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コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 フルオレセインパターン判定法(3)

2011年11月30日 水曜日

コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】糸井素純329.フルオレセインパターン判定法(3)道玄坂糸井眼科医院臨床でフルオレセインパターンを観察していると,そのパターンは千差万別で,判断に迷うことがある.今回のセミナーでは,一般の眼科医でも頻繁に遭遇するであろうと考えられるケースで,比較的間違った判断がされることが多いフルオレセインパターンについて解説する.●Dimpleveil理想的なハードコンタクトレンズ(HCL)のフィッティングでは,瞬目に伴い,上眼瞼とともに,レンズが上方に移動し,その後,緩やかに下方に移動し,角膜中央部で安定する.この一連の動きのなかで,レンズ下の涙液はいったん流出し,新たな涙液が流入する.この瞬目に伴うレンズ下の涙液の流れが悪いと,酸素供給が低下するのみならず,角膜上皮などの老廃物や空気などがレンズ下に滞留する.HCLの後面カーブが角膜形状に対してスティープで,レンズ下の涙液交換が不完全なときに,複数のairbubbleがレンズ下に留まり,それにより角膜に圧痕が生じることがある.フルオレセインで観察すると,その部位が粒状の角膜ステイニングとして観察される.これをDimpleveil(図1)という.HCLの後面カーブが角膜形状に対して,若干スティープなときに観察されることが多い.Dimpleveilが観察されるときは,HCLのベースカーブをフラットに変更すると,消えていくことが多い.角膜上皮障害は伴わないので,投薬の必要はない.●強度角膜乱視強度角膜乱視の理想的なフルオレセインパターンは,中央部は蝶ネクタイの形状で,弱主経線方向の最周辺部(ベベル部分)で涙液クリアランスが十分に確保されている状態である(図2).トライアルレンズの第一選択は,弱主経線よりは2.3段階スティープに,中間値よりは2.3段階フラットなベースカーブを選択すると,理想とするフィッティングが得られやすい.(61)0910-1810/11/\100/頁/JCOPY図1Dimpleveil図2強度角膜乱視の理想的なフルオレセインパターン図3MZ加工レンズ前面の周辺部に溝を作製.強度角膜乱視では強主経線と弱主経線の角膜のカーブの差が大きいために,強主経線方向のレンズエッジの浮きが大きくなり,センタリングが不安定になりやすい.スティープなベースカーブを選択すると下方固着,下方偏位を生じやすく,フラットなベースカーブを選択するあたらしい眼科Vol.28,No.11,20111573 と上方固着,上方偏位を生じやすい.臨床的にはスと上方固着,上方偏位を生じやすい.臨床的にはスを生じているケースが多い.角膜中央部でのフルオレセインパターンが理想的な蝶ネクタイ状にもかかわらず,センタリングが下方安定しやすいときは,レンズ前面のエッジから約1mm内側の部分に溝を掘ると良いセンタリングが得られやすい(図3).強度角膜乱視眼に対して,エッジリフトが低く,ベベル幅が狭いデザインのHCLを処方すると,弱主経線方向の最周辺部で,エッジ部分による機械的刺激による上皮障害を生じやすく,下方固着,下方偏位も生じやすいので,エッジデザインは涙液クリアランスが良好のもの(エッジリフトが高く,ベベル幅が広い)を選択するとよい.通常の球面HCLをトライして,うまくいかない場合は,後面トーリックHCL,あるいは,バイトーリックHCLを選択すると良いセンタリングが得られやすい.●3時9時ステイニング3時9時ステイニングはHCL装用者に特有の合併症と考えられている.発症原因はHCL装用による局所の乾燥(涙のブレークアップ),あるいは,レンズエッジによる機械的な障害である.両者が関与するケースも少なくない.この2つの発症原因はレンズフィッティングの観点からすると,相反する部分もあり,発症原因の鑑別を誤ると治療に苦渋する.3時9時ステイニングではフルオレセインパターンを詳細に観察し,発症原因を見きわめ,適切な対応をとる必要がある.図43時9時ステイニングのフルオレセインパターン4時方向にレンズエッジによる角膜上皮障害が観察される.3時9時ステイニングが生じたHCLでフルオレセインパターンを確認する.その際に,重要なのがレンズエッジと病変部位の関係である(図4).まずレンズエッジ部分のフルオレセインが適量であるか,病変部位でブレークアップが生じていないかを確認する.つぎにHCLを指でまぶたの上から鼻側,耳側,下方,上方へと軽く移動させ,病変部位でレンズエッジによるこすれや圧迫などの機械的障害を生じていないかを確認する.そして,自然な状態で瞬目させて,HCLの移動に伴い,レンズエッジが病変部位に接触していないか,あるいは,局所で涙のブレークアップが生じていないかを確認する.その際に,レンズが瞬目に伴い適切に動いているか,下方固着を起こしていないかも確認する.下方固着を起こしていると,4時8時方向にレンズエッジによる機械的障害を生じやすい.1574あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(00)

写真:全層角膜移植術後のEpithelial Downgrowth

2011年11月30日 水曜日

330.全層角膜移植術後のEpithelial堀田芙美香江口洋徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部・Downgrowth眼科学分野図2図1のシェーマ▲(矢頭)で示した点線はepithelialdowngrowthの先端.図1全層角膜移植術後のepithelialdowngrowth(61歳,男性)内皮面に上皮が伸展し,正常部との境界が線状になっている.図4図3のシェーマ▲(矢頭)で示した点線はepithelialdowngrowthの先端.図3図1と同一症例の再移植後再手術後もepithelialdowngrowthが再発し,最終的に移植片機能不全となった.(59)あたらしい眼科Vol.28,No.11,201115710910-1810/11/\100/頁/JCOPY EE入・増殖する状態である.前房内に侵入した上皮は角膜後面や虹彩上で増殖・伸展し,角膜内皮機能不全から角膜浮腫をきたし,隅角まで伸展すると,虹彩前癒着や難治性の続発緑内障を誘発することがある1).細隙灯顕微鏡では,角膜後面の白い線や虹彩上のガラス状の膜様物として認められる.図1,3は全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PK)後に発症したepithelialdowngrowthを表している.PK後のepithelialdowngrowthの発症率は0.25%と報告されており2),移植片の後面に白い境界線を伴った膜様物がみられる.類似した所見を呈する内皮型拒絶反応が鑑別すべき病態としてあげられるが,内皮型拒絶反応ではrejectionline(Khodadoustline)が出現し,拒絶反応の進行に伴って移動する.Rejectionlineが通過した部分は移植片の実質浮腫を伴い,未通過の部分は伴わないが,epithelialdowngrowthで伸展の境界を挟んで実質の所見に違いが出ることは少ない.Epithelialdowngrowthの危険因子は,複数回の内眼手術,不完全な創閉鎖(創口への脱出虹彩または硝子体や水晶体遺残物の嵌頓),縫合部からの房水漏出などである.そのため,水晶体.内・.外摘出術が白内障手術の主流であった1970年代までは術後合併症としての報告が散見されたが,近年の小切開白内障手術において術後合併症として報告されることは稀となった.しかし,LASIK(laser-assistedinsitukeratomileusis)や角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)の術後合併症として報告されるようになり3,4),今後も注意が必要な病態と考えられる.進行したepithelialdowngrowthに奏効する治療法はなく,できるだけ早期に発見することが重要である.発見した場合,原因となる病態を解除した後に,可能であれば伸展した上皮を除去すべきだが,予後は不良である.本症例は難治性の続発緑内障をきたし,線維柱帯切除術や経強膜毛様体レーザー凝固術を施行したが,移植片機能不全となった.文献1)WeinerMJ,TrentacosteJ,PonDMetal:Epithelialdowngrowth:a30-yearclinicopathologicalreview.BrJOphthalmol73:6-11,19892)SugarA,MeyerRF,HoodCI:Epithelialdowngrowthfollowingpenetratingkeratoplastyintheaphake.ArchOphthalmol95:464-467,19773)WrightJD,NeubaurCC,StevensG:Epithelialingrowthinacornealgrafttreatedbylaserinsitukeratomileusis:Lightandelectronmicroscopy.JCataractRefractSurg26:49-55,20004)ShulmanJ,KropinakM,RitterbandDCetal:FailedDescemet-strippingautomatedendothelialkeratoplastygrafts:Aclinicopathologicanalysis.AmJOphthalmol148:752-759,20091572あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(00)

眼窩炎症性疾患

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1565.1569,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1565.1569,2011OrbitalInflammatoryDisease前久保知行*中馬秀樹*はじめに眼窩の炎症性疾患はさまざまな原因により生じ,甲状腺眼症やWegener肉芽腫症,サルコイドーシスのような免疫介在性の疾患や眼窩蜂巣炎,眼窩アスペルギルス症など感染性疾患がある.特発性眼窩炎症(idiopathicorbitalinflammation)は眼窩付属器に非特異的な炎症が生じるもので,以前は炎症性偽腫瘍とよばれていた.炎症が,特に外眼筋に起こるものを特発性眼窩筋炎といい,特発性眼窩炎症の亜形として考えられている.眼窩炎症性疾患の特徴は,急性発症であり,進行も急速であることが多く,疼痛を強く訴える.外眼筋を侵すと複視を生じ,眼球突出もみられる.今回は,「目が赤い」症例における鑑別のうえで重要な眼窩疾患の特徴的所見といくつかの代表的な疾患について,まとめて解説する.I症状多くの症例で充血,眼球周囲痛,眼違和感,流涙,複視を訴える.また,腫脹や炎症の波及に伴い視神経障害が生じると視力障害,視野障害,色覚障害などを訴える.症状の進行は急性に発症し,急激な進行を呈するものも多く,注意が必要である.II検査1.眼窩評価触診により圧痛の評価を行う.眼瞼外上方に痛みが認められれば,涙腺疾患である可能性がある.眼球突出を評価することは重要であり,Hertel眼球突出計での評価が有効である.日本人の平均値は約15mmとされている1)が,個体によるばらつきが大きいため,左右差(患側が2mm以上突出)を参考にする.眼窩内の腫瘍性病変を評価するために閉瞼してもらい,眼球を後方に圧迫し,抵抗があるかを評価する.両眼を評価し,抵抗に左右差があれば陽性と考え,腫瘍性病変を疑う.2.眼瞼評価最も一般的な所見は眼瞼浮腫である.しかし,これは非特異的な反応である.眼瞼の評価のうえで重要となるのは,上方視から下方視と眼球運動に伴い,眼球に合わせ上眼瞼が下降するかを評価することである.Lidlagは甲状腺眼症で特異的にみられる所見で,上方視より下方視を素早く施行させたときに上眼瞼の下降が遅れる.この所見を認める場合には甲状腺眼症を強く疑う.3.視神経視力障害や視野障害などの変化は,視神経障害の後期の所見である.早期の視神経障害を鋭敏に評価するために,RAPD(relativeafferentpupillaydefect;相対的入力瞳孔反応異常)を評価することが重要である.4.眼球運動炎症により外眼筋が障害されると運動制限が生じる.*TomoyukiMaekubo&HidekiChuman:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕前久保知行:〒889-1692宮崎県宮崎郡清武町大字木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(53)1565 その障害が単眼性か両眼性か,眼球運動痛が存在するか,そして眼球運動痛はどの方向で増強するかが重要である.5.採血検査・画像評価採血検査については,病歴聴取や眼科的検査において鑑別診断を行い,必要な検査を計画する.基本的にはCRP(C反応性蛋白),血沈,血算は必須である.甲状腺眼症を疑うときには抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体),抗サイログロブリン抗体(抗TG抗体)抗甲状腺刺激ホルモン(抗TSH)レセプター抗体を評価(,)する.また,鑑別診断のうえでANCA(antineutrophilcytoplasmicantibody)も診断に必要となることがある.画像評価については,超音波,眼窩部CT(コンピュータ断層撮影),眼窩部MRI(磁気共鳴画像)を行う.超音波は眼窩内に腫瘍性変化がみられるときに異常の有無の評価を行うのには適しているが,詳細な評価は困難である.緊急時には,まず眼窩部CTを撮影し,さらに病変性状の評価を必要とする場合には眼窩部MRIを検討する.それぞれの疾患の放射線学的特徴と眼科的所見,経過などを考慮し,必要があれば生検を検討する.III各疾患について1.甲状腺眼症甲状腺眼症における眼症状は,急性期の炎症性変化として結膜充血(筋付着部),眼瞼後退(図1),眼窩部痛がみられる.Lidlag(Graefe徴候)所見は甲状腺眼症に特異的であり,診断に有用である.慢性期は,眼球突出(図2),眼球運動制限,高眼圧がみられる.眼球運動障害は外眼筋の肥大,伸転障害を生じ,複視を訴える.侵される外眼筋としては下直筋が最も多く,内直筋,上直筋,外直筋の順の頻度で障害される.すなわち上転障害が最も多く,つぎに外転障害が多い(図3).甲状腺眼症の診断では,多くの場合甲状腺機能亢進症の既往があるため,診断に有用となるが,眼症状のみが先行する場合も少なくない.甲状腺ホルモン検査〔FT3(遊離トリヨードサイロニン),FT4(遊離サイロキシン),TSH〕にて甲状腺機能の状態を判定する.しかし,眼症状を主訴に初診した甲状腺眼症患者のTSH,FT3,1566あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図1甲状腺眼症―正面視時の眼瞼後退(Dalrymplesign)図2甲状腺眼症―眼球突出図3甲状腺眼症―眼窩部CT両下直筋,右上直筋に肥厚を認める.FT4の約半数は甲状腺機能正常(euthyroidGraves)とされる2)ため,甲状腺機能亢進症がないからといって,甲状腺眼症は否定できない.そのため,甲状腺自己抗体である抗TSHレセプター刺激抗体(TSAb),抗TPO抗体,抗TG抗体の評価を優先する.しかし,甲状腺眼症における抗体陽性率は3つのうちいずれか1つが陽性である率も75%にとどまる.そのため,血液検査で異常がなかったとしても,否定することはできず,眼所見から診断する必要がある.治療においては急性期と慢性期で区別し,治療にあたることが重要である.急性期には消炎が中心となるが,治療選択において炎症の活動性の指標としてMouritsらのclinicalactivityscore3)が提唱されており,副腎ステロイド,放射線治療の選択に参(54) 考とされる.2.特発性眼窩炎症特発性眼窩炎症は眼窩付属器の炎症性疾患で,外眼筋,眼瞼,涙腺,視神経周囲,眼窩先端部などさまざまな部位に炎症を認める.そのなかで,外眼筋を障害するものを特発性眼窩筋炎,視神経周囲に炎症を生じるものを特発性視神経周囲炎とよぶ.臨床的な特徴は,突然の発症であり,強い発赤,腫脹,疼痛を伴う(図4,5).眼球運動痛,複視,眼瞼下垂もみられる.特発性眼窩炎症の診断において重要となるのは鑑別診断である.眼窩筋炎との鑑別では,頻度の高い疾患として,甲状腺眼症があげられる.原因は異なるものの,ともに炎症性疾患であるため,臨床症状が類似する.そのため,自己抗体の評価ならびに甲状腺眼症で特異的にみられる,Graefe徴候を認めるかどうかも重要な鑑別となる.腫瘤性炎症との鑑別で重要となるのがmucosa-associatedlymphoidtissue(MALT)リンパ腫である.ステ図4特発性眼窩炎症図5特発性眼窩筋炎―眼窩部CT全外眼筋の肥厚を認める.ロイドの投与による診断的治療については,特発性眼窩炎症とMALTリンパ腫の奏効率に差がなく,鑑別には利用できない.そのため,必要があれば積極的に生検を検討する.眼窩先端部の病変においては,眼窩真菌症との鑑別が重要となる.眼窩真菌症は副鼻腔よりの浸潤であるため,副鼻腔の画像評価が重要になるとともに,糖尿病,易感染状態などの背景があることが多く,診断に注意する.また,難治性の場合や副鼻腔内に変化を認める際にはWegener肉芽腫症4)などのANCA関連性疾患に注意しなければならない.特発性眼窩炎症はさまざまな原因や病態で発症する.その背景として自己免疫や免疫不均衡が関与するものと考えられるが,不明な点もいまだ多い.治療の中心はステロイドとなり,多くの症例で早期に改善する.しかし,症例によっては抵抗性で,免疫抑制剤も併用される.特発性眼窩炎症とされている疾患群のなかに,多様な病態があるものと推測される.3.IgG4関連病変(図6,7)近年,特発性眼窩炎症の一部の症例で免疫グロブリン(Ig)G4陽性の形質細胞が浸潤していることが知られる5)ようになり,眼付属器リンパ増殖性病変における新たな話題となっている.IgG4関連疾患は,自己免疫性膵臓炎の患者で血清IgG4陽性形質細胞が浸潤していることが報告され,硬化性唾液腺炎や後腹膜線維症などが合併することがわかってきた.眼窩領域においては慢性硬化性涙腺炎,Mikulicz病との関連が指摘されている.本疾患の眼症状はステロイドによく反応するとされるが,全身臓器の合併症をもつことがあり,全身精査を行わなければならない.両側の涙腺腫脹を認めた場合には,本疾患も念頭に置き,IgG測定とともに生検によるIgG4染色も検討する必要がある.4.眼窩蜂巣炎眼窩蜂巣炎は急性涙.炎,急性涙腺炎,副鼻腔炎,麦粒腫などの細菌性炎症が眼窩内に波及するものや敗血症による眼窩内への転移,外傷による異物感染によるものがある.培養の提出も必須であるが,結果が出てから抗生物質(55)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111567 図6IgG4関連Mikulicz病―両側涙腺腫大(矢印)図8眼窩蜂窩織炎結膜充血,結膜浮腫を認める.の投与を行うのでは遅い.画像診断を行い,培養提出を行った後,すぐに抗生物質の投与を始める.ここで外傷性眼窩蜂巣炎の一例を紹介する(図8,9).70代男性,畑仕事中に転倒し,左眼窩部内上縁を受傷した.当日,近医を受診され,受傷部の処置のみを行われ帰宅されたが,翌日より激しい充血,眼痛を生じ,当院へ紹介となった.眼窩部CTで眼窩先端部近傍に異物所見を認め,当日に異物(竹)除去術を行った.皮膚創が小さく,軽度であったとしても眼窩内への異物刺入は十分に注意しなければならない.5.眼窩真菌症(図10)眼窩真菌症は稀な疾患であるが重症化しやすく,失明1568あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図7IgG4関連Mikulicz病―眼窩部MRI図9外傷性眼窩蜂巣炎の一例―眼窩部CT矢印部に異物(竹)を認めた.のみならず死に至る重要な疾患である.眼窩先端部病変において,ステロイドの投与を検討する際には必ず真菌症の所見がみられないか確認し,除外しなければならない.眼窩真菌症では,前部に炎症がある場合に眼瞼の発赤,腫脹,結膜充血が認められる.深部にみられる際には眼球運動障害,眼球突出を認め,視神経障害を生じると視力低下を呈する.眼窩真菌症は,外傷以外では糖尿病や免疫不全状態の患者に起こり,また,慢性副鼻腔炎の既往や鼻・副鼻腔の手術歴が重要となる.原因菌はアスペルギルスが最も多く,接合菌,カンジダ,クリプトコックスなどの報告がみられる.臨床症状から眼窩真菌症が疑わしい場合は,早期に眼窩部CT,MRIを撮影し,血清学的検査を行うとともに可能であれば病巣より(56) 図10左眼窩アスペルギルス症の一例―造影頭部CT眼窩内側壁より肉芽腫性病変を認めた(矢印).の培養,病理評価を行う.その場合には鼻腔からのアプローチを耳鼻科に依頼することも必要となる.治療に関しては,抗真菌薬の全身投与とともにアムホテリシンB(AMPH-B)の球後注射も有効との報告がある5).抗真菌薬の使用においては深在性真菌症のガイドライン作成委員会よりのガイドライン2007が参考になる.浸潤性の強いアスペルギローマの場合には,眼窩内容除去術まで必要とし,徹底した病巣掻爬を行わなければならない.6.涙腺炎涙腺炎は感染性のものと非感染性のものに大別できる.臨床所見としては上眼瞼外側の腫脹や発赤,球結膜の上耳側から円蓋部にかけての充血がみられる.感染性の原因になるものとして,細菌(黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,梅毒)やウイルス(ムンプスウイルス,帯状疱疹ウイルス)などがあげられる.細菌性感染の場合,涙腺からの排出導管を介した逆行性感染と敗血症に合併するものがある.非感染性のものにはサルコイドーシス,Mikulicz症候群などがあげられる.まず,感染性による涙腺炎か否かを考え,眼脂培養を提出する.感染性涙腺炎においては抗菌薬,抗ウイルス薬を使用する.非感染性涙腺炎に対してはステロイド投与を行うが,鑑別が困難な際にはまず抗菌薬の投与を行い反応不良の場合,生検を検討する.おわりに眼窩内炎症による「目が赤い」症例は,ときに急激な進行を認め,重症化するものがある.症状,眼科的検査により鑑別を行い,必要な検査を迅速に計画し,治療へと進む必要がある.さまざまな原因を常に頭に入れ,治療に対し,抵抗性であった際にはもう一度,診断を検討し直すことも重要となる.文献1)中山智彦,若倉雅登,石川哲:今日の日本人の眼球突出度について.臨眼46:1031-1035,19922)長内一,大塚賢二,中村靖ほか:甲状腺眼症242例における臨床的血液学的検討.あたらしい眼科15:10431047,19983)MouritsMP,KoornneefL,WiersingaWFetal:ClinicalcriteriafortheassessmentofdiseaseactivityinGraves’ophthalmology:anovelapproach.BrJOphthalmol73:639-644,19894)TarabishyAB,SchulteM,PapaliodisGNetal:Wegener’sgranulomatosis:clinicalmanifestations,differentialdiagnosis,andmanagementofocularandsystemicdisease.SurvOphthalmol55:429-444,20105)CheukW,YuanHK,ChanJK:Chronicsclerosingdacryoadenitis:PartofthespectrumofIgG4-relatedsclerosingdisease?AmJSurgPathol31:643-645,20076)WakabayashiT,OdaH,KinoshitaNetal:RetrobulbaramphotericinBinjectionsfortreatmentofinvasivesinoorbitalAspergillosis.JpnJOphthalmol51:309-311,2007(57)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111569

循環障害

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1559.1563,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1559.1563,2011VascularDisorders児玉俊夫*はじめに結膜は結膜血管の拡張あるいは血流が増大すると充血が生じる.発症メカニズムに基づいてDuke-Elderは結膜の充血を能動的充血(activehyperaemia)と受動的充血(passivehyperaemia)に分類している1).能動的充血とは,結膜に作用する何らかの原因により結膜血管の血流が増大することによって生じる充血である.その原因として,Duke-Elderは異物による刺激,眼局所感染,アレルギー疾患など直接血管に作用して血管拡張をもたらす因子をあげている.一方,受動的充血は二次的に生じる充血で,その原因として①機械的な圧迫による静脈のうっ血と②血液自体の粘度が高くなる血液過粘稠度症候群があげられる(図1).これらの循環障害による充血は結膜充血と毛様充血が同時に発症しており,結膜の血管の怒張を伴っていることも多い.上記の分類を踏まえて結膜の循環障害による充血について解説したい.I機械的な圧迫による静脈のうっ血眼窩の血管系は内頸動脈が海綿静脈洞内を通って眼動脈などに分岐して各眼組織に血液を供給する.そして静脈系は上眼静脈と下眼静脈により海綿静脈洞に還流される.すなわち,眼窩の血流は海綿静脈洞の病変に左右されることになる.頸動脈海綿静脈洞瘻(CCF)は海綿静脈洞に内,外頸動脈のどちらかから動脈血が流入する疾患である.すなわち,本来低圧である海綿静脈洞に動脈血が流入して静受動的充血機械的な圧迫による血液過粘稠度症候群静脈のうっ血頸動脈海綿静脈洞瘻多発性骨髄腫眼窩先端部症候群マクログロブリン血症眼窩腫瘍Eisenmenger症候群図1結膜循環障害の原因脈圧が上昇する.そのために上眼静脈が逆流して還流障害を生じるために,CCFの三主徴である拍動性の眼球突出,眼窩部の血管雑音および眼球結膜の充血がみられる2).眼窩部の還流障害は結膜血管の怒張・蛇行のみならず,網膜血管の循環障害を発症する(図2).さらに,眼窩のうっ血は眼球内で渦静脈の逆流をもたらしてSchlemm管における流出抵抗が増大するために眼圧上昇をひき起こす.そのため強い結膜充血をみて緑内障発作と誤診されることがある.CCFはその原因により頭蓋底骨折に伴って瘻孔を生じる外傷性CCFと非外傷性である特発性CCFに分類される.三主徴が揃っていればCCFの診断は可能であるが,診断確定には画像診断が必要である.Magneticresonanceimaging(MRI)やMRangiography(MRA)で上眼静脈の拡張(図3)や海綿静脈洞が拡張している所見があれば確定診断となる.眼窩腫瘍や甲状腺眼症などの眼窩占拠性病変,特に眼窩先端部に腫瘤性病変が存在する場合には,眼窩静脈の*YoshioKodama:松山赤十字病院眼科〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-0826松山市文京町1松山赤十字病院眼科0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(47)1559 ab図2CCFの前眼部と眼底a:64歳,女性.右眼の急性緑内障発作として紹介された.初診時,右眼矯正視力は1.2,右眼眼圧は26mmHgで結膜血管の怒張を伴う強い充血を認めた.前房深度は正常で角膜浮腫および瞳孔散大は伴っていなかった.右眼の外転制限を認め,聴診により眼窩部の血管雑音を認めたために神経内科に紹介して画像検査が施行され,CCFと診断された.b:32歳,男性.交通事故により頭蓋底骨折を発症した.脳神経外科で精査の結果,外傷性CCFと診断された.左眼視力低下のために眼科を紹介され,結膜血管の怒張がみられ,眼底にも網膜血管の怒張,蛇行を認めた.ab図3CCFの画像a:64歳,女性のMRI(T1強調画像).上眼静脈の怒張がみられる(矢印).b:64歳,女性のMRA.右海綿静脈洞から右眼窩にかけて血流輝度が認められる(矢頭).うっ血により結膜充血だけでなく軽度の結膜浮腫を生じ占拠性病変では,ときに重症の結膜浮腫をきたすことがる(図4).本症例は有痛性の眼筋麻痺を生じ,MRIである(図5).その原因として,眼窩静脈瘤や血管腫が破眼窩先端部から眼窩先端部に至る腫瘤が認められ,さら裂して巨大な血腫を形成した場合には,眼窩静脈の還流にステロイド治療が奏効したことから臨床的にTolosa-がほとんどなくなるために結膜浮腫が顕著となる.しかHunt症候群と考えている.眼窩部のほとんどを占めるしその原疾患の治療に成功すれば結膜浮腫は速やかに消1560あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(48) a図4Tolosa.Hunt症候群の前眼部と画像a:61歳,女性.右眼窩部痛を伴う右眼瞼腫脹で紹介された.右眼結膜の軽度充血と浮腫を認め,上転障害を伴っていた.b:MRI.T1強調画像で内直筋と篩骨洞の間に腫瘤が認められ眼窩先端部に及んでいる(矢印).c:MRI.ガドリニウム造影検査で強い造影効果が認められる(矢頭).眼窩先端部に発生した偽腫瘍によるTolosa-Hunt症候群と考え,入院してプレドニゾロン60mgより漸減投与を行った.ステロイド投与後数日で眼窩部痛は消失し,治療後1カ月半で眼窩腫瘍は小さくなった.bc退する.II血液過粘稠度症候群血液過粘稠度症候群は多発性骨髄腫やマクログロブリン血症において異常産生されたグロブリン蛋白により血液の粘稠度が著しく亢進して血液の循環障害を生じる疾患群である.多発性骨髄腫は骨髄において腫瘍性形質細胞が増殖する疾患で,原発性マクログロブリン血症はリンパ球B細胞が形質様細胞まで分化した段階で腫瘍化したものであり,いずれも単クローン性の免疫異常グロブリンであるM蛋白が産生されている.血液過粘稠度症候群は血漿蛋白の異常な上昇だけではなく,白血病や真性赤血球増多症でも異常な血球数の増多により発症しうる.特殊な例としてEisenmenger症(49)候群(用語解説参照)に続発する血液過粘稠度症候群により著明な結膜充血をきたした症例を紹介する(図6).そのメカニズムとしてEisenmenger症候群では肺高血圧症により心室中隔欠損などのシャントを通して酸素化されていない血液が流入するために,動脈血の酸素飽和度は低下して全身性チアノーゼを生じる.その結果,代償性の赤血球増多症を発症して,同時に過粘稠度症候群を生じることから続発的に結膜充血を呈すると考えられる1,3)(図7).血液過粘稠度症候群では血液粘度の増大または循環速度の低下によりSludging現象(汚泥のごとく血液がどろどろ流れる状態)がみられる.今回は提示できないが,細隙灯顕微鏡で結膜血管をみると血管の中で赤血球が凝集して流れていく状態を観察することができる.血液のあたらしい眼科Vol.28,No.11,20111561 abcd図5眼窩血腫の術前,術後a:5歳,女児.眼外傷の既往はなく,半月前より急に右眼眼球突出が始まり,結膜浮腫が生じたために紹介されて入院となった.初診時の右眼視力は眼前手動弁で右眼眼球突出および結膜充血と浮腫が著明であり,右眼眼球運動は不能であった.b:術前のMRI.T1強調画像で右眼眼球後方に腫瘤病変を認めた.c:術中写真.腫瘍摘出を試みたところ内容が黒色の血液である眼窩血腫(矢印)が認められたため,血腫吸引を行った.d:術後の前眼部.術後3カ月で右眼眼球突出は改善し,結膜浮腫は消失した.眼窩出血の原因は不明だが,眼窩静脈瘤や血管腫からの自然出血と考えられた.図6Eisenmenger症候群の前眼部(近畿大学医学部堺病院眼科中尾雄三先生より提供)症例は54歳,女性.心カテーテル検査時の色素希釈法でR→Lシャント率は44%で逆シャントを形成していることが考えられ,Eisenmenger症候群と診断された.動脈血のガス分析を行うとPao2(動脈血酸素分圧):24.2Toor(正常値80.100Torr),Sato2(動脈血酸素飽和度):44%(94.99%)と著明に低下していた.血液検査では赤血球数:723×104(373.495×104),ヘマトクリット:68.1%(34.43%),ヘモグロビン:23.2g/dl(10.15g/dl),血小板数:6.9×104(13.7.37.8×104)と続発性赤血球増多症を合併していた.1562あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(50) 先天性心疾患肺高血圧症による左右シャントの逆転低酸素血症先天性心疾患肺高血圧症による左右シャントの逆転低酸素血症赤血球増多症過粘稠度症候群結膜充血図7Eisenmenger症候群における結膜充血過粘稠な状態が続くと網膜循環においては網膜静脈のソーセージ様拡張や網膜中心静脈閉塞症様の眼底変化を示す(図8).以上,循環障害によって発症する結膜充血はまれではあるが,その背後に重篤な全身疾患が潜んでいることがあるために眼局所のみにその原因を求めるのではなく,詳細な問診の聴取をもとに必要であれば血液検査や画像■用語解説■Eisenmenger症候群(アイゼンメンジャー症候群):心室中隔欠損,心房中隔欠損や動脈管開存など先天性心疾患では通常,左-右シャントにより動脈血が静脈側に流れ込むが,肺血流量が増加する状態が長期間にわたると肺血管床が閉塞して肺高血圧症を発症する.肺高血圧の持続により左-右シャントの減少,そして右左シャントの逆シャントが出現すると全身性チアノーゼを呈するEisenmenger症候群が発症する.治療は困難で肺動脈拡張薬の投与や在宅酸素療法が中心となり,原因である心疾患の手術は禁忌である.根治療法は心肺同時移植のみといわれている3,4).図8多発性骨髄腫の眼底71歳,男性.内科で多発性骨髄腫と診断され,左眼視力低下で紹介された.網膜静脈のソーセージ様拡張(矢印)・蛇行および網膜静脈閉塞症がみられた.診断を行って原疾患を明らかにする必要がある.謝辞:Eisenmenger症候群の貴重な症例をご提供いただいた近畿大学医学部堺病院眼科中尾雄三先生に感謝申し上げます.文献1)Duke-ElderS:ChapterII.Anomaliesofthecirculation.SystemofOphthalmology,Vol.8,Diseaseoftheoutereye.Part1Diseaseofconjunctivaandassociateddiseaseofthecornealepithelium(Duke-ElderSed),p9-46,HenryKimpton,London,19652)森和夫:海綿静脈洞.NeurolMedChir(Tokyo)19:757-769,19793)丹羽公一郎,立野滋:心疾患に伴う肺高血圧症(先天性心疾患,左心疾患に伴う肺高血圧症)特にEisenmenger症候群.呼吸器科16:199-206,20094)中村芳郎:3.続発性肺高血圧症.最新内科学大系39,心外膜疾患と肺性心,心膜病,心外傷,心身症,全身疾患に伴う心臓病(井村裕夫,尾形悦郎,高久史麿,垂井清一郎編),p259-267,中山書店,1991(51)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111563

結膜腫瘍

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1555.1558,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1555.1558,2011ConjunctivalTumors日野智之*外園千恵*はじめに目が赤いことを主訴に受診する患者のなかに,結膜腫瘍を認めることがある.充血を伴う結膜腫瘍について,良性・悪性に分類し,臨床所見を中心にまとめた.I良性腫瘍1.結膜乳頭腫若年から高齢までの幅広い年代に生じるが,特に20.30歳代の若年層に好発する(図1).発生要因としてヒトパピローマウイルス(humanpapillomavirus:HPV)の6型や11型の感染との関連が指摘されている1,2).小児では小型で多発する傾向があるのに対して,成人では孤発性でやや大きい傾向がある.図136歳,男性の結膜乳頭腫小型で球結膜,下眼瞼に多発している.乳頭腫は,重層扁平上皮が乳頭状に増殖した良性腫瘍で,皮膚,口腔内,喉頭,外陰部粘膜などに発生する.眼では下方球結膜または涙丘部に発生しやすく,ピンク色で表面に光沢があり,血管に富むカリフラワー状の特徴的な所見を呈する.大きなものでは結膜上に広がっているようにみえるが,有茎性で細い茎で結膜につながっているものが多い.生検もしくは切除により病理学的に確定診断を行う.2.翼状片翼状片は,結膜下組織の異常増殖による角膜への侵入を本体とする疾患である.三角形をなし,鼻側に生じることが多い(図2).発生原因は紫外線照射の関与が考え図272歳,男性の翼状片鼻側に発生し,瞳孔領までの結膜の伸展を認める.*TomoyukiHino&ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕外園千恵:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(43)1555 図380歳,男性の偽翼状片鼻側,耳側からの結膜の伸展を認める.られている.特に鼻側の瞼裂部結膜は,鼻による反射光が最も集光する部位であり,紫外線の作用により結膜下線維芽細胞の増殖性変化を生じるとの説が有力である.また,化学外傷,物理的外傷,角膜疾患に続発したものを偽翼状片(図3)といい,鼻側に限らず,幅広いものが多い.II悪性腫瘍1.結膜上皮内新形成(conjunctivalintraepithelialneoplasia:CIN)CINは結膜扁平上皮が異常増殖した状態であるが,病変は上皮内にとどまり,基底膜は保たれている.好発部位は瞼裂部の角膜輪部であるが,結膜円蓋部や,眼瞼結膜に出現することもある.転移はまれで,生命予後は良好である.CINの一部はHPV16型あるいは18型の感染と関連している3).瞼裂部の角膜輪部に生じるCINは,表面が膠様で凹凸のある比較的平坦な隆起性病変を呈することが多く(図4a),翼状片と見誤られることが少なくない.角膜輪部に沿って徐々に平面的に広がって,隣接する角膜表面や球結膜上に拡大していく.結膜扁平上皮癌(squamouscellcarcinomaoftheconjunctiva:SCC)との鑑別が困難であり,摘出した組織の病理所見により診断を確定する.一般的にSCCのほうが厚みを伴い隆起していることが多い.腫瘍が平坦に拡大するために健常部との境界部がわかりにくいことがあるが,フルオレセイン染色を1556あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011ab図477歳,男性のCINa:輪部の約3/4周(6時から3時方向)が腫瘍に置き換わっている.b:フルオレセイン染色で腫瘍組織と正常組織の境界が明瞭になる.行うと境界が明瞭に判別できる(図4b).治療は腫瘍の完全切除が基本であるが,抗腫瘍薬(マイトマイシンC:MMC,5-フルオロウラシル:5-FU)やインターフェロンの点眼が有用とする報告もある4.6).2.結膜扁平上皮癌(squamouscellcarcinomaoftheconjunctiva:SCC)SCCは異型性を示し異常増殖した結膜扁平上皮細胞が基底膜を超えて浸潤する.60歳以上の高齢者に多く発症し,女性より男性にやや多い.発生要因として紫外線曝露,喫煙,HPV16型および18型の感染との関連が指摘されている.通常,瞼裂に一致した球結膜あるいは輪部に発生し,時に結膜円蓋部や眼瞼結膜に生じる.膠様の凹凸のある(44) 図564歳,男性のSCC特徴的な打ち上げ花火状の血管を認める.図682歳,男性のSCC腫瘍へ向かう太い血管を認める.白色隆起性病変が角膜表面に広がりCINに類似するものと結節状でカリフラワー状の特徴的な外観を呈するものがある.後者の場合,腫瘍内には打ち上げ花火状の特徴的な血管がみられることが多い(図5).腫瘍周辺には腫瘍に向かう太い流入血管がある(図6).腫瘍はCINと同様,平面方向に拡大し,進行すると眼表面全体を覆うようになる.治療はCINと同様であるが,SCCは抗腫瘍薬(MMC,5-FU)やインターフェロンの点眼では根治できないという指摘もある7).3.結膜悪性リンパ腫片眼あるいは両眼の球結膜あるいは結膜円蓋部にサー(45)ba図757歳,女性の結膜悪性リンパ腫結膜円蓋部にサーモンピンクの充実性腫瘍を認め,生検で悪性リンパ腫と診断された.a:上方結膜,b:下方結膜.モンピンク色の隆起性の充実性病変として認められる(図7a,b).異物感などの自覚症状を伴わないことが多く,慢性結膜炎やアレルギー性結膜炎などの病名で長く治療されていることがある.結膜悪性リンパ腫は良性の反応性リンパ過形成(図8)や結膜アミロイドーシス(図9)との鑑別が必要である.特に反応性リンパ過形成は前眼部所見が類似しており,診断の確定には病理組織学的検索が必須である.結膜悪性リンパ腫はほとんどがB細胞性リンパ腫であり,びまん性の小細胞型あるいは中細胞型を示し,核分裂像はみられないか乏しい.近年では粘膜由来のリンパ腫のうち低悪性度,B細胞性,発育緩徐粘膜局所に限局といった特徴を有するものをMALT(mucosal-assosiatedlymphoidtissue)lymphomaと名付け,他のリンパ腫とは性質や予後が異なるグループとして分類している.診あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111557 図842歳,女性の反応性リンパ過形成図7の症例に類似する所見であるが,病理検査で上皮化に密なリンパ球の集簇を認めた.免疫組織学的検索(L26,CD3,CD5,CD10,cyclinD1)ではmonoclonalityはなかった.断確定後は全身検索を行い,血液内科などと連携して治療方針を決める.結膜アミロイドーシスは,全身異常を伴わずに眼局所のみ(結膜)にアミロイドの沈着を生ずる原因不明の疾患である.やや黄色みを帯びた腫瘍であり,生検により結膜下のアミロイド沈着を認めることで診断できる.反応性リンパ過形成,結膜アミロイドーシスとも進行は緩徐であり,経過観察が主体となる.文献1)SjoNC,HeegaardS,PrauseJUetal:Humanpapillomavirusinconjunctivalpapilloma.BrJOphthalmol85:785787,20012)ShieldsCL,ShieldsJA:Tumorsoftheconjunctivaand図977歳,女性の結膜アミロイドーシスやや黄色みを帯びた結膜腫瘍であり,生検にて結膜下にアミロイド沈着を認めた.cornea.SurvOphthalmol49:3-24,20043)ScottIU,KarpCL,NuovoGJ:Humanpapillomavirus16and18expressioninconjunctivalintraepithelialneoplasia.Ophthalmology109:542-547,20024)YeattsRP,EngelbrechtNE,CurryCDetal:5-Fluorouracilforthetreatmentofintraepithelialneoplasiaoftheconjunctivaandcornea.Ophthalmology107:2190-2195,20005)Frucht-PeryJ,SugarJ,BaumJetal:MitomycinCtreatmentforconjunctival-cornealintraepithelialneoplasiaamulticenterexperience.Ophthalmology104:2085-2093,19976)KarpCL,MooreJK,RosaRHJr:Treatmentofconjunctivalandcornealintraepithelialneoplasiawithtopicalinterferonalpha-2b.Ophthalmology108:1093-1098,20017)MuratTunc,DevronHChar,BrooksCrawfordetal:Intraepithelialandinvasivesquamouscellcarcinomaoftheconjunctiva:analysisof60cases.BrJOphthalmol83:98-103,19991558あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(46)

強膜炎

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1551.1554,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1551.1554,2011Scleritis堀純子*はじめに強膜炎は,日常診療で遭遇する頻度が少なくなく,近年は自己免疫疾患の増加傾向に伴ってその患者数も増加していると推測される1).筆者らの施設における眼炎症疾患患者の10%以上は強膜炎である2).強膜炎の症状は「目が赤い」に加えて「強い眼痛」が特徴であり,診断自体はむずかしくない.しかし,重篤な強膜炎は強膜穿孔に至り眼球が温存できない場合もあり,非感染性か感染性かを早期に鑑別し,重症度に応じた治療選択をすることが重要である.強膜炎の治療方法の選択肢は近年格段に拡大している.非感染性強膜炎は膠原病などの全身性炎症疾患に随伴することが多い.筆者らの施設における全身性随伴疾患がある強膜炎患者の約70%は,強膜炎の原因精査がきっかけで全身疾患の診断に至っている3).強膜炎に遭遇した場合には,眼局所の治療のみでなく,潜在する全身性疾患の検索も眼科医師に要求されていることを念頭におかなければならない.本稿では,強膜炎の診断と分類,病態および治療をアップデイトする.I診断と分類1.症状と眼所見強膜炎に明確な診断基準はなく,症状と眼所見より診断する.強い眼痛と充血の他,顔面への放散痛,視力低下や眼球運動障害が症状である.強膜炎の特徴の一つである強い充血は,強膜血管炎による血管拡張と蛇行(図1A,B)である.強膜炎では,1,000倍希釈エピネフリン(ボスミンR)点眼による充血消退がないことで結膜BA図1前部強膜の著しい血管拡張と蛇行びまん性強膜炎.A:関節リウマチに随伴,B:骨髄異形成症候群に随伴.*JunkoHori:日本医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕堀純子:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(39)1551 図2暗赤色の結節関節リウマチに随伴した結節性強膜炎:強膜血管の拡張と蛇行に加えて,暗赤色の隆起病変が観察される.図4周辺部角膜の浸潤と潰瘍悪性関節リウマチに随伴した壊死性強膜炎:強膜は菲薄化し,周辺部角膜に浸潤と潰瘍を認める.充血や輪部充血と鑑別できる.また,強膜の暗赤色の結節(図2),菲薄化や壊死(図3),虹彩毛様体炎や角膜周辺部の浸潤や潰瘍(図4)を呈することもある.後部強膜炎では,滲出性網膜.離や乳頭浮腫,脈絡膜.離をみる.超音波Bモード,CT(コンピュータ断層撮影)MRI(磁気共鳴画像)で後部強膜の肥厚や輝度増強を呈(,)する.2.臨床所見による分類Watson分類が汎用されている4).部位別に,上強膜炎,前部強膜炎,後部強膜炎に分類する.さらにそれぞれを形状別に,びまん性,結節性,壊死性に分類する.上強膜炎は壊死性タイプを欠く.一方,前部強膜炎の壊1552あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図3強膜の菲薄化と壊死関節リウマチに随伴した壊死性強膜炎:強膜血管は著明に拡張し,強膜は菲薄化,結膜と壊死強膜は癒着し小潰瘍が散在している.死性タイプは,炎症性,非炎症性,穿孔性軟化症の3タイプに分類される.Watson分類は,部位と形状による分類であるため,炎症性や非炎症性という表現は,強膜血管の拡張による充血があるかどうかで判断され,全身や眼局所の免疫応答を含めた病態は考慮されていない.3.非感染性強膜炎と感染性強膜炎非感染性か感染性かの早期鑑別が予後を左右する.非感染性強膜炎のおもな随伴疾患を表1に示す.自己免疫疾患の他に,単純または水痘帯状ヘルペス,梅毒,ライム(Lyme)病,結核,らい病などの感染症の場合があるが,この場合も病原体に対する免疫応答による強膜炎である.原因検索のためには,自己免疫疾患,サルコイ表1強膜炎が随伴する全身疾患膠原病,炎症性全身疾患,血液疾患感染性全身疾患関節リウマチ単純ヘルペス血清反応陰性脊椎関節症水痘帯状ヘルペス炎症性腸疾患梅毒Wegener肉芽腫ライム(Lyme)病結節性多発性動脈炎結核Behcet病らい病側頭動脈炎,高安病,SLE再発性多発性軟骨炎サルコイドーシス白血病SLE:全身性エリテマトーデス.(40) ドーシス,および上記の病原体感染の精査が必要である.日本医科大学眼炎症外来では,強膜炎の臨床検査項目として,血算,生化学,血液像に加えて,免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)リウマチ因子(RF),CRP(C反応性蛋白),補体価,蛋白分画,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibodies:ANCA),抗核抗体(ANA),アンギオテンシン変換酵素(ACE),ツベルクリン反応,梅毒血清,胸部X線,を実施している.特にc-ANCAはWegener肉芽腫症の診断と活ドーシス,および上記の病原体感染の精査が必要である.日本医科大学眼炎症外来では,強膜炎の臨床検査項目として,血算,生化学,血液像に加えて,免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)リウマチ因子(RF),CRP(C反応性蛋白),補体価,蛋白分画,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibodies:ANCA),抗核抗体(ANA),アンギオテンシン変換酵素(ACE),ツベルクリン反応,梅毒血清,胸部X線,を実施している.特にc-ANCAはWegener肉芽腫症の診断と活眼手術歴,穿孔性眼外傷と植物や土壌の混入の既往がある場合は,細菌や真菌による感染性強膜炎を疑う.特にマイトマイシンCやb線照射を使用した翼状片手術,白内障や緑内障手術,強膜バックル(スポンジ)の既往,は危険因子である.初診時に眼脂を採取し,原因菌の分離培養と薬剤感受性を調べることが大切である.眼脂培養が陰性でも,ステロイドや免疫抑制剤の投与で増悪する場合は感染性であることを疑い,病巣部の表層強膜生検による病理学的な細菌と真菌の証明を検討する.II非感染性強膜炎の病態強膜炎を随伴する全身性免疫疾患の多くは,全身性抗原に対する免疫複合体が末梢血中を循環している.たとえば,関節リウマチでは抗シトルリン化蛋白抗体や抗核抗体,Wegener肉芽腫症ではANCA,などが,標的抗原と結合したものが免疫複合体である.免疫複合体はループ状やヘアピン状に屈曲した微細な血管内に沈着しやすいため,強膜血管は腎糸球体と同様に,沈着が起きやすいと考えられる.血管内に沈着した免疫複合体には補体が結合し,補体系活性化により炎症細胞浸潤が誘導され,強膜血管炎が発生すると考えられる.非感染性壊死性強膜炎の摘出眼球の病理像でも強膜血管の血管炎所見が報告されており,同領域への多彩な免疫担当細胞の浸潤,血管壁のフィブリノイド壊死と血管閉塞による虚血性強膜壊死,炎症細胞によるコラーゲン破壊,さらに蛋白分解酵素性のコラーゲン融解が,病理炎症細胞によるコラーゲン破壊強膜血管(ループ)に免疫複合体が沈着免疫複合体に補体が結合,補体系の活性化,炎症細胞浸潤全身性抗原に対する抗体の産生(ANCA,抗核抗体,抗シトルリン化蛋白抗体など)免疫複合体(抗原+抗体)の形成と末梢血内循環全身性病態強膜内病態強膜血管炎強膜血管壁のフィブリノイド壊死強膜血管の閉塞強膜血管外への炎症細胞浸潤と炎症性サイトカイン産生蛋白分解酵素の過剰発現コラーゲン融解強膜壊死図5非感染性壊死性強膜炎の発症機構全身性免疫応答の産物である免疫複合体が,強膜血管に沈着して血管炎が発生し,血管閉塞による虚血性壊死と,炎症および蛋白分解酵素性の強膜壊死をきたす.(41)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111553 像から考察される病態である像から考察される病態である(図2).III治療の多様化1.非感染性強膜炎の治療従来は,0.1%べタメタゾン点眼が無効であれば,プレドニゾロン内服を開始する治療方針が定番であった.しかし現在は,ステロイド剤の結膜下注射,非ステロイド系消炎剤の内服,ミコフェノール酸モフェチルやメソトレキセートなどの免疫抑制剤の内服,さらには,抗TNF(腫瘍壊死因子)-a抗体などの生物学的製剤,などが選択肢に加わり,重症度や全身随伴疾患により選択する1,9.13).びまん性強膜炎と軽症の結節性強膜炎は,0.1%ベタメタゾン点眼4.6回/日から開始し,効果が不十分の場合は,2%シクロスポリン点眼(院内製剤)の5回/日点眼を追加する.これでも不十分である場合は,強膜菲薄部を避けてデキサメタゾン0.3mlまたはトリアムシノロン0.1.0.2mlの結膜下注射を行う9).また,疼痛が強くなくても,炎症コントロール目的で非ステロイド系消炎剤の内服を用いる10).重篤な結節性強膜炎と壊死性強膜炎および後部強膜炎に対しては,プレドニゾロン内服0.5.1mg/kg/日から漸減する.ステロイド内服に反応の悪い例や再燃をくり返す例には,ミコフェノール酸モフェチル1g/日を内服する11).リウマチや膠原病に随伴する難治性強膜炎にはメソトレキセートを6.8mg/週12),ANCA陽性血管炎やWgener肉芽腫症に随伴する症例はシクロホスファミドを用いる13).シクロスポリンやアザチオプリンはステロイドとの併用療法やステロイド減量後の維持療法として用いられる.免疫抑制剤の全身投与は易感染,肝機能障害,腎障害,骨髄抑制,悪性腫瘍などの重篤な副作用を伴うため,リウマチ膠原病内科との連携が必須である.また,インフリキシマブ(抗TNF-a抗体),ダクリツマブ(抗CD25抗体),リツキシマブ(抗CD20抗体)といった生物学的製剤の輸液療法が強膜炎に有効であると欧米では報告されている1).なお,重篤な壊死性強膜炎で,特に穿孔性強膜軟化症には,壊死病巣除去と保存強膜,保存角膜または保存羊膜によるパッチを行う外科的治療を行う14).1554あたらしい眼科Vol.28,No.11,20112.感染性強膜炎の治療感染組織の外科的切除および原因菌に感受性のある抗生物質の全身投与と局所投与を行う.疼痛に対して非ステロイド系消炎剤を投与し,ステロイド使用は避ける.感染組織の不十分な除去は,再発の原因となり,ときに眼内炎に移行する場合がある.複数回の手術中に壊死部穿孔もある.文献1)SmithJR,MackensenF,RosenbaumJT:Therapyinsight:scleritisanditsrelationshiptosystemicautoimmunedisease.NatureClinicalPractice3:219-226,20072)伊藤由希子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼63:701705,20093)若山久仁子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における強膜炎患者の統計的観察.あたらしい眼科27:663-666,20104)WatsonPG,HayrehSS:Scleritisandepiscleritis.BrJOphthalmol60:163-191,19765)RionoWP,HidayatAA,RaoNAetal:Scleritis.Aclinicopathologicstudyof55cases.Ophthalmology106:13281333,19996)FongLP:Immunopathologyofscleritis.Ophthalmology98:472-479,19917)UsuiY,ParikhJ,GotoHetal:Immunopathologyofnecrotizingscleritis.BrJOphthalmol92:417-419,20088)GirolamoDi:Increasedexpressionofmatrixmetalloproteinasesinvivoinscleritistissueandinvitroincultureshumanscleralfibroblasts.AmJPathol150:653-666,19979)AlbiniTA,ZamirE,ReadRWetal:Evaluationofsub-conjunctivaltriamcinolonefornonnecrotizinganteriorscleritis.Ophthalmology112:1814-1820,200510)JobsDA,MudunA,DunnJPetal:Episcleritisandscleritis:clinicalfeaturesandtreatmentresults.AmJOphthalmol130:469-476,200011)DanielE,ThorneJE,NewcombCWetal:Mycophenolatemofetilforocularinflammation.AmJOphthalmol149:423-432,201012)GangaputraS,NewcombCW,LiesegangTLetal:Methotorexateforocularinflammatorydiseases.Ophthalmology116:2188-2198,200913)PujariSS,KempenJH,NewcombCWetal:Cycrophosphamideforocularinflammatorydiseases.Ophthalmology117:356-365,201014)SangwanVS,JianV,GuptaP:Structualandfunctionaloutcomeofscleralpatchgraft.Eye21:930-935,2007(42)

緑内障発作

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1545.1550,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1545.1550,2011GlaucomatousAttac溝上志朗*はじめに緑内障発作は“目が赤い”疾患のうち,適切かつ速やかな処置を要する代表的な眼科救急疾患である.しかしながら頭痛や嘔気などの激しい全身症状を伴うことから脳神経疾患や消化器疾患などと誤認されやすく,結果として治療時期を逸してしまい重篤な視機能障害をきたすケースは今でも決して珍しくない.本稿では,閉塞隅角緑内障による緑内障発作の病態と対処法について概説する.I診断眼圧は通常40mmHgを上回り80mmHg近くまで達することもある.結膜には比較的強い毛様充血を認め,角膜浮腫を認める.周辺部前房深度はきわめて浅く,スリット光にて全周にわたる隅角閉塞を確認できる.対光反応は減弱もしくは消失している(図1).眼圧上昇が長期間に及ぶと,前房細胞,フィブリン析出などの前眼部炎症が増強し,虚血,低酸素による虹彩萎縮や水晶体前.下混濁(Glaukomflecken)などの所見が認められるようになる(図2).自覚症状としては,眼圧上昇に伴う角膜浮腫の増強により,虹視,霧視,視力低下をきたす.また,眼痛,頭痛,悪心・嘔吐などの全身症状が生じ,この原因としては三叉神経刺激症状と迷走神経反射によるものと考えられている.図1緑内障発作眼毛様充血,角膜浮腫を認める.中等度散瞳し,対光反応は減弱している.図2緑内障発作の寛解後虹彩萎縮を認める(矢印).*ShiroMizoue:愛媛大学大学院医学系研究科感覚機能医学講座視機能外科学(眼科学)〔別刷請求先〕溝上志朗:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科感覚機能医学講座視機能外科学(眼科学)0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(33)1545 IIなぜ隅角は閉塞するのか?IIなぜ隅角は閉塞するのか?.1.瞳孔ブロック瞳孔ブロックは隅角閉塞機序のなかで最も主要なメカニズムである1).房水は後房から前房に流入するにあたり,水晶体前面と虹彩後面の接触により生じる流入抵抗を受ける.このときに生じる前後房間の生理的圧較差を相対的瞳孔ブロックと称している.この相対的瞳孔ブロックで生じる圧較差には水晶体前面と虹彩の接触の度瞳孔ブロックプラトー虹彩水晶体因子水晶体より後方因子図3隅角が閉塞するメカニズム(概念図)複数の因子がオーバーラップして作用すると考えられている.図4瞳孔ブロックによる隅角閉塞水晶体前面と虹彩の接触により生じる,前後房間の圧較差の増大が周辺部虹彩を前弯させる.1546あたらしい眼科Vol.28,No.11,20113.61.81.31.61.40.30.40.00.00.04.03.53.02.52.01.51.00.50.0有病率(%):男性:女性40~4950~5960~6970~7980以上年齢(歳)図5原発閉塞隅角緑内障の有病率(多治見スタディ)男性よりも女性に多い,加齢に伴い有病率は上昇する.(文献2より)合いが関与するとされ,この圧較差の増大は周辺部虹彩を前弯させる力として作用する結果,隅角閉塞をきたすと考えられている(図4).相対的瞳孔ブロックを伴う原発閉塞隅角緑内障は,基本的に眼軸長が短く前房が浅い遠視眼の発症頻度が高く,加齢による水晶体厚の増加は瞳孔ブロックの増強に作用する.多治見スタディでは原発閉塞隅角緑内障の有病率は0.6%であり,加齢に伴い有病率が上昇すること,男性よりも前房深度が浅い女性に多いことが示された(図5)2).相対的瞳孔ブロックは,瞳孔散大時に増強するため,暗所,感情的ストレスなどによる交感神経系緊張時,または副交感神経遮断作用,交感神経刺激作用を有する感冒薬や向精神薬などの服用が緑内障発作を誘発することがよく知られている.2.プラトー虹彩形状プラトー虹彩は,虹彩面が平坦で虹彩根部で後方へ屈曲した形状を呈する.この形状を有する虹彩は瞳孔ブロックが作用していない状態でも隅角閉塞をきたす可能性がある.しかし臨床上,レーザー虹彩切開術がなされていない状態では瞳孔ブロックによる隅角閉塞と厳密に区分できないことが多い.超音波生体顕微鏡(UBM)で観察すると,平坦な虹彩面と虹彩根部の屈曲,および前方偏位した毛様体突起などの所見が確認できる(図6).純粋なプラトー虹彩形状による閉塞隅角緑内障は,中央前房深度は正常であることが多いため,開放隅角緑内障(34) と誤認されることがある(図7).3.水晶体および水晶体より後方の因子水晶体因子は水晶体そのものが隅角閉塞の主因とみなされる場合であり,過熟白内障などにより水晶体厚が極図6プラトー虹彩症例のUBM所見平坦な虹彩面と虹彩根部の屈曲,および前方偏位した毛様体突起が確認できる.図7図6のプラトー虹彩症例の細隙灯顕微鏡所見本症例は散瞳検査により高度な眼圧上昇をきたし紹介された.純粋なプラトー虹彩形状による閉塞隅角緑内障は,中央前房深度は正常であるため開放隅角緑内障と誤認されることがある.端に増大した場合や,水晶体が亜脱臼した場合などで大きく前方に偏位をきたすと,虹彩が後方から線維柱帯に押しつけられる格好となり急性の隅角閉塞をきたす原因となる.このような場合でも隅角の閉塞機序に,瞳孔ブロックや,後述する水晶体より後方の因子が重複して作用している可能性がある(図8).治療は水晶体摘出,再建術が第一選択となる.水晶体より後方の因子としては,慢性毛様体ブロックメカニズム3)や毛様体脈絡膜.離4)の関与が注目されている.慢性毛様体ブロックメカニズムとは,従来,濾過手術後の合併症である悪性緑内障でみられる毛様体ブロックが,同様に慢性的に作用することで閉塞隅角をき図8水晶体亜脱臼による緑内障発作本症例の眼軸長は正常だが,中央前房深度は極端に浅い.水晶体の前方偏位により隅角閉塞をきたしていた.図9慢性毛様体ブロックによる隅角閉塞が疑われた症例人工水晶体の光学部が前方に偏位し,中央前房深度が浅い.UBMで毛様体突起の圧排(矢印)が確認された.(35)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111547 点眼前点眼前図10図9の症例のアトロピン点眼前後の前眼部写真とOCT所見人工水晶体光学部の偏位が改善し,中央前房深度は正常化している.たすと考えられている.病態としては,本来毛様体突起で産生された房水が何らかの原因により,本来のルートである後房から前房へ流出せず,硝子体腔内へと一方的に流入することで,水晶体よりも後方の圧が高まり,水晶体虹彩隔壁が前方移動することによる浅前房と隅角閉塞をきたすことが想定されている.本症の診断は人工水晶体眼では比較的容易であり,細隙灯顕微鏡で前方偏位した人工水晶体の光学部,UBMにより毛様体突起が後方からの圧排されている所見が確認できる(図9).対処法としては悪性緑内障と同様に,毛様体弛緩剤を点眼すると一時的に慢性毛様体ブロックを解除することが可能であるが,効果は一時的であることが多い(図10).本メカニズムの恒久的解除には,前部硝子体の切除による房水流路の是正が必要とされている.III治療と予防1.急性原発閉塞隅角症への対応急性原発閉塞隅角症は診断がつき次第,治療を開始する.初期治療の基本は,まず眼圧を下降させ,瞳孔ブロックの解除措置を速やかに行うことである1).眼圧下降には,主として高浸透圧薬の点滴静注が用いられるが,それ以外にアセタゾラミドの経静脈あるいは経口投与,b遮断薬点眼などが行われる.縮瞳による一時的な瞳孔ブロックの解除を目的に1.2%ピロカルピン点眼を1時間に2.3回点眼する.しかしピロカルピン点眼は前述した毛様体ブロックメカニズムに対しては逆効果となるため禁忌である.初期治療が奏効し眼圧下降が得られれば,瞳孔ブロックの恒久的な予防措置を考慮する.一方,初期治療によって瞳孔ブロックの解除が得られず眼圧下降が得られない場合は,状況に応じてレーザー虹彩切開術,手術的虹彩切除術,および水晶体摘出,再建術が選択される.2.原発閉塞隅角症の分類とスクリーニング法原発閉塞隅角症(緑内障)は病態の進行度に合わせて分類する方法が広く用いられている.狭隅角ではあるものの,まだ周辺部虹彩前癒着(PAS)の形成や,眼圧上昇ともに認めない段階を原発閉塞隅角疑い(primary1548あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(36) 表表のISGEO分類機能的隅角閉塞が起こりうる状態.隅角原発閉塞隅角疑い鏡検査により3象限以上にわたって線維柱帯色素帯が確認できない.眼圧上昇,緑内障性視神経症なし原発閉塞隅角症周辺部虹彩前癒着(PAS),眼圧上昇を認める原発閉塞隅角緑内障原発閉塞隅角症の所見に加え,緑内障性視神経症を認めるangle-closuresuspect:PACS),PASと眼圧上昇を認める原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC),そしてPACの所見に緑内障性視神経変化を伴う原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)と分類されている5)(表1).vanHerick法による周辺部前房深度の観察は,閉塞隅角のスクリーニングに有用である.一般的に周辺部前房深度が角膜厚の厚さの1/4以下のGrade1.2では隅角閉塞をきたしている可能性が高い(表2).診察室を暗くした状態で観察することも有用で,UBMや前眼部光干渉断層計(OCT)を用いなくとも隅角の機能的閉塞を観察できることがある(図11).また最近では閉塞隅角のスクリーニングに特化した走査型周辺部前房深度計(scanningperipheralanteriorchamberdepthanalyzer:SPAC)6)や,高解像度の前眼部OCTが用いられつつある.表2vanHerick法Grade周辺前房深度Grade1角膜厚の1/4以下Grade2角膜厚の1/4Grade3角膜厚の1/4.1/2Grade4角膜厚以上3.予防措置をいつ,どうするか?急性閉塞隅角症に対する予防措置の適応判断であるが,一般的にPACSの段階であれば経過観察,PAC以降は予防的措置が必要とされている.しかしながら,PACSの状態からいきなり急性隅角閉塞に至る可能性も指摘されており,予防的措置の適応に対する臨床的に有用かつ明確な基準が打ち出されていないのが現状である.瞳孔ブロックに対する対応としては,虹彩切開術,もしくは虹彩切除術が根本的治療法であるが,わが国では,レーザー虹彩切開術後の不可逆性の角膜内皮障害より水疱性角膜症が多数報告されたため,その施行に対しては慎重になる傾向にある.その代替として,白内障が進行した高齢患者については,瞳孔ブロックの解消を目的とした白内障手術が積極的に行われる方向にある.しかしながら,まだ水晶体の混濁がないか軽度の若年者に対して瞳孔ブロックの解除目的で行う白内障手術の是非に関してはまだ議論の余地が残されている.上方隅角所見明所暗所図11暗所での周辺部前房深度の観察で隅角閉塞を認めた症例暗所下の散瞳により鼻側隅角に機能的閉塞が確認された.隅角鏡検査で上方にPAS(矢印)を認めた.(37)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111549 おわりにおわりに文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第2版.日眼会誌110:777-814,20062)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyReport2:PrevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)桑山泰明:閉塞隅角緑内障の病態:慢性毛様体ブロック.あたらしい眼科22:1175-1176,20054)SakaiH,Morine-ShinjyoS,ShinzatoMetal:Uvealeffusioninprimaryangle-closureglaucoma.Ophthalmology112:413-419,20055)FosterPJ,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thedefinitionandclassificationofglaucomainprevalencesurveys.BrJOphthalmol86:238-242,20026)KashiwagiK,KashiwagiF,TodaYetal:Anewlydevelopedperipheralanteriorchamberdepthanalysissystem:principle,accuracy,andreproducibility.BrJOphthalmol88:1030-1035,20041550あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(38)

ぶどう膜炎

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1539.1543,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1539.1543,2011Uveitis橋田徳康*大黒伸行**はじめに虹彩・毛様体・脈絡膜のいずれかもしくは,そのすべてを炎症の主座とするぶどう膜炎疾患において,その病態からすべての疾患で充血をきたす可能性がある.虹彩・毛様体を炎症の主座とする前部ぶどう膜炎だけでなく,脈絡膜が炎症の主座の後部ぶどう膜炎でも充血は起こりうる.ぶどう膜炎のなかでも強膜炎に関しては別の項で詳細に解説があるので,この項ではそれ以外に充血を起こすぶどう膜炎疾患について述べる.誌面の関係より鑑別疾患について触れるのみで,その治療法に関しては成書を参照していただきたい.ぶどう膜炎の原因疾患として大別して感染性と非感染性があり,それぞれについて代表的な疾患を提示する.目は心の窓であるという言葉がある.意味は異なるが眼は全身疾患の窓として,充血という眼症状から全身疾患の発見につながる症例も多く存在する.I非感染性ぶどう膜炎に伴って充血をきたす疾患1.虹彩炎・虹彩毛様体炎原因は何であれ,虹彩毛様体炎はほとんどのぶどう膜炎で必発である.症状は眼痛・充血・羞明感・軽度視力低下・流涙がある.Behcet病や強直性脊椎炎に合併して生じる急性前部ぶどう膜炎による充血の場合には,充血に加えて前房蓄膿がみられるのでわかるが,非典型的な症例で前房蓄膿がみられないような症例では,鑑別がむずかしく全身所見や全身検査の結果から診断していく必要がある.Behcet病やサルコイドーシスなどにおいては疾患の診断基準が確立されているので,眼所見と合わせて診断基準に準拠して診断を確定することも大切である.炎症には,血球のなかでも白血球が重要な役割を果たしているが,その表面には抗原であるHLA(humanleukocyteantigen)分子という蛋白質が発現している.すべての症例に当てはまるわけではないが,特定のHLAとの関連を指摘されている疾患群があるので(たとえば,HLA-B51とBehcet病など),HLAのタイピングも確定診断の助けになる.治療はステロイド薬点眼から始めてステロイド薬の結膜下注射や内服を行う.全身疾患を合併する場合には,原因疾患の治療が必要であり優先すべきなので内科的な精査を行う必要がある.2.前房蓄膿を形成する虹彩毛様体炎前房蓄膿を形成するぶどう膜炎にはBehcet病・急性前部ぶどう膜炎(AAU)・糖尿病性虹彩炎症などがあるが,その各々で充血をきたす.急性前部ぶどう膜炎では,充血や視力低下,ときに眼痛や羞明があり,強い毛様充血を認める(図1).前房内に多数の炎症細胞を認め(図2),線維素析出(図3)や虹彩後癒着(図4)をよく起こし前房蓄膿を認めることがある(図5).特にAAUではHLA分子のなかでもA,B,CといったclassI分子に属するHLA-B27との関連が有名である.臨床的には,AAUでみられる前房蓄膿はフィブリンを伴った粘*NoriyasuHashida:大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座**NobuyukiOguro:大阪厚生年金病院眼科〔別刷請求先〕橋田徳康:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(27)1539 図1急性前部ぶどう膜炎の症例図2図1と同一症例強い毛様充血を認める.前房内に多数の炎症細胞を認める.図3急性前部ぶどう膜炎の症例図4急性前部ぶどう膜炎の症例強い毛様充血と線維素析出を認める.ステロイド局所治療や瞳孔管理を積極的に行ったにもかかわらず,虹彩後癒着が残っている.図5急性前部ぶどう膜炎に伴って生じる前房蓄膿強い炎症により毛様充血とDescemet膜皺襞がみられる.図6Behcet病の症例毛様充血とさらさらとしたニボーを形成する前房蓄膿を認める.1540あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(28) 図7感染に伴って現れる前房蓄膿角膜上皮欠損部位より感染し強い炎症を伴った前房蓄膿を認める.前房蓄膿の可動性は体位変換で少しは動くものの悪い.性の強いものであり,さらさらとしてニボーを形成するBehcet病に伴う前房蓄膿(図6)とは異なる性質を有する.AAUは,前房を炎症の主座とする一つの臨床病型であるが,その原因には潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患に合併して生じるAAUや,Reiter症候群などHLA-B27関連ぶどう膜炎に伴って現れるAAUなどバリエーションが豊富である.もちろん,感染に伴って現れる前房蓄膿(図7)とは,十分鑑別がなされるべきである.白血球数やその分隔(リンパ球優位なのか好中球などの顆粒球優位なのか)をみるのは有用で,C反応性蛋白(CRP)の値で感染状態の有無をみることは大切である.局所,ときには全身的なステロイド薬の投与による十分な消炎が必要であり,虹彩後癒着を防止するために瞳孔管理も重要になってくる.II感染性ぶどう膜炎に伴って充血をきたす疾患一方,感染性のぶどう膜炎の代表的な疾患として,ヘルペス性虹彩毛様体炎があげられる.強い毛様充血と前房内炎症を認め,ときには虹彩後癒着を伴うこともあり(図8),眼圧上昇に伴って角膜が浮腫状になったり(図9),虹彩脱色素を伴うこともある(図10).原因ウイルスとして,単純ヘルペスウイルス(HSV)や水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)があり,ウイルスの検索目的として図8ヘルペス性虹彩毛様体炎の症例強い毛様充血と虹彩後癒着を認めフレアも強い.図9ヘルペス性虹彩毛様体炎の症例Scleralscatter法にて眼圧上昇に伴って角膜が浮腫状になっていることがわかる.図10ヘルペス性虹彩毛様体炎の症例色素性の角膜後面沈着物と虹彩全面の脱色素を認める.前房水から帯状疱疹ウイルスが検出された.(29)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111541 図11真菌性眼内炎の症例前房内に強い大型の炎症細胞の浸潤を認める.図13図11と同一症例の眼底所見白色塊状の病変を認める.硝子体手術が施行され,得られた硝子体液を培養した結果Candidaarbicansが検出された.少し侵襲的であるが前房穿刺により採取した前房水中のウイルスゲノムをpolymerasechainreaction(PCR)法により検出することができ,診断に有用である.この検査は外注検査として検査会社に受託できるので,ぜひ覚えておきたい.術後眼内炎も充血を起こす疾患の代表であり,ぶどう膜炎の再燃か術後感染か迷う場面に遭遇することがある.術後感染は通常内眼手術後1週間以内に起こり,早いものでは術翌日には,顕在化することも多い.最初のフォーカスから次第に眼全体に広がる急速な拡大傾向を示すのが特徴で,急激な視力低下を伴う.多くの症例では感染は硝子体に波及し硝子体混濁を伴うこ1542あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図12図11と同一症例強い毛様充血と虹彩後癒着を認める.とが多いが,最初から硝子体の混濁を伴うことが少ないAAUとは鑑別がなされる必要がある.施設により多少の差はあるもののその頻度は約2,000分の1とされている.術後感染の場合は,手術という浸襲が加わったことからわかるが,内因性眼内炎は眼だけの所見にとらわれて全身的疾患の検索を怠ると診断に苦慮するので注意が必要である.特徴としては,発症が急で,特に細菌性眼内炎の場合,肝膿瘍・尿路感染症や糖尿病などが基礎疾患にあることが多く,必然的に高齢者に多くなる.早期より硝子体混濁があり,超音波Bモードでの膿瘍の有無の検索や網膜電図(ERG)でのb波消失も診断に有用である.内因性眼内炎の場合,原因菌が細菌だけでなく真菌性のものの場合もあるので,血液培養などの情報や■用語解説■HLA(humanleukocyteantigen):最も重要な組織適合性抗原の一つで白血球の型を決める蛋白質.HLAはclassI(HLA-A,B,C)とclassII(HLA-DR,DQ,DP)に分けられ,免疫応答の制御に関わる.Reiter症候群:関節炎・尿道炎・結膜炎の三徴候をきたす反応性関節炎.HLA-B27は80%前後の患者で陽性となる.b.d.グルカン:(1→3)-b-d-グルカンは真菌に特徴的な細胞膜を構成している多糖体で,菌糸型接合菌を除くすべての真菌に共通して認められる.菌の破壊により血中濃度が増加するため,深在性真菌症の診断,治療効果の判定や経過観察にも有用である.(30) 図14小児ぶどう膜炎の症例虹彩後癒着を伴う強い炎症があるにもかかわらず結膜の充血は軽度である.免疫抑制剤使用の有無,b-D-グルカンなどの検査項目も診断の助けになる(図11.13).III充血を伴うことが少ない小児のぶどう膜炎充血がなければぶどう膜炎が否定できるかというと逆で,小児のぶどう膜炎の場合whiteuveitisといわれるように,結膜の充血を伴わずに炎症がある場合もあるので注意が必要である(図14,15).おわりに以上述べてきたとおり,ぶどう膜炎には多種多彩な疾患がありその多くで,虹彩毛様体炎や強膜炎を起こすが,最終的には充血として患者は外来を受診するのでしっかり鑑別診断を行う必要がある.増悪・寛解をくり返す虹彩毛様体炎よりBehcet病の診断につながった症例図15小児ぶどう膜炎の症例強い前房炎症と肉芽腫性ぶどう膜炎に伴って生じた角膜後面沈着物を認める.強い炎症があるときでも結膜の充血は軽微である.や,強膜炎を初発症状として発症したサルコイドーシスの症例など,たかが充血と思って安易に経過観察のみで診療を行うのはよくない.毛様充血を伴った炎症の場合,後眼部に炎症が波及していなくても,再発性であったり,ステロイド薬点眼に対する反応が悪いような症例では,全身異常が隠れている場合があるので全身検査を行うことは重要である.文献1)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalstudyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOphthalmol51:41-44,20072)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の状況─発症動機と起因菌─.日眼会誌95:369-376,19913)丸山耕一:急性前部ぶどう膜炎.眼科プラクティス16,眼内炎症診療のこれから(岡田アナベルあやめ編),p136140,文光堂,2007(31)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111543

結膜下出血

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1533.1537,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1533.1537,2011血SubconjunctivalHemorrhage山本康明*はじめに結膜下出血は,“目が赤い”ということが主訴になる本命的な疾患で,結膜下に斑状あるいはしみ状に出血が貯留した状態をいう.Fukuyamaらによると眼科外来患者の2.9%を占める高頻度な疾患である1).しかし,一般に特別な治療は必要ないにもかかわらず,不安がって受診する患者や他科医師,看護師からの要望によって,しばしば時間外対応を迫られることもあるやっかいな疾患である.出血の原因は多々あげられるが,実は原因不明例が全体の30.50%と最も多く1.3),いまだその出血メカニズムには不明な点が多い.最近では結膜弛緩などの年齢変化,ドライアイなどとのかかわりが着目されている.本稿では,筆者らが試みた疫学的調査の結果をもとに,結膜下出血の病態を整理して解説する.I臨床所見と見分け方臨床所見は結膜下への小さな点状やしみ状の出血から広範に広がるものまでさまざまで(図1),球結膜のどの部位にも起こりうる.細隙灯顕微鏡検査による診断は少なくとも眼科医にとっては容易である.眼科医以外の者にとっては充血か出血かを見きわめることが眼科医の診療要請を必要とするかどうかの判断をするうえで重要で,結膜血管の拡張像がなく赤い部位の結膜血管走行がみえないこと,さらには視力症状,痛みなどを伴っていないことなどが鑑別点になる.充血や眼脂を伴う場合では感染性結膜炎が,また結膜裂傷,前房出血,虹彩炎などの所見を伴う場合では外傷や眼球打撲に伴う出血が疑われ,原疾患の精査治療の必要から安易に判断を他者に任せて放置すべきではない.特に,出血に隠れた結膜裂傷は注意深く診ないと見逃すこともある.II原因出血の原因は,結膜血管を破綻させる作用を及ぼしている原因(出血メカニズム)と,血管を破綻しやすくしている原因(危険因子)とを分けて考える必要がある.原因は外傷性,手術などの医原性,エンテロウイルスによる急性出血性結膜炎などの炎症性,白血病や血液凝固異常など,いきみや嘔吐による(Valsalvamaneuver)静脈圧上昇,あるいは眼疾患を伴わない“原因不明”の結膜下出血(いわゆる特発性)に分類できる.さらに因果関係が定かではないケースも多いが,高血圧,糖尿病といった基礎疾患に伴うものも原因として考えられている(表1).これらのなかで,結膜血管を破綻させる作用になる外傷や手術などの直接原因がない特発性症例の出血メカニズムはなにか?ということが最も興味深いところであるが,現在までそのメカニズムを明らかにした報告はない.以下に筆者らがこの難問の解答を探るために行った特発性結膜下出血の多施設調査をもとに,出血メカニズムの一案を紹介する.*YasuakiYamamoto:松山赤十字病院眼科〔別刷請求先〕山本康明:〒790-0826松山市文京町1松山赤十字病院眼科0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(21)1533 abcabcd表1結膜下出血の原因1外傷性結膜裂傷,眼球打撲,穿孔性眼外傷,眼球破裂,吹き抜け骨折による血管損傷など2医原性結膜下注射,硝子体注射,手術操作など3炎症性急性出血性結膜炎,流行性角結膜炎などをはじめとする感染性結膜炎4出血性血小板減少性紫斑病,白血病,ワーファリン内服などの血液疾患,凝固因子異常および出血傾向5Valsalvaいきみ,嘔吐など急激な静脈圧上昇maneuver6特発性原因不明,最近注目されている要因(結膜弛緩症,ドライアイ)基礎疾患に伴う高血圧,糖尿病,高脂血症などとされるものIII特発性結膜下出血の罹患率筆者らは愛媛大学の関連6施設に受診した特発性結膜下出血患者212例〔平均年齢56.6±14.6(SD)歳〕について,問診,アンケート,細隙灯顕微鏡検査を行った.対象からは,外傷,急性結膜炎など他の眼疾患による出1534あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図1出血所見a:点状の出血.b:しみ状の出血.c:瞼裂部への結膜下出血.d:瞼縁下方に広がる結膜下出血.:基礎疾患なし:基礎疾患あり:罹患率0.000350.00030.000250.00020.000150.00010.000050年代1102030405060708090症例数6050403020100罹患率図2特発性結膜下出血の年齢階級別症例数と罹患率血とコントロールされていない高血圧,糖尿病患者は除外している.図2に年代別症例数と罹患率を示す.症例数は30歳代以降に年齢とともに増加し,50歳代にピークとなる.(22) 60.70歳はやや減少するが多くの症例がみられている.ところが,80歳代以上になると極端に減ってしまう.年齢が進むにつれて頻度が上がるのであれば,加齢性変化により血管が弱くなり,出血を起こしやすくなることから容易に納得できる.しかし,80歳以上の症例が少なくなるのはなぜだろうか?人口構成の影響はあるかもしれないが,対象施設のある愛媛県の人口比率から算出した年齢階級別罹患率(図2の折れ線)でみても,70歳代までに比べて極端に80歳代の罹患率は低い.60.70歳はやや減少するが多くの症例がみられている.ところが,80歳代以上になると極端に減ってしまう.年齢が進むにつれて頻度が上がるのであれば,加齢性変化により血管が弱くなり,出血を起こしやすくなることから容易に納得できる.しかし,80歳以上の症例が少なくなるのはなぜだろうか?人口構成の影響はあるかもしれないが,対象施設のある愛媛県の人口比率から算出した年齢階級別罹患率(図2の折れ線)でみても,70歳代までに比べて極端に80歳代の罹患率は低い.これらの事実は加齢や高血圧などのagerelatedfactorのような危険因子だけではこの疾患のメカニズムが説明できないことを示している.つまり,特発性結膜下出血の原因として基礎疾患などよりも大きな主因として血管を破綻させた何らかのメカニズムがあることをうかがわせ,それは30歳代に始まり70歳代まで継続し,とりわけ50歳代で強く作用しているものであるはず,という推察がなりたつ.IV特発性結膜下出血の出血部位と年齢上記の調査による対象者の出血部位を,上眼瞼縁の位置より上側,上下の瞼縁の間,下眼瞼縁の位置より下側の3つの領域に分類し,それぞれ症例数と割合を図3に鼻側60例耳側80例5例:両側に広がる例症例数(%)瞼裂間145例(68.4%)下方瞼縁56例(26.4%)上方瞼縁11例(5.2%)上瞼縁下瞼縁図3212例の出血部位示した.瞼裂間が145例,68.4%(平均年齢±SD:55.7±13.7),下方瞼縁は56例,26.4%(58.6±15.4),上方瞼縁は11例,5.2%(57.5±20.6)で,瞼裂間での出血が突出して多いことがわかる.V結膜弛緩症と出血部位特発性結膜下出血と結膜弛緩症の関係については以前から大橋らを中心に着目されていた2,4)が,すでに1942年にHughesら5)が結膜弛緩症の特徴の一つとして結膜下出血を起こすことをあげている.最近,三村らは結膜下出血の出血部位と結膜弛緩の程度との相関を報告した6).しかし,結膜弛緩症は加齢に伴って進行するagerelatedfactorの一つである.したがって,単純に結膜弛緩が強いほど出血しやすいとすれば,80歳以上の高齢者の結膜下出血頻度が少ない点が矛盾する.では,結膜弛緩症と結膜下出血のかかわりはどのようなものだろうか?図4に先の多施設調査の対象症例の結膜弛緩スコアの頻度を出血部位別に示した.いずれにおいても結膜弛緩スコア2の中程度例が45%前後で最も多い.スコア1の軽症例も30.40%近くを占めている.一方,弛緩スコア3とシビアな症例は下方瞼縁への出血群には比較的多くみられるが,全体としてかなり少ないことがわかる.これらの結果は改めて,特発性結膜下出血が結膜弛緩が強い高齢者に多いものではなく,中程度あるいは初期の結膜弛緩症をもつ中高年の眼に多いものであることスコアの頻度(%)100908070600.045.545.59.15.539.346.29.010.730.442.916.1:350:2:140:03020100上眼瞼縁出血瞼裂間出血下眼瞼縁出血図4結膜弛緩スコアの頻度(23)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111535 を示している.を示している.以上示してきた特徴を説明しうる特発性結膜下出血の出血メカニズムとは何であろうか?以下に大橋が20年来提唱してきたメカニズムを紹介する.球結膜血管は表層側に瞼結膜からの末梢である後結膜動脈が分布し,深層に前毛様動脈が強膜に貫通する直前で分枝した前結膜動脈があり,輪部結膜で反回した後吻合を形成して角膜周囲血管網となっている.輪部側あるいは強膜側深層の血管は固着して動かないが,表層結膜の血管は結膜下組織の退行性変化である結膜弛緩症が始まると強膜との結合がルーズになり,瞬目に伴って瞼に引き上げられたり,押し下げられたりして動くようになる(図5).この様子はCCDカメラを装着した細隙灯顕微鏡でビデオ撮影すると容易に観察できる.大橋は,この瞬目時の結膜のズレ動きが出血を起こすのではないかと提唱している.この説を調べるため,筆者らは無作為に抽出したボランティア90人に対し結膜下出血を起こしたことがあるかないかを聴取し,瞬目に伴う血管のズレ動きの大きさを画像上で定量した.結膜血管のズレ動きの大きさを0.3mm以上(大)と以下(小)の2群に分け,結膜下出血既往率を算出した(図6).統計的な分析は出血例数が少ないことと,出血既往がない眼を対照にしても明日に出血既往の割合(%)or年齢(歳)8070605040:出血既往あり%:出血あり年齢3020100小群大群結膜ズレ動き眼数出血既往あり眼数出血既往あり%平均年齢出血既往あり平均年齢小群511019.668.171.8大群391538.459.156.0図6結膜血管のズレ動きと結膜下出血の既往も出血を起こすかもしれないという可能性があって難しいが,ある傾向はみてとれる.結膜血管のズレ動きが0.3mm以上の眼における出血既往率は38.4%と高く,これらの平均年齢は56歳であった.この結果は,先の調査において結膜弛緩スコア2で出血割合が高く,弛緩スコア3の症例が少なかった事実と年齢的によく一致する.すなわち,中年期に結膜弛緩が始まり,瞬目時の結膜表層血管が大きく動きやすくなる.それだけで瞬目のたびに出血するわけではないため,さらに何らかの要因でこの動きが増強し,結膜血管にその耐久性を超えるテ開瞼終了時開瞼開始後図5瞬目に伴う表層結膜血管の動き表層結膜血管のズレ1536あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(24) ンションが加わった瞬間に血管が破綻して出血していると考えられる.ンションが加わった瞬間に血管が破綻して出血していると考えられる.結膜下出血患者を問診していると,寝不足だったり,眼が疲れたりしているという話をよく聞く.先の特発性結膜下出血の多施設調査において,出血時あるいはその前の日などに何をしていたかというアンケートを行ったところ,種々の生活背景を得たなかで,約4割の患者が,出血の前日に夜更かし,あるいはVDT作業や読書など,長時間近業をしていたということがわかった.これらは実はドライアイの誘発因子と重なっていることに気づく.これは推察にすぎないが,特に全体の2/3以上を占める瞼裂間での出血メカニズムとして,眼表面の乾燥による瞬目時の摩擦増強が出血時点のメカニズムに大きな役割を果たしている可能性が考えられる.瞬目時の結膜のズレ動きは上瞼の動きによる瞼裂間のみに起こっているわけではない.下眼瞼は眼輪筋作用で瞬目時に鼻側方向へ動くが,これに伴って瞼縁下方の球結膜も引き動かされており,このことは下瞼縁での出血の一因かもしれない.さらに下方瞼縁での出血群は,瞼裂間の出血群よりもやや高年で,結膜弛緩が進行して結膜円蓋側に及ぶようになると,下眼瞼縁に弛緩結膜が重積するようになるが,これに含まれる結膜血管への瞼縁の動きによるストレスがより強くなることが予想される.加えて,結膜下組織がルーズで出血自体が重力によって下方に広がりやすいという要因も重なり,下方瞼縁での特発性結膜下出血を形成するものと考えられる.最初の疑問に戻り,80歳以上になると特発性結膜下出血の頻度が低くなる理由は,高齢者では眼瞼挙筋,眼輪筋あるいは瞼自体が衰え,瞼縁より下に重積した重度の弛緩結膜を持ち上げるほどのテンション(眼瞼圧)がなくなり,瞬目に伴う結膜のズレ動きが小さくなるためと考えれば説明がつく.結膜のズレ動きの調査において,結膜の動きが小さい群でも,19.6%には出血既往がみられているが,これらは平均年齢71.8歳と比較的高齢で,出血血管の脆弱性の要因が強いのかもしれない.VII新たな治療の可能性原因不明でくり返し再発する結膜下出血に対し,先に述べた理論によれば眼表面の摩擦を減らす目的でドライアイの有無を調べたり,ドライアイ治療薬を試みることには妥当性があるかもしれない.また,結膜弛緩症の手術で出血の再発や,出血の程度も軽減できることを横井らが報告(第62回日本臨床眼科学会)している.すなわち,弛緩した結膜を除去し,強膜との癒着を作ることが過剰な表層結膜の動きを止め,出血を減らす効果になると考えられる.おわりに以上,結膜下出血について,特に従来“原因不明”とされる症例の病態を中心に稿を進めてきた.紹介したメカニズムだけですべてを解説できるとはいえないが,特発性結膜下出血の出血メカニズムには結膜弛緩症と瞬目,ドライアイが密接にかかわる可能性を示した.“目が真っ赤になったんですが”と心配してくる患者にこれまで“何もなくても出血することがあります”“治療は様子をみるだけです”とあいまいに説明するしかなかった特発性症例に対して,再発予防の観点からドライアイ治療や結膜弛緩症治療を積極的に提示することは,患者の不安を取り除くという意味からも日常診療の新たな光明となるかもしれない.今後さらなる病態の解明と治療効果の評価が待たれる.文献1)FukuyamaJ,HayasakaS,YamadaKetal:Causesofsub-conjunctivalhemorrhage.Ophthalmologica200:63-67,19902)山本美佐子,平野直彦,春田恭照ほか:球結膜弛緩現象と特発性結膜下出血.あたらしい眼科11:1103-1106,19943)MimuraT,UsuiT,YamagamiSetal:Recentcausesofsubconjunctivalhemorrhage.Ophthalmologica224:133137,20104)大橋裕一:結膜下出血の発生機序について教えて下さい.あたらしい眼科10(臨増):156-158,19935)HughesWL:Conjunctivochalasis.AmJOphthalmol25:48-51,19426)MimuraT,UsuiT,YamagamiSetal:Subconjunctivalhemorrhageandconjunctivochalasis.Ophthalmology116:1880-1886,2009(25)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111537

コンタクトレンズ障害

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1527.1532,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1527.1532,2011ContactLensProblems稲葉昌丸*はじめに重症角膜感染症による充血,コンタクトレンズ(CL)の着脱操作などによる結膜下出血,ドライアイや結膜炎が原因となった充血のCL装用による増悪などについてはここではふれず,日常診療で遭遇しやすい目の発赤を対象とする.ハードCL(HCL)装用時の発赤とソフトCL(SCL)装用時の発赤は,原因や対処法が異なることが多いので,HCLとSCLに分けて発赤の原因と対処法を考えるのが実用的である.IHCL,SCL共通の原因による充血1.CL下異物,CL後面の汚れホコリ,眼脂などがCL下に迷入し,あるいはCL後面に汚れが付着して角膜上皮障害が生ずると,眼痛,流涙とともに充血が起きる.SCLでは装着時に異物が入ることが多いが,HCLでは装用中にも異物が入る.放置すると角膜浸潤を生じ,毛様充血が悪化する.SCL下の異物は眼痛,流涙が明確でないことも多く,SCL下の微細な繊維などの異物は見逃しやすい.CL装用後,時間が経つにつれて悪化する充血は,CLを外してフルオレセイン染色を行い,角膜上皮障害の有無を確認する必要がある(図1,2).2.CLの欠け,亀裂角膜上皮障害を起こせば充血の原因となるが,SCL図11日使い捨てSCLの下に迷入した繊維様異物と,それによる角膜上皮障害図2HCL後面に付着した汚れによる角膜上皮障害*MasamaruInaba:稲葉眼科〔別刷請求先〕稲葉昌丸:〒530-0001大阪市北区梅田1-3-1大阪駅前第一ビル1F稲葉眼科0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(15)1527 のエッジ部のみの欠けや,SCL後面に段差ができない程度の浅い亀裂は,通常充血にまで至らない.のエッジ部のみの欠けや,SCL後面に段差ができない程度の浅い亀裂は,通常充血にまで至らない.赤1.フィッティング不良によるものa.固着HCLの瞬目による引き上げが不十分になると,HCLが角膜,あるいは角結膜にまたがって固着した状態になる.特に遠近両用HCLは後面形状の性質から,単焦点HCLより固着しやすい.眼瞼越しに押し上げても容易には動かず,脱直後の角膜にHCLの圧痕が明瞭に観察される(図3).HCL下に角膜上皮.脱物や分泌物などのdebrisの貯留が観察されることもある.HCLの固着したエッジやdebrisによって眼表面が障害されると,角膜上皮障害,結膜上皮障害,充血,異物感や眼痛などが起きる.b.3時9時ステイニング角膜の水平方向,すなわち3時9時の方向に生じる角結膜上皮障害に伴って球結膜充血が発生する.原因はつぎのように分けられる.1)物理的干渉:角膜は直乱視が多く,弱主経線である水平方向の角膜とHCLエッジが物理的に干渉しやすく,角膜上皮障害や角膜の菲薄化,障害部位への血管や結膜上皮の侵入,充血が起きることがある.輪部結膜にHCLエッジが当たれば,結膜上皮障害とこれに伴う球結膜充血も発生する(図4).2)盗涙1):HCL下には涙液が貯留するが,特にエッジ部後面(エッジリフト部)には瞬目時のHCL動きに伴って,HCL周囲の涙液が取り込まれるため,HCL外側の角膜は乾燥し,角膜上下眼瞼にカバーされない3時9時方向に角膜上皮障害が生じる.3)瞬目減少:HCLは水を通さないため,HCL下の角膜中央部は乾燥せず,乾燥感が生じない代わりに,瞬目が減少する.このためHCLと上下眼瞼に覆われていない3時9時方向の眼表面が乾燥し,障害される.2.HCLの機械的刺激によるもの瞬目時のHCLと上眼瞼結膜の摩擦によって,眼瞼結膜炎を生じることがある.HCL表面が汚れや劣化で不整になっているときに起きやすい.乳頭増殖が生ずれ図3HCLの固着によって生じた,エッジ部の圧痕と角膜上皮障害図4HCLのエッジと眼表面の物理的干渉によって生じた,角結膜上皮障害と充血1528あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(16) ば,CL関連乳頭結膜炎(CLPC:contactlens-associatedpapillaryconjunctivitis)とよばれる.程度の強いものは巨大乳頭結膜炎(GPC)ともよばれる.眼脂や,HCLの汚れ,上方ずれが主症状であるが,重症化すれば球結膜充血を伴う.3.HCLの酸素透過性不良によるもの過去のポリメチルメタクリレート(PMMA)製のHCLでは,低酸素負荷のため,角膜上皮,実質の浮腫と,これに伴う朦視,毛様充血を生ずることがあった.現代のガス透過性HCLではこのような症状はほとんど認められない.IIISCL装用による発赤1.フィッティング不良によるものSCLのフィッティングがタイトな場合,エッジ部が球結膜を圧迫して球結膜充血の原因となる(図5).まぶた越しに押してもSCLがスムーズに上下しない,エッジ部で球結膜血管が屈曲している,といった状態があれば,タイトフィットを疑う.2.SCLの機械的刺激によるものHCL同様,瞬目時の摩擦によって,CLPCを生じることがある.素材が硬めの低含水率SCLや汚れたSCLに起きやすい.シリコーンハイドロゲルCLは低含水率で硬めのものが多いため,CLPCを起こしやすい傾向がある(図6).球結膜の充血に,SCLの汚れや上方ずれ,眼脂を伴う場合には,上眼瞼を翻転してCLPCの有無を確認する必要がある.3.SCLが原因となった眼表面の障害によるものa.スマイルマーク様点状表層角膜症(SPK)SCLの乾燥によって発生するSPK.ほとんどは無症状だが,程度が強ければ不快感や充血の原因となる.b.SEAL(superiorepithelialarcuatelesion)瞬目時のSCLと角膜との摩擦が原因となって発生すると考えられる,角膜上方周辺部に限局した角膜上皮障害.軽度であれば自覚症状,発赤は生じないが,程度が強ければ異物感,眼痛と同時に,SEALが発生した部位図5aタイトなフィッティングのSCLによって生じた球結膜充血図5b脱後染色するとエッジの圧痕が明瞭である.図6低含水率SCLによって生じた強度のCLPC(GPC)(17)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111529 に一致して充血が発生する(図7).SCLの硬さが大きな要因であり,そのため,素材が硬い低含水率SCLに発生しやすいと考えられる.に一致して充血が発生する(図7).SCLの硬さが大きな要因であり,そのため,素材が硬い低含水率SCLに発生しやすいと考えられる..SLK(superiorlimbickeratoconjunctivitis)SLKの病因は明確でないが,SCLによる機械的障害もSLKの原因あるいは悪化要因と考えられる.SEALと類似した状況で,球結膜を含むより周辺部の眼表面まで障害することが原因と考えられる.上方の毛様充血,球結膜充血を起こす.乾燥がSLKの原因と思われる場合はSEALとは逆に,低含水率SCLへの変更も考える.d.結膜上皮障害SCLのエッジ部に一致して認められる弧状の球結膜ステイニング(図8).SCLを長時間装用すれば,ほと図7シリコーンハイドロゲルCLによって生じたSEALと局所の充血んどの例に認められ,球結膜とSCLの擦れによって生ずると考えられる.SCLの乾燥,硬さ,エッジデザインなどによって程度は異なる.通常は無症状だが,程度が強ければ障害部位の球結膜充血が生ずることもある.4.SCLケア用品が原因となった眼表面の障害によるものa.角膜ステイニングSCL消毒剤とSCLの組み合わせによっては,軽度の角膜上皮障害が生じやすいことが知られている.ほとんどの場合は自覚症状もないが,程度が強ければ,しみるなどの自覚症状とともに充血を生じることがある.b.アレルギー酵素を含む蛋白除去剤を使用した場合,蛋白分解酵素や分解産物に対するアレルギーが生じ,球結膜,眼瞼結膜の充血,浮腫,濾胞生成などが起きることがある.c.中和忘れSCL消毒剤のうち,過酸化水素剤,ポビドンヨード剤は中和操作が必要である.特に過酸化水素剤を中和せずに装用すると眼表面を障害し,強い痛みとともに球結膜,眼瞼結膜の充血を起こす(図9).程度によっては角膜上皮,結膜上皮のステイニングも生じる.ただちに洗眼すれば後遺症はなく,充血も半日程度で軽減する.ポビドンヨード剤は中和せずに装用しても強い症状は出にくい.図8SCLのエッジによって生じた球結膜染色この程度では充血は起きない.図9過酸化水素剤の中和忘れによる充血1530あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(18) 5.5.のa.CLPU(contactlens.inducedperipheralulcer)角膜周辺部,中間周辺部に輪郭明瞭な直径0.1.2mm程度の点状潰瘍として発生する.異物感から疼痛,流涙とともに充血を生じる.ほとんどは連続装用例で発生し,SCL表面などに存在する黄色ブドウ球菌の毒素,あるいは分泌物などが,SCLの汚れなどによって発生した角膜上皮の欠損部を通過して免疫反応を起こすものと考えられている2).b.CLARE(contactlens.inducedacuteredeye)SCL装用者に急に発生する毛様充血,球結膜充血であり,疼痛,流涙,羞明などを伴う.角膜表層浸潤が点状に多発し,角膜上皮浮腫も白っぽい点状病巣として認められる.CLPU同様,SCLの連続装用に発生しやすい.SCLやSCLケース内液にPseudomonas,Serratia,インフルエンザ菌などのグラム陰性菌による汚染が認められることが多く,これらの病原菌の毒素,分泌物などに対する免疫反応が,炎症と充血の原因と考えられている3).c.消毒不良によると思われる結膜炎CLAREほど強い自覚症状はないが,発赤,不快感,羞明などを伴い(図10a),輪部結膜に1.数カ所の点状浮腫(図10b)と,当該部位の球結膜充血を認める.角図10a消毒力の弱い多目的用剤使用者に認められた急性結膜炎消毒不良が原因と考えられる.図10c多目的用剤使用者に認められた角膜上皮障害程度が強ければ,角膜上皮に点状病巣も認められる.図10b球結膜充血と結節様浮腫結膜輪部に結節様の浮腫とびらんを認めることもある(右図は左図のフルオレセイン染色).(19)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111531 膜病変はないか,軽度(図10c)である.CLAREの軽症とも考えられるが,終日装用の装用者がほとんどであり,CLAREとは病原菌,あるいは発症機序に違いがある可能性がある.消毒力が弱い(スタンドアローン基準に合致しない)タイプの多目的用剤使用者に,夏に発生しやすいことから,SCLケア不良によるSCLケース内液汚染が原因と推測される.膜病変はないか,軽度(図10c)である.CLAREの軽症とも考えられるが,終日装用の装用者がほとんどであり,CLAREとは病原菌,あるいは発症機序に違いがある可能性がある.消毒力が弱い(スタンドアローン基準に合致しない)タイプの多目的用剤使用者に,夏に発生しやすいことから,SCLケア不良によるSCLケース内液汚染が原因と推測される.酸素不足現在のSCLのほとんどは終日装用に十分なレベルの酸素透過率を有しているが,従来のHEMA(水酸化エチル・メタクリレート)などの素材のSCLからシリコーンハイドロゲル素材のSCLに変更すると,輪部球結膜の充血が減少することが知られている4).シリコーンハイドロゲルCLが乾燥しにくいこと,高い酸素透過性によって眼表面への低酸素負荷がなくなることが原因ともいわれている文献1)横井則彦,小室青:涙液動態.日コレ誌43:67-71,20012)WuP,StapletonF,WillcoxMD:Thecausesofandcuresforcontactlens-inducedperipheralulcer.EyeContactLens29(1Suppl):S63-S66,20033)HoldenBA,HoodDL,GrantTetal:Gram-negativebacteriacaninducecontactlensrelatedacuteredeye(CLARE)responses.CLAOJ22:47-52,19964)NillsonSEG:Seven-dayextendedwearand30-daycontinuouswearofhighoxygentransmissibilitysoftsiliconehydrogelcontactlenses:Arandomized1-yearstudyof504patients.CLAOJ27:125-136,20011532あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(20)