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プロスタグランジン関連薬

2012年4月30日 月曜日

特集●わかりやすい緑内障薬物のお話あたらしい眼科29(4):443.450,2012特集●わかりやすい緑内障薬物のお話あたらしい眼科29(4):443.450,2012プロスタグランジン関連薬ProstaglandinAnalogs相原一*はじめにプロスタグランジン(PG)関連薬のうち,薬品名にプロストと名の付くプロスト系とよばれる系統は,現在第一選択薬の眼圧下降薬となっているが,その歴史は他の薬剤と比べて浅く,1980年代から眼薬理作用が検討されてきた物質である.プロスト系PG関連薬は,病型を選ばず最大の眼圧下降効果が得られること,終日の眼圧下降効果,それに伴う日内変動抑制効果,併用薬を選ばないこと,局所のみで全身的副作用がないこと,1回点眼であること,といった特徴がある.これらの特徴は緑内障治療に重要な,点眼に対する患者のアドヒアランスを向上させる条件を満たしており,点眼眼圧下降治療での第一選択薬となっている.現在,世界的には,ウノプロストン(レスキュラR,参天製薬)を含めると,4種のプロスト系ラタノプロスト(キサラタンR,ファイザー),トラボプロスト(トラバタンズR,日本アルコン),ビマトプロスト(ルミガンR,千寿製薬),タフルプロスト(タプロスR,参天製薬),合計5種類のPG関連薬が存在する.さらに2011年にはキサラタンRのジェネリック製品が23種類も発売されたが,本稿では,先発のキサラタンRに限って,5種類のPG関連薬について解説する.IPG関連薬とは?PGは本来,全身に広く分布し多種多様な生理活性をもつ局所ホルモンの一群をなす脂質の総称である.主と種類生体内機能受容体PGF2a陣痛誘発,黄体退縮,眼圧下降FPEP1PGE2発熱,疼痛,血管透過性亢進EP2EP3EP4PGI2血小板形成抑制,血栓形成阻害IPPGD2睡眠誘発,気管支収縮DPTXA2血小板形成促進,血栓形成促進TPプロスタ眼圧下降プロスタマイド受容体ラタノプロスト酸トラボプロスト酸タフルプロスト酸ビマトプロスト酸ビマトプロストマイドF2a=FP+FPsplicevariant図1プロスタグランジン関連物質の受容体とその生体内機能FP受容体が眼圧下降に重要である.プロスト系PG関連薬は酸型がFP受容体に,ビマトプロストはそのままプロスタマイド受容体に結合する.して生体内機能を有するPGは図1の4群であり,それぞれ特異的な受容体が存在する.そのうち緑内障眼圧下降薬としてのPG関連薬はPGF2aを基本骨格とし,そのカルボキシル基末端にイソプロピル基がエステル結合したPGF2aイソプロピルエステルから開発されたものである.そのためPG関連薬とよぶ.受容体はFP受容体である.現在,開発順にウノプロストン,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロストの5種類のPG関連薬が存在する(図2)が,後述のように,ウノプロストンだけがPGF2aイソプロピルエステルの基本骨格はあるものの,代謝された構造をもつためプロストン系とし,一方,他の4種はPGF2aをよ*MakotoAihara:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕相原一:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚運動機能講座眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(9)443 製品名一般名濃度開発国投与回数眼圧下降副作用充血,眼瞼色素沈着,睫毛の伸長・増加防腐剤作用点ルミガンRタプロスRタフルプロスト0.03%0.0015%米国日本1日1回1日1回レスキュラRキサラタンRトラバタンズRウノプロストンラタノプロストトラボプロストビマトプロスト0.12%0.005%0.004%日本米国米国1日2回1日1回1日1回++++++++++++++++++BAKBAKsofZiaR(イオン緩衝系防腐剤)BAKBAKFP受容体Maxi-KチャンネルFP受容体FP受容体FP受容体プロスタマイドFP受容体FP受容体プロストン系プロスト系図2緑内障治療PG関連薬一覧(ジェネリック製品を除く)ウノプロストンはプロストン系,他の4剤はプロスト系として分類すると違いがわかりやすい.り安定化させた構造をしており,名前もプロストがついているため,まとめてプロスト系とよぶと理解しやすい.IIプロドラッグ製剤5種類の薬剤はすべてプロドラッグ製剤である.PGは本来末端のカルボキシル基は酸になっていて受容体に結合するが,図3にあるように点眼製剤はビマトプロストを除きイソプロピルエステル型となっており,角膜を通過する際にエステラーゼにより結合が切れて酸となり,眼内で受容体に作用する.ビマトプロストだけが,エチルアミド型となっておりアミダーゼにより結合が切られ酸となる.こうしたプロドラッグ製剤は,眼外での不必要な薬理活性を減らすことで副作用を軽減する役割をもっているため,製剤として好ましいと考えられる.IIIプロストン系とプロスト系の相違図3にあるように,プロストン系であるウノプロストンだけが15位の水酸基が酸化されているため代謝型PG関連薬ともよばれている.この15位の水酸基は基本骨格であるPGF2aの受容体FPへの結合に重要であ444あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012る.そのため,invitroの結合実験ではウノプロストンはFP受容体への結合親和性が低い.プロスト系薬剤は炭素鎖15位の水酸基を保存したまま,修飾が施された薬剤であるが,国産のタフルプロストは水酸基をフッ素で置換することにより薬剤の安定性を高めた構造になっている.IVPG関連薬のプロスタノイド受容体結合能PG関連薬は酸になると受容体結合能が向上し,プロスタノイド受容体に結合するが,図4にあるようにウノプロストンはどの受容体にも結合能が劣る.プロスト系はいずれもFP受容体に最も結合するが,EP3受容体にも結合能を有する.もっともFP選択性が高いのはタフルプロストである.エチルアミド型のビマトプロストは酸型では他のイソプロピルエステル型プロスト系と同様なプロスタノイド受容体結合パターンを示すが,酸にならない状態でもFP受容体とFPのスプライスバリアントの複合体に直接結合することが最近報告されており1),他のプロスト系PG関連薬と異なる結合活性をもつプロスタマイド(プロスト系のアミド型という意味)と位置づける研究者もいる.(10) PGF2aイソプピルエステルHOHOOHOOラタノプロストHOHOOHOOesteraseイソプロピルウノプロストンHOHOOOOesteraseesteraseCF3HOHOOOHOOトラボプロストタフルプロストesteraseHOHOOFOOFamidaseHOHOOHONHビマトプロストPGF2aイソプピルエステルHOHOOHOOラタノプロストHOHOOHOOesteraseイソプロピルウノプロストンHOHOOOOesteraseesteraseCF3HOHOOOHOOトラボプロストタフルプロストesteraseHOHOOFOOFamidaseHOHOOHONHビマトプロストプロストン系プロスト系図3PG関連薬の構造式LatanoprostacidTravoprostacidFPFPReferences10-110-410-710-10EP1EP3DPTPEP2IPEP2IP(1)JOculPharmacolTher.2001,17(5):433(2)SurvOphthalmol.2001,45:S337(3)JPET.2003,305(2):72(4)JOculPharmacolTher.2003,19(6):501(5)NipponYakurigakuZasshi.2000,115(5):28010-110-410-710-10EP1EP3DPTPから改変EP4EP4UnoprostoneacidBimatoprostacidTafluprostacidFPFP10-110-410-710-10EP1EP3DPTPFPIPEP2IPEP2IPEP210-110-410-710-10EP1EP3DPTP10-110-410-710-10EP1EP3DPTPEP4EP4EP4図4PG関連薬のプロスタノイド受容体親和性プロスト系は基本的にFP受容体に対する特異性が高いが,他のEP受容体にも親和性がある.これは論文の組み合わせでの概略図であり,直接5剤を比較したデータではないので注意.(11)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012445 VPG関連薬の眼圧下降作用機序FP受容体欠損マウスを用いた点眼試験では,5種類のPG関連薬の眼圧下降効果がまったく消失したことにより,これらの眼圧下降作用にはFP受容体が必須であることが判明した2)(図5).ビマトプロストはそれ自身がプロスタマイド受容体に結合するということが示唆されていたが,プロスタマイド受容体は実はFP受容体蛋Wildtype&FPKOmouse夜間点眼3時間後*:p<0.01WTFPKOWTFPKOWTFPKOWTFPKOWTFPKO-100102030眼圧下降率(%)*****ラタノトラボビマトタフルウノプロストプロストプロストプロストプロストン図5FP受容体欠損マウスにおけるPG系薬剤の眼圧下降作用野生型マウスとFP受容体欠損マウスにPG関連薬を点眼3時間後の眼圧下降率をみるとFP受容体欠損マウスではまったく眼圧が下がらないことが判明した.……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………図6PG関連薬のFP受容体を介した眼圧下降作用毛様体のFP受容体からのシグナルでぶどう膜強膜路の房水流出抵抗が減少することが知られているが詳細は不明である.線維柱帯での作用も否定できない.白とFP受容体の産生過程でのスプライスバリアントであることが判明したため,結局はPG関連薬の結合には,すべて遺伝子としてFP遺伝子が必須であるということで決着している(図1).ウノプロストンはFP受容体以外にもMaxi-Kチャンネルを活性化させるという報告があるが,これが眼圧下降効果と関係があるかは不明である.房水動態からみたPG関連薬のおもな眼圧下降作用はぶどう膜強膜路の流出改善作用である.生化学的にはFP受容体を刺激すると,細胞内カルシウムが上昇しさまざまな細胞内シグナルが伝達されることがわかっているが,残念ながら眼圧下降につながる詳細な機序は不明である.唯一PG関連薬により細胞外マトリックスを分解するマトリックスメタロプロテアーゼの活性が上昇し,細胞外マトリックスを分解させる方向に傾き組織内の房水流出抵抗が低下するという説があるが,明確なinvivoでの証明はされていない.このような生化学的組織変化は少なくとも数日を要するため,PG関連薬による長期的に持続する眼圧下降効果を説明するには良い仮説であるが,投与後数時間でも眼圧下降することは説明できず,長年の課題である.ちなみにFP受容体は毛様体以外に線維柱帯にも発現しているため,房水流出抵抗を下げる短期的な機序が存在する可能性がある(図6).VIプロスト系とプロストン系の眼圧下降効果の特徴と相違プロスト系薬剤はプロストン系より眼圧下降効果が強い.理由としては,ウノプロストンは上記のようにプロスタノイド受容体結合能が弱いためと考えられる.薬剤の浸透率,受容体結合活性にもよるが,プロストン系はいずれもかなり濃度が低い.ただし,製剤濃度と眼圧下降効果や副作用の出現率は直接濃度とは関係ない.プロスト系の眼圧下降効果は,海外の原発開放隅角緑内障(POAG),高眼圧症(OH)で約25%であり,日本の正常眼圧緑内障(NTG)でも約20%の眼圧下降効果が得られ,最も眼圧下降効果が強い.ウノプロストンは2回点眼で濃度も高いが眼圧下降効果は劣る.国産のタフルプロスト以外は,すでに海外で長年使用されており,表1446あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(12) 表1メタアナリシスによるPG関連薬眼圧下降効果比較文献著者誌名年ラタノプロスト=トラボプロスト=ビマトプロスト27vanderValkOphthalmology2005ラタノプロスト=トラボプロスト<ビマトプロスト42HolmstromSCurrMedResOpin2005ラタノプロスト=トラボプロスト=ビマトプロスト12LiNRClinExpOphthalmol2006ラタノプロスト<トラボプロスト=ビマトプロスト9DenisPCurrMedResOpin2007ラタノプロスト=トラボプロスト<ビマトプロスト8AptelFJGlaucoma2008ラタノプロスト=トラボプロスト=ビマトプロスト24BeanGWSurvOphthalmol2008過去の眼圧下降論文からのメタアナリシスの結果ではややビマトプロストの眼圧下降傾向が強いがほぼ同等であると考えられる.:ベースライン:チモロールPOAG,OHn=20:ドルゾラミド眼圧(mmHg)25232119171513:ラタノプロストに示すような多くのメタアナリシスではラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストがほぼ同様な眼圧下降効果を示すが,若干ビマトプロストの眼圧下降効果が強いようである3,4).ただ日本のNTGでの眼圧下降効果に差があるかは不明である.タフルプロストは海外データが少ないが,少なくともキサラタンRに非劣勢である.国内でのプロスト系薬剤の眼圧下降効果の比較も,15182124030609これまでの海外のデータを合わせて考えても,プロスト系4種の平均眼圧下降効果はほぼ同等であることが予想される.プロスト系薬剤は1日1回点眼にもかかわらず眼圧下降効果が持続し,昼夜を問わず眼圧下降効果に優れる薬剤である.たとえば,図7のb遮断薬のように日中の:ベースライン:ラタノプロスト:トラボプロスト:ビマトプロスト24時間図7PG関連薬の眼圧日内変動抑制効果ドルゾラミド,チモロール,ラタノプロスト点眼時の眼圧日内変動をベースライン眼圧変動とともに示す.ラタノプロスト・ドルゾラミドは1日を通して眼圧下降効果があるが,チモロールは日中に強く下降,夜間の下降は弱いことがわかる.(文献5より)45POAG&OH>21mmHg(n=44)4035平均眼圧下降率(%)3025202220眼圧(mmHg)181514105126912時間151821030ラタノプロストトラボプロストビマトプロスト眼圧下降と日内変動(座位)平均眼圧下降率の比較図8プロスト系薬剤の眼圧日内変動抑制効果と眼圧下降率の個人差プロスト系薬剤3剤とも十分日内変動抑制効果があることがわかる.また,平均的には25%前後の眼圧下降効果を各薬剤で示すが個体差がある.(文献6より)16(13)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012447 眼圧下降効果が強く夜間の眼圧下降効果に劣る薬剤と比べ,昼夜間とも均等に眼圧を下げることが示されている5).また,図8左のような日内変動を示すPOAGの患者の眼圧は,PG関連薬により著明に抑制され日内変動が減少することが示されており6),外来受診時の日中しか眼圧測定するすべがないわれわれには安心して点眼を勧められる.また,4種の薬剤の眼圧下降効果は,お互いきわめて似た骨格であるにもかかわらず,同一眼でも眼圧下降効果が変わることが知られている.すべての薬剤と同様,薬理作用には個人差があることを知っておくことが重要である.VIIPG関連薬の副作用PG関連薬の副作用は,全身的副作用はないが,局所では結膜充血,メラニン色素の増加に関係する,すなわち虹彩色素沈着,睫毛の伸張・増加,眼瞼色素沈着が顕著である.また最近,上眼瞼溝深化(deepeningofuppereyelidsulcus:DUES)も報告が目立ってきている.PG関連薬のなかでウノプロストンの副作用は,プロスト系4種と比べて少ないことは間違いない.プロスト系4種のなかでは,ラタノプロストよりトラボプロスト,さらにビマトプロストのほうがより副作用が強いと海外で報100告されている.これらの副作用は,局所的に把握できる点で,b遮断薬などの全身的副作用を有する薬剤より処方しやすい.VIIIPG関連薬による充血充血は,特に点眼開始時に強く,継続投与で徐々に減少することは間違いないので,早期にPG関連薬に対しての治療から脱落させないためにも初回処方時に,必ず充血することと,点眼しているうちに目立たなくなる旨の患者指導が重要である.メタアナリシスの報告では,ラタノプロストよりトラボプロスト,ビマトプロストのほうが充血が強いことが知られている7)(図9).IXPG関連薬による色素関連副作用個人差が強いが睫毛の伸長・増加は特異的副作用である.睫毛についての副作用は逆に受け入れが良い場合もある.この副作用が強いビマトプロストは,睫毛増強剤として美容外科で使用されている.眼瞼色素沈着の副作用は,患者指導が重要であり,夜点眼といっても風呂や化粧落としの前に点眼させ,洗顔することでかなり防ぐことができる.夜点眼という指導のもと,就寝直前にさしてそのまま寝る場合や,点眼後よく拭くことで逆にすり込んでいる場合もしばしば遭遇するので,高度な色素100充血の発生頻度(%):ビマトプロスト:ラタノプロスト75755050252500123456789210111261.Netland2001,2.Parrish2003,3.Parmaksiz2006,4.Chen2006,5.Garcia-Feijoo2006,6.Konstas2007,7.Dubiner2001,8.Gandorfi2001,9.Noecker2003,10.Walters2004,11.Konstas2005,12.Dirks2006図9PG関連薬による充血の発生頻度:メタアナリシスラタノプロストより,トラボプロストさらにビマトプロストのほうが充血の発生頻度が高い.(文献7より):トラボプロスト:トラボプロスト:トラボプロスト:ラタノプロスト:ラタノプロスト:ラタノプロスト448あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(14) 切り替え前1カ月後3カ月後6カ月後図10ラタノプロストからビマトプロストに切り替え後発生したDUESの症例キサラタンRを1年以上点眼している女性で,ルミガンRに切り替えたところDUESが発生した.しかし,この患者はDUESを自覚しているが,中止は希望していない.沈着がみられる場合には十分な点眼指導のもとコミュニケーションを取る必要がある.日本人での虹彩色素沈着は目立たないため問題とされない場合が多い.XPG関連薬と炎症ラタノプロスト導入のころ,黄斑浮腫の発生や増強という副作用が報告されていたが,白内障術中破.などの血液房水柵が破綻した例であり,現在ではあまり危惧されていないが,可能性はあるため特に侵襲の強い手術後の使用では留意したい.高眼圧眼で長年使用されているが,明らかなPG関連薬による炎症増強の報告はまったくなく,血液房水柵の破綻は認められない.ぶどう膜炎などがある場合でも積極的に使用されているのが現状である.XIPG関連薬とDUESDUESは2004年頃よりビマトプロスト点眼患者での症例報告が相次ぎ,いまやPG関連薬の共通副作用として知られるようになった.元来PGF2aは脂肪産生抑制効果があると報告があり,FP受容体刺激が強いPG関連薬としても同様な効果を有するために起こる副作用と考えられ,眼窩脂肪組織量が減少することが報告されている8,9).筆者らの報告ではラタノプロスト投与患者に対して,プロスペクティブに無作為にラタノプロスト継続群とビマトプロスト切り替え群に分けて半年経過を追い,DUES発症を写真で評価したところ,6割の患者にDUESがみられたが,実際に軽症例も多く特に患者が気にしなければあえて中止やラタノプロストに変更する必要はないと考える10).顔の印象の好みが人それぞれであるのと同様に,DUESを気に入る患者もいれば否定(15)的な患者も存在する.おそらくラタノプロストでも存在する副作用であるが,長期間かけて起こる現象であり,少なくともきちんとした報告はない.トラボプロストでもタフルプロストでも起こることは知られているが,きちんとした前向き試験での頻度は不明である.おわりに以上のようにPG関連薬はその眼圧下降効果から緑内障薬物治療のうえで欠くべからざる薬剤となっているが,局所副作用も多いので,外来では十分に点眼指導あるいは副作用についての指導が重要である.常にリスク,ベネフィットのバランスを考えながら処方することが重要である.■用語解説■スプライスバリアント:遺伝子が蛋白質に翻訳される過程でRNA前駆体中のイントロンを除去し,前後のエキソンを再結合する反応がスプライシングである.最終的に,残るエキソンには多様性があり,さまざまな成熟mRNAが生産される.その多様なmRNAをスプライシングバリアントとよぶ.それぞれ活性の異なる蛋白質を生産することもある.文献1)LiangY,WoodwardDF,GuzmanVMetal:IdentificationandpharmacologicalcharacterizationoftheprostaglandinFPreceptorandFPreceptorvariantcomplexes.BrJPharmacol154:1079-1093,20082)OtaT,AiharaM,NarumiyaSetal:TheeffectsofprostaglandinanaloguesonIOPinprostanoidFP-receptordeficientmice.InvestOphthalmolVisSci46:4159-4163,20053)AptelF,CucheratM,DenisP:Efficacyandtolerabilityofあたらしい眼科Vol.29,No.4,2012449 prostaglandinanalogs:ameta-analysisofrandomizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,20084)BeanGW,CamrasCB:Commerciallyavailableprostaglandinanalogsforthereductionofintraocularpressure:similaritiesanddifferences.SurvOphthalmol53(Suppl1):S69-S84,20085)OrzalesiN,RossettiL,InvernizziTetal:Effectoftimolol,latanoprost,anddorzolamideoncircadianIOPinglaucomaorocularhypertension.InvestOphthalmolVisSci41:2566-2573,20006)OrzalesiN,RossettiL,BottoliAetal:Comparisonoftheeffectsoflatanoprost,travoprost,andbimatoprostoncircadianintraocularpressureinpatientswithglaucomaorocularhypertension.Ophthalmology113:239-246,20067)HonrubiaF,Garcia-SanchezJ,PoloVetal:Conjunctivalhyperaemiawiththeuseoflatanoprostversusotherprostaglandinanaloguesinpatientswithocularhypertensionorglaucoma:ameta-analysisofrandomisedclinicaltrials.BrJOphthalmol93:316-321,20098)ParkJ,ChoHK,MoonJI:Changestouppereyelidorbitalfatfromuseoftopicalbimatoprost,travoprost,andlatanoprost.JpnJOphthalmol55:22-27,20119)JayaprakasamA,Ghazi-NouriS:Periorbitalfatatrophy─anunfamiliarsideeffectofprostaglandinanalogues.Orbit29:357-359,201010)AiharaM,ShiratoS,SakataR:Incidenceofdeepeningoftheuppereyelidsulcusafterswitchingfromlatanoprosttobimatoprost.JpnJOphthalmol55:600-604,2012450あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(16)

緑内障薬物の選び方,組み合わせ方の基本

2012年4月30日 月曜日

特集●わかりやすい緑内障薬物のお話あたらしい眼科29(4):437.442,2012特集●わかりやすい緑内障薬物のお話あたらしい眼科29(4):437.442,2012緑内障薬物の選び方,組み合わせ方の基本HowtoChooseAppropriateGlaucomaMedication山本哲也*はじめに緑内障の薬物数は近年急速に増加した.本稿執筆時点(2012年4月)で使用可能な緑内障点眼薬には,プロスタグランジン関連薬,交感神経b(ab)遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,副交感神経刺激薬,交感神経刺激薬,交感神経a1遮断薬の計6つのカテゴリーに属する薬物がある.近い将来,交感神経a2刺激薬や現在臨床試験中のその他の新規薬物が使用可能となると思われる.また,配合点眼薬という新しいカテゴリーの薬剤〔プロスタグランジン関連薬と交感神経b遮断薬(ザラカムR,デュオトラバR),交感神経b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬(コソプトR)〕も利用できる(図1).このため,すべての薬物に精通することは緑内障専門家ですらむずかしくなりつつある.ここでは,緑内障治療薬選択の基本戦略に関して述べてみたい(表1).主として眼圧下降薬で治療がほぼ完結する原発開放隅角緑内障などの開放隅角緑内障を念頭に置いて記述する.わかりやすさを優先し,文中の薬物名は一般名でなく,商品名を用いる.I投薬以前に考える.すること1.緑内障病型を考えること緑内障の病型や眼圧上昇機序によって,基本的な治療法が異なる.原発開放隅角緑内障(広義)や落屑緑内障は眼圧下降の基本原則はほぼ同一である.薬物による眼圧下降を第プロスタグランジン配合剤b遮断薬関連薬副交感神経刺激薬配合剤炭酸脱水酵素a1遮断薬阻害薬交感神経刺激薬図12012年4月現在で使用可能な緑内障薬物カテゴリー表1緑内障治療薬選択の際考慮すること1.薬物治療とレーザー治療/手術療法の予後比較眼圧下降作用副作用・合併症薬物アドヒアランス視機能予後(副作用・合併症も含めて考える)2.患者側の要因日常生活(職業,家庭環境,介護者の有無など)緑内障と緑内障治療に対する理解度年齢(余命)全身疾患の有無3.緑内障の状態視機能の現状と進行の程度視機能萎縮の程度眼圧緑内障治療歴4.緑内障以外の眼疾患白内障,偽(無)水晶体眼,網膜疾患,角膜疾患(上皮,内皮),ぶどう膜炎など*TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕山本哲也:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)437 一選択とし,レーザー治療や手術は薬物で不十分なときに適応とする.原発閉塞隅角症や原発閉塞隅角緑内障では相対的瞳孔ブロックの解消が優先され,薬物治療は瞳孔ブロック解消までのつなぎといわゆる残余緑内障の治療に用いられる.ぶどう膜炎による続発緑内障では,活動性炎症による線維柱帯機能の低下,炎症による線維柱帯の器質的変化,周辺虹彩前癒着による房水流出の低下,瞳孔ブロックによる閉塞隅角など,いくつかの眼圧上昇要因(機序)が絡んでいる.当該患者における眼圧上昇機序を明確にすることが必要である.活動性のぶどう膜炎による場合には,眼圧下降治療と並行して消炎治療が重要な柱となる.血管新生緑内障では,基礎疾患の治療,レーザー凝固,抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬による隅角新生血管の治療を,眼圧下降治療とともに行う.早発型発達緑内障(先天緑内障)では,トラベクロトミーやゴニオトミーによる手術治療を優先し,薬物はそれを補完するものと考える.2.緑内障(視神経変化)の重症度を考えること視神経所見,視野所見などから緑内障性視神経症の重症度を把握することが,どの程度眼圧を下げるべきかを考えるうえできわめて重要である.重症度判定法は一般的な緑内障の診断学として詳細は別に譲る1).薬物治療をどの程度強力に行うかは視神経乳頭および網膜神経線維層の異常程度,視野異常の程度から考えることになる.高度の視野障害(図2)や視神経障害(図3)を有する症例では強力な眼圧下降を要する.3.無治療時眼圧を把握すること治療開始前(無治療時)眼圧の把握はとても重要である.病状によっては無治療時眼圧の把握が困難なことがあるが,可能な限りきちんとしておく必要がある.紹介状の眼圧値や患者から聴き取った眼圧は薬物使用の有無の情報とともにわかりやすく記録し常に参照できるようにしておくとよい.正常眼圧緑内障や眼圧の低めの原発開放隅角緑内障では,できるかぎり,無治療時に複数の438あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012右図2高度の視野障害例(Humphrey視野計中心10-2プログラム)図3高度の視神経障害の一例時刻の眼圧を測定しておくのがよい.同じ意味ですべての症例で可能な範囲で複数回の無治療時眼圧を測定しておくことが勧められる.状況によっては一時的に投薬を中止して無治療時眼圧測定を行うことも意味がある.4.眼圧をどこまで下げたらよいか考えること病状が把握でき,無治療時眼圧を知ったところで,さてどこまで眼圧を下げようかと考える.現在では「目標眼圧」という概念が重要であるとされている2).目標眼圧は,緑内障がある眼圧を保つと安定するということと,その眼圧値は病期などにより異なるという前提か(4) ら,経験的に決められている.無治療眼圧値,緑内障進行程度,患者の年齢・余命,家族歴,その他の危険因子などを考慮することになる.無治療眼圧値は低いほど目標眼圧を低くする.進行例ほど目標眼圧を低くする.患者が若いほど目標眼圧を低くする.循環不全をきたす疾患や糖尿病を有する症例では目標眼圧を低くしたほうがよい.一般的には,緑内障病期が進むほど低い値にするとした,初期例19mmHg以下,中期例16mmHg以下,後期例14mmHg以下3)の眼圧値や,無治療時眼圧を基準として20%あるいは30%の眼圧下降4,5)とする眼圧下降率が目標眼圧として推奨されている.しかしながら,各症例あるいは眼によって安定する眼圧値は異なり,また個別に決めることはできないので,一定期間の経過観察を経たのちには,その間の眼圧と視野所見などから最初に設定された目標眼圧の妥当性の検証が必要である.II実際に処方する順序目標眼圧を大まかに決めたら,薬物を1薬物ずつ追加して,目標眼圧の達成程度を見きわめる.これは日本緑内障学会制定の緑内障診療ガイドライン2)にもはっきりと記載されている(図4).生理的な眼圧変動があるため1回の眼圧測定で眼圧下降効果の良否を決めることは可多剤併用(配合点眼薬投与を含む)(-)(+)(-)(+)目標眼圧達成単剤(単薬)投与薬剤変更レーザー治療・手術治療薬物継続薬剤変更目標眼圧達成図4緑内障診療ガイドライン第3版(日本緑内障学会,2012改訂)による薬物治療の進め方1薬物から始めて,1薬物ずつ追加しながら,目標眼圧の達成を確認していくことが原則である.能な限り避ける.緑内障薬物の種類がいくら増えても薬物選択法の基本原則は変わらない.眼圧下降効果,副作用,使いやすさを総合的に判断して決めていく.個々の症例により反応は当然異なる.したがって試行錯誤を余儀なくされるのである.しかしながら,各薬物の基本的な眼圧下降効果,副作用,使用法,使い心地は十分に知られているので,禁忌のない限り,ある幅のなかで一定の選択順が存在することもまた事実である.私見に過ぎるかもしれないが,筆者の選択の基準を箇条書きで示したい.1.禁忌疾患の確認をしておく.過去の投薬歴,あるいは患者の申告による不都合な薬物の洗い出し.b遮断薬関連で,喘息,心疾患の確認,血圧脈拍測定.プロスタグランジン関連薬関係で重症ぶどう膜炎の既往.複数回の内眼手術歴のある症例での角膜内皮細胞検査,など.2.最初の処方はプロスタグランジン製剤.具体的には,キサラタンR,タプロスR,トラバタンズRのいずれか.ルミガンRは奥の手として最初は投与せず.例外:①プロスタグランジンで副作用の強く出た既往のある症例では他のプロスタグランジンを含めて最初は避ける.②眼圧の高い症例は複数の薬物で開始することもある.具体的には,視神経の正常あるいは正常に近い症例で約35mmHg以上,視神経の変化の明らかな症例で約30mmHg以上くらいか.高度の視神経障害だけの理由で最初から複数薬物を使うことは避ける.③中等度以上の眼内炎症のある症例(術後症例も含む).3.副作用を恐れてプロスタグランジン製剤を最初から使わないということは,明らかな副作用出現例を除いてしない.プロスタグランジン製剤の局所副作用は,ほとんどが可逆性あるいは気にならない程度のものであり,局所副作用の出現をみたのちでも対応可能である.したがって最初は眼圧下降作用の強弱を重視する.4.プロスタグランジン製剤を用いて,眼圧下降が得られたが,充血や角膜びらんが生じたときは,別のプロスタグランジン製剤を使用してみる.5.プロスタグランジン製剤を用いて眼圧下降が不十分のときは,禁忌疾患の確認ののち,b遮断薬を追加する.通常は,単剤2薬を併用し,併用効果を確かめる.(5)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012439 図5緑内障点眼薬の副作用としての偽眼類天疱瘡配合剤を用いてもよいが相加的な眼圧下降の有無の確認をする.薬物の追加によっても眼圧下降の得られない場合には,追加した薬物を止め,ほかの薬物を探る.最後の一文はどの薬物についても当てはまる.6.配合剤を用いる際には,2成分のそれぞれによる眼圧下降作用の有無を確認する.それが不明な場合は単味の薬物を用いる.7.b遮断薬の副作用は全身的なもののほうが重大なので,禁忌疾患の確認は初回のみでなく,折に触れて行うのがよい.さらにb遮断薬の長期投与により,偽眼類天疱瘡(図5)が生じることがまれにある.軽度から中等度の結膜充血,下方結膜.の短縮/前方移動,瞼球癒着などにときどき注意を払う.8.プロスタグランジン製剤+b遮断薬で眼圧下降が不十分なときは,プロスタグランジン製剤をルミガンRに変更するか点眼用炭酸脱水酵素阻害薬の追加投与を行う.どちらがよいかは症例による.9.ルミガンRの使用前には結膜充血(図6)と上眼瞼溝深化(図7)の副作用について知らせておくこと.ただ,この薬物による眼圧下降を優先しなければいけない状況にあることも忘れずに.10.点眼用炭酸脱水酵素阻害薬まで用いている状況でさらに眼圧を下降させたいとき,ピバレフリンR,サンピロR,炭酸脱水酵素阻害薬内服(ダイアモックスR)などの選択肢がある.どれも一部の症例で十分な効果の440あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012図6緑内障点眼薬の副作用:結膜充血図7緑内障点眼薬の副作用:上眼瞼溝深化得られることがあるので,試しに用いてみる.それで患者も医師も満足できればあえて手術などの他の手段をとる必要はない.11.ただし,この時期の症例はいつでも手術に移行できるように,診察ごとに眼の状況を説明しておく.加えて,以下のことも.1.具合の良い症例では必要以上に別の薬を試さない.2.同じカテゴリーの薬物を複数使わない.炭酸脱水酵素阻害薬内服時には点眼用炭酸脱水酵素阻害薬は中止する.3.複数の濃度の製剤がある場合,従来は低濃度製剤からの使用が原則であったが,現時点ではそれに従わず高濃度製剤を最初から使うことが多い.ただし,ピバレフリンRは0.04%,サンピロRは1%を標準とする.(6) 図8視神経乳頭出血(8時)を生じた緑内障性視神経症4.乳頭出血を有する症例(図8)ではそうでない症例に比べて強力な眼圧下降を図る.乳頭出血は最近あるいは近々の視野進行を強く示唆する所見なので.5.後発薬には塩化ベンザルコニウムフリーなどの利点を有する製剤もあるが,積極的には勧めていない.理由は科学的データが公表されていないためである.患者の希望により処方するときには,必ず,薬剤名を知るようにし,また,その製剤による眼圧下降と副作用について症例ごとに確認するようにしている.6.レスキュラRは従来から大過なく使っている患者以外に新規に処方する機会は少ない.しかしながら,内眼手術直後に眼圧の高い症例で有用なことがある.III副作用への対応緑内障治療薬に副作用(表2,3)はつきものであり,うまく付き合いながら,治療を進めなくてはならない.副作用といっても重症度はいろいろであり,また,頻度もいろいろ.1回の点眼で出ることもあれば,何年か使用してから出現するものもある.筆者の基本的な考え方を箇条書きで示す.1.上述のとおり,問診他で防げる副作用は多い.喘息,肺気腫,心臓病,アレルギーなどの問診を忘れないこと.2.多くの副作用は事前に可能性を知らせておくだけで患者の許容度が上がるのできちんと説明しておく.結(7)表2緑内障点眼薬のおもな局所副作用プロスタグランジン関連薬角膜びらん,虹彩色素異常,睫毛伸長,眼瞼色素沈着,黄斑浮腫,結膜充血,上眼瞼溝深化b遮断薬角膜びらん,結膜充血炭酸脱水酵素阻害薬角膜内皮障害交感神経刺激薬結膜充血,濾胞形成,眉毛部痛,眼痛,黄斑症,散瞳副交感神経刺激薬縮瞳,調節性近視,眼瞼炎,血管透過性亢進,浅前房,網膜.離表3緑内障治療薬のおもな全身副作用b遮断薬徐脈,血圧下降,気管支痙攣,抑うつ,不安神経症交感神経刺激薬血圧上昇,頻脈副交感神経作動薬下痢,嘔吐,気管支痙攣,子宮筋収縮内服用炭酸脱水酵素阻害薬しびれ感,胃腸障害,頻尿,尿路結石,低カリウム血症,顆粒球減少,血小板減少,薬疹,性欲減退,抑うつ,体重減少膜充血,虹彩色素異常,睫毛伸長,眼瞼色素沈着,上眼瞼溝深化などは軽度のものはしばしば経験されるが,その多くは患者に受け入れてもらえる.3.逆に事前に知らせていないと,たとえば軽度の結膜充血程度のほとんど問題のない副作用であっても,患者に不信感を抱かれたり,転院されたりする原因となる.4.副作用があり,薬物によると推定されるときはその場で患者に知らせる.因果関係のはっきりしないものはその旨を知らせる.そのうえで,対応について伝える.あいまいな言い方をするのはよろしくない.副作用が生じた状況でも薬剤の継続使用が望ましい場合には,その方針を伝えるとともに,患者の意見を求め,同意の得られないときは薬物を変更する.5.結膜充血や角膜びらんなど,薬物の変更で対応可能な副作用では薬物の変更をまず試みる.塩化ベンザルコニウム含有薬物で角膜上皮障害が生じた場合には,非含有の薬物に変更する.6.結膜充血や角膜びらんなどに対して角膜保護薬なあたらしい眼科Vol.29,No.4,2012441 どを処方することはできるだけ避ける.それでなくとも点眼薬の数は多く,アドヒアランスの向上に資さないと考えるため.7.b遮断薬使用例では,ときどき,下眼瞼を下方に引き,結膜.の位置を確認しておく.偽眼類天疱瘡の確認のためである.おわりに緑内障に対する薬物治療の「基本のキ」について私見を交えて述べた.薬物の数がいくら増えても基本は変わらない.より適した薬物を患者に合わせて選択するだけのことである.文献1)北澤克明,白土城照,新家眞ほか:緑内障.医学書院,20042)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:5-46,20123)岩田和雄:低眼圧緑内障と原発開放隅角緑内障の病態と視神経障害機構.日眼会誌96:1501-1531,19924)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19985)KassMA,HeuerDK,HigginbothamEJetal:TheOcularHypertensionTreatmentStudy:arandomizedtrialdeterminesthattopicalocularhypotensivemedicationdelaysorpreventstheonsetofprimaryopen-angleglaucoma.ArchOphthalmol120:701-713,2002442あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(8)

序説:わかりやすい緑内障薬物のお話

2012年4月30日 月曜日

●序説あたらしい眼科29(4):435.436,2012●序説あたらしい眼科29(4):435.436,2012わかりやすい緑内障薬物のお話GuidelinesforUnderstandingCurrentlyAvailableGlaucomaMedications岩瀬愛子*山本哲也**緑内障の薬物治療薬は,ここ数年,その種類がとみに多くなった.緑内障専門医の立場で言うと各患者に合わせたきめの細かい治療が可能となり,大変にありがたいことと感じている.従来であれば手術に至るような緑内障患者が薬物で管理可能となるという事例も出てきている.一方で,実地医家の先生方などから「薬が多すぎて,どの症例にどのように使えばいいのかよく理解できない」といった戸惑いの声があると仄聞する.各薬物については探すとどこかに載っているがまとまって読めるものがなかなかないという話も聞く.こうしたことが本誌編集委員会で話題となり,それならばと,本特集が企画されることとなった.本特集では,多くの緑内障薬物の基本的事項を緑内障専門医に平易に解説いただくことを目標とした.正しく処方するためには,薬物ごとに眼圧下降作用機序や眼圧下降効果の強さなどの基本的な知識から始まり,副作用,使用上の注意点・禁忌など詳細な知識をもって配慮しなければならない項目は多数ある.単独の薬剤だけではなく,多剤併用の場合の注意点は組み合わせが増えればそれだけ多くなる.さらに,近年,使用可能になった薬剤のなかには,複数の薬物の合剤(配合薬)もあれば,今までの薬物を先発医薬品とした後発(ジェネリック)医薬品もある.これらについて経験豊富な専門家の先生方に執筆をお願いした.まず,単剤(単薬)として,プロスタグランジン関連薬について相原一先生(東京大学),b遮断薬については望月英毅先生と木内良明先生(広島大学),炭酸脱水酵素阻害薬については澤口昭一先生(琉球大学),ピロカルピン,デタントール,ジピベフリン,ブリモニジンについては川瀬和秀先生(岐阜大学)にそれぞれお願いした.配合点眼薬は日本では2010年以降使用されているが,緑内障臨床で一定の評価を得ている.配合点眼薬は重要なので二つに分け,プロスタグランジン関連薬とb遮断薬の配合点眼薬について安樂礼子先生と富田剛司先生(東邦大学大橋医療センター)に,炭酸脱水酵素阻害薬とb遮断薬の配合点眼薬については中谷雄介先生と大久保真司先生(金沢大学)にお願いした.また,後発医薬品に関して眼科医の評価は分かれてはいるが,現代の薬物治療を語るうえで避けて通れない問題であるので,岩瀬が担当し,プロスタグランジン関連薬とb遮断薬の後発医薬品に関して客観的に記述することとした.山本は総論として緑内障薬物の選び方と組み合わせ方の基本について解説した.さて,緑内障薬物の基本は本誌特集でほぼカバーされていると思うが,より広い立場で緑内障治療について考えてみたい.今年,日本緑内障学会の出している緑内障診療ガイドラインが再度改訂された(第3版)(日眼会誌2012年1月号参照).2006年*AikoIwase:たじみ岩瀬眼科**TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)435 の改訂以来6年ぶりである.この緑内障診療ガイドラインには連綿として流れる思想がある.それは,緑内障の治療の目的は患者の視機能の維持にとどまらず,個々の患者のqualityoflife(QOL)の維持を目指すというものである.しかし,QOLと一言で言われるけれども,患者の眼の状態,全身疾患,臨床背景,日常生活,仕事,趣味,希望を含めたQOLを考えるとき,社会的・経済的負担や疾患の予後への不安などいくつもの要素を含めて個々の患者に合わせて考えなければならない.それは表面的には面倒のように思えるかもしれない.けれども,そうしたことに配慮することにこそ主治医としての責任が存在するのである.また,われわれ緑内障専門医はそこに使命を達成することの喜びを見出しているのである.長期に生涯にわたって薬物治療をする緑内障という疾患の特性により,薬物選択のさじ加減で患者のQOLが大きく変わる可能性がある.現在多数の薬物が使用可能な状況はその意味から歓迎されるべきことであり,そのことゆえに本特集が意味をもっているのだと自負している.執筆者のご努力により,緑内障薬物の基本的事項は本誌特集でほぼ網羅されている.読者諸氏におかれては編者・執筆者の意図をお汲み取りいただき,緑内障治療薬の基礎知識を正しく習得されたい.また,そこにとどまらず,緑内障治療戦略についてより広く知識と経験を重ねていただくことを編者として強く希望している.なぜなら,われわれは緑内障を治療しているのではなくヒトを治療しているのだから.436あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(2)

汎用性点眼抗菌薬の小児における臨床評価基準

2012年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(3):425.429,2012c汎用性点眼抗菌薬の小児における臨床評価基準宮永嘉隆*1西田輝夫*2大野重昭*3*1西葛西・井上眼科病院*2山口大学*3北海道大学大学院医学研究科炎症眼科学講座ClinicalEvaluationCriteriaforGeneralPurposeAntibacterialEyedropsforChildrenYoshitakaMiyanaga1),TeruoNishida2)andShigeakiOhno3)1)NishiKasaiInouyeEyeHospital,2)YamaguchiUniversity,3)DepartmentofOcularInflammationandImmunology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:トスフロキサシントシル酸塩水和物0.3%点眼液の製造販売後調査で集積した外眼部細菌感染症症例を用い,小児臨床評価基準について検討した.方法:「汎用性抗生物質等点眼薬の市販後調査における評価基準」(あたらしい眼科15:1735-1737,1998)をもとに新生児,乳児,幼児,学童の所見・症状の合計スコアを成人と比較した.小児臨床評価基準は,所見・症状の観察項目,効果判定の係数について検討し,細菌学的効果を指標として検証した.結果:新生児,乳児,幼児の点眼開始日スコアは成人の48.8.64.8%であった.小児臨床評価基準は,他覚所見を観察項目とし,新生児,乳児では判定時スコアが点眼開始日スコアの係数:1/2以下,幼児では係数:1/3以下になった場合を改善とした.結論:小児臨床評価基準は,製造販売後における小児の臨床評価に適用でき,今後の点眼抗菌薬の調査に示唆を与えるものと考えられた.Purpose:Toestablishpediatricclinicalevaluationcriteriaforbacterialexternaleyeinfectionsinpost-marketingsurveillanceoftosufloxacintosilatehydrate0.3%eyedrops.Method:Totalscoresforobjectivefindingsandsymptomsbasedon“Evaluationcriteriainpost-marketingsurveillanceofgeneralantibiotics”(JournaloftheEye15:1735-1737,1998)amongneonate,infant,youngchildandschool-agechildwerecomparedtothoseofadults.Assessmentcriteriaforchildrenwereinvestigatedinregardtoobservationitemsaswellasthecoefficientsofdeterminationofeffects,thecoefficientsbeingdefinedusingbacteriologicaleffectsasindicators.Results:Totalscoresforneonate,infantandyoungchildatstartofinstillationrangedfrom48.8%to64.8%ofthoseforadults.Theinvestigationitemsincludedonlyobjectiveparametersfortheagecategoriesofneonate,infantandyoungchild.Wejudgedimprovementtobeadecreaseintotalscore,fromstartofinstillationto≦1/2forneonateandinfant,and≦1/3foryoungchild.Conclusion:Thepediatricclinicalevaluationcriteriadevelopedherecanbeappliedtochildreninpost-marketingsurveillance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):425.429,2012〕Keywords:トスフロキサシン(TFLX),点眼液,評価基準,小児,製造販売後調査.tosufloxacintosilate,eyedrops,evaluationcriteria,children,post-marketingsurveillance.はじめに医療用医薬品は,製造販売後において治験時と比較して背景の異なるさまざまな患者に使用される.したがって,当該医薬品の使用実態下における有効性および安全性を確認する製造販売後調査は重要な位置付けにある.一方,製造販売後調査は多地域の施設において専門,非専門を問わず実施されるため,客観的な評価を行う臨床評価基準が必要である.点眼抗菌薬の製造販売後調査における臨床評価基準は,他覚所見および自覚症状の推移をもとに金子らにより作成された「汎用性抗生物質等点眼薬の市販後調査における評価基準」1)(以下,従来の臨床評価基準,表1)が報告されている.トスフロキサシントシル酸塩水和物0.3%点眼液(以下,TFLX点眼液)は,小児症例に対する治験を実施し2,3),小児への適用を取得したわが国初の点眼抗菌薬である.今回,筆者らはTFLX点眼液の承認後に実施された製造販売後調査における小児の所見・症状の推移などをもとに,新たに小児〔別刷請求先〕宮永嘉隆:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:YoshitakaMiyanaga,M.D.,NishiKasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(137)425 表1汎用性抗生物質等点眼薬の市販後調査における臨床評価基準他覚所見:結膜充血,眼瞼発赤,眼瞼腫脹,角膜浮腫,角膜浸潤,涙.膿汁逆流,その他観察項目の他覚所見自覚症状:眼脂,流涙,異物感,眼痛,羞明,霧視,掻痒感,その他の自覚症状症状のスコア化各観察項目を3点,2点,1点,0.5点,0点の5段階で評価する観察時期点眼開始時および点眼後14(±2)日症状スコアの推移に基づく判定改善:14(±2)日以内に合計スコアが1/4以下になった場合改善せず:14(±2)日で合計スコアが1/4以下にならない場合○日で改善せず:14(±2)日の症状観察結果はないが,それまでの観察実施日の合計スコアが1/4以下にならない場合症状の軽重による係数の補正点眼開始時の合計スコアが5点以上10点未満では,14(±2)日以内の合計スコアが1/3.5以下,点眼開始時の合計スコアが10点以上では,14(±2)日以内の合計スコアが1/3以下で改善とする疾患による留意事項涙膿炎では,経過中に示した「流涙」の最低スコアを合計スコアから減点する(金子ら1),「汎用性抗生物質等点眼薬の市販後調査における評価基準」を一部改変)表2原因菌のGroup分類の臨床評価の基準(以下,小児臨床評価基準)を作成したので報告する.I小児と成人の各種背景の比較1.対象および方法a.対象症例2006年10月から2009年9月にわたり実施したTFLX点眼液の製造販売後調査「低頻度臨床分離株の集積とTFLX点眼液の有効性と安全性の確認」および「新生児の細菌性外眼部感染症に対するTFLX点眼液の有効性と安全性の検討」4)において収集した症例のうち,所定の観察時期に所見・症状のスコア化を実施した742例(小児318例,成人424例)を対象症例とした.なお,小児は新生児(生後4週未満)49例,乳児(生後4週.1歳未満)82例,幼児(1.6歳未満)166例,学童(6.15歳未満)21例に区分した.b.細菌検査および細菌学的効果点眼開始日および判定日(小児では点眼7日後±2日以内,成人では点眼14日後±2日以内)に病巣部,眼脂などの分泌物の細菌検査を実施し,原因菌を特定した.なお,原因菌は検出された菌のうち,表2に示すグループ分類において最上位のグループに属する菌を採用した.細菌学的効果は,点眼開始時の検出菌が判定日に検出されなかった場合を消失とした.c.所見・症状スコア観察項目は,従来の評価基準1)をもとに,他覚所見としてGroupIStaphylococcusaureusStreptococcuspyogenes(GroupA)StreptococcuspneumoniaeEnterococcussp.Citrobactersp.Enterobactersp.Escherichiasp.Proteussp.Morganellasp.SerratiamarcescensOtherEnterobacteriaceaeNeisseriagonorrhoeaeOtherNeisseriaOtherMoraxellaAcinetobactersp.Achromobactersp.Haemophilussp.PseudomonasaeruginosaOtherPseudomonassp.GroupIIStreptococcusagalactiae(GroupB)StreptococcusGroupCOtherStreptococcus(GroupD,G;nongrouped;viridans)Branhamella(Moraxella)catarrhalisGroupIIIStaphylococcusepidermidisOthercoagulasenegativeStaphylococcusMicrococcussp.Bacillussp.Corynebacteriumsp.(diphtheroids)Propionibacteriumacnes結膜充血,眼瞼発赤,眼瞼腫脹,角膜浮腫,角膜浸潤,涙.膿汁逆流,その他の他覚所見,自覚症状として眼脂,流涙,異物感,眼痛,羞明,霧視,掻痒感,その他の自覚症状とし見・症状を程度に応じ,.(0点:なし),±(0.5点:ごくた.観察時期は点眼開始日および判定日(小児では点眼7日軽度またはごく少量),+(1点:軽度または少量),2+(2後±2日以内,成人では点眼14日後±2日以内)とし,各所点:中等度または中等量),3+(3点:強度または多量)の5426あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(138) 表3年齢別の細菌学的効果年齢例数消失例数消失率(%)新生児201575.0乳児403587.5幼児907987.8学童111090.9成人30725482.7判定日に細菌検査を実施した症例を対象とした.段階でスコア化しその平均値を求めた.d.統計解析Fisherの直接確率法を用い,有意水準は両側5%とした.2.結果a.細菌学的効果年齢別の細菌学的効果を表3に示す.新生児の菌消失率は他の年齢と比べやや低かったが,すべての年齢で有意差を認めなかった(p=0.552).b.所見・症状スコア年齢別の所見・症状スコアを表4に示す.点眼開始日の合計スコアは新生児,乳児では成人の約50%,幼児では成人の約65%であり,学童では成人と同程度であった.項目別では,自覚症状の異物感,眼痛,羞明,霧視,掻痒感は新生児で認められず,乳児では掻痒感をわずかに認めたのみであった.また,幼児のこれらの項目のスコアは成人と比べ低かった.一方,判定日の合計スコアは,新生児,乳児,学童では成人と同程度であり,幼児では成人の50%以下であった.II小児臨床評価基準の作成と検証1.小児臨床評価基準案の作成前述のとおり,点眼開始日の合計スコアは新生児,乳児,幼児で成人との差が大きかったことから,従来の臨床評価基準の観察項目,判定方法を改変し,新生児,乳児,幼児を対象とした小児臨床評価基準の作成を試みた.観察項目は,他覚所見のみとした.すなわち,異物感,眼痛,羞明,霧視,掻痒感を観察項目から削除し,さらに眼脂,流涙を他覚所見の観察項目とした.判定方法は,従来の臨床評価基準と同様に判定日の合計スコアが点眼開始日の合計スコアの『係数』以下になった場合を改善とする案1,点眼開始日の合計スコアを『係数』倍した後,従来の臨床評価基準で評価する案2について検討した.係数は,点眼開始日の合計スコアの差から,案1では係数を1/2,1/2.5,1/3,案2では係数を1.5,2と幅を持たせた.すなわち,案1は,点眼開始日の合計スコア3.56(新生児)が,係数1/2,1/2.5,1/3である1.78,1.42,1.19以下になった場合を改善とし,案2は点眼開始日の合計スコア3.56の1.5倍,2倍である5.34,7.12とし,従来の臨床評価基準で評価するものである.妥当性は,それぞれの改善率が細菌学的効果と同程度であることを指標とした.なお,案1,案2ともに従来の臨床評価基準よりも緩和されるため,疾患による留意を行わなかった.さらに,案1では症状の軽重による係数の補正を行わな表4所見・症状スコア開始時判定時観察項目新生児乳児幼児学童成人新生児乳児幼児学童成人他覚所見自覚症状結膜充血0.930.791.211.451.420.180.160.140.330.22眼瞼発赤0.110.310.410.930.590.010.050.030.120.08眼瞼腫脹0.120.170.300.740.440.030.0300.120.05角膜浮腫0.010.010.010.020.080000.020.01角膜浸潤0.010.010.010.100.0900000.01涙.膿汁逆流0.140.250.030.050.080.040.090.0100.03その他0.1300.0400.040.0200.0200.004小計1.461.542.003.292.740.290.340.190.600.40眼脂1.701.611.601.431.620.490.370.140.310.27流涙0.400.640.370.450.790.160.260.020.020.17異物感000.270.670.80000.010.070.11眼痛000.200.950.61000.010.070.05羞明000.060.070.21000.00300.03霧視000.060.050.22000.00300.03掻痒感00.020.170.380.3200.010.010.100.04その他0000000000小計2.102.272.734.004.570.650.630.200.570.70合計スコア3.563.814.737.297.300.940.980.391.171.10(139)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012427 表5小児臨床評価基準案による改善率小児臨床評価基準案係数新生児改善率乳児幼児1/2%(例数)83.7(41/49)82.9(68/82)97.0(161/166)案1*11/2.5%(例数)73.5(36/49)73.2(60/82)94.0(156/166)1/3%(例数)65.3(32/49)70.7(58/82)91.6(152/166)案2*21.52%(例数)73.5(36/49)73.2(62/82)94.0(156/166)%(例数)83.7(41/49)90.2(74/82)97.0(161/166)*1判定日スコアが点眼開始日スコアの『係数』以下で改善とする.*2点眼開始日スコアを『係数』倍し,成人評価基準で評価する.かった.2.小児臨床評価基準案の評価小児臨床評価基準の案1,案2における改善率を表5に示す.案1の改善率は案2より低い傾向が認められたが,案1の新生児,乳児の係数1/2としたときの改善率83.7%,82.9%,幼児の係数1/3としたときの改善率91.6%は,細菌学的効果に近似した結果が得られた.以上より,小児の細菌性外眼部感染症に対するTFLX点眼液の製造販売後調査における臨床評価基準を表6のとおり定めた.III考按小児への適用を取得する薬剤が近年増加しているが,治験時の症例数が十分ではない場合も多いため,製造販売後に小児に対する有効性や安全性を改めて確認することは重要である.一方,製造販売後調査において小児を対象とした臨床評価基準の公表は少なく,点眼抗菌薬においても成人臨床評価基準が公表されているのみである.TFLX点眼液の製造販売後調査の結果は,他のフルオロキノロン系抗菌薬で小児を対象とした製造販売後調査の結果5,6)と比較して,疾患構成等が近似したものであり偏りがないと考えられたので,小児臨床評価基準の作成に使用した.従来の臨床評価基準は,他覚所見・自覚症状の観察項目をスコア化しその合計スコアより評価を行うことから,各年齢におけるスコアの違いを検討した.その結果,新生児,乳児,幼児で点眼開始日の合計スコアに大きな差が認められたが,学童の点眼開始日の合計スコアは成人と同程度であった.そこで,新生児,乳児,幼児を対象とした小児臨床評価基準の作成を試みた.観察項目は,点眼開始日の各スコアに基づき検討した.新生児,乳児では発語の関係から自覚症状を訴えることがなく,幼児も自ら症状を明確に表現することが困難であると考えられたため,自覚症状を観察項目から削除した.さらに成人では自覚症状としている眼脂,流涙は,担当医師の確認が可能であることから他覚所見項目とした.すなわち,新生児,乳児では,生体防御系の成熟度の違いに加え眼脂や流涙の自発的な除去が困難であり,生理的眼脂と病的眼脂の区別が容易でない7)ため,他覚所見として評価することを考えた.また,自発的な除去が困難であることが影響し,新生児,乳児では判定日に眼脂,流涙スコアが残り,幼児の合計スコアと比較して高い結果となることがわかったが,小児臨床評価基準の係数を,新生児,乳児では1/2,幼児では1/3に変更することで改善率に与える影響を吸収できる結果となった.小児を対象としたTFLX点眼液の臨床試験2,3)では,治験時の臨床評価ガイドラインに基づき,「推定起因菌が4日目に消失し,かつ臨床症状のスコア合計が8日目に1/4以下になったもの」を著効,「推定起因菌が4日目に消失し,かつ臨床症状のスコア合計が8日目に1/2以下になったもの」および「推定起因菌が消失しなくても,8日目までに臨床症状のスコア合計が1/3以下になったもの」を有効と判定しており,今回作成した小児臨床評価基準は治験時の基準とほぼ整合がとれたものとなった.以上,今回作成した小児臨床評価基準は,小児を対象とし表6小児臨床評価基準【新生児,乳児,幼児】観察項目他覚所見:結膜充血,眼瞼発赤,眼瞼腫脹,角膜浮腫,角膜浸潤,涙.膿汁逆流,眼脂,流涙,その他の他覚所見観察時期点眼開始時および点眼後7日(±2日)症状スコアの推移に基づく判定改善:7日±2日以内に合計スコアが1/2(幼児は1/3)以下になった場合改善せず:7日±2日以内に合計スコアが1/2(幼児は1/3)以下にならない場合○日で改善せず:14(±2)日の症状観察結果はないが,それまでの観察実施日の合計スコアが1/2(幼児は1/3)以下にならない場合【学童】成人臨床評価基準を適用する428あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(140) た製造販売後調査の臨床評価に十分適用できるものである.今後は小児を対象とした製造販売後調査における活用を広め,問題点などについてさらに検討していきたいと考える.謝辞:本研究に多大なご指導,ご協力を賜りました故北野周作先生に厚く御礼申し上げます.本論文の要旨は第47回日本眼感染症学会にて発表した.文献1)金子行子,内田幸男,北野周作ほか:汎用性抗生物質等点眼薬の市販後調査における評価基準.あたらしい眼科15:1735-1737,19982)北野周作,宮永嘉隆,大野重昭ほか:新規ニューキノロン系抗菌点眼薬トシル酸トスフロキサシン点眼液の小児の細菌性外眼部感染症を対象とする非対照非遮蔽他施設共同試験.あたらしい眼科23(別巻):118-129,20063)北野周作,宮永嘉隆,大野重昭ほか:新規ニューキノロン系抗菌点眼薬トシル酸トスフロキサシン点眼液の小児細菌性結膜炎患者に対する有効性の成人細菌性結膜炎患者との比較検討.あたらしい眼科23(別巻):130-140,20064)宮永嘉隆,東範行,大野重昭:新生児の外眼部細菌感染症に対するトスフロキサシントシル酸塩水和物点眼液の有効性と安全性の検討.臨眼65:1043-1049,20115)丸田真一,末信敏秀,羅錦營:ガチフロキサシン点眼液(ガチフロR点眼液0.3%点眼液)の製造販売後調査─特定使用成績調査(新生児に対する調査)─.あたらしい眼科26:1429-1434,20096)丸田真一,末信敏秀,羅錦營:ガチフロキサシン点眼液(ガチフロR点眼液0.3%点眼液)の製造販売後調査─特定使用成績調査(新生児および乳児に対する調査)─.あたらしい眼科24:975-980,20077)亀井裕子:主訴からみた眼科疾患の診断と治療(18.眼脂).眼科45:1665-1671,2003***(141)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012429

眼球鉄錆症による続発緑内障の1例

2012年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(3):419.423,2012c眼球鉄錆症による続発緑内障の1例野口三太朗*1渡邉亮*2布施昇男*2馬場耕一*3阿部圭子*4山田孝彦*5高橋秀肇*1中澤徹*2*1石巻赤十字病院眼科*2東北大学医学部眼科学教室*3東北大学医学部視覚先端医療学寄附講座*4東北大学医学部病理形態学分野*5山田孝彦眼科ACaseofSecondaryGlaucomaCausedbyOcularSiderosisSantaroNoguchi1),RyoWatanabe2),NobuoFuse2),KoichiBaba3),KeikoAbe4),TakahikoYamada5),HidetoshiTakahashi1)andToruNakazawa2)1)DepartmentofOphthalmology,IshinomakiRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohokuUniversitySchoolofMedicine,3)AdvancedOphthalmicMedicine,TohokuUniversitySchoolofMedicine,4)UniversityschoolofMedicine,5)YamadaTakahikoEyeHospitalDepartmentofHistopathology,Tohoku目的:眼内鉄片異物による眼球鉄錆症により続発緑内障を発症したが,線維柱帯切除術により,眼圧を下降させた1例を報告する.症例:56歳,男性.受傷9カ月後に硝子体混濁,白内障を発症したため白内障手術,硝子体手術を施行したところ,硝子体中には異物が浮遊していた.受傷2年5カ月後より眼圧の上昇を認めたため,線維柱帯切除術を施行した.摘出異物は電子線元素状態分析装置を用いて非破壊的性状解析を行い,線維柱帯は病理組織検査を行った.結果:線維柱帯切除術後,眼圧は下降し特に合併症は認められなかった.また,病理検査にてベルリン青陽性の組織球を認め,摘出異物は7.88.78.8μgの酸化鉄であることが判明した.結論:微量鉄片異物により眼球鉄錆症を発症した症例に対しては,線維柱帯切除術により十分な眼圧下降が得られることが示唆された.Purpose:Acaseofsecondaryglaucomaisreported,whichdevelopedascomplicationofsiderosisduetointraocularironforeignbody.Trabeculectomynormalizedtheintraocularpressure(IOP).Case:Thepatient,a56-year-oldmale,developedvitreousopacityandcataractafter9months,undergoingvitrectomyandphacoemulsification.Afineforeignbodywasfoundfloatinginthevitreousgel.After29monthstheIOPhadbeenraised,trabeculectomywasperformed.TheremovedforeignbodywaselementallyanalyzedviaElectronProbeMicroAnalysis;trabecularmeshworkandiriswereanalyzedbypathologicalmethods.Findings:TrabeculectomynormalizedtheIOPandtherewerenocomplications.Berlinbluestainrevealednumeroushistiocytes,includingsiderosome,inthetrabecularmeshwork.Theforeignbodywasfoundtocomprise7.88.78.8μgoxidizediron.Conclusion:Aslightamountofintraocularironcausedtheocularsiderosis,andtrabeculectomyareeffectiveinrecucingIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):419.423,2012〕Keywords:眼球鉄錆症,眼内鉄片異物,眼外傷,濾過手術,続発緑内障.ocularsiderosis,intraocularironforeignbody,oculartrauma,filteringoperation,secondaryglaucoma.はじめに長期間鉄片異物が眼内に停留すると,眼球鉄錆症をきたすことは古くから知られている.角膜混濁,虹彩異色,白内障,硝子体混濁,網膜変性,網膜.離,緑内障などを発症し,視力予後は不良とされている1.3).また,鉄錆症末期に起こるとされる緑内障は,治療に抵抗し予後は不良といわれている4).また,眼球鉄錆症に対して,摘出微量鉄片を電子顕微鏡にて詳細に形状解析,元素解析,質量解析を行った眼球鉄錆症の報告は少ない.今回筆者らは,受傷約2年後にて眼球鉄錆症による虹彩異色症,続発緑内障を発症し線維柱帯切除術を施行した症例を経験し,また摘出微量鉄片に対し,電子顕微鏡を用いた解析を行ったので報告する.〔別刷請求先〕野口三太朗:〒986-8522石巻市蛇田字西道下71番地石巻赤十字病院眼科Reprintrequests:SantaroNoguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,IshinomakiRedCrossHospital,71Nishimichishita,Hebita-aza,Ishinomaki-shi986-8522,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(131)419 I症例患者:56歳,男性.初診:2008年4月24日.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2005年8月23日,釘の破片が左眼に飛入し近医眼科を受診した.角膜中心下方に角膜穿孔創と思われる瘢痕を認めるも,診察上異物はなく特記すべき所見もなかった(図1).眼窩部X線写真撮影などにて異物は確認されず,レボフロキサシン点眼にて経過観察を行った.2006年4月28日,左眼に徐々に視力低下を認めるも,その他眼痛などの自覚症状を認めなかった.左眼は前眼部清明であったが,白内障の進行,硝子体混濁を認めた.視力は左眼(0.6),眼圧は右眼8mmHg,左眼11mmHg.網膜電図を施行するも,特記すべき所見はなかった.2006年5月9日,左眼硝子体混図1受傷時の前眼部写真角膜中央部下方に角膜穿孔創を認める.濁,白内障に対し水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入術,経毛様体扁平部硝子体切除術を施行した.術中,水晶体前面の線維化や強膜充血が著明であったが角膜穿孔部位は閉鎖していた.5時方向の虹彩根部後方の硝子体中に小異物があり,硝子体カッターにて吸引除去した.異物は網膜には到達しておらず,眼内レンズは.内に固定した.術後合併症はなく経過良好であったが,2007年12月頃より左眼虹彩異色症が明らかとなった.自覚症状はなく経過観察していたが,2008年1月22日,左眼の眼圧が53mmHgまで上昇し,1%ドルゾラミド点眼,ラタノプロスト点眼,チモロールマレイン酸塩点眼,アセタゾラミド内服を開始したところ,翌日には13mmHgまで下降した.その後眼圧経過は良好であったが,2008年3月21日,左眼の眼圧は58mmHgまで上昇した.グリセオール点滴にて左眼の眼圧は20.30mmHg台に下降したため,週2回のグリセオール点滴施行にて経過観察するも眼圧コントロール不良のため,2008年4月24日東北大学病院眼科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×sph+1.0D(cyl.2.25DAx90°),左眼0.3(0.6×sph+0.75D(cyl.1.75DAx90°),眼圧は右眼10mmHg,左眼35mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査で左眼の角膜の6時方向に穿孔創,角膜上皮浮腫を認めた.また,虹彩変色と萎縮を認め(図2),散瞳不良と対光反射の消失を認めた.眼底は透見困難であったが視神経乳頭陥凹拡大を認めた.また,隅角所見は軽度色素沈着を認め図2当院来院時の前眼部写真虹彩脱色素を認める.図3当院初診時のHumphrey視野検査下方に視野欠損を認める.上部暗点は上眼瞼によるもの.420あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(132) 図4当院初診時の網膜電図検査a波,b波は左右差なし.左眼に軽度律動様小波の低下を認める.**AB図5病理組織標本A:HE染色.線維柱帯の硝子様変性を認める.*はSchlemm管.B:ベルリン青染色.ベルリン青染色に陽性組織球を認める(矢印).*はSchlemm管.るも閉塞していなかった.Humphrey視野検査を施行した結果,緑内障性視野変化を認め(図3),網膜電図検査では律動様小波の低下を認めたが,a,b波の低下は認めなかった(図4).手術:眼球内鉄片異物による続発緑内障の疑いにて,2008年5月20日,線維柱帯切除術を施行し,線維柱帯,虹(133)拡大拡大→先傍線:1mmAB図6摘出異物重量測定摘出異物サイズ(対角線)はA:0.43×0.35(mm),B:0.45×0.35(mm).彩異色部を含む切除虹彩を病理検査に提出した.また,採取した眼内異物も性状分析した.術後経過:術後経過は良好で眼圧の上昇もなかった.網膜変性などの所見も認めなかった.病理組織検査結果:虹彩ではベルリン青染色に対して陽性を呈する顆粒状物質を貪食した組織球が多数観察された.線維柱帯では硝子様変性を伴う線維性組織が主体であり,ベルリン青染色に対して陽性を呈する顆粒状物質を貪食した組織球が観察された(図5).眼内異物解析:電子線元素状態分析装置〔ElectronProbeMicroAnalysis:EPMA,JXA-8200EPMA;JEOL(日本電子)製〕を用いて摘出異物の性状解析を行った.異物粒子は2つあり,粒子サイズは平均0.44×0.35mmであった(図5).重量は2粒子合計で7.88.78.8μgであることがわかった.また,走査型電子顕微鏡にて異物表面は腐食し凹凸がみられ,成分は酸化鉄であることが確認できた(図6).II考察眼内異物による眼合併症として,まず異物飛入による機械的な障害により,強角膜穿孔,白内障,水晶体脱臼,硝子体混濁,網膜出血,網膜裂孔が起こる.また,異物による感染症,飛入したものが鉄,銅などであれば金属のイオン化による影響として眼球鉄錆症や眼球銅症などが発症する可能性がある.眼内異物の性状とその構成成分を確認することは合併症の原因究明,経過予測には非常に重要である.今回筆者らが分析に用いた装置はEPMAである.加速した電子線を物質に照射(電子線による励起)する際に生じる,特性X線のスペクトルに注目して,電子線が照射されている微小領域(おおよそ1μm3)における構成元素の検出および同定と,各構成元素の比率(濃度)を分析する装置であり,固体の試料あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012421 ABAB図7摘出異物元素分析A:走査型電子顕微鏡写真.B:元素分析にてFe(鉄)とO(酸素)が主成分.をほぼ非破壊で分析することが可能である.今回の異物に対して筆者らは,粒子の大きさの測定,電子顕微鏡写真観察,元素分析,重量測定を行った.極微量の眼内異物を非破壊的に鉄であることが確認でき,今回の一連の眼症が眼球鉄錆症であることが証明できた.一般的に眼内異物に対してコンピュータ断層撮影法(computedtomography:CT)が最も鋭敏な検出法といわれるが,最小検出能は鉄片なら直径0.2mm,長さ2.0mmとされる5).画像診断で異物が検出されない場合でも,続発緑内障に進行した報告はあり,本症例ではCT検査まで施行されておらず,眼内鉄片は見落とされた形となった.0.4mmの大きさであるためCTを施行したとしても確認できなかった可能性は高い.眼内に飛入する眼内異物は極微量のことが多く,見落とされ長期経過することも多い.実験的には0.01ngという微量の鉄でも眼球鉄錆症を起こすとの報告6)があり,臨床例では鉄含有量38.9ngの異物に対する鉄錆症の報告がある7).眼球鉄錆症を起こすような症例では異物標本は眼内にて腐食し脆くなっているため,一般的に性状解析は困難なことが多い.本症例でも異物標本は腐食が激しく,資料がごく微量であるために重量測定も不可能かと思われた.しかし,EPMAを用いることで7.88.78.8μgという微量異物の性状解析を行うことができた.また,元素分析にてFe(鉄)とO(酸素)が主成分であることより異物は酸化鉄であることが確認できた.Mass%が69.8%であり通常mass%が100%に至らない理由として,試料への電子線のダメージ,試料表面の凹凸,汚れまたは酸化,密度が低いなどさまざまな原因があるが,今回のケースは特に試料表面が平滑ではないので69.8%となったと考えられる.眼球鉄錆症では,網膜電図にて全般的に振幅の減弱,または早期には一時的な増加を示すことが知られ8.10),視機能の回復が期待されるのは網膜電図にてb波の振幅が健眼の50%までの時期であるとされている11).本症例では鉄片異物は422あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012各構成元素の比率ElementMass(%)C10.100O12.483Na3.850P1.428S2.544Cl1.712K1.760Ca1.320Fe34.615Total69.812網膜には到達せずに硝子体内に留まったために急激な網膜変性の著明な進行を伴わず,b波が低下することもなく経過していたと考えられる.併発白内障については,水晶体上皮細胞に鉄イオンが沈着,水晶体上皮細胞が変性し水晶体の透明性維持能の低下を起こすとされ12),本症例では直接的な水晶体の損傷はなかったが,鉄イオンに曝露され受傷約1年後に白内障を発症したと考えられた.眼球鉄錆症における続発緑内障は晩期に合併することが多く,受傷後18カ月から19年の間に起こり,刺激性,炎症性変化がないため何ら治療されずに放置されていた症例ほど続発緑内障を生じやすい1).臨床的特徴は慢性の経過をたどり,隅角は開放性でかつ房水産生量が低下しており,経過は原発開放隅角緑内障に類似するとされる.線維柱帯,Schlemm管を覆う内皮細胞の細胞質内に鉄イオンがフェリチンとしてびまん性に蓄積し,細胞の変性崩壊をきたし,内皮細胞の機能が傷害され過剰の細胞外要素を蓄積し発症する13,14).本症例においては受傷されてから異物の摘出までに9カ月かかり,緑内障発症までに2年弱の期間がある.鉄イオンが房水流に乗り前房内にまで充満し,併発白内障,硝子体混濁を発症,手術により異物は除去されたが,残存する鉄イオンが十分に除去されずフェリチンとして隅角内皮細胞に蓄積し,2年の経過を経て続発緑内障の発症に至ったと考えられる.また,病理検査にて線維柱帯に硝子化を伴っていることが確認され,これによる眼圧上昇が考えられた.眼球鉄錆症の治療としてはまずは眼内異物の摘出である.続発緑内障を併発した段階では摘出だけでは眼圧降下は得られることは少ない.また,3価鉄イオンに強い親和力をもち早期眼球鉄錆症に有効とされているデフェロキサミンやエチレンジアミン四酢酸(ethylenediaminetetraaceticacid:EDTA)などのキレート剤の投与も,この段階では効果は期待できない15).一般に,薬剤では眼圧のコントロールはつかず,最終的に観血的手術が必要となってくる例がほとんどである.過去,眼球鉄錆症の報告は多数あるが,線維柱帯切開(134) 術のみで眼圧コントロールのついた症例は少なく,線維柱帯切除術にまで至った例が多い.フェリチンの沈着が線維柱組織のみでなくSchlemm管にまで及んでいることが原因と考えられ,眼球鉄錆症の続発緑内障の観血的手術療法は線維柱帯切除術が第一選択ではないかと考える.今回,2年間の経過を経て続発緑内障の発症にまで至った眼球鉄錆症に対し,EPMAを用いて眼内異物の性状解析を行った.極微量の鉄片にても眼球鉄錆症を発症し,鉄片除去後も続発緑内障の発症する可能性があり,降圧には線維柱帯切除術が第一選択である可能性が示唆された.文献1)Duke-ElderS,PerkinsES:SystemofOphthalmology.Vol.14,p525-534,HenryKimpton,London,19722)GerkowiczK,ProstM,WawrzyniakM:Experimentalocularsiderosisafterextrabulbaradministrationofiron.BrJOphthalmol69:149-153,19853)TawaraA:Transformationandcytotoxicityofironinsiderosisbulbi.InvestOphthalmolVisSci27:226-236,19864)三木耕一郎,竹内正光,出口順子ほか:眼球鉄症の検討.臨眼42:520-524,19885)土屋美津保,柳田隆,高比良雅之ほか:眼内異物によってひき起こされた続発緑内障の1例.臨眼45:956-957,19916)MasciulliL,AndesonDR,CharlesS:Experimentalocularsiderosisinthesquirrelmonkey.AmJOphthalmol74:638-661,19727)神田智,上原雅美,前田英美ほか:前房内に自然排出した眼内異物の症例.臨眼46:183-186,19928)SievingPA,FishimanGA,AlexanderKRetal:Earlyreceptorpotentialmeasurementsinhumanocularsiderosis.ArchOphthalmol101:1716-1720,19839)AlgvereP:Clinicalstudiesontheoscillatorypotentialsofthehumanelectroretinogramwithspecialreferencetothescotopicb-wave.ActaOphthalmol(Copenh)46:9931024,196810)渡辺郁緒,三宅養三:ERG,EOGの臨床.p122-125,医学書院,198411)中内美智子エリーゼ,柿栖米次,安達恵美子:半年間経過観察をみた眼内鉄片異物症例のERG変化.臨眼83:762764,198912)八木良友,松本康宏,城月祐高ほか:眼球鉄錆症にみられた白内障の1例.あたらしい眼科11:959-962,199413)田原昭彦,猪俣孟:眼鉄錆症における前房隅角の微細構造.眼紀33:703-712,198214)保谷卓男,宮崎守人,瀬川雄三ほか:金ならびに鉄の培養人線維柱組織に及ぼす影響.あたらしい眼科11:647-651,199415)内野充,平田肇:眼球鉄錆症の治療.眼紀36:103109,1978***(135)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012423

ラタノプロストからトラボプロストへの切り替えによる眼圧下降効果

2012年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(3):415.418,2012cラタノプロストからトラボプロストへの切り替えによる眼圧下降効果南野桂三*1安藤彰*1松岡雅人*1松山加耶子*1畔満喜*1武田信彦*1高木智恵子*1,2桑原敦子*1西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2コープおおさか病院眼科ChangesinIntraocularPressureafterSwitchingfromLatanoprosttoTravoprostinPatientswithGlaucomaandOcularHypertensionKeizoMinamino1),AkiraAndo1),MasatoMatsuoka1),KayakoMatsuyama1),MakiKuro1),NobuhikoTakeda1),ChiekoTakagi1,2),AtsukoKuwahara1)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,CoopOsakaHospital目的:ラタノプロストからトラボプロストへの切り替えによる眼圧下降効果を,切り替え前の眼圧値を15mmHg以上の群(A群)と15mmHg未満の群(B群)の2つに分け比較検討した.対象および方法:ラタノプロストを3カ月以上単独投与されている高眼圧症,原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障症例71例115眼を対象とした.眼圧下降効果は,切り替え前3回の平均眼圧値と切り替え後1,3,6カ月の眼圧値を比較した.結果:切り替え前の全体の平均眼圧は15.1±3.2mmHg,切り替え後の平均眼圧は1カ月,3カ月,6カ月では,14.2±3.1mmHg,13.9±3.7mmHg,14.0±1.5mmHgであった.切り替え後の眼圧下降率は,A群では,切り替え後1カ月,3カ月,6カ月の眼圧下降率は10.5%,8.3%,11.9%であった.B群では0.4%,6.9%,5.9%であった.A群ではすべての時期で切り替え後に眼圧は有意に低かった(pairedt-testp<0.001).2mmHg以上の眼圧下降を有効とした場合,A群の有効率は,1カ月,3カ月,6カ月では45.7%,47.2%,56.3%であった.B群の有効率は,6.8%,26.9%,28.6%であった.結論:ラタノプロスト単剤で15mmHg以上の症例ではトラボプロストへの切り替えは有用である.Purpose:Toassesstheefficacyofswitchingfromlatanoprosttotravoprostinpatientswithocularhypertension,normal-tensionglaucomaandprimaryopen-angleglaucoma.Caseandmethod:Thisstudyinvolved115eyesof71patientswhohadhadstableintraocularpressure(IOP)forover3monthswithlatanoprostmonotherapy,andwerethenswitchedtotravoprost.WeinvestigatedtheeffectonIOPandcorneaat1,3and6monthsaftertheswitch.Results:MeanIOPbeforeswitching(15.1±3.2mmHg)wassignificantlyreducedto14.0±1.5mmHgat6monthsafterswitching(p<0.001).InpatientswithIOP≧15mmHgbeforeswitching,themeanIOP(17.7±2.0mmHg)wassignificantlyreducedto15.7±2.1mmHgat6monthsafterswitching(p<0.001);themeanIOPreductionrateswere10.5%,8.3%and11.9%,andthemeaneffectiverateswere45.7%,47.2%and56.3%at1,3and6monthsafterswitching.InpatientswithIOP<15mmHgbeforeswitching,themeanIOP(12.6±1.8mmHg)wassignificantlyreducedto12.0±0.7mmHgat6monthsafterswitching(p<0.05);themeanIOPreductionrateswere0.4%,6.9%and5.9%,andthemeaneffectiverateswere6.8%,26.9%and28.6%at1,3and6monthsafterswitching.Keratoepithelialdisorderdecreasedaftertheswitch.Nopatientsshowedseverecomplications.Conclusion:SwitchingfromlatanoprosttotravoprostmaybeeffectiveinpatientswithIOP≧15mmHgbeforeswitching,orwithcornealdisorders.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):415.418,2012〕Keywords:緑内障,ラタノプロスト,トラボプロスト,眼圧,切り替え.glaucoma,latanoprost,travoprost,intraocularpressure,switching.〔別刷請求先〕南野桂三:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:KeizoMinamino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(127)415 はじめにプロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連薬はPGF2aを基本骨格としたPG誘導体で,その基本骨格を修飾したプロスト系薬剤と,代謝型のプロストン系に大別される.プロスト系PG関連薬は眼圧下降効果が強いことや眼圧変動幅抑制効果をもつこと,また全身的な副作用がないことや1日1回点眼であることから緑内障および高眼圧症の治療の第一選択薬となっている.わが国では現在ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロストが臨床使用され,眼圧下降効果や副作用などによって使い分けや切り替えが試みられているがまだ一定した見解はない.海外の報告ではラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストはメタアナリシス解析でも約25.30%の眼圧下降効果を有すること1),ラタノプロストからトラボプロストへの切り替えでは眼圧は下降もしくは同等と報告されている2.4).しかし,海外のトラボプロストとわが国ではトラボプロストは防腐剤の違い,すなわち海外では塩化ベンザルコニウム(benzalkoniumchloride:BAC),わが国ではBAC非含有となっているので,海外での眼圧下降効果の結果はBACによって修飾されている可能性がある.さらに緑内障患者の平均眼圧が低いわが国においては海外における臨床研究の結果がそのまま当てはまらないことも考えられるため,切り替え前の眼圧値を考慮して検討することは有用であると思われる.そこで本研究ではラタノプロストからBAC非含有製剤であるトラボプロストへ切り替えて眼圧を測定し,切り替え前眼圧が高い症例と低い症例で違いがあるかどうかを検討した.I対象および方法1.対象参加2施設(関西医科大学付属滝井病院,コープおおさか病院)に平成20年10月1日から平成21年4月30日にかけて初診あるいは通院中の緑内障(開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障)または高眼圧症の症例で,3カ月以上ラタノプロストが単独投与されている71例115眼を対象にした.男性29例46眼,女性42例69眼,平均年齢65.3歳(29.89歳)病型別では,高眼圧症9眼,原発開放隅角緑内障52眼,正(,)常眼圧緑内障54眼であった.本研究は前向き研究であり,共同設置の倫理委員会において承認されたプロトコールに同意が得られた症例をエントリーした.続発緑内障,閉塞隅角緑内障,切り替え前6カ月内に眼外傷や手術既往のあるものは除外症例とした.2.方法眼圧の測定にはGoldmann圧平眼圧計を用いた.ラタノプロストからトラボプロストに切り替え前に3回眼圧測定し,washout期間を設けずにラタノプロストからトラボプロストに切り替え,1カ月後,3カ月後,6カ月後に各1回416あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012眼圧測定した.切り替え前3回の平均値が15mmHg以上をA群,15mmHg未満をB群とし,切り替え前の眼圧値によって眼圧下降効果の違いがあるかをpaired-ttestで統計学的に検討した.切り替え前後の受診はできうる限り,同一時間帯とした.角膜病変は,フルオレセイン染色後,コバルトブルーフィルターを用いて細隙灯顕微鏡で観察した.角膜病変は点状表層角膜症(superficialpunctatekeratitis:SPK)をArea-Density(AD)分類5)を用いて評価し,pairedt-testで統計学的に検討した.II結果全症例の115眼の切り替え前の平均眼圧は15.1±3.2mmHg,切り替え1カ月後(90眼)では14.2±3.1mmHg,切り替え3カ月後(105眼)では13.9±3.7mmHg,切り替え6カ月後(90眼)では14.0±1.5mmHgであった.A群の59眼の切り替え前の平均眼圧は17.7±2.0mmHg,切り替え1カ月後(46眼)では15.8±2.8mmHg,切り替え3カ月後(53眼)では16.2±3.1mmHg,切り替え6カ月後(48眼)では15.7±2.1mmHgであった.切り替え後のどの時点においても,切り替え前後の眼圧値を比較して統計学的に有意差がみられた.B群の56眼の切り替え前の平均眼圧は12.6±1.8mmHg,切り替え1カ月後(44眼)では12.6±2.5mmHg,切り替え3カ月後(52眼)では11.6±2.7mmHg,切り替え6カ月後(42眼)では12.0±0.7mmHgであった.切り替え1カ月後の眼圧値は,切り替え前の眼圧値と有意差はなかったが,3カ月後と6カ月後では統計学的に有意差がみられた(図1).投与前眼圧からの眼圧下降率は,全症例では1カ月,3カ月,6カ月で6.4%,7.8%,9.6%であった.A群では10.5%,8.3%,11.9%,B群では0.4%,6.9%,5.9%であった(図2).切り替え後の眼圧値が切り替え前の眼圧値より2mmHg以上の下降を有効,2mmHg以上の上昇を悪化とし眼圧(mmHg)2018***********:全体(n=115)16:A群(n=59)14:B群(n=56)12():眼数108切り替え前1カ月3カ月6カ月図1ラタノプロストからトラボプロストへの切り替え前後の眼圧*p<0.001,**p<0.01,***p<0.05pairedt-test.(128) 10.50%0.40%6.40%8.30%6.90%7.80%11.90%5.90%9.60%10.50%0.40%6.40%8.30%6.90%7.80%11.90%5.90%9.60%1カ月全体3カ月(n=115)6カ月■:全体26.766.66.7():眼数0102030405060708090100(%)6.828.626.956.347.245.743.337.181.854.763.539.545.352.146.754.32.210.08.616.79.611.44.27.5眼圧下降率(%)1カ月(n=115)(n=59):有効A群■:A群3カ月■:不変(n=59)■:悪化6カ月:B群1カ月(n=56)B群3カ月():眼数(n=56)6カ月図3ラタノプロストからトラボプロストへの切り替え前後1カ月3カ月6カ月の有効率と悪化率図2ラタノプロストからトラボプロストへの切り替え前後2mmHg以上の下降を有効,2mmHg以上の上昇を悪化,の眼圧下降率2mmHg未満の変化は不変とした.3後のトラフ時刻でトラボプロストのほうがラタノプロストよ2.5切り替え前(n=66)*り眼圧下降効果が大きいとする報告8)があり,本研究の対象2*p<0.01症例の多くが午後に受診しているためトラフ時刻に近い時刻1.5トータルスコアpairedt-testで測定したことや,臨床研究に参加することでアドヒアラン1():眼数スが改善したことなども影響する可能性があり,これらの因0.5子が複合したと推察される.0-0.5図4ラタノプロストからトラボプロストへの切り替え前後のAD分類のトータルスコアた場合の有効率と悪化率を検討した.有効率は1カ月,3カ月,6カ月で,全症例では26.7%,37.1%,43.3%,A群では45.7%,47.2%,56.3%,B群では6.8%,26.9%,28.6%であった.悪化率は1カ月,3カ月,6カ月で,全症例では6.7%,8.6%,10.0%,A群では2.2%,7.5%,4.2%,B群では11.4%,9.6%,16.7%であった(図3).角膜病変は,切り替え前のSPKありが69%であったが,切り替え後(最終観察時)では48%であった.AD分類のトータルスコアによる検討では,切り替え前が1.62であったが,切り替え後では1.06と減少し,統計学的に有意差がみられた(図4).なお,全症例の経過観察中に充血や角膜病変によるトラボプロスト中止,または点眼変更例はなかった.III考察今回の筆者らの結果では,対象症例全体の平均眼圧値はラタノプロストからトラボプロストへの切り替え後に有意に下降し,最終眼圧下降率は9.6%で有効率は43.3%であった.これはトラボプロストがラタノプロストよりFP受容体の親和性が高いこと6)やFP受容体のアゴニスト活性が高いこと7)などが主な原因として考えられる.さらに点眼24時間(129)わが国におけるラタノプロスト単独投与からトラボプロストへの切り替え後の眼圧下降効果についてはすでに幾つかの報告がある9.12).大谷ら10),佐藤ら11),徳川ら12)の報告ではそれぞれ0.7mmHg,2.1mmHg,1.8mmHgと切り替え後に有意な眼圧下降が得られ筆者らの結果と同様であった.一方,中原ら9)は切り替え後の眼圧にほぼ変化なく眼圧下降効果に有意差がみられなかったと報告しているが,対象症例からラタノプロストのノンレスポンダーを除外しているため,他とは異なる結果となった可能性が考えられる.A群とB群の2群に分けた検討では,A群では全時点において有意な眼圧下降が得られ,最終眼圧下降率は約11.9%,有効率は約56.3%であった.B群では切り替え後3カ月と6カ月で有意な眼圧下降が得られたが,最終眼圧下降率は約5.9%,有効率は約28.6%でA群のほうが効果的であった.中原ら9)は筆者らと同様に切り替え前眼圧値を15mmHg以上と15mmHg未満の2群についても検討しているが,それにおいても両群とも切り替え前後で有意差はなかったと報告している.ラタノプロストのノンレスポンダーのなかにはトラボプロストが有効な症例があることが報告されており2),ラタノプロストのノンレスポンダーを除外していない本研究では,切り替え前眼圧値が高いA群にラタノプロストのノンレスポンダーまたは効果の不十分な症例が含まれていたことも考えられる.全症例では約1mmHgの眼圧下降,A群では約2mmHgの眼圧下降が得られ,EarlyManifestTrial13)ではベースライン眼圧から1mmHg眼圧が下降すると緑内障進行リスクが10%低下すると報告されてあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012417切り替え後(n=66) いることから,トラボプロストへの切り替えは有効であると考えられる.しかし,B群では最終悪化率が16.7%でラタノプロスト単独で15mmHg未満の症例では眼圧が悪化する症例もあるため注意して行うべきである.わが国ではトラボプロストは防腐剤としてBACを含有せず,sofZiaRというZn(亜鉛)を用いたイオン緩衝系システムを導入しており,ラタノプロストからトラボプロストへの切り替えでは角膜所見に改善がみられるという報告が多い9.12,14).本研究でも既報と同様にラタノプロストからトラボプロストへの切り替え後に角膜所見の改善がみられた.ヒト結膜由来細胞を用いたinvitro試験において,BAC含有製剤およびBAC単独は明らかな細胞毒性を示し,BAC非含有製剤では細胞毒性は認められなかったという報告もあり15),わが国のトラボプロストのようにBACを含有しない点眼薬は,薬剤の長期使用による角膜障害を減少させるものと思われる.本研究の結果では,ラタノプロストからトラボプロストへの切り替え後に眼圧が有意に下降して角膜障害も減少したが,対象症例の病型,症例数,経過観察期間の眼圧の季節変動なども考慮して解釈しなければならない.薬剤の効果を比較するためにはランダム割付による群間比較ないしはクロスオーバー試験を二重盲検下で行うことが理想であり,トラボプロスト単独使用からのラタノプロストを含めた他のPG製剤への切り替えも検討する必要があると思われる.現在複数のPG製剤が存在するが,その特長に合わせた使い分けが緑内障治療を行ううえで重要である.文献1)AptelF,CucheratM,DenisP:Efficacyandtolerabililtyofprostaglandinanalogs:ameta-analysisofrandomizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,20082)KabackM,GeanonJ,KatzGetal:Ocularhypotensiveefficacyoftravoprostinpatientsunsuccessfullytreatedwithlatanoprost.CurrMedResOpin20:1341-1345,20043)NetlandPA,LandryT,SullivanEKetal:Travoprostcomparedwithlatanoprostandtimololinpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol132:472-484,20014)ParrishRK,PalmbergP,SheuWP:Acomparisonoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostinpatientswithelevatedintraocularpressure:a12-week,randomized,masked-evaluatormulticenterstudy.AmJOphthalmol135:688-703,20035)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrectionwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,20036)佐伯忠賜朗,相原一:プロスタグランジン関連薬の特徴─増える選択肢.あたらしい眼科25:755-763,20087)SharifNA,CriderJY,HusainSetal:HumanciliarymusclecellresponsestoFP-classprostaglandinanalogs:phosphoinositidehydrolysis,intracellularCa2+mobilizationandMAPkinaseactivation.JOculPharmacolTher19:437-455,20038)YanDB,BattistaRA,HaidichABetal:Comparisonofmorningversuseveningdosingand24-hpost-doseefficacyoftravoprostcomparedwithlatanoprostinpatientswithopen-angleglaucoma.CurrMedResOpin24:3023-3027,20089)中原久惠,清水聡子,鈴木康之ほか:ラタノプロスト点眼薬からトラボプロスト点眼薬への切り替え効果.臨眼63:1911-1916,200910)大谷伸一郎,湖崎淳,鵜木一彦ほか:日本人正常眼圧緑内障眼に対するラタノプロストからトラボプロスト点眼液への切り替え試験による長期眼圧下降効果.あたらしい眼科27:687-690,201011)佐藤里奈,野崎実穂,高井祐輔ほか:ラタノプロストからトラボプロストへの切替え効果.臨眼64:1117-1120,201012)徳川英樹,西川憲清,坂東勝美ほか:ラタノプロストからトラボプロストへの変更による眼圧下降効果の検討.臨眼64:1281-1285,201013)LeskeMC,HeijlA,HusseinMetal:Factorsforglaucomaprogressionandtheeffectoftreatment:theearlymanifestglaucomatrial.ArchOphthalmol121:48-56,200314)湖崎淳,大谷伸一郎,鵜木一彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績─眼表面への影響─.あたらしい眼科26:101-104,200915)BaudouinC,RianchoL,WarnetJMetal:Invitrostudiesofantiglaucomatousprostaglandinanalogues:travoprostwithandwithoutbenzalkoniumchlorideandpreservedlatanoprost.InvestOphthalmolVisSci48:4123-4128,2007***418あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(130)

涙道閉塞と習慣的プール利用の関係

2012年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(3):411.414,2012c涙道閉塞と習慣的プール利用の関係近藤衣里*1,2渡辺彰英*2上田幸典*2,3木村直子*2脇舛耕一*2,4荒木美治*2,5木下茂*2*1藤枝市立総合病院眼科*2京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学*3聖隷浜松病院眼形成眼窩外科*4バプテスト眼科クリニック*5愛生会山科病院眼科RelationbetweenAcquiredDacryostenosisandFrequentPoolUseEriKondoh1,2),AkihideWatanabe2),KosukeUeda2,3),NaokoKimura2),KouichiWakimasu2,4),BijiAraki2,5)andShigeruKinoshita2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofOculoplasticandOrbitalSurgery,SeireiHamamatsuGeneralHospital,4)BaptistEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmology,AiseikaiYamashinaHospital日常診療上,涙道閉塞症例のなかに習慣的にプールへ通っている症例や,水泳のインストラクターをしている症例をしばしば経験する.そこで習慣的プール利用と涙道閉塞症の間に因果関係があるか否か,アンケート調査を行い検討した.2003年4月から2009年2月までの間に京都府立医科大学附属病院眼科外来を受診し,涙道閉塞症に対して手術(涙.鼻腔吻合術またはシリコーンチューブ挿入術)を施行した329例にアンケート調査を行い,回答のあった225例(68.4%,以下,涙道閉塞群)について習慣的プール利用との相関を検討した.対照群として男女比・年齢構成に統計的差異を認めず,涙道閉塞・流涙症状のない症例625例についてもアンケート調査を行った.涙道閉塞群では225例中35例(15.6%),対照群では625例中20例(3.2%)が習慣的にプールを利用しており,両群間に統計学的有意差を認めた.習慣的プール利用は涙道閉塞発症のリスクファクターの一つである可能性が示唆された.Indailyclinicalpractice,weoftenencounterpatientswithacquireddacryostenosiswhofrequentlyuseswimmingpools.Weevaluatedtherelationbetweendacryostenosisandfrequentpoolusebymeansofaquestionnairesurveyofdacryostenosispatientswhohadundergonedacryocystorhinostomyorsilastictubeinsertion.Asacontrol,weinvestigated625patientswithoutdacryostenosisastotheirfrequencyofpooluse.Ofthe225dacryistenosispatients,35(15.6%)usedapoolfrequently.Ofthe625patientswithoutdacryostenosis,20(3.2%)usedapoolfrequently.Thisresultsuggeststhepossibilitythatfrequentpooluseisariskfactorforacquireddacryostenosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):411.414,2012〕Keywords:涙道閉塞,プール,習慣的,中高年,塩素,結合塩素.dacryostenosis,pool,frequently,middle-elderlyaged,chlorine,chloramines.はじめに日常診療上,後天性涙道閉塞症例のなかに習慣的にプールへ通っている症例や水泳のインストラクターをしている症例をしばしば経験する.涙道閉塞の原因としては,感染,炎症,薬剤,外傷などがあげられるが,明らかなきっかけがなく発症する特発性の涙道閉塞が最も多いとされる.今回筆者らは,習慣的プール利用が涙道閉塞のリスクファクターであるのかどうかを検討するために,涙道閉塞に対して治療を行った症例を対象にアンケート調査を行い,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法2003年4月から2009年2月までの間に京都府立医科大学附属病院(以下,当院)眼科を受診し,涙道閉塞症に対して手術(涙.鼻腔吻合術,涙管チューブ挿入術,ブジーによる閉塞部開放術のいずれか)を施行した329例(以下,涙道閉塞アンケート群)にアンケート調査を行い,回答のあった225例(68.4%,以下,涙道閉塞群)について習慣的プール〔別刷請求先〕近藤衣里:〒426-8677藤枝市駿河台四丁目1番11号藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:EriKondoh,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11,Surugadai,Fujieda-city,Shizuoka426-8677,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(123)411 利用と涙道閉塞の関係について検討した.アンケート調査内容は①涙道閉塞症状の発現時期,②治療による症状の変化,③症状発現のきっかけの有無,④習慣的プール利用の有無,その頻度,症状発現時のプール利用年数の4項目である.症状発現時に月1回以上の頻度で最低6カ月以上習慣的にプールを利用しており,かつプール利用開始前には自覚症状および涙道閉塞に対する治療歴がない症例を習慣的プール利用者と判定した.習慣的プール利用者の割合が回答症例に多くなるという偏りを避けるため,アンケート調査では上記の①,②を主たる質問とし,プール利用に関しては4番目の質問とした.習慣的プール利用がある場合にのみ頻度や症状発現時期のプール利用についての詳細を回答してもらう形式とした.対照群として2008年9月に当院眼科を受診した涙道閉塞・流涙症状のない症例689例に対してアンケート調査を行った.症例は一般外来を受診した一定期間の10歳代から80歳代のすべての症例について,外来で習慣的プール利用の有無についてのアンケート調査を行った.そのうち性別・年齢を調整した625例を最終的な対照群とした.涙道閉塞群では症状発現時に月1回以上の頻度で最低6カ月以上プールを利用している場合に習慣的プール利用者と判定したが,対照群では調査時点で月1回以上の頻度で習慣的にプールを利用していた症例を習慣的プール利用者と判定した.調査時点で医学的にプールなどを禁止されている例は除外した.眼疾患に罹患した時点でプール利用を自主的に中止した例はプール利用者と判定した.II結果調査対象症例の男女比は,涙道閉塞アンケート群329例中男性76例(23.1%),女性253例(76.9%),涙道閉塞群225例中男性44例(19.6%),女性181例(80.4%),対照群625例中男性159例(25.4%),女性466例(74.6%)であり,比較群間の性差に統計学的有意差はなかった(図1).年齢構成比は図2のとおり,ほぼ同じような構成であり,平均年齢は涙道閉塞アンケート群64.5歳(17.88歳),涙道閉塞群65.4歳(18.87歳),対照群63.3歳(12.89歳)であった.年齢構成比についても比較群間に統計学的有意差は認めなかった.対照群の疾患構成は緑内障,白内障,ドライアイ,円錐角膜,糖尿病網膜症,黄斑前膜,結膜炎,ぶどう膜炎,翼状片,加齢黄斑変性,黄斑円孔,網膜静脈閉塞症,眼瞼下垂,眼窩骨折など偏りはなく,多種多様な疾患構成となっていた(図3).涙道閉塞群では225例中44例がプール利用ありと回答していたが,そのなかでプール利用前から症状があったと回答したものが4例あり,症状発現時に月に1回以上習慣的にプ412あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012涙道閉塞アンケート群涙道閉塞群76253男性44181男性23.1%19.6%329例225例対照群男性25.4%159466625例図1男女比涙道閉塞アンケート群涙道閉塞群3%2%1%1%3%4%15%34%30%10%2%4%16%33%32%10%2%4%4%対照群■:10歳代5%16%29%31%9%図2年齢比■:20歳代■:30歳代■:40歳代■:50歳代:60歳代■:70歳代■:80歳代ールを利用していたと回答したものは35例(15.6%)であった.年代別にみると40歳代は10例中4例で40.0%,50歳代は37例中7例で18.9%,60歳代は74例中14例で18.9%と高い割合になっていた.一方,対照群では625例中習慣的プール利用者は20人で利用率は3.2%であった.涙道閉塞群のプール利用率15.6%と対照群のプール利用率3.2%の間にきわめて有意な差を認めた(p<0.0001,c2検定)(図4).涙道閉塞群の習慣的プール利用者におけるプール利用の頻度はさまざまであったが,35例中33例が週に1回以上と回答していた(図5).症状発現時までの平均プール利用年数は6.11カ月1例,1.2年5例,3.5年9例,6.10年6例,11.20年3例,21年以上1例,未記入10例であった.涙道閉塞群のプール利用の有無による平均年齢を比較すると,習慣的にプールに行く症例の平均年齢60.1歳とプールに行かない症例の平均年齢66.4歳の間に有意な差を認めた(p<0.01,t検定)(図6).しかし,対照群のプールに行く症(124) 例数14010203040506070809010012ドライアイ緑内障10白内障円錐角膜例数8糖尿病網膜症黄斑上膜6結膜弛緩症角膜移植後4角膜炎結膜炎2強膜炎ぶどう膜炎0角膜潰瘍・びらん週1回週2回週3回週4回週5回週6回毎日月2回加齢黄斑変性頻度翼状片黄斑円孔網膜.離図5涙道閉塞群におけるプールの利用頻度網膜静脈閉塞症(中心・分枝)利用頻度はさまざまであった.眼瞼下垂眼類天疱瘡眼窩骨折p<0.01(t検定)コンタクトレンズ障害内反症その他7066.4歳60.1歳686664図3対照群疾患構成多種多様な疾患構成となっていた.p<0.0001(c2検定)年齢(歳)6260585654205215.6%50ありなし15プール利用10図6涙道閉塞群におけるプール利用の有無による平均年齢の比較3.2%利用率(%)50涙道閉塞群対照群図4涙道閉塞群と対照群のプール利用率比較きわめて有意な差を認めた.例の平均年齢61.8歳とプールに行かない症例の平均年齢60.8歳との間には有意差は認めなかった(p=0.66,t検定).III考按後天性の涙道閉塞の原因としては,涙小管炎や結膜炎などの感染,炎症,腫瘍などによる物理的閉塞,涙小管断裂などの外傷,点眼薬や化学療法薬などの薬剤,放射線などがあげられるが,最も多いのは特にきっかけがなく発症する特発性涙道閉塞とされる.性別や年代別には若年者では流行性角結膜炎やヘルペス結膜炎後に多く,涙点閉塞や涙小管閉塞が多いとされている.高齢者では女性に多く,顔面骨の性差やエストロゲンレベルの低下による粘膜の変化が関与し,鼻涙管閉塞が多いとされている.筆者らは中年の症例でプールへ習慣的に通うという症例が比較的多いという日常診療上の印象と,水泳のインストラクターをしている症例を続けて経験したことから,涙道閉塞症(125)に対して手術治療を行った症例について習慣的プール利用の有無に関するアンケート調査を行った.今回の調査結果より,涙道閉塞群の15.6%にプール利用の習慣があったことから,習慣的プール利用は涙道閉塞発症のリスクファクターの一つである可能性があると考えられた.涙道閉塞群の40歳代から60歳代で習慣的プール利用率が高く(20.7%),習慣的プール利用は中年前後での涙道閉塞発症のリスクファクターとなる可能性が示唆された.涙道閉塞症を組織学的に検討した報告によると,涙道閉塞は下行性には涙点から,上行性には鼻腔内からの粘膜の炎症とそれに伴う浮腫からなると報告されている1).閉塞の程度によって軽度ならば慢性活動性炎症,中等度は慢性線維化組織の増殖性硬化性変化,重度は上皮下完全線維化がみられるとされている1.3).解剖学的な涙道の径にも関係があり,狭いほうが閉塞しやすいといわれている4).他の涙道閉塞症のリスクファクターとして,過去の文献ではチモロールの長期点眼5)や,エピネフリン長期点眼によるメラニンの蓄積6)があげられているが,これらの点眼薬による涙道閉塞と炎症との関連性はいまだ十分には解明されていない.プール利用における閉塞の原因の一つとして水中の塩素のあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012413 影響している可能性が考えられる.塩素は角膜上皮バリアに障害を及ぼし,ゴーグルなしで水泳をすると角膜上皮構造に障害を与える可能性があると報告されており,プール利用時にはゴーグル着用が望ましいとの報告もある7,8).プールや水道水に溶けている塩素には遊離塩素と結合塩素があり,塩素くささやプール室内の機器のさびの原因はおもにこの結合塩素とされている9).さらに眼や鼻咽頭の刺激感の原因物質でもあり,アトピー性皮膚炎や呼吸器疾患,喘息の悪化に関与することが示唆されている8,10.12).結合塩素は遊離塩素が汗や体の汚れや尿,化粧品や整髪剤,水着に付着している洗剤などが水中に溶けて生じたアンモニア化合物と反応して生じる13)ため,たとえ水中に細菌やウイルスがいなくても水の汚れで塩素は消毒効果が落ち,刺激が強くなっていく.プールの衛生基準に定められている水質基準としては,残留遊離塩素濃度は0.4mg/l以上,1.0mg/l以下であることとされているが,結合塩素に変われば当然遊離塩素の濃度は低下する14)ため,水道とプールは遊離塩素の濃度はほぼ同じでも有害な結合塩素の濃度はかなり異なっているということになる.以上のことから,結合塩素による涙道粘膜の変化が習慣的プール利用に涙道閉塞が関与する原因として考えられる.今回筆者らは涙道閉塞と習慣的プール利用について検討を行った結果,習慣的プール利用は特に中年以降の涙道閉塞発症のリスクファクターである可能性を示すことができた.今後,涙道の閉塞部位による検討,ゴーグル使用の有無による検討,プールの利用頻度による検討などを加えることによってさらに具体的なリスクファクターとしての関与を解明できる可能性がある.さらに,塩素が眼表面に与える影響は過去に報告されている7,8)が,涙道粘膜上皮への影響の検討はなされておらず,これを行うことによりプール利用と涙道閉塞の関係を解明できる可能性がある.また,習慣的プール利用によって中年以降に涙道閉塞が発症しやすいことは,塩素が加齢による涙道の形態・組織学的変化とも関連していると考えられる.今後さらに涙道閉塞と習慣的プール利用(結合塩素曝露)の関係を検討し,プールの水質基準を含めて,プール利用者における涙道閉塞の予防方法について検討する必要があると考えられた.文献1)PaulsenFP,ThaleAB,MauneSetal:Newinsightsintothepathophysiologyofprimaryacquireddacryostenosis.Ophthalmology108:2329-2336,20012)LinbergJV,McCormickSA:Primaryacquirednasolacrimalductobstruction.Ophthalmology93:1055-1062,19863)MaurielloJAJr,PalydowyczS,DeLucaJ:Clinicopathologicstudyoflacrimalsacandnasalmucosain44patientswithcompleteacquirednasolacrimalductobstruction.OphthalPlastReconstrSurg8:13-21,19924)JanssenAG,MansourK,BosJJetal:Diameterofthebodylacrimalcanal:normalvaluesandvaluesrelatedtonasolacrimalobstruction:assessmentwithCT.AJNRAmNeuroradiol22:845-850,20015)SeiderN,MillerB,BeiranI:Topicalglaucomatherapyasariskfactorfornasolacrimalductobstruction.AmJOphthalmol145:120-123,20086)SpaethGL:Nasolacrimalductobstructioncausedbytopicalepinephrine.ArchOphthalmol77:355-357,19677)IshiokaM,KatoN,KobayashiAetal:Deleteriouseffectsofswimmingpoolchlorineonthecornealepithelium.Cornea27:40-43,20088)北野周作,吉村能至:プールと眼.日本の眼科56:539546,19859)五十嵐敦之:夏のアトピー性皮膚炎のスキンケア.チャイルドヘルス10:319-321,200710)JacobsJH,SpaanS,vanRooyGBetal:Exposuretotrichloramineandrespiratorysymotomsinindoorswimmingpoolworkers.EurRespirJ29:690-698,200711)MassinN,BohadariaAB,WildPetal:Respiratorysymptomsandbronchialresponsivenessinlifeguardsexposedtonitrogentrichlorideinindoorswimmingpools.OccupEnvironMed55:258-263,199812)ThickettKM,McCoachJS,GerberJMetal:Occupationalasthmacausedbychloraminesinindoorswimming-poolair.EurRespirJ19:827-832,200213)RichardsonSD,DeMariniDM,KogevinasMetal:What’sinthepool?Acomprehensiveidentificationofdisinfectionby-productsandassessmentofmutagenicityofchlorinatedandbrominatedswimmingpoolwater.EnvironHealthPerspect118:1523-1530,201014)野々村誠:水中の残留塩素の分析.生物試料分析30:97-104,2007***414あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(126)

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)眼感染症から角膜穿孔に至った乳児の1症例

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):407.410,2012cメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)眼感染症から角膜穿孔に至った乳児の1症例向井規子清水一弘服部昌子田尻健介勝村浩三池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofCornealPerforationinInfantwithMethicillin-ResistantStaphylococcusaureus(MRSA)OcularInfectionNorikoMukai,KazuhiroShimizu,MasakoHattori,KensukeTajiri,KozoKatsumuraandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)結膜炎に併発した角膜潰瘍から角膜穿孔をきたした乳児の症例に対しバンコマイシン眼軟膏1%Rを投与したところ,治療に奏効した症例を経験した.症例は拡張型心筋症,脳性麻痺にて治療中の生後7カ月,女児.左眼に多量の膿性眼脂を伴う結膜充血と角膜傍中心部に輪状の潰瘍を認め,培養検査にてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出された.トスフロキサシン(TFLX)点眼,セフメノキシム(CMX)点眼,オフロキサシン(OFLX)眼軟膏にクロラムフェニコール点眼を追加して使用したが,改善がなく,角膜潰瘍部は早期に穿孔に至った.バンコマイシン眼軟膏1%R治療を開始したところ,角膜穿孔部は閉鎖し最終的には瘢痕治癒となり,結膜炎も緩徐に改善した.MRSA眼感染症に対しては,従来では薬剤感受性を示す抗菌薬点眼剤や注射用バンコマイシン製剤の自家調製点眼を用いるに留まっていたが,今回,市販が開始されたバンコマイシン眼軟膏1%Rを使用したところ,角膜感染症に対しては潰瘍穿孔部の閉鎖,治癒という良好な結果を得た.Wedescribeourexperiencewithaninfantwhorespondedtotreatmentwithvancomycinointment1%Rafterdevelopingcornealperforationsecondarytocornealulcercomplicatingmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)conjunctivitis.Thepatient,aseven-month-oldfemale,hadbeenreceivingtreatmentfordilatedcardiomyopathyandcerebralpalsy.Conjunctivalhyperemiaaccompaniedbymassivepurulenteyedischargeandacircularulcerintheparafoveanearthecorneawereseeninthelefteye,andMRSAwasdetectedonculturetests.Despiteadministrationoftosufloxacin(TFLX)eyedrops,cefmenoxime(CMX)eyedrops,ofloxacin(OFLX)eyeointmentandchloramphenicoleyedrops,theocularconditionsdidnotimprove.Perforationoccurredatthesiteofcornealulceratanearlystage.Afterinitiationoftreatmentwithvancomycinointment1%R,thecornealperforationclosedandeventuallycicatrized,andtheconjunctivitisgraduallyimproved.MRSAocularinfectionsareusuallytreatedwithonlyantibioticeyedropstowhichsuchinfectionsaresusceptible,orautologouseyedropsdevelopedfromvancomycinpreparationsforinjection.Inthepresentstudy,however,treatmentwithcommerciallyavailablevancomycinointment1%Rachievedthefavorableoutcomeofclosureandhealingofulcerationandperforationinaninfantwithcornealinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):407.410,2012〕Keywords:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),乳児角膜潰瘍,バンコマイシン眼軟膏.methicillinresistantStaphylococcusaureus(MRSA),infantocularbacterialinfections,vancomycinointment.はじめにを使用している患者などに発症しやすい疾患で,結膜炎,涙メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant.炎,角膜炎,角膜潰瘍,眼内炎をひき起こすとされていStaphylococcusaureus:MRSA)眼感染症は,高齢者,新生る1).そのなかでもMRSA角膜感染症は,日常臨床におい児,糖尿病やアトピー性皮膚炎患者,長期にステロイド点眼ては角膜移植後の角膜潰瘍で経験することが多いが,最近で〔別刷請求先〕向井規子:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorikoMukai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(119)407 は屈折矯正手術後や瘢痕性角結膜上皮疾患での発症も報告され,多様な疾患に対してさまざまな治療がなされている2.4).今回,全身疾患を伴っている乳児に発症したMRSA角膜潰瘍と結膜炎の症例を経験し,市販が開始されたバンコマイシン眼軟膏1%Rによる治療を試みたところ,特に角膜潰瘍による角膜穿孔に奏効したので報告する.I症例患者:7カ月,女児.主訴:左眼眼脂,結膜充血.現病歴:平成22年11月22日頃より左眼に眼脂が出現.かかりつけの小児科よりエコリシン点眼Rを処方され使用していたが,軽快せず,11月27日に近医眼科を受診した.左眼に多量の眼脂を伴う結膜炎に加えて角膜潰瘍も認められたため,トスフロキサシン(TFLX)点眼,セフメノキシム(CMX)点眼,オフロキサシン(OFLX)眼軟膏を処方され,大阪医科大学眼科(以下,当科)を紹介受診した.既往歴:拡張型心筋症,脳性麻痺にて治療中.図1a初診時前眼部写真眼球結膜,境界明瞭な眼瞼結膜の輪状潰瘍著明な充血図1b初診時所見のシェーマ経過:初診時,左眼に多量の膿性眼脂を伴う結膜充血と角膜傍中心部に輪状の潰瘍を認めた.角膜潰瘍部は境界明瞭で,強い浸潤所見があった(図1a,b).同日に眼脂および角膜擦過物の培養検査を施行したところMRSAが検出された.培養検査の結果から乳児MRSA眼感染症と診断し,前医からの点眼,眼軟膏に加えて,クロラムフェニコール点眼を追加したが,1週間後に角膜潰瘍部は穿孔をきたし前房の消失を認め,結膜炎も改善がみられなかった.重症型MRSA角膜感染症であり,結膜炎もこれまでの治療で改善傾向がまったくなかったことより,TFLX点眼,CMX点眼,クロラムフェニコール点眼,OFLX眼軟膏をすべて中止した.バンコマイシンの自家調製点眼を当院薬剤部に依頼しつつ,その時点ではまず,バンコマイシン眼軟膏1%Rを2回/日の使用で開始した.眼軟膏投与1週間後,角膜輪部からの新生血管の伸張は認めるものの,角膜穿孔部は閉鎖し前房も保持されていた(図2a,b).しかし,膿性眼脂の軽減はなく結膜炎の改善はほとんど認められなかった.特に角膜所見には著効しており,総合所見として改善傾向にあると判断し,そのままバンコマイシン眼軟膏1%Rのみの投与を続行した.その後,眼軟膏投与2週間後には,角膜実質の融解傾向は図2aバンコマイシン眼軟膏1%R投与1週間後図2bバンコマイシン眼軟膏1%R投与1週間後408あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(120) 図3バンコマイシン眼軟膏1%R投与5週間後図3バンコマイシン眼軟膏1%R投与5週間後消退し,前房深度は保持されていた.眼軟膏投与5週間後には,角膜周辺部からの新生血管は消退傾向となり,潰瘍部の浸潤所見は消失し上皮下から実質にかけて強い混濁を残しての瘢痕化が認められた(図3).眼軟膏の投与8.11週間後においては,角膜潰瘍部の瘢痕化が進み,改善が認められたが,眼脂の量は軽減傾向に乏しく,結膜炎所見は増悪を繰り返しており,眼軟膏の投与8週間後と13週間後の時点での眼脂培養検査でもMRSAの検出が続いていた.初診から5カ月後(バンコマイシン眼軟膏1%Rの投与21週後),角膜潰瘍部は完全に瘢痕治癒所見となり,ようやく眼脂も消失し結膜炎も改善した(図4).この時点で,臨床的にMRSA眼感染症は治癒したと判断し,バンコマイシン眼軟膏1%Rを中止とした.眼軟膏中止後から現在まで,角膜潰瘍部は実質混濁を残してはいるものの,活動性はなく,結膜炎の再燃も認めていない.しかし,結膜.擦過物の培養では眼軟膏使用中止後1カ月の時点でMRSAの検出があり,完全にMRSAの培養陰性化には至らなかった.II考按MRSA眼感染症に対する局所治療法は,検出されたMRSAに対する薬剤感受性試験の結果,すなわち,最小発育阻止濃度(MIC)を参考にしながら,薬剤を決定するのが望ましい5).本症例での眼脂培養から検出されたMRSAの薬剤感受性の結果は表1のごとくであった.しかし,薬剤感受性試験は全身投与での血中濃度を基準にしているため,高濃度の抗菌薬点眼剤による治療は,薬剤感受性試験が耐性とされても点眼投与が奏効する可能性があり,実際の臨床の場では,一般的にニューキノロン系抗菌薬の点眼を初期選択とし,MRSA結膜炎に対してはクロラムフェニコール点眼も有用であるため,初期に使用することが(121)図4バンコマイシン眼軟膏1%R投与21週間後の角膜潰瘍瘢痕治癒時所見表1本症例の眼脂培養から検出されたMRSAの薬剤感受性試験の結果薬剤名MIC値(μg/ml)薬剤名MIC値(μg/ml)PCG≧0.5RTEIC≦0.5SMPIPC≧4RLVFX≦0.25SCEZ≦4RMINO≦0.5SCMZ8RST≦10SIPM≦1RVCM1SEM≦0.25SFOM≦8SGM≧16RCLDM≦0.25SAMK4SLZD2SABK≦1SMIC:minimuminhibitoryconcentration,R:resistant,S:sensitive.[薬剤名略号]PCG:ベンジルペニシリン,MPIPC:オキサシリン,CEZ:セファゾリンナトリウム,CMZ:セフメタゾール,IPM:イミペネム,EM:エリスロマイシン,GM:ゲンタマイシン,AMK:アミカシン,ABK:アルベカシン,TEIC:テイコブラシン,LVFX:レボフロキサシン,MINO:ミノサイクリン,ST:スルファメトキサゾール・トリメトプリム,VCM:バンコマイシン,FOM:ホスホマイシン,CLDM:クリンダマイシン,LZD:リネゾリド.多い6).そして,これらの点眼でも効果がない場合はバンコマイシン(VCM)あるいはアルベカシン(ABK)の注射用薬剤から点眼液,眼軟膏を院内で自家調製して使用するというのが一般的であると思われる.なかでもVCMの自家調製眼軟膏については,MRSA眼感染症,特に角膜潰瘍に対する有用性はこれまでに報告も多くされてはいるが,薬剤安定性や使用したときの刺激性に関しては改善の余地があるとされてきた7,8).今回,この症例に対して使用したバンコマイシン眼軟膏1%Rは,これまで問題となっていた自家調製操作における煩雑性や薬剤の不安定性といった問題点を改善すべあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012409 く市販が開始されたものであり,長期間安定で感染病巣部位に有効濃度以上の薬物移行性がある製剤として期待されている9).本症例では,セフェム系点眼,ニューキノロン系抗菌薬の点眼,クロラムフェニコール点眼が結膜炎・角膜潰瘍両者に対してまったく無効であったこと,角膜所見に関しては細胞浸潤が強く認められ早期に角膜穿孔に至っている重症型であったことより,角膜穿孔を認めた時点で前述したバンコマイシン眼軟膏1%Rの投与を選択した.眼軟膏使用開始後,角膜穿孔は速やかに閉鎖しその後,角膜潰瘍部は瘢痕治癒となり,結膜炎も緩徐ではあったが改善を認めた.よって,今回の乳児重症MRSA眼感染症に対してはバンコマイシン眼軟膏1%Rの局所投与が有用であったと考えられる.今後,乳児重症MRSA眼感染症に対する治療としてバンコマイシン眼軟膏1%Rの投与が積極的に選択されると思われるが,細胞毒性や創傷治癒の遅延などを生ずる副作用の可能性や,濫用による新たな耐性菌の誘発がある危険性を十分考慮に入れながら,適正な点眼回数による治療を心がけるべきであろう.また,本症例は,拡張型心筋症や脳性麻痺などの全身疾患を抱えた乳児で,日常生活においては覚醒することなく寝たきりという状態であり,小児科治療中に以前より鼻腔および糞便からMRSAが検出されていることより,今回,MRSA眼感染症を発症した誘因にはこうした背景が強く関与していると考えられる.患児の全身状態を考慮し投薬回数や診察の機会が限定されたとういう点からやむを得ずバンコマイシン眼軟膏1%Rの1日2回使用ではあったが長期間用いたのにもかかわらず,最終的に結膜.からのMRSAの培養検査は陰性に至らなかったのも,全身随所にMRSAを保菌しているからと推測される.このような症例は今後,眼感染症を再発する可能性も高いと思われ,その際には鼻腔を含めた全身への抗菌薬の投与も治療の選択肢の一つであると考えられる.文献1)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:11291132,20032)清水一弘:角膜移植後MRSA感染.あたらしい眼科27:777-778,20103)NomiN,MorishigeN,YamadaNetal:Twocasesofmethicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisafterEpi-LASIK.JpnJOphthalmol52:440-443,20084)佐藤崇,有田有美子,日比野剛ほか:PTK後にMRSA角膜感染症を認めた1症例.眼臨紀3:298,20105)外園千恵:MRSA角膜感染症.あたらしい眼科19:991.997,20026)西崎暁子,外園千恵,中井義典ほか:眼感染症によるMRSAおよびMRCNSの検出頻度と薬剤感受性.あたらしい眼科23:1461-1463,20067)藤田敦子,外園千恵,稲富勉ほか:重篤なMRSA眼感染症と自家調整バンコマイシン眼軟膏.あたらしい眼科17:93-95,20008)外園千恵,大石正夫,檜垣史郎ほか:MRSA/MRSE眼感染症に対する1%バンコマイシン眼軟膏の効果.感染症学会雑誌84:794,20109)吉川純子:新薬の紹介MRSA/MRSE眼感染症治療薬バンコマイシン塩酸塩眼軟膏.日本病院薬剤師会雑誌46:546547,2010***410あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(122)

眼科看護師におけるメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の鼻腔保菌

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):403.406,2012c眼科看護師におけるメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の鼻腔保菌田中寛*1星最智*2卜部公章*1*1町田病院*2藤枝市立総合病院眼科NasalCarriageofMethicillin-ResistantCoagulase-NegativeStaphylococciinOphthalmicNursesHiroshiTanaka1),SaichiHoshi2)andKimiakiUrabe1)1)MachidaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital眼科看護師における鼻腔内メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS)の保菌率と保菌リスク因子を調査した.看護師30名の培養陽性率は96.7%であり,内訳はメチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌17株,MR-CNS9株,コネバクテリウム属6株,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌2株,a溶血性レンサ球菌1株であった.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌は検出されなかった.家庭内乳幼児がいない場合はMR-CNSの鼻腔保菌率が13.0%であるのに対し,家庭内乳幼児がいる場合は85.7%と有意に保菌率が上昇した(p<0.001).医療従事者において,家庭内乳幼児の存在はMR-CNSの保菌リスクとなりうる.Themethicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci(MR-CNS)nasalcarriagerateandriskfactorsinophthalmicnurseswereinvestigated.Ofthe30culturestaken,29(96.7%)hadpositivebacterialgrowth:methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci,17(48.6%);MR-CNS,9(25.7%);Corynebacteriumspecies,6(17.1%);methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus,2(5.7%);alpha-haemolyticstreptococci,1(2.9%).Methicillin-resistantStaphylococcusaureuswasnotisolated.TheMR-CNSnasalcarriagerateinnurseswhohadchildren(85.7%)wassignificantlyhigherthaninthosewhodidnot(13.0%)(p<0.001).MedicalworkerswhohavechildrenaremorelikelytobeMR-CNScarriers.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):403.406,2012〕Keywords:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,鼻腔保菌,眼科,看護師,小児.methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci,nasalcarriage,ophthalmology,nurse,child.はじめに内眼手術後の細菌性眼内炎は,視力予後に影響しうる重大な合併症である.白内障術後眼内炎の起炎菌では,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS),黄色ブドウ球菌,腸球菌やレンサ球菌属をはじめとしたグラム陽性球菌が85%1)を占めることが報告されている.これらグラム陽性球菌のなかでもCNSの検出率は46.3.70%1,2)と最も高い.さらに,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci:MR-CNS)はフルオロキノロン系を含む多くの抗菌薬に耐性であること3,4),症例によっては重症化するものもあること5)から,臨床上重視すべき微生物の一つである.健常結膜.におけるMR-CNSの検出率は11.8.24.8%と報告によって異なる4,6,7).このことはMR-CNSの保菌を促進させるような背景因子が存在することを示唆している.筆者らが行ったMR-CNSの結膜.保菌リスクの調査では,ステロイド内服,他科手術歴と眼科通院歴が保菌率を増加させるリスク因子であり,リスクがない場合の保菌率は7.8%であるが,リスクが増えるにつれて保菌率が33.3%にまで上昇することを報告している8).さらに,白内障術前患者のMR-CNS保菌率は結膜.より鼻腔のほうが有意に高く,〔別刷請求先〕田中寛:〒780-0935高知市旭町1丁目104番地町田病院Reprintrequests:HiroshiTanaka,M.D.,MachidaHospital,1-104Asahimachi,Kochi-shi,Kochi780-0935,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)403 MR-CNSの鼻腔保菌者では非保菌者に比べて結膜.のa溶血性レンサ球菌,1a溶血性レンサ球菌,1コリネバクテリウム属,6MSSA,2MS-CNS,17MR-CNS,9MR-CNS保菌率が有意に高くなることも報告した9).MR-CNSの感染経路と鼻腔保菌の重要性を考慮すると,医療従事者におけるMR-CNS鼻腔保菌率の上昇により,術前患者の鼻腔や結膜.への感染リスクが高まる可能性が考えられる.したがって,医療従事者のMR-CNS保菌率を把握することは,感染対策活動を評価するうえでの指標の一つになると考えられる.今回鼻腔保菌調査を行った理由は,前年に術後眼内炎を経験したことがきっかけとなっており,原因調査の一つとして職員のMRSAを含めた薬剤耐性菌の保菌率を把握する必要があると考えたからである.そのなかで,眼科医療従事者におけるMR-CNS保菌のリスク因子につい図1眼科看護師における鼻腔検出菌の構成て若干の知見が得られたので報告する.I対象および方法対象は眼科専門病院である町田病院(以下,当院)に勤務する看護師30名である.平均年齢は33.7±6.0歳,性別は数字は株数を示す.MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.全員女性である.看護配置の内訳は外来10名,手術室7名,10085.7%13.0%p<0.001病棟13名である.3カ月以内にステロイド内服および抗菌80薬点眼・内服の既往はなかった.当院には倫理委員会が設置保菌率(%)60されていないため,感染対策委員会が主体となって職員への説明と同意を得たうえで2010年5月に培養検査を実施した.検体採取方法は,滅菌生理食塩水で湿らせた培養用滅菌スワ4020ブを用いて右鼻前庭を擦過し,輸送培地に接種した後にデルタバイオメディカル社に輸送して菌種同定を依頼した.培養はヒツジ血液/チョコレート分画培地,BTB乳糖加寒天培地0乳幼児ありn=7乳幼児なしn=23図2家庭内乳幼児の有無とMR.CNS鼻腔保菌率nは人数を示す.(bromothymolbluelactateagar)を用いて好気培養を35℃で3日間行った.ブドウ球菌属のメチシリン耐性の有無はClinicalandLaboratoryStandardsInstituteの基準(M100-S19)に従ってセフォキシチンのディスク法で判定した.培養結果をもとに,年齢と家庭内乳幼児の存在が鼻腔MR-CNS保菌率に影響するかどうかを検討した.統計学的解析はMann-WhitneyのU検定またはFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果鼻腔の培養陽性率は96.7%であり,35株の細菌が検出された.内訳はMS-CNSが17株,MR-CNSが9株,コリネバクテリウム属が6株,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌が2株,a溶血性レンサ球菌が1株であった.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)は検出されなかった(図1).鼻腔MR-CNS陽性者は9名であり,平均年齢は34.1±8.0歳であった.鼻腔MR-CNS陰性者は21名であり,平均年齢は36.9±4.9歳であった.鼻腔MR-CNS陽性群と陰性群で年齢を比較したところ有意差を認めなかった(p=0.227,404あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012Mann-WhitneyのU検定).家庭内乳幼児が存在するのは7名であった.MR-CNSの鼻腔保菌は,家庭内乳幼児が存在しない群では23名中3名(13.0%)であるのに対し,家庭内乳幼児が存在する群では7名中6名(85.7%)であり有意に保菌率が高かった(p<0.001,Fisherの直接確率検定)(図2).III考按細菌性眼内炎は白内障術後の合併症として頻度は高くないものの,重篤な合併症の一つである.わが国で行われた白内障術後眼内炎の起炎菌調査では,CNSが全体の46.3%と最も多かった1).さらに忍足らは,白内障術後眼内炎ではMR-CNSが主要な起炎菌であると報告している10).CNSによる術後眼内炎は一般的に予後が良好といわれているが,メチシリン耐性菌はメチシリン感受性菌に比べてキノロン耐性化率がはるかに高いこと3,4)などから,MR-CNSの場合は治療に難渋する可能性も考えられる.(116) 鼻腔と結膜.のMR-CNS保菌の関連については筆者らが過去に報告しており,白内障術前患者では鼻腔MR-CNS保菌率は結膜.よりも有意に高く,鼻腔MR-CNS保菌者では結膜.のMR-CNS保菌率も有意に高かった9).したがって,眼科感染予防の観点からは鼻腔のMR-CNS保菌も無視できない因子と考えられる.当院看護師全体のMR-CNS鼻腔保菌率は30.0%であった.医療従事者におけるMR-CNSの鼻腔保菌率に関する報告は少なく,わが国では仲宗根らが看護師50名中13名(26.0%)において鼻腔にMR-CNSを保菌していたと報告している11).筆者らの結果は仲宗根らの報告に近似しており,当院看護師におけるMR-CNS保菌率は特に高いわけではないと判断した.MR-CNSには注意すべき結膜.の保菌リスクが存在する.筆者らが行った調査ではステロイド内服,他科での手術歴や眼科通院歴を重要な保菌リスク因子としてあげている.すなわち,宿主の易感染性と医療関連感染が問題となる.今回の検討では対象者全員が易感染性となる全身疾患やステロイド内服などのリスク因子を保有しておらず,さらに年齢についても有意差を認めなかった.また,興味深かったことは,看護師のMR-CNS鼻腔保菌と家庭内乳幼児との関連である.家庭内乳幼児がいない看護師のMR-CNS保菌率は13.0%であったのに対し,家庭内乳幼児がいる看護師では85.7%と有意に高い保菌率であった.これまでにTengkuらは1,285人の集団保育児の鼻腔培養を行い,390人(30.3%)からMR-CNSが検出されたと報告している12).さらに,小森らによる非医療従事者を対象とした鼻腔内ブドウ球菌保菌調査では,就学前の小児のメチシリン耐性ブドウ球菌の保菌率は70.0%と高く,家族内のメチシリン耐性菌伝播の要因の一つに小児の存在をあげている13).一般的に乳幼児は成人とは異なり,鼻咽頭にインフルエンザ菌や肺炎球菌などの病原菌を高率に保菌していることが知られている14).これは宿主の免疫能が未熟であるために病原菌をうまく排除できないためと考えられる.MR-CNSに関してもインフルエンザ菌や肺炎球菌などと同様,いったん乳幼児に感染すると容易に排除できないため,結果として保菌率が高くなる可能性が考えられる.一般的にMR-CNSなどの薬剤耐性菌は医療関連感染で重要な細菌であるため,医療従事者間,医療従事者と患者間という医療施設内での感染経路に注目しがちである.しかしながら,医療従事者から家庭内乳幼児に薬剤耐性菌が伝播し,さらに集団保育児の中で菌が蔓延すると,薬剤耐性菌のリザーバーが形成されて,今度は小児から家族内成人への感染リスクが高まることにも留意すべきである.今回の調査では,看護師からMRSAは検出されなかった.被検者数を考慮してもMRSA保菌率は3.3%未満であり,5.1.11.3%程度とする過去の報告15.17)よりも低い値である(117)ため,当院の感染対策は良好に機能していると考えられた.しかしながら,看護師の配置別に検討すると,手術場にMR-CNS保菌者が集中的に配置されていた.薬剤耐性菌を保菌している人の割合,すなわち保菌圧(colonizationpressure)が高まると,非保菌者の感染リスクが高まることが報告18,19)されており,MR-CNSでも同様のことが考えられる.医療施設内での感染リスクを減らすためには看護配置に注意する必要があると考えられた.結論としては,今回の調査ではMRSAの鼻腔保菌者は認めなかった.家庭内乳幼児の存在はMR-CNS鼻腔保菌のリスクとなるため,保菌圧を下げるために看護配置を工夫するなどの配慮が必要であると考えられた.文献1)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20062)EndophthalmitisVitrectomyStudyGroup:ResultsoftheEndophthalmitisVitrectomyStudy.Arandomizedtrialofimmediatevitrectomyandofintravenousantibioticsforthetreatmentofpostoperativebacterialendophthalmitis.ArchOphthalmol113:1479-1496,19953)HoriY,NakazawaT,MaedaNetal:Susceptibilitycomparisonsofnormalpreoperativeconjunctivalbacteriatofluoroquinolones.JCataractRefractSurg35:475-479,20094)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512.517,20105)OrmerodLD,BeckerLE,CruiseRJetal:Endophthalmitiscausedbythecoagulase-negativestaphylococci.2.Factorsinfluencingpresentationaftercataractsurgery.Ophthalmology100:724-729,19936)大..秀行,福田昌彦,大鳥利文ほか:高齢者1,000眼の結膜.内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19987)森永将弘,須藤史子,屋宜友子ほか:白内障手術術前患者の結膜.細菌叢と薬剤感受性の検討.眼科手術22:385388,20098)星最智,卜部公章:白内障術前患者における結膜.常在細菌の保菌リスク因子.あたらしい眼科28:1313-1319,20119)星最智,大塚斎史,山本恭三ほか:結膜.と鼻前庭の常在細菌の比較.あたらしい眼科28:1613-1617,201110)忍足和浩,平形明人,岡田アナベルあやめほか:白内障術後感染性眼内炎の硝子体手術成績.日眼会誌107:590596,200311)仲宗根洋子,名渡山智子:看護師の手掌および鼻腔における薬剤耐性菌の検出頻度.沖縄県立看護大学紀要9:39-43,200812)JamaluddinTZ,Kuwahara-AraiK,HisataKetal:Extremegeneticdiversityofmethicillin-resistantStaphylococcusepidermidisdisseminatedamonghealthyJapanesechildren.JClinMicrobio46:3778-3783,200813)小森由美子:市中におけるメチシリン耐性ブドウ球菌の鼻あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012405 腔内保菌者に関する調査.環境汚染誌20:164-170,200514)KonnoM,BabaS,MikawaHetal:Studyofupperrespiratorytractbacterialflora:firstreport.Variationsinupperrespiratorytractbacterialflorainpatientswithacuteupperrespiratorytractinfectionandhealthysubjectsandvariationsbysubjectage.JInfectChemother12:83-96,200615)酒井道子,阿波順子,那須郁子ほか:一施設全職員を対象としたMRSA検出部位と職種間の相違についてDNA解析を用いた検討.ICUとCCU29:905-909,200516)垣花シゲ,植村恵美子,岩永正明:病棟看護婦の鼻腔内細菌叢について.環境感染13:234-237,199817)北澤耕司,外園千恵,稗田牧ほか:眼科医療従事者におけるMRSA保菌の検討.あたらしい眼科28:689-692,201118)MerrerJ,SantoliF,ApperedeVecchiCetal:“Colonizationpressure”andriskofacquisitionofmethicillin-resistantStaphylococcusaureusinamedicalintensivecareunit.InfectControlHospEpidemiol21:718-723,200019)BontenMJ,SlaughterS,AmbergenAWetal:Theroleof“colonizationpressure”inthespreadofvancomycinresistantenterococci:animportantinfectioncontrolvariable.ArchInternMed158:1127-1132,1998***406あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(118)

わが国のアカントアメーバ角膜炎関連分離株の分子疫学多施設調査(中間報告)

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):397.402,2012cわが国のアカントアメーバ角膜炎関連分離株の分子疫学多施設調査(中間報告)井上幸次*1大橋裕一*2江口洋*3杉原紀子*4近間泰一郎*5外園千恵*6下村嘉一*7八木田健司*8野崎智義*8*1鳥取大学医学部視覚病態学*2愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野*3徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野*4東京女子医科大学東医療センター眼科*5広島大学大学院医歯薬学総合研究科視覚病態学*6京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学*7近畿大学医学部眼科学教室*8国立感染症研究所寄生動物部MulticenterMolecularEpidemiologicalStudyofClinicalIsolatesRelatedwithAcanthamoebaKeratitis(InterimReport)YoshitsuguInoue1),YuichiOhashi2),HiroshiEguchi3),NorikoTakaoka-Sugihara4),Tai-ichiroChikama5),ChieSotozono6),YoshikazuShimomura7),KenjiYagita8)andTomoyoshiNozaki8)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,EhimeUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,4)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,5)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,HiroshimaUniversityGraduateSchoolofBiomedicalSciences,6)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,7)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversityFacultyofMedicine,8)DepartmentofParasitology,NationalInstituteofInfectiousDiseases目的:角膜炎に関連したアカントアメーバのDNA分子を多施設疫学研究として解析する.方法:全国6施設で,アカントアメーバ角膜炎に関連して分離されたアメーバ株をクローニング後,18SribosomalRNA遺伝子のシークエンス解析を行った.そして,BLAST(basiclocalalignmentsearchtool)検索による既存アメーバとの相同性を調べ,Tタイピングによる分類を行った.本研究は現在も継続中であるが,最初の2年間の結果を中間報告としてまとめた.結果:43株〔角膜擦過物27株,保存液15株,MPS(multi-purposesolution)ボトル内液1株〕中42株がT4に分類され,角膜由来の1株のみT11に分類された.角膜分離株のシークエンスタイプは15種類に分かれたが,すべて既知のものと一致した.保存液分離株のタイプは10種類に分かれ,角膜分離株と比較できた9株中6株は角膜分離株と一致した.結論:最近のアカントアメーバ角膜炎のわが国での増加は,新たなシークエンスタイプのアメーバの出現によるものではなく,既存の株による感染の増加である.Objective:ToanalyzeAcanthamoebaDNAmolecule’srelationshiptokeratitis,inamulticenterepidemiologicalstudy.Method:Acanthamoebakeratitis-relatedisolatesfrom6instituteswerecloned,andsequencesofthe18SribosomalRNAgenewereanalyzed.HomologybetweenthemandknownsequenceswasthenexaminedusingBLAST(basiclocalalignmentsearchtool),andtheywereclassifiedbyTtyping.Thisresearchisstillongoing;theresultsofthefirsttwoyearshavebeenanalyzedasaninterimreport.Results:Of43isolates,including27isolatesfromthecornea,15fromlenscasesand1fromanMPS(multi-purposesolution)bottle,42isolateswereclassifiedasT4;only1wasclassifiedasT11.Sequenceswereclassifiedinto15types;nonewereuniquegenotypes.Sequencesofisolatesfromlenscaseswereclassifiedinto10types;ofthe9isolateswithwhichcornealisolateshadalsobeenobtained,thesequencesof6wereidenticalwiththesequencesofthecornealisolates.Conclusion:TheseresultsindicatethattherecentincreaseofAcanthamoebakeratitisincidenceinJapanisnotduetotheemergenceofnovelamoebicgenotypes,buttoincreasedincidenceofinfectionbyknowngenotypes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):397.402,2012〕〔別刷請求先〕井上幸次:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:YoshitsuguInoue,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago683-8504,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(109)397 Keywords:アカントアメーバ角膜炎,分子疫学,Tタイピング,18SribosomalRNA,多施設共同研究.Acanthamoebakeratitis,molecularepidemiology,Ttyping,18SribosomalRNA,multicenterstudy.はじめにアカントアメーバは土壌・水中をはじめ自然界に広く生息する原虫であり,水道水からも検出される.アカントアメーバにより角膜炎を発症することは1974年にはじめて報告された1)が,本来は外傷に伴う非常にまれな感染症であった.しかし,その後コンタクトレンズ(CL)装用に伴う感染として認められるようになり,わが国では1988年に石橋らがはじめて報告した2).当初はそれでもまれな疾患であったが,CL保存に水道水を用いることのできたソフィーナRでの感染が多いことが注目されるようになり,その後しだいに報告が増加し,特に2006年頃からは急速に増えて,従来報告のなかった北海道や東北でも症例が報告されるようになった.2007年4月.2009年3月にかけて行われたコンタクトレンズ関連角膜感染症の全国調査3)でも,入院を必要としたCL関連角膜感染症の2大起炎菌として緑膿菌とともに浮かび上がった.その多くが,multi-purposesolution(MPS)をケア用品として使用している頻回交換型のCLユーザーであり,MPSのアカントアメーバに対する効果が低いことが検証されるとともに,CLユーザーの最大の合併症として,その診断・治療や予防対策の重要性が高まっている.このような状況のなかで,わが国のアカントアメーバ角膜炎(AK)の原因となっているアメーバの感染源・感染経路,アメーバ感染の地域差や年次動向,アメーバ株と臨床所見・治療への反応性・予後との関係を疫学的に調べる必要性が生じてきた.アカントアメーバを疫学的に分類・比較するにあたって,形態学的に分類することはもちろん重要だが,培養条件によって,形態を変化させるアカントアメーバの場合,限界があり,現在は,アカントアメーバのDNAを利用して分子遺伝学的に分類,同定することが主流となっている.アカントアメーバの遺伝子型別の方法としてはTタイピングが用いられている.これは1996年Gastらにより提唱され,18SribosomalRNA(18SrRNA)をコードしているDNAを用いて行われる4).この方法では2つのシークエンスを全長比較して相同性が5%以上違う場合,別々のTタイプと分類される.現在15のタイプがあり,1つのTタイプには多種類のシークエンスが含まれる.これまでT1-T6,T10-T12のアメーバが角膜炎あるいはアメーバ性脳炎より検出されている.タイピングは特定の集団と疾患との関連を調べるうえできわめて有用である.今回,筆者らは先に述べたコンタクトレンズ関連角膜感染症調査研究班の施設を中心に多施設からのアカントアメーバ株を国立感染症研究所寄生動物部に集積し,Tタイピングに398あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012よる解析を行った.この研究は厚生労働省の新興・再興感染症研究事業の一環として行われており,現在も参加施設を増やして継続中であるが,本報告では最初の2年の結果を中間報告としてまとめる.I対象および方法1.対象対象は,全国の6施設(鳥取大学,愛媛大学,徳島大学,東京女子医科大学東医療センター,山口大学,京都府立医科大学)の眼科に2009年4月.2010年12月の間に受診したAK患者の角膜擦過物,CLケース(保存液),MPSボトル,使用環境(洗い場)から分離されたアカントアメーバ株および,これらの施設で過去に分離され,保存されていた株を対象とした.本研究については,各施設の倫理委員会にかけて了承を得,過去に分離された株も含めて,本研究に使用することを患者本人あるいは代諾者に文書で承諾を得た.角膜擦過物から27株,CLケース(保存液)から15株,MPSボトルから1株,計43株が対象である.2.アカントアメーバの培養と無菌クローン化アカントアメーバは大腸菌を塗布した1.5%non-nutrientagar(NN培地)上で25℃にて分離,培養した.これをキャピラリーピペットによる釣り上げ法(micro-manipulation法)にて単離し,さらに大腸菌寒天培地上でクローン培養した5).無菌化の手順としては,クローン化したアカントアメーバのシストを1mlの0.1N塩酸溶液中で,37℃にて一晩処理を行った後,500×g,5分間遠心分離を行ってシストを沈殿させた.その後,塩酸を除去して滅菌蒸留水に浮遊させ,同じ条件で再度遠心を行った.滅菌蒸留水を除去し,得られたシストを100単位/mLのペニシリン(明治製菓)と,100μg/mLのストレプトマイシン(明治製菓)を添加し,PYGC培地(10g/LProteosepeptone,5g/LNaCl,10g/LYeastextract,10g/LGlucose,0.95g/LL-Cysteine,10mMNa2HPO4,5mMKH2PO4)で培養した5).3.DNA解析遺伝子抽出キットQIAampRDNAMiniKit〔(株)キアゲン〕を使用して,添付のプロトコールに従ってDNAを抽出した.抽出したアメーバDNAを,GeneAmpRPCR(polymerasechainreaction)system2400により,アメーバ特異プライマーであるJDP1-JDP2を用い,18SrRNA遺伝子の高可変領域の一つであるDF3(diagnosticfragment3)を含む約(110) 400塩基対を既報の温度条件で増幅した6).PCRにて増幅された産物の塩基配列を蛍光シークエンサー(ABIPRISMR310GeneticAnalyzer)を用いて,シークエンス用プライマー892Cにより解析した6).4.ホモロジー検索このようにして得られた塩基配列をBLAST(basiclocalalignmentsearchtool)を用いてGenBank,EMBL(EuropeanMolecularBiologyLaboratory),DDBJ(DNADataBankofJapan)に登録された株と照合した.データベースに登録された株で,対象株と相同性の最も高いものを検索し,データベース登録名,対象株と登録株との相同性,登録株の分離元を調べた.5.系統樹作製対象株とデータベースに登録されているTタイピング(T1.T15)の代表的な株を用いて,解析用プログラムとしてClustalWを用いて系統樹を作製した.II結果1.角膜分離27株ホモロジー検索の結果角膜分離27株のTタイピングの結果では1株のみがT11であったが,他はT4であった(96.3%).T4に属する26株のうち22株は角膜炎より分離されている既知の配列と一致し,それ以外の4株は角膜炎分離株では認められないもののやはり既知の配列と一致した(表1).ホモロジー検索の結果をもとに,系統樹を描く(図1)とT4の中で特定の遺伝的集団を形成せず,遺伝的には多様性を認め15種類に分かれた.そのうち,複数株,複数地域に検出されるシークエンスのタイプとして,ATCC30461EyestrainやATCC50497Rowdonstrainなどと相同性を認めるものが存在した(図2).2.CLケース(保存液)由来株・MPSボトル由来株と角膜分離株の関係(表2)保存液分離株15株のシークエンスはすべてT4であったが,10種類のシークエンスタイプに分かれた.このタイプでは,患者の角膜分離株とともに分離された9組中6組は一致したが,3組では一致しなかった.MPSボトル由来の1株についてはその患者の角膜分離株およびCLケース(保存液)由来株の3者のシークエンスタイプが一致した.表1アカントアメーバ角膜炎患者の角膜擦過物由来株の18SrRNA遺伝子タイピング由来試料IDTtypeBLASTで相同性の高かった(99-100%)株の配列左記配列の分離試料角膜1-1-1T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis角膜1-2-1T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis角膜1-3-1T4Acanthamoebasp.S2.JDPSoil角膜1-5-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜1-6-1T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis角膜1-7-1T4Acanthamoebasp.KA/E10Keratatis角膜1-8-1T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis角膜1-9-1T4Acanthamoebasp.VazalduaKeratatis角膜3-1-1T4Acanthamoebasp.CDC#V390Brain,Skin角膜3-2-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜3-3-1T4ATCC50370A.castellaniiMastrainKeratatis角膜3-4-1T4ATCC50374A.castellaniiCastellaniYeastculture角膜3-7-1T4ATCC50370A.castellaniiMastrainKeratatis角膜4-1-1T4Acanthamoebasp.CDC#V390Brain,Skin角膜4-3-1T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis角膜4-4-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜4-5-1T4A.castellaniiCDC#V042Keratatis角膜6-2-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜6-5-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜7-1-1T11A.hatchetti4REKeratatis角膜7-2-1T4Acanthamoebasp.KA/E24Keratatis角膜7-3-1T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis角膜7-4-1T4Acanthamoebasp.UIC1060voucherKeratatis角膜7-5-1T4Acanthamoebasp.CDC#V014Keratatis角膜9-1-1T4Acanthamoebasp.CDC#V062Keratatis角膜9-2-1T4AcanthamoebacastellaniiCDC#V042Keratatis角膜9-3-1T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis(111)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012399 111121161431131321151621651451921441311331T4U07414351191171911181731931751721741341T3U07412711T11AF019068T1U07400T13AF132134T15AF262365T5U94741T2U07411T6AF019063T10AF019067T12AF019070T14AF333609T7AF019064T8AF019065T9AF019066BalamuthiamandrillarisV039図1角膜分離27株の系統関係26株はT4に含まれ,1株のみT11であった.111121161431131321151621651451921441311331T4U07414351191171911181731931751721741341T3U07412711T11AF019068T1U07400T13AF132134T15AF262365T5U94741T2U07411T6AF019063T10AF019067T12AF019070T14AF333609T7AF019064T8AF019065T9AF019066BalamuthiamandrillarisV039図1角膜分離27株の系統関係26株はT4に含まれ,1株のみT11であった.T4T110.1表2アカントアメーバ角膜炎患者のレンズケース(保存液)・MPSボトル・使用環境(洗い場)由来株の18SrRNA遺伝子タイピングと角膜由来株との一致性BLASTで相同性の左記配列の角膜分離株と試料試料IDTtype高かった(99-100%)株の配列分離試料の一致性保存液1-3-2T4AcanthamoebaspS2.JDPSoil一致保存液1-4-2T4Acanthamoebasp.S15Keratatis不明保存液1-5-2T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis一致保存液1-6-2T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis一致保存液1-7-2T4Acanthamoebasp.KA/E10Keratatis一致保存液3-1-2T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis不一致保存液3-2-2T4Acanthamoebasp.CDC#V390Keratatis不一致保存液3-5-2T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis一致保存液4-2-2T4Acanthamoebasp.CDC#V390Brain,Skin不明保存液6-1-3T4Acanthamoebasp.CDC#V062Keratatis?不明保存液6-2-2T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis一致*保存液6-5-2T4Acanthamoebasp.CDC#V014Keratatis不一致保存液6-10-2T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis不明保存液6-11-2T4Acanthamoebasp.KA/E10Keratatis不明保存液9-4-1T4Acanthamoebasp.CDC#V042Keratatis不明MPS6-2-3T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis一致**角膜とレンズケース(保存液)とケア用品の3者で一致.400あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(112) ATCC30461EyestrainOthers19%34%ATCC50497RowdonstrainATCC5037015%Mastrain7%KA/E611%CDC#V3907%図2シークエンスタイプの検出頻度多くのタイプが認められたが,Eyestrain次いでRowdonstrainが多かった.III考按AKの原因となったアメーバのTタイピングについてはすでに各国から報告がなされており,わが国でも高岡らの報告がある5)が,今回のように多施設で広く日本の株を集めて行われたスタディははじめてである.今回の報告では1株を除いてすべてをT4が占めており,これは過去の多くの報告と一致している.たとえば,Ledeeら7)は米国フロリダ州のAK患者のサンプル37株のうち36株がT4,1株のみT5であったと報告している.一方,Yeraら8)はフランスのアカントアメーバ分離株37株のうち,AK患者由来の10株はすべてT4であったとしている.ただし,それ以外のCL使用者のCL,保存液でも79%がT4であるとしており,臨床的に重要なT4はもともと環境中に最も多く認められるグループである(半数以上)ことには留意が必要であり9),より多くの環境に適応しうる能力をもっていると考えられ,そのため保存液中で生存しやすく,さらにはアカントアメーバにとって決して住みやすいとは言いがたい角膜でも生存しうるのではないかと推察される.今回のスタディでは1株のみT11が認められたが,T11が角膜炎を発症するという報告は過去にもすでにあり10),本研究のこの症例(試料ID7-1-1)が特に他の症例と比較して臨床所見に特徴があるとか,難治であるとかいうことはなかった(データ示さず).また,今回のスタディには1例,非CL装用者の症例が含まれており(試料ID1-2-1),感染経路は不明で1カ月ほどの間に急速に進行して穿孔し,治療的角膜移植を要したが,この症例も分類上はT4で,しかも今回2番目に多いサブタイプであるRowdonstrainに含まれていた(データ示さず).インドではCLと関係ないAK患者が多いが,分離株はやはりT4であることが報告されており11),CLとT4との間に特別の結びつきがあるわけではないようである.T4の中のサブタイプで,Eyestrainの患者5名は愛媛・(113)CDC#V0427%徳島・岡山・静岡と瀬戸内および太平洋側に分布しており,Rowdonstrainの4名は鳥取・京都の患者で,日本海側であった(データ示さず).これが地域差を示すものか,偶然のものかは個々のグループの株数が少ないため,結論できないが,興味深い傾向であり,株数を増やして解析を続け,明らかにしていきたい.感染症の分子サーベイランスの効能として,高病原性株や薬剤抵抗株の発生監視やアウトブレーク時の迅速な要因解明と感染拡大の阻止があり,AKでもこれが一つの重要な目的となる.たとえば,米国シカゴ周辺で上水道の消毒の方法が変更になったことに伴って生じたと推測されるAKのアウトブレーク(2003.2005年)の株を解析した報告があり12),87%がT4,13%がT3であったが,アカントアメーバ角膜炎からの分離株として報告されたことのない新たなシークエンスタイプの株は見つからなかったとしている.また,Zhangら13)は中国北部のAK患者からのアカントアメーバは26株中25株はT4,1株はT3だったが,18株(69.2%)はユニーク・シークエンスだったとしている.今回,わが国のAKの増加を受けて,解析を行ったが,新たなシークエンスタイプは見つからず,特定のシークエンスタイプへの集積も認められなかった.本報告で,角膜とCLケース(保存液)の株を比較できた9例のうち,6例はシークエンスタイプが一致しており,これは十分予想されることであったが,3例においては不一致であった.これをどう考えるかであるが,一つはCLケース(保存液)に複数の株が汚染しており,そのうちの一つが角膜に感染を起こし,別の一つが保存液から分離された可能性である.もう一つの可能性として,不一致例では,角膜感染株はCL保存液でなく,CLを使用している洗い場などの環境由来と考えることもできる.Bootonら14)は香港のAK患者の角膜擦過物と家の水道水から分離された株は一致しなかったとしている.今回の筆者らの検討では使用環境(洗い場)由来株が1株しかなく,かつその症例では角膜から分離ができていないため,本報告からは除外した.今後,環境由来株も増やして,角膜由来株との一致性について検討していきたい.本研究では,アカントアメーバ分子疫学を行うにあたって,アメーバ株のクローン化と無菌化を行ったが,このように,分離株を保存し,研究資源として活用していくうえでも分子疫学は有用である.今回の分子疫学により,国内AKの起因アメーバのほとんどはT4タイプであったが,特定のシークエンスのタイプには収束せず,近年のわが国のAK増加は,新たな高病原性タイプあるいは株の出現ではなく,以前から環境中に生息していたT4中の多くのシークエンスタイプのアメーバの感染リスクが増加したものであると考えられた.いくつかのシあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012401 ークエンスタイプの異なるアメーバが角膜より高頻度で検出されたが,アメーバ自体の生物学的特性の関与か,地域性(環境,温度など)の違いなのかは不明である.アカントアメーバについては病原因子の解析が十分ではなく,細胞表面への付着に関与するマンノース結合性蛋白や蛋白分解酵素の関与がいわれている15,16)ものの,Tタイピングがそのような性質や病原性と関連するかどうかもまだよくわかっていない.今後は,参加施設数を増やしてアメーバ株をさらに集積し,使用環境からの分離株も増やして分子疫学を継続・拡大し,感染経路,地域差や温暖化による影響などについて検討するとともに,アメーバ株に対する薬剤感受性試験を行い,臨床所見とも比較することによって,臨床病型や治療経過との関連についても検討を加えていく予定である.本研究は厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症研究事業「顧みられない病気に関する研究」「顧みられない寄生虫病の効果的監視法の確立と感染機構の解明に関する研究」の分担研究として行われた.以下のコンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査委員会委員の先生方に多くの有益なご助言をいただきました.ここに深謝致します.石橋康久(東鷲宮病院眼科),植田喜一(ウエダ眼科),稲葉昌丸(稲葉眼科),宇野敏彦(愛媛大学),田川義継(北海道大学),福田昌彦(近畿大学).(敬称略)文献1)NagintonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfectionoftheeye.Lancet2:1537-1540,19742)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの1例─臨床像,病原体検査法および治療についての検討─.日眼会誌92:963-972,19883)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.日眼会誌115:107-115,20114)GastRJ,LedeeDR,FuerstPAetal:SubgenussystematicsofAcanthamoeba:fournuclear18SrDNAsequencetypes.JEukaryotMicrobiol43:498-504,19965)高岡紀子,八木田健司,山上聡ほか:当院で得られたアカントアメーバの遺伝学的分類.眼科52:1811-1817,20106)SchroederJM,BootonGC,HayJetal:Useofsubgenic18SribosomalDNAPCRandsequencingforgenusandgenotypeidentificationofAcanthamoebaefromhumanswithkeratitisandfromsewagesludge.JClinMicrobiol39:1903-1911,20017)LedeeDR,IovienoA,MillerNetal:MolecularIdentificationofT4andT5genotypesinisolatesfromAcanthamoebakeratitispatients.JClinMicrobiol47:1458-1462,20098)YeraH,ZamfirO,BourcierTetal:ThegenotypiccharacterisationofAcanthamoebaisolatesfromhumanocularsamples.BrJOphthalmol92:1139-1141,20089)BootonGC,VisvesvaraGS,ByersTJetal:IdentificationanddistributionofAcanthamoebaspeciesgenotypesassociatedwithnonkeratitisinfections.JClinMicrobiol43:1689-1693,200510)Lorenzo-MoralesJ,Morcillo-LaizR,Lopez-VelezRetal:AcanthamoebakeratitisduetogenotypeT11inarigidgaspermeablecontactlenswearerinSpain.ContactLensAnteriorEye34:83-86,201111)SharmaS,PasrichaG,DasDetal:Acanthamoebakeratitisinnon-contactlenswearersinIndia.DNAtyping-basedvalidationandasimpledetectionassay.ArchOphthalmol122:1430-1434,200412)BootonGC,JoslinCE,ShoffMetal:GenotypicidentificationofAcanthamoebasp.isolatesassociatedwithanoutbreakofAcanthamoebakeratitis.Cornea28:673-676,200913)ZhangY,SunX,WangZetal:Identificationof18SribosomalDNAgenotypeofAcanthamoebafrompatientswithkeratititsinNorthChina.InvestOphthalmolVisSci45:1904-1907,200414)BootonGC,KellyDJ,ChuY-Wetal:18SribosomalDNAtypingandtrackingofAcanthamoebaspeciesisolatesfromcornealscrapespecimens,contactlenses,lenscases,andhomewatersuppliesofAcanthamoebakeratitispatientsinHongKong.JClinMicrobiol40:1621-1625,200215)CaoZ,JeffersonDM,PanjwaniN:Roleofcarbohydrate-mediatedadherenceincytopathogenicmechanismsofAcanthamoeba.JBiolChem273:15838-15845,199816)HurtM,NiederkornJ,Alizadeb,H:EffectsofmannoseonAcanthamoebacastellaniiproliferationandcytolyticabilitytocornealepithelialcells.InvestOphthalmolVisSci44:3424-3431,2003***402あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(114)