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インターネットの眼科応用 13.医師の,医師による,医師のための,インターネット会議室

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102170910-1810/10/\100/頁/JCOPY医療情報の上流インターネットがもたらす情報革命によって,医療者よりも医療を受ける人たちのほうが優位に立つ時代になりました.医療に関する情報へのアクセスが容易になり,医療者,医療機関は選抜される対象となりました.インターネットを使って「食事の店を決める」ことと,「病院を選ぶ」際,切実さの差はあるにせよ,検索から行動に移るまでのパターンは同じです.これは,時代の流れであって仕方ありません.われわれ医療者もこの変化に対応しないといけませんが,物販と医療との間には重要な違いが一つあります.それは,医療の質は人気投票だけでは決まらない,ということです.医療の質は,医療者が良い医療を施そうと志す創意によって保たれ,向上されます.では,インターネット上の医療情報はどうやって向上されるのでしょう.インターフェースという観点から考えてみます.現在のインターネット上の情報は,ほとんどのものがキーボードを通して手入力されています.インターネット上には,ただただ,手が動いた痕跡のみが蓄積されます.日本の医師の数は約23 万人,日本の総人口127,767,994 人の約500 分の1 です1).単純計算しますと,インターネットに寄せられる患者発信の医療情報は医師発信の500 倍になります.その一つひとつをわれわれが査読するのは不可能です.さらに今までわれわれは,医療情報を発信する手段として,インターネットをほとんど活用していません.われわれ医師は,医療情報をインターネット上ではなく,どこに持ち寄るでしょう.それは学会であり論文です.医療者は学会というリアルな空間に,最も新鮮な医療情報を持ち寄ります.足を運んで,人の顔を見て得られる情報には,言葉以上に質感や温度を伴います.逆に,このリアルさに触れるためには,時間と場所を共有しないといけないデメリットがあります.学会の神聖性は閉鎖性を生み,医療情報を広める機会の損失となります.ただ,この問題点はインターネットで補完することができます.第7 章で紹介しました「インターネット学会」は時代の流れです2).インターネットは「繋ぐ」達人です.学会に参加できない医師と,学会に集まる医療情報を繋ぎます.また,デジタル情報は蓄積されても場所を必要としません.書庫を必要とせず,検索も容易です.インターネット学会は大いなる利便性を産むでしょう.動画の重要性では,どうすれば,医療者の現場の気概や,創意工夫をインターネット上に残すことができるでしょう.手入力しにくい医療情報を常々発信しているわれわれは,インターネットとどう付き合えばよいのでしょう.文書だけでは,医療者の頭の中にある想いや,繊細な手術手技は表現できません.声で入力,タッチパネルで入力,などの人間の動きと連動するユビキタス入力が可能な社会になれば,より,切実な想いや,漠然としたアイデア,情動,芸術を思わせる手術手技がインターネットのコンテンツとなるでしょう.ただ,そのようなユビキタス社会はもう少し先の話です.現在,アナログな医療情報をインターネットに発信するインターフェースとして,最も効率的な手法が「動画」であると考えます.当然ながら,動画は扱う情報量が多く,アナログな医療情報を容易にデジタル化してくれます.これは,情報圧縮技術の進歩の賜物です.臨床に関する動画を持ち寄り,共有できれば,その社会的価値は非常に大きなものになります.医師の,医師による,医師のためのインターネット空間がこれからの時代には必要です.動画を扱うことで,医療者がプロフェッショナル向けの情報を共有し,臨床の現場に応用するこ(79)インターネットの眼科応用第13章 医師の,医師による,医師のための,インターネット会議室武蔵国弘(Kunihiro Musashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑬218あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010とが容易になります.「Internet conference room ofDoctors by Doctors for Doctors」の創設と育成がこれからの時代には必須です.動画の共有サイトといえば,YouTube が最も有名ですが,YouTube にも眼科領域の手術動画は投稿されています.白内障手術は1,560 件,網膜・硝子体手術は561 件,LASIK 手術は2,950 件がヒットします(2009 年9 月15 日現在).ただ,医療人に限らず誰でも閲覧できることが,将来的には問題になると予想します3).そこで今回は,医師限定でインターネット上で動画を共有し,ディスカッションすることが可能な先鋭的な試みを紹介します.EyetubeEyetube4)はアメリカの眼科医が主宰する動画閲覧サイトです.白内障手術は193 件,網膜・硝子体手術は81 件,角膜手術は40 件がヒットします3).有用な動画コンテンツが多い反面,広告が多いことと,医師に限らず誰でも登録可能な点が問題といえます.SeeTubeSeeTube5)は,MVC-online という医師限定の会員サイト内で,井上眼科病院の德田芳治先生が主宰する白内(80)障手術動画ギャラリーです.この会員サイトは完全招待制ですので,医師であることが担保されている点が特徴です.井上眼科病院における選別された手術動画を音声とともに閲覧し,閲覧者はコメントを投稿することが可能です.【追記】NPO 法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.org までご連絡ください.MVC-online からの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1) http://www.stat.go.jp/data/nihon/02.htm2) 武蔵国弘:インターネット学会.あたらしい眼科 26:1093-1094, 20093) 武蔵国弘,栗山晶治,奥村直毅ほか:インストラクションコース「インターネットを用いた遠隔医療の眼科領域への応用事例」.第63 回日本臨床眼科学会講演抄録,p110,20094) http://www.eyetube.net/5) http://seetube.mvc-online.com/societies/10001図 1Eyetube のホームページ図 2SeeTube の動画☆ ☆ ☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス 81.増殖糖尿病網膜症における再増殖膜の処理法(中級編)

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102150910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに増殖糖尿病網膜症などの眼内増殖性疾患に対する硝子体手術では,初回手術時の膜処理が不完全であったり,術後に多量の出血や高度の炎症をきたすと,再増殖膜が形成されることが多い.再増殖膜はしばしばフィブリン析出を伴い,網膜と強固に癒着していることがあり,その処理に苦慮することがある.●再増殖膜の特徴シリコーンオイル下に形成される再増殖膜については『硝子体手術のワンポイントアドバイス(64)シリコーンオイル下増殖膜の処理(中級編)』に記載したので,今回は通常の再手術時の再増殖膜処理について述べる.硝子体手術後の再増殖膜は,一般に以下のような組織を基盤として形成されることが多い.1)易凝血性の出血2)残存硝子体皮質3)増殖膜の取り残し上記のいずれの場合でも,再増殖膜はフィブリン析出を伴い網膜と面状に強固に癒着していることが多く,初回手術時の増殖膜のように硝子体剪刀が増殖膜と網膜の間に挿入しづらいことが多い1).網膜と増殖膜との茎状の癒着部位(epicenter)も確認しづらい.●再増殖膜の処理法このような場合には,まずピックあるいは硝子体鑷子で膜の一端を浮かし,網膜とのスペースを作製する(図1).その後に水平硝子体剪刀を開閉しながら網膜との癒着を削ぐように.離を進める(図2).Epicenter が確認できれば硝子体剪刀で確実に切断し,不用意な牽引を網(77)膜にかけない配慮が必要である.癒着が緩い症例では大半を硝子体鑷子の牽引のみで.離できることもあるが,このようなケースはむしろ少ない.再手術例では網膜が菲薄化していることも多く,過度の牽引により医原性裂孔を形成する可能性が高いので慎重に操作を進めるべきである.癒着が広範囲な症例では双手法による膜処理が有用である.文献1) 池田恒彦:硝子体手術(3)手技の選択.増殖膜処理.眼科手術 4:604-614, 1991硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載81 増殖糖尿病網膜症における再増殖膜の処理法(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図 1膜処理のきっかけをつくるピックあるいは硝子体鑷子で膜の一端を浮かし,網膜とのスペースを作製する.図 2水平硝子体剪刀での処理水平硝子体剪刀を開閉しながら網膜との癒着を削ぐように.離をすすめる.

眼科医のための先端医療 110.網膜視細胞層の形態変化からわかること

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102110910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに裂孔原性網膜.離や特発性黄斑円孔などの網膜疾患では,硝子体手術により解剖学的治癒が得られても,発症以前の視力には回復せずに視力障害が残存する場合が少なくありません.しかし,細隙灯顕微鏡などによる眼底検査や従来のタイムドメイン光干渉断層計(OCT)では,視力障害の原因を同定することは困難です.スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)は従来のタイムドメインOCT に比べ深さ分解能が向上し高速撮影が可能となったため網膜の層構造,とりわけ網膜視細胞層における外境界膜(ELM)や視細胞内節外節境界部(IS/OS)に相当する高反射ラインの描出力が向上しました(図1).SD-OCT を用いて裂孔原性網膜.離や黄斑円孔術後の黄斑部を撮影することにより,網膜視細胞層の微小形態異常を評価し,術後の視力障害との関連を検討できるようになりました.網膜視細胞層の形態変化1. 裂孔原性網膜.離の場合黄斑.離を伴う裂孔原性網膜.離の術後における中心窩網膜の異常所見として,従来より黄斑前膜や黄斑下液,黄斑浮腫などが報告されていますが,SD-OCT 検査ではさらに中心窩視細胞層におけるIS/OS およびELM の欠損所見を検出できます.筆者らの検討では,術前に黄斑.離を認めた症例ではSD-OCT 検査時の術後視力(logMAR)はこれら異常所見のうちIS/OS およびELM の欠損所見と有意に相関することがわかりました1).なお,中心窩視細胞層の形態はIS/OS およびELM の両者が明瞭に認められるパターン,ELM は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損しているパターン,IS/OS およびELM の両者が欠損しているパターンの3群に分類できます.これら3 群間には視力に有意差を認め,IS/OS およびELM の両者が明瞭に観察された症例では術後視力が最もよく,両者が欠損している症例では(73)◆シリーズ第110 回◆ 眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊若林卓大島佑介(大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学講座)網膜視細胞層の形態変化からわかること図 2裂孔原性網膜.離術後の中心窩視細胞層の経時的変化黄斑.離を伴う裂孔原性網膜.離術後のSD-OCT 所見.症例は63 歳,男性.A: 術後1 カ月.外境界膜(ELM)は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損している(矢頭).黄斑下液も伴っている.視力は0.3.B: 術後約12 カ月.IS/OS の欠損が残存している(矢頭).視力は0.5.C: 術後約36 カ月.IS/OS が回復し欠損が認められなくなった.視力は0.8 に改善.図 1健常眼の2 次元網膜断層像網膜内の層構造が明瞭であり,特に外境界膜(ELM),視細胞内節外節境界部(IS/OS),網膜色素上皮(RPE)の高反射ラインが明確に区別できる.NFL:神経線維層,GCL:神経節細胞層,IPL:内網状層,INL:内顆粒層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,Choroid:脈絡膜.外境界膜(ELM)NFLGCLIPLINLOPLONLChoroid網膜色素上皮(RPE)視細胞内節外節境界部(IS/OS)212あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010最も悪いことがわかりました.SD-OCT 検査を経時的に行うと,初回検査でELM は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損していた症例の約6 割で平均12 カ月の間にIS/OS が完全に回復しました(図2)が,IS/OS およびELM の両者が欠損した症例では回復は認められませんでした.IS/OS は視細胞外節の円盤膜からなる高次構造と視細胞内節の境界に相当し,一方ELM は視細胞核からなる外顆粒層と内節の境界でMuller 細胞の先端部に相当すると考えられています.したがって,IS/OS が欠損しELM が明瞭に認められる所見は,視細胞層の障害が内節および外節レベルに限局していることを示唆しています.IS/OS およびELM ラインの両者が欠損する所見は,視細胞層の障害が細胞核レベルまで及んでいることを示唆していると考えられます.実験的網膜.離の既報では,網膜.離術後に視細胞のアポトーシスや外節の脱落などが生じることが報告されており2.4),SD-OCT におけるIS/OS やELM ラインの欠損は生体内における視細胞層レベルでの障害の違いを反映した所見である可能性があります.ELM が明瞭に観察できた症例ではIS/OS が経過とともに再構成することから,視細胞層レベルでの障害が核まで及んでいない症例では外節が再生される可能性があることを示唆しています.このような症例では術後長期にわたって視力が徐々に改善する可能性があり,視力予後を予測する重要な所見の一つと考えられます.2. 特発性黄斑円孔の場合円孔閉鎖後のSD-OCT による黄斑所見では,グリア細胞の増殖によるとされる中心窩高輝度病変,中心窩.離,視神経線維欠損,視細胞層の障害が認められます5,6).多変量解析を行うと,中心窩視細胞層の障害が術後視力と最も有意に相関することがわかりました.この障害の程度は,IS/OS およびELM の再構築の違いによって3群に分類できます.すなわち,IS/OS,ELM ともに再構築されたA 群,ELM は再構築されたもののIS/OSが欠損したB 群,IS/OS,ELM ともに欠損したC 群です.平均小数視力はA 群とB 群はC 群に比べ有意に良好でしたが,A 群とB 群の間には有意差はありませんでした(図3).このことは,術後早期の視力を予測するうえで,中心窩網膜におけるELM の再構築がIS/OSの再構築よりも重要であることを示しています.さらにこの所見が術後12 カ月の視力とも最も有意に相関しました.円孔閉鎖後の視細胞層での経時的な形態変化をみると,ELM が術後早期に再構築された症例では,当初IS/OS の再構築が不完全であっても術後経過とともに約5 割以上の症例でIS/OS の再構築がみられました6).一方,術後早期にELM が再構築されなかった症例では,グリア細胞の増殖と考えられる中心窩高輝度病変が高率にみられ,IS/OS の再構築はみられませんでした.円孔の閉鎖過程において,ELM の再構築がIS/OS の修復に先行し,形態的な修復に重要な所見である可能性が示唆されます.術後早期にELM の再構築が認められない場合は,円孔閉鎖はグリア細胞で補.される可能性が高く(中心窩高輝度病変),IS/OS の再構築が困難となるだけでなく,視力の改善も不十分となる可能性が考えられます.つまり,黄斑円孔術後早期におけるELM の再構築所見が,その後のIS/OS を含めた中心窩網膜形態修復と視力改善を決定する重要な因子であると考えられます.まとめSD-OCT により従来の検査機器では描出不可能であった微小な網膜病変が非侵襲的に観察可能となり,裂孔原性網膜.離や黄斑円孔術後に残存する視力障害を裏付ける中心窩視細胞層の形態異常を検出することができる(74)*** **-0.20.00.20.40.60.81.01.2術後視力(logMAR)中心窩視細胞層所見IS/OS(+)/ELM(+)(A 群)IS/OS(-)/ELM(+)(B 群)IS/OS(-)/ELM(-)(C 群)図 3黄斑円孔閉鎖後の中心窩視細胞層障害の程度と術後視力IS/OS(+)/ELM(+)=視細胞内節外節境界(IS/OS)と外境界膜(ELM)の両者が再構築されたパターン(A 群).IS/OS(.)/ELM(+)=ELM は再構築されたもののIS/OS が欠損したパターン(B 群).IS/OS(.)/ELM(.)=IS/OS およびELM の両者が欠損したパターン(C 群).SD-OCT による術後3 カ月の検討では,A 群とB 群はC 群に比べ有意に平均視力が良好であるが,A 群とB 群の間には有意差はない.* p>0.05,** p<0.05.(75) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010213ようになりました.網膜視細胞層の構造維持や再構築が視力予後に重要であることから,視細胞障害を最小限にとどめる治療方法の開発が今後の課題であると考えられます.文献1) Wakabayashi T, Oshima Y, Fujimoto H et al:Fovealmicrostructure and visual acuity after retinal detachmentrepair:imaging analysis by Fourier-domain optical coherencetomography. Ophthalmology 116:519-528, 20092) Cook B, Lewis GP, Fisher SK et al:Apoptotic photoreceptordegeneration in experimental retinal detachment.Invest Ophthalmol Vis Sci 36:990-996, 19953) Anderson DH, Guerin CJ, Erickson PA et al:Morphologicalrecovery in the reattached retina. Invest OphthalmolVis Sci 27:168-183, 19864) Sakai T, Calderone JB, Lewis GP et al:Cone photoreceptorrecovery after experimental detachment and reattachment:an immunocytochemical, morphological, and electrophysiologicalstudy. Invest Ophthalmol Vis Sci 44:416-425, 20035) Ko TH, Witkin AJ, Fujimoto JG et al:Ultrahigh-resolutionoptical coherence tomography of surgically closedmacular holes. Arch Ophthalmol 124:827-836, 20066) Wakabayashi T, Fujiwara M, Sakaguchi H et al:Fovealmicrostructure and visual acuity in surgically closed macularholes:Spectral-domain optical coherence tomographicanalysis. Ophthalmology, in press■「網膜視細胞層の形態変化からわかること」 を読んで■最近,新しい画像診断装置が次々と眼科臨床に導入されてきています.新しい画像診断装置は,本来病名診断のために開発されたものですが,治療効果の判定あるいは予測に有用であることがわかってきました.そのなかでも特に著しい成果を上げているのが光干渉断層計(OCT)です.この装置がもつ特長は多くありますが,低侵襲性かつ操作の簡便性は,サンプルの多数収集を格段に容易にしましたし,結果を数値化できる点は,再現性客観性を改善させ,解析精度を飛躍的に向上させました.網膜薬物治療導入において,OCTが果たした役割はこの好例であり,OCT がなければ,治験から承認までははるかに長い時間がかかったといわれています.今回,若林卓・大島佑介先生が紹介されているのは,スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)による視力予後予想に関する新しい試みです.SDOCTは従来型OCT に比べて解像力が大幅に向上しましたが,その性質を利用して従来解析不可能であった網膜視細胞層の微細構造を分類し,その結果から視力予後に重要な所見が発見されました.これは,視力予後という臨床家が最も興味ある点に注目した研究ですが,それだけでなく,その結果には網膜.離による視力障害のメカニズムという疾患の本質的問題とその解明につながる大きな発見が含まれています.現在精力的に行われている網膜神経保護治療などが臨床応用される場合,網膜.離もその対象になる可能性は高いと思います.その際には, 今回得られた知見は適応患者,適応状態や時期を決定するために重要なポイントとなるでしょう.この分野の研究はまだ始まったばかりですが,このような知見の集積が正しい理解を生み,将来の有効な手術法の確立に貢献することは確実であり,これはその先駆けとなる素晴らしい研究といえます.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆ ☆ ☆

眼感染アレルギー:遅発性眼内炎

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102090910-1810/10/\100/頁/JCOPY遅発性とはいつからか? その明確な定義はないが,文献的な調査では術後1 カ月の時点で線引きがなされている(表1)1).すなわち,眼内炎発症時期が術後1 カ月以前の症例では,起炎菌としてグラム陽性球菌が占める割合が多く,一方,術後1 カ月以上の症例では,グラム陽性桿菌であるPropionibacterium acnes が原因菌の最多である.特に,急性炎症をひき起こす黄色ブドウ球菌,腸球菌,緑膿菌は術後1 カ月以上経過後発症例ではまったく分離されず,逆にP. acnes は術後1 カ月以内に発症した眼内炎からは1 例も検出されていない.したがって術後1 カ月を基準として,それ以上経過した後に発症した眼内炎を「遅発性眼内炎」とよび,その代表がP. acnes による眼内炎である.●Propionibacterium acnes とは偏性嫌気性グラム陽性桿菌で,皮膚,口腔,鼻咽頭,腸管などに広く常在している.皮膚では表皮ブドウ球菌とともに主たる常在菌叢をなし,皮脂腺や毛.など嫌気状態にある皮膚深部に多数存在し,毛包管内での炎症は「ニキビ」の原因となる.一方,結膜.および眼瞼縁においてもP. acnes は高頻度に存在している2).嫌気性菌であるP. acnes が結膜.に存在する理由として,結膜の特に円蓋部皺襞内では空気に触れにくいことに加え,常在好気性菌である表皮ブドウ球菌に代表されるcoagulase-negative Staphylococcus が酸素を消費するために嫌気状態になりやすいことが考えられている.●Propionibacterium acnes による眼内炎1986 年にMeisler らによって初めて報告された3).以前から人工関節や人工心臓弁などの人工物移植後にみられる遅発性慢性炎症の原因としてP. acnes が注目されていたが,Meisler らの報告もP. acnes+人工物(眼内レンズ)=遅発性炎症という図式に合致することになり,以来遅発性眼内炎がにわかに脚光を浴びるようになった.しかし,P. acnes がどのように眼内に持ち込まれ,なぜ数カ月の猶予をもって炎症をひき起こすのかについては依然として不明である.恐らく,眼内レンズに付着するなどして持ち込まれたP. acnes は,水晶体.内において抗菌薬の点眼や生体の免疫監視機構から巧みに逃れて細々と生息を続けているが,やがて抗菌薬や抗炎症薬の投与中止とともに菌の増殖や免疫反応が顕性化してくると考えられる.また,後.切開を契機に発症することがあるのも,水晶体.に限局していた菌が,硝子体に播種されるためと推測されている.酸素分圧が低く,さらに抗菌点眼薬の効果が及びにくい水晶体.内はP.acnes にとっては最高の隠れ蓑の役割を果たしているのかもしれない.●臨床症状① 術後1 カ月以降(術後点眼の終了時期に関連?)に(71)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載監修= 木下茂大橋裕一26. 遅発性眼内炎薄井紀夫総合新川橋病院眼科白内障術後1 カ月以上経過した後に発症した眼内炎を広義に「遅発性眼内炎」とよぶ.なかでもPropionibacteriumacnes による眼内炎は,他の起炎菌にはみられない特徴的な所見と経過を有することから狭義にはP.acnes による眼内炎をさして遅発性眼内炎とよぶことが多い.表 1白内障術後眼内炎134 眼の発症時期と起炎菌の関連1)検出菌発症時期術後0.29 日術後1 カ月以上グラム陽性桿菌Propionibacterium acnes 0ツ黴€ 13 グラム陽性球菌 Coagulase-negative Staphylococcus28ツ黴€ 4 黄色ブドウ球菌 18ツ黴€ 0 Streptococcus 属 6ツ黴€ 1 腸球菌 22ツ黴€ 0 その他グラム陽性球菌 6ツ黴€ 1 グラム陰性桿菌緑膿菌 4ツ黴€ 0 その他 17ツ黴€ 10 真菌 3ツ黴€ 1 合計104 眼30 眼210あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010突然虹彩毛様体炎を生じる.Nd:YAG レーザーによる後.切開を契機に発症することもある.② 虹彩毛様体炎は肉芽腫性のことが多く,豚脂様角膜後面沈着物を認める.前房蓄膿がみられることもある.③ 眼内レンズと水晶体.の間にフィブリン様の白色混濁white plaque を認める(図1a).眼内レンズ表面に微細な沈着物を認めることもある(図1b).④ 炎症は抗菌薬やステロイド薬で軽減するが,完全には鎮静化せず,慢性化傾向を示す.⑤ 炎症の遷延化に従って突如硝子体混濁が増強する場合がある.●診断白内障術後1 カ月以降に虹彩毛様体炎を認めた場合に(72)は,内因性ぶどう膜炎とともに常にP. acnes による眼内炎を念頭に臨床経過を追う.水晶体.内にwhiteplaque(図1a)を認めれば遅発性眼内炎が最も疑われるが,初期の軽症例では診断に苦慮することが多い.そこで,抗菌薬とステロイド薬の点眼を行いながら炎症の推移をみるが,遅発性眼内炎の多くが遷延化の後に増悪することを考慮し,ある時点(点眼開始から2.4 週間程度)で検体採取による確定診断を兼ねて手術的治療に踏み切る.●治療① 検体(前房水,水晶体.内炎症物,硝子体液)採取:単に注射針で前房水を採取するのではなく,水晶体.内に限局した菌の増殖を考慮してシムコ針などで水晶体.内の混濁物も採取する.細菌培養に際しては必ずP.acnes を想定して好気性培養に加え嫌気培養も依頼する.② 抗菌薬添加灌流液を用いた前房洗浄+水晶体.内洗浄:急性眼内炎同様に塩酸バンコマイシンと第三世代のセフェム系薬剤(セフタジジムなど)を用いる.アミカシンなどのアミノ配糖体系薬剤はP. acnes には無効である.水晶体.と眼内レンズの癒着が強い場合には,粘弾性物質などを用いて癒着の解離を試みながら水晶体.内を十分に洗浄する.③ 抗菌薬添加灌流液を用いた硝子体手術:硝子体全体に炎症が波及していない場合は前部硝子体切除のみでも構わないが,その場合でも水晶体後.を眼内レンズ径より大きめに切除し,残存水晶体.に対し後方からも十分に抗菌薬が到達するようにする.また,手術終了時には抗菌薬の硝子体内注射を行う.④ 補助療法:急性眼内炎の治療に準じた点眼,結膜下注射,内服,点滴静注などを併用する.文献1) 原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌─Propionibacterium acnes を主として─.あたらしい眼科20:657-660, 20032) Hara J, Yasuda F, Higashitsutsumi M:Preoperative disinfectionof the conjunctival sac in cataract surgery. Ophthalmologica211(Suppl 1):62-67, 19973) Meisler DM, Palestine AG, Vastine DW et al:ChronicPropionibacterium endophthalmitis after extracapsularcataract extraction and intraocular lens implantation. AmJ Ophthalmol 102:733-739, 1986ab図 1遅発性眼内炎前.切開線に沿ってフィブリン様のwhite plaque(白色混濁)がみられ(a),また眼内レンズ表面には微細な沈着物を認める(b).

緑内障:緑内障検診(1)

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102070910-1810/10/\100/頁/JCOPY●緑内障早期発見の重要性日本緑内障学会が岐阜県多治見市で実施した大規模な緑内障疫学調査(多治見スタディ)の結果,40 歳以上の人口における緑内障の有病率は約5%と高いことが判明した1).このうち,正常眼圧緑内障を含む開放隅角緑内障(POAG)の有病率は3.9%,うち93.3%が未発見のままであった2).現在,緑内障は日本人の失明原因の第1位である.緑内障によって障害された視機能障害は回復しないため,緑内障診療では早期発見が重要となる.緑内障を早期に発見できれば早期治療が可能となり,その結果,視野の悪化を遅らせたり,停止することができる.したがって,効率が良く,既存の検診業務に組み入れて実施することが可能な緑内障早期発見スクリーニングシステムを構築することが急務と思われる.● 健康検診受診者を対象とした緑内障検診の実際緑内障早期発見システム構築の基盤となるパイロット(69)●連載116 緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也116. 緑内障検診(1) 石川誠秋田大学大学院医学研究系医学専攻病態制御医学系眼科学講座緑内障によって障害された視機能障害は回復しないため,緑内障診療では早期発見が重要となる.緑内障を早期に発見できれば早期治療が可能となり,その結果,視野の悪化を遅らせたり,停止することができる.したがって,効率が良く,既存の検診業務に組み入れて実施することが可能な緑内障早期発見スクリーニングシステムを構築することが急務と思われる.……………………………………………………………………………………………………………………..最終診断…………………………..2次検診……………………………………………………………………………………………………….1次検診70 代以上10%6%7%60 代5%11%8%50 代4%4% 4%40 代3%0%1%30 代0%5%2%121086420全世代4% 4% 4%緑内障有病率(%)■:男性■:女性■:全体図 1緑内障検診のフロー・チャート1 次検診は秋田県総合保健センター(秋田市)で,2 次検診は秋田大学医学附属病院で行った.図 2性別,年代別の緑内障有病率と95%信頼区間男女ともに,緑内障有病率は加齢とともに増加する傾向にある.208あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010スタディ(小松スタディ)3)の結果を踏まえて,平成19年に秋田市内の健康検診施設において,同様の無散瞳,非接触,非医師による緑内障検診を実施した.緑内障検診を受診した地域住民は710 名(秋田市全人口の0.21%に相当)であった.1 次検診として,非接触型(空気)眼圧計による眼圧測定,Scanning Peripheral AnteriorDepth Analyzer(SPAC)による前房深度測定,ステレオ眼底カメラによる視神経乳頭立体撮影検査,HeidelbergRetina Tomograph II(HRT II)による視神経乳頭解析を行った.いずれの検査も,無散瞳,非接触,非医師によって行った.緑内障が疑われた場合,該当者に案内状を出し,秋田大学医学部附属病院眼科において2 次検診を行った.2 次検診では,細隙灯生体顕微鏡検査,Goldmann 圧平眼圧測定,Humphrey 24-2 視野測定,隅角検査,ultrasound biomicroscope(UBM),視神経乳頭立体撮影を含む眼底検査が行われた(図1).その結果,すべての病型の緑内障の有病率は4.1%,うち86%は正常眼圧緑内障であった.男女ともに,緑内障有病率は加齢とともに増加する傾向にあった(図2).年齢調整したPOAG 有病率は,多治見スタディの(70)結果と統計学的有意差は認めなかった.以前に未発見の緑内障,または緑内障疑い例(今回の有病率4.1%)は,全体の90%を占めていた.健康検診受診者を対象とした緑内障検診は,未発見者をスクリーニングするうえで有用と考えられる.図3 に,今回の検診で発見された緑内障症例の検査結果を示す.文献1) Yamamoto T, Iwase A, Araie M et al:The Tajimi studyreport 2. Prevalence of primary angle closure and secondaryglaucoma in a Japanese population. Ophthalmology112:1661-1669, 20052) Iwase A, Suzuki Y, Araie M et al:The prevalence of primaryopen-angle glaucoma in Japanese. Ophthalmology111:1641-1648, 20043) Ohkubo S, Takeda H, Higashide T et al:A pilot study todetect glaucoma with confocal scanning laser ophthalmoscopycompared with nonmydriatic stereoscope photographyin a community health screening. J Glaucoma 13:531-538, 2007図 3 今回の検診で発見された緑内障症例(62 歳,女性)の眼底写真とHumphrey 視野視神経乳頭陥凹は血管の屈曲点をプロットして求めた. 左眼視野はAnderson-Patella の緑内障性視野基準を満たした.右左0.110.050.170.1C/D=0.73 C/D=0.84右眼左眼

屈折矯正手術:屈折矯正におけるフェムトセカンドレーザーの利用

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102050910-1810/10/\100/頁/JCOPYフェムトセカンドとは千兆分の1 秒であり現在国内で使用可能な4 機種のフェムトセカンドレーザー(以下,FS レーザー)の1 パルス当たりの照射時間は200.800 フェムト秒で,このごく短い時間に二酸化炭素と水からなるガスを組織中に発生させフォトディスラプションにより,数ミクロンの空隙を組織中の任意の深さと位置につくることが可能である.レーザーの波長は1,030.1,060 nm であり,波長の長さから赤外線レーザーに分類される.現在の機種では周波数が60 kHz から1 MHz と高速に連続照射可能であり,より少ないエネルギーでより密にガスを発生させることにより平滑な切開面を作製できる.IntraLase FS-60TM(AMO 社製,図1)では約25 秒で作製可能である.最新の機種ではさらに短い時間で作製可能となっている.国内導入当初のIntraLase(現在の最新のものはAMO 社製)は周波数が15 kHz であり,フラップ作製に60 秒程度要した.当時の筆者の使用感から,現在では患者の負担が大幅に軽減したと考えられる.●マイクロケラトームとの比較1.角膜屈折力が40 D 以下のフラット,あるいは46 D 以上の急峻な角膜形状の場合は,それぞれフリーフラップやボタンホールのリスクがあり,マイクロケラトームの適応には注意と技術を要し,しばしば適応外としていたが,FS レーザーではこのような角膜形状による適応はそれほど重視しなくても作製可能となっている(図2,3).2.マイクロケラトームで作製したフラップの形状は,中央部よりも周辺部が若干厚いメニスカスフラップとなるため,外傷などでフラップに皺が生じた際,治療には上皮を.離して皺を伸ばした後,ソフトコンタクトレンズの上にフラットタイプのハードコンタクトレンズ(67)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載117監修=木下茂大橋裕一坪田一男117. 屈折矯正におけるフェムトセカンドレーザーの利用堀川良高德田芳浩井上眼科病院フェムトセカンドレーザーを用いて角膜表面をシート状に切開することでフラップを作製し,LASIK 手術に応用されはじめ,国内でも5 年以上経過した.フラップ作製時に急激に眼圧を上げる必要がないことから,眼内レンズ挿入眼にも使用しやすく,一般臨床の延長の場でも使用される機会が今後増すことが予想される.図 1IntraLase FS.60(AMO 社製)スタッフが入力データを確認中の様子.図 2 Patient interface(disposable)術眼に直接接触する器具は滅菌パックで1 眼分ごとに用意される.吸 引リングアセンブリ(右上):眼球の強膜に直接陰圧をかけて固定する.ア プラネーションコーン(右下):角膜を直接圧平する器具.→ 図 3レーザーの出力口IntraLase 本体にアプラネーションコーンを装着している.←206あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010を装用するなどの特別な処置が必要となる場合があるが,FS レーザーではフラップの厚さが均一なため,フラップ裏面から皺を伸ばすなどの一般的な処置後,ソフトコンタクトレンズを約1 日装用することで比較的容易に回復可能な場合が多い.3.マイクロケラトームにはなくFS レーザーに特有の術後合併症として,一過性に眩しさを訴えるtransientlight sensitivity syndrome(TLSS)が知られている1).原因として初期の機種でのレーザーの高エネルギー設定が考えられているが,現在の低エネルギー設定での報告はきわめて少ない.治療はステロイドの頻回点眼であるが,合併症の発症時期が術後1 カ月程度経過してからであるために眼瞼痙攣など他の疾患との鑑別も必要である.4.Diffuse lamellar keratitis(DLK)はlaser in situkeratomileusis(LASIK)後早期に生じる無菌性層間炎症である.マイクロケラトームによる術後の発生頻度に比べFS レーザーの初期の機種では発生頻度が高いとの報告があるが,現在の機種ではエネルギー設定を低くするなどの工夫で発生頻度は低くなっている.ただし,炎症自体がマイクロケラトームではフラップ下に限局される場合が多いのに対し,FS レーザーではフラップの外側の角膜周辺部にも炎症が認められるという特徴がある.5.再手術をフラップリフティングで行う際2),FSレーザーではフラップエッジが視認しやすく,フラップエッジが直角に近く切り立った形状にできる機種(図4)では,比較的容易にフラップを元の位置に戻すことが可能である.6.エキシマレーザー照射後にフラップを戻した後,フラップエッジをmedical quick absorber(MQA)で軽く撫でることで,フラップ下の水分を抜き,術後の疼痛を軽減できるテクニックは両術式ともに共通である.●今後の展望FS レーザーで角膜実質をlenticle として切除し,エキシマレーザーを使用せずに角膜の屈折力を変えるfemtosecond lenticle extraction3)や角膜内リング挿入のためのトンネルを高精度に角膜実質内に作製することも可能となっている.さらに角膜移植4)にも利用可能な機種も存在する.今後もこうした応用の幅が広がる可能性があるが,慎重に予後を観察することが同時に望まれる.文献1) Munoz G, Albarran-Diego C, Sakla HF et al:Transientlight-sensitivity syndrome after laser in situ keratomileusiswith the femtosecond laser incidence and prevention. JCataract Refract Surg 32:2075-2079, 20062) 堀川良高:9 年以上経過したLaser In Situ Keratomileusis術後症例のフラップリフティング.IOL&RS 23:241-244,20093) 中村友昭:VisuMax. IOL&RS 23:92-94, 20094) 稗田牧:フェムトセカンドレーザーの角膜移植への応用.IOL&RS 23:245-248, 2009(68)☆ ☆ ☆図 4IntraLase 本体の入力確認画面フラップの厚み,フラップの直径,フラップエッジの角度,レーザーのスポット密度などを術眼ごとに設定することが可能である.

多焦点眼内レンズ:術前角膜乱視と多焦点レンズ

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102030910-1810/10/\100/頁/JCOPY角膜乱視とIOL 挿入眼での裸眼視力単焦点眼内レンズ(IOL)においても角膜乱視が裸眼視力に影響するのは確かであるが,これまではあまり重要視されてこなかった感がある.その大きな理由は,単焦点IOL の場合,遠方に合わせれば近方視時,近方に合わせれば遠方視時に眼鏡はどうしても必要になることだと思われる.すなわち単焦点IOL の場合,角膜乱視にこだわっても最終的には完全に眼鏡から解放されることはないので,術者も矯正視力が良ければ十分としていたふしがある.もちろん医原性の大きな角膜乱視はこれまでも問題とされて,惹起乱視をできるだけ少なくするということについては,どの術者も考慮してきたと思われるが,最近の小切開白内障手術では惹起乱視はわずかであり,術前の角膜乱視とあまり変わらなくなったことも角膜乱視への興味が薄れている要因と思われる.一方,単焦点IOL ではなく多焦点IOL の挿入を希望する患者の目的は,眼鏡への依存度を減少させることにある.したがって大きな屈折誤差は遠方,近方とも裸眼視力を低下させることになり,多焦点IOL の性能を半減させることとなる.もちろんこの屈折誤差は眼鏡装用にて矯正可能なのだが,多焦点IOL の挿入を希望する患者は,現行の制度の下では30.40 万円ほどを片眼の治療に支払うことになり,裸眼での生活を期待することが少なくない.多焦点IOL での角膜乱視の影響さて,多焦点IOL 挿入眼において角膜乱視はどの程度裸眼視力に影響するのであろうか.屈折型多焦点IOLでは,近方視が瞳孔径に依存するので単純に角膜乱視の影響を判定するのはむずかしい.また,中央の遠用ゾーンが小径の単独レンズのような効果をもち焦点深度が深くなり,遠方視は比較的乱視の影響を受けにくい傾向がある.対して現在主流の回折型多焦点IOL では遠方視,近方視とも角膜乱視の影響を受けやすい.そこで回折型多焦点IOL における角膜乱視の裸眼視力への影響のデータを紹介する.切開幅3.0 mm の耳側角膜切開にて水晶体超音波乳化吸引術施行後,回折型多焦点IOL(AMO 社製TecnisMultifocalR)を挿入した.術前の角膜乱視をオートケラトメーターにより測定し,A 群:0.5 D 以下,B 群:0.5.1.0 D,C 群:1.0 D 以上の3 群に分け術後6 カ月に検討した.結果は,遠方裸眼視力はA 群では約80%で,B 群では約50%で1.0 が得られるが,C 群では0%となってしまった.また,A 群,B 群では90%以上で0.7以上が得られるが,C 群では40%にとどまった(図1).近方裸眼視力はA 群では約70%で,B 群では約60%で(65)●連載② 多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子2. 術前角膜乱視と多焦点レンズ中村邦彦たなし中村眼科クリニック大きな屈折誤差は裸眼視力を低下させ多焦点眼内レンズ(IOL)の性能を半減させる.小切開白内障手術では惹起乱視はわずかで,術前の角膜乱視により回折型多焦点IOL 挿入眼の術後裸眼視力がある程度予測できる.回折型多焦点IOL を挿入した患者が,裸眼での生活を希望する場合は術前角膜乱視1.0 D 以下であることが望まれる.図 1角膜乱視と遠方裸眼視力の分布術前の角膜乱視と回折型多焦点IOL 挿入眼の遠方裸眼視力の分布を示す.平均視力はA 群(0.5 D 以下):1.13,B 群(0.5.1.0 D):0.91,C 群(1.0 D 以上):0.63 となり,角膜乱視の増大とともに遠方裸眼視力は低下する.0%20%40%60%80 %100%17.181.45.342.152.61050401.4A群1.13B群0.91C群小数視力0.63角膜乱視(D)A 群(<0.5) B 群(0.5~1.0) C 群(1.0<)■:1.0≦■:0.7≦ <1.0■:0.5≦ <0.7■:<0.5204あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20100.7 以上が得られるが,C 群では30%に低下した(図2).回折型多焦点IOL 挿入における角膜乱視の考え方前述のごとく,現在の小切開白内障手術において惹起乱視はわずかなので,回折型多焦点IOL の場合は術前の角膜乱視によって,得られる術後裸眼視力がある程度予測が可能と考えられる.まず0.5 D 以下であれば,遠方1.0,近方0.7 が得られる可能性が高い.つぎに1.0 D以下であれば90%以上の症例で遠方0.7 以上, 60%で近方0.7 が得られる可能性がある.そして,それ以上の乱(66)視では遠方1.0 の視力を得るのは困難で,近方0.7 が得られるのは30%程度といえる.このことより,回折型多焦点IOL を挿入した患者が,裸眼での生活を強く希望する場合は術前角膜乱視1.0 D 以下であることが望まれるといえる.そして1 D 以上の乱視例では,より良好な裸眼視力を得るためにはlimbal relaxing incision(LRI)やLASIK(laser in situ keratomileusis)による乱視矯正手術を考慮する必要がある.もちろん,細かくは乱視軸によって裸眼視力への影響は異なり,倒乱視と比べて直乱視では若干影響が小さい可能性がある.多焦点IOL 導入と角膜乱視多焦点IOL の導入に当たって,術後の屈折誤差矯正,いわゆるtouch up の話が先行してLASIK が可能でない施設では使用できないかのような風潮が一部であった.しかし,実際にはLASIK を行っている施設でもtouch up に至るのはせいぜい10%程度である.また,本稿で示したように術前の角膜乱視が1.0 D 以下の症例を選べば眼鏡に依存せず生活できる裸眼視力が得られる可能性があり,白内障手術を普段行っている施設では導入は十分可能であると考えられる.また,単焦点IOLではトーリックIOL が普及しはじめたが,将来的には多焦点IOL でもトーリックIOL が登場すると思われ,LASIK を行わない施設でもさらなる適応拡大が可能になってくると予想される.☆☆☆0%20%40%60%80%100%A群0.77B群0.67C群小数視力 0.57角膜乱視(D)A 群(<0.5) B 群(0.5~1.0) C 群(1.0<)■:1.0≦■:0.7≦ <1.0■:0.5≦ <0.7■:<0.51.427.151.420.040307.934.247.410.530図 2角膜乱視と近方裸眼視力の分布術前の角膜乱視と回折型多焦点IOL 挿入眼の近方裸眼視力の分布を示す.平均視力はA 群(0.5 D 以下):0.77,B 群(0.5.1.0 D):0.67,C 群(1.0 D 以上):0.57 となり,角膜乱視の増大とともに近方裸眼視力は低下する.

眼内レンズ:アクリル樹脂性フォルダブルレンズの光学部と指示部が固着した1症例

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102010910-1810/10/\100/頁/JCOPY●シングルピースアクリルレンズシングルピースアクリルレンズは,光学部と支持部が同一のアクリル素材で構成されており,インジェクターとカートリッジを使用して眼内への挿入を行う.近年,カートリッジへの装.のしやすさ,より小切開からの安全な眼内挿入,術後長期にわたる屈折の安定と良好な中心固定が評価されており,各社がアクリル素材の眼内レンズを発売している(図1).●支持部と光学部が固着した症例の術後経過通常,光学部と支持部の固着が発生した場合,特別な処置を行わなくても,術後数日で固着は自然に解放される.今回,固着が1 年以上にわたって継続した症例を経験したので,固着の視機能への影響を検証した.術後3 カ月,6 カ月および1 年の時点において,矯正視力,眼内レンズの偏心量・傾斜度を測定し比較検討を行った(表1).眼内レンズの偏心量・傾斜度については,NIDEK 社製EAS-1000 を用い,水平,垂直の2 方向のスリット断面を撮影後,角膜の任意の3 点と虹彩面より視軸に相当する基準線を設定し,つぎに眼内レンズの前・後面より光軸を決定し,この2 線の角度を求めて測定した.3 カ月から1 年において, 視力は1.0(1.0×sph.0.25 D(cyl.0.75 D Ax60°)のまま変化せず,眼内レンズの偏心量は1.25 mm,傾斜度は1.59° で,経過観察中ほとんど変化がなかった(術後1 年)(図2,3).今回の症例では光学部と支持部の固着による,患者の視機能への影響はほとんど認められなかったが,今後,水晶体.の収縮などにより,眼内レンズの偏心量・傾斜度が大きくなると,視機能に影響を及ぼす可能性も考え(63)られる.しかし長期予後は不明である.過去の学会においても,固着したまま放置することは本来避けるべきであるとの指摘もあるため,あくまでも参考として結果を示した.葛城良昌松浦豊明奈良県立医科大学付属病院眼科眼内レンズセミナー 監修/大鹿哲郎282. アクリル樹脂性フォルダブルレンズの光学部と支持部が固着した1 症例シングルピースアクリルレンズは,まれに装.時の外的要因により,眼内挿入後に光学部と支持部が固着している症例を経験することがある.通常,固着は自然に解放されるが,超音波乳化吸引術の眼内レンズ(IOL)挿入後,IOL の光学部と支持部が固着したまま手術を終了し,その後1 年にわたって継続した症例を経験したので報告する.表 1 固着眼内レンズ挿入後3 カ月,6 カ月,1 年における矯正視力,偏心量・傾斜度の比較矯正視力偏心量傾斜度術後3 カ月1.0 0.47 mm 6.07°術後6 カ月1.0 1.31 mm 1.77°術後1 年1.0 1.25 mm 1.59°6.0 mm 12.5 mmアクリソフR(Alcon 社) テクニスR 1-Piece(AMO 社)iMics 1(HOYA 社)図 1アクリル樹脂性フォルダブルレンズの製品写真●光学部と支持部の固着の予防と対処対処法しては,カートリッジへのセッティングの工夫による固着の予防と,固着が確認された後の確実な解放作業を心掛ける必要がある.1. 固着の予防カートリッジへのセッティングの前に,眼内灌流液や粘弾性物質を光学部前面に塗布してから,カートリッジへセッティングを行うと,固着の防止に有効である.2. 固着への対処眼内挿入後に,固着が確認された場合は,I/A(灌流/吸引)チップにて眼内灌流を行うと固着が解放される場合が多い(理由は,灌流液の温度によって眼内レンズが冷やされ固着解除されると推定).固着が強く解放されない場合は,まず粘弾性物質を固着箇所に注入して固着部位に圧力を加え解放を試みる.それでも解放されない場合は,粘弾性物質で前房を満たした後,レンズフックを2 つ使い,片方で眼内レンズの辺縁を押さえ,もう片方で固着しているループを引っ掛けて,ループをめくるように.がすと解放されやすい.文献1) 高良由紀子,吉村正美:プリセット型アクリソフシングルピースアクリサートR の挿入方法の検討.IOL & RS 21:380-385, 20072) Davison JA:Clinical performance of Alcon SA30AL andSA60AT single-piece acrylic intraocular lenses. J CataractRefract Surg 28:1112-1123, 20023) Nejima R, Miyai T, Kataoka Y et al:Prospective intrapatientcomparison of 6.0-millimeter optic singlepiece and3-piece hydrophobic acrylic foldable intraocular lenses.Ophthalmology 113:585-590, 2006図 2術後1 年の前眼部固着写真眼内レンズの支持部と光学部が固着したまま水晶体.内に固定されている.図 3術後1 年のScheimpflug 像

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法(プロクリア ワンデー(クーパービジョン・ジャパン))

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20101990910-1810/10/\100/頁/JCOPY● 1 日使い捨てソフトコンタクトレンズの選択当院におけるソフトコンタクトレンズ(SCL)の処方割合は,1 日使い捨てSCL(DDSCL)が最も多く,半数を超えている.最近はシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)の登場により,2 週間や1 カ月交換SHCL の処方機会も増えてきているが, いまだにDDSCL を処方することのほうが多い.理由は単純で,他のSCL と比較して安全性が高く,SCL のなかで眼感染症の合併が最も少ないと考えるからである.長時間装用,連続装用,近視度数が強いなど素材の酸素透過性を重視するべき症例や患者の経済的理由などでDDSCL が処方できない場合に2 週間や1 カ月交換SHCL を処方している.当院には,球面,トーリック,遠近両用を含めると処方可能なDDSCL が11 種類ある.そのなかから,一人ひとりの患者に適したDDSCL を選択して処方する.その際に最も問題になるのは,乾燥感である.最近のDDSCL は性能が高いレンズが多く,患者の満足も得られやすいが,それでも乾燥感を訴える患者はいるし,最も手ごわい訴えの一つといえる(図1).●具体的な症例年齢27 歳の女性.職業:雑誌の編集.A 社DDSCLを毎日使用している.普段,仕事で1 日平均10 時間パソコンを使用しているが,午後からレンズが乾燥すると感じ始め,夕方6 時頃にはショボショボ感が強くなり,視力も低下し,はずしたくなると訴え来院.綿糸法:右)10 mm,左)8 mm.涙液層破壊時間(BUT):右)5 秒,左)7 秒.細隙灯顕微鏡:結膜ステイニング〔両眼(+)〕.使用していたSCL:A 社1 日使い捨てSCL右)9.0/.5.25/14.2,左)9.0/.4.75/14.2.当院での対応:使用していたDDSCL が過矯正であったため,両眼0.75 D ずつ度数を弱め,同ブランドのうるおい成分を保存液に配合したDDSCL を1 カ月分処方(61)し,6 回/日の0.1%ヒアルロン酸点眼を指示した.定期検査時,乾燥感は若干軽減したが,夕方のショボショボ感や視力の低下は改善されないということで,同じ度数のプロクリア ワンデーに変更した.1 カ月後の来院時,パソコン使用時の夕方に若干の乾燥感は残るものの,ショボショボ感や視力の低下は感じなくなり,自覚的にはヒアルロン酸点眼も必要なくなったということであった.結膜ステイニングも明らかに軽減していた.●プロクリア ワンデーの特長プロクリア ワンデーの最大の特長は,乾燥感を訴える患者に対する満足度の向上である.涙液量が少なめ,あるいはBUT が短めの初診患者への最初の選択としても良い選択と考える.この特長は,プロクリア ワンデーの素材とレンズエッジのデザインによるところが大きい.プロクリア ワンデーの素材は,MPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)ポリマーとHEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)の共重合体である.MPC ポリマーは,ヒトの細胞膜を模した構造をもつポリマーで,高い水分保持能力と蛋白質を変性させないなど高い生体適合性をもつ.その水分保持能力は,ヒアルロン酸の約2 倍であり(図2),SCL 素材か糸井素純道玄坂糸井眼科医院コンタクトレンズセミナー 監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法308. プロクリア ワンデー(クーパービジョン・ジャパン)図 1SCL レンズ表面の乾燥200あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (00)らの脱水を防ぐのに効果的である.また,プロクリアワンデーのレンズエッジは比較的,丸く滑らかである(図3).レンズエッジからの結膜への刺激が少なく,レンズをはずしてフルオレセインで染色してもほとんど結膜にステイニングがみられない.当院で過去に実施した臨床試験では結膜ステイニングの強い患者は乾燥感の訴えが強かった.結膜ステイニングの軽減がプロクリアワンデーの乾燥感の軽減にも一役買っていると考える.もう一つ付け加えるべきは,細菌などの付着が少ないことである.MPC ポリマーは表面の摩擦抵抗が非常に小さく,細菌などが付着しにくい.通常のHEMA レンズと細菌の付着性を比較すると図4 のような差がみられる.DDSCL では,細菌の付着性は問題とならないという考え方もあるが,プロクリア ワンデーではさらに安全性が高まっていると考えると,処方する側としては安心材料が少しでも増えるのは悪いことではない.実際,プロクリア ワンデーを触ってみると非常につるつるしていて,他のSCL とは素材が違うことが実感できる.このつるつるした表面により,レンズをはずす時にはずしにくいと訴える患者がいる.他のDDSCL などから,プロクリア ワンデーに変更した場合は,最初にそのことを説明しておいたほうがよいだろう.図 4SCL へのグラム陰性桿菌付着各SCL を各細菌/リン酸緩衝液に浸漬し,振りながら37℃で4 時間培養.取り出したSCL をリン酸緩衝液で3 回洗浄後,ATP(アデノシン三リン酸)を抽出した.抽出液にATP 発光試薬を加え,マイクロプレートリーダーにより発光量を測定した.写真は緑膿菌を付着させたSCL 表面(左:プロクリア ワンデー,右:HEMA レンズ).0100200300プロクリア ワンデーHEMA レンズ菌付着数(105 CFU/ml):セラチア菌:緑膿菌3.02.01.00:ヒアルロン酸:MPC ポリマー塗布直後水洗後1 時間図 2MPC ポリマーとヒアルロン酸の水分保持能力比較ヒトの内腕部にMPC ポリマーとヒアルロン酸を塗布し,その直後と水洗1 時間後の水分量を比較.MPC ポリマーは,皮膚内部から蒸発しようとする水分を逃さずに保持することで,水洗1 時間後でヒアルロン酸の約2 倍の水分保持能力を示す.(http://www.lipidure.com より抜粋)0 0.1 0.2 mm図 3プロクリア ワンデーのレンズエッジ断面写真

写真:ペルーシド角膜変性症に発症した急性水腫

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20101970910-1810/10/\100/頁/JCOPY(59)写真セミナー 監修/島﨑潤横井則彦309. ペルーシド角膜変性症に発症した急性水腫①②図 2 図1 のシェーマ①:瞳孔.②:角膜浮腫.東原尚代京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学図 1ペルーシド角膜変性症の急性水腫(28 歳,男性)円錐角膜の急性水腫と異なり,角膜実質浮腫が角膜下方に生じている.②①図 4図1 の急性水腫発症2 カ月後の前眼部OCT内皮側に大きなDescemet 膜断裂(①),角膜厚の著明な肥厚とinterstromal cleft とよばれる角膜実質内の断裂(②)を認める.図 3図1 の急性水腫発症前のカラーコードマップ角膜中央部は蝶ネクタイ様,角膜下方周辺にかけて三日月状の高屈折部位を示す典型的なパターンを示す.198あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (00)急性水腫とは,円錐角膜やペルーシド角膜変性症で角膜実質の菲薄が著明になった進行例において,外傷などを契機にDescemet 膜が破裂し,内皮のバリア機能が破綻して実質内に房水が入り,急激に角膜実質浮腫を生じた状態をいう.発生頻度は円錐角膜が11%であるのに対し,ペルーシド角膜変性症は2%と低い1).円錐角膜の急性水腫では角膜中央部に円形の実質浮腫を生じるが,ペルーシド角膜変性症では角膜の菲薄部が角膜下方にあるために実質浮腫も角膜下方に生じる(図1).患者は,「急に目が白く濁った」と言って受診することが多く,ペルーシド角膜変性症の既往が確認できれば診断は容易である(図3).通常2.3 カ月で急性水腫は治癒するが,これは,まず破裂したDescemet 膜のところに内皮細胞が伸展・被覆し,Descemet 膜が再生されて内皮のバリアが再構築される結果,内皮細胞のポンプ作用で急速に実質浮腫は消失していく.また,ペルーシド角膜変性症でも円錐角膜と同様にアトピー性皮膚炎の既往のある患者が多く,眼を強く擦ることから,急性水腫発症時にまれに角膜穿孔を生じることがある2).急性水腫治癒後は角膜形状が発症前よりもフラットになりコンタクトレンズ装用が容易になるが,Descemet 膜と角膜実質瘢痕が強く残る例では角膜移植術を要するケースもある.一般に,ペルーシド角膜変性症の急性水腫は角膜瘢痕が瞳孔領よりも角膜下方に生じるため視力は障害されにくい.治療は,コンタクトレンズの装用中止と感染予防のため抗菌薬眼軟膏の点入を行い,圧迫眼帯で保存的に経過をみる.炭酸脱水酵素阻害薬内服を行うこともある.Descemet 膜の破裂が大きく実質浮腫が遷延する場合,角膜に血管侵入を伴うことがあるため,抗菌薬点眼とともに低濃度ステロイド点眼を行う.ペルーシド角膜変性の患者は若年者に多く,早い治癒を望まれることがあり,前房内に空気注入を行い角膜浮腫の早期軽減を図ることがある3).しかし,前房内空気注入法は入院が必要であること,急性緑内障発作予防のために,レーザー虹彩切開術が必要などの問題点もある.本症例では,Descemet 膜破裂部位が角膜下方であったことから(図4),空気置換を行っても空気が減るにつれてその効果も早期の減弱が予想されたこと,患者も積極的な治療を希望しなかったため保存的に経過をみた.最終的には強い角膜混濁を残した(図5)が, 幸い, 混濁が瞳孔領よりも下方であったためにハードコンタクトレンズ装用で視力は(1.0)を維持している.文献1) 津村朋子,前田直之,渡辺仁ほか:ペルーシド角膜変性症の臨床所見の特徴.眼紀 49:922-925, 19982) Aldave AJ, Mabon M, Hollander DA et al:Spontaneouscorneal hydrops and perforation in keratoconus and pellucidmarginal degeneration. Cornea 22:169-174, 20033) 小室青,横井則彦,中村富子ほか:急性水腫に対する前房内空気注入術.あたらしい眼科 12:1281-1284, 1995図 5急性水腫発症4 カ月後の前眼部写真角膜下方に瘢痕を認めるが,瞳孔領の角膜は大部分が透明である.