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舟形町研究

2011年1月31日 月曜日

30あたらしい眼科Vol.28,No.1,20110910-1810/11/¥100/頁/JC(O0P0Y)II舟形町研究の概要1.対象舟形町研究の対象としては35歳以上の山形県舟形町の住民とし,重度の身体障害や入院中により受診が困難な人,すでに糖尿病の診断を受けている人を除いた3,676人が検診の対象となった.初回調査ではその53.3%にあたる1,961人が全体検診に参加し,うち1,786人が眼科検診に参加した.2.検査項目初回調査では検診時間の制限と住民への負担を最小限にとどめようという配慮から片眼のみ眼底検査を行うにとどまったが,2005年から2007年に行った追跡調査では両眼の眼底撮影,裸眼および矯正視力検査,屈折検査,角膜曲率半径検査,非接触型眼圧計による眼圧測定,角膜内皮細胞検査(2007年のみ),角膜厚測定(2007年のみ)などより詳細な眼科検診を行った.3.眼底写真の判定方法眼底写真撮影には画角45°無散瞳眼底カメラ(キヤノン社製CR-45,トプコン社製TRC)を使用した.視神経乳頭と黄斑の中間を中心とした眼底写真を撮影し,網膜疾患を中心に判定を行った.眼底写真による網膜病変の判定は判定員の主観に基づく部分があるため,判定員間の診断誤差が出る可能性がI舟形町研究とは?山形県舟形町は県東北部に位置する人口6,337人(男性3,101人,女性3,236人)(平成22年3月31日現在)の町である.1979年に糖尿病とその合併症について調査する目的で山形大学第3内科によって「舟形町研究」が立ち上げられた.1990年からは75gブドウ糖負荷試験を含めた詳細な糖尿病の診断を中心とした糖尿病検診を行っている.舟形町研究は日本の糖尿病の疫学研究として国際共同研究(DECODAproject1))に参加したり,糖尿病発症以前の前糖尿病の状態であっても心血管系疾患の発症リスクが増加していること2)などの報告を行ってきた.2008年より山形大学はグローバルCOE(centerofexcellence)プログラム「分子疫学の国際教育研究ネットワークの構築」が採択されており,現在舟形町研究はグローバルCOEプログラムの研究の一環として行われている.糖尿病網膜症をはじめとする眼科の検診は2000年から35歳以上の全住民を対象に行っている.初回調査は2000年から2002年に行った.その後,2005年から2007年に5年後の追跡調査を実施し,現在10年後の追跡調査を実施中である(2010年から2012年予定).本稿では舟形町研究の概要,初回調査のデータを用いた横断研究の結果,2005年から2007年に行われた5年追跡調査のデータを用いたコホート研究の結果について紹介する.(30)*1YusukeTanabe:山形県立中央病院眼科/山形大学医学部眼科学講座*2RyoKawasaki:CentreforEyeResearchAustralia,RoyalVictorianEyeandEarHospital,UniversityofMelbourne*3HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕田邉祐資:〒990-22912山形市大字青柳1800番地山形県立中央病院眼科特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):30.35,2011舟形町研究TheFunagataStudy田邉祐資*1川崎良*2山下英俊*3(31)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201131の測定は米国ウィスコンシン大学がAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudyのため開発した専用の解析ソフトRetinalAnalysis7)を使用した.このソフトの測定方法は,視神経乳頭縁から0.5~1視神経乳頭径離れた領域を通過するすべての血管の計測を行い,それをもとに理論式で推定網膜中心動脈径(centralretinalarteryequivalent:CRAE),推定網膜中心静脈径(centralretinalveinequivalent:CRVE)を推定するものである.この方法によって非常に高い再現性をもって動脈,静脈の径の推定および動静脈比の推定が可能となった.c.加齢黄斑変性加齢黄斑変性についてはBMESで使用されたWisconsinAge-RelatedMaculopathyGradingSystem6,8)の変法に従って,早期加齢黄斑変性症と晩期加齢黄斑変性症それぞれの所見の有無と程度判定を行った(表1).d.黄斑上膜BeaverDamEyeStudy(BDES)で採用された定義に従い,基準写真との比較に基づいて,軽症のcellophanemacularreflexと重症のpreretinalmacularfibrosisの2つに分けて判定を行った9).e.網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症に関連する病変(網膜出血,静脈の白線化ほか),あるいはレーザー治療などの治療痕跡の有無とそのパターンによって判定を行った.III舟形町研究の結果1.横断研究の結果a.心血管系危険因子と網膜細動脈硬化所見10)局所性網膜細動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進,網膜症の有所見率はそれぞれ8.3%,15.2%,18.7ある.再現性や判定員間の一致率を高く保つため,海外の多くの疫学研究では専門の眼底写真判定施設を設置し判定員の養成や教育を行って判定者間の一致率を高めることを行っている.舟形町研究の眼底写真判定に際してそのような眼底写真判定施設を利用した海外の疫学研究と比較するため,BlueMountainsEyeStudy(BMES)の判定を行ったシドニー大学CentreforVisionResearchの判定員,判定施設と共同で舟形町研究の眼底写真を判定した.CentreforVisionResearchには疫学研究の眼底写真判定を専門に行う設備とスタッフがおり,判定基準や判定方法,その再現性など標準化した方法に従って眼底判定を標準化している.以下に判定を行った病変の判定方法および判定基準について示す.a.糖尿病網膜症およびその他の網膜症糖尿病網膜症およびその他の網膜症の基準写真は,EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy3)の定義を基に画角45°非ステレオ写真で使用できるようにした簡略化した変法を用いた.これはMulti-EthnicStudyofAtherosclerosis4)で使用されている判定スケールと同等の判定方法にあたる.b.網膜細動脈硬化所見,高血圧所見網膜血管の変化として局所性網膜細動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進の判定は,ModifiedAirlieHouseClassificationofDiabeticRetinopathy5)とWisconsinAge-RelatedMaculopathyGradingSystem6)の写真から網膜専門医によってあらかじめ選ばれた写真を基準として行った.局所性細動脈狭細化や血柱反射亢進は「なし,軽度,重度」の3段階,動静脈交叉現象は「なし,軽度,中等度,重症」の4段階に分けて判定を行った.さらに網膜血管を定量的に測定することも試みた.こ表1早期加齢黄斑変性症と晩期加齢黄斑変性症の判定判定基準早期加齢黄斑変性症①Indistinctdrusenあるいはreticulardrusenがある場合②DistinctdrusenとRPEabnormalitiesが同時に存在する場合晩期加齢黄斑変性症①Neovascularage-relatedmaculopathy(RPEdetachment,subretinal/sub-RPEhemorrhage,epiretinal/intraretinal/subretinal/sub-RPEscartissureのいずれか)を認める場合②Geographicatrophyを認める場合RPE:retinalpigmentepithelium.(文献8より一部改変)32あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(32)細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進,CRAE狭細化において有意な関連が認められた.c.加齢黄斑変性症の有病率と危険因子13)早期および晩期加齢黄斑変性症の粗有病率はそれぞれ3.5%,0.5%であった.早期加齢黄斑変性症の危険因子は加齢であった〔オッズ比:1.75(95%信頼区間:1.36~2.25)(10歳増加あたり)〕.晩期加齢黄斑変性症の危険因子は加齢〔オッズ比:2.27(95%信頼区間:1.10~4.67)(10歳増加あたり)〕と喫煙〔オッズ比:5.03(95%信頼区間:1.00~25.47)〕であった.喫煙と晩期加齢黄斑変性症の関連は男性に強く認められた.d.非糖尿病者における網膜症の有病率と危険因子14)75gブドウ糖負荷試験の結果を基に,WorldHealthOrganizationのガイドライン15)(表3)に従って糖代謝の判定を行った.網膜症の有病率は,正常糖代謝,impairedfastingglucose(IFG),impairedglucosetolerance%,9.0%であった.①加齢と網膜細動脈硬化所見,網膜症,②血圧上昇と網膜細動脈硬化所見,③男性と局所性網膜細動脈狭細化,④高bodymassindex(BMI),糖代謝異常と網膜症において有意な関連が認められた.平均CRAE,CRVEは,それぞれ178.6±21.0μm,214.9±20.6μmであった.①加齢とCRAE狭細化,CRVE狭細化,②血圧上昇とCRAE狭細化において有意な関連が認められた.b.メタボリックシンドロームと網膜細動脈硬化所見11)2006年のInternationalDiabetesFederation(IDF)の基準12)(表2)に従ってメタボリックシンドロームの判定を行った.網膜細動脈硬化所見が得られた1,638人のうち,202人がメタボリックシンドロームに該当した.メタボリックシンドロームは網膜症,CRVE拡大化と有意な関連が認められた.メタボリックシンドロームの構成要素別では,①中心性肥満と網膜症,CRVE拡大化,②血清トリグリセリド高値と血柱反射亢進,③高血圧と局所性網膜細動脈狭表2InternationalDiabetesFederationによるメタボリックシンドロームの診断基準(日本人向け)項目条件①中心性肥満腹囲径:男性85cm以上,女性90cm以上②高トリグリセリド血症1.7mmol/l(150mg/l)以上低HDLコレステロール血症血中HDLコレステロール:男性1.03mmol/l(40mg/dl)未満,女性1.29mmol/l(50mg/dl)未満,または以前に脂質代謝異常の治療を受けたことがある高血圧収縮期血圧:130mmHg以上,または,拡張期血圧:85mmHg以上,または以前に高血圧の診断・治療を受けている空腹時高血糖空腹時血糖:5.6mmol/l(100mg/dl)以上,または,以前にII型糖尿病の診断を受けている①+②の4項目のうち2項目該当でメタボリックシンドロームの診断.(文献12より一部改変)表3WorldHealthOrganizationの定義による糖代謝異常の判定75gブドウ糖負荷試験結果糖代謝正常空腹時血糖が110mg/dl(6.1mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)未満Impairedfastingglucose(IFG)空腹時血糖が110mg/dl(6.1mmol/l)以上126mg/dl(7.0mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)未満Impairedglucosetolerance(IGT)空腹時血糖が126mg/dl(7.0mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)以上200mg/dl(11.1mmol/l)未満糖尿病空腹時血糖が126mg/dl(7.0mmol/l)以上もしくは負荷2時間後血糖が200mg/dl(7.8mmol/l)以上(文献15より一部改変)(33)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201133までない.筆者らは高血圧,冠動脈疾患,動脈硬化との関連が知られるアンギオテンシン変換酵素(ACE)挿入/欠失〔Insertion/Deletion(I/D)〕多型が網膜血管径に影響しているのではないかと考えた.D/D,I/D,I/I遺伝子型の網膜動脈径はそれぞれ173.77±19.73μm,179.46±20.54μm,179.50±20.39μmであった.I/I遺伝子型に比べD/D遺伝子型は網膜動脈径が有意に細い〔平均差:.6.86μm(95%信頼区間:.13.58~.0.13μm)〕が,I/D遺伝子型では有意な差はなかった.網膜静脈径に関してはACEI/D遺伝子多型と有意な関連は認めなかった(表4).2.縦断研究の結果a.網膜動脈径狭細が高血圧発症に先立つ20)微小循環系は末梢血管抵抗を決定する部位であり治療の対象として注目されている.海外の疫学研究では網膜動脈径狭細が高血圧発症に先行することを報じている.そのほとんどが白人を対象とした報告であり,日本人に関する報告はない.心血管系疾患は民族差,人種差が大きいことはよく知られており,日本において同様の関連が認められるか調べることはとても重要である.収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上または高血圧の診断,治療を受けている場合を高血圧と定義した.初回調査で網膜血管径の計測が可能であった正常血圧者のうち,追跡調査に参加した(IGT)でそれぞれ7.7%,10.3%,14.6%であった.IGTは糖代謝正常に比べ網膜症の有病率が高くなっていた(オッズ比:1.63,95%信頼区間:1.07~2.49)が,IFGでは有意な差は認めなかった.さらに空腹時血糖値,負荷2時間後血糖値それぞれと網膜症の有病率について検討を行ったところ,負荷2時間後血糖値が140mg/dlより高いと網膜症が多く認められた(オッズ比:1.66,95%信頼区間:1.10~2.50).e.黄斑上膜の有病率と危険因子16)黄斑上膜の粗有病率は5.44%(cellophanemacularreflex:3.95%,preretinalmacularfibrosis:1.49%)であった.黄斑上膜の危険因子は加齢〔オッズ比:1.72(95%信頼区間:1.40~2.11)(10歳増加あたり)〕と糖尿病〔オッズ比:1.84(95%信頼区間:1.01~3.37)〕であった.f.網膜静脈閉塞症の有病率と危険因子17)網膜静脈閉塞症の有病率は0.53%(網膜中心静脈閉塞症:0.06%,網膜静脈分枝閉塞症:0.47%)であった.網膜静脈分枝閉塞症の危険因子は18.5未満の低BMI〔オッズ比:7.94(95%信頼区間:1.49~42.4)〕,局所性網膜動脈狭細化,血柱反射亢進であった.g.アンギオテンシン変換酵素遺伝子多型と網膜動脈径18)BDESではgenome-widelinkagescanを行い,血管内皮機能,高血圧,冠動脈疾患に関わる遺伝子が網膜血管径に関わる候補遺伝子であることを示唆した19).網膜血管径と明らかな関連を認める候補遺伝子の報告は現在表4アンギオテンシン変換酵素挿入.欠失多型と網膜血管径の関係症例数平均血管径(標準偏差)(μm)未調整‡(95%信頼区間)(μm)多因子調整†‡(95%信頼区間)(μm)推定網膜中心動脈径(CRAE)I/I遺伝子型164179.50(20.39)11I/D遺伝子型170179.46(20.54).0.33(.3.92.3.26).0.32(.4.15.3.51)D/D遺伝子型34173.77(19.73).6.69(.12.88..0.51)*.6.86(.13.58..0.13)*推定網膜中心静脈径(CRVE)I/I遺伝子型164215.61(21.52)11I/D遺伝子型170216.12(20.37)0.54(.3.14.4.21).0.07(.3.87.3.73)D/D遺伝子型34217.37(20.07)5.22(.1.31.11.74)3.93(.3.01.10.88)I:Insertion(挿入),D:Deletion(欠失),CRAE:centralretinalarteryequivalent,CRVE:centralretinalveinequivalent.*:p<0.05.†:多因子調整:年齢,性別,収縮期血圧,BMI,喫煙歴で調整.‡:CRAEが従属変数の場合,CRVEで調整,CRVEが従属変数の場合,CRAEで調整.(文献18より一部改変)34あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(34)オメトリーの測定などを行っている.今後は網膜症などの網膜疾患のみならず,さまざまな眼疾患の有病率や発症率,危険因子について検討を行いたいと考えている.また,アジアで大きな問題となっている近視に関して,眼軸長や屈折などの眼のバイオメトリーについても検討を行い,海外の疫学研究との比較を行う解析が現在進行中である.文献1)Cardiovascularriskprofileassessmentinglucose-intolerantAsianindividuals-anevaluationoftheWorldHealthOrganizationtwo-stepstrategy:theDECODAStudy(DiabetesEpidemiology:CollaborativeAnalysisofDiagnosticCriteriainAsia).DiabetMed19:549-557,20022)TominagaM,EguchiH,ManakaHetal:Impairedglucosetoleranceisariskfactorforcardiovasculardisease,butnotimpairedfastingglucose.TheFunagataDiabetesStudy.DiabetesCare22:920-924,19993)Gradingdiabeticretinopathyfromstereoscopiccolorfundusphotographs─anextensionofthemodifiedAirlieHouseclassification.ETDRSreportnumber10.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.Ophthalmology98(Suppl):786-806,19914)WongTY,KleinR,IslamFMetal:Diabeticretinopathyinamulti-ethniccohortintheUnitedStates.AmJOphthalmol141:446-455,20065)Diabeticretinopathystudy.ReportNumber6.Design,methods,andbaselineresults.ReportNumber7.AmodificationoftheAirlieHouseclassificationofdiabeticretinopathy.PreparedbytheDiabeticRetinopathy.Invest313人を対象とした.追跡調査で101人(32.3%)に高血圧を認めた.高血圧の発症率は網膜動脈径の第1,2,3三分位でそれぞれ41.4%,30.5%,25.0%であった.網膜動脈径が細いほど高血圧の発症リスクは有意に増加していた〔オッズ比:1.62(95%信頼区間:1.17~2.25)(1標準偏差減少あたり)〕.網膜静脈径は高血圧発症と有意な関連は認められなかった(表5).IV舟形町研究の展望2000年からの舟形町研究では,さまざまな制限があるものの網膜疾患を中心にその有病率や危険因子を明らかにすることができた.特に,海外の疫学研究で行われた他の人種との共通点や相違点についても明らかにすることができた.これは舟形町研究を行うにあたって,海外の眼科領域の疫学研究と同じ手法,あるいは同じ判定基準を用いることを研究の重要な柱と考えてきたことによる.わが国ではいまだに眼科の網羅的な疫学研究調査は限られており,今後の疫学研究調査においてもこの点は重要であると考えている.本研究は追跡調査を5年ごとに行っており,2010年から2回目の追跡調査を行っている.追跡調査では検査項目が大幅に増加しており,両眼の眼底撮影のほかに,視力検査,屈折検査や角膜曲率半径検査などの眼のバイ表5網膜血管径と5年間の高血圧発症の関係平均血管径(標準偏差)(μm)高血圧発症者数(%)未調整オッズ比(95%信頼区間)多因子調整†オッズ比(95%信頼区間)推定網膜中心動脈径(CRAE)1標準偏差減少ごと1.48(1.15.1.89)*1.62(1.17.2.25)*第3三分位:>190.40μm203.76(10.45)26(25.0)11第2三分位:171.79~190.16μm181.98(5.07)32(30.5)1.32(0.72.2.42)1.42(0.72.2.84)第1三分位:<171.72μm151.92(10.80)43(41.4)2.12(1.17.3.82)*2.36(1.11.5.03)*推定網膜中心静脈径(CRVE)1標準偏差増加ごと0.87(0.69.1.11)1.18(0.85.1.63)第1三分位:<206.18μm192.77(10.20)35(33.7)11第2三分位:202.26~222.82μm214.75(4.81)37(35.2)1.07(0.61.1.90)1.48(0.77.2.88)第3三分位:>222.88μm236.44(10.27)29(27.9)0.76(0.42.1.38)1.69(0.79.3.64)CRAE:centralretinalarteryequivalent,CRVE:centralretinalveinequivalent.*:p<0.05.†多因子調整:年齢,性別,総コレステロール,HDLコレステロール,中性脂肪,空腹時血糖,BMIで調整.(文献20より一部改変)(35)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201135Japanesepopulation:theFunagatastudy.Ophthalmology115:1376-1381,1381e1-2,200814)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,200815)AlbertiKG,ZimmetPZ:Definition,diagnosisandclassificationofdiabetesmellitusanditscomplications.Part1:diagnosisandclassificationofdiabetesmellitusprovisionalreportofaWHOconsultation.DiabetMed15:539-553,199816)KawasakiR,WangJJ,SatoHetal:PrevalenceandassociationsofepiretinalmembranesinanadultJapanesepopulation:theFunagatastudy.Eye(Lond)23:1045-1051,200917)KawasakiR,WongTY,WangJJetal:Bodymassindexandveinocclusion.Ophthalmology115:917-918;authorreply918-919,200818)TanabeY,KawasakiR,WangJJetal:Angiotensin-convertingenzymegeneandretinalarteriolarnarrowing:theFunagataStudy.JHumHypertens23:788-793,200919)XingC,KleinBE,KleinRetal:Genome-widelinkagestudyofretinalvesseldiametersintheBeaverDamEyeStudy.Hypertension47:797-802,200620)TanabeY,KawasakiR,WangJJetal:Retinalarteriolarnarrowingpredicts5-yearriskofhypertensioninJapanesepeople:theFunagatastudy.Microcirculation17:94-102,2010OphthalmolVisSci21(1Pt2):1-226,19816)Klein,R,DavisMD,MagliYLetal:TheWisconsinagerelatedmaculopathygradingsystem.Ophthalmology98:1128-1134,19917)HubbardLD,BrothersRJ,KingWNetal:Methodsforevaluationofretinalmicrovascularabnormalitiesassociatedwithhypertension/sclerosisintheAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudy.Ophthalmology106:2269-2280,19998)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19959)KleinR,KleinBE,WangQetal:Theepidemiologyofepiretinalmembranes.TransAmOphthalmolSoc92:403-425;discussion425-430,199410)KawasakiR,WangJJ,RochtchinaEetal:CardiovascularriskfactorsandretinalmicrovascularsignsinanadultJapanesepopulation:theFunagataStudy.Ophthalmology113:1378-1384,200611)KawasakiR,TielschJM,WangJJetal:ThemetabolicsyndromeandretinalmicrovascularsignsinaJapanesepopulation:theFunagatastudy.BrJOphthalmol92:161-166,200812)AlbertiKG,ZimmetP,ShawJ:Metabolicsyndrome-anewworld-widedefinition.AConsensusStatementfromtheInternationalDiabetesFederation.DiabetMed23:469-480,200613)KawasakiR,WangJJ,JiGJetal:Prevalenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinanadult

久山町研究

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYと基本的には変わらない.ほかに生活様式,疾病構造(高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病など)は各時代とともに全国統計と差異がなく,久山町はわが国の平均的な集団であり,その結果は日本人一般集団の結果としてとらえることができる.また,人口は40年間に1,000人増えたにすぎず人口移動の少ない町であり,そのため長期にわたる追跡調査が可能となっている.II久山町研究の特徴久山町研究の研究対象疾患は脳血管障害,虚血性心疾患,腎疾患,悪性腫瘍,老年期痴呆,肝疾患からその危険因子である高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満,栄養,運動,飲酒,喫煙などに及んでおり,久山町の住民は生活習慣を長期にわたり包括的に検討できるわが国で唯一はじめに九州大学大学院医学研究院病態機能内科学を中心として福岡県久山町で1961年から進められている「久山町研究」は,日本においても世界の水準をゆく大規模な前向きコホート研究であり,その臨床疫学研究データのほとんどがわが国独自のエビデンスとなっている.久山町の長期疫学研究は40年以上もの間,久山町当局・住民と良好な信頼関係を築き,常に40歳以上の住民の8割以上を検診し,徹底した追跡調査(追跡率99%)を行うとともに全町死亡例の8割以上を剖検して死因を明らかにするなど,世界でも類をみない精度で多種多様な臨床記録を収集してきている.I久山町とは複数の候補地のなかから久山町が選ばれたのは,久山町の人口の年齢分布や職業構成および生活様式や疾病構造が全国統計と差異がなく,日本人の疫学研究をするうえでわが国の標準的なサンプル集団であるという理由からである(図1).1961年開始時の40歳以上の対象人口は全人口の27.6%を占め,全国の27.8%と変わらず,年齢分布も近似している.2000年も同様に40歳以上の対象人口は全人口の55.2%であり全国の51.8%と変わらず,年齢分布も近似している(図2).職業構成は農林業の第一次産業従事者が5%,第二次産業(工業)が23%,第三次産業(サービス業)が72%と全国のそれ(5%,28%,67%)(25)25*MihoYasuda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕安田美穂:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):25.29,2011久山町研究TheHisayamaStudy安田美穂*福岡市久山町福岡市65万人142万人久山町6,500人8,000人1960年2007年九州大学図1久山町と人口推移26あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(26)2項目で,大健診時の健診項目は,屈折,眼圧,眼軸長,網膜厚(OCT:光干渉断層計),眼底写真(散瞳),細隙灯検査(散瞳),眼底検査(散瞳)の7項目を基本としているが,健診年次により項目の追加や削除を行っている.健診で発見された異常あるいは疾病は町役場からの通知と指導により自主的に町内外の医療機関を受診し,管理治療を受ける(図3).したがって,大学側は疾病の治療には直接的には介入しない.このことによって,各疾病の治療下あるいは非治療下の自然歴(naturalcourse)をみることができる.治療に介入すると疾病構造が変わり,普遍性が失われてしまう.の集団といえる.1998年より九州大学大学院医学研究院眼科学では久山町研究に参加し,40歳以上の住民を対象に大規模な健診データに基づく眼科疾患の疫学調査を現在進行中である.現在まで10年以上にわたり3,000人以上に及ぶ住民を追跡しデータを収集して,眼科疾患の病態の把握に努めてきた.その結果,久山町当局・住民・実地医家と良好な信頼関係を築き,1年に一度の継続的な眼科健診が可能となり,眼科健診受診率も1998年の約50%から2007年の約80%へと大幅に向上した.眼科健診を長期的に行うことにより,種々の眼科疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることが可能となる.久山町住民の眼科健診から得られた眼科臨床所見や眼底写真と内科健診成績,内科臨床記録,剖検所見などの結果を解析し,日本における眼科疾患の時代的推移や現状を解析し,発症に関わる危険因子について分析することで,眼科分野でのわが国のエビデンスが生まれる.III研究のしくみ久山町研究では,1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.眼科健診もこれに従って,1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.通常健診での眼科健診項目は,眼圧,眼底写真(無散瞳)の男性女性40302010070~7960~6950~5940~4980~0102030401960年40歳以上の割合日本全国27.8%久山町27.6%男性女性2000年40歳以上の割合日本全国51.8%久山町55.2%:日本全国:久山町(歳)70~7960~6950~5940~4980~(歳)(%)(%)403020100010203040(%)(%)図2久山町と全国の年齢階級別人口構成の比較大学町役場住民開業医報告報告指導二次治療報告往診検診一次治療図3久山町研究のしくみ(27)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201127向上による重症化の予防などによるものが大きく貢献していると考えられる.2.糖尿病網膜症発症の危険因子糖尿病網膜症を発症する危険因子についても追跡調査を行ってきた.具体的には1998年の久山町眼科健診受診者をベースラインのコホート集団に設定し,9年後の2007年の久山町眼科健診でベースラインのコホート集団を追跡する9年間の前向きコホート調査を行った.1998年に住民健診を受けた福岡県久山町在住の40~79歳の住民のうち,網膜症の既発症者37人を除いた糖尿病者177人を9年間追跡し,2007年に再度住民健診を受けた137人を追跡した(追跡率79.3%).9年間の網膜症の累積発症率は男性が18.0%,女性が4.2%で男性に多い傾向を認めたが,統計学的に有意差はなかった.IVこれまでの研究成果現在,眼底疾患を中心としたおもな眼科疾患についての時代的推移や現状を解析し,発症に関わる危険因子についての分析を行っている.そのなかから,現在も失明原因の主原因である糖尿病網膜症と今後高齢者の失明や視覚障害の主原因になると予想される加齢黄斑変性発症の追跡調査の結果について以下に述べる.1.糖尿病網膜症有病率の変遷これまでわが国においては糖尿病網膜症の疫学研究,特に住民を対象としたpopulation-basedstudyはあまり行われていない.実際の網膜症の患者数を把握するため1998年に40歳以上の久山町全住民を対象に網膜症の有病率の調査を開始し,網膜症の有病率は糖尿病患者の16.9%であることがわかった1).さらに9年後の2007年に行った調査では網膜症の有病率は糖尿病患者の15.0%であり,この9年間では患者数はほとんど変化していなかった.しかし,これらの頻度を網膜症の病型別に1998年と2007年で比較してみると,この9年間で単純型の網膜症が有意に増加し,前増殖型と増殖型の網膜症は有意に減少していた(図4).このように網膜症の頻度には変化がないものの網膜症を病型別にみてみると,近年では網膜症の重症化が抑制されていることがわかった.このことは糖尿病患者への眼科受診の啓発による網膜症の早期発見,早期治療の促進や眼科治療技術9.610.3*単純型6.33.9*前増殖型*p<0.05(1998vs2007)■:1998年□:2007年有病率(%)1.00.5*増殖型12.010.08.06.04.02.00.0図4糖尿病網膜症の病型別有病率の変化(久山町1998.2007年)表1糖尿病網膜症発症とヘモグロビンA1Cおよび糖尿病罹病期間との関連(久山町1998.2007年)ヘモグロビンA1C(%)(ベースライン時)人数9年発症率(%)性・年齢調整オッズ比(95%信頼区間)p値<6.0595.11.006.0.7.03411.82.38(0.48~11.7)0.297.0~8.01225.06.83(1.15~40.5)0.038.0≦1145.515.5(2.81~85.7)0.002ORper1%increase1.61(1.04~2.50)0.03糖尿病罹病期間(年)(ベースライン時)人数9年発症率(%)性・年齢調整オッズ比(95%信頼区間)p値<5718.51.005~101414.31.18(0.31~10.1)0.5210≦3122.63.97(1.14~13.9)0.0328あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(28)斑症(age-relatedmaculopathy:ARM)としてまとめ,国際分類として提唱し,初期と後期に分けた.初期加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)とは,ドルーゼンや網膜色素上皮の色素異常(hyperpigmentation,hypopigmentation)などがみられるもので,後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)がいわゆるAMDを指す.後期加齢黄斑症(lateARM)は,脈絡膜新生血管が関与する滲出型と,脈絡膜新生血管が関与せず網膜色素上皮や脈絡膜毛細血管の地図状萎縮病巣を認める萎縮型(dryAMD)に分類される.滲出型の定義は,網膜色素上皮.離,網膜下および網膜色素上皮下新生血管,網膜上および網膜内および網膜下および色素上皮下にフィブリン様増殖組織の沈着,網膜下出血,硬性滲出物などのいずれかを伴うものとされている.萎縮型(dryAMD)の定義は,脈絡膜血管の透見できる円形および楕円形の網膜色素上皮の低色素および無色素および欠損部位で少なくとも175μm以上の直径をもつもの(30oあるいは35oの眼底写真において)とされている(図5).1998年のAMDの有病率は0.9%であり,おおよそ100人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲発症に関係する危険因子を検討すると,高血圧,脂質異常,BMI(bodymassindex),喫煙,飲酒などの生活習慣に関する因子と糖尿病網膜症の発症には有意な関連は認めず,糖尿病罹病期間とヘモグロビンA1C(HbA1C)が網膜症発症の有意な危険因子となった.糖尿病の罹病期間が長くなるほど,またHbA1Cの値が上昇するほど網膜症発症のリスクが有意に増加した.糖尿病の罹病期間5年未満をオッズ比1.0とすると,罹病期間5年以上10年未満でオッズ比は1.2(95%信頼区間0.3~10.1),糖尿病の罹病期間が10年以上になると有意に網膜症発症のリスクが増加し,そのオッズ比は4.0(95%信頼区間1.1~13.9)であった.また,HbA1C6.0%以下をオッズ比1.0とすると,HbA1C6.0%以上7.0%未満ではオッズ比2.4(95%信頼区間0.5~11.7),HbA1C7.0%以上から8.0%未満でそのリスクは有意に増加しオッズ比6.8(95%信頼区間1.2~40.5)となり,8.0%以上ではオッズ比15.5(95%信頼区間2.8~85.7)とリスクが大きく増加した.この結果から,長期にわたり網膜症の発症を予防するためには,HbA1Cを7.0%以下に抑える必要があることがわかった(表1).つまりHbA1Cを低めに維持することが網膜症の発症に最も重要であり,特に罹患期間が10年以上の罹病期間が長い糖尿病患者においては血糖管理を厳しく行うことが網膜症の発症予防に重要であると思われる.3.加齢黄斑変性の有病率現在どれぐらいの加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)患者がいるのかは有病率で示される.1998年と2007年での久山町スタディの結果を比較することで,わが国におけるAMDの有病率の時代的変化が明らかになった.まず1998年に50歳以上の1,486人を対象として両眼散瞳下で倒像検眼鏡,細隙灯顕微鏡,カラー眼底写真による眼底検査が施行されAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.9年後の2007年に50歳以上の2,676人を対象として同様の方法でAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.AMDの分類には,Birdらが提唱した国際分類を使用した2).Birdらは,加齢に関連した黄斑の変化を加齢黄1.初期加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)2.後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)ドルーゼン網膜色素上皮の色素異常滲出型萎縮型図5加齢黄斑変性の国際分類(文献2より)(29)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201129の関連が示唆された.AMDと炎症の関連は以前から報告されており,高感度CRP(C反応蛋白)や白血球数の増加が危険因子であるという疫学的報告やドルーゼンの形成過程や,ドルーゼンに対する反応としての慢性炎症がAMD発症に関与しているという実験的報告がある6).今回の結果は疫学的見地からAMDと炎症との関連を示すものとして興味深い.予防できる危険因子としては以前から指摘されている喫煙が重要である.特に日本人の男性においては喫煙の影響により発症率が増加していることが推測される.AMDの予防のためには禁煙の重要性を啓蒙する必要がある.おわりにわが国においては地域一般住民を対象とした長期追跡研究のデータが少なく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種や生活習慣が異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究を継続していくことが必須であり,さらなる追跡調査が必要であると思われる.文献1)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:ComparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonprevalenceofretinopathyinaJapanesepopulation:theHisayamaStudy.Diabetologia47:1411-1415,20042)BirdAC,BresslerNM,BresslerSBetal:Aninternationalclassificationandgradingsystemforage-relatedmaculopathyandage-relatedmaculardegeneration.TheInternationalARMEpidemiologicalStudyGroup.SurvOphthalmol39:367-374,19953)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19954)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Theprevalenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,19955)SchachatAP,HymanL,LeskeMCetal:Featuresofage-relatedmaculardegenerationinablackpopulation.TheBarbadosEyeStudyGroup.ArchOphthalmol113:728-735,19956)YasudaM,KiyoharaY,HataYetal:Nine-yearincidenceandriskfactorsforagerelatedmaculardegenerationinadefinedJapanesepopulation:theHisayamastudy.Ophthalmology116:2135-2140,2009出型の有病率が0.7%,萎縮型の有病率が0.2%であり,滲出型が萎縮型よりも多くみられた.また女性(0.3%)に比べて男性(1.7%)は有意に高い有病率を認めた.一方2007年のAMDの有病率は1.3%に増加し,おおよそ80人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲出型の有病率が1.2%,萎縮型の有病率が0.1%であり,滲出型の有病率が増加していた.AMDの有病率の増加は滲出型の増加によるものと推測される.さらに男性(2.2%),女性(0.7%)ともに有病率の増加を認めたが,1998年と同様に男性のほうが有意に高い有病率を認めた(図6).わが国のAMDの有病率を欧米のpopulation-basedstudyによる結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多いことがわかる3~5).これは眼内の色素や遺伝的因子,環境的要因などが関係しているのではないかと考えられている.また,欧米においては加齢黄斑変性の有病率および発症率は女性に多いと報告しているものが多く,わが国で男性のほうが女性より有意に有病率が高いということはわが国の特徴である.これらの性差の原因は明らかではないが,特に日本人において男性の有病率が非常に高いことは,高齢者における男性の喫煙者割合が高いことが影響している可能性がある.4.加齢黄斑変性の危険因子1998年から2007年の9年間追跡調査を行った結果,9年間で新たに発症したAMD患者を調査することによりAMDの危険因子が明らかになった.それによると,日本人におけるAMD発症には加齢,喫煙,白血球数の増加が危険因子として関与していることがわかり,AMD発症には加齢による影響とともに,喫煙,炎症と*p<0.05(1998vs2007)■:1998年■:2007年9.5初期加齢黄斑症後期加齢黄斑症(AMD)12.6*3.34.8*0.61.2*0.20.1有病率(%)図6病変別有病率の変化(1998年,2007年)

疫学研究に必要な統計学

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYで標本という)がどのような集団から構成されているかまとめることから始まる.たとえば,年齢,性別,収入,喫煙歴,bodymassindex(BMI),全身疾患(例:糖尿病,高血圧)と失明の関連を検討するのなら,まずこれらの基本属性をもった集団がどれくらいいるのか記述する必要がある.これらは表を用いてまとめることが一般的であるが,性別,喫煙歴,全身疾患の有無はカテゴリーごとにその度数(=人数)を記し,頻度(=パーセント)を計算する.年齢,収入,BMIについてはこれらを連続変数としてもカテゴリー変数としても扱うことができる.連続変数として扱う場合,箱髭図・度数分布図などを書いてその分布の正規性をまず確認する.もし,視覚的に正規性が認められるなら,平均値(mean)をその代表値として提示するが,あまりにも大きな外れ値(outlier)が存在したり,明らかに正規性が認められなかったりする場合には代表値に中央値(median)を用いる.連続変数として得たデータをカテゴリー化することも可能であるが,その分類が社会通念上正しく,また先行研究あるいは類似研究においても使われているカテゴリーを使用することが望ましい.多変量解析の結果,望ましい結果がでなかったからといって,自分で勝手なカテゴリーを作ることは好ましいものではない.それでも新しいカテゴリーを作る必要があるならば明確な理由付けを行うべきである.はじめにわが国においても疫学研究の重要性は高まっているが,疫学と聞くと拒絶反応を示す眼科医は多い.眼科医の多くは「疫学=統計学」と誤解し,検定方法やp値ばかりに目がいってしまう.疫学の勉強をしようと気合を入れてもなぜか疫学でなく古典的な統計学の教科書を読み始め,難解な数式が目に入るや否や本を閉じてしまう.疫学研究は研究仮説の証明のために,因果のありそうな要因とそのアウトカムの関連性を計算する.研究デザインが決まれば自ずと使うべき生物統計学が決まり難解な統計学は必ずしも必要でない.実際,眼科領域の横断研究に用いる生物統計学の多くは多重ロジスティック解析(multiplelogisticregressionanalysis)で,これさえ理解すれば横断研究の理解に苦しむことはない.難解な統計学の知識を必要とするならば医師でなく統計学の専門家にゆだねるべきであろう.本稿では「疫学研究(臨床疫学を含む)で最低限必要な生物統計学の知識」として基本属性のまとめ方,誤差の原因,疫学指標の算出方法,関連指標の算出方法,そして多変量解析で調整すべき因子の選び方についておもに述べたい.I基本属性の比較と検定1.変数の定義と代表値の選定疫学研究の第一歩は解析される集団(これを疫学用語(19)19*KoichiOno:順天堂大学医学部附属東京江東高齢者医療センター眼科〔別刷請求先〕小野浩一:〒136-0075東京都江東区新砂3-3-20順天堂大学医学部附属東京江東高齢者医療センター眼科特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):19.24,2011疫学研究に必要な統計学StatisticalMethodsinEpidemiology小野浩一*20あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(20)び,この誤差を踏まえてある程度の幅をもって年齢を推定することを区間推定という.通常,信頼係数に95%を用いこれを95%信頼区間という.信頼係数に99%を用いた場合はこれを99%信頼区間という.標本数が十分にあり,母集団の母数を推定する場合,95%信頼区間の上限は「点推定値+1.96×標準誤差注)」,下限は「点推定値.1.96×標準誤差」で計算される(99%信頼区間の場合は,1.96の代わりに2.58を用いる).図1の場合,「母集団の平均年齢は95%の確率で39.9~40.1歳の間にある」と結論付けられる.一方,標準偏差を用いて95%信頼区間を計算した場合には標本における年齢の分布を示し,「標本中の95%の人が32.2~47.8歳の間である」と結論付けることができる.注)標準誤差=標準偏差/標本数.2.系統誤差(systematicerror)相対危険度やオッズ比を計算したとしてもその値が「標本からの推測」と「母集団における真値」における隔たりがある場合がある.これを系統誤差(systematic2.基本属性の比較・検定集団の基本属性の度数・頻度が決定されれば,その検定ということになる.独立した2群間の連続変数の比較で,正規分布が認められるような場合にはt検定を用いるが,3群間以上の比較ではt検定を用いてはならない.なぜなら,3群から2群を抽出する方法は3通りあり,有意差が出ない確率は(1.0.05)3で,逆に3つの組み合わせのうち少なくとも1通りは有意差の出る確率は1.(1.0.05)3≒0.14となるからである.複数の群で比較する場合には分散分析(analysisofvariance:ANOVA)を用いる.正規性の認められない場合にはノンパラメトリック法によりその検定を行うが,疫学研究のようにサンプルサイズが十分に大きい場合にはパラメトリックな方法で統計解析を行っても結果に大きな影響はでないようである(中心極限定理).カテゴリー化された変数の場合にはc2検定を行う.臨床研究などで同じ人物に検査を2回行い,これらを比較検定するような場合(例:降眼圧薬使用前後の眼圧)には対応のある検定を行う.基本属性の検定に必要な検定を表1にまとめた.II疫学における誤差1.偶然誤差(randomerror)疫学研究は,母集団から選出された標本(サンプル)を対象にして未知である母集団の母数を推定する.たとえば,疫学調査の結果,標本の平均年齢(±標準偏差)が40歳(±4.0)であったとする(標本数10,000)(図1).この1回の標本抽出によって得られた値(この場合は平均年齢40歳)を点推定とよぶ.しかし,何度も同じ調査を行ったらどうだろうか?同じ方法で調査を行ったとしても標本の選び方次第である程度の誤差が生じることが予想される.これを偶然誤差(randomerror)とよ表1基本属性の検定代表値2群間対応のある2群間3群間以上正規性のあるデータ平均値(±標準偏差)t検定Pairedt検定一元配置の分散分析正規性がないデータ中央値(分位)Wilcoxonの順位和検定Wilcoxonの符号付順位検定Kruskal-Wallis検定割合パーセントc2検定McNemar検定c2検定正規性のあるデータの場合にはパラメトリック法を,正規性のないデータの場合にはノンパラメトリック法で検定を行う.ただし,サンプル数が十分にある場合は正規性のないデータでもパラメトリック法を使っても結果にあまり影響はない(中心極限定理).母集団標本(n=10,000)標本の年齢:平均40歳標準偏差4.095%信頼区間:32.2~47.8歳標本中95%の人が32.2~47.8歳である95%信頼区間:39.9~40.1歳40-1.96×4.0=32.1640+1.96×4.0=47.84母集団の平均年齢は95%の確率で39.9~40.1歳である標準誤差標準偏差40-1.96×4.0/√10,000=39.940+1.96×4.0/√10,000=40.1図1標準偏差と標準誤差(21)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011211.11となり,コーヒーとAMDに関連がありそうにみえる.しかし,「煙草を吸う人」と「吸わない人」に分けてそれぞれのオッズ比を計算すると,オッズ比はそれぞれ0.40,0.45という結果になる.喫煙はAMD発症の危険因子であることが知られており,また,コーヒーを飲む人は喫煙者が多いということも知られている.よって,喫煙状況がコーヒーとAMDの交絡因子となり,これを調整しない限り真の関連を知ることはできないのである.III疫学指標と関連の指標1.疫学指標a.有病率(prevalence)有病率とはある一定の時期における疾病の割合(proportion)を示し,「有病率(p)=疾病数(a)÷人口(n)」で計算される.慣習的に有病率と表現されるが,疫学において率(rate)とは「単位時間当たり」の頻度を示すものであるため,本来は,有病割合と表現するほうが正しい.有病率を区間推定で表す場合,95%信頼区間の上限はp+1.96×p(1.p)/n下限はp.1.96×p(1.p)/nとなる.b.罹患率(incidence)と累積罹患率(cumulativeincidence)罹患率とは単位時間当たりの新しく疾病が発症した率error)とよび,バイアス(bias)と交絡(confounder)によって生じる.a.バイアス(bias)バイアスは母集団から標本を選出するときに起こる場合〔選択バイアス(selectionbias)〕と標本を調査するときに起こる場合〔情報バイアス(informationbias)〕とに分けられる.選択バイアスを減らすには母集団から標本を無作為に選ぶ必要があり,情報バイアスを減らすには測定方法の標準化を図る必要がある.バイアスを生物統計学でコントロールすることは困難でスタディデザインの段階でコントロールされるべきものである.b.交絡(confounder)交絡因子(confoundingfactor)とは原因と考えている因子以外の結果に影響を与えると考えられる因子を指す.したがって,交絡による影響を調整しないと真の関連を知ることはできない.介入研究などで無作為化された研究では交絡因子による影響は受けにくいが,観察研究の場合には注意が必要である.疫学調査でコーヒーと加齢黄斑変性(AMD)の関連について調査を行い図2のような結果(仮想データ)を得たとする.AMDを認めた住民13人のうちコーヒーを飲むものが10人,飲まないものが3人,AMDを認めない住民387人中コーヒーを飲むものが290人,飲まないものが97人いたとする.このときのオッズ比はオッズ比=(10/3)/(290/97)=1.11AMD(+)AMD(.)合計コーヒー(+)10290300コーヒー(.)397100合計13387400喫煙あり喫煙なしオッズ比=(9/2)/(91/8)=0.40AMD(+)AMD(.)合計コーヒー(+)991100コーヒー(.)2810合計1199110オッズ比=(1/1)/(199/89)=0.45AMD(+)AMD(.)合計コーヒー(+)1199200コーヒー(.)18990合計2288290図2コーヒーと加齢黄斑変性(AMD)の関連(仮想データ)22あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(22)計算することはできない.図3に男性5人,女性3人からなるある疾患の発症を調査した仮想的なコホートを示す.このコホートにおけるID1,ID2,ID6,ID7はコホート研究開始後4年目まで発症してなかったがその後,何らかの原因(例:転居,死亡)で追跡不能になったことを示す.ID3は8年目に発症,ID5とID8は10年目に発症し,ID4は10年間発症しなかったことを示す.この仮想コホートの場合,観察された54人年のうち3人が発症したので罹患率は0.056/人年(=3/54)あるいは5.6/100人年,累積罹患率は8人中3人発症したので0.375(=3/8)あるいは37.5%ということになる.2.背景因子とアウトカムの関連を表す指標a.相対危険度(relativerisk,riskratio)と罹患率比(incidentrateratio)ある因子の曝露群と非曝露群における疾病の頻度(=を示すもので,「発症数÷観察された人年(人月)」によって計算される.一方,新規発症者の観察者数に対する割合(「発症数÷標本数」)を累積罹患率という.これらの疫学指標はコホート研究(cohortstudy)でなければID12345678性別男性男性男性男性男性女性女性女性観察年数4年4年8年10年10年4年4年10年発症(-)(-)(+)(-)(+)(-)(-)(+)図3仮想コホート研究観察された人年は,54人年(=4+4+8+10+10+4+4+10)である.54人年のうち3人が発症したので罹患率は0.056/人年(=3/54)あるいは5.6/100人年である.一方,累積罹患率は8人中3人発症したので0.375(=3/8)あるいは37.5%ということになる.発症未発症観察人数曝露ありabn1曝露なしcdn2相対危険度(RR)RR=(a/n1)/(c/n2)95%信頼区間の上限・下限:eLogRR±1.96×(6/(a×n1)+d/(c×n2))発症Person-years曝露ありaPYa曝露なしcPYc罹患率比(IRR)IRR=(a/PYa)/(c/PYc)95%信頼区間の上限・下限:eLogIRR±1.96×1/a+1/c図4相対危険度と罹患率比の95%信頼区間の計算方法対照症例マッチングなしマッチングあり()ペアー数()人数OR=(a/c)/(b/d)95%信頼区間の上限・下限:eOR=c/b95%信頼区間の上限・下限:e症例曝露(+)曝露(+)曝露(+)曝露(+)曝露(+)曝露(+)曝露(-)曝露(-)曝露(-)曝露(-)対照曝露(+)曝露(+)曝露(-)曝露(-)曝露(-)曝露(-)曝露(+)曝露(-)曝露(-)曝露(-)症例対照曝露ありa(6)b(3)曝露なしc(4)d(7)曝露あり曝露なし曝露ありa(2)b(4)曝露なしc(1)d(3)c─b1─b1─cLog±1.96×+1─a1─bLogOR±1.96×+1─c+1─d+図5オッズ比(マッチングなしとマッチングあり)の95%信頼区間の計算方法(23)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201123時に計算してくれるが,問題となるのは何を調整すべき因子として選ぶかということである.眼科領域の論文では測定した因子をすべて多変量解析モデルに投入しそこからステップワイズ法によりモデルを決定する手法をとることが多いが,近年ではこのような統計学的手法を疫学研究では推奨していない.3.交絡因子の選択とdirectedacyclicgraph(DAG)DAGとは因果関係を示す矢印(→)により因果関係を累積罹患率)の比を相対危険度とよぶ.一方,曝露群と非曝露郡における罹患率の比を罹患率比とよぶ.これらの95%信頼区間の計算式を図4に示す.95%信頼区間が1をはさんだ範囲にある場合にはその因子は結果に対して有意な影響を与えていないと判断する.b.オッズ比(oddsratio)結果がすでに起きてしまった群とそうでない群の過去における危険因子の有無を調べるのがオッズ比である.おもにオッズ比は横断研究(cross-sectionalstudy)や対照症例研究(case-controlstudy)で用いる.オッズ比の計算はマッチしたデータか否かによって計算方法が異なるので注意が必要である.それぞれのオッズ比および95%信頼区間の計算式を図5に示す.オッズ比も95%信頼区間が1をはさんだ範囲にある場合にはその因子は結果に対して有意な影響を与えていないと判断する.IV交絡因子の調整と多変量解析1.交絡因子の調整方法交絡因子による影響を除外して相対危険度やオッズ比を計算するには交絡因子ごとに層化(stratification)して解析すればいい(上述のコーヒーとAMDの関連性の場合,喫煙する群と喫煙しない群に分ける)が,交絡因子が複数ある場合には層の数が多くなりすぎてしまう.標本を抽出する段階で喫煙する人のみ(あるいは,喫煙しない人のみ)抽出して解析することもできる.これを限定(specification)というが,この方法では対象を絞り込んでしまうためその結果を母集団に当てはめることができなくなってしまう.そのため,交絡因子を調整するには多変量解析を用いることが一般的である.2.多変量解析の選択アウトカムが連続変数である場合には重回帰分析(multipleregressionanalysis)を,アウトカムが「罹患しているか否か」といった2択の場合には多重ロジスティックモデルを用いる.生存時間分析の場合はCox比例ハザードモデル(Coxproportionalhazardmodel)を用いる.多変量解析による点推定値(例:オッズ比,相対危険度,ハザード比)と95%信頼区間の計算はSPSS,STATA,SASなどの統計ソフトを用いれば瞬a:所得が教育に影響を与え(因果),教育が失明に影響を与える(因果)と考えたDAGb:教育が所得と何らかの関係(因果ではない)があると考えたDAG教育所得失明性別年齢教育所得失明性別年齢図7DAGを用いた交絡因子の考え方要因A疾病B因果関係要因A疾病B要因X交絡要因X:疾病Bの危険因子である要因Aと関係がある要因Aと疾病Bの中間でない関係因果因果因果図6交絡(confounding)24あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(24)おわりにオッズ比や相対危険度といった関連を表す指標に統計学的有意差がでればその因子とアウトカムに因果関係があると思っている眼科医は多いが,これは大きな間違いである.本来,「因果」と「関連」というのはまったく別のものであり,因果関係を証明するには,①その関連性が医学的・生物学的に妥当であること,②量反応関係があること,③他の研究でも同様の関連性が示されていること,④原因が結果よりも先に起こっていることなどが証明されなくてはならない.多変量解析の結果,ある因子に有意差がみられたとしても,それが医学的におかしかったり,先行研究・類似研究の結果と異なったりするのであるとすれば,もう一度バイアスや交絡による影響を考えるべきであろう.参考文献.GordisL:Epidemiology.3rdEdition.Elsevier-Saunders,Philadelphia,2004.SzkloM,NietoFJ:EpidemiologybeyondtheBasis.JonesandBartlettPublisher,Boston,2004視覚的に表すことにより研究仮説を明確にして交絡因子の検討を行うものである.要因Aと疾病Bの因果を表すDAGにおいて交絡因子Xは,①疾病Bに影響を与える,②要因Aと何らかの関係(.で表す)がある,③要因Aと疾病Bの中間に位置しない,の条件をすべて満たさなければならない(図6).たとえば,疫学研究により「低所得者ほど失明率が高い」ということを実証したいとする.年齢や性別が失明と因果関係があることは過去の研究や隣国の研究などでわかっており,教育のレベルが高い人ほど行動変容を起こしやすく失明率が低いということも数多くの疫学研究で立証されている.では,所得と教育のレベルはどのように考えるべきであろうか?ある研究者は所得の多い人ほど教育を受ける機会が多いとしてDAG上で教育を所得と失明の因果関係の中間に置くことを主張し(図7a),別の研究者は行動変容を起こす教育は義務教育程度の教育であり所得とは互いに独立した要因であると主張したとする(図7b).前者の場合,所得と失明の因果関係の交絡因子は年齢・性別のみになり,後者の場合には年齢・性別に加えて教育が交絡因子ということになる.

疫学研究の重要性と必要な知識

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYいる.つまり,疫学について知ることは,臨床を深化させることでもある.疫学に関する理解がなければ臨床研究もうまくできない.Iデータ解釈上知っておかなければいけないこと全体の法則性を知るには,全体を調べるのがベストである.たとえば,日本で5年ごとに行われている国勢調査は膨大な費用を使ってこの原理を忠実に実行中である.もちろん全数を調査するに越したことはない.が,現実にはまず無理である.そこで,全体(population)を代表したサンプル(sample)を選んで解析を行うのが普通である.疫学において目標母集団(referencepopulation)とは「40歳以上の日本人男女」など各種属性(この場合は年齢と民族)により定義される集団である.しかし,この条件に合う人すべてを調査することは実際不可能であり,「2005年に久山町に住む40歳以上の全住民」というように地理的・時間的条件で調査可能な集団を限定する.この限定された集団を調査対象集団(targetpopulation)とよぶ.さて,調査対象集団を決定したは良いが,現実には不在であったり,調査に協力的でないなど,必ずしも対象者全員を調査できるとは限らない.そこで,調査に実際参加した集団をstudiedpopulationとよび,これがサンプル(=データ)である.はじめに臨床医にとって疫学は,教科書で病名のつぎの項目に出てくる「疾病の数」という理解で終わってしまっていることがほとんどである.公衆衛生という基礎系分野に属した事柄であり,学生時代からどうも馴染みが薄く,魅力を感じる機会も少ないという問題が根本にある.筆者もその最たるものであった.しかし,疫学に対する理解が深まってくると,「疾病の数」は疫学のごくごく一部であり,本当の疫学とはわれわれが医学部で受けた教育内容から受けるイメージとはまったく違う中身の学問であるということがわかる.疫学研究の目的は5つある1).1.疾病の原因を特定し,リスクファクターを見つけ,生じる問題を減らす.2.疾病の頻度を明らかにし,事の重大さを示す.3.疾病の自然経過と予後を研究する.4.予防・診断・治療方法を評価する.5.疾病対策に必要な根拠を提供する.以上の5項目は,そのままわれわれが通常行っている臨床研究の内容と変わらない2).卒前・卒後の医学教育のなかで,われわれはこの5つの目的を達成していく方法について教育を受けたであろうか.現実には,学会発表の段階で各自が初めてこの問題にぶち当たり多くの疑問を抱えたまま,毎回悪戦苦闘して,報告をつくりあげているというのが実情だろう.一方,疫学という学問においては,その方法論がしっかりと系統的に整理されて(11)11*YoshimuneHiratsuka:国立保健医療科学院経営科学部〔別刷請求先〕平塚義宗:〒351-0197和光市南2丁目3-6国立保健医療科学院経営科学部特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):11.17,2011疫学研究の重要性と必要な知識ImportanceofEpidemiologicalStudiesinJapan,withSomeTechnicalKnowledgeforUnderstandingEpidemiologicalandClinicalResearches平塚義宗*12あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(12)2.交絡(confounding)バイアスは一般によく知られているが,同等に知っておかなければならない問題に交絡(confounding)がある.交絡因子とは,興味の対象ではないが結果に影響を及ぼしている潜在的な因子である.疫学研究ではある要因(予測因子)と結果の関連を推論することが多い.白内障手術における「術前抗菌薬点眼の頻度と眼内炎発症率の関係」について調査するとしよう.本当は術前点眼と眼内炎発症の2者間だけのダイレクトな関係を知りたい.しかし,実際には,術前点眼以外に涙.炎,術前消毒,術中後.破損,糖尿病合併など,術後眼内炎の発生と関係はありそうなのだが,あまり興味の対象にならない要因が他にも多く存在する.このように予測因子(点眼)と結果(眼内炎)の関係の観察に影響を与え,本当の関係とは異なった観察結果をもたらす第3の因子を交絡因子といい,このような関係を交絡という(図1).交絡因子は,表面的に見ている予測因子(点眼)とその結果(眼内炎)の両方に関連している因子であり,かつその中間(前房内濃度←点眼頻度など)ではない因子と定義される.ランダム割り付けを行う実験研究では各群が無作為に分けられるため,あらゆる交絡因子(現在明らかになっていない未知の交絡因子までも)が理論上均等に配分される.したがって,交絡が問題になることは少ない.一方,臨床研究に多い観察研究では交絡の問題は常に意識しておくべき重要な問題である.交絡因子を除去するには研究デザイン段階とデータ解1.バイアス(bias)全数調査ができない代わりに,サンプルは無作為に選ばれるのが理想的である.無作為に抽出されれば,選ばれたサンプルは偏り(バイアス)のない,全体の特徴をそのまま反映したものである可能性が高いからである.差は偶然(chance)の要素だけとなる.偶然はバイアスがなく,偏見がなく,フェアである3).バイアスとは,真の値(目標母集団の平均など)からどの程度系統的に離れるかを示す.選択バイアス(selectionbias)と情報バイアス(informationbias)の大きく2種類に分けられる.選択バイアスとは,サンプル抽出時の問題で実際に調査に参加した人々が目標母集団を代表しないことをいう.調査対象集団の選定や,応答率(responserate),コホート研究(後述)においては参加者の転居・死亡などによる脱落〔打ち切り(censoring)〕などがこの原因となる.臨床研究や健康問題に関する疫学調査では,回答なし(回答拒否,回答できない)は健康状態と関連していることが少なくない.また,コホート研究の場合,追跡不能者がランダムに脱落するのであれば問題ないが,追跡対象のアウトカムと関連のある要因により脱落している可能性があれば,残った解析サンプルは歪んだものとなる.選択バイアスを減らすには,①目標母集団を代表する地理的条件に忠実な調査対象集団の選定,②研究目的に合った取り込み基準と最小限の除外基準の設定,③単純ランダム・系統的・クラスターサンプリングなどの確率サンプリングの選択,④調査内容の事前告知など地域と連携した参加奨励,などを行う必要がある.一方,質問者の先入観,測定・判定の誤差,参加者の思い違いや記憶違いなどによって起こるバイアスが情報バイアスである.現実的な臨床研究でよく行われる症例対照研究(後述)では,過去の状況を調査しなければならないので得られる情報が不確実なこともあり,情報バイアスが問題となる.また,QOL(qualityoflife)測定などで行われるアンケート調査は,測定上の多くの情報バイアス介在の余地がある.情報バイアスを減ずるには,①測定法の標準化,②測定者の技術統一,③測定法の自動化と反復,④盲検化の実施などが勧められる.…………………………………………..DM………………………………..図1交絡(confounding)本当は術前点眼と眼内炎発症の2者間だけの因果関係を知りたい.しかし,実際には,涙.炎,術前消毒など,眼内炎と関係のありそうな要因が存在する.予測因子(点眼)と結果(眼内炎)の関係上,予測因子(点眼)と関連がある(赤矢印)が表には現れていない要因で,かつ結果(眼内炎)に影響を与える(青矢印)ような因子を交絡因子といい,この関係を交絡という.(13)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201113あっても,同時に一気にその影響を補正できることにある.しかし,採用するモデルに対する当てはまりや,結果の解釈がわかりにくいという欠点がある.以上のように,全数調査でもなく,無作為抽出でもない現実の疫学研究や臨床研究は多かれ少なかれバイアス(選択バイアス)に曝されている.そこで,重要なことは,われわれが今扱っているサンプルがどのようなサンプルなのかを十分に認識しておくことである.サンプルの質には以下のような序列がある1.確率サンプル(probabilitysample):対象母集団内のすべての人がある確率で皆同等にサンプルとして選ばれている.2.代表サンプル(representativesample):目的母集団を代表したサンプル.3.便宜サンプル(conveniencesample):入手しやすい都合のよいサンプル.4.ケースリポート:たまたま経験した1例から数例のサンプル.つぎに,結果を解釈するうえで理解しておかなければならない考え方が外的妥当性と内的妥当性である(図2).外的妥当性:サンプルの集計結果がどれだけ一般集団にあてはまるか.内的妥当性:データの収集・解析とその解釈はきちんとできているか.たとえば,とても上手な一人の術者による多数症例の析段階に工夫が必要となる.研究デザイン段階では,ランダム割り付け以外に,対象者のもつ交絡因子の数を最小限にし,その範囲外の人は対象に取り込まないようにする方法(限定)と,年齢や性別など属性を一致させ交絡を最小限にする方法(マッチング)がある.術前消毒方法を統一し,涙.炎や糖尿病患者を除外し,術中に後.破損を絶対に起こさないようにするのが限定であり,眼内炎発生頻度に年齢差がある場合には,症例と対照の年齢が一致するよう対象者を設定するのがマッチングである.しかし,マッチングしたデータは特別な解析方法が必要で,通常の統計学的方法を用いることができない.また,マッチングに用いた因子が結果に及ぼす影響を検討することが困難であったり,一方でマッチングに用いた因子が結果と関係がない(交絡因子ではない)場合に,検出力(真実がAであるときにAと判定する確率)を減少させ真の関連をわかりにくくするなど問題もある.データ解析段階では,データ収集後,対象者を交絡因子でサブグループに分割し解析を行う層化(stratification)と,統計学的な補正で交絡を制御する多変量解析がある.涙.炎や糖尿病合併の有無などでいくつかのサブグループに分け,それぞれ解析を行うのが層化である.欠点は層化の数が多すぎると極端にサンプル数が少ないグループができたり,逆に層化の数が少なく層の幅が広すぎると交絡の影響を十分に減ずることができない点である.多変量解析の最大の長所は多くの交絡因子がPopulation(母集団)選ぶある結論内的妥当性(internalvalidity)(研究デザイン・解析・解釈厳密性)外的妥当性(externalvalidity)(普遍性・一般性)推論サンプルサンプルこのサンプルを解析図2内的妥当性と外的妥当性の関係(文献4より改変)14あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(14)って成り立つ.図3に示すような人種,環境,社会文化,行動様式…など日本と他国では多くのことに相違があることは明白である.これら一つひとつの因子が現段階では明らかになっていない未知の交絡因子である可能性もある.故に,外的妥当性が低い.そこで「日本における疫学研究」が重要になってくるわけである.II疫学研究が測定するものでは,疫学研究は何を明らかにしようとしているのだろうか.疫学的に測定されるものは大きく3つに分けられる.頻度,関連性,インパクトである.1.頻度(measuresofdiseasefrequency)頻度とは言うまでもなく「どれくらい多いのか」である.ある時点でその患者が何人いるかが有病割合(率)(prevalence)である.たとえば,緑内障患者が40歳以上の6%いるというのが有病割合である.有病割合研究は対象の集団をある一時期に縦切りにして患者数を調べるので横断研究(cross-sectionalstudies)とよばれる(図4).横断研究のイメージは,ある瞬間のスナップショットである.そこには時間的な前後関係が含まれない.したがって,原因と結果の時間的関係が明確でないという問題がある.たとえば,あるフィットネスクラブ会員100名の横断研究を行ったら65人が肥満であったという結果があったとする.一般人がこの結果だけを聞手術結果報告があったとする.これはわれわれ“普通”の眼科医の手術結果の傾向を代表したものであるといえるだろうか.たくさんの術者による多施設での報告のほうがより一般解に近いだろう,つまり外的妥当性が高いといえるだろう.EBM(evidence-basedmedicine)の最高峰である無作為化対照試験(RCT)注1の外的妥当性はどうか.RCTの場合,参加者の制約は大きく,また,医療親和性が良好な人に偏るのでこれまた外的妥当性は高いとはいえない.ランダムに割り付けることでstudiedpopulationのなかでは質の高い結果が得られたとしても,その結果を試験対象者集団に一般化できるか(除外基準などの問題),そのうえに,そもそもその試験対象者集団を普通の人たち(hospital-basedstudyの問題)の結果として一般化できるかという2段階の壁がある.一方で,実際現実に起こった症例を取り込んで検討していく症例対照研究(後述)のほうは現実を反映しているという意味では外的妥当性は高いといえる.内的妥当性とはデータから導かれる結論がどれだけ正確であるかを示す.データそのものの質・解析・解釈に問題がないかであり,一言でいえば研究デザインと統計学的解析・解釈がしっかりできているかどうかである.その研究(サンプル)が,調査対象集団(targetpopulation)についてどれだけ正確(科学的に厳密に)に調査できているかを示す.RCTの内的妥当性は高いが,症例対照研究ではバイアス,交絡因子などの問題が無視できない.臨床研究の場合,その目的が目標母集団特性の推定よりも,治療効果の有無の確認や比較にあることが多いので,外的妥当性よりも内的妥当性が重視されやすい.注1ランダムと聞いてそこで思考停止してはいけない.注意が必要なのは,ランダム選択なのか,ランダム割り付けなのかを区別すること.両者は違う.RCTのランダムとは,ランダムな選択ではなくて,未知のものまで含めた交絡因子を均等に配分するためにランダムに分ける(割り付ける)ということ.一般化(外的妥当性)を考えたランダム選択ではない.さて,海外では多くの疫学調査が行われ数々の知見が明らかにされているが,その結果をそのまま,日本の一般解と置き換えてよいだろうか.疫学で「疾患がどう成立するか」を考えるときに基本となるのがhost-agentenvironmentモデルである.一般に疾患は,host(人)とagent(病因)とenvironment(環境)の相互関係によ人(Host)生物:細菌,ウイルス,クラミジア,寄生虫…化学:アルコール,たばこ,毒素…肉体的:外傷,火,放射能…栄養:不足,過剰年齢性別仕事人種習慣結婚歴家族背景宗教遺伝的素因既往歴免疫状態病因(Agent)環境(Environment)住居近隣環境混雑水食事温度湿度高度放射能騒音大気汚染図3疾患の要因(15)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201115関係であり,微積分の関係である.注2もう少し詳しい説明は次章の「小野浩一:疫学研究に必要な統計学」の「罹患率(incidence)と累積罹患率(cumulativeincidence)」を参照.注3「5年で8%」の1年分を計算する場合には,単純に8%÷5=1.6%としてはいけない.正確には1.(1.0.08)1/5=1.65%である.2.関連性(measuresofassociation)原因(疫学的には「曝露(exposure)」という)と疾患(疫学的には「結果(outcome)」という)の関連の大きさをみるものである.原因がある群とない群との間の疾病発生頻度(罹患率)の比を相対危険度(relativerisk)という.たとえば,たばこを吸う人がAMDになるリスクは2.4倍というのがあるが,これが相対危険度である.曝露が「喫煙」で結果が「AMD発症」である.たばこを吸わない人に比べて吸う人は2.4倍AMDを発症しやすい.さて,コホート研究は理想だが,現実には容易ではない.そこでよく行われるのが,「疾病発生」→「曝露」と昔にさかのぼって検討する症例対照研究(case-controlstudy)である.疾患が今ここですでに発生してしまっている状態から昔にさかのぼって原因はどこにあったのかと後ろ向きに考えるので後ろ向き研究(retrospectivestudy)という.まれな疾患の場合,この方向で検討する以外に方法はない.コホート研究では,疾病くと,このクラブに行くと65%の人が肥満になるという印象をもってしまうかもしれない.このクラブの効果を示すには,その100名を経時的に追って肥満度が改善することを示す必要がある.それを示すのが罹患率(=スリムな人発生率)である.罹患率(incidence)注2というのは「どれぐらい新しく発生するか」である.罹患率を求めるには,発生状況を調べるために集団を追っていく必要があるので手間がかかる.分母に時間の概念が入るので(だから率という)有病割合よりも格が高い.加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の罹患率は5年で8%である.これは,50名の患者を5年間追跡するとその間に4名の新しいAMDが発生するということである.1年当たり1人弱である注3.罹患率を調べるには一般に数千人から数万人という数の集団を数年から数十年間にわたって追跡していく必要がある.これをコホート研究といい,疫学研究の中心となる手法である.強力な研究方法である一方で,膨大な時間・労力・費用がかかる.発生頻度の低い疾患を追い続けても待つだけで終わる可能性もある.観察の方向性が「曝露(フィットネス)」→「疾病発生(スリムな人発生率)」であるので前向き研究(prospectivestudy)といわれる(図5).有病割合と罹患率の関係はバケツにたまった水(有病割合)と蛇口から入ってくる水(罹患率)によく譬えられる.この関係は,イメージとして「貯金」と「給料」,「過去の業績」と「これからの業績」といったストックとフローのPrevalence“……….”……….T:……NOWCross-sec..onalstudy……………………図4Prevalence(有病割合)有病割合とは「ある一時期に存在する数(NOW)」.……….“…………….”Cohortstudy…………….T0T1……….Incidence……….NEW図5Incidence(罹患率)罹患率とは「ある特定の期間に新しく発生する数(NEW)」.赤が発生した数=3名/特定の期間.16あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(16)成したときの罹患数減少のインパクトをみてみる.1,000人の集団で考えてみよう.AMDの有病割合は1%なので1,000人に10人である.喫煙者は2倍のリスクなので1,000人に対して2倍の20人発生するとする.禁煙によりAMDの罹患数が減少するとすればその数は1,000人を予防して(20.10)=10人の発生を予防できる.一方,白内障の有病割合を40%とすると1,000人に400人である.同様に喫煙者は2倍のリスクなので800人発生するとする.禁煙による白内障罹患数の減少は1,000人の予防に対して(800.400)=400人である.つまり禁煙の白内障に対するインパクトはAMDの40倍ということになる.ここでは有病割合が威力を発揮しているのがわかる.個人のリスクが同じ2倍でも,同じ対策によって10人救えるのと400人救えるのとでは大きな違いがある.眼科患者に禁煙を勧めることはAMD予防より実は白内障予防に貢献しているのかもしれない(表1).寄与危険度の逆数をNumberNeededtoTreat(NNT)といい,「どれぐらい効率的なのか」の直感的な理解の助けになる.NNTとは「1人の発生を抑制するのに必要な患者の数」である.この値が小さいほどより効率的な対策ということになる.表1の場合,NNTはAMDが{1÷(10/1,000)}=100人,白内障が{1÷(400/1,000)}=2.5人である.つまり,1人のAMD発生を抑えるのに禁煙させる必要のある人の数は100人,1人の白内障発生を抑えるのに必要な数は2.5人という発生頻度(罹患率)を,原因あり・なしの両群で比較し,その比を相対リスクとした.しかし症例対照研究では,今病気があるが,その原因として昔に何があったのかを検討する.つまりリスク測定の元となる罹患率は得ることができない.よって「リスク」ではなくその代わりとして「関連」をみるしかなく,「関連」で代用した発生比率の推定値をオッズ比という.ただし,有病割合の低い疾患ではオッズ比=リスクといってもほぼ差し支えない注4.注4眼内炎ありなし合計術前抗菌薬ありなしacbda+bc+daとcがともに頻度が低いとき(a≪b,c≪d)(目安<5~10%)a/(a+b)≒a/bc/(c+d)≒c/d相対危険度={a/(a+b)}÷{c/(c+d)}≒(a/b)÷(c/d)=ad/bc=オッズ比3.インパクト(measuresofpotentialimpact)有病割合や罹患率,同時に相対危険度やオッズ比などが明らかになったあとには,その問題が世の中に対してどれだけインパクトをもつのかという総合的な評価が必要なる.また,何らかの対策を検討する場合に,その対策のインパクトはどの程度期待できるのかなどの検討も行われる.そこでは個人のリスク以上に集団のリスクを考えなくてはいけない.個人のリスク・集団のリスク喫煙を例に考えてみる.喫煙者は2倍AMDになりやすいという相対危険度は個人のリスクである.一方で,まったく意識されることはないが,喫煙者は2倍白内障(核白内障が多い)になりやすいという報告もある5).これも相対危険度=個人のリスクである.相対危険度はリスクの違いの「比」なので,2群(喫煙者と非喫煙者)における発生頻度が40%と20%でも,10%と5%でも,1%と0.5%でも,いずれの場合にも2倍である.もし禁煙をしたらAMD患者は現実にどれぐらい減るのかということはまったくわからない.そこで考える必要があるのがリスクの「差」,寄与危険度(attributablerisk)である(表1).集団のリスクを考えるうえで,禁煙を奨励し予防を達表1相対危険度と寄与危険度(例:加齢黄斑変性と白内障に対する禁煙)群AMD白内障喫煙者20/1,000800/1,000非喫煙者10/1,000400/1,000相対危険度(relativerisk)22寄与危険度(attributablerisk)10/1,000400/1,000相対危険度(AMD):(20/1,000)÷(10/1,000)=2寄与危険度(AMD):(20/1,000).(10/1,000)=10/1,000予防時に達成される罹患数減少インパクトは?AMD:(20.10)/1,000=1,000人に10人白内障:(800.400)/1,000=1,000人に400人あたらしい眼科Vol.28,No.1,201117ことである.NNTの注意点としてその値だけをみても,元にあるリスクはわからないという点があげられる.寄与危険度が同じ10%であればNNTは同じだが,死亡率を10%からほとんど0%に下げる治療と65%を55%に下げる治療ではインパクトの中身が違ってくる.同様の考え方で,NumberNeededtoScreen(NNS)というものもある.これは,「1人の有害事象(失明など)を抑制するのにスクリーニングしなければならない人の数」であり,スクリーニングの効率性の指標の一つである.III関連と因果関係疫学研究や臨床研究の結果からわかった関連の解釈は単純ではない.そこでは,関連と因果関係の違いについての理解が求められる.関連(association)とは「単に関係がある」ということであり,それがそのまま「原因である」〔因果関係(causalrelation)がある〕とはならない.関連があることは,因果関係があることの必要条件にすぎない.したがって,関連が認められても因果関係の証明までにはまだつぎのステップが残されている.図6は因果関係を証明するときのガイドラインである.結果の前に原因があることは因果関係を考えるうえでの大原則である.横断研究の最大の弱点はここにある.相対危険度やオッズ比は関連の強さを示す.量反応とは,曝露の量や時間が増加するにつれて,関連の強さが増すことをいう.同様の結果が異なった施設や場所から報告されていれば「結果の再現性」が高いということになり,似たような研究が違う「人・場所・時間」を対象として実施されることの意味はここにある.ほかにも,結果が他の知見とも一貫性があるか,基礎研究で明らかになっていることと整合性があるかなど,研究で認められた関連に対して,9項目がどの程度当てはまっているかを考え,最終的にはアナログな判断を下す.おわりに以上のことを理解したうえで以下の充実した各論を読んでいただければ,世界の眼科の疫学研究のすべてがわかります.文献1)GordisL:Epidemiology.4thEdition.Saunders,Philadelphia,USA,20092)川崎良,山下英俊:わかりやすい眼科疫学.あたらしい眼科26:1-2,20093)HarveyDent:TheDarkKnight.WarnerBrothersEntertainmentInc,20084)FletcherRH,FletcherSW:ClinicalEpidemiology.TheEssentials,4thEdition.LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,USA,20055)ChristenWG,MansonJE,SeddonJMetal:Aprospectivestudyofcigarettesmokingandriskofcataractinmen.JAMA268:989-993,1992(17)………………………………………………………………………………………………………………………….biologicplausibility……………………………………………………(…………………………)……………..LeonGordis:Epidemiology(4th).Saunders9commandmentsofcausalrelationship図6“因果関係あり”のガイドライン関連(単に関係がある)が,因果関係(原因である)にまで格上げされるか否かの判断は,上記の要件をどの程度満たしているかでアナログに判断する.(文献1より)

臨床疫学研究の基本的事項

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYクエスチョンを明確化することである.テーマを「コンタクトレンズ装用は角膜内皮細胞数を減少させるのだろうか」「術前の抗菌剤点眼によって白内障術後眼内炎の発生率を減少させることができるだろうか」など1つの設問に書き出してみるとよい.テーマの設定にあたってはFINER(表1)の5つの要素を考慮する.FINERとはFeasible,Interesting,Novel,Ethical,Relevantの頭文字をとったものである.Feasibleは実施可能性のことであり,研究仮説を証明するのにどのくらいの症例数が必要か,どのくらいの時間がかかるか,アウトカムとして何を採るかなど研究の規模や期間と関わってくる.InterestingとRelevantは似ているが,テーマが興味深く,意義があるものかどうかもう一度,論文の読者になったつもりで考えるとよい.これはNovelとも関連しており,先行研究の有無をあらかじめ検索してその内容,どこまでわかっているのかを吟味しておくとよい.研究が倫理的な面(Ethical)で問題がないかは倫理審査委員会だけでなく,実施可能性にも大きく関係してくる.はじめに疫学というと保健衛生や医療行政のためのもので,一般臨床にあまり関係ないというイメージを持たれがちである.しかし,厚生労働省が定めている疫学研究に関する倫理指針,臨床研究に関する倫理指針をみると疫学研究の範囲がかなり広いことがわかる.眼科領域はもちろん多くの臨床医学の研究では臨床疫学の手法を用いており,臨床疫学は疫学の主要な一部分である.したがって,眼科の学会や学術雑誌で発表されるものの半分以上は疫学研究といってもよいであろう.近年,臨床研究においては患者・被験者の人権の尊重,個人情報・臨床情報の保護が厳密に求められるようになった.過去数年間のある疾患の臨床統計や手術成績をまとめるといったよくあるスタイルの研究においても学会や論文で公表するためには,研究計画書の作成と倫理審査委員会の承認が求められる時代になっている.ここでは臨床研究,疫学研究を始めるにあたっての基本的事項,研究テーマやデザインの設定,研究計画の立て方,遵守すべき事項などについて述べる.なかでも研究計画書の作成は重要度が高い.とりあえずという形で始めた臨床研究は途中で「この研究デザインでは仮説を証明できない」「あれも調べておけば良かった」ということになりやすいからである.I研究テーマを設定する最初の難関は,自分の行いたい研究テーマ,リサーチ(5)5*MasakazuYamada:国立病院機構東京医療センター感覚器センター・視覚研究部〔別刷請求先〕山田昌和:〒152-8902東京都目黒区東ヶ丘2-5-1国立病院機構東京医療センター感覚器センター・視覚研究部特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):5.10,2011臨床疫学研究の基本的事項FundamentalIssuesinClinicalEpidemiology山田昌和*表1研究テーマ設定のFINERF:Feasible実施可能であることI:Interesting興味深いことN:Novel新しいことE:Ethical倫理的に許容されることR:Relevant意義があること6あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(6)ンダム化比較試験として実際に行われた臨床研究であるが,こうした大規模な臨床研究を実施するのは容易ではない.ESCRSの研究では対照群の眼内炎発症率が0.29%とかなり高かったこともあり,有意差が明らかとなった時点で中止されたが,それでも約1万6千例がエントリーされている.同じ研究テーマを症例の割付けを行わないコホート研究のデザインで検討した臨床研究もいくつかあるが,これらでは数万例から20万例以上を対象としている.コホート研究や症例対照研究はランダム化比較試験よりもエビデンスレベルは低いとされるが,後ろ向き研究が可能というメリットもある.また,介入研究による割付けが困難な場合や割付けの倫理性が問題になる場合には観察研究を選択したほうがよいし,介入研究の場合には健康被害に対する補償を考慮する必要がある.補償については後述する.サンプルサイズを減らして研究の実施可能性を高めるためにはアウトカムの取り方を変えることも重要である.たとえば,ある眼圧降下剤の効果をみる場合に,眼圧が5mmHg以上下がったかどうか(2区分変数とよばれ,眼内炎の例も2区分変数である)をアウトカムとするよりも,投与前後の眼圧をアウトカム(連続変数)としたほうがサンプルサイズを小さくできるし,場合によってはサンプル比(介入群と対照群の比)を変えると実施可能性が高くなることがある.もう1つの戦略は,より頻度の高いアウトカムを用いることである.術後眼内炎の例では,手術終了時に前房水や結膜.ぬぐい液を採取して細菌培養検査に供し,その陽性率をアウトカムとする方法が考えられる.前房水から細菌が検出されることと眼内炎が発症することはイコールではなく,このようなアウトカムは代替アウトカムとよばれる.エビデンスレベルは低くなるが,限られた症例数で結果を出しやすいというメリットがある.以上のようにPECO(PICO)を基にして研究デザインを考えることで,研究計画が固まっていくことになる.この部分は重要であり,研究グループの規模,研究資金なども考慮して実施可能性が高く,しかも研究仮説を実証できるようなデザインを選択する必要がある.II研究デザインの設定研究計画を立てていくうえで,PECOもしくはPICO(表2)を明確化していくことは臨床研究を行ううえでの基本となる.PECOを書き出して,実施可能性や倫理性など前述のFINERを勘案しながら,研究デザインを設定していく.対象を一般住民とするのか,受療患者とするのか,曝露や介入を能動的に行うのか否か,対象の比較となるコントロールをどうとるか,アウトカムとして何を用いるのか,この4点で研究デザインが大きく変わってくる.一般には住民ベースの臨床研究で能動的な介入を行うことは不可能に近いので,曝露や介入の影響は生活歴,既往歴などから検討される.受療患者を対象とした場合には介入研究が可能であるが,対象が一般人口を代表しないので罹患率や有病率を調べたいという場合には不向きである.例として「白内障術後眼内炎を眼内灌流液への抗菌剤添加によって減少させることができる」という研究仮説をもったとしよう.この場合,PECOのPは白内障手術患者になり,Eは手術時の眼内灌流液への抗菌剤添加,Cは白内障手術を受けるが眼内灌流液への抗菌剤添加をしない患者,Oのアウトカムは術後眼内炎の発症の有無ということになる.研究デザインとその実施可能性を考えるうえでは,サンプルサイズと割付けの有無(介入研究か観察研究か)が重要となる.サンプルサイズの問題を考えてみよう.術後眼内炎のような発生頻度の低い事象をアウトカムとする場合,治療群と対照群の差を出すためには非常に大きな組み入れ症例数が必要となる.仮に,対照の眼内炎発症率を0.1%,治療群の発症率を0.05%と見積もると必要症例数は8万例以上と計算される.眼内灌流液への抗菌剤添加の例はESCRSEndophthalmitisStudyGroupによりラ表2研究デザイン設定のPECO(PICO)P:Patient対象E(I):Exposure(Intervention)曝露(介入)C:Comparison比較対照O:Outcome結果・効果(7)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20117クだけでなく,個人情報の漏洩,偏見・差別など心理社会的なリスクが含まれる.公正の原則は,研究に伴う恩恵とリスクに関して対象者間に不公正が生じないように配慮することである.こうした概念はヘルシンキ宣言に含まれている.わが国における倫理指針としては,疫学研究に関する倫理指針,臨床研究に関する倫理指針が代表であり,この他にヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針,遺伝子治療臨床研究に関する指針,ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針などがある.指針の一覧と内容に関しては,厚労省HP(http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/index.html)がわかりやすい.疫学研究,臨床研究に関する倫理指針の全文はhttp://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/37_139.pdfとhttp://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/rinsyo/dl/shishin.pdfから入手できる.特殊な例を除くとほとんどの臨床研究は,疫学研究に関する倫理指針か臨床研究に関する倫理指針の適用を受ける.指針を遵守しなくとも法的に罰せられることはないが,公的研究費の応募資格が制限されることがある.また,倫理審査委員会で研究内容の承認を受ける際には指針の遵守が求められ,論文で研究内容を発表する場合にも倫理指針の遵守が求められるようになりつつある.厚労省の指針では,疫学研究は人の疾病の成因及び病態の解明並びに予防及び治療の方法の確立を目的とする科学研究とされ,その対象となる範囲は広い(表3).ある疾患について患者の診療情報を収集・集計し,解析する臨床研究,診断・治療などの医療行為について当該方法の有効性・安全性を評価するため診療録など診療情報を収集・集計して行う観察研究などはもちろんのこと,介入研究であっても介入の内容が医薬品でなく,食品(健康食品など)の場合には疫学研究指針の範囲となる.インフォームド・コンセントの形式に関して整理してみると,文書説明,文書同意が必要かどうかは,適用される指針の種類,介入研究か観察研究か,人体からの試料採取の有無,採取の侵襲性の4つから区分される(表4).いずれの場合でも拒否の自由が明記されていなければならない.これをみると観察研究の多くは必ずしも文書説明,文書同意が必要ではなく,研究情報公開(研究III研究計画書の作成研究テーマとデザインが決まったら,次に研究計画書を書くことで具体的に細部を詰めていく.研究を始める前に研究計画書の作成を行うことは,研究の目的,プロセス,意義を自分のなかでまとめていく良い機会となる.研究計画書は将来の論文のひな型になるので決して無駄にはならない.研究計画書では,研究の目的と背景,研究仮説(テーマ),研究デザイン,セッティング(研究・調査を行う場所),対象,観察項目とその測定方法,データの取得方法,データの管理方法,データの解析方法,倫理的事項などについて記載を行う.先行研究や類似の研究がある場合には,その対象と方法の項を参考にすることができる.学術論文は結果や考按,結論の部分がおもに読まれ,対象と方法の項目はざっと流し読みという場合が多いが,この場合は対象の取り方(選択基準や除外基準)や観察項目,データの取得方法,解析方法を読み込むことが必要となる.「批判的に」読むことがおそらく大切であり,先行研究をなぞって研究計画を立てるのではなく,先行研究の欠陥や見落としている点を吟味し,自らの研究計画に生かすという方針で行いたい.研究計画書のドラフトができたら,今度は逆に,共同研究者や同僚に自分の計画書を批判的に吟味してもらうとよい.このことは多施設共同研究など大規模な研究を始める場合には特に重要であり,自分の施設での常識は他の施設では非常識ということもある.本格的に研究を開始する前に,少数の施設でパイロット研究を行って,研究の実施に問題がないかどうか確認し,修正点を洗い出すのも良い方法である.IV倫理的事項とインフォームド・コンセント医学研究における倫理の一般原則には,人権尊重,最善,公正の3つがあげられる.人権尊重の原則には,インフォームド・コンセントを得ること,判断能力が損なわれた人を守ること,個人の秘密を守ることが含まれる.最善の原則は,対象者のリスクに見合うだけの価値ある成果が得られるように最大の努力を払うことである.この場合のリスクには検査や治療に伴う身体的リス8あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(8)除された組織(角膜移植時の摘出角膜や線維柱帯切除術での虹彩・隅角組織など)は採取に侵襲性なしと判断される.以前の手術時に得られた病理標本を用いて新たな研究を行おうという場合など,臨床研究開始前に得られた既存の試料を用いる研究は少なくない.この場合には被験者の同意を得るのが原則であるが,古い試料で被験者の所在が不明,死亡などの事情により同意を得ることが困難な場合もある.このような場合には,試料が匿名化さ機関のHPや院内掲示板での告知)で良い場合も少なくない.表4の人体採取検体の定義はむずかしく,たとえば感染性角膜炎から分離された微生物だけを扱う研究では人体からの試料とみなされないが,症例の臨床情報と結びつける場合(実際上はほとんどこちらに該当する)には人体採取検体として扱うことになる.採取の侵襲性に関しては,採血は侵襲性あり,尿や便は侵襲性なしに分類するとされている.なお,手術中に治療を目的として切表3疫学研究指針と臨床研究指針の適用範囲疫学研究指針の範囲臨床研究指針の範囲対象となる研究の概念原則として,自ら異なる事象を作り出すのではなく,存在する異なる事象を分類し,比較する研究が対象.〔例:実際に異なる治療(治療薬を含む)が行われている被験者などを対象として,複数の群に分けて評価を行う研究.〕主として,能動的に人体に働きかけ,その効果を比較する研究であって,異なる事象(投薬群と非投薬群など)を作り出す研究が対象.〔例:当該研究の目的のために,被験者に能動的医療介入(治療など)を行う研究.〕治療等の医療行為の有無能動的に医療介入(採血などのサンプリングに係る医療行為は除く)の効果を評価する研究は対象外.主として,能動的に医療介入の効果を評価する研究が対象.注意点医療介入(治療)以外の能動的な人体への働きかけ(食品摂取比較など)を行い,その効果を比較する研究は疫学研究.表4疫学研究指針と臨床研究指針におけるインフォームド・コンセント要件疫学研究指針検体その他インフォームド・コンセント要件介入研究(群間比較研究)人体採取検体あり採取に侵襲性あり文書説明,文書同意採取に侵襲性なし説明,同意の記録人体採取検体なし個人単位の研究説明,同意の記録集団単位の研究IC不要,研究情報公開,拒否機会付与観察研究(介入研究以外)人体採取検体あり採取に侵襲性あり文書説明,文書同意採取に侵襲性なし説明,同意の記録人体採取検体なし既存資料以外の情報を用いるIC不要,研究情報公開,拒否機会付与既存資料のみを用いるIC不要,研究情報公開臨床研究指針検体その他インフォームド・コンセント要件介入研究(能動的医療介入研究)文書説明,文書同意観察研究(介入研究以外)人体採取検体あり採取に侵襲性あり文書説明,文書同意採取に侵襲性なし説明,同意の記録人体採取検体なしIC不要,研究情報公開(9)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20119に関しては,研究者,保険会社のいずれもが手探りという状態であり,倫理審査委員会での扱いも施設による幅が大きいようである.現実的な対応として,少なくとも研究計画書や同意説明文書に補償に係る方針や金銭的事項について明記することが推奨される.研究の内容やリスクに応じて「健康被害が生じた場合には回復のために必要な治療などの措置を速やかに講ずるが,通常の健康保険を適用し,自己負担分は患者に負担してもらう」「健康被害が生じた場合の補償はしない」といった内容でもよく,倫理審査委員会の判断を仰ぐことになる.なお,介入研究でも医薬品・医療機器を用いない研究(たとえば介入内容が食事指導である場合など)や観察研究では補償のための措置,補償保険への加入は必要ないが,補償の有無の説明は必要とされており,説明文書に明記しておくとよい.臨床研究の倫理指針によれば,臨床研究に関連する重篤な有害事象,不具合が発生した場合には,研究責任者は必要な措置を講じるとともに臨床研究機関の長に報告する義務がある.臨床研究機関の長は,倫理審査委員会等に報告し,多施設共同研究の場合には共同臨床研究機関への周知などを行わなければならない.有害事象が予期しない重篤なものの場合には厚労省への報告も必要となる.最近話題となったがんペプチドワクチンの臨床研究では,この部分が問題とされている.VII研究計画の事前登録臨床研究に関する倫理指針には「侵襲性を有する介入研究では,予め公開データベースに臨床研究計画を登録しなければならない」という項もある.出版バイアス(ネガティブデータは論文として公表されにくい傾向がある)を防ぐための措置であり,すでに欧米の一流学術雑誌では研究計画の事前登録が求められている.日本では3つの登録サイトがあり,UMINの臨床試験登録システム(http://www.umin.ac.jp/ctr/index-j.htm),日本医薬情報センターの臨床試験情報(http://www.clinicaltrials.jp/user/cte_main.jsp),日本医師会臨床試験登録システム(https://dbcentre3.jmacct.med.or.jp/jmactr/)のいずれかを用いることになる.れているか,同意がなされているかによって多少の手続きの違いはあるが,倫理審査委員会と研究機関の長の承認が得られれば,研究を行うことができる.V倫理審査委員会研究計画書が整ったら,説明文書,同意文書など各種の書類を添付して倫理審査委員会の承認を得る必要がある.臨床研究の倫理指針には,「当該臨床研究機関の長が設置した倫理審査委員会以外の倫理審査委員会に審議を依頼することが出来る」という文章があるが,基本的には自施設の倫理審査委員会の承認が原則である.ただし,多施設共同研究の場合には主施設の倫理審査委員会で承認されれば,他の施設では無審査で承認または迅速審査に付される可能性がある.倫理審査委員会が設置されていない病院やクリニックで臨床研究を行う場合にはこのような外部付託の仕組みを活用して外部機関に審査を付託していく必要がありそうである.VI健康被害に対する対応介入研究を行う場合に問題になる点の1つが,臨床研究に関する倫理指針にある「医薬品・医療機器を用いた介入研究では,健康被害に対する補償のための保険その他の必要な措置を講じなければならない」という項である.補償は賠償とは異なり,「過失の有無とは関係なく,有害事象に対する救済措置を行う」という概念である.さらにここでの有害事象とは「医療介入がなされた際に起こる,あらゆる好ましくない,あるいは意図しない徴候(臨床検査値の異常を含む),症状,または病気のことであり,当該医療介入との因果関係の有無は問わない」と定義されている.素直に読むと,因果関係がなく過失のない健康被害についても臨床研究にエントリーされている限り,研究者に補償の義務があることになる.臨床研究の補償保険は,東京海上日動,日本興亜損害保険,損害保険ジャパンなど数社が取り扱っているが,このような補償の概念のもとでは介入を伴う臨床研究の実施が困難となる懸念がある.ただし,抗がん剤や免疫抑制剤など重篤な副作用が高頻度で発現することが予想される場合には補償保険の必要はなく,医療費,医療手当などの手段で補完してもよいとされている.補償保険10あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(10)参考になる書籍1)SackettD,RichardsonW,RosenbergW,HaynesRB:根拠に基づく医療,EBMの実践と教育の方法(久繁哲徳監訳),オーシーシージャパン,東京,19992)FletcherR,FletcherSW:臨床疫学,EBM実践のための必須知識.第2版(福井次矢監訳),メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,20063)HulleySB,CummingsSR,BrownerWSetal:医学的研究のデザイン,質を高める疫学的アプローチ.第2版(木原雅子,木原正博訳),メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,20044)福原俊一:リサーチクエスチョンの作り方,診療上の疑問を研究可能な形に.NPO法人健康医療評価研究機構,京都,20085)山口拓洋:サンプルサイズの設計.NPO法人健康医療評価研究機構,京都,2010おわりに疫学研究,臨床研究を始めるまでのステップ,要点について概説した.実際に研究を始めてみると予期しない問題が生じることもあり,完全な研究計画を事前に立てることはむずかしいと実感することも多い.最終的に研究の成果が得られるまでには,研究の実施,データ処理やクリーニング,解析などまだまだいくつものステップがある.これらを一つひとつクリアしていくことが臨床研究ということになる.本稿が疫学研究,臨床研究を始めるうえで多少でも参考になれば幸いである.

序説:眼科における疫学研究の重要性と課題:問題解決の理論的枠組みから

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY②Measuringmagnitude(問題規模の把握)次段階はMeasuringmagnitude,問題規模の把握である.糖尿病網膜症の発症頻度はどの程度で(罹患率),患者はどのくらい存在するのか(有病割合).その重症度の度合い,問題全体としての重大さ(magnitude)はどうか等,これらはすべてpopulation-basedな疫学研究を元にして明らかになる.そして,この有病割合や罹患率は診断や治療の進歩に影響され絶えず時代と共に変化しているので,定点で継続的な観察が必要となる5,6).基本データがなければ,対策も立てられない7).③Understandthekeydeterminants(重要な決定因子の理解)規模が大きく解決が必要となれば,つぎはUnderstandthekeydeterminants,重要な決定要因の理解である.糖尿病網膜症対策の重要な因子は,予防と治療である.予防には網膜症にならないようにする一次予防と,網膜症の悪化を防ぐ二次予防がある.一次予防は健康習慣の改善(生活環境改善,適切な食生活,運動)とHb(ヘモグロビン)A1c,血圧の改善である.これら改善が必要なリスクファクターの同定には正常の一般住民を含めたコホート研究が必要になる.二次予防は,早期発見と早期治療で眼底検査と血糖コントロール,進行した網膜症への対応は三次予防に含まれる治療ということになる.このような予防や治療における有効性のエビデンスは,実際のヒトを対象とした(臨床)疫学研究からしか得ることはできず,EBM(evidence-basedmedi本特集は「世界の眼科の疫学研究のすべて」という非常にambitiousなテーマを設定したが,ご一読いただくと明らかなとおり,題名に相応しい大変充実した内容となった.最新の疫学・臨床研究から得られた大量のエビデンスが満載されており,まさに疫学研究のすべてがわかるといってよいだろう.疫学の目的は5つある1).1.疾病の原因を特定し,リスクファクターを見つけ,生じる問題を減らす.2.疾病の頻度を明らかにし,事の重大さを示す.3.疾病の自然経過と予後を研究する.4.予防・診断・治療方法を評価する.5.疾病対策に必要な根拠を提供する.そして,最終的な目標はターゲットである問題を解決することにある.ある問題に対峙したときに,問題をどう整理し,考え,解決策を見つけるかという方法論にProblem-SolvingParadigmがある.問題解決への理論的枠組みともいえるものだが,ここでは,序説として,この枠組みを利用しながら疫学研究の重要性と課題について簡単に述べる.①Definetheproblem(問題定義)まずはDefinetheproblem,問題定義である.問題とは,現在あるべき姿と現状とのギャップと定義される〔ちなみに,理想(≒本来あるべき姿)と現状とのギャップが課題〕.例として,今回の特集でも多く取り上げられている2~4)「糖尿病網膜症」を問題と定義する.(1)1*YoshimuneHiratsuka:国立保健医療科学院経営科学部/順天堂大学医学部眼科学教室**HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕平塚義宗:〒351-0197和光市南2丁目3-6国立保健医療科学院経営科学部●序説あたらしい眼科28(1):1.3,2011眼科における疫学研究の重要性と課題:問題解決の理論的枠組みからFromtheProblem-SolvingParadigmPerspective:ImportanceandChallengesofEpidemiologicalStudiesinEyeCare平塚義宗*山下英俊**2あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(2)cine)の基礎となっている.④Developintervention.preventionstrategies(予防・介入戦略立案)Developintervention/preventionstrategies,そこにどう介入していくべきか,予防手段はないか,を考えるのがつぎの段階である.ここでは問題に寄与する因子を明らかにし,それに対する介入を考えなければならない.まず考えられるのは,患者教育,スクリーニングによる早期発見,進行例に対する適切な治療だが,ここで終わってはいけない.冷静に,生物学的因子,環境因子,行動因子の3つに分けて考えると整理しやすい.糖尿病発症のベースにある発症3~6年前からの正常範囲内での比較的高血糖,インスリン抵抗性,インスリン分泌能の問題8),また感受性遺伝子といった生物学的因子が最近明らかになってきている.血糖コントロール不良の原因には,治療継続に対するバリア(情報,金銭,アクセス,医師と患者の認識ギャップ)などの環境因子が無視できない.米国では,実際,糖尿病治療費が高額というのが治療中断の大きな原因となっているという報告もある9).不適切な食生活,運動不足以外にも,頭では理解していてもどうしても受診を中断してしまう,行動変容が起きないという問題は第三の行動因子の問題である.現実の臨床では,時間と手間が一番かかる網膜症の患者は行動因子に問題があることが多く,糖尿病対策におけるボトルネックになっている.このような部分に対する質的研究は,問題解決において実は非常に重要であるが,臨床医の興味を引きにくいため,看護師や視能訓練士が活躍できる分野かもしれない.⑤Setpolicy.priorities(優先順位付け)いよいよ,Setpolicy/priorities,対策の優先順位づけである.どの部分をターゲットと考えるのが最も適切で効率のよいアプローチであろうか.やはり,眼科医にできることが最優先事項であり,眼科医にしかできないことを高い質で世の中に提供していくことがわれわれの使命であろう.まず,定期的な眼底検査の重要性をエビデンスとともに世の中に訴えることが重要であり,マスメディアの利用から地域の集会や学校での講演など,各眼科医がそれぞれのポジションでpublicawarenessを高めることへの貢献が求められる.他科医師へのますますの連携働きかけも必要である.現状で日本の糖尿病眼底検査受診率はOECD(経済協力開発機構)諸国のなかで最下位である10).舟形町研究からは,網膜動脈径狭細が高血圧発症に先立つというデータも明らかになっており11),今や眼底から得られる情報は,細小血管合併症のみならず将来の大血管合併症抑制をも視野に入れた貢献が可能になりつつある2).早期発見された網膜症に関しては,定期的な観察と指導を行い,適正な治療の組み合わせを適切なタイミングで行い悪化を防ぐ,またハイリスク患者の治療が中断しないよう行動変容を促す必要がある.それでも重度の視覚障害に陥った場合には社会的サポートに関する情報提供も含めた包括的なロービジョン・ケア導入への道筋をつける.⑥Implementandevaluate(実行と評価)最後は実行と評価,Implementandevaluateである.ここが日常の臨床疫学研究12)の舞台である.網膜症治療の基本として完全に確立されている光凝固だが,凝固の強さの問題,期間の問題,PatternScanningLaserのような新たな方法など,光凝固ですらまだまだ評価が必要なことは多い.最新の医療技術をもってしてもいまだ解決がつかない糖尿病黄斑浮腫の治療についても試行錯誤が続いている.これらの多くは海外の多施設共同ランダム化比較試験での評価が行われ,徐々にエビデンスが示されつつある4).研究目的に合った症例を短期間に多く集めるにはDRCR.net(DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork)のような多施設共同研究を円滑に進める「仕組み」が重要である.国内での競争ではなく,世界を相手にした国内での協調という視点が求められ,このような仕組みの構築は将来的な日本の課題であろう.現在,日本眼科学会戦略企画会議第五委員会では,眼科医療における効果の比較を行うEyeCareComparativeEffectivenessResearchTeam(ECCERT)を立ち上げ,一つの試みとして白内障手術の費用対効果を評価する多施設共同研究を実施したところである.また,実証されているエビデンスが現実の臨床にしっかり根づいているかというEvidence-practicegapにも注意を向ける必要がある.(良い悪いは別として)提供者の論理から消費者の論理へとパラダイムシフトが起きてきている医療界では,アウトカムの判断は,一般に用いら(3)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20113れる客観的臨床指標以外にも患者の主観的アウトカム(PatientReportedOutcomes:PRO)からの評価が求められるようになってきている.現在,設立から50周年を迎える国民皆保険に支えられた日本の保健医療システムの総括を行う研究が進行中であり,その結果が今年のLancet誌日本特集号として出版される予定である13).その議論のなかで,日本は基本的な健康指標のデータに関しては整備されているが,実施されている医療の質や実施された後のアウトカムに関するデータが不足しているということが指摘されている.最後に忘れてならないのが効率性,費用対効果の視点であり,高騰し続ける社会保障費(>医療費)を前に否応なしに求められている考え方である.治療に必要なコストに対して得られる効果の比は如何ほどなのか.新しい治療を投入する場合,追加的に1人の失明を減らすのに必要な追加的なコストはどの程度であり,その治療を導入する妥当性はあるのか.このような評価は日本ではほとんど行われておらず,今後の課題である.人工透析による医療費の増大はすでに大きな問題であり,眼底情報から透析導入リスクが推測できれば,この部分にも眼科医療が貢献できるだろう.また,海外で生活する日系人研究を含めた,遺伝要因と環境要因の相互作用と疾病発生の関係などを対象にするGeneticEpidemiologyも今後の発展が期待される.特に,日本に多い正常眼圧緑内障14)やアジアに多い近視など,地域性に特色のある疾患病態の解明は日本の責務であろう.最後に,お忙しいなか,わかりやすくそれぞれのテーマについて概説していただいた担当の先生方にこの場を借りて深くお礼申し上げます.文献1)平塚義宗:疫学研究の重要性と必要な知識.あたらしい眼科28:11-17,20112)岸川秀樹:糖尿病についての疫学研究─Hospital-basedStudy:糖尿病細小血管合併症の発症進展における代謝コントロールの影響に関する国内外の研究.あたらしい眼科28:55-60,20113)北野滋彦:糖尿病についての疫学研究─Hospital-basedStudy:DRS,ETDRS,DRVS.あたらしい眼科28:65-71,20114)福嶋はるみ,加藤聡:糖尿病についての疫学研究─Hospital-basedStudy:DRCR.net.あたらしい眼科28:61-64,20115)安田美穂:久山町研究.あたらしい眼科28:25-29,20116)川崎良:世界の疫学研究:先進国編.あたらしい眼科28:41-47,20117)小野浩一,平塚義宗:世界の疫学研究:途上国編.あたらしい眼科28:49-54,20118)TabakAG,JokelaM,AkbaralyTNetal:Trajectoriesofglycaemia,insulinsensitivity,andinsulinsecretionbeforediagnosisoftype2diabetes:ananalysisfromtheWhitehallIIstudy.Lancet373:2215-2221,20099)HartnettME,KeyIJ,LoyacanoNMetal:Perceivedbarrierstodiabeticeyecare:qualitativestudyofpatientsandphysicians.ArchOphthalmol123:387-391,200510)HealthataGlance2007OECDINDICATORS.OrganizationforEconomicCo-operationandDevelopment,200711)田邉祐資,川崎良,山下英俊:舟形町研究.あたらしい眼科28:30-35,201112)山田昌和:臨床疫学研究の基本的事項.あたらしい眼科28:5-10,201113)http://www.jcie.or.jp/japan/csc/ghhs/lancet/14)澤口昭一:日本における緑内障疫学.あたらしい眼科28:36-40,2011

ロービジョン者におけるガボールパッチを用いたコントラスト感度測定

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)1753《原著》あたらしい眼科27(12):1753.1758,2010cはじめに社会の高齢化や食の欧米化による視覚障害が増加している.糖尿病網膜症や緑内障による視覚障害は働き盛りの40~50代で起こることも多く生活困難に直結することから,眼科診療におけるロービジョンケアのニーズが高まっている1).大規模病院やそれを専門とする一部の病院ではロービジョン専門外来が設けられ,ニーズに応える体制は少しずつ整ってきている2)が,その個別性の高さや対コスト面などの問題から,すべての眼科診療で環境が整ってきているわけではなく,まだ多くのロービジョン者が十分な情報も得られないまま不自由な生活を余儀なくされている.視覚障害更生訓練施設を紹介し生活訓練につなげていることもあるが,それらの専門施設は少数かつ通所の不便なところにあることが多い.重度のロービジョン者にとっては治療の継続・定期検査を兼ねながら,生活の場に近い医療の場でケアを受けられる状況になることが望ましい.〔別刷請求先〕小町祐子:〒324-8501栃木県大田原市北金丸2600-1国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科Reprintrequests:YukoKomachi,DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare,2600-1Kitakanemaru,Ohtawara-shi,Tochigi324-8501,JAPANロービジョン者におけるガボールパッチを用いたコントラスト感度測定小町祐子山田徹人新井田孝裕国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科ContrastSensitivityFunctioninLowVision,asMeasuredUsingGaborPatchesYukoKomachi,TetsutoYamadaandTakahiroNiidaDepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare既存のコントラスト感度(contrastsensitivityfunction:CSF)測定装置では高度な視機能低下を示すロービジョン者での測定は困難である.そこで低い空間周波数域を測定できるCSF測定装置を試作しロービジョン者のCSF測定を行った.対象は中心視野が保たれている網膜色素変性症患者,視力0.02~1.2の8名とした.CRTディスプレイ上に左右30°傾けたガボール刺激を呈示し,傾きの方向の応答によりCSFを測定した.全例0.12~2.4cycles/degree(以下cpd)の低い空間周波数域で測定可能であった.CSF曲線は平均0.24cpdで最大となり1.2cpd以上で急激な感度低下,3.6cpd以上では全例測定不能であった.CSFは視力値と相関がみられたが,視能率とはほとんど相関がみられなかった.視野5°未満の強い求心性視野狭窄が認められているにもかかわらず低い空間周波数域での応答が得られたことから,視野検査では測定できない保有視覚が残存している可能性も考えられた.CSF測定は日常に近い視機能を評価しており,より生活に即したロービジョンケアの有効な一助になると考えられた.Tostudythedailyvisualperformanceofindividualswithlowvision,wedevisedcontrastsensitivityfunction(CSF)measuringequipmentcapableofmeasuringlowspatialfrequencyregions.WeusedtheequipmenttomeasureCSFinlowvisionsubjectscomprising8retinitispigmentosapatientswhohadconcentriccontraction.GaborpatchstimuliwerepresentedonaCRTdisplaythatwasinclined30°totherightorleft.Perceptioninaregionof0.12-2.4cpdwaspossible.Formeasuredspatialfrequency,correlationwasseeninlogMARandcontrastsensitivity,butnotinSinouritsu(:ratioofremainingvisualfield)oreachspatialfrequency.Thepossibilitythat“Possessionvisualfield”thatwewerenotabletounderstandingbythevisualfieldtestremainedwasthoughtforthereasonswhyeventheobjectpersonwhohadastrongconcentriccontractionoflessthan5°wasabletomeasureitatalowspatialfrequency.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1753.1758,2010〕Keywords:ロービジョン,コントラスト感度,ガボールパッチ,求心性視野狭窄,日常に近い視機能.lowvision,contrastsensitivityfunction,Gaborpatch,concentriccontraction,assessmentofvisualfunctionindailylife.1754あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(122)コントラスト感度(contrastsensitivityfunction:CSF)の測定は,日常視を反映する検査として3~5)ロービジョン者に対しても有用であることは以前から知られている6,7).視力や視野の検査は統制された一定の条件下での評価でしかなく,日常の見え方とは直結しない.残された視覚機能を生活上生かすための情報を必要としているロービジョン者にとって視力と視野の検査だけではロービジョンの十分な評価とはいえない.一般診療でロービジョン者のCSF測定を行い日常視の概要をつかむことで,生活困難の軽減・解消に役立つ情報を提供すれば,時間をかけた専門的なケアが不可能でもニーズと現実のギャップを多少は解消することができるのではないだろうか.しかし,空間周波数刺激を用いた既存のCSF測定装置では,高度な視機能低下をきたしている症例での測定は困難なことが多い.そこで,ロービジョン者でも測定可能な空間周波数刺激の大きさを検討することから,ロービジョン者の日常視機能評価法として日常診療で短時間に行えるCSF測定法を考えることを目的として研究を行った.I対象および方法対象は,視覚障害者更生施設利用者のうち中心視野の残存している網膜色素変性症患者8名16眼とした.倫理規定に則り研究協力の同意を得られた方々17名に,基礎的視機能検査として(1)他覚的屈折検査,(2)自覚的屈折検査,(3)表1対象者基礎的視機能検査結果と視能率年齢(歳)・性別検査眼視力字ひとつS面(D)C面(D)乱視軸(°)眼内レンズ視能率(%)128・男性RELE1.21.0.0.5.0.25.0.75.2.25170157.415.18247・男性RELE0.080.08.2.25.545.36346・男性RELE0.60.7.3.5.3.0.5408.579.64445・男性RELE0.080.09.2.5.0.5.1.1.51701012.3213.21547・男性RELE0.060.15.3.1.3.14090○○5.719.11619・男性RELE0.20.02.5.5.8.317011.252.14731・男性RELE0.20.1500○○1.071.07844・男性RELE0.20.70.5.0.5403.575.36RE:右眼,LE:左眼.図1刺激表示パネルを表示したCRTディスプレイ図2測定刺激(ガボールパッチ)の一例本研究で使用したガボール刺激のうち,0.48cpdと0.92cpdの視標.0.48cpd0.92cpd(123)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101755東大式視野計による動的視野検査,(4)近見視力検査の実施と疾患名の聞き取り調査を行い,本研究の対象に該当する8名に近見視力測定とCSF測定を実施した.年齢は19~47歳(平均37.4歳),全員男性であった.(3)の視野測定に際し,中心視野については近見視力によって得られた値にて矯正を行った.検査後視能率を算出し,結果の検討に用いた.視能率の算出方法は身体障害者福祉法判定基準に則った.基礎的検査の結果と視能率を表1に示す.CSF測定プログラムは,ノート型パーソナルコンピュータ(PC)AppleiBookG4とプログラム開発ソフトLabVIEW(NATIONALINSTRUMENTS)にて作成した.測定刺激にはガボール(Gabor)パッチを用いた.PC画面上に刺激表示パネルとパネル上に正方形の刺激表示窓を作成し,表示窓左方に刺激空間周波数,コントラスト数値操作用アイコンと縞刺激の傾き方向および角度制御用のアイコンを設置した.視標呈示は,刺激表示窓のみを20型CRTディスプレイ(SONYPVM-20M2MDJ)上に表示して行った.2つの刺激数値制御アイコンは被験者の視界には入らないよう設定され,験者は手元のPC画面上でアイコンを操作し,刺激条件を変化させて測定を行った(図1).検査距離50cm,CRT画面上の刺激呈示窓の大きさは幅22.8×高さ23.0cmで視角約25°とした.刺激空間周波数は,最も低いものを0.12cycles/degree(以下,cpd)とし,等比段階的に空間周波数を上げながら測定不能のレベルまで行った.ガボールパッチは縞の本数は一定の状態で,みかけの視野は空間周波数に比例して小さくした.CSFの測定には,正弦波格子にガウス(Gauss)関数をかけたガボールパッチ(図2)を用いた.左右片眼ずつ,各空間周波数で左右に30°傾けたガボールパッチをコントラストの低いほうから順に呈示し,見えたところで傾きの方向を応答してもらい,方向に偏らず確実に正答できる値を閾値として採用した.刺激呈示パネルは1条件で回答が得られるごとに手動でパネル交換を行って呈示した.また,縞の残像を排除するため1回答ごとに背景輝度を一定にした無地のパネルを呈示した.刺激がガボールパッチであることから,空間周波数が高くなるとともにみかけの刺激視野が小さくなってしまうこと,対象者の視野が求心狭窄であり固視点があることで縞刺激が見えづらくなってしまうことを考え,固視点を定めずに行った.したがって,対象者に最初に刺激窓の四隅を確認させ,その中心部をぼんやり固視するよう指示することで刺激呈示中心への固視の誘導を行った.また,測定中は験者が常に固視状態の監視を行った.明るさ条件は,刺激呈示用CRTディスプレイの平均輝度125cd/m2で,室内照度は一般家庭の部屋テレビ鑑賞時の明るさを参考に平均220luxとした8).屈折矯正は,調節力の低下・不全に対しては,検査距離に合わせて加入を行った.上記の条件で対象者の測定が可能であることを確認した後,4名の健常者において同様の測定を行い,結果の検討の参考とした.空間周波数(cpd)コントラスト感度1101001,0000.1110図4健常者8眼のCSF感度曲線1101001,0000.1110空間周波数(cpd)コントラスト感度対象者1左眼対象者2左眼図3対象16眼のCSF感度曲線ロービジョン対象者8名16眼のコントラスト感度曲線.1756あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(124)II結果対象者の矯正視力は0.02~1.2(平均0.19),屈折は近視もしくは正視であった(表1).8名16眼中2名4眼は眼内レンズ挿入眼であった.対象者の視野は,周辺に島状視野が残存しているものを含め全例求心性狭窄で,視能率は最も広いもので13%強,最小のものは1%強のものもあった.視力と視能率の関係は,視能率が2%と最も不良であったものは視力も不良であったが,視能率が10%を超えるものでも視力が(0.1)以下のものや,視力が(1.0)以上でも視能率10%未満などばらつきがみられ,視力不良=視能率の低下といった関連は認められなかった.全眼のCSFの結果を図3に,健常者4名の結果を図4に示す.ロービジョン対象者では0.12~2.4cpdの低空間周波数帯域で応答が得られ,最も低いCSFを示したものでも0.48cpdまで測定が可能であった.CSFの空間周波数に対する特性(以下,CSFプロファイル)は各眼のなかでも測定空間周波数による感度の変動がみらればらつきが大きいが,おおむね0.24~1.2cpd付近で感度上昇し,それ以上では感度低下を示すbandpass型を示す傾向が認められた.1.2cpd以上ではいずれも急激な感度低下が認められ,2.4cpdより高い空間周波数は全例測定不能であった.同じ条件下で健常0.12cpd0.24cpd0.48cpd0.6cpd0.92cpd1.2cpd2.4cpd2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)p=0.016p=0.009p=0.010p=0.002p=0.006p=0.014p=0.007図5空間周波数ごとの視力とCSFの相関グラフコントラスト感度と最小分離閾角の対数をグラフにした.いずれの空間周波数でも相関が認められた.(125)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101757者4名8眼を測定したところ,5.2cpdまで測定可能であった.健常者のCSFプロファイルは低空間周波数帯域での感度が一定に高く,2.4cpdから緩やかな感度低下,4.8cpdで急激な感度低下を示すlowpass型となった.視能率5%強でほぼ同じであった視力良好例と不良例では,視力(1.0)の対象者1左眼の場合,低空間周波数帯域では正常被験者に比しやや低い感度で推移し,1.0cpd付近で感度上昇,2.4cpdで感度が下がるbandpass型を示した.それより高い空間周波数刺激では100%に近いコントラストでも視認できなかった.一方,視力(0.08)の対象者2の左眼では,1.0cpd付近でわずかに感度上昇しbandpass型を示してはいるが,全体に低い感度でほぼ平坦に推移した.低い空間周波数帯域で,視力の差によるCSFの差が認められた.視力をlogMAR値に換算し,測定した空間周波数ごとにCSFとの相関関係をグラフに示した(図5).いずれの空間周波数でも相関がみられ,特に,0.48~1.2cpdでは危険率0.01以下の比較的強い相関が認められた(p<0.002~0.009).一方,同じ視力値を示した対象眼のCSFを比較すると,それぞれ異なるCSFプロファイルを描く例が多く,同じようなプロファイルを示したものはほとんど認められなかった.同様に,各空間周波数と視能率との関係を調べると,視能率が1~13%の狭い範囲に限られているなかでCSFにはばらつきがみられ,ほとんど相関は認められなかった.空間周波数が高くなるほどCSFのばらつきが大きくなる傾向が認められたが,視能率が同程度の場合でもCSFが良好なものと不良なものがみられた.空間周波数2.4cpdでは,一部を除いて全体にCSFが低下した.視能率がきわめて低いものについては,空間周波数を変化させても低い感度でほぼ平坦に推移した.III考察ロービジョン者のコントラスト感度については近年,羞明に対する遮光眼鏡の効果判定として文字視標を用いたコントラスト視力の測定が行われている9).しかし,文字の判読は日常視の一側面に過ぎない.日常視環境にはさまざまな大きさ,形のものが存在し,輪郭も鮮明でなく低コントラストのなかで周囲を識別している.このような状況を反映するものとして縞刺激を用いた空間周波数特性の測定は,視覚の包括的な機能の評価として有用である.したがって,ロービジョン者にも空間周波数刺激を用いたCSF測定を行うことで,日常行動を想定した情報を提供できるものと考えられる.しかし,既存のCSF測定装置では高度な視機能低下をきたしている症例の測定は困難なことが多い.CSFは輝度や縞の本数,その他さまざまな要素から影響を受けている.刺激視野の大きさによる感度変化はその一つであり,ある大きさまでは刺激視野が広いほうがコントラスト感度がよくなり,より正確な周波数特性を測定できるとされている10~14).また,高い空間周波数は視力とよく相関する.したがって,刺激視野の大きさや視力の影響を受ける空間周波数を用いたCSFの測定が,視力・視野ともに大きく障害され生活全般に支障をきたしている重度のロービジョン者に対して測定困難あるいは不能になることは当然といえる.そこで,本研究では低空間周波数帯域に重点を置いて測定を行うことで,重度のロービジョン者でも測定可能な空間周波数帯域を確認した.その結果,視力(0.02)の対象者でも空間周波数1cpd以下であれば,測定が可能であった.重度の視力障害でも中心視野が保有されていれば,1cpd程度の低空間周波数帯域でCSFの測定が可能であることがわかった.ところで,本研究対象者の保有視野は,最も広くて18°であり,方向により中心0°に迫る狭窄を示すものもあった.一方,測定した最も低い空間周波数0.12cpd刺激の1cycleの視角は8.33°であり,黒・白どちらかの縞1本でも4.1°以上の視角をもつ刺激である.縞と縞の境界を判別することによって縞刺激を視認すると仮定しても4°以上の視野が残存していることが必要である.しかし,それを下回る保有視野の対象者でも0.12~0.48cpdの低空間周波数刺激帯域での測定が可能であった.このようなきわめて低い空間周波数帯域で縞刺激の視認が可能であった理由は不明であるが,保有視野を超える視角の低空間周波数刺激で応答が得られたことから,視野検査だけでは捉えきれない視覚能力が残存している可能性がある.Goldmann視野計のⅤの視標は直径9.03mmで視角約2°,Humphery視野計ではさらに小さいIIIの視標が使われていることから,本研究で応答の得られた空間周波数域よりも高い空間周波数域の刺激といえる.したがってロービジョン者が視認するには刺激が小さく,そのため刺激の検出がむずかしく,視野が小さく測定されている可能性もある.既存のいわゆる「視野検査」では検出しきれない視野が残存している可能性があり,CSF測定によってその存在を明らかにすることが可能なのではないかと考えられた.測定した各空間周波数での視力とCSFとの相関では,いずれの空間周波数でも相関が認められた(図4).一般にCSFにおいて視力とよく相関するのは10cpd以上の高空間周波数帯域であり,本研究でロービジョン者に測定可能であった0.12~2.4cpdの範囲は低空間周波数帯域である.視力との関係においても,低い空間周波数帯域で相関が認められた理由は不明である.一方,同じ視力値の例で異なったCSFプロファイルを示したことについては,たとえば視力(0.08)の3眼の場合,CSFプロファイルが高めに推移した1眼は,比較的中心部に保有する視野が広くかつ各方向にほぼ均等に残存していた.他の2眼は同一対象者の左右眼の結1758あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(126)果であり視能率は5%余りでほとんど差はみられなかったが,視野の形状が左眼視野の下方,内方で1~2°と非常に狭くなっていることが,右眼の保有視野の状態と異なる点であり,左眼CSFが右眼に比し全体的に低く推移している理由となっている可能性もあると考えられた.このように,残存している保有視野の広さと形状や,本研究では確認できていないが眼底の器質的変化もCSFに影響を与えている可能性を考慮する必要があると思われた.視能率と各空間周波数の関係は,研究対象者の視能率が平均約6%でばらつきも大きくないにもかかわらずCSFプロファイルが大きなばらつきを示していることから,ほとんど相関が認められなかった.視野中心部のCSFでは,広さのみならず視覚受容野の感度が影響していると考えられ,GoldmannやHumpheryといった量的に感度分布を計測できる視野の結果を用いて検討する必要があると考えられた.また,より多岐にわたる保有視野の形状との関連も検討を進める必要があり,広さと感度を合わせて今後の課題としたい.今回の刺激装置では空間周波数が上がるにつれ刺激の縞が細くなり,刺激呈示用CRTディスプレイの走査線の太さに近づくことになった.2.4cpd視標付近からはロービジョン対象者のみならず正常被験者からもたびたび走査線の存在が「気になる」といった発言がなされており,縞刺激視認の阻害要因となった可能性がある.走査線は水平に走っており,縞刺激は左右30°に必ず傾きをもって呈示されたため混同されることはなかったが,応答に際し心理的影響があったことは無視できない.正常被験者の結果が,一般に健常者で感度が高い中空間周波数帯域で感度低下し,5.2cpdまでしか応答が得られなかった結果をみても,低い空間周波数を測定するために高い空間周波数が犠牲になったと考えられる.ディスプレイ表示の広さの制約のために検査距離を50cmという短距離に設定した結果,かえって画面の走査線まで視認されてしまうこととなった.また,羞明を感じやすい網膜色素変性症である対象者のなかにはCRTディスプレイ画面にまぶしさを感じる者もあった.これらの要因は結果の不安定さや値の低下の原因要素となりうるものと考えられ,刺激の与え方,呈示機器,条件など,ロービジョン者を被験者とする測定に際し,今後さらに考慮を要すべき点であった.これらの点を改善することで,さらに良好な測定結果が得られる可能性も考えられる.測定条件の改善や対象者の条件をさらに広げて測定することにより,日常診療でロービジョン者に行えるCSF測定環境を考えていく必要がある.日常診療で短時間に行えるロービジョンケアの一環として,ロービジョン者に行えるCSF測定について検討を行った.視野検査では測定できない視機能が残存している可能性もあり,日常生活に即した形での情報を提供できる可能性が高いと考えられた.今後,測定条件や対象を広げ,より日常に即した視機能評価として活用できる情報基盤を構築したいと考えている.文献1)佐渡一成:眼科日常診療で行うべきロービジョンケア.日本の眼科74:333-336,20032)佐渡一成:眼科診療所におけるロービジョンケア─小規模診療所で考えていること,伝えたいこと─.あたらしい眼科22:948-952,20053)大頭仁,河原哲夫:視覚系の空間周波数特性とその臨床眼科への応用.東京医学83:63-70,19754)BartenPGJ:ContrastSensitivityoftheHumanEyeanditsEffectsonImageQuality.SPIE,USA,19995)OwsleyC,SloaneM:Contrastsensitivity,acuity,andtheperceptionof‘real-world’targets.BrJOphthalmol71:791-796,19876)簗島謙次:ロービジョンケアマニュアル.p18-20,南江堂,20007)川嶋英嗣:Ⅲ.視機能と行動の評価2)コントラスト感度.眼科プラクティス14,ロービジョンケアガイド,p90-93,文光堂,20078)岩崎弘治,藤根俊之:液晶テレビの輝度制御技術.シャープ技報98:26-28,20089)石井雅子,張替涼子,阿部春樹:新潟大学におけるロービジョン者に対する遮光眼鏡処方の状況.日本ロービジョン学会誌8:159-165,200810)FrederickenRE,BexPJ,VerstratenFAJ:HowbigisaGaborPatch,andwhyshouldwecare?JOptSocAmA14:1-12,199711)PeliE,ArendLE,YoungGMetal:Contrastsensitivitytopatchstimuli:Effectsofspatialbandwidthandtemporalpresentation.SpatialVision7:1-14,199312)RobsonJG,GrahamN:Probabilitysummationandregionalvariationincontrastsensitivityacrossthevisualfield.VisionRes21:409-418,198113)塩入諭:コントラスト感度関数.視覚情報処理ハンドブック,p193-210,日本視覚学会,200014)蘆田宏:ガボール視覚刺激と空間定位.VISION18:23-27,2006***

Sjögren 症候群に抗アクアポリン4 抗体陽性視交叉部視神経炎を合併した1 症例

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(115)1747《原著》あたらしい眼科27(12):1747.1751,2010cはじめに抗アクアポリン4(以下,AQP4)抗体は,視神経脊髄型多発性硬化症やこれと同一疾患ではないかと考えられている視神経脊髄炎(以下,NMO,別名Devic病)に最近頻繁に見出されている抗体である1.6).Sjogren症候群(以下,SjS)に視神経炎が合併する例があることは従来から指摘されており,その場合視神経炎に対するステロイド薬治療の効果は特発性視神経炎に対するほどは〔別刷請求先〕新井歌奈江:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:KanaeArai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPANSjogren症候群に抗アクアポリン4抗体陽性視交叉部視神経炎を合併した1症例新井歌奈江*1大平明彦*1,2篠崎和美*1樋口かおり*1勝又康弘*3市田久恵*3高橋利幸*4*1東京女子医科大学眼科学教室*2若葉眼科病院*3東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター*4東北大学大学院医学系研究科神経内科学Anti-Aquaporin-4AntibodySeropositiveOpticNeuritisAssociatedwithSjogren’sSyndromeKanaeArai1),AkihikoOohira1,2),KazumiShinozaki1),KaoriHiguchi1),YasuhiroKatsumata3),HisaeIchida3)andToshiyukiTakahashi4)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)WakabaEyeHospital,3)InstituteofRheumatology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,4)DepartmentofNeurology,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicineSjogren症候群に抗アクアポリン4(AQP4)抗体陽性の球後視神経炎を合併した症例に対して,シクロホスファミドのパルス治療で比較的良好な効果を得たので報告する.症例は62歳の女性である.視神経炎発症前からSjogren症候群にて治療を受けていた.治療前矯正視力は右眼20cm指数弁,左眼(0.15),中心フリッカー値は右眼12Hz,左眼23Hzであった.磁気共鳴画像(MRI)にて視交叉部視神経に造影効果を伴う腫大を認めた.視神経炎と診断し,ステロイドパルス治療を行ったが反応を認めなかった.シクロホスファミドのパルス治療を施行したところ,右眼の視力は(0.01),中心フリッカー値は20Hz弱,左眼の視力は(0.4),中心フリッカー値は30Hzとなった.経過中に抗AQP4抗体陽性であることが判明した.抗AQP4抗体陽性の視神経炎は特発性視神経炎に比べ予後が良好でない例が多いので,視神経炎患者には抗AQP4抗体検査をできるだけ実施すべきであろう.Wereportacaseofanti-aquaporin-4antibodyseropositiveopticneuritisassociatedwithSjogren’ssyndromethatrespondedwelltocyclophosphamidepulsetherapy.Thepatient,a62-year-oldfemale,complainedofdecreasedvision.Visualacuitywasfingercountintherighteyeand0.15inthelefteye.Centralcriticalfusionfrequency(CFF)was12Hzintherightand23Hzintheleft.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedaswollenopticnerveatthechiasmwhenenhancedwithgadolinium.Opticneuritiswasdiagnosedandthepatientreceivedsteroidpulsetreatment,butnoimprovementcouldbeseen.Additionalcyclophosphamidepulsetherapyimprovedvisiontoavisualacuityof0.01,CFF20Hzintherighteyeand0.4,30Hzintheleft.Sincethevisualprognosisforanti-aquaporin-4antibodyseropositiveopticneuritisisnotasgoodasthatforidiopathicopticneuritis,patientstreatedforopticneuritisshouldbetestedfortheanti-aquaporin-4antibody.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1747.1751,2010〕Keywords:Sjogren症候群,抗アクアポリン4抗体,視交叉,視神経炎.Sjogrensyndrome,anti-aquaporin-4antibody,opticchiasm,opticneuritis.1748あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(116)高くないことが報告されている7).また,抗AQP4抗体陽性の視神経炎患者において抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体が見出されることがある1).SjSに抗AQP4抗体陽性の球後視神経炎が合併した症例に対して,ステロイドのパルス治療では反応がなかったが,自己免疫疾患の治療によく用いられるシクロホスファミドのパルス治療を行ってみたところ比較的良好な効果を得たので報告する.I症例患者:62歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:1週間前からの左眼視力低下を自覚し,2008年9月1日東京女子医科大学病院(以下,当院)眼科受診.全身既往歴:SjS,両腎結石.家族歴:特記すべきことなし.眼科的既往歴:1987年他院にて抗核抗体320倍,抗SS-A/Ro抗体128倍,ガム試験1ml以下,Schirmer試験両眼2mmとの結果でSjSと診断された.1994年右眼角膜ヘルペスを発症し,以後くり返していた.1996年右眼眼脂が増加し,当院受診した.虹彩炎が強く,虹彩後癒着となった.1997年豚脂様角膜裏面沈着物を伴う虹彩炎,眼底周辺部に出血,滲出斑を認めた.両眼肉芽腫性ぶどう膜炎としてサルコイドーシスも疑われ,全身精査を行ったが,胸部コンピュータ断層撮影(CT),核医学検査,ガリウムシンチグラフィーでは異常がなく否定された.その後も定期的に通院していた.現病歴:2008年8月6日の定期検査で,右眼視力は20cm眼前指数弁,左眼視力(1.0)であり眼科的所見としては従前と変わりはなかった.2008年8月末に左眼視力が低下し,2008年9月1日に受診した.前駆症状としての感冒や頭痛はなかった.9月1日受診時所見:矯正視力は右眼20cm眼前指数弁,左眼(0.15)であった.眼圧は正常であり,中心フリッカー値は右眼12Hz,左眼23Hzと両眼とも低下していた.右眼は虹彩後癒着により散瞳せず,過熟白内障を認めたため眼底は透見できなかった.左眼は軽度の白内障がある以外は前眼部・中間透光体に異常なく,眼底検査でも視神経乳頭に発赤,腫脹は認めなかった.左眼のフルオレセイン蛍光眼底検査では初期から後期に至るまで神経乳頭より蛍光漏出は認めず,網膜血管にも特記すべき所見はなかった.Goldmann視野計での検査では,右眼には耳側の感度低下を認め,左眼ではMariotte盲点の拡大と中心耳側の感度低下を認め,両耳側半盲様の視野異常と考えられた(図1).ガドリウム造影後の磁気共鳴画像(MRI)では,眼窩内の視神経には異常を認めなかったが,視交叉レベルの前額断左眼右眼図1初診時視野(Goldmann視野計)右眼は耳側全体に視野の沈下を認め,左眼は中心視野の耳側から下方にかけての視野の沈下と盲点の拡大を認めた.図2aMRIガドリニウム造影後T1強調画像冠状断(視交叉レベル)視交叉部(矢印)が肥大し,左半分を中心に造影効果が認められる.図2bMRIガドリニウム造影後T1強調画像冠状断(眼窩レベル)眼窩内の視神経(矢印)には左右差なく,腫大などは認めなかった.(117)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101749(図2)では視交叉自体が軽度腫大しており,左側に偏った造影効果を認めた.大脳半球や副鼻腔には異常は認められなかった.脊髄は椎間板ヘルニアを認めたが,それ以外の脊髄の信号強度は保たれていた.血液,尿検査では抗SS-A/Ro抗体500U/ml以上,抗SS-B/La抗体61.3U/ml,抗核抗体1,280倍であった.これらの検査結果よりSjSが関与した球後視神経炎と診断した.ステロイド薬をはじめとする免疫抑制薬の全身投与にあたり全身管理が必要なため,当大学の膠原病リウマチ痛風センターに紹介し,精査加療目的で2008年9月8日に入院となった.入院後の経過:入院直後の矯正視力は右眼20cm指数弁,左眼(0.05),中心フリッカー値は右眼9Hz,左眼11Hzであった.視神経炎以外には明らかな神経症状がなく,SjSの腺外症状も認めなかった.視神経炎に対してステロイドパルス(1,000mg/日)を3日間と後療法としてのプレドニゾロン内服(60mg/日)を実施した.しかし,ステロイド薬単独では早期効果を得られなかった.そのため,入院1週間後よりSjSが基礎疾患にあることを考慮し,膠原病に伴う難治性視神経症に効果があったと報告されているシクロホスファミドパルス(600mg/日,体表面積当たり400mg/m2を3日間)を行ったところ,左眼中心フリッカー値は19Hzと改善したため,さらに10月7日からの3日間,11月6日から3日間の計3回のシクロホスファミドパルス(600mg/日)を施行した.並行して東北大学神経内科に抗AQP4抗体の測定を依頼し,2回目と3回目のシクロホスファミドパルス療法の間に陽性との結果を得た.自己抗体の関与という点でB細胞を特に抑制するとされるシクロホスファミドは適した治療と考えられ,実際臨床的に有効であったため,その後も続行した.2回目シクロホスファミドパルスを施行後には右眼視力(0.01),左眼視力(0.3),中心フリッカー値右眼14Hz,左眼20Hzであった.1回目のシクロホスファミドパルス後よりプレドニゾロン内服を60mg/日から徐々に漸減した.その後両眼点状表層角膜炎の悪化改善により視力の変動はあったが,2009年5月には左眼視力は(0.4),中心フリッカー値は治療7カ月後の2009年4月には30Hzであった.また,右眼視力は(0.01)と横ばいのままであったが,中心フリッカー値は徐々に改善し,3回目施行後にはやや変動はあるものの17から20Hzまで改善した.治療8カ月後の視野検査でも,両眼に改善がみられた(図3).なお,経過を通じて視神経炎以外には明らかな神経症状はなく,脳や脊髄のMRIにも異常は認められなかった.II考按本例は疾患特異的自己抗体の存在,ガム試験,Schirmer試験と蛍光色素検査の結果から1999年の厚生省研究班の改訂診断基準を満たしておりSjSと診断された.本症例の視力低下は眼底に特記すべき所見もなく,頭部MRIにて視交叉部視神経に造影効果を伴う軽度腫大を認め,他の原因を示唆する所見がなかったことにより,視交叉部視神経炎と診断された.SjSに視神経炎を合併した症例の報告はすでに多数なされている7~10).しかし,郷らが過去の邦人6症例についてまとめているが,特発性視神経炎に比べるとステロイドパルス療法に対する反応は良くない7).SjSに伴う中枢神経障害に対してはステロイドパルス療法のほかにシクロホスファミドをはじめとする免疫療法や抗凝固療法,血漿交換療法などが試みられている.Williamsらの18例のミエロパチーに対する治験の検討ではステロイド単独療法は8例中5例で無効であり,シクロホスファミドまたはクロラムブシルの併用を推奨している11).Sophieらも82例の検討からミエロパチーや末梢神経障害に対するシクロホスファミドの有効性を強調している12).従来,SjS以外にも,自己免疫疾患患者や自己抗体陽性患者に視神経症が合併することが報告されてきた13~16).全身性エリテマトーデスに伴う視神経症に関しては報告も多く,SjSに伴う場合と同じく,ステロイド薬への反応がしばしば良くないことやシクロホスファミドに反応することが報告されている14~16).自己免疫疾患に伴う視神経症は,自己抗体と関連する血管炎や血流障害が視神経症に関与していると考えられ,臨床経過も多発性硬化症との関連の大きい特発性視神経炎とは異なり,視力低下が強く回復も不良の傾向がある.これら過去の自己免疫疾患に伴う視神経症の例も今回のように抗AQP4抗体陽性の症例が含まれていた可能性が推測される13).アクアポリンは細胞膜水チャンネル蛋白であり,中枢神経ではそのうちのAQP4がアストロサイトの足突起に認められている4,6).これに対する自己抗体が産生さ左眼右眼図3治療8カ月後の視野(Goldmann視野計)右眼は初診時に比べると,特に耳側視野が回復してきたが,盲点と中心視野を含む中心暗点が残存している.左眼も中心視野が回復してきたが,耳側に傍中心暗点が残存している.1750あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(118)れると中枢神経系アストロサイトが攻撃されることになる.この抗AQP4抗体はいわゆる視神経脊髄型多発性硬化症やこれと同一疾患ではないかといわれている視神経脊髄炎(NMO)に最近頻繁に見出されている抗体であり,この疾患の単なるマーカーではなく主たる病因の一つではないかと推定されている4,5).近畿大学の中尾らは28例の抗AQP4抗体陽性例と46例の陰性例の視神経炎患者を比較し,陽性患者には以下の特徴があると述べている.年齢的には比較的高齢者が多く,性別では圧倒的に女性が多い.視野は中心暗点,両耳側半盲,水平半盲が出やすく,抗核抗体,抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体などの自己抗体が陽性であることが多いことも特徴となっている1).本症例も中尾らの述べた特徴をもっていた.すなわち60歳と比較的高齢の女性で両耳側半盲様の視野異常を認めた.自己抗体もSjSに関連した自己抗体を認めた.抗AQP4抗体陽性視神経炎に対して最も効果のある治療法は何かという点に関しては,ステロイドパルス,シクロホスファミドパルスや血漿交換法などの治療法を直接比較した研究はなく,まだ定まっていない.中尾らは抗AQP4抗体陽性の視神経炎にはステロイドパルス療法が効きにくい例がかなりあると報告をしている.そして,治療としてはまずステロイドパルス治療を行い,抗AQP4抗体が陽性の場合でかつステロイドパルス無効例には血漿交換を行い,維持療法として少量のステロイド薬か免疫抑制薬を勧めている1).NMOの治療において推奨される単純血漿交換ではグロブリンやアルブミンをはじめとする血漿中の有用成分も除去され,ほぼ全血漿を他人の血漿に入れ替える.そのため,肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV),ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV)など血漿感染の危険性が増大し,ショック,アレルギーによる全身発疹,循環器系障害など重篤な症状の発生の危険があり,施行前の全身検索が重要である2,17).抗AQP4抗体陽性視神経炎での発症年齢は中年から高年が多く,全身状態などから単純血漿交換の施行困難な例も存在する可能性がある.本症例は62歳と高齢であり,ステロイドパルス療法では視力回復が思わしくなく,その時点では抗AQP4抗体陽性の結果が未確認であったこと,膠原病に伴う難治性視神経症にシクロホスファミドは一定効果があったと報告されていることもあり,本症例ではシクロホスファミドパルス療法を施行し,比較的良好な結果を得た7,11,13~15).ステロイド薬は末梢の白血球細胞の数,分布や機能に対して強く働き,組織マクロファージや他の抗原提示細胞の機能を抑制する.液性免疫よりも細胞免疫のほうをより抑制するが,一次的な抗体応答が消失し,持続的使用により,過去に確立した抗体応答も低下していき,結果的には液性免疫も抑制する.一方,シクロホスファミドはDNAアルキル化作用および代謝拮抗作用により,細胞毒作用をもち,T細胞よりB細胞に強く作用する傾向がある.B細胞をおもに抑制することにより,T細胞とB細胞は相互作用をするため,結果的にT細胞の機能も抑制し,免疫抑制効果が高い.また,血液脳関門を通過し,中枢神経系の局所で抗炎症作用を発揮する効果もあるといわれている.シクロホスファミドの副作用として白血球減少,感染症,消化管潰瘍,膀胱炎,不妊,奇形,白血病を誘発する危険性などがあり,総投与量に比例して,副作用の頻度が高まるとされている.パルス療法は,総投与量を減らし,結果として副作用を減らすことができるので本症例でも採用した18,19).日本人の体格の小ささ,副作用に対する耐性の低さなどを考慮し,当院ではシクロホスファミドパルスの1日投与量は400.600mg/m2で,4週間間隔で投与している.そして副作用の一つである出血性膀胱炎を防ぐため,全例大量輸液とメスナの併用をし,当日と翌朝は頻回に検尿を施行している.感染症対策として,ステロイド大量投与の場合と同様に,入院中は2週間ごとにIgGなどで免疫状態のモニタリングをし,b-d-グルカンやサイトメガロウイルスアンチゲネミアなどで感染症のモニタリングや,ニューモシスチス肺炎予防にバクタ内服を行っている.筆者らの症例は,SjSに合併する難治性の視神経症と当初から予想されたので,ステロイドパルス療法が無効であったときシクロホスファミドパルス療法を選択し比較的良好な結果を得た.その途中で抗AQP4抗体が陽性だと判明したのだが,抗AQP4抗体陽性視神経炎にシクロホスファミドパルス療法が有効である可能性を示唆する症例でもあると考え報告した.予後良好な特発性視神経炎に対しては,ステロイド大量療法か無治療での経過観察かを選ぶことが一般的である.ステロイド大量療法か経過観察の二択を機械的に当てはめると,特発性視神経炎に混じっている抗AQP4抗体陽性視神経炎患者を無治療で経過観察する例が出て,その場合予後不良となる可能性が高くなるので注意すべきであろう.視神経炎患者が受診した場合,種々の視機能検査,MRI検査を行うが,抗AQP4抗体の検査はまだ一般的ではない.抗AQP4抗体の有無は単に診断に役に立つだけでなく,治療方針も大きく異なるため,今後は必須の検査になってくると考えられる.文献1)中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科25:327-342,20082)吉岡雅之,仲田由紀,谷口洋ほか:二重膜濾過血漿交換が有効であった抗アクアポリン4抗体陽性neuromyelitisopticaの62歳女性例.神経内科69:82-88,20083)久保玲子,若倉雅登:自己免疫性視神経症.あたらしい眼科26:1343-1349,20094)田中恵子:臨床と疫学.あたらしい眼科26:1301-1306,(119)あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010175120095)松下拓也,吉良潤一:多発性硬化症・視神経脊髄炎の免疫学的背景.あたらしい眼科26:1315-1322,20096)三須建郎,藤原一男,糸山泰人:視神経脊髄炎の病理学的特徴.あたらしい眼科26:1307-1314,20097)郷佐江,山野井貴彦,古田歩ほか:両側難治性視神経症の背景にSjogren症候群が存在した1例.神経眼科21:47-53,20048)HaradaT,OhasiT,MiyagishiRetal:OpticneuropathyandacutetransversemyelopathyinprimarySjogren’ssyndrome.JpnJOphthalmol39:162-165,19959)船本由香,小暮美津子,八代成子ほか:ブドウ膜炎および視神経炎で発症した原発性Sjogren症候群の1例.眼臨92:1153-1157,199810)桶谷美香子,出口治子,大久保忠信ほか:球後視神経炎を合併し,皮膚血管炎を呈したSjogren症候群の1症例.リウマチ39:847-852,199911)WilliamsCS,ButlerE,RomanGCetal:TreatmentofmyelopathyinSjogrensyndromewithacombinationofprednisoneandcyclophosphamide.ArchNeurol58:815-819,200112)SophieD,JeromeS,Anne-LaureFetal:NeurologicmanifestationsinprimarySjogrensyndrome,astudyof82patients.Medicine83:280-291,200413)MokCC,ToCH,MakAetal:Immunoablativecyclophosphamideforrefractorylupus-relatedneuromyelitisoptica.JRheumatol35:172-174,200814)RosenbaumJT,SimpsonJ,NeuweltCM:Successfultreatmentofopticneuropathyinassociationwithsystemiclupuserythematosususingintravenouscyclophosphamide.BrJOphthalmol81:130-132,199715)Galindo-RodriguezG,Avina-ZubietaA,PizarroSetal:Cyclophosphamidepulsetherapyinopticneuritisduetosystemiclupuserythematosus,anopentrial.AmJMed106:65-69,199916)SiatkowskiRM,ScottIU,VermAMetal:Opticneuropathyandchiasmopathyinthediagnosisofsystemiclupuserythematosus.JNeuro-Ophthalmol21:193-198,200117)WatanabeS,NakashimaI,MisuTetal:TherapeuticefficacyofplasmaexchangeinNMO-IgG-positivepatientswithneuromyelitisoptica.MultipleSclerosis13:128-132,200718)AduD,PallA,LuqmaniRAetal:Controlledtrialofpulseversuscontinuousprednisoloneandcyclophosphamideinthetreatmentofsystemicvasculitis.QJMed90:401-409,199719)Gayr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眼科手術後眼内炎に対するピペラシリンの予防効果と安全性の検討

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(111)1743《原著》あたらしい眼科27(12):1743.1746,2010cはじめに日本における眼科領域の術後細菌性眼内炎例からは,おもな起炎菌としてコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),黄色ブドウ球菌,腸球菌,アクネ菌などが検出されている1~3).洗浄や消毒,ドレーピングといった手術環境整備および手術手技の向上などから,眼科領域における細菌性眼内炎などの術後感染症は近年ではまれとなったものの,いったん発症すると眼組織に不可逆的な損傷を与え,失明につながる危険性をはらむ.特に,わが国では欧米に比べて起炎菌としての腸球菌の検出率が高い(15%程度).腸球菌感染の場合は,術翌日から3日以内と早期に急性眼内炎を発症2)(表1)し,かつ予後不良であるといわれている.その背景から,現在予防投与薬として用いられることの多いセフェム系抗菌薬が腸球菌に抗菌力を有さない点に注意が必要である.そこで,今回〔別刷請求先〕日吉敦寿:〒518-0842三重県伊賀市上野桑町1734岡波総合病院眼科Reprintrequests:NobutoshiHiyoshi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OkanamiGeneralHospital,1734Uenokuwamachi,Iga,Mie518-0842,JAPAN眼科手術後眼内炎に対するピペラシリンの予防効果と安全性の検討日吉敦寿右京久樹大澤俊介井島広規岡波総合病院眼科EfficacyandSafetyofPiperacillininPreventingEndophthalmitisafterOphthalmicSurgeryNobutoshiHiyoshi,HisakiUkyo,ShunsukeOsawaandHirokiIshimaDepartmentofOphthalmology,OkanamiGeneralHospital洗浄や消毒,ドレーピングといった手術環境整備および手術手技の向上などから,眼科領域における細菌性眼内炎などの術後感染症は近年ではまれとなったものの,いったん発症すると眼組織に不可逆的な損傷を与え,高度な視機能障害をきたすことも少なくない.このような背景から,眼科領域の術後感染に対する全身的な抗菌薬の予防投与の必要性については今なお賛否両論あるのが実状である.今回筆者らは高齢者への使いやすさ,術後眼内炎起炎菌に対する抗菌スペクトル,菌の耐性化の問題などを考慮し,ペニシリン系抗菌薬ピペラシリン(PIPC)について,術後感染予防薬としての有効性と安全性を検討することにした.対象は,当院にて2008年9月から2009年7月までに白内障手術や硝子体手術を中心とした手術施行症例625例1,070眼である.術後感染予防薬としてのPIPCは,原則3日以内,2gを1日2回点滴静注した.その結果,1,070眼の眼科手術において術後感染症の発症を認めず,安全性に関しても軽微な副作用が6例(0.6%)に認められたにとどまったことから,PIPCの予防的投与は患者に不利益をもたらすことなく術後感染を回避し得ると考えられた.Weexaminedtheefficacyandsafetyofapenicillinantimicrobialdrug,piperacillin(PIPC),inpreventingpostoperativeinfectionintheophthalmologicalfield,givenitsutilityintheelderly,itsantimicrobialspectrumforthepathogenicbacteriaofpostoperativeendophthalmitis,theoccurrenceofbacterialresistance,etc.Thesubjectscomprised625patients(1,070eyes)whowereundergoingcataractsurgeryorvitrectomyatourhospitalfromSeptember2008toJuly2009.PIPC,asadrugforpreventingpostoperativeinfection,wasintravenouslyadministeredtwicedailyatadoseof2gbydripinfusionforupto3days,inprinciple.Nopostoperativeinfectionwasobservedinanyofthe1,070eyes;therewereonly6slightlyadversereactions(0.6%),soitisconsideredthattheprophylacticadministrationofPIPCcanpreventendophthalmitisafterophthalmicsurgery,withoutcausingproblems.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1743.1746,2010〕Keywords:細菌性眼内炎,ペニリシン系抗菌薬,ピペラシリン,術後感染予防,耐性菌抑制,腸球菌感染.bacterialendophthalmitis,penicillinantimicrobialdrug,piperacillin,preventionofpostoperativeinfection,inhibitionofresistantbacteria,Enterococcusinfection.1744あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(112)筆者らは腸球菌にも適応のあるペニシリン系抗菌薬ピペラシリン(PIPC)について,術後感染予防薬としての有効性と安全性を検討することにした.I対象および方法当院にて2008年9月から2009年7月までに行われた白内障手術,硝子体手術を中心とした症例625例1,070眼を対象とした(表2).術後感染予防薬としてのPIPCは,手術開始30~60分前から投与を開始し,原則3日以内,2gを1日2回点滴静注した.また,同時に予防投与としてレボフロキサシンもしくはモキシフロキサシンを術前3日前から点眼した.II結果全625例,1,070眼の手術時の平均年齢はそれぞれ72.2±11.0歳,72.6±10.6歳と高く,男女比は,症例数では男性/女性:41.8%(261例)/58.2%(364例),手術眼数では男性/女性:42.2%(452眼)/57.8%(618眼)で女性が多い傾向があった.手術時間は16.1±17.9分,PIPCの平均1日投与量は3.8±0.7g,同平均投与日数は2.8±0.6日,同平均総投与量は10.5±2.8gであった(表3).術後細菌性眼内炎などの感染症の発現は認めず,副作用は表1白内障術後眼内炎の発症時期と検出菌の関連(150眼,1983~2004年)(原二郎)検出菌発症時期計%術後0~29日術後1カ月以上コアグラーゼ陰性ブドウ球菌3343725腸球菌2302315黄色ブドウ球菌1901913アクネ菌0151510グラム陽性球菌8196レンサ球菌属6175緑膿菌5053その他20103020真菌3253(文献2より)表2手術内訳手術名手術数白内障手術緑内障手術網膜.離手術硝子体手術その他830眼3眼15眼129眼93眼合計1,070眼表3患者背景症例数眼数症例数手術眼数総数625(例)100(%)1,070(眼)100(%)性別男性26141.845242.2女性36458.261857.8年齢平均年齢72.2±11.0歳72.6±10.6歳30歳未満6(例)1.0(%)7(眼)0.7(%)30~40未満40.660.640~50未満132.1222.150~60未満447.0716.660~70未満12419.820519.270~80未満28145.089.348445.290.180歳以上15324.527525.7手術時間平均手術時間16.1±17.9分PIPC投与量1日平均投与量3.8±0.7g1日投与量4g945(眼)2g51g101日投与回数1日平均投与回数2.8±0.6回総投与量平均総投与量10.5±2.8g,O.O.,O.O.(113)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017456例(0.6%)に認められたが,重篤なものはなかった(表4).III考察眼科領域における術後感染症の発現は今日ではきわめてまれであり,予防的抗菌薬投与の必要性に関しては議論の多いところである.しかしながら,白内障手術あるいは硝子体手術などでいったん術後感染が発症した場合は,眼組織が不可逆的な損傷を被ることにより高度な視機能障害をきたすことが多く,その危険性を考慮すれば局所および全身的な抗菌薬の予防投与は妥当な処置といえる.その際,白内障などが手術対象の大半を占める眼科領域においては,患者年齢の高さを考慮した薬剤の選択が必要となる.また,術後眼内炎に関する全国症例調査3)によると,起炎菌がメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)を含むCNSの場合には比較的良好な視力予後が得られていたが,腸球菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の場合には視力予後が悪い傾向を認めており,感染症予防に使用する抗菌薬はこれらの起炎菌に対する十分な抗菌力を有するものを選択する必要がある.このような条件を勘案した場合,PIPCは①腎臓および肝臓双方から排泄されることから腎機能低下時にも半減期の延長は短いとされている4,5)ため,眼科領域で手術適応となることの多い高齢者にも安心して使える,②腸球菌および緑膿菌といった失明を招く恐れのある起炎菌に対しても感受性を有している,③MRSAなどの耐性菌をセレクションしにくく6),b-ラクタマーゼ誘導能も低いことから菌の耐性化を招きにくい薬剤であり,眼科領域の術後感染のための予防薬として好適なプロファイルを有していると考えられた.さらに,眼科手術感染防止対策と抗菌薬使用に関する全国アンケート調査の結果7)をみると,術後感染予防目的に投与された全身的抗菌薬のうち,セフェム系薬(第一,第二,第三世代)が80%を超え,ペニシリン系薬は4%を占めるにとどまっていた.術後眼内炎の原因菌はCNSが多くを占めているが,欧米に比べわが国における腸球菌感染は無視できない頻度であること,発症時期により起炎菌が変遷しグラム陰性菌(緑膿菌など)による感染症も認められていることから,広域スペクトルを有するニューキノロン系点眼薬の局所投与に加え,それらに感受性を有するPIPCの予防的全身投与の併用も眼科術後感染症予防治療の選択肢の一つになると思われた.今回の検討ではコントロールとなる対象がなかったが,PIPCを予防的全身投与した1,070眼における術後感染症の発現が認められなかったことは,眼科領域の術後感染予防薬として同剤が有効である可能性を示唆するものである.安全性に関しても軽微な副作用が6例(0.6%)に認められたにとどまったことから,PIPCの予防的全身投与は患者に不利益をもたらすことなく術後感染による失明の危険性を回避しうる投与法であると考えられた.なお,今回の検討では,感染予防に有効な手術中の血中濃度を考慮し,執刀予定時間の30~60分前からPIPCの投与を開始し,原則として3日以内,2gを1日2回点滴静注とした.予防的抗菌薬投与については,その投与期間の短縮化,あるいはそれ自体の是非についても議論が多いところであり,今後の検討課題であると考える.今後さらなる症例数を集積し検討していきたい.IV結語1,070眼の白内障手術,硝子体手術を中心とした手術症例に対し,術後感染予防の目的でPIPCを原則3日以内,2gを1日2回点滴静注し,その有効性と安全性を検討した.その結果,術後感染の発症は認めず,副作用は程度,頻度ともに軽微であったことから,PIPCは眼科領域における術後感染予防薬として使いやすく,有効である可能性をもった抗菌薬であると結論づける.文献1)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状表4副作用症例一覧性別年齢(歳)診断名(手術対象の原疾患)手術手技手術時間(min)1回投与量1日投与量投与日数総投与量副作用男性82L)白内障L)PEA+IOL142g2g2日2g掻痒感男性74L)RRDL)Vitrectomy972g4g3日12g膨疹女性75L)白内障L)PEA+IOL7.51g1g1日1g膨疹男性76L)白内障L)PEA+IOL92g2g1日2g嘔吐男性74L)PVRL)Vitrectomy+シリコーンオイル注入1602g4g3日12g膨疹男性73R)白内障R)PEA+IOL92g4g3日12g足のしびれ注)RRD:裂孔原性網膜.離,PVR:増殖硝子体網膜症,PEA+IOL:超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術.1746あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(114).発症動機と起炎菌.日眼会誌95:369-376,19912)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたらしい眼科22:875-879,20053)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)柴孝也:高齢者におけるpiperacillinの体内動態の検討.日本化学療法学会雑誌51:76-86,20035)MorrisonJA,DornbushAC,SatheSSetal:Pharmacokineticsofpiperacillinsodiuminpatientswithvariousdegreesofimpairedrenalfunction.DrugsExpClinRes7:415-419,19816)TakahataM,SugiuraY,AmeyamaSetal:InfluenceofvariousantimicrobialagentsontheintestinalflorainanintestinalMRSA-carryingratmodel.JInfectChemother10:338-342,20047)大石正夫,秦野寛,阿部達也ほか:眼科手術感染予防対策と抗菌薬使用に関する全国アンケート調査成績.臨眼57:499-502,2003***

近方加入+3.0 D 多焦点眼内レンズSN6AD1 の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(105)1737《原著》あたらしい眼科27(12):1737.1742,2010cはじめに2007年に3mm以下の小切開から挿入可能な単焦点眼内レンズ(IOL)と同じ素材および形状で光学部に回折デザインを加えた多焦点IOL(SA60D3:アルコン社,ZM900:Abbott社)がわが国で承認を受け,翌年に白内障摘出眼における多焦点IOL挿入が先進医療として認められた.わが国におけるこれら多焦点IOLの良好な臨床成績はすでに報告されている1~3)が,近方加入度数は+4.0diopter(D),角膜面で3Dのため最適近見距離が30cmであった.近年,近方視は読書のみならず,コンピュータの普及により,30cmよ〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN近方加入+3.0D多焦点眼内レンズSN6AD1の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績ビッセン宮島弘子*1林研*2吉野真未*1中村邦彦*1吉田起章*2*1東京歯科大学水道橋病院眼科*2林眼科病院ClinicalResultsof+3.0DiopterNearAddPowerMultifocalIntraocularLens:SN6AD1forEyesfollowingCataractExtractionHirokoBissen-Miyajima1),KenHayashi2),MamiYoshino1),KunihikoNakamura1)andMotoakiYoshida2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2)HayashiEyeHospital目的:白内障手術時に近方加入+3.0Dの回折型多焦点眼内レンズ(IOL)を挿入し,安全性および有効性を検討した.対象および方法:対象は,東京歯科大学水道橋病院,林眼科病院にて本臨床試験に同意した,角膜乱視1.5D以下の両眼性白内障64例128眼,平均年齢68.8歳であった.IOLはアルコン社の近方加入+3.0D回折型アクリル製シングルピースSN6AD1を用いた.術後1年までの遠見,近見(40cm),中間(50cm,1m)視力,コントラスト感度,眼鏡装用状況,グレア,ハローを検討した.結果:術後1年での平均logMAR(logarithmicminimalangleofresolution)視力は,遠見裸眼0.03±0.14,矯正.0.06±0.09,近見裸眼0.04±0.12,遠方矯正0.00±0.11,矯正.0.08±0.08,両眼にて50cmは裸眼0.10±0.14,遠方矯正0.07±0.11,1mは裸眼0.11±0.13,遠方矯正0.09±0.11であった.明所視コントラスト感度は遠方,近方とも正常範囲内,76.2%がまったく眼鏡装用せず,日常生活に影響する重篤なグレア,ハローを訴える例はなかった.結論:+3.0D加入多焦点IOLは遠方から近方40cmの裸眼視力,眼鏡依存度,グレア,ハローの面で安全性および有効性が確認され,+4.0D加入IOLに加え有用なIOLと思われた.Theefficacyandsafetyofanewlydevelopeddiffractivemultifocalintraocularlens(IOL)with+3.0diopternearaddpower(SN6AD1:Alcon)wereevaluatedin128eyesof64patientsfollowingcataractextraction.Visualacuities(VAs)atdistance,near(40cm),andintermediate(50cm,1m),contrastsensitivity,spectacleusage,andglare/halowereexamineduntil1yearpostoperatively.UncorrecteddistanceVAwas0.03±0.14logarithmicminimalangleofresolution(logMAR),correcteddistanceVAwas.0.06±0.09logMAR,uncorrectednearVAwas0.04±0.12logMAR,distancecorrectednearVAwas0.00±0.11logMAR,correctednearVAwas.0.08±0.08logMAR,bilateralintermediateuncorrectedVAsat50cmand1mwere0.10±0.14logMARand0.11±0.13logMAR.Photopiccontrastsensitivitiesatbothdistanceandnearwerewithinnormalrange,and76.2%ofthepatientsdidnotrequireanyspectacles.Noneofthepatientscomplainedofsevereglareandhalo.ThenewdiffractivemultifocalIOLwith+3.0dipoternearaddpowerprovidespreferableVAfromdistancetonearat40cm.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1737.1742,2010〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,近方付加,中間視力,近見視力,コントラスト感度.diffractivemultifocalintraocularlens,nearaddpower,intermediatevisualacuity,nearvisualacuity,contrastsensitivity.1738あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(106)り離れた距離でモニターを見る機会が増えている.また,回折型多焦点IOLでは近方と遠方が見えるため,中間距離での視力低下が単焦点IOLより明らかである.最適近見距離を延ばす目的で,近方加入度数を+4.0Dから+3.0Dに減らした多焦点IOLが開発され,その良好な臨床成績は,すでに米国および欧州の多施設研究として報告されている4~6).今回,わが国において施行された経過観察1年の臨床試験結果を報告する.I対象および方法1.対象本研究は厚生労働省へ承認申請のための臨床試験として施行されたもので,東京歯科大学水道橋病院および林眼科病院の2施設において,各施設の治験審査委員会で承認を受け,対象患者に臨床試験の目的,使用するIOLの特徴および挿入後に予想される利点,問題点を十分説明し,同意を得た.対象は,超音波水晶体乳化吸引術およびIOL挿入を予定している20歳以上の両眼性白内障患者で,挿入予定IOL度数が16から25Dの範囲で,術後矯正視力0.5以上が期待でき,角膜乱視が1.5D以下,同意説明文書を理解し,術後経過観察に協力を得られるという選択基準を満たし,本IOLの有効性,安全性評価に影響すると考えられる眼疾患,重篤な術中合併症を伴わない64例128眼であった.性別は男性4例8眼,女性60例120眼,平均年齢は68.8±6.2歳であった.2.方法使用したIOLはSN6AD1(アルコン社)で,すでに承認を受け市販されているアクリル素材のワンピース形状で非球面構造をもつ回折型多焦点IOL:SN6AD3(アルコン社)と同じ素材および形状で,光学部前面の中心3.6mm径に回折デザインを有することも共通している.違いは,SN6AD3は12本の回折リングにより+4.0D近方加入であるが,SN6AD1は9本の回折リングにより+3.0D近方加入である.したがって,従来の+4.0D加入IOLでは30cmの距離で良好な近見視力が得られるが,本IOLは40cm前後において良好な近見視力が期待される.手術は,医療機関ごと同一術者が行い,2.0~2.65mmの角膜ないし強角膜切開から超音波水晶体乳化吸引術にて白内障摘出を行い,IOLを専用のCまたはDカートリッジとインジェクターを用いて水晶体.内に挿入した.第2眼の手術は,第1眼の術後1~2日の経過観察で問題ないことを確認してから施行された.経過観察は,術後1日,1週,1カ月,6カ月,1年の5回にわたり,おもな検査,観察項目および実施時期を表1に示す.近見視力は,本IOLの特徴から欧米の臨床試験と同じ40cmとし,わが国で使用されている30cm近見視力表で測定した結果を40cm視力に換算した.中間視力は,各施設で50cm視力表(はんだや)および新井氏1m視力表(はんだや),または全距離視力表AS-15(KOWA)を用いて測定,遠見コントラスト感度は各施設でVCTS(visioncontrasttestsystem:Vistech社),CSV-1000(VectorVision社)にて測定,近見コントラスト感度はFACT(FunctionalAcuityContrastTest:StereoOptical社)にて測定した.グレア,ハローはなし(障害の自覚なし),軽度(障害の自覚はあるが,視覚の障害とはならない程度),中等度(視覚の障害となるが,日常生活で許容できる程度),重度(視覚の障害となり,日常生活に支障がある)の4段階に分類した.測定結果の経時的な推移の評価にはFriedman検定,隣接する検査時期間の比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を用い,有意水準5%で有意差ありとした.1例2眼のみ術後1年の経過観察時期に脳梗塞で入院し検査が行えなかったため,遠見,近見視力など術後1年の平均値,標準偏差の算出から除外した.表1おもな検査,観察項目と実施時期(片眼および両眼視)検査・観察項目1日1週1カ月6カ月1年遠見視力裸眼・矯正○○○○○近見視力(40cm)裸眼・矯正○○○○○遠方矯正○○○近見視力(最適距離)裸眼・遠方矯正○○○○○中間視力(50cm)※裸眼・遠方矯正○○中間視力(1m)※裸眼・遠方矯正○○コントラスト感度(遠見)※○コントラスト感度(近見)※○焦点深度※○眼鏡装用状況○○○○※両眼視のみ.(107)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101739II結果1.屈折術後1日から1年までの,最良遠見視力を得るために要した球面,円柱,等価球面度数を図1に示す.各検査時期の球面度数平均は0.16D以下,等価球面度数は.0.11D以下で,予定どおり正視に近い状態が得られていた.各観察時期による差は,球面,等価球面度数とも術後1日と1週,1週と1カ月で有意差を認めたが,円柱度数は全経過観察期間において有意差を認めなかった.2.視力術後1年における遠見裸眼logMAR(logarithmicminimalangleofresolution)視力の平均は0.03±0.14,矯正視力は.0.06±0.09で,術翌日から1年後までの経過観察期間において,裸眼視力は術後1カ月と6カ月,矯正視力は術後1日と1週,1カ月と6カ月で統計学的に有意差を認めた(図2)が,全観察期間において小数視力で裸眼0.8以上,矯正1.0以上と良好な結果であった.両眼logMAR視力の平均は,術後1年で裸眼.0.05±0.13,矯正.0.12±0.09であった.近見視力も遠見視力同様,経過観察期間において一部統計学的な有意差を認めたが,術後1年における裸眼logMAR視力の平均は0.04±0.12,遠見矯正下0.00±0.11,最良矯正.0.08±0.08と良好な結果で,全観察期間において小数視力で裸眼0.7以上が得られていた(図3).また,両眼視力は,術後1年で裸眼.0.04±0.08,遠見矯正下.0.07±0.08,最良矯正.0.12±0.07であった.両眼視における近見最適距離は,裸眼で平均37.4cm,遠見矯正下で平均38.0cmであった(図4).最適距離における近見裸眼視力,遠見矯正下視力は経時的に向上する傾向を認めたが,術後1年における裸眼logMAR視力の平均は0.03±0.11と良好な結果であった(図5).中間視力は両眼視で測定され,術後1年において50cmは裸眼0.10±0.14,遠見矯正下0.07±0.11,1mは裸眼0.11±0.13,遠見矯正下0.09±0.11と良好で,術後6カ月の結果と有意差を認めなかった(図6).3.02.01.00.0-1.0-2.0-3.0度数(D)1日1週1カ月6カ月1年経過観察時期球面円柱等価球面n=1260.160.030.100.080.11-0.33-0.27-0.310.00-0.11-0.29-0.30-0.05-0.05**-0.07**図1屈折変化術後1日から1年までの最良矯正視力に必要な球面,円柱,等価球面度数の変化を示す.円柱度数は全経過観察期間で有意な変化を認めなかった.*p<0.05(Wilcoxon検定).0.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR0.090.070.040.03-0.02-0.06-0.05-0.06-0.061日1週1カ月6カ月1年経過観察時期0.06***裸眼矯正n=126図2遠見視力術後1日から1年までの裸眼および矯正遠見視力の変化を示す.一部経過観察期間内で有意差を認めたが,全体を通して良好な結果であった.*p<0.05(Wilcoxon検定).0.140.070.070.040.010.010.040.000.01-0.03-0.04-0.05-0.080.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR1日1週1カ月6カ月1年経過観察時期****裸眼遠方矯正下矯正n=126図3近見視力術後1日から1年までの裸眼,遠方矯正下,矯正近見視力の変化を示す.遠方矯正下のみ術1カ月以降のみの測定である.*p<0.05(Wilcoxon検定).72302223137117102010303132333435363738394041424344454647眼数(cm)303132333435363738394041424344454647眼数(cm)裸眼20602331156163410001遠方矯正下n=63図4近見最適距離各症例の最適近方視が得られる距離を測定した結果である.裸眼,遠方矯正下とも38cm付近が最も見やすい距離であった.1740あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(108)3.焦点深度曲線両眼視における焦点深度曲線は,付加球面度数0.0Dと.2.5Dにピークをもつ二峰性で,最低値でも0.68を保ち,.2.5から.3.0D加入においても0.89以上となだらかな曲線であった(図7).4.コントラスト感度明所視(100~180cd/m2)での両眼での遠見コントラスト感度測定は,両施設で用いたコントラスト感度測定装置が異なるが,両検査結果とも全周波数領域において正常範囲内であった(図8).近見コントラスト感度の平均も同様に,全周波数領域で正常範囲内であった(図9).5.眼鏡装用状況術後1年での眼鏡装用状況は,76.2%の症例がまったく眼鏡を使用せずに生活しており,17.5%が近用,3.2%が遠近両用を使用していた.0.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR1日1週1カ月6カ月1年*****0.140.080.060.050.030.110.050.020.030.00裸眼遠方矯正下n=126図5最適距離における近見視力図4に示される最適近見距離における術後1日から1年までの裸眼および遠方矯正下近見視力の変化を示す.*p<0.05(Wilcoxon検定)2.0D1.0D0.0D-1.0D-0.02-0.10-0.01-0.00-2.0D-3.0D-4.0D-5.0D付加球面度数n=640.470.300.140.110.170.030.050.160.310.420.560.01.00.30.51.00.1小数視力logMAR図7焦点深度曲線術後6カ月で測定された結果で,0Dおよび.2.5Dにピークをもつ,なだらかな二峰性曲線である.0.140.100.100.070.130.110.00.110.091.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR6カ月1年経過観察時期裸眼(50cm)遠方矯正下(50cm)裸眼(1m)遠方矯正下(1m)n=63図6中間視力術後6カ月および1年における両眼視での50cmおよび1m中間視力の変化を示す.両経過観察期間で有意な変化を認めず,安定した結果である.3210361218logcontrastsensitivity3210logcontrastsensitivityn=321.5361218空間周波数(cycles/degree)n=321.882.071.701.231.691.991.931.520.93図8遠見コントラスト感度2施設における術後6カ月に両眼で測定されたコントラスト感度で,上段がCSV-1000,下段がVCTSの結果である.平均値は全空間周波数領域で正常範囲内(灰色部分)である.1.5361218空間周波数(cycles/degree)n=641.841.911.781.370.923210logcontrastsensitivity図9近見コントラスト感度術後6カ月に両眼で測定されたコントラスト感度で,全空間周波数領域で正常範囲内(灰色部分)である.86%13%2%グレア59%41%□:なしハロー■:軽度■:中等度■:重度n=63図10ハロー,グレア日常生活に支障のある重度の訴えはなかった.(109)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017416.グレア,ハロー術後1年におけるグレアまたはハローの訴えを図10に示す.いずれも,日常生活に問題になる重篤な訴えはなかった.III考按本臨床試験において,術中および術後にIOLに起因する合併症は認められなかった.すでに+4.0D近方加入IOLが承認を受け臨床使用されているが,+3.0D近方加入でも同等の良好な結果が得られるか,+4.0D近方加入IOLに比べ最適近見視の距離が異なっているか,中間距離での見え方が異なるか,それによって眼鏡装用状況が異なるかを検討する必要がある.まず,屈折についてであるが,円柱度数は術翌日から1年まで統計学的に有意差を認めず,安定した結果であった.これは,SN6AD1が2.65mm以下の切開創から挿入可能で,手術による惹起乱視が最小限におさまっていたためと考えられる.多焦点IOLにおいて,角膜乱視が少ないほど裸眼視力が良好で満足度も高くなるので,本臨床試験のように,術前の角膜乱視1.5D以下で選択した症例の角膜乱視が術後に増大していなかったことが,良好な視力結果につながったと考えられる.球面度数は術後1カ月まで変動があったが,全経過観察期間を通じて0.16D以下,最終観察である1年後の等価球面度数が.0.05Dと予定術後屈折値の正視に非常に近い結果であった.これは,両施設において,すでに同じタイプの単焦点IOLであるSN60WFおよび+4.0D近方加入多焦点IOLであるSN6AD3の挿入経験があり,A定数を含むIOL度数計算の精度が高かったためと思われる.通常,白内障手術後の視力測定前にオートレフラクトメータにて他覚的屈折値を測定し,この値を参考に矯正するが,多焦点IOL挿入後では注意が必要である7).今回の矯正視力検査は,視力測定する者が多焦点IOL挿入術後であることを把握して矯正視力測定を行っているので,円柱および球面度数の値は信頼性が高いと思われる.つぎに視力についてであるが,遠見,近見,中間と3種類に分け,海外の同じIOL挿入報告(表2)および近方加入+4.0Dの臨床成績と比較検討した.遠見視力は,術後1年における裸眼が0.03logMAR,両眼で.0.05logMARと,ヨーロッパ多施設およびアメリカにおける結果と同等の良好な結果であった4,5).また,経過観察時期によって有意差を認めたが,どの経過観察時期の結果も小数視力で0.8以上と良好で,術後屈折のわずかな差および測定結果のばらつきが少ないため,有意差がでたと考えられる.以前筆者らが報告した+4.0D加入多焦点IOL挿入眼の術後1年における裸眼視力0.7,矯正視力1.0の結果と比較しても1),同等以上の結果であった.以上より,SN6AD1挿入眼の遠見視力は従来の多焦点IOLと比較して劣ることがなく,同じIOLの海外における報告と比較しても,良好な結果であることが確認できた.近見視力は,このIOLの近方加入度数から40cmで最も良好な視力が期待されるため,欧米の臨床試験同様40cmで評価した.わが国における近見視力は30cmでの測定が基準で,海外で使用されている近見視力表がアルファベット表示であるため,本臨床試験では30cm視力表で得られた数値を40cmに換算した.すでに40cm視力表が開発され,今後普及することが予想される.近見視力は,裸眼,矯正とも遠見視力同様,海外の同じIOLを挿入した報告と比較しても非常に良好な結果であった.わが国における+4.0D近方加入多焦点IOL挿入眼における30cmでの近見裸眼視力は0.4以上が100%で1),今回の臨床試験においても同じく30cmの距離で測定しているが,術1年後で全例裸眼視力0.4以上が得られている.このことより近方加入度数が少ないIOLでも40cmより手前においても良好な視力が期待できる.最適近見距離は,実際の症例における測定結果において裸眼,遠方矯正下とも37から38cmと理論値である40cmとほぼ一致していた.この距離における視力も全経過観察期間を通して良好であった.中間視力について,定義は統一したものがなく,多焦点IOLが導入されてから従来の遠方および近方視力測定範囲以外での見え方が注目されるようになり,中間視力という言葉が使用されている.多くの報告は50cmから1mにおける視力をintermediatevisionとしており4~6),今回の臨床試験では50cmと1mを中間視力として検討した.SN6AD1挿入眼は,従来の+4.0D近方加入表2+3D近方加入SN6AD1の海外報告との比較両眼裸眼logMAR視力Kohnenら4)(n=82)USclinicaltrials4)Alfonsoら6)(n=20)本報告(n=63)遠見.0.03±0.130.040.001±0.100.0.05±0.13中間(1m)0.20±0.14(70cm)─0.165±0.111(70cm)0.11±0.13中間(60cm)0.13±0.150.120.082±0.141─中間(50cm)0.05±0.180.06.0.080±0.0920.10±0.14近見(40cm)0.04±0.11─.0.035±0.060.0.04±0.081742あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(110)多焦点IOL挿入眼で,遠方と近方が見えるため,その間の見えにくさを訴える症例があり,加入度数を減らすことで自覚的な中間での見えにくさの改善が期待されている.+3.0Dおよび+4.0Dの異なる近方加入度数多焦点IOLを比較検討した臨床報告でも,+3.0D加入のほうがより良好な中間視力が確認されている5).この点については,焦点深度曲線でも特徴が確認できる.+4.0D加入では,付加球面度数0Dと.3Dに明らかなピークをもつ二峰性であったが,+3.0D加入では0Dと.2.5Dにピークをもち,かつ.2Dから.3Dを付加しても0.9以上,0~.3Dの間で最も低い値が.1.5Dの0.68である.このことから,中間距離における視力の低下が少なく,自覚的に見えにくさを訴える例が少なくなっていると思われる.回折型,屈折型多焦点IOLと単焦点IOLにおける焦点深度曲線についての報告で,屈折型多焦点IOLが中間距離で回折型多焦点IOLより良好な視力が期待できる8)が,期待される.2.0から.2.5Dにおいての視力の立ち上がりが症例によってばらつきがあり,回折型で近方加入度数を減らすほうがより安定した結果が出やすいと思われる.回折型多焦点IOLは,光学デザインからコントラスト感度低下が危惧されている.今までの報告でもコントラスト低下が指摘されている9~11)が,本臨床試験において,2施設で異なる測定装置を用いたが,どちらも平均値は正常範囲内で,重篤な低下例は認めなかった.近方コントラスト感度も同様に正常範囲で,コントラスト感度においては良好な結果であった.IOLが球面から非球面になったことで,より良好なコントラスト感度が期待されている.以前の球面タイプで得られたコントラスト感度より,今回の非球面タイプでの結果のほうが良好だが,この差は,今回の明室における検査時の瞳孔径から球面,非球面デザインの差が出るとは考えにくく,それ以外の要素を含めて,今後さらなる検討が望まれる.眼鏡装用状況について,8割近くの症例がまったく使用していず,残りの症例も常用する例はなく,日常生活における眼鏡への依存性は軽減していた.以前の報告でも同様の結果であるが,+4.0D加入との大きな違いは+4.0D加入ではコンピュータや楽譜を見るときに眼鏡を必要とする例があったのに対し,+3.0D加入では,この距離で必要とする例はなかったが,長時間読書する場合に必要とする例があり,近方加入度の差が影響していると思われた.グレア,ハローは自覚的に4段階に分けて評価したが,以前の単焦点IOL後の結果と比べても多焦点IOLではこれらを訴える症例の率は高かった1).適応判断,および術前説明時にこの点については十分把握しておく必要がある.以上の臨床成績から,+3.0D近方加入多焦点IOLであるSN6AD1は,すでに承認を受けている+4.0D近方加入多焦点IOLと比べて同等あるいはそれ以上の遠方視力を保ちつつ,中間および40cm付近で良好な視力が得られ,コントラスト感度,グレア,ハローの面でも問題になるような症例がないことから,挿入後の安全性および有効性が確認された.術後に患者が望む最適近見距離,中間での見え方への希望によっては,+3.0D近方加入多焦点IOLの選択が可能と思われた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)平容子,ビッセン宮島弘子,小野政祐:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズ挿入例におけるアンケート調査による視機能評価.あたらしい眼科24:1105-1108,20073)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OkiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphthalmol,2010(inpress)4)KohnenT,NuijtsR,LevyPetal:Visualfunctionafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericmultifocalintraocularlenseswitha+3.0Daddition.JCataractRefractSurg35:2062-2069,20095)MaxwellWA,CionniRJ,LehmannRPetal:Functionaloutcomesafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericacrylicintraocularlenseswith+3.0or+4.0diopteradditionpower.Randomizedmulticenterclinicalstudy.JCataractRefractSurg35:2054-2061,20096)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,AmhazHetal:Visualfunctionafterimplantationofanasphericbifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg35:885-892,20097)Bissen-MiyajimaH,MinamiK,YoshinoMetal:Autorefractionafterimplantationofdiffractivemultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg36:553-556,20108)大木伸一,ビッセン宮島弘子,中村邦彦:多焦点眼内レンズの焦点深度.日本視能訓練士協会誌36:81-84,20079)KohnenT,AllenD,BoureauCetal:EuropeanmulticenterstudyoftheAcrySofReSTORapodizeddiffractiveintraocularlens.Ophthalmology113:578-584,200610)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,BaamondeBetal:Prospectivevisualevaluationofapodizeddiffractiveintraocularlenses.JCataractRefractSurg33:1325-1343,200711)SouzaCE,MuccioliC,SorianoESetal:VisualperformanceofAcrySofReSTORapodizeddiffractiveIOL:Aprospectivecomparativetrial.AmJOphthalmol141:827-832,2006***