252 ( 11あ4)たらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 0910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》 あたらしい眼科 27(2):252.255,2010cはじめにヘルペス性虹彩毛様体炎は,前部ぶどう膜炎の約5.10%を占めるとされており1),原因ウイルスとして,単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV),サイトメガロウイルス(CMV)が報告されている2,3).HSV は角膜,前房,虹彩,線維柱帯など多くの眼内組織に炎症を起こすことが知られており,角膜に樹枝状角膜炎や角膜内皮炎などの炎症を伴う場合は角膜ぶどう膜炎(keratouveitis)とよばれる.HSV はHSV-1 とHSV-2 の2 つのサブタイプが存在するが,この角膜ぶどう膜炎の原因ウイルスはほとんどがHSV-1 と考えられている.一方,VZV が原因の前部ぶどう膜炎では角膜に炎症所見はなく経過中に虹彩萎縮や麻痺性散瞳などの合併症を伴うことが多い.HSV による虹彩毛様体炎でもこのような虹彩萎縮がみられることがある.近年,CMV が前部ぶどう膜炎に関与することを示す報告3,4)があり,このような症例ではPosner-Schlossman 症候群に類似〔別刷請求先〕山本紗也香:〒113-8519 東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野Reprint requests:Sayaka Yamamoto, M.D., Department of Ophthalmology & Visual Science, Tokyo Medical and Dental UniversityGraduate School of Medicine, 1-5-45 Yushima, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8519, JAPAN角膜炎を伴わない単純ヘルペスウイルス1 型虹彩毛様体炎の3 例山本紗也香*1,2杉田直*1堀江真太郎*1清水則夫*3森尾友宏*4望月學*1*1 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野*2 柏市立柏病院眼科*3 東京医科歯科大学難治疾患研究所フロンティア研究室ウイルス治療学*4 東京医科歯科大学細胞治療センターThree Cases of Herpes Simplex Virus-1 Anterior Uveitis in the Absence of KeratitisSayaka Yamamoto1,2), Sunao Sugita1), Shintaro Horie1), Norio Shimizu3), Tomohiro Morio4) and Manabu Mochizuki1)1)Department of Ophthalmology & Visual Science, Tokyo Medical and Dental University Graduate School of Medicine,2)Department of Ophthalmology, Kashiwa City Hospital, 3)Virus Research Unit, Frontier Research Unit, Medical ResearchInstitute, 4)Center for Cell Therapy, Tokyo Medical and Dental University虹彩毛様体炎患者の前房水より単純ヘルペスウイルス1 型(HSV-1)DNA がpolymerase chain reaction(PCR)法で高値を示し,HSV-1 による虹彩毛様体炎と考えられたが,経過中に角膜病変がみられなかった3 例を経験した.3例ともに虹彩毛様体炎のため東京医科歯科大学眼科を受診し,PCR 検査で前房水より高コピー数のHSV-1 DNA が検出された.角膜知覚低下が全例に,高眼圧と隅角色素沈着が3 例中2 例にみられた.いずれの症例もバラシクロビル内服,アシクロビル眼軟膏,ステロイド点眼,眼圧降下薬で軽快したが,経過観察中に角膜病変および虹彩萎縮はみられなかった.ヘルペスウイルスは虹彩毛様体炎の重要な原因ウイルスであるが,角膜病変や虹彩萎縮などの特徴的な所見がない場合,診断に苦慮することも少なくない.その疑いがあるときには,早期から眼内液のウイルス学的な検査が重要であると思われた.Herpes simplex virus(HSV)is well known as causing unilateral anterior uveitis characterized by keratitis,mutton-fat precipitates, iridocyclitis, ocular hypertension and iris atrophy. We report here on 3 cases of unusualunilateral anterior uveitis caused by HSV. Polymerase chain reaction was performed to determine the genomicDNA of the human herpes virus in the aqueous humor;HSV-1 DNA was detected in all 3 patients. All patientsreported diminished corneal sensation, 2 of the 3 also showing intraocular pressure elevation and moderate pigmentation.However, none showed iris atrophy or keratitis. They were treated with oral valacyclovir, topical acyclovirand corticosteroids. Unilateral anterior uveitis may result from infection by HSV-1 even in the absence of keratitisand iris atrophy. Virological analysis of intraocular fluid, followed by anti-viral treatment, is therefore recommendedfrom the early stage of this disease.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):252.255, 2010〕Key words:ポリメラーゼ連鎖反応,単純ヘルペスウイルス1 型,虹彩毛様体炎,角膜炎.polymerase chainreaction(PCR), herpes simplex virus-1(HSV-1), iridocyclitis, keratitis.(115) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010253した高眼圧を伴う虹彩炎か角膜内皮炎の所見を示す.このように,ヘルペスウイルスが原因の前部ぶどう膜炎は,経過中に角膜病変や虹彩萎縮といった特徴的な所見を伴わない場合,臨床的な診断に苦慮することも少なくない.今回筆者らは,経過中に角膜病変や虹彩萎縮などのHSV に特徴的とされる眼所見を伴わない虹彩毛様体炎の前房水よりHSV-1DNA がpolymerase chain reaction(PCR)検査で陽性を示し,HSV-1 虹彩毛様体炎と考えられた3 症例を経験したので報告する.I症例2007 年2 月から2008 年3 月の期間に,東京医科歯科大学病院眼科(以下,当科)を受診し,虹彩毛様体炎の前房水よりHSV-1 DNA が検出され,HSV-1 虹彩毛様体炎と考えられた3 症例.〔症例1〕58 歳,女性.現病歴:左眼の視力低下,充血,霧視が出現したため近医を受診し,左眼視力低下(0.6),眼圧上昇(36 mmHg),虹彩炎のためフルオロメトロン点眼,アセタゾラミド内服を開始されたが,改善しないため2007 年2 月に当科紹介受診となった.初診時眼所見:視力は右眼0.9(1.2×+0.25 D(cyl.0.75 DAx70°),左眼0.15(0.7×.1.25 D(cyl.1.00 D Ax75°),眼圧は右眼15 mmHg,左眼25 mmHg.左眼の前眼部に多数の色素を含む豚脂様角膜後面沈着物,cell 2+程度の中等度の虹彩炎がみられたが,角膜炎はみられなかった(図1).中間透光体,眼底に異常所見はなく,患眼の隅角に軽度の色素沈着がみられた.角膜知覚は健眼と比べて患眼で低下を示していた.上記の特徴的な眼所見に加えステロイド点眼で改善しないことよりヘルペス性虹彩毛様体炎を疑い,インフォームド・コンセントのもと前房水を0.1 ml 採取し,定性PCRでヘルペスウイルス1 型から8 型のスクリーニングを行った.その結果,HSV-1 DNA が陽性を示し,定量PCR でDNA コピー数を測定したところ1.7×106 copy/ml と高コピー数検出された.経過:治療はバラシクロビル1,000 mg/日の内服を3 週間,アシクロビル眼軟膏1 日5 回,ベタメタゾン点眼1 日4 回で徐々に改善し,眼圧上昇はアセタゾラミド1 日750 mg 内服で速やかに軽快した.経過中に角膜炎,虹彩萎縮,麻痺性散瞳の出現はみられず,右眼視力(1.5×+0.50 D(cyl.0.50 DAx70°)に改善した.〔症例2〕57 歳,男性.現病歴:前日から右眼の充血,頭痛が出現し,増悪したため2007 年2 月当科を受診した.初診時眼所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.50 D(cyl.1.00 DAx110°), 左眼0.7(1.2×+0.50 D(cyl.1.00 D Ax20°), 眼圧は右眼47 mmHg,左眼18 mmHg.右眼に強い毛様充血,cell 1+の軽い虹彩炎がみられたが,角膜炎や角膜後面沈着物はみられなかった(図2).中間透光体,眼底に異常所見はなく,隅角所見に左右差はみられなかったが,角膜知覚は患眼で低下していた.3 年前に外眼角部のヘルペスの既往がありヘルペス性虹彩毛様体炎を疑い,前房水を採取し同様にPCR を試行した.その結果HSV-1 DNA が1.2×104 copy/ml と高コピー数検出された.経過:治療はバラシクロビル1,000 mg/日の内服を4 週間,アシクロビル眼軟膏1 日3 回,ベタメタゾン点眼1 日4 回で徐々に改善し,眼圧上昇はD-マンニトールの点滴静注,アセタゾラミド1 日750 mg 内服で速やかに軽快した.経過中図 1症例1 の初診時前眼部写真多数の色素を含む豚脂様角膜後面沈着物と虹彩炎がみられていた.図 2症例2 の初診時前眼部写真強い毛様充血,軽度の虹彩炎がみられたが,角膜炎や角膜後面沈着物はみられなかった.254あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (116)に角膜炎,虹彩萎縮,麻痺性散瞳の出現はみられず,右眼視力(1.5×+0.50 D(cyl.1.25 D Ax130°)に改善した.〔症例3〕56 歳,女性.現病歴:1 週間前からの左眼の充血,異物感,霧視,眼痛があり近医を受診した.左眼に肉芽腫性前部ぶどう膜炎がみられたため,ベタメタゾン点眼,デキサメタゾン結膜下注射を連日施行するも改善しないため2008 年3 月当科を紹介受診した.初診時眼所見:視力は右眼0.3(0.8×+2.75 D(cyl.5.00 DAx10°), 左眼0.6(0.7×+1.75 D(cyl.0.50 D Ax130°), 眼圧は右眼12 mmHg,左眼14 mmHg.右眼に強い毛様充血,大型の豚脂様角膜後面沈着物,cell 4+の虹彩炎,虹彩後癒着がみられたが,角膜炎はみられなかった(図3).白内障のほかに中間透光体,眼底に異常所見はみられなかった.隅角は患眼のみに色素沈着がみられ,角膜知覚検査では患眼で低下を示していた.ステロイド点眼に抵抗する虹彩毛様体炎よりヘルペス性を疑い,前房水を採取し同様にPCR を試行した結果,HSV-1 DNA が1.3×107 copy/ml と高コピー数検出された.経過:治療はアシクロビル眼軟膏1 日5 回,ベタメタゾン点眼1 日4 回を開始したが,前眼部炎症が遷延したため,バラシクロビル1,000 mg/日の内服を開始したところ徐々に改善した.経過中に角膜炎,虹彩萎縮,麻痺性散瞳の出現はなく,右眼視力(1.0×+1.50 D(cyl.0.75 D Ax110°)に改善した.II考按単純ヘルペスウイルス(HSV)は初感染後に三叉神経節を中心に,中脳,上頸部交感神経節,網膜,角膜に潜伏感染していることが報告されている6).HSV はさまざまな刺激により神経節に潜伏感染中のウイルスが再活性化し遠心性に眼組織に到達,もしくは末梢に潜伏感染するウイルスの活性化により,眼瞼炎,角結膜炎,角膜炎(上皮型,実質型,内皮型),線維柱帯炎,角膜ぶどう膜炎,虹彩毛様体炎,急性網膜壊死といった眼疾患をひき起こす重要な原因ウイルスである.今回の3 症例では,虹彩毛様体炎の程度は軽度から高度までさまざまであり,3 例中2 例に高眼圧と隅角の色素沈着,角膜知覚低下を全例にみられたが,角膜炎と虹彩萎縮は経過中にみられなかった.HSV 虹彩毛様体炎で典型的な角膜上皮炎や角膜内皮炎などがみられなく,片眼性の高眼圧を伴う虹彩炎の場合,Posner-Schlossman 症候群(PSS)などとの鑑別が困難であり,原因不明のくり返す虹彩毛様体炎と診断されていることが多いと推測される.Van der Lelij ら7)は虹彩萎縮を伴うが角膜病変はみられない特発性前部ぶどう膜炎患者31 名中24 名の前房水をPCR または抗体率で検討した結果,20 名がHSV,4 名がVZV と考えられたと報告している.この報告では90%に眼圧上昇がみられ,32%は角膜知覚が低下しており,20%は当初PSS と診断されていた.今回の3 例中2 例でも眼圧上昇がみられており,片眼性の虹彩毛様体炎で高眼圧症がみられた場合には,経過中に角膜炎がなくてもヘルペス感染を疑う必要があると思われた.今回の3 症例では全例で角膜知覚は低下しており,検眼鏡的に角膜病変はみられなかったが,角膜に分布する神経内でヘルペスウイルスが活性化している可能性が考えられた.HSV やVZV による虹彩毛様体炎による虹彩萎縮は一般的に発症後数カ月経過してから出現することが多いとされており,今回の3 症例でも,早期から抗ヘルペス薬による適切な治療が行われなかったならば虹彩萎縮が出現していた可能性があると思われた.以前よりPSS にはヘルペス感染の関与が示されているが,Yamamoto ら8)は片眼性に軽度の虹彩毛様体炎を伴う高眼圧発作をくり返しPSS と診断された症例の前房水を採取し,HSV,VZV,CMV に対するPCR を施行し,HSV DNA が陽性であったと報告している.最近のいくつかの報告のように4.6),PSS 類似の片眼性の虹彩毛様体炎からCMV DNAやCMV 特異抗体が検出されることがある.これらは免疫不全のない健康人にみられ,発作性の高眼圧を伴う片眼性の虹彩毛様体炎を診た場合,HSV,VZV,CMV などのヘルペス感染を念頭において診察する必要があると思われる.杉田ら9)は,1999 年から2007 年の間に当科を受診したぶどう膜炎患者100 例から眼内液を採取し,ヒトヘルペスウイルス1 型から8 型のDNA をPCR で検討した結果を報告しており,角膜病変を伴いHSV 虹彩毛様体炎と考えられた7 症例中2 例でHSV DNA が陽性であり,VZV 虹彩毛様体炎と考えられた16 例中10 例でVZV DNA が陽性であった.図 3症例3 の初診時前眼部写真強い毛様充血,大型の豚脂様角膜後面沈着物を伴う虹彩炎,虹彩後癒着がみられた.(117) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010255角膜病変を伴う症例では角膜内でのウイルス増殖が中心となり,前房水中にウイルスが検出されにくく,角膜病変を伴わない虹彩毛様体炎では虹彩内でのウイルス増殖が中心となり,前房水中にウイルスが検出されやすいのではないかと思われた.HSV 虹彩毛様体炎の治療は,アシクロビルやバラシクロビルといった抗ウイルス薬の局所,全身投与が基本となる.症例1 と症例3 ではステロイド治療のみでは改善せず,ステロイド治療抵抗性や再発性の場合には,ヘルペス性虹彩毛様体炎を考える必要があると思われた.また,抗ウイルス薬の治療は,症例3 では当初抗ウイルス薬の局所投与だけでは改善が乏しく,内服を開始したところ改善がみられた.ヘルペス性虹彩毛様体炎では,症例によっては抗ウイルス薬は局所投与だけでなく内服を併用する必要があると考えられた.以上より片眼性の高眼圧を伴う虹彩毛様体炎の鑑別疾患として,角膜病変や虹彩萎縮などのヘルペスウイルスに特徴的な所見がなくてもHSV 虹彩毛様体炎を考える必要があると思われた.文献1) Cunningham ET Jr:Diagnosing and treating herpeticanterior uveitis. 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