特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1551.1554,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1551.1554,2011Scleritis堀純子*はじめに強膜炎は,日常診療で遭遇する頻度が少なくなく,近年は自己免疫疾患の増加傾向に伴ってその患者数も増加していると推測される1).筆者らの施設における眼炎症疾患患者の10%以上は強膜炎である2).強膜炎の症状は「目が赤い」に加えて「強い眼痛」が特徴であり,診断自体はむずかしくない.しかし,重篤な強膜炎は強膜穿孔に至り眼球が温存できない場合もあり,非感染性か感染性かを早期に鑑別し,重症度に応じた治療選択をすることが重要である.強膜炎の治療方法の選択肢は近年格段に拡大している.非感染性強膜炎は膠原病などの全身性炎症疾患に随伴することが多い.筆者らの施設における全身性随伴疾患がある強膜炎患者の約70%は,強膜炎の原因精査がきっかけで全身疾患の診断に至っている3).強膜炎に遭遇した場合には,眼局所の治療のみでなく,潜在する全身性疾患の検索も眼科医師に要求されていることを念頭におかなければならない.本稿では,強膜炎の診断と分類,病態および治療をアップデイトする.I診断と分類1.症状と眼所見強膜炎に明確な診断基準はなく,症状と眼所見より診断する.強い眼痛と充血の他,顔面への放散痛,視力低下や眼球運動障害が症状である.強膜炎の特徴の一つである強い充血は,強膜血管炎による血管拡張と蛇行(図1A,B)である.強膜炎では,1,000倍希釈エピネフリン(ボスミンR)点眼による充血消退がないことで結膜BA図1前部強膜の著しい血管拡張と蛇行びまん性強膜炎.A:関節リウマチに随伴,B:骨髄異形成症候群に随伴.*JunkoHori:日本医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕堀純子:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(39)1551図2暗赤色の結節関節リウマチに随伴した結節性強膜炎:強膜血管の拡張と蛇行に加えて,暗赤色の隆起病変が観察される.図4周辺部角膜の浸潤と潰瘍悪性関節リウマチに随伴した壊死性強膜炎:強膜は菲薄化し,周辺部角膜に浸潤と潰瘍を認める.充血や輪部充血と鑑別できる.また,強膜の暗赤色の結節(図2),菲薄化や壊死(図3),虹彩毛様体炎や角膜周辺部の浸潤や潰瘍(図4)を呈することもある.後部強膜炎では,滲出性網膜.離や乳頭浮腫,脈絡膜.離をみる.超音波Bモード,CT(コンピュータ断層撮影)MRI(磁気共鳴画像)で後部強膜の肥厚や輝度増強を呈(,)する.2.臨床所見による分類Watson分類が汎用されている4).部位別に,上強膜炎,前部強膜炎,後部強膜炎に分類する.さらにそれぞれを形状別に,びまん性,結節性,壊死性に分類する.上強膜炎は壊死性タイプを欠く.一方,前部強膜炎の壊1552あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図3強膜の菲薄化と壊死関節リウマチに随伴した壊死性強膜炎:強膜血管は著明に拡張し,強膜は菲薄化,結膜と壊死強膜は癒着し小潰瘍が散在している.死性タイプは,炎症性,非炎症性,穿孔性軟化症の3タイプに分類される.Watson分類は,部位と形状による分類であるため,炎症性や非炎症性という表現は,強膜血管の拡張による充血があるかどうかで判断され,全身や眼局所の免疫応答を含めた病態は考慮されていない.3.非感染性強膜炎と感染性強膜炎非感染性か感染性かの早期鑑別が予後を左右する.非感染性強膜炎のおもな随伴疾患を表1に示す.自己免疫疾患の他に,単純または水痘帯状ヘルペス,梅毒,ライム(Lyme)病,結核,らい病などの感染症の場合があるが,この場合も病原体に対する免疫応答による強膜炎である.原因検索のためには,自己免疫疾患,サルコイ表1強膜炎が随伴する全身疾患膠原病,炎症性全身疾患,血液疾患感染性全身疾患関節リウマチ単純ヘルペス血清反応陰性脊椎関節症水痘帯状ヘルペス炎症性腸疾患梅毒Wegener肉芽腫ライム(Lyme)病結節性多発性動脈炎結核Behcet病らい病側頭動脈炎,高安病,SLE再発性多発性軟骨炎サルコイドーシス白血病SLE:全身性エリテマトーデス.(40)ドーシス,および上記の病原体感染の精査が必要である.日本医科大学眼炎症外来では,強膜炎の臨床検査項目として,血算,生化学,血液像に加えて,免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)リウマチ因子(RF),CRP(C反応性蛋白),補体価,蛋白分画,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibodies:ANCA),抗核抗体(ANA),アンギオテンシン変換酵素(ACE),ツベルクリン反応,梅毒血清,胸部X線,を実施している.特にc-ANCAはWegener肉芽腫症の診断と活ドーシス,および上記の病原体感染の精査が必要である.日本医科大学眼炎症外来では,強膜炎の臨床検査項目として,血算,生化学,血液像に加えて,免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)リウマチ因子(RF),CRP(C反応性蛋白),補体価,蛋白分画,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibodies:ANCA),抗核抗体(ANA),アンギオテンシン変換酵素(ACE),ツベルクリン反応,梅毒血清,胸部X線,を実施している.特にc-ANCAはWegener肉芽腫症の診断と活眼手術歴,穿孔性眼外傷と植物や土壌の混入の既往がある場合は,細菌や真菌による感染性強膜炎を疑う.特にマイトマイシンCやb線照射を使用した翼状片手術,白内障や緑内障手術,強膜バックル(スポンジ)の既往,は危険因子である.初診時に眼脂を採取し,原因菌の分離培養と薬剤感受性を調べることが大切である.眼脂培養が陰性でも,ステロイドや免疫抑制剤の投与で増悪する場合は感染性であることを疑い,病巣部の表層強膜生検による病理学的な細菌と真菌の証明を検討する.II非感染性強膜炎の病態強膜炎を随伴する全身性免疫疾患の多くは,全身性抗原に対する免疫複合体が末梢血中を循環している.たとえば,関節リウマチでは抗シトルリン化蛋白抗体や抗核抗体,Wegener肉芽腫症ではANCA,などが,標的抗原と結合したものが免疫複合体である.免疫複合体はループ状やヘアピン状に屈曲した微細な血管内に沈着しやすいため,強膜血管は腎糸球体と同様に,沈着が起きやすいと考えられる.血管内に沈着した免疫複合体には補体が結合し,補体系活性化により炎症細胞浸潤が誘導され,強膜血管炎が発生すると考えられる.非感染性壊死性強膜炎の摘出眼球の病理像でも強膜血管の血管炎所見が報告されており,同領域への多彩な免疫担当細胞の浸潤,血管壁のフィブリノイド壊死と血管閉塞による虚血性強膜壊死,炎症細胞によるコラーゲン破壊,さらに蛋白分解酵素性のコラーゲン融解が,病理炎症細胞によるコラーゲン破壊強膜血管(ループ)に免疫複合体が沈着免疫複合体に補体が結合,補体系の活性化,炎症細胞浸潤全身性抗原に対する抗体の産生(ANCA,抗核抗体,抗シトルリン化蛋白抗体など)免疫複合体(抗原+抗体)の形成と末梢血内循環全身性病態強膜内病態強膜血管炎強膜血管壁のフィブリノイド壊死強膜血管の閉塞強膜血管外への炎症細胞浸潤と炎症性サイトカイン産生蛋白分解酵素の過剰発現コラーゲン融解強膜壊死図5非感染性壊死性強膜炎の発症機構全身性免疫応答の産物である免疫複合体が,強膜血管に沈着して血管炎が発生し,血管閉塞による虚血性壊死と,炎症および蛋白分解酵素性の強膜壊死をきたす.(41)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111553像から考察される病態である像から考察される病態である(図2).III治療の多様化1.非感染性強膜炎の治療従来は,0.1%べタメタゾン点眼が無効であれば,プレドニゾロン内服を開始する治療方針が定番であった.しかし現在は,ステロイド剤の結膜下注射,非ステロイド系消炎剤の内服,ミコフェノール酸モフェチルやメソトレキセートなどの免疫抑制剤の内服,さらには,抗TNF(腫瘍壊死因子)-a抗体などの生物学的製剤,などが選択肢に加わり,重症度や全身随伴疾患により選択する1,9.13).びまん性強膜炎と軽症の結節性強膜炎は,0.1%ベタメタゾン点眼4.6回/日から開始し,効果が不十分の場合は,2%シクロスポリン点眼(院内製剤)の5回/日点眼を追加する.これでも不十分である場合は,強膜菲薄部を避けてデキサメタゾン0.3mlまたはトリアムシノロン0.1.0.2mlの結膜下注射を行う9).また,疼痛が強くなくても,炎症コントロール目的で非ステロイド系消炎剤の内服を用いる10).重篤な結節性強膜炎と壊死性強膜炎および後部強膜炎に対しては,プレドニゾロン内服0.5.1mg/kg/日から漸減する.ステロイド内服に反応の悪い例や再燃をくり返す例には,ミコフェノール酸モフェチル1g/日を内服する11).リウマチや膠原病に随伴する難治性強膜炎にはメソトレキセートを6.8mg/週12),ANCA陽性血管炎やWgener肉芽腫症に随伴する症例はシクロホスファミドを用いる13).シクロスポリンやアザチオプリンはステロイドとの併用療法やステロイド減量後の維持療法として用いられる.免疫抑制剤の全身投与は易感染,肝機能障害,腎障害,骨髄抑制,悪性腫瘍などの重篤な副作用を伴うため,リウマチ膠原病内科との連携が必須である.また,インフリキシマブ(抗TNF-a抗体),ダクリツマブ(抗CD25抗体),リツキシマブ(抗CD20抗体)といった生物学的製剤の輸液療法が強膜炎に有効であると欧米では報告されている1).なお,重篤な壊死性強膜炎で,特に穿孔性強膜軟化症には,壊死病巣除去と保存強膜,保存角膜または保存羊膜によるパッチを行う外科的治療を行う14).1554あたらしい眼科Vol.28,No.11,20112.感染性強膜炎の治療感染組織の外科的切除および原因菌に感受性のある抗生物質の全身投与と局所投与を行う.疼痛に対して非ステロイド系消炎剤を投与し,ステロイド使用は避ける.感染組織の不十分な除去は,再発の原因となり,ときに眼内炎に移行する場合がある.複数回の手術中に壊死部穿孔もある.文献1)SmithJR,MackensenF,RosenbaumJT:Therapyinsight:scleritisanditsrelationshiptosystemicautoimmunedisease.NatureClinicalPractice3:219-226,20072)伊藤由希子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼63:701705,20093)若山久仁子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における強膜炎患者の統計的観察.あたらしい眼科27:663-666,20104)WatsonPG,HayrehSS:Scleritisandepiscleritis.BrJOphthalmol60:163-191,19765)RionoWP,HidayatAA,RaoNAetal:Scleritis.Aclinicopathologicstudyof55cases.Ophthalmology106:13281333,19996)FongLP:Immunopathologyofscleritis.Ophthalmology98:472-479,19917)UsuiY,ParikhJ,GotoHetal:Immunopathologyofnecrotizingscleritis.BrJOphthalmol92:417-419,20088)GirolamoDi:Increasedexpressionofmatrixmetalloproteinasesinvivoinscleritistissueandinvitroincul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