《原著》あたらしい眼科30(3):391.395,2013c強膜内陥術後にみられた続発緑内障の1例山本麻梨亜新明康弘新田卓也齋藤航陳進輝石田晋北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野ACaseofSecondaryGlaucomaDevelopedafterScleralBucklingMariaYamamoto,YasuhiroShinmei,TakuyaNitta,WataruSaito,ShinkiChinandSusumuIshidaDepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine半年以上経過した陳旧性の裂孔原性網膜.離の23歳,男性に対し,強膜内陥術を施行した.初回手術でエクソプラントを施行したが,術後再.離がみられたため,再度輪状締結併用インプラントを行い,復位が得られた.しかし,初回手術直後から眼圧上昇をきたし,再手術により網膜が復位した後も高眼圧は続いた.抗緑内障薬を使用し,さらにステロイド薬を中止しても眼圧下降が得られず,初回手術から3週間にわたり高眼圧が持続した.線維柱帯切開術を施行したところ,十分な眼圧下降が得られ,有効であった.A23-year-oldmalediagnosedwithrhegmatogenousretinaldetachmentthathaddevelopedforover6monthswasreferredtoahospital.Afterweperformedscleralbucklingwithasiliconeexplantmaterial,theretinadidnotreattach.Afterthesecondsurgery,inwhichweusedasiliconeimplantcombinedwithanencirclingband,theretinareattached.However,thepatient’socularhypertensiondidnotdecreasefor3weeksafterthefirstscleralbucklingprocedure,despitemaximumanti-glaucomatherapyanddiscontinuationofcorticosteroid.Wethenperformedatrabeculotomy,whichsucceededinreducingtheintraocularpressure,provingtheproceduretobeeffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(3):391.395,2013〕Keywords:裂孔原性網膜.離,強膜内陥術,続発緑内障,トラベクロトミー.rhegmatogenousretinaldetachment,scleralbuckling,secondaryglaucoma,trabeculotomy.はじめに裂孔原性網膜.離眼では,さまざまな機序により眼圧の変化が起こることが知られている.一般的に裂孔原性網膜.離眼では,50%の症例で術前眼圧が低下し,40%は不変,約10%で上昇をきたすといわれている1).眼圧下降の機序として,以前は毛様体機能の低下とされてきたが,近年の研究では,網膜裂孔部から脈絡膜へ流出するmisdirectedflowによる房水流量の減少もその原因と考えられている2).一方,眼圧上昇をきたす機序としては,外傷性緑内障の併発の他に,視細胞外節の前房中への移行によるSchwartz症候群などが知られている3,4).さらに網膜.離に対して強膜内陥術を選択した場合には,特に輪状締結の併用にかかわらず,眼圧上昇が起こる可能性がある5).裂孔原性網膜.離の場合,その緊急性から網膜.離手術が優先して行われることになるが,同時に眼圧に対しても注意を向ける必要がある.今回筆者らは,裂孔原性網膜.離の強膜内陥術後に持続性の高眼圧をきたした症例に対し,線維柱帯切開術(トラベクロトミー)を行い,良好な結果を得たので報告する.I症例患者は23歳,男性.近医を受診した際に左眼の網膜.離を指摘されたが,陳旧性のもので現在は落ち着いているといわれ,約半年間経過観察をしていた.その後本人が不安になり,手術治療を希望したため,当院を紹介された.外傷やアトピー性皮膚炎などの既往歴はなく,家族歴にも特記すべき事項はなかった.当院初診時の視力は,右眼0.3(1.2×sph.3.5D(cyl.1.5DAx10°),左眼0.02(0.07×sph.5.5D(cyl.2.0DAx170°).眼圧は,右眼16mmHg,左眼10mmHgであった.左眼の前房中に細胞がわずかにみられた.左眼眼底は,下方に網膜下索状物を伴った黄斑部にまで及ぶ丈の低い網膜.離があり,鼻上側に原因と思われる萎縮性の円孔と小裂孔がみられた(図1).右眼眼底には異常所見はみ〔別刷請求先〕山本麻梨亜:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野Reprintrequests:MariaYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,N-15,W-7,Kita-ku,Sapporo060-8638,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(105)391網膜下索状物黄斑部を含む丈の低い網膜.離原因裂孔?はっきりした毛様体.離は(ー)網膜下索状物黄斑部を含む丈の低い網膜.離原因裂孔?はっきりした毛様体.離は(ー)図1初診時の眼底チャート10時半の鼻上側に原因と思われる萎縮性の円孔と小裂孔がみられ,黄斑部を含む丈の低い網膜.離がみられた.6時から8時にかけて網膜下に索状物もみられた.られなかった.左眼の裂孔原性網膜.離と診断し,7.5×5.5mmのシリコーンスポンジ(#507,MIRA社)をトリミングして厚みを4mm程度までに減らし,上直筋の下を通して,筋付着部ぎりぎりに寄せて円周状にエクソプラントで置いた.経強膜的に裂孔周囲を冷凍凝固し,網膜下液の排出も行った(図2).手術時に圧迫して眼底を詳細に観察したが,他に裂孔は見つからず,毛様体.離もはっきりしなかった.手術終了時にはデキサメタゾン(デカドロンR)の結膜下注射とオフロキサシン(タリビッドR)眼軟膏と硫酸アトロピン(アトロピンR)眼軟膏の点入を行った.術翌日より40mmHg以上の高眼圧となり,D-マンニトール(マンニットールR)300mlの点滴を1日2回,アセタゾラミド(ダイアモックスR)3錠とL-アスパラギン酸カリウム(アスパラKR)6錠の内服薬を投与した.その他に,レボフロキサシン(クラビットR)点眼を4回,0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム(リンデロン液R)点眼を4回行い,さらに0.0015%タフルプロスト(タプロスR)点眼1回,0.5%マレイン酸チモロール(チモプトールR)点眼を2回,1%塩酸トルゾラミド(トルソプトR)点眼を3回追加した.しかし,40mmHg以上の高眼圧はその後も続いた.初回手術直後は角膜上皮浮腫のために眼底の透見性は不良ではあったが,小裂孔・円孔ともバックル上にのっているようにみえ,明らかな網膜下液の残存はなく,網膜は復位していた.しかし,術後1週間の時点で再.離がみられ,網膜.離は再び下方にまで広がっており,9時から11時にかけて毛様体.離も出現したため,毛様体裂孔の存在を疑った(図3).さら392あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013鼻側上方で排液裂孔を囲むように冷凍凝固#507を薄くトリミングして強膜に3糸マットレス縫合図2初回手術上直筋の下を通して,シリコーンスポンジを筋付着部ぎりぎりに寄せて10時から13時にかけて円周状にエクソプラントで置いた.経強膜的に裂孔周囲を冷凍凝固し,網膜下液の排出も行った.毛様体.離が出現バックルを超えて下方に網膜.離が広がってきた図3再.離時の眼底チャート術後6日目にバックルの範囲を超えて網膜.離が再び広がってきた.新たに9時から11時にかけて毛様体.離が出現した.に,前房中には細胞の浮遊がみられた.再.離後も眼圧は変わらず高いままであった.初回手術から10日後,前回のエクソプラントのシリコーンスポンジを除去し,内直筋下に9mm幅のシリコーンタイヤ(#277,MIRA社)を輪部から3mmのところまで強膜半層切開してインプラントを行った.さらに,輪状締結術を併用した(#270,#240,MIRA社).毛様体.離の部分には冷凍凝固の追加も行った(図4).手術終了時には,前回同(106)様にデキサメタゾンの結膜下注射,オフロキサシン眼軟膏とれた.その後網膜は復位したが,なお40.60mmHgの高眼硫酸アトロピン眼軟膏の点入を行った.術中の所見として,圧は持続した.術後浅前房などはみられなかったが,炎症に10時半の位置に毛様体裂孔が確認され,原因裂孔と同定さよる高眼圧の可能性も考え6),4日間にわたりプレドニゾロン(プレドニンR)30mgの内服を行ったが,眼圧はまったく変化しなかった.術翌日からの急激な眼圧の上昇のため,ステロイドレスポンダーの可能性は低いと考えたが,この可能性も除外するためステロイド薬点眼および内服を中止したが眼圧は変わら図4再手術前回の手術から10日後に,前回エクソプラントしたシリコーンスポンジを除去し,内直筋下にシリコーンタイヤをインプラント,さらに輪状締結術を併用した.毛様体.離の部分にはさらに冷凍凝固の追加も行った.プレドニゾロン30mg内服0.1%ベタメタゾン点眼0.1%ベタメタゾン点眼マンニトールdivアセタゾラミド3T/3×内服0.0015%タフルプロスト1×0.5%チモロール2×0.0015%タフルプロスト1×1%ドルゾラミド3×0.5%チモロール2×強膜を半層切開し#277をインプラント#270を巻き#240で締める3mm毛様体.離の部分に冷凍凝固を追加図5線維柱帯切開術結膜の瘢痕部を避けるように,下耳側に4×4mmの2重強膜弁を作製し,金属製ロトームをSchlemm管に挿入して,Schlemm管内壁および線維柱帯を120°切開した.眼圧(mmHg)706050403020100前房洗浄線維柱帯切開術網膜.離再発網膜復位術②インプラント+輪状締結網膜復位術①エクソプラント010203040100150200経過(日)図6眼圧グラフ経過中の眼圧の推移を示した.初回手術後25日目にトラべクロトミーを,29日目に前房洗浄を施行して,その約4日後より眼圧下降が得られている.(107)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013393図7術後眼底写真網膜は復位している.ず,中止後1週間以上経過しても眼圧は下降しなかった.この時点で高眼圧がすでに3週間以上持続していたため,これ以上の高眼圧は視神経に対して非可逆的な障害を起こす可能性があると判断し,手術療法に踏み切った.すでに2度の網膜.離手術で結膜切開を行っているので,線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)ではなく,耳側下方にトラベクロトミーを行った(図5).術後前房出血が多く眼圧が下降しなかったため,一度前房洗浄を行い,その後眼圧は下降した(図6).術後約半年経過しているが,現在のところ再上昇はみられない.なお,術後27週の最終受診時の視力は,右眼(1.2)左眼(0.1),眼圧は右眼18mmHg,左眼18mmHgで,網膜(,)は復位していた(図7).II考按本症例の眼圧上昇の機序として,①Schwartz症候群,②強膜内陥術による房水の流出障害,③ステロイド緑内障,④もともと緑内障を合併していた,の4つの可能性が考えられる.Schwartz症候群は,前房中に細胞の浮遊がみられ,ステロイド薬に反応しなかった点は一致するが,術前の眼圧上昇がなかった点や網膜復位後も眼圧が正常化しなかった点が異なる.それでもなお,あえてSchwartz症候群として解釈するなら,術前は網膜.離が鋸状縁まで.がれていなかったため,網膜視細胞外節がそれほど多く前房中に遊走せず高眼圧とならなかったが,1回目の強膜内陥術で復位せず鋸状縁周394あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013辺部まで.離が広がってしまったため,さらに多くの網膜視細胞外節が前房中に遊走し,線維柱帯閉塞が増強して眼圧上昇した可能性は否定できない.通常Schwartz症候群では,復位後数日以内に眼圧下降が得られることが多いが,数カ月間抗緑内障薬が必要な症例もあり,この場合も線維柱帯の閉塞が解消されるのにさらなる時間を要したためとも考えられる.また,強膜内陥術は強膜および脈絡膜を圧迫するため,Schlemm管以降の房水流出路(distaloutflowsystem)が障害され,眼圧上昇をきたした可能性もある.しかし,本症例では,線維柱帯およびSchlemm管内壁を切開して房水流出抵抗を減らすトラベクロトミーが奏効したことから,Schlemm管以降の流出路障害があったとは考えにくい.このことは,バックルを置いた象限が小さく輪状締結術を併用しなかった初回手術からすでに眼圧の上昇がみられていたことからも裏付けられる.ステロイド緑内障は,トラベクロトミーが奏効した点については矛盾しない7).しかし,ステロイド薬の内服および点眼中止後もまったく眼圧が下がらなかった点は一致せず,手術終了時のデキサメタゾン結膜下注射の影響が術後2週間以上持続したとも考えにくい.最後に,もともとの緑内障眼に裂孔原性網膜.離が合併した可能性である.つまり,緑内障の高眼圧眼に裂孔原性網膜.離が生じたため,.離が生じていた受診時に眼圧が下がっていた眼が,復位したことで高眼圧に戻った可能性が考えられる.実際,裂孔原性網膜.離眼では,原発開放隅角緑内障が合併している頻度が高いと報告されている8).さらに,発達緑内障の合併に関しては,横井らはSchwartz症候群で網膜の復位後に眼圧上昇をきたした症例を報告し,隅角の形態異常もみられたことから,Schwartz症候群に発達緑内障が合併していたと結論づけている9).筆者らの症例も20歳代と若く,緑内障とすれば原発開放隅角緑内障あるいは遅発性の発達緑内障の可能性が高いが,緑内障の家族歴はなく,両視神経乳頭に緑内障性変化もみられなかった.さらに,術後に確認した隅角にも異常所見がみられなかったことから,本症例ではこの可能性も低いと考えられた.本症例では,最終的に眼圧上昇の原因は特定できなかったが,2度にわたって結膜が切開され,特に2度目の手術では,全周の結膜が切開されていたため,結膜の状態が予後に影響するトラベクレクトミーによる濾過胞維持はむずかしいと考えた10.12).さらに,患者の若い年齢も考慮したうえで,最終的にトラベクロトミーを選択した.筆者らの研究13)では,トラベクロトミー施行例の約11%に前房洗浄を必要としたが,今回の症例でも術後前房出血が多く眼圧が下降しなかったため,前房洗浄を行った.その結果,トラベクロトミーが奏効し,眼圧が正常化した.しかしながら,今後とも注意深(108)い経過観察が必要と考えられた.本論文の要旨は,第21回日本緑内障学会(福岡)で発表した.文献1)宇山昌延:網膜.離と眼圧.眼科MOOK20,網膜.離,p62-68,金原出版,19832)大鹿哲郎:裂孔原性網膜.離患者における房水蛋白濃度の経時変化.日眼会誌94:594-603,19903)SchwartzA:Chronicopen-angleglaucomasecondarytorhegmatogenousretinaldetachment.AmJOphthalmol75:205-211,19734)MatsuoN,TakabatakeM,UenoHetal:Photoreceptoroutersegmentsintheaqueoushumorinrhegmatogenousretinaldetachment.AmJOphthalmol101:673-679,19865)田中住美:輪状締結術後のうっ血.眼科診療プラクティス60,p26,文光堂,20006)河野眞一郎:強膜バックリングと眼圧.眼科診療プラクティス30,p87,文光堂,20097)HonjoM,TaniharaH,InataniMetal:Externaltrabeculotomyforthetreatmentofsteroid-inducedglaucoma.JGlaucoma9:483-485,20008)PhelpsCD,BurtonTC:Glaucomaandretinaldetachment.ArchOphthalmol95:418-422,19779)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:発達緑内障にSchwartz症候群を合併した1例.眼科48:265-268,200610)TheFluorouracilFilteringSurgeryStudyGroup:Fiveyearfollow-upoftheFluorouracilFilteringSurgeryStudy.AmJOphthalmol121:349-366,199611)StomperRL:LateFailureofFilteringBleb.GlaucomaSurgicalManagement,Volume2,p239-242,SAUNDERS,UK/USA,200912)SalmonJF,KanskiJJ:Trabeculectomy.Glaucoma,ThirdEdition,p139-149,Butterworth-Heinemann,UnitedKingdom,200413)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodified360-degreesuturetrabeculotomytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglaucoma:apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,2012***(109)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013395