特集●臨床において必要なサプリメントの知識あたらしい眼科29(8):1069.1073,2012特集●臨床において必要なサプリメントの知識あたらしい眼科29(8):1069.1073,2012医家向けのサプリメント:アスタキサンチンSupplementsforMedicalExperts:Astaxanthin北市伸義*石田晋**I縄文人・続縄文人を支えたサケ縄文時代は人類が定住を始めた時代である.縄文式土器の発明は食材を煮ることを可能にした.それにより,生ではあくが強くて食べられないドングリなどの木の実を食べられるようになり,狩猟に頼る不安定な食生活が大きく改善された.最近の考古学的研究によれば当時はカロリーの40%以上をドングリなどの木の実で,残りはイノシシ,シカなどの狩猟,および魚類や貝類の漁撈による動物性カロリーで摂取していたらしい.彼らは川辺に集落を作ったが,これは飲料水の確保とともにサケの捕獲のためとも考えられている.サケ(アイヌ語ではシャケンベ)は特に東日本の遺跡から多くの骨が出土しており,生活を支える重要な食物であったと考えられる.そのため当時は西日本より東日本のほうが人口密度はかなり高かった.実際,北海道大学構内の縄文・続縄文遺跡からも,サケを捕獲するための定置網と考えられる柵状遺構が発掘される.炉端にはアワ,イネ,オオムギなどの炭化種子とともに,焼いて調理されたサケの骨OOHHOO図1アスタキサンチンの構造式が大量に出土する.当然イクラ(ロシア語でイクラ)も食べていたと考えられる.アスタキサンチン(図1)はこれらサケ,イクラなど人類が古来摂取してきた食品中に広く存在する1).本稿では,そのアスタキサンチンと眼疾患あるいは眼精疲労との関連を解説したい.II動物モデルでの効果アスタキサンチンは抗酸化作用だけではなく抗炎症作用も有する.まず,アスタキサンチンの抗炎症効果を動物モデルで検証してみた.エンドトキシン誘発ぶどう膜炎(EIU)は急性前部ぶどう膜炎モデルである.筆者らはLewisラットにリポ多糖(LPS)を投与し,同時にアスタキサンチンを投与して前房水中の炎症細胞数や前房内蛋白濃度,プロスタグランジン(PG)E2,一酸化窒素(NO),腫瘍壊死因子(TNF)-a濃度を測定した.24時間後の前房炎症細胞数や前房内蛋白濃度はアスタキサンチン100mg/kg投与群で有意に減少しており,代表的なステロイド薬であるプレドニゾロン10mg/kgに匹敵した2)(図2).また,PGE2,NO,TNF-a濃度はいずれも1mg/kg投与群から有意に減少し,10mg/kg以上でプレドニゾロン(10mg/kg)とほぼ同等の効果がみられた2).EIU惹起ラット摘出眼球のNF-kB(核内因子kB)核内発現を免疫組織学的に検討すると,アスタキサンチン投与群ではぶどう膜(虹彩・毛様体)のNF-kB陽性細胞数が有意に減少していた3).さらに,中高年者の失明*NobuyoshiKitaichi:北海道医療大学個体差医療科学センター眼科/北海道大学大学院医学研究科炎症眼科学講座**SusumuIshida:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野〔別刷請求先〕北市伸義:〒002-8072札幌市北区あいの里2条5丁目北海道医療大学個体差医療科学センター眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(43)10698****p<0.05**p<0.01**:p<0.01n=6平均値±標準偏差****7CNV体積(×10-13m3)10細胞数(×105個)6543210陽性対照110100プレドニゾロン0(10mg/kg)Vehicle110100AST(mg/kg)図2EIU惹起ラット前房水中炎症細胞数前房水中炎症細胞数はアスタキサンチン(AST)の投与量依存的に減少し,AST100mg/kg投与群はプレドニゾロン10mg/kg投与群とほぼ同程度であった.(文献2より改変)原因として注目される加齢黄斑変性の終末病態である脈絡膜血管新生に対する効果も検討したところ,レーザー誘導脈絡膜血管新生モデルではアスタキサンチンの摂取により脈絡膜血管新生が抑制された(図3).この奏効機序もNF-kBを介する炎症機序の軽減によった4).したがって,アスタキサンチンは免疫・炎症反応の中心的転写因子であるNF-kB阻害により抗炎症効果を発揮すると考えられる.AST(mg/kgBW)AST(mg/kgBW)Vehicle110100図3脈絡膜新生血管に対するアスタキサンチンの効果加齢黄斑変性の動物モデルである脈絡膜新生血管(CNV)モデルでは,アスタキサンチンの摂取により用量依存的にCNVが縮小した.A:CNVの大きさを計算により比較したもの.B:網膜フラットマウントによる実際のCNV像.(文献4より改変)******p<0.01III点眼薬という可能性30角膜上皮厚(μm)2010紫外線は活性酸素を発生させるなど代表的な老化促進要因である.眼への影響は電気性眼炎や雪眼炎(ゆきめ)などの角膜炎,白内障などが古くからよく知られているが,アスタキサンチンの強力な抗酸化作用は眼の紫外線対策,老化対策に有効である可能性がある5).そこで筆者らは,つぎにマウスに紫外線を照射する角膜障害モデルを用いて検討した.麻酔下のマウスに紫外線Bを400mJ/cm2照射し,24時間後に角膜を検討した.現在,アスタキサンチンは全身摂取が基本であり点眼薬はないが,眼表面であれば点眼薬のほうが効率が良いと考え,ここでは研究室で独自に点眼薬を試作した.片眼にアスタキサンチンを,他眼には対照として溶媒のみを点眼した.アスタキサンチンを点眼すると紫外線による角膜障害が有意に軽症化し(図4),TdT-mediateddUTPnick1070あたらしい眼科Vol.29,No.8,20120図4アスタキサンチンによる紫外線照射後の角膜上皮厚アスタキサンチン点眼した眼は溶媒のみを点眼した反対眼と比較して,有意に紫外線角膜障害が軽度であった.(文献6より改変)end-labeling(TUNEL)陽性細胞も有意に減少,活性酸素も著明に減少していた6).しかし,アスタキサンチンが色素を有するため,これだけでは色素自体による光減(44)1.0なし0.1なし0.01なし1.0なし紫外線照射ありAST(mg/ml)**250**p<0.01**40200死細胞率(%)1.00.10.010AST(mg/ml)001428摂取日数****□:対照群(非AST)**:p<0.01■:摂取群(AST)準他覚的調節力(%20015010050図5アスタキサンチンによる角膜上皮培養細胞の紫外線障害の軽減培養液中にアスタキサンチンを添加すると,紫外線による細胞死が用量依存的に減少した.(文献6より改変)弱効果(サングラス効果)による可能性も完全に否定することはできない.そこで,紫外線照射5分後にアスタキサンチンを点眼する実験を行った.その結果,アスタキサンチンは紫外線による細胞死を有意に抑制しており,サングラス効果の可能性は否定された6).さらに,培養した角膜上皮細胞の培養液中にアスタキサンチンを添加すると紫外線照射による細胞死が著明に抑制された図6健常成人におけるアスタキサンチン摂取後の調節力変化14日目以降アスタキサンチン摂取群では有意に調節力が向上した.(文献7より改変)125(A)摂取群*120115110105100*p<0.05950Pre2weeks4weeks眼底血流速度(%)(図5).125(B)プラセボ群このことはアスタキサンチンが紫外線から眼を強力に守る作用があること,さらに将来は点眼薬という選択肢を検討する価値があることを示している.IVヒトでの効果つぎに,動物モデルで得られた結果を元にヒトでの臨床的評価を試みた.被験者は日常的にパソコン業務などが多く,眼精疲労を自覚する健康成人とし,試験食品を4週間連日経口摂取してもらった.対照群(非アスタキサンチン群)とアスタキサンチン6mg経口摂取群(アスタキサンチン群)の2群に分け,眼精疲労と調節機能を二重盲検法で比較した.摂取開始後の準他覚的調節力を14日目,28日目で比較すると,アスタキサンチン群では調節力が有意に改善し,その効果は摂取日数が長くなるほど増強した7)(図6).また,眼精疲労は自覚的視覚アナログスケール法を用いて摂取前後の客観的眼精疲労度評価を行った.その結果,12項目中「目が疲れや(45)120115110105100950Pre2weeks4weeks図7アスタキサンチン摂取による健常者の眼底血流速度の変化ヒトの眼底血流速度は,アスタキサンチン摂取群(A)で4週間後に有意に増加した.一方,プラセボ群(B)では有意な変化はなかった.(文献8より改変)すい」「目がかすむ」「目の奥が痛い」「しょぼしょぼする」「まぶしい」「肩が凝る」「腰が痛い」「イライラしやすい」の8項目で有意な改善がみられた7).現代社会では長時間コンピュータモニターを利用するあたらしい眼科Vol.29,No.8,20121071ことが多く,必然的に近見作業時間が長くなる.そのため毛様体筋に長時間の緊張状態を強いることになり,調節機能の異常やひいては眼精疲労をひき起こす.さらに長期間にわたるコンピュータ使用による慢性ストレスが毛様体筋の機能低下をひき起こし,調節力の低下の一因となる可能性がある.筆者らがコンピュータなどの使用時間の長い被験者を対象として二重盲検試験を行ったところ,同様にアスタキサンチン投与群で調節機能の改善と自覚症状の改善がみられた.したがって,アスタキサンチン摂取は眼科臨床では眼精疲労の軽減と調節機能の改善に有効であると考えられた.近年,失明原因として増加している加齢黄斑変性(AMD)や代表的なぶどう膜炎疾患であるVogt-小柳原田病では,眼底の血流速度が低下していることが報告されている.そこで健常者を対象に,レーザースペックルフローグラフィ(LSFG)という装置を用いて眼底の血流速度を精密に測定したところ,アスタキサンチン摂取群では眼底血流速度が有意に増加していた8)(図7).今後さらに白内障進行予防,緑内障における視神経乳頭循環改善,ぶどう膜炎緩和,あるいは加齢黄斑変性や糖尿病網膜症の予防,進行緩和への応用が期待される.V摂取の実際では,実際どの程度の量をどのように摂取すれば良いか,食品中に含まれるアスタキサンチン含有量から考えてみる9)(表1).アスタキサンチンを多く含む代表的な食品であるイクラの場合,1日量の目安とされる12mgを摂取するには1,500g程度が必要である.店頭でよく見かける100gパックであれば1日15パック食べる必要がある.アスタキサンチン含有量が最大の食品であるベニザケの可食部であれば400g程度で良い.一般に刺表1おもな食品中アスタキサンチン含有量食品含有量(mg/100g)ベニザケ2.5.3.5キンメダイ2.0.3.0毛ガニ1.11甘エビ0.99イクラ・筋子0.8クルマエビ0.66身の一人前は100g程度であるから,1日4人前(40切れ)を目安に食べると良いことになる.しかし,実際に毎日これらを食べ続けることは困難であるし,塩分や他の栄養バランスの問題が起こる.1990年代半ば以降,ヘマトコッカス藻などからの大量培養・大量抽出が工業的に可能になっており,サプリメントとして広く販売されている.消化吸収は必ずしも良くないため,2カプセルを1日2回に分けて摂取しても良い.おわりにヒトは外界からの情報の80%以上を視覚に頼るとされるが,近年の情報化社会は眼への負担をこれまで以上に過酷なものにしている.加えてわが国は世界一の長寿社会である.アスタキサンチンの抗炎症効果はNF-kBシグナルを介するが,NF-kBはストレス反応,サイトカイン産生,紫外線障害,細胞増殖,アポトーシス,自己免疫疾患,悪性腫瘍など多くの生理現象に深く関与している.したがって,アスタキサンチンは将来,眼精疲労,炎症性疾患,紫外線障害,加齢黄斑変性など多くの疾患に有用である可能性がある10).また,安全性試験では有効量の5倍量である1日30mgを4週間摂取しても全身に影響はみられず,眼圧上昇などの眼科的有害事象もまったくみられなかった11).その安全性の高さも考えあわせ,今後いっそうその抗酸化作用,抗炎症作用の基礎的・臨床的エビデンスを蓄積すべきであると考えられる12).文献1)北市伸義,大野重昭,石田晋:眼によい食べ物海の幸編サケ,イクラ,エビ,カニ(アスタキサンチン).あたらしい眼科27:43-46,20102)OhgamiK,ShiratoriK,KotakeSetal:Effectsofastaxanthinonlipopolysaccharide-inducedinflammationinvitroandinvivo.InvestOphthalmolVisSci44:2694-2701,20033)SuzukiY,OhgamiK,ShiratoriKetal:Suppressiveeffectofastaxanthinagainstratendotoxin-induceduveitisbyinhibitingtheNF-kBsignalingpathway.ExpEyeRes82:275-281,20064)Izumi-NagaiK,NagaiN,OhgamiKetal:Inhibitionofchoroidalneovascularizationwithananti-inflammatory1072あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(46)carotenoidastaxanthin.InvestOphthalmolVisSci49:1679-1685,20085)北市伸義,石田晋,杉田直:新しい治療と検査シリーズアスタキサンチン.あたらしい眼科29:211-212,20126)LennikovA,KitaichiN,FukaseRetal:Ameliorationofultraviolet-inducedphotokeratitisinmicetreatedwithastaxanthineyedrops.MolVis18:455-464,20127)白取謙治,大神一浩,新田卓也ほか:アスタキサンチンの調節機能および疲れ目におよぼす影響─健常成人を対象とした効果確認試験.臨床医薬21:637-650,20058)SaitoM,YoshidaK,SaitoWetal:Astaxanthinincreaseschoroidalbloodflowvelocity.GraefesArchClinExpOphthalmol250:239-245,20129)北市伸義,石田晋,大野重昭:気になる目の病気のすべてアスタキサンチン.からだの科学263:131-134,200910)北市伸義,大神一浩,大野重昭:アスタキサンチンの抗炎症効果.FunctionalFood3:26-30,200911)大神一浩,白取謙治,大野重昭ほか:アスタキサンチンの過剰摂取における安全性の検討.臨床医薬21:651-659,200512)北市伸義,石田晋:アスタキサンチンと眼疾患.FunctionalFood5:307-312,2012(47)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121073