《原著》あたらしい眼科30(4):541.545,2013c治療的角膜切除術後に遷延性角膜上皮欠損とカルシウム塩沈着をきたした眼類天疱瘡の1例羽田奈央加藤直子石川聖竹内大防衛医科大学校眼科学講座ACaseofOcularCicatricalPemphigoidwithPersistentCornealEpithelialDefectandCalcareousDegenerationafterPhototherapeuticKeratectomyNaoHada,NaokoKato,ShoIshikawaandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege眼類天疱瘡に伴う角膜混濁に対して治療的角膜切除術(phototherapeutickeratectomy:PTK)を行ったところ,術後に遷延性上皮欠損とカルシウム塩沈着を生じた1例を経験した.症例は70歳の女性で,右眼の角膜混濁と重度のドライアイ,白内障のため当科を紹介された.初診時,両眼結膜.の短縮を認めた.ドライアイに対し涙点プラグを挿入し,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼処方にて角膜上皮障害が改善したため,右眼角膜混濁に対してPTKを施行したところ,術後に遷延性角膜上皮欠損となった.ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼,0.5%レボフロキサシン点眼,自己血清点眼を処方したが改善せず,持続閉瞼を行ったところ上皮欠損部にカルシウム塩沈着が発生した.遷延性上皮欠損は低下した角膜上皮幹細胞機能がPTK術後の点眼液の細胞毒性により阻害されたことから,カルシウム塩沈着はベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼により発生したと考えられた.A70year-oldfemalepatientwithseveredryeye,superficialcornealstromalopacityandcataractwasintroducedtoourinstitute.Shewasdiagnosedwithocularcicatricalpemphigoidduetoseveredryeyeandsymblepharononbothconjunctiva.Sinceocularsurfaceconditionwasimprovedbyprescribingartificialteareyedropsandpunctualplugocclusion,photorefractivekeratectomy(PTK)wasperformedforthesuperficialstromalopacityonherrighteye.AfterPTK,hercorneaexhibitedpersistentepithelialdefectfor2months,despitetheprescriptionofautologousserumeyedrops.Whenweinstructedeyelidclosurebyeyepatchat2monthsaftersurgery,thecorneadevelopeddensewhitedepositsonthesuperficialstromaintheareaofepithelialdefect.Thedepositscouldbecalcareousdegenerationdevelopedthroughtopicaluseofphosphate-containingbetamethasoneeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):541.545,2013〕Keywords:遷延性角膜上皮欠損,眼類天疱瘡,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼,カルシウム塩沈着.persistentcornealepithelialdefect,ocularcicatricalpemphigoid,steroid-phosphateeyedrop,calcareousdegeneration.はじめに眼類天疱瘡(ocularcicatricalpemphigoid:OCP)は,粘膜上皮基底膜に対する自己抗体産生によるII型アレルギー反応から,角膜上皮の瘢痕化をきたす疾患である1.3).今回,筆者らは,眼類天疱瘡由来と考えられた角膜表層混濁に対して治療的角膜切除術(phototherapeutickeratectomy:PTK)を行ったところ,遷延性角膜上皮欠損を生じ,さらに点眼液の影響によると思われる角膜実質へのカルシウム塩沈着を続発した症例を経験したので報告する.I症例患者:70歳,女性.主訴:視力低下.既往歴:糖尿病,高血圧.既往歴:特になし.現病歴:2年前より近医にて右眼角膜混濁,白内障を指摘〔別刷請求先〕羽田奈央:〒359-8513所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学講座Reprintrequests:NaoHada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenceMedicalCollege,3-2Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8513,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)541され点眼治療を受けていた.しかし,徐々に視力が低下したため,平成24年4月27日に当科紹介受診となった.受診時所見:視力は右眼0.02(矯正不能),左眼0.09(矯正不能),眼圧は右眼16mmHg,左眼14mmHgであった.右眼角膜には帯状角膜変性と実質浅層に続く境界不明瞭な淡い混濁がみられた(図1).右眼は角膜全域に中等度の密度で点状表層角膜炎がみられ,左眼は下方に中等度の点状表層角膜炎がみられた.両眼とも下方結膜.がやや短縮し,軽度の瞼球癒着がみられた(図1).その他,眼瞼結膜には異常所見を認めなかった.涙液破綻時間は両眼とも1秒と短縮し,涙液三角は両眼で低下していた.Schirmerテスト(第Ⅰ法)は右眼1mm,左眼2mmであった.両眼瞼ともグレード3のマイボーム腺梗塞がみられた.前房深度はやや浅めで,虹彩の瞳孔縁には水晶体偽落屑物質が付着しており,中等度の加齢白内障がみられた.眼底は,糖尿病網膜症に対して汎網膜光凝固が施されており,両眼とも新福田分類AII(P)であった.ドライアイに対し両眼の上下涙点に涙点プラグ(スーパーフレックスプラグR,EagleVision,Inc.)を挿入し,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム(ヒアレインR点眼液0.1%)を処方し,両眼に各5回点眼指示したところ,5月18日の再診時には角膜上皮の点状表層角膜炎はほぼ治癒していた.そこで,角膜混濁を除去するために6月2日に右眼にPTKを施行した.エキシマレーザーを用いて直径6.0mmにトランジションゾーン1.5mmを加えて角膜上皮を.離し,さらに連続して角膜実質を切除した.切除深度は合計127.8μmであった.術後は治療用ソフトコンタクトレンズを挿入し,0.3%ヒアルロン酸ナトリウム(ヒアレインRミニ0.3%)を6回,0.5%レボフロキサシン(クラビットR点眼液0.5%)と0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR点眼,点耳,点鼻薬0.1%)を各4回右眼に点眼するよう指示した.PTK施行6日後に再診したとき,.離した上皮はほとんど再生していなかった.治療用ソフトコンタクトレンズ装用を続け,さらに6月8日より20%自己血清点眼を処方し2時間ごとに点眼するように指示したところ,上方から角膜上皮が再生し始めた.しかし,下方は手術時の上皮.離縁から図1初診時前眼部写真左上:角膜中央部の上皮下に帯状角膜変性がみられ,境界不明瞭な淡い混濁が実質浅層まで連続していた.右上:フルオレセインによる生体染色で角膜全域に中等度の点状表層角膜炎がみられた.下:下眼瞼結膜は短縮し,軽度の瞼球癒着がみられた(矢印).542あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(114)まったく上皮が再生しない状態が続いた(図2).7月9日より眼帯による終日閉瞼を行ったところ,7月20日来院時に右眼の上皮欠損部の角膜実質浅層に白色の沈着物が出現していた.沈着物は角膜実質浅層の上皮欠損部にあり,やや硬く,表面は不正であった(図3).さらに,翌週には沈着物が増加していた.0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムを点眼していたことより,沈着物はカルシウム図2PTK施行6日後の前眼部所見PTKの際に.離した角膜上皮は,上方がやや再生し始めているが,下方はまったく再生せず,角膜びらんが残存していた.塩である可能性が高いと考え,0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムを0.1%フルオロメトロン(フルメトロンR点眼液0.1%)に変更し,漸減中止した.さらに点眼液中の防腐剤などの添加物による上皮再生遅延の可能性も考慮し,7月27日より0.1%ヒアルロン酸ナトリウムも中止し,プレドニゾロン(プレドニンR)10mgを内服開始し再び経過観察としたところ,白色沈着物の表面に角膜上皮が再生し始めた.さらに,0.5%レボフロキサシン,0.3%ヒアルロン酸ナトリウムも中止し自己血清点眼のみとし,9月3日角膜上皮欠損は完全に閉鎖した.II考察本症例は,原因不明の角膜帯状変性と浅層実質の混濁があり,重度ドライアイ,結膜.の短縮,瞼球癒着がみられたことから眼類天疱瘡が病態の基盤にあったと考えられる.角膜混濁に対してPTKを施行し,通常の術後点眼を行ったところ,上皮再生遅延がみられ,さらに2カ月間に及ぶ0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムの点眼が関与してカルシウム沈着が生じたと考えられる.類天疱瘡は皮膚ないし粘膜の基底膜部を侵す難治性の自己免疫疾患で,水疱性類天疱瘡と瘢痕性類天疱瘡とに大別される.水疱性類天疱瘡は,表皮真皮境界部の基底膜部に対する自己抗体により表皮細胞基質間接着障害をきたす疾患で,皮図3PTK施行50日後の前眼部所見左上,右上:PTK後50日経過しても,角膜上皮びらんは下方で治癒していない.角膜上皮欠損部に一致して実質浅層に白色の沈着物がみられた.下:前眼部OCTでは,角膜実質の浅層に沈着物を確認できる(矢印).(115)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013543膚に表皮下水疱が形成される.一方,瘢痕性類天疱瘡は粘膜上皮の基底膜部に対する自己抗体により,主として粘膜に上皮下水疱を形成する疾患である4).眼類天疱瘡は,主として瘢痕性類天疱瘡に属し5),初期は片眼性の間欠性,非特異的慢性結膜炎で発症し,結膜上皮下に線状の線維形成が生じる1,6,7).無治療で放置すると,炎症が増悪し,線維形成の増大,円蓋部の短縮,瞼球癒着が生じる6,7).また,角膜上皮障害,実質混濁,血管新生などの角膜合併症が生じ,有効な治療を行わないと角膜潰瘍の穿孔や,角化を伴った眼瞼癒着が生じることもある8,9).角膜と結膜の境界にある輪部には,角膜上皮幹細胞が存在し,角膜上皮の再生と修復との維持に重要な役割を担っていると考えられる8).化学傷や熱傷などで角膜輪部が大きく損傷されると輪部機能不全となり,角膜の正常な上皮化が妨げられる8).輪部機能不全はStevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡の重症例で角膜上皮幹細胞が減少した場合にも生じることが知られている8,10).本症例は,初診時にすでに重度のドライアイ症状と角膜混濁,結膜.短縮がみられ,眼類天疱瘡が強く疑われたことから,PTK後に角膜上皮再生が著しく遅延した原因は,眼類天疱瘡に続発する輪部機能の低下に由来したと考えられる8,11).眼類天疱瘡やStevens-Johnson症候群のような眼表面の炎症疾患で角膜上皮幹細胞疲弊を起こす可能性のある疾患に対してPTKを行うことの是非については議論のあるところであろう.日本眼科学会の定める「エキシマレーザー照射におけるガイドライン」では,活動性の外眼部炎症,創傷治癒に影響を与える可能性の高い全身あるいは免疫不全疾患はエキシマレーザー屈折矯正手術の禁忌に分類されており,乾性角結膜炎は実施に慎重を要するといわれている.これらを考え合わせると,本症例がPTKの良い適応であったとはいえない.しかし,視機能の低下が著しく,外科的な治療を行わずに視機能を回復させることが不可能と判断したので,術前にドライアイの治療と十分な消炎を行い眼表面の状態を改善させてからPTKを施行した12).しかし,検眼鏡的には眼表面の炎症は鎮静化したと思われたが,実際のPTK後には遷延性上皮欠損に陥る結果となった.遷延性角膜上皮欠損の治療としては,ソフトコンタクトレンズ装着,ヒアルロン酸ナトリウム製剤の点眼,涙点閉鎖,自己血清点眼処方などが行われる.涙点閉鎖は,涙点プラグの挿入や涙点を焼灼することにより涙液を結膜.に貯留させて眼表面の水濡れ性を改善させる治療であり,重度のドライアイに対し有効である13,14).自己血清点眼薬は,表皮成長因子やビタミン類,フィブロネクチンなどの角結膜上皮再生を促す因子を含み涙の成分に比較的類似しているため重度ドライアイの治療に使用され,その有効性はこれまで複数報告されている6,7).本症例の角膜上皮再生遅延に対しては,上記544あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013のすべての治療を行ったが奏効せず,最終的には市販されている点眼薬をすべて中止することによってようやく治癒に至った.これは,本症例の角膜輪部機能が著しく低下していたため,点眼液中に含まれる防腐剤のみならず点眼液の有効成分や溶媒中に含まれる添加物などにより,上皮再生が阻害されたためと考えられる.さらに,上皮欠損部の実質表層に生じた白色の沈着物は,カルシウム塩と考えられる.角膜へのカルシウム塩沈着は,通常は帯状角膜変性の形で角膜上皮基底膜からBowman層にかけて生じる.しかしまれに,全身的な代謝異常や変性疾患の際など,より深層の実質にカルシウム沈着が生じることがある.深層の実質へのカルシウム沈着は,涙液中のカルシウム濃度が高まっているところに,リン酸を含むステロイド点眼液を投与することによりカルシウムリン酸塩が生じ,角膜実質細胞の代謝異常で,産生されたグリコサミノグリカンの働きにより細胞内または細胞周囲に結合すると考えられており,外傷後やStevens-Johnson症候群に伴う慢性角結膜炎,遷延性角膜上皮欠損,移植片対宿主病,外科手術後などに発症することがある11,15,16).本例でも,PTK施行前より重度のドライアイに対して涙点プラグを使用しており,涙液中のカルシウム濃度が上がっていた可能性があり,遷延性角膜上皮欠損が存在したところに消炎のため0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムの点眼を行っており,これらの点眼液の濃度も高まっていた可能性がある.そこへ持続閉瞼による涙液pHの変化などがきっかけとなり,角膜実質にカルシウム塩の沈着が起きたと推測される.さらに,レボフロキサシンを継続して使用していたことより,ニューキノロン点眼液の結晶沈着であった可能性も考えられる.本症例のように白内障による高度の視力低下と角膜実質混濁を伴う眼類天疱瘡患者の視機能を回復させるには,角膜混濁除去と白内障手術が必須である.白内障手術の安全性を上げるためにも,先に角膜混濁を除去し術視野を確保したうえでの白内障手術は意義があると考えられる.そのためには,眼類天疱瘡を合併していることにより術後に上皮再生遅延を生じる可能性があったとしても,混濁を均一に切除できるPTKは有用と考えられる17).しかし,十分なインフォームド・コンセントと,術後に遷延性上皮欠損が発生してしまった場合には,自己血清点眼処方や羊膜移植などの処置を早めに行う準備が必要と思われる.また,角膜上皮再生遅延を生じた場合には,漫然とした抗生物質や消炎薬の投与は行わず,早期に漸減中止することも検討したほうが良いと思われる.特に,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼時には,涙液のpHなどの眼表面環境の変化により角膜実質にカルシウム塩沈着を生じることもあり,注意を要する.(116)文献1)GazalaJR:Ocularpemphigus.AmJOphthalmol48:355362,19592)MondinoBJ,BrownSI:Ocularcicatricialpemphignoid.Ophthalmology88:95-100,19813)FosterCS,AhmedAR:Intravenousimmunogloblintherapyforocularcicatricalpemphigoidapreliminarystudy.Ophthalmology106:2136-2143,19994)LinhartRW:Treatmentofcalcareousfilmofthecornea.AmJOphthalmol35:1497-1498,19525)藤原憲治,近藤照敏,湖崎淳ほか:帯状角膜変性に対するエチレンジアミン四酢酸ナトリウム(EDTA-Na2)塗布療法.臨眼49:301-305,19956)原英徳,福田昌彦,三島弘ほか:遷延性角膜上皮欠損に対し血清点眼が有効であった眼類天疱瘡の1例.眼紀47:1329-1332,19967)横山真介,佐々木香る,斉藤禎子ほか:眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現.あたらしい眼科28:119-122,20118)後藤英樹:角膜ステムセル障害.あたらしい眼科15:365366,19989)AhmedM,ZeinGK:Ocularcicatricalpemphigoid:Pathogenesis,diagnosisandtreatment.ProgrRetinEyeRes23:579-592,200410)KoizumiN,KinoshitaS:Ocularsurfacerecontruction,aminoticmembrane,andcultivatedepithelialcellsfromthelimbus.BrJOphthalmol87:1437-1439,200311)Scholtzer-SchrehardtU,ZagorskiZ,LeonardMHetal:Cornealstromalcalcificationaftertopicalsteroid-phosphatetherapy.ArchOphthalmol117:1414-1418,199912)エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン.日眼会誌113:741-742,200913)濱野孝:涙点プラグ(涙道閉鎖).眼科プラクティス3,オキュラーサーフェスのすべて,p96-99,文光堂,200514)渡辺仁:涙点閉鎖の方法.眼科プラクティス3,オキュラーサーフェスのすべて,p100-101,文光堂,200515)Peris-MartinezC,MenezoJL,Diaz-LlopisMetal:Multilayeramnioticmembranetransplantationinsevereoculargraftversushostdisease.EurJOphthalmol11:183-186,200116)LakeD,TarnnA,AyliffeW:Deepcornealcalsificationassociatedwithpreservative-freeeyedropsandpersistentdefects.Cornea27:292-296,200817)PreschelN,HardtenDR:Managementofcoincidentcornealdiseaseandcataract.CurrOpinOphthalmol10:59-65,1999***(117)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013545