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インターネットの眼科応用 15.医師の知的財産とインターネット

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104930910-1810/10/\100/頁/JCOPY情報の秘匿性インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.Web2.0の文化が浸透することにより,インターネット上には莫大な情報量が蓄積されました.ただ,医療情報の数量は,他の分野の情報量からみると非常に限定的です.それは,Wikipediaの単語数から推察することができます.2010年3月26日時点で,Wikipediaの総単語数は,664,335に対し,医療・ヘルスケアに関連する単語数は約8,000にすぎません1,2).その背景には,情報発信者である医療者が,新鮮な医療情報を主に学会や論文に持ち寄ることが理由にあげられます3).ただ,医療情報も徐々にではありますがその量を増やしています.それは,今までに紹介してきたさまざまなサイトの登場からも明らかです.これは,インターネットによる情報革命が医療界に寄せる影響と考えられます.最近のインターネットの潮流には,莫大な情報を属性によって分類し,検索しやすくする動きがあります.これは,利用者の立場からすれば当然の流れといえます.インターネット上の情報は,法律,医療,美容,健康,経営などに分類され,図書館や本屋での陳列棚のように細分化されます.以前に紹介した,患者が体験情報を持ち寄るTOBYO(http://www.tobyo.jp/)や,健康情報に特化した検索エンジンをもつ,画期的なイスラエルの健康相談ポータルサイトiMedix(http://www.imedix.com/)は,その潮流にある先駆的なサイトです.この流れはウェブ情報の専門店化と表現できます.医療情報以外に,インターネット上に載りにくい,つまり,情報革命の影響が限定的な情報はほかにもあります.その例として,「研究開発情報」「知的財産」があげられます.各企業・研究機関の研究開発情報は,そのグループ内でのみ共有される特徴があるため,インターネット上には,ごく一部,おそらくプレスリリースされたものしか掲載されません.その秘匿性は,医療情報との共通点といえそうです.研究開発情報や知的財産がインターネットで応用されている事例は,インターネットと医療情報との融合にさまざまな可能性をもたらすことを示唆します.インターネットは,人と人を繋ぎます.人と情報を繋ぎます.開発情報や知的財産という秘匿性の高い情報が,どのようにインターネット上で流通しているのでしょう.他業種でのインターネットの活用方法は,必ず医療界に形を変えて応用されます.臨床レベルでも活用される時代がくるでしょう.知的財産の共有工業所有権情報・研修館という,経済産業省所管の独立行政法人では,知的財産促進事業を行っています.中小企業や大学などの研究機関がもつ特許を大企業が採用する,大企業で眠っている特許を中小の企業が活用する,という知的財産の流通を知的財産流通アドバイザーという専門家が担っています.その知的財産の流通促進に一役買っているのが,特許電子図書館というインターネット上で,誰でもがアクセスできる知的財産のデータベースです.たとえば,「眼科」というキーワードで検索すれば3,776件の特許と実用新案がヒットします.「硝子体」で検索すると581件ヒットします(2010年3月26日現在).パソコンとネット環境さえ整えば,容易に特許情報を検索することができます.この利便性は臨床現場に応用できるはずです.疾患情報,薬剤の副作用情報,疾患の処方ノウハウなどのデータベースができれば,どれだけ臨床の助けになることでしょうか.インターネットに繋がる端末さえあれば,稀な疾患への対処法が,多忙な外来の合間に検索すること(77)インターネットの眼科応用第15章 医師の知的財産とインターネット武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑮———————————————————————-Page2494あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010ができます.産業界には,特許情報をインターネット上で共有する情報基盤があります.医療界にも,医療情報を共有する情報基盤の登場が待たれます.研究開発のマッチング研究開発に関する情報は,医療情報と同じくグループ内の「秘伝」として伝承されがちです.しかし,その「秘伝」をインターネット上にオープンにして共有することで,自社内で解決できない問題を解決することができます.アメリカのMassachusetts州に本社を置くInnoCentive社が運営する,InnoCentiveというきわめてユニークなサイトがあります(図1).このサイト内には,「Solver」とよばれる研究者が175カ国12万人所属しており,「Seeker」とよばれる企業が出題する「問題」を解決すれば,懸賞金を手にすることができます.成功報酬型の研究費といえるでしょうか.Solverには懸賞金目的の研究者もいますが,腕試しにチャレンジする研究者が多いようです.積み重ねた研究内容あるいはノウハウが,ある企業の問題を解決して産業的価値を生み出す,というきわめて社会的価値の高い「出会い系」サイトです.実例を紹介します.P&Gという食品会社では,2005年より米国で1枚1枚のポテトチップスに,スポーツや音楽などに関するクイズや豆知識などを印刷した「プリングルズ・プリンツ」を販売しています.ですが,ポテトチップスの1枚1枚に絵や文章を印刷する技術は当初,P&G社内には存在していませんでした.食用のインクなどの基礎技術から研究開発に着手すると,相当な投資と時間が必要となります.そこで,彼らはInno-Centiveという社外の群衆ネットワークに答えを求めたのです.その結果,イタリアの大学教授が経営する小さなパン屋の技術を利用して,すみやかに食用色素や印刷技術を会得して製品改良を行い,ヒット商品を生み出しました.一方でSolverは,問題を解決すると,数千ドルから10万ドルの懸賞金を受け取ります.InnoCentiveで眼科に関する問題を検索しましたが,2010年3月26日時点では,残念ながら1件もヒットしませんでした.InnoCentiveはそもそも,2001年に製薬企業内で始まったプロジェクトですので,ライフサイエンスに関するテーマが多いようです.いずれ,眼科疾患に関する問題が出題されるかもしれません.(78)企業と研究者のマッチングだけでなく,研究者同士のマッチングも大きな社会的価値をもちます.研究者同士でノウハウを共有できれば,お互いの研究の効率性が向上します.研究に従事する医師は,臨床業務を兼任することが多く,時間の制約を受けるため,効率性はきわめて重要です.研究室内だけでなく,同一学内や,学外のネットワークで,お互いの問題を解決する場があれば,きわめて有用です.このようなネットワーク作りにインターネットは最適です.Web2.0のキーワードは「共有」です.情報,経験,時間の共有ができるインターネット空間は,臨床研究医にとって魅力的です.「この実験系の最も効率の良い抗体は何でしょう?ご存知ですか?」きっと,その問いの答えは,インターネットの向こうにあります.【追記】NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvc-japan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E7%B5%B1%E8%A8%882)中尾彰宏:第3回日本遠隔医療学会WEB医療分科会「遠隔医療におけるWEBの役割」,20093)武蔵国弘:「インターネットの眼科応用」第13章医師の,医師による,医師のための,インターネット会議.27:217-218,20104)http://japio.or.jp/00yearbook/les/2009book/09_1_09.pdf図1InnoCentiveのホームページ

硝子体手術のワンポイントアドバイス 83.超音波白内障手術時の核落下例に対する硝子体手術(中級編)

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104910910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに超音波水晶体乳化吸引術は安全かつ迅速に施行できるようになってきたが,核硬化の強い症例やZinn小帯脆弱例では,術中に後破損をきたし,硝子体腔内核落下に至ることがありうる.落下水晶体核が前部硝子体腔に留まっている場合には,前方からのアプローチで処理できることもあるが,後部硝子体腔まで落下した例では硝子体手術が必要となる.筆者らも以前に白内障手術時の硝子体腔内核落下に対して硝子体手術を施行した7症例をretrospectiveに検討し報告したことがある1).子体手術のタング筆者らの報告では,白内障手術から硝子体手術までの期間は151日で,その間に残留水晶体皮質の多かった5眼で,水晶体起因性眼内炎症状と眼圧上昇を認めた.核落下後3日以内に硝子体手術を施行した症例では術後合併症が少なく,術後矯正視力も良好であった(図1)のに対して,10日以上経過した後に硝子体手術を施行した症例では,角膜内皮障害や眼圧上昇が遷延する例が多かった.今では,もう少し早い時期に硝子体手術を施行することが多いと思われるが,硝子体手術はできるだけ3日以内に施行したほうが良さそうである.下水晶体核の処理法筆者は20ゲージ硝子体手術に慣れているので,通常このような場合には,硝子体カッターで硝子体を切除した後にフラグマトームTMを用いて落下水晶体核を乳化吸引除去している.しかし,この器具は現在ではあまり使用されていないため,通常の硝子体カッターで処理する術者も多いと考えられる.この場合にはスモールゲージの硝子体カッターは不利で20ゲージカッターを使用するほうが効率的である.軟らかい核の場合には,硝子(75)体カッターの吸引圧を上げ,回転数を少なくすることで切除できる場合もあるが,硬い核の場合には苦戦する.眼内での処理が困難な場合には,強角膜創から核片を除去するほうが良好な結果が得られることもある.液体パーフルオロカーボンで核片を前方に浮上させ,通常の超音波水晶体乳化吸引術で処理する方法もあるが,核の把持が困難で手術の難易度は高い.膜離の発に筆者は過去に硝子体手術の依頼を受けた症例のうちで,すでに初回手術で高度の角膜内皮障害をきたしていたり,網膜離を発症していた症例を経験したことがある.核落下をきたしたときは前部硝子体切除など手術操作が多くなり,硝子体を過度に牽引することで網膜裂孔を形成し,術後に網膜離を発症することがある.硝子体手術時には硝子体を周辺部まで確実に切除し,眼底を詳細にチェックする必要がある.核落下をきたした場合,眼内操作が長くなるようであれば,一旦手術を終了し,速やかに硝子体術者に紹介するほうが,最終的に良好な結果が得られることが多い.文献1)野洲美代子,池田恒彦,小泉閑ほか:超音波白内障手術時の核落下例に対する処置法.あたらしい眼科16:985-988,1999硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載83超音波白内障手術時の核落下例に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1硝子体手術の術中所見残存皮質の多い落下水晶体核を認める.この症例では核硬化が強かったためフラグマトームTMを用いて水晶体核を乳化吸引除去した.白内障手術2日後に硝子体手術を施行したので,良好な結果が得られた.

眼科医のための先端医療 112.最新の網膜光凝固装置

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104870910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに網膜光凝固装置は古くは1957年にキセノン光凝固装置が市販され,1960年代にはMeyer-Schwickerathらにより糖尿病網膜症に対する治療法として臨床的に使用されてきました1).その後,1971年にはアルゴンレーザーが市販されるようになり,周辺部網膜への間接的な凝固による新生血管の退縮が報告され,汎網膜光凝固の有用性が示されてきました2).1973年にはわが国でも導入する施設が誕生してから,糖尿病網膜症による失明を阻止する治療として現在では日常診療に広く用いられるようになってきています.その間,網膜光凝固装置の発展は,アルゴン/クリプトン光凝固,アルゴン/ダイ光凝固,グリーンYAG光凝固,マルチカラー光凝固と波長の違いこそあれ,白内障や硝子体手術装置に比較して,劇的な変化は少ないものでした.しかし,PASCALR(ThePatternScanningLaser.OptiMedica社,カリフォルニア,米国)が2005年に米国食品医薬品局(FDA)の許可を取得後,網膜光凝固装置の開発は慌しくなってきました.パターンスキャンレーザー網膜光凝固装置3,4)と凝固条件での網膜光凝固装置は照射ののりんでが新はじめパターンで複数のス照射がの光凝固装置に照射がのーパスでりでな光凝固をとがでとのがで網膜に網膜光凝固は照射がののと凝固がのとのに網膜に網膜光凝固をとの下は体のはとのがり)パターンスキャンレーザー網膜光凝固装置とはなりの照射をのとのとでのをではのがにがなとの)がな照射のがとがの網膜光凝固装置ではの照射にのを照射とはで最新のの網膜光凝固装置でのな条件で照射が可能にな照射ではにとがの凝固りがめに凝固数はに加を凝固にがなとをめににパターンで複数の凝固をとがでパターンスキャンレーザー網膜光凝固装置はのでになのとのにの網膜光凝固装置とをでがのののめ網膜の凝固がな凝固がとでがーンのになのがりののがVISULAS532sVITEとSUPRASCANVISULAS532sVITEEISS図1)はすでにわが国でも発売されているグリーンレーザーのVISULAS532に後付でパターン化された複数照射が可能になる機種です.従来型の機種であるため,付属の細隙灯顕微鏡は使い慣れた形式のもので周辺部の観察も容易となります.複数照射を行うときの凝固径はPASCALRと同様に50,100,200,300μmと限定され,波長もグリーンの532nmに限られてしまいますが,後付で購入できることが魅力的です.パターン化された複数照射装置が後付で着けられるかが,今後の従来型の機種の選定基準になってくるであろうと考えます.一方,SUPRASCAN(QuantalMedical社)はグリーン波長の532nmに加え,イエロー波長である577nmを用いてパターン化された複数照射が可能なことが画期的です.マルチカラーレーザーの発売以来,程度の差は(71)◆シリーズ第112回◆眼科医のための先端医療=坂本泰二山下英俊加藤聡(東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学)最新の網膜光凝固装置———————————————————————-Page2488あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010あれ白内障の合併など中間透光体の混濁を合併する症例が多い糖尿病網膜症症例には好んでイエローの波長が使用されてきた経緯からしますと,577nmの波長での複数照射可能機種は待ち望んでいたものであります.超短時間,高出力照射を要するパターンスキャンレーザーでレッドの波長のものをつくるのが困難なことが予想されますから,グリーンとイエローの波長が使用できるパターンスキャン網膜光凝固装置のわが国での発売が待ち遠しく思います.NAVILASR7)パターン複数照射がでのはんのと()はの網膜光凝固装置にーン能をがでにはの可網膜のーーでのとな網膜の()の凝固には光をに置ながをに光凝固をとがりをの網膜のの網膜光凝固ははじめにーとレン光をの装置でりのをにに光凝固をのをのに光凝固をはなととを装置にとにを光凝固(網膜の)ののにに置にのをなが凝固網膜光凝固装置でんの装置の能がでのはがににとが網膜のながおわりに最新の網膜光凝固装置について紹介しました.数年後には汎網膜光凝固を行う際に,複数照射で行うことが選択肢の一つになることと思います.しかし,どんなに装置が最新式なものになっても,その適応や凝固方法の正しい知識が不可欠なことには変わりはないということは心に留めておいて欲しいものです.文献1)Meyer-SchwickerathG,SchottK:Diabeticretinopathyandphotocoagulation.AmJOphthalmol66:597-603,19682)L’EsperanceFAJr:Clinicalhistoryofophthalmiclaser.Ophthalmiclaser(2ndedition),p3-7,CVMosby,StLouis,19833)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20064)SanghviC,McLauchlanR,DelgadoCetal:Initialexperi-encewiththePascalphotocoagulator:apilotstudyof75procedures.BrJOphthalmol92:1061-1064,20085)WadeEC,BlankenshipGW:Theeectofshortversuslongexposuretimesofargonlaserpanretinalphotocoagu-lationonproliferativediabeticretinopathy.GraefesArchClinExperimentOphthalmol228:226-231,19906)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Painresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserpho-tocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye22:96-99,20087)HariorasadSM,OberMD:Newapproachestoretinallasertherapy.RetinalPhysician:58-61,September2009(72)1VISULAS532sVITEの本体(左)と複数照射が可能なパターン(右)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010489(73)☆☆☆最新の網膜光凝固装置を読んでは最新の網膜光凝固装置のを加藤聡()にわりののでのがで光凝固装置はレーザーの射のががのとのににのでのなにでがが加藤のでになりのなののはにのでにのにとののでのをににがにわがではにおンスレーーのがおりがをにおでののののがん本ののはわめとはなとが本におでののはのにのになとはんでのととなでをののながでのはと本のののととをのににがりとはのので新ンでのをにわとと能をがりりにでをにりととでのめにはのがににりのをにャンスをが可でのとをとスをとがにでをとになとのにはでにわと加藤の光凝固装置のなでをわわがのにとでのな新ンで光凝固装置にりはにと山山下英俊

眼感染アレルギー:Immune Recovery Uveitis

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104850910-1810/10/\100/頁/JCOPYヒト免疫不全ウイルス(humanimmunodeciencyvirus:HIV)は,おもにリンパ球に感染して免疫系を破壊していき,さまざまな日和見感染症や悪性腫瘍をひき起こすことにより死に至らしめる.しかし,強力な抗HIV療法(highlyactiveantiretroviraltherapy:HAART)によって,かつては不可能であった免疫能の回復が得られるようになり,生命予後は著しく改善している.ところが,免疫能が再構築されていく過程で,日和見感染症が新たに発症したり,再発したり,あるいは,HAART開始前に鎮静化させたにもかかわらず再燃したりすることがある.これは,すでに体内に存在している病原体に対し,再構築された免疫機構が作動して,過度な炎症反応をひき起こすためである.このような病態を免疫再構築症候群(immunereconstitutionsyn-drome:IRS)と称しており,全身的には帯状疱疹や非定型抗酸菌症,サイトメガロウイルス(cytomegalovi-rus:CMV)感染症などがある.なお,英語表記としてはimmunereconstitutioninammatorysyndrome,immunereconstitutiondis-ease,immunerestorationdisease,paradoxicalreac-tionなども用いられている.疫再構築症候群発症の血漿中HIV-RNA量が10万コピー/mm3以上,末梢血中CD4陽性Tリンパ球数が50/mm3未満と,HIVが盛んに増殖し,著しい免疫不全状態にある際にHAARTを始めると,IRSを発症しやすい.IRS出現時には,HAARTが効果を奏してHIV-RNA量は減少しCD4数は増加しているのが一般的であるが,CD4数が増えていないこともある.これは,免疫不全といっても免疫細胞の数の減少だけではなく機能の低下も含まれているからで,機能が回復するだけでも炎症反応は起こるようになる.また,炎症局所にリンパ球が集まっているものの,末梢血全体としての数が増えるまでに至っていないことも考えられる.科の免疫再構築症候群抗CMV治療によりCMV網膜炎を鎮静化させた後にHAARTを始めた際に,網膜炎は再燃していないにもかかわらず,硝子体内に多数の細胞が出現してくることがある(図1).これがimmunerecoveryuveitis(IRU)である.片眼性の網膜炎の僚眼には出現しないことから,眼内に残在するCMV抗原に対するIRSと考えられている1).IRUの合併症として後下白内障や胞様黄斑浮腫,網膜前膜,網膜新生血管(図2)などがある.これらは眼内の炎症に伴う続発性のもので,IRSそのものではない.(69)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載監修=木下茂大橋裕一28.ImmuneRecoveryUveitis永田洋一東京大学医科学研究所附属病院眼科サイトメガロウイルス網膜炎を合併したHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染者において,網膜炎を鎮静化させた後に抗HIV療法を行った場合,眼底病変は再燃していないのに硝子体中に多数の細胞が出現してくることがある.これは,眼内に残在するサイトメガロウイルス抗原に対して,再構築された免疫機能により過剰な炎症反応が生じたためである.図1Immunerecoveryuveitis硝子体中に多数の細胞が出現している(徹照法による撮影).———————————————————————-Page2486あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010なお,CMV網膜炎を合併していないHIV感染者にHAARTを開始すると,IRSとして新たにCMV網膜炎が発症することがある.断IRSの診断においては,すでに認識されている感染症の予測されうる臨床経過としての症状や薬の副作用としては説明できないことがポイントとなる2).それを踏まえて,IRUでは眼底病変は鎮静化しているものの硝子体に細胞が増えてきた場合をもって臨床的に診断される.ただし,CMV網膜炎でも前房や硝子体に細胞は軽(70)度みられるので,単に細胞の存在だけでIRUと判断してはならない.他の原因によるぶどう膜炎や薬剤による副作用などを除外することが必要である.CMV抗原血症(アンチゲネミア)は診断根拠にはならない.療無治療で改善する軽症例から,重篤な視力障害を生じる重症例までさまざまである.黄斑浮腫や新生血管に対しては,原因となっている過剰な免疫反応を抑制するためにステロイド薬の投与を行う.全身投与では他の日和見感染症の誘発が問題となるので内科医との連携が不可欠である.Tenon下注射などの局所投与ではCMV網膜炎の再燃をきたす危険性があるので慎重な経過観察を要する.おわりにHIV感染症以外でも,白血病に対する造血幹細胞移植後に同様のぶどう膜炎が生じることが報告されている.IRSやIRUに関しては,まだ未解明の部分が多く,診断や治療も確立していないため,今後の研究の進歩が期待される.文献1)ShelburneSA3rd,HamillRJ:Theimmunereconstitutioninammatorysyndrome.AIDSRev5:67-79,20032)KaravellasMP,AzenSP,MacDonaldJCetal:ImmunerecoveryvitritisanduveitisinAIDS;clinicalpredictors,sequelae,andtreatmentoutcomes.Retina21:1-9,2001☆☆☆図2乳頭新生血管長期にわたるimmunerecoveryuveitisにより生じたが,ステロイド薬のTenon下注射により消退した.

緑内障:緑内障と脳血流:Alzheimer病との関連

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104830910-1810/10/\100/頁/JCOPY正常眼圧緑内障(NTG)では正常対照者に比べて,微小脳梗塞や脳梁体萎縮の程度が有意に高いと報告されている1).さらに,緑内障,ことにNTGにおいて片頭痛の頻度が高いという報告2)や,逆に片頭痛患者の視野異常が初期緑内障のそれに類似しているという報告があり3),片頭痛の直接的原因である脳血流障害と緑内障との関連が示唆されてきた.一方,認知症の一種であるAlzheimer病(AD)では緑内障の合併率が高く,その合併例では視野障害の進行が速いと報告されている4).内障と脳血流異常緑内障では中大脳動脈の血流速度が対照に比べて低値であり,高酸素下で本来低下するはずの反応がみられなかったと報告されている5).頭頂葉,側頭葉など,この中大脳動脈の灌流域の血流低下をきたすと考えられているのがADの初期であることを考え合わせ,NTGにおける脳血流異常の有無を正常対照と比較検討した6).NTG31例と年齢を合致させた正常対照18例に対して,SPECT(singlephotonemis-sioncomputedtomography)を施行し,脳血流の視覚的評価と定量を行った.前者は正常型,AD型(図1),その他の3つに分類し,後者は3DSRTというソフトを用いて頭頂葉,側頭葉,後頭葉など12領域の血流値を求め,小脳に対する各領域の比を算出した.その結果,NTGでは正常型39%,AD型23%,その他39%であり,頭頂葉などで正常対照に比して有意な低下がみられた.さらに,2年以上経過を追えた22例のうち,AD型では低眼圧がより多く,視野病期の進行がより速かった.内障に対する認知症治療薬の効果わが国で広く使用されている抗AD薬・塩酸ドネペジルが網膜神経節細胞に対して保護作用を有するというinvitroおよびinvivoの実験結果が報告されている7)ことから,筆者らはAD型脳血流障害を示したNTGのうち同意の得られた症例に同薬を投与し,Humphrey視野MD(meandeviation)値,脳血流,視神経乳頭血流などの経過を観察した8).6カ月までの検討では,非投(67)●連載118緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也118.緑内障と脳血流:Alzheimer病との関連杉山哲也大阪医科大学眼科正常眼圧緑内障(NTG)と中枢神経異常との関連についての報告を踏まえ,NTG患者の脳血流を調べた.約4分の1の症例でAlzheimer病型・脳血流異常を認め,それらの症例では眼圧がより低く,視野障害の進行がより速かった.認知症治療薬がNTG治療に奏効する可能性があることを自験例での結果を基に論じた.正常型AD型上方からの立体図矢状断図1脳血流の正常型(上段)とAlzheimer病(AD)型(下段)AD型では側頭葉・頭頂葉の血流低下を認める.———————————————————————-Page2484あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010与対照症例で有意なMD値悪化を認めたのに対して,投与症例ではMD値,脳血流,視神経乳頭血流とも有意に改善し(視野と脳血流について典型例を図2,3に示す),自覚的に見え方が改善した症例もあった.眼圧は両群とも有意な変化はなかった.12カ月までの経過では,2dB以上のMD値上昇を認めた症例が40%あり,少なくとも一部の症例では奏効する可能性が示唆された9).より多数例での検討が必要であるが,今後承認されるほかの認知症治療薬についてもNTG治療への応用について検討の余地があると考える.(68)文献1)StromanGA,StewartWC,GolnikKCetal:Magneticres-onanceimaginginpatientswithlow-tensionglaucoma.ArchOphthalmol113:168-172,19952)CursiefenC,WisseM,CursiefenSetal:Migraineandtensionheadacheinhigh-pressureandnormal-pressureglaucoma.AmJOphthalmol129:102-104,20003)McKendrickAM,VingrysAJ,BadcockDRetal:Visualeldlossesinsubjectswithmigraineheadaches.InvestOphthalmolVisRes41:1239-1247,20004)BayerAU,FerrariF,ErbC:Highoccurrencerateofglau-comaamongpatientswithAlzheimer’sdisease.EurNeu-rol47:165-168,20025)HarrisA,ZarfatiD,ZalishMetal:Reducedcerebrovas-cularbloodowvelocitiesandvasoreactivityinopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol135:144-147,20036)SugiyamaT,UtsunomiyaK,OtaHetal:Comparativestudyofcerebralbloodowinpatientswithnormal-ten-sionglaucomaandcontrolsubjects.AmJOphthalmol141:394-396,20067)MikiA,OtoriY,MorimotoTetal:Protectiveeectofdonepezilonretinalganglioncellsinvitroandinvivo.CurrEyeRes31:69-77,20068)吉田由紀子,杉山哲也,池田恒彦ほか:正常眼圧緑内障に対する塩酸ドネペジルの効果.臨眼61:1437-1441,20079)YoshidaY,SugiyamaT,UtsunomiyaKetal:Apilotstudyfortheeectsofdonepeziltherapyoncerebralandopticnerveheadbloodow,visualelddefectinnormal-tensionglaucoma.JOculPharmacolTher(inpress)R投与前MD値(dB)MD値(dB)-8.51L-1.42投与3カ月後-7.96-1.26投与6カ月後-4.57+0.27図2塩酸ドネペジル投与前後のHumphrey視野変化(典型例)投与後,左右とも網膜感度の改善を認めた.治療前6カ月後図3塩酸ドネペジル投与前後の脳血流変化(典型例)治療前に認めた血流低下部(黄色矢印)が,投与6カ月後には明らかに改善した.

屈折矯正手術:LASIKの長期経過

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104810910-1810/10/\100/頁/JCOPY1990年にDr.Pallicalisによって考案されたLASIK(laserinsitukeratomileusis)は,現在に至るまで,屈折矯正手術の主流である.LASIKの長期成績は海外からも多く報告されており,その安全性はほぼ確立されつつある1,2).筆者らは1997年からLASIK手術を導入し,長期にわたる術後観察を続けている.今回は,筆者らの施設におけるデータを用いて,LASIKの長期的な経過を述べてみたい.果今回の対象を表1に示す.各観察年の症例数は異なり,年数が増えるにつれて症例数は少なくなっている.また,経過の良好なケースは概して定期検査には来ないことが多く,正確な全症例のデータではないことを書き(65)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載119監修=木下茂大橋裕一坪田一男119.LASIKの長期経過荒井宏幸みなとみらいアイクリニックLASIK(laserinsitukeratomileusis)における長期経過を報告した.術後9年間の経過では,裸眼視力は低下傾向を認めたが,屈折値にはそれほど大きな低下を認めなかった.術後9年目で約80%が満足しており,長期においても安定した効果を認めた.初回のLASIK手術時には残存角膜厚に十分な余裕が必要と思われた.表1対象抽出条件年齢18歳以上術前矯正視力1.0以上Target正視初回LAISK症例(カスタムは除く)エンハンスメントも含め,5年以上観察症例数男性:546例1,037眼女性:422例807眼合計:968例1,844眼年齢34.4±8.7歳(18~69歳)手術期間1997年10月14日~2004年08月18日照射量Sph5.62±2.29D(0~12D)Cyl0.92±0.77D(0~7.5D)SE(標準誤差)6.08±2.34D(0.5~12D)観察期間2,228.8±451.7日01.31(1M)1Y0.101.001.32Y1.240.06(術前)3Y1.224Y経過日数裸眼視力1.215Y1.166Y1.037Y1.018Y1.029Y0.89図1裸眼視力の経緯術前10-1-2-3-4-5-6-71W1M-6.14-0.10-0.08-0.11-0.19-0.23-0.23-0.29-0.44-0.10-0.51-0.700.100.003M6M1Y2Y3Y4Y5Y6Y7Y8Y9Y経過日数等価球面(D)図2自覚屈折の経緯1M3M6M1Y■:2段階低下■:1段階低下■:変化なし■:1段階改善■:2段階以上改善2Y3Y4Y5Y6Y7Y8Y9Y10090807060504030201001.91.40.90.70.30.511.212.70.91.111.710.77.36.57.69.19.512.313.514.218.914.972.773.775.976.675.673.871.971.57371.668.768.112.713.315.215.71615.916.714.311.811.210.614.91.10.90.60.50.50.70.90.70.70.31.1変化分布の割合(%)図3矯正視力の変化の推移———————————————————————-Page2482あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010添えておく.裸眼視力の経緯を図1に示す.術後5年までは,ほぼ安定しているが,6年目以降はやや低下傾向が認められる.自覚屈折の経緯を図2に示す.先述の裸眼視力とは異なり,屈折は経過を通じてほぼ安定していた.これは,軽度近視の状態としては安定しているものの,裸眼視力としては低下の傾向を示しており興味深い.矯正視力の変化を図3に示す.8年目以降に1段階の矯正視力低下の割合が若干増加しているが,全経過を通じてほぼ安定した結果であった.最終観察時の高次収差を図4に示す.全高次収差は0.632μmであり,正常眼の平均的な高次収差である0.3μmに比べ増加していた.今回の対象にはwave-front-guidedLASIKは含まれておらず,高次収差の増加は現在のwavefront-guidedLASIKよりも大きいと思われた.今回,満足度のグラフは示していないが,術後1年における満足群は89.7%,不満群は10.3%であり,術後9年における満足群は80.8%,不満群は19.2%であった.エンハンスメント率であるが,全1,844眼中481眼であり26.1%であった.また,全経過を通じてエクタジアと診断した症例は9例で0.04%であった.このうち術前検査を現在の精度で行った場合に,円錐角膜として診断可能な例を除くと0.02%であった.察今回示したデータは,エキシマレーザー・マイクロケラトーム・術者などの要素は統一していない.アイトラッキングもない時代のLASIKも含まれている.したがって,結果そのものはあくまでも目安であり,現在行われているLASIKは今回の結果よりも良いデータが得られるものと思われる.Alioらの報告では,10年間の経過観察でのエンハンスメント率は約20%とされており,過矯正・低矯正・regressionなどへのすべてのエンハンスメントを合計すると4~5人に1人の割合になる点で一致している2).自覚屈折は長期にわたりほぼ安定はしているが,わずかな近視化傾向は認められる.眼鏡やコンタクトレンズと同様にLASIKにおいても,生理的な近視化を止めることはできない.わずかな屈折の近視化が裸眼視力における加速度的な低下を招くのは,やはりLASIK眼の明視域が狭いことの裏付けであろうと思われた.術後の高次収差は増加しているものの,満足度には大きな影響もなく,現在行われているwavefront-guidedLASIKであれば,術後長期における満足度においても,もう少し良い結果が期待できるのではないかと推察する.日進月歩の屈折矯正手術であるが,LASIKそのものは安全で効果的な手術である.しかし長期的な観点に立てば,生理的な近視化は回避できない.将来的に裸眼視力の低下がみられた場合にも,エンハンスメントが可能な程度の角膜厚を確保して手術計画をつくらなければならない.文献1)PallikarisIG,PapatzanakiME,StathiEZetal:Laserinsitukeratomileusis.LasersSurgMed10:463-468,19902)AlioJL,MuftuogluO,OrtizDetal:Ten-yearfollow-upoflaserinsitukeratomileusisformyopiaofupto10diopters.AmJOphthalmol145:46-54,2008(66)☆☆☆全高次収差MS(μm)様収差コマ収差0.630.70.60.50.40.30.20.100.380.49図4最終観察時の収差(術前には高次収差を測定していないため参考データとして)n=280,SE=5.97D.

多焦点眼内レンズ:多焦点眼内レンズ度数決定法

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104790910-1810/10/\100/頁/JCOPY多焦点眼内レンズ(IOL)は,失った調節力を補うことを目的としており,患者は術後に眼鏡を必要としない状況を期待して選択する.このため度数ずれにより,裸眼視力が不良となった場合,患者の不満が生じやすい.よって従来の単焦点IOLよりも,より正確な度数計算が求められている.本稿では,多焦点IOLの度数決定における留意点について概説し,さらに度数ずれを減らす手段について述べたい.多焦点IOLの度数ずれの許容範囲は?多焦点IOLは無限遠点より平行光線として入射する光線を2つに分配し,結果としてレンズから遠位と近位の2つの焦点をつくる.レンズから遠位の焦点が網膜面上に正確に位置するようなIOL度数が,理想的な度数であり,これにより,正視ならびに目標とする近視(4D近用加入IOLの場合,眼鏡度数で約3.2Dの近視となる)を兼ね備えた状態を獲得できる.しかし実際は,理想どおりとはならず,度数ずれを生ずることが多い.自験例(n=54)でも0.51.0Dの度数ずれを生じていた.では,良好な遠方および近方の裸眼視力を得るためには,どのくらいまでの度数ずれが許容されるのであろうか?図1は自験例での度数ずれと裸眼視力の関係である.度数ずれが0.5Dまでは裸眼および近方視力ともに良好であるが,0.5D以上ずれると両者ともに低下する.どこまで許容できるかは各個人の受け止め方によって異なるため,許容範囲を厳密に定めることはできないが,筆者は視力0.8以上を目標とするならば,度数ずれは0.5D以内が望ましいと考えている.度数ずれは遠視側,近視側のどちらが優位か?IOLの度数計算の結果が必ずしも理想どおりにならないことは前述した.それでは度数ずれが生ずるのを受け入れるとして,近視側,遠視側どちらへのずれが視機能上,優位なのであろうか?単焦点IOLの場合,術後に遠視になることを避け,軽度の近視を目標にすることが多い.これは遠視となった場合,眼前のどこからの光も網膜に焦点を結ばないのに対し,近視の場合は,遠方視力は落ちるものの,眼前にピントの合う点が存在するた(63)●連載④多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子4.多焦点眼内レンズ度数決定法大谷伸一郎宮田和典宮田眼科病院患者は,術後に眼鏡を必要としない状況を期待して,多焦点眼内レンズを選択する.手術後,度数ずれにより裸眼視力が不良となった場合,不満へとつながりやすい.術後満足度の観点から,多焦点眼内レンズの度数計算は,単焦点眼内レンズ以上の精度が問われており,度数計算手段のさらなる向上が求められている.1.41.21.00.80.60.40.20.0<0.250.25~0.5度数ずれ(D):遠方裸眼視力:近方裸眼視力術後裸眼視力>0.5図1度数ずれと術後裸眼視力の関係度数ずれが0.5Dまでは裸眼および近方視力ともに良好であるが,0.5D以上ずれると両者ともに低下する.視力0.8以上を目標とするならば,度数ずれは0.5D以内が望ましい.近視側への度数ずれ遠視側への度数ずれ図2度数ずれの違いによるハローへの影響夜間のハローは,遠方の光源からの入射光の一部が,多焦点IOLの近用部分の働きによって網膜面の前方で結像し,網膜面ではボケ像となるために生ずる.近視側にずれた場合,このボケ像がさらに大きくなるのに対し,遠視側にずれた場合は小さくなるため,遠視側にずれたほうが視機能への悪影響が少ない.———————————————————————-Page2480あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010めである.しかし多焦点IOLの場合は,単焦点IOLとは事情が異なり,遠視側が良いとされる.その理由は近視側にずれた場合,近点の位置が適切な距離(理想的な近点)よりも近くなるため,実用上,きわめて不便となるが,遠視側にずれた場合,近方視力は低下するものの,代わりに中間距離の物体の画像が鮮明となるためである.ちなみに遠方視力は遠視側,近視側どちらにずれても同程度の低下をきたす.遠視側を優位とする他の理由として,夜間のハローへの影響があげられる(図2).夜間のハローは,遠方の光源からの入射光の一部が,多焦点IOLの近用部分の働きによって網膜面の前方で結像し,網膜面ではボケ像となるために生ずる.近視側にずれた場合,このボケ像がさらに大きくなるのに対し,遠視側にずれた場合は小さくなるため,遠視側にずれたほうが視機能への悪影響が少ない.度数ずれを減らすためには,どうすれば良いか?IOL度数ずれの原因として,角膜屈折力の測定誤差,眼軸長の測定誤差,IOL度数計算式の精度などが考えられ,それに対し多くの対策が試みられている.角膜屈折力に対しては従来のケラトメータによる測定のみに頼るのではなく,角膜トポグラフィや角膜後面曲率も測定可能である前眼部解析装置の利用が,眼軸長に関しては,従来の超音波式のみに頼るのではなく,光干渉方式の利用が可能となった.IOL度数計算式に関しては,世代交代により精度の向上が図られ,現在では第3世代とされるSRK/T式が広く使われるようになった.しかし,これらの試みにもかかわらず,残念ながら度数ずれは生じている.特に近年,症例数が増加してきたLASIK(laserinsitukeratomileusis)後の白内障手術時のIOL度数計算において大きな度数ずれを起こすことが知られている.その理由としてLASIKによる角膜前面形状の変化による影響がある.たとえば,近視矯正LASIK後の場合,角膜中央部がフラット化していることが,角膜屈折力の測定誤差,角膜前房深度の予測誤差を生み,結果としてIOL度数ずれをひき起こす1).多焦点IOL挿入症(64)例の多くは健常角膜であるため,角膜前面形状による影響はないと筆者らは考えていた.しかし実際は,健常角膜でもその前面形状に大きなばらつきがあることがわかり,IOL度数ずれの原因の一要素として認識する必要がある(図3).近年登場した光線追跡を用いたIOL度数計算ソフトOKULIXR2)は,角膜前面形状の影響を受けにくく,LASIK後の白内障手術後に有用とされているが,多焦点IOLの度数ずれ減少の対策としても有用であると期待している.患者の術後満足度の観点から,多焦点IOLの度数計算は,単焦点IOL以上の精度が問われる.しかし精度向上の努力むなしく,度数ずれの症例は存在しうる.このような症例に対し,信頼関係を保ち,無用なトラブルを招かぬよう,度数ずれの可能性や対策について十分なインフォームド・コンセントが重要であることは論をまたない.文献1)魚里博,舛田浩三:屈折矯正手術後の眼内レンズパワー計算の問題点.眼臨94:354-356,20002)PreussnerPR,WahlJ,LandoHetal:Raytracingforintraocularlenscalculation.JCataractRefractSurg28:1412-1419,2002☆☆☆離心率眼数(眼)0510152000.20.4-0.4-0.20.60.825-0.6n=108図3健常角膜における角膜前面形状(離心率)のばらつき健常角膜においても,角膜前面形状(離心率)のばらつきは大きい.離心率:角膜前面形状の指標であり,中央部が周辺部よりatの場合は1<離心率<0,球面の場合は0,中央部が周辺部よりsteepの場合は0<離心率<1となる.

眼内レンズ:再発性の白内障術後Descemet膜剥離

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104770910-1810/10/\100/頁/JCOPYDescemet膜離は,現在完成の域に達している超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)の際にも生じうる合併症で,特に角膜切開創など限局した範囲におけるDescemet膜離は散見される.しかしその多くは経過観察にて自然治癒するが,まれに拡大し,適切な処置を怠ると,水疱性角膜(61)症に陥ってしまうことがある1).Descemet膜離の要因は器具の出し入れ,粘弾性物質や灌流液の前房内注入時の誤注入,切れないメスの使用など,物理的に離させてしまうことが多く23),浅前房例に生じやすい.また潜在的要因としては,角膜実質-Descemet膜の接着異常を生じるような角膜疾患を西村栄一昭和大学藤が丘病院眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎284.再発性の白内障術後Descemet膜離Descemet膜離は,頻度はまれだが,必ず生じる白内障術中合併症である.広範囲に生じている場合は放置すると水疱性角膜症に陥るリスクがある.特に再発性,進行性,両眼性に生じている場合は,角膜実質とDescemet膜の接着異常が潜在している可能性があり,早急な診断,適切な処置を選択することが重要である.図1右眼術中Descemet膜離写真灌流吸引時に,10時から3時領域の角膜が混濁を生じた.Descemet膜が反転,離が確認された(矢印).左眼手術時にも慎重な操作を心がけたが,灌流吸引時にDescemet膜離を生じた.図2手術終了前の前眼部写真手術終了時,角膜下方領域(○の範囲)は清明であるが,それ以外の領域は浮腫を認め,Descemet膜離を生じていると思われる.前房内空気注入を行い,手術を終了した.図3術後角膜浮腫とDescemet膜離術後徐々にDescemet膜皺襞,角膜浮腫が増強し(a:右眼,b:左眼),術後3週目の診察時に,確認しにくいが右眼にDescemet膜離の再発を認めた(c).左眼は一部清明な部分が残存する(〇部分)も,全周性に浮腫を認めた.しかしDescemet膜離は確認できなかった(d).acbd———————————————————————-Page2合併している場合に生じやすく,糖尿病合併症例にも多いといわれている.物理的な離は,前房内気体注入術により復位することが多く,場合によっては経過観察のみで自然治癒することもある.しかし再発性,両眼性,術後進行性に生じる場合は潜在的に角膜実質-Descemet膜の接着異常の存在が強く疑われ4),早急な処置が必須となる.術前のスペキュラマイクロスコープで変化のない症例に生じることもあり,角膜に何らかの変化を認める場合は,Descemet膜離を生じた場合の対処法を念頭において手術を施行したほうがよい.術中にDescemet膜離を生じた場合は,Descemet膜から離れた位置で慎重に手術操作を行う.術中,明らかな二重前房を生じるとは限らないため,手術顕微鏡下では発見が遅れてしまうことがある(図1).切開部やサイドポートから部分的に反転するDescemet膜を認め,そこから連続する角膜浮腫,混濁を認めた場合(図2)は,Descemet膜離の拡大の可能性があるため,手術終了時に前房内気体注入を施行して終了したほうがよい.術後のDescemet膜離は,高度の角膜実質浮腫を生じている場合,初期変化を見逃しやすい(図3).術後は細隙灯顕微鏡検査を慎重に行い,可能であれば超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)や前眼部解析装置などの補助診断も併用し,早期診断に心がける.確定診断がついたら,再発性,両眼性,進行性のDescemet膜離は角膜実質-Descemet膜の接着が弱く,自然治癒の可能性が低いため,速やかに処置を行うことが重要である.まずは前房内空気注入を選択する.しかし広範囲なDescemet膜離の場合は,気体の吸収に伴い,再発することがある.再発を生じたら速やかに再処置を行う.くり返し生じる場合はより強いタンポナーデ効果を期待し,ガス(SF6,C3F8)の前房内注入を行う.ガスは膨張しやすく,濃度の調整が必須であり,術前処置として散瞳剤の点眼,虹彩切開を行い,処置後は仰臥位を指示する.複数回のガス注入でも接着が得られない場合のみ,Descemet膜縫着術を選択するが,本手技は煩雑である.広範囲なDescemet膜離を生じた場合,角膜周辺部に皺を残した状態,Descemet膜の欠損部を残した状態で治癒することも多い(図4)が,視機能に影響することは少なく,経過観察をする.再発を生じた症例は,角膜内皮細胞の減少を生じることがあり,角膜移植を念頭においた長期的な経過観察が必要である.文献1)MarkleyTA,KeatesR:DetachmentofDescemet’smem-branewithinsertionofanintraocularlens.OphthalmicSurg11:492-494,19802)佐々木洋:デスメ膜離.臨眼58:28-33,20043)冨田真智子,榛村重人:白内障手術時のDescemet膜離の対処法について教えてください.あたらしい眼科22(臨増):200-203,20054)KansalS,SugarJ:Consecutivedescemetmembranedetachmentaftersuccessivephacoemulsication.Cornea20:670-671,2001ab図4術後8カ月時の前眼部写真角膜周辺部にDescemet膜の皺が残存する(矢印)が,角膜中央部は清明な状態を維持している(a:右眼,b:左眼).角膜内皮細胞密度は右眼2,593→934,左眼2,463→619(個/mm2)に減少した.

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法 ボシュロム メダリスト マルチフォーカル(2)-High add処方のケース-

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104750910-1810/10/\100/頁/JCOPY今回は使用している遠近両用ソフトコンタクトレンズ(SCL)の見え方に不満が出てきた患者に,ボシュロムのメダリストマルチフォーカル(MD-MF)を高加入度数のHighaddで処方したケースを解説する.ース1:利き目にLowadd,非利き目にHighaddを処方症例:54歳,女性.事務職.主訴:1年前からMD-MFを使用しているが,最近,近くが見づらくなってきた.CL経験:SCL6年.検査所見:利き目は左眼,近方矯正加入度数+2.25D.遠方:RVA=0.05(1.2×5.50D)LVA=0.05(1.2×5.25D)近方:RVA=0.2(1.2×3.25D)LVA=0.2(1.2×3.00D)使用中のCL:MD-MF.レンズ規格:R)9.0/4.50Lowadd/14.5L)9.0/4.25Lowadd/14.5遠方:RVA=0.8×CL(1.5×0.25D)LVA=1.2×CL(1.5×0.25D)BVA=1.2近方:BVA=0.6遠近両用SCL処方経過:使用中のMD-MFの利き目の遠用度数を下げ,非利き目の加入度数をLowaddからHighaddにしてテスト装用させた.レンズ規格:R)9.0/4.50Highadd/14.5L)9.0/4.00Lowadd/14.5遠方:RVA=0.7×CL(1.0×0.25D)LVA=1.0×CL(1.5×0.50D)BVA=1.0近方:BVA=0.91週間のテスト装用の結果,遠方の見え方はほとんど変わりがなく,近方は見やすくなり,処方に至った.考察:MD-MFはLowaddとHighaddを左右眼に装用しても違和感の少ない光学部のデザイン(図1)であるため,両眼にLowaddでは近方視が不良の場合には,非利き目だけのHighaddへの変更で対応できることが多い.ケース1では両眼にLowaddを1年使用(59)して近方視への不満が出て,利き目をLowadd,非利き目をHighaddに変更して処方が成功している.ース2:利き目にLowadd,非利き目にHighaddから両眼Highaddに処方変更症例:58歳,女性.無職(主婦).主訴:6年前から使用している遠近両用SCLで裁縫時に針の穴が見えなくなってきた.CL経験:SCL39年.検査所見:利き目は左眼,近方矯正加入度数+2.00D.遠方:RVA=0.06(1.2×6.00D)LVA=0.05(1.2×5.75D)近方:RVA=0.1以下(0.8×4.00D)LVA=0.1以下(0.8×3.75D)使用中のCL:頻回交換遠近両用SCL(二重焦点型,中心光学部遠用,同心円5層構造).レンズ規格:R)8.50/5.25add+2.50/14.2L)8.50/5.25add+2.50/14.2塩谷浩しおや眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法310.ボシュロムメダリストマルチフォーカル(2)─Highadd処方のケース─近用度数遠用度数Lowadd(加入度数:~+1.50D)Highadd(加入度数:~+2.50D)図1メダリストマルチフォーカルの光学部度数分布Lowaddは光学部全体がなだらかな累進構造で度数の急激な変化がなく,遠用球面度数の変更の影響が少ない.Highaddは光学部の中心付近に大きな度数変化がある.———————————————————————-Page2476あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)遠方:RVA=1.0×CL(n.c.)LVA=0.5×CL(0.9×+0.25D)BVA=1.2近方:BVA=0.5遠近両用SCL処方経過:加入度数を利き目にLowadd,非利き目にHighaddのMD-MFを選択した.レンズ規格:R)9.0/5.00Highadd/14.5L)9.0/5.25Lowadd/14.5遠方:RVA=0.6×CL(1.2×1.00D)LVA=0.9×CL(1.2×0.25D)BVA=1.0近方:BVA=0.51週間のテスト装用の結果,遠方は前と同じくらいに見えたが,近方の見え方に不満が残ったため,利き目の加入度数もHighaddに変更した.レンズ規格:R)9.0/5.00Highadd/14.5L)9.0/5.25Highadd/14.5遠方:RVA=0.6×CL(1.2×1.00D)LVA=0.9×CL(1.2×1.00D)BVA=0.9近方:BVA=0.8遠方は少しだけ見づらく感じたが.生活するうえで支障はなく,近方はよく見えるようになった.考察:一般的に遠近両用SCLで針の穴のような小さいものまで見やすくすることは難しい.しかしケース2のように遠近両用SCLの見え方に慣れ,遠方視を重視しない生活環境の患者では,MD-MFの近用光学部のデザイン(図1)の特性から,両眼にHighaddを使用することで対応できる場合もある.ース3:両眼にHighaddを処方症例:57歳,男性.事務職.主訴:6年前から使用している頻回交換遠近両用SCLで近方が見づらくなってきた.CL経験:SCL12年.検査所見:利き目は左眼,近方矯正加入度数+2.50D.遠方:RVA=0.1(1.0×3.50D)LVA=0.1(1.0×3.50D)近方:RVA=0.8(0.9×1.00D)LVA=0.9(1.2×1.00D)使用中のCL:頻回交換遠近両用SCL(二重焦点型,中心光学部遠用,同心円5層構造).レンズ規格:R)8.50/3.25add+2.50/14.2L)8.50/3.25add+2.50/14.2遠方:RVA=0.8×CL(1.0×0.50D)LVA=0.8×CL(n.c.)BVA=1.0近方:BVA=0.6遠近両用SCL処方経過:両眼に加入度数LowaddのMD-MFを選択した.レンズ規格:R)9.0/3.25Lowadd/14.5L)9.0/3.50Lowadd/14.5遠方:RVA=1.0×CL(1.2×0.25D)LVA=1.2×CL(better×0.25D)BVA=1.2近方:BVA=0.41週間のテスト装用の結果,近方が見やすくならなかったため,両眼の加入度数をHighaddに変更した.レンズ規格:R)9.0/3.25Highadd/14.5L)9.0/3.50Highadd/14.5遠方:RVA=0.7×CL(1.0×0.50D)LVA=0.9×CL(better×0.25D)BVA=1.0近方:BVA=0.6近方が見やすくなり,患者の満足が得られた.考察:他の種類の遠近両用SCLからMD-MFに変更する場合,MD-MFは光学部のデザイン(図1)の特性から低加入度数のLowaddで対応できることが多い.そのためMD-MFの処方では,両眼にLowaddからテスト装用し,状況によってLowaddとHighaddの組み合わせにする.それでも対応が困難な場合に両眼をHighaddに変更することが基本である.遠方を重視する患者では最初から両眼にHighaddを処方すると遠方の見え方に不満が出る場合が多い.ケース3は近方を重視する生活環境のため,両眼ともLowaddからHighaddに変更しても処方が成功したものと考えられる.

写真:固定内斜視と眼瞼下垂によって生じた糸状角膜炎

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104730910-1810/10/\100/頁/JCOPY(57)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦311.固定内斜視と眼瞼下垂によって生じた糸状角膜炎北澤耕司横井則彦京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学図1前眼部写真眼瞼に隠れた角膜の領域に角膜糸状物を認めた.図3外眼部写真本症例でみられた眼瞼下垂.図4本症例でみられた固定内斜視眼球は内下転している.①②図2図1のシェーマ①:点状表層角膜炎.②:ilament.———————————————————————-Page2474あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)糸状角膜炎とは,角膜表面に糸状の構造物が付着する慢性の角膜疾患である.糸状物は,硝子棒で角膜と糸状物の付着部位を擦過することで簡単に除去されることが多いが,単に除去するだけでは容易に再発する.したがって,完治させるためにはその発症に関与する基礎疾患を明らかにしてそれを治療する必要がある.角膜糸状物の発症に関与する疾患としてはドライアイ,上輪部角結膜炎,眼手術後,眼瞼下垂,固定斜視,糖尿病,緑内障点眼薬などがある.〔症例〕87歳,女性.左眼の痛みを主訴に受診した.左眼は高度近視を伴う弱視眼であり,矯正視力は眼前手動弁であった.左眼は内下転しており,眼球運動障害を伴っていた(図4).撮影されたMRI(磁気共鳴画像)(図5)においては,左側に明らかな眼窩内病変は認められなかったが,強度近視により眼球は拡大しており,かつ,内転位で固定された状態で,眼位異常は後天固定内斜視と考えられた.また,本症例では固定内斜視に加えて眼瞼下垂を伴っており(図3),角膜糸状物は眼瞼に隠れる形で存在していた(図1).過去の報告によれば,固定内斜視で角膜糸状物が発症することが知られ1),さらに,角膜糸状物が眼瞼下垂に伴う可能性,および,それが眼瞼下垂手術によって完治しうる可能性が示されている2).したがって,本症例では,それら2つのリスクが同時に加わることによって,角膜糸状物がより発症しやすい状態にあったものと考えられる.糸状角膜炎の発症メカニズムとして,角膜上皮の障害とムチンの蓄積が必須であり,それぞれを同時に生じうる基礎疾患において角膜糸状物が発症するというメカニズムが提唱されている.しかし,最近,筆者らは,角膜糸状物の構成成分を免疫組織学的手法で調べ,ムチン,角膜上皮細胞のみならず,炎症細胞や結膜上皮細胞も構成成分3)としてみられたことから,瞬目によって角結膜上皮が束ねられるメカニズムや炎症も糸状角膜炎の発症に必須の要素と考えている.すなわち,本症例では,固定内斜視に眼瞼下垂が加わったことで,角膜の内側と眼瞼との間でより長時間摩擦を生じやすくなり角膜糸状物が発症するようになったのではないかと推察した.筆者らの施設でも,眼瞼下垂を伴う角膜糸状物に対して,積極的に眼瞼側からの治療を行っており,良好な成績を収めている.本症例は眼瞼と角膜糸状物発症との関係を示唆する一例と考えている.文献1)GoodWV,WhitcherJP:Filamentarykeratitiscausedbycornealocculsioninlarge-anglestrabisms.OphthalmicSurg23:66,19922)KakizakiH,ZakoM,MitoH,IwakiM:Filamentarykera-titisimprovedbyblepharoptosissurgery:twocases.ActaOphthalmolScand81:669-671,20033)TaniokaH,YokoiN,KomuroAetal:Investigationofthecornealilamentinilamentarykeratitis.InvestOphthalmolVisSci50:3696-3702,2009図5本症例の眼窩および頭部のMRI所見強度近視により拡大した眼球を認め,眼球は内転位に固定された状態である.