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トラボプロスト点眼液からトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液への変更

2012年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(11):1559.1562,2012cトラボプロスト点眼液からトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液への変更青木寧子*1南雲はるか*2井上賢治*2富田剛司*3*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科OcularHypotensiveEffectandSafetyofTravoprost0.004%/TimololMaleate0.5%FixedCombination,SwitchedfromTravoprost0.004%Alonefor3MonthsYasukoAoki1),HarukaNagumo2),KenjiInoue2)andGojiTomita3)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の眼圧下降効果と安全性を前向きに検討する.対象および方法:トラボプロスト点眼液を単剤使用し,眼圧下降が不十分な原発開放隅角緑内障患者33例33眼を対象とした.トラボプロスト点眼液を中止し,washout期間なしでトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更した.変更前と変更1,3カ月後の眼圧を比較した.副作用を来院時ごとに調査した.結果:眼圧は変更前16.9±3.3mmHg,変更1カ月後15.2±3.0mmHg,変更3カ月後14.8±3.0mmHgで,変更後に有意に下降した.4例(12.1%)で副作用が出現した.結論:トラボプロスト点眼液をトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更することで,点眼回数を増やすことなく眼圧が下降し,安全性も良好であった.Purpose:Weprospectivelyinvestigatedtheintraocularpressure(IOP)-decreasingeffectandsafetyoftravoprost/timololmaleatefixed-combinationeyedrops.SubjectsandMethods:Subjectscomprised33patients(33eyes)diagnosedwithprimaryopenangleglaucoma,forwhomtheIOP-decreasingefficacyoftravoprosteyedropmonotherapywasinsufficient.Thetravoprosteyedropswerediscontinued,withnowashoutperiod,andreplacedbytravoprost/timololmaleatefixed-combinationeyedrops.IOPat1and3monthsafterthechangewascompared.Adversereactionswereinvestigatedateachcheck-up.Results:IOPwas16.9±3.3mmHgatthetimeofthechange,15.2±3.0mmHgat1monthafterthechangeand14.8±3.0mmHgat3monthsafterthechange,thepost-changedecreasebeingsignificant.Adversereactionsappearedin4cases(12.1%).Conclusion:Afterswitchingfromtravoprosteyedropstotravoprost/timololmaleatefixed-combinationeyedrops,IOPdecreasedwithoutincreasingadministrationfrequency,andsafetywassatisfactory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1559.1562,2012〕Keywords:トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液,トラボプロスト点眼液,眼圧,副作用,変更.travoprost/timololmaleatefixedcombination,travoprosteyedrops,intraocularpressure,adversereaction,switch.はじめに緑内障治療の最終目標は残存する視野の維持である.視野維持効果が高いエビデンスで示されているのは眼圧下降療法のみである1,2).眼圧下降のために通常は点眼液治療が第一選択である.プロスタグランジン関連点眼液はその強力な眼圧下降作用,全身性副作用が少ない点,および1日1回点眼の利便性により近年緑内障点眼液治療の第一選択薬となっている3).緑内障診療ガイドラインでは,眼圧下降が不十分な症例では点眼液を変更するか,他の点眼液の追加投与を行うことを推奨している4).しかし,多剤併用症例では点眼回数が増えるに伴ってアドヒアランスが低下することが問題である5).そのため同じ1日1回点眼の配合点眼液への変更が最適と考えられる.日本では2010年6月にトラボプロスト点眼液とマレイン酸チモロール点眼液の配合点眼液(デュオト〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(109)1559 ラバR)が発売された.25.0そこで今回,トラボプロスト点眼液を単剤使用中の原発開20.0放隅角緑内障患者を対象に,トラボプロスト・チモロールマ**眼圧(mmHg)15.010.05.00.0レイン酸塩配合点眼液に変更した際の眼圧下降効果と安全性を前向きに検討した.I対象および方法2010年7月から2012年5月までの間に井上眼科病院に変更前変更1カ月後変更3カ月後通院中で,トラボプロスト点眼液を単剤使用中で眼圧下降効図1トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液果が不十分な原発開放隅角緑内障(広義)33例33眼(男性変更前後の眼圧14例14眼,女性19例19眼)を対象とし,前向きに研究を(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet検定,*p<0.0001)行った.平均年齢は63.2±12.9歳(平均±標準偏差)(26.82歳)であった.緑内障病型は原発開放隅角緑内障(狭義)5.0右眼を,片眼症例では該当眼を解析対象とした.使用中のトラボプロスト点眼液(1日1回夜点眼)を中止0.0NS変更1カ月後変更3カ月後し,washout期間なしでトラボプロスト・チモロールマレ図2トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液イン酸塩配合点眼液(1日1回夜点眼)に変更した.点眼液変更後の眼圧下降幅(NS:nonsiginificant)変更前と変更1,3カ月後に患者ごとにほぼ同時刻にGold14例,正常眼圧緑内障19例であった.Humphrey視野の4.0眼圧(mmHg)meandeviation値(MD値)は.8.6±6.5dB(.22.1.0.2dB)3.0であった.トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点2.0眼液変更前の眼圧は16.9±3.3mmHg(12.25mmHg)であった.両眼該当例では眼圧の高い眼を,眼圧が同値の場合は1.0mann圧平眼圧計で同一の検者が眼圧を測定し,比較した25.0NS(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet検定).変更後に来院時ごとに副作用を調査した.有意水準はいずれも,p<0.05とした.本研究は井上眼科病院の倫理委員会で承認され,研究の趣旨と内容を患者に説明し,患者の同意を得た後に行った.眼圧下降率(%)20.015.010.05.0II結果眼圧は変更1カ月後15.2±3.0mmHg,3カ月後14.8±3.0mmHgで,変更前16.9±3.3mmHgに比べて有意に下降した(p<0.0001)(図1).眼圧下降幅は変更1カ月後1.9±1.7mmHg,3カ月後2.1±1.7mmHgで同等であった(図2).眼圧下降率は変更1カ月後10.5±9.9%,3カ月後11.9±9.6%で同等であった(図3).副作用は4例(12.1%)で出現し,変更1カ月後に霧視が2例,光視症が1例,変更3カ月後に角膜上皮障害の悪化が1例であった(表1).霧視の1例で患者の希望によりトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液を中止した.III考按トラボプロスト点眼液単剤で眼圧下降効果が不十分な場合にはb遮断点眼液あるいは炭酸脱水酵素阻害点眼液の追加,他のプロスタグランジン関連点眼液あるいはプロスタグラン1560あたらしい眼科Vol.29,No.11,20120.0変更1カ月後変更3カ月後図3トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液変更後の眼圧下降率(NS:nonsiginificant)表1トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液変更後の副作用副作用発症時期転帰霧視霧視光視症角膜上皮障害悪化1カ月後1カ月後1カ月後3カ月後中止継続継続継続ジン関連薬/チモロール配合点眼液への変更が考えられる.他のプロスタグランジン関連点眼液への変更は,トラボプロスト点眼液に対するノンレスポンダーの症例では効果が期待できる.配合点眼液は併用療法に比べて点眼回数が減り,ア(110) ドヒアランスが向上し,眼圧がさらに下降することが期待される.しかし,トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の点眼回数は1日1回で,本来チモロール点眼液は1日2回点眼なので,眼圧下降効果の減弱が懸念される.つまり,トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液単剤とトラボプロスト点眼液+チモロール点眼液併用との眼圧下降効果が同等なのかが懸念される.筆者らはプロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液を併用中の原発開放隅角緑内障43例に対してトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更し,6カ月間投与した6).眼圧は変更前15.7±2.9mmHgと変更1カ月後15.5±2.7mmHg,3カ月後15.3±3.6mmHg,6カ月後15.8±3.2mmHgで同等であった.大橋らはトラボプロスト点眼液とb遮断点眼液(チモロール点眼液あるいはカルテオロール点眼液)を併用中の原発開放隅角緑内障17例32眼をトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更し,3カ月間投与した7).眼圧は変更前13.8±2.5mmHgと変更1カ月後13.6±2.7mmHg,2カ月後14.0±2.7mmHg,3カ月後13.9±2.4mmHgで同等であった.佐藤らはプロスタグランジン関連点眼液とb遮断点眼液を併用中の原発開放隅角緑内障40例78眼をトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更し,6カ月間投与した8).炭酸脱水酵素阻害点眼液使用症例は継続使用とした.眼圧は,変更前は15.2±3.7mmHg,変更2カ月後は14.3±3.4mmHg,4カ月後は15.0±3.4mmHg,6カ月後は14.1±3.4mmHgで,変更2,6カ月後は変更前に比べて有意に下降した.Hughesらは開放隅角緑内障,高眼圧症,色素性緑内障,落屑緑内障患者をトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(朝点眼)151例とトラボプロスト点眼液(夜点眼)+チモロール点眼液(朝点眼)142例に振り分けた9).投与3カ月後の眼圧下降率はトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液が32.37%,トラボプロスト点眼液+チモロール点眼液が36.38%で同等であった.トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の副作用は充血(12.4%),不快感(5.6%),掻痒感(3.7%),乾燥感(2.5%),角膜炎(2.5%)で,その頻度はトラボプロスト点眼液+チモロール点眼液と同等であった.Schumanらは開放隅角緑内障,高眼圧症,色素性緑内障,落屑緑内障患者をトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(朝点眼)155例とトラボプロスト点眼液(夜点眼)+チモロール点眼液(朝点眼)148例に振り分けた10).投与3カ月後の眼圧下降率はトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液が29.1.33.2%,トラボプロスト点眼液+チモロール点眼液が31.5.34.8%で同等であった.トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の副作用は充血(14.3%),不快感(9.9%),異物感(6.2%),掻痒感(4.3%),乾燥感(3.1%)で,その頻度はトラボプロスト点眼液+チモロール点眼液と同等であった.Grossらは開放隅角緑内障,高眼圧症,色素性緑内障,落屑緑内障患者をトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(朝点眼)322例とトラボプロスト点眼液(夜点眼)+チモロール点眼液(朝点眼)313例に振り分けた11).投与3カ月後の眼圧下降率はトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液が32.37%,トラボプロスト点眼液+チモロール点眼液が36.38%で同等であった.トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の副作用は充血(13.7%),不快感(9.3%),乾燥感(4.3%),異物感(4.0%),掻痒感(4.0%),視力低下(3.1%),霧視(2.5%),角膜炎(2.2%)で,その頻度はトラボプロスト点眼液+チモロール点眼液と同等であった.これらの切り替え試験6.8)や二重盲検並行試験9.11)よりトラボプロスト点眼液+チモロール点眼液の併用とトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の単剤との眼圧下降効果と安全性は同等と考えられる.つぎに,今回の研究と同様にトラボプロスト点眼液をトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更した際の眼圧下降効果についても報告がある12).Pfeifferらは原発開放隅角緑内障,高眼圧症,色素性緑内障51例に対してトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更し,12週間投与した12).眼圧は変更前22.1±2.7mmHgに比べて変更4週間後16.2±2.6mmHg,12週間後15.8±2.4mmHgに有意に下降した.変更12週間後の眼圧下降幅は6.3±2.5mmHgであった.副作用は9例(18%)に出現した.今回の眼圧下降幅と眼圧下降率は1.9.2.1mmHgと10.5.11.9%で,過去の報告12)に比べて低値であったが,変更前眼圧が今回(16.9±3.3mmHg)のほうが過去の報告(22.1±2.7mmHg)に比べて低値であったためと考えられる.一方,トラボプロスト点眼液にチモロール点眼液(1日2回点眼)を追加投与した際の眼圧下降効果についても報告されている13,14).Holloらは高眼圧症,原発開放隅角緑内障,色素性緑内障95例に対してチモロール点眼液を12週間追加した13).眼圧下降幅は3.2±2.4mmHgであった.副作用は28.4%で出現し,睫毛伸長7.4%,充血6.3%,睫毛剛毛5.3%などであった.重篤な副作用として肺炎,丹毒が出現した.Pfeifferらは高眼圧症,原発開放隅角緑内障,色素性緑内障90例に対してチモロール点眼液を12週間追加した14).眼圧下降幅は4.2±2.8mmHg,眼圧下降率は19.6±12.7%であった.副作用は12.9%に出現し,充血5.4%,掻痒感2.2%などであった.今回の研究と過去の報告13,14)を比較すると,眼圧下降幅は今回(1.9.2.1mmHg)のほうが過去の報告(3.2.4.2mmHg)より低値であった.これは今回の変更前眼圧(16.9±3.5mmHg)が過去の報告の追加前眼圧(21.2.21.3mmHg)に比べて低値であった,あるいはチモ(111)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121561 ロール点眼液の点眼回数が異なっていたためと考えられる.トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の副作用として充血,不快感,異物感,掻痒感,乾燥感,角膜炎,視力低下,霧視などが報告されている6.14).また,重篤な副作用は出現しなかったという報告6.12,14)が多く,今回も同様であった.しかし,今回はトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に含まれるb遮断点眼液による血圧や脈拍の変化は評価しておらず,b遮断点眼液による循環器系や呼吸器系の全身性副作用を考慮する必要がある.結論として,日本人の原発開放隅角緑内障に対してトラボプロスト点眼液をトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更することで,点眼回数を増やすことなく眼圧を下降させることができ,安全性も良好であった.しかし,b遮断点眼液が追加されることから循環器系や呼吸器系の全身性副作用の出現に注意する必要がある.本稿の要旨は第23回日本緑内障学会(2012)にて発表した.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)TheAGISInvestigators.TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS):7.Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20003)井上賢治,塩川美菜子,増本美枝子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査2009年度版─薬物治療─.あたらしい眼科28:874-878,20114)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20125)DjafariF,LeskMR,HarasymowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-242,20096)InoueK,SetogawaA,HigaRetal:Ocularhypotensiveeffectandsafetyoftravoprost0.004%/timololmaleate0.5%fixedcombinationafterchangeoftreatmentregimenfromb-blockersandprostaglandinanalogs.ClinOphthalmol6:231-235,20127)大橋秀記,嶋村慎太郎:2剤併用緑内障治療患者に対するトラボプロスト/チモロールマレイン酸点眼剤への切り替え効果の検討.臨眼66:871-874,20128)佐藤出,北市伸義,広瀬茂樹ほか:プロスタグランジン製剤・b遮断薬からトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合液への切替え効果.臨眼66:675-678,20129)HughesBA,BacharachJ,CravenRetal:Athree-month,multicenter,double-maskedstudyofthesafetyandefficacyoftravoprost0.004%/timolol0.5%ophthalmicsolutioncomparedtotravoprost0.004%ophthalmicsolutionandtimolol0.5%dosedconcomitantlyinsubjectswithopenangleglaucomaorocularhypertension.JGlaucoma14:392-399,200510)SchumanJS,KatzGJ,LewisRAetal:Efficacyandsafetyofafixedcombinationoftravoprost0.004%/timolol0.5%ophthalmicsolutiononcedailyforopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol140:242-250,200511)GrossRL,SullivanEK,WellsDTetal:Pooledresultsoftworandomizedclinicaltrialscomparingtheefficacyandsafetyoftravoprost0.004%/timolol0.5%infixedcombinationversusconcomitanttravoprost0.004%andtimolol0.5%.ClinOphthalmol1:317-322,200712)PfeifferN,ScherzerML,MaierHetal:Safetyandefficacyofchangingtothetravoprost/timololmaleatefixedcombination(DuoTrav)frompriormono-oradjunctivetherapy.ClinOphthalmol4:459-466,201013)HolloG,ChiselitaD,PetkovaNetal:Theefficacyandsafetyoftimololmaleateversusbrizolamideeachgiventwicedailyaddedtotravoprostinpatientswithocularhypertensionorprimaryopen-angleglaucoma.EurJOphthalmol16:816-823,200614)PfeifferN:Timololversusbrizolamideaddedtotravoprostinglaucomaorocularhypertension.GraefesArchClinExpOphthalmol249:1065-1071,2011***1562あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(112)

免疫組織化学的所見により毛包上皮腫と診断した1例

2012年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(11):1555.1558,2012c免疫組織化学的所見により毛包上皮腫と診断した1例木村徹*1,2児玉俊夫*1大城由美*3*1松山赤十字病院眼科*2市立宇和島病院眼科*3松山赤十字病院病理ACaseofTrichoepitheliomaDiagnosedbyImmunohistochemicalStudiesToruKimura1,2),ToshioKodama1)andYumiOshiro2)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UwajimaCityHospital,3)DepartmentofPathology,MatsuyamaRedCrossHospital目的:病理組織学的に基底細胞癌に類似した毛包上皮腫の1例を報告する.症例:85歳,女性.右上眼瞼に半球状を呈した淡紅色の腫瘤を認め,摘出した.病理組織学的所見として,腫瘍は表皮から連続性に真皮表層に位置しており左右対称で,腫瘍細胞が網目状に胞巣を形成していた.胞巣中には角質.胞や毛包構造が散見された.腫瘍細胞は基底細胞様細胞で,辺縁部で柵状配列を示しており基底細胞癌に酷似していた.免疫組織化学的検討では,Ki-67陽性細胞はわずかであり,bcl-2は腫瘍胞巣の外層のみに局在がみられた.CD34陽性細胞は腫瘍胞巣周辺の間質に分布していた.以上の組織学的所見から毛包上皮腫と診断した.結論:病理組織学的に基底細胞癌に類似する毛包上皮腫では免疫組織化学的所見が鑑別に有用であった.Purpose:Wepresentacaseoftrichoepitheliomathatwashistopathologicallysimilartobasalcellcarcinoma.Case:Thepatient,an85-year-oldfemale,hadaprotruding,slightlypinkishtumorinherrightuppereyelid.Ongrossexamination,across-sectionoftheremovedtumorshowedasymmetricalarrangementofcystsandtumornests.Histologicalfindingsrevealedcontinuityoftumornestswiththeepidermis;thereweresomehorncystssurroundinglamellarkeratinousmaterialsandabortivehairfollicles.Thetumornests,consistingofbasaloidcellswithperipheralpalisading,weredifficulttodistinguishfrombasalcellcarcinoma.Intheimmunohistochemicalstudies,afewKi-67-positivecellssuggestedcharacteristicsofbenigntumor.Theexpressionofbothbcl-2,stainedonlyintheoutermostlayerofthetumorcells,andCD34,stainedinthemesenchymalcellsadjacenttothetumornest,wasconsistentwiththecharacteristicsoftrichoepithelioma.Conclusion:Immunohistochemicalstudiesprovidethecorrectdiagnosisoftrichoepitheliomaandbasalcellcarcinoma,sincethosehavesomeoverlappinghistopathologicalfindings.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1555.1558,2012〕Keywords:毛包上皮腫,免疫組織化学,Ki-67,bcl-2,CD34.trichoepithelioma,immunohistochemistry,Ki-67,bcl-2,CD34.はじめに眼瞼腫瘍をその由来で分類すると表皮,付属器,神経外胚葉および血管由来に大別される.付属器には毛器官,脂腺および汗腺があり,そのうち毛器官は毛とそれを取り囲む毛包よりなる.毛包系の良性腫瘍として毛包腫,毛包上皮腫,毛母腫(石灰化上皮腫)などの上皮性腫瘍があり,悪性腫瘍としては基底細胞癌があげられる.基底細胞癌は真皮内に腫瘍胞巣を作って増殖し,表皮の基底細胞に酷似しているためにその名があるが,最近では免疫組織化学的および遺伝子学的研究より毛包の毛芽細胞から分化した腫瘍と考えられている1,2).毛包系良性腫瘍のうち,毛包上皮腫はまれな腫瘍で成人の顔面に好発する.毛包上皮腫の病理組織学的特徴として,腫瘍は基底細胞様細胞より構成されるため,ときに基底細胞癌との鑑別が困難なことがあるという点である3.6).今回,筆者らは眼瞼縁に発生した毛包系腫瘍に対して免疫組織化学的検討を行い,毛包上皮腫と診断した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕木村徹:〒798-8510愛媛県宇和島市御殿町1番1号市立宇和島病院眼科Reprintrequests:ToruKimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UwajimaCityHospital,1-1Goten-cho,Uwajima,Ehime798-8510,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(105)1555 I症例患者:85歳,女性.主訴:右上眼瞼腫瘤.既往歴:原発性胆汁性肝硬変.家族歴:特記事項なし.現病歴:約20年前より右上眼瞼の腫瘤を自覚していたが,最近大きくなったために近医を受診して当科を紹介された.初診日:平成22年9月.初診時所見:右眼視力=0.1(1.2×sph+2.5D(cyl.1.0DAx110°),左眼視力=0.2(1.2×sph+2.75D(cyl.1.0DAx80°).眼圧は右眼眼圧=8mmHg,左眼眼圧=10mmHg.両眼図1右上眼瞼腫瘤の細隙灯顕微鏡写真とも前眼部,中間透光体,眼底に特記すべき所見は認められ右上眼瞼に表面平滑で半球状の腫瘤がみられる.abcd図2摘出腫瘤の病理組織学的所見a:摘出腫瘤の病理組織(HE染色,弱拡大).腫瘤は表皮から連続性に真皮表層に位置しており,左右対称であった.腫瘍細胞は網目状の胞巣を形成していた.バーは1mm.b:摘出腫瘤の病理組織(HE染色,強拡大).腫瘍細胞は基底細胞様細胞からなり,胞巣周辺部で柵状構造(黒三角)を示していた.バーは50μm.c:腫瘍内の角質.胞.腫瘍胞巣中に小角質.胞が散見された.バーは50μm.d:毛包への分化.腫瘍胞巣中に毛包構造に類似した部位が存在していた.バーは50μm.1556あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(106) ababcなかった.右上眼瞼外側に直径5mmの半球状で弾性硬,色調は淡紅色の腫瘤を認めた(図1).腫瘍中心部に潰瘍形成は認められなかった.なお,体幹など他の部位に同様の腫瘤形成はみられなかった.経過:初診日と同月に右上眼瞼腫瘍摘出術を施行した.腫瘍周囲は1mm離して腫瘍切除を行い,上方より皮弁を作製し移動させて皮膚欠損部を被覆した.術後は紹介医療機関にて経過観察を行っているが,再発は認めていないということであった.病理組織学的所見:腫瘍は表皮から連続性に真皮表層に位置し,左右対称性で境界明瞭であり(図2a),表皮下に腫瘍細胞が網目状の胞巣を形成していた.腫瘍細胞はN/C比(核/細胞質比)の高い基底細胞様細胞で胞巣辺縁部において柵状配列を示していたが,周囲組織への浸潤性増殖は認められなかった(図2b).なお,腫瘍細胞の核異型性や核分裂像は明らかではなかった.腫瘍胞巣中には小角質.胞が散見され(図2c)毛包構造を示している部位も存在していた(図2d).免疫組織(,)化学的検討として,細胞周期において休止期には存在しないために細胞増殖能の指標として用いられるKi-677),アポトーシス抑制の癌遺伝子で悪性腫瘍において(107)図3摘出腫瘤の免疫組織化学的所見a:Ki-67の局在.Ki-67陽性細胞(矢印)は少数であった(5%以下).バーは50μm.b:bcl-2の局在.bcl-2は腫瘍胞巣の外層のみ局在が認められた(黒三角).バーは50μm.c:CD34の局在.CD34陽性細胞は腫瘍胞巣周辺の間質に分布していた(白三角).バーは50μm.過剰発現するといわれているbcl-27),造血前駆細胞の指標で毛包系腫瘍の鑑別に有用といわれているCD348)の局在について調べた.Ki-67陽性細胞が少ない(5%以下)という結果は悪性である基底細胞癌とは考えにくく,良性腫瘍を示唆した(図3a).bcl-2は腫瘍胞巣外層のみに局在がみられ(図3b),CD34陽性細胞は腫瘍胞巣周辺の間質に分布していた(図3c).bcl-2とCD34の染色パターンが毛包上皮腫における局在と同様の所見を呈していたために7.9),本症例は孤立性毛包上皮腫と診断した.II考按毛包上皮腫はまれな腫瘍で家族性,遺伝性を示す多発性毛包上皮腫と単発的に発症する孤立性毛包上皮腫に分類されるが,病理組織学的に差異はない.毛包上皮腫の発症頻度であるが,Simpsonらは過去30年間で毛包由来の腫瘍は基底細胞癌2,447例に対して毛母腫(石灰化上皮腫)94例,毛包上皮腫18例,毛包腫1例と報告しており,毛包由来の良性腫瘍自体まれな腫瘍であることがわかる6).毛包上皮腫は左右対称性,境界の明瞭な腫瘍で,真皮表層に発生する.毛包上皮腫の特徴は角質.胞を中心にして,基底細胞様細胞からなあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121557 る腫瘍胞巣および未熟な毛包構造より構成されることである.角質.胞は毛包漏斗部への分化を示していると考えられている.同じ毛包系腫瘍である基底細胞癌は正常表皮の基底細胞に類似した腫瘍細胞が増殖することからその名前があるが,増殖しているのは胎生期の毛芽に類似する細胞である.基底細胞癌と毛包上皮腫の鑑別は毛包分化の程度によると考えられるが,基底細胞癌では正常の毛包を模倣する構造は出現しないことで毛包上皮腫とは異なっている.毛包上皮腫はまれに基底細胞癌を併発することがある.その解釈として①毛包上皮腫と基底細胞癌の偶然の併発,②毛包上皮腫と基底細胞癌が同一病変内に混在,③高分化型の基底細胞癌が組織学的に毛包上皮腫に似る,④劇症型の毛包上皮腫が存在する,⑤毛包上皮腫が基底細胞癌にトランスフォームした,との可能性をあげている10,11).そのうえで木村らは毛包上皮腫と基底細胞癌の関連について,基底細胞癌は毛包上皮腫から脱分化した,あるいは基底細胞癌は毛包上皮腫様に分化したという可能性を示唆している10).すなわち,基底細胞癌と毛包上皮腫の間には共通する発症機序が存在すると推測される.上述のようにヘマトキシリン・エオジン染色(以下,HE染色)による病理組織学的所見では毛包上皮腫と基底細胞癌の鑑別が困難な場合があるが,適切な抗体があれば免疫組織化学的手法により鑑別診断が可能となる.本報告でも免疫組織化学的検討を行って毛包上皮腫の診断を進めた.そのうちbcl-2とCD34の毛包上皮腫における診断意義について述べる.Ponieckaらはbcl-2とCD34が毛包上皮腫と基底細胞癌の鑑別に有用なマーカーになりうることを報告している12).bcl-2は毛包上皮腫では腫瘍胞巣の最外層に局在が認められるのに対して基底細胞癌では腫瘍胞巣にびまん性に分布することで鑑別できるとしている.bcl-2はアポトーシス抑制の癌遺伝子で悪性腫瘍において過剰発現することが知られており,毛包上皮腫での限定された局在は最外層の腫瘍細胞がより幼若であることが考えられる.CD34は造血幹細胞の表面に発現する抗原であり,血管内皮細胞のマーカーとしても利用されるが,さらに未分化な間葉系細胞にも発現し,ヒト正常毛包周囲の紡錘型細胞に局在が認められると報告されている8).毛包上皮腫の間質細胞は正常皮膚の毛包周囲の細胞と類似していることより,腫瘍胞巣の辺縁部の間質においてCD34免疫染色で強い染色性を示すことが考えられる.一方,基底細胞癌では染色性がみられないことより毛包上皮腫と基底細胞癌の鑑別に有用なマーカーであると報告されている8,9).毛包上皮腫は,病理組織検査で基底細胞様細胞からなる腫瘍胞巣がみられるために基底細胞癌が鑑別診断にあげられ,個々の腫瘍細胞の形態のみで病理診断を下すのは困難なことがある.その確定診断には免疫組織化学的所見が有用で,HE染色の所見だけでなく総合的に判断する必要がある.文献1)安齋眞一:基底細胞癌─basalcellcarcinomaに関する臨床病理学的ないくつかの問題─.皮膚病診療31:144-149,20092)LeBoitPE:Trichoblastoma,basalcellcarcinoma,andfolliculardifferentiation.Whatshouldwetrust?AmJDermatopathol25:260-263,20033)扇谷晋,斉藤博,平形明人ほか:基底細胞癌が疑われた上眼瞼毛包上皮腫の1例,眼臨96:1228-1230,20024)郷司みちよ,鈴木茂彦,伊藤埋ほか:基底細胞上皮腫との鑑別が困難であった孤立性毛包上皮腫の1例.日形会誌22:215-220,20025)SternbergI,BuckmanG,LevineMRetal:Trichoepithelioma.Ophthalmology93:531-533,19866)SimpsonW,GarnerA,CollinJRO:Benignhair-folliclederivedtumoursinthedifferentialdiagnosisofbasal-cellcarcinomaoftheeyelids:aclinicopathologicalcomparison.BrJOphthalmol73:347-353,19897)AbdelsayedRA,Guijarro-RojasM,IbrahimNAetal:ImmunohistochemicalevaluationofbasalcellcarcinomaandtrichoepitheliomausingBcl-2,Ki-67,PCNAandP53.JCutanPathol27:169-175,20008)KirchmannT-TT,PrietoVG,SmollerBR:CD34stainingpatterndistinguishesbasalcellcarcinomafromtrichoepithelioma.ArchDermatol130:589-592,19949)NaeyaertJM,PauwelsC,GeertsMLetal:CD34andKi-67stainingpatternsofbasoloidfollicularhamartomaaredifferentfromthoseinfibroepitheliomaofPinkusandothervariantsofbasalcellcarcinoma.JCutanPathol28:538-541,200110)木村俊次,稲積豊子,江守裕一:基底細胞腫と思われる病変と孤立性毛包上皮腫の併発例.臨皮57:558-562,200311)WallaceML,SmollerBR:Trichoepitheliomawithanadjacentbasalcellcarcinoma,transformationorcollision?JAmAcadDermatol37:343-345,199712)PonieckaAW,AlexisJB:Animmunohistochemicalstudyofbasalcellcarcinomaandtrichoepithelioma.AmJDermatopathol21:332-336,1999***1558あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(108)

2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ上におけるヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアルロン酸ナトリウムPF点眼液0.1% 「日点」)の安全性

2012年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(11):1549.1553,2012c2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ上におけるヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアルロン酸ナトリウムPF点眼液0.1%「日点」)の安全性小玉裕司小玉眼科医院SafetyStudyofSodiumHyaluronatePFOphthalmicSolution0.1%(NITTEN)for2-WeekFrequentReplacementSoftContactLensWearersYujiKodamaKodamaEyeClinic角結膜上皮障害治療用点眼剤のヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアルロン酸ナトリウムPF点眼液0.1%「日点」,以下,ヒアルロン酸PF点眼液)には防腐剤が添加されておらず,角結膜やソフトコンタクトレンズ(SCL)に対する影響が塩化ベンザルコニウムを防腐剤に使用している点眼液よりも少ない可能性が考えられる.今回,ドライアイを有するボランティアを対象として4種類の2週間頻回交換SCL(アキュビューRオアシスTM,2ウィークアキュビューR,メダリストRII,バイオフィニティR)装用中にヒアルロン酸PF点眼液を点眼した場合の安全性およびSCLへの主成分ならびにホウ酸(ホウ素として)の吸着について検討を行った.その結果,SCL中に主成分およびホウ酸はSCLの種類によって検出されたが検出量はいずれもごく微量であり,フィッティングの変化も認められなかった.また,ヒアルロン酸PF点眼液による角結膜の障害や副作用は認められなかった.医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば,SCL装用上においてヒアルロン酸PF点眼液を使用しても,問題はないものと考えられた.SodiumHyaluronatePFOphthalmicSolution0.1%(NITTEN),whichisusedfortreatingkeratoconjunctivalepithelialdisorders,containsnopreservatives.Itsinfluenceonthekeratoconjunctivaandsoftcontactlenses(SCL)maythereforebelessthanthatofophthalmicsolutionsthatusebenzalkoniumchlorideasapreservative.HealthyadultvolunteerswhotendtohavedryeyewereincludedinthisstudyinvestigatingthesafetyandSCLabsorptionoftheactiveingredientandboricacid(asboron)inSodiumHyaluronatePFOphthalmicSolutioninstilledinwearersof4typesof2-weekfrequentreplacementSCL(2WEEKACUVUER,MedalistRII,ACUVUEROASYSTM,BiofinityR).ResultsshowedthatactiveingredientandboricaidweredetectedineachtypeofSCL;however,thelevelsdetectedwereverylowandnochangewasobservedintheSCLfitting.Furthermore,nokeratoconjunctivaldisordersorotheradverseeffectswereobserved.Withsufficientperiodicinspectionsunderadoctor’ssupervision,theuseofSodiumHyaluronatePFOphthalmicSolutioninthepresenceofSCLisconsideredsafe.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1549.1553,2012〕Keywords:ヒアルロン酸ナトリウム点眼液,2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ,防腐剤,ホウ酸,副作用.sodiumhyaluronateophthalmicsolution,2-weekfrequentreplacementsoftcontactlens,preservative,boricacid,adverseeffect.はじめにいかという検討に関してはこれまでに多くの報告がある1.13).コンタクトレンズ(CL)装用上において点眼液を使用するしかし,点眼液には防腐剤以外にも主薬剤のほかに,等張化ことによって,点眼液に含まれる防腐剤が眼障害をきたさな剤,緩衝剤,可溶化剤,安定化剤,粘稠化剤などが含まれて〔別刷請求先〕小玉裕司:〒610-0121京都府城陽市寺田水度坂15-459小玉眼科医院Reprintrequests:YujiKodama,M.D.,KodamaEyeClinic,15-459Mitosaka,Terada,JoyoCity,Kyoto610-0121,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(99)1549 いる.そのなかで,防腐剤フリーの点眼液にも等張化剤あるいは緩衝剤として含まれているホウ酸による眼障害の検討も必要と考え,筆者はこれまでにヒアルロン酸PF点眼液の各種1日使い捨てソフトコンタクトレンズ(SCL)装用上点眼における安全性およびCLへの主成分ならびにホウ酸の吸着について検討を行い,医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば問題がないことを報告した14).今回はヒアルロン酸PF点眼液の各種2週間頻回交換SCL装用上点眼における安全性およびCLへの主成分ならびにホウ酸の吸着について検討を行ったので,その結果について報告する.I対象および方法1.対象ならびに使用レンズSCLの使用が可能なドライアイ傾向を示すボランティア5名(年齢30.45歳,平均35歳,女性5名)を対象とした.なお,被験者には試験の実施に先立ち,試験の趣旨と内容について十分な説明を行い,同意を得た.2週間頻回交換SCLのなかから従来素材の含水性SCLとして2ウィークアキュビューR,メダリストRII,シリコーンハイドロゲルSCLとしてアキュビューRオアシスTM,バイオフィニティRの計4種類のレンズを装用させた(表1).2.方法被験者の両眼にSCLを装用させた後,ヒアルロン酸PF点眼液を1回2滴,2時間間隔で6回,両眼に点眼した.SCLのケア用品としては角膜上皮障害が少ないコンプリートRプロテクトを使用させた15).2週間経過して最終点眼10分後に被験者の両眼からSCLを装脱し,回収したSCLの1枚は主成分の精製ヒアルロン酸ナトリウム定量用とし,他方の1枚はホウ酸定量用とした.a.精製ヒアルロン酸ナトリウムの定量被験者から装脱・回収したSCLを1枚ずつカルバゾール硫酸法による発色法(紫外可視吸光度測定法)によりSCLに吸着していた精製ヒアルロン酸ナトリウムを定量した.b.ホウ酸(ホウ素)の定量被験者から装脱・回収したSCLをICP(inductivelycoupledplasma)発光分光分析によりSCLに吸着していたホウ酸をホウ素として定量した.3.涙液検査試験開始前に涙液層破壊時間(BUT)と綿糸法を実施した.4.自覚症状点眼開始前,点眼開始1週間後,試験終了時に掻痒感,異物感,眼脂について問診した.5.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前と点眼開始1週間後と試験終了後にフルオレセイン染色による角結膜の観察と眼瞼結膜および眼球結膜の充血,浮腫,乳頭の観察を行った.点眼開始前,点眼開始1週間後,試験終了SCL装脱前にSCLフィッティング状態の判定を行った.6.副作用投与期間中に発現した症状のうち,試験薬との因果関係が否定できないものを副作用とした.II結果自覚症状については点眼開始後試験終了時までにおいて,特に異常を訴える症例はなかった.涙液検査については,綿糸法では正常領域であった.BUTは1眼で4秒,1眼で3秒の症例がある以外は正常領域であった.試験開始前において,5人10眼中3人4眼にドライアイと推察される下方に局在する微小な点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)が認められた.経過観察中,試験前に認められたSPKと同様なドライアイによると推察される下方に局在した微小なSPKが認められる症例は散見されたものの,点眼などによる副作用で認められるようなびまん性のSPKは認められなかった.以下に各SCLに吸着した精製ヒアルロン酸ナトリウム,ホウ酸の定量結果(表2)と,細隙灯顕微鏡検査によって観察された結果を記す.表1使用レンズ使用レンズFDA(米国食品・医薬品局)分類2ウィークアキュビューRグループIVメダリストRIIグループIIアキュビューRオアシスTMグループIバイオフィニティRグループI酸素透過係数Dk値:〔×10.11(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕2822103128含水率(%)58593848中心厚(.3.00D)(mm)0.0840.140.070.08直径(mm)14.014.214.014.01550あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(100) 表2SCLから検出された主成分およびホウ酸量使用SCL検出量(μg/SCL)精製ヒアルロン酸ナトリウムホウ素(ホウ酸として)2ウィークアキュビューR平均値±SDNDNDNDNDND─5.8(33.2)NDNDNDND5.8(33.2)メダリストRII平均値±SDNDNDNDNDND─NDNDNDNDND─アキュビューRオアシスTM平均値±SDNDNDNDND15152.6(14.9)1.6(9.2)3.6(20.6)3.1(17.7)1.8(10.3)2.5±0.8(14.3±4.6)バイオフィニティR平均値±SD1411NDNDND12.5NDNDNDNDND.検出限界(μg/SCL)100.2(1.1)SD:標準偏差,ND:検出限界以下.1.2ウィークアキュビューRa.SCLから検出された主成分およびホウ酸量主成分の精製ヒアルロン酸ナトリウムは5検体すべて検出限界以下であった.ホウ酸は5検体中1検体から検出され,吸着量は33.2μg/SCLであった.b.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前に比べSCL装用中,装脱直後において症状が悪化した症例は認められず,SCLフィッティング状態も良好であった.10眼中2眼(いずれも試験開始前にSPKが認められた症例)においてSPKが認められたが,その程度は試験開始前と変化はなかった.2.メダリストRIIa.SCLから検出された主成分およびホウ酸量主成分のヒアルロン酸ナトリウム,ホウ酸ともに5検体すべて検出限界以下であった.b.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前に比べSCL装用中,装脱直後において症状が(101)悪化した症例は認められず,SCLフィッティング状態は良好であった.10眼中すべてにSPKは認められなかった.3.アキュビューRオアシスTMa.SCLから検出された主成分およびホウ酸量主成分の精製ヒアルロン酸ナトリウムは5検体中1検体から検出され,吸着量は15μg/SCLであった.ホウ酸は5検体とも検出され,吸着量の平均は14.3±4.6μg/SCLであった.b.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前に比べSCL装用中,装脱直後において症状が悪化した症例は認められず,SCLフィッティング状態も良好であった.10眼中1眼(試験開始前にもSPKが認められた症例)においてSPKが認められたが,その程度は試験開始前と変化はなかった.4.バイオフィニティRa.SCLから検出された主成分およびホウ酸量主成分の精製ヒアルロン酸ナトリウムは5検体中3検体が検出限界以下,1検体が14μg/SCL,1検体が11μg/SCLであった.ホウ酸は5検体すべて検出限界以下であった.b.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前に比べSCL装用中,装脱直後において症状が悪化した症例は認められず,SCLフィッティング状態も良好であった.10眼中1眼(試験開始前にもSPKが認められた症例)においてSPKが認められたが,その程度は試験開始前と変化はなかった.III考按現在市販されている点眼液の60%には防腐剤として塩化ベンザルコニウム(BAK)が含まれているといわれている16).その他の防腐剤としてはパラベン類,クロロブタノールなどがある.筆者はBAKを含有した点眼液およびパラベン類,クロロブタノールを含有した点眼液をCL装用上において点眼させ,その安全性について検討し,問題がないことをこれまでに報告している17.19).しかし,点眼液には防腐剤以外にも添加物が含有されており,特にホウ酸は防腐剤フリーの点眼液においても等張剤や緩衝剤として配合されているため,CLへの吸着を検討しておく必要があると思われる.前回,ヒアルロン酸PF点眼液の各種1日使い捨てSCL装用上点眼における安全性およびSCLへの主成分ならびにホウ酸の吸着について検討を行い,医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば問題がないことを報告した14).今回はヒアルロン酸PF点眼液の各種2週間頻回交換SCL装用上点眼における安全性およびSCLへの主成分ならびにホウ酸の吸着について検討を加えた.東原はホウ酸を含んだBAKフリーの人工涙液に各種SCLを4時間浸漬するとレンズの種類によっては,その直径が変化することを発表(東原尚代:ソフあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121551 トコンタクトレンズと点眼液の相互作用.第64回日本臨床眼科学会のモーニングセミナー,2010.神戸)している.このことはレンズのフィッティングに変化をもたらす可能性を示唆したものである.しかし,前回の1日使い捨てSCLを使用した試験と同様に,今回の2週間頻回交換SCLを使用した試験においても,1回2滴の2時間間隔,1日6回点眼においてはレンズのフィッティングに影響は認められなかった.これまでにもCLを点眼液に浸漬してCL内における防腐剤の吸着量を測定した実験報告12)がなされているが,このような過酷な状況下における実験系と実際にCLを装用させて点眼液を使用させて行う臨床的な実験系では,後者は涙液動態による点眼液の希釈が経時的に行われているという点で,結果がかなり異なってくるものと推察する.実際,点眼した防腐剤の涙液中濃度は15分以内で1/10以下になるという報告がある16).日本におけるCLの市場においては,現在1日使い捨てSCLや2週間頻回交換SCLが増加傾向にありSCL市場の大半を占めるまでになった.また,1日使い捨てSCLや2週間交換SCLにも新しい素材であるシリコーンハイドロゲルを導入したものが市販されており普及が進んでいる.シリコーンハイドロゲルSCLは従来型素材のSCLの欠点である酸素透過性を改善するため,酸素透過性に優れたシリコーンを含む含水性の素材であるシリコーンハイドロゲルを用いることにより,低含水性でありながら高酸素透過性を実現したCLである.これにより,従来型ハイドロゲルSCLで問題となっていた慢性的な酸素不足による角膜障害や眼の乾燥感を軽減することが可能となった.しかし,シリコーンハイドロゲルSCLは従来型SCLと素材,表面処理,含水率などが異なるため,点眼液の主成分や添加物のCLへの吸着が異なる可能性が考えられる20).今回,ヒアルロン酸PF点眼液を用いて,シリコーンハイドロゲルSCLを含む4種類の2週間頻回交換SCL装用上点眼における安全性およびSCLへの主成分ならびにホウ酸の吸着について検討を行った.その結果,主成分である精製ヒアルロン酸ナトリウムはアキュビューRオアシスTMにおいて1検体に,バイオフィニティRにおいて2検体に吸着を認めた.1日6回点眼におけるヒアルロン酸ナトリウムの総量から考えると吸着したヒアルロン酸ナトリウムの量は5%以下であった.ホウ酸はSCLの種類によって検出されたが,検出量はいずれもごく微量であり,1日6回点眼におけるホウ酸の総量から考えると吸着したホウ酸およびホウ素量は1%以下であった.主成分の精製ヒアルロン酸ナトリウムの定量法はカルバゾール硫酸法による発色法(紫外可視吸光度測定法)を実施し,試料として直接CLを試験に供した.また,CL装用中の点眼使用によるSPKの悪化やCLフィッティング状態に異常は認められず,副作用も認められなかった.1552あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012以上の結果より,医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば,2週間頻回交換SCL装用上においてヒアルロン酸PF点眼液を使用しても,問題はほとんどないものと考えられた.文献1)岩本英尋,山田美由紀,萩野昭彦ほか:塩化ベンザルコニウム(BAK)による酸素透過性ハードコンタクトレンズ表面の変質について.日コレ誌35:219-225,19932)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,19893)平塚義宗,木村泰朗,藤田邦彦ほか:点眼薬防腐剤によると思われる不可逆的角膜上皮障害.臨眼48:1099-1102,19944)山田利律子,山田誠一,安室洋子ほか:保存剤塩化ベンザルコニウムによるアレルギー性結膜炎─第2報─.アレルギーの臨床7:1029-1031,19875)GassetAR:Benzalkoniumchloridetoxicitytothehumancornea.AmJOphthalmol84:169-171,19776)PfisterRR,BursteinN:Theeffectofophthalmicdrugs,vehiclesandpreservativesoncornealepithelium:Ascanningelectronmicroscopestudy.InvestOphthalmol15:246-259,19767)BursteinNL:Cornealcytotoxicityoftopicallyapplieddrugs,vehiclesandpreservatives.SurvOphthalmol25:15-30,19808)高橋信夫,向井佳子:点眼剤用防腐剤塩化ベンザルコニウムの細胞毒性とその作用機序─細胞培養学的検討─.日本の眼科58:945-950,19879)島﨑潤:点眼剤の防腐剤とその副作用.眼科33:533538,199110)濱野孝,坪田一男,今安正樹:点眼薬中の防腐剤が角膜上皮に及ぼす影響─涙液中LDH活性を指標として─.眼紀42:780-783,199111)中村雅胤,山下哲司,西田輝夫ほか:塩化ベンザルコニウムの家兎角膜上皮に対する影響.日コレ誌35:238-241,199312)水谷聡,伊藤康雄,白木美香ほか:コンタクトレンズと防腐剤の影響について(第1報)─取り込みと放出─.日コレ誌34:267-276,199213)河野素子,伊藤孝雄,水谷潤ほか:コンタクトレンズと防腐剤の影響について(第2報)─RGPCL素材におけるBAKの研究─.日コレ誌34:277-282,199214)小玉裕司:ソフトコンタクトレンズ装用上におけるヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアルロン酸ナトリウムPF点眼液0.1%「日点」)の安全性.あたらしい眼科29:665668,201215)小玉裕司,井上恵里:各種MultipurposeSolution(MPS)の角膜上皮に及ぼす影響.日コレ誌53:補遺S27-S32,201116)中村雅胤,西田輝夫:防腐剤の功罪.眼科NewSight②点眼液─常識と非常識─(大橋裕一編),p36-43,メジカルビュー社,199417)小玉裕司,北浦孝一:コンタクトレンズ装用上における点眼使用の安全性について.あたらしい眼科17:267-271,(102) 2000上におけるアシタザノラスト水和物点眼液(ゼペリン点眼18)小玉裕司:コンタクトレンズ装用上におけるアシタザノラ液)の安全性.あたらしい眼科26:553-556,2009スト水和物点眼液(ゼペリン点眼液)の安全性.あたらしい20)植田喜一,柳井亮二:シリコーンハイドロゲルコンタクト眼科20:373-377,2003レンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬.あたら19)小玉裕司:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用しい眼科25:923-930,2008***(103)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121553

各種抗アレルギー点眼薬の含水性ソフトコンタクトレンズの含水率に及ぼす影響

2012年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(11):1545.1547,2012c各種抗アレルギー点眼薬の含水性ソフトコンタクトレンズの含水率に及ぼす影響佐野研二*1,2工藤寛之*3三林浩二*3望月學*2*1あすみが丘佐野眼科*2東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野*3東京医科歯科大学生体材料工学研究所センサ医工学分野InfluencesofAnti-AllergyEyedropsonWaterContentofHydrophilicSoftContactLensesKenjiSano1,2),HiroyukiKudo3),KohjiMitsubayashi3)andManabuMochizuki2)1)AsumigaokaSanoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity,3)DepartmentofBiomedicalDevicesandInstrumentation,InstituteofBiomaterialsandBioengineering,TokyoMedicalandDentalUniversityソフトコンタクトレンズ(SCL)上からの点眼の影響について調べるため,イオン性SCLと非イオン性SCLを抗アレルギー点眼薬に浸漬した後の含水率の変化を測定した.クロモグリク酸ナトリウム,トラニラスト,アシタザノラスト,塩酸レボカバスチン点眼薬への浸漬後の含水率は,イオン性SCL(含水率58%)の場合,それぞれ,61.6±0.2%,67.1±0.3%,47.8±1.0%,53.3±0.4%で,非イオン性SCL(含水率69%)では,68.3±0.5%,61.9±0.3%,68.8±0.5%,67.5±0.5%であった.含水率の変化には点眼薬のpHや浸透圧が関係していた.SCL,特にイオン性SCLの上からの点眼は,レンズの形状,すなわちフィッティングに影響を与える可能性が示唆された.Toassesstheinfluenceofeyedropapplicationwithahydrophilicsoftcontactlens(SCL)inplace,wemeasuredchangesinwatercontentofionicandnon-ionicSCLsaftertheyweresoakedinanti-allergyeyedrops.Aftersoakinginsodiumcromoglicate,tranilast,levokabastinehydrochlorideoracitazanolasthydrateeyedrops,SCLwatercontentwas61.6±0.2%,67.1±0.3%,47.8±1.0%and53.3±0.4%inthecaseoftheionicSCLs(watercontent:58%),and68.3±0.5%,61.9±0.3%,68.8±0.5%and67.5±0.5%inthecaseofthenon-ionicSCLs(watercontent:69%),respectively.ThevariationsinwatercontentcanbeassociatedwitheyedroppHandosmoticpressure.TheseresultssuggestthateyedropinstillationwithSCLinplacemaychangeSCLshapeandfitting.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1545.1547,2012〕Keywords:イオン性ソフトコンタクトレンズ,非イオン性ソフトコンタクトレンズ,含水率,点眼薬,pH.ionichydrophilicsoftcontactlens,non-ionichydrophilicsoftcontactlens,watercontent,eyedrop,pH.はじめに以前,筆者らはイオン性ソフトコンタクトレンズ(SCL)の含水率が,消毒システムのソリューションのpHによって変化することを報告した1).そこで,今回は,点眼薬によって,SCLの含水率がどのように変化するかを調べ,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法点眼薬は,市販されている,クロモグリク酸ナトリウム2%点眼薬,トラニラスト0.5%点眼薬,0.1%アシタザノラスト水和物点眼薬,0.025%塩酸レボカバスチン点眼薬を用いた.つぎに,含水率58%のヒドロキシエチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体からなるイオン性SCL,および含水率69%のポリビニルアルコール製非イオン性SCLを生理的食塩水に浸した後,それぞれの点眼薬2.5mlに8時間浸漬し,ATAGO社製SCL用含水率計CL-2HおよびCL-2Lを用いて浸漬前後の含水率を3回ずつ測定した.また,それぞれの点眼薬のpHをHORIBA社製pHメーターtwinpHB-212を使用して3回測定した.〔別刷請求先〕佐野研二:〒267-0066千葉市緑区あすみが丘1-1-8あすみが丘佐野眼科Reprintrequests:KenjiSano,M.D.,Ph.D.,AsumigaokaEyeClinic,1-1-8Asumigaoka,Midori-ku,ChibaCity267-0066,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(95)1545 1020607080前ムト物ン10206070801020607080前ムト物ン1020607080含水率(%)含水率(%)50504040303000図1イオン性SCLと点眼薬浸漬後の含水率II結果点眼薬浸漬前のSCLの含水率は,イオン性SCL(メーカー公表含水率58%)が59.0±0.2%,非イオン性SCL(メーカー公表含水率69%)が69.9±0.2%であった.イオン性SCLの点眼薬浸漬後の含水率は,クロモグリク酸ナトリウムで61.6±0.2%,トラニラストで67.1±0.3%と有意に上昇し,アシタザノラストと塩酸レボカバスチンでは,それぞれ47.8±1.0%,53.3±0.4%と有意に低下した(図1)(MannWhitneyのU検定p<0.05).一方,非イオン性SCLでは,クロモグリク酸ナトリウム,トラニラスト,アシタザノラスト,塩酸レボカバスチン点眼薬の順に68.3±0.5%,61.9±0.3%,68.8±0.5%,67.5±0.5%で,トラニラスト点眼薬で有意に低下した(図2)(Mann-WhitneyのU検定p<0.05).また,クロモグリク酸ナトリウム点眼薬,トラニラスト点眼薬,アシタザノラスト水和物点眼薬,塩酸レボカバスチン点眼薬のpHの実測値は,それぞれ,5.5±0,7.5±0,5.5±0,7.1±0であった.III考按以前,SCL消毒システムにおいて,消毒中のSCL含水率の経時変化を測定した際,今回と同じ材料のイオン性SCLにおいて,溶液が酸性時に含水率が下降し,アルカリ性時には含水率が上昇したため,この含水率の変化はイオン性材料内のメタクリル酸同士の帯電による反発の程度がpHに敏感に反応したためと考察した(図3)1).今回の結果も,イオン性SCLにおけるアルカリ性のトラニラストでの含水率上昇,酸性のアシタザノラストの含水率低下,また,非イオン性SCLでのクロモグリク酸ナトリウム,アシタザノラスト,塩酸レボカバスチンで含水率が,ほとんど変わらなかったこ1546あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012図2非イオン性SCLと点眼薬浸漬後の含水率ポアサイズCH3CH2CCH2CCH3COO-H+反発COO-H+図3メタクリル酸含有材料イオン性SCLによく使用されるメタクリル酸は,カルボキシル基同士が水素イオンを電離し,マイナスに帯電することにより反発しあって含水率を稼いでいる.酸性では電離の割合が低くなって反発が小さくなり,アルカリ性では電離の割合が高くなって反発が大きくなる.とは,メタクリル酸含有の有無と,そのpHによる帯電の程度の変化によるためと説明できた.しかし,その一方で,点眼薬のpHだけでは説明のできない結果もいくつか見受けられた.まず,イオン性SCLにおける酸性のクロモグリク酸ナトリウムにおける含水率上昇とアルカリ性の塩酸レボカバスチンにおける含水率低下についてであるが,クロモグリク酸ナトリウム,トラニラスト,アシタザノラスト水和物点眼薬,塩酸レボカバスチン点眼薬の生理的食塩水に対するメーカー公表浸透圧比が,それぞれ0.25,0.9.1.1,約1,2.8.3.8で,クロモグリク酸ナトリウムが低張方向に,また,塩酸レボカバスチンが高張方向に大きく外れており,浸透圧が含水率に影響を与えた可能性があった.高分子材料は架橋レベルを上げるほど硬くなり2),そのフレキシビリティは同じ材料であってもバラエティに富んでいる.今回,実験に用いたイオン性SCL材料は非常にフレキシビリティが高く,また,日常装用などで含水率が変化した後,マルチパーパスソリューションによる含水率回復が(96) 図4アシタザノラスト水和物点眼薬浸漬後のイオン性SCL直径14.2mm(白矢印)から13.3mm(黒矢印)へ変化した.遅いことが報告されており3),硬く,高分子構造上しっかりとした非イオン性のポリビニルアルコール製SCLに比べて,浸透圧による含水率変化の後も,その影響が残ったためと考えた.つぎに,非イオン性SCLにおいて,浸透圧比が約1.0であるトラニラスト点眼薬で有意に低下したことについては,この点眼薬に添加されているホウ酸とポリビニルアルコールの親和性によるものと考えた.ポリビニルアルコールでは,その機械的性質や耐水性向上を目的として少量のホウ酸添加がしばしば行われ,ここでホウ酸は架橋剤として働き,この分子を介してポリマー同士が連結されることが報告されている4).今回の実験は,SCL消毒システムのソリューションへの浸漬試験1)にならって行ったため,実際のSCL上からの点眼に比べると非常に厳しい条件下のものといえる.しかしながら,SCL材料と点眼薬の相互作用によっては,SCLの含水率変化,すなわち形状変化を起こす可能性が示唆され(図4,5),今後,筆者らは臨床上,SCL上からの点眼がフィッ図5トラニラスト点眼薬浸漬後のイオン性SCL直径14.2mm(白矢印)から15.2mm(黒矢印)へ変化した.ティングに影響を与えるか否かについて,詳細に検討していく必要がある.本論文の内容は第110回日本眼科学会総会で発表した.文献1)佐野研二:イオン性素材─何が問題なのか─.あたらしい眼科17:917-921,20002)佐野研二,所敬,鈴木禎ほか:フッ素系非含水性ソフトコンタクトレンズ用素材の研究.日コレ誌36:196200,19943)CabreraJV,VelascoMJ:Recoveryofthewatercontentofhydrogelcontactlensesafteruse.OphthalmicPhysiolOpt25:452-457,20054)山田和彦,安藤慎治,清水禎:高磁場固体NMR法を用いたポリビニルアルコールにおけるホウ酸架橋構造の解析.PolymerPreprints,JapanVol60,No1:654,2011***(97)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121547

わたしの工夫とテクニック 涙嚢鼻腔吻合術鼻外法における安全な骨窓作製が可能な骨膜剝離子

2012年11月30日 金曜日

あたらしい眼科29(11):1535.1537,2012わたしの工夫とテクニックあたらしい眼科29(11):1535.1537,2012わたしの工夫とテクニックMyDesignandTechnique涙.鼻腔吻合術鼻外法における安全な骨窓作製が可能な骨膜.離子SafeBoneOstiumCreationinExternal-Dacryocystorhinostomy,要約今回作製した両端の骨膜.離子は,一方は平型で上顎骨の骨膜.離に,もう一方はL字型で骨窓作製に特化した形状になっており,涙.窩の縫合線に差し込み小窩をあけることができる.涙.鼻腔吻合術鼻外法の骨窓作製の一方法として,この器具とロンジャーを組み合わせれば,ソノペットやドリルなどの電動器具を使わなくても手術が可能である.また,上顎骨裏側の鼻粘膜を損傷せずに骨窓を作製できるという利点がある.キーワード:涙.鼻腔吻合術鼻外法,骨窓,骨膜.離子,ロンジャー.はじめに涙.鼻腔吻合術(DCR)鼻外法は,DCRを行う術者であるならば,必ず習得しておいてほしい術式である1,2).骨窓の作製時に,ソノペットやドリルなどの電動器具を使わなくても可能なオーソドックスな方法として,骨ノミの使用がある2,3).しかし,ノミは先端が鋭いために,上顎骨内側に存在する鼻粘膜を損傷する危険性がある4).今回,筆者が作製したのは,安全に骨窓を開けることのできる骨膜.離子である.その開発経緯と使用経験につき述べる.I開発の経緯DCR鼻外法は,特殊で高価な電動器具がなくても完遂できる手術である2).ソノペットやドリルなどを使用するのは,骨窓形成の部分であり,ここを手動で行うことにすれば,高価な電動器具を購入する必要はない.今回開発したのは,先端が鈍なL字型をした骨膜.離子である.着想の発端は,筆者がシンガポール留学中に経験したDCR手術である.乱暴にペアンの先で涙骨を穿破する方UsingNewSurgicalRaspatorium中内一揚*全長:17cm図1全長約17cmの中内式骨膜.離子の全貌(M-2018)(上)と,骨窓作製時に特化したL字型形状の先端(左下)および平型骨膜.離子の形状(右下)法5)もあるが,注目したのが骨窓形成時に,Traquair’speriostealelevatorという両端がL字型になった骨膜.離子を使って手術を行う方法である6).この器具を使うことで,鼻粘膜を損傷せずに骨窓を開ける「とっかかり」を得ることができる.この.離子はSpeedwaySurgicalCo.(India)が販売しているが,日本には代理店がなく購入がむずかしい.そのため,筆者はこの.離子を改良し,先端形状をさらに骨窓作製用に特化し,もう一方の先端は平型の骨膜.離子とした(図1).II対象平成22年4月から平成24年3月の2年間に当院にてDCR鼻外法を施行した12例14眼に,この骨膜.離子を用いて手術を施行した.*KazuakiNakauchi:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕中内一揚:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(85)1535 b図4CT所見a:術前,b:術後.右上顎骨,涙骨が大きく欠損している(白丸).今回の方法で作製した骨窓である.b図4CT所見a:術前,b:術後.右上顎骨,涙骨が大きく欠損している(白丸).今回の方法で作製した骨窓である.III手術方法全例,全身麻酔下で行った.1%リドカイン塩酸塩・アドレナリン注射液〔(1%キシロカインR注射液「1%」エピレナミンR(1:100,000)含有〕を注射して5分後,内眼角内側1cmの点より約30°外下方に向かう長さ2cmの直線皮膚切開を真皮に至る深さで行った.皮下の眼輪筋を先端が鈍な剪刀で.離し,眼角動脈を傷害しないように注意しながら,骨膜を露出する.骨膜を涙.窩に沿って約2cm切開する.今回開発した骨膜.離子の平型端を使用して骨膜を.離する(図2a).4-0ナイロン糸を使用して,腸丸0番針で骨膜から皮膚に通糸して通常6糸で牽引・展開する.涙.を持ち上げながら,涙.窩にL字型端を差し込み,涙骨-上顎骨の縫合線を探し出す.そこに先端を差し入れて,同時に裏側にある鼻粘膜を押し下げるようにする.このあと,縫合線周囲の薄い骨を押しつぶす感じで穿破する(図abc図2各種器具の使用方法a:平型骨膜.離子の使用方法.骨と骨膜の間に先端を差し入れて上顎骨涙.稜の骨膜を浮かせている.b:L字型骨膜.離子の使用方法.縫合線に先端を差し入れて,その部分を押し破るようにする.固い場合はてこのように使用する.上顎骨裏側の鼻粘膜を傷害しないようにエッジは鈍になっている.c:ロンジャーの使用方法.bで開けた小孔にロンジャーの先端を差し込み,上顎骨を削り取る.1536あたらしい眼科Vol.29,No.11,20122b).もう少し固い場合は,テコの原理で破砕する.直径約5mmの穴が開けば,そこに彫骨器(BoneRongeurForceps:以下,ロンジャー)を差し込み骨窓を拡大する(図2c).ロンジャーの大きさは,骨の厚みに応じて変える(当科ではKatenaProduct社製を使用,図3).骨窓を約7mm×10mmに広げ,ささくれた骨梁をきれいにすれば作業は終了である.あとは型どおり鼻粘膜と涙.とをH型に切開して粘膜同士を結び前弁・後弁を作製する.粘膜腔の確保のために,シリコーンヌンチャクチューブ(NST)を挿入する.最後に骨膜を縫合し,皮膚縫合をして手術を終了する.IV結果14例中13例で,今回開発したL字型骨膜.離で骨窓を開けることができた(成功率93%).ただし,1例では,涙骨図3ロンジャーの全貌(KatenaK7-1801)握ると先端が縮むように設計されている.a(86) および上顎骨が厚く,縫合線に先端を差し込むことができなかった.この場合は,骨ノミ(永島医科器械株式会社製)を使用して手術を完遂することができた.また,DCRの成功率であるが,術後2週間でNSTを自己抜去してしまった1例を除き,流涙は改善した(成功率93%).今回の方法でDCR手術を施行した症例の術前・術後のCT(コンピュータ断層撮影)写真を示す(図4).術後には右上顎骨に大きめの骨窓が作製されているのが確認できる.V考按DCR鼻外法は鼻内法が内視鏡などの機器を必要とするのに対し,ほとんど電気機器を使用しなくても手術が可能な方法である.しかし,骨窓作製の手技に関しては1975年発刊の手術書にもドリル(エアトーム)が載っていることもあり7),かなり以前より電気機器による掘削が行われていたことがわかる.大事なことは上顎骨の裏側にある鼻粘膜を穿破しないようにすることである2).最近になり超音波式骨掘削機(ソノペット,日本ストライカー社製)の使用が,術野の確保および,粘膜保護に有効であると報告された8).しかし,この機械は高価で,使用頻度を考えると眼科で購入するのはむずかしい.今回,筆者が開発したのは,シンガポールにて経験した手術法6)からヒントを得て作製した骨膜.離子である(図1).なお,もともとの器具はTraquair’speriostealelevatorといい,両端がやや長さを変えたL字型になっているが,骨窓作製においてはどちらが使いやすいという区別はなかった.そのため,筆者は片端をL字型とし,さらに丸みと厚みを加えて,鼻粘膜を保護しかつ縫合線を穿破しやすいようにし,またもう一端を小型の平型骨膜.離子として,涙.稜付近の骨膜.離に使用できるようにした.現在イナミより中内氏式骨膜.離子として発売されている(M-2018).この.離子とロンジャーがあれば,骨窓が作製可能である.当科で使用しているロンジャーは,KatenaProduct社のK7-1801.3であり,下から上にかじり取るタイプのものである(図3).この形状は好みに応じて使い分けてよいと考える.今回作製した骨膜.離子は,DCR鼻外法の骨窓作製時に使用する特別な器具である.この器具が皆様のお役に立てればと考えている.追記:本稿の内容は,第1回日本涙道・涙液学会(2012)で発表した.文献1)中村泰久:涙.鼻腔吻合術.眼科診療プラクティス80,p66-69,文光堂,20022)上岡康雄:涙.・鼻涙管閉塞の標準的治療(涙.鼻腔吻合術:DCR鼻外法).眼科手術24:160-166,20113)宮崎千歌:涙.鼻腔吻合術(DCR).眼科マイクロサージェリー第6版,p123-128,エルゼビアジャパン,20104)佐々木次壽,加納晃:ホルミウムYAGレーザーを用いた涙.鼻腔吻合術鼻外法の経験.眼科40:103-107,19985)TseDT,HuiJI:Dacryocystorhinostomy.ColorAtlasofOculoplasticSurgery2ndedition,p257-270,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,20116)WongTY:Oculoplasticandorbitaldisease.TheOphthalmologyExaminationsReview2nd,p345-387,WorldScientific,20117)三井幸彦:涙.鼻腔吻合術.眼科手術の手ほどき(第三版),p62-66,金原出版,19758)Siviak-CallcottJA,LindvergJV,PatelS:Ultrasonicboneremovalwiththesonopetomni.ArchOphthalmol123:1595-1597,2005SUMMARYSafeBoneOstiumCreationinExternal-Dacryocystorhinostomy,UsingNewSurgicalRaspatoriumKazuakiNakauchiDepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicineWehavedevelopedanewraspatoriumforexternal-dacryocystorhinostomy(DCR).Thisinstrumenthastwofunctionalends,oneofwhichisasquarehead;theotherisL-shaped.Thesquareheadisusedasaperiosteumscraperoverthemaxilla;theL-shapedheadisspecializedforbreakingthesuturelinebetweenlacrimalboneandmaxillaboneatthelacrimalfossa.Withthehelpofrongeurforceps,abigboneostiumismadewithoutdamagetothenasalmucosa.ElectricaldevicessuchasSonopetorbonedrillarenotneeded.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1535.1537,2012〕Keywords:external-dacryocystorhinostomy(DCR),boneostium,raspatorium,rongeur.Reprintrequests:KazuakiNakauchi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-city,Hyogo663-8501,JAPAN(87)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121537

My boom 10.

2012年11月30日 金曜日

監修=大橋裕一連載⑩MyboomMyboom第10回「大澤俊介」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す連載⑩MyboomMyboom第10回「大澤俊介」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す自己紹介大澤俊介(おおさわ・しゅんすけ)岡波総合病院眼科・三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学私は三重県津市に生を受け,長崎大学医学部卒業後,平成9年に三重大学眼科学教室に入局しました.大学病院と市中病院を行ったり来たりの勤務を経て,現在は伊賀忍者の里にある岡波総合病院で網膜硝子体手術にドップリ浸かりながら忍んでいます.大阪と名古屋という大都市に挟まれた三重という穏やかな土地に生まれたためか,性格は温厚そのもの(「嘘だ.」という声が聞こえますが…)で人との出会いが何よりの生きる潤滑剤と考えています.眼科のMyboom①<Pneumaticcontrol>私のlifeworkとなっているmicro-incisionvitrectomysurgery(MIVS)は,手術手技,手術装置・器具,手術アジュバントの進歩とともにさらに低侵襲かつ洗練した手術へと進化を続けています.まさに今,本当の意味でのminimallyinvasivevitrectomysurgery:MIVSへと昇華されようとしており,その発展・成熟期に直面しているといっても過言ではないと思います.その中で現在,私はpneumaticcontrolの器具にお熱を上げており(死語でしょうか?),まさにMyboomとなっています.MIVSにおけるpneumaticcontrolとはフットペダルで噴出ガス圧をコントロールし,そのガス圧でforceps(鉗子)やscissors(剪刀),その他の器具を動かします.端的にいえばフットペダルで器具の開閉などを行(83)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYうシステムです.通常,forcepsは膜などを把持するときに当然ながら手で器具を握り込む必要があり,その折に少しでも力みが出るとブレが起こりますし,操作の角度によっては非常に得手が悪い局面があります.そこでpneumaticforcepsを使用すると手で器具を握り込む操作がありませんので,あたかも硝子体カッターを操作しているかのような感覚で,力みなく得手も気にせず膜把持・.離操作が可能となります.私も最初はフットペダルで器具を操作するというだけであたかもおもちゃのマジックハンドを操作するかのようなイメージをもっていましたが,現在のフットペダルのセンサーはかなり優秀で踏み込み量に応じてリニアかつスムーズに器具の開閉が行えます.今ではこのブレのない感覚がERM(網膜上膜)やILM(内境界膜)の.離操作での最良のパートナーとなっていますし,増殖膜の処理ではフットペダルの踏み込み量の50%をforcepsに,残り50%をscissorsに振り分けてbi-manual(双手法)操作で.離・切除を進めることができ,安全・確実かつ手の疲れがなく(生来の怠け者で…)長時間の操作が可能な点も気に入っています.皆様も機会があればpneumaticcontrolを是非ともお試しください.眼科のMyboom②<勉強会>数年前から“自称”若手の診療に燃える眼科医たちを中心にいくつかの勉強会を行っています.形式は少人数での症例提示&ディスカッション(叩き合い)のものから,数十名規模の講演会&ディスカッション(やさしい叩き合い)のものまでさまざまですが,積極的なディスカッションを中心に行うことで生の意見を戦わせ,お互いの知識・技術のブラッシュアップとコミュニケーションをより深めることを目的としています.<勉強会>というと堅苦しい感じがしますが,本当にフランクに志をあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121533 〔写真1〕勉強会(祭り)の後,戦友(仲間)たちと〔写真1〕勉強会(祭り)の後,戦友(仲間)たちともった多くの眼科医と交流できるこうした場はいつも新しい出会いと発見に溢れており,そして会を重ねるごとに心に熱い思いが込み上げる素敵なMyboomです.もちろん勉強会(祭り)の後もその余韻(飲み会)が夜中まで続くことはいうまでもありません(写真1).プライベートのMyboom<美味しい出会い>もちろん勉強あってのことですが…,学会参加の醍醐味の一つとしてグルメ探訪は外せない要素だと思います.そこで私が積極的に選んでいるのが同世代の店主が営むまさに「これから」(もうすでに有名店なことも多々ありますが…)のお店です(写真2).われわれ医師も患者さんに育てられますが,お店も客とともに育っていくその成長・変遷を一緒に体感するのはなかなかおつなもので,こうして通うようになったお店は間違いのないホ〔写真2〕同い年の店主と「青空:はるたか」にてスピタリティをいつも提供してくれます.勉強に疲れた頭に爽快なインパクトをもって疲れを癒やしてくれる私のMyboom<美味しい出会い>を皆様にもお勧めします!次回のプレゼンターは岐阜の小國務先生です.小國先生はMyboomの<勉強会>でいつもともに学ぶ仲間で,クールで熱く少年のような心をもった先生です.きっと素敵なMyboomを紹介されると思います.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.☆☆☆1534あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(84)

現場発,病院と患者のためのシステム 10.システムを導入すると手間が軽減されるって本当?

2012年11月30日 金曜日

連載⑩現場発,病院と患者のためのシステム連載⑩現場発,病院と患者のためのシステムベンダ(システムを提供する会社)は,システシステムを導入すると手間が軽減されるって本当?ムを導入すると作業が迅速に進み,効率化されるという決まり文句で勧めてきます.証拠として導杉浦和史*入事例をいくつか挙げ,かつ,導入先の見学もできますと付け加えることも忘れません.しかし,導入されていることと,実感できる効果をあげて情報システムを導入すると,そのシステムがカバーする業務が効率よく処理され,人が減る,あるいは余った要員を忙しい部門に再配置できるという期待があります.昭和40年代後半から50年代後半にかけた大型汎いることは別物です.また,導入先を見学する際には,「効果が出ています」といわざるを得ない立場の,“導入を決めた責任者”が対応することを理解しておく必要があります.用コンピュータを使った黎明期の情報システムは,確かに目に見える量的な効果がありました.それは,大量/一括/繰り返しという,コンピュータが最も得意とし,人間には不得意な単調な作業を繰り返す業務がシステム化の対象だったことが大きな理由です.しかし,今までの仕事の仕方を見直さないままシステムに写し取ってコンピュータで処理するという単純な発想で効果が出るような業務のシステム化は,製造業など他業種では,経営層が無関心,無理解でない限り,もはや残されていません.一方,医療機関には,依然として多種多様な各種帳票,伝票,メモがあり,これを人間力で処理する業務がたくさん残っていて,システム化による効果が期待できます.しかし,今の仕事の仕方を変えずにそのままシステム化することは避けなければなりません.システムを導入すると手間が軽減されることを実感するにはどうしたらよいのでしょう.そのためには,BPR(BusinessProcessRe-engineer-ing)と呼ばれる作業を行わなければなりません.MITのマイケル・ハマー教授が提唱した,アカデミックな定義がありますが,実務家の筆者らは,シンプルに,“過去に引きずられず,原点に立ち返って業務の内容,手順を見直し,改革すること”と理解しています.同じ仕事,環境に長い間ひたっていると,意識・無意識を問わず,それが当たり前となり,常識を形成してしまいます.この常識が,その世界にいない人には非常識に映ります.常識の逆転現象ですが,病院関係者に「この常識を変えなければ,サービスレベルを維持・向上しつつ,病院スタッフの負荷軽減,患者満足度向上は実現できない,だから変えましょう」と提案しても,なかな(81)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYか受け入れてもらえません.BPRの前に意識改革が必要な所以です.どうして非効率な仕事は引き継がれてしまうかを過去のコンサルティグ経験から考えてみると,おおよそ以下のような経過をたどっているようです.①何もわからない②教えてもらい,少しずつ業務がわかるようになる③何でこうなっているのか?と疑問に思うことがある④発言してみるが取りあってもらえない,あるいは生意気と思われるので止める⑤不本意に思いつつも,そのまま流される⑥そのうち,慣れてくる⑦慣れてくると,別段問題がないように思えてくる⑧非効率な仕事のやり方がそのまま温存される⑨自分が教える立場になるが,そのまま教える⑩非効率な仕事のやり方が継承されるまた,次のような問題もあります.①医師を頂点とする権威のピラミッド構造から来る,事なかれ主義の蔓延②今の仕事のやり方を考えてきたプライドをもつベテラン層の存在③BPRによって既得権を制限される層の存在これらが,改革の足を引っ張ることはしばしば経験す*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121531 あるべき姿・危機感・必然性・意識改革《引き上げ要因》・予算,時間の制約・事なかれ主義・守旧派,ベテラン層の抵抗《バイアス要因》あるべき姿・危機感・必然性・意識改革《引き上げ要因》・予算,時間の制約・事なかれ主義・守旧派,ベテラン層の抵抗《バイアス要因》プロセス1プロセス2プロセス3プロセス4プロセス5①何を処理するプロセスか②絶対必要か③なければ,何が(誰が)どう困るか,その頻度は④前後のプロセスで重複している機能はないか⑤それは前後の,あるいは他のプロセスを改善することで吸収できないかプロセス1プロセス2プロセス3プロセス5プロセス4がなくなっても作業品質には影響がないプロセス1+aプロセス3プロセス5プロセス1の仕事のやり方を改善・改革し,図1BPRの成否を分ける綱引きの構図プロセス2を吸収する新プロセス1プロセス3プロセス5図2BPRの考え方るところです.しかしながら,これを排除しなければBPRを成功裏に終わらせることはできません(図1参照).過去,医療制度改革,後期高齢者医療制度発足などの受診抑制策,診療報酬改定の影響で,閉鎖せざるを得なかった民間病院が出たことがありましたが,ある事象を危機と捉えるかどうか,また,実行可能な具体策を採るか採らないかで明暗が分かれます.この危機を敏感にキャッチしてBPRを進め,BPR済みの業務の中からコンピュータで処理して効果が期待できるものを選んでシステムを整備した病院があります.この病院は,他院が深刻な来院者減になっている状況下で,逆に増えたという実績があり,BPRとシステムが具体的な効果をあげた事例として知られています.さて,BPRを行うのは難しいのでしょうか.アカデミックな視点での研究はともかく,それほど難しいものではないというのが筆者の経験からいえることです.図2に示すように,シンプルに考えることをお勧めします.ここでポイントになるのは,①を説明してもらい,畳みかけるように②の絶対必要か?という質問をすることです.現場の看護師,検査員,医事会計の担当者は「必要です」というに違いありません.しかし,それを鵜呑みにしていたらBPRはできません.必要といわれることを承知で質問し,③で必要とする裏付けを取ります.「昔からそうしていた」という回答があれば,前述1532あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012BCBCBCA削減削減30分40分10分待つ20分待つA患者3患者2患者1ABCBCBCAAABCBCBCAA患者3患者2患者1A図3順番の見直しの①.⑩の経過をたどった仕事に該当し,BPRの効果が出てくる可能性があります.現在当院では,院内業務を総合的にシステム化するHayabusaプロジェクトが推進されていますが,BPRの実践例がいくつもあります.来院した患者さんは,問診,検査,診察,処置,会計などさまざまなプロセスを経て帰ります.このプロセス,守らなければならないものを考慮しつつ適宜順番を変え,待っている間に別のことができないかを検討したものが図3です.このBPRの結果はHayabusaに実装されています.なお,青の点線で示す順番は,総時間は変わらないものの,待たずに検査してもらえた,1回待たされただけだったという,気分的な満足を感じてもらうことを狙った場合です(患者3).(82)現状

タブレット型PCの眼科領域での応用 6.タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用-その3-

2012年11月30日 金曜日

シリーズ⑥シリーズ⑥タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第6章タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用─その3─■視覚障害者の生活が変わるタブレット型PCの拡張性今回は,私が代表を務める“GiftHands”が提案するタブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用法について紹介していきたいと思います.本章ではさまざまなアプリや周辺機器を活用することでタブレット型PCが,ロービジョンエイドとしてどのように活用できるかを患者たちの生の声とともに紹介していこうと思います.なお,原則的に私が現在,GiftHandsの活動や実際に外来で扱っているタブレット型PCは“新しいiPadR(米国AppleInc)”と“iPhone4SR(米国AppleInc)”,iOSバージョン6.0です(2012年9月30日現在).■私のロービジョンエイド活用法「便利アプリ編」タブレット型PCやスマートフォンが普及した理由の一つは,安価で役に立つアプリケーションソフトウェア(以下アプリ)が多数存在していることです.タブレット型PCやスマートフォン用のアプリ開発は比較的容易なため,ユーザーの視点でのアプリを主婦や学生が開発して人気を得ることもあります.このような背景で日々生まれ続けるアプリの中には,ロービジョンの患者にとっても非常に有用なアプリが無数に存在しています.このようなアプリの中で私の患者が特に興味深い活用法をされていたアプリを紹介させていただきます.1.LightDetector(EveryWareTechnologies)カメラに写る風景の明るさをリアルタイムに音の高さで表現するシンプルな感光器アプリです.ある全盲の患者は,「このアプリのお陰で電気の消し忘れがなくなりました.光の見えない私にとって光を音として感じられ(79)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYる喜びは非常に大きいです」と,ちょっとした電気の消し忘れも,全盲の方には毎日の生活の中で悩みの種となるのです.このような便利アプリが非常に安価にかつタブレット型PC上で即座に購入できることもスマートフォンやタブレット型PCのアプリの最大の利点であるといえます(2012年9月30日現在).2.ColorIdentifier(GreenGarStudios)カメラに写る対象物の色を判読して読み上げてくれる色識別アプリです.色の識別精度はそれほど高くありませんが,このアプリの予想外な使い方を患者は教えてくれました.「これを使ってから,靴下の組み合わせを間違えることがなくなったよ.目が不自由でもオシャレはしたいからね」と,一人暮らしのこの患者はアプリで靴下の組み合わせが間違っていないか,読み上げられた色が同じかどうかで判断するのだというのです.何色かではなく,同じ色かを判定するのにはこのアプリの精度でも十分に機能するのだということです.日々の生活の中にある小さな悩みを聞き逃さないことこそ,タブレット型PCやスマートフォンをロービジョンエイドとして生かす指導が行えるかの最大のコツといえるのではないでしょうか.大阪府立視覚支援学校では,上記のアプリを組み合わせて全盲の学生に金環日食を体感させるなど,独創的かつ創造性が高い実証実験を行っています(図1).このように既成概念にとらわれない学校が出現して来ていることは,社会全体がタブレット型PCやスマートフォンをロービジョンエイドの新しい形として認識し始めた証拠といえます.アイデア一つで見えなくても感じることのできるさまざまなアプリが,非常に安価に手に入ることは重症度によらず視覚の障害で生活に不便を感じるすべての人にとって,何よりの朗報といえるのではないでしょうか.あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121529 図2テンキー入力が可能な携帯型充電器図1全盲の生徒が,金環日食を聴覚や温度感覚を使って観測する(大阪府立視覚支援学校HPより転載)大阪府立視覚支援学校のHP:http://www.osaka-c.ed.jp/mou/ipad/ipad2012/ipad1.html■私のロービジョンエイド活用法「便利グッズ編」タブレット型PCがロービジョン患者専用の機器ではないことの利点は,周辺機器が充実していることからもいえます.タブレット型PCで問題となるのは,凹凸を触知できないタッチパネルによるキーボードの入力操作です.システムのバージョンアップに伴い音声入力による文字認識の精度はきわめて向上していますが,それでもすべての入力を音声で行うのは困難です.キーボードを目視しないで入力するブラインドタッチに慣れて来た患者にとって,タブレット型PCのタッチパネル式のキーボードを使うのが困難なのは事実です.しかし,タブレット型PCではBluetoothという近距離無線通信機能を利用した,外付けのさまざまなキーボードを使用することが可能です.また,同様の通信機能を利用して携帯電話に一般的に使用されているテンキー入力が可能な,スマートフォンやタブレット型PC用の携帯型充電器(図2)なども発売されており,より多くの患者のニーズを満たすことが可能になってきています.キーボード入力一つをとっても,周辺機器の多さはタブレット型PCが一般社会に広く普及する汎用性の高い機器であるからこそ成立するといえます.「一般の人が使っている機器だから,外出時に操作がわからなくなった時に隣の人に聞けるのよ.特に海外でも聞けるのは本当に助かるわ」「一般の家庭用品だから欲しいと思った時にすぐ電気屋で買える.買うのに手続きが多く,手に入れるのに時間がかかるのであれば,欲しい気持ちは冷めてしまいますよ」と,私のセミナーに参加した患者は笑顔でそう語っていました.ロービジョンの患者にとって一般の人と同じ物を使えることの重要性は計り知れないのです.患者のニーズを満たすアプリや周辺機器の組み合わせのヒントは,彼らの発する言葉の中にしか見つかりません.彼らの言葉に耳を傾けることで見えてくる気づきとそこから生まれる多くのアイデア,私はそれらを得るためにGiftHandsの活動を続けています.本文中に紹介しているアプリなどはすべてGiftHandsのホームページ内の「新・活用法のページ」に掲載されていますので,ご活用いただけたら幸いです.http://www.gifthands.jp/service/appli/また,本文の内容に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」にていつでも受けつけていますので,お気軽にご連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆1530あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(80)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 114.MIVS関連の周辺部医原性裂孔(初級編)

2012年11月30日 金曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載114114MIVS関連の周辺部医原性裂孔(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●MIVS関連の周辺部医原性裂孔MIVS(minimallyinvasivevitreoussurgery)の普及により,硝子体手術中の周辺部医原性裂孔形成の頻度は大幅に減少しているものと思われる.MIVSではトロカールを使用するので,器具の挿入が容易となり,基底部硝子体に不用意な牽引が作用しにくくなったことが最大の理由と考えられる.しかし,MIVSの周辺器機が多様化するに従い,今までにはみられなかった合併症をまれに経験するようになってきた.●シャンデリア照明による医原性周辺部裂孔MIVSでは4ポートで23ゲージ(G)や25Gのシャンデリア照明を装着して眼底の視認性を向上させることが多い.トロカールから挿入するシャンデリア照明のなかには,先端が結構長い機種も市販されている.術中に術野がより明るくなるようにシャンデリア照明の向きを助手に調節してもらうことがあるが,このときに先端を不用意に立てすぎると,先端で周辺部網膜を損傷することがある(図1).通常はこのような合併症はまず生じないが,助手が無意識に先端を押し込みながら過度に立てると,網膜に接触しうるので注意が必要である.●医原性鋸状縁断裂トロカールを使用する最大の利点は,前述したように以前の20G硝子体手術時にときどき生じた医原性鋸状縁断裂の発症頻度を激減させたことと考えられる.しかし,『硝子体手術のワンポイントアドバイス(10)医原性鋸状縁断裂(初級編)(Vol.21,p361)』でも記載したように,高度に混濁した陳旧性の硝子体出血例(図2)では,基底部硝子体が基質化して弾力性が低下しているため,MIVSでもまれに医原性鋸状縁断裂が生じることがある(図3).この場合は基質化した硝子体出血の一部がトロカール内に嵌入し,器具の挿入時にやや抵抗を感じることがある.このようなときには無理をせず,対側の強膜創から硝子体カッターを挿入し,トロカール先端の出血を切除してから,器具を再挿入する必要がある.また,術中にトロカールが外れて再挿入する際にも注意が必要である.図1シャンデリア照明による周辺部医原性裂孔助手がシャンデリア照明を押し込みながら過度に立てすぎたため,先端で網膜を損傷したと考えられる.図2医原性鋸状縁断裂が生じやすい症例陳旧性の基質化した混濁の強い硝子体出血は,医原性鋸状縁断裂が生じやすい.図3MIVS(23G)の術中に生じた医原性鋸状縁断裂トロカールに嵌入した硝子体を牽引することで,基底部硝子体後縁に医原性鋸状縁断裂が生じたものと考えられる.(77)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215270910-1810/12/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 143.遺伝子から病態へのアプローチ

2012年11月30日 金曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第143回◆眼科医のための先端医療山下英俊遺伝子から病態へのアプローチ荒川聡(九州大学大学院医学研究院眼科学分野)はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)をはじめ,緑内障,高度近視,ぶどう膜炎などの眼科疾患と遺伝子との関連が多く報告されるようになっています1.4).いわゆる一つの遺伝子異常で生じる単一遺伝子疾患ではなく,年齢や生活習慣などの環境要因が一因となる多因子疾患での遺伝子の役割が注目される時代です.疾患と関連する遺伝子同定のための方法は,家系や双生児を用いた連鎖解析に始まり,現在では全ゲノムを対象に包括的な関連解析を行うゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)や,GWASを複数集めたメタ解析などの報告が散見されるようになりました5,6).本稿では,遺伝子研究から疾患の本質である病態にいかにアプローチするかということを,加齢黄斑変性のGWASを用い説明します.加齢黄斑変性に対するGWASから得られたこと欧米に比べ,日本を含むアジアでは滲出型AMDの有病率が高いという背景に着目し,九州大学および理化学研究所を中心とし,日本人の滲出型AMDのみを患者群として,総計2万人のサンプルを用いてGWASおよび追試研究(replicationstudy)を行いました.その結果,表1に示すように,新規に2つの一塩基多型(SNP)を同定し,それらのうち,より関連の強いSNPは8番染色体上のrs13278062であることを報告しました(オッズ比1.37倍,統合p値1.03×10.12).このSNP周辺の詳細なタイピングを行った結果,図1のLDブロック(SNP間の関連を表示した図)に示すように,このSNPは黒点線で囲まれた領域を代表するマーカーSNPであり,この領域に存在するTNFRSF10AとLOC389641遺伝子が候補遺伝子として考えられました.この2つの遺伝子発現をデータベース上で確認したところ,TNFRSF10A遺伝子産物の発現は網膜で認められているのに対し,LOC遺伝子の発現は確認されていないため,この領域における疾患関連遺伝子はTNFRSF10A遺伝子であると考えました.また,このSNPはTNFRSF10A遺伝子の397ベース上流に位置しており,この場所は遺伝子の発現をコントロールするプロモーター領域であることが報告されています.TNFRSF10A遺伝子は,腫瘍壊死因子受容体スーパーファミリー10Aのことで受容体蛋白の一つです.この受容体にリガンドであるTRAILが結合すると,カスパーゼを介したアポトーシスの誘導や,また別の経路として転写因子であるNFkBを介して炎症性サイトカインの誘導を促し,炎症を惹起させることが報告されています7).それでは,このSNPがAMD発症にどう関与しているのでしょうか.前述のとおり,このSNPはTNFRSF10Aの発現量を調整するプロモーター領域に位置するため,この受容体蛋白の発現の増減に関与していることが推測できます.GWASの結果,AMD患者群はコントロール群に比表1GWASおよび追試研究の結果SNP対立危険遺伝子研究症例数患者群対照群対立危険遺伝子頻度患者対照群性年齢調整後p値オッズ比rs132780628番染色体Tゲノムワイド関連解析追試研究8277013,32315,5650.4170.4170.3430.3462.46×10.68.19×10.81.411.35統合1.03×10.121.37rs17139854番染色体Gゲノムワイド関連解析追試研究8277083,32315,5690.3330.3290.2860.2829.03×10.55.71×10.51.341.27統合2.34×10.81.30GWASと追試研究の結果を統合すると,ゲノムワイドレベルな有意水準(5.0×10.8)を満たすSNPを2つ同定しました.(73)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215230910-1810/12/\100/頁/JCOPY ………………..(Mb)CHMP7LOC389641TNFRSF10ATNFRSF10DTNFRSF10CAge,sex-adjustedpvalue………………..(Mb)CHMP7LOC389641TNFRSF10ATNFRSF10DTNFRSF10CAge,sex-adjustedpvalue図1rs13278062と滲出型AMDとの関連この図の上段は,横軸に8番染色体のゲノムの位置,縦軸に疾患との関連の強さを示し,下の段の赤い図はLDプロットとよばれ,それぞれのSNPの連鎖不平衡を示している.rs13278062はこの領域のマーカーSNPであり,疾患関連遺伝子はTNFRSF10A遺伝子であると考えた.このSNPはTNFRSF10A遺伝子の397ベース上流に位置し,この場所はTNFRSF10A遺伝子の発現量を調節するプロモーター領域と報告されている場所である.(文献1より引用)べ,このSNPのTアレルをもつ頻度が多いことがわかっており,このTアレルはGアレルに比べTNFRSF10Aの発現量を減少させると報告されています8).しかし,この論文で使用している細胞は,膀胱癌細胞,線維芽細胞,子宮頸癌細胞を用いた結果であり,網膜細胞での検討は報告されていません.現在行っている機能解析のうち,ルシフェラーゼアッセイを用いて,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞での発現量のアレルによる差を検討中ですが,仮にRPE細胞での発現もTアレルをもつと減少することが確認されたのなら,どのような機序でAMD発症につながっていくのでしょうか.TNFRSF10AとTRAILが結合すると,アポトーシス経路および細胞増殖・炎症経路に働きかけ,それぞれの経路にスイッチを入れることとなります.通常であれば,この2つの経路を促す,つまりTNFRSF10A/TRAILの複合体が増えることによって炎症を惹起しAMD発症につながると考えますが,今回の結果では,1524あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012TNFRSF10Aの発現量が減少することによって,発症しやすくなるという結果がGWASから得られました.この結果について,まずは発現量の変化をRPE細胞を用いて確認するところから,機能解析を進めています.おわりに遺伝子というと,研究者のみの話であって,とっつきにくい分野だと感じている方が多いと思います.しかし,近年のゲノム研究の進歩により,遺伝子と疾患の全容が明らかにされつつあります.このような,疾患と関連する遺伝子を探す研究の目的は,最初のドミノを倒すことだと感じています.これまで想像もしていなかった蛋白質が,病態と関連しているという事実が“いきなり”現れます.今後の研究で2つ目,3つ目のドミノが倒れることによって,病態解明のための一つの重要なアプローチ手法ということができるゆえ,多くの方々が遺伝子研究に興味をもっていただければ幸いです.(74) 文献1)ArakawaS,TakahashiA,AshikawaKetal:Genomewideassociationstudyidentifiestwosusceptibilitylociforexudativeage-relatedmaculardegenerationintheJapanesepopulation.NatGenet43:1001-1004,20112)NakanoM,IkedaY,TokudaYetal:CommonvariantsinCDKN2B-AS1associatedwithoptic-nervevulnerabilityofglaucomaidentifiedbygenome-wideassociationstudiesinJapanese.PLoSONE7:e33389,20123)NakanishiH,YamadaR,GotohNetal:Agenome-wideassociationanalysisidentifiedanovelsusceptiblelocusforpathologicalmyopiaat11q24.1.PLoSGenet5:e1000660,20094)MizukiN,MeguroA,OtaMetal:Genome-wideassociationstudiesidentifyIL23R/IL12RB2andIL10asBehcet’sdiseasesusceptibilityloci.NatGenet42:703706,20105)SeddonJM,SantangeloSL,BookKetal:Agenome-widescanage-relatedmaculardegenerationprovidesevidenceforlinkagetoseveralchromosomalregions.AmJHumGenet73:780-790,20036)YuY,BhangaleTR,FagernessJetal:CommonvariantsnearFRK/COL10A1andVEGFAareassociatedwithadvancedage-relatedmaculardegeneration.HimMolGenet20:3699-3709,20117)JohnstoneRW,FrewAJ,SmythMJ:TheTRAILapoptoticpathwayincanceronset,progressionandtherapy.NatureRevCancer8:782-798,20088)WangM,WangM,ChengGetal:Geneticvariantsinthedeathreceptor4genecontributetosusceptibilitytobladdercancer.MutatRes661:85-92,2009■「遺伝子から病態へのアプローチ」を読んで■以前のこのコーナー(Vol.29,No.7)で,京都大学の強く惹起するサイトカインなので,滲出型加齢黄斑変三宅正裕先生に,「強度近視とゲノム」というタイト性における血管新生や滲出性変化を誘導する因子としルで執筆していただいたことを覚えておられるでしょて矛盾しないと考えられていました.ところが,今回うか.その中で,ゲノムワイド関連解析(GWAS)にの発見によれば,TNF-aが働かないほうが,むしろより,まったく予想されていなかった疾患遺伝子が発滲出型加齢黄斑変性になりやすいということになりま見される可能性があり,治療方針のみならず,疾患概す.TNF-aが働かないということは,炎症が起こり念も変えてしまう場合があることをわかりやすく解説にくいはずであり,血管新生も起こりにくいはずでしていただきました.す.これは,従来のTNF-aと加齢黄斑変性の関係でさて,今回の荒川聡先生の内容も,GWASを使っは説明できない現象であり,新たな発見や理解が必要た研究で,加齢黄斑変性の疾患概念を変える可能性のになります.現在,その点について精力的に研究が進ある大発見です.ご存じのように加齢黄斑変性は,シんでいます.ニア世代の失明原因の最上位を占める疾患であり,現CFHの場合は,因子自体が予想されなかったもの在の網膜分野では最も注目を集めているものの一つでですが,今回は因子自体は予想されたものでしたが,す.欧米人を対象としたGWAS解析によりcomple-その働き方が予想とは異なったというわけです.mentfactorH(CFH)という新規因子が,原因としGWAS解析が示したTNF-aと加齢黄斑変性の新たて同定されましたが,今回は腫瘍壊死因子(TNF)受な関係について説明できる新たな発見が期待されま容体スーパーファミリーが新たな疾患関連因子としてす.そしてそれは,より効果的で新しい予防法や治療発見されました.TNF-a自体は,加齢黄斑変性患者法の開発につながるでしょう.の網膜組織に豊富に発現しているだけでなく,炎症を鹿児島大学医学部眼科学坂本泰二☆☆☆(75)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121525