特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):885.889,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):885.889,2012霰粒腫摘出術・麦粒腫切開術ChalazionRemovalandIncisionofHordeolum小幡博人*はじめに霰粒腫と麦粒腫の定義,診断,治療方針,両者の鑑別などについては,昨年の本誌の拙文を参考にしていただきたい1).本稿では,霰粒腫と麦粒腫の手術治療について焦点を絞って概説する.I霰粒腫摘出術1.霰粒腫手術に必要な解剖と病理霰粒腫はマイボーム腺に生じる被膜のない慢性肉芽腫性炎症(脂肪肉芽腫)である.霰粒腫は,瞼板内に限局しているものと,進行して瞼板前面を破壊し眼瞼前葉(皮膚,眼輪筋)にまで炎症が及ぶものに大別される(図1)2).瞼板の高さ(縦幅)は上眼瞼で約10mm,下眼瞼で約5mmといわれ,下眼瞼の瞼板は小さい.このことは切開の位置の参考となるので記憶しておく.2.2つのアプローチ:経結膜法と経皮法霰粒腫の治療は切開と掻爬(incision&curettage)が基本である.手術のアプローチには経結膜法と経皮法がある.アプローチの選択基準は,瞼板内に限局しているものや瞼結膜へ破裂しているものは経結膜法で行い,眼瞼前葉,すなわち皮膚側に炎症が及ぶものや横方向に広がる大きいものは経皮法で行うのがよいと考えている(表1)3).具体例を図2に示す.ab瞼板前壁眼輪筋脂肪肉芽腫眼輪筋脂肪肉芽腫図1霰粒腫の2つのタイプa:限局型:肉芽腫性炎症が瞼板内に限局しているもの.b:びまん型:肉芽腫性炎症が瞼板前面を越え,眼瞼前葉に及び皮膚が発赤しているもの.(文献2より改変)表1経結膜法と経皮法の選択基準経結膜法経皮法瞼板内に限局皮膚側に炎症が及ぶ瞼結膜側へ破裂横方向に大きい3.経結膜法瞼結膜側から瞼板を切開し,霰粒腫を摘出する方法は最も一般的である.a.部位・範囲の確認とマーキング皮膚を触診し,眼瞼を翻転し瞼結膜の色の変化を調べ,霰粒腫の部位・範囲を確認する.霰粒腫の範囲を皮膚側にピオクタニンなどでマーキングしておく(図3a).これは,最後に触診で取り残しがないかどうか確*HirotoObata:自治医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕小幡博人:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(9)885ababc図2経結膜法か経皮法かの選択a:瞼板内に限局しているので経結膜法を選択.b:眼瞼前葉に炎症が及び皮膚が発赤しているので経皮法を選択.c:横方向に大きいので経皮法を選択.adbecf図3経結膜法による霰粒腫摘出術a:眼瞼皮膚にマーキング.b:角板で眼球を保護し局所麻酔.c:瞼結膜側から瞼板を縦に切開(点線).d:右手で鋭匙を持ち左側を掻爬し,粥状物を摘出.e:左手に鋭匙を持ち替えて右側の掻爬.f:角板を挿入し,触診で取り残しがないか確認.認するときに参考となる.腫瘤の中央に相当する瞼縁に刺さらない方向で刺入する.霰粒腫手術の麻酔注射で眼マーキングしておくと切開の位置の目安となる.球穿孔を生じたという報告がある4).b.局所麻酔c.挟瞼器眼瞼を翻転し,結膜円蓋部に局所麻酔薬(エピネフリ挟瞼器は,止血と眼球の保護のために用いる.種々のン入りキシロカインRなど)を注射する.つぎに,角板大きさのものが市販されているが,腫瘤の大きさに応じで眼球を保護してから,皮膚側の腫瘤の周囲に局所麻酔て選択する.薬を注射する(図3b).針は27ゲージ(G)や30Gを用d.切開いるが,針の方向は患者が不意に動いても絶対に眼球に経結膜法では,尖刃刀を用いて腫瘤の中央に相当する886あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(10)部分を眼瞼縁に垂直方向で瞼板に切開を入れる(図3c).この際の切開の位置の判断は,皮膚のマーキングや瞼結膜の充血や瞼板が薄くなり変色している状態を参考にする.なお,瞼板への切開幅は最小限にとどめる.e.掻爬霰粒腫用の鋭匙で黄色の粥状物(ゲル状物)を掻爬する(図3d).取り残しがないように切開線を中心に360°方向十分に掻爬する必要があるが,右利きの場合,右側の領域が取り残しがちなので,左手に鋭匙を持ち替えて右側の掻爬を行うとよい(図3e).粥状物が鋭匙のみで除去しにくい場合は,角膜鑷子,スプリング剪刀,MQARなどを用いて摘出する.粥状物を十分に掻爬・摘出すると,組織が空洞になっていることがわかる.粥状物が観察されず,病変部が硬い腫瘤の場合は霰粒腫ではないと考えて,検体を病理検査に提出する.f.触診取り残しがないかどうかを確認するために,挟瞼器をはずしてから手指で眼瞼を触診する(図3f).この際,角板を挿入し,皮膚のマーキング位置を参考に触診すると腫瘤の残存の有無がわかりやすい.局所麻酔注射による浮腫性の眼瞼肥厚は感じるが,霰粒腫の弾性軟な硬結がなくなっていることを確認する.g.止血閉瞼させ,ガーゼを眼瞼皮膚からあてて3.5分間圧迫止血を行う.眼瞼を翻転し,切開部の止血を確認してから,抗菌薬の眼軟膏を点入し,圧迫眼帯をして,手術を終了する.抗菌薬の内服(数日分)と抗菌点眼薬を処方する.低力価のステロイド点眼薬を併用してもよい.Pearls&Pitfalls:経結膜法では瞼縁に垂直に切開を入れるが,切開幅は最小限でよい.粥状物の完全な除去のために,鋭匙での掻爬は360°方向十分に行う.局所麻酔注射の前に腫瘤部分をマーキングし,これを参考に,術終了時に触診で取り残しがないか確認する.4.経皮法前述のように,皮膚側に炎症が及ぶものや横方向に広がる大きいものは経皮法で行う.しかし,縫合と抜糸という手間がある.皮膚に発赤があっても,強い炎症では(11)なく限局した霰粒腫であれば,経結膜法を選択して差し支えない.a.部位・範囲の確認とマーキング皮膚を触診し霰粒腫の部位を確認し,皮膚側にピオクタニンなどでマーキングしておく.腫瘤の中央で瞼縁に平行に,すなわち,皮膚割線に沿って切開予定線をマーキングしておく.b.局所麻酔経結膜法と同様である.c.挟瞼器経結膜法と同様である.d.切開経皮法では,円刃刀を用いて腫瘤の中央を瞼縁と平行に切開を入れる(図4a).皮膚に発赤がない症例では,眼輪筋が正常に観察され,瞼板を切開すると粥状物が観察される(図4b).皮膚に発赤がある症例では,眼瞼前葉,すなわち,皮下,眼輪筋,上眼瞼挙筋腱膜に炎症や浮腫が生じている.このような例では,切開を入れた瞬間に,粥状物が出たり(図4c),白濁した液体(膿汁)が出ることがある(図4d).白濁した液体は二次感染なのかどうか議論のあるところである.e.掻爬霰粒腫用の鋭匙で黄色の粥状物(ゲル状物)を掻爬する.粥状物が鋭匙のみで掻爬しにくい場合は,角膜鑷子,スプリング剪刀,MQARなどを用いて摘出する(図4e).粥状物を十分に掻爬すると,瞼板が崩壊し,瞼結膜が透見されることがわかる(図4f).大きな霰粒腫も原因となるマイボーム腺の導管は一つのようである.眼瞼前葉に炎症や浮腫が強い場合は,前葉の組織を損傷しないように気をつけ,粥状物の摘出だけを行う.余分な組織の切除は上眼瞼の場合,術後に眼瞼下垂を生じるのではないかと注意を払う.なお,被膜も切除したほうがよいといわれることがあるが,霰粒腫に真の被膜はないので粥状物を掻爬すればよい.被膜ごと切除できたという例は,類表皮.胞という別の疾患の可能性がある.f.触診挟瞼器をはずし,角板を入れてから,眼瞼皮膚を触診あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012887abcabcdef図4経皮法による霰粒腫摘出術a:眼瞼皮膚を横に切開.b:正常な眼輪筋が観察され,瞼板前面を切開すると粥状物が観察される(黒丸).c:皮膚が発赤している例では皮膚の直下に粥状物が観察される.眼輪筋層は観察困難(2歳,女児,右下眼瞼).d:皮膚が発赤している例では切開した瞬間に膿汁が出てくることがある(2歳,女児,左下眼瞼).e:スプリング剪刀による粥状物の切除.f:粥状物除去後,瞼板の一部が欠損し瞼結膜が透見される(矢印).a,b,e,fは成人例.し,取り残しがないかどうかを確認する.g.縫合7-0ナイロン糸で皮膚を端々縫合する.抗菌薬の眼軟膏を塗布し,圧迫眼帯をする.小児例など皮膚の菲薄化・壊死のため縫合できない場合,縫合はせず一晩の圧迫眼帯のみでよい.抗菌薬の内服(数日分)と眼軟膏を処方する.抜糸は1週間後に行う.眼瞼前葉が炎症により崩壊した症例では,腫れがひくのに数カ月かかることがある.Pearls&Pitfalls:経皮法では瞼縁に平行に切開を行う.眼輪筋など眼瞼前葉の解剖を確認しながら切開を進め,粥状物のみ掻爬し前葉の組織を損傷しないようにする.II麦粒腫切開術麦粒腫は感染症であり,抗菌薬の点眼,眼軟膏,内服などで治癒するはずである.麦粒腫切開といっても実際は,麦粒腫と霰粒腫の鑑別が困難な例があるため,霰粒腫を切開していることもありうる.よって,真の麦粒腫で切開をする例は少ないと思われる.しかし,重症例や早期の治癒を望む場合は,急性涙.炎の治療のごとく,図5外麦粒腫で切開した例術中,膿汁がでたが霰粒腫に特徴的な粥状物は観察されなかった.培養検査で黄色ブドウ球菌が検出.14歳,男子.888あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(12)切開・排膿をしてもよいと考える.筆者が外麦粒腫で切開した例は,前医で霰粒腫と診断され,ネオメドロールEER軟膏を処方されたが,悪化したので来院,早期の治癒を希望されたので,その場で切開・排膿をしたというケースである(図5).術中,膿汁がでたが,霰粒腫に特徴的な粥状物は観察されなかった.培養検査で黄色ブドウ球菌が検出された.Pearls&Pitfalls:麦粒腫の治療の基本は抗菌薬の投与であるが,重症例や早期の治癒を望む場合,切開・排膿をしてもよい.おわりに霰粒腫を取り残すと再発するという話を聞くが,筆者は再発した例を経験したことはない.むしろ,多少取り残しても治ってしまう疾患ではないかと想像している.再発した例は脂腺癌ではないかと疑う.どの手術もそうであるが,手術は病態を考えて最小限の侵襲で行うことが大切である.文献1)小幡博人:マイボーム腺を場とする腫瘤性疾患.あたらしい眼科28:1107-1113,20112)小幡博人:霰粒腫の病理と臨床.眼科47:87-90,20053)小幡博人:霰粒腫・麦粒腫.大鹿哲郎(編):外眼部手術と処置,眼科プラクティス19,p30-36,文光堂,20084)ShiramizuKM,KreigerAE,McCannelCA:Severevisuallosscausedbyocularperforationduringchalazionremoval.AmJOphthalmol137:204-205,2004(13)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012889