedAcrySofRIntraocularLensJiroMatsunaga,YokoMaruyama,MasatoHonbou,KeiichiroMinamiandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital術後長期で眼内レンズ(IOL)に起こる表面散乱光の増加を,IOLを加速劣化させinvitroにて評価した.試料は,SA60AT(Alcon社),製造工程を最適化したSN60WF(Alcon社),およびZCB00(AMO社)とした.各IOLを20枚ずつ劣化年数0,3,5,10年の4群に分け,BSS(balancedsaltsolution)に浸して90℃下で加速劣化を行った.表面散乱光をScheimpflugカメラで測定し,劣化年数による散乱光強度の変化を検討した.SA60ATでは,表面散乱光は劣化年数に伴って増加した(p<0.001,r2=0.78)が,SN60WFとZCB00では増加はなかった.加速劣化によるinvitroでの評価は,臨床における表面散乱光の発生を検証するのに有効であると考えられた.また,製造工程の最適化により表面散乱光は抑制されていると示唆された.Increasedsurfacelightscatteringinintraocularlens(IOL)wassimulatedinvitrobyacceleratedaging.SamplesconsistedofSA60AT(Alcon)andSN60WF(Alcon),madeusingtheoptimizedproductionprocess,andZCB00(AMO).Ofeachmodel,20IOLswereacceleratedlyagedfor0,3,5and10yearsat90℃.SurfacelightscatteringintheagedIOLwasmeasuredwithaScheimpflugcamera.Changewithagingwasevaluated.InSA60AT,surfacelightscatteringincreasedwithaging(p<0.001,r2=0.78),althoughtherewasnoincreaseinSN60WForZCB00.Invitroexaminationusingacceleratedagingwaseffectiveinsimulatingtheincidenceofsurfacelightscattering.Itisdemonstratedthatoptimizedproductionsuppressessurfacelightscattering.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):875.877,2013〕Keywords:表面散乱光,軟性アクリル眼内レンズ,加速劣化.surfacelightscattering,foldableacrylicintraocularlens,acceleratedaging.はじめに現在,普及している眼内レンズ(IOL)の光学部には,軟性アクリルが最も広く使用されている.これは,小切開から挿入可能,後発白内障の発生率が低い1)などの利点があるためである.しかし一方で,術後におけるIOLの透明性の維持が問題となっている.平均寿命の高齢化,白内障手術症例の若年化,および高機能IOLの普及による術後視機能への期待などにより,術後長期における透明性維持はより重要となっている.ところが,疎水性アクリルIOLAcrySofR(Alcon社)では,IOL表面の散乱光が経年的に増加することが報告されている2.4).IOL表面の散乱光の増加は,視機能に影響を与えないという報告5)がある一方で,矯正視力4)やコントラスト感度6)の低下のリスクも懸念されている.表面散乱光の原因は,IOL表層に微細な水の粒子が侵入し,相分離が起こるためと考えられる7).発生機序は,IOL内部にできるグリスニングと類似しているが,ナノオーダーの水隙がIOL表層に局在することからSSNG(sub-surfacenanoglistering)ともよばれる.AcrySofRは,注型成形(cast-molding)により製造される.型(cast)にアクリルモノマーを注入し,重合すること〔別刷請求先〕宮田和典:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KazunoriMiyata,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(153)875 で,IOL形状に成形される.SSNGは,IOL製造工程の環境条件により起こると考えられ,製造工程における環境条件を最適化した改良型が開発された.筆者らは,IOLを加速劣化させ,改良されたIOLの術後長期における表面散乱光をinvitroにて検討した.I試料および方法試料は,軟性疎水性アクリル製IOL240枚である.その内訳は,従来型AcrySofRとしてSA60AT(Alcon社)80枚,製造工程を最適化した改良型としてSN60WF(Alcon社)80枚,コントロールとしてZCB00(AMO社)80枚である.使用したIOLの度数は20.0.30.0Dの範囲とした.3種類のIOLを20枚ずつ無作為に,劣化0年群,劣化3年群,劣化5年群,劣化10年群に分けた.劣化3年,5年,10年の群は加速劣化を行った.加速劣化は,環境温度が高くなると化学反応が速く進行することを利用し,短時間で経年劣化をさせる手法である7).BSS(balancedsaltsolution)5mlを入れた滅菌ガラスバイアル内にIOLを入れ,キャップで密閉した後,送風定温乾燥機に90℃で保管した.劣化に要する日数は,眼内温度36℃としてアレニウス式より算出した(それぞれ24日,40日,81日).加速劣化後に2時間放冷し,バイアルからIOLを取り出して,超純水で洗浄した.真空乾燥機でIOLを乾燥し,密閉保管した.IOLの表面散乱光は,BSSに浸し室温で24時間以上十分に水和させたIOLをBSSで充.した模擬眼に装着し,表面散乱光をScheimpflugカメラEAS-1000(NIDEK社)で測劣化0年劣化3年従来型AcrySofR改良型AcrySofRZCB00図1劣化年数0,3,5,10年の3種IOLの典型的なEAS.1000写真定した.表面散乱光は,臨床における検討と同様に,IOL前面の中心3.0mm以内の表面散乱強度を計測した2,4,7).各IOLに対して,劣化0年,3年,5年,10年での散乱光強度の変化を,Kruskal-Wallis検定とSteel-Dwass多重比較で検討した.p<0.05を統計的に有意差ありとした.II結果劣化年数0,3,5,10年における3種IOLのEAS-1000写真例を図1に示す.従来型のみ,劣化年数増加に伴う表面散乱光の増加が確認された.従来型の平均表面散乱光は,劣化0年群で17.6±3.1CCT(computercompatibletape),劣化3年群で40.4±2.9CCT,劣化5年群で46.4±4.9CCT,劣化10年群で58.3±9.2CCTであった(図2).表面散乱光は劣化0年群と比べ,劣化3年,5年,10年群で有意に高かった(p<0.002).回帰分析の結果,表面散乱光は劣化年数に従って有意に増加し(p<0.001,r2=0.78),その増加量は3.9CCT/年であった.改良型の表面散乱光は,劣化0年群で16.6±1.8CCT,劣化3年群で15.7±0.9CCT,劣化5年群で16.4±2.0CCT,劣化10年群で18.0±2.3CCTであった(図2).劣化3年と10年群で有意な差を認めた(p=0.0017)が,その差は2.3CCTであった.コントロールIOL(ZCB00)の表面散乱光は,劣化0年群で15.4±0.7CCT,劣化3年群で15.7±1.3CCT,劣化5年群で16.5±1.1CCT,劣化10年群で18.2±2.0CCTであった(図3).劣化0年と3年,5年群の間(p<0.014),および劣化3年,5年と10年群の間(p<0.03)で有意な差を認め,劣化5年劣化10年876あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(154) 808070706060平均表面散乱光(CCT)平均表面散乱光(CCT)5040302050403020101000年3年5年10年図2従来型(●)と改良型(○)のAcrySofRにおける,劣化年数による表面散乱光の変化それらの差は0.3.2.5CCTであった.III考按加速劣化によるinvitroな評価では,従来型AcrySofRは劣化年数が増加するに伴って,表面散乱光は増加した.コントロールIOLは,有意差はあったものの,劣化年数による増加は0.3.2.5CCTであった.従来型と同じ条件で製造されたMA60BMおよびSA60ATと,光学部がコントロールIOLと同一素材であるAR40/e(AMO社)の3種類のIOLの術後3年間における表面散乱光の変化を検討した報告では,MA60BMおよびSA60ATは術後1年以降,経年的に表面散乱光が増加したのに対して,AR40/eでは増加を認めなかった2).これは,本検討の結果とよく一致した.本検討において,従来型の表面散乱光の増加量は,加速劣化3年までで年間7.6CCT,5年までで年間5.8CCT,10年までで年間4.1CCTと,劣化年数が長期になるに従って低下した.一方,invivoの報告では,術後10年以上にわたって年間11.5CCTの割合で表面散乱光が継時的に増加している4).加速劣化を用いた検討は,その増加がinvivoの結果より少ない傾向があるが,表面散乱光が術後長期で発生するかを検証する方法としては有効であったと考えられた.Ongらは,術後10年以上の摘出MA60BMを水和下で観察すると表面散乱光が確認できることを報告している7).さらに,IOLの割面断層の走査型電子顕微鏡(SEM)像では表層120μm以内に直径200nm以下の水隙が観察されている.加速劣化後の従来型では同様の相分離が生じていると考えられる.加速劣化は,散乱光の増加がinvivoより少ないのは,水隙の大きさや数が異なるためと考えられた.詳細に検討するためには,加速劣化IOLのSEM観察が必要である.改良型では劣化年数による表面散乱光の顕著な増加を認めなかった.劣化年数3年と10年間では有意な増加がみられたが,劣化10年全体の変化は1.4CCTと測定分解能(1CCT)と同程度と小さい,コントロールIOLにおける変化と同程(155)00年3年5年10年図3ZCB00における,劣化年数による表面散乱光の変化度であることから,改良型は表面散乱光の増加が抑制されていると示唆された.Yaguchiらは,従来型AcrySofRの20年までの加速劣化を行い,素材の変化はほとんどないと報告している8).従来型で発生する相分離は,素材の劣化の可能性は低く,製造工程の環境条件に起因することが支持される.改良型の表面散乱光は,臨床像を反映しているかを確認する必要がある.今後,改良型AcrySofRの臨床経過を検討することが重要である.文献1)HollicEJ,SpaltonDJ,UrsellPGetal:Biocompatibilityofpoly(methylmethacrylate),silicone,andAcrySofintraocularlenses:Randomizedcomparisonofthecellularreactionontheanteriorlenssurface.JCataractRefractSurg24:361-366,19982)MiyataK,OtaniS,NejimaRetal:Comparisonofpostoperativesurfacelightscatteringofdifferentintraocularlenses.BrJOphthalmol93:684-687,20093)谷口重雄,千田実穂,西原仁ほか:アクリルソフト眼内レンズ挿入術後長期観察例にみられたレンズ表面散乱光の増強.日眼会誌106:109-111,20024)MiyataK,HonboM,OtaniSetal:Effectonvisualacuityofincreasedsurfacelightscatteringinintraocularlenses.JCataractRefractSurg38:221-226,20125)MonestamE,BehndingA:Impactonvisualfunctionfromlightscatteringandglisteninginintraocularlenses,along-termstudy.ActaOphthalmol89:724-728,20116)YoshidaS,MatsushimaH,NagataMetal:Decreasedvisualfunctionduetohigh-levellightscatteringinahydrophobicacrylicintraocularlenses.JpnJOphthalmol55:62-66,20117)OngMD,CallaghanTA,PeiRetal:Etiologyofsurfacelightscatteringonhydrophobicacrylicintraocularlenses.JCataractRefractSurg38:1833-1844,20128)YaguchiS,NishiharaH,KambhiranondWetal:LightscatteronthesurfaceofAcrySofintraocularlenses:PartII.Anylysisoflensesfollowinghydrolyticatabilitytesting.OphthalmicSurgLasersImaging39:214-216,2008あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013877

VDT作業に伴うドライアイに対する3%ジクアホソルナトリウム点眼液への切り替え効果

2013年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(6):871.874,2013cVDT作業に伴うドライアイに対する3%ジクアホソルナトリウム点眼液への切り替え効果内野裕一*1,2坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2東京電力病院眼科EffectofSwitcingTreatmentfromExistingTherapyto3%DiquafosolSodiumEyedropsforDryEyeinVDTUsersYuichiUchinoandKazuoTsubota1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoElectricPowerCompanyHospital既治療で効果が不十分なvisualdisplayterminals(VDT)作業者に対する3%ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液:以下,DQS)への切り替え効果を検討した.VDT作業者のドライアイ確定例もしくは疑い例に対して,点眼治療しているにもかかわらず涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)が5秒以下で,ドライアイ自覚症状が強く残存している16例16眼において,既治療薬をDQSに切り替えて4週間点眼し,角結膜上皮障害スコア,BUT,自覚症状(12項目)を評価した.角結膜上皮障害スコアは1.1から0.3(p=0.0078)へ,BUTは2.4秒から3.9秒(p=0.0156)へと有意に改善した.自覚症状は12項目中7項目が有意に改善した.VDT作業に伴うドライアイに対して既存治療の効果が不十分である場合,DQSへの切り替えは自覚症状・他覚所見の双方の改善に有用であると考えられた.Invisualdisplayterminal(VDT)users,weinvestigatedtheeffectofswitchingdryeyediseasetreatmentfrominsufficientdrugsto3%diquafosolsodiumeyedrops(DiquasR:DQS).Enrolledinthisstudywere16VDTusers(16eyes)withdefiniteorprobabledryeyedisease,havingbothstrongsymptomsandatearfilmbreakuptime(BUT)oflessthan5seconds.At4weeksafterswitchingtoDQStreatment,thepatients’keratoconjunctivalstainingscore,BUTandsubjectivesymptoms(12items)wereevaluated.Significantimprovementwasseeninkeratoconjunctivalstainingscore(from1.1to0.3;p=0.0078),BUT(from2.4to3.9seconds;p=0.0156)and7ofthesubjectivesymptoms.WeconcludethatinVDTusers,itiseffectivetoswitchfrominsufficienttreatmentfordryeyediseasetoDQS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):871.874,2013〕Keywords:VDT作業,ドライアイ,ジクアホソルナトリウム,切り替え効果.VDToperation,dryeye,diquafosolsodium,effectofswitching.はじめに厚生労働省の調査によると,職場におけるvisualdisplayterminals(VDT)作業者の割合は1988年には15.3%であった1)が,2008年には87.5%と労働者のほとんどがVDT作業に従事し,そのうち4人に1人はパーソナルコンピュータ(PC)機器を1日6時間以上も使用する状況になっている2).VDT作業者の68.6%が身体的な疲労や症状を訴え,眼の痛み・疲れ(90.8%),首・肩のこり・痛み(74.8%)が多く認められている2).また,VDT作業に従事するオフィスワーカーの約3人に1人がドライアイ確定例と診断され,疑い例を含むと75.0%にドライアイの可能性があると報告されている3)ことからも,ドライアイはVDT作業者の眼の痛み・疲れの一因であることが考えられる.特にVDT作業に伴うドライアイの発症要因として,作業中の瞬目回数減少に起因した開瞼時間延長による涙液蒸発亢進に伴う涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)の短縮4)が注目されており,〔別刷請求先〕内野裕一:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YuichiUchino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(149)871 このBUT短縮型ドライアイでは角膜上皮細胞表面の膜型ムチンの発現低下による角膜表面の水濡れ性低下が起きていると考えられている5).また,重症型ドライアイの一つであるSjogren症候群では,涙液中のMUC5ACが健常人と比較して,有意に減少していることも報告されている6).3%ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液:以下,DQS)は結膜組織からのMUC5AC分泌を促進させることが報告されており7),日本で行われた第II相試験では,ドライアイ患者においてプラセボに比較して,フルオレセイン角膜染色ならびにローズベンガル角結膜染色のスコアを有意に改善させることが確認されている8).以上からVDT作業に伴うドライアイに対しても有効性を発揮する可能性がある.そこで,筆者らはVDT作業に伴うドライアイ患者で,既存治療では十分な改善が得られていない患者を対象に,DQSへの切り替え効果を検討した.I対象および方法1.対象日常的にVDT作業を行い,ドライアイ自覚症状を呈し,2006年ドライアイ診断基準9)によりドライアイ確定例または疑い例と診断された患者で,すでにドライアイに対して点眼治療を行っているものの,その効果に満足していない患者を対象とした.ただし,アレルギー性結膜炎,ぶどう膜炎,糖尿病角膜症の罹患者,実施計画書で定めた受診ができない患者,担当医が不適切と判断した患者は除外した.試験開始時には試験対象者に試験内容を十分説明したうえで,試験参加の同意を文書にて取得した.本試験はヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則および臨床研究に関する倫理指針(平成20年7月31日全部改正,厚生労働省)に従って実施した.また,本試験は調査実施医療機関の外部に設置された倫理委員会(両国眼科クリニック)における審査・承認を得たうえで実施した.2.有効性評価DQSは1日6回,4週間点眼投与した.点眼開始時に背景因子(性別,年齢,VDT作業時間)を調査し,点眼開始時および点眼4週間後に眼科学的検査(フルオレセイン染色後,コバルトフィルターを用いて角結膜上皮障害スコア(0.9点)を評価,また開瞼時から涙液層が破綻するまでの時間をストップウォッチで測定し,BUTとして評価,また自覚症状スコア12項目(異物感,羞明感,掻痒感,眼痛,乾燥感,鈍重感,霧視,眼疲労感,眼不快感,眼脂,流涙,充血:各0.3点;「なし」0点,「少しある」1点,「ある」2点,「非常にある」3点)を実施した.なお,観察対象眼は両眼とし,DQSによる改善効果を判定する評価対象眼は,点眼開始時の角結膜上皮障害スコアおよびBUTで判定したド872あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013ライアイ症状の強い眼とし,同等の場合には右眼とした.3.安全性評価試験期間中に有害事象が出現した場合には,症状,程度,発現日,処置の有無と内容,転帰,DQSとの関連性を記録し,有害事象のうちDQSとの関連性を否定できないものを副作用とした.4.統計解析DQS点眼前後の比較は,角結膜上皮障害スコアおよび自覚症状スコアについてはWilcoxon符号付順位検定,BUTは対応のあるt検定,自覚症状と他覚所見のそれぞれの改善変化量の相関関係はSpearmanの順位相関係数(r)を用い,有意水準は両側5%(p<0.05)とした.本文中の記述統計量は原則として平均値±標準偏差の表記法に従った.II結果1.対象および背景因子VDT作業に伴うドライアイで既治療からDQSに切り替えた患者は16例(男性10例,女性6例),平均年齢は56.1±8.3(34.68)歳であった.1日当たりのVDT作業時間は1.10時間(平均5.7時間)で,5時間以上作業しているVDT作業者は11例(68.7%)であった.DQSへの切り替え前のドライアイ治療は,精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液9例,人工涙液型点眼液7例であった.なお,矯正視力1.0未満およびコンタクトレンズ装用者は含まれていなかった.2.DQS切り替え効果DQSへの切り替えにより,フルオレセイン染色による角結膜上皮障害の平均スコアは1.1点から0.3点と有意に改善し(p=0.0078,Wilcoxonの符号付順位検定,図1),BUTの平均値も2.4秒から3.9秒と有意に改善し(p=0.0156,対応のあるt検定,図2),DQSへの切り替え効果が認められた.自覚症状スコアについては,羞明感(p=0.0469),掻痒感(p=0.0068),乾燥感(p=0.0059),鈍重感(p=0.0107),霧視(p=0.0039),眼疲労感(p=0.0059),充血(p=0.0156)の7項目に,DQS切り替えによる有意な改善が認められた(すべてWilcoxonの符号付順位検定,図3).自覚症状のなかで患者が最も辛い症状としてあげたのは,乾燥感5例(31.3%),眼疲労感3例(18.8%),眼痛2例(12.5%),異物感・羞明感・鈍重感・霧視・流涙・充血各1例(6.3%)であった.また,最も良くなった症状として患者があげたのは,乾燥感5例(31.3%),眼痛3例(18.8%),羞明感・鈍重感・眼疲労感各2例(12.5%),異物感・充血各1例(6.3%)であった.自覚症状の改善度と他覚所見の改善度との相関関係は,鈍重感とBUTの改善度(相関係数r=0.3175,p=0.0404)ならびに霧視とBUTの改善度(相関係数r=0.3678,p=0.0166)で有意な相関関係が認められた.(150) n=16n=16Wilcoxonの符号付順位検n=16Wilcoxonの符号付順位検定対応のあるt検定3.0p=0.00787.0p=0.01562.5切り替え前1.10.36.02.43.9自覚症状スコア角膜上皮障害スコア5.0BUT(秒)2.04.01.53.01.02.00.51.00.00.0切り替え後切り替え前切り替え後図1角結膜上皮障害スコアの推移図2BUTの推移各n=16**:p<0.05Wilcoxonの符号付順位検定3.0*:切り替え前■:切り替え後1.90.9*2.5**1.50.8**図3自覚症状スコアの推移1.10.61.30.71.10.31.40.90.40.3異物感羞明感.痒感眼痛乾燥感鈍重感霧視眼疲労感眼不快感眼脂流涙充血1.40.72.11.10.41.22.01.51.00.50.01.10.90.40.4なお,今回,DQSへの切り替えによる新たな副作用の発現は認められなかった.III考按われている膜型ムチンの発現低下が推察されている5).このような患者群に対して,人工涙液は一時的な水分および電解質の補充効果しか期待できず,精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液は角膜上皮伸展促進作用および保水作用による治療効IT機器の急速な普及により職場でのPC使用は不可欠になり,その使用も長時間化している現状にある1,2).VDT作業に伴うドライアイを訴える患者は急増しており3),早急な対策が求められている.VDT作業時には瞬目回数が減少し瞬目間の開瞼時間が延長するため,涙液蒸発量が増加して蒸発亢進型ドライアイを発症すると考えられる4).しかし,最近,ドライアイ症状を強く訴えるものの涙液量は正常で角結膜上皮障害も少ないが,BUT短縮のみが認められるBUT短縮型ドライアイが注目されている.VDT作業時には瞬目間の開瞼時間の長さよりもBUTが短いことが関係している可能性が報告されており10,11),VDT作業者にみられるドライアイはBUT短縮型ドライアイであることが少なくない.このBUT短縮型ドライアイでは涙液層の安定性低下による高次収差の乱れが観察され12),日常生活に即した視力である実用視力も低下しやすいことが示唆されている13).また,BUT短縮型ドライアイの一因として,角結膜上皮細胞の最表面に発現して眼表面の水濡れ性を向上させるとい(151)果が認められ,角結膜上皮障害の治療薬として汎用されているが,ムチン分泌促進作用は認められていない5).したがって,眼表面を被覆する膜型ムチンの発現や,涙液中の分泌型ムチンの低下が示唆されるドライアイに対しては十分な治療効果が得られない可能性がある.一方,新規ドライアイ治療薬のDQSは結膜上皮および結膜杯細胞膜上のP2Y2受容体に作用し,細胞内カルシウム濃度を上昇させ,水分およびムチンの分泌促進作用により涙液の質と量の双方を改善すると考えられている7,14.17).したがって,精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液などの従来の治療薬では効果不十分であった症例に対しても,DQSは有効である可能性がある.そこで,今回,筆者らは既存薬で治療しているVDT作業に伴うドライアイ患者のなかで,その治療効果に満足していないBUT短縮型ドライアイ患者を対象に,治療薬をDQSに切り替えた場合の切り替え効果を検討した.今回検討したVDT作業に伴うドライアイ患者16例は,長時間(5時間以上)にわたってVDT作業に従事しているあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013873 患者が多かった(68.7%).DQSへの切り替え前のドライアチン分泌促進作用を有するDQSに切り替えることで,自覚イ状態をみると,フルオレセイン染色による角結膜上皮障害症状・他覚所見の双方に対して,症例数が少ないながらも有スコアの平均は1.1と障害度は高くないが,BUTの平均は意な改善が得られた.このことから,VDT作業に伴うドラ2.4秒と短く,患者が最も辛いとした症状の乾燥感スコア(3イアイに対して既存の治療で効果不十分な場合には,DQS点満点)の平均も1.9点と高かった.このことから,今回のへの切り替えが有用な選択肢の一つになると考えられた.試験対象者は点眼加療を継続しているにもかかわらずBUTが5秒以上へと改善していなかったBUT短縮型ドライアイ利益相反:利益相反公表基準に該当なしが多く含まれており,そのために従来の治療薬では十分な治療効果が得られなかったことが推測された.今回,DQSに文献切り替えて4週間点眼したことにより,BUTの平均は2.4秒から3.9秒に有意に延長し(p=0.0156,対応のあるt検1)労働省大臣官房政策調査部:技術革新と労働に関する実態調査報告昭和63年,1988定),もともと高くなかった角結膜上皮障害度スコアの平均2)厚生労働省大臣官房統計情報部:平成20年技術革新と労働は1.1から0.3に,さらなる有意な低下が認められた(p=に関する実態調査結果,20080.0078,Wilcoxonの符号付順位検定).角結膜上皮障害の治3)丸山邦夫,横井則彦:環境と眼の乾き.あたらしい眼科22:311-316,2005療薬として使用されることの多い精製ヒアルロン酸ナトリウ4)横井則彦:蒸発亢進型ドライアイの原因とその対策.日本ム点眼液と比較しても,切り替えたDQSが遜色のない治療の眼科74:867-870,2003効果を示すことが確認された.5)加藤弘明,横井則彦:ムチンの産生を増やす治療.あたらしい眼科29:329-332,2012自覚症状スコアは12項目中7項目が有意に改善しており,6)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:切り替え前に最も辛い症状と訴えた患者が5例(31.3%)とDecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACin最も多かった「乾燥感」は平均スコアが1.9点から0.9点にtearsofpatientswithSjogrensyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,2002有意に改善した(p=0.0059,Wilcoxonの符号付順位検定).7)七條優子,阪元明日香,中村雅胤:ジクアホソルナトリウまた,DQS点眼4週後に最も良くなった症状として「乾燥ムのウサギ結膜組織からのMUC5AC分泌促進作用.あた感」をあげた患者も5例(31.3%)と最も多かった.すでにらしい眼科28:261-265,20118)MatsumotoY,OhashiY,WatanabeHetal:Efficacyand精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液や人工涙液による点眼治safetyofdiquafosolophthalmicsolutioninpatientswith療からのDQSへの切り替えのみで,7項目にも及ぶ自覚症dryeyesyndrome:aJapanesephase2clinicaltrial.Oph状の有意な改善が確認されたことから,P2Y2受容体を介しthalmology119:1954-1960,20129)島﨑潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科た結膜上皮細胞からの水分分泌ならびに結膜杯細胞からのム24:181-184,2007チン分泌という新しい薬理機序による治療効果は今後期待で10)佐藤直樹,山田昌和,坪田一男:VDT作業とドライアイのきると思われる.特に改善が顕著に認められた「乾燥感」関係.あたらしい眼科9:2103-2106,199211)TsubotaK,NakamoriK:Dryeyesandvideodisplayterは,DQSによる細胞内カルシウムイオンを介した水分分泌minals.NEnglJMed328:584,1993という薬理作用によって改善された可能性がある.また,ド12)KohS,MaedaN,HoriYetal:Effectsofsuppressionofライアイ自覚症状の一つである「眼の疲れ」は,今回の検討blinkingonqualityofvisioninborderlinecasesofevaporativedryeye.Cornea27:275-278,2008では平均スコアが2.1点から1.1点へと有意に改善していた.13)KaidoM,IshidaR,DogruMetal:Therelationoffuncこの「眼の疲れ」に関しては,DQSによる結膜杯細胞からtionalvisualacuitymeasurementmethodologytotearの分泌型ムチンMUC5ACの分泌が促進されたことにより,functionsandocularsurfacestatus.JpnJOphthalmol55:451-459,2011lubricant(潤滑剤)効果が作用した可能性がある.また,14)CowlenMS,ZhangVZ,WarnockLetal:LocalizationofBUTの改善度と「鈍重感」および「霧視」の二つの自覚症ocularP2Y2receptorgeneexpressionbyinsituhybrid状の改善度が有意に相関していたことから,BUT短縮といization.ExpEyeRes77:77-84,200315)PendergastW,YerxaBR,DouglassJG3rdetal:Syntheう涙液不安定性により,二つの自覚症状が悪化しやすい可能sisandP2Yreceptoractivityofaseriesofuridinedinu性が新たに示唆された.cleoside5¢-polyphosphates.BioorgMedChemLett11:今回の検討で,VDT作業に伴うドライアイに対して既存157-160,200116)七條優子,篠宮克彦,勝田修ほか:ジクアホソルナトリ薬で治療しても効果不十分であった症例は,膜型ムチンの発ウムのウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作現や涙液中の分泌型ムチン濃度が低下している可能性のある用.あたらしい眼科28:543-548,2011BUT短縮型ドライアイの症例であった.17)七條優子,村上忠弘,中村雅胤:正常ウサギにおけるジクアホソルナトリウムの涙液分泌促進作用.あたらしい眼科これらの症例に対して,ムチン分泌促進作用が認められな28:1029-1033,2011い精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼薬などから水分およびム874あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(152)

緑内障患者に対する光学的補助具の有効性

2013年6月30日 日曜日

《第23回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科30(6):865.869,2013c緑内障患者に対する光学的補助具の有効性河本ひろ美*1柴田拓也*1麓智比呂*1伊藤裕美*1河原有美佳*1瀬谷剛史*1千葉マリ*1井上賢治*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科AvailabilityofLowVisionAidsforHandicappedGlaucomaPatientsHiromiKohmoto1),TakuyaShibata1),ChihiroFumoto1),HiromiIto1),YumikaKawahara1),TakeshiSeya1),MariChiba1),KenjiInoue1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter井上眼科病院ではロービジョン患者に光学的補助具を処方しているが,光学的補助具を処方された緑内障患者31例に対して,アンケート調査を行い,その結果と診療録を検討した.アンケート調査は緑内障患者を対象にしたSumiの問診票を用いて不自由度を数値化し光学的補助具の処方前後で検討した.23例(74.2%)が補助具による日常生活の改善に満足していた.不便度が高かった文字の読解にも有意な改善がみられた.満足している症例が多いが,使用上の説明,訓練の不足のため,満足していない症例もあった.WeselectlowvisionaidsatInouyeEyeHospital.Weevaluatedvisualimpairmentin31handicappedglaucomapatientsbyquestionnaire,usingSumiTables.Lowvisionaidshavebeenusefulinimprovingthequalityoflifefor23(74.2%)ofthesepatients,especiallyhandicappedpatientsinreadingsignificantly.Somepatientsfeltnosatisfaction,becauseoflackofexplanationortraining.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):865.869,2013〕Keywords:緑内障,光学的補助具,Sumiの問診票.glaucoma,lowvisionaids,SumiTables.はじめに緑内障患者の視覚障害による日常生活の不自由さは多岐にわたっている1).井上眼科病院では「目の相談室」を1999年11月に設置し,医師の指示に基づいて視能訓練士がロービジョン患者に光学的補助具を選定している.年間約150名が「目の相談室」を受診しており,疾患別では緑内障が23.2%と最多である2).今回筆者らは緑内障患者が日常生活にどのような不自由があるのか,どのような光学的補助具を希望したか,また処方された光学的補助具により不自由さがどのように改善したかを探る目的でアンケート調査を行った.I対象および方法2012年1月から8月までに「目の相談室」を受診したロービジョン患者は303例であり,そのうち緑内障患者は86例であり,光学的補助具を処方された緑内障患者31例(男性12例,女性19例,平均年齢74.3±10.7歳)を対象とした.対象症例の優位眼視力は,0.3未満が8例,0.3以上0.7未満が9例,0.7以上が14例であった.対象症例の視野は,Goldmann視野検査では,湖崎分類Iは2例,IIは5例,IIIは11例,IVは1例,Vは1例であった.Humphrey視野検査では,meandeviation(MD)値は,2例がMD>.6dB,5例が.12dB<MD≦.6dB,4例がMD≦.12dBであった.対象患者に以下に述べるアンケートを行い,その結果と診療録を検討した.アンケートは緑内障患者を対象にしたSumiの問診票3)(表1)を用いて不自由度を数値化し(非常に不便;2,やや不便;1,不便なし;0)(スコア),光学的補助具を処方前と処方1.2カ月後で比較した.また,光学的補助具に対する満足度,有効利用のための意見も聴取した.統計は対応のないt検定を用いた.有意差はp<0.05とした.当調査は井上眼科病院の倫理委員会の承認を受け,対〔別刷請求先〕河本ひろ美:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:HiromiKohmoto,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(143)865 表1Sumiの問診票(文献3より)読字(単語)1.新聞の見出しの大きい文字は読めますか.2.新聞の細かい文字を読めますか.3.辞書などの細かい文字は読めますか.4.電話帳や住所録の活字は読めますか.5.駅の料金表や路線図は見えますか.読字(文章)6.文章の読み書きに不自由を感じますか.7.縦書きの文章を書くとき,曲がってしまうことはよくありますか.8.文章を一行読んだ後,次の行に移るとき,見失うことはよくありますか.歩行(家の近所への外出について)9.見づらくて歩きづらいことはありますか.10.ひとりで散歩はできますか.11.信号を見落とすことはありますか.12.歩行中,人やものにぶつかることはありますか.13.階段を昇り降りするとき,つまずくことはよくありますか.14.道路に段差があったとき,気づかないことはありますか.15.知人とすれ違っても,相手から声をかけられてないとわからないことはありますか.16.人や走行中の車が脇から近づいてくるのがわからないときがありますか.移動〔交通機関(電車,バス,タクシーなど)を利用した外出〕17.見づらくて外出に不自由を感じることはありますか.18.知らないところに外出するとき,付き添いは必要ですか.19.タクシーを拾うとき,空車かどうか分からないことはありますか.20.電車やバスでの移動に不自由を感じますか.21.夜間の外出は見づらくて不安を感じますか.食事22.見づらくて食事に不自由を感じることはありますか.23.見づらくて食べこぼしたりすることはありますか.24.お茶やお湯を注ぐとき,こぼすことはよくありますか.25.おはしでおかずをつかむとき,つかみそこねることはありますか.着衣整容26.下着の表裏がわかりづらいことがありますか.27.お化粧や髭剃りの際,自分の顔は見えますか.その他28.テレビは見えますか.29.床に落とした物を探すのに苦労することがありますか.30.電話に顔を近づけないとかけづらいことがありますか.象者にはインフォームド・コンセントを施行した.II結果処方した光学的補助具のうち拡大鏡,ルーペ処方は10例であった.これら10例の平均年齢は79.0±4.3歳であった.優位眼視力は,0.3未満が4例,0.3以上0.7未満が5例,0.7以上が1例であった.Goldmann視野検査の結果は,湖崎分類Iは1例,IIは2例,IIIは5例,IVは1例,Vは1例であ866あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013った.遮光眼鏡処方は21例であった.これら21例の平均年齢は72.5±11.0歳であった.優位眼視力は,0.3未満が4例,0.3以上0.7未満が4例,0.7以上が13例であった.Goldmann視野検査の結果は,湖崎分類Iは1例,IIは3例,IIIは6例であった.Humphrey視野検査の結果では,2例がMD>.6dB,5例が.12dB<MD≦.6dB,4例がMD≦.12dBであった.選定された遮光眼鏡は,ブラウン系が10例と最も多く,ついでグレー系6例,グリーン系5例であった.光学的補助具処方前後の生活の改善度は,全体では,単語,文章ともに字の読みに有意に改善がみられた(p<0.05)(図1).さらに読字時の改善度を優位眼視力別に検討したところ,優位眼視力0.3未満の群,0.3以上0.7未満の群において,単語の読みで補助具選定後に有意に改善がみられた(p<0.0001).優位眼視力0.7以上の群において,文章の読みに補助具選定後に有意に改善がみられた(p<0.05)(図2).拡大鏡,ルーペは細かい字の読みの改善目的に処方するが,今回,拡大鏡,ルーペ処方群では単語の読みに関しては,新聞,辞書,電話帳などの細かい字の読みに有意に改善がみられた(p<0.05)(図3).遮光眼鏡は外出時の眩しさ軽減のために処方するが,遮光眼鏡処方群では,歩行,移動,食事において遮光眼鏡処方後,満足している症例が多かったが,処方前後で有意差はなかった(p=0.0679)(図4).満足度は,全体では8例(26%)が「とても満足」,15例(48%)が「少し満足」,8例(26%)が「満足なし」と回答した.拡大鏡,ルーペ処方群では,3例(30%)が「とても満足」,3例(30%)が「少し満足」,4例(40%)が「満足なし」と回答した.遮光眼鏡処方群では,5例(24%)が「とても満足」,12例(57%)が「少し満足」,4例(19%)が「満足なし」と回答した(表2).優位眼視力別に検討したところ,拡大鏡,ルーペ処方群,遮光眼鏡処方群ともに,0.3未満の症例に満足度が低い結果となった(表3).有効利用度では,全体では12例(39%)が「とても有効利用している」,13例(42%)が「少し有効利用している」6例(19%)が「有効利用していない」と回答した.拡大鏡,(,)ルーペ処方群では,4例(40%)が「とても有効利用している」,3例(30%)が「少し有効利用している」,3例(30%)が「有効利用していない」と回答した.遮光眼鏡処方群では,8例(38%)が「とても有効利用している」,10例(48%)が「少し有効利用している」,3例(14%)が「有効利用していない」と回答した(表2).優位眼視力別に検討したところ,拡大鏡,ルーペ処方群,遮光眼鏡処方群ともに,視力良好例ほど有効利用できているようであった(表3).III考按井上眼科病院の「目の相談室」において,ロービジョン患(144) スコアスコアスコア1.401.201.000.800.600.400.200.002.001.801.601.401.201.000.800.600.400.200.00(n=31):前■:後*p<0.05(対応のあるt検定)1.11±0.130.82±0.141.12±0.020.85±0.080.71±0.070.71±0.070.82±0.030.83±0.070.54±0.110.51±0.140.52±0.060.51±0.110.74±0.040.70±0.07**読字…読字…歩行移動食事着衣…その他単語文章図1補助具選定前後の不便度(全体)単語,文章ともに字の読みに補助具選定後に有意に改善がみられた.**1.53±0.201.16±0.04(n=31)1.63±0.231.42±0.28**1.33±0.200.84±0.25:前■:後1.40±0.071.00±0.11**p<0.0001,*p<0.05*0.71±0.170.62±0.080.62±0.220.46±0.12読字(単語)読字(文章)読字(単語)読字(文章)読字(単語)読字(文章)~0.30.3~0.70.7~(n=8)(n=9)(n=14)優位眼視力図2補助具選定前後の読字時の不便度(優位眼視力別)優位眼視力0.3未満の群(n=8),0.3以上0.7以下の群(n=9)において,単語の読みで補助具選定後に有意に改善がみられた(p<0.0001).優位眼視力0.7以上の群(n=14)において,文章の読みに補助具選定後に有意に改善がみられた(p<0.05).者に処方した光学的補助具は字の読み改善目的での拡大鏡,ルーペ処方が約75%と多く,視力良好(0.7以上)症例では,羞明改善目的での遮光眼鏡処方が66.7%と多かった2).中村らの報告によると,井上眼科病院の「目の相談室」において補助具を処方した40例の緑内障患者に面談したところ読み書きに対するニーズが92.5%と最も多かった4).今回の筆者らの対象は,視力0.7以上が45.2%と多く,処方された光学的補助具も遮光眼鏡が67.6%と多かった.比較的視力や視野が良好で,遮光眼鏡処方前も生活にあまり困っていない症例でも遮光眼鏡により羞明に改善がみられ,満足しているが,アンケート上の生活の不便さには,処方前後で有意差はみられなかった.今回はじめて遮光眼鏡の存在を知り,もっと早く知っていれば良かったという意見もあった.遮光眼鏡は身体障害者手帳を取得している場合,要件を満たしていれば疾患にかかわらず遮光眼鏡が支給されることに2010年に改正された.緑内障では次第に視野が障害されていくが,視(145)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013867 スコアスコア2.52p<0.05(対応のあるt検定)1.5図3補助具選定前後の不便度(拡大鏡・ルーペ選定群)1読字(単語),新聞,辞書,電話帳などの細かい字の読みに有意に改善がみられた.0.500.10±0.321.80±0.421.90±0.321.80±0.421.90±0.321.10±0.741.00±0.820.90±0.741.50±0.71***(n=10):前:後*1.新聞見出しの2.新聞読める3.辞書などの4.電話帳や5.駅の料金表大きい字が細かい字が住所録のや路線図は読める読める活字が読める見える0.90(n=21)0.80:前■:後0.700.60図4補助具選定前後の不便度(遮光眼鏡群)0.50歩行,移動,食事において遮光眼鏡処方後改0.40善がみられたが,処方前後で有意差はなかった.0.300.200.100.000.62±0.090.74±0.060.44±0.090.41±0.040.62±0.070.57±0.090.65±0.040.35±0.070.75±0.060.52±0.1歩行移動食事着衣整容その他表2補助具選定後の満足度,有効利用度(n=31)ルーペ遮光眼鏡全体とても満足3例(30%)5例(24%)8例(26%)少し満足3例(30%)12例(57%)15例(48%)満足なし4例(40%)4例(19%)8例(26%)とても有効利用4例(40%)8例(38%)12例(39%)少し有効利用3例(30%)10例(48%)13例(42%)有効利用なし3例(30%)3例(14%)6例(19%)野欠損の部位が広がると,羞明をきたす症例が多い5).井上眼科病院での遮光眼鏡の処方を調査したところブラウン系の処方が全体の4割,ついでグリーン系,グレー系,イエロー系であった6).柳澤らの報告では緑内障患者に選定された遮光眼鏡ではイエロー系が24%と最も多かった7).今回緑内障患者に選定された遮光眼鏡は,ブラウン系が10例(32.3%)と最も多く,ついでグレー系6例(19.4%),グリーン系5例(16.2%)であった.今回の筆者らの遮光眼鏡処方症例は,比較的視覚良好例が多く,外見上の問題からイエロー系が選ばれなかったと考えられた.視野欠損部位が邪魔になる,読み飛ばしをするなど,視野868あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013表3優位眼視力別満足度,有効利用度【ルーペ選定後の優位眼視力別満足度,有効利用度】優位眼視力0.3未満0.3以上0.7未満0.7以上とても満足2例1例少し満足1例2例満足なし3例1例とても有効利用1例2例1例少し有効利用1例2例有効利用なし2例1例【遮光眼鏡選定後の優位眼視力別満足度,有効利用度】優位眼視力0.3未満0.3以上0.7未満0.7以上とても満足1例1例5例少し満足1例2例12例満足なし2例1例4例とても有効利用1例2例8例少し有効利用2例1例10例有効利用なし1例1例3例優位眼視力別に検討したところ,拡大鏡・ルーペ処方群(n=10),遮光眼鏡処方群(n=21)ともに,視力良好例ほど満足度が高く,有効利用できているようであった.(146) 異常による読字困難に対し,拡大鏡,ルーペが処方される.拡大鏡,ルーペ処方の症例は,比較的視野や視力が不良例が多く,処方前は困っていたことが改善され,満足している症例が多い.満足度では不便度が高かった細かい字の読解に改善がみられた.しかし高度に視力,視野が障害されている症例は光学的補助具を使用してもまだ不便であり有効利用できない症例があり,満足がみられなかった.練習をもっとしたいとの意見があった.このような症例でも視野障害を考慮したルーペの使用法を詳しく説明されて満足している意見もあり,個々の症例に合わせた詳しい説明と使い方の練習が重要である.今後ルーペ使用後にも再度使用法について面談すべきであると思われた.視野欠損において,川瀬らはタイコスコープの有用性を述べている5).当院でもルーペ使用でも読書時の不自由を訴える症例には,行間間違いの軽減目的でタイコスコープを検討してみたいと思われた.遮光眼鏡処方症例においては,眩しさ軽減のため外出時の不便度の改善がみられた.遮光眼鏡装用後,室内で洋服を選ぶのに色合いがわかりにくくなったという意見があり,遮光眼鏡処方後の着衣整容の不便度悪化の原因と考えられた.遮光眼鏡処方後満足している症例が多く,視力良好例ほど有効利用できている傾向であった.しかし使用上の説明,訓練の不足のため,満足していない症例もあった.これまで視覚補助具の有効活用に関するアンケート調査の報告では,有効利用の要因として,使用法が容易であることがあげられる8).有効利用のためには,行政担当者の視覚補助具に対する知識が必要だという意見が多い8).今回筆者らの症例でも役所に書類を揃えて持って行ったところ所得制限のため,対象外と言われた症例があった.書類を取りに行った段階でその説明をすべきだと思われた.われわれ医療関係者のみならず,行政担当者の視覚補助具に対する啓蒙活動が必要と思われる.緑内障患者は多く,日々の忙しい診療において,患者の視覚障害による生活の不自由度を詳しく知ることはむずかしいが,患者の声に耳を傾け,より良い光学的補助具を提案し,その使用法について詳しく説明することが大切だと思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)国松志保:緑内障患者のロービジョンケア.あたらしい眼科26:1077-1078,20092)中村秋穂,堂山かさね,石井祐子ほか:井上眼科病院での7年間におけるロービジョンエイドの選定.日本ロービジョン学会誌8:148-152,20083)SumiI,SiratoS,MatsumotoSetal:Therelationshipbetweenvisualdisabilityandvisualfieldinpatientswithglaucoma.Ophthalmology110:332-339,20034)中村秋穂,細野佳津子,石井祐子ほか:井上眼科病院緑内障外来におけるロービジョンケア.あたらしい眼科22:821-825,20055)川瀬和秀,浅野紀美江:疾患別ロービジョンケア“緑内障”.眼紀57:261-266,20066)楡井しのぶ,堂山かさね,国谷暁美ほか:井上眼科病院における遮光眼鏡の選定に影響を及ぼす因子.日本視能訓練士協会誌39:217-223,20107)柳澤美衣子,国松志保,加藤聡ほか:眼科ロービジョン外来における使用頻度の高い光学的補助具.臨眼61:363366,20078)三柴恵美子,平塚英治,小町裕子:ロービジョン者用視覚補助具の保有状況と有効活用に関するアンケート調査.日本視能訓練士協会誌39:233-238,2010***(147)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013869