特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):613.619,2012特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):613.619,2012続発緑内障の眼圧上昇機序とその対策─開放隅角の場合MechanismofElevatedIntraocularPressureinSecondaryOpenAngleGlaucoma芳野高子*福地健郎*はじめに続発緑内障は原発緑内障に対し,他の眼疾患,全身疾患あるいは薬物使用が原因となって眼圧上昇が生じる緑内障と定義されている.日常診療の場においてしばしば遭遇し治療に苦慮することも多く,今日多治見スタディによる有病率は0.5%と報告されており,決して少なくはない.続発緑内障の治療は原因疾患に対する治療と眼圧上昇に対する治療が併用して行われる.隅角が開放しているにもかかわらず,どのような機序で眼圧が上昇するのかを理解することは,病態ごとにより的確な治療を選択するために重要である.以下に緑内障診療ガイドライン(第3版)(表1)1)の順に沿って,代表的な疾患の眼圧上昇機序について概説する.I続発開放隅角緑内障とは緑内障診療ガイドラインにおける続発緑内障の分類は眼圧上昇機序により分類されているが,たとえば血管新生緑内障のように,病因によっては眼圧上昇機序が変化,進展することがあるということを念頭におく必要がある.眼圧上昇を起こす原因主座は,①血管新生緑内障に代表される,線維柱帯と前房の間に房水流出抵抗の主座があるもの,②ステロイド緑内障,落屑緑内障,ぶどう膜炎による緑内障に代表される,線維柱帯に房水流出抵抗の主座があるもの,③何らかの原因により上強膜静脈圧が亢進することにより生ずる,Schlemm管より後方に房水流出抵抗の主座があるもの,④房水過分泌によるもの,と分類される.特に続発開放隅角緑内障の大半を占める①と②においては,診断のための隅角検査は不可欠であり,それぞれの典型的な所見を確実に捉えることと,さらに眼圧上昇の場である線維柱帯の解剖,組織像を正しく把握し理解することで,理に適った治療の対策を立てることができる.線維柱帯は前房隅角に存在する網目状の組織で,Schlemm管への主要房水流出路である.解剖学的には,線維柱帯は前房側から順にぶどう膜網(uvealmeshwork),角強膜網(corneoscleralmeshwork:CSM),傍Schlemm管結合組織(juxtacanalicularconnectivetissue:JCCT)の3部に分けられ,線維柱帯の網目はぶどう膜網では比較的粗いが,角強膜網では線維柱帯細胞は突起を有し,Schlemm管に近づくにつれて細くなっている.特に,傍Schlemm管結合組織では線維柱間隙(intertrabecularspace)が狭くなり,はっきりしなくなる.正常眼では線維柱帯における主要な房水流出抵抗はこの傍Schlemm管結合組織にあると考えられている.組織学的には,線維柱帯はコラーゲン,弾性線維,線維性結合組織とその表面に存在する線維柱帯細胞からなり,房水は線維柱帯の網目の線維柱間隙を通過する.続発開放隅角緑内障は,線維柱帯に生じるさまざまな異常によりこの房水流出抵抗が上がり,眼圧が上昇する.*TakaikoYoshino&TakeoFukuchi:新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)〔別刷請求先〕芳野高子:〒951-8510新潟市旭町通一番町754新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(33)613表1緑内障の分類II.続発緑内障(secondaryglaucoma)1.続発開放隅角緑内障A.線維柱帯と前房の間に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:pretrabecularform)例:血管新生緑内障,異色性虹彩毛様体炎による緑内障,前房内上皮増殖による緑内障などB.線維柱帯に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:trabecularform)例:ステロイド緑内障,落屑緑内障,原発アミロイドーシスに伴う緑内障,ぶどう膜炎による緑内障,水晶体に起因する緑内障,外傷による緑内障,硝子体手術後の緑内障,ghostcellglaucoma,白内障手術後の緑内障,角膜移植後の緑内障,眼内異物による緑内障,眼内腫瘍による緑内障,Schwartz症候群,色素緑内障,色素散布症候群などC.Schlemm管より後方に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:posttrabecularform)例:眼球突出に伴う緑内障,上眼静脈圧亢進による緑内障などD.房水過分泌による続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:hypersecretoryform)2.続発閉塞隅角緑内障A.瞳孔ブロックによる続発閉塞隅角緑内障(secondaryangleclosureglaucoma:posteriorformwithpupillaryblock)原因疾患:膨隆水晶体,水晶体脱臼,小眼球症,ぶどう膜炎の虹彩後癒着による虹彩ボンベなどB.瞳孔ブロックによらない虹彩─水晶体の前方移動による直接閉塞(secondaryangleclosureglaucoma:posteriorformwithoutpupillaryblock)原因疾患:膨隆水晶体,水晶体脱臼などC.水晶体より後方に存在する組織の前方移動による続発閉塞隅角緑内障(secondaryangleclosureglaucoma:posteriorform)原因疾患:小眼球症,汎網膜光凝固後,強膜短縮術後,眼内腫瘍,後部強膜炎,ぶどう膜炎,原田病による毛様体脈絡.離,悪性緑内障,眼内充.物質,大量硝子体出血,未熟児網膜症D.前房深度に無関係に生じる周辺虹彩前癒着によるもの(secondaryangleclosureglaucoma:anteriorform)原因疾患:ぶどう膜炎,角膜移植後,血管新生緑内障,虹彩角膜内皮(ICE)症候群,前房内上皮増殖,虹彩分離症などII続発開放隅角緑内障の眼圧上昇機序と対策および治療1.血管新生緑内障(図1)a.眼圧上昇機序血管新生緑内障は,隅角に生じた線維血管膜により房水流出抵抗が増大し,眼圧上昇が起こる難治性の続発緑内障である2).網膜が虚血をきたすと網膜の細胞から血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が産生され,VEGFは硝子体内から前房に拡散し,虹彩や隅角に新生血管と線維血管膜を形成する.網膜虚血をきたすすべての眼疾患が原因となる可能性があり,網膜中心静脈閉塞症,増殖糖尿病網膜症,眼虚血症候群が代表的であるが,日本では増殖糖尿病網膜症の頻度が最も高い.虹彩や隅角に新生血管がみられるだけでは眼圧上昇はみられない(前緑内障期)が,隅角の新生614あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(日眼会誌116:3-46,2012より抜粋引用)血管が著明となり,線維血管膜が形成されると房水流出抵抗が増大し,隅角が開いているにもかかわらず眼圧上昇をきたす(開放隅角緑内障期).さらに進行すると,線維血管膜が収縮して周辺虹彩前癒着を生じ,隅角線維柱帯を閉塞して著明な眼圧上昇をきたす(閉塞隅角緑内障期).b.対策と治療血管新生緑内障は,ほとんどの場合で網膜虚血が原因で発症するため,原因となった網膜疾患の状態を確認する必要がある.特に増殖糖尿病網膜症においては網膜症ばかりに目を奪われがちになるため,散瞳剤使用前の細隙灯顕微鏡検査,隅角鏡検査を定期的に行い,新生血管の発見が遅れないよう常日頃心がけることが重要となる.血管新生緑内障を発症してしまったら,まずは網膜虚血を解消して前眼部新生血管の消退を目指すと同時に,(34)SCCD34……..PAS100μmNV5μm100μmABCDSCCD34……..PAS100μmNV5μm100μmABCD図1血管新生緑内障の隅角所見(A,B)と病理所見(C,D)A:開放隅角期.毛様体帯から線維柱帯に向かって多数の新生血管がみられる.B:閉塞隅角期.進行すると新生血管を伴う線維性血管膜が収縮し,周辺虹彩前癒着(PAS,矢頭)を生ずる(A,Bとも糖尿病網膜症による血管新生緑内障).C:網膜中心静脈閉塞症に伴って生じた血管新生緑内障における線維柱帯の光学顕微鏡所見.すでにPASを生じている.HE染色像の長方形の領域に対するCD34免疫染色によって,おもに線維柱帯表層部に多数の新生血管が検出(青矢頭)される.D:糖尿病網膜症による血管新生緑内障における線維柱帯の電子顕微鏡所見.左下の光学顕微鏡写真の四角部分を透過型電子顕微鏡で観察すると,線維柱帯間隙に新生血管(NV)が確認される.(C,Dは日赤医療センター・濱中輝彦先生のご厚意による.SC:Schlemm管)眼圧下降療法を並行して速やかに行うことが治療の基本となる.網膜虚血の解消には,経瞳孔的汎網膜光凝固術が主体となる.眼圧下降療法は,薬物・手術治療ともに他の緑内障病型と基本的に共通であるが,薬物治療では効果が不十分な症例が多く,薬物により眼圧が一時的に下降しても,新生血管が残存していれば隅角閉塞が進行して再び高眼圧となる.トラベクレクトミーをはじめとする緑内障手術は,新生血管の活動性がある状態では,術中・術後出血や遷延する術後炎症により,濾過胞の維持が困難となり,手術成績は不良であった.このような問題点によって,従来の治療法では高眼圧が遷延し,視機能予後が不良な症例が少なくなかったが,2006年Avery3)の報告以降,抗VEGF薬の治療効果が多数報告され,現在ではベバシズマブをはじめとする抗VEGF薬は新生血管の退縮効果目的として血管新生緑内障の治療に新しい選択肢を与えた.その位置づけは,あくまで汎網膜光凝固術に対する補助療法と,緑内障手術での周術期の出血性合併症の抑制目的であり,何よりも適応外使用薬剤であるため,使用に際しては慎重な適応決定と長期にわたる経過観察が必要である.2.ステロイド緑内障(図2)4)a.眼圧上昇機序ステロイド投与による眼副作用のうち,緑内障は1950年代からすでに報告されており5),全身投与および点眼治療を受けている患者で常に注意の必要な眼合併症の一つである.その眼圧上昇機序は,ステロイドが線維柱帯細胞のステロイド受容体に作用して,細胞外マトリックスの産生亢進や貪食機能低下を惹起させ,傍Schlemm管結合組織から角強膜網深層の線維柱帯組織への細胞外マトリックスの異常蓄積による房水流出抵抗の増大がひき起こされているためと考えられている.原発開放隅角緑内障(POAG)や発達緑内障においても,線維柱帯に細胞外マトリックスが蓄積して房水の流出が障害されるため眼圧上昇が生じるとの説がある6,7).この細胞外マトリックスは指紋様あるいは基底板様組織とよばれ,細胞基底膜に似た構造をしている物質と細線維様物質からなる.臨床上,隅角や前房に特徴的な所見は認められないが,ステロイド緑内障の線維柱帯の組織像には傍Schlemm管結合組織から角強膜網深層に細胞外マトリックスが沈着している像がみられる.(35)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012615AJCTCSMBCSC……1μm1μm図2ステロイド緑内障の病理所見A:光学顕微鏡で観察すると,傍Schlemm管結合組織(JCT)から角強膜網深層(CSM)にかけて均質な細胞外物質が沈着し,線維柱帯の間隙が閉塞している(矢頭).B,C:透過型電子顕微鏡で観察すると,JCTからCSMに沈着した細胞外物質は,線維柱帯細胞の基底膜に連続する基底膜様物質(fingerprint-likematerial,Bの☆)と,均質無構造の顆粒状物質(Cの*)などを含んでいる(SC:Schlemm管).b.対策と治療ステロイド緑内障を疑った場合には,まずステロイド投与を中止することが原則である.ステロイドによる眼圧上昇は可逆的であるとされるが,長期間の眼圧上昇により隅角が二次的な変化をきたすと,投与を中止しても眼圧は下降しなくなることもある.原疾患の治療上やむを得ずステロイドの投与を継続しなければならない場合や眼圧下降しない症例では,眼底所見および視野障害の程度により目標眼圧を検討し,薬物治療,手術治療を選択する必要がある.薬物治療はPOAGに準じるが,眼616あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012圧下降効果が不十分であれば,観血的手術に踏み切らざるを得ない.わが国では,ステロイド緑内障に対するトラベクロトミーが長期にわたって眼圧下降効果が得られることが報告されており8),視神経障害が著明でなければ観血的手術の第一選択とする考えもある.ステロイド緑内障の眼圧上昇機序から考えると,線維柱帯組織の細胞外マトリックスの異常蓄積が房水流出抵抗の本質であるため,その部分を切り開くトラベクロトミーは理に適った手術といえる.過去の報告をみても,POAGに対するトラベクロトミーよりも手術成績は良いようである9,10).一方,海外ではトラベクレクトミーが選択されることが多いようであり,その手術成績も良好である11).しかし,トラベクレクトミーは濾過胞感染のリスクがあり,その適応は視野障害の進行程度により十分に検討する必要がある.3.落屑緑内障(図3)a.眼圧上昇機序眼内に落屑物質の沈着がみられる落屑症候群は落屑に関連した病理学的機序によって続発性の開放隅角緑内障を示すことがあり,これを落屑緑内障とよぶ.落屑緑内障はPOAGと比較すると視神経視野障害の進行が速く,眼圧も高いことが多く,変動幅も大きいことが知られている12).その眼圧上昇機序は,線維柱帯への落屑物質の沈着により流出抵抗が増加することにある.詳細には,落屑物質の線維柱間隙,傍Schlemm管結合組織,Schlemm管周囲への沈着に加えて,落屑物質が線維柱帯細胞で産生されること,虹彩色素上皮細胞から遊離した色素顆粒が房水の流れに従って前房隅角に到達し,線維柱帯細胞に貪食されることによる線維柱帯細胞の機能不全,傍Schlemm管結合組織と線維柱層板の構造変化にあると考えられている.b.対策と治療現時点では原因にあたる落屑物質に対する治療方法はなく,したがって高眼圧型POAGに準じた治療を行う.薬物治療では眼圧下降率の大きさと眼圧変動幅の抑制の点から,また落屑緑内障は高齢者ほど多いことから全身的副作用のないプロスタグランジン関連薬が第一選択として望ましい.第二選択としても全身的副作用の点から(36)ASC..JCTCSM.BSC.JCTC図3落屑緑内障の隅角所見と病理所見A:典型的には隅角(特に下方)に高度の色素沈着を示す.Schwalbe線を越えて線状に沈着した色素沈着はSampaolesi線とよばれる(矢頭).B:落屑緑内障の線維柱帯切片を光学顕微鏡で観察すると,落屑物質と考えられる物質が傍Schlemm管結合組織(JCT)から角強膜網(CSM)に沈着しているのが観察される(*).C:同様に透過型電子顕微鏡によって観察すると,おもにJCTに落屑物質が観察される.写真は線維柱帯細胞による空隙(vacuole)が落屑物質によって満たされている所見を示している(*).(B,Cは産業医科大学・田原昭彦教授のご厚意による.SC:Schlemm管,JCT:傍Schlemm管結合組織,CSM:角強膜網)b遮断薬より炭酸脱水酵素阻害薬が勧められる.しかし,落屑緑内障の患者はPOAGより眼圧が高く変動幅が大きいため,視野障害の進行例も多く,さらに高齢者が多いことからアドヒアランスが不良であることもあり,薬物治療では十分な眼圧下降が得られないことが多い.Pohjanpeltoは,10年間の経過観察ではPOAGよりも手術治療に踏み切るケースが多く,POAG患者では18%の手術率に対して,落屑緑内障患者の35%が手術治療を受けたと報告している13).したがって,実際の臨床においては,薬物治療で治療を開始し,眼圧下降効果が不十分もしくは目標眼圧値に達しない場合は進行が速いことを予測し,観血的手術へと早めに切り替えることが必要である.落屑緑内障に対する観血的手術は,高眼圧による視野障害進行例にはトラベクレクトミーが第一選択と考えられている.しかし,トラベクレクトミーの術後管理や合併症のリスク,患者の背景などから検討した場合,術後に緑内障点眼薬を併用する前提でのトラベクロトミーの選択も推奨される.トラベクロトミーの場合,落屑緑内障の眼圧上昇が落屑物質の房水流出路への蓄積および線維柱間隙の消失によるものから,線維柱帯を切開し,Schlemm管を開放する方法は理に適った術式と考えられている.トラベクロトミーの成績はこれまで多数報告されているが,Taniharaら9)は生命表分析による5年後の生存率を73.5%と報告しており,これはPOAG(58.0%)に対し有意に良好な成績であった.Fukuchiら14)は,66眼の落屑緑内障の初回手術として,トラベクロトミー+白内障同時手術群,トラベクレクトミー+白内障同時手術群,マイトマイシン併用トラベクレクトミー単独手術群を術後36カ月間比較し,術後3カ月以降はいずれの群も術後眼圧に有意差がなかったと報告した.さらに,術後最高視力に達するまでの期間は,トラベクロトミー+白内障同時手術群が有意に早く,トラベクロトミー+白内障同時手術はトラベクレクトミー+白内障同時手術と同等の眼圧下降効果があるとして,落屑緑内障の初回手術として勧めている.しかし,2例はトラベクレクトミーの追加手術を要し,目標眼圧が10mmHg以下を要する視野障害進行例に対してはトラベクレクトミーを検討すべきとしている.したがって,実際の臨床においては,落屑緑内障は視野障害進行例や進行した白内障を合併している例が多いため,視機能の状態と平均眼圧,目標眼圧を十分に検討し,いずれの術式を選択すべきかが,術後の視機能を悪化させないためにも重要となる.4.ぶどう膜炎による緑内障a.眼圧上昇機序臨床的にしばしば眼圧上昇が問題となる非感染性ぶど(37)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012617う膜炎としては,サルコイドーシス,Behcet病,炎症の遷延化したVogt・小柳・原田病,ヒト白血球抗原(HLA)-B27関連ぶどう膜炎の急性期,若年性関節リウマチに伴うぶどう膜炎の慢性期,Posner-Schlossman症候群などがあげられる.ぶどう膜炎による炎症はさまざまな形で眼圧に影響を及ぼし,おもに虹彩後癒着や周辺虹彩前癒着などの房水流出路の遮断という二次的かつ解剖学的障害に起因する眼圧上昇機転のほか,線維柱帯局所における房水流出抵抗の増大が眼圧を上昇させる.開放隅角における房水流出抵抗の増大には炎症細胞やフィブリンなどの炎症産物が線維柱帯間隙を閉塞すること,細胞外マトリックスが増加することなどが関与する.また,房水分泌過多,線維柱帯および内皮の障害,ステロイド緑内障などの要素が複雑に関与して眼圧上昇をきたしていると考えられる.b.対策と治療ぶどう膜炎に続発する緑内障の治療は,ぶどう膜炎に対するステロイド療法による消炎治療と薬物治療による眼圧下降療法との2本立である.まずは消炎治療を先行し,活動性の炎症を消炎することにより眼圧上昇の原因が除去されれば眼圧下降が期待できる.前房内に炎症細胞がみられなくとも,隅角検査で結節などの炎症所見が確認されることも多く,隅角検査は常に必須の検査である.眼圧下降目的に用いる薬剤は,POAGに対する治療方針と基本的には同様であるが,プロスタグランジン関連薬はuveoscleraloutflowを介した強力な眼圧下降作用を有し,同時に血液房水柵を破綻する可能性もあることから,ぶどう膜炎症例における使用には慎重を要する.ぶどう膜炎の眼内炎症の程度や推移により状況に応じて眼圧下降薬を開始,変更,あるいは中止して治療を行っていくが,慢性の炎症による線維柱帯およびSchlemm管の瘢痕化などの不可逆的な障害が房水流出抵抗を増大させると,活動性の炎症がなく,眼圧下降薬を投与しても眼圧が下降しなくなることもある.また,治療目的に用いたステロイド薬の副作用としての眼圧上昇の可能性も常に念頭に置く必要があり,消炎治療と眼圧治療のどちらを優先すべきか判断がむずかしく,両者のバランスをとることが容易ではないことも多い.活動性炎症の有無にかかわらず,緑内障視神経障害が明らかに進行していく場合には,消炎療法を行いつつ,観血的治療に切り替えることが必要である.症例の房水流出障害がどこにあるのかを十分に検討し術式を選択すべきであるが,トラベクレクトミーは房水流出障害の部位にかかわらず効果を発揮するため,第一選択とされることが多い.5.外傷による緑内障(鈍的眼外傷)(図4)a.眼圧上昇機序外傷性緑内障は発生機転により鈍的眼外傷と穿孔性眼外傷に大別される.鈍的眼外傷において障害されやすい前眼部の部位と病態は,瞳孔裂傷,虹彩離断,隅角後退,毛様体解離,隅角線維柱帯の裂傷,Zinn小帯の断裂,鋸状縁での網膜の断裂の7つであるが,なかでも隅角後退と隅角線維柱帯の裂傷の隅角損傷は房水の眼外への流出が妨げられ,眼圧上昇をきたす原因となる.隅角後退は,受傷後から年余を経て隅角後退部の隅角線維柱帯内皮網内の硝子膜を形成し,線維柱帯を被覆することにより房水流出が障害される.隅角線維柱帯の裂傷も治癒機転において発生する線維症が線維柱帯の細孔を被覆することにより眼圧が上昇する.b.対策と治療鈍的眼外傷の後には,前房出血や虹彩炎とともに眼圧上昇がみられることがあるが,隅角に恒久的障害がなければ時間の経過とともに眼圧は正常化する.隅角検査に図4鈍的外傷による続発緑内障眼の隅角所見この症例では全周にわたって外傷性隅角後退(traumaticanglerecession)がみられた.しばしば外傷性散瞳,隅角離断,隅角裂傷,虹彩離断,周辺虹彩前癒着などさまざまな所見が混在する.618あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(38)おいて180°以上の隅角後退があれば将来的に10%以上の確率で緑内障に移行するといわれており15),長期的な眼圧検査が必要である.眼圧下降療法はPOAGの治療に準じて行うが,薬物治療に抵抗する場合は,トラベクレクトミーなどの濾過手術が必要となる.文献1)日本緑内障学会緑内障ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20122)Sivak-CallcottJA,O’DayDM,GassJDetal:Evidencebasedrecommendationsforthediagnosisandtreatmentofneovascularglaucoma.Ophthalmology108:1767-1776,20013)AveryRL:Regressionofretinalandirisneovascularizationafterintravitrealbevacizumab(Avastin)treatment.Retina26:352-354,20064)桜川真智子,岩田和雄:Steroidglaucomaにおける隅角の微細構造.日眼会誌83:1337-1353,19795)SternJJ:Acuteglaucomaduringcortisonetherapy.AmJOphthalmol36:389-390,19536)田原昭彦,高比良健市,山名敏子ほか:内服によるステロイド緑内障隅角組織の形態学的および組織化学的検索.あたらしい眼科10:1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