監修=坂本泰二◆シリーズ第135回◆眼科医のための先端医療山下英俊眼内血管新生の治療標的としてのクリスタリン蛋白加瀬諭(北海道大学大学院医学研究科眼科学分野)クリスタリン蛋白と眼疾患の関わり脊椎動物におけるクリスタリン(crystallin)蛋白は,a,b,gの3つのファミリーに分かれ,特に近年,aクリスタリンが種々の眼疾患に重要な役割を果たすことが示唆されてきました.a-クリスタリンは熱ショック蛋白(HSP)におけるaA,aBという二つの異なるファミリーより成ります.a-クリスタリンは水晶体構成蛋白として発見され,その後水晶体のみならず網膜や網膜色素上皮(RPE)にも発現されていることが確認されております.加えて,a-クリスタリンは,熱刺激のみならず虚血,低酸素や炎症など,種々のストレスでその発現が誘導され,細胞の増殖制御やアポトーシス,細胞の分化に関与しております.分子シャペロン機能を有しており,種々の蛋白質に結合して,標的蛋白の分解制御を行っています.眼疾患では,まず糖尿病眼と網膜芽細胞腫(RB)において,a-クリスタリン蛋白の関わりについて示します.網膜症の発生がみられない段階における糖尿病眼の網膜においては,正常に比較して,aA-クリスタリンが高発現していましたが,aB-クリスタリンの発現上昇はありませんでした1).同様に,最終糖化産物(AGE)の発現を調べたところ,糖尿病眼では網膜の血管に高発現していました.この結果を踏まえ,リコンビナントAGE蛋白をマウスの硝子体に注入し,網膜を摘出してa-クリスタリンの発現を調べたところ,aA-クリスタリンの発現が誘導されました1).以上より,糖尿病眼において,aA-クリスタリンの発現が網膜のアポトーシス制御に重要な役割を果たすことが示唆されました.RBにおいては,酸化ストレスに反応して培養RB細胞におけるa-クリスタリンの発現が誘導されました2).また,ヒトのRBによる摘出眼球においても,化学療法後に摘出された組織でaB-クリスタリンが残存する腫瘍細胞に高発現していることが判明しました3).(73)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYこれは腫瘍細胞における化学療法への抵抗性の獲得に,a-クリスタリン蛋白の発現が関与していることを示唆します3).化学療法の既往のないRBの病理組織学的研究により,腫瘍細胞におけるa-クリスタリンの発現とそのアポトーシスに負の相関がありました2).a-クリスタリンは分子シャペロン機能により,アポトーシス関連蛋白と結合し,RBのアポトーシスに重要な役割を果たすことが示唆されました.以上の研究により,種々の眼疾患,病態において,aA-とaB-クリスタリンでは発現分布や発現量が異なり,各々異なる役割を果たす可能性があります.a.クリスタリンと眼内血管新生一方で,これまで眼内血管新生における分子シャペロンの役割を解析した報告はあまりみられません.Wuらは,熱ショック蛋白の一つであるHSP90の阻害薬を用いた実験を行い,HSP90を阻害することにより,低酸素に反応する血管内皮増殖因子(VEGF)の発現が抑制されたことを確認し,分子シャペロンが眼内血管新生疾患の治療標的になりうることを示しました4).筆者らは,マウス眼内血管新生の過程において,aB-クリスタリンがVEGFと結合し,VEGFの分解を抑制していることを見出しました5).さらに実際のヒトの組織について,a-クリスタリンの発現を糖尿病網膜症の増殖組織を用いて解析したところ,網膜新生血管の血管内皮細胞にaB-クリスタリンの発現がみられ,かつVEGFと共発現していることを二重染色法で確認しました6).脈絡膜新生血管(CNV)の形成において,RPE細胞におけるVEGFの発現,分泌が重要であることが知られております.aB-クリスタリンは水晶体構成蛋白の一つのみならずRPE細胞にも発現されています.加えて,aB-クリスタリンは,RPE細胞の増殖,アポトーシスの制御に重要な役割を果たすことも示されてきました.以上のことから,CNVの形成,発達においても,aBクリスタリンが関与している可能性が考えられました.実際,aB-クリスタリンノックアウト(KO)マウスと野生型(WT)マウスを使用して,レーザー誘導CNVモデルを作製したところ,aB-クリスタリンKOマウスにおいて,有意にCNVの形成が抑制されました5).Invitroの実験にてaB-クリスタリンのRNA干渉(siRNA)トランスフェクションを行い,aB-クリスタリンの発現を低下させると,VEGFの分解が促進され,血管内皮細あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012361レーザー照射レーザー照射VEGFmRNA↑VEGFprotein産生↑aB-クリスタリン発現低下aB-クリスタリンとVEGFVEGF蛋白との結合凝集,変性↑機能的VEGF蛋白VEGF分解促進血管新生血管新生の抑制図1脈絡膜新生血管(CNV)におけるa.クリスタリンの関与虚血や炎症による刺激に対して,眼内血管内皮増殖因子(VEGF)のmRNAおよび蛋白発現が亢進する.aB-クリスタリンが正常に働く状況では,aB-クリスタリンはVEGFと結合してVEGF蛋白を保持し,VEGFのシグナル伝達をサポートする.しかし,aB-クリスタリンの発現が低下した場合には,VEGFの変性,凝集が起こり分解が促進され,眼内血管新生が結果的に抑制されることが示された.胞がアポトーシスに陥る現象を確認しました.これらのことから,眼内血管新生におけるa-クリスタリンの役割をまとめますと,虚血や炎症による刺激に対して,眼内VEGFのmRNAおよび蛋白発現が亢進します.aBクリスタリンが正常に働く状況では,aB-クリスタリンはVEGFと結合してVEGF蛋白を保持し,VEGFのシグナル伝達をサポートします.しかしaB-クリスタリンの発現が低下した場合には,VEGFの分解が促進され,眼内血管新生が結果的に抑制されることが示されました(図1).眼内新生血管の治療標的としてのa.クリスタリン加齢黄斑変性(AMD)は先進国における高齢者の主要な失明原因の一つとなっています.滲出型AMDは視力を脅かす疾患の一つであり,異常な血管漏出をきたすCNVによって黄斑部に出血や滲出性変化が起きます.CNVの発生病理に,黄斑部網膜下に浸潤したマクロファージやRPEが重要な役割を果たすと考えられています.これらはVEGFなどの血管新生因子の産生源であり,炎症部位における血管新生の発達に関与しています.CNVに対して以前は局所光凝固や手術的な治療が行われていましたが,CNVの近傍にある感覚網膜やRPEへの侵襲が強く,加療後の良好な視機能改善には限界がありました.これまでの病理学的な研究により,VEGFがCNVの血管膜において発現が上昇していることが明らかとなっています.実際,CNVに対して抗VEGF抗体の硝子体内注射が臨床応用されています.しかしながら臨床上の問題点として,CNV抑制のために抗VEGF抗体の反復投与が必要なこと,抗VEGF抗体の無効例が存在すること,抗VEGF抗体投与による網膜神経細胞の障害の可能性が報告されていることがあげられます.したがって,滲出型AMDの治療標的として,VEGFの直接的な抑制が主流ですが,課題も多く残されています.新生血管に対するa-クリスタリンの研究は,直接的なVEGF蛋白質を標的とするのではなく,その蛋白分解を制御している分子を治療標的にすることにより,抗VEGF抗体治療の効果の増強,反復投与の軽減効果が期待されます.文献1)KaseS,IshidaS,RaoNA:IncreasedexpressionofalphaA-crystallininhumandiabeticeye.IntJMolMed28:505-511,20112)KaseS,ParikhJG,RaoNA:Expressionofalpha-crystallininretinoblastoma.ArchOphthalmol127:187-192,20093)KaseS,ParikhJG,RaoNA:Expressionofheatshockprotein27andalpha-crystallinsinhumanretinoblastomaafterchemoreduction.BrJOphthalmol93:541-544,20094)WuWC,KaoYH,HuPSetal:Geldanamycin,aHSP90inhibitor,attenuatesthehypoxia-inducedvascularendothelialgrowthfactorexpressioninretinalpigmentepitheliumcellsinvitro.ExpEyeRes85:721-731,20075)KaseS,HeS,SonodaSetal:alphaB-crystallinregulationofangiogenesisbymodulationofVEGF.Blood115:33983406,20106)DongZ,KaseS,AndoRetal:AlphaB-crystallinexpressioninepiretinalmembraneofhumanproliferativediabeticretinopathy.Retina,inpress■「眼内血管新生の治療標的としてのクリスタリン蛋白」を読んで■多くの眼科医は,クリスタリンと聞くと,「あぁ,ストレスによって水晶体の透明性が低下しないように水晶体を構成している蛋白だ」と思うのではないでする能動的機能を備えています.たとえば,a-クリしょうか.しかし,クリスタリンはそれだけでなく,スタリンは,変性したb-およびg-クリスタリンを正362あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(74)常に戻し,会合を防ぐ機能(シャペロン)をもつことがあることです.つまり,病的あるいはストレス下にが判明しており,これによりb-とg-クリスタリンはおいては,VEGFとa-クリスタリンは血管新生の正水晶体の透明性維持や,光の屈折率を高める機能を保のフィードバックを形成して爆発的に血管新生を亢進つことができています.実際,a-クリスタリン欠損している可能性があります.免疫反応においては,生マウスは軽度のストレスにより水晶体混濁を起こしま体は必要なときには必要な生体反応だけを起こす特殊す.最近このクリスタリンが血管新生にも重要な働きな仕組みがありますが,血管新生においてもこの正のをしていることがわかってきました.固形腫瘍が増大フィードバックにより,必要な部位だけに血管新生をする過程で,腫瘍内部への酸素供給が不十分になり,起こすことができるのです.しかし,逆にいえば,こ腫瘍中心部は虚血状態になりますが,それが誘因になの正のフィードバックを抑制することで,血管新生をり血管新生が誘導され,その結果虚血状態が改善さ“爆発的に”抑制することも可能です.そのことを,れ,さらなる腫瘍の増大を招く現象は広く知られてい最初に眼科領域で示した加瀬諭先生の研究は画期的ます.ところが,a-クリスタリン欠損動物ではそのなものなのです.現在の血管新生抑制薬は,抗VEGF現象が起こらないことから,a-クリスタリンが血管薬が主体となっていますが,さらに効果的な薬物はあ新生のカギとなる物質であると考えられています.特まりなさそうです.しかし,この正のフィードバックに,重要なことはa-クリスタリンは部分的に変性しを抑制する薬物があれば,現行薬よりも効果的なものた血管内皮増殖因子(VEGF)を正常に修正して,そになりうる可能性があります.このことが,早く眼科の機能を高めるだけでなく,ストレス下ではVEGF領域で実現することを祈ります.がa-クリスタリンの発現とリン酸化を亢進する作用鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(75)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012363