———————————————————————-Page1(103)9690910-1810/09/\100/頁/JCOPY28回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科26(7):969972,2009cはじめにマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術は現在緑内障に対して広く行われている術式である.その合併症の一つである術後の濾過胞からの房水漏出は,濾過胞消失,前房消失,低眼圧,感染といった多くの問題をひき起こす可能性がある14).房水漏出に対する対処法として点眼や内服による保存的治療や,結膜の直接縫合などの外科的治療がある23,5).しかし,結膜が薄いあるいは漏出部位が強膜弁に近いといった理由で直接縫合が困難な場合などはその治療に苦慮することも多い.今回,濾過胞からの早期房水漏出に対して,高分子量ヒアルロン酸ナトリウムの高濃度製剤(ヒーロンRV)を濾過胞内に注入することで,漏出を止めることができた2症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕78歳,女性.主訴:両眼視野狭窄.既往歴:右眼緑内障手術(時期不明),左眼緑内障手術(時期不明).右眼MMC併用線維柱帯切除術(昭和58年),右眼超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(平成12〔別刷請求先〕出口香穂里:〒734-8551広島市南区霞1-2-3広島大学大学院医歯薬学総合研究科視覚病態学教室Reprintrequests:KaoriIdeguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,1-2-3Kasumi,Minami-ku,Hiroshima-shi734-8551,JAPAN線維柱帯切除術後早期の濾過胞からの房水漏出に対し高分子量ヒアルロン酸ナトリウムの高濃度製剤の濾過胞内注入を行った2例出口香穂里横山知子木内良明広島大学大学院医歯薬学総合研究科視覚病態学教室TwoCasesofSodiumHyaluronate2.3%InjectionintoLeakingBlebObservedinEarlyPeriodafterTrabeculectomyKaoriIdeguchi,TomokoYokoyamaandYoshiakiKiuchiDepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity線維柱帯切除術後早期の濾過胞からの房水漏出は,濾過胞消失,前房消失,低眼圧,感染といった多くの問題をひき起こす可能性がある.今回,濾過胞からの房水漏出に対して高分子量ヒアルロン酸ナトリウムの高濃度製剤(ヒーロンRV)を濾過胞内に注入することで漏出を止めることができた2症例を経験した.ヒーロンRV濾過胞内注入は,濾過胞からの房水漏出に対して比較的安全で簡便に行える処置であり,結膜が薄い場合や,漏出部位が強膜フラップに近く直接縫合が困難な場合など,症例によっては有効な方法であると考えられた.複数回の処置が必要となることが欠点と思われた.LeakagefromablebintheearlyperiodaftertrabeculectomywithmitomycinCmaycausecomplicationssuchasatbleb,shallowanteriorchamber,hypotony,andinfection.Wereport2casesinwhichblebleakagewassuc-cessfullystoppedwithpostoperativesodiumhyaluronate2.3%(HealonRV)injectionintothebleb.HealonRVinjec-tionintoaleakingblebisasafeandeasymethodoftreatingearlyonsetblebleakage.PostoperativeHealonRVinjectionintoaleakingblebiseectiveincasesofthinconjunctiva,andwhendirectsuturingisdicultbecausethepointofleakageisclosetothescleralap.However,somecasesmayrequiremultipleinjections.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(7):969972,2009〕Keywords:ヒーロンRV,房水漏出,線維柱帯切除術,マイトマイシンC.HealonRV,blebleakage,trabeculecto-my,mitomycinC.———————————————————————-Page2970あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(104)年),左眼超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(平成15年).家族歴:特記事項なし.現病歴:両眼原発開放隅角緑内障と診断されて,両眼0.005%ラタノプロスト,0.5%チモロール,1%ブリンゾラミド点眼治療を受けたが,両眼視野狭窄が進行するため,精査加療目的で,平成18年1月,広島大学病院眼科に紹介されて受診した.初診時所見:視力は右眼0.02(0.04×+1.25D(cyl2.00DAx95°),左眼0.03(0.05×cyl2.00DAx70°),眼圧は右眼13mmHg,左眼16mmHgであった.前房は両眼ともに正常深度で,右眼は10時から11時までの幅をもつ周辺虹彩切除と,2時にも周辺虹彩切除,左眼は11時に周辺虹彩切除が行われていた.中間透光体は両眼偽水晶体眼で,視神経乳頭は両眼ともに乳頭陥凹比(C/D比)が1.0であった.両眼ともに湖崎分類Vbの視野狭窄を認めた.臨床経過:初診後外来で経過観察されていたが,さらに視野狭窄が進行したため,平成19年5月に,右眼耳上側から輪部結膜切開でMMC併用線維柱帯切除術を行った.術直後は房水の漏出はなく,レーザー切糸術を行いながら眼圧を調整していた.術後7日目,右眼眼圧は7mmHgと良好であったが,輪部結膜切開創から約1mm離れた強膜弁上の結膜から房水漏出があることに気づいた(図1a,b).術後は0.5%レボフロキサシンと0.1%フルオロメトロンを点眼していたが,0.1%フルオロメトロン点眼を中止し,アセタゾラミド2錠内服を開始した.翌日になっても房水漏出は止まらず,強膜弁上の透明結膜に接する部位に漏孔があったため,ヒーロンRVを結膜下に注入することにした.術後8日目,ヒーロンRVのシリンジに27ゲージの注射針をつけて,漏出部位から約10mm離れた円蓋部結膜に刺入して,漏出部位の下まで針先を進めた.ヒーロンRVが漏出点から少量出てくる程度,濾過胞内に注入した.術後9日目に房水漏出は止まっていた.術後11日目に再びわずかな房水漏出を認めたため,同様の方法でヒーロンRVを濾過胞内に再度注入した.以後,房水の漏出がなくなった.以後,右眼眼圧は410mmHgで推移している.〔症例2〕84歳,女性.主訴:両眼視野狭窄.既往歴:両眼超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(平成9年).家族歴:特記事項なし.現病歴:両眼緑内障と診断されて,両眼0.005%ラタノプロスト,0.5%チモロール,1%塩酸ドルゾラミド,0.01%塩酸ブナゾシン点眼治療を受けたが,両眼の視野狭窄が進行するために精査加療を目的として平成19年3月,広島大学病院眼科に紹介されて受診した.初診時所見:視力は右眼0.5(矯正不能),左眼0.5(矯正不能),眼圧は右眼15mmHg,左眼13mmHgであった.両眼とも瞳孔縁に偽落屑物質があり,前房は正常深度で,眼内レンズが挿入されていた.視神経乳頭は両眼ともにC/D比1.0で,視野もともに湖崎分類Vaであった.臨床経過:平成19年7月に,左眼鼻上側から輪部結膜切開でMMC併用線維柱帯切除術を行った.術中上方結膜の癒着が強い部分があり,結膜は非常に薄かった.術後眼圧は11mmHg前後で安定していたが,術後4日目に鼻側の結膜縫合通糸部からわずかに房水漏出があることに気づいた.房水漏出部位の縫合糸を抜糸したが,房水漏出は止まらなかった(図2a,b).結膜は非常に薄く,縫合しても再びその部位が漏孔になる可能性が高いと考え,術後10日目にヒーロンRVを症例1と同様の方法で濾過胞内に注入した.翌日になっても房水の漏出は止まらず,アセタゾラミド2錠内服を開始した.その後合計5回ヒーロンRVを濾過胞内に注入したと図1症例1の術後結膜a:細隙灯顕微鏡写真,b:Seidelテスト.ab———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009971(105)ころ,術後約1カ月で漏出は完全に止まった.その後,左眼眼圧は11mmHg前後で推移している.II考按手術既往のある症例に対する線維柱帯切除術では,術後に結膜瘢痕部から房水漏出をきたすことがある2).結膜と強膜の癒着を離するときに術者が気づかないうちに結膜を損傷するものと考えられる.症例1においては術直後の濾過量が少ないときには房水漏出に気づかなかったが,レーザー切糸を行って濾過量が増大したときに結膜からの房水の漏出に気づいた.症例2の結膜は非常に薄く,通常の術式どおりに結膜を縫合したところ,通糸孔から房水の漏出がはじまった.線維柱帯切除術後の濾過胞からの房水漏出に対し,保存的治療としては圧迫眼帯2,3),自己血清点眼2),治療用ソフトコンタクトレンズ装用2,3,6),炭酸脱水酵素阻害薬の内服(房水産生抑制)2,3),交感神経b受容体遮断薬の使用(房水産生抑制)3),アミノ配糖体抗生物質の使用(線維芽細胞の増殖促進)3),生体接着剤の使用3),ステロイド点眼薬の中止2)といった方法がある.また,外科的治療としては漏出部位の結膜の直接縫合2,3),自己結膜/Tenon移植2,3),自己血の結膜下注射2,7),羊膜移植2),濾過胞再建術2)などが報告されている.症例1は,強膜弁上の透明結膜に近い部位から房水が漏出していた.症例2は薄い結膜をもち,通糸部が漏孔になっており,2例とも漏出部を直接縫合することは困難と思われた.2005年にHigashideら1)は強膜弁のすぐ近くに結膜の小さな裂け目が手術中に生じたときに高分子量ヒアルロン酸ナトリウムの高濃度製剤であるヒーロンRVを濾過胞内に注入しておくと,結膜創の修復が速やかに行われて術後の房水漏出を防ぐのに有効であると報告した.そこで今回筆者らは,術中ではなく,術後に生じた房水漏出の治療としてヒーロンRV濾過胞注入を試みた.房水産生抑制薬を併用して複数回の注入を行ったところ房水の漏出はなくなった.房水漏出が止まるメカニズムとしては,高分子量ヒアルロン酸ナトリウムの高濃度製剤であるヒーロンRVが,しばらくの間房水漏出部位にとどまることによって,漏出を一時的にブロックし,その間にヒーロンRVを土台として結膜上皮の再生が促されているのではないかと推測している.同様の効果が得られれば他の粘弾性物質でも可能であるが,Homanら8)は,線維柱帯切除術後に前房が消失した患者の前房内に2種類の粘弾性物質(ビスコートRとヒーロンRV)を注入し,比較している.その結果,ビスコートRを注入した翌日には前房消失して全周で虹彩前癒着を起こしたが,ヒーロンRVを注入すると前房と眼圧が保たれ,虹彩前癒着が解除されたと報告している.Arshinoら9)は,ヒーロンR(1%ヒアルロン酸ナトリウム),ヒーロンRGV(1.4%ヒアルロン酸ナトリウム),ヒーロンRV(2.3%ヒアルロン酸ナトリウム)の3種の粘弾性物質を使用した白内障手術で術後眼圧を比較したところ,術直後では明らかな差はなかったが,術後24時間では濃度の低い粘弾性物質を使用したほうがより低い眼圧となる傾向にあったと報告している.以上のことから,ヒーロンRVが他の粘弾性物質と比較してその場に留まる性質が強く,濾過胞内注入に適していると考えた.今回の2症例においては,ヒーロンRV濾過胞内注入により,眼圧上昇や感染などの合併症を生じることはなかったが,1例は2回,もう1例は合計5回のヒーロンRV濾過胞内注入を必要とした.Wadhwaniら5)はleakingblebに対して外科的治療を試み,いくつかの症例では複数回の手術や多剤点眼による治療が必要となったため,各患者の状態に基づいて治療法を選択すれば良い結果が得られると報告している.ヒーロンRV濾過胞内注入は,手術室で行わなければな図2症例2の術後結膜a:細隙灯顕微鏡写真,b:Seidelテスト.ab———————————————————————-Page4972あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(106)らない外科的処置に比べれば,比較的簡便に外来でも行える処置であるために,保存的治療が無効の場合,つぎに試みやすい治療であると思われるが,複数回の注入が必要になることがあり,適応症例をみきわめて行う必要があると考えられた.今回の手技において,ヒーロンRVの使用は適応外使用ではあるが,有用性を考慮したうえで,Higashideらの論文を参考にして使用した.今回の症例のように,他の保存療法に抵抗性を示す場合,結膜が非常に薄い,あるいは漏出部位が強膜弁に近く,直接縫合が困難な場合,非常に小さな結膜の裂け目から房水が漏出している場合などは良い適応ではないかと考えた.また,注入後に一旦は漏出が止まったが再度漏出を認める場合には,手技をくり返し行うことで,最終的に漏出を止めることが可能になるケースがあるため,複数回の注入を試みるとよいのではないかと考えた.文献1)HigashideT,TagawaS,SugiyamaK:IntraoperativeHealon5injectionintoblebsforsmallconjunctivalbreakscreatedduringtrabeclectomy.JCataractRefractSurg31:1279-1282,20052)築留英之,生杉謙吾,伊藤邦生ほか:トラベクレクトミー術後早期に難治性の房水漏出をきたした症例の検討.あたらしい眼科24:669-672,20073)木内良明,梶川哲,追中松芳ほか:房水が漏出する濾過胞(Leakingbleb)の再建術.眼科39:667-672,19974)HuCY,MatsuoH,TomitaGetal:Clinicalcharacteristicsandleakageoffunctioningblebsaftertrabeculectomywithmitomycin-Cinprimaryglaucomapatients.Ophthal-mology110:345-352,20035)WadhwaniRA,BellowsAR,HutchinsonBT:Surgicalrepairofleakinglteringblebs.Ophthalmology107:1681-1687,20006)ShohamA,TesslerZ,FinkelmanYetal:Largesoftcon-tactlensesinthemanagementofleakingblebs.CLAOJ26:37-39,20007)LennMM,MosterMR,KatzLJetal:Managementofoverlteringandleakingblebswithautologousbloodinjection.ArchOphthalmol113:1050-1055,19958)HomanRS,FineIH,PackerM:Stabilizationofatante-riorchambaraftertrabeculectomywithHealon5.JCata-ractRefractSurg28:712-714,20029)ArshinoSA,AlbianiDA,Taylor-LaporteJ:IntraocularpressureafterbilateralcataractsurgeryusingHealon,Healon5,andHealonGV.JCataractRefractSurg28:617-625,2002***