———————————————————————-Page1(117)9830910-1810/09/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科26(7):983986,2009cはじめに角膜穿孔例には穿孔の閉鎖が必要であり,その治療法として角膜移植術が行われることが一般的である.しかし,日本では慢性的に角膜ドナーが不足しており,早急に外科的治療が必要な穿孔性角膜疾患に対し,対応に苦慮する場合がある.近年,穿孔性角強膜疾患に対し,羊膜を角膜や強膜の欠損部に充する多層羊膜移植術(multilayeredamnioticmembranetransplantation:MAMT)の有効性が報告されている16)が,その長期経過に関する報告は限られておりMAMTの長期予後については不明な点もある.今回筆者らは,角膜穿孔3症例に対してMAMTを行い,移植羊膜の生着を術後長期にわたり観察できたので報告する.I対象および方法対象は平成12年4月から平成19年3月までに,旭川医科大学眼科(以下,当科)にて角膜穿孔に対しMAMTを施行した3例3眼(男性1例,女性2例)である.羊膜は旭川医科大学倫理委員会の承認のもと,インフォームド・コンセントを得て,ウイルス性疾患に罹患していない妊婦の帝王切開時に無菌的に得られた胎盤組織より採取した.洗浄後に3cm角に切断し,グリセオールとDMEM(Dulbecco変法Eagle培地)を1:1に混合した保存液に入れ,80℃で冷凍保存した.手術は既報を参考にして行った13).2%キシロカインでTenon下麻酔を行い,潰瘍底を掻爬し潰瘍周囲の接着不良な角膜上皮も可能な限り除去後,潰瘍をカバーするように〔別刷請求先〕五十嵐羊羽:〒078-8510旭川市緑が丘東2-1-1-1旭川医科大学眼科学講座Reprintrequests:ShoIgarashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalCollege,2-1-1-1MidorigaokaHigashi,Asahikawa-shi078-8510,JAPAN多層羊膜移植術が長期間有効であった角膜穿孔の3症例溜裕美子*1五十嵐羊羽*1花田一臣*1村松治*2吉田晃敏*1*1旭川医科大学眼科学講座*2斗南病院眼科ThreeCasesofCornealPerforationSuccessfullyTreatedfortheLongTermwithMultilayeredAmnioticMembraneTransplantationYumikoTamari1),ShoIgarashi1),KazuomiHanada1),OsamuMuramatsu2)andAkitoshiYoshida1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalCollege,2)DepartmentofOphthalmology,TonanHospital多層羊膜移植術(multilayeredamnioticmembranetransplantation:MAMT)を施行後,移植羊膜の生着を術後長期にわたり観察できた角膜穿孔の3症例を経験したので報告する.症例1は69歳,女性,症例2は65歳,女性,症例3は76歳,男性.すべての症例で角膜潰瘍穿孔を認め,MAMTを施行した.術後それぞれ約8年半,3年,2年経過しているが,移植した羊膜は生着している.潰瘍の再発はなく,角膜の上皮化も維持されている.保存的治療法に反応せず,非感染性と考えられる角膜潰瘍の穿孔例に対しMAMTは有効であり,長期にわたり穿孔の閉鎖,角膜の上皮化を維持できた.MAMTは術後長期間良好な状態を保つことができる手術の一つであると考えられる.Weperformedmultilayeredamnioticmembranetransplantation(MAMT)forperforatedcornealulcersin3eyesof3patientsatAsahikawaMedicalCollege.Afterpostoperativefollow-upperiodsofabout8.5,3,and2years,thetransplantedamnionmembranessurvived.Theulcersdidnotrecur,andthecornealepithelizationwasstable.MAMTiseectivefortreatingnoninfectiouscornealperforationsthatareunresponsivetononinvasivetherapies.Theperforationsresolved,andthecornealepithelizationremainedintactinourpatientsoverthelongterm.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(7):983986,2009〕Keywords:多層羊膜移植術,角膜穿孔,羊膜,角膜移植.multilayeredamnioticmembranetransplantation,cornealperforation,amnioticmembrane,keratoplasty.———————————————————————-Page2984あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(118)羊膜を10-0ナイロン糸で縫着し,その後小さく切り取った羊膜を縫着した羊膜の下に充した.さらに羊膜パッチを行って角膜全体を覆い,上皮の再生を促した.II症例〔症例1〕69歳,女性.主訴:左眼痛.現病歴:幼少時に左眼は失明し,点墨術を施行された.1週間前から左眼に異物感が出現.徐々に痛みも出現してきたため平成12年4月,当科を受診した.初診時所見:矯正視力は右眼(1.0×1.75D(cyl1.50DAx120°),左眼無光覚弁.左眼の角膜中央部に潰瘍を認め,潰瘍の中央部で穿孔していた(図1a).左眼の中間透光体,眼底は透見不能であった.右眼には特記すべき所見は認めなかった.経過:平成12年4月,MAMTを施行した.パッチした羊膜は術後1週間ではずした.羊膜パッチを除去した時点で,羊膜上は角膜上皮化していた(図1b,c).術後約8年半経過しているが,潰瘍の再発はなく,安定した状態を保っている(図1d).〔症例2〕65歳,女性.主訴:右眼痛.現病歴:幼少時の感染症により右眼の角膜混濁を認めていたが,受診歴なく経過していた.1週間前から右眼痛が出現したため近医受診.右眼角膜の潰瘍穿孔を指摘され,抗菌点眼薬・眼軟膏にて10日間治療されたが改善しないため,平成17年12月,当科を紹介され受診した.初診時所見:矯正視力は右眼(0.03),左眼(0.5×+0.50D(cyl0.50DAx100°).右眼の角膜中央やや下方に潰瘍穿孔を認めた(図2a).左眼の角膜に特記すべき所見は認めなかった.両眼とも軽度の白内障を認めるが,眼底に異常所見は認めなかった.経過:平成18年1月,MAMTを施行した.術後2週間で羊膜パッチを除去した時点で,羊膜上の角膜は上皮化していた.術後約3年経過しているが,潰瘍再発はなく,移植した羊膜の融解・脱落も認められてない(図2b,c).矯正視力は右眼(0.03),左眼(0.5×+1.50D(cyl1.00DAx120°)である.〔症例3〕76歳,男性.主訴:右眼異物感.現病歴:約50年前に右眼外傷の既往があるが,以後受診歴なく経過.平成19年3月,近医にて右眼角膜の潰瘍穿孔を指摘される.ソフトコンタクトレンズ,自己血清点眼にて1週間治療されたが改善せず,同月当科を紹介され受診した.初診時所見:矯正視力は右眼(0.3×3.50D(cyl4.00DAx100°),左眼(0.6×1.75D(cyl1.25DAx120°).右眼角膜の上耳側周辺部に潰瘍穿孔と穿孔部への虹彩の嵌頓を認めた(図3a).左眼の角膜に特記すべき所見は認めなかった.両眼ともに中等度の白内障,黄斑変性を認め,さらに左眼には黄斑前膜を認めた.図1症例1の前眼部所見a:初診時.角膜中央に潰瘍を認め,潰瘍の中央部で穿孔している(矢印).b:術後1カ月.羊膜上は角膜上皮化しており,移植片の融解・脱落は認めない.c:図1bのシェーマ.①は角膜実質の欠損部に詰めた羊膜(第1層,羊膜スタッフ).②は角膜上皮の代用基底膜として留置された羊膜(第2層,羊膜グラフト).伸展してきた角膜上皮を保護するための羊膜(第3層,羊膜パッチ)はすでに除去されている.d:術後8年.移植片は生着し,安定した状態を保っている.①②acbd図2症例2の前眼部所見a:入院時.角膜中央やや下方に潰瘍穿孔を認める(矢印).b:術後1カ月.羊膜上は角膜上皮化している.c:術後2年.移植片は生着し,融解・脱落は認めない.acb———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009985(119)経過:平成19年3月,MAMTを施行した.前房内に粘弾性物質を注入する際,虹彩の嵌頓を解除した.穿孔は閉鎖し(図3b),術後約2年経過しているが,移植した羊膜の融解・脱落は認められていない(図3c).矯正視力は右眼(0.06×3.00D(cyl3.00DAx90°),左眼(0.4×2.25D(cyl1.00DAx120°)である.III考按羊膜には上皮の分化・増殖促進作用,抗炎症作用,線維芽細胞の増殖抑制作用などが報告されており710),Kimらによる羊膜を用いた眼表面再建の報告以後7),羊膜移植はさまざまな眼表面疾患に対し行われている.特に角結膜化学熱傷やStevens-Johnson症候群などの瘢痕性角結膜疾患,角膜潰瘍穿孔,遷延性角膜上皮欠損に適応があるとされている610).穿孔性角強膜疾患に対しては,角膜実質の欠損部に羊膜を詰め(羊膜スタッフ),その上から代用基底膜として羊膜を留置し(羊膜グラフト),さらに伸展してくる角膜上皮を保護するためのカバーとして羊膜を留置(羊膜パッチ)する3つの要素を組み合わせた羊膜移植であるMAMTの有効性が報告されている16).MAMTは保存的治療法に反応しない非感染性の角膜潰瘍や角膜小穿孔が適応とされており6),筆者らも保存的治療法に反応せず,角膜浸潤や血管侵入,前房の炎症所見などが少ない,非感染性と考えられる角膜潰瘍の穿孔を適応としている.穿孔の位置や形にもよるが,2mm前後の大きさまで適応になると考えている.MAMTは手術手技が比較的容易であり,最終的に角膜移植が必要な場合でも,MAMTを施行することでドナー角膜を確保するまでの間,眼球の構造を維持することができる.さらに羊膜には抗原性が少なく,移植しても拒絶反応を起こすリスクが低いとされる10).しかし,角膜上皮欠損の遷延や上皮の羊膜下への侵入が生じた場合は,羊膜の融解,脱落が起こる可能性がある.また,移植した羊膜は透明化しないため,病変が瞳孔にかかる場合には二次的な角膜移植を考慮する必要がある6).今回の症例の場合,症例1では幼少時すでに失明しており,光学的改善を目的とした角膜移植ではなくMAMTが選択された.症例2では幼少時からの角膜混濁により弱視であったこと,角膜潰瘍が瞳孔からやや外れており,MAMT施行後の視力が術前と変わりなかったことから二次的に角膜移植は行わず経過観察している.症例3ではMAMTを施行することで穿孔は閉鎖し,移植羊膜は上皮化したが,術前矯正視力0.3から術後矯正視力0.06と低下した.視機能向上のためには光学的角膜移植が必要であることを患者に説明したが手術を希望せず,現在まで経過観察を続けている.MAMTで羊膜が生着しなかった場合や,穿孔創がある程度大きい場合,感染性角膜潰瘍が疑われる場合には治療的角膜移植が必要となり,すぐに新鮮角膜が入手できない場合には保存角膜が使用される11).保存角膜は内皮機能を失っており角膜の透明治癒は得られないものの,角膜の補強や病変の除去には有用である.しかし,新鮮角膜に比べ脆弱であり,水流らは角膜移植後の再穿孔率は保存角膜では新鮮角膜の約7倍であったと報告している12).今回,筆者らは非感染性の角膜潰瘍穿孔のみをMAMTの適応としているが,Nubileらによる感染に伴う角膜穿孔に対するMAMTが有効であったとの報告もある13).穿孔創の大きさなど制限がない場合は積極的にMAMTを行い,炎症を沈静化させてから新鮮角膜で移植を行うなど,今後MAMTの適応範囲を広げる検討も必要であると考えている.このように,MAMTは非常に有効な術式であるが長期経過についての報告は少ない.Chenらの3年2カ月4),並木らの4年14)という報告があるが,さらに長期のものは報告されていない.MAMTでは自己免疫疾患やneurotrophickeratitisによる潰瘍穿孔,角膜輪部障害が強い症例,穿孔径が1.5mm以上の症例では予後不良13,5)とされている.また,羊膜移植後の組織学的検討についてはGrisらの報告がある.羊膜は再吸収されると新たな線維性実質に置換されていき,同時に角膜の透明性は失われていくが,角膜実質への血管侵入がなく,臨床的に明らかな炎症所見がない場合,羊膜の再吸収の速度は遅い.これに対し,角膜実質への血管侵入があり炎症所見がある場合,羊膜は急速に再吸収されると報告されている15).今回の筆者らの症例は穿孔径が1.5mmを超えるものもあったが,他に予後不良とされる条件がなく,非感図3症例3の前眼部所見a:初診時.角膜の上耳側周辺部に潰瘍穿孔を認める(矢印).b:術後3日.羊膜パッチ除去前.穿孔は閉鎖し,前房は保たれている.c:術後1年.移植片は生着している.acb———————————————————————-Page4986あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(120)染性で炎症所見が少なかったため,羊膜移植術後も長期間眼球形態が維持されたと考えている.今回筆者らは保存的治療法に反応せず,非感染性と考えられる角膜潰瘍穿孔の3症例に対しMAMTを行い,穿孔の閉鎖,角膜上皮化の維持を長期にわたり経過観察することができた.MAMTは術後長期間安定した状態を保つことができる手術の一つであると考えられる.文献1)KruseFE,RohrschneiderK,VolckerHE:Multilayeredamnioticmembranetransplantationforreconstructionofdeepcornealulcers.Ophthalmology106:1504-1510,19992)SolomonA,MellerD,PrabhasawatPetal:Amnioticmembranegraftsfornontraumaticcornealperforations,descemetoceles,anddeepulcers.Ophthalmology109:694-703,20023)HanadaK,ShimazakiJ,ShimmuraSetal:Multilayeredamnioticmembranetransplantationforsevereulcerationofthecorneaandsclera.AmJOphthalmol131:324-331,20014)ChenHJ,PiresRT,TsengSC:Amnioticmembranetransplantationforseverneurotrophiccornealulcers.BrJOphthalmol84:826-833,20005)Rodriguez-AresMT,TourinoR,Lopez-ValladaresMJetal:Multilayeramnioticmembranetransplantationinthetreatmentofcornealperforations.Cornea23:577-583,20046)小林顕:角膜潰瘍・穿孔治療のための羊膜複数枚移植.眼科プラクティス13:150-151,20077)KimJC,TsengSCG:Transplantationofpreservedhumanamnioticmembraneforsurfacereconstructioninseverelydamagedrabbitcorneas.Cornea14:473-484,19958)TsengSCG,PrabhasawatP,LeeSH:Amnioticmembranetransplantationforconjunctivalsurfacereconstruction.AmJOphthalmol124:765-774,19979)LeeSH,TsengSCG:Amnioticmembranetransplantationforpersistentepithelialdefectswithulceration.AmJOph-thalmol123:303-312,199710)島潤:羊膜移植.眼科診療プラクティス47:102-107,199911)五十嵐羊羽,島潤,坪田一男:新鮮角膜を用いた治療的角膜移植の成績.臨眼52:204-209,199812)水流忠彦,山上聡:角膜穿孔に対する角膜移植手術とその予後.眼科39:75-80,199713)NubileM,CarpinetoP,LanziniMetal:Multilayeramni-oticmembranetransplantationforbacterialkeratitiswithcornealperforationafterhyperopicphotorefractivekerate-ctomy:casereportandliteraturereview.JCataractRefractSurg33:1636-1640,200714)並木文子,中神哲司,永瀬康規ほか:浜松医科大学附属病院眼科において羊膜移植術を施行した11例12眼の検討.あたらしい眼科22:1117-1121,200515)GrisO,Wolley-DodC,GuellJLetal:Histologicndingsafteramnioticmembranegraftinthehumancornea.Oph-thalmology109:508-512,2002***