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後期臨床研修医日記 14.東京大学医学部眼科学教室

2011年11月30日 水曜日

●シリーズ⑭後期臨床研修医日記東京大学医学部眼科学教室寺尾亮東京大学医学部附属病院眼科・視覚矯正科では現在,計7名の専門研修医が研修に励んでいます.天野史郎教授をはじめ各専門の先生方の指導のもと,日々勉強に勤しんでいます.そんな当院での研修医生活の一端をご紹介させていただきたいと思います.研修制度1年目の専門研修医は大学病院で研修をします.各学年の専門研修医のうちの数名が大学病院に配属されており,学年間で協力し合いながら日々の業務をやりくりしています.研修開始の最初はオーベンの先生に付いて診療を行い,眼科の診察方法や基本的な知識などを手とり足とり教わります.専門研修医は「独り立ち試験」に合格すると自分の外来を持つことができ,独りで外来・入院患者さんを受け持つようになります.朝朝は早いです.患者さんが8時から朝食が開始となるので,それまでに朝の診察を済ませなければなりません.病棟患者さんはすべて研修医で担当を分担しており,多い時は独りで10.20人を受け持つことがあります.診察時間から逆算すると患者さんの起床時間より早くに診察を開始しないと終わらない時もあります.多くの症例を経験すること,限られた時間のなかで診察をテキパキとこなすことはとても大切なことと思いますので,朝眠い眼を擦りながら患者さんの眼を診ています.外来朝の診察が終わった後は,休む時間もなく外来が始まります.初診・再診患者さんを受け持ち,専門の先生方に診てもらいながら外来診療をしています.大学病院ではさまざまな疾患の患者さんがいらっしゃるので大変勉強になるのですが,外来を始めて半年程度の僕は上級医(81)0910-1810/11/\100/頁/JCOPY▲眼科病棟にて(左から東,寺尾,杉本,譚,清水)の先生のように上手く捌くことができません.しっかり診ようとすると診察時間が長くなって滞ってしまったり,早くまわそうとすると所見に漏れが出てしまったり,まだまだ半人前です.手術手術日はいつもより朝早く病院に来なければなりません.朝一の手術が始まる前に機材や薬剤の準備をします.手術は4列同時に行っていますので,術中どの列でも人手が足りているか眼を配りながら各列のサポートをします.実際にはオーベンの先生の手術に助手や器械出しとして参加し,もちろん自分執刀の手術もあります.外来と同様手術もバラエティに富んでおり一つひとつの手術が勉強になります.「自分がoperatorだったらこうする」と頭のなかで思いながら介助を行い,手術がスムーズに進むように心がけています(実際にスムーズになっているかはわかりませんが).「使い勝手の良い」助手・器械出しになることをモットーに手術に臨んでいます.自分執刀のときはオーベンの先生に指導していただきながら行います.まだ手を動かすようになったばかりであたらしい眼科Vol.28,No.11,20111593 ▲医局カンファランスすが,自分の思い描いたように上手くいかず悩むばかりです.カンファランス毎週水曜日の夜はカンファランスがあります.翌週の手術予定症例のプレゼンや珍しい症例の経過報告,臨床検討会,勉強会などをしています.大勢の先生とdiscussionができる機会があるというのも大学病院ならではのメリットだと思います.おっとそんなことを思っている間に,ゆっくりと瞼が下がってきている研修医が….眼瞼下垂の患者さんの気持ちを体験しようとしているのでしょうか.段々とウトウトもしてきていますね.左右に揺れている頭の影が大画面プロジェクターに映っています.眼振のある白内障症例の手術が今日行われていたことを皆に教えてくれているのでしょう.研修医とは体を張った大変な仕事です.夜外来,手術の後は病棟業務に向かいます.病棟患者さんの診察をして,翌日手術の患者さんの診察やムンテラをします.症例によっては術前の眼底スケッチも描きます.一日の業務を終えた後,やっと自分の仕事に取りかかることができます.その日の外来や手術でわからなかったことを調べたり,参考書を読んだりなどします.また学会で発表をする機会を頂くことが多いので,それに向けての準備などをします.しかし夜になるとすでに疲労困憊なのでなかなか仕事が捗りません.朝早起きしてやったほうが仕事の効率が良くなるかな,と思うこともあるのですが,朝は朝で診察が早くから始まるのでそれも困難です.オーベンの先生方はこんな忙しいスケジュー1594あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011▲眼底スケッチを描く筆者ルのなかいつ論文を書いているのか,尊敬も然ることながら不思議でたまりません.休日土日は決まった業務はありませんが,有志で初診症例勉強会を開催しています.1週間に当科を受診した初診症例をチェックしてくださる先生がおり,レクチャーをしてくれます.どのような症例にはどんな検査が必要か,どういった治療方針を考えるべきかなどについてカルテを見ながら検討します.もちろん自分の診た症例もチェックされているので気が抜けません.まだまだ勉強が足りないなぁと毎週思い知らされます.おわりに当院での研修生活について一通りご紹介させていただきました.医局全体の雰囲気はとても良く,働きやすい環境だと思います.バリバリ働きたい人はがっつりと,段階を踏んでゆっくりと成長していきたい人は一段一段着実に,家庭のあるなどの人はその人の環境事情に合わせて,と個人のペースに沿って研修を行うことができ,懐が非常に深くどの研修医も居心地よく感じています.まだまだ未熟な点ばかりですが,一日でも早く「眼科医」になれるようにこれからも日々精進していきたいと思います.〈プロフィール〉寺尾亮(てらおりょう)平成20年筑波大学医学専門学群卒業,同学附属病院で初期臨床研修.平成22年4月より東京大学医学部眼科学教室専門研修医.(82) ら感じていましたが,今回の文章を読んでそのことが更によくわかりました.われわれの教室では研修医の先生たちが更に充実した研修が受けられることを目指して,外来,病棟,手術室での教育,そして診療終了後の自分が診た症例の検討,そして勉強会,クルズス,などのシステムの充実,視能訓練士などのパラメディカルスタッフの拡充に取り組んでいます.われわれの教室への参加をお待ちしております.(東京大学医学部眼科学・教授天野史郎)教授からのメッセージ☆☆☆(83)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111595

眼研究こぼれ話 23.ビタミンEの研究 老化を防ぐ効果

2011年11月30日 水曜日

●連載眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長ビタミンEの研究老化を防ぐ効果万里の長城を造り,中国を統合した秦(しん)の始皇帝は3,000人の美女を従え,精力絶倫であった.変な学説など唱える学者は次々と首をはねられ,国は繁栄を続けた.しかし,ある日,彼はいささか疲れを感ずるようになったのであろう.国中の学者,賢者を集め,不老長寿の妙薬の探索を命じた.数百人(900人ともいう)の学者は出かけたまま帰って来なかった.この一団は東方に向かって海を渡って行ったことになっており,日本人の祖先だろうという説もある.日本には方々に長寿の村落があったりする.世界の他の地区でも同じであるが,長寿の人々は一般に粗食を取っているようである.最近,医学者たちは,人間の体は120歳位までは使えるともいっている.生物の命が長くなるためには,それを作っている個々の細胞が長命でなければならない.各細胞はそれぞれ特異な化学反応をしながら生命を保つと同時に,与えられた任務を遂行している.すなわち分泌物を出したり,動いたりしているのである.このような生命活動をして,エネルギーを産出すると,細胞は副産物として残渣(─さ)を出さざるを得なくなる.不要物は普通,水とか炭酸ガスとなって,排気や尿中に捨てられるが,残渣には脂を含んだものがあってどうしても細胞内にたまってくる.この残渣物質を老化顆(か)粒と呼び,老化現象の最小単位と考えるようになった.老化顆粒は茶褐(かっ)色の物質で,老人の内臓,特に腎(ジン),心,肝にたまり,また筋肉も褐色となってくる.若年者でも,ひどい熱病とか,慢性の病気にかかると,同様な顆粒がたくさん出てくることが知られている.ま(79)0910-1810/11/\100/頁/JCOPY▲老人のことを語るさし絵にコーガン教授をもってきてはしかられるに決まっている.教授の70歳誕生日のディナーのあと,美しいフランス式ケーキを切る先生(左はキノシタ夫人).たこの残渣物質が多くたまった細胞は正常機能を完全に発揮することが出来にくくなって,臓器そのものの老化現象を表すようになる.この褐色物質を作らないように,残渣処理の機能を推し進めているのが,ビタミンEらしいのである.ビタミンEは半世紀以上も前に発見され,これを,ネズミの飼料から取り除くと,動物が妊娠しなくなるので,性に関係したビタミンであろうと考えられていた.現在では,どうも,性は第二次的影響であるように考えられている.多量のビタミンEを動物に与えると,細胞内の老化残渣が少なくなり,またこれを欠如させると,細胞が早く老化する.このEこそ,長寿の妙薬ではないかと思われるようになった.現在すでに,いろいろの病気の治療目的でビタミンEが使われている.眼の奥にある網膜の後ろ側に,色素上皮といわれる細胞があり,視覚に大切な役割を果たしている網あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111591 眼研究こぼれ話眼研究こぼれ話ビタミンEは胚(はい)芽,キノコまたは種々の植物性の油の中に多量に含まれている.また,このビタミンを細胞が有効に利用するためには,セレニウムという金属の微量が必要であることも分かってきた.この金属イオンが含まれている谷の水を飲んで,胚芽などを食べておれば,長寿を保つことが出来るわけで,美食をしていたに違いない始皇帝に,このような食生活の変更を献言する勇気は学者たちに持ち合わせがなかったに違いない.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆1592あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(80)

インターネットの眼科応用 34.医療のIT化で可能になること(4)-タブレット端末・ウェアラブル端末の可能性-

2011年11月30日 水曜日

インターネットの眼科応用シリーズインターネットの眼科応用シリーズ34章医療のIT化で可能になること④─タブレット端末・ウェアラブル端末の可能性─武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科タブレット端末と医療インターネットの進化の方向性の一つは,人間と端末とのインターフェースをより感覚的に,身近にすることです.このコンセプトは,ユビキタスもしくはウェアラブルとよばれています.つまり,衣服を着るように端末に触れ,いつでもどこでもインターネットに接続できる世界です.画面に触れて操作するタッチパネルの革新性は,情報処理を直感的に行うことを可能にし,ユビキタス社会に近づけた点です.ニンテンドーDSなどのゲーム機から,iPadに代表されるタブレット端末,スマートフォンとよばれる多機能携帯電話にタッチパネルが搭載されています.これらの機器は,キーボード入力に頼らずに,原始的な操作で情報処理を行えます.タブレット端末に代表されるタッチパネル搭載機器(以下,タブレット端末)は,膨大な情報量を簡便にわかりやすく伝えるため,人材教育において最も威力を発揮します.タブレット端末により,定まったマニュアルを初心者にもわかりやすく伝えることができます.ある特定の個人がもっている特別なノウハウを文書ではなく画像で感覚的に他人に伝えることができます.文字通り,百聞は一見にしかず,を手の上の端末が実現します.この,人材教育という情報格差を埋める作業は従来,人手と時間をかけて行われていました.医療の現場も同様です.医師の手術教育,医療従事者の業務習得,患者への手術のインフォームド・コンセントなどはすべて,情報格差を埋める作業です.タブレット端末の効果が予想されます.実業界での成功例を紹介します.マクドナルドでは,スタッフ教育に「動機付け」をし「主体性」を重視し,ニンテンドーDSとゲーム感覚でマニュアルを学習できるソフト「eスマート」を利用しています.同じサービスを違う店舗でも提供するには,徹底したクオリティコントロールが求められますが,タブレット端末により,教育スピードのアップ,教育コストの削減を実現してい(77)0910-1810/11/\100/頁/JCOPYます1).タブレット端末の登場により,従来,文章化しにくかったノウハウを容易に伝承できるようになりました.医療現場においては特に,手術教育に効果を発揮しています.まず,端末を滅菌済みの清潔な袋で包むことにより,手術に必要な情報を術野に持ち込むことができます.先人の手術動画はもちろん,CT,MRIなどの画像を三次元構築して表示し,タッチパネルで表示すれば,術野の裏側から見た臓器を可視化できます.OsiriXという便利なアプリケーションがあります.このフリーソフトを用いれば,二次元の平面図を3D画像に変換できます.タッチパネルを用いて画像を拡大したり,見たい角度から自由に見たりできます.さらに,イスラエルObjetGeometries社の三次元プリンターの「Objet260Connex」を用いると,三次元画像を容易に短時間で模型化することができます.神戸大学医学部附属病院では,三次元プリンターで造形した生体モデルを実際の手術の現場に持ち込み,複数の手術を成功させました.2種類の材料を混ぜ合わせて造形できるため,一方の材料を透明な素材にすれば,人体内部の骨や腫瘍などの位置を外部から確認できる生体モデルを造形できます.そしてこの生体モデルを肝臓がんの手術や奇形手術図1三次元プリンターで印刷された肝臓模型あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111589 などに活用しましたなどに活用しました(図1).このプリンターを使うと,実際の臓器を処置する前にシミュレーションが可能になります.「この断面で切開すれば,この血管を傷つけるだろう」ということが術前に予想できます.手術中に生体モデルと照らし合わせながらスタッフと議論し,最適な方法を選択できます.図1で示した実物大の肝臓模型は一晩で完成しますので,眼球ではより短時間で作製可能と考えられます.ウェアラブル端末の医療応用タブレット端末を発展させると,ユビキタス社会に繋がります.ユビキタス社会とは,「いつでも,どこでも,何でも,誰でも」がコンピュータネットワークを初めとしたネットワークに繋がることにより,さまざまなサービスが提供され,人々の生活をより豊かにする社会を意味します4).狭義には,ウェアラブルコンピューティング(以下,ウェアラブル)とも表現します.ウェアラブルの医療応用例をいくつか紹介します.ダイワハウスは,トイレの便座に座るだけでバイタルを測定し,排尿時に尿検査ができるインテリジェンストイレⅡというトイレを開発しました.便座から体表面の温度,脈拍,酸素飽和度を確認します.尿から蛋白質や糖を確認する通常の尿検査だけでなく,尿温度(深部体温)を測定します.このデータを医療機関にインターネットを介して伝えて,検査結果として保存することも可能でしょう.このトイレは,日常生活のなかで無理なく健康チェックができる非常にユニークな商品です5).また,ユビキタス社会へのステップとして,無人自動車に関する研究開発が進められています.無人自動車の技術はロービジョンケアに応用が可能です.時速60kmで走る車をコントロールするテクノロジーは,時速3kmで歩く人間をうまく目的地に導くでしょう.最先端のテクノロジーはぜひ,ヒューマンヘルスに還元されて欲しいと願います.日産自動車は,後方・側方の人・クルマ・道路を検知し,危険を判断して運転者に知らせる「リヤカメラを用いたマルチセンシングシステム」を開発しました.このシステムは2012年の新型車に搭載される予定です6).米Googleは2011年10月,自動車用自動運転システムを開発中であると発表しました.すでに米カリフォルニア州の公道で走行テストを実施しており,同システムを搭載した自動車を14万マイル(22万5,000km)以上走らせました.開発担当者のスラン氏はスタンフォード大学のコンピュータ・サイエンス学科と電気工学科の教授で,スタンフォード人工知能研究所の1590あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011所長も務めています.同プロジェクトには,米国防総省高等研究計画局(DARPA)主催のロボットカーレース「GrandChallenge」参加経験をもつ優秀な技術者が集まっています.無人自動車の実現は近い将来でしょう7).このようなIT技術を,ロービジョンケアに応用する,ITguidedlowvisioncareは,今後,われわれ眼科医が取り組む大きなテーマです.慶應義塾大学SFCは,盲導犬に代わる多機能の杖を開発しています.「NS_cane」とよばれる杖は,プロダクトデザイン,センサー技術,インタラクティブメディアなどの多様な要素を融合しています.デジタル技術により機能を拡張された杖は,盲導犬に代わる新たな情報の「相棒」となる可能性を秘めています8).私見としては,杖よりも眼鏡のほうが利用しやすいように感じますが,杖であれ眼鏡であれ,ウェアラブルな端末がロービジョン患者の眼となって,コンビニやスーパーの看板を画像認識し,信号を見分け,障害物をいち早く察知することは,大変有意義です.この端末にGPS機能や音声認識ソフトを搭載すれば,カーナビが自動車を導くように,ロービジョン患者を目的地までスムーズに導くでしょう.【追記】これからの医療者には,インターネットリテラシーが求められます.情報を検索するだけでなく,発信することが必要です.医療情報が蓄積され,更新されることにより,医療水準全体が向上します.この現象をMedical2.0とよびます.私が有志と主宰します,NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://www.visualthinking.jp/archives/1192)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20110701/193023/k1.JPG3)http://www.ktv.co.jp/anchor/feature/2011_09_26.html4)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%93%E3%82%AD%E3%82%BF%E3%82%B95)http://www.daiwahouse.co.jp/release/20081224111714.html6)http://response.jp/article/2011/10/12/163681.html7)http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1010/10/news002.html8)http://sakainaoki.blogspot.com/2011/05/sfc-xd-2011.html(78)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 102.シリコーンオイル注入時の注意点(初級編)

2011年11月30日 水曜日

●連載102102シリコーンオイル注入時の注意点(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科はじめにシリコーンオイルタンポナーデを施行する際に,注入量が少ないと術後のタンポナーデ効果が不十分となる.一方,無水晶体眼では注入量が多過ぎると前房内にシリコーンオイルが充満し,瞳孔ブロックをきたして眼圧が上昇することがある.シリコーンオイルを適量注入することは,手術成績を向上させるうえでも重要である.●空気灌流時のシリコーンオイル注入網膜.離例では気圧伸展網膜復位術後に,その他の疾患でも眼内液-空気同時置換術後に,インフュージョンポートを設置したまま灌流圧を低下させ,既存の強膜創からシリコーンオイルを注入するのが一般的な方法と考えられる.この際の注入量としては,有水晶体眼あるいは偽水晶体眼では,硝子体腔内に空気が残存しないように,また眼圧が上昇を防止するため,液体パーフルオロカーボンで網膜を伸展した後に,液体パーフルオロカーボンとシリコーンオイルを直接置換することが多い.このときは,房水よりも比重が重い液体パーフルオロカーボンが網膜面と接しているため,網膜面には房水はほとんど貯留していない.この状態で空気灌流時のように前房内までシリコーンオイルを注入すると,注入量が多過ぎて,術後も前房内にシリコーンオイルが充満したままとなり著明な眼圧上昇をきたす.この場合には前房内に必ず房水(あるいは空気)を残存させる必要がある(図2a,b).シリコーンオイルシリコーンオイル房水房水図1空気灌流時のシリコーンオイル注入a:眼内液-空気同時置換時にはすでに網膜面には一定量の房水が溜まっている.b:術後に伏臥位を保持すれば,術翌日に前房内へ房水が移動するので,前房内シリコーンオイルになることは少ない.しないようにシリコーンオイルを注入するのは比較的容易である.無水晶体眼で前房と硝子体腔が交通している症例では,必ず下方に虹彩切除を施行する必要がある.このときの注入量だが,やや多めに前房内を満たすようにシリコーンオイルを注入しても,その時点ですでに網膜面には一定量の房水が溜まっているので,術後に伏臥位を保持すれば,術翌日に前房内へ房水が移動しており,前房内シリコーンオイルになることは少ない(図1a,b).●液体パーフルオロカーボンとシリコーンオイルの同時置換時には注意!巨大裂孔網膜.離では網膜のスリッページ(75)あたらしい眼科Vol.28,No.11,201115870910-1810/11/\100/頁/JCOPYシリコーンオイルシリコーンオイル液体パーフルオロカーボン図2液体パーフルオロカーボンとシリコーンオイルの同時置換a:液体パーフルオロカーボンが網膜面と接しているため,網膜面には房水はほとんど貯留していない.b:この状態で前房内までシリコーンオイルを注入すると,術後も前房内にシリコーンオイルが充満したままとなり著明な眼圧上昇をきたす.

眼科医のための先端医療 131.眼免疫疾患に対する樹状細胞療法の可能性

2011年11月30日 水曜日

監修=坂本泰二監修=坂本泰二第131回◆眼科医のための先端医療山下英俊眼免疫疾患に対する樹状細胞療法の可能性服部貴明臼井嘉彦(東京医科大学眼科)樹状細胞は,細胞周囲に特異的な樹状突起をもつことにその名前が由来する免疫細胞です.この樹状細胞は体内に侵入した異物を捕食し,その異物の特徴をリンパ球に伝えることで,リンパ球が特徴を認識して異物を攻撃します.このように免疫を惹起するうえで,樹状細胞は欠かせない役割を担っています.近年,樹状細胞に関する研究が活発に行われ新しい知見が次々と発見されています.さらにこの細胞を用いて癌治療,ワクチンなどへの臨床応用が始まりつつあります.本稿では,樹状細胞ならびに制御性樹状細胞について解説し,眼科領域における樹状細胞の基礎研究から得た知見や臨床応用への可能性について述べていきます.樹状細胞1990年以前では樹状細胞は生体内にごく少数しか存在しないために,詳細な機能は解明できていませんでした.しかし,Inabaら1)の発見により骨髄細胞をGMCSF(granulocyte/macrophage-colonystimulatingfactor)とともに培養することで樹状細胞をinvitroで大量角膜上皮角膜実質図1Langerin蛍光標識マウスを用いた角膜内でのLangerhans細胞の分布解析角膜上皮内のみでなく角膜実質内にもLangerin陽性細胞(Langerhans細胞:黄色く標識された細胞)が存在している(青色は核染色).Bar=100μm.(73)に作製することが可能となり,研究が飛躍的に進みました.近年では,樹状細胞に特異的に発現する分子が特定されており,遺伝子改変技術を用いて,樹状細胞を特異的に欠損するマウスや,樹状細胞が特異的に蛍光標識されたマウスなどが開発され,実際の体内での樹状細胞の分布や働きが解明されつつあります.筆者らは,Langerinとよばれる樹状細胞に特異的に発現する分子が蛍光標識されたマウスを用いて,角膜内の樹状細胞,特にLangerhans細胞の分布を検討し,角膜上皮のみでなく角膜実質にもこれらの細胞が存在していることを解明しました2)(図1).さらに,樹状細胞はドライアイから脈絡膜新生血管までさまざまな眼科疾患の病態に関与していることが報告されています3.5).制御性樹状細胞このような樹状細胞に関する研究により,通常の樹状細胞と異なりリンパ球の活性化を促さず,むしろリンパ球の活性を抑制し免疫反応を制御する“制御性樹状細胞”の存在が明らかになってきました.筆者らは,この制御性樹状細胞を用いて実験的自己免疫性ぶどう膜炎の発症を抑制可能かどうか検討しました.Satoら6)の開発した方法によりマウス骨髄細胞から,GM-CSF,IL(インターロイキン)-10,TGF(形質転換成長因子)-bを用いて制御性樹状細胞を作製しました.自己抗原であるIRBP(interphotoreceptorretinoidbindingprotein)を強化免疫したマウスに作製した樹状細胞を投与したところ,ぶどう膜炎の発症が有意に抑制されました7)(図2).さらに筆者らは,この制御性樹状細胞をマウス角膜移植モデルに用いて,拒絶反応についても検討を行い,拒絶反応を抑制する結果を得ています.無処置群制御性樹状細胞投与群図2制御性樹状細胞による実験的自己免疫性ぶどう膜炎の抑制制御性樹状細胞を投与した群では,コントロール群に比較し,網膜の層構造の乱れも少なく,ぶどう膜炎が抑制されている.あたらしい眼科Vol.28,No.11,201115850910-1810/11/\100/頁/JCOPY おわりにおわりに文献1)InabaK,InabaM,RomaniNetal:Generationoflargenumbersofdendriticcellsfrommousebonemarrowculturessupplementedwithgranulocyte/macrophagecolony-stimulatingfactor.JExpMed176:1693-1702,19922)HattoriT,ChauhanSK,LeeHetal:CharacterizationofLangerin-expressingdendriticcellsubsetsinthenormalcornea.InvestOphthalmolVisSci52:4598-4604,20113)NakaiK,FainaruO,BazinetLetal:Dendriticcellsaugmentchoroidalneovascularization.InvestOphthalmolVisSci49:3666-3670,20084)ZhengX,dePaivaCS,LiDQetal:DesiccatingstresspromotionofTh17differentiationbyocularsurfacetissuesthroughadendriticcell-mediatedpathway.InvestOphthalmolVisSci51:3083-3091,20105)ForresterJV,XuH,KuffovaLetal:Dendriticcellphysiologyandfunctionintheeye.ImmunolRev234:282304,20106)SatoK,YamashitaN,YamashitaNetal:Regulatorydendriticcellsprotectmicefrommurineacutegraft-versushostdiseaseandleukemiarelapse.Immunity18:367379,20037)UsuiY,TakeuchiM,HattoriTetal:Suppressionofexperimentalautoimmuneuveoretinitisbyregulatorydendriticcellsinmice.ArchOphthalmol127:514-519,2009■「眼免疫疾患に対する樹状細胞療法の可能性」を読んで■本稿に取り上げられている樹状細胞に関した研究成いたものです.このコンセプトを用いた脳脊髄膜炎へ果により,本年のノーベル生理学賞をSteinman博士の治療は動物実験で成功していましたが,ぶどう膜炎が受賞されることが,2011年の10月3日に発表されについてはなされていませんでした.私は,実験的ぶました.本稿が提出されたのは,それ以前でしたのどう膜炎はきわめて強い炎症反応が起こるので,樹状で,ノーベル賞受賞を知っていたはずはないのです細胞による免疫反応制御だけでは,炎症抑制はむずかが,今回はきわめてタイムリーなテーマになりまししいのではないかと考えていましたが,臼井嘉彦先生た.報道されているように,Steinman博士はノーベたちは樹状細胞による免疫反応制御で十分にぶどう膜ル賞受賞発表の数日前に亡くなりました.通常ノーベ炎の抑制が可能であることを示しました.ぶどう膜炎ル賞は故人には授与されませんが,今回は授与されるに至る過程の一部を制御すれば,それ以後の強い炎症ことになったことや,Steinman博士が受賞対象となが完全に抑えられるという論理的なアプローチであった樹状細胞を用いた治療によって癌と闘っていたこり,見事な結果だといえます.激しい炎症に目を奪わとは,今回のノーベル賞を人々の記憶に強くとどめるれて,炎症すべての局面を抑えるステロイドのようなことになるでしょう.治療が必要と感じた私が誤りでした.さて,Steinman博士の癌治療で用いられた方法は,近年,抗TNF(腫瘍壊死因子)-a抗体薬などの生樹状細胞を操作することで癌細胞に対する免疫反応を物学的製剤の登場で,ぶどう膜炎の治療成績が飛躍的起こすという方法であり,広い意味の癌ワクチン療法に向上しました.しかし,新しい治療法が現れると,にあたります.その場合の樹状細胞の役割は,免疫をそれを回避した新しい病態が出現するのは避けられま強化するというもので,一般にはこのコンセプトで樹せん.その意味からも,今回の樹状細胞を用いた免疫状細胞が治療に用いられることが多いです.ところ反応抑制治療は,将来のぶどう膜炎治療において重要が,今回服部貴明先生たちが述べられている方法は,な位置を占める可能性が高いものといえます.樹状細胞により免疫反応を抑えるという逆の作用を用鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆1586あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(74)

新しい治療と検査シリーズ 202.コラーゲン液状涙点プラグ

2011年11月30日 水曜日

新しい治療と検査シリーズ新しい治療と検査シリーズプレゼンテーション:小島隆司慶應義塾大学医学部眼科学教室コメント:山口昌彦愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野(眼科学).バックグラウンド涙点プラグは安全で確実なドライアイ治療方法として中等度から重症ドライアイに対して広く用いられている.わが国で入手可能な涙点プラグは素材という観点から大きく分けて2種類ある.1つめが従来からあるシリコーン製の固形のプラグで,2つめが今回紹介する新しくわが国で開発されたコラーゲン製の液状プラグである.固形プラグは確実な涙点閉鎖を得ることができるのがメリットであるが,肉芽の形成,涙点の位置によってはプラグが角膜および結膜に擦れて上皮障害を起こしたり,異物感などの症状を起こすデメリットがある.また,サイズ選択が必要で,サイズ不適合により早期に脱落してしまったり,肉芽形成を起こしたりする可能性がある..新しい治療法従来までコラーゲンプラグは固形状で,棒状のプラグを鑷子で涙点に挿入していたが,挿入しにくく,また完全な涙小管閉塞が得られるか確証がなかった.これを克図1コラーゲン液状涙点プラグキープティアR(71)0910-1810/11/\100/頁/JCOPY服したのがわが国で開発された液状涙点プラグキープティアR(高研,東京)である(図1).これは3%アテロコラーゲンを成分とする液状涙点プラグである.キープティアRは体温で温められることによって白色のゲルとなり涙点,涙小管閉鎖を起こすとされている.治療の有効性は濱野らによって報告されている1)..実際の使用方法製品は温度の上昇によるゲル化を防ぐために冷蔵保存(2.10℃)が必要である.対象となる患者があれば,キープティアRの箱を冷蔵庫から出し,シリンジをプラスチックの容器からも出して15分ほど室温に置いてから注入用の27ゲージ鈍針を装着し注入する.1本300μlで2涙点分である.シリンジに半分の量の場所に目印がつけてあり,そこまでが1涙点分である.挿入手技は通水検査などと同じで容易である.処置ベッドで行うと患者が動きにくく行いやすいが,スリット下で行うことも可能である.挿入途中で片方の涙点からのキープティアRの流出があったり,挿入している涙点から逆流がある場合は1涙点分注入していなくてもその時点で注入をやめる.注入は基本的に上下涙点に対して行う.注入後はキープティアRの流出を避けるために閉瞼させホットアイマスクを装着して15分ほど待つ.その後患者に起きてもらって眼周囲に付着したコラーゲンゲルを取り除く.キープティアRを使用していると,思いのほか効果が短時間でなくなってしまう患者に遭遇する.また注入直後にもかかわらず涙液メニスカスが十分高くならない場合にも遭遇したため,筆者らはアテロコラーゲンが完全にゲル化するまでに流出してしまう可能性があることを考えた.そこでキープティアRをあらかじめ温めて(ゲル化させて)注入する方法(プレヒーティング法,2011年角膜カンファランス)を報告し,この方法を用いるとあたらしい眼科Vol.28,No.11,20111583 通常の方法よりも持続効果が長続きし患者の自覚症状スコアもより改善することが示された.ただし,このキープティア通常の方法よりも持続効果が長続きし患者の自覚症状スコアもより改善することが示された.ただし,このキープティアに用いられているアテロコラーゲンは37℃付近でゲル化が始まり,それより温度が高くなり39℃を超えるとゲルの三次元構造が今度は崩壊しはじめて,また液状になってしまう.この変化は不可逆性であり,プレヒーティング法は温度が高くなりすぎると逆効果になってしまうので,行う際は十分注意が必要である..本治療の良い点液状涙点プラグによる治療の最大のメリットは肉芽形成,異物感がまったくない点である.またサイズ選択も必要ないため,さまざまなサイズを用意しておく必要がなく,開業医の先生にとっても使いやすいと思われる.一方,欠点としては,コラーゲンはその性質ゆえに時間とともに分解,流出してしまうために効果が一時的であることである.筆者らの印象では効果は1.2カ月ほどと考えている.このため,重症ドライアイを合併するSjogren症候群患者やGVHD(graft-versus-hotdisase)患者などには不向きである.一方,一時的な効果のプラグと考えて,冬場のドライアイの悪化に対して一時的に使用したり,LASIK(laserinsitukeratomileusis)術後ドライアイに対して使用するなどの方法がよいと思われる.また,コンタクトレンズ装用の際にドライアイ症状を訴える患者も良い適応である2).越智らはSchirmer試験が6mm以上の患者では自覚症状,涙液貯留量,角結膜染色スコアが改善したが5mm以下では改善しなかったと報告している3).このことよりキープティアRは軽度ドライアイに向くプラグであることがわかる.また,固形プラグには少し心理的に抵抗があって躊躇されているけれど,涙点プラグの効果があるかどうかを試したいというような患者にとっても良いプラグではないかと思われる.文献1)濱野孝,林邦彦,宮田和典ほか:アテロコラーゲンによる涙道閉鎖─涙液減少症69例における臨床試験.臨眼58:2289-2294,20042)濱野孝:ドライアイとコンタクトレンズ,特集コンタクトレンズ診療.眼科51:1765-1769,20093)越智理恵,白石敦,原祐子ほか:アテロコラーゲン液状プラグ(キープティアR)の治療効果とその適応.臨眼65:301-306,2011.本方法に対するコメント.コラーゲンプラグは,シリコーンプラグのデメリッである.ただ,筆者も本文で述べているように,プレトを補う反面,シリコーンプラグのように持続的な効ヒーティング法の精度を保つには,温度管理を慎重に果を期待できないのが現状である.液状プラグのキー行わなければならず,同手法の課題といえる.今後,プティアRは,注入の手順を遵守すれば,これまでのドライアイ罹患率はますます上昇すると予想され,涙コラーゲンプラグよりも持続的な効果が期待できる.点プラグ治療の適応も拡大していくものと思われる.筆者は,キープティアRの温度反応特性に着目し,プ液状プラグの安全性とシリコーンプラグの効果持続性レヒーティング法というユニークな手法を考案して,を兼ね備え,さらに簡便に行える,そんな理想的な涙注入直後からの固形化を図って効果を上げているよう点プラグの開発が待ち望まれる.☆☆☆1584あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(72)

緑内障:電子媒体を活用した正常眼圧緑内障の長期管理

2011年11月30日 水曜日

●連載●連載137緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也137.電子媒体を活用した正常眼圧緑内障の新田耕治長期管理福井県済生会病院眼科/金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科)眼圧変化に乏しい正常眼圧緑内障患者の膨大な経過観察データを電子カルテやファイリングソフトによって一元的に管理することは種々の所見の変化をすばやくとらえることができ,治療方針を決定するうえで大変有用である.超慢性疾患で根治的療法が存在しない緑内障を未治療の段階で診断した場合,長期にわたり管理していかなければならない.特に15mmHg以下のlowteensの正常眼圧緑内障(NTG)では健常範囲内を推移するので眼圧の日々変動に埋もれ薬物治療の効果を判定しにくいことがあり,眼圧測定と視野検査を単調にくり返していると緑内障進行の判断が遅れてしまうことがある.近年は緑内障診断機器の充実に伴い,種々のデータ管理が必要となってきた.緑内障患者の膨大なデータを電子カルテやファイリングソフトによって一元的に管理することは治療方針を決定するうえで大変有用であると考える.NTGの進行症例では,①大きな眼圧日々変動や不十分な眼圧下降,②視神経乳頭陥凹拡大による乳頭上血管の明らかな屈曲変化やさらなるrimの菲薄化,③網膜2002.102005.10神経線維層欠損(NFLD)の拡大,④乳頭出血(DH)の出現や頻発,⑤視野障害の悪化,などの所見がみられる.当院では2002年に電子カルテを導入して以降,さまざまな面で電子カルテの恩恵を被っている.電子カルテの場合,画像を何枚でも保存できるので,黄斑中心の広角眼底写真・乳頭中心の高倍率眼底写真・乳頭ステレオ写真など同一患者の眼底写真を異なる条件で撮影して保存しておくと将来の緑内障進行判定に役立つ.紙カルテのころには,撮影した35mmスライドは別の棚にまとめて保管していたので,わざわざ棚にある多数のスライドから探し出すことは煩雑であった.図1の上段のように電子カルテ上にカラー写真を並べて観察すれば,DHをくり返し,徐々に下方のrimが菲薄化し乳頭上の血管の走行が屈曲したことがはっきりと観察できる.これは下方の乳頭の陥凹拡大を表すものである.2008.82009.42011.10図1乳頭出血をくり返し網膜神経線維層欠損が拡大し急速に視野障害が進行した症例上段のようにカラー写真を並べて観察すれば,乳頭出血(DH)DHDHをくり返し,徐々に下方のrimが菲薄化し乳頭上の血管の走行が屈曲したことがわかる.これは下方の乳頭の陥凹拡大を表すものである.中段のように,網膜神経線維層欠損(NFLD)の幅が2002年10月と比較して2011年7月にNFLDが両方とも黄斑側および反対側に拡大し,眼圧が一桁台で推移するも,下2002.122004.92006.82007.112009.102010.42011.12011.6段のように視野障害が比較的急速に進行している(MDslope:.0.69dB/y).DHDH2002.102011.7………………………………….(69)あたらしい眼科Vol.28,No.11,201115810910-1810/11/\100/頁/JCOPY 2001..2007..meanIOP:10.2mmHg2007..2011..meanIOP:8.1mmHgBaselineIOP:15mmHgMDslope:..1.14dB/yMDslope:..0.16dB/y…………………………………………..IOP(mmHg)MD(dB)washout……2001..2007..meanIOP:10.2mmHg2007..2011..meanIOP:8.1mmHgBaselineIOP:15mmHgMDslope:..1.14dB/yMDslope:..0.16dB/y…………………………………………..IOP(mmHg)MD(dB)washout……広角眼底写真を定期的に撮影しておけば,当院にて導入しているNIDEK社製の電子カルテNAVIS(NidekAdvancedVisionInformationSystem)のファイリングシステムには眼底写真の青成分のみ(無赤緑色),緑成分のみ(無赤青色),赤成分のみ(無青緑色)をそれぞれ抽出し白黒眼底写真に瞬時に加工できる.NFLDの境界が鮮明に観察できる青成分のみを抽出して白黒に加工した眼底写真を電子カルテ上に並べれば,図1の中段のように,2002年10月と比較して2011年7月にNFLDの幅が黄斑側および反対側に拡大していることを明瞭に確認できる.NFLDの拡大する症例はDHが出現しやすく,DHをくり返すことが多いので視野障害が比較的急速に進行するサインであり,眼圧下降治療をさらに強化する必要がある.電子カルテを導入していない施設でも眼底カメラを一眼レフデジタルカメラに交換し,眼底写真をUSBメモリーに出力してphotoshopなど画像編集ソフトを利用すれば赤緑写真や白黒写真に加工してNFLDの程度を把握できる.電子化したデータを活用してNTGを厳重に管理したいものである.直径4mm以上の瞳孔の症例は無散瞳で乳頭ステレオ写真を撮影でき,3Dモデル動画や経過観察用に開発された時系列動画ソフトにて撮影ごとの画像の回旋を補正して経時変化が閲覧できるようにもなった.以前は赤青エンピツで紙図2点眼の種類を変更し眼圧がさらに下降したことにより視野進行が緩徐になったNTG症例ベースライン眼圧が15mmHgであった初診時42歳,女性のNTG.2001.2007年はレボブノロールやブナゾシンを使用し,平均眼圧10.2mmHg,MDslope:.1.14dB/yearであった.2007年以降はレボブノロール・ブナゾシンをともに中止し,ラタノプロストやドルゾラミドを開始した.その結果,平均眼圧8.1mmHg,MDslope:.0.16dB/yearと視野進行が緩徐になった.カルテに乳頭のシェーマを書き残していたがその手間が不要となり,乳頭での微細な形状の変化をすばやく発見できるようになったと思われる.視野検査結果の一覧や視野障害の進行速度を示すMD(meandeviation)slopeやVFI(visualfieldindex)slopeなどをファイリングソフトの使用により簡単に表示でき,図2のように2007年以降に眼圧がさらに下降し,MDslopeが.1.14dB/yearから.0.16dB/yearへ緩徐になったことが容易に確認できる.これまで使用してきた点眼薬も入力すれば症例ごとに視野変化と治療の変遷を一覧することができるようになった.今後さらに電子カルテやファイリングソフトが使いやすいものに進化していけば,緑内障の長期管理に関してはさらに有用性が増すものと期待される.文献1)NittaK,SugiyamaK,HigashideTetal:Doestheenlargementofretinalnervefiberlayerdefectsrelatetodischemorrhageorprogressvisualfieldlossinnormal-tensionglaucoma?JGlaucoma20:189-195,20112)新田耕治,杉山和久,棚橋俊郎:境界明瞭な網膜神経線維層欠損を有する正常眼圧緑内障における乳頭出血出現や網膜神経線維層欠損拡大と視野進行との関連.日眼会誌115:839-847,2011☆☆☆1582あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(70)

屈折矯正手術:超音波生体顕微鏡(UBM)によるICLTMのサイズ決定

2011年11月30日 水曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載138大橋裕一坪田一男138.超音波生体顕微鏡(UBM)によるICLTMの小島隆司名古屋アイクリニックサイズ決定Implantablecollamerlens(ICLTM)は毛様溝に固定される後房型の有水晶体眼内レンズである.毛様溝間距離と水平角膜径は相関が弱いために直接測定が望まれる.筆者らは超音波生体顕微鏡(UBM)を用いて毛様溝間距離を直接測定し,重回帰分析によりICLTMサイズ回帰式を決定した.それをもとにICLTM挿入を行うと,従来の方法よりも適切な術後vaultが形成されることがわかった.Implantablecollamerlens(ICLTM)は毛様溝に固定される後房型有水晶体眼内レンズである.有効性,安全性,予測性にすぐれ,現在は高度近視のLASIK(laserinsitukeratomileusis)非適応患者がおもに対象となっているが,今後適応範囲が広がる可能性も考えられる.後房に挿入する特性上,合併症として水晶体混濁(前.下混濁)や瞳孔ブロックによる急性緑内障発作がある.これらの合併症を避けるために,ICLTM手術においてはレンズサイズの決定が非常に重要である.レンズサイズが相対的に大きいと,虹彩が裏側から持ち上げられ狭隅角になる.またレンズサイズが相対的に小さいと,ICLTMが水晶体に近くなり,白内障の発症リスクが高くなる.従来はICLTMのサイズは,メーカー(STAARSurgical社)が用意したノモグラムから算出していた.これは水平角膜径(whitetowhite:WTW)と前房深度から適切サイズを算出する方法である.筆者らも初期はこのノモグラムを使用して,ほとんどの症例では問題がなかったが,なかに非常に高いvault(ICLTMと水晶体前面.距離)や非常に低いvaultを経験したこともあり,この方法に限界を感じていた.実際にこれまでに,WTWは毛様溝間距離(sulcustosulcus:STS)との相関がない,もしくは低いことが報告されている1).そこに広角測定が可能な超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)が発売された.これによって前眼部が一画面で解析可能になり,STSが明瞭に測定できるようになった.まず筆者らは,視能訓練士をトレーニングし十分にUBMの操作に熟練させた.その状態で,2検者による再現性や同一検者による再現性を評価し報告した2).同一検者で健常眼10眼をそれぞれ10回測定した際の,平均変動係数は0.62±0.20%であ(67)った.これにより同一検者の再現性は高いことが示された.一方,2検者間の再現性は3.4±2.4%であり,Bland-Altmanplotにおいても2検者に差を認めたことから,何が原因かをさらに調査したところsulcusの最終端を決定するところでわずかに個人差が生じており,複数の検者で測定を行う際は,同じ画像を提示して同じ値を測定できるようになるまで検者をトレーニングする必要があると思われた.つぎの段階として,筆者らはすでにICLTM手術を受けた患者に着目して,挿入したレンズ径と術後vaultから,最適なvaultを形成させるには,どのサイズが適切であったか逆算した.この算出には,レンズを水中で押し縮めた際の距離の1.14倍vaultが高くなる(STAARSurgical社内データ)ことを利用した.最適なvaultは一般的に術後所見として適切とされている1角膜厚みとして500μmとした.たとえば,12mmのレンズを挿入して,術後vaultが800μmであったならば,もう少し短いレンズを挿入するべきで,計算としては12+(0.5.0.8)/1.14=11.74と計算され,11.7mmのレンズを入れれば丁度vaultが0.5mmに収まったはずであると計算した.ただし,これには固定位置がまったく同じであるという仮定が含まれている(実際にはICLTMサイズは0.5mmステップで作製されているのでこのようなレンズを注文することはできない).このようにして今までに手術が終わった患者で,最適サイズを計算した.その後,さまざまな眼パラメータを説明変数の候補としてステップワイズ重回帰分析を施行した.UBMで測定されるパラメータとしては,STSだけでなく新しいパラメータとしてSTSL(STSのラインと水晶体前面までの距離)を含めた(図1).STSLを考慮したのは,vaultは単純にSTSとレンズサイズの相対的な関係だけでなく,水あたらしい眼科Vol.28,No.11,201115790910-1810/11/\100/頁/JCOPY TMサイズを計算する回帰式は,以下のように示された3).最適ICLTMサイズ(mm)=3.611+0.468STS+0.784ACD+1.09STSL(K式)つぎにK式を用いて,サイズを決定し新規の53名101眼の患者にICLTMを挿入した.その結果,平均のvaultは0.71±0.20mm(0.29.1.33mm),0.15mm以上1.0mm以下のmoderatevaultに収まった割合が89眼(88.1%)で,lowvaultは1例もなく,1.0mm以上のhighvaultは12眼(11.9%)であった.またSTAARSurgical社の提供するノモグラムやDoughertyらが報告しているノモグラム4)で予測vaultを計算すると,moderatevaultに入る割合がK式において有意に高いことがわかった.現在でも筆者らはICLTMのサイズ決定ではUBMを用いているが,この方法を行う際にはいくつかの注意点がある.まず,UBMで毛様溝を決定する場合,虹彩裏面の高反射のラインの最終端をsulcusとする.第2に複数の検者が測定を行う場合は,前述したように検者間の差が起こらないように事前にトレーニングするべきである.筆者らの回帰式はVumaxII(Sonomed社)を用1580あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図1超音波生体顕微鏡(UBM)で測定した毛様溝間距離(STS)とSTSlineと水晶体前面の距離(STSL)いた回帰式であるために,他のUBMでこの回帰式のまま使用できるか,修正が必要かどうかは検証が必要である.もう一つの限界として,ICLTMは0.5mmステップでサイズが作製されている.このためどうしてもlowvaultを避けるため,大きめのサイズを選択してしまう傾向がある.11.9%の症例でhighvaultになったのはこの影響と思われる.今後は新たな症例を回帰式に組み入れて,常にICLTMのサイズ決定を最適化してICLTM手術が隅角や水晶体への影響の少ない手術となるようにしていきたい.文献1)KawamoritaT,UozatoH,KamiyaKetal:Relationshipbetweenciliarysulcusdiameterandanteriorchamberdiameterandcornealdiameter.JCataractRefractSurg36:617-624,20102)YokoyamaS,KojimaT,HoraiRetal:Repeatabilityoftheciliarysulcus-to-sulcusdiametermeasurementusingwide-scanning-fieldultrasoundbiomicroscopy.JCataractRefractSurg37:1251-1256,20113)KojimaT,YokoyamaS,ItoMetal:Optimizationofanimplantablecollamerlenssizingmethodusinghigh-frequencyultrasoundbiomicroscopy.AmJOphthalmol,inpress4)DoughertyPJ,RiveraRP,SchneiderDetal:Improvingaccuracyofphakicintraocularlenssizingusinghigh-frequencyultrasoundbiomicroscopy.JCataractRefractSurg37:13-18,2011(68)

多焦点眼内レンズ:多焦点眼内レンズ挿入眼の脳順応

2011年11月30日 水曜日

●連載●連載監修=ビッセン宮島弘子23.多焦点眼内レンズ挿入眼の脳順応柴琢也東京慈恵会医科大学眼科多焦点眼内レンズは特殊な光学的構造を有するため,最良の視機能を獲得するまでに一定の期間を要する.これは術後に多焦点眼内レンズの特殊な見え方に対して,患者の脳が次第に順応していくことにより,多焦点眼内レンズの機能を使えるようになっていくものと推察される.また,特殊な視覚訓練を行うことによって,順応期間を短縮し,順応度を向上させようという研究もされている.近年の白内障手術は目覚しい進歩を遂げており,超音波白内障手術とfoldable眼内レンズ(IOL)による小切開白内障手術によってほぼ完成された術式となっている.IOLの分野においては,着色,非球面,極小切開対応,大光学径,乱視矯正などのさまざまな付加価値を有するIOLがすでに臨床使用されている.多焦点IOLもそのうちの一つであるが,2005年頃より新世代の多焦点IOLを用いた白内障手術が欧米を中心に開始され,わが国でも2007年より順次使用可能になった.さらに2008年には先進医療として承認され,現在までに数多く使用されている.多くの付加価値IOLは,正しく使用すれば有する付加価値により視機能低下をきたすことは少ない.それに比べて多焦点IOLは,付加価値を有するが故に(この場合は二重焦点であるということ),単焦点IOLとは術後経過に相違がある.そこで本稿では,多焦点IOLの術後経過について脳順応の観点から考察する.脳順応多焦点IOLの術後経過について考察する前に,脳順応について述べる.神経系は外界の刺激などによって常に解剖学的・機能的に変化しており,このことは神経可塑性とよばれている.神経可塑性は,①発生・発育段階に認めるもの,②加齢・外傷などにより損失した神経回路が,回復する際に認めるもの,③記憶・学習などにより獲得するものの3つに大別される.このうち③の神経可塑性が,多焦点IOL挿入眼の脳順応を考える際に重要になる.脳科学の分野では,神経可塑性を獲得するために行う事柄を知覚学習(perceptuallearning:PL)とよび,特に視覚領域に限定した事柄に対しては視覚的知覚学習(visualperceptuallearning:VPL)という言葉(65)を用いている.たとえば,超音波エコーを一瞥して胎児の性別を判定することは,多くの眼科医には不可能であろう.しかし同じ映像を見ても,熟練した産婦人科医にはこれが可能になる.当然であるが産婦人科医が眼科医よりも視機能が良好であるという報告はなく,これはトレーニングを重ねて獲得されたものである.このトレーニングがまさにVPLである1).現在までにPLについては多くの研究が行われているにもかかわらず不明な点も多いが,PLは神経可塑性に関係するものと考えることが通説となっている.つまり脳の神経回路が組み換えられていくことで,特定の行動を効率よく行えるようになるということである.先述の例でいえば,産婦人科医はエコー画像から胎児の性別を判断するトレーニングを重ねることによって自身の診断能力を向上させていくことは,該当する視覚野のネットワークが適切に組み換わっていくことによって獲得されるということである.さらにいえば,産婦人科医は小児期からこのトレーニングを行っている訳ではないということより,解剖学的な成長によらなくてもPLは有効であるといえよう.多焦点IOLの術後経過多焦点IOL挿入術後の経過は,単焦点IOLに比べてどのような違いがあるのであろうか.単焦点IOLに比べて多焦点IOL挿入眼のコントラスト感度は,術後1カ月目ではすべての周波数領域で低下しているが,術後3カ月目では高周波領域のみが有意に低下しており,術後6カ月以降では両IOL挿入眼に有意差を認めなかったとの報告がある2).さらに多焦点IOL挿入後の最良の遠方視力,近方視力が得られるまでの期間は,単焦点IOL挿入眼に比べて延長するとの報告も散見される3.5).これらの報告では,その理由の一つに脳順応が関与してあたらしい眼科Vol.28,No.11,201115770910-1810/11/\100/頁/JCOPY いることを推察している.そこで脳順応が関与している可能性があるのであれば,これを積極的に利用して多焦点IOL挿入眼の術後視機能を向上させようという試みもされている.Kaymakらは,多焦点IOL挿入術後から,特殊な視覚訓練を行うことにより最良の遠方視力,近方視力が得られるまでの期間を短縮することが可能であったと報告しているいることを推察している.そこで脳順応が関与している可能性があるのであれば,これを積極的に利用して多焦点IOL挿入眼の術後視機能を向上させようという試みもされている.Kaymakらは,多焦点IOL挿入術後から,特殊な視覚訓練を行うことにより最良の遠方視力,近方視力が得られるまでの期間を短縮することが可能であったと報告している.さらに,検査指標の照度やコントラストによってその期間は異なり,より見えづらい条件のほうが最良視力獲得までの期間が必要であるとも述べている6).多焦点IOLの術後経過の脳科学的推察前述の報告を脳科学的に推察すると,以下のようである.多焦点IOL挿入術を施行された患者は,今まで経験したことのない視機能を獲得することになる.経験したことがないために手術直後は,多焦点IOLの性能を発揮しきれない.しかし覚醒時には視覚刺激を常に受けているため,これが結果的に無意識のVPLとなっている.その結果,VPLの積み重ねによって,多焦点IOLを介した視覚情報の処理を行うための神経回路が適切に組み換えられていくことで,効率よく視覚判断を行うことができるようになっていく.この現象は,簡易なものから早く達成されていく.さらに,積極的にVPLを行うことによって,この期間を短縮できるようになる.おわりに多焦点IOL挿入術後の脳順応に関して,従来の臨床報告を脳科学的に推察したが,実際に脳活動を計測して,脳順応の関与の証明はいまだされていない.この分野は,患者の術後満足度向上に重要であり,今後さらなる研究が必要であろう.文献1)CarmelD,CarrascoM:Perceptuallearninganddynamicchangesinprimaryvisualcortex.Neuron57:799-801,20082)Montes-MicoR,AlioJL:Distanceandnearcontrastsensitivityfunctionaftermultifocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg29:703-711,20033)GoesFJ:VisualresultsfollowingimplantationofarefractivemultifocalIOLinoneeyeandadiffractivemultifocalIOLinthecontralateraleye.JRefractSurg24:300-305,20084)PalominoBautistaC,CarmonaGonzalezD,CastilloGomezAetal:Evolutionofvisualperformancein250eyesimplantedwiththeTecnisRZM900multifocalIOL.EurJOphthalmol19:762-768,20095)MesterU,HunoldW,WesendahlTetal:FunctionaloutcomesafterimplantationofTecnisRZM900andArrayRSA40multifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg33:1033-1040,20076)KaymakH,FahleM,OttGetal:IntraindividualcomparisonoftheeffectoftrainingonvisualperformancewithReSTORRandTecnisRdiffractivemultifocalIOLs.JRefractSurg24:287-293,2008☆☆☆1578あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(66)

眼内レンズ:眼内レンズ強膜縫着術後の逆瞳孔ブロック

2011年11月30日 水曜日

郎西村哲哉関西医科大学附属滝井病院眼科303.眼内レンズ強膜縫着術後の逆瞳孔ブロック眼内レンズ(IOL)縫着術後に逆瞳孔ブロックをきたす症例がある.眼球運動に伴って,IOL後方の眼内液が前房に流入するが,硝子体腔に戻る際には虹彩がIOLに対して弁状に働いてそれを阻止するため(逆瞳孔ブロック),前房が異常に深くなる.硝子体手術後の無硝子体眼に発生しやすい.IOLが後方に移動し,遠視化する場合には,レーザー虹彩切開術が有効である.●逆瞳孔ブロックとは?逆瞳孔ブロックとは,虹彩中間周辺部が後方偏位し,瞳孔縁もしくは虹彩中間周辺部で虹彩が水晶体と接触し,前房圧が後房圧を上まわり,深前房をきたす病態をさす.若年者の強度近視眼に多く,瞬目や運動負荷による後房から前房への房水の移動により誘発されるとされている1.4).通常の瞳孔ブロックが,後房→前房への経路のブロックであるのに対し,その逆方向のブロックなので,逆瞳孔ブロックとよばれる.虹彩裏面の摩擦により色素顆粒が散布され,色素性緑内障をきたすことがある.また,深前房に伴う遠視化をきたすこともある.●眼内レンズ縫着術後の逆瞳孔ブロックこれと同様の病態が,眼内レンズ(IOL)縫着術後に図2硝子体手術既往眼にIOL縫着を行った症例(61歳,男性)術後から屈折度に2.0.3.0Dの変動がみられた.a:逆瞳孔ブロック発生時の前眼部所見とPentacamR所見.前房が異常に深く(6,000μm),虹彩が後方に弯曲し,瞳孔縁がIOLに圧着されている.視力は(0.8×sph+2.25D(cyl.1.50DAx70°).b:LI術後の所見.前房深度は4,018μmと正常化し,虹彩の後方弯曲および瞳孔とIOLの圧着は解除された.視力は(0.9×sph.1.50D(cyl.1.00DAx90°)で,遠視化も改善された.ab発生することがある5.7).IOL縫着術後の逆瞳孔ブロックは硝子体切除後の無硝子体眼に発生しやすい.後房.硝子体腔の眼内液は眼球運動に伴って,容易に前房内に図1逆瞳孔ブロックの発生機序後房.硝子体腔の眼内液は眼球運動に伴って生じた水流により,容易に前房内に流入するが,それが硝子体腔に戻ろうとする際に,虹彩がIOLに対して弁状に働き,それを阻止するため,前房が異常に深くなって逆瞳孔ブロックが発生すると考えられる.6,000μm4,018μm(63)あたらしい眼科Vol.28,No.11,201115750910-1810/11/\100/頁/JCOPY 流入するが,それが硝子体腔に戻ろうとする際に,虹彩がIOLに対して弁状に働き,それを阻止するため,前房が異常に深くなる(図1).無症状のことも多いが,IOLが後方に移動すると,屈折が遠視側に変化するので,患者は視力低下(裸眼視力の低下,視力の変動,眼鏡が合わない,など)を訴える.矯正視力は良好であるが,屈折の遠視化と,異常な深前房,虹彩の後方弯曲および瞳孔縁がIOLに圧着されている所見に注意する必要がある(図2).診断には超音波生体顕微鏡(UBM)2.4),多機能型前眼部解析測定装置(PentacamR)4,7),前眼部OCT(光干渉断層計)6)などが有用である.●治療隅角からの前房水流出,毛様体からの房水産生により自然緩解することが多いが,頻回に逆瞳孔ブロックを生じて,視力が動揺する場合には治療が必要である.散瞳することにより逆瞳孔ブロックはいったん解除され,前房深度は正常になるが,縮瞳してくると再びブロックが発生するので,散瞳剤による効果は一時的である.安定的にブロックを解除するにはレーザー虹彩切開術(LI)が有効である(図2)5.7).症状がない場合でも,虹彩裏面とIOLの接触により色素が散布され,色素性緑内障をきたす可能性があるので,長期にわたる経過観察が必要である.文献1)KarickhoffJR:Pigmentarydispersionsyndromeandpigmentaryglaucoma:anewmechanismconcept,anewtreatment,andanewtechnique.OphthalmicSurg23:269-277,19922)HaargaardB,JensenPK,KessingSVetal:Exerciseandirisconcavityinhealtheyes.ActaOphthalmolScand79:277-282,20013)AdamRS,PavlinCJ,UlanskiLJ:Ultrasoundbiomicroscopicanalysisofirisprofilechangeswithaccommodationinpigmentaryglaucomaandrelationshiptoage.AmJOphthalmol138:652-654,20044)YipLW,SothornwitN,BerkowitzJetal:Acomparisonofinteroculardifferencesinpatientswithpigmentdispersionsyndrome.JGlaucoma18:1-5,20095)井上康,馬場哲也,永山幹夫ほか:眼内レンズ毛様体扁平部縫着術後に発症した逆瞳孔ブロック.眼科46:18991903,20046)HigashideT,ShimizuF,NishimuraAetal:Anteriorsegmentopticalcoherencetomographyfindingsofreversepapillaryblockafterscleral-fixatedsuturedposteriorchamberintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg35:1540-1547,20097)木村元貴,津田メイ,西村哲哉ほか:眼内レンズ縫着術後の逆瞳孔ブロックにレーザー虹彩切開術を施行した3例.臨眼64:1341-1346,2010