‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

眼感染アレルギー:Thygeson点状表層角膜炎

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916530910-1810/09/\100/頁/JCOPYThygeson 点状表層角膜炎は,角膜上皮障害を伴う点状の角膜上皮から上皮下に及ぶ細胞浸潤を特徴とする角膜炎で,1950 年に Thygeson が初めて報告している1).日常診療においてしばしば遭遇する疾患であるが,まだ病態については明らかになっていないことが多く,診断についても,臨床所見と他の類似疾患の除外によって行われ,特異的な検査所見は乏しい.本稿では,Thygeson 点状表層角膜炎の病態,臨床所見,検査・診断,治療について,過去の報告と若干のスペキュレーションを交えながら解説する. 態Thygeson 点状表層角膜炎の病態については,種々の説があるものの,いまだ明確になっていない.過去の報告において,1953 年に Braley らがウイルスの病態への関与の可能性を提言した後2), 1974 年に Lemp らが角膜病変より水痘帯状疱疹ウイルスを分離した3)ことから,ウイルスが何らかの病態に関与しているのではないかと考えられていたが,検出感度の高い PCR(polymerase chain reaction)を用いた検査では病変より水痘帯状疱疹ウイルス DNA は検出されず4),Thygeson 点状表層角膜炎の病態におけるウイルスの関与について明らかな証明はされていない.Darrell が Thygeson 点状表層角膜炎と自己免疫疾患との関係が強い HLA(ヒト白血球抗原)-DR3 の保有との関連を報告しており5),また,本疾患がステロイド薬による反応が非常に良好であることから,なんらかの抗原が免疫反応を刺激し,炎症を惹起している可能性がある.また,自験例において,コンタクトレンズ装用者で,multi-purpose solution(MPS)アレルギーと思われる症例が Thygeson 点状表層角膜炎に非常に類似した臨床所見を呈しており,さらに同一患者において同じ季節に反復して発症することが多いことから,環境中の細菌や真菌,もしくは蛋白質などに対しての免疫反応である可能性がある.(77)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載監修= 木下茂 大橋裕一24. Thygeson点状表層角膜炎鈴木崇Schepens Eye Research InstituteThygeson 点状表層角膜炎は,再発性,両眼性の角膜上皮障害を伴う点状の角膜上皮から上皮下に及ぶ細胞浸潤を特徴とする角膜炎である.病態は明らかではないが何らかの抗原に対する免疫反応である可能性が高く,治療として,ステロイド点眼薬が著効する.図 1Thygeson点状表層角膜炎の1例角膜上皮内に限局する細胞浸潤の細かい集合(矢印)を認める.図 2図1の症例のフルオレセイン染色所見細胞浸潤に一致した星芒状の染色像(矢印)を認める.———————————————————————- Page 21654あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009 床所見Thygeson 点状表層角膜炎の自覚症状としては,両眼性に流涙,羞明,異物感などを呈し,小児から高齢者まで幅広い年代に生じる.特に明らかな既往症や契機はないが,再発をくり返す場合がある.臨床所見として,複数の角膜上皮から上皮下に及ぶ微小な点状の細胞浸潤の集合体を散在性に認め,同部位に一致した星芒状のフルオレセイン染色像を認める(図1,2).しかし,角膜実質には細胞浸潤は及んでいないことがほとんどで,角膜内皮や前房への炎症波及,結膜充血はほとんどみられない. 査・診断前述のように,詳細な病態は解明されていないため,Thygeson 点状表層角膜炎の特徴的な角膜所見と明らかに原因がはっきりしている鑑別疾患を除外することで行うことが多い.鑑別疾患としてはアデノウイルス角結膜炎,角膜ヘルペス,再発性角膜上皮びらん,ドライアイ,map-dot- ngerprint 角膜上皮変性症に加え,前述のようにコンタクトレンズ装用中の合併症としてみられる MPS アレルギーや角膜上皮障害も重要である(図3).また,くり返し,再発する症例もあることから,同様の症状を呈したことがないか,問診することも必要である.検査所見として,角膜知覚は低下せず,共焦点角膜顕微鏡検査では,病巣に一致して角膜上皮に高輝度の病像を認める場合が多い. 療病態の主体が角膜上皮の免疫反応であるため,ステロイド薬点眼が奏効する6).軽度な状態だと,低濃度のステロイド薬(0.02%フルオロメトロン点眼液)でも効果を有する場合がある.使用するステロイド薬は,臨床所見の程度によって,高い濃度の点眼薬を使用するのが望ましい.また,過去の報告ではシクロスポリン点眼も効果を示しており,オプションとして有効な可能性があ る7).(78)ナイフやエキシマレーザーを用いた病巣部切除における効果については,一定の見解を得られていない. 病態については不明な点が多く,臨床サンプルを用いた基礎的な解析が望まれる.文献 1) Thygeson P:Super cial punctate keratitis. J Am Med Assoc 144:1544-1549, 1950 2) Braley AE, Alexander RC:Super cial punctate kerati-tis;isolation of a virus. AMA Arch Ophthalmol 50:147-154, 1953 3) Lemp MA, Chambers RW Jr, Lundy J:Viral isolate in super cial punctate keratitis. Arch Ophthalmol 91:8-10, 1974 4) Reinhard T, Roggendorf M, Fengler I et al:PCR for vari-cella zoster virus genome negative in corneal epithelial cells of patients with Thygeson’s super cial punctate kera-titis. Eye 18:304-305, 2004 5) Darrell RW:Thygeson’s super cial punctate keratitis:natural history and association with HLA DR3. Trans Am Ophthalmol Soc 79:486-516, 1981 6) Tabbara KF, Ostler HB, Dawson C et al:Thygeson’s super cial punctate keratitis. Ophthalmology 88:75-77, 1981 7) Reinhard T, Sundmacher R:Topical cyclosporin A in Thygeson’s super cial punctate keratitis. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 237:109-112, 1999☆ ☆ ☆図 3MPSアレルギーにみられた角膜炎の1例Thygeson 点状表層角膜炎に非常に類似した所見(散在性の角膜上皮細胞浸潤)を呈した.

緑内障:網膜視神経保護の限界と可能性

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916510910-1810/09/\100/頁/JCOPY 神経変性疾患の発症や病態のメカニズムは完全に解明されていないが,過去 30 年以上にわたって,数多くの薬剤の神経保護作用が世界中の研究者によって検討されてきた.そのうち,臨床トライアルにまで到達できたものも少なくない.しかしながら,それら薬剤のうち,世界 標 準 で あ る FDA(United States Food and Drug Administration)が神経保護薬として臨床使用を認可したのは,驚くことなかれ,Alzheimer 病治療薬であるメマンチンと筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬であるリルゾールのたった 2 剤44444である.眼科領域においても,現行の治療後に追加すべき神経保護療法を必要とする疾患が存在する(表1).とりわけ,緑内障では,すでに眼圧下降療法を行っているにもかかわらず視野障害が進行する,すなわち「眼圧が高くないのに,視機能障害が進行する」という症例がしばしばみられる.緑内障のみならず,視神経症や急性網膜血管閉塞などにおいても,急性期治療の後に慢性的で不可逆的な網膜・視神経の障害が持続するケースが存在する.前述のメマンチンについては,緑内障患者を対象としたスタディが行われているが,その神経保護効果を積極的に支持する臨床データはまだ得られていない.眼科製剤としては,緑内障治療薬のab遮断薬であるニプラジロール点眼薬の神経保護作用が期待されたが,最終的に明らかな視野改善は得られなかった1). なぜ神経保護の臨床スタディはうまく いかないのか?上述のように,眼科臨床において実質的な神経保護効果を有する薬剤は,依然として見いだされていない.それでは,なぜ有効な神経保護薬がみつけられないのか?その理由を検証してみると,以下のことが浮かび上がってくる.1. 動物実験のデータがベースになること数多くの臨床薬剤の開発過程には,必ずといっていいほど,動物を用いたデータが供用される.動物実験データは確かに必須項目の一つなのだが,そこに落とし穴が隠れていることもある.つまり,ヒトと動物(マウスな(75)●連載114緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄 山本哲也114. 網膜視神経保護の限界と可能性金本尚志広島大学大学院医・歯・薬学総合研究科 視覚病態学(眼科学)神経保護療法を必要とする網膜視神経変性疾患は多岐にわたるが,EBM(evidence-based medicine)を有する神経保護療法は眼科領域では存在しない.長年にわたり,さまざまな神経保護が検討されてきたにもかかわらず,神経変性と総称される特殊な病態のゆえに,その臨床的な治療法の開発として完成したものはない.しかし,現在でも基礎研究成果を背景としたトライアルが進行中である.表 1神経保護療法を要するおもな眼科疾患緑内障Leber 遺伝性視神経症虚血性視神経症網膜中心動脈閉塞症外傷性視神経症網膜中心静脈閉塞症視神経炎 網膜神経節線維細胞由来の軸索(視神経)障害が視機能障害の原因となる疾患が含まれる.図 1レトログレード・ラベル法動物モデルで逆行性視神経軸索の軸索流動態を検出する基本的な実験手技.中枢側の視神経から蛍光色素などを注入し,視神経や網膜神経節細胞を観察する.視神経の機能や網膜神経節細胞の生存率を評価するのに適している.しかし,生理的な条件下にないことはいうまでもない.ラベル製剤の注入逆行性軸索輸送生存する網膜神経節細胞とその軸索(視神経)が同定される———————————————————————- Page 21652あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009ど)では生理学的条件が基本的に異なるうえ,極論すれば,動物を用いるという実験プロトコール自体がすでに生理的とはいえない(図1).そんなことは至極当たり前のことなのだが,よい実験データが得られた場合には,得てして動物実験データから過大な期待をしてしまうものである.さらに,動物で使用した薬剤の濃度から推計されたヒトでの臨床使用の濃度が適正なのかどうかを検討しづらいことも大きな問題点である.2. 病期との関連性神経変性のメカニズムのいくつかは解明されているが,それらが複雑に組み合わさって,段階的に徐々に変性が進行すると推定されている.つまり,病期と病態の関係が完全に明確でない.しかし,薬剤はピン・ポイントで作用するので,対象患者の病期がマッチしなければ,当然ながら有効な薬効は得られないことになる.3. 薬効の判定のむずかしさ薬効は,通常は血液データの改善や血管造影検査などで評価され,短期的に数値的に評価されることが必要である.網膜視神経変性の病状は,視力・視野検査などの自覚的検査や視神経乳頭解析,網膜神経線維層厚の測定などによって評価されるが,残念ながら,それらの検査は神経変性過程からの脱却をリアルタイムに検出する検査には程遠い.神経変性という病態の複雑さや長期的な経過を考慮すると,薬剤効果の評価自体がやや困難である. 後期待される神経保護とは?現在も緑内障性網膜視神経障害のメカニズム解明の研究は進行中で,その標的も徐々に明らかになりつつある(表2).さらに,国外で認可済みの緑内障点眼治療薬である酒石酸ブリモニジン(アルファガンPR)は,その神経保護効果を示唆する報告がなされている.また,眼科製剤として開発中のカルパイン-1 阻害薬もその神経保護効果が期待できると報告されている2).一方,点眼や内服ではない大胆な治療法も模索されている.網膜組織再生を目指した遺伝子治療3)や経角膜電気刺激療法4)などがすでに臨床応用に到達しつつある.さらに,神経幹細胞の眼内導入のための研究も行われている5).おわりに抗腫瘍薬である分子製剤べバシズマブ〔抗 VEGF(血(76)管内皮増殖因子)抗体〕が,加齢黄斑変性に対する治療として導入され,臨床的成果をあげている.長年の癌研究の功績である分子製剤はさまざまな臨床領域に活用されつつあるが,神経保護領域ではあまり見当たらない.そのため,神経保護療法の研究は,独自の薬効評価システムを確立し,実際的な臨床応用を強く意識した研究プロトコールに変えていく必要があると思われる.文献 1) Araie M, Shirato S, Yamazaki Y et al:Clinical e cacy of topical nipradilol and timolol on vicual eld performanace in normal-tension glaucoma:a multicenter, randomized, double-masked comparative study. Jpn J Ophthalmol 52:255-264, 2008 2) Govindarajan B, Laird J, Sherman R et al:Neuroprotec-tion in glaucoma using calpain-1 inhibitors:regional di erences in calpain-1 activity in the trabecular mesh-work, optic nerve and implications for therapeutics. CNS Neural Disord Drug Targets 7:295-304, 2008 3) Ikeda Y, Yonematsu Y, Miyazaki M et al:Acute toxicity study of a simian immunode ciency virus-based lentiviral vector for retinal gene transfer in nonhuman primates. Hum Gene Ther 20:943-954, 2009 4) Fujikado T, Morimoto T, Matsushita K et al:E ect of transcorneal electric stimulation in patients with nonarter-itic ischemic optic neuropathy or traumatic optic neuropa-thy. Jpn J Ophthalmol 50:266-273, 2006 5) Wallace VA:Stemcells:a source for neuron repair in retinal disease. Can J Ophthalmol 42:442-446, 2007表 2 現時点における緑内障性網膜視神経障害に対する神経保護の概要病態メカニズム治療製剤細胞外毒性NMDA 受容体アンタゴニスト(メマンチン,MK801 など)ミトコンドリア機能異常コエンザイム Q-10蛋白構造異常アミロイド産生阻害HSP-70酸化ストレスビタミン E抗酸化剤炎症・自己免疫異常Cop-1TNF-aVaccine神経栄養因子の枯渇BDNFエリスロポエチン遺伝子導入 さまざまな因子の神経保護効果が実験レベルで確認されている.NMDA:N-methyl-d-aspartic acid,HSP-70:heat, shock, protein, 70 kD,TNF-a:tumor necrosis factor a,BDNF:brain-derived neurotrophic factor.

屈折矯正手術:LASIKの術中トラブル対処法

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916490910-1810/09/\100/頁/JCOPY ap作製時Flap 作製時のトラブルで頻度の高いものは不完全 ap,button-hole,free cap であるが,こういったトラブル発生の可能性を予測できる症例がある.瞼裂狭小や結膜浮腫の症例では吸引困難なことが多く,何度か吸引を試みるうちに結膜浮腫が増強し十分な吸引圧がないにもかかわらず手術を続行して角膜 ap のトラブルが生じることがある1).また,強度乱視の症例では強主経線と弱主経線とで角膜 ap size が異なり,角膜にかかる圧力が乱視軸方向で異なり角膜 ap のトラブル発生の可能性は高くなる2).しかし,どのような症例であっても角膜 ap のトラブルの原因は基本的には「吸引不全」である.吸引が確実かどうか確認するために tonometerを使用して眼内圧をチェックするが,実際には眼内圧が上昇していない場合もあり,必ずしも吸引の完了を反映しているとはいえない.むしろ患者の black-out の応答や術中散瞳を目安にすれば確実である.筆者は現在ではtonometer は使用していない.意外に見落とされることであるが,「吸引不全」の原因として患者の顔面の位置と吸引のタイミング,さらに角膜乾燥を避けるために角膜面にかける水性液の量が重要である.1. 顔面・頭部の位置Superior-hinge の microkeratome を使用する場合を例にあげてみよう.Chin-down の位置で固視灯中心を見つめるように患者に指示すると,眼球は上転した状態になって開瞼器と眼球とのスペースが狭くなる(図1).このまま suction-ring を装着して真下に圧迫すると 6時の角膜輪部の圧迫が不十分となり,かつ 12 時の角膜輪部を強く圧迫することになって眼球はさらに下転する.結果的に 6 時の部分の結膜が弛緩し吸引不全を起こしやすくなり吸引圧が一定しない(図2).吸引圧が上昇しなければ free cap を,吸引圧が変動すれば button-hole を起こす可能性がある.Free capと button-hole は別物のように思われるがその発生原因(73)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載115監修=木下茂大橋裕一坪田一男115. LASIKの術中トラブル対処法越智利行越智眼科LASIK(laser in situ keratomileusis)は眼科手術のなかでもきわめて安全な手術であり,術中に不測の事態が生じても対応を誤らない限りは重篤な障害をひき起こす可能性は少ない.種々の術中トラブルに対する処置は他の成書に譲るとして,ここでは角膜 ap のトラブルの原因を考えてみたい.図 2Free cap12 時から 6 時に向かって下方に眼球を圧迫すると,6 時の部分の結膜が弛緩し吸引不全を起こす.図 1顔面のchin downChin-down に固定されて視線が真上を向くと,眼球が上転した形になり,12 時方向のスペースが少なくなる.———————————————————————- Page 21650あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009は基本的には同じものである.2. 開瞼器と眼球中心の位置開瞼器と角膜輪部の距離が 6 時・12 時で均等になり,開瞼器の中心に眼球がくるように装着しなければならない.その位置で suction ring を均等の圧力で真下に圧迫することが重要である(図3).眼球が上転した状態で固定すると開瞼器が 12 時方向にずれているように錯覚する.その結果 suction ring を12 時方向から先に挿入し,6 時方向に押し込んで圧迫・吸引しようとする心理が働き,予想以上に 6 時方向にsuction ring がずれて固定され,不完全 ap を起こすことがある.これは往々にして手術に手慣れた眼科医に見受けられる.3. 吸引のタイミング眼球の圧迫と吸引の始動を同時に行うと上下左右に眼球が動くことがあり角膜中央に ap が作製できない.眼球を確実に圧迫・固定してから吸引を始動し,吸引完了を確認して角膜 ap を作製することが重要である.4. 角膜面・結膜 内の水分角膜面の乾燥を避けるために大量の水性液を角膜面に滴下することもあるが,これは避けたほうがよい.Suc-tion ring の圧迫と吸引が確実でなければ結膜 内に溜まった水性液を吸引すると同時に結膜を吸引することがあり,吸引不全を起こす可能性が高くなる.眼球を確実に圧迫・固定してから吸引を始動し,吸引が完了した段階で角膜面上に水性液を滴下し,microkeratome が抵抗なく動くようにすれば十分である.手術手技のポイントは microkeratome(superior-hinge,lateral-hinge に関係なく)でも femtosecond-laser でも基本的には同じで,各手順を確実に行うことが最も重要である.使用する器具・機種がなんであろうと LASIK(laser in situ keratomileusis)手術は患者のlaser 装置下へのセッティングから始まっていると考えなければならない. それ以外の ap作製時のトラブル,あるいはレーザー照射時のトラブル角膜輪部血管からの出血や角膜上皮 離などの術中のトラブルとその処置,さらには central island,cold spot,偏心照射など,レーザー照射の際のトラブルに関しては他の成書に譲る.いずれにせよ患者のセッティングから手術は始まっており,個々の手順を確実に step by step で行うという意識をもてば,LASIK 術中のトラブルはまず皆無であろう.文献 1) 稗田牧:LASIK による屈折矯正手術の実際と術中合併症.眼科プラクティス 9,屈折矯正完全版(坪田一男編),p70-73,文光堂, 2006 2) 越智利行,中山伊知朗,中山典子ほか:Moria 社 Microker-atome M2 の特徴と角膜 Flap, Hinge Size 作製 Nomogram. あたらしい眼科 18:1311-1314, 2001(74)☆ ☆ ☆図 4Incomplete passSuction ring を眼球に平行に固定しようとすると ring が 6 時方向にずれて不完全 ap を生じる.図 3開瞼器具の位置開瞼器の中央に眼球がくるようにセットする.眼球位置がずれると free cap や不完全 ap が起こる.

眼内レンズ:サイドビューによる眼内レンズ挿入術の観察 -光学部の谷折りと山折りでの挿入比較-

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916470910-1810/09/\100/頁/JCOPY眼球の前方から見ることのできない虹彩裏面と水晶体に関連した構造は,Miyake-Apple view により摘出眼球を半切し後方から観察でき,白内障手術手技の評価に用いられる1,2).そして,サイドビュー3)を用いると水晶体 とその周辺組織の関係が前後方向にわかりやす い(図1).今回は,インジェクターによる眼内レンズ挿入で,光学部の谷折りと山折りの方式の違いを豚眼のサイドビューを用い観察検討した.摘出豚眼の赤道部に割断面を作製し,アクリル板で接着固定する.その割断面を通して眼内レンズが 内へ挿入される状態を手術用顕微鏡に取り付けたカメラで斜め後方から撮影した.眼内レンズは,HOYA 社の谷折り方式(DY-60AD)と山折りの方式(YA-60BBR)を用いた.ともに光学部は 6 mm 径のアクリル製で,PMMA(ポリメチルメタクリレート)製の支持部をもち同様の形状をしている.両方式ともに眼内レンズの光学部がカートリッジから出る前に,先行の支持部はすでに 内で伸びている.通(71)常,先行の支持部が出たら,谷折りではインジェクターの外筒側を軸に対して反時計方向へ回転させながら光学部を眼内へ出す.一方,山折りでは外筒側を時計方向へ回転させる.この際,先行支持部の動きが特徴的である.谷折り方式では,インジェクターの外筒の回転が速すぎて,先行支持部が水晶体 赤道部まで達する前にカートリッジから光学部が出だすと,先行支持部は後 に対して突き立つ状態となりやすい(図2).反対に光学部を山折り方式では,先行支持部が水晶体 赤道部まで達する前にカートリッジから光学部が出だすと,支持部は前 方向,虹彩裏面に立つ状態になる(図3).眼内レンズ挿入時に生じる後 破損は,谷折りの場合に水晶体赤道部へ支持部が水平に伸びきる前に光学部が早く出て,先行支持部が後 に立つことにより,後 に損傷を与えると推測できる.反対に山折りでは支持部が 内から前 や虹彩にこすりやすく,これらは前 ・虹太田一郎眼科三宅病院眼内レンズセミナー 監修/大鹿哲郎280. サイドビューによる眼内レンズ挿入術の観察 ―光学部の谷折りと山折りでの挿入比較―眼内レンズ挿入時に,光学部が谷折りでは先行の支持部先端が後 をこすりやすく,反対に山折りでは支持部先端は前 ,虹彩をこすりやすい.これらを防ぐために,先行の支持部が水晶体赤道部前 付近まで水平にしっかり伸びた後に,光学部が広がればこのような現象は起こりにくい.図 1眼内レンズが挿入された豚眼のサイドビュー眼球の斜め後方から水晶体 内に眼内レンズが挿入されている状態が観察できる.図 2谷折りでの眼内レンズ挿入インジェクターの外筒の回転が速すぎると先行支持部が後 に突き立ちやすい.———————————————————————- Page 2彩損傷を生じる危険性がある.これらの合併症を防ぐためには,先行支持部が赤道部へ十分に伸びてから,光学部をゆっくり眼内へ押し出す感覚が必要となる(図4).図5にサイドビューによる撮影の位置関係を示す.文献 1) Miyake K, Miyake C:Intraoperative posterior chamber lens haptic xation in the human cadaver eye. Ophthalmic Surg 16:230-236, 1985 2) Apple DJ, Lim ES, Morgan RC et al:Preparation and study of human eyes obtained postmortem with the Miyake posterior photographic technique. Ophthalmology 97:810-816 , 1990 3) 南宣慶:Zinn 小帯線維とその関連組織との関係.あたらしい眼科 13:109-113, 1996図 4谷折りでの眼内レンズ挿入先行支持部が水晶体赤道部へ伸びている.この状態からゆっくり光学部を出すと支持部は後 側へ立たない.図 3山折りでの眼内レンズ挿入インジェクターの外筒の回転が速すぎると先行支持部が前 や虹彩をこすりやすい.図 5サイドビューによる撮影位置

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法(ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社ワンデーアキュビューR乱視用)

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916450910-1810/09/\100/頁/JCOPY乱視のため通常の球面ソフトコンタクトレンズ(SCL)では良好な視力が得られない患者には,トーリック SCL による矯正が求められる.安全性,快適性,簡便性を考えるとワンデータイプのディスポーザブル SCL が第一選択である.1 日で交換するので,レンズに汚れや微生物が付着することが少ない,レンズケアを必要としないことなどから,角膜上皮障害,感染症,アレルギー反応などが生じにくいので眼科医としてはすすめやすい.一方,使用者からすると,毎日きれいなレンズを使用するので,鮮明に見える,装用感が良い,乾燥しにくい,ケアが不要であるなどのメリットに加えて,30 枚単位で購入するので,たとえ紛失してもほかのレンズをすぐに装用できる,日頃は眼鏡をかけている人も,スポーツなど必要時のみに使用できる(オケージョナルユース)などのメリットもある.ワンデーアキュビューR乱視用の製品概要を表1に示す.トーリック SCL の前面あるいは後面のいずれかは,強主経線方向と弱主経線方向の曲率半径が異なるトーリック面であるが,本レンズは後面である.トーリックSCL には回転を制御する方法として,レンズの下方にプリズムを加えたプリズムバラストと,レンズの上下に薄い部分をつくるダブルスラブオフがあるが,本レンズはダブルスラブオフである1).プリズムバラストはレンズの回転の制御については高く評価がされているが,レンズ下方の厚みによる酸素不足,角膜下方部への機械的な圧迫や装用感の悪さなどが問題となる場合がある.一方,ダブルスラブオフはその部分が薄いため装用感が良く,酸素透過性が向上するが,レンズの回転が安定性にばらつきがあったり,安定するまでに時間がかかるという問題がある.本レンズはダブルスラブオフを採用しているが,このダブルスラブオフ部分がオプチカルゾーンから独立しており,レンズ側方の厚みをもたせた部分の傾斜角度を急にした特殊なデザイン(Accelerated Sta-bilization Design:ASD)である(図1).このデザインによって,レンズの回転安定性が高まり,安定までに要(69)植田喜一ウエダ眼科コンタクトレンズセミナー 監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純 私のコンタクトレンズ選択法306. ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 ワンデーアキュビューR乱視用(イメージ )ASD(Accelerated Stabilization Design)②③④① ③図1ワンデーアキュビューR乱視用のレンズデザイン①:薄く設計されたレンズ上下ゾーン,②:アクセラレイト・スロープ,③:スクライブ・マーク,④:独立オプティカル・ゾーン. (ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社より提供)表1ワンデーアキュビューR乱視用の製品概要材質eta lcon A含水率58%製法SSM(Stabilized Soft Molding)製法ベースカーブ8.5 mm直径14.5 mm球面度数±0.00 6.00 D(0.25 D ステップ) 6.50 9.00 D(0.50 D ステップ)円柱度数 0.75 D, 1.25 D, 1.75 D円柱軸20°,90°,160°,180°中心厚0.09 mm( 3.00 D の場合)酸素透過係数(Dk 値)28*酸素透過率(Dk/l 値)31.1**( 3.00 の場合)スクライブマーク12 時と 6 時に 1 本のライン紫外線カットあり***着色あり*:×10 11(cm2/sec)・(ml O2/ml・mmHg),測定条件 35℃.**:×10 9(cm・ml O2/sec・ml・mmHg),測定条件 35℃.***: 紫外線 B 波を約 97%,A 波を約 81%カット(Johnson & Johnson VISION CARE, INC. データより).———————————————————————- Page 21646あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(00)する時間も短縮された1,2).本レンズの多施設による臨床試験から,回転量の平均は装着 1 分後で 3.1°, 処方時2.0°,再来院時 1.7°で, 回転安定度の平均は装着 1 分後は 2.3°,処方時 1.3°,再来院時 2.1°と高い安定性が示されている2)(図2,3).プリズムバラストは上下を逆転して装用すると円柱軸が適正な位置に回転するまでにある程度の時間を要するが,本レンズは上下対称なので短時間で済む.本レンズの特徴を表2にまとめる.終日装用で角膜浮腫が生じないためには,酸素透過率(Dk/l 値)は 24.1×10 9(cm/sec)・(ml O2/ml×mmHg)が必要といわれているが,本レンズの値は 31.1 で,現在市販されている従来素材の含水性の乱視用レンズのなかでも高いことから,長時間装用を希望する者にすすめたい.本レンズは高含水,イオン性素材であるため,乾燥しやすいので,自覚症状のある患者には人工涙液の頻回点眼,および瞬目の仕方を指導するとよい.トライアルレンズの選択,フィッティング検査(センタリング,動き,ガイドマークの安定性,回転の方向と回転角度のチェック),円柱軸の決定,追加矯正などの処方については割愛する.文献 1) 植田喜一:トーリックソフトコンタクトレンズ1 日使い捨てレンズワンデーアキュビュー乱視用.眼科インストラクションコース 8,コンタクトレンズ処方まるごとマスター(白神史雄ほか編),p56-61,メジカルビュー社, 2006 2) 五十嵐良広:乱視用 1 日使い捨てソフトコンタクトレンズ ワンデーアキュビューR乱視用.日コレ誌 48:122-126, 2006 2ワンデーアキュビューR乱視用の特徴1.1 日使い捨て安全,快適な装用感,ケア不要2.高含水のイオン性素材(FDA グループ IV)●高酸素透過性安全3.新しいデザイン●レンズの回転が少ない●レンズの回転安定性が良い●レンズが早く安定する確実な乱視矯正,処方が簡便平均3.1 10050091装着後1分後(n=102)平均2.0°95処方時(n=104)平均1.7°10082889096100100再来院時(n=104):5°以内:10°以内:15°以内平均2.3°10050098装着後1分後(n=98)平均1.3°98処方時(n=102)平均2.1°98919487100100100再来院時(n=104):5°以内:10°以内:15°以内図3 ワンデーアキュビューR乱視用のフィッティング評価〈回転安定度〉 (文献 2 より)図2 ワンデーアキュビューR乱視用のフィッティング評価〈回転量〉 (文献 2 より)

写真:新しいマイボグフラフィー

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916430910-1810/09/\100/頁/JCOPY(67)写真セミナー 監修/島﨑潤横井則彦307. 新しいマイボグラフィー←図 1正常マイボーム腺(28 歳,女性,左眼)写真の白いほうがマイボーム腺.上下眼瞼耳側から鼻側まで一列に並ぶマイボーム腺を詳細に観察することができる.図 2図1のシェーマ①: 下眼瞼より上眼瞼のほうがマイボーム腺は細くて長い.②: ブドウの房状の腺房からなる導管が一列にきれいに並んでいる.図 3閉塞性マイボーム腺機能不全(78 歳,男性,左眼)上下のマイボーム腺とも高度に短縮や脱落をしている.上眼瞼では屈曲所も見られる.図 4 ソフトコンタクトレンズ装用により短縮したマイボーム腺(31 歳,女性,右眼)上眼瞼耳側,下眼瞼全体にわたりマイボーム腺が短縮している.特に下眼瞼中央部から鼻側にかけては開口部周囲を残すのみ.有田玲子伊藤医院/東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学①②———————————————————————- Page 21644あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(00)マイボーム腺は眼瞼に存在する皮脂腺で,涙液の油層を形成し,過剰な涙液の蒸発を防ぐ役割をしている.上眼瞼に約 30 40 本,下眼瞼に約 20 30 本ある1).マイボーム腺観察の基本はスリットランプによる観察である.開口部周囲の血管拡張,閉塞所見,眼瞼縁の不整,皮膚粘膜移行部の移動,眼瞼圧迫による分泌脂の量や性状の観察をする.スリットランプによる眼瞼結膜からの腺構造の観察は,下眼瞼の一部では可能であるが,特に上眼瞼においてはむずかしかった.スリットランプでは十分観察ができないマイボーム腺構造の形態を生体内で観察するためにマイボグラフィーが開発されたのは 30 年以上前のことである2).従来のマイボグラフィーはマイボーム腺を皮膚側から透過することによりマイボーム腺構造を観察する方法で,生体内でマイボーム腺を形態学的に観察する唯一の方法であった.しかし,皮膚側から光を透過させるための光源プローブが患者に直接あたり,疼痛や羞明,灼熱感などが強く侵襲的な検査であり,また,医師側にも習熟が必要で,一般外来で普及することはなかった.今回筆者らが新しく開発したノンコンタクトマイボグラフィーは,特殊で大掛かりな装置やそのスペースを必要とするものでなく,眼科施設であればどこにでもあるスリットランプに小型赤外線 CCD カメラと赤外線フィルターを搭載しただけのものである(図5).スリットランプの光源と赤外線の反射光を利用して観察するため,従来のように患者眼瞼へ直接接する光源プローブは一切必要なく,操作も容易で,倍率もスリットランプ同様に変更可能である.スリットランプを利用してフィルターを 1 枚回すだけで非侵襲的に,上下眼瞼すべてのマイボーム腺を 1 分以内に観察できる(図1, 3, 4)3 5). 文献 1) Snell RS, Lemp MA:Clinical Anatomy of the Eye. p84, Blackwell Scienti c Publications, Inc, Boston, 1989 2) Tapie R:Etude biomicroscopique de meibomius. Ann Oculistique 210:637-648, 1977 3) Arita R, Itoh K, Inoue K et al:Noncontact infrared mei-bography to document age-related changes of the meibo-mian glands in a normal population. Ophthalmology 115:911-915, 2008 4) Arita R, Itoh K, Inoue K et al:Contact lens wear is asso-ciated with decrease of meibomian glands. Ophthalmology 116:379-384, 2009 5) Arita R, Itoh K, Maeda S et al:Proposed diagnostic crite-ria for obstructive meibomian gland dysfunction. Ophthal-mology 116:2058-2063, 2009小型赤外線CCDカメラ赤外線フィルター図 5 ノンコンタクトマイボグラフィー(BZ-4M,TOPCON 社)従来のスリットランプに小型赤外線 CCD カメラと赤外線フィルターを搭載しただけのもの.

「心の病(心因性疾患と詐盲)」の視野異常

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 11634あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(00)0910-1810/09/\100/頁/JCOPYは日常よく使われる検査法であるが,情報が豊富で微妙な判断にヒントを与えてくれる.本稿では,(1)心理物理面から視野という現象を整理し,(2)心の疾患(心因性疾患および詐盲)の疾患概念,(3)診断過程をフローチャートで整理し視野検査の役割を概説,(4)典型的視野の解釈と間違えやすい症例,(5)その後の対応をまとめる.I視野という心理物理学的現象2)視野では「見えている」という主観的感覚を客観的な量として理解するために感覚を定量化しなければならない.そこで用いられるのが,背景光に対して検査光の明るさを弁別する閾値である.ヒトは物理学的に同じ刺激を与えられても同じ感覚量に感じるとは限らず,心理学的反応は光刺激に対する視覚確率であらわされる(図1).網膜の受容できる光のエネルギー(輝度)には上限(刺激頂)と下限(刺激閾)があり,その間に存在する視覚確率 50%の輝度を閾値という.いわゆる感度は閾値の逆数となる(S=1/I).感度を等感度曲線で表現するものが動的視野であり,閾値プロットで表現するのが静的視野である.したがって,視野は「見えている」感覚に影響する因子の影響を受ける.これが本来「見えているはず」の患者が「見えていない」と主張する心因性疾患や詐盲が特徴的視野を呈する理由となる.つまりわれわれは常に心の病が修飾した視野結果を見ている可能性がある.解釈がむずかしいときや信頼性に不安がある場はじめに複雑な社会情勢を反映してかストレスを背景とする疾患が増加しており心身医学が取り上げられるようになっている一方で,悪化する経済事情を反映する詐病も増加している1).心身症の一つである心因性視覚障害は見えていることを自覚できない状態であるのに対し,詐盲は見えていることを自覚しながら意図的に否定することである.見た目の症状は同じであるから器質的疾患がないため「うそをついている」と一くくりにされがちであるが,両者はまったく似て非なるもので対応がまったく異なり初期診断は重要である.神経眼科外来ではしばしば原因不明の視覚障害について診察を依頼されるが,眼科専門医による日常診療で器質疾患が見つからない症例に合理的な診断をつけることは困難なことも多い.逆に器質疾患に心因性疾患と詐盲が合併すると自覚検査が多い眼科において検査の前提となる「意識」に心の問題が影響ししばしば判断に迷う.たちどころに原因がわからない場合,えてしていきなり最新の診断機器に依存することが多いが,まずはしっかりと系統的検査計画を立て視覚障害の発症状況を整理し観察・思考するだけで結論に至ることもある.ただし,先入観から器質的疾患を見逃し心身症と診断してしまうこともあるから,疑わしいときは眼科一般検査および精密検査を再検査することはもとより,脳神経学的検査もときに必要で,可能な場合は最新機器による追加検査も行うといった一連の流れ作業を行う.このなかで精密検査の一つである「視野検査」1634 (58)*Kenji Matsushita:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕松下賢治:〒565-0871 吹田市山田丘 2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室「心の病(心因性疾患と詐盲)」の視野異常Abnormal Visual Field in Psychogenic Disease and Malingering松下賢治*特集●視野が欠ける あたらしい眼科 26(12):1634 1641,2009———————————————————————- Page 2あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091635(59)である点で詐盲とは異なる.訴える症状は視力,視野とも重篤である.詐盲ははっきりとした目的意識と疾病利得があり,行動パターンが目的により異なるため詳細な観察により心因性疾患から区別できることが多い.著名な眼心身症に心因性視覚障害や心因性盲があるが,器質的障害がない場合一見不定愁訴を訴えているかにみえ,心因性の部分が放置されがちである.一方,逆に器質的疾患の追究を疎かにして安易に心身症と診断されることもある.疑わしいときは検査の再検は必須である(図 3).III診断のフローチャートと視野検査眼科医は心の病に関して行動観察,他覚的視力検査,レンズ打消し法,視野検査,調節検査,色覚検査から出てくる不合理な結果により気づくことも多い.しかし,冷静な判断を下すには心証が出来上がる前に必ず検査結果の検証を行う.つまりすべてのデータを疑うことから合,複数の視野計で再現性を確認することも意味がある(表 1).II心の病の疾患概念(精神病,神経症を 除外する)3,4) 疾患が精神科領域の精神病から一般診療科領域の身体疾患まで一つのスペクトル上に並ぶ(図 2)とすると,神経症の一部は精神病と心身症を含み,心身症の一部は神経症と器質的身体疾患を含む.その主たる疾患を診断するためには,精神病を除外したのちに精神症状・身体症状,心因の有無により神経症・心身症・身体疾患を鑑別することになる.心身医学的アプローチが必要となる眼科領域が眼心身症と考えられる.心因性疾患には身体化障害(表 2),転換性障害,虚偽性障害などがある(表3).虚偽性障害は近年まで詐盲の一種とされていたが,受診や検査をいとわず診療に積極的で,利得が病気によって同情を誘いかまってもらえるという精神的利得のみThreshold視標輝度網膜感度→→→→低高高低100500False( )False( )視覚確率(%)図 1視覚確率曲線〔柏井聡:神経眼科 26:256, 2009, 図 13 より改変〕精神病神経症精神科領域心療内科領域一般診療領域心身医学的アプローチが必要心身症身体疾患図 2疾患スペクトル〔 松下賢治:眼科診療ガイド 17.全身病と眼,p699,図 1,文光堂,2004 より〕表 3精神心理的要因が推定される疾患心因性視覚障害心因性盲虚偽性障害詐盲表 2身体表現性障害身体化障害鑑別不能な身体化障害転換性障害疼痛性障害心気症身体醜形障害特定不能の身体表現性障害表 1視野の測定法主観的測定客観的測定Goldmann PerimetryHumphry Field AnalyzerOctopusMicroperimetry(MP-1)Full eld ERGMulti focal ERG(VERIS)Focal ERGFull eld pattern VEPMulti focal VEP瞳孔視野計———————————————————————- Page 31636あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(60)とえば Leber 視神経症,栄養障害性視神経症,アルコール性視神経症)などはきちんと除外する必要がある.特殊な検査として瞳孔反応を客観的な視野に応用した瞳孔視野計がある.瞳孔視野計は視標の呈示によって起こる瞳孔反応を記録することにより視野上の一点における網膜感度を対光反応の大きさから測定するものである.網膜感度と対光反応は直線関係にあるため自動視野計と異なり視標を一点で 1 回刺激すれば測定でき測定時間は大幅に短縮される.客観的視野情報であり,心因性視覚障害や詐盲判定,反応のあいまいな患者,幼児に特に有用である.しかし技術的問題と原理的問題も残っており自覚的視野計に取って代わることは現時点ではできない5).ここで視野検査について考えると検査は患者が診察に入る前から始まっている.日常生活で使われる視野は両眼視野の合計で,上側 60°,下側 70°,右側 110°,左側 110°(耳側 110°,鼻側 60°)である.中央は両眼視されて眼位異常がなければ通常立体視を形成する.このことを念頭に入退室や通院時の行動を観察すると,実際の視野がどの程度あるかがわかり訴えの内容と照らし合わせることができる.たとえば,下方視野障害のある緑内障患者は上方障害の患者よりもしばしば訴えが強く,階段が降りづらいとかデスクワークで気になるといった具体的な訴えをする.視野狭窄のある人は網膜色素変性症など桿体障害があることが多く,明暗変化への追随がむずかしい.部屋を急に暗くしてもすぐに迷わず座ったり,とっさに荷物を確かめる動作が確認されると視野障害が軽度であることがうかがえる.始める.特に,最も重要な矯正視力をまず疑うことになり,ついで視野を疑う.器質疾患がないという診断すら疑う必要があり,一般検査・精密検査を再検する.最新機器を利用可能なら,角膜トポグラフィ,波面センサーにより角膜形状の影響や中間透光体の散乱の影響などを除外し,眼底は OCT(光干渉断層計)により網膜疾患のないことを確かめる.追加検査として頭蓋内疾患を疑う場合は MRI(磁気共鳴画像)や CT(コンピュータ断層撮影)といった神経画像検査を行い,視覚路が中枢まで到達しているか確認したい場合は VEP(視覚誘発電位)を用いる(図 4).自覚検査の多い眼科において心因性疾患・詐盲でも確かである瞳孔反応(おもに対光反応)は有用である.これは客観的で本人も嘘がつきにくい.しかし疾患で瞳孔に影響がある場合は無効であるし,逆に瞳孔線維が障害されず視覚線維だけ障害される病態(た 次的広 のPSD心理的社会因子関与日常行動非生理的眼症状,身体変化医学的に理解可能主訴:眼症状可能生理的(神経症)一次的狭義のPSD身体症状中心診断的面接心理検査環境の情報収集身体所見問診病歴困難(精神病)あり正常身体症状あり精神症状中心ほとんどなし(身体疾患)異常(精神病合併)図 3精神疾患鑑別のフローチャートPSD:psychosomatic disease.〔松下賢治:眼科診療ガイド17.全身病と眼,p699,図 2,文光堂,2004 より〕視診(入退室時, 下での行動観察)一般検査(矯正視力,眼 ,スリット,眼底)追加検査(MRI/CT,VEP)精密検査(視野,ERG,OCT)特殊検査(瞳孔検査)図 4検査のフローチャート———————————————————————- Page 4あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091637(61)下のことに留意する.①瞳孔径が小さい場合周辺視野が感度低下し求心性視野狭窄する.ピロカルピン使用者は瞳孔径が小さくなり2 m m以下になると回折効果により網膜感度は有意に低下するので注意を要する(図 5).②近視による屈折暗点や③中間透光体混濁の影響は事前に鑑別しなければならない.④学習効果・測定時間・疲労の影響は再現を見ることで確認できる.⑤固視評価は監視法により行われる6).疾患による場合のほか年齢によっても固視不良が起こることがあるので考慮すべきである(図 6)7).静的視野計より Goldmann 視野計がよく使IV典型的視野異常と間違えやすい症例視野検査を読み解く場合,別項で詳述されているように測定におけるアーチファクトを除く必要がある(表4).外部環境(顔の形,眼鏡枠,室内照明)に留意して測定条件は背景を photopic で行う.プロトコールの選択において状況から使用頻度は Goldmann 視野計が多いが,Humphrey視野計であれば中心プログラムC-30-2 や C-24-2 を選択する.しかし,視力障害など中心窩閾値の低下を認める場合上記では見逃す可能性もあり C-10-2 を利用する.さらに範囲が小さければmicroperimetry が有用と思われる.個体条件として以表 4視野測定の条件(1)外部条件:顔の形,眼鏡枠,室内照明(2) 測定条件:背景(photopic),プロトコール(HFA C-30-2/C-24-2/C-10-2)(3) 個体条件:瞳孔径,屈折,中間透光体混濁,学習効果・測定時間・疲労,固視グレイスケール閾値(dB)トータル偏差パターン偏差図 5ピロカルピン点眼の開放隅角緑内障患者Humphrey視野に対する影響上段:サンピロR点眼前,下段:サンピロR点眼 30 分後.〔石川誠ほか:眼科プラクティス 15.視野,p65,図 1 より〕コ カン : ウテンコ テン: チュウ ンコ フリ ウ: 1/13ギ ウセイ: 8%ギインセイ: 1%テスト カン: 04:33チュウ ンカ: 40dB図 6 視野を読む際の信頼性評価〔 柏井聡:神経眼科 26:256,2009,図 3 より〕———————————————————————- Page 51638あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(62)われるが,統計処理がある分,静的視野計はより客観的で有用なこともある8).ふつう心因性視覚障害も詐盲も視野は正常であるはずであるが,心因性視覚障害には視力低下とともに特徴ある視野異常が知られる.視覚は精神活動と密接な関係にあり意識障害時には消失し精神的活動低下しているとき,注意力や興味が弱いとき,記憶が障害されているときなども影響して感度低下がみられる.基本的には同じ現象である心因性の易疲労性をみていると考えられる(図 7a f)9,10).一方,詐盲での視野障害の多くは求心性視野狭窄ではあるが,半盲や中心暗点のこともあり特有のパターンはない.片眼性のこともあれば両眼性のこともある.らせん状視野が検出されれば心因性視覚障害である可能性が高いとはいえ視野検査のみから詐盲と心因性視覚障害を鑑別することはできない.「まったく見えません」という症例では視野検査は無効のはずだが,詐盲例で逆に測定できることもある.器質疾患を背景に心図 7a求心性視野狭窄求心性視野狭窄は心因性視覚障害で最も多くみられ,ヒステリーの視野異常として Char-cot により最初に記載され,現在では心因性視覚障害の代表的視野となっている.求心性視野狭窄は動的視野検査である Goldmann視野検査で検出される場合が一般的であるが,静的量的視野検査においても同様に検出される異常であり,中心部の閾値検査,全視野スクリーニング試験でもみられる.〔勝島晴美:心因性眼疾患の視野.眼科 MOOK 36:214-221, 1988 より〕図 7bらせん状視野もう一つの代表例としてらせん状視野がある.動的視野検査の途中でみられる.動的視野計では周辺より中心部固視点に向かって放射線状に視標を動かす.検査の進行とともに固視点に近づき小さくなることでらせん状を呈する.検査中の疲労現象によるものと考えられる.〔山出新一,黄野桃世:心因性視覚障害の静的視野について.眼臨 85:1245-1251, 1986 より〕R.E.図 7c星状視野視標を経線上の 0°→ 180°,45°→ 135°と反対側に移動したときに得られる.〔勝島晴美:心因性眼疾患の視野.眼科 MOOK 36:214-221, 1988より〕———————————————————————- Page 6あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091639(63)zonal occult outer retinopathy)といった視細胞外節病〕は本当らしい視野異常を示し通常の ERG(網膜電図)が正常でも局所 ERG 異常から判定できるが,最近の解像度の高い OCT の出現で器質異常を検出されるようになった(図 9).Vその後の対応心身症は心身両面からの治療が必要である.身体面での治療内容は身体的疾患の治療と同様である.心理面で因性疾患と詐盲が関与する場合,むずかしい判断が要求されるが,視野情報を病状と付き合わせると理解できることも多い.間違えやすい疾患として Leber 視神経症を忘れてはならない.瞳孔線維のみ侵されないこのような疾患では視力低下と視野における中心暗点のみで行動障害が出ないため詐盲と間違われやすいが,現在では多くの場合,遺伝子診断が可能である(図 8).また,オカルト系疾患〔OMD(occult macular dystrophy)や AZOOR(acute 1m50cm図 7d管状視野平面視野計を用い測定距離を変えても得られる視野の広さの絶対値は変わらない.本来検査距離が伸びると視野の広さの絶対値は拡大し円錐状をとるが,本疾患では距離による広がりがなく円柱状をとるため管状視野といわれ,求心性視野狭窄を示す器質的疾患ではこのような視野は呈さず鑑別できる.図 7f花環状視野静的視野計においてグレイスケールの模様から花環状を呈する視野が観察される.これは心因性の易疲労性により動的視野に比し刺激変数がランダム化されているため視野辺縁部が凹凸の激しい花環状になると推測されている.〔黒田紀子:視野検査.心因性視覚障害(八子恵子ほか編),p37-71,中山書店,1988 より〕図 7e水玉様視野静的視野計で生じる異常で,たとえば Humphrey 自動視野計の全視野 120 点スクリーニング検査を施行すると予測値よりも6 d B以下の測定結果が出ると暗点として示される.強度の異常では求心性視野狭窄として示されるが,暗点が散在性に出現し水玉状を呈する.〔山出新一,黄野桃世:心因性視覚障害の静的視野について.眼臨 85:1245-1251, 1986 より〕———————————————————————- Page 71640あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009は精神療法を中心にして薬物療法は補助的に用いることになる.心身症学的治療はまず患者の訴えを全部聞いてみるところから始まる.つぎに身体諸検査を十分に行い患者の訴えている身体症状に対して対症的身体療法を開始することが基本である.経過のなかで良好な患者-医師関係を形成し発症に関与する心理問題を探り対応する.しかしながら,早い時期から症状が心身相関的なものであることを理解させようとあせることは禁物である.なぜなら患者の多くは自分の状態を心身症と考えていない.いきなり心身症のメカニズムを説明されたり専門的な心理療法を開始されたりすると強い反感や不信感を抱く結果となる.まず患者の言うことを聞き受容的態度で接する.その雰囲気のなかで生活上の不安葛藤が明らかになり心身相関症状に気づかせ情緒的安定を得る.素直に話を聞くことがりっぱな心理療法となる.人間には自我を防衛する本能があって心身相関症状に気づかせることは困難であるが,そこに気づけば後は次第に症状が消失する.これまでに患者自身で気づかせるためのたくさんの技法が考えられている.具体的には自律訓練法,行動療法,交流分析,家族療法,絶食療法,芸術療法,運動療法,バイオフィードバック療法,カウンセリング,森田療法などが行われることもある.踏み込んだ心理療法や薬物療法を併用する場合は心療内科などと連携したチーム医療を中心において治療プランが必要となる.不安緊張,いらいら不眠などの症状が見られるときは抗不安薬,睡眠薬などの向精神薬を併用すると有効であるが,薬物は補助的役割を果たすものでその場しのぎの投薬を続けることは好ましくない.(64)123電気 動パターン正常型混在型変異型未消化300bp(未消化)255bp(正常型)31bp131, 124bp(変異型)MaeIII消化図 8Leber視神経症の遺伝子診断図 9左眼盲点症状を認めるAZOORのOCT像乳頭黄斑線維に沿って右眼で観察される IS/OS ラインが左眼では消失しており,視細胞外節が不明瞭である.右眼左眼———————————————————————- Page 8あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091641詐病の場合,疾患が存在しないので治療法はないが,診察していて詐病が判明しても相手の人格は尊重されなければならず,「ほんとうに見えないのですか?」とか,「嘘でしょう」などといってはならない.相手側に診療側が嘘に気づいていてこれ以上嘘をつけないことを自ら悟らせるようにすることが良い.経過については冷静な態度で相手側に診察結果は異常がないので視力に関しては心配ないこと,進行性のものでないことを説明する.相手は必ず診断書を求めてくるが,診断書の対応は注意を要する.しかも期日が迫っているなど発行を早めるよう主張するが,公文書である診断書作成に際しては診療にあたった医師自身が経過観察を含め納得できるまで書くべきではない.しかし,医師法により正当な事由がない限り医師は診断書の発行を拒めないため,どうしても矛盾を解決できないまま診断書を書かねばならない立場に立たされた場合,自覚所見と他覚所見が一致しない旨を記載する.文献 1) 山出新一:眼科からみた特徴.心因性視覚障害(八子恵子ほか編),p1-12,中山書店, 1998 2) 柏井聡:自動静的視野計の読み方.神経眼科 26:243-260, 2009 3) 松下賢治:神経症・心身症.眼科診療ガイド(眼科診療プラクティス編集委員編),p699-701,文光堂,2004 4) 松下賢治:詐病.眼科診療ガイド(眼科診療プラクティス編集委員編),p701-702,文光堂, 2004 5) 吉冨健志:瞳孔視野検査の応用.臨床神経眼科学(柏井聡編),p175-178,金原出版, 2008 6) 杉山和久:測定時間・疲労.眼科プラクティス 15,視野(根木昭編),p72-73,文光堂, 2007 7) 川瀬和秀:固視不良.眼科プラクティス 15,視野(根木昭編),p62-63,文光堂, 2007 8) Flaxel CJ, Samples JR, Dustin L:Relationship between foveal threshold and visual acuity using the Humphrey visual eld analyzer. Am J Ophthalmol 143:875-877, 2007 9) 黒田紀子:視野検査.心因性視覚障害(八子恵子ほか編),p37-41,中山書店, 1998 10) 田淵昭雄:機能的視力視野障害の診断法.臨床神経眼科学(柏井聡編),p156-162,金原出版, 2008(65)

視神経疾患-中枢性の視野異常

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPY峙する緑内障様変化を呈し,中心視野が必ずしも低下しない場合があり,虚血性視神経症において認められることが多いが,ときに視神経炎でもみられることがある.鼻側放射状線維障害型では,マ盲点を含む楔状視野欠損を呈する.視神経炎,虚血性視神経症に多く認められる乳頭黄斑線維束障害型および弓状線維束障害型の両者が併発した混合型も,しばしば認められることがあり鑑別を要する.1. 虚血性視神経症(ischemic optic neuropathy:ION)境界不鮮明な視神経乳頭の検眼鏡的な所見からは前部虚血性視神経症(anterior ION:AION)が,視神経乳頭に検眼鏡的な所見の乏しいものでは,後部虚血性視神経症(posterior ION:PION)が疑われるものの,視野所見は両者とも中心暗点(図 1)や水平半盲(図 2)を呈することが多く,急性視神経炎と共通しており鑑別に苦慮することもある.鑑別診断には蛍光眼底造影検査が有用である.一般に AION では広範囲に脈絡膜の充盈遅延や欠損を生じることが多く,腕-網膜時間も大幅に遅延していることが多い.非動脈炎性の AION では健眼の小乳頭(disk at risk)を呈することが多いが,動脈硬化,高脂血症,糖尿病などの基礎疾患を有していることも少なくない.MRI(磁気共鳴画像)検査では視神経炎と異なり,T2 強調画像で高信号を呈することもなく,造影剤による増強効果もほとんど認められない.動脈炎性はじめに正常視野とは上方 60°, 内方 60°, 下方 75°, 外方 100°の範囲で下方および外側にやや広くなっており,視神経乳頭に対応する部位,すなわち中心固視点から耳側に15°,下方に 3°を中心に直径約 5°の縦楕円形の暗点である Mariotte 盲点(以下,マ盲点)を有する.このマ盲点は通常の日常生活では自覚することがないために,虚性暗点とよばれる.本稿で述べる視神経疾患の多くは,その視野障害の初期にはマ盲点の拡大に始まり,進行するにつれてマ盲点を含む盲点中心暗点の形態をとり,実性暗点へと進行する.初期には片眼性が比較的多いが,ときに両眼性のものもある.一方,視交叉より後方の中枢性の視野異常では,一般に両眼性で垂直経線の保全される異名半盲や同名半盲などの形態をとることが多い.視野測定には静的視野と動的視野を用い,前者では通常30°以内の中心視野を測定し,後者では全体の視野の情報が得られ周辺視野の把握に適する.I視神経疾患視神経疾患の視野障害の特徴は,乳頭黄斑線維束障害型,弓状線維束障害型,鼻側放射状線維障害型の 3 つの部位に分けられる1).乳頭黄斑線維障害型は盲点中心暗点を形成し,中心視力の著明な低下をきたす.視神経炎,Leber 遺伝性視神経症や中毒性視神経症に多くみられる.弓状線維束障害型は Bjerrum 暗点や Ronne 鼻側階段のように水平経線で視野障害部位と非障害部位が対(51) 1627 asashi ishim ra sam im ra 663 8501 1 1 特集●視野が欠ける あたらしい眼科 26(12):1627 1633,2009視神経疾患─中枢性の視野異常Optic Nerve Disorders ─ Visual Field Defect of Central Visual Pathways西村雅史*三村治*———————————————————————- Page 21628あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(52)他,輪状暗点型,1/4 分画盲型,傍中心暗点型など多彩な所見を呈する.視力が比較的良好なものでは静的視野検査を,視力が不良なものでは動的視野検査が適している.Riddoch 現象の存在もしばしば認められることから,可能な限り静的および動的視野の両方を測定することが望ましい(図 3,4).3. Leber遺伝性視神経症(Leber hereditary optic neuropathy:LHON)LHON は 10 20 歳代の若年男性に多く発症する母系遺伝による遺伝性疾患である.まず片眼,次いで反対眼の ION では,血沈亢進,CRP(C 反応性蛋白)上昇,von Willebrand 因子の上昇を認めることがあり,側頭動脈炎の合併もしばしば認められる.側頭動脈生検で巨細胞が確認されれば,動脈炎性の ION の診断が確定する.2. 視神経炎(optic neuritis)中心暗点が典型的とされるが,神経線維束欠損型(水平半盲,弓状暗点,鼻側階段など)が約 20%と意外に多く,盲点中心暗点型は約 8%で同名半盲型も約 5%を占める2).抗アクアポリン 4 抗体陽性視神経炎3)では,視交叉を障害し,両耳側半盲を呈することがある.その図 2静的視野:右眼水平半盲図 4図3の動的視野:右眼傍中心暗点(Riddoch現象)図 1動的視野:右眼中心暗点図 3静的視野:高度な右眼の中心視野障害———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091629(53)4. うっ血乳頭(papilledema)検眼鏡で観察した所見のうち,乳頭腫脹(disk swell-ing),乳頭浮腫(disk edema)と称されるもののなかで,特に頭蓋内圧亢進によって起こるものをうっ血乳頭(papilledema)とよぶ.多くは頭蓋内腫瘍が原因で発症し,発育した頭蓋内腫瘍の約 60 80%にうっ血乳頭がみられる4)とされている.発生機序としては,頭蓋内圧亢進に伴う視神経の軸索輸送の障害と考えられている.が急性または亜急性に発症し,視力低下が徐々に進行し,高度の視神経萎縮に至る.急性期には視神経乳頭の発赤,腫脹,拡張型微細血管症を呈し,視神経炎と紛らわしいことがある.ミトコンドリア DNA の変異が原因である.わが国に多く認められる 11778 変異,14484変異,3460 変異が確認されれば診断は確定する.両側の深い中心暗点(図 5)や櫛状暗点(sieve-like-scotoma)を認める.左眼右眼図 5動的視野:Leber遺伝性視神経症にみられた両眼の高度な中心暗点左眼右眼図 6動的視野:うっ血乳頭による両眼のマ盲点拡大———————————————————————- Page 41630あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(54)の対応を考慮しなければならない.網膜に始まる視神経線維は視神経管を通過し,脳内で視交叉を形成後,視索となり外側膝状体を経由したのち視放線を経て,後頭葉の視覚中枢に至る.網膜内の耳側に存在する視神経線維は,両眼とも視神経から,そのまま同側の視索へと進入したのち外側膝状体に入り,視交叉においてその神経線維は交叉しない(非交叉線維).一方,網膜内鼻側の視神経線維は視神経から視交叉に達したところで,各々,反対側の視索へと左右走行を交叉変更(交叉線維)したのち外側膝状体に至る.網膜内では,鼻側網膜は耳側視野を担当し,耳側網膜は鼻側視野を担当しているため,視交叉を正中部で圧迫すると両側の耳側視野障害が出現する.さらに網膜水平上部は視野の下方を,水平下部は視野の上方を担当しているため,視神経障害の部位と,実際の視野障害は左右上下が反転する.すなわち,下方からの腫瘍圧迫では上方視野が障害され,上方からの腫瘍圧迫では下方視野が障害されやすいことを意味する.一般に下垂体腺腫では下方の正中部が障害されやすく,頭蓋咽頭腫では上方の正中部が障害を受けやすい.1. 両耳側半盲a. 下垂体腺腫(pituitary adenoma)(図 7)下垂体腺腫は脳腫瘍手術例全体の約 15%を占める良初期には無症状のことが多いが,頭痛,嘔気,嘔吐やマ盲点拡大の視野所見(図 6)を呈する.進行すれば弓状暗点や鼻側階段などの緑内障に類似した所見が認められ,出血や白斑が黄斑部に及ぶと視力障害が発生する.走行の長い外転神経が斜台部において圧迫を受け,外転神経麻痺を合併することがある.脳腫瘍による患側の視神経萎縮と健側のうっ血乳頭をきたす Foster-Kennedy症候群が古くから知られているものの,日常診療上は虚血性視神経症による偽 Foster-Kennedy 症候群のほうが多い.POEMS 症候群5)や偽脳腫瘍6)との鑑別を要する.5. 傾斜乳頭症候群(tilted disk syndrome)視神経乳頭の先天異常で,視神経乳頭の垂直経線が傾斜している.下鼻側への傾斜が多く,しばしば視神経乳頭下方にコーヌスを伴い,網脈絡膜が菲薄化していることがある.一般に視神経乳頭下方の障害であると考えられており,上耳側もしくは上側の視野障害が予想されるものの,視野障害のパターンは多彩である.本症に合併する nasal fundus ectasia では,上耳側 1/4 盲や耳側半盲を呈することがある.II中枢性の視野障害視野障害を考えるとき,視神経線維の走行と網膜内で左眼右眼図 7動的視野:下垂体腺腫による両耳側半盲———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091631(55)と非交叉線維は分離し,交叉線維は反対側の視索へと走行するが,視交叉を通過後にいったん交叉前とは対側の視神経内前方に膨らんで進入したのちにようやく視索へと走行を変化させる.この交叉線維の視交叉通過後の対側視神経内前方への膨らみを Wilbrand の膝とよび,この部位の障害では,障害された側と同側の中心暗点,および障害された側と反対側の上耳側 1/4 盲を呈すると考えられている.トルコ鞍前部方向からの腫瘍(特に鞍結節髄膜腫)や動脈瘤による圧迫が疑われる所見である.3. 同名半盲(図 10)視放線は外側膝状体から出た神経線維が,後頭葉の視中枢へと至る最終経路であり,2 つの経路が存在する.1 つは外側膝状体外側から出た上 1/4 の視野を担当する神経線維は下前方の側頭葉に向かって進んだのち,後方へと反転(Meyer’s loop)し,後頭葉へと向かい鳥距溝の下唇に至る.もう一方の外側膝状体内側から出た下1/4 の視野を担当する神経線維は後頭葉へと向かい鳥距溝の上唇に至る.このため側頭葉に転移性脳腫瘍などが発生した場合,両側の上 1/4 の視野が障害される同名半盲が起こり,pie-in-the-sky と称される特徴的な視野障害(図 11)が出現する.後頭葉病変では完全同名半盲性腫瘍で,視交叉周辺に発生する腫瘍のなかで最も頻度が高い.直径が 10 mm 以上の腫瘍になると視交叉を下方から圧迫し,典型例では交叉線維の障害による典型的な両耳側半盲を呈する.視野障害の出現は下垂体と視交叉との解剖学的位置関係に依存しており,視交叉が下垂体の直上に位置する normal type は 70%で,視交叉が下垂体の上腹側に位置する preixed type は 15%,視交叉が下垂体の上背側に位置する postixed type は 15%とされ7),このため両耳側半盲が多いものの,視神経障害による患側視野のみの障害,視索障害による同名半盲を呈することもある8).b. 頭蓋咽頭腫(craniopharyngioma)(図 8)小児の脳腫瘍の約 10%を占めるが,成人発症例もある.下垂体前部に分化する胎生頭蓋咽頭管であるRathke の不完全退縮による遺残組織に由来する良性腫瘍である.扁平上皮に覆われた 胞で,鞍上部に多く発生することが特徴である. 胞内容は機械油様で, 胞壁は石灰化が著明である.視交叉を上方から圧迫し,下方から始まる両耳側半盲を呈することが比較的多い.2. 接合部暗点(図 9)視神経内では交叉線維も非交叉線維も 1 つに結束した状態で視交叉へと向かい,視交叉に入る直前に交叉線維左眼右眼図 8動的視野:頭蓋咽頭腫による両耳側半盲———————————————————————- Page 61632あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(56)おわりに診察時に対座法による簡便な視野測定で,視野障害の範囲などを特定することができる.視力測定の結果と照らし合わせ,まず最初に動的視野をオーダーするか,静的視野をオーダーするかを判断しなければならない.となり,中心固視点付近 5 10°の領域が保全されることがある.これを黄斑回避とよぶ.これは後頭葉後極の黄斑部視野の対応領域が,後大脳動脈および中大脳動脈の二重支配となっているためで,両側の後大脳動脈が閉塞したとしても,中大脳動脈からの側副血行によって黄斑部視野障害は起こりにくい.左眼右眼図 9動的視野:左Wilbrandの膝障害による接合部暗点左眼右眼図 10動的視野:右後頭葉障害による同名半盲———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091633文献 1) 柏井聡:視神経由来の視野.眼科診療プラクティス,28視野のすべて(本田孔士編),p54-61,文光堂,1997 2) Smith CH:Optic neuritis. In;Walsh & Hoyt’s Clinical Neuro-ophthalmology, 6th ed, Miller NR, Newman NJ eds, p293-347, Lippinncott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2005 3) 中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン 4 抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科 25:327-342, 2008 4) Friedman DI:Papilledema. In;Walsh & Hoyt’s Clinical Neuro-ophthalmology, 6th ed, Miller NR, Newman NJ eds, p237-291, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2005 5) Chong DY, Comer GM, Trobe JD:Optic disc edema, cys-toid macular edema, and elevated vascular endothelial growth factor in a patient with POEMS syndrome. J Neu-ro-ophthalmol 27:180-183, 2007 6) Finsterer J, Kuntscher D, Brunner S et al:Pseudotumor cerebri from sinus venous thrombosis associated with polycystic ovary syndrome and hereditary hypercoagula-bility. Gynecol Endocrinol 23:179-182, 2007 7) Dorotheo EU, Tang RA, Bahrani HN et al:Clinical chal-lenges:her vision tied down. Surv Ophthalmol 50:588-597, 2005 8) Nishimura M, Kurimoto T, Yamagata Y et al:Giant pitu-itary adenoma manifesting as homonymous hemianopia. Jpn J Ophthalmol 51:151-153, 2007(57)左眼右眼図 11動的視野:左側頭葉障害による上同名1/4盲(pie in the sky) 解 Riddoch現象:静止した視標に対してはほとんど知覚が存在しないのに対し,動く視標ではよく知覚される現象で,静的刺激と動的刺激の乖離(statokinetic dis-sociation)のことである.このため静的視野測定では暗点が深く著明な障害を呈し,動的視野測定では比較的視野障害が軽度か正常所見を呈することがある.櫛状暗点(sieve like scotoma):急性視神経炎の発症初期において,小さく感度低下の著しい暗点が視野中心に多数散在し,暗点と暗点の間隙は健常視野が残存しているようなとき,あたかも櫛の隙間から覗いているかのような視野を呈することがあり,櫛状暗点(sieve-like-scotoma)とよぶ.進行した際には,マ盲点と櫛状暗点は結合し,盲点中心暗点となりラケット状暗点となる.さらに視野障害が進行した場合は絶対暗点の中心暗点を呈する.

緑内障による視野異常

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 11622あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(00)0910-1810/09/\100/頁/JCOPY膜神経節細胞の軸索に沿って逆行性に変性していく4,5).したがって,視神経線維の走行を確認していただくと理解しやすいと思われるが,緑内障性視野障害は視神経線維の走行に沿って生じ,上下の境界線を越えて進行することはない.仮に上下に跨って視野欠損を生じている場合は,逆方向の神経線維障害が存在するものと考えたほうがよい.しかしながら,少なくとも 50%の神経線維が障害を受けなければ,緑内障性視野障害は現行の視野検査では検出できない6,7)という問題点が存在する.早期に発見可能なプログラムとして,Short Wavelength Automat-ed Perimetry(SWAP)や Frequency-Doubling Tech-nology Perimetry(FDT)などがあげられるが,いまだstandard といえるものはないのが現状である.こうした現行の視野計では検出できない段階の緑内障は,pre-perimetric glaucoma と呼称され学会などでたびたび取り上げられているが,緑内障視神経障害検出において視野検査が絶対的でないことは念頭に置いておく必要がある.わが国では若年齢ほど近視頻度は高い傾向にある8)が,近視眼においては緑内障性視神経障害が比較的区別しにくいため,視野検査の解釈にも気を配る必要がある(図 1).また,緑内障の有無にかかわらず近視眼においては,1)Mariotte 盲点の拡大,2)上耳側の視野欠損,3)局所的で不規則な視野欠損といった視野障害が認められることがある9).こうした視野変化は,乳頭周囲網はじめに近年わが国において,大規模な 2 つの疫学調査(多治見スタディおよび久米島スタディ)が行われた.多治見スタディの調査結果1,2)では,緑内障有病率は 40 歳以上の 5.0%,疑い例を含めると 12.5%と報告されている.また緑内障有病率は,年齢が高齢となるほど高くなることが示されている.さらに広義の原発開放隅角緑内障(3.9%)のうち,眼圧が 21 mmHgを超える症例はわずか 7.7%しか存在しなかった.したがっておおまかにいうと,実に 40 歳以上の緑内障患者の 10 人に 9 人は眼圧が正常範囲内の緑内障を有していることとなる.これらの報告を踏まえて,わが国の年齢人口分布より今後緑内障有病率は増加してくることが推察され,同時に眼圧の測定値そのものも,緑内障診断には価値が低いということになる.したがって,緑内障を診断する能力が今後いっそう重要性を帯びてくる可能性が示唆され,さらに診断材料としての視野や OCT(optical coher-ence tomography)などの視神経乳頭解析装置あるいは直接的な眼底検査をいかに解釈するかがキーポイントとなってくる.I緑内障視野変化を評価するうえでの留意点緑内障という疾患は,進行性の網膜神経節細胞死と,特徴的な視神経乳頭変化(notching など)と一致する視野欠損を有するものとして定義される.もともとの障害部位の本体は篩状板近傍にあると考えられており3),網1622 (46) 特集●視野が欠ける あたらしい眼科 26(12):1622 1626,2009*Akira Sawada:岐阜大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕澤田明:〒501-1194 岐阜市柳戸 1 の 1岐阜大学医学部眼科学教室緑内障による視野異常Glaucomatous Visual Field Abnormalities澤田明*———————————————————————- Page 2あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091623(47)脈 絡 膜 萎 縮(peripapillary chorioretinal atrophy:PPA),後部ぶどう腫や後極部網膜脈絡膜萎縮病巣により生じる9).しかし,不十分な屈折矯正により視野異常を検出する場合もあり,コンタクトレンズ装用などで屈折矯正後の視野検査施行など工夫をすることも重要である10).ほかには,learning curve とよばれる学習効果が存在し,信頼性のある視野検査結果を得るためには数回検査をくり返し施行する必要のあること,あるいは眼瞼下垂などが存在する症例などではよく上方視野欠損を緑内障グレイスケールトータル偏差パターン偏差図 1強度近視眼の一例緑内障ではなく,乳頭周囲網脈絡膜萎縮および視神経乳頭より下方に存在する網脈絡膜萎縮による視野障害.グレイスケールトータル偏差実測閾値LLパターン偏差Humphreyプログラム中心30-2Humphreyプログラム中心10-2図 2 30°の視野測定で見逃された傍中心暗点の一例———————————————————————- Page 31624あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(48)黄斑部(fovea)を除く中心 5°以内の測定点が 4 点しかないため,傍中心暗点の検出にはやや難がある.したがって,中心 10-2 の視野も確認しておくことをお勧めする.また,臨床的によく緑内障と見誤られる疾患の一つに SSOH(superior segmental optic hypoplasia)がある(図 3).疾患概念自体が十分に確立されたものではないが,その特徴として,1)小乳頭,2)視神経乳頭鼻側の蒼白あるいは辺縁不整,3)Mariotte 盲点より連なる楔形耳側視野障害があげられている12).図 4 に各々別症例ではあるが,一般的な緑内障による視野進行についての例を示す.Mariotte 盲点より放射状に広がる Bjerrum 領域において出現した暗点は,徐々に耳側および鼻側に向かって拡大傾向を示す.しだいに耳側では Mariotte 盲点と連続し,鼻側では水平経線に達するようになる(弓状暗点あるいは Bjerrum 暗点とよばれる).さらなる緑内障性視神経症の進行に伴い,上下視野の弓状暗点は融合し,黄斑部と耳側周辺部の視野が分離するようになる.最終的にはそのうち多くは黄斑部視野より消失し,耳側周辺部視野が残存するのみとなる.図 5 に当院において約 20 年経過観察されている同一症例による視野変化の一例を示す.初診時の眼圧は右眼22 mmHg,左眼 20 mmHg であり,原発開放隅角緑内障と診断され,その後 3 回現在に至るまで線維柱帯切除術を施行されている.緑内障進行を認めるものの中心視野は保持されていたが,2006 2007 年ごろに中心視野が消失し,耳側周辺部視野が残存するに留まっている(矯正視力 0.3).性視野障害と誤認することがあり,こうした症例ではよくよく視神経乳頭所見との対比が第一の確認事項となる.II緑内障における視野変化緑内障における視野変化はさまざまではあるが,篩状板の解剖学的特性のため一般的には上方鼻側より始まることが多いとされる.初期緑内障性視野障害様式について,Hart と Becker11)は 72 例 98 眼において,その 54%は鼻側階段,41%は傍中心暗点あるいは Bjerrum 領域の暗点,30%は弓状の Mariotte 盲点を含む暗点,90%は Mariotte 盲点とは分離された弓状暗点,3%は耳側の暗点を示したと報告している.このうち視野検査にて最も検出に気をつけなければならないのは,傍中心暗点の検出である.症例は 32 歳,男性(図 2).Humphrey プログラム中心 30-2 では鼻側階段のみと判断してしまいがちであるが,中心 10-2 で乳頭黄斑線維に相当する部位に視野欠損が生じている.Humphrey プログラム中心 30-2 では,グレイスケールトータル偏差実測閾値Rパターン偏差図 3SSOH(superior segmental optic hypoplasia)の一例———————————————————————- Page 4あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091625(49)グレイスケールトータル偏差実測閾値LLLLLLLパターン偏差図 5 当院において約20年経過観察されている原発開放隅角緑内障の一例(男性:初診時 49 歳)パターン偏差による緑内障性視野障害検出は,後期ではあてにならない.グレイスケールトータル偏差実測閾値LabcdefLLLLLパターン偏差図 4緑内障による視野異常進行(図は別々の症例)a : 傍中心暗点および軽度の鼻側階段(nasal step).b :鼻側および耳側方向への暗点の拡大(弓状暗点).c :しだいに暗点の閾値が高くなってくる.d :完全に鼻側穿破が生じている.e :下半視野にも同様な障害が生じ,しだいに黄斑部と耳側周辺部視野が分離する.f :中心視野が消失し,耳側視野のみ残存するようになる.———————————————————————- Page 51626あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(50)thalmology 111:1641-1648, 2004 2) Yamamoto T, Iwase A, Araie M et al;Tajimi Study Group, Japan Glaucoma Society:The Tajimi Study report 2:prevalence of primary angle closure and secondary glaucoma in a Japanese population. Ophthalmology 112:1661-1669, 2005 3) Minckler DS, Bunt AH, Johanson GW:Orthograde and retrograde axoplasmic transport during acute ocular hypertension in the monkey. Invest Ophthalmol Vis Sci 16:426-441, 1977 4) Jacobson SG, Sandberg MA, E ron MH et al:Foveal cone electroretinograms in strabismic amblyopia:comparison with juvenile macular degeneration, macular scars, and optic atrophy. Trans Ophthalmol Soc UK 99:353-356, 1979 5) Biersdorf WR:The foveal electroretinogram is normal in optic atrophy. Doc Ophthalmol Proc Ser 40:127-135, 1984 6) Harwerth RS, Carter-Dawson L, Shen F et al:Ganglion cell losses underlying visual eld defects from experimen-tal glaucoma. Invest Ophthalmol Vis Sci 40:2242-2250, 1999 7) Kerrigan-Baumrind LA, Quigley HA, Pease ME et al:Number of ganglion cells in glaucoma eyes compared with threshold visual eld tests in the same persons. Invest Ophthalmol Vis Sci 41:741-748, 2000 8) Sawada A, Tomidokoro A, Araie M et al;Tajimi Study Group:Refractive errors in an elderly Japanese popula-tion:the Tajimi Study. Ophthalmology 115:363-370, 2008 9) Greve EL, Furuno F:Myopia and glaucoma. Albrecht Von Graefes Arch Klin Exp Ophthalmol 213:33-41, 1980 10) Aung T, Foster PJ, Seah SK et al:Automated static perimetry:the in uence of myopia and its method of cor-rection. Ophthalmology 108:290-295, 2001 11) Hart WM Jr, Becker B:The onset and evolution of glau-comatous visual eld defects. Ophthalmology 89:268-279, 1982 12) Buchanan TA, Hoyt WF:Temporal visual eld defects associated with nasal hypoplasia of the optic disc. Br J Ophthalmol 65:636-640, 1981 13) Sumi I, Shirato S, Matsumoto S et al:The relationship between visual disability and visual eld in patients with glaucoma. Ophthalmology 110:332-339, 2003III緑内障視野障害の分類前述したように緑内障性視野障害は,視神経走行に沿って生じるとされるため,視野障害を個別点で認識するのではなく,まとまったクラスタとして評価されることが多い.Authorn 分類や,湖崎分類はその先駆けと 思われる分類方法であるが,最近ではAGIS(The Advanced Glaucoma Intervention Study)や CIGTS(The Collaborative Initial Glaucoma Treatment Study)による分類などさまざまな手法が論じられている.詳しくは成書に譲るが,緑内障性視野欠損を判定する際,クラスタで解釈する習慣をつけておいたほうが望ましい.本稿で紹介した視野のほぼすべてが,パターン偏差で連続する欠損点として緑内障性視野障害を検出していることを確認していただきたい(図 5 の 2005 年以降の結果を除く).おわりに緑内障による視野障害はさまざまであるが,自覚症状がない場合が大多数を占める.しかしながら,視野障害と QOL(quality of life)についての論文は少ないものの,中心 5°以内の下半視野障害が生活不自由度と相関が強いことが報告されている13).後期になればなるほどわずかながらの進行でも患者は必死に訴えるが,なんとも治療の施しようがない症例を,筆者も時々経験する.したがってわれわれ眼科医は,眼底精査による詳細な視神経乳頭観察は当然であるが,視野検査をはじめとしたさまざまな緑内障診断機器を駆使し,できるだけ早期に緑内障発見に努めるべきである.文献 1) Iwase A, Suzuki Y, Araie M et al;Tajimi Study Group, Japan Glaucoma Society:The prevalence of primary open-angle glaucoma in Japanese:the Tajimi Study. Oph-

視野で判断する網膜疾患の病態,Quality of Visionと治療効果

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPY法を解説する.IHumphrey視野計30 2 VS 10 2Humphrey 視野計で頻用するプログラムには,中心30-2 検査と中心 10-2 検査がある.中心 30-2 検査は血管アーケードと視神経乳頭を超えて,広く眼底後極部をカバーするので,RVO や網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)などで適している.中心 10-2 検査がカバーする範囲は血管アーケード内で,直径 5.5 m mの黄斑の範囲にほぼ一致し,光干渉断層計(OCT)で行う retinal map(直径6 m mの円内の網膜厚トポグラフィー表示)にもほぼ対応する.AMD や CSC では中心 10-2 視野が有用である.II網膜静脈閉塞症(RVO)1. RVOにおける虚血型と非虚血型RVO は分枝閉塞症(BRVO),中心静脈閉塞症(CRVO)いずれも,閉塞部位が虚血であるか非虚血であるかが,晩期合併症,すなわち BRVO では硝子体出血,CRVOでは血管新生緑内障のリスクを決定する.虚血型,非虚血型の区別は,本来はフルオレセイン蛍光造影検査(FA)にて判定すべきであるが,出血が多いと判断が困難であるし,日常診療で頻回に FA を行うのは現実的ではない.これに対して,Humphrey 視野検査をはじめとする静的自動視野検査では,静脈閉塞に対応する視野が,正常,比較暗点,絶対暗点のいずれであるかを判定できはじめに網膜疾患で視野検査が診断上重要となるものとしては,輪状暗点や求心性視野狭窄を示す網膜色素変性症や,Mariotte盲点の拡大などの視野異常を示すAZOOR,MEWDS注)などがある.一方で診断のためには視野検査は必ずしも必要ではないが,病態把握や視力ではとらえられない視覚の質(QOV)の評価のために,視野検査が有用ないくつかの網膜疾患がある.網膜静脈閉塞症(RVO)では虚血 VS 非虚血という病態の把握が,レーザー光凝固治療の決定に重要だが,これを視野検査にて推測することが可能である.中心性漿液性網脈絡膜症(CSC)患者で,QOV を低下させる最大の要因は視野の暗さであり,その評価は視力ではなく中心視野検査においてのみ可能である.しかも CSC は,レーザー光凝固治療にて短期間に症状を改善できるが,その効果の評価は視力よりも Humphrey 中心 10-2 視野検査が理解しやすい.滲出型加齢黄斑変性症(AMD)でも QOV の点からは,視力と並んで中心視野の感度低下が重要であり,種々の治療効果の判定も視野検査を併用すると理解しやすい.本稿ではこのように,診断のための視野検査ではなく,種々の網膜疾患において,病態理解,QOV 評価,治療効果判定のために行う Humphrey 視野検査の利用(37) 1613 Hiroyu i Ii ima 409 3898 1110 特集●視野が欠ける あたらしい眼科 26(12):1613 1621,2009視野で判断する網膜疾患の病態, Quality of Vision と治療効果Perimetric Understanding of Pathology, Quality of Vision and Treatment Results in Retinal Disorders飯島裕幸* :それぞれ の で,網膜視 を 症の とする 症性 患と れて る ———————————————————————- Page 21614あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(38)落しているものの,大部分で残存しており,多発性の毛細血管瘤を伴っている.病変部である上耳側静脈の灌流域に対応する下鼻側視野の感度低下は軽微で,MD も 1.4 dB と正常に近い.3. 虚血型CRVOと非虚血型CRVO症例3(図 3)は 80 歳,女性で,1 カ月前に急激な右眼の視力低下を自覚し,視力は指数弁であった.眼底は全象限に少量の出血がみられる.FA では黄斑部から上方の毛細血管が脱落して無血管野となっている.Hum-phrey 中心 30-2 視野検査では下方視野はほぼ絶対暗点で,MD も 19.7 dB と著しく不良であった,頻回に通院することが困難であり,視力回復の可能性も低いと考えられたので,血管新生緑内障の予防目的に汎網膜光凝固術(PRP)を開始した.症例4(図 4)は 79 歳,男性で,3 年前にも一度左眼の CRVO の所見がみられたが自然治癒している.今回2 カ月前からやはり左眼が見えにくくなったとして受診る.筆者らはこれまで,虚血型,非虚血型の区別が,Humphrey 30-2 視野の評価で可能になることを報告してきた1,2).すなわち非虚血型では,浮腫が強く視力が不良であっても視野は正常に近いが,虚血型では虚血後の経過期間が数カ月以上であれば絶対暗点となる.2. 虚血型BRVOと非虚血型BRVO症例1(図 1)は 74 歳,男性で,2 カ月前から右眼の視力低下を自覚して受診した.右眼矯正視力は 0.4 で,眼底は上耳側静脈に沿って少量の出血がみられる.軟性白斑もみられ,FA では毛細血管が脱落した無血管野が広がっている.Humphrey 中心 30-2 視野検査では上耳側の虚血網膜に対応して,下鼻側の視野が高度の感度低下になっている.平均偏差(MD)は 11.6 dB と低下している.症例2(図 2)は 69 歳,男性で,4 カ月前から左眼の視力低下を自覚し,矯正視力は 0.5 である.左眼眼底,上耳側に出血斑が散在し,FA では毛細血管が一部で脱図 1 症例1:右眼上耳側の虚血型BRVOのカラー眼底写真,FA,Humph-rey中心30 2視野———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091615(39)図 3 症例3:右眼の虚血型CRVOのカラー眼底写真,FA,Humphrey中心30 2視野図 2 症例2:左眼上耳側の非虚血型BRVOのカラー眼底写真,FA,Humphrey中心30 2視野———————————————————————- Page 41616あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(40)カ月以内の時期であることが多い.III網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)BRAOの視野障害の上下網膜中心動脈閉塞症(CRAO)では高度の視力低下とともに,視野も高度に障害されるので,中心視野測定の意義は限られる.一方,BRAO では視力予後が良好なこともあり,患者の不自由度は過小評価されがちである.罹患網膜部位は一般的に絶対暗点になるが,これが下方視野の場合,足元が見えにくいなど日常生活での不自由さにかかわってくる.他方,下方分枝の閉塞によるBRAO では,視野障害が上方のため,日常生活の支障は限定的である.Humphrey 30-2 視野による客観的な視野障害の把握は,患者のつらさの理解に役立ち,良好な医師-患者関係の構築に重要である.症例5(図 5)は 62 歳,男性で,2 日前の午前 10 時に突発性の左眼視力低下を自覚した.矯正視力は 0.4 であした.矯正視力は 0.7 で眼底全体に斑状出血が散在している.FA では出血によるブロックのみで毛細血管の閉塞はない.静脈からの漏出も軽度である.視野は軽度の沈下のみで,MD は 3.2 dB と正常に近い視野を示した.4. RVOにおける視野感度と虚血の有無以上の例では眼底出血が比較的少なく,FA にて虚血型,非虚血型の判断が容易であった.FA での虚血部位に対応して深い暗点がみられるのに対して,非虚血部位では感度低下はわずかで,FA と視野との対応がクリアカットに理解できる.しかし多くの実際の FA 所見の読影では虚血,非虚血の区別は必ずしも明瞭ではない.そのような例では視野も中等度の比較暗点を示すことがあり,虚血型,非虚血型の区別が“all or nothing”ではないことが理解できる.中等度の暗点を示す RVO 症例は,経験上,網膜出血が非常に濃い場合か,非虚血型から虚血型に移行する時期,あるいは虚血になってまだ数図 4 症例4:左眼の非虚血型CRVOのカラー眼底写真,FA,Humphrey中心30 2視野———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091617(41)らの視野障害は視力低下に比例しないことが多い.そこで,中心視野が暗いという本症特有の症状の把握にはどうしても Humphrey 10-2 が必要である.症例6(図 6)は 47 歳,男性の右眼 CSC で,矯正視力は 0.8 と比較的良好であるにもかかわらず,右眼の見えにくさの訴えが強い.右眼黄斑部,やや下耳側に偏心して漿液性網膜 離がみられ,光干渉断層計(OCT)では中心窩が 離している.FA では中心窩下耳側に噴出型の旺盛な蛍光漏出がみられる.Humphrey 中心 10-2 視野では固視点の鼻側上方に 20 dB 以上の深い感度低下を示す暗点がみられる(MD= 6.7 dB).漏出部位に対してレーザー光凝固を行い,2 週間後の眼底を図 7 に示す.矯正視力は 1.2 で,OCT では痕跡的な SRD が残存するが,黄斑部網膜はほぼ平坦化している.Humphrey 視野では暗点が消失し,正常視野に回復している(MD=0 dB).った.上方半側の網膜が白濁しており,FA は造影剤静注後 26 秒だが,上方に向かう網膜動脈はまだ造影されていない.視野は水平線を境に下半分が絶対暗点になっており,この変化は 2 カ月後回復していない.他眼の視野でカバーできるはずであるが,下方視野欠損は日常生活で常に意識され,視力回復にもかかわらず(初診の 2日後,すなわち発症 4 日後には 1.0 に回復した),QOVを低下させている.このような BRAO での絶対暗点は半年以上経過しても回復しない2).IV中心性漿液性網脈絡膜症(CSC)CSC の主訴としては漿液性網膜 離(SRD)による中心暗点,傍中心暗点が多い.中心視野が暗いとの訴えはHumphrey 中心 10-2 視野の MD 値で定量的に評価できるが,その程度は症例によりさまざまである.MD 値で 5 から 10 dB の中等度視野障害の症例は 15%,それ以上の高度の視野障害は 5%にみられた3).しかもこれ図 5 症例5:左眼の上方分枝BRAOのカラー眼底写真,FA,Humphrey中心30 2視野———————————————————————- Page 61618あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(42)くさの理解には,中心視野障害を反映する Humphrey中心 10-2 視野結果が視力検査以上に有用である.症例7(図 8)は 75 歳,男性で,広義滲出型 AMD に含まれるポリープ状脈絡膜血管症(PCV)の症例である.左眼矯正視力は 0.3 で,FA では黄斑部の中心窩鼻側に漿液性網膜色素上皮 離(SPED)と出血性網膜色素上皮 離(HPED)がみられる.中心窩の耳側は橙赤色病V滲出型加齢黄斑変性症(AMD)滲出型 AMD では視力障害と同時に中心暗点,傍中心暗点を含む中心視野障害が主症状である.患者の見えに図 6 症例6:右眼のCSCのカラー眼底写真,FA,OCT,Humphrey中心10 2視野図 7 症例6:レーザー光凝固治療2週間後のカラー眼底写真,OCT,Humphrey中心10 2視野———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091619変がみられ,インドシアニングリーン蛍光造影検査(IA)にてポリープ状病変であることが確認される.Hum-phrey 中心 10-2 視野は上方視野を中心にして著しい感度低下がみられ,MD は 15.4 dB と不良である.一方,症例8(図 9)は 66 歳,女性で,左眼は矯正視力は症例 7 と同様 0.3 で,classic CNV を示す狭義滲出型 AMD である.中心視野は比較中心暗点がみられるが,感度低下は軽度である(MD= 7.1 dB).症例 7 と症例 8 はともに右眼は正常である.左眼はともに矯正視力が 0.3 であるが,視野障害の程度の違いから,両眼開放での日常生活の不自由度は異なるようだ.症例 7 は本人が左眼の暗さを自覚して受診したが,症例8 は白内障術後の定期検査を受けている近医で視力検査をして初めて左眼の異常に気づいた.高齢者では片眼視力が良好の場合,他眼の視力が低下しても,中心視野感度が悪くなければ黄斑部の異常に気づかないことは多い.視野良好例では視力の改善が期待される滲出型 AMD に対する治療法として光線力学的療法(PDT)や抗 VEGF(血管内皮増殖因子)薬剤の硝子体注射が確立している.症例9(図 10)は 76 歳,女性で,左眼 PCV 症例である.PDT 前の矯正視力 0.1 から PDT 後 6 カ月では 0.6に改善した.Humphrey 中心 10-2 視野の MD は PDT前 7.5 dB から PDT 後 6 カ月で 0.4 dB まで改善した.視力視野ともに改善がみられたが,このように PDT に反応して視力が改善する症例は,PDT 前の視野の MDが 10 dB より良好な中心視野障害が軽度の症例に多いことを筆者らは報告している4).(43)図 8症例7:左眼のPCVのカラー眼底写真,FA,IA,Humphrey中心10 2視野———————————————————————- Page 81620あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(44)図 9 症例8:左眼のclassic CNVを示す滲出型AMDのカラー眼底写真,FA,Humphrey中心10 2視野PDT前PDT後6MPDT前PDT後6M図 10 症例9:左眼のPCVのカラー眼底写真,FA,OCTとPDT治療後6カ月でのカラー眼底写真,およびそれぞれのHumphrey中心10 2視野———————————————————————- Page 9あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091621PDT治療にて視力改善がなくても,視野が明るく なると患者は喜ぶ臨床上,中心視野の改善は患者の自覚症状の改善に,より密接に関係しているように感じる.仮に視力が不変であっても,中心暗点が軽度になれば,患者の満足度は高い5).おわりに網膜疾患の視機能障害は矯正視力にて評価されることが多い.しかし患者の訴えは,視力低下よりも中心視野の障害であることが少なくない.中心窩のピンポイントでの機能である視力検査に追加して,黄斑部全体の機能を評価する中心視野検査を行うことで,網膜疾患の視機能障害をより正確に理解することが可能である.なお,今回は触れなかったが,網膜色素変性症患者では Humphrey 視野を毎年行うことで,進行速度を定量的に評価することが可能で,生活指導や失明予測に役立つ3,6).文献 1) 飯島裕幸:特集,BRVO の治療指針,2. 視野から考える治療の Rationale.眼科 49:1773-1778, 2007 2) 飯島裕幸:網脈絡膜循環障害の機能と形態.眼臨紀 2:812-819, 2009 3) 飯島裕幸:第 104 回日本眼科学会総会宿題報告Ⅲ,黄斑疾患,静的自動視野計と光干渉断層計の応用.日眼会誌 104:943-959, 2000 4) Imasawa M, Tsumura T, Kikuchi T et al:Humphrey perimetry as a predictor of visual improvement after pho-todynamic therapy. Jpn J Ophthalmol 53:281-282, 2009 5) 飯島裕幸:網膜変性,加齢疾患の視野.眼科プラクティス15,視野(根木昭編),p258-263,文光堂, 2007 6) 飯島裕幸:網膜色素変性症の診療,4.進行予想(ハンフリー視野計での進行).眼科 50:803-807, 2008(45)