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新しい治療と検査シリーズ 206.ルテインによる加齢黄斑変性予防の可能性

2012年3月31日 土曜日

新しい治療と検査シリーズ206.ルテインによる加齢黄斑変性予防の可能性プレゼンテーション:小沢洋子慶應義塾大学医学部眼科学教室コメント:尾花明聖隷浜松病院眼科.バックグラウンド加齢黄斑変性は国内の失明原因の4位を占め,高齢化社会にあっては避けて通れない疾患である.滲出型に対する治療法は普及したが,治療をうけても視機能障害を残すことは珍しくなく,また萎縮型には今のところ治療法がない.そこで,予防療法に期待が寄せられる.加齢黄斑変性発症の背景には,慢性炎症とそれに伴う酸化ストレスの遷延があると考えられており,その抑制が発症予防につながるという考え方は,受け入れやすい.この酸化ストレス抑制の観点から,米国ではビタミンC,E,b-カロテンと亜鉛からなるサプリメント(AREDSformula)の摂取により加齢黄斑変性の進行が予防できるかを検証する大規模臨床試験(Age-relatedEyeDiseaseStudy:AREDS)が行われた.米国では,その結果1)を受けて,すでに医師が患者にこれらのサプリメント摂取を勧めている2).米国では現在,さらなる予防効果を求めて新たな臨床試験AREDS2を行っている(図1).AREDS2では,AREDSformulaに加えて摂取するサプリメントとして,ドコサヘキサエン酸/エイコサペンタエン酸(DHA/EPA)とルテイン/ゼアキサンチンを取り上げた.ルテインはこれまでの小規模な介入試験から有望視され,AREDS2に組み込まれた..期待される予防療法(原理)元来,生物には,酸化ストレスを自己処理する機構がある.しかし,炎症などによりその能力を超えた酸化ストレスが発生すると,もしくは加齢によりその防衛能力が低下すると,酸化ストレスが蓄積し病態が発生すると考えられている.そこで,抗酸化作用のある物質を摂取して病態予防をもくろむ.現時点では,加齢黄斑変性予防のための認可をもつ抗酸化剤はなく,患者の選択でサプリメント(食品扱い)を摂取する方法が選択される.そのなかでもルテインに注目するには理由がある.ルテインは動物の生体内では産生できず,植物を食するこ(71)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY1.Placebo2.Lutein/Zeaxanthin10mg/2mg3.DHA/EPA*350mg/650mg4.2+3*DHA:ドコサヘキサエン酸(docosahexsaenoicacid)EPA:エイコサペンタエン酸(eicosapentaenoicacid)図1Age.RelatedEyeDiseaseStudy2(AREDS2)において検証中のサプリメントによる群わけAREDS2は50.85歳の加齢黄斑変性患者約4,000人を対象とした,米国における大規模臨床試験である.患者をAREDSformula(本文参照)に加え図のサプリメントを摂取する群に分け,5年後までに加齢黄斑変性の進行がみられるかを検証する.とで摂取される.ルテインは腸上皮から吸収され,血中を運ばれ,各臓器に蓄積されるが,そのなかでも網膜には皮膚などとともに,多く存在する.特に,黄斑には集中して存在しゼアキサンチンとともに黄斑色素を構成する.すなわち,ルテインには,元来,経口摂取したものが網膜に運搬される経路がある.サプリメントにより摂取強化を図れば,網膜に蓄積してより抗酸化能を発揮する可能性がある.また,ルテインの網膜内酸化ストレスの抑制効果については,動物実験の結果が各種報告され3),その面からも生体内の効果を期待できる抗酸化剤である..実際の勧め方まず,サプリメント摂取は,認可を受けた治療法ではないことをはっきりと説明する(表1).AREDS2は進行中でありまだ結果は出ていないこと,その結果は欧米人におけるものであり,日本人の加齢黄斑変性の予防効果に直結するかどうかは,検討の余地が残ることも,認識させることが重要である.そのうえで,AREDS2の結果を待っている間に発症してしまう可能性を少しでも減少させるためには,患者の理解のうえで,抗酸化剤の継続的摂取という選択肢があることをお話しする.まあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012359 表1サプリメント(ルテイン)を勧める際の注意点1.サプリメント摂取は,認可を受けた治療法ではない2.AREDS2は進行中でありまだ結果は出ていない3.AREDS2の結果は欧米人における結果であり,日本人で加齢黄斑変性の予防効果があるかについては検討の余地が残る4.今後,AREDS2の結果が出ても,5年間摂取の結果に限られており,それ以上の期間の結果は出ない5.変化がなければ,予防効果を示していると考えられる6.年余にわたり継続摂取する方針が必要である7.AREDS2の結果を待っている間に発症してしまう可能性があるため,そのリスクを少しでも減少させるためには,以上のことを理解したうえで,抗酸化剤の継続的摂取をする選択肢がある=ルテインを選ぶ理由=・一般的に抗酸化作用をもつ物質である・元来動物においては,ルテインは体外から摂取されるものであり,網膜に運ばれる経路がある・動物実験から,生体網膜内での抗酸化作用が明らかになってきた患者には,加齢黄斑変性の病態や予後とともに,表の内容を伝える.た,摂取中に眼所見に変化がなければ,すなわちそれが予防効果を示していることに他ならず,年余にわたり継続摂取する方針が必要であることをお話しする.そして,ルテインを選ぶ理由(「期待される予防療法」の項参照)をお話しする.筆者らのアンケート結果からは,患者がサプリメントを摂取するかどうかの判断には,医師の言葉が大きく関与することが明らかになっており4),サプリメント摂取は(医師の処方ではなく)患者の自己選択・自己購入に任されるとはいえ,医師の言葉の重要性と責任は大きい..本方法の利点サプリメントは医師の処方なしに購入が可能であり,診断が確定していなくても摂取を開始することが可能である.また,ルテインにおいては,これまで各種小規模試験が行われたり,さらに食品として市販されたりしているが,大きな副作用が話題になったことは今のところない.ただし,世界的に公式な大規模臨床試験の結果はまだ出ておらず,効果・副作用いずれに関しても確固たるエビデンスが今のところないのは認識すべきである.文献1)Age-RelatedEyeDiseaseStudyResearchGroup:Arandomized,placebo-controlled,clinicaltrialofhigh-dosesupplementationwithvitaminsCandE,betacarotene,andzincforage-relatedmaculardegenerationandvisionloss:AREDSreportno.8.ArchOphthalmol119:14171436,20012)JagerRD,MielerWF,MillerJW:Age-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed358:2606-2617,2008.Review.Erratumin:NEnglJMed359:1736,20083)OzawaY,SasakiM,TakahashiNetal:Neuroprotectiveeffectsofluteinintheretina.CurrPharmDes18:51-56,20124)SasakiM,ShinodaH,KotoTetal:Useofmicronutrientsupplementforpreventingadvancedage-relatedmaculardegenerationinJapan.ArchofOphthalmol,130:254-255,2012■本方法に対するコメント■ルテインに関するエビデンスを一言で表すと,状況ンチンも存在します.AREDS2ではルテイン対ゼア証拠は多数あるが,決定的物証がない,というところキサンチンの比率が5:1の製剤を使用していますが,です.AREDS2試験がその物証になるものと期待さその妥当性の証明は不十分です.れています.ただ,注意すべきは,著者の指摘のよう小腸で吸収されたルテインが視細胞の神経突起に分に,AREDS2は欧米人中心の試験で,体格や食生活布するまでの経路はかなり解明され,複数の輸送蛋白の異なる日本人にそのまま当てはめてよいのかは疑問の関与が示されていますが,それら輸送系の遺伝的差です.また,AREDS2では他の抗酸化ビタミンやミ異により,網膜の蓄積量に個人差ができます.食べるネラルを併用しているので,ルテイン単独の効果はわ量は個人によって違うのに,サプリメントは一律同じからないこと,あくまでも予防効果の検討なので,す量というのも理にそぐわない話で,まだまだ,解明すでに発症した患者に対する治療効果は不明な点もあげべきことは多いと思います.られます.さらに,網膜にはルテイン以外にゼアキサ360あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(72)

緑内障:緑内障Genome-Wide Association Study最新の知見: 2.次世代シーケンサーをいかに活用するか

2012年3月31日 土曜日

●連載141緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也141.緑内障Genome.WideAssociationStudy中野正和*1池田陽子*2森和彦*2京都府立医科大学大学院医学研究科*1ゲノム医科学*2同視覚機能再生外科学最新の知見:2.次世代シーケンサーをいかに活用するか最近,緑内障に関連する塩基配列の違い(バリアント)がゲノムワイド関連解析(Genome-WideAssociationStudy:GWAS)によりつぎつぎに同定されている.統計学的に関連付けられたバリアントと緑内障の病態とをつなぐ分子機序の解明がつぎの課題であり,次世代シーケンサーの有効活用が期待される.●遺伝子砂漠の生物学的役割DNAマイクロアレイを用いたGenome-WideAssociationStudy(GWAS)によって,現在までにさまざまな多因子疾患に関連する何千ものバリアントが同定されている.当初その勢いは“goldrush”といわれた1).しかし,筆者らが報告した原発開放隅角緑内障2)をはじめ大多数の疾患では,オッズ比の低い(1.2.1.5)バリアントが近傍に遺伝子の存在しない“genedesert(遺伝子砂漠)”から発見された.すなわち,統計学的に疾患に関連付けられたバリアントがどのように疾患の病態にかかわっているのか,その分子機序を解明する難問は今もなお残されている.つい最近までヒトゲノムの3%未満しか占めていない遺伝子をコードする配列から蛋白質が翻訳されることが生命現象の根幹であるとされ,それ以外のゲノム配列は“ジャンク(がらくた)”とさえよばれていた.しかし,ゲノム全体にわたるトランスクリプトーム(ある瞬間に発現している一次転写産物の総体)解析3)によって,現在では蛋白質に翻訳されない配列も遺伝子の発現調節などの重要な役割を担っていることが知られている.したがって,GWASで報告された遺伝子砂漠にも生物学的に何らかの意味のある配列が潜在し,その配列上のバリアントが疾患の病態に関与している可能性が高い.現在,遺伝子砂漠の生物学的役割として,1)rare(まれな)バリアント,2)調節配列/マイクロRNA,3)エピジェネティックマーク,のいずれかによる遠隔遺伝子の発現調節機構の存在が示唆されている(図1).そして,いずれの仮説を検証するためにも領域全体にわたる高精度な塩基配列情報の取得が必須となる.1.rare………:common………………….>1%;…………10/200…..=5%.:rare…………0.1%<……….<1%;…………1/200…..=0.5%.100….200……..DNA……………….GWAS…………………………1%……………common…………………………………………………………………………………1%…..rare………………………………………………………………2………/……..RNA……..RNA…………………………………………A………………………………………………………RNA……………………………………………………………3…………………………..CG…………………………….CGCGAG……………………………………………………………………………………………………………………………..CG……………..C………………………………………………………………DNA………………………….DNA………………………………………………………………………図1遺伝子砂漠領域の生物学的役割1)rareバリアント,2)調節配列/マイクロRNA配列,3)エピジェネティックマーク,が潜在している可能性が高い.(67)あたらしい眼科Vol.29,No.3,20123550910-1810/12/\100/頁/JCOPY ●次世代シーケンサーの活用法次世代シーケンサー(図2)の登場により,そのデータ産生量とカバー率の高さ(=精度)から,広範囲にわたるゲノム領域をこれ以上ない解像度(塩基配列)で解析できるようになった.したがって,次世代シーケンサーを活用することで上述した仮説(図1)の検証が可能になってきている.最近,次世代シーケンサーを用いたポストGWAS研…..DNADNA………………………DNA….1..1……………………………………………………………………….DNA………………究として,冠動脈疾患に関連する遺伝子砂漠(9p21)を題材とした例が報告された4).本研究では次世代シーケンサーを用いて領域内の塩基配列を決定後,1)rareバリアントを含めた全バリアントの抽出,2)調節配列予測プログラムによるエンハンサーの推定,3)Chromosomeconformationcapture(3C)法(図3)によるエンハンサーの標的配列の同定,を行っている.興味深いことにエンハンサー配列予測の結果,9p21は全ゲノムの遺伝子砂漠のなかでエンハンサーが2番目に高密度な領2.Sequencing-by-synthesis1.BridgeAmplificationReferenceGenome………………………ReferenceGenomeDNA…………………………………………………………………..㈹図2シーケンサーの技術革新次世代シーケンサーでは,1)一度に大量のDNA断片の塩基配列を決定(詳細な原理については文献5を参照)し,2)個々のDNA断片の塩基配列をReferenceGenome(ヒトゲノムプロジェクトで決定され現在も更新され続けている標準配列)に貼り付けて“答え合わせ”をすることで,高精度なシークエンスデータを短時間で取得できる.……………….図3Chromosomeconformationcapture法頭文字にCが3つ連続するので“3C”ともよばれる.エンハンサーとプロモーターが調節蛋白質を介して物理的に会合する現象を利用して,実際に………………………………….核内で相互作用している両者の塩基配列を決定することができる.(文献6より転載,一部改変)……………………………………………………………………………………………………………………DNA……………………..DNA……………….DNA………………………………………….356あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(68) 域であることが判明し,本領域が多数の遠隔遺伝子の発現を調節する中継地点の役割を担っていることが示唆された.また,冠動脈疾患に関連するバリアントを含むエンハンサー配列の転写因子STAT1への結合能がリスクアレルの有無によって異なることを細胞レベルで示し,さらにこのエンハンサーが約950kbも離れたIFNA21領域を始め,複数の遺伝子領域と会合していることを3C法(図3)で明らかにした.以上の結果は,統計学的に疾患と関連付けられたバリアントの機能を初めて分子レベルで捉えた画期的な成果である.今後,本研究例のように次世代シーケンサーを活用しながらGWASで同定された多数の疾患の発症機序の糸口が“第2のgoldrush”としてつぎつぎに得られることが期待される.文献1)TopolEJ,MurraySS,FrazerKA:Thegenomicsgoldrush.JAMA298:218-221,20072)NakanoM,IkedaY,TaniguchiTetal:Threesusceptiblelociassociatedwithprimaryopen-angleglaucomaidentifiedbygenome-wideassociationstudyinJapanesepopulation.ProcNatlAcadSciUSA106:12838-12842,20093)CarninciP,KasukawaT,KatayamaSetal:Thetranscriptionallandscapeofmammaliangenome.Science309:1559-1563,20054)HarismendyO,NotaniD,SongXetal:9p21DNAvariantsassociatedwithcoronaryarterydiseaseimpairinterferon-gammasignallingresponse.Nature470:264-268,20115)MetzkerML:SequencingTechnologies─thenextgeneration.NatGenet11:31-46,20106)三浦尚,CrutchleyJ:3C法による核内DNAの位置関係の解析.実験医学28:1433-1440,2010☆☆☆(69)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012357

屈折矯正手術:ジグザグ全層角膜移植(PKP)のヒステレーシス

2012年3月31日 土曜日

●連載142屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─142.ジグザグ全層角膜移植(PKP)のヒステレーシス監修=木下茂大橋裕一坪田一男脇舛耕一*1稗田牧*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学フェムトセカンドレーザーを用いたジグザグ形状の全層角膜移植(PKP)が可能となり,術後角膜強度の向上が期待されている.ヒステレーシスは粘弾性体の変形時における現象であり,これを応用した角膜生体力学特性は角膜弾性強度を反映するとされる.ジグザグPKPではこの特性が正常眼に近く,実際に術後創強度が安定している可能性を示唆している.近年,フェムトセカンドレーザー(femtosecondlaser:FSL)を用いた全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PKP)が可能となってきている1).FSLによる角膜切開は水平・垂直・傾斜方向の切開を組み合わせることでジグザグ形状の切開面を得られることができ(ジグザグPKP),従来のトレパンブレードによる垂直方向のみの角膜切開と比べ術後創強度の安定性が期待されている.しかし,生体の角膜強度を定量的に評価することはむずかしく,ジグザクPKP術後において実際にどれくらいの強度を保っているのかを把握する方法はまだ確立されていない.しかし,角膜強度を反映する方法として,角膜生体力学特性という概念が用いられるようになってきた.これは,粘弾性体では加圧時と減圧時の変形過程が一致しない現象(履歴現象=ヒステレーシス)を利用して,角膜図1OcularResponseAnalyzerTM(ORA)の外観(65)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYにおけるこの粘弾性体としての性質(角膜生体力学特性)を評価する考え方である.筆者らはOcularResponseAnalyzerTM(ORA)(Reichert社,図1)2)を用いて,ジグザグPKP術後(図2)における角膜生体力学特性を解析した3).本解析では角膜生体力学特性を定量化した指標としてcornealhysteresis(CH)およびcornealresistancefactor(CRF)を測定し,FSLとしてFS-60TMまたはiFSTM(AMO社製)を用いて行ったジグザクPKPにおけるCH,CRFを,正常眼や従来のトレパンブレードによるPKPでの数値と比較検討を行った.図3が,ジグザグPKP術後における測定結果の1例である.この症例ではCH=9.3mmHg,CRF=9.8mmHgで,正常眼における結果(図4)に近い値であった.一方,トレパンブレードによるPKP術後での測定結果(図5)ではCH=5.2mmHg,CRF=5.7mmHgで,ジグザグPKP術後や正常眼に比べ低値であった.群間比較においても,CHはジグザクPKP群9.87±1.71mmHg(n=11),トレパンブレードによるPKP群8.29±1.53mmHg(n=23),正常群10.7±1.43mmHg(n=27)という結果であり,同様にCRFはそれぞれ9.86±2.30mmHg,7.73±2.29mmHg,9.90±1.58mmHgであっ図2前眼部OCT(VisanteTM)によるジグザグPKP術後画像(文献3より)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012353 SignalAnalysisSignalAnalysisSignalAnalysisSIGNALTIMERESPONSESIGNALTIMERESPONSESignalAnalysisTimeTime図3ジグザグPKP術後眼でのORA測定結果図4正常眼でのORA測定結果症例ではCH=9.3mmHg,CRF=9.8mmHgであった.症例ではCH=9.2mmHg,CRF=8.7mmHgであった.SIGNALTIMERESPONSEグザグPKPにおける術後の角膜弾性強度が生理的な状態に近い可能性を示唆しており,創構造が垂直方向の二次元的な切開面のみであるよりは,水平・斜め方向を加えた三次元的な切開面のほうが垂直方向の外力による位置ずれに対する抵抗性が高いとする考えを支持するものと思われる.そのことはさらに,術後早期の角膜抜糸やその後のlaserinsitukeratomileusis(LASIK)に代表されるレーザー角膜屈折矯正手術の早期施行によって,PKP術後の視機能を向上できる可能性がある.現時点ではORAによる角膜生体力学特性の定量評価が角膜強度を反映する方法であると考えられるが,ジグザグPKPにおける角膜強度をより正確に測定できる方法の開発が今後も期待されるところである.文献1)稗田牧:フェムト秒レーザーを用いた角膜移植.眼科手術24:45-48,20112)神谷和孝:新しい予防法OcularResponseAnalyzer.IOL&RS22:164-168,20083)脇舛耕一,稗田牧,加藤浩晃ほか:フェムトセカンドレーザーを用いた全層角膜移植における角膜生体力学特性.あたらしい眼科28:1034-1038,2011Time図5トレパンブレードによるPKP術後眼でのORA測定結果症例ではCH=5.2mmHg,CRF=5.7mmHgであった.た.この結果から,CH,CRFともジグザグPKP術後ではトレパンブレードによるPKP術後より有意に高く,正常群と有意差を認めなかった.CHやCRFの数値と角膜強度の間に直接的な関係があるかということは明確にはされておらず,この解析結果だけでは即座にジグザグPKPにおける術後創強度が向上しているとは言い切れない.しかし,角膜の粘弾性体としての性質をとらえた角膜生体力学特性の値がジグザグPKP術後において正常眼に近いということは,ジ☆☆☆354あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(66)

眼内レンズ:嚢内固定眼内レンズ脱臼例の走査電子顕微鏡所見

2012年3月31日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎平田憲佐賀大学大学院医学系研究科眼科学307..内固定眼内レンズ脱臼例の走査電子顕微鏡所見.内固定眼内レンズ脱臼は,日常診療でときに遭遇する.特に落屑症候群はZinn小帯が脆弱で,術後数年で眼内レンズが脱臼する場合がある.外傷や硝子体手術の既往,ぶどう膜炎や高度近視,網膜色素変性なども同様の眼内レンズ脱臼をきたす.摘出した水晶体.を観察すると,前者はZinn小帯の断裂がみられ,後者は水晶体.の層状分離がみられる.眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の偏位,脱臼はよく知られた白内障手術の術後合併症である.術中に水晶体.の破損やZinn小帯の断裂が生じ,IOLを.内に固定できずに手術を終了し,術後早期にIOLが偏位する場合(.外固定IOL脱臼)は,その機序が明確で,ほとんどの症例で術後早期(3カ月以内)に偏位がみられるため,その対処も速やかに行うことができる.一方,術中に明らかな合併症を認めず,術後も問題なかったにもかかわらず.内に固定したままでIOLが偏位,脱臼をきたす場合(.内固定IOL脱臼)は,まれであると思われてきたが,近年これらの症例に遭遇する機会が増えている.前.切開法,超音波乳化吸引術の導入,IOLの改良など,低侵襲の白内障手術が普及し,白内障手術件数が増えたこともその要因となっているのであろう..内固定IOL脱臼は硝子体腔内に落下する頻度も高く,重篤な晩期合併症となる..内固定IOL脱臼の発生頻度は,報告によりさまざまであるが,おおよそ10年で0.1.1%である1,2).落屑症候群の割合が高くなるほどその頻度も高くなる..内固定IOL脱臼に関連するとされる疾患・状態として,落屑症候群以外に外傷の既往,硝子体手術の既往,ぶどう膜炎,高度近視,網膜色素変性などがある3,4).自験例20眼の検討では,.内固定IOL脱臼の発症時平均年齢は71.2歳で,関連因子として40%に落屑症候群,15%に高度近視,外傷の既往,硝子体手術の既往がそれぞれ10%に,網膜色素変性およびぶどう膜炎の既往も各1眼にみられた.初回白内障手術からIOL脱臼までの期間は平均9.2年であった.使用されたIOLの材質に偏りはなかった5).摘出した標本を走査電子顕微鏡にて観察すると,落屑症候群を伴うか否かで所見が大きく異なることがわかる.落屑症候群を伴う.内固定IOL脱臼例(図1)では,水晶体.表面に無数の線維状の物質(落屑物質)の沈着がみられる.落屑物質はZinn小帯にも数珠状に付着し(63)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYている.Zinn小帯は赤道部付近で全周にわたり断裂している.前.の切開縁は線維組織に覆われ,高度の前.収縮がみられる(図2).落屑物質の沈着が機械的に,あるいは蛋白分解酵素作用によりZinn小帯を断裂させると考えられており,走査電子顕微鏡所見からも,高度の前.収縮とあいまって,Zinn小帯が進行性かつ全周性に断裂し,.内固定IOL脱臼を生じていることがわかる5).図1.内固定IOL脱臼の実体顕微鏡所見落屑症候群があり水晶体.に無数のZinn小帯の付着がみられる.図2.内固定IOL脱臼の走査電子顕微鏡所見水晶体.およびZinn小帯に無数の落屑物質の付着がみられる.あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012351 ←図3.内固定IOL脱臼の実体顕微鏡所見危険因子となる関連疾患はなく,水晶体.表面は平滑である.→図4図3と同標本の走査電子顕微鏡所見水晶体.表面はZinn小帯付着部で層状分離がみられる.一方,落屑症候群のない症例の.内固定IOL脱臼例(図3)では,摘出した水晶体.表面はきわめて平滑で,Zinn小帯の付着はほとんどみられないか,あってもわずかである.詳細に観察すると,Zinn小帯が付着していた部分は水晶体.の表層部が層状に分離し,下層の部分が露出している.分離した表層の水晶体.の縁はロールしている(図4).落屑症候群例に高頻度にみられた高度の前.収縮は3割程度で観察されるのみで,いずれも軽度である5).Zinn小帯は水晶体.との接着部位に.周囲膜(zonularlamella)とよばれる水晶体.最外層を赤道部付近で形成していることが知られている.したがって,落屑症候群のない症例の.内固定IOL脱臼例では,.周囲膜とその下層の水晶体.固有層の間の分離が生じていることが示唆される..周囲膜の分離がなぜ起こるのかは不明であるが,外傷による機械的.離,炎症や加齢による.周囲膜の脆弱化が関与しているであろうことは予想できる.これらの所見を総合すると,.内固定IOL脱臼は,Zinn小帯の進行性の断裂(zonularweakness)と,.周囲膜の脆弱化による.離(capsularweakness)があるといえよう.水晶体.の形状維持を目的に水晶体.拡張リング(capsulartensionring:CTR)を用いる場合がある.しかしながら,CTR挿入後に.内固定IOL脱臼をきたす例も多数報告されており,十分とはいえない.水晶体.の安定化を目的としたIOLのデザインも再考する必要性を感じる..内固定IOL脱臼までの平均期間が9年以上であることは,今後もますます増える合併症であることが想像できる.白内障手術は完成された術式と考えられてはいるが,今後もさらなる研究を要する領域であると思われる.文献1)MonestamEI:Incidenceofdislocationofintraocularlensesandpseudophakodonesis10yearsaftercataractsurgery.Ophthalmology116:2315-2320,20092)PueringerSL,HodgeDO,ErieJC:Riskoflateintraocularlensdislocationaftercataractsurgery,1980-2009:apop-ulation-basedstudy.AmJOphthalmol152:618-623,20113)DavisD,BrubakerJ,EspandarLetal:Latein-the-bagspontaneousintraocularlensdislocation:evaluationof86consecutivecases.Ophthalmology116:664-670,20094)HayashiK,HirataA,HayashiH:Possiblepredisposingfactorsforin-the-bagandout-of-the-bagintraocularlensdislocationandoutcomesofintraocularlensexchangesurgery.Ophthalmology114:969-975,20075)HirataA,OkinamiS,HayashiK:Occurrenceofcapsulardelaminationinthedislocatedin-the-bagintraocularlens.GraefesArchClinExpOphthalmol249:1409-1415,2011

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 ハードコンタクトレンズのベースカーブとレンズサイズについて考える(2)

2012年3月31日 土曜日

コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】333.ハードコンタクトレンズのベースカーブとレンズサイズについて考える(2)植田喜一ウエダ眼科/山口大学大学院医学系研究科眼科学ードコンタクトレンズ(HCL)のベースカーブハ(BC)とレンズサイズは,角膜曲率半径だけでなく角膜全体の形状や角膜径,さらに瞼裂幅,眼瞼の形状などによって決定するが,実際にはトライアルレンズを装用してフィッティングを判定する.このフィッティングの判定はレンズの静止位置と動き,フルオレセインパターン,瞬目に伴うレンズ下の涙液交換,装用感の良否で行う.●角膜とBCなるべく角膜形状に適合したBCを選定するが,角膜形状は単一な曲率ではなく,周辺部にいくにつれてしだいにフラットになっている.さらに,強主経線と弱主経線では角膜曲率に差があることが多く,特に強度の乱視ではその差が著しい.しかし,HCLを角膜にフィットする際の基本的な考え方は,レンズをなるべく角膜の広い範囲にパラレルに接触するということであり,フルオレセインで染色してベストフィットを求めなければならない.●眼瞼とレンズサイズHCLが角膜表面に静止できるのは,レンズのエッジ図1眼瞼と角膜の位置関係a:上眼瞼が角膜上部を覆っている場合は上眼瞼によるレンズの保持が期待できる.b:上眼瞼が角膜上部を覆っていない場合は上眼瞼によるレンズの保持が期待できない.レンズサイズ8.5mmレンズサイズ8.8mmレンズサイズ9.1mmレンズサイズ8.5mmレンズサイズ8.8mmレンズサイズ9.1mm図2瞼裂幅とレンズサイズa:瞼裂幅の狭い症例ではレンズサイズの違いによりセンタリングが変化することは少ない.b:瞼裂幅の広い症例では大きなレンズサイズを選定しないと良好なセンタリングが得られないことが多い.(61)あたらしい眼科Vol.29,No.3,20123490910-1810/12/\100/頁/JCOPY SAG大レンズサイズ小レンズサイズ大(BCは同じ)図3レンズサイズとSAGレンズサイズを大きくするとSAGが大きくなる.SAG小(BCは同じ)レンズサイズ小レンズサイズ大SAG小SAG大図4角膜とレンズサイズレンズサイズを大きくするとSAGが大きくなって,角膜上でHCLが安定しやすくなる.のメニスカスによる陰圧の働きと,角膜表面が周辺部にいくに従ってフラットになっている形状によるが,上眼瞼がレンズをくわえ込むようにフィットさせるとレンズの安定性は増す.したがって,眼瞼の形状については上眼瞼が角膜上部を覆っているような場合は,上眼瞼による保持が期待できるのでHCLの処方は可能であるが,上眼瞼が角膜上部を覆っていない場合はHCLの処方はむずかしい(図1).しかしながら,上眼瞼による保持を期待せずにレンズサイズを小さくして,ややスティープなBCのHCLを角膜中央にフィットさせるという方法もある.一般的には,瞼裂幅の広い症例には大きなレンズサイズを選定しないと良好なセンタリングが得られないことが多い.逆に,瞼裂幅の狭い症例ではレンズサイズの違いによりセンタリングが変化することは少ない(図2)が,レンズサイズが大きいと異物感を訴えることがあ350あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012SAG小BC大(レンズサイズは同じ)BC小レンズサイズSAG大図5BCとSAGBCを小さくする(スティープにする)とSAGが大きくなる.る.上眼瞼が張り出している症例や眼瞼圧の強い症例ではレンズサイズを大きくし,下眼瞼が張り出している症例や眼瞼圧の弱い症例ではレンズサイズを小さくするとよい.●BCとレンズサイズHCLを処方する際に,HCLの断面の弧の深さ(sagittaldepth:SAG)がどうなるかを考えるとよい.SAGが大きいHCLは角膜上で安定しやすい.これは深い帽子が浅いものに比べて,かぶったときに風で帽子が飛ばされにくいことを考えてみると理解しやすい.BCが同じである場合,レンズサイズを大きくするとSAGは大きくなる(図3,4).レンズサイズが同じである場合,BCを小さくする(スティープにする)とSAGは大きくなる(図5).スティープなBCを選択するとHCLの動きがタイトになることはよく経験することである.したがって,レンズサイズを変更する場合には症例によっては選択するBCの値を変える必要がある.SAGとの関係から大きなレンズサイズを選定した場合はややフラットめのBCを,小さなレンズサイズを選定した場合はややスティープめのBCを選択したほうがよい.理論上で適切なBCやレンズサイズを選択しても,実際にうまくフィットしない場合もあるので,tryanderrorを繰り返して適切なものを決定することが大切である.(62)

写真:パンクタルプラグ®Fとその挿入上の注意点

2012年3月31日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦334.パンクタルプラグRFとその挿入上の木村健一*1,2横井則彦*2*1公立山城病院眼科注意点*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ矢印はパンクタルプラグRF.図1上・下涙点に挿入されたパンクタルプラグRF図3図1と同一症例(涙点焼灼後の再疎通例)のプラグ挿入前の上・下涙点涙管洗浄用の二段針が入るサイズ(0.4mm径).図4パンクタルプラグRFa:挿入前.b:インサーターによる鍔の支持が解除された直後の状態.c:インサーターから開放された状態.d:従来のパンクタルプラグR(SSサイズ).パンクタルプラグRFは,伸展した状態でインサーターに固定されており(a),挿入後に先端部が1.1mm径まで横に広がる(c)仕組みになっている.(59)あたらしい眼科Vol.29,No.3,20123470910-1810/12/\100/頁/JCOPY 涙点プラグ挿入術は,重症の涙液減少型ドライアイの治療にきわめて有効である.わが国で使用されているシリコーン製の涙点プラグには,EagleVision社製のフレックスプラグR,スーパーフレックスプラグR,スーパーイーグルプラグR,および,FCI社製のパンクタルプラグR(PP)があるが,2010年5月からはFCI社製のパンクタルプラグRF(PPF)が新たに使用可能となった(図1,4).PPは脱落しにくいという利点があるが,肉芽を生じやすいという欠点があった(ただし,肉芽は完全に涙小管を閉塞するとプラグが不要になるため必ずしも欠点とはいえない側面もある)1,2).PPFは,その特徴的な形状(図4)から,脱落しにくいという従来のPPの利点を活かしつつ,新たに以下の4つの利点が期待できる涙点プラグと考えられる.まず,PPで欠点となることがあった肉芽が生じにくい可能性があげられる.PPではプラグの頭部の最大径の部分がシャープな角になっている(図4d)ため,涙小管壁を刺激して肉芽が生じやすくなると考えられる2)が,PPFではPPのようなシャープさがないため,涙小管壁に対する刺激が緩和されて肉芽が生じにくい可能性がある.つぎに,異物感の軽減が期待される.PPは鍔に傾斜をもたせている(図4d)ため,一般に涙点にフィットしやすいが,フィットしにくい形状の涙点の場合や肉芽によりプラグが突出してきた場合には,この利点があだになり,鍔によって眼表面が刺激されることがある3).しかし,PPFはPPに比べ鍔の傾斜がなく,小さくデザインされているため異物感が少ない可能性がある.さらに,PPFは涙点サイズが0.4mm径あれば挿入が可能である.涙点プラグの挿入時には,涙点ゲージを使用して涙点の内径を計測するが,涙点ゲージ径は0.5mmのものが最小である.PPFは涙管洗浄用の二段針(0.4mm径)が入れば挿入が可能である.最後に,PPFはPPと比べて挿入が容易で,かつ,迷入の心配がない.PPはプラグの頭部の最先端が平坦(図4d)であるため,たとえ眼瞼を外側に引いても挿入がむずかしい場合があるが,PPFはプラグの先端部がペンシル状に尖っている(図4a)ため,挿入しやすい.さらにPPFはプラグの鍔がインサーターに抱え込まれる形で保持されているため,プラグが涙小管に迷入することがない.一方で,挿入上の注意点として,以下の2つがあげられる.まず,すでに涙小管内に肉芽を生じている場合である.肉芽の手前で先端部が膨らむと肉芽を越すことができず,挿入できないことがある3).あらかじめ涙管洗浄用の二段針を涙小管に挿入し,二段針の先を動かして(筆者らはこの操作をプロービングとよんでいる)肉芽の状態をよく探索しておくことが大切である.また,PPFはインサーターから開放されると頭部の最大径の部分が横に広がり,インサーターに再び装着できない.そのため,挿入が完了していない状態でリリースボタンを押してしまうと再挿入できなくなる.PPFは使用可能となってから2年近く経過し,各施設での臨床成績の報告が待たれるが,特徴的な形状を生かして使用すれば使いやすい涙点プラグであると考えられる.文献1)西井正和,横井則彦,小室青ほか:涙点プラグの違いによる脱落率の検討.日眼会誌107:322-325,20032)那須直子,横井則彦,西井正和ほか:新しい涙点プラグ(スーパーフレックスプラグR)と従来のプラグの脱落率と合併症の検討.日眼会誌112:601-606,20083)横井則彦:涙点プラグの効果的な使い方.眼科53:15891598,2011348あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(00)

時の人 川島 秀俊 先生

2012年3月31日 土曜日

人人の時自治医科大学眼科学・教授かわしまひでとし川島秀俊先生昨年(2011年)5月,自治医科大学眼科学教室の第4代の主任教授として川島秀俊先生が就任された.川島先生の経歴を振り返ると,先生は栃木市出身で,昭和58年東京大学医学部を卒業後,同大附属病院にて眼科医としてのスタートを切り,一般眼科の修練を積むとともに,当時の増田寛次郎教授や望月學助教授の指導を受け,眼免疫の初歩を学ばれた.そして,当時FK506とよばれていたタクロリムス(商品名プログラフ)を扱った免疫学的検討により学位を取得した後米国ミネソタ大学へ留学,グレガーソン教授のもとで3年間眼免疫の研究を続け,特に角膜内皮の持つ免疫学的制御機能について研究された.この間,一時はECFMGcertificationの資格を活かしそのままレジデントとして米国にとどまることも考えられたが,先生の奥様がアメリカ人で,留学期間の3年の間,二人のお嬢さんが日本語をまったく話さなくなったことを心配し帰国することに進路変更された.帰国後は,FEVR(家族性滲出性硝子体網膜症),眼内レンズ,レーザーセルフレアメーターに関して大きな業績を残しておられた自治医科大学の(故)清水昊幸教授のもとで講師として奉職,前眼部の免疫学的特殊性の解明をテーマに研究を続けられた.その後東大病院分院に戻り,さらにその閉院にも携わられた.その間,ベーチェット病に対するインフリキシマブ(商品名レミケード)治療の臨床治験に参加,ベーチェット病の臨床研究を続けられ,さらにその後のさいたま赤十字病院での8年間では小島孚允副院長のめざす“強い”地域医療の実現に努められた.*自治医科大学の目指すところの原点はさいたま赤十字病院のモットーと非常に似通っている.「強い」地域医療の担い手である若い医師を育て,そしてハイレベルな医療を提供することである.「強い」地域医療とは,専門分野のみに固執することなく,幅広い疾患に対処し,346あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012近隣のフロントラインで診療している先生方および患者のニーズに対応するというものである.そうしたニーズに応えるべく,同教室では,清水教授の後を引き継がれた2代目水流忠彦教授は角膜部門の,3代目茨木信博教授は白内障分野の権威であり,それぞれ多大な足跡を残された.そして現在,先生は,主として眼内炎(ぶどう膜炎)およびその合併症に対しての内科的・外科的治療に当たっておられるが,他に,網膜硝子体疾患を数多く手がけられている全国的にも高名な佐藤幸裕教授,病理に関して造詣の深い角膜担当の小幡博人准教授,患者数は全国トップクラスで信頼も厚い弱視斜視担当の牧野伸二講師,ドライビングシミュレータを用いた緑内障患者の自動車運転能力の研究に関して高い評価を得ている緑内障担当の国松志保講師,などなど充実したスタッフを揃えておられる.いま地方大学はどこも医局員不足に悩まされているが,同教室も例外ではない.しかし,そうした状況のなかにあって医局員が一丸となって「強い」地域医療の実現に向けて邁進しているとのこと.栃木県出身の先生にとって,講師を務めて以来故郷への二度目の赴任となった今回の教授就任は,お国ことばを通して患者さんの言わんとする心底を十分に汲み取り,そのうえでの地域医療の実践につながることにもなり,まさにうってつけと言えそうである.*最後に,先生の趣味・特技をお聞きしたところ,スポーツは中学で弓道(初段),高校で柔道(二段),大学以降はテニス,そして今でも「ウィークエンドプレーヤーの星」となるのが目標とのこと.また,映画鑑賞(洋画が多い),英会話(英検1級,TOEFL-PBT600点だが家庭内ではbyfar一番下手),なども楽しまれる.そして最近では,読書の楽しみに遅ればせながら開眼したとのことである.(58)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY

ドライシンドロームの現状

2012年3月31日 土曜日

特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):339.344,2012特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):339.344,2012ドライシンドロームの現状RecentAdvancesinDrySyndrome梁洪淵*斎藤一郎*はじめにドライアイの原因の一つに全身疾患であるシェーグレン症候群(Sjogrensyndrome:SS)が知られている.本症は中年女性に好発し涙腺と唾液腺を標的とする臓器特異的自己免疫疾患であり,全身性の臓器病変を伴う疾患の一つであることは周知である.SSの初発症状の多くは目と口が乾燥することを主徴とし,この他にも全身の外分泌腺の機能低下を示す.このような乾燥症状の病態の成立としてSSでは涙腺や唾液腺などを標的臓器とした自己免疫による発症機序が一般的な理解だが,本学附属病院のドライマウス外来受診者(4,400名)の統計学的な解析では,その大半がSSと診断されず,約9割の受診者がSS以外の要因により全身的な乾燥に伴うさまざまな症状を有しており,その乾燥症状も軽度な症例から重度なものまで多岐に及ぶ傾向がある.このことより,受診に至らないが潜在的な乾燥症状を自覚し,それに起因して生活の質(QOL)の低下をきたしている症例は相当数が推察される.しかしながら,現在の医学・歯学は臓器別や診療科に細分化されており,全身の乾燥症状に対する医学情報の収集はきわめて困難である.このような医療の実践には身体全体を視野に入れ,「こころの渇き」や思考に至るまでの横断的な対応が不可欠であることから,最新の乾燥症状に関する各科の総合的な理解が求められている.さらに近年の科学技術の発達に伴い,乾燥のメカニズムの解明が飛躍的に進み,これらの研究成果が医療に取り入れられようとしている.このことから,本稿では全身の乾燥症候群(ドライシンドローム)について現在までに得られた一般的な知見を紹介するが,ドライアイについては本誌が眼科専門誌であることからその詳細は割愛させていただく.I水分の構成地球は多くが水で覆われており,海が占める割合は70%といわれている.ヒトも同程度である60%が液体成分で構成され,一日に約2.5lの水分が出入りしている.ヒトは,一日に不感蒸泄として皮膚や呼吸から約1.2lの水分を無意識に蒸気として喪失している.これは,代謝で発生した熱を,気化熱に変化させ体外へ放出するためである.さらに,老廃物質などを含有した水分を,尿・便として一日に1.3l程度体外へ排泄している.一方,水分の摂取量は一日3食の食事で約1l程度,蛋白質や炭水化物,脂肪などの代謝により得られる体内の水分として0.3l,飲水として1.2l程度を身体に摂取しているといわれ,このような生理的作用により安静時におけるヒトの水分代謝は決定されている.尿,汗などの喪失量に見合う水分を適当量摂取すれば,血漿浸透圧は一定に保持されるが,水分摂取量が不足すると血漿浸透圧が上昇することにより口渇を生じ,尿は濃縮する.さらに,熱中症,脳梗塞,ロングフライト症候群など生命危機状態に陥る疾患を招く可能性もあり,健康に著しい障害を与える要因の一つとなる.*KoufuchiRyo&IchiroSaito:鶴見大学歯学部病理学講座〔別刷請求先〕梁洪淵:〒230-8501横浜市鶴見区鶴見2-1-3鶴見大学歯学部病理学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(51)339 さらに,前述のような直接的な生命に対する影響力は少ないが,加齢,ホルモンバランスの変化,口呼吸,パソコン・OA機器の汎用,地球の温暖化,ストレス,食生活の変化などさまざまな要因を背景に,身体から水分が不足した結果,ドライシンドロームを訴えることがある.このような症状は増加の一途を示し,潜在患者数を含めると,現在かなりの割合がドライシンドロームに罹患しているこが想定される.IIドライシンドロームとはドライシンドロームの代表的なものとして,目が乾く「乾性角結膜炎:ドライアイ」,口が渇く「口腔乾燥症:ドライマウス」,肌が乾く「乾皮症:ドライスキン」,腟が乾燥する「萎縮性腟炎:ドライバジャイナ」などが知られているが,これ以外にも鼻腔,耳の他に心因的な乾きが全身のあらゆるところに乾燥症状を呈することも報告されていることから,これらを含めて「ドライシンドローム」という一つの症候群として捉えたいと筆者らは考えている.目が乾く,口が渇いて食べ物が飲み込みにくい,皮膚がカサカサしてかゆい,性交痛,腟炎などの「乾燥」による症状は,全身の外分泌腺の機能低下により発症し,本来あるべき潤いのバランスが崩れ,多彩な症状を呈することによりQOLが大きく低下し,日常生活に支障をきたすことになる.「乾燥」から保護してくれる唾液,涙,汗,腟液などを産生し分泌する器官は,それぞれ唾液腺,涙腺,汗腺,子宮やバルトリン(Bartholin)腺などの分泌腺が関与しているが,それ以外にも各臓器で,何らかの要因により水分や油分が蒸発・不足することで乾燥を呈することが知られている.以下に各部位の乾燥メカニズムや対処について解説する.1.口腔ドライマウスは,唾液分泌量の減少ならびに唾液の質が変化する疾病と定義されている.本症を介してう蝕や歯周病のリスクが上がるだけでなく感染症,誤嚥性肺炎,摂食嚥下機能の低下などさまざまな全身的な疾患の原因となり,QOLに及ぼす影響は大きいことが明らか340あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012……………………………………………………………………………………図1ドライマウスに起因する病態ドライマウスにより多岐にわたる症状が生じる.である(図1).本症の原因は多様であり,大半は降圧薬や心療内科的な薬の副作用として発症し,さらに食習慣による筋力の低下なども加わり原因は複合的である.加えて,多くの症例がさまざまなストレスに起因しており,精神的ストレスによるドライマウスも少なくない.このような唾液分泌障害が改善されると,唾液による口腔内の自浄作用や免疫作用などの効果が期待でき,高齢者の死因の上位を占める誤嚥性肺炎を防ぐことも可能となる.2.皮膚皮膚は外界と接し,みずみずしく潤いのある皮膚では最表層の角層水分は20.30%であるといわれている.角層の水分はNMF(naturalmoisturizingfactor:天然保湿因子),セラミドを中心とする細胞間脂質,皮脂膜の3者による保持が重要と考えられているが,何らかの要因により水分を喪失すると乾燥を招く.乾燥により皮膚はカサカサしたドライスキンへ変化し,単に整容的な問題だけでなく,皮膚疾患にもなりうる.健康な肌の角層は皮膚を覆う密なラップのような構造を有するが,乾燥によりこの構造が維持できなくなり,バリア機能が破綻すると,アレルゲンや微生物の侵入が容易となる.乾燥肌の原因としては,魚鱗癬(いわゆるサメ肌)などの遺伝的疾患や,アトピー性皮膚炎,湿疹や掌蹠角化症などの皮膚病,加齢による変化などがあげられる.特に,アトピー性皮膚炎は季節を問わずに一年中ドライスキン(52) ケラチン層状構造疎水性セラミド親水性(角質細胞間脂質)図2角質細胞間脂質による保湿「ラメラ」とは「層状」という意味.角質細胞間脂質では油相と水相の層を繰り返すことによりバリア機能となる保湿が維持されている.(文献1より)の状態が続くとされている.乾皮症は,セラミドや発汗,皮脂分泌の減少が生じたうえに,知覚神経の表皮内伸張などによりかゆみの閾値が低下し掻痒感が誘起される.特に,空気が乾燥する秋から冬にかけて症状が悪化する.水分の保持機能を担うセラミドは,角質細胞間脂質のスフィンゴ脂質の95%を占める.角質細胞間脂質の水分保持機能の特徴の一つとしてラメラ構造が知られている.これは,角層間で水分子と水素結合のネットワークを形成し,水分子を構造単位で層状に含み(図2),水分を保持している1).さらに,皮脂は性ホルモンの支配を受けるため,加齢に伴い分泌が低下することでドライスキンを生じる.このような皮脂は,結合水を抱えることは不可能であるが,角層上に皮脂膜を構成することで水分の蒸散を抑制し,角層水分量を維持する.加えて,NMFはケラチン分子間の水素結合を介した相互作用を中和し,ケラチン分子の分子運動を促進することでケラチンの柔軟性を高めていると考えられている.これらのことより,皮脂の分泌が低下し天然の皮脂膜の形成が困難な際には,人工的な代替膜をつくる必要がある.水分のある状態でクリームやオイルなどによる保護膜を作り,水分の蒸散を防ぐことが大切とされ,種々の製品が研究開発されている.3.腟ドライバジャイナ(腟の乾燥)は加齢,ストレスなど(53)により女性ホルモンであるエストロゲンの分泌が低下する更年期以降に発症頻度が高いとされているが,近年,女性の社会進出に伴う過度なストレスやダイエットによる女性ホルモンの異常が一因となり,腟周辺の粘膜が乾燥し,灼熱間や性交痛に悩む若い女性も多いといわれている.腟は内性器と外性器をつなぐ導管で,温かく湿気を帯びている.外陰部の腟前庭にある腟口には左右対称性にスキーン腺(小前庭腺)とバルトリン腺(大前庭腺)があるが,腟粘膜には腺構造を認めず,粘液は子宮ならびに前庭腺由来の分泌液に由来する.子宮頸部の内腔である頸管は頸管腺上皮で被覆され頸管腺が開口しており,頸管粘液はエストロゲンの活性で増加し,プロゲステロンの影響で減少する.さらに,腟粘膜は女性ホルモンの作用により重層扁平上皮の細胞質内にグリコーゲンが蓄積しブドウ糖へ分解され,腟内の腟常在菌である乳酸桿菌により乳酸となることで腟内を酸性に保持して,細菌の増殖を抑制し自浄作用を示す.しかしながら,ホルモンの分泌が低下することにより腟の乾燥を介してさまざまな不快症状を呈する.更年期以降は加齢により卵巣は軽量化を認め,子宮内膜は菲薄化し,萎縮性の形態を呈する.子宮の腺上皮は高さを減じ立方状となり,腺腔は狭小化し分泌機能もほぼ停止する.腟粘膜は角層の消失,菲薄化,平坦化が進行する.しかし,閉経後10年は中層細胞がほぼ保たれるため菲薄化は弱いが,加齢に伴い性生活の影響を受けるといわれている.老年期にむかうに従い,中層細胞層は萎縮し,腟粘膜の含水量やグリコーゲン含有量が減少することにより常在菌も減少し萎縮性腟炎が惹起されて,疼痛や灼熱感,掻痒感,性交痛,性交時出血や外的刺激により腟不快症状を呈する.さらに,外陰に位置するスキーン腺,バルトリン腺,などの分泌機能も低下し,適度な湿潤性が維持できなくなるため外陰掻痒症が生じる.閉経後の女性の多くは分泌機能の低下により,このような状態に陥るといわれているが,症状を感じ訴える人,症状を認めても気にならない人などさまざまで,すべての女性が外来を受診するわけではない.治療方法として,エストロゲンの経口薬や貼付薬を使用するホルモン補充療法はその選択肢の一つとして,疾あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012341 患の予防や症状緩和に有効とする報告もあり,閉経後女性のQOLを改善し,健康の保持・増進へつながるとされている.4.鼻腔住・職場環境の湿度の低下,抗アレルギー薬など薬剤の副作用により,鼻腔粘膜の乾燥状態を招くことが知られている.鼻腔粘膜は多列線毛上皮(呼吸上皮)で覆われ,豊富な杯細胞や鼻腺が散在し,粘膜表面は粘液膜で覆われ湿気を帯びている.この粘膜は豊富な毛細血管の網目と静脈洞で構築され,吸気に適度の温度を与えることで体温調節を行い,鼻粘膜上皮下の毛細血管からの漏出液の水分や呼気温の低下により,呼気中の水蒸気が鼻粘膜上で水となり付着することで呼気は適度に加湿される.一日に分泌される粘液量は約1lで,このうち700mlは吸気に湿度を与えて咽喉頭や下気道を乾燥から守り,残りの300mlはmucousblanket(粘膜層)として線毛を介して咽頭へ運ばれ嚥下されるといわれている.加えて,花粉やほこりなどは鼻毛がフィルター役となるほか,線毛と線毛の間にある線毛間液,線毛の先端部にある外層粘液が異物を付着し,線毛による線毛運動で咽頭への侵入を排除する粘液線毛輸送機能が作用する.さらに,病原微生物からの感染防御には粘液中のリゾチームや分泌型IgAなどの特異的な免疫物質もその役割を担うため,鼻腔は常に粘液で洗浄されている状態である.線毛は粘液の中でのみ運動が可能であり,粘膜の乾燥や病的な分泌物では作用しないため,体内の水分が減少したり,ドライノーズが生じると線毛間液が減少し,線毛が外層粘液に絡まったり,粘液が濃くなると粘液線毛輸送機能は低下する.対処として,一般的にマスクの装着や加湿器による湿度の維持は,線毛運動の機能低下予防や改善に作用し,加えて積極的な水分摂取も効果的であることが示されている.5.耳外耳道は重層扁平上皮で覆われ,耳介と外耳道の外側半分に毛や分泌腺は存在するが,内側半分や鼓膜は腺を認めない.外耳道には耳垢腺が脂腺とともに毛.に開い342あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012ており,耳垢腺,脂腺,汗腺の分泌物と脱落上皮により耳垢が形成される.耳垢の性状は常染色体遺伝で湿性耳垢が乾性耳垢に対して優性であるとされており2),2006年にはDNAの塩基配列の1カ所の違いにより先天的に耳垢が生成されないことも報告されている3).耳垢の性質は人種により大きな差があり,日本では湿性が約20%,欧米は90%以上,国内でも地域によりその割合は異なるという報告もある.耳垢腺はアポクリン腺の一種に分類され,分泌物は酸性の黄色透明水様性で,殺菌効果や外耳道の乾燥防止に作用するといわれている.湿性耳垢は塞栓しやすく,耳垢塞栓という疾患により難聴,耳鳴,耳痛などの不快症状が出現する.耳管は成人で全長約3.5cmの中耳腔と鼻咽腔,つまり外界を結ぶ唯一の管である.耳管は中耳に対して換気・調圧,排泄,防御の機能がある.中耳からの排泄は耳管粘膜表面の線毛が働き,耳管周囲の耳管腺や耳管粘膜の線毛細胞,杯細胞などは耳管下半部に多く認める.耳管は,通常安静時に閉鎖し嚥下動作などに伴い瞬間的に開大する.安静時の耳管内腔の閉鎖にはいくつかの規定要因が考えられており,耳管粘膜の湿潤状態や耳管内腔粘膜に豊富に存在する耳管腺からの粘液の分泌状態も重要な要因の一つと考えられる.耳管が常時開放状態となる耳管開放症の原因はさまざまで,素因や体重減少,運動時の発汗による脱水など複数の要因,さらに耳管内腔側の環境条件因子として粘液貯留の有無,粘膜の湿潤状態も重要とみられる.マウスの耳管粘膜にアポクリンの発現を認める報告もあり4),アポクリンに異常を認めるSSの分泌障害では耳の乾燥が併発している可能性も考えられる.6.こころ現代の社会では,多くの人間が多様な心理的問題に直面している.職場での人間関係,職務,家庭や介護などによるストレスに起因する悩みや,さまざまな“こころ”の病により出社拒否などの言動や行動に障害を認め,これらのことから交感神経優位による外分泌腺の機能の低下が乾燥症状を招くケースも少なくない(図3).さらに,精神症状(意欲低下,悲哀感,自責感,抑うつ(54) 水分泌機能促進水分泌機能抑制優位優位水分泌機能促進水分泌機能抑制優位優位…図3外分泌腺機能における神経支配唾液の分泌は自律神経の二重支配を受けているが,水分は副交感神経終末から放出されるアセチルコリンにより分泌される.ストレスが多い状態では交感神経が優位となり水分の分泌が低下する.気分など)を訴えることができずに,身体症状として仮面うつ病などに罹患する症例も増加の一途をたどり,自殺者3万人といわれる社会になった.目や肌などの乾燥症状については,現在の情報社会において適正な診療科を受診し対処方法を得ることは可能であるが,こころの問題は自身をはじめ周囲の気づきも遅れがちなことや,受診の機会を逃すことも多い.身体のどこかにドライシンドロームを感じていると,少なからず生活の質はマイナスへ影響し,うつ病やストレスにつながることでネガティブなこころの動きへと変化することが多い.近年,「PositivePsychology(ポジティブ心理学)」という新しい分野の報告が注目を浴びている.ペンシルバニア大学のSeligman先生が推進している心理学で,「人が充実した活動を行うことのできる組織や社会の条件は何か」というテーマに対して多角的な研究を追求している.今まではネガティブな心理が個人に影響していると考えられていたが,プラスのこころの動きがストレスをコントロールするために大きく影響すると唱えている.このような領域からのアプローチは,こころの渇きの対処の一助として貢献できると筆者らは注目している.このように,身体と同様にこころの乾燥も,早急に予防や早期発見,専門家による対処,セルフケアの方法を拡充させることは医療従事者の責務と考えている.(55)IIIドライシンドローム学会の設立2004年に実施した研究では,ドライアイ患者の50%はドライマウスを呈し,SSと診断されないドライアイとドライマウスを同時に併発する“ドライシンドローム”患者が多数いることも報告されている5).最近のドライマウスの研究でも,同様な事象が指摘されていることから,全身に乾燥症状を呈するドライシンドロームの病態の解明が急務とされている.眼科,歯科領域に限らず,今回解説したドライスキン,ドライバジャイナ,ドライノーズなど,他の部位の“乾燥症状”についても強い関心がもたれはじめ,全科横断的な研究の必要性が求められている.乾燥症状は一般的に致死的な病態ではないことから,医療従事者さえも患者の訴えを軽視する傾向にあるが,日々の生活で計り知れないQOLの低下を招いていることを真摯に受け止めたい.さらに,加齢やストレスとの結びつきも指摘されていることから,超高齢社会の日本においてはさらに重要視されると考えている.加えて,乾燥によりドライアイは実用視力が,ドライマウスは口腔機能,ドライスキンにおいてはアトピー性皮膚炎などの症状が悪化するなど,多彩な病態の原因の一つになっていることも指摘されている.そこで全身の“乾燥”という病態をキーワードとして,臨床と研究の推進を目的にドライシンドローム学会(坪田一男理事長)を設立するに至った.本学会を通して,ドライシンドロームの本質,患者数,治療方法など各科と連携した活発な研究,啓発活動ができることを目指したい.おわりに増加傾向を示すドライアイやドライマウスは,医薬品や健康食品業界からも有望視される市場として,注目を浴びている.さらに,超高齢社会において加齢に伴う組織・器官の退行変性による乾燥以外に,若年・中高年層でもVDT(visualdisplayterminals)作業や季節などの環境変化による乾燥はQOLを著しく低下させることから,これらの総合的な対応が求められている.“こころ”を含めて全身がうるおい,充実した生活をあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012343 営める状態こそ健康とされるが,現在までの専門性に特化した診療体制では対応不十分であることから,患者の全身を総括的に捉え,医科と歯科の連携により得た十分な知識・情報を提供し,適切な診断・診療を積極的に取り入れる医療従事者が増えることを期待する.文献1)石川治,宮地良樹:図解皮膚科学テキスト.p38,中外医学社,20032)松永英:ミミアカへの遺伝学(I).遺伝13:15-18,19593)YoshiuraK,KinoshitaA,IshidaTetal:ASNPintheABCC11geneisthedeterminantofhumanearwaxtype.NatureGenetics38:324-330,20064)TakahashiE,KikuchiT,KatoriYetal:Localizationofaquaporins,water9channelproteins,inthemouseeustachiantube.ActaOtolaryngolSuppl562:67-70,20095)KosekiM,MakiY,MatsukuboTetal:Salivaryflowanditsrelationshiptooralsignsandsymptomsinpatientswithdryeyes.OralDis10:75-80,2004344あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(56)

油成分を増やすドライアイ治療

2012年3月31日 土曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY1).最表層の油層は100nm程度で液層の1/100以下の厚みしかないが,油層がなければその涙液の蒸発量は10~20倍になる.II油層を分泌するマイボーム腺涙液の油層を分泌し,涙液の蒸発を抑制しているのがマイボーム腺(瞼板腺)である(図2).独立皮脂腺で上に約25本,下に20本ある.マイボーム腺の脂meibumの組成は皮脂腺の成分とは異なり,ワックスエステル,ステロールエステルが多い.Meibumは疎水性のバリアとして働き,涙液が溢れ出るのを抑制する役割もある.はじめに対症療法が中心であったドライアイの治療は,いまや水分,ムチンを分泌する点眼薬の登場で,根本治療が可能な領域になりつつある.涙液を構成する重要成分である油層は眼環境改善に加えて眼軟膏や油性点眼など油分の補給が主体であったが,脂質産生刺激薬の可能性がみえてきた.本稿では,今までの治療法の整理と新しい治療法への期待と可能性について解説する.I涙液の構造涙液は油層,水層,ムチン層に分けられると考えられていたが,最近では,水層とムチン層は濃度勾配をもってまじりあい液層をなしていることがわかっている(図(45)333*ReikoArita:伊藤医院/東京大学医学系研究科眼科学/慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕有田玲子:〒337-0042さいたま市見沼区南中野626-11伊藤医院特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):333.337,2012油成分を増やすドライアイ治療DryEyeTreatmentEnhancingTearFilmLipidComponent有田玲子*図2非侵襲的マイボグラフィー画像油層水層分泌型ムチン膜型ムチン液層15~100nm3~40μm図1涙液の層構造 III蒸発亢進型ドライアイの重要性ドライアイは涙液減少型と蒸発亢進型の2種類に分けられる(図3)1).蒸発亢進型の内因性の主因はマイボーム腺機能不全(MGD)であるが,最近の疫学調査では,ドライアイ全体のなかでも37.0%がMGDであることが報告された2).高齢者の眼不快感の64.6%がMGDを合併しているという報告もあり3),qualityoflifeを著しく低下させていると考えられる.このようなことから,MGDの臨床的重要性は日々高まっている.MGDは大きく分けて分泌減少型と分泌増加型の二つに分けられる(図4).日本でもドライアイ研究会のなかに,MGDワーキンググループが結成され,その成果として,分泌減少型MGDの定義,診断基準(表1,2),疾患概念(図5)がまとめられた4).国際的にも,TFOS(TearFilmドライアイ涙液減少型蒸発亢進型Sjogren症候群内因性単純型ドライアイ外因性マイボーム腺機能不全その他その他眼表面疾患アレルギー性結膜炎CL装用(DEWS,2007改編)(AlbietsJM:OptomVisSci77:357-363,2000)37.0%15.7%図3ドライアイ分類MGD分泌減少型MGD分泌増加型MGD図4MGD分類andOcularSurfaceSociety)のなかに,MGDワークショップが立ち上がり,その成果がまとめられた5).筆者らは分泌減少型MGDを診断する際,自覚症状,眼瞼表1分泌減少型MGDの定義MGDとは,さまざまな原因によってマイボーム腺の機能がびまん性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う.(マイボーム腺機能不全ワーキンググループ,2010)(文献4より)表2分泌減少型MGDの診断基準以下の3項目が陽性のものを分泌減少型MGDと診断する.1.自覚症状眼不快感,異物感,乾燥感,圧迫感など2.マイボーム腺開口部周囲異常所見①血管拡張②皮膚粘膜移行部の前方または後方移動③眼瞼縁不整上記のうち,1項目以上あるものを陽性とする3.マイボーム腺開口部閉塞所見①マイボーム腺開口部閉塞所見②拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下している.①,②の両方を満たすものを陽性とする.<参考所見>マイボグラフィーでマイボーム腺が脱落,短縮涙液スぺキュラーで油層所見が欠損マイボメトリーで貯留油脂量が欠損涙液蒸発量測定で蒸発量亢進コンフォーカルマイクロスコープで腺房拡大,腺房密度減少角膜中央より下方の上皮障害涙液層破壊時間が減少(文献4より)MGDドライアイ後部眼瞼炎図5MGDの疾患概念334あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(46) 感度………………………………………………………………………………0.80.6……………….0.4……………………………………………………………………………………………………………………………………0.0………………………………………………………………………………………………0.00.20.40.6……………………………………………1-特異図6ドライアイ検査のMGD診断時の感度と特異度自覚症状,眼瞼異常所見,マイボグラフィーの順に診断力が高かった.縁所見に続いて,マイボグラフィーが有用であることを報告している6)(図6,7).IVMGDの治療症状が出やすく臨床的に問題になるのは眼瞼炎としての側面とドライアイとしての側面を併せもつ部分であり,治療に抵抗性が強い(図5).眼瞼側の治療と涙液側の治療を同時に行っていく必要がある(表3).1.眼瞼側の治療①Warmcompress(図8)瞼を温め,詰まった脂を溶解し,鑷子などで押しだす.閉塞除去,血流改善.②Lidhygieneベビーシャンプーを希釈して綿棒で眼瞼縁を擦過.マッサージ効果.③眼軟膏油分の補充.就寝前に少し塗る.昼間の場合は,視界を妨げないように,ゴマ粒大微量に塗る7).④食餌療法:オメガ3脂肪酸⑤ミノサイクリン,マクロライド内服抗菌薬としての作用,細菌のリパーゼ抑制作用,非特異的抗炎症作用.2.涙液側の治療・人工涙液(47)図772歳,男性の分泌減少型MGD(主訴:眼不快感)左上:眼瞼縁にマイボーム腺閉塞所見を認める.左下:フルオレセイン染色で角膜下方に上皮障害を認める.右上:マイボーム腺が高度に消失している(写真の黒い部分が消失).(マイボグラフィー所見)右下:マイボーム腺が高度に消失している.(マイボグラフィー所見)表3MGDの治療方針ステージ治療法1患者教育,lidhygiene,warmcompress2上記+人工涙液点眼,抗生物質点眼,脂質点眼3上記+テトラサイクリン内服,保湿眼軟膏4上記+抗炎症薬の追加(文献5より)図8MGDの眼瞼側の治療上:温庵法.下左:有田式マイボーム腺圧迫鑷子によるマイボーム腺の圧迫.下:眼瞼縁の清拭.あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012335 マイボーム腺網膜・色素上皮細胞・内顆粒層・神経節細胞層水晶体・上皮細胞毛様体・上皮細胞・毛様体筋角膜・上皮細胞・内皮細胞虹彩・上皮細胞結膜・上皮細胞・杯細胞視神経乳頭……………………….Meibum…………………………….Meibum…………………………..Dropout……図9MGDの発症機序マイボーム腺網膜・色素上皮細胞・内顆粒層・神経節細胞層水晶体・上皮細胞毛様体・上皮細胞・毛様体筋角膜・上皮細胞・内皮細胞虹彩・上皮細胞結膜・上皮細胞・杯細胞視神経乳頭……………………….Meibum…………………………….Meibum…………………………..Dropout……図9MGDの発症機序・ヒアルロン酸点眼・ジクアホソルナトリウム点眼・レバミピド点眼MGDの患者は涙液層破壊時間(BUT)が短縮していることが多いので,BUTの延長が自覚症状改善につながる.角膜下方に上皮障害がある症例はヒアルロン酸を適宜追加する.3.抗炎症薬・低濃度ステロイド点眼一日に2回程度処方すると自覚症状の改善がみられる症例がある.・アジスロマイシン点眼慢性的でサブクリニカルな炎症はMGDの原因の一つであり,MGDの発症機序から抗炎症治療薬は,MGDの悪循環を断ち切る効果を期待できる(図9).アジスロマイシン点眼はマクロライド系抗生物質であるが,抗菌効果でなく,抗炎症効果を期待して処方される.まだ日本では発売されていないが,FDA(米国食品・医薬品局)では細菌性結膜炎に対し認可されており,MGDに対しては治験中である.筆者らもインフォームド・コンセントを得て,MGD患者に行った自験例において著効例を経験しており,今後の展開に期待している.4.脂質産生促進薬・ジクアホソルナトリウム点眼P2Y2レセプターを介して,水分,ムチンを増加させ336あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012NileRedFluorescence(arbitraryunits/mgprotein)図10眼組織におけるP2Y2受容体の分布(サル)300,000200,000100,0000##***0101001,0001,000(μM)ジクアホソルナトリウムUTP*p<0.05,**p<0.01;基剤群(0μM)との比較(Dunnettの多群検定).##p<0.01;基剤群(0μM)との比較(Studentのt検定).図11培養ウサギマイボーム腺細胞の細胞内脂質量に及ぼすジクアホソルナトリウムの影響培養マイボーム腺細胞の細胞内脂質量はジクアホソルナトリウムにより,濃度依存的に増加した.(参天製薬社内資料)るジクアホソルナトリウムだが,このP2Y2レセプターはマイボーム腺にも存在する(図10)8).また,ジクアホソルナトリウムに浸した培養ウサギマイボーム腺細胞の細胞内脂質量は濃度依存的に増加した(図11).これらのデータから,筆者は,ジクアホソルナトリウム点眼をMGD患者に処方し,自覚症状,他覚所見ともに改善した症例を経験した(図12,13,表4).おわりに―早期発見,早期治療―自分の脂は自分で作る点眼薬の登場は画期的治療であるが,筆者が何人かのMGD患者に処方した経験では,全員の患者にすぐに効果がでるわけではない.P2Y2レ(48) 図1278歳,女性のMGD(主訴:眼がかわく,つらい)左上下:右上下眼瞼縁血管拡張所見,瞼縁の不整所見.右上図13図12と同じ症例のジクアホソルナトリウム点眼+温庵下:マイボグラフィー所見.水色の線で囲んだ白くうつってい法2カ月後る領域がマイボーム腺.従来の治療法で改善がみられなかっ自覚症状の改善.左上下:眼瞼縁所見の改善,meibumの改善.た.右上下:マイボグラフィーによるマイボーム腺の改善が認められた.表4ジクアホソルナトリウム点眼治療前後における代表症例の涙液パラメータ変化眼瞼所見SPKBUTメニスカスMeibumマイボーム腺消失率Schirmer値治療前血管拡張+3sec0.26269.7%8mm瞼縁不整治療1カ月血管拡張+6sec0.40063.5%8mmSPK:角膜上皮障害,BUT:涙液層破壊時間,Meibum:マイボーム腺分泌脂(grade0~3).マイボーム腺消失率:現在,トプコン社と開発中のマイボーム腺消失率の定量化ソフトを用いた解析.セプターへの反応,マイボーム腺の予備能力がキーポイントと考えている.マイボグラフィーの所見である一定のマイボーム腺が残存している症例が効果を期待できる.そのためにも,高齢者で眼不快感を訴える患者には眼瞼縁やマイボーム腺開口部を積極的に観察し,マイボグラフィーによる形態観察を行うことで早期発見,早期治療に結びつく.今後症例数を増やしてマイボーム腺の予備能力の閾値,自覚症状やほかの涙液パラメータとの相関の検討などを行っていきたい.謝辞:一部のデータは参天製薬株式会社のご厚意によりご提供いただきました.ここに感謝の意を表します.文献1)TheInternationalDryEyeWorkShop.Thedefinitionandclassificationofdyeeyedisease:reportoftheDefinitionandClassificationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop.OculSurf5:75-92,20072)AlbietzJM:Prevalenceofdryeyesubtypesinclinicaloptometrypractice.OptomVisSci77:357-363,20003)ShimazakiJ,SakataM,TsubotaK:Ocularsurfacechangesanddiscomfortinpatientswithmeibomianglanddysfunction.ArchOphthalmol113:1266-1270,19954)天野史郎;マイボーム腺機能不全ワーキンググループ:マイボーム腺機能不全の定義と診断基準.あたらしい眼科27:627-631,20105)NicholsKK,FoulksGN,BronAJetal:ThereportoftheTFOSworkshoponmeibomianglanddysfunction.InvestOphthalmolVisSci52:1917-2085,20116)AritaR,ItohK,MaedaSetal:Proposeddiagnosticcriteriaforobstructivemeibomianglanddysfunction.Ophthalmology116:2058-2063,20097)GotoE,DogruM,FukagawaKetal:Successfultearlipidlayertreatmentforrefractorydryeyeinofficeworkersbylow-doselipidapplicationonthefull-lengtheyelidmargin.AmJOphthalmol142:264-270,20068)CowlenMS,ZhangVZ,WarnockLetal:LocalizationofocularP2Y2receptorgeneexpressionbyinsituhybridization.ExpEyeRes77:77-84,2003(49)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012337

ムチンの産生を増やす治療

2012年3月31日 土曜日

特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):329.332,2012特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):329.332,2012ムチンの産生を増やす治療TreatmenttoIncreaseMucinProduction加藤弘明*横井則彦*はじめに眼表面を覆う涙液は油層と液層の2層からなり,液層は水分と濃度勾配をもって分布するムチンから構成されている.ムチンは,液層中に分布して涙液をゲル状に保つ分泌型ムチンと,角結膜上皮細胞の最表面に発現して眼表面の水濡れ性を向上させていると考えられている膜型ムチンとに分けられる.ドライアイの病態において,液層内の水分だけでなくムチンにも変化がみられることが知られている.中等症,重症のドライアイ患者の結膜では,膜型ムチンであるMUC1,MUC4,分泌型ムチンであるMUC2,MUC5ACのmRNAレベルでの発現が低下しているとされ1),Sjogren症候群患者において涙液中のMUC5ACが健常人と比較して有意に減少していることも報告されている2).また,通常は角結膜上皮細胞の細胞壁(微絨毛)から突出する形で分布している膜型ムチン(MUC1,MUC4,MUC16)が,ドライアイ患者の涙液中で増加していることが知られている.そして,これは,膜型ムチンの細胞外ドメインが好中球エラスターゼ,MMP-7(matrixmetalloproteinase-7),TNF(tumornecrosisfactor)によって分解され,涙液中に放出される(shedding)ことによるとされる3).また,最近話題となっている涙液層破壊時間(BUT)短縮型ドライアイにおいても,その原因が角膜上皮細胞表面の膜型ムチンの発現低下による角膜表面の水濡れ性低下にあるのではないかと考えられている.このようにドライアイとムチンの間には密接な関連があり,基礎研究の分野において眼表面のムチンを増加させる薬剤の開発が進められてきた.その例として15HETE(15-(S)-hydroxy-5,8,11,13-eicosatetraenoicacid)4),ゲファルナート(gefarnate)5)などがあげられるが,いずれも治験の段階でドライアイ治療薬としての有用性が証明されていない.ドライアイの点眼治療として,わが国においては,近年まで人工涙液,精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液,ステロイド点眼液がおもなものであったが,2010年12月にジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%)が,2012年1月にレバミピド点眼液(ムコスタR点眼液UD2%)が市販され利用できるようになった.両者とも眼表面のムチンを増加させる薬剤であり,涙液層の層別治療が可能となるため,ドライアイの新しい治療薬としてその効果が期待されている.本稿では,ムチンの産生を増やす治療としてのこれらの点眼液について説明する.Iジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%)アデノシン三リン酸(ATP)は,一般的に細胞内におけるエネルギー代謝に関連する重要な物質として認知されているが,最近,細胞外情報伝達物質としても多彩な役割を果たすことが明らかになってきた.生体の細胞膜にはP受容体(purineandpyrimidinereceptor)とよばれる受容体が存在し,ATPの代謝産物であるアデノシ*HiroakiKato&NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(41)329 H2OMUC5AC……………………………………GPLCIP3IP3……Ca2+Ca2+…………..Cl..H2OP2Y2GPLC……Ca2+Ca2+MUC5ACP2Y2IP3IP3結膜上皮細胞結膜杯細胞図1ジクアホソルナトリウムの作用機序P2Y2受容体が刺激されると,G蛋白(G)を介してホスホリパーゼC(PLC)によるイノシトール三リン酸(IP3)産生が刺激され,それが細胞内小胞体からのカルシウムイオン(Ca2+)放出を誘導し,細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇する.これにより結膜上皮細胞ではCl.チャネルが活性化されて水分分泌を促進し,結膜杯細胞では分泌型ムチンであるMUC5ACの分泌を促進する.ンが作用するP1受容体と,ATPやウリジン三リン酸(UTP)などのヌクレオチドが作用するP2受容体に分類される6).そのうちP2受容体はイオンチャネル内蔵型のP2X受容体と,G蛋白共役型のP2Y受容体に大別され,P2Y受容体はさらに細かいサブタイプ(P2Y1,P2Y2,P2Y4,P2Y6,P2Y11,P2Y12,P2Y13,P2Y14)をもち,そのうちの一つであるP2Y2受容体が,サルの前眼部において角膜上皮細胞・角膜内皮細胞・結膜上皮細胞・結膜杯細胞・マイボーム腺導管細胞・毛様体上皮細胞に存在することが知られている7).P2Y2受容体が刺激されると,G蛋白(G)を介してホスホリパーゼC(PLC)によるイノシトール三リン酸(IP3)産生が刺激され,それが細胞内小胞体からのカルシウムイオン(Ca2+)放出を誘導し,細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇する.これがきっかけとなって結膜上皮細胞ではCl.チャネルが活性化されて水分分泌を促し,結膜杯細胞では分泌型ムチンであるMUC5ACの分泌を促進するとされる(図1).ジクアホソルナトリウム(DQS)はこのP2Y2受容体に対する作動薬であり,上記のメカニズムで涙液中の水分とムチンを増やすことで,涙液の安定性を高めると考えられている.動物実験でもDQSは眼窩外涙腺を摘出330あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012したラットおよび正常ネコにおいて涙腺非依存的に水分分泌を持続させる効果があり8,9),正常ウサギにおいては結膜杯細胞からの分泌型ムチン(MUC5AC)の分泌を促進することが示されている10).また,培養ヒト角膜上皮細胞を用いた実験では,DQSが膜型ムチン(MUC1,MUC4,MUC16)の遺伝子発現を促すことが確認されている11).本剤の発売前に行われた臨床試験では,ドライアイによる角結膜上皮障害を有意に改善し,その効果はヒアルロン酸ナトリウム点眼液と同等であることが示されている.BUTに関しては,52週間の長期投与試験において平均2秒程度,有意に延長し,点眼を継続している間,その効果が維持されたことが示されている.BUT短縮型ドライアイ(SBUTDE)は,自覚症状が強いわりには角結膜上皮障害がほとんどみられず,フルオレセイン染色下で涙液の丸いブレイクパターンがみられることが特徴であり,人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼液を主体とする従来の治療では十分な治療効果が得られないことが多かった.そこで筆者らは,従来の点眼治療では,満足できる効果が得られていないSBUTDEの24例24眼(男性3例,女性21例,平均年齢55.7±16.0歳)を対象として,低力価ステロイド点眼(42) BB表1ジクアホソルナトリウム点眼液の他覚所見に対する効果点眼前点眼1カ月後点眼2カ月後TMR0.21±0.090.23±0.100.28±0.18*NIBUT3.43±1.795.09±2.88*4.68±3.01*FBUT0.81±1.042.22±1.99*3.06±2.69*OSED(角膜+結膜)1.88±1.901.08±1.41*0.79±0.98*OSED(角膜のみ)0.63±0.650.42±0.500.38±0.49OSED(結膜のみ)1.25±1.450.67±1.13*0.42±0.78*OSED(角膜〔A〕)0.75±0.740.58±0.720.50±0.78OSED(角膜〔D〕)1.04±1.040.50±0.51*0.50±0.78*点眼前に比較し,TMRは点眼2カ月後に有意に増加し,NIBUTおよびFBUTは点眼1カ月後および2カ月後に有意に延長した.また,OSEDは,角膜+結膜,結膜のみ,角膜AD分類の密度〔D〕のスコアが点眼1カ月後および2カ月後に有意に改善した.*p<0.05(Wilcoxon符号付順位和検定),平均値±標準偏差.表2ジクアホソルナトリウム点眼液の自覚症状に対する効果点眼前点眼1カ月後点眼2カ月後乾燥感62.4±30.347.4±32.2*45.0±30.4*開瞼困難47.0±30.637.1±32.642.2±30.2異物感48.1±32.445.4±30.038.4±31.9*眼痛37.8±30.832.6±27.531.3±30.9充血27.5±25.722.0±21.121.5±25.9流涙20.9±27.219.6±25.823.0±30.0眼脂20.6±22.527.3±28.037.2±31.7*掻痒感18.0±18.215.4±19.315.0±20.9霧視33.9±31.024.5±24.727.5±30.0羞明57.0±33.344.7±29.7*42.1±34.9*眼重感39.3±30.237.7±30.734.6±32.6眼疲労感63.7±23.747.4±33.4*44.9±29.8*自覚症状は点眼1カ月後および2カ月後に乾燥感,羞明,眼疲労感が,点眼2カ月後には異物感が有意に改善した.また,眼脂のみ点眼2カ月後に有意に増悪した.*p<0.05(Wilcoxon符号付順位和検定),平均値±標準偏差.液以外の点眼液を本剤のみに変更し,本剤点眼前および点眼後1カ月ごとに,他覚所見として涙液メニスカス曲率半径(TMR,mm),非侵襲的涙液層破壊時間(NIBUT,sec),フルオレセイン破壊時間(FBUT,sec),角結膜上皮障害スコア(OSED:角膜+結膜:9点満点,結膜のみ:6点満点,角膜AD分類〔A:範囲,D:密度〕:各3点満点)を評価し,自覚症状(乾燥感,開瞼困難,異物感,眼痛,流涙,充血,眼脂,掻痒感,霧視,羞明,眼重感,眼疲労感)を視覚的アナログ尺度(VAS,0.100mm)で評価したところ,多くの項目で有意な改(43)A図2ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%)が有効であったBUT短縮型ドライアイの1例A:点眼前,B:点眼開始後5カ月.44歳,女性.点眼前にフルオレセイン染色下でみられた涙液層の丸いブレイクパターンが,点眼開始後5カ月でまったくみられなくなり,自覚症状も改善した.善を認めた(表1,2).また,本剤の投与により自覚症状が改善したSBUTDEの症例においては,フルオレセイン染色下でみられていた涙液の丸いブレイクパターンが消失していた(図2).本剤の副作用としては,眼刺激感,眼脂,結膜充血,眼痛,眼掻痒感,異物感,眼不快感などがあげられており,いずれも数%の頻度で出現するとされる.筆者らの経験では,患者にとって眼刺激感や眼脂が点眼を継続するうえで障害になる場合があるが,継続すると緩和あるいは消失してくる場合が多いように感じられる.そのため本剤を処方する際には,あらかじめ副作用についても患者に説明しておくことで,点眼コンプライアンスの向上を図れると筆者らは考えている.IIレバミピド点眼液(ムコスタR点眼液UD2%)レバミピドが薬剤としてわが国で発売されたのは1990年と古いが,当初は経口製剤の胃炎・胃潰瘍治療薬として発売され,現在も臨床現場で広く使用されていあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012331 る.レバミピドは胃粘液(ムチン)を増加させることにより,胃炎・胃潰瘍治療における防御因子増強薬として作用するが,今回発売された本剤はジクアホソルナトリウムのような水分分泌促進作用はなく,詳しいメカニズムはいまだ不明な点があるものの,眼ムチン減少モデルのウサギにおいて,結膜および角膜でのムチン産生を促進し,角結膜上皮障害を改善することが示されている12).また,本剤の発売前に行われた臨床試験では,ドライアイによる角結膜上皮障害を有意に改善し,その効果をヒアルロン酸ナトリウム点眼液と比較すると,フルオレセイン角膜染色スコアにおいて非劣性が,リサミングリーン結膜染色スコアにおいては優越性が示されている.BUTに関しては4週間の投与試験において平均0.5秒程度,有意に延長し,自覚症状に関しては,52週間の長期投与試験においてドライアイ関連眼症状のうち異物感・乾燥感・羞明・眼痛・霧視の5項目が点眼開始後2週間から有意に改善し,点眼を継続している間,その効果が維持されたとされる.本剤は,防腐剤を使用していない水性懸濁の無菌ディスポーザブルタイプのユニットドーズ(1回使いきりタイプ)の形態をとっており,防腐剤による角結膜上皮障害が生じやすいドライアイ患者にとって文字どおり目に優しい仕様となっている.また,添付文書に記載されている点眼回数もジクアスR点眼液3%が1日6回点眼であるのに対して,本剤は1日4回点眼と少ないのも本剤の特徴である.本剤の副作用としては,懸濁液特有の苦味や霧視が特徴的であり,他には眼刺激感,眼脂,眼掻痒感といったものがあげられている.おわりに精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の登場以降,約15年もの間,新しい治療薬がなかったドライアイの分野において,新しい作用メカニズムをもつジクアホソルナトリウム点眼液とレバミピド点眼液の登場により,これまで選択肢が限られていたドライアイの治療が今後,大きく変化することが予想される.2剤ともムチン産生を増やすという,これまでにない画期的な薬理作用をもち,おもに基礎研究のなかでしか議論がなされていなかったドライアイとムチンとの関連性について,臨床の場からも新しい知見が生まれてくることが予想され,今後の2剤に関する臨床研究の成果が期待される.文献1)CorralesRM,NarayananS,FernandezIetal:Ocularmucingeneexpressionlevelsasbiomarkersforthediagnosisofdryeyesyndrome.InvestOphthalmolVisSci52:8363-8369,20112)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:DecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACintearsofpatientswithSjogren’ssyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,20023)BlalockTD,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:Releaseofmembrane-associatedmucinsfromocularsurfaceepithelia.InvestOphthalmolVisSci49:1864-1871,20084)JumblattJE,CunninghamLT,LiYetal:Characterizationofhumanocularmucinsecretionmediatedby15(S)HETE.Cornea21:818-824,20025)NakamuraM,EndoK,NakataKetal:Gefarnatestimulatessecretionofmucin-likeglycoproteinsbycornealepitheliuminvitroandprotectscornealepitheliumfromdesiccationinvivo.ExpEyeRes65:569-574,19976)CrookeA,Guzman-AranguezA,PeralAetal:Nucleotidesinocularsecretions:theirroleinocularphysiology.PharmacolTher119:55-73,20087)CowlenMS,ZhangVZ,WarlockLetal:LocalizationofocularP2Y2receptorgeneexpressionbyinsituhybridization.ExpEyeRes77:77-84,20038)FujiharaT,MurakamiT,FujitaHetal:ImprovementofcornealbarrierfunctionbytheP2Y2agonistinaratdryeyemodel.InvestOphthalmolVisSci42:96-100,20019)MurakamiT,FujitaH,FujiharaTetal:Novelnoninvasivesensitivedeterminationoftearvolumechangesinnormalcats.OphthalmicRes34:371-374,200210)七條優子,阪本明日香,中村雅胤:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのMUC5AC分泌促進作用.あたらしい眼科28:261-265,201111)七條優子,中村雅胤:培養ヒト角膜上皮細胞におけるジクアホソルナトリウムの膜結合型ムチン遺伝子の発現促進作用.あたらしい眼科28:425-429,201112)UrashimaH,OkamotoT,TakejiYetal:Rebamipideincreasestheamountofmucin-likesubstancesontheconjunctivaandcorneaintheN-acetylcysteine-treatedinvivomodel.Cornea23:613-619,2004332あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(44)