特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1243.1249,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1243.1249,2013医療におけるデジタルデータの取り扱い原則ManagingofDigitalDatainMedicalSystems永田啓*はじめに医療の進歩とともに,人間の生体から情報を得るさまざまな検査が発明され,それを人の手で直接行う方法から,医療機器により行う方法へと進歩した.情報は数値・グラフ・画像・動画といった形で発生し,表示され,記録される.記録は,手書きから,医療機器によるアナログ出力や画面を撮影した写真(フィルムやポラロイド)といった形で処理されていたが,コンピュータテクノロジーの発達とともに,次第にデジタル化されるようになった.2013年現在では,大部分の機器の出力はデジタル化を経たデータとなっている.情報のデジタル化は飛躍的に情報の扱い方を進歩させたが,デジタル化されたデータには,それまでのアナログデータとは違った問題点も生じている.本稿では,そうしたデジタルデータの取り扱いに関して考えてみたい.IIT化=デジタル化IT(InformationTechnology)化・ICT(InformationandCommunicationTechnology)化はここ40年で画期的に進み,誰もがあたりまえにコンピュータ機器やネットワークを使う時代となっている.コンピュータ・スマートフォン・タブレットといったさまざまなコンピュータデバイスが日常に入り込み,ごく普通に使われている.テレビをはじめ音響機器からカメラ・ビデオといった映像機器・そして日常に使用する家電まで,あらゆるものがコンピュータ制御となった.ネットワークも一部の科学者や研究者が使っていた時代から,パソコン通信などにより個人が使用できるようになり,今やインターネットはいつでもどこでも誰でも使える環境として世界をつないでいる.あまりにあたりまえになっているので,デジタルということを意識することは少ないが,改めて情報のデジタル化について考えてみよう.図1のようにアナログデータを扱うためには,紙・写真・音・動画といったそれぞれの情報形態ごとに別々に作成するための道具・保存するための道具・見るための道具が必要となる.また,保存するためのスペースと搬送に関わる方法(運輸)が必要である.しかし,データがデジタル化することで,図2のようにすべての情報形態がコンピュータのデータファイルとして,コンピュータとネットワークにより,同じ方法で扱うことができるようになった.IT化というのは,まさに情報のデジタル化ということに他ならない.デジタル化することで,文字であろうが写真であろうが音声であろうが動画であろうが,コンピュータという共通の道具で作成・保存・利用が可能となり,ネットワークという形で搬送が物量や運送時間といったものから解放され,飛躍的に情報流通が発展することとなった.さらにアナログでは,紙は劣化するし,フィルムや焼き付けた写真も劣化してゆく.過去のデータは劣化するため,そのデータが発生したときの新鮮さは失われ,情*SatoruNagata:滋賀医科大学医療情報部〔別刷請求先〕永田啓:〒520-2192大津市瀬田月輪町滋賀医科大学医療情報部0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(43)1243作成保存作成保存報が欠落してゆく.レコードはすり減って音が悪くなるし,ビデオテープで撮影した手術ビデオは経年変化で劣化する.リバーサルフィルムで撮影した眼底写真は色あせてしまう.また,アナログでは複製したものは,元のものよりは情報が欠落し,同じものは完全には複製できない.しかし,コンピュータが普及し,さまざまな情報がデジタル化され,情報をまったく同じ状態で複製することが可能となった.デジタルデータは劣化せず,データが発生したときのままの状態で保存が可能となった.こうした情報の劣化がない状態では,情報はそのままの形で永久に保存可能で,使用も可能であると思われていた.IIデジタルデータの取り扱いにおける注意点データのデジタル化によるメリットはこのように明らかであるが,データがデジタル化したことによる問題はまったくないのだろうか.デジタルデータは劣化しないことから保存期間は飛躍的に向上したのだろうか.1244あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013作成保存図2デジタル情報の扱い図1と比較して,デジタル情報はコンピュータとネットワークという共通のしくみで,文章も図も写真も動画も同じコンピュータファイルとして扱うことができる.1.メディアの変遷医療の現場では,大型コンピュータの時代から新しい技術としてコンピュータが導入されはじめたが,1970年代後半にパーソナルコンピュータが発明されたころから,積極的な利用が本格化した.当時のコンピュータは医療機器の制御を行ったり,データを処理したりといった組み込み型で使われることが多く,デジタルデータは磁気テープに記録されるのが普通であった.大型コンピュータやワークステーションではオープンリールのテープが使われ,パーソナルコンピュータではカセットテープが使われた.それ以来,データを記録しておくメディアは図3のように,フロッピーディスク・CD・MO・DVD・ハードディスクなどディスクメディアやメモリーカード・SSD(SolidStateDrive)といったスタティックメディアなど,さまざまなものが発明され,使われ,そして消えていった.そのなかで比較的長い寿命を保っていたのは,フロッピーディスク・CD・SDカード類であるが,フロッピ(44)図1アナログ情報の扱いアナログ情報だと文章・図・写真・動画といったメディアごとにそれぞれ作るための道具,保存するための道具,見るための道具が必要となる.また,保存にはスペースが必要だし,運ぶためにもトラックなど搬送手段が必要となる.図3さまざまな外部記憶メディア過去さまざまな外部記憶メディアが生まれ消えていった.生き残っているものはそう多くない.ーディスクも生産がほぼ終了し,CDをはじめとするディスクメディアを扱うドライブも,最新のコンピュータには標準で搭載されなくなった.メディアが変遷するということは,過去のデジタルデータを保存したメディアが「読めなく」なるとういうことである.2.OSの変遷・CPUの変遷・アプリケーションの変遷コンピュータは図4のようにハードウェアとOS(OperatingSystem)そしてその上で動くアプリケーションによって構成される.メディア以外にも,コンピュータのOS・CPU(中央演算装置)・アプリケーションの変化も問題となる.ハードウェアファームウェアOSアプリケーションソフトウェア図4コンピュータの基本的構成ハードウェアの上に,基本的な機能をもつファームウェアとOSがあり,ユーザーはOSとその上のアプリケーションを使用する.パーソナルコンピュータが私たちの手に入るようになった1970年代後半では,コンピュータのハードウェアは非力で,当時はまだ日本語をパーソナルコンピュータで自由に扱える状況ではなかった.パソコンのOSも非力で,グラフィック性能もきわめて低い状態であった.(45)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131245図5WindowsRの変化パーソナルコンピュータのOSであるWindowsRもこれだけ変化している.変化するたびに,操作性やデータの互換性などが変化してしまう.当時のデジタルデータは,現在ではそのままでは読めないものが多い.その後,日本語を扱えるOSの登場や,ディスプレイのカラー化・高解像度化などが起こり,パーソナルコンピュータは現在の形に近づいてきた.たとえば,パソコンOSのWindowsRは図5のようにWindowsR1.0から現在のWindowsR8に至るまで,何度もバージョンアップを繰り返してきた.WindowsRは比較的,以前のOSとの互換性をもつほうではあるが,それでも,OSの変化に伴い,過去のデータが読めなくなったり,過去のアプリケーションが動かないといった事態はよく発生する.OSはCPUなどコンピュータのハードウェアに依存するため,ハードウェアが進化することで,それに対応して変化せざるをえない.最新のコンピュータでは,以前のOSは動かせないといった事態が生じるのはこのためである.アプリケーションはOSに依存するので,OSの変化によりアプリケーションもバージョンアップが必要となる.OSやアプリケーションの変化で,過去のデータがうまく扱えなくなる状況も生じている.昔,学会で行った講演のプレゼンテーションファイルを現在のコンピュータでひさしぶりに開こうとすると,アプリケーションが昔のファイル形式をサポートしておらず,データがあるにもかかわらず,そのファイルの中身が見られないといったことも起こっている.3.メディアやコンピュータの変遷にどう対応するか?メディアの変遷は今後も起こるので,本当に残していかなければならないデータは,メディアの変化に応じ1246あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(46)て,新しいメディアにコピーしなおして,「読める」状態を確保する必要がある.特に貴重な医療データを残す場合には,こうしたメディアの変遷に対して常に注意を払って対処しておく必要がある.また,OSやアプリケーションの変化に対応するためには,ファイル形式をできるだけ標準的なものにしておくか,OSやアプリケーションのバージョンアップに合わせてこまめにファイル形式を最新のものに変更しておくといった工夫が必要である.最近は仮想(バーチャル)環境をコンピュータ上に構築して古いOSをそのバーチャル環境で動かすことも可能になっているが,古いOSはサポートが打ち切られているため,OS自体の不具合やコンピュータウイルスへの対処ができない,といった問題が生じるため,専門家による管理が必要となる.現在,ファイル形式としてOSやメディアの変化に比較的耐えてきたものは,単純なテキストファイル,画像であればJPEG(JointPhotographicExpressGroup),文章やレイアウトであればPDF(PortableDocumentFormat)といったものである.医療情報においては,標準化が次第に行われているが,標準化にあたってのデジタルデータ形式は,できるだけ継続性を保つために,XML(ExtensibleMarkupLanguage)やHTML(HyperTextMarkupLanguage)5など,中身はテキストファイルで構成されたデータ形式がよく使われる.画像データは放射線画像からはじまったDICOM(DigitalImagingandCommunicationinMedicine)などを使用する方向にあるが,多くの医療現場ではデファクトスタンダードとなったJPEG形式の画像がたくさん使われている.DICOMは最初,可逆圧縮を行う画像フォーマットであったが,最近では中身の画像はJPEGなどのフォーマットでも可能で,画像に撮影日や患者情報といったデータを付加したファイル形式となっている.4.眼科領域の標準化眼科領域での医療情報の標準化も次第に進んでおり,眼科機器からの情報出力における標準化を,日本眼科医療機器協会が日本眼科学会・日本IHE(IntegratingtheHealthcareEnterprise)協会と協力して順次整備してい(47)る.眼科機器からの出力データの共通化は,レフ・ケラトメータ・眼圧計からはじまり,眼底画像出力標準化など,順次眼科機器からの出力の標準化が進められている.IIIカルテとデジタルデータ医療現場で患者から発生するあらゆるデータはカルテに統合されてきた.カルテは紙に記載され,紙カルテをベースとした情報集約が起こり,紙ベースの医療情報システムが作られた.カルテは単純なノートから,さまざまなフォーマットの用紙が考案され,熱計表・検査結果を貼り付ける分類用紙・クリニカルパス用紙・ICU(IntensiveCareUnit,集中治療室)などで使われる詳細な変化や指示を一覧できる用紙など,さまざまな工夫を積み重ね,効率的で一覧性も高いものへと進化した.さまざまな指示を行うための伝票システムも複写伝票などの工夫で,医療現場を効率的にかつ安全に運営するためのノウハウがつまったものとなった.紙カルテの歴史は古く,それに伴って紙カルテに適応される法律も起源は古い.現在でも紙カルテに関しては保存必要年限が5年と定められているのはご存じだろう.1.医療情報システムの導入と変化医療現場に診療・検査機器以外にコンピュータシステムが導入されたのは,図6のように最初はレセプト作成のためであった.そのあと,さまざまな紙伝票とその結果を閲覧するための紙を電子化したオーダリングシステムが導入され,診察室や病棟ステーションといったところにコンピュータが導入された.オーダリングシステムはレセプトシステムと連携して,レセプト作業を軽減したが,逆に医師や看護師への事務負担が増加するといった事態も招くこととなった.オーダリングシステムにおいては,デジタルデータを扱うが,最終結果はプリントアウトされ,紙カルテに綴じ込まれるか張り付けられ,それがカルテとなった.オーダリングシステムはあくまでツールであり,それ自体はカルテではなかった.このため,オーダリングシステムが故障しても,医療あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131247図6大規模汎用型医療情報システムの進歩日本の大規模汎用型医療情報システムは,レセプトからはじまり,オーダリングシステム,電子カルテへと進化した.ICUのシステムのようにME機器とより結びついたシステムへと今後進化してゆく.現場では不便になりはせよ,診療が止まるということはなかった.あくまで紙カルテがカルテの原本であり,それが確保されている限り,どのようなツールを使っても,そのツールがカルテに関する法的制限を受けることはなかった.紙カルテとオーダリングの組み合わせは医療現場に効率性と便利さを実現したため,カルテ記載もコンピュータで行えば,より便利になるという考えが当然起こってくる.こうしてオーダリングシステムをベースに,電子カルテシステムが開発された.電子カルテシステムは,デジタルデータを原本とするため,院内のどこからでもカルテを閲覧・記載でき,院内における情報共有など多くのメリットをもたらしたが,原本をデジタルデータとするため,システムが止まると診療ができない状況になってしまうことが問題となっている.2.紙カルテと電子カルテ紙カルテは前述のように長い歴史をもっており,カルテに関する法律も紙カルテを前提として作られてきた.そして,カルテを運用していくうえでの取り決めや許可も,長い歴史のなかで積み重ねられてきた.厚生労働省は,カルテに関して正確な記載を求め,さまざまな規制を行おうとしたが,過去にすでに許可した事項に関して,新たな規制を加えることは長年の積み重ねがあるためむずかしい状況であった.1999年までは国は電子カルテを認めていなかったが,1248あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013自己責任真正性見読性保存性from著しく1999自由度が下がるオーダリングではできたのに…図7電子カルテの法的な問題それぞれの医療機関が自己責任で真正性・見読性・保存性を保証する必要がある.オーダリングは法的拘束を受けないが,電子カルテは受ける.「法令に保存義務が規定されている診療録及び診療諸記録の電子媒体による保存に関するガイドライン」として,電子カルテを「容認する」立場となった1).ガイドラインで定められたのは,図7に示すように,個々の病院の自己責任のもと,真正性・見読性・保存性を確保したうえで電子カルテをカルテ原本として認めるという内容である.また,そのとき以来,電子カルテは紙カルテとは違う新しいものである,という扱いを行ってきた2).真正性とは誰が記載したかを保証するものであり,見読性とはいつでもカルテ使用者が容易に肉眼で読める状態を保証することである.保存性とは真正性を保ち見読可能な状態で改変されない状態で保存することを保証することである.現在,電子カルテの保存期間に関する明確な取り決めはないが,紙カルテのように5年で破棄することは認められておらず,このため,現状では電子カルテは永久保存となっている.厚生労働省は紙カルテでは実現できなかった,きっちりとしたカルテ運用・内容管理を行いたいと考えており,それに従って,電子カルテに関して,紙カルテとは違う取り決めを行いはじめている.また,法律は紙カルテを前提として作られているため,法曹界では電子カルテの扱いに関して,当分の間は電子データそのものではなく,プリントアウトした電子カルテの内容をもって裁判を行うとしている.オーダリングを中心とした医療情報システムは,医師や看護師が中心に使うオーダリングシステムと検査・薬剤・放射線・手術・材料・内視鏡・ICUなどのサブシ(48)見かけは同じでも,中身は違う訴え訴え診断治療思考過程電子カルテ治療診断現在のシステムは,医療行為の一部を担うオーダーと結果参照がメイン思考過程カルテ上に展開電子カルテは,医療・看護行為のすべてが,思考過程を含めて,含まれる図8オーダリングシステムと電子カルテシステムの違いオーダリングでは紙カルテが原本なので,システムが止まっても診療は可能であるが,電子カルテだと原本が電子データなので,システムが止まると診療ができなくなる.ステムが連携して構成されている.当然,電子カルテを中心とした医療情報システムも,医師や看護師が中心に使う電子カルテシステムと検査・薬剤・放射線・手術・材料・内視鏡・ICUなどのサブシステムが連携して構成される.図8に示すように,紙カルテを原本とするオーダリングシステムと電子データを原本とする電子カルテシステムは,見かけは同じでも意味合いがまったく違うことを意識しておく必要がある.多くの病院では,サブシステムを含む医療情報システム全体を電子カルテと定義している.その場合,検査・薬剤といったサブシステムに対しても真正性・見読性・保存性を保証する必要が出てくる.検査システムを例にとると,従来のオーダリングシステムでは,検査結果をプリントアウトしたあとは,そのプリントアウトが原本であり,紙カルテに貼り付けられるので,その後はデータを何年か後に消してもまったく問題はなかった.しかし,電子カルテシステムとした場合には,検査システムのなかのデータが原本であり,それを現状では永久保存しなければならないことになる.このため,病院で電子カルテシステムを導入する場合には,どのデジタルデータが電子カルテとしての原本保証を行うものであり,それがどのシステム上にあるものであるかを厳密に規定しておく必要がある.そうでなければ,サブシステムを入れ替えたり,そのサブシステム(49)のもつデータを部門の考えで消去できなくなる可能性があり注意が必要である.3.電子カルテと眼科システム眼科システムにおいても,どのデータを電子カルテの原本として扱うかを考えておく必要がある.たとえば,眼底写真をすべて電子カルテの原本と考えると,瞬目やピント不良など撮影に失敗したデータもすべて残す必要が出てくる.紙カルテのときに,リバーサルフィルムで撮影した眼底写真は,カルテの原本としてすべて残されているだろうか.診療根拠・治療根拠としてのカルテ原本保証といった概念が次第に強くなる現状で,こうしたことを意識しておく必要がある.紙カルテと電子カルテは違うものであることを,自覚してほしい.また,電子カルテの要件を厳密に保証するためには,それに対応したデータベース設定やシステム設計が必要であるが,それを実現しているのは,複数診療科が使用する大規模な電子カルテシステムが大部分である.サブシステムや小規模システムにはこの要件は荷が重い.眼科システムでは,それ自体が電子カルテとして原本保証を行うのではなく,必要なデータやカルテ記載を電子カルテシステムに送り,送ったデジタルデータを原本とする形をとる方法が良いと考える.それにより,眼科システムでは厳密な原本保証を行わずに自由度を上げるとともに,眼科としてのカルテの原本保証を実現することが可能となる.おわりに一人の人間から発生するデータは,日々増加し,指数関数的に増加する.今後もこの傾向は変わらない.デジタル眼科として,デジタルデータをどのように扱うか,また,電子カルテと原本保証をどのようにするかを,きっちりと考えることが重要である.文献1)医療情報システムの安全管理に関するガイドライン.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0202-4a.pdf2)e-文書法と厚生労働省の所管する法令に基づく書面に関して.http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/03/tp0328-1a.htmlあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131249