———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSII角膜内皮炎はウイルス感染が原因である1982年にKhodadoustらは,角膜移植をしていない患者において拒絶反応線によく似た角膜後面沈着物と進行性の角膜内皮障害を生じた2症例を報告し1),その後に角膜内皮炎とよばれる疾患概念が確立された.移植後拒絶反応によく似た所見を示しステロイド治療にある程度反応することから,当初,角膜内皮炎は自己免疫が関与する病態であると考えられていた.その後ステロイド薬のみでは治療は困難であることが明らかになり,ウイルス感染が関係していると考えられるようになった2).検査技術の進歩とともに,患者の角膜内皮細胞や前房水から単純ヘルペスウイルス(HSV)や水痘帯状ヘルペスウイルス(VZV)の抗原やDNAが検出されるようになり3,4),現在では,角膜内皮炎はヘルペス性角膜炎の一病型と考えられている.最近では,HSVやVZV以外にもサイトメガロウイルス(CMV)による角膜内皮炎があることが報告されており,免疫機能不全のない患者に発症するCMV感染症として注目されている510).III角膜内皮炎の病態HSV,VZV,CMVはいずれも成人では既感染である場合が多く,潜伏感染したウイルスが,角膜内皮細胞,あるいは隅角組織など角膜内皮の周囲の組織において再活性化されて角膜内皮細胞に感染し,炎症を惹起するものと考えられる.ZhengとOhashiらは,家兎を用いてI角膜内皮炎とは?角膜内皮炎は角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じる疾患で,限局性の角膜浮腫と,角膜浮腫の範囲に一致して角膜後面沈着物を生じる.角膜実質炎や角膜ぶどう膜炎などにおいても,角膜内皮細胞に炎症が波及すると角膜浮腫や角膜後面沈着物を伴った角膜内皮の炎症を生じることがあるが,ここでは他の部位の炎症に随伴するのではなく炎症の主体が角膜内皮に存在する,いわゆる“狭義の角膜内皮炎”について述べる.狭義の角膜内皮炎では角膜実質の細胞浸潤や血管侵入を伴わないことが臨床的な特徴であり,角膜には半透明なスリガラス状の浮腫を生じる.角膜内皮細胞をターゲットとする炎症が生じる結果,病変部の角膜内皮細胞は障害されて脱落するのであるが,ヒトの角膜内皮細胞は生体内ではほとんど増殖することができないために角膜内皮細胞密度が低下する.正常の角膜内皮細胞の密度は2,000あるいは2,500個/mm2以上とされるが,内皮細胞密度が500個/mm2以下に低下すると角膜内の含水率を適切に保つことができなくなり,不可逆性の角膜浮腫を生じる水疱性角膜症となる.水疱性角膜症の原因としては,外傷やFuchs角膜内皮ジストロフィ,内眼手術やアルゴンレーザーによる虹彩切開術などの手術によるものがよく知られているが,角膜内皮炎も水疱性角膜症の原因疾患の一つであることを強調したい.(29)167oroom610032113特集●角膜内皮疾患を理解するあたらしい眼科26(2):167171,2009角膜内皮炎CornealEndotheliitis小泉範子*———————————————————————-Page2168あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(30)は遷延しやすい印象がある.網膜炎を合併することはまれである.HSVあるいはVZVによる角膜内皮炎では,軽度の虹彩毛様体炎や眼圧上昇を伴うことがあるとされるが,CMV角膜内皮炎では眼圧上昇を伴う症例が多く,ときに40mmHgを超える高眼圧を示す症例もある.角膜移植後症例に発症した場合には,拒絶反応との鑑別が治療法を決定するうえで重要である.拒絶反応ではKPsが移植片内に限局するのに対して,角膜内皮炎では移植片のみならずホスト角膜側にも角膜浮腫やKPsが存在することが特徴である(図3).しかし周辺部角膜に混濁を伴う症例などでは鑑別に苦慮することも少なくない.角膜内皮炎が進行すると水疱性角膜症となるが,すでに水疱性角膜症となった症例ではKPsがみられないことも多く,原因が角膜内皮炎であったことを診断するのはむずかしい.過去のカルテの記載や前眼部写真などが参考になる.V診断には前房水を用いたウイルスPCRが有用角膜内皮炎の原因ウイルスを同定し,治療方針を決定するためにPCR(polymerasechainreaction)を用いた前房水中のウイルスDNAの検索が有用である.ウイルスPCRは研究室で行うほか,外注検査機関に依頼して行うことができる.注意すべき点として,PCRは非常に感度が高いために,病態とは無関係のウイルスDNAを検出する偽陽性を生じる可能性がある.特にHSV,VZV,CMVなどのヘルペス属ウイルスは,正常人でも無症候性に体液中に分泌されるsheddingとよばれる現象が知られており,検査のタイミングやPCRの感度によってはsheddingによって体液中に出現したウイルスDNAを検出することがある.京都府立医科大学眼科では,角膜ヘルペスの臨床診断目的で検出感度をコントロールしたウイルスPCRを行っており,正常人の涙液および前房水からはウイルスDNAを検出しないことを確認している.また最近では,realtimePCRによってウイルスDNA量の経時的変化を調べる試みがなされており,病態の解明および治療効果の判定に有用な情報が得られることが期待される.いヘルペス性角膜内皮炎の動物モデルを作製し,ACAID(anteriorchamber-associatedimmunedeviation)とよばれる前房内の特異的な免疫抑制状態がヘルペス性角膜内皮炎の発症に関与することを報告した11).潜伏感染しているウイルスが,無症候性に再活性化されて前房内にしばしば散布されることにより,ウイルス抗原に対するACAIDが成立し,そこへ再び活性化したウイルスが感染することによって角膜内皮細胞への感染が成立して角膜内皮炎を発症すると推測されている.神経節に潜伏感染していることが知られているHSVに対して,CMVの潜伏感染および再活性化のメカニズムは明らかにされていない.神経細胞や骨髄細胞に潜伏していると考えられているCMVが,なんらかの機序で前房近傍の組織において再活性化され,上記と同様にCMVに対するACAIDの成立した前房内において角膜内皮炎を発症すると推測される.IV臨床所見の特徴細胞浸潤や血管侵入を伴わない限局性の角膜浮腫が特徴で,病変は角膜周辺部から中心に向かって進行することが多い.浮腫の範囲に一致して角膜後面沈着物(ker-aticprecipitates:KPs)を認め,ときに拒絶反応線に類似した線状のKPsや,円形に配列したKPsからなる衛星病巣(コインリージョン)を伴う(図1,2).角膜内皮細胞の脱落による角膜内皮細胞密度の低下を生じることが特徴であり,進行すると水疱性角膜症に至る.片眼性の症例が多いが,一部に両眼性症例もあり,両眼性症例周辺部から中心へ進行する角膜実質浮腫拒絶反応線様の線状に配列する角膜後面沈着物(KPs)軽度の毛様充血ときに円形に配列するKPからなる衛星病巣を認める図1角膜内皮炎でみられる特徴的な臨床所見———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009169(31)ずれにしても,ウイルスPCRの結果と臨床所見,抗ウイルス治療に対する反応などを総合的に判断してウイルス性角膜内皮炎と診断する必要があると考えられる.VI角膜内皮炎の治療臨床所見とウイルスPCRによって原因ウイルスが同定された角膜内皮炎では,抗ウイルス薬とステロイド薬を併用した治療を行う.治療プロトコールの1例を表1に示す.HSVあるいはVZV角膜内皮炎と考えられる症例では,アシクロビル眼軟膏(5回)と0.1%フルオロメトロンなどの低濃度ステロイド点眼薬(4回)を使用し,バラシクロビル内服(1,0002,000mg)を併用する.炎症図3角膜移植後に発症した角膜内皮炎(文献7より許可を得て引用)abc2角膜内皮炎の臨床所見(前房水からサイトメガロウイルスDNAが検出された症例)a:スリットランプでは角膜上方に角膜浮腫が認められるが,細胞浸潤や血管新生を伴わないことが特徴である.b:間接撮影(スクレラルスキャッタリング)を用いると,角膜上方の浮腫と円形に配列する角膜後面沈着物からなるコインリージョンが明瞭に観察される(矢印).c:散瞳して眼底からの反帰光を用いた間接撮影(レトロイルミネーション)によってもコインリージョンを観察できる(矢印).(b,cは文献5より許可を得て転載)———————————————————————-Page4170あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(32)臨床的にはウイルス性角膜内皮炎の特徴を示す症例のなかには,前房水ウイルスPCRでいずれのウイルスも検出されないこともある.適切な治療がなされなければ水疱性角膜症へと至る疾患であることから,まずはHSVあるいはVZV角膜内皮炎としての治療を行い,治療効果が得られない場合には速やかにCMV角膜内皮炎の治療に切り替える.治療に対する反応を注意深く観察することによって,原因ウイルスの推測が可能な場合がある.VII注目されるサイトメガロウイルス角膜内皮炎CMVは多くの人が幼少期に感染しているウイルスであり,骨髄や血液細胞,神経組織に潜伏感染する.免疫機能正常者においてはCMVが増殖して感染症を発症することはないが,AIDS(後天性免疫不全症候群)や臓器移植後など,免疫抑制状態の患者では,日和見感染症として網膜炎や肺炎を生じる.眼科領域におけるサイトメガロウイルス感染症としては,免疫不全患者に発症するCMV網膜炎がよく知られているが,CMV角膜内皮炎は全身的な免疫機能低下のない症例で発症しており,通常は網膜炎を合併しないことから,CMV網膜炎とは異なる発症機序による疾患であると考えられる.ヘルペス性角膜内皮炎の発症にはACAIDが関連していることが実験的に示されているが,サイトメガロウイルスによる角膜内皮炎においても,前房内という免疫抑制環境が発症に関与していることが推測される.治療に難渋する再発性角膜内皮炎,あるいは原因不明の水疱性角膜症のなかにはある程度の頻度で本疾患が含まれると考えられ,鑑別診断の一つとして念頭におくことが重要であると思われる.VIIIACAIDrelatedsyndromeという概念角膜内皮炎の原因としてHSV,VZV,CMVが関与していること,しばしば虹彩炎や続発緑内障を合併することはすでに述べたが,一方で,Posner-Schlossman症候群やFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎においてもHSVやCMVなどのウイルスの関与が報告されている.一部の症例では,これらの前眼部炎症と角膜内皮炎は一による角膜浮腫が高度な症例では,ステロイド薬の内服を追加することがある.23週間程度で角膜の炎症所見が改善すれば,投薬を漸減し,アシクロビル眼軟膏とステロイド点眼薬を1日3回,バラシクロビル内服を5001,000mgに減量して投与を続ける.CMV角膜内皮炎と診断された症例では,CMV網膜炎に準じた方法によりガンシクロビルの全身投与による抗サイトメガロウイルス治療を行う(ガンシクロビル点滴5mg/kgを1日2回投与,14日間).内服投与が可能なバルガンシクロビルを使用した報告もある.筆者らの経験では,発症後早期にガンシクロビル全身投与を行った症例では速やかに角膜浮腫やKPsが改善され,角膜内皮機能を維持することが可能であった.しかし,発症から確定診断までに長期間が経過した症例では,診断時にすでに著明な角膜内皮密度の低下を生じており水疱性角膜症となる場合がある.ガンシクロビル点滴終了後,あるいは水疱性角膜症に至った症例の角膜移植後の再発予防の目的で,筆者らは大学倫理委員会の承認を受けて,自家調整した0.5%ガンシクロビル点眼液(6回/日)を使用している.いずれのウイルスが原因の場合でも,角膜内皮細胞密度がすでに低下している症例が多く,再発すれば水疱性角膜症に至る危険性が高いため,基本的には長期間の局所治療を続ける必要のある疾患であると考えられる.CMV角膜内皮炎は新しく認識された疾患であり,再発予防も含めた確実な治療法は確立されていないことから,抗ウイルス薬を用いた治療は患者への十分なインフォームド・コンセントを行ったうえで診療施設の倫理委員会の承認を得るなど所定の手続きを経て行うことが必要である.表1角膜内皮炎の治療プロトコールの例単純ヘルペスウイルス・水痘帯状疱疹ウイルスによる角膜内皮炎の治療(局所投与)アシクロビル眼軟膏5回/日0.1%フルオロメトロン点眼46回/日(全身投与)バラシクロビル内服1,0002,000mg/日サイトメガロウイルスによる角膜内皮炎の治療(局所投与)0.5%ガンシクロビル点眼(自家調整)46回/日0.1%フルオロメトロン点眼46回/日(全身投与)ガンシクロビル点滴10mg/kg/日———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009171(33)Ophthalmol127:721-722,19995)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendothe-liitis.AmJOphthalmol141:564-565,20066)KoizumiN*,SuzukiT*,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,2008(*co-rstauthors)7)小泉範子:サイトメガロウイルス角膜内皮炎.あたらしい眼科24:1619-1620,20078)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendo-theliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20079)ShiraishiA,HaraY,TakahashiMetal:Demonstrationof“Owl’sEye”patternbyconfocalmicroscopyinpatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol114:715-717,200710)YamauchiY,SuzukiJ,SakaiJetal:Acaseofhyperten-sivekeratouveitiswithendotheliitisassociatedwithcyto-megalovirus.OculImmunolInamm15:399-401,200711)ZhengX,YamaguchiM,GotoTetal:Experimentalcor-nealendotheliitisinrabbit.InvestOphthalmolVisSci41:377-385,200012)SuzukiT,OhashiY:Cornealendotheliitis.SeminOphthal-mol23:235-240,2008連の疾患の異なる病期をとらえている可能性がある.Suzukiらは前房という免疫学的に特殊な部位に発症するこれらのウイルス感染による前眼部炎症をACAID-relatedsyndromeとして包括的にとらえる新しい概念を提唱している12).前房を取り巻く環境における原因不明の前眼部炎症性疾患のなかの一部のものは,ACAIDという特殊な環境において発症したウイルス感染症という共通の概念で病態を解明することができる可能性がある.文献1)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19822)OhashiY,KinoshitaS,ManoTetal:Idiopathiccornealendotheliopathy.Areportoftwocases.ArchOphthalmol103:1666-1668,19853)OhashiY,YamamotoS,NishidaKetal:DemonstrationofherpessimplexvirusDNAinidiopathiccornealendo-theliopathy.AmJOphthalmol112:419-423,19914)AmanoS,OshikaT,KajiYetal:Herpessimplexvirusinthetrabeculumofaneyewithcornealendotheliitis.AmJ