屈折矯正手術後の眼内レンズ度数計算IntraocularLensPowerCalculationafterRefractiveSurgery根岸一乃*はじめにエキシマレーザー角膜屈折矯正手術は,2000年に国内で承認が得られてから,徐々に普及し,現在その件数は年間数十万件に達している.エキシマレーザー角膜屈折矯正手術は,手術としては安全性が高く,矯正精度および術後の安定性が良好であり,患者満足度も高い.しかし,エキシマレーザー角膜屈折矯正手術後眼では,通常の白内障手術患者よりも眼内レンズ(IOL)度数の計算誤差が大きいことが知られており,大きな問題となっている1).本稿では,エキシマレーザー角膜屈折矯正手術後眼に対するIOL度数計算の現状と問題点について,最近の知見をまとめる.I計算誤差の原因屈折矯正術後のIOL計算誤差の主原因は,機器の測定誤差,屈折率の誤差,計算式の誤差の3つに分けられる2,3).機器の測定誤差に関しては,ほとんどのケラトメータは角膜を球面あるいはトーリック面と仮定して角膜中央2.5.3.2mmの範囲を測定しているが,角膜近視矯正手術後は形状変化のため,その仮定は成立しない4,5).屈折率に関しては,エキシマレーザー角膜屈折矯正手術では角膜前面形状は変化するものの,後面はほとんど変化しないため,前後面の比が変化し,換算屈折率(1.3375)を使用すると誤差の原因となる.3番目にあげられた計算式の誤差とはHolladay,Ho.erQ,SRK/T(Sanders-Retzla.-Kra./theoretical)など現在汎用されている第三世代の理論式に含まれる誤差である.これらの式では,術後前房深度(e.ectivelensposition:ELP)を角膜曲率半径から予測する.エキシマレーザー角膜屈折矯正手術後,角膜は平坦化するが前房深度はほとんど変化しないため6),第三世代の理論式では,平坦化した角膜データからELPを推定すると,実際よりもELPが小さく推定されてしまい,遠視側の誤差が生じることになる7).以上の問題を解決しないかぎり,近視矯正術後の白内障手術ではいわゆる“hyperopicsurprise”が起きることになる.IIDouble.K法Double-K法は第三世代の理論式の誤差を軽減する方法で,2003年にAramberriによって報告された7).この方法では,第三世代の理論式のなかで,ELP予測に用いられている部分の角膜屈折力値に,屈折矯正手術前の角膜屈折力を用いることにより,ELP予測誤差を軽減するものである.屈折矯正手術前の角膜屈折力はケラトメータ,トポグラフィーによる測定値を使用し(両方得られる場合はケラトメータの値を用いる),術後角膜屈折力は屈折矯正手術前後の屈折変化量を角膜平面上に換算し,その値を屈折矯正手術前の角膜屈折力から差し引くことによって求める.近視矯正手術後眼において第三世代の理論式を使用する際に,ELP予測と屈折計算に別の角膜屈折力を使用するというDouble-K法の基本的な考え方は現在も汎用されている.*KazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕根岸一乃:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(47)195表1おもな近視矯正手術後眼用のIOL度数計算式の分類計算に必要な術前・手術データPreK+ΔMRΔMR不要データ補正角膜屈折力ClinicalHistoryAdjustedACCPHaigis-LCammellin-CarossiShammas-PL(上記3式はELP計算に角膜屈折力を用いていない)角膜屈折力・ELPDouble-KIOL度数計算結果CornealbypassFeiz-MannisMasketModi.edMasketPachymetricrationohistorymethodELP:e.ectivelensposition(術後予測前房深度).PreK:エキシマレーザー角膜屈折矯正手術前の角膜屈折力.ΔMR:エキシマレーザー角膜屈折矯正手術前後の屈折変化(等価球面).III屈折矯正手術後眼用のIOL度数計算式現在,屈折矯正手術後眼用IOL度数計算法が多数報告されている.これらは,角膜屈折力の過大評価を補正する方法と,角膜屈折力は補正せずIOL度数計算結果を直接補正する方法に大きく二分される.角膜屈折力を補正する方法で第三世代の理論式を用いる場合,ELPの予測誤差は軽減されないため,現在,これらの方法では,補正された値をDouble-K法7)に代入して,その結果を評価する場合が多い.一方,計算の際に必要なデータから分類すると,屈折矯正手術前の角膜屈折力データ(preK)または手術による屈折変化(ΔMR)を必要とする方法(historical法)と,白内障術前のデータのみを使用する方法(nohistory法)の2つに分けられる.表1に代表的な計算法の分類,表2に各計算法の概要を示す8.14)が,これ以外にも多数の計算式の報告がある.IV光線追跡法による計算ソフトウェア光線追跡法によるIOL度数計算15)は精度はよくても汎用のソフトウェアがないことなどから,これまで普及には至らなかった.しかし,近年光線追跡法を用いたIOL計算ソフトウェア(OKULIX)が発売され,国内でも販売されている.対応している測定機器(トーメー社のTMS4,TMS5,OA,CASIA,超音波Aモード,オクルス社のペンタカム,ハーグストレイト社のレンズスター)が使用可能な環境であれば,正常眼,屈折矯正手術後眼を問わず同じソフトウェアで精度よく計算可能である.他の計算式と比較した場合の,光線追跡法を用いた方法の利点としては,精度が眼軸長の長短や角膜曲率半径の影響を受けにくい,角膜屈折力の測定は原則として角膜形状解析装置で行うため,非球面形状の角膜でも測定誤差が軽減できる,角膜換算屈折率を原因とする誤差を軽減できる,などの利点がある.ただし,2011年現在,国内ではトーメー社のみがこのソフトウェアを扱っており,他のメーカーから入手はできない.V現状ではどの方法がよいか?現在,米国白内障屈折手術学会(ASCRS)のホームページの“Post-refractivesurgeryIOLcalculator(http://iol.ascrs.org/wbfrmCalculator.aspx)”は,手持ちデータを画面上に入力すれば,一度に多数の計算結果が閲覧でき,かつ無料で利用可能な有用な手段である(図1).TheClinicalHistoryMethodは広くゴールデンスタンダードとされてきたが,最近の報告では誤差が大きいとされる16).また,術前の角膜屈折力を用いる方法よりも,角膜屈折矯正手術前後の屈折変化のみを用いる方法や,nohistory法のほうが精度がよいことが報告されている16).Wangらの報告16)(57例72眼)によれば,この“Post-refractivesurgeryIOLcalculator”に掲載されている計算式の精度(誤差の絶対値)は,術前の角膜屈折力および屈折矯正手術の矯正量が必要な式(Clinicalhistory,Feiz-Manis,Cornealbypass)では,±0.5D以内が37.44%,±1D以内が60.69%,屈折矯正手術の矯正量のみを必要とする式(AdjustedE.RP,Adjust-edAtlas0-3,Masket,Modi.ed-Masket,Adjusted196あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(48)表2おもな近視矯正手術後眼用のIOL度数計算式の概要方法(出典)概要ClinicalHistory(HolladayJT)屈折矯正手術前後の屈折(等価球面)を角膜平面に換算し,変化量を計算.これを術前の角膜屈折力から引くことにより,屈折矯正手術後の角膜屈折力を推定.Kp+SEp.SEa=KaKp=屈折矯正手術前の平均角膜屈折力,SEp=屈折矯正手術前の等価球面SEa=屈折矯正手術後の等価球面,Ka=屈折矯正手術後の推定角膜屈折力Cornealbypass(文献8)手術による実質の矯正量(術前等価球面.術後等価球面)をIOL度数の狙いとして,屈折矯正手術前の角膜屈折力と術後の眼軸長によりIOL度数を計算する.Feiz-Mannis(文献9)まず,屈折矯正手術前の角膜屈折力を用いて,当該患者が屈折矯正手術を受けていないと仮定してIOL度数計算を行う.このIOL計算結果に,屈折矯正手術による屈折変化量(眼鏡平面)を0.7で割った値を加えて,挿入するIOL度数とする.IOLpre+(RC/0.7)=IOLpostIOLpre=屈折矯正手術をしなかった場合の術前値に基づくIOL度数,RC=眼鏡平面上での屈折矯正手術による矯正度数,IOLpost=屈折矯正手術後に挿入すべきIOL度数AdjustedACCP(文献10)平均中央角膜屈折力(averagecentralcornealpower:ACCP)はトーメイ社の角膜トポグラフィーの中央3mmのプラチドリング上の屈折力の平均値である.AdjustedACCP法では,以下のようにACCPから屈折矯正手術後の補正角膜屈折力を求めて計算に用いる.ACCP.(RC×0.16)=屈折矯正手術後の補正角膜屈折力RC=角膜平面上における,屈折矯正手術による手術矯正量MagellanACPとOPD-ScanIIIAPP3-mmmanualvalueを用いる場合は同じ補正式が使える*.Masket(文献11)IOLMaster(カールツァイスメディテック社)により測定した角膜屈折矯正手術後角膜屈折力によって計算したIOL度数を以下の式によって補正する.IOLpost+(RC×0.326)+0.101=IOLadjIOLpost=角膜屈折矯正手術後データで計算したIOL度数,RC=角膜屈折矯正手術前後の屈折変化(角膜平面),IOLadj=挿入すべきIOL度数Modi.edMasket(HillW.PresentedatASCRS2006)Dr.HillはMasketFormulaを以下のように変えた方法を推奨している*.IOLpost+(RC×0.4385)+0.0295=IOLadjIOLpost=角膜屈折矯正手術後データで計算したIOL度数,RC=角膜屈折矯正手術前後の屈折変化(角膜平面),IOLadj=挿入すべきIOL度数Haigis-L(文献2)IOLMasterにより測定した角膜屈折矯正手術後角膜曲率半径(rmeas)をもとに,以下の式を用いて補正した角膜曲率半径を通常のHaigis式に代入して計算する.rcorr=331.5/(.5.1625×rmeas+82.2603.0.35)rcorr=補正後角膜曲率半径,rmeas=IOLMasterで測定した角膜曲率半径Shammas-PL(文献12)測定した角膜屈折矯正手術後の角膜屈折力を以下の式を用いて補正し,Shammas-PLformulaに代入する.ELPはA定数から算出される.1.14×Kpost.6.8=補正後術後角膜屈折力Kpost:Atlastopographer(ZeissHumphrey)のNumericalViewの1mm,2mm,3mmのannularpowerの平均値(ない場合はIOLMasterの角膜屈折力を用いる)Cammellin-Carossi(文献13)測定した角膜屈折力を,屈折矯正手術前後の屈折変化がわかる場合はその値で,変化量が不明な場合は角膜前面曲率半径や中央付近の角膜厚のデータを元に補正して用いる.ELPは,術前前房深度,水晶体厚,眼軸長,およびA定数から計算する.PachymetricRatioNo-HistoryMethod(文献14)白内障術前データからSRK/T式で計算したIOL度数を以下により求めたadjustmentnumberで補正.1.(CP+A)/SCP=Geggelratio2.A=Geggelratio×SCP.CP3.A/12=角膜平面上における推定矯正度数4..0.399×(A/12).0.40=adjustmentnumberA:推定切除深度(μm),CP:白内障術前の中央角膜厚(μm),SCP:上方周辺角膜厚(μm)*http://iol.ascrs.org/wbfrmCalculator.aspxyより引用.(49)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012197図1Post.refractivesurgeryIOLcalculator米国白内障屈折矯正手術学会のホームページ(http://iol.ascrs.org/wbfrmCalculator.aspx)からアクセス可能である.ACCP/ACP/APP)では,±0.5D以内が57.67%,±1D以内が86.91%,nohistory法(Wang-Koch-Malo-ney,Shammass,Haigis-L,Gallilei)では±0.5D以内が58.72%,±1D以内が90.96%である.前2つのカテゴリーに入る計算方法による結果の平均値を用いた場合は±0.5D以内が72%,±1D以内が93%と最も良好であったという.McCarthyら17)は,屈折矯正手術後の白内障手術眼117例173眼のデータを用いて,ClinicalHistory,Double-K,LatkanyFlat-K,FeizandMannis,R-Fac-tor,CornealBypass,Masket,Haigis-L,Shammasと第四世代の計算式を比較したところ,平均予測誤差,標準偏差,遠視側の“refractivesurprises”の有無の面からみて良好であった式のトップ5はMasket(Ho.erQ式に代入),Shammas-PL,Haigis-L,ClinicalHistory(Ho.erQ式に代入),LatkanyFlat-K(SRK/T式に代入)であったと報告している.自験例は数が30眼前後と少ないが,なかではHaigis-L式(IOLMasterにソフトウェアが付属)やCamellin-carrossi式(IOLstation,NIDEK社にソフトウェアが付属)の成績が比較的良好である.しかし正常角膜の精度には遠く及ばない.自験例の光線追跡法ソフトウェアOKULIXによる計算結果はさらに症例数が少ないが,現状ではCamellin-carrossiなどと同等に精度が良好で有望であると推察している.おわりに種々の改良により,屈折矯正手術後眼のIOL度数計算精度はかなり向上してきているが,手術既往歴のない正常角膜眼に対するIOL計算精度にはいまだ及ばない.したがって,臨床的には,IOL度数予測誤差について,術前に十分に患者に説明し,同意を取ることが最も重要である.精度のよい計算式を使用するためには限定された測定機器が必要である.また,決定的な計算式がないため,複数の計算結果を参考にして最終決定を行う必要があるなどの問題がある.今後の計算精度のさらなる向上が期待される.文献1)NaseriA,McLeodSD:Cataractsurgeryafterrefractivesurgery.CurrOpinOphthalmol21:35-38,20102)HaigisW:Intraocularlenscalculationafterrefractivesur-geryformyopia:Haigis-Lformula.JCataractRefractSurg34:1658-1663,20083)Ho.erKJ:Intraocularlenspowercalculationafterprevi-ouslaserrefractivesurgery.JCataractRefractSurg35:759-765,20094)HamiltonDR,HardtenDR:Cataractsurgeryinpatientswithpriorrefractivesurgery.CurrOpinOphthalmol14:44-53,20035)RosaN,CapassoL,LanzaMetal:ReliabilityoftheIOLMasterinmeasuringcornealpowerchangesafterphoto-refractivekeratectomy.JCataractRefractSurg30:409-413,20046)NishimuraR,NegishiK,SaikiMetal:Noforwardshift-ingofposteriorcornealsurfaceineyesundergoingLASIK.Ophthalmology114:1104-1110,20077)AramberriJ:Intraocularlenspowercalculationaftercor-198あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(50)nealrefractivesurgery:double-Kmethod.JCataractRefractSurg29:2063-2068,20038)WalterKA,GagnonMR,HoopesPCetal:Accurateintraocularlenspowercalculationaftermyopiclaserinsitukeratomileusis,bypassingcornealpower.JCataractRefractSurg32:425-429,20069)FeizV,MannisMJ,Garcia-FerrerFetal:Intraocularlenspowercalculationafterlaserinsitukeratomileusisformyopiaandhyperopia:astandardizedapproach.Cornea20:792-797,200110)AwwadST,ManassehC,BowmanRWetal:Intraocularlenspowercalculationaftermyopiclaserinsituker-atomileusis:Estimatingthecornealrefractivepower.JCataractRefractSurg34:1070-1076,200811)MasketS,MasketSE:Simpleregressionformulaforintraocularlenspoweradjustmentineyesrequiringcata-ractsurgeryafterexcimerlaserphotoablation.JCataractRefractSurg32:430-434,200612)ShammasHJ,ShammasMC:No-historymethodofintraocularlenspowercalculationforcataractsurgeryaftermyopiclaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg33:31-36,200713)CamellinM,CalossiA:Anewformulaforintraocularlenspowercalculationafterrefractivecornealsurgery.JRefractSurg22:187-199,200614)GeggelHS:Pachymetricrationo-historymethodforintraocularlenspoweradjustmentafterexcimerlaserrefractivesurgery.Ophthalmology116:1057-1066,200915)PreussnerPR,WahlJ,LahdoHetal:Raytracingforintraocularlenscalculation.JCataractRefractSurg28:1412-1419,200216)WangL,HillWE,KochDD:EvaluationofintraocularlenspowerpredictionmethodsusingtheAmericanSoci-etyofCataractandRefractiveSurgeonsPost-Keratore-fractiveIntraocularLensPowerCalculator.JCataractRefractSurg36:1466-1473,201017)McCarthyM,GavanskiGM,PatonKEetal:Intraocularlenspowercalculationsaftermyopiclaserrefractivesur-gery:acomparisonofmethodsin173eyes.Ophthalmolo-gy118:940-944,2011(51)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012199