———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCOPYンズ系で平行光線となって鏡筒に入り,中間鏡筒光学系の変倍モジュールで観察倍率が術者の必要に応じて調節されて接眼部に至る(図1).接眼部は,倍率をさらに拡大するとともに,像を正立像とし,術者の観察姿勢にあった方向に光路を向ける.また,観察者眼ごとに異なる視度を調整する.その間の中間鏡筒内は原則的に平行光が通過する仕組みとなっている.したがって距離が増えてもあまり影響はないため,その間に各種フィルターやビームスプリッター(ビデオカメラ)など,必要なオプション機器を重ねて挿入することができる(図1-②).II眼科手術顕微鏡の最新機能2)1.同軸照明によるステレオ立体観察手術顕微鏡は,1枚(1セット)の対物レンズの中心から少しずれた位置に左右2つ開けられた観察光路からステレオ立体観察を行う仕組みとなっている(図1).また,観察している部位が影にならずに常に照明されるように,同じ対物レンズを通して照明も行われる(広義同軸照明)(図2).a.同軸照明:徹照を得るための照明と立体感を得るための照明(図2)さらに,白内障手術を行ううえで手術顕微鏡の最も重要な機能の一つに,良好な徹照を得ることがある.良好な徹照を得るためには,観察光路の軸にできるだけ近い方向(例:0°~2°)から照明する必要がある.逆に,観はじめに眼科手術は,顕微鏡手術とともに進化した.近年,多くの術者が安全で質の高い白内障手術を確実に行えるようになったが,その基礎には,超音波手術装置や手術手技に加えて手術顕微鏡を用いた観察技術の進歩がある.本稿では,白内障手術に必要な手術顕微鏡機能とその機能を実現するために開発されてきた最新の眼科手術顕微鏡の特徴について解説する.I手術顕微鏡の基本構造1)手術顕微鏡の基本構造は,落射光で照明する双眼実体顕微鏡である.照明された術野からの映像光は,対物レ(41)1047ToruNoda眼科1528902251眼科特集●白内障手術の進化―ここ10年余りの変遷あたらしい眼科26(8):1047~1057,2009白内障手術と眼科手術顕微鏡の進化EvolutionofOphthalmicSurgicalMicroscopesforCataractSurgery野田徹*図1手術顕微鏡の基本構造①対物レンズ系,②中間鏡筒系,③接眼レンズ系,の3つのユニットで構成されている.中間鏡筒系の中は,光束は平行光で通過するため,オプション機器を重ねて挿入しても(距離が長くなっても)視認性にあまり影響しない.———————————————————————-Page21048あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(42)するシステムを,助手用は簡便なガリレオ回転型の固定変倍モジュールがとられる(図3a).また,助手用顕微鏡の観察系は,通常は,開口径もやや小さく観察光学性能を術者より抑えた設定とされていることが多い(図3a,b).2.眼科手術顕微鏡の最新機種の特長代表的な国内外3社の眼科手術顕微鏡を例に,それらの特長を概説する(図3).察光路軸からずれた方向(例:6°)から照明すると,徹照はしにくいが,観察視野の凹凸に影を形成して立体感を生じる効果を生じる(図2).白内障手術には,その両方の性質の照明光が必要である.したがって,観察光路に対してどのような位置関係にどれだけの大きさの照明(反射鏡)を設置するかが顕微鏡の観察特性を大きく左右する.b.同軸立体観察:術者用観察光路と助手用観察光路術者も助手もともにステレオ同軸観察を実現するために,高性能な手術顕微鏡は,同じ対物レンズの径の中に,助手用顕微鏡用の左右2つの観察光路が術者と独立して設けられている(広義同軸観察).しかし,その配置と光学性能が各社ごとに異なり,それぞれの特徴となっている(図3).術者用に対して助手用顕微鏡は,助手としての観察に必要十分な,ややコストダウンした光学系が選択されていることが多い.たとえば,観察倍率を調節するための変倍モジュールは,術者用は連続ズーム形式を電動制御対物レンズ反射鏡光源図2同軸照明「徹照を得るための照明」と「立体感のための照明」観察している部位が影にならずに照明されるように,観察系と同じ対物レンズを通して照明される.0°~2°の観察光路と同軸付近の照明では強い徹照が得られる.やや斜め方向(例:6°)からの照明は,徹照しにくいが,観察対象に「影」を形成して,術者に立体感の与える効果がある.図3術者観察光路,助手観察光路,同軸照明の光路配置図3a:TOPCONOMS800術者と助手の観察光路がややずれた位置に配置されている.白内障手術では支障ないが,狭い視野を通して観察する場合は,助手の観察が妨げられる可能性がある.しかし,この配置は,術者の観察光路に近接した位置から離れた位置までをカバーする大きな同軸照明鏡を設置できるため,徹照と立体感の両立した自然な観察像が得られ,白内障手術には適している.敏図3b:ZEISSOPMIVISU術者と助手の観察光路が90°回転した位置に配置されており,どのような条件の手術においても術者と助手の観察方向はほぼ一致する.同軸照明の配置は,徹照を得るための2°照明と,立体感を得るための6°照明が独立して設置されており,6°照明は観察条件に応じて術者が光量を調光できるようになっている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091049(43)図3d:LEICAM844F40術者と助手の観察光路は同等の光学系が90°回転した位置に配置され,両者は常にほぼ同じ光学条件で観察される.この4つの光路はズーム変倍ユニットも一体として連動し,術者と助手の術野は,観察倍率とともに常に共有される(※:QuadZoomTMユニットの構造模型).照明鏡は,4つの観察光路の外側,術者の左右の観察光路に接した位置に2つ設置されている.魔胯???敏?胯??攷鉄胯???柞畑??鉄粳?濁????諶躬皸諶?癆??????燐?諶躬???柞膝??龍???梃瞥???図3c:ZEISSOPMILumera(ルメラ)─(1)同軸照明コンセプト徹照を得るための照明は,左右の観察光路と同じ光路(同軸0°)から射出されるため,左右それぞれの観察光路に対して最良の徹照条件が得られる.OPMIVISUと同様,調光可能な6°照明が組み合わされる.①0°照明のみ③6°照明のみ②0°照明6°照明0°照明6°照明やや過1)0°照明と6°照明の組み合わせと観察特性の変化内転位下転位上転位外転位図3c:ZEISSOPMILumera(ルメラ)─(2)観察映像(症例:偽落屑症候群)2)各眼位での観察状態:どの眼位でも強い徹照が得られている———————————————————————-Page41050あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(44)OPMILumera(ルメラ)3):同軸0°照明+6°照明(図2,3c)最新機種のOPMILumeraは,左右2つの観察光路から完全同軸照明光を投下する,つまり左右の観察光路それぞれに最良の徹照を得るための照明を備える究極的なシステムを実現した.その0°同軸照明に従来からの6°照明が組み合わされる.これまでの常識では,観察光路へ照明系(ハーフミラーなど)を介入させる0°同軸照明は,対物レンズや眼球光学系からの反射光などの多くの問題から手術顕微鏡での実用は困難とされてきた.OPMILumeraはそれらの問題を解決して生まれた画期的なシステムといえる.さらにLumeraの0°照明光路は,眼底からの反射が最大となるように眼球光学系(角膜+水晶体:約60D)を含めた光学設計がなされている.したがって,最も徹照が必要な前切開の際に最良の徹照条件となり,瞳孔径や眼位にかかわらず強い徹照が得られる注1).実際に使用してみると,まるで眼底に光源を設けたような強い徹照が確認される.筆者は当初,システムの性質上,角膜混濁がある症例では散乱光が観察を強く障害するのではないかと懸念したが,実際には,意外にもそれらの影響は少なく,多少の角膜混濁もあまり障害には感じられなかった.注1)水晶体除去後の後観察:逆に,著しく屈折異常の強い眼や水晶体除去後の後観察の際には,最良の徹照条件にならない.特に,水晶体除去後の後観察の際は,6°照明を落とすのがコツである.元々きわめて明るい観察系であるため,コントラストが向上して後の詳細が観察しやすくなる.c.LEICALEICAM844F40(図3d)術者と助手の観察視野の共有という観点において,LEICAM844の機能は卓越している.術者と助手それぞれ左右の観察光路は同等の光学性能を備えているだけでなく,十字に配置された4つの光路は,共有されたズーム変倍ユニットで連動するため,術者が倍率を変更すれば,助手の倍率も同期し,術野は常に共有されるシステムを実現している.照明光路は術者の左右の観察光路付近それぞれに配置されており,“術者の”左右の観察a.TOPCONTOPCONOMS800(図3a)TOPCONOMS800は,白内障手術用顕微鏡として必要十分な機能とコストパフォーマンスを両立した顕微鏡といえる.助手用の左右観察光路は,対物レンズのやや周辺位置にとられているため,助手の観察方向は術者と若干のずれがある.しかし,白内障手術助手を行ううえには,(ときに術者の手の位置によって助手の観察が妨げられる以外は)まったく支障ない視認性である.助手用顕微鏡は,必要に応じて左右に付け替えることも,左右両側同時に設置することもできる.この配置は,術者の左右の観察光路に接した位置に大きな照明鏡をおくことができ,①徹照を得る,②影をつけて立体観察する,の両者を効率よく実現しつつ,自然な観察像が得られ,構造が比較的単純でコストパフォーマンスに優れている.白内障手術においては,焦点深度の深い自然な立体観察特性は,高価な海外機種を凌ぐと評価する術者も少なくない.b.ZEISSZEISS,LEICAの顕微鏡は,卓越した光学系性能と,術者と助手の観察光路が十文字配置をとり,両者の観察術野が直行する方向から常に共有される同軸構造が特長である.対物レンズの中心付近の部位を4つの観察光路が占めるため,照明鏡は複数に分けて配置される.ZEISSの助手用顕微鏡は,設置位置を左右に移動できるユニークな仕組みをとっている.助手鏡頭は回転して術者の左右にスライドするが,その際,左右2つの観察光路の開口部は,助手鏡頭をセットするとその側が開き,逆側は自然に閉鎖される.術者が耳側に位置して側方切開で白内障手術を行う術者や,術中に切開部位を変更するような場合には便利な仕組みである.OPMIVISU:同軸2°照明+6°照明(図2,3b)OPMIVISUは従来,左右の観察光路の間に徹照を得るための同軸2°照明をおき,それと独立して,助手観察光路の外側に,立体的観察効果を得るための6°照明を設けて,術者が6°照明を調光できるシステムをとっている.手術に必要な2種類の異なる照明を必要に応じてコントロールできる理論的なシステムといえる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091051(45)ば,いくら前の細かい模様まで観察できる顕微鏡があっても,その性能を必要とする操作は実際にはなく,超音波核処理時に核片の形がいくら詳細に見えても後が視認できなかったり,あらゆる操作ごとに頻繁にピント調整をしなければならないとしたら,非常に使いにくい顕微鏡となってしまう.白内障手術のみを考えた場合,見えなければならないのは前の詳細な模様ではなく,前のフラップの辺縁のはっきりしたラインである.過度の解像度は必要なく,むしろ焦点深度が深い顕微鏡のほうが操作自体は安全でずっと効率的に行える.しかし,それでは観察系が暗くなり,高照度の照明が必要になるが,眼科手術には光毒性の問題があり,他科の手術ではしばしば行われているような著しく高照度のキセノン光下で手術を行うような設定はできない.光学条件のセッティングは最も微妙な選択となる.c.観察精度と狭い術野の視認性について白内障手術や角膜手術ではあまり問題とならないが,眼窩手術で深く奥まった術野や,小瞳孔症例の硝子体手術など,狭い術野を観察する必要がある場合には,前述の1)長い焦点距離の対物レンズ,2)左右の観察光路の開口径が大きすぎない,3)左右の観察光路の間隔(立体視差)が離れすぎない必要があり,それらは高性能を追求する(高精細で明るく立体視差が大きい)条件とは対極にある.手術顕微鏡では,それらの特殊な条件での観察を可能とする範囲でとりうる最良の設定が選択されている*.*助手用顕微鏡光路は術者光路と直交同軸配置(ZEISS/LEICA型)をとる必要がある(図3b,d).d.手術顕微鏡性能の評価指標:収差補正について顕微鏡性能の一つの評価基準は,各種収差をどれだけ精密に補正しているかである.結像収差には,球面収差,像面弯曲収差,非点収差,コマ収差,歪曲収差のほか,波長による屈折率の違いによる色収差がある.そのなかで,特に顕微鏡性能の指標とされるものは,色収差と像面弯曲の補正精度である.色収差をはじめとする収差の完全補正を目指せば,複雑できわめて高価なレンズ系となる.逆に焦点深度は浅くなる.明るさ,解像度,収差補正,焦点深度,製作コスト,そのすべての条件を折り合わせて,眼科手術顕微鏡は設計されている.光路それぞれに最適な条件での照明を行う.片側の助手用顕微鏡を左右に移動することも,2セット重ねて両側同時に助手用顕微鏡を設置することもできる.術者と助手が常に共同して手術を進める術者や教育施設には,最適な配置である.さらに,助手用顕微鏡性能が術者用と相当であることから,ビデオカメラ撮影のビームスプリッターを助手用観察光路側に設置することができる.カメラを設置しても術者は100%の光量のままで観察できる.III眼科手術と顕微鏡光学設定眼科領域で用いられる生体顕微鏡(手術顕微鏡・細隙灯顕微鏡)は,単純に光学的性能(解像度・明るさ・立体視差)のみを優先すると,眼科特有の観察条件により,しばしば観察に支障を生じ,かえって使い勝手が低下する.また,眼科手術コストに見合う予算で製作できなければ,多くの術者に顕微鏡が提供できない.現在の眼科手術顕微鏡の光学設定は,いくつかの相反する条件の間でそれぞれの最良のバランスが追求された結果,現在の設定に至ったといえる.1.観察系a.対物レンズの焦点距離(作動距離)について対物レンズの焦点距離(作動距離)は,術野と対物レンズとの間の手術操作可能な距離となる.以前は,対物レンズを術者が手術ごとに付け替えていたが,現在は,眼科手術の術式が限定されてきたこともあり,ほぼ175~200mmに統一されている.対物レンズの焦点距離は,操作距離だけではなく,術野の観察特性にも影響する.長い焦点距離ほどより狭い空間を深くまで観察でき,眼窩手術や小瞳孔例の硝子体手術などの狭く深い術野で行う手術に適している.b.高解像度・明るさと焦点深度について眼科手術では,照明照度が低いほど手術を受ける患者に与える苦痛を軽減できる.網膜光傷害が問題となる眼科手術では特に「明るい」顕微鏡は,より低照度で手術ができるため,安全性のうえでもきわめて大きな利点となる.しかし,明るく解像度の高い光学系を追求しすぎると,焦点深度が浅くなって操作性は低下する.たとえ———————————————————————-Page61052あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(46)透明組織(角膜・水晶体・硝子体)の断面の観察に適している.ZEISSは,メイン照明光源とオプション光源をハロゲン,キセノンから別々に選択装備できるシステムを用意している.b.スリット照明システムZEISS,LEICAの手術顕微鏡には,オプションとして,細隙灯顕微鏡と同様のスリット照明を設置することができる(図4).スリット照明は,おもに硝子体手術で両手操作を行う際に用いられることが多いが,白内障手(1)色収差補正:アポクロマート波長の短い青色光は波長の長い赤色光よりも焦点がレンズ寄りに結ばれ,そのずれは,色にじみ,色ずれ,ぼけの原因となる.色収差には,光軸上のずれ(軸上色収差)と結像の大きさのずれ(倍率色収差)があるが,顕微鏡評価基準は前者で行われる.色収差は凸レンズと凹レンズで逆に生じるので,材質の異なる凹と凸レンズの組み合わせや,異分散材レンズなどを用いて補正する.赤,青の2波長(赤656nmと青486nm)の像点を一致させる補正をアクロマート,赤,青,緑の基本3波長すべての像点を一致させる補正をアポクロマート補正という.現在の高級機種の眼科手術顕微鏡はみな最高クラスのアポクロマート基準を満たす精度を実現している.(2)像面弯曲補正:プラン対物レンズ完全に平面化補正された視野の広さは顕微鏡性能の判断基準となる.全視野にわたって像面弯曲が補正されている対物レンズをプラン対物レンズという.補正が不完全な場合,平面が凸面や凹面のように見えたり,周辺視野がぼけたりするが,現在の高級機種の眼科手術顕微鏡は十分なプラン特性を備えている.2.照明系a.メイン同軸照明:ハロゲン光源光源には,①タングステン,②ハロゲン,③キセノンなどがあるが,現在の眼科手術顕微鏡には,ハロゲン光源が採用されている.キセノン光源はさらに効率よく高い照度が得られるので,一般外科手術では近年汎用されている.しかし,眼科領域では,短波長(青)光成分比率が高いキセノン光は,網膜光毒性の問題があり,半透明組織で散乱しやすく,元々角膜の透明性の低下した症例や術中の角膜浮腫などでは視認性がかえって低下する可能性があり,メイン照明としては必ずしも適していないと考えられている.◆参考:キセノン光源の特長キセノン光源は,エネルギーに比して効率よく高い照度が得られ(人間の目が明るさを敏感に感じる500nm台の波長成分比率が高い),短波長成分は散乱しやすい性質を利用して,硝子体手術では25ゲージなどの小口径のライトガイドでも高照度かつ効率よく硝子体や網膜表面を明瞭に観察できる有用な照明光源となる.スリット照明に用いる場合は,半遅遅遅ab図5角膜中心に強い混濁のある症例の観察a:同軸照明光では,照明光束は混濁の強い角膜を通して入射し,その散乱光が観察光路上に生じるため,視認性が著しく低下する.b:同軸を避けた斜めからの照明光は,混濁の強い中央部以外の角膜を通過するため,照明光束により生じる散乱光量が少なく,かつ,観察光路から離れた場所に生じるために,観察を障害しにくい.観察光束が角膜を通過する際の散乱のみの障害となる.角膜混濁の強い症例では,混濁のある角膜を通した照明は用いず,角膜輪部からファイバーライトガイド照明を前房内に直接挿入して照明すると最良の視認性が得られる.????諶躬図4スリット照明装置a:ZEISS,b:LEICA.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091053(47)術にも活用できる.メイン照明は,照明光束と観察光束が同軸であるため,角膜混濁がある場合,観察光路上にある混濁組織周囲に照明・観察両光の散乱が生じて視認性を損なうのに対して,スリット照明では,混濁部位を避けた方向から照明することにより,視認性を向上させられる場合がある(図5).適しているのは,混濁が限局している症例で,広範に混濁のある症例ではあまり良い視認性は得られない.c.ファイバーライトガイド照明それに対して,角膜混濁の強く広範な症例では,硝子体手術用のライトガイド照明を角膜輪部から前房内に挿入して照明すると,混濁角膜で照明光が通過する際に生じる強い散乱の発生なしに,直接水晶体組織を照明できるため,視認性が著しく向上する.硝子体手術術者のみならず,角膜混濁を伴う症例の白内障手術のために,超音波白内障手術装置にもライトガイド照明と光源を準備しておくと便利である(図6).d.眼科手術と網膜光障害網膜に対する光障害の重要性が近年認識され,特に白内障手術においてはその予防的配慮が求められる.眼科手術顕微鏡の照明系には,熱防止のための赤外カットフィルターのほか,短波長光をカットするイエローフィルターや,瞳孔領に円形の無照明野を形成するシステムなどが備えられている.網膜光障害には2つの機序があり,その理解が網膜障害の発生を効果的に予防するうえで不可欠である.(1)熱障害長波長(赤~赤外線)光は,純粋に光エネルギーによる温度上昇で生じる熱傷機序のみで網膜障害を生じる.視細胞には血流豊富なラジエター機能をもつ脈絡膜が接しているため,赤外カットフィルターが常備されている手術顕微鏡では,かなり高い照度で長時間連続照射されないと熱障害は生じにくい.(2)光化学障害それに対して短波長(青~紫外線)光は,熱障害が生じるよりもずっと低い照度で,網膜視細胞に光化学反応をひき起こす.視細胞を破壊する光エネルギー閾値は,熱障害の1/10以下である.障害性の高い波長のピークは430nm前後といわれている(紫外線は角膜などの組織を通過しにくく,網膜への到達率が低い).したがって,短波長光のみを照明光からカットするだけで,手術の安全性は飛躍的に向上する.IV手術顕微鏡映像の撮影,モニター,録画テレビ放送がBSデジタル,地上波デジタルの時代となり4),家庭用ビデオカメラの普及により,ハイビジョン画質が生活に一般化して久しい.医療分野でも,外科領域では,内視鏡手術にハイビジョン映像システムが急速に普及しており,最近話題のdaVinci外科ロボット手術支援システムにもハイビジョン映像技術がすでに導入されている5).しかし,眼科領域に関しては,まだ従来画質(NTSC)を用いている施設が大多数であり,視覚を専門とする医療業界が世のなかで最も立ち遅れている感がある.その一因は,手術顕微鏡に適した小型ハイビジョンカメラと映像記録メディア・レコーダーの開発,供給が遅れていたためである.しかし,ようやく2009年7月現在,3社から手術顕微鏡に適した小型高性能なハイビジョンカメラが供給されることになり,記録メディアとレコーダーの供給と合わせて,今後は眼科顕微鏡手術映像分野のハイビジョン化が急速に進むものと考えられる.2009年7月現在の顕微鏡手術記録のためのハイビジョン映像機器を紹介する.1.ハイビジョン(HD)カメラ(図7a)a.SONYPMW10MD最新のフルハイビジョン対応の医療用小型カメラ.1/2インチ-3CMOSセンサー方式.Cマウント方式で図6ライトガイド照明用光源ユニット(Alcon)———————————————————————-Page81054あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(48)通常の顕微鏡用アダプターに接続できる.b.IkegamiMKC300HD前者と同じ3CMOSセンサー(1/3インチ)を用いた最新のフルハイビジョン対応医療用小型カメラ.本カメラに合わせて開発された同社の手術顕微鏡用アダプター:VA-300を用いて接続すれば,焦点合わせがより厳しく求められるハイビジョン撮影でも,オートアイリス機能により焦点深度を深く保って撮影できる.c.ToshibaIKHD11/3インチ-3CCD,Cマウント方式のハイビジョンカメラ.コントロールユニットを分離させ,小型軽量で手術顕微鏡に設置でき,かつ十分な画質の撮影を可能とした初めてのハイビジョンカメラで,2008年に市販された.実際には1,440×1,080画素だが,水平画素ずらし方式によりフルハイビジョン信号として出力する.◆参考:ハイビジョン,フルスペック・ハイビジョン規格電子情報技術産業協会(JEITA)は,垂直650画素以上の映像を「ハイビジョン」と定義しているので,それにはいくつかの段階の画質の規格がある.フルスペックハイビジョンとは特に,1,920×1,080画素の映像のことをいう.多くの「ハイビジョン」レコーダーやPCのキャプチャーボードは,外部入力からはそれより低い1,440×1,080画素の映像を録画する.フルスペックハイビジョンカメラの手術映像をそのままの画質で録画できるのは,現状ではプロフェッショナルディスク(XD-CAM)に限られる.2.ハイビジョン手術映像の記録法:記録装置と記録メディアa.HDVビデオテープレコーダー(図7c)ハイビジョン映像を圧縮してHDV規格の映像信号をビデオテープに録画する.i.Link端子で外部機器と記録データが送受信できる.メディアは,従来のDV,DV-CAMビデオテープがそのまま利用できる.i.Link端子への入力は,ビデオカメラからの標準ハイビジョンデジタル信号(SDI)を専用の変換ボードを用いてHDVに変換して行う.◆参考:HDV規格2種類の規格がある.HDV1080i(1,440×1,080画素,秒間59.94フィールド,走査線1,080本インターレース映像,25Mbps:MPEG-2)は,従来のテレビ規格(NTSC)と同じ走査方式を用いているため,既存機器との互換性,利便性が高く汎用されている.HDV720p(1,280×720画素,秒間60フレーム,走査線720本,19Mbps:MPEG-2)はそれより画素数の少ないプログレッシブ映像の規格.?????PDW-75MD廬蛬?????BRU-H700(廬蛬????HFBK-TS1)CMOSfullHDCameraSONYPMW-10MD3CMOSfullHDCameraIkegamiMKC-300HD3CCDHDCameraToshibaIK-HD1SDIHDV(i.Linc)PF-D(ProfessionalDisc)XDCAM????PDW-U1HDVテープレコーダーSONYHVR-M15AJPC???a?USB(2.0)?HDV(i.Linc)SDIHDV(i.Linc)????軫畑????????図7ハイビジョン顕微鏡手術映像撮影のためのシステム構築プランa:医療用小型ハイビジョンカメラb:XD-CAM(プロフェッショナルディスク)c:HDVビデオテープレコーダーd:映像サーバ(ハードディスク:HDD)※:HD-SDI⇔HDV:変換ボード/変換ユニットカメラから出力される標準ハイビジョン信号(SDI)は,HDV(i.Linc)信号に変換することによって,家庭用ビデオカメラと同様に,HDVビデオテープや一般のコンピュータなどへの入出力が容易になる.———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091055(49)b.ブルーレイディスク(BD)レコーダー青紫色半導体レーザーによりDVDの5倍の大容量記録を可能とした光ディスク(1層25GB,2層50GB:技術的には200~400GBまで可能)レコーダーである.民間用のいわゆるブルーレイディスクレコーダーは,映像ライセンス保護の観点から入出力信号の規格が制限されている.映像信号の入力はi.Link端子(機器により制限あり),モニター映像出力はHDMIとよばれる民間向け専用の映像出力規格で行われる.手術映像記録は通常フルハイビジョンではない.メディアの信頼性,転送速度などのグレードの抑えられた民間消費者向けの規格である.c.ハードディスク(HDD:図7d)一般には,HDV規格の映像信号をi.Linkでパソコン(PC)入力し,HDDにデータとして録画することが多い.近年,テラバイト(TB)単位の大容量HDDが安価で利用できるようになったため,手術映像の録画にビデオテープやディスクを用いず,電子カルテと同様にHDD映像サーバーに入力して,閲覧は各PC端末からアクセスするワークステーション形式を構成するのも手術映像管理の一つの選択肢となる.省スペースで大量の映像信号が保存でき,必要に応じてブルーレイディスクやプロフェッショナルディスクへ複製して携帯,保管することもできる.しかし,HDDの高画質映像ファイルのデータ量は膨大である.安全のために常に2系統のHDDを併設するが,それでもクラッシュによるデータ消失の危険は常に存在するため,確実で永続的な映像保存という観点からはやや不安が残る.d.XDCAM:プロフェッショナルディスク(HDD:図7b)BDと同様の青紫色レーザーによる光ディスクで,構造・容量はBDにきわめて近いが互換性はない.現在,フルハイビジョンで手術映像を記録できる唯一の規格であり,データ保持寿命は50年以上といわれ,映像コンテンツの永久保存を必要とするスポーツ,映画,放送業務の各分野の映像記録メディアとして今後公式採用されていく見込みである.ハイビジョン映像の今後の標準記録フォーマットといえるが,メディアがまだ高価である点は問題である.医療用XD-CAMレコーダー:SONYPDW-75MDメディカル用向けのXD-CAMレコーダー.カメラからのフルハイビジョン映像標準デジタル信号(SDI)は,そのまま変換なしで入力され記録される.HDV相当に情報量を落として,より長時間(190分)記録することもできる.XD-CAMドライブ:SONYPDW-U1XD-CAMディスクに記録された映像をPCで読み取るための小型ドライバー.USB(2.0)接続でPCに接続し,PCモニター上で手術映像を閲覧したり,付属ソフトを用いて簡易編集ができる.3.顕微鏡手術映像システムの展望従来のビデオ映像はもっぱら,見学者にモニターで供覧したり,録画保存することを目的として用いられてきた.しかし近年,肉眼機能を超える超高感度,超高精細な映像システムが開発されてきており,近未来的に,手術顕微鏡は,従来の接眼レンズを通した肉眼観察をはるかに超える観察システムに進化する可能性が示唆されてきた.術野の観察のみならず,検査画像情報などを付加表示することも可能で,すでに脳神経外科では,脳腫瘍手術の際,顕微鏡映像に腫瘍の位置を示すMRI画像を重ねて表示する手術支援システムが臨床で用いられている6).白内障手術では,たとえば,トーリック眼内レンズ手術の際に,乱視軸方向をマークした検査機器からの映像を,手術映像にスーパーインポーズして示す,などの応用法がすぐに想定される.眼科手術顕微鏡映像システムの実現の条件は,高精細カメラ,高性能モニター,高性能立体観察システムの開発である.a.ビデオカメラハイビジョンカメラ映像システムの可能性現在汎用されているカメラ用ビームスプリッターのカメラへの分配比率は20%程度が主流である.もしもその映像が高精細で手術操作に耐えうるものであれば,単純に現在の水準のカメラをそのまま用いても照明光量は肉眼観察の5分の1ですむ計算となる.手術が実際に行えれば大きな利点となる.超高感度高精細カメラ:SuperHARP管NHK放送技術研究所の谷岡らが開発した超高感度高———————————————————————-Page101056あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009精細カメラで,すでにMiyakeら7)は,ハイビジョン立体ビューワー(望月:NHK-ES8))と組み合わせた眼科手術顕微鏡システムを用いることにより,きわめて低照度で眼科顕微鏡手術が行える可能性を報告している.現在はまだカメラ本体が大型できわめて重量が重く高価なため実用段階にないが,近い将来,小型軽量の固体HARP管が完成し,実用化される見込みである.超高感度高精細カメラを用いた超低照度手術は,特に眼科領域では,光毒性の問題からも,患者に苦痛の少ない手術の実現の点からもきわめて有用であり,今後の実用化が期待される.b.高品位高精細モニターハイビジョンカメラで白内障手術に必要な映像が撮像できるものと仮定すると,立体映像観察システムの実用化は,ひとえに小型高精細モニターの開発にかかっている.上記のハイビジョン立体ビューワーでは6.5インチ程度の大きさのモニターを用いた場合が最も観察しやすいが,現在の液晶モニターカラーフィルター方式でフルハイビジョン表示を行うためには最小で24インチ相当の大きさを必要とするため,小型のモニターでは十分な観察映像の表示は不可能である.それに対して近年,フィールド・シーケンシャル方式により,6.5インチモニターでフルスペックハイビジョンを表示する革新的なモニターが開発された9).現在筆者はそのプロトタイプを用いた立体ビューワーシステムを観察用として試用している.本モニターが利用できれば,眼科手術顕微鏡や細隙灯顕微鏡にハイビジョン立体映像システムの利点を生かした臨床応用が実現できる可能性があり,その製品化の実現を切に期待する.c.立体映像観察システム外科内視鏡手術分野では,単カメラの2次元映像だけでも,ある程度十分な手術が行える.しかし,眼科手術は,術野が微細なうえに立体観察が操作に不可欠であるため,モニター映像で手術を行うためには,高精細高品位な立体観察を可能とするシステムが不可欠である.2009~2010年現在,映画,放送分野の各業界は,配信映像の立体化を今後の主要な目標に位置づけ,近々の配信に向けて全力で準備を進めている.主要な方式は,円偏光眼鏡が予定されているが,より疲労感の少ない立体映像が近々,配信される予定である.立体映像観察システムの基本は,視差のついた異なる左右の顕微鏡観察映像の分離観察であり,最も原始的な赤・青眼鏡方式(アナグリフ方式)のほか,以下のような方式がある10).1)高速液晶シャッター方式(アクティブ方式):画面(50)図8ハイビジョン立体映像撮影システム(文献8より一部改変)(写真は旧型で大型のSONYHDC-X300:現在はずっと小型のSONYPMW-10MDが最適な選択)a:ビームスプリッター・アダプターレンズユニットを介してカメラを設置する.b:ハイビジョンカメラとステレオ・ビームスプリッター・アダプターレンズユニット.瞭瞭11)カメラ×2台で左右の顕微鏡映像を撮影し,ハイビジョン1画面に映像を合成表示するシステム2)1台のハイビジョンカメラでのステレオ立体映像撮影システム———————————————————————-Page11あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091057に同期して左右交互に高速開閉するシャッターを備えた眼鏡を装用する.2)偏光方式(パッシブ方式):水平・垂直または逆回りの円偏光で左右の映像を分離する.後者は,観察者が顔を傾けても立体観察が保たれる利点がある.これらの方式は,光量または観察精度が低下するが,不特定多数の観察者への供覧に適している.特に偏光眼鏡は簡便で汎用性が高い.3)左右1画面合成方式(望月):16:9の横長のハイビジョンの1画面に,左右光路の顕微鏡映像の水平幅を半分にした8:9映像を並べて表示し,プリズム立体ビューワーで観察する.観察光量の低下がなく,長時間観察しても他の立体ビューワーに比して疲れにくいのが特長であり,脳神経外科領域ではすでに臨床応用されている.また,手術顕微鏡の視野も角膜も,形は円であるため,水平方向は幅が半分で正方形に近い画面(8:9)にして左右を2つ並べたほうが,横長のハイビジョン全画面(16:9)を有効に活用できる.映像から静止画を作成すれば,ステレオ立体写真となる.実際の手術顕微鏡映像の撮像方法には,2台のカメラを術者の左右の観察光路に設置して,両者の映像を映像信号処理で1画面に合成する方法〔図8の1)〕と,左右の観察光路からの光束をステレオレンズアダプターを用いて1台のカメラの画像素子に写し込んで撮影する方法〔図8の2)〕がある.筆者は,2)方式のハイビジョン立体モニター(量販製品あり)を手術室や医局に設置して見学者や医局員へのモニター供覧と教育用途に,3)を未来の手術顕微鏡システムへの臨床応用に利用したいと考えている(図9).文献1)野田徹:手術顕微鏡.眼科診療プラクティス71:32-40,20012)野田徹:網膜硝子体手術における眼底観察法の進歩.あたらしい眼科24:37-46,20073)大鹿哲郎:手術用顕微鏡OPMILumera.眼科手術21:463-466,20084)野田徹:映像信号とそのデジタル化.眼科診療プラクティス33:84-87,19985)家入里志,橋爪誠:ロボット手術の現状.外科治療101:7-14,20096)森田明夫,光石衛,割澤伸一ほか:深部脳神経外科支援ロボットMM1.Newton(日本語版)9:76-83,20047)MiyakeK,TaniokaK,MochizukiRetal:Applicationofanewlydeveloped,highlysensitivecameraanda3-dimen-sionalhigh-denitiontelevisionsysteminexperimentalophthalmicsurgeries.ArchOphthalmol117:1623-1629,19998)望月亮:ハイビジョン立体視手術顕微鏡システム.立体映像技術─空間表現メディアの最新動向,p149-153,本田捷夫(監),シーエムシー出版,20089)関秀廣,市川了子,濱久保百合子ほか:LEDバックライトを用いたフィールド・シーケンシャル・カラーOCB液晶ディスプレイ.月刊ディスプレイ12(7):49-53,200610)本田捷夫:立体映像表示技術─2眼ステレオ方式の原理と実現法.立体映像技術─空間表現メディアの最新動向,p.5-15,本田捷夫(監),シーエムシー出版,2008(51)図9ハイビジョン立体ビューワー左右のカメラ映像は1つのハイビジョン画面にならべて合成表示され,立体視ビューワー(プリズム+凸レンズ)で観察する(望月,NHK-ES).a:術者用手術顕微鏡に接眼鏡と併設した立体視ビューワー.b:ビューワーを設置すれば,術野から離れた場所で術者と同じ立体手術映像が観察できる.c:不特定多数の観察者に映像を供覧するためには,偏光表示方式の大型ステレオ立体モニター(Hyundai社E465SV:46型3D映像対応TV)に立体信号を出力して偏光眼鏡をかけて観察する.acb