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コンタクトレンズ:コンタクトレンズ診療のギモン 最近のトーリックソフトコンタクトレンズ(SCL)の特徴について教えてください

2013年6月30日 日曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ診療のギモン本コーナーでは,コンタクトレンズ診療に関する読者の疑問に,臨床経験豊富なTVCI※講師がわかりやすくお答えします.※TVCIは「ジョンソン・エンド・ジョンソンビジョンケアインスティテュート」の略称です.眼科医および視能訓練士を対象とするコンタクトレンズ講習会を開催しています.講師植田喜一1.最近のトーリックソフトコンタクトレンズ(SCL)のウエダ眼科特徴について教えてください最近のトーリックSCLの進歩を一言で述べると“素酸素透過性を有するため酸素不足による眼障害が大幅に材の改良とデザインの改良”である.改善した.脂質が付着しやすいという問題があるもの素材については,これまではヒドロキシエチルメタクの,蛋白質が付着しにくい,乾燥しにくいという特性がリレート(HEMA)を主成分としたハイドロゲルレンズある.SCLは1日で交換するタイプと2週間で交換すであったが,シリコーンを共重合したシリコーンハイドるタイプが主流であり,トーリックSCLにおいてもこロゲルレンズが(SHCL)製品化された.SHCLは高いれら二つのタイプが主として処方されている(表1).現表11日タイプと2週間タイプのトーリックSCL交換期間レンズ名メーカー素材FDA分類トーリック面軸の固定法Dk/L値*31日「ワンデーアキュビューモイスト」乱視用ジョンソン・エンド・ジョンソン含水性SCLIV後面ASD*231.1*51日「デイリーズ」トーリックチバビジョン含水性SCLII後面ダブル・シンゾーン26.01日「ワンデーバイオメディックストーリック」クーパービジョン含水性SCLIV後面プリズムバラスト18.11日「メダリストワンデープラス」乱視用ボシュロム含水性SCLII後面プリズムバラスト19.2*42週間「アキュビューオアシス」乱視用ジョンソン・エンド・ジョンソンSHCL*1I後面ASD*2129*52週間「バイオフィニティ」トーリッククーパービジョンSHCL*1I後面プリズムバラスト1162週間「メダリストフレッシュフィットコンフォートモイスト」乱視用ボシュロムSHCL*1III後面プリズムバラスト912週間「エアオプティクス」乱視用チバビジョンSHCL*1I後面プリズムバラスト108.02週間「メニコン2WEEKプレミオトーリック」メニコンSHCL*1I後面ハイブリッドトーリックデザイン161.32週間「メダリスト66トーリック」ボシュロム含水性SCLⅡ後面プリズムバラスト16.42週間「ロートi.Q.14」トーリックロート含水性SCLIV後面プリズムバラスト21.82週間「2ウィークファインaトーリック」シード含水性SCLI後面ダブル・スラブ・オフ17.1*1シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ.*2アクセラレイテッド・スタビライゼーション・デザイン.*3Dk/L値:単位{×10.9(cm・mLO2)/(sec・mL・mmHg)},測定条件35℃,.3.00Dの場合.*4メーカー非公表のためDkと中心厚から算出.*5Polarographicmethod,boundaryandedgecorrected.(71)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20137930910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1プリズムバラストのデザイン図1プリズムバラストのデザイン794あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(00)在,SHCLで2週間タイプのトーリックSCLは5製品あるが,1日タイプのものはないので,近い将来,発売されるのを期待する.デザインについては,通常のSCLは球面レンズであるが,内面または外面が経線方向によって異なる二つの曲率半径をもつ面(トーリック面)のレンズがある.このようなレンズは乱視矯正用のレンズ(トーリックレンズ)として使用される.トーリックレンズは球面レンズと円柱レンズの組み合わせと考えると理解しやすい.従来のトーリックSCLの多くは前面トーリックであったが,最近のトーリックSCLは後面トーリックが主流である.角膜乱視がある症例では後面トーリックのほうがレンズの安定性が高いと考える.視線の移動や瞬目によってトーリックSCLが角膜表面で回転すると,乱視軸に対してトーリックSCLの円柱軸のずれが生じるため良好な視力が得られない.したがって,できるだけトーリックSCLが回転しないような工夫が必要となる.その方法として,プリズムバラストやダブル・スラブ・オフなどのデザインが考えられた.プリズムバラストはレンズの下方が厚く設計されており,上眼瞼がレンズ上方の薄い部分をくわえ込んで厚い部分を下方に押し出すことと,レンズの厚い部分が重力で下方に安定することによって,レンズの回転の制御を図っている(図1).ダブル・スラブ・オフはレンズの上下に薄い部分をつくり,それぞれ上眼瞼と下眼瞼の両方にくわえ込ませてレンズの回転の制御を図っている(図2).トーリックSCLの厚みの分布は円柱軸によって違いがあるため,円柱軸がレンズ回転の安定性に影響を及ぼすことがある(表2).ところが,最近のトーリックSCLはプリズムバラストとダブル・スラブ・オフなどを組み合わせたようなハイブリッドデザインを採用している.さらに光学部と周辺部(プリズムバラスト部,ダブル・スラブ・オフ部)が独立しているため,トーリッ図2ダブル・スラブ・オフのデザイン表2従来のトーリックSCLプリズムバラストダブル・スラブ・オフ酸素透過性低い高い装用感不良の場合がある良い円柱軸の安定性一般に倒乱視には適さない直乱視には不良の場合がある重力の影響受けやすい受けにくい最近のレンズは該当しないものが多い.クSCLの球面度数,円柱度数,円柱軸が変わってもフィッティングにほとんど影響を及ぼさないようなデザインになっている.かつては,厚みの増すプリズムバラスト部が位置する角膜には酸素不足や圧迫された所見を認めることや,厚みに対する装用感の不良を患者が訴えることがあったが,最近では酸素透過性の高いSHCL素材を使用し,スラブ・オフまたはダブル・スラブ・オフを加えることで,これらが改善されている.

写真:涙道に進展した結膜乳頭腫

2013年6月30日 日曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦349.涙道に進展した結膜乳頭腫佐々木美帆*1,2篠宮克彦*2横井則彦*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学①②図2図1のシェーマ①:上眼瞼結膜.②:カリフラワー状の腫瘤.図1初診時の右眼前眼部写真(53歳,男性)涙点近傍の上眼瞼結膜に,血管に富む有茎性,カリフラワー状の腫瘤を認める.500μm図3術中所見腫瘤は上涙点から涙小管および涙.内に進展していた.腫瘤からの出血や排膿はみられなかった.図4病理組織所見上皮細胞は乳頭状の増殖パターンを示し,表層部では一部角化所見を認めた(□).また,増殖した結合組織および上皮内に顆粒球主体の軽度の炎症細胞浸潤所見を認め,表層部の細胞には一部,細胞質内空胞(koilocytosis)もみられた(□).(69)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20137910910-1810/13/\100/頁/JCOPY 涙道に進展した結膜乳頭腫(症例:53歳,男性).平成24年10月初旬頃より右上眼瞼腫瘤が徐々に増大してきたため切除を希望し来院.痛みや流涙などの訴えはなく,内眼角部(涙点近傍)に隆起するカリフラワー状で有茎性の腫瘤を認めた(図1).全身疾患は高血圧のみで,血液学的検査所見にも特に異常は認めず,細隙灯顕微鏡所見から結膜乳頭腫が考えられた.腫瘤切除術を施行し確定診断のために病理学的検索を行った.図3に術中所見を示す.上涙点から涙.内を占拠する比較的大きな腫瘤塊を認め,涙点付近の結膜から発生した可能性を考えた.腫瘤が大きかったため涙点は拡大していたが,腫瘤本体からの出血や排膿は認めなかった.なお,腫瘤が涙点近傍であったため,続発性の涙小管閉塞を避けるために涙管チューブ挿入術を併用した.病理組織は血管が豊富な間質細胞を軸とした重層上皮の増殖性病変であった.上皮細胞は乳頭状の増殖パターンを示し,表層部では一部角化を認めた(図4).基底部から表層まで極性はほぼ正常であり,扁平上皮乳頭腫(squamouspapilloma)と考えられた.また,表層部の細胞には一部に細胞質内空胞(koilocytosis)を認め,ウイルス感染が関与している可能性も示唆された.術2週間後に上涙点にわずかな白色水疱状隆起を認めたが,その後増大傾向は認めなかった.術2カ月後にあたる最終受診時も明らかな再発はみられず,涙管チューブを抜去して経過観察中である.乳頭腫とは,肉眼的に表面に微細な突起を多数もつ腫瘤性病変をさす.結膜乳頭腫は,結膜の重層上皮の良性増殖であり,通常は血管に富んだ有茎性の桑実状,カリフラワー状の上皮性腫瘍である.好発部位は涙丘部や鼻側眼瞼結膜などの内眼角部,結膜.円蓋部であり,眼球結膜からも発生するが眼瞼結膜から発生するものと比較するとその頻度は比較的まれである.球結膜では角膜輪部付近に好発し,角膜に浸潤することもある1,2).今回の症例は涙点付近の結膜から発生し,涙小管,涙.内に進展したものと考えられたが,同様の症例は過去の報告にも散見され,鼻涙管閉塞をきたした例もあるとされる.色調は淡紅色から赤色を呈するものが多く,通常は単発性であるが多発することもあり,再発も珍しくない.あらゆる年齢層に生じうるが,好発年齢は20.30代の若年者とされ,その発症にはヒトパピローマウイルス(humanpapillomavirus:HPV)の感染が関与している(特に6型と11型)ことが知られている.結膜乳頭腫におけるHPVの陽性率は一般に高く,Sjoら3)によると106例中86例(81%)においてPCR(polymerasechainreaction)法によりHPV陽性であったとされる.鑑別を要する疾患としては扁平上皮癌や化膿性肉芽腫(pyogenicgranuloma)があげられる.扁平上皮癌は結膜の重層上皮の悪性増殖であるが,広基性で明確な茎はもたない.また,化膿性肉芽腫は霰粒腫や斜視,翼状片切除術後にみられ,結膜上皮欠損部から有茎状に突出する腫瘤である.乳頭腫が表面の凹凸が目立つのに対し,化膿性肉芽腫は表面平滑で鮮紅色を呈し,表面から出血がみられることもある.治療は原則として外科的切除を行い,部位によっては冷凍凝固を行うこともある.再発例や多発例,再発予防には切除術時に病巣部にマイトマイシンCを塗布したり,術後にマイトマイシンCや5-FU(フルオロウラシル),あるいはインターフェロンa点眼の併用が有効とされる.文献1)北野愛,中井敦子,雑賀司珠也:涙小管に発育した乳頭腫の1例.臨眼63:1533-1536,20092)MiglioriME,PuttermanAM:Recurrentconjunctivalpapillomacausingnasolacrimalductobstruction.AmJOphthalmol110:17-22,19903)SjoN,HeegaardS,PrauseJUetal:Humanpapillomavirusinconjunctivalpapilloma.BrJOphthalmol85:785787,2001792あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(00)

悪性腫瘍と神経眼科

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):783.790,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):783.790,2013悪性腫瘍と神経眼科Neuro-OphthalmologyAssociatedwithMalignantTumors柏木広哉*はじめに悪性腫瘍による神経眼科的徴候は多く,視神経障害(視力障害,視野障害),眼球突出,眼球運動障害,眼瞼下垂,瞳孔障害,網膜障害などがあげられる.一般的な眼科検査のほかに,redglasstest,赤外線電子瞳孔計(イリスコーダ),眼球電図(electro-oculogram:EOG),眼筋機能検査(Hessチャート),視覚誘発電位(visualevokedpotential:VEP),光干渉断層撮影(opticalcoherencetomography:OCT),網膜電図(electroretinogram:ERG)などを行う.またmagneticresonanceimaging(MRI),computedtomograpy(CT)などの画像診断が必要となる.ガドリニウム(Gd)造影像や眼窩では腫瘍像をより鮮明にするために脂肪抑制法の使用も重要である.なお,全身状態が不良の場合では,器械に頼らない簡易式検査1)が必要となることもある.今回,悪性腫瘍(一部良性腫瘍を含む)の発生部位ごとに,ポイントとなる重要な徴候にしぼって述べる.I眼窩1.眼窩悪性腫瘍眼窩腫瘍の1/3を悪性腫瘍が占めると報告されている2).腫瘍の外眼筋圧迫や転移により眼球運動障害,眼球の圧迫偏移により複視症状が生じる.また,腫瘍による圧迫性視神経障害で,視力低下や視野障害が生じる.眼窩深部の障害ではさまざまな症状が生じるため,解剖学的特徴(図1)と,神経や血管系の走行を十分把握し視神経管上眼窩裂下眼窩裂図1眼窩骨の構造眼窩骨は7つの骨から構成されている.野田3)が述べているように,語呂合わせで覚えると有効である.ておくことが重要である.上眼窩裂は,筋円錐内,筋円錐外に分けられる3).上眼窩裂症候群では動眼神経,外転神経,鼻毛様体神経,上眼静脈(筋円錐内),滑車神経,涙腺神経,三叉神経第1枝:前頭神経(筋円錐外)が侵されるが,眼窩先端部症候群では上眼窩裂症候群に加え視神経も障害される.a.原発性悪性腫瘍眼窩腫瘍は,涙腺由来とそれ以外のものに分類される.悪性リンパ腫が最も多く,その他,腺様.胞癌,多形腺癌,腺癌,悪性黒色腫,骨肉腫などが発生する.悪性リンパ腫は,非HodgkinB細胞リンパ腫であるMALT(mucosa-associatedlymphoidtissue)リンパ腫,びま*HiroyaKashiwagi:静岡県立静岡がんセンター眼科〔別刷請求先〕柏木広哉:〒411-8777静岡県駿東郡長泉町下長窪1007静岡県立静岡がんセンター眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(61)783 右眼a右左右眼a右左ab図2眼窩MALTリンパ腫による眼球突出画像(a)と放射線治療後に高度に縮小した画像(b)ん性大細胞型B細胞リンパ腫(diffuselargeBcelllymphoma:DLBCL)がおもに発生する.MALTリンパ腫は腫瘍自体が軟らかいため,眼球突出や眼球運動障害を起こしても,高度な視神経障害を起こすことはまれである.放射線療法が著効する(図2a,b).DLBCLはMALTリンパ腫と比べ悪性度が高く,急激に増大したり,全身病変(頸部,腋窩,腹部などのリンパ節病変)を伴うこともある.放射線療法に加え化学療法を行う.その他の腫瘍では,腫瘍全摘出,眼窩内容除去術を行うが,重粒子線治療(粒子線治療)を行う場合もある.小児に発生する横紋筋肉腫はまれな疾患であるが,病状進行が速く,早急に治療を行わなければ巨大化し,視神経を圧迫する4).化学療法が有効であるが,陽子線治療(粒子線治療)5)を併用施行する場合もある.b.続発性悪性腫瘍浸潤性と転移性がある.1)浸潤性:副鼻腔(上顎洞,篩骨洞,蝶形骨洞,前頭洞),鼻腔の悪性腫瘍が眼窩壁を破壊し浸潤する.また,眼瞼悪性腫瘍や良性の頭蓋内髄膜腫の浸潤もある.この浸潤により眼球突出,眼球運動障害や圧迫性視神経障害を起こす.副鼻腔悪性腫瘍として,扁平上皮癌,嗅神経芽細胞腫,悪性黒色腫などがある.拡大手術により術後整容的機能的障害が生じることもあり,このため粒子線治療も行われることもある.両側の眼窩先端部に浸潤した場合,両側性の視神経障害を起こし,厳しい状況に陥る.Mucocele6)などの良性疾患でも眼窩骨破壊し,視784あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013左眼b図3乳癌の外直筋への転移像造影T1強調画像で右外直筋の腫大が認められる(a).眼筋機能検査(Hessチャート)で右眼の内転障害が認められる(b).神経障害を起こすので注意が必要である.2)転移性:女性では乳癌,男性では肺癌が最も多いが,さまざまな部位の癌からの報告や肉腫からの転移もある7).また,全身の悪性リンパ腫が,眼窩内に腫瘤をつくることがある.外眼筋へ転移(図3a)することが多く,眼球運動障害(図3b)や圧迫性視神経症が生じる.さらに,前立腺癌は骨に転移する傾向がある.転移例で(62) は生命予後が良くないといわれているが,全身状態,組織型,発生部位,他への転移の状態を考慮し,放射線療法が施行されている.2.視神経障害視神経障害では,視力障害,視野障害や患側の瞳孔異常(相対的瞳孔求心路障害)が認められる.a.原発性視神経腫瘍視神経膠腫(opticnerveglioma)は視神経束を覆う星細胞と乏突起膠細胞が腫瘍化したもので,小児眼窩腫瘍の7.6%8)を占める.視神経萎縮や乳頭浮腫などの所見をきたす場合や斜視を起こすことがある.3.7歳の幼少時に好発し,神経線維腫Ⅰ型との関連が深い.成人発生例では悪性度が高いものが多く,注意を要する.MRIT1強調画像では低信号から高信号を,T2強調画像では等信号から高信号を示す.視神経の腫大と腫瘍存在部より眼球側の視神経の眼窩下方への屈曲(kinking)像や蛇行像を呈することが特徴である9).後方に進展することが典型的で,視交叉まで伸展すれば反対側の視機能に影響を及ぼす.視機能を考慮しながら,治療方法(手術,放射線,化学療法)や治療時期を決定する.鑑別診断としては,良性の視神経鞘髄膜腫があげられる.髄膜腫では,定位放射線治療10)や陽子線治療を行うこともある.ab陽子線治療は照射のエネルギー量の問題や治療費が高額であるため,施行例がきわめて少ない.そのため長期予後が不明である.視神経乳頭に発生する腫瘍として,黒色細胞腫(図4a)と血管腫があり,腫瘍の増大により視野障害(図4b)をきたすが,悪性化する頻度はきわめて低い.b.癌の視神経浸潤視神経への癌の浸潤はまれである.原因疾患として悪性リンパ腫や白血病がある.c.放射線視神経障害眼窩内,副鼻腔,鼻腔,大脳,視神経などの腫瘍に対してのX線治療や陽子線治療(図5)により発症する.一般的には1回の照射が2Gy以下,総線量が50Gy以下であれば比較的安全であると考えられている11)が,50Gyを超えると発症率が高くなる.また,糖尿病や化学療法なども危険因子と考えられている.この視神経症は網膜症と随伴することも多い.ステロイドパルス療法で一時的に軽快はすることもあるが,視力の予後は良くない.d.抗癌剤による視神経障害抗癌剤のパクリタキセル,5-fluorouracil(5-FU),タモキシフェンで生じるが,まれである.タモキシフェンは視神経網膜炎12)として発症することがある.図4右眼視神経黒色細胞腫(a)と下方視野の狭窄(b)(63)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013785 acbII海綿静脈洞海綿静脈洞原発腫瘍(悪性リンパ腫が多い),下垂体近傍腫瘍,副鼻腔癌からの進展および転移性ものがある.転移性では肺癌が多い.悪性リンパ腫の場合,画像的に判別できることが可能な場合13)もあるが,画像上判別できない場合,診断が遅れることがあり注意を要する.よって,迅速に骨髄検査などを行うことも診断的に重要である.海綿静脈洞内を走行するのは,動眼神経,滑車神経,外転神経,三叉神経の第1枝(眼神経)と第2枝(上顎神経)および交感神経であり,その障害により諸症状が生じる.海綿静脈洞後部では,交感神経と外転神経が合流して走行している部位が約数mmあるので,外転神経麻痺とHorner症候群(患側の軽度眼瞼下垂,瞼裂狭小,軽度縮瞳,発汗減少)が生じることがまれにある.III脳腫瘍成人と小児期に発生する脳腫瘍の種類には大きな差がある14).小児期(15歳未満)に多い腫瘍は,星細胞腫(astrocytoma),胚細胞腫瘍(germcelltumor),髄芽腫(medulloblastoma),頭蓋咽頭腫(craniopharyngioma),脳室上衣腫(ependymoma)の5種類である.成人の場合,膠芽腫(glioblastoma),髄膜腫(meningio786あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013図5陽子線視神経症(篩骨洞癌治療後)MRIT2強調画像にて両側の視神経障害(a)を示唆する所見.また,両眼の視神経耳側蒼白傾向(b,c)が認められた.ma),神経膠腫(glioma),下垂体腺腫(pituitaryadenoma),神経鞘腫(neurinoma)や転移性癌(肺癌が最も多く,乳癌,悪性リンパ腫が続く)が多い.脳腫瘍では,頭痛,吐き気などを頭蓋圧亢進症状に伴う,うっ血乳頭が重要なサインである.小児の脳腫瘍患者では,初発症状としてうっ血乳頭以外にも,斜視,上方注視麻痺などの眼症状が早期診断に役立つことがある15).1.視交叉近傍良性の下垂体腺腫が圧倒的に多く,頭蓋咽頭腫,胚細胞腫や視神経膠腫の頻度は低い.視交叉での障害は両耳側半盲が一般的であるが,視交叉の前方で障害された場合に生じるjunctionscotomaなどがある.この部位での圧迫性視神経症では,パターンERGの振幅低下,PhNR(photopicnegativeresonse)振幅の低下が生じ,術後に振幅が回復する16).今後,視神経と網膜の機能を関連づけて考えることも重要である.まれに腫瘍が側方進展して海綿静脈洞症候群を呈する場合がある.2.大脳大脳半球(前頭葉,側頭葉,頭頂葉,後頭葉)には膠芽腫,星細胞腫,退形成星細胞腫,髄膜腫,転移性癌が発生する.病巣の反対側の同名半盲を生じる(図6a,b).(64) ab右左図6Goldmann視野での同名半盲(a)と大脳側頭葉癌のCT像(b)ab右左図6Goldmann視野での同名半盲(a)と大脳側頭葉癌のCT像(b)3.脳幹部:中脳から延髄脳幹は中脳,橋,延髄から構成される(図7).脳神経系障害,眼球運動障害,瞳孔運動障害など特有な症状を示す.松果体腫瘍(良性,悪性)からの圧迫,原発性脳幹腫瘍(膠腫,上衣腫),転移性,第三脳室腫瘍などで障害が生じる.中脳には後交連,カハール(Cajal)間質核,内側縦束吻側間質核があり,いくつかの眼球運動障害が起こる.a.垂直性眼球運動障害両眼の上方運動,下方運動のいずれか,あるいは両方の選択的な運動障害を特徴とする.上方注視麻痺は,後交連の病変で出現することが多く,松果体腫瘍で生じることが多い.輻湊障害が起こる.また,中脳に特徴的なmidbraincorrectionと対光反射がなく輻湊反射が保たれるlightneardissociation(図8)が生じる.b.水平性眼球運動障害頭蓋内圧亢進による間接的な外転神経麻痺や橋腫瘍による外転神経やその核,傍正中橋網様体(paramedianpontinereticularformation:PPRF),内側縦側(mediallongitudinalfasciculus:MLF)などが障害される場合がある.PPRFでは,病巣と同側の側方視時に両眼が動かなくなる.MLF症候群(核間麻痺)では,病側の内転ができなくなるが,輻湊は可能である.One-and-ahalfsyndromeでは一側がまったく動かず,他眼も半分しか動かない状態で,一側の外転神経核と両側のMLFの障害で起こる.4.小脳小脳は両側の半球とそれらを連結する虫部からなる.この部位の障害では,眼球運動障害が生じる.虫部の障害によりサッケード障害,前庭小脳(小脳片葉,傍片葉,結節)の障害により眼位の保持異常,滑動性追従運動の障害,前庭-眼反射の異常をきたす.髄芽腫,血管芽腫,星膠腫,転移性癌が発生する.また,眼球振動などが生じることもある.(65)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013787 INCSC内直筋副核へ同側外直筋へ後交連左水平断右矢状断riMLFⅢ核Ⅳ核MLFPPRFⅥ核Ⅷ核松果体腫瘍からの圧迫中脳橋延髄INCSC内直筋副核へ同側外直筋へ後交連左水平断右矢状断riMLFⅢ核Ⅳ核MLFPPRFⅥ核Ⅷ核松果体腫瘍からの圧迫中脳橋延髄図7脳幹部の模式図(臨床神経眼科学,p108,金原出版,2008,図1より転載.吉田寛先生のご厚意による)acb図8松果体腫瘍同症例の両眼瞳孔の散大(a,矢印),輻湊障害はあるも縮瞳している(light-heardissociation)(b),MRIT1強調画像で腫瘍による脳幹部の圧迫所見が認められる(c,矢印).(cの写真提供:富士脳障害研究所附属病院のご厚意による)5.シャント機能不全と視機能不全IVその他脳腫瘍などによる頭蓋内圧亢進対策にシャントを設ける.しかしながら,シャント機能不全による視力障害や1.悪性腫瘍随伴症候群視野障害の報告がある17).小児では成人に比べシャント悪性腫瘍のなかで,自己免疫機序(癌の遠隔操作)に機能不全による再建率が高い.脳圧亢進による視路へのより中枢神経系に異常を呈するものは悪性腫瘍随伴症候直接の圧迫や循環障害から生じる虚血,後頭葉の脳梗塞群とよばれている.そのなかでも,悪性腫瘍関連性網膜が生じて視機能障害が生じると考えられている17).症18):癌関連性網膜症(cancerassociatedretinopaty:CAR)19.21),悪性黒色腫関連網膜症(malignantmelano788あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(66) ab図9後腹壁悪性腫瘍による癌関連性網膜症(右眼)血管の狭細化と網膜の萎縮(a),Goldmann視野で輪状暗点(b)が認められた.左眼も同様な所見を呈した.網膜電図の波形は,完全に平坦であり,血清で抗リカバリン抗体が認められた.maassociatedretinopaty:MAR)21.24)や悪性腫瘍関連視神経障害25)は頻度は少ないが注意すべき疾患である.視野狭窄,夜盲,視力低下などの症状がある.CARは視細胞,MARは双極細胞が障害され,進行性に網膜が変性(図9a)する.網膜色素変性症との鑑別が重要である.CARでは輪状暗点(図9b)や網膜電図a,b波の減弱や消失,MARでは中心暗点とb波の減弱や消失が認められる.CARの関連抗体は,抗リカバリン抗体,抗エノラーゼ抗体,抗神経フィラメント抗体など数種類ある.MARの関連抗体は,網膜のON型双極細胞抗体21,22)と判明している.CARの原因疾患は肺小細胞癌が多いが,消化器系や婦人科系癌,血液疾患でも起こりうる.わが国での悪性黒色腫は極少であるため,MARの報告はまれとされていたが,近年報告例が増えてきている21.24).これらの疾患は,原発巣への治療効果があれば,進行の抑制や回復が得られる19,24).悪性腫瘍関連脳幹脊髄炎による眼球運動障害26)の報告もある.2.上胸部腫瘍による交感神経圧迫上胸部の腫瘍により交感神経が圧迫されHorner症候群が生じる.Pancoat症候群ともよばれる.(67)■用語解説■粒子線治療:水素イオン(陽子線)や炭素イオン(重粒子線)を高速化して高エネルギーで病巣に照射する.X線,電子線と異なり,病巣にピンポイントに照射できる利点がある.国内では約10施設ある.ただし,保険適用ではなく,陽子線では280万円,重粒子線313万円の費用がかかる.先進医療保険加入者では,保険を活用できるケースがある.Junctionscotoma:接合暗点.一側の視神経と視交叉の接合部の圧迫により患側の中心暗点と,反対側の上耳側視野欠損をきたす.膠芽腫(glioblastoma):未分化で最も悪性度が高い腫瘍.おわりにわが国における癌患者数は増加している.死亡原因の1位で,2.3人に1人の発生率である.神経眼科的所見を診た場合,悪性腫瘍の存在を意識することが必要であると考える.稿を終えるにあたり,ご校閲をいただきました神奈川歯科大学附属横浜クリニックの原直人先生にお礼申し上げます.あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013789 文献1)江本博文,清澤源弘,藤野貞:ポケットに入る神経眼科用検査器具とその使用法.神経眼科臨床のために第3版.p383-393,医学書院,20112)後藤浩:眼窩悪性腫瘍の診断.日本の眼科80:12831288,20093)野田実香:眼窩の解剖.眼科診療クオリファイ10,眼付属器疾患とその病理.p186-192,中山書店,20124)柏木広哉:眼窩悪性腫瘍には,どのような臨床像がありますか?眼科診療クオリファイ10,眼付属器疾患とその病理.p287-289,中山書店,20125)土坂麻子,臼井嘉彦,後藤浩ほか:染色体異常を認めた眼窩胎児型横紋筋肉腫の2症例.日眼会誌114:374-380,20106)三矢幸一,中洲庸子,堀口聡士ほか:急激な視力低下で発症したOnodicellMucoceleの1例.脳神経ジャーナル15:715-719,20067)辻英貴,鈴木茂伸,柏木広哉:眼腫瘍の展望─2005年.2006年度─.眼科53:3-48,20118)ShieldsJA,ShieldsCL,ScartozziR:Surveyof1264patientswithorbitaltumorsandsimulatinglesions:The2002MontgomeryLecture,Part1.Ophthalmology111:997-1008,20049)笠井健一郎,嘉鳥信忠,後藤浩:最先端画像診断による手術の評価眼窩腫瘍.眼科手術23:35-45,201010)大熊加恵,山下英臣:眼窩腫瘍・炎症性腫瘍の診断と治療視神経鞘髄膜腫の放射線治療.神経眼科25:475-482,200811)KunLE:Thebrainandspinalcord.Moss’sRadiationOncology:Rationale,Technique,Results.p737-781,Mosby,199412)神崎雅子,井上治郎,若倉雅登:抗エストロゲン剤タモキシフェンによる中毒性視神経網膜症.神経眼科17:327332,200113)中島裕美,加島陽二,中野直樹ほか:両側海綿静脈洞への浸潤が認められた悪性リンパ腫の4症例.眼紀42:23962400,199114)太田富雄,松谷雅生:脳神経外科学Ⅰ,改訂10版.金芳堂,200815)鈴木利根:小児の脳腫瘍を知らせる神経眼科症状.神経眼科27:159-166,201016)町田繁樹:網膜神経節細胞に由来するERGの成分.眼科54:1701-1715,201217)黒田紀子,磯辺真理子,渡辺悌ほか:乳幼児期に施行されたシャンと機能不全による視力機能障害.神経眼科20:60-65,200318)大黒浩,吉田香織:悪性腫瘍関連網膜症.眼科53:93-101,201119)高橋政代,平見恭彦,佐久間桂一朗ほか:早急な治療により視力改善が得られた癌関連性網膜症(CAR)の1例.日眼会誌112:806-811,200820)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌115:924-929,201121)近藤峰生:腫瘍随伴網膜症の新しい自己抗体の発見.あたらしい眼科29(臨増):95-100,201222)花谷淳子,中島ヤス子,島良平ほか:抗網膜双極細胞抗体陽性の悪性黒色腫関連網膜症の1例.日眼会誌115:541-546,201123)MachidaS:Melanoma-associatedretinopathyassociatedwithintranasalmelanoma.DocOphthalmol122:191-197,201124)YamamotoS,HanayaJ,MeraKetal:Recoveryofvisualfunctioninpatientwithmelanoma-associatedretinopathytreatedwithsurgicalresectionandinterferon-beta.DocOphthalmol124:143-147,201325)SlamovitsTL,PosnerJB,ReidyDLetal:Pancreaticneuroendocrineparaneoplasticopticneuropathy:confirmationwithantibodytoopticnerveandhepaticmetastasis.Neuroophthalmol33:21-25,201326)CrinoPB,GalettaSL,SaterRAetal:Clinicopathologicstudyofparaneoplasticbrainstemencephalitisandophthalmoparesis.JNeuroophthalmol16:44-48,1996790あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(68)

Fisher症候群

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):775.781,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):775.781,2013Fisher症候群FisherSyndrome大野新一郎*はじめに:Fisher症候群は神経内科領域の難解なまれな疾患ではない!複視を主訴に眼科を受診する患者は非常に多い.複視の原因は多岐にわたるが,すぐに複視=頭蓋内病変を連想する先生方は多いのではないだろうか?もちろん,複視の裏に緊急を要する頭蓋内病変が潜んでいることがあるのは事実である.しかし他のさまざまな原因を考えていただきたい.詳細な複視をきたす疾患の鑑別診断は成書を参照していただくとし,複視をきたす疾患の鑑別診断の一つとしてあげなければならないのがFisher症候群(FS)である.眼科領域においては,外眼筋麻痺をきたし複視を主訴に来院する.さらにFSは複視+全身症状をきたすため,重篤な頭蓋内病変が潜んでいると誤診しがちである.その臨床症状は眼球運動障害,瞳孔障害,眼振,眼瞼下垂,顔面神経麻痺,運動失調,四肢の異常とバラエティ豊かであり,責任病巣がどこにあるか理解しにくいが,後述するFSの病因を理解すれば簡単にわかる.確かに,日常診療において頻繁に遭遇する疾患ではないが,FSは非常に特徴的であり,知っておけばすぐに診断に至ることができる.本稿では,FSの眼科の視点からの臨床的特徴,診察時注意すべき点,また最近の知見を概説する.以下のデータは自験例19例の解析である.I症例呈示症例1(図1):眼科にて経過観察可能な典型例.30歳,男性.20××年3月20日より腹痛,下痢が出現,その10日後より複視を自覚した.さらに手の違和感も出現したため近医神経内科,脳神経外科を受診し,頭蓋内精査するも異常なく原因不明であった.さらに精査目的に当院神経内科を受診し当科を紹介受診した.初診時眼科的所見は軽度眼瞼下垂,眼球運動痛を伴った両側外転神経麻痺が認められた.瞳孔は軽度散大し,直接対光反射は減弱していた.抗GQ1b抗体陽性であったためFSと診断した.約3カ月後眼球運動障害は無治療にて軽快した.症例2(図2):神経内科と連携しなければならない重症例.27歳,男性.20××年6月20日より前駆症状なく,複視が出現,近医内科にて頭蓋内精査するも原因不明のため精査加療目的に当科を紹介受診した.初診時所見は運動失調,左外転神経麻痺を認めた.その後,眼瞼下垂が出現し全外眼筋麻痺に進行した.抗GQ1b抗体,抗GT1a抗体,抗GM1/GQ1b抗体陽性であったためFSと診断した.神経内科にて免疫グロブリンの大量静注療法を行った.約6カ月後,眼球運動障害は改善,複視は消失し,全身状態も改善した.症例3(図3):比較的まれな症例.32歳,女性.*ShinichirouOono:佐賀大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕大野新一郎:〒849-8501佐賀市鍋島5-1-1佐賀大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(53)775 図1症例1上段:眼球運動写真.下段:Hess複像表.両側外転神経麻痺を認める.b図2症例2a:初診時.両側軽度眼瞼下垂,内斜視を認める.b:約6カ月後.眼瞼下垂,内斜視は軽快している.c:運動失調.20××年3月初旬にインフルエンザB型に罹患,その腱反射の低下を3徴とする疾患である.大部分は呼吸約1カ月後に複視を自覚し当科を初診した.両側の外転器,消化器系などの感染症状に引き続き発症し,急性期神経麻痺を認めた.抗GQ1b抗体陽性であったためFSをすぎると鎮静化して回復する単相性の予後良好な症候と診断した.約3カ月後眼球運動障害は無治療にて軽快群である.しかし,前述の3徴が揃うことはむしろ少なした.く,さまざまな不全型,軽症例が存在する.また,本疾患は急速に発症,進行し四肢筋力低下をきたすGuillainII定義,概念Barre症候群(GBS)の亜型,同一スペクトラム上の疾Fisher症候群(FS)またはMillerFisher症候群患と考えられている(図4,5).(MFS)は急性に発症する外眼筋麻痺,運動失調,深部ac776あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(54) 図3症例3上段:眼球運動写真.下段:Hess複像表.両側外転神経麻痺を認める.図4GBSとFSのおもな症状GBSでは四肢麻痺,FSでは外眼筋麻痺,腱反射低下,運動失調を呈する.III臨床症状1.疫学自験例の解析では発症年齢は19.60歳,平均は37.2歳で,20歳代と50歳代に二峰性のピークを認める.男女比は2.5:1である.自己免疫疾患であるが男性に多いのが特徴である.簡単に若い男性に多いと覚えておけ(55)BBEGBS抗GQ1b抗体四肢末梢性筋力低下意識障害錐体路症状外眼筋麻痺運動失調腱反射低下FS図5GBS,FS,BBEの相関関係これらの疾患はオーバーラップ病変である.BBE:Bickerstaff型の脳幹脳炎.(上田,楠:眼科50:1841-1845,2008より改変)ばよい.2.発症時期春から夏に圧倒的に多い.特に春に多い.3月から8月までが約70%である.これは先行感染のCampylobacterjejuniが関係していると考えられる.3.先行感染先行感染の既往は約9割に認められる.感染から眼球あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013777 運動障害発症はほぼ同日発症から30日までの範囲である.そのなかでも14日以内が約9割を占める.症状としては,上気道症状38%,胃腸症状29%,熱発33%(重複を含む)である.約1カ月前の先行感染もありこのくらいはさかのぼって問診する必要がある.一方,文献的には先行感染の症状は上気道症状76%,胃腸症状4%,熱発2%である.また感染因子はCampylobacterjejuni(21%),Haemophilusinfluenzae(8%)であることがわかっている1).Fisherが報告した1例も喀痰からHaemophilusinfluenzaeが検出されていた.一口に感冒様症状といっても幅広いため上気道症状,胃腸症状,熱発の有無などをできれば詳細に問診したい.症例3のように先行感染1カ月前のインフルエンザB型感染後の発症は比較的少ないことがわかる.4.初発症状眼科を受診するほとんどの主訴が複視である.しかし,視覚障害を訴え初診することもあるので注意すべきである.自験例においても2例が経過中に視覚障害を訴えた.まれではあるが,視神経症(炎)の合併があることを知っておく必要がある2).5.眼球運動障害パターン完全型では全外眼筋麻痺を呈する.成書,文献上は垂直注視麻痺,側方注視麻痺,内側縦束症候群,核上性眼球運動障害もみられるとされているが比較的まれである.また動眼神経麻痺,滑車神経麻痺の単独麻痺も非常に少ない.特記すべきは,最も多い障害パターンは外転神経麻痺であることである.基本的には両側の外転神経麻痺をきたす.しかし外転神経麻痺の程度に差がある症例が約30%存在する.文献上は片側性の外転神経麻痺が記載されていることが多いが,両側性に発症し左右に程度の差があると理解したほうがよいであろう.しかし,純粋な片側性もあり,それは全身の片側のみに(眼球運動障害,失調,腱反射の低下も片側性)障害が出現する症例もあるといわれている.自験例ではほぼ全例外転神経麻痺を呈し,全外眼筋麻痺を呈したのは2例にすぎない.これらは後述するが,778あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013GQ1b抗原の局在が関与している.6.眼球運動痛約3割に眼球運動痛をきたす.原因はまだよくわかっていない.眼窩内に二次性の炎症性変化をきたすのかもしれないし,または三叉神経の障害が関与しているのかもしれない.7.眼振眼振は約3割にみられる.神経伝達障害をきたすためと考えられる.8.眼瞼下垂,顔面神経麻痺眼瞼下垂は約3割にみられる.顔面神経麻痺は約1割にみられる.9.瞳孔障害瞳孔障害は約3割にみられる.FSに瞳孔障害がみられることは昔からよく知られている.FSの瞳孔障害に対し種々の点眼試験を行い発症機序を考察した文献が散見され,FSの瞳孔障害の発症機序が末梢性か中枢性かの議論がなされているが,点眼試験はあくまで補助診断と考えたほうがよいであろう.10.全身症状a.運動失調3徴の一つである.症例3のように運動失調がみられる.それは協調運動障害,小脳失調様“cerebellar-like”と称される.患者は「バランスがとれず歩きづらい」と訴えることが多い.歩行障害は3例にみられた.b.四肢の異常四肢の異常は実に約60%にみられる.患者は「手足の力が入りにくい」「手がしびれる」などと訴える.FSを疑う重要なキーワードである.IV検査所見1.抗体測定FSが疑われれば,抗ガングリオシド抗体を測定しなければならない.(56) 抗体測定は近畿大学神経内科,シノテストサイエンス・ラボで行っており,詳細はホームページを参照されたい.自験例の抗体陽性率は抗ガングリオシド抗体陽性が約80%,そのうち抗GQ1b抗体陽性が約70%である.文献上はFSにおいて抗GQ1b抗体は約90%以上で陽性であるとされている.抗GQ1b抗体は外眼筋を伴わないGBS,他の神経疾患,自己免疫疾患,健常人では陽性にならないため外眼筋麻痺を伴うFS,GBSには特異的であり,疾患の診断に非常に有用である.これらの抗体は急性期をすぎると減少,消失する.他の自己免疫疾患同様に各症例間において抗体価と臨床症状の重症度は相関しない.つまり,抗体価が高いから重症で,低いから軽症というわけではない.2.髄液検査GBSと同様,約半数に蛋白細胞解離を認める.自験例においても髄液検査を行った患者の半数に蛋白細胞解離がみられた.経過,治療自験例において複視は全例で軽快した.複視に関し積極的に斜視手術を進める報告もあるが,まずは経過観察でよい.回復の早い症例では約10日で複視は回復する.複視の回復は最長でも約180日であり,回復期間の平均は約70日である.患者には「無治療でも約3カ月で複視は消失することが多い」と説明すればよい.重篤な全身症状が伴わず,眼球運動障害のみであれば経過観察でよい.他の自己免疫疾患で有効な副腎皮質ステロイド薬はGBSにおいて無効であることが証明され,本疾患には使用すべきでない.GBSにおいては血漿浄化療法(PE),免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)の有効性が報告されている.一方,FSは自然治癒するためか治療法は確立していない.IVIgはPEや対照群に比べ眼球運動障害の改善を早めるが,有意差がないと報告されている3).IVIgやPEはFSに治療効果がある可能性があるが,眼科が治療できるものではなく内科医と連携するべきである.さらにIVIgやPEは感染,ショックなどの重篤な(57)副作用はゼロとは言い切れない.また高額な医療費も問題となる.自験例においてIVIgを行ったのは2例であり,複視症状の改善が短縮できたかは不明である.全身状態(失調など)を伴っていれば,必ず内科医に相談し連携して治療にあたる.V発症機序GQ1bはFSと密接にかかわっており,抗GQ1b抗体陽性はFS診断に重要である.これにはGQ1b抗原の局在が関与している.抗GQ1bモノクローナル抗体による免疫組織染色では,動眼,滑車,外転神経の髄外部のランヴィエ(Ranvier)絞輪部,ミエリン,シュワン(Schwann)細胞が強く染色され,GQ1b抗原がこれらの部位に多く局在することが示されている.また,生化学的分析でもGQ1bは上記眼運動神経に多く含まれていることがわかっている.機序としては,抗GQ1b抗体が髄外部のランヴィエ絞輪部,ミエリン,シュワン細胞のGQ1b抗原に結合し神経伝達障害をきたし眼球運動麻痺をきたすと考えられている.その他,下オリーブ核,小脳深部核,小脳皮質顆粒層などの小脳性運動失調と関連する部位にも抗GQ1b抗体は染色される.最近では,骨格筋の筋紡錘内線維に接する神経終末にもGQ1bの局在が示されている4).FSの発症機序が末梢性か,中枢性かの議論が昔からなされているが,今日では典型例が末梢性であり,末梢から中枢に障害が拡大する症例もあると理解されている.発症機序が末梢性,中枢性であるかの考え方より,後述の分子レベルの発症様式の考え方のほうがよいであろう.VI最近の知見近年,GBS,FSの病因解明がめざましく進歩している.その一部を簡単に紹介する.1.新たな抗体:ガングリオシド複合体(gangliosidecomplex:GSC)とは?これまで発症に関与しているのは単独(1つ)のガングリオシドと考えられてきたが,それだけはなく2つのあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013779 異なるガングリオシドからなるまったく新しい複合抗原の存在が明らかになってきた.それがGSCである.これは単独のガングリオシドには反応せず,GSCしか反応しない.以下のように分類される5).1)抗GQ1b抗体陽性で抗GSC抗体陰性群(GQ1b特異抗体群)2)GQ1b/GM1複合体に活性をもつ群3)GQ1b/GD1a複合体に活性をもつ群つまりGQ1b/GM1複合体,GQ1b/GD1a複合体に対する抗体がランヴィエ絞輪部抗原と結合し神経伝達障害をきたす.これらの抗体,複合体がFSとどのように臨床的意義があるか今後の検討が待たれる.また未知なる同定されていない抗体,複合体があるのかもしれない.2.分子相同性仮説とは?なぜ抗体GQ1b抗体は上昇するのか?分子相同性仮説とは,病原微生物が宿主の組織の構成成分と共通する抗原を有し,交差抗原に対する自己抗体や自己反応性T細胞が誘導,活性化され,宿主の組織を障害するとする仮説である.つまり,病原体とヒトの神経構成成分が一致するという仮説である.FSでこの仮説は証明されている.FS患者から分離されたCampylobacterjejuniの細胞壁の構成成分であるリポオリゴ糖(lipo-oligosaccharide:LOS)とヒト末梢神経構成成分は一致していることが明らかになっている.さらにこのLOSはGQ1bそのものではなく,GT1a様,GD1c様構造であることがわかってきている.つまりはCampylobacterjejuniの菌表面にはGQ1bと同様の糖構造もつGT1aが存在し,それが感染因子に対する免疫反応としてヒト血清中に抗GQ1b抗体が上昇する.さらにCampylobacterjejuniの遺伝子多型が感染後の臨床像を規定することもわかってきた.つまりGM1様LOSの生合成には,Campylobacterjejuniのシアル酸転移酵素Cst-IIが必須であり,Cst-IIの遺伝子多型がFSの臨床像を規定している.Campylobacterjejuniのシアル酸転移酵素Cst-IIは291個のアミノ酸からなり,51番目のアミノ酸がアスパラギン(Asn51)のCst-IIをもつとFSが発症すると考えらえている.780あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013このように「分子相同性により自己免疫病が発症しうる」,「病原微生物の遺伝子多型が,その後に続発する自己免疫病の臨床像を規定する」という新しい概念が提唱されている6).3.抗補体薬は新たな治療薬となるのか?近年,GBSの発症において補体系が関与していると報告されている.つまり,補体の古典経路が活性化し膜侵襲複合体を形成し軸索における神経伝達が阻害されるとされている.つまりは補体経路を阻害する抗補体薬が有効であると考えられている.メチル酸ナファモスタット(フサンR)は急性膵炎の治療などで用いる抗補体薬である.ウサギを用いた動物モデルにおいてその有効性が報告されている7).メチル酸ナファモスタットは古くから使用されている歴史ある薬剤であり,安全性が確立されている.また,なにより安価である.またエクリズマブ(eculitumab)は発作性夜間血色素尿症(PNH)の治療にてFDA(米国食品・医薬品局)に認可されている抗補体薬である.Invitroにおいて,マウスの横隔膜,横隔膜神経を用いたFSのモデル動物において,エクリズマブ(eculitumab)神経保護効果も報告されている8).これらは眼科医にはまったく馴染みない薬剤であるが,今後の可能性も考え記載した.おわりにFisher症候群(FS)は神経内科領域の難解なまれな疾患と思われがちであるが,そうではなく,眼科医としては,単純に“先行感染後に起こる外眼筋麻痺”と理解しておけばよい.この疾患は外転神経麻痺が多く自然軽快が多い.つまり,眼球運動障害だけであれば眼科医で十分治療可能である.しかし,一方で全身管理を必要とする症例もあり注意深い観察をしなければならないことが重要である.FSの臨床症状は非常に特徴的である(表1).眼球運動障害,特に外転神経麻痺に遭遇したときは,FSも鑑別にあげ,抗体検査を行わなければならない.FSは全身症状を呈するため,神経内科,脳神経外科,耳鼻科とさまざまな科を受診することが多く,患者は不安に陥りやすい.そのため眼科医がいち早く診断をつけることが(58) 表1FSの臨床的特徴・若い男性に多い・先行感染の既往・外転神経麻痺・抗GQ1b抗体陽性・瞳孔障害,眼瞼下垂,顔面神経麻痺・四肢の異常・無治療でも軽快重要である.さらに問診の段階でかなり診断をつけることが可能である.複視を主訴に来院する患者には先行感染の有無,全身状態の有無を問診することを忘れてはならない.なによりもFSをきちんと理解している医師は実は非常に少ないと思われる.だからこそなによりも眼科医がこの疾患に対する正しい知識をもつことが必要である.文献1)KogaM,GilbertM,LiJetal:AntecedentinfectionsinFishersyndrome:acommonpathogenesisofmolecularmimicry.Neurology64:1605-1611,20052)古賀紀子,石川弘,伊藤雄ほか:視神経症を合併したFisher症候群.日眼会誌112:801-805,20083)MoriM,KuwabaraS,FukutakeSetal:IntraveousimmunoglobulintherapyforMillerFishersyndrome.Neurology68:1144-1146,20074)LiuJX,WillisonHJ,Pedrosa-DomellofF:ImmunolocalizationofGQ1bandrelatedgangliosidesinhumanextraocularneuromuscularjunctionsandmusclespindles.InvestOphthalmolVisSci50:3226-3232,20095)KaidaK,MoritaD,KanzakiMetal:GangliosidecomplexesasnewtargetantigensinGuillain-Barresyndrome.AnnNeurol56:567-571,20046)西本幸弘,結城伸泰:ギラン・バレー症候群とCampylobacterjejuni感染.臨床と微生物38:15-20,20117)PhongsisayV,SusukiK,MatsumotoKetal:Complementinhibitorpreventsdisruptionofsodiumchannelclustersin■用語解説■Fisher症候群(FS),MillerFisher症候群(MFS):1956年MillerFisherは自験例3例の詳細な経過とそれまでの報告例のレビューから外眼筋麻痺,運動失調,深部腱反射低下の3徴からなる急性特発神経炎の亜型として報告した9).Guillain.Barre症候群(GBS):急速に発症,進行する,四肢の弛緩性麻痺,深部反射消失を主徴とする多発性ニューロパチーである.Guillain,Barre,Strohlにより1916年「細胞増加がなく髄液蛋白増加をきたす根神経炎」と報告された10).ガングリオシド(ganglioside):シアル酸を含むスフィンゴ糖脂質の総称であり,糖鎖構造の違いにより多くの分子種が存在し,体内の特に神経,脳に分布しており,神経組織の細胞膜表面に存在し細胞間の接着,細胞の分化・増殖,細胞のシグナル伝達に関与している.GM1,GM2,GD1a,GD1b,GT1a,GT1b,GQ1a,GQ1bなどがあり,それぞれGはガングリオシド,つぎの略語はシアル酸の数を表している(M=monoの1つ,D=di2つ,T=tri3つ,Q=quadra4つ).最後の数字はガングリオシドの糖鎖骨格の還元末端の側のガラクトース残基に結合しているシアル酸残基の数を表している.リポオリゴ糖(lipo.oligosaccharide:LOS):Campylobacterjejuniの菌表面に多く発現する糖脂質.arabbitmodelofGuillain-Barresyndrome.JNeuroimmunol205:101-104,20088)HalsteadSK,ZitmanFM,HumphreysPDetal:Eculizumabpreventsanti-gangliosideantibody-mediatedneuropathyinamurinemodel.Brain131:1197-1208,20089)FisherM:Anunusualvariantofacuteidiopathicpolyneuritis(syndromeofophthalmoplegia,ataxiaandareflexia).NEnglJMed255:57-65,195610)GuillainG,BarreJ-A,StrohlA:Surunsyndromederadiculo-nevriteavechyperalbuminosedeliquidcephlorachidiensansreactioncellulaire.Remarquessurlescaracerescliniquesdesreflexestendineux.BullMemSocMedHopParis40:1462-1470,1916(59)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013781

眼窩疾患診療の最近の進歩

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):769.774,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):769.774,2013眼窩疾患診療の最近の進歩UpdateonTherapiesforOrbitalDiseases高比良雅之*はじめに眼窩疾患は,炎症・腫瘍性疾患と眼窩の形態異常とに大きく分けることができる.本稿では,これらのうち,頻度が高い,あるいは稀であるが重要な疾患として,1)IgG4(免疫グロブリンG4)関連眼疾患,2)眼窩腫瘍およびその類縁疾患,3)眼窩骨折を取り上げ,それらの病態につき最近の診療・治療の進歩を交えて概説した.IIgG4関連眼疾患眼窩の腫瘍性病変ならびにその類縁疾患のうち,最も頻度が高いのはリンパ増殖性疾患である.ここでの眼領域のリンパ増殖性疾患には,悪性リンパ腫と,良性のリンパ病変,すなわち反応性リンパ過形成,リンパ浸潤,眼窩特発炎症,眼窩炎症性偽腫瘍といった疾患が含まれる.わが国では眼窩腫瘍および類似疾患の40%以上がリンパ増殖性疾患と推察され,米国ではその頻度は25%前後と若干低下するが,いずれにしてもリンパ増殖性疾患は眼窩腫瘍の重要な鑑別疾患である.IgG4関連疾患とは,IgG4上昇を伴う自己免疫膵炎の報告1)が発端となり,全身の諸臓器病変を併発することが明らかになってきた疾患概念である.眼科領域でも,涙腺が対称性に腫脹するMikulicz病で血清IgG4上昇を伴うことが報告され2),さらには涙腺以外の眼窩病変も多いことがわかってきた3).最近の統計により,わが国ではリンパ増殖性疾患のうち約25%がIgG4関連であることが推察される.典型的な眼領域のIgG4関連涙腺炎(図1a)の病理像では,IgG4陽性のリンパ形質細胞浸潤が顕著で(図1b),ときに線維化を伴う.他臓器では特徴的な閉塞性静脈炎の併発は少ないとされる.近年,IgG4関連眼疾患では,涙腺病変の他に,三叉神経の分枝である眼窩下神経周囲の腫瘤や,外眼筋腫脹をきたす頻度が高いことが判明した(図1c)3).そのほか,眼窩上神経,視神経周囲(図1d),眼窩脂肪,涙.や涙道,強膜などの病変がIgG4関連疾患あるいはその候補として報告されているが,今後の症例の蓄積による検討が待たれる.最近,全身諸臓器にわたるIgG4関連疾患の概念の確立とその診断につき,国内外で大きな動きがあった.一つは,日本で制定された「ComprehensiveclinicaldiagnosticcriteriaforIgG4-RD」4)であり,あわせてMikulicz病,自己免疫性膵炎,腎症の診断基準も追記された.もう一つは,米国が主導となり報告されたIgG4関連疾患に関する名称(nomenclature)と病理に関するコンセンサスである5,6).IgG4関連眼疾患に関する診断基準とその治療プロトコルについては,厚生労働省班会議眼科分科会を中心として現在(2013年3月)も検討中である.II眼窩の腫瘍性疾患眼窩の良性腫瘍および腫瘤性病変において,頻度が高くしばしば治療の対象となるものには,小児では毛細血管腫(図2a),デルモイド.腫(図2b,c),リンパ管腫などが,また成人では海綿状血管腫(図3a),涙腺.胞(図3b),涙腺多形腺腫(図3c)などがあげられる.ま*MasayukiTakahira:金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)〔別刷請求先〕高比良雅之:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(47)769 eeabcd図1IgG4関連眼疾患a,b:IgG4関連涙腺炎.60歳代,男性に両涙腺腫大がみられた.涙腺病理ではIgG4染色陽性細胞が腺房周囲やリンパ濾胞にみられる.c:左外眼筋腫大と眼窩下神経腫大を併発する60歳代,男性のIgG4関連眼症(涙腺生検で診断).d:視神経周囲病変を呈するIgG4関連眼症.40歳代,男性の右視神経周囲と涙腺に腫瘤病変がみられた.abcd図2小児の眼窩腫瘍および類縁疾患a:毛細血管腫(0歳,男性),b:デルモイド.腫(2歳,女性).MRIで蝶形骨の軽度圧排をみる.c:眼窩深部のデルモイド.腫(13歳,男性).d:横紋筋肉腫(12歳,男性).MRIで左上眼瞼皮下から眼窩内にわたる腫瘍がみられた.e,f:Langerhans組織球症(11歳,女性).眼窩側壁の融解をみる(e)が,3年後には眼窩骨は再生した(f).f770あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(48) 図3成人の眼窩腫瘍および類縁疾患a:海綿状血管腫(30歳代,女性).左視神経を圧排している.b:涙腺.胞(dacryops)(30歳代,男性).c:多形腺腫(80歳代,男性).眼窩骨破壊はない.d:腺様.胞癌(60歳代,男性).眼窩骨破壊を伴う.e,f:悪性黒色腫(50歳代,女性).眼瞼皮膚と結膜にわたる悪性黒色腫(e).腫瘍切除とインターフェロンの局所注射を繰り返し治療を行った2年後(f).abcdefた,眼窩の悪性腫瘍は稀ではあるが,小児では横紋筋肉腫(図2d)やランゲルハンス組織球症(Langerhanscellhistiocytosis)(図2e,f)が,成人ではリンパ腫を除けば腺様.胞癌(図3d),多形腺腫源癌(多形腺腫から発生した癌),涙腺の腺癌など涙腺原発の癌が留意すべき疾患である.また,眼球外の結膜,眼瞼に発症する悪性黒色腫は,しばしば治療に難渋する.眼瞼に生じる癌には,基底細胞癌,脂腺癌,Merkel細胞癌などがあげられるが,本稿では一般にこれら眼瞼に限局する腫瘍については割愛する.毛細血管腫(capillaryhaemangioma)は,眼窩領域では最も頻度の高い先天血管性腫瘍である(図2a).発育による自然消退も望めるが,大きさや場所によっては,視機能に問題となることがある.従来,摘出手術,血管塞栓術,ステロイド薬やインターフェロン投与などによる治療法があるが,近年,b遮断薬プロプラノロールの(49)投与が有用であることが発見された7).眼窩とその近傍の毛細血管腫に対してプロプラノロールを全身投与した100例の報告例のレビューによると,96%の症例で血管腫の改善または消失がみられたとされ,有用な治療選択肢と考えられる8).眼窩デルモイド.腫は,眉毛の下耳側の皮下に好発する腫瘤であり,幼少期にみつかることが多い(図2b).前頭頬骨縫合部に皮膚原基が迷入したものである.デルモイド.腫はときに眼窩内深部にも発症し(図2c),その場合に発見は10歳以降となることが多い.手術を急ぐ必要はないが,緩やかに増大して眼窩骨が圧排され欠損し,また破裂すると貯留物に反応して強い炎症を生じることがあるので,診断されたら早晩手術を予定すべきである.手術では,.胞壁を破裂させずに全摘出するのが望ましく,冷凍凝固プローブで牽引するのも良い方法である.しかし,骨膜との癒着が強い場合や,眼窩内にあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013771 連続するようなダンベル型などで,.胞壁が破れた際には,内容吸引,術野の洗浄,ステロイド薬局所注射などにより,貯留物の播種による炎症を最小限にとどめる.若年者の原発性の眼窩悪性腫瘍は稀であるが,知っておくべき疾患として,横紋筋肉腫(図2d)とLangerhans組織球症(図2e,f)があげられる.横紋筋肉腫の治療については,IntergroupRhabdomyosarcomaStudyGroup(IRSG)9)の臨床研究があり,わが国では日本横紋筋肉腫研究グループ(JRSG)により治療指針が提示されている.横紋筋肉腫は全身に発症しうるが,一般に原発部位では眼窩,組織型では胎児型で,最も予後が良いとされる.つまり眼窩原発では化学療法・放射線療法による生存率は高いので,手術では診断に必要な組織の採取と腫瘍の量を減らすことを目的とし,全摘出にこだわり眼球と眼付属器の機能・形態を犠牲にすることは避けるべきである.Langerhans組織球症(図2e,f)は,やはり稀ではあるが眼窩に生じる小児期の悪性腫瘍である.従来histiocytosisXとよばれ,好酸球性肉芽腫,Litterer-Siwe病,Hand-Schuller-Christian病に分類されていた疾患である.小児に好発し,骨病変,肺病変,皮膚病変,肝脾腫,リンパ腫がみられる.一般に単発限局性の場合には予後が良く(図2e,f),病巣の外科的掻爬にステロイド薬の局所投与と内服により治療する.多発性の場合には化学療法,免疫療法,放射線療法が必要となる.眼窩に発症する場合,眼窩骨の融解像をみるが,手術では骨再建は不要であり,広範切除は避けて病巣内容を掻爬するにとどめ,術後の骨再生を促す.成人に発症する眼窩腫瘍で頻度が高いものに,涙腺原発の腫瘍があげられる.涙腺多形腺腫(図3c)はその代表的な良性腫瘍であるが,悪性化傾向の強い腫瘍である.したがって,画像で涙腺多形腺腫が疑われる場合,手術では生検術は避けて全摘出を計画するべきである.涙腺に原発する上皮性悪性腫瘍には,多形腺腫源癌,腺癌,腺様.胞癌(図3d)などがある.これらには化学療法は一般に効果が少なく,眼窩内容除去を含めた手術療法か放射線照射,あるいは両者の組み合わせの治療選択となる.放射線治療では,従来のX線よりも,陽子線や重粒子線の治療効果が優れるが,現時点では保険適用がなく高額治療となるのが難点である.772あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013悪性黒色腫(図3e,f)は成人の眼領域に発症する代表的な悪性腫瘍である.眼領域の悪性黒色腫で腫瘍の隆起が明らかな状態であれば,その特徴的な色調から診断はそう困難ではない.ただし,眼瞼皮膚,結膜の隆起がない色素病変では,母斑やPAM(primaryacquiredmelanosis)との鑑別がときに困難である.診断に迷う際には腫瘍を切除して病理検査を行うが,悪性黒色腫であった場合を想定して切除範囲を計画することが重要である.皮膚悪性黒色腫の治療プロトコルに準ずると,眼窩領域の悪性黒色腫との病理診断であれば眼窩内容除去術の選択になるが,近年,結膜や眼瞼皮膚に限局した悪性黒色腫については,眼球を温存する局所化学療法も試みられている.インターフェロンb(フェロンR)は皮膚科領域でもDAV(ダカルバジン,ニムスチン,ビンクリスチン)フェロン療法として用いられており,眼瞼や結膜メラノーマ切除後の後療法として,眼瞼皮内注射,結膜下注射が有効である(図3e,f))10).また,最近では,結膜悪性黒色腫に対するインターフェロンa2点眼の有用性も報告されている11).III眼窩骨折とその病態しばしば手術の対象となる眼瞼疾患には眼瞼内反症と眼瞼下垂があるが,本稿ではこれらの病態や手術の詳細については割愛する.ただし,眼窩腫瘍や眼窩骨折など,眼瞼を経由して眼窩内に到達する手術においては,これら眼瞼疾患の手術に必要な解剖上の知識を備えておくことは重要である.眼窩の形態異常で,最も多く手術の対象となるのは外傷による眼窩吹き抜け骨折(図4)である.眼窩吹き抜け骨折の手術は施設によっては,形成外科,耳鼻科,脳神経外科などの眼科以外の科でも実施されているが,重度の多発顔面骨折を除けば,眼窩吹き抜け骨折における手術のおもな目的は,複視の是正である.したがって,術前術後の評価には,眼位,Hessチャート試験,両眼単一視領域などの眼科での検査が必要である.眼窩骨折の術前の評価には,冠状断CT(コンピュータ断層撮影)が必須である.MRI(磁気共鳴画像)は,線状骨折などで嵌頓する眼窩組織の詳細を評価したい場合に用いられる.(50) acac図4眼窩壁骨折a:左開放型眼窩下壁骨折(17歳,男性).b:左閉鎖型眼窩下壁骨折(14歳,男性).上顎洞内にはみ出した下直筋が絞扼されている.c~f:斜頸をきたした眼窩骨折症例(5歳,男性).CTでは,左上顎洞の高吸収域がみられ骨折が疑われ(c),MRIにて眼窩下溝付近の眼窩組織の脱出がみられた(d).受傷後1週間で左への斜頸が目立ち,頭部傾斜試験では健側への傾斜で右眼は上転した(e).術前術後のHessチャート試験(f).術前にみられた左下斜方向の外眼筋運動制限(上)は,術後1カ月(下)には改善した.ebdf骨折片が上顎洞や篩骨洞に向けて遊離して変位するいわゆる開放型骨折(図4a)では,診断は容易で,複視の程度によって手術適応が決まる.外眼筋の絞扼が少ない開放型では骨折が派手な割に複視が軽症な場合もある.一方,眼窩骨の変位が小さい閉鎖型骨折(図4b)は,骨の弾力性に富む20歳以下の若年者に多くみられる.閉鎖型骨折は眼窩下壁に多くみられ,内壁では稀である.いったん開いた骨折片のドアから外眼筋が脱出してドアが閉まると,外眼筋は骨折部に挟まり(トラップドア)著しい眼球運動障害を生じる.受傷後には嘔気,嘔吐を(,)生じることが多いが,水平断CTでは見逃されやすく,頭部外傷として管理されることもあるので注意が必要である.閉鎖型眼窩下壁骨折は手術の絶対適応で,外眼筋の骨折部での嵌頓を解除することが主目的であり,骨壁再建のための充.物は不要であることも多い.若年者の軽度の眼窩下壁骨折では,下斜筋単独の運動障害により(51)斜頸が顕著になってくる場合がある(図4c.f).受傷眼の回旋による複視を代償するために,受傷側に頸部を傾ける斜頸を呈する(図4e).骨折の生じやすい眼窩下溝付近を走行する動眼神経下斜筋枝の麻痺によるものと考えられている12).文献1)HamanoH,KawaS,HoriuchiAetal:HighserumIgG4concentrationsinpatientswithsclerosingpancreatitis.NEnglJMed344:732-738,20012)YamamotoM,HaradaS,OharaMetal:ClinicalandpathologicaldifferencesbetweenMikulicz’sdiseaseandSjogren’ssyndrome.Rheumatology44:227-234,20053)TakahiraM,OzawaY,KawanoMetal:ClinicalAspectsofIgG4-RelatedOrbitalInflammationinaCaseSeriesofOcularAdnexalLymphoproliferativeDisorders.IntJRheumatol2012;2012:6354734)UmeharaH,OkazakiK,MasakiYetal:Comprehensiveあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013773 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神経眼科領域のOCT

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):761.768,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):761.768,2013神経眼科領域のOCTOpticalCoherenceTomographyfortheNeuro-OphthalmologyClinic中村誠*はじめに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は眼科診療を一変させた.黄斑部に対しては,網膜伸展像の二次元的観察が中心であった検眼鏡検査とは一線を画し,OCTは深部方向への断層構造を描出する.これは既知疾患の病態の理解を深めただけでなく,OCTでなければ診断のつかない新たな病態の発見を次々にもたらした.当初のtimedomain(TD)からspectral-domain(SD)へ進化したことにより,解像度は向上し,検査時間も短縮された.Swept-sourceOCTでは脈絡膜構造も観察できるほど,組織深達度も向上した.緑内障診療においてもOCTは必須の検査となりつつある.TD世代は乳頭周囲の網膜神経線維層(cpRNFL)厚の数値情報のみが利用されたが,SD世代になるとcpRNFLに加えて,黄斑部の網膜神経節細胞層と内網状層も解析対象に加えられ,定量化のみならず,正常者からの偏移量がデビエーション・マップとして描出されるようになったため,視覚的によりわかりやすく進化した.現時点では保険診療で認められているのは上記の2病態のみであるが,視神経疾患における有用性も認識されてきている.筆者はすでに,TD-OCTを視路疾患へ応用する有益性について過去に報告した1).本稿では,SD世代におけるOCTの視路疾患への有用性と問題点について概説したい.I視路病変評価に有用なSD.OCT指標外側膝状体までの前部視路病変は,緑内障と同様に網膜神経節細胞ならびにその軸索である視神経を障害するため,障害が長期に及ぶか重篤な場合には,これらの構造物を含む組織は菲薄化する.したがって,視神経乳頭周囲のcpRNFLないし黄斑部内層網膜構造が,前部視路病変におけるSD-OCTの主たる観察指標となる.その意味では緑内障における使用法と同じである.しかしながら,初めから前部視路病変と診断がつくものばかりではなく,検眼鏡的に明瞭な病変を呈さない網膜病変が紛れ込んでいるケースも少なくない.その代表がacutezonaloccultouterretinopathy(AZOOR)であろう.したがって,同時に黄斑部網膜外層構造〔IS/OS:視細胞内節外節接合部,COST:coneoutersegmenttips(錐体細胞外節端)ラインなど〕にも異常がないか,十分に留意する必要があるが,紙幅の都合上,ここでは詳細は割愛する.cpRNFLは,TD世代から緑内障診療で解析されてきた指標なので,ご存知の諸氏も多いであろう.図1Aは著明な有髄神経線維症例の眼底写真である.これでわかるとおり,神経線維は視神経乳頭の決まった位置に流入する.すなわち乳頭黄斑線維は乳頭耳側へ,鼻側の線維は乳頭鼻側へ,中心窩を通る垂直経線より耳側からの線維(弓状線維)は乳頭上下のいずれかの象限へ,そして乳頭黄斑線維を除く垂直経線より鼻側からの線維(放射*MakotoNakamura:神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野〔別刷請求先〕中村誠:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(39)761 ABC図1眼内網膜神経線維走行とOCTの乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)厚の関係A:網膜有髄神経線維の眼底写真.乳頭と中心窩を結ぶ水平線の上下網膜からの有髄神経線維が,視神経乳頭の上下に流入しているのが明瞭にわかる.B:網膜神経線維走行のシェーマ.中心窩を通る垂直経線(赤直線)より耳側網膜からの弓状線維(赤曲線)は視神経乳頭の上下象限に,乳頭黄斑線維(水色曲線)は乳頭耳側象限に,その他の放射状線維(緑色曲線)は,一部は乳頭鼻側象限に,残りは上下象限に,それぞれ流入する.また乳頭と中心窩を結ぶ水平線(青直線)に対して上下の線維は,それぞれ乳頭の上下象限に流入する.C:cpRNFLのTSINTグラフ.上下(SUPとINF)のcpRNFLは耳鼻(TEMPとNAS)のcpRNFLより分厚いdoublehumppatternを呈する.緑は正常対照者の分布,黄色が正常の1.5%,赤が正常の1%未満の分布を示す.状線維)も乳頭上下のいずれかの象限へ流入する(図1B).したがって,正常のcpRNFLは上下象限が耳鼻象限より分厚いdoublehumppatternを呈する(図1C).いかなる機種であっても,現在のSD-OCTによるcpRNFL解析では,このTSNIT(temporalから始まり,superior,nasal,inferiorと周回し,再度元のtemporalに戻るcpRNFLプロファイリング)グラフが表示され,正常対照のプロファイリング幅に収まっているかどうかが一目でわかる.加えて,cpRNFL厚の全平均値や特定のセグメントにおける平均値,眼底画像上における正常対照からの異常偏移領域のデビエーションマップも合わせて表示される.一方,黄斑部には網膜神経節細胞の半数が集中しているので,緑内障や視神経疾患ではTD-OCTの時代から762あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013黄斑部網膜厚が菲薄化することが指摘されてきた2).しかし,その当時は全層厚測定であったため,敏感度はcpRNFLに及ばず有用性が低かった.これに対して,SD-OCTにより測定される黄斑部網膜内層厚は網膜神経節細胞に関連する層の合計の視標である.すなわち,内網状層(IPL),神経節細胞層(GCL),神経線維層(NFL)を計測しているが,使用する機種により,IPL+GCLの2層のみ(代表がCarl-ZeissMeditiec社CirrusのGanglioncellanalysis:GCA,図2)を一括するか,この3層すべて(代表がOptovue社RTVueのGanglioncellcomplex:GCC,図3Aや,ニデック社RS-3000の網膜内層厚マップ)を一括するかが異なる(トプコン社3D-OCTはどちらも表示).内層だけにターゲットを絞ったので,視神経疾患の検出能はcpRNFLと同等かそ(40) ODThicknessMapOSThicknessMap225OSThicknessMap225150750μmFovea:92,101Fovea:105,97ODDeviationMapODSectorsOSSectorsOSDeviationMap59Asian935569DistributionofNormals878558606395%5%1%838275ODμmOSμmAverageGCL+IPLThickness6184MinimumGCL+IPLThickness5372図2CirrusSD.OCTによる黄斑部内層網膜厚(Ganglioncellanalysis)の一例れ以上である可能性が指摘されるようになった.を損傷し,視機能低下と視神経萎縮をきたす.外傷痕が実測値以外に,正常対照と比べて菲薄化しているエリ小さいと,受傷直後には視機能低下を説明できる眼底変アがカラーコード表示される(図2,3A).ただし,カラ化はなく,相対的求心路瞳孔障害(RAPD)が唯一の他ーコード表示は,cpRNFLの場合も同様であるが,黄覚的所見である.経過とともに逆行性に軸索変性が進色は正常者の分布では5%未満,赤色は1%未満であるみ,網膜神経節細胞は死に至り,視神経乳頭は単性萎縮ことを示しているのであって,必ずしも病的であることを呈するようになる.これまでは視神経乳頭の蒼白化をを表わしているわけではない.また,あくまでその機種検眼鏡的に確認するには,おおむね1カ月を要した.で検証した比較的少人数の正常対照者と比較しているのこれに対して,受傷直後から経時的にRTVueSDで,人種や屈折・眼軸長,年齢の影響はcpRNFL以上OCTで経過観察できた4例をみると,2週目からに検証が不十分であることに留意する.なお,中心窩にcpRNFLとGCCの有意な菲薄化が検出できるようになは網膜神経節細胞は存在しないので,計測対象外であり,おおむね4週頃にはその菲薄化は底打ちを呈した3).る.しかも,乳頭黄斑線維の菲薄化が先行し,次第にびまんII外傷性視神経症におけるcpRNFLと性の神経線維の菲薄化を呈することがわかった3)(図3).視神経乳頭の色調変化は主観的で,定量性に欠けるのに黄斑部内層網膜層の変化対して,SD-OCTによるcpRNFLとGCCの評価は外眉毛部外側打撲の衝撃が視神経管に介達されると軸索傷性視神経症における視神経障害の範囲と程度を客観(41)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013763 A受傷後週数13412107.1μm93.9μm83.9μm61.2μm89.0μm78.1μm72.2μm64.5μm対僚眼菲薄化率(%)B100908070605001234122032~36受傷後週数図3外傷性視神経症におけるOCT指標の経時的変化―RTVueによる計測A:サンプル例.上段はcpRNFL,下段はGCC.B:4症例における僚眼に比べた菲薄化率の経時的変化.緑は黄斑部網膜全層厚.赤はGCC.青はcpRNFL.網膜全層厚での菲薄化率は顕著ではないが,GCCやcpRNFLでは受傷後3週目頃より有意な菲薄化を認める.(文献3より)的・定量的に判定できるといえる.半盲を呈する.鼻側網膜由来の線維は,Ⅰ項で述べたよIII視交叉圧迫病変におけるSD.OCTのうに,乳頭黄斑線維として乳頭耳側象限に流入する線維と乳頭鼻側象限に流入する線維の占める割合が多いた有用性と問題点め,乳頭上下象限よりも耳鼻側象限の萎縮化が顕著とな球後視神経から後方の視路において神経線維は独特のる.これを帯状萎縮(bandatrophy)ないし蝶ネクタイ走行をとり,その結果,病巣の局在により,特徴的な視状萎縮(bow-tieatrophy)という(図4A,B).野障害をきたす.すなわち,視交叉では,中心窩垂直経TD世代のOCTにおいても,この特徴的な耳鼻側優線から鼻側網膜由来の線維が交叉し,下垂体腺腫などの位なcpRNFLの菲薄化を計測できることを筆者らは報視交叉圧迫性病変は両眼の交叉線維を障害して,両耳側告した4).SD-OCTでは,こうしたcpRNFLの特徴的764あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(42) ABD図4視交叉圧迫病変による両耳側半盲と視神経のbandatrophyの一例A:視神経乳頭写真.左は右眼,右は左眼.上下リムに比べて鼻耳側リムの蒼白化が顕著である.いわゆるbandatrophyの像を呈している.B:両耳側半盲.C:RTVueによるcpRNFL(OpticNerveHeadMap)とGCC解析.上段は右眼.下段は左眼.cpRNFLは上下に比べ,耳鼻セクターの菲薄化が,GCCでは中心窩より鼻側の菲薄化が著明で,Aの乳頭写真上のbandatrophyと一致している.D:CirrusによるcpRNFL解析.耳鼻セクター・象限より,むしろ上下セクター・象限の菲薄化が強いような表示となり,視野や眼底所見と隔たりがある.(文献5より)な菲薄化に加えて,黄斑部内層網膜解析においても,中膜厚も菲薄化し,OCTはbandatrophyによる乳頭黄心窩垂直経線より鼻側の選択的な菲薄化を捉える5)(図斑線維の障害を検出できる可能性が示されている5)(図4C).筆者らを含む内外の研究者の報告から,cpRNFL4C).の菲薄化の程度と視野障害の程度は一定の相関性を有す一方,SD-OCTは多数の機種が存在するが,その測ること5,6),すでにcpRNFLの菲薄化が生じてから治療定・解析方法は同一ではなく,機種によって,bandを行っても視野の回復は芳しくないこと6)などがわかっatrophyの検出に得手・不得手のあることも知っておくてきた.すなわち,視交叉圧迫病変の術前評価として必要がある.乳頭鼻側象限の計測は,光の入射角が測定OCT所見は,術後の視機能回復の可能性を予見できる面との垂直性を保ちにくい関係から,幾分精度に欠ける指標であるといえる.さらにGCCなどの黄斑部内層網ことが知られていた.緑内障ではおもに耳上・耳下象限(43)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013765 A左眼右眼B右眼左眼耳側鼻側耳側cpRNFLGCC図5左視索症候群の一例A:Goldmann視野.右同名半盲を示す.B:OCT所見.上段はCirrusによるcpRNFLのデビエーション・マップ.下段はRTVueによるGCC.右眼は鼻側・耳側象限のcpRNFLと中心窩より鼻側のGCCの菲薄化が,左眼は上下象限のcpRNFLと中心窩より耳側のGCCの菲薄化が顕著で,いわゆるhomonymoushemianopicatrophyの所見と合致する.(文献8より)のcpRNFLの菲薄化が中心となるため,あまり結果に影響を受けないが,bandatrophyでは鼻側cpRNFLのIV視索症候群におけるSD.OCT所見解析は診断の肝になる.RTVueとCirrusで同一眼を比視索は同側眼からの耳側非交叉線維と対側眼からの鼻較した筆者らの研究では,Cirrusはこの鼻側cpRNFL側交叉線維から成っている.したがって,一側の視索障の菲薄化を十分に捉えられていないことを見出した5)害では,対側の同名半盲が生じ,経時的に,障害側の視(図4D).OCTを視路疾患へ応用する際には,このよう神経乳頭上下象限の萎縮〔砂時計様萎縮(hourglassな機種のクセと限界を検証しておく必要がある.atrophy)〕と対側の視神経乳頭のbandatrophyが生じ766あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(44) る.左右眼で視神経萎縮のパターンが直交する様式を総称して同名半盲性萎縮(homonymoushemianopicatrophy)ともよぶ.また,交叉線維の数が非交叉線維より多いことから,対側眼(耳側半盲眼)にRAPDが検出される.こうした一連の所見を呈する視索障害が視索症候群である.TD-OCTで,筆者らはすでに視索症候群では,cpRNFLの同名半盲性萎縮に一致した菲薄化が生じることを報告した7).SD-OCTでこれが裏付けられただけでなく,障害側では中心窩経線より耳側のGCCが,対側では同じく鼻側のGCCが限局して菲薄化することがわかった8)(図5).視索障害,特に陳旧性の場合,頭蓋内変化を画像で捉えることはむずかしいので,OCTによる他覚的な同名半盲性のcpRNFLとGCCの菲薄化の検出は,耳側半盲側のRAPDの存在と合わせて,視索症候群の診断根拠としてきわめて有用である.Vその他視路疾患におけるOCT研究は,上記に留まらない.たとえば,多発性硬化症や視神経脊髄炎では一定の閾値を越えてcpRNFLが菲薄化すれば,恒久的な視野障害とcpRNFLの菲薄化の程度はよく相関すること9)や,視神経脊髄炎のほうが多発性硬化症よりもOCTの変化が強いことなどが報告されている10).また,うっ血乳頭,虚血性視神経症,糖尿病乳頭症などの急性期では,蛍光眼底造影検査では血液網膜柵からの漏出がないにもかかわらず,黄斑下に漿液成分が貯留することがOCTを用いることで発見された11.13)(図6).視神経乳頭周囲のグリア細胞も第3の血液網膜柵として働いている可能性を示している.AB図6糖尿病乳頭症の一例A:右眼眼底写真.乳頭腫脹を認める.B:フルオレセイン蛍光眼底造影.乳頭からの色素漏出を示すが,網膜血管や色素上皮からの漏出はみられない.C:Goldmann視野.Mariotte盲点の拡大と比較中心暗点を認める.D:黄斑部OCT.網膜下漿液成分の貯留を認める.(文献13より)D(45)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013767 これまで,視放線や後頭葉といった後部視路の障害では,すでに外側膝状体で神経細胞がシナプスを換えているため,先天後頭葉半盲などの特殊な条件を除き,視神経萎縮をきたすことはないと考えられてきた.しかしながら,最近になり,経シナプス的に後部視路病変がcpRNFLや黄斑部内層網膜に菲薄化をもたらす可能性が指摘されつつある14,15).おわりに以上に述べてきたように,問題点や限界はあるものの,OCTの応用により,網膜病変と同様に,これまでの常識を覆すような視路疾患に関する事実の発見と病態の解明が進むものと期待される.文献1)中村誠:光干渉断層計.眼科48:1347-1354,20062)KusuharaS,NakamuraM,Nagai-KusuharaAetal:Macularthicknessreductionineyeswithunilateralopticatrophydetectedwithopticalcoherencetomography.Eye20:882-887,20063)KanamoriA,NakamuraM,YamadaYetal:Longitudinalstudyofretinalnervefiberlayerthicknessandganglioncellcomplexintraumaticopticneuropathy.ArchOphthalmol130:1067-1069,20124)KanamoriA,NakamuraM,MatsuiNetal:Opticalcoherencetomographydetectscharacteristicretinalnervefiberlayerthicknesscorrespondingtobandatrophyoftheopticdiscs.Ophthalmology111:2278-2283,20045)NakamuraM,Ishikawa-TabuchiK,KanamoriAetal:BetterperformanceofRTVuethanCirrusspectral-domainopticalcoherencetomographyindetectingbandatrophyoftheopticnerve.GraefesArchClinExpOphthalmol250:1499-1507,20126)Danesh-MeyerHV,PapchenkoT,SavinoPJetal:Invivoretinalnervefiberlayerthicknessmeasuredbyopticalcoherencetomographypredictsvisualrecoveryaftersurgeryforparachiasmaltumors.InvestOphthalmolVisSci49:1879-1885,20087)TatsumiY,KanamoriA,KusuharaAetal:Retinalnervefiberlayerthicknessinoptictractsyndrome.JpnJOphthalmol49:294-296,20058)KanamoriA,NakamuraM,YamadaYetal:Spectraldomainopticalcoherencetomographydetectsopticatrophyduetooptictractsyndrome.GraefesArchClinExpOphthalmol251:591-595,20139)CostelloF,HodgeW,PanYIetal:Trackingretinalnervefiberlayerlossafteropticneuritis:Aprospectivestudyusingopticalcoherencetomography.MultScler14:893-905,200810)SycSB,SaidhaS,NewsomeSDetal:Opticalcoherencetomographysegmentationrevealsganglioncelllayerpathologyafteropticneuritis.Brain135:521-533,201211)HoyeVJ3rd,BerrocalAM,HedgesTR3rdetal:Opticalcoherencetomographydemonstratessubretinalmacularedemafrompapilledema.ArchOphthalmol119:12871290,200112)HedgesTR3rd,VuongLN,Gonzalez-GarciaAOetal:Subretinalfluidfromanteriorischemicopticneuropathydemonstratedbyopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol126:812-815,200813)NakamuraM,KanamoriA,Nagai-KusuharaAetal:Serousmaculardetachmentduetodiabeticpapillopathydetectedusingopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol127:105-107,200914)ParkHY,ParkYG,ChoAHetal:Transneuralretrogradedegenerationoftheretinalganglioncellsinpatientswithcerebralinfarction.Ophthalmology2013Epubaheadofprint15)JindahraP,PetrieA,PlantGT:Thetimecourseofretrogradetrans-synapticdegenerationfollowingoccipitallobedamageinhumans.Brain135:534-541,2012768あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(46)

眼運動神経麻痺をみたら

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):753.759,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):753.759,2013眼運動神経麻痺をみたらOcularMotorNervePalsies宮本和明*はじめに眼運動神経とは,動眼神経(第III脳神経),滑車神経(第IV脳神経),外転神経(第VI脳神経)の3つを指す.眼運動神経麻痺は,神経眼科領域の疾患のなかで非常に大きな割合を占め,ときに緊急の対応が要求される重要な眼科疾患の一つである.眼運動神経麻痺は,同じ眼球運動障害を呈していても,発症病態によって経過がまったく異なるため,的確に原因を特定することが必要であるが,原因究明を進めていくうえで,発症原因の頻度を把握しておくことはとても重要であり,その原因ごとの経過と対処法を理解しておくことは,突然物が二重に見えるようになり,耐え難い不安に陥っている患者の診療をスムーズに行うために必要不可欠である.本稿ではまず,動眼神経,滑車神経,外転神経それぞれの単独麻痺症例の発症頻度,原因,予後について概説し,それを基にした各神経麻痺の検査の進め方と管理方針および治療について述べる.I眼運動神経麻痺の発症頻度と原因1993年1月から2011年12月までの19年間に,京都大学病院眼科を受診し,治癒まで,または6カ月以上経過観察のできた動眼神経,滑車神経,外転神経それぞれの単独麻痺症例のデータを基に述べる.総数は683例で,各神経麻痺の症例数と発症時の年齢分布を図1に示す.眼運動神経単独麻痺は,外転神経麻痺,滑車神経麻痺,動眼神経麻痺の順に多く,約半数は外転神経麻痺動眼神経(n=171)滑車神経(n=176)外転神経54.8歳(n=336)(例)■:0~19歳■:20~39歳■:40~59歳:60歳以上図1各神経麻痺の発症時の年齢分布バー右横の数字は,各神経麻痺の発症時平均年齢を示す.表1眼運動神経麻痺の原因59.7歳58.1歳050100150200250300350血管性脳動脈瘤頭部外傷脳腫瘍先天性内頸動脈海綿静脈洞瘻脳幹部梗塞頭部手術後髄膜炎/脳炎Fisher症候群Tolosa-Hunt症候群頭蓋内圧亢進副鼻腔疾患多発性硬化症脳動静脈奇形眼筋麻痺性片頭痛放射線治療後帯状ヘルペス脳静脈・静脈洞血栓症Arnold-Chiari奇形で,1/4が滑車神経麻痺と動眼神経麻痺であった.発症時の平均年齢は,動眼神経麻痺58.1歳,滑車神経麻痺59.7歳,外転神経麻痺54.8歳と3者間に差はなく,どの神経麻痺も約半数が60歳以上で,40歳で区切ると,実に約8割が40歳以上であった.*KazuakiMiyamoto:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕宮本和明:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(31)753 眼運動神経麻痺の原因は多岐にわたる.表1に眼運動神経麻痺の原因を示した.血管性,脳動脈瘤,頭部外傷,脳腫瘍,先天性がおもな原因であり,合わせて原因全体の約8割を占める.“血管性”というのは,神経栄養血管の微小循環障害のことで,虚血により神経の機能不全をきたしたものを意味する.背景に,糖尿病,高血圧,高脂血症,動脈硬化などのリスクファクターを有する患者に発症し,頻度は糖尿病に関連するものが最も多い.脳腫瘍,脳動脈瘤は,神経への機械的圧迫が原因となる.筆者らの施設での計683例について検討した結果,原因の頻度は神経麻痺ごとに特徴がみられたので,以下その点について述べる.動眼神経単独麻痺の発症原因を図2に示す.血管性が42%と最も多く,2番目に多かったのが脳動脈瘤で12%,続いて脳腫瘍,頭部外傷が10%程度であった.血管性のものは,糖尿病に関連しているものが多く,約半数が糖尿病で加療中であった.脳動脈瘤はすべての症例血管性脳動脈瘤頭部外傷脳腫瘍先天性その他(%)図2動眼神経単独麻痺の発症原因とその割合01020304050血管性脳動脈瘤頭部外傷脳腫瘍先天性(代償不全)その他が40歳以上であった.その他の原因として,中脳梗塞,Fisher症候群,Tolosa-Hunt症候群,頭部手術後などがみられた.原因が不明なものも“その他”に含めている.滑車神経単独麻痺の発症原因を図3に示す.滑車神経麻痺は,原因が先天性であることが多いとされているので,初診時に必ず以前からの頭位傾斜の有無について問診し,昔の写真で確認している.つまり“先天性”には,小児はもちろんのこと,元々存在していた滑車神経麻痺が,加齢とともに代償しきれなくなって症状が現れた成人の代償不全も含めている.滑車神経麻痺の原因として最も多いのは,動眼神経麻痺と同様,血管性で約45%を占めた.脳動脈瘤によるものは1例もなく,2番目に多いのが先天性(代償不全)で18%,そのつぎが頭部外傷で16%であった.その他の原因には,Fisher症候群や髄膜炎などがあった.外転神経単独麻痺の発症原因を図4に示す.他の神経麻痺と同様,最も多いのは血管性で44%を占めた.2番目に多いのが脳腫瘍で約20%,つぎに多いのが他の神経の単独麻痺の原因としては1例もみられなかった内頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernousfistula:CCF)で7%あった.続いて先天性,脳動脈瘤,頭部外傷が5754あたらしい眼科Vol.30,No.6,201301020304050(%)図3滑車神経単独麻痺の発症原因とその割合血管性脳動脈瘤頭部外傷脳腫瘍先天性CCFその他50(%)図4外転神経単独麻痺の発症原因とその割合%程度であった.その他の原因には,頭部手術後,Tolosa-Hunt症候群,頭蓋内圧亢進,橋梗塞,ArnoldChiari奇形などがあった.原因についてまとめると,すべての神経麻痺で最も多い原因は血管性で,ほぼ同じ割合の40%強を占める.2番目に多い原因に特徴があり,動眼神経麻痺は脳動脈瘤,滑車神経麻痺は先天性(代償不全),外転神経麻痺は脳腫瘍であった.外転神経麻痺には,他の神経の単独麻痺の原因とならないCCFが原因として多くみられた.(32)010203040 II眼運動神経麻痺の経過と予後突然,物が二重に見えるようになった患者は,原因もさることながら,この状態は治るのか治らないのか,そして治るならどのくらいでの期間で,どの程度まで治るのかが一番の関心事であり,それに対して診察した医師はしっかりと答えなければならない.眼運動神経麻痺は,複視が残存すれば最終的には患者の希望で斜視手術を行うが,眼運動神経麻痺のなかには自然治癒傾向が強いものがあり,もうこれ以上良くならない状態を見きわめ,眼位の安定を待って判断することになる.それには,各眼運動神経麻痺の経過・予後を十分に把握して,外科的治療のタイミングを計る必要がある.以下に,筆者らの施設における,眼科での斜視手術以外の治療(脳外科医による脳動脈瘤,脳腫瘍,CCFに対する治療,神経内科医によるFisher症候群,Tolosa-Hunt症候群,髄膜炎に対する治療,耳鼻科医による副鼻腔疾患の治療,糖尿病・高血圧などの全身疾患に対する治療など)を行ったうえでの,各眼運動神経麻痺の経過・予後について述べる.動眼神経麻痺の原因ごとの予後を,完全回復,不完全血管性脳動脈瘤頭部外傷脳腫瘍その他血管性頭部外傷脳腫瘍先天性(代償不全)その他01020304050607080:完全回復■:不完全回復■:回復せず(例)図5動眼神経麻痺の原因別予後01020304050607080:完全回復■:不完全回復■:回復せず(例)図6滑車神経麻痺の原因別予後回復,回復せずの3つに分けたデータを図5に示す.見てわかるとおり,血管性の回復率は非常に良く,9割以上が完全回復し,不完全回復も含めると100%が回復する.一方,脳動脈瘤,脳腫瘍によるものの回復は不良で,脳動脈瘤で約7割,脳腫瘍で約6割は回復しない.滑車神経麻痺の原因別予後を図6に示す.動眼神経麻痺同様,血管性は回復率が良く,9割以上が完全回復し,不完全回復も含めるとほぼ100%が回復する.それに対して,頭部外傷によるものの約4割は回復しない.また,先天性で成人の代償不全が原因のものでは回復する症例もある.外転神経麻痺の原因別予後を図7に示す.他の神経麻痺同様,血管性は回復率が良く,9割以上が完全回復する.脳腫瘍,脳動脈瘤によるもので回復が不良なのは,動眼神経麻痺と同様である.外転神経麻痺に特徴的な原因であるCCFでは,ほぼ全例でCCFそのものは治癒したにもかかわらず,約半数は回復しない.各神経麻痺すべてで完全回復率の高かった血管性の治(33)血管性脳動脈瘤頭部外傷脳腫瘍CCFその他020406080100120140160:完全回復■:不完全回復■:回復せず(例)図7外転神経麻痺の原因別予後癒過程を図8に示す.経過とともにほぼ一定の割合で徐々に回復していき,発症後3カ月の時点で約6割が完全に回復し,6カ月後にはほぼ9割が完全に回復する.眼運動神経麻痺の経過と予後についてまとめると,血管性によるものの完全回復率は約9割で,脳動脈瘤や脳腫瘍などの器質性疾患によるものの回復率は不良でああたらしい眼科Vol.30,No.6,2013755 完全回復率(%)1008060402000123456経過観察期間(月)図8血管性眼運動神経麻痺の治癒過程る.血管性神経麻痺は大半が3.4カ月以内に回復する.そこで回復しない場合は,画像診断による器質性疾患の除外を考慮するべきである.III眼運動神経麻痺の検査の進め方と管理方針以上のデータを基に,各神経麻痺の検査の進め方と管理方針について述べる.まず,眼運動神経麻痺を診たとき,どの神経麻痺にも共通して注意する必要があるのは,その発症様式が急激な場合である.特に,受診当日に発症し,発症時間がはっきりしている場合は要注意で,起床時すでに症状が出現していた場合も含む.この場合,頻度は低いが,脳幹部梗塞が原因である可能性があり,早急な対応が求められる.病巣が拡大して下部脳幹に及べば,生命にかかわる場合もあるからである.眼科諸検査に優先して,頭部MRI(磁気共鳴画像)拡散強調画像撮影をオーダーし,脳幹部梗塞の有無を確認する.確認されれば,速やかに神経内科医に対診する.これは,すべての神経麻痺に共通する対処の注意点である.1.動眼神経麻痺動眼神経は,上直筋,内直筋,下直筋,下斜筋,上眼瞼挙筋,瞳孔括約筋,毛様体筋を支配している.したがって完全麻痺では,以下の所見がみられる.1)外下斜視および内方回旋斜視(内直筋,上直筋,下直筋,下斜筋麻痺).2)眼球の内転,上転,下転障害(内直筋,上直筋,下756あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013直筋,下斜筋麻痺).3)眼瞼下垂(上眼瞼挙筋麻痺).4)散瞳,対光反射および輻湊反射の減弱または消失(瞳孔括約筋麻痺).5)調節障害(毛様体筋麻痺).不完全麻痺では,動眼神経支配筋の一部の麻痺が生じる.また,動眼神経は上眼窩裂を通過する直前に上枝と下枝に分かれるので,眼窩内病変により分枝単位の麻痺も生じうる.上枝麻痺では上眼瞼挙筋と上直筋の麻痺,下枝麻痺では内直筋,下直筋,下斜筋,瞳孔括約筋,毛様体筋の麻痺が生じる.動眼神経麻痺の診断はそれほどむずかしくないが,重要なのはその原因を特定することである.前述の脳幹部梗塞に加え,原因が脳動脈瘤である場合は,救急疾患として対応しなければならないため,原因としてまず脳動脈瘤を除外する必要がある.動眼神経麻痺を生じる脳動脈瘤の好発部位は,内頸動脈・後交通動脈分岐部(internalcarotid-posteriorcommunicating:ICPC)である.ICPC動脈瘤では早期から散瞳がみられるため,動眼神経麻痺を診たときはまず瞳孔所見に注目する.ICPC動脈瘤で早期に瞳孔が障害されるのは,動眼神経の構成線維のうち瞳孔運動線維は動眼神経の上内側部を通り,動眼神経瞳孔運動線維内頸動脈後交通動脈視神経後大脳動脈脳底動脈動眼神経核断面図中脳水道図9動眼神経内の瞳孔運動線維の走行模式図瞳孔運動線維は,後交通動脈と伴走する動眼神経内の上内側部を走行する.(文献1より)(34) 表2動眼神経麻痺の検査方針年齢瞳孔所見40歳未満40歳以上正常・内科的精査(糖尿病,高血圧の有無などをチェック)+頭部造影MRI・内科的精査(糖尿病,高血圧の有無などをチェック)+経過観察(3日後,1週後,1カ月後,3カ月後)・3カ月で改善しない場合や初診時に患者の希望があれば,頭部造影MRI+MRangiography(MRA)散大・頭部造影MRI+MRA+ただちに脳神経外科へ対診→・3dimensionalCTangiography(3D-CTA)・脳血管撮影不完全動眼神経麻痺は,全例頭部造影MRI+MRAを行う.ICPC動脈瘤が動眼神経を上外側から圧迫することが理由である(図9)1).ところが一方,原因が血管性では,動眼神経の中心を通る外眼筋への体性運動線維のみが障害され,虚血に強い表層を通る瞳孔運動線維は保存されるため,瞳孔は障害されにくい.つまり,緊急処置が必要な脳動脈瘤による動眼神経麻痺と自然治癒傾向の強い血管性動眼神経麻痺を瞳孔所見で大まかに鑑別することができる.ただし自験例では,ICPC動脈瘤による動眼神経麻痺の約5%は初診時瞳孔所見が正常で,血管性動眼神経麻痺の約25%に散瞳がみられ,この点については注意が必要である.初診時瞳孔が正常のICPC動脈瘤による動眼神経麻痺も,数日以内にほぼ100%が散瞳してくるので,初診時から最初の1週間は3日おきに再診する.また,2mm以上の左右差のある瞳孔不同は原因として血管性を除外できるとされている2)ので,2mm以上の瞳孔不同がみられた時点で脳外科医へ対診する.自験例で散瞳がみられた血管性動眼神経麻痺の瞳孔不同は,全例1mm以下であった.動眼神経麻痺を診たときの検査方針を表2にまとめた.2.滑車神経麻痺滑車神経麻痺は,上斜筋麻痺により患側の上斜視を呈し,代償反応による健側への頭部傾斜および顔回しという眼性頭位異常がみられる.患眼には回旋偏位(外方回旋)もみられるため,垂直方向の複視に加え,患眼の像が傾いて見えると訴える.確定診断には,Parks-Bielschowsky3段階試験を行う(図10).滑車神経麻痺の診断がついたら,まず原因として多い(35)(文献1より)頭部外傷の既往を問診する.つぎに,先天性滑車神経麻痺の代償不全かどうかをチェックする.これには,まず患者に,これまでの写真撮影時に頭が傾いていることをよく指摘されなかったかどうかを尋ね,昔撮った写真を調べてもらい,以前からの頭位傾斜の有無を確認することで診断する.可能なら,撮影間隔の空いた写真数枚をチェックし,そのいずれにも頭位傾斜が確認されれば確実である.続いて内科的精査をするのは,動眼神経麻痺と同様である.画像検査は,初診時に患者の希望があった場合,または3カ月で改善しない場合に行う.3.外転神経麻痺外転神経麻痺は,正面視で患眼に内斜視がみられ,患眼の外転が障害される.外転障害がみられた場合,まず拘束性の眼球運動障害でないかをチェックする.拘束性眼球運動障害を呈する代表的疾患は,甲状腺眼症,眼窩筋炎,眼窩吹き抜け骨折である.これらはすべて,内直筋の伸展障害のために外転障害を生じるため,まずforcedductiontestを行う.Forcedductiontestが陽性であれば,続いて眼窩部CT(コンピュータ断層撮影)検査を施行し,内直筋肥大の有無,眼窩内側壁損傷の有無などをチェックする.つぎに除外する必要があるのは,重症筋無力症である.症状の日内変動,日差変動の有無を確認し,血液検査にて抗アセチルコリン受容体抗体のチェック,テンシロンテスト,筋電図検査などを行う.上記の疾患を除外して,外転神経麻痺の診断がついたら,まずは原因が転移性腫瘍である場合を考えて,全身の悪性腫瘍の既往を問診する.つぎに,原因として頭あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013757 第1段階(正面視)右上斜視考えられる麻痺筋:・右上斜筋,・右下直筋・左下斜筋,・左上直筋第2段階(右方視・左方視)左方視で右上斜視が著明考えられる麻痺筋:・右上斜筋,・左上直筋右方視左方視第3段階(右頭部傾斜・左頭部傾斜)右頭部傾斜で右上斜視が著明考えられる麻痺筋:・右上斜筋右頭部傾斜左頭部傾斜図10Parks.Bielschowsky3段階試験(右眼上斜視の場合)眼位の上下ずれがある場合に麻痺筋を同定する検査法で,つぎの3段階の検査で診断する.第1段階:正面視で上斜視は右眼か左眼か.第2段階:右方視と左方視のどちらで眼球の上下偏位が大きいか.第3段階:頭を右に傾けたときと左に傾けたときのどちらで眼球の上下偏位が大きいか.特に第3段階は,Bielschowsky頭部傾斜試験(Bielschowskyheadtilttest:BHTT)といい,上斜筋麻痺の診断に有用である.蓋内病変が多いことから,画像検査を行う.脳幹部から斜台,海綿静脈洞にかけての部位をチェックし,小児なら脳幹部腫瘍(神経膠腫など),壮年期以上なら,海綿静脈洞病変(鼻咽腔腫瘍,転移性腫瘍,CCF)に注意する.続いて内科的精査をするのは,他の神経麻痺と同様である.3カ月で改善しない場合には,再度画像検査を行う.IV眼運動神経麻痺の治療眼運動神経麻痺に対する治療は,まずはその原因に対して行われる.前述したが,眼科以外では,脳外科医による脳動脈瘤,脳腫瘍,CCFに対する治療,神経内科医によるFisher症候群,Tolosa-Hunt症候群,髄膜炎に対する治療,耳鼻科医による副鼻腔疾患の治療などが行われる.これらの治療を行ったうえで複視が残存した場合,眼科において治療を行うことになる.眼科での治療の3本柱は,薬物治療,プリズム療法,手術である.758あたらしい眼科Vol.30,No.6,20131.薬物治療眼運動神経麻痺には,眼科主導で薬物治療を考慮する場合があり,その対象となる原因は血管性と外傷である3,4).薬物治療の目的は,神経修復・保護,神経細胞の循環・代謝改善であり,補酵素型ビタミンB12製剤(メチコバールR),カリジノゲナーゼ(カルナクリンR),アデノシン三リン酸二ナトリウム(ATP)製剤(アデホスコーワ腸溶錠R)などが用いられる.前述のように,血管性眼運動神経麻痺の大半は発症後3.4カ月以内に完全に治癒し,ほぼ9割は6カ月後までに完全治癒するので,その時期ぐらいを目処に投薬中止を考慮する.具体的には,治療開始後1.3カ月程度は投薬を継続し,症状の改善具合を診て,3.6カ月程度で中止する.2.プリズム療法薬物治療が奏効しなかった場合,まずはプリズム療法を考慮する.最終的に手術となる症例でも,とりあえず複視を軽減するのに有効である.プリズム療法は対症療法であり,プリズムにより患者が正面視において両眼単(36) 一視野をある程度獲得できて,本人の自覚が良くなれば適応である.プリズム療法にはおもに,眼鏡にプリズムレンズを組み込む組み込み式プリズムとFresnel膜プリズムを眼鏡レンズに貼付する膜プリズムの2つがある.組み込み式プリズムは,通常の眼鏡レンズと同様に透明なので視力は低下しないが,眼鏡レンズとして作製するため度数は固定され,症状の変化に柔軟に対応できない.一般に,眼位ずれの偏位量が小さく,安定している場合が良い適応である.一方,膜プリズムは度数が強くなるとプリズム線が目立ち,視力低下や見た目の問題が生じるが,組み込み式プリズムに比べると安価で,レンズも薄くて軽く,大きな眼位ずれにも対応可能で,取り外しが簡便なので症状の変化に応じて簡単に度数を変更することができるという利点がある.病態に応じて両プリズムを使い分けるが,プリズム処方の際に注意する必要があるのは,症状の改善や悪化により,短期間のうちにプリズムの度数を変更しなければならない場合や症状の変化がなくても抑制のために複視を自覚しなくなる場合があることを十分に説明することである.3.手術プリズム療法で患者の満足が得られず,本人が希望すれば手術を行うが,その場合,それ以上の回復が見込めず,眼位が安定したことを見計らって判断する.一般にその判断は,発症から6カ月後以降になされることが多い.手術は一般に,麻痺筋の強化手術と拮抗筋の弱化手術を行う.動眼神経麻痺は難治であり,手術の目的は複視消失よりも整容目的となることが多い.水平筋である内外直筋の大量前後転術を行い,眼瞼下垂も伴っている場合は眼瞼手術も併施する.滑車神経麻痺の手術治療は,麻痺筋である上斜筋の強化手術や拮抗筋である下斜筋の弱化手術が行われるが,最近は垂直筋である上下直筋の水平移動術が主流となっている.同時に眼位の上下ずれに対しては,上下直筋の後転術や短縮術併用で対応する.外転神経麻痺の手術治療は,麻痺の程度に応じて,患眼の内直筋後転術,外直筋短縮術,内外直筋前後転術を行う.眼球運動障害が最大の外転努力によっても正中を越えない高度なものは,上下直筋外方移動術(西田法)を施行する.手術の目的は,第一眼位(正面視)での複視の消失であって,手術を行っても第二眼位,第三眼位での複視をすべて消失させることは不可能であることを患者に十分に説明し,納得のうえで手術を受けてもらう必要がある.おわりに眼運動神経麻痺の原因は眼球外にあるが,その主症状は複視という視覚症状であるため,患者が最初に受診する診療科はほとんどの場合眼科である.眼科医には,その診断を的確に行い,適切に対処するという重要な役割がある.診断後には,原因の究明や治療に関して,脳神経外科,神経内科,耳鼻科,放射線科などの協力を仰がなければならないケースが多く,日頃から他科との連携を図っておくことが大切である.文献1)宮本和明:動眼神経麻痺.臨床神経眼科学(柏井聡編),p236-239,金原出版,20082)JacobsonDM:Pupilinvolvementinpatientswithdiabetes-associatedoculomotornervepalsy.ArchOphthalmol116:723-727,19983)三村治:神経眼科疾患の薬物治療.あたらしい眼科20:1231-1236,20034)宮本和明:複視の薬物治療.あたらしい眼科27:875-879,2010(37)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013759

甲状腺眼症を疑ったなら

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):745.751,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):745.751,2013甲状腺眼症を疑ったならWhenThyroid-AssociatedOphthalmopathy(TAO)IsSuspected鈴木康夫*はじめに1835年,ダブリン(Dublin,アイルランド)の内科医Gravesは,甲状腺腫と動悸をきたした3症例中の1例に眼球突出を認めたことを報告した.ついで,1840年にはメルゼブルグ(Merseburg,ドイツ)の開業医Basedowが,甲状腺腫,動悸,眼球突出を3主徴(メルゼブルグ3徴)とする4症例を報告した.欧米では,この疾患群にGravesの名を冠することが多いのだが,かつてドイツ医学が主流であった日本では,Basedow病の名が定着し,現在に至っている.このため,眼球突出を主体とした甲状腺機能亢進症に伴う眼症状は,「甲状腺眼症(thyroid-associatedophthalmopathy:TAO)」,「Basedow病眼症」「眼Graves病」「悪性眼球突出」など種々の名称でよば(,)れている.しかし(,),その病態が甲状腺機能そのものとは直接の関連をもたない独立した自己免疫異常であり,眼球突出以外にも多彩な眼症状があるのみならず,眼球突出を生じない症例が半数以上あることが明らかとなった現代では,その病態を正しく示した「甲状腺眼症(TAO)」が最適な病名とされている.甲状腺眼症は決してまれな疾患ではない.この疾患特有のいくつかのポイントをつかんでしまえば神経眼科を専門としない眼科医であっても,容易に高い精度で診断を行うことができる.本稿では,当センターで用いている甲状腺眼症診断・治療マニュアルをもとに,甲状腺眼症診療を「疑う」「診断」「検査オーダ」「治療」「他科連携」の項目に分(,)け,各々(,)3つのポイント(,)を抽出(,)し,表1甲状腺眼症MinimumrequirementsⅠ疑うポイント1.上方視時に悪化する垂直複視2.角膜上方輪部結膜の露出3.眼瞼腫脹Ⅱ診断のポイント1.眼球運動は頭部を固定して評価する2.眼球突出の左右差を評価する3.外眼筋(眼球運動時痛),眼瞼・結膜(発赤,浮腫)の炎症を評価し,病期(急性/慢性)を判断するⅢ検査オーダのポイント1.眼窩CT2.血液検査3.眼窩MRIⅣ治療のポイント1.禁煙指導,分煙指導を第一に行う2.急性期は,ステロイド薬の内服(3カ月以上かけて漸減)か,ステロイドパルス治療(終了後,内服漸減へ移行)を選択する3.慢性期は,対症療法を行いながら経過観察し,手術治療の適応を検討するⅤ他科連携のポイント1.ステロイドパルス治療は甲状腺機能に影響を与える可能性がある2.放射線ヨード治療は,TAO悪化(急性転化)の危険性を高める3.妊娠はTAOに関与しないが,出産直後はTAO悪化の危険性が高まる「甲状腺眼症のMinimumrequirements」(表1)として解説する.*YasuoSuzuki:手稲渓仁会病院眼窩・神経眼科センター〔別刷請求先〕鈴木康夫:〒006-8555札幌市手稲区前田1条12丁目1-40手稲渓仁会病院眼窩・神経眼科センター0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(23)745 I甲状腺眼症を疑うポイント1.上方視時に悪化する垂直複視TAOにおける眼球運動障害の原因は自己免疫に起因する炎症によって肥厚した外眼筋に伸展障害が生じることにある.また,複視は,眼球運動障害に左右差があるときに生じる.原因は明らかではないがTAOの外眼筋肥厚は下直筋から生じることが非常に多く,その程度に左右差がある場合がほとんどである.このため,初発症状が上転障害(内上方視よりも外上方視の制限が強くなる)による垂直複視であることが多い.この垂直複視は上方視によって悪化することが特徴であり,上方視時にのみ生じることも多い.垂直複視を認めたときにすぐに思いつく疾患名は「滑車神経麻痺」であろうが,「滑車神経麻痺」による垂直複視は下方視で悪化する.よって,上方視で悪化する垂直複視はTAOの可能性が高い.2.角膜上方輪部結膜の露出健常者の上眼瞼は,正面視に際して,瞳孔領を隠さない程度に上方角膜を覆っている.上眼瞼を挙上する上眼瞼挙筋は,上直筋とともに動眼神経上枝に支配されており,垂直眼球運動に際して上直筋と同様に収縮,弛緩し,眼瞼が視線を遮ったり,過度に球結膜が露出したりすることを防いでいる.TAOでは上眼瞼挙筋が肥厚し伸展障害が生じたり,交感神経の過緊張が上瞼板筋の過収縮を生じたりすることで,正面視時に上眼瞼縁が上方角膜輪部より拳上したり(眼瞼後退,lidretraction,Dalrymple徴候),下方視時に眼瞼縁の下降が眼球運動に遅れて瞼裂開大が生じたり(眼瞼遅動,lidlag,Graefe徴候)する.もちろん,下瞼板筋の過緊張による下眼瞼後退も生じるが,下眼瞼縁は正常者でも下方角膜輪部より下降していることも多く,診断意義は高くはない.3.眼瞼腫脹眼瞼内や眼窩縁に腫瘤を触知せず,かつ垂直眼球偏位を認めない眼瞼腫脹は,TAOの可能性がある.TAOの筋肥厚は筋腹が主体であり,眼球に接した部分の肥厚は軽度のことが多いので眼球突出は生じても,眼球を圧排し,水平,垂直方向に偏位させることはまれである.746あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013これに対し,腫脹した涙腺や涙腺部を主とした筋円錐外腫瘍は眼窩縁で触知できたり,眼球が圧排され対側へ偏位していたりする可能性が高い.TAOで認める眼瞼腫脹はうっ血の影響を受けやすく,起床時に悪化するものが多い.その場合,就寝時の枕を少し高くすることで起床直後の自覚症状を軽減できることもある.また,眼瞼そのものの腫脹のみではなく,眼球突出を伴っている場合も多い.II診断のポイント1.眼球運動は頭部を固定して評価する(図1)眼球運動制限,複視の評価は,空間に対して頭部が動かないことを確認しながら行う必要がある.特に垂直眼球運動の評価は,介助者に患者の頭部を固定してもらいながら行うことが望ましい.なぜなら,日常の視線の動きは眼球運動と頭部運動の加算として生じており,視標を追わせて眼球運動を評価する際,頭部が動くと眼球運動制限,複視の有無が不明瞭になる.水平頭部運動は気付きやすいが,垂直頭部運動は自然に生じるので意識していなければ見逃す可能性がある.また,頭部を動かさないように依頼しても垂直方向の頭部運動を抑制できない患者も多い.特に,上方視時の垂直複視が徐々に進行した症例では,本人も気付かぬうちに上方視に際して複視を抑制するための顎上げ(chinup)頭部運動が自然と生じるようになっていることもある.2.眼球突出の左右差を評価する眼球突出度はHertel眼球突出計で測定することが一般的であるが,健常者の眼球突出度は顔つきによって異なり(日本人健常者の分布,8.22mm1)),また,眼球突出計の「Base(両側眼窩外側縁間距離)」の取り方,眼窩縁への押し付け方によってもその絶対値は変動する.同一患者であれば,「Base」を固定して,同一検者が測定を行うことにより経時的な変動の有無を適切に評価することができるが,よほどの極端な眼球突出でない限り,その絶対値のみから病的眼球突出との診断を下すことはむずかしい.しかしながら,健常人の眼球突出度に1.5mm以上の左右差をみることはごくまれ(3%未満)1)であり,明らかな左右差を認めた場合はTAOを(24) A:正面視B:下方視図1眼球運動は頭部を固定して評価する頭部を固定しないと「顎上げ」により上C:上方視(顎上げなし)D:上方視(顎上げあり)転制限が不明瞭となる(図3D).A:閉瞼B:開瞼図2視診による眼球突出の左右差の評価被検者の正面に立ち,上方から両眼の角膜頂点位置を比較することで左右差の有無は評価できる.Bのように開瞼時でC:開瞼D:上眼瞼挙上も,角膜頂点が見えない場合は(C),上眼瞼を挙上して比較する(D).疑い原因検索を行うべきである.眼球突出度計がない場合は,被検者の正面に立ち,上眼瞼を挙上し,上方から両眼の角膜頂点位置を比較することで左右差の有無は評価できる(図2).また,眼球突出度の短期間での悪化(2mm以上/3カ月)も病的状態を示唆する.なお,上眼瞼の強い腫脹や皮膚弛緩のため角膜頂点がHertel眼球突出計で確認できない場合は,上眼瞼耳側をテープで挙上して測定すると良い.瞼を大きく開けるように指示することは輻湊が生じたり,眼窩内圧の変動に伴う眼球突出度の変動が生じたりするのでお勧めできない.3.外眼筋,眼瞼・結膜などの炎症を評価し,病期(急性.慢性)を判断する(図3)TAOは急性期と慢性期で治療法が異なることから,(25)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013747 的確な病期判断が重要である.急性期は眼窩内に自己免疫異常に由来する炎症が生じており,炎症の5徴候のなかの疼痛,発赤,浮腫(他の2つは熱感と機能障害)が眼瞼,結膜,眼窩内軟部組織に生じる.1989年にMouritsにより提唱されたClinicalactivityscore(CAS)2)では,疼痛は「球後痛」と「眼球運動時痛」の2項目,発赤も「眼瞼」と「結膜」の2項目,浮腫は「結膜」,「涙丘」「眼瞼」「眼球突出(2mm以上/3カ月)」の4項目に分(,)けられて(,)いる(表2).陽性が1項目(Score1点)以下を慢性期,2項目(Score2点)以上を急性期と診断し,4項目以上陽性(Score4点以上)でステロイドパルス治療の適応と判断する.III検査オーダのポイント1.眼窩CT(コンピュータ断層撮影)(図3E,F)初診時に,軟部組織(腹部)撮影条件で軸断(axial)と冠状断(coronal)を撮影する.被検者が正面視をした状態で撮影するよう依頼する.外眼筋肥厚は筋腹の肥厚が主であり,紡錘状を呈し,視神経よりも厚い場合を陽ABCDEF表2ClinicalactivityscoreofTAO1)痛み球後痛眼球運動時痛2)発赤眼瞼発赤結膜充血3)浮腫結膜浮腫涙丘浮腫眼瞼浮腫眼球突出(3カ月で2mm以上悪化)4)機能異常視力低下(3カ月で1段階以上低下)眼球運動制限(3カ月で5°以上悪化)(文献2より改変)性とする.肥厚した筋と複視の生じ方を照らし合わせ,複視が肥厚した筋の伸展障害によるものか否かを判断する.筋の断面のCT値がまだらな場合は活動性の浮腫が疑われる.初診時にCTではなく,より多くの情報が得られ,放射線被曝の心配のないMRI(磁気共鳴画像)で画像診断図3急性期TAOに対するステロイドパルス治療の消炎効果治療前の前眼部所見(A,C)と外眼筋所見(E)とを,3クールのステロイドパルス治療直後の所見(B,D,F)と対比して提示した.冠状断CTは,軟部組織撮影条件にて,できるだけ薄いスライスで撮影した軸断を,再構成したものである.748あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(26) することももちろん有用である.しかし,固定不良やアーチファクトがある場合,外眼筋肥厚の判断がむずかしく,当科では,CTを初診時の画像診断の第一選択としている.2.血液検査内科での診断,加療が行われていない場合は,甲状腺機能〔(Free-T3,Free-T4,TSH(甲状腺刺激ホルモン)〕をTAO関連抗体〔TPO(サイロイドペルオキシダーゼ)抗体,TG(サイログロブリン)抗体,TSH受容体抗体〕とともに採血し,内科への紹介の必要性を検討する.あくまでも,甲状腺機能障害とTAOとは別個の自己免疫性疾患であり,TSH受容体抗体がTSH受容体を介して甲状腺機能に影響する性質(刺激性であれば機能亢進,抑制性であれば機能低下)をもっていなければ甲状腺機能は障害されない.また,TAOに関連する自己抗体はすべてがわかっているわけではなく,現在見出されている抗体がすべて陰性であっても,TAOを否定する根拠にはならず,他の臨床症状から確定診断することもある.3.眼窩MRI頻回の経過観察の必要性が見込まれる場合や急性期の活動性把握が重要な場合は当初からMRI撮影を選択す図4治療戦略のフローチャートTAOの診断開始(START)から安定した慢性期(GOAL)へ持ち込むための治療戦略をフローチャートで示した.太い矢印は「圧迫性視神経症」をきたした際の治療戦略を,破線矢印は「再発」を示している.CAS(Clinicalactivityscore)は表2を参照のこと.ることもある.CTと同様に,正面視時の軸断(axial)と冠状断(coronal)を撮影するよう依頼する.T1強調画像にて,外眼筋肥厚の有無を判断する.T2強調画像にては外眼筋の浮腫の活動性を評価する.外眼筋肥厚の活動性評価が重要な場合はSTIR(short-T1inversionrecovery)法冠状断を併用する.IV治療のポイント(図4)1.禁煙指導,分煙指導を第一に行う1993年に,オランダから喫煙によって甲状腺眼症の発症率は8倍になり,重症化傾向も高まることが報告された3).これ以降,他の多くの国,施設からも,喫煙がTAOの発症率を高めるのみならず,悪化の危険因子,治療の妨げであることが報告されている4).当センターにおいても,重症例には喫煙者が多く,難治症例にも禁煙未達成者が多い.ニコチンのみならず副流煙に含まれる有害物質も悪化要因とされており,現在進行形の喫煙も危険因子となる.甲状腺眼症の治療の第一歩は,喫煙者には禁煙を,非喫煙者にも分煙を勧めることである.2.急性期は,ステロイド薬の内服か,ステロイドパルス治療を選択する急性期でCASが4点以上の場合,もしくは機能異常(視力低下,眼球運動制限の発症,悪化)を認めたときSTART病期判定禁煙・分煙指導急性期慢性期(CAS>4)機能異常(CAS=2,3)(CAS=0,1)GOAL経過観察3月以上対症療法(点眼加療)ステロイド内服漸減投与ステロイドパルス治療圧迫性視神経症の改善緊急眼窩減圧手術放射線治療(再治療不可)斜視,眼瞼手術眼窩減圧手術圧迫性視神経症慢性化YESNO経過観察YESNO急性転化悪化(27)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013749 ABCDE図5両側の圧迫性視神経症に対する経涙丘眼窩内壁減圧手術術前(A,C),術後(B,D)の眼窩CT所見および,術後の術創所見(E,赤矢印).右は術後1カ月,左は術後6カ月経過している.皮膚切開は加えず,球結膜近傍の涙丘上で縦切開を入れる.下方球結膜へ伸ばした長さ12mm程度の創口から篩骨紙様板に到達し,紙様板を除去する.クールのパルス治療を行っても十分な視機能の回復が得られない場合や,パルス治療により回復した視機能がステロイド薬漸減中に再度悪化した場合は,緊急眼窩減圧手術の適応となる(図4の太矢印).その場合は眼窩手術の十分な経験をもつ医師への紹介を検討する.眼窩減圧手術には眼窩内壁,下壁,外壁を減圧対象とする種々の手術法があるが,当科では,皮膚切除を必要とせず,動脈損傷の危険も少なく,眼球運動制限,複視などの合併症がほとんどない「経涙丘眼窩内壁減圧手術」を第一選択としている(図5).3.慢性期は,対症療法を行いながら経過観察し,手術治療の適応を検討する慢性期の対症療法は,角膜障害に対する点眼が主となる.高眼圧の既往があり,眼瞼後退や眼瞼遅動が目立つ場合は交感神経a受容体遮断作用のある点眼薬(ニプラジロールなど)を試みてもよい.眼瞼症状が上瞼板筋過緊張に起因する場合は症状の軽減が得られる.また,正面視時の偏位量が少なく安定した垂直複視に対しては,Fresnel膜を含むプリズム眼鏡装用が自覚症状改善に貢(28)はステロイドパルス治療(メチルプレドニゾロン1gの点滴を3日間,その後4日間のプレドニゾロン30mg内服で1クール,以下パルス治療)を3クール行い,その後,3カ月以上かけて漸減投与する.症状の改善,副作用の有無により1クール,もしくは2クールで終了することもあるが,3クール投与を原則とする.初回治療から放射線治療をパルス治療と併用することを勧める成書もあるが,放射線治療の安全な照射量(晩期障害を避けうる累積線量)は治療部位ごとに生涯にわたって一定であり,パルス治療のように副作用の回復を待っての再加療はほぼ不可能である.このため,当科にては初回治療に際してはパルス治療単独を第一選択とし,パルス治療による難治例,再発例に対し,放射線治療の適応を検討している.急性期でCASが2.3点で,視機能,眼球運動障害に悪化を認めない場合は外来でのステロイド薬治療を選択する.ブレドニゾロン30mg/日の内服から開始し,症状の改善を確認しながら3カ月以上かけて漸減する.原則として,急性期には眼科手術治療を行うべきではないが,圧迫性視神経症を生じている場合は異なる.3750あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013 献することも多いので,斜視手術を選択する前に試みるべき慢性期の対症療法である.慢性期が3カ月以上経過した場合は,複視に対する斜視手術,眼瞼手術,眼球突出に対する(圧迫性視神経症に対する場合とは異なる)眼窩減圧手術などの手術治療が可能となる.ただし,術後にTAOが再燃する可能性があり,慎重な経過観察が欠かせない.合併症の心配がない場合は,予防的なステロイド薬投与(CASが2.3点の場合に準じる)を併用するとよい.V他科連携のポイント1.ステロイドパルス治療は甲状腺機能に影響を与える可能性があるパルス治療は免疫抑制作用があり,自己抗体全般を抑制する.TSH受容体に興奮性,抑制性に作用する抗体が高値の患者の場合,治療により甲状腺機能が著明に変動する可能性がある.治療中は,甲状腺機能の定期的なチェック,動悸などの全身状態への注意が必要である.2.放射線ヨード治療は,TAO悪化(急性転化)の危険性を高める放射線ヨード治療は,観血的な甲状腺摘出手術とは異なり,一時的に大量の自己抗体を全身に拡散してしまう可能性がある.治療によってTAOが悪化する可能性が高まるため,予防的なステロイド薬投与が勧められている.当科にてはプレドニゾロン30mg(内服)を初回量とし,3カ月以上をかけての漸減投与を基本として行っている.3.妊娠はTAOに関与しないが,出産直後はTAO悪化の危険性が高まる妊娠はTAOの明らかな危険因子ではなく,パルス治療の前後を除き,避妊の必要はない.少量のプレドニゾロン,メチルプレドニゾロンを投与したままでの妊娠継続,出産も可能であるが,ステロイド薬は乳汁に分泌されるため,授乳を控えていただかねばならない可能性がある(注:デキサメタゾン,ベタメタゾンは胎盤を通過し胎児に移行するので用いない).また,出産後に自己免疫能が亢進することが誘因となり,Basedow病と同様にTAOが悪化する可能性もあり,出産後は特に注意深い経過観察が必要となる.文献1)中山智彦,若倉雅登,石川哲:今日の日本人の眼球突出度について.臨眼46:1031-1035,19922)MouritsMP,KoornneefL,WiersingaWMetal:ClinicalcriteriafortheassessmentofdiseaseactivityinGraves’ophthalmopathy:Anovelapproach.BrJOphthalmol73:639-644,19893)ThorntonJ,KellySP,HarrisonRAetal:Cigarettesmokingandthyroideyedisease:asystematicreview.Eye(Lond)21:1135-1145,20074)PrummelMF,WiersingaWM:SmokingandriskofGraves’disease.JAMA269:479-482,1993(29)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013751

眼振をみたら

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):739.743,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):739.743,2013眼振をみたらHowtoTreatNystagmus木村亜紀子*はじめに眼振患者のqualitativestudyにおいて,眼振患者は大きく6つの点で悩んでいることが報告された1).視力,行動の制限,目立つこと/溶け込めないこと,内なる自分の感情,将来や人間関係への悲観である.これらは,眼振患者が日常生活のうえで視力不良による障害(車の運転や職業の制限など)と眼振による整容面での引け目,自己否定によるものの表れである.眼振患者に対する治療において,視力向上は医療側が積極的に取り組むべきものとして当然であるが,今後は,新たに整容面での改善にも重きをおき,積極的に取り組むべきではないかと考えている.I眼振とは眼振は,規則的に繰り返す不随意な眼球運動であり,眼球のリズミカルな振動様の往復運動と定義される.先天性と後天性があるが,その判断に迷うことは少ない.動揺視がなく,両親が生後まもなくから眼振に気付いていれば先天性である.ただ,先天眼振でも周期性交代眼振(periodicalternatingnystagmus:PAN)は動揺視を自覚していることが多いので注意を要する.また,一般に先天眼振とよぶ場合には,視力がきわめて不良なoculocutaneousalbinism(眼皮膚白子症)や視神経低形成,網膜異常など器質的疾患を伴っている場合は除外されている.PAN以外で動揺視がある場合は後天性を考えるが,後天性の場合には原因精査が重要となる.特にupbeatnystagmus,downbeatnystagmusなどの上下方向の眼振は脳幹部腫瘍など重大な疾患が潜んでいることがある.II眼振の分類水平眼振,回旋性眼振,垂直眼振,これらが組み合わさったものがある.急速相をもつものは律動眼振(jerkynystagmus),急速相と緩徐相がほぼ同等のものは振り子様眼振(pendularnystagmus)とよばれる.眼振には眼振の振幅が小さくなる,もしくは眼振が止まる静止位をもつ頭位眼振(この場合は代償頭位をとる)と静止位のない眼振の2種類に分類できる.静止位の有無により,治療法や視力予後が異なるため静止位の有無での分類も重要である.III先天眼振1.特徴先天眼振は,輻湊,暗所,閉瞼により眼振の振幅の抑制がみられ,注視により増強する特徴がある.また,注視方向を眼振の急速相に向かわせるに従って眼振の強度が増大するAlexanderの法則も知られている.屈折異常としては乱視の合併が高いことが指摘されており2),厳密な屈折矯正は眼振患者の治療の第一歩である.*AkikoKimura:兵庫医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕木村亜紀子:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学講座0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(17)739 2.視力が良好な先天眼振先天眼振で,潜伏眼振,静止位をもつ頭位眼振,周期性交代性眼振(PAN)では比較的視力は良好である.潜伏眼振は片眼を遮閉することで眼振が出現する.両眼視しているときは眼振は認められない.そのため,両眼視力は良好であるが,学校の健診や運転免許の際の視力検査でしばしば視力不良を指摘される.自分が潜伏眼振を左への顔回し(faceturntoleft)図1眼振の代償頭位a.Versionprism:静止位が右方向にあり,左への顔回しの場合もっており,片眼ずつの視力検査では引っかかる可能性があることを知っておいたほうが良い.頭位眼振は静止位が正面にくるように代償性頭位をとっている(図1).そのため,治療の目的は異常頭位の改善である.保存的治療としては,静止位が正面にくるようなプリズム眼鏡(versionprism療法:図2a),手術療法としてはAnderson法,Kestenbaum変法などがある(図3d,f).一方,PANは,急速相がある一定の時間(通常は数分)をもって逆方向に急速相の向きが変わる眼振で,急速相が変化するときに静止位をもつため比較的視力は良好である.異常頭位はあるときとないときがあったり,一定でなかったりする(図4).比較的視力は良好にもかかわらず,眼振が外観上目立つため,整容目的で手術治療を希望する患者が多い.術式は眼振の振幅減弱を目的とした水平4直筋大量後転術である(図3e).この術式により,異常頭位の消失も得られることが報告されている3).左眼右眼Faceturntoleftb.輻湊抑制頭位矯正+輻湊抑制R:15base-inR:20base-inΔΔL:15base-outΔL:20base-outΔ図2眼振のプリズム療法a:15Δでは異常頭位が残存し,20Δで異常頭位は消失している.b:Vergenceprism療法は輻湊させることで眼振の振幅減弱を目的とする.Compositeprism療法は異常頭位の改善に加え輻湊努力もさせるため,左右のプリズムの量は等量ではなく外転位を取るようにする.VergenceprismCompositeprism740あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(18) RLRLRLRLa.Anderson法:静止位と同側の水平とも向き筋の後転術RLc.Kestenbaum法:Anderson法と後藤法の併用で短縮量と後転量は等量RLe.水平4直筋大量後転術:水平の内外直筋を赤道部へ後転する3.視力が不良な先天眼振静止位のない先天眼振では,中心窩でものをとらえるfoveationtimeが少ない場合,律動眼振,振り子様眼振にかかわらず一般的に視力は不良である.そのため,治療の目的は視力向上であるが,劇的な改善は期待できない.先天眼振の治療の第一は,屈折矯正であるが,調節麻痺薬を用いた精密な屈折検査を行い完全矯正の眼鏡を常用することが大切である.コンタクトレンズは,乱視矯正効果が優れることから眼振にとっては良い適応である.コンタクトレンズの効果としてのバイオフィードバック説に関しては意見が分かれるところである.保存的治療として,先天眼振が輻湊により眼振の振幅減弱を認めることから,プリズム(Δ)をbase-outに入れたvergenceprism療法がある(図2b).プリズム眼鏡は8Δくらいまで製作可能であるが,実際には5Δ以内が臨床的に適していると思われる.また,10Δ以上の外転位をとらせることは,眼精疲労をひき起こす原因b.後藤法:静止位と反対側の水平とも向き筋の短縮RLd.Kestenbaum変法(ストレートフラッシュ法):短縮量と後転量に差をつけている左外直筋短縮8mm,右内直筋短縮7mm左外直筋後転5mm,右外直筋後転6mmfKestenbaum変法(ストレートフラッシュ法):術前:左への顔回し施行後の自由頭位手術により静止位を正面にもってくる静止位が右方向にあるため,左への顔回しの場合(faceturntoleft)図3眼振に対する手術治療a~dは異常頭位に対する手術.eは静止位のない眼振の振幅減弱を目的とした手術.となるため,vergenceprismは両眼にそれぞれ3.4Δbase-outが適当と考えられる.手術治療としては,正面視での眼振の振幅減弱を目的とした水平4直筋大量後転術(図3e)の適応となるが,(19)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013741 FaceturntorightFaceturntoleftChinup図4周期性交代性眼振(PAN)異常頭位は変動する.視力向上に関しては劇的ではない.成人してから水平4直筋大量後転術を施行すると,術後に複視を訴えることがあり,経験的には小学校低学年までに施行することが望ましいと考える.成人してから整容目的にこの術式を施行する場合には,術前から術後に複視が生じる可能性と眼位矯正の再手術の可能性を伝えておく必要がある.IV後天眼振1.小児での原因検索乳幼児では動揺視を訴えることはないが,生後4カ月以降の眼振の出現,asymmetricな眼振,うっ血乳頭を伴う場合や嘔吐を伴っている場合の眼振などは後天性と考えられる.頻度が高いものでは,視神経膠腫(opticnervegliomas)などの視覚経路の前半での障害,ほかには脳幹部や小脳病変,代謝異常があげられる.Spasmusnutansでも認められることがある.2.成人での原因検索問診でまず薬剤性を念頭に,副作用として眼振をきたす内服薬の服用の有無を確認する.バルビタール,抗ヒスタミン薬,抗痙攣薬などのほか,シンナー中毒などでも眼振は認められる.ビタミンB12欠乏症やWernicke脳症(ビタミンB1欠乏症)などの報告もあり,栄養状態もチェックしておく.薬剤性や栄養障害は最初に確認しておかなければ,不必要な検査を続けることになり注意が必要である.頻度の高い原因としては,多発性硬化症(MS),脳幹病変,小脳病変(Arnold-Chiari奇形:小脳の一部が脊柱管内に落ち込む)であることから,頭部742あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013MRI(磁気共鳴画像)での精査は必須である.MSでは振り子様眼振が一般的で,視神経脊髄炎や片眼性の眼振で初発した視交叉部での視神経膠腫なども報告がある4).Downbeatnystagmusは,多くは小脳変性,小脳の虚血で生じるが,約4割は原因不明である.しかし,MRIは正常な場合でも,両側のvestibulopathy,多発神経炎,小脳失調を伴っている頻度が高い.3.保存的治療(内服治療)わが国では眼振に対して認可が下りていないが,海外では内服治療は積極的に行われている5).MSにはgabapentine,memantineが,PANにはbaclofen,4aminopyridineが,後天性の振り子様眼振にはgabapentin,memantineが,downbeat,upbeatnystagmusにはaminopridines,4-aminopyridine,3,4-diaminopyridine,clonazepamが,torsionalnystagmusにはgabapentineが,そしてseesawnystagmusにはclonazepam,memantineが有効とされている.おわりに患者には,保存的治療でも手術治療でも眼振を完全には消失させることはできない,ということをあらかじめよく理解しておいてもらう必要がある.たとえば,異常頭位に対する手術後に,「左を見たときに眼振がまだ残っている」という保護者の発言は,術前の説明不足,患者の理解不足と考えなければならない.眼振は外眼筋手術で消失するものではない.治療の目的は,個々における最良の視力を獲得させることと整容的な改善を試みる(20) ことで,眼振患者のQOL(qualityoflife)の向上を目指すものである.文献1)McLeanRJ,WindridgeKC,GottlobI:Livingwithnystagmus:aqualitativestudy.BrJOphthalmol96:981-986,20122)WangJ,WyattLM,FeliusJetal:Onsetandprogressionofwith-the-ruleastigmatisminchildrenwithinfantilenystagmussyndrome.InvestOphthalmolVisSci51:594601,20103)GradsteinL,ReineckeRD,WizovSSetal:Congenitalperiodicalternatingnystagmus.DiagnosisandManagrment.Ophthalmology104:918-928,19974)HageRJr,MerleH,JeanninSetal:Ocularoscillationsintheneuromyelitisopticaspectrum.JNeuroophthalmol31:255-259,20115)MehtaAR,KennardC:Thepharmacologicaltreatmentofacquirednystagmus.PractNeurol12:147-153,2012(21)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013743

視神経炎をみたら

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):731.737,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):731.737,2013視神経炎をみたらViewsofOpticNeuritis毛塚剛司*はじめに視神経炎は比較的まれな疾患ではあるが,初期対応を間違うと不可逆的な経過をたどり,視力予後に悪影響を及ぼすことがある.今回,視神経炎と診断するための検査の進め方,さらに視神経炎と診断されたら,どのような治療方針を立てて経過観察を行うのか述べたいと思う.I視神経炎の疫学と病因視神経炎は,日本人の成人人口10万人に対して年1.6人の割合で発症する疾患である1).通常の視神経炎は特発性のことが多いが,ウイルス性,細菌性,自己免疫性など多岐にわたる.日本における特発性視神経炎トライアルでの年齢分布は,14.55歳の患者が65.9%と多くを占め,若年から壮年期に多い疾患であることが窺える.一方,抗aquaporin4(AQP4)抗体陽性視神経炎では,9:1で女性が多く,また壮年期から高齢の方によくみられる.視神経炎には,病因として種々の疾患が関与していることがあるため,視力低下をきたす前の感冒症状や頭痛など眼外症状を問診することが必要である(表1).さらに毒物や環境物質由来の視神経症を除外するために,職業の内容にも留意する必要がある.視神経炎は,外傷によるものや鼻性視神経症などの圧迫性によるものも考慮に入れなければならない.外傷の既往がある場合には視束管骨折に併発する視神経腫脹の可能性があり,眼窩表1視神経炎を疑った場合の問診内容・感冒や頭痛の有無・職業の内容・外傷の既往・副鼻腔炎などの耳鼻咽喉科領域疾患CT(コンピュータ断層撮影)で的確な診断が必要である.副鼻腔炎の術後では,術後.胞や肉芽により視神経を圧排している可能性も考えられる.このように,視神経症が炎症ではない場合,すなわち視神経炎ではない場合も考慮して診断を確定しなければならない.II視神経炎に必須の問診検査の前には,視神経炎を起こす可能性のある病因を念頭に置き,問診を行わなければならない.自覚症状としての眼球運動痛(視神経炎の50%程度に存在する)や,多発性硬化症によくみられる,運動時もしくは風呂上がりなどの体温上昇時における視力低下や眼痛(Uhthoffsign;ウートフ徴候)や,眼外症状として手足のしびれ,しゃっくり,嗄声なども良い補助診断となる.小児によく起こるウイルスなどの感染症に続発する視神経炎は,先行する感冒症状が重要なキーとなる.梅毒性視神経炎を疑った場合の皮膚症状の聞き取り,ネコひっかき病におけるネコの接触の有無も眼所見を検索した後に聞き直す必要がある.*TakeshiKezuka:東京医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕毛塚剛司:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)731 III視神経炎の重要な臨床所見とそれに伴う検査所見視神経炎を診断するのに必要な検査とその所見を下記に述べる.診察室で可能な簡便な検査からMRI(磁気共鳴画像)のような画像診断まで種々にわたる.初期に必ず行う必要があるのは,相対的瞳孔求心路障害(RAPD:表2視神経炎を診断するために必要な検査初期(必須)項目・RAPDの有無のチェック・眼底所見・CFF・造影MRI可能なら早期に行う項目・血清における抗体および感染症チェック・蛍光眼底造影可能なら行う項目・三次元画像解析(OCT)・視覚誘発電位(VEP)ababrelativeafferentpupillarydefect)の有無のチェック,眼底所見,限界フリッカ値(CFF:criticalflickerfrequency),造影MRIである.引き続き,血清における抗体および感染症チェック,蛍光眼底造影を行う(表2).1.RAPD視神経炎では,暗所でswingingflashlighttest(交互点滅対光反射試験)を行い,対光反射を確認することが重要である.左右交互に光を当て,患眼に光を当てると両眼ともに散瞳し,僚眼に光を当てると縮瞳する反応である.急性期や亜急性期ではRAPDが陽性となる.2.眼底所見視神経炎は,視神経乳頭が発赤腫脹する視神経乳頭炎パターン(図1a,b)と視神経乳頭の発赤がない球後視神経炎パターンがある.抗AQP4抗体陽性視神経炎では,特に球後視神経炎パターンが多く見受けられるが,図2図1視神経乳頭炎患者の眼底像a:視神経乳頭の発赤腫脹がみられる.b:蛍光眼底造影上,視神経乳頭に一致して過蛍光がみられる.図2抗AQP4抗体陽性視神経炎の眼底像a:視神経乳頭の発赤腫脹がみられる.b:蛍光眼底造影上,視神経乳頭に一致して過蛍光がみられる.732あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(10) に示す病変では蛍光眼底造影上,視神経乳頭が過蛍光である.3.VEPにおける潜時延長視神経炎が強く起こり,視神経の神経損傷がある程度進んだ場合,視覚誘発電位(visualevokedpotential:VEP)のP100潜時が延長して振幅が低下する.VEPの潜時延長は,急性期には起こらず,発症後1カ月以上経過した後にみられることが多い.VEP潜時が延長した場合,視神経内の神経損傷は不可逆的であると考えられている.4.OCT(opticalcoherencetomography)におけるGCL(ganglioncelllayer)の菲薄化三次元眼底像を解析することにより,視神経炎の既往が推察できる.視神経乳頭の形状解析や網膜中心厚,さらに神経節細胞層(GCL)の菲薄化を解析することにより,以前罹患した視神経炎の障害の程度が推測可能となる(図3).ただ,急性期の病態にはあまり反映しないため,寛解期のスクリーニングとして活用するほうが良いと思われる.5.造影MRIMRIは視神経-視交叉を中心に撮るなら冠状断で,baILM-RPEThickness(μm)MaculaThickness:MacularCube512x128HoursRNFLandONH:RNFLQuadrantsRNFLClockOpticDiscCube200x200RNFLThickness図3黄斑および視神経周囲網膜における三次元画像解析a:中心窩を除く黄斑部で菲薄化が認められる.b:視神経周囲網膜でも菲薄化をきたしている.視交叉以後の視路を知りたいなら水平断で撮像する(図4).単純MRIでは視神経萎縮が高信号となることがあるので,可能な限りガドリニウム造影MRIを行う.また,STIR(short-T1inversionrecovery)法やT2脂肪抑制画像で視神経に沿った高信号を確認する.図4に示すのは,T2脂肪抑制で撮像した眼窩MRIである.abc図4抗AQP4抗体陽性視神経脊髄炎におけるMRIT2強調脂肪抑制画像a:冠状断で右眼視神経の高信号を認める(矢印).b:水平断で右眼視神経の複数部位での高信号を認める(矢印).c:矢状断で頸椎の高信号を認める(矢印).(11)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013733 6.CFFCFFは,視神経の機能評価に有用で簡便な検査である.通常,35Hz以上が正常であるが,視神経炎では20Hz未満となる.ぶどう膜炎による視神経腫脹では,25.30Hzと軽度の低下に留まる.これは,おそらくぶどう膜炎の視神経線維の障害が特発性視神経炎と比較して軽微だからだと思われる.7.抗体検査を含む血液検査血算と生化学検査は視神経炎の原因同定には必須の検査である.貧血もしくは白血病でも視神経の腫脹は起こりうる.また,腎機能障害でも視神経障害をきたすことがある.下記に詳しく述べるが,梅毒による血液検査も重要である.ステロイド薬抵抗性の視神経炎では,一定の割合で抗AQP4抗体陽性視神経炎がみられるため,視神経炎と診断されたら,早急に抗AQP4抗体測定を行わなければならない.現在SRLでも抗AQP4抗体の測定依頼が可能だが,直接コスミックコーポレーションで受託測定を行っており(http://www.cosmic-jpn.co.jp/contractservice/contract_service.html),2週間以内に結果が判明するので,急いでいる場合には後者を選択すると良い.抗AQP4抗体が陽性の場合には,他の膠原病が陽性のことが多いので,抗核抗体や抗サイログロブリン抗体などの抗甲状腺抗体,抗SS-Aや抗SS-B抗体などのSjogren症候群に対する血清抗体を測定してもよいと思われる.IV視神経炎と間違えやすい疾患鑑別診断としていくつかの視神経に所見がみられる疾患をあげたいと思う.特にぶどう膜炎や腫瘍,眼窩疾患からの波及による炎症に注意が必要である.1.Vogt.小柳.原田病Vogt-小柳-原田病(VKH)は,肉芽腫性ぶどう膜炎の型をとるが,視神経腫脹をきたすことが多いため,視神経炎と間違えやすい(図5).視神経炎では眼痛を伴うことが多いが,VKHでは頭痛や項部硬直を伴うことがあるも眼痛はほとんどない.VKHでは,他に眼外症状として難聴,白髪化,皮膚の白斑などをきたす.VKHは,前部ぶどう膜炎をきたす前に視神経腫脹が先行することがあるので,視神経炎と混同しやすい.鑑別のための検査には,蛍光眼底造影で視神経からの蛍光漏出の他に,網膜への蛍光色素のpoolingなど網膜病変の検出が重要である.先述したが,VKHではCFFが軽度低下に留まることも特徴の一つである.2.梅毒による視神経網膜炎感染による視神経炎の一種とも考えることもできるが,通常の視神経炎とは異なり,ステロイド薬治療が第一選択ではないため,鑑別疾患としてしっかり考慮に入れておく必要がある.梅毒は網膜血管炎を伴うことが多いため,当疾患が疑われた場合には蛍光眼底造影が必須である(図6).筆者らの施設では,視神経炎を疑った場合にはスクリーニング検査として,梅毒の検査法である図5Vogt.小柳.原田病の眼底像a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭の発赤腫脹および漿液性網膜.離を認める.ab734あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(12) 図6梅毒性視神経炎の眼底像a:視神経乳頭の腫脹を認める.b:蛍光眼底造影で視神経乳頭に一致して過蛍光を認める.図7視神経乳頭周囲髄膜腫a:視神経乳頭は蒼白浮腫をきたしており,シャント血管を認める(矢印).b:MRIT2強調脂肪抑制画像で,tram-tracksignを認める(矢印).abab脂質抗原試験(STS:serologicaltestsforsyphilis)やTPLA(toreponemapallidumlateximmunoassay)を測定している.初期治療は副腎皮質ステロイド薬を用いず,ペニシリン製剤(サワシリンRなど)のみを投与する.3.視神経周囲髄膜腫若年から壮年期の女性において,視神経腫脹をきたす疾患として注意が必要である.視神経の発赤腫脹をきたす通常の視神経炎と異なり,蒼白腫脹に近い外観を呈する.視神経からのshuntvessel(シャント血管)がみられることが多い(図7a).眼窩CTやMRIでは“tramtracksign”がみられる(図7b).比較的まれな疾患であるが,進行した場合には治療がむずかしい.V視神経炎の治療―まず何を行うか―1.ビタミンB12療法視神経炎と診断しても視力低下が軽度の場合には,自(13)然軽快もありうるので,メコバラミンなどのビタミンB12製剤を投与する.視力が0.1以下に低下した場合には,自然に軽快するとしても時間がかかるので,ステロイド薬の大量点滴療法を行う.米国において以前行われた視神経炎におけるステロイド薬治療に対するトライアルでは,1)ステロイド薬点滴療法は視力の回復を早めること,2)ステロイド薬内服療法は再発を2倍にすること,3)自然経過では93%の症例で視力が0.5以上に回復し,一方で患者の30%は5年以内に多発性硬化症を発症することが判明した2.4).米国に引き続き日本においても同様に視神経炎の治療に関する多施設トライアルが行われ,ステロイドパルス療法は視神経炎の回復速度を速めるが,最終的な視機能はプラセボ群と変わらないことや,視神経炎の約6.9%の症例では発症後1年経過しても視力が0.2以下にとどまることなどが判明した5,6).これらのことから,特発性視神経炎が疑われた場合には,安易に副腎皮質ステロイド薬の経口投与を行わず,重篤な視力低下をきたした視神経炎の治療にステあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013735 ロイドパルス療法が必要であると思われる.2.ステロイドパルス療法ステロイドパルス療法は通常ソル・メドロールR1,000mg3日間静脈投与を行う.後療法として,プレドニゾロン0.5mg/kg/dayからの内服療法を開始する.1週間ごとに当初は10mgずつ漸減,20mg以下となったら5mgずつ漸減していき,投与を中止とする.ただし,抗AQP4抗体陽性視神経炎のように,抗体が再度産生されると再発する可能性がある場合は,プレドニゾロン10mg/dayに加えて別項目に示す免疫抑制薬を投与することもある.一方,胃潰瘍の既往がある場合には,消化性潰瘍用薬を処方する.ステロイドパルス療法は,全身にかなりの負担をかけるため,胸部X線や心電図,梅毒や肝炎に対する血清抗体など基本的な検査を事前に行っておいたほうが安心である.万が一,ヘルペス感染症が認められた場合,ステロイドパルス療法後にヘルペス脳炎を発症する可能性があるため,筆者らの施設では念のために血清ヘルペス抗体価(herpessimplexvirus,varicellazostervirusにおける抗体)も測定している.視力低下が投与後も継続するようなら,筆者らの施設では4.5日空けて再度ステロイドパルス療法を予定する.ステロイドパルス療法を行っても視力低下が継続し,視力回復が見込まれない場合は血漿交換療法を考慮する.ステロイド薬の反応性が非常に悪いと感じた場合,ステロイドパルス療法を1クール施行後に血漿交換療法を導入することもある.この場合は,比較的早期に長期間にわたる治療に踏み切るということもあり,神経内科や腎臓内科との入念な検討が必要となる.3.血漿交換療法血漿交換療法に踏み切る前に,抗AQP4抗体の存在を確認しておく必要がある.このために特発性視神経炎が疑われ,ステロイドパルス療法の施行を予定した際に抗AQP4抗体を迅速に測定することが望ましい.血漿交換療法にはいくつか方法があり,大きく分けて単純血漿交換,二重膜濾過血漿交換,免疫吸着療法があげられる.先にあげたものほど治療効果が大きくなる736あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013が,体の負担も大きくなる.先述のように,血漿交換療法を行うときには神経内科と腎臓内科と連携して行う必要がある.そのうえ,血中の免疫グロブリン量が一定量に回復しないと退院させることがむずかしいので,患者は2カ月前後の入院を強いられることになる.さらに血漿交換療法は保険適用外診療となるため,血漿交換療法の導入には慎重にならざるをえない.幸い,本年(2013年)4月より複数の施設で,ステロイド薬抵抗性視神経炎に対して免疫グロブリン大量療法(IVIg)の臨床治験が開始された.この治験で良好な成績が得られれば,免疫グロブリン大量療法は,将来的に血漿交換療法に代わる治療法として普及するものと思われる.4.免疫抑制療法アザチオプリンなどの免疫抑制療法は,抗AQP4抗体陽性視神経炎の血漿交換療法後に後療法としてプレドニゾロンとともに用いることがある.これは,抗AQP4抗体陽性視神経炎の患者が女性に多く,壮年期から高齢期に多発することから,免疫抑制薬を併用してステロイド薬の用量を減量するよう働きかける必要があるためである.免疫抑制薬を併用すれば,骨粗鬆症などの副作用を避けるためのステロイド薬の早期離脱が可能となる.おわりに視神経炎における診断と治療に対する一般的な注意点を中心に述べた.この古くから知られている疾患である視神経炎は,抗AQP4抗体の関与が明らかになるにつれて新たな概念が確立されつつある.また,保険適用外治療となる血漿交換療法に頼らない,次世代の治療法が普及されることを願ってやまない.文献1)石川均:日本における特発性視神経炎トライアルの結果について.神経眼科24:12-17,20072)BeckRW,OpticNeuritisStudyGroup:TheOpticNeuritisTreatmentTrial.ArchOphthalmol106:1051-1053,19883)OpticNeuritisStudyGroup:Theclinicalprofileofacuteopticneuritis:experienceoftheOpticNeuritisTreatmentTrial.ArchOphthalmol109:1673-1678,19914)BeckRW,ClearyPA,AndersonMMJretal:Arandom(14) ized,controlledtrialofcorticosteroidsinthetreatmentofacuteopticneuritis.TheOpticNeuritisStudyGroup.NEnglJMed326:581-588,19925)WakakuraM,Minei-HigaR,OonoSetal:BaselinefeaturesofidiopathicopticneuritisasdeterminedbyamulticentertreatmenttrialinJapan.OpticNeuritisTreatmentTrialMulticenterCooperativeResearchGroup(ONMRG).JpnJOphthalmol43:127-132,19996)若倉雅登:視神経炎治療多施設トライアル研究の概要.神経眼科15:10-14,1998(15)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013737