特集●眼内レンズ度数決定の極意あたらしい眼科30(5):593.599,2013特集●眼内レンズ度数決定の極意あたらしい眼科30(5):593.599,2013特殊角膜における眼内レンズ度数決定1.円錐角膜,角膜移植後IntraocularLensPowerCalculationforKeratoconusandPostkeratoplastyEyes林研*はじめに正確な眼内レンズ(IOL)の度数を計算するためには,視軸に沿った角膜中央の屈折力(K値)測定の精度が重要である.しかし,角膜形状に異常のある眼では,真の中央角膜の屈折力を決定することは容易でない.また,一部の計算式は,角膜曲率と眼軸長から術後のIOLの位置(effectivelensposition:ELP)を推定するようになっており,角膜形状が異常であれば推定されるELP値も正確ではない.本稿では,円錐角膜と角膜移植後の眼に白内障手術をするにあたり,正確な度数計算をするためのポイントについて紹介したい.I円錐角膜円錐角膜患者は,アトピーや強度近視を伴うことが多く,比較的若年で白内障になる頻度が高い.よくみられる混濁型は,前.下線維化と後.下混濁であり,白色白内障に至っている場合も多い(図1).そこで,角膜曲率の測定が困難なだけでなく,光学的眼軸長測定が不能な場合も多い.円錐角膜は形状異常の程度がさまざまであり,その時点の患者年齢や矯正法などを考慮して,将来の移植を含めた長期的な計画を立てておくべきである.1.円錐角膜でIOL度数計算がむずかしい理由IOLの度数を決定する計算式には,①視軸に沿った中央角膜のK値,②眼軸長,③術後のIOLの位置(ELP)が必要である.円錐角膜では,K値の決定が困難である図1円錐角膜患者眼に起こった白内障だけでなく,ELP値も実際よりも深く推定されるので,IOL度数が大きい方向にずれて,近視化傾向になる.このように,K値およびELP値をどのように真の値に近づけるかがポイントになる.2.K値の決定法円錐角膜患者のIOL度数計算で,最も屈折誤差の原因となりやすいのはK値である.K値の決定法は,円錐角膜の程度によって変更するほうが良い.a.コンタクトレンズ(CL)による矯正がむずかしい場合K値が52Dを超えるような重篤な症例は,ハードCL(HCL)でも矯正が困難なので,本来角膜移植の適応である1).高齢などで患者が移植をまったく希望しない場合を除き,将来深層層状角膜移植や全層移植を受けるか*KenHayashi:林眼科病院〔別刷請求先〕林研:〒812-0011福岡市博多区博多駅前4-23-35林眼科病院0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(15)593図2重篤な円錐角膜で将来移植が必要になると考えられる眼重度の円錐角膜で,角膜の菲薄化を起こしており,将来は角膜移植をする予定である.このような例で,患者がまず白内障を希望したら,移植をする術者の以前の移植角膜の平均屈折力をK値として代入しておく.どうか相談して白内障手術に臨むほうがよい.将来希望する場合は,移植を行う術者の過去の円錐角膜例の角膜曲率データの平均値を計算して,K値として代入する(図2).この場合も,移植後の曲率は,角膜前後面の屈折力を合わせたScheimpflugカメラ(OculusPentacamR)のTrueNetPowerや,AnteriorSegmentOpticalCoherenceTomography(AS-OCT,CASIA,TOMEY)のRealPowerの角膜中央の値が最も精度が高い(図3).これらの器機のデータがなければ,角膜トポグラフィの中央3mm径の屈折力の平均値などを代用するが,不正乱視が強く,マップに欠損があるような場合は,信頼性は低い.さらに,CL矯正が不能な程度の円錐角膜であれば,オートケラトメータの値の信頼性は乏しく,屈折誤差は大きくなる.術後屈折の精度を期待図3AnteriorSegmentOpticalCoherenceTomography(AS.OCT;CASIA,TOMEY)の角膜屈折力表示AS-OCTでは,角膜前面・後面の屈折力だけでなく,前・後面の屈折力を合算したRealPowerが表示されるが,理論上はK値として最も適当である.特に,角膜中心約3mmの屈折力の平均を算出すると良い(青線内).594あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(16)Ring2,3Ring2,3ACCPACCPしていなければ,オートケラトメータ値を用いて.3..5ジオプトリー(D)ぐらいの近視ねらいで手術を行っても良いと思うが,正確性が望まれる場合は,器機の揃った施設へ紹介するほうが安全である.b.HCL矯正を行っている場合K値が48.52D程度の中等度の症例で,HCL矯正が可能な場合は,術後も通常はCL矯正となることが多い.このような例は,患者の角膜に最もよくフィットするHCLのベースカーブを,K値として代用する方法がある1).最近はHCLのバリエーションが増えているので,できれば円錐角膜用のRoseK2のトライアルレンズを用いて,正確にベースカーブを決定しておく.しかし,術前にHCLを使用していても,術後ははずせる場合も少なくない.術後にCL矯正を希望しない場合や,CLがはずせる場合を想定して,K値を他の方法でも調べておくが,実際にはK値はかなりバラつく.現時点で絶対的に信頼できるK値が得られる機器はないので,PentacamRのTrueNetPowerかAS-OCTのRealPowerの中央角膜の平均,角膜トポグラフィの中央角膜の平均屈折力,オートケラトメータ値など,なるべく多くの検査でK値を調べて,総合的に評価するしかない.c.眼鏡矯正が可能な場合K値が48D以下のような軽度の症例は,不正乱視が軽ければ,術後は裸眼あるいは眼鏡矯正になる.このような例は,通常の検査で,K値を決定できる.理論上最も正確なのは,PentacamRのTrueNetPowerかASOCTのRealPowerであり,これらの角膜中央からおよそ3mmの屈折力の平均値を算出する,さらに,より中央に近い1.2mmの屈折力の平均値も参考にする.これらの器機がない場合は,角膜トポグラフィの中央3mm径の屈折力の平均値,TopographicModelingSystem(TMS,TOMEY)におけるAnteriorCentralCornealPower(ACCP)などをK値として用いる.同様に,より中心に近いリング2.3の屈折力を平均した値も参考にする(図4).一方,TMSのsimulatedK値図4角膜トポグラフィ(TopographicModelingSystem:TMS,TOMEY)のAnteriorCentralCornealPower(ACCP)とプラチドリング2~3の屈折力の平均TMSでは,角膜中央3mm径の屈折力の平均がACCPとして表示されるので,この値をK値として求めておく.さらに,リング2.3の屈折力の平均も算出して,K値を決定する参考にすると良い.(17)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013595は,角膜中心からやや離れたリングの値の平均なので,円錐角膜では適切ではない.また,これらにオートケラトメータの測定値も参考にして,K値を総合的に決定する.円錐角膜の患者は本来近視が多いので,術後の目標屈折値は近視寄りに設定して,できるだけ遠視化を避ける.特に,測定されたK値が正常値から離れているほど屈折誤差は大きいので,その分目標屈折をより近視側に設定しておくほうが安全である.たとえば,K値が48D以下のような軽度の円錐角膜であれば,術後屈折が大きくずれることは少ないので,軽い近視ねらいでも良い.3.ELPの決定法ELP値は,すべての計算式に必要ではないが,たとえば円錐角膜などの長眼軸長眼に有用なHagis-L式では前房深度の入力が必要である.また,現在一般的に使用されるSRK/T式やHolladay1式では,K値と眼軸長よりELP値が推定されるので,円錐角膜のように異常な角膜形状では正確ではない.そこで,左右眼の前房深度を測定して著しい差がない場合は,円錐角膜の程度の軽い僚眼のK値を用いて,術眼のELP値を推定するために代入するDouble-K法2)の変法がある.4.計算式の選択円錐角膜のレンズ度数計算では,K値の影響のほうが大きく,計算式では大きく違わないと考えられている.そこで,現在一般的に用いられている理論式のSRK/T式,さらにHolladay1式,HofferQ式など,各施設で一番慣れた計算式を用いて良い.ただし,30mm近い長眼軸長の場合は,Haigis-L式の精度が高いとされる.また,円錐角膜例に限らず,少なくとも施設で使用する各レンズのA定数は最適化しておくことが必要である.さらに,低.マイナス度数レンズ,たとえばAlcon社のMA60MAなどは,その度数によってA定数を若干変えておいたほうが良い.実際に,マイナス度数になるほど,術後屈折が遠視化しやすい.そこで,0DあたりでA定数を別に最適化しておくと,屈折誤差が少なくなる.II角膜移植後眼移植後の角膜形状は,縫合などの状態により,症例ごとに異なった形状になっている.実際は,移植片のセンタリング,連続縫合か端々縫合か,縫合の本数と強さ,縫合の位置や深さなどさまざまな因子によるが,角膜屈折力が角膜の位置により複雑に入り組んでいる(図5).そこで,レンズ度数計算のためには,角膜中央のK値を正確に決定することが重要である.それでも,円錐角図5全層移植後の角膜(左)と角膜トポグラフィ(右)全層移植後の角膜形状は,移植片のセンタリング,連続縫合か端々縫合か,縫合の本数と強さ,縫合の位置や深さなどさまざまな因子によって,角膜形状が複雑になっている.596あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(18)二次正乱視(D)pp<0.0001*p<0.0001*p<0.0001*p<0.0001*<0.0001*4.03.53.02.52.01.51.00.50*有意差ありp<0.0001*p<0.0001*p<0.0001*p<0.0001*p<0.0001*p<0.0001*p=.0003*p<.0001*p<.0001*p<.0001*p<.0001*1週1月3月6月9月12月18月24月術後期間図6全層角膜移植後の正乱視成分の変化Fourier解析による正乱視成分の平均値の変化をみると,術後6カ月以降は有意な変化を示さず,およそ乱視が安定したと考えられる.不正乱視も同様に6カ月以降有意な変化を示さないので,平均すると角膜形状はおよそ6カ月で安定すると考えられる.膜の重篤例のような突出や菲薄化はないので,K値のバラつきによる屈折誤差もさほど大きくはない.1.白内障手術が可能となる時期角膜移植後に白内障手術を行う場合,角膜形状が安定していることが前提になる.術後の乱視を軽減するために,端々縫合であれば,通常術後約3カ月から抜糸を行うので,角膜形状が安定するのは術後6カ月以降になる(図6).症例によっては,それ以降も抜糸を続けるので,乱視が許容範囲に入った時点で,白内障手術を考慮する.また,連続縫合であれば,抜糸に伴って急激に形状が変化するので,できれば抜糸を行ってから手術を考慮するほうが良い.また,創傷治癒の点からは,術後6カ月以降まで待つほうが好ましい.術後3カ月程度では,移植片が十分に癒着していないことがあり,術中灌流液が漏出する場合がある.(19)2.K値の決定法K値の測定にあたっては,まず移植後の角膜形状を角膜トポグラフィで調べて,形状異常がどの程度であるかを把握しておく.できれば,Fourier解析を行って,球面成分,二次正乱視成分,一次非対称成分,高次不正乱視成分などに分けて検討しておくと良い(図7).不正乱視が強い場合は,HCLによる矯正が必要になるので,その角膜に合ったHCLのベースカーブをK値として採用する.特に,移植後角膜用のRoseK2のトライアルレンズを用いて,詳細にK値を決定する.ただし,通常の機器でもK値の測定は行って,測定誤差を考慮に入れておく.形状異常が軽い場合は,通常の機器でK値を決定する.K値の決定には,PentacamRのTrueNetPowerかAS-OCTのRealPowerが優れており,これらの中央3mmの屈折力の平均値を算出してK値として用いあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013597図7移植後角膜のFourier解析移植後の角膜は,正乱視と不正乱視成分が複雑に組み合わさっている.る.さらに,より中心の1.2mmの平均値も計算して参考にする.また,角膜トポグラフィの中央屈折力の平均値,たとえばTMSのACCPや,リング2.3の平均値を計算して参考にする.これらに,オートケラトメータで測定したK値を含めて総合的に判断する.これらの測定値の差が小さい場合は,ある程度の信頼性があるということなので,軽い近視を目標にレンズ度数を決定してよい.しかし,測定値がバラついている場合は,より強い近視を目標値として設定しておいたほうが安全である.3.計算式の選択円錐角膜と同様に,移植後の角膜では,レンズ度数計算の誤差への影響は,K値のほうが大きい.そこで,計算式自体は,一般的に使われるSRK/T式などの理論式を用いてよい.30mm程度の長眼軸長眼には,HaigisL式を用いるほうがより精度が高いが,通常の眼軸長の598あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013眼ではむしろ遠視化傾向になる.4.自験例の結果およそ10年前の自験例23眼における,屈折誤差(等価球面)の絶対値は,術後6カ月で平均1.4Dであった(図8)3).分布でみると,±2D以内であった頻度が69.6%,±1D以内であった頻度が43.5%であった(表1).屈折誤差は,近視化する傾向が強かった.最近の症例に限ると,さらに精度が改善し,絶対値の平均が0.9Dになっている.通常例に比べると,明らかに屈折誤差は大きいが,それでも許容範囲内と考えられる.K値の決定法でみると,異常が軽度の症例が多かったためもあるが,AS-OCT,TMS,オートケラトメータの値で大きな差はなかった.計算式では,SRK/T式などに比べ,Haigis-L式の測定値の精度が若干高かった.この結果からみても,実際はK値の決定法に絶対的に正しい方法はない.いろいろな方法でK値を測定して,総合的(20)01.02.03.04.05.06.07.0屈折誤差(D)*有意差ありp=0.1897p=0.0428*p=0.0141*p=0.0036*2.0±2.12.3±1.71.3±0.92.9±2.31.4±1.03.4±2.51.5±1.11.0±0.701.02.03.04.05.06.07.0屈折誤差(D)*有意差ありp=0.1897p=0.0428*p=0.0141*p=0.0036*2.0±2.12.3±1.71.3±0.92.9±2.31.4±1.03.4±2.51.5±1.11.0±0.7同時2段階同時2段階同時2段階同時2段階1週3月6月12月術後期間図8移植後角膜に白内障を行った場合と移植・白内障同時手術を行った場合の屈折誤差の比較屈折誤差の絶対値は,移植後しばらくして白内障手術を行った場合(2段階群)のほうが,同時手術(同時群)よりも有意に小さい.表1全層移植後に白内障手術を行った場合の術後屈折誤差の分布(n=23)屈折誤差分布眼数(%)≦±1D10(43.5%)≦±2D16(69.6%)≦±3D18(78.3%)に決定するしかない.一方,長眼軸長眼にはHaigis-L式を用いるほうが良い.III術後の屈折誤差が大きい場合術後に屈折ずれが起こった場合,特に遠視化した場合や,不同視を残した場合には,レンズの交換あるいは追加が必要になる.レンズの追加は他項に譲るが,交換は前・後.が癒着してしまう術後2週以内に行ったほうが良い.明らかな屈折ずれは,術後1週以内にわかるので,患者が希望すればなるべく早めに交換をする.交換するレンズの度数は,術後の屈折と目標とする屈折の差を1.5倍した度数を加えた度数とする.おわりに円錐角膜や移植後のように角膜形状が異常な場合は,真のK値を測定するのはむずかしい.形状異常の程度によって,K値の測定法や屈折の目標設定値を変えて対応する.しかし,異常が強い場合,理論上正確とされる方法であっても,けっして精度は高くない.今のところ,なるべく多くの方法でK値を決定して,総合的に判断するのが良い.その点から考えると,形状異常が著しくK値がバラつく場合は,機器の揃っている施設に依頼するほうが安全と思われる.さらに,軽度の場合でも,術後屈折が予想以上にずれる場合があることは,患者やその家族によく了解を得ておくことが必要である.文献1)ThebpatiphatN,HammerrsmithKM,RapuanoCJetal:Cataractsurgeryinkeratoconus.EyeContactLens33:244-246,20072)AramberriJ:Intraocularlenspowercalculationaftercornealrefractivesurgery:doubleKmethod.JCataractRefractSurg29:2063-2068,20033)HayashiK,HayashiH:Simultaneousversussequentialpenetratingkeratoplastyandcataractsurgery.Cornea25:1020-1025,2006(21)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013599