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抗緑内障配合点眼液の朝点眼と夜点眼による効果の比較

2012年7月31日 火曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(7):975.978,2012c抗緑内障配合点眼液の朝点眼と夜点眼による効果の比較石田理*1,2杉山哲也*1植木麻理*1小嶌祥太*1池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2大阪暁明館病院眼科ComparisonofMorningversusEveningDosingofTravoprostandTimololFixedCombinationOsamuIshida1,2),TetsuyaSugiyama1),MariUeki1),ShotaKojima1)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaGyoumeikanHospitalb遮断点眼液とプロスタグランジン系点眼液の配合剤について,朝,夜いずれに点眼したほうがより効果的かを検討した.対象はb遮断点眼液およびプロスタグランジン系点眼液を3カ月以上併用している12例12眼.併用している2剤をトラボプロスト+チモロールの配合点眼液に変更し4カ月間投与した(2カ月間ごとに朝点眼,夜点眼とし,順序は無作為に割り付けた).配合点眼液に切り替える前の眼圧は13.1±2.3mmHgで,切り替え後,朝点眼での眼圧は14.3±2.9mmHgと有意に高値であった(p=0.045).一方,夜点眼では13.7±3.3mmHgで切り替え前と有意差はなかった.また,朝点眼と夜点眼の眼圧は有意差を認めなかった.血圧や脈拍数は,朝,夜点眼で有意差はなかった.患者へのアンケートでは夜点眼希望が多数であった.以上より,トラボプロスト+チモロール配合点眼液は夜に点眼するほうがやや効果的と考えられた.Weevaluatedmorningversuseveningonce-dailytravoprostandtimololfixedcombinationtherapyinprimaryopenangleglaucomapatients.Subjectscomprising12patientswhohadbeenpersistentlygivenb-blockerandprostaglandinophthalmicsolutionwererandomizedtoeithermorningoreveningdosingoftravoprostandtimololfixedcombinationfor4months,withoutawashout.Morningandeveningdosingswereinterchangedatthetwo-monthpoint,inrandomlyassignedorder.Themainoutcomemeasurementwasmeanintraocularpressure(IOP),whichwasassessedthroughoutthemorning.MeanIOPrangedfrom13.1±2.3mmHgto14.3±2.9mmHginthemorning-treatmentgroup,andto13.7±3.3mmHgintheevening-treatmentgroup.Therewasasignificantincreaseinthemorning-treatmentgroupascomparedtobaseline(p=0.045).Whenthemorning-andevening-treatmentgroupswerecompareddirectly,however,nosignificantIOPdifferenceswereobserved;nordidbloodpressureandpulseratediffersignificantlybetweenthegroups.Asurveyofthepatientsrevealedthatmanypreferredtobedosedintheevening.Thisstudysuggeststhattravoprostandtimololfixedcombinationgivenoncedaily,intheevening,mightbemoreeffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(7):975.978,2012〕Keywords:トラボプロスト,チモロール,抗緑内障配合点眼液,朝点眼,夜点眼.travoprost,timolol,fixedcombinationophthalmicsolution,morningdose,eveningdose.はじめに緑内障治療において持続性b遮断点眼液は朝に,プロスタグランジン系点眼液は夜に点眼することが一般的である.しかし,近年わが国において上市されたb遮断点眼液とプロスタグランジン系点眼液との配合剤の場合,いつ点眼するのがより効果的かについてはエビデンスに乏しい.そこで筆者らは,上記2種の緑内障点眼液を投与している症例に対し,それらを配合点眼液1剤に変更し,配合点眼液を朝,夜いずれに点眼したほうがより効果的かについて,無作為割付試験により,眼圧変化,血圧や脈拍数の変化,ならびにアドヒアランスの観点から検討した.〔別刷請求先〕石田理:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:OsamuIshida,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(99)975 I対象および方法1.対象対象は大阪医科大学附属病院眼科および大阪暁明館病院眼科を受診した患者のうち,抗緑内障点眼液のうち,b遮断点眼液(チモロールないしはカルテオロール)およびプロスタグランジン系点眼液(ラタノプロスト,トラボプロストないしはタフルプロスト)を3カ月以上併用している原発開放隅角緑内障(広義)患者12例12眼である.その内訳は,男性6例,女性6例,平均年齢およびその標準偏差は65.5±12.1歳であった.投与しているb遮断点眼液の内訳は,持続性チモロール6例(0.5%チモプトールXER4例,リズモンTGR2例),持続性カルテオロール(2%ミケランLAR)5例,チモロール(0.5%チモプトールR)1例であり,プロスタグランジン系点眼液の内訳は,ラタノプロスト(キサラタンR)10例,トラボプロスト(トラバタンズR)1例,タフルプロスト(タプロスR)1例であった.なお,両眼に点眼している症例については右眼のみを対象とした.2.方法対象症例について,併用しているb遮断点眼液およびプロスタグランジン系点眼液2剤を0.004%トラボプロスト+0.5%チモロール配合点眼液(デュオトラバR)に変更し,4カ月間投与した.投与に際しては2カ月間ごとに朝点眼,夜点眼とし,順序は封筒法により無作為に割り付けた結果,朝点眼6例,夜点眼6例であった(図1).切り替え前および切り替え後1.4カ月の午前中に1カ月間隔で眼圧,血圧,脈拍数を測定し,副作用の有無を調べた.点眼時間,測定時間は個々の症例で一定とした.試験終了時にアンケートによる使用感調査を行った.なお,本研究は大阪医科大学倫理委員会ならびに大阪暁明館病院倫理委員会の承認を得たうえで,対象患者に本調査について口頭および書面にて説明を行い,書面による同意を得て施行した.検定についてはWilcoxon符号付順位和検定を用い,危険率5%未満をもって有意とした.II結果1.トラボプロスト+チモロール配合剤点眼時の眼圧変化b遮断点眼液およびプロスタグランジン系点眼液からトラボプロスト+チモロールの配合点眼液に切り替える前の平均眼圧および標準偏差は13.1±2.3mmHgであった.切り替え後,朝点眼時の1,2カ月後の平均眼圧は14.3±2.9mmHgとWilcoxon検定を用いて切り替え前に比べ有意に高値であった(p=0.045).夜点眼時の切り替え1,2カ月後の平均眼圧は13.7±3.3mmHgと切り替え前よりやや上昇していたが,両者に有意差はなかった(p=0.26)(図2).さらに,朝点眼および夜点眼における1,2カ月後の眼圧平均値を比較976あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012既存PG製剤+b遮断薬デュオトラバR(朝点眼)デュオトラバR(夜点眼)無作為に2群に割り付け2カ月間デュオトラバR(夜点眼)2カ月間デュオトラバR(朝点眼)図1投与方法681012141618切り替え前朝点眼夜点眼眼圧(mmHg)p=0.04513.1±2.314.3±2.913.7±3.3図2切り替え前および切り替え1,2カ月後の平均眼圧(Mean±SD)すると,両者に有意差はなかった(p=0.37).2.平均血圧の変化切り替え前の平均血圧は110.6±16.4mmHgであった.切り替え1,2カ月後の平均では,朝点眼においては108.8±13.5mmHg,夜点眼においては108.1±14.1mmHgであった.切り替え前の平均血圧と切り替え後の平均血圧では,朝点眼群,夜点眼群とも有意差は認めなかった(p=0.37およびp=0.37).また,朝点眼群と夜点眼群の平均血圧を比較しても有意差を認めなかった(p=0.63).3.脈拍数の変化切り替え前の脈拍数は70.9±9.3回/分,切り替え1,2カ月後の脈拍数の平均は,朝点眼においては72.3±9.9回/分,夜点眼においては74.3±12.4回/分であった.切り替え前の脈拍数と切り替え後の脈拍数では,朝点眼群,夜点眼群とも有意差は認めなかった(p=0.50およびp=0.31).また,朝点眼群と夜点眼群においての脈拍数にも有意差を認めなかった(p=0.31).4.有害事象有害事象は軽度の点状表層角膜症を2例に認めた.いずれも,点眼薬の中止など有害事象についての対処を行う程度ではなかった.5.使用感アンケート配合点眼液へ変更前後の負担については,点眼薬が1本に減って負担が減少したとの回答が8名で最も多く,ついで楽になったが効果が不安という回答が3名にみられた.一方,(100) 今までのように2本がよいという意見はみられなかった.ついで,今までの2本と同じ効果が1本で可能になるとしたらどちらを選択しますかという設問については,早く1本に替えてほしいという回答が9名と最多で,ついで医師の指示どおりにするという回答が2名であった.薬代が安くなるなら1本にする,あるいは2本のままでよいとする回答はみられなかった.さらに,朝・夜いずれの時間に点眼しても効果が同じであると仮定した場合,朝・夜どちらの点眼を選びますかという設問では,夜1回との回答が8名と最も多く,その理由はおもに時間に余裕があるからであった.ついで朝・夜どちらでもよい(2名),朝1回(1名)の順で回答数が多かった.III考按b遮断点眼液とプロスタグランジン系点眼液との配合剤について,いつ点眼するのが最も適切かについては,エビデンスに乏しいと思われる.眼圧下降の面からプロスタグランジン系点眼液については夜の点眼が望ましいとされている1,2)が,両者の配合剤についてはまだ不明な点が多い.Konstasらは,トラボプロスト+チモロール配合点眼液における,washout後の朝点眼と夜点眼の比較を行い,夜点眼は朝点眼に比し有意な眼圧下降がみられたと報告している3).一方,Denisらは,朝点眼と夜点眼のいずれにおいても点眼前の眼圧に比べ有意に低下し,朝・夜点眼での眼圧下降には差がなかったと述べている4).しかし,いずれの報告でもwashoutを行った後に配合点眼液を投与している.今回,筆者らはwashoutを行わずに,併用している2剤をトラボプロスト+チモロールの配合点眼液に変更した.そのため,変更前に比し変更後の眼圧がどのように変化したかについて,朝点眼と夜点眼での比較を行うことが可能であった.また,配合点眼液切り替え前の抗緑内障点眼液の種類はb遮断点眼液についてはチモロールまたはカルテオロールであり,持続性点眼薬とそうでないものの双方が含まれた.プロスタグランジン系点眼液ではラタノプロスト,トラボプロストないしはタフルプロストであった.このように点眼液は多種であるため種類により結果に差が生じる可能性があり,b遮断点眼液,プロスタグランジン系点眼液ともに1種類に絞ることがより正確ではあるが,各種b遮断点眼液については眼圧下降効果に差がないことがすでに示されており5.7),プロスタグランジン系点眼液についても同様である8,9).そのため,これら種々の点眼液をトラボプロスト+チモロールの配合点眼液に変更し眼圧を比較することは可能であると考えられた.また,プロスタグランジン系点眼液については,症例をラタノプロスト点眼例のみに絞ると症例数が少ないこともあり結果として朝点眼での切り替え後平均眼圧が切り替え前と比較して有意差がなくなるものの,傾向としては同様であった.(101)本研究の結果として,朝点眼では配合点眼液切り替え後1,2カ月後の平均眼圧が切り替え前より上昇していた.さらに,朝点眼と夜点眼で1,2カ月後の平均眼圧に差はなかった.これら2点より,朝・夜点眼による眼圧下降効果の差は少ないものの,朝点眼はやや劣る可能性が示唆された.これに関して,配合点眼液の朝点眼と夜点眼の眼圧差ついては,測定時間が午前中であることも影響していると考えられた.プロスタグランジン系点眼液では点眼後12.24時間が効果のピークとされており,夜点眼が昼間の眼圧コントロールに効果的とされている1,2).本研究では測定時間を午前中としたため,点眼後2.3時間程度の朝点眼よりも点眼後12.15時間程度である夜点眼がプロスタグランジンの最大効果時間に近く,より眼圧下降効果が大きく測定された可能性がある.しかし,Konstasらがトラボプロスト+チモロール配合点眼液において夜点眼は朝点眼に比し日内変動が少なくピーク時の眼圧はより低い値であったと報告している3)ことより,本研究においても特に夜点眼では日内変動は少ないことが推測され,また一般に眼圧のピーク時と考えられる午前中の眼圧が本研究では夜点眼においてやや低いという結果より,どちらかといえば夜点眼が眼圧下降により効果的であることが推察された.さらに,2剤の点眼液投与時より配合点眼液投与時において眼圧が高値であった点については,b遮断点眼液について変更前は1日2回点眼ないしは持続性b遮断点眼液の1日1回点眼であったのに対し,変更後の配合点眼液に含まれるチモロールは持続性ではなく,1日1回点眼では効果が弱いことが理由として考えられた.一方,Gemmaらは,ラタノプロストとチモロールを併用している309症例について,トラボプロスト+チモロールの配合点眼液に切り替え後に眼圧が有意に低下したと述べており10),本研究の結果と異なる.この論文では眼圧が有意に低下した理由として患者のコンプライアンスが改善したことなどを推察している.本研究の症例においては切り替え前からコンプライアンスやアドヒアランスが良好であったと考えられるため,Gemmaらの報告と異なる結果になったと推察された.血圧,脈拍数については配合剤への変更前後で差はなく,朝点眼,夜点眼においても差がなかった.これにより全身状態への影響について,配合点眼薬は2剤点眼と相違がみられない可能性が示唆された.使用感アンケートでは配合点眼液のほうが患者の負担が少なく,2剤より1剤の点眼液を希望する患者が多かった.さらに,配合点眼液の朝点眼と夜点眼とでは,夜点眼の希望が多かった.これらのアンケート結果より,アドヒアランスについては配合点眼液の夜点眼が良好であると推察された.以上,本研究の結果を総合すると,トラボプロスト+チモロール配合点眼液は眼圧下降効果やアドヒアランスの点かあたらしい眼科Vol.29,No.7,2012977 ら,夜に点眼するほうがやや効果的と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KonstasAG,MaltezosAC,GandiSetal:Comparisonof24-hourintraocularpressurereductionwithtwodosingregimentsoflatanoprostandtimololmaleateinpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol128:15-20,19992)KonstasAG,NakosE,TersisIetal:Acomparisonofonce-dailymorningvseveningdosingofconcomitantLatanoprost/Timolol.AmJOphthalmol133:753-757,20023)KonstasAG,TsironiS,VakalisANetal:Intraocularpressurecontrolover24hoursusingtravoprostandtimololfixedcombinationadministeredinthemorningoreveninginprimaryopen-angleandexfoliativeglaucoma.ActaOphthalmol87:71-76,20094)DenisP,AndrewR,WellsDetal:Acomparisonofmorningandeveninginstillationofacombinationtravoprost0.004%/timolol0.5%ophthalmicsolution.EurJOphthalmol16:407-415,20065)KonstasAG,MantzirisSA,MaltezosAetal:Comparisonof24hourcontrolwithTimoptic0.5%andTimoptic-XE0.5%inexfoliationandprimaryopen-angleglaucoma.ActaOphthalmolScand77:541-543,19996)ShibuyaT,KashiwagiK,TsukaharaS:Comparisonofefficacyandtolerabilitybetweentwogel-formingtimololmaleateophthalmicsolutionsinpatientswithglaucomaorocularhypertension.Ophthalmologica217:31-38,20037)ScovilleB,MuellerB,WhiteBGetal:Adouble-maskedcomparisonofcarteololandtimololinocularhypertension.AmJOphthalmol105:150-154,19888)RichardKP,PaulP,Wang-PuiSetal:Acomparisonoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostinpatientswithelevatedintraocularpressure.AmJOphthalmol135:688-703,20039)HannuU,LutsEP,AuliR:Efficacyandsafetyoftafluprost0.0015%versuslatanoprost0.005%eyedropsinopen-angleglaucomaandocularhypertension:24-monthresultsofarandomized,double-maskedphaseIIIstudy.ActaOphthalmol88:12-19,201010)GemmaR,GianP,MaurizioBetal:Switchingfromconcomitantlatanoprost0.005%andtimolol0.5%toafixedcombinationoftravoprost0.004%/timolol0.5%inpatientswithprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension:a6-month,multicenter,cohortstudy.ExpertOpinPharmacother10:1705-1711,2009***978あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(102)

Patient-Centered Communication(PCC)Tool としての緑内障点眼治療アンケート

2012年7月31日 火曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(7):969.974,2012cPatient-CenteredCommunication(PCC)Toolとしての緑内障点眼治療アンケート末武亜紀福地健郎田中隆之須田生英子中枝智子若井美喜子芳野高子原浩昭田邊朝子栂野哲哉関正明阿部春樹新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚医学統合講座視覚病態学分野GlaucomaTopicalMedication-relatedInterviewasPatient-CenteredCommunicationToolAkiSuetake,TakeoFukuchi,TakayukiTanaka,KiekoSuda,TomokoNakatsue,MikikoWakai,TakaikoYoshino,HiroakiHara,AsakoTanabe,TetsuyaTogano,MasaakiSekiandHarukiAbeDivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity目的:患者ごとの緑内障薬物治療を構築し,患者中心の治療(Patient-CenteredMedicine)を行うために,患者と医療者の情報伝達(Patient-CenteredCommunication:PCC)は重要である.その手段の一つとして緑内障点眼治療に関する聞き取りアンケートを実施した.方法:対象は新潟県内10施設(すべて一般病院)で緑内障点眼治療中の患者182名.平均年齢は67.3±12.7歳,男性92名,女性90名.1剤点眼の患者が60%,2剤36%,1回点眼が49%,2回25%,3回18%と相対的に点眼薬数・回数が少なめの患者が対象となった.結果:年間の処方本数が不適切な患者はプロスタグランジン(PG)製剤39%,b-blocker35%,炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)57%であった.年代別で若い患者は処方が過少,高齢者は過剰であった.点眼薬の名前を記憶している患者は21%,使用点眼薬数の間違いが8%の患者にみられ,点眼治療の理解は不良であった.患者自身による点眼治療の問題点は,しみる・かすむなどの点眼薬の使用感に関するものが最も多く,ついで点眼がうまくできない,点眼薬がよく見えないなどの点眼方法に関するものが多かった.治療が孤独,診療施設が遠く通院困難,点眼薬が高額で負担などの問題もみられた.緑内障点眼治療に関して,さまざまなネガティブ意見を抱えていた.結論:点眼治療に関するアンケートは全体の傾向だけでなく,アドヒアランス不良につながる個々の問題点を抽出することが可能であり,PCCの手段として有用であった.Adherencemeansagreatdealinglaucomatreatment.Toimproveglaucomapatients’adherence,Patient-CenteredCommunication(PCC)isconsideredthekeypoint.Weinterviewedpatientswhowereusingeyedropsforglaucoma,toassesseyedroptherapyforquestionnaires.Weinterviewedatotalof182patients,ranginginagefrom29to89years(average:67years).Weinquiredastotheirknowledgeofglaucoma,andfactorsthatinfluencetheiradherence.Wealsocheckedthewaysinwhichtheyusedeyedrops.Thepercentageofpatientsusingonetypeofeyedropforglaucomacomprised60%;thoseusingtwotypescomprised36%.Thoseusingeye-dropsonceadaycomprised49%,twiceaday25%andthreetimes18%.Wethentotaledtheannualnumberofeyedrops;unnecessarymedicationwasnotable.Rateofimproperuseofeyedroptypeswasasfollows:prostaglandinanalog39%,beta-adrenergicagonist35%andsystemiccarbonicanhydraseinhibitor57%.Olderpatientsusedeyedropstoexcess.Attheotherextreme,youngerpatientsusedeyedropstoolittle.Only21%ofthepatientsansweredcorrectlyanameofeyedrop;8%didnotevenknowwhicheyedropwasforglaucomatreatment.Theproblemswitheyedroptherapyarevarious.Somepatientsdonotknowhowtoproperlyuseeyedrops.Theyalsohavemanynegativeopinionsthatcanleadtonon-adherence.Theinterviewisveryuseful,notonlyasaPCCtool,butalsotoidentifyfactorsthatinfluencenon-adherence.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(7):969.974,2012〕Keywords:緑内障,点眼治療,アンケート調査,アドヒアランス.glaucoma,eyedroptherapy,questionnaires,adherence.〔別刷請求先〕末武亜紀:〒951-8510新潟市中央区旭町通1-757新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚医学統合講座視覚病態学分野(眼科)Reprintrequests:AkiSuetake,DivisionofOphthalmologyandVisualSciences,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,1-757Asahimachi-dori,Chuou-ku,NiigataCity951-8510,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(93)969 はじめに近年,緑内障点眼治療に関してコンプライアンスからアドヒアランスへと概念が変化し,そしてアドヒアランスの重要性が注目されている.コンプライアンスは医師の服薬指示に患者がどの程度従っているかを評価する服薬遵守を意味する.コンプライアンスの良否の判断は医療者側によってなされ,指示どおり服薬できない場合は患者の問題として判断し,指導・説得によりコンプライアンスを高める.一方,アドヒアランスは患者が積極的に治療方針の決定に参加し,納得した治療を受けることを意味する.服薬率を高めるためには,薬剤・患者・医療者側のそれぞれの因子を総合的に考え,患者が参加し実行することが必要である.医師は患者の疑問・不安などの情報を収集し,治療を修正していく必要がある1,2).つまり,治療は患者が主体的に自身のために行うものであり,治療の中心は患者自身であるというPatient-CenteredMedicine(PCM)がアドヒアランスの基本である.アドヒアランスを向上させ患者ごとの緑内障薬物治療を構築するために,患者を中心とした医療者との情報伝達(Patient-CenteredCommunication:PCC)は非常に重要となる3,4).患者がどのような意見や問題点を抱えているかを抽出し,どの程度治療状況を理解しているか客観的に調べるため,PCCの一つの手段として緑内障点眼治療に関する聞き取り型アンケート調査を行った.I対象および方法対象は新潟県内10病院(小千谷総合病院,木戸病院,新潟南病院,新潟県立六日町病院,新潟県済生会三条病院,中条中央病院,柏崎中央病院,信楽園病院,新潟医療センター,豊栄病院)のいずれかの眼科において1種類以上の緑内障点眼薬を使用して治療および経過観察中の緑内障患者182名である.研究に先立って新潟大学およびすべての病院において倫理委員会の承認を受け,各患者からアンケートの同意をいただいた.患者は男性92名,女性90名,平均年齢は67.3±12.7歳(29.89歳)であった.59歳以下48例(26%),60.69歳43例(24%),70.79歳57例(31%),80歳以上34例(19%)であった.緑内障の病型は,開放隅角緑内障(原発開放隅角緑内障52例・正常眼圧緑内障94例・発達緑内障1例・落屑緑内障9例)156例,原発閉塞隅角緑内障8例,ぶどう膜炎による緑内障6例,血管新生緑内障4例,ステロイド緑内障2例,その他7例であった.外来診察や視野検査後などに,医療者(看護師または視能訓練士)により,以下の内容について個別に質問・記入し,最終的に医師が評価した.アンケートの内容を表1に示した.使用中の緑内障点眼薬の数,名前,点眼の確実さ,点眼手技や方法,その他の治療状況について口頭で質問した.さらに緑内障点眼治療についての各自の感想や意見,困っている点などについて聴取した.アンケートの後に,医師がアンケート時の年齢,病型,表1緑内障点眼治療に関する患者さまへのアンケート1)緑内障点眼薬をどなたが点眼していますか?答患者自身・家族()・その他()2)点眼薬の管理(数や量の確認,保管など)はどなたがされていますか?答患者自身・家族()・その他()3)点眼薬は確実に点眼していますか?どのくらい忘れますか?答忘れない・時々忘れる・よく忘れる・つけていない全体として何パーセントくらい点眼していると思いますか?答()%4)どのような時に忘れますか(複数可)?答忙しい・旅行・仕事中・なんとなく・つけたくない・その他()5)現在,緑内障の治療のために何種類の点眼薬を使っていますか?答()種類6)薬の名前を覚えていますか?答はい:名前を教えてくださいいいえ:どのように区別していますか?キャップの形・キャップの色・袋の色・その他①()②()③()④()7)それらの点眼薬はどこに保管していますか?(番号は6に同じ)①室内・冷所・その他()②室内・冷所・その他()③室内・冷所・その他()④室内・冷所・その他()8)点眼のタイミングは時間で決めていますか,イベントで決めていますか?答時間・イベント時間の方:何時にしていますか?()イベントの方:いつしていますか?()9)(2剤以上点眼している方に)同じ時間に点眼することがありますか?間隔はどのくらいあけていますか?答はい・いいえ()分くらい10)点眼した後に瞼を閉じていますか?どのくらいの時間続けますか?答はい・いいえ()分くらい11)点眼した後に目頭をおさえていますか?どのくらいの時間続けますか?答はい・いいえ()分くらい12)緑内障の点眼薬や点眼治療に関して困っていることを教えてください答しみる・かすむ・ゴロゴロする・充血する・うまく点眼できない・点眼薬がよく見えない・よく忘れる・必要性がわからない・治療が面倒・治療したくない・治療が孤独・家族が非協力的・薬の数が多い・薬の価格が高い・その他:13)以下,自由記入欄970あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(94) 緑内障に関する点眼薬の種類,一日当たりの点眼回数などについて確認した.また,カルテの記録上で1年間の点眼薬処方本数を計算した.最近1年以内に処方薬が変更になっている症例に関してはこの検討から除外した.点眼薬の1滴の容量は30.50μlと銘柄間に差があるが,1滴容量が15.20μlの点眼で通常は十分であること5,6)と添付文書上の使用可能期間から1カ月に1本を点眼薬の適正使用本数とし,最近1年間のそれぞれの点眼薬の適切な処方本数を12.14本として,9本以下を少ない,10.11本をやや少ない,15.17本をやや多い,18本以上を多いと,5群に分け検討した.なお,アンケート対象患者182名のうち片眼のみ緑内障点眼を使用している患者は25名(14%),点眼数では33例であった.実際の点眼使用量は片眼と両眼で差があるが,冨田らは代表的な緑内障点眼薬の1滴容量や使用期間などを調査した結果,開封から1カ月の使用期間を目安とし,長期間点眼が可能な品目を処方する場合,1カ月を目処に新しい製品に切り替える指導が特に必要と述べている7).適正な使用期間で点眼していれば両眼あるいは片眼で顕著な差は生じないこと,使用期間の適切さも緑内障点眼治療のアドヒアランスに関わることを考慮し,今回のアンケートでは上記のように処方本数を決定した.点眼薬処方本数を70歳未満と70歳以上で分け,「多い」,「やや多い・適当・やや少ない」,「少ない」の3つの基準で多層のk×2表検定(Mantel-extension法)を用いて統計学的に検討した.II結果対象のうち,緑内障の点眼薬数は1剤点眼の患者は(実数)60%,同2剤点眼が同36%,点眼回数では1回点眼が同49%,2回同25%,3回同18%であった(図1).内訳は1剤点眼でプロスタグランジン製剤(以下,PG)69例,b遮断薬(以下b)37例,炭酸脱水酵素阻害薬(以下,CAI)3例であった.2剤点眼では,PG+b38例,PG+CAI18例,b+CAI8例,CAI+a1遮断薬1例であった.年間の点眼薬処方本数に関して点眼薬の系統別(図2),年齢別(図3)に示した(直前1年に処方変更がある例は除外した結果,対象は計237例,点眼薬別ではPG119例,b83例,CAI35例,年齢別では20.50歳代51例,60歳代53例,70歳代84例,80歳代46例という内訳であった).年齢別では処方本数が少ないまたは多い患者を処方不適切とした場合,PGが同39%,bが同35%,CAIが同57%であった.年齢別には処方不適切の症例は20.50歳代同41%,60歳代同23%,70歳代同44%,80歳代以上同52%であった.PG製剤の年間点眼薬処方本数は,70歳以上の高齢群で統計学的に有意に過剰であった(p=0.040).CAIの処方本数(95)■:1剤点眼薬数■:2剤:3剤0%20%40%60%80%100%■:4剤■:1回点眼回数■:2回:3回0%20%40%60%80%100%■:4回■:5回図1緑内障の点眼薬数と一日当たりの総点眼回数■:多いPG■:やや多い:適切b■:やや少ない■:少ないCAI0%20%40%60%80%100%図2年間の処方本数(直前1年以内に点眼薬変更がある例は除外)20~50歳代■:多い60歳代■:やや多い:適切70歳代■:やや少ない■:少ない80歳代0%20%40%60%80%100%図3年齢別の処方本数(直前1年以内に点眼薬変更がある例は除外)も同様に,高齢群で過剰であった(p=0.021).点眼を誰がしているか,点眼薬の名前を知っているかなど点眼治療の理解に関する質問や点眼精度や手技を確認する質問への結果を表2に示した.緑内障点眼薬や点眼治療について困っていることを聴取した結果を表3に示した.III考按緑内障は眼科臨床のなかでも,特にアドヒアランスを意識した対応が必要な疾患であり1),正確に点眼してこそ真の治療効果を期待できるが,その一方でアドヒアランスを維持することはきわめてむずかしい疾患ともいえる.良好なアドヒアランスを継続しさらに向上するためには,患者の不安や疑問を傾聴し,情報収集しながら治療を修正し継続していくことが重要であるが,実際の日常診療では非常に困難といえる.髙橋らのアンケート結果では,大学病院通院中の368名を対象とし,医師の説明について半数近くのあたらしい眼科Vol.29,No.7,2012971 表2アンケート結果.点眼はだれがしているか?患者自身:175名(96%),家族:5名(3%).点眼の管理(数の確認や保管)はだれがしているか?患者自身:175名(96%),家族:5名(3%).点眼薬は確実に点眼しているか?忘れない:115名(63%),時々忘れる:64名(35%),よく忘れる:1名(0.5%),つけていない:0名.全体として何%くらい点眼しているか?100%点眼:88名(48%),90%以上点眼:160名(88%),80%以上90%未満:14名(8%),70%以上80%未満:2名(1%),70%未満:3名(2%).どのような時に忘れるか?(複数回答可)なんとなく:29名,忙しい:21名,旅行:17名,仕事中:7名,飲み会:6名,外出時:4名,他眠い時,運動中など.点眼薬の名前は?正しく答えた方:38名(21%).緑内障の治療のための点眼は何種類使っているか?正解:168名(92%),不正解:14名(8%).点眼はどのように区別しているか?キャップの色:42名(回答者97名のうち43%),袋の色:41名(同42%),キャップの形:10名(同10%),容器色:2名(同2%),置き場所:2名(同2%).点眼のタイミングは?時間:31名(17%),イベント(食事や就寝など):150名(82%).(2剤以上を)同じ時間に点眼する場合,間隔をあけているか?あける:62名(回答者79名のうち78%)→5分以上あける:49名(同62%)間隔あけない:17名(同22%).点眼したあとに瞼を閉じているか?閉じる:119名(65%)→1分以上閉じる:64名(35%)閉じない:63名(35%).点眼したあと,涙.部圧迫をしているか?圧迫している:57名(31%)→1分以上圧迫:34名(19%)圧迫しない:125名(69%)表3緑内障の点眼薬や点眼治療に関して困っていること使用感.しみる:35人.かすむ:34人.充血する:17人.ゴロゴロする:10人.かゆい:2人.睫毛がのびる:1人方法・手技.うまく点眼できない:27人.点眼薬がよく見えない:21人.よく忘れる:8人治療の目的・意味.必要性わからない:18人.治療が面倒:12人.治療したくない:10人.進行が止まっているか不安:4人.緑内障のほかに白内障といわれ不安:1人点眼薬.薬の価格が高い:26人.薬の数が多い:7人.1カ月で1本使用が面倒.点眼薬の冷蔵保存を忘れる.容器の固さが違い点眼しづらい環境.治療が孤独:6人.家族が非協力的:3人.通院が困難.診察間隔を延ばしてほしい.経済的に負担回答なし:7人患者が説明不足と感じていた8).今回,患者のアドヒアランス不良因子はどういったものか,緑内障点眼治療にどのようなネガティブな意見を抱えているか,PCCツールの一つとしてアンケート調査を行った.今回のアンケート調査はすべて一般病院で行ったことから,点眼薬数は2剤まで95%,点眼回数は3回まで92%と相対的に点眼薬数および点眼回数が少なく,緑内障薬物治療の形態としては比較的プライマリーでシンプルな患者が対象となった.つまり,医師の立場で考えた場合には,患者にとってはまだ負担も軽くわかりやすい治療の状況にある方々が対象になった.逆に緑内障専門施設に通院している患者の場972あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012合には,薬剤数は多く,そのコンビネーションは複雑であるが,緑内障に対する病識は高くアドヒアランスはより良好であることが推測される.このようなアンケート調査の結果というのは,対象の選択方法,治療・管理を行っている施設・医師によって大きく異なる.同施設であっても質問者が医師かあるいは看護師や視能訓練士かによって結果にバイアスは生じると考えられる.したがって,結果を評価する場合には,実数は単に傾向を示すだけで,重要なのは抽出された問題点の項目である.さらに,患者の自己申告の多くは,実際の治療状況と異なるという点においても評価には限界がある.Norellらは,面(96) 接によるコンプライアンス不良は3%であったが,客観的な点眼モニターでの調査では49%を占めたと報告している9).わが国では塚原が,面接ではコンプライアンス不良が18%と自己申告では良好であっても10),同施設で点眼モニターを用いた佐々木はコンプライアンス不良が41%であったと報告している11).患者の自己申告は正しくないことがほとんどで,問診によっても医療者は正確に把握できない.今回のアンケート調査においても,患者の半数近くが点眼の確実さは100%と自己申告は過剰に良好であった.患者の自己申告をもとにした統計学的な解析はあまり意味をなさないと考えられる.自己申告は良好であってもアンケート結果には,確実な自己点眼のむずかしさ,点眼治療における理解の不良さが如実に表れている.たとえばその一つが年間処方本数である.年間の点眼処方本数が不適切な患者は,最も少ないbブロッカーで35%,CAIでは57%であった.CAIは,2剤目,3剤目に追加で処方されるケースが多く,一日2回または3回点眼で回数が他の点眼群より多いことも影響していると考えられた.60歳代が最も的確に緑内障に対する点眼治療を行っていると考えられ,より若い患者では点眼治療が過少,より高齢の患者では過剰な傾向にあった(図3).若い世代では仕事が忙しい,飲み会などで点眼を忘れるという回答が目立っていた.高齢者では加齢による物忘れや自己管理不十分などによってアドヒアランスが悪化するケースが考えられる.60歳代の結果は,退職などを契機に治療に関わる時間的余裕ができ,アドヒアランスが改善,より的確に点眼治療が実施される傾向を表しているものと考えられた.さらに,点眼薬の名前は正答率21%とおよそ5人に1人しか正確に名前を把握しておらず,どの点眼薬が緑内障のためのものかを8%の患者が理解していなかった.点眼薬数・回数が相対的に少ない患者が対象であったにもかかわらず,名前の正答率や緑内障の点眼薬数を理解している患者は小数であった.小林らが大学病院通院中の開放隅角緑内障患者168名を対象とした面接法によるアンケートでも使用中の薬剤名を正解した患者は19%とほぼ同等の結果であった12).患者の治療に対する理解はきわめて心許ないといえる.点眼薬の名前を覚えていない患者は,キャップの色もしくは袋の色で区別するものがほとんどであった.しかし,実際には袋の入れ間違いやキャップを閉める際の取り違いなどにより,間違いが起こる可能性も否定できない.点眼手技においても,同じ時間に点眼する場合間隔をあけることや,涙.圧迫,閉瞼も患者ごとに自己流で長年続けている者が多かった.点眼治療自体はシンプルに感じても,「正しく確実な」点眼はとてもむずかしい.問診だけでは十分に把握することは困難で,ときには実際に医療者の前で人工涙液の点眼をさせ,点眼手技を確認するなどの工夫も必要(97)である.池田らは,59歳以下はアドヒアランスが良好な傾向を示すのに対し,60歳以上は不良傾向であること,60歳以上の高齢者には積極的な点眼指導を行う必要性を指摘している5).緑内障薬物治療に関する各患者の意見や問題点を調査した結果(表3)では,日常の診療中には気付かないさまざまな項目がピックアップされた.患者の多くは使用感など点眼薬そのものに対する不満をもっており,しみる,かすむ,充血する,ゴロゴロするなどと回答した患者が多かった.手技に関して,27名の患者は点眼がうまくできない,21名は点眼薬がよく見えないと回答していた.誰が点眼しているか,誰が点眼薬の管理をしているかという問いに対していずれに対しても96%の患者は自分自身で行っていると答えていた.ほとんどすべての患者が自己点眼・管理をしている.つまり手技的に問題があることを本人が自覚していても,自己修正は困難で,しかも家族などの協力は頼めず,医療者に相談していない,という実態が明らかになった.治療の目的や意味がよくわからない,治療が面倒という意見も当然のことではあるがみられた.一般に薬剤の価格について医師に不満を訴える患者は少ないが,実際には価格や治療の負担などに対する不満を感じている患者も多いことがわかった.緑内障治療はアドヒアランスがより重要な疾患であるにもかかわらず,アドヒアランス不良をひき起こすさまざまな原因があり,このような聞き取り型アンケート調査は個々の問題点を抽出する有効な手段であると考えられた.今後は,このアンケート結果も踏まえたうえでの対策が課題となる.まず,結果からも明らかなように医療者が,患者は処方した点眼薬を正確に使用しているという誤解を解消すること,個々の患者がアドヒアランス不良の因子を抱えていることを認識する必要がある.主治医のみでアドヒアランスを改善させることは不可能であり,非効率的である.池田らは点眼の説明を医師が関与した場合にアドヒアランスがむしろ不良となるという興味深い結果を指摘している.医師が診察中に説明する場合は診断や治療方針の説明が中心となり,点眼薬についての時間が短くなること,点眼指導は薬剤師が行うことを期待し簡単な説明に留まっているためと池田らは考えている5).緑内障診療において,良好なアドヒアランスとさらなるアドヒアランス向上のために医師・薬剤師・看護師・視能訓練士がチームを構築し,チーム内で協力・分担・コミュニケーションを進めながら診療にあたることが重要と考えられる.当院での実践例としては,専任の看護師による外来点眼指導を開始した.その際,アンケート結果から高齢者自身での理解や点眼手技の正確さには限界があると考え,家族も同伴で受講してもらって,その際にサポートを依頼している.今回は一般病院通院中の比較的点眼処方本数・回数が少なあたらしい眼科Vol.29,No.7,2012973 い患者が対象であり,大学病院通院中の多剤併用している患者や視野障害が高度の患者を対象としアンケートを比較検討することも今後の課題の一つである.前述したように,緑内障診療はチームとして定期的な情報収集と個別の対策,修正を繰り返しながら継続することが重要である.緑内障点眼治療アンケートは,アドヒアランス改善を目指したPCCツールとして有用であり,全体の問題点とともに個々の患者の問題点も把握することができる.そして,このようなアンケートは繰り返すことも有用である.定期的に行うことによって,個々の患者のアドヒアランスの問題点が改善したか,維持されているか,などを確認していくことも必要である.追記:アンケートの実施と収集にご協力いただきました以下の視能訓練士の皆様にこの場を借りて感謝申しあげます.渡邊順子,吉原美和子(小千谷総合病院),石井康子,渡邉彩子(木戸病院),山田志津子,遠藤昌代,斉藤麻由美(新潟南病院),町田恵子(新潟県立六日町病院),寺下早苗,川又智美(新潟県済生会三条病院),池田豊美(中条中央病院),渡邊幸美(柏崎中央病院),羽賀雅世,風間朋子(信楽園病院),宮北結花,貝沼真由美(新潟医療センター).(敬称略)利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)内藤知子,吉川啓司:コンプライアンス(アドヒアランス)の実際とその向上法.臨眼63:262-263,20092)森和彦:治療に対するアドヒアランス向上のためのコミュニケーション学.眼科52:401-406,20103)HahnSR:Patient-centeredcommunicationtoassessandenhancepatientadherencetoglaucomamedication.Ophthalmology116:S37-S42,20094)HahnSR,FriedmanDS,QuigleyHAetal:Effectofpatient-centeredcommunicationtrainingondiscussionanddetectionofnoadherenceinglaucoma.Ophthalmology117:1339-1347,20105)池田博昭,佐藤幹子,塚本秀利ほか:点眼アドヒアランスに影響する各種要因の解析.藥學雜誌121:799-806,20016)池田博昭,塚本秀利,三嶋弘ほか:点眼液1滴あたりの容量の違いとその影響.眼科44:1805-1810,20027)冨田隆志,池田博昭,塚本秀利ほか:緑内障点眼薬の1滴容量と1日薬剤費用.臨眼60:817-820,20068)髙橋雅子,中島正之,東郁郎:緑内障の知識に関するアンケート調査.眼紀49:457-460,19989)NorellSE,GranstormPA,WassenR:Amedicationmonitorandfluoresceintechniquedesignedtostudymedicationbehavior.ActaOphthalmol58:459-467,198010)塚原重雄:緑内障薬物治療法とcompliance.臨眼79:9-14,198511)佐々木隆弥:緑内障薬物療法における点眼モニターの試作およびその応用.臨眼40:731-734,198612)小林博,岩切亮,小林かおりほか:緑内障患者の点眼薬への意識.臨眼60:37-41,2006***974あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(98)

My boom 6.

2012年7月31日 火曜日

監修=大橋裕一連載⑥MyboomMyboom第6回「安川力」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す連載⑥MyboomMyboom第6回「安川力」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す自己紹介安川力(やすかわ・つとむ)名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学私は,京都大学医学部卒業後,平成5年に京都大学眼科学教室に入局しました.医学部時代はラグビー部で,運動神経は決して良くはないですが,運動,アウトドアーが好きです.大阪出身,こてこての関西人で,お調子者なところもあり,つい一言多いため,毒舌,変人と呼ばれることが多いのですが,親交を深めると,実は,義理人情に厚く,情熱的,博愛的,独り遊び・自然を好む内向的な性格であることをわかって頂けます(ネタです).眼科のmyboom「RPE」私の学位論文のテーマは網膜硝子体疾患へのドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発でした.研究テーマというものにも流行(個人的なmyboomに対して,globalboom?)があり,当時(1990年代)はAIDS患者のサイトメガロウイルス網膜炎が社会的問題となっていて,全身投与では副作用が強く,眼内注射では現在のラニビズマブ以上の頻回投与が必要となる低分子量薬剤の眼内徐放DDSの開発競争がありました.米国発の非分解性眼内インプラント(VitrasertR)が市販されたことで流行は下火になりましたが,当時,小椋祐一郎先生,田畑泰彦先生,木村英也先生を中心に,われわれが開発してきた生体分解性高分子DDSの知見は,その後,黄斑浮腫治療薬のOzurdexRや臨床試験中のマイクロスフェア製剤などの登場に貢献したと思っています.一(87)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY方,糖尿病網膜症の病態への最終糖化産物(AGE)の関与という研究分野を背景に,加齢眼のBruch膜や摘出された脈絡膜新生血管膜にもAGEの存在が報告されたことからAGEと加齢黄斑変性(AMD)の関連が示唆されていました.そこで,DDSを利用してAGEを網膜下に徐放してみて欲しいとドイツのライプチヒ大学から依頼があり留学する機会を得ました.幸い,AGE反応を利用して作製したリポフスチン模擬微粒子を家兎の網膜下に注入することにより,リポフスチン蓄積モデルという形でAMDに近似したモデルを作製することができました.留学中,網膜色素上皮(RPE)について学ぶにつれ,「RPE」がmyboomとなっており,これはライフワークといってもよいテーマとなっています.RPE細胞は全身の細胞のなかでも最も多種多様な機能を有する細胞の一つだと思います.上皮一般機能としてのバリア機能(血液網膜関門)はもちろんのこと,光線曝露で酸化変性した視細胞外節の貪食機能,いわばマクロファージのような機能を有しています.現在,RPEにおける自己貪食(autophagy)機能の研究が流行になりつつあります.さらに,小腸上皮がカイロミクロンを産生するようにRPEがリポ蛋白を脈絡膜側に放出しています.また,血管内皮増殖因子(VEGF)を分泌し脈絡膜毛細血管を保持しているほか,炎症や免疫にも深く関わっていそうです.最近,Bruch膜に蓄積してくるAGEやMDAなどの過酸化脂質と補体機能の関与が報告され,病態解明に向け前進しています.このように,RPEの脂質産生機能,「眼のメタボ」としてのBruch膜への脂質沈着の重要性が推定されるなか,それを評価する実験系がありませんでしたが,ドイツ留学中にRPE細胞の三次元球体培養でBruch膜側を表面にもつRPEの上皮化に成功し,帰国後もBruch膜側に起こる脂質沈着やドルーゼン形成のメカニズム解明に取り組んでいて,あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012963 〔写真1〕Myboom「scubadiving」すっかりRPEの魅力に取りつかれています.この培養システムが認められるまで苦労もありますが,その意義については確信しており,いつかmyboomから,他の研究者にも認知され流行へと発展することを願い,地道に研究を続けたいと思います.趣味のmyboom「scubadiving」中学生の頃,ペットセンターで当時はまだ珍しかった海水魚の水槽の中,ひときわ愛嬌たっぷり泳ぐ魚にすっかり一目惚れ.魚図鑑で調べたら「モンガラカワハギ」という魚で,沖縄など南の海に生息と記載があり,大人になったらダイビングして出会ってみたいと思いながら,学生時代を過ごしました.眼科研修医1年目の夏休みの1週間をフルに利用し,沖縄にて念願のライセンスを取得しました.しばらく海から遠ざかっていましたが,忙しくなるほどに海が恋しくmyboomです.海の中は想像した以上に素敵で,これは潜ってみなければわかりません.海の魅力というと加山雄三かっ!ていうぐらい熱く何時間でも語れます.実際,それでダイビング仲間に引き込んだ人が10人ぐらいいます.「貴方に自然を観て美しいと思う心があるのなら,地球の7割を占める海の中を観ないで人生を終えるなんて何てもったいないことでしょう…」と僕の勧誘は始まります.「いや,あまり泳ぎが得意でないです…」という反応もしばしば.僕は間髪いれず,「いえ,ダイビングは沈むスポーツです.無重力のなか,ぷかぷか浮かぶだけで泳げなくても大丈夫.」と切り返します.実際,半身麻痺の方が車椅子で乗船して,スタッフに抱えられて,海に放り投げられて潜水.100本記念だったかで海から上がってから同行した僕たちも混じってシャンパンでお祝いしたこともありました.「水族館で観たらいいや…」という人もいるでしょう.違うんですよね.魚の鑑賞だけではないのです.魅力は大きく5つ.自然,光の神秘,無重力,静寂,友愛といったところでしょうか.自然に触れ,魚の鑑賞は言うまでもなく,珊瑚など地形の美しさは素晴らしいもので,それに光の神秘が加わり,天候,太陽の角度,海面の状況,深度,観る角度によって見える景色はまったく異なってきます.光はスペクトルに分かれ赤は深い所では減弱し赤色は黒っぽく見えてきます.淡水魚に比べ,白・青・黄の魚が多い理由でしょう.全身,海水に包まれ無重力で静寂な世界は,まるで胎児のころに戻ったような,日常の喧噪から隔離され,ストレスも海水に流れていきます.命はたった一つの管とボンベで守られているため,安全確保のためペアで潜水し相手をバディとよび命を預け合います.少々冗談を言い合っても,お互いを,またグループ全体を見守り,思いやる気持ちで統率され,それは静寂の中,アイコンタクトと手振りだけのやり取りになるため,一層,海水と一緒に友愛の心が全身を包み込んでくれます.ときに天候が悪く潜れなくても,目的の魚が見られなくても,大自然を相手にしているのでそれもダイビングの一部と考えれば問題ではありません.そして,1ダイブたった20.50分ほどを1日2.3本程度ですが,大物に出くわしたときの感動は陸に上がっても余韻が残り,それを肴に仲間と食事し,仕事への活力にもつながります.そして,日常に疲れてくるとまた海が恋しくなるのです.皆様も日常に疲れたらご一緒にどうですか?次回のプレゼンターは奈良の木村英也先生(永田眼科)です.研修医.大学院時代の敬愛する先輩で,度が過ぎるぐらいアクティブなmyboomを紹介していただけると思います.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.964あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(88)

現場発,病院と患者のためのシステム 6.病院システムを構成する技術,製品に関わる雑学的知識

2012年7月31日 火曜日

連載⑥現場発,病院と患者のためのシステム連載⑥現場発,病院と患者のためのシステム病院システムを構成する技術,製品につき,病病院システムを構成する技術,いため,また付和雷同にブームに迎合しないための基礎知識です.製品に関わる雑学的知識院経営者,医師,看護師,検査員,医事会計課員など,医療従事者が知っておいて損はないものを雑学的に紹介します.ベンダの甘言に乗せられな*杉浦和史“生兵法はケガの元”と感じるシーンに出会うことがあります.Oracle(オラクル)と呼ばれるデータベース(DB)がありますが,因果関係が複雑に入り組み,ベテランSEでも最適な設定にすることが難しく,チューニえたものでなければなりません.気がついたところ,必ングを専門とする技術者がいるくらいのこのDBを,解要になったところから,五月雨的に導入していったので説本で勉強し,実務に適用しようとする医療関係者がいは,システムが提供する機能と情報を有効に活かすことます.これは,教科書,マニュアルの知識で手術に臨むはできません.ようなもので,とても危険です.いくつものコマンドや設定を諳んじ,軽やかにキーボードを打つことができる前置きが長くなってしまいましたが,病院システムをという方もいますが,その延長線上でシステムもできる支える技術,製品にはどのようなものがあるのでしょう.かも知れないと考えチャレンジすると,火傷をするで要素に分けると,ハードウェア,ソフトウェア,アプしょう.リケーションの3つに分類されます.前者2つは,文字一方,既成概念で凝り固まった玄人よりも,しがらみ通り日進月歩で,先月できなかったことが今月にはできやこだわりがなく,発想が自由な素人のほうが,「そんなる技術,製品が出てくることも珍しくありません.一考え方があったのか」と目から鱗のアイデアを出す場合方,現場の作業を反映する後者は,BPRをしなければもあります.ここは,玄人はおごらず,また既成概念に旧態依然としたままの業務を反映するだけで進歩はありとらわれず,素人は“生兵法はケガの元”という言葉がません.実現手段は革命的なスピードで進歩しますが,あることを知って臨むことが必要ではないかと思います.それを使って業務のIT化を図るアプリケーションは,意識して変革しないと旧弊を引き継いだままで変わるこExcelやAccessでちょっとしたIT化を図り,作業とがないということです.アプリケーションはBPRをの効率化を図った経験をもつ方が,その延長線上で部門したうえで作ることを前提とし,それを実現するための間をまたがる複数の業務や,組織全体に関わる業務を処手段につき検討しましょう.理するシステムもできると思いこんでしまうことがあります.限られた範囲の限られた作業のIT化と,複数あサーバー,パソコン,タブレット,Pad(スレート型るいは院内すべての業務を対象とするそれとでは,考慮パソコン),自動受付機,自動精算機,RFID(無線を利すべき要素の数と深さが大きく違うという点が理解され用する自動認識技術)などのハードウェア,および,ていないのかもしれません.意識,無意識を問わず,こOS,DB,ネットワーク,音声合成・認識,手書き認識れを無視して作って(導入して)しまうと,システムとなどのソフトウェアがあります.最近ではスマートフォは呼べないブツブツに切れた機能の集合ができてしまいンなども出て来ました.このような製品,技術が出てくます.目の前の面倒くささを解決することと,全体の効ると,「さて,何に使えるか」と考えます.iPadが出て率向上を図ることの違いは,実際に経験しないとなかな来た時は,訪問介護やインフォームド・コンセントなどかわからないでしょう.に使うアプリケーションが出て来ましたが,これはシステムとは,個別の業務対応に作られた機能の寄せiPadを使い勝手のよい表示装置としての使い方です.集めではなく,病院全体の業務を洗い出し,それに必要な機能と情報が相互に連携しあうことを計画当初より考*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)(85)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129610910-1810/12/\100/頁/JCOPY 図1宮田式自動精算機プロトタイプ図1宮田式自動精算機プロトタイプ図2Pad(スレート型パソコン)表示する情報が必要になりますが,それが蓄えられていなければ画期的な表示装置といえども意味がありません.これに限らず,新しい技術,製品が出て,ベンダ(システム開発,提供会社)が売り込みにきても,それを活かす環境が自院にあるかを見極めなければなりません.自動精算機という名前もそのまま信じると間違ってしまいます.決して自動ではなく,医事会計課が面倒な算定ルールを反映する諸作業を裏で行い,その結果を自動精算機で支払ってもらうというだけです.自動なのは支払いだけです.その支払い操作も,説明員がいないとスムーズにいかない場面を見受けます.どこまでが自動なのかの範囲を正しく理解しないと期待はずれに終わります.便利さを感じるために必要な操作能力をどこまで求めるのか,来院する患者の年齢層を考え,費用対効果を勘案して導入可否を決めるべきでしょう.当院で開発中の院内業務総合電子化システム(Hayabusa)では,既存の自動精算機ではなく,精算に必要な情報と機能を分析したうえで,会計スタッフが操作する自前の精算システムを開発中(図1)です.汎用品を組み合わせたハードウェアの費用は1/12程度で済み,現場の実態を反映した機能と操作性という点では,既存製品とは一線を画します.iPadのようなスレート型パソコンも,表示だけではなく,入力も容易にできなければ用途が限られてしまいます.製品動向を見極め,使える新技術,新製品がいつ頃出てくるかを想定しながらハードウェアを選びますが,Hayabusaでは,昨年末に発表された表示面積がA4サイズと広く,電磁ペンでの入力もできるPadを選択しました(図2).ブームのAndroidではなく,使い慣れたWindowsで動くもので962あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012すが,これにより訪室など病棟業務は元より,手術,外来処置など応用分野も広がり,作業効率向上の一翼を担う予定です.詳しくはマイクロソフトの事例紹介(http://www.microsoft.com/ja-jp/casestudies/miyatamed.aspx)をご覧ください.マスコミが煽るブームに乗らず,ベンダの甘言に乗せられず,やりたいことを実現できる製品,技術を見つけ出すためには,病院スタッフ自ら情報を捜し,知識を得ることと,実戦(実践)経験豊富な先達のアドバイスを受けることを勧めます.特に,前者はインターネット全盛の今,容易にできる環境にあります.ハードウェアは,同じ価格帯ならどれを選んでも大差ない時代です.OSは選択の余地は少なく,そもそも病院スタッフが選べるものではありません.DBはOracle,SQLseverなどが一般的ですが,使っているうちにレスポンスが悪くなるという現象はDBが大きく影響しています.当院のHayabusaでは,東証など,性能で問題があったところでその解決策として採用された実績をもつ超高速DB,4DDAMを使います.捜せば,優れた製品はあります.アンテナを高くして情報収集することを勧めます.残るはアプリケーションを構築するSIerです.一流会社にも二流社員がいます.どの会社ではなく,誰が担当するかを見極める必要があります.ただし,注文を取る時は弁舌さわやかな優秀な人物をあてがい,受注すると平凡なSEを割り当てるという,羊頭狗肉なSIerもあることを頭に入れておいて損はありません.大手SIer→そのディーラ→その協力会社ということも珍しくありません.要注意です.(86)

タブレット型PCの眼科領域での応用 2.眼科医としてタブレット型PCを臨床でどう使うか-その1-

2012年7月31日 火曜日

シリーズ②シリーズ②タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第2章眼科医としてタブレット型PCを臨床でどう使うか─その1─■情報端末としてのタブレット型PC第2章では実際の臨床業務において,どのようにタブレット型PCを活用するか,またなぜ眼科領域において有用であるかを私の実践例を踏まえて紹介していこうと思います.おもに有用なポイントは,まず必要な情報にきわめて迅速にアクセスできる携帯可能な情報端末である点,そして患者の視機能に合わせたオーダーメイドな設定が可能で,必要な情報を最も理解しやすい方法で提供できる点の2点です.本章では,情報端末としてのタブレット型PCの利点を紹介しようと思います.なお,私が現在GiftHandsの活動や実際に外来で扱っている電子タブレットは,すでに医療現場に導入例のあるiPadRとiPhoneR(AppleInc.)の最新機種である“新しいiPadR(AppleInc.)”と“iPhone4SR(AppleInc.)”です(2012年5月30日現在).■私の実践活用法「マニュアル編」では,実際の使用法について紹介していきます.私は初期研修医の頃,上級医に「わからないことがあったら,すぐに図書館へ行って調べて来なさい.最良の医療行為とは中途半端な記憶に頼った医療ではなく,しっかりとした最新の情報を常に確認したうえで成り立つのだよ.図書館に通う手間を,面倒臭がってはならない.」と何度も言われたのを覚えています.しかし,多くの臨床眼科医は自分の経験と記憶を頼りに日々の多忙な外来業務に追われているのが現状です.私も入局当初に配布された多くのポケットマニュアルを白衣のポケットに忍ばせていますが,実際にそれらを使用する機会は非常に少ないと言えます.その理由の一つは,必要な情報までのアクセスの過程が煩雑であり,情報の必要度よりも煩雑さが優先されてしまうためです.(83)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY図1各マニュアルの一覧表示(左)と各ページの縮小表示(右)iBooksR(AppleInc.より許可を得て転載)しかし,タブレット型PCの導入後はそれらの煩雑さから解放され,私の毎日の診療は安全で快適なものへと変化しました.眼科診療にかぎらず臨床の外来業務では,医師が単独で診察,診断,治療を行う機会は非常に多く,医療レベルが自分の知識量と経験値に左右されるところが大きいのは事実であり,必要な情報の確認が迅速かつ簡便に行えることは医療水準の向上に直結すると言えます.私は現在,外来診療中に必要なマニュアルやガイドランはすべてPDF形式で入手して,タブレット型PCで閲覧しています.代表的な電子書籍閲覧アプリであるiBooksR(AppleInc.)を用いると,取り込まれたPDFデータはまるで本棚に並んだ書籍から本を選ぶように簡単に閲覧でき,また本文の各ページの内容も縮小化された一覧表示のなかから直感的かつ迅速に選択することが可能です(図1).ポイントはタブレット型PCの起動からアプリ,書籍,ページの選択までのステップをほんの数秒で行うことが可能であることです.このためこれまでポケットに埋もれていたマニュアルやガイドラインはあたらしい眼科Vol.29,No.7,2012959 非常に実践的なアイテムとして,毎日の診療の非常に頼もしい存在へと変化しました.また,電子化された教科書やポケットマニュアル内に病状説明などで使いやすい図表を見つけた場合,必要なサイズに拡大したうえで,スクリーンショットという操作(ホームボタンと電源ボタンの同時押し操作:iPadR)で簡単に表示された画像を画像データとしてストックすることができます.各疾患別に必要な画像を集めた自分だけの画像マニュアルやムンテラ用画像集を瞬時に作成でき,持ち歩くことができるのもタブレット型PCの強みです.なお,私が臨床で活用している眼科の外来マニュアルは,参天製薬株式会社のホームページ(http://www.santen.co.jp/jp/index.jsp)内の医療関係者向けの情報部門でPDF化された各種ポケットマニュアルとして入手することが可能です.そして非常に扱いやすく安価なアプリケーションソフトが日々生まれ続けていることもタブレット型PCの長所の一つです.ジェネリック医薬品が多く流通している昨今では,常に最新の医薬品情報を電子書籍として持ち歩くのは至難の業です.しかし,出張先の外来で処方経験のない薬剤などに出会った場合も,添付文書HDR(ObjectGraph)というアプリがあれば常に最新の添付文書の原文を閲覧することができ非常に安心です.「新しい薬に出会ったら,必ず一度は添付文書を読むように!」これも初期研修医時代の指導医の口癖でしたが,実践するのはなかなか難しいのが現状です.■私の実践活用法「教科書編」ここまで簡易マニュアル的な使用法を紹介しましたが,眼科学の教科書もいくつか正式なアプリケーションソフトとして発売されています.現在発売されている眼科の教科書アプリはエルゼビア・ジャパン株式会社から発売されている「カンスキー臨床眼科学原著第5版」,「角膜テキスト」,「角膜アトラス原著第2版」の3冊のアプリ版が存在しています.これらの教科書アプリは価格が紙ベースの物よりも安く,常に持ち運べるため非常に便利です.しかし,これらアプリの真の価値は,検索能力の高さと画像の解像度の高さにあります.通常の教科書では記載内容は目次から探すことになるのですが,アプリ版の教科書では本文全文に対するキーワード検索960あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012図2アプリ内の検索結果表示(左)と結果画像の一部を拡大しての閲覧(右)(KrachmerJH,PalayDA:CorneaAtlas2ndEdition,Edinburgh,ElsevierLtd,2006;坪田一男監訳:角膜アトラス原著第2版アプリ版,2010,エルゼビア・ジャパンより許可を得て転載)が可能です.たとえば“樹枝状”と検索ワードを入力すると本文内のすべての文字が検索対象として結果が表示されます.この機能は紙ベースの教科書では不可能であると同時に,実は臨床所見から疾患を調べるのに一番必要な機能でもあるのです.また,アプリ版の教科書では画像を拡大して閲覧することが可能なので,実際の所見と比較する場合にも非常に便利です(図2).「一度も見たことのない所見は,一生見つけられない.」これは眼科医になった頃によく言われた言葉ですが,タブレット型PCに表示された拡大画像を診察時に並べてみると,その言葉の大切さを再度実感させられます.これらはタブレット型PCの臨床業務への導入事例のごく一部ですが,タブレット型PCの登場によりわれわれの毎日の診療行為が,より安全で医療水準の高いものへと変化すると私は信じています.本文中に紹介しているアプリ等はすべてGiftHandsのホームページ内の新・活用法のページに掲載されていますので,ご活用いただけたら幸いです.http://www.gifthands.jp/service/appli/また,本文の内容に関する質問等はGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつていますので,お気軽にご連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/(84)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 110.硝子体出血併発増殖糖尿病網膜症における超音波Bモード検査(初級編)

2012年7月31日 火曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載110110硝子体出血併発増殖糖尿病網膜症における超音波Bモード検査(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●硝子体出血例に対する超音波Bモード検査増殖糖尿病網膜症(PDR),網膜静脈閉塞症,裂孔原図1不完全後部硝子体.離例視神経乳頭部位で硝子体が癒着し,後部硝子体腔に出血を認め性硝子体出血など,硝子体出血をきたす疾患には種々のる.ものがあるが,硝子体手術の術前には超音波Bモード検査で眼底の状態を予測することが必須である.特にPDRでは,手術の難易度が症例により大きく異なるので,より詳細に検査を施行する必要がある.●PDRにおける超音波Bモード検査所見の読み方手術の難易度が低いのは後部硝子体.離が生じ,後部硝子体腔に出血が貯留している症例である.超音波プローブを眼瞼に接触させたまま眼球運動を行うと後部硝子体膜は大きく可動する.視神経乳頭と連続性がない完全後部硝子体.離例では診断は容易だが,PDRでは視図2肥厚した後部硝子体膜神経乳頭と硝子体が癒着している不完全後部硝子体.離一見,網膜.離のように見えるが,実際に手術を施行してみる例も多い.後部硝子体腔に出血を認める症例では診断はと肥厚した後部硝子体膜を広範囲に認めた.容易だが(図1),後部硝子体腔の出血が少なく後部硝子体膜が肥厚している症例では可動性も少なく,一見,網膜.離のように見えることがある(図2).通常PDRで生じる牽引性網膜.離はXサイン(図3)あるいはYサインとして描出されることが多いが,網膜.離を疑わせる所見を広範囲に認める例では,裂孔併発型牽引性網膜.離を念頭におく必要がある.●6方向の超音波Bモード検査は必須PDRに生じる牽引性網膜.離は視神経乳頭周囲よりも血管アーケード周囲で丈が高くなっていることが多いので,視神経乳頭を含む水平断,垂直断のみでは不十分で,必ず視神経乳頭の上方下方および耳側鼻側の断面も図3牽引性網膜.離例テント状に.離した網膜と,それに癒着する後部硝子体膜によ撮影する必要がある.すなわち,最低でも6枚の断面をりX型の陰影を呈している.撮影し,1枚のシートに整理することで,眼底の概要を予測することが重要である.解像度の良い超音波Bモー硝子体癒着部位や牽引性網膜.離の範囲をかなり正確にド装置を用い各スライスを詳細に描出することで,網膜予測することができる.(81)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129570910-1810/12/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 139.強度近視とゲノム

2012年7月31日 火曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第139回◆眼科医のための先端医療山下英俊強度近視とゲノム三宅正裕(京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学)はじめに近視は日本を含んだ東アジア地域に多く,統計によっては40.70%の人が罹患しているともいわれます.必然,強度近視の頻度も高くなりますが,強度近視は法的失明につながるため公衆衛生上の大きな問題として関心が集まっており,事実,先進国における法的失明の原因として第4.7位に位置します1).また,一口に強度近視による失明といってもその原因となる合併症は多彩で,近視性脈絡膜新生血管,近視性網脈絡膜萎縮,近視性視神経症,網膜.離などがあげられますが,それら合併症の根本的な原因はおろか,なぜ強度近視が発症するのかについてもほとんどわかっていません.ゲノム学は,この謎の解明にどこまで迫っているのでしょうか.ゲノム学というと難解なイメージをもたれる方も多いかと思いますが,実際のところは単純な症例対照研究の繰り返しで,症例群と対照群において特定の変異をもつ頻度を比較します.とはいえ,ヒトのゲノムのなかには数百万個単位の変異がありますので,家系内データを用いることでノイズを減らしたり,統計学的な処理によってエラーを減らしたり,などといった方法が用いられています.近年,技術の進歩により膨大なデータを短時間で得られるようになってきたことから,近視の遺伝子解明は間近だろうと多くの研究者が予想していました.しかし,実際はそうではなかったのです.近視ゲノム研究の歴史まず,近視のゲノム研究の歴史について振り返ってみると,初めて近視に関連する遺伝子座(染色体における大まかな位置)が報告されたのが1990年でした2).報告されたXq28という領域はMYP1ともよばれるようになり,その後,1998年にMYP2(18p)とMYP3(12q)が報告されてからは,つぎつぎと近視に関連するとされる遺伝子座が報告されるようになります.MYP20以降は,それまで主流であったマイクロサテライトとよばれるマーカーを用いた連鎖解析という手法に代わってゲノムワイド関連解析や全エキソーム解析といった手法が用いられ3,4),2012年1月現在,計21個の遺伝子座が特定されています.ところが,こと遺伝子レベルでみると,近視または強度近視の発症と関連するものは1つも確定していません.候補遺伝子アプローチもっとも,近視あるいは強度近視の発症との関連が示唆された遺伝子そのものはたくさんあります.特に,従来強度近視の発症に強膜の脆弱化が関与すると報告されていることから強膜のリモデリング5)に関連する分子に関してはよく調べられており,コラーゲン分子そのものをはじめとして,コラーゲンを分解するmatrixmetal-lopeptidase(MMP),MMPを阻害するTIMPmetallopeptidaseinhibitor(TIMP),MMPなどを活性化する働きをもつhepatocytegrowthfactor(HGF)とその受容体であるmetprot-oncogen(MET),線維化を促進するtransforminggrowthfactor-b(TGFb),さらにはプロテオグリカンの一種であるlumican,decorin,fibromodulinから細胞骨格に関与するmyocillinまで,種々の分子が研究の対象となっています(表1).実際,これらのうちの多くは一報以上の論文で近視との関連が表1強度近視発症のおもな候補遺伝子強膜リモデリングCOLコラーゲンMMPコラーゲンを分解TIMPMMPを阻害HGFMMPなどを活性化cMETTGFb線維化を促進FGF2線維芽細胞分裂促進などLUMDCNプロテオグリカンFMODMYOC細胞骨格との関与発生PAX6眼球発生のマスター制御遺伝子SOX2PAX6とともに水晶体の発生に関与動物実験などよりCHRM1ムスカリン様コリン受容体IGF1インスリン様成長因子GCGグルカゴンEGR1ピントのずれを感知RARbレチノイン酸受容体(77)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129530910-1810/12/\100/頁/JCOPY 報告されているのですが,しかし同時に,一報以上の論文でその関連が否定されています.これの意味するところは偽陽性であり,出版バイアスも考えるとなおのこと陽性とはいいがたい状況です.このように,ターゲットとなる分子を絞って解析を行う手法を候補遺伝子アプローチといいます.ゲノムワイド関連解析候補遺伝子アプローチに関しては前述しましたが,このアプローチでは予想外の分子パスウェイが関与していた場合に検出不可能であることに加えて,解析効率がさほど良くないという問題点がありました.そこで2000年代後半に登場した手法がゲノムワイド関連解析(GWAS)です.これは全ゲノムにわたって同時に大量の一塩基多型(SNP)を検出・解析する手法で,30万.250万個のSNPの遺伝子型を一度に決定し,それぞれの頻度を症例群と対照群で比較します.当然,これだけの検定を行うとその多重性が問題となりますので,偽陽性を防ぐため,有意とするp値は厳しく設定します.実際にはそれでも偽陽性が多く含まれてしまいますので,解析を行ったサンプルセットとは異なるサンプルセットを用いての確認実験を行うのが一般的です.筆者ら京都大学のグループは,2009年に世界に先駆けて強度近視発症に関するGWASを行い,関与が疑われる遺伝子座を報告しました6).残念ながらこの遺伝子座は後の報告で関与が確認されませんでしたが,この後,筆者らのグループを含むいくつかのグループから数本の報告がなされ,筆者らのグループが報告したCTNND2遺伝子7)や,NatureGenetics誌に報告された15q14,15q25領域8,9),中国のグループから報告された4q25領域10)は,他のグループによりその関与が確認されています.今後,さらなる追試を行ったうえで,実際にどういった遺伝子が関与しているのかを詳しく解析していくことになるでしょう.近視ゲノム研究の今後さらなるステップとしてあげられるのが次世代シーケンサーを用いた解析です.これにより,たとえば2週間あれば600Gb(ヒトゲノム200人分相当)の配列を決定することが可能となります.その情報量の多さゆえ,実験そのものよりもその後の解析処理(バイオフィンフォマティクスという分野になります)への負荷が非常に多954あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012くなることが予想されますが,バイオインフォマティクスを専門的に行っている研究者の数は多いとはいえず,今後解析を大規模に行っていくうえではそれら研究者の育成,あるいは各分野におけるバイオインフォマティクス基礎知識の向上が課題となります.ゲノム学は,加齢黄斑変性を筆頭としてさまざまな疾患の感受性遺伝子を同定してきました.しかし,強度近視の発症に関しては,種々の研究がなされているにもかかわらず,感受性遺伝子の特定に至っていません.もっとまれな遺伝子変異が関与しているのか,そもそも遺伝子変異ではなくエピジェネティクスやさらに下流が関与しているのか,など考えられる可能性はたくさんありますが,次世代シーケンサーの登場によって大量のシークエンスデータを短時間で得られるようになってきていることから,これらの可能性が検討されるのもさほど遠くないでしょう.一方で,近視の概念を根本的に考え直す必要もあるかもしれません.つまり,これまで(強度)近視は一つの疾患として扱われてきましたが,実際には「眼軸が伸長する」という表現型を示す多数の疾患の集合体であり,一括りにして解析を行うのは不適切かもしれない,ということです.果たして遺伝子は,近視にどれほどの影響を与えているのか(あるいは与えていないのか).答えが出るのはもう少し先になりそうです.文献1)SawSM:Asynopsisoftheprevalenceratesandenvironmentalriskfactorsformyopia.ClinExpOptom86:289294,20032)SchwartzM,HaimM,SkarsholmD:X-linkedmyopia:Bornholmeyedisease.LinkagetoDNAmarkersonthedistalpartofXq.ClinGenet38:281-286,19903)ShiY,QuJ,ZhangDetal:Geneticvariantsat13q12.12areassociatedwithhighmyopiaintheHanChinesepopulation.AmJHumGenet88:805-813,20114)ShiY,LiY,ZhangDetal:ExomesequencingidentifiesZNF644mutationsinhighmyopia.PLoSGenet7:e1002084,20115)RadaJA,SheltonS,NortonTT:Thescleraandmyopia.ExpEyeRes82:185-200,20066)NakanishiH,YamadaR,GotohNetal:Agenome-wideassociationanalysisidentifiedanovelsusceptiblelocusforpathologicalmyopiaat11q24.1.PLoSGenet5:e1000660,20097)LiYJ,GohL,KhorCCetal:Genome-wideassociationstudiesrevealgeneticvariantsinCTNND2forhighmyopiainSingaporeChinese.Ophthalmology118:368-375,20118)HysiPG,YoungTL,MackeyDAetal:Agenome-wideassociationstudyformyopiaandrefractiveerroridentifies(78) asusceptibilitylocusat15q25.NatureGenet42:6-10,20109)SoloukiAM,VerhoevenVJM,vanDuijnCMetal:Agenome-wideassociationstudyidentifiesasusceptibilitylocusforrefractiveerrorsandmyopiaat15q14.NatureGenet42:897-901,201010)LiZ,QuJ,XuXetal:Agenome-wideassociationstudyrevealsassociationbetweencommonvariantsinaninter-genicregionof4q25andhigh-grademyopiaintheChineseHanpopulation.HumMolGenet20:2861-2868,2011■「強度近視とゲノム」を読んで■三宅正裕先生が書かれた論文中には,2つの重要なもう一つは,近視という疾患の理解です.本文の最問題が示されています.後に,高度近視という疾患の概念を考えなおす必要が一つは,ゲノムワイド関連解析(GWAS)についてあると述べられています.近視という疾患は,1864です.本文中に述べられているように,GWASは最年のCohnによる環境説,1900年のThoringtonによ近実用化された遺伝子解析方法です.その有用性は早る内因説の発表以来,常に環境か遺伝か(natureverくから指摘されていましたが,最も華々しい成果が,susnurturecontroversy)として論争されてきまし多領域に先んじて眼科領域であげられました.それはた.高度近視の場合は,遺伝要因が強いと考えられ,complementfactorH(CFH)と加齢黄斑変性の関係原因遺伝子の特定に多くの研究がなされてきました.です.加齢黄斑変性の発症にCFHが関連しているこその間の経緯や進歩については本文にわかりやすくまとは現在は常識ですが,これはまったく予想されていとめられています.あえて付け加えるとすれば,近視なかった概念であり,GWAS解析によって初めても研究のむずかしさは,近視関連遺伝子は眼球構造関連たらされた大発見です.この発見に基づいて研究が進遺伝子だけでなく,近視の子供を育てる(読書,室内められた結果,CFHの関与はゆるぎないものとなり生活を好む行動)遺伝子も含んでいる可能性がある点ました.この発見そのものが眼科研究におけるGWASにあるといわれています.の有効性を証明したためか,GWASは現在も盛んに科学の進歩により疾患の理解が大きく進みます.そ用いられています.GWASにより,疾患遺伝子のみの点に関してGWASはまさに現在の主役となっていでなく治療感受性遺伝子が発見されると,より多くのます.近視研究については,GWASにより疾患の理患者が研究の恩恵にあずかることができます.たとえ解が進み,新しい考え方が必要になってきています.ば,C型肝炎患者は,インターフェロン治療の感受性面白いことに,疾患の理解が進めば進むほど,先人のに差がありますが,それに遺伝子型が関連しているこ優れたnatureversusnurtureという考え方の重要性とがGWASにより発見され,治療適否判断に用いらが再認識されるようです.れています.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(79)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012955

抗VEGF治療:Bevacizumab,Ranibizumabの薬物動態と効果発現

2012年7月31日 火曜日

●連載②抗VEGF治療セミナー─基礎編─監修=安川力髙橋寛二2.Bevacizumab,Ranibizumabの三木克朗関西医科大学附属枚方病院眼科薬物動態と効果発現現在,眼科領域で使用されている抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor:血管内皮増殖因子)抗体は,bevacizumab(アバスチンR)とranibizumab(ルセンティスR)である.Bevacizumab,ranibizumabの効果について,筆者が行った基礎実験をもとに分子生物学的見地から概説する.抗VEGF抗体は,加齢黄斑変性に代表されるさまざまな疾患(近視性脈絡膜新生血管,糖尿病黄斑浮腫など)に使用されている.抗VEGF抗体は,VEGFと特異的に結合し,過剰なVEGFが引き起こす眼内新生血管を抑制するとともに血管透過性亢進をも抑制する.Bevacizumabは,全長ヒト化抗VEGF抗体として,1996年切除不能な結腸,直腸癌に対する腫瘍抑制効果を目的として開発された世界初の抗VEGF抗体医薬である.眼科領域のbevacizumab投与は,米国FDA未認可の状態で加齢黄斑変性に使用され始めた.しかし,bevacizumabは抗体全長の構造をもつため分子量が大きく,加齢黄斑変性の新生血管発生部位である脈絡膜に直接侵入できない可能性が懸念された.このため,1998年に分子量が小さく,VEGF結合能の高いranibizumabが,加齢黄斑変性を適応とする硝子体内投与する眼科製剤として開発された.Bevacizumabとranibizumabの特徴と薬物動態の相違について表1に示す1).筆者らは,bevacizumab,ranibizumabの硝子体内投与における効果を,2種類のトランスジェニックマウス(Rho/VEGFmice,Tet/opsin/VEGFmice)を用いて実験的に比較検討した2).Rho/VEGFmiceは,視細胞にヒトVEGFを発現し網膜下新生血管が生じる,網膜血管腫状増殖((165)retinalangiomatousproliferation:RAP)のモデルである(図1).Tet/opsin/VEGFmiceは,Tet/onsystemにより遺伝子発現がコントロールできることが特徴で,ドキシサイクリン(2mg/mL)を経口投与すると,Rho/VEGFmiceの約30倍のヒトVEGF165が視細胞から発現し,投与後5日で著明な網膜内新生血管と90%のマウスに網膜.離が発生する(図2).これらのトランスジェニックマウスの特徴は,ほかの加齢黄斑変性モデルマウスと異なり,代表的な血管新生を引き起こす分子であるヒトVEGF165を発現することであり,より臨床的な薬物効果の解析が可能である.筆者らの実験では,生後14日齢のRho/VEGFmiceに対し,bevacizumab,ranibizumabを硝子体内投与し,投与後1,2,3週後における網膜下新生血管の面積を比較した.Bevacizumab投与群は同濃度のranibizumab投与群と比較して,新生血管抑制効果が強く,抑制持続期間が長いことがわかった.続いて,生後14日齢のRho/VEGFmiceに対し同濃度(10mg/mL)のbevacizumab,ranibizumabを5日おきに連続3回硝子体内投与し,両者の全身移行性について調べた.結果はbeva表1Bevacizumabとranibizumabの特徴と薬物動態の相違Bevacizumab(アバスチンR)Ranibizumab(ルセンティスR)構造ヒト化モノクローナルIgG1全長抗体ヒト化Fabfragment分子量149kDa48kDaVEGFとの結合能1Bevacizumabの4~6倍VEGF結合部位21硝子体内投与後の4.9日2.8~3.2日硝子体内濃度半減期(1.25mgBevacizumab硝子体内投与)(0.5mgRanibizumab硝子体内投与)硝子体内投与後の6.9日3.5日血中濃度半減期(1.25mgBevacizumab硝子体内投与)(0.5mgRanibizumab硝子体内投与)(文献1,tabel5より改変)(75)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129510910-1810/12/\100/頁/JCOPY PBSBVZ10mg/mLRBZ10mg/mL図1Rho/VEGFmiceにおける新生血管抑制効果視細胞にヒトVEGF165を発現させ,網膜下新生血管(→)を発生させる.抗VEGF抗体硝子体内投与により,網膜下新生血管が投与後1週間で抑制される.BVZ:アバスチンR,RBZ:ルセンティスR.(文献2,figure1より改変)PBSBVZ25mg/mL図2Tet/opsin/VEGFmiceにおける新生血管抑制効果Tet-onsystemにより,ドキシサイクリン(2mg/mL)経口投与後5日で網膜内新生血管からの血管透過性亢進の結果,網膜.離を生じる.Bevacizumab(BVZ)投与によって,この現象が抑制された.(文献2,figure5から抜粋)cizumab投与群にのみ,注射眼と対側眼の新生血管抑制効果を認めた.この結果より,bevacizumabは硝子体内投与後に全身経由し対側眼に移行することが示唆された.また,Tet/opsin/VEGFmiceに対して,bevacizumab,ranibizumabの硝子体内投与による網膜.離抑制効果を検討した.結果はbevacizumab投与群にのみ,注射眼,対側眼ともに網膜.離が抑制され,やはりbevacizumabは硝子体内投与によって全身移行することが示唆された.上記の結果から,bevacizumabは,ranibizumabと比較して新生血管抑制効果が強く,作用時間が長く,全身移行性に注射対側眼にまで作用を及ぼすことがわかった.Bevacizumabの全身移行性については臨床例でも報告があり3),マウスを用いたほかの実験例でも同様の報告がされている.Bevacizumabの全身移行性は,眼内に発現している新生児Fc受容体が関連しているといわれている.新生児Fc受容体は,最初952あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012に,齧歯類の小腸上皮細胞に発現していることが確認された受容体で,母親から新生児への免疫グロブリンの移行に大きな役割を果たしているとされている.母体由来のIgG抗体は,小腸上皮細胞表面の新生児Fc受容体とFcfragmentで結合し,結合したIgG抗体はエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれることが知られている.マウスの眼内では新生児Fc受容体は網膜血管内皮細胞に発現しており4),Fcfragmentを有するbevacizumabは,硝子体内投与後,全身移行し,新生児Fc受容体を介して対側眼の眼内に移行するといわれている5).Ranibizumabは,Fabfragment製剤であり,Fcfragmentを構造上有していないために,対側眼に移行できないことが示唆されている.文献1)RodriguesEB,FarahME,MaiaMetal:Therapeuticmonoclonalantibodiesinophthalmology.ProgRetinEyeRes28:117-144,20092)MikiK,MikiA,MatsuokaMetal:Effectsofintraocularranibizumabandbevacizumabintransgenicmiceexpressinghumanvascularendothelialgrowthfactor.Ophthalmology116:1748-1754,20093)ScartozziR,ChaoJR,WalshACetal:Bilateralimprovementofpersistentdiffusediabeticmacularedemaafterunilateralintravitrealbevacizumab(Avastin)injection.Eye23:1229,20094)KimH,FarissRN,ZhangCetal:MappingoftheneonatalFcreceptorintherodenteye.InvestOphthalmolVisSci49:2025-2029,20085)KimH,RobinsonSB,CsakyKGetal:FcRnreceptor-mediatedpharmacokineticsoftherapeuticIgGintheeye.MolVis15:2803-2812,2009(76)

緑内障:前眼部OCTによる強膜岬の同定

2012年7月31日 火曜日

●連載145緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也145.前眼部OCTによる強膜岬の同定川名啓介かわな眼科前眼部OCT(光干渉断層計)による前眼部解析では強膜岬の同定が重要である.二次元前眼部OCTでの同定率は約70%だが,三次元前眼部OCTでの同定率は100%近い.より新しく高性能な機器を用いることで強膜岬の同定率が向上し,より正確な前眼部解析が可能となる.前眼部の画像解析では,明確な測定点の決定が大切である.特に隅角の解析においては,強膜岬の同定が重要である.断層画像上では強膜岬は角膜内側面において角膜組織(高輝度)とぶどう膜組織(比較的低輝度)の境界である.強膜岬の位置を確定することにより,さまざまな隅角のパラメータが決定される.それを基準としてAOD500(angleopeningdistance500),TISA(trabecularirisspacearea),ACA(anteriorchamberangle)などの隅角の指標を表すことが可能となる1).前眼部OCT(opticalcoherencetomography;光干渉断層計)は超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)よりも簡便かつ非侵襲的に前眼部図1二次元前眼部OCTの解析例解析ツールを利用してパラメータを求めることができる.図2三次元前眼部OCTの解析例二次元のものに比べて解像度が優れているため,強膜岬とぶどう膜組織の弁別に優れる.(73)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129490910-1810/12/\100/頁/JCOPY 表1二次元と三次元前眼部OCTによる強膜岬同定率の比較同定可同定不可二次元前眼部OCT66.8%33.2%三次元前眼部OCT98.2%1.8%の画像解析を行うことが可能な装置である.光学式であるが,角膜と強膜岬や隅角底を含めた隅角の解析を行うことが可能である.しかしながら,前眼部OCTは完全にUBMの代用となるものではない.UBMはほぼ100%強膜岬を同定できるのに対して,二次元の前眼部OCTは強膜岬の同定率が約70%程度ということが報告されている2,3).今回,二次元前眼部OCT(VisanteTM,CarlZeiss)と三次元前眼部OCT(CASIA,Tomey)による強膜岬の同定率を比較する機会を得たので紹介したい.二次元前眼部OCT(図1)に比べ三次元前眼部OCT(図2)は測定速度が10倍程度と速く,解像度も優れている.正常眼において条件をそろえるために1断面像に限って検討したところ,二次元前眼部OCTでの同定率は67%と過去の報告とほぼ同等であった(表1).それに対して三次元前眼部OCTではほぼ100%という結果であった.解像度の違いが最も影響を及ぼしたと考えられる.これは1断面に絞った解析結果であり,さらに複数の断面のスキャンを合わせると,より一層同定が容易になると考えられる.今回は正常眼での検討のため,狭隅角眼などにそのままあてはめることはできない.今後のさらなる検討が必要である.三次元前眼部OCTでも強膜岬の同定が困難な例もあり,その場合には線維柱帯の位置やさまざまな断面像から強膜岬の位置を推測する必要がある.眼底OCTのように,いくつかの断層像を重ね合わせたエンハンス画像を作ると位置の同定率が上がる可能性がある4).また,強膜岬の位置を同定する際に参考となる線維柱帯に関しては,偏光OCTを用いると通常のOCTに比べて同定率が上がるといわれている5).三次元前眼部OCTは角膜厚や前房容積の測定において再現性が高いと報告されており6),強膜岬の同定においても再現性が高いのではないかと期待される.そのほか三次元前眼部OCTを使うメリットとして,1回の検査で360°の隅角を評価可能ということがあげられる.患者負担も少なく,多くの情報が得られるため,積極的に診療に活用していきたい.文献1)PavlinCJ,HarasiewiczK,SherarMDetal:Clinicaluseofultrasoundbiomicroscopy.Ophthalmology98:287-295,19912)SakataLM,LavanyaR,FriedmanDSetal:Assessmentofthescleralspurinanteriorsegmentopticalcoherencetomographyimages.ArchOphthalmol126:181-185,20083)LiuS,LiH,DorairaiSetal:Assessmentofscleralspurvisibilitywithanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JGlaucoma19:132-135,20104)MargolisR,SpaideRF:Apilotstudyofenhanceddepthimagingopticalcoherencetomographyofthechoroidinnormaleyes.AmJOphthalmol147:811-815,20095)YasunoY,YamanariM,KawanaKetal:Visibilityoftrabecularmeshworkbystandardandpolarization-sensitiveopticalcoherencetomography.JBiomedOpt15:061705,20106)FukudaS,KawanaK,YasunoYetal:Repeatabilityandreproducibilityofanteriorchambervolumemeasurementsusing3-dimensionalcornealandanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JCataractRefractSurg37:461468,2011☆☆☆950あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(74)

屈折矯正手術:前房型有水晶体眼内レンズと虹彩隆起度

2012年7月31日 火曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載146大橋裕一坪田一男146.前房型有水晶体眼内レンズと虹彩隆起度井手武南青山アイクリニック角膜屈折矯正手術(LASIKなど)が非適応の強い屈折異常症例などでは有水晶体眼内レンズ挿入術が適応となる.そのなかでも前房型(虹彩支持型)では,術後にレンズと虹彩の接触による色素沈着や癒着の発生をできるだけ抑えるために,術前の虹彩隆起度評価が大切である.本稿ではORBSCANを用いた虹彩隆起度の計測方法を概説する.屈折矯正手術が一般にも認知されるようになり,症例数も日本全国で数十万件を数えるまでになった.その症例の大部分は角膜屈折矯正手術のlaserinsitukeratomileusis(LASIK)である.しかし,屈折異常(近視・遠視・乱視)が強い症例で,残存角膜厚が薄くなることが予想される場合にはフラップを作製しないphotorefractivekeratectomy(PRK)・LASEK・epipolis(Epi)-LASIKなどのサーフェスアブレーションがつぎの選択肢となる.しかし,それでも基準を下回る場合には,角膜拡張症(エクタジア)のリスクを回避するために角膜屈折矯正手術は行えない.LASIKやサーフェスアブレーションは非適応でも,医学的・職業的・美容的な理由などにより眼鏡やコンタクトレンズなどの視力補助の装用が困難な患者群が存在する.そのような患者群に対しては現時点の選択肢は有水晶体眼内レンズ(フェイキックIOL:以下,P-IOL)挿入術となる.P-IOLには隅角支持型,前房型(虹彩支持型),後房型があり,今回は前房型P-IOL(以下,ACP-IOL)について話を展開していく.ACP-IOLとしては,世界的にはOPHTEC社のARTISANR(光学部の素材がポリメチルメタクリレート:PMMA)と折りたたみ可能なARTIFLEXR(光学部の素材がシリコーン)の2種類のレンズが使用されており,当院でも1999年12月から導入を始めている.しかし,ACP-IOL術後,レンズと虹彩の接触による色素沈着や癒着が生じることが報告されており,当院でも複数例経験している(図1).このような合併症を避けるためには,隆起の少ないフラットな虹彩を選択すること,一定期間のステロイド使用が必要であるといわれている.Baikoffらは,前眼部OCT(光干渉断層計)計測で虹彩根部から水晶体前面までの距離が0.6mm以上ある症例の70%に色素沈着が見られたと報告している1).(71)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY図1レンズ色素沈着前房型有水晶体眼内レンズ挿入術後に虹彩色素がレンズに沈着した症例.ARTISANR(PMMA製)ARTIFLEXR(シリコーン製)図2前房型有水晶体眼内レンズPMMA製のARTISANRレンズ(上図)とシリコーン製のARTIFLEXRレンズ(下図).Baikoffらの測定方法・部位とは異なるが,当院でも色素沈着が見られた症例をレトロスペクティブに検討したところ,ORBSCANによる計測でレンズ虹彩把持部から虹彩の最高点までの高低差がすべての症例で0.5mm以上であったため,現在0.5mm以上の症例ではARTIFLEXRの不適応としてARTISANRを採用するようにしている.このARTISANRとARTIFLEXRは上記の素材だけでなく形状デザインも異なる.端的にいうと,レンズ後面のプロフィールが平面に近いARTIFLEXRとよりスペースに余裕がある形状のARITISANRでああたらしい眼科Vol.29,No.7,2012947 ApexPlaneのTopographicalを表示ApexPlaneのProfileを表示ApexPlaneのProfileを表示…………………………………………………………………………図3ORBSCANにおける計測手順View>AnteriorChamber>ApexPlaneを選択(左)する.ApexPlaneのTopographicalDataが表示され(中),その周辺に表示される軸角度の数字(本図には非表示)をクリックしてApexPlaneのProfileを表示して高低差を計算(右)する.る(図2).以下に実際の測定方法について述べる.当院ではORBSCANのApexPlaneというモードを使用して計測を行っている.ApexPlaneのProfileマップはApexに対して垂直な面を仮定して角膜頂点から虹彩や水晶体までの距離を表示させることが可能なモードである.レンズの虹彩把持部分の高さとレンズと接触する可能性の高い虹彩の最高点との高低差を計算する(図3).ARTISANR,ARTIFLEXR両モデルとも基本はレンズ直径が8.5mm(ARTISANRには小さな7.5mmもある)であるので,レンズ中央から把持部までの距離は4.25mmである.しかし,ORBSCANは0.1mmステップの表示なので,中心から4.2.4.3mmの部分の虹彩高さを用いる.しかし,ACP-IOL手術の限界は必ずしもP-IOLの中心がORBSCANの計測中心と一致するわけではないため,筆者は測定されている限り周辺4.5mmくらいまでの高さを見るようにしている.1─通常通りORBSCANを撮影.2─該当患者のデータを呼び出し.3─タブのView>AnteriorChamber>ApexPlaneで画像を変更.4─軸を選び,瞳孔を挟んで一方の虹彩の最高点のApexPlaneからの距離をメモ(A).5─その同側の4.2mmの位置のApexPlaneからの距離をメモ(B).6─AとBの差を計算.7─4,5,6で計測した部位と反対側の虹彩で4.6を繰り返えす.8─高低差が0.5mm以上の症例は注意して,必要に応じてARTISANRに適応を変更.948あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012もちろん,全症例・全部の軸角度で光彩の盛り上がりを確認するのが基本であるが,多数経験するとORBSCANの虹彩パターンをみてフラットな虹彩,盛り上がりの強い虹彩が判別できるようになる.したがって,実際にはフラットな虹彩の場合には,2.3の軸だけを選んで確認し,虹彩の盛り上がりの大きい症例ではできるだけ多くの軸でみるようにしている.虹彩の盛り上がりの大きな症例の場合には,IOL後面のスペースに余裕のあるARTISANRが適応になる.しかし,PMMA素材のため切開創が大きく,両眼ARTISANR症例では片眼ずつの別日手術となるため,患者の術後QOL(qualityoflife)は一時的にせよ下がるので事前説明が重要である(両眼ARTIFLEXR,片眼ARTIFLEXR/片眼ARTISANRは両眼同日手術).最後に,虹彩の形状というのは多くの生体データと同じで静的ではなく動的なものである.調節や散瞳・縮瞳により虹彩の形状や隆起度は変化するため2),測定されたデータだけが虹彩の状況をすべて反映しているわけではないので保守的にデータを読む必要がある.加えて,ORBSCANのみならず前眼部OCTやScheimpflugカメラでも同じような測定ができるが,基準値についてはそれぞれの機械で微妙に異なる可能性があることを付け加えてこの稿を終えたい.文献1)BaikoffG:AnteriorsegmentOCTandphakicintraocularlenses:aperspective.JCataractRefractSurg32:18271835,20062)GuellJL,MorralM,GrisOetal:EvaluationofVerisyseandArtiflexphakicintraocularlensesduringaccommodationusingVisanteopticalcoherencetomography.JCataractRefractSurg33:1398-1404,2007(72)