———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104930910-1810/10/\100/頁/JCOPY情報の秘匿性インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.Web2.0の文化が浸透することにより,インターネット上には莫大な情報量が蓄積されました.ただ,医療情報の数量は,他の分野の情報量からみると非常に限定的です.それは,Wikipediaの単語数から推察することができます.2010年3月26日時点で,Wikipediaの総単語数は,664,335に対し,医療・ヘルスケアに関連する単語数は約8,000にすぎません1,2).その背景には,情報発信者である医療者が,新鮮な医療情報を主に学会や論文に持ち寄ることが理由にあげられます3).ただ,医療情報も徐々にではありますがその量を増やしています.それは,今までに紹介してきたさまざまなサイトの登場からも明らかです.これは,インターネットによる情報革命が医療界に寄せる影響と考えられます.最近のインターネットの潮流には,莫大な情報を属性によって分類し,検索しやすくする動きがあります.これは,利用者の立場からすれば当然の流れといえます.インターネット上の情報は,法律,医療,美容,健康,経営などに分類され,図書館や本屋での陳列棚のように細分化されます.以前に紹介した,患者が体験情報を持ち寄るTOBYO(http://www.tobyo.jp/)や,健康情報に特化した検索エンジンをもつ,画期的なイスラエルの健康相談ポータルサイトiMedix(http://www.imedix.com/)は,その潮流にある先駆的なサイトです.この流れはウェブ情報の専門店化と表現できます.医療情報以外に,インターネット上に載りにくい,つまり,情報革命の影響が限定的な情報はほかにもあります.その例として,「研究開発情報」「知的財産」があげられます.各企業・研究機関の研究開発情報は,そのグループ内でのみ共有される特徴があるため,インターネット上には,ごく一部,おそらくプレスリリースされたものしか掲載されません.その秘匿性は,医療情報との共通点といえそうです.研究開発情報や知的財産がインターネットで応用されている事例は,インターネットと医療情報との融合にさまざまな可能性をもたらすことを示唆します.インターネットは,人と人を繋ぎます.人と情報を繋ぎます.開発情報や知的財産という秘匿性の高い情報が,どのようにインターネット上で流通しているのでしょう.他業種でのインターネットの活用方法は,必ず医療界に形を変えて応用されます.臨床レベルでも活用される時代がくるでしょう.知的財産の共有工業所有権情報・研修館という,経済産業省所管の独立行政法人では,知的財産促進事業を行っています.中小企業や大学などの研究機関がもつ特許を大企業が採用する,大企業で眠っている特許を中小の企業が活用する,という知的財産の流通を知的財産流通アドバイザーという専門家が担っています.その知的財産の流通促進に一役買っているのが,特許電子図書館というインターネット上で,誰でもがアクセスできる知的財産のデータベースです.たとえば,「眼科」というキーワードで検索すれば3,776件の特許と実用新案がヒットします.「硝子体」で検索すると581件ヒットします(2010年3月26日現在).パソコンとネット環境さえ整えば,容易に特許情報を検索することができます.この利便性は臨床現場に応用できるはずです.疾患情報,薬剤の副作用情報,疾患の処方ノウハウなどのデータベースができれば,どれだけ臨床の助けになることでしょうか.インターネットに繋がる端末さえあれば,稀な疾患への対処法が,多忙な外来の合間に検索すること(77)インターネットの眼科応用第15章 医師の知的財産とインターネット武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑮———————————————————————-Page2494あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010ができます.産業界には,特許情報をインターネット上で共有する情報基盤があります.医療界にも,医療情報を共有する情報基盤の登場が待たれます.研究開発のマッチング研究開発に関する情報は,医療情報と同じくグループ内の「秘伝」として伝承されがちです.しかし,その「秘伝」をインターネット上にオープンにして共有することで,自社内で解決できない問題を解決することができます.アメリカのMassachusetts州に本社を置くInnoCentive社が運営する,InnoCentiveというきわめてユニークなサイトがあります(図1).このサイト内には,「Solver」とよばれる研究者が175カ国12万人所属しており,「Seeker」とよばれる企業が出題する「問題」を解決すれば,懸賞金を手にすることができます.成功報酬型の研究費といえるでしょうか.Solverには懸賞金目的の研究者もいますが,腕試しにチャレンジする研究者が多いようです.積み重ねた研究内容あるいはノウハウが,ある企業の問題を解決して産業的価値を生み出す,というきわめて社会的価値の高い「出会い系」サイトです.実例を紹介します.P&Gという食品会社では,2005年より米国で1枚1枚のポテトチップスに,スポーツや音楽などに関するクイズや豆知識などを印刷した「プリングルズ・プリンツ」を販売しています.ですが,ポテトチップスの1枚1枚に絵や文章を印刷する技術は当初,P&G社内には存在していませんでした.食用のインクなどの基礎技術から研究開発に着手すると,相当な投資と時間が必要となります.そこで,彼らはInno-Centiveという社外の群衆ネットワークに答えを求めたのです.その結果,イタリアの大学教授が経営する小さなパン屋の技術を利用して,すみやかに食用色素や印刷技術を会得して製品改良を行い,ヒット商品を生み出しました.一方でSolverは,問題を解決すると,数千ドルから10万ドルの懸賞金を受け取ります.InnoCentiveで眼科に関する問題を検索しましたが,2010年3月26日時点では,残念ながら1件もヒットしませんでした.InnoCentiveはそもそも,2001年に製薬企業内で始まったプロジェクトですので,ライフサイエンスに関するテーマが多いようです.いずれ,眼科疾患に関する問題が出題されるかもしれません.(78)企業と研究者のマッチングだけでなく,研究者同士のマッチングも大きな社会的価値をもちます.研究者同士でノウハウを共有できれば,お互いの研究の効率性が向上します.研究に従事する医師は,臨床業務を兼任することが多く,時間の制約を受けるため,効率性はきわめて重要です.研究室内だけでなく,同一学内や,学外のネットワークで,お互いの問題を解決する場があれば,きわめて有用です.このようなネットワーク作りにインターネットは最適です.Web2.0のキーワードは「共有」です.情報,経験,時間の共有ができるインターネット空間は,臨床研究医にとって魅力的です.「この実験系の最も効率の良い抗体は何でしょう?ご存知ですか?」きっと,その問いの答えは,インターネットの向こうにあります.【追記】NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvc-japan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E7%B5%B1%E8%A8%882)中尾彰宏:第3回日本遠隔医療学会WEB医療分科会「遠隔医療におけるWEBの役割」,20093)武蔵国弘:「インターネットの眼科応用」第13章医師の,医師による,医師のための,インターネット会議.27:217-218,20104)http://japio.or.jp/00yearbook/les/2009book/09_1_09.pdf図1InnoCentiveのホームページ