あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101249シリーズ私が思うこと(83)和菓子の色は,小豆のくすんだ色の餡をベースに,白は洋菓子のクリームとは異なる生成りの白,緑も黄色も何種類もある.緑と黒で松を,白と紅で梅や桜を,紅と黄で紅葉をという具合に,色の組み合わせだけで自然の風物をイメージする.色から季節を読みとる美意識は,王朝文学に出てくる「かさねの色」から連綿とつながっているのだろう.王朝貴族は,何枚も重ねる衣服の色合わせを季節ごとにさまざま考えだし,いろいろな名前をつけた.当時の衣服は簡単で,極端にいえば,肩にかけて前を合わせていただけだったようだ.何枚も重ねて襟元に出る色の縞と,うすものがふわりと重なって透ける身ごろの色合いを楽しんだのである.袷仕立ての場合は,表が青で裏が紫を「松重(まつがさね)」,表が紅で裏が紫を「紅梅重(こうばいがさね)」というように配色にちなんだ名前がついている.衣を数枚重ねる場合の襟元,袖口に出る色あわせには「裏山吹」「杜若」など,さまざまな季節と複合的な色をイメージする名前である.源氏物語の二十二帖「玉葛」に,年末に源氏と紫の上が,女房たちに配る新年の晴れ着を準備する有名な場面があり,源氏が女君達に選んだ「かさねの色」で,紫の上が女君達の性格や姿を想像する心理描写がたくみに書かれている.明石の君に紫の重ね,明石の姫君に桜重ね,玉葛には山吹重ね,末摘花には柳重ね,という具合に.このような美意識を多くの日本人が好んだからこそ長年受け継がれ,和菓子の色合いの発展につながったのだろうと思う.和菓子の色あいとつけられている名前を味わうと何倍もおいしく楽しくなる.私は大の和菓子党で,味も色合いも楽しむ.自然の木々や草花の色の移り変わりを感じるのも大好きで,四季の色合い美しい日本に生まれてよかったとしみじみ思う.ではきれいな色を駆使して味わい深い絵を描くかというとまったくそういうことはなく,絵をかくのは大の苦手だ.学生のとき,眼科のカルテに書かれている美しい眼底スケッチをみて眼科にいくのを躊躇したくらい.まあいいやと目をつぶって眼科に入局したが,やはりついに美しいスケッチは描けずじまいである.一般には文章もスケッチも師匠に似る.なにしろ眼科的ゼロ歳児のときからくっついて教わるのだからよほど生来独創的な人でなければ似るのは当然だろう.われわれの書く文章は一応科学的なことがらを扱うので,ほぼ形は決まっているものの,それでも人によって特徴がある.導入の書き方,方法・結果の記述,文献の引き方,論理的に考察を進める道筋など,書くたびに添削を受けるので,同じ師匠に教わると同じ文体になる.同じ師匠0910-1810/10/\100/頁/JCOPY松村美代(MiyoMatsumura)関西医科大学名誉教授/誠明会永田眼科京都大学を卒業後,もしかしたら楽かなあと思って眼科に入局.希望的予想ははずれて大変な忙しさとはすぐわかったが,眼科のおもしろさに魅せられて今日まできた.子供のころから一つに集中するというのが苦手で,同時進行でもう一つはやりたいという習性がある.絵も字も音楽もものにならずお菓子を食べてお茶を点てることだけどうにか続いた.(松村)師匠ニ不似ヲ好也▲狭い空間に雰囲気だけ工夫して季節の花1250あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010に教わった人達で分担執筆すると全ページ違和感なく,まるで一人の著者が書いたような感じになる.一文の長さ,句読点の打ち方までまねして書いているうちに,「型」が身につくのだ.文章,手術,芸事,スポーツ等々何でも,型をしっかり身につけて初めてその後の独創と豊穣なる展開が生まれるのだと思う.最近川上不白(江戸時代中期の茶匠)の書いたものに「師匠ニ不似ヲ好也」という文言があるのを知った.不白は幼少の家元を後見して千家茶道を支えた人で,大変に厳しい指導ぶりであったことが伝えられている.その人にして「師匠ニ不似ヲ好也」というのはなかなか深いものがあると思う.いったんは徹底的に模倣して深く深く学ぶことが,結局は「師匠ニ不似ヲ好也」に到達し個性の豊かな開花を生む理なのだろう.万事に通じると思う.さて,元に戻って恥ずかしながら我が身を振り返る.文章はちょっとだけは似た気がする(本人がそう思っているだけかもしれない).スケッチは皆目だめで,色鉛筆だけであんなに雰囲気も科学的情報も伝える図を描くなんてとても真似ることができなかった.やっぱり相当才能がなかったのだなあ….色合いの微妙さが好きでも,お菓子好きと描くとは大違いということかと納得した次第.「いったんは徹底的に模倣して深く学ぶ」ということも,そもそも向かないことは無理かもしれない.でもやってみないとわからないので少なくとも努力はしてみよう,まあ思わぬ開花もあるかもしれない.そいう不確実要素が人生の妙味でもあると,楽天主義の私は考える.松村美代(まつむら・みよ)1974年京都大学医学部卒業,同眼科入局1975年天理よろづ相談所病院眼科医員1981年京都大学医学部助手(1983.84年コロラド大学眼科)1987年兵庫県立尼崎病院眼科医長1991年京都大学医学部講師1993年倉敷中央病院眼科部長1994年誠明会永田眼科副院長1998年京都大学大学院医学研究科視覚病態学助教授1999年関西医科大学眼科教授2008年関西医科大学名誉教授,誠明会永田眼科勤務(84)☆☆☆