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新しい治療と検査シリーズ189.抗VEGF抗体による血管新生緑内障の治療

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.6,20097950910-1810/09/\100/頁/JCLS使用方法Bevacizumabの使用は適応外使用であり,治療を行うには事前に各所属施設の倫理委員会などによる承認を受けること,患者に効果,副作用および適応外使用であることを伝えて文書で同意を得ることが不可欠である.実際の投与手順は,術野の消毒,点眼麻酔の後に30ゲージ針を用いて硝子体内投与は毛様体扁平部より,前房内投与は角膜輪部より,結膜下投与は直接結膜を穿刺して投与する.投与量は1.25mg(0.05ml)が一般的であるが,筆者の施設では硝子体内投与については低用量(0.25mg)での効果を検討中である.投与後,後眼部への合併症の有無をチェックし,感染予防を目的とした抗生物質の投与を併用する.ただ,bevacizumabの効果持続期間は1~3カ月であり,新生血管が消失した後も最低6カ月間は再発の有無をチェックしている.本方法の良い点(表1)血管新生緑内障に対する抗VEGF抗体の効果として新しい治療と検査シリーズ(71)バックグラウンド血管新生緑内障は,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症などによる眼内虚血に起因して発症する難治性の緑内障であり,血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が血管内皮細胞に作用することで新生血管が形成され房水流出路を閉塞するために眼圧上昇をきたす.眼圧が上昇すると,それに伴って眼内虚血が増悪,新生血管が増加し,さらに眼圧上昇につながるという悪循環におちいると加速度的に病状が増悪する.治療として,眼内虚血の改善に対しては網膜光凝固術や硝子体手術,眼圧上昇に対しては薬物治療および線維柱帯切除術が施行されているが,新生血管自体に対する治療方法はなかった.それに対して,新生血管に直接作用する抗VEGF抗体の応用が,血管新生緑内障の新しい治療として注目されている(図1).新しい治療法現在,国内で眼科領域において認可されている抗VEGF抗体には,ranibizumab(LucentisR)とpegap-tanib(MacugenR)があるが,適応疾患は滲出型加齢黄斑変性に限られており,血管新生緑内障は適応疾患になっていない.そのため,血管新生緑内障に対しては,再発性大腸癌に対して認可されているが,眼科領域では適応外使用になるbevacizumab(AvastinR)が投与されている.一般に行われているbevacizumabの投与は硝子体内投与1.25mg(0.05ml)であり,血管新生緑内障に対する効果も多数報告されているが,投与方法に関して隅角・虹彩への効果を考慮した前房内投与,投与手技による合併症が少ない結膜下投与が,また,用量に関して正常組織に対する合併症を予防することを目的とした低用量投与など,本症により適した治療法をめざした模索が試みられている.189.抗VEGF抗体による血管新生緑内障の治療プレゼンテーション:馬場哲也香川大学医学部眼科学講座コメント:東出朋巳金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学(眼科学)図1血管新生緑内障の病態と抗VEGF抗体の作用部位抗VEGF抗体は,新生血管に直接作用してVEGF活性を抑制するとともに,線維柱帯切除術による出血や術後炎症を抑制する.———————————————————————-Page2796あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009は,まず虹彩・隅角新生血管の抑制があげられ(図2),特筆すべきは効果が速やかなことである.投与翌日には効果が発現し,数日中に新生血管は消退する.また,開放隅角期の症例では投与により眼圧が下降し,緑内障手術の中止,延期ができることもある.さらに,速やかに血管新生緑内障の活動性を低下させることで,網膜光凝固,硝子体手術,緑内障手術による永続的な効果が発現するまでの期間に,閉塞隅角期への進行を遅延させる緊急避難的な効果もある.線維柱帯切除術に対する効果としては,術中・術後出血が減少したことで術後早期の合併症も減少した.それに伴い,患者にとっては術後合併症や術後処置が少なくなったことで精神的・肉体的苦痛が軽減されたこと,われわれ眼科医にとっては眼圧コントロールを達成するまでの労力が軽減されたことが福音となっている.また,線維柱帯切除術の術後長期成績向上についても期待されている.文1)OshimaY,SakaguchiH,GomiFetal:Regressionofirisneovascularizationafterintravitrealinjectionofbeva-cizumabinpatientswithproliferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol142:155-158,20062)WakabayashiT,OshimaY,SakaguchiHetal:Intra-vitrealbevacizumabtotreatirisneovascularizationandneovascularglaucomasecondarytoischemicretinaldiseasein41consecutivecases.Ophthalmology115:1571-1580,20083)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciDJetal:Intravitrealbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695-1705,20064)FungAE,RosenfeldPJ,ReichelE:Theinternationalintravitrealbevacizumabsafety:usingtheinteresttoassessdrugsafetyworldwide.BrJOphthalmol90:1344-1349,2006(72)表1期待される血管新生緑内障に対する抗VEGF抗体の効果1.虹彩・隅角新生血管の抑制2.眼圧下降3.閉塞隅角期への進行抑制4.線維柱帯切除術の術中・術後合併症減少5.線維柱帯切除術の術後成績向上の可能性図2Bevacizumab投与前後の前眼部写真a:投与前には瞳孔領に著明な新生血管を認める.b:投与7日目には新生血管はほぼ消失している.ab本方法に対するコメント☆☆☆

眼感染アレルギー:周辺部角膜ヘルペスMarginal herpes

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.6,20097930910-1810/09/\100/頁/JCLS単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)による角膜ヘルペスは,角膜のどの部位に生じてもよさそうなものだが,通常は角膜の中心部や傍中心部に発症することが多い.特にウイルスの増殖が主体となる上皮型ヘルペスはほとんどがそれらの部位に発症する.これはウイルス増殖を抑制する免疫系から最も遠い部位,つまりウイルスにとってはより増殖しやすい部位に生じると考えると納得がいく.しかし,周辺部に角膜ヘルペスを発症することもあり,その診断はかなりむずかしい.このようなmarginalherpesはまれと考えられているが,実際にはヘルペスと診断されぬままに免疫によってウイルス増殖が抑え込まれて瘢痕を残して治癒している例が結構あるのではないかと思われる.いずれにしても文献的に詳細に述べられたものがあまりなく,本稿では,筆者の経験に基づいてmarginalherpesの特徴についてまとめてみたい.例〔症例1〕77歳,男性.主訴:左眼の充血と掻痒感.現病歴と経過:左眼翼状片の先進部に浸潤と上皮欠損を認め,ステロイド治療に反応せず,次第に欠損部の辺縁が偽樹枝状を呈してきた(図1).そこで角膜擦過物をreal-timePCR(polymerasechainreaction)によるHSV-DNA検索に供したところ,7.7×105コピーのHSV-DNAが検出された.アシクロビル眼軟膏投与を行ったところ,すみやかに上皮欠損部は縮小し,軽快した.〔症例2〕77歳,男性.主訴:左眼の異物感.現病歴と経過:2週前に木の枝で左眼を受傷したが,その後異物感が継続するため来院した.角膜下方に不整形の混濁を認め(図2),フルオレセインで染色すると樹枝状に染色された(図3).フルオレセインできれいな縁どりを認めることから角膜ヘルペスが疑われたが,混濁が強い点,外傷の既往がある点は非定型的であり,確認のため角膜擦過物を採取してreal-timePCRを行ったところ5.1×107コピーのHSV-DNAが検出された.アシクロビル眼軟膏の投与にてすみやかに軽快した.Marginalherpesの特徴角膜周辺部は前述したように,中心部よりも免疫力が強いためにヘルペスが発症したときに定型的な形をとらず,非定型的な形をとることが多く,症例1のように偽樹枝状を呈することもある.あるいは症例2のように強い免疫力の影響で当初から強い角膜浸潤を伴ってくることも多い.最近,Gabisonらは輪部からはじまって半島状に伸びるように角膜中心へ向かって進展していく角膜上皮炎をarchipelagokeratitisと名づけ,上皮型角膜ヘルペスの一つの病型としてまとめている1)が,これは(69)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載⑱監修=木下茂大橋裕一18.周辺部角膜ヘルペスMarginalherpes井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学単純ヘルペスウイルスによる角膜ヘルペスは通常中心部から傍中心部に発症するが,たまに周辺部に生じることもあり,その場合は非定型的な所見・経過をとるとともに強い混濁を生じやすく,診断がむずかしい.診断には臨床所見のみならず,real-timePCR(polymerasechainreacton)などのlaboratorytestを駆使してウイルスの存在を確かめる必要がある.図1翼状片の先進部に生じたmarginalherpes翼状片の先進部に沿ってフルオレセインで染色され,下方に偽樹枝状の部分を認める.———————————————————————-Page2794あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009marginalherpesとして発症したものが診断がつかずに経過をみているうちに免疫力の弱い中心へ向かって進展したものではないかと思われる.Marginalherpesの診断Marginalherpesの細隙灯顕微鏡所見のみによる診断はむずかしく,また,角膜知覚低下は上皮型角膜ヘルペスの特徴とされているが,周辺部の発症例,特に初発ではあまり低下しないために,診断上は役に立たないことが多い.あるいはヘルペスの既往があれば情報として重要であるが,周辺部のヘルペスはしばしば初発の形をとる.このように臨床所見や問診だけで診断することは困難なことが多く,ウイルス分離や蛍光抗体法,PCRによって診断を確かめることが必要になってくる.PCRの場合注意しなければならないのは,HSVは人体に潜伏感染しており,病変をつくらないときでもウイルスが少量検出されるsheddingという現象がある2)ので,たとえPCRで検出されてもそのまま病因とは断定できない.Real-timePCRにて量的な評価を行い,ある程度の量(目安として104コピー以上のHSV-DNA)が検出されることを確認する必要がある3).Marginalherpesと鑑別すべき疾患鑑別すべき疾患として,つぎのようなものを考える必要がある.①カタル性角膜潰瘍(浸潤):Marginalherpesは輪部に沿って広がるときに決して輪部に平行に伸びることはないが,カタル性角膜浸潤は透明帯(lucidinterval)を保ちながら輪部に平行に広がる点が特徴である.②周辺部細菌性,真菌性角膜炎:周辺部に感染した(70)場合,混濁は好中球浸潤が主体となるため,非常に濃い混濁となり,加えて,炎症所見が強い(前房細胞・角膜後面沈着物・Descemet膜皺襞).③Mooren潰瘍:周辺部に透明帯なしに生じる下掘れ状の特徴的な潰瘍を呈する.④関節リウマチに伴う周辺部角膜潰瘍:Mooren潰瘍に似るが前房反応が強いことが多い.関節症状や血中のリウマチ因子陽性を伴う.Marginalherpesの治療アシクロビル眼軟膏投与(5回/日)を行うことになる.強い角膜混濁が当初からあったり,上皮型の消退後に角膜混濁が強くなることがあるが,瞳孔領が障害されていないので,多少の混濁は生じてもよい.ただし,炎症が遷延して上皮欠損が継続する症例や血管侵入を伴ってきた症例では軽いステロイド(フルオロメトロン0.1%など)を短期で使用する.Evidenceはないが経験的には,周辺部ヘルペスで混濁がかなり残った例では免疫によってウイルスが制御された状態となるため,かえって再発が生じにくいと思われる.文献1)GabisonEE,AlfonsiN,DoanSetal:Archipelagokeratitis.AclinicalvariationofrecurrentherpetickeratitisOph-thalmology114:2000-2005,20072)KaufmanHE,AzcuyAM,VarnellEDetal:HSV-1DNAintearsandsalivaofnormaladults.InvestOphthalmolVisSci46:241-247,20053)Kakimaru-HasegawaA,KuoC-H,KomatsuNetal:Clini-calapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOphthalmol52:24-31,2008図2下方角膜周辺部に生じたmarginalherpes上皮型であるにもかかわらず強い角膜浸潤を伴っている.図3図2の症例をフルオレセイン染色したもの角膜下方に樹枝状の病変を認め,樹枝状角膜炎に特徴的な縁どりが認められる.

緑内障:網膜神経節細胞の可視化モデル

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.6,20097910910-1810/09/\100/頁/JCLS眼は体内で唯一生きたままの細胞を見ることができる臓器であり,網膜というおもに神経細胞とグリア系細胞で構成された組織を対象にすれば,表面に網膜神経節細胞(RGC)が無数に並んでいるのである.緑内障性疾患に限らず,どんな網膜障害疾患でもRGCを細胞レベルで観察できればこんなに望ましいことはない.最近の画像解析の進歩によりヒトでも高解像度のspec-traldomainOCT(光干渉断層計)ではRGCを可視化することが現実のものとなりつつある.この方法は大動物では可能になるであろうが,小動物ではいまだ光学系と解像度の問題で容易ではない.しかし,基礎実験には欠かせない小動物モデルでもRGCの可視化は重要なテーマである.もちろん,以前より実験動物を用いてRGC障害モデルにおける細胞死を可視化して評価する方法が試みられており,最も汎用されているのは脳内上丘付近に細胞に取り込まれる色素を注入する逆行性染色法である.細胞内に取り込まれた色素は顆粒状であり軸索を含めた細胞質に存在するので,それを組織切片にして蛍光顕微鏡で確認するのが通常の方法であるが,ラットでは走査レーザー検眼鏡(SLO)を用いて確認することができるようになった1).このようにあらかじめRGCを染色しておく方法では生き残った細胞を評価することになるが,逆に死にゆく細胞を評価する方法もある.細胞死の一形態であるアポトーシスの際に細胞質表面に表れるマーカーであるphosphatidylethanolamineを染色する蛍光色素がついたAnnexinVを硝子体中に注入する方法である2).ほかにも過去にはウイルスベクターによる遺伝子導入も試みられている.これら細胞死を示すマーカー分子を標識する方法,遺伝子導入,前者の逆行性染色法も,欠点としては侵襲的操作を必要とすることと,不均一な発現あるいは染色になる可能性があることがあげられる.また,逆行性染色法の色素は分解されにくいため,細胞死の後も残り貪食されてミクログリアなどに取り込まれるため,RGCの検出力に誤差を生じる.これらの欠点を克服する可能性がある方法は,遺伝子改変マウスで,RGC特異的に標識蛋白が発現するように組み込まれた動物を用いた解析である3,4).筆者らはB6.Cg-Tg(Thy1-CFP)23Jrs/Jという系統を用いているが,このマウスでは組織学的にはRGCにほとんど蛍光蛋白CFPが発現することが確認済みであり,逆行性染色の色素と異なり蛋白質で細胞質に均一に存在するため,細胞体全体が捉えられ計数しやすいうえに,細胞死に至ると蛋白合成も止まるため,死後も蛍光蛋白が分解されて残らないことが利点である(図1).(67)●連載108緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也108.網膜神経節細胞の可視化モデル相原一東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学蛍光蛋白を網膜神経節細胞(RGC)特異的に発現するマウスを対象に眼底カメラによる写真撮影でinvivoで経時的に単一の細胞減少を追うことができるようになった.無侵襲に経時的に単一個体でのRGC死を観察できることは,RGC障害の機序,パターン,治療法の確立に役立つ有用な方法である.acb図1B6.CgTg(Thy1CFP)23Jrs/Jマウス(CFPマウス)におけるCFP発現とDiIによる逆行性染色蛍光顕微鏡を用いてa:CFP,b:DiIそれぞれの波長で撮影した画像.c:その合成画像.CFPは細胞体全体と軸索に均一に分布しているのに対し,DiIは顆粒として細胞体内に蓄積している点に注目.———————————————————————-Page2792あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009さて,いくらRGCが標識されてもそれを捉える眼,すなわちカメラの撮影技術が重要である.しかも,invivoで経時的に捉える必要がある.SLOも解像度がよいが,本来は動画用であり,画角が小さいのが難点である5,6).筆者らは通常の眼底カメラに高感度CCDカメラを装して高分解能の広画角画像を得ている3).本法によりRGC障害モデルの経時的な細胞減少を追うことができ,単一細胞レベルでの細胞死を観察することが可能となった(図2).無侵襲に経時的に単一個体でのRGC死を観察できることは,将来的にはヒトでも可能となるだろうが,当面はRGC障害の機序,治療法の確立に役立つ方法として有用であると考える.文献1)HigashideT,KawaguchiI,OhkuboSetal:Invivoimag-(68)ingandcountingofratretinalganglioncellsusingascan-ninglaserophthalmoscope.InvestOphthalmolVisSci47:2943-2950,20062)CordeiroMF,GuoL,LuongVetal:Real-timeimagingofsinglenervecellapoptosisinretinalneurodegeneration.ProcNatlAcadSciUSA101:13352-13356,20043)MurataH,AiharaM,ChenYNetal:Imagingmousereti-nalganglioncellsandtheirlossinvivobyafunduscam-erainthenormalandischemia-reperfusionmodel.InvestOphthalmolVisSci49:5546-5552,20084)WalshMK,QuigleyHA:Invivotime-lapseuorescenceimagingofindividualretinalganglioncellsinmice.JNeu-rosciMethods169:214-221,20085)LeungCK,LindseyJD,CrowstonJGetal:Invivoimag-ingofmurineretinalganglioncells.JNeurosciMethods168:475-478,20086)LeungCK,LindseyJD,CrowstonJGetal:Longitudinalproleofretinalganglioncelldamageafteropticnervecrushwithblue-lightconfocalscanninglaserophthalmo-scopy.InvestOphthalmolVisSci49:4898-4902,2008☆☆☆図2CFPマウスを用いた虚血再灌流モデルにおけるRGC障害術前および1週から4週までのCFP発現を追った画像とRGC生存細胞のグラフ.最初の1週間で7割程度の細胞が障害されるものの,その後生き残っていることがわかる.術前1週2週3週4週1007550250012期間(週)34RGC(%):対照:虚血再灌流モデル

屈折矯正手術:後房型有水晶体眼内レンズToric ICL 邃「 の乱視矯正効果

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.6,20097890910-1810/09/\100/頁/JCLSToricICLTM(STAARRSurgical社,米国)は乱視矯正効果をもった後房固定の有水晶体眼内レンズである(図1).球面矯正度数範囲は3.023.0Dで乱視矯正度数範囲は1.06.0Dであり,おもにLASIK(laserinsitukeratomileusis)で矯正が困難な高度近視および乱視を伴う場合の屈折矯正手術に用いられる.ToricICLTMの挿入術後の屈折値はLASIKの術後と比べて術後長期にわたり安定しており,regressionという近視の戻りに対して行われる追加矯正の割合が少ない.さらに,術前後での矯正視力の変化をみる安全係数(術後矯正視力/術前矯正視力)や裸眼視力の改善効果をみる有効係数(術後裸眼視力/術前矯正視力)においてもToricICLTMを挿入した症例ではLASIK術後と比べ優秀な成績が報告されている1).筆者らの施設におけるToricICLTMの術後成績としては術後6カ月以上経過観察できた124眼(術前平均球面度数9.40±3.17D,乱視度数1.58±0.96D)において安全係数1.02,有効係数0.95と良好な成績であった.ToricICLTMは後房固定の乱視矯正有水晶体眼内レンズであるため,前房に固定される虹彩支持型の乱視矯正有水晶体眼内レンズ(ARTISANRToric,OphtecBV社,オランダ)と比べ,前房内へ慢性の炎症をひき起こしにくく瞳孔より後方にレンズが位置することによる生理的な利点がある一方で,手術手技には比較的熟練を要するためライセンスが必要になる.選択するレンズ支持部の径が小さいとレンズと水晶体の距離であるvaultingが小さくなり白内障を惹起する可能性が指摘されているということと,反対にvaultingが大きくなりすぎると隅角が狭くなり眼圧上昇をひき起こす原因となりうる点が指摘されている.乱視矯正効果についての特色としてはToricICLTM挿入後に6080%程度の乱視軽減効果(術後に減少した自覚乱視度数/術前の自覚乱視度数)が認められることが多い1).筆者らの施設における124眼の術後6カ月時での乱視軽減効果としては82%であり,術後残存乱視0Dが49%,0.5D以内が93%,1.0D以内が99%でいずれも良好な成績であった.高度近視症例で乱視を伴う場合の屈折矯正手術において高い近視矯正効果と乱視軽減効果が認められるという一方で,ToricICLTMでは選択したレンズ支持部の径がレンズが固定される毛様溝間距離より相対的に小さすぎるとレンズ挿入術後しばらくしてからのレンズの回旋により軸ずれが起こり,乱視矯正効果が減少した症例があったという報告も散見される2).(65)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載109監修=木下茂大橋裕一坪田一男109.後房型有水晶体眼内レンズToricICLTMの乱視矯正効果原修哉社会保険中京病院眼科ToricICLTMは乱視を伴う強度近視に対する屈折矯正手術に用いられる毛様溝固定の有水晶体眼内レンズである.術後屈折誤差や近視の戻りが少なくLASIK(laserinsitukeratomileusis)では矯正困難な円錐角膜や角膜厚が薄い症例に対しても有効な屈折矯正効果が得られる.切開創による惹起乱視の軽減と適切なレンズ支持部径の選択が重要である.図1ToricICLTMToricICLTMは4.655.50mmの光学部と11.013.0mmの支持部からなる(左図).眼内に挿入した写真を右図に示した.———————————————————————-Page2790あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009これらの問題点を解決するために最近では,ToricICLTMの適切なレンズ支持部径を選択することで術後のレンズの回旋を予防する方法の開発が期待されている.眼球を横からみた断面にて向かい合う毛様溝を直接同時に観察できるような超音波生体顕微鏡(UBM)を用いることにより,今まで測定が困難であった毛様溝間距離を直接計測することができるようになってきた.一方で,術後のvaultingが経時的に変化することがわかってきており,これらのことを踏まえて術前に適切なレンズ支持部径を予想する方法が研究されている(図2).いずれの乱視矯正有水晶体眼内レンズを挿入する場合においても重要なことであるが,レンズの乱視度数選択において創口切開によって生じる惹起乱視を念頭にいれたレンズ度数計算のノモグラムを設定する必要がある.この際に創口切開に求められることとして惹起乱視が少ないことはもちろんであるが,惹起される乱視量にばらつきが少ないことも重要な要素となる.切開により惹起される乱視量が正確に予想されれば,その分を加味して有水晶体眼内レンズの乱視度数を計算した場合の計算誤差が少なくなり,乱視軽減効果の成績も良好にすることが可能になるからである.弧状ブレイドR(BD社,米国)(図3)を用いて角膜切開を行うと自己閉鎖が良く創口の安定性も増すことから,水平ナイフにて角膜切開を行った場合と比べ惹起乱視量が少なくばらつきも少なくなるため,有水晶体眼内レンズ挿入術の際には弧状ブレイドRを使用することを選択肢の一つとしてみるとよいと思われる3).ToricICLTMの適応は広がってきており,最近では円錐角膜に対して乱視矯正を行うためにToricICLTMを挿入する場合もある4).この場合,眼鏡矯正にて良好な視力が得られており,かつ円錐角膜の進行が停止して屈折が安定している症例が適応になる.円錐角膜の乱視矯正のためにToricICLTMを挿入した場合,術後に予期せぬ乱視軸方向に乱視が残存することがある.このような場合,もし術後の残存乱視に対しての矯正を通常の円錐角膜症例のようにハードコンタクトレンズ(HCL)にて行おうとしても,HCLにより角膜乱視が矯正されても挿入したToricICLTMによってひき起こされる,いわば医原性のinnerastigmatismにより乱視が出現してしまうため,HCLによる乱視矯正ができなくなるので注意が必要である.文献1)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:ComparisonofCollamertoricimplantable[corrected]contactlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusisforhighmyopicastigmatism.JCataractRefractSurg34:1687-1693,2008.Erratumin:JCataractRefractSurg34:2011,20082)磯谷尚輝,中村友昭,吉田陽子ほか:乱視矯正可能な有水晶体眼内レンズを使用した屈折矯正手術.臨眼60:1769-1774,20063)KojimaT,KagaT,WatanabeMetal:Clinicalevaluationofthearchedbladeforcataractsurgery.ActaOphthalmolScand83:306-311,20054)KamiyaK,ShimizuK,AndoWetal:PhakictoricImplantableCollamerLensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithkeratoconus.JRefractSurg24:840-842,2008(66)図2術後の前眼部スリットとUBMToricICLTM後面から水晶体前面までの距離(vaulting)が正常に保たれている(左図).UBMにて毛様溝間距離と固定されているICLTMが観察できる(右図).図3弧状ブレイドR弧状ブレイドRを使用すると角膜切開の強度が高まり術後惹起乱視の程度およびばらつきが減少する.

眼内レンズ:眼内レンズ挿入眼の見え方シミュレーション(2)多焦点眼内レンズ

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.6,20097870910-1810/09/\100/頁/JCLS各社から多焦点球面眼内レンズが出ているが,ここでは,角膜の平均球面収差を打ち消す負の球面収差をもつZM900R(AMO社)の構造と視標の像を示す.このレンズを取り上げた理由は,各社のレンズの比較を行ったとき1)に,優れた特性をもっていたからである.図1にZM900Rの写真を,図2には1nmまで読み取れるキーエンスのカラー3Dレーザー顕微鏡で取得した高さマップを示す.このレンズの回折を起こす輪体の段差は2.12μmでどこでも同じである.この段差Dは2つの焦点に振り分ける強度の比率が5:5の場合はD(nLnw)=0.5lとなる.この式は同じ輪体での両端の光路長の差(=段差×屈折率の差)が波長の半分であることを意味している.ここで,lは波長(e線なら=0.546μm),nL=1.46(レンズの屈折率(ZM900R)),nw=1.336(房水の屈折率)であり,これらの条件から計算される段差Dは2.20μmで,計算どおり良くできていることがわかる.さて,瞳孔径を3mm,5mmとして,波長550nmで,Landolt環視標を5mから1mに置いたものと,33cmに置いた10ポイント,8ポイントの文字の像を図3,(63)4に示す.この像は光学像のコントラストを少し高くしてある.これは,ヒトの網膜大脳系でのコントラスト強調処理を考慮してのことである.ただ,どのくらいのコントラスト強調であるかは?なので,あくまで推定である.これらの像をみると,3mm瞳孔では,遠方の像からは十分な視力がでること,近方の文字も十分に読めることは期待できる.しかし,遠方の像のコントラストをみると,大きなLandolt環では十分にあるが,小さいものではコントラストが低いのがわかる.これは,小さいLandolt環の周りが白一色で,そのボケがコントラストを低下させているためである.また,近方の文字のコントラストは低いのがわかる.5mm瞳孔では,3mm瞳孔に比べて,どの距離の視標の像もコントラストが低下しているのがわかる.ひょっとすると,球面収差を完全には補正していないかもしれない.球面収差が残っていて,コントラストを下げている可能性はあるように思われる.前回,非球面眼内レンズのところでつぎのように書いた.非球面眼内レンズは,角膜の乱視対策として,術後のLASIK(laserinsitukeratomileusis)なども有効と大沼一彦千葉大学大学院工学研究科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎274.眼内レンズ挿入眼の見え方シミュレーション(2)多焦点眼内レンズヒト眼の角膜の平均球面収差0.27μmをもつ模擬角膜レンズと水槽に入った眼内レンズとCCDカメラから成る模型眼を用いて眼内レンズの光学像を得ることができる.本稿では,非球面で多焦点眼内レンズZM900Rの構造と瞳孔径を変化させたときの視標の像を示す.図1テクニスマルチ(ZM900R)図2テクニスマルチ(ZM900R)の断面中心付近顕微鏡画像高さマップ———————————————————————-Page2思われる.レンズだけで補正することも考えれば,トーリック非球面という選択もあるかもしれない.そうすると,非球面のマルチにも同じことがいえると思われる.文献1)大沼一彦:多焦点眼内レンズの光学特性.あたらしい眼科25:1055-1060,20085m5m4m4m3m3m2m2m1m1m0.33m0.33m図3テクニスマルチZM900R瞳孔径3mm図4テクニスマルチZM900R瞳孔径5mm

コンタクトレンズ:処方度数決定のための視力の測り方(2)

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.6,20097850910-1810/09/\100/頁/JCLS矯正視力測定は最良視力値が得られる矯正度数を求める検査である.最良視力が得られる矯正が日常視で快適と感じるか否かには個人差がある.快適と感じる適切な矯正度数を求めるためには両眼同時雲霧法が有用である.なぜ片眼視力よりも両眼視力のほうが良好なのか生体の組織である毛様体筋は常に緊張状態にある.私たちは毛様体筋の力を抜いてボーッとしているときには,正視眼でおよそ1m付近の距離にピントが合った状態にある.これは調節安静位とよばれ,毛様体筋の生理的緊張状態と考えられている.矯正視力を測定するときには片眼を遮閉しているので,両眼視の情報が失われ,遠近感が得られにくくなる.このため,片眼で測定する場合には屈折値が不安定になり,調節安静位付近の(61)値で測定される可能性が高くなる.両眼を開放した状態ならば,距離感が失われないため,視標提示位置にピントを合わせた眼の屈折値を検出しやすく,快適な矯正度数が求められる.両眼同時雲霧法の手技と適正な矯正度数の求め方(1)円柱レンズ度数の設定:矯正視力検査で得られた矯正度数の円柱レンズ度数を採用する.(2)円柱レンズ軸度の設定:矯正視力検査で得られた矯正度数の円柱レンズ軸度を採用する.(3)球面レンズ度数の初期値:矯正視力検査で得られた矯正度数の球面レンズ度数に+3.00Dを加えた値を用いる.(4)測定開始:雲霧時間は設けないで,すぐに測定を開始する.梶田雅義梶田眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純①凸レンズの交換法②凹レンズの交換法スタート前のレンズを前置するスタート前のレンズ新しいレンズ前のレンズ前のレンズ新しいレンズを前置新しいレンズを正しい位置にセットする前のレンズを抜き取る前のレンズ新しいレンズ新しいレンズ前のレンズ前のレンズを抜き取る前のレンズを抜き取る新しいレンズを正しい位置にセットする新しいレンズ新しいレンズ新しいレンズ図1レンズ交換法———————————————————————-Page2786あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(00)①両眼開放の状態で,字づまり視力表を読ませて視力値を確認する.レンズ交換法(図1)を用いて,両眼の球面度数に0.50Dずつ加えた値の検眼レンズに交換しながら,視力値が0.5~0.7に達するまでくり返す.②左右眼を交互に遮閉して,両眼の見え方を問い,左右眼のバランスを整える.最初の調整では見やすいと答えたほうの眼の矯正度数を0.25D減じる.この状態でも同じ眼が見やすいと答えた場合には次からは見づらいと答えたほうの眼の矯正度数を0.25D増して左右眼のバランスを整える.0.25Dの差で,左右眼のバランスが逆転して,左右の見え方が同じにならない場合には,日常視での優位眼(通常無意識のうちに片目を閉じて見るときに開いている眼)が見やすいと答える状態を採用する.③両眼開放の状態で,視力値を確認しながら両眼の球面度数を0.25Dずつ加えて,最良矯正視力値が得られる球面度数を求める.これらの一連の操作は速やかに行う必要があり,遅くても1分30秒以内で終了するのが望ましい.(5)試し装用に用いる矯正度数の決定:両眼同時雲霧法で得られた最良矯正視力値が1.2以下の場合には,両眼同時雲霧法で得られた矯正度数をそのまま採用して,試し装用を行う.両眼同時雲霧法で得られた最良矯正視力値が1.5以上の場合には,1.2の矯正視力が得られた矯正度数を採用して,最初の試し装用を行う.(6)処方度数の調整:試し装用では視力値は測定しないで,日常視での見え方が十分に満足できるかをチェックしてもらう.雑誌や新聞紙を読んで近方視を確認し,必要に応じて,パソコン画面なども見てもらう.テレビを見たり,歩いたり,屋外に出て,信号機や道路標識の見え方に不満がないかも確認してもらう.もし,疲れる感じや視野の歪みを訴える場合には,矯正度数を0.25D減じて,試し掛けをくり返す.反対に遠方視力に物足りなさを訴える場合には0.25D加えて,試し掛けをくり返し,全体的な満足が得られる矯正度数を求める.遠方の見え方に不満が強く,矯正視力測定時の矯正度数を超えてしまう場合には,そのときの調節が緊張状態あるいはけいれん状態にあると判断し,処方を見送り,後日やり直す.なぜ,緊張状態にあるときには矯正用具を処方しないか緊張状態にある眼は見え方が不安定で,ピントが合いにくい.網膜像がぼけたという情報は調節中枢を刺激して,ピントを合わせるために毛様体筋を収縮させる.毛様体筋の収縮は眼屈折を近視寄りにシフトさせるため,遠くの見え方はさらに悪くなり,網膜像のぼけは強くなる.この悪循環が調節緊張状態を強めることになる.このような状況下で遠くが見えるように矯正度数を提供すれば,近視眼では過矯正に,遠視眼では低矯正になり,常用した場合には眼精疲労発症の原因になる.方を断するときのさんの調節機能が正常状態ではないために,毛様体筋が異常に興奮しており,近視を強めている可能性がある.この状態で眼鏡度数を決めると,強過ぎになり快適な眼鏡にはならない.調節機能を整えてから眼鏡度数を決め直す必要がある.節機能を整えるための点眼液と対応調節改善のための点眼液(ミオピンR点眼液)を1日3~4回点眼,調節けいれんが予測される場合には低濃度サイプレジン点眼液(0.05%サイプレジン点眼液)注)を就寝前に1日1回点眼を加える.1週間後に矯正視力を測定し,両眼同時雲霧法からやり直す.注)低濃度サイプレジンは処方薬としては存在しない.検査治療用として採用されている1%シクロペントラート点眼液を希釈して作製する必要がある.

写真:レーザー生体共焦点顕微鏡を用いた前眼部観察:涙腺

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.6,20097830910-1810/09/\100/頁/JCLS(59)佐藤エンリケアダン村戸ドール松本幸裕慶應義塾大学医学部眼科写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦301.レーザー生体共焦点顕微鏡を用いた前眼部観察:涙腺図2図1のシェーマ涙腺50?m図3正常涙腺の病理組織像(17歳,男性)涙腺組織内の腺房(白矢印),小葉内導管(白矢頭)などが観察される.(写真提供:自治医科大学,小幡博人先生のご厚意による)図4正常涙腺のHRTIIRCMR所見(56歳,男性)腺房(白矢印)と小葉内導管(白矢頭)などが観察される.←図1眼瞼部涙腺の観察被検者に下鼻側を注視させながら,検者が上眼瞼耳側を引っ張り上げると涙腺(眼瞼部)が現れる.HRTII-RCMRの先端部に装着したTomo-CapRを直接涙腺に接触させて検査を行う.———————————————————————-Page2784あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(00)ヒトの涙腺は主涙腺と副涙腺に大別されるが,主涙腺は,眼窩の上耳側に位置する漿液腺である.涙腺より涙液が分泌されるが,涙液の検査には,Schirm-er試験,涙液メニスカス(tearmeniscus)の観察,涙液層破壊時間(tearlmbreak-uptime:BUT)などがある.一方,涙腺の検査として,CT(コンピュータ断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴画像)検査で涙腺の形態や腫瘍の有無などを確認することができるほか,病理学的検査として,涙腺の生検(biopsy)がある.日本シェーグレン研究会による,Sjogren症候群の改訂診断基準(1999年)の一つに涙腺の生検があげられている.涙腺生検による組織学的検査は,Sjogren症候群などの確定診断に大変有用であるが,侵襲的検査であるために躊躇されることがある.そこで筆者らは,レーザー生体共焦点顕微鏡(HeidelbergRetinaTomographII,RostockCorneaModuleR,以下,HRTII-RCMR)を用いて,非侵襲的な涙腺の組織学的検査の可能性について検討した.涙腺の大きさは約20mm×25mmであり,眼瞼部(palpebralportion)と眼窩部(orbitalportion)に分けられる1).眼瞼部涙腺は,検者が被検者の上眼瞼耳側を引っ張り上げた状態で,被検者に下鼻側を注視させることで,その外観が観察可能となる(図1).このような状態を維持したまま,HRTII-RCMRを用いて,涙腺の観察を行った.HRTII-RCMRの先端部には,Tomo-CapRを装着するために,軟部組織の観察も行いやすいと考えられた.HRTII-RCMR検査による画像の解像度は高く,眼表面(角膜,結膜,マイボーム腺など)の組織構造が詳細に観察可能であることが報告されている25).今回の検討では,正常涙腺において,腺房(acinus),小葉内導管(intralobularduct),小葉間導管(interlobularduct)などがHRTII-RCMRにて観察可能であることがわかった(図3,4).今後は,涙腺の加齢性変化や涙腺疾患(Sjogren症候群や移植片対宿主病によるドライアイ,Mikulicz病,悪性リンパ腫,涙腺腫瘍など)の組織学的検索の一つの方法としての応用が期待される.文献1)ObataH:Anatomyandhistopathologyofthehumanlac-rimalgland.Cornea25:S82-S89,20062)HuY,AdanES,MatsumotoYetal:Conjunctivalinvivoconfocalscanninglasermicroscopyinpatientswithatopickeratoconjunctivitis.MolVis13:1379-1389,20073)MatsumotoY,DogruM,SatoEAetal:Theapplicationofinvivoconfocalscanninglasermicroscopyintheman-agementofAcanthamoebakeratitis.MolVis13:1319-1326,20074)MatsumotoY,SatoEA,IbrahimOMetal:Theapplica-tionofinvivolaserconfocalmicroscopytothediagnosisandevaluationofmeibomianglanddysfunction.MolVis14:1263-1271,20085)HuY,MatsumotoY,AdanESetal:Cornealinvivocon-focalscanninglasermicroscopyinpatientswithatopickeratoconjunctivitis.Ophthalmology115:2004-2012,2008

総説 細胞シートを用いた再生医療

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS用いた再生医療の成果について総論的に紹介する.I先端医療の変遷薬物療法が医療の主体だった時代,化学技術の向上が新しい医療を担ったが,1980年代は細胞工学や遺伝子工学が発展し,蛋白質やペプチドが大量に合成できる時代となり,さらに1990年代に入りDNA,RNAへと研究が進み,2000年代にはついに組織や器官を作製することが夢でなくなった.このことは対症療法から根本治療に向かう治療の進歩の必然的な流れとみることができはじめに2008年4月,東京女子医科大学は早稲田大学との連合大学院(TWIns)を開設した.現在,治すことのできない疾患の治療を実現する先端医療を追究するうえで,理工学領域や人文科学領域と医学の研究の融合はきわめて効果的な戦略と考えられる.このようなコンセプトのもとで同じ建物に二つの大学院が乗り入れ,産業分野も参加し,先端医療の実現に向けたきわめてユニークな出発となった.今回は,筆者らの研究分野の一つである細胞シートを(53)7771医2医生医I162866681医生医たい26(6):777781,2009c第14回日本糖尿病眼学会特別講演細胞シートを用いた再生医療RegenerativeMedicine-BasedCellSheetEngineering谷治尚子*1岡野光夫*2総説胚性幹細胞体性幹細胞高脂血症薬抗うつ薬抗潰瘍剤抗ヒスタミン剤Cox2阻害剤PDGF,EGF,TGF-aIGF,FGF,HGF,VEGF,NGF,BDNF,CTNFTGF-b,BMP,アクチビン,レチノイン酸,5-アザシチジン増殖因子文化誘導因子低分子医薬バイオ医薬遺伝子医薬細胞医薬組織医薬細胞シート医薬有機化学遺伝子工学細胞生物工学組織工学,DDS細胞工学再生医学バイオマテリアル図1再生医療―医薬・先端治療の進化と融合:対症療法から根本治療へCox2:シクロオキシゲナーゼ2,PDGF:血小板由来成長因子,EGF:上皮成長因子,TGF-a:トランスフォーミング成長因子,IGF:インスリン様成長因子,FGF:線維芽細胞成長因子,HGF:肝細胞増殖因子,VEGF:血管内皮細胞増殖因子,NGF:神経成長因子,BDNF:脳由来神経栄養因子,CTNF:毛様体神経栄養因子,BMP:骨形成因子.———————————————————————-Page2778あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(54)る(図1).特にこの意味で組織工学(ティッシュエンジニアリング)や幹細胞工学(ステムセルエンジニアリング)の発展が今後の緊急な重要課題である.1997年Vacantiらがヒトの軟骨細胞を生分解性の立体的な足場(スキャホールド)に撒いて培養し,生きているマウスの背中にヒトの耳を作製した1).彼らは心臓弁,骨などの再生にも成功し,その成果はHumanBodyShopと紹介され再生医療の成功が約束されたかのような印象を与えた.しかし彼らの生分解性ポリマーの足場は分解され吸収されていく過程で炎症反応をひき起こし,長期的に組織の形状の安定性が必ずしも完璧なものとなっておらず,血管も誘導できなかったためサイズの大きい塊としての再生組織は壊死していくことが多かった.彼らの研究で世の中に組織工学が認知された功績は大きいといえるが,人工材料を用いない再生医療がさらに望まれる.II細胞シート工学1.細胞シート工学とは筆者らの研究室ではより生体に近い組織の作製を目指し,細胞組織を培養皿からシートの形のまま脱着・回収して利用するという方法で研究を進めている.「細胞シート工学」と名づけたこの方法では,温度変化によって培養皿から細胞シートを回収することができる.トリプシンなどの蛋白分解酵素を用いた従来の方法では細胞間結合や細胞外マトリックス(ECM)を壊してしまうが,筆者らの開発した温度応答性培養皿上で培養した細胞は細胞間結合を保ったままECMも保持しているため,移植面上に接着しやすいというメリットがある.この技術を応用しすでに角膜,食道,歯根膜,心筋,皮膚が臨床段階に入っている.その他にも肺,気管,肝臓,甲状腺,副甲状腺,膀胱,網膜色素上皮(RPE)などの研究もなされている(図2).2.温度応答性表面温度応答性培養皿の底面には温度応答性高分子であるポリN-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)が固定化されているが,PIPAAmは下限臨界溶液温度である32℃を境に水との親和性が大きく変化する.細胞を培養する37℃では培養皿表面は疎水性で,通常の培養皿と同じように細胞は接着することができる.細胞が増殖してコンフルエントになった後に温度を20℃に下げーバード大学・MIT発スキャフォールド法s東京女子医科大学発細胞シート工学法術角膜軟骨食道歯根膜2008年4月臨床研究開始2008年4月臨床研究開始東北大学西田幸二教授との共同研究東北大学西田幸二教授提供20例上の臨床研究をまえ2007年9月月治験開始ーバード大学小教授提供高分子製足場細胞培養心筋2007年6月臨床研究開始大阪大学教授との共同研究温度応答性培養皿上で作製された細胞シート(直接貼り付け)術後2年図2日本発の細胞シート工学———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009779(55)ると培養皿の表面は親水性になる.すると細胞層の底面は培養皿表面と接着していられなくなり,シート状に自然にがれてくる(図3).このようにして温度のみでシート状にがすと,細胞はECMや細胞間結合を保っており,酵素処理した場合に比べダメージの少ない分化した細胞が直接移植できる.ECMを保持したシートは他の組織に容易に接着するのみならず,別の細胞シートに接着させることもできる.III世界に先駆けた細胞シートの臨床応用1.角膜上皮角膜は皮膚などと同様に移植がしやすく,経過が直接みられるという点で再生医療に適した組織である.角膜の分野では東北大学眼科の西田幸二教授と共同研究をしている.角膜移植は献体からの移植が通常行われるが,わが国では提供眼が圧倒的に不足している.そのため再生医療による移植が期待され,コラーゲンやフィブリンを基質とした培養や羊膜上で培養したシートなどさまざまな方法での移植が試みられている.温度応答性培養皿から温度処理のみで回収された細胞シートはECMをその構造を変化させることなく保持しており,容易に角膜実質層に接着するため縫合の必要がない.酵素を用いないため細胞間結合も維持しているが,余分な基質はなく透明度も高い.このような細胞シートをアルカリ外傷やStevens-Johnson症候群などに移植した症例では良好な視力を得ている2).ほかにも両眼とも角膜輪部から自己の細胞を得られないような重篤な症例では,培養自己口腔粘膜上皮細胞シート移植を行い,良好な治療成績を得ている3).角膜実質のなかのケラトサイトと口腔粘膜細胞のサイトカインを介したコミュニケーションにより,口腔粘膜上皮シートに角膜上皮に特異的なケラチンマーカーを認めており,細胞シートを貼り付けることは構造的な統合にとどまらず,機能的な統合も誘導していることを確認した.2.食道近年,早期消化管癌の治療として内視鏡的粘膜下層離術(endoscopicsubmucosaldissection:ESD)が登場し,広範囲の病変でも一括切除が可能となってきた.しかし,管腔の狭い食道では広範囲のESD後に生じる潰瘍瘢痕による狭窄の問題が生じる.東京女子医科大学消化器外科では食道ESD後の人工潰瘍の創傷治癒の促進,および術後食道狭窄の抑制を目的とした内視鏡を用いた培養自己口腔粘膜上皮細胞シート移植を2008年4月に開始した4,5).移植した細胞シートが構造的,機能的に食道の粘膜下層と統合し,良好な狭窄阻止効果を示したものと考えている.3.歯根膜歯周病になると歯根膜が減少する.東京医科歯科大学歯学部との共同研究で,培養下で作った歯根膜細胞シートの移植により歯根膜のみならず,セメント質や歯槽骨の再生も可能であることを動物モデルで明らかにしている6).2008年4月より臨床研究を開始した.細胞ソースは患者本人の智歯である.4.心筋重症の心不全に対する治療を目的として,再生医療的アプローチが始まっている.自己の細胞懸濁液を心筋梗塞を起こした患部に移植するという方法がこれまで検討されてきたが,細胞シートであれば細胞を目的とする場所に正確に移植することができる.また,培養心筋シートは複数枚移植することにより厚みをもたせることができる7).心筋シートの拍動はシート間でばらばらであるが,積層化すると同期することが確認されている.すなわち,構造的,機能的な細胞シート間の統合が誘導されることが明確となった.これを心筋パッチとして移植するとホストの心臓と同期して拍動する.実際問題として移植に使う自己の心筋細胞の採取は困難であることから,大腿の筋芽細胞を培養したシートで同様の移植を患細胞間接着蛋白質酵素処理37℃(疎水性)20℃(親水性)本方法温度応答性培養皿*細胞外マトリックス*poly(?-isopropylacrylamide)細胞外マトリックスなどが維持されたまま?がれる図3細胞シートの離トリプシン処理での細胞シートの離と温度応答性表面での場合の比較.———————————————————————-Page4780あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(56)部に行うと線維化した組織の改善が得られた8).この研究は大阪大学第一外科との共同研究である.5.皮膚皮膚,粘膜などバリア機能を主たる目的とする場合,細胞シートは良好な適応である.現在,患者自己表皮細胞由来培養表皮細胞シートを用いた瘢痕組織治療が東京女子医科大学形成外科で行われている.ECMを保った培養表皮細胞シートの創への接着はきわめて良好である.IV眼科領域での研究このようにヒトでの試験的な治療を開始している組織もあるが,ほかにも眼科領域では角膜内皮細胞や網膜色素上皮(RPE)細胞のシート利用が研究されている.1.角膜内皮細胞シート角膜組織は東北大学眼科の西田幸二教授との共同研究である.角膜内皮は生体内では増殖せず,そのポンプ機能が破綻すると水疱性角膜症を発症する.生体外では条件を整えると分裂・増殖することから,温度応答性培養皿上で角膜内皮を培養し,細胞シートとして回収し実験動物に移植している.ウサギ病態モデルへの移植では培養角膜内皮細胞シートの機能により角膜の透明性を保つことができている9).2.網膜色素上皮細胞シートRPEは神経網膜と脈絡膜の間に存在し,視細胞の貪食・神経網膜との接着・血液網膜柵のメンテナンス・細胞増殖因子の分泌など神経網膜の機能維持に重要な役割を果たしている.成人ではRPEは傷害されても分化したままでは増えることはなく,大きくなったり遊走して変形したりすることによりその面積を占める.そして本来の機能を失ったRPEにより神経網膜の機能も維持できなくなり視力の低下をきたす.そこでRPE細胞シートの移植が検討された.RPEシートは網膜色素変性症や加齢黄斑変性症などが対象疾患になると考えている.現在では脈絡膜新生血管(CNV)抜去術は光線力学的療法(PDT)や抗VEGF(血管内皮増殖因子)療法などの新しい治療に比べて侵襲が大きく成績も良くないことから施行される機会はほとんどない.筆者らの施設で過去に施行した例ではCNV抜去時に多量のRPEが新生血管板に付着しており,固視点はRPEが脱落していない部位に移動していた.このようなRPE脱落部位にRPEシートが移植できたらRPE欠損による神経網膜の萎縮が防げるのではないかというのが当初の目的であった.他の方法としてこれまでにAutoで細胞懸濁液の注射,フラップ状の自己RPE移植,周辺部のRPEの直接移植などが国内外で報告されている.Alloの成人RPEや胎児RPEのヒトへの移植のほか,RPEの代替として採取の容易な虹彩色素上皮(IPE)での臨床報告も出ている.細胞ソースの問題はあるが,今後はES細胞やiPS細胞を利用できる可能性が広がっている.RPEのシート作製は東北大学,大阪大学,東京女子医科大学で試みられた(図4,5).作製したウサギRPE細胞シートは実験動物に移植された10).しかし単層のRPEシートの眼内での操作性の悪さがネックであるため,まずは移植デバイスの開発を進めているところである.100図4網膜色素上皮細胞の培養温度応答性培養皿上で網膜色素上皮細胞の培養に成功した.図5網膜色素上皮細胞シートの離に成功37℃から20℃へ温度を低下させ,網膜色素上皮(RPE)細胞シートの回収に成功した.温度応答性培養皿?がれたシートディッシュ上のRPE温度応答性培養皿?がれたシート———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009781(57)V医工連携,産学連携での試み細胞培養の自動化を目指した小型自動培養装置やインテリジェントセルカートリッジの試作を企業と共同で進めている.さらに,移植デバイスの開発も他大学とも共同で行っている.先端医療のために,テクノロジーを結集させて利用できれば,今まで不可能であった治療が可能となることが期待できる.特に再生医療は無菌操作での培養が必要であり,これをロボットが行うことも魅力あるテーマであると考えている.また多くのテクノロジーにより,安全で効果的な治療が実現できる.この意味で医工連携,産学連携の体制作り,人材教育はきわめて重要であると思われる.文献1)CaoY,VacantiJP,PaigeKTYetal:Transplantationofchondrocytesutilizingapolymer-cellconstructtoproducetissue-engineeredcartilageintheshapeofahumanear.PlastReconstrSurg100:297-302,19972)NishidaK,YamatoM,HayashidaYetal:Functionalbio-engineeredcornealepithelialsheetgraftsfromcornealstemcellsexpandedexvivoonatemperature-responsivecellculturesurface.Transplantation77:379-385,2004a3)NishidaK,YamatoM,HayashidaYetal:Cornealrecon-structionwithtissue-engineeredcellsheetscomposedofautologousoralmucosalepithelium.NEnglJMed351:1187-1196,2004b4)OhkiT,YamatoM,MurakamiDetal:Treatmentofoesophagealulcerationsusingendoscopictransplantationoftissue-engineeredautologousoralmucosalepithelialcellsheetsinacaninemodel.Gut55:1704-1710,20065)MurakamiD,YamatoM,NishidaKetal:Fabricationoftransplantablehumanoralmucosalepithelialcellsheetsusingtemperature-responsivecultureinsertswithoutfeederlayercells.JArtifOrgans9:185-191,20066)HasegawaM,YamatoM,KikuchiAetal:Humanperi-odontalligamentcellsheetscanregenerateperiodontalligamenttissueinanathymicratmodel.TissueEng11:469-478,20057)ShimizuT,YamatoM,IsoiYetal:Fabricationofpulsa-tilecardiactissuegraftsusinganovel3-dimensionalcellsheetmanipulationtechniqueandtemperature-responsivecellculturesurfaces.CircRes90:e40,20028)MiyagawaS,SawaY,SakakidaSetal:Tissuecardiomyo-plastyusingbioengineeredcontractilecardiomyocytesheetstorepairdamagedmyocardium:theirintegrationwithrecipientmyocardium.Transplantation80:1586-1595,20059)SumideT,NishidaK,YamatoMetal:Functionalhumancornealendothelialcellsheetsharvestedfromtempera-ture-responsiveculturesurfaces.FasebJ20:392-394,200610)YajiN,YamatoM,YangJetal:Transplantationoftissue-engineeredretinalpigmentepithelialcellsheetsinarabbitmodel.Biomaterials30:797-803,2009☆☆☆

時の人

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009775(51)昨年7月,関西医科大学眼科学教室の6代目主任教授に髙橋寛二先生が就任された.同教室は昭和7年に,井街謙先生を初代主任教授に迎えて開講され,以後,瀬戸文雄,塚原勇(現関西医科大学理事長),宇山昌延(現名誉教授),松村美代(現名誉教授)の各先生と,どなたをみても日本の眼科をリードする周知の先達により受け継がれてきた屈指の名門である.同学は現在,枚方・滝井の2病院体制となっており,眼科学教室の人員は両病院合わせて,主任教授1名,診療教授1名,准教授1名,講師5名,助教12名,病院助教4名,専修医6名,大学院生7名で構成されている.教室から医師を派遣している主な関連病院には,松下記念病院,済生会野江病院,済生会泉尾病院,吹田市民病院,大阪歯科大学附属病院などがある.滝井病院には専門部学舎があり,糖尿病網膜症と増殖因子(緒方准教授指導),緑内障および黄斑形成(安藤講師指導),眼内血管新生(山田講師,松岡助教),眼炎症(木本講師)などをテーマに主として専門研究はここで行われ,基礎医学教室では,網膜変性の発症機序の解明,網膜変性の実験的治療,網膜神経細胞の再生に関する研究などが行われている.臨床研究としては黄斑外来,緑内障外来,糖尿病外来,網膜硝子体外来で全国レベルの共同研究に携わるとともに,独自に多数例において症例データ解析を行っておられる.*髙橋寛二先生は昭和59年に同学を卒業後,宇山教室に入局.その後大学院に進学され,平成2年には医学博士号を取得,同時に,米国イリノイ大学シカゴ校眼病理学教室に2年間留学された.この留学以外は,先生は母校一筋に臨床の現場に立ち,滝井病院,(旧)香里病院,枚方病院の3病院で活躍してこられた.ご専門は眼底疾患学(特に黄斑疾患;加齢黄斑変性,レーザー眼科学,網膜離手術),眼病理である.*大学の果たすべき使命・役割として研究,臨床と並んで教育の重要性が挙げられる.真の高齢化社会に入った現在,老後のQOL(生活の質)を考えるとき,健全な視覚の重要性は今後もますます増してくることが予想される.したがって,実践的で優れた眼科医を育成し,高度の眼科医療を先進的に供給することは非常に重要であり,その意味でも大学の使命はいっそう重大なものになると思われる.*髙橋先生は新しい教室運営のテーマに「勉強と実践」を掲げておられる.この「勉強」という言葉は,初代主任教授であった井街先生の「私は勉強しない者は嫌いだ」というお言葉からとられたとのこと.“医学は,広義には自然科学の一分野ですが,人間が相手の実践的な学問でもありますから,「勉強」はもちろん机の上の教科書的な勉強だけに止まるものではありません.基礎研究に始まり,臨床研究しかり,手術の勉強しかり,日々の診療しかり.世の中の何事にも関心を持ち,広く見聞を深め,貪欲に学ぶこと,そして自分が学んだ知識を臨床において実践し,悩める患者さんに全力を尽くして還元する.これらはすべての医療の理想といえることでしょう.それだけに達成は至難の途です.しかし,今後は,そのような知識,技術,豊かな人格形成を目指しながら,臨床において真に実践的な眼科医の育成に力を注ぎたい”と,先生は力強く述べられた.さらに,“幸い当眼科学教室には,歴代の教授が築かれた伝統のうえに若い力が漲っています.この伝統を大切にしながら,常に若い人達の助けを借りて教室を運営し,次世代の有能な眼科医を多く育てることで,日本の眼科学の発展に寄与できればと思っています”と,一方ではあくまで謙虚に述べられた.0910-1810/09/\100/頁/JCLS関西医科大学眼科学・教授髙たか橋はし寛かん二じ先生

眼精疲労に配慮した眼鏡

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS所持眼鏡視力VD=1.0×自己眼鏡(n.c.)VS=1.0×自己眼鏡(n.c.)両眼視力VB=0.7前眼部,中間透光体および眼底:異常なし.眼位:14Δの外斜位を認める.両眼同時雲霧法による視力VB=1.5[R:S3.50D,L:3.50D]10Δbase-inを装用して行った同時雲霧法VB=1.5[R:S2.00D5Δbase-in,L:S2.00D5Δbase-in].患者への説明:「疲れの原因は外斜位のためだと思います.外斜位は両眼視するために眼を内側に寄せ(輻湊)なければならないので,眼を内転させる筋肉(内直筋)に大きな負担がかかります.プリズムを入れた眼鏡を試してみましょう.」トライアル眼鏡:R)S2.00D5Δbase-inL)S2.00D5Δbase-in試し掛け20分後の患者コメント:「ものが異常に近くに見える気がするが,掛けられそうな気がする.今までの眼鏡だとときどき二重に見える感じがして,気分が悪くなることがあったが,この眼鏡ではそれはない.」処方レンズ:R)S2.00D5Δbase-inL)S2.00D5Δbase-in1カ月後の患者のコメント:「新しく作製した眼鏡ははずすとかえって疲れる感じがするので,ほとんど1日中装用している.眼の疲れはなくなったし,学習時の集はじめに眼の疲れの多くは,筋疲労であり,眼位をコントロールする外眼筋(図1)と調節を司る毛様体筋(図2)の疲労に集約される.外眼筋の場合ならば,プリズムを用いて(図3),また調節の場合ならば累進屈折力レンズを用いて(図4)負担を軽減できる1,2).本稿では,外来で頻繁に遭遇する眼鏡で解決できる眼精疲労について,症例を呈示して解説する.症例呈示1.中学生の外斜位―プリズム入り眼鏡で対処〔ケース1〕13歳,男子.主訴:眼の疲れ.現病歴:2カ月前に塾に通いはじめてから,眼の疲れがひどくなり,学習に集中できない.普段は裸眼で過ごしており,眼鏡は必要時のみに使用している.現症:視力VD=0.5(1.5×2.50D)VS=0.5(1.5×2.75D)オートレフラクトメータ値R)S3.00DC0.25DAx180°L)S3.25DC0.25DAx180°所持眼鏡:R)S2.00D,L)S2.25D.(黒板の文字がときどき見づらくなったので,6カ月前に眼科で処方してもらったが,あまり見えないし,かえって疲れる感じがするので,ほとんど使用していない.)(45)769aaaa眼1233634眼特集●眼鏡ケーススタディあたらしい眼科26(6):769774,2009眼精疲労にした眼鏡SpectaclesPrescriptioninConsiderationofAsthenopia梶田雅義*———————————————————————-Page2770あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(46)間部の痛みも解消する.2.成人の近視過矯正―累進屈折力で対処〔ケース2〕23歳,男性.職業:事務職.主訴:眼の疲れ,眼痛.現病歴:6カ月前頃から,午後になると眼の奥が痛くなり,肩こりもひどくなってきた.近医ではドライアイと言われて,点眼液を処方されているが,まったく効果はない.現症:視力VD=0.1(1.5×5.50D)VS=0.1(1.5×5.50D)オートレフラクトメータ値R)S5.50DC0.25DAx90°L)S5.25DC0.50DAx80°所持眼鏡:R)S5.50D,L)S5.50D(1年前に眼鏡店で作製した).所持眼鏡視力右眼1.5,左眼1.5.中力も上がってきた.」解説:外斜位が疲労の原因になっていることを疑わせる所見は,片眼視力が良好に合わせられた眼鏡を装用したときに,眉間部に痛みを感じることと,眼鏡を掛けても良く見えないと評価されることである.裸眼で遠くが見づらければ,眼球を内転させる力は弱く,良く見えないので,複視の訴えもない.ところが,近視を矯正して遠くが見えるようになると,そのままでは複視が起こるので,それを回避するためにしっかりと輻湊努力を行うようになる.強い輻湊努力を行えば,輻湊調節反射が起こり,調節緊張状態になり,遠方視での屈折を強めてしまうために,片眼では良好な矯正視力が得られた度数では不足になってしまう.このようなときに,プリズムを用いて,輻湊努力を補えば,安定した矯正視力を提供できるとともに,内眼筋にかかる負担も軽減するため,眉a.外斜位の状態b.両眼視した状態図1斜位眼が両眼視したときのイメージa:両眼の視線方向が異なり,両眼視できない.ときに複視を生じる.b:外眼筋を緊張させて両眼視を維持するとき,外眼筋には負担がかかる.遠点他覚遠点調節安静位他覚近点調節リード調節ラグ負の調節正の調節明視できる範囲(自覚的調節域)自覚近点自覚遠点(他覚的調節域)図2調節の名称と調節のイメージ近点に近い距離を明視するときには毛様体筋に負担が大きい.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009771(47)第3トライアル眼鏡:R)S5.25Dadd+1.00D,L)S5.25Dadd+1.00D累進屈折力レンズ.試し掛け20分後の患者のコメント:「少し歪んで見えるのは気になるが,見え方も悪くないし,疲れる感じもしない.」処方眼鏡度数:R)S5.25Dadd+1.00D,L)S5.25Dadd+1.00D累進屈折力レンズに決定.装用1カ月後の患者のコメント:「頭痛や眼の奥の痛みはまったくなくなりました.装用初期には下方視で歪以前使用していた眼鏡:R)S4.25D,L)S4.00D(5年前に眼科で処方された).以前使用していた眼鏡視力:右眼0.5,左眼0.3.前眼部,中間透光体および眼底:異常なし.眼位:正位.両眼同時雲霧法による視力VB=1.5[R:S4.50D,L:S4.50D]患者への説明:「現在装用中の眼鏡が過矯正であることが原因だと思います.両眼同時雲霧で得られた度数で,一度試し掛けをしてみましょう.」第1トライアル眼鏡:R)S4.50D,L)S4.50D.試し掛け20分後の患者のコメント:「全然見えません.」第1トライアル眼鏡の両眼視力:両眼0.6.度数の調整:両眼同時にレンズ度数を上げ,患者の不満のない矯正度数を探し,試し掛けを行う.第2トライアル眼鏡:R)S5.25D,L)S5.25D.試し掛け20分後の患者のコメント:「今までの眼鏡と同じように疲れる感じがある.」患者への説明:「過矯正の見え方に慣れてしまっているので,度数を下げれば見えない感じが強くなりますし,度数を上げれば疲れやすくなります.このようなときには弱い累進屈折力レンズ(図4)を用いると良くなることがありますので,一度試してみましょう.」a.外斜位の状態b.両眼視した状態図3眼位をプリズムで矯正したときのイメージプリズムを用いれば,安静眼位で両眼視することができ,外眼筋にかかる負担は少なくなる.図4累進屈折力レンズで調節域を広げるイメージ単焦点レンズでは調節域をシフト(a)させるだけであるが,累進屈折力レンズならば,調節域をシフト拡張(b)することができる.近方視時の毛様体筋にかかる負担を軽減する.調節域調節域調節域調節域a.単焦点レンズb.累進屈折力レンズ———————————————————————-Page4772あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(48)患者への説明:「若い頃には視力は良かったと思いますが,本来の眼はおそらく軽い遠視です.視力低下は近方視に負担を掛けているためだと思いますので,作業中に負担を掛けないように作業用眼鏡がお勧めです.一度試してみましょう.」トライアル眼鏡:R)S+1.50Dadd1.50D,L)S+1.50Dadd1.50D近々累進屈折力レンズ.試し掛け20分後の患者コメント:「手元はすっきり見えるし,雑誌を見ていても疲れない.眼鏡をはずした後,遠くが少し見やすくなったような気がする.」処方眼鏡度数:R)S+1.50Dadd1.50D,L)S+1.50Dadd1.50Dpd66mm近々累進屈折力レンズに決定.装用1カ月後の患者のコメント:「眼の疲れはまったくなくなり,長年続いていた肩こりもなくなった.裸眼視力が良くなったような気がする.眼鏡を掛けたときの遠くの見え方もそれほど悪くないので,会社にいる間はずっと装用しているようになった.」視力VD=1.0(1.5×0.50D)VS=0.9(1.5×0.75D)オートレフラクトメータ値R)S0.75DC0.25DAx90°L)S1.00DC0.00DAx0°処方眼鏡視力右眼0.9,左眼0.9,両眼=1.2.処方眼鏡の近方視力右眼1.2,左眼1.2.解説:シニア世代に入って視力低下,近視が進行する例がVDT作業者で見かけられることが多くなっている.若い頃に裸眼視力が良かったかを聴取することは,矯正を考えるうえで参考になる.オートレフラクトメータの値では近視眼に検出されるが,同時雲霧法でプラスの値が検出されたため,遠方矯正の必要はないと思われた.作業中の調節負荷を軽減することによって,裸眼視力も改善し,疲れも解消した症例である.4.眼鏡が掛けられない成人遠視眼―累進屈折力で対処〔ケース4〕24歳,女性.職業:事務職.主訴:眼の疲れ,肩こり,頭痛.現病歴:学生の頃から眼は疲れやすかったが,就職しみがあり,階段を下りるときには足を踏み外しそうになったこともありましたが,2週間ほどで慣れて,今はまったく違和感がありません.よく見えますし,VDT(videodisplayterminal)作業も楽になりました.」解説:一度過矯正を経験した眼の矯正度数を下げるのは容易ではない.両眼同時雲霧法が正しくできれば,本来の適正度数を探すことはできるが,その度数で装用しても,たいていはよく見えない.このような場合には弱い度数の累進屈折力レンズが奏効することが多く,苦痛を与えることなく,適正な矯正度数に導くことができる.初期には眼鏡のアイポイントを低めに装用しているが,装用に慣れるにつれて,アイポイントが高い位置になるような装用に変わってくる.この時期に,もう一度,レンズの度数調整ができれば,さらに快適な矯正を提供できる.3.VDT作業者―近々累進作業用眼鏡で対処〔ケース3〕58歳,男性.職業:事務職(VDT作業1日45時間).主訴:眼の疲れと視力低下.現病歴:半年前頃から眼が疲れやすくなり,夕方になると眼の奥が痛くなり,遠くがかすむことがよく起こる.眼鏡は半年前に作製して持っているがほとんど使っていない.現症:視力VD=0.6(1.5×1.00D)VS=0.6(1.5×1.00D)オートレフラクトメータ値R)S1.25DC0.50DAx90°L)S1.50DC0.25DAx90°所持眼鏡:R)S1.25DC0.50Ax90°add+2.75DL)S1.25DC0.50Ax90°add+2.75D(6カ月前に眼鏡店で作製した).所持眼鏡視力右眼1.5,左眼1.5.所持眼鏡の近方視力右眼1.5,左眼1.5.前眼部,中間透光体および眼底:異常なし.眼位:正位.瞳孔間距離68mm.両眼同時雲霧法による視力VB=1.5[R:S+0.25D,L:S+0.25D]———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009773(49)装用1カ月後の患者のコメント:「足下を見たときに少し浮き上がって見えて,最初の2週間ぐらいは,何度か足をくじきそうになったが,最近では慣れたようで,階段を下りるときの不安はなくなった.眼の疲れはまったくなくなり,VDT作業も楽になった.」患者への説明:「この眼鏡では遠視矯正はまだ不十分ですが,しばらくはこの度数で大丈夫だと思います.この眼鏡を装用していても,また疲れの症状が出るようになったら,もう少し遠視の矯正を強めるように度数変更を行います.」解説:小児の頃には眼鏡を装用していた遠視眼も,裸眼でも見えることから,成長とともに自発的に眼鏡装用を中止する場合が少なくない.小児では中等度以上の遠視があっても,眼鏡の装用にそれほど抵抗を示さないが,成人になってから装用する遠視の眼鏡は,視界の歪みと眼を動かしたときの像の動きの速さに馴染まず,装用困難を訴えることが多い.このような場合,低加入度数の累進屈折力レンズを用いて,近用度数の位置で遠視を矯正するという気持ちで,遠用度数は装用に違和感を生じない程度まで低矯正にすることによって,装用が容易になり,遠視による調節負荷の軽減もできて,眼の疲れの解消に役立つことがある.5.遠視眼の老視―累進屈折力レンズで対応〔ケース5〕68歳,男性.職業:なし.主訴:眼の疲れ,視力低下,眼鏡が合わない.現病歴:若い頃から眼は疲れやすかったが,最近は遠くも見づらくなってきた.4カ月前に遠近両用眼鏡を作製したが,かえって疲れるのでほとんど装用していない.現在は10年前頃に作製した老眼鏡を新聞を読んだりするときに用いているが,それも見づらくなった.現症:視力VD=0.7(1.2×+1.25D)VS=0.6(1.2×+1.50D)オートレフラクトメータ値R)S+1.25DC0.75DAx60°L)S+1.50DC1.00DAx130°所持眼鏡:R)S+0.75DC0.75Ax60°add+2.75DL)S+0.75DC0.75Ax120°add+2.75D所持眼鏡視力右眼1.0,左眼1.0.てから眼精疲労がさらにひどくなった.3カ月前に疲れの原因は遠視のためと言われ,眼鏡を処方されたが,装用するとかえって疲れがひどくなり,装用できない.眼鏡に慣れれば常用できるようになるし,眼の疲れも改善するはずと言われているが,頑張っても1日2時間も装用できない.とてもつらい.現症:視力VD=1.5(1.5×+1.00D)VS=1.5(1.5×+1.00D)オートレフラクトメータ値R)S+1.25DC0.25DAx90°L)S+1.25DC0.25DAx90°所持眼鏡:R)S+2.00D,L)S+2.00D(3カ月前に眼科で処方された).所持眼鏡視力右眼0.8,左眼0.8.所持眼鏡の近方視力右眼1.5,左眼1.5.前眼部,中間透光体および眼底:異常なし.眼位:正位.瞳孔間距離58mm.両眼同時雲霧法による視力VB=1.5[R:S+2.00D,L:S+2.00D].患者への説明:「確かに中等度の遠視があり,眼の疲れを改善させるためには眼鏡の装用が必要です.現在お持ちの眼鏡の度数は間違いとはいえませんが,成人になってからはじめて装用する眼鏡としては少し無理があります.少し特殊な眼鏡になりますが,比較的若い疲れ眼世代の矯正のために開発された累進屈折力レンズで試してみましょう.」第1トライアル眼鏡:R)S+1.00Dadd+1.00D,L)S+1.00Dadd+1.00D累進屈折力レンズ.試し掛け20分後の患者のコメント:「視界の歪みが気になってやはり掛けにくい.」第2トライアル眼鏡:R)S+0.75Dadd+1.00D,L)S+0.75Dadd+1.00D累進屈折力レンズ.試し掛け20分後の患者のコメント:「これならば視界の歪みは先ほどよりは気にならないし,装用できそうな気がする.雑誌を見ても疲れないような気がする.」処方眼鏡度数:R)S+0.75Dadd+1.00D,L)S+0.75Dadd+1.00Dpd58mm累進屈折力レンズに決定.———————————————————————-Page6774あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(50)の見え方にも問題はなく,この眼鏡ひとつですべて足りる.」解説:常用眼鏡を使用しないで完全な老眼を迎えてしまった遠視眼の矯正は,はじめての遠近両用眼鏡を処方するときに遠方の完全矯正を目指さないほうがよい.遠方の完全矯正を行えば,確かに遠くはよく見えて感激されるが,その分,近方の加入度数は大きく設けなければならず,結果として累進屈折力レンズ特有の視野の歪みに慣れず,装用できないことも多い.遠方の矯正は裸眼視力よりも少し良いくらいまで,遠視を過矯正にすることによって,近方の加入度数が小さくても近方視のための十分な矯正度数を提供でき,装用しやすくなる.もし,遠方の矯正視力に不満が出るようならば,低加入度数の累進屈折力レンズの常用に慣れてから,遠方の矯正を完全矯正に近づけ,近用加入度数も強くするように変更すれば,視野の歪みを強く意識することなく,高加入度数の累進屈折力レンズが快適に装用できるようになる.もし,はじめての処方で遠方を過矯正にして,遠方視力に不満が生じるようならば,遠方から中間距離までの累進屈折力レンズの常用と,中近あるいは近々累進屈折力レンズの作業用の2つの眼鏡を使い分けるように指導するのが望ましい.おわりに眼精疲労の訴えを聴取したときには,訴えの原因が毛様体筋にあるのか外眼筋にあるのかを予測することが大切である.適切な調節機能検査と眼位検査を行えば,治療方針は容易に定まり,矯正用具の処方のみで,眼精疲労の発症を抑制することができる.文献1)梶田雅義:眼位異常と調節異常.あたらしい眼科21:1173-1178,20042)梶田雅義:快適な累進屈折力眼鏡処方のコツ.視覚の科学29:99-102,2008所持近用眼鏡:R)S+2.50D,L)S+2.50D(10年前頃に眼鏡店で作製した).所持眼鏡の近方視力右眼0.8,左眼0.8.前眼部:異常なし.中間透光体:加齢白内障を認める.眼底:異常なし.眼位:正位.瞳孔間距離62mm.両眼同時雲霧法による視力VB=0.8[R:S+2.00D,L:S+2.00D]VB=1.0[R:S+1.75D,L:S+1.75D]VB=1.2[R:S+1.50D,L:S+1.50D]患者への説明:「遠視と老視があり,それに白内障が加わっています.現在お持ちの遠近両用眼鏡は見えることだけを考えれば,間違いとはいえませんが,常用する眼鏡としては少し無理があると思います.まずは,眼の疲れをなくすことを主な目的にして,累進屈折力レンズで試してみましょう.」患者の意見:「遠近両用眼鏡は値段が高かったし,自分には合っていなかったので,遠近両用レンズにはしたくない.」患者への説明:「現在の眼は遠近両用眼鏡でないと,眼の疲れを解消できません.現在お持ちの遠近両用眼鏡ははじめて使用する眼鏡としては加入度数が強すぎで,使えなかったと思いますが,これから試す遠近両用はまったく違うと思いますので,一度試してから考えましょう.」トライアル眼鏡:R)S+2.00Dadd+1.75D,L)S+2.00Dadd+1.75D累進屈折力レンズ.試し掛け20分後の患者のコメント:「視界の歪みはまったく気にならないし,遠くもよく見える.近くは今までの老眼鏡よりも良く見えるし,歩いても足下はまったく気にならない.」処方眼鏡度数:R)S+2.00Dadd+1.75D,L)S+2.00Dadd+1.75Dpd62mm累進屈折力レンズに決定.装用1カ月後の患者のコメント:「まったく違和感もなく装用にはすぐに慣れた.遠くもよく見えるし,近く