●連載①抗VEGF治療セミナー─基礎編─監修=安川力髙橋寛二1.抗VEGF薬の基礎石田晋北海道大学大学院医学研究科眼科学分野近年の細胞生物学的研究の進歩は,糖尿病網膜症や加齢黄斑変性などにみられる眼内血管新生の責任分子が血管内皮増殖因子(VEGF)であることを明らかにした.このため,VEGFを分子標的とした治療戦略の確立に向けて複数の新薬が開発された.本稿では,これらVEGF阻害薬の薬剤特性について概説する.眼科疾患と抗VEGF療法~オーバービュー~糖尿病網膜症や加齢黄斑変性など重篤な視力障害に至る眼科疾患における共通の進行期病態は,血管新生である.近年の細胞生物学的研究の進歩は,血管新生の責任分子が血管内皮増殖因子(VEGF)であることを明らかにしたため,VEGFを分子標的とした治療戦略の確立に向けて複数の新薬が開発された.VEGF分子に結合し,その生物活性を阻害する方法は複数あるため,これが現存のVEGF阻害薬の多様性につながっている.大腸癌を適応としながら眼内使用が未認可のまま世界的に広まった中和抗体製剤bevacizumabの他に,わが国では加齢黄斑変性を適応疾患として,pegaptanib,ranibizumabが2008年,2009年と相次いで厚生労働省の認可を受け,さらに3剤目のafliberceptの第3相ランダム化対照試験(RCT)が終了し,2012年中の認可を見込まれている.基本構造だけをみてもpegaptanibはアプタマーという修飾RNA分子,ranibizumabは中和抗体可変領域断片,afliberceptは2つのVEGF受容体融合蛋白であり,そもそも創薬デザインから大きく異なっており(表1),これら多様なVEGF阻害薬について,その薬剤特性の相違点を把握しておくことは必要である.VEGFは血管透過性因子でもあることから,糖尿病黄斑浮腫に対する改善効果が期待され,最近になってRCTの良好な成績が次々に報告された.しかしながら,加齢黄斑変性と同様,長期にわたる継続投与の安全性・有効性については未だ明らかにされていない.糖尿病網膜症も加齢黄斑変性も慢性疾患であるため,これらの疾患に対する抗VEGF療法はいつまで続けるべきか,他の治療法といかに組み合わせていくか,などといった至適な治療プロトコールを検討していくことは,今後の重要な課題である.抗VEGF療法の基礎知識1.VEGFの生物活性VEGFには少なくとも8つのアイソフォームが存在し(図1),眼内ではVEGFとVEGFが主に産生される(数字は構成アミノ酸の(121)数).血管内(165)皮細胞には,VEGF受容体VEGFR-1,VEGFR-2が発現しており,血管内皮細胞の分裂を担うシグナルはVEGFR-1ではなくVEGFR-2を介する.VEGFR-2は,VEGF165アイソフォームに特異的に結合するneuropilin-1という補助受容体と共発現することで,VEGF165-VEGFR-2/neuropilin-1という複合体を形成すると,VEGF165によ表1VEGF阻害薬の薬剤特性薬剤名(商品名)分子量(kDa)創薬デザイン阻害分子販売認可(海外/日本)Pegaptanib(Macugen)Bevacizumab(Avastin)Ranibizumab(Lucentis)Aflibercept(EyleaorVEGFTrap-Eye)5015050110アプタマー中和抗体中和抗体断片VEGF受容体融合蛋白(加齢黄斑変性を対象とした適応)VEGF1652004年/2008年VEGF未認可/未認可VEGF2006年/2009年VEGFPIGFなどのVEGFホモログ分子2011年/2012年(見込み)(75)あたらしい眼科Vol.29,No.6,20127970910-1810/12/\100/頁/JCOPYVEGFR-1VEGFR-2neuropilin-1VEGFR-2signaltransductionVEGFR-2neuropilin-1VEGF165VEGF121VEGFR-1VEGFR-2neuropilin-1VEGFR-2signaltransductionVEGFR-2neuropilin-1VEGF165VEGF121exon:1-58exon:1-56A1A28exon:1-578exon:1-56A1A26B8exon:1-578exon:1-56A178exon:1-56A1A278exon:1-56A1A26B78exon:1-518617446receptorbindingdomainheparinbindingdomainPlGFVEGF121VEGF165VEGF121VEGF145VEGF148VEGF162VEGF165VEGF183VEGF189VEGF206aminoacids図1VEGFアイソフォーム眼内で産生されるアイソフォームはVEGF121とVEGF165.両者の違いはexon7によるコード領域の有無(赤囲み).Exon7コード領域にneuropilin-1やpegaptanibが結合する.図2VEGF.VEGF受容体システムNeuropilin-1はVEGF165と特異的に結合するVEGFR-2の補体受容体.VEGF165の細胞内シグナルはneuropilin-1により強力になる.PIGF(VEGF遺伝子ファミリーの一つ)はVEGFR-1に結合する.CCR2MCP-1内皮細胞VEGFR-2VEGFCD18ICAM-1VEGFR-1炎症細胞内皮細胞分裂るVEGFR-2シグナルがneuropilin-1により増強され,内皮細胞分裂が亢進する(図2).このシステムの関与は糖尿病網膜症の線維血管増殖1)や関節リウマチの滑膜血管新生などで示されており,VEGF164欠損マウス(マウスではアミノ酸の数が1つ少ない)でも脳や網膜の発生段階の生理的血管新生に影響しないことから2),VEGF165は病理的アイソフォームと理解されるようになった3).VEGFR-1はマクロファージ系の炎症細胞にも発現しており,VEGFは白血球走化因子として機能し炎症細胞をリクルートする.さらにVEGFは,血管内皮細胞のVEGFR-2を介して強力な走化因子monocytechemotacticprotein(MCP)-1や接着分子intercellularadhesionmolecule(ICAM)-1の発現誘導を促進することで炎症細胞のリクルートや血管内皮への接着を促進する4)798あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012炎症図3VEGFの生物活性(炎症と血管新生)白血球接着VEGFは,VEGFR-2を介する血管内皮血管新生細胞分裂(血管新生)のみならず,白血球(マクロファージ系炎症細胞)のVEGFR-1に作用して炎症を惹起する.(図3).このように,VEGFの炎症性サイトカインとしての生物活性は,VEGFがそもそも血管透過性因子vascularpermeabilityfactor(VPF)として発見された経緯からも納得できるが,糖尿病網膜症や加齢黄斑変性でみられる浮腫性・滲出性病変を説明しうる重要な性質なのである.したがって,抗VEGF療法の奏効機序は,炎症(浮腫性・滲出性変化)と血管新生の双方を抑制することにある.2.VEGF阻害薬の種類と特徴(表1)a.Pegaptanib眼内で発現する主要なVEGFアイソフォームはVEGF121とVEGF165の2つであるが,pegaptanibはVEGF165アイソフォームに選択的に結合するように作られたアプタマーである.Pegaptanibの基本構造はRNA分子で,ヌクレアーゼで分解されないようメチル(76)化・フルオロ化されている.また,半減期を延長するよう基本構造に高分子ポリエチレングリコール付加などの分子修飾が加えられ,分子量はほぼ50kDaである.アイソフォーム選択性の理論的根拠は,VEGF165がVEGF121より強力な生物活性をもつうえに病理的な条件でより誘導されること,VEGFそのものが眼内の恒常性維持のため生理的に必要であることであろう.しかし,加齢黄斑変性に対するpegaptanibとranibizumabそれぞれの第3相RCT(VISION5),MARINA6),ANCHOR7))の結果からpegaptanibの視力改善効果はranibizumabより小さく,この理由としてpegaptanibはVEGF121による病態形成を抑制できないことが考えられる.b.RanibizumabとBevacizumabBevacizumabは,VEGFに対するマウスモノクローナル抗体を遺伝子組み換えによりヒト化した中和抗体で,アイソフォーム非選択的にすべてのVEGFアイソフォームを阻害する.分子量はIgG分子相当のほぼ150kDaである.一方,ranibizumabは,bevacizumabと同様にすべてのアイソフォームを阻害する抗VEGF中和抗体から,Fabフラグメント(可変領域)を基本構造として作製された蛋白製剤である.全長のIgGでは硝子体注入した場合の網膜内への移行性が悪いため,より小さな分子量の誘導体として開発された.分子量はほぼ50kDaである.Ranibizumabは,アイソフォーム非選択的な中和抗体製剤という点でbevacizumabと共通しているが,その分子量の違いは組織深達性に有利である一方,半減期が短くなるという不利な点もある.Bevacizumabは,ranibizumabやpegaptanibと異なり,もともと大腸癌に対する静脈注射用に開発され,眼疾患に対する局所投与(硝子体注射)のRCTを経ずに未認可使用が広まった.しかしながら,bevacizumabの有効性を示す報告はこの数年で急増し,bevacizumabはranibizumabとほぼ同等の有効性をもつと考えられる8).安全性への懸念として,ranibizumabは,その第3相RCTのサブ解析から脳血管イベントのリスクを上昇させる可能性が指摘されており9),特に血管イベントの既往のある患者への投与には慎重を要する.c.AfliberceptAfliberceptは,VEGFR-1とVEGFR-2それぞれのVEGFに結合する細胞外ドメインとIgG分子のFcドメイン(不変領域)の融合蛋白であり,細胞内シグナルが(77)入らないよう切断された可溶化受容体としてVEGFに結合する.分子量はほぼ110kDaであり,硝子体投与による網膜深達性も確認されている.VEGFR-1の細胞外ドメインを含んでいることから,すべてのVEGFアイソフォームに加えて胎盤成長因子placentagrowthfactor(PlGF),VEGF-Bなど他のVEGF遺伝子ファミリーのホモログ分子も阻害する点もユニークな特徴の一つである.加齢黄斑変性に対する第2相ランダム化試験(CLEAR-IT2)10)の結果からは,afliberceptはranibizumabと同等の有効性をもつ可能性が示され,わが国も参加している第3相RCT(VIEW2)はプラセボ群を設定せずranibizumabとの実薬対照試験である.最近公表された結果では(論文未発表),ranibizumabに比べて何ら遜色のない有効性が示された.文献1)IshidaS,ShinodaK,KawashimaSetal:CoexpressionofVEGFreceptorsVEGF-R2andneuropilin-1inproliferativediabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci41:1649-1656,20002)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164-mediatedinflammationisrequiredforpathological,butnotphysiological,ischemia-inducedretinalneovascularization.JExpMed198:483-489,20033)UsuiT,IshidaS,YamashiroKetal:VEGF164(165)asthepathologicalisoform:DifferentialleukocyteandendothelialresponsesthroughVEGFR-1andVEGFR-2.InvestOphthalmolVisSci45:368-374,20044)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164isproinflammatoryinthediabeticretina.InvestOphthalmolVisSci44:2155-2162,20035)GragoudasES,AdamisAP,CunninghamETJretal:VEGFInhibitionStudyinOcularNeovascularizationClinicalTrialGroup.Pegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed351:2805-2816,20046)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:MARINAStudyGroup.Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20067)BrownDM,KaiserPK,MichelsMetal:ANCHORStudyGroup.Ranibizumabversusverteporfinforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1432-1444,20068)CATTResearchGroup,MartinDF,MaguireMGetal:Ranibizumabandbevacizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed364:1897-1908,20119)UetaT,YanagiY,TamakiYetal:Cerebrovascularaccidentsinranibizumab.Ophthalmology116:36,200910)HeierJS,BoyerD,NguyenQDetal:CLEAR-IT2Investigators.The1-yearresultsofCLEAR-IT2,aphase2studyofvascularendothelialgrowthfactortrap-eyedosedas-neededafter12-weekfixeddosing.Ophthalmology118:1098-1106,2011あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012799