‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎の28例の臨床的検討

2010年5月31日 月曜日

680あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(00)《原著》あたらしい眼科27(5):680.686,2010cはじめにアカントアメーバ角膜炎(AK)は,1974年Nagingtonら1)によって初めて報告され,わが国では1988年石橋ら2)がソフィーナRの装用者に初めて報告した比較的新しい角膜感染症である.病原体に対する特異的治療法がないために,罹病すると長期間の加療を要するほか,高度の視機能低下をきたす例も少なくない.アカントアメーバは土壌,砂場,室内の塵,淡水など自然界に広く生息し,栄養体あるいはシストとして存在する.栄養体は細菌や酵母を餌として増殖するが,貧栄養・乾燥などの悪条件下ではシスト化する.シストは強靱な耐乾性・耐薬品性をもっており,AKが難治性である理由の一つとされている3).〔別刷請求先〕篠崎友治:〒793-0027西条市朔日市269番地1済生会西条病院眼科Reprintrequests:TomoharuShinozaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiSaijouHospital,269-1Tsuitachi,Saijou-shi,Ehime793-0027,JAPAN最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎28例の臨床的検討篠崎友治*1宇野敏彦*2原祐子*3山口昌彦*4白石敦*3大橋裕一*3*1済生会西条病院眼科*2松山赤十字病院眼科*3愛媛大学医学部眼科学教室*4愛媛県立中央病院眼科ClinicalFeaturesof28CasesofAcanthamoebaKeratitisduringaRecent11-YearPeriodTomoharuShinozaki1),ToshihikoUno2),YukoHara3),MasahikoYamaguchi4),AtsushiShiraishi3)andYuichiOhashi3)1)DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiSaijouHospital,2)MatsuyamaRedCrossHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicineEhimeUniversity,4)DepartmentofOphthalmology,EhimePrefecturalCentralHospital目的:近年アカントアメーバ角膜炎(AK)の増加が問題となっている.今回,筆者らは最近11年間の愛媛大学眼科(以下,当科)にて加療したAK症例の臨床像を検討したので報告する.対象および方法:対象は1998年から2008年の間に当科を受診,加療したAK28例(男性14例,女性14例,平均年齢33.4±14.2歳)で,経年的な症例数の変化,初診時の病期と臨床所見,当科受診前の診断と治療内容,コンタクトレンズ(CL)の使用状況,当科における治療内容,視力予後などを診療録から調査,検討した.結果:近年症例数は増加傾向で2007年発症例は8例,2008年は6例であった.28例中,初期は20例であり,角膜上皮・上皮下混濁は全例に,放射状角膜神経炎,偽樹枝状角膜炎も高頻度に認めた.完成期は8例であり,このうち輪状浸潤は4例,円板状浸潤は4例であった.当科加療前に角膜ヘルペスが疑われた症例は10例あった.前医の治療でステロイド点眼薬が使用された症例は19例あった.28例中25例がCL装用者であり,うち16例は頻回交換型ソフトCLを使用していた.視力予後は初期の症例で良好であった.完成期のうち5例は治療的角膜移植を必要とした.結論:AKの症例は近年増加傾向にあるが,特徴的な臨床所見,患者背景をもとに初期例を検出し,早期に治療を行うことが視力予後の観点から重要である.ToelucidatetheclinicalfeaturesofAcanthamoebakeratitis(AK),wereportoncasesofAKdiagnosedandtreatedatEhimeUniversitybetween1998and2008.The28patientsinthisstudyaveraged33.4yearsofage.As8and6caseswereexperiencedin2007and2008respectively,theincreasingtendencyinthenumberofcaseswasconfirmed.Ofthe28patients,20werediagnosedasearlystage,8aslatestage.Epithelialand/orsubepithelialopacity,radialkeratoneuritisandpseudodendriticlesionwerecommonintheearlystage.Ultimately,10patientswerediagnosedwithherpetickeratitis;19hadusedtopicalsteroidbeforevisitingourfacilityand25werecontactlensusers.Visualprognosisisfairintheearlystagecases;5casesinthelatestageunderwenttherapeuticcornealtransplantation.EarlydiagnosisofAKiscriticalforabetterprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):680.686,2010〕Keywords:アカントアメーバ角膜炎,コンタクトレンズ,角膜ヘルペス,放射状角膜神経炎.Acanthamoebakeratitis,contactlens,herpetickeratitis,radialkeratoneuritis.(108)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(109)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010681米国WillsEyeHospitalは2004年以降,急激にAK症例数が増加していることを報告4)しているが,コンタクトレンズ(CL)および眼感染症学会が共同で行った全国アンケート調査結果や学会における報告数が示すように,わが国でも増加傾向にあると推定される.AKがCL装用者に圧倒的に多いことはよく知られているが,先のWillsの報告によれば,米国でのCL使用者は2003年の3,500万人から,2006年には4,500万人を超えたとされており5),CL装用者の増加がAK症例数の増加の一因としてあげられている.これはわが国においても同様で,現在,1,700万人程度の装用者が存在し,経年的に増加している.現時点におけるユーザーのトレンドはソフトコンタクトレンズ(SCL)にあり,2週間を代表とする頻回交換型と1日使い捨てのSCLがシェアを二分している.このうち,前者の頻回交換型SCLでは,毎日のレンズケアが安全な装用に不可欠であるが,こすり洗いなどが十分に実施されていない状況が種々のアンケート調査で浮き彫りとなっている.また,ケア用品の主流である多目的用剤(MPS)の消毒効果が従来の煮沸消毒あるいは過酸化水素に比べて弱いことがAK増加の要因の一つとなっている可能性が指摘されている.愛媛大学医学部附属病院眼科(以下,当科)においても,近年AKの診断治療を行う機会が多くなった.今回筆者らは,過去11年間に経験したAK症例について,その臨床像・発症の契機・視力予後などをレトロスペクティブに検討したので報告する.I対象および方法対象は1998年から2008年の間に当科において加療を行ったAK28例(男性14例,女性14例,平均年齢33.4±14.2歳)である.各年における症例数,初診時の病期分類と臨床所見,当科受診前の前医における診断と治療内容,CL装用の有無とその使用状況,当科における治療内容,視力予後について診療録内容を調査した.なお,病型分類および臨床所見は日眼会誌111巻10号「感染性角膜炎診療ガイドライン」6)に準じた.また,前医における診断と治療内容は紹介状における記載内容に従った.角膜上皮擦過物から検鏡あるいは培養にてアカントアメーバを検出された症例を診断確定例とした.検鏡は擦過物をスライドグラスに塗抹後KOHパーカーインク染色,グラム染色,ファンギフローラYR染色などを用いて観察した.培養は大腸菌の死菌〔マクファーランド(Mcfarland)5以上の新鮮大腸菌懸濁液を60℃1時間加熱処理〕をNN寒天培地に塗布したものを用い,25℃2週間を目処に観察を行った.なお今回,検鏡,培養がともに陰性であっても特徴的な臨床所見を有し,その治療経過がAKに矛盾しなかった症例も推定例として検討に含めた.II結果1.検鏡・培養によるアカントアメーバの検出対象となった28例のうち検鏡にてアカントアメーバを検出した症例は14例(50%),培養で同定された症例は検鏡でも検出されている3例を含め6例(21%)であった.検鏡,培養ともに陰性の症例は11例(39%)であった.2.経年的な症例数変化および病期分類対象28例の概要を表1に示した.1998年から2002年までは,年間1.2例程度で推移している.その後,年によるばらつきはあるが,2005年は4例,2007年は8例,2008年は6例とAK症例は次第に増加傾向を示している(図1).病期別では,初期が20例(20/28,71%),完成期が8例(8/28,29%)であったが,特に,2005年以降は初期の症例数の増加傾向が著しい.3.初診時臨床所見初期の症例における初診時所見を図2に示す.角膜上皮・上皮下混濁は全例(20/20,100%)に認められた.このほか,放射状角膜神経炎は16例(16/20,80%),偽樹枝状角膜炎は12例(16/20,60%)と高頻度にみられた.一方,完成期は輪状浸潤が認められたもの4例(4/8,50%),円板状浸潤1998年1999年2000年2001年2002年2003年2004年2005年2006年2007年2008年9876543210症例数■:初期■:完成期図1アカントアメーバ角膜炎症例数および病期分類60%05101520症例数偽樹枝状角膜炎放射状角膜神経炎80%角膜上皮・上皮下混濁100%図2初期20症例の初診時臨床所見682あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(110)が認められたもの4例(4/8,50%)であった.なお,今回の検討対象において,移行期7)あるいは成長期8)に相当するものはみられなかった.4.前医における診断および治療前医における診断(疑いを含む)を表2に示す.アカントアメーバ角膜炎の診断(疑いを含む)で紹介されたものが10例(10/28,36%),ヘルペス性角膜炎の診断で紹介されたものも同じく10例であった.角膜浮腫の3例はいずれもその原因がCL装用に起因するものと判断されて紹介受診されたものである.一方,前医においてステロイド点眼薬が使用されていた症例は19例(19/28,68%)であった.発症から当科初診までの期間(表1)は調査期間の後半で短くなってい表2前医の診断前医の診断(疑いを含む)症例数*アカントアメーバ角膜炎10ヘルペス性角膜炎10角膜浮腫3角膜炎3真菌感染1角膜外傷1不明1*重複あり.表1当院におけるアカントアメーバ角膜炎の28症例症例番号初診年年齢(歳)性別病期初診時矯正視力発症から当院初診までの日数発症時装用していたコンタクトレンズ点眼薬,眼軟膏1199853男性完成期0.0240HCLペンタ,FLCZ,MCZ,CHX2199841女性完成期光覚弁52HCLペンタ,FLCZ,MCZ,CHX3199949女性完成期0.47使用なしペンタ,FLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint4200070男性完成期0.15138使用なしFLCZ,MCZ,PHMB,IPM,AMK5200040女性初期1.28HCLFLCZ,MCZ,PHMB,OFLX-oint6200119女性初期0.0619従来型SCLFLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint7200228男性初期0.216HCLFLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint8200358男性完成期指数弁32不明FLCZ,MCZ,LVFX9200356女性完成期手動弁210HCLMCFG,MCZ,PMR-oint10200319男性完成期手動弁13FRSCLMCZ,FLCZ,LVFX,PMR-oint11200517男性初期1.239FRSCLGFLX,MCZ,CHX,PMR-oint,ACV-oint12200536女性完成期指数弁11FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint13200519女性初期0.412FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint14200526男性初期0.4524FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint,LVFX,Rd15200758女性完成期0.0590FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint16200725女性初期0.9514FRSCLGFLX,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint17200723男性初期0.427FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint18200736男性初期0.1590従来型SCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint19200718女性初期0.0314FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint20200725女性初期0.520FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint21200724男性初期0.516定期交換SCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint22200735男性初期0.6141daydisposableGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint23200819男性初期0.665FRSCL加療なし(前医でAK加療後)24200825女性初期0.227FRSCLCHX,VRCZ,PMR-oint25200825女性初期0.64FRSCLLVFX,CHX,VRCZ,PMR-oint,PHMB26200833男性初期手動弁32FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,AMPH,PMR-oint,PHMB27200828女性初期1.260FRSCLCHX,VRCZ,PMR-oint28200830男性初期0.416FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-ointペンタ:イセチオン酸ペンタミジン(ベナンバックスR),FLCZ:フルコナゾール(ジフルカンR),MCZ:ミコナゾール(フロリードR),CHX:グルコン酸クロルヘキジン(ステリクロンR),PMR-oint:ピマリシン眼軟膏(ピマリシンR眼軟膏),OFLX-oint:オフサロキサシン眼軟膏(タリビッドR眼軟膏),LVFX:レボフロキサシン(クラビットR),GFLX:ガチフロキサシン水和物(ガチフロR),VRCZ:ボリコナゾール(ブイフェンドR),AMPH:アムホテリシンB(ファンギゾンR),PHMB:ポリヘキサメチレンビグアニジン,MCFG:ミカファンギン(ファンガードR),IPM:イミペネム水和物(チエナムR),AMK:硫酸アミカシン(アミカシンR),Rd:合成副腎皮質ホルモン,ITCZ:イトラコナゾール(イトリゾールR),ACV:アシクロビル(ゾビラックスR),カルバ:クエン酸ジエチルカルバマジン(スパトニンR),-oint:眼軟膏,-po:内服,-div:点滴,PKP:全層角膜移植,LKP:表層角膜移植,TR:トラベクレクトミー,HCL:ハードコンタクトレンズ,FRSCL:頻回交換型ソフトコンタクトレンズ.(111)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010683る傾向が認められた.5.患者の背景因子とCLの使用状況(表3)CL装用者は25例(25/28,89%)であり,装用歴のない症例が2例(2/28,7%),不明が1例(1/28,4%)であった.CL装用者では,頻回交換ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用者が16例と最も多く,続いてハードコンタクトレンズ(HCL)5例,使い捨てSCL2例,従来型SCL2例であった.CLのケア状況については診療録に記載があった範表1つづき症例番号結膜下注射全身投与薬外科的治療角膜擦過回数入院日数最終観察時矯正視力1MCZ,FLCZカルバ-po61401.22MCZ,FLCZITCZ-poPKP1118指数弁3MCZ,FLCZITCZ-po,ACV-po121151.24MCZ,FLCZITCZ-po,IPM-divPKP22061.25MCZ,FLCZITCZ-po2441.26MCZITCZ-po,MCZ-div3771.27MCZITCZ-po,FLCZ-div78418MCZ,FLCZMCZ-divPKP0580.89MCFGMCFG-divPKP,TR0590.0510MCZMCZ-div3380.811ITCZ-po5431.212MCZITCZ-poLKP1901.513ITCZ-po6330.614ITCZ-po5951.215VRCZ-po8671165291.2179371.5185590.41911510.8202121.22113680.8227321.223001241101.2252181.226VRCZ-po1580.02271111.228101表3AK発症の契機となったCLの種類と使用状況発症時使用していたCL症例数(%)こすり洗いをしなかったケアに水道水を使用CLケースをまったく交換したことがない頻回交換ソフトコンタクトレンズ(SCL)16(57%)942ハードコンタクトレンズ(HCL)5(18%)使い捨てSCL2(7%)11従来型SCL2(7%)1装用なし2(7%)不明1(4%)合計28(100%)1053表4使用されていた保存液の種類使用されたCL洗浄保存液症例数ロートCキューブR7レニューR2アイネスR2コンプリートR2オプティ・フリーR1684あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(112)囲に限られるが,「こすり洗いをしなかった」が10例,「SCLのケアに水道水を使用」が5例,「レンズケースの交換をまったくしたことがない」が4例あった.SCL装用者のなかで使用していたケア用品について記載があったものが14例あった.この14例はすべてMPSを使用していた.その内訳を表4に示す.6.治療内容とその経年的変遷初期の一部症例を除いて,アゾール系薬剤および消毒剤であるpolyhexamethylenebiguanide(PHMB,0.02%に調整)を,あるいはchlorhexidinedigluconate(CHX,0.02%に調整),ピマリシン眼軟膏が治療の主体であった(表1).アゾール系薬剤の結膜下注射および全身投与は2005年頃まで行っていたが,2007年頃からは施行していない.角膜病巣部掻爬については症例ごとのばらつきが大きいが,近年は初期例の紹介が増えたこともあって,その施行回数は減少傾向であり,診断目的を含めた初診時の1回のみで治癒できた症例も少なくなかった.7.視力予後初診時および最終観察時点での矯正視力を図3に示す.初期症例のうち17例(17/20,85%)は最終矯正視力0.8以上が得られた.完成期8症例のうち点眼など,内科的治療のみで比較的良好な視機能を確保した症例は3例(3/8,38%)あり,いずれも最終矯正視力0.8以上であった(表1).角膜移植を施行したのは5症例(5/8,63%)で,そのうち3症例は最終矯正視力0.8以上を得た.残りの2症例は矯正視力0.05および指数弁であった.III考按近年,日本コンタクトレンズ学会および日本眼感染症学会の主導でコンタクトレンズ装用が原因と考えられる角膜感染症で入院治療をした症例を対象とする全国調査が行われた.平成19年4月からの1年間の中間報告9)では,233例のうち,角膜擦過物の塗抹検鏡にて40例,分離培養では32例でアカントアメーバが検出されている.これはCL関連角膜感染症の代表的な起炎菌である緑膿菌が角膜病巣より分離された47例に匹敵する症例数であり,AKがわが国においてすでに普遍的な感染症になっていることを物語っている.AK症例の増加についてはこれまでにもいくつかの指摘4,10)があるが,中四国地域から紹介を受けることの多い当院においても,2007年以降同様の増加傾向がみられることが確認できた.AKの確定診断は患者の角膜擦過物からアカントアメーバを同定することによりなされるべきである.当院では前医においてアカントアメーバが同定されている症例,あるいは前医での治療ですでに瘢痕化しつつあるような症例を除き,全例で角膜病巣部を擦過しファンギフローラYR染色などののち検鏡を行っている.検鏡にてアカントアメーバが確認できない場合,複数回角膜擦過をくり返す症例を中心に一部の症例で培養検査も行っている.今回対象となった症例で培養陽性は6例と少なかったが,これは培養検査に供した検体数が限定されていた要因が大きく,培養陽性率についての検討はできなかった.一方,AKにおいてはきわめて特徴的な臨床所見がみられることが多く,典型例ではかなりの確度で臨床診断することも可能である.筆者らの検討においても,AK初期症例の80%に放射状角膜神経炎が認められたほか,角膜上皮・上皮下混濁,偽樹枝状角膜炎の所見を呈する頻度も高いため,これらの所見を把握しておくことはAKの早期診断に最も重要なことと考えられる.AKの病期に着目すると,完成期の症例は減少傾向だが,初期の症例が増加傾向であった.これにはさまざまな要因が考えられるが,AKに対する眼科医の認知度が近年非常に高まり,比較的早期に診断あるいは疑いをもたれて専門の医療機関に紹介される症例が増加していることの結果と推察される.筆者らの検討においても前医にてAKの診断をうけていたものが10例もあり,第一線における眼科医の診断レベルの向上がうかがわれる.AKでは,特にヘルペス性角膜炎との鑑別が問題となることが多い1,11,12).筆者らの検討においても10例(36%)がAK診断前にヘルペス性角膜炎が疑われていた.円板状角膜炎など実質型のヘルペス性角膜炎が疑われれば抗ウイルス薬のほかにステロイド点眼あるいは内服が使用されることが多い.このほか,角膜上皮の混濁がアデノウイルス感染の混濁と類似していることも多く13,14),抗菌薬とステロイド点眼が使用されている場合もある.AKにおいてステロイド点眼が使用されると一時的に結膜充血や角膜浸潤が軽減し,AKの診断が遅れて病状を悪化させることになるので注意が必要である1,12).また,ステロイド存在下においてアカントアメー0.010.1初診時矯正視力最終矯正視力10.01◆:初期0.1■:完成期1図3初診時視力と最終視力(ただし,視力0.01以下はすべて0.01としてグラフに示した)(113)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010685バのシスト,栄養体ともに増加し,症状が進行するといった動物モデルでの報告もある15).AKの症例の多くがCL装用者である4,10,11,16).これは,言い換えれば,CL装用がAK発症の最大の危険因子であることを意味している.しかし,最近におけるAK症例の増加はCL装用者人口の増加のみで単純に説明しえるものではない.今回対象となった症例のなかにも,発症前にCLを不適切に使用されている例が多く認められ,極端な例では,使い捨てCLでありながら保存して再使用し,かつ不適切に保存していた.CLの不適切な管理はAK発症の契機であり,これが昨今のAK症例の増加の一因であることが考えられる.CLケースは洗面所など水回りに保管されることがほとんどのため,環境菌に汚染されやすいが,アメーバはそれらの細菌を栄養源にして生息している.このように,汚染したCLケースがアメーバや緑膿菌などの感染の温床となっていると考えられる16,17).レンズケースの洗浄,乾燥と定期的な交換,こすり洗いやすすぎなど,レンズケアの重要性について広く啓発していく必要がある.レンズ消毒の主流であるMPSのアメーバに対する消毒効果については議論の多いところである.基本的に,MPSのシストへの有効性は栄養体に比べてはるかに劣る.MPSへの浸漬時間を8時間と仮定したとき,アメーバシストに対して有効とされるMPSはいくつかあるが,多くのMPSでは十分な効果は期待できない18).また,たとえアカントアメーバ自体に対して有効であったとしても,CLに付着しているアメーバに対しMPSが有効に機能しない可能性はある16).結論として,MPSのアカントアメーバに対する消毒効果は不十分と考えるべきであり19),確実な消毒剤の開発は今後の大きな課題と思われる.AKの治療としては,いわゆる“三者併用療法”が従来から提唱されている6,20).これは,①フルコナゾール,ピマリシンなどの抗真菌薬の点眼または軟膏塗布,②イトラコナゾール,ミコナゾールなどの抗真菌薬の内服または経静脈投与,③外科的病巣掻爬を並行して行うものである.抗真菌薬は栄養体に対して一定の効果が確認されているが,シストにはほぼ無力であり21),その分,病巣掻爬を含めた外科的治療に依存する部分が多かったと考えられる.最近では,抗シスト薬として,消毒薬であるPHMBまたはCHXを0.02%に調整のうえで点眼投与することが一般的となり,当科においても今回対象となった症例のほとんどでCHXを,一部の症例でPHMBの点眼を使用している.AKに対するPHMB,CHXの治療効果は同等であるとされ22),治療にPHMBやCHXが用いられるようになってから治療成績が向上しているとの報告もある11,23,24).どのような治療の組み合わせが最も効果的か,今後の検討が望まれるところである.視力予後については,初期の症例で比較的良好な結果であった.完成期においても最終視力が良好であった症例が多くを占めたが,その過半数において治療的角膜移植が施行されていた.AKに対して角膜移植を行った症例数については,米国のWillsEyeHospitalは31症例中2症例(6%)4),英国のMoorfieldsEyeHospitalは56症例中5症例(9%)22)と報告している.診断の遅れにより重症化し,角膜移植などの外科的治療の必要性が高まることはこれまでにもしばしば指摘されているところである12,25)が,当科において角膜移植症例が多いのは今回の調査期間の前半に完成期の症例が多かったためと考えられる.今後,AKの早期診断率がさらに向上し,角膜移植を必要とする割合は減少することが大いに期待される.文献1)NagingtonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfectionoftheeye.Lancet2:1537-1540,19742)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮ほか:Acanthamoebakeratitisの1例.日眼会誌92:963-972,19883)大橋裕一,望月學:アカントアメーバ.眼微生物事典.p260-267,メジカルビュー社,19964)ThebpatiphatN,HammersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:Aparasiteontherize.Cornea26:701-706,20075)FoulksGN:Acanthamoebakeratitisandcontactlenswear.EyeContactLens33:412-414,20076)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:770-809,20077)石橋康久,本村幸子:アカントアメーバ角膜炎の臨床所見─初期から完成期まで─.日本の眼科62:893-896,19918)塩田洋,矢野雅彦,鎌田泰夫ほか:アカントアメーバ角膜炎の臨床経過の病期分類.臨眼48:1149-1154,19949)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査委員会コンタクトレンズ関連角膜感染症の実態と疫学.日本の眼科80:693-698,200910)AwwadST,PetrollWM,McCulleyJPetal:UpdatesinAcanthamoebakeratitis.EyeContactLens33:1-8,200711)ButlerKH,MalesJJ,RobinsonLPetal:Six-yearreviewofAcanthamoebakeratitisinNewSouthWales,Australia1997-2002.ClinExperimentOphthalmol33:41-46,200512)太刀川貴子,石橋康久,藤沢佐代子ほか:アメーバ角膜炎.日眼会誌99:68-75,199513)GoodallK,BrahmaA,RidgwayA:Acanthamoebakeratitis:Masqueradingasadenoviralkeratitis.Eye10:643-644,199614)TabinG,TaylorH,SnibsonGetal:AtypicalpresentationofAcanthamoebakeratitis.Cornea20:757-759,200115)McClellanK,HowardK,NiederkornJYetal:EffectofsteroidsonAcanthamoebacystsandtrophozoites.InvestOphthalmolVisSci42:2885-2893,200116)IllingworthCD,StuartD,CookSD:Acanthamoebakeratitis.SurveyOphthalmol42:493-508,199817)LarkinDFP,KilvingtonS,EastyDL:Contaminationof686あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010contactlensstoragecasesbyAcanthamoebaandbacteria.BrJOphthalmol74:133-135,199018)HitiK,WalochnikJ,MariaHallerSchoberEetal:EfficacyofcontactlensstoragesolutionsagainstdifferentAcanthamoebastrains.Cornea25:423-427,200619)KilvingtonS,HeaselgraveW,LallyJMetal:EncystmentofAcanthamoebaduringincubationinmultipurposecontactlensdisinfectantsolutionsandexperimentalformulations.EyeContactLens34:133-139,200820)石橋康久:アカントアメーバ角膜炎の治療─トリアゾール系抗真菌剤の内服,ミコナゾール点眼,病巣掻爬の3者併用療法.あたらしい眼科8:1405-1406,199121)ElderMJ,KilvingtonS,DartJK:AclinicopathologicstudyofinvitrosensitivitytestingandAcanthamoebakeratitis.InvestOphthalmolVisSci35:1059-1064,199422)LimN,GohD,BunceCetal:ComparisonofpolyhexamethylenebiguanideandchlorhexidineasmonotherapyagentsinthetreatmentofAcanthamoebakeratitis.AmJOphthalmol145:130-135,200823)BaconAS,FrazerDG,DartJKetal:Areviewof72consecutivecasesofAcanthamoebakeratitis1984-1992.Eye7:719-725,199324)DuguidIG,DartJK,MorletNetal:OutcomeofAcanthamoebakeratitistreatedwithpolyhexamethylbiguanideandpropamidine.Ophthalmology104:1587-1592,199725)Perez-SantonJJ,KilvingtonS,HughesRetal:PersistentlyculturepositiveAcanthamoebakeratitis.Ophthalmology110:1593-1600,2003(114)***

健康な女性に発症した両眼性の真菌性眼内炎の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(103)675《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):675.678,2010cはじめに真菌性眼内炎は,外科手術や悪性疾患など全身的な重症疾患があり,その管理のために経中心静脈高カロリー輸液(intravenoushyperalimentation:IVH)や,静脈カテーテルなどが挿入されている患者(compromisedhost)にみられることが多い.しかし今回,このような臨床経過がない健康な中年女性に両眼性の真菌性眼内炎が発症し,原因不明のぶどう膜炎として副腎皮質ステロイド薬の投与が行われ,急速に炎症の増悪をひき起こす結果となった症例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,女性.主訴:右眼視力低下,左眼霧視.現病歴:平成20年7月22日から24日にかけて38.5℃の発熱と頭痛が出現.28日右眼視力低下,29日左眼霧視を自〔別刷請求先〕岩瀬由紀:〒238-8558横須賀市米が浜通1-16横須賀共済病院眼科Reprintrequests:YukiIwase,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokosukaKyousaiHospital,1-16Yonegahamadouri,YokosukaCity,Kanagawa238-8558,JAPAN健康な女性に発症した両眼性の真菌性眼内炎の1例岩瀬由紀*1竹内聡*1竹内正樹*2野村英一*2西出忠之*2石原麻美*2林清文*2中村聡*2水木信久*2*1国家公務員共済組合連合会横須賀共済病院眼科*2横浜市立大学医学部眼科学教室EndogenousFungalEndophthalmitisinaFemalewithNoPriorHistoryYukiIwase1),SatoshiTakeuchi1),MasakiTakeuchi2),EiichiNomura2),TadayukiNishide2),MamiIshihara2),KiyofumiHayashi2),SatoshiNakamura2)andNobuhisaMizuki2)1)DepartmentofOphthalmology,YokosukaKyousaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine症例は56歳の健康な女性.平成20年7月22日,発熱,頭痛出現.28日右眼視力低下,29日左眼霧視を自覚し,30日前医受診.VD=(0.01),VS=(0.6),両眼前房内炎症細胞,角膜後面沈着物,雪玉状硝子体混濁,網脈絡膜滲出斑を認めた.サルコイドーシスを疑い副腎皮質ステロイド薬の内服を開始したが改善せず,両眼ステロイド薬のTenon.下注射が追加された.しかし前房内炎症,硝子体混濁は改善せず,むしろ増悪が認められたため,8月19日横浜市立大学附属病院(以下,当院)紹介受診となった.当院初診時,視力は両眼手動弁.両眼底に網脈絡膜滲出斑と濃厚な羽毛状硝子体混濁を認めた.両眼性の真菌性眼内炎を疑い抗真菌薬を開始したが,硝子体混濁の改善を得られず両眼硝子体手術に至った.硝子体液よりScedosporiumapiospermumが分離培養された.A56-years-oldfemalewithnopriorhistorydevelopedacutefeverandheadache.Aboutoneweeklatershenotedblurringinbotheyesandconsultedadoctor.Hercorrectedvisualacuitywas0.01rightand0.6left.Shepresentedwithanteriorgranulomatousuveitis,vitreousopacityandretinochoroidalexudatesinbotheyes.Becauseshewasdiagnosedwithsarcoid,shewastreatedwithtopical,oralandperiocularsteroids.Shealsoreceivedsub-Tenonsteroidinjection.Shetookaturnfortheworse,however,sowasreferredtoourhospital.Visualacuitywashandmotion.Fundusexaminationshowedfluffyopacitiesinthevitreousandretinalgranulomasinbotheyes.Shewastreatedwithintravenousantifungalagentsontheassumeddiagnosisoffungalendophthalmitis.Wecouldobtainnoimprovementofvitreousopacity,sosheunderwentvitrectomy.VitreousculturewaspositiveforScedosporiumapiospermum.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):675.678,2010〕Keywords:健常人,真菌性眼内炎,Scedosporiumapiospermum.healthywomen,fungalendophthalmitis,Scedosporiumapiospermum.676あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(104)覚し近医受診,両眼性のぶどう膜炎と診断.30日に前医受診.視力は右眼矯正0.01,左眼矯正0.6.両眼に前房内炎症,角膜後面沈着物,雪玉状硝子体混濁,網脈絡膜滲出斑が認められた.サルコイドーシスを疑われ,リン酸ベタメタゾンの点眼および副腎皮質ステロイド薬(プレドニゾロン30mg/日)の内服が開始されたが改善せず,トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が追加された.しかし症状は増悪し8月19日,横浜市立大学附属病院(以下,当院)紹介受診となった.既往歴:平成3年肺結核,平成6年胸膜炎.ペット飼育歴:なし.渡航歴:16回の海外渡航歴があるが,森林地帯など動植物との濃厚な接触はなし.初診時眼科所見:視力は両眼手動弁.両眼に微塵様角膜後面沈着物,前房内炎症細胞3.4+,隅角に前房蓄膿がみられた.両眼底には網脈絡膜滲出斑と濃厚な硝子体混濁があり,一部羽毛状であった.網膜電図は両眼とも減弱型,Bモードエコーでは,混濁した硝子体の陰影と後部硝子体.離がみられたが網膜.離はなかった.検査所見:血液検査では白血球の軽度の上昇があったが,C反応性蛋白は正常範囲内であった.肝機能,腎機能,耐糖能に異常はなかった.ACE(アンジオテンシン変換酵素)8.1U/l,Ca(カルシウム)10.0mg/dl,b2-ミクログロブリン1.10mg/lとサルコイドーシスを疑う所見は得られなかった.b-d-グルカンは基準値以下,感染症はHBs(B型肝炎表面)抗原,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体とも陰性.腫瘍マーカーはCEA(癌胎児性抗原),CA(糖鎖抗原)19-9ともに基準値内であった.胸部CT(コンピュータ断層撮影)では,右肺底部に空洞性病変がみられ,陳旧性の炎症病変と考えられた.両側肺門リンパ節腫脹は認めなかった.腹部CTでは,肝臓,胆.,膵臓に異常所見はみられなかった.左腎盂から腎盂尿管移行部に結石を認めた.頭部MRI(磁気共鳴画像)では,慢性虚血性変化と考えられる右頭頂葉にT2,FLAIRで点状の異常高信号域を認めたが,悪性リンパ腫など腫瘍を疑う所見はなかった.PET(ポジトロン断層撮影法)では,両眼部,右肩関節,肝臓に限局性の集積を認めた.経過:全身的に真菌血症を示唆する所見がなく,末梢血中b-d-グルカンは陰性であったが,副腎皮質ステロイド薬に対する反応が乏しいこと,および眼底所見より,両眼性の真菌性眼内炎を疑い,8月22日よりホスフルコナゾール400mg/日の点滴を開始した.10日間抗真菌薬を投与したが硝子体混濁の改善はみられず,診断および加療目的から9月1日右眼,4日左眼の硝子体手術を施行した.硝子体は高度に混濁しており,後極部の網膜血管の狭細化,網膜浮腫がみられた.網膜表面には白色膿が広範囲に付着しており,網膜内から硝子体へ播種している病巣もみられた.手術時に採取した硝子体液中のb-d-グルカンは右眼361.4pg/ml,左眼127.7pg/mlと高値であった.異型細胞や結核PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は陰性.ウイルス抗体率(Q値)は,HSV(単純ヘルペスウイルス):右眼0.41,左眼0.36,VZV(水痘帯状疱疹ウイルス):右眼0.56,左眼0.40,CMV(サイトメガロウイルス):右眼1.40,左眼0.98といずれも有意な上昇はみられなかった.硝子体病理組織で,PAS(過ヨウ素酸シッフ)染色とGrocott染色に陽性の真菌様構造物が認められ,硝子体灌流液の培養検査にてSporothrixschenkiiと形態学的に同定されたため,9月23日よりイトラコナゾール200mg/日内服へ変更した.その後,両眼とも増殖硝子体網膜症に進行し,9月27日図1網膜から硝子体に立ち上がる羽毛状硝子体混濁図2硝子体灌流液の培養分生子柄から球形の分生子が生じている.ラクトフェノールコットン青染色,400倍.(105)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010677左眼,10月9日右眼の増殖硝子体網膜症手術(シリコーンオイル全置換)を施行した.10月1日,左尿管結石症を発症し,排尿時に約5.0×2.5mm大の組織片を排出した.病理,培養検査にて形態学的にSporothrixschenkiiの菌塊と診断された.その後,硝子体より分離された真菌の分子生物学的同定を千葉大学真核微生物研究センターへ依頼したところ,Sporothrixschenkiiではなく,Scedosporiumapiospermumと同定された.さらなる全身的な精査,加療目的のために10月23日当院感染症内科に転科し,現在まで真菌性眼内炎の再発はない.視力は術後9カ月時点において,両眼矯正0.07まで回復している.II考按副腎皮質ステロイド薬の投与により悪化した本症例では細菌性眼内炎や結核性ぶどう膜炎の可能性も考えられたが,比較的緩徐な経過であること,ツベルクリン反応は陰性であったこと,胸部CT所見において活動性のある結核病変はみられないこと,および眼底所見を総合し,筆者らは真菌性眼内炎を疑い治療を開始した.真菌性眼内炎には外因性と内因性がある.外傷などにより発症する外因性真菌性眼内炎は減少傾向にあるが,IVHの普及に伴い内因性真菌性眼内炎は近年増加している.本症例は,眼外傷や手術,処置の既往はなく,両眼性に発症しており,内因性真菌性眼内炎と考えられた.病期は両眼とも石橋分類のⅢbであった.抗真菌薬による治療を開始したが,硝子体混濁の改善はみられず,硝子体手術に至った.術中所見は濃厚な硝子体混濁に加え,網膜血管の狭細化,網膜浮腫などがみられ網膜の傷害が大きかった.手術時に採取した硝子体液中のb-d-グルカンは高値を示し,硝子体灌流液の分離培養検査で最終的にScedosporiumapiospermumが同定されたことにより,真菌性眼内炎の確定診断を得た.硝子体中のb-d-グルカンの正常値は,真保らによると,10pg/ml以下と報告されている1).本症例の原因菌となったScedosporiumapiospermumは真菌類,子.菌門,ミクロアスクス目,ミクロアスクス科の1菌種で,無性世代である.本菌は土壌など自然界に生息し,空中に浮遊する分生子の吸入,または貫通性外傷を受けた局所への真菌要素の直接接種により生体に侵入し病変を生じると考えられている.この菌による感染症は一般にシュードアレシェリア症と総称されており,菌腫症(mycetoma)の一病型である深在性皮膚真菌症の起因菌の一つとして知られていた2).近年は,日和見真菌感染として注目されている3.6).しかし,Scedosporiumapiospermumによる内因性眼内炎の報告はわが国ではなく,全世界においても十数例ときわめてまれである7).しかしこれらの症例は,臓器移植後や大動脈弁置換術後,膠原病に対し免疫抑制薬や副腎皮質ステロイド薬の全身投与患者,急性リンパ性白血病など免疫機能の低下した患者,気管支拡張症など呼吸器疾患が背景にあった.一方本症例では,軽度の白血球の上昇以外,肝機能,腎機能,耐糖能に異常はなく,感染症や腫瘍マーカーは陰性であった.CTでも肺結核後の空洞性病変および左腎結石以外に明らかな腫瘍や炎症性病変は認めなかった.PETでは両眼部,右肩関節,肝臓に限局性の集積を認めたが,整形外科で右肩関節周囲炎として加療され,肝臓への集積に関しては,腹部エコー,腹部CTでは異常所見は認めなかった.健常成人に播種性に,全身へ感染巣を形成した報告はまれであり貴重な症例といえる.本症例における感染経路であるが,多くの海外渡航歴があるも動植物との濃厚な接触はない.明らかな皮膚病変は認められなかったが,本人も気づかない小外傷から本菌が侵入し,真菌血症となり,眼内や尿管へ病巣を形成した可能性があるかもしれない.あるいはシュードアレシェリア症による肺感染症は,気管支拡張病変や.胞,肺結核後の空洞病変に本菌が吸入され感染するとされており,肺結核後の空洞性病変に本菌が吸入感染し,肺病変から全身へ播種し,眼内炎,尿管結石症を発症した可能性も考えられる.しかし気管支鏡検査にて施行した生検からは本菌は分離されていない.これまで報告された症例での視力予後は不良であり,眼症状発現後数カ月で敗血症や多臓器不全となり死亡している7).Maertensらは,本菌による死亡率は90%と報告している8).生命に関わる全身性の真菌感染症の再発を予防するため,本疾患では抗真菌療法の継続が必要であると考え,Scedosporiumapiospermumに有効とされるボリコナゾールの内服を現在も継続している.一般に内因性真菌性眼内炎の背景には,全身的な重症疾患があり,IVHや静脈カテーテルなどが挿入されていることが多い.このよう経緯があれば,特徴的な臨床所見とあわせて診断は比較的容易である.しかし本症例は健康な女性であり,原因不明のぶどう膜炎として,副腎皮質ステロイド薬の局所および全身投与が行われ,急速に炎症の増悪をひき起こす結果となった.原因不明の内眼炎では,真菌性眼内炎の可能性も考慮し,副腎皮質ステロイド薬の全身投与は十分慎重に検討しなくてはならないと考えられた.文献1)真保雅乃,伊藤典彦,門之園一明:硝子体液中b-D-グルカン値の臨床的意義の検討.日眼会誌106:579-582,20022)伊藤章:アレシュリオーシス.日本臨牀領域別症候群別冊24:384-386,19993)CohenJ,PowderlyWG:InfectionsDisease.2ndedition,p1162,Mosby,Edinburgh,2004678あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(106)4)MandellGL,BennettJE,DolinR:Principlesandpracticeofinfectiousdisease.5thedition,p2772-2780,ChurchillLivingstone,Philadelphia,20005)RajR,FrostAE:Scedosporiumapiospermuminalongtransplantrecipient.Chest121:1714-1716,20026)渡辺健寛,小池輝元,今給黎尚幸ほか:Scedosporiumapiospermumによる肺感染症の2症例.日呼外会誌20:620-624,20067)LaroccoAJr,BarronJB:EndogenousScedosporiumapiospermumendophtalmitis.Retina25:1090-1093,20058)MaertensJ,LagrouK,DeweerdtHetal:DisseminatedinfectionbyScedosporiumprolificans:anemergingfatalityamonghaematologypatients:casereportandreview.AnnHematol79:340-344,2000***

後部強膜炎に視神経周囲炎を合併した若年者の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(99)671《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):671.674,2010cはじめに後部強膜炎は疼痛,視力低下を主症状とし,眼底に網脈絡膜皺襞や滲出性網膜.離など多彩な症状を呈する疾患である.特に初期の原田病と鑑別困難な場合があり,超音波検査,CT(コンピュータ断層撮影),MRI(磁気共鳴画像)などの画像検査で後部強膜の肥厚所見を得ることが診断の決め手となることがある.原疾患として関節リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)といった膠原病や,結核・梅毒などの感染症を合併することも多いといわれている1).視神経周囲炎は視神経鞘に炎症の首座があるものをいい,脱髄性視神経炎とはまったく異なる病態で,眼窩内炎症の一つと位置付けられる.急性または亜急性の片眼または両眼の霧視,眼痛で発症する比較的まれな疾患である.乳頭腫脹は初発時,ほぼ全例にみられるが中心視力は保たれることがあり,その場合盲点の拡大,傍中心暗点または弓状暗点のみがみられることがある.MRI所見が重要で,視神経周囲がT2強調画像で高信号を呈する.ステロイド薬は著効するが,漸減または中止後しばしば再燃しやすい2).両疾患とも小児や若年者での報告が少なく,特発性眼窩炎症の一型として考えられている.以前林らが成人例の後部強〔別刷請求先〕菅原道孝:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3医療法人社団済安堂井上眼科病院Reprintrequests:MichitakaSugahara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN後部強膜炎に視神経周囲炎を合併した若年者の1例菅原道孝藤本隆志井上賢治若倉雅登井上眼科病院ACaseofPosteriorScleritiswithOpticPerineuritisMichitakaSugahara,TakashiFujimoto,KenjiInoueandMasatoWakakuraInouyeEyeHospital緒言:後部強膜炎,視神経周囲炎ともに別々の独立した疾患概念で分類されている.今回両者が連続すると思われる症例を経験したので報告する.症例:16歳,男性.両眼球運動痛と上眼瞼腫脹,複視を自覚し,近医を受診.眼窩内炎症を考え加療するも,前房内炎症,視神経乳頭腫脹が出現したため当院紹介受診となった.当院初診時視力は両眼とも(1.2),RAPD(相対性求心路瞳孔異常)(.),両眼の強膜炎,前房内炎症,視神経乳頭発赤腫脹,黄斑に網脈絡膜皺襞があった.フルオレセイン蛍光眼底造影で両眼視神経乳頭過蛍光を示した.MRI(磁気共鳴画像)で両眼とも眼球後壁から視神経にかけての肥厚と造影剤による増強効果を認め,後部強膜炎と視神経周囲炎の合併例と診断し,ステロイドパルス療法を施行した.再発例が多いことから免疫抑制薬を併用しステロイド薬内服を漸減中である.結論:本例は後部強膜炎も視神経周囲炎も解剖学的に連続性があり,特発性眼窩炎症の一型と解釈した.A16-year-oldmale,whenfirstseenbyhisophthalmologist,complainedofocularpain,eyelidswellinganddiplopia.Hewasinitiallytreatedwithanon-steroidalanti-inflammatorydrug,butwasfoundtohaveiritisanddiscswelling,andwasrefferedtoourclinic.Onadmission,hisbestvisualacuitywas20/16inbotheyes.Examinationofbotheyesshowedanteriorscleritis,iritis,hyperemicdisc,andretinalfold.Fundusfluoresceinangiographydisclosedpersistentdyeleakagefrombothdiscs.MRIrevealedahigh-signal-intensityareaaroundtheposteriorscleraandtheadjacentopticnervesheath.Wediagnosedposteriorscleritiswithopticperineuritis,andadministeredpulsedcorticosteroidtherapy.Thesteroidsweretaperedoffincombinationwithimmunosuppressantdrugs.Posteriorscleritiswithopticperineuritisshouldberegardedasamanifestationofidiopathicorbitalinflammatorysyndromes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):671.674,2010〕Keywords:後部強膜炎,視神経周囲炎,特発性眼窩炎症.posteriorscleritis,opticperineuritis,idiopathicorbitalinflammatorysyndromes.672あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(100)膜炎と視神経周囲炎の合併例を報告した3)が,今回筆者らは両者を合併した若年者の1症例を経験したので報告する.I症例患者:16歳,男性.初診:2008年5月10日.主訴:眼痛,視野異常.現病歴:平成20年4月中旬に発熱,咽頭痛出現.4月下旬頃より両眼球運動痛,上眼瞼腫脹,複視を自覚し近医受診.上記症状に加え,右眼下転障害,採血で炎症反応を認めたため,眼窩内炎症を考え非ステロイド系抗炎症薬,抗生物質内服投与された.眼瞼腫脹・複視は改善するも,眼痛が軽減せず,さらに前房内炎症・視神経乳頭腫脹が出現し,傍中心暗点も認めたため当院紹介受診となった.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.15(1.2×sph.2.25D),左眼0.1(1.2×sph.2.25D(cyl.0.5DAx180°),眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.中心フリッカー値(CFF)は左右とも48Hzであった.眼位は正位,眼球運動は異常なく,前医でみられた下転障害は改善していた.瞳孔は正円,左右同大,RAPD(相対性求心路瞳孔異常)(.)であった.両眼に微細な角膜後面沈着物,両眼前房内に2+.3+の炎症細胞,両眼耳側強膜充血がみられた.眼底は両眼とも視神経乳頭の発赤・腫脹,両眼黄斑部の網脈絡膜皺襞を認めた(図1).蛍光眼底造影(FA)では両眼視神経乳頭からの蛍光漏出と右眼耳側網膜血管からの漏出がみられた(図2).視野検査では両眼Mariotte盲点の拡大と左眼の傍中心暗点が検出された(図3).造影MRIでは両眼とも眼球後壁から視神経にかけての肥厚と造影剤による増強効果を認めた(図4).血液検査では血沈が軽度亢進(14mm/h)していたが,抗核抗体などは陰性であった.甲状腺機能は遊離サイロキシンFT3,FT4は正常であったが,TSH(甲状腺刺激ホルモン)が0.17と低下していた.抗サイログロブリン抗体は正常であった.経過:眼痛,視神経乳頭浮腫,網脈絡膜皺襞,MRIで眼球後壁の肥厚がみられたことから後部強膜炎,視神経乳頭浮腫と視野検査でMariotte盲点の拡大,MRIで視神経周囲の増強効果を示したことから視神経周囲炎と診断した.FAで視神経乳頭からの蛍光漏出を認め,視神経炎も鑑別として考えたが,視力低下がみられないこと,CFFの低下がみられ図1初診時眼底写真両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹,両眼黄斑部の網脈絡膜皺襞を認めた.図2初診時蛍光眼底造影写真a:右眼耳側網膜血管からの漏出,b:両眼視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.ab(101)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010673ないこと,MRI所見では視神経実質の炎症というより視神経周囲に炎症がみられたことから視神経炎より視神経周囲炎と考え,後部強膜炎と視神経周囲炎の合併例として治療を開始した.治療は16歳という年齢を考慮して,当初メチルプレドニゾロン500mgのセミパルス療法を5日間,後療法としてメチルプレドニゾロン125mgの点滴を2日間施行したが消炎が不十分であった.ついで,メチルプレドニゾロン1,000mgのパルス療法を3日間行い,以後プレドニゾロン30mgとし漸減していった.両疾患とも再発が多いことからこのときよりアザチオプリン50mgも併用した.前房内炎症・網脈絡膜皺襞も軽減し,視神経乳頭腫脹は軽減した.アザチオプリンを100mgに増量し,プレドニゾロン漸減を計画し,治療開始後18週目にプレドニゾロン15mgに減量したところで炎症が再燃した.このため,プレドニゾロンを30mgに再増量し,免疫抑制薬もシクロスポリン35mgに変更した.その後治療開始26週目に炎症が再燃したが,シクロスポリンを75mgに増量し現在活動性は,ほぼ消失している(図5).CFFは経過中低下はみられなかった.II考按後部強膜炎と視神経周囲炎を合併した過去の報告を調べると,林ら3)は4例報告している.発症年齢は40.50歳代と視神経炎の好発年齢より高齢で,眼痛や頭痛が4例中3例に認められた.視力低下は軽度であったが全例にRAPDが陽図3初診時Goldmann視野検査両眼Mariotte盲点の拡大と左眼の傍中心暗点を認めた.LR図5治療経過プレドニゾロン換算量(mg/日)(週数)炎症再燃101506251,250302010203040炎症再燃アザチオプリン50mg100mgシクロスポリン35mg50mg75mg図4造影MRI両眼とも球後軟部組織の炎症性浮腫(黒矢印)と視神経鞘に炎症所見(白矢印)を認めた.674あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(102)性で,視神経萎縮が進んでいた1例以外は乳頭浮腫を伴っていた.視野はMariotte盲点拡大または弓状暗点を呈していた.副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)が著効するが,いずれも再発性であった.4例とも視力低下は後部強膜炎とほぼ同時期に認められたが,強膜の炎症が視神経鞘に波及し,視神経周囲炎を合併したために視力低下をきたした.後部強膜炎または視神経周囲炎は広義の眼窩炎性偽腫瘍の一型と考えるべきで,眼窩内外組織の検索と経過観察が望まれるとしている.Ohtsukaら4)は合併例1例を報告している.40歳の女性で,左眼痛,視力低下を主訴に受診した.左眼の視神経乳頭は腫脹し,発赤・線状出血があった.左眼は散瞳しており,0.125%ピロカルピンに過敏性があった.MRIT2強調画像で視神経鞘に隣接した後部強膜は高信号で,造影後脂肪抑制MRIT1で後部強膜と視神経鞘の周囲に造影効果を示した.解剖学的に強膜と視神経鞘とは連続性があり,これらの関係を示すのに造影後脂肪抑制MRIが有用であったとしている.特発性眼窩炎症は眼窩内のさまざまな場所にできる原因不明の非肉芽腫性炎症で,小児を含むあらゆる年齢に発症する.従来眼窩炎性偽腫瘍とよばれていたが,そのうち,解明されてきたリンパ増殖性疾患などを除いたものを,英文文献では「idiopathicorbitalinflammation」と記している.症状は病変の部位によって決まり,典型的な症例では急性の経過を示し,疼痛,眼瞼腫脹,眼球突出,結膜充血,結膜浮腫,眼球運動障害,複視,視力低下,眼瞼下垂などの症状が突然出現する.病変の主座により強膜炎型,外眼筋炎型,涙腺炎型,視神経周囲炎型,びまん型に分類されるが,ときに複数の型にまたがって病変が多重することがあったり,両側の眼窩に病変が生じることもあるといわれている5,6).今回の筆者らの症例も単一の疾患では説明できず,MRIの結果からも特発性眼窩炎症の強膜炎型と視神経周囲炎型の重複したものと考えた.後部強膜炎と視神経周囲炎を合併した過去の報告で,若年者の症例はない.後部強膜炎は若年者で少数例の報告がある7,8)が,確定診断のため超音波Bモード検査やCTが施行されてはいるものの,眼窩MRIを施行された症例は少ないため,視神経病変の検討は不十分であった可能性がある.強膜肥厚はCTで描出可能であるが,視神経鞘や眼窩内脂肪組織の炎症を捉えるには脂肪抑制MRIが適しているため,今後は可能であればMRIを施行し眼窩内外の検索を行う必要があると考えた.治療の第一選択はステロイドの大量点滴で,多くの場合数日のうちに改善を認める.減量中再燃をきたした場合免疫抑制薬を併用したり,放射線を使用する.今回の症例では治療にステロイドと免疫抑制薬のアザチオプリン,シクロスポリンを併用したが,Swamyら9)は24名の特発性眼窩炎症の患者の治療で19名にステロイドの内服を,1名にステロイドの点滴を,7名に免疫抑制薬としてメトトレキセート,アザチオプリン,シクロスポリン,ミコフェノール酸などを併用したとしている.経過観察期間中42%の患者が再発し,29%は2剤以上の薬剤で寛解を維持できたとしている.この論文では免疫抑制薬使用者の詳しい記載はなく,どの薬剤を選択するかの基準もないとしている.Smithら10)は14名の特発性眼窩炎症の患者の治療でステロイドの補助療法としてメトトレキセートを使用し約90%の患者に効果があり,併用が必要であった患者の2/3の症例はメトトレキセートを中止することができたと報告している.当院でも再発性眼窩炎性疾患にアザチオプリン,シクロスポリン,メトトレキセート,エンドキサンを用いているが,その反応性は症例により異なり,どれが優位とはいえない.本例ではシクロスポリンの効果があるようにみえたが,どの症例にも共通して奏効するとは結論できないと考える.文献1)McCluskeyPJ,WatsonPG,LightmanSetal:Posteriorscleritis:clinicalfeatures,systemicassociations,andoutcomeinalargeseriesofpatients.Ophthalmology106:2380-2386,19992)PurvinV,KawasakiA,JacobsonDM:Opticperineuritis:clinicalandradiographicfeatures.ArchOphthalmol119:1299-1306,20013)林恵子,藤江和貴,善本三和子ほか:後部強膜炎に合併したと考えられた視神経周囲炎の4例.臨眼60:279-284,20064)OhtsukaK,HashimotoM,MiuraMetal:Posteriorscleritiswithopticperineuritisandinternalophthalmoplegia.BrJOphthalmol81:514,19975)KennerdellJS,DresnerSC:Thenonspecificorbitalinflammatorysyndromes.SurvOphthalmol29:93-103,19846)RootmanJ,NugentR:Theclassificationandmanagementofacuteorbitalpseudotumors.Ophthalmology89:1040-1048,19827)有馬由里子,河原澄枝,松岡雅人ほか:著明な乳頭浮腫を伴った小児の強膜炎.眼紀55:465-470,20048)柴田邦子,竹田宗泰:片眼の漿液性網膜.離を呈した小児の後部強膜炎の1例.眼紀45:189-192,19949)SwamyBN,McCluskyP,NemetAetal:Idiopathicorbitalinflammatorysyndrome:Clinicalfeaturesandtreatmentoutcomes.BrJOphthalmol91:1667-1670,200710)SmithJR,RosenbaumJT:Aroleformethotrexateinthemanagementofnon-infectiousorbitalinflammatorydisease.BrJOphthalmol85:1220-1224,2001***

Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)667《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):667.670,2010cはじめに眼トキソプラズマ症はネコ科の動物を終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)による網脈絡膜炎である.眼トキソプラズマ症は先天性感染と後天性感染に区別される.後天性感染では不顕性感染となることが多く,日本人成人の20.30%が感染していると報告されている.確定診断には血清と眼内液それぞれのtotalIg(免疫グロブリン)Gに占める抗原特異的IgGの割合の比をとった抗体率(Q値)が用いられる1).今回,Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕62歳,日本人男性.主訴:右眼視力低下,霧視.現病歴:以前に視力低下を指摘されたことはなかった.半年前より右眼視力低下,霧視を自覚し近医受診.視力は右眼矯正(0.15)であり,角膜後面沈着物,硝子体混濁,および網膜滲出斑を指摘され,精査加療目的にて当科紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.患者背景:生肉摂取歴なし,ネコ接触歴なし.〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0009横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasakiTakeuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,YokohamaCity,Kanagawa236-0009,JAPANQ値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例竹内正樹澁谷悦子飛鳥田有里西田朋美石原麻美林清文中村聡水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室TwoCasesofAcquiredToxoplasmosisDiagnosedbyCalculatingtheGoldmann-WitmerCoefficientMasakiTakeuchi,EtsukoShibuya,YuriAsukata,TomomiNishida,MamiIshihara,KiyofumiHayashi,SatoshiNakamuraandNobuhisaMizukiDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine症例:症例1は62歳,日本人男性,症例2は22歳,ブラジル人女性.2例とも片眼の視力低下と霧視を自覚し精査加療目的にて当科紹介受診.片眼の周辺網膜に硝子体混濁を伴った限局性滲出斑がみられ,その周囲には瘢痕病巣が存在した.2例とも血清および眼内液より計算されたトキソプラズマQ値の上昇を認め,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断した.アセチルスピラマイシンおよびプレドニゾロンの併用療法を開始し,症例2では病巣の瘢痕化を得た.症例1ではアセチルスピラマイシンの効果が乏しく,クリンダマイシン投与に変更したところ,病巣の瘢痕化を得た.結論:Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例を経験した.WereporttwocasesofacquiredtoxoplasmosisdiagnosedbycalculatingoftheGoldmann-Witmercoefficient(GWC).Case1wasa62-year-oldJapanesemale;andcase2wasa22-year-oldBrazilianfemale.Eachwassufferingfromvisuallossandblurringinoneeye.Fundusexaminationdisclosedunilateralvitreousopacityandcircumscribedactiveexudates,withadjacentscarringlesionsintheperipheralretina.BothpatientswerediagnosedashavingrecurrentacquiredtoxoplasmosisonthebasisofGWCelevation.Theyweretreatedwithacombinationoforalacetylspiramycinandprednisolone.Incase1,clindamycinwasadministeredbecauseofpoorsusceptibilitytoacetylspiramycin.Theexudateswerecuredwithscarformationinbothcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):667.670,2010〕Keywords:眼トキソプラズマ症,後天性,Q値,ブラジル人.oculartoxoplasmosis,acquired,Goldmann-Witmercoefficient,Brazilian.668あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(96)経過:初診時視力は右眼矯正(0.3).右眼前眼部では角膜後面沈着物,前房内炎症細胞1+程度がみられた.中間透光体には特記すべき所見はなかった.後眼部に強い硝子体混濁,および上方網膜に限局性滲出斑と隣接する瘢痕化病巣がみられた(図1a,b).左眼に特記すべき所見はみられなかった.左眼ぶどう膜炎に対して,全身検索を行った.胸部単純写真では異常はなく,ツベルクリン反応は弱陽性であった.血清検査,および前房水検査より計算されたヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスのQ値は基準値以下であった.診断および治療目的にて右眼の硝子体手術を施行し,硝子体液を採取,解析したところ,硝子体中のトキソプラズマのIgG抗体が200IU/ml以上〔ELISA(酵素免疫測定法),正常6未満〕と高値で,Q値も16.1と高値であった.硝子体液では抗トキソプラズマIgM抗体は0.50(ELISA,正常0.8未満)であった.硝子体液の真菌塗抹培養検査は陰性,IL(インターロイキン)-6,IL-10は基準値以下であった.細胞診では異型細胞はみられなかった.以上より,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断し,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日,6週間)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール終了後に硝子体混濁が増悪し,視力は右眼矯正0.1に低下したため,クリンダマイシン(ダラシンR600mg/日)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール施行し硝子体混濁の改善と網膜滲出斑の瘢痕化が得られた.初診時より9カ月の時点において視力は右眼矯正(0.5)まで改善した(図1d).〔症例2〕22歳,ブラジル人女性.主訴:右眼視力低下,霧視.現病歴:2カ月前より右眼視力低下,霧視を自覚し近医受診.虹彩炎,網膜滲出斑を指摘され精査加療目的にて当科紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.患者背景:生肉摂取歴なし,幼少時にネコ飼育歴あり.経過:初診時視力は右眼矯正(1.0)であった.右眼前眼部では角膜後面沈着物,前房内炎症細胞1+,フレア1+がみられた.中間透光体には特記すべき所見はなかった.網膜鼻下側に限局性滲出斑と隣接する瘢痕化病巣がみられた(図2a,b).左眼に特記すべき所見はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影では瘢痕病巣は早期から後期にかけて低蛍光であり,滲出斑は中期より辺縁部の過蛍光を呈した.右眼感染性ぶどう膜炎を疑い全身検索を施行した.血清検査,および右眼前房水検査でトキソプラズマのIgG抗体が13IU/ml(ELISA,正常6未満)と高値で,計算されたQ値は126.4と著しく高値であった.抗トキソプラズマIgM抗体は0.10(ELISA,正常0.8未満)であった.以上の所見より,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断し,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日,6週間)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール終了し炎症所見の改善と滲出斑の瘢痕化が得らacbd図1症例1a:初診時眼底写真.黄斑部に瘢痕病巣はみられない.b:初診時眼底写真.上方周辺部に滲出斑と瘢痕病巣を認める.c:蛍光眼底造影検査(中期像).滲出斑に一致した輪状の過蛍光と蛍光漏出を認める.d:治療後眼底写真.病巣の瘢痕化を認めた.(97)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010669れた.初診時より6カ月の時点で視力は右眼矯正(1.2)に改善した(図2d).II考按トキソプラズマ症はネコ科の動物を終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)による人畜共通感染症である.多くは不顕性感染となり,トキソプラズマ抗体価の陽性率は日本人で30%とされている.欧米,特にフランス,ドイツ,オランダ,ブラジルでは抗体陽性率が高いことが知られており,わが国でも,近年,在日ブラジル人において眼トキソプラズマ症の報告が目立っている2.4).当院においても,2009年に経験した眼トキソプラズマ症3例のうち,症例2を含めて2例が在日ブラジル人であった.症例2ではネコ飼育歴があり,感染経路としてネコの排泄物を介しての経口感染や経皮感染が考えられた.症例1では感染原因として特記すべきことはなかった.眼トキソプラズマ症は先天性感染と後天性感染に区別される.先天性眼トキソプラズマ症は一般に両眼性で,両眼の黄斑部にみられる境界鮮明な壊死性瘢痕病巣が特徴とされる.黄斑部病巣により出生時より視力障害をきたす.再発病巣では瘢痕病巣に隣接または離れた部位に限局性滲出性網脈絡膜炎としてみられる.一方,後天性眼トキソプラズマ症は,先天性眼トキソプラズマ症の再発病巣と同様に限局性滲出性網脈絡膜炎が,通常,片眼性にみられる.今回の2症例でもいずれも幼少時に視力低下はなく,片眼性で,周辺網膜の限局性滲出性網脈絡膜炎を呈し,また,それに隣接した壊死性瘢痕病巣がみられた.検査所見では眼内液と血清のIgG抗体の比であるQ値の上昇がみられたが,IgM抗体の上昇はみられなかった.以上のことより,2症例ともに後天性眼トキソプラズマ症を以前に発症しており,今回はその再発と考えられた.ただし,以前の後天性眼トキソプラズマ症の発症に対する病識ははっきりしなかった.眼トキソプラズマ症では過去の報告では先天性が74%を占めると報告され5),一般に先天性感染が多いとされていた.しかし,近年,後天性感染の症例が多数報告されており,後天性感染の増加が示唆されている6,7).後天性眼トキソプラズマ症の診断にはいくつかの検査法が用いられる.血清中および眼内液中のそれぞれで,全IgG量に対する抗原特異的IgG量の抗体率を眼内液と血清で比較した値(Q値)では1.0以上で眼トキソプラズマ症の可能性が高くなり,8.0以上で確定診断となるとされている1).その他,原虫の分離,3週間の間隔で採取したペア血清での抗トキソプラズマ抗体の陽転あるいは4倍以上の抗体価上昇,PCR(polymerasechainreaction)法を用いた眼内液中のトキソプラズマゲノムの検出なども診断に有用である8).しかし,原虫の分離には眼球摘出が必要であり,臨床において通常行われることはない.ペア血清測定は簡便にできる検査ではあるが,診断までに3週間の期間が必要であり,眼局所のみのトキソプラズマ症では血清の抗トキソプラズマ抗体価が上昇しないこともある.Q値,PCR法では眼内液を採acbd図2症例2a:初診時眼底写真.黄斑部に瘢痕病巣はみられない.硝子体混濁を伴っている.b:初診時眼底写真.上方周辺部に滲出斑と瘢痕病巣を認める.c:蛍光眼底造影検査(中期像).滲出斑に一致した過蛍光を認める.d:治療後眼底写真.病巣の瘢痕化を認めた.670あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(98)取しなければならないが,Fekkarらは眼トキソプラズマ症におけるQ値の感度は81%,特異度は98.7%であり,PCR法の感度は38%,特異度は100%であると報告しており,眼トキソプラズマ症におけるQ値の臨床的意義はきわめて大きい9).本症例ではいずれもQ値が8.0以上であり,眼トキソプラズマ症の確定診断に至った.眼トキソプラズマ症の治療には,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日)およびプレドニゾロン(30.40mg/日,漸減療法)の併用が一般的である.6週間を1クールとし,効果があればさらに1クール投与する.アセチルスピラマイシンに反応しない症例では,クリンダマイシンが用いられる.症例1では,アセチルスピラマイシンに反応がみられず,クリンダマイシンに変更したところ,硝子体混濁の改善と網膜滲出斑の瘢痕化が得られた.国際眼炎症学会の治療指針では,ピリメサミン,サルファジアジン,プレドニゾロンの3剤併用療法が推奨されている.ピリメサミン,サルファジアジンは栄養型の増殖は抑制するが,.子に対しては無効である.瘢痕化病巣ではトキソプラズマは.子の状態で存在しているため,いずれの薬剤による再発予防は不可能であり,妊娠や免疫力低下を契機に再発する可能性がある.アトバコンは.子に対しても有効であることが報告されている10)が,わが国では未承認である.眼トキソプラズマ症の日本での感染率は近年低下傾向にあるといわれている.しかし,AIDS(後天性免疫不全症候群),臓器移植後,血液腫瘍などで免疫力が低下したcompromisedhostにおいての日和見感染として増加してきている.また,近年の国際化に伴って,本症例のようなブラジル人のほか,多くの欧米人がわが国に在住しており眼トキソプラズマ症の発症が報告されている.さらにわが国では,近年,生肉食を好む文化やペットブームもあり,今後もますます注意しなければならない疾患である.片眼の硝子体混濁を伴った限局性滲出性網脈絡膜炎の患者をみたら,まず,後天性眼トキソプラズマ症を念頭において診療にあたることが大切である.文献1)DesmontsG,BaronA,OffretGetal:Laproductionlocaled’anticorpsaucoursdestoxoplasmosisoculaires.ArchOphthalmolRevGenOphthalmol20:134-145,19602)大井桂子,酒井潤一,薄井紀夫ほか:再燃を繰り返した眼トキソプラズマ症の2例.眼臨101:322-326,20073)八木淳子,石川裕人,池田誠宏ほか:網膜新生血管を生じた眼トキソプラズマ症.あたらしい眼科24:961-964,20074)菊池豊彦,神部孝,石嶋清隆ほか:トキソプラズマによる乳頭隣接網脈絡膜炎の1例.眼科42:189-192,20005)AtmacaLS,SimsekT,BatiogluF:Clinicalfeaturesandprognosisinoculartoxoplasmosis.JpnJOphthalmol48:386-391,20046)大黒伸行:眼トキソプラズマ感染症.あたらしい眼科17:190-192,20007)ForresterJV,OkadaAA,BenezraDetal:Toxoplasmosis.PosteriorSegmentIntraocularInflammationGuidelines(edbyOhnoS),p43-48,KuglerPublications,Hague,19988)春田恭照:トキソプラズマ網脈絡膜炎.眼科41:1427-1433,19999)FekkarA,BodaghiB,TouafekFetal:Comparisonofimmunoblotting,calculationoftheGoldmann-Witmercoefficient,andreal-timePCRusingaqueoushumorsamplesfordiagnosisofoculartoxoplasmosis.JClinMicrobiol46:1965-1967,200810)SchimkatM,AlthausC,ArmbrechtCetal:TreatmentoftoxoplasmosisretinochoroiditiswithatovaquoneinanAIDSpatient.KlinMonatsblAugenheilkd206:173-177,1995***

日本医科大学付属病院眼科における強膜炎患者の統計的観察

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(91)663《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):663.666,2010cはじめに強膜炎は,日常診療で遭遇することが珍しくない疾患であるが,自然軽快する症例から眼球摘出や失明に至る症例まで,その臨床像はさまざまである.強膜炎の約25.50%に全身性の免疫関連疾患がみられることが知られており1),感染性のものとしてヘルペスや梅毒,結核,非感染性のものとして関節リウマチ,血清反応陰性脊椎関節症,再発性多発軟骨炎などが知られている2).しかし,わが国における多数例についての統計報告は少なく,荒木ら3)の75例や黒坂ら4)の106例,伊東ら5)の170例があるのみである.今回筆者らは,日本医科大学付属病院眼科(以下,当科)における最近の4年間の強膜炎および上強膜炎患者について統計学的検討を行った.I対象および方法2004年4月.2008年3月の4年間に当科外来を受診した強膜炎・上強膜炎患者59例(男性23例,女性36例)を対象とし,血液検査などの臨床検査結果の異常値の頻度,全身〔別刷請求先〕若山久仁子:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:KunikoWakayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPAN日本医科大学付属病院眼科における強膜炎患者の統計的観察若山久仁子堀純子塚田玲子伊藤由紀子高橋浩日本医科大学眼科学教室ReviewofScleritisandEpiscleritisatNipponMedicalSchoolHospitalKunikoWakayama,JunkoHori,ReikoTsukada,YukikoItoandHiroshiTakahashiDepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool目的:過去4年間の強膜炎,上強膜炎の解析.対象:2004年から2008年までの4年間に当科を受診した強膜炎,上強膜炎患者59例.結果:男性23例,女性36例.平均年齢52.6歳.全体の52.5%が前部びまん性強膜炎で,ついで上強膜炎,前部結節性強膜炎,前部壊死性強膜炎,後部強膜炎と続いた.臨床検査結果に異常を示した割合は92%であり,異常頻度の高いものに蛋白分画,補体価,抗核抗体,リウマチ因子,免疫グロブリン値などがあった.約22%に全身性随伴疾患を認め,頻度の高い疾患として関節リウマチが38.5%,サルコイドーシスと再発性多発軟骨炎が各15.4%を占め,他に結核,血清反応陰性関節炎,トキソプラズマがあった.強膜炎の精査を契機に随伴疾患の診断に至った症例は69.2%であった.結論:強膜炎患者の9割が臨床検査結果に異常を呈し,約7割に随伴疾患が発見された.強膜炎診療における全身精査は重要である.Purpose:Toreviewcasesofscleritisandepiscleritisinourdepartment.Cases:Thisretrospectivestudyinvolved59newcasesofscleritisandepiscleritisduring4years,through2008.Results:Theseriescomprised23malesand36females,withanaverageof52.6years.Thetypeofscleritiswasdiffuseanteriorin52.6%,followedbyepiscleritis,nodularanteriorscleritis,necrotizinganteriorscleritisandposteriorscleritis.Ofourcases,92%hadabnormalresultsinlaboratorytests.Anassociatedsystemicdiseasewasrecognizedin13/59patients(22%);rheumatoidarthritiswasfoundin5ofthe13(38.5%),followedbysarcoidosisin2(15.4%),andrelapsingpolychondritisin2(15.4%).Thefindingofassociatedsystemicdiseasewasaresultoftheinitialdiagnosisin9ofthe13patients(69.2%).Conclusion:92%ofourcasesshowedabnormalresultsinlaboratorytests.Specificattentionisneededtodetectassociateddiseasewhenscleritisisdiagnosedinitially.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):663.666,2010〕Keywords:強膜炎,上強膜炎,全身性随伴疾患,関節リウマチ.scleritis,episcleritis,associatedsystemicdisease,rheumatoidarthritis.664あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(92)性随伴疾患についてレトロスペクティブに検討した.臨床所見に基づく分類はWatson分類6)に準じた.すなわち,今回の対象を上強膜炎,前部びまん性強膜炎,前部結節性強膜炎,前部壊死性強膜炎,後部強膜炎の5つに大別し,患者数,年齢,性別,異常を示した検査項目や全身性随伴疾患などについて検討した.強膜炎の原因検索のための臨床検査項目として,血算,生化学検査に加えて免疫グロブリン,リウマチ因子,補体価など表1にあげた検査を施行した(表1).II結果1.患者数,年齢,性別対象期間中の当科における全初診患者に対する強膜炎新患患者の割合は約0.3%(59/20,412人)であった.内眼炎初診患者における割合は13.6%(59/433人)であった7).初診時の年齢は22.83歳で,全体の平均年齢は52.6歳(男性48.6歳,女性54.9歳)であった.分布は20歳代から80歳代にわたり,40歳代でのみ男性に多い以外は他の年代ではすべて女性に多く,30歳代と50.60歳代に多いという二峰性のピークを示した.性別は男性23例,女性36例で,1:1.57と女性に多い傾向であった(図1).2.部位別・形状別分類強膜炎の約52.5%が前部びまん性強膜炎で最も多く,ついで上強膜炎27.1%,前部結節性強膜炎17%,前部壊死性強膜炎1.7%,後部強膜炎1.7%と続いた.男女比では上強膜炎のみ男性に多く,他は女性に多くみられた(図2).上強膜炎,前部結節性強膜炎は50歳代に最も多く,前部びまん性強膜炎は60歳代に最も多かった.前部壊死性強膜炎と後部強膜炎に関しては,症例数が少ないため,今後継続した観察が必要と思われる(図3).3.臨床検査結果全強膜炎患者のうち,臨床検査結果に何らかの異常を示した割合は92%で,男性では76%,女性では100%すべての症例で何らかの異常を認めた.異常頻度の高いものとして,蛋白分画〔そのうちアルブミン(Alb),a1,a2,gグロブリン〕,補体価(CH50,C3),抗核抗体(ANA),免疫グロブリン,リウマチ因子(RF),C反応性蛋白(CRP)などがあった(表2).また,ツベルクリン反応で強陽性を認めた4例のうち,1例は胸部X線上も異常陰影を認め,呼吸器内科で結核の診断に至った(表2).病型別では,症例の50%以上に異常を示したa2グロブリンは,検査を実施していなかった前部壊死性強膜炎を除い表1検査項目血算,生化学,血液像免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)リウマチ因子(RF,RAPA)補体価(CH50,C3)蛋白分画(Alb,a1,a2,b,g)抗核抗体(ANA)抗好中球細胞質抗体(ANCA)アンギオテンシン変換酵素(ACE)トキソプラズマ抗体抗マイクロソーム抗体ツベルクリン反応胸部X線23年齢(歳)□男性■女性例数741614121086420~1011~1021~3031~4041~5051~6061~7071~8081~903587122321図1強膜炎,上強膜炎患者症例の性別・年齢別分布□後部強膜炎■前部壊死性■前部結節性■前部びまん性■上強膜炎1614121086420例数年齢(歳)~1011~1021~3031~4041~5051~6061~7071~8081~90図3部位別・形状別分類における年齢別分布前部びまん性(31例,52.5%)男性11女性20前部結節性(10例,17%)男性1女性9前部壊死性(1例,1.7%)男性0女性1上強膜炎(16例,27.1%)男性10女性6後部強膜炎(1例,1.7%)男性0女性1図2部位別・形状別分類(93)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010665て,どの病型でも全般的に異常高値を示した.上強膜炎は,a2グロブリンとリウマチ因子では高い異常頻度を示したが,他の病型で異常頻度の高いCH50やC3といった補体価や抗核抗体では異常を示さず,検査所見陽性の割合が低い傾向にあった(表3).4.全身性随伴疾患全強膜炎患者の13例(男性4例,女性9例),約22%に全身性随伴疾患を認め,そのうち5例(38.5%)は関節リウマチであった.ついで再発性多発軟骨炎,サルコイドーシスが2例(約15.4%)であり,他に血清反応陰性脊椎関節症,結核,交感性眼炎,トキソプラズマが各1例であった(図表4全身性随伴疾患上強膜炎前部後部びまん性結節性壊死性16例31例10例1例1例59例(%)Total1831013(22.0%)関節リウマチ再発性多発軟骨炎サルコイドーシス血清反応陰性脊椎関節症結核交感性眼炎トキソプラズマ010000021201112001000100000000000005(8.5%)2(3.4%)2(3.4%)1(1.7%)1(1.7%)1(1.7%)1(1.7%)()内の数字は全59例における割合を示す.表3病型別分類における異常頻度の高い検査項目症例数a2(%)26/48(54.2)CH50(%)11/29(37.9)C3(%)1/5(20)ANA(%)6/33(18.2)RF(%)7/50(14)上強膜炎167/12(58.3)0/7(0)0/1(0)0/10(0)3/14(21.4)強膜炎前部結節性106/8(75)3/4(75)1/3(33.3)0/7(0)2/8(25)前部びまん性3112/27(44.4)7/17(41.2)0/1(0)6/25(24)2/27(7.4)前部壊死性1─────後部11/1(100)1/1(100)0/0(0)0/1(0)0/1(0)*異常値を示した例数/検査した例数(%).再発性多発軟骨炎:2例(15.4%)サルコイドーシス:2例(15.4%)血清反応陰性脊椎関節症:1例(7.7%)結核:1例(7.7%)交感性眼炎:1例(7.7%)トキソプラズマ:1例(7.7%)関節リウマチ:5例(38.5%)図4全身性随伴疾患表2異常を示した検査項目項目頻度(異常値の例数/検査例数)蛋白分画66.7%(32/48)Albumin27.1%(13/48)a110.4%(5/48)a254.2%(26/48)b4.2%(2/48)g10.4%(5/48)CH5037.9%(11/29)C320.0%(1/5)ANA8.2%(6/33)RF14.0%(7/50)免疫グロブリン14.9%(7/47)IgA4.3%(2/47)IgE6.4%(3/47)IgG2.1%(1/47)IgM2.1%(1/47)CRP10.2%(5/49)抗マイクロソーム抗体7.5%(3/40)ANCA(MPO)7.1%(1/14)WBC6.3%(3/48)RAPA5.1%(2/39)ZTT5.0%(2/40)CPK4.8%(2/42)ツベルクリン反応:陰性4.8%(1/21):強陽性19.1%(4/21)Xp異常陰影19.1%(4/21)666あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(94)4).このうち,強膜炎の精査がきっかけで随伴疾患の診断に至った症例は69.2%であり,平均年齢は52.6歳であった.病型別では,関節リウマチに随伴した強膜炎の病型は,前部びまん性強膜炎が2例,結節性2例,壊死性が1例であった.一方,再発性多発軟骨炎では上強膜炎,前部びまん性強膜炎1例ずつで,サルコイドーシスでは2例とも前部びまん性強膜炎であった(表4).III考按わが国において,強膜炎の多数例について検討した報告は3報ある.それらと今回の結果を比較した.また,今回は欧米の報告とも比較検討するため,Watsonら6)による病型別分類に従い,上強膜炎も含め検討した.本研究における症例数は4年間で59例で,年間平均約14例である.これは他施設の年間約6.8例3.5)という結果に比べ多いことがわかった.男女比は,従来の欧米の報告では,強膜炎は女性に多い疾患とされ,わが国の報告でも同様だが,慶應義塾大学4)でのみ男性に多いという報告である.当科は他の大学での報告と同じく女性に多いという結果を示していた.平均年齢も既報とほぼ同様で,50歳前後であった.年齢分布は30歳代と50.60歳代に多いという二峰性の分布を示しており,既報と比較すると伊東ら5)の上強膜炎の分布でも同様に二峰性の分布を示していた.臨床分類において最も多かった前部びまん性強膜炎は,当科では52.5%であり,伊東ら5)の57.7%,黒坂ら4)の約60%の報告とほぼ一致していた.欧米のWatsonら6),Tuftら8)の40%前後と比し,わが国では前部びまん性強膜炎の割合が高いと推測される.全身の臨床検査結果で何らかの異常を認めた割合は,全強膜炎の92%,男性では76%,女性ではすべての症例で異常を認めたが,これは女性のほうが膠原病の発生が多いことや眼炎症疾患の頻度が高いことなどが背景としてうかがえる.強膜炎の臨床検査項目として,当科では血算,生化学,血液像に加えて免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM),リウマチ因子(RF),補体価(CH50,C3),蛋白分画,抗核抗体(ANA),抗好中球細胞質抗体,アンギオテンシン変換酵素(ACE),抗マイクロソーム抗体,トキソプラズマ抗体,ツベルクリン反応,梅毒血清,胸部X線などを実施している.過去の報告において,RF高値の頻度は,Lachmannら9)の29%を除くと13.5.18.0%4.6,8)であり,当科の14%とほぼ同様の結果であった.抗核抗体陽性は当科では18.2%であり,他施設の20.5%4)や25%5)とほぼ同様である.しかし,抗核抗体は健常人でも低力価(40.160倍程度)の抗核抗体を検出することはまれではないといわれており,他の検査項目や問診などにより検査結果は総合的に判断することが必要と思われる.病型別の検査所見陽性の割合は,当科では上強膜炎が低い傾向にあったが,これは伊東ら5)の報告と同様であった.強膜炎と全身性疾患の関連はよく知られており,約25.50%に免疫関連疾患を合併するといわれている1).当科での合併率は22%であった.すべての施設で最も多いとされている随伴疾患は,関節リウマチで共通していた.頻度は当科では11.6%(強膜炎43例中5例,上強膜炎では0例)であり,黒坂ら4)の3.8%を除き他施設の10.1.15%3,6,8)と同様であった.随伴疾患を認めたもののうち,約7割が強膜炎を契機に随伴疾患の診断に至った.当科では,強膜炎患者に上記の検査項目を施行しスクリーニングするとともに,詳しい問診を施行している.検査結果に異常を認めた症例,問診から随伴疾患の合併が疑われたりする症例については,リウマチ科や膠原病内科,呼吸器内科などと連携し,可能な限りその発見に努めている.このことにより,このような高い発見率になったと思われる.強膜炎において全身性随伴疾患の検索は重要である.なお,今回の対象症例においては,随伴疾患を認めた症例と認めなかった症例との間で,臨床検査結果の異常頻度に差を認めなかった.当科では,今後も症例を増やして継続した検討を行いたいと考えている.文献1)SmithJR,MackensenF,RosenbaumJT:Therapyinsight:scleritisanditsrelationshiptosystemicautoimmunedisease.NatClinPractRheumatol3:219-226,20072)堀純子:強膜炎と全身性疾患.日本の眼科79:1-5,20083)荒木かおる,中川やよい,多田玲ほか:最近11年間における強膜炎75例の解析.臨眼41:1075-1078,19874)黒坂裕代,村木康秀,鈴木参郎助:慶應義塾大学眼科における強膜炎106例の検討.眼紀45:797-803,19945)伊東崇子,園田康平,有山章子ほか:九州大学眼科における20年間の強膜炎の検討.臨眼60:1213-1217,20066)WatsonPG,HayrehSS:Scleritisandepiscleritis.BrJOphthalmol60:163-191,19767)伊藤由紀子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼63:701-705,20098)TuftSJ,WatsonPG:Progressionofscleraldisease.Ophthalmology98:467-471,19919)LachmannSM,HazlemanBL,WatsonPG:Scleritisandassociateddisease.BrMedJ1:88-90,1978***

後期臨床研修医日記 13.東京女子医科大学眼科学教室

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106570910-1810/10/\100/頁/JCOPYによりフィードバックを受けることができます.自分の診察室と上の先生の診察室を行ったり来たり,文字どおり走り回っています.診察,手術の予約,レーザーの予約などをしているうちに,あっという間に午後の専門外来の時間に突入します.・専門外来(午後)専門外来は午後毎日あります.ドライアイ外来,神経外来,未熟児外来,角膜外来,色覚外来,網膜硝子体外来,ぶどう膜外来,斜視弱視外来,緑内障外来など,多岐にわたります.私達医療練士研修生は,このなかの2つの専門外来に配属され,6カ月ごとにローテーションします.この期間に,専門外来の多数の患者さんを診察し,外来後の勉強会を通してその分野を集中して学びます.オペオペは週3日あり,火曜班,水曜班,木曜班の3班体制を取っています.必ず全員がいずれかのオペ班に属します.(85)東京女子医科大学眼科学教室には毎年後期臨床研修生(当院では医療練士研修生)として5人前後の入局があります.3年前に入局してから,各専門分野の先生方の御指導の下,4人の同期と一緒に勉強し,悩み,助け合いながら過ごしてきました.今回は私達の入局から現在までの研修の様子を御紹介します.独立までの3カ月2年間の初期臨床研修を終えたものの,眼科の知識を学ぶ機会は少ないものです.眼科は細隙灯顕微鏡や眼底検査など,初期臨床研修では教わらない手技を一から覚えないといけません.当科では,入局してから最初の3カ月間は,それぞれ決まったオーベンの先生に1日中つかせてもらいます.外来業務,病棟業務,手術業務,当直のすべてを,1対1でオーベンから教わりながらこなします.目標は7月からの「独り立ち」です.独り立ちとはいっても3カ月ですべて完璧にできるわけではありません.独りで診察し病態を考えてから上申できるようになる,という意味で「独り立ち」なのです.入局当初は毎日が新しいことの連続で,この3カ月で今後の眼科医としての道筋がつくられるといっても過言ではありません.外来・一般外来(午前)午前の一般外来は,教授や准教授の外来が2本柱で進んでいきます.待合室はその外来予約患者さんで一杯になります.教授や准教授が診察する前に,専門医試験前の若い医師3.4人で予診をとります(1診目).患者さんのその日の状態を聞いて診察をし,必要な検査を追加して,上申をします(2診目).医療練士研修生は,一人で診察をして患者さんを帰すことはなく,専門医の診察●シリーズ⑬後期臨床研修医日記東京女子医科大学眼科学教室能谷紘子▲教授回診の様子658あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(86)す.オーベンの先生から独立して自分の外来ブースを持つようになります.今まではオーベンの先生が隣りにいたけれど,自分で診察して上申しなければいけません.最初はオーベンの先生のように,所見も取れず,そのあとに必要な検査も思い浮かびませんでしたが,毎日走り回っていると,どの所見が大事で,どんな検査が必要なのかがだんだん見えてきます.おわりに眼科医として3年が過ぎようとしています.大学病院だけでなく,出張病院に出る学年になりました.いつまでも未熟者のつもりでも,後輩もでき,頼る学年から頼られる学年に変わりつつあります.そんななかで,後期研修の時期にいろいろな症例を経験しておくことは,とても大事なことだと痛感しています.そのときはたくさん悩み,大変な思いをしても,きっと今後の眼科医人生に大いに役に立つと思います.これから難しい症例にあたったときも,初心を忘れずに成長していきたいと思います.能谷紘子(のたにひろこ)平成17年3月東京女子医科大学医学部卒業平成17年4月東京女子医科大学病院にて初期臨床研修平成19年4月東京女子医科大学眼科学教室医療練士研修生〈プロフィール〉白内障,硝子体手術,緑内障手術,斜視手術など,いろいろな術式を勉強します.まずは白内障手術の助手,つぎは硝子体手術の助手,というように少しずつレベルアップしていきます.オペレーターとしてデビューするには,ウェットラボで行う白内障手術のテストに合格しないといけません.そのテストは,「独り立ち」と同時期の入局3カ月目にあるので,オーベンの先生とウェットラボに通い練習します.白内障手術の手順や機器の名称,操作方法を学びます.はじめは顕微鏡の操作に慣れるだけで一苦労あり,ピントを合わせるうちに,「顕微鏡酔い」してしまうこともありました.それを乗り越えて,テストに合格すると,ようやく指導医のもと,オペレーターの椅子に座らせてもらえるのです.当直まずはオーベンの先生と一緒に当直します.初めは電話が鳴るたびに,患者さんが訴える症状を聞くたびにドキドキの連続でした.まずは一人で診察をしてからオーベンの先生のチェックを受けます.独立して一人ですべてを判断しないといけないかと思うと,不安が募ってしまいます.日々の外来での鍛錬が,当直の不安を払拭し,助けになることを痛感します.いよいよ「独り立ち」入局から3カ月経つと,いよいよ独り立ちを迎えま▲教授回診前の診療(1)▲教授回診前の診療(2)(87)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010659☆☆☆教授からのメッセージ女子医大の後期臨床研修過程は5年間と規定されています.各診療科に入局して5年間専門領域の臨床研修をすることになります.この研修期間を終了すると臨床医として,教育者として,そして研究者としての資格が認められ,助教に就任する権利を得ることができるという仕組みになっています.眼科の場合は専門医試験が入局後5年目にありますので,専門医試験に合格すればその翌年には助教に就任することになります.女子医大眼科では臨床医の育成を第1目標にしています.どこに行っても,どんな患者を目の前にしても対応できる知識と技術を習得してもらうと同時に,医師としての心構え,礼儀,態度を適切に表現できるように指導しています.教育する立場に立つと,知識や技術の教育よりも後者の精神教育がはるかにむずかしいことを実感します.文字や数字で書き表せない,また手術のように眼や耳で確かめて客観的に判断できない部分が多いからだと思います.しかし,5年間の後期臨床研修を終了するまで頑張ってくれた医局員が専門医そして助教になる頃にじっと見てみると,間違いなく全員が精神的な面で立派な眼科医として成長しています.この成長を見るのが教育者として最も大きな楽しみです.(東京女子医科大学眼科学・教授堀貞夫)新糖尿病眼科学一日一課初版から7年,糖尿病の治療,眼合併症の診断,治療の進歩に伴い,待望の改訂版刊行!【編集】堀貞夫(東京女子医科大学教授)・山下英俊(山形大学教授)・加藤聡(東京大学講師)本書の初版が出版されて7年余がたった.この間に糖尿病自体の治療や合併症の診断と治療が大きく変遷し進歩した.ことに糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫の発症と進展に関与するサイトカインの研究が進展し,病態の解明が大きく前進した.これを踏まえて,発症と進展に関与する薬物療法の可能性を追求する臨床試験が進んでいる.一方で,視機能,ことに視力低下に直接つながる糖尿病黄斑浮腫の治療は,現時点で最も論議が活発な病態となっている.硝子体手術やステロイド薬の投与の適応と効果について,初版が出版された頃に比べると大きく見解が変化している.そして,糖尿病黄斑浮腫の診断に大きな効果を発揮する画像診断装置が普及した.(序文より)〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544株式メディカル葵出版会社Ⅰ糖尿病の病態と疫学Ⅱ糖尿病網膜症の病態と診断Ⅲ網膜症の補助診断法Ⅳ糖尿病網膜症の病期分類Ⅴ糖尿病網膜症の治療Ⅵ糖尿病黄斑症Ⅶ糖尿病と白内障Ⅷその他の糖尿病眼合併症Ⅸ網膜症と関連疾患Ⅹ糖尿病網膜症による中途失明糖尿病眼科における看護Ⅸ■内容目次■B5型総224頁写真・図・表多数収載定価9,660円(本体9,200円+税460円)

眼研究こぼれ話 5.角膜の生化学 印象深いキノシタ君の研究

2010年5月31日 月曜日

(83)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010655角膜の生化学印象深いキノシタ君の研究サンフランシスコ生まれのキノシタ君と私は,ハーバード大学のハウ研究所で眼の研究をすることとなった.1952年のことである.彼はハーバードの生化学教室で理学博士になったばかりの新進気鋭の学者であり,私は不自由な英語をあやつらねばならない新留学生であった.彼は大きな牛の眼玉から角膜を取り出し,この組織が,血管なしでどうやって生きているかを化学的に調べることになった.私は顕微鏡の下で,その化学変化を目に見えるようにする実験を始めた.代表的な細胞の栄養物であるブドウ糖の分解して行く過程を見極めて行くわけである.その当時,大へん貧困であった日本の大学の研究所から,つり上げられて行った私にとって,キノシタ君の研究方法に目を見張ったのである.そのころ,怖いとばかり知らされていた,放射能物質が,どんどん使われていたのである.角膜細胞がブドウ糖を次々と分解産物に変えて,エネルギーになって行くステップを,放射能の検出で,いとも簡単で正確に表していく.写真用感光材を,私の実験した標本の上にぬっておけば,放射能は小さい銀顆(か)粒となって顕微鏡で見えるから,細胞内の化学反応の位置が,はっきりとわかる.このような,毎日見せつけられる科学のうまみに魅せられてしまったのである.これが私の当地に居とどまるように決心させた一つの理由でもある.この実験で,キノシタ君は,角膜細胞のブドウ糖分解過程は,普通の臓器のそれと異なっていることを発見した.最初予期したようにうまく行かない実験に,「これはおかしい」と思った彼は,色々と分解のまわり道をチェックして行き,ついに,角膜の細胞には,別系のルートを通過してブドウ糖を,エネルギーにかえる特性のあるという説を樹立した.このペントーゼ系の分解経路はガン細胞では見当たるが,正常の組織にあることは変則である.この変則な新陳代謝を角膜が遂行して行くための,構造的な説明をするのが,私の仕事である.何とか苦労しているうちに,わかりきった事に思い当たったのである.血管のない角膜は血液から,酸素とブドウ糖の供給を受けられないということである.そうして,角膜の細胞の中には,常時,グリコーゲンをブドウ糖の原料として,大量に蓄えている事を発見した.このグリコーゲンが,傷や,病変の治癒(ゆ)の際,なくてはならない事,またグリコーゲンを化学的に取り去ると,角膜細胞に正常の力がなくなる事などがわかってきた.グリコーゲンはアミラーゼという酵素で簡単に分解されるので,私の興味はアミ0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑤.▲コーガン教授を囲んだキノシタ博士(左),ライニック博士,それと筆者(右).ライニック博士はオーバニー大学から1年間の休暇をとって私たちの研究所で勉強するためやってきた.この4人は昔からのチームである.656あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010眼研究こぼれ話(84)ラーゼの溶液を色々と病的にした動物の角膜に与えて,治癒の速度を見る実験に発展して行った.アミラーゼは唾液の中に大量にあるので,唾液をそのまま使えば,ひとつひとつ,化学薬品を計測する手間がはぶけることがわかり,大へんに便利したものである.論文には,アミラーゼ溶液と記したことは勿(もち)論である.キノシタ君は,その後,興味を白内障へ移して行ったが,角膜の研究は私の当地で始めた最初の仕事として,今でも生々とした記憶に残っているし,興味も持ち続けている.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆Ⅰ神経眼科における診察法・検査法Ⅱ視路の異常〔1.視神経障害/2.視交叉およびその近傍の病変/3.上位視路の病変〕Ⅲ眼球運動の異常〔1.核上性眼球運動障害/2.核および核下性眼球運動障害/3.神経筋接合部障害/4.外眼筋および周囲組織の異常/5.眼振および異常眼球運動〕Ⅳ瞳孔・調節・輻湊機能の異常〔1.瞳孔・調節機能の異常/2.輻湊・開散機能の異常〕Ⅴ眼窩・眼瞼の異常〔1.眼窩の異常/2.眼瞼の異常〕Ⅵその他〔1.心因性反応/2.全身疾患と神経眼科/3.網膜疾患の接点/4.緑内障との接点/5.各種検査〕Ⅶこれからの神経眼科〔1.視神経移植と再生/2.遺伝子診断と治療/3.実験的視神経炎/4.視神経症の新しい治療法の試み/5.膝状体外視覚系/6.固視微動の解析/7.FunctionalMRI/8.Fibertracking〕新臨床神経眼科学<増補改訂版>【編集】三村治(兵庫医科大学教授)■内容目次■A4変型総312頁写真・図・表多数収録定価21,000円(本体20,000円+税).メディカル葵出版〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替口座00100-5-69315電話(03)3811-0544(代)FAX(03)3811-0637

インターネットの眼科応用 16.医療材料の流通とインターネット

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106530910-1810/10/\100/頁/JCOPY卸とインターネットインターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.インターネットの登場により,生産者と消費者が直接繋がり,さまざまな業界で,「卸」という業の存在がほとんど「無」になりました.インターネットが普及することにより,生産者よりも消費者のほうが優位に立つ時代になったといえます.本を購入する際に,書店に足を運んで探さなくてもAmazonなどの物販サイトで購入できます.消費者が生産者を選び,自分の好みに応じて選択できるようになりました.欲しいものが,在宅のまま,パソコンとネット環境さえあれば,簡単に手に入ります.人類は新しい狩猟の方法を手にしたのです.これは,歴史的にみても画期的なことです.情報革命が,農業革命と産業革命に並ぶ,三大革命の一つといわれるのも当然です.この革命の波がいまだ,限定的なのは,さまざまな規制が存在する,参入障壁の高い業界です.このような業界では,インターネットというcompetitorが参入しにくく,既存の商慣習が強く残ります.医療界,農業界,教育界,といった領域が例にあげられます.医療について述べる前に,農業界をみてみます.インターネットの普及に伴い,農協という存在が見直されました.産地から消費者に直接届くルートが少しずつ確立されてきています.このルートとは,当然,インターネットを介した通信販売です.日本政策金融公庫と農林水産省がまとめたデータによると,約2割にあたる17.1%の農業者がインターネットを含めた通信販売を行っており,特に果樹を扱う農業者は半数に近い48.3%の生産者が通信販売を行っています.この割合は今後も増加することが予想されます1).インターネットの登場前は,モノが生産され,生産者から消費者に伝わるまでの物流を担ってきたのが,卸とよばれる業態です.小売店の大型化や全国化に伴い,相対的に卸の重要性は低下していますが,インターネットが成熟した社会においては,卸の存在価値はきわめて小さくなります.先述のAmazonにも農産物は出品されています.自宅にいながら,山形県の農家からサクランボを購入することが可能です.生産者と消費者の距離が近くなり,生産者は消費者のニーズを直接把握できるようになります.具体的には,都会の人間が欲する農産物を効果的に生産できるようになり,農業行政に依存する必要がなくなるのです.インターネットは規制の厳しい業界においてさえ,物流の流れを大きく変えました.コンタクトレンズとインターネット通販情報革命の流れは大きく,確実にわれわれの生活に溶け込みます.医療界の物流に関しても,いずれ,変化が訪れると予想します.われわれはさまざまな医療材料を扱いますが,どのような材料がインターネットとの親和性が高く,また,どのような材料が低いのか考察したいと思います.ここでは3つの材料を取り上げます.コンタクトレンズ,医療機器,薬剤の物流に関して,インターネットが与えた影響と今後の可能性を考えてみます.先述しましたように,情報革命の影響を受けにくいのは,規制の厳しい業界です.薬には薬事法と医師法が関与し,医療機器には薬事法が関与します.コンタクトレンズは法律上では高度管理医療機器の位置づけですので,薬事法が関与します.これらの規制とインターネットはときに衝突します.規制を決めるのは人間の力です.利便性を求める消費者側の声が政治,あるいは報道を通じて高まることもあれば,生産者が政治・行政に働きかけて,既存のビジネスモデルを維持します.そのきわめてアナログな人間同士のパワーバランスで決まります.コンタクトレンズは医療機器なのか,という議論はあえてしません.ただ,消費者の圧倒的な数の力と,利便性を求めるニーズが強いため,数ある医療機器のなかで(81)インターネットの眼科応用第16章医療材料の流通とインターネット武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑯654あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010インターネット通販が最も盛んな商品です.海外には無数の通販サイトが存在するため,国内の会社を規制してもその効果は限定的です.Amazonの日本版にも一部のコンタクトレンズメーカーが出品しています.物流を国内規模だけで考えるには限界がある,ということでしょう.コンタクトレンズは医療機器だと,規制を強くしても,コンタクトレンズ装用者は,商品をネットで購入し,トラブルがあったときだけ医療機関に受診するようになるでしょう.われわれ眼科医は,そのような時代にも適応する身の丈にしなければいけません.医療機器の流通とインターネット医療機器の流通にインターネットはどのような影響を与えるでしょうか.医療機器の卸(代理店)の役割は,メーカーとの価格交渉以外にも2つある,といわれています.医療機関の在庫量を確認する「帳合」とよばれる業務を代理店が担うことが多くみられます.このような事務サポートに加え,新しい医療機器の情報を医師や医療従事者に伝える,技術サポートを提供することがあります2).この2つの付加価値から考えると,医療機器の卸業者はインターネットが担えないアナログな価値をもっています.しかし,高額な医療機器を安く買いたい,という願いはどの医療機関ももっているはずです.家電の量販店では,インターネット上にある最安値が現場の価格を決めています.インターネットを利用することで,消費者は安く購入することができ,その商慣習を受け入れている販売側の努力を感じます.情報革命によって,消費者優位の時代になったのです.医療者限定のインターネット会議室「MVC-online」では,医療機器の共同購入者を募ることが可能です.インターネットは仲間集めには最適なツールです.ただ,共同購入者を大規模に募集することは,メーカーや卸業の立場からすると,メリットとデメリットがあります.メリットは,彼らの売上が上がること.デメリットは,販売価格が表面化すること.他の購入者から,「なぜ,うちには高い値段を提示した」というクレームを受ける可能性があります.インターネットの本質は生産者と消費者を繋ぐことです.インターネットは卸という仕事を「無」にする,という可能性をもちます.医療機関は家電のお客と比べると,きわめて行儀が良いのでしょうか,それとも,インターネットを介することの可能性に,まだ気づいていないのでしょうか.私は,医療者がネットなどを利用して(82)共同購入者を募る仕組みがあっても良いと思います.今は,消費者が価格を決める時代です.医療機器の卸業は,インターネットを逆に利用するビジネスモデルを構築しないと,10年後には時代遅れの仕事になるでしょう.薬剤とインターネット最も規制の厳しい,製薬業界にインターネットが与える影響について考察します.薬剤には,薬事法という規制があるため,製薬メーカーはネットで薬を販売できません.薬は対面販売が原則,とされていますので,患者は薬をネットで購入できません.では,医療機関はインターネットを介して,製薬メーカーから直接薬を購入できないのでしょうか.ネットは,生産者と消費者を直接繋げます.最終消費者である患者には薬事法という制限がありますが,われわれ医療機関に対しては,障壁はないはずです.本を購入する際,書店ではなくAmazonを利用するのと同じように,われわれ医療機関は薬をAmazonから購入する時代が来るのでしょうか?急な配達が間に合わないと心配する向きもあるかもしれませんが,現在,アスクルなどの物流サービスは非常に充実しているため,薬の卸業者でなくても,医療の現場には支障がないように感じます.医療の世界では,規制が多いだけでなく,製薬メーカーと卸業者が資本関係で連携しているためでしょうか,物販の世界と違って消費者よりも生産者のほうが優位な状況が続きます.生産者のアナログな人間の力を感じます.変化が起こるのは,消費者であるわれわれが大きな声を上げるか,既存の卸業にとってinnovatorかつcompetitorになるネット企業(たとえば,Amazonや楽天)が薬剤の流通に乗り出すか,のどちらかでしょう.医療界にIT化つまり,情報革命がどの程度起こったかどうかの指標は,電子カルテやレセプトオンライン化がどれだけ現場に導入されたかではなく,医療機器や薬剤流通の産業構造がどれだけ変化したかで考えるべきです.真にIT化が浸透すれば,医療機器や薬剤の大幅な価格低下が起こるでしょう.文献1)http://www.afc.jfc.go.jp/topics/pdf/topics_100304a.pdf2)http://www.jira-net.or.jp/information/file/200410_3_ryuutuu-jittai.pdf

硝子体手術のワンポイントアドバイス 84.ライトガイド眼外照射による眼底周辺部の視認性確保(初級編)

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106510910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに最近のワイドビューイングシステムの普及により,硝子体手術中に周辺部まで十分な視認性を確保することが容易となってきた.しかし,このようなシステムを持たない施設では,散瞳不良例あるいは前.切開が小さい人工的偽水晶体眼などで眼底周辺部の視認性確保に苦慮することがある.増殖糖尿病網膜症に対する眼内光凝固では,プリズムコンタクトレンズ下で,眼内照明を用いて眼内光凝固を施行し(図1),ついで強膜圧迫を行いながら周辺部の光凝固を施行する(図2)ことが多いが,上記のような眼内の視認性確保がむずかしい症例では,強膜圧迫をかなり奥まで行わないと後極部と周辺部の間に光凝固未施行部位を作ってしまうこともある.●ライトガイド眼外照射による眼底周辺部の視認性確保このような場合には,シャンデリア照明を装着すれば,強膜圧迫を行うことで,確実な光凝固を無理なく施(79)行できる.また,ライトガイド付き光凝固プローブも非常に有用な器具で,このような症例に使用する利点は大きい.しかし,通常のプリズムコンタクトレンズでも,眼内光凝固のように細かい操作が不要の手技であれば,顕微鏡同軸照明下で十分に目的を達することができる(図3).あるいは,ライトガイドを硝子体用コンタクトレンズの上から照らすことにより,意外と鮮明に眼内の観察が可能となる(図4).ライトガイドは瞳孔縁から適当な角度に立てて助手に保持させるので,助手に若干の経験が必要だが,少し慣れれば問題なく施行できる.増殖膜処理などの繊細な操作を行うには若干無理があるが,眼内汎網膜光凝固術や気圧伸展網膜復位術後の光凝固による裂孔閉鎖程度の手技であれば十分に施行可能であり,硝子体手術の一つのオプションとして知っておいたほうがよい.硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載84ライトガイド眼外照射による眼底周辺部の視認性確保(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1通常のプリズムコンタクトレンズ下の眼内光凝固散瞳不良例あるいは前.切開の小さい人工的偽水晶体眼では赤道部までの光凝固施行が困難なこともある.図2顕微鏡同軸照明下で強膜圧迫を併用した周辺部光凝固図1と図2の間に光凝固未施行部位を作ってしまうことがある.図3顕微鏡同軸照明下でのプリズムコンタクトレンズと強膜圧迫による眼内光凝固眼内光凝固のような細かい操作が不要の手技であれば十分に施行可能である.図4ライトガイド眼外照射による眼底周辺部の視認性確保ライトガイドを硝子体用コンタクトレンズの上から照らすことにより,意外と鮮明に眼内の観察が可能となる.

眼科医のための先端医療 113.エピジェネティクスについて

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106470910-1810/10/\100/頁/JCOPYエピジェネティクスとは生命科学研究において,エピジェネティクスという分野が注目されています.エピジェネティクス(epigenetics)とは,遺伝子のスイッチ領域を取り巻く環境が変化することによって,遺伝子スイッチのONとOFFが調節されるメカニズムのことです.epi-とは「上」を意味する接頭辞で,epigeneticsという言葉は遺伝子配列そのものではなく遺伝子配列の周辺を表しています.遺伝子のスイッチ領域を取り巻く環境とは,スイッチ領域に存在するDNAや蛋白質への化学修飾といえます.具体的には,DNAのC(シトシン)とG(グアニン)が隣り合う配列へのメチル(-CH3)化(図1A),染色体を巻き取っているヒストンという蛋白質へのメチル(-CH3)・アセチル(CH3CO-)・リン酸(H2PO4.)の2つの化学修飾があげられます(図1B).これら遺伝子のスイッチ領域に化合物が結合したり外れたりすることによって,スイッチのON/OFFが調節され,さらに遺伝子発現の増減が調節されて,さまざまな生命現象が起こることが近年明らかになってきました.エピジェネティクスと疾患今日,遺伝子DNAに変異が起こり,さらに変異蛋白質が産生されることによって疾患が発症することがよく知られています.眼科領域では,RB1遺伝子変異によって網膜芽細胞腫が,PAX6遺伝子変異によって無虹彩症が発症することが知られています1).一方で,遺伝子変異はみられないにもかかわらず発症する疾患にエピジェネティクス異常が関連していることが明らかとなってきました.エピジェネティクス研究のきっかけは,Angelman症候群とPrader-Willi症候群という先天的疾患の解明でした.この2つの症候群は,15番目の染色体が母親由来だとAngelman症候群,父親由来だとPrader-Willi症候群を発症することが知られております2).このような遺伝子の発現の有無が,父親・母親のどちらかに由来するかによって規定されることをゲノム刷り込み現象といいますが,この現象の分子機序にエピジェネティクス(Cのメチル化状態の違い)であることが解明されています.後天的疾患にもエピジェネティクスは関与しており,(75)◆シリーズ第113回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊柏木佳子(山形大学医学部眼科学講座)エピジェネティクスについてmACGTAACCGGACGTAACCGGmm:ヒストン蛋白質複合体:DNA:化学修飾:CpGへのメチル化A.C(シトシン)へのメチル化B.ヒストン蛋白質への化学修飾スイッチONスイッチONスイッチOFFヒストン蛋白質が凝縮してスイッチがOFFの状態ヒストン3蛋白質へのメチル化・アセチル化・リン酸化ヒストン蛋白質が緩みスイッチがONの状態CpGへのメチル化遺伝子A遺伝子A図1エピジェネティクスの制御ヒストン蛋白質複合体中の特にヒストン3に化学修飾が起こり,スイッチのON/OFFが調節される.ヒストン3のメチル化については,どのアミノ酸がメチル化されるかによってON/OFF調節が異なる.(文献7より改変引用)648あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010エピジェネティクス異常によって種々の癌が発症することが知られています.網膜芽細胞腫は前述した遺伝子変異によってひき起こされますが,その他にもRB1遺伝子のスイッチ領域が,正常細胞のものよりも高頻度でメチル化修飾(高メチル化)3)されることによってRB1蛋白質の発現が低下し,発癌に至ることが示されています3).癌だけではなく,胎児期栄養環境がエピジェネティクスを変化させ,さらに成長後に生活習慣病発症に影響を与えることが明らかとなっています3).精神神経疾患とも関連性があることが報告されています.眼疾患においては,加齢黄斑変性症や緑内障におけるエピジェネティクスの関連性についても研究が進められています4,5)が,まだ多くの眼疾患とエピジェネティクスの関連性は知られておらず,これからの研究が待たれます.エピジェネティクス制御を用いた治療法の可能性正常なDNA配列が体内に存在しながらも,エピジェネティクス異常によって疾患に至る場合,人為的にエピジェネティクスの状態を制御することができれば,疾患症状の改善が得られる可能性が考えられます.現在,制御の一方法として,海外ではDNAメチル化阻害薬(Vidaza)やヒストン脱アセチル化阻害薬(Zolinza)を用いた抗腫瘍治療・骨髄異形成症候群治療が試みられています.いくつかのグループによって網膜芽細胞腫に対してもヒストン脱アセチル化阻害薬の抗腫瘍性が示されています.筆者らのグループでも網膜芽細胞腫におけるヒストン脱アセチル化阻害薬の作用機序と抗腫瘍性について解明を試みました.その結果,他の腫瘍ではヒストン脱アセチル化阻害薬によって腫瘍で発現が低下しているTGF-b(transforminggrowthfactor-b)のII型受容体の発現が回復し,さらにTGF-bシグナルが回復するところ,網膜芽細胞腫細胞株ではTGF-bのII型受容体のmRNAの発現が回復するものの,蛋白質発現とTGF-bシグナルの回復までには至らないという他の腫瘍とは異なった作用応答が観察されることを見出しました6).しかし,もちろんこの知見だけでは薬剤の有効性については多くを語ることはできません.眼疾患治療へ応用できるかは網膜芽細胞腫も含め眼疾患とエピジェネティクスの関連性の研究が必要とされます.現在,癌以外のさまざまな疾患についてもエピジェネティクス制御を用いた治療法の開発が進められています.さらに,エピジェネティクスをひき起こす環境要因を調べることによって,疾患発症予防への応用が期待されています.文献1)FanBJ,TamPO,ChoyKWetal:Moleculardiagnosticsofgeneticeyediseases.ClinBiochem39:231-239,20062)NichollsRD,SaitohS,HorsthemkeB:ImprintinginPrader-WilliandAngelmansyndromes.TrendsGenet14:194-200,19983)特集「エピジェネティクスと疾患」.京府医大誌118:499-541,20094)GolubnitschajaO:Cellcyclecheckpoints:theroleandevaluationforearlydiagnosisofsenescence,cardiovascular,cancer,andneurodegenerativediseases.AminoAcids32:359-371,20075)SuuronenT,NuutinenT,RyhanenTetal:Epigeneticregulationofclusterin/apolipoproteinJexpressioninretinalpigmentepithelialcells.BiochemBiophysResCommun357:397-401,20076)KashiwagiY,HorieK,KannoCetal:TGF-betatypeIIreceptormRNAinretinoblastomacelllinesisinducedbytrichostatinA.InvestOphthalmolVisSci51:677-685,20107)ParkJH,StoffersDA,NichollsRDetal:Developmentoftype2diabetesfollowingintrauterinegrowthretardationinratsisassociatedwithprogressiveepigeneticsilencingofPdx1.JClinInvest118:2316-2324,2008(76)■氏か育ちか:「エピジェネティクスについて」を読んで■ある人が現在のようになったのは,遺伝のせいなのか,それとも生育環境なのかということが,しばしば「氏か育ちか?」という言葉で表されてきました.これは,本来は人間の性向についての言葉ですが,現在の生物学の命題を表す言葉としても適しています.つまり遺伝子型と環境要因のどちらが個体形成,疾患形成に重要であるかということです.ヒトゲノムが解読されるまでは,環境要因も重要であろうが,環境の影響も遺伝子型で説明できるであろうと考えられていました.しかし,すべてのゲノムが解読されても,遺伝子型では説明できない事象が多く報告されるようになりました.たとえば,Drosophilamelanogasterとい(77)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010649うハエの一種は,普通は白い眼をしています.ところが,これを一時的に37℃で育てると,その子は赤い眼になります.そして,その赤い眼のハエと,通常の白い眼のハエを交配させると,37℃で育てなくても赤と白の混じった眼になります.つまり,37℃で一時的に育てたという環境変化により,ハエの遺伝子型が変わってしまったのです.また,人でも似たようなことが2002年に報告されました.それはスウェーデンで行われた研究で,父方の祖父が思春期前に過食した経験があると,糖尿病による死亡率が有意に高まるというものです.つまり,ある人の行動(環境要因)が2世代後に影響するということになり,環境が遺伝子型を変化させたということになります.このような例は,つぎつぎと報告され,糖尿病,自己免疫疾患,血管病変,ひいては加齢性変化についても,環境が遺伝子型を変化させたと考えざるを得ない事象が数多く報告されるようになりました.これが,今回解説されているエピジェネティクスという概念で,詳細は柏木佳子先生がきわめてわかりやすく本稿で説明されています.ゲノム医学は植物から人間までを含む非常に大きな学問領域に成長しましたが,エピジェネティクスはそれ以上に大きな広がりをもつ学問領域になるであろうとされ,現在盛んに研究されています.現在の考え方では,環境要因+遺伝子型+エピジェノミクス型の総合的影響により個体は形成されるということになっています.「氏か育ちか?」の答えとしては,「両方」ということでしょうか.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆