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SA40N とクラリフレックスの術後比較

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(129)5610910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(4):561563,2009cはじめにわが国では画一的な診療報酬点数のなかで,種々の眼内レンズが使用されている.今回筆者らはクラリフレックスRにおけるNEIVFQ-25(The25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire)の実施に伴い,SA40NでのNEIVFQ-25を比較検討した.NEIVFQ-25Ver1.3は国際的に広く認められたQOL(qualityoflife)尺度であり,その日本語版は計量心理学的な手法に則り,信頼性と妥当性が確認されたものである1).VFQ-25は視覚関連QOLを測定する25項目からなる.I対象および方法フォルダブル眼内レンズはAMO社製クラリフレックスRで,2006年4月2007年4月の期間に術前視力0.7以下,術後視力1.0以上で,白内障の程度はLOCS(水晶体混濁分類法)III分類にて核16,ASC(前下混濁)とPSC(後下混濁)15の150例(平均年齢68.3±11.4歳,男性70例,女性80例)を対象とした.術式は同一術者により3.0mm上方角膜切開,超音波乳化吸引術,内固定とした.予測屈折値は優位眼は-0.25D-0.75D,僚眼は-1.75D-2.00Dとした.多焦点レンズでは2006年4月2007年4月の期間に術前視力0.7以下,術後視力1.0以上で,白内障の程度はLOCSIII分類にて核16,PSC15の15例(5976歳,平均年齢67歳,男性7例,女性8例)を対象とした.観察期間は90365日(平均290日)であった.術式は同一術者により3.0mm上方角膜切開,超音波乳化吸引,内固定とした.予測屈折値は0+0.50Dとした.使用したレンズはAMO社製フォルダブル屈折型多焦点眼内レンズ(SA40N:2007年12月にわが国での販売は終了している)で近方加入度は+3.50Dであり,適応基準は,角膜乱視-2.00D以内であること,夜間の運転を職業としないこと,明室で瞳孔径〔別刷請求先〕佐藤功:〒253-8558茅ヶ崎市幸町14-1茅ヶ崎徳洲会総合病院眼科Reprintrequests:IsaoSato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ChigasakiTokushukaiMedicalCenter,14-1Saiwaicho,ChigasakiCity,Kanagawa253-8558,JAPANSA40NとクラリフレックスRの術後比較佐藤功石原兵治高梠智彰吉田正至茅ヶ崎徳洲会総合病院眼科PostoperativeComparison:SA40Nvs.CLARIFLEXRIsaoSato,HeijiIshihara,TomoakiKourokiandTadashiYoshidaDepartmentofOphthalmology,ChigasakiTokushukaiMedicalCenterわが国では画一的な診療報酬点数のなかで,種々の眼内レンズが使用されている.今回筆者らは国内での使用が少ない多焦点眼内レンズが,満足度を十分得られているか検討した.対象は3.0mmの上方角膜切開よりSA40Nを挿入した5976歳までの15例で,患者満足度の評価方法はVFQ-25Ver1.3を用いた.検討項目に対して,ほぼ全項でポイントの上昇を認めた.SA40Nでの評価は,当院におけるVFQ-25Ver1.3を用いたクラリフレックスR(CLARI-FLEXR)での評価を上回った.VariousintraocularlensesareusedinuniformmedicaltreatmentfeepointsinJapan.WeinvestigatedwhetherornottherewasacorrespondinghighlevelofsatisfactionwithamultifocalintraocularlensthatisnotwidelyusedinJapan.TheSA40Nwasinsertedinto15patients,from59to76yearsofage,viaa3.0mmuppercornealincision.VFQ-25Ver1.3wasusedasanecacymeasure,forpatientsatisfaction.Thescoreofallpatientsincreasedinalmostallscales.ThescoreforSA40NexceededthatforCLARIFLEXRinthehospitalusingVFQ-25Ver1.3.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):561563,2009〕Keywords:多焦点眼内レンズ,単焦点眼内レンズ,VFQ-25Ver1.3.multifocalintraocularlens,monofocalin-traocularlens,VFQ-25Ver1.3.———————————————————————-Page2562あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(130)3.5mm以上であること2),白内障以外に視力に影響を及ぼす眼疾患がないこと,両眼挿入可能であること,多焦点機能について理解し十分なインフォームド・コンセントの得られたものであった3).検討項目は術後1年において5mの遠方視力,遠方視時の等価球面度数,近方視力(任意距離),近点距離,VFQ-25の測定(12項目),多焦点レンズに関連した項目として遠方,近方視時の満足度,眼鏡装用状況,グレア・ハローの有無とした.II結果術後視力(図1,多焦点レンズ)は,遠方視では裸眼視力1.0以上は74%だが,矯正視力で1.0以上出なかったものは1眼のみであった.近方視力では裸眼視力0.6以上が50%だが,矯正視力では全症例において1.0以上であった.等価球面度数と近点距離(図2,多焦点レンズ)では2カ月後にやや一時的に遠視化するものの3カ月後以降では予測どおり近点距離が平均32cmであった.白内障術前後のVFQ-25スコア(図3)では,大鹿ら4),当院でのフォルダブル眼内レンズ,当院での多焦点レンズの3グループにてスコアをそれぞ0102030405060708090100:大鹿ら術前:大鹿ら術後:フォルダブルIOL術前:フォルダブルIOL術後:多焦点IOL術前:多焦点IOL術後VFQ-25スコア総合得点心の健康役割制限自立社会生活機能色覚周辺視野運転遠見視力行動近見視力行動目の痛み全体的見え方図3白内障手術前後のVFQ25スコア(手術前後で3グループとも改善):大鹿ら:フォルダブルIOL:多焦点眼内レンズVFQ-25スコア051015202530総合得点心の健康役割制限自立社会生活機能色覚周辺視野運転遠見視力行動近見視力行動目の痛み全体的見え方図4VFQ25スコア改善度0.5-0.2500.250.50.7511.251.51.751週間1カ月2カ月3カ月1週間1カ月2カ月3カ月24262830323436384042(cm)(D)術後観察期間術後観察期間近点距離等価球面度数図2等価球面度数と近点距離(多焦点レンズ)1.0以上15眼(50%)30眼(100%)1.0以上遠方近方裸眼矯正0.7~1.07眼(23%)0.7未満1眼(3%)0.91眼(3%)1.0以上22眼(74%)0.4~0.613眼(43%)0.4~0.613眼(43%)0.4未満2眼(7%)0.6以上15眼(50%)1.0以上30眼(100%)1.0以上29眼(97%)図1術後視力(多焦点レンズ)(n=30)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009563(131)れ表示した.白内障によって患者の術前のQOLは著しく障害されているが,術後のQOLは大鹿らと同様に改善した.当院でのフォルダブル眼内レンズを用いたVFQスコアも,大鹿らと類似した結果が得られた.3グループにおける術後スコアから術前スコアをそれぞれ引いたものを改善度(図4)とした.全体的見え方,近見視力行動,遠見視力行動,社会生活機能,心の健康,総合得点の6項目は多焦点レンズにおいて他よりも改善度が上回った.近見視力行動,遠見視力行動,運転,役割制限において,4項目は当院におけるフォルダブル眼内レンズは大鹿らを上回っていたが,これは狙い度数の違いによるものと考えられた.心の健康や総合得点では大鹿らのフォルダブル眼内レンズと当院での多焦点レンズが当院でのフォルダブル眼内レンズを上回った.全体的見え方,心の健康,総合得点では多焦点眼内レンズが最も高い改善度を認めた.III考按多焦点眼内レンズは術後の眼鏡への依存度を軽減するために使用されるもので,それがこのレンズの特徴であり,多焦点眼内レンズを使用した場合,理論上も臨床上も視機能低下が起きることが知られている(コントラスト感度低下,グレア・ハローなど)511).一方,VFQ-25は設問前の患者への注意にあるように,眼鏡(またはコンタクトレンズ)矯正下での視機能や見え方への満足度を調べるものである.患者への説明には,「もし,眼鏡やコンタクトをお使いの方は使っているときのことを答えてください.時々しか使わない場合でも,すべての質問に使っているものとして答えてください.」とあるため,このアンケートでは多焦点眼内レンズの「眼鏡依存度の減少」というQOLへのメリットは反映されず,「視機能低下」の面のみが反映されることが予想される.実際のスコアにおいて「自立」の改善度が低いことから,「眼鏡依存度の減少」というQOLへのメリットは予想どおり反映されなかった.しかし「視力行動」と「全体的見え方」の改善度が高いことからは,「視機能低下」の面のみが反映される予想とは異なる結果が得られた.これはQOLの改善度において,白内障に対する「水晶体再建術」の効果が高いためと思われた.わが国では画一的な診療報酬点数のなかで,さまざまな眼内レンズが使用されているが,SA40Nの使用によりVFQ-25スコアでの術後総合得点改善率は28.3%が32.8%になる程度であった.しかしSA40Nは新しい多焦点眼内レンズに比べ成績が不良であることも報告されており,新しい回折型多焦点眼内レンズとは評価が異なる.それらを使用することによる満足度を患者が十分得られているかどうかは,屈折矯正手術に使用するアンケート方法12,13)などを用いたQOLの評価に基づき,今後の「水晶体再建術」の眼科診療報酬点数は,術式などによる差別化の必要があることを示唆していると思われた.文献1)大鹿哲郎,杉田元太郎,林研ほか:白内障手術による健康関連qualityoflifeの変化.日眼会誌109:753-760,20052)谷口重雄:多焦点眼内レンズ屈折型多焦点眼内レンズ(HOYASFX-MV1).あたらしい眼科25:1081-1086,20083)江口秀一郎:多焦点眼内レンズ多焦点眼内レンズの適応とインフォームド・コンセント.あたらしい眼科25:1049-1054,20084)大鹿哲郎:白内障手術とQOL.日本の眼科76:1399-1402,20055)根岸一乃:眼内レンズ選択多焦点眼内レンズ─屈折型.眼科手術21:293-296,20086)荒井宏幸:多焦点眼内レンズ回折型レンズ(アクリリサ)の術後成績.あたらしい眼科25:1076-1080,20087)藤田善史:多焦点眼内レンズレストアの術後成績.あたらしい眼科25:1071-1075,20088)大木孝太郎:多焦点眼内レンズテクニス回折型多焦点眼内レンズの治療成績.あたらしい眼科25:1066-1070,20089)佐伯めぐみ:多焦点眼内レンズ多焦点眼内レンズ挿入術の術前・術後検査.あたらしい眼科25:1061-1065,200810)林研:多焦点眼内レンズ屈折型と回折型レンズの特徴と使い分け.あたらしい眼科25:1087-1091,200811)ビッセン宮島弘子:多焦点眼内レンズ多焦点眼内レンズと乱視矯正.あたらしい眼科25:1093-1096,200812)ScheinOD:Themeasurementofpatient-reportedout-comesofrefractivesurgery:therefractivestatusandvisionprole.TransAmOphthalmolSoc98:439-469,200013)PesudovsK,GaramendiE,ElliottDB:Thequalityoflifeimpactofrefractivecorrection(QIRC)questionnaire:Developmentandvalidation.OptomVisSci81:769-777,2004***

入院加療を要したコンタクトレンズ装用が原因と考えられる感染性角膜炎の検討

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(125)5570910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(4):557560,2009cはじめに感染性角膜炎全国サーベイランスによると,2003年に全国24施設に来院した感染性角膜炎患者の年齢分布は20歳代と60歳代にピークを認める二峰性を示し,20歳代の患者のコンタクトレンズ(CL)使用率は89.8%であったという1).2002年以降の東邦大学医学部医療センター大森病院(以下,当院)にて入院を要した感染性角膜炎の症例においても同様の傾向を示しており,2005年,2006年では約半数がCL使用者であった.近年,CL装用は従来型のハードコンタクトレンズ(HCL)やソフトコンタクトレンズ(SCL)からディス〔別刷請求先〕岡島行伸:〒143-8451東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医学部医療センター大森病院眼科学教室Reprintrequests:YukinobuOkajima,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,7-5-23Omori-nishi,Ota-ku,Tokyo143-8451,JAPAN入院加療を要したコンタクトレンズ装用が原因と考えられる感染性角膜炎の検討岡島行伸小早川信一郎松本直平田香代菜杤久保哲男東邦大学医学部眼科学教室EvaluationofClinicalandEpidemiologicalFindingsinContactLens-RelatedInfectiousCornealUlcersRequiringHospitalizationatTohoUniversity,OmoriHospitalYukinobuOkajima,ShinichiroKobayakawa,TadashiMatsumoto,KayonaHirataandTetsuoTochikuboDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine2005年1月から2007年12月の期間に東邦大学医学部大森病院にて入院加療を要したコンタクトレンズ(CL)が起因と思われる感染性角膜炎18例19眼(男性8例8眼,女性10例11眼,平均年齢25.5±7.9歳)を対象に,①視力(入院時および治療終了時),②種類,③装用方法,④原因と推測される検出細菌の種類と検出経路,⑤発生年について検討した.入院時視力は0.1未満が7眼(36%),0.1から0.6以下は6眼(31%)であり,治療終了時視力は0.7以上が18眼(94%)であった.種類は,使い捨てソフトコンタクトレンズ(DSCL)が3眼(16%),頻回交換型SCL(FRSCL)が9眼(47%)であった.装用方法は,守っていなかった例が8眼(42%)であった.角膜擦過から2眼(11%),CLあるいはCL保存液からは12眼中9眼(75%),細菌あるいはアカントアメーバが検出された.種類は角膜擦過から全例Pseudomonasaeruginosaが検出され,CLあるいはCL保存液からはPseudomonasaeruginosa8例,Serratiamarce-scens5例,Acanthamoeba1例などが検出された.発生数は,2005年2眼(11%),2006年9眼(47%),2007年8眼(42%)であった.CL使用についてさらなる啓蒙が必要であると考えられた.AretrospectiveanalysiswascarriedoutinTohoUniversity,OmoriHospitaltoevaluatetheclinicalandepide-miologicalaspectsofcontactlens(CL)-relatedinfectiouscornealulcersrequiringhospitalization.Allpatientsinfor-mationastocultures,type,usage,outcomeandyearwasobtainedfromthe18patients(19eyes)includedinthestudy.Thevisualacuityof13eyesathospitalizationwasbelow12/20.ThreeeyesuseddailydisposableCL,9eyesusedfrequentlyreplacementCL.CLusagewasincorrectin8eyes.Bacteriawereculturedfromthecorneain2eyes,andfromCLstoragein10eyes.ThemostfrequentlyculturedorganismswerePseudomonas(8cases)andSerratia(5cases);Acanthamoebawasculturedin1case.Thenalvisualacuityof18eyeswasabove14/20.Therehadbeennooutbreakbefore2004;infectionoccurredin9eyesduring2006andin8eyesduring2007.ItiscriticaltoeducateCLwearersregardingproperwearingtechniques.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):557560,2009〕Keywords:コンタクトレンズ,感染性角膜炎,使い捨てソフトコンタクトレンズ(DSCL),頻回交換型ソフトコンタクトレンズ(FRSCL),Pseudomonasaeruginosa.contactlens,infectiouskeratitis,disposablesoftcontactlens,frequentlyreplacementcontactlens,Pseudomonasaeruginosa.———————————————————————-Page2558あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(126)ポーザブルコンタクトレンズ(DSCL)や頻回交換型ソフトコンタクトレンズ(FRSCL)へと急速に変化しており,さらにインターネットによって高度医療管理機器であるCLを眼科受診することなく購入できる環境となっている.今回,CLに関連した感染性角膜炎の動向を把握する目的で,当院にて入院加療を要した感染性角膜炎(角膜潰瘍)の症例について,検討を行った.I対象および方法対象は,2005年1月から2007年12月の3年間に当院に入院加療を要したCLに起因した感染性角膜炎(角膜潰瘍)18例19眼(男性8例8眼,女性10例11眼)で,平均年齢は25.5±7.9歳(1748歳)であった.入院加療の適応は,CLに起因した明らかな感染性角膜炎(角膜潰瘍)かつ角膜全体の混濁を認め,初診医が入院加療の必要性を認めた症例とした.各々の症例について,①視力(入院時および治療終了時),②使用CLの種類,③CLの装用方法,④原因と推測される検出細菌の種類と検出経路,⑤発生年,⑥その他特記すべき背景について検討した.③CLの装用方法については,問診にて装用時間とCLケア方法を調査した.④病原体の分離,検出は,患者の同意を得たうえで病巣部(角膜)擦過およびCLやCLケースからの培養を施行した.角膜擦過は開瞼器をかけ,点眼麻酔下にて,円刃などを使用し病巣部の周辺部から中心へ擦過した.角膜擦過の検体,患者の使用していたCLおよびCLケース内の保存液は,シードスワブ2号(栄研化学㈱)および蒸留水入り滅菌試験管の2つに保存し当院検査部にて,培養を施行した.入院後の治療は,培養結果が得られるまで,レボフロキサシン(クラビッドR)またはガチフロキサシン(ガチフロR),トブラマイシン(トブラシンR),および塩酸セフメノキシム(ベストロンR)の計4種類の点眼を1時間ごと,オフサロキサシン眼軟膏(タリビッド眼軟膏R)の1日4回点入,および病巣部擦過を全症例に行った.さらに症状に応じて角膜掻破,抗菌薬の点滴および内服を追加した.培養結果が得られた後,計4種の点眼薬は適宜漸減した.なお,アカントアメーバが検出された症例では,イトラコナゾール(イトリゾールR)およびピマリシン(ピマリシン5%点眼液R)を追加した.対象となった症例に対しては治療経過中に臨床研究への参加の同意を得た.II結果1.視力(入院時および治療終了時)入院時視力:入院時0.01未満が5眼(26%),0.010.1以下が2眼(11%),0.1以上0.6以下が6眼(35%),0.7以上が4眼(21%),測定不能が2眼(11%)であった(図1).測定不能とは,痛みが強く検査に協力が得られず,正確な測定が行えなかった症例とした.7眼(37%)が入院時0.1未満であり,0.6以下は計13眼(68%)であった.治療終了時視力:治療終了時の矯正視力は,0.10.6が1眼(5%),0.7以上が18眼(95%)であった(図1).0.10.6の1眼は0.6であった.図中には示していないが,1.0以上得られた症例が14眼(74%)認められた.2.使用CLの種類入院前に使用されていたCLの種類については,不明の3眼(16%)を除き全例SCLが使用されていた(図2).DSCLが3眼(16%),FRSCL(2週間型)が9眼(47%),従来型SCLが4眼(21%)で,FRSCL(2週間型)を使用していた症例が最も多かった.3.CLの装用方法入院時に装用時間とCLケア方法について問診を行った.装用時間を守り,正しくケアを行っていた症例が7眼(37%),両方ともに怠っていた症例が8眼(42%),不明が4眼(21%)であった(図3).ほぼ行っていた,ときどき行っていなかったなどの回答は,守っていなかったと判定した.10.10.01LP治療終了時視力LPHMCF0.010.11入院時視力図1入院時および治療終了時の視力(n=19)LP:Lightperception(光覚弁),HM:Handmotion(手動弁),CF:Countingngers(指数弁).不明(3眼16%)従来型SCL(4眼21%)FRSCL(9眼47%)DSCL(3眼16%)図2使用CLの種類(n=19)DSCL:使い捨てSCL,FRSCL:頻回交換型SCL,SCL:softcontactlens.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009559(127)4.原因と推測される検出菌の種類と検出経路入院時に行った病巣部擦過および提供されたCLあるいはCLケース内の保存液の培養を行った(表1a,b).角膜擦過は全例(n=19),CLあるいはCLケース内の保存液の培養は12眼施行可能であった.角膜擦過では2眼(11%)のみ検出されたのに対し,CLあるいはCLケース内保存液からは9眼(47%)検出された.検出細菌の種類については,角膜擦過の検体からは,全例Pseudomonasaeruginosaが検出された(表1a).一方,CLあるいはCLケース内保存液からは,Pseudomonasaeruginosa8例,Serratiamarcescens5例,Flavobacteriumindologenes4例,Bacillus属1例,Acanthamoeba1例が検出された(表1b).同一検体から複数の細菌が検出されることが多かった.5.発生年時2005年2眼,2006年9眼,2007年8眼であった(図4).2005年以降の増加が著しくみられた.2004年以前には入院治療となるような重症例はみられなかった.6.その他特記すべき背景両眼発症が1例2眼,過去に同様のトラブルを起こして加療したことがある症例が2例2眼(10%),アトピー性皮膚炎4例4眼(20%),カラーCL使用例が1例1眼(5%)であった.III考按現在,わが国でのCL使用者人口は1,500万人ともいわれている.特にDSCLやFRSCLは多様化し,利用者はさらに増加傾向にある.今回,筆者らが特に印象的であったのは,入院加療を要したCL由来の感染性角膜炎(角膜潰瘍)の症例が2005年以降急増していたことであった.この原因については,CL人口の自然増加にあるためとは考えにくく,むしろDSCLやFRSCL使用者を取り巻く環境や使用者の意識の変化といったものが関与していると思われる.平成18年6月から平成19年7月までに日本コンタクトレンズ協議会が行った,CLの装用が原因と思われる眼のトラブルによりCLの装用中止あるいは一時装用中止を経験したことのある人を対象とした調査では,眼科医療機関に併設する販売店から購入しているユーザーは全体の35.5%にすぎず,53.254.6%のユーザーは眼鏡店または量販店から,3.53.9%のユーザーはインターネットで購入している2).さらに同報告では,トラブル経験者では,27.649.2%のユーザーは定期検査すら受けていない.筆者らの結果,あるいは感染性角膜炎全国サーベイランスの結果から1),DSCLやFRSCLのトラブル例は20歳代が中心である.20歳代のユーザーが量販店やインターネットでCLを購入,定期検査をほとんど受けないで使用し,その結果感染性角膜炎を発症し医療機関を受診するという実態が浮かび上がる.また,症例にFRSCL装用者が多いことは,一度の購入価格が比較的低いことが影響しているのであろう.CLは高度医療管理機器であり,眼科医の管理下で適切に使用すべきであることをこれまで以上に社会に発信していくべきであると考える.今回筆者らは入院加療を要した症例を対象に検討を行ったが,病巣部あるいはCLケースや保存液からの検出菌はPseudomonasaeruginosaやSerratia属,Flavobacterium属といったグラム陰性菌が多数を占めた.感染性角膜炎の原因菌は,かつてPseudomonasaeruginosaが最大の原因菌であ不明(4眼21%)守っていなかった(8眼42%)守っていた(7眼37%)図3CLの装用方法(n=19)表1原因と推測される検出菌a:角膜擦過からの検出細菌ならびに検出数(n=19)Pseudomonasaeruginosa2眼検出されず17眼b:CLやCL保存液からの検出細菌ならびに検出数(n=19)検体提出なし(検査不可)7眼検体提出あり(検査可)12眼(検出なし3眼,検出あり9眼同一検体からの複数の細菌が検出)検出菌症例数P.aeruginosa8例Serratia属5例Flavobacterium属4例Bacillus属1例Acanthamoeba1例02468102005年2006年症例数2007年2例11%8例42%9例47%図4発生年———————————————————————-Page4560あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(128)ったが,1980年代以降はグラム陰性桿菌よりもグラム陽性球菌,特にStaphylococcusaureus,Staphylococcusepider-midis,Streptococcuspneumoniaeがかなりの割合を占めるとされる1).CL障害による角膜感染症では,通常の角膜感染症よりもグラム陰性菌の比率が高いとされ3),なかでもPseudomonasaeruginosaが最も多く検出される4,5).各施設,地域により原因菌の種類には差が出ると予測されるが,前者の報告は入院外来の別を問わず集計されたものであり,後者は大学病院における結果である.筆者らが今回対象としたような入院が必要な程度の角膜炎(重篤な症例)では,やはりPseudomonasaeruginosaが最多となるのであろう.さらに,難治例や特殊例の集中する施設では真菌やアカントアメーバが検出される割合が高い6).今回の筆者らの結果からは,真菌は検出されず,アカントアメーバが1例,CL保存液から検出されたが,原因病原体と考えるには疑わしい経過であった.今後,PseudomonasaeruginosaやSerratia属といったグラム陰性桿菌はもちろんのこと,真菌,アカントアメーバの可能性も念頭におく必要性があると考えられた.また,角膜擦過で細菌が検出された症例は全体の11%(2眼)にすぎなかったが,CLや保存液からは47%の症例にて細菌が検出された.すでに他院にて治療が行われていたこと,擦過するときに十分な協力が得られなかったことなども考えられるが,他の報告においても病巣からの検出率とCLからの検出率は一致しにくいとされる7).高浦らも述べているが,角膜感染症の起因菌はグラム陰性菌,特に緑膿菌の比率が非常に高く,CLや保存液からの検出菌もグラム陰性菌が高率に検出されることからCLや保存液,ケースの汚染が発症に深く関与していると考えられる8).大橋らは,感染様式として環境菌によるレンズケースの汚染+不完全なレンズケア→レンズの汚染→細菌性角膜炎発症という考えを述べているが,筆者らの症例の大部分はまさにその様式に該当するものと考えられる9).今回検討したなかでは,装用方法を正しく守っていたとされる例が8眼(40%)存在する.このことは,定期的なレンズケースの管理および洗浄の重要性を装用方法の順守とともに,医療従事者も含め,強く指導していく必要があると思われる.今回の結果では,来院時視力(入院時視力)はおおむね不良であったが,治療終了時の矯正視力は良好(0.7以上が95%)であった.症例の大部分が20歳代の健常人であることも大きく影響しているが,全般的に転帰は悪いものではなかった.しかし,潰瘍の位置によっては視力の数字だけでは評価できない影響があることは容易に想像され,長期加療による経済的損失も大きい.特に10歳代,20歳代のCL使用者に対しては,適切なCL管理の必要性を指導していくことが重要であると考えられる.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況─.日眼会誌110:961-972,20062)日本コンタクトレンズ協議会:コンタクトレンズ眼障害アンケート調査の集計結果報告.日本の眼科78:1378-1387,20073)庄司純:細菌性角膜潰瘍.臨眼57(増刊号):162-169,20034)Mah-SadorraJH,YavuzSG,NajjarDMetal:Trendsincontactlens-relatedcornealulcers.Cornea24:51-58,20055)VerhelstD,KoppenC,VanLooverenJetal:BelgianKeratitisStudyGroup.Clinical,epidemiologicalandcostaspectsofcontactlensrelatedinfectiouskeratitisinBel-gium:resultsofaseven-yearretrospectivestudy.BullSocBelgeOphtalmol297:7-15,20056)三木篤也,井上幸次,大黒伸行ほか:大阪大学眼科における角膜感染症の最近の動向.あたらしい眼科17:839-843,20007)白根授美,福田昌彦,宮本裕子ほか:近畿大学眼科におけるコンタクトレンズによる細菌性角膜潰瘍.日コレ誌43:57-60,20018)高浦典子:コンタクトレンズにおける感染症と角結膜障害.臨眼58:2242-2246,20049)大橋裕一,鈴木崇,原祐子ほか:コンタクトレンズ関連細菌性角膜炎の発症メカニズム.日コレ誌48:60-67,2006***

シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用上におけるアシタザノラスト水和物点眼液(ゼペリン点眼液)の安全性

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(121)5530910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(4):553556,2009cはじめに臨床の場においてはコンタクトレンズ(CL)を装用したまま点眼薬を使用することを希望する症例が少なからず認められ,特にアレルギー性結膜炎やドライアイなどの患者で多く認められる1).しかし,CL装用中に防腐剤を含有する点眼薬を使用した場合,CLに防腐剤が吸着,蓄積されることによって,CLの変性をきたしたり2),吸着された防腐剤が角結膜に障害を与える可能性があるため,CLを装用したまま点眼することは原則として避けるよう指導されている3).点眼薬の防腐剤として最も繁用されているものは塩化ベンザルコニウム(BAC)であるが,一方で角膜上皮障害や接触性皮膚炎などの副作用が問題視されている46).筆者は過去に〔別刷請求先〕小玉裕司:〒610-0121城陽市寺田水度坂15-459小玉眼科医院Reprintrequests:YujiKodama,M.D.,KodamaEyeClinic,15-459Mitosaka,Terada,Joyo610-0121,JAPANシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用上におけるアシタザノラスト水和物点眼液(ゼペリンR点眼液)の安全性小玉裕司小玉眼科医院SafetyStudyofAcitazanolastHydrateOphthalmicSolution(ZEPELINROphthalmicSolution)forSiliconeHydrogelContactLensWearersYujiKodamaKodamaEyeClinic抗アレルギー点眼薬のアシタザノラスト水和物点眼液(ゼペリンR点眼液)は防腐剤にクロロブタノール,パラベン類が使用されており,角結膜やコンタクトレンズ(CL)に対する影響が塩化ベンザルコニウムを防腐剤に使用している点眼薬よりも少ない可能性が考えられる.今回,アレルギー性結膜炎患者を対象として2種類のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(アキュビューRオアシスTM,O2オプティクス)装用中にゼペリンR点眼液を点眼した場合の安全性およびCLへの主成分ならびに防腐剤の吸着について検討を行った.その結果,各CL中に主成分またはクロロブタノールが検出されたが,検出量はいずれも微量であり,フィッティングの変化も認められなかった.また,ゼペリンR点眼液による角結膜の障害や副作用は認められなかった.医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば,シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用上においてゼペリンR点眼液を使用しても,問題はないものと考えられた.Theanti-allergicagentacitazanolasthydrateophthalmicsolution(ZEPELINRophthalmicsolution)containschlorobutanolandp-aminobenzoicacidsaspreservatives.Therefore,itsinuenceonthekeratoconjunctivaandcontactlens(CL)maybelessthanthatofophthalmicsolutionsthatusebenzalkoniumchlorideasapreservative.AllergicconjunctivitispatientswereincludedinthisstudytoinvestigatethesafetyandCLabsorptionofactiveingredientandpreservativesinZEPELINRophthalmicsolution,instilledinwearesof2typesofsiliconehydrogelcontactlenses(ACUVUEROASISTM,O2OPTIX).Resultsshowedthattheactiveingredientorchlorobutanol,wasdetectedineachCL;however,thelevelsdetectedwereverylowandnochangewasobservedinthetting.Fur-thermore,nokeratoconjunctivaldisordersorotheradverseeectswereobserved.Withsucientperiodicinspec-tionsunderadoctor’ssupervision,theuseofZEPELINRophthalmicsolutioninthepresenceofcontactlensesisconsideredsafe.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):553556,2009〕Keywords:アシタザノラスト水和物点眼液,防腐剤,クロロブタノール,パラベン類,シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ,角結膜障害,吸着.acitazanolasthydrateophthalmicsolution,preservatives,siliconehydrogelcontactlens,adverseeectsonthekeratoconjunctiva,absorption.———————————————————————-Page2554あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(122)BAC以外の防腐剤のクロロブタノールとパラベン類(パラオキシ安息香酸メチル,パラオキシ安息香酸プロピル)を使用した抗アレルギー点眼薬であるアシタザノラスト水和物点眼液(以下,ゼペリンR点眼液)の酸素透過性ハードコンタクトレンズ,1日使い捨てソフトコンタクトレンズおよび2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ装用上点眼における安全性について検討を行い,医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば問題がないことを報告した7).しかし,その後日本におけるCLの市場はシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの普及が進み,今後もシェアの拡大傾向が予想される.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズは従来型CLと材質や表面処理,含水率などが異なるため,主成分や防腐剤のCLへの吸着が異なる可能性が考えられる.今回,ゼペリンR点眼液のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用上点眼における安全性およびCLへの主成分ならびに防腐剤の吸着について検討を行ったので,その結果について報告する.I対象および方法1.対象当院を受診したアレルギー性結膜炎患者でCLの継続使用を希望し,かつ使用可能な患者5名(年齢2142歳,平均31.4歳,女性5名)を対象とした.2.使用レンズ2週間交換シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ:アキュビューRオアシスTM〔FDA(米国食品・医薬品局)分類:グループI,酸素透過係数(Dk値:103[×1011(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)]),含水率:38%,中心厚:0.07mm(3.00D),直径:14.0mm〕.1カ月交換シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ:O2オプティクス〔FDA分類:グループI,酸素透過係数(Dk値:140[×1011(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)]),含水率:24%,中心厚:0.08mm(3.00D),直径:13.8mm〕.3.方法試験開始前に試験の趣旨と内容を説明し,患者の同意を得た.ゼペリンR点眼液を1回2滴,1日4回(朝,昼,夕および就寝前),両眼に4週間点眼した.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズはアキュビューRオアシスTM,O2オプティクスともに両眼に終日装用で4週間使用させ,アキュビューRオアシスTMは2週間ごとに交換し,点眼開始2週間目に交換したCLを回収した.O2オプティクスは4週間装用し,点眼開始4週間目にCLを回収した.回収したCLの1枚は主成分のアシタザノラスト定量用とし,他方1枚は防腐剤のクロロブタノールおよびパラベン類定量用とした.4.CLに吸着した主成分および防腐剤の定量a.主成分の定量被験者から装脱・回収したCLを1枚ずつpH7.0リン酸緩衝液2mlが入ったバイアルに入れ,20分間2回超音波処理した後,CLを取り出し,得られた抽出液について液体クロマトグラフ法によりCLに吸着していたアシタザノラストを定量した.b.防腐剤の定量被験者から装脱・回収したCLを1枚ずつアセトニトリル2mlが入ったバイアルに入れ,20分間2回超音波処理した後,CLを取り出し,得られた抽出液についてガスクロマトグラフ法によりCLに吸着していたクロロブタノールおよびパラベン類を定量した.5.自覚症状試験開始前,試験開始2週,4週目に掻痒感,異物感,眼脂について問診した.6.細隙灯顕微鏡検査試験開始前,試験開始2週,4週目にフルオレセイン染色による角結膜の観察と眼瞼結膜および眼球結膜の充血,浮腫,乳頭の観察と試験開始時,CL装脱直前に角結膜の観察およびCLフィッティング状態の判定を行った.7.副作用投与期間中に発現した症状のうち,試験薬との因果関係が否定できないものを副作用とした.II結果A.アキュビューRオアシスTM(2週間交換シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ)1.CLから検出された主成分および防腐剤量結果を表1に示す.主成分のアシタザノラストは5検体すべてから検出され,平均検出量は2.44±1.43μg/CLであっNNNHNH2ONHCOCOOH有効成分のアシタザノラスト水和物有効成分の含量:1.08mg/ml添加物:モノエタノールアミン,イプシロン-アミノカプロン酸,パラオキシ安息香酸メチル,パラオキシ安息香酸プロピル,クロロブタノール,プロピレングリコール,ポリソルベート80pH:4.56.0浸透圧比:約1(生理食塩液に対する比)図1ゼペリンR点眼液の概要———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009555(123)た.クロロブタノールは1検体のみから検出され,検出量は10μg/CLであった.パラオキシ安息香酸メチル,パラオキシ安息香酸プロピルは5検体すべて検出限界以下であった.2.自覚症状試験開始前に比べ試験開始2週および4週間目において症状が悪化した症例は認められなかった.3.細隙灯顕微鏡検査試験開始前に比べ試験開始2週および4週間目において症状が悪化した症例は認められず,すべての症例において試験開始時,CL装脱直前の角結膜に異常は認められず,CLフィッティング状態も良好であった.4.副作用すべての症例において副作用は認められなかった.B.O2オプティクス(1カ月交換シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ)1.CLから検出された主成分および防腐剤量結果を表2に示す.主成分のアシタザノラストは4検体から検出され,平均検出量は0.40±0.45μg/CLであった.クロロブタノールは3検体から検出され,平均検出量は2.58±2.78μg/CLであった.パラオキシ安息香酸メチル,パラオキシ安息香酸プロピルは5検体すべて検出限界以下であった.2.自覚症状試験開始前に比べ試験開始2週および4週間目において症状が悪化した症例は認められなかった.3.細隙灯顕微鏡検査試験開始前に比べ試験開始2週および4週間目において症状が悪化した症例は認められなかった.また,すべての症例において試験開始時,CL装脱直前の角結膜に異常は認められず,CLフィッティング状態も良好であった.4.副作用すべての症例において副作用は認められなかった.III考按現在市販されているほとんどの点眼薬には防腐剤としてBAC,パラベン類,クロロブタノールなどが含有されてお表2O2オプティクス(1カ月交換シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ)から検出された主成分および防腐剤量検出量(μg/CL)アシタザノラストクロロブタノールパラオキシ安息香酸メチルパラオキシ安息香酸プロピル0.753.4NDND0.075NDNDNDNDNDNDND0.152.8NDND1.06.7NDND平均値±SD0.40±0.452.58±2.78検出限界(μg/CL)0.0110.840.400.56ND:検出限界以下.表1アキュビューRオアシスTM(2週間交換シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ)から検出された主成分および防腐剤量検出量(μg/CL)アシタザノラストクロロブタノールパラオキシ安息香酸メチルパラオキシ安息香酸プロピル0.60NDNDND1.9NDNDND2.1NDNDND4.4NDNDND3.210NDND平均値±SD2.44±1.432.00±4.47検出限界(μg/CL)0.0100.880.440.60ND:検出限界以下.———————————————————————-Page4556あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(124)り,これらの防腐剤が角膜上皮に障害をもたらすことは基礎および臨床の面から多くの報告がなされている814).また,防腐剤はCLに吸着することが報告されている2,1518).筆者はBACよりも角膜上皮に対する影響が少ないクロロブタノールとパラベン類を防腐剤に使用したゼペリンR点眼液の従来型CL装用上点眼における安全性について検討を行い,問題がないことを報告した7)が,日本におけるCLの市場は2004年にわが国で初めてのシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズであるO2オプティクス(チバビジョン)が発売されて以降,普及が進み,現在ではこのレンズを含め同タイプのレンズは5種類7製品が販売されている.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズは従来型素材のハイドロゲルコンタクトレンズの欠点である酸素透過性を改善するため,酸素透過性に優れたシリコーンを含む含水性の素材,シリコーンハイドロゲルを用いることにより,低含水性でありながら高酸素透過性を実現したCLである.これにより,従来型ハイドロゲルコンタクトレンズで問題となっていた慢性的な酸素不足による角膜障害や眼の乾燥感を軽減することが可能となった.しかし,シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズは従来型ハイドロゲルコンタクトレンズと素材や表面処理,含水率などが異なるため,点眼薬の主成分や防腐剤のCLへの吸着が異なる可能性が考えられる.今回,ゼペリンR点眼液を用いて,シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用上点眼における安全性およびCLへの主成分ならびに防腐剤の吸着について検討を行った.その結果,CLの種類により,主成分のCLへの吸着量に差が認められたが,防腐剤の吸着量は差が認められなかった.主成分についてはO2オプティクスと比較し,アキュビューRオアシスTMからの検出量が有意に多く(p<0.05:Student’st-test),CLへの主成分の吸着は使用期間よりもCLの素材と主成分の相互作用やCLの表面処理および含水率の違いにより,CL中に取り込まれる点眼液の量が影響している可能性が示唆された.また,検出量は通常の1日投与量に対して約1/4,2671/73と非常に少ない量であった.防腐剤については,クロロブタノールのみが検出され,アキュビューRオアシスTMとO2オプティクスで検出量に差は認められず,検出量は通常の1日投与量に対して約1/2861/80と非常に少ない量であった.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用中の点眼使用による症状の悪化やCLフィッティング状態に異常は認められず,副作用も認められなかった.以上の結果より,医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば,シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用上においてゼペリンR点眼液を使用しても,問題はほとんどないものと考えられた.文献1)小玉裕司,北浦孝一:コンタクトレンズ装用上における点眼使用の安全性について.あたらしい眼科17:267-271,20002)岩本英尋,山田美由紀,萩野昭彦ほか:塩化ベンザルコニウム(BAK)による酸素透過性ハードコンタクトレンズ表面の変質について.日コレ誌35:219-225,19933)上田倫子:眼科病棟の服薬指導4.月刊薬事36:1387-1397,19944)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,19895)平塚義宗,木村泰朗,藤田邦彦ほか:点眼薬防腐剤によると思われる不可逆的角膜上皮障害.臨眼48:1099-1102,19946)山田利律子,山田誠一,安室洋子ほか:保存剤塩化ベンザルコニウムによるアレルギー性結膜炎─第2報─.アレルギーの臨床7:1029-1031,19877)小玉裕司:コンタクトレンズ装用上におけるアシタザノラスト水和物点眼液(ゼペリンR点眼液)の安全性.あたらしい眼科20:373-377,20038)GassetAR:Benzalkoniumchloridetoxicitytothehumancornea.AmJOphthalmol84:169-171,19779)PsterRR,BursteinN:Theeectofophthalmicdrugs,vehiclesandpreservativesoncornealepithelium:Ascan-ningelectronmicroscopestudy.InvestOphthalmol15:246-259,197610)BursteinNL:Cornealcytotoxicityoftopicallyapplidedrugs,vehiclesandpreservatives.SurvOphthalmol25:15-30,198011)高橋信夫,向井佳子:点眼剤用防腐剤塩化ベンザルコニウムの細胞毒性とその作用機序─細胞培養学的検討─.日本の眼科58:945-950,198712)島﨑潤:点眼剤の防腐剤とその副作用.眼科33:533-538,199113)濱野孝,坪田一男,今安正樹:点眼薬中の防腐剤が角膜上皮に及ぼす影響─涙液中LDH活性を指標として─.眼紀42:780-783,199114)中村雅胤,山下哲司,西田輝夫ほか:塩化ベンザルコニウムの家兎角膜上皮に対する影響.日コレ誌35:238-241,199315)水谷聡,伊藤康雄,白木美香ほか:コンタクトレンズと防腐剤の影響について(第1報)─取り込みと放出─.日コレ誌34:267-276,199216)河野素子,伊藤孝雄,水谷潤ほか:コンタクトレンズと防腐剤の影響について(第2報)─RGPCL素材におけるBAKの研究─.日コレ誌34:277-282,199217)﨑元卓:治療用コンタクトレンズへの防腐剤の吸着.日コレ誌35:177-182,199318)植田喜一,柳井亮二:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリュージョン,点眼薬.あたらしい眼科25:923-930,2008***

眼瞼下垂と眼球運動障害をくり返したサルコイドーシスの2例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(115)5470910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):547551,2009cはじめにサルコイドーシスは全身性肉芽腫性疾患で脳神経症状としては顔面・視神経障害の頻度が高く,動眼・滑車・外転神経障害の報告は少ない13).今回筆者らは短期間に両眼瞼下垂をくり返したサルコイドーシスの2例を経験したので,その眼科的所見および臨床症状について報告する.I症例〔症例1〕33歳,男性.主訴:両眼瞼下垂.現病歴:2000年健診にて肺門部リンパ節腫脹(BHL)を指摘され,経気管支肺生検の結果サルコイドーシスと組織診断された.2007年6月中旬より左右の眼瞼下垂をくり返し,〔別刷請求先〕相馬実穂:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1番1号佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MihoSoma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPAN眼瞼下垂と眼球運動障害をくり返したサルコイドーシスの2例相馬実穂*1石川慎一郎*1平田憲*1沖波聡*1皆良田研介*2*1佐賀大学医学部眼科学講座*2皆良田眼科TwoCaseofSarcoidosiswithFrequentRecurrenceofBlepharoptosisandOphthalmoplegiaMihoSoma1),ShinichiroIshikawa1),AkiraHirata1),SatoshiOkinami1)andKensukeKairada2)1)DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,2)KairadaEyeClinic緒言:眼瞼下垂と眼球運動障害をくり返したサルコイドーシスの2例を報告する.症例:症例1は33歳,男性,7年前にサルコイドーシスと診断された.左右の眼瞼下垂をくり返し近医受診.頭部磁気共鳴画像(MRI)に異常なく重症筋無力症も否定され,佐賀大学附属病院眼科を受診した.右眼瞼下垂を認めたが,両眼とも活動性炎症所見はなかった.プレドニゾロン(PSL)20mg内服開始後に下垂は改善したが,漸減に伴い左右下垂と動眼・滑車神経障害の再発をくり返した.症例2は64歳,女性,両眼ぶどう膜炎と左眼瞼下垂で紹介受診.胸部コンピュータ断層撮影(CT)で肺門部リンパ節腫脹(BHL)が判明した.PSL20mg内服,点眼加療後に下垂は改善,眼底所見も改善し内服を中止した.その後,左眼瞼下垂が再発したがミドリンRP点眼で下垂は改善,その後も左右眼瞼下垂と上転障害の再発をくり返したが点眼のみで改善した.結論:反復性の眼瞼下垂と眼球運動障害では,サルコイドーシスも原因疾患として検索を進める必要がある.Wereport2casesofsarcoidosiswithfrequentrecurrenceofblepharoptosisandophthalmoplesia.Case1,a33-year-oldmalewhohadhadsarcoidosisfor7years,noticedrecurrentblepharoptosis.Brainmagneticresonanceimaging(MRI)wasnormal.Myastheniagraviswasruledout.Hewasreferredtousforblepharoptosisoftherighteye.Therewasnoactiveintraocularinammation.Withoralprednisolone,theblepharoptosisdisappearedwithin2weeks.However,whentheprednisolonewasreduced,bilateralblepharoptosisrecurredandophthalmoplegia(CNIII,IVandVI)wasobserved.Case2,a64-year-oldfemale,wasreferredtousforblepharoptosisofthelefteyeanduveitisofbotheyes.Ocularmovementwasnormal.Chestcomputedtomography(CT)revealedbilateralhilarlymphadenopathy.Oralprednisoloneandeyedropsofbetamethasoneandmydriaticsresultedinimprovementofblepharoptosisandintraocularinammation,althoughtheblepharoptosisontheleftsiderecurredwithprednisolo-nediscontinuation;thiswastreatedwithmydriatics.Recurrentblepharoptosisandophthalmoplesiamaybecausedbysarcoidosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):547551,2009〕Keywords:サルコイドーシス,眼瞼下垂,眼球運動障害.sarcoidosis,blepharoptosis,ophthalmoplesia.———————————————————————-Page2548あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(116)近医を受診.頭部磁気共鳴画像(MRI)にて異常なく,7月30日佐賀大学附属病院神経内科に紹介されるも重症筋無力症は否定され,8月6日眼科へ紹介となった.既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.初診時所見(2007年8月6日):視力は右眼0.1(1.5×2.5D(cyl1.0DAx165°),左眼0.15(1.5×2.0D(cyl1.0DAx165°).眼圧は右眼13mmHg,左眼15mmHg.眼位,眼球運動,対光反応は異常なく,瞼裂幅は右3mm,左10mmと右眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右5mm,左15mmと右がやや不良であった.前眼部は両眼cell(),フレア(),隅角鏡にて両眼にテント状周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた.右眼眼底の下方に軽度硝子体混濁を認めたが,左眼眼底は異常がなかった.検査所見:一般血液学的には異常なく,内分泌学的には甲状腺刺激ホルモン(TSH)1.32μg/dl,f-T33.2ng/dl,f-T41.0ng/dl,抗アセチルコリンレセプター抗体0.2nmol/l,ヘモグロビンA1C(HbA1C)5.3%と正常であった.髄液検査では細胞数0/mm3,蛋白質22mg/dl,糖57mg/dlと正常であった.経過:サルコイドーシスの眼病変の既往があると思われたが,活動性の炎症所見は認めなかった.眼瞼下垂の原因としてサルコイドーシスを考え,同日よりプレドニゾロン(PSL)20mg(0.3mg/kg)の内服を2週間行ったところ右眼瞼下垂は改善したため,10mgを3日間,5mgを4日間内服し3週間後に中止した.内服中止から2週間後に左の眼瞼下垂が出現,3週間後に下垂は両眼性となり両眼の上転障害,右眼の内転・下転・内下転障害も認めた(図1).その後眼瞼下垂・眼球運動障害とも寛解・再発をくり返した(図2).9月20日に再検した頭部・眼窩MRIでは,右海綿静脈洞に軟部腫瘤様構造を認め,サルコイドーシスによる肉芽腫性病変が疑われたが病状とは一致しなかった.病変部位として動眼神経核の障害を考え,10月22日に脳幹部MRIを施行したが異常を認めなかった.鑑別として慢性進行性外眼筋麻痺を疑い精査を行った.筋電図では大腿四頭筋,前脛骨筋に低振幅波を認めたが,筋生左眼右眼図2症例1:2007年10月11日再診時Hessチャート瞼裂幅は右7mm,左9mmと右眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右12mm,左15mmであった.右眼の内転・上転障害を認めた.左眼右眼図1症例1:2007年9月20日再診時Hessチャート瞼裂幅は右4mm,左4mmと両眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右7mm,左7mmであった.両眼の上転障害,右眼の内転・下転・内下転障害を認めた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009549(117)検では異常を認めなかった.以上の結果から眼瞼下垂の原因を神経サルコイドーシスと考え,2008年1月23日PSL20mg(0.3mg/kg)の内服が再開された.内服再開に伴い眼瞼下垂は速やかに改善したが,眼球運動障害は残存した.短期間の内服では再燃の可能性が高いと思われたため,PSL内服量は症状の軽快に合わせ20mgを13週間,15mgを2週間,10mgを3週間と漸減した.再開後4カ月を経過した現在,10mg内服中で眼瞼下垂・眼球運動障害とも改善傾向にある(図3).〔症例2〕64歳,女性.主訴:右眼充血,左眼瞼下垂.現病歴:2006年12月22日より右眼充血,12月25日よ左眼右眼図3症例1:2008年6月13日再診時Hessチャート瞼裂幅は右9mm,左9mm,挙筋作用は右14mm,左15mmで両眼瞼下垂はほぼ消失している.右眼の上転・内転障害が残存し,正面視にて外斜している.左眼右眼図4症例2:2008年4月4日再診時Hessチャート瞼裂幅は右4mm,左6mmと右眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右7mm,左11mmであった.右眼上転障害を認めた.———————————————————————-Page4550あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(118)り左眼瞼下垂があり近医を受診.12月27日精査・加療目的にて当科へ紹介となった.既往歴:高コレステロール血症,胆石にて内服中.家族歴:特記事項なし.初診時所見(2006年12月27日):視力は右眼1.2(矯正不能),左眼1.2(矯正不能).眼圧は右眼19mmHg,左眼20mmHg.眼位,眼球運動,対光反応は異常なく,瞼裂幅は右8mm,左2mmと左眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右11mm,左4mmと左が不良であった.前眼部は両眼ともcell(),フレア(),隅角鏡にて両眼に結節,右眼にテント状PASを認めた.前部硝子体に右眼cell(3+),左眼cell(2+)で右眼に網膜静脈周囲炎と網膜滲出斑,左眼に数珠状硝子体混濁と網膜滲出斑を認めた.経過:初診時に施行したツベルクリン反応は陰性,血清アンギオテンシン変換酵素活性(ACE)・カルシウム値とも正常,胸部単純X線撮影ではBHLはないとのことであった.胸部コンピュータ断層撮影(CT)による再検で縦隔内・肺門部にリンパ節腫脹を指摘され呼吸器内科を紹介受診した.本人が生検を希望せず組織診断は行っていないが,サルコイドーシス(臨床診断群)の診断基準(2006年)を満たすことからサルコイドーシス(臨床診断群)と診断した.重症筋無力症は精査の結果,否定的とされている.眼炎症所見に対しPSL20mg(0.47mg/kg)を開始したところ,開始1週間後に左眼瞼下垂は改善,眼底所見も軽快したため,20mgを10日間内服した後,15mgを1週間,10mgを3週間,5mgを2週間と漸減し7週間後に中止となった.2007年4月に左眼瞼下垂を認めたが,自己判断にてトロピカミド(ミドリンRP)を点眼したところ軽快した.その後も7月・8月に右,10月・12月に左眼瞼下垂,2008年4月に右眼瞼下垂と右眼上転障害を認めた(図4)が点眼のみで寛解した(図5).2007年11月に頭部・眼窩MRIを施行したところ,眼窩内に異常所見なく,動脈硬化による左動眼神経の圧排を認めたが病状とは一致しなかった.本人の希望もあり,現在も点眼のみで経過観察中である.II考按サルコイドーシスは全身性肉芽腫性疾患であり,眼球への浸潤は約25%といわれる.眼症状としてはぶどう膜炎によるものが一般的だが,その他眼球突出,眼瞼下垂,ドライアイ,複視も報告されている4).神経サルコイドーシスの頻度は127%(日本では6.4%)で,脳神経症状としては顔面・視神経障害が最も多く,動眼・滑車・外転神経障害はまれである13).サルコイドーシスに伴う眼瞼下垂は眼窩や眼付属器への明らかな肉芽の浸潤5)以外に病変が特定できない症例も報告されている6,7).今回の2症例では,いずれも眼瞼下垂の原因として重症筋無力症は否定され,画像診断では眼筋の腫脹や眼窩内の肉芽左眼右眼図5症例2:2008年5月28日再診時Hessチャート瞼裂幅は右7mm,左7mm,挙筋作用は右11mm,左11mmで右眼瞼下垂と右眼上転障害はほぼ消失している.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009551(119)腫性病変は認めなかった.しかし症例1では受診時すでにサルコイドーシスと診断されていたこと,症例2では特徴的なぶどう膜炎症状を伴っていたことから眼瞼下垂の原因として神経サルコイドーシスが考えられた.神経サルコイドーシスの障害レベルとしては一般に末梢性の病変が多いとされ,その発生機序については髄膜炎による炎症,脳圧亢進による神経の圧迫,神経への肉芽腫の直接浸潤,肉芽腫による塞栓などが関与していると考えられており8),脳神経障害が伴う場合は一般にステロイドに良く反応し予後が良いといわれる.症例1の障害部位としては眼瞼下垂のほか両眼の上転障害,右眼の内転・下転・内下転障害を伴ったことより動眼神経核のレベルの異常を疑ったが,MRIでは異常所見は検出されなかった.症例2においては下垂側の上転障害を伴っており,対光反応は正常であったことから動眼神経上枝の障害が疑われたが,やはり画像上異常所見は検出されなかった.しかしいずれの症例もPSL20mgからの投与を行うことで,下垂は速やかに軽快した.Lukeらは神経サルコイドーシスの患者25例について検討・報告している9).これによれば8例(32%)に110年間隔で14回の再発を認め,脳神経障害の再発・寛解をくり返したのは4例で,外眼筋麻痺のみをくり返した症例はなかったとしている.Pentlandらも神経サルコイドーシス10例を報告しているが,再発例3例中に脳神経障害の再発例を認めた症例はなかったとしている10).今回の場合,症例1では発症から12カ月が経過しているが右3回,左2回の眼瞼下垂をくり返しており,PSL内服再開後は眼瞼下垂の再発は認めていない.症例2では発症から1年6カ月の経過観察中,右3回,左4回の眼瞼下垂をくり返している.筆者らの調べ得た限り,今回のように短期間に頻回の眼瞼下垂・眼球運動障害をくり返した神経サルコイドーシスの症例はわが国における2例の報告6,7)しかない.いずれもPSL60mgより内服を開始し,眼瞼下垂・眼球運動障害とも正常化している.今回の報告ではいずれもPSL20mgより内服を開始し眼瞼下垂は速やかに消失したが,症例1では眼球運動障害は改善したものの残存している.このことから眼瞼下垂単独の症状や動眼神経上枝レベルの眼瞼下垂と眼球運動障害であればPSL初期投与量は20mgでも十分効果を期待できるが,動眼神経核レベルの眼球運動障害であればさらに多量のPSL初期投与が必要と考えられた.症例2ではPSL内服を20mgから開始し7週間後に中止,その後に再発した眼瞼下垂に対してはミドリンRPの点眼加療により症状の寛解が得られた.これは点眼液中のフェニレフリン(アドレナリン作動薬)が交感神経系を介して上瞼板筋(Muller筋)に作用し眼瞼が挙上することで下垂症状が一時的に軽快したものと思われ,根本的治療になったとは考えにくい.しかしこの経過から,神経サルコイドーシスの症状が眼瞼下垂単独や動眼神経上枝レベルの眼瞼下垂と眼球運動障害として現れた場合は自然寛解の可能性があるとも考えられる.症例1がPSLの再開後に眼瞼下垂の再発を認めていないことに対し,症例2はPSL20mg投与中止後に計6回の眼瞼下垂の再発を認めていることから,やはり眼瞼下垂・外眼筋麻痺を症状とする神経サルコイドーシスにはPSL投与が有効であり,再発を少なくするためには中・長期間の内服が必要であると思われる.PSLの初期投与量・投与期間については今後もさらに検討が必要と思われる.眼科的にサルコイドーシスが疑われ,画像診断で肉芽腫は認めなかったものの両眼に交代性・反復性に眼瞼下垂をくり返す症例を経験した.器質的異常を伴わない眼瞼下垂を認めた場合,重症筋無力症のほかにサルコイドーシスも原因となる可能性があると思われた.文献1)SternBJ,KrumholtzA,JohnsCetal:Sarcoidosisanditsneurologicalmanifestation.ArchNeurol42:909-917,19852)SharmaOP,SharmaAM:Sarcoidosisofthenervoussys-tem.ArchInternMed151:1317-1321,19913)作田学:神経サルコイドーシス.日本臨牀52:1590-1594,19944)PrabhakaranVC,SaeedP,EsmaeliBetal:Orbitalandadnexalsarcoidosis.ArchOphthalmol125:1657-1662,20075)SneadJW,SeidensteinL,KnicRJetal:Isolatedorbitalsarcoidosisasacauseforblepharoptosis.AmJOphthal-mol112:739-740,19916)上古真理,安田斎,寺田雅彦ほか:頻回に眼筋麻痺を繰り返したサルコイドーシスの1例.臨床神経34:882-885,19947)植田美加,竹内恵,太田宏平ほか:交代性,反復性外眼筋麻痺を呈したサルコイドーシス.臨床神経37:1021-1023,19978)HeckAW,PhillipsLHII:Sarcoidosisandthenervoussystem.NeuroClin7:641-654,19899)LukeRA,SternBJ,KrumholzAetal:Neurosarcoido-sis:Thelong-termclinicalcourse.Neurology37:461-463,198710)PentlandB,MitchellJD,CullREetal:Centralnervoussystemsarcoidosis.QJMed220:457-465,1985***

Blau 症候群同胞例の長期経過

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1542あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(00)542(110)0910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):542546,2009cはじめにブラウ症候群(Blausyndrome)は家族性全身性肉芽腫性炎症であり,主として眼・関節・皮膚に病変を認める.1985年にBlau1)らが報告したまれな疾患で,ぶどう膜炎による失明,関節炎による関節拘縮が高頻度でみられ,予後不良な疾患である.わが国での報告は数家系のみであり25),眼科領域からの臨床報告はさらにまれである2,5).臨床病型は4歳以下で発症し,発疹・関節炎・ぶどう膜炎を3症状とする若年性サルコイドーシスと酷似しており,鑑別は家族集積の有無のみである3,4).多くの症例で当初は若年性特発性関節炎(juvenileidiopathicarthritis:JIA)として経過観察されやすく,本疾患は潜在的には多いことが予想される.ブラウ症候群は常染色体優性遺伝で,16番染色体(16p21-q21)に責任遺伝子が存在し,2001年にNOD2(nucleotideoligomerizationdomain2)遺伝子変異が報告された6).筆者らは,わが国で初めて,遺伝子検査にて確定診断に至ったブラウ症候群の一家系を報告した2).難治性ぶどう膜炎とされるが,長期経過に関する詳細な治療報告はほとんどない.今〔別刷請求先〕太田浩一:〒399-0781塩尻市広丘郷原1780松本歯科大学眼科Reprintrequests:KouichiOhta,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,1780Gobara,Hirooka,Shiojiri399-0781,JAPANBlau症候群同胞例の長期経過太田浩一*1,2黒川徹*1今井弘毅*1朱さゆり*1菊池孝信*3*1信州大学医学部眼科学教室*2松本歯科大学眼科*3信州大学ヒト環境科学研究支援センターLong-TermFollow-upforSiblingswithBlauSyndromeKouichiOhta1,2),ToruKurokawa1),HirokiImai1),SayuriShu1)andTakanobuKikuchi3)1)DepartmentofOphthalmolgy,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,3)DepartmentofInstrumentalAnalysisResearchCenterforHumanandEnvironmentalScience,ShinshuUniversityブラウ症候群(Blausyndrome)は発疹・関節炎・ぶどう膜炎を3主徴とする家族性全身性肉芽腫性疾患である.重症例では失明に至る.同胞例の長期経過につき報告する.症例1:10歳,男児.両眼に強い肉芽腫性ぶどう膜炎を認め,右眼はirisbombe,白内障により視力は右眼指数弁であった.右眼に白内障手術・周辺虹彩切除術および副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)パルス療法,漸減投与を行った.6年に至る現在,右眼視力(0.9)であるが,プレドニゾロン(PSL)10mg/日を要している.症例2:12歳,女児.前房炎症および硝子体混濁が出現し,PSL40mg/日から漸減投与.経過中,両眼のirisbombeが生じ,虹彩切除術を行った.以降,視力は維持されているが,PSL15mg/日以上を必要としている.ブラウ症候群では強い肉芽腫性ぶどう膜炎が継続するため,長期的なステロイド投与が必要であった.Blausyndromeisararefamilialgranulomatoussystemicdiseasecharacterizedbyskinrash,arthritisanduveitis.Somepatientsbecomeblindinseverecases.Wereporttwosiblingswiththisdisease.Theproband,a10-year-oldmale,hadseverepan-uveitisbilaterallyandirisbombeandcataractintherighteye.Cataractsurgeryandperipheraliridectomywereperformedontheeye,andcorticosteroidpulsetherapywasadministered,followedbyoralprednisolone(PSL).Thecorrectedvisualacuityoftherighteyeremainsat0.9after6years,althoughthepatientneedsPSL10mgdaily.Theproband’s12-year-oldsisteralsohadiritisandvitreousopacity.AlthoughoralPSL(startingat1mg/kgbodyweight)wasadministered,shelatersueredfromirisbombebilaterally.Peripheraliridectomywasperformed.Althoughhervisualacuitiesweremaintained,PSLover15mgdailyhasbeenrequired.Long-termadministrationoforalPSLwasrequiredforprolongedseveregranulomatousuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):542546,2009〕Keywords:ブラウ症候群,ステロイド,irisbombe,周辺虹彩切除術.Blausyndrome,corticosteroid,irisbombe,peripheraliridectomy.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009543(111)回,6年にわたり,副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与を必要とした同胞例2)についてその後の経過を含めて報告する.I症例〔症例1〕10歳,男児.主訴:右眼痛および右眼視力低下.現病歴:6歳より,両眼の虹彩炎のため近医にて点眼治療を受けていた.母親は同時期より,手首の腫脹には気がついていた.2日前から主訴を自覚し,平成14年2月23日に近医を再診した.右眼眼圧上昇および虹彩炎の増悪がみられ,精査・加療目的に同年2月25日に信州大学医学部附属病院眼科に紹介.既往歴:上記以外は特になし.家族歴:父親;幼少期より関節変形.14歳で失明.46歳より歩行不能.母親;健康.初診時所見:初診時,視力は右眼指数弁(矯正不能),左眼0.6(矯正不能).眼圧は右眼38mmHg,左眼20mmHg.両眼に毛様充血,角膜実質点状混濁,角膜後面沈着物を認めた.両眼に全周性の虹彩後癒着を認め,右眼は著明な角膜浮腫を伴う浅前房(irisbombe)(図1A)であった.右眼の隅角は閉塞していたが,左眼は広隅角で,3カ所にテント状の周辺虹彩前癒着を認めた.明らかな虹彩結節はみられなかった.左眼前房には3+の炎症細胞を認めた(図1B).右眼に白内障は認めたが,硝子体,眼底の詳細は不明であった.左眼は軽度の硝子体混濁,周辺部網膜に黄白色点状病変を認めた.全身所見:血液・生化学検査では異常なし.血清アンギオテンシン変換酵素(ACE)は正常範囲.胸部X線写真では肺門リンパ節腫脹なし.頬部,前腕に紅斑が認められた2).手関節・足関節には軽度の腫脹を認め,手指関節は軽度の伸展障害も認めた2).経過:リン酸ベタメタゾン(0.1%リンデロンRA),マレイン酸チモロール(0.5%リズモンRTG),塩酸ドルゾラミド(1%トルソプトR),ブナゾシン塩酸塩(0.01%デタントールR),ラタノプロスト(キサラタンR),アトロピン硫酸塩(アトロピンR点眼液1%),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミAB1初診時の前眼部写真A:右眼.角膜浮腫,角膜実質点状混濁,irisbombe,白内障を認める.B:左眼.角膜後面沈着物および虹彩後癒着を認める.図2右眼の眼底スリット写真(倒像)(白内障術後)視神経乳頭発赤と黄白色網脈絡膜点状病変を認める.———————————————————————-Page3544あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(112)ドリンRP)の点眼およびアセタゾラミド(ダイアモックスR)内服を開始した.眼所見に著明な改善はみられないため,ぶどう膜炎の消炎を目的に,小児科にて,翌日よりステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン600mg/日を3日間)を開始した.炎症軽減は得られたが,右眼のirisbombeの改善は認められず,3月8日右眼超音波白内障手術+眼内レンズ挿入術+隅角癒着離術+周辺虹彩切除術を施行.同日よりパルス療法を行い,以降はプレドニゾロン(PSL)25mg/日より漸減投与とした.炎症の改善がみられたため,さらに漸減(PSL2.55mg/日)したところ再燃し,術後4カ月間に2回の増量(25および30mg/日)を必要とした.以降はPSL1520mg/日の隔日内服として,平成17年からは1015mg/日の連日内服にて炎症は軽度になっている.6年の経過となる平成20年3月の時点での総投与量はPSL換算26,245mgとなった.なお,平成16年6月には右眼の後発白内障切開術を行い,現在まで右眼視力0.2(0.9×6.0D),左眼視力1.0(矯正不能)が維持されている.しかし,両眼眼圧が1540mmHgと変動しており,4剤の眼圧下降薬の点眼に加え,3040mmHgに至る場合にアセタゾラミドを一時的に使用している.右眼は後発白内障,左眼は虹彩後癒着により,十分な眼底の観察が困難だが,視神経乳頭の明らかな陥凹(図2)やGoldmann視野検査上の緑内障性暗点拡大はみられていない.眼圧上昇の原因としてステロイド緑内障も疑われたが,低濃度のステロイド点眼薬に変更後も眼圧下降を得られず,高濃度ステロイド点眼薬をつけても10mmHg台後半の眼圧のこともあり,不明である.初診から6年経過した現在の前眼部写真を示す(図3).長期に及ぶステロイド薬の全身投与により,関節炎の増悪はなく,通常の学生生活を送っている.初期にみられた手関節の腫脹や発疹は消失している.なお,骨密度を含めたステロイド薬の副作用は小児科にて確認をしているが,明らかな副作用は認められない.経過中はステロイド薬内服による副作用の予防のため,フェモチジン(ガスターR),リセドロン酸ナトリウム(アクトネルR)〔初期はアルファカルシドール(アルファロールR)〕の内服を併用した.〔症例2〕12歳,女児(症例1の姉).主訴:自覚症状なし.既往歴:なし.初診時所見:初診時(平成14年3月)視力は右眼1.5(矯正不能),左眼1.5(2.0×0.5D).眼圧は右眼20mmHg,左眼18mmHg.両眼に軽度の睫毛内反症,びまん性表層角膜炎を認めた.両眼とも前房に炎症細胞は認めなかった.両眼とも広隅角で,左眼のみ,小さな周辺虹彩前癒着と虹彩後癒着を認めた.両眼とも水晶体は透明で,硝子体にわずかの細胞がみられた.右眼眼底周辺部に点状の網脈絡膜病変がみられた.全身所見:皮膚病変と関節病変を認めた2).経過:活動性が乏しく,経過観察としていたが,平成14年10月に左眼の霧視を自覚し,受診.両眼視力は矯正1.2にて,左眼に角膜裏面沈着物と前房炎症2+を認め,リン酸ACBD3症例1の現在の前眼部写真A:右眼.上方の虹彩切除部,眼内レンズ,後発白内障を認める.B:左眼.虹彩後癒着を認める.C:右眼.角膜実質点状混濁とわずかの角膜後面沈着物を認める.D:左眼.角膜実質点状混濁とわずかの角膜後面沈着物を認める.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009545(113)ベタメタゾンナトリウム(リンデロンRA),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンRP),アトロピン硫酸塩(アトロピンR点眼液1%)点眼を開始した.しかし,反応が悪く,硝子体混濁が増悪したため,12月よりPSL40mg/日からの漸減投与を追加した.反応がよいことから,漸減したところ,再燃したため,PSL1520mg/日の隔日投与での維持とした.しばらく炎症は軽微であったが,平成16年3月に両眼の前房炎症が増悪したため,ステロイド点眼薬に加え,トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンRP)を両眼に点眼していた.しかし,虹彩後癒着が進行し,左眼のirisbombeが生じた.3月26日に左眼に周辺虹彩切除術,さらには5月30日に右眼に周辺虹彩切除術を施行した.以降平成20年3月までの4年近くの間はPSL1020mg/日の連日内服として,増悪時に2530mg/日に増量(合計2回)し,消炎を目指した(総量;PSL換算20,130mg).この間も前房炎症が残存,ときに増悪した.右眼視力0.5(1.5×1.25D(cyl0.5DAx160°),左眼視力0.4(1.2×1.75D)を保っていたが,平成19年10月より,左眼視力は0.4(0.7×1.75D)(0.9×1.75D)と若干低下した.原因として,全周性の虹彩後癒着にて小瞳孔かつ水晶体前面への炎症産物の沈着が疑われた(図4).両眼の眼圧は1525mmHgと変動し,塩酸カルテオロール(2%ミケランR)の点眼を継続している.視神経乳頭所見およびGoldmann視野検査では明らかな緑内障性変化はみられていない.全身的には発疹および関節障害の進行はなく,ステロイド薬の長期内服による副作用は認めていない.経過中,症例1と同様のステロイド薬による副作用予防薬も投与した.平成20年3月進学のため,他院に紹介となった.なお,両症例とも皮膚生検にて肉芽腫性炎症所見を証明するとともに,末梢血からの遺伝子診断にてNOD2遺伝子変異(R334W)を確認し,父親の臨床経過と併せ,ブラウ症候群の確定診断に至った2).II考按ブラウ症候群はぶどう膜炎・関節炎・皮膚炎を3主徴とする遺伝性の疾患であるが,わが国における眼科からの報告がきわめて少ない2,5).臨床像が若年性サルコイドーシスと酷似しており,家族歴を聴取して遺伝の有無を確認しないと診断はつかないことが一因と考えられる.また,ぶどう膜炎も併発しうる若年性関節リウマチと診断されている症例も多く4),確定診断に至っていないだけで,日常診療のなかで本疾患に遭遇している可能性がある.本症例の臨床的な特徴となるぶどう膜炎・関節炎・皮膚炎であるが,進行性で,失明や関節拘縮に至る例がまれではない110).Kurokawaらが検討したところ,既報告76例中,ぶどう膜炎症状が61%(46例),関節症状が91%(69例),皮膚症状が54%(41例)であった2).若年性サルコイドーシスと併せた17例の検討では最初に皮膚病変,つぎに関節病変,最後に眼病変が出現することが多いとされている4).本ACBD4症例2の現在の前眼部写真A:右眼.上方の虹彩切除部,全周性虹彩後癒着を認める.B:左眼.上方の虹彩切除部,全周性虹彩後癒着を認める.C:右眼.前房炎症は軽微.D:左眼.前房炎症は軽微も,水晶体前面への沈着物が著明.———————————————————————-Page5546あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(114)症例でもぶどう膜炎にて眼科を受診した際にはすでに皮膚症状・関節症状を認めていた.ぶどう膜炎に関しては虹彩毛様体炎,虹彩後癒着,網脈絡膜炎の記載が多く,汎ぶどう膜炎を呈する.白内障および緑内障が合併しやすく,失明原因は緑内障のことが多い.本2症例も同様に白内障および緑内障を合併した汎ぶどう膜炎を認めた.症例1では角膜実質に点状の混濁がみられ,本疾患の特徴である可能性があり,今後の症例の蓄積に期待したい.病理学的には肉芽腫性炎症を呈し,本症例でも皮膚病変からは非乾酪性肉芽腫病変が証明された2).なお,症例1および症例2の虹彩切除術で得られた虹彩組織には明らかな巨細胞や類上皮細胞はみられなかった.病理学的には同様の肉芽腫性病変を呈するサルコイドーシス(成人)とは異なり,本疾患は進行性で予後が不良である.その理由の一つにCARD15(caspase-activatingandrecruitmentdomain15)/NOD2(nucleotide-bindingoligomerizationdomain2)遺伝子異常が考えられる.ブラウ症候群にみられるR334Wなどの遺伝子変異はNOD領域の異常で,リガンド非依存性にNF-kB活性を増強させる3,4).関連して,強い肉芽腫性炎症が生ずると推測されるが,詳細なメカニズムはまだ明らかにはなっていない.文献的にもステロイドの局所治療で改善をみない場合にステロイドの全身投与が行われている3,4,7,8).本症例では小児であり,ステロイドの全身投与から早期に離脱させるために,消炎傾向があった時点で,漸減・中止とした.しかし,再燃をきたし,PSL10mg/日の長期投与に至った.症例2ではさらに,ときに2530mg/日への増量が必要であった.ステロイドの無効例でのメトトレキサートの有効性9),およびメトトレキサート抵抗性の2症例における抗TNF(腫瘍壊死因子)-a抗体治療の有効性10)などが報告されている.特に後者の有用性は高いと考えられるが,小児への長期投与の安全性が不明であり,医療費負担の問題もあり,現時点では導入していない.今後は選択肢として検討予定である.もう一つの問題は緑内障である.両症例ともirisbombeをきたしたことはブラウ症候群の強いぶどう膜炎を裏づけている.症例1では初診時より,症例2では炎症の増悪時より,散瞳薬の点眼を使用していたにもかかわらず,虹彩後癒着が進行した.これまで報告された失明例の多くは緑内障とされており,irisbombeに対する加療がうまくいっていなかった可能性がある.両症例に対し,速やかに周辺虹彩切除術を行ったことで,既報のような緑内障による失明が避けられたと考えられる.しかし,症例1ではときどき眼圧が上昇し,4剤の眼圧下降薬を必要としている.現在は明らかな視野障害に至っておらず,濾過胞感染のリスクや日常生活に制限が加わる線維柱帯切除術を施行していないが,将来的には必要となる可能性が高い.なお,ぶどう膜炎のコントロールのために長期にわたり,投与しているステロイド薬は関節病変にも好影響を与えている.両症例とも初診時に認められた手関節の腫脹は消失し,明らかな関節拘縮はなく,学校生活における運動も行えている.成長期に大量のステロイド薬の全身投与を必要としたが,骨粗鬆症など重篤な全身性の副作用は生じなかったことが幸いである.難治性ぶどう膜炎を呈するブラウ症候群同胞例の長期経過を報告した.続発緑内障を伴う強い肉芽腫性ぶどう膜炎が続くことが確認された.抗炎症のため,PSL1015mg/日のステロイド薬の全身投与が6年にわたって必要であった.外科的治療を含めた緑内障の治療も必要であった.小児において難治性の肉芽腫性ぶどう膜炎を診たら本疾患を鑑別にあげ,関節症状・皮膚症状に加え,家族歴を聴取することが診断には不可欠と考えられた.長期的にステロイド薬を全身投与する必要があることを十分理解のうえ,治療にあたる必要がある.文献1)BlauEB:Familialgranulomatousarthritis,iritis,andrash.JPediatr107:689-693,19852)KurokawaT,KikuchiT,OhtaTetal:Ocularmanifesta-tionsinBlausyndromeassociatedwithaCARD15/Nod2mutation.Ophthalmology110:2040-2044,20033)金澤伸雄:若年性サルコイドーシスとNOD2遺伝子変異.日小皮会誌25:47-51,20064)岡藤郁夫,西小森隆太:小児医学最近の進歩.若年性サルコイドーシスの臨床像と遺伝子解析.小児科48:45-51,20075)小豆澤宏明,壽順久,室田浩之ほか:Blausyndromeの母子例.日皮会誌115:2272-2275,20056)Miceli-RichardC,LesageS,RybojadMetal:CARD15mutationsinBlausyndrome.NatGenet29:19-20,20017)PastoresGM,MichelsVV,SticklerGBetal:Autosomaldominantgranulomatousarthritis,uveitis,skinrash,andsynovialcysts.JPediatr117:403-408,19908)ScerriL,CookLJ,JenkinsEAetal:Familialjuvenilesys-temicgranulomatosis(Blau’ssyndrome).ClinExpDerma-tol21:445-448,19969)LatkanyPA,JabsDA,SmithJRetal:Multifocalchoroidi-tisinpatientswithfamilialjuvenilesystemicgranulomato-sis.AmJOphthalmol134:897-904,200210)MilmanN,AndersenCB,vanOvereemHansenTetal:FavourableeectofTNF-alphainhibitor(iniximab)onBlausyndromeinmonozygotictwinsadenovoCARD15mutations.APMIS114:912-919,2006

潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した1例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1538あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(00)538(106)0910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):538541,2009cはじめに潰瘍性大腸炎は特発性の炎症性腸疾患で,皮膚病変,関節病変,肝病変などの多臓器にわたる多彩な症状を呈し,眼合併症は3.511.8%にみられるといわれている1).非肉芽腫性虹彩毛様体炎が多くみられるが,汎ぶどう膜炎の報告もある2).一方,潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎を合併したとする症例はまれであり,わが国での報告は過去に一報のみである3).今回筆者らは,潰瘍性大腸炎加療中に真菌性眼内炎を発症し,その治癒過程で汎ぶどう膜炎を合併したと思われるまれな症例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.主訴:右眼変視.〔別刷請求先〕石﨑英介:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:EisukeIshizaki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した1例石﨑英介福本雅格藤本陽子佐藤孝樹高井七重南政宏植木麻理池田恒彦大阪医科大学眼科学教室EndogenousFungalEndophthalmitisandPan-UveitisinaCaseofUlcerativeColitisEisukeIshizaki,MasanoriFukumoto,YokoFujimoto,TakakiSato,NanaeTakai,MasahiroMinami,MariUekiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した症例を経験した.症例は59歳,男性で,潰瘍性大腸炎にてステロイド経静脈投与を受けていた.初診時両眼眼底に多発性の白斑を認めた.その後左眼白斑の拡大および硝子体混濁が出現し,真菌性眼内炎を疑い抗真菌薬の点滴を開始したが硝子体混濁が増悪したため,硝子体手術を施行した.術後炎症は速やかに消退し経過良好であったが,術5日後に急激な左眼硝子体混濁の再発を認めた.真菌性眼内炎の再燃を疑い,左眼硝子体再手術を施行した.術中,真菌性眼内炎の網脈絡膜病巣は鎮静化しており,再手術後炎症は消退した.本症例では,真菌性眼内炎が治癒する過程で潰瘍性大腸炎に続発する汎ぶどう膜炎が発症したものと考えられる.汎ぶどう膜炎に対しては硝子体手術は結果的に不要であった可能性もあるが,眼底が透見不能であったため,診断目的としても硝子体手術は有用であったと考える.Wereportacaseofulcerativecolitiswithendogenousfungalendophthalmitisandpan-uveitis.Thepatient,a59-year-oldmalewithulcerativecolitis,wastreatedwithcorticosteroid.Hislefteyeshowedwhitemassandvitre-ousopacity;theendophthalmitisprogresseddespitetreatmentwithantifungalagents.Weperformedvitreoussur-geryonhislefteye.Theinammationreducedsoonaftersurgery,butat5daysaftertheoperationheagainpre-sentedwithmassivevitreousopacity.Wesuspectedthereccurenceoffungalendophthalmitisandagainperformedvitreoussurgery,butthefundusndingsshowedchorioretinalscarringandnoinammatorylesion.Inthiscase,wesusupectthatthepan-uveitissecondarytotheulcerativecolitisoccurredinthecourseoffungalendophthalmi-tishealing;vitreoussurgerywasusefulnotonlyfortreatment,butalsofordiagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):538541,2009〕Keywords:潰瘍性大腸炎,真菌性眼内炎,汎ぶどう膜炎,硝子体手術.ulcerativecolitis,fungalendophthalmitis,pan-uveitis,vitreoussurgery.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009539(107)現病歴:平成8年他院内科にて潰瘍性大腸炎と診断された後,再燃,寛解をくり返していた.平成19年10月17日より発熱,頸部リンパ節腫脹が出現したため,10月26日からプレドニゾロン60mgの経静脈投与を受けていた.11月初めから右眼変視を自覚したため,11月6日当科紹介初診となった.初診時所見:初診時視力は右眼矯正0.8,左眼矯正1.0,眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg,中間透光体は両眼に軽度白内障を認めたが,前房内および硝子体中に炎症細胞は確認できなかった.眼底所見は右眼黄斑部耳下側に白色の隆起性病変を認め,変視の自覚症状はこれによるものと考えられた.両眼とも上方に白色の滲出斑を認めた(図1).経過:11月21日再診時には左眼滲出斑の拡大および著明な硝子体混濁が出現し(図2),真菌性眼内炎を強く疑いホスフルコナゾール(プロジフR)400mgの点滴を開始した.点滴開始後,右眼の病変は速やかに瘢痕化したが,左眼硝子体混濁はさらに増悪し,著明な結膜充血,前房内の多数の炎症細胞,虹彩後癒着もみられたため,11月30日左眼超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入術および硝子体切除術を施行した.術中,網膜面上にはフィブリン析出によると考えられる膜様物が全面に付着していたため,ダイアモンドダストイレーサーで周辺部に向かって可及的に除去した.下方の白色滲出性病巣は無理に除去しようとすると裂孔を形成する危険性があるため,そのまま残存させた.手術時,灌流前に採取した硝子体液中のb-D-グルカンは394.3pg/ml(血中基準値:11.00pg/ml)であった.また,硝子体細胞培養にてCandidaalbicansが検出された.術前に測定した血中b-D-グルカンは10.95pg/mlと基準値上限程度であった.術後,炎症は速やかに消退し,経過良好であったが,術5日後に急激な左眼硝子体混濁の再発を認めた.前眼部には結膜充血を認め,前房内の細胞数が著明に増加しており,硝子体内は多数の炎症細胞で白色に混濁していたが,明らかなフィブリンの析出は認めなかった.真菌性眼内炎の再燃を疑い,12月7日左眼硝子体再手術を施行した.再手術の術中所見では,下方の滲出斑は鎮静化していた.周辺部にも特に残存硝子体図1初診時両眼眼底写真(平成19年11月6日)右眼黄斑部耳下側に白色の隆起性病変を認め,両眼とも上方に白色の滲出斑を認める.図2増悪時左眼眼底写真(平成19年11月21日)左眼滲出斑の拡大および著明な硝子体混濁が出現している.———————————————————————-Page3540あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(108)は認めず,真菌性眼内炎が原因と考えられる炎症の再燃所見を認めなかった.ステロイド投与は真菌性眼内炎の治療を開始した時点で内科に依頼して60mgから漸減しており,炎症再燃の2日前である12月3日に中止となっていた.抗真菌薬の投与はホスフルコナゾール(プロジフR)400mg点滴を11月21日から12月21日まで続行した後,12月28日までフルコナゾール(ジフルカンR)400mg内服を行った.経過中,潰瘍性大腸炎の症状には特に変化を認めなかった.再手術後炎症は速やかに消退し,平成20年2月19日現在,矯正視力は右眼1.5,左眼1.0と改善している.術後眼底は両眼ともに滲出性病巣は瘢痕化している(図3).前眼部にも,虹彩後癒着や前房内炎症を認めていない(図4).II考按潰瘍性大腸炎に合併するぶどう膜炎は非肉芽腫性前部ぶどう膜炎が特徴的で,後眼部病変は少ないとされている4).わが国での十数例の報告を検討したところ,虹彩毛様体炎は大半の症例でみられ,網膜血管炎や乳頭浮腫などの眼底病変も半数以上の症例で認められた5)とされている.本疾患の原因は不明であるが,自己抗体がぶどう膜の血管内皮細胞を障害することや免疫複合体によりぶどう膜炎が惹起されるのではないかと考えられている.眼症状と腸管症状の活動性,罹病期間の関連性の有無については意見が分かれているが,一般的に副腎皮質ステロイド薬の治療に反応がよく,視力予後は良好とされている.一方,真菌性眼内炎は,肉芽腫性脈絡膜炎で,約90%が経中心静脈高カロリー輸液(intravenoushyperalimenta-tion:IVH)使用例とされている6)が,副腎皮質ステロイド投与中などの免疫力の低下した状態での発症も報告されている7,8).その原因は腸管粘膜の機能が低下している場合に,通常では通過できない腸管壁バリアを真菌が通過して,血管やリンパ管に侵入するのではないか,と考えられている7).今回の症例においても,副腎皮質ステロイド投与による免疫力の低下,および潰瘍性大腸炎に伴う腸管機能低下が真菌性眼内炎の原因となったと考えられる.真菌性眼内炎の確定診断は眼内から真菌が分離・培養されることであるが,硝子体培養の陽性率は3050%,血液培養の陽性率は50%程度と低く,硝子体中b-D-グルカン測定の診断への有用性が報告されている9).硝子体中のb-D-グルカンの基準値は10pg/mlとする報告があり10),今回の症例でも,硝子体液からCandidaalbicansが検出され,確定診断が可能であったが,硝子体液中のb-D-グルカンも394.3pg/mlと基準値を大幅に上回っていた.今回の症例では,初発の眼内炎については臨床所見より真菌性眼内炎を強く疑い,抗真菌薬の投与にても症状の改善がないため,硝子体手術に踏み切った.術中に採取した硝子体液の培養より真菌性眼内炎の確定診断が可能であり,術翌日より炎症は速やかに消退し,術後経過良好で硝子体手術が効果的であったと思われた矢先に炎症の再発を認めた.再発時の炎症は強く,硝子体中の大量の炎症細胞のため眼底は透見不能であった.初回手術時の残存硝子体を足場とした真菌性眼内炎の再発を疑い,硝子体再手術を行ったが,真菌性眼内炎の網脈絡膜病巣は鎮静化しており,眼内の所見からは真菌性眼内炎の再発は否定的であった.そこで,2回目の炎症は,真菌性眼内炎が治癒する過程で潰瘍性大腸炎に続発する汎ぶどう膜炎が発症したものである可能性が高いと考えた.今回のタイミングで続発性汎ぶどう膜炎が発症した原因としては,真菌性眼内炎の治療を開始した時点からステロイドの投与を漸減し,ちょうど炎症再燃の2日前に中止となっていたことから,ステロイド投与によって食い止められていた炎症がステロイドの減量,中止に伴い出現した可能性も考え図3術後左眼眼底写真(平成19年12月26日)両眼ともに滲出性病巣は瘢痕化している.図4術後左眼前眼部写真(平成20年1月29日)虹彩後癒着や前房内炎症を認めていない.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009541(109)られた.汎ぶどう膜炎に対しては硝子体手術は結果的に不要であった可能性もあるが,眼底が透見不能であったため,真菌性眼内炎の状態を確認し,続発性汎ぶどう膜炎の診断を下すために硝子体手術は有用であったと考えられた.文献1)HanchiFD,RembackenBJ:Inammatoryboweldiseaseandtheeye.SurvOphthalmol48:663-676,20032)越山健,中村宗平,田口千香子ほか:潰瘍性大腸炎に合併した汎ぶどう膜炎の3例.臨眼60:1237-1243,20063)高橋明宏,鹿島佳代子,明尾康子ほか:潰瘍性大腸炎加療中に合併したと思われるカンジダ眼内炎の1例.眼臨81:357-361,19874)小暮美津子:腸疾患とぶどう膜炎.ぶどう膜炎(増田寛次郎,宇山昌延,臼井正彦ほか編),p282-287,医学書院,19995)唐尚子,南場研一,村松昌裕ほか:大量の線維素析出を伴うぶどう膜炎を発症した潰瘍性大腸炎の1例.臨眼59:1609-1612,20056)松本聖子,藤沢佐代子,石橋康久ほか:わが国における内因性真菌性眼内炎─19871993年末の報告例の集計─.あたらしい眼科12:646-648,19957)薬師川浩,林理,東川昌仁ほか:経中心静脈高カロリー輸液(IVH)の既往がない内因性真菌性眼内炎の2症例.眼紀54:139-142,20038)呉雅美,西川憲清,三ヶ尻研一:中心静脈栄養の既往がないにもかかわらず真菌性眼内炎が疑われた1例.あたらしい眼科23:225-228,20069)若林俊子:真菌性眼内炎.眼科プラクティス16.眼内炎症診療のこれから(岡田アナベルあやめ編),p90-93,文光堂,200710)真保雅乃,伊藤典彦,門之園一明:硝子体液中b-D-グルカン値の臨床的意義の検討.日眼会誌106:579-582,2002***

インフリキシマブ投与を行ったBehcet病の4症例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(101)5330910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):533537,2009cはじめにBehcet病は原因不明の炎症性疾患であり,主症状の一つであるぶどう膜炎は難治性で,失明に至ることもある.従来の治療法で眼炎症を抑制できないBehcet病の難治性ぶどう膜炎に対して,抗ヒトtumornecrosisfactor-a(TNF-a)モノクローナル抗体であるインフリキシマブが適用認可され,有効な治療法と期待されている.今回筆者らは,久留米大学眼科においてBehcet病による難治性ぶどう膜炎の4症例にインフリキシマブを投与したので報告する.I症例症例は,15歳女性,31歳男性,40歳男性,43歳男性の4例.病型はすべて不全型であった.Behcet病と診断し,インフリキシマブ投与開始までの罹患期間は,5カ月から6年4カ月で,インフリキシマブ投与前の治療は,全例シクロスポリンを使用していた.インフリキシマブ投与開始後の経過観察期間は5カ月から12カ月であった(表1).インフリキシマブの投与方法は,投与量5mg/kgを2時間以上かけて点滴投与を行い,0,2,6,14週と以降8週おきに投与した.インフリキシマブ投与開始後は,免疫抑制薬〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPANインフリキシマブ投与を行ったBehcet病の4症例田口千香子浦野哲河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室FourCasesofBehcet’sDiseaseTreatedwithIniximabChikakoTaguchi,ToruUrano,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:Behcet病の4例に抗ヒトtumornecrosisfactor-a(TNF-a)モノクローナル抗体であるインフリキシマブ(レミケードR)を投与したので報告する.方法:インフリキシマブ投与開始後3カ月以上経過観察をした4例(女性1例,男性3例)について,投与前後の眼炎症発作回数,副作用を調べた.結果:インフリキシマブ投与開始時の年齢は15歳,31歳,40歳,43歳で,投与開始までの罹患年数は5カ月から6年4カ月であった.4例のうち2例では眼炎症発作が完全に抑制され,その他の2例では減少した.副作用は4例中2例にみられ,帯状疱疹が1例,頬部蜂窩織炎と投与中に蕁麻疹がみられたのが1例であった.副作用は,治療やインフリキシマブの点滴速度を遅くすることで速やかに改善し,2例ともインフリキシマブはほぼ予定どおりの投与が可能であった.結論:インフリキシマブは,難治性ぶどう膜炎に対し有効な治療法である.副作用には十分に注意し,慎重な対応が必要であると考えられる.Wereport4patients(1female,3males)withBehcet’sdiseasetreatedwithiniximab(RemicadeR),ananti-tumornecrosisfactor-a(TNF-a)monoclonalantibody.Weevaluatedthenumberofocularattacksbeforeandaftertreatment,andthesideeects,withaminimumfollow-upof3months.Agesatiniximabtreatmentinitiationwere15,31,40and43years.Timebetweendiseaseonsetandadministrationrangedfrom5to76months.Ocularinammationwascompletelysuppressedin2casesandreducedin2cases.Sideeectswereseenin2cases:1patientdevelopedvaricellazosterand1developedcellulitisofthecheek,andhives,duringiniximabadministra-tion.Thesideeectsimprovedpromptlywhentheinfusionratewasslowed;these2patientsthenunderwentiniximabadministrationasscheduled.Iniximabiseectiveinthetreatmentofrefractoryuveitis;however,itrequirescarefulattentionandappropriateresponsetosideeects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):533537,2009〕Keywords:Behcet病,インフリキシマブ,ぶどう膜炎.Behcet’sdisease,iniximab,uveitis.———————————————————————-Page2534あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(102)は中止した.〔症例1〕15歳,女性.2006年11月28日に当院を初診.初診時矯正視力は右眼0.1,左眼1.2.両眼の汎ぶどう膜炎を認め,口内炎と皮膚症状の既往があったため,Behcet病と診断し,コルヒチン1mgの内服を開始した.12月左眼に強い炎症発作がみられ,視力(0.01)まで低下した(図1).この強い炎症発作に対して,リン酸ベタメタゾン(6mg)を3日間点滴し,内服治療をコルヒチンからシクロスポリンに変更した.しかし,その後も炎症発作をくり返したため,シクロスポリンを100mgから150mgへ増量したにもかかわらず,初診から5カ月間に9回の炎症発作を認めた.シクロスポリン内服後の頭痛・体調不良の訴えもあったため,2007年4月24日からインフリキシマブを開始した.開始後から現在まで約12カ月が経過しているが,眼炎症発作は完全に抑制されている.視力も,インフリキシマブ投与前の右眼(0.7),左眼(手動弁)から右眼(1.2),左眼(0.9)と著明に改善している(図2,3).初診1234567インフリキシマブ4/24開始89104(月)2008年2007年リンロン6mg3日間点滴100mg125mg150mg治療コルヒチンシクロスポリン11/281.51.0視力0.10.01:右眼:左眼眼炎症図3症例1の経過図1症例1の左眼炎症発作時の眼底写真視神経乳頭は発赤し,黄斑部を含んで強い網膜浮腫を認め,周辺網膜には出血や滲出斑が散在している.図2症例1の現在の左眼眼底写真視神経は正常色調で,黄斑部に網膜浮腫はなく,網膜にも出血や滲出斑はみられない.表1患者背景投与開始時年齢性病型投与開始までの罹患期間投与開始前の治療114歳女性不全型5カ月シクロスポリン231歳男性不全型3年6カ月シクロスポリン343歳男性不全型6年4カ月シクロスポリン440歳男性不全型3年1カ月シクロスポリン———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009535(103)〔症例2〕31歳,男性.2003年からBehcet病のぶどう膜炎のため加療していた.2004年からシクロスポリン投与を行ったが,眼炎症は抑制できず,2007年5月15日にインフリキシマブを開始した.2回目投与の4週間後,大腿部に帯状疱疹が出現したため,翌日予定していた3回目の投与を延期し,同日より塩酸バラシクロビル3,000mg内服を1週間行った.帯状疱疹の改善を確認後,インフリキシマブ投与3回目を7月3日に行った.その後は,副作用の出現も認めず,眼炎症も現在まで完全に抑制されている(図4).〔症例3〕43歳,男性.2001年に初診し,シクロスポリン投与にても眼炎症は抑制できず,左眼はすでに失明している.2005年7月に,はじめて右眼の炎症発作を認め,その後から右眼の炎症発作をくり返していた.唯一眼であり,シクロスポリンの副作用である腎機能障害や高血圧が出現していたため,2007年7月24日よりインフリキシマブ投与を開始した.2回目投与の1週間後から頬部腫脹が出現し,頬部蜂窩織炎と診断され,レボフロキサシン300mg内服を1週間行った.症状が改善したため,予定どおりに9月4日にインフリキシマブ3回目の投与を行った.4回目のインフリキシマブ投与中に,腹部に蕁麻疹が出現した.投与時反応(infusionreaction)と考え,インフリキシマブの点滴速度を遅くし,抗ヒスタミン薬を内服させた.しばらく経過すると,蕁麻疹が消退したため,点滴速度を戻し,その後は予定どおりにインフリキシマブの点滴を行った.5回目以降は,抗ヒスタミン薬を前投薬とし,その後は現在まで副作用はみられていない.インフリキシマブ開始後は,強い発作が3回あり,眼炎症発作は抑制できていインフリキシマブ5/15開始(月)2008年2007年6/25大腿部帯状疱疹出現6/257/2塩酸バラシクロビル3,000mg内服2006年治療136912369123シクロスポリン200mg1.51.0視力0.10.01:右眼:左眼眼炎症図4症例2の経過炎回目に治眼炎症図5症例3の経過———————————————————————-Page4536あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(104)ない.しかし,シクロスポリンによる副作用があり,現在もインフリキシマブの投与を継続している(図5).〔症例4〕40歳,男性.2005年からBehcet病のぶどう膜炎のため加療し,シクロスポリン投与にても眼炎症は抑制できず,2007年11月27日にインフリキシマブを開始した.投与中,投与後も副作用はなく,インフリキシマブ投与開始後の眼炎症は,軽度な発作が1回のみで,ほぼ抑制されている(図6).II結果2007年4月から2008年4月までのインフリキシマブの投与回数は4回から9回であった.インフリキシマブ投与前後の月平均眼炎症発作回数を,症例1,4は投与前後5カ月,症例2,3は投与前後9カ月で比較した.症例1は1.8回から0回,症例2は0.4回から0回と眼炎症が完全に抑制され,症例4は0.8回から0.2回へと眼炎症は減少していた.しかし,症例3は0.2回から0.3回と眼炎症は抑制できなかった.インフリキシマブの副作用は2例にみられ,帯状疱疹が1例,頬部蜂窩織炎と投与中に蕁麻疹が出現したのが1例であった.III考按Behcet病の病態形成においてさまざまなサイトカインが関与し,なかでもTNF-aは,Behcet病のぶどう膜炎の活動性と有意に相関し,病態に深く関与していることが示唆されている1).近年,抗TNF-a抗体であるインフリキシマブが,Crohn病や関節リウマチなどの治療に用いられ,優れた治療効果が報告された2,3).そこで,わが国において,難治性ぶどう膜炎を有するBehcet病患者に対して,抗TNF-a抗体の多施設の臨床治験が行われた.10週間にインフリキシマブを4回投与した結果,眼炎症発作が有意に減少し視力改善すると報告され4,5),2007年1月にBehcet病にもインフリキシマブの保険適用が拡大された.その後,Behcet病の難治性ぶどう膜炎に対するインフリキシマブの有用性が報告されている6,7).当科において,2007年4月よりインフリキシマブの投与を開始し,4症例に投与を行った.眼炎症は4症例中の2例では完全に抑制され,その他の1例でも眼炎症は減少し,インフリキシマブはBehcet病の眼炎症の抑制に有効な治療方法であると考えられた.特に,症例1は15歳と若年だが,強い眼炎症発作を頻発し,シクロスポリンによる頭痛や体調不良もあったため,初診から5カ月後と早期からインフリキシマブの投与を行った.眼炎症は完全に抑制され,視力も著明に改善し,現在も良好な視力を保っている.インフリキシマブは,従来の治療法に抵抗性の難治例において適応とされているが,この症例のように早期から投与し,視力予後を良好に保つことができる可能性もある.しかし,いつまでインフリキシマブ投与を継続すべきなのか,インフリキシマブを中止する目安をどのように定めるのかなど,課題も残されている.インフリキシマブ治療が効果的な症例がある一方で,症例3のように眼炎症発作を抑制できない症例も存在している.インフリキシマブ投与後も眼炎症発作を起こし,その1回は,投与予定の前の週(インフリキシマブ投与後7週目)に眼炎症を起こしている.症例に応じインフリキシマブの至適投与量や投与間隔を設定する必要があるのかもしれない.また,当科では,インフリキシマブ投与開始後は免疫抑制薬は中止しているが,関節リウマチでは既存のメトトレキサートとの併用が推奨されており,インフリキシマブのみでは炎症が抑制できない症例においては,免疫抑制薬の併用が必要であるのかもしれない.症例3では,腎:右眼:左眼眼炎症インフリキシマブ11/27開始2007年123(月)0.010.11.01.5視力962006年2008年3129631治療150mgシクロスポリンコルヒチン図6症例4の経過———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009537(105)機能障害がやや改善していることもあり,現在も免疫抑制薬の併用は行っていない.合併症は4例中の2例にみられ,帯状疱疹,頬部蜂窩織炎,投与中のinfusionreactionと思われる蕁麻疹であった.帯状疱疹と頬部蜂窩織炎は治療により症状は1週間程度で改善した.蕁麻疹は抗ヒスタミン薬を内服し,点滴速度を遅くすることで速やかに症状は消退した.このように合併症がみられたものの,インフリキシマブの投与は中止することなく,ほぼ予定どおりに可能であった.しかし,合併症には十分に注意する必要があり,さらにインフリキシマブの長期の副作用なども懸念される問題である.インフリキシマブは,従来の治療法で眼炎症を抑制できないBehcet病の難治性ぶどう膜炎に対し有効な治療方法であり,Behcet病患者の臨床経過の改善が期待される.副作用には十分に注意し,慎重な対応が必要である.今後,インフリキシマブの長期の副作用や,インフリキシマブ治療でも眼炎症発作を抑制できない症例への対策が必要と思われた.文献1)中村聡,杉田美由起,田中俊一ほか:ベーチェット病患者における末梢血単球のinvitrotumornecrosisfactor-alpha産生能.日眼会誌96:1282-1285,19922)ElliottMJ,MainiRN,FeldmannMetal:Repeatedthera-pywithmonoclonalantibodytotumornecrosisfactoralpha(cA2)inpatientswithrheumatoidarthritis.Lancet344:1125-1127,19943)PresentDH,RutgeertsP,TarganSetal:IniximabforthetreatmentofstulasinpatientswithCrohn’sdisease.NEngJMed340:1398-1405,19994)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Ecacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofiniximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheu-matol31:1362-1368,20045)中村聡,堀貞夫,島川眞知子ほか:ベーチェット病患者を対象とした抗TNFa抗体の前期第Ⅱ相臨床試験成績.臨眼59:1685-1689,20056)AccorintiM,PirragliaMP,ParoliMPetal:IniximabtreatmentforocularandextraocularmanifestationsofBehcet’sdisease.JpnJOphthalmol51:191-196,20077)TakamotoM,KaburakiT,NumagaJetal:Long-terminiximabtreatmentforBehcet’sdisease.JpnJOphthal-mol51:239-240,2007***

サイトメガロウイルス網膜炎を発症した成人T細胞白血病の1例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(97)5290910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):529531,2009cはじめにサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎は免疫不全状態の患者に発症する難治性の疾患であるが,成人T細胞白血病(ATL)患者でのCMV網膜炎の報告は少ない.今回筆者らはATLの経過中にCMV網膜炎を発症した1例を経験したので,その眼科的所見および臨床症状について報告する.I症例患者:54歳,男性.主訴:両眼飛蚊症.現病歴:1998年に皮膚型ATL(慢性型)と診断され,2006年よりプレドニゾロン(PSL)5mg内服にて経過観察中だった.2007年2月に胸背部痛が出現し,画像上ATL〔別刷請求先〕相馬実穂:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1番1号佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MihoSoma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANサイトメガロウイルス網膜炎を発症した成人T細胞白血病の1例相馬実穂清武良子野村慶子平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座AdultT-CellLeukemiawithCytomegalovirusRetinitisMihoSoma,RyokoKiyotake,KeikoNomura,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine目的:成人T細胞白血病(ATL)経過中にサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を発症した1例を報告する.症例:症例は54歳,男性.皮膚型ATLの急性転化に対し末梢血幹細胞移植後,移植片対宿主病を発症.シクロスポリンAとメチルプレドニゾロンが投与されていた.2007年11月12日にCMV抗原血症を指摘され,ガンシクロビルの点滴が開始された.11月23日両眼飛蚊症を自覚し,眼科的検査にて左眼の耳側網膜に軟性白斑,鼻上側に点状出血を伴った白色病変を認めた.バルガンシクロビル450mg内服への減量に伴い2008年1月9日より左眼の白色病変が拡大,CMV網膜炎悪化と判断し,ガンシクロビル500mg点滴に増量した.病変は徐々に消退したが裂孔原性網膜離が出現し,硝子体切除術を行った.術後,矯正視力は右眼1.2,左眼0.9で左眼網膜は復位している.結論:ATLに対する末梢血幹細胞移植後の免疫不全状態においてもCMV網膜炎は十分注意すべき合併症である.WereportacaseofadultT-cellleukemia(ATL)withcytomegalovirus(CMV)retinitis.Thepatient,a54-yearmalewithskintypeATL,hadbeentreatedwithperipheralbloodstemcelltransplantationforblastcrisis.Thereaf-ter,hewasdiagnosedwithgraft-versus-hostdiseaseandtreatedwithmethylprednisoloneandcyclosporinA.Inaddition,hewastreatedwithgancicloviragainstCMVdetectedinhisserumonNovember12,2007.Hewasreferredtousforblurredvision.Ophthalmoscopicndingsshowedsoftexudatesandwhiteopacicationwithdothemorrhageinhislefteye.Asoralvalganciclovirwasreducedto450mg,thelesionenlarged.Ganciclovir(500mgiv.)wasthenadministered.Althoughtheexudativelesiondisappearedgradually,rhegmatogenousretinaldetach-mentoccurredinthelefteye.Vitrectomywasperformed,theretinawasreattachedandvisualacuitywasmain-tained.CMVretinitisshouldbeconsideredinimmunodecientpatientsafterperipheralbloodstemcelltransplanta-tionforATL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):529531,2009〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,成人T細胞白血病(ATL),末梢血幹細胞移植.cytomegalovirusretinitis,adultT-cellleukemia(ATL),peripheralbloodstemcelltransplantation.———————————————————————-Page2530あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(98)の骨病変が最も疑われたため,ATL急性転化の判断にて化学療法を施行したのち,ヒト白血球型抗原(HLA)完全一致,血液型一致,ヒトTリンパ球向性ウイルス1型(HTLV-1)陰性の弟をドナーとして10月7日同種末梢血幹細胞移植が施行された.移植片対宿主病(GVHD)予防目的でシクロスポリンA単独投与を行っていたが,生着12日後に皮疹・発熱・胸水貯留を主症状とするGVHDを生じメチルプレドニゾロン(ソルメドロールR)60mg点滴が開始となった.11月12日にCMV抗原血症を指摘され,ガンシクロビル(デノシンR)560mg点滴が開始された.GVHD症状は徐々に改善し,PSL55mg内服まで減量となった11月27日当院血液内科へ転院となった.11月23日より両眼の飛蚊症を自覚していたため,11月28日眼科的精査目的にて当科紹介となった.既往歴:2007年6月帯状疱疹.家族歴:弟がHTLV-1キャリア.全身検査結果(2007年11月27日):末梢血一般検査では白血球7,500/mm3,リンパ球は270/mm3(3.6%)で異常リンパ球は認めなかった.末梢血リンパ球サブセットはCD4+T細胞30.7,CD8+T細胞45.4でCD4/8比は0.68であった.直接酵素抗体法(C7-HRP)にてCMV陽性細胞を3/30万認めた.初診時所見(2007年11月28日):視力は右眼0.2(1.2×4.0D),左眼0.1(1.2×3.25D(cyl1.0DAx90°).眼圧は両眼とも10mmHgであった.眼位・眼球運動・対光反応は異常なく,両眼に皮質混濁を伴った軽度白内障を認めた.右眼眼底は後部硝子体離を認めるほか異常なく,左眼眼底は視神経乳頭の耳側に軟性白斑,鼻上側に一部点状出血を伴った網膜の白色病変とグリア環を認めた.内科ではC7-HRPを指標としてガンシクロビル点滴の中止・再開をくり返していたが,肝機能が悪化してきたため,12月27日からバルガンシクロビル(バリキサR)450mg内服に変更となっていた.2008年1月9日眼科再診時に左眼鼻上側の出血と網膜の白色病変が拡大しており(図1),CMV網膜炎の診断にて内科と相談のうえ1月12日14日はバルガンシクロビル内服を1,800mgへ増量し,1月15日からガンシクロビル500mg点滴を3週間行った.網膜炎の軽快をみて300mg週5回投与へ減量,1カ月間投与を行った後バルガンシクロビル900mg1週間,450mg内服へ変更となり全身状態も改善したため3月28日退院となった(図2).5月28日眼科再診時に左眼鼻上側の網膜出血,網膜の白濁が消退した部位に網膜離を伴った裂孔を認めた.離部の網膜は菲薄化していて,硝子体手術とガス注入では復位困難と思われたため,翌日硝子体切除術+シリコーンオイル注入+水晶体超音波乳化吸引+眼内レンズ挿入術を行った.バルガンシクロビル内服は6月25日にて中止となり,術後1カ月を経過した2008年6月28日現在,矯正視力は右眼1.2,左眼0.9で左眼網膜は復位しており,9月以降にシリコーンオイル抜去を考えている.II考按一般に日本人(成人)の95%はCMVキャリアであるが正常な免疫状態ではほとんど不顕性感染をしており,顕性感染が生じるためには宿主が何らかの形で免疫不全状態にあることが不可欠の条件となる1).今回の症例では基礎疾患としてATLを発症したこと,その治療として化学療法と同種末梢血幹細胞移植を行ったこと,GVHDに対する治療としてステロイドおよび免疫抑制薬投与を行ったことがCMV網膜炎発症の誘因として考えられる.後天性免疫不全症候群(AIDS)患者においてはCMV網膜炎の合併率は2530%と報告されていたが,highlyactiveantiretroviraltherapy(HAART)導入後はさらに減少しているといわれている24).ATLにCMV網膜炎を発症したという報告は少なく,原疾図12008年1月9日再診時の左眼眼底写真左眼鼻上側の出血と白色病変が増加していた.図22008年4月16日再診時の左眼眼底写真左眼鼻上側の網膜血管は一部白鞘化したが,出血と白色病変はほぼ吸収されている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009531(99)患の特徴からほとんどが九州出身者である511).また,造血幹細胞移植後の報告も国内外を含めわずかである1214).Coskuncanらの報告によれば,白血病の治療として一般的に行われてきた骨髄移植においても,後眼部の合併症を認めたものは397例中51例(12.8%)で,そのうち網膜または眼内の感染症と診断されたものは8例(2.0%)であり,発症は移植の平均57日後でウイルス性がサイトメガロウイルス1例・水痘ヘルペス1例の2例(0.5%)であったとされ,骨髄移植後のCMV網膜炎の発症としても大変まれであるといえる13,14).本症例で行われた同種末梢血造血幹細胞移植は,2000年に保険適用が認められて以来,同種骨髄移植の代替法として2001年にはその実施症例数が骨髄移植の実施症例数を超え急速に普及している.同種骨髄移植と比較した場合,①速やかな造血回復(約1週間の短縮),②速やかな免疫回復,③低コスト,④低い再発率,⑤急性GVHDは増加しない,⑥ドナーに与える負担が少ないなどの利点があり15),今後さらに症例数が増加し,それに伴う眼合併症も増加する可能性がある16).ATLに対し同種末梢血造血幹細胞移植を行い,その後にCMV網膜炎を発症したという報告は筆者らの調べる限り今回の症例が初めてである.このことから同種骨髄移植に比べ免疫回復が速やかであるとされる同種末梢血造血幹細胞移植後においても,やはりCMV網膜炎の発症には注意する必要があるものと思われる.現在抗CMV薬としてはガンシクロビル(静注,経口,インプラント),ホスカルネット(静注),シドフォビル(静注),バルガンシクロビル(経口)がある17).このうち日本で使用が可能な薬剤はガンシクロビルとホスカルネット,バルガンシクロビルで,網膜炎にも有効である一方,細胞毒性も強い.そのため投与量と投与期間は薬効と副作用により症例ごとに変えなければいけない1).また,免疫不全状態が改善されない限り,投与中止後にCMV網膜炎を再燃する可能性が高い1821).今回の症例ではCMV網膜炎の悪化に対しガンシクロビルの増量を行ったところ,眼底の出血および白色病変は速やかに消退,重篤な全身的副作用も認めなかった.しかし発症から6カ月後に網膜壊死に伴う裂孔形成と網膜離を認め手術加療が必要となった.今後ガンシクロビル中止に伴うCMV網膜炎の再燃に十分注意して経過観察を行っていく必要があると考える.文献1)坂井潤一:サイトメガロウイルスと眼感染症.あたらしい眼科11:677-683,19942)坂井潤一:免疫不全患者におけるサイトメガロウイルス網膜炎.医学のあゆみ170:158-159,19943)JabsDA,VanNattaML,HolbrookJTetal:LongitudinalstudyoftheocularcomplicationsofAIDS1.Oculardiag-nosisatenrollment.Ophthalmology114:780-786,20074)JabsDA,BartlettJD:AIDSandophthalmology:Aperi-odoftransition.AmJOphthalmol124:227-233,19975)久志雅和,新城光宏,大城一郁ほか:成人T細胞白血病に続発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼57:317-320,20036)岸川泰宏,出口裕子,三島一晃ほか:成人T細胞白血病にみられたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼55:1411-1415,20017)辻真理子,手島靖夫,末田順ほか:サイトメガロウイルス網膜炎が初発症状であった成人T細胞白血病の2例.臨眼52:546-550,19988)藤井智仁,稲田晃一郎:サイトメガロウイルス網膜炎の2例.眼臨5:625-628,19959)森直樹,浦一美,村上修一ほか:経過中にサイトメガロウイルス性網膜炎を併発した成人T細胞白血病の1例.臨床血液33:537-541,199210)杉本浩一,杉本睦子,春田恭照ほか:ATL(成人T細胞白血病)に随伴したサイトメガロウイルス網膜炎─ガンシクロビルで沈静化した症例─.眼科33:559-564,199111)樺山八千代,伊佐敷誠,上原文行ほか:成人T細胞白血病における眼症状.臨眼42:139-141,198812)長田愉以子,佐々木勇二,山崎厚志ほか:急性骨髄性白血病患者の非血縁者間同種骨髄移植後に認められたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.眼臨93:396-400,199913)CoskuncanNM,JabsDA,DunnJPetal:Theeyeinbonemarrowtransplantation.VI.Retinalcomplication.ArchOphthalmol112:372-379,199414)LarssonK,LonnqvistB,RingdenOetal:CMVretinitisafterallogeneicbonemarrowtransplantation:areportofvecases.TransplInfectDis4:75-79,200215)長藤宏司:広がる幹細胞ソースの選択肢,骨髄移植と末梢血幹細胞移植の比較.内科98:218-223,200616)ShereckEB,CooneyE,vandenVenCetal:ApilotphaseⅡstudyofalternatedayganciclovirandfoscarnetinpreventingcytomegalovirus(CMV)infectionsinat-riskpediatricandadolescentallogeneicstemcelltransplantrecipients.PediatrBloodCancer49:306-312,200717)LeeCH,BrightDC,FerrucciS:Treatmentofcytomega-lovirusretinitiswithoralvalganciclovirinanacquiredimmunodeciencysyndromepatientunresponsivetocom-binationantiretroviraltherapy.Optometry77:167-176,200618)SongM,KaravellasMP,MacDonaldJCetal:Character-izationofreactivationofcytomegalovirusretinitisinpatientshealedaftertreatmentwithhighactiveantiretro-viraltherapy.Retina20:151-155,200019)LehoangP,GirardB,RobinetMetal:Foscarnetinthetreatmentofcytomegalovirusretinitisinacquiredimmunedeciencysyndrome.Ophthalmology96:865-874,198920)JabsDA,NewmanC,DeBustrosSetal:Treatmentofcytomegalovirusretinitiswithganciclovir.Ophthalmology94:824-830,198721)HollandGN,SakamotoMJ,HardyDetal:Treatmentofcytomegalovirusretinopathyinpatientswithacquiredimmunodeciencysyndrome.Useoftheexperimentaldrug9-[2-Hydroxy-1(hydroxymethyl)ethoxymethyl]guanine.ArchOphthalmol104:1794-1800,1986

重症型春季カタルに対するタクロリムス軟膏の眼軟膏治療

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(93)5250910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):525528,2009cはじめに春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)は,結膜の乳頭増殖,増大,輪部結膜の腫脹,堤防状隆起を呈する若年者にみられるアレルギー疾患で,高率に角膜病変を合併し,特に重症例においては盾型潰瘍や角膜プラークを生じる.若年者に発症するため,これらの病状は視力予後に大きく影響し,そのため発作期の速やかで有効な消炎治療が大変重要となる.アレルギー性結膜疾患に対する一般的な治療において,特に難治性の重症例では,外科的な乳頭切除やステロイド薬の眼瞼結膜下注射,あるいはステロイド薬の内服が必要となる1).しかし,外科治療は,即効性は期待できるものの,切除が不十分だと再発の可能性があり,手技が煩雑で幼少児には全身麻酔を要することもあり容易ではない.ステロイドの眼瞼結膜下注射は,過去の報告2)によると,症状の速やかな改善が得られているが,なかには眼圧上昇例がある3).小児期においては,ステロイド薬はステロイド白内障のみならずステロイド緑内障の頻度が高く,視機能に悪影響を及ぼす可能性があると同時に,発育時期であるため,全身投与では骨粗鬆症を代表とする全身的な合併症による発育障害の併発が懸念される4).よって,できればステロイド薬と〔別刷請求先〕小沢昌彦:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasahikoKozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Jonan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN重症型春季カタルに対するタクロリムス軟膏の眼軟膏治療小沢昌彦市頭教克梶原淳内尾英一福岡大学医学部眼科学教室SevereVernalKeratoconjunctivitisCasesTreatedwithTacrolimusOintmentasanOphthalmicOintmentMasahikoKozawa,NoriyoshiIchigashira,JunKajiwaraandEiichiUchioDepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)の重症例に対し,タクロリムス軟膏を眼軟膏として使用した5例につき報告する.症例は714歳で全例男児の重症春季カタルであり,2例は0.03%,3例は0.1%製剤の皮膚用軟膏をそのまま眼軟膏として投与した.投与回数は最多で1日3回,投与期間は最長で4カ月とした.3例では巨大乳頭切除後に併用したが,全例で臨床所見の改善が得られた.全例で使用直後の眼灼熱感がみられたが,徐々に消失した.その他特記すべき副作用はみられなかった.タクロリムス眼軟膏は全身的な副作用が出にくく,重症型VKCに対し,眼軟膏としてほぼ安全に使用できた.しかし,結膜に対する長期使用経験が少なく安全性については不明であり,今後検討を加える必要がある.タクロリムス軟膏は重症型VKCに対するリリーバとして有用であると考えられ,眼軟膏製剤の臨床応用も望まれる.Wereport5casesofseverevernalkeratoconjunctivitis(VKC)(5males,agerang:7to14years,average12years)treatedwithtacrolimusointmentasanophthalmicointment.FortheirsevereVKC,twocaseswerepre-scribed0.03%tacrolimusointmentand3wereprescribed0.1%,asanophthalmicointmenttobeadministered3timesdailyandcontinuedforupto4months.Althoughgiantpapillaresectionwasperformedinthreecases,theclinicalndingswereimprovedinallcases.Therehasbeennoadverseeectotherthanophthalmicburningsensa-tionduringtheearlyphaseoftreatment.TopicaltacrolimusmayproveeectiveforsevereVKC,thoughduetolackoflong-termuse,itsclinicalsafetyisunknown.ConsideringitsusefulnessinrelievingsevereVKC,however,thedevelopmentoftacrolimusophthalmicointmentisexpected.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):525528,2009〕Keywords:春季カタル,重症型,治療法,タクロリムス(FK506)軟膏.vernalkeratoconjunctivitis,severetype,treatment,tacrolimus(FK506)ointment.———————————————————————-Page2526あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(94)同等の抗炎症作用をもち,かつステロイド薬の副作用がみられず,継続的投与が可能な薬剤の使用が望ましい.タクロリムスは強力な免疫抑制作用をもつカルシニューリン阻害薬の一つで,その軟膏製剤は,アトピー性皮膚炎の顔部・頸部の治療に多く使用されており有効性が認められている5).その0.1%製剤は,ステロイド外用薬のstrongクラスと同等の抗炎症効果をもつ一方で,ステロイドに比べ分子量が大きく炎症部位からのみ吸収されるため,消炎後は吸収率が低下し,皮膚使用時にはステロイド外用薬の連用でみられる皮膚萎縮などの副作用がないといった特徴がある.眼科領域においては,最近タクロリムス点眼製剤が発売されたが,それ以前に眼科製剤はなく,過去の報告では,VKCに対しタクロリムス内服薬から眼軟膏製剤を自家調剤のうえ角結膜に投与し,有効であったとされている6).そこで今回筆者らは,タクロリムス点眼製剤発売以前の重症型VKCの5例に対し,タクロリムス軟膏を眼軟膏として使用し,その効果を検討したので報告する.I対象および方法対象は714歳(平均11.8歳)で,性別は全例男性であった.既往歴にはアトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎,気管支喘息がいずれも5例中3例にみられた.まずタクロリムス軟膏の角結膜への使用に関しては,規定の臨床研究申請を行ったうえ,本人および両親に対し,①病状の改善のためには免疫抑制薬(タクロリムス)の局所投与が望ましいが,現在眼科用製剤がないため,皮膚用軟膏製剤であるタクロリムス軟膏の使用が適当であると考えざるをえないこと,②皮膚用製剤であるため眼球に対する安全性は不明であるが,現在の病状を考えた場合,投与した際の利益のほうが上回ると思われること,③結膜は皮膚に近接した粘膜であり,現在皮膚科領域ではアトピー性皮膚炎の症例に対し眼瞼皮膚に多く使用されているが,眼球に関する目立った重篤な副作用の報告がみられないことを十分説明し,インフォームド・コンセントを得たうえ使用を開始した.タクロリムスの薬物濃度や点入回数は,個々の臨床症状の程度に応じ適宜決定し,投与開始後の臨床所見の改善度により点入回数を適宜漸減した.長期投与時の合併症については不明な点もあることから,投与期間を最長4カ月とした.投与方法は,まずタクロリムス軟膏をチューブの先端から約5mmほど出し,清潔な綿棒などで取ったのち,下眼瞼を翻転し直接眼瞼結膜上に塗布して行った.臨床効果の評価方法としては,アレルギー性結膜疾患診療ガイドラインにより提唱されている臨床評価基準7)の10項目(表1)を用い,それぞれの項目において,高度なものを3点,中等度を2点,軽度を1点,所見がないものを0点としてスコア化し,その合計値を臨床スコアとして投与開始前および投与開始1カ月後に算出した.そして,臨床スコア値の変動にて臨床所見の改善度を検討した.II結果(表2)まず治療開始前の既投薬についてであるが,全例でステロ表1アレルギー性結膜疾患の臨床評価基準眼瞼結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()個々の血管の識別不能多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()びまん性の混濁を伴う腫脹びまん性の薄い腫脹わずかな腫脹所見なし濾胞高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()20個以上1019個19個所見なし乳頭*高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()直径0.6mm以上直径0.30.5mm直径0.10.2mm所見なし巨大乳頭高度(+++)上眼瞼結膜の1/2以上の範囲で乳頭が隆起中等度(++)上眼瞼結膜の1/2未満の範囲で乳頭が隆起軽度(+)乳頭は平坦化なし()所見なし眼球結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()全体の血管拡張多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし浮腫高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()胞状腫脹びまん性の薄い腫脹部分的腫脹所見なし輪部Trantas斑高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()9個以上58個14個所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()範囲が2/3周以上範囲が1/3周以上2/3周未満1/3周未満所見なし角膜上皮障害高度(+++)シールド(盾型)潰瘍または上皮びらん中等度(++)軽度(+)なし()落屑様点状表層角膜炎点状表層角膜炎所見なし*:直径1mm以上の乳頭は巨大乳頭も併せて評価する.(文献7より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009527(95)イド点眼薬が投与されており,5例中4例でシクロスポリン点眼が施行されていた.5例中3例で,タクロリムス投与の前後に外科的巨大乳頭切除術を施行していた.タクロリムス軟膏には,皮膚使用時,通常小児に使用する0.03%製剤と,通常成人に使用する0.1%製剤があるが,症例1と症例3では0.03%製剤を使用した.症例1,3のタクロリムス投与前の臨床スコアをみると両症例とも13であり,点入回数は1日1回より開始され,投与期間は12カ月であった.症例2,4,5では0.1%製剤を使用し,それらの臨床スコアはいずれも0.03%製剤を使用していた症例よりも高く1519であった.症例2,4,5では点入回数も23回より開始しており,投与期間も24カ月と0.03%製剤使用群と比べ長かった.つぎに臨床所見の改善は,タクロリムス投与前の臨床スコアの平均値は15.2であったが,投与開始1カ月後の臨床スコアの平均値は5.8と減少していた.各症例においても臨床スコアは低下しており,全例で臨床所見が改善していた(図1).図2に症例2の初診時およびタクロリムス軟膏投与後の結膜所見の写真を示す.一方,タクロリムスの副作用は,まず皮膚使用時に小児では約半数でみられるとされる投与開始直後の灼熱感があげられるが,全症例において投与開始直後に著明な眼灼熱感・眼刺激感の訴えがみられた.しかし連用し炎症が改善するにつれ,灼熱感・刺激感は減少する傾向があり8),全症例で12週間内にこれらの眼症状は消失した.その他の副作用としては,免疫抑制作用に伴う感染症の併発・遷延化の可能性があ表2各症例の背景とタクロリムス軟膏投与前後の臨床スコア症例年齢(歳)タクロリムス濃度(%)回数タクロリムス使用期間シクロスポリン使用ステロイド使用乳頭切除臨床スコア投与前臨床スコア投与後170.0311カ月++1372130.134カ月+++1653140.0312カ月+++1344130.122カ月++1555110.124カ月++198図1各症例における臨床スコアの経時変化臨床スコア投与前投与後症例症例症例症例症例図2症例2の初診時結膜所見(a)とタクロリムス投与後の結膜所見(b)aの巨大乳頭に対し乳頭切除施行を行ったが再燃がみられたため,タクロリムス軟膏の点入を開始した.軟膏開始後9週目(b)には巨大乳頭の平坦化と病巣の瘢痕化が得られた.ab———————————————————————-Page4528あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(96)げられる.皮膚使用時においては,小児では約2割でみられるとの報告8)もあるが,全症例に感染症の合併はみられなかった.眼圧上昇もみられなかった.III考按タクロリムスはT細胞分化・増殖抑制効果により,サイトカイン産生を抑制することにより,抗炎症作用を有する薬剤で,invitroにおいては同じカルシニューリン阻害薬であるシクロスポリンの約100倍の効果を有するとの報告がある9).分子量を比較するとシクロスポリンに比べ小さいため,効果的に組織に浸潤することが可能であると思われ,高いT細胞選択抑制効果をもつことから,重症例に対しても効果があるとされている.一方で,眼圧上昇がみられず,ステロイドと比較し同等以上の消炎効果をもち,全身的および局所的副作用が少ないことから,長期連用が必要な再発例,重症例あるいは副作用のためステロイドの継続が困難となった症例においても使用可能であると思われる.しかし,長期連用時の安全性は未確立であり,皮膚使用時に比較的多くみられる感染症を併発する可能性もある.5症例中3例では巨大乳頭切除を併用しており,それらの症例ではタクロリムス投与のみでどれくらい有効性があるかは不明である.よってタクロリムスの適応については,①ステロイド抵抗性の高度な巨大乳頭増殖を有する重症化したもの,②すでに乳頭切除やステロイド注射を施行した症例の再増殖例,③ステロイドによる眼圧上昇などの副作用のため,離脱を必要とする症例などに対しリリーバとしての使用が好ましいと考える.いずれにしても,重症型VKCに対してタクロリムスは有用であると思われるが,漫然と使用せず適応および期間を定めて使用することが重要と思われる.全症例ともタクロリムス点眼の発売前であったため,既存の軟膏製剤を使用したが,その軟膏製剤の特性に伴う利点としは,その滞留性により局所における薬物濃度を維持しうる可能性があり,点眼回数を少なくすることができうることがあげられる10).この点眼回数を少なくできることは,タクロリムス特有の投与時の刺激感に伴うコンプライアンスの低下を防ぐ利点もあると考えられた.また,刺激の強い薬剤では,それに伴う流涙による薬剤の希釈を防ぐ意味でも有用と思われた.タクロリムスの皮膚使用時の注意点として,長期間の外用による局所免疫の低下による皮膚癌発症のリスクは完全に否定できないため,誘発を予防するために紫外線曝露を避けるよう明記してあるが,春季カタルは対象が幼少児に多いことから,日中の紫外線曝露を考慮した場合,就寝前の単回投与の可能性などからも,軟膏製剤の有用性が期待されると思われる.より安全に眼科領域にて使用するためにも今後の眼軟膏製剤の開発が望まれる.文献1)加藤直子:アトピー性結膜炎(含む眼瞼炎)と春季カタルの治療指針.あたらしい眼科22:733-738,20052)HolsclawDS,WitcherJP,WongIGetal:Supratarsalinjectionofcorticosteroidinthetreatmentofrefractoryvernalkeratoconjunctivitis.AmJOphthalmol121:243-249,19963)八田史郎,永田正夫,金田周三ほか:ケナコルトAで長期眼圧上昇を来たした春季カタルの1例.眼臨95:682,20014)池住洋平,鈴木俊明,内山聖:日常診療に役立つ最新の薬物治療と副作用対策.小児科47:795-802,20065)FK506軟膏研究会:アトピー性皮膚炎におけるタクロリムス軟膏0.1%および0.03%の使用ガイダンス.臨皮57:1217-1234,20036)VichyanondP,TantimongkolsukC,DumrongkigchaipornPetal:Vernalkeratoconjunctivitis:Resultofanoveltherapywith0.1%topicalophthalmicFK-506ointment.JAllergyClinImmunol113:355-358,20047)大野重昭,内尾英一,石崎道治ほか:アレルギー性結膜疾患の新しい臨床評価基準と重傷度分類.医薬ジャーナル37:1341-1349,20018)本田まりこ:小児用タクロリムス軟膏の使い方.小児科47:1125-1129,20069)AndersonJ,NagyS,GrothCGetal:EectofFK506andcyclosporineAoncytokineproductionstudiedinvitroatasingle-celllevel.Immunology75:136-142,199210)横井則彦,木下茂:眼軟膏とその特性.眼科NewInsight2:点眼薬─常識と非常識─,p66-75,メジカルビュー社,1994***

眼科医にすすめる100冊の本-4月の推薦図書-

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.4,20095150910-1810/09/\100/頁/JCLSバラク・オバマが44代目の大統領に就任したアメリカは,すでに以前のアメリカではない.そのことについては,誰しもが思っていることだと思います.それは前回の大統領選挙のときにも私は思いました.前回の大統領選挙でブッシュがゴアに勝ったとき,アメリカ人の友人は「恥ずかしい」と言っていました.それは2つの意味で.一つは選挙そのものに対する不信感.そしてもう一つは「ブッシュ」.どの国にも事情があります.観光や仕事で訪れるだけでは理解できないところが多々あると思います.ただ,私たちはアメリカやアメリカ人を批判しながらも,今もアメリカから学んでいる点は多く,それだけに,今後アメリカから何を学び,何を学ばないのか,それを選択するときに,ちょっと参考にしたい一冊です.本書が出版されたのは2008年の10月で,ちょうどリーマンショックと同時期になります.それを予測してか,第三章ではバブル経済と格差社会について扱っています.第一章は「暴走する宗教」.第二章は「デタラメな戦争」.第四章は「腐った政治」,もちろんブッシュ前大統領について.第五章は「ウソだらけのメディア」.第六章は「アメリカを救うのは誰か」.そして終章は「アメリカの時代は終わるのか」.序章,アメリカのトーク番組の「ジェイウォーキング」というコーナーで司会者が街角の人たちに小学生レベルの質問をしていきます.「今,オリンピックやっている国はどこですか?」「アメリカ?」(北京オリンピック最中)「いままで世界大戦は何回あった?」「三回?」「ヒロシマ,ナガサキといえば?」「ジュードー?」(文中より)ちなみに,リック・シェンクマン著『アメリカ人はどうしてこんなにバカになってしまったのか』によると,自分たちの国が日本に原爆を投下した事実を知っているアメリカ人は49%にすぎないそうです.ナショナルジオグラフィック(全米地理学協会)が,2006年に18~24歳のアメリカ人に対して行った調査によると,88%は世界地図を見てもアフガニスタンの場所がわからず,63%はイラクの場所を知らなかった.パスポートを持っているアメリカ人は国民の2割にすぎない.さらに,アメリカの地図を見てニューヨーク州の場所を示せた者は5割しかいなかった.(文中より)この人たちにアメリカを担わせることについては,特に問題を感じませんが,彼らが世界に影響することを考えると,他人事にはできません.そういう頭脳とメンタリティーを持った国民とどうつきあうかについてはこちらも知恵がいると思います.第三章,先進国で唯一,国民健康保険のない国アメリカで,マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画「シッコSiCKO」では,病気を治すはずの医療制度がビョーキであるという呆れた現実を告発しています.アメリカの医療保険には民間企業の保険しかない.保険料は平均年間35万円.国勢調査によると,全米には年収200万円以下の貧困層が3,800万人もいる.彼らにとって家族3人で100万円を超える保険料は支払い不可能だ.かくしてアメリカの人口約3億人のうち6分の1にあたる約5,000万人が医療保険に未加入で,年間2万人が何の医療も受けられずに死んでいく.(文中より)しかし問題は,保険に入れない人だけではなく,日本の保険制度とアメリカのそれは違う点にあります.(83)■4月の推薦図書■アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない町山智浩著(文藝春秋社)シリーズ─87◆伊藤守株式会社コーチ・トゥエンティワン———————————————————————-Page2516あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009HMO(健康維持機構)というシステムでは,医師への報酬を保険会社が支払うことで,医療の内容を保険会社が管理するマネージド・ケア(管理医療)を行う.このシステムでは,医師は治療の質や量と関係なく,HMOから一定の給料をもらっており,投薬や治療を拒否すればするほど,保険会社の支出を減らしたと評価されて奨励金をもらえる.同じように,保険会社の職員も,投薬や治療を拒否すればするほど給料が上がる.」(文中より)治療を受けたくても,保険会社が許可しなければ治療も受けられない.それが最新の治療であればなおさら,「実験的すぎる」という理由で拒否されてしまうのです.以前,この制度は無駄な医療費を削減する効果があると耳にしたことがあります.確かに運用の仕方によってはその可能性はあります.昔は民間の保険会社といえども,こんなに治療を拒否することなどなかった.HMOは’70年代にニクソン政権によって拡大され,保険会社は国民から保険料を集めながら治療費を最小限に抑えて利益を上げ,石油や軍需産業などに匹敵する産業へと成長した.(文中より)それが多大な利益を生むことを知るとアメリカは正気を失う傾向があります.ヒラリー・クリントンは国民健康保険実現をスローガンにしたが,アメリカではもっと他に優先することが多いようです.ところで,昨年NYで友人の紹介でお会いした方が,「最近はもう,ニュースなんて誰も信じていませんよ.ほとんど捏造されていることを知っていますから」と話していました.少し極端だとは思いましたが,第五章の「ウソだらけのメディア」を読めば,まんざらその話が大げさなわけでもないように思わせます.特にイラク戦争を操ったメディア王,ルバート・マードックとFOXニュースについては驚くばかりです.ただ,興味深い点は,メディアという権力に対して,それが権力を監視する最終権力のように思っていたのですが,必ずしもそういうわけではないようです.メディアという権力に立ち向かうコメディアン,スティーヴン・コルベアのホワイトハウス記者クラブの晩餐会におけるスピーチは圧巻です.コルベアは堂々とタカ派を表明し,戦争に賛成し,福祉に反対し,大企業に味方し,キリスト教以外の価値観を蔑み,ブッシュ大統領を熱狂的に支持する.たとえばブッシュは貧困層を無視して金持ちを優遇しているという批判にコルベアは反論する.「貧乏人たちに告ぐ!貧乏をやめろ!諸君らが貧乏なせいで大統領が責められる.貧乏なのは愛国心が足りない!」(文中より)今から40年前,高校生だった私の見たアメリカは,アメリカそのものがディズニーランドのような国で,本書にあるような内容には首を傾げる部分も多々あります.そういう見方をしているのではないかと.冒頭で触れたアメリカ人の友人は私に言いました.アメリカは西と東にはインテリジェンスはあるが,真ん中は別の国だと.本書はアメリカを,これまでとは違った角度から見せてくれる一冊です.(84)☆☆☆