特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1217.1221,2012特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1217.1221,2012血管新生緑内障に対する抗VEGF治療Anti-VEGFTreatmentforNeovascularGlaucoma広瀬真希*稲谷大*はじめに血管新生緑内障に対する濾過手術として,わが国ではマイトマイシンC(MMC)を併用したトラベクレクトミーが行われているが,その手術成績は他の緑内障病型と比較して予後不良である.最近,抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF:血管内皮増殖因子)阻害薬であるベバシズマブ(アバスチンR)を用いたMMC併用トラベクレクトミーが試みられ,予後の改善,合併症の軽減がはかられている.I血管新生緑内障の発症機序血管新生緑内障の発症には,網膜虚血が大きく関わっており,増殖糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,眼虚血症候群が3大原因疾患となっている.その他には網膜中心動脈閉塞症,網膜.離,硝子体切除術後,虹彩や網膜の腫瘍,放射線,ぶどう膜炎などの炎症性疾患でも血管新生緑内障が起こりうることが報告されている1).VEGFが血管新生の鍵となる分子で,網膜の虚血病変から産生され,前眼部に拡散することによって,隅角線維柱帯組織で血管新生をひき起こし,隅角表面が線維膜で覆われたり周辺虹彩前癒着が形成されたりして,房水流出抵抗が増大し,眼圧が上昇するのである.II診断と検査患者の基礎疾患として,糖尿病がないかを聴取する.散瞳して眼底検査を行う前に,細隙灯顕微鏡で,虹彩表面や瞳孔縁のルベオーシスの観察と隅角鏡による隅角新生血管と周辺虹彩前癒着の観察を済ませておく.新生血管の多くは瞳孔縁に初発するが,網膜中心静脈閉塞症の12%に虹彩の新生血管は認められなかったが隅角に新生血管を認めたという報告もあり,疑わしかったら隅角鏡も用いて精査するのが大切である.散瞳後に,眼底検査を行い,網膜虚血の原因となる眼疾患を鑑別する.眼底所見に乏しく,片眼性の血管新生緑内障の場合は,眼虚血症候群を疑う.頸動脈エコー検査を行い,内頸動脈の狭窄がないかをチェックする.網膜虚血病変を評価するために,蛍光眼底造影を行う.蛍光眼底造影は,前眼部の血管新生の評価にも有効な手段であり,明らかな新生血管がなくても瞳孔縁や隅角に蛍光漏出がみられることがある2).III治療1.網膜虚血への対処血管新生緑内障の治療は,虚血網膜に対する治療が最優先される.網膜の虚血を解除する手段として,汎網膜光凝固術が第一選択である.凝固数が少ないと,血管新生緑内障が進行するリスクが高く,なるべく早くトータルで3,000発以上の密な汎網膜光凝固術を心がけるべきである.網膜の血管新生からの出血のために硝子体出血をきたし,眼底が透見できない症例に対しては,硝子体手術を施行し,術中に眼内レーザーを用いて,汎網膜光凝固術を完成させる.冷凍凝固術は,術後の結膜瘢痕が*MakiHirose&MasaruInatani:福井大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕広瀬真希:〒910-1193福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23-3福井大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(41)1217強くなり,将来,濾過手術を行うのが困難となるため,濾過手術や硝子体手術ができない症例などに限定して選択すべきである.2.眼圧に対する薬物治療汎網膜光凝固術を行っても眼圧下降が不十分であれば,緑内障点眼薬を処方する.眼圧を下降させるために用いる点眼薬は,緑内障の薬物治療に準ずる.プロスタグランジン関連薬,b遮断薬,a2受容体作動薬,炭酸脱水酵素阻害薬を用いる.縮瞳薬は,眼底の虚血病変に対する対応が困難になるため,使用すべきでない.内服薬では,炭酸脱水酵素阻害薬であるアセタゾラミドが用いられる.著しい高眼圧で角膜浮腫が強い場合には,高浸透圧薬を点滴し,眼圧を一時的に下げると,角膜の透明性が改善し,汎網膜光凝固術を行いやすい.3.観血治療a.血管新生緑内障に対する濾過手術汎網膜光凝固術を完成させ,薬物治療で眼圧下降を行トミーの手術成績を後ろ向きに調査したところ,おもに眼圧値で成功を判定すると,1年生存率が62.6%,2年生存率が58.2%,5年生存率が51.7%であった3).つまり,5年間で約半数の症例で再発し,そのうち4分の3が1年以内に再発する計算になる(図1).過去に5-フルオロウラシル併用トラベクレクトミーでは50歳以下の血管新生緑内障患者の手術予後はきわめて不良であると指摘されていた4)が,MMC併用トラベクレクトミーでも若年者の手術予後は不良であった(図2).また,血管新生緑内障を両眼発症している糖尿病網膜症患者では,片眼だけ血管新生緑内障を発症している糖尿病網膜症患者よりも手術予後が悪い,硝子体手術の既往のある症例は,MMC併用トラベクレクトミーの成績が有意に10080>50歳≦50歳生存率(%)6040っても,高眼圧が持続する場合には,観血治療を選択する.わが国では,MMCを併用したトラベクレクトミーを施行するのが一般的である.しかし,術後の眼圧コントロールは,原発開放隅角緑内障に対するトラベクレクトミーに比較すると予後がかなり悪いようである.筆者らは,血管新生緑内障に対するMMC併用トラベクレク200012345トラベクレクトミー術後(年)図2血管新生緑内障に対するマイトマイシンC併用トラベクレクトミーにおける手術予後の年齢での比較50歳以下の手術予後はきわめて不良である.(文献3より許可を得て転載)100硝子体手術の既往なし硝子体手術の既往あり1008080生存率(%)60生存率(%)60404020200012345001234トラベクレクトミー術後(年)5トラベクレクトミー術後(年)図3血管新生緑内障に対するマイトマイシンC併用トラベ図1101例101眼の血管新生緑内障に対するマイトマイシンクレクトミーにおける手術予後の硝子体手術の既往の有C併用トラベクレクトミーの生命表解析無での比較22mmHg以上の眼圧値が2回連続,光覚弁視力喪失,再手術硝子体手術の既往のある症例は,ない症例に比べて予後不良でを不成功と定義している.(文献3より許可を得て転載)ある.(文献3より許可を得て転載)1218あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(42)悪い(図3),周辺虹彩前癒着が生じている症例は手術予後が悪い5),などの予後因子が明らかになった.硝子体手術後のトラベクレクトミーが予後不良である理由としては,硝子体手術をする症例はそうでない症例と比べて疾患がより重篤であるから,大きな侵襲の内眼手術を受けている症例は濾過胞形成に不利であるから,硝子体手術による結膜切開が濾過胞の形成維持を阻害しているから,などの理由が考えられ,トラベクレクトミーの前に硝子体手術をすることを控えるべきかどうかに関しては,議論の余地がある.b.VEGF阻害薬血管新生緑内障の治療に保険で認められているVEGF阻害薬はないが,現状では,ベバシズマブが,各診療施設の倫理委員会で審議され承認を受け使用されている.投与法は,1.25mg(50μl)を硝子体内注射するのが一般的である.上松・古賀氏硝子体内注射ガイドを用いて行うと,有水晶体眼でも水晶体に針を接触させず安全に注射できる(図4).ベバシズマブを投与することで,隅角の新生血管が退縮し,房水流出抵抗が改善し,眼圧が下降する.著しい高眼圧をきたし角膜浮腫をきたしている症例では,ベバシズマブを投与すれば,角膜浮腫が改善し,汎網膜光凝固術を行いやすい.ベバシズマブと汎網膜光凝固術を併用することで,血管新生緑図4ベバシズマブの投与法(図の下方が上側)トラベクレクトミーの術前2日前に,1.25mg(50μl)のベバシズマブを30ゲージ針で上松・古賀氏硝子体内注射ガイドを用いて硝子体内に注射する.内障の進行を抑制させることができる6).また,汎網膜光凝固術を急いでいるときに,ベバシズマブを投与しておくと,レーザーによる黄斑浮腫の合併を予防できる効果もある.しかし,ベバシズマブの効果は永続的ではなく,投与後1.4カ月で新生血管の再発がみられることが少なくない.血管新生緑内障にベバシズマブを硝子体内注射すると,投与後1カ月では40眼(74%)に虹彩隅角の新生血管の完全退縮,14眼(26%)に新生血管の不完全な退縮が認められた.投与後1カ月において不完全退縮であった群も2.9カ月で完全退縮を示した.そして完全退縮した群では43%に新生血管の再発がみられ,完全退縮しなかった5眼においてはすべて血管新生緑内障の再発を認めた.ベバシズマブ硝子体内注射は,血管新生の抑制に非常に効果的ではあるが,1年後には85%に血管新生の再発がみられた.それに比べてベバシズマブ投与後トラベクレクトミーを施行した群では1年たっても再発率は27%と有意に抑えることができた7).c.ベバシズマブを用いたMMC併用トラベクレクトミー最近,VEGFに対する中和抗体であるベバシズマブを硝子体内注射した後にMMC併用トラベクレクトミーを行う治療がなされている.トラベクレクトミーの問題としては,虹彩や線維柱帯を切除する際に,新生血管を切ってしまうので,術中に前房出血をきたし,術後に前房出血が遷延して,患者の視機能を大きく損なってしまう点がある.ベバシズマブをトラベクレクトミーの術中かその数日前に,1.25mg硝子体内注射を行う.当院ではMMC併用トラベクレクトミーの2日前にベバシズマブを結膜を温存する意味で下方から硝子体注射している.隅角や虹彩の新生血管が退縮し,術中の前房出血を抑えることができ手術経過は良いとの症例報告が発表されている8,9).ベバシズマブを投与すると,血管侵入が少ない濾過胞が形成されやすいようである(図5).しかし,その後,ベバシズマブの効果は一過性であるため,術数カ月後に血管新生が再発する症例もある.Takiharaら10)の報告では,ベバシズマブを投与した全例に新生血管の退縮が認められたが,MMC併用トラベクレクトミー後1年の経過観察中35.3%に虹彩新生血管の再発を認めた.再発の平均期間は102.2±60.5日(43)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121219図5ベバシズマブ投与したトラベクレクトミーのブレブ左:ベバシズマブを投与しなかったブレブ.ブレブに多数の血管がみられる.右:ベバシズマブを投与したブレブ.術後早期に血管の侵入の少ないブレブが形成される(OphthalmicForesight14(3):12-13,2009より許可を得て転載)10080604020トラベクレクトミー術後(日)図6血管新生緑内障に対するベバシズマブ硝子体注入後マイトマイシンC(MMC)併用トラベクレクトミーとMMC併用トラベクレクトミーの比較IVB群:MMC併用トラベクレクトミーの2日前にベバシズマブを硝子体内注射した群.コントロール群:MMC併用トラベクレクトミーを施行した群.術後1年では両群の成功率に有意差を認めない.(文献10より許可を得て転載)(29日から205日)であった.ベバシズマブを硝子体内注射した後にMMC併用トラベクレクトミーを施行した群24眼と従来のMMC併用トラベクレクトミー群33眼を比較したスタディでは,手術の合併症として前房出血がベバシズマブ群では5眼(20.8%),従来群では19眼(57.6%)と有意にベバシズマブ群で前房出血が抑えられたと報告されている.また,術後眼圧の比較では,ベバシズマブ群では術後7日目10.1±5.1mmHg,10日目8.9±3.0mmHg,従来群では術後7日目14.4±8.600:IVB群:コントロール群成功率(%)120240360mmHg,10日目12.7±7.8mmHgとベバシズマブ群で術後短期眼圧が有意に低いという結果が出ている.しかし,長期の手術成功率は,ベバシズマブ群が術後120日で75.0%,240日で71.9%,360日で65.3%,従来群では術後120日で87.5%,240日で79.2%,360日で65.2%と,初めはベバシズマブ群のほうがやや成功率は高いようだが(有意差は認めない),1年後には差がなくなってしまった10)(図6).d.チューブシャント手術血管新生緑内障に対するトラベクレクトミーの手術成績は不良であり,再手術が必要になる症例がある.トラベクレクトミーが不成功に終わった症例に対する治療として,Baerveldt緑内障インプラントを用いたチューブシャント手術が選択される(図7).2012年から,わが国でもチューブシャント手術が保険診療で行うことが可能となった.米国では古くからトラベクレクトミーが不成功に終わった症例に対しては,チューブシャント手術を行うのが一般的である.米国で行われたチューブシャント手術の臨床試験では,血管新生緑内障のような難治性の緑内障患者に対しては,初回手術にチューブシャント手術が行われている.しかし,EveryとMoltenoらが2006年に報告したMoltenoインプラントを用いた130人145眼の血管新生緑内障に対する手術成績は,1年生存率72%,2年生存率60%,5年生存率40%であ1220あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(44)図7Baerveldt緑内障インプラントを用いたチューブシャント硝子体手術の既往のある網膜中心静脈閉塞症の症例.12時方向から水晶体再建術,10時方向からトラベクレクトミーの既往がある.Baerveldt緑内障インプラント後房タイブを挿入している.り11),チューブシャント手術が,筆者らの報告したMMC併用トラベクレクトミーよりも劇的に良いという印象はない.今後,わが国でも長期的な手術予後や対照群との比較結果など詳細な報告が期待される治療法である.4.毛様体破壊術上記の観血治療でも眼圧上昇が再発する症例に対しては,毛様体破壊術が行われる.最近では,経強膜的に,半導体レーザーで毛様体破壊術を行う方法が一般的である.おわりに血管新生緑内障は,網膜の虚血病変の治療と眼圧下降のための手術治療を行っても,治療抵抗性を示すことが多い.抗VEGF療法は根本的に網膜虚血を解消するわけではないが,ルベオーシス退縮や一時的に眼圧を下降させるためには即効性があるため,汎網膜光凝固術を完成させるまでの時間を稼ぐことができるという利点があり,術前処置としては前房出血や硝子体出血などの合併症予防になる.抗VEGF療法は,血管新生緑内障の治療に対する補助療法といえる.文献1)Sivak-CallcottJA,O’DayDM,GassJDetal:Evidencebasedrecommendationsforthediagnosisandtreatmentofneovascularglaucoma.Ophthalmology108:1767-1776,20012)OhnishiY,IshibashiT,SagawaT:Fluoresceingonioangiographyindiabeticneovascularisation.GraefesArchClinExpOphthalmol232:199-204,19943)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:TrabeculectomywithmitomycinCforneovascularglaucoma:Prognosticfactorsforsurgicalfailure.AmJOphthalmol147:912-918,20094)TsaiJC,FeuerWJ,ParrishRK2ndetal:5-Fluorouracilfilteringsurgeryandneovascularglaucoma.Long-termfollow-upoftheoriginalpilotstudy.Ophthalmology102:887-892,19955)KiuchiY,SugimotoR,NakaeKetal:TrabeculectomywithmitomycinCfortreatmentofneovascularglaucomaindiabeticpatients.Ophthalmologica220:383-388,20066)EhlersJP,SpirnMJ,LamAetal:Combinationintravitrealbevacizumab/panretinalphotocoagulationversuspanretinalphotocoagulationaloneinthetreatmentofneovascularglaucoma.Retina28:696-702,20087)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Clinicalfactorsrelatedtorecurrenceofanteriorsegmentneovascularizationaftertreatmentincludingintravitrealbevacizumab.AmJOphthalmol149:964-972,20108)MikiA,OshimaY,OtoriYetal:Efficacyofintravitrealbevacizumabasadjunctivetreatmentwithparsplanavitrectomy,endolaserphotocoagulation,andtrabeculectomyforneovascularglaucoma.BrJOphthalmol92:14311433,20089)CornishKS,RamamurthiS,SaidkasimovaSetal:Intravitrealbevacizumabandaugmentedtrabeculectomyforneovascularglaucomainyoungdiabeticpatients.Eye23:979-981,200910)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:CombinedintravitrealbevacizumabandtrabeculectomywithmitomycinCversustrabeculectomywithmitomycinCaloneforneovascularglaucoma.JGlaucoma20:196-201,201111)EverySG,MoltenoAC,BevinTHetal:Long-termresultsofMoltenoimplantinsertionincasesofneovascularglaucoma.ArchOphthalmol124:355-360,2006(45)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121221