‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

線維柱帯切除術後の脈絡膜剝離に関する臨床経過の検討

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(99)1731《原著》あたらしい眼科27(12):1731.1735,2010cはじめに緑内障手術後早期に低眼圧や浅前房に伴い脈絡膜.離がしばしば出現する.緑内障手術,特に線維柱帯切除術後の脈絡膜.離の発症原因として,過剰濾過や房水漏出による低眼圧,眼内炎症が関与すると報告されている1~5).脈絡膜.離が持続すると,低眼圧のため濾過創からの房水流出が低下し,その間に結膜下の癒着が進み,術後の眼圧コントロールが不良になる可能性が懸念される.今回,線維柱帯切除術単独もしくは白内障との同時手術を行った症例で,術後3週間以内に脈絡膜.離が出現した眼の臨床経過と術6カ月後の眼圧コントロールについて検討した.I対象および方法1.対象2006年1月1日.2007年12月31日までの2年間に産業医科大学病院で,緑内障に対しマイトマイシンC(MMC)併〔別刷請求先〕新田憲和:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorikazuNitta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyusyu807-8555,JAPAN線維柱帯切除術後の脈絡膜.離に関する臨床経過の検討新田憲和田原昭彦岩崎常人藤紀彦久保田敏昭産業医科大学眼科学教室InfluenceofEarlyOnsetChoroidalDetachmentonOcularClinicalCourseafterTrabeculectomyNorikazuNitta,AkihikoTawara,TunehitoIwasaki,NorihikoTouandToshiakiKubotaDepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan緑内障に対する線維柱帯切除術後3週間以内に脈絡膜.離をきたした眼について臨床経過を検討する.2006年1月1日.2007年12月31日までの2年間に産業医科大学病院で,緑内障に対し線維柱帯切除術単独もしくは白内障との同時手術を行った眼で,術後3週間以内に脈絡膜.離を生じた眼を対象に以下の項目について調べた.すなわち,上記の期間に同様の手術を行い脈絡膜.離を生じなかった眼を対照として,脈絡膜.離の発症に関係する要因,脈絡膜.離に対する処置,脈絡膜.離消失までの期間,脈絡膜.離消失後の眼圧経過と緑内障点眼薬数の変化について調べた.線維柱帯切除術を行った122例128眼中,術後3週間以内に脈絡膜.離が出現したのは12例12眼(9.4%)であった.水晶体再建術既往眼で非既往眼に比べ脈絡膜.離が有意に多かった.術6カ月後の平均眼圧は14.9±5.6mmHgで,術前平均眼圧(29.6±10.3mmHg)に比べ有意に低かった(p<0.01).また,術6カ月後の平均眼圧と緑内障点眼数に関して,脈絡膜.離発症眼と脈絡膜.離非発症眼の間に有意差はなかった.線維柱帯切除術後における脈絡膜.離発症の有無は,術後6カ月の眼圧コントロールに影響しない.ThesubjectsofthisstudycomprisedpatientswhounderwenteithertrabeculectomyorcombinedsurgeryoftrabeculectomyandlensreconstructionattheUniversityofOccupationalandEnvironmentalHealthHospitalduringthetwoyearsfromJanuary1,2006toDecember31,2007.Weexaminedfactorsrelatingtothedevelopmentofpostoperativechoroidaldetachment(CD),treatmentsforthedisease,periodrequiredforCDdisappearance,timecourseofintraocularpressure(IOP)andchangeofmedicationineyeswithCD,ascomparedwitheyesthathadundergonethesameoperationbuthadnotexperiencedCD.Of128eyesof122patients,12eyes(9.4%)of12patientsmanifestedCDwithin3weekspostsurgery.Thereweresignificantlymorechoroidaldetachmentsineyeswithahistoryoflensreconstructionthanineyeswithoutsuchhistory.IOPat6monthspostoperatively(14.9±5.6mmHg)wassignificantlylowerthanthepreoperativelevel(29.6±10.3mmHg)(p<0.01).TherewasnosignificantdifferenceineitherIOPoranti-glaucomaeyedropdosagebetweeneyeswithandwithoutCD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1731.1735,2010〕Keywords:線維柱帯切除術,脈絡膜.離,低眼圧.trabeculectomy,choroidaldetachment,hypotony.1732あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(100)用線維柱帯切除術単独あるいは白内障との同時手術を行った症例122例128眼である.術後3週間以内に検眼鏡的に脈絡膜.離が確認された眼について検討した.同期間に線維柱帯切除術を行い,術後3週間以内に脈絡膜.離を生じなかった眼を対照として,下記の項目について調べた.2.検討項目脈絡膜.離の発症に関係する要因として年齢,性別,術眼(左右),水晶体再建術の既往,緑内障の病型,結膜切開部位について検討し,さらに脈絡膜.離に対する処置,脈絡膜.離消失までの期間,脈絡膜.離眼の眼圧経過,術6カ月後の眼圧と緑内障点眼薬数を調べた.術6カ月後の眼圧と緑内障点眼薬数に関しては,術後6カ月経過観察できた脈絡膜.離非発症眼と脈絡膜.離発症眼との間で平均眼圧と緑内障点眼薬数を比較検討した.3.統計学的解析統計学的解析は,年齢と眼圧についてはStudentのt検定を,性別,術眼(左右),結膜切開部位,水晶体再建術の既往,緑内障の病型についてはc2検定を,脈絡膜.離消失後の緑内障点眼治療薬の数についてはMann-Whitney’sUtestを用いた.脈絡膜.離消失後眼圧について,術前,脈絡膜.離出現時,脈絡膜.離消失時,脈絡膜.離消失後1カ月,2カ月,3カ月,6カ月の平均眼圧をそれぞれ多重比較した(Bonferroni/Dunn).危険率5%以下を有意水準とした.4.術式手術は,複数の術者によって行われた.線維柱帯切除術の術式は,結膜弁(輪部基底あるいは円蓋部基底)を作製し,結膜下組織を.離した.つぎに四角形の強膜半層フラップを作製し,結膜下と強膜半層フラップ下にMMCを塗布(0.04%,3分間)した後,生理食塩水250mlで洗浄した.線維柱帯を含む強角膜片を切除して,周辺虹彩切除を行った.強膜フラップを10-0ナイロン糸で5糸縫合した後,結膜を縫合して手術を終了した.II結果線維柱帯切除術後3週間以内に脈絡膜.離をきたした症例は12例12眼(9.4%)であり,脈絡膜.離非発症眼は110例116眼であった.脈絡膜.離消失後6カ月以上経過観察できたのは101例106眼(脈絡膜.離発症眼12眼と脈絡膜.離非発症眼94眼)であった.脈絡膜.離発症眼12例12眼と脈絡膜.離非発症眼110例116眼の患者背景を表1に示す.平均年齢,性別,術眼,眼圧下降薬,術前平均眼圧は脈絡膜.離発症眼と脈絡膜.離非発症眼との間で有意差はなかった.脈絡膜.離発症眼では輪部基底結膜切開は4眼,円蓋部基底結膜切開は8眼で,脈絡膜.離非発症眼では輪部基底結膜は42眼,円蓋部基底結膜切開は74眼であった.結膜切開の方法の違いによって脈絡膜.離の発症頻度に有意差はなかった.緑内障の病型では,続発緑内障で脈絡膜.離発症の割合が高かった(13.0%).しかし,統計学的には緑内障病型によって脈絡膜.離発症に差はなかった(p値=0.56).水晶体再建術既往眼で非既往眼よりも有意に多く(p値=0.037)脈絡膜.離が発症していた.脈絡膜.離発症直前と脈絡膜.離発症時の平均眼圧は,それぞれ4.7±2.3mmHgと4.5±2.3mmHg(図1)で,全例9mmHg以下であった.低眼圧の原因は,術後の過剰濾過(9表1患者背景非脈絡膜.離眼(110例116眼)脈絡膜.離眼(12例12眼)p値年齢(歳)66.4±15.569.9±16.30.42**性別0.22*男性67例(60.9%)5例(41.7%)女性43例(39.1%)7例(58.3%)術眼0.45*右眼56眼(48.3%)5眼(41.7%)左眼60眼(51.7%)7眼(58.3%)平均眼圧(mmHg)27.4±9.629.6±10.30.45**緑内障病型別0.56*原発開放隅角緑内障36眼(31.0%)1眼(8.3%)原発閉塞隅角緑内障10眼(8.6%)1眼(8.3%)発達緑内障10眼(8.6%)1眼(8.3%)続発緑内障60眼(51.7%)9眼(75.0%)水晶体再建術既往0.037*なし87眼(75.0%)5眼(41.7%)あり29眼(25.0%)7眼(58.3%)結膜切開部位0.56*輪部基底切開42眼(36.2%)4眼(33.3%)円蓋部基底切開74眼(63.8%)8眼(66.7%)*:c2検定,**:Studentのt検定.35302520151050術前CD発症時CD消失時1カ月後2カ月後3カ月後6カ月後眼圧(mmHg)******図1脈絡膜.離眼の眼圧の経過脈絡膜.離発症時眼圧は,4.5±2.3mmHgである.また脈絡膜.離発症眼の術6カ月後平均眼圧(14.9±5.7mmHg)は,術前平均眼圧(29.6±10.3mmHg)に比べて有意に低下している.:脈絡膜.離発症眼,:脈絡膜.離非発症眼.*:p<0.01(Bonferroni/Dunn法).(101)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101733眼)と濾過胞からの房水漏出(3眼)で,過剰濾過ではレーザー切糸後に起こったものが3眼あった(表2).過剰濾過によるものでは,ほぼ全例(8眼/9眼)で一時的に浅前房がみられたが,脈絡膜.離の軽快とともに浅前房は改善した.脈絡膜.離に対し表3に示す処置を行い,全例23日以内に脈絡膜.離は消失した.全例アトロピン点眼を行っており,脈絡膜.離消失までの平均日数は9.2±5.7日(4~23日)であった.このうちアトロピン点眼のみを行った眼や,さらに圧迫眼帯や副腎皮質ステロイド薬の内服を併用したが外科的処置を行わなかった眼は12眼中9眼(75%)で,脈絡膜.離消失までの期間が外科的処置を行った眼に対して比較的長かった.濾過胞周辺の結膜癒着による房水漏出に対して,ニードリングと同時に結膜縫合を行った.脈絡膜.離発症眼の6カ月間の眼圧の経過を図1に示す.術前の平均眼圧(29.6±10.3mmHg)に比較して,脈絡膜.離消失6カ月後の平均眼圧(14.9±5.7mmHg)は有意に低かった.また,脈絡膜.離消失6カ月後の眼圧は,脈絡膜.離発症眼では14.9±5.7mmHgであり,脈絡膜.離非発症眼13.6±6.0mmHgに比べてやや高値であったが,統計学的に有意差はなかった(p値=0.76)(表4).術6カ月後の緑内障点眼薬数に関しても,両群間に有意差はなかった(p値=0.37)(表4).III考按緑内障手術後の脈絡膜.離発症と患者背景との関係について,Berkeら6)は,慢性かつ再発性の術後脈絡膜.離は,高齢,高血圧,動脈硬化性心疾患,高度近視,房水産生抑制薬の使用や眼内炎症,全層性濾過手術の既往を有する患者で多くみられたと報告している.Altanら7)は,年齢,性別,高血圧,糖尿病,術前の眼圧,術前の緑内障点眼薬の数,MMC併用の有無において脈絡膜.離発症に有意な差はなかったが,視神経乳頭の陥凹が大きい眼,術前視力不良眼,落屑緑内障眼において統計学的に脈絡膜.離が多くみられたと報告している.落屑緑内障眼で脈絡膜.離が多かった理由として,血液房水関門の破綻による術後炎症の悪化をあげている.今回の検討では,年齢,性別,術眼(左右),術前平均眼圧,緑内障病型,結膜切開部位による違いで,脈絡膜.離の発症に差はなかったが,水晶体再建術既往眼で非既往眼に比較して脈絡膜.離が有意に多かった.水晶体再建術既往眼で脈絡膜.離が多い理由は不明であるが,水晶体再建術時にZinn小帯を通じて毛様体に外力が及び,それが脈絡膜上腔の接着などに影響して線維柱帯切除術後に脈絡膜.離発症を起こしやすくした可能性が推測される.線維柱帯切除術後の脈絡膜.離発症には,過剰濾過や房水漏出などによる術後低眼圧あるいは眼内炎症が関与すると考えられている1~5).眼内炎症や毛様体.離があると房水産生機能が低下し低眼圧になることで,脈絡膜上腔ヘの水分の滲表2脈絡膜.離を起こした低眼圧の発症要因①過剰濾過(線維柱帯切除術後(レーザー切糸後9眼6眼)3眼)②房水漏出3眼表3脈絡膜.離に対する処置処置の組み合わせ眼CD消失までの日数①アトロピン3眼11.3日②アトロピン+圧迫眼帯3眼11.6日③アトロピン+ステロイド内服2眼6.5日④アトロピン+圧迫眼帯+副腎皮質ステロイド内服1眼10日⑤アトロピン+圧迫眼帯+濾過胞圧迫縫合1眼4日⑥アトロピン+圧迫眼帯+自己血結膜下注射1眼7日⑦アトロピン+結膜縫合+ニードリング1眼7日CD:脈絡膜.離.表4術6カ月後の平均眼圧と緑内障点眼数脈絡膜.離非発症眼(94眼)脈絡膜.離発症眼(12眼)p値眼圧(眼圧±SDmmHg)13.6±6.0mmHg14.9±5.7mmHg0.76*緑内障点眼薬数0.37**0剤58眼6眼1剤17眼2眼2剤13眼3眼3剤5眼1眼4剤1眼0眼*Studentのt検定,**Mann-Whitney’sUtest.1734あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(102)出が促進される.炎症でも脈絡膜上腔への蛋白質の蓄積が増えて,脈絡膜上腔への水分滲出を促進し,結果として脈絡膜.離の発生が助長される4).今回の症例において,脈絡膜.離発症時の平均眼圧は4.5±2.3mmHg,脈絡膜.離発症直前の平均眼圧は4.7±2.4mmHgであり,脈絡膜.離発症前後の平均眼圧はともに低眼圧であった.このことから,脈絡膜.離発症の原因の一つに低眼圧が関与していると考えられる.大黒ら4)は,線維柱帯切除後に重篤な脈絡膜.離をきたした続発緑内障の2症例を報告し,脈絡膜.離発症の原因の一つに,術後炎症で促される毛様体機能低下による低眼圧をあげている.ぶどう膜炎による続発緑内障眼に関して,Jasonら8)は,線維柱帯切除術を行ったぶどう膜炎眼と非ぶどう膜炎眼とで術後の低眼圧,脈絡膜出血,眼内炎の発症率に有意差はなかったと報告している.Kaburakiら9)も,線維柱帯切除術を行ったぶどう膜炎眼(53眼)と原発開放隅角緑内障眼(80眼)において,長期の術後低眼圧と低眼圧黄斑症はぶどう膜炎眼に多くみられたが,脈絡膜.離発症率に関して差はなかったとしている.ぶどう膜炎眼において長期の低眼圧や低眼圧黄斑症が多くみられた理由として,術後炎症による房水産生機能低下をあげている.今回,緑内障の病型(表1)では,脈絡膜.離眼において続発緑内障が12眼中9眼で比較的多かったが,非.離眼との間で統計学的有意差はなかった.続発緑内障眼を含め脈絡膜上腔ドレナージを必要とする重篤な脈絡膜.離はなかった.Shiratoら10)は線維柱帯切除術後の脈絡膜.離の大部分(40眼/41眼)は,薬物治療(副腎皮質ステロイド薬内服など)や圧迫眼帯などの保存的加療で3週間以内に消失すると報告している.今回の検討では,薬物治療(副腎皮質ステロイド薬内服点眼,アトロピン点眼)や圧迫眼帯で脈絡膜.離が消失したものが12眼中9眼(75%)で,過去の報告と同様に保存的加療が多くの症例に有効であった.今回過剰濾過に対する外科的処置として自己血結膜下注射(1眼)と濾過胞圧迫縫合(1眼)を行い,短期間に眼圧上昇し脈絡膜.離は消失した.過去の報告においても遷延する過剰濾過による低眼圧に対して,自己血結膜下注射や濾過胞圧迫縫合は短期間に眼圧上昇させ脈絡膜.離を改善する有効な外科的手段と報告されている12,13).線維柱帯切除後の脈絡膜.離は一過性であり,脈絡膜.離の改善は眼圧の正常化と炎症の沈静化により得られると報告されている14).今回の検討においても脈絡膜.離消失までの期間(図2)は平均9.8日(最短4日,最長23日)と比較的短期間であり,全例眼圧が上昇するとともに,脈絡膜.離は消失した.脈絡膜.離発症眼の術6カ月後の眼圧は術前に比べ有意に低下していた(図1).術6カ月後の眼圧と緑内障点眼薬数に関しても,脈絡膜.離発症眼(12眼)と脈絡膜.離未発症眼(94眼)とで有意差はなかった.このことから,脈絡膜.離の発症は,術6カ月の時点において線維柱帯切除術の眼圧下降効果に影響はないと考えられる.Stewartら15)は術後3カ月以内に生じた脈絡膜.離発症眼18眼の臨床経過を検討し,脈絡膜.離非発症眼18眼と比較し,1年後の平均眼圧および緑内障点眼数において,両群間で統計学的な有意な差はなかったと報告しており,今回の結果と同様である.今回の検討から,線維柱帯切除術後早期に発症した脈絡膜.離は,術後6カ月において線維柱帯切除術の眼圧下降効果に影響しないと考えられる.文献1)PedersonJE,GaasterlandDE,MacLellanHM:Experimentalciliochoroidaldetachment:Effectonintraocularpressureandaqueoushumorflow.ArchOphthalmol97:536-541,19792)BrubakerRF,PedersonJE:Ciliochoroidaldetachment.SurvOphthalmol27:281-289,19833)CapperSA,LeopoldIH:Mechanismofserouschoroidaldetachment:Areviewandexperimentalstudy.ArchOphthalmol55:101-113,19564)大黒幾代,大黒浩,中澤満ほか:緑内障濾過手術後に重篤な脈絡膜.離を来した続発緑内障の2症例.眼紀55:575-578,20045)VladislavP:Earlychoroidaldetachmentaftertrabeculectomy.ActaOphthalmolScand76:361-371,19986)BerkeSJ,BellowsR,ShingletonBJetal:Chronicandrecurrentchoroidaldetachmentafterglaucomafilteringsurgery.Ophthalmology94:154-162,19877)AltanC,OzturkerC,BayraktarSetal:Post-trabeculectomychoroidaldetachment:notanadverseprognosticsignforeithervisualacuityorsurgicalsuccess.EurJOphthalmol18:771-777,20088)JasonN,LarissaDD,TheodoreRetal:OutcomeoftrabeculectomywithintraoperativemitomycinCforuveiticglaucoma.CanJOphthalmol42:89-94,20079)KaburakiT,SiratoS,AraieMetal:InitialtrabeculectomywithmitomycinCineyeswithuveiticglaucomawith76543210~4日5~8日9~12日13~16日17~20日21日~眼数脈絡膜.離消失までの日数図2脈絡膜.離消失までの日数脈絡膜.離消失までの平均日数は,9.2±5.7日である.(103)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101735inactiveuveitis.Eye23:1509-1517,200910)ShiratoS,KitazawaY,MishimaS:Acriticalanalysisofthetrabeculectomyresultsbyaprospectivefollow-updesign.JpnJOphthalmol26:468-480,198211)KuWC,LinYH,ChuangLHetal:Choroidaldetachmentafterfilteringsurgery.ChangGungMedJ28:151-158,200512)OkadaK,TsukamotoH,MishimaHetal:AutologousbloodinjectionformarkedoverfiltrationearlyaftertrabeculectomywithmitomycinC.ActaOphthalmolScand79:305-308,200113)HaynesWL,AlwardWL:Combinationofautologousbloodinjectionandblebcompressionsuturestotreathypotonymaculopathy.JGlaucoma8:384-387,199914)ObuchowskaI,MariakZ:Choroidaldetachment-pathogenesis,etiologyandclinicalfeatures.KlinOczna107:529-532,200515)StewartWC,CrinkleyCM:Influenceofseroussuprachoroidaldetachmentsontheresultsoftrabeculectomysurgery.ActaOphthalmolScand72:309-314,1994***

ラタノプロストからタフルプロストへの切り替えによる長期効果

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)1727《原著》あたらしい眼科27(12):1727.1730,2010cはじめに現在,プロスト系プロスタグランジン点眼薬は緑内障治療の第一選択薬である.初のプロスト系製剤であるラタノプロスト(キサラタンR,ファイザー)は10年以上の臨床使用経験を有し,効果・安全性が確立されている1).タフルプロスト(タプロスR,参天製薬)は,ラタノプロストよりFP受容体親和性が強く2),ベンザルコニウム塩化物(以下,BAC)濃度が低い.ディンプルボトルR3)によるアドヒアランス向上も期待される.両者は薬理学的に類似しているが,プロスト系プロスタグランジン製剤に対する反応には個人差を含む差異が指摘されている4).眼圧には季節変動5)があるとされるが,ラタノプロストとタフルプロストの長期経過を,季節変動を考慮してprospectiveに観察した報告はほとんどない.今回筆者らは,プロスタグランジン点眼薬単剤治療患者と他〔別刷請求先〕中野聡子:〒879-5593大分県由布市挾間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座Reprintrequests:SatokoNakano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasama-machi,Yufu-shi,Oita879-5593,JAPANラタノプロストからタフルプロストへの切り替えによる長期効果中野聡子*1,2久保田敏昭*1*1大分大学医学部眼科学講座*2公立おがた総合病院眼科Long-TermEfficacyofTafluprostafterSwitchingfromLatanoprostSatokoNakano1,2)andToshiakiKubota1)1)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MunicipalOgataGeneralHospital緑内障・高眼圧症患者71例71眼を対象とした.ラタノプロストを1年間使用後,タフルプロストに切り替え,さらに1年間経過観察し,眼圧下降効果,安全性,使用感をprospectiveに比較した.季節変動を考慮し比較した結果,単剤治療群およびチモロール併用群の両者で,ラタノプロストとタフルプロストの眼圧下降効果は同等で,いずれも1年間にわたり有意に眼圧が下降し,視野も維持されていた.ラタノプロスト単剤治療31眼中,未治療時眼圧からの下降率が20%未満の眼圧下降不良例が11眼あったが,タフルプロスト変更後,眼圧下降不良例の割合が有意に減少した.ラタノプロストとタフルプロストの副作用として軽度の球結膜充血と角膜上皮障害があった.球結膜充血の程度はほぼ同等で,角膜上皮障害はタフルプロストでやや少ない傾向であった.点眼容器の利便性,差し心地に対する患者評価は,ラタノプロストよりタフルプロストが優れていた.Aprospectivestudywasperformedtoevaluatethelong-termefficacyandsafetyoftafluprost(TaprosR)afterswitchingfromlatanoprost(XalatanR).Subjectscomprised71eyesof71patients(21primaryopen-angleglaucoma,46normal-tensionglaucomaand4ocularhypertension)thatwetreatedwithlatanoprostfor1year,thenswichedtotafluprostfor1year.Every3monthsweevaluatedintraocularpressure(IOP),adversereactionsandfacilityofadministeringtheeyedrops.TafluprosthadahypotensiveeffectsimilartothatoflatanoprostandsignficantlydecreasedIOPatalltimepoints,ascomparedtoIOPwithoutmedication.Tafluprostwaseffectiveaswellasinlatanoprostnonresponders(IOPhaddecreasedbylessthan20%).Latanoprostandtafluproststabilizedthevisualfieldfor1year.Adverseeffectsrelatingtolatanoprostandtafluprost,suchasconjunctivalhyperemiaandsuperficialpunctatekeratitis,wereobservedinafewpatients,butthefindingsweremild.Manypatientspreferredtafluprosttolatanoprostbecauseoftheeaseofadministeringtheeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1727.1730,2010〕Keywords:タフルプロスト,緑内障,眼圧,長期経過,前向き研究.tafluprost,glaucoma,intraocularpressure,long-term,prospectivestudy.1728あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(96)剤併用患者について,まずラタノプロストを1年間使用し,季節変動を含めた効果と安全性を検討した後に,タフルプロストに切り替え,さらに1年間観察し両者を比較したので報告する.I対象および方法1.対象対象は,公立おがた総合病院眼科外来にて3カ月以上ラタノプロストを使用し,アドヒアランスが良好で眼圧が安定している緑内障・高眼圧症患者71例71眼である.このうち,ラタノプロスト単剤治療群は38例38眼,チモロール(チモプトールR点眼液0.5%,参天製薬)併用群は28例28眼,チモロールとドルゾラミド(トルソプトR点眼液1%,萬有製薬)併用群は5例5眼であった.除外基準は,3年以内にレーザー治療を含む内眼手術の既往を有する症例,活動性の眼感染症,炎症性眼疾患や,眼乾燥症,角膜ヘルペスを含む角膜疾患を有する症例,コンタクトレンズ装用,角膜屈折矯正手術の既往がある症例,正確な眼圧測定を妨げる疾患を有する症例,視野に影響する他の疾患を有する症例,炭酸脱水酵素阻害薬全身投与,副腎皮質ステロイド薬投与などの眼圧に影響する薬剤使用している症例,使用薬剤にアレルギーがある症例とした.対象眼は,未治療時の眼圧が高い眼とし,同値の場合は右眼とした.試験は公立おがた総合病院の倫理規定に従い行い,対象患者には試験の内容を口頭で十分に説明し同意を得た.2.方法2008年1月に被験者を選定後,まず1年間ラタノプロストを使用し,1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後に問診,眼圧測定,細隙灯顕微鏡検査を行った.タフルプロストへの変更を承諾した被験者について,2008年12月にwashout期間なしでタフルプロストに変更し,変更1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後に同様に検査を行った.他剤併用群では,併用薬は継続とした.眼圧は同一検者がGoldmann圧平眼圧計で測定し,測定時刻は午前中,症例ごとに同一時間帯とした.試験開始前とラタノプロスト継続12カ月後,タフルプロスト変更12カ月後に静的視野検査(HumphreyFieldAnalyzer,CarlZeissMeditec)中心30-2プログラムを行った.副作用について,球結膜充血の程度を4段階(なし,軽度,中等度,重度)で評価し,角膜上皮障害の程度をAD(AreaDensity)分類7)で評価した.試験終了時に容器の利便性と差し心地についてアンケート調査を行った.容器の利便性は容易に点眼瓶を把持し滴下できること,差し心地は刺激感がないことを評価基準として,優れている点眼薬を回答させた.3.検討項目単剤治療群とチモロール併用群,チモロール・ドルゾラミド併用群について,それぞれラタノプロスト点眼時の眼圧と,1年後同月のタフルプロスト変更後の眼圧をpaired-ttestで比較した.季節変動について,1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後の測定値をSteel-Dwass多重比較で検討した.視野について,試験開始前とラタノプロスト継続12カ月後,タフルプロスト変更12カ月後のmeandeviation(MD)値をSteel-Dwass多重比較法で比較した.続いて,単剤治療群について,平均眼圧下降率が20%未満を眼圧下降不良例8)とし,その割合をFisher’sexacttestで検討した.副作用の頻度をFisher’sexacttestで検討し,球結膜充血と角膜上皮障害の程度をWilcoxonmatched-pairssigned-ranktestで比較した.最後に,容器の利便性と差し心地をFisher’sexacttestで検討した.各統計学的手法は正規検定後に選択し,p<0.05(両側検定)を有意とした.II結果被験者71例のうち,10例が観察期間中に脱落した.脱落理由はタフルプロスト変更の承諾が得られなかったものが4例,受診自己中止が6例であった.すべての試験を完了した61例のうち,単剤治療群31例の内訳は,男性15例,女性16例,年齢74.6±10.9(平均値±標準偏差)歳,原発開放隅角緑内障(POAG)6眼,正常眼圧緑内障(NTG)22眼,高眼圧症(OH)3眼,未治療時3回の平均眼圧は17.4±3.2mmHgであった.チモロール併用群25例の内訳は,男性6例,女性19例,年齢77.0±8.0歳,POAG8眼,NTG16眼,OH1眼,未治療時眼圧は18.3±5.4mmHg,チモロール・ドルゾラミド併用群5例の内訳は,男性4例,女性1例,年齢76.8±6.5歳,POAG3眼,NTG2眼,未治療時眼圧は17.4±4.7mmHgであった.1.眼圧の年間推移a.単剤治療群ラタノプロスト点眼時は13.7±2.6mmHg(2008年1月),13.4±2.7mmHg(3月),13.0±2.5mmHg(6月),13.3±2.9mmHg(9月),13.8±2.6mmHg(12月)で,すべての測定時点で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(p<0.001).タフルプロスト変更後は13.0±2.3mmHg(2009年1月),12.7±2.9mmHg(3月),13.1±2.9mmHg(6月),13.4±2.6mmHg(9月),14.0±2.6mmHg(12月)で,同様に未治療時眼圧から有意に下降していた(p<0.001).両者の同じ月の眼圧を比較すると有意差はなく,眼圧下降効果は同等であった(図1).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.b.チモロール併用群ラタノプロスト点眼時は14.4±3.4mmHg(2008年1月),14.4±4.0mmHg(3月),14.2±4.1mmHg(6月),15.2±4.1mmHg(9月),15.0±4.9mmHg(12月)で,すべての測定(97)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101729時点で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(1,3,6月p<0.001,9,12月p<0.01).タフルプロスト変更後は14.0±3.5mmHg(2009年1月),14.5±3.5mmHg(3月),13.4±3.2mmHg(6月),14.0±3.8mmHg(9月),14.7±3.4mmHg(12月)で,同様に未治療時眼圧から有意に下降していた(p<0.001).両者の同じ月の眼圧を比較すると有意差はなく,眼圧下降効果は同等であった(図2).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.c.チモロール・ドルゾラミド併用群ラタノプロスト点眼時は13.4±3.8mmHg(2008年1月),14.0±2.8mmHg(3月),14.0±4.1mmHg(6月),14.6±3.9mmHg(9月),14.6±3.8mmHg(12月)で,6,9,12月で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(9月p<0.05,6,12月p<0.01).タフルプロスト変更後は12.4±4.3mmHg(2009年1月),12.6±4.3mmHg(3月),11.4±4.3mmHg(6月),13.4±6.3mmHg(9月),11.6±3.4mmHg(12月)で,3,6,12月で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(p<0.05).両者の同じ月の眼圧を比較すると,6月のみタフルプロストで有意に眼圧が低値であった(p<0.01)(図3).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.2.視野単剤治療群の試験開始前MD値は.4.79±4.48dB,ラタノプロスト継続12カ月後.5.05±4.69dB,タフルプロスト変更12カ月後.4.39±4.46dBと有意な変化はなかった.同様に,チモロール併用群の試験開始前MD値は.7.93±6.47dB,ラタノプロスト継続12カ月後.7.66±5.94dB,タフルプロスト変更12カ月後.8.35±7.55dB,チモロール・ドルゾラミド併用群の試験開始前MD値は.11.60±10.28dB,ラタノプロスト継続12カ月後.11.42±10.14dB,タフルプロスト変更12カ月後.11.87±10.52dBと有意な変化はなかった.3.ラタノプロスト眼圧下降不良例単剤治療群31眼中,ラタノプロスト眼圧下降不良例は11眼(35.4%)あった.このうち4眼でタフルプロスト変更後20%以上の眼圧下降が得られ,眼圧下降不良例の割合が有意に減少した(p<0.05).逆に,タフルプロスト眼圧下降不良例は8眼(25.8%)あり,このうち1例はラタノプロストのほうが眼圧が低値であった.4.副作用単剤治療群31眼中,球結膜充血の頻度はラタノプロスト8眼(25.8%),タフルプロスト7眼(22.6%),程度はラタノプロスト0.4±0.8点,タフルプロスト0.4±0.7点といずれも有意差はなかった.角膜上皮障害の頻度はラタノプロスト6眼(19.4%),タフルプロスト2眼(6.5%)で,程度は密度・範囲ともラタノプロスト0.2±0.4点,タフルプロスト0.1±0.2点といずれも有意差はなかったが,タフルプロストで軽度の傾向にあった.副作用による投与中止例はなかった.5.使用感全患者61例中,点眼容器の利便性が良いとした点眼はラ2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNSNSNSNS図2眼圧の年間推移(チモロール併用群)(paired-ttestNS:Statisticallynotsignificant,n=25)2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNSNSNSNS図1眼圧の年間推移(単剤治療群)(paired-ttestNS:Statisticallynotsignificant,n=31)2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNS**NSNS図3眼圧の年間推移(チモロール・ドルゾラミド併用群)(paired-ttest**:p<0.01,NS:Statisticallynotsignificant,n=5)1730あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(98)タノプロストが1.6%,タフルプロストが23.0%で,両者を比較するとタフルプロスト選択患者が多かった(p<0.001).差し心地が良いとした点眼はラタノプロストが3.3%,タフルプロストが11.5%で,タフルプロスト選択患者が多かった(p<0.05).他の患者は両者は同等に良いと評価した.III考按点眼薬切り替え試験では,被験者選定でアドヒアランスが向上し,薬効が過大評価されるHawthorne効果6)が生じるとされる.Swichback試験が有用であるが,眼圧の季節変動5)に注意を要する.今回筆者らはこれらを考慮し,被験者を選定後,1年間ラタノプロストを使用し季節変動を含めた経過観察を行った後にタフルプロストに変更し,同様に1年間経過観察を行った.単剤治療群において,ラタノプロストとタフルプロストはいずれも,1年間有意に眼圧が下降し,視野も維持されていたことから,両者は同等の効果をもつ有用な薬剤と考えられる.近年,各種プロスト系プロスタグランジン点眼薬とチモロールとの合剤が発売されている.今回のチモロール2回点眼併用群の検討では,ラタノプロストとタフルプロストいずれとの併用でも効果は同等であった.チモロール・トルソプト併用群では症例数は少ないが,未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していない月もあり,3剤併用が必要となる症例では手術を含めた他の治療を考慮する必要があると考えられる.今回の検討では有意な季節変動はなかったが,既報5)と同様,冬季にやや高値となる傾向にあった.ラタノプロスト眼圧下降不良例で,薬理学的に類似するタフルプロスト変更後に眼圧が下降した.これはタフルプロストのFP受容体親和性の強さやディンプルボトルRによるアドヒアランス向上の影響と考えられる.しかし,タフルプロストの球結膜充血は,FP受容体親和性が強いにもかかわらずラタノプロストと同等であった.プロスト系製剤間の切り替え時は充血が目立たないとされるが,眼圧下降不良例への反応と考え合わせると,両者の薬理学的機序に微妙な差がある可能性もある.プロスト系プロスタグランジン(PG)点眼薬はおもにFP受容体を介して作用する9)が,ほかにPGD210)やPGE211)による作用や,matrixmetalloproteinase活性化による房水流出抵抗低下が関与12)する可能性が指摘されており,点眼薬間の反応の差は,各経路に対する反応の複雑なバランスに起因する可能性も考えられる.角膜上皮障害については,有意差はないもののタフルプロストで軽度であった.これはタフルプロストのBACや基剤の濃度が低いことが影響していると考えられる.2010年からタフルプロストのBAC濃度はさらに低減されており,さらなる安全性の向上が期待できる.わが国の緑内障の有病率は高く,ほとんどが慢性に経過することから,使用感の良さはアドヒアランスを向上させる重要な因子である13).対象者に高齢者が多く積極的にいずれかの点眼を選択する症例は少なかったが,選択した患者のなかでは点眼容器の利便性,差し心地のいずれもタフルプロストの評価が高かった.以上から,特にラタノプロスト眼圧下降不良例で,タフルプロスト切り替えを試みる価値があると考えられる.ただし,タフルプロスト眼圧下降不良例の存在には注意を要すると考えられた.文献1)北澤克明,ラタノプロスト共同試験グループ:ラタノプロスト点眼液156週間長期投与による有効性および安全性に関する多施設共同オープン試験.臨眼60:2047-2054,20062)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20043)兵頭涼子,溝上志朗,川崎史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20074)YildirimN,SahinA,GultekinS:Theeffectoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostoncircadianvariationofintraocularpressureinpatientswithopen-angleglaucoma.JGlaucoma17:36-39,20085)KleinBE,KleinR,LintonKL:IntraocularpressureinanAmericancommunity.TheBeaverDamEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci33:2224-2228,19926)FrankeRH,KaulJD:TheHawthorneexperiments:Firststatisticalinterpretation.AmSociolRev43:623-643,19787)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19948)DuBinerHB,MrozM,ShapiroAMetal:Acomparisonoftheefficacyandtolerabilityofbrimonidineandlatanoprostinadultswithopen-angleglaucomaorocularhypertension:athree-month,multicenter,randomized,doublemasked,parallel-grouptrial.ClinTher23:1969-1983,20019)OtaT,AiharaM,NarumiyaSetal:TheeffectsofprostaglandinanaloguesonIOPinprostanoidFP-receptordeficientmice.InvestOphthalmolVisSci46:4159-4163,200510)WoodwardDF,HawleySB,WilliamsLSetal:StudiesontheocularpharmacologyofprostaglandinD2.InvestOphthalmolVisSci31:138-146,199011)WangRF,LeePY,MittagTWetal:Effectof8-isoprostaglandinE2onaqueoushumordynamicsinmonkeys.ArchOphthalmol116:1213-1216,199812)OhDJ,MartinJL,WilliamsAJetal:Analysisofexpressionofmatrixmetalloproteinasesandtissueinhibitorsofmetalloproteinasesinhumanciliarybodyafterlatanoprost.InvestOphthalmolVisSci47:953-963,200613)KosokoO,QuigleyHA,VitaleSetal:Riskfactorsfornoncompliancewithglaucomafollow-upvisitsinaresidents’eyeclinic.Ophthalmology105:2105-2111,1998

ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の角結膜障害性の評価

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(89)1721《原著》あたらしい眼科27(12):1721.1726,2010cはじめにラタノプロストはプロスタノイドFP受容体と高い親和性をもつプロスタグランジンF2a(以下,PGF2a)誘導体である.PGF2a誘導体を有効成分とするPG関連薬は,緑内障病型を選ばない強い眼圧下降効果があり,全身副作用が少ないことから,近年では世界的に第一選択薬として高く評価されている.しかし,PG関連薬は結膜充血,角膜炎,色素沈着,刺激感などの局所的副作用をひき起こすことが指摘されている.これらの局所的副作用は主剤であるPGF2a誘導体自体の影響のほかに,点眼液中に含まれる防腐剤の細胞毒性およびアレルギー反応が関与しているとされている1).点眼液に使用される防腐剤のなかでも,溶解性が良く,抗菌力および防腐力が強いベンザルコニウム塩化物が頻用されており,0.001~0.02%の濃度で使用されている2).しかし,ベンザルコニウム塩化物は防腐剤としての高い有用性をもつ反面,角結膜の上皮細胞に対する細胞毒性があり2,3),それによる眼表面への障害が問題視されている4).また,ベンザルコニウム塩化物の細胞毒性作用にはアポトーシスが関与していることが示唆されている3,5).ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」(以下,ラタノプ〔別刷請求先〕伊田昌弘:〒532-0003大阪市淀川区宮原5-2-30沢井製薬株式会社学術部Reprintrequests:MasahiroIda,MedicalInformationDepartment,SawaiPharmaceuticalCo.,Ltd.,5-2-30Miyahara,Yodogawa-ku,Osaka532-0003,JAPANラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の角結膜障害性の評価小倉岳治*1片岡博文*1大坪義和*1伊藤吉將*2*1沢井製薬株式会社生物研究部*2近畿大学薬学部製剤学研究室EvaluationofCorneoconjunctivalDamagefromLatanoprostEyedrops0.005%「SAWAI」TakeharuOgura1),HirofumiKataoka1),YoshikazuOhtsubo1)andYoshimasaIto2)1)BiologicalResearchDepartment,SawaiPharmaceuticalCo.,Ltd.,2)LaboratoryofAdvancedDesignforPharmaceuticals,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity眼表面への局所的副作用を考慮して開発されたジェネリック医薬品であるラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」について,invivoおよびinvitroにおける細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定し,角結膜障害性を評価した.本点眼液をヒト結膜由来の培養細胞に曝露したところ,細胞生存率は経時的に低下したが,対照品であるキサラタンR点眼液0.005%と比して高い生存率であった.また,細胞核の凝集は軽度で,断片化DNA量の増加は認められなかった.さらに,ウサギにラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」を頻回点眼したところ,結膜上皮層のTUNEL(TdTmediateddUTP-biotinnick-endlabeling)陽性細胞の増加は認められず,単回点眼後の涙液中へのグルタチオン漏出も認められなかった.以上の結果,ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の細胞毒性およびアポトーシス誘導能は低く,角結膜障害性は低いと考えられた.Corneoconjunctivaldamagecausedbythegenericformulationoflatanoprost,Latanoprosteyedrops0.005%「SAWAI」,wasevaluatedonthebasisofcytotoxicityandpro-apoptoticeffectsinhumanconjunctivalcellsinvitro,andinrabbitsinvivo.Invitro,thetestformulationtriggeredcelldeathofChangconjunctivacells,thoughlessthanwiththebrandedformulation,XalatanReyedrops0.005%.NoDNAfragmentationandlessevidentnuclearcondensationwereobservedincellstreatedwiththetestformulation.Invivo,frequentinstillationofthetestformulationtorabbiteyeshadnoeffectonthenumberofTUNEL-positivecellsintheepitheliallayeroftheconjunctiva.Exudationofglutathioneintotearfluidwasnotincreasedbysingleinstillationofthetestformulation.TheseresultssuggestthatLatanoprosteyedrops0.005%「SAWAI」causeslesscorneoconjunctivaldamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1721.1726,2010〕Keywords:ラタノプロスト,角結膜障害,細胞毒性,アポトーシス,ベンザルコニウム塩化物.latanoprost,corneoconjunctivaldamage,cytotoxicity,apoptosis,benzalkoniumchloride.1722あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(90)ロスト点眼液「サワイ」)は1mL中にラタノプロスト50μgを含有する点眼液であり,先発医薬品であるキサラタンR点眼液0.005%(以下,キサラタンR点眼液)と同一の有効成分を同量含有するジェネリック医薬品として開発された6).両製剤はともに防腐剤としてベンザルコニウム塩化物を含有するが,ラタノプロスト点眼液「サワイ」は角結膜障害を考慮し,ベンザルコニウム塩化物を減量して処方設計されている.そこで,新たに筆者らが開発したラタノプロスト点眼液「サワイ」について,角結膜に対する障害性を評価することを目的として,ヒト成人結膜由来細胞株およびウサギを用いて,細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定し,角結膜障害性を評価したので報告する.I実験材料および方法1.被験物質ラタノプロスト点眼液「サワイ」(沢井製薬),キサラタンR点眼液(ファイザー)を用いた.陰性対照としてinvitroではEagle’sminimumessentialmedium(以下,EMEM,Sigma),invivoではリン酸緩衝生理食塩水(以下PBS,和光純薬)を,陽性対照として0.02%ベンザルコニウム塩化物(和光純薬)を用いた.2.使用細胞ヒト成人結膜由来細胞であるChangconjunctiva細胞はDSファーマバイオメディカルより入手した.細胞は50IU/mLペニシリン(Invitorogen),50μg/mLストレプトマイシン(Invitorogen)および10%ウシ胎児血清(BioWhittaker)を添加したEMEMにて培養し,各試験には対数増殖期の細胞を用いた.3.使用動物12週齢の雄性NZWウサギを日本エスエルシーより入手し,馴化飼育の後,試験に用いた.なお,動物実験はすべて沢井製薬動物実験倫理委員会により承認され,動物実験承認規定に準拠し実施した.4.Invitro細胞毒性試験96穴マイクロプレートにChangconjunctiva細胞を20,000cells/wellで播種し,コンフルエントになるまで培養した.培養上清を除去し,PBSで1回洗浄し,被験物質を50μL添加した.37℃で5~30分間インキュベート後,薬液を除去し,PBSで2回洗浄し,MTS法(CellTiter96AQueousOneSolution,Promega)にて490nm(対照640nm)の吸光度を測定することにより生存細胞を測定した.生存率は下式より算出した.なお,試験は5回くり返し実施した.生存率(%)=(処理群の吸光度)÷(陰性対照の吸光度)×1005.細胞核の形態学的観察Changconjunctiva細胞をチャンバースライド(8well,BDFalcon)に45,000cells/wellで播種し,コンフルエントになるまで培養した.PBSで1回洗浄後,被験物質を100μL添加し,37℃で20分間インキュベートした.PBSで2回洗浄後,4%ホルマリンで固定し,10μg/mLDAPI(4¢,6-diamidino-2-phenylindole,同仁化学)を添加した後,蛍光顕微鏡下にて核の形態学的観察を行った.6.細胞内断片化DNA量の測定細胞内の断片化DNAは,細胞DNAフラグメンテーションELISA(enzyme-linkedimmunosorbentassay;酵素免疫測定法)キット(Roche)を用いて測定した.Invitro細胞毒性試験と同様に96穴プレートに培養したChangconjunctiva細胞にBrdU(bromodeoxyuridine;ブロモデオキシウリジン)を10μMとなるように添加し,18時間培養した.PBSで洗浄後,被験物質を50μL添加し,37℃で20分間インキュベートした.氷冷したPBSを150μL添加し,3,500rpmで1分間遠心後,上清を除去し,細胞溶解液を200μL添加した.室温で30分間インキュベート後,3,500rpmで10分間遠心し,上清中の断片化DNA量をELISAにて測定した.なお,試験は5回くり返し実施した.7.頻回点眼後のウサギ結膜におけるアポトーシス誘導能の測定ウサギに被験物質50μLを5分ごとに10回点眼し,24時間後にペントバルビタールの過剰投与による致死後,結膜を摘出した.摘出結膜は10%中性緩衝ホルマリン溶液で固定後,作製した薄切標本について,InsituApoptosisDetectionKit(タカラバイオ)を用いてTUNEL染色後,ヨウ化プロピジウム(同仁化学)で対比染色した.TUNEL陽性細胞を蛍光顕微鏡下でカウントし,結膜上皮層面積当たりの数を算出した.試験にはウサギ20羽の両眼,計40眼を使用し,各群5例で実施した.8.単回点眼後のウサギ涙液中グルタチオン濃度の測定ウサギに被験物質200μLを結膜.内に点眼し,薬液が流出しないように下瞼を引きながら1分間保持した.貯留する涙液をマイクロピペットで採取し,グルタチオン(以下,GSH)濃度を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法にて測定した.涙液70μLに内部標準溶液(1μg/mLシステアミン)20μLおよびジチオストレイトール10μL(終濃度0.1mM)を添加し,室温で30分間インキュベートし還元した.発蛍光試薬として1mMABD-Fを100μL添加し,50℃で5分間インキュベート後,0.1MHClを60μL添加し反応を停止した.この反応液について,逆相HPLC法(使用カラム:ImtaktCadenzaCD-C18100×4.6mm3μm,蛍光検出:EX380nm/EM510nm)にて涙液中総GSH濃度を定量した.試験にはウサギ3羽の両眼,計6眼を使用した.試(91)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101723験は4×4クロスオーバー法で実施し,1週間の休薬期間をおいてPBS,ベンザルコニウム塩化物,続いてラタノプロスト点眼液「サワイ」またはキサラタンR点眼液の順に点眼した.II結果1.Invitro細胞毒性試験図1にヒト結膜細胞に点眼液を曝露した際の生存率の経時的変化を示した.キサラタンR点眼液を曝露すると5分後に生存率は9.8%となり,生存率は急激に低下した.また,0.02%ベンザルコニウム塩化物を曝露した場合も同様の時間的推移を示し,急激に生存率が低下した.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」では5,10および20分後の生存率はそれぞれ78.9%,76.8%および41.2%で,30分後には15.7%まで減じるものの,いずれの時点においてもキサラタンR点眼液よりも高い生存率であった.2.細胞核の形態学的変化ヒト結膜細胞にキサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物を曝露すると,顕著な核の凝集が認められた0255075100曝露時間(分)051015202530生存率(%ofControl)図1ヒト結膜由来細胞における細胞毒性試験(5例平均±SD)培養細胞を各被験物質に曝露後,経時的に生細胞をMTS法にて測定した.●:ラタノプロスト点眼液「サワイ」,○:キサラタンR点眼液,×:0.02%ベンザルコニウム塩化物.A.コントロール(EMEM)B.ラタノプロスト点眼液「サワイ」C.キサラタンR点眼液D.0.02%ベンザルコニウム塩化物図2ヒト結膜由来細胞における核の形態学的変化培養細胞を各被験物質に20分間曝露後,DAPI(4¢,6-diamidino-2-phenylindole)染色した.1724あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(92)(図2CおよびD).これに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」を曝露した際は,一部の細胞で核の凝集が認められるものの,凝集度は軽度であった(図2B).3.細胞内断片化DNA量図3に示したように,ヒト結膜細胞にラタノプロスト点眼液「サワイ」を曝露しても,細胞内の断片化DNA量に変化は認められなかった.それに対し,キサラタンR点眼液を曝露すると有意な断片化DNAの増加が認められた.4.頻回点眼後のウサギ結膜におけるアポトーシス誘導能5分ごとに10回連続点眼後のウサギ結膜をTUNEL染色し,アポトーシス細胞を測定した(図4).キサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物点眼群では,コントロールと比して有意なTUNEL陽性細胞の増加が認められた.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」点眼群ではTUNEL陽性細胞の増加は認められなかった.5.単回点眼後のウサギ涙液中GSH濃度単回点眼後のウサギ涙液中の総GSH濃度を測定した(図5).キサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物点眼群では,コントロールと比して有意な涙液中GSH濃度の増加が認められた.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」点眼群では涙液中GSH濃度の増加は認められなかった.III考按緑内障は特徴的な視神経の変化と視野欠損を呈する進行性の疾患である.その原因はさまざまであるが,緑内障進行の最大のリスクファクターは眼圧であり,眼圧を下降させることが緑内障治療の基本となっている.眼圧下降治療は薬物治療が基本であり,薬剤選択のポイントには最小限の薬剤で設定した目標眼圧を達成できるような薬理学的側面がある一方,副作用,年齢,社会的経済的な側面も考慮して患者のqualityoflife(QOL)を損ねない配慮も必要である7).局所的副作用の側面として,PG関連薬では結膜充血,角膜上皮障害,しみるなどの刺激症状などが高頻度で起こることが知られている.このような局所的副作用は有効成分のほか,点眼液に含まれる添加物,特に防腐剤が原因となっている2,3).緑内障における点眼治療は生涯にわたって継続し,目標眼圧の達成に多剤併用を必要とすることも多く,これらの多面的要因により薬剤の変更や治療の中止を余儀なくされる場合もある.点眼液は主薬の有効性,溶解性および安定性のほか,刺激性,無菌性などさまざまな因子を考慮し,可溶化剤,等張化剤,pH調節剤,防腐剤など添加物を用いて処方設計される.キサラタンR点眼液のジェネリック医薬品であるラタノプロスト点眼液「サワイ」はこれらの添加物を効率よく配合することにより,キサラタンR点眼液と同等の眼圧下降作用を有しながら6),安定性を向上させて室温保存を可能とした.さらに添加物のなかでも局所的副作用のおもな原因であるベンザルコニウム塩化物の濃度を減じ,かつ防腐剤としての効力を十分に発揮させることを可能とした.そこで,本研究ではラタノプロスト点眼液「サワイ」の角結膜における局所的副作用を評価することを目的とし,invivoおよびinvitroにおける細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定した.Invitroでヒト結膜細胞にラタノプロスト点眼液「サワイ」およびキサラタンR点眼液を曝露した際,いずれの群においても細胞死が誘導された.しかし,ラタノプロスト点眼液「サワイ」ではキサラタンR点眼液と比較して細胞生存率は高率であった.また,ラタノプロスト点眼液「サワイ」による長時間の曝露でも顕著な生存率の低下が認められたが,これは高濃度の薬剤を長時間曝露した場合であり,ヒトに点眼した場合は点眼刺激による涙液分泌増加のために薬剤濃度が速やかに希釈され,余剰な薬剤は流出すること,さらには涙液交換率が約17%/分2)であることを考慮すると,臨床上,細胞の生死にはほとんど影響を与えないと考えられる.Invivoにおける細胞毒性の指標として涙液中GSH濃度を測定した.GSHは涙液腺からは分泌されないが,角結膜に多量に含有されており,角結膜組織の物理的,生化学的,生理学的な変化によりその表面や内部から流出するため,流出したGSH量が角結膜の障害性を反映すると考えられている8).ウサギにキサラタンR点眼液を単回点眼した際,涙液中のGSH濃度の有意な増加が認められたが,ラタノプロスト点眼液「サワイ」では認められなかった.これらの結果から,本点眼液はキサラタンR点眼液と比較して細胞毒性は低く,角結膜組織への障害性は軽減されていると考えられた.0.250.200.150.100.050.00吸光度####**コントロール(EMEM)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図3ヒト結膜由来細胞における細胞内断片化DNA量の比較(5例平均±SD)培養細胞を各被験物質に20分間曝露後,ELISAにて細胞内の断片化DNA量を測定した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.##:p<0.01vsControlbyDunnetttest,**:p<0.01byttest.(93)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101725ベンザルコニウム塩化物は角膜上皮細胞や結膜上皮細胞のアポトーシスを誘導することが知られている.ベンザルコニウム塩化物を含有する点眼液でも同様の報告があり,これが点眼液による細胞毒性の機序の一つと考えられている3,5).本研究で用いたinvivoでウサギに頻回点眼するモデルは,点眼液の毒性の有無を鋭敏に評価できるとされており,キサA.コントロール(PBS)B.ラタノプロスト点眼液「サワイ」C.キサラタンR点眼液D.0.02%ベンザルコニウム塩化物E.TUNEL陽性細胞数(5例平均±SD)6005004003002001000TUNEL陽性細胞(個/mm2)###*コントロール(PBS)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図4頻回点眼後のウサギ結膜のTUNEL染色像5分ごと10回点眼し,24時間後に結膜を採取してTUNEL染色(緑)およびPI(ヨウ化プロビジウム)染色(赤)した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.#,##:p<0.05,0.01vsControlbyDunnetttest,*:p<0.05byt-test.6.05.04.03.02.01.00.0涙液中グルタチオン(μg/mL)####**コントロール(PBS)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図5単回点眼後の涙液中グルタチオン濃度(6例平均±SD)結膜.内に各被験物質を1分間貯留させ,貯留液中の総グルタチオン濃度を測定した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.##:p<0.01vsControlbyDunnetttest,**:p<0.01byt-test.1726あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(94)ラタンR点眼液あるいはベンザルコニウム塩化物の点眼により,角結膜における炎症反応の惹起およびアポトーシスの誘導が報告されている5,9).しかし,ラタノプロスト点眼液「サワイ」を頻回点眼してもアポトーシス(TUNEL陽性)細胞数の増加は認められなかった.また,invitroでヒト結膜細胞に曝露しても,アポトーシスの指標となる核の凝集は軽度で,DNAの断片化は認められなかった.これらの結果から,ラタノプロスト点眼液「サワイ」による結膜上皮細胞に対するアポトーシス誘導能は低いものと考えられた.ラタノプロスト点眼液「サワイ」に使用されているベンザルコニウム塩化物以外の添加物(トロメタモール,クエン酸,d-マンニトール,グリセリン,ヒプロメロースおよびポリソルベート80)について,ヒト結膜細胞における細胞毒性試験を実施した結果,いずれの添加物についても本点眼液に含有する濃度では細胞毒性は認められなかった(データ示さず).各添加物の相互作用あるいは保護作用などの影響は未知であるが,本点眼液はキサラタンR点眼液に対し,ベンザルコニウム塩化物濃度を約半分へ減じており,両製剤の細胞毒性およびアポトーシス誘導能の差異は,ベンザルコニウム塩化物含有量の違いがその一因と考えられる.本研究はヒト結膜細胞を用いたinvitro試験およびウサギを用いたinvivo試験の結果であり,まだ臨床的な検証はされていない.しかし,本研究の結果は点眼液の処方を検討することにより,細胞毒性を軽減させることが可能であることを示しており,同一主薬の製剤でも同等の効果を維持しながら,臨床使用における角結膜障害リスクを低減させることが可能であることを示唆している.点眼液の処方設計と局所的副作用に関する臨床的な検証はまだ不十分であり,今後のさらなる検討が必要である.以上,ヒト結膜由来細胞およびウサギを用いてラタノプロスト点眼液「サワイ」の角結膜障害性を評価した結果,その細胞毒性およびアポトーシス誘導能は低く,角結膜障害性は低いと考えられた.また,本検討で行ったいずれの試験においても,本点眼液の毒性は対照に用いたキサラタンR点眼液と比して軽度であった.よって,ラタノプロスト点眼液「サワイ」は角結膜障害発生のリスク低減という意味で有用性が期待できると考えられた.文献1)相良健:オキュラーサーフェスへの影響─防腐剤の功罪.あたらしい眼科25:789-794,20082)中村雅胤,西田輝夫:防腐剤の功罪.眼科NewInsight2点眼薬─常識と非常識(大橋裕一編),p36-43,メジカルビュー社,19943)GuenounJM,BaudouinC,RatPetal:Invitrostudyofinflammatorypotentialandtoxicityprofileoflatanoprost,travoprost,andbimatoprostinconjunctiva-derivedepithelialcells.InvestOphthalmolVisSci46:2444-2450,20054)PisellaPJ,PouliquenP,BaudouinC:Prevalenceofocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservativefreeglaucomamedication.BrJOphthalmol86:418-423,20025)LiangH,BaudouinC,PaulyAetal:Conjunctivalandcornealreactionsinrabbitsfollowingshort-andrepeatedexposuretopreservative-freetafluprost,commerciallyavailablelatanoprostand0.02%benzalkoniumchloride.BrJOphthalmol92:1275-1282,20086)竹内譲,沖田祐佳,上野眞義ほか:ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の健康成人における薬力学的試験.診療と新薬47:298-303,20107)相原一:緑内障点眼薬─選択のポイント.あたらしい眼科25:751,20088)開繁義,石田俊郎,狩野真由美:涙液の生化学的分析による眼局所用薬剤の角膜障害性の評価.日眼会誌92:1553-1564,19889)LiangH,Brignole-BaudouinF,Rabinovich-GuilattLetal:Reductionofquaternaryammonium-inducedocularsurfacetoxicitybyemulsions:aninvivostudyinrabbits.MolVis14:204-216,2008***

エキシマレーザー角膜手術後眼の眼内レンズ度数計算における光線追跡法の有用性

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(85)1717《原著》あたらしい眼科27(12):1717.1720,2010c〔別刷請求先〕大谷伸一郎:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:ShinichiroOhtani,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo-city,Miyazaki885-0051,JAPANエキシマレーザー角膜手術後眼の眼内レンズ度数計算における光線追跡法の有用性大谷伸一郎南慶一郎本坊正人尾方美由紀宮田和典宮田眼科病院UseofRay-tracingIntraocularLensPowerCalculationforCataractSurgeryafterExcimerLaserCorneaSurgeriesShinichiroOhtani,KeiichiroMinami,MasatoHonbou,MiyukiOgataandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital目的:エキシマレーザー角膜手術後眼の白内障手術において,光線追跡法を用いた眼内レンズ度数計算ソフトOKULIXRとSRK/T式とを比較した.方法:宮田眼科病院にて,LASIK(laserinsitukeratomileusis),PTK(phototherapeutickeratectomy)後に白内障手術を行った患者7例8眼を対象とし,SRK/T式,OKULIXRの術後屈折誤差を白内障術後1カ月の時点で比較した.さらに角膜前面形状の指標である離心率と術後屈折誤差との関係を検討した.SRK/T式で用いる角膜曲率半径K値は,ケラトメータの測定値,PentacamR(OCULUS)で得たTrueNetPower,TMS-4A(TOMEY)で得たring3法の3種類を用いた.結果:LASIK症例におけるSRK/T式の術後屈折誤差は,ケラトメータの場合2.03±1.42D(0.61~3.77D),TrueNetPowerの場合.1.75±0.79D(.2.83~.0.91D),TMSring3の場合1.34±1.16D(.0.19~2.83D)であった.OKULIXRは.0.27±0.45D(.0.77~0.28D)であり,他と比較し有意に少なかった(p<0.05,pairedt-test).全症例での離心率の範囲は.0.88~0.45であり,SRK/T式(ケラトメータ)の術後屈折誤差と離心率との間に相関関係を認めた(r2=0.88,p<0.01).一方,OKULIXRでは離心率との間に相関関係はなかった.結論:OKULIXRはSRK/T式よりも角膜前面形状の違いによる影響が少なく,エキシマレーザー角膜手術後眼の眼内レンズ度数計算において有用であるWecomparedtheray-tracingintraocularlenscalculationprogramOKULIXRwiththeSRK/Tformulaforcataractsurgeryafterexcimerlasercornealsurgery.In6eyesof5patientswhounderwentcataractsurgeryafterlaserinsitukeratomileusis(LASIK)and2eyesof2patientsafterphototherapeutickeratectomy(PTK),wecomparedpostoperativerefractionerrorbetweenOKULIXRandSRK/Tat1monthpostoperatively.Inaddition,theeffectofanteriorcornealasphericitytopostoperativerefractionerrorwasexaminedwithanindexofeccentricity.Threekeratometricdataobtainedwithakeratometer(ARK-730A,NIDEK),TrueNetPowerobtainedwithaPentacamR(OCULUS)andring3obtainedwithaTMS-4A(TOMEY)wereusedascornealradiiintheSRK/Tformula.PostoperativerefractionerrorsinSRK/Twere2.03±1.42D(range:0.61~3.77D)withcornealradiimeasuredviakeratometer,.1.75±0.79D(range:.2.83~.0.91D)withTrueNetPowerdata,and1.34±1.16D(range:.0.91~2.83D)withring3results.RefractionerrorofOKULIXRwas.0.27±0.45D(range:.0.77~0.28D),significantlylowerthanforanySRK/Tresults(p<0.05,paired-ttest).Eccentricitywas.0.88~0.45.RefractionerrorsinSRK/Tshowedsignificantcorrelationwitheccentricity(r2=0.88,p<0.01),whereastherewasnocorrelationinOKULIXR.Theray-tracingpowercalculationprogramOKULIXR,wasnotaffectedbycornealasphericity,soisconsideredaneffectivepowercalculationprogramforcataractsurgeryafterexcimerlasersurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1717.1720,2010〕Keywords:光線追跡法,OKULIXR,SRK/T,LASIK(laserinsitukeratomileusis),PTK(phototherapeutickeratectomy),離心率.ray-tracing,OKULIXR,SRK/T,LASIK(laserinsitukeratomileusis),PTK(phototherapeutickeratectomy),eccentricity.1718あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(86)はじめに国内のエキシマレーザー角膜手術は,厚生省の認可以後すでに10年が経過しており,その症例総数は100万例以上に達している.それに伴い,エキシマレーザー角膜手術後眼の白内障手術症例が増加しているが,その際の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算において誤差が生ずることが報告されている1,2).その原因としてエキシマレーザー角膜手術による角膜前面形状の変化による影響が指摘されている3,4).近年の視機能に対する要求水準は高く,IOL度数計算の誤差を減らすことは急務とされ,多くの対策が提唱されてきた5~11)が,まだ十分といえる手段はない.そのような状況のなか,光線追跡法を用いた新しいIOL度数計算ソフトOKULIXRが開発され12),臨床において使用可能となった.筆者らはエキシマレーザー角膜手術後眼の白内障手術において同法と,現在広く用いられているIOL度数計算法であるSRK/T式とを比較し,その有用性を検討した.Ⅰ対象および方法対象は,2008年5月から2009年12月に宮田眼科病院において,LASIK(laserinsitukeratomileusis),PTK(phototherapeutickeratectomy)後に白内障により超音波白内障手術ならびに眼内レンズ挿入術を行った患者7例8眼(LASIK症例5例6眼,PTK症例2例2眼)である(表1).平均年齢は57.4±13.0歳,エキシマレーザー角膜手術前の平均等価球面度数はLASIK症例.8.65±4.03D,PTK症例.8.00±5.66D,角膜切除量はLASIK症例86.5±26.5μm(47~103μm),PTK症例34.0±21.2μm(19~49μm)であった.LASIK症例うち1例は,他院にて近視矯正手術後に遠視矯正手術を受けていた.他のLASIK症例は全例が近視矯正手術であった.PTK症例の原疾患は2例とも角膜白斑であった.方法は,白内障術後1カ月の自覚屈折度数から術後等価球面を算出し,SRK/T式,OKULIXRそれぞれの術後屈折誤差を比較した.なお,術後屈折誤差は術後等価球面度数から予想屈折度数を引いた値と定義した.さらに角膜前面形状の指標として離心率を用い,術後屈折誤差との関係を検討した.離心率とは幾何学上,円錐曲線の形を決める定数であり,0の場合は円形,0<離心率<1の場合は楕円形を意味する.眼光学においては楕円形の長軸または短軸のどちらを視軸とみなしたかを区別するために正負の符号をつけている.すなわち,角膜前面形状の中心が平坦で周辺部が急峻なoblateの場合は.1<離心率<0,球面の場合は0,周辺部にいくほど平坦になるprolateの場合は0<離心率<1となる.SRK/T式で使用する角膜曲率半径K値には,ケラトメータARK-730A(NIDEK)の測定値,PentacamR(OCULUS)で得たTrueNetPower,TMS-4A(TOMEY)で得たring3法8)の3種類を用い,眼軸長測定は光学的眼軸長測定装置AL-2000(TOMEY)を用いた.OKULIXRとは,光線追跡法を用いたIOL度数計算ソフトであり,角膜トポグラフィより得られた角膜中央部の前面曲率,眼軸長,IOLの光学的情報をもとに,中心窩より角膜方向への光線の軌道計算を行い,挿入予定のIOLにおいて度数ごとの眼屈折力が算出される.眼軸長はSRK/T式と同じ値を用い,度数計算はTMS-4A(TOMEY)で行った.また,離心率もOKULIXRにて算出した.II結果ケラトメータによるK値を用いたSRK/T式〔以下,表1症例の内訳症例年齢(歳)性別エキシマレーザー手術の種類矯正量(D)角膜切除量(μm)ABCDEF515453555542男性男性女性女性女性男性LASIKLASIKLASIKLASIKLASIKLASIK不明11.54.2512.011.254.25不明1004710396不明GH6483女性女性PTKPTK──49190-1123-24症例術後屈折誤差(D)ABCDEFGH□:SRK/T式■:OKULIXRLASIKPTK図1各症例の術後屈折誤差術後屈折誤差(D)-3-2-101234ABCDEFGH□:SRK/T式(TMSring3)■:SRK/T式(TrueNetPower)■:OKULIXRLASIK症例PTK図2各症例の術後屈折誤差(87)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101719SRK/T式(ケラトメータ)〕とOKULIXRの術後屈折誤差の比較を図1に,PentacamRのTrueNetPower〔以下,SRK/T式(TrueNetPower)〕ならびにTMSring3法によるK値を用いたSRK/T式〔以下,SRK/T式(TMSring3)〕とOKULIXRの術後屈折誤差の比較を図2に,離心率と術後屈折誤差の関係を図3に示す.LASIK症例の術後屈折誤差の範囲は,SRK/T式(ケラトメータ)0.61~3.77D,SRK/T式(TrueNetPower).2.83~.0.91D,SRK/T式(TMSring3).0.19~2.83D,OKULIXR.0.77~0.28D,平均値はSRK/T式(ケラトメータ)2.03±1.42D,SRK/T式(TrueNetPower).1.75±0.79D,SRK/T式(TMSring3)1.34±1.16D,OKULIXR.0.27±0.45Dであった.LASIK症例の術後屈折誤差は,OKULIXRが他と比べ有意に少なかった(p<0.05,pairedt-test).また,LASIK症例のSRK/T式(ケラトメータ)は全例が術後に遠視化,SRK/T式(TrueNetPower)は全例が術後に近視化した.全症例での離心率の範囲は.0.88~0.45であり,SRK/T式(ケラトメータ)の術後屈折誤差と離心率との間に相関関係を認め,回帰直線y=.3.6x.0.24(r2=0.88,p<0.01)で示された.一方,OKULIXRでは術後屈折誤差と離心率との間に相関関係はなかった.III考按IOL度数計算式は,より正確な術後屈折度数を得るために進化してきた.第3世代の理論式であるSRK/T式の正常眼における計算精度は高い水準に達しており,広く用いられている.しかし,LASIKやPTKなど,エキシマレーザー角膜手術後のIOL度数計算では,誤差が生ずることが知られており問題となっている1,2).その理由として,エキシマレーザー角膜手術後の角膜前面形状の変化が角膜屈折力の測定誤差,前房深度の予測誤差を生ずることがあげられる3,4).具体的には,①角膜中心と傍中心の屈折力の違いによるもの,②角膜前面曲率半径と後面曲率半径比の変化によるもの,③前房深度の予測の際に,角膜前面曲率を利用することによるもの,がある.①については,ケラトメータは,原理上,角膜中心ではなく,傍中心を測定している.正常眼ではその差が小さく問題とならない場合が多いが,エキシマレーザー角膜手術によって,角膜中央がフラット化した場合,角膜中心と傍中心の屈折力の差が大きくなるため,測定値への影響が無視できなくなる.近視矯正のLASIK後の場合,中央部がフラット化しているため,角膜屈折力が実際よりも過大評価され,挿入するIOL度数は小さくなり,結果として術後の遠視化をきたす.②については,ケラトメータは角膜前面曲率から角膜全屈折力を換算屈折率により算出しているが,適切な換算屈折率は角膜前面曲率半径と後面曲率半径の比により変化する.エキシマレーザー角膜手術によって,角膜前面曲率が変化した場合,適切な換算屈折率は変化するが,ケラトメータでは同一の換算屈折率を用いている.このため測定値と実際の値との間に誤差が生じる.近視矯正のLASIK後の場合,角膜前面曲率半径が大きくなるため,角膜前面曲率半径と後面曲率半径比が大きくなり,適切な換算屈折率は減少する.これも角膜屈折力の過大評価をきたし,挿入するIOL度数は小さくなり,結果として術後の遠視化をきたす.③については,SRK/T式では前房深度の予測の際に角膜曲率を用いている.エキシマレーザー角膜手術によって,角膜曲率が変化した場合,実際の前房深度は変化がないにもかかわらず,前房深度の予測値が変化し,計算結果に誤差が生ずる.近視矯正のLASIK後の場合,前房深度の予測値は実際よりも浅くなるため,挿入するIOL度数は小さくなり,結果として術後の遠視化をきたす.これらのIOL度数計算誤差の対策として,いくつかの方法が提唱されている.角膜屈折力の測定誤差に対しては,エキシマレーザー角膜手術前の角膜屈折力を利用するClinicalHistory法5),既知のベースカーブをもつハードコンタクトレンズ(HCL)装着前後の屈折度数の変化を利用するHCL法5,6),経験式による角膜屈折力の補正7),ビデオケラトスコープにおける中心から3本目のMeyerリング上の平均角膜屈折力を用いるTMSring3法8),角膜前面曲率と後面曲率の実測値から算出するOrbscanRのTotalOpticalPower,PentacamRのTrueNetPowerがある9).一方,前房深度の予測誤差に対しては,エキシマレーザー角膜手術前の角膜屈折力で前房深度の予測を行うDouble-K法10),前房深度の予測に角膜前面曲率を用いないHaigis式がある11).これらを用いた報告によると,IOL度数計算の誤差が少なかったものの,一部の症例では依然として誤差があり,さらに精度の高いIOL度数計算法が求められている.近年,光線追跡法を用いたIOL度数計算ソフトOKULIXRが開発された.これはトーメー社製TMS-4以上のバージョンにおいて利用可能であるソフトであり,中心窩より角膜方向へ光線の軌道計算を行い,角膜前面からの光線出射角によ離心率屈折誤差(D)○:SRK/T式●:OKULIXR43210-1-2-1.0-0.500.5y=-3.6x-0.24r2=0.88p<0.01図3離心率と術後屈折誤差の関係1720あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(88)り眼屈折力を算出している.IOLの度数計算は,瞳孔面において光軸から瞳孔半径/2離れた位置を通る光線を用いている.現在,160種類以上のIOLにおける前面曲率,後面曲率,屈折率が各度数別に組み込まれており,軌道計算に利用されている.角膜前面曲率は角膜トポグラフィにより直径6mm内の角膜形状の経線を円錐曲線で近似し,中心部の角膜曲率を算出している.角膜後面曲率は,今回用いたTMS-4Aの場合,角膜厚を500μmと仮定して算出している.前房深度の予測は角膜前面曲率を用いず,眼軸長をもとに行っている.このため同法は角膜前面形状の変化による影響を受けにくいと考えられる.今回の検討において,OKULIXRの術後屈折誤差は,SRK/T式よりも有意に少なかったこと,さらに離心率の変化にOKULIXRはSRK/T式より影響されなかったことから,OKULIXRは角膜前面形状の変化による影響を受けにくい手段であり,エキシマレーザー角膜手術後の白内障手術において優位であることが臨床において確認できた.OKULIXRのように光線追跡により度数計算する場合とSRK/T式などの第3世代の理論式により度数計算する場合との間に,原理上2つの大きな違いがある.1つめは,後者は角膜,IOLともに1つの面として捉えているのに対して,前者は角膜前面,角膜後面,IOL前面,IOL後面に分け,Snellの法則に基づき各面を屈折面として計算している点である.IOLは各製品,各度数により,前面曲率と後面曲率の比率が異なり,IOLごとに主点の位置が異なる.第3世代の理論式ではこの点が考慮されていない.2つめは,後者は近軸光学に基づき,近似がなされている点である.具体的には光軸にきわめて近い光線の場合,sinq=qとして扱っている.この2つの点により生じうる誤差に対して,後者は最終的にA定数などで経験的に補正を行っている.そのため後者の場合,生体測定の精度の進歩,前房深度の予測精度の向上のたびに,再補正や計算式の構造を作り替える必要がある.一方,前者の場合は,それらが直接的にIOL度数計算精度の向上に寄与すると考えられる.生体測定の精度の進歩例としては,角膜後面曲率の測定ができるようになったことがあげられる.今回用いたOKULIXRはTMS-4Aによるものであり,角膜後面曲率は仮定により算出したものであるが,次バージョンであるTMS-5では,Scheimpflugの原理により,角膜後面曲率の測定が可能となり,当データをOKULIXRで用いることができるようになった.筆者らは前述の理由により,IOL度数計算の精度はさらに向上するものと考えているが,今後の検討が必要である.今回,エキシマレーザー角膜手術後の白内障手術症例7例8眼において,光線追跡法を用いたIOL度数計算ソフトOKULIXRと第3世代の理論式であるSRK/T式を比較した.OKULIXRはSRK/T式よりも有意に術後屈折誤差が少なかった.また,OKULIXRはSRK/T式よりも角膜前面形状の違いによる影響が少なく,エキシマレーザー角膜手術後のように角膜形状が変化した症例において有用であることが示唆された.エキシマレーザー角膜手術の症例数増加と高齢化により,今後も当手術後眼の白内障手術の機会が増加していくことが予想され,本法の臨床的価値がますます高まると思われる.文献1)KalskiR,DanjouxJ,FraenkelGetal:Intraocularlenspowercalculationforcataractsurgeryafterphotorefractivekeratectomyforhighmyopia.JRefractSurg13:362-366,19972)GimbelH,SunR,FurlongMetal:Accuracyandpredictabilityofintraocularlenspowercalculationafterphotorefractivekeratectomy.JCataractRefractSurg26:1147-1151,20003)魚里博,舛田浩三:屈折矯正手術後の眼内レンズパワー計算の問題点.眼臨94:354-356,20004)飯田嘉彦:屈折矯正手術後の白内障手術.IOL&RS22:39-44,20085)HofferK:Intraocularlenspowercalculationforeyesafterrefractivekeratotomy.JRefractSurg11:490-493,19956)SeitzB,LangenbucherA:Intraocularlenspowercalculationineyesaftercornealrefractivesurgery.JRefractSurg16:349-361,20007)ShammasH,ShammasM:No-historymethodofintraocularlenspowercalculationforcataractsurgeryaftermyopiclaserinsitekeratomileusis.JCataractRefractSurg33:31-36,20078)CelikkolL,PavlopoulosG,WeinsteinBetal:Calculationofintraocularlenspowerafterradicalkeratotomywithcomputerizedvideokeratography.AmJOphthalmol120:739-750,19959)臼井審一,前田直之,池田欣史ほか:Orbscanによる角膜全屈折力を用いたエキシマレーザー後の眼内レンズ度数計算.眼紀56:488-493,200510)AramberriJ:Intraocularlenspowercalculationaftercornealrefractivesurgery:double-Kmethod.JCataractRefractSurg29:2063-2068,200311)HaigisW:TheHaigisFormula.IntraocularLensPowerCalculation,edbyShammasHJ,p41-57,SLACK,Thorofare,NJ,200412)PreussnerPR,WahlJ,LahdoHetal:Raytracingforintraocularlenscalculation.JCataractRefractSurg28:1412-1419,2002***

再発性多発性軟骨炎の1 例

2010年12月31日 金曜日

1714(82あ)たらしい眼科Vol.27,No.12,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科27(12):1714.1716,2010cはじめに再発性多発性軟骨炎(relapsingpolychondritis)は,全身の軟骨組織を冒す自己免疫疾患で,II型コラーゲンに対する自己免疫が発症に関与しているといわれている.1976年にMcAdamら1)が両側耳介軟骨炎,非びらん性血清反応陰性多発関節炎,鼻軟骨炎,眼の炎症症状,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害が6大症状とする診断基準を報告した.今回25年間虹彩炎・強膜炎などの眼症状をくり返した症例で,再発性多発性軟骨炎と診断されたまれな1例を経験したので報告する.I症例患者:51歳の男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:4歳時にアデノイド摘出.家族歴:父:筋萎縮性側索硬化症(ALS).母:Sjogren症〔別刷請求先〕能谷紘子:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学病院眼科Reprintrequests:HirokoNotani,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN再発性多発性軟骨炎の1例能谷紘子*1島川眞知子*1豊口光子*1菅波由花*1上村文*1幸野敬子*2堀貞夫*1*1東京女子医科大学病院眼科*2幸野メディカルクリニック眼科ACaseofRelapsingPolychondritisHirokoNotani1),MachikoShimakawa1),MitsukoToyoguchi1),YukaSuganami1),AyaUemura1),KeikoKono2)andSadaoHori1)1)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KonoMedicalClinic長期に遷延していたぶどう膜炎の原因検索において,再発性多発性軟骨炎と診断された1例を経験した.症例は51歳の男性.25歳頃より,両眼のぶどう膜炎,両耳介の変形,鼻根部の発赤・腫脹・疼痛をくり返していたが精査をされなかった.50歳時に右眼視力低下を主訴に東京女子医科大学眼科を初診し,視力は右眼(0.3),左眼(0.8),両眼に眼球突出,輪部に沿った全周の著明な強膜菲薄化と角膜混濁があり,右眼には,フィブリン塊を伴う虹彩炎,虹彩後癒着を認めた.耳介軟骨炎,鼻軟骨炎,ぶどう膜炎,気管軟骨炎,感音性難聴を認め,再発性多発性軟骨炎と診断した.再発性多発性軟骨炎は全身の軟骨組織を冒すまれな自己免疫疾患で,耳介軟骨や鼻中隔軟骨,気管軟骨,眼球,関節などに多彩な症状を呈する.生命予後は不良であり,眼合併症による視機能低下を予防するためにも早期診断,治療が重要である.Wereportararecaseofchronicuveitisassociatedwithrelapsingpolychondritis.Thepatient,a51-year-oldmalewitha25-yearhistoryofbilateralrecurrentuveitis,hadbilateralauriculardeformityaccompaniedbyrecurrentnasalinflammation,butnofurtherinvestigationhadbeenconducted.Heconsultedourclinicwithchiefcomplaintofdecreasedvision.Hiscorrectedvisualacuitywas0.3ODand0.8OS.Exophthalmos,scleralthinningandcornealopacitywereobservedbilaterally.Inaddition,iritiswithfibrinformationandposteriorsynechiawaspresentintherighteye.Ocularfindings,togetherwithassociatedsystemicfindingsofchondritisofauricles,nasalcartilage,bronchusandsensorineuraldeafness,ledtothediagnosisofrelapsingpolychondritis.Arareautoimmunediseaseaffectingcartilagetissuessuchasauricularcartilage,nasalseptalcartilage,trachealcartilages,theeyeballandarticulation,relapsingpolychondritisshouldbediagnosedandtreatedassoonaspossible.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1714.1716,2010〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,ぶどう膜炎,強膜炎,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎.relapsingpolychondritis,uveitis,scleritis,chondritisofauricles,nasalcartilage.(83)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101715候群疑い,子宮癌,狭心症.現病歴:25歳頃より,両眼のぶどう膜炎を発症し,約3カ月に一度の割合で,再燃していた.同時期より両耳介の変形,鼻根部の発赤・腫脹・疼痛をくり返し,45歳頃には突発性難聴と診断され,ステロイド治療を受けた.25年間特に精査をされずに近医でステロイドの内服,局所投与で加療されていた.50歳時に転院をきっかけに,Wegener肉芽腫などの膠原病が疑われ,精査目的に東京女子医科大学眼科初診となった.初診時所見:1)眼所見:矯正視力は右眼0.08(0.3×.3.50D(cyl.1.25DAx20°),左眼0.30(0.8×.1.75D(cyl.2.00DAx140°)で,眼圧は右眼4mmHg,左眼10mmHgであった.Hertel眼球突出計で両眼ともに19mmと眼球突出がみられた.前眼部では両眼とも輪部から後方約6mm幅で全周にわたってぶどう膜が透見されて,強膜菲薄化が著明であった(図1).角膜周辺部には全周に硬化性角膜炎を示唆する実質混濁があり(図2),以前に強膜炎が持続していたことが推測された.右眼前房内炎症細胞2+あり,前房内下方に多くのフィブリン塊,さらに5時方向に虹彩後癒着を認めた.両眼とも虹彩紋理が粗になっていた.中間透光体に中等度白内障を認め,右眼虹彩後癒着のため散瞳不良であり,両眼にびまん性の硝子体混濁で透見困難であったが,眼底には明らかな出血,滲出斑,血管炎などはなかった.その他の所見として,両耳介の変形(図3),鞍鼻(図4)を認め,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎が疑われた.2)臨床検査所見:血液検査で白血球10,700/mm3,CRP(C反応性蛋白)10.41mg/dl,赤沈1時間値92mm,2時間値117mm,Ig(免疫グロブリン)G:2,264mg/dl,IgA:556mg/dl,IgE:210mg/dl,C3:145mg/dlと高値であったが,抗核抗体や抗白血球細胞質抗体(PR3-ANCA,MPOANCA)は陰性であった.その他の血液,生化学所見に特記すべき異常は認めなかった.3)頭部CT(コンピュータ断層撮影)所見:前頭洞,篩骨洞の粘膜肥厚を認め副鼻腔炎が示唆された.4)胸部CT所見:両側気管支の石灰化,内腔狭窄を認めた.5)気管支鏡検査所見:喉頭軟骨,輪状軟骨,主気管・気管支軟骨の浮腫を認めた.6)耳鼻科的所見:聴力検査で両側感音性難聴であり,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎を認めた.Wegener肉芽腫に典型的な膿性,血性鼻汁,鼻中隔穿孔などの所見は認めず,特異的なANCAも陰性であり,当初疑ったWegener肉芽腫は否定的であった.以上より両耳介軟骨炎,鼻軟骨炎(鞍鼻),ぶどう膜炎,気管軟骨炎,難聴を認めることにより再発性多発性軟骨炎と診断された.図1前眼部両眼ともに19mmと両眼球突出が著明であり,前眼部は両眼ともに輪部から約6mmにわたり全周にぶどう膜が透見されて,強膜菲薄化が著明である.(図1~4は患者の同意のもにと写真を掲載)図2右眼周辺角膜実質混濁両眼ともに角膜輪部から約1mm幅で角膜実質混濁を認め,硬化性角膜炎を疑う.図4鞍鼻鼻背部が陥凹しており,鞍鼻を呈している.図3左耳介の変形左耳介の腫脹・変形.右耳介も同様の変形を認めた.1716あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(84)経過:内科で両側気管軟骨炎に対してプレドニゾロン(プレドニンR)60mg内服治療を開始した.ぶどう膜炎・強膜炎に対して,局所ステロイド治療,トロピカミド・フェニレフリン点眼液(ミドリンPR),0.05%シクロスポリン点眼薬を開始した.虹彩炎の再燃をくり返し,点眼加療にて改善を認めたが,強膜菲薄化,眼球突出,硝子体混濁に改善はみられなかった.現在白内障の進行により,徐々に視力低下をきたしているが,強膜の状態などから慎重に手術を検討予定である.全身状態はステロイド療法でやや緩解はしたが,依然として,気道軟骨炎,関節痛,耳漏などに加え,最近は帯状疱疹や呼吸器真菌症を併発し,今後とも他科での加療が必要である.II考按本症例は両側耳介軟骨炎,鼻軟骨炎,ぶどう膜炎,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害を認めた.1976年にMcAdamが報告した再発性多発軟骨炎の診断基準を,1979年にDamianiら2)が改定し,両側耳介軟骨炎,非びらん性血清反応陰性多発関節炎,鼻軟骨炎,眼の炎症症状,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害の6項目中,3項目以上あれば診断基準を満たすと改定した.本症例は5項目が当てはまり,再発性多発性軟骨炎の確定診断に至った.再発性多発性軟骨炎は,全身の軟骨組織やムコ多糖類を多く含む組織を冒すまれな自己免疫疾患である.II型コラーゲンに対する自己免疫が発症に関与しているともいわれている3).耳介軟骨や鼻中隔軟骨,気管軟骨,眼球,多関節などに多彩な症状を呈する特徴がある.海外では,本症は50~70%に眼症状が合併すると報告されている1)が,わが国では,谷村ら4)が眼科領域の報告14例をまとめたところ,上強膜炎は8例(57%),ぶどう膜炎は6例(43%),視神経乳頭炎は5例(36%),角膜浸潤は4例(29%)に合併していた.欧米では前房蓄膿がみられたという報告5)があるが,ぶどう膜炎や強膜炎の病型や頻度はまだ明らかではない.そのほかにまれではあるが重篤な後部強膜炎,網膜静脈炎,漿液性網膜.離,視神経萎縮などの報告がある4,6).気管軟骨病変が進行すると,肺炎や気管閉塞による窒息が生じることがあり,本症の5年生存率は70~80%といわれている7).また,慢性関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を合併することもあり症状はさらに多彩,複雑になる.本症の治療で主体をなすのは現在のところはステロイドの全身投与であり,ステロイド使用中の再燃例では,アザチオプリンやシクロフォスファミドなどの免疫抑制薬を併用することがある8).本症例は眼症状が初発であり,25年間ぶどう膜炎をくり返した.すでに強膜の菲薄化が著明であり,眼球穿孔も危惧された.これは,強膜に軟骨の主成分であるムコ多糖類が存在しているため,強膜のくり返す炎症の後に菲薄化が生じたと考えられる9).本症例のようにぶどう膜炎に対してステロイド内服・点眼を漫然と続けており,精査されずに,診断がついていないこともまれではない.実際に,眼症状・耳痛・呼吸苦で各診療科を受診していても,生前には診断がついていないままで,窒息による心肺停止に至った1例の報告もある10).さらに,本症例は,ステロイド内服治療が開始された後に,肺真菌症や顔部帯状疱疹など,ステロイドの副作用と考えられる合併症を起こしている.そのため,他科と連携して,注意深く治療・経過観察していかなければならない.まれではあるものの,予後不良であるので,強膜炎,ぶどう膜炎をくり返す症例では,眼症状だけでなく,耳や鼻などの多臓器所見にも注意深い観察が必要で,原因疾患として本症も念頭におき,早期診断・早期治療をすることが重要である.文献1)McAdamLP,O’HanlanMA,BluestoneRetal:Relapsingpolychondritis:prospectivestudyof23patientsandareviewoftheliterature.Medicine55:193-215,19762)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis.Reportoftencases.Laryngoscope89:929-946,19793)FoidartJM,AbeS,MartinGRetal:AntibodiestotypeIIcollageninrelapsingpolychondritis.NEnglJMed299:1203-1207,19784)谷村真知子,横山勝彦,安部ひろみほか:後部強膜炎を合併した再発性多発軟骨炎の1例.臨眼61:1299-1303,20075)AndersonNG,Garcia-Valenzuela,MartinDF:Hypopyonuveitisandrelapsingpolychondritis.Ophthalmology111:1251-1254,20046)田邊智子,山本禎子,上領勝ほか:硝子体手術によりぶどう膜炎が軽快した再発性多発性軟骨炎の1例.臨眼61:215-219,20077)岡見豊一,松永裕史,白数純也ほか:多彩な眼症状を示した再発性多発性軟骨炎の症例.臨眼57:867-871,20038)渡邉紘章,平松哲夫,松本修一:視力障害を主訴とした再発性多発性軟骨炎の1例.内科98:939-941,20069)田中才一:眼症状を初発とし診断に苦慮した再発性多発性軟骨炎の一症例.眼臨紀1:662-666,200810)山口充,間藤卓,福島憲治ほか:窒息による心肺停止で搬入された再発性多発性軟骨炎の1例,日救急医会誌19:972-978,2008***

涙道閉塞に対する涙管チューブ挿入術による高次収差の変化

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(77)1709《原著》あたらしい眼科27(12):1709.1713,2010cはじめに涙道内視鏡の導入によって正確な涙管チューブ挿入を行うことが可能になり,より少ない侵襲で涙道を再建することができるようになった1,2).流涙が改善することによる患者満足度は非常に高く,視機能(qualityofvision:QOV)の改善を自覚する症例もまれではない.涙道閉塞による過剰な涙液貯留は流涙の原因となるだけでなく,不均一な涙液層の形成によりQOVが低下する可能性もある.しかし現在まで涙道閉塞とQOVとの関連に着目した報告はない.近年,波面センサーの眼科領域への導入により,波面収差の定量的かつ動的な測定が可能となり,さまざまな涙液動態における高次収差の変化について検討が行われている3~5).これらのなかに,ドライアイに対する涙点プラグ挿入により,涙液貯留量は増加し角膜上皮病変は改善したが,逆に高次収差の増加を認めた症例の報告がある6).この結果は,涙道閉塞に対して本手術を行うことにより,涙液貯留量が減少すれば,高次収差が減少する可能性を示している.今回,涙道閉塞が視機能に与える影響を調査する目的で,総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対する涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術前後の高次収差の変化について検討した.〔別刷請求先〕井上康:〒706-0011岡山県玉野市宇野1-14-31井上眼科Reprintrequests:YasushiInoue,M.D.,InoueEyeClinic,1-14-31Uno,Tamano,Okayama706-0011,JAPAN涙道閉塞に対する涙管チューブ挿入術による高次収差の変化井上康*1下江千恵美*2*1井上眼科*2藤田眼科EffectofBinocularLacrimalPathwayIntubationonOcularHigh-orderAberrationsYasushiInoue1)andChiemiShimoe2)1)InoueEyeClinic,2)FujitaEyeClinic目的:涙道閉塞の治療が視機能に与える影響を調べるために,総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対する,涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術前後の眼高次収差の変化について検討した.対象および方法:2009年8月から2010年2月までの間に井上眼科にて涙管チューブ挿入術を行った,総涙小管閉塞群25例26側,鼻涙管閉塞群17例19側を対象とした.Landolt環を用いた視力検査,自覚的な見え方に関するアンケート調査,涙液メニスカス高,短焦点高密度波面センサー(トプコン)により測定した総高次収差,コマ様収差および球面収差について比較した.結果:涙液メニスカス高,全高次収差とコマ様収差の最大値は両群において有意に低下していた(p<0.01).結論:総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対して,涙管チューブ挿入術を行うことによって,高次収差は減少した.本手術が視機能の改善に寄与する可能性を示すことができた.Toinvestigatetheeffectoflacrimalpathwayreconstructiononqualityofvision,ocularhigh-orderaberrationsweremeasuredin26eyesof25caseswithcommoncanalicularobstructionsand19eyesof17caseswithnasolacrimalductobstructions,beforeandafterbicanalicularlacrimalpathwayintubationusingalacrimalendoscope.Totalhigh-orderaberrations,coma-likeaberrations,sphericalaberrationsmeasuredwithawavefrontsensor,visualacuity,tearmeniscusheightandsubjectiveimprovementofvisionbasedonquestionnaireswereanalyzed.Tearmeniscusheight,totalhigh-orderaberrationsandcoma-likeaberrationsweresignificantlyreducedpostsurgery(p<0.01).Ourresultssuggestthatbicanalicularlacrimalpathwayintubationcanprovidebetterqualityofvision.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1709.1713,2010〕Keywords:涙管チューブ挿入術,眼高次収差,波面センサー,総涙小管閉塞,鼻涙管閉塞.bicanalicularintubation,ocularhigh-orderaberrations,wavefrontsensor,commoncanalicularobstruction,nasolacrimalductobstruction.1710あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(78)I対象および方法2009年8月から2010年2月までの間に,井上眼科にて総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞に対して涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術を施行した症例を対象とした.総涙小管閉塞群は25例26側(男性4例4側,女性21例22側),平均年齢66.6±10.1歳,鼻涙管閉塞群は17例19側(男性2例3側,女性15例16側),平均年齢67.7±8.0歳であった.閉塞部の開放はシース誘導内視鏡下穿破法(sheathguidedendoscopicprobing:SEP)1)を用いて,チューブ挿入はシース誘導チューブ挿入法(sheathguidedintubation:SGI)2)を用いて行った.チューブはポリウレタン製PFカテーテルR(東レ)を使用した.術前後の視力の比較はLandolt環を用いた視力検査結果と,自覚的な見え方に関するアンケート調査の結果について行った.また,フォトスリットにて記録した術前後の涙液メニスカス高を比較した(図1).高次収差の測定は,術前と術後に短焦点高密度波面センサー(トプコン)を用いて10秒間の開瞼の間,連続的に行った.瞳孔径4mmにおける術前後の総高次収差,コマ様収差および球面収差の最大値,高らの報告に従い術前後のfluctuationindex(高次収差のばらつき)および高次収差の経時的変化を,「安定型」,「動揺型」,「のこぎり型」,「逆のこぎり型」に分類し,術前後で比較した7).術後検査はすべて涙管チューブ挿入術の4週間後,チューブ留置中に行った.比較には対応のあるt-検定を用いた.II結果視力検査の結果は総涙小管閉塞群において術前1.38,術後1.30,鼻涙管閉塞群において術前1.30,術後1.36であった.対数視力は,総涙小管閉塞群において術前.0.11±0.04logMAR,術後.0.11±0.04logMAR,鼻涙管閉塞群において術前.0.10±0.07logMAR,術後.0.12±0.06logMARであり,術前後で有意差を認めなかった(図2).自覚的な見え方に関するアンケート調査では,見え方が改善したという回答が総涙小管閉塞群において63.16%,鼻涙管閉塞群において64.71%で得られた(図3).涙液メニスカス高は総涙小管閉塞群においては,術前0.55±0.20mmから術後0.32±0.18mm,鼻涙管閉塞群においては術前0.64±0.24mmから術後0.33±0.18mmと有意に低下していた(p<0.01)(図4).全高次収差とコマ様収差の最大値は,総涙小管閉塞群において術前0.255±0.117μm,0.216±0.110μmに対し,術後0.203±0.106μm,0.171±0.096μmと有意に減少していた(p<0.01).鼻涙管閉塞群においても術前0.253±0.099μm,0.216±0.092μmに対し,術後0.210±0.080μm,0.178±図1フォトスリットにより記録した涙液メニスカス高(左:術前,右:術後)0-0.05-0.1-0.15-0.2logMAR0-0.05-0.1-0.15-0.2logMAR術前術後術前術後NSNS総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)図2視力検査結果(79)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017110.071μmと有意に減少していた(p<0.01).球面収差の最大値は,総涙小管閉塞群においては術前0.054±0.011μm,術後0.057±0.011μmと有意な減少を認めなかったが,鼻涙管閉塞群においては術前0.067±0.006μmから,術後0.056±0.005μmと有意に減少していた(p<0.01)(図5).高次収差の経時的変化については,術前には瞬目後数秒でピークを示し,その後徐々に低下する「逆のこぎり型」を,総涙小管閉塞群の42.31%に,鼻涙管閉塞群の31.58%に認めた6).術後「逆のこぎり型」を示した症例は,総涙小管閉塞群の7.69%,鼻涙管閉塞群の10.53%であった.また,術後は「安定型」を示す症例が,総涙小管閉塞群では0%から34.62%に,鼻涙管閉塞群では5.26%から31.58%に増加していた(図6).全高次収差のfluctuationindexについては,総涙小管閉塞群において術前0.027±0.015μmから術後0.015±0.011μmに(p<0.01),鼻涙管閉塞群において術前0.023±0.014μmから術後0.016±0.009μmに有意に低下していた(p<0.05)(図7).III考按Kohらは涙点プラグ挿入後,視力低下を訴えたドライアイ症例を報告している6).この症例では,プラグ挿入前には瞬目後の高次収差の変化は軽微であったのに対し,プラグ挿入後は「逆のこぎり型」パターンを示していた.全高次収差の変化は,球面収差よりコマ様収差との関連が強く,涙液層の厚みの上下非対称性によることが示唆されている.今回,総涙小管閉塞群においては,全高次収差とコマ様収差の最大値はともに術前に比べ術後では有意に減少してい10.750.50.250(mm)術前術後10.750.50.250(mm)術前術後総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)**図4涙液メニスカス高(*p<0.01pairedt-test)00.10.20.30.4μmμmTotalComalikeSphericallike****総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)□:術前■:術後00.10.20.30.4TotalComalikeSphericallike□:術前■:術後*図5各高次収差の最大値(*p<0.01pairedt-test)31.58%35.29%36.84%17.65%26.32%47.06%0%50%100%□:著明に改善した■:改善した■:不変■:悪化した■:著明に悪化した鼻涙管閉塞群(n=19)総涙小管閉塞群(n=26)5.26%図3アンケート結果1712あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(80)た.球面収差に関しては有意差を認めず,高次収差の変化は球面収差よりもコマ様収差と連動していることが確認された.涙液メニスカス高と涙液メニスカス曲率半径の間には相関があり8),さらに涙液メニスカス曲率半径は涙液貯留量と相関することが報告されている9).今回の結果では,涙液メニスカス高は術後有意に低下しており,総涙小管閉塞による涙液の過剰な貯留を解消することによって,瞬目直後の非対称な涙液層に起因するコマ様収差を主とした全高次収差の最大値を減少させることができたと考えられる.連続測定による高次収差の経時的変化については,術前には「逆のこぎり型」を示す症例が多かったが,術後は安定型を示す症例が増加しており,高次収差のばらつきを示す指標であるfluctuationindexについても術後は有意に低下していた.総涙小管閉塞を開放することで,開瞼中の安定した高次収差を得ることができたと考えられる.鼻涙管閉塞群においても同様に,涙液メニスカス高,全高次収差およびコマ様収差の最大値,全高次収差のfluctuationindexに関しては有意な減少が認められた.また高次収差の経時的変化についても,術前は「逆のこぎり型」を示すものが多かったが,術後は安定型を示す症例が増加していた.総涙小管閉塞群と同様に,過剰な涙液の貯留を解消することで,瞬目直後のコマ様収差を主とした全高次収差の最大値を減少させ,開瞼中の安定した高次収差を得ることができたと考えられる.また,総涙小管閉塞群では球面収差に変化を認めなかったが,鼻涙管閉塞群では術後に有意な球面収差の減少を認めている.鼻涙管閉塞群では,術前の涙液に粘液および膿が含まれており,総涙小管閉塞群の涙液と比較して粘性が高いことが推測される.チモロールイオン応答性ゲル化製剤(チモプトールRXE)の正常眼への点眼により,全高次収差および球面収差が有意に増加することが報告されていることから10),今回の球面収差の減少は涙液の粘性の低下による可能性が考えられる.波面センサーを用いた今回の検討では,総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対する涙管チューブ挿入術後の高次収差は術前に比べ減少していた.本手術がQOVの改善に寄与する可能性を示すことができたと考えている.文献1)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20070.050.040.030.020.0100.050.040.030.020.010***術前術後術前術後総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)(μm)(μm)図7Fluctuationindex(*p<0.01,**p<0.05pairedt-test)46.15%57.69%42.31%7.69%11.54%34.62%0%50%100%10.53%5.26%31.58%52.63%57.89%31.58%10.53%0%50%100%■:逆のこぎり型■:動揺型■:安定型□:のこぎり型総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)図6高次収差の経時的変化(81)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017132)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20083)KohS,MaedaN,KurodaTetal:Effectoftearfilmbreak-uponhigher-orderaberrationsmeasuredwithwavefrontsensor.AmJOphthalmol134:115-117,20024)KohS,MaedaN,HirobaraYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginnormalsubjects.InvestOphthalmolVisSci47:3318-3324,20065)KohS,MaedaN,HirobaraYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginpatientswithdryeye.InvestOphthalmolVisSci49:133-138,20086)KohS,MaedaN,NinomiyaSetal:Paradoxicalincreaseofvisualimpairmentwithpunctualocclusioninapatientwithmilddryeye.JCataractRefractSurg32:689-691,20067)高静花:涙液と高次収差.あたらしい眼科24:1461-1466,20078)OguzH,YokoiN,KinoshitaS:Theheightandradiusofthetearmeniscusandmethodsforexaminingtheseparameters.Cornea19:497-500,20009)YokoiN,BronAJ,TiffanyJMetal:Relationshipbetweentearvolumeandtearmeniscuscurvature.ArchOphthalmol122:1265-1269,200410)平岡孝浩:点眼薬と高次収差.あたらしい眼科24:1489-1495,2007***

わたしの工夫とテクニック 初級者向けの白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルの試作

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(75)1707はじめに以前,筆者は眼科用のジアテルミーを用いて,白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルを試作した1).そして,その有用性についても言及した2).しかし,角膜上皮にジアテルミー電極の先端を直接当て凝固斑を作るために,強い凸凹やときに皺が角膜に生じて,前房内の視認性は非常に悪くなる.したがって,初級者が白内障手術の練習をするには,難易度が高い模擬眼になる.実際の臨床で角膜混濁のある白内障を手術する場合,前房内の視認性は多少悪くても通常の顕微鏡照明下で十分対応できる症例も多数存在する.したがって,角膜混濁が軽度の模擬眼を多数経験することは,実践に即していると考える.今回,硝子体手術時に観察用レンズを固定するHHVシリコーンホルダー(HOYA株式会社,日本)を利用して,角膜上皮に凸凹や皺の少ない混濁をウエットラボ用の豚眼で作製したので,その方法について解説する.角膜混濁の作製方法ウエットラボ用の豚眼を用意し,前報同様にジアテルミーも利用した.1.ジアテルミー装置前報と同じジアテルミーを使用した1,2).超音波白内障手術器械の一つであるCataRhexRswisstech(エルトリー社,スイス)に標準装備されている装置である.ジアテルミーの電極は結膜止血用のバイポーラ鑷子を用いた.2.豚眼角膜の混濁作製最初に角膜上にHHVシリコーンホルダーを置き,ホルダー中央部の空間に灌流液などの水溶液を満たす.つぎに,ジアテルミー電極の先端を角膜上皮に触れないよう灌流液が満たされた中に挿入し,フットスイッチを押し凝固斑を作製した(図1).凝固斑の大きさをコントロールするのはむずかしいが,凸*SatoruJoko:武蔵野赤十字病院眼科〔別刷請求先〕上甲覚:〒180-8610武蔵野市境南町1-26-1武蔵野赤十字病院眼科わたしの工夫とテクニックあたらしい眼科27(12):1707.1708,2010MyDesignandTechnique初級者向けの白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルの試作TrialManufactureofCornealOpacityModelinPigEyesforUseinCataractOperationPracticeforBeginners上甲覚*ジアテルミーと硝子体手術用コンタクトレンズホルダーを用いて,白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルを試作した.シリコーンゴム性のホルダーを角膜にのせ,ホルダー内を灌流液で満たし,水中でジアテルミー凝固を行った.電極の先端が直接角膜上皮に触れないので,凸凹のない角膜混濁を作製することができた.視認性は多少悪いが,通常の照明下にて前房中の操作を行うことが可能であり,初級者が練習するのに有用な模擬眼の一つになると考えた.要約図1豚眼角膜の混濁作製HHVシリコーンホルダーを角膜上にのせて,中空を灌流液(水)で満たし,水中でジアテルミー凝固を施行.ジアテルミー電極の先端を角膜に触れないように混濁を作製(結膜止血用の電極を使用).1708あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(76)凹や皺のない混濁を作ることができた.凝固時間の長短で,混濁の強さはある程度調整可能である.図1で作製した角膜混濁モデル眼で,前房中の視認性を確かめてみた(図2).通常の照明下において,混濁部位での視認性は多少悪いが,細いヒーロン針の先端でも確認することができた.おわりに前報では,角膜混濁が強いので混濁範囲が広いと,通常の照明下では手術を行うのは困難であった.今回作製した角膜混濁モデルでは,前房中の視認性は比較的良好なので,初級者が練習するのに有用な模擬眼の一つになると考えた.HHVシリコーンホルダーを利用した本法では,混濁の大きさを調整するのはむずかしい.仮に直径の異なる筒状の道具が利用できれば,ある程度意図した大きさの混濁も作製可能である.その結果,より実践的なウエットラボを行うことができると考える.文献1)上甲覚:白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルの試作.あたらしい眼科27:83-84,20102)上甲覚:白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルの作製と使用経験.臨眼64:465-469,2010☆☆☆図2図1のモデル眼で,前房中の視認性を確認前房中にヒーロンを注入.細いヒーロン針の先端でも確認することができる.

眼研究こぼれ話 12. 角膜表面の構造 ウジムシが住める水膜

2010年12月31日 金曜日

(69)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101701角膜表面の構造ウジムシが住める水膜クリニックのいすに疲れた顔をして座っているのは,美しく日焼けしたお嬢さん.国際空路を飛んでいるスチュワーデスで,アフリカの飛行勤務を終えてボストンに帰って来たところだという.眼の前を何かが動いているという訴えでやって来た.なるほど,小さい,白い物体が,ちょうど湖面のミズスマシのように角膜(眼の前面の透明な部分)の表面を泳いでいる.それも2,3個.そっと捕まえて顕微鏡の下にもってくると,恐ろしいとげ,かぎ,それにはさみのような口,6本の足を持った小動物である.大きさと形から考えると,コン虫類の幼虫に属する.ハーバード大学の医学部と並ぶ公衆衛生学部の専門家に聞くと,早速に実体を教えてくれた.それはアフリカに広く住む洋蠅(─はえ)の幼虫だと言う.洋蠅は卵を動物の角膜の表面に産み落とす.孵(ふ)化した幼虫は角膜の表面で1週間ばかり,くるくる泳ぎ回り,大きくなると眼からこぼれ落ちて草のなかで成虫になって飛び立つという.アフリカ空路のお嬢さんは,この幼虫と一緒に帰って来たわけである.角膜の表面にそんな水があるだろうかという疑問が出てくる.私の畏(い)敬する東京大学の三島教授は角膜表面に存在する涙の層について研究し,この水層が常に0.007ミリの深さのあることを発見した.また,この涙の層の表面は,瞼(まぶた)のふちから出て来る脂肪質の薄い層に覆われていて蒸発を防いでいることもわかってきた.私たちは角膜細胞に特異な表面構造のあることを電子顕微鏡で突き止め,この構造が,角膜表面の水を流さないように,しっかりと付着させている機構をはっきりさせた.この水は瞼のまばたき運動によって時々更新され,いつも角膜の表面は潤った輝きを保っているのである.また,まばたきをしないウサギの眼も同様にいつも濡(ぬ)れているのである.角膜の表面が薄い水膜で覆われて,滑らかであることは,角膜が光学的なレンズの作用をしていることを考えると,たいへんに重要である.眼に入って来る光の屈折効果の60%を角膜が分担しているのであるから.角膜表面が乾燥すると,この滑らかさが無くなり,いろいろとやっかいなことが起こってくる.乾燥した角膜は光の乱反射のためひどい乱視を起こすばかりでなく,段々と皮膚のようになって,失明してしまうことがある.原因としては,ビタミンA欠乏症とか,涙を出す涙腺(セン)の病気などもあるが,全く理由を見つけ出すことのできない場合もある.原因がわからないと同様,治療方法もない.眼鏡に取り付けた小さいポンプから,眼の表面に人工涙の雫(しずく)を落とす装置も考えられているが,最終的な解決ではない.この病気は患0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑫▲250倍に拡大された羊の蠅の幼虫.涙の中の栄養分で大きくなり,角膜の表面の涙の中で泳ぎ回っている.時には頭のかぎをどこかに引っ掛けて休息でもするのであろう.1702あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010眼研究こぼれ話(70)者を目の前にした眼科医を不甲斐(─がい)なく感じさせる最たるものである.羊の蠅は羊の角膜表面に格好なプールのあることを,我々が研究するよりもっと以前から知っていて,ここに卵を産み付けるのである.孵化された幼虫は体がこのプールの深さより大きくなるまで居て,やがて草のなかへ飛び込むのである.瞼の裏までよく洗ってもらったお嬢さんは,またまたアフリカへ飛び立って行った.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆

インターネットの眼科応用 23.インターネットで時間の共有2

2010年12月31日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.12,201016990910-1810/10/\100/頁/JCOPY時間の共有インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.前章までに,医療知識・医療情報がインターネット上で共有される事例を数多く紹介してきました.「時間の共有」は,インターネットの最も今日的な利用方法です.その,「時間の共有」というインターネットの進化と,医療がどのように関係するのか,実例を交えながら紹介したいと思います.インターネットは人と人を繋ぐツールです.どんな方法で,「時間を共有」して繋がるのでしょうか.インターネットのツールとして,チャット,スカイプ,テレビ会議,ツイッター,Ustreamなどがあげられます.ツイッターとUstreamは,対象が不特定になる点で,他のツールとは大きく異なります.ツイッターというツールの特徴と,医療応用の可能性については,前章で紹介しました.本章は,Ustreamというツールについて紹介したいと思います.Ustream(ユーストリーム)とは2006年に設立され,2007年3月に開始された動画共有サービスです.初期のUstream.tvは,3人のアメリカ軍人によって創られました.イラクに派兵された彼らの友人たちのコミュニケーションツールとして開発されました.Ustream.tvの試作品により,彼らは遠く離れた親族と会話をすることが可能になりました.サービスが開始されてから数年で,ライブビデオサービスの先駆けとなり,政界やエンターテイメント業界を中心に普及しました.2010年1月には,ソフトバンクから約2,000万ドル(約18億円,出資比率13.7%)の出資を受け入れ,日本・中国を中心としたアジア事業を本格化しました.4月には,日本語版サービスが提供されるようになりました1).Ustreamが「共有」するものは動画情報だけではありません.視聴者同士で時間と経験を共有します.たとえば,動画の視聴者同士のチャット機能や,視聴者からの投票機能などが可能です.Ustreamは,リアルタイムの情報を集約するプラットフォームといえます.距離を隔てた人に講義内容を伝える手段は過去にもありました.衛星放送を使って,大学の講義をリアルタイムで発信した事例も多く存在します.ですが,この形式の講義は普及しませんでした.設備投資がかさむこと,大学や企業が魅力あるコンテンツを作り続けることに限界があるのでしょう.テレビ電話はどうでしょう.低価格の機材で,距離を隔てた人に動画情報を伝えますが,「OnetoOne」のコミュニケーションしかとれません.「OnetoMass」や「MasstoMass」のコミュニケーションツールとしては不向きです.ひとつ,面白い考察があります.イギリス科学協会所属の委員会が選んだ,「最もエキサイティングでありながら期待に応えられなかった10大発明」というものがあります.その第7位として,テレビ電話が紹介されています2).テレビ電話は,残念ながら人々の行動様式を変えるまでには至りませんでした.テレビ電話や衛星放送と違い,Ustreamが脚光を浴びる理由は何でしょう.理由が二つあります.一つは,運営にかかる費用です.非常に低価格で実現できるようになりました.講義を衛星放送するためにはアンテナが必要でした.今の時代は,ウェブカメラさえあれば,誰でも放送局を持つことができる,驚くべき時代です.ウェブカメラでなくても,パソコンに内蔵されたカメラ(67)インターネットの眼科応用第23章インターネットで時間の共有②武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ1700あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010でもほとんどの場合,対応可能です.もう一つの理由は,「知性の差」です.知性の差が,情報の発信源と受診側で大きすぎると,講演は,完全に一方向性となり,テレビと同じメディアになります.インターネットの偉大性は,繋ぐ力です.講師と聴衆を一方向性に繋ぐだけでなく,聴衆が短いコメントを残すことで,講演に参加することができます.聴衆同士が,バーチャルな空間で,「私はこんな感想をもっている」「この人の意見は参考にならないな」など,リアルの講演で体感できない一体感を感じることができます.Ustreamは,情報と経験を同時に共有できるコミュニケーションツールです.講演会場では,時間と空間を共有できても,経験と感想を共有することはできません.Ustreamという技術を用いると,空間は共有できませんが,時間と経験と感想を共有することができます.それぞれに長所と短所がありますが,効率性を考えると,Ustreamを併用した講演・学会・研究会が増えてくるでしょう.優れた新しい技術が普及するには,必ず意識の変容が伴います.われわれの意識が変わる瞬間に,新しい慣習が一気に普及し,古い慣習は過去に追いやられます.インターネット上での学会が開催される日は遠くありません.インターネットでできないことは,飲食をともにしながら得られる温度感です.皆さんが,学会期間中に開催する食事会は,インターネット上で決して代替できません.しかし,食事会以外はインターネット上で完結できます.Ustreamの問題点Ustreamの問題点は,著作権です.これは,インターネット上の動画に共通することですが,一朝一夕には解決できない大きな問題です.インターネット上の著作物の著作権は,完全には保護できません.それは,周知の通りと思います.コピーができないようにいくら技術的な制限をかけても,パソコン上で放送する画面を撮影すれば,簡単にコピーが作成できます.医療を扱う動画の場合,演者の著作権だけでなく患者の個人情報が絡む点で,他の動画よりも問題点は深刻です.動画の著作権やプライバシーを保護するために,で(68)きるだけリスクを下げる方法が,二つあります.医師限定の会員制のサイト内で放送することで,空間的な広がりを制限します.また,放送された講演データをサーバー上に残さないことで時間的に制限します.われわれが扱う医療情報は慎重な対応が求められます.私が有志と共に運営しています,医師・歯科医師限定のインターネット会議室「MVC-online」では,10月30日に鹿児島で行われた鹿児島集中治療研究会をUstreamで放送しました(図1).地方で開催された研究会が,世界的な広がりで放送されます.離れた地域にいる人も,新しい知識を獲得することが可能です.今後,このような形態の研究会が普及するでしょう.【追記】NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/Ustream2)http://www.telegraph.co.uk/technology/4985234/Top-10-innovations-that-should-have-changed-the-world-butdidnt-manage-it.html図1Ustreamで開催されるインターネット上の学会・研究会☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス 91.糖尿病硝子体手術後の再出血例に対する液-空気置換(初級編)

2010年12月31日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.12,201016970910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に生じる再出血には,術直後にみられる早期出血と数週間を経過してから生じる晩期出血がある.このうち,早期出血は,術中の不完全な止血操作や手術終了後の低眼圧,不十分な増殖膜処理などに起因することが多い.一方,晩期出血は,強膜創血管新生などの眼内再増殖が関与することが多い.このうち早期再出血例に対しては,自然消退を期待してしばらく経過観察する場合も多いが,筆者は,症例を選んでポンピングによる液-空気置換を積極的に行っている.●液.空気置換の方法有水晶体眼および眼内レンズ挿入眼では球後麻酔施行後に,側臥位で経毛様体扁平部から26.27ゲージ針を硝子体腔内に刺入し,ポンピングで100%空気と硝子体腔内の混濁した眼内液を可能な限り置換している.この方法では,多少硝子体腔に混濁した眼内液が残存するが,ほぼ80.90%の置換が可能である.水晶体.が切除してある無水晶体眼では点眼麻酔後に伏臥位で,角膜輪部から26.27ゲージ針を硝子体腔内に刺入し同様にポンピングで液-空気置換を行う.この方法は,ほぼ100%眼内液と空気の置換が可能である.●液.空気置換の適応術中に増殖膜や硝子体の処理が十分に施行でき,かつ術後に視神経乳頭がぼんやり透見できる軽度の出血であれば,多くの場合で自然吸収が期待できる.しかし,新生血管の活動性の高い症例では,十分な眼内操作を行っても術後に多量の出血をきたすことがある.このような例では術前に牽引性網膜.離があり,初回硝子体手術時にガスタンポナーデを施行していることも多い.術翌日の所見としては,下方の眼内液中に血性の混濁を認める(65)とともに,しばしば上方のガスを通して,増殖膜処理部に凝血塊の付着を認める(図1).このような症例では眼内のガスがある程度減少して凝血塊が眼内液に溶解するのを待ってから液-空気置換を行うほうがよい(図2a,b).凝血塊が眼内液に溶解するまでの期間は症例によって差があるが,通常ガスが硝子体腔の1/2か1/3程度に減少した時点で,凝血塊の大半が眼内液中に溶解することが多い.本法はあくまでも初回手術で増殖膜および硝子体が確実に処理できていることが必要条件であり,これらが明らかに不完全な場合には再手術に踏み切ったほうが無難である.文献1)小泉閑,澤浩,安原徹ほか:増殖糖尿病硝子体手術後の早期再出血に対する液ガス置換の有用性.眼臨92:1321-1323,1998硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載91糖尿病硝子体手術後の再出血例に対する液-空気置換(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科凝血塊図1術後早期の状態下方の眼内液中に血性の混濁を認めるとともに,上方のガスを通して凝血塊を認める.図2液.空気置換を施行するタイミング眼内のガスがある程度減少して凝血塊が眼内液に溶解する(a)のを待ってから液-空気置換を行う(b).ab