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多施設における緑内障実態調査2012年版―薬物治療―

2013年6月30日 日曜日

《第23回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科30(6):851.856,2013c多施設における緑内障実態調査2012年版―薬物治療―塩川美菜子*1井上賢治*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科CurrentStatusofGlaucomaTherapyatPrivatePracticesandPrivateOphthalmologyHospitalin2012MinakoShiokawa1),KenjiInoue1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter本調査趣旨に賛同した39施設に2012年3月12日から3月18日に外来受診した緑内障および高眼圧症患者3,569例を対象とし,緑内障病型,手術既往歴,使用薬剤を調査し,2007年,2009年の実態調査と比較した.病型は正常眼圧緑内障47.6%,狭義原発開放隅角緑内障27.4%,原発閉塞隅角緑内障7.6%であった.使用薬剤数は1剤52.7%,2剤22.9%,3剤9.1%,無投薬12.0%であった.1剤はプロスタグランジン関連薬63.4%,b(ab)遮断薬23.9%,配合点眼薬9.9%であった.2剤はプロスタグランジン関連薬+b(ab)遮断薬47.5%,プロスタグランジン関連薬+チモロール・ドルゾラミド配合点眼薬19.8%であった.過去2回の調査結果と比較して平均使用薬剤数に差はなく,いずれも1剤はプロスタグランジン関連薬が最多,2剤はプロスタグランジン関連薬+b(ab)遮断薬が最多であった.Weinvestigatedthecurrentstatusofglaucomatherapyat39ophthalmologicfacilities.Includedinthisstudy,conductedduringtheweekofMar12,2012were3,569glaucomaorocularhypertensionpatients.Theresultswerecomparedwiththoseofpreviousstudiesperformedin2007and2009.Ofthosepatients,47.6%hadnormaltensionglaucoma(NTG),27.4%hadprimaryopenangleglaucoma(POAG),and7.6%hadprimaryangleclosureglaucoma(PACG).Monotherapywasindicatedin52.7%,twodrugsin22.9%and3drugs9.1%.Monotherapycomprisedprostaglandinanalogin63.4%,beta-blockingagentin23.9%andfixedcombinationin9.9%.Inpatientsreceiving2drugs,combinationsofprostaglandinanalogandbeta-blockingagentwereusedin47.5%andacombinationofprostaglandinanaloganddorzolamide-timololfixedwasusedin19.8%.Onthebasisofthisandpreviousstudies,prostaglandinanaloginmonotherapyandcombinationsofprostaglandinanalogandbeta-blockingagentin2-drugtherapywerethemostfrequentlyused,respectively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):851.856,2013〕Keywords:眼科診療所,眼科専門病院,緑内障治療薬,実態調査.privatepractice,ophthalmichospital,glaucomamedication,investigation.はじめに2012年,緑内障診療ガイドライン第2版が一部改訂され「緑内障診療ガイドライン第3版」が発表された1).緑内障診療は緑内障点眼薬の改良や増加,手術の安全性向上,手術材料の開発,検査器機の進歩による診断精度や疾患発見率の向上,そして高度の視覚情報化社会,高齢化社会,患者の多様化などの時代背景と視覚に対するニーズの高まりとともに変化している.しかし,依然として緑内障の唯一エビデンスの得られている治療は眼圧下降である.緑内障薬物治療においては1999年にわが国初のプロスタグランジン関連薬であるラタノプロスト,点眼炭酸脱水酵素阻害薬であるドルゾラミド,利便性を考慮したb遮断薬であるイオン応答ゲル化チモロールが発売されて以降2009年までに新たな作用機序を有する点眼薬や同種同効点眼薬が増加,さらには後発品も出現した.これにより眼科医の緑内障薬物治療の選択肢は大幅に広がったが,一方で点眼薬の副作用やアドヒアランスを考慮すると薬剤の選択に悩むことも多くなった.そして2010年にはわが国初の配合点眼薬が3種発売された.配合点眼薬は利便性とアドヒアランスの向上,防腐剤投与減少に伴う副作用の軽減などが期待される一方で〔別刷請求先〕塩川美菜子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:MinakoShiokawa,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(129)851 b遮断薬が選べない,副作用の原因特定があいまいになる,点眼回数減少による効果の減弱の可能性などの問題もあると推察される.緑内障薬物治療において今や,膨大な点眼治療の選択肢を得たわれわれ眼科医にとって,現状の薬物治療の実態を把握することは診療を行ううえで有用であると考えられる.緑内障治療の実態調査は過去にも報告されているが,いずれも大学病院を中心に行われており2,3),眼科病院やクリニックで行われたものはない.そこで当院では眼科病院やクリニックにおける緑内障患者実態調査を開始した.これまで緑内障ガイドライン第2版が発表された後の2007年に第1回緑内障患者実態調査,プロスタグランジン関連薬の種類が増加した後の2009年に第2回緑内障患者実態調査を施行し報告した4,5).そして今回,配合点眼薬発売後の2012年に第3回緑内障実態調査を施行し前回までの調査結果と比較,その変遷について検討を行った.I対象および方法本調査は,調査趣旨に賛同を得た39施設において2012年3月12日から3月18日に施行した.参加施設を表1に示す.緑内障の診断および治療は緑内障診療ガイドライン1)に則り主治医の判断で行った.初診時にすでに他院で治療を開始されており,ベースライン眼圧が正確に把握できていない症例もあった.また,眼圧測定方法,視野検査方法,点眼薬処方については限定せず,各施設の診療方針に一任した.対象は調査期間内に調査施設の外来を受診したすべての緑内障および高眼圧症患者とした.総症例数3,569例,男性表1参加施設高柳クリニック後藤眼科ふじた眼科社本眼科鬼怒川眼科医院菅原眼科いずみ眼科クリニック篠崎駅前高橋眼科サンアイ眼科中沢眼科医院石井眼科クリニックはしだ眼科やながわ眼科駒込みつい眼科あおやぎ眼科みやざき眼科おおあみ眼科丸の内中央眼科診療所谷津駅前あじさい眼科もりちか眼科のだ眼科麻酔科医院中山眼科本郷眼科梅屋敷眼科クリニック吉田眼科眼科中井医院うえだ眼科ヒルサイド眼科クリニックえぎ眼科いまこが眼科えづれ眼科むらかみ眼科クリニック江本眼科ガキヤ眼科おおはら眼科お茶の水・井上眼科クリニックおがわ眼科西葛西・井上眼科病院早稲田眼科852あたらしい眼科Vol.30,No.6,20131,503例,女性2,066例,年齢9.100歳(平均年齢67.4±13.2歳)であった.そのうちお茶の水・井上眼科クリニック(井上眼科病院外来部門)1,562例,西葛西・井上眼科病院353例で眼科専門病院の症例が約53.7%を占めた.片眼のみ緑内障または高眼圧症の患者は罹患眼,両眼罹患の患者は右眼を調査対象眼とした.なお,配合点眼薬については多剤併用治療であるため点眼2種として扱うべきであろうが,本調査ではアドヒアランスの観点から患者が自己管理する剤型をベースに考え,1剤として扱うこととした.調査方法は調査表を用いて行った.各施設にあらかじめ調査表を送付し,病型,年齢,性別,使用薬剤の種類および使用薬剤数,緑内障手術既往歴について診療録から記載後にすべて回収し集計した.集計は井上眼科病院内の集計センターで行った.回収した調査表より病型,使用薬剤数および種類について解析を行い,前回までの調査結果4,5)と比較した(c2検定).II結果1.病型(表2)正常眼圧緑内障は1,700例(47.6%),狭義原発開放隅角緑内障は979例(27.4%),続発緑内障は366例(10.3%),原発閉塞隅角緑内障は270例(7.6%)などであり,広義開放隅角緑内障が75%を占めた.緑内障手術既往のある症例は283例(7.9%)あった.2.使用薬剤数(表3)1剤使用が1,880例(52.7%),2剤使用が818例(22.9%),3剤使用が326例(9.1%),4剤使用が103例(2.9%)であった.視野障害がない,あるいはあっても軽微で経過観察中表2病型の内訳正常眼圧緑内障1,700例(47.6%)狭義原発開放隅角緑内障979例(27.4%)続発緑内障366例(10.3%)原発閉塞隅角緑内障270例(7.6%)高眼圧症250例(7.0%)その他4例(0.1%)合計3,569例(100%)表3使用薬剤数0剤427例(12.0%)1剤1,880例(52.7%)2剤818例(22.9%)3剤326例(9.1%)4剤103例(2.9%)5剤15例(0.4%)合計3,569例(100%)平均使用薬剤数:1.4±0.9剤(130) の症例,濾過手術後で十分な眼圧下降が得られている症例などで無投薬が427例(12.0%)であった.平均使用薬剤数は1.4±0.9剤であった.3.1剤使用症例の使用薬剤(表4)1剤使用症例の内訳はプロスタグランジン関連薬が1,192例(63.4%),bおよびab遮断薬が449例(23.9%),配合点眼薬が189例(9.9%)であった.使用薬剤の詳細を表5に示す.プロスタグランジン関連薬ではラタノプロストが584例(31.1%)で最多で,ついでトラボプロストが205例(10.9%),タフルプロストが160例(8.5%)などであった.ラタノプロストの後発品は64例(3.4%)で使用されていた.b遮断薬ではイオン応答ゲル化チモロールが121例(6.4%)で最多で,ついで持続型カルテオロールが110例(5.9%),水溶性チモロールが71例(3.8%)などであった.後発品は10表41剤使用症例の薬剤プロスタグランジン関連薬b(ab)遮断薬配合点眼薬点眼炭酸脱水酵素阻害薬その他1,192例(63.4%)449例(23.9%)186例(9.9%)25例(1.3%)28例(1.5%)合計1,880例(100%)表51剤使用症例の薬剤内訳プロスタグランジン関連薬ラタノプロストトラボプロストタフルプロストビマトプロストイソプロピルウノプロストン後発品584例(31.1%)205例(10.9%)160例(8.5%)74例(3.9%)105例(5.6%)64例(3.4%)b遮断薬水溶性チモロールイオン応答ゲル化チモロール熱応答ゲル化チモロールカルテオロール持続型カルテオロールレボブノロールベタキソロール後発品71例(3.8%)121例(6.4%)20例(1.1%)39例(2.1%)110例(5.9%)28例(1.5%)13例(0.7%)10例(0.5%)ab遮断薬ニプラジロール後発品33例(1.8%)4例(0.2%)点眼炭酸脱水酵素阻害薬ドルゾラミドブリンゾラミド6例(0.3%)19例(1.0%)配合点眼薬チモロール・ラタノプロストチモロール・トラボプロストチモロール・ドルゾラミド88例(4.7%)45例(2.4%)53例(2.8%)a1遮断薬ブナゾシン20例(1.1%)その他8例(0.5%)合計1,880例(100%)例(0.5%)で使用されていた.配合点眼薬ではチモロール・ラタノプロスト配合点眼薬が88例(4.7%),チモロール・ドルゾラミド配合点眼薬が53例(2.8%),チモロール・トラボプロスト配合点眼薬が45例(2.4%)であった.4.2剤使用症例の使用薬剤(図1)2剤使用症例の内訳はプロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用が388例(47.5%),プロスタグランジン関連薬とチモロール・ドルゾラミド配合点眼薬の併用が162例(19.8%),プロスタグランジン関連薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用が123例(15.0%),配合点眼薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用が50例(6.1%),b(ab)遮断薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用が35例(4.3%)などであった.プロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用(388例)ではラタノプロストとイオン応答ゲル化チモロールの併用が最も多く60例,ついでラタノプロストと持続型カルテオロール併用が40例,ラタノプロストと水溶性チモロール併用が37例であった.プロスタグランジン関連薬と配合点眼薬の併用(162例)ではラタノプロストとチモロール・ドルゾラミド配合点眼薬の併用が72例で最も多く,ついでビマトプロストとチモロール・ドルゾラミド配合点眼薬の併用が56例であった.プロスタグランジン関連薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用(123例)ではラタノプロストとブリンゾラミドの併用が44例で最も多く,ついでラタノプロストとドルゾラミドの併用が26例などであった.配合点眼薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用(50例)ではラタノプロスト・チモロール配合点眼薬とブリンゾラミドの併用が21例,トラボプロスト・チモロール配合点眼薬とブリンゾラミドの併用が14例などであった.n=818その他60例7.3%b(ab)+点眼CAIPG+b(ab)PG+点眼CAI388例47.5%PG+配合薬162例19.8%123例15.0%35例4.3%配合点眼薬+点眼CAI50例6.1%PG:プロスタグランジン関連薬b(ab):b(ab)遮断薬CAI:炭酸脱水酵素阻害薬図12剤使用症例の薬剤(131)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013853 :2007年(n=1,935)■:2009年(n=3,074)■:2012年(n=3,569):2007年(n=1,935)■:2009年(n=3,074)■:2012年(n=3,569)正常眼圧緑内障(NTG)狭義原発開放隅角緑内障(POAG)原発閉塞隅角緑内障(PACG)続発緑内障高眼圧症(OH)その他図22007年,2009年調査との比較(病型)(%)01020304050%01020304050605剤以上4剤3剤2剤1剤0剤NS:2012年(n=3,569):2009年(n=3,074):2007年(n=1,935)NS:notsignificant図32007年,2009年調査との比較(使用薬剤数)PG関連薬b(ab)遮断薬配合薬その他2.89.923.963.4430.465.636.3■:2012年(n=1,880)10.353.4010203040506070:2007年(n=865)■:2009年(n=1,489)**********p<0.0001(c2検定)(%)図42007年,2009年調査との比較(1剤使用症例の薬剤)5.2007年,2009年の実態調査との比較病型はいずれも正常眼圧緑内障,狭義原発開放隅角緑内障の順に多かった(図2).平均使用薬剤数は2007年が1.5±1.0剤,2009年も1.5±1.0剤,2012年が1.4±0.9剤で差はなかった(図3).1剤使用症例の使用薬剤は2007年,2009年,2012年ともにプロスタグランジン関連薬が最も多く,ついでb(ab)遮断薬であった.プロスタグランジン関連薬の使用は2007年よりも2009年,2012年は増加し,一方b(ab)遮断薬の854あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013PG+b(ab)37.515.047.521.420.058.929.915.654.5010203040506070配合点眼薬と併用26.3%:2007年(n=532)■:2009年(n=749)■:2012年(n=818)**p<0.0001*p<0.05(c2検定)******PG+点眼CAIその他(%)図52007年,2009年調査との比較(2剤使用症例の薬剤)使用は2007年よりも2009年,2012年は減少した(p<0.0001c2検定)(図4).2剤使用症例の使用薬剤は2007年,2009年,2012年ともにプロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用が最も多かった.プロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用は2007年よりも2009年が増加,2009年よりも2012年は減少した(p<0.0001c2検定).プロスタグランジン関連薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用も同様であった(p<0.05c2検定)(図5).III考按厚生労働科学研究,研究費補助金難治性疾患克服研究事業網脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究6)によれば,緑内障はわが国における失明の主原因疾患の第1位である.しかし一方で,緑内障は眼科領域では糖尿病とならび早期発見,早期治療開始が予後に大きく影響する疾患の代表でもある.近年は医療機器の進歩,健康診断の充実,啓蒙活動などにより緑内障発見の機会は増加し,またコンタクトレンズ診療,屈折矯正手術の普及などにより若年者における緑内障早期発見の機会も同様に増加していると推察される.個々の眼科医は,獲得した情報のなかから患者の病状,生活スタイル,アドヒアランス,余命などを考慮したうえで,緑内障診療ガイドラインを参考に最良と考えた治療を行う.しかし,他の眼科医の緑内障治療の実態を知る機会は少ない.これらを把握することは,個々の眼科医にとって有益であり,また将来の緑内障診療においても重要な意味をもつ可能性がある.今回の調査では病型は広義開放隅角緑内障が75%を占めた.2000年から2001年に行われた多治見スタディによれば広義開放隅角緑内障は約80%7)と報告されており,本調査結果はほぼ同等であった.さらに2007年,2009年に施行した実態調査とも同様で病型には大きな変遷がないと推察された.使用薬剤数は1剤使用が52.7%,2剤使用が22.9%,3剤使用が9.1%,4剤使用が2.9%で,2007年,2009年の調査結果と比較すると1剤は増加,2剤,3剤は減少傾向にある(132) も有意差はなく,平均使用薬剤数も1.4±0.9剤で2007年の1.5±1.0剤,2009年の1.5±1.0剤と差はなかった.配合点眼薬が使用可能となったが,平均使用薬剤数が今回の調査で減少していなかった.しかし,眼科医の多くが必要に応じて配合点眼薬の使用を考えている8)ことから,使用経験の蓄積により安全性や眼圧下降効果の信頼性が得られれば,今後さらに普及し患者の管理する薬剤数は減少が期待できる可能性がある.1剤使用ではプロスタグランジン関連薬が63.4%,bおよびab遮断薬が23.9%,配合点眼薬が9.9%であった.2007年,2009年の調査結果もプロスタグランジン関連薬が最も多く,ついでbおよびab遮断薬であり今回の調査結果と同様であった.緑内障診療ガイドライン第3版1)によれば,薬剤の選択は眼圧下降効果と認容性からプロスタグランジン関連薬とb遮断薬が第一選択薬であることから,ガイドラインが遵守されていると推察される.しかしながら,プロスタグランジン関連薬は2007年に比べ2009年,2012年は増加したのに対し,bおよびab遮断薬は2007年に比べ2009年,2012年は減少した.これはプロスタグランジン関連薬が眼圧下降効果と安全性からb遮断薬よりも第一選択薬として選ばれる頻度が増加しているためと推察される.また,プロスタグランジン関連薬では2012年もラタノプロストが最多であった.これは発売から10年以上経過していること,その間に蓄積された使用経験によりその眼圧下降効果と安全性が多くの眼科医の信頼を得ているためと推察された.ラタノプロストについでトラボプロストが多く使用されていたのは塩化ベンザルコニウム非含有により眼表面に対する影響が少ないため9)と推察された.一方,2010年にラタノプロストの後発品が多数発売されたが,今回の調査では後発品使用は3.4%と少なかった.吉川らが施行したアンケート調査によれば後発品使用については慎重に考えている眼科医が多いと報告されており8),その要因としてわが国の後発品は添加物の種類や濃度が先発品と異なる10,11)ことから現状では有効性・安全性を示す経験や情報が乏しいことがあげられている.今回の調査結果からはそれを反映していることがうかがえた.b遮断薬ではイオン応答ゲル化チモロールが最多,ついで持続型カルテオロールであったのは1回点眼という利便性の良さによると推察された.2剤使用症例ではプロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用が最多,ついでプロスタグランジン関連薬と配合点眼薬の併用,プロスタグランジン関連薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用,配合点眼薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用,b(ab)遮断薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用の順であった.プロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用,プロスタグランジン関連薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用ともに2007年よりも2009年が増加,2009年よりも2012(133)年は減少したのは2012年から配合点眼薬との併用が追加になった影響による.配合点眼薬との併用を除けば2007年,2009年,2012年ともにプロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用が最も多く,ついでプロスタグランジン関連薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用であった.柏木らによれば緑内障点眼薬の新規処方の変遷として点眼炭酸脱水酵素阻害薬の増加をあげている12).点眼炭酸脱水酵素阻害薬はb遮断薬と比較すると全身的副作用が少なく夜間眼圧下降効果が強力なことからプロスタグランジン関連薬との併用において処方頻度が徐々に増加すると筆者らも予測したが2007年,2009年と比較して変化なかった.点眼炭酸脱水酵素阻害薬は刺激感やかすみなどの使用感や点眼回数が多いことが点眼励行に影響し,その結果として眼圧下降効果が十分に得られないこともあることが一因と推察された.配合点眼薬の使用割合は1剤使用症例の約10%,2剤使用症例の約25%で多剤併用治療ほど使用頻度が増加していることから利便性やアドヒアランスの良さが考慮されていることが示唆された.今後も使用経験の蓄積により配合点眼薬の使用割合は増加する可能性がある.眼科専門病院および眼科クリニックにおける2012年緑内障実態調査ではプロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の使用頻度が高いことがわかった.これらの結果は2007年,2009年の結果4,5)と同様で,現状においては緑内障薬物治療の主軸はプロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬であると推察された.2012年新たな作用機序を有するブリモニジン点眼薬が発売されたが,今後いかに位置づけられるか興味がもたれる.ますます緑内障薬物治療は複雑化することが予想され,実態調査の必要性,重要性もさらに高まると考えられる.今後も定期的に調査を行うことで,緑内障薬物治療実態の把握に努めたい.謝辞:本調査にご参加いただき,ご多忙中にもかかわらず診療録の調査,記載,集計作業にご協力いただいた各施設の諸先生方に深く感謝いたします.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本緑内障学会診療ガイドライン作成委員会:緑内障ガイドライン第3版.日眼会誌116:5-46,20122)清水美穂,今野伸介,片井麻貴ほか:札幌医科大学およびその関連病院における緑内障治療薬の実態調査.あたらしい眼科23:529-532,20063)石澤聡子,近藤雄司,山本哲也:一大学付属病院における緑内障治療薬選択の実態調査.臨眼60:1679-1684,20064)中井義幸,井上賢治,森山涼ほか:多施設による緑内障あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013855 患者の実態調査─薬物治療─.あたらしい眼科25:15811585,20085)井上賢治,塩川美菜子,増本美枝子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査2009年版─薬物治療─.あたらしい眼科28:874-878,20116)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.厚生労働科学研究研究費補助金難治性疾患克服研究事業網脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究平成17年度総括・分担研究報告.p263-267,20067)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimistudy.Ophthalmology111:1641-1648,20048)吉川啓司:眼科医を対象とした後発品および配合点眼剤に対するアンケート調査.日本の眼科83:599-602,20129)湖﨑淳,大谷信一郎,鵜木一彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績─眼表面への影響─.あたらしい眼科26:101-104,200910)吉川啓司:後発医薬品点眼薬:臨床使用上の問題点.日本の眼科78:1331-1334,200711)山崎芳夫:配合剤と後発品の功罪.眼科53:673-683,201112)柏木賢治:慢性疾患診療支援システム研究会:抗緑内障点眼薬に関する最近9年間の新規処方の変遷.眼薬理23:79-81,2009***856あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(134)

眼内レンズ毛様溝縫着術後に発症した遅発性眼内炎の2例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):845.849,2013c眼内レンズ毛様溝縫着術後に発症した遅発性眼内炎の2例尾崎弘明ファンジェーン外尾恒一深澤祥子内尾英一福岡大学医学部眼科学教室TwoCasesofLate-OnsetEndophthalmitisafterTransscleralFixationofIntraocularLensHiroakiOzaki,JaneHuang,KoichiHokao,ShokoFukazawaandEiichiUchioDepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,FukuokaUniversity眼内レンズ毛様溝縫着術後に長期間を経てから急性症状で発症した遅発性眼内炎の2例を報告する.症例1は59歳,女性.眼内レンズ毛様溝縫着術を施行して7年10カ月後に急激な視力低下,眼痛を認めた.視力は手動弁で毛様充血,前房内フィブリン析出,硝子体混濁を認めた.感染性眼内炎と診断し,硝子体手術,眼内レンズ摘出術を施行した.症例2は75歳,男性.眼内レンズ毛様溝縫着術を施行して1年9カ月後に急激な視力低下,眼痛を認めた.視力は右眼手動弁で前眼部に炎症所見,硝子体混濁を認め,眼内炎と診断し硝子体手術を行った.眼内液からは症例1でStaphylococcusaureusが,症例2でStreptococcuspneumoniaeが検出された.2症例ともに術後経過は良好で視力は改善した.眼内レンズ毛様溝縫着後には長期間経過して急性の眼内炎を発症することがある.2例ともに強膜弁の作製はなく,眼内レンズの縫着糸が結膜上に露出していた.このことが感染の誘因と考えられ,発見し次第に適切な処置を行うことが望ましいと考えられた.Wereport2eyesinwhichendophthalmitisoccurredafteraperiodoftimefollowingtransscleralfixationofintraocularlens(IOL).Case1,a59-year-oldfemale,underwentIOLsuturingin2001;7yearsand10monthslater,shevisitedourhospitalduetovisuallossandpaininherlefteye.Visualacuitywashandmotion.Ciliaryinjection,fibrinexudationintheanteriorchamberandvitreousopacitywereobserved.VitrectomywasperformedwithIOLremoval.Case2,a75-year-oldmale,underwentIOLsuturingin2010;1yearand9monthslater,hevisitedourhospitalduetovisuallossandpaininhislefteye.Visualacuitywashandmotion.Thelefteyewasdiagnosedasendophthalmitis.Vitrectomywasperformed.Bothcasesachievedvisualrecoveryafterthesurgery.Staphylococcusaureuswasisolatedincase1andStreptococcuspneumoniaeincase2,fromthevitreous.Theinfectionwaspossiblycausedby10-0polypropyleneexposureattheconjunctiva;bothcaseswerewithoutscleralflaps.Exposureof10-0polypropylenesuturesshouldbeeliminated,topreventinfectionaftertransscleralfixationofIOL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):845.849,2013〕Keywords:遅発性眼内炎,眼内レンズ毛様溝縫着,強膜弁.late-onsetendophthalmits,transscleralfixationofintraocularlens,scleralflap.はじめに白内障術後の感染性眼内炎は術後早期から1カ月以内に起こる急性発症のタイプと,1カ月以降に発症する遅発性のタイプの2つに大別される1,2).一般的に急性発症の感染性眼内炎は症状の進行が速く,遅発性のタイプは進行が緩徐とされている.眼内レンズ毛様溝縫着術後の感染性眼内炎の報告はまれであるが,発症時期が遅発性にもかかわらず急性発症した感染性眼内炎の報告が散見される3.8).今回筆者らは眼内レンズ毛様溝縫着術後の長期間を経てから急性術後眼内炎と同様の眼症状で発症した2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕59歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:平成13年3月に左眼の裂孔原性網膜.離の診断で当科にて強膜輪状締結術を施行された.術後に網膜再.離となり,4月に左)経毛様体扁平部水晶体切除術,硝子体手術,空気灌流,眼内光凝固,SF6(六フッ化硫黄)ガス注入〔別刷請求先〕尾崎弘明:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HiroakiOzaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Jyonan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)845 AB図1当科再診時左眼前眼部写真鼻側の結膜に充血を認め(A),縫着糸が結膜上に露出している(B).を施行され,網膜復位を得た.その後,平成13年10月に左眼の眼内レンズ毛様溝縫着術を施行された.眼内レンズはCZ70BDR(Alcon社)を使用し,10-0ポリプロピレン糸にて縫着を行った.強膜弁は作製しなかった.術後視力は左眼(0.6×.2.0D).その後は当科外来にて定期的に経過観察を行われていたが,平成18年からは受診されなかった.平成21年8月に左眼の急激な視力低下,眼痛,充血を認めたために,近医を受診.左眼の感染性眼内炎を疑われ,当科外来を紹介受診となった.既往歴・家族歴:特記事項なし.当科受診時所見:視力は右眼0.06(1.2×.6.5D(cyl.1.5DAx180°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は右眼14mmHg,左眼26mmHgであった.右眼は前眼部,眼底に異常所見はなく,左眼は結膜に毛様充血を高度に認め,角膜は実質浮腫,前房に炎症細胞を多数,フィブリン析出が認められた(図1A).結膜の鼻側に縫着糸が結膜上に露出していた図2左眼超音波Bモード所見硝子体混濁が認められる.AB図3左眼術後前眼部眼底所見前眼部(A)および眼底(B)の炎症所見は軽快している.846あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(124) (図1B).左眼の眼底は硝子体混濁を認め,詳細不明であった(図2).以上の所見より,左)感染性眼内炎と診断した.経過:同日左眼の硝子体手術を行った.術中に結膜上に露出した縫着糸を除去し,眼内はバンコマイシン(20μg/ml),セフタジジム(40μg/ml)を含む灌流液で十分な洗浄を行った.術中所見では鼻側の縫着部位付近の硝子体腔中には強い白色の混濁が観察された.術後炎症所見が1週間後に軽快しなかったために,平成23年9月7日に再度左眼に対して硝子体手術,眼内レンズ摘出術を施行した.起因菌培養では眼内液からはStaphylococcusaureusが,縫着糸からはCandidaparapsilosisが検出された.術後経過は良好で視力は(0.6×+10.5D(cyl.1.5DAx85°)に改善し良好な経過を得た(図3A,B).〔症例2〕75歳,男性.主訴:左眼の視力低下.現病歴:平成22年3月に左眼の視力低下を自覚,近医で図4当科初診時左眼前眼部写真前房内にフィブリン析出を認める.左眼の白内障と診断された.左眼に対しての白内障手術の術中にZinn小帯の断裂を認めたために水晶体.内摘出術を施行された.4月に左眼の硝子体手術,眼内レンズ毛様溝縫着術を施行.眼内レンズはP366UVR(Baush&Lomb社)を使用し,10-0ポリプロピレン糸にて縫着を行った.強膜弁は作製しなかった.術後視力は左眼(0.6).術後は定期的に経過観察を行われていた.平成22年12月5日の朝に左眼の違和感を自覚,近医を受診したが,視力は左眼(1.0)で,炎症所見は認めなかった.しかし,同日の午後になって左眼の視力低下,眼痛,充血を自覚.再度近医を受診したところ前房内にフィブリン析出を認め,感染性眼内炎の疑いで当科外来を紹介受診となった.既往歴:糖尿病,高血圧.家族歴:特記事項なし.図5左眼超音波Bモード所見硝子体混濁が認められる.AB図6左眼術後前眼部眼底所見前眼部(A)および眼底(B)の炎症所見は軽快している.(125)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013847 当科初診時所見:視力は右眼0.06(1.5×+1.5D(cyl.1.5DAx180°),左眼手動弁(矯正不能)で,眼圧は右眼16mmHg,左眼14mmHgであった.右眼は前眼部,眼底に異常所見はなく,左眼は結膜に毛様充血を高度に認め,角膜は実質浮腫,前房に炎症細胞が多数,フィブリン析出が認められた(図4).鼻側の結膜の縫着糸が結膜上に露出していた.眼底は硝子体混濁を認め,詳細不明であった(図5).以上の所見より,左)感染性眼内炎と診断した.経過:同日右眼の硝子体手術を行った.術中に結膜上に露出した縫着糸は結膜で被覆し,症例1と同様に眼内にはバンコマイシン,セフタジジムを含む灌流液で十分な洗浄を行った.鼻側の縫着部位付近の硝子体中には白色の混濁が観察された.術後の炎症所見は徐々に軽快したが,縫着部位の結膜創が離解したために12月27日に左眼の結膜縫合を施行した.起因菌培養では眼内液からStreptococcuspneumoniaeが検出された.術後経過は良好で視力は左眼(0.8×+4.0D(cyl.4.0DAx90°)に改善した(図6A,B).II考按眼内レンズ縫着術後に生じた感染性眼内炎の報告は少なく,筆者らが調べた限りでは10例であり,おもな報告と今回の2症例の特徴を表1に示した.薄井ら1)が報告したわが国での眼内炎全国症例調査においても152例の白内障術後眼内炎の132例(86.8%)が眼内レンズの.内および.外固定の症例であり,眼内レンズ縫着後は5例(3.3%)のみとされている.過去の報告の多くは今回の2症例と同様に術後遅発性に発症したものであり,北村ら,田下らは今回の症例2と同様に術後数年以上を経過してからの発症例を報告している3,5).今回の2症例における感染経路としては結膜上に露出していた眼内レンズの縫着糸が最も考えられる.その理由は,まず縫着糸の周囲に強い充血,微小膿瘍が形成されており,術中所見として縫着糸付近の眼内の炎症所見も高度であったことである.また,今回検出された起因菌は症例1ではStaphylococcusaureus,症例2ではStreptococcuspneumoniaeであり,いずれも急性発症の眼内炎をひき起こす起因菌として知られている12,13).さらに,症例1は裂孔原性網膜.離に対しての硝子体手術が行われており,周辺部まで硝子体は十分に廓清されていた.症例2も眼内レンズ縫着術の際に周辺部まで硝子体を十分に切除されていた.2症例ともに前部硝子体切除のみでなく,周辺部までの硝子体の廓清が行われていたことから,眼内レンズ縫着術の術中に菌が眼内に入り遅発性に炎症を起こした可能性は低く,露出していた縫着糸を介しての急性感染と考えられる.今回の症例1では,過去に強膜輪状締結術と20ゲージシステムによる硝子体手術が行われており,3回目の手術として眼内レンズの縫着術が行われ,その際に強膜弁の作製は行われなかった.症例2は過去に水晶体.内摘出術が行われており,20ゲージシステムの硝子体手術と眼内レンズ縫着術が行われ,症例1と同様に強膜弁の作製は行われていなかった.2症例ともに複数回の手術による結膜組織の瘢痕化が高度であり,強膜弁を作製していなかったために術後に徐々に縫着糸が結膜上に露出していったのではないかと考えられる.過去の眼内レンズ縫着術後の感染性眼内炎の多くの報告でも強膜弁が作製されていない(表1).また,Scottらは縫着に用いるポリプロピレン糸には菌が付着しやすいことを報告している14).したがって,眼内レンズ縫着時にはできる限り強膜弁を作製して縫着糸を埋没することが望ましいと思われる.眼内レンズ縫着眼の感染性眼内炎に対する硝子体手術時に眼内レンズを摘出するか否かについてはまだ定まった見解はない.今回筆者らは2例とも硝子体手術時に眼内レンズを温存することによる治療を試みた.症例1では感染性眼内炎に対する初回の硝子体手術後に炎症所見が軽快せずに再手術を表1眼内レンズ縫着後の感染性眼内炎の報告著者縫着から発症まで強膜弁の作製縫着糸の露出発症時視力最終視力眼内レンズの処理原因菌報告年文献番号HeilskovT5カ月なしあり光覚弁0.6温存Heamophilusinfluenzae19893SchecherRJ1カ月なしあり手動弁光覚なし記載なしStreptococcusviridans19899木村ら1.5カ月なしあり手動弁0.1温存検出されず199210八木ら6週間記載なし記載なし光覚弁0.5温存検出されず19924嘉村ら1年1カ月なしあり0.010.4摘出検出されず200383年2カ月なしあり手動弁0.1温存検出されず6年2カ月なしあり手動弁光覚なし摘出Streptococcussalivaris北澤ら7年なしあり手動弁記載なし温存Heamophilusinfluenzae20045田下ら8年なしあり手動弁0.09摘出検出されず20046症例17年10カ月なしあり手動弁0.6摘出Staphylococcusaureus症例21年9カ月なしあり手動弁0.8温存Streptococcuspneumoniae848あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(126) 行い,硝子体手術時に眼底の視認性を高めることと眼内レンズに付着している菌の除去の目的で眼内レンズを摘出した.症例2では眼内レンズを温存して硝子体手術を行うことで良好な経過を得た.眼内レンズの挿入術後の感染性眼内炎の場合には水晶体.内の細菌の完全な除去を目的として眼内レンズの水晶体.を含めて除去する報告が多い.眼内レンズの縫着眼の場合には水晶体.は存在していないが,縫着糸を介しての感染が最も多いことから,過去の報告では硝子体手術の際に眼内レンズの脚を含めた完全な摘出を行ったものが約半数である(表1).今後は眼内レンズを温存するか摘出するかについてはさらなる検討を要する.眼内レンズ縫着術後の感染性眼内炎の視力予後は過去の報告では概して不良なものが多い.その理由としては,縫着糸を介しての急性発症であることが多く,硝子体手術を行うまでに時間を要した場合に眼内への炎症が急速に波及してしまうことがあげられる.また,眼内レンズ縫着術のときに前部硝子体切除しか行われていないことが多く,感染の足場となる硝子体が残存していたことなどが考えられる.今回の筆者らの2症例では術後視力は良好な結果を得た.その理由は,眼内炎発症から硝子体手術を行うまでの時間が比較的短く,2症例ともに過去の硝子体手術では周辺部までの十分な硝子体の廓清が行われていた.それらのことが良好な視力予後につながったと考えられる.眼内レンズ縫着術後の感染性眼内炎の予防には縫着糸の処理が特に重要である.眼内レンズ縫着術の術中において縫着糸は確実に強膜弁下へ埋没するべきと思われる.白内障術中に後.破損を生じて急遽術式を変更して眼内レンズを縫着する場合であっても,可能な限り強膜弁を作製することが望ましい.さらに術後は縫着糸が結膜上に露出していないかを注意深く経過観察する必要がある.万が一,結膜上に縫着糸が露出した場合には観血的に結膜で被覆するべきと思われる.今回筆者らが経験した症例2においても硝子体手術時に露出していた縫着糸を被覆したが,その後に創が離解したために再度結膜縫合を要した.Schechterらは結膜上に露出したポリプロピレン糸のレーザー処置について報告している9).筆者らも露出したポリプロピレン糸に対してジアテルミーによる熱凝固による断端の処理を試みている.露出した縫着糸に対する適切な処理方法については今後のさらなる検討を要する.今回,眼内レンズ縫着術後に生じた眼内炎の2例を経験した.眼内レンズ縫着術後には長期間経過しても急性発症の感染性眼内炎を生じることがある.眼内レンズ縫着術後の経過観察中には常に縫着糸の状態に留意して,縫着糸が露出した場合には適切な処理を要するべきと思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関する術後全国調査.眼科手術19:73-79,20062)嘉村由美:術後眼内炎.眼科43:1329-1340,20013)HeilskovT,JoondephBC,OlsenKRetal:Lateendophthalmitisaftertransscleralfixationofaposteriorchamberintraocularlens.ArchOphthalmol107:1247,19894)EpsteinE:Sutureproblems.JCataractRefractSurg15:116,19895)八木純平,米本寿史,新里悦朗:眼内レンズ二次縫着後に発症した遅発性眼内炎の1例.臨眼46:563-566,19926)北澤憲孝,藤澤昇:眼内レンズ毛様溝縫着術7年後の遅発性眼内炎の1例.臨眼58:1231-1233,20047)田下亜佐子,三田村佳典,大塚賢二:眼内レンズ毛様溝縫着術8年後に発症した眼内炎の1例.あたらしい眼科21:258-260,20048)嘉村由美,佐藤幸裕,霧生忍ほか:眼内レンズ毛様溝縫着術後の遅発性眼内炎の3例.眼科手術16:83-86,20039)SchechterRJ:Suture-wickendophthalmitiswithsuturedposteriorchamberintraocularlens.JCataractRefractSurg16:755-756,199010)木村亘,木村徹,澤田達ほか:外傷性無虹彩眼に眼内レンズを強膜縫着した症例の晩発感染例.IOL6:55-59,199211)具志堅直樹,小浜真司,福島茂ほか:眼内レンズ毛様溝縫着の長期術後経過の検討.臨眼51:215-218,199712)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌─Propionibacteriumacnesを主として─.あたらしい眼科20:657-660,200313)MillerJJ,ScottIU,FlynnHWetal:EndophthalmitiscausedbyStreptococcuspneumoniae.AmJOphthalmol138:231-236,200414)ScottIU,FlynnHW:Endophthalmitisaftercataractsurgeryineyeswithsmallpupilsmanagedbysectoriridectomyandpolypropylenesutureclosure.OphthalmicSurgLasers31:484-486,2000***(127)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013849

角膜病変を初発とした眼部帯状ヘルペス

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):841.844,2013c角膜病変を初発とした眼部帯状ヘルペス梅屋玲子*1,3木村泰朗*1,2深尾真理*1,2木村千佳子*1*1上野眼科医院*2順天堂大学附属順天堂医院眼科*3順天堂東京江東高齢者医療センター眼科CaseReportofHerpesZosterOphthalmicusOnsetwithOcularPainandAtypicalCornealLesionReikoUmeya1,3),TairoKimura1,2),MariFukao1,2)andChikakoKimura1)1)UenoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,JyuntendoTokyoKotoGeriatricMedicalCenter点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)で発症し,遅れて水疱が生じた眼部帯状ヘルペス(herpeszosterophthalmicus:HZO)を経験した.40歳,男性.頻回交換型ソフトコンタクトレンズ装用中,右眼異物感を主訴に来院した.右眼角膜にSPKを1カ所認めた.2日後眼痛が著明となり,SPKの増加を認めたが偽樹枝状病変はみられなかった.4日後鼻根と鼻背に2カ所水疱が出現し,その後広がったため眼部帯状ヘルペスと診断した.抗ウイルス薬の投与で角膜所見は軽快したが,2週間後に虹彩炎,2カ月後に上強膜炎,5カ月後に角膜実質浅層の混濁を合併しステロイド薬で治療した.HZOは典型的皮膚所見を伴えば診断が比較的容易であるが,病初期に皮膚所見を伴わない場合もあり,SPKのみで眼痛が著明な場合もHZOを考慮に入れ注意深い頻回診察が必要である.Anatypicalcaseofherpeszosterophthalmicus(HZO)withsuperficialpunctatekeratopathy(SPK)astheprimarysymptomwasexperienced.A40-year-oldmalevisitedourclinicbecauseofforeignbodysensationinhisrighteye.Hewasadailydisposablecontactlensuser,andhisrighteyeexhibitedsuperficialcorneallesion.Ontheseconddayhisocularpainbecamesevere,withsomeSPK.Onthefourthday,2blistersappearedonhisnose;HZOwasdiagnosed.Althoughanantiviralagentwasprescribed,hedevelopedlimbitis,uveitisandanteriorstromalinfiltratesonhiscorneaduringthefollowing5months.HZOdiagnosisisnotverydifficult,becauseofthetypicalskinlesion.Withoutthetypicalskinlesioninthefirststage,however,wemustconsidersevereocularpainaspossiblyrelatingtotheprimarysymptomofHZO;carefulobservationisthereforerecommendedinsuchinstances.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):841.844,2013〕Keywords:眼部帯状ヘルペス,点状表層角膜症,水疱,角膜実質混濁.herpeszosterophthalmicus,superficialpunctatekeratopathy,blister,anteriorstromalinfiltrates.はじめに水痘帯状ヘルペスウイルス(varicellazostervirus:VZV)は初感染で水痘を起こした後,宿主の神経節に潜伏する.眼部帯状ヘルペス(herpeszosterophthalmicus:HZO)では約50%の頻度で眼症状をひき起こすことが知られている1).臨床診断は通常皮疹により容易であるが,ときに無疹性のVZV感染症であるzostersineherpeteの病態を呈することがあり,その診断に苦慮する場合がある.今回筆者らは,非定型的な角膜病変で初発し,皮疹が遅れて出現したHZOを経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:右眼異物感.家族歴・既往歴:特記すべきことなし.現病歴:平成23年7月,頻回交換型ソフトコンタクトレンズを使用中に,前日からの右眼異物感を訴え受診した.初診時所見:視力は右眼0.06(1.2×.4.50D(cyl.1.50DAx155°),左眼0.08(1.2×.4.25D(cyl.0.50DAx40°),眼圧は右眼15mmHg,左眼12mmHgであった.前眼部で〔別刷請求先〕梅屋玲子:〒110-0015東京都台東区東上野3-15-14上野眼科医院Reprintrequests:ReikoUmeya,M.D.,UenoEyeClinic,3-15-14Higashiueno,Taito-ku,Tokyo110-0015,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)841 図12日後の右眼前眼部写真フルオレセイン染色陽性の点状表層角膜症(矢印)を認めた.図34日後の右眼前眼部写真(強拡大)角膜輪部周辺に浸潤とフルオレセイン染色陽性の上皮障害,輪部炎を認めた.は,右眼角膜周辺部2時方向にフルオレセインに染色される1カ所の上皮障害を認め,結膜充血を軽度伴っていた.中間透光体,眼底に異常所見を認めず,左眼には異常はみられなかった.経過:以上からコンタクトレンズによる角膜上皮障害と診断し,0.1%ヒアルロン酸ナトリウムを処方し経過観察とした.しかし2日後の再診時,眼痛の自覚は悪化し,夜間は市販の鎮痛薬を内服しないと就眠できなかった.右眼角膜周辺部の上皮障害が耳側と上方にも散在.3.4カ所のフルオレセイン染色陽性の点状表層角膜症を呈し(図1),結膜充血はやや増強していた.Thygeson点状表層角膜炎を疑い,0.1%フルオロメトロンを追加処方した.この時点では眼瞼を含む皮膚症状を認めなかった.4日後,眼痛の自覚は変わらず,鼻根部と鼻背に2カ所水疱形成が認められ(図2),右結膜充842あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013図24日後の皮膚所見鼻根部と鼻背に2カ所水疱(矢印)を認めた.血の増強と角膜輪部周辺に浸潤を伴う角膜上皮障害と輪部炎(図3)を認めたが,偽樹枝状病変は認めなかった.フルオレセインに染色された上皮の周囲はやや盛り上がっていた.単純ヘルペスまたは帯状疱疹ヘルペスによる所見を疑い,0.1%フルオロメトロン点眼を中止.アシクロビル眼軟膏の1日5回投与と0.5%レボフロキサシン点眼の1日4回投与を開始した.その時点での採血で得られたVZVの補体結合反応(complementfixation:CF)値は32倍であった.6日後,三叉神経第1枝領域に水疱を伴う広範な皮疹が出現,その臨床所見よりHZOと診断.同日より塩酸バラシクロビル3g/日の内服と眼瞼,鼻部にビタラビン軟膏(2回/日)の塗布を追加した.塩酸バラシクロビルは7日間投与した.図4に急性期の経過を示す.次第に右角膜上皮障害と結膜充血は改善し,疼痛も消退を認めたが,14日後,右前房内炎症細胞の出現と角膜裏面沈着物を認め,虹彩炎を呈していた.0.1%ベタメタゾンと塩酸トロピカミド・フェニレフリン点眼を1日4回開始.炎症の軽快に伴い点眼回数を減らし,虹彩炎発症後ほぼ2週間で軽快した.初診から2カ月後,3時と6時に上強膜炎を呈したため,0.1%フルオロメトロン点眼を処方.それから約2カ月後に治癒した.初診から5カ月後,右眼の霧視を自覚し再受診した際に,右角膜実質の浅層に大小さまざまな斑状の角膜実質浅層混濁(anteriorstromalinfiltrates)(図5)を認めた.特に,初診時に角膜上皮障害が認められた部位には混濁が強く認められた.前眼部OCT(光干渉断層計)では,混濁に一致して角膜実質浅層に高反射が認められ,反射の輝度は混濁の強いところで高く,混濁が淡いところで弱く検出された(図6).0.02%フルオロメトロン点眼により,混濁も次第に減少し霧視の自覚も消失したため,点眼を中止したが,現在まで角膜炎や虹彩炎の再燃を認めていない.初診から9カ月後に,2回目のCF値は8倍で低下を確認している.(120) 塩酸バラシクロビル3g/日治療角膜炎皮疹虹彩炎症状病日1234567891011121314151617181920212223242526272829303132333435363738フルオロメトロンヒアルロン酸ナトリウム0.5%レボフロキサシン3回/日トロピカミド・塩酸フェニレフリン4回/日ビタラビン軟膏0.1%ベタメタゾン4回/日3回/日アシクロビル眼軟膏異物感眼痛VZV補体結合値32倍図4急性期の経過図55カ月後の前眼部写真(強拡大)角膜実質に大小さまざまな斑状上皮下混濁が散在してみられた.図6前眼部OCTでの右眼角膜実質混濁所見角膜実質浅層に混濁(矢印)がみられた.II考按HZOは通常三叉神経第1枝領域の皮疹を伴うため診断が容易であるが,当症例は,皮疹より先に角膜病変が初発し,偽樹枝状病変を伴わなかったため,初診時の診断が困難であった.角膜病変は,従来指摘されている偽樹枝状角膜炎の所見ではなく,単なる点状表層角膜症であった.偽樹枝状以外の角膜病変のみが初発したHZOの報告は少なく2),今回の症例のように点状表層角膜症で初発したHZOの報告はない.中年男性で,片眼発症であり,Thygeson点状表層角膜炎と(121)しては非典型的であったが,小さい点状の病変が集合したような所見からそれを疑い,0.1%フルオロメトロン点眼を追加投与した.一方で,皮疹を欠く眼部帯状ヘルペス(zostersineherpete:ZSH)の場合は診断が困難である.ZSHの報告における眼症状は,偽樹枝状角膜炎,円盤状角膜炎,虹彩毛様体炎,強膜炎,網膜炎などがあり,特に報告が多いのは虹彩毛様体炎で,ステロイド薬点眼治療に反応せず続発緑内障になり線維柱帯切除術が施行されている例もある3).ZSHに角膜症状を伴うもの,伴わないもの両者が報告されており,角膜所見が存在しない場合には,片眼性の疼痛の既往に注意してあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013843 問診することが重要である.Silversteinらはエイズ患者に発症した角膜浮腫のみを呈した症例にて前房水からpolymerasechainreaction(PCR)法によりVZVDNAを確認しZSHと診断している2).皮疹が出現していても,単純ヘルペスウイルスに起因する皮疹でHZOの皮疹に類似するzosteriformherpessimplexの報告があるので注意が必要である4).Uchidaらは偽樹枝状角膜病変が皮疹に先行したHZOを帯状ヘルペスウイルス抗原蛍光抗体法により証明し報告している5).Kandoriらは皮膚病変の既往がないぶどう膜炎患者の治療中に,後から角膜中央部に巨大な偽樹枝状病変および角膜浸潤が出現し,角膜上皮擦過物からPCRでVZV角膜ぶどう膜炎と診断した症例を報告している6).HZOの確定診断にはウイルス分離が重要であるが,涙液や前房水からウイルスを分離培養するのは施設や費用の点で日常臨床では困難である.また,PCR法は病因ウイルスを推定するのに大変有用であり,この方法によりZSHと診断された円板状角膜炎2)や虹彩毛様体炎7)の症例が報告されている.しかし,PCRも常時施行できる施設は限られ,PCR検査の外注は可能であるが保険適用がないため費用の問題がある.CF値の高値は診断価値があるとされており8),本症例では32倍と高値であったため,VZVの診断において有用な一助となった.角膜所見の程度に比して強い右眼周囲の疼痛を伴ったことも本症例の特徴であった.三叉神経領域に限らず,皮膚症状を欠き,疼痛のみでVZVの感染を疑うことは早期治療のために必要である.VZVの場合,帯状ヘルペス後神経痛(postherpeticneuralgia:PHN)が問題となり,発疹出現から72時間以内の抗ウイルス薬投与がPHNの軽症化と期間短縮につながるとされている9).しかし,多くの症例では水疱発症後2日以上経過して受診することが多くPHNの一因になっている可能性が指摘されている10).今回の症例では当初VZVは考えにくかったが,頻回の診察により水疱を鼻根部と鼻背に観察しHZOを強く疑い,水疱発症とほぼ同日に抗ウイルス薬の治療が開始できた.現在PHNの訴えはない.HZOにおいては,皮疹が先行するもの,皮疹を伴わないもの,皮疹が遅れて出てくるものと種々想起する必要がある.本症例の特徴的臨床所見を以下に示して要約する.1)点状表層角膜症を初発とし,皮疹が遅れて出現したHZOを経験した.2)角膜所見に比して強い眼部痛を認めた.経過中に鼻根部と鼻背に2カ所水疱形成が認められ,さらに皮疹は三叉神経第1枝領域に広がり典型的皮疹を呈し,HZOと診断した.皮疹出現と同日に採血したCF値は32倍で,診断の有用な一助となった.HZO罹患後は,発症後1週目には全例16倍844あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013以上に血清CF値の上昇が認められた,との報告11)もあり,今回の結果はCF値検査の適応時期を検討するのに重要な情報であると思われる.3)経過中,4日後に輪部炎,2週間後に虹彩炎,2カ月後に上強膜炎を併発し,5カ月後に角膜実質浅層に小円形浸潤が出現,VZVの多彩な病変を呈した.4)前眼部OCTは角膜実質浅層の混濁病変の部位と広がりの判定に有用であった.5)前眼部所見で説明できない強い眼部疼痛を有する症例においては,HZOも考慮に入れ注意深い頻回な診察が必要と思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LiesegangTJ:Herpeszosterophthalmicusnaturalhistory,riskfactors,clinicalpresentation,andmorbidity.Ophthalmology115:S3-12,20082)SilversteinBE,ChandlerD,NegerRetal:Disciformkeratitis:acaseofherpeszostersineherpete.AmJOphthalmol123:254-255,19973)吉貴弘佳,相馬実穂,中林條ほか:眼部帯状疱疹に先行して発症したヘルペス性ぶどう膜炎の1例.眼紀58:219221,20074)YamamotoS,ShimomuraY,KinoshitaSetal:Differentiatingzosteriformherpessimplexfromophthalmiczoster.ArchOphthalmol112:1515-1516,19945)UchidaY,KanekoM,OnishiY:Ophthalmicherpeszosterwithouteruption.ActaXXIVInternationalCongressofOphthalmology:876-879,19836)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Twocasesofvaricellazosterviruskeratitiswithatypicalextensivepseudodendrites.JpnJOphthalmol53:549-551,20097)YamamotoS,TadaR,ShimomuraYetal:Detectingvaricella-zostervirusDNAiniridocyclitisusingpolymerasechainreaction:Acaseofzostersineherpete.ArchOphthalmol113:1358-1359,19958)下村嘉一:水痘帯状ヘルペスウイルス感染症.眼の感染・免疫疾患:正しい診断と治療の手引き(大野重昭,大橋裕一編),p58-61,メジカルビュー社,19979)GalluzziKE:Managingstrategiesforherpeszosterandpostherpeticneuralgia.JAmOsteopathAssoc107:S8-13,200710)川島眞,鈴木和重,本田まりこほか:帯状疱疹患者の受診時期に影響を与える疾患認知と受診までの行動.帯状疱疹患者アンケート調査結果.臨皮65:721-728,201111)田中康夫,張野正誉,檀上真次ほか:眼部帯状ヘルペス診断における血清補体結合反応の有用性.眼紀34:23542357,1983(123)

輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):837.840,2013c輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例唐下千寿*1矢倉慶子*1寺坂祐樹*2宮崎大*1井上幸次*1*1鳥取大学医学部視覚病態学*2国民健康保険智頭病院眼科ACaseofHerpeticKeratitis5YearsafterLimbalTransplantationChizuTouge1),KeikoYakura1),YukiTerasaka2),DaiMiyazaki1)andYoshitsuguInoue1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,NationalHealthInsuranceChizuHospital目的:上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例の報告.症例:88歳,男性.2006年10月,左眼の上皮内癌切除と輪部移植術を施行.その後,近医にて経過観察となり,拒絶反応予防のため継続的に0.1%フルオロメトロン点眼が使用されていた.2011年10月,近医再診時,広範な角膜上皮欠損を認め,翌日鳥取大学眼科紹介受診となった.移植片は一様に浮腫をきたしていたが,中央角膜には浮腫を認めなかったため,当初拒絶反応と診断した.しかし,ヘルペス性角膜炎の可能性も考え,ベタメタゾン点眼,バラシクロビル内服,抗菌薬点眼・眼軟膏で治療を開始した.その後涙液のreal-timepolymerasechainreactoin(PCR)にて1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)-DNAが検出されたため,単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.そこでアシクロビル眼軟膏を追加し,ベタメタゾン点眼を0.1%フルオロメトロン点眼に変更した.以後,上皮欠損・輪部浮腫ともに軽快したが,移植片に付着した脱落しかけた上皮を除去してreal-timePCRに供したところ,1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然検出された.そこで0.1%フルオロメトロン点眼を中止したところ,1週間後には涙液のreal-timePCRにて,HSV-DNA陰性化を確認した.結論:非定型的なヘルペス性角膜炎の診断にはreal-timePCRが有用である.ステロイド薬使用例では既往の有無にかかわらず,単純ヘルペスウイルス角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要がある.Purpose:Toreportacaseofherpetickeratitis5yearsafterlimbaltransplantation.Case:InOctober2006,thepatient,a88-year-oldmale,underwentresectionofcarcinomainsituandlimbaltransplantationinhislefteyeatTottoriUniversityHospital.Thereafter,hehadbeenfollowedbyalocalclinicwhileusing0.1%fluorometholoneophthalmicsolutiontopreventrejectionconsecutively.InOctober2011,extensivecornealepithelialdefectwasobservedandhewasreferredtoTottoriUniversityHospital.Diffuseedemawasobservedinthelimbalgraft,butnoedemawasnotedinthehostcornea;rejectionwasthereforediagnosedandtreatmentwithbetamethasoneophthalmicsolutionwasinitiated.However,consideringthepossibilityofherpetickeratitis,oralvalacyclovirwasalsoprescribed.SinceHSV-DNA(1.2×106copies/200μleyewash)wasdetectedinthetearsamplebyreal-timepolymerasechainreaction(PCR),thediagnosiswasherpessimplexviruskeratitis.Acyclovirophthalmicointmentwasaddedandthebetamethasoneophthalmicsolutionwaschangedto0.1%fluorometholoneophthalmicsolution.Subsequently,cornealepithelialdefectandlimbaledemareduced.However,HSV-DNA(1.6×104copies/sample)wasstilldetectedinthedetachedcornealepitheliumhangingfromthegraft;the0.1%fluorometholoneophthalmicsolutionwasthereforestopped.Oneweeklater,HSV-DNAwasnotdetectedinthetearsamplebyreal-timePCR.Conclusions:Real-timePCRisusefulfordiagnosingatypicalherpessimplexviruskeratitis.Thepossibilityofherpetickeratitisshouldbeconsideredinpatientstreatedwithsteroid,irrespectiveofpasthistoryofherpetickeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):837.840,2013〕Keywords:輪部移植,ヘルペス性角膜炎,単純ヘルペスウイルス,拒絶反応,ステロイド.limbaltransplantation,herpetickeratitis,herpessimplexvirus,rejection,steroid.〔別刷請求先〕唐下千寿:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:ChizuTouge,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(115)837 はじめに上皮型のヘルペス性角膜炎は特徴的な樹枝状角膜炎を呈した場合,診断はむずかしくないが,非定型的な形をとった場合や,別の角膜疾患の経過中に生じた場合は,その鑑別はしばしば困難である.今回筆者らは,角結膜上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例を経験したので報告する.I症例および所見症例:88歳,男性.現病歴:2000年9月から,近医眼科にて左眼角膜びらんで経過観察されていた.悪化時には角膜潰瘍を生じることもあった.2004年6月,精査目的に鳥取大学眼科(以下,当科)紹介受診され,impressioncytologyを施行したが悪性所見はなく,経過観察となった.しかし翌年,病変の悪化を認め,2005年4月,鼻下側角結膜病変切除術を施行した.病理診断は上皮内癌であり,術後,インターフェロンa-2b点眼を使用した.2006年9月,角結膜腫瘍が再発し,2006図12007年6月:術後8カ月の前眼部写真移植角膜の透明性は維持されている.年10月,上皮内癌切除術と輪部移植術を施行した.術後は近医にて経過観察となり,拒絶反応予防の目的で継続的に0.1%フルオロメトロン点眼を使用していた.術後,移植角膜の透明性は保たれていた(図1).2011年10月近医再診時,1週間前からの左眼眼脂と流涙の訴えがあり,広範な角膜上皮欠損を認めたため,翌日当科紹介受診となった.前医にて経過観察中,左眼視力は矯正0.5であったが,当科受診時には0.1に低下していた.角膜移植片の浮腫・混濁と,hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認めた(図2,3).前房細胞や角膜後面沈着物は認めなかった.同日当科入院となった.II治療経過鑑別診断として,上皮型・実質型の拒絶反応の可能性と,ヘルペス性角膜炎の可能性を考えた.本症例は輪部移植を行っており,内皮と実質は本人の角膜であり,周辺の移植片の実質はアロ由来で,上皮もアロ由来の可能性が高い.拒絶反応はアロの上皮と実質に対して起こるので,上皮がアロ由来であれば本症例のように,拒絶反応によって上皮が広範に脱落し,移植角膜に限局して浮腫が起きることは十分考えられる.一方,本症例がヘルペス性角膜炎であれば,感染が起こるのはむしろ三叉神経のつながっているhostの角膜のはずであり,中央に浮腫がなく移植角膜のみに限局して一様に浮腫をきたす可能性は少ないのではないかと考えた.そのため単純ヘルペス角膜炎の可能性も否定はできないが,拒絶反応の可能性が高いと判断した.一応両眼の涙液をeyewash法にて採取し,ヘルペスウイルスのreal-timepolymerasechainreaction(PCR)に供し,初期治療としてベタメタゾン点眼(左眼1日6回)を開始し,念のためバラシクロビル内服(1,000mg/日)を併用することとした.その他,セフメノキシム点眼(左眼1日6回),オフロキサシン眼軟膏(左眼1日2回)を追加した.図2当科受診時前眼部写真(2011年10月)角膜移植片の浮腫と混濁を認める.図3当科受診時フルオレセイン染色写真(2011年10月)Hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認める.838あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(116) 図4退院6カ月後の前眼部写真角膜中央の表層混濁は認めるが,移植角膜の浮腫・混濁は認めない.その翌日,real-timePCRの結果が判明し,右眼涙液から51copies/200μleyewash液,左眼涙液から1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)DNAが検出された.両者ともvaricella-zostervirus(VZV)DNAは陰性であった.右眼のHSV-DNA量は病因とは言えない量であったが,左眼からは病因と考えられる量のHSVが検出されており1),単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.コピー数が多いことから,大きな上皮欠損は地図状角膜炎であると考え,アシクロビル眼軟膏(左眼1日5回)を追加した.上皮型に対して,通常ステロイド薬は禁忌とされるが,急に中止した場合,強い炎症を起こす可能性があるため,フルオロメトロン点眼(左眼1日3回)に変更した.以後上皮欠損,輪部浮腫ともに軽快した.拒絶反応であればステロイド薬の減量により病状は悪化するはずだが,本症例はヘルペス性角膜炎の治療に反応して軽快しているため,2011年11月初旬にフルオロメトロン点眼を中止した.数日後,角膜上皮は全被覆したが,角膜輪部の混濁・浮腫は残存しており,拒絶反応を併発している可能性と,ヘルペス性角膜炎の実質型を合併している可能性の両者を考え,ステロイド薬点眼(0.1%フルオロメトロン点眼,左眼1日3回)を再開した.4日後,セフメノキシム点眼とアシクロビル眼軟膏を減量した(左眼1日3回).この時点で,HSVが陰性化したのを確認する目的で,涙液を採取し,real-timePCRに供した.また,数日後,移植片鼻側に脱落しかけた上皮があったため,これを切除してreal-timePCRに供した.その結果,涙液には,19copies/200μleyewash液,角膜上皮には1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然として検出された(両者ともVZV-DNAは陰性であった).この結果からフルオロメトロン点眼を再開したことでHSVを増加させた可能性を考え,再度フルオロメトロン点眼を中止し,アシクロビル眼軟膏を左眼1日5回に増量した.1週間後,再度(117)図5退院6カ月後のフルオレセイン染色写真角膜上皮に不整を認める.涙液をreal-timePCRに供し,HSV-DNAの陰性化を確認した.この時点で移植角膜の浮腫・混濁とも軽快傾向であるため退院となり,以後近医眼科にてアシクロビル眼軟膏を漸減して経過観察した.退院4カ月後,輪部浮腫の悪化,血管侵入の再燃のため,0.1%フルオロメトロン点眼を再開した.退院6カ月後には角膜中央の表層性混濁と角膜上皮の不整のため,左眼視力は0.05pと不良であったが,移植角膜の浮腫・混濁は認められず,状態は落ちついていた(図4,5).III考按拒絶反応は移植片に対する遅延型過敏反応であり,上皮型では浮腫状に隆起した線状病変・上皮欠損,実質型では上皮下混濁・角膜浮腫・血管侵入がその特徴である.ヘルペス性角膜炎の上皮型はHSVが上皮で増殖した状態であり,末端膨大部,上皮内浸潤,縁どられたような辺縁を伴った樹枝状病変や地図状角膜炎が特徴である.本症例の前眼部所見は,上皮欠損は認めるものの,ヘルペス性角膜炎の特徴的所見は呈しておらず,また,血管侵入は弱いものの,輪部移植角膜の混濁・浮腫は拒絶反応の特徴に類似したものと考えられた.しかし,real-timePCRでHSV-DNAが多量に検出され,治療経過ではアシクロビル眼軟膏開始とステロイド薬の減量後,上皮欠損・輪部浮腫がともに軽快治癒しており,ヘルペス性角膜炎が本症例の原因と考えられた.本症例の前眼部所見のうち,角膜移植片に限局した浮腫はヘルペス性角膜炎だけでは説明しにくく,ヘルペス感染による炎症のため周辺の移植片に拒絶反応様の所見が誘発された可能性や,拒絶反応に続発してヘルペス性角膜炎を発症した可能性も考えられる.つぎに,ヘルペス感染の経路について検討してみる.今振り返ると,本症例の病歴に当院受診の1週間前からの眼脂があたらしい眼科Vol.30,No.6,2013839 あり,これは拒絶反応では認められない自覚症状で,推測になるが,最初にヘルペス性結膜炎として発症し,三叉神経を介するのではなく,眼表面を角膜輪部(graft)から中央(host)にかけてヘルペス感染が拡大したと考えると,hostでなくgraftに所見が強かった説明がつくのかもしれない.角膜移植後の非定型的なヘルペス感染の文献は,1990年Beyerらが,偽水晶体性水疱性角膜症の患者で角膜移植後早期にhost-graftjunctionに沿った上皮欠損を認め,病巣よりHSVが分離された症例を報告している2).日本でも切通らが外傷後に生じた角膜白斑に対して全層角膜移植術を行った患者で,拒絶反応治療中にhost-graftjunctionに沿った不整形の上皮欠損を認め,擦過角膜よりHSVが分離された症例を報告している3).両者ともhost-graftjunctionに沿った不整形な上皮欠損の形を呈しており,上皮型ヘルペス角膜炎に特徴的な所見を呈していない点で,本症例と類似していた.角膜移植後の上皮型ヘルペス角膜炎の報告には,樹枝状角膜炎という形態によって診断された報告4.7)もあれば,本症例のように,形態からはヘルペス角膜炎の診断が困難なものもある.樹枝状角膜炎を呈さない非定型的な単純ヘルペスウイルス角膜炎の診断にはPCRによるウイルスDNAの検出が有用であり8,9),さらに治療効果の判定には,real-timePCRによるウイルス量の測定が有用である.本症例でもreal-timePCRにより正しい診断が可能となり,治療方針の決定にも有益であった.また,ステロイド薬使用例で角膜上皮欠損を生じた場合,既往の有無にかかわらず,ヘルペス性角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Kakimaru-HasegawaA,KuoCH,KomatsuNetal:Clinicalapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOphthalmol52:24-31,20082)BeyerCF,ByrdTJ,HillJMetal:Herpessimplexvirusandpersistentepithelialdefectsafterpenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol109:95-96,19903)切通洋,井上幸次,根津永津ほか:角膜移植後拒絶反応治療中に発生した非定型的上皮型角膜ヘルペスの1例.あたらしい眼科11:1923-1925,19944)FineM,CignettiFE:Penetratingkaratoplastyinherpessimplexkeratitis.Recurrenceingrafts.ArchOphthalmol95:613-616,19775)CohenEJ,LaibsonPR,ArentsenJJ:Cornealtransplantationforherpessimplexkeratitis.AmJOphthalmol95:645-650,19836)迎亮二,村田稔,雨宮次生ほか:全層角膜移植後15年を経て再発したヘルペス性角膜炎の1例.臨眼83:769770,19897)秋山朋代,杤久保哲男,清水康平ほか:全層角膜移植術5年後に発症した角膜ヘルペス.あたらしい眼科13:15551557,19968)YamamotoS,ShimomuraY,KinoshitaSetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinhumantearfilmbythepolymerasechainreaction.AmJOphthalmol117:160163,19949)KoizumiN,NishidaK,AdachiWetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinatypicalepithelialkeratitisusingpolymerasechainreaction.BrJOphthalmol83:957-960,1999***840あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(118)

淋菌性結膜炎と鑑別を要したモラクセラ結膜炎の1例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):834.836,2013c淋菌性結膜炎と鑑別を要したモラクセラ結膜炎の1例加藤陽子*1中川尚*2秦野寛*3水木信久*4*1浦賀病院眼科*2徳島診療所*3ルミネはたの眼科*4横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseofMoraxellaConjunctivitisDistinguishedfromGonococcalConjunctivitisYokoKato1),HisashiNakagawa2),HiroshiHatano3)andNobuhisaMizuki4)1)DepartmentofOphthalmology,UragaHospital,2)TokushimaEyeClinic,3)RumineHatanoEyeClinic,4)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMadicineモラクセラ結膜炎の成人例を経験したので報告する.症例は44歳,女性.1週間前から右眼の異物感,掻痒感,眼脂の症状があり,初診時,軽度の粘液膿性の眼脂と結膜充血,浮腫がみられた.眼脂の塗抹検鏡で多数の好中球とグラム陰性双球菌が認められた.臨床的には淋菌性結膜炎は考えにくかったが,塗抹所見より淋菌性結膜炎も否定できないと考え,モキシフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始した.3日目には充血,浮腫は軽減し眼脂も減少した.細菌培養ではMoraxellacatarrhalisが検出された.淋菌とMoraxellacatarrhalisはともにグラム陰性双球菌で,塗抹所見上鑑別が困難である.結膜炎を起こすグラム陰性双球菌として,淋菌以外にMoraxellacatarrhalisも念頭におく必要がある.診断に際しては臨床所見と検査所見の整合性を考慮することが重要である.WereportanadultcaseofMoraxellaconjunctivitis.A44-year-oldfemalepresentedwithforeignbodysensation,itchinganddischargeinherrighteye.Examinationrevealedmildmucopurulentdischarge,conjunctivalhyperemiaandedema.SmearmicroscopicexaminationdisclosedalargenumberofneutrophilsandGram-negativediplococci.Althoughgonococcalconjunctivitiswasconsideredonthebasisofclinicalpresentation,thepossibilityofMoraxellawasnotcompletelyruledoutduetothesmearmicroscopicfindings;eyedropsofmoxifloxacinandcefmenoximewereinitiated.Improvementinhyperemia,edemaanddischargewasnotedaftereyedropcommencement.BacterialculturedetectedMoraxellacatarrhalis.NeisseriagonorrhoeaeandMoraxellacatarrhalisarebothGram-negativediplococciandcannoteasilybedistinguishedbysmearexamination.ThepossibilityofMoraxellacatarrhalisshouldalsobeconsideredwhenGram-negativediplococciaredetectedinapatientwithconjunctivitis.Diagnosisshouldbemadeaftertakingintoaccounttheconsistencybetweenclinicalandlaboratoryfindings.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):834.836,2013〕Keywords:モラクセラ結膜炎,淋菌性結膜炎,グラム陰性双球菌.Moraxellaconjunctivitis,gonococcalconjunctivitis,Gram-negativediplococci.はじめに結膜炎の起炎菌となるグラム陰性双球菌は,おもに淋菌である.その他,まれではあるが,髄膜炎菌もある.一方,呼吸器感染症の主要な起炎菌であるMoraxellacatarrhalis(M.catarrhalis)も結膜炎をきたすことがある.結膜炎における起炎菌の診断には,塗抹検鏡は有用な方法であるが,形態学的な診断法であるため,類似した細菌の鑑別には限界がある.今回,塗抹検鏡上鑑別が必要であった,モラクセラ結膜炎の成人例を経験したので報告する.なお,M.catarrhalisについては,Branhamellacatarrhlisと表記されることもあるが,本症例ではM.catarrhalisとする.I症例患者:44歳,女性.主訴:右眼の異物感,掻痒感,眼脂.既往歴:42歳時甲状腺眼症.現病歴:平成23年4月5日から右眼の異物感,掻痒感を自覚,眼脂がみられ,4月12日,横浜市立大学病院を受診した.初診時所見:右眼の球結膜充血,浮腫(図1),眼瞼腫脹と〔別刷請求先〕加藤陽子:〒239-0824横須賀市西浦賀1丁目11番地1号浦賀病院眼科Reprintrequests:YokoKato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UragaHospital,1-11-1Nishiuraga,Yokosuka-shi,Kanagawa239-0824,JAPAN834834834あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(112)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1前眼部所見初診時,球結膜充血,浮腫を認めた.瞼結膜に濾胞,乳頭は認めなかった.粘液性眼脂がみられた.瞼結膜に濾胞,乳頭はみられなかった.角膜は正常であった.検査および経過:眼脂の塗抹検鏡の所見では,多数の好中球とグラム陰性双球菌,グラム陽性桿菌がみられた(図2).グラム陰性双球菌は,一部好中球による貪食像も観察された.塗抹所見の特徴から,淋菌の可能性が高いと考えられた.結膜炎は比較的軽度で,膿性眼脂もみられず,眼瞼浮腫も強くないことから,淋菌性結膜炎は考えにくかったが,塗抹所見より淋菌の可能性も否定できないため,モキシフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始した.治療開始3日目には,結膜充血,浮腫は軽減し,眼脂も減少した.細菌培養ではb-ラクタマーゼ陽性のM.catarrhalisが検出された.なお,本症例では薬剤感受性試験は行わなかった.その後通院なく経過は不明であった.II考按M.catarrhalisは,グラム陰性双球菌で上気道の常在菌である.かつては免疫不全状態でみられる肺炎や敗血症の起炎菌としてまれに報告されていたが,近年は慢性気道感染症の主要起炎菌の一つとされている.その他,副鼻腔炎,中耳炎などの起炎菌としても報告されている1,2).過去の文献によれば,モラクセラ結膜炎は,細菌性結膜炎の2.5.3%にあたるとされており,発症のほとんどは新生児や6歳以下の小児であるが,まれに70歳以上の高齢者にもみられる3,4).しかし,実際の日常臨床で遭遇することはまれで,近年の細菌性結膜炎の分離菌に関する報告をみても,ほとんど分離されていない.モラクセラ結膜炎の臨床像は一般的な細菌性結膜炎の所見で,カタル性結膜炎を示すといわれている.90.100%が(113)図2グラム染色多数の好中球とグラム陰性双球菌,グラム陽性桿菌が認められた.b-ラクタマーゼを産生することから5),本酵素に安定なセフェム系,ニューキノロン系などの抗菌薬が有効である.結膜炎を起こすグラム陰性双球菌は,M.catarrhalisの他に淋菌や髄膜炎菌があるが,起炎菌としては,淋菌がほとんどを占める.塗抹検鏡は,結膜炎の迅速病因診断法として有用な検査であるが,あくまで形態学的な診断法であるため,類似した細菌の鑑別には限界がある.M.catarrhalisと淋菌は,形態や染色性がきわめて類似しており,顕微鏡所見では区別できないといわれ6),成人例では鑑別が困難である.新生児の結膜炎に関しては,発症する日齢が鑑別診断として重要である.淋菌は産道感染であり2.4日,モラクセラは7.10日以降と考えられている7).グラム陰性双球菌がみられ,代表的菌種である淋菌を考えて治療を開始したが,臨床的には否定的であった.塗抹検鏡では,頻度的に少なくても類似した菌の鑑別にも注意が必要であり,臨床所見と塗抹所見の整合性を考慮して診断することが重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)松本哲哉:市中肺炎の病原微生物─一般細菌─.最新医学63:371-377,20082)鈴木賢二,黒野祐一,小林俊光ほか:第4回耳鼻咽喉科領域感染症臨床分離菌全国サーベイランス結果報告.日本耳鼻咽喉科感染症研究会会誌26:15-25,20093)坂本則敏:ブランハメラ・カタラーリス結膜炎─小児および老人における結膜炎の原因として─.あたらしい眼科6:1067-1069,19894)西原勝,井上慎三,松村香代子:細菌性結膜炎におけるあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013835 検出菌の年齢分布.あたらしい眼科7:1039-1042,1990学書院,19985)川上健司:b-ラクタマーゼ産生モラキセラ・カタラーリス7)渡辺純子,稲田紀子,立花敦子ほか:淋菌結膜炎との鑑別感染症.医学のあゆみ208:29-32,2004を要した新生児モラクセラ結膜炎─いわゆる偽淋菌結膜炎6)中山宏明:細菌学各論.微生物学第7版,p209-211,医─.眼科53:137-142,2011***836あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(114)

ニュープロダクツ

2013年6月30日 日曜日

ニュープロダクツニュープロダクツ●カティーナ社K5.5900有田式マイボーム腺圧迫鑷子(株式会社JFCセールスプラン)株式会社JFCセールスプランは,新しいマイボーム腺圧迫専用の鑷子を発売した.本器具は,カティーナ社伝統の把持しやすいハンドル形状と臨床経験からのアイデアを組み合わせた,痛みを与えることなくマイボーム腺を容易に加圧できる鑷子である.■広い圧迫子全体から加える均一な圧力と,圧を開口部方向へ加えることができる先端構造により,部分的な痛みを与えることなくマイボーム腺内の脂を押し出すことができる.■マイボーム腺開口部から直線的に遠位側へ挟み込む従来の方式と違い,先端より離れた挟み込むスペースの広い弯曲部付近が瞼縁部を超えることにより,瞼縁部に力を加えることがなく痛みを与えない.■一対の先端圧迫子は互いに対称的な形状をもち,左右どちらの向きでも圧迫子の丸い部分から眼瞼に挿入することにより,この1本で上下眼瞼の耳側から鼻側に至るマイボーム腺すべてを挟み込んで圧迫することが医療機器届出番号13B1X00049KP5100(開発指導,症例提供:有田玲子先生)可能.■標準販売価格:\31,100(消費税別).〔問合せ先〕<総発売元>株式会社JFCセールスプラン〒113-0033東京都文京区本郷4-3-4明治安田生命本郷ビル電話:03-5684-8531<製造販売元>ジャパンフォーカス株式会社〒113-0033東京都文京区本郷4-37-18IROHA-JFCビル電話:03-3815-2611本欄に紹介した製品は,すべて当該社の提供資料による.(99)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013821

後期臨床研修医日記 23.香川大学医学部眼科学講座

2013年6月30日 日曜日

●シリーズ後期臨床研修医日記香川大学医学部眼科学講座上乃功香川大学医学部眼科学講座では今年の後期研修医は1人でした.昨年は2人,一昨年は1人,3年前も1人と入局者は続いていますが,少数精鋭で頑張っています.人数が少ないため,手術日はずっと手術助手に入れて,わからないことについて先輩医師はもとよりスタッフの皆さんがいろいろ教えてくれるため,非常にありがたいなと思いつつ毎日を過ごしています.今回はそんな恵まれた後期研修を過ごせる香川大学眼科の1週間を少し紹介したいと思います.1週間のスケジュールは,おもに,月・火・木は外来,水・金は手術です.月曜日まずは,病棟の患者さんを診察します.7:40.8:00は食事時間,8:00.8:30は他の先生も診察していることが多く,病棟のスリット台は2台しかないため,なるべくその時間は避けて病棟の患者さんを診察します.外来は9:00からスタートします.月曜日は教授を含め網膜硝子体が2人,緑内障・一般眼科の外来が2.3人の計4.5人が診察を行っています.最初は初診の患者さん10.20人の問診をとります.問診で散瞳が必要な患者さんには前眼部をみて,散瞳指示と必要な検査指示をします.問診をとっていると,背中にドーンと掌が.「いさお,元気か」教授です.皆が知っている白神史雄教授(現・岡山大学教授)が外来診察にやってきます.教授の診察は速いので,診察前検査も速く行わなければなりません.問診をとり終わり,診察前検査をします.多い検査は光干渉断層法(OCT)です.2時間くらいひたすら視能訓練士(ORT)の先生とOCTを撮像します.間で眼底カラー写真,蛍光眼底造影(FAG),エコーの検査が入ります.カラー・FAGは50°,30°?スプリットって?フルオレセインを注入して8分以内に両眼を撮像しないといけない!?(そんなに速く撮れる?).撮像後にパノラマ画像を作る!?と,わからなくて困ることが多く,ORTから何度も教えてもらいました.FAGはまず撮像し始めるまでが大変です.患者さんに,「右腕を出してください.腕をぎゅっと縛りますよ.(血管がでない)」「看護師さーん(ルートとって下さい)」ルートはとれて顔は台に乗ったものの,眼が開▲香川大学同門会(95)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20138170910-1810/13/\100/頁/JCOPY ▲硝子体注射を行う筆者かなくて撮像すると眼瞼が映り込んでしまいます.「看護師さーん(眼を開けて下さい)」FAG後に他の検査をしていると,診察している先生がやってきて「画像見ながら撮ってる?」.どうやらピントが合ってないとのことです.四苦八苦してなんとかピントを合わせて撮っていると,また別の先生がやってきて画面をじっと見ています.「先生どうかしましたか?」「うえのくん,白いとこ入ってちゃだめ」どうやら周辺部の撮像時に眼底ではない部分が入っているのがよくないようです.検査の達人への道は遠い!火曜日・木曜日火曜日・木曜日は,准教授,講師を含め緑内障が3人,網膜硝子体・一般眼科の外来を1.2人体制で診察を行います.月曜日と違うのは,入院前の術前検査の患者さん,光凝固の患者さんが来ることです.問診と並行して術前検査の角膜内皮,IOLマスター,眼脂培養,胸部X線写真(胸写)・心電図・採血・感染症などの全身検査を行います.光凝固(PC)は汎網膜光凝固(PRP),focalPC,directPC,YAGレーザーを行います.最初は,powerがmW,mJ?spotsize?照射時間は0.02秒,0.02秒?SuperQuadRにYAGレンズ?と非常に種類が多く戸惑いました.火・木の両日は入院日のため,患者さんの要望があれば外来の合間や,主に外来が終わってから手術説明と術前診察を行います.硝子体出血の患者さんが,出血が吸収され視力も回復しているため退院になったり,慢性心不全の患者さんが入院して来てベッドに座った途端に息苦しさを訴え,38℃台の発熱があり,心エコーでは心818あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013〈プロフィール〉上乃功(うえのいさお)宮崎大学医学部卒業,鹿児島大隅鹿屋病院にて初期臨床研修,平成24年4月より香川大学医学部眼科学講座後期研修医.筋梗塞ではなさそうだが,採血してみるとBNP(brainnatriureticpeptide)600台で慢性心不全の感染による急性増悪で,救急車でかかりつけの総合病院に転院するのに同行したりと,思わぬことが起こったりします.さらに,毎週のように入院患者が病床数をオーバーするために術後患者が突然転棟していることも多く,受け持ち患者の把握に常に注意を払っておく必要があります.また,木曜日はさらに教授回診,医局会も毎週あります.教授回診では,教授から「どっちの眼」「眼圧は」「孔はどこに開いている」「手術したのは誰」「OCTみせて」と次々に質問がくるため,主治医でない患者さんのときは少し戸惑います.医局会では抄読会での発表が当たるときがあり,英語の論文を2編読んできてそれを発表するとのこと.表がこうで,グラフがこうで,なんとか喋って,質問に答えて,最後に教授から「長い.もっとまとめて.」(すいません.僕もそう思いました.次はもっと簡潔にまとめます.)水曜日・金曜日水曜日・金曜日はおもに手術日です.外来も黄斑・斜視の先生がしていますが,研修医はおもに手術助手です.手術室は2室使用し,2台並行で行います.まずはどちらかの事前に決められた部屋に入り,主治医のときは第1助手に,教授の手伝いで入るときは第2助手に入ります.「無鈎セッシ.」(どれが無鈎ですか)「チョッパー.フックじゃないぞ」「乾いているから水かけて」「BSS(平衡食塩水)か,そうじゃないかだけは間違うな」「角膜が押しすぎて凹んでいる」「眼底が見えにくいから,見えるようにして」など,いろいろ覚えないといけないことは多かったです.特に眼内レンズ(IOL)のセッティングは最初戸惑いました.度数は,表裏は,「イエローにして」って?「先をタッキングさせてほしい」逆に「先をタッキングさせないでほしい」など.ただ,17時を過ぎると2人いた看護師が1人になってしまい,準備や片付けの人手が減り,さらに時間がかかるようになってしまうので,皆頑張って17時を過ぎないようにと必死です.(96) 土曜日土曜日は手術翌日の診察をして,1.2カ月に1回程度,緑内障の患者さんの眼圧日内変動測定があります.朝の9時から3時間ごとに翌日朝6時まで眼圧を測ります.後期研修を始めて非常に困ったことの一つがこの眼圧測定です.アプラネーションを強く当てすぎても弱く当てすぎても測れず,測れるまでの数カ月間は困りました.まだできることは少ししかありませんが,徐々にできることは増えているので,早く一人前として働けるよう毎日の経験を積み重ねて頑張っていきたいと思います.指導医からのメッセージチャを入れられながらも,いじられ役に徹して前向きに元気に頑張っていること,自分でできることが増えるにつれて言動,顔つきがたくましくなってきていることを微笑ましく垣間見ています.しかし,いつまでも周りに頼って助けられているわけにはいきません.自分の実力を認識しつつ,常にレベルアップをめざして早く一人前の眼科医に育ってくれることを期待しています.(香川大学医学部眼科学講座・准教授馬場哲也)「少数精鋭を前向きに」地方大学における医師不足は深刻ですが,今年も新人を迎えることができほっとしています.研修医は,短期間で眼科医としての知識の習得や,患者との面談,診察,検査,手術などの経験を積み,技術を習得することを要求されるので,毎日やるべきことが山積みです.そのなかで,新入局員が1人であることから先輩医局員,スタッフから毎日集中的に愛の鞭,チャ☆☆☆(97)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013819

My boom 17.

2013年6月30日 日曜日

監修=大橋裕一連載⑰MyboomMyboom第17回「吉田茂生」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載⑰MyboomMyboom第17回「吉田茂生」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介吉田茂生(よしだ・しげお)九州大学大学院医学研究院眼科学分野私は,平成5年に九州大学医学部を卒業後,九州大学眼科学教室に入局しました.2年間の臨床研修後に九州大学大学院へ進み,血管新生の分子機序についての分子生物学的研究を行いました.ちょうどヒトゲノムが完全解読される頃で,米国ミシガン大学眼科へ留学し,AnandSwaroop教授のもと,ゲノム医科学の研究を行いました.その後,福岡大学筑紫病院および九州大学病院で糖尿病網膜症や加齢黄斑変性など網膜硝子体疾患の臨床・研究・教育を行っています.学生時代はラグビー部に所属していました.大学院,留学時代のmyboom:そうだ,ゲノムをやろう!九州大学大学院での学位論文のテーマはTNF(腫瘍壊死因子)-aの誘導する血管新生の分子機序の研究です.この研究は過去の文献をもとに血管新生に重要そうなTNF-aやIL(インターロイキン)-8など少数の分子を“勘で”選んでストーリーを作りあげたものでした.臨床に役に立つ研究をしたいと思って大学院に行ったわけですが,この仮説駆動型の研究で明らかにしたTNF-aの誘導する血管新生の分子機序は実際の患者さんで起こる血管新生をどのくらい説明できるかわかりませんでした.同じ時期に,連鎖解析を用いた全ゲノムにわたるスキャンで角膜や黄斑ジストロフィなどの遺伝性眼疾患の(93)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY原因遺伝子の報告が増えはじめました.患者さんの血液サンプルを研究の出発点として明らかになった原因遺伝子は従来の病態予想から思いつかなかった遺伝子も多く,ゲノム情報を基盤に体系的にスクリーニングすることが,真に患者さんに役立つ病態の解明に重要だと感じました.そこで,留学ではゲノム医科学を勉強したいと思い,当時ミシガン大学で精力的に研究されていたDr.Swaroopにメールを送り,researchfellowとして採用してもらいました.ちょうどヒトゲノム配列がほぼ解読され,遺伝子の構造や機能の情報が加速度的に蓄積された時期でした.Dr.Swaroopには西海岸のソーク研究所にも派遣してもらい,米国の豊富な資金と人手を投入した研究を目の当たりにしながら,網膜の発生や加齢の網羅的遺伝子発現解析に従事しました.留学から帰国後のmyboom:そうだ,網膜上増殖組織の網羅的遺伝子発現解析をやろう!日本に帰って臨床の傍ら限られた時間と人手で研究をするにあたって,ゲノム医科学的手法を基盤として,それまでに誰も行っていない研究をしようと考えました.そこで考えたのが臨床研究医ならではの患者サンプルを用いた研究,網膜上増殖組織(以下,増殖組織)の網羅的遺伝子発現解析です.糖尿病網膜症(DR)や増殖硝子体網膜症(PVR)などの増殖性網膜硝子体疾患は近年の硝子体手術の進歩にもかかわらず患者さんの視機能を十分に保持できない難治例が存在し,その主要病態である網膜上増殖組織の発生進展のメカニズム解明は意義深いと考えました.しかし,増殖組織は極小検体であり,網羅的遺伝子発現解析が可能かどうかわかりませんでしたが,試行錯誤の末,網膜での発現がほとんどなく,増殖組織で有意にあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013815 〔写真1〕研究室の新年会の集合写真高発現である増殖組織特徴的遺伝子の抽出に成功しました.このうちペリオスチンという遺伝子が,その後の解析で増殖組織の進展に重要であることがわかりました.ちょうど同じ時期に,血管内皮増殖因子(VEGF)という単一の分子を標的とした薬剤が臨床応用されました.私達も増殖組織特徴的遺伝子のうちペリオスチンを第一の標的として,VEGFに次ぐ分子標的薬の創製を試みることにしました.ペリオスチンは網膜での発現がほとんどないため,その分子標的薬は副作用の少ない増殖抑制薬になると期待しています.現在のmyboom:日本発ペリオスチン分子標的薬の創製現在RNA干渉を用いたペリオスチン分子標的薬の創製を試みています.RNA干渉は,生体内で特殊なRNAによる遺伝子発現が抑制される現象です.標準的なRNA干渉医薬は,この生体機構を利用し人工的に二本鎖RNAを導入することで,疾患の原因となる蛋白質の産生を妨げることで治療を試みるものです.一方で最近,自身が折りたたまれることによりあたかも二本鎖RNAのようにふるまう一本鎖長鎖RNA核酸(nkRNA)が日本で開発され,このプラットフォームを用いたペリオスチン分子標的薬の開発を行うことにしました.すでにペリオスチンを効果的に抑制する配列を確定し,マウス網脈絡膜線維血管増殖を抑制することを確認できました.実際に治療薬の臨床応用を大学だけで完遂するのは困難で,産学官の連携が必要です.ペリオスチン核酸医薬を実現するためにベンチャー企業のアクア・テラピュー816あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013ティクスが設立されました.また本研究は,文部科学省所管の科学技術振興機構により研究成果展開事業・研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)に採択されました.さらに,オープンイノベーション(組織の枠組みを越え,広く知識・技術の結集を図ること)により次世代の国富を創出することを目的として設立された政府系のファンドである産業革新機構からの支援を受けることも決まりました.がんばれ!ニッポン!私達の一連の仕事は,雑誌AERAや読売新聞で紹介されました.これまで患者さんの治療予後向上に貢献したいと思って臨床研究をしてきましたが,最近の日本をとりまく環境は変化しています.日本経済新聞によると,2011年の貿易赤字は2.5兆円でそのうち医薬品が1.4兆円と「陰の主役」となっており,日本の医療を支える税金と保険料が海外に流れ出しているのが現状です.読売新聞では私達の仕事はトップ記事で紹介され,研究成果を社会還元することに対する社会の期待が大きいと実感しました.今まで育ててくれた日本社会への恩返しの意味でも,日本発の次世代医薬開発へ向けた挑戦を続けていきたいと思います.眼科医として20年目を迎え,後進の指導も重要な仕事の一つになりました.一連の仕事を続けていくうちに,少しずつ一緒に研究をしてくれる大学院生が増えてきました.嬉しいことには,一連の研究をしてくれた石川桂二郎君,有馬充君,山地陽子君の3名が日本学術振興会特別研究員に合格しました.彼らが日本の未来の眼科の進歩に貢献する研究者に成長することを願っています.先行き不透明なニッポンの未来を明るくするのは一にも二にも志ある若者達です.高い志をもった眼科臨床研究医を一人でも多く育てたい,それが私の今の(これからも?)最大のmyboomです.次のプレゼンターは島根大学の兒玉達夫先生です.ミシガン大学に留学中に一緒に仕事をした仲間で,サッカーをはじめ多趣味な先生です.御期待ください!注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(94)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 6.私の恩師であったJin先生を偲ぶ

2013年6月30日 日曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑥責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑥責任編集浜松医科大学堀田喜裕私の恩師であったJin先生を偲ぶ赤木好男(YoshioAkagi)福井大学名誉教授1972年京都府立医科大学卒業・同大学眼科研修医.1974年同大学大学院入学.1979年同大学眼科助手.1981年留学.1984年同大学眼科講師.1986年再留学.1990年同大学眼科助教授.1993年福井大学眼科教授.2007年日本白内障学会理事長.2011年福井大学名誉教授.現在に至る.私は,1972年(昭和47年)に京都府立医科大学を卒業した.眼科研修医時代に,緑内障線維柱帯切除術で摘出された組織片を光学顕微鏡で観察することを経験した.そのことがきっかけで,さらに本格的な基礎的研究に興味を持った.そこで,2年間の研修医終了後,当時,神経解剖学で大きな業績のあった第一解剖学教室の大学院に入学した.4年間の大学院時代では佐野豊先生に師事した.大学院を終えるころ,米国に留学したい気持ちが徐々に沸き上がってきた.大学院卒業後,再び眼科学教室に戻ったが,この留学の夢を叶えてくれたのが,当時の眼科学教授,糸井素一先生であった.糸井先生のお陰で,1981年9月から,米国国立眼研究所(NationalEyeInstitute:NEI)の桑原登一郎(ToichiroKuwabara:TK)先生の研究室に留学した.出発1カ月前,8月16日の当直の折,病棟から長年の夢が叶った喜びをかみしめ,留学できる夢を膨らませながら,大文字の送り火を見たことは昨日のことのように覚えている.渡米はNewYorkのJohnF.Kennedy空港を経由して,WashingtonDCのNational空港に家族と共に夜9時頃到着した.TK研究室の前任者であり,順天堂大学から留学していた矢島保道先生には,空港まで迎えに来ていただき,その後の米国生活のセットアップに随分助けていただいた.さて,TK研究室で与えられた研究テーマは,隅角の線維柱帯,シュレム管,集合管,房水静脈などの房水流出路を一望できる切片の作製であった.無論,重要なことだとは思ったが,さっぱり興味がわかなかった.仕方がなく,余った時間で,角膜神経の再生過程を電子顕微鏡で観察する仕事をしていた.それを知ったTK先生からは度々叱責された.さらに,他の研究室ま(91)たは日本からTK研究室を訪問してきた日本人研究者にはいつも大変にこやかに対応されていたのに反し,私に向ける視線はいつも厳しいものだった.内弟子はきっちり育てようと考えておられたのか,もしくは何らかの理由で私は嫌われていたのかも知れないが,その落差は私にとって大変辛いものだった.期待に胸を膨らませて留学したのであるが,留学後2,3カ月で「もう帰国したい」といつも考える憂鬱な日々を過ごした.さて,矢島先生は主たる研究以外,同じNEIのPeterKador博士との共同研究でアルドース還元酵素(aldosereductase:AR)の眼における免疫組織化学的研究を行っていた.矢島先生が,その研究を未完成のまま帰国されることとなり,私はその継続をPeterに申し出た.Jin先生がNEI研究部門のトップであることはそのとき初めて知った.Peterの仲介で,私はビル10のJin先生の部屋に呼ばれ,研究室移動の意思を先生から直接再確認された.その年のARVO開けの日に移動日が決まった.その日から私はAR研究を正式に始めた.帰国を毎日考え鬱々とした日々から,急に新しい道が目の前に開けた感じであった.私の研究室移動を決定していただいたJin先生,仲介してくれたPeterはその意味で私の一生の恩人である.NEIではその後,私は3年間にわたりAR研究に従事した.帰国後もARを中心とした研究を続け,Peterとは30年にわたり研究面および個人的交友がある.かくしてAR研究が私のライフワークとなった.当時の米国留学生活が私の人生で最も楽しい時代だったと今でも感じている.当時FMラジオで聞いていた曲は私のiPodに数百曲入っており今でも懐かしく聞いている.あたらしい眼科Vol.30,No.6,20138130910-1810/13/\100/頁/JCOPY 写真1Jin先生1990年頃,来日され,学会で講演された.写真21995年頃のハワイで行われた日米水晶体会議懇親会Jin先生(前列右)Reddy先生(前列左),後(,)列はPeter(左)と筆者.NEIには臨床と基礎部門があった.研究部門では水晶体研究室以外,ぶどう膜炎,分子生物学など多くの研究室があった.Jin先生の主力研究であったAR研究室はPeterが室長の一つだけであった.Jin先生の時代には日本から数十名に及ぶ研究者が,NEIでさまざまな研究に従事してきた.そして,日本へ帰国後多くの研究者が研究を継続した.このことから,Jin先生が日系米国人として,日本人研究者を通して日本の眼科研究の発展に多大な功績があったことに疑いはない.一方,1977年頃,Jin先生は米国の著名な水晶体研究者であったReddy先生,Spector先生たちと水晶体会議(CCRG)を立ち上げられた.約2年後,名城大学教授の岩田修造先生が加わり,US-JapanCCRGへと発展した.それ以来,2年に1回,ハワイで開催され,長年にわたり日米の水晶体研究者の重要な交流の場となった.私自身も米国から,そして帰国後は日本から10回以上参加した.2009年,CCRGは福井大学眼科学教室としてハワイ州コナ市で主催した.近年,CCRGには世界中から水晶体研究者が集うようになった反面,日本からの参加研究者の減少とともにUS-Japanの冠称がなくなったことは残念である.Jin先生が提唱された糖白内障におけるポリオール浸透圧説とはつぎの通りである.糖異常状態では,糖はARの働きによって糖アルコールに還元される.糖アルコールは膜透過性が悪く,しかも代謝されにくいため細胞内に蓄積する.その結果,細胞内浸透圧が上昇し,細胞内に水分が吸引される.つまり細胞の膨化変性が生じ,白内障が形成されるに至る.構造式の異なる多種類814あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013のAR阻害剤(aldosereductaseinhibitor:ARI)が,実験的白内障発症を抑制もしくは治癒させる.この事実が本説を強く支持する証拠の一つである.一時は世界の多くの製薬会社がARI開発に力を注いだが,ARIの一つであるSorbinilの網膜症に対する臨床治験結果において有意な予防効果が認められなかった.この頃から,AR研究は下火となった.水晶体研究を振り返ると,これまで白内障治療効果を持つとされた薬剤のほとんどは,生体における効果については客観性に乏しいのが現状である.動物実験であるにせよ,ARIほど再現性を有しかつ説得力のある治療効果を有する薬剤は白内障研究史上例を見ないことは強調したい.Jin先生とは配下の研究者としてよく一緒に食事に行ったし,またゴルフにも行った.Jin先生は心温かい指導者でした.われわれ下の人間のいうことを良く聞いてくれ,色々と気配りをされるボスであった.自身の講演の際にも,ご自分の手柄にせず,これが誰の研究成果なのか,いつも注釈を加えておられたことは印象深い.世界的なAR研究が一段落したあと,1989年9月ArdenHouse(NW)にて「退官記念学会」を開かれ,NEIを去られた.しばらくはカルフォルニアの大学の研究室にも属し,研究活動も継続され,時々来日され講演もされた.数年後,持病の腰痛が悪化され歩行もままならなくなったのちは,周囲との連絡を完全に絶たれ,自宅で過ごされた.あらためて私の恩人であるJin先生のご冥福をお祈りしたい.また,Peterには心から感謝したい.(92)

現場発,病院と患者のためのシステム 17.“プロトタイプアプローチ”とは

2013年6月30日 日曜日

連載⑰現場発,病院と患者のためのシステム連載⑰現場発,病院と患者のためのシステム“プロトタイプアプローチ”とはシステムの開発には,ウオータフォール型の開発方式とプロトタイプアプローチと呼ばれる方式とがあります.前者は,仕様を決める上流工程に始まり,プログラムを作り,仕様通りできあがっているかをテストする下流工程まで,上から下へ進めていく方式です.後者は実際に動くプロトタ杉浦和史*はじめに一般的に,システムの開発は現状分析から始まり,BPR(無理無駄を省いた業務プロセスにする作業)をしたのち,仕様を作り,プログラム作ってテストして完成するまでの過程をたどります(図1参照).現状分析上流工程下流工程無理無駄を省いたあるべき姿へ(BPR)仕様作成・修正レビュープログラム作成・修正テスト完成戻る場所が上になるほど、費用・時間を要します.この部分に要する時間を短くし,動く環境で仕様の確認を行い,適宜修正し完成度を高める.イプを作ってテストし,スパイラル状に仕上げていく方式です.ウオータフォール方式は,設計する際の条件が変わらないことを前提としているのに対し,プロトタイプアプローチ方式は,全体構想を立てた後,小さな単位で試行錯誤を繰り返し,変更があればそれを吸収しながら完成度を高めていく方法で,当院の総合予約システムM-Magicはこれで作りました.が,そこで部門間での情報授受の齟齬,機能の過不足が発見されることもあります.これらを反映し,実用性を高め,使い勝手を向上させていきます..プロトタイプを作るタイミング院内業務総合電子化システムHayabusaは,SCD(ScreenCenteredDesign/画面中心設計)Rという考え図1一般的なシステム開発工程R仕様が“ほぼ”決まったら,レビューした後,実際に動くもの(プロトタイプ)を作り,操作し,画面レイアウト,操作性,画面遷移が作業実態に合っているかを関係者でレビューします.当院では,仕様を決めた者はもちろん,現場で作業をしているスタッフも参加します.よく吟味して作ったはずの仕様でも,実務に即して使ってみると,機能の過不足が発見されることが多々あります.また,無理な操作を要求していると指摘されることもあります.年に数回しか起らないことに,手間暇をかけていることが見つかり,BPRの結果,システムの対象から外したこともありました.当院では,必要に応じ,関連する他部門のスタッフもレビューに参加します(89)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY方で,以下の手順で設計しています.①業務内容,作業手順を分析②BPR実施③対応する画面を作る④実際に操作しているように,1操作ずつ画面を遷移させながら,以下のチェックを行う─レイアウト,文字サイズ,線の太さ,色などの見た目の印象はどうか─スム.ズな操作を阻害していないか─機能,情報の抜け漏れはないか─機能,情報の連携を考えているか⑤仕様に反映する⑥④,⑤を繰り返し,完成度を高める⑦プロトタイプを作っても良いくらいのレベルまで*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013811 発展途上実用領域研究領域合格点プロトタイプ作成時期使い勝手/性能/機能7~8割・漏れの吸収・フィッティング(さらなる実態の反映.ただし,BPR済みのこと)ブラッシュアップをしながら次第に完成度を高めていく(スパイラルアプローチ)etcブラッシュアップ期間費用,時間仕上がっているかを確認する⑧プロトタイプを作る⑨仕様通りに動くかを確認する⑩実際に動くことによって発見される問題をプロトタイプへ反映する⑪⑨,⑩を繰り返し,完成度を高める⑫完成以上ですが,⑦は無駄になる部分ができるだけ出ないようにするために必須です.ただし,完璧を目指さず,7,8割の完成度で臨むのがポイントです(図2).完璧な仕様に仕上げるのが理想ですが,①少なからず想定外のことが起きる,②得られる成果に比べ,所要時間が多すぎる,③動いているものでチェックしたほうが早いし確実.と割り切って考えます.経験に照らし,ある程度の完成度に達したと判断したときにプロトタイプを作ります.実際に動く画面を見ながらテストすると,描画ツールで作った画面を紙芝居的に見て,機能,操作性をチェックしたときには発見できなかった問題に気がつくことが多々あります.特に性能(レスポンス)は実際に動くものを見なければわかりません.機能的に満足し,操作感がまずまずでも,操作に対応した反応が遅かったら使い物になりません.見つかった問題点を反映(ブラッシュアップ)し,さらにテストを続けます.これを繰り返し行い,完成度を高め(スパイラルアップ),使えるシステム,効果を実感できるシステムが完成します.何をもって合格とするか…経営戦略(効果,費用,時間,競合他社動向)図2プロトタイプを作るタイミングR.プロトタイプを作るうえでの注意プロトタイプアプローチでは,開発期間内に,いかに頻回にプロトタイプ作成→テスト→反映を繰り返すこと812あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013ができるかがポイントです.それには,“できるだけ早くプロトタイプを作る”ことが求められます.時間を要していてはプロトタイプアプローチの意味がありません.プログラミング能力,センスに優れた技術者が必要です.一方,プログラミングは属人性の高い作業であることは知られています.できるだけ属人性を少なくし,生産性を高めるための開発支援ツール,標準コーディング(プログラムを書くこと)集の整備など,諸施策はありますが,属人性をなくすことはできません.図3は,筆者が某コンピュータベンダでOSの開発を担当していた際に使っていた,プログラムの作成がいかに属人的であるかを示すグラフです.トータルで8倍,個別に見ると27倍もの開きがあることに驚くことでしょう.図3プログラム作成の属人性Rプロトタイプアプローチで臨む際には,この属人性を考慮しなければなりません.極端にいえば,100名の平凡な技術者ではなく,10名のセンスの良い優秀な技術者に任せたい仕事です.石橋を叩き続け,なかなか渡たろうとせず,仕様が完全に仕上がるのを待ってつぎの工程に移ろうとするウオータフォール型開発の信奉者が開発チームのリーダだったりすると,工程遅延を引き起こす原因になりかねません.歴史と伝統を誇る大手ベンダ(システム開発会社)に多い“パラダイムシフトできず,時代に乗り遅れた技術者”が指揮を執ると大幅な工程遅延を引き起こす可能性が高くなります.時代に乗り遅れたという意識がないのでさらに問題を大きくします.発注側は,この点に注意し,場合によっては交代を申し入れることも必要になります.発注者は丸投げではなく,監視しなければなりません.楽そうに見える丸投げは,発注者である医療機関に有形無形の損害をもたらす可能性さえあることを肝に銘じましょう.(90)