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眼内レンズ:水晶体混濁徹照画像を基準にしたトーリック眼内レンズ軸決め法

2012年7月31日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎311.水晶体混濁徹照画像を基準にした江木東昇えぎ眼科仙川クリニックトーリック眼内レンズ軸決め法水晶体徹照画像から得られる皮質混濁の形状を基準にしたトーリック眼内レンズ軸決め法であり,術前の軸決めと術後の軸ずれを簡便に確認することができる.本法を行うにあたって,正確なデータを得るためには検査時,被検者の頭位に注意を払う必要があり,また強い核白内障や成熟白内障などでは本法を利用できないことを考慮する必要がある.角膜乱視を補正するトーリック眼内レンズは,術後の裸眼視力を向上させる有効な手段として注目され,今後は徐々に使用が増えると思われる.導入にあたり,正確な術前検査,マーキング,レンズ.内固定が要求される.そのなかでも重要なトーリック軸のマーキング法では種々の方法や機器が考案されているが,それぞれに一長一短がある.角膜形状・屈折力解析装置OPD-ScanIII(NIDEK社)を使用した水晶体徹照画像の皮質混濁像を基準にしたトーリックレンズ軸決めは,精度が高い軸決め(axisregistration)法のなかでも術前後とも簡便でより正確な方法と思われる.以下に症例を使ってこの方法を説明する.〔症例〕78歳,女性,右眼.00DAx.2.(cyl×25D.1×+術前視力は0.6(矯正0.9160°).手術は耳側切開でトーリック眼内レンズ(SN6AT6+22.0D,Alcon社)を使用した.術前,散瞳状態にて細隙灯顕微鏡で基準線となりうる視認の良い皮質混濁の有無を確認する(図1徹照画像).つぎに座位において頭位を確認してから角膜形状・屈折力解析装置を使用した角膜形状,屈折度数を測定してデータを得る(図2Overview).ここで得られた水晶体図1細隙灯顕微鏡検査(水晶体皮質形状を確認)図2Overview強(R2)弱(R1)マーク強(R2)弱(R1)マーク図3Retroimage基準線()を決定図4Retroimage基準線から強主経線までの角度が35°(69)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129450910-1810/12/\100/頁/JCOPY 図5基準線から35°離れた強主経線上の角膜輪部に点状マーキング強(R2)弱(R1)マーク図7Retroimage術後3カ月,1°の軸ずれを確認徹照画像(図3Retroimage)から最も視認の良い皮質混濁(楔状,線状,斑点状,点状などの形状は問わず,ここでは楔状形状)の一つを基準線と決め,ここから角膜強主経線までの角度が35°を読み取り,画像を保存する(図4Retroimage).手術は明るく,均一なレッドリフレックスで水晶体混濁像を観察できる手術顕微鏡〔ZeissLumera(Zeiss社),LeicaM822(Leica社)〕を使用する.まずは瞳孔中心に点状の圧痕マーキングをしてから基準線にした皮質混濁部位を確認し,リングゲージを使用してそこから割り出した35°先の強主経線位置にある角膜輪部に点状の圧図6線状マーキング=強主経線軸()痕マーキング(図5)をする.レンズ軸をより正確に合わせるためには2blades軸マーカーを使用し,線状の圧痕マーキング(図6)を行ってから手術を開始した..内に挿入したレンズはバイマニュアル灌流と吸引ハンドピースを使用し,レンズ表面を軽く押さえながら回転させ,レンズ軸マークを強主経線に合わせ固定した.術後3カ月,右眼視力は1.2(矯正1.2×±0.00D×(cyl.0.25DAx130°)となり,また,散瞳によりレンズの回転や傾き,.収縮,軸ずれを容易に確認ができる(図7).以上からトーリック眼内レンズを導入するうえで,この軸決め法は簡便で正確な方法と考えられる.文献1)ビッセン宮島弘子:トーリックIOL.IOL&RS24:45-52,20102)宮田和典:トーリックIOLの適応と導入のコツ.IOL&RS24:13-18,20103)鳥居秀成,根岸一乃:さまざまな軸マーキング法と手術手技.眼科手術24:277-285,20114)野田徹,大沼一彦:白内障手術─トーリック眼内レンズ.臨眼65:138-149,2011

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 コンタクトレンズ装用指導の実際(3)

2012年7月31日 火曜日

コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】塩谷浩337.コンタクトレンズ装用指導の実際(3)しおや眼科●ハードコンタクトレンズのケアの指導前号(Vol.29,No.5,6)までに解説したハードコンタクトレンズ(HCL)の装脱前の準備の説明と装脱練習が終わってからの,HCLのケアについて指導する.患者にコンタクトレンズ(CL)メーカーのケアについての取り扱い説明書に従ってケア方法を説明し,購入したケア用品を使用して実際のケアの仕方を練習してもらう.HCLのケアはメーカーごとに推奨されているケア用品とケア方法が異なっている.HCLの種類によっては他のメーカーのケア用品を使用するとレンズの素材に影響が出ることもあるため,一般的には処方したHCLのメーカーのケア用品を使用したケアを行うように患者に指導する.●ハードコンタクトレンズのケアの基本HCLのケア用品には洗浄液,保存液,蛋白分解酵素剤を含む洗浄保存液,蛋白分解酵素剤を含まない洗浄保存液,蛋白除去液(蛋白分解酵素液),強力蛋白除去剤(蛋白分解酵素剤),塩素系蛋白除去剤がある.ケアではレンズにキズがつかないようにティッシュや布などは用いず,洗浄した手指で行うことを原則とする.HCLのケアは基本的には,レンズの装着前とはずした後に行う(化粧をしている患者の場合には,レンズに化粧品汚れが付着しないように化粧をする前にレンズを装着し,化粧を落とす前にレンズをはずすことを原則とする).ケアの際に水道水(流水)によるレンズの流出防止のため,洗面台の排水口の栓を閉じるか,市販されているレンズ流失防止マットを使用する.●ハードコンタクトレンズのはずした後のケアHCLのはずした後のケアは,使用後のレンズをこすり洗いせずに保存液または洗浄保存液にそのまま保存することを標準としているCLメーカーもあるが,レンズの汚れを十分に除去するために,原則としてこすり洗いをするように指導する.ケアの実際は,手指の洗浄後に利き手の人差し指,中指,親指の3本指を用いてレンズの凹面が親指側になるようにレンズを保持し,数滴の洗浄液または洗浄保存液で,まずレンズの表側(凸面)を人差し指と中指で30回程度(時間にすると15秒程度)こすり洗いし,同時にあるいは続いてレンズの裏面(凹面)も親指で30回程度(時間にすると15秒程度)こすり洗いする(図1).この方法でレンズの表側のこすり洗いがテクニック的に十分にできない場合には,非利き手の手のひらに凸面を下にしてレンズをのせ,数滴の洗浄液または洗浄保存液を滴下し,利き手の人差し指で30回程度(時間にすると15秒程度)こすり洗いする(図2).その後,水道水(流水)ですすぎ(図3),レンズホ図1手指でレンズを保持してのこすり洗い図2手のひらと人差し指でのレンズのこすり洗い図3レンズのすすぎ洗い(67)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129430910-1810/12/\100/頁/JCOPY 図4レンズケースへのレンズの保存ルダーにレンズを収納し保存液または洗浄保存液をレンズケースに入れて保存する(図4).保存液または蛋白分解酵素剤を含まない洗浄保存液を使用するケア方法では,その保存液または洗浄保存液の中に毎日あるいは週に1回,蛋白除去液を入れるサイクル(製品によって異なる)を繰り返す.洗浄保存液でのレンズのこすり洗いで汚れの除去効果が不十分な場合には,洗浄液を使用し,通常の洗浄剤での汚れの除去効果が不十分な場合には研磨剤入り洗浄液(表面処理のあるレンズには使用不可能)を使用してのこすり洗いを行う(図5).特に汚れの付着が著しい場合には,週に1回程度の強力蛋白除去剤の使用(メーカーによっては月に1回程度の塩素系蛋白除去剤の使用)を行う.●ハードコンタクトレンズの装着前のケアHCLの装着前のケアは,レンズをはずした後に十分図5研磨剤入り洗浄液でのこすり洗いに汚れを落としていることが前提であるため,レンズの汚れを除去することよりもレンズ表面に洗浄液または洗浄保存液の水濡れ性保持成分を塗布することと,レンズ表面の余分な保存液成分をすすぐことを目的とする.ケアの実際は,手指の洗浄後に利き手の人差し指,中指,親指の3本指を用いてレンズの凹面が親指側になるようにレンズを保持し,数滴の洗浄液または洗浄保存液でレンズの表裏を同時に30回程度(時間にすると15秒程度)こすり洗いして(図1),水道水(流水)ですすぎ洗いし装着に供する(図2).装用指導の最後に眼科医から指導された装用方法と装用時間を守ること,正しいケアを続けること,定期検査を受けることの重要性を患者に説明する.☆☆☆944あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(68)

写真:Toxic anterior segment syndromeによる水泡性角膜症

2012年7月31日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦338.Toxicanteriorsegmentsyndromeによる清水一弘大阪医科大学眼科水疱性角膜症①②③④図2図1のシェーマ①:角膜浮腫,②:散大した瞳孔,③:眼内レンズ上に析出したフィブリン,④:角膜内皮側に付着した多量の虹彩色素.図1Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)による左眼白内障術後炎症(68歳,女性)TASSによる前房内炎症とともに多量の虹彩色素が角膜内皮面に付着している.図3TASSによる角膜浮腫図1の症例の初診時前眼部写真.その後角膜浮腫は軽減せず水疱性角膜症に至った.図4図1の症例の3日後の前眼部写真前房内炎症は軽減せず,著明な角膜浮腫とともに角膜後面の色素沈着は残存している.(65)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129410910-1810/12/\100/頁/JCOPY Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は,内眼術後に非感染性の物質によって発症する術後炎症反応で,重篤例では角膜内皮障害や虹彩損傷を生じると報告されている1,2).〔症例〕68歳,女性,近医にてPEA+IOL(水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術)を施行.左眼は術翌日より著明な角膜浮腫と高眼圧が生じ,消炎および眼圧下降治療を行うも増悪を認めたため当院紹介受診となった.初診時,視力は右眼(0.4),左眼(0.02).眼圧は左眼は52mmHgと高眼圧を認めた.眼底は透見困難で視神経乳頭がわずかに見える程度であった.著明な角膜浮腫(図3)と角膜後面に多量の虹彩色素が付着していた(図1).眼内レンズ表面にはフィブリン析出,前房は深いものの炎症細胞が生じていた.前房穿刺を施行し前房水の培養を行うも微生物は検出されなかった.抗菌薬とステロイドの点眼,ステロイドおよび眼圧下降剤の内服を開始した.図4は初診時より3日目の前眼部写真である.高眼圧は持続し,前房内所見に改善はみられなかった.その後前房洗浄を施行するも多量の虹彩色素の排出,虹彩脱色素,瞳孔散大を認め,高眼圧と眼痛は持続した.UBM(超音波生体顕微鏡)所見で閉塞隅角を認め,一部は器質化していた.虹彩損傷による線維柱帯の損傷,隅角の閉塞にて高眼圧が持続したため,トラベクレクトミーを施行した.術後眼圧は10mmHg台にコントロールされたが,水疱性角膜症に至り,最終視力は矯正0.01となった.白内障手術後に無菌性の起炎物質によって生じる前眼部炎症を1992年にMonsonらによってTASSと命名された.術後眼内炎との鑑別が初期では困難であること3),術後早期に発症し,ステロイド治療が奏効することなどが特徴である.TASSと術後感染性眼内炎との比較で最も大きな違いは,手術から発症までの時間で,TASSでは多くは24時間以内と感染性眼内炎に比較して明らかに早い発症である.TASSでの眼痛は感染症に比べて比較的軽度である.TASSでは硝子体混濁はわずかとされているが,本症例では角膜混濁と前房内炎症のため眼底が透見できず詳細は不明であった.もう一つ大きな特徴として,TASSではステロイドに対する反応が良好であるとされている.TASSの原因として,これまでに塩化ベンザルコニウム,消毒薬,手術機器の残留薬剤,BSS(平衡食塩水)中のエンドトキシン,I/A(灌流吸引)ハンドピースの付着残留物,インドシアニングリーンの残留が報告されている.今回の症例では症状が術翌日から出現した点は通常の感染性眼内炎より早期の発症でTASSを疑うものであった.角膜内皮面に多量の虹彩色素が付着していたことより虹彩の損傷が生じ,線維柱帯の損傷から眼圧上昇に至ったと考えられた.また,びまん性の角膜浮腫の持続から角膜内皮の障害が疑われ,これまでの報告例に比べて重篤な合併症が生じたことより,本症はTASSのなかでも重症に位置するものと考えられた.同一施設での多発発症を防ぐためにも本症の存在を知っておくことが必要である.発症の予防としては,手術器具の滅菌法の改善など手術システムを見直す必要がある.発症を予防する手術システムの構築と発症早期の適切な対処が重要と考えられた.文献1)小早川信一郎,大井彩:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科26:203-204,20092)臼井嘉彦:Toxicanteriorsegmentsyndromeの診断と治療.日本の眼科79:1709-1710,20083)井上昌幸:両眼性Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科28:237-238,2011942あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(00)

涙管チューブ挿入術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):933.940,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):933.940,2012涙管チューブ挿入術LacrimalPassageIntubation杉本学*はじめに涙管チューブ挿入術には,従来行われているプロービング後に涙管チューブを挿入する方法と,涙道内視鏡を用いて閉塞部を開放し,引き続いて開放部に正確に涙管チューブを挿入する方法がある1,2).後者のほうが治療成績は良くなってきている3)が,涙道内視鏡・鼻内視鏡でモニターを見ながら操作しなくてはならないので,練習して慣れることが必要となる.いったん習得すれば,涙道内の状況を把握して治療戦略を立てて,直視下で操作することができるので,盲目的操作を嫌う眼科医にとっては有力な手段となる.本稿では,涙道内視鏡・鼻内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術について解説させていただく.I手術手順①鼻粘膜麻酔と収縮②皮膚の消毒とドレーピング③涙道内麻酔(滑車下神経ブロック麻酔)④涙点拡張⑤涙道内視鏡による涙道内の状況把握⑥閉塞部の開放〔シース誘導内視鏡下穿破法(sheath-guidedendoscopicprobing:SEP),シース誘導プロービング(sheath-guidedprobing:SHIP)〕⑦チューブ留置〔シース誘導チューブ挿入術(sheath-guidedintubation:SGI)〕II鼻粘膜麻酔と収縮(図1,2)4%点眼用キシロカインRとボスミン液Rを1:1で混合した液を綿棒(ベビー綿棒が綿球が小さくて挿入しやすい)に染み込ませて,鼻中隔,下鼻甲介,下鼻道の鼻粘膜を軽く触れながらなぞっていく(図1b,c).綿棒でなぞって1分もたてば鼻粘膜が収縮してくるのがわかる(図1d).つぎに,同混合液を染み込ませた短冊ガーゼ(1.5×30cm)の先端10cmほどを,こよりのようにねじって細くして,ルーツェ鑷子にて下鼻道へ挿入する(図1e).15cmほど挿入できたら,下鼻甲介を覆い,鼻中隔先端付近まで挿入して(図1f),ガーゼの後端は鼻翼から2cmほど鼻外に出しておく(図2).注意点は,鼻粘膜に綿棒を強く押し付けると患者は痛がり,痛覚閾値を下げてしまい,後の手術操作がしにくくなるので,狭くて綿棒が入りづらいときは,先の綿球が小さいものに変える.筆者が用いている最小のものは,日本綿棒メンティップRの綿球径1.9mmである.III皮膚の消毒とドレーピング(図2)眼瞼を閉じたままでイソジンR原液にて皮膚を消毒する.受水袋付きドレープを,術眼と同側の鼻孔が覆われないように,目穴の下方部分を剪刃で拡大切除し,張り付ける.鼻孔が見えるようにしておくと,鼻内操作がしやすいだけでなく,鼻腔内留置ガーゼが常に目に入るので,ガーゼ除去忘れ防止に役立つ.*ManabuSugimoto:すぎもと眼科医院〔別刷請求先〕杉本学:〒719-1134総社市真壁158-5すぎもと眼科医院0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(57)933 adbecfadbecf図1鼻粘膜麻酔と収縮(左側,鼻内視鏡像)a:処置前.b:鼻中隔側の塗布.c:下鼻道側の塗布.d:塗布後1分.e:下鼻道へガーゼの留置.f:ガーゼ留置の完成.NS:鼻中隔,INC:下鼻甲介,INM:下鼻道,CS:綿棒.IV涙道内麻酔(滑車下神経ブロック麻酔)(図2)筆者は,涙道内操作をしているときに,裂孔を生じた場合,早く気づくために患者の疼痛を利用している.浅い麻酔であれば,裂孔を生じると患者は急に痛がる.痛みは「違う方向に行っていますよ」という警告と考えている.したがって,涙道内麻酔を主体とし,疼痛をひどく訴える患者には滑車下神経ブロック麻酔を追加するようにしている.涙道内麻酔は,4%点眼用キシロカインRを2.5mlまたは5mlシリンジにとって,25ゲージ(G)曲の涙道洗浄針をつけて,涙点より挿入し(涙道洗浄針の曲がった部分まで),注入する.キシロカインRが逆流してきたところで注入を中止し,5分待つ.涙道内麻酔を行うときに,涙道洗浄針を挿入していない涙点から逆流があるかないかを確認する.逆流があれば上下交通があることになり,総涙小管より手前の閉塞ではないことが判断できる.シリンジはすぐに注入できるような態勢で持つ.すな934あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012図2涙道内麻酔(左側)わち,シリンジの外筒のつばに人差し指,中指をかけ,内筒のおしりに親指をかけるように持ち,小指を伸ばして患者の頭で固定する.もう一方の手の,人差し指か中指で,下眼瞼か上眼瞼を引っ張って涙点をみやすくし,この手の親指を土台にするようにシリンジあるいは涙道洗浄針を乗せると操作がしやすくなる(図2).滑車下神経ブロック麻酔は,medialcanthaltendon(58) の上縁から27G×3/4針(針長19mm)を10mm(針長半分)ほど刺入し,2%キシロカインR液を0.5ml注入している.眼球穿孔に注意する.また,根元まで刺入すると,針先が前篩骨管付近に達するので,前篩骨動脈を損傷して球後出血することがある.眼神経の分枝である鼻毛様体神経は前篩骨神経を分枝して滑車下神経となるが,前篩骨神経は前篩骨動脈を伴って前篩骨管を通過している4,5).V涙点拡張(図3)目盛付涙点拡張針が便利である.まず,第一の目盛りまで涙点に垂直に挿入し回旋させて拡張する(図3a).つぎに,拡張針を涙小管水平部に平行になるように寝かせる.もう一方の手の指で眼瞼を耳側に引っ張って,拡張針は眼瞼を外反させる一方向に回旋させて,第二の目盛りまで拡張させる(図3b).患者に少し痛みがあることを伝えながら行うと協力してもらえる.VI涙道内視鏡による涙道内の状況把握(図4)涙小管の観察は,涙点より涙道内視鏡を挿入したら,眼瞼を耳側に引っ張って涙小管をなるべく直線的にし,涙小管水平部と平行になるように涙道内視鏡を寝かせる.助手に灌流を開始してもらう.涙小管粘膜は白く血管は観察されない(図4a涙道内視鏡像).総涙小管は前方に屈曲しながら涙.につながっていること(図4b涙道内視鏡像)と,総涙小管粘膜の涙.側には血管がみえる例もあることも知識に加えておく.モニターに映し出されている涙小管内腔をみながら涙道内視鏡を進めていab図3涙点拡張(左側,surgeon’sview)a:白矢印の第一の目盛りまで拡張する.b:白矢印の第二の目盛りまで,黒矢印の方向に回旋させて拡張する.ab図4上下涙小管の観察(右側)a:下涙小管の観察.b:上涙小管の観察.眼瞼を黒矢印の方向に引っ張り,涙道内視鏡は白矢印の方向に進める.(59)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012935 るときの涙道内視鏡の方向は,上涙小管を観察しているときには,涙道内視鏡はやや下方に向いている(図4b).下涙小管を観察しているときには,涙道内視鏡はやや上方に向いている(図4a).この方向は総涙小管閉塞を開放するときに参考になる.涙小管閉塞は,行き止まりの白い壁として観察される(図8a涙道内視鏡像).壁に1箇所へこんだ部分(ディンプル)がみられることが多い.上下交通のある症例でも必ず,上下の涙小管を観察して,涙小管狭窄・ポリープの有無,涙.に到達しやすいのはどちらかも見きわめておく.涙道内視鏡に慣れるまでは涙小管の観察はむずかしいので,涙.付近まで涙道内視鏡を挿入して観察を始めてもよい.また,涙道内視鏡は先端に粘膜が接していると観察不能になるので,見えなくなったら少しだけ手前に引いてみることも覚えておくと役に立つ.涙小管・総涙小管に閉塞がない場合,涙.に入ると,粘膜にいろいろな太さの血管が見え赤っぽくみえる.涙道内視鏡を下方に回転させて涙.鼻涙管を観察する.膿や粘稠な液が多くて視認性が悪いときには,しばらく灌流を行って膿を洗浄する.涙道内視鏡がやっと通過できるくらいの狭い総涙小管の例では,洗浄しようとして強く灌流シリンジを押しても灌流液が逆流できず涙.内圧が上昇して痛みが強くなるので,いったん涙道内視鏡を抜いて涙.を圧迫して内容物を逆流させる.または,後述する涙道シースを用いるSEPで涙.に達した後,涙道シースを残して涙道内視鏡のみ抜いて,バンガーター針を涙道シース内に挿入して生理食塩水で洗浄すると楽である.涙小管・総涙小管・涙.鼻涙管が確認できたら,2%(エピレナミン含有)キシロカインRで涙道内麻酔を追加しておくと,涙.鼻涙管粘膜からの出血を抑制でき,後の操作がしやすくなる.鼻涙管閉塞は粘膜の壁状(ディンプルがみられることが多い)(図6a涙道内視鏡像)か,クモの巣状に見える.閉塞部の確認と腫瘍性病変の有無を確認する.血管の見える涙.粘膜がドーム状に隆起している場合は,涙.が外から圧迫を受けている(涙.窩.胞,副鼻腔炎,mucocele,pyoceleなど)ことが考えられる.腫瘍性病変を疑った場合にはそれ以上の操作は中止して,CT(コンピュータ断層撮影)かMRI(磁気共鳴画像)の画像診断に移る.Pearls&Pitfalls:涙道内視鏡を回旋させないようにすることが大切である.少しの回旋でもモニター上で進めたい方向に涙道内視鏡を進められなくなる.VII閉塞部の開放SEP&SHIP1.鼻涙管閉塞に対するSEP(図5,6)涙道内の状況が把握できて鼻涙管閉塞が確認できたら5mm45mm図5涙道シースabc図6鼻涙管閉塞症に対するSEP(左側)a:ディンプル(中央少し暗い部分)の確認.b:SEP中.c:お迎えの穴発見.涙道シースを白矢印,涙道内視鏡を黒矢印の方向に一体として,中央のやや暗い部分へ進める.S:涙道シース.936あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(60) (図6a),涙道シース(図5)を涙道内視鏡にかぶせ,涙道内視鏡の先端が涙道シースより1mmほど出るようにセットする.このセッティングはSEP,SHIPともに同じである.この内視鏡を涙.に入りやすいほうの涙点より挿入し,鼻涙管閉塞部の手前で保持する.鑷子(古くなったポープル型睫毛鑷子など)をもう一方の手に持ち,シースのみみを把持し,涙道シースが涙道内視鏡先端より1mmぐらい出るようにスライドさせる.涙道シースのみみを把持したまま,涙道シースと涙道内視鏡を一体として,閉塞部のディンプルに押し当てていくと,穿破される様子が観察できる(図6b).ゆっくり穿破し,本来の涙道内腔と思われる暗い部分を進めていくとお迎えの穴に到達できる(図6c).あとはお迎えの穴に沿って進んでいき鼻腔に達したら,涙道シースのみ残して涙道内視鏡を抜去する.穿破中,灌流液は出しっぱなしがよい.Pearls&Pitfalls:涙道シースと涙道内視鏡を一体として操作することが大切である.トロンボーンのようにグーッと伸ばすと盲目的操作と変わらなくなる.本来の内腔が穿破されていれば,患者は痛がらないし,ほとんど出血はみられない.もし急に痛がられたらすぐに穿破と灌流をとめて,2.3mmぐらい戻って再灌流してみると,裂孔を形成した脇に本来の内腔が見つかることがある.図7涙道シースストッパーを装着したところ涙道シースのほうが涙道内視鏡より1mmぐらい出た状態になる.adbec図8総涙小管閉塞症に対するSEP(右側)a:閉塞部の確認.眼瞼を黒矢印の方向に引っ張って観察.b:シースの伸長.涙道シースを白矢印の方向に3mmほど伸ばす.c:涙道シースストッパーの装着.d:SEP中.e:涙.に到達.再び眼瞼を黒矢印の方向に引っ張り,涙道内視鏡を白矢印の方向に進める.涙.に到達すると涙道内視鏡のモニターの視野が赤っぽくなる.S:涙道シース.(61)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012937 2.総涙小管閉塞に対するSEP(図7,8)総涙小管の開放は,解剖学的観点6)から,上涙小管から行うと成功率が高い.上述のように涙道シースを涙道内視鏡にセットし,上涙点より挿入し,他方の手で眼瞼を耳側に引っ張って涙小管内を観察する(図8a).閉塞部が確認できたら,眼瞼を引っ張っていた手を離し,鑷子を持って涙道シースをスライドさせて,3mmぐらい内視鏡先端より出るようにする(図8b).鑷子を涙道シースストッパー7)に持ち替えて,涙道内視鏡の根元に涙道シースを巻き込まないようにセットする(図7,8c).再び眼瞼を耳側に引っ張って,涙道内視鏡を閉塞部に押し当てていくと,穿破されていく様子が観察され(図8d),涙.内に入ると赤っぽくなる(図8e).ここで涙.内にエアーがみられたら,それより先に閉塞部はないと考えてよい.涙道シースストッパーをはずして,あとは鼻涙管内を進めていき鼻腔に達したら,涙道シースのみ残して涙道内視鏡を抜去する.3.鼻涙管閉塞症に対するSHIP(図9)SEPが行えない硬い鼻涙管閉塞のときには,涙道シースの先端を閉塞部に当てたまま涙道内視鏡のみを抜去する.先端から10mm部で27°曲げた0-7か0-8か0-6のブジーを涙道シース内に挿入し(図9a),ブジーで硬い閉塞部をブツッと穿破する.穿破は硬い部位だけにとどめ,ブジーをそのまま保持し,涙道シースを1mmぐらい送り込んでから(図9b),ブジーのみ抜去する.再び涙道内視鏡を涙道シースに挿入して(図9c),あとはSEPで鼻腔まで到達する.4.総涙小管閉塞症に対するSHIPSEPが行えない硬い総涙小管閉塞の場合は,まず,滑車下神経ブロック麻酔を追加する.閉塞部に涙道シースの先端を押し当てたまま涙道内視鏡のみを抜去し,先端から10mm部で27°曲げた0-7か0-6のブジーを涙道シース内に挿入し,眼瞼を耳側に引っ張って,ブジーで穿破する.穿破できたら,涙道シースを1mmぐらい送り込んでから,ブジーのみ抜去する.涙.が小さい場合は,涙道シースを1mm送り込めないので,ブジーで穿破後,ブジーを涙.内で下方に回転させてから,涙道シースを1.2mm送り込むとよい.再び涙道内視鏡を涙道シースに挿入してあとはSEPで鼻腔まで到達する.穿破時のブジーの方向は,上涙小管から解放している場合は,やや下方である.abc図9鼻涙管閉塞症に対するSHIP(右側,surgeon’sview)a:涙道シースに0-7ブジーを挿入中.涙道シースを白矢印の位置で保持し,0-7ブジーを黒矢印の方向に進める.b:ブジーにて硬い閉塞部のみを穿破後涙道シースを1mm送り込み中.0-7ブジーを白矢印の位置で保持し,涙道シースを1mm黒矢印の方向に送り込む.c:再度涙道内視鏡を挿入.涙道シースを白矢印の位置で保持し,涙道内視鏡を黒矢印の方向に進める.938あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(62) Pearls&Pitfalls:硬い総涙小管閉塞をSHIPで穿破できたかどうかの判断は,ブジーを押したときに,内眼角部付近の眼瞼がピクピクと一緒に動くときにはまだ穿破できていない.穿破できていないのにブジーを立てると裂孔を形成し,灌流すると眼瞼腫脹をきたす.VIIIチューブ留置SGI(図10)鼻腔まで達して残しておいた涙道シースに,留置チューブをドッキングさせる.まず,涙道シースのみみを鑷子でつかんで,ステント付きチューブを涙道シース内に3mmほど押し込む(図10a).チューブのステントを抜去する(図10b).鼻腔に留置していた短冊ガーゼを抜去して,鼻内視鏡で下鼻道に出ている涙道シースの先端を確認して,小此木氏.聹鉗子でつかんで鼻外に引き出す(図10c)と,チューブがするすると引き込まれる.留置チューブを鑷子でつかんで,チューブと涙道シースを分離する(図10d).ここで,涙道内麻酔を追加しておく.もう一方の涙点から,留置したチューブに沿ってSEPを行って鼻腔に達したら,涙道シースのみ残して,留置チューブのもう一端をドッキングさせて,再度同様に操作を繰り返すと,開放部に確実に1組のチューブを留置することができる.IX手術適応と症例選択骨性閉塞以外の涙道閉塞症が手術適応になると考えている.軟らかい総涙小管閉塞症,閉塞距離の短い軟らかい鼻涙管閉塞症から始めることをお勧めする.硬い総涙小管閉塞・涙小管閉塞症,副鼻腔炎術後の鼻涙管閉塞症,大きな涙.結石症,急性涙.炎は難度が高い.涙道閉塞の難度は高くなくても,狭い下鼻道は鼻内操作の難症例であるので,術前に下鼻道を観察しておくことも必要である.模擬涙道を使って,涙道内視鏡・鼻内視鏡の操作の練習を十分に行ってから,涙.の大きくなった慢性涙.炎の症例から,涙道内の観察を始める.鼻腔の観察も下鼻道の広い症例から始めると,くじけないで自信がついてくる.涙道内,下鼻道の観察に慣れたら,難度の低い症例から,開放・チューブ留置を試みる.Pearls&Pitfalls:難易度の低い症例を選択したつもりでも,実際に手術を始めると,むずかしい症例であったりする.技量が上達するまでは,無理をしないで撤退することを勧める.撤退は恥じではなく,最終成功率を上げるこつである.無理をして裂孔形成し硬い瘢痕組織を作ってしまうと,上達してから再挑戦した際,もっと大変で成功率も落ちてしまう.adbc図10SGI(左側,surgeon’sview)a:涙道シースにチューブをドッキング.鑷子で涙道シースのみみをつかみ(白矢印),ステント付きチューブを黒矢印の方向に3mm挿入する.b:チューブのスタイレットを抜去.c:下鼻道の涙道シース先端を鉗子で引き出し中.鉗子で黒矢印の方向に,涙道シースの先端を引き出す.d:涙道シースとチューブの分離.鑷子でチューブをつかみ(白矢印),涙道シースを黒矢印の方向に引っ張って分離.(63)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012939 X手術器材涙道内視鏡はファイバーテック社,町田製作所,鼻内視鏡(直径2.7mm,視野方向70°か30°)は町田製作所,ニスコ,オリンパス,カールストルツから入手できる.涙道洗浄針は25G曲(はんだや),涙点拡張針は目盛付涙点拡張針(MEテクニカ),ブジーは三宅式(0-1.2),鼻内操作用鉗子は小此木氏.聹鉗子(ナガシマ),Hartmann-Wullstein鉗子OF410R(田島器械)を用いている.涙道シースはアルゴキュアシステム,涙道シースストッパーははんだやから入手できる.留置チューブはPFカテーテル(TORAY・ニデック)かシラスコンRN-S(ヌンチャク型シリコーン)チューブ(カネカメディックス)が使用できる.XI手術成績チューブ抜去後2,000日の通水可能率は,涙小管閉塞症単独で94%,鼻涙管閉塞症単独で72%,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症で90%であった3,8).XII安全に手術遂行のために涙道内視鏡・鼻内視鏡を併用することにより,涙管チューブ挿入術が確実・安全に施行できるようになったが,涙道シースの涙道内への落とし込み,鼻腔内留置ガーゼの除き忘れ,綿棒の咽頭迷入などの事故の発生が危惧される.涙道シースの落とし込みは,多くは短い自作シースで発生している.涙道シースを自作する場合は長さを4.5mmとし,みみは5mm以上残す.鼻粘膜麻酔収縮に用いた綿棒は,鼻腔に留置したままにしない.また,鼻腔内留置ガーゼはできるだけX線写真にうつるものを使用したほうが安全である.おわりに涙道内を観察できる唯一の手段である涙道内視鏡は,眼科医に新たな世界をもたらした.しかし,モニターを見ながらの操作というハードルを越えなくてはならない.日本涙道・涙液学会では,フォーサムにて,涙道内視鏡・鼻内視鏡の技術指導を行う予定にしているので,ぜひ参加していただき,多くの涙道内視鏡サージャンが誕生することを願っている.文献1)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20072)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20083)杉本学,井上康:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績.あたらしい眼科27:12911294,20104)細畠淳:眼窩の血管.眼科診療プラクティス6,眼科臨床に必要な解剖生理(大鹿哲郎編),p16,文光堂,20055)金子博行:顔面の解剖.眼科診療プラクティス6,眼科臨床に必要な解剖生理(大鹿哲郎編),p22,文光堂,20056)鈴木亨:涙道.眼科診療プラクティス6,眼科臨床に必要な解剖生理(大鹿哲郎編),p72,文光堂,20057)杉本学:涙道シースストッパー.眼科手術22:355-357,20098)杉本学:涙管チューブ挿入術.眼科52:981-986,2010940あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(64)

涙点プラグ挿入術・涙点閉鎖術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):927.931,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):927.931,2012涙点プラグ挿入術・涙点閉鎖術PunctalPlugandPunctalOcclusion堀裕一*はじめにこれまでのドライアイ治療は,まずヒアルロン酸点眼もしくは人工涙液の点眼治療を行い,それらが有効でない場合に涙点プラグ挿入術が選択されていた.しかし,最近,わが国で新しいドライアイ点眼薬(ジクアホソルナトリウム点眼液,レバミピド点眼液)が増えたことで,ドライアイ治療の選択肢が広がり,点眼のみで治療可能な患者の数が増加し,相対的に涙点プラグを使用する頻度が減ってきている印象がある.しかしながら,やはり点眼治療では不十分な患者は確実に存在し,眼表面の涙液量の増加には涙点プラグに勝るものはない.本稿では,涙点プラグ挿入術においての注意点とコツ,涙点閉鎖術の方法について述べる.I涙点プラグ挿入術1.涙点プラグ挿入の適応涙点プラグの適応は,基本的には点眼治療では症状改善が不十分なドライアイ患者だが,涙点プラグ挿入前には,点眼治療を1カ月間使用し,点状表層角膜症(SPK)の減少や下方シフトがあるかどうかを確認するのがよい.また,重症のドライアイ患者で上皮のターンオーバーが悪いときに生じる角膜糸状物(図1)やmucousplaqueといわれるプラークを合併した症例(図2)では,涙点プラグの良い適応であると考える.一方,感染症が疑われる角膜障害(図3)や,薬剤毒性による角膜障害(図4)では,原因疾患の治療が重要であるため,いきな図1角膜糸状物図2Mucousplaque*YuichiHori:東邦大学医療センター佐倉病院眼科〔別刷請求先〕堀裕一:〒285-8741佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(51)927 図3角膜感染症白色の感染巣および周囲の角膜浸潤を認める.図4薬剤毒性角膜症緑内障点眼および角膜保護点眼を長期に使用していた.角膜全面のSPKがあるが,結膜上皮は正常である.りの涙点プラグ挿入は避けるべきで,その原因疾患の治療が大切である.感染症は角膜障害周囲の浸潤がないかどうか,前房炎症がないかどうか,コンタクトレンズ(CL)装用や外傷など感染のリスクの既往がないかどうかを確かめることが重要であり,薬剤毒性角膜症とドライアイとの鑑別は,薬剤毒性が角膜上皮障害のみであることが多いのに対し,ドライアイは角膜上皮障害に伴って結膜上皮障害もみられるため,結膜の診察が重要である.2.涙点プラグの種類現在,わが国で使用できるプラグには6種類あり,大928あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012きく分けるとシリコーン製の固形プラグとアテロコラーゲンによる液状プラグの2種類がある.a.シリコーン製涙点プラグ初期からのFCI社製のパンクタルプラグTMは,挿入後の涙点腫脹や涙点拡大,肉芽形成が問題とされていた1).その後,イーグルビジョン社から発売された,フレックスプラグTM,スーパーフレックスプラグTMは,0.1mm刻みでサイズが取り揃えられ,涙点の大きさをゲージで測定し,合ったプラグを挿入するという方法が取られている.現在,さらに新しいプラグとして,イーグルビジョン社のスーパーイーグルプラグ2)とFCI社のパンクタルプラグFがあげられる.スーパーイーグルプラグは,これまでの涙点プラグと比べて,先端部分のつばの広がりが大きく,かつ柔らかいためにサイズがS,M,Lの3サイズのみでカバーできるようになった.サイズ選択のために涙点の大きさをゲージで測定することは必要であるが,挿入のしやすさや脱落しづらいといった点で大幅に改善されたと思われる.さらに,プラグ本体とインサーター間のシャフト部分がほとんどないため,挿入時のプラグの迷入が起こりにくいという利点がある.またもう一方の,パンクタルプラグFは,涙点径を選ばない利点がある.小さい涙点径にも対応でき,挿入も比較的簡便である.涙点のサイズが涙点ゲージの最小である0.4mmあれば挿入可能であり,それ以下でも通水針の二段針が入れば挿入は可能である.今までの涙点プラグとプラグのリリースの方法が異なるが,慣れると問題(52) なく挿入可能である.通常の診療においては,このどちらかのプラグを常備しておけば問題ないと考える.Pearls&Pitfalls:これから初めて涙点プラグをクリニックに導入する場合は,スーパーイーグルプラグ,パンクタルプラグFのどちらか一つと,涙点ゲージを常備しておくとよいと思われる.b.アテロコラーゲンプラグシリコーン製固形プラグに対して,もう一つのプラグとしてアテロコラーゲンによる涙点プラグ(キープティアR)がある3)が,アテロコラーゲンは,もともと,皮膚科や形成外科領域で使用されており,2.10℃では安定した透明な液状だが,体温付近では線維が再生され白色のゲルを形成する特徴をもっている.特徴として,涙点のサイズを気にする必要がない,プラグ自体による違和感がない,プラグ迷入の心配がない,といった利点がある一方,涙点の完全閉鎖に関しては前述のシリコーン製固形プラグのほうがはるかに効果的である.また,数週間ごとに挿入を繰り返す必要がある.挿入のコツとしては,注入針を涙点付近で止めるのではなく,涙小管の水平部を2.3mm進入させてから奥までしっかりと涙小管全体にアテロコラーゲンを注入させ,10分程度閉瞼して処置ベッドで寝てもらうのがよいが,ホットアイマスクを使用するとより効果的である.適応としては,1)初めてプラグを試してみたいという患者,2)シリコーン製固形プラグでは当たって痛いという患者などには有用であると思われる.3.あらかじめ患者に説明しておくこと涙点プラグ挿入に際し,あらかじめ患者に説明しておくべきこととしては,1)流涙の可能性があること,2)眼脂がたまる可能性があること,3)プラグの接触による異物感が出る可能性があること,4)脱落する可能性があり,その都度再挿入が必要であること(費用がかかる),5)コラーゲンプラグの場合,数週間(2.8週間)でなくなるので再注入の必要があること,6)合併症(後述)の可能性があるので,定期的な通院が必要であること,などである.特に,両眼に上下涙点挿入すると,3割負担の患者で1万円程度費用がかかる.脱落が頻回になるとさらに患者の金銭的負担も増えるため,あらかじめ説明しておく必要があると思われる.4.涙点プラグ挿入,合併症,挿入後の診察実際の挿入であるが,点眼麻酔後,ゲージで涙点径を計測し,それに対応するプラグを挿入し,ハンドル部分を押してプラグをリリースして留置させる.新しいスーパーイーグルプラグやパンクタルプラグFでは迷入の危険性は少ないが,それ以前のプラグを使用する場合は,涙点径より大きいプラグを無理に入れようとすると勢い余って迷入することがあるので注意を要する.挿入は,細隙灯顕微鏡下でも処置ベッドでもどちらでも構わ図5涙点閉鎖後上下涙点閉鎖により眼表面の涙液量が増加している(矢印).(53)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012929 ないが,筆者は涙点径測定から挿入までの一連の作業がスムーズに行うことができるため,処置ベッドで行っている.涙点プラグ挿入の際,涙点の片方だけに入れるか,上下両方に入れるかどうかは議論の対象になるが,筆者は,まずは上下同時に入れて完全閉鎖を試みている.その理由は,涙点プラグの適応患者は点眼治療では不十分な患者であり,涙点プラグは,眼表面の涙液量を増やすことで治療効果を上げるため,どうせやるならば,まずは,完全閉鎖を試みて,涙液量が上がったときの状態を患者に体験してもらうのが重要だと考えるからである(図5).涙点プラグの合併症や問題点は,挿入時の迷入や頻回にわたる脱落がまずはあげられるが,現在,プラグの改良により挿入時の迷入はかなり起こりにくくなった.また,脱落に関しても以前に比べると改善されてきている.その他の合併症として,結節・腫脹,涙点拡大,涙点プラグの汚れ(バイオフィルムの形成),瘻孔などがあげられる(図6).場合によっては涙点プラグの抜去を余儀なくされる.そのため,定期的な診察が必要である.涙点プラグ挿入後の診察であるが,最初は挿入後1週間以内に受診をしてもらい,プラグ挿入の効果が十分かどうか,流涙や疼痛がないかどうかを確認する.涙点プ結節・腫脹涙点拡大バイオフィルム形成瘻孔図6涙点プラグの合併症930あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012ラグによる眼表面の涙液量の増加は,患者は挿入後すぐに感じるため,1週間後に涙液メニスカスの改善効果がなければ,完全閉鎖が得られていないと考えるのがよい.その後はできれば1カ月ごとの診察を続けて,合併症がないかどうかをチェックする.特に涙点プラグの汚れに関しては,診察度に綿棒などで表面を清拭するのがよい.Pearls&Pitfalls:涙点プラグ挿入前には涙点の大きさをゲージで計測して涙点径にあったプラグを選択するべきである.無理な大きさのプラグを挿入すると,迷入の原因になったり,小さいプラグのため容易に脱落を起こしたりするため注意が必要である.また,患者のなかには眼瞼の張りがなく,固定がむずかしく,プラグ挿入が困難な症例に遭遇する.そのような場合は,細隙灯顕微鏡下ではなく,処置ベッド下で行うのがよいと考える.II涙点閉鎖術点眼治療で不十分なドライアイ患者に対して涙点プラグ挿入が有効である場合が多いが,なかには,涙点プラグが当たって痛いという患者や何度も脱落を繰り返し,涙点が拡張してしまったため,合う大きさのプラグがない患者に対しては,涙点閉鎖術を選択する.最近は涙点プラグの改良もあり,以前に比べて涙点閉鎖術を行う頻度が減少したが,やはり外科的手術が必要な患者は存在する.涙点閉鎖術に関してはさまざまな術式があり,涙点焼灼や涙点焼灼に縫合を追加した術式は手術時間も短く患者への負担も少ないため,まずは試してみてよいと思われる.涙点閉鎖術は再開通が問題となるため,いかに再開通を減らすかさまざまな工夫がなされている.筆者らは横井らが提唱した,涙丘下の固い線維組織を上皮.離した涙小管に充.し,涙点を縫合する方法4)をとっている.以下に手順を説明する.涙点周囲および涙丘にエピネフリン入りリドカイン(1%キシロカインER)を注入後,涙点周囲および涙小管上皮を.離する.これには角膜異物除去用のドリルが有効である.硝子体手術用の細いジアテルミーを使って(54) 図7涙点閉鎖術(1)涙丘下の組織を切除する.挿入しやすいように数個の断片に分ける.こするようにしてもよい.その後,涙丘下の組織を切除する(図7).その際,いくつかの断片に分けて挿入できるように数個に分けて切除するのがよいと思われる.つぎに,涙点から涙小管にかけて切除した組織片を挿入していき(図8),最後は10-0ナイロン糸で2.3糸縫合して手術を終了する(図9).手術時間も長くなり,切除部分からの出血に対する止血も行うため,煩雑になるきらいはあるが,涙点焼灼や縫合でも再開通を繰り返す症例に対しては,有効な術式だと考える.Pearls&Pitfalls:涙点閉鎖を得るためには,涙点周囲や涙小管垂直部の上皮を十分に.離するのがコツである.上皮で覆われていると組織が癒着しないため,一旦閉鎖したようにみえても長期的には開通してしまうからである.文献1)西井正和,横井則彦,小室青ほか:涙点プラグの違いに図8涙点閉鎖術(2)切除した涙丘下の組織を涙点から充.する.図9涙点閉鎖術(3)組織を涙小管に充.後,10-0ナイロン糸で涙点を2.3糸縫合する.よる脱落率の検討.日眼会誌107:322-325,20032)渡辺仁:スーパーイーグルプラグ.眼科手術22:501503,20093)濱野孝,林邦彦,宮田和典ほか:アテロコラーゲンによる涙道閉鎖─涙液減少症69例における臨床試験.臨眼58:2289-2294,20044)西井正和,横井則彦:安全で効果的な涙点閉鎖法.あたらしい眼科25:1647-1653,2008(55)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012931

結膜弛緩症手術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):919.925,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):919.925,2012結膜弛緩症手術SurgeryforConjunctivochalasis横井則彦*はじめに結膜弛緩症とは,中高年に高頻度にみられる1),両眼性の球結膜の非浮腫性,皺襞状の変化をさし2),涙液メニスカスの涙液や角膜上の涙液層の動態に影響を及ぼしたり,瞬目時の眼瞼結膜との摩擦を増強させて,さまざまな眼不定愁訴の原因となる3).症状を伴う結膜弛緩症は,単なる加齢性変化としてではなく,治療を要する眼表面疾患の一つとして取り扱うべきで,多くの場合,それは外科治療の対象となる.そのため,本疾患の病態生理をよく理解して,その手術を習得することは,眼不定愁訴のマネージメントにおいてますます重要になってきていると思われる.本稿では,結膜弛緩症の病態生理の考え方と単純型結膜弛緩症に対する手術のポイントについて,筆者の考え方を中心に解説する.日常の診療に役立てば幸いである.I結膜弛緩症の発症メカニズム結膜弛緩症の発症メカニズム4)には,大きく分けて炎症説と機械説があり,前者は,ドライアイの炎症説のごとく,筆者らの考え方とは異なる(ドライアイにおいて,筆者らは,涙液安定性低下説に立つ).過去の筆者らの検討3,5)では,弛緩した結膜下の線維組織には,有意な炎症所見は見られず,その一方で,拡張したリンパ管(44例中39例=89%)や弾性線維の断裂像を高頻度(44例全例=100%)に確認している.また,これらの病理ba図1リンパ管拡張症を伴う結膜弛緩症涙液メニスカスを占拠する一塊の結膜皺襞(aの☆印)が前眼部OCTによる観察で,結膜下の巨大なリンパ管拡張によって生じている(bの☆印)ことがわかる(b:前眼部OCTによる☆印付近の横断面像).組織像から想定される結膜下の組織異常は,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)でも観察されることから(図1),現在,筆者らは,結膜弛緩症は,結膜下に異常の首座がある『結膜下疾患』であり,その異常の多彩さが,結膜弛緩症の多彩な表現型の原因になっていると考えている.つまり,結膜弛緩症には,限局性のものから球結膜全体に及ぶもの,リンパ管拡張症を主体とするものなどさまざまな表現型が存在するが,これは,単に結膜下組織の異常の組み合わせによると考えられる.*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(43)919 abc図2高度な一塊の結膜皺襞を伴う結膜弛緩症下方の涙液メニスカスを占拠する一塊の弛緩結膜がみられ(a:パノラマ写真)る.輪部付近の結膜と強膜の接着構造の解離がその原因として考えられる.閉瞼不全〔『偽兎眼』(筆者の造語)〕の原因となり,上・下の眼瞼の間に挟まる結膜の露出領域(b)はリサミングリーンで濃染される(c).結膜弛緩症の進行は,球結膜と強膜の解離が円蓋部側から輪部側へと進行することが関係しているのではないかと考えられる.すなわち,球結膜は,円蓋部では,眼球壁から離れながら眼瞼結膜へと移行する.そして,眼球運動やBell現象は,球結膜と強膜の解離を円蓋部側から輪部側へと徐々に進めてゆく.しかも,解離の進んだ結膜は瞬目時の摩擦の影響をより強く受けるようになるため,解離はさらに進行して,ついには,正常では融合しているはず6)の,輪部における結膜固有層-Tenon.-上強膜組織間までに解離が生じて,一気に高度な結膜弛緩症が表現されるのではないかと考えられる.つまり,結膜弛緩症という疾患名の真の意味は,結膜が弛緩しているというよりも,強膜から解離しているという考え方である.II症状をひき起こす結膜弛緩症の病態生理結膜弛緩症においては,結膜の起伏とその可動性の進行に基づいて,おもに4つのメカニズムを介して慢性の眼不快感がひき起こされる7).1.結膜表面の乾燥輪部近傍の結膜に解離がみられると下方の涙液メニスカスを占拠する一塊の大きな皺襞が形成される.この皺襞が,閉瞼時に上眼瞼と下眼瞼の間に挟まって常に露出すると,その表面が乾燥してドライアイ症状の原因となる.これは,いわば,『偽兎眼』(筆者の造語)ともいえる状態であり,露出した結膜の領域は,リサミングリーン染色などで濃染される(図2).2.涙液層の破壊結膜弛緩症においては,角膜上の涙液層の破壊が生じやすい.その理由として,結膜弛緩症では,結膜の多数の皺襞が多数の異所性涙液メニスカスを形成して,瞬目時の角膜上への水分の塗りつけ過程で水分を結膜側へト920あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(44) acbd図3結膜弛緩症に伴う結膜充血結膜弛緩症に伴う結膜充血には,しばしば血管の蛇行所見が認められ(a:ブルーフリーフィルターによる弛緩結膜の観察,b:aと同一症例の結膜血管の蛇行所見),手術によって弛緩結膜がなくなると消失する〔別症例の術前(c)・術後(d)〕.ラップしてしまうことや,角膜に隣接して大きな結膜皺襞が生じると,その裾野に異所性メニスカスが形成されて,角膜上の涙液層の菲薄化を招くことが考えられる.そして,結膜弛緩症の手術によってBUT(breakuptime)の改善が得られるという事実8)は,このことをよく説明しているように思われる.3.瞬目時の摩擦増強弛緩した結膜は異物として働き,瞬目時に眼瞼結膜との間で過剰な摩擦を生じる原因となる.特に,涙液減少眼では,クッションとしての涙液の働きが減弱するため,その影響は大きく,ドライアイ症状や角結膜上皮障害を増強する要因となる.一方,結膜下出血を繰り返す例,点眼治療のまったく奏効しない慢性の結膜充血のなかに結膜弛緩症が関与する例がある(図3a.c).これらにも瞬目時の機械的な摩擦の関与が考えられ,結膜弛緩症手術を行うと再出血しにくくなり,充血が消失しうる(図3d).特に,弛緩結膜と眼瞼結膜との摩擦の増強が考えられる結膜充血には,しばしば特徴的な結膜血管の蛇行所見が観察される(図3b).4.下方涙液メニスカスの遮断結膜弛緩症は,下方の球結膜に優位に発症して下方の涙液メニスカスを占拠するため,反射性の涙液分泌が生じると下方メニスカスにおいて涙液の流れが遮断され,流涙の原因となる.先に述べたように,結膜弛緩症では涙液層の破壊が起こりやすいため,それが契機となって反射性の涙液分泌がひき起こされ,それが下方涙液メニスカスで遮断されて流涙症を生じる例は非常によくみられ,患者は,しばしばドライアイ症状と流涙症状の両方を訴える.III診断と手術適応の決定結膜弛緩症の診断は容易であり,フルオレセインで涙(45)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012921 液を染色した後,下方メニスカスに着目し,瞬目させながら観察するのがよい.強く瞬目させるとBell現象が誘発されて,下方結膜が上方に強く伸展され,眼球が上方視から正面視に戻る際に下眼瞼縁に折りたたまれる形で下方のメニスカスに出現しやすくなる.一方,下方の結膜弛緩が強い場合は,一般に上方の結膜弛緩も強い.上方の結膜弛緩は,上方のメニスカスに着目しながら,上眼瞼を介して結膜を下方に擦り下ろすようにすると,結膜弛緩があれば,メニスカスに現れる様子を観察できる.上方の結膜弛緩も異物感の原因となる場合がよくあり,下方だけを手術の対象にすると完治が得られないことがあるので注意が必要である.結膜弛緩症は,先に述べたメカニズムを介して,さまざまな眼不定愁訴の原因となるが,特に,異物感,流涙,再発性結膜下出血には,手術が非常に効果的であり,点眼治療の奏効しない慢性の症状が聴取され,それが結膜弛緩症で説明できれば手術の適応がある.しかし,結膜弛緩が非常に高度でも,症状がない例には,当然ながら手術適応はない.先に述べたように結膜弛緩症は,それ単独でドライアイのリスクファクターとなるため,まず,ドライアイ治療〔人工涙液(BAKフリー人工涙液7回/日に加えて低力価ステロイド点眼(0.1%フルオロメトロン2回/日)など〕を1.2カ月行ってみてから,その無効例に手術を考慮するのがよい.IV結膜弛緩症手術における治療目標結膜弛緩症の手術の目標は,外眼筋に至るまでの範囲で,強膜から解離した結膜をその表面ができるだけ平滑になるように強膜に密着させて瞬目時の過剰な摩擦を回避し,外眼角から涙点までの涙液メニスカスを完全再建することに尽きる3,7,9,10).結膜下の異常を修復することなくして,本疾患が完治することはなく,仮に結膜を強膜に近づけることができても,そこに組織的にタイトな結合が生まれなければ,常に再発する可能性がある(図4).これは,瞬目による眼瞼結膜の球結膜への摩擦が予想以上に大きいことによると考えられる.現在までのところ,結膜弛緩症の多彩な表現型のすべてに対応でき,しかも長期予後の良い簡便な術式はまだ922あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012abc図4縫着法による結膜弛緩症の術後の再発高度の結膜弛緩症(a)に対して,弛緩結膜を下方に擦りおろして円蓋部近傍で強膜に縫着した(b).涙液メニスカスの再建は完全ではないが,一塊の結膜皺襞は消失している.約3カ月で再発した(c).存在しないのではないかと思われる.特に,高度のリンパ管拡張を伴う結膜弛緩症は,結膜下へのアプローチなくして,結膜の起伏を消失させることは不可能であり,筆者は,今なお個々の症例に応じて,テーラーメイド的に結膜弛緩症の手術を行っている.V結膜弛緩症の手術―3分割切除法―のポイント結膜弛緩症には,結膜.円蓋部の上方への変位を伴わないタイプ(単純型結膜弛緩症)とそれを伴うタイプ(円蓋部挙上型)があり,後者は,頻度が低く,手術も複雑(円蓋部の再建や涙丘の処理など)であるため,ここでは,単純型結膜弛緩症に対して筆者が行っている筆者の開発した術式10.12)─3分割切除法─のポイントを紹介する.本法は,大きく4つのステップ,すなわち,1)弧状の結膜切開,2)結膜下の異常組織の除去,3)ブロック(46) ごとの余剰結膜の切除,4)結膜縫合,からなる3,9.12).なかでも重要なステップは,結膜下の異常組織の除去であり,そのステップでは,断裂した線維組織や拡張したリンパ管を除去する.そして,このステップなくしては,結膜弛緩症の手術目標が達成されないため,再発のない症状の完全解消は得られないと思われる.1.弧状の結膜切開まず,スプリング式の開瞼器をかけ,角膜上にシールドを乗せて,結膜を周辺に向けて擦り弛緩のない状態を作る.その状態で,カレーシスマーカー〔M-1405A:(株)イナミ)〕にてマーキングを行い〔マーカーの子午線方向の足の角膜側の端を角膜縁に合わせながら3時,9時にマーカーの両端を合わせて,半側ずつ行う(図5a,b)〕,局所麻酔薬を一気に結膜下に注入して,結膜を膨隆させる.この結膜の膨隆した範囲は,結膜が強膜から解離した領域に相当する.膨隆している間に,弧状のラインに沿ってカレーシス剪刀〔M-1406A:(株)イナミ)カレーシスマーカーの弧状の弯曲部と同様の曲率をもった部分と直線状の先端部分からなるため,1本で,弧状の切開と子午線方向の切開を行うことが可能〕を用いて,結膜切開を行う.それによって,きれいな曲線のadgbehcfi図53分割切除法のポイント(本文参照)a,b:カレーシスマーカーによるマーキング,c,d:結膜下の異常組織の引きずり出しと切除,e:希釈エピネフリン含有スポンジを結膜下に挿入して止血,f:眼球を対側に向かせて,重なり部分の結膜だけを切除,g:ポイントとなる耳側の結膜縫合,h:上方結膜は削ぐように切除,i:流涙症状に対しては,涙点より耳側に半月襞がみられる場合は半月襞を切除.(47)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012923 切開線を得ることができる.2.結膜下の異常組織の除去外眼筋の起始部の手前までのTenon.を含む結膜下の異常な線維組織を引きずり出して切除する(図5c,d).この際,カレーシス剪刀の先で引っ掛け,有鈎鑷子でつかんだ結膜下の線維組織を結膜下から引きずり出しながら,同時にカレーシス剪刀の腹で線維組織をしごく操作を行うときれいに出すことができる.この結膜下の線維組織を,助手に結膜の辺縁を周辺に引いてもらいながら,可及的に切除する(図5d)が,このステップにより,結膜下に肉眼的な線維組織のない状態が作られ,結膜と強膜が癒着するきっかけができる.Pearls&Pitfalls―出血への対応―:術後の整容面から,術中出血を最少限にしたい.このために,結膜下組織の切除を行った後,すぐさま,希釈エピネフリン注射液(ボスミンR注の5倍希釈液)を浸したサージカルスポンジを結膜下に挿入し(図5e),生理食塩水のフラッシュを繰り返して出血を洗い流し,その後,積極的にジアテルミーにて止血を行う.3.ブロックごとの余剰結膜の切除と縫合結膜下の異常な線維組織を除去すると,結膜は容易に伸展できる.カレーシスマーカーでマーキングをした直後の状態にマークを指標に結膜を戻し,水平方向からそれを含めて,鼻側から2本目と4本目の子午線方向のマークを選び,弧状の切開縁から遠位に向けて,子午線方向の切開を行い,結膜下の線維組織を除去した領域を3ブロックに分け,弛緩程度に応じた結膜切除を行う.まず,下方ブロックの切除を行い,切除縁の両端で強膜をすくいながら,9-0シルク糸を用いて1-1で縫合し,縫合を3糸,強膜をすくわずに追加する.つぎに,耳側と鼻側のブロックで弛緩程度に応じた結膜切除を行い,それぞれ縫合する.切除および縫合のポイントは以下に述べる.Pearls&Pitfalls―結膜切除と縫合のポイント―:術後に結膜弛緩を残さないためには,縫合部にある程度924あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012の緊張が必要である.しかし,緊張が強いと術後に術創の解離が生じかねない.そこで,術中にあらかじめ眼球を上・左・右にローテーションさせた状態で,重なり分だけ余剰結膜を切除するようにする(図5f)と,術後の創離開を回避することができる.耳側ブロックでは,遠位の結膜の切開縁の中間付近を近位の結膜の切開縁の最上端に強膜をすくいながら2-1で縫着し(図5g),わざと耳側方向に余剰結膜を作っておいて,それを水平方向に削ぐように切除して縫合すると耳側の弛緩を完全になくすことができる11,12).Pearls&Pitfalls―肉眼的な結膜下組織がない結膜への対応―:Tenon.がほとんど存在せず,ペラペラになった弛緩結膜では,創離開が生じやすい.この対策は,結膜同士の縫合時に,ポイントとなる何箇所かを強膜をすくいながら縫合するとよい.Pearls&Pitfalls―上方結膜弛緩への対応―:結膜下への麻酔の注入時に上方の結膜下に麻酔液が容易に回る例は,上方結膜も強膜から解離していることを意味する.このような例では,上方弛緩を処理しておかないと,術後に異物感が残りうる.上方弛緩は下方ほどバリエーションがないため,弛緩分だけ削ぎ落とすように切除する(図5h)(ただし,Tenon.の可動性が高く,結膜下に厚みをもって分布している場合は,それを引きずり出して切除しておかないと,術後の異物感の改善が得られないため注意が必要である).Pearls&Pitfalls―半月襞への対応―:流涙が主訴の場合は,涙液メニスカスを完全再建しないと良好な症状の改善は得られない.そのポイントは下涙点と半月襞および涙丘との位置関係であり,メニスカスが涙点につながる手前で,半月襞や涙丘によりメニスカスが遮断される場合は,半月襞切除や涙丘の処理が必要となる.しかし,涙丘切除はややむずかしいため,単純型で経験をつんで取り組むとよい.半月襞は,削ぐように切除し(図5i),切除端をジアテルミーで止血するだけでよい.4.その他のポイント術前に緑内障の有無をチェックし,それがある場合は,将来濾過手術が必要になる可能性を考慮しながら,手術適応を決定する.術後の結膜は過剰炎症が生じやす(48) いため,0.1%ベタメタゾン点眼(2週後の抜糸まで6回/日,抜糸後は,4回/日1週間点眼し,その後は,0.1%フルオロメトロン4回/日からはじめて術後炎症の消退に応じて徐々に漸減)は必須であるが,術直後にデキサメタゾンの注射薬を術野に点眼し,ステロイド(ベタメタゾン1mg/日)を術後1.3日,結膜下組織の切除量に応じて内服させ,炎症を抑えるとさらに効果がある.おわりに結膜弛緩症は,加齢性変化として,中高年の眼表面にきわめて高頻度で存在し,眼瞼と眼表面の動的関係に介在してドライアイのリスクファクターとなりながらも,反射性涙液分泌が生じると流涙の原因にもなる.結膜弛緩症は,保存的治療の対象となりがちな眼不定愁訴の原因疾患のなかで,手術によって解消することができる疾患である.3分割切除法は,複雑な面は否めないが,一ab図63分割切除法による結膜弛緩症の手術例(流涙を主訴とする例)術前には,結膜皺襞により下方涙液メニスカスに著明な乱れを認める(a).術後,下方の球結膜の皺襞は完全に消失し,涙液メニスカスは完全再建されている.流涙症状は消失し,術後1年以上経過した今でも,症状や観察所見に変化はみられない.つひとつのステップを確実に踏めば,誰が行っても結膜弛緩の完全消失と涙液メニスカスの完全再建を得ることができる(図6)唯一の方法であると筆者は考えている.今後,結膜弛緩症のいかなる表現型に対しても対応でき,遠隔的にも効果がある簡便な術式の誕生を期待している.文献1)MimuraT,YamagamiS,UsuiTetal:Changesofconjunctivochalasiswithageinahospital-basedstudy.AmJOphthalmol147:171-177,20092)MellerD,TsengSC:Conjunctivochalasis:literaturereviewandpossiblepathophysiology.SurvOphthalmol43:225-232,19983)YokoiN,KomuroA,NishiiMetal:Clinicalimpactofconjunctivochalasisontheocularsurface.Cornea24(8Suppl):S24-S31,20054)横井則彦:加齢とともに結膜が弛緩するのはなぜか?.眼のサイエンス視覚の不思議(根木昭,田野保雄,大橋裕一ほか編),p52-53,文光堂,20105)WatanabeA,YokoiN,KinoshitaSetal:Clinicopathologicstudyofconjunctivochalasis.Cornea23:294-298,20046)WolffE:Theconjunctiva,Theocularappendages:eyelids,conjunctivaandlacrimalapparatus.Wolff’sAnatomyoftheEyeandOrbitEighthedition,BronAJetaleds,p51-70,Chapman&HallMedical,London,19977)横井則彦:眼科医の手引結膜弛緩症の診断と治療.日本の眼科83:607-608,20128)HaraS,KojimaT,IshidaRetal:Evaluationoftearstabilityaftersurgeryforconjunctivochalasis.OptomVisSci88:1112-1118,20119)YokoiN,InatomiT,KinoshitaS:Surgeryoftheconjunctiva.DevOphthalmol41:138-158,200810)横井則彦:単純性結膜弛緩症に対する手術.完成版..眼科手術20:68-70,200711)横井則彦:結膜弛緩症.新ESNOW2,外来小手術─外眼部手術達人への道(江口秀一郎編),p74-85,メジカルビュー社,201012)横井則彦:結膜弛緩症手術3分割切除法(横井法).「超入門」眼科手術基本術式50-DVDとシェーマでまるごと理解(下村嘉一監,松本長太,檜垣史郎編),p39-45,メディカ出版,2010(49)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012925

再発翼状片に対する対処法

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):913.917,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):913.917,2012再発翼状片に対する対処法TherapeuticModalityforRecurrentPterygium木下茂*はじめに初発翼状片をいかに適切に処理するかが再発翼状片の発生頻度を減少させることと関係する.再発を抑制するということに関しては,結膜移植を加味した初発翼状片手術が,単純切除術よりも,より有効であるという報告が多い.しかし,筆者らの自験例では,その他の方法,たとえば単純切除術とマイトマイシンC処理,などもきわめて優れた手術成績を示している.初発翼状片手術のエッセンスは,翼状片に関係する結膜下線維性増殖をいかにコントロールするか,またコントロールできるかにあり,この点では緑内障濾過手術の場合と共通した問題点を包含している.さて,再発翼状片の手術方法においても,その成功の秘訣は,再発翼状片に関係した結膜下線維性増殖をコントロールするところにある.本稿では,再発翼状片の治療法について筆者らの自験例から得た臨床経験を,読者の皆様と共有することを目的として書き下してみた.I再発翼状片翼状片が再発する場合,早くは1カ月ぐらいから始まることがある.その多くは,翼状片組織の取り残しのように考えられているが,実際の再発機序は明らかになっていない.ただ,何かの刺激をトリガーとして生じた再発翼状片は,結膜下線維性増殖を合併していることは事実であり,これをマイトマイシンCのような細胞増殖抑制薬で処置することが必須なことは間違いない.翼状片は鼻側のみならず耳側にも生じ,再発では,より強い増殖を伴った翼状片となっている.この状態は,化学腐食や熱腐食にみられる結膜増殖とも類似している.II術前検査と手術計画再発翼状片に対して手術的な対処を考える場合には,3つの視点から術前検査を行うことが必要である.第1は眼表面の検査,特に瞼球癒着の有無である.鼻側の瞼球癒着は,1回の初発翼状片手術後にも生じえるし,逆に数回の翼状片手術が行われていても生じないことがある.瞼球癒着の生じる大きな原因は,翼状片を広範囲に切除しようとして,根部から幅広く切除し,かつ炎症が持続したような場合である.したがって,翼状片頭部だけをわずかに切除するような手術法では,翼状片の再発頻度はともかくとして,瞼球癒着は生じにくい.つぎに,結膜下線維性増殖の範囲の確認である.これは,どちらかというと翼状片単純切除術よりも遊離結膜移植,さらには結膜有形弁移植後で広範囲の結膜下線維性増殖を認めることになる.したがって,翼状片が再発したときの対処のし易さ難しさという観点からは,ある意味で有形弁移植は好ましくない方法ともいえる.第2は,複視の有無である.多くの場合,第一眼位で複視を訴える患者は少ないが,再発翼状片のある眼で耳側を注視させた場合には複視を訴える場合がある.外側のどの位置から複視を感じ始めるかをチェックすることは,術前検査として必須の項目である.第3は,周辺部角膜潰瘍などが基礎疾患として存在しないかどうかのチェックと問診である.頻度は低いが,*ShigeruKinoshita:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕木下茂:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(37)913 ときに,軽度のMooren角膜潰瘍やTerrien角膜変性に伴う偽翼状片も混在しており,その場合には,翼状片の下の角膜がかなり菲薄化していることがありえる.以上,3点の視点を整理して,複視がなければ再発翼状片切除とマイトマイシンC処置を標準治療法として行い,複視があれば羊膜移植を追加することになる.さらに重症の際,場合によっては角膜上皮形成術を併用することもある.III手術方法(図1参照)再発翼状片に対しての手術方法にはいくつかの手法があるが,ここでは筆者らが日常的に行っている長期成績の担保された手術方法を紹介する.1.麻酔法初発翼状片の多くは点眼麻酔で行うが,再発翼状片では癒着.離などを行うために強い疼痛を伴うことが多い.このため,球後麻酔を行うことが望ましい.球後麻酔のおもな目的は,疼痛緩和と眼筋のトーヌスを下げることにある.2.ドレーピング外眼部手術ではあるが,常在細菌のみならず睫毛根部のブドウ球菌などの常在細菌にも注意を払うために,綺麗なドレーピングを心がける.そして,手術直前には,眼表面をBSS(平衡食塩液),オペガードあるいは生理食塩水などで何度か洗い流し,眼脂などを完全に除去する.3.再発翼状片と線維性増殖の切除再発翼状片は,通常は,頭部から.離し,強角膜部へ向けて.離を進めていく.強膜最表層にはできるだけ切創などを作らずに.離する.その後に,斜視鈎を内直筋にかけて内直筋を目視し,その周囲にある結膜下線維性増殖組織を,綺麗に,そして完全に.離し除去する(いわゆる綿貫).そして,翼状片頭部の異常組織をあまり広範囲にならないように切除する.4.マイトマイシンC処理つぎにマイトマイシンC処理である.この処理の前に止血をすることは重要であり,筆者らは5,000倍希釈の外用ボスミンをベンシーツに浸し,これを内直筋の奥に挿入して止血する.その後に,ベンシーツに浸した0.04%マイトマイシンCを5分間,ボスミン入りシーツがあった部位に挿入する.この方式により,マイトマイシンCが血液により希釈されたり,効果が弱められることを防ぎ,いつも同様の効果が得られるようになる.最後に約200mlの生理食塩水でマイトマイシンCを洗浄する.マイトマイシンCを露出強膜の上に長時間接触させることは危険であり,強膜軟化を生じさせる誘因にもなりうる.なお,ベンシーツを用いる理由は,糸が付ているために,結膜下の奥まで十分に挿入できるところにある.5.翼状片断端部の縫合翼状片の切除断端は折り曲げて7-0絹糸で2糸縫合し,断端部にテンションをかける.6.羊膜移植広範な露出強膜の上を羊膜で被覆し,その周辺部を10-0ナイロン糸で丹念に縫合していく.羊膜は上皮側を上にして縫合するが,その上下を見きわめるにはスポンジで羊膜を触り,スポンジに良くくっつくほうが裏側である.羊膜移植は先進医療として認められており,可能であれば,この手続きのもとで行うことが望ましい.7.角膜上皮形成術これでも不安なような重症例の場合には,保存角膜から作製した薄層の角膜表層片(lenticule)を角膜輪部に10-0ナイロン糸で縫着する.8.コンタクトレンズ装着多くの例で,術後にソフトコンタクトレンズ装着を行い,疼痛緩和とともに上皮修復を円滑にさせる.IV術後管理と手術結果術後には,抗菌薬点眼とステロイド点眼を使用し,ソフトコンタクトレンズ装着は1週間程度までで中止する.7-0絹糸の抜糸は術後約2週間,10-0ナイロン糸の抜糸は術後約1.2カ月で行う.914あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(38) CABDEFCABDEF図1再発翼状片に対する手術A:手術直前の写真.B:再発翼状片を強膜から.離し,翼状片下の線維性増殖組織を切除している写真.C:内直筋を露出し,その周囲の線維性増殖組織を丹念に除去している写真.D:5,000倍希釈のボスミンに浸したスポンジで止血したのちに,0.04%マイトマイシンCを結膜下に作用させている写真(この写真では強調するために1つのスポンジが強膜上にあるが,他の4つのスポンジは結膜下にある.努めて露出強膜上にマイトマイシンCに浸したスポンジが接触することは避ける).E:再発翼状片の先端部組織を切除したのちに7-0絹糸でその組織を強膜に固定し,露出した強膜上を羊膜で被覆している写真.10-0ナイロン糸で縫合している.F:手術終了時の写真.(39)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012915 A1A3B1B2A2B3A1A3B1B2A2B3図2再発翼状片の手術前と手術後の写真A1:症例1(左眼)の手術前の写真.数度の翼状片手術と再発により,瞼球癒着を伴う強い再発翼状片を生じており,外側への眼球運動障害による複視も自覚している.A2,A3:手術後は再発翼状片が綺麗に除去され,眼球運動制限もなくなっている.外側には手付かずの小さな翼状片が認められる.B1:症例2(右眼)の手術前の写真.2度の翼状片手術と再発により,大きな翼状片が再発している.B2,B3:手術後は再発翼状片が綺麗に処理され,内側の結膜には十分な余裕が認められる.眼球運動も正常である.筆者らの行った手術例では,ほぼ全例で長期間にわたおわりにって翼状片の再発を認めず,また複視は完全に消失して再発翼状片は,初発翼状片とはまったく異なった疾患いる.その2例の手術前後の写真を図2に示す.であると考えることが重要である.一旦再発した翼状片916あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(40) ABCDABCD図3強い角膜混濁を伴う再発翼状片の手術前と手術後の写真A:症例2(右眼)の手術前の写真.数度の翼状片手術と再発により,強い瞼球癒着を伴う再発翼状片を認める.さらに,角膜には強い混濁があり,瞳孔領は観察不能である.B:再発翼状片手術1年後の写真.再発翼状片手術により,鼻側は綺麗に再建されている.眼球運動障害も認められない.C:角膜移植5カ月後の写真.再発翼状片手術から約1年後に,角膜混濁に対して角膜移植をtripleprocedureで施行されている.D:角膜移植から約1年半後,再発翼状片手術から3年後の写真.下の線維芽細胞と上皮下線維性増殖はすでに活性化されPearls&Pitfalls:再発翼状片への対処法は難しく,ており,単純な切除だけでコントロールできるものでは適切な外科的治療法を行わないと,整容的な不満足をもない.マイトマイシンCやベータ線による放射線療法つのみならず眼球運動障害による複視に悩む患者を生みなどで活性化した線維芽細胞を抑制することは必須であ出すことになる.適切な治療法の第1は,結膜下線維性る.羊膜移植,角膜上皮形成術などは,線維性増殖を抑増殖組織を完全に切除・除去することにある.第2はマ制するという同様の考え方の治療法であり,相加的作用イトマイシンCの適切な使用である.第3は羊膜移植を目指している.また,翼状片に関係した角膜混濁で極などのオプションを上手く使用することである.特にマ端な視力障害に陥っている場合には,後に角膜移植を行イトマイシンCは両刃の剣であり,誤った使用法で強うことも可能である(図3).膜軟化を生じることもあるため,その使用法には習熟し患者の再発翼状片による整容的苦痛,そして複視によなければならない.る機能的苦痛は計り知れないものであり,再発翼状片を適切に治療することは,われわれ眼科医の使命ともいえる.(41)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012917

眼瞼下垂手術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):907.912,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):907.912,2012眼瞼下垂手術BlepharoptosisSurgery渡辺彰英*はじめに一言で眼瞼下垂といっても,実際には多くの疾患が含まれ多くの術式が存在する.狭義の眼瞼下垂とは,開瞼時に上眼瞼縁が瞳孔領にかかる状態をいうが,広義の眼瞼下垂では,上眼瞼皮膚弛緩や眉毛下垂による見かけ上の眼瞼下垂(偽眼瞼下垂)も含まれる.また,眼瞼下垂手術の主となる“眼瞼挙筋短縮術”といわれている術式にも多くのバリエーションが存在するため,これから眼瞼下垂手術を行う術者にとっては,どのような術式を選択すべきか悩ましいところである.本稿では眼瞼下垂の大まかな分類とそれに対応する術式を示す.具体的な術式としては,aponeurosisとMuller筋をともに.離・前転する挙筋短縮術(levatorresection)と,aponeurosisのみを前転する挙筋短縮術(aponeuroticadvancement)をおもに紹介する.いずれもメスを用いて皮膚切開し,有鈎鑷子で組織を把持し,スプリング剪刀で組織を切開・.離する一般的な術式であるが,バイポーラを用いた術中の止血が非常に重要である.最近普及している炭酸ガスレーザーなどはどの施設でも使用できるものではないため,これから眼瞼下垂手術に取り組もうとされる先生方は,まずはメス・剪刀・バイポーラを用いた挙筋短縮術をマスターすることをお勧めしたい.I眼瞼下垂の分類1.先天眼瞼下垂と後天眼瞼下垂眼瞼下垂は,先天眼瞼下垂と後天眼瞼下垂に分類される.先天眼瞼下垂は挙筋機能がほとんどないため,挙筋短縮術よりも吊り上げ手術が適応となることがほとんどであり,その吊り上げ材料としてはナイロン糸やゴアテックスRなどが用いられる(後述).後天眼瞼下垂は,加齢に伴う退行性眼瞼下垂の頻度が最も高く,ついでハードコンタクトレンズの長期装用に伴う眼瞼下垂,白内障,緑内障,角膜移植などの内眼手術後下垂が多い.その他,動眼神経麻痺,重症筋無力症,Horner症候群,外眼筋ミオパチー,外傷による眼瞼下垂などがある.2.後天眼瞼下垂に対する挙筋短縮術手術適応となる後天眼瞼下垂の多くは退行性眼瞼下垂,コンタクトレンズ眼瞼下垂,内眼術後下垂のいずれかに当てはまり,挙筋機能は良好なことが多く,挙筋短線維脂肪組織Whitnall靱帯眼輪筋上眼瞼挙筋眼窩隔膜上直筋aponeurosis前層aponeurosis後層Muller筋眼輪筋瞼板結膜図1上眼瞼の解剖*AkihideWatanabe:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕渡辺彰英:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(31)907 縮術の良い適応である.挙筋短縮術には多くの術式があるが,上眼瞼挙筋のWhitnall靱帯より末梢である上眼瞼挙筋腱膜(aponeurosis)単独の短縮術(aponeuroticadvancement)か,aponeurosisとMuller筋の両者の短縮術(levatorresection)が選択されることが多い(図1の上眼瞼の解剖参照).3.挙筋短縮術の適応Aponeurosis単独の挙筋短縮術は,挙筋機能が若干悪い症例ではaponeurosisの前転量が多くなり,術後に下方視時のlidlag(眼瞼の置き去り現象)や閉瞼不全の原因となるため,術前の挙筋機能が良好な症例に限って行うのが好ましい.一方,aponeurosisとMuller筋の両者を一塊に前転する挙筋短縮術は,やや挙筋機能が不良な症例に対しても良い適応となる.また,aponeurosisのみならず,Muller筋単独の短縮術も可能ではあるが,手術の適応が広く,結果的に筋の前転量が少ない術式はaponeurosisとMuller筋両方の前転術であるため,levatorresectionは,ぜひとも身につけたい術式といえる.ここでは挟瞼器を用いない術式を紹介するが,挟瞼器を用いたほうが出血による視野の妨げを避けて手術が進行できるという利点もあるので,初めて挙筋短縮を行う場合には挟瞼器を使用してもよい.II挙筋短縮術の実際1.Levatorresectionの実際(図2)①重瞼線に沿ったデザイン,結膜下注射,皮膚側からの眼輪筋下麻酔を行う.②皮膚切開をする.皮膚にテンションをかけて切開することがポイントである.止血は,左手の指で創を上下に開きテンションをかけ,創の傍らに置いたガーゼで拭いてから出血点を確認し,バイポーラの先を少し開いたまま創に置くようなイメージで止血するとよい.瞼板の露出は,有鈎鑷子で瞼縁側の眼輪筋を把持し,天井方向へ引き上げ,左手の薬指で創の頭側を引くようにテンションをかける.眼輪筋下の瞼板へ向かってスプリング剪刀で組織を切開する.瞼板が見えるまで一気に切開するのがポイントである.瞼板を露出していく際に出血があれば,左手でテンションをかけたままで右手だけをバ908あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012イポーラに持ち替え止血すると,創が出血にまみれることなく止血できる.③中村式釣り針フックや制御糸を用いて創を上下に展開する.瞼板上には必ずaponeurosisが付着しているので,スプリング剪刀を用いてこれを切開する.Muller筋は瞼板上縁に付着しているので,スプリング剪刀を用いて結膜とMuller筋間の.離を始めるきっかけを作る.Muller筋を結膜から.離し,横方向に切開する.血管があればバイポーラで焼灼してから切開する.④瞼板上縁から離れるほど血管豊富な領域から離れるので,結膜とMuller筋は.離しやすくなる.前転量以上の.離が必要であるため,目安としては瞼板上縁から少なくとも10mm以上は結膜とMuller筋間を.離する.予想以上に前転を要する場合は.離を後に追加する.⑤Aponeurosisの先端を下方へ引き,光沢のあるaponeurosis表面が出てくるまで眼窩隔膜を横方向へ切開する.⑥Aponurosis表面の白く強い組織を前転するように6-0ナイロン糸でaponeurosis,結膜側のMuller筋にも通糸する.瞼板への通糸は瞳孔上の瞼板上1/3の部位である.⑦一度糸を仮留めして術中定量を行う.瞳孔上縁より上,角膜輪部より1.2mm下が基本であるが,片側の状態や患者の希望に応じて挙上量はあらかじめ決めておく.挙上が足りなければ前転量を増やし,過剰であれば減らす.瞼縁の形,カーブがよければ内側,外側にも通糸し,3点固定とする.⑧再度挙上量,瞼縁のカーブを確認する.過不足や変形があれば瞼板の固定位置を適宜変更する.定量が決定したら余剰のaponeurosisおよびMuller筋を切除する.⑨Aponeurosisの先端と眼輪筋を7-0ナイロン糸で3点通糸固定し重瞼形成する.これは睫毛内反の予防でもある.皮膚を7-0ナイロン糸で縫合し手術終了となる.Pearls&Pitfalls:スムーズなlevatorresectionを行うために必要なことは,解剖をよく知ること,術中の(32) ①デザイン,局所麻酔⑥AponeurosisとMuller筋の前転,瞼板への通糸固定⑥AponeurosisとMuller筋の前転,瞼板への通糸固定②皮膚切開,瞼板の露出⑦術中定量,内外側の瞼板へ固定③創の展開,aponeurosisとMuller筋の.離④Muller筋の.離⑤眼窩隔膜の切開,aponeurosisの露出組織の見きわめ,止血である.これらをおろそかにしていると,きれいな眼瞼挙上を得られないばかりか,いたずらに時間だけが過ぎて眼瞼の腫脹が進み,さらに定量がむずかしくなるという悪循環に陥る.(33)⑧挙上量とカーブの確認,余剰のaponeurosis,Muller筋切除⑨重瞼形成,皮膚縫合図2Levatorresection2.Aponeuroticadvancement(図3)基本的な手術の進め方はlevatorresectionと同様であるが,levatorresectionがMuller筋と結膜間を.離して,aponeurosisとMuller筋を一塊にして前転するのと異なり,aponeurosisのみの前転術では,Muller筋とあたらしい眼科Vol.29,No.7,2012909 Muller筋とaponeurosis間瞼板の露出の.離①瞼板の露出の.離①Muller筋とaponeurosis間の.離②眼窩隔膜の切開Aponeurosis,瞼板への通糸瞼板への固定開瞼の程度の確認瞼板内外側への通糸瞼板への3点固定挙上とカーブの確認図3Aponeuroticadvancement910あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012aponeurosisの裏面との間を.離する.瞼板を露出した後,aponeurosisの先端を天井方向に持ち上げその裏面(白い組織)を見ながら,Muller筋(ピンク色)との間にある結合組織をスプリング剪刀を用いてaponeurosisから外していく.このとき,ほとんど血管はなく,スプリング剪刀の先端を少し広げながら鈍的に.離できることが多い.症例によってはMuller筋とaponeurosisの裏面の間にたくさんの脂肪が沈着していることがある.特に加齢に伴う退行性眼瞼下垂において見受けられるが,結果的に多くの前転量を要する症例もある.Aponeuroticadvancementは挙筋機能の良い症例によい適応であるので,術中に挙筋機能が弱く挙上が十分に得られない場合はlevatorresectionに切り替えることもできるようにしておくとよい.Aponeurosisの裏面を露出できたら,眼窩隔膜切開し,aponeurosisを前転固定する.以下はlevatorresectionと同様に進めていく.Pearls&Pitfalls:Aponeurosis特に裏面の露出がポイントである.Aponeurosisの裏面とMuller筋の間にある組織をMuller筋側に落とすように.離すると白っぽいaponeurosisが出てくるが,ここでMuller筋側に切れ込むとMuller筋を切断するばかりでなく,いつまでもaponeurosisの裏面は出てこない.逆に,aponeurosisに切れ込むとaponeurosisを切断することとなるため,組織を見きわめる目を養うことが重要である.また,薄いaponeurosisのみの短縮は術後再発をきたしやすいため,.離したaponeurosisがかなり薄ければ,levatorresectionへのコンバートが望ましい.III先天眼瞼下垂の手術先天眼瞼下垂は片側性で,遺伝とは無関係に起こるものがほとんどであるが,遺伝性の瞼裂狭小症候群に伴う両側性先天眼瞼下垂もある.先天眼瞼下垂のほとんどは挙筋機能がなく,手術は吊り上げ術が第一選択となるが,程度の軽い下垂や挙筋機能が軽度存在する場合には挙筋短縮術が選択される場合もある.吊り上げ術はナイロン糸などを埋没して行う方法と,ゴアテックスRや大腿筋膜などを眉毛上から眼瞼までのトンネルを通して行う方法があるが,ここではナイロン糸とゴアテックスR(34) を用いた手術を紹介する.1.ナイロン糸による吊り上げ術(図4)小児の先天眼瞼下垂に対する吊り上げ術のなかでは最も簡便な術式である.術後の糸の露出や感染の心配もほとんどないのが利点であるが,ゴアテックスRなどの吊り上げ材料を用いた術式と比較すると徐々に吊り上げ効果が減弱することが弱点である.2.3歳までの小児や,抗凝固剤を内服していたり,長時間仰臥位を維持することがむずかしい高齢者によい適応となる.2.ゴアテックスRによる吊り上げ術(図5)吊り上げ材料を用いた術式のなかで,人工材料であるゴアテックスRを用いた術式は比較的よく選択される.吊り上げ効果は高く持続性もよいが,異物であるために術後の露出や感染が問題となることがある.小児では3歳以降でよい適応となる.おわりに眼瞼下垂手術は,眼科小手術といえども整容面でも結果が求められる手術であり,眼瞼の解剖や手術適応,術図44.0ナイロン糸による吊り上げ術図5ゴアテックスRによる吊り上げ術(35)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012911 式を知らぬままに安易に取り組むべき手術ではない.内眼手術と異なり患者にも手術結果がわかるうえ,開瞼の程度や瞼縁の形への満足度はかなり主観的なものに左右されるため,術前に十分に患者とのコミュニケーションがとれていることが重要である.文献1)渡辺彰英:眼瞼疾患.眼科研修ノート,p276-281,診断と治療社,20092)渡辺彰英:眼瞼下垂.新ESNOWきれいな小児眼科手術.I眼瞼・眼窩手術,p18-27,メジカルビュー社,20113)渡辺彰英:眼瞼下垂手術─手術機器に応じた術式の選択円刃刀とスプリング剪刀を用いたスタンダードな眼瞼下垂手術.眼科手術23:91-98,2010912あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(36)

内反症,睫毛乱生の手術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):899.905,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):899.905,2012内反症,睫毛乱生の手術SurgeriesforEyelidEntropionandTrichiasis高比良雅之*I眼瞼の解剖と病態睫毛が角結膜に触れている,いわゆる“さかまつげ(さかさまつげ)”の手術に際しては,眼瞼全体の向きが内方に反っている眼瞼内反症(eyelidentropion)か,眼瞼全体の向きは正常であるが一部の睫毛の生える方向や部位が異常な睫毛乱生(trichiasis)か,あるいは両者が合併しているのか,を見分ける必要がある.眼瞼内反症の成因は,①眼瞼前葉と後葉のアンバランスと,②瞼板の支持組織の弛緩とに大別される.瞼板を垂直方向に牽引する組織には,上方では眼瞼挙筋腱膜(levatoraponeurosis),下方では眼瞼牽引筋腱膜〔lower(eye)lidretractor:LERorLLR〕があり,一般にそれらよりも皮膚側を眼瞼の前葉,一方の結膜側を眼瞼後葉と呼称している(図1).眼瞼後葉に比較して前葉が余剰であると,眼瞼縁の皮膚が瞼板に覆いかぶさるようになり,すべての睫毛が眼表面に向かう.これが,小児・若年者にみられる睫毛内反症(先天眼瞼内反症)の病態である.瞼板を支持する組織には,眼瞼挙筋腱膜,眼瞼牽引筋腱膜の他,水平方向では内嘴靱帯,外嘴靱帯があり,間接的には眼輪筋と皮膚も加わる.これら組織の弛緩(退行性変化)により,上眼瞼下垂,下眼瞼内反症,下眼瞼外反症をきたしやすい.眼瞼挙筋腱膜(aponeurosis)眼瞼牽引筋腱膜(lowereyelidretractor:LER)下斜筋外嘴靱帯後葉前葉瞼板眼窩隔膜穿通枝内嘴靱帯眼瞼図1眼瞼の解剖下眼瞼では眼瞼牽引筋腱膜(lowereyelidretractor:LER)が瞼板を垂直方向に牽引する.内嘴靱帯,外嘴靱帯により瞼板が水平方向に支持されている.II睫毛内反症(先天眼瞼内反症)の手術1.病態と手術適応小児,若年者の“さかさまつげ”の疾患名は,睫毛内反あるいは先天眼瞼内反症で,英訳すればinverted*MasayukiTakahira:金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)〔別刷請求先〕高比良雅之:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(23)899 eyelashes,congenitalentropionであるが,英語論文ではむしろepiblepharon(眼瞼贅皮)に“さかさまつげ”の意を含んで用いられることが多いようである.顔面の発育とともに自然に改善する傾向があるとされ,幼児で軽度であれば,それを期待して手術を見合わせる場合もある.手術適応は,以下のような点を考慮して決定する.まず,弱視が懸念されるような,矯正視力が1.0未満あるいは角膜乱視が1D以上の症例では,視能訓練の時期を逸する危惧から積極的に手術を行う.また,角膜混濁,輪部新生血管など重症な角膜所見がみられる症例は,やはり絶対適応である.一方,矯正視力が良好で,角膜上皮障害も軽度な症例では放置が可能であるが,異物感,流涙,充血,眼脂などの症状や,整容的な改善を望む場合には手術適応となる.アジア人種では眼瞼牽引筋腱膜からの眼瞼皮下への穿通枝が未発達とされ,これによって眼窩脂肪も前上方へ移動しやすく,相対的な眼瞼前葉余剰の一因となっていると考えられる.睫毛内反症の手術法は通糸法と,皮膚術前術終了時(surgeon’sview)術後1カ月を切開して余剰組織を切除する皮膚切開法に大別される.2.通糸法通糸法には,河本法に代表される非吸収糸埋没法や,ビーズ法のように絹糸で瘢痕形成を促し抜糸する方法がある.手技が簡便で合併症が少ないが,余剰な組織を切除しない分,必ず術後の戻りがある.すなわち,通糸法は再発率が高い方法であるので,比較的軽症な症例や,皮膚切開法に不慣れな術者が緊急避難的に実施する場合などが,その適応として妥当である.本稿では河本法を原法とした下眼瞼通糸埋没法につき解説するが,ビーズ法でも通糸位置は同様である.皮膚通糸点のデザインでは,瞼縁からの距離が最も重要である.通糸法では,皮膚の通糸位置に必ず皮膚溝が形成される(図2C).整容上好ましくない幅広の重瞼を避けるため,睫毛列から1mm下方に離れた平行線上に皮膚通糸点を置く(図2B).1本の通糸に対して通糸点を幅3mmで2箇所マーキングし,結紮が埋没するように,眼図2睫毛内反症に対する通糸法A:瞼板面に移行する直前の結膜から刺入し,瞼板の前面を通り,睫毛列から約1mm下方の皮膚を貫通する.B:2本通糸する場合のシェーマ(右眼瞼).糸の両端を結膜から皮膚の小切開創に向けて貫通し,さらに片端を皮下を通して,両端が同じ小切開創から出るようにして結紮し,結び目を埋没させる.C:術後の戻りを考慮し,過矯正気味に手術を終了する.術後の皮膚溝は睫毛列に近いと目立ちにくい.900あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(24) 瞼皮膚小切開を行う.埋没させる7-0非吸収糸の両端を眼瞼円蓋部結膜から皮膚通糸点に向けて通糸する.両端の皮膚切開点から糸の両端が出たら(図2A,B),後に出したほうの皮膚切開点からもう一度針を皮下に浅く通し,もう一方の皮膚切開点から出し,糸の両端を一つの皮膚切開点から出して通糸し結紮する.術後は必ず戻りがあるので,結膜面が若干外反する程度まで過矯正になるよう結紮する(図2C).結紮断端を結び目に近い部分で切断し,皮膚切開点に埋没させる.通糸法で再発した場合には,再手術では皮膚切開法を選択する.Pearls&Pitfalls:睫毛内反症に対する通糸法では必ず術後の戻りがあり再発しやすいので,その適応は限定される.幅広の下眼瞼重瞼は整容上不自然であり,これを避けるように皮膚通糸点をデザインする.3.皮膚切開法俗に“Hotz法”とよばれる方法の変法である.以下,1.術前頻度の多い下眼瞼での皮膚切開法を解説するが,上眼瞼でも手技は同様である.余剰皮膚切除のデザインでは,睫毛列から2mm程度下方に瞼縁側の切開線を置く(図3B-2).過剰な皮膚切除は修正困難な眼瞼外反症をきたすので,最大幅(上下方向)で3mm程度にとどめる.皮膚切除後,切除部直下の眼輪筋も切除し,瞼板を露出する.眼瞼前葉を瞼縁に向かって瞼板から.離する(図3A).睫毛根が見えるまで.離し,その.離した眼瞼前葉を瞼板に再固定(repositioning)して外反させるというイメージである.7-0縫合糸で,瞼板の下縁付近で瞼板を通糸し,つぎに眼瞼前葉皮下組織をすくって結紮する.このとき睫毛の立ち方,前葉の外反程度を見て低矯正であればやり直す.一般に鼻側の数本は睫毛が立ちにくく,鼻側の1本は瞼縁埋没U字縫合(後述)とすることも有用である.皮膚切開法でも術後の戻りはあるので,若干の過矯正の仕上がり(図3B-7)にするほうが再発しにくい.皮膚縫合では,抜糸しやすいナイロン糸皮下連続縫合とするか,抜糸が困難な小児では8-0バ3.前葉.離2.皮膚切開デザイン5.瞼縁前葉に通糸6.前葉再固定9.術後1カ月8.術後1週4.瞼板に通糸7.皮膚縫合図3睫毛内反症に対する皮膚切開法A:手術シェーマ.瞼板から眼瞼前葉を瞼縁に向かって.離し(矢印),瞼板と前葉皮下に通糸して結紮する.B:手術前後と術中の写真.皮膚は鼻側を多めに切除する(2).前葉.離(3)のあと,必ず挟瞼器をゆるめて,止血し,前葉再固定に移る.睫毛の向きと瞼縁の外反程度を見ながら通糸・結紮を行い,赤い結膜面が幅1mm見える程度の過矯正で終了する.術後1週(8)では結膜面外反が残っているが,術後1カ月(9)ではシャープな瞼縁が形成されている.(25)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012901 9.術後1カ月8.術翌日2.LER通糸3.裏から針先が出たところ5.LERを瞼板に結紮6.LERをめくり上げたところ7.前葉を瞼板に再固定9.術後1カ月8.術翌日2.LER通糸3.裏から針先が出たところ5.LERを瞼板に結紮6.LERをめくり上げたところ7.前葉を瞼板に再固定1.術前4.瞼板に通糸図4退行性下眼瞼内反症に対する下眼瞼牽引筋腱膜(LER)短縮法A:手術シェーマ.退行性下眼瞼内反症の主因はLERの弛緩と考えられ(上),LER全層を.離して短縮し瞼板に固定する.B:手術前後と術中の写真.LER全層を.離して皮膚側から結膜側に通糸(2,3)し,瞼板の下縁付近をすくって(4),再度LERを貫通して,皮膚側で結紮する(5).結紮の前に必ず挟瞼器をはずす.短縮量が足りなければ結紮し直すが,通常LERを引っ張った状態で8.10mmの短縮量であり(6),挟瞼器で.離できるLER再下端での通糸で済むことが多い.本症例では睫毛乱生もあると判断し,埋没U字縫合(図6参照)で瞼縁前葉を固定した(7).術翌日(8),軽度の眼瞼外反がみられるが,1カ月では外反は消失し,シャープな瞼縁が形成されている(9).902あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(26)イクリル糸を用いる.Pearls&Pitfalls:睫毛内反に対する皮膚切開法でも再発する症例を経験する.縫合糸による矯正効果には限界があり,余剰な皮膚や眼輪筋の切除量が足りないことが主因であろう.しかし,皮膚に余裕のない若年者において,過剰な皮膚切除による眼瞼外反の修正は困難であり,“取り過ぎ”は極力避けるべきである.それなら,切除追加の再手術を行っているほうがましである.III退行性(加齢性)内反症の手術上眼瞼では退行性変化は眼瞼下垂となって現れることが多く,退行性眼瞼内反症は下眼瞼に多い.原因となる瞼板支持組織の弛緩をなくすような手術手技が必要である.Jones法に代表されるように,下眼瞼牽引筋腱膜(LER)を短縮し,垂直方向の弛緩を是正する方法と,lateraltarsalstrip法,Wheeler法や久冨法などに代表されるように,外嘴靱帯短縮,眼輪筋短縮,皮膚切除を行い,水平方向の弛緩を是正する方法とに大別され,いずれかが第一選択の術式となる.いわゆるHotz法を単独で加齢性下眼瞼内反症に対して行うことは,発症機序を考えれば誤りである.1.下眼瞼牽引筋腱膜(LER)短縮法下眼瞼牽引筋腱膜(以下,LER)の短縮には,眼輪筋側を露出してタッキングする方法(Jones変法)と,結膜側も含めLER全層を.離し短縮する方法(Kakizaki法)がある.本稿では,LERの同定とその短縮効果がより確実な全層.離による短縮法(図4)を解説する.LERの.離同定が本術式の要であり,LER.離までは挟瞼器使用を強く勧めたい.皮膚切開は,睫毛列より3mm程度で,それより下方皮膚を通常3.5mm程度の幅で切除する.LERが瞼板に付着する上端を見つけ,スプリング剪刃にて瞼板から.離し下方に進め,結膜か ら.離する.つぎに眼輪筋側の.離を行うと,LER全層が1枚の膜として.離される.挟瞼器をかけたまま最も奥で,眼輪筋側からLER-瞼板-LERと6-0非吸収糸を中央の1箇所に通糸し(図4B-3,4),結紮前に必ず挟瞼器をはずす.LERの短縮量は,LER上位端から中央をぴんと張った状態で8.10mm前後であり,Lockwood靱帯にまで短縮すると外反をきたしやすい.極端な外反や眼瞼の形態異常がないことを確認したら,左右にもLER-瞼板固定の縫合を追加し,余分なLERは切除する.LERの断端(あるいは瞼板)と瞼縁前葉皮下を縫合して,瞼縁前葉を瞼板に再固定し睫毛を立たせる.ついで7-0ナイロン糸で皮膚縫合を行う.Pearls&Pitfalls:LERはかなり薄い膜状組織であり,全層.離すると,ときに穴だらけの膜になる.しかしそのような場合でもその深部をたどればLockwood靱帯付近では厚みが増すので,その位置でしっかり縫合糸をかけ短縮する.タッキング法よりも一見面倒に思えるLER全層.離法のほうが,LERの同定に迷いがなく,実はより容易である.LERの固定位置は瞼板の下縁から1mm程度上とする.あまり上方に固定し前転効果を狙うと外反をきたしやすい.2.下眼瞼皮膚眼輪筋短縮術(Wheeler変法.久冨法併用術)瞼板の水平方向の弛緩を是正する術式を第一選択としている術者もあり,術後成績(再発率)もLER短縮手術とほぼ同様とされる.下眼瞼皮膚と眼輪筋を短縮するWheeler変法-久冨法併用術(図5)1)は,手技が容易でかつ再発率も低いようである.下眼瞼皮膚を切開後,眼輪筋束を.離し緊張するよう短縮し縫合する.ついで,切開した皮膚を外上方に引き上げ,余分な皮膚をトリミングして縫合する.IV睫毛乱生の手術いわゆる“さかさまつげ”には,眼瞼と眼球の位置関係が正常でも,一部の睫毛が眼表面に向かって生える睫毛乱生(trichiasis)や,本来睫毛のないマイボーム腺開口部付近から睫毛が生える睫毛重生(distichiasis)の病態が含まれる.睫毛重生はあまり聞き慣れない用語で,一般に睫毛乱生というとき,厳密な意味での睫毛重生を含んでいることが多く,以下ではまとめて睫毛乱生と称する.睫毛乱生の手術では,まず,その睫毛を残すか,毛1.眼輪筋.離2.眼輪筋短縮縫合3.余剰皮膚トリミング4.皮膚縫合図5退行性下眼瞼内反症に対する下眼瞼皮膚眼輪筋短縮術(Wheeler変法.久冨法併用術)A:手術シェーマ.(平山さをりほか:あたらしい眼科18:1543-1546,2001より改変,引用)B:術中写真.幅8mmほどの眼輪筋束を.離し(1),緊張するよう鑷子でつまんだ分を短縮して縫合する(2).切開より下方の皮膚を上耳側に引っ張り,余剰な皮膚をトリミング(3)して縫合する(4).(27)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012903 根ごと除去するか,を選択する必要がある.睫毛を残せる場合とは,すなわち瞼縁前葉を瞼板へ再固定する手技(睫毛内反の項参照)により睫毛の向きを矯正できる場合である.皮下の縫合で対処できることもあるが,以下に述べる瞼縁埋没U字縫合もときに有用である.それでも対処できないような睫毛乱生では,睫毛列切除により睫毛を完全に除去する必要がある.睫毛電気分解は簡便な手技であるが,数多くの毛根を一度にすべて確実に破壊するのは困難であり,2.3本を除去したい場合が良い適応と思われる.重度睫毛乱生に対する手術法としては瞼板への粘膜移植法もあるが,手技が煩雑で,その適応症例はきわめてまれと思われるので,本稿では割愛する.1.瞼縁埋没U字縫合難治性の上眼瞼睫毛乱生症への対処法として,田邊らにより考案された手技である2).原法では瞼板にV字溝を作製するが,縫合法のみでも外反効果は強く,下眼瞼にも応用できる.皮膚を切開し瞼縁側の眼瞼前葉を.離するまでの手技は,睫毛内反のそれとまったく同様である.7-0モノフィラメント縫合糸(筆者は吸収糸7-0PDSIIRを使用)で瞼板に通糸したあと,瞼縁前葉の全層を貫いて睫毛の生え際の皮膚面(瞼縁の粘膜面)に一旦出し,Uターンして先の皮膚通糸点から1mmほど水平に移動した点から刺入し再度前葉を貫いて,皮下で結紮する(図6).瞼板に通糸する位置が瞼縁から離れるほど,また皮膚貫通位置が瞼縁に近いほど,外反効果は強くなる.皮膚面に糸が露出することになるが,1週間ほどで埋没してわからなくなる.2.眼瞼分割法による睫毛列切除(lidsplittingwithlashresection)3)睫毛を眼瞼全幅にわたりすべて除去する方法で,重度な場合のいわば最終手段である.Lid(eyelid)splitting(眼瞼分割)とは,眼瞼縁で睫毛列を含む皮膚と瞼板との間を水平に切開する,すなわち眼瞼前葉と後葉とを分割する手技である.全幅にわたる眼瞼分割により,睫毛列をすべて切除する(図7A).まず,瞼縁に円刃刀でlidsplittingを全幅にわたり行う.ついで,眼瞼皮膚を睫毛列から3mmほど離れて瞼縁に平行に切開し,それより瞼縁側の前葉を瞼板から.離し,先のlidsplittingの切開線に貫通させる.これで,睫毛列を含む眼瞼前葉1.瞼板に通糸3.Uターン2.前葉を貫通4.皮下で結紮図6睫毛乱生に対する瞼縁埋没U字縫合法A:手術のシェーマ.瞼縁埋没U字縫合法(赤)では,皮膚面に糸が幅1mm程度露出するが,結び目は皮下である.対比のため,通常の前葉-瞼板固定で用いる皮下縫合(青)も示す.B:術中写真.瞼縁前葉の中央を1糸瞼板に固定した部分の外反効果は強い(4).904あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(28) 図7睫毛乱生に対する睫毛列切除法A:眼瞼分割法(lidsplitting)による睫毛列切除.睫毛を含む瞼縁前葉を全幅切除し,瞼板を約4mm幅で露出させて,皮膚を瞼板に固定する.B:眼瞼分割法による睫毛列切除を行った睫毛乱生(重生)の症例.睫毛乱生手術に続いて角膜移植を行い,視力は改善した.C:部分睫毛列切除法.毛根を含めて皮下の組織も切除する.が瞼板から遊離するので,両端を切断して除去する.むき出しになった瞼板前面には毛根が残っているので,瞼板前面を円刃刀で削りとる.切断面皮下の眼輪筋を3mm幅ほど切除して,皮膚断端を瞼板に瞼縁から3.4mm離して固定する.この露出する距離が短いと,術後に皮膚が覆いかぶさり,それが内反して,皮膚の産毛が眼表面に触れることになる.3.部分睫毛列切除睫毛乱生が部分的に見られるときに適応となる.切除したい睫毛列を含んで皮膚を船形にメスで切開し,毛根を含む皮下組織ごと切除する(図7C).睫毛の生え際からの切開のみでも切除できるが,瞼縁前葉を瞼板から.離しておくと,皮膚裏面からも確認でき,毛根除去が確実となる.毛根破壊の意味も含め,切除した毛根付近をバイポーラで凝固して止血する.欠損部はそのままopentreatmentとして上皮化を待つ.Pearls&Pitfalls:瞼縁埋没U字縫合の通糸部位が瞼縁に近い場合,通糸でできた窪みにより周囲の眼瞼前葉が倒れ込んで睫毛が触れることがある.したがって,通常の皮下の埋没縫合も併用して瞼縁から離れた眼瞼前(29)葉も瞼板に固定するとよい.瞼縁埋没U字縫合ではかなり重度の睫毛乱生でもとりあえずは睫毛が外反したことを確認して手術を終了することが可能である.ただし,やはり術後の“戻り”があるので,再発の際には睫毛を完全に除去する手技を選択する.おわりに眼瞼内反症,睫毛乱生の手術では,重度の合併症は考えにくいが,最も多い問題は残存,再発であろう.本疾患の手術で再発率がゼロということはありえないので,手術前に再発・再手術の可能性を十分に説明しておくことが大切である.文献1)平山さをり,西本浩之,伊藤裕子ほか:老人性下眼瞼内反症に対する手術法の検討─Wheeler変法-久冨法併用術─.あたらしい眼科18:1543-1546,20012)小出美穂子,星野彰宏,田邊吉彦ほか:難治性の上眼瞼睫毛乱生に対する埋没U字縫合法.臨眼63:1791-1795,20093)WojnoTH:Lidsplittingwithlashresectionforcicatricialentropionandtrichiasis.OphthalPlastReconstrSurg8:287-289,1992あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012905

眼瞼腫瘍切除術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):891.898,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):891.898,2012眼瞼腫瘍切除術DaySurgeriesforSmallEyelidTumors古田実*はじめに眼瞼小腫瘤の外科的治療の基本は,全切除と再建である.良性,悪性を問わず切除するならば,病変をすべて取り除くべきであろう.しかし,良性と悪性腫瘍では,safetymarginに対する考え方が異なるうえ,良性腫瘍の場合,手術の目的によっては機能,容姿,手術侵襲の大きさを勘案して部分切除にとどめることも臨床ではありうる.小腫瘤は,あらかじめ生検することなく切除術を行うため,術前の「見た目」診断が重要であり,万が一,術前の予想に反した病理診断であったとしても患者に不利益が生じないような管理方法を講じておく必要がある.悪性腫瘍に対して迅速病理診断を併用することが標準術式として認識されがちであるが,そればかりが正しい方法ではない.本稿においては,いわゆるexcisionalbiopsy(摘出生検)〔⇔incisionalbiopsy(切開生検)〕として日帰り(外来)手術が可能な範囲の手術方法をなるべく症例のバリエーションを供覧しながら解説する.I日帰り(外来)手術可能な症例の選択眼瞼小腫瘤の手術後に,急激に進行し,重篤な後遺症が残存するような手術合併症は一般的に想像しにくい.術後処置も頻繁である必要がないため,家族や本人が協力的であれば外来手術に適していると考えられる.しかし,悪性腫瘍の不完全切除を回避し,短時間手術で整容的にも受容される手術を行うためには,症例の選択が重要である.腫瘍を切除する際に必要なチェックポイントは,臨床診断(良性,悪性,予想される病理診断名など),腫瘍の大きさ,発生部位と深達度(眼瞼皮膚,眼瞼皮下,瞼板,瞼縁,涙点,内眼角,涙丘,外眼角など),および腫瘍の発育形態(結節性,びまん性,pagetoid)である.筆者の個人的見解ではあるが,小手術として外来手術が可能なのは,全身状態はもとより1),帰宅に患者本人が自動車運転を要さず,患者と家族の協力が得られ,切除後の眼瞼欠損が上下眼瞼ともに幅1/2未満で,再建に単純縫縮と初歩的な局所皮弁で対応できるものと思われる.瞼裂長を28mmとすれば,3mmのsafetymarginを取った眼瞼全層切除の場合には,理論上は径8mmの腫瘍まで対応可能である.Pearls&Pitfalls:安全な日帰り手術をするためには,手術の目的と方法をはっきりさせ,症例の選択をすることが肝要.まずは,最も疑う臨床診断名をあげ,腫瘍の局在を細隙灯顕微鏡で詳細に観察する.II切除範囲の設定切除する病変の種類と切除目的によって変える必要がある.良性腫瘍であればsafetymarginは必要なく,病変が確実に切除されるようにする.大きな母斑や血管腫で全切除が困難な場合には,患者やその家族と相談しながら部分切除の範囲を決定するのがよい.しかし,悪性腫瘍が疑われる場合には,safetymarginを取っての完*MinoruFuruta:福島県立医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕古田実:〒960-1295福島市光が丘1番地福島県立医科大学眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(15)891 全切除が必要である.皮膚悪性腫瘍ガイドライン2)では,20mm以下の境界明瞭な基底細胞癌の場合には,safetymargin4mmでは95%の症例で完全切除されるが,眼部のような高再発リスク部位ではさらに切除率が低下することが知られており,術中迅速病理検査やMohs手術を併用することが推奨されている3).扁平上皮癌では,腫瘍径20mm未満でも,眼部で皮下浸潤を伴う場合には6mmのsafetymarginを推奨している.悪性黒色腫に至っては,顔面病変で腫瘍厚が2mm以上のものは,safetymarginを10.20mm,なるべく20mmに近づけて切除すべきであるとしている.脂腺癌は皮膚科ガイドラインには含まれないが,文献的には5mm以上のsafetymarginが推奨されている4,5).眼瞼腫瘍に対してこれらのガイドラインを無批判的に受け入れるならば,ほとんどすべての症例で,眼瞼欠損が広範となり,ときには眼球さえ安全のために摘出しなくてはならない.一般的に眼瞼腫瘍に関しては,眼科関連の総説や学会発表のなかでは,脂腺癌と悪性黒色腫は5mm,基底細胞癌と扁平上皮癌は3mm程度とし,なによりも術中迅速病理診断で腫瘍の残存がないようにするとの意見が多い.病変の範囲の捉え方も細隙灯顕微鏡で詳細に観察する場合と,肉眼的に決定する場合では大きく異なると思われる.実際10mm径程度までの腫瘤に対して,2.3mmで切除していても,追加切除が必要なことはほとんどない.Pearls&Pitfalls:腫瘍の辺縁がしっかりと評価できるような腫瘍切除術を行う.外来小手術で迅速病理診断を利用することは困難であるので,病理検査は通常よりも急いで結果を出してもらえるようコメントする.断端評価用の組織を合わせて採取することで,知りたい情報が確実に得られるように配慮するのも一法.万が一永久標本で,切除断端に悪性腫瘍陽性と判断されたならば,追加切除は準緊急的に行うようにする.III腫瘍切除の方法1.準備眼瞼皮膚は薄く,伸展性に富み,皮下の結合織もやわらかく疎である.このため,局所麻酔直前にマーキング892あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012した切開線でさえ,麻酔直後の膨隆により予定とは異なったラインとなる可能性があり,眼瞼全層切除の場合には,瞼板の欠損程度にも大きく影響する.切開予定線を忠実に切開するためには,麻酔後に5.10分程度時間をおいて組織に浸透してから手術を開始すること,挟瞼器を積極的に用いることがポイントとなる.麻酔は27ゲージ(G)もしくは30G針を用いて,止血や麻酔作用時間に有利なキシロカインR注射液「1%」エピネフリン(1:100,000)含有で皮下浸潤麻酔と結膜円蓋部麻酔を行う.瞼板が病変の首座である場合には,瞼結膜側にマーキングをおいて,挟瞼器を裏表逆に使って瞼結膜側を展開するといった工夫もある.挟瞼器の使用は出血のコントロールにとても有用であるが,ネジ式のものであれば,過剰な組織の圧迫もなく,少しずつネジを緩めながら最小限のバイポーラ止血操作で済ませることができる.皮膚の良性腫瘍であっても,ネジ式であれば組織を障害しない程度の固定を行い,鑷子による無用な把持を避けながら,出血の少ない術野で,確実な切除を行うことができる.2.切開と切離基本的に皮膚と瞼縁はメスで切開,その他は剪刀で切離する.メスは円刃刀を基本とし,一般的にはフェザー外科用メスの15番もしくは10番が用いられることが多い.非常に小さな皮膚良性腫瘍を,くりぬくような場合には,11番のような尖刃刀や白内障手術用の15°ナイフを用いる.皮膚や瞼縁を切開したのちは,剪刀で必要な深さと範囲を切離していく.母斑や脂漏性角化症,尋常性疣贅などの皮膚良性腫瘍は,皮下浸潤はないため,眼輪筋への侵襲はないように心がける.良性,悪性を問わず,病理検査に提出するすべての腫瘍は,鑷子で直接把持しないようにすべきである.Pearls&Pitfalls:正確な手術と術後腫脹を軽減するために,出血のコントロールが重要.麻酔薬と挟瞼器を効果的に使用する.鑷子把持による組織破壊が病理診断と眼瞼再建の妨げになることがあるので,組織把持の持ち替えを減らして皮下組織などを把持するように心がける.(16) 3.縫合糸と縫合方法の選択皮膚,瞼板,および瞼縁は11mmの角針がついた皮膚科用角針7-0ナイロン糸を基本として選択する.すべての皮膚縫合は単結紮縫合で閉創するが,牽引力のかからない部分の縫合は,皮下の連続縫合も可能である.小児や診察に非協力的な患者に対しては,抜糸が簡単な連続縫合やテープによる固定も考慮し,場合によってはポリディオキサノン(PDS)などモノフィラメントの吸収糸を用いることもある.眉毛の上下は牽引力もかかり,皮膚も厚いので皮下を7-0PDSやバイクリルなどの吸収糸で埋没縫合しておくとよい.皮膚縫合糸の抜糸Grayline睫毛瞼板角針7-0ナイロン糸瞼板の中心線図1眼瞼の直接縫合皮膚科用角針7-0ナイロン糸で瞼板をマットレス縫合する.筆者らは瞼板の断面から開始して,far-near-near-farの順に通糸して結紮が瞼板前面皮下に埋没している.このとき,瞼板を貫通する針の位置は,結紮が結膜側に出にくいように瞼板の浅いところに置き,バランスを取るために瞼縁側の通糸は比較的深部に通糸するようにする.Grayline,マイボーム腺,睫毛列の整合が得られていることを確認する.は糸の瘢痕が残らないよう,1週間前後に抜糸する.瞼縁および瞼板の縫合にはマットレス縫合を用いると創の安定性がよい(図1).瞼板の断面同士の整合が良ければgrayline,マイボーム腺開口部および睫毛列の連続性は保たれる.結紮は瞼縁から離れた部位で結膜側に出ないようにする.下眼瞼の場合このマットレス縫合と他の1針,上眼瞼の場合は他に2針の端々縫合が必要である.結膜側に縫合糸が出ないように注意する.4.手術手技a.瞼縁を含まない眼瞼皮膚腫瘍の切除腫瘍切除そのもののルールは非常にシンプルであり,疑う腫瘍に応じてsafetymarginを設定し,単純縫縮の場合には皮膚の割線方向に長軸が来るような紡錘形のデザインを行う.皮膚は必ずメスのような鋭利なもので組織に対して垂直に切開する.深部断端は腫瘍組織が直接露出しないように注意し,バイポーラで止血しながら術野を確保して剪刀で切離する.基本的に良性腫瘍ならば眼輪筋よりも浅い部位で(図2),悪性腫瘍であれば眼輪筋を一部含めて切離する.皮膚の欠損が大きければ皮弁による再建が必要になるが,一般的に高齢者の上眼瞼外眼角皮膚は周囲の皮膚を.離するだけで被覆できることが多い(図3).内眼角-下眼瞼は,ある程度の欠損には皮弁が必要となる.皮弁のデザインは成書に譲る.内眼角付近は血流も豊富で創傷治癒が良好なため,opentreatmentとすることがある(図4).ABC図254歳の男性.左下眼瞼脂漏性角化症に対する単純切除(全切除)+単純縫合A:脂漏性角化症を疑って挟瞼器下,白内障手術用15°ナイフを使用して紡錘形に皮膚切開.B:皮膚を把持しながら皮下組織を剪刀で切離して腫瘍を全摘.眼輪筋層が露出.C:周囲の皮膚を眼輪筋から.離して7-0ナイロン糸で単純縫合.この程度の大きさの皮膚欠損であれば,皮弁による形成は不要.(17)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012893 ABCABCA図370歳の男性.左上眼瞼扁平上皮癌に対する単純切除(全切除)+単純縫合A:上眼瞼に皮下結節を伴う皮膚腫瘍があり,周囲の皮膚に余裕あり.扁平上皮癌を疑って5mmのsafetymarginを取って黄色点線の部分で皮膚眼輪筋切除を施行.睫毛列部分では十分なsafetymarginが取れないため,断端評価用皮膚切除も行い冷凍凝固術を併用.切除周囲の皮膚を.離して7-0ナイロン糸で連続縫合.B:術後2週.切除断端は腫瘍細胞陰性.C:術後3カ月.創は目立たない.図491歳の女性.左内眼角部基底細胞癌に対する単純切除(全切除)+opentreatmentA:基底細胞癌を疑って2mmのsafetymarginを取って黄色点線部分の皮膚切除.B:術後3週.皮膚欠損は修復されていた.BPearls&Pitfalls:特に下眼瞼皮膚の無理な縫縮は,のちに下眼瞼外反症の原因となりうる.小さな欠損を縫縮する場合にも,周囲皮膚を眼輪筋から.離してから縫合する.術前に切除範囲を決めて皮膚の伸展性を確認しておく.b.瞼縁部腫瘍に対する切除+opentreatment縫合や皮弁による形成を行わず,感染予防に留意しつつ自然な肉芽形成と上皮化を待つ治療方法.予定線どおりに腫瘍全切除を行う場合には,挟瞼器を使用して瞼縁および皮膚を尖刃刀で深く切開し,その後瞼板を剪刀で切離する.おもに瞼縁の小腫瘍に対して行われ,粘膜と皮膚の再生は1週間以内,組織欠損部の平坦化は数カ月かかる(図5).眼瞼内側部や外側部の比較的目立たない部位では積極的に用いてもよい(図6,7).睫毛根を残せば多少なりとも睫毛乱生が生じる.良性腫瘍の場合には不完全切除となる可能性はあるが瞼縁から離れた睫毛列を残すようにすれば,整容的にも問題となることはほとんどない(図8).術前に患者との相談が必要である.Pearls&Pitfalls:瞼縁の腫瘍を全切除+opentreatmentする場合にも,挟瞼器は有用である.皮膚と瞼縁はメスで,瞼板は剪刀で切離すると予定どおりの切除が可能である.c.眼瞼全層に及ぶ腫瘍に対する眼瞼全層切除+直接縫合±外眼角靱帯離断術腫瘍が皮膚,瞼板および瞼縁にまたがる腫瘍を切除する際に標準的に用いられる術式である.瞼板縫合後に瞼板の形態が自然なカーブを描くよう,瞼板の欠損部は五角形になるようにトリミングする.高齢者であれば,眼瞼欠損の50%程度まで閉創自体は可能である(図9)が,瞼裂長の短縮や張力増加に伴う開閉瞼異常,眼球圧迫による眼圧上昇などが生じうるため,無理は禁物である.特に上眼瞼は動きが大きい組織であり,瞼裂長の1/3以上の欠損に対しては外眼角皮膚切開もしくは外眼角靱894あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(18) ABCABC図571歳の男性.左上眼瞼縁上皮内癌に対する単純切除(全切除)+opentreatmentA:扁平上皮癌を疑って瞼縁を,1mmのsafetymarginで切除.睫毛列も切除した.断端評価用の皮膚生検は後日陰性を確認した.B:術後2週.瞼縁の欠損がすでに埋まり始めている.C:術後3カ月.瞼縁の欠損は緩やかな陥凹程度で,皮膚の皺襞によって隠れる.睫毛乱生が生じ,処置を要する.図677歳の女性.涙点を含む左上眼瞼内側部脂腺癌に対する単純切除(全切A除)+opentreatmentA,B:脂腺癌を疑って涙点と瞼板を含む瞼縁を黄色点線部分で切除.断端評価用の瞼板を追加切除.筆者は悪性腫瘍を疑って上涙点切除をする場合には,涙道チューブ留置術を併用しないことが多い.C,D:術後1カ月.断端の組織は平滑になっており,切除部に軽度の陥凹がみられるのみである.上涙点は閉鎖しているが流涙の訴えはない.E,F:術後1年.腫瘍の再発なく,整容的にも満足が得られている.BCDEF(19)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012895 ABCABC図769歳の男性.涙点近傍の左上眼瞼内側部脂腺腫に対する単純切除(全切除)+opentreatmentA:良性の脂腺腫を疑うが,脂腺癌の可能性も考えて上涙点を含めた黄色点線部分での全切除を行った.涙道チューブ留置術を併用した.B:術後1週間.断端の上皮化が生じ,異物感などはない.涙点のチューブの留置状態も良い.C:術後2週.瞼縁の欠損部が修復されてきている.ABC図850歳の男性.右上眼瞼外側部母斑に対する単純切除(部分切除)+opentreatmentA:母斑を疑って患者と相談し,病変の色素性部分を切除し,整容的に悪くならない程度になるべく大きく切除希望.病理診断の結果によっては追加手術がありうることも承諾.B:手術直後.睫毛列を1.2列は残して部分切除した.C:術後2週.整容的に問題なく,結膜刺激症状なし.睫毛乱生が1本みられる.ABC図972歳の女性.右下眼瞼の基底細胞癌に対する眼瞼全層切除(全切除)+直接縫合A:基底細胞癌を疑って2mmのsafetymarginをとって黄色点線部分で五角形に眼瞼を全層切除.さらに断端評価用に耳側と鼻側の皮膚を1mm追加切除.約50%の下眼瞼欠損となった.図1のごとく直接縫合を行った.外眼角の減張は併用しなかった.B:術後1週.瞼縁の整合は良いが,皮膚の緊張が高かったためか瘢痕がやや目立つ.C:術後6カ月.皮膚瘢痕は残存するが,赤みは消失.腫瘍の再発なし.896あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(20) 図1095歳の女性.右上眼瞼の脂腺癌に対する眼瞼全層切除(全切除)+直接縫合+外眼角靱帯離断術A,B:右上眼瞼中央部.瞼結膜側に腫瘤があり,脂腺癌が疑われた.C:2mmのsafetymarginをとって眼瞼を切除.D:断端評価用の瞼板を追加切除して病理検査に提出.E:手術直後.瞼板を直接縫合し,外眼角皮膚切開および上眼瞼の外眼角靱帯を切腱して上眼瞼の減張を図った.F:術後2週.瞼縁の整合は良く,開閉瞼にも異常なし.ABCDEF帯離断術を併用して,減張をすべきである(図10).Pearls&Pitfalls:腫瘍を十分に切離した時点で,一度閉創すべき部位を鑷子で寄せてみて,閉創できる場合にはまず瞼板縫合と皮膚縫合を行う.その後,外眼角皮膚および外眼角靱帯に減張切開を加えて瞼裂全体の形態を整えるようにすると,過不足のない減張が可能となる.上眼瞼の腫瘍で特に配慮が必要である.IV術後処置手術当日は抗菌薬入り軟膏を塗布して軽度の圧迫ガーゼ眼帯を行う.痛みや翌日の腫脹軽減のために,眼帯の上から保冷剤などでの1時間程度のクーリングが有効である.手術翌日は,自院もしくは紹介元などで診察をう(21)け,出血や縫合離開がないことを確認する.抜糸までの間は,眼脂などを拭き取り保清につとめながら1日2回創部に軟膏を塗布するように患者や家族に指導する.出血,腫脹や痛みが後から生じてくる場合には受診するように説明する.抜糸は術後1週間程度を目安に行う.おわりに切除した腫瘍が悪性腫瘍であったならば,必ず頸部リンパ節転移をターゲットとした造影CT(コンピュータ断層撮影)や造影MRI(磁気共鳴画像)などを行い,臨床病期を確定したうえで長期経過観察を行う.眼瞼小病変には必ずしも血行性転移に対する検査は必要ではなく,希望者のみに全身検査を行うのがよい.眼部は腫瘤性病変の多発領域であり,疾患頻度が低いあたらしい眼科Vol.29,No.7,2012897 との認識は大きな誤解である.腫瘤があっても,訴えなければ患者とはならないだけである.忙しい日常診療の際に,少しだけ観察し写真や所見に記録しておけば診断の眼を養うことができる.本稿が,眼腫瘍や眼形成の専門家と連携しながら患者のマネージメントに参加する契機となれば幸いである.文献1)木原真一:ワンポイントアドバイス日帰り手術の全身管理(後編):術中管理と術後のフォローアップ.眼科手術23:406-409,20102)皮膚悪性腫瘍診療ガイドライン作成委員会:皮膚悪性腫瘍ガイドライン.http://www.dermatol.or.jp/medical/guideline/skincancer/3)SnowSN,LarsonPO,LucarelliMJetal:Sebaceouscarcinomaoftheeyelidstreatedbymohsmicrographicsurgery:reportofninecaseswithreviewoftheliterature.DermatolSurg28:623-631,20024)渡辺彰英:悪性眼瞼腫瘍の外科的治療.眼科手術23:379384,20105)DogruM,MatsuoH,InoueMetal:Managementofeyelidsebaceouscarcinomas.Ophthalmologica211:40-43,1997898あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(22)