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非動脈炎性虚血性視神経症に径角膜電気刺激治療は有効か?

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):771~776,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):771~776,2012非動脈炎性虚血性視神経症に経角膜電気刺激治療は有効か?EfficacyofTranscornealElectricalStimulationTherapyforNon-ArteriticOpticNeuropathy森本壮*不二門尚*はじめに虚血性視神経症(ischemicopticneuropathy:ION)は視神経の栄養血管の血流障害によって視機能障害を起こす疾患で高齢者に発症する.非動脈炎型(non-arteritic)と動脈炎型(arteritic)があり,非動脈炎型のほうが頻度は高く,典型的には50~70歳の人が罹患する.非動脈炎性虚血性視神経症(non-arteriticischemicopticneuropathy:NION)にはおもに短後毛様動脈の閉塞により,視神経乳頭が梗塞する前部虚血性視神経症(anteriorischemicopticneuropathy:AION)と,視神経鞘軟膜毛細血管叢由来の穿通枝の閉塞により球後視神経が障害される後部虚血性視神経症(posteriorischemicopticneuropathy:PION)に分けられる.NAIONについては,血管閉塞に至る直接の原因は不明であり,これまでにステロイド内服治療1),視神経鞘開放術2)などが試みられているが,現在確立した治療法はない.これに対し,筆者らはNAIONに対し,経角膜電気刺激治療によって視機能が回復する症例が存在することを見出し3),現在,その有効性を検討するために臨床研究を行っている.本稿では,TES治療についてこれまで筆者らが行ってきた研究と得られた知見について述べ,現在行っている臨床研究の結果に触れ,TES治療の有効性について考察する.I経角膜電気刺激(transcornealelectricalstimulation:TES)TESとは網膜電図(ERG)測定用のコンタクトレンズ型電極を角膜上に置き電気刺激をする方法である(図1).ERGを測定するように電極を設置して刺激するだ図1電極と刺激装置A:ビュリアンアレン型ERG電極,B:電気刺激装置.ERG用の電極ならどのようなタイプでも電気刺激は可能.*TakeshiMorimoto&TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学〔別刷請求先〕森本壮:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(49)771 けなので簡便で侵襲が低い.これまでにさまざまな眼疾患の患者の視機能を評価する方法として研究されていた5,6).II電気刺激による網膜神経節細胞に対する神経保護効果神経細胞にとって電気的な賦活が生存に重要であることがこれまでに報告されており7,8),筆者らはラットの視神経切断モデルを用いた研究で,視神経切断後に視神経に対して電気刺激を行うとラットの網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)の細胞死が抑制され生存が促進することを見出した9).さらに,より侵襲の低い電気刺激法であるTESに着目し,TESが軸索を切断されたRGCに対して生存促進効果があるかどうか検討した結果,視神経切断7日後にRGCの細胞密度が健常網膜のRGCの細胞密度の54%にまで減少するのに対し,TESでは約85%の細胞が生存していた(図2).このようにTESでも,RGCに対して生存促進効果があることが証明された10,11).III経角膜電気刺激のRGCに対する神経保護のメカニズムつぎに筆者らは,TESによるRGCの生存促進効果のメカニズムについて検討した.これまでに,神経組織に電気刺激を行うと,神経栄養因子の一つである脳由来神経栄養因子(brainderivedneurotrophicfactor:BDNF)のmRNAやその受容体であるtyrosinekinaseB(TrkB)のmRNAの発現が上昇することが報告されている.このような事実から,網膜を電気刺激しても,同じように,網膜に神経栄養因子やその受容体の発現が上昇するのではないかと考えられた.そこで筆者らは,RGCに対してどのような神経栄養因子のmRNAの発現が上昇するかをRT-PCR(reversetranscriptionpolymerasechainreaction;逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)を用いて検討した.その結果,insulin-likegrowthfactor-1(IGF-1)のmRNAの発現のみが,電気刺激後に網膜内で徐々に上昇した10).さらに,IGF-1が網膜のどの細胞に発現しているのか,抗IGF-1抗体を用いて,免疫組織染色を行ったと772あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012図2ラットのRGC像A:健常網膜のRGC像,B:視神経切断7日後のRGC像,C:視神経切断+TES7日後のRGC像.FluorogoldRを用いてRGCを標識している.Scalebar=50μm.ころ,通常の網膜では,IGF-1蛋白は,内境界膜付近に強く発現しているが,電気刺激後にRGC層,内網状層へとIGF-1の発現の分布が拡大し,発現量も増え,14日後まで発現が持続した(図3A~E).さらに,抗IGF-1抗体および網膜のグリア細胞であるMuller細胞(50) TimeafterTESIntact1d4d7d14dIntactTES7dIGF-1GSMergedIGF-1GSMergedILMGCLIPLINLOPLONLOLM図3TESによるIGF.1蛋白の網膜内の局在の変化A:健常網膜のIGF-1の免疫染色像,B~E:電気刺激後のIGF-1の免疫染色像.内境界膜付近に存在していたIGF-1が,時間とともにINL側に広がっていく.F~K:IGF-1とglutaminesynthetase(GS)との二重染色像.F~H:健常網膜,I~K:電気刺激7日後の網膜.電気刺激の前は,Muller細胞のエンドフットに存在していたIGF-1が,電気刺激7日後には,Muller細胞のエンドフットからプロセスまで,IGF-1の強いシグナルがみられた.特にIGF-1は,エンドフットに強く発現している.Scalebar=E:100μm,K:50μm.を標識する抗glutaminesynthetase(GS)抗体を用いて二重染色を行ったところ,通常の網膜ではIGF-1は,Muller細胞のエンドフットに存在し(図3F~H),電気刺激7日後では,Muller細胞周囲とMuller細胞のエンドフットから細胞体まで強く発現していた(図3I~K).この結果から,Muller細胞がIGF-1の合成分泌に関与し,TESによってMuller細胞からのIGF-1の産生が増強していることが強く示唆された(図4)10).IV難治性視神経疾患への臨床応用筆者らは,大阪大学医学部倫理委員会の承認のもと,視神経疾患患者に対する電気刺激治療を開始した.対象は,急性期を過ぎて,視力や視野の改善がみられなくなった,外傷性視神経症患者(TON)5例5眼(全例男性,年齢14~71歳)およびAION4例4眼(男性2例2眼,(51)電気刺激電気刺激神経保護Muller細胞Muller細胞IGF-1IGF-1の産生IGF-1receptorAxotomyRGC図4TESによるIGF.1の網膜内発現上昇のメカニズムTESによってMuller細胞からRGCに対する神経栄養因子の一つであるIGF-1の産生が亢進する.女性2例2眼,年齢53~75歳)で,これらの患者に対し,TES(電流強度600~800μA,10ms/phase,20Hz,刺激時間30分)を行った.治療前と電気刺激1カあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012773 図5非動脈炎性前部虚血性視神経症例A:右眼眼底写真.乳頭浮腫と周囲に点状出血を認める.B:視野(Goldmann視野検査).上方視野の水平半盲を認める.C,D:蛍光造影眼底検査.早期(C),後期(D).早期では下方網膜に蛍光の欠損を認め,後期では乳頭浮腫を示す過蛍光を認める.月後から3カ月後に,視力検査とGoldmann視野検査(GP)を行い,治療前と治療後の検査結果を比較した.結果,全例で視力あるいは視野の改善がみられた.治療前と治療後の視力を比較し,0.3logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)以上改善した症例は,TONでは5例中4例(80%)で,AIONでは4例中2例(50%)であった3).さらに筆者らは,AION例の症例数を増やして検討した.対象は2003年4月~2011年1月に大阪大学医学部附属病院眼科を受診し,AIONと診断された29例29眼(男/女比11眼/19眼)で,年齢は31~79歳(平均62歳),治療前の視力は,指数弁から0.6であり,発症から治療までの期間は,3週間から3年(中央値4カ月)774あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012で,ステロイド治療の有無については17眼ではステロイドの点滴もしくは内服を行った.すべての症例で乳頭浮腫消失後にTES治療を行った.TES治療は1~2カ月ごとに1回のペースで計3回行い,刺激条件は電流強度は0.8~1.0mA,10ms/phase,5~20Hz,30分で,TES治療開始から3,6カ月後の視力を測定し,0.2logMAR以上の変化については改善または悪化とし,TES治療の効果について検討した.図5は,62歳,男性で,2週間前から視力欠損,視力低下を自覚したため当科受診,右眼のAIONと診断した症例で,ステロイドパルス治療(ソルメドロール1,000mg,3日)を1クール行った後,乳頭浮腫が改善して視力が0.08から0.3に改善し,視野も改善したがその後,約1カ月間視力が変化(52) ステロイドパルス1クールTESTES0.30.6TES0.91.2しなかったためTES治療を行った.TES治療を3回行い,図6のように視力は最終1.2にまで改善し,図7のように視野もさらに改善した.29例の結果は,図8に示すように治療開始3カ月,6カ月ともに治療前と比較して視力は有意に上昇していた.また0.2logMAR以上の改善を示したのは図9のように治療開始3カ月後で31%(9/29),6カ月後で37.9%(11/29)であった.過去の報告と比較するとステロイド治療による視力回復は,視力20/40~20/400の患者(123眼)で乳頭浮腫消失後から6カ月後に26%が3段階の視力改善がみられた1).また自然回復例については,視力20/40~20/400の患者(100眼)で乳頭浮腫消視力0.10.01012345678開始からの経過期間(月)図6ステロイドパルス治療,TES治療後の視力経過ステロイドパルス治療により視力が改善したが,その後1カ月間視力の改善がみられなかったため,TES治療を施行した.TES治療開始から5カ月後に視力は1.2に上昇した.失後からの9カ月後に14%が3段階の視力改善がみられた12).これらの結果と比較して症例数は少なく,調査治療後の視力A:3カ月10.10.01NLPNLP0.010.11NLP0.010.1治療前の視力図8TES治療3カ月,6カ月後の視力の分布B:6カ月A:TES治療3カ月後,B:TES治療6カ月後.TES治療により治療前の視力に比べ3カ月後,6カ月後ともに有意に視力は上昇した(3カ月:p=0.007,6カ月:p=0.003,pairedt-test).:改善:不変9(31.0%)2011(37.9%)183カ月6カ月図7TES治療前後の視野の変化A:TES治療前,B:TES治療3カ月後.ステロイドパルス治療後に視野は改善し,さらにTES治療によって改善した.0%20%40%60%80%100%図9TES治療による視力改善の割合上段:TES治療3カ月後,下段:TES治療6カ月後.今回の検討では,0.2logMAR以上視力が悪化する症例はなかった.(53)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012775 方法が異なるもののTES治療のほうが成績は若干上回っていると考える.おわりに本稿では,これまでに筆者らが行ったTES治療の基礎研究および臨床研究について述べた.TES治療による患者の視力や視野の改善のメカニズムについては,不明であり,動物モデルを用いて検討しているところである.おそらく,これらの疾患では,最初の傷害による細胞死を免れたRGCで機能していない状態のRGCが存在していると考えられ,電気刺激によってMuller細胞から産生されたIGF-1などが作用した結果,それらのRGCの機能が回復したのではないかと考えている.このTES治療の有効性を判断するための臨床試験については,研究デザインを変更し,大阪大学医学部附属病院臨床研究倫理審査委員会の承認を新たに受け(承認番号10088,課題名難治性網膜視神経疾患に対する経角膜電気刺激治療,承認日平成22年12月24日)(UMIN試験ID:UMIN000005049),臨床研究を行っている段階でありTES治療の有効性についてはまだ十分に確定していない.しかしながら,TES治療は簡便でほとんど侵襲がないため,患者の負担も少ない.そのため,従来の治療に反応しないNAIONに対して,一度は試してみてもいい治療であると考える.筆者らは,今後さらに研究を進め,将来的には,一般の眼科診療で用いられるようにしたいと考えている.文献1)HayrehSS,ZimmermanMB:Non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,20082)NewmanNJ,SchererR,LangenbergPetal:IschemicOpticNeuropathyDecompressionTrialResearchGroup:ThefelloweyeinNAION:reportfromtheischemicopticneuropathydecompressiontrialfollow-upstudy.AmJOphthalmol134:317-328,20023)FujikadoT,MorimotoT,MatsushitaKetal:Effectoftranscornealelectricalstimulationinpatientswithnonarteriticischemicopticneuropathyortraumaticopticneuropathy.JpnJOphthalmol50:266-273,20064)PottsAM,InoueJ,BuffumD:Theelectricallyevokedresponseofthevisualsystem(EER).InvestOphthalmol7:269-278,19685)三宅養三,柳田和夫,矢ケ崎克哉:EER(ElectricallyEvokedResponse)の臨床応用.(1)正常者のEERの解析.日眼会誌84:354-360,19806)三宅養三,柳田和夫,矢ケ崎克哉:EER(ElectricallyEvokedResponse)の臨床応用.IV.視神経疾患のEER.日眼会誌84:2047-2052,19807)Galli-RestaL,EnsiniM,FuscoEetal:Afferentspontaneouselectricalactivitypromotesthesurvivaloftargetcellsinthedevelopingretinotectalsystemoftherat.JNeurosci13:243-250,19938)LidenR:Thesurvivalofdevelopingneurons:areviewofafferentcontrol.Neuroscience58:671-682,19949)MorimotoT,MiyoshiT,FujikadoTetal:Electricalstimulationenhancesthesurvivalofaxotomizedretinalganglioncellsinvivo.Neuroreport13:227-230,200210)MorimotoT,MiyoshiT,MatsudaSetal:TranscornealelectricalstimulationrescuesaxotomizedretinalganglioncellsbyactivatingendogenousretinalIGF-1system.InvestOphthalmolVisSci46:2147-2155,200511)MorimotoT,MiyoshiT,SawaiHetal:Optimalparametersoftranscornealelectricalstimulation(TES)tobeneuroprotectiveofaxotomizedRGCsinadultrats.ExpEyeRes90:285-291,201012)HayrehSS,ZimmermanMB:Nonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:naturalhistoryofvisualoutcome.Ophthalmology115:298-305,2008776あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(54)

非動脈炎性虚血性視神経症にステロイド投与は有効か?

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):763.769,2012非動脈炎性虚血性視神経症にステロイド投与は有効か?IsSteroidTreatmentEffectiveforNon-ArteriticIschemicOpticNeuropathy?中馬秀樹*はじめに非動脈炎性虚血性視神経症(non-arteriticischemicopticneuropathy:NAION)は,乳頭浮腫を生じ(図1a),視機能の低下をきたす(図1b),難治性の疾患である.自然経過では,3分の2の症例で視力回復はなく,3分の1の症例で,わずかな視力回復がみられる1).急性期の視機能低下に関して現在までにさまざまな治療法が試みられてきた2).抗血栓療法,Tenon.下血管拡張剤注射,眼圧降下剤静脈注射,星状神経節ブロッa図1非動脈炎性虚血性視神経症の急性期の乳頭浮腫(a)と視野欠損(b)ク,アスピリン,高圧酸素療法とレボドパ投与,レボドパ単独投与,視神経鞘切開術,経硝子体視神経切開,brimonidine点眼療法,経角膜電気刺激,LDL(低密度リポ蛋白)吸着療法,視神経乳頭切開,硝子体乳頭牽引切除,トリアムシノロン硝子体内注入,抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体硝子体内注入,経口ステロイド内服などがある.近年,NAIONの治療として,ステロイド治療が注目を集めている.その可能性と問題点を考えたい.b*HidekiChuman:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕中馬秀樹:〒889-1692宮崎県宮崎郡清武町大字木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(41)763 Iステロイド治療のスタディステロイド内服加療Floudsらは,ステロイド加療(60mg/日)により13人中11人(85%)のNAIONが視力改善し,無治療群では11人中5人(45%)で視力が改善したと報告した3).Hayrehらは,ステロイド治療〔40.60mg/日のプレドニゾロン,初期は40unitsのACTH(副腎皮質刺激ホルモン)も投与〕により8人中6人(75%)が視力改善し,2人が視力不変または悪化したと報告した4).2007年に,Hayrehらは,591人の連続して受診したNAION症例(749眼)に関して報告した.臨床記録から,237眼が発症2週間以内にステロイド加療を受け,343眼はステロイド加療を受けなかった.ステロイド加療のプロトコルは,初期は毎日80mg,2週間後から5日ごとに70mg,60mgと減量し,その後5日ごとに5mgずつ40mgまで乳頭浮腫が消失するまで減らした.そしてそこから急速に減量し中止した.多くの患者は,治療は約2カ月に及んだ.このスタディではステロイド加療を2週間以内に開始した場合,乳頭浮腫が消失するまで6.8週間かかり,無治療では8.2週かかった(p<0.0001)5).2008年に,Hayrehらは,1973年から2000年まで,613人(696眼)のNAIONのうち,312人(364眼)は全身ステロイド内服療法を受けることを自ら選択し,301人(332眼)は無治療を選択した.ステロイド療法を選択した312人のうち,236人が発症後2週間以内に治療を受けた.初診時,すべての患者は詳細な眼科的評価,視力検査,視野検査が施行された.そして,視機能の改善が評価項目であった.ステロイド投与群は,プレドニゾロン80mg/日2週間,70mg5日間,60mg5日間,その後5日ごとに5mgずつ減量した.平均経過観察期間は3.8年であった.発症時視力が20/70より悪い症例で,2週間以内に治療したものは,6カ月後,視力が少なくとも3段階以上向上したのがステロイド投与群では69.8%〔95%信頼区間(confidenceinterval:CI):57.3.79.9%〕,コントロール群では40.5%(95%CI:29.2.52.9%)であった.視力改善のオッズ比は3.39(95%CI:1.62.7.11,p=0.001)であった.同様に,Hayrehによって規定された視野基準で中等度から764あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012重度視野欠損があり,発症後2週間以内に治療したもので,治療後6カ月で視野の改善したものがステロイド投与群では40.1%(95%CI:33.1.47.5%)であった.無治療群では視野が改善したものは24.5%(95%CI:17.7.32.9%)であった.視力改善のオッズ比は2.06(95%CI:1.24.3.49,p=0.005)であった.Hayrehは,急性期のステロイド治療を行うと,無治療に比較して,有意に(p=0.001)視力改善と有意に(p=0.005)視野の改善が得られると結論づけた6).IIトリアムシノロン硝子体内注入Kaderliら7)は,NAION4例4眼に,低濃度(4mg)のtriamcinoloneacetonideを硝子体内注入した.視力低下10.22日後で,視力0.1以下の症例が選択された.コントロール群(無治療)6例と比較し,少なくとも9カ月経った時点で評価した.治療群では,最終受診時に平均6.2段階改善した.乳頭浮腫は注入後1週間で顕著に減弱し,3週間までに全例消失した.コントロール群では最終受診時に平均1.3段階改善し,乳頭浮腫は注入後2.4週間までに消失した.Kaderliらは,4mgトリアムシノロン硝子体内注入は,より良好な視力改善と乳頭浮腫のより早い改善が得られる,しかし,視野の改善は得られなかったと結論づけた.トルコから4つ,韓国から1つ4mgトリアムシノロン硝子体内注入のスタディが報告されている.すべての症例でいくらかの視力改善が得られており,これらを報告した著者らは乳頭浮腫も改善したと結論づけた.しかし,治療による効果はなしと結論づけた報告もある.Jonasら8)は,視力低下から1週間以内のNAION3症例に20mgtriamcinoloneacetonideの硝子体内注入を行った.その結果,3.5カ月後に,1人の患者で視力が0.10から0.20に,2人目は0.50から0.20に,3人目は0.16から0.20に変化した.Goldmann視野で改善はみられなかった.1眼は,術後に高眼圧を呈した.IIIこれらのスタディに対する考えこれらの臨床治療結果をみて,どのように感じるであろうか?特にHayreh先生の論文は,症例数も多く,魅力ある,説得力のある結果である.NAIONに対する(42) ステロイド治療の是非が近年問われているのは,このスタディの結果に起因するところが大きい.しかし,われわれには忘れてはならない教訓がある.それは,NAIONに対する視神経鞘減圧術の効果についてのIschemicOpticNeuropathyDecompressionTrial(IONDT)で,多施設ランダマイズ研究の結果得られた結論である1).1980年代後半,NAIONに対する視神経鞘減圧術は少数例の臨床研究では効果的であるように思われていた.発端は,1989年,Sergottらが,ArchivesofOphthalmologyにはじめてNAIONに対する視神経鞘減圧術の治療成績を報告した9)ことである.視神経鞘減圧術を行ったprogressiveIONの14例中12例が改善し,nonprogressiveION3例中1例のみが術後に改善したことを報告した.そして,nonprogressiveION15例中2例しか自然改善しなかった.彼らは,視神経鞘減圧術は,progressiveIONには有用で,nonprogressiveIONには効果がないと結論づけた.それを確認するため,多施設無作為治療トライアルが計画され,実行された.その結果,最初の登録から24カ月以内にDataandSafetyMonitoringCommitteeは,244症例をランダムに振り分けた時点で,この研究を終了させた.データは,手術は効果がなく,かえって悪い効果があることを証明した.また,手術を行わなかった症例のうち42%もの症例が6カ月後に視力改善が得られた.このスタディで,やはりランダマイズされた研究でないと,その治療効果はわからないということが判明したのである.Hayrehらが報告した多数例のスタディは影響が大きかった.しかし,多施設ランダマイズ研究ではなかったことから,その是非が賛成派と反対派に分かれ,現在も議論されている.それでは,NAIONの患者に対して米国の神経眼科医はステロイド投与をどのように考え治療を選択しているのだろうか.以下,Hayrehらのスタディへの意見が書かれた論文を参照したい.1.賛成派の意見はどのようなものか?賛成派の意見として,AndrewLee先生の意見を紹介する10).(43)Hayrehらのスタディは,信頼できる情報源から出ているので,患者がこの情報について聞く機会をもつことを無視することはできないだろう.わたし(AndrewLee先生)は,Hayrehらのスタディの結果を示し,それが現在議論になっていることを説明している.また,スタディの症例の抽出方法がランダマイズされたものではないことも説明している.わたしは,Hayrehらのスタディは,仮説を形成するのに有用であると信じている.そして,それを確認するためにはランダマイズされた臨床研究が必要であるとわかっている.しかし,最悪なことの一つは,NAIONのような治療法がない疾患に罹患した患者に“何もすることができない”と説明することである.加えて,ステロイドは高齢者や高血圧,糖尿病を悪化させる全身的副作用があることもわかっている.わたしは,患者が視機能障害の程度が小さいとき,重症な糖尿病,高血圧があるとき,感染症があるとき,消化管潰瘍の既往があるときはステロイド治療をしない方向にもっていく.一方,視力が20/70より悪く,発症から2週間以内であり,ステロイドの重症な副作用の可能性がなければ,ステロイド治療に関する情報を与えて,ステロイド療法を選択するかしないかを決める機会を与えている.必然的に,何もすることができないと言われた患者は,必死に治療に関する情報を探し,ステロイド治療などの他の選択肢が報告されている治療リストを見つけることになるだろう.わたしは,患者がインターネットで情報を見いだすよりは,患者から質問され,患者が医者から情報を受け取るほうを好む.わたしは,視力が20/70より良く,発症から2週間たっており,ステロイドの重症な副作用の可能性があれば,ステロイドは投与しない.ほかに以下の3つの状況でステロイドを投与する.1.視力低下が起こっていないがNAIONによる乳頭浮腫が起こっている場合,2.患者が片方の眼しか残っていない場合,3.両眼同時発症のNAIONの場合.最後に,わたしは,ステロイド治療が脳梗塞に効果的でないということは認識している.しかし,虚血がNAIONの原因であるかどうかというのは,まだ明らかにされていない.炎症,機械的なもの,静脈閉塞などのあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012765 機序も推察されている.これらのどの機序にもステロイド治療はよい点がある.まとめると,ランダマイズされた臨床研究が行われるまで,ステロイド治療は,医者が決めるのではなく,個々の患者の状況に応ずるべきである.わたしの意見としては,血管危険因子を治療し,患者が決定できるように十分な情報を与え,議論の多いところから治療決定のために信頼できる情報源として行動することである.2.反対派の意見はどのようなものか?反対派の意見として,ValerieBiousse先生の意見を紹介する10).多くの医者がNAIONにステロイド治療を行っているけれども,それはClass1のエビデンスに沿っているわけでなく,重篤な副作用の可能性もある状態で行っている.効果的な治療法がなく,“何もすることができない”というのを患者に説明し,患者の納得を得るのはとても大変で,ストレスフルな作業である.したがって,10%もの医者がステロイド内服治療を行い,19%もの神経内科医がステロイド大量点滴療法を行っていることも理解できる.これらの背景には,2つのステロイド内服が有効であったというHayrehの報告とそれに続くステロイド硝子体注射の有効性を述べた報告が影響を与えている.しかし,これらにはまだ十分に議論する余地があると考える.NAIONの原因はよくわかっていない.最小血管の視神経に対する虚血が考えられているけれども,まだ確実に決定されていない.短後毛様動脈からの動脈輪への血流供給の境界が視神経乳頭の上下にあり水平半盲をきたしやすい.また,蛍光眼底造影所見より視神経乳頭とその周囲の脈絡膜低蛍光がみられることから虚血性に起因することは考えられるけれども,これらの適切な動脈の組織病理的なスタディは行われておらず,動脈硬化か血栓が原因かもわかっていない.静脈閉塞が原因であるとの報告もあるが,あくまでも推論である.多くの,よくデザインされた臨床研究で,ステロイドは中枢神経系の動脈閉塞や静脈閉塞に効果がないことが判明している.実際,ステロイドは急性脳虚血に有害であって,投与すべきでないとされている.同様な考えは766あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012NAIONにも当てはまる.高齢の,血管危険因子をもつ,虚血性が最も考えられる疾患だからである.当初は急性脳外傷の際の脳浮腫に有効であるとされ,現在でも脳腫瘍や細菌性髄膜炎に合併した脳浮腫に治療されている.しかし,ときを経て,外傷性の急性脊髄損傷に対するステロイドの効果は限界があり,外傷性脳障害や外傷性視神経症にはステロイドは投与すべきでないといわれている.一般的に,ステロイドは眼科的疾患で投与されているけれども,それらは糖尿病網膜症や静脈分枝閉塞症などの網膜レベルでの浮腫に対するものである.OCT(光干渉断層計)を用いた研究で,NAION76人中8人で発症後4週間黄斑浮腫がみられたという報告があるが,それらは改善される視機能障害の原因で,非可逆的な視機能障害は視神経に対する虚血であるようである.したがって,ステロイドで黄斑浮腫を消失させる必要はない.小乳頭がNAION発症の危険因子で,発症し浮腫が起これば軸索流を停滞させ,視神経内の血流を障害させ,神経機能が低下するというコンパートメント症候群が視機能障害を悪化させる.そのため,乳頭浮腫の期間を短縮させ,そのコンパートメント症候群を緩和させる治療法が行われてきた.NAIONの乳頭浮腫は数週間続く.最近のスタディでは自然経過での平均期間(25.75パーセンタイル)は7.9週であったと報告されている.改善するまでの期間は糖尿病患者が,有意に長かった.また,多因子解析により視野や視力が悪いほどより改善が早かった.しかし,これらの結果は,浮腫を早く改善させるほど視機能改善がよいというエビデンスではない.興味深いことにステロイドを使うことにより血管透過性を減弱させることにより乳頭浮腫を早く改善させるという機序が用いられている.これらが,上述したステロイド内服やステロイド硝子体内注射の有効性の機序とされている.Hayrehらが,多数のNAION症例を用いたスタディを行い,ステロイド内服の有効性を述べているが,ランダマイズされておらず,患者の自己選択により,ブラインドされていない.乳頭浮腫が治療群のほうが早く改善したということであるが,非治療群のほうが血管危険因子(特に糖尿病)が多い.したがって,他覚(44) 的な解析ができない.しかも著者らは糖尿病患者のほうが浮腫が長引くことを以前に報告している.NAIONは,医者にとってはフラストレーションがたまり,患者にとってはしばしば悲劇的である.その病態生理は明らかでなく,どの治療法も効果的でない.ステロイド療法も議論が分かれるところであり,ステロイドは乳頭浮腫を早く改善させるかもしれないけれども,早い乳頭浮腫の改善がよりよい視機能の改善になるかどうかは明らかなエビデンスがない.加えて,ステロイドが効果のあるとされる黄斑浮腫も,その治療がNAIONの視機能改善に与える効果は限られている.近年行われてきた研究は注意深く解析する必要があり,すぐに治療へ適用するのではなく,さらなる病態生理やより効果的な治療法への開発への研究へ広げるための議論をすべきである.わたしはステロイドをNAION治療に用いることを推奨せず,動脈炎性の虚血性視神経症のみに使うべきであると考える.3.これに対するLee先生の反論は?10)Biousse先生は,この議論の反対意見をとても素晴らしく述べた.わたしは,NAIONの治療がClass1のエビデンスに沿ったものでないことは十分承知している.しかし,有効性の証拠の欠如は,有効性の欠如の証拠にはならない.黄斑浮腫の減少がNAIONの視力改善の一つのメカニズムであることは興味深い.高解像度のOCTを用いることで網膜下液の残存がより観察されるかもしれない.結局,ゲーテが述べたように,「われわれは知っていることしか探そうとしないし,探そうとしたものしか見つけることはできない」.最後に,われわれのHoustonの患者は,証明されていようがいまいが,議論のある治療法もすべてひっくるめてあらゆる治療法に関する情報を知りたがる.わたしの役目は,情報を与え,アドバイスし,いくつかのオプションを推薦することであって,どのような治療を行うかを決定することではないと思う.わたしの意見のリトマス試験紙は「もし自分の眼だったらどうしますか」である.(45)4.これに対するBiousse先生の意見は?10)Lee先生は,NAIONを治療する際に,datafreezoneが存在することを述べた.医学の歴史はエビデンスなしの治療の例で満ちており,後で結局は効果がなく,逆に有害であることが判明している.視神経鞘切開術,外傷性視神経症や外傷性脳症に対するステロイド療法,視神経炎に対する経口ステロイド,脳梗塞に対する抗凝固薬投与,内頸動脈血管内皮.離術などはその例である.わたしは,患者に“何もすることができない”とは決して言わない.わたしは注意深く治療のオプションの重み付けを行う.でもわたしは患者のリクエストに応じて処方することはない.実際,医者の役割の一つは治療を患者に行うか行わないか決定することであって,ほとんどの患者はこのような決定をしたこともないし,トレーニングも受けていない.5.この議論に対するHayreh先生の意見は?11)上述の議論に対して,Hayreh先生が意見を述べている.Hayreh先生らのスタディへの反論があった論点として以下の3点をあげている.(1)NAIONがステロイド治療で改善する科学的根拠一次的,二次的な変化が起こり,乳頭浮腫を生ずる.一次的な変化は虚血により軸索流の停滞が起こる.そして血管変化と漏出(蛍光眼底造影検査で示される)が二次的に起こる.ステロイドは血管透過性を抑えるという確かな証拠がある.ステロイド療法がNAIONに効果的であるというシナリオは,こうである.ステロイドでより早期に乳頭浮腫が改善する→視神経乳頭の微小血管への圧迫が減弱される→視神経内の血液循環が改善される→低酸素状態の軸索の機能が改善する.おそらくステロイドにはフリーラジカルによるダメージを抑制するなどの他の効果もある.したがって,ステロイドのNAIONに対する効果には科学的な理論がある.(2)ランダマイズされていない十分な費用を準備することができなかったので,わたしはランダマイズされたスタディよりも患者が選択する,後ろ向きのコントロールスタディを行った.それは2番目によい選択である.すべてのわたしのクリニックに来る患者は自由に選択するかどうかを決められた.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012767 このスタディでは,51%がステロイド治療を選択し,49%が無治療を選択した.したがって,治療群と無治療群の数は同等である.2つのグループ間で,視力,視野,全身状態は有意な差はみられなかった.ただし,治療群が少し若かった(59.2vs62.0歳)のと,高血圧の割合が少なかった(34%vs43%).これらの因子が視機能の転帰に影響を与えるかどうか決定するためには統計解析でlogisticregressionmodelで証明されなければならないが,それらは視機能に差を与えなかった(年齢:p=0.8;高血圧:p=0.6).Point-Counterpointで指摘された点とは異なり,糖尿病や他の危険因子は両群間で差はみられなかった.(3)データがマスクされた状態で集められていないデータ収集にバイアスがかかっていないことは,以下のことから証明される.視力:われわれの結果はIschemicOpticNeuropathyDecompressionTrial,ランダマイズ,マスクされたスタディ,の結果と鏡合わせである.そのスタディでは,無治療群で,発症後2週間以内に診察され,発症時の視力が20/70より悪く,43%の症例で視力改善がみられた.わたしのスタディでは,まったく同じ条件で,無治療群で41%改善している.どちらのスタディでも視力は6カ月まで改善している.このことは視力のデータにバイアスがかかっていないことを示す.視野:視野は,診断がわかっていない検査員が測定している.視野は3人の神経眼科医が別々にマスクされた状態で診断を知らずに評価している.以下の3つの点もNAIONのステロイド治療に重要な役割を果たしている.(1)多くの,よくデザインされた臨床研究で,ステロイドは中枢神経系の動脈閉塞や静脈閉塞に効果がないことが判明している,という議論があったが,この議論自体が基本的におかしい.脳梗塞は血栓によるものである.ステロイド治療は,そのような状況では役立たない.それに反して,NAIONは,血流不全によるものであることが証明されており,血栓によるものよりも程度が軽い.このように,脳梗塞とNAIONは関連づけるこ768あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012とができず,同等に扱うことは間違いである.(2)NAIONの治療に関して議論が生じる一つの大きな理由は,病態生理が深く理解されていないからのようである.その点に関して,わたしは,他の雑誌で詳しく述べている.さまざまなエビデンスから得られる結論は,NAIONの病態生理は複雑であるけれどもしばしば述べるように,わからないわけではない,ということだ.(3)多くの医者は患者を,特に高齢であれば高濃度のステロイドで治療したくないようである.45年間,わたしは何千という多くの眼科的疾患をもつ患者を高濃度のステロイドで治療してきた.わたしの臨床経験では,ステロイドは安全に使用でき,しかし投与された患者はきちんと観察されるべきである.わたしの見解は従来のNAIONの管理に挑戦していることはわかっている.わたしは仲間に,このスタディを,バイアスのかからない,オープンマインドで,患者を助けたいという気持ちで見てほしい.NAIONの視機能の破壊を考えると,われわれの患者は投与に値するにほかならない.まとめNAION患者のステロイド投与は有効かという命題は,多施設ランダマイズ研究の結果を得るまで明らかではないが,上述の3人の神経眼科医の意見を日々の診療の手助けとしていただきたい.なお,筆者らの研究では,ステロイド投与で乳頭浮腫の程度が軽減される結果を得て,その有効性を実験動物レベルでは証明することができている12).自分の治療の選択は,基本的にはステロイド投与は行っていない.ただし,乳頭浮腫が強く,コンパートメント症候群によりさらなる視機能の低下の可能性があり,糖尿病がなければ投与する意味があるのではないかと考えている.文献1)TheIschemicOpticNeuropathyDecompressionTrialResearchGroup:Opticnervedecompressionsurgeryfornonarteriticanteriorischemicopticneuropathy(NAION)isnoteffectiveandmaybeharmful.JAMA273:625-632,19952)AtkinsEJ,BruceBB,NewmanNJetal:Treatmentof(46) nonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.SurvOphthalmol55:47-63,20103)FouldsWS:Visualdisturbancesinsystemicdisorders:opticneuropathyandsystemicdisease.TransOphthalmolSocUK89:125-146,19704)HayrehSS:Anteriorischaemicopticneuropathy.III.Treatment,prophylaxis,anddifferentialdiagnosis.BrJOphthalmol58:981-989,19745)HayrehSS,ZimmermanMB:Opticdiscedemainnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol245:1107-1121,20076)HayrehSS,ZimmermanMB:Nonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,20087)KaderliB,AvciR,YucelAetal:Intravitrealtriamcinoloneimprovesrecoveryofvisualacuityinnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.JNeuroophthalmol27:164-168,20078)JonasJB,SpandauUH,HarderBetal:Intravitrealtriamcinoloneacetonidefortreatmentofacutenonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.GraefesArchClinExpOphthalmol245:749-750,20079)SergottRC,CohenMS,BosleyTMetal:Opticnervedecompressionmayimprovetheprogressiveformofnonarteriticischemicopticneuropathy.ArchOphthalmol107:1743-1754,198910)LeeAG,BiousseV:Shouldsteroidsbeofferedtopatientswithnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy?JNeuroophthalmol30:193-198,201011)HayrehSS:Roleofsteroidtherapyinnonarteriticanteriorischaemicopticneuropathy.JNeuroophthalmol30:386-390,201012)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症:動物モデル作成と治療への応用.日眼会誌116(臨増):91,2012(47)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012769

レーザースペックル法の視神経疾患への応用

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):757.761,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):757.761,2012レーザースペックル法の視神経疾患への応用EvaluationofOpticNerveDisorderUsingLaserSpeckleFlowgraphy前久保知行*はじめに近年,レーザースペックル法を用いた研究報告が多くみられる.原田病などの脈絡膜疾患1),網膜静脈閉塞症2)などの網膜疾患への評価や,抗血管内皮増殖因子薬3),光線力学的療法4)などの治療前後での血流変化を評価したものなどが報告されている.その結果は,非常に興味深いものであり,新たな知見も得られている.レーザーを生体組織に照射すると,反射散乱光が干渉し合い,ランダムな斑点模様が形成される.これをスペックルパターンとよぶ.赤血球などの散乱粒子が移動することで時間とともに変化するこのスペックルパターンを解析することで,血流動態の評価に応用されるようになった5).測定装置にも進歩がみられ,血流速度だけではなく,組織血流量を評価することができるようになり6),研究にも進歩がみられる.レーザースペックルフローグラフィーシステム(laserspeckleflowgraphysystem:LSFG)を応用した測定機器であるLSFGNAVI(ソフトケア,福岡)は,2008年に網脈絡膜循環における評価機器として承認を受け,発売された.今まで,循環評価に用いられてきた蛍光眼底造影の問題点として,薬剤性のショックやリアルタイムでの血流の定量化が困難であること,継続的なフォローアップには不向きなことなどがあげられる.それに対して,このLSFGは撮影,評価のうえでいくつかの問題点はあるものの,非接触に数秒で撮影でき,非侵襲的に評価できることから,画期的な評価法になりうる可能性がある.今までのところ,視神経への評価としての報告は,緑内障に対するものだけである.今回,このLSFGを用いた視神経への応用について,今までの報告を紹介するとともに視神経疾患に対する診断への応用として自験例も含め,検討を行い報告する.I緑内障への応用視神経乳頭の循環動態と緑内障性視神経障害との関連を示唆する報告は多く,緑内障の進行に血流が大きく関わっていることが知られている.しかし,今までの報告では,視神経乳頭局所の血流を定量的に評価することがむずかしかった.LSFGを用いることで,直接的に視神経乳頭の血流と視野との関連を検討したものや光干渉断層計(OCT)を用いた網膜神経線維層との相関を評価したものの報告がみられる.柴田らの報告7)では正常群と視野障害のないpreperimetricglaucoma群との比較と病期別の緑内障群の評価が行われ,正常眼に対し,preperimetricglaucoma群では下方の組織血流量が低下していた.これは,緑内障性の変化において,自動視野計における視野障害よりも先に乳頭に変化がみられていることと一致しており,視野障害よりも先に乳頭循環障害が存在していることを示唆した.また,視野障害の進行に一致して乳頭組織血流が低下していることからも,両者の関連性が示唆されている.Yokoyamaら8)は,近視性緑内障視神経乳頭で視神経線維層欠損と視野欠損を認めている症例における視神経乳頭循環との相関を評価し*TomoyukiMaekubo:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕前久保知行:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(35)757 た.Humphrey静的視野計,OCTによる網膜神経線維層厚と乳頭血流との間に相関が認められたと報告している.このように視野や網膜神経線維層と血流が相関することは,過去の報告からも示唆されていたが,低侵襲に定量化し,評価できることは非常に有用であるものと考える.正常眼圧緑内障が多い日本人において,このLSFGでの評価は,緑内障に対する新たな評価法として確立していく可能性があると考えられる.また,緑内障治療薬であるプロスタグランジン関連薬9,10),炭酸脱水酵素阻害薬11),b遮断薬の乳頭血流への影響の評価にLSFGが用いられ,報告されている.プロスタグランジン関連薬,炭酸脱水酵素阻害薬では乳頭血流増加作用が報告されている.b遮断薬の代表的薬剤であるチモロールは,眼圧下降により眼循環を増加させる可能性がある一方で,もともと末梢血管収縮作用を有するためこれまでの血流の評価はさまざまである.今後,多数例での治療による乳頭血流の変化と視野障害進行などに関する評価がなされることで,治療における血流の重要性がさらに解明されてくるものと考える.II測定条件,評価についてLSFGで視神経疾患への応用を検討するうえで重要になると考えるのが,測定条件と評価方法である.それは,評価方法など一部確立されたものがないためである.当院での方法に関して,簡単に列挙する.撮影は,暗室にて散瞳後5mm以上の瞳孔径を確認し,LSFGNAVIを用いて行う.測定の再現性については,視神経乳頭部の変動係数が9.5%と報告12)されており,同一検者が3回繰り返して撮影を行い,その平均値で評価を行う.血流の指標にはmeanblurrate(MBR)を使用し,その組織の血流を示すmeantissue(MT)の測定値で比較する.MBRは,過去の報告から実際は,血流速度を測定するものであるが,その値は血流量に相関することがわかっている6).血流測定領域の決定は眼底写真で確認し,視神経乳頭辺縁を選択し,楕円形の領域において測定した(図1).測定時の問題点としては,レーザーを照射してその反射光で評価しているため,角膜混濁や白内障,硝子体混濁などの中間透光体の混濁の影響を受け758あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012ab図1LSFG血流マップ血流が多い部位は暖色系で,少ない部位は寒色系で示される.視神経乳頭辺縁を決定し,選択的に視神経乳頭の血流量を評価する.やすい点がある.評価のうえでの留意点としては,この血流の指標であるMBRは絶対値ではなく,相対値であるということである.各個人の同一組織での再現性は良好であるが,個人や組織が変わると単純にその値で比較することはできない.そのため,筆者らはまず健常ボランティアの血流を評価し,その血流が左右眼で差がないことを確認し,各疾患で患眼と僚眼との間で比較を行い,評価することとした.III非動脈炎性虚血性視神経症と前部視神経炎との鑑別への有用性筆者らは,このLSFGが視神経疾患の診断に応用できないか検討している.成人の急激な視力障害を呈する視神経疾患の代表は,非動脈炎性虚血性視神経症(nonarteriticischemicopticneuropathy:NAION)と視神(36) 経炎(opticneurtitis:ON)である.臨床の場では,この両者の鑑別に難渋する場合をしばしば経験する.これは,視神経所見や視野所見などの眼科的検査所見だけでは,鑑別がむずかしいこと13,14)がいわれており,日本人では視神経炎に典型的な眼球運動痛が56%にしか認めず,乳頭浮腫を生じる前部視神経炎(anteriorON:AON)を呈する場合が50%に認められると報告15)されている.つまり,急性の視力障害を呈し,乳頭浮腫を認めているものをきちんと鑑別することは意外にむずかしいこととなる.NAIONの病因は,視神経乳頭の血流供給の中心となる短後毛様体動脈の急性虚血の結果であると考えられている.短後毛様体動脈は篩状板レベルの強膜内に入り,存在に関しては議論があるもののZinn-Haller動脈輪を形成するとされる.同部分は相互の血管吻合が少ないため,この分水嶺での血流低下がNAIONを生じると考えられている.LSFG-NAVIのレーザー波長は830nmであり,眼底においては脈絡膜循環が92%,網膜循環が8%に反映することが知られている.つまり,このLSFGはNAIONの虚血部位である篩状板レベルの血流を鋭敏に反映していることが考えられ,視神経乳頭の血流評価において強力な武器になりうる可能性があり,そabdれを利用することを考えた.ここで代表例を1例ずつ提示する.症例1:64歳,男性.5日前より右眼下方のかすみを自覚した.眼痛,眼球運動痛はなかった.既往歴として糖尿病がみられた.視力は右眼(0.8),左眼(1.0),対光反応は右眼遅鈍で不完全,右眼はRAPD(relativeafferentpupillarydefect)陽性であった.視神経乳頭は乳頭浮腫(図2a),視野は下方水平半盲様の視野欠損(図2b)であった.LSFGにて患眼視神経(図2c)MT値は6.2であったのに対して,僚眼(図2d)は12.1と患眼の明らかな血流低下が示唆された.その後,視機能障害の変化はなく,6カ月後の評価のうえで虚血性視神経症と診断した.症例2:70歳,女性.7日前より右眼が暗く見えるとの訴えで受診した.眼痛,眼球運動痛はなかった.視力は右眼(0.7),左眼(1.0),対光反応は右眼遅鈍で不完全,右眼はRAPD陽性であった.視神経乳頭は乳頭浮腫(図3a),視野検査(図3b)にて下方に感度低下を認めた.LSFGでの患眼視神経MT値は14.3であり,僚眼の13.2よりも高値を示し,患眼での僚眼と比較して血流増加が示唆された.ステロイドパルス治療後,最終視力は1.0,視野も改善し,前部視神経炎と考えられた.abcd図2NAION症例(症例1)図3A.ON症例(症例2)a:右眼眼底写真,b:静的視野検査,c:LSFG患眼,a:右眼眼底写真,b:静的視野検査,c:LSFG患眼,d:LSFG僚眼.d:LSFG僚眼.(37)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012759 この2症例は,急性発症で眼球運動痛を伴わず,視野障害も下方水平半盲様の視野障害を呈した症例であった.初診時に対光反応を評価したのちに,散瞳検査へと進んでいく検査のなかでLSFGの撮影を行った.明らかなNAIONの症例では血流低下を示し,A-ONの症例では血流のわずかな上昇を示す結果であった.この結果から,両者の鑑別にLSFGが有用である可能性が示唆され,さらなる検討を行っている.IV蛍光眼底造影との比較NAIONでは短後毛様体動脈の閉塞により,視神経乳頭周囲の脈絡膜循環不全を生じることが知られている.そこで,フルオレセイン蛍光眼底造影(FAG)と比較を行うと,FAGでの低蛍光を示す領域に一致してLSFG画像においても血流量の低下を示しており,結果は一致するものであった(図4).しかし,NAION症例の全例で視神経乳頭周囲の脈絡膜循環不全を生じているわけではなかった.これは,血管閉塞部位に関連するものと考えるが,以前の蛍光眼底造影での報告と一致した.V今後の課題撮影時の問題としては,角膜,水晶体の混濁の影響を受けやすいことがあげられる.白内障Emery-Little分類でgrade2程度までの白内障であれば問題ないものの,それより強い白内障があると画像が不鮮明となる.撮影時間が約4秒程度であり,固視不良の症例ではやや信頼性のある画像を得るのがむずかしい印象である.また,評価法では撮影で得られるMBRの値をどのように評価していくか検討が必要である.それは,MBRが絶対値ではなく,相対値であり,単純に他の個体・組織との比較ができないためである.今回の検討では,片眼性の症例を選び,比較対象を眼疾患のない僚眼を選択し,評価を行った.今後,健常人のデータも蓄積していき,測定値での個人間での直接比較ができるようになれば,さらに研究は進むものと考える.両眼性の乳頭浮腫を呈する疾患である両側前部視神経炎や原田病,うっ血乳頭などの症例に対しても撮影を行い,評価方法を検討していく必要があるものと考え,研究を進めている.760あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012abcd図4NAION症例におけるLSFG画像とフルオレセイン蛍光眼底造影(FAG)との比較a:眼底写真,b:FAG早期相,c:LSFG患眼,d:LSFG僚眼.おわりにこのLSFGは,検討しなければならない点はあるものの非常に手軽に,早期診断への一助となる可能性があり,非常に魅力的な評価機器であるといえる.今回示した結果からも片眼性の乳頭浮腫を認める視神経疾患であれば,まずLSFGを撮影することで乳頭血流の情報が得られ,診断に活かされる可能性がある.現在,血流量の比較のみではなく,さらに血流波形の解析なども進んできている.さまざまな疾患に対しての応用もされてきており,新たな知見が得られている.神経眼科の領域においても,今後このLSFGを用いた血流動態の解析が進むことで疾患の病態解明が進み,治療への発展がなされていくことを期待する.文献1)HiroseS,SaitoW,YoshidaKetal:ElevatedchoroidalbloodflowvelocityduringsystemiccorticosteroidtherapyinVogt-Koyanagi-Haradadisease.ActaOphthalmol86:902-907,20082)小暮朗子,田村明子,三田覚ほか:網膜静脈分枝閉塞症における静脈血流速度と黄斑浮腫.臨眼65:1609-1614,2011(38) 3)坂本理之,山本裕弥,田野良太郎ほか:レーザースペックルによる抗血管内皮増殖因子薬投与前後の血流測定.臨眼65:461-464,20114)新田文彦,國方彦志,中澤徹:レーザースペックルフローグラフィを用いた光線力学療法後の血流解析.臨眼65:863-868,20115)TamakiY,AraieM,TomitaKetal:Real-timemeasurementofhuanopticnerveheadandchoroidcirculationusingthelaserspecklephenomenon.JpnJOphthalmol41:49-51,19976)YaoedaK,ShirakashiM,FunakiSetal:MeasurmentofmicrocirculationintheopticnerveheadbylaserspeckleflowgraphyandscanninglaserDopplerflowmetry.AmJOphthalmol129:734-739,20007)柴田真帆,杉山哲也,小嶌祥太ほか:LSFG-NAVITMを用いた視神経乳頭辺縁部組織血流の領域別評価.あたらしい眼科27:1279-1285,20108)YokoyamaY,AizawaN,ChibaNetal:Significantcorrelationsbetweenopticnerveheadmicrocirculationandvisualfielddefectsandnervefiberlayerlossinglaucomapatientswithmyopicglaucomatousdisk.ClinOphthalmol5:1721-1727,20119)廣石悟朗,廣石雄二郎,藤居仁:トラボプロストとタフルプロストによる視神経乳頭循環への影響.臨眼65:471474,201110)杉山哲也,柴田真帆,小嶌祥太ほか:タフルプロスト点眼による原発開放隅角緑内障眼の視神経乳頭血流変化.臨眼65:475-479,201111)大黒幾代,片井麻貴,田中祥恵ほか:併用薬の違いによる1%ドルゾラミドの視神経乳頭の血流増加作用.あたらしい眼科28:868-873,201112)前田祥恵,今野伸介,松本奈緒美:CCDカメラを用いた新しいレーザースペックルフローグラフィーによる健常人における視神経乳頭および脈絡膜組織血流測定.眼科48:129-133,200613)WarnerJE,LessellS,RizzoJF,NewmanNJ:Doesopticnerveappearancedistinguishischemicopticneuropathyfromopticneuritis?ArchOphthalmol115:1408-1410,199714)RizzoJ,LessellS:Opticneuritisandischemicopticneuropathy.ArchOphthalmol109:1666-1673,199115)WakakuraM,Minei-HigaR,OonoSetal:BaselinefeaturesofidiopathicopticneuritisasdeterminedbyamulticentertreatmenttrialinJapan.JpnJOphthalmol43:127-133,1999(39)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012761

乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):750.756,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):750.756,2012乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定MeasurementofPeripapillaryRetinalNerveFiberLayerThickness宮本和明*はじめに網膜神経線維層は,網膜神経節細胞から出た軸索で構成されている.つまり,網膜神経線維層を観察することで,間接的に網膜神経節細胞を評価することが可能である.特に視神経乳頭周囲の網膜神経線維層は,視神経乳頭縁を通過する神経線維の数を反映し,これはすなわち,網膜神経節細胞の数とほぼ同じと考えられるので,乳頭周囲網膜神経線維層の評価は視神経疾患の病態診断に有用である.網膜神経線維層は,網膜神経線維層の厚みを測定することで評価できるが,非侵襲的に網膜神経線維層厚を測定できる診断機器が開発され,技術の進歩と相まって,神経線維層厚をμm単位の正確さで簡便に評価することが可能となった.これにより,網膜神経線維層の評価が容易となったが,測定する機器ごとに測定原理が異なるため,そのことをよく理解して測定結果を検討しないと,病態によっては誤った評価をしてしまう可能性がある.本稿では,乳頭周囲網膜神経線維層厚を測定する機器について,測定原理とその特性について概説し,その機器を用いての視神経疾患の評価,特に視神経乳頭が腫れている場合の測定結果とその測定結果の差異から乳頭腫脹の原因疾患を鑑別できるかどうか,その臨床応用の可能性について述べる.I乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定機器について乳頭周囲網膜神経線維層厚を測定する代表的な機器として,現在おもに,GDx(GarlZeissMeditecInc.,Dublin,CA)に代表される走査レーザーポラリメータ(scanninglaserpolarimeter:SLP)と光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の2つがあげられる.1.走査レーザーポラリメータ(scanninglaserpolarimeter:SLP)SLPは,神経節細胞軸索の有する構造性複屈折を利用し,偏光レーザーの眼底照射後に返ってくる速度の異なる2つの反射光の位相差(遅延)を測定することで,網膜神経線維層厚を数値化している1).複屈折とは,光線がある物質を透過したときに,その偏光の状態によって,2つの光線に分けられる性質のことをいう.細い管状のものが同じ方向に規則正しく配列している構造は複屈折性を有し,眼底では網膜神経線維内に存在する細胞骨格(特に微小管)や細胞膜,ミトコンドリアがそれに相当する2).その規則正しい配列の方向へは光線を入射しても光線が分かれず,その方向を光学軸という.この光学軸に垂直な光線を入射した場合,その光線が直交する2つの成分をもっていると,それぞれの反射光が位相差を生じる.SLPはこの位相差の量を測定し,一定の*KazuakiMiyamoto:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕宮本和明:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(00)750750750(28)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 比率で変換して網膜神経線維層厚を評価する.ここで注意しなければならないのは,SLPによる網膜神経線維層厚の評価の対象は神経線維の「複屈折」であり,太さそのものではないということである3).2.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)OCTは,近赤外光によって眼底組織を走査し,反射光の干渉現象によって網膜神経線維層厚を測定する.具体的には,光源として波長850nmの近赤外線低干渉光を用い,これを測定光と基準光に二分して,眼組織で反射した反射測定光とリファレンスミラーで反射した反射基準光の光エコーの時間的ずれとエコー波の強度を検出する.この光学的干渉測定によって得られた眼底の二次元的組織断層像をコンピュータ処理して画像化し,この断層像から網膜神経線維層を抽出してその厚みを測定する4).すなわち,OCTによる網膜神経線維層厚の評価の対象は,神経線維の太さそのものであるといえる5).このようにSLPとOCTは,測定原理の違いにより,網膜神経線維の評価対象が異なるため,測定結果による網膜神経線維層の評価の際には,十分注意する必要がある.II網膜神経線維層が薄くなっている場合の乳頭周囲網膜神経線維層厚について緑内障や視神経萎縮など,網膜神経線維層が薄くなる疾患の乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定については,SLPの代表的機器であるGDxとOCTはともにその威力を発揮する.図1は,緑内障症例の眼底写真であるが,矢尻で示している位置に網膜神経線維層欠損(nervefiberlayerdefect:NFLD)がみられている.この症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定をGDxを用いて行うと,図2に示すように,矢印の箇所に眼底のNFLDの存在する部位に対応して,網膜神経線維層の菲薄化がみられる.OCTでも同様に,同じ部位に網膜神経線維層の菲薄化がみられる(図3).このように,網膜神経線維層が薄くなっている場合は,GDxでの測定結果とOCTでの測定結果は非常によく似たパターンを示す.(29)図1緑内障症例の眼底写真(症例1)矢尻で示している位置に,網膜神経線維層欠損(nervefiberlayerdefect:NFLD)がみられる.RightFundusImageRightNerveFiberThicknessMapRightDeviationMap(fromNormal)RightNerveFiberLayer図2症例1のGDxで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚矢印で示す箇所に,眼底のNFLDの存在する部位に対応して網膜神経線維層の菲薄化がみられる.ちなみに,網膜神経線維層が正常もしくは薄くなっている症例において,GDxとOCTのそれぞれで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚の平均値をプロットすると,図あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012751 2001000TSNIT図3症例1のOCTで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚GDxでの測定結果と同様,矢印で示す箇所に,眼底のNFLDの存在する部位に対応して網膜神経線維層の菲薄化がみらTUSTSNNUNLINITTLれる.706050403020GDxによる測定値r=0.89406080100120140OCTによる測定値図4網膜神経線維層が正常もしくは薄くなっている症例におけるGDxとOCTで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚の平均値両者の測定値は強い正相関を示し,両者による乳頭周囲の網膜神経線維層の評価はほぼ同じと考えられる.4に示すように,両者の測定値は強い正相関を示す(自験例).III網膜神経線維層が厚くなっている場合の乳頭周囲網膜神経線維層厚について網膜神経線維層が薄くなる疾患に比べて,うっ血乳頭や虚血性視神経症,乳頭炎など,視神経乳頭が腫脹することによって網膜神経線維層が厚くなる疾患の乳頭周囲図5虚血性視神経症症例の眼底写真(症例2)視神経乳頭全体に腫脹と周囲に網膜出血を認める.網膜神経線維層厚の測定についてはあまり議論がなされていない.網膜神経線維層が薄くなる場合は,神経線維の数の減少はただちに神経線維層の厚みに反映されるため,神経線維の数の測定と神経線維層の厚みの測定はほぼ同義と考えて問題ないが,網膜神経線維層が厚くなる場合,その原因は個々の網膜神経線維の太さが太くなることであって,神経線維の数が増加するためではない.752あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(30) Microns3002001000TEMPSUPRightFundusImageRightNerveFiberThicknessMapRightDeviationMap(fromNormal)RightNerveFiberLayer図7症例2のGDxで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚ほぼ全周で95パーセンタイル値より小さい値を示し,視神経乳頭が腫脹しているとは言い難い結果である.すなわち,網膜神経線維層が厚くなる場合の網膜神経線維層の評価において,神経線維の「数」を測定して評価するGDxでの測定結果と神経線維の「太さ」を測定して評価するOCTでの測定結果には,乖離が生じるであろうことは容易に予想される.実際の症例を示す.図5は前部虚血性視神経症の症例で,視神経乳頭全体に腫脹と周囲に網膜出血を認める.この症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定をOCTを用いて行うと,図6に示すように,全周にわたり95パーセンタイル値を超えて神経線維層厚が厚くなっているというデータを示し,視神経乳頭の外観をよく反映している結果となる.つぎに,020406080100120140160180200220240図6症例2のOCTで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚全周にわたり95パーセンタイル値を超えて神経線維層厚が厚くなっているというデータを示し,視神経乳頭の外観をよく反映している.NASINFTEMP同症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚をGDxを用いて測定すると,図7に示すように,ほぼ全周で95パーセンタイル値より小さい値を示し,到底視神経乳頭が腫脹しているとは言い難い結果となった.両測定機器の結果には明らかに乖離があり,特に乳頭の上方と下方では,GDxではむしろ薄くなっているというまったく正反対の結果となっていた.乳頭腫脹の症例をもう1例示す.図8はうっ血乳頭の症例で,両眼に頭蓋内圧亢進による乳頭腫脹がみられる.この症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚をOCTを用いて測定すると,図5の症例と同様に,両眼ともほぼ全周にわたって95パーセンタイル値を超えて神経線維層厚が厚くなっているというデータを示し,視神経乳頭の外観をよく反映している結果となる(図9).ところが,GDxを用いて測定すると,図5の症例同様,神経線維層厚が厚くなっているという所見は得られず,両眼ともほぼ全周にわたって95パーセンタイル値より小さい値を示し,ごく普通の神経線維層厚であるかのような結果となった(図10).このように,OCTとGDxの測定結果に乖離が生じる理由は,上で述べたように両者の測定原理の違いにある.視神経乳頭が腫れるということは,軸索輸送のうっ滞による神経軸索の腫脹がその本態で,軸索は太くなるが,GDxが測定対象とする神経線維内の細胞骨格などが増えるわけではない.つまり乳頭腫脹時の乳頭周囲網膜神経線維層厚は,GDxで測定すると,評価対象が軸索の「数」なのでその値は不正確となり,OCTで測定すると,評価対象が軸索の「太さ」なので,測定値は実際の値に近いということになり,乳頭腫脹時の乳頭周囲網膜神経線維層厚の評価には,OCTを用いるべきと考えられる6).(31)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012753 右眼右眼左眼図8うっ血乳頭症例の眼底写真(症例3)両眼に頭蓋内圧亢進による乳頭腫脹がみられる.右眼左眼図9症例3のOCTで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚症例2と同様に,両眼ともほぼ全周にわたって95パーセンタイル値を超えて神経線維層厚が厚くなっているというデータを示し,視神経乳頭の外観をよく反映している.754あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(32) RightDeviationMap(fromNormal)90RightNerveFiberLayer90RightNerveFiberLayer80GDxによる測定値160701406012050100806040304020200501001502002503003504004500右眼OCTによる測定値LeftDeviationMap(fromNormal)図11乳頭腫脹症例(虚血性視神経症12眼,うっ血乳頭27LeftNerveFiberLayer眼)におけるGDxとOCTで測定した乳頭周囲網膜神160経線維層厚の平均値140データの分布に一定の傾向はなく,網膜神経線維層が正常もし120くは薄い症例にみられたような相関関係は弱いように見える.1008090604080GDxによる測定値7020060左眼50図10症例3のGDxで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚40症例2のGDxで測定した結果と同様に,神経線維層厚が厚く30なっているという所見は得られず,両眼ともほぼ全周にわたって95パーセンタイル値より小さい値を示し,ごく普通の神経線維層厚であるかのような結果である.IV乳頭腫脹症例において,GDxとOCTの測定結果の差異からその原因疾患を鑑別できるか?図11に,乳頭腫脹症例においてGDxとOCTのそれぞれで測定した乳頭周囲網膜神経線維層厚の平均値をプロットしたものを示す.乳頭腫脹症例の内訳は,虚血性視神経症12眼,うっ血乳頭27眼である.データの分布に一定の傾向はなく,図4の網膜神経線維層が正常もしくは薄い症例にみられたような相関関係は弱いように見える.このデータは,虚血性視神経症とうっ血乳頭という2つの異なる病態が一緒になっているので,それぞれを区別してプロットすると,図12のようになる.それぞれの症例ごとで回帰直線を引くと,虚血性視神経症による乳頭腫脹では,GDxとOCTによる測定結果の乖離の程度がよりひどくなる傾向が見て取れる.これは,両疾患の乳頭腫脹発症メカニズムの差や,微小管などの細胞骨格の破綻,ミトコンドリアの腫大の程度の差な(33)20050100150200250300350400450OCTによる測定値図12図11のデータを虚血性視神経症とうっ血乳頭を区別してプロットしたGDxとOCTによる乳頭周囲網膜神経線維層厚の平均値●:うっ血乳頭,△:虚血性視神経症.実線はうっ血乳頭の,破線は虚血性視神経症の回帰直線.虚血性視神経症による乳頭腫脹では,GDxとOCTによる測定結果の乖離の程度がよりひどくなる傾向が見て取れる.ど,病理学的異常の差が原因である可能性がある.いずれにしても,乳頭が腫れている場合,GDxでは乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定値は正確ではないが,OCTでの測定値と比較することで,その測定値の乖離の程度の大きさによって,乳頭腫脹の原因疾患を鑑別できる可能性が示唆される.おわりに乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定は,視神経の状態を客観的に評価することができ,視神経疾患の病態の理解に大きく貢献する.その測定には,おもにSLPを代表するGDxとOCTが用いられるが,それらの測定原理あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012755 とその特性を十分に理解して結果を検討しないと,誤った解釈をしてしまう可能性がある.結論として,網膜神経線維層が薄くなる疾患については,GDxとOCTのどちらを用いて評価しても問題はないが,網膜神経線維層が厚くなる疾患については,その評価にはOCTを用いるべきで,GDxは用いるべきではない.ただし,網膜神経線維層が厚くなっているときのGDxによる乳頭周囲網膜神経線維層厚の測定値をOCTで測定した値と比較することで,その原因を特定できる可能性がある.文献1)WeinrebRN,DreherAW,ColemanAetal:HistopathologicvalidationofFourier-ellipsometrymeasurementsofretinalnervefiberlayerthickness.ArchOphthalmol108:557-560,19902)HuangXR,KnightonRW:Microtubulescontributetothebirefringenceoftheretinalnervefiberlayer.InvestOphthalmolVisSci46:4588-4593,20053)BanksMC,Robe-CollignonNJ,RizzoJF3rdetal:Scanninglaserpolarimetryofedematousandatrophicopticnerveheads.ArchOphthalmol121:484-490,20034)SchumanJS,HeeMR,PuliafitoCAetal:Quantificationofnervefiberlayerthicknessinnormalandglaucomatouseyesusingopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol113:586-596,19955)SchumanJS,Pedut-KloizmanT,PakterHetal:Opticalcoherencetomographyandhistologicmeasurementsofnervefiberlayerthicknessinnormalandglaucomatousmonkeyeyes.InvestOphthalmolVisSci48:3645-3654,20076)SaviniG,BellusciC,CarbonelliMetal:DetectionandquantificationofretinalnervefiberlayerthicknessinopticdiscedemausingstratusOCT.ArchOphthalmol124:1111-1117,2006756あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(34)

視神経疾患のOCTとHumphrey静的視野検査

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):743.749,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):743.749,2012視神経疾患のOCTとHumphrey静的視野検査OCTandVisualFieldbyHumphreyFieldAnalyzerinOpticNerveDisease藤本尚也*横山暁子*はじめに近年,網膜の層構造を近赤外光を用いて解析する光干渉断層計(OCT)が開発され,スキャンスピード,演算法の改良でより多くのスキャン数が可能となったスペクトラルドメインOCTが主流となり,網膜解像度の上昇と網膜層の分層化も細かくできるようになった.視神経乳頭周囲網膜神経線維層だけでなく,網膜神経節細胞層も検出でき,黄斑部網膜内層の解析も可能となった.CirrusOCT(CarlZeiss)は乳頭を中心に6×6mmの範囲で,200×200スキャンで,乳頭および乳頭周囲の網膜神経線維層厚を測定する.2,500(50×50)ピクセルの面で網膜神経線維層厚の分布(deviationmap)を表す.正常からの確率表示で,赤(1%未満),黄(5%未満)で示される.基本視神経周囲すべての線維をカバーするので視野は全視野となる.乳頭解析は辺縁部面積(rimarea),陥凹乳頭比(C/Dratio)などを示す.黄斑部網膜内層厚は6×6mmの範囲で200×200スキャン,512×128スキャンで,1°ごと360本の解析を車軸上に行う.GCA(ganglioncellanalysis)は網膜神経節細胞および内網状層厚を測定し,その分布(deviationmap)を表す.平均(average)の厚み,360本のなかで最小(minimum)軸の厚みを示し,黄斑部を6セクターに分け,それぞれ平均の厚みを示し,正常からの確率表示で,赤(1%未満),黄(5%未満)で示される.測定範囲は中心窩を中心に約10°となる.再現性1),緑内障性異常検出2)にすぐれている.乳頭黄斑線維部の障害が明確図1CirrusOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)プリントアウトの見方A:Signalstrengthを確認(6以上).B:temporalraphesignの確認,背景の明るさのチェック.C:乳頭黄斑線維障害の有無のチェック(右眼は右,左眼は左).D:垂直線で黄斑分割される障害のチェック.E:緑内障性障害のチェック(耳側障害が多い).F:6セクターの異常チェック.G:平均(average)厚,最小(minimum)厚の異常チェック.*NaoyaFujimoto&AkikoYokoyama:井上記念病院眼科〔別刷請求先〕藤本尚也:〒260-0027千葉市中央区新田町1-16井上記念病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(21)743 にわかり,右眼は右,左眼は左が乳頭黄斑線維部である(図1).I視神経疾患においてOCT異常と視野異常とどちらが先行するのか視神経疾患でOCT異常が視野より先行するのは,緑内障性視神経障害である.網膜神経節細胞死がある程度の割合で生ずれば,視野障害となる.緑内障で視野障害が先行するのは,眼圧が高度に上昇した虚血が関与した場合である.他の視神経疾患,視神経炎,虚血性視神経症,圧迫性視神経症,外傷性視神経症などは視野障害が先行し,網膜神経節細胞の消失が後に生じる.脱髄,虚血,圧迫が急性期の視野障害の原因となり,後に網膜神経節細胞の障害が生じ,慢性期の視野障害となりOCT所見と視野所見が一致する.視交叉部の腫瘍では,網膜神経線維層,網膜神経節細胞の障害が軽度であれば,腫瘍除去で,視野が改善しうる3).II視神経疾患のOCT所見1.緑内障性視神経障害OCTでは乳頭周囲網膜神経線維層の菲薄,黄斑部網膜神経節細胞の消失をきたす.網膜神経線維層は耳側を中心に菲薄化し,後期となると,全体に菲薄化する.OCTによる乳頭周囲網膜神経線維層厚とHumphrey視野30-2の全体的な視野指標MD(平均偏差)は相関を示す4,5)が,ごく初期例はOCTの変化のみが起こる.網膜神経線維層厚の経時変化とHumphrey視野経時変化は全体でみると必ずしも一致しない6).黄斑部網膜神経節細胞は,原則黄斑耳側から障害が始まり,網膜神経線維に沿って鼻側へ進行していく.黄斑部網膜神経節細胞の耳側の障害は上下にtemporalrapheで障害の程度差から分離すること(temporalraphesign)が特徴で(図2),CirrusOCTのGCAで緑内障眼の約7割に認められる.その他の疾患では網膜動脈分枝閉塞症,網膜静脈分枝閉塞症,虚血性視神経症などでもみられる.乳頭周囲網膜神経線維層厚と黄斑部網膜神経節細胞厚の経時変化はある程度相関する.黄斑部網膜内層厚解析で6×6mmの範囲では視野約10°(10-2)が対応する(図3).2.視神経炎,外傷性視神経症急性期,OCTでは正常所見か網膜神経線維の腫大により,乳頭周囲の網膜神経線維層厚は増加する.その図2緑内障性視神経障害左はOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)で右眼の耳側に障害の上下差を示すtemporalraphesign(矢印)で緑内障性変化の特徴と考える.右上は右眼で,下方から鼻側に異常を示すが,背景が暗く,右下は散瞳して再検すると異常はほぼ消失するので,ノイズと考える.744あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(22) 30-210-10-2GCARNFL図348歳,女性,右眼正常眼圧緑内障左上段はHumphrey視野30-2サマリーで,下方視野の悪化を示す.右上段はHumphrey視野10-2でも下方視野に悪化を示し,右中段はOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)でも視野に対応する上方部分が悪化(矢印),右下段はOCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)でも上方網膜神経線維層菲薄化(矢印)をきたしている.後,網膜神経線維層の菲薄化,網膜神経節細胞の消失をきたし(図4),障害部位に対応した視野異常の障害となる.外傷か詐病かの視神経萎縮の鑑別診断にOCT所見が最も有用となる.3.虚血性視神経症急性期は網膜神経線維の腫大により,OCTで乳頭周囲網膜神経線維層厚は増加する.その後,網膜神経線維層の菲薄化,網膜神経節細胞の消失をきたし障害部位に対応した視野異常となる(図5).4.視神経低形成視神経全体の低形成では,先天的に全体の網膜神経線(23)維層の菲薄,部分低形成は,低形成部の網膜神経線維層の菲薄をきたし,その部に対応した視野異常となる.しかし,部分低形成でもびまん性に網膜神経線維層の菲薄をきたすことが報告されている7,8).視神経低形成のうちで上方視神経低形成では経過によって緑内障性変化をきたすことがあり,OCTおよびHumphrey視野計による経過観察が必要である9).5.圧迫性障害,外傷性障害(視交叉,視索)腫瘍,外傷による視神経,視交叉,視索の障害で,逆行性変性による視神経萎縮がOCTの網膜神経線維層厚および網膜神経節細胞の障害で明確になる.両耳側半盲の乳頭周囲網膜神経線維層は鼻側と乳頭から黄斑を通るあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012745 左30-30-2右RNFLGCA図460歳,女性,両視神経炎後視神経萎縮(右下段)視力両眼1.2,Humphrey視野30-2(左上段)正常と改善した.左下段:OCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA),右上段:OCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)で高度の菲薄をきたしている.30-2GCARNFL図575歳,男性,左前部虚血性視神経症急性期左乳頭腫脹(左上段),上方視野欠損をきたし,3カ月後,視神経萎縮を呈した(右下段).中央上段:OCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)で下方に異常を呈し,中央2段目:OCT左乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)で上下の菲薄を呈し,右上段:Humphrey視野30-2も上を中心に狭窄を呈した.746あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(24) 左左30-2右左30-2右GCARNFL図641歳,女性,頭蓋咽頭腫上段:Humphrey視野30-2では,両耳側半盲,左上:nasalcyclingをきたし,中段:OCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)で黄斑を通る垂直線で分割される両鼻側の異常と左下耳側に伸びる異常,下段:OCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)で両乳頭黄斑線維障害と鼻側の菲薄を呈した.xx図7視交叉病変による両耳側半盲をきたす,逆行性視神経萎縮の模式図黒線が網膜神経線維の障害(乳頭黄斑線維と鼻側),水色領域が網膜神経節細胞の障害,青色円はOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)領域.(25)GCARNFL図844歳,女性,左外傷性視索障害上段:Humphrey視野30-2では,右同名半盲,中段:OCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)で黄斑を通る垂直線で分割される右鼻側の異常,垂直線で分割される左耳側の異常,下段:OCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)で右乳頭黄斑線維障害と鼻側の菲薄,左上下耳側の菲薄を呈した.xx図9視索病変による右同名半盲をきたす,逆行性視神経萎縮の模式図黒線が網膜神経線維の障害(右:乳頭黄斑線維と鼻側,左:上下耳側),水色領域が網膜神経節細胞の障害,青色円はOCT黄斑部網膜内層厚解析(GCA)領域.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012747 右右R左GCARNFL図1052歳,女性,両後頭葉梗塞MRI(磁気共鳴画像)のT2強調画像(左)で両側後頭葉の高信号(矢印)を認めた.右上段:Humphrey視野30-2では,両側同名半盲,右中段:OCT黄斑部内層厚解析(GCA)にて黄斑左側垂直線で分割される右耳側の異常,黄斑左側垂直線で分割される左鼻側の異常,右下段:OCT乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFL)では明らかな菲薄を認めなかった.垂直線まで乳頭黄斑部障害をきたし,黄斑部網膜内層厚では黄斑を通る垂直線で分割される両鼻側異常をきたす(図6,7).同名半盲の乳頭周囲網膜神経線維層は,耳側半盲側は両耳側半盲と同じで鼻側と乳頭黄斑部障害をきたし,鼻側半盲側は,上下の耳側網膜神経線維層の菲薄をきたす.黄斑部網膜内層厚では耳側半盲側は黄斑を通る垂直線で分割される鼻側異常,鼻側半盲側は垂直線で分割される耳側異常をきたす(図8,9).視野の両耳側半盲,同名半盲ともOCT黄斑部網膜内層厚は同じ側の障害となる.視交叉部腫瘍において術前の黄斑部網膜内層厚は,腫瘍切除術後の視野障害の程度と一致し3),術前網膜神経節細胞が保たれていれば,視野は改善する.6.脳梗塞外側膝状体梗塞は,逆行性変性により,視神経萎縮をきたし,OCTの網膜神経線維層厚,網膜神経節細胞の障害をきたす.問題は神経シナプスをかえた視放線以後の中枢での脳梗塞でも網膜神経節細胞の消失をきたすことがある(図10)10).後頭葉梗塞での網膜神経節細胞の消失は,シナプスをこえた逆行性変性なのか,後大脳動脈枝の外側後脈絡叢動脈閉塞による外側膝状体梗塞の影響なのかは今後の検討で明確となるだろう.IIIOCT所見と視野所見視神経疾患においてOCTの所見から必ずしも視野異常を読むことはできない(図4).OCT所見はあくまで,細胞や神経の厚みを測定しているだけで,機能を反映し30-2748あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(26) ていない.また,どの程度の神経線維,細胞障害で,視野障害をきたすのかは,疾患によって異なる.ただ,OCTを測定することによって,半盲性疾患を検出でき,内頸動脈瘤による視索障害も検出しうる.特に黄斑部網膜内層厚の解析は,視野の10°と限られた範囲とはいえ,緑内障,半盲,乳頭黄斑線維障害などにすぐれた異常検出することができるので,神経眼科領域でルーチン検査として用いるべきであろう.ただ,OCTの黄斑部網膜内層厚に障害がないからといって,視野の半盲性疾患を否定できるわけではないので注意を要する.中枢からの逆行性の網膜神経節細胞障害は,ある程度の障害(外傷),圧迫と時間を要する.■用語解説■Temporalraphe:耳側網膜での水平分離線を,temporalraphe(縫線)という.神経線維がtemporalrapheで上下に分かれていて,交通はない.乳頭黄斑線維:黄斑から乳頭へ向かう神経線維で,その部の障害は中心視野,視力に影響を及ぼす.逆行性変性:神経線維が,細胞体へ向かって変性していくことで,眼では外側膝状体,視索,視交叉から視神経萎縮,網膜神経節細胞死をきたす.文献1)MwanzaJC,OakleyJD,BudenzDLetal:Macularganglioncell-innerplexiformlayer:Automateddetectionandthicknessreproducibilitywithspectraldomain-opticalcoherencetomographyinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci52:8323-8329,20112)MwanzaJC,DurbinMK,BudenzDLetal:Gangliondiagnosticaccuracyofganglioncell-innerplexiformlayerthickness:Comparisonwithnervefiberlayerandopticnervehead.InvestOphthalmolVisSci,inpress3)MoonCH,HwangSC,KimBTetal:Visualprognosticvalueofopticalcoherencetomographyandphotopicnegativeresponseinchiasmalcompression.InvestOphthalmolVisSci52:8527-8533,20114)LeungCK,ChengCY,WeinrebRNetal:Retinalnervefiberlayerimagingwithspectral-domainopticalcoherencetomography.Avariabilityanddiagnosticperformancestudy.Ophthalmology116:1257-1263,20095)横山暁子,藤本尚也:緑内障におけるspectraldomainOCTによる網膜神経線維厚と視野との相関.眼科52:1077-1082,20106)LeungCK,ChiuV,WeinrebRNetal:Evaluationofretinalnervefiberlayerprogressioninglaucoma.Acomparisonbetweenspectral-domainandtime-domainopticalcoherencetomograpghy.Ophthalmology118:1558-1562,20117)LeeHJ,KeeC:OpticalcoherencetomographyandHeidelbergretinatomographyforsuperiorsegmentaloptichypoplasia.BrJOphthalmol93:1468-1473,20098)HayashiK,TomidokoroA,KonnoSetal:Evaluationofopticnerveheadconfigurationsofsuperiorsegmentaloptichypoplasiabyspectral-domainopticalcoherencetomography.BrJOphthalmol94:768-772,20109)藤本尚也:視神経低形成と緑内障との鑑別と合併.神経眼科24:426-432,200710)YamashitaT,MikiA,IguchiYetal:Reducedretinalganglioncellcomplexthicknessinpatientswithposteriorcerebralarteryinfarctiondetectedusingspectral-domainopticalcoherencetomography.JpnJOphthalmol,inpress(27)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012749

視神経炎に抗AQP4抗体を検査すべきか? 治療法は変わるか?

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):736.742,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):736.742,2012視神経炎に抗AQP4抗体を検査すべきか?治療法は変わるか?ShouldAnti-AQP4AntibodyBeExaminedforEveryPatientwithIsolatedOpticNeuritis?DoesPositiveAnti-AQP4AntibodyTiterChangeTreatmentProtocol?中村誠*はじめに抗アクアポリン(aquaporin:AQP)4抗体が視神経脊髄炎(neuromyelitisoptica:NMO)の病因であるという発見は,今世紀になって神経眼科分野に登場した,正にエポックメイキングな出来事である1,2).AQP4抗体の発見により,NMOの病態の理解が急速に進んだだけではなく,ちょうど,重症筋無力症(myastheniagravis:MG)の診断に抗アセチルコリン受容体(acetylcholinereceptor:Ach-R)抗体の検査が,肉芽腫性血管炎の診断に抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibody:ANCA)の検査が,ほぼ必須なのと同様に,AQP4抗体の検査は,NMOの診断基準の一つに組み入れられるに至った.ところで,縦長横断性脊髄炎(longitudinallyextensivetransversemyelitis:LETM)に限局する患者ならびに脊髄炎を伴わない再発性孤発型視神経炎は,NMO一連疾患(NMOspectrumdisorders:NMOSDs)とも呼称される3).NMOSDsのうちLETMについては,視神経炎を伴わずNMOの確定に至らない例であっても,初回からAQP4抗体検査を行うのは妥当であるとみなされつつある3,4).しかしながら,孤発型の初発視神経炎の患者すべてにAQP4抗体の検査を行うべきか否かについては,まだ一定の見解は得られていない3,5).本稿では,孤発性視神経炎患者の診断におけるAQP4抗体検査の意義について概説していきたい.IAQP4抗体がNMOの病因であるエビデンスもともとNMOでは血管を中心に免疫グロブリンと補体が沈着し,好中球・好酸球優位に炎症細胞が浸潤することが知られていた3).これはtype2Thelper(Th2)細胞の免疫反応の典型的特徴である.その免疫グロブリンの中核が,水チャンネルAQP4に対する自己抗体であることが2004年に発見された1,2).さらにNMOSDsにおいて孤発性視神経炎ないし脊髄炎でAQP4抗体が陽性であると,典型的NMOの再発や将来NMOへ移行しやすいことが相次いで報告された.Weinshenkerらは,AQP4抗体陽性患者9例中5例において1年以内にLETM(4例)が再発したか,孤発性視神経炎(1例)を発症したのに対して,陰性患者14例では同様の例は1例もなかったと報告した4).Mateilloらは,再発性視神経炎患者のうちで脊髄炎を発症し,NMOの診断基準を満たすようになったのは,AQP4抗体陽性12例中6例であったのに対し,陰性15例のなかで皆無であったとしている6).また,後者の報告によれば,AQP4抗体陽性例のほうが視機能障害はより重篤であった.すなわち,陽性患者は全例,少なくとも一度重篤な視神経炎(視力0.1未満)を生じ,中央値8.9年を超える経過観察期間中で50%が脊髄炎を発症していた.*MakotoNakamura:神戸大学大学院医学研究科臨床医学領域外科系講座眼科学分野〔別刷請求先〕中村誠:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科臨床医学領域外科系講座眼科学分野あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(00)736736736(14)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY ABABC図1ラット眼球後極部・視神経におけるアクアポリン(AQP)4の局在―免疫染色A:AQP4.B:グリア細胞のマーカーであるglialfibrillaryacidicprotein(GFAP).C:AとBのmerge画像(青は核染色).上方が硝子体側である.AQP4は網膜内グリア細胞と球後視神経のアストロサイトが発現している.基礎的エビデンスとしては,NMO患者血清を実験的自己免疫性脳炎ラットに注射すると,マクロファージ,好中球,好酸球からなる炎症細胞浸潤とアストロサイトの喪失や免疫グロブリンと補体の沈着がみられるなどの特徴的な所見に加えて,病変部位からAQP4が完全に消失することが知られている3).必ずしも脳炎が生じていなくても血液脳関門が破綻していさえすれば,受動的にAQP4抗体がアストロサイトの終足にあるAQP4抗原に結合し,病変をひき起こすとも考えられている(図1)3).すなわち,古典的な多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)が髄鞘を主たる標的とし,細胞性免疫を介した一次性脱髄疾患であるのに対し,NMOは中枢神経のアストロサイトを主たる標的とし,液性免疫を介した神経軸索・細胞体壊死性疾患であるとの理解が深まった3).II孤発性視神経炎に対するAQP4抗体全例調査の問題点上述のように,確定的NMOにおいては病因論的にも治療の観点からもAQP4抗体を検査するのはきわめて妥当性がある.しかしながら,初発の孤発性視神経炎に対して,医療経済学ならびに患者への個人負担を考えた場合,AQP4抗体を全例に調査するのには問題があると考える向きがある5).また,抗体が陽性であった場合,その抗体価がどこまで病勢を反映していて,治療のモニタリングとして経時的に抗体価を測定すべきかという問題もある.まず,診断時においてAQP4抗体を孤発性視神経炎患者全例に行うのは過剰医療だと主張する研究者があげる理由は,孤発性視神経炎患者におけるAQP4抗体の陽性頻度が低いことである.イタリアからの後ろ向き研究では,脱髄患者の1.5%しかNMOではなく,NMO患者の77%は脊髄病変を伴っていた.脊髄病変のある患者を除くとNMO患者の頻度は0.35%に減少した7).つぎに,抗体検査法が標準化されていないことが問題としてあげられる3,5).表1にあるように,現時点で15以上の異なる免疫学的検索方法が報告されている3).方法別に分類すると,免疫組織化学,ヒトAQP4を感染させたHEK(humanembryonickidney)293細胞ないしその他の細胞を基質とした免疫細胞化学ないしflowcytometry,単離したAQP4蛋白ないし細胞・組織抽出液を基質とした放射能ないし蛍光免疫沈降アッセイ,westernblotting,酵素結合免疫吸着法(ELISA)などが開発されている.いずれにも一長一短があり,goldstandardはない.ことに定量的測定法についてはまだ検討段階である.NMOではAQP4抗体以外の自己抗体をもつことが多いが,今のところ,AQP4抗体以外の病理的意義のある抗体を同時に検出できるのは免疫組織化学法だけである.そのため,少なくとも2つの独立した方法で調べ,うち1つは免疫組織化学法を用いるのが最(15)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012737 表1AQP4抗体の検査方法(文献5を基に作成)検査方法IHCICCFlowcytometryRIPAFIPAWBELISA基質動物脳組織切片ヒトAQP4発現HEK/HFAなどヒトAQP4発現細胞35S-methionine標識AQP4EGFP標識ヒトAQP4単離マウスAQP4M1ないし抽出液単離ラットAQP4典型像/原理好発部位aへのIgG結合発現細胞選択的IgG結合発現細胞選択的IgG結合患者IgG量に相関する放射活性患者IgG量に相関する蛍光強度想定分子量のバンド発現患者IgG量に相関する発色量感度(%)38.8742.918857708167特異度(%)90.10094.100NR98.31009787長所局在証明.他の自己抗体の同時局在証明.簡便.大量試料処理可能.非発現細胞との対比で非特異的結合の可能性排除.客観的,定量的.大量試料処理可能.非特異的結合の可能性排除.客観的.定量的.大量試料処理可能.客観的.定量的.大量試料処理可能.簡便.分子量と合わせ患者IgGの特異性を判定可.客観的.定量的.簡便.大量検査可能.短所主観的,定性的.非特異的結合排除操作が必要.主観的,半定量的.質的確認不可.他方法との直接比較報告なし.質的確認不可.他方法との直接比較報告なし.放射能使用.質的確認不可.他方法との直接比較報告なし.半定量的.抽出液使用時は非特異的結合が増加.質的確認不可.IHCと乖離する結果の報告.IHC:immunohistochemistry,ICC:immunocytochemistry,RIPA:radioimmunoprecipitationassay,FIPA:fluorescentimmunoprecipitationassay,ELISA:enzyme-linkedimmunosorbentassay,AQP:aquaporin,HEK:humanembryonickidney,HFA:humanfetalastrocyte,NR:notreported,EGFP:enhancedgreenfluorescentprotein,IgG:immunoglobulinG.a:微小血管,Virchow-Robin腔,軟膜.適とされるが,日常検査としては定着していない.ちなみにコスミックコーポレーションとSRLの2社が,現在抗体検査を委託受注しているが,いずれもELISA法(一検体25,000円)を用いている.保険適用ではないので,患者に全額自費診療を強いるか,医療機関の持ち出しで行うしか術はない.27の研究を基にした最近のreviewによれば,AQP4抗体のNMO診断の感度は33.91(中央値63)%,特異度は85.100(中央値99)%である3).要するに,AQP4抗体測定の特異度は高いものの,感度はあまり高くないといえる.MGにおいてもAch-R抗体陰性例をseronegativeMGとよぶが,NMO患者にもこのようなseronegativeNMOが存在する.そのなかには,検査方法の感度が低いことに由来する偽陰性例とAQP4抗体以外の病因が主原因の例が混在していると思われる.そのため,AQP4抗体の有無で治療方法を変える正当性はまだ確実に担保されているとはいえないのが実情である.別の視点からは,治療効果のモニタリングとして抗体価を測定するかどうかという問題がある.148名の日本人患者のうち,抗体価が高かった22名のNMO患者と13名のNMOSDs患者は,完全な盲と広範な脊髄・脳病変を伴ったという報告がある8).別の後ろ向き研究によれば,経時的にAQP4抗体を中央値5年にわたって免疫沈降法で測定したNMOSDs8名で,寛解期より再発期のほうが抗体価が高かった9).個人間でも個人内でも再発時のAQP4抗体の絶対値は変動が大きいが,臨床発作に先行して,他の自己抗体の上昇を伴わず,AQP4抗体だけが選択的に持続して上昇していた.また,急性期の疾患活動性が収まると回復期の血清レベルも個人内では低下していた9).当科でもステロイドパルスだけでは反応しなかった孤発性視神経炎患者におけるAQP4抗体価が,血漿浄化療法や免疫グロブリン大量静注療法により,大幅に下がるとともに視機能が改善した例を経験している(図2.5).逆にAQP4抗体が陽性だが,ステロイドパルス治療だけで顕著で急速な視機能回復を示した例もある(図6,7).以上のことから,AQP4抗体価と治療効果との間には明確な直線関係はないものの,病勢と抗体価には一定の相関性はあるようである.738あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(16) ABAB図2抗AQP4抗体ならびに抗SS.A抗体,SS.B抗体陽性の10歳,女児の左眼視神経炎急性期所見A:眼底所見.視神経乳頭は発赤腫脹している.この時点で視力0.01(n.c.).B:蛍光眼底造影所見.視神経乳頭からの蛍光色素漏出を認める.AB図3図2の症例のガドリニウム造影T1強調脂肪抑制MRIA:眼窩内視神経部位の冠状断.左側の球後視神経に造影効果を認める(矢印).B:頭蓋内視神経部位の冠状断.同じく左側視神経に造影効果を認める(矢印).IIIAQP4抗体検査を行うべき孤発性視神経炎患者の条件Cornblathは,つぎのような場合には,孤発性視神経炎であってもAQP4抗体検査をすべきと考えている5).①両眼同時発症視神経炎.成人の孤発性視神経炎ではまれであり,NMOをより示唆する.②最終視力が0.1未満にとどまった視神経炎の既往(17)図4図2の症例の治療後Goldmann視野2クールのステロイドパルス,2クールの免疫グロブリン大量静注療法,6回の血漿交換後.AB図564歳,女性の抗AQP4抗体陽性両眼性視神経炎の急性期眼底所見A:右眼,B:左眼.ともに視神経乳頭に特記すべき異常はない.を6カ月以上前に一度だけもつ再発患者.③再発性視神経炎.②と合わせて,OpticNeuritisTreatmentTrial(ONTT)によれば,特発性視神経炎で視力回復が不良なのは3%程度であったのに対して,NMOであれば1回の視神経炎で30%が0.1未満となり,9.5年の経過観察後不良な視力になる例は70%に及ぶ.視神経炎再発例も20%がNMO抗体陽性になり,50%が横断性脊髄炎になる可能性があるといわれているからである.④脊髄病変(とりわけ3椎体以上の病変のあるもの)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012739 図6図5の症例の治療後Goldmann視野AB図7図5の症例の視交叉前視神経部位におけるガドリニウム造影T1強調脂肪抑制MRIA:軸位断.B:冠状断.ともに両側の視神経の造影効果を認める.(矢印:左視神経,矢頭:右視神経)の既往がある場合.⑤脳脊髄液の白血球数が50個/mm3より多い患者.脳脊髄液細胞増多もまたMSでは典型的には起こらず,NMOではよく生じるからである.ただし,②.④は新規孤発性視神経炎とはいえないので,核心に迫った答えとは言いがたい.これに対して,Galettaは,成人における連続する両眼性視神経炎も抗体検査を行うべきだと主張している5).なぜなら多くのNMOは当初は片眼発症であり,両眼同時発症ではないからである.一方で,10歳未満の小児では,両眼同時発症の視神経炎が一般的であり,再発する脱髄病変となる危険性はかなりまれであるので,両眼同時発症の視神経炎であっても,AQP4抗体検査はむしろ通常行わないと述べている.最近報告された583人のAQP4抗体陽性日本人NMO患者の臨床像によれば,91.4%が女性であり,85.3%が脊髄病変を有し,16.2%が片眼もしくは両眼の矯正視力が0.1未満であったとされる10).約20%の例でSjogren症候群(SS)と関連し,SS-AないしSS-B抗体を有していた.Wingerchukらの最近のNMO診断基準〔脊髄炎と視神経炎をもち,3椎体以上の脊髄病変,脳MRI(磁気共鳴画像)所見がMSに非合致,AQP4抗体陽性という3つの検査所見のうち2つをもつ〕11)に基づき,AQP4抗体陽性NMO患者と陰性NMO患者を比較すると,陰性患者のほうがむしろ重篤な視機能障害に陥る率は高かった(陽性群32.5%vs陰性群78.9%)ものの,15歳未満で発症したNMOはすべて視神経炎で初発したのに対して,それ以降の年齢で発症する患者では740あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(18) 脊髄炎で初発するものが約半数であった10).筆者らも10歳で発症した片眼性孤発性のAQP4抗体陽性視神経炎症例を経験した(図2.5).この症例では治療に反応はしたものの,最終視力は0.1以下にとどまり,中心暗点をきたしている(図5).別の報告では,年齢を問わず,孤発性視神経炎の場合,AQP4抗体陽性となる例があり(約10%ともいわれる)12),しかも重篤な視機能予後を呈する可能性があるとされる.したがって,医療倫理の観点からは,視神経炎症例には少なくとも一度は全例にAQP4抗体の有無を調べるべきであると言わざるをえないように思われる13).実際,多発性硬化症治療ガイドライン2010の第8章「視神経脊髄炎患者・抗アクアポリン4抗体陽性患者」の項でも,「NMO診断基準を満たすclinicallyisolatedsyndrome(CIS)患者はそれほど多くはないが(以下中略),視神経炎や脊髄炎が初発のCISでもその測定が」勧められている14).IVAQP4抗体の有無が視神経炎の治療を変えるのか?孤発性視神経炎にAQP4抗体検査を行うべき最大の理由は,特発性視神経炎とNMOSDsとしての孤発性視神経炎では予後が大きく異なることにある.ONTTにより,特発性視神経炎患者においては急性期にステロイドパルス治療を行った患者と行わなかった患者間で,最終的な予後は変わらないことが報告された15).そして,10年後の最終視力が少なくとも1.0を保つ例が69%であり,両眼0.1未満にとどまった例は1%に過ぎなかった16).頭部MRI病変がある例では56%が,ない例では22%の頻度で10年後にMSに移行することから,前者に対して,免疫調節療法としてインターフェロン(interferon:IFN)b製剤を投与するか否かを検討することが問題となる程度である16).これに対して,NMOの視力予後はすでに述べたようにきわめて不良であるばかりでなく,急性期のステロイドパルスが奏効しないことも少なくない.その場合,まだエビデンスレベルは低いものの,血漿浄化療法17)や免疫グロブリン大量静注療法18)が有効であるとする症例報告が散見される19).また,寛解期においても,少量(19)の経口プレドニゾロン維持療法,アザチオプリンやミトキサントロンのような免疫抑制剤,末梢血からのB細胞駆除により抗体産生を抑制するCD20抗体(リツキシマブ)の投与を提唱する向きもある20).一方で,MSの寛解期に用いられるIFNbはNMOではむしろ有害である可能性が指摘されている.これはMSが細胞性免疫を介するのに対して,NMOでは液性免疫を介するという病因の根本的な相違による.このような背景がある以上,孤発性視神経炎でAQP4抗体が陽性のいわゆるNMOSDsでは,はじめから治療戦略をNMOに準じて立てていくことが望ましい5,13).ただし,血漿浄化療法や寛解期療法は副作用も強く,設備や専門的知識も不可欠であることから,神経内科医や小児科医との連携が必要であることは言うまでもない.今後の症例の蓄積が望まれる.おわりに以上より,検査の感度が低い,治療プロトコールの標準化には至っていない,保険適用ではないなどの問題はあるものの,検査の低侵襲性とNMOSDsであった場合の予後の不良性を勘案すれば,多発性硬化症治療ガイドライン2012に推奨されるように,孤発性視神経炎において,再発例はもちろん,初発であっても,AQP4抗体を検査することが望ましいと思われる.■用語解説■AQP水チャンネル:細胞膜に存在して,双方向性に水輸送を担うチャンネルの一群.哺乳類では0.12の13個のアイソフォームが知られている.水1分子のサイズを通過させることのできる小孔をもっている.このうち視神経に発現するものは4および9の2種類である.両者とも視神経内のアストロサイトが発現している.ONTT:プラセボ,経口ステロイド,メチルプレドニゾロンのパルス投与の3群間での視神経炎に対する有用性を比較した米国の多施設共同臨床試験.経口ステロイドは再発率を高めること,パルス療法は回復期間を短くするが,最終予後はプラセボと変わらないこと,頭部MRI病変の存在は多発性硬化症(MS)への移行の予測因子であることなどの情報を提供した.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012741 文献1)LennonVA,WingerchukDM,KryzerTJetal:Aserumantibodymarkerofneuromyelitisoptica:distinctionfrommultiplesclerosis.Lancet364:2106-2112,20042)LennonVA,KryzerTJ,PittockSJetal:IgGmarkerofoptic-spinalmultiplesclerosisbindstotheaquaporin-4waterchannel.JExpMed202:473-477,20053)JariusS,WildemannB:AQP4antibodiesinneuromyelitisoptica:diagnosticandpathogeneticrelevance.NatRevNeurol6:383-392,20104)WeinshenkerBG,WingerchukDM,VukusicSetal:NeuromyelitisopticaIgGpredictsrelapseafterlongitudinallyextensivetransversemyelitis.AnnNeurol59:566-569,20065)GalettaSL,CornblathWT:Shouldmostpatientswithopticneuritisbetestedforneuromyelitisopticaantibodiesandshouldthisaffecttheirtreatment?JNeuroophthalmol50:376-379,20106)MatielloM,LennonVA,JacobAetal:NMO-IgGpredictstheoutcomeofrecurrentopticneuritis.Neurology70:2197-2200,20087)BizzocoE,LolliF,RepiceAMetal:Prevalenceofneuromyelitisopticaspectrumdisorderandphenotypedistribution.JNeurol256:1891-1898,20098)TakahashiT,FujiharaK,NakashimaIetal:Anti-aquaporin-4antibodyisinvolvedinthepathogenesisofNMO:astudyonantibodytitre.Brain130:1235-1243,20079)JariusS,Aboul-EneinF,WatersPetal:Antibodytoaquaporin-4inthelong-termcourseofneuromyelitisoptica.Brain131:3072-3080,200810)NagaishiA,TakagiM,UmemuraAetal:ClinicalfeaturesofneuromyelitisopticainalargeJapanesecohort:comparisonbetweenphenotypes.JNeurolNeurosurgPsyciatr82:1360-1364,201111)WingerchuckDM,LennonVA,PittockSJetal:Revisiteddiagnosiscriteriaforneuromyelitisoptica.Neurology66:1485-1489,200612)高木峰夫,植木智志:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎.専門医のための眼科診療クオリファイ⑦視神経疾患のすべて(中馬秀樹編).p39-44,中山書店,201113)中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科25:327-342,200814)視神経脊髄炎患者・抗アクアポリン4抗体陽性患者.多発性硬化症治療ガイドライン2010.第8章.「多発性硬化症治療ガイドライン」作製委員会編,p92-103,医学書院,201015)BeckRW,ClearyPA:Opticneuritistreatmenttrial.Oneyearfollow-upresults.ArchOphthalmol111:773-775,199316)OpticNeuritisStudyGroup:Visualfunctionmorethan10yearsafteropticneuritis:experienceoftheOpticNeuritisTreatmentTrial.AmJOphthalmol137:77-83,200417)WatanabeS,NakashimaI,MisuTetal:TherapeuticefficacyofplasmaexchangeinNMO-IgG-positivepatientswithneuromyelitisoptica.MultScler13:128-132,200718)BakkerJ,MetzL:Devic’sneuromyelitisopticatreatedwithintravenousgammaglobulin(IVIG).CanJNeurolSci31:265-267,200419)TakagiM,TanakaK,SuzukiTetal:Anti-aquaporin-4antibody-positiveopticneuritis.ActaOphthalmol87:562566,200920)CreeBA,LambS,MorganKetal:Anopenlabelstudyoftheeffectsofrituximabinneuromyelitisoptica.Neurology64:1270-1272,2005742あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(20)

Parkinson病の瞳孔機能検査の診断的意義

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):731.735,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):731.735,2012Parkinson病の瞳孔機能検査の診断的意義PupillaryFunctionTestforParkinson’sDisease平山正昭*はじめに瞳孔は,視覚を正常に保つために敏速な調節を行っている.瞳孔調節の最も重要な働きは,網膜への光の量の調節である.さらに,外界の明るさによる瞳孔の変化だけでなく,遠方視では,瞳孔を散大させることで視覚の情報量を増やし,同時に,水晶体の屈折率を調節している.逆に,近見時には,瞳孔を縮小させよりピントが合いやすい状態にし,水晶体の屈折率を増加させる.また,情動によっても瞳孔径は容易に変化し,興奮時には瞳孔は散瞳し,食事や睡眠によって縮瞳する.自律神経の働きとして副交感神経は,縮瞳およびレンズの膨らみを増し近いところを見やすくし,輻湊を形成する.交感神経はその逆の働きとなる.副交感神経は動眼神経核から,毛様体神経節でシナプスを変え,交感神経は,胸髄の交感神経から上頸神経節でシナプスを変え効果器に終止する.したがって,これらの瞳孔調節系に対して,さまざまな負荷を与えることで,各部位での障害の有無を診断できる.瞳孔機能検査法には,おもに機能評価としての対光反射,近見反射薬剤,薬剤負荷による末梢受容体の機能異常を検出する点眼試験による瞳孔変化をみる方法などがある.本稿では,おもに神経変性疾患での瞳孔機能の異常に注目し概説する.I対光反射対光反射とは,視野の外から瞳孔に光を用いて敏速に刺激を与えると,反射的に瞳孔が縮瞳し,光が弱まるか消失すると瞳孔が散瞳する反応をいう.網膜が光刺激されると,視細胞が興奮し,視神経から視索を通る.この対光反射に関与する線維は,外側膝状体には入らず,視蓋前域にある両側のEdinger-Westphal核に達する.ここから出る刺激は動眼神経核に伝えられ,動眼神経の一部となって瞳孔括約筋に達し瞳孔を縮小させる.網膜への刺激は,視索では視交叉で両側に分岐し,中脳でも両側に交通しているために対光反射は光を当てた側だけでなく反対側にも起こる.同側に当てた刺激に対する瞳孔の収縮を直接対光反応,反対側に当てた光刺激の反応を間接対光反応という.すなわち,視交叉前で,視神経が障害された場合でも,健常側の光刺激では,両側の対光反射が起きる.両側の対光反射を調べることで障害の部位をある程度まで推定することができる.動眼神経障害および中脳・橋部障害により対光反射は消失する.対光反射が消失し,輻湊反射が健在であればこれをArgyllRobertson徴候といい,進行麻痺,脊髄癆,脳梅毒などの中枢神経系にみられるが,脳炎脳腫瘍糖尿病慢性アルコール中毒でもみられることもある.対光反射計を用いることで,定量的に対光反射として計測されるパラメータでは,図1に示すように計算上測定できる.おもに用いられるパラメータは,光刺激から縮瞳開始までの潜時T1時間,縮瞳率・縮瞳量,安静時瞳孔径,刺激時最大縮瞳時間,縮瞳速度・加速度,縮瞳*MasaakiHirayama:名古屋大学医学部保健学科〔別刷請求先〕平山正昭:〒461-8673名古屋市東区大幸南1丁目1-20名古屋大学医学部保健学科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(9)731 on表1健常人との対光反射の比較A1A3A2T1T20.5A30.63A3T3T5PhotostimulusAreaD2健常人(n=118)Parkinson病患者(n=49)平均標準偏差平均標準偏差D1(mm)D2(mm)CRAC(mm2/sec2)T1(msec)T3(msec)T5(msec)5.564.010.2758.04260.14943.331,647.080.870.750.0715.3523.84216.33487.865.003.540.2961.43317.16900.381,352.160.900.790.0719.5626.96207.09407.02A1:初期状態の瞳孔面積値(mm2)A2:光刺激後の最小縮瞳面積値(mm2)A3:光刺激後の変化瞳孔面積値(mm2)CR:縮瞳率A3/A1D1:初期状態での瞳孔直径(mm)D2:光刺激後の最小瞳孔直径T1:光刺激から縮瞳開始までの時間(msec)T2:変化面積の1/2まで変化するのに要した時間(msec)T3:瞳孔が最小になるまでに要した時間(msec)T5:瞳孔が最小から散瞳して,最小値の63%まで回復するのに要した時間(msec)AC:縮瞳の加速度最高値(mm2/sec2)図1対光反射の計測ファクター回復時間などである.入力障害の判定として,対光反射潜時,縮瞳量,縮瞳率が用いられる.これらの低下は白内障など,刺激光量を減弱させる疾患で異常を生じる.一方,縮瞳相に関連する縮瞳率,最大縮瞳時間,縮瞳速度などは副交感神経系の指標として用いる.一方,縮瞳から回復する散瞳相に関して,交感神経系の指標とされると考えられてきたが,散瞳筋にもコリン作動性神経が分布することから,交感神経のみの指標とは考えにくいとされている.II疾患による対光反射異常Parkinson病(PD)患者での,対光反射異常に関しては,健常人と差がないとする報告と健常人に比し低下しているとする報告がみられる.筆者らも,健常人と比較した(表1)が,有意な差はみられなかった.しかし,罹病期間や検査時年齢と縮瞳加速度とに相関がみられた.これは,Gizaらの報告と一致している1).しかし,筆者ら同様,縮瞳加速度は他の自律神経症状とは相関がみられず,副交感神経系の自律神経障害を表している可732あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(日本自律神経学会シンポジウム,2011より)能性は少ないと考えられる.Schmidtらは,進行性核上性麻痺(PSP),多系統萎縮症(MSA),PDの対光反射を評価し,暗順応下での瞳孔径がPSPでは有意に小さいが,対光反射による縮瞳率は疾患内で差がないと報告している2).したがって,対光反射を用いただけでは,縮瞳加速度を運動障害の指標として用いる可能性は残されるが,自律神経異常の指標としては適切ではない可能性が高い.また,対光反射を用いてパーキンソニズムを鑑別することはむずかしいかもしれない.III輻湊反射(convergencereflex)物体を近距離で注視すると,両眼の視軸が近寄る(輻湊).わかりやすく言い換えると「近づいてくる物を見つめると両側の内直筋が同時に収縮して寄り目になる」.このとき,縮瞳が起こる.この一連の反応を輻湊反射という.縮瞳は焦点深度を大きくする意味があると考えられる.縮瞳は内直筋の刺激が三叉神経中脳路核を経て動眼神経副核(Edinger-Westphal核)に伝わるために起こるとされている.PD患者では輻湊は38.5%が異常で,近見時の瞳孔反応は27.1%で異常がみられるとする報告がみられている7).PD患者では輻湊不全が23%でみられたが,コントロールとは有意差がなかったと報告している.また,輻湊振幅の減少が80%にみられ,コントロールに比較して,有意に多かった8)とする報告があるが,いずれも半定量的な方法で行われている.輻湊は,反射として起こり中脳の動眼神経核の機能を測定するうえで有用と考えられる,輻湊中の瞳孔反応を定量的に測定する器機はあまりない.近年,近見反応測定装置(10) 表2PD患者の輻湊・縮瞳の有無による比較輻湊+輻湊.輻湊+縮瞳+(n=23)縮瞳.(n=14)p値縮瞳.(n=4)Mean±SDMean±SDMean±SD年齢(歳)61.8±8.467.1±7.00.056625±2.9性別(男:女)10:84:71:3発症年齢(歳)56.0±9.060.1±9.70.191罹病期間(年)6.0±3.37.0±4.60.4274.9±2.3Hoehn&Yahrstages2.6±0.82.7±1.00.7192.0±1.0UPDRSPartI2.6±2.32.0±2.20.4360.5±0.5PartII10.0±4.211.0±8.20.6665.6±4.2PartIII15.4±8.116.9±10.50.6319.8±3.8におい検査(点)4.8±3.25.9±1.60.3966.3±2.1(原敬史:日本自律神経学会シンポジウム,2011より)TririsR(浜松ホトニクス社製)が開発され,VDT(visualdisplayterminal)障害などの調節異常に対して用いられるようになった.筆者らは,Parkinson病患者の輻湊障害に対し検討を行った.近見反応測定装置TririsR(浜松ホトニクス社製)は,赤外線瞳孔装置と指標の動きを一体化して解析することが可能であり,また両眼を同時に測定可能である.そこで,PD患者において近見反応のみられる群,みられない群で年齢,罹病期間,Hoen-Yahr重症度,UPDRS(UnitedParkinson’sDiseaseRatingScale),OSIT-J(TheOdorStickIdentificationTestfortheJapanese)によるにおい検査を比較した.結果は,近見反応のみられる群,みられない群でいずれの検討においても明らかな有意差はなかった(表2).例数が少ないため今後検討が必要であるが,近見には,外眼筋の協調動作も関連があるため,単なる自律神経系の反射だけでなく複雑な要素が関連している.今回輻湊がみられるPD群でも輻湊量はやや低下しており,外眼筋運動そのものがPDでは初期から障害されている可能性が考えられたIV薬剤点眼試験自律神経では,慢性の障害が前シナプスに生じると受容体にhypersensitivityが生じて,受容体はそのagonistに対して少量でも正常ではみられない過敏反応が生じる.点眼試験では,交感・副交感どちらに対して(11)も正常では反応しない程度の低濃度の刺激物質を点眼して過敏反応の有無を評価する.交感神経系の刺激薬としては,1.25%エピネフリン,1%フェニネフリン,5%チラミン,5%コカインなどが用いられていた.エピネフリン,フェニネフリンは,交感神経節後線維のa受容体に直接作用し,散瞳を起こす.自律神経障害が,節後障害である場合に過敏性がみられ,節前障害では軽度な散瞳がみられる.チラミンは神経終末に作用してノルエピネフリンを放出させることで散瞳を起こす.交感神経節後障害がある場合には終末に変性があるためにノルアドレナリンは放出されず,散瞳が起こらない.コカインは神経筋接合部に放出されたノルアドレナリンの取り込み阻害を起こすことで散瞳を起こさせる.したがって,後者の2つは正常では散瞳を起こし,節後では散瞳が起こらないことから障害部位を推定できると考えられてきたが,現実には,エピネフリンで節前障害でも散瞳がみられるなど厳密に区別できないことも多い.これらの方法は,疾患に対して特異的ではなく,判定時間も一定していなかった.V疾患における点眼試験筆者らは,PDの瞳孔障害を判定するために,検査に対して至適な濃度と検査時間を評価した.点眼後15分,30分,60分,90分,120分で瞳孔径を測定し,瞳孔変動を観察したところ,PDでは0.05%ピロカルピンで60分後に年齢をmatchさせた健常者と有意な差がみられた.また,0.02%ジピネフリンでは120分後に有意な差がみられた3).そこで筆者らは,右眼に副交感神経刺激薬のピロカルピン0.05%,左眼に交感神経刺激薬のジピネフリン0.02%を点眼し,それぞれ60分,120分後に,対光反射で使用する機械を用いて瞳孔径を測定し,PDとMSAとの比較検討や瞳孔機能と他の自律神経機能との関連を評価した3,4).PDと健常者では,交感神経,副交感神経ともに,有意に異常を認めた(表3).さらに,これらの瞳孔異常と視覚症状の関連を評価すると,ピロカルピンによる過剰縮瞳の程度と視界がぼやけるなどの臨床症状とは有意な相関が認められた(図2).視覚情報を正確に認知するためには,焦点を正確に調節する副交感神経を用あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012733 表3点眼試験の結果MSA2年以下(n=26)2年以上(n=14)2年以下(n=27)PD2年以上(n=12)Control(n=20)p値年齢(歳)59±662±8罹病期間(年)1.4±0.54.1±1.5Horn&Yahrstage(人)PL点眼に対する瞳孔径の変化率(%).10.9±11.4.14.4±11.6DPE点眼に対する瞳孔径の変化率(%)9.5±7.8*14.8±13.9*PL点眼の瞳孔過敏性陽性例数(人)2(7.7%)2(14%)DPE点眼の瞳孔過敏性陽性例数(人)6(23%)9(64%)65±81.5±0.5I(10),II(13),III(4).22.2±14.1*8.4±7.47(25%)6(21%)66±105.2±1.5II(1),III(11),IV(1).25.1±15.4*14.8±17.9*6(50%)5(42%)61±14.9.5±8.23.1±5.81(5%)2(10%)*<0.05vscontrol*<0.05vscontrolものの見にくさの程度PL:ピロカルピン,DPE:塩酸ジピベフリン.76543210r=0.417p<0.0501020304050ピロカルピンに対する瞳孔収縮度(%)図2視覚異常と副交感神経障害は相関する(文献3より)いた調節がより重要であるとされている.PDの視覚障害には,副交感神経系の異常も関与していると考えられた3).さらに,筆者らは,PD,MSAの早期からの瞳孔障害や臨床経過からの解析を行った4).2年以内の早期例とそれ以上の進行例の2群間比較を行うと,PDでは,ジピネフリンでの交感神経過敏反応は早期には有意ではなかったが,ピロカルピンでは早期から異常がみられていた.さらに,交感神経異常は罹病期間に相関し,心臓交感神経異常の指標であるMIBG(メタヨードベンジルグアニジン)と有意な相関があることが明らかとなった.一方,MSAでは,ジピネフリンに対する過敏反応は早期からみられ,ピロカルピンに対する過剰反応は明らかではなかった.この違いは,節後性の障害を主体とするPDの自律神経異常と中枢性の自律神経異常を主体とするMSAの病態進行の違いを表していると考えられた.734あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(文献4より)筆者らの検討では,ピロカルピン点眼により瞳孔縮瞳率14%をcutoffとすると感度67%,特異度65%,AUC(薬物血中濃度-時間曲線下面積)0.73で有意にMSAとPDを鑑別でき,診断の一助となると考えられる.Sawadaらの点眼試験の報告5)では,フェニネフリンとコカインを点眼し,PDでは交感神経異常がみられるが,MSAでは明らかではなかった.副交感神経遮断薬である0.01%トロピカミドを用いた検討では,瞳孔径の変動はAlzheimer病や健常人とは差がないとする検討がある6)が,遮断剤の場合にはシナプスからの放出量の違いが疾患の状態で一定ではないので中枢性末梢性の評価をすることはむずかしいと考えられる.以上,神経変性疾患を中心に瞳孔機能異常について概説した.PDでは運動障害のみと考えず,広範な神経障害疾患として考えた場合,PDなどの神経変成疾患の病態把握に瞳孔機能の検討は有用であると考える文献1)GizaE,FotiouD,BostantjopoulouSetal:PupillightreflexinParkinson’sdisease:evaluationwithpupillometry.IntJNeurosci121:37-43,20112)SchmidtC,HertingB,PrieurSetal:Pupildiameterindarknessdifferentiatesprogressivesupranuclearpalsy(PSP)fromotherextrapyramidalsyndromes.MovDisord22:2123-2126,20073)HoriN,TakamoriM,HirayamaMetal:Pupillarysuper-sensitivityandvisualdisturbanceinParkinson’sdisease.ClinAutonRes18:20-27,20084)YamashitaF,HirayamaM,NakamuraTetal:Pupillary(12) autonomicdysfunctioninmultiplesystematrophyandParkinson’sdisease:anassessmentbyeye-droptests.ClinAutonRes20:191-197,20105)SawadaH,YamakawaK,YamakadoHetal:CocaineandphenylephrineeyedroptestforParkinsondisease.JAMA293:932-934,20056)MicieliG,TassorelliC,MartignoniEetal:DisorderedpupilreactivityinParkinson’sdisease.ClinAutonRes1:55-58,19917)CorinMS,ElizanTS,BenderMB:OculomotorfunctioninpatientswithParkinson’sdisease.JNeurolSci15:251265,19728)BiousseV,SkibellBC,WattsRLetal:OphthalmologicfeaturesofParkinson’sdisease.Neurology62:177-180,2004(13)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012735

上斜筋ミオキミアは血管圧迫症候群なのか

2012年6月30日 土曜日

特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):727.730,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):727.730,2012上斜筋ミオキミアは血管圧迫症候群なのかSuperiorObliqueMyokymia:IsItActuallyNeurovascularCompressionSyndrome?吉田正樹*敷島敬悟*井田正博**I上斜筋ミオキミアとは眼精疲労などで下眼瞼がピクピクと動く現象に日常臨床でよく遭遇するが,これを眼瞼ミオキミアという.このようにミオキミアとは,不随意に起こる不規則な筋の収縮をさすが,上斜筋ミオキミアはHoyt,Keaneらによって報告された1)現象である.実際には片側の上斜筋が不規則に収縮することで患者は不規則な回旋性の複視を自覚する.細隙灯顕微鏡で,自覚症状のあるときに片眼性の不規則な回旋運動が観察されることから,概念を理解していれば診断は容易である.一方,患者自身がこの自覚症状をうまく表現できないことも少なくなく,また診療する医療従事者にこの疾患に関する知識,経験がないと不定愁訴と判断され,正しい診断に至っていない症例も数多く存在すると思われる.II関連疾患としての片側顔面痙攣片側顔面痙攣とは,片側性に顔面神経支配領域にさまざまに起こる不随意の痙攣である.原因は顔面神経が橋を出て脳槽内を走行するいずれかの部位(おもに顔面神経根出口領域:rootexitzone)で,患側の顔面神経(VII脳神経)が前下小脳動脈(AICA),後下小脳動脈(PICA),椎骨動脈(VA)などによって圧迫されることが原因とされている.特にrootexitzoneは中枢性と末梢性の髄鞘の接合部にあたり,血管の圧迫がこの部位での脱髄を起こすことで異常な活動電位をきたすと推察されている.実際にはボツリヌスA型毒素製材(ボトックス)の注射で多く眼科領域でも治療が行われるようになってきている.その一方で,根本治療としての観血的手術によるアプローチでは,患側のVII脳神経全例に血管圧迫が観察されること,圧迫解除後には9割以上の症例に症状の改善がみられること(Campos-Benitezら2)によれば症状緩和が観察されない割合は115例中9例のみ)から,片側顔面痙攣の原因は血管圧迫であるとされる論拠になっている.上斜筋の支配神経である滑車神経(IV脳神経)は,VII脳神経と同様に脳槽内を走行し,上小脳動脈の分枝が近傍を走行する.これから上眼瞼ミオキミアは,片側顔面痙攣と同じ血管圧迫機序によって起こる不随意運動ではないかとされ,検討が行われている.IIIIV脳神経をどのように可視化できるか?―MR脳槽画影(MRcisternogram)とは―IV脳神経を可視化するには,一般的に3D脳槽画像とよばれるMRI(magneticresonanceimaging)撮像手技が使用される.図1左に通常のT2強調画像水平断を示す.通常T2強調画像はSpin-Echo系の2D画像である.2D画像とは画像データ採取のためにスライス単位でRadioFrequency(RF)パルス照射とデータサンプリングを行う.これから3T装置であっても十分な信号ノイズ比(S/N)を保つためにスライス幅は3mm弱が限界である.図1の左に示す水平断ではスライス面内の分*MasakiYoshida&KeigoShikishima:東京慈恵会医科大学眼科学講座**MasahiroIda:東京都保健医療公社荏原病院眼科〔別刷請求先〕吉田正樹:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(5)727 2D撮像では,スライス厚に限界があり三次元的に等しい空間分解能を確保できない冠状断水平断(水平断オリジナル再構成)面内分解能面内分解能0.43×0.43mm3×3mm図1T2強調画像(2D画像)2D撮像と比べて高いS/N比による三次元的に等しい空間分解能の実現水平断面内分解能0.6×0.6mm冠状断(再構成)面内分解能0.6×0.6mm図23D脳槽画像(CISS法)解能は0.4mm強であり十分なS/Nと空間分解能を保っているものの,スライス厚は3mm幅であるため脳槽内の微細構造描出には適さない.矢印の中脳水道はpartialvolumeeffectにより管状構造を観察することができない.Partialvolumeeffectとは,スライス厚に満たない構造が,隣接するその他の構造物の信号の迷入によりはっきりと描出できない現象である.参考までに,728あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012図1の右に冠状断で再構成した画像を示す.冠状断ではスライス面内の空間分解能は3mmになってしまうため,臨床情報として使用することはできないことがわかる.図2に脳槽画像(CISS:constructiveinterferenceinsteadystate)を示す.左が水平断,右が冠状断である.この撮像法はGradient-Echo系で髄液などの水成分を高信号に描出し,また3D撮像であることが特徴である.(6) 3D撮像は画像データ採取のためにボリューム単位でRFパルス照射とデータサンプリングを行う.2D撮像と比較し,撮像時間の延長が必要となるものの大幅なS/Nの向上が得られる.図2での空間分解能は0.6mm立方である.このため図1での2DのT2強調画像に比べて,図2右に示す冠状断においても空間分解能が保たれていることがわかる.左の水平断では矢印に示す中脳水道が,図1の2DT2強調画像とは対照的に,管状構造として描出されていることがわかる.一方,灰白質と白質のコントラスト,すなわち脳実質内のコントラストは十分でないことがわかる.この撮像法は,頭蓋内では高信号に描出される髄液のなかで,低信号としてコントラストの付く脳槽内の微細構造の描出に用いられる.IVMR脳槽画像によるIV神経の描出IV脳神経は中脳の神経核より髄内脳神経が交差して反対側の上丘へ走行し脳槽内に出る.そののち,前方へ走行して海綿静脈洞を経て眼窩内へ到達する.MR脳槽撮影では上丘を出て脳槽内を走行するIV脳神経が観察される.図3にMR脳槽画像によるIV神経を示す.左IV脳神経核と反対側の上丘まで走行する髄内神経はシェーマとして加筆している.IV脳神経は,上丘から後方へ出て上髄汎(これは第四脳室の上蓋に相当する)の側方から脳槽内を前方に走行する.脳槽内ではIV脳神経の近傍を,上小脳動脈の分枝がさまざまに走行するのが観察される.IV脳神経の解剖学的走行を考慮すれば,上小脳動脈分枝との位置関係をある程度推察することは可能であるが,図3に示すようにIV脳神経と直交して接する場合のみではなく並行して走行する症例も存在する3).脳槽画像は高信号の脳脊髄液内に神経,血管が等しく低信号で描出される.そのため神経と血管を鑑別するには,脳槽画像と併用してガドリニウム(Gd)造影剤を使用しない,ないし使用する3DTOF法(TimeofFlight)3,4)を用いて脳槽内の血管を高信号に描出する手法が用いられる.この撮像法では,造影剤なしでは速い血流,すなわち動脈が描出され,造影ありでは動脈に加え静脈までも同時に描出可能となる.(7)椎骨動脈上髄汎上小脳動脈IV神経IV神経IV神経核髄内IV神経上丘図33DCISS画像によるIV脳神経上段は下段の四角囲み部分の拡大像.V脳槽でのIV脳神経と血管の構造をMR画像で評価するまずMR脳槽画像によりIV脳神経を同定する.前述のごとく,それに加えて3DTOF法により血管を別途に描出,同定し神経との接触を評価することになる.図4に造影あり3DTOF画像を左に,脳槽画像を右に並べて示す.造影3DTOF画像では血管が高信号に描出されているのがわかる.提示する2つの画像はスライス厚が異なる(TOF:1mm;脳槽画像:0.6mm)ため同一部位であるにもかかわらず血管の描出がわずかに異なっているものの,両者の比較はIV脳神経における血管の接触の有無を評価するには十分である.さらに笹野らは両者の撮像シーケンスを工夫することで3DTOF法から血管信号のみを抽出し,脳槽画像に重ねるfusion画像〔笹野紘之ら:上斜筋ミオキミアの臨床像とMRIあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012729 上小脳動脈IV神経上小脳動脈IV神経上小脳動脈IV神経上小脳動脈IV神経Gd造影3DTOF画像3DCISS空間分解能空間分解能0.57×0.57×10.63×0.63×0.6図4造影3DTOF画像とCISS画像―上小脳動脈とIV脳神経の位置関係―滑車神経プロトコール(3DtrueFISP+TOFMRA)による評価.第49回日本神経眼科学会にて発表〕を用いることでさらに詳細な評価が可能であると報告している.VI上斜筋ミオキミアは血管圧迫症候群なのか片側顔面痙攣は,前述のごとく脳槽内における手術的な血管圧迫除去がすでに治療法の一つとして確立されており,術中所見と臨床症状,予後などの詳細な検討3)がすでに行われている.これに対して,上斜筋ミオキミアは広く一般臨床症状として眼科領域に知られているとは言い難い.各施設の症例数も片側顔面痙攣と比べれば1桁少なく,そのため,手術的治療の効果を総括的に報告できる知見はいまだないといってよい.現時点では上斜筋ミオキミアの病態理解を深めるために,MRI画像所見と臨床症状の連関を検討しているレベルであるといえる.Yousryらは6例の上斜筋ミオキミアをMR脳槽画像とTOF法で検討し臨床所見と血管の接触が一致したと報告3)する一方で,正常者でもIV脳神経のrootexitzoneでの血管接触が14%に認められたとも報告4)している.現在のMRIの分解能では血管と神経の接触は十分に確認可能であるが,圧迫の程度評価まではむずかしいと考える.それには手術経験の蓄積が必要となるだろう.筆者らの経験では,上斜筋ミオキミアは決してまれな疾患ではなく,診断がなされずに臨床現場に埋没されている症例がほとんどであると考えている.診断は非常に容易であることから,この病態に関する知識が深まっていくためには,眼科医が的確な診断を行い1例でも多くの症例を臨床研究のステージに引き上げることが必要なのである.文献1)HoytWF,KeaneJR:Superiorobliquemyokymia:reportanddiscussiononfivecaseofbenignintermittentuniocularmicrotremor.ArchOphthalmol84:461-467,19702)Campos-BenitezM,KaufmannAM:Neurovascularcompressionfindingsinhemifacialspasm.JNeurosurg109:416-420,20083)YousryI,DieterichM,NaidichTPetal:Superiorobliquemyokymia:magneticresonanceimagingsupportfortheneurovascularcompressionhypothesis.AnnNeurol51:361-368,20024)YousryI,MorigglB,DieterichMetal:MRanatomyoftheproximalcisternalsegmentofthetrochlearnerve:neurovascularrelationshipsandlandmarks.Radiology223:31-38,2002730あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(8)

序説:神経眼科-最新の話題

2012年6月30日 土曜日

●序説あたらしい眼科29(6):723.725,2012●序説あたらしい眼科29(6):723.725,2012神経眼科─最新の話題CurrentTrendsinNeuro-Ophthalmololgy柏井聡*はじめにここ最近,神経眼科領域では,これまでにはなかった新たな観点からみた解析によって,いくつかの疾患の病態の解明の糸口が見つかりつつある.また,神経眼科領域では,比較的多用される副腎皮質ステロイド薬について,物議をかもす報告が続いている.こうした最新の話題を,診断,検査,治療の3つに分けて,それぞれの分野で先駆的な研究や難治疾患の治療を先頭に立って展開されている日本を代表する先生方に,臨床現場からの質問に答えていただくという形で,わかりやすく解説していただいた.1.診断のポイント最先端のMRI(magneticresonanceimaging)技術にユニークなプロトコールから上斜筋ミオキミアの神経血管圧迫の三次元画像解析を行っておられる東京慈恵会医科大学眼科の吉田正樹先生には,同教室の敷島敬悟先生,荏原病院の井田正博先生とのご共著にて,上斜筋ミオキミアは神経血管圧迫症候群なのか,お答えいただいた.古典的に錐体外路疾患の代表として知られたParkinson病において,希釈ピロカルピン点眼テストによる除神経性過敏症を見出された名古屋大学神経内科平山正昭先生には,そのユニークな瞳孔についての研究成果をもとに,Parkinson病の瞳孔点眼テストの診断的意義についてまとめていただいた.視神経脊髄炎患者の血清から取り出された中枢神経系の軟膜や血管周囲に反応する抗体がアストロサイトのもつアクアポリン4(AQP4)抗体であると同定された当初は,視神経脊髄炎から難治性視神経炎の病態の解明につながると注目され,大いに期待された.しかし,その後の展開からは,必ずしも,そうは簡単にいかず,むしろ,謎が深まったようにもみえる.抗AQP4抗体について先駆的な独自の研究を行っておられる神戸大学の中村誠先生に,臨床現場の素朴な疑問「視神経炎に抗AQP4抗体を検査すべきか?治療法は変わるか?」についてお聞きした.2.検査のポイントここ最近,画像診断技術の長足な進歩によって,眼科領域では種々の疾患の診断精度が飛躍的に向上してきた.井上記念病院眼科の藤本尚也先生は,長年培われたHumphrey自動視野計を用いた豊富な視野の研究に加えて,光干渉断層計(OCT)による網膜神経節細胞を含めた視神経の構造解析を精力的に展開しておられる.構造と機能の連関という,古典的な命題にどこまで最先端の技術から答えることができるのか,今回,横山暁子先生とご共著にてま*SatoshiKashii:愛知淑徳大学健康医療科学部視覚科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)723 とめていただいた.レーザー光線を用いた走査レーザーポラリメータ(SLP)と近赤外線によるOCTという異なる最先端の機器を同一個体で比較研究すると測定原理の違いが,思わぬ画像の違いとなって出てくることが京都大学眼科の宮本和明先生らの研究から明らかになってきた.古典的な研究方法では見ることのできなかった新たな視神経の“姿”について,その一端をご紹介いただいた.前部虚血性視神経症(AION)は視神経の血流障害によってひき起こされる代表的虚血性疾患で,これまでドップラー効果をもとにした血流速度を基にした分析が試みられてきた.最近の技術革新によって組織の血流量そのものが測定できるレーザースペックル法が開発され,視神経疾患に適応して研究されている宮崎大学眼科の前久保知行先生に,これまでわかっている研究成果についてまとめていただいた.3.治療のポイント非動脈炎性前部虚血性視神経症(NAION)は難治な疾患で,これまで外科的に視神経鞘減圧術について米国で他施設臨床治験が行われたが,結果的には,手術によってかえって憎悪させることがわかり,途中で中止となった経緯がある.そのような折り2008年SohanSinghHayrehがNAIONにステロイド内服が有効であると発表1)して以来,神経眼科領域では大きな波紋が広がった.ついこの5月,E-pubにスペインのRamonyCajal病院の眼科でプレドニゾロン80mg内服2週間施行後,漸減離脱する前向き治験(2008.9.2009.9)を10人に行い6カ月後の時点で無治療コホルト群(27人)と比べ有意差はなく,むしろ1/3に副作用が生じNAIONにステロイドの有効性は認められなかったという真っ向から対立する論文が出た2).NAIONの実験モデルを用いて基礎研究を精力的に展開されている宮崎大学眼科の中馬秀樹先生に「NAIONにステロイドは有効か?」について,どのように考えるか,お答えいただいた.有効な治療法がないNAIONにおいて,大阪大学眼科の不二門尚先生が開発された経角膜電気刺激療法は侵襲の少ない物理療法で,これまで複数の施設から良好な結果が報告されている画期的な治療法で,また,日本オリジナルの世界に発信できる治療法と考えられる.「NAIONに経角膜電気刺激療法は有効か?」について,大阪大学の森本壮・不二門尚両先生にまとめていただいた.昨年,AmericanJournalofOphthalmologyの論説にも取り上げられた外傷性視神経症にパルスステロイドは禁忌であるというカルフォルニア大学ロスアンゼルス校眼科の論文3)により,神経眼科領域に大きな衝撃が走った.昨年夏の近畿と九州の日本神経眼科学会認定講習会や昨年11月の神戸での日本神経眼科学会のシンポジウムなどで取り上げられているが,まだ,この情報は広く一般に知られていない.先の神戸のシンポジウムで薬物治療に関連して,この問題を取り上げられた東京慈恵会医科大学眼科の敷島敬悟先生に「外傷性視神経症にステロイドバルス療法は禁忌か?」についての解答をお願いした.特発性眼瞼痙攣症にボツリヌス毒素(BTx)療法が有効であることは眼科医だけでなく,広く一般にも知られるようになっている.確かに,初回BTx注射で10人中9人は改善し,患者もその劇的な効果に感激し,眼瞼痙攣症にBTxが奏効することはマスコミを通じてよく知られている.しかし,BTxを繰り返していくうちに,なかに,効果がなくなったり,当初から,それほど効果のない患者が,内服治療などあちこちの施設をわたり歩いている現実がある.こうしたなか,豊富なBTx治療の経験と,特に,眼瞼の手術療法を試みられている兵庫医科大学眼科の三村治先生に,この難治疾患の手術療法について,忌憚のないお考えをまとめていただいた.724あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(2) まとめこの特集では扱わなかったトピックに,Leber遺伝性視神経症(LHON)の欧州でのIdebenon(900mg/日)内服の前向き多施設治験の有効性の報告がある4).ミトコンドリア内膜の電子伝達体の一つユビキノンから開発されたIdebenonは脳循環代謝改善剤として一時国内でも使用されていたが,1998年に医薬品の承認を取り消された経緯がある.今回の欧州の報告以後,有効性を認めたという臨床報告が続き欧米では話題となっている.また,多発性硬化症(MS)の再発予防薬として昨年11月に国内でも承認されたFingolimod(リンパ球のスフィンゴシン1-リン酸受容体阻害薬)は,1日1回内服でよい画期的なMS治療薬として注目されているが,副作用として黄斑浮腫がある.昨年12月20日に日本眼科学会のホームページ(http://www.nichigan.or.jp/news/m_201.jsp)を通じ,会員への周知が図られているが,黄斑浮腫例の多くは無症候性でOCTでしか発見できないため,眼科医も心得ておくべき副作用である.文献1)HayrehSS,ZimmermanMB:Non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,20082)RebolledaG,Perez-LopezM,Casas-LleraPetal:Visualandanatomicaloutcomesofnon-arteriticanteriorischemicopticneuropathywithhigh-dosesystemiccorticosteroids.GraefesArchClinExpOphthalmol,2012Mar24.[Epubaheadofprint,DOI:10.1007/s00417-012-19957]3)SteinsapirKD,GoldbergRA:Traumaticopticneuropathy:anevolvingunderstanding.AmJOphthalmol151:928-933,20114)KlopstockT,Yu-Wai-ManP,DimitriadisKetal:Arandomizedplacebo-controlledtrialofidebenoneinLeber’shereditaryopticneuropathy.Brain134:2677-2686,2011(3)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012725

縫合可能であった外傷性下直筋断裂の幼児の1例

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):711.715,2012c縫合可能であった外傷性下直筋断裂の幼児の1例三浦瞳羽根田思音菅野彰山下英俊山形大学医学部眼科学講座InfantCaseofTraumaticLacerationofInferiorRectusMuscleHitomiMiura,ShionHaneda,AkiraSuganoandHidetoshiYamashitaDepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine目的:外眼筋断裂は幼児では診断が困難である.また,断裂した筋の中枢側断端の同定が困難な場合も多い.今回筆者らはコンピュータ断層撮影(CT)で外眼筋断裂を疑い,術中診断し縫合可能であった外傷性下直筋断裂の幼児例を経験したので報告する.症例:1歳5カ月の男児.転倒し,フックに左眼を強打した.受傷同日の初診時左眼瞼腫脹が著明であったが,眼瞼裂傷は認めなかった.眼窩部CTでは左下直筋周囲の炎症所見および眼窩内の気泡を認めた.下直筋断裂を疑い全身麻酔下で手術を施行した.術中所見では下方円蓋部の結膜裂傷および下直筋腱の断裂を認めた.中枢側断端を同定でき,断端の中枢側と遠位側を6-0バイクリルR糸で縫合した.術後1日目は10°の左上斜視を認めた.術後1カ月では眼位は正位となり,眼球運動制限を認めなかった.結論:CTは幼児の外傷性外眼筋断裂の診断に有用であった.断裂した筋の縫合を行うことで良好な結果が得られた.Withlacerationofanextraocularmuscle,itisoftendifficulttoidentifythemuscle’sproximalend.Wereportthecaseofa17-month-oldmalewithtraumaticlacerationoftheinferiorrectusmuscleofthelefteye,duetoinjurybyahook.Nowoundwasdetectedonthelefteyelid.Computer-aidedtomographyshowedinflammatoryfindingsaroundtheinferiorrectusmuscleandfreeairintheorbitalspace.Aconjunctivaltearandlacerationoftheinferiorrectusmuscleweredetected.Weidentifiedtheproximalendofthemuscleintheintermuscularseptum.Bothendsofthemuscleweresuturedwith6-0absorbablesutures.Onedaylater,eyepositionwas10°lefthypertropia.Atonemonthlater,eyepositionhadimprovedtoorthophoriaandeyemovementhadnormalized.Inpediatriccases,itisnecessarytosuturelaceratedmuscles,soastoavoidstrabismusandamblyopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):711.715,2012〕Keywords:下直筋断裂,乳幼児,外傷.inferiorrectusmuscle,infant,trauma.はじめに外眼筋の断裂は外傷あるいは斜視,網膜.離のバックル手術の術中などにしばしば認める.外眼筋断裂では,断裂した筋肉の断端を同定し,中枢側と遠位側を縫合することが最も推奨される手術法と考えられるが,断裂した筋の中枢側が収縮して奥に入り込んでしまうため,断端を同定するのが困難な場合が多い.中枢側の断端が同定できない場合は外眼筋の移動術が必要になる.しかし,移動術はさらなる直筋への負担から前眼部虚血の可能性があり,さらに定量性に欠け,複視が残存する場合も少なくない.さらに,無治療のまま放置すると上下斜視や複視,眼球運動障害が生じうる.幼小児の症例では上下斜視や下転制限が残存すると弱視を発症する危険性も出現するため,手術による根本的な治療が不可欠であり,術後も視力や眼位に注意して経過観察を行う必要がある.また,乳幼児の外傷例では患児の協力が得られず,診察が困難であることも多く,手術の適応の有無などの臨床的な診断がむずかしい場合がある.今回筆者らは術前のコンピュータ断層撮影(computeraidedtomography:CT)にて外眼筋断裂を疑い,術中に下直筋断裂を確認し,断端を縫合した外傷性の下直筋断裂の小児の症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕三浦瞳:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HitomiMiura,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2-2-2Iida-Nishi,Yamagata990-9585,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(131)711 I症例患者:1歳5カ月の男児.主訴:左眼痛,左眼瞼腫脹.現病歴:2010年12月9日,ショッピングセンターで転倒した際に,陳列棚のフックに左眼を強打した.出血が止まらなかったため,同日山形大学医学部附属病院の救急部を受診した.初診時所見:著明な左眼の眼瞼腫脹を認めたが,眼瞼の皮膚側に裂傷は認めなかった.細隙灯顕微鏡では両眼ともに角膜,前房および水晶体を含めた前眼部に異常所見を認めなかった.患児の協力が得られなかったため,術前の眼位,眼球運動の評価は困難であった.また,1歳5カ月のため,視力検査も施行できず,それ以上の詳細な診察や検査は困難であった.左眼以外に打撲した部位もなく,全身的に異常所見を認めなかった.眼窩部のCTでは,眼球の形態の異常および眼窩壁骨折は認めなかった.左眼下直筋の著明な腫脹および下直筋周囲の炎症所見,眼窩内の気腫を認め,これらの所見から外眼筋断裂を疑い,同日全身麻酔下で手術を予定した(図1).術中所見:開瞼器で眼瞼を開けたところ,左眼は上転しており,6時方向の結膜円蓋部に裂傷を認め,その周囲に著明な結膜下出血および結膜浮腫を認めた.結膜を展開し,血腫で腫脹したTenon.を.離したところ,断裂した下直筋の遠位端を認めた.明らかな強膜の裂傷や内直筋,外直筋の損傷は認めなかった.眼窩下壁側に沿って,腫脹したTenon.の.離を丁寧に進めると,筋鞘の袋状の端を認め,その中に下直筋の中枢側の断端を同定できた(図2).同定した下直筋の中枢側を把持鉗子で把持し,6-0バイクリルR糸を通糸して,遠位側断端と中枢側断端を縫合した(図3).結膜の裂傷は8-0バイクリルR糸で縫合した.また,術中に眼底検査を施行したところ,硝子体出血は認めず,網膜および視神経に異常所見を認めなかった.経過:手術翌日は正面視で10°の左上斜視と右側への頭位傾斜を認めた.術後1カ月では眼位は正面視で正位となり,眼球運動も制限を認めなかった.術後10カ月(2歳3カ月)図1CT所見左:冠状断(術前),右:矢状断(術前).灰色矢印:左眼の下直筋の著明な腫脹および炎症所見を認めた.白矢印:眼窩内の気腫.図2術中所見白矢印:下直筋中枢側断端.灰色矢印:下直筋遠位側断端.図3術中所見下直筋の中枢側断端と遠位側断端を縫合した(白矢印:下直筋縫合部).712あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(132) 図4術後10カ月のCT所見左:冠状断,右:矢状断.図5術後10カ月の眼位(正面視)の眼位は正位で,眼球運動制限を認めなかった(図5).視力は両眼ともに0.8(n.c.)で左右差を認めなかった.CT所見でも左下直筋の腫脹および炎症所見は改善していた(図4).術後12カ月(2歳5カ月)の視力は右眼0.8(1.0×.0.50D),左眼1.0(n.c.)と左右差を認めなかった.II考按外傷性の外眼筋損傷のなかでも下直筋の断裂は頻度が高い.HelvestonとGrossmanは,直筋のほうが斜筋と比較して角膜輪部に近く,解剖学的に外界に曝されているため外傷で損傷しやすいと報告している.彼らはさらにBell現象によって,外傷の衝撃による閉瞼および眼球が上転あるいは外転するため,直筋のなかでも特に下直筋と内直筋が断裂する頻度が高いと述べている1).今回の症例は幼児であったため,術前の詳細な診察が困難であった.CT所見で外眼筋断裂の所見は明らかでなかったが,左眼下直筋の著明な腫脹と下直筋周囲の著明な炎症所見,および眼窩内に気腫を認めたことで下直筋断裂を疑うことができた.眼窩は閉鎖空間であるため,本来眼窩内に気腫は存在しないはずである.眼窩壁骨折や頭蓋底骨折なども認めないにもかかわらず,このような所見を認めた場合,外傷による損傷が大きいことが予想でき,筋の断裂も念頭に入れて手術を検討すべきであると考えられた.今回CTで下直筋断裂の所見が明らかでなかったのは,受傷直後で筋の腫脹や炎症が著明であったためと考えられた.今回の症例のように眼位や眼球運動などの詳細な診察が困難な幼児の外傷例ではCTの所見が診断に有用であると考えられた.わが国の下直筋断裂に関しての報告は13例13眼(11報告)2.12)であった.全例外傷によるもので網膜.離や斜視の術中の症例はなかった.下直筋の中枢側断端を同定できた症例は13例中10例であった.下直筋の中枢側断端が同定できた場合には断端の縫合が施行されていた.下直筋の中枢側断端の同定が不可能であった場合には,水平筋の全幅筋移動術や下直筋の短縮前方移動術が施行されていた.わが国の報告では小児の下直筋断裂の報告はなかった.山尾らの報告では受傷当日の緊急手術では下直筋の中枢側の断端を同定できず,2日後の再手術で下直筋の断端を同定,縫合することが可能であった.術後下転障害が残存したものの,術前より眼位の改善を認めた2).鈴木らの報告では受傷後5カ月経過した例であったが,断裂した下直筋の断端を縫合し,術後良好な結果を得ている3).下直筋断裂の場合はLockwood靱帯が下直筋と下斜筋の共通の筋鞘として存在しているため,中枢側の断端が後退しにくく,他の外眼筋断裂と比較して同定しやすい場合がある.この症例では断裂の部位が眼窩深部でなく,筋付着部の近くであった.そのため,Lockwood靱帯が損傷を受けず,中枢側断端が収縮して眼窩深部に落ち込んでしまうことがなかったため,同定可能であったと述べている.術前は25Δの左上斜視および下転障害を認めていたが,術後眼位は正位となり,下転障害も改善した.下直筋断裂に対する手術では,できるだけ受傷後早期に下直筋の同定を試み,断端を同定できた場合には縫合するのが原則である.しかし,受傷後長期間経過しても,下直筋の解剖学的特性から,まず中枢側の断端の同定を試みる価値があると考えられる.今回の症例はフックによる眼外傷であり,Lockwood靱帯より前方の位置で断裂を認めた.そのためLockwood靱帯の存在により断端の同定ができた可能性が高く,その結果筋の縫合ができ,良好な結果を得られたと考えられる.(133)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012713 下直筋の中枢側の断端を同定することができなかった症例では,下斜筋短縮前方移動術や水平筋全幅移動術などが施行されている.下斜筋短縮前方移動術は上斜筋麻痺や下斜筋過動,交代性上斜位の治療として広く行われている下斜筋前方移動術に短縮を加えた術式である.斜筋手術であることから前眼部虚血の可能性がないことが利点である.直筋の手術と比較すると定量性に欠けるが,短縮を行う量を調節することや受傷眼の上直筋後転を追加することなどにより,ある程度定量性を補うことが可能である.水平筋全幅移動術は外眼筋の完全麻痺の際に施行されることが多い術式である.筋の付着部での切腱や分割が不要で,筋の辺縁を結紮するため,前眼部虚血の危険性が少ない.これらの術式は眼位矯正に有用であると考えられるが,定量性に欠けるため,術後複視が残存する可能性も考慮して術式を選択する必要がある.上記のような術式はいずれも下直筋以外の筋の作用する方向を変えることによって,下転に作用する力を補うものである.断裂した下直筋の中枢側が同定できず縫合不可能であった場合や,断裂した筋を同定できても損傷が強く,筋の張力が低下し拘縮しているような場合にはこのような術式が有用であると考えられる.本症例のような小児の下直筋断裂の症例は非常に少なく,筆者らが調べた限りでは以下の3例であった.断裂した下直筋の断端を縫合できたのはHelvestonらの報告のみで,それ以外の症例では下斜筋前方移動術が施行されていた.Helvestonらの症例では前医から紹介されたのが受傷3カ月後であったため,手術も受傷3カ月後に施行されていた.手術まで時間が経過していたが,下直筋断端を同定し,縫合することができ,眼位および下転障害の改善を認めている.術後正面視での眼位も正位となった1).Gamioらの症例は前医で3歳時に左眼の上斜筋麻痺に対する手術を施行されている症例で,左上斜視が出現してきたため,5歳時に再手術を施行した.術中に下直筋が同定できず,外直筋が下方に偏位して付着していた.下直筋の縫合が不可能であったため,下斜筋を少量短縮し,前方移動した.下斜筋は以前に手術された形跡はなかった.偏位していた外直筋はもともとの付着部に縫合しなおした.術後眼位は正面視で10Δの内斜視と4Δの右上斜視となったが,術前と比較すると著明に改善した13).Asadiらの症例はもともと術前の眼位は正面視では正位であったが,上方視時に15Δの外斜視,下方視時に10Δの内斜視および両眼の下斜筋過動を認めた.左眼の下斜筋前転術を施行した後,右眼の下斜筋前転を施行しようとした際に下直筋断裂が生じた.下直筋の断端の同定が不可であったため,内直筋の付着部を下直筋の付着部付近に移動させた.正面視では8Δの左上斜視および30°下方視時の3Δの左上斜視,30°上方視時の25Δの左上斜視を認めた14).受傷機転や筋の損傷の程度,手術までの時期もさまざまであり,一概に比較するのはむずかしいが,下直筋を縫合可能であった例とできなかった例を比較すると,いずれも術後眼位と眼球運動は術前と比較して改善している.しかし,正面視の眼位は縫合できた症例で正位となっており,良好な結果を得ている.このことは下直筋を縫合できた症例のほうが他の筋で下方への動きを補うより,下直筋をもともとの位置に戻すほうがより生理的な眼球運動を得られたためと考えられる.今回の症例でも受傷当日に断裂した下直筋を縫合し,生理的な位置に戻すことができたため,術後の眼位および眼球運動において良好な結果を得られたと考えられる.小児の外眼筋断裂では斜視や眼球運動障害に伴う弱視の危険性があるため,受傷後早期に手術による根本的な治療を積極的に検討するべきである.特に今回の症例のような視機能の発達段階の乳幼児の症例では,術後も弱視になる可能性を常に念頭に置きながら,視力や眼位を注意深く経過観察していく必要がある.III結論CTは幼児の外傷性外眼筋断裂の診断に有用であった.外傷性下直筋断裂に対して断裂した断端を同定し縫合することは,もともとの筋の生理的な位置に近づけられるため,術後眼位の改善を認める可能性が高いと考えられる.現時点ではまだ短期の経過であるため,今後の予後については経過観察が必要である.文献1)HelvestonEM,GrossmanRD:Extraocularmusclelacerations.AmJOphthalmol81:754-760,19762)山尾信吾,菅澤淳,辻村総太ほか:縫合可能であった高齢者の外傷性下直筋断裂.臨眼56:1767-1771,20023)鈴木由美,山田昌和,井之川宗佑ほか:陳旧性下直筋断裂に下直筋縫合が有効であった1例.眼臨紀4:254-258,20114)金子敏行,花崎秀敏,田辺譲二ほか:サーフボードによる下直筋断裂の例.眼科31:89-93,19895)森田一之,佐藤浩之,伊藤陽一ほか:下直筋断裂の1例.臨眼96:104-106,20026)大島玲子,當間みゆき,植田俊彦ほか:下直筋断裂の2症例.日本災害医学会会誌42:562-566,19947)山内康照,大野淳,泉幸子ほか:下直筋完全断裂を伴った眼窩底骨折症例の検討.日本職業・災害医学会会誌50:135-140,20028)河本重次郎:外傷II(眼科小言).日眼会誌13:144-145,19099)河本重次郎:奇ナル眼外傷.眼臨26:564,1931714あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(134) 10)坂上直道:下直筋外傷の1例.診断と治療25:436,1938transposionoftheinferiorobliquemuscle[RATIO]to11)西村香澄,彦谷明子,佐藤美保ほか:外傷性下直筋断裂にtreatthreecasesoftheinferiorrectusmuscle.Binocul対する下斜筋短縮前方移動術の効果.眼臨紀2:249-255,VisStrabismusQ17:287-295,2002200914)AsadiR,FalavarjaniKG:Anteriorizationofinferior12)西川亜希子,西田保裕,村木早苗ほか:外傷性下直筋断裂obliquemuscleanddownwardtranspositionofmedialrecに用いた水平筋全幅移動術.眼臨紀3:145-148,2010tusmuscleforlostinferiorrectusmuscle.JAAPOS10:13)GamioS,TartaraA,ZelterM:Recessionandanterior592-593,2006***(135)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012715