特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):771~776,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):771~776,2012非動脈炎性虚血性視神経症に経角膜電気刺激治療は有効か?EfficacyofTranscornealElectricalStimulationTherapyforNon-ArteriticOpticNeuropathy森本壮*不二門尚*はじめに虚血性視神経症(ischemicopticneuropathy:ION)は視神経の栄養血管の血流障害によって視機能障害を起こす疾患で高齢者に発症する.非動脈炎型(non-arteritic)と動脈炎型(arteritic)があり,非動脈炎型のほうが頻度は高く,典型的には50~70歳の人が罹患する.非動脈炎性虚血性視神経症(non-arteriticischemicopticneuropathy:NION)にはおもに短後毛様動脈の閉塞により,視神経乳頭が梗塞する前部虚血性視神経症(anteriorischemicopticneuropathy:AION)と,視神経鞘軟膜毛細血管叢由来の穿通枝の閉塞により球後視神経が障害される後部虚血性視神経症(posteriorischemicopticneuropathy:PION)に分けられる.NAIONについては,血管閉塞に至る直接の原因は不明であり,これまでにステロイド内服治療1),視神経鞘開放術2)などが試みられているが,現在確立した治療法はない.これに対し,筆者らはNAIONに対し,経角膜電気刺激治療によって視機能が回復する症例が存在することを見出し3),現在,その有効性を検討するために臨床研究を行っている.本稿では,TES治療についてこれまで筆者らが行ってきた研究と得られた知見について述べ,現在行っている臨床研究の結果に触れ,TES治療の有効性について考察する.I経角膜電気刺激(transcornealelectricalstimulation:TES)TESとは網膜電図(ERG)測定用のコンタクトレンズ型電極を角膜上に置き電気刺激をする方法である(図1).ERGを測定するように電極を設置して刺激するだ図1電極と刺激装置A:ビュリアンアレン型ERG電極,B:電気刺激装置.ERG用の電極ならどのようなタイプでも電気刺激は可能.*TakeshiMorimoto&TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学〔別刷請求先〕森本壮:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(49)771けなので簡便で侵襲が低い.これまでにさまざまな眼疾患の患者の視機能を評価する方法として研究されていた5,6).II電気刺激による網膜神経節細胞に対する神経保護効果神経細胞にとって電気的な賦活が生存に重要であることがこれまでに報告されており7,8),筆者らはラットの視神経切断モデルを用いた研究で,視神経切断後に視神経に対して電気刺激を行うとラットの網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)の細胞死が抑制され生存が促進することを見出した9).さらに,より侵襲の低い電気刺激法であるTESに着目し,TESが軸索を切断されたRGCに対して生存促進効果があるかどうか検討した結果,視神経切断7日後にRGCの細胞密度が健常網膜のRGCの細胞密度の54%にまで減少するのに対し,TESでは約85%の細胞が生存していた(図2).このようにTESでも,RGCに対して生存促進効果があることが証明された10,11).III経角膜電気刺激のRGCに対する神経保護のメカニズムつぎに筆者らは,TESによるRGCの生存促進効果のメカニズムについて検討した.これまでに,神経組織に電気刺激を行うと,神経栄養因子の一つである脳由来神経栄養因子(brainderivedneurotrophicfactor:BDNF)のmRNAやその受容体であるtyrosinekinaseB(TrkB)のmRNAの発現が上昇することが報告されている.このような事実から,網膜を電気刺激しても,同じように,網膜に神経栄養因子やその受容体の発現が上昇するのではないかと考えられた.そこで筆者らは,RGCに対してどのような神経栄養因子のmRNAの発現が上昇するかをRT-PCR(reversetranscriptionpolymerasechainreaction;逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)を用いて検討した.その結果,insulin-likegrowthfactor-1(IGF-1)のmRNAの発現のみが,電気刺激後に網膜内で徐々に上昇した10).さらに,IGF-1が網膜のどの細胞に発現しているのか,抗IGF-1抗体を用いて,免疫組織染色を行ったと772あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012図2ラットのRGC像A:健常網膜のRGC像,B:視神経切断7日後のRGC像,C:視神経切断+TES7日後のRGC像.FluorogoldRを用いてRGCを標識している.Scalebar=50μm.ころ,通常の網膜では,IGF-1蛋白は,内境界膜付近に強く発現しているが,電気刺激後にRGC層,内網状層へとIGF-1の発現の分布が拡大し,発現量も増え,14日後まで発現が持続した(図3A~E).さらに,抗IGF-1抗体および網膜のグリア細胞であるMuller細胞(50)TimeafterTESIntact1d4d7d14dIntactTES7dIGF-1GSMergedIGF-1GSMergedILMGCLIPLINLOPLONLOLM図3TESによるIGF.1蛋白の網膜内の局在の変化A:健常網膜のIGF-1の免疫染色像,B~E:電気刺激後のIGF-1の免疫染色像.内境界膜付近に存在していたIGF-1が,時間とともにINL側に広がっていく.F~K:IGF-1とglutaminesynthetase(GS)との二重染色像.F~H:健常網膜,I~K:電気刺激7日後の網膜.電気刺激の前は,Muller細胞のエンドフットに存在していたIGF-1が,電気刺激7日後には,Muller細胞のエンドフットからプロセスまで,IGF-1の強いシグナルがみられた.特にIGF-1は,エンドフットに強く発現している.Scalebar=E:100μm,K:50μm.を標識する抗glutaminesynthetase(GS)抗体を用いて二重染色を行ったところ,通常の網膜ではIGF-1は,Muller細胞のエンドフットに存在し(図3F~H),電気刺激7日後では,Muller細胞周囲とMuller細胞のエンドフットから細胞体まで強く発現していた(図3I~K).この結果から,Muller細胞がIGF-1の合成分泌に関与し,TESによってMuller細胞からのIGF-1の産生が増強していることが強く示唆された(図4)10).IV難治性視神経疾患への臨床応用筆者らは,大阪大学医学部倫理委員会の承認のもと,視神経疾患患者に対する電気刺激治療を開始した.対象は,急性期を過ぎて,視力や視野の改善がみられなくなった,外傷性視神経症患者(TON)5例5眼(全例男性,年齢14~71歳)およびAION4例4眼(男性2例2眼,(51)電気刺激電気刺激神経保護Muller細胞Muller細胞IGF-1IGF-1の産生IGF-1receptorAxotomyRGC図4TESによるIGF.1の網膜内発現上昇のメカニズムTESによってMuller細胞からRGCに対する神経栄養因子の一つであるIGF-1の産生が亢進する.女性2例2眼,年齢53~75歳)で,これらの患者に対し,TES(電流強度600~800μA,10ms/phase,20Hz,刺激時間30分)を行った.治療前と電気刺激1カあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012773図5非動脈炎性前部虚血性視神経症例A:右眼眼底写真.乳頭浮腫と周囲に点状出血を認める.B:視野(Goldmann視野検査).上方視野の水平半盲を認める.C,D:蛍光造影眼底検査.早期(C),後期(D).早期では下方網膜に蛍光の欠損を認め,後期では乳頭浮腫を示す過蛍光を認める.月後から3カ月後に,視力検査とGoldmann視野検査(GP)を行い,治療前と治療後の検査結果を比較した.結果,全例で視力あるいは視野の改善がみられた.治療前と治療後の視力を比較し,0.3logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)以上改善した症例は,TONでは5例中4例(80%)で,AIONでは4例中2例(50%)であった3).さらに筆者らは,AION例の症例数を増やして検討した.対象は2003年4月~2011年1月に大阪大学医学部附属病院眼科を受診し,AIONと診断された29例29眼(男/女比11眼/19眼)で,年齢は31~79歳(平均62歳),治療前の視力は,指数弁から0.6であり,発症から治療までの期間は,3週間から3年(中央値4カ月)774あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012で,ステロイド治療の有無については17眼ではステロイドの点滴もしくは内服を行った.すべての症例で乳頭浮腫消失後にTES治療を行った.TES治療は1~2カ月ごとに1回のペースで計3回行い,刺激条件は電流強度は0.8~1.0mA,10ms/phase,5~20Hz,30分で,TES治療開始から3,6カ月後の視力を測定し,0.2logMAR以上の変化については改善または悪化とし,TES治療の効果について検討した.図5は,62歳,男性で,2週間前から視力欠損,視力低下を自覚したため当科受診,右眼のAIONと診断した症例で,ステロイドパルス治療(ソルメドロール1,000mg,3日)を1クール行った後,乳頭浮腫が改善して視力が0.08から0.3に改善し,視野も改善したがその後,約1カ月間視力が変化(52)ステロイドパルス1クールTESTES0.30.6TES0.91.2しなかったためTES治療を行った.TES治療を3回行い,図6のように視力は最終1.2にまで改善し,図7のように視野もさらに改善した.29例の結果は,図8に示すように治療開始3カ月,6カ月ともに治療前と比較して視力は有意に上昇していた.また0.2logMAR以上の改善を示したのは図9のように治療開始3カ月後で31%(9/29),6カ月後で37.9%(11/29)であった.過去の報告と比較するとステロイド治療による視力回復は,視力20/40~20/400の患者(123眼)で乳頭浮腫消失後から6カ月後に26%が3段階の視力改善がみられた1).また自然回復例については,視力20/40~20/400の患者(100眼)で乳頭浮腫消視力0.10.01012345678開始からの経過期間(月)図6ステロイドパルス治療,TES治療後の視力経過ステロイドパルス治療により視力が改善したが,その後1カ月間視力の改善がみられなかったため,TES治療を施行した.TES治療開始から5カ月後に視力は1.2に上昇した.失後からの9カ月後に14%が3段階の視力改善がみられた12).これらの結果と比較して症例数は少なく,調査治療後の視力A:3カ月10.10.01NLPNLP0.010.11NLP0.010.1治療前の視力図8TES治療3カ月,6カ月後の視力の分布B:6カ月A:TES治療3カ月後,B:TES治療6カ月後.TES治療により治療前の視力に比べ3カ月後,6カ月後ともに有意に視力は上昇した(3カ月:p=0.007,6カ月:p=0.003,pairedt-test).:改善:不変9(31.0%)2011(37.9%)183カ月6カ月図7TES治療前後の視野の変化A:TES治療前,B:TES治療3カ月後.ステロイドパルス治療後に視野は改善し,さらにTES治療によって改善した.0%20%40%60%80%100%図9TES治療による視力改善の割合上段:TES治療3カ月後,下段:TES治療6カ月後.今回の検討では,0.2logMAR以上視力が悪化する症例はなかった.(53)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012775方法が異なるもののTES治療のほうが成績は若干上回っていると考える.おわりに本稿では,これまでに筆者らが行ったTES治療の基礎研究および臨床研究について述べた.TES治療による患者の視力や視野の改善のメカニズムについては,不明であり,動物モデルを用いて検討しているところである.おそらく,これらの疾患では,最初の傷害による細胞死を免れたRGCで機能していない状態のRGCが存在していると考えられ,電気刺激によってMuller細胞から産生されたIGF-1などが作用した結果,それらのRGCの機能が回復したのではないかと考えている.このTES治療の有効性を判断するための臨床試験については,研究デザインを変更し,大阪大学医学部附属病院臨床研究倫理審査委員会の承認を新たに受け(承認番号10088,課題名難治性網膜視神経疾患に対する経角膜電気刺激治療,承認日平成22年12月24日)(UMIN試験ID:UMIN000005049),臨床研究を行っている段階でありTES治療の有効性についてはまだ十分に確定していない.しかしながら,TES治療は簡便でほとんど侵襲がないため,患者の負担も少ない.そのため,従来の治療に反応しないNAIONに対して,一度は試してみてもいい治療であると考える.筆者らは,今後さらに研究を進め,将来的には,一般の眼科診療で用いられるようにしたいと考えている.文献1)HayrehSS,ZimmermanMB:Non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,20082)NewmanNJ,SchererR,LangenbergPetal:IschemicOpticNeuropathyDecompressionTrialResearchGroup:ThefelloweyeinNAION:reportfromtheischemicopticneuropathydecompressiontrialfollow-upstudy.AmJOphthalmol134:317-328,20023)FujikadoT,MorimotoT,MatsushitaKetal:Effectoftranscornealelectricalstimulationinpatientswithnonarteriticischemicopticneuropathyortraumaticopticneuropathy.JpnJOphthalmol50:266-273,20064)PottsAM,InoueJ,BuffumD:Theelectricallyevokedresponseofthevisualsystem(EER).InvestOphthalmol7:269-278,19685)三宅養三,柳田和夫,矢ケ崎克哉:EER(ElectricallyEvokedResponse)の臨床応用.(1)正常者のEERの解析.日眼会誌84:354-360,19806)三宅養三,柳田和夫,矢ケ崎克哉:EER(ElectricallyEvokedResponse)の臨床応用.IV.視神経疾患のEER.日眼会誌84:2047-2052,19807)Galli-RestaL,EnsiniM,FuscoEetal:Afferentspontaneouselectricalactivitypromotesthesurvivaloftargetcellsinthedevelopingretinotectalsystemoftherat.JNeurosci13:243-250,19938)LidenR:Thesurvivalofdevelopingneurons:areviewofafferentcontrol.Neuroscience58:671-682,19949)MorimotoT,MiyoshiT,FujikadoTetal:Electricalstimulationenhancesthesurvivalofaxotomizedretinalganglioncellsinvivo.Neuroreport13:227-230,200210)MorimotoT,MiyoshiT,MatsudaSetal:TranscornealelectricalstimulationrescuesaxotomizedretinalganglioncellsbyactivatingendogenousretinalIGF-1system.InvestOphthalmolVisSci46:2147-2155,200511)MorimotoT,MiyoshiT,SawaiHetal:Optimalparametersoftranscornealelectricalstimulation(TES)tobeneuroprotectiveofaxotomizedRGCsinadultrats.ExpEyeRes90:285-291,201012)HayrehSS,ZimmermanMB:Nonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:naturalhistoryofvisualoutcome.Ophthalmology115:298-305,2008776あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(54)