———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.11,200915230910-1810/09/\100/頁/JCOPY自分のバリューは“ごきげんに生きる”.だから“ごきげん”という現象にはとても興味がある.今はアンチエイジング医学をなんとかサイエンスにしたいと考え,眼科医療との関連を模索しているが,将来はごきげんと眼科をサイエンスとして結び付けられたらいいなあと思っている.ごきげんを科学的に研究している例は少ない.哲学や個人的な理論の本はあっても,サイエンスとしてごきげんや幸せを扱っているものはなかなか少ないのである.特に日本語の本は少ない.そこでどうしても英語の本になってしまって苦労する.今回読んだ『Authen-ticHappiness』は,ちょうど日本語訳が出たところなので(うーん,ちょっと待っていれば楽に日本語で読めたのに!)皆様にぜひ紹介したい.生物学的に考えたとき,今まで発達してきているものは生存に有利であったから残っているという大前提をとることができる.眼や手や足などは生存に有利であったからこそほとんどすべての動物で発達している.人間において頭脳もそのひとつ.論理的な解析,思考能力,記憶力が生存に貢献した.感情もそうだ.感情というものがあってはじめて人間は高度な協力関係を築けるようになってきたと言われる.今他の人がどのように思っているのか,と推測して行動を変化させていくことが大きく人類の可能性を開いたという理論である.では“ごきげん”“しあわせ”という感情も人類の生存に貢献したのだろうか?著者のマーティン・セリグマン先生は米国フィラデルフィアの精神科医.彼はまさに“プラスの感情”が大きく人類の生存に貢献しているという立場から研究を進めている.もともと精神科医は心の病気を対象に研究しているので,どちらかというとマイナスになっている状態,病的な状態を研究する.セリグマン先生のように正常なおかつ,ごきげんなんていう状態を研究している先生は少ない.これは眼科でも同じことだ.眼の病気の専門家,眼の病気を研究している研究者は多いが,眼が見えることがどんなに生存に貢献しているかをサイエンスとして研究しているリサーチャーは少ない.最近は日本眼科医会の三宅謙作先生が“日本における視覚障害の社会的コスト”(日本眼科医会研究班報告20062008:日本における視覚障害の社会的コスト.日本の眼科80(6):付録,2009)でまとめられたように,“目が見えないことがどんな社会的コストを作ってしまうのか”というバリューベースドメディシンの立場から研究も始まっていて嬉しい限りだが,まだまだ少ないのが現状だ.さらには見えることがどのくらいごきげん,すなわちプラスに働くかという研究は,これからの学問となると思っている.さて,では幸せはどのように生存にプラスに働くのか?ごきげんだと細かいことが気にならなくなるので,ちょっとリスクがあっても何か新しいことを始めることができる.気にやまないので精神疾患になる確率も低い.血圧や血糖値も良好である可能性が高い.本の中で紹介されている面白い研究を紹介しよう.尼僧さんが若いときに書いた日記が大量に見つかったところから研究が始まる.この日記に書かれているポジティブワード(楽しい,うれしい,感謝する,おいしい,体調がいい,きれいなどなど)とネガティブワード(悲しい,調子が悪い,まずい,体調が悪い,嫌いなどなど)を規定してその数をそれぞれの尼さんで計算する.プラスからマイナスを引いた分がその尼さんのごきげん度と規定するのだ.そしてその後70年経ったときの健康状態を見てみると,なんとごきげん度の高かった尼さんのほうが2.5倍も生存率が高かったのである.これはアンチエイジング医学の立場からも興味深い.ごきげんでいるほうが長(83)■11月の推薦図書■AuthenticHappinessMartinE.P.Seligman著邦題名:世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人/小林裕子訳(アスペクト)シリーズ─91◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科———————————————————————-Page21524あたらしい眼科Vol.26,No.11,2009生きできそうなのである.セリグマン先生は科学者だけあって,大変公平だ.もしごきげんが生存に役立つとしてその感情が残っているなら,“悲観的”であるという感情も人類の生存に貢献したのではないかと仮定している.悲観的であれば,細かいことに気をつける,大きな事故を起こさない,細菌感染になりにくい(手をよく洗うとか)などなど,確かにプラスも存在する.こう考えるとごきげんでいるだけじゃなくて,悲しいとか寂しいという感情もとっても大切なことがわかってくる.ごきげんはプラス,不きげんはマイナスという単純なストーリーではなさそうだ.また,最近の研究では,ごきげんから不きげんを引いた分(尼さん研究で使われたが)をその人のごきげん度とするのも単純すぎると言う.年をとってくると,不きげんも減る代わりにごきげんも減ってしまって,トータルの動きが減ってきてしまうことが考えられている(図1).この理論では,ごきげんと不きげんのゆらぎこそが人生だ!ということになる.まだまだこの“幸せの科学”(どこかで聞いたことがありそうな名前ですが)は始まったばかり.これから大きく発展する分野だと思うんだけど,イントロダクションとしては大変よくまとまっている本だった.まずは一読をお奨めしたい.(84)☆☆☆図1ごきげんと不きげんのゆらぎ年をとるとこの振幅が減ってくるので,単純にごきげんから不きげんを引き算した値だけで人生を評価することはできない.ゆらぎの振幅が大きいことも重要かもしれないのだ.