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緑内障:緑内障検診(1)

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102070910-1810/10/\100/頁/JCOPY●緑内障早期発見の重要性日本緑内障学会が岐阜県多治見市で実施した大規模な緑内障疫学調査(多治見スタディ)の結果,40 歳以上の人口における緑内障の有病率は約5%と高いことが判明した1).このうち,正常眼圧緑内障を含む開放隅角緑内障(POAG)の有病率は3.9%,うち93.3%が未発見のままであった2).現在,緑内障は日本人の失明原因の第1位である.緑内障によって障害された視機能障害は回復しないため,緑内障診療では早期発見が重要となる.緑内障を早期に発見できれば早期治療が可能となり,その結果,視野の悪化を遅らせたり,停止することができる.したがって,効率が良く,既存の検診業務に組み入れて実施することが可能な緑内障早期発見スクリーニングシステムを構築することが急務と思われる.● 健康検診受診者を対象とした緑内障検診の実際緑内障早期発見システム構築の基盤となるパイロット(69)●連載116 緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也116. 緑内障検診(1) 石川誠秋田大学大学院医学研究系医学専攻病態制御医学系眼科学講座緑内障によって障害された視機能障害は回復しないため,緑内障診療では早期発見が重要となる.緑内障を早期に発見できれば早期治療が可能となり,その結果,視野の悪化を遅らせたり,停止することができる.したがって,効率が良く,既存の検診業務に組み入れて実施することが可能な緑内障早期発見スクリーニングシステムを構築することが急務と思われる.……………………………………………………………………………………………………………………..最終診断…………………………..2次検診……………………………………………………………………………………………………….1次検診70 代以上10%6%7%60 代5%11%8%50 代4%4% 4%40 代3%0%1%30 代0%5%2%121086420全世代4% 4% 4%緑内障有病率(%)■:男性■:女性■:全体図 1緑内障検診のフロー・チャート1 次検診は秋田県総合保健センター(秋田市)で,2 次検診は秋田大学医学附属病院で行った.図 2性別,年代別の緑内障有病率と95%信頼区間男女ともに,緑内障有病率は加齢とともに増加する傾向にある.208あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010スタディ(小松スタディ)3)の結果を踏まえて,平成19年に秋田市内の健康検診施設において,同様の無散瞳,非接触,非医師による緑内障検診を実施した.緑内障検診を受診した地域住民は710 名(秋田市全人口の0.21%に相当)であった.1 次検診として,非接触型(空気)眼圧計による眼圧測定,Scanning Peripheral AnteriorDepth Analyzer(SPAC)による前房深度測定,ステレオ眼底カメラによる視神経乳頭立体撮影検査,HeidelbergRetina Tomograph II(HRT II)による視神経乳頭解析を行った.いずれの検査も,無散瞳,非接触,非医師によって行った.緑内障が疑われた場合,該当者に案内状を出し,秋田大学医学部附属病院眼科において2 次検診を行った.2 次検診では,細隙灯生体顕微鏡検査,Goldmann 圧平眼圧測定,Humphrey 24-2 視野測定,隅角検査,ultrasound biomicroscope(UBM),視神経乳頭立体撮影を含む眼底検査が行われた(図1).その結果,すべての病型の緑内障の有病率は4.1%,うち86%は正常眼圧緑内障であった.男女ともに,緑内障有病率は加齢とともに増加する傾向にあった(図2).年齢調整したPOAG 有病率は,多治見スタディの(70)結果と統計学的有意差は認めなかった.以前に未発見の緑内障,または緑内障疑い例(今回の有病率4.1%)は,全体の90%を占めていた.健康検診受診者を対象とした緑内障検診は,未発見者をスクリーニングするうえで有用と考えられる.図3 に,今回の検診で発見された緑内障症例の検査結果を示す.文献1) Yamamoto T, Iwase A, Araie M et al:The Tajimi studyreport 2. Prevalence of primary angle closure and secondaryglaucoma in a Japanese population. Ophthalmology112:1661-1669, 20052) Iwase A, Suzuki Y, Araie M et al:The prevalence of primaryopen-angle glaucoma in Japanese. Ophthalmology111:1641-1648, 20043) Ohkubo S, Takeda H, Higashide T et al:A pilot study todetect glaucoma with confocal scanning laser ophthalmoscopycompared with nonmydriatic stereoscope photographyin a community health screening. J Glaucoma 13:531-538, 2007図 3 今回の検診で発見された緑内障症例(62 歳,女性)の眼底写真とHumphrey 視野視神経乳頭陥凹は血管の屈曲点をプロットして求めた. 左眼視野はAnderson-Patella の緑内障性視野基準を満たした.右左0.110.050.170.1C/D=0.73 C/D=0.84右眼左眼

屈折矯正手術:屈折矯正におけるフェムトセカンドレーザーの利用

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102050910-1810/10/\100/頁/JCOPYフェムトセカンドとは千兆分の1 秒であり現在国内で使用可能な4 機種のフェムトセカンドレーザー(以下,FS レーザー)の1 パルス当たりの照射時間は200.800 フェムト秒で,このごく短い時間に二酸化炭素と水からなるガスを組織中に発生させフォトディスラプションにより,数ミクロンの空隙を組織中の任意の深さと位置につくることが可能である.レーザーの波長は1,030.1,060 nm であり,波長の長さから赤外線レーザーに分類される.現在の機種では周波数が60 kHz から1 MHz と高速に連続照射可能であり,より少ないエネルギーでより密にガスを発生させることにより平滑な切開面を作製できる.IntraLase FS-60TM(AMO 社製,図1)では約25 秒で作製可能である.最新の機種ではさらに短い時間で作製可能となっている.国内導入当初のIntraLase(現在の最新のものはAMO 社製)は周波数が15 kHz であり,フラップ作製に60 秒程度要した.当時の筆者の使用感から,現在では患者の負担が大幅に軽減したと考えられる.●マイクロケラトームとの比較1.角膜屈折力が40 D 以下のフラット,あるいは46 D 以上の急峻な角膜形状の場合は,それぞれフリーフラップやボタンホールのリスクがあり,マイクロケラトームの適応には注意と技術を要し,しばしば適応外としていたが,FS レーザーではこのような角膜形状による適応はそれほど重視しなくても作製可能となっている(図2,3).2.マイクロケラトームで作製したフラップの形状は,中央部よりも周辺部が若干厚いメニスカスフラップとなるため,外傷などでフラップに皺が生じた際,治療には上皮を.離して皺を伸ばした後,ソフトコンタクトレンズの上にフラットタイプのハードコンタクトレンズ(67)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載117監修=木下茂大橋裕一坪田一男117. 屈折矯正におけるフェムトセカンドレーザーの利用堀川良高德田芳浩井上眼科病院フェムトセカンドレーザーを用いて角膜表面をシート状に切開することでフラップを作製し,LASIK 手術に応用されはじめ,国内でも5 年以上経過した.フラップ作製時に急激に眼圧を上げる必要がないことから,眼内レンズ挿入眼にも使用しやすく,一般臨床の延長の場でも使用される機会が今後増すことが予想される.図 1IntraLase FS.60(AMO 社製)スタッフが入力データを確認中の様子.図 2 Patient interface(disposable)術眼に直接接触する器具は滅菌パックで1 眼分ごとに用意される.吸 引リングアセンブリ(右上):眼球の強膜に直接陰圧をかけて固定する.ア プラネーションコーン(右下):角膜を直接圧平する器具.→ 図 3レーザーの出力口IntraLase 本体にアプラネーションコーンを装着している.←206あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010を装用するなどの特別な処置が必要となる場合があるが,FS レーザーではフラップの厚さが均一なため,フラップ裏面から皺を伸ばすなどの一般的な処置後,ソフトコンタクトレンズを約1 日装用することで比較的容易に回復可能な場合が多い.3.マイクロケラトームにはなくFS レーザーに特有の術後合併症として,一過性に眩しさを訴えるtransientlight sensitivity syndrome(TLSS)が知られている1).原因として初期の機種でのレーザーの高エネルギー設定が考えられているが,現在の低エネルギー設定での報告はきわめて少ない.治療はステロイドの頻回点眼であるが,合併症の発症時期が術後1 カ月程度経過してからであるために眼瞼痙攣など他の疾患との鑑別も必要である.4.Diffuse lamellar keratitis(DLK)はlaser in situkeratomileusis(LASIK)後早期に生じる無菌性層間炎症である.マイクロケラトームによる術後の発生頻度に比べFS レーザーの初期の機種では発生頻度が高いとの報告があるが,現在の機種ではエネルギー設定を低くするなどの工夫で発生頻度は低くなっている.ただし,炎症自体がマイクロケラトームではフラップ下に限局される場合が多いのに対し,FS レーザーではフラップの外側の角膜周辺部にも炎症が認められるという特徴がある.5.再手術をフラップリフティングで行う際2),FSレーザーではフラップエッジが視認しやすく,フラップエッジが直角に近く切り立った形状にできる機種(図4)では,比較的容易にフラップを元の位置に戻すことが可能である.6.エキシマレーザー照射後にフラップを戻した後,フラップエッジをmedical quick absorber(MQA)で軽く撫でることで,フラップ下の水分を抜き,術後の疼痛を軽減できるテクニックは両術式ともに共通である.●今後の展望FS レーザーで角膜実質をlenticle として切除し,エキシマレーザーを使用せずに角膜の屈折力を変えるfemtosecond lenticle extraction3)や角膜内リング挿入のためのトンネルを高精度に角膜実質内に作製することも可能となっている.さらに角膜移植4)にも利用可能な機種も存在する.今後もこうした応用の幅が広がる可能性があるが,慎重に予後を観察することが同時に望まれる.文献1) Munoz G, Albarran-Diego C, Sakla HF et al:Transientlight-sensitivity syndrome after laser in situ keratomileusiswith the femtosecond laser incidence and prevention. JCataract Refract Surg 32:2075-2079, 20062) 堀川良高:9 年以上経過したLaser In Situ Keratomileusis術後症例のフラップリフティング.IOL&RS 23:241-244,20093) 中村友昭:VisuMax. IOL&RS 23:92-94, 20094) 稗田牧:フェムトセカンドレーザーの角膜移植への応用.IOL&RS 23:245-248, 2009(68)☆ ☆ ☆図 4IntraLase 本体の入力確認画面フラップの厚み,フラップの直径,フラップエッジの角度,レーザーのスポット密度などを術眼ごとに設定することが可能である.

多焦点眼内レンズ:術前角膜乱視と多焦点レンズ

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102030910-1810/10/\100/頁/JCOPY角膜乱視とIOL 挿入眼での裸眼視力単焦点眼内レンズ(IOL)においても角膜乱視が裸眼視力に影響するのは確かであるが,これまではあまり重要視されてこなかった感がある.その大きな理由は,単焦点IOL の場合,遠方に合わせれば近方視時,近方に合わせれば遠方視時に眼鏡はどうしても必要になることだと思われる.すなわち単焦点IOL の場合,角膜乱視にこだわっても最終的には完全に眼鏡から解放されることはないので,術者も矯正視力が良ければ十分としていたふしがある.もちろん医原性の大きな角膜乱視はこれまでも問題とされて,惹起乱視をできるだけ少なくするということについては,どの術者も考慮してきたと思われるが,最近の小切開白内障手術では惹起乱視はわずかであり,術前の角膜乱視とあまり変わらなくなったことも角膜乱視への興味が薄れている要因と思われる.一方,単焦点IOL ではなく多焦点IOL の挿入を希望する患者の目的は,眼鏡への依存度を減少させることにある.したがって大きな屈折誤差は遠方,近方とも裸眼視力を低下させることになり,多焦点IOL の性能を半減させることとなる.もちろんこの屈折誤差は眼鏡装用にて矯正可能なのだが,多焦点IOL の挿入を希望する患者は,現行の制度の下では30.40 万円ほどを片眼の治療に支払うことになり,裸眼での生活を期待することが少なくない.多焦点IOL での角膜乱視の影響さて,多焦点IOL 挿入眼において角膜乱視はどの程度裸眼視力に影響するのであろうか.屈折型多焦点IOLでは,近方視が瞳孔径に依存するので単純に角膜乱視の影響を判定するのはむずかしい.また,中央の遠用ゾーンが小径の単独レンズのような効果をもち焦点深度が深くなり,遠方視は比較的乱視の影響を受けにくい傾向がある.対して現在主流の回折型多焦点IOL では遠方視,近方視とも角膜乱視の影響を受けやすい.そこで回折型多焦点IOL における角膜乱視の裸眼視力への影響のデータを紹介する.切開幅3.0 mm の耳側角膜切開にて水晶体超音波乳化吸引術施行後,回折型多焦点IOL(AMO 社製TecnisMultifocalR)を挿入した.術前の角膜乱視をオートケラトメーターにより測定し,A 群:0.5 D 以下,B 群:0.5.1.0 D,C 群:1.0 D 以上の3 群に分け術後6 カ月に検討した.結果は,遠方裸眼視力はA 群では約80%で,B 群では約50%で1.0 が得られるが,C 群では0%となってしまった.また,A 群,B 群では90%以上で0.7以上が得られるが,C 群では40%にとどまった(図1).近方裸眼視力はA 群では約70%で,B 群では約60%で(65)●連載② 多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子2. 術前角膜乱視と多焦点レンズ中村邦彦たなし中村眼科クリニック大きな屈折誤差は裸眼視力を低下させ多焦点眼内レンズ(IOL)の性能を半減させる.小切開白内障手術では惹起乱視はわずかで,術前の角膜乱視により回折型多焦点IOL 挿入眼の術後裸眼視力がある程度予測できる.回折型多焦点IOL を挿入した患者が,裸眼での生活を希望する場合は術前角膜乱視1.0 D 以下であることが望まれる.図 1角膜乱視と遠方裸眼視力の分布術前の角膜乱視と回折型多焦点IOL 挿入眼の遠方裸眼視力の分布を示す.平均視力はA 群(0.5 D 以下):1.13,B 群(0.5.1.0 D):0.91,C 群(1.0 D 以上):0.63 となり,角膜乱視の増大とともに遠方裸眼視力は低下する.0%20%40%60%80 %100%17.181.45.342.152.61050401.4A群1.13B群0.91C群小数視力0.63角膜乱視(D)A 群(<0.5) B 群(0.5~1.0) C 群(1.0<)■:1.0≦■:0.7≦ <1.0■:0.5≦ <0.7■:<0.5204あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20100.7 以上が得られるが,C 群では30%に低下した(図2).回折型多焦点IOL 挿入における角膜乱視の考え方前述のごとく,現在の小切開白内障手術において惹起乱視はわずかなので,回折型多焦点IOL の場合は術前の角膜乱視によって,得られる術後裸眼視力がある程度予測が可能と考えられる.まず0.5 D 以下であれば,遠方1.0,近方0.7 が得られる可能性が高い.つぎに1.0 D以下であれば90%以上の症例で遠方0.7 以上, 60%で近方0.7 が得られる可能性がある.そして,それ以上の乱(66)視では遠方1.0 の視力を得るのは困難で,近方0.7 が得られるのは30%程度といえる.このことより,回折型多焦点IOL を挿入した患者が,裸眼での生活を強く希望する場合は術前角膜乱視1.0 D 以下であることが望まれるといえる.そして1 D 以上の乱視例では,より良好な裸眼視力を得るためにはlimbal relaxing incision(LRI)やLASIK(laser in situ keratomileusis)による乱視矯正手術を考慮する必要がある.もちろん,細かくは乱視軸によって裸眼視力への影響は異なり,倒乱視と比べて直乱視では若干影響が小さい可能性がある.多焦点IOL 導入と角膜乱視多焦点IOL の導入に当たって,術後の屈折誤差矯正,いわゆるtouch up の話が先行してLASIK が可能でない施設では使用できないかのような風潮が一部であった.しかし,実際にはLASIK を行っている施設でもtouch up に至るのはせいぜい10%程度である.また,本稿で示したように術前の角膜乱視が1.0 D 以下の症例を選べば眼鏡に依存せず生活できる裸眼視力が得られる可能性があり,白内障手術を普段行っている施設では導入は十分可能であると考えられる.また,単焦点IOLではトーリックIOL が普及しはじめたが,将来的には多焦点IOL でもトーリックIOL が登場すると思われ,LASIK を行わない施設でもさらなる適応拡大が可能になってくると予想される.☆☆☆0%20%40%60%80%100%A群0.77B群0.67C群小数視力 0.57角膜乱視(D)A 群(<0.5) B 群(0.5~1.0) C 群(1.0<)■:1.0≦■:0.7≦ <1.0■:0.5≦ <0.7■:<0.51.427.151.420.040307.934.247.410.530図 2角膜乱視と近方裸眼視力の分布術前の角膜乱視と回折型多焦点IOL 挿入眼の近方裸眼視力の分布を示す.平均視力はA 群(0.5 D 以下):0.77,B 群(0.5.1.0 D):0.67,C 群(1.0 D 以上):0.57 となり,角膜乱視の増大とともに近方裸眼視力は低下する.

眼内レンズ:アクリル樹脂性フォルダブルレンズの光学部と指示部が固着した1症例

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102010910-1810/10/\100/頁/JCOPY●シングルピースアクリルレンズシングルピースアクリルレンズは,光学部と支持部が同一のアクリル素材で構成されており,インジェクターとカートリッジを使用して眼内への挿入を行う.近年,カートリッジへの装.のしやすさ,より小切開からの安全な眼内挿入,術後長期にわたる屈折の安定と良好な中心固定が評価されており,各社がアクリル素材の眼内レンズを発売している(図1).●支持部と光学部が固着した症例の術後経過通常,光学部と支持部の固着が発生した場合,特別な処置を行わなくても,術後数日で固着は自然に解放される.今回,固着が1 年以上にわたって継続した症例を経験したので,固着の視機能への影響を検証した.術後3 カ月,6 カ月および1 年の時点において,矯正視力,眼内レンズの偏心量・傾斜度を測定し比較検討を行った(表1).眼内レンズの偏心量・傾斜度については,NIDEK 社製EAS-1000 を用い,水平,垂直の2 方向のスリット断面を撮影後,角膜の任意の3 点と虹彩面より視軸に相当する基準線を設定し,つぎに眼内レンズの前・後面より光軸を決定し,この2 線の角度を求めて測定した.3 カ月から1 年において, 視力は1.0(1.0×sph.0.25 D(cyl.0.75 D Ax60°)のまま変化せず,眼内レンズの偏心量は1.25 mm,傾斜度は1.59° で,経過観察中ほとんど変化がなかった(術後1 年)(図2,3).今回の症例では光学部と支持部の固着による,患者の視機能への影響はほとんど認められなかったが,今後,水晶体.の収縮などにより,眼内レンズの偏心量・傾斜度が大きくなると,視機能に影響を及ぼす可能性も考え(63)られる.しかし長期予後は不明である.過去の学会においても,固着したまま放置することは本来避けるべきであるとの指摘もあるため,あくまでも参考として結果を示した.葛城良昌松浦豊明奈良県立医科大学付属病院眼科眼内レンズセミナー 監修/大鹿哲郎282. アクリル樹脂性フォルダブルレンズの光学部と支持部が固着した1 症例シングルピースアクリルレンズは,まれに装.時の外的要因により,眼内挿入後に光学部と支持部が固着している症例を経験することがある.通常,固着は自然に解放されるが,超音波乳化吸引術の眼内レンズ(IOL)挿入後,IOL の光学部と支持部が固着したまま手術を終了し,その後1 年にわたって継続した症例を経験したので報告する.表 1 固着眼内レンズ挿入後3 カ月,6 カ月,1 年における矯正視力,偏心量・傾斜度の比較矯正視力偏心量傾斜度術後3 カ月1.0 0.47 mm 6.07°術後6 カ月1.0 1.31 mm 1.77°術後1 年1.0 1.25 mm 1.59°6.0 mm 12.5 mmアクリソフR(Alcon 社) テクニスR 1-Piece(AMO 社)iMics 1(HOYA 社)図 1アクリル樹脂性フォルダブルレンズの製品写真●光学部と支持部の固着の予防と対処対処法しては,カートリッジへのセッティングの工夫による固着の予防と,固着が確認された後の確実な解放作業を心掛ける必要がある.1. 固着の予防カートリッジへのセッティングの前に,眼内灌流液や粘弾性物質を光学部前面に塗布してから,カートリッジへセッティングを行うと,固着の防止に有効である.2. 固着への対処眼内挿入後に,固着が確認された場合は,I/A(灌流/吸引)チップにて眼内灌流を行うと固着が解放される場合が多い(理由は,灌流液の温度によって眼内レンズが冷やされ固着解除されると推定).固着が強く解放されない場合は,まず粘弾性物質を固着箇所に注入して固着部位に圧力を加え解放を試みる.それでも解放されない場合は,粘弾性物質で前房を満たした後,レンズフックを2 つ使い,片方で眼内レンズの辺縁を押さえ,もう片方で固着しているループを引っ掛けて,ループをめくるように.がすと解放されやすい.文献1) 高良由紀子,吉村正美:プリセット型アクリソフシングルピースアクリサートR の挿入方法の検討.IOL & RS 21:380-385, 20072) Davison JA:Clinical performance of Alcon SA30AL andSA60AT single-piece acrylic intraocular lenses. J CataractRefract Surg 28:1112-1123, 20023) Nejima R, Miyai T, Kataoka Y et al:Prospective intrapatientcomparison of 6.0-millimeter optic singlepiece and3-piece hydrophobic acrylic foldable intraocular lenses.Ophthalmology 113:585-590, 2006図 2術後1 年の前眼部固着写真眼内レンズの支持部と光学部が固着したまま水晶体.内に固定されている.図 3術後1 年のScheimpflug 像

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法(プロクリア ワンデー(クーパービジョン・ジャパン))

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20101990910-1810/10/\100/頁/JCOPY● 1 日使い捨てソフトコンタクトレンズの選択当院におけるソフトコンタクトレンズ(SCL)の処方割合は,1 日使い捨てSCL(DDSCL)が最も多く,半数を超えている.最近はシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)の登場により,2 週間や1 カ月交換SHCL の処方機会も増えてきているが, いまだにDDSCL を処方することのほうが多い.理由は単純で,他のSCL と比較して安全性が高く,SCL のなかで眼感染症の合併が最も少ないと考えるからである.長時間装用,連続装用,近視度数が強いなど素材の酸素透過性を重視するべき症例や患者の経済的理由などでDDSCL が処方できない場合に2 週間や1 カ月交換SHCL を処方している.当院には,球面,トーリック,遠近両用を含めると処方可能なDDSCL が11 種類ある.そのなかから,一人ひとりの患者に適したDDSCL を選択して処方する.その際に最も問題になるのは,乾燥感である.最近のDDSCL は性能が高いレンズが多く,患者の満足も得られやすいが,それでも乾燥感を訴える患者はいるし,最も手ごわい訴えの一つといえる(図1).●具体的な症例年齢27 歳の女性.職業:雑誌の編集.A 社DDSCLを毎日使用している.普段,仕事で1 日平均10 時間パソコンを使用しているが,午後からレンズが乾燥すると感じ始め,夕方6 時頃にはショボショボ感が強くなり,視力も低下し,はずしたくなると訴え来院.綿糸法:右)10 mm,左)8 mm.涙液層破壊時間(BUT):右)5 秒,左)7 秒.細隙灯顕微鏡:結膜ステイニング〔両眼(+)〕.使用していたSCL:A 社1 日使い捨てSCL右)9.0/.5.25/14.2,左)9.0/.4.75/14.2.当院での対応:使用していたDDSCL が過矯正であったため,両眼0.75 D ずつ度数を弱め,同ブランドのうるおい成分を保存液に配合したDDSCL を1 カ月分処方(61)し,6 回/日の0.1%ヒアルロン酸点眼を指示した.定期検査時,乾燥感は若干軽減したが,夕方のショボショボ感や視力の低下は改善されないということで,同じ度数のプロクリア ワンデーに変更した.1 カ月後の来院時,パソコン使用時の夕方に若干の乾燥感は残るものの,ショボショボ感や視力の低下は感じなくなり,自覚的にはヒアルロン酸点眼も必要なくなったということであった.結膜ステイニングも明らかに軽減していた.●プロクリア ワンデーの特長プロクリア ワンデーの最大の特長は,乾燥感を訴える患者に対する満足度の向上である.涙液量が少なめ,あるいはBUT が短めの初診患者への最初の選択としても良い選択と考える.この特長は,プロクリア ワンデーの素材とレンズエッジのデザインによるところが大きい.プロクリア ワンデーの素材は,MPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)ポリマーとHEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)の共重合体である.MPC ポリマーは,ヒトの細胞膜を模した構造をもつポリマーで,高い水分保持能力と蛋白質を変性させないなど高い生体適合性をもつ.その水分保持能力は,ヒアルロン酸の約2 倍であり(図2),SCL 素材か糸井素純道玄坂糸井眼科医院コンタクトレンズセミナー 監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法308. プロクリア ワンデー(クーパービジョン・ジャパン)図 1SCL レンズ表面の乾燥200あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (00)らの脱水を防ぐのに効果的である.また,プロクリアワンデーのレンズエッジは比較的,丸く滑らかである(図3).レンズエッジからの結膜への刺激が少なく,レンズをはずしてフルオレセインで染色してもほとんど結膜にステイニングがみられない.当院で過去に実施した臨床試験では結膜ステイニングの強い患者は乾燥感の訴えが強かった.結膜ステイニングの軽減がプロクリアワンデーの乾燥感の軽減にも一役買っていると考える.もう一つ付け加えるべきは,細菌などの付着が少ないことである.MPC ポリマーは表面の摩擦抵抗が非常に小さく,細菌などが付着しにくい.通常のHEMA レンズと細菌の付着性を比較すると図4 のような差がみられる.DDSCL では,細菌の付着性は問題とならないという考え方もあるが,プロクリア ワンデーではさらに安全性が高まっていると考えると,処方する側としては安心材料が少しでも増えるのは悪いことではない.実際,プロクリア ワンデーを触ってみると非常につるつるしていて,他のSCL とは素材が違うことが実感できる.このつるつるした表面により,レンズをはずす時にはずしにくいと訴える患者がいる.他のDDSCL などから,プロクリア ワンデーに変更した場合は,最初にそのことを説明しておいたほうがよいだろう.図 4SCL へのグラム陰性桿菌付着各SCL を各細菌/リン酸緩衝液に浸漬し,振りながら37℃で4 時間培養.取り出したSCL をリン酸緩衝液で3 回洗浄後,ATP(アデノシン三リン酸)を抽出した.抽出液にATP 発光試薬を加え,マイクロプレートリーダーにより発光量を測定した.写真は緑膿菌を付着させたSCL 表面(左:プロクリア ワンデー,右:HEMA レンズ).0100200300プロクリア ワンデーHEMA レンズ菌付着数(105 CFU/ml):セラチア菌:緑膿菌3.02.01.00:ヒアルロン酸:MPC ポリマー塗布直後水洗後1 時間図 2MPC ポリマーとヒアルロン酸の水分保持能力比較ヒトの内腕部にMPC ポリマーとヒアルロン酸を塗布し,その直後と水洗1 時間後の水分量を比較.MPC ポリマーは,皮膚内部から蒸発しようとする水分を逃さずに保持することで,水洗1 時間後でヒアルロン酸の約2 倍の水分保持能力を示す.(http://www.lipidure.com より抜粋)0 0.1 0.2 mm図 3プロクリア ワンデーのレンズエッジ断面写真

写真:ペルーシド角膜変性症に発症した急性水腫

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20101970910-1810/10/\100/頁/JCOPY(59)写真セミナー 監修/島﨑潤横井則彦309. ペルーシド角膜変性症に発症した急性水腫①②図 2 図1 のシェーマ①:瞳孔.②:角膜浮腫.東原尚代京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学図 1ペルーシド角膜変性症の急性水腫(28 歳,男性)円錐角膜の急性水腫と異なり,角膜実質浮腫が角膜下方に生じている.②①図 4図1 の急性水腫発症2 カ月後の前眼部OCT内皮側に大きなDescemet 膜断裂(①),角膜厚の著明な肥厚とinterstromal cleft とよばれる角膜実質内の断裂(②)を認める.図 3図1 の急性水腫発症前のカラーコードマップ角膜中央部は蝶ネクタイ様,角膜下方周辺にかけて三日月状の高屈折部位を示す典型的なパターンを示す.198あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (00)急性水腫とは,円錐角膜やペルーシド角膜変性症で角膜実質の菲薄が著明になった進行例において,外傷などを契機にDescemet 膜が破裂し,内皮のバリア機能が破綻して実質内に房水が入り,急激に角膜実質浮腫を生じた状態をいう.発生頻度は円錐角膜が11%であるのに対し,ペルーシド角膜変性症は2%と低い1).円錐角膜の急性水腫では角膜中央部に円形の実質浮腫を生じるが,ペルーシド角膜変性症では角膜の菲薄部が角膜下方にあるために実質浮腫も角膜下方に生じる(図1).患者は,「急に目が白く濁った」と言って受診することが多く,ペルーシド角膜変性症の既往が確認できれば診断は容易である(図3).通常2.3 カ月で急性水腫は治癒するが,これは,まず破裂したDescemet 膜のところに内皮細胞が伸展・被覆し,Descemet 膜が再生されて内皮のバリアが再構築される結果,内皮細胞のポンプ作用で急速に実質浮腫は消失していく.また,ペルーシド角膜変性症でも円錐角膜と同様にアトピー性皮膚炎の既往のある患者が多く,眼を強く擦ることから,急性水腫発症時にまれに角膜穿孔を生じることがある2).急性水腫治癒後は角膜形状が発症前よりもフラットになりコンタクトレンズ装用が容易になるが,Descemet 膜と角膜実質瘢痕が強く残る例では角膜移植術を要するケースもある.一般に,ペルーシド角膜変性症の急性水腫は角膜瘢痕が瞳孔領よりも角膜下方に生じるため視力は障害されにくい.治療は,コンタクトレンズの装用中止と感染予防のため抗菌薬眼軟膏の点入を行い,圧迫眼帯で保存的に経過をみる.炭酸脱水酵素阻害薬内服を行うこともある.Descemet 膜の破裂が大きく実質浮腫が遷延する場合,角膜に血管侵入を伴うことがあるため,抗菌薬点眼とともに低濃度ステロイド点眼を行う.ペルーシド角膜変性の患者は若年者に多く,早い治癒を望まれることがあり,前房内に空気注入を行い角膜浮腫の早期軽減を図ることがある3).しかし,前房内空気注入法は入院が必要であること,急性緑内障発作予防のために,レーザー虹彩切開術が必要などの問題点もある.本症例では,Descemet 膜破裂部位が角膜下方であったことから(図4),空気置換を行っても空気が減るにつれてその効果も早期の減弱が予想されたこと,患者も積極的な治療を希望しなかったため保存的に経過をみた.最終的には強い角膜混濁を残した(図5)が, 幸い, 混濁が瞳孔領よりも下方であったためにハードコンタクトレンズ装用で視力は(1.0)を維持している.文献1) 津村朋子,前田直之,渡辺仁ほか:ペルーシド角膜変性症の臨床所見の特徴.眼紀 49:922-925, 19982) Aldave AJ, Mabon M, Hollander DA et al:Spontaneouscorneal hydrops and perforation in keratoconus and pellucidmarginal degeneration. Cornea 22:169-174, 20033) 小室青,横井則彦,中村富子ほか:急性水腫に対する前房内空気注入術.あたらしい眼科 12:1281-1284, 1995図 5急性水腫発症4 カ月後の前眼部写真角膜下方に瘢痕を認めるが,瞳孔領の角膜は大部分が透明である.

眼のかすみを起こす疾患:(7)視神経疾患

2010年2月28日 日曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYが,実際にLHON の未発症の保因者(ミトコンドリアDNA 点突然変異保有者)を長期にわたって経過観察すると,重篤な視力低下をきたす数カ月前から,眼底で視神経乳頭の発赤腫脹(図1)あるいは微細血管の拡張蛇行(microangiopathy)や大血管の蛇行(macroangiopathy)を呈するものがしばしばみられる.この時点ではこれらの患者はまったく視機能障害の自覚はなく,その後数週間から数カ月して軽度の「眼のかすみ」を訴えるようになる.このような自覚症状出現時には視力・視野はじめに視神経疾患といえば,急性の重度の視力障害や視野障害(たとえば中心暗点や半盲など)で発症し,「眼のかすみ」を主訴に受診することはないと考えておられないだろうか.確かに,脱髄性や特発性の視神経炎,動脈炎性前部虚血性視神経症などでは急性かつ重症の視力障害で発症し,「眼のかすみ」といったあいまいな訴えで受診することはまずない.しかし,視神経に関する疾患のなかでも表1 に示すような実に多くの疾患が亜急性あるいは非常に緩徐な視機能低下で発症する.本稿では,このような視神経疾患のなかでも代表的なもののいくつかの特徴と鑑別の要点について解説する.I遺伝性視神経症1. Leber 遺伝性視神経症(Leber hereditary opticneuropathy:LHON)LHON は母系遺伝でミトコンドリア遺伝子の3460,14484,11778 番塩基対などを主とする点突然変異を基盤とし,多くは青壮年の男性に両眼性に重篤な視力障害で発症する疾患である.しかし,視力は進行性に悪化し最終視力予後が不良なため,2 次,3 次の医療機関を受診する際にはほとんどの症例で0.1 以下の高度の視力低下をきたしている.そのため,急性の重度の視力障害で発症するという誤まった情報が成書にもしばしば記載されている.確かにLHON のなかには初診医療機関受診時には高度の視力低下と中心暗点を訴えるものもある(53) 191* Osamu Mimura:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕三村治:〒663-8501 西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室特集●眼のかすみ あたらしい眼科 27(2):191.195,2010眼のかすみを起こす疾患(7)視神経疾患Diseases with Blurred Vision(7):Optic Neuropathies三村治*表 1 亜急性あるいは非常に緩徐な視機能低下で発症する視神経疾患遺伝性視神経疾患Leber 遺伝性視神経症優性遺伝性視神経症(OPA-1)圧迫性視神経症甲状腺性視神経症鼻性視神経症動脈瘤による圧迫性視神経症視神経および視神経近傍の炎症高齢者の抗アクアポリン4 抗体陽性視神経炎視神経周囲炎乳頭血管炎虚血性視神経症非動脈炎性前部虚血性視神経症外傷性視神経症小児の外傷性視神経症中毒性視神経症エタンブトール中毒性視神経症シンナー中毒栄養欠乏性視神経症192あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (54)れで0.1.0.7 程度のことが多い.視野では中心暗点,盲中心暗点,中心視野感度低下をきたすものからGoldmann視野ではまったく異常を検出できないものまでさまざまであるが,通常周辺視野は正常に保たれる.対光反射はLHON と同様視力低下の程度から想像されるよりも良好である3).診断は眼底検査で境界鮮明なわずかの耳側蒼白を伴う軽度の視神経萎縮を示すものから乳頭全体の陶器様蒼白萎縮までさまざまな両眼性の視神経萎縮を示すこと,両親のいずれかに視神経萎縮を認めることから行う.II圧迫性視神経症1. 甲状腺性視神経症甲状腺眼症での自己免疫性炎症はおもに球後の眼窩脂肪と外眼筋に対して起こる.外眼筋の炎症ではリンパ球浸潤を伴う著明な腫脹がみられるが,全外眼筋が侵されると狭い空間である眼窩先端部で腫脹した外眼筋が視神経を直接圧迫あるいは血流を阻害し,圧迫性視神経症を発症する.通常視力低下は緩徐であり,他の症状(眼球はごく軽度の障害で,限界フリッカ値(CFF)もそれほど低下していない.その後亜急性または緩徐進行性に視力は低下をはじめるが,対光反射は高度の視機能障害を起こすまでほぼ正常のままである.そのため,LHONの発症時の診断はなかなかむずかしく,ときには心因性視力障害と診断されることすらある.エビデンスのある治療法がなく,多施設疫学研究で視力低下と喫煙・中等度以上の飲酒との関連が証明されている1)ことからも,早期の乳頭の発赤腫脹やmicroangiopathy をみた時点で,せめて喫煙・飲酒は控えさせ,コエンザイムQ10(CoQ10)などの服用を勧めるべきであろう.2. 優性遺伝性視神経症(dominant optic atrophy:DON)常染色体性優性遺伝でOPA-1 遺伝子によるが,浸透率はそれほど高くない2).視力障害は幼児期に発症すると考えられるが,乳幼児では視力低下を訴えないため通常は3 歳児検診や就学児検診で発見される.しかし,幼児期以降にも視神経萎縮が進行することがあり(極端な報告では10 歳以前の発症は58%にすぎないとするものもある),その際にははっきりとした視力低下ではなく,明確に発症時期を特定できない「眼のかすみ」を訴えて受診する.視力はLHON ほど極端に低下することはま図 1Leber 遺伝性視神経症の21 歳男性の左眼眼底写真すでに視神経乳頭は高度に発赤しているが視力,Goldmann視野は正常で,隅界フリッカ値(CFF)のみわずかに反対眼より低下していた.図 2 甲状腺視神経症の眼窩冠状断MRI にみられた眼窩先端部のapical crowdinga:T1 強調像,b:T2 強調像.ab(55) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010193ば急性に視力障害をきたすこともあるが,通常は緩徐に進行し,最初は軽度でその症状に動揺があるため「眼がかすむ」と訴えることもしばしばである.眼底では多くは初期には視神経乳頭は正常であり,放置すれば徐々に視神経萎縮に至るが,画像診断を行えば診断は容易で副鼻腔開放術を行えば症状は速やかに消失する.3. 動脈瘤による圧迫性視神経症高齢者ではしばしば視朦を訴えても,白内障などの中間透光体の混濁やオリエンテーション不良のためとされ,十分な検索が行われないことがある.そのなかの一つが動脈瘤によるもので,しばしば上方からの圧迫により視力・視野障害をきたすことがある.図4 は視朦を白内障のためとされて手術を行ったが,視力が改善せず原因不明のまま放置されていたケースである.対光反射と突出,眼瞼腫脹,兎眼性角膜炎,眼球運動障害,複視など)が前面に出るため,かなり進行するまで視力障害を訴えないことがある.眼底では視神経乳頭は軽度発赤腫脹していることが多いが,正常なこともある.視野は中心部の比較暗点や不規則な狭窄を示し,放置すれば徐々に中心視野の消失に至る.診断には眼窩の冠状断MRI(磁気共鳴画像)がきわめて有効で,狭い眼窩に外眼筋が混み合うapicalcrowding(図2)がみられる4).甲状腺性視神経症の治療は2008 年の欧州内分泌学会と甲状腺学会の合同委員会(EUGOGO)でのコンセンサス5)でほぼ結論が得られている.EUGOGO によれば,副腎皮質ステロイドのパルス療法が最も有効で,かつ副作用も少ない(1 回の総量プレドニゾロン換算8 g までは安全)方法であり,まずパルス療法を行い,改善しない場合に眼窩減圧術を行う.意外と知られていないことであるが,甲状腺眼症による圧迫性視神経症では発症からかなり長期間(1 カ月以上)経過してからもパルス療法で視力の改善が得られることがあり,甲状腺視神経症をみた場合には,たとえ発症から長期間経過していようと治療時期を失したと考えずにまずパルス療法を行うべきである.2. 鼻性視神経症視神経と副鼻腔は解剖学的に隣接し,特に後部篩骨洞,蝶形骨洞は視神経管内および球後視神経に影響を及ぼしやすい.以前は蝶形骨洞の外側上方へ発育した後部篩骨洞蜂巣であるOnodi 蜂巣の炎症の波及による視神経炎と考えられていた時期もあったが,現在ではCT(コンピュータ画像診断),MRI などの画像診断の進歩によりその大部分が副鼻腔の粘液.腫(mucocele),膿.腫(pyocele)の圧迫による圧迫性視神経症であることが判明している6).原因となる副鼻腔.腫のほとんどは以前の副鼻腔手術に続発した術後性副鼻腔.腫であり,問診が非常に重要であるが,まれに原発性副鼻腔.腫(図3)による鼻性視神経症もみられる.鼻性視神経症では.腫内容による圧迫であるため,初期には症状が体位(頭位)の変換によって変化したり,日内変動を示すことがある..腫内に急激に化膿が進め図 3 原発性副鼻腔.腫(白矢印)による左鼻性視神経症の軸位断MRI図 4動脈瘤による圧迫性視神経症の冠状断CT 再合成画像194あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (56)しかし,幼小児では視力・視野障害を訴えないことが多く,眼球損傷がなく軽度の視機能障害であれば外傷性視神経症と診断することは困難である.特に眉毛外上方に打撲による皮下出血や挫滅創のない場合(図5)には見逃されることがほとんどである.このような症例では他覚的には対光反射や swingingflash light test をみること,自覚的には左右眼を交互に遮閉し,左右の明るさを答えさせることで診断可能である.おわりに視神経疾患も他の疾患と同じく軽症から重症までさまざまな症状を呈する.視神経疾患だからといって,必ず重度の視力低下や中心暗点をきたすわけではない.軽度の「眼がかすむ」程度の視朦を訴える患者も多い.また,シンナー中毒患者ではシンナー吸引の発覚を怖れ,実際に行動に不自由するまで視力障害を訴えないことすらある.さらに視神経疾患であるから当然高度の視力障害で突発すると誤解されているLeber 遺伝性視神経症のような疾患もある.視神経疾患を見逃さないためにも,軽度の視朦だからといって,視神経疾患を初めから否定するのではなく,その存在を念頭に置いて対光反射の確認と限界フリッカ値の測定を行い,視神経乳頭の観察を念入りに行うことが重要である.限界フリッカ値を測定しさえすれば早期診断の可能性があったと考えられる.IIIその他の視神経疾患1. 視神経周囲炎青壮年から高齢者に軽度の視朦で発症し,しばしば眼痛を伴う.一般に視力障害は高度ではなく,半数で1.0以上であり,中心視野もほとんどの患者で保たれる.以前は眼底所見などから梅毒によるものなどが多く報告されているが,画像技術の進歩に伴い疾患概念が変化し,MRI で視神経周囲の輪状の造影効果がみられるものとして再認識されるようになり,サルコイドーシスや原因不明のものが増加している7).治療としては,副腎皮質ステロイドの投与を行い反応は良好であるが,減量に伴い20.30%で再燃がみられる.2. 乳頭血管炎厳密には視神経疾患ではないが,眼底では視神経乳頭に所見を認めることからここに含める.基礎疾患のない若年者の片眼の軽度の霧視や視朦で発症する.一般に視力はほとんど障害されず,視野検査では一過性のMariotte盲点の拡大のみである8).眼底検査では視神経乳頭が境界不鮮明で発赤腫脹し,乳頭周囲の網膜静脈の蛇行,拡張や,網膜の小出血などを伴う.ときに.胞様黄斑浮腫を認め,持続するものでは視力予後が不良である.血管炎が原因と考えられるため,副腎皮質ステロイドの内服投与(30 mg/日)が行われることが多いが,実際に有効であるとの明確なエビデンスはない.加療しなくても一般に視力予後良好で,6 カ月から1 年の経過観察で自然に消退し,再発もみられない.3. 小児の外傷性視神経症外傷性視神経症は介達性外力による視神経障害で,その多くは眼窩外上壁を強打することにより,眼窩骨に作用した外力が蝶形骨小翼の視神経管付近に集中することによる.多くは重症であり,成人では外傷の既往があり視力障害を訴えれば診断を誤ることはない.図 5幼児にみられた右外傷性視神経症眉毛外上方でなく眉毛下方の外傷がある.(57) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010195roid 18:334-346, 20086) 絵野亜矢子:鼻性視神経症.新臨床神経眼科学増補版(三村治編),p32-33,メディカル葵出版, 20047) Purvin V, Kawasaki A, Jacobson DM:Optic perineuritis:clinical and radiographic features. Arch Ophthalmol119:1299-1306, 20018) Oh KT, Oh DM, Hayreh SS:Optic disc vasculitis. GraefesArch Clin Exp Ophthalmol 238:647-658, 20009) 三村治:外傷性外力による視神経障害.日本医事新報4133:18-23, 200310) Gupta AK, Gupta AK, Gupta A et al:Traumatic opticneuropathy in pediatric population:early intervention ordelayed intervention? Int J Pediatr Otorhinolaryngol 71:559-562, 2007文献1) Kirkman MA, Yu-Wai-Man P, Korsten A et al:Geneenvironmentinteractions in Leber hereditary optic neuropathy.Brain 132:2317-2326, 20092) Shimizu S, Mori N, Kishi M et al:A novel mutation inthe OPA1 gene in a Japanese family with optic atrophytype 1. Jpn J Ophthalmol 46:336-340, 20023) Bremner FD, Tomlin EA, Shallo-Hoffmann J et al:Thepupil in dominant optic atrophy. Invest Ophthalmol Vis Sci42:675-678, 20014) 三村治:甲状腺眼症.日眼会誌 113:1015-1030, 20095) Bartalena L, Baldeschi L, Dickinson A et al:ConsensusStatement of the European Group on Graves’ Orbitopathy(EUGOGO)on management on Graves’ orbitopathy. Thy-Ⅰ神経眼科における診察法・検査法Ⅱ視路の異常〔1.視神経障害/ 2.視交叉およびその近傍の病変/ 3.上位視路の病変〕Ⅲ 眼球運動の異常〔1.核上性眼球運動障害/ 2.核および核下性眼球運動障害/ 3.神経筋接合部障害/4.外眼筋および周囲組織の異常/ 5.眼振および異常眼球運動〕Ⅳ瞳孔・調節・輻湊機能の異常〔1.瞳孔・調節機能の異常/ 2.輻湊・開散機能の異常〕Ⅴ眼窩・眼瞼の異常〔1.眼窩の異常/ 2.眼瞼の異常〕Ⅵその他〔1.心因性反応/ 2.全身疾患と神経眼科/ 3.網膜疾患の接点/ 4.緑内障との接点/ 5.各種検査〕Ⅶ これからの神経眼科〔1.視神経移植と再生/ 2.遺伝子診断と治療/ 3.実験的視神経炎/ 4.視神経症の新しい治療法の試み/ 5.膝状体外視覚系/ 6.固視微動の解析/ 7.Functional MRI / 8.Fiber tracking〕新 臨床神経眼科学<増 補 改 訂 版>【編集】三村治(兵庫医科大学 教授)■ 内 容 目 次 ■A4 変型総312 頁写真・図・表多数収録 定価21,000 円(本体20,000 円+税). メディカル葵出版〒113-0033 東京都文京区本郷 2-39-5 片岡ビル5F振替口座00100-5-69315電話(03)3811-0544(代) FAX( 03)3811-0637

眼のかすみを起こす疾患:(6)網膜色素変性

2010年2月28日 日曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY網膜色素変性1. 疾患の定義遺伝子変異が原因で網膜の視細胞および色素上皮細胞が広範に変性する疾患である.進行は緩徐であるが,個人差が大きい.視細胞のうち,杆体のみの変性を杆体ジストロフィ,杆体と錐体両者の変性を杆体錐体ジストロフィと称する(図1).2. 疫学種々の調査から網膜色素変性症の頻度は通常4,000 人から8,000 人に1 人と考えられている.網膜色素変性症は遺伝病であるが,実際には明らかに遺伝傾向が認められる例は全体の50%程度で,あとの40.50%では親族に誰も同じ病気の方がいない孤発例,あるいは遺伝形式不明例である.遺伝傾向が認められる例のうち最も多いのは常染色体優性遺伝を示すタイプでこれが全体の 15.25%,つぎに多いのが常染色体劣性遺伝を示すタイプでこれが全体の5.20%程度,最も少ないのがX 連鎖性遺伝(X 染色体劣性遺伝)を示すタイプでこれが全体の5.15%程度である1).3. 症状最も一般的な初発症状は杆体視細胞の変性(図2)による夜盲であるが,生活の環境によっては気がつきにくはじめに網膜変性疾患では,視力低下や視野異常などの症状はよく知られているものの,「眼のかすみ」は一般にあまり知られていない.しかし,実は進行した患者では,「眼のかすみ」という症状は必発といえるほど頻度が非常に高いのである.多くの患者が経験するにもかかわらず網膜変性の症状として認識されていないために,患者が訴えても,そのような症状は普通はないという返答をもらったり,白内障のせいだとして手術されたりということが実際に起こっている.本文で詳しく述べるが網膜変性疾患の診療では「眼のかすみ」に関して以下のことが重要である.. 網膜変性疾患(特に網膜色素変性)の進行例では,「眼のかすみ」は頻度の高い症状であるので,皆と一緒であることを伝え安心させる..「眼のかすみ」の出現時間(頻度)や程度が徐々に強くなるが,それと矯正視力とは必ずしも相関しないので,「かすみ」が出現したからといって見えなくなる前兆ではないことを伝える.. 白内障による「かすみ」と網膜変性による「かすみ」が重なることを伝え,白内障手術ですべてが解決するわけではないことを理解させる.おそらく網膜変性疾患の場合の「眼のかすみ」は錐体の変性によってもたらされる症状と思われるが,最も頻度が高く遭遇する網膜色素変性を中心に述べる.(47) 185* Masayo Takahashi:理化学研究所 発生再生科学総合研究センター〔別刷請求先〕高橋政代:〒650-0047 神戸市中央区港島南町2-2-3理化学研究所 発生再生科学総合研究センター特集●眼のかすみ あたらしい眼科 27(2):185.190,2010眼のかすみを起こす疾患(6)網膜色素変性Diseases with Blurred Vision(6):Retinitis Pigmentosa高橋政代*186あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (48)よる症状,あるいは視細胞変性に伴う異常シナプス形成がひき起こす症状かもしれない.遺伝子変異が原因であるので,症状は両眼性で両眼の進行はほぼ一致する.両眼の進行がそろっており,進行が緩徐で経過が長いことが,網膜変性疾患の大きな診断根拠となるので,アナムネと視力視野で,ほとんど診断がつく.4. 診断a. 眼底所見定型例では網膜血管狭細,網膜色素上皮の色調変化(色ムラ,網膜変性)を認め,変性が進むと骨小体様色素沈着が特徴的である.非定型例では無色素性,白点を呈するものなどもあるが,特に早期はどの症例でも色素沈着が明らかでないので,正常眼圧緑内障などと間違われる場合がある.網膜色素変性の診断に網膜色素沈着は必須ではない(図3).b. 視野求心性,輪状,地図状,傍中心性など病変の部位に一致した狭窄を認める.いこともある.最近は人間ドックなどで眼底の異常を指摘されて初めて夜盲を認識する例も多い.逆に網膜変性以外でも視力が低下すると当然ながら薄暗いところで見えづらく,さまざまな疾患による視力低下の際に「夜見えにくい」という症状を訴えることがあるので,夜盲性疾患と間違えないように注意する必要がある.視野が狭くなっていることに気がつくのはかなり経過してからである.よくつまずく,ひとにぶつかりやすくなるといったことが気づくきっかけになるが,車の運転でぶつけたり,事故で眼科を受診して初めて気づく例もある.視力の低下や色覚異常は,さらにあとから出現してくる.「かすみ」は視力低下が進行してくると多くの患者が経験するものである.同様の症状は「かすみ」以外にもさまざまな表現で表される.湯気の中,吹雪の中,砂嵐の中,夕焼け状,紫色,さまざまな色の光の玉,光の粒の点滅などさまざまである.最初はこれらの症状が短時間現れくり返すが,徐々に頻度と持続時間が増していき,最終的に常時症状が出現するようになる.この間に矯正視力が大幅に低下することは少なく,まったく視力が変化しないこともあるので,視細胞の数の変化である解像度の低下ではなく,視細胞の性状の変化にa b図 1網膜色素変性の視野a: 輪状暗点.この状態で白内障や黄斑浮腫がなく視力が低下していれば杆体錐体ジストロフィと考えられる.杆体錐体ジストロフィでは視野狭窄が始まると同時に視力低下が進行する.b: 求心性視野狭窄.この状態で視力が1.0 であれば,杆体ジストロフィで錐体は変性していないので,Goldmann 視野計による視野狭窄は10°で進行が止まり,良好な視力が保持できる可能性がある.しかし,年月とともに錐体の変性が2 次的に起こり,徐々に視力が低下する.(49) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010187c. 暗順応暗順応曲線の第2 次曲線の閾値の上昇が認められる.d. 視力同じ網膜色素変性でも視力低下の進行時期は病型によって異なる.杆体ジストロフィでは杆体がすべて変性して視野が10°まで狭窄してから錐体変性の開始とともに出現するのに対し,杆体錐体ジストロフィでは視野狭窄と同時に若年から視力低下がはじまる(図1).さらに頻度の少ない病型で,早期から輪状暗点が10°よりも内側に進行する傍中心型では,中心視野がごくわずか(3°ほど)でも良好な視力をしばらく保つが,視力低下がはじまると比較的急速に(2,3 年の間に)良好な視力から0.1 未満に低下する.若年から水晶体の前極または後極の混濁するタイプの白内障を合併することが多く,白内障による視力低下をきたす場合もある.acbd視細胞消失視細胞消失網膜色素変性正常図 2網膜色素変性の網膜断層像a:正常マウス網膜,b:正常ヒト網膜,c:網膜色素変性モデルマウス網膜,d:網膜色素変性患者網膜.ONL:外顆粒層,INL:内顆粒層,IPL:内網状層,GCL:神経節細胞層.図 3色素沈着を認めない初期の網膜色素変性眼底写真血管の狭細と血管アーケイド部の網膜色素上皮の色素ムラを認める.188あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (50)今後さらに多数の原因遺伝子変異が明らかにされるものと期待される.7. 治療現時点では治療法が確立されていないが,遺伝子治療,人工網膜,網膜再生,視細胞保護治療などについて研究が進んでいる.網膜色素変性に対する遺伝子治療については近年その報告が注目をあびた3,4).対象はLeber 先天盲のなかで,網膜色素上皮細胞で働くRPE65 遺伝子の異常が原因となっているタイプの患者である.RPE65 は,視細胞で使用ずみのall-trans-レチノールが網膜色素上皮細胞で回収され,11-cis-レチナールにリサイクルされる途中で働く酵素である.11-cis-レチナールは網膜色素上皮から視細胞に回収されて使われる.RPE65 の遺伝子異常がホモの場合,正常なRPE65 酵素がないために,11-cis-レチナールを再生することができず,杆体の中でロドプシンとして光シグナルを神経シグナルに変換することができない.つまり弱い光に反応して機能するべき杆体が働くことができないので,夜盲をきたす.上記の場合はホモの遺伝子異常(常染色体劣性遺伝形式)で,正常な遺伝子がないことから疾患がひき起こされている.つまり,正常なRPE65 酵素が作れないので杆体も働けないわけであるから,治療のためには正常なRPE65 遺伝子を網膜色素上皮細胞に導入して,酵素蛋白を作らせるようにするとよい.アメリカとイギリスのグループがそれぞれ3 例のRPE65 の変異によるLeber先天盲(ただし20 歳以上)にアデノ随伴ウイルスベクターを用いて正常なRPE65 遺伝子を網膜色素上皮細胞に導入したところ,夜盲が改善し,一部の患者では視機能も回復したという画期的な結果を論文にして発表した.人工網膜はすでに長期の移植にて,大きな字が読めるe. 電気生理学的所見1)網膜電図(ERG)の振幅低下・消失.初期には軽度低下であっても進行すると消失する病型もあり,また,定型的な眼底所見がなくとも ERG の異常で発見されることもある.2)網膜常在電位(EOG)は網膜色素上皮の初期の異常を検出しうる.f. 蛍光眼底造影所見網膜色素上皮萎縮および網脈絡膜萎縮による過蛍光.5. 鑑別すべき疾患a. 炎症性のものb. 続発性のもの(悪性腫瘍随伴網膜症を含む)視野の進行の左右差を示す症例は頻度が低いので,両眼性で,進行がそろっており,進行が緩徐であることが診断の重要なポイントである.まれに片眼に炎症疾患などを伴うなどの原因や,あるいは原因不明で両眼の進行が異なる場合がある.これに対し,視力は黄斑の.胞様浮腫や白内障の影響で左右差がある場合もある.しかし,基本的に遺伝子変異による進行は同程度と考えられ,左右差がある場合はその原因を考えるべきである.6. 原因この病気は視細胞あるいは網膜色素上皮細胞で特異的に働く遺伝子変異が原因である.しかし今のところ,明らかに原因となる遺伝子がわかっているのは日本の網膜色素変性症の全体の20%弱でしかなく2),大部分はいまだ遺伝子診断を行っても原因遺伝子が判明しない.現在までにわかっている原因遺伝子としては常染色体劣性網膜色素変性症では杆体cGMP-ホスホジエステラーゼa およびb サブユニット,杆体サイクリックヌクレオチド感受性陽イオンチャンネル,網膜グアニルシクラーゼ,RPE65,細胞性レチニルアルデヒド結合蛋白質,アレスチンなどの遺伝子が知られており,常染色体優性網膜色素変性症ではロドプシン,ペリフェリン・RDS(retinal degeneration slow の略),ロム-1,X 連鎖性網膜色素変性症では網膜色素変性症GTPase 調節因子(RPGR)などの遺伝子が知られている(表1).表 1網膜色素変性の原因遺伝子数(RetNet ホームページより)判明している遺伝子座or 遺伝子の合計同定された遺伝子の数常染色体優性常染色体劣性伴性劣性1820617162現在判明している網膜色素変性の原因遺伝子の数.(51) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010189患の合併症と同様の治療法が行われるが,白内障の手術時期については注意が必要である.前述のように白内障と網膜変性とどちらがどれだけの割合で,視力低下や「かすみ」に影響しているかを推測しなければならない.そのうえで,白内障が症状のおもな原因である場合は積極的に手術を行うが,若年で手術が必要となる場合は調節力がなくなることを十分に理解してもらう必要がある.白内障と網膜変性のどちらの影響が大きいかが不明の場合は,よく患者と話し合わねばならない.視力向上するかどうかは手術してみなければわからないことを説明して,希望に応じて検討する.白内障はわずかで,網膜変性が症状のおもな原因と思われる場合は,羞明が増したり,手術後の炎症で網膜変性に影響が出たりもするので,白内障手術は行うべきでない..胞様黄斑浮腫は,視野狭窄が必至で中央視力が大切な網膜色素変性にとってしっかりと治療を要する状態である..胞様黄斑浮腫の機序にもよるが,血管からの漏出が原因の場合や原因が不明な場合は炭酸脱水酵素阻害薬内服が推奨されていたが,最近点眼でも浮腫軽減の効果が学会報告された.内服でも浮腫が消失する割合は数割と高くなく長期に投与する必要があるので,点眼で効果があるならばそれが望ましい.後部硝子体膜の牽引を認めるものは手術も適応となる.9. 予後前述のように病型により異なるが,すべて両眼性進行性で,早いものでは40 歳代に社会的失明状態(0.1 以下程度)になる.医学的失明(光覚なし)に至る割合は高程度の視機能の回復を認めており,今後は探知ポイントの数を増やして,解像度を上げる試みがなされている.細胞移植では,幼弱網膜細胞やES 細胞(embryonicstem cell)由来の網膜細胞を移植することによって,網膜変性モデルマウスの視機能がわずかながら回復することが報告されている5)(図4).視機能を維持して進行を緩徐にしようという試みもなされている.ビタミンA の投与は進行を1 年に数%程度遅らせることが知られている.一方で,遺伝子変異によっては,ビタミンA が疾患を進行させるという報告も存在する.そのほかにドコサヘキサエン酸(DHA)が進行を遅らせるというデータやビタミンE は量が多いと進行を促進するという報告もある.また,日本では,緑内障に使われるウノプロストン点眼が視細胞の変性を抑制し,進行を抑えるという報告があり,現在千葉大学を中心に治験が行われている.羞明に関しては,遮光眼鏡が有効である.遮光眼鏡は明るいところから急に暗いところに入ったときに感じる暗順応障害に対して有効であるほか,物のコントラストをより鮮明にしたり,明るいところで感じる眩しさを軽減させたりする.視細胞の変性は可視光の短波長部分(青色)が促進する方向に影響すると報告されているので,遮光眼鏡は治療の一つでもある.本稿のテーマである,「眼のかすみ」については,現在のところ治療法がまったくない.8. 網膜色素変性と白内障,黄斑浮腫の治療本症に合併する白内障や黄斑浮腫に対しては,他の疾図 4網膜細胞移植生後5 日目のマウス網膜細胞(白)を網膜変性初期のモデルマウス網膜へ移植すると完全な視細胞の形状を呈して生着する.ONL:外顆粒層.190あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (52)2) 和田裕子,玉井信:日本人常染色体優性網膜色素変性の分子遺伝学的検討.日眼会誌 107:687-694, 20033) Bainbridge JW, Smith AJ, Barker SS et al:Effect of genetherapy on visual function in Leber’s congenital amaurosis.N Engl J Med 358:2231-2239, 20084) Maguire AM, Simonelli F, Pierce EA et al:Safety andefficacy of gene transfer for Leber’s congenital amaurosis.N Engl J Med 358:2240-2248, 20085) Lamba DA, Gust J, Reh TA:Transplantation of humanembryonic stem cell-derived photoreceptors restoressome visual function in Crx-deficient mice. Cell Stem Cell4:73-79, 2009くない.60 歳代でも中心に視野が残り視力良好例もあるが,視野狭窄のため歩行など視野を要する動作が困難となり生活に支障をきたす.白内障など,合併症による視力低下の一部は手術によって視機能が改善する.文献1) Fishman GA:Retinitis pigmentosa. Genetic percentages.Arch Ophthalmol 96:822-826, 1978新糖尿病眼科学一日一課初版から7 年,糖尿病の治療,眼合併症の診断,治療の進歩に伴い,待望の改訂版刊行!【編集】堀貞夫(東京女子医科大学教授)・山下英俊(山形大学教授)・加藤聡(東京大学講師)本書の初版が出版されて7 年余がたった.この間に糖尿病自体の治療や合併症の診断と治療が大きく変遷し進歩した.ことに糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫の発症と進展に関与するサイトカインの研究が進展し,病態の解明が大きく前進した.これを踏まえて,発症と進展に関与する薬物療法の可能性を追求する臨床試験が進んでいる.一方で,視機能,ことに視力低下に直接つながる糖尿病黄斑浮腫の治療は,現時点で最も論議が活発な病態となっている.硝子体手術やステロイド薬の投与の適応と効果について,初版が出版された頃に比べると大きく見解が変化している.そして,糖尿病黄斑浮腫の診断に大きな効果を発揮する画像診断装置が普及した. (序文より)〒113-0033 東京都文京区本郷2-39-5 片岡ビル5F振替00100-5-69315 電話(03)3811-0544 株式メディカル葵出版会社Ⅰ糖尿病の病態と疫学Ⅱ糖尿病網膜症の病態と診断Ⅲ網膜症の補助診断法Ⅳ糖尿病網膜症の病期分類Ⅴ糖尿病網膜症の治療 Ⅵ糖尿病黄斑症Ⅶ糖尿病と白内障Ⅷその他の糖尿病眼合併症Ⅸ網膜症と関連疾患Ⅹ糖尿病網膜症による中途失明糖尿病眼科における看護Ⅸ■ 内容目次■B5 型総224 頁写真・図・表多数収載定価9,660 円(本体9,200 円+税460 円)

眼のかすみを起こす疾患:(5)後天性網膜・硝子体疾患

2010年2月28日 日曜日

176 あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 0910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)腫,加齢黄斑変性症など〕,先天性(optic nerve pit,小眼球),炎症性〔ぶどう膜炎(p171.175 参照)〕,腫瘍性(悪性黒色腫,転移性脈絡膜腫瘍など),その他(ステロイド長期使用,妊娠,慢性腎不全,心不全など)があげられる1,2).2. 緩徐に「かすみ」を起こす病態緩徐に進行する「かすみ」を起こす病態としては,硝子体混濁,黄斑浮腫などがあげられる.硝子体混濁を起こす病態は,先天性遺残物由来のもの(硝子体動脈遺残など),原発性のもの,炎症細胞の浸潤,腫瘍性混濁などさまざまである.原発性の硝子体混濁は通常,飛蚊症などの症状は起こすが,「かすみ」,視力障害を自覚することは少ない.具体的疾患としては星状硝子体症,閃輝性硝子体融解,アミロイドーシスなどがある.炎症性混濁には眼内炎,ぶどう膜炎(p171.175 参照),腫瘍性混濁には悪性リンパ腫,網膜芽細胞腫などがある.黄斑浮腫を起こす病態は,網膜のバリア機構(血液網膜関門,blood-retinal barrier:BRB)の破綻と硝子体牽引の因子が絡み合って浮腫が生じる.BRB の破綻の原因としては糖尿病網膜症,ぶどう膜炎,網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性症,傍中心窩毛細血管拡張症などがある.糖尿病黄斑浮腫は血液網膜関門の破綻による浮腫であるが,毛細血管瘤からの局所性血漿成分の漏出による局所性黄斑浮腫と,びまん性に透過性の亢進した黄斑部I眼の「かすみ」を起こす病態 1. 急性に「かすみ」を起こす病態急性に進行する「かすみ」を起こす病態としては,硝子体出血,網膜.離などがあげられる.硝子体出血の病態は,眼内新生血管からの出血,また網膜出血が硝子体中に流入した結果起こることが多い.患者は突然の急激な眼の「かすみ」(霧視),視力低下をきたす.硝子体出血をきたす疾患は,後部硝子体.離による網膜血管の破綻(網膜裂孔,avulsed vessel),網膜新生血管によるもの(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,Eales 病,未熟児網膜症,ぶどう膜炎),その他の原因としては加齢黄斑変性を含む新生血管黄斑症,網膜細動脈瘤,外傷,レーザー光凝固後,硝子体術後,Terson症候群,Coats 病,などがある.網膜.離は,裂孔原性網膜.離と非裂孔性(おもに滲出性)網膜.離があるが,比較的急性に進行する「かすみ」を訴える場合には裂孔原性を疑い,比較的緩徐に進行する「かすみ」を訴える場合には滲出性が想定される.裂孔原性網膜.離では,先行症状として飛蚊症,光視症,視野障害などを訴え,「かすみ」,視力障害を訴えた場合,.離が黄斑部に及んでいることが考えられる.滲出性網膜.離をきたす疾患には,特発性のもの(uveal effusion syndrome,Coats 病),黄斑疾患に伴うもの〔中心性漿液性脈絡網膜症(CSC),糖尿病黄斑浮( 38)* Sachi Abe & Hidetoshi Yamashita:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕阿部さち:〒990-9585 山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座眼のかすみを起こす疾患(5)後天性網膜・硝子体疾患Diseases with Blurred Vision(5):Secondary Vitreoretinal Diseases阿部さち*山下英俊*特集●眼のかすみ あたらしい眼科 27(2):176.184,2010(39) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010177II眼の「かすみ」を起こす病態の原因疾患―診断と治療― 1. 硝子体出血硝子体出血の診断は細隙灯顕微鏡による前部硝子体の観察と眼底検査による.硝子体出血においては原因疾患によって治療の緊急性が異なるため,硝子体出血をみた場合,原因疾患の推測が重要である.眼底が透見できる場合には詳細な眼底検査を行う.また,病歴も原因を推測するうえで重要である.糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症などによる網膜新生血管からの出血は,病歴,全身および眼科的診察所見から推測することができる.すなわち糖尿病,高血圧など血管からの漏出によるびまん性黄斑浮腫があり,眼底所見,視力の低下の程度が異なっている.硝子体の関与,おもに硝子体の牽引による黄斑浮腫を起こす疾患は,黄斑前膜,黄斑硝子体牽引症候群(macularvitreous syndrome),網膜.離術後などがある.そのほかに黄斑浮腫をきたすものとしては,エピネフリンやラタノプロスト点眼,白内障術後の黄斑浮腫(Irvine-Gass 症候群),外傷性低眼圧黄斑症,放射線網膜症などがある.滲出性網膜.離の項で述べたステロイド長期使用,妊娠,慢性腎不全,心不全なども黄斑浮腫をきたす可能性がある1).表 1眼の「かすみ」を起こす後天性網膜・硝子体疾患病態原因疾患急性進行硝子体出血・後部硝子体.離によるもの(網膜裂孔,avulsed vessel)・網膜新生血管によるもの(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,Eales 病,未熟児網膜症,ぶどう膜炎)・その他( 加齢黄斑変性症,網膜細動脈瘤,外傷,レーザー光凝固後,硝子体術後,Terson症候群,Coats 病など)裂孔原性網膜.離非裂孔原性(滲出性)網膜.離・特発性のもの(Uveal effusion syndrome,Coats 病)・黄斑疾患に伴うもの(中心性漿液性脈絡網膜症,糖尿病黄斑浮腫,加齢黄斑変性症など)・先天性のもの(Optic nerve pit, 小眼球)・炎症性のもの(ぶどう膜炎)・腫瘍性(悪性黒色腫,転移性脈絡膜腫瘍)・その他(ステロイド長期使用,妊娠中,慢性腎不全,心不全など)緩徐進行硝子体混濁・先天性遺残物由来・変性混濁(星状硝子体症,閃輝性硝子体融解,アミロイドーシスなど)・炎症性混濁(眼内炎,ぶどう膜炎)・腫瘍性混濁(悪性リンパ腫,網膜芽細胞腫)黄斑浮腫・血液網膜関門の破綻によるもの( 糖尿病黄斑浮腫,ぶどう膜炎,網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性症,傍中心窩毛細血管拡張症など)・硝子体の関与によるもの(黄斑前膜,黄斑硝子体牽引症候群,網膜.離術後)・その他( エピネフリン/ラタノプロスト点眼,Irvine-Gass 症候群,外傷性眼圧黄斑症,放射線網膜症など)178あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (40)眼底検査,B モードエコーで網膜.離が確認された硝子体出血では早期に硝子体手術を行う必要がある.手術の時期が遅れると,増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)発症や虹彩ルベオーシス発症のリスクがある.原因不明の硝子体出血でも同様の理由から早期硝子体手術の適応となる.網膜.離がなく,かつ糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症などの網膜血管病変を伴わない硝子体出血であれば,自然吸収を待ちながら超音波診断を行って出血の動向を観察し,出血が消退しない場合に硝子体手術を考慮する.また,その原因が増殖糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症からの新生血管の場合は硝子体出血の除去と同時に,レーザー光凝固術を追加する必要もある5).2. 裂孔原性網膜.離裂孔原性網膜.離とは網膜の裂孔を通して液状硝子体が視細胞層と網膜色素上皮の間に入り込む病態である.網膜裂孔はその形態により,狭義の網膜裂孔(retinaltear)と網膜円孔(retinal hole)に分類される.Retinaltear は後部硝子体.離(posterior vitreous detachment:PVD)が起こる際に硝子体と網膜の接着が強い部分に起きやすい.裂孔の存在範囲が90°以上にわたる大きさのものを巨大裂孔という.裂孔が起きるとPVDが起こっている中年以降では.離は急速に進行することが多い.一方,retinal hole は若年者に起こりやすい.網膜の萎縮,菲薄化した部分に発生し,格子状変性に伴うことが多く,網膜.離に格子状変性が合併する頻度は約3/4 ともいわれる..離の進行は緩徐で平たんな.離をきたすことが多い.強度近視の高齢女性や後部強膜ぶどう腫に伴う場合は黄斑円孔網膜.離を念頭に置く必要がある.裂孔原性網膜.離の診断は眼底検査による(図1).診断には双眼倒像鏡を使って立体的に眼底検査を行うことが強く推奨される.各種コンタクトレンズを併用した細隙灯顕微鏡での観察も有用である.いずれの方法においても強膜を圧迫して網膜周辺部まで入念に観察する必要がある.裂孔の発見が困難な場合も,硝子体中に色素細胞が浮遊している「タバコダスト」の所見があれば,裂孔の存在を強く疑い,術前になるべくPVD の状の全身疾患の有無とそのコントロール状態,特に糖尿病網膜症では僚眼の状態も詳細に観察する必要がある.僚眼に増殖糖尿病網膜症があれば,初診の患者であっても眼底の状態を推測できる.糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症では眼底検査で網膜新生血管を確認できることもあるが,定期的な蛍光眼底造影検査を行うことで早期の検出,治療開始が可能なる2).ほかに,全身疾患に関連して起こる硝子体出血にTerson 症候群がある.Terson 症候群はくも膜下出血により脳圧が亢進し網膜静脈圧が上がることにより起こると考えられている3).後部硝子体.離による網膜血管の破綻を想定した場合には特に患者の年齢が参考になる.この際,発症前患眼または僚眼の屈折,眼軸長も参考にする.外傷,眼科治療(網膜光凝固,硝子体手術など)も硝子体出血の原因となりうるので,詳細に既往歴を聞く必要がある.Eales 病では比較的若年(30.40 歳代)の男性に多く,若年性再発性網膜硝子体出血ともいわれ,比較的まれであり,病態もいまだ不明な疾患である.周辺部網膜に網膜静脈炎,網膜血管閉塞と網膜無灌流領域の形成がみられ,それに伴う網膜新生血管から硝子体出血が生じる.通常両眼性である4).眼底が透見しにくい場合は,超音波B モードエコーを行う.網膜.離の有無と後部硝子体.離の有無を調べる.びまん性硝子体出血では,硝子体全体に出血が存在する場合,エコーが点状に観察される.後部硝子体.離型では後部硝子体膜に出血が凝集し膜状に観察され,後部硝子体腔に高エコー輝度として観察される.網膜.離と後部硝子体膜に凝集した硝子体出血の鑑別は,視神経乳頭との連続の有無で判断できる.視神経乳頭を含む断面でとれば,.離網膜は全.離であっても必ず乳頭から鋸状縁に続く漏斗状のエコー像として捉えられる.ただし,後部硝子体.離が乳頭に及ばない場合ではこの限りではない.色知覚(color perception),光投影能(light projection)の検査も有用である.色知覚の有無で黄斑機能が保たれているかみることができる.また,光投影能の検査で異常を示せば,網膜.離の合併とその部位を想定できる.(41) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010179年齢は50.60 歳代の中高年齢層と20 歳代の若年層に分かれ,中高年齢層の場合は後部硝子体.離によるものが多い..離が生じればその部位に一致して視野欠損を自覚する.また,.離が黄斑部に及べば中心視力の低下や変視症が出現する6).3. 非裂孔原性(滲出性)網膜.離a.先天性の疾患としては視神経乳頭小窩(opticnerve pit),視神経乳頭小窩黄斑症候群(pit-macularsyndrome),小眼球などを考える.b.特発性のものとしてはuveal effusion syndrome,Coats 症などがある.Uveal effusion syndrome は,1963 年にSchepens らによって提唱された概念で,可動性の高い網膜下液(頭位によって移動する)と周辺部脈絡膜.離を特徴とする非裂孔原性網膜.離である.中年の男性に好発し,時期を異にして両眼性に発症する.また,前房に炎症を認めず,脳脊髄液圧の上昇と髄液蛋白の増加を認める.真性小眼球に合併することが多い.高度の遠視と浅前房の所見を認める例が多い.滲出性網膜.離を起こす病態としては強膜の肥厚により渦静脈が圧迫され脈絡膜血管外の蛋白質に富む組織液の眼球外への排出が妨げられることによる病態が考えられている.診断は,眼底検査,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)の所見による.真性小眼球を疑い眼軸長の測定を行うことも重要である.特に後述の多発性後極部網膜色素上皮症(multifocal posteriorpigment epitheliopathy:MPPE)との鑑別は,治療方針を決めるうえで注意を要する.Uveal effusionsyndrome ではFA でleopard-spot-pattern とよばれる色素上皮の色調ムラを認め,漏出点は認めない.MPPEではFA でアーケード付近に多数の漏出点を認め,この所見の違いから鑑別される7).Coats 病は網膜下の著明な滲出物を特徴とする疾患である.一般に若年男性に多く,片眼性に発症する.他に全身合併症を伴わないのが一般的である.眼底検査では網膜血管拡張,網膜滲出性変化,滲出性網膜.離を特徴とする.滲出性変化が黄斑部付近に及ぶ場合,視力低下をきたす.FA でも網膜血管異常と透過性亢進による蛍光漏出,無灌流領域が観察される.網膜血管異常所見と態や硝子体の液化所見,.離の状態を把握することも有用である.問診も詳細に行う必要がある.家族歴,外傷の有無,アトピー性皮膚炎の既往,ボクシング,相撲などの頭部に衝撃が加わるスポーツも裂孔原性網膜.離の原因となりうる.牽引性網膜.離との鑑別のために,糖尿病網膜症,網膜静脈分枝閉塞症,ぶどう膜炎などの眼科疾患の既往も聴取する.裂孔原性網膜.離に伴う症状としては光視症と飛蚊症である.後部硝子体.離が急激に生じた場合には閃光を自覚することが多く,前駆症状に光視症がある場合は後部硝子体.離に伴うものを考える.また,患者の年齢も参考になる.裂孔原性網膜.離の好発ba図 1裂孔原性に合併した硝子体出血硝子体腔内に出血しているが眼底は透見可能な程度(a)で,網膜裂孔が観察できる(b).180あたらしい眼科 Vol. 27,No. 2,2010 (42)の有無が特に有用である(図2).高齢者で黄斑部に漿液性網膜.離を認めた場合,加齢黄斑変性症に伴う可能性を常に念頭に置く必要がある.2008 年に発表された加齢黄斑変性の分類と診断基準では,滲出型加齢黄斑変性の随伴所見に漿液性網膜.離を含む滲出性変化が含まれている.以前まで狭義加齢黄斑変性(AMD)とよばれた脈絡膜新生血管を有する滲出型加齢黄斑変性,その特殊型であるポリープ状脈絡膜血管症(PCV),網膜血管腫状増殖(retinal angiomatousproliferation:RAP)のいずれでも生じる可能性があり,して動脈瘤様変化,動静脈吻合,毛細血管床の減少がしばしば認められる.特に若年者では網膜芽細胞腫との鑑別のためにCT(コンピュータ断層撮影)や超音波検査は必須である.網膜芽細胞腫ではCT で特徴的な石灰化所見がみられるが,Coats 病では石灰化所見は認めない.また,Coats 病では網膜芽細胞腫にみられるように硝子体混濁がないこと,Coats 病に特徴的な黄色滲出物が網膜芽細胞腫では一般に伴わないことなども鑑別に有用である.ほかに鑑別疾患としてはEales 病,Leber 粟粒血管瘤,von Hippel 病,網膜海綿状血管腫などがある8).c.黄斑疾患に伴うものとしては中心性漿液性脈絡網膜症(central serous chorioretinopathy:CSC),加齢黄斑変性症,糖尿病黄斑浮腫などが考えられる.CSC はおもに中年男性の片眼に発症する.その症状は変視症,小視症などさまざまで,おおむね矯正視力は良好な場合が多いが,再発する例もまれではない.その病態はいまだ明らかになっていない.何らかの原因で,色素上皮障害が起こり,バリア破綻のため脈絡膜側より網膜下へ水分の漏出が起こるものと考えられていた.近年インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(IA),Heidelberg Retina Angiograph(HRA)などによる眼底撮影法の改良技などにより脈絡膜血管の透過性亢進所見が特にCSC の重症例である多発性後極部網膜色素上皮症やchronic CSC でみられることが明らかになった.原因としては心身の過労,攻撃的,せっかちなどの特徴をもつ行動パターン,妊娠,副腎皮質ステロイド薬長期投与などが誘因となることも知られている.診断は,検眼鏡的診察と,FA,光干渉断層計(optical coherencetomography:OCT)が用いられる.FA では典型的には造影早期からの1.数カ所の点状蛍光漏出の拡大がみられる.蛍光漏出の型は早期は噴出型(smoke-stack)となり,経過が長くなるにつれ漏出スピードが落ち,円形拡大型(ink blot)となることが多い.鑑別すべき疾患としては,若年者では炎症性疾患によるもの,特発性脈絡膜新生血管によるもの,先天性の疾患によるもの(opticnerve pit,小眼球など)などがあり,高齢者では特に加齢黄斑変性の一亜型であるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidal vasculopathy:PCV)との鑑別が重要である.PCV との鑑別にはIA 上のポリープ病変の検出ab図 2 ポリープ状脈絡膜血管症に合併した漿液性網膜.離のOCT 所見眼底所見では,橙赤色隆起病変と,その周囲に漿液性網膜.離とそれを示唆する硬性白斑を認める(a).IA で橙赤色隆起病変に一致するポリープ病巣と周囲の異常血管網を認める(b).(43) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010181その診断には細隙灯顕微鏡と前置レンズを用いた詳細な眼底検査とともに,蛍光眼底造影検査,OCT が必須である.特にIA がCSC などの他疾患との鑑別,病態の理解のためにも重要である.糖尿病黄斑浮腫については次項で詳しく述べるが,.胞様黄斑浮腫(cystoid macular edema:CME)が典型的ではあるが,漿液性網膜.離を生じる症例も少なくない.4. 黄斑浮腫黄斑浮腫を起こす代表的な具体的疾患の診断について述べる.a. 糖尿病網膜症糖尿病黄斑浮腫は黄斑付近に毛細血管瘤などが多数発生し,血漿成分が血管外へ漏出して,黄斑の一部に限局した浮腫が生じる局所性黄斑浮腫と,黄斑部の増殖膜や硝子体の収縮,血管の透過性亢進などによりびまん性の浮腫が生じるびまん性黄斑浮腫とに分けられる.網膜血管の内皮細胞,網膜色素上皮ではtight junction による細胞間結合によりバリアを形成しているが,このバリアが障害されることによって網膜内に浮腫を生じ,血漿蛋白や脂質の沈着をきたすことがその病態である.糖尿病黄斑浮腫は糖尿病網膜症の進行に並行して重症化することが多いが,軽症.中等症非増殖性網膜症でも発症することがあり注意が必要である.診断には糖尿病合併を確認し,加えて眼底検査を行うことによる.蛍光眼底造影検査も血管透過性,毛細血管瘤などの検出には有用である.また近年,OCT の進歩により,黄斑部浮腫の病態を鮮明に描出することができるようになった.OCT では.胞様,漿液性網膜.離を伴うものなどの浮腫の形態や,プログラム解析によって網膜浮腫の程度を定量的に評価することが可能になった(図3)9).b. 網膜静脈閉塞症〔網膜中心静脈閉塞症(central retinalvein occlusion:CRVO),網膜静脈分枝閉塞症(branchretinal vein occlusion:BRVO)〕CRVO は視神経乳頭内の強膜篩状板付近で網膜中心静脈が閉塞し,出血などを起こす.網膜出血は全周に広範に起こる.火炎状,しみ状出血が特徴的で,視神経乳頭を中心に放射状に広がる眼底所見から診断できる.上abc図 3糖尿病黄斑浮腫糖尿病黄斑浮腫を認める.検鏡的には黄斑浮腫とその周囲に硬性白斑の出現を認め(a),FA で黄斑部に旺盛な造影剤の漏出を認める(b).OCT では黄斑部に.胞様黄斑浮腫(CME)と漿液性網膜.離(SRD)両方の所見を認める(c).182あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (44)下の主幹静脈が閉塞したものは半網膜中心静脈閉塞症(hemi-CRVO)とよばれる.虚血が高度な場合には軟性白斑が出現する場合もある.FA を施行し,腕-網膜時間,網膜内循環時間,無灌流領域の検出を行う.広範な網膜の虚血から黄斑部浮腫をひき起こし,これが視力低下の原因となる.広範な無灌流領域を伴う虚血型であれば,早期に汎網膜光凝固術を行う必要がある.虚血の高度なものでは発症から1 カ月以内に虹彩ルベオーシスを起こし,新生血管緑内障をひき起こす場合もある.BRVO は網膜の静脈分枝が動脈との交叉部で閉塞し起こる.網膜血管の動脈と静脈の交叉部では外膜が共有されているため,動脈硬化を起こした動脈は静脈を圧迫し,内腔の狭小化と血栓をひき起こす.一般に閉塞部位は上耳側が多いといわれているが,静脈閉塞部位と出血部位にかかわらず,黄斑浮腫を起こす可能性があり視力低下の原因となる.診断は眼底検査と蛍光眼底造影検査による.黄斑浮腫の検出にはOCT が有用である10).c. 加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)滲出型加齢黄斑変性のすべての病型で網膜浮腫を生じうる.特に,滲出型加齢黄斑変性の特殊型である網膜血管腫状増殖(RAP)は2001 年にYannuzzi らによって報告された,網膜内に異常血管増殖をきたしやがて網膜内と脈絡膜の異常血管が吻合(retinal-choroidal anastomosis:RCA)を形成する病態である.多発性軟性ドルーゼンに合併する.OCT で網膜色素上皮.離(pigmentepithelial detachment:PED)をほぼ全例に認め,.胞様黄斑浮腫を形成することが多い(図4)11).d. 傍中心窩毛細血管拡張症(idiopathic juxtafovealretinal telangiectasis:IJRT)傍中心窩毛細血管拡張症は,傍中心窩毛細血管の拡張部からの滲出によって黄斑浮腫,滲出物,.胞様黄斑浮腫をきたす疾患である.原因は不明だが,何らかの網膜血管の微小循環障害が考えられている.2006 年にYannuzziらは1993 年にGass とBlodi によって3 群に分類されたものを簡素化し,血管瘤型aneurysmal telangiectasia(Type I)と血管拡張型perifoveal telangiectasia(Type II)に分類した.診断は眼底検査と蛍光眼底造影検査,OCT による.検鏡所見は,Type I の血管瘤型では網膜出血はほとんどなく,傍中心窩に血管瘤と硬性白斑があればこの疾患が疑われる.網膜静脈分枝閉塞症に伴うものなど,続発性のものとの鑑別は蛍光眼底造影検査による.Type IIの血管拡張型ではクリスタリン様沈着物や色素プラークがあればこの疾患を疑う.前述の網膜血管腫状増殖(RAP)との臨床的に鑑別を行うことは困難である.多発性軟性ドルーゼンがあればRAP を強く疑う12).e. 黄斑前膜(epiretinal membrane:ERM),黄斑硝子体牽引症候群(macular vitreous traction syndrome)黄斑前膜は中高年に好発し,女性に多いとされる.90% で後部硝子体.離(posterior vitreous detachment:PVD)を伴っている.その病態は,黄斑上の残存硝子体皮質を主体とした組織が内境界膜に付着して牽引力を及ぼした結果である.診断は眼底所見とOCT を用いて行う.眼底所見は,初期にはwater silk reflex とよばれるキラキラとした反射として捉えられる.この網膜前膜が収縮すると中心窩に前方への牽引が発生するため,中心窩陥凹は消失し網膜血管への牽引力により網膜浮腫を起こす.視力障害,歪視などの自覚症状がある場合に外科的治療の適応となる(図5).黄斑硝子体牽引症候群は,PVD の進行が黄斑近傍で停止し,黄斑部を前方向に牽引することにより起こる病図 4 網膜血管腫状増殖(retinal angiomatous proliferation:RAP)の眼底写真黄斑部への軟性ドルーゼンの集簇と,その内部の網膜出血,網膜浮腫を認める.あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010183態である.その8 割程度に網膜の.胞様変化を伴うとの報告もある.診断は眼底検査で硝子体を観察し,PVDの状態を確認することで行う.近年OCT 技術の進歩によりその形態,病態が解明されはじめており,網膜.離も合併しうることが明らかになってきている13).5. 硝子体混濁原発性に混濁をきたすものとしては星状硝子体症(asteroid hyalosis), 閃輝性硝子体融解(synchysisscintillans),アミロイドーシスなどがある.星状硝子体症は一般に60 歳以上の高齢者にみられる硝子体の変性疾患である.硝子体に星屑を散りばめたような黄白色の混濁を認める.星状体が硝子体のコラーゲン線維内に付着し,線維の変性をひき起こすと考えられている.軽度から中等度の場合無症状のことが多いが,変性の進行により「かすみ」,視力低下をきたす場合もあり,硝子体手術の適応となることもある.星状硝子体症と所見が類似している疾患として,閃輝性硝子体融解, 眼コレステロール症(cholesterosisoculi)とよばれる疾患もある.コレステロールが硝子体腔に浮遊した状態である.原因としては眼外傷や眼内炎などにより眼内の細胞の壊死,代謝障害によると考えられている.眼球癆の一つの徴候であることもある.治療は原疾患への対処である.アミロイドーシスはアミロイドが全身の組織に沈着するまれな疾患であり,おもに家族性原発性アミロイドーシスにみられる眼合併症の一つである.ガラス綿様硝子体混濁(glass-wool vitreousopacities)とよばれる特徴的な所見から診断される.通常は治療の対象にはならないが,「かすみ」,飛蚊症,視力低下を呈すると硝子体手術の適応となる場合もある.腫瘍性の硝子体混濁は,眼内悪性リンパ腫(intraocularlymphoma)や網膜芽細胞腫でみられる.眼内悪性リンパ腫の好発年齢は50 歳以上で,両眼性が多い.硝子体中に白色の細胞をみることが多く,オーロラ状混濁と表現されることもある.網膜病変を伴うものでは,網膜深層に多発性の黄色白斑がみられ,経過とともに徐々に融合・拡大する.この場合,腫瘍細胞はBruch 膜と網膜色素上皮の間に存在する.治療は化学療法と放射線療法が奏効する.眼内悪性リンパ腫は臨床所見からぶどう膜炎による炎症性の硝子体混濁と類似しているが,ステロイドが無効である場合,鑑別疾患として悪性リンパ腫を念頭に置く必要がある.網膜芽細胞腫では硝子体播種をきたした場合,硝子体混濁をきたす.診断は画像検査で,CT で石灰化がみられるのが特徴的である14).文献1) 竹内大:霧視:主訴から見た眼科疾患の診断と治療.眼科 45:1521-1529, 20032) 秋葉純:硝子体出血.眼科診療ガイド,p434,文光堂,20043) 前野貴俊:くも膜下出血.眼底アトラス,p.344,文光堂,2006(45)ab図 5黄斑前膜の眼底写真とOCT 所見眼底写真で中心窩に向かう放射状の皺襞が観察され,中心部は膜の収縮により不透明な組織が観察される(a).OCTでは黄斑部は平坦化し硝子体腔側に牽引がかかっていることが推察される(b).184あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20104) 石原菜奈恵,湯澤美都子:Eales 病,特発性網膜静脈周囲炎.眼科診療ガイド,p354,文光堂,20045) 竹内忍:超音波検査.眼科MOOK, No.21, p34-50,金原出版, 19846) 山本修一:裂孔原性網膜.離.眼科当直医・救急ガイド,p33-37,文光堂,20047) 高橋牧:Uveal effusion:眼科疾患アトラス─網膜硝子体疾患.眼科 50:1506-1507, 20088) 佐藤達彦,日下俊次:Coats 病.眼底アトラス,p110-111,文光堂,20069) 永沢倫,山下英俊:糖尿病網膜症の概念・病因・分類・診断:新時代の糖尿病学.日本臨牀 66:144-148, 200810) 戸張幾生:CRVO, BRVO, hemi-CRVO の分類.網膜静脈閉塞症,p16-41,メディカル葵出版,200211) 五味文:網膜内血管腫状増殖.眼底アトラス,p154-155,文光堂,200612) Yannuzzi LA, Bardal AM, Freund KB et al:Idiopathicmacular telangiectasia. Arch Ophthalmol 124:450-460,200613) 岸章治:網膜硝子体界面病変.OCT 眼底診断学,p65-102,エルゼビア・ジャパン,200614) 秋葉純:硝子体混濁.眼科診療ガイド,p433,文光堂,2004(46)

眼のかすみを起こす疾患:(4)ぶどう膜疾患

2010年2月28日 日曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYルコイドーシス,原田病,交感性眼炎などが代表である.また,感染性炎症であるトキソプラズマ症,結核,ウイルス感染なども肉芽腫性変化を生じる.非肉芽腫性ぶどう膜炎では,急性期に血管透過性の亢進により眼内に滲出物,多核白血球の浸潤,線維素の析出がみられる.急性期をすぎると,おもにリンパ球,形質細胞の浸潤がみられる.原因は,Behcet 病,急性前部ぶどう膜炎,若年性関節リウマチ,糖尿病などがある.感染性炎症でも細菌感染や真菌感染で類似の病態をとる.眼は腫瘍の発生しにくい器官であるが,ぶどう膜組織からは腫瘍が発生することがまれではない.代表的なものとしては,脈絡膜が血管および色素(メラニン)に富む組織であるため,脈絡膜血管腫などの良性腫瘍や脈絡膜悪性黒色腫の悪性腫瘍があげられる.また,炎症性疾患に類似した臨床像をとる眼内悪性リンパ腫が近年増加傾向にあり注目されている.はじめにぶどう膜は,虹彩,毛様体,脈絡膜から構成され,色素と血管に富む組織である.たとえば,脈絡膜の循環血液量は網膜のそれと比べてはるかに大量であり,組織単位容積比で10 倍以上となっている.脈絡膜のなかでも部位による差異があり,黄斑部を含む後極部脈絡膜では周辺部脈絡膜の約10 倍の血液循環量があると報告されている.この豊富な血液循環と局所的な血液量の差異を実現しているのは,脈絡膜の独特な血管構造による.その血管の周囲をメラニン保有細胞に富む結合組織が埋めている.このような解剖学的特徴により,ぶどう膜組織特有の疾患が発生する.Iぶどう膜疾患上述のように,ぶどう膜組織には血流が豊富であるため,体内の微生物や抗原蛋白が侵入しやすい環境にある.そのため,感染性炎症や非感染性炎症がしばしば生じることとなる.病原体としては,細菌,ウイルス,寄生虫などがあり,血行性あるいは神経行性に眼内に感染し発症する(表1).一方,非感染性炎症は病理組織学的に,肉芽腫性と非肉芽腫性炎症に分類される.肉芽腫性ぶどう膜炎では,病原体や自己組織などに対する反応により,類上皮細胞が結節を形成する.類上皮細胞は,組織中のマクロファージや血中の単球に由来するとされ,結節の周囲にはリンパ球や形質細胞の浸潤がみられる.原因としては,サ(33) 171* Kei Nakai & Nobuyuki Oguro:大阪大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕中井慶:〒565-0871 吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学特集●眼のかすみ あたらしい眼科 27(2):171.175,2010眼のかすみを起こす疾患(4)ぶどう膜疾患Diseases with Blurred Vision(4):Uveal Diseases中井慶*大黒伸行*表 1感染性,非感染性ぶどう膜炎感染性非感染性眼トキソプラズマ症眼トキソカラ症急性網膜壊死サイトメガロウイルス網膜炎HTLV-1 関連ぶどう膜炎真菌性眼内炎結核梅毒サルコイドーシス原田病Behcet 病HLA-B27 関連ぶどう膜炎Posner-Schlossman 症候群Fuchs 虹彩異色性虹彩毛様体炎リウマチ関連ぶどう膜炎糖尿病性虹彩炎172あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (34)貯留,硝子体混濁.続発病変:白内障,緑内障,黄斑上膜.III代表的ぶどう膜疾患とその特徴サルコイドーシス(図1):豚脂様角膜後面沈着物,虹彩後癒着と虹彩結節.真珠首飾状硝子体混濁,結節性網膜静脈炎,両眼性.原田病(図2):両眼同時発症,後極部に円板状網膜.離が多発,蛍光漏出著明.治癒後夕焼け状眼底.IIぶどう膜疾患と「眼のかすみ」ぶどう膜疾患において「眼のかすみ」を生じる病態をまとめると下記のようになる.虹彩炎:角膜後面沈着物(角膜内皮障害による角膜浮腫),前房水混濁(フレアの増強).毛様体炎:硝子体炎による硝子体混濁,黄斑部浮腫.網脈絡膜炎:硝子体混濁,黄斑部病変.腫瘍性疾患:腫瘍の後極部への直接浸潤,網膜下液のa b図 1サルコイドーシス結節性網膜静脈炎(a;矢印)とその蛍光眼底造影写真(b).a b図 2原田病初期には黄斑部から乳頭周囲に含んで後極部に網膜.離を生じる(a).やがて,末期には夕焼け状眼底を呈するようになる(b).(35) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010173網膜動脈炎.Acute retinal necrosis(ARN)ともいう.真菌性眼内炎(図6):網膜表層から硝子体内へ大型の濃厚な黄白色滲出斑.強い硝子体混濁.中心血管栄養中(IVH)の患者に多くみられる.サイトメガロウイルス性網脈絡膜炎(図7):免疫抑制薬,抗癌薬,大量の抗生物質やステロイド投与を受け後天性に免疫能の低下した場合に日和見感染症として発病.後極部網膜深層に濃厚な黄白色滲出斑.網膜出血はBehcet 病(図3):眼症状(ぶどう膜炎)が発作性,一過性,再発性に出現し,寛解期には痕跡が残らない.全身症状の経過が大切.結核性ぶどう膜炎(図4):結核性網膜静脈周囲炎を生じる場合と,脈絡膜結核腫として脈絡膜から網膜深層に滲出斑を生じるものがある.桐沢型ぶどう膜炎(図5):片眼性,眼痛,眼圧上昇あり.強い硝子体混濁と眼底周辺部に濃厚な広い滲出斑.a b図 3Behcet 病前房蓄膿(a)と網膜の火炎状出血(b)が観察されることが多く,網膜分枝閉塞症のように見えるが,同時に静脈炎も見られる.数週間で出血は吸収される.図 4結核性ぶどう膜炎網膜血管炎(閉塞性血管炎)の所見を認める.図 5桐沢型ぶどう膜炎眼底周辺部の網膜深層に濃厚な黄白色滲出斑を認める.網膜動脈炎を伴い,滲出斑は後極部へと拡大する.174あたらしい眼科 Vol. 27,No. 2,2010 (36)多い.脈絡膜骨腫(図8):若い女性にみられる異所性の骨形成.腫瘍は,黄白色あるいは橙色で,円形または卵円形で,多くは乳頭近傍に存在している.超音波検査では高反射像で,CT(コンピュータ断層撮影)検査では正常の骨と同様の高輝度像が眼内に観察される.図 8脈絡膜骨腫乳頭近傍に存在する黄白色,橙色の円形の腫瘍.図 6真菌性眼内炎大量の硝子体混濁と網膜表層の柔らかい濃厚な滲出斑を認める.図 7サイトメガロウイルス網膜炎網膜出血を伴う濃厚な網膜の滲出斑.a b図 9脈絡膜悪性黒色腫a:後極部周辺.耳側下方に悪性黒色腫を認める.b:茶褐色の腫瘍が隆起しているのが観察される.(37) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010175文献1) 八代成子:基礎からわかるぶどう膜炎(水木信久編),p31-39,金原出版,20062) 大西克尚:脈絡膜の腫瘍.眼科で診る腫瘍性疾患,p62-63,文光堂,19993) 佐々本研二:図説眼科鑑別診断(1).p32-37,メジカルビュー社,19874) 湯浅武之助,春田恭照:図説眼科鑑別診断(2).p104-109,メジカルビュー社,19875) 宇山昌延:図説眼科鑑別診断(2).p110-115,メジカルビュー社,1987脈絡膜悪性黒色腫(図9):脈絡膜の色調を反映した茶褐色の腫瘍である.蛍光眼底造影検査で多くの場合,過蛍光を示すことより,低蛍光を示す脈絡膜母斑との鑑別が可能である.脈絡膜血管腫(図10):腫瘍は赤色ないし橙色の隆起性病変で,平坦な網膜.離を伴うことが多い.良性の腫瘍であるが,無色素性悪性黒色腫,転移性脈絡膜腫瘍との鑑別が重要である.a b図 10脈絡膜血管腫赤色の腫瘍が隆起しているのが観察される(a).インドシアニングリーン蛍光造影早期より,腫瘍血管が造影され,蛍光漏出および貯留を示す(b).