0910-1810/10/\100/頁/JCOPYが,実際にLHON の未発症の保因者(ミトコンドリアDNA 点突然変異保有者)を長期にわたって経過観察すると,重篤な視力低下をきたす数カ月前から,眼底で視神経乳頭の発赤腫脹(図1)あるいは微細血管の拡張蛇行(microangiopathy)や大血管の蛇行(macroangiopathy)を呈するものがしばしばみられる.この時点ではこれらの患者はまったく視機能障害の自覚はなく,その後数週間から数カ月して軽度の「眼のかすみ」を訴えるようになる.このような自覚症状出現時には視力・視野はじめに視神経疾患といえば,急性の重度の視力障害や視野障害(たとえば中心暗点や半盲など)で発症し,「眼のかすみ」を主訴に受診することはないと考えておられないだろうか.確かに,脱髄性や特発性の視神経炎,動脈炎性前部虚血性視神経症などでは急性かつ重症の視力障害で発症し,「眼のかすみ」といったあいまいな訴えで受診することはまずない.しかし,視神経に関する疾患のなかでも表1 に示すような実に多くの疾患が亜急性あるいは非常に緩徐な視機能低下で発症する.本稿では,このような視神経疾患のなかでも代表的なもののいくつかの特徴と鑑別の要点について解説する.I遺伝性視神経症1. Leber 遺伝性視神経症(Leber hereditary opticneuropathy:LHON)LHON は母系遺伝でミトコンドリア遺伝子の3460,14484,11778 番塩基対などを主とする点突然変異を基盤とし,多くは青壮年の男性に両眼性に重篤な視力障害で発症する疾患である.しかし,視力は進行性に悪化し最終視力予後が不良なため,2 次,3 次の医療機関を受診する際にはほとんどの症例で0.1 以下の高度の視力低下をきたしている.そのため,急性の重度の視力障害で発症するという誤まった情報が成書にもしばしば記載されている.確かにLHON のなかには初診医療機関受診時には高度の視力低下と中心暗点を訴えるものもある(53) 191* Osamu Mimura:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕三村治:〒663-8501 西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室特集●眼のかすみ あたらしい眼科 27(2):191.195,2010眼のかすみを起こす疾患(7)視神経疾患Diseases with Blurred Vision(7):Optic Neuropathies三村治*表 1 亜急性あるいは非常に緩徐な視機能低下で発症する視神経疾患遺伝性視神経疾患Leber 遺伝性視神経症優性遺伝性視神経症(OPA-1)圧迫性視神経症甲状腺性視神経症鼻性視神経症動脈瘤による圧迫性視神経症視神経および視神経近傍の炎症高齢者の抗アクアポリン4 抗体陽性視神経炎視神経周囲炎乳頭血管炎虚血性視神経症非動脈炎性前部虚血性視神経症外傷性視神経症小児の外傷性視神経症中毒性視神経症エタンブトール中毒性視神経症シンナー中毒栄養欠乏性視神経症192あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (54)れで0.1.0.7 程度のことが多い.視野では中心暗点,盲中心暗点,中心視野感度低下をきたすものからGoldmann視野ではまったく異常を検出できないものまでさまざまであるが,通常周辺視野は正常に保たれる.対光反射はLHON と同様視力低下の程度から想像されるよりも良好である3).診断は眼底検査で境界鮮明なわずかの耳側蒼白を伴う軽度の視神経萎縮を示すものから乳頭全体の陶器様蒼白萎縮までさまざまな両眼性の視神経萎縮を示すこと,両親のいずれかに視神経萎縮を認めることから行う.II圧迫性視神経症1. 甲状腺性視神経症甲状腺眼症での自己免疫性炎症はおもに球後の眼窩脂肪と外眼筋に対して起こる.外眼筋の炎症ではリンパ球浸潤を伴う著明な腫脹がみられるが,全外眼筋が侵されると狭い空間である眼窩先端部で腫脹した外眼筋が視神経を直接圧迫あるいは血流を阻害し,圧迫性視神経症を発症する.通常視力低下は緩徐であり,他の症状(眼球はごく軽度の障害で,限界フリッカ値(CFF)もそれほど低下していない.その後亜急性または緩徐進行性に視力は低下をはじめるが,対光反射は高度の視機能障害を起こすまでほぼ正常のままである.そのため,LHONの発症時の診断はなかなかむずかしく,ときには心因性視力障害と診断されることすらある.エビデンスのある治療法がなく,多施設疫学研究で視力低下と喫煙・中等度以上の飲酒との関連が証明されている1)ことからも,早期の乳頭の発赤腫脹やmicroangiopathy をみた時点で,せめて喫煙・飲酒は控えさせ,コエンザイムQ10(CoQ10)などの服用を勧めるべきであろう.2. 優性遺伝性視神経症(dominant optic atrophy:DON)常染色体性優性遺伝でOPA-1 遺伝子によるが,浸透率はそれほど高くない2).視力障害は幼児期に発症すると考えられるが,乳幼児では視力低下を訴えないため通常は3 歳児検診や就学児検診で発見される.しかし,幼児期以降にも視神経萎縮が進行することがあり(極端な報告では10 歳以前の発症は58%にすぎないとするものもある),その際にははっきりとした視力低下ではなく,明確に発症時期を特定できない「眼のかすみ」を訴えて受診する.視力はLHON ほど極端に低下することはま図 1Leber 遺伝性視神経症の21 歳男性の左眼眼底写真すでに視神経乳頭は高度に発赤しているが視力,Goldmann視野は正常で,隅界フリッカ値(CFF)のみわずかに反対眼より低下していた.図 2 甲状腺視神経症の眼窩冠状断MRI にみられた眼窩先端部のapical crowdinga:T1 強調像,b:T2 強調像.ab(55) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010193ば急性に視力障害をきたすこともあるが,通常は緩徐に進行し,最初は軽度でその症状に動揺があるため「眼がかすむ」と訴えることもしばしばである.眼底では多くは初期には視神経乳頭は正常であり,放置すれば徐々に視神経萎縮に至るが,画像診断を行えば診断は容易で副鼻腔開放術を行えば症状は速やかに消失する.3. 動脈瘤による圧迫性視神経症高齢者ではしばしば視朦を訴えても,白内障などの中間透光体の混濁やオリエンテーション不良のためとされ,十分な検索が行われないことがある.そのなかの一つが動脈瘤によるもので,しばしば上方からの圧迫により視力・視野障害をきたすことがある.図4 は視朦を白内障のためとされて手術を行ったが,視力が改善せず原因不明のまま放置されていたケースである.対光反射と突出,眼瞼腫脹,兎眼性角膜炎,眼球運動障害,複視など)が前面に出るため,かなり進行するまで視力障害を訴えないことがある.眼底では視神経乳頭は軽度発赤腫脹していることが多いが,正常なこともある.視野は中心部の比較暗点や不規則な狭窄を示し,放置すれば徐々に中心視野の消失に至る.診断には眼窩の冠状断MRI(磁気共鳴画像)がきわめて有効で,狭い眼窩に外眼筋が混み合うapicalcrowding(図2)がみられる4).甲状腺性視神経症の治療は2008 年の欧州内分泌学会と甲状腺学会の合同委員会(EUGOGO)でのコンセンサス5)でほぼ結論が得られている.EUGOGO によれば,副腎皮質ステロイドのパルス療法が最も有効で,かつ副作用も少ない(1 回の総量プレドニゾロン換算8 g までは安全)方法であり,まずパルス療法を行い,改善しない場合に眼窩減圧術を行う.意外と知られていないことであるが,甲状腺眼症による圧迫性視神経症では発症からかなり長期間(1 カ月以上)経過してからもパルス療法で視力の改善が得られることがあり,甲状腺視神経症をみた場合には,たとえ発症から長期間経過していようと治療時期を失したと考えずにまずパルス療法を行うべきである.2. 鼻性視神経症視神経と副鼻腔は解剖学的に隣接し,特に後部篩骨洞,蝶形骨洞は視神経管内および球後視神経に影響を及ぼしやすい.以前は蝶形骨洞の外側上方へ発育した後部篩骨洞蜂巣であるOnodi 蜂巣の炎症の波及による視神経炎と考えられていた時期もあったが,現在ではCT(コンピュータ画像診断),MRI などの画像診断の進歩によりその大部分が副鼻腔の粘液.腫(mucocele),膿.腫(pyocele)の圧迫による圧迫性視神経症であることが判明している6).原因となる副鼻腔.腫のほとんどは以前の副鼻腔手術に続発した術後性副鼻腔.腫であり,問診が非常に重要であるが,まれに原発性副鼻腔.腫(図3)による鼻性視神経症もみられる.鼻性視神経症では.腫内容による圧迫であるため,初期には症状が体位(頭位)の変換によって変化したり,日内変動を示すことがある..腫内に急激に化膿が進め図 3 原発性副鼻腔.腫(白矢印)による左鼻性視神経症の軸位断MRI図 4動脈瘤による圧迫性視神経症の冠状断CT 再合成画像194あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (56)しかし,幼小児では視力・視野障害を訴えないことが多く,眼球損傷がなく軽度の視機能障害であれば外傷性視神経症と診断することは困難である.特に眉毛外上方に打撲による皮下出血や挫滅創のない場合(図5)には見逃されることがほとんどである.このような症例では他覚的には対光反射や swingingflash light test をみること,自覚的には左右眼を交互に遮閉し,左右の明るさを答えさせることで診断可能である.おわりに視神経疾患も他の疾患と同じく軽症から重症までさまざまな症状を呈する.視神経疾患だからといって,必ず重度の視力低下や中心暗点をきたすわけではない.軽度の「眼がかすむ」程度の視朦を訴える患者も多い.また,シンナー中毒患者ではシンナー吸引の発覚を怖れ,実際に行動に不自由するまで視力障害を訴えないことすらある.さらに視神経疾患であるから当然高度の視力障害で突発すると誤解されているLeber 遺伝性視神経症のような疾患もある.視神経疾患を見逃さないためにも,軽度の視朦だからといって,視神経疾患を初めから否定するのではなく,その存在を念頭に置いて対光反射の確認と限界フリッカ値の測定を行い,視神経乳頭の観察を念入りに行うことが重要である.限界フリッカ値を測定しさえすれば早期診断の可能性があったと考えられる.IIIその他の視神経疾患1. 視神経周囲炎青壮年から高齢者に軽度の視朦で発症し,しばしば眼痛を伴う.一般に視力障害は高度ではなく,半数で1.0以上であり,中心視野もほとんどの患者で保たれる.以前は眼底所見などから梅毒によるものなどが多く報告されているが,画像技術の進歩に伴い疾患概念が変化し,MRI で視神経周囲の輪状の造影効果がみられるものとして再認識されるようになり,サルコイドーシスや原因不明のものが増加している7).治療としては,副腎皮質ステロイドの投与を行い反応は良好であるが,減量に伴い20.30%で再燃がみられる.2. 乳頭血管炎厳密には視神経疾患ではないが,眼底では視神経乳頭に所見を認めることからここに含める.基礎疾患のない若年者の片眼の軽度の霧視や視朦で発症する.一般に視力はほとんど障害されず,視野検査では一過性のMariotte盲点の拡大のみである8).眼底検査では視神経乳頭が境界不鮮明で発赤腫脹し,乳頭周囲の網膜静脈の蛇行,拡張や,網膜の小出血などを伴う.ときに.胞様黄斑浮腫を認め,持続するものでは視力予後が不良である.血管炎が原因と考えられるため,副腎皮質ステロイドの内服投与(30 mg/日)が行われることが多いが,実際に有効であるとの明確なエビデンスはない.加療しなくても一般に視力予後良好で,6 カ月から1 年の経過観察で自然に消退し,再発もみられない.3. 小児の外傷性視神経症外傷性視神経症は介達性外力による視神経障害で,その多くは眼窩外上壁を強打することにより,眼窩骨に作用した外力が蝶形骨小翼の視神経管付近に集中することによる.多くは重症であり,成人では外傷の既往があり視力障害を訴えれば診断を誤ることはない.図 5幼児にみられた右外傷性視神経症眉毛外上方でなく眉毛下方の外傷がある.(57) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010195roid 18:334-346, 20086) 絵野亜矢子:鼻性視神経症.新臨床神経眼科学増補版(三村治編),p32-33,メディカル葵出版, 20047) Purvin V, Kawasaki A, Jacobson DM:Optic perineuritis:clinical and radiographic features. Arch Ophthalmol119:1299-1306, 20018) Oh KT, Oh DM, Hayreh SS:Optic disc vasculitis. GraefesArch Clin Exp Ophthalmol 238:647-658, 20009) 三村治:外傷性外力による視神経障害.日本医事新報4133:18-23, 200310) Gupta AK, Gupta AK, Gupta A et al:Traumatic opticneuropathy in pediatric population:early intervention ordelayed intervention? Int J Pediatr Otorhinolaryngol 71:559-562, 2007文献1) Kirkman MA, Yu-Wai-Man P, Korsten A et al:Geneenvironmentinteractions in Leber hereditary optic neuropathy.Brain 132:2317-2326, 20092) Shimizu S, Mori N, Kishi M et al:A novel mutation inthe OPA1 gene in a Japanese family with optic atrophytype 1. Jpn J Ophthalmol 46:336-340, 20023) Bremner FD, Tomlin EA, Shallo-Hoffmann J et al:Thepupil in dominant optic atrophy. Invest Ophthalmol Vis Sci42:675-678, 20014) 三村治:甲状腺眼症.日眼会誌 113:1015-1030, 20095) Bartalena L, Baldeschi L, Dickinson A et al:ConsensusStatement of the European Group on Graves’ Orbitopathy(EUGOGO)on management on Graves’ orbitopathy. Thy-Ⅰ神経眼科における診察法・検査法Ⅱ視路の異常〔1.視神経障害/ 2.視交叉およびその近傍の病変/ 3.上位視路の病変〕Ⅲ 眼球運動の異常〔1.核上性眼球運動障害/ 2.核および核下性眼球運動障害/ 3.神経筋接合部障害/4.外眼筋および周囲組織の異常/ 5.眼振および異常眼球運動〕Ⅳ瞳孔・調節・輻湊機能の異常〔1.瞳孔・調節機能の異常/ 2.輻湊・開散機能の異常〕Ⅴ眼窩・眼瞼の異常〔1.眼窩の異常/ 2.眼瞼の異常〕Ⅵその他〔1.心因性反応/ 2.全身疾患と神経眼科/ 3.網膜疾患の接点/ 4.緑内障との接点/ 5.各種検査〕Ⅶ これからの神経眼科〔1.視神経移植と再生/ 2.遺伝子診断と治療/ 3.実験的視神経炎/ 4.視神経症の新しい治療法の試み/ 5.膝状体外視覚系/ 6.固視微動の解析/ 7.Functional MRI / 8.Fiber tracking〕新 臨床神経眼科学<増 補 改 訂 版>【編集】三村治(兵庫医科大学 教授)■ 内 容 目 次 ■A4 変型総312 頁写真・図・表多数収録 定価21,000 円(本体20,000 円+税). メディカル葵出版〒113-0033 東京都文京区本郷 2-39-5 片岡ビル5F振替口座00100-5-69315電話(03)3811-0544(代) FAX( 03)3811-0637