特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):757.761,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):757.761,2012レーザースペックル法の視神経疾患への応用EvaluationofOpticNerveDisorderUsingLaserSpeckleFlowgraphy前久保知行*はじめに近年,レーザースペックル法を用いた研究報告が多くみられる.原田病などの脈絡膜疾患1),網膜静脈閉塞症2)などの網膜疾患への評価や,抗血管内皮増殖因子薬3),光線力学的療法4)などの治療前後での血流変化を評価したものなどが報告されている.その結果は,非常に興味深いものであり,新たな知見も得られている.レーザーを生体組織に照射すると,反射散乱光が干渉し合い,ランダムな斑点模様が形成される.これをスペックルパターンとよぶ.赤血球などの散乱粒子が移動することで時間とともに変化するこのスペックルパターンを解析することで,血流動態の評価に応用されるようになった5).測定装置にも進歩がみられ,血流速度だけではなく,組織血流量を評価することができるようになり6),研究にも進歩がみられる.レーザースペックルフローグラフィーシステム(laserspeckleflowgraphysystem:LSFG)を応用した測定機器であるLSFGNAVI(ソフトケア,福岡)は,2008年に網脈絡膜循環における評価機器として承認を受け,発売された.今まで,循環評価に用いられてきた蛍光眼底造影の問題点として,薬剤性のショックやリアルタイムでの血流の定量化が困難であること,継続的なフォローアップには不向きなことなどがあげられる.それに対して,このLSFGは撮影,評価のうえでいくつかの問題点はあるものの,非接触に数秒で撮影でき,非侵襲的に評価できることから,画期的な評価法になりうる可能性がある.今までのところ,視神経への評価としての報告は,緑内障に対するものだけである.今回,このLSFGを用いた視神経への応用について,今までの報告を紹介するとともに視神経疾患に対する診断への応用として自験例も含め,検討を行い報告する.I緑内障への応用視神経乳頭の循環動態と緑内障性視神経障害との関連を示唆する報告は多く,緑内障の進行に血流が大きく関わっていることが知られている.しかし,今までの報告では,視神経乳頭局所の血流を定量的に評価することがむずかしかった.LSFGを用いることで,直接的に視神経乳頭の血流と視野との関連を検討したものや光干渉断層計(OCT)を用いた網膜神経線維層との相関を評価したものの報告がみられる.柴田らの報告7)では正常群と視野障害のないpreperimetricglaucoma群との比較と病期別の緑内障群の評価が行われ,正常眼に対し,preperimetricglaucoma群では下方の組織血流量が低下していた.これは,緑内障性の変化において,自動視野計における視野障害よりも先に乳頭に変化がみられていることと一致しており,視野障害よりも先に乳頭循環障害が存在していることを示唆した.また,視野障害の進行に一致して乳頭組織血流が低下していることからも,両者の関連性が示唆されている.Yokoyamaら8)は,近視性緑内障視神経乳頭で視神経線維層欠損と視野欠損を認めている症例における視神経乳頭循環との相関を評価し*TomoyukiMaekubo:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕前久保知行:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(35)757た.Humphrey静的視野計,OCTによる網膜神経線維層厚と乳頭血流との間に相関が認められたと報告している.このように視野や網膜神経線維層と血流が相関することは,過去の報告からも示唆されていたが,低侵襲に定量化し,評価できることは非常に有用であるものと考える.正常眼圧緑内障が多い日本人において,このLSFGでの評価は,緑内障に対する新たな評価法として確立していく可能性があると考えられる.また,緑内障治療薬であるプロスタグランジン関連薬9,10),炭酸脱水酵素阻害薬11),b遮断薬の乳頭血流への影響の評価にLSFGが用いられ,報告されている.プロスタグランジン関連薬,炭酸脱水酵素阻害薬では乳頭血流増加作用が報告されている.b遮断薬の代表的薬剤であるチモロールは,眼圧下降により眼循環を増加させる可能性がある一方で,もともと末梢血管収縮作用を有するためこれまでの血流の評価はさまざまである.今後,多数例での治療による乳頭血流の変化と視野障害進行などに関する評価がなされることで,治療における血流の重要性がさらに解明されてくるものと考える.II測定条件,評価についてLSFGで視神経疾患への応用を検討するうえで重要になると考えるのが,測定条件と評価方法である.それは,評価方法など一部確立されたものがないためである.当院での方法に関して,簡単に列挙する.撮影は,暗室にて散瞳後5mm以上の瞳孔径を確認し,LSFGNAVIを用いて行う.測定の再現性については,視神経乳頭部の変動係数が9.5%と報告12)されており,同一検者が3回繰り返して撮影を行い,その平均値で評価を行う.血流の指標にはmeanblurrate(MBR)を使用し,その組織の血流を示すmeantissue(MT)の測定値で比較する.MBRは,過去の報告から実際は,血流速度を測定するものであるが,その値は血流量に相関することがわかっている6).血流測定領域の決定は眼底写真で確認し,視神経乳頭辺縁を選択し,楕円形の領域において測定した(図1).測定時の問題点としては,レーザーを照射してその反射光で評価しているため,角膜混濁や白内障,硝子体混濁などの中間透光体の混濁の影響を受け758あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012ab図1LSFG血流マップ血流が多い部位は暖色系で,少ない部位は寒色系で示される.視神経乳頭辺縁を決定し,選択的に視神経乳頭の血流量を評価する.やすい点がある.評価のうえでの留意点としては,この血流の指標であるMBRは絶対値ではなく,相対値であるということである.各個人の同一組織での再現性は良好であるが,個人や組織が変わると単純にその値で比較することはできない.そのため,筆者らはまず健常ボランティアの血流を評価し,その血流が左右眼で差がないことを確認し,各疾患で患眼と僚眼との間で比較を行い,評価することとした.III非動脈炎性虚血性視神経症と前部視神経炎との鑑別への有用性筆者らは,このLSFGが視神経疾患の診断に応用できないか検討している.成人の急激な視力障害を呈する視神経疾患の代表は,非動脈炎性虚血性視神経症(nonarteriticischemicopticneuropathy:NAION)と視神(36)経炎(opticneurtitis:ON)である.臨床の場では,この両者の鑑別に難渋する場合をしばしば経験する.これは,視神経所見や視野所見などの眼科的検査所見だけでは,鑑別がむずかしいこと13,14)がいわれており,日本人では視神経炎に典型的な眼球運動痛が56%にしか認めず,乳頭浮腫を生じる前部視神経炎(anteriorON:AON)を呈する場合が50%に認められると報告15)されている.つまり,急性の視力障害を呈し,乳頭浮腫を認めているものをきちんと鑑別することは意外にむずかしいこととなる.NAIONの病因は,視神経乳頭の血流供給の中心となる短後毛様体動脈の急性虚血の結果であると考えられている.短後毛様体動脈は篩状板レベルの強膜内に入り,存在に関しては議論があるもののZinn-Haller動脈輪を形成するとされる.同部分は相互の血管吻合が少ないため,この分水嶺での血流低下がNAIONを生じると考えられている.LSFG-NAVIのレーザー波長は830nmであり,眼底においては脈絡膜循環が92%,網膜循環が8%に反映することが知られている.つまり,このLSFGはNAIONの虚血部位である篩状板レベルの血流を鋭敏に反映していることが考えられ,視神経乳頭の血流評価において強力な武器になりうる可能性があり,そabdれを利用することを考えた.ここで代表例を1例ずつ提示する.症例1:64歳,男性.5日前より右眼下方のかすみを自覚した.眼痛,眼球運動痛はなかった.既往歴として糖尿病がみられた.視力は右眼(0.8),左眼(1.0),対光反応は右眼遅鈍で不完全,右眼はRAPD(relativeafferentpupillarydefect)陽性であった.視神経乳頭は乳頭浮腫(図2a),視野は下方水平半盲様の視野欠損(図2b)であった.LSFGにて患眼視神経(図2c)MT値は6.2であったのに対して,僚眼(図2d)は12.1と患眼の明らかな血流低下が示唆された.その後,視機能障害の変化はなく,6カ月後の評価のうえで虚血性視神経症と診断した.症例2:70歳,女性.7日前より右眼が暗く見えるとの訴えで受診した.眼痛,眼球運動痛はなかった.視力は右眼(0.7),左眼(1.0),対光反応は右眼遅鈍で不完全,右眼はRAPD陽性であった.視神経乳頭は乳頭浮腫(図3a),視野検査(図3b)にて下方に感度低下を認めた.LSFGでの患眼視神経MT値は14.3であり,僚眼の13.2よりも高値を示し,患眼での僚眼と比較して血流増加が示唆された.ステロイドパルス治療後,最終視力は1.0,視野も改善し,前部視神経炎と考えられた.abcd図2NAION症例(症例1)図3A.ON症例(症例2)a:右眼眼底写真,b:静的視野検査,c:LSFG患眼,a:右眼眼底写真,b:静的視野検査,c:LSFG患眼,d:LSFG僚眼.d:LSFG僚眼.(37)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012759この2症例は,急性発症で眼球運動痛を伴わず,視野障害も下方水平半盲様の視野障害を呈した症例であった.初診時に対光反応を評価したのちに,散瞳検査へと進んでいく検査のなかでLSFGの撮影を行った.明らかなNAIONの症例では血流低下を示し,A-ONの症例では血流のわずかな上昇を示す結果であった.この結果から,両者の鑑別にLSFGが有用である可能性が示唆され,さらなる検討を行っている.IV蛍光眼底造影との比較NAIONでは短後毛様体動脈の閉塞により,視神経乳頭周囲の脈絡膜循環不全を生じることが知られている.そこで,フルオレセイン蛍光眼底造影(FAG)と比較を行うと,FAGでの低蛍光を示す領域に一致してLSFG画像においても血流量の低下を示しており,結果は一致するものであった(図4).しかし,NAION症例の全例で視神経乳頭周囲の脈絡膜循環不全を生じているわけではなかった.これは,血管閉塞部位に関連するものと考えるが,以前の蛍光眼底造影での報告と一致した.V今後の課題撮影時の問題としては,角膜,水晶体の混濁の影響を受けやすいことがあげられる.白内障Emery-Little分類でgrade2程度までの白内障であれば問題ないものの,それより強い白内障があると画像が不鮮明となる.撮影時間が約4秒程度であり,固視不良の症例ではやや信頼性のある画像を得るのがむずかしい印象である.また,評価法では撮影で得られるMBRの値をどのように評価していくか検討が必要である.それは,MBRが絶対値ではなく,相対値であり,単純に他の個体・組織との比較ができないためである.今回の検討では,片眼性の症例を選び,比較対象を眼疾患のない僚眼を選択し,評価を行った.今後,健常人のデータも蓄積していき,測定値での個人間での直接比較ができるようになれば,さらに研究は進むものと考える.両眼性の乳頭浮腫を呈する疾患である両側前部視神経炎や原田病,うっ血乳頭などの症例に対しても撮影を行い,評価方法を検討していく必要があるものと考え,研究を進めている.760あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012abcd図4NAION症例におけるLSFG画像とフルオレセイン蛍光眼底造影(FAG)との比較a:眼底写真,b:FAG早期相,c:LSFG患眼,d:LSFG僚眼.おわりにこのLSFGは,検討しなければならない点はあるものの非常に手軽に,早期診断への一助となる可能性があり,非常に魅力的な評価機器であるといえる.今回示した結果からも片眼性の乳頭浮腫を認める視神経疾患であれば,まずLSFGを撮影することで乳頭血流の情報が得られ,診断に活かされる可能性がある.現在,血流量の比較のみではなく,さらに血流波形の解析なども進んできている.さまざまな疾患に対しての応用もされてきており,新たな知見が得られている.神経眼科の領域においても,今後このLSFGを用いた血流動態の解析が進むことで疾患の病態解明が進み,治療への発展がなされていくことを期待する.文献1)HiroseS,SaitoW,YoshidaKetal:ElevatedchoroidalbloodflowvelocityduringsystemiccorticosteroidtherapyinVogt-Koyanagi-Haradadisease.ActaOphthalmol86:902-907,20082)小暮朗子,田村明子,三田覚ほか:網膜静脈分枝閉塞症における静脈血流速度と黄斑浮腫.臨眼65:1609-1614,2011(38)3)坂本理之,山本裕弥,田野良太郎ほか:レーザースペックルによる抗血管内皮増殖因子薬投与前後の血流測定.臨眼65:461-464,20114)新田文彦,國方彦志,中澤徹:レーザースペックルフローグラフィを用いた光線力学療法後の血流解析.臨眼65:863-868,20115)TamakiY,AraieM,TomitaKetal:Real-timemeasurementofhuanopticnerveheadandchoroidcirculationusingthelaserspecklephenomenon.JpnJOphthalmol41:49-51,19976)YaoedaK,ShirakashiM,FunakiSetal:MeasurmentofmicrocirculationintheopticnerveheadbylaserspeckleflowgraphyandscanninglaserDopplerflowmetry.AmJOphthalmol129:734-739,20007)柴田真帆,杉山哲也,小嶌祥太ほか:LSFG-NAVITMを用いた視神経乳頭辺縁部組織血流の領域別評価.あたらしい眼科27:1279-1285,20108)YokoyamaY,AizawaN,ChibaNetal:Significantcorrelationsbetweenopticnerveheadmicrocirculationandvisualfielddefectsandnervefiberlayerlossinglaucomapatientswithmyopicglaucomatousdisk.ClinOphthalmol5:1721-1727,20119)廣石悟朗,廣石雄二郎,藤居仁:トラボプロストとタフルプロストによる視神経乳頭循環への影響.臨眼65:471474,201110)杉山哲也,柴田真帆,小嶌祥太ほか:タフルプロスト点眼による原発開放隅角緑内障眼の視神経乳頭血流変化.臨眼65:475-479,201111)大黒幾代,片井麻貴,田中祥恵ほか:併用薬の違いによる1%ドルゾラミドの視神経乳頭の血流増加作用.あたらしい眼科28:868-873,201112)前田祥恵,今野伸介,松本奈緒美:CCDカメラを用いた新しいレーザースペックルフローグラフィーによる健常人における視神経乳頭および脈絡膜組織血流測定.眼科48:129-133,200613)WarnerJE,LessellS,RizzoJF,NewmanNJ:Doesopticnerveappearancedistinguishischemicopticneuropathyfromopticneuritis?ArchOphthalmol115:1408-1410,199714)RizzoJ,LessellS:Opticneuritisandischemicopticneuropathy.ArchOphthalmol109:1666-1673,199115)WakakuraM,Minei-HigaR,OonoSetal:BaselinefeaturesofidiopathicopticneuritisasdeterminedbyamulticentertreatmenttrialinJapan.JpnJOphthalmol43:127-133,1999(39)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012761