特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):903.907,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):903.907,2013先天鼻涙管閉塞CongenitalNasolacrimalObstruction廣瀬美央*はじめに先天鼻涙管閉塞は眼脂・流涙を生じる病態のなかで最多の疾患である.日常の臨床において頻繁に遭遇する疾患だけに,その治療時期・方法については十分な理解が必要である.I病態生理涙道は胎生期に顔面の発生とともに形成され,鼻涙管尾側は出生頃に下鼻道外側壁に開口するが,これが生後も開口されず閉塞したままのものを先天鼻涙管閉塞という.出生児の数%から20%に認められ,生後1年までに約90.95%の症例で自然治癒が見込まれる1)ので,いわば発生過程の途中にある状態と考えてもよい.顔面の形成は胎生5週頃から始まり,同時に鼻涙管から涙.も形成される.このため,胎生初期での発生異常では顔面の形成異常に付随し骨性の閉塞を伴うことがあり,成長後に涙.鼻腔吻合術などの涙道再建を要することになる.症状は生後まもなくからの眼脂・流涙で,涙.部圧迫や涙管通水検査による貯留物の逆流,色素残留試験陽性(図1)などから診断は容易である.慢性炎症で経過することが多く経過観察のみでよいが,急性涙.炎を生じることがあるので,家人に涙.部の腫脹や発赤が生じないか観察を喚起する必要がある.図1色素残留試験フルオレセイン試験紙を結膜.に接触させ,5分後の色素残留を観察する(この症例では左側の色素残留が著明である).年長児など通水検査が困難なときに簡便である.II治療方針初期治療としては,観察や涙.マッサージのみを基本とし,流涙・眼脂は家人に拭き取ってもらうだけとする.近年,眼科領域でのメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)の検出が増加傾向であり小児においても例外ではない2.5).眼脂が出ていると家人が心配し抗菌薬の点眼を希望されることが多いが,抗菌薬の点眼は眼脂が著明であるときに短期間(数日間)使用し,常用させないことが耐性菌を生じさせないために重要であることを丁寧に説明し,適正*MiouHirose:兵庫県立尼崎病院眼科〔別刷請求先〕廣瀬美央:〒660-0828尼崎市東大物町1丁目1-1兵庫県立尼崎病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(21)903な使用を促すことも眼科医に求められる対応であると考える.家人が涙.マッサージをする際は力加減や圧迫する部位を間違わないように施行者に直接指導をする.先天鼻涙管閉塞で自然治癒されない場合や急性炎症を生じる場合はプロービングにより閉塞の解除を行う.プロービングなどの外科的治療を行う時期は議論の余地があるが,治療に伴う合併症を鑑みて,急性炎症が生じなければ生後6カ月まではプロービングせず観察することが望ましい.生後1歳までは局所麻酔下でよいが,1歳を過ぎてからは全身麻酔下でのプロービングを行う.菌血症を伴う急性涙.炎に対しプロービングを行う場合は,抗菌薬の全身投与を行わないと成功率が低いとの報告もあり,抗菌薬の静脈内投与など事前の対処が必要である6).III治療方法局所麻酔下でのプロービングでは患児の固定が重要となる.体幹をバスタオルやタオルケットなどで包み込むが,腕が術野に出てこないようにして巻き込むとよい.介助者は患児の顎から側頭部を拇指と手掌でしっかり固定する(図2).点眼麻酔後,必要に応じて涙点拡張針で涙点を拡張する.涙点部の操作は下涙点が簡単であるが,プロービング自体は上涙点からのほうが施行しやすい.涙小管水平部を長軸方向に(耳側に)引き延ばすようにすることで正しく涙小管が拡張される.方向を間違えば涙小管損傷によりその後のプロービングが困難になるとともに,医原性涙小管閉塞をきたすことがあるので注意が必要である.図2患児頭部の固定法介助者は患児の顎を拇指で支え,側頭部を手掌で包み込むようにしっかり固定する.図3プローブの動き左上:涙小管垂直部に挿入.上涙点の場合は上眼瞼を翻転すると入れやすい.右上:涙小管を長軸方向に引き伸ばすように眼瞼を外側に引いた状態で涙.まで進める.左下:骨性の感触があれば涙.内に挿入されているためゆっくりとプローブを立てる.右下:鼻翼外側(鼻孔の外側)に向け涙.から鼻涙管へ滑らせるように進める.904あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(22)図4プローブの方向(正面)鼻涙管内でプローブの先端は鼻翼外側に向いている.プロービングにはバンガーター(Bangerter)針などの先端が鈍になった涙洗針または金属プローブ(いわゆるブジー)を使用する.弱弯曲のプローブを用いる施設もあるが,涙道内でのオリエンテーションがつかなくなると不用意な操作で粘膜を損傷することになるため,初心者は特に直針を用いたほうがよい.バンガーター針などであればプロービング後の通水確認が器具の出し入れをせずにそのままできるので簡便である.涙点拡張針と同様に涙小管を長軸方向に引き伸ばすように眼瞼を外側に引いた状態で涙.まで進める.骨性の感触があれば涙.内に挿入されているのでゆっくりとプローブを立てて鼻翼外側(鼻孔の外側)に向け涙.から鼻涙管へ滑らせるように進めていく(図3).先天鼻涙管閉塞は鼻涙管開口部での閉塞がほとんどであるので,鼻涙管内はプローブを抵抗なく進められる.鼻涙管内にあるプローブの方向は通常プローブの先端が鼻翼外側に向き,プローブの根元は眉毛部に当たるくらいの水平であることが多い(図4,5).十分な深さまで到達しないうちに抵抗がある場合は鼻涙管の走行が耳側や背側に変位している可能性があるので,少し引き戻して角度を変えて挿入してみる.閉塞部まで到達すれば軽く押し込むようにプローブを進めて穿破する.通水が確認されない場合は後日再度プロービングを試みてもよいが,その際にも治癒できない場合は複数回繰り返さずに,生後1歳を過ぎてから全身麻酔下で涙道内視鏡検査を施行するのが望ましい.涙道内視鏡検査では,閉塞部を涙道内から確認することが図5プローブの方向(側面)プローブの根元が眉毛部に当たるくらい,顔面に水平に寝かせた状態となる.でき,内視鏡で直接または内視鏡に被せたシースを利用して閉塞部の穿破をすることが可能であり,盲目的治療が困難な症例では大変有効なツールである.(涙道内視鏡の金属部は一般的なプローブや涙洗針より柔らかく,局所麻酔下で行う場合に患児の急な動きで破損する可能性があるので注意が必要である.)IV合併症急性涙.炎・蜂窩織炎先天鼻涙管閉塞でもときに急性化し急性涙.炎や,蜂窩織炎が生じることがある.乳幼児の涙.炎の代表的起因菌には,インフルエンザ菌,肺炎球菌,黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌があげられる.治療開始前に涙.貯留物の培養・感受性試験を施行しておくのが望ましいが,治療に間に合わない場合は広域抗菌スペクトラムの抗菌薬で経験的薬物治療(empirictherapy)が行われる.その場合も起因菌の同定がされれば狭域抗菌スペクトラムの抗菌薬に変更して継続する治療(de-escalation)を行う.V鑑別疾患乳幼児に眼脂・流涙をきたす疾患として鑑別すべき疾患をあげる.(23)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20139051.先天涙.ヘルニア先天涙.ヘルニアは鼻涙管開口部の閉塞と内総涙点の機能的閉塞により涙.と下鼻道の閉塞部鼻粘膜がそれぞれ拡張したもので,拡張した涙.部は皮膚を透過して暗青色の腫瘤に見える(図6).その色調から血管腫と間違われることがあるが,副鼻腔のX線CT(コンピュータ断層撮影)検査により涙.から下鼻道につながる拡張した涙道が認められることで診断できる(図7,8).急性炎症により自然治癒することもある7)が,新生児は鼻呼吸をしているため,下鼻道に拡張した鼻涙管粘膜が鼻道を閉塞し呼吸困難を生じる場合,または急性炎症により蜂窩織炎が懸念される場合は可及的速やかに下鼻道の鼻粘膜を開放する.膿を含んだ多量の貯留物の誤嚥を避ける意味で全身麻酔下での治療が望ましい.図6先天涙.ヘルニア左側先天涙.ヘルニアの症例.内眼角部にやや暗青色の腫瘤が認められ(←部),左眼は耳上側に圧排・偏位している.図8先天涙.ヘルニアのCT(冠状断)拡張した開口部粘膜を伴う腫瘤で左側下鼻道が占拠されている(↑部).下鼻甲介が鼻上側に圧排・偏位している.図7先天涙.ヘルニアのCT(水平断)涙.から鼻涙管,下鼻道に連続する占拠性病変を認める(↑部).906あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(24)図9先天涙.皮膚瘻成人例.左側内眼角下方に涙.からの瘻管が開口している.フルオレセインで染色した生理食塩水で涙.洗浄を行うと瘻管から漏出するのが確認できる(↑部).2.先天涙.皮膚瘻涙.から皮膚に瘻管が形成されているもので,発症率は比較的高く1%程度ともいわれる8).内眼角部下方に臍状にくぼみが見られる.鼻涙管閉塞を合併していなければ自覚症状はないことが多いので,治療を必要としない.鼻涙管閉塞を合併する症例では瘻管から涙.貯留物が漏出する(図9).漏出点の焼灼や瘻管の結紮のみでは再開通することが多いので,根治治療としては瘻管を摘出する.3.涙点閉鎖流涙を主訴とする.先天涙点閉鎖では膜状の閉塞であることが多く閉塞部を穿孔することで完治するが,涙乳頭を伴わない場合は意図的涙小管断裂を作製し造袋術が必要となる.結膜炎などの炎症後に発症した後天涙点閉鎖では涙小管を含め広範な閉塞が認められることがある.4.結膜炎生後数日から2週間以内に発症する結膜炎では出生時の産道感染が考えられ,クラミジア感染症や淋菌感染症の可能性がある.妊婦健診を受けている産婦であれば出産前に診断・治療されていることが多いが,妊婦健診を受けていない場合は注意が必要である.若年者の性感染症が増加傾向であることから新生児の結膜炎では念頭に置くべきであり,特に淋菌感染は急速に進行し角膜穿孔など重症化するので見逃してはならない.5.先天緑内障出生10,000例に対し1例の発症率で,流涙や羞明を主訴とし角膜径の拡大を認める.手術を要する病態である.文献1)YoungJD,MacEwenCJ:Managingcongenitallacrimalobstructioningeneralpractice.BMJ315:293-296,19972)大石正夫,宮尾益也,阿部達也:ペニシリン耐性肺炎球菌による眼科感染症の検討.あたらしい眼科17:451-454,20003)今泉利雄,松野大作,神光輝ほか:ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)による涙.炎の3症例.あたらしい眼科17:87-91,20004)児玉俊夫,宇野俊彦,山西茂喜ほか:乳幼児および成人に発症した涙.炎の検出菌の比較.臨眼64:1269-1275,20105)後藤美和子,菅原美香:先天鼻涙管閉塞による涙.炎の起炎菌と薬剤感受性.眼臨紀1:365-367,20086)BaskinDE,ReddyAK,ChuYIetal:Thetimingofantibioticadministrationinthemanagementofinfantdacryocystitis.JAAPOS12:456-459,20087)松本直,権田恭広,杤久保哲男ほか:急性涙.炎により自然寛解した涙.ヘルニア.臨眼65:1501-1504,20118)飯田文人:先天性外涙.瘻の小学校健診における発現率.臨眼59:1299-1301,2005(25)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013907