特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):627.630,2012特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):627.630,2012早発型発達緑内障の眼圧上昇機序とその対策MechanismofElevatedIntraocularPressureinEarlyOnsetDevelopmentalGlaucomaandItsManagement久保田敏昭*田原昭彦**I発達緑内障とは発達緑内障は前房隅角の形成異常によって発症するもので,形成異常が隅角に限局する早発型発達緑内障と遅発型発達緑内障,および他の先天異常を伴う発達緑内障に分類される.このうち早発型発達緑内障は3.4歳以前に発症して角膜径の拡大を伴い,遅発型発達緑内障はそれ以後に緑内障が発症する.3.4歳以前に眼圧が高くなると,眼球組織が柔らかいために角膜径の拡大がみられる.そのために眼圧測定値はそれほど高くないこともある.早発型あるいは遅発型発達緑内障の隅角鏡検査では隅角底の形成が不良で,毛様体帯が透見できない,あるいは非常に狭い所見がみられ,この隅角鏡所見は隅角の形成が不良(隅角形成不全)であることを示す1,2).組織学的には,線維柱帯に,傍Schlemm管結合組織様の構造を示すコンパクトな組織がSchlemm管下に厚く存在している.コンパクトな組織は細胞突起の短い線維柱帯細胞,コラーゲンとエラスチン線維とからなる線維成分および基底板様の形態を示す大量の無定形物質で構成されていて,層板状の構造はみられない(図1).この組織が厚く存在していて,線維柱帯の細胞間隙を占めていることが,発達緑内障の眼圧上昇と関係していると考えられる3.5).早発型発達緑内障に関わる遺伝子としてCYP1B1が発見され,その異常は隅角の形態的,機能的障害につながるものと推測される6).Schlemm管図1早発型発達緑内障の線維柱帯切除術による線維柱帯組織標本線維柱帯組織の発育が未熟であり,Schlemm管下にコンパクトな組織がみられ,層板構造が未発達.II早発型発達緑内障の臨床所見角膜径が大きく,前房は著しく深い.高眼圧,角膜浮腫,Descemet膜断裂などの所見を認める.乳幼児では眼圧測定や隅角検査は覚醒下では困難で不正確なので,睡眠下や全身麻酔下での検査が必要になる.隅角検査はKoeppe型隅角鏡と手持ちの細隙灯顕微鏡を使用する.手術顕微鏡を使用すれば隅角鏡を角膜に乗せての観察も可能である.虹彩付着部の状態を観察すると,早発型発達緑内障では重度の隅角形成不全が認められる.つまり虹彩根部の高位付着が認められ,線維柱帯の構造が隅角鏡で十分には観察できない.視神経乳頭陥凹は全体的に*ToshiakiKubota:大分大学医学部眼科学講座**AkihikoTawara:産業医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕久保田敏昭:〒879-5593由布市挾間町医大が丘1-1大分大学医学部眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(47)627大きく,深い陥凹になる.これは,乳頭組織および周囲組織が柔らかいため,視神経管が牽引され,laminacribrosaが後方に移動するためと説明されている7).乳頭組織および周囲組織が弾性に富むため,視神経乳頭陥凹の変化は眼圧が上昇すると早期に出現する.眼圧が正常化すれば,視神経乳頭陥凹は縮小化する症例がある.眼圧の正常化とともに生じる乳頭陥凹の縮小は特に1歳未満で明瞭である.III前房隅角の発達と隅角形成不全発達緑内障の隅角所見である,隅角形成不全を理解するには,前房隅角の発達の理解が必要である.前房隅角組織の発達は3つの要素からなる.つまり,隅角の開大,線維柱帯の発達,Schlemm管の発達である.前房隅角の開大は,隅角陥凹(隅角の周辺端)が外後方に位置を変えることで進行する.Schlemm管との相対的な位置関係において,隅角陥凹は胎生6カ月でSchlemm管の内前方に位置するが,胎生8カ月ではSchlemm管の中央に位置するようになる.出生時には,隅角陥凹はSchlemm管のほぼ後方端に位置する.隅角の発達は4歳頃までに完了し,隅角陥凹はSchlemm管のやや外後方に位置する.隅角陥凹の完成に伴って,隅角陥凹と毛様体筋とが接近する.胎生8カ月頃には隅角陥凹の後方に存在していた毛様体筋は,出生時には隅角陥凹の近くに位置して,隅角陥凹を幅広く占めるようになる(図2).線維柱帯は,発達初期には短い細胞突起を有する未熟な細胞と細胞外成分が混在する構造を示している.胎生6カ月頃から線維柱層板の形成がはじまり,それとともに線維柱間隙も発達する.線維柱層板の形成は前房側からはじまり,順次Schlemm管側に向かって進む.最後まで層板状構造に発達せずにSchlemm管下に残った組織が傍Schlemm管結合組織である.IV隅角鏡所見と発達緑内障隅角形成不全の診断基準は隅角鏡検査で毛様体帯が透見できない,あるいは非常に狭い所見であるが,非常に狭いとはどこまでを指すのか明確ではない.毛様体帯が強膜岬より狭い場合を隅角形成不全の診断基準とする報628あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012Schlemm管Schlemm管Schlemm管Schwalbe線毛様体筋毛様体筋毛様体筋線維柱帯6カ月8カ月出生時線維柱帯線維柱帯ABC隅角陥凹図2隅角の発生チャート前房隅角の発達に伴って隅角陥凹(隅角の周辺端)が外後方に位置を変える.A:隅角陥凹は胎生6カ月でSchlemm管の内前方に位置する.B:胎生8カ月ではSchlemm管の中央に位置する.C:出生時には,隅角陥凹はSchlemm管のほぼ後方端に位置する.隅角の発達は4歳頃までに完了し,隅角陥凹はSchlemm管のやや外後方に位置する.告もある1).強膜岬の幅は隅角鏡検査ではわかりにくいので,毛様体帯の幅が線維柱帯の幅の1/3程度を目安にし,これ未満だと隅角形成不全があるとするほうがわかりやすいが,この幅の比率は隅角を観察する角度で変化するので注意が必要である.また,眼圧は正常で緑内障を発症していない患者にも隅角形成不全は観察されることがある.しかし発達緑内障の隅角を観察すると,必ず隅角形成不全はみられる(図3).前述したように発達(48)図3遅発型発達緑内障の隅角鏡写真隅角の形成が不良(隅角形成不全)で,毛様体帯がわずかしか観察されない.緑内障と隅角形成不全は密接な関係があるのは間違いないが,隅角鏡所見だけで発達緑内障を診断できるものではない.発生の段階で隅角陥凹が後外方に移動するのと同時に線維柱帯組織の発達も起こるが,片方の発達が遅れることがありうる.隅角陥凹の発達が遅れて,線維柱帯組織の発達が正常であれば,隅角形成不全は隅角鏡検査で認めるが,緑内障は発症しない.反対に隅角陥凹の発達が正常で,線維柱帯組織の発達が遅れれば,隅角鏡検査で隅角形成不全は認めないが,緑内障は発症することになる.V発達緑内障の前眼部画像診断臨床的に隅角陥凹の発育状態を観察する指標は,隅角鏡でみえる毛様体帯の幅で判断される.隅角部を観察する機器に超音波生体顕微鏡(UBM)と前眼部光干渉断層計(OCT)がある.前眼部OCTは非接触的に短時間で,容易に前眼部を観察することができ,隅角の開放状態を定量的に計測することができる.三次元表示も可能であり,ゴニオスコピックビューでは隅角部を三次元で観察できる.ITC(irido-trabecularcontact)では周辺虹彩前癒着の範囲を計測することができる.正常開放隅角眼の前眼部OCTでは,隅角陥凹が深く観察され,線維柱帯およびSchlemm管の存在部位が推定できる像が得られる.一方,隅角陥凹は隅角鏡で観察困難と思われる虹彩前面よりかなり後方まで広がっていることが前眼部(49)AB図4前眼部OCTの隅角陥凹部A:正常開放隅角眼.B:早発型発達緑内障眼.隅角陥凹の形成が正常眼に比べて不良である.OCTでわかる.発達緑内障眼では前眼部OCTで,開放隅角であるが,隅角陥凹が浅いことが観察できる.虹彩付着部は毛様体帯に向かって直線的に伸びており,前眼部OCTでは隅角陥凹の形成不良がある.前眼部OCTを用いることにより,角膜非接触状態での隅角陥凹を観察可能である(図4).VI早発型発達緑内障の治療原発性の発達緑内障は,眼圧コントロールが薬物療法では困難であり,発症年齢が若年であることから手術治療が第一選択になる.形成不全のある線維柱帯を切開する,線維柱帯切開術などの房水流出路再建術を選択するほうが理にかなっている.■用語解説■隅角形成不全:Goniodysgenesis隅角の発達が未熟なことを指す.発達緑内障の隅角はその未熟性から緑内障が発症すると考えられるので,隅角形成不全を使用した.文献1)TawaraA,InomataH,TsukamotoS:Ciliarybodybandasanindicatorofgoniodysgenesis.AmJOphthalmol122:790-800,19962)田原昭彦,猪俣孟:前房隅角の発達.臨眼51:14201421,1997あたらしい眼科Vol.29,No.5,20126293)TawaraA,InomataH:Developmentalimmaturityofthetrabecularmeshworkincongenitalglaucoma.AmJOphthalmol92:508-525,19814)Luetjen-DrecollE,RohenJW:Morphologyofaqueousoutflowpathwayinnormalandglaucomatouseyes.TheGlaucomas(2nded),edbyRitchR,ShieldsMB,KrupinT,p89-123,Mosby,StLouis,19965)久保田敏昭:房水流出路の解剖,病理と流出路再建術.眼科手術21:147-151,20086)HollanderDA,SarfaraziM,StoilovIetal:Genotypeandphenotypecorrelationsincongenitalglaucoma:CYP1B1mutations,goniodysgenesis,andclinicalcharacteristics.AmJOphthalmol142:993-1004,20067)QuigleyHA:Thepathogenesisofreversiblecuppingincongenitalglaucoma.AmJOphthalmol84:358-370,1977630あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(50)