特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):29.34,2010A.「山の幸」編シイタケ(b-グルカン)Lentinus edodes(Beta-1,3-Glucan)山田潤*はじめにシイタケはナイアシンやパントテン酸を豊富に含む低カロリー食品であり,水溶性成分のエリタデニンが血漿中のコレステロールを減らすとされている.また,温風と天日で乾燥させた干しシイタケは味わいが増すことに加え,エルゴステロールという成分が紫外線によってビタミンD へと変化するため,ビタミンD の良い供給源として重宝されている.さらに,免疫能を高めてアレルギーを抑制可能であるb -グルカンが,干しシイタケではなく,生シイタケに多く含まれている.シイタケは手軽に入手できる食品であるため,古来よりさまざまな効能・効果が伝えられてきた.西洋医学に親しんできたわれわれにとって,東洋医学的な色合いが含まれている食品類などには一線を引いて接することが多い.ところが実際には,西洋医学の見地からみた効果や機序についての検討がなされているものが少なくない.今回紹介するb -グルカンには基礎研究や臨床試験などによる十分な科学的検証がなされている一方,科学的根拠に乏しいb -グルカン含有健康食品が多くみうけられることに歯がゆさを感じている.良き物を正確に患者さんに薦めるためにも,b -グルカンについての知識を深めていただけたら幸いである.Ib-グルカンが脚光を浴びたわけ古くからシイタケ,アガリクス茸,メシマコブなどの食用茸は免疫機能を増強する働きがあるとされ,煎じて飲むという非常に意味のある行為(後述)などの民間療法がなされてきた.千原,羽室らは椎茸子実体(Lentinusedodes)の成分として含まれているb -1,3/1,6-グルカン「レンチナン(Lentinan)」を単離精製し,癌免疫を増強する働きを有していることをNature 誌などに報告した1,2).その後,手術不能の再発胃癌におけるヒト二重盲検比較臨床治験によって,抗腫瘍薬「レンチナン」の延命効果が世界で初めて立証された.1985 年より抗悪性腫瘍剤(注射薬)として承認され,医薬品として癌患者に処方されている(ただし,経口摂取では効能を示さない).現在,著明なQOL(quality of life)改善,制癌剤の副作用軽減効果と同時に,癌に対する免疫予防効果も期待されている3).レンチナンでの結果をもとにして,シイタケ以外のさまざまなb -グルカン製品が販売されてきたが,科学的根拠が不十分なものがしばしば見受けられる.IIb-グルカンとは化学で習ったように,グルコース分子(C6H12O6)がグリコシド結合で重合した多糖類をグルカン(glucan)とよび,結合の仕方でa -グルカンとb -グルカンに分かれる.a -グルカンはデンプンやトレハロースなどであり,米に含まれているアミロースやアミロペクチン,肝臓のグリコーゲン,乳酸菌のデキストランなどが代表的である.b -グルカンは1,4-グルコシド結合で重合したセルロース(C6H10O5)n が代表的である.また,酵母やカビ類の細胞壁の骨格構造物やキノコ類の多糖成分として存在しているb -グルカンは1,3-グルコシド結合を基軸として1,6-グルコシド結合による側鎖が形成されたb -グルカンである(通常,このb -1,3/1,6-グルカンをb -1,3-グルカンとよぶ)(図1).しかし,基本構造は同じでも1,6 結合で作製された側鎖の長短や側鎖の間の長短があり,分子の形はまったく異なる.たとえば,カビ類から抽出されたb -グルカンでは側鎖が長く,側鎖間も長い.茸類から抽出されるb -グルカンは側鎖が短く,側鎖間も短い(図2).さらに,種に特徴的な高次らせん構造を形成するため,同じ茸類であっても異なる茸では異なった高次らせん構造を示す.マクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞の細胞膜表面にはb -グルカン受容体が存在し,高次らせん構造をしたb -グルカンとb -グルカン受容体とが結合して免疫作用を及ぼす.すなわち,b -1,3-グルカンは免疫増強作用があるといわれてはいるものの,科学的に実証されていない茸の種由来のb -1,3-グルカンでは同様の効果があるかどうかすら不明である.また,b -グルカンには可溶性の多糖として分泌されるものと,細胞壁構成成分由来を代表とする難水溶性のものが存在する.難水溶性b -グルカンに親水基を付けるなどの化学処理を施すとb -グルカンの立体構造が変化するために同じ効果は期待できない.IIIb-グルカンの経口摂取について抗悪性腫瘍剤であるレンチナンは経口投与では効果が得られず,注射薬として使用されてきた.なぜなら,b -グルカンは溶液中で水素結合により会合体(ミセル構造)を形成し,溶液中での粒子径が数百μm の巨大な凝集体となるからである.これは腸管粘膜のパイエル板を通過できない大きさであり,体内に取り込まれることなくそのまま排泄されてしまい,効果発現はほとんど期待できない.レンチナンを経口摂取可能とするため,ナノテクノロジーの手法を用いて,水溶液中で微粒子化安定したレンチナン含有機能性食品(ミセラピストR,味の素製)が開発されている.筆者らはこれを用いてヒト二重盲検臨床試験を行った(後述)(図3).b -グルカン製品ではb -グルカンの純度が議論の一つになっているが,純度だけの比較は無意味である.真に重要なのは,科学的根拠が得られている種類の茸由来b -グルカンが,如何ほど腸管吸収されて,如何ほど効果が得られているかである.ちなみに,古来より使用されてきた摂取方法に「煎じる」という行為がある.b -グルカンは生シイタケを煮ることで抽出でき,その際の粒子径は腸管吸収可能な小ささである.しかし,一旦冷却したり,また,粉末状にしたのちのb -グルカン溶液においてはグルカンが凝集して大きな粒子径を形成してしまう.すなわち,煎じて熱いうちに飲むという古来からの手法には一理あり,熱いうちに飲んで初めて効果が期待できると推測できる.今更ながら,人類の智恵,歴史,経験というものに感心させられる.余談となるが,b -グルカンの味は精製方法によってさまざまのようである.茸類を粉砕しただけのものは土臭さや苦みがある(効果が期待できるb -グルカンの量が不明であることに注意).パン酵母などのb -グルカンは無味無臭といわれている(茸のb -グルカンと構造がまったく異なることに注意).今回筆者が臨床試験に用いたミセラピストR は,生シイタケから高温高圧で抽出したb -1,3-グルカンであり,シイタケのだし汁のような味であった.好き嫌いがあるため,料理に使用するためのレシピが存在していた.医薬品では行われないような努力が各社の製品に垣間見られて面白い.IVb-グルカンによるアレルギーの制御もともと,b -グルカンは癌免疫を上昇させる目的で開発され,延命治療や予防医学を含めた補助療法として用いられている.免疫学的な効果発現機序として,アレルギー応答は抑制されると考えられる.難解な記載とはなるが,効果の機序を簡潔に述べたい.活性化CD4 陽性T 細胞はおもに,T-helper 1 型(Th1)とT-helper2 型(Th2)に分化する.Th1/Th2 バランスは抗原提示細胞の細胞内チオールレドックス状態により制御され,細胞内グルタチオンにおける還元型(GSH)/酸化型(GSSG)のバランスによって調節されている.アレルギーにおいては,アレルゲン曝露によって細胞内チオールレドックス状態が酸化型に傾斜した結果,Th1/Th2 バランスがTh2 に傾斜し,抗体産生やアレルギー応答が増強される.さらに,局所においては抗原提示細胞とT細胞との間でサイトカイン刺激によるTh2 増強ループが形成されてアレルギー応答の増強・維持が生じている.そこで,チオールレドックス状態を還元型に傾斜させるレンチナンを用いた.レンチナンによって細胞内チオールレドックス状態が還元型に傾斜した結果,Th1応答を増強させると同時にTh2 応答を抑制させることが可能である(図4).Th1 応答を増強させる治療においては,アレルギーを根本的に抑制できる可能性をも有しているが,逆にTh1 病は増悪することに注意が必要である.眼科疾患においては角膜移植拒絶反応などがあげられ,実際にb -グルカン服用直後に拒絶反応がみられたこともあるため,移植後の患者さんには薦めて欲しくない療法である.V微粒子化レンチナンを用いたヒト臨床二重盲検試験 実際に,粒子径を経口吸収可能な小さい状態(直径約0.2 μm)のミセル状態で安定させたレンチナン含有機能性食品を用いて眼表面アレルギー疾患の制御を試みた.倫理委員会の承認と文書同意によるインフォームド・コンセントを行った後に二重盲検比較臨床試験を施行した.季節性アレルギー性結膜炎を有しているボランティア60 例を無作為二重盲検法にて2 群に分け,一方にミセラピストR(以下,微粒子化群),他方に微粒子化されていないプラセボb -1,3-グルカン液(以下,プラセボ群)を一日1 回連続2 カ月摂取させた.ともに,b -1,3-グルカンを15 mg 含んでいるものを用いた.自己評価での効果判定では,2 カ月間の服用終了時点(図5),および服用終了2 カ月経過後において有意なアレルギー症状軽減効果が認められた.本臨床効果は末梢血IgE 変化と相関しており,プラセボ群では効果がみられなかったのに対し,レンチナン微粒子化群では服用後4 週と8 週において,有意にアレルゲン特異的IgE/抗原非特異的IgE の減少が認められた(図6).臨床効果との間に相関があるか否かを検討したところ,IgE 減少率と末梢血CD14 陽性単球へのレンチナン結合率に有意な相関がみられた(図7).以上より,レンチナンが単球に結合し,還元型を誘導し,Th2 偏倚を抑制することでアレルギー症状の制御が可能となったと推測している4).この検討におけるもう一つの特記すべき重要な結果は,同量のレンチナンを服用したプラセボ群ではまったく効果が得られなかったことである.30 年以上の昔,レンチナンをマウスに飲ませても効果が得られなかった理由が21 世紀に明らかとなった.大きな粒子径を形成したレンチナンは経口摂取では効果が得られないのである.いま一度,科学的根拠に基づいた基礎医学的,臨床医学的検証の重要性を感じることができた.一般的に,アレルギー疾患に対する治療には抗アレルギー薬や免疫抑制薬が用いられているが,抗アレルギー薬はアレルギー発症機序の末梢部分を抑制する対症療法に近い治療であり,また,免疫抑制薬もアレルギー体質を根本的に改善させる治療とは言い難い.免疫疾患に対する治療は免疫抑制ではなく免疫制御が重要と考えており,中等症以下のアレルギーが罹患患者の大部分を占めている現状において,体質改善を意図した安全かつ安価な治療指針を開発することは妥当な方向性であろうと考えている.おわりに近年,抗加齢医学(アンチエイジング)や老年医学といった分野が脚光を浴びている.加齢という生物学的プロセスに介入を行い,加齢に伴う疾患の発症率を下げることや,健康長寿を目指すといった医学である.加齢に伴いTh1/Th2 バランスはTh2 に偏倚することから,b -グルカンによるTh1/Th2 バランスの補正,すなわち,Th1 偏倚が抗加齢における一つの治療と考えられる.また,予防医学は現在の医学のなかで重要視されている.適切な時期にTh1 環境を強くすることで予防できる病態や疾患が多数みられ,免疫治療・体質改善という治療にも応用できる.癌に対する予防だけでなく,眼疾患においても新生血管や線維化を予防できる可能性が十分考えられ,今後の研究が期待されている.文献1) Chihara G, Maeda Y, Hamuro J et al:Inhibition of mousesarcoma 180 by polysaccharides from Lentinus edodes(Berk.)sing. Nature 222:687-688, 19692) Chihara G, Hamuro J, Maeda Y et al:Fractionation andpurification of the polysaccharides with marked antitumoractivity, especially lentinan, from Lentinus edodes(Berk.)Sing.(an edible mushroom). Cancer Res 30:2776-2781,19703) 羽室淳爾:癌免疫療法剤「レンチナン」の新たなうねり経口レンチナンの誕生.癌と化学療法 32:1209-1215,20054) Yamada J, Hamuro J, Hatanaka H et al:Alleviation ofseasonal allergic symptoms with superfine beta-1,3-glucan:A randomized study. J Allergy Clin Immunol 119:1119-1126, 2007