あたらしい眼科Vol.27,No.6,20107970910-1810/10/\100/頁/JCOPYThinClientという考え方インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.インターネットを用いて,情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.私は,インターネットのさまざまな医療での応用事例を紹介してきました.インターネットの特徴を表現すると,「繋ぐ」「共有する」という言葉に集約されると考えています.近年,クラウドコンピューティングという言葉をしばしば耳にするようになりました.これは,インターネットを通じて,アプリケーションソフトを「共有する」という仕組みです.2006年8月9日,GoogleのCEOであるエリック・シュミット氏が,米国カリフォルニア州サンノゼ市で開催された「検索エンジン戦略会議」(SearchEngineStrategiesConference)のなかで「クラウドコンピューティング」と表現したことが最初とされます.「クラウド」は「雲」を意味し,インターネットを表現するのに「雲の形」にたとえることに由来しています1).従来は,パッケージで購入したワープロや表計算などのアプリケーションソフトを自分のパソコンにインストールして利用していましたが,クラウドコンピューティングは,これらをすべてインターネットに接続して利用する仕組みです.どんなアプリケーションソフトも含みます.医療に関係する専門ソフトの例をあげますと,医事会計ソフト,予約システム,画像管理システム,電子カルテなどが臨床の現場で使われていますが,これらすべての医療ソフトもクラウドコンピューティングによって,購入せずに利用することが,理論上は可能です.クラウドコンピューティングは,「ThinClient」という考え方から歴史的に捉えることができます.コンピュータの利用形態は,徐々に,集中処理から分散処理へと進歩しました.「ThinClient」とは,利用者が使う端末(Client)の機能をできるだけ簡略化(Thin)する,という考え方です.歴史的にみると,コンピュータの利用形態は以下のように進歩しました.クラウドコンピューティングはその最新の形態です.1.メインフレーム全盛期の集中処理2.クライアントとサーバーを分けて,サーバーにデータを集約させる分散処理3.インターネットを用いた,ネットワーク中心の処理形態4.世界中のユーザーがサービスを受ける,クラウドコンピューティング前述した,医療関連のソフトの多くは,第2段階の分散システムであり,医療のIT化が遅れていると,指摘されても仕方ありません.クラウドコンピューティングの世界では,インターネット上に用意されたアプリケーションソフトを利用しますので,パソコンには,ディスプレイ画面とキーボードとネット接続ツールだけで十分です.タッチパネルの出現で,キーボードすら必要のない時代になり,さらにThinClientは加速していくと予想されます.クラウドコンピューティングの展望と課題今号では,クラウドコンピューティングの光と影のうち,「光」の部分にスポットを当てて紹介したいと思います.クラウドコンピューティングの世界では,ユーザーはデータセンターを所有せず,データセンターが提供しているサービスを利用することができるようになります.データセンターは,インターネットを通じて膨大な数のユーザーによって共有されていることになります.これにより,ユーザーはデータセンターのもつ性能を低コストで利用できます.「アプリケーションソフトの所有からレンタルへ」と(83)インターネットの眼科応用第17章クラウドコンピューティングと医療①武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑰798あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010いうことが,クラウドコンピューティングの本質です.従来のソフトは,常に,何か変更する場合は,追加費用が発生していましたが,クラウドコンピューティングが普及した環境では,事業者がどんどん最新の技術に更新するため,追加費用なく最新の技術を利用できます.今後,インターネットは,電力や上下水道,公共交通機関,金融システムなどと同様に,社会基盤の一つになるといわれており,ソフトバンク代表取締役社長の孫正義氏はインターネットにアクセスする権利(情報アクセス権)を,自由権,参政権,社会権に並ぶ基本的人権の一つである,と述べています2).また,孫氏は,「光の道構想」のなかで,国費を投入することなく国内の全世帯のメタル回線を光ファイバーに置き換え,電子教科書や電子カルテを無料で提供できることをアピールしています3,4).医療の現場に電子化を求める動きはこれからも強くなるでしょう.電子化によって,医療が効率化する可能性は否定しませんが,現在のように病院側に個別に情報システムを構築させるやり方では,病院側の負担は大きく,しかもシステムの陳腐化が早く,国内のシステムの標準化すらできていません.これは,社会的にみると,大きな無駄遣いといわざるをえません.システム会社ばかりが収益を上げる現在の仕組みは,医療費の削減に繋がらず,体力のない医療機関を排除する選別方法にしかなりません.厚生労働省は医療情報のクラウドコンピューティングサービス(以下,医療クラウドと表現します)を開発しないのでしょうか?この社会システムが整備されれば,医療機関は医療事務ソフトなど,さまざまなアプリケーションを導入する必要はなく,システムの維持や更新に悩むこともなく,電子カルテ化をすぐにでも実現できます.利用料は無料同然に安く設定すれば普及も早まるでしょう.医療システムのクラウド化は,医療者にとって良いことばかりのようにもみえますが,当然,クリアすべき問題も抱えています.医療クラウドの課題については,次号以降で紹介します.ThinClientの応用事例①私が有志とともに運営する,医師限定のインターネット会議室「MVC-online」も,ThinClientの潮流のうえにあります5)(図1).MVC-onlineは,SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)というシステムを医療者向けに使いやすくカスタマイズしています.SNSは,ソフトをパソコンにダウンロードすることなく,アクセ(84)スした人がサイト内で情報を共有し発信できます.SecondLifeとよばれる仮想空間の交流サイトが登場した際,SNSの次世代ツールとよばれました.が,こちらは普及しませんでした.SecondLifeは,独自のソフトをパソコンにダウンロードする必要があり,パソコンの仕様によっては作動しません.ThinClientの流れに逆行するサービスは時代に残らないと考えます.逆に,Twitterとよばれるミニブログは,その簡便性と,時間を共有できる,という2つの特徴をもち,芸能・政治の分野で用いられるなど,その存在を確立させました.インターネットの進化の方向性に合致しているものは世の中に普及します.ThinClientの応用事例②インターネットを通じて電子カルテを利用できるサービスは,セコム医療システム株式会社が提供する,「セコム・ユビキタス電子カルテ」が代表的です.医療のインターネット化を推進するならば,ThinClientというコンセプトは重要です.この電子カルテは先駆的な試みですので,その普及には注目しています.電子カルテは購入して所有する時代ではなく,レンタルする時代になるでしょう.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%89%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B02)http://www.ustream.tv/recorded/68802773)http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100514_367092.html4)http://d.hatena.ne.jp/skymouse/20100517/12740597405)http://mvc-online.jp図1MVC.onlineのトップページ