監修=坂本泰二◆シリーズ第138回◆眼科医のための先端医療山下英俊iPS細胞の眼科への応用平見恭彦(先端医療センター病院眼科)iPS細胞とは2006年に京都大学の山中伸弥教授らは,皮膚の細胞にレトロウイルスを用いて遺伝子を導入することにより胚性幹細胞(embryonicstemcell:ES細胞)と同様の細胞ができることを報告1)し,アップル社のiMacRやiPodRといったヒット商品の名前をもじって人工多能性幹細胞(inducedpluripotentstemcell:iPS細胞)と命名しました.ES細胞やiPS細胞は,培養により無限に増殖させることができるうえ,培養条件を変化させることでさまざまな組織あるいは臓器の細胞に分化させることができる多能性幹細胞といわれるもので,特にiPS細胞は,血液や皮膚,毛髪などの細胞から,本人と同一の遺伝子をもったクローン細胞を作製し,若返った組織や臓器を作ることができる可能性があることから,再生医療,移植医療への応用が期待されています.網膜細胞をつくるiPS細胞が未分化の分裂状態を保つためにはフィーダー細胞といわれる足場となる細胞の上に培養し,培地にLIF(leukemiainhibitoryfactor)といわれる未分化維持のための因子を加える必要があり,それらを除去するとiPS細胞はいろいろな細胞へ分化していきます.培地の組成を変化させ,分化誘導因子を加えることで神経や筋肉,血球など特定の組織への分化をコントロールすることができ,網膜色素上皮細胞(retinalpigmentepitheliumcell:RPE細胞)はヒトES細胞,iPS細胞から分化開始後約30日で出現しますが,網膜視細胞の出現には約120日以上が必要になります2,3).RPE細胞では分化が進むと肉眼でも確認できる茶色の色素をもつ細胞集団(コロニー)ができるため,コロニーを周囲の細胞から分離して,分化したRPE細胞だけを増殖させることが可能で,さらに単層のシート状に培養して回収することができます.細胞を移植する際に分化していない未分化な細胞が混入すると,腫瘍化する(81)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY図1iPS細胞を用いた細胞移植治療のモデル自己細胞の代わりにiPS細胞バンクから細胞を調達すれば,遺伝性疾患の治療が可能で,治療期間やコストの圧縮にもつながると考えられる.可能性があるため,治療に必要な分化した細胞の選別が容易であるということは臨床に応用するうえでの利点となります.一方,視細胞の場合は他の細胞と混在しているうえ,肉眼での識別はできず,蛍光標識による染色を行わないと検出できなかったため,細胞を作製した後に,純化して取り出す方法が課題となっていました.しかし最近,マウスのES細胞から三次元的に層構造をもった網膜を作製する方法4)が報告され,この技術がヒトの幹細胞にも応用されれば,視細胞の移植にも大きく前進する可能性が開けてくることと思われます.眼科領域での臨床応用に向けて網膜細胞は作製することができるようになりましたが,臨床で移植に用いるためには安全性などのさまざまなハードルを越える必要があります.レトロウイルスにより導入された遺伝子が再活性化することによって移植細胞が腫瘍化することや,細胞の培養過程で使用される培地や成長因子にはマウスやウシなど他動物種由来のものがあるために,移植細胞が拒絶されることが懸念されていましたが,これらの問題に対しては,プラスミドを用いた遺伝子導入法5)や,分化誘導に合成あるいは抽出蛋白ではなく低分子化合物を用いた方法6),さらに培地の組成についても詳細に分析して人体に有害な影響を生じない細胞の製造工程の検討が進められています.また,作製したRPE細胞を免疫不全マウスに移植して腫瘍が生じないことを確認する試験も進められています.網膜は他の臓器に比べて治療に必要とされる細胞の数が少ないことと,移植細胞源として他者の細胞を使うのあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012803がむずかしいことから,早くからES細胞やiPS細胞を使った移植治療のターゲットとして考えられていました.2012年1月には,世界初のES細胞による網膜疾患治療として,米国AdvancedCellTechnology社により,ES細胞から作ったRPE細胞を用いて,Stargardt病と萎縮性加齢黄斑変性(AMD)の患者に対する細胞移植治療を行ったことが発表されました7).Stargardt病はRPEの変性により視細胞変性がひき起こされる疾患で,遺伝子異常が原因であるため,自己由来のiPS細胞でなくES細胞を用いる必要がありますが,長期にわたって拒絶反応が起こらないかどうかなど,今後の経過が注目されると思います.滲出型AMDに対しては現在,抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬や光線力学的療法による脈絡膜新生血管(CNV)の抑制が治療として効果をあげていますが,黄斑部網膜下の線維性瘢痕や網膜の萎縮,変性をきたした場合には視力の改善は得られません.滲出型AMDに対する手術治療としては,CNVの抜去や黄斑移動術が行われてきており,海外では周辺部網膜を.離して自己RPE-脈絡膜シートを採取し,黄斑部へ移植する手術も行われています.CNVの抜去術を行った症例では病巣を除去した後の網脈絡膜萎縮により視力の改善は困難であり,黄斑移動術や自己RPE-脈絡膜シート移植術では黄斑部網膜下が健常なRPEでカバーされるようになることで視力改善が得られる症例もありますが,手術侵襲が大きくなるために重篤な手術合併症を発生する率が高いことが欠点でした.iPS細胞から作製したRPE細胞シートを用いることにより,CNVの除去に加えて健常なRPE細胞シートを移植することによってバリア機能を回復し,視細胞を保護することができれば,網膜の機能再生治療として視力の改善も得られる可能性があると考えられます.一方で,生体外で培養された細胞シートを眼内へ挿入し,網膜下へ移植する手術はこれまでに前例がなく,新しい手術手技および手術器具が必要になります.細胞をバラバラの状態で注入するのと異なり,細胞シートの移植手術では視細胞側とBruch膜側の極性がある単層の薄くて柔らかいRPE細胞シートを,硝子体手術と同様の強膜創から眼内へ挿入し,人工的網膜.離を作製し網膜切開部から極性を保った状態で移植するという手技が想定されます.強膜創や網膜切開を最小限にするため,細胞シートを細長い短冊状にして注入する方法と,より大きい細胞シートを円筒状に丸めて眼内~網膜下へ挿入し,展開して接着させる方法について現在検討を進めています.理化学研究所とジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC),先端医療センターの共同研究グループでは,滲出型AMDを対象にしたiPS細胞由来のRPE細胞シートを用いた細胞移植治療を臨床研究として2013年度に開始できるよう準備を進めており,当初は既存の治療では難治の症例に対して行う予定ですので,視力の大幅な改善は期待できないと思われますが,治療の安全性が確認され,将来的に治療の適応が拡大することにより,症例によっては視力向上も期待できる治療になることが期待されます.文献1)TakahashiK,YamanakaS:Inductionofpluripotentstemcellsfrommouseembryonicandadultfibroblastculturesbydefinedfactors.Cell126:663-676,20062)OsakadaF,IkedaH,MandaiMetal:Towardthegenerationofrodandconephotoreceptorsfrommouse,monkeyandhumanembryonicstemcells.NatBiotechnol26:215224,20083)HiramiY,OsakadaF,TakahashiKetal:Generationofretinalcellsfrommouseandhumaninducedpluripotentstemcells.NeurosciLett458:126-131,20094)EirakuM,TakataN,IshibashiHetal:Self-organizingoptic-cupmorphogenesisinthree-dimensionalculture.Nature472:51-56,20115)OkitaK,NakagawaM,HyenjongHetal:Generationofmouseinducedpluripotentstemcellswithoutviralvectors.Science322:949-953,20086)OsakadaF,JinZB,HiramiYetal:Invitrodifferentiationofretinalcellsfromhumanpluripotentstemcellsbysmall-moleculeinduction.JCellSci122:3169-3179,20097)SchwartzSD,HubschmanJP,HeilwellGetal:Embryonicstemcelltrialsformaculardegeneration:apreliminaryreport.Lancet379:713-720,2012■「iPS細胞の眼科への応用」を読んで■今回はiPS細胞を用いた再生医療についての解説でん,きっとあると思いますが,最先端のことをわかりす.再生医学のなかでも最も注目を集めているプロやすく解説していただいたことで,その実態と今後のジェクトの一つですから,名前を聞いたことは皆さ展望をきちんと理解できると考えます.滲出型加齢黄804あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(82)斑変性の治療への応用が2013年に予定されているこめられます.これについて十分に検討されていることとがわかり,現実感をもってその成果に期待することがわかります.また,効果についても,今後の長期的ができます.なかなか治療の困難な疾患だけに大きなな戦略のなかで見きわめていく必要が述べられていま期待が集まっています.また,iPS細胞の臨床応用のす.まずは,安全性,そして有効性というこの手順をなかでも眼科疾患が先頭グループにいて研究を牽引しきちんと踏んでいらっしゃることがわかります.先端ていることはわれわれ眼科医として大変誇らしい気分医療というとこれまで治せなかった病態を治療するのにもなります.高橋政代先生をリーダーとした平見恭であり,大きな期待が社会から寄せられます.われわ彦先生の研究グループのますますの発展が期待されまれは眼科医療のプロフェッショナルとして,iPS細胞す.を用いた再生医療の有効性を長いスパンでみていく,最先端医療を導入する際に大変大切なことも平見先そして,臨床応用が可能になった日には眼科全体とし生の今回の総説のなかには書かれています.まず,究てきちんと評価していくscientificな姿勢が求められ極の安全性への配慮です.医療である以上,日常の医ると考えます.今後の正しい軌道での発展に日本の眼療でも必ずリスクはついて回りますが,先端医療で皆科の実力が問われているのかもしれません.さんが注目しているだけに高いレベルでの安全性が求山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆(83)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012805