0910-1810/12/\100/頁/JCOPYI高齢者における検査のむずかしさ高齢者では,通常の眼底検査,視野検査にもとづく緑内障診断はむずかしくなることがある(表1).眼底検査においては,長時間開瞼が保持できず,眼球運動がコントロールできないことがあるため詳細な観察が困難になりやすい.白内障や硝子体混濁による眼底透見性の低下や,散瞳不良があればなおさらである.緑内障以外に網膜静脈分枝閉塞症や虚血性視神経症の頻度も高くなり,これらの疾患では乳頭陥凹や網膜神経線維層欠損(NFLD)など,緑内障と同様の所見を残すことが多い.発症から時間が経ち病歴や本人の記憶も明らかではないような段階では,詳細な眼底検査,造影検査と経過観察で鑑別するしかないが,高齢者では長時間,侵襲的な検査は行いにくいことがある.自動静的視野検査を行う場合にも,高齢者では長時間はじめに開放隅角緑内障の有病率は年齢とともに増加し,閉塞隅角緑内障の頻度も増加するため,高齢者における緑内障の有病率は高まる1,2).高齢者では信頼性の高い視野検査の結果を得ることはむずかしく,眼圧測定もやや困難なことがあるうえに一般に高齢者の眼圧は低下する傾向があるなど,高齢者の緑内障診断においては,視野や眼圧に依存しない眼底所見による評価が重要となる.また,高齢が緑内障進行の有意なリスク要因だとする報告も複数ある3)が,高齢者では投薬の副作用が問題になったり,手術を行っても術後管理が困難になることが予想される症例も多い.緑内障の診断とともに,進行速度を評価したうえで,進行しやすい症例には積極的な治療を行う一方,進行の遅い症例においては生涯のQOL(qualityoflife)と手術のリスクを考慮して診療方針を決定することも必要である.しかしここでも定期的な視野検査を行うことがむずかしく,その結果も変動が大きく評価が困難な症例が少なくない.このような場面で,眼底検査,特に光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を中心とした画像検査は,ごく短時間で患者の身体的負担も少なく客観的なデータを得ることができ,高齢者の診療においても有用性が期待される.本稿では,高齢者における画像検査を含めた眼底検査の有用性と問題点を,実際の症例を示しつつ概説する.(25)25*YukaAoyama:江口眼科病院/東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学**ChihiroMayama:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学〔別刷請求先〕間山千尋:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学特集●小児と高齢者の緑内障:ここがポイントあたらしい眼科29(1):25?30,2012高齢者の眼底検査FundusExaminationandUseofImagingTechniquesinElderlyPatientsorSuspectsofGlaucoma青山裕加*間山千尋**表1高齢者に対する検査の障害となりうる問題点検査高齢者における問題点眼底検査長時間の開瞼,姿勢保持の困難白内障,硝子体混濁による透見性低下散瞳不良緑内障以外の眼底疾患の合併視野検査固視不良,反応性の低下による検査結果の信頼性低下眼瞼下垂白内障によるびまん性の感度低下26あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(26)II眼底写真による評価眼底写真,特に立体視の可能なステレオ写真を使った視神経乳頭形態の緑内障性変化とNFLDの評価による緑内障診断は,緑内障専門医により行われれば感度・特異度とも十分に高いことが報告されている4,5).NFLDや緑内障進行の危険因子と考えられている視神経乳頭出血については,特に病変が小さな変化である場合,理想的とはいえない条件下での眼底検査よりも,レッドフリー画像を含めた眼底写真による評価のほうが検出率が高いと考えられる(図1).高齢者に多い散瞳不良例,あるいは狭隅角により散瞳がためらわれる症例においては,無散瞳眼底カメラによる眼底写真によっても多くの情報が得られる.後極部網膜と視神経乳頭の緑内障性変化の観察,さらには他の黄斑疾患のスクリーニングも含めて,眼底写真を定期的に撮影することは高齢者でも有効であると考えられる.III画像検査による評価眼底写真以外の画像検査としては,HeidelbergRetinalTomograph(HRT),scanninglaserpolarimetry(GDx),OCTなどが用いられてきた.HRTは視神経乳にわたって検査の姿勢を維持して集中力を保つことはむずかしくなり,白内障の影響や固視不良,反応性の低下により信頼できる結果が得られず,有用な情報が得られないことがある.眼底所見に比べて静的視野検査の結果がかなり悪いような場合,動的検査を行うと妥当な結果が得られることがあるが,定量的な評価や進行判定はむずかしくなる.このような場合も,眼底検査による視神経乳頭と網膜の所見を中心として緑内障を評価せざるをえない.眼底検査は通常,直像鏡や,スリットランプと前置レンズを用いた拡大率の高い観察によって得られる情報が多いが,高齢者の場合,短時間で撮影できる眼底写真や,OCTを中心とした画像検査による定量的評価の有用性が高い(表2).表2緑内障診断における画像検査の有用性画像検査の長所・検査が短時間で患者の身体的負担が少ない・結果の客観性,再現性が高い・緑内障類似疾患との鑑別に有用・経時的な進行解析にも有用な可能性がある図1眼底写真による網膜神経線維層欠損(NFLD)の検出60歳,男性の初期緑内障例.視野異常は軽度で,固視が悪く詳細な眼底検査がむずかしいため視神経乳頭の変化はわかりにくいが,眼底写真では複数のNFLDが容易に同定できる.(27)あたらしい眼科Vol.29,No.1,201227推測されている.NFLやGCL,GCCの層厚は視野による緑内障の進行評価ともよく相関することが知られており,信頼できる視野検査結果が得られない症例では進行評価にも利用できる可能性がある(図2).撮影時間が短い画像検査は,視野検査のむずかしい高齢者においても比較的短い間隔でくり返し実施することも容易で,再現性の高い検査結果が得られやすい.また,OCTは緑内障と虚血性視神経症との鑑別にも有用との報告があり6,7),黄斑浮腫,黄斑前膜,黄斑円孔,硝子体黄斑牽引症候群,加齢黄斑変性症など,高齢者で発症頻度の増加する黄斑疾患の診断,評価にも有用である.IV視神経乳頭,網膜厚の加齢変化正常眼であっても加齢に伴い視神経乳頭形状,網膜厚は変化する.HRTにより視神経乳頭形態のパラメータの変化を11年間にわたり長期間観察した報告によれば,正常眼でも加齢に伴いcuppingの有意な拡大が認められている8).OCTは新しい機器であるため経時的な長期間の経過観察の報告はまだ少なく,多くは一時点における断面的な測定結果で年齢の影響が検討されている.その結果によれば,加齢とともに視神経乳頭周囲のNFLはほぼ直線的に薄くなることが知られており(図3)9),黄斑部においても同様の変化が認められている.高齢者の検査においては白内障による影響が避けられない.GDxやHRTでの測定結果も白内障手術の前後で変化することが報告されている10)が,特に今後中心的な画像機器となるOCTでは,TD-OCT,SD-OCTい頭形状,GDxは視神経乳頭周囲の網膜神経線維層厚を評価できるが,最近のスペクトラル・ドメインOCT(SD-OCT)はその両方を評価でき,さらに黄斑部網膜の評価も可能となっている.すでに緑内障診療に欠かせない機器になりつつあるが,高齢者の診療においても大きな役割を果たすことが期待される.OCTにより緑内障を診断するには,GDxや従来のタイム・ドメインOCT(TD-OCT)から用いられていた,視神経乳頭周囲の網膜神経線維層を輪状に解析してNFLDを同定する方法と,黄斑部の網膜を面状にスキャンして網膜全層,網膜神経線維層,さらには別の網膜内の各層の層厚を解析してその厚みを評価する方法が行われている.前者の方法は従来から一般的であったが,SD-OCTを用いることでデータの解像度,再現性が向上し,視神経乳頭を含めた広範囲をスキャンして,網膜解析部位を測定後に修正したり,乳頭形状の解析を同時に行うことが可能になった.黄斑部の網膜厚の評価はこれまでも線状のスキャンで行われていたが,SD-OCTによって黄斑部を広範囲に高い密度でスキャンしてマップ状に層厚を解析することが可能になり,臨床的にきわめて有用な方法となった.黄斑部においては神経線維層(NFL)以外にも神経節細胞層(GCL)などの各層の厚みが注目されており,NFLとGCLに内網状層(IPL)を加えた神経節細胞複合体(GCC)層は比較的層厚が評価しやすいこともあり,緑内障の病態と密接に関連するパラメータとなることが350300250200150100500網膜内各層の層厚(μm)Retina正常緑内障Preperimetric初期中期後期GCCIPLNFLGCL+GCLOuterretina図2黄斑部網膜厚と緑内障病期の相関OCTで測定した黄斑部の網膜内各層厚は緑内障の進行とともに菲薄化する.GCC:神経節細胞複合体,GCL:神経節細胞層,IPL:内膜状層,NFL:神経線維層.網膜神経線維層厚(μm)年齢(歳)1401301201101009080706020304050607080図3年齢と視神経乳頭周囲の網膜神経線維層厚1歳当たり,約0.2μm菲薄化する傾向が認められる.28あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(28)析の結果であり,上方に2カ所,下方に1カ所の局所的な菲薄化が認められ,この部位のNFLDの存在が疑われる.しかしこの撮影時のB-スキャン画像(図5b)をみると,下方のRNFLT菲薄化(矢印)の部分は撮影像が明らかに乱れており,RNFLTを正しく測定できていないことがわかる.同じ症例で再度撮影した画像(図5c)では別の部位に同様の菲薄化があることからわかるずれも白内障による光の減衰によって得られる画像のノイズが増加し,網膜厚は薄く測定される傾向がある.視神経乳頭周囲のNFL厚を白内障の術前・術後で比較した複数の報告があり11?12),NFL厚は白内障術後には約10μm以上厚くなることが認められているため,白内障のある症例で画像検査を行う場合には留意する必要がある.V実際の臨床例高齢者の緑内障症例におけるOCT検査の問題点について,実際の症例をいくつか示す.図4左は65歳,女性の緑内障患者に対して白内障術前に行ったOCT検査の結果,図4右は術後2カ月の時点での検査結果である.術前の網膜神経線維層厚(RNFLT)解析では赤色で図示された,1パーセンタイル基準で緑内障と判定されるセクターが両眼に広く存在するが,術後には全体のRNFLTが厚く測定されたため,赤色で判定されるセクターはなくなっており,画像のコントラストが改善していることがわかる.図5aは,69歳,男性の視神経乳頭周囲のRNFLT解図4白内障手術前後のOCTの検査結果術前(左)に比べ術後(右)は画像のコントラストが改善し,網膜神経線維層厚が全体に厚く測定されていることがわかる.TSNIT300250200150100500網膜神経線維層厚(μm)■95%■5%■1%図5a視神経乳頭周囲の網膜神経線維層厚解析の結果上方に加え,下方にもNFLDを疑わせる網膜神経線維層厚の菲薄化がある.(29)あたらしい眼科Vol.29,No.1,201229おわりに高齢者の緑内障症例では視野検査などに比べて眼底所見の有用性が相対的に高くなり,OCTを中心とした画像検査の今後の発展が期待される.しかし加齢による正常眼データの変化に加え,緑内障以外の病的変化を合併する可能性にも注意が必要であり,それらの病態がOCTの検査結果に与える影響については今後の検討が必要である.OCTの撮影は簡便であるが,解析結果のグラフやサマリー表示を見ているだけでは眼底疾患などの変化を見落とす可能性が高く,高齢者では緑内障以外00の疾患,病態の評価も含めた,眼底検査,網膜硝子体のように,この症例では後部硝子体?離に伴うWeiss’ringが解析部位に入り影響していた.黄斑前膜も高齢者にしばしば認めるものであり,軽度であれば視機能に影響をほとんど与えず病的な意義は小さい.しかし緑内障眼に存在する場合,たとえ軽度であっても網膜厚の測定には影響を与えうる(図6).これ以外にも,後部硝子体?離が生じる過程では黄斑部の網膜に不均一な牽引がかかることがあり,網膜厚の測定にも影響を与える可能性があると考えられる(図7).図5bこの検査時のB?スキャン画像図5c再撮影時のB?スキャン画像図6黄斑上膜と糖尿病網膜症を合併した緑内障眼のOCT像30あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(30)thicknessinnonarteriticischemicopticneuropathyandopen-angleglaucoma.Ophthalmology113:1340-1344,20067)SaitoH,TomidokoroA,TomitaGetal:Opticdiscandperipapillarymorphologyinunilateralnonarteriticanteriorischemicopticneuropathyandage-andrefractionmatchednormals.Ophthalmology115:1585-1590,20088)HarjuM,KurvinenL,SaariJetal:Changeinopticnerveheadtopographyinhealthyvolunteers:an11-yearfollow-up.BrJOphthalmol95:818-821,20119)HirasawaH,TomidokoroA,AraieMetal:Peripapillaryretinalnervefiberlayerthicknessdeterminedbyspectral-domainopticalcoherencetomographyinophthalmologicallynormaleyes.ArchOphthalmol128:1420-1426,201010)Sanchez-CanoA,PabloLE,LarrosaJMetal:Theeffectofphacoemulsificationcataractsurgeryonpolarimetryandtomographymeasurementsforglaucomadiagnosis.JGlaucoma19:468-474,201011)El-AshryM,AppaswamyS,DeokuleSetal:Theeffectofphacoemulsificationcataractsurgeryonthemeasurementofretinalnervefiberlayerthicknessusingopticalcoherencetomography.CurrEyeRes31:409-413,200612)ChengCS,NatividadMG,EarnestAetal:Comparisonoftheinfluenceofcataractandpupilsizeonretinalnervefibrelayerthicknessmeasurementswithtime-domainandspectral-domainopticalcoherencetomography.ClinExperimentOphthalmol39:215-221,2011観察が重要となると考えられる.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:TheTajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)WesselinkC,MarcusMW,JansoniusNM:RiskFactorsforVisualFieldProgressionintheGroningenLongitudinalGlaucomaStudy:AComparisonofDifferentStatisticalApproaches.JGlaucoma,2011Jun224)GirkinCA,DeLeon-OrtegaJE,XieAetal:ComparisonoftheMoorfieldsclassificationusingconfocalscanninglaserophthalmoscopyandsubjectiveopticdiscclassificationindetectingglaucomainblacksandwhites.Ophthalmology113:2144-2149,20065)Deleon-OrtegaJE,ArthurSN,McGwinGJretal:Discriminationbetweenglaucomatousandnonglaucomatouseyesusingquantitativeimagingdevicesandsubjectiveopticnerveheadassessment.InvestOphthalmolVisSci47:3374-3380,20066)SaitoH,TomidokoroA,SugimotoEetal:Opticdisctopographyandperipapillaryretinalnervefiberlayer図7後部硝子体?離が不完全に生じている症例のOCT画像後部硝子体?離が不完全であり(矢印),網膜にも局所的な牽引がかかっていると考えられる.