特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):781.785,2012特集●神経眼科―最新の話題あたらしい眼科29(6):781.785,2012難治性眼瞼痙攣に眼瞼手術療法は有効か?IsLidSurgeryEffectiveforIntractableBlepharospasm?三村治*はじめに本態性眼瞼痙攣(以下,眼瞼痙攣)は眼輪筋の過度な収縮により不随意的な閉瞼が生ずる疾患で,放置すれば次第に進行し最終的には機能的失明状態になることもあり,患者のqualityofvision,qualityoflifeを大きく損なうものである1).現在,国際的にも広く認められている第一選択の治療はボツリヌス毒素療法であり,ボツリヌス毒素のなかでも最も毒性の強いA型毒素を,眼輪筋や皺眉筋などに注射することにより約3.4カ月程度の症状の寛解をもたらすことができる1).しかし,その奏効する頻度は80.90%であり2,3),必ずしも全例に効くわけではない.このような無効例はfirstfailureとよばれている.一方,ボツリヌス毒素を長期にわたり反復投与することによって抗毒素抗体(中和抗体)の産生される可能性があり,この抗体がいったん産生されれば,対象疾患に対するボツリヌス毒素療法は無効となってしまう.これはsecondaryfailureとよばれているが,その頻度は報告によりさまざまである4,5).この抗毒素抗体産生は用量依存性であり,もともと使用量の少ない本態性眼瞼痙攣ではまれであった.しかし,A型ボツリヌス毒素製剤(BOTOXR,Allergan,USA)の初期の製剤(originalBOTOXR)では,この抗体産生による無効化がしばしば問題になったが,最近の組織結合蛋白を少なくした製剤(currentBOTOXR)では眼瞼痙攣においてはいまだ陽性例は報告されていない1).ただし,抗毒素抗体産生とまではいかなくとも,反復投与により,徐々に効果が減弱する例が多くの施設から報告されている6,7).このようにボツリヌス毒素療法が無効,あるいは効果が不十分な症例に対しては,以前から観血的眼瞼手術が行われていた1).なかでもAndersonの眼輪筋を大きく切除する方法は,ボツリヌス毒素療法とほぼ匹敵する成績をあげると報告されている8).しかし,彼らの方法はかなり大がかりなもので侵襲が大きく,われわれが日常臨床ですぐに使用できるものではない.筆者らは,これらのボツリヌス毒素療法が無効,あるいは効果が不十分な症例に対して,おもに炭酸ガス(CO2)レーザーメスを用いた上眼瞼の眼輪筋切除を行ってきた.本稿では,眼瞼痙攣に対してこれまで行われてきた各手術の概要を示すとともに,筆者らの行っている手術の結果を述べ,さらに最新の手術手技の進歩についても解説する.I眼瞼痙攣に対する手術1.眼瞼皮膚切除術老人性皮膚弛緩症に対して行うのと同様,単に余剰の上眼瞼皮膚を切除する方法である.眼瞼痙攣では強い閉瞼運動を反復するため,眼瞼の皺や皮膚のたるみが多くみられる.これを切除することにより眼瞼が軽く感じられることもあるが,効果はあくまで一時的であり,つぎに述べる眼輪筋部分切除を併用しなければ長期的には無効になる.合併症としては,術後の腫脹,皮下出血が主*OsamuMimura:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕三村治:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(59)781であるが,切除範囲を広くとり過ぎると,閉瞼不全や眼瞼の外反をきたし,兎眼性角膜炎をみることもある.2.眼輪筋切除術眼瞼の眼輪筋をできるだけ広い範囲で,できるだけ多量に,瞼板近くまで切除する方法である.眼瞼の皮膚切除範囲は通常の老人性眼瞼皮膚弛緩症の際の眼瞼皮膚切除と同じか少し広い目にとる.上眼瞼挙筋短縮術(縫縮術)やMuller筋縫縮術と併用することもある.通常上眼瞼のみで行うことが多い.単純な皮膚切除より切除範囲や体積の減少が大きいので,短期的には術後の腫脹,血腫が強く,長期的には切除部位の陥凹をみることがある.また,前額部の知覚鈍麻,閉瞼機能低下,兎眼性角膜炎,眼瞼外反症などをきたすことがある.筆者らの行っている方法は次項で述べる.3.Muller筋縫縮術,上眼瞼挙筋短縮術いずれも経皮的に瞼板を露出し,瞼板上縁に付着しているMuller筋や上眼瞼挙筋を上方まで.離して縫縮あるいは短縮する方法である.ただ,通常の眼瞼下垂には効果的であるが,眼輪筋を強く収縮させ,眉毛を下降させる眼瞼痙攣には効果はあくまで限定的であり,実際に眼瞼痙攣に対してこれらの手術を受け改善しないと訴えて筆者らの外来を受診する患者が絶えない.眼瞼痙攣には他の手術との併用を要する補助手術と考えられる.4.前頭筋吊り上げ術上眼瞼挙筋の挙筋能が不良な眼瞼下垂に対する手術である.瞼板に縫着したさまざまな素材を上眼瞼皮膚と眉毛の下をくぐらせて眉毛の上方に固定する.以前は大腿筋膜や腱を使うことが多かったが,最近では人工素材を用いることも多い.合併症では,感染,兎眼性角膜炎,縫合部の肉芽腫形成などがある.手術成績は73.92%で良好とするものもあるが,無効例や増悪例もあり,術後にほとんどのケースでボツリヌス毒素注射を施行しているという報告もある1).782あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012II兵庫医科大学病院眼科での手術成績と既報の比較1.筆者らの行っている上眼瞼眼輪筋切除術通常の加齢性上眼瞼皮膚弛緩症と同様に皮膚切除部位を決め,皮膚ペンでマークする.若年者の薬剤性のものであれば最低限の皮膚切除量にとどめる.ついでエピネフリン添加1%キシロカイン液(1%キシロカインER)で麻酔を行う.その後15分程度待ってから挟瞼器で上眼瞼を挟む〔炭酸ガス(CO2)レーザーメスでは切開と止血が同時にできるので特に挟瞼器の必要はない〕.この際にはできるだけ大きな挟瞼器を使用するのがよい.その後,マークした線に沿って皮膚切開をメスで行い,皮膚を切除する.皮膚切除後の上縁皮膚および下縁皮膚に牽引糸(5-0程度のシルク糸)をかけ,上下それぞれに牽引し,その下の眼輪筋を.ぐように切除していく.できる限り多く眼輪筋を切除するために,この操作を一見瞼板が露出するように見える程度まで徹底的に行うことが重要である.皮膚縫合は7-0プロリン糸で連続ではなく結節縫合で行う.2.兵庫医科大学病院眼科での手術成績a.対象1996年4月から2011年12月までの15年8カ月間に兵庫医科大学病院眼科(以下,当科)を受診し,本態性および薬剤性眼瞼痙攣の診断を受けた患者のうち,上記眼瞼手術を受け,1年以上経過を追うことのできた患者115例を対象とした.b.方法全例に対して,後ろ向きに診療録,顔写真,顔面ビデオ,手術記録,手術ビデオなどを検討した.検討項目としては,年齢,性,手術手技,初診から手術までのボツリヌス毒素注射回数,患者の自覚症状,術後の寛解の有無,手術前後および最終注射時の平均注射間隔,などを調査した.c.結果患者の性別は男性37例,女性78例で,年齢は27.85歳までである(平均64.4歳).手術では,115例全例が炭酸ガスレーザー手術装置を用いて,挟瞼器を使用せ(60)ずに上眼瞼の眼輪筋切除術を受けていた.このうち7例では同時にMuller筋縫縮術を併用していた.ボツリヌス毒素注射を術前に他院で受けていたものは12例で,当科で受けていたものは107例(4例重複)であった.術前に注射を受けていたが,無効または効果が弱いため1回のみの注射ですぐに手術を希望したものは36例であり,複数回の注射を受けていたものは79例で,術前の最多注射回数は45回であった(図1).患者の術後(抜糸後)の自覚症状改善の有無は68例で回答があり,悪化はなくほとんどが楽になったというものであった(図2).注射後の経過では,経過良好で1年間注射を受けていないものは14例(12.2%)であるが,そのうち5例は1年以上経過してから症状の再燃のために再注射を開始されていた(術後1年2カ月が2例,1年9カ月,3年,4年が各1例).一方,無効のため通院を中止したもの,さらなる眼瞼手術を希望したもの,転院したものがそれぞれ少数あり,残る大部分(74.8%)が引き続いてボツ(例)40353025201510502345-10-15-20-25-30-35-40-45(回)図1自験例115例の術前のボツリヌス毒素注射回数図2抜糸直後の患者の自覚症状の変化数字はそれぞれ症例数,頻度の順.不変8,12%少し楽6,9%楽になった46,67%大変楽に8,12%リヌス毒素注射を継続していた(図3).術前の1回から3回までの注射が無効または効果不十分と訴えていたものは60例で,これらの症例の予後では,術後経過良好で1年以上注射不要となったものは11例(18.3%),無効と判定したものが6例(10.0%),転院したものが5例(8.3%),さらに眼瞼手術を追加したものが4例(6.7%)で,当初ボツリヌス毒素注射を希望しなかったものが継続して注射を受けるようになったものが34例(56.7%)である.術前および術後にそれぞれ5回以上の注射を受けていたものは67例と88例で,これらの注射間隔を比較すると,ピークはともに2.5カ月超から3.0カ月にみられるが,明らかに術後に延長しているものが多いことがわかる(図4).さらに,術前には注射が無効で毒素の継続無効中止追加手術6,5%4,4%転院5,4%寛解14,12%注射継続86,75%図3全115例の予後寛解は1年間追加注射を必要としなかったもの.数字はそれぞれ症例数,頻度の順.(例)05101520253035-2.5-3-3.5-4-4.5■:術前■:術後-5-5.55.75-(カ月)図4全115例の手術前後の注射間隔横軸の-2.5は2.5カ月以下,-3は2.5カ月超3カ月以下,5.75-は5.5カ月超を示す.(61)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012783(例)-2(カ月)図5注射間隔の変化横軸の3.5は3.25カ月以上,0は-0.25カ月以上0.25カ月未満,-2は-2.25カ月超を示す.術直後,最終受診時とも注射間隔が同じ(変化が±0.5カ月以内)ものが最も多いが,全体では注射間隔が延長するものが多い.051015■:直後203.532.521.510.50-0.5-1-1.5■:最終注射を希望しなかった症例が,術後には定期的に注射を受けるようになったことも読み取れる.このことは術前と術後,さらには術前と最終5回の注射間隔の変化をみても明らかである(図5).もちろん術後も最終でも術前と注射間隔に変化のない(±0.5カ月)ものが最多ではあるが,明らかに間隔短縮例より延長例が多く認められた.さらに術前,術後,最終それぞれ注射間隔を測定できた全例の結果では,術前5.5カ月以上の注射間隔のものは2例のみしかなかったのにかかわらず術後や最終の注射間隔が5.5カ月以上であったものはそれぞれ9例に05101520253035-2.5-3-3.5-4-4.5-5-5.5-6■:術前■:術後■:最終(例)(カ月)図6全症例(術前67例,術後88例,最終68例)の注射間隔の比較横軸の-2.5は2.5カ月以下,-3は2.5カ月超3カ月以下,-6は5.5カ月超を示す.増加していた(図6).3.既報での満足度調査(表1)9.12)表1に示すように多くの報告で,ボツリヌス毒素療法が無効または効果が不十分な難治例に対して,上眼瞼手術は患者の満足度も高く,また手術後に注射を継続している場合はその持続期間を延長することがわかる.しかし,手術を行ったから毒素注射を全例終了できるものではなく,むしろかなりの頻度で継続する必要がある.しかし,本来眼瞼痙攣のなかでも比較的ボツリヌス毒素注射が奏効しにくい開瞼失行症においても有効であり,そ表1報告者による上眼瞼手術の効果の違いGeorgescuら9)上眼瞼筋切除ALO合併45例33例完全回復44例ALO半分以上改善術後BTX療法継続30例中20例で治療効果が延長ドライアイ42例12例(29%)改善羞明(+)44例18例(41%)改善37例(82%)整容的改善術前disabilityscore14.11±5.78(59%)術後5.20±8.25(22%)Wabbelsら10)前頭筋吊り上げ術132例252眼瞼73%で改善自覚的改善スケールで平均50%改善Patilら11)2段階手術*10例/14例8例で非常に満足,1例幾分良い,1例悪化全例がBTX療法継続Maurielloら12)上眼瞼手術14例自覚的改善68.75%(筋切除+形成術)58.33%(挙筋腱膜前転+形成術)注射間隔:術前122.1日術後210.5日*の2段階手術とは,上眼瞼眼輪筋切除術を行い,それから4.6カ月後に自己筋膜による眉毛吊り上げ術を行うもの.ALO:apraxiaeyelidopening(開瞼失行症),BTX:BOTOXR.784あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(62)の1/3では完全に回復したとの報告もある9).筆者らの調査では,全体での1年以上注射から離脱できる寛解率こそ12%であるが,術前3回までの注射で無効と判断された群では18%で離脱できた.このことから,いたずらに注射を反復するのではなく,患者が注射が無効と訴えてきた場合,早期に眼瞼手術を行うことが望ましいと考える.IIIインフォームド・コンセント眼瞼痙攣は局所ジストニアに分類されているが,そのなかでも心因性要素の関与の大きい疾患である.患者は羞明や違和感に長い間苦しんでおり,そのため治療に対する期待も非常に大きい.しかし,眼瞼痙攣を根治できる治療法はなく,あくまで対症療法で,患者が100%満足できるものではない.眼瞼痙攣を治療する医師はボツリヌス療法を行うにせよ手術を選択するにせよ常に患者に謙虚に接し,治療法の欠点と限界を説明しておくべきである.筆者らのところには,形成外科や眼科で眼瞼痙攣と正しく診断されることなく,眼瞼下垂の診断のもとに眼瞼手術を受けて,かえって症状が増悪したという患者が多く訪れる.これらの患者に共通することは,きわめて短時間の診察で眼瞼下垂と診断され,簡単に治りますと説明されて手術を受けていることである.筆者らも眼瞼痙攣の患者にときにはMuller筋縫縮術や前頭筋吊り上げ術を選択することがある.しかし,そのような場合にも決して簡単に良くなるなどと言うことはしない.あくまで,少しでも症状の緩和を図るのがおもな目的で,ボツリヌス療法を受けているものでは離脱できる可能性は決して高くはないと説明すべきである.特に眼瞼痙攣の患者には,治療によりすべての症状が改善することはないと明言してから手術に臨むべきである.おわりに本稿のテーマである「難治性眼瞼痙攣に手術療法は有効か?」という質問に対する回答としては,「有効であるが,その効果は限定的でありボツリヌス毒素療法を受けているものでは,離脱できる可能性は12%程度である.しかし,ボツリヌス毒素療法の効果を増強したり作用期間を延長させることがあり,患者の満足度も高い」ということになる.眼瞼痙攣にはさまざまな背景や病態をもつ患者のすべてのタイプに有効な治療法はなく,現在第一選択とされるボツリヌス療法に眼瞼手術の併用も考慮すべきではないかと考える.文献1)日本神経眼科学会眼瞼痙攣診療ガイドライン委員会:眼瞼けいれん診療ガイドライン.日眼会誌115:617-628,20112)GrandasF,ElstonJ,QuinnNetal:Blepharospasm:areviewof264patients.JNeurolNeurosurgPsychiatry51:767-772,19883)KraftSP,LangAE:Botulinumtoxininjectionsinthetreatmentofblepharospasm,hemifacialspasm,andeyelidfasciculations.CanJNeurolSci15:276-280,19884)MaurielloJAJr,DhillonS,LeoneTetal:Treatmentselectionsof239patientswithblepharospasmandMeigesyndromeover11years.BrJOphthalmol80:1073-1076,19965)HsiungGY,DasSK,RanawayaRetal:Long-termefficacyofbotulinumtoxinAintreatmentofvariousmovementdisordersovera10-yearperiod.MovDisord17:1288-1293,20026)SnirM,WeinbergerD,BouriaDetal:Quantitativechangesinbotulinumtoxinatreatmentovertimeinpatientswithessentialblepharospasmandidiopathichemifacialspasm.AmJOphthalmol136:99-105,20037)木村亜紀子,三村治:BTX治療の長期予後.三村治(編):眼科疾患のボツリヌス治療.p79-93,診断と治療社,20098)AndersonRL,PatelBCK,HoldsJBetal:Blepharospasm:past,present,andfuture.OphthalPlastReconstrSurg14:305-317,19989)GeorgescuD,VagefiMR,McMullanTFetal:Uppereyelidmyectomyinblepharospasmwithassociatedapraxiaoflidopening.AmJOphthalmol145:541-547,200810)WabbelsB,RopggenkamperP:Long-termfollow-upofpatientswithfrontalisslingoperationinthetreatmentofessentialblepharospasmunresponsivetobotulinumtoxintherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol245:45-50,200711)PatilB,FossAJ:Upperlidorbicularisoculimusclestripandsequentialbrowsuspensionwithautologousfascialataisbeneficialforselectedpatientswithessentialblepharospasm.Eye23:1549-1553,200912)MaurielloJAJr,KeswaniR,FranklinM:Long-termenhancementofbotulinumtoxininjectionsbyupper-eyelidsurgeryin14patientswithfacialdyskinesias.ArchOtolaryngolHeadNeckSurg125:627-632,1999(63)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012785