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糖尿病網膜症に対する光凝固法の日欧間の差

2013年10月31日 木曜日

《第18回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科30(10):1429.1433,2013c糖尿病網膜症に対する光凝固法の日欧間の差廣瀬晶*1加藤聡*2北野滋彦*1*1東京女子医科大学糖尿病センター糖尿病眼科*2東京大学大学院医学系研究科眼科学教室Di.erencesbetweenJapanandEuropeinPhotocoagulationMethodforDiabeticRetinopathyAkiraHirose1),SatoshiKatou2)andShigehikoKitano1)1)DepartmentofDiabeticOphthalmology,DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyo,GraduateSchoolofMedicine糖尿病網膜症に対する光凝固法(対黄斑浮腫を除く)の日欧間の差の有無を調べるため,欧州と日本の施設に勤務する眼科医に対し文書を用いたアンケート調査を対面・聞き取り方式で行い,欧州では9名,日本では17名の計26名から回答を得た.日本では汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)の他に,蛍光眼底造影検査上の毛細血管無灌流域などの限局した領域に選択的に光凝固を開始し必要に応じ追加してゆく選択的光凝固(selectivephotocoag-ulation:S-PC)が広く考慮されるのに対し,欧州ではPRPのみでS-PCは考慮されず,光凝固の開始時期は遅い傾向であった.糖尿病網膜症に対する光凝固法には日欧間で差があるようで,しかもこの差の存在に両者とも気づいていない可能性が高い.自分の方法を再評価したりより良い治療を目指すために,比較糖尿病眼科学的な視点も重要と思われる.Toidentifyanydi.erencesbetweenJapanandEuropeintermsofphotocoagulationmethodfordiabeticretin-opathy(excludingdiabeticmacularedema),oneofus(AH)conductedaquestionnairesurveythatreceivedresponsesfrom9and17ophthalmologistsworkinginEuropeandJapan,respectively.Panretinalphotocoagulation(PRP)wasconsideredinbothregions,butselectivephotocoagulation(S-PC)wasconsideredonlyinJapan,neverinEurope,andphotocoagulationseemstohavebeeninitiatedlaterinEurope.Thereseemstobedi.erencesbetweenthetworegionsintermsofphotocoagulationmethodfordiabeticretinopathy.Moreover,bothregionsseemtobeunawareofthesedi.erences.Acomparativediabeticophthalmologicperspectivemaybeimportantintermsofrecheckingourownroutineophthalmicmethodsandseekingtoimprovethem.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(10):1429.1433,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,汎網膜光凝固,選択的光凝固,日欧の差,比較糖尿病眼科学.diabeticretinopathy,panretinalphotocoagulation(PRP),selectivephotocoagulation(S-PC),di.erencesbetweenJapanandEurope,com-parativediabeticophthalmology.はじめに増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR),またはその前段階の重症非増殖糖尿病網膜症(severenon-proliferativediabeticretinopathy:severeNPDR)に対する周辺部網膜への光凝固法(対黄斑浮腫を除く)として,後極部以外の眼底全周を凝固する汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)が世界的に認知されている1).日本ではこのPRPに加え,蛍光眼底造影検査上の毛細血管無灌流域(non-perfusionarea:NPA)などの限局した領域に選択的に光凝固を開始し,必要に応じ追加してゆく選択的光凝固(selectivephotocoagulation:S-PC)2,3)も広く施行されていると思われる.ところが,米国眼科学会の糖尿病網膜症ガイドライン4)に記載されている光凝固法は,黄斑浮腫に対するもの以外はPRPのみで,S-PCに類する凝固法への言及はなく,日本と海外で糖尿病網膜症に対する光凝固の方法に差があるようにみえる.今回アイルランドでの学会に参加する機会を得たので,特に欧州でのS-PCの状況は実際の臨床の現場でどうなのかと考え,日本と欧州との差がないかどう〔別刷請求先〕廣瀬晶:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学糖尿病センター糖尿病眼科Reprintrequests:AkiraHirose,M.D.,Ph.D.,DepartmentofDiabeticOphthalmology,DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversitySchoolofMedicine,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(85)1429MayIaskyousomequestionsaboutphotocoagulationforPDRorearlierstagesinyourdailyclinicalpractice(principallynotformacularedema)?1.Whendoyouinitiatethephotocoagulation?(multipleanswersallowed)□MildorModerateNPDR□SevereNPDR□Non-High-RiskPDR□High-RiskPDR2.Howdoyoucoagulate?(multipleanswersallowed)□PRP(panretinalphotocoagulation:scatterphotocoagulation)□Otherphotocoagulationmethod(s)Reference(PreferredPracticePatternGuidelinesofAAO,2008)“PRPisusedforthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.”“TheETDRSsuggestedthat…”MildorModerateNPDR…PRPshouldnotberecommended,providedthatfollow-upcouldbemaintained.SevereNPDRandNon-High-RiskPDR…PRPshouldbeconsidered.High-RiskPDR…PRPshouldnotbedelayed.BackgroundInJapan,asigni.cantnumberofophthalmologistsperform‘selectivescatterphotocoagulation’inwhichnonperfusionareas(NPA)con.rmedby.uorestinangiography(FA)arecoagulatedatsevereNPDRstage,intendingtoinhibititsprogressiontoPDR.3.WouldyouconsiderphotocoagulationontheNPAsshownbelow?□Yes□No□Other(JpnJOphthalmol56:52-59,2012)Thankyouforyourcooperation!図1質問票(蛍光眼底造影写真は,転載許可を得てJpnJOphthalmol56:p53の.g.1,2012を転載)1430あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013かアンケート調査を行い調べてみた.I対象および方法欧州の施設に勤務する眼科医に対し,第22回EASDec(EuropeanAssociationfortheStudyofDiabetesEyeComplicationsStudyGroup:欧州糖尿病学会眼合併症研究会)の2012meeting会場(アイルランド・ダブリン)で,また関東の施設に勤務する眼科医に対し東京での各種講演会会場で,同一の英文質問票(図1)を用いたアンケート調査を個別面接法・他記式(聴き取り方式)ですべて筆頭著者が行った.「あなたの日常診療でのPDRまたはその前段階への光凝固(対黄斑浮腫を除く)について」と前置きしたうえで,1)光凝固をはじめる時期,2)光凝固の方法,3)S-PCについて,の3項目について質問した(図1).米国眼科学会の糖尿病網膜症ガイドラインでの推奨を参考としてあげ,1)ではMildorModerateNPDR/SevereNPDR(ほぼ前増殖期と同等と日本では口頭で補足)/Non-High-RiskPDR/High-RiskPDRの4つを,また2)ではPRPと他の方法の2つの選択肢を提示し,複数回答可として尋ねた.3)については,欧州では背景として日本でのS-PC施行について説明したうえで,文献2)の標準写真を提示し光凝固施行を考慮する(consider)かどうか尋ねた.「No」の回答の場合,引用提示した標準写真のNPA領域はかなり小範囲であるため「この症例については」光凝固施行をconsiderしないと答えている可能性を考え,もっと病変の範囲が広い症例であってもS-PCの類の光凝固を行うことはないのかどうかを,口頭で追加して尋ねた.日本でも,標準写真の症例に限らず選択的光凝固施行を考慮するかどうかを尋ねた.II結果(表1)1.回答者の数と背景回答者数は,欧州では計9名(英国4名,アイルランド2名,フランス1名,デンマーク1名,ロシア1名),日本では計17名の総数26名であった.年齢や眼科医経験年数は原則として調べなかったが,アイルランドとロシアの各1名はそれぞれ眼科医になって5年目と3年目で,欧州の他の7名は推定40歳代以上でかなりベテランの眼科医と思われ,このうち英国2名,フランスとデンマーク各1名の計4名はEASDecの幹部クラスの医師であった.日本の17名は全員推定40歳代以上であった.勤務施設は,欧州の6名は大学または病院勤務と思われ,他の3名は不明であった.日本では9名が大学または病院勤務医で,8名は開業医であった.検者は欧州の9名全員,日本の開業医の4名とは面識がなかった.日本の回答者の出身教室は,関東圏の少なくとも7大学にわたると推定された.(86)表1回答のまとめ勤務国勤務施設いつ始めるか?光凝固法S-PC考慮?コメントなどフランス大学/病院PDR.PRPNosegmentalPCは効かない英国大学/病院PDR.PRPNo英国不明PDR.PRPNoPC前FA必ず施行/ガイドラインと現場で施行していることとは違うことも英国不明PDR.PRPNo英国大学/病院severeNPDR.PRPNoPCするときは×1,000.2,000のfullscatterアイルランド不明severeNPDR.PRPNoPRPするときは熟慮する/severeNPDRへのPCはfollowupできないときアイルランド大学/病院severeNPDR.PRPNo眼科医5年目デンマーク大学/病院severeNPDR.PRPNosectionalPCはエビデンスがない/severeNPDRへのPCは対眼PDRのときロシア大学/病院severeNPDR.PRPNo眼科医3年目日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes3/4象限以上のNPAに対しPC開始日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes3/4象限以上のNPAに対しPC開始日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes日本大学/病院severeNPDR.PRP/otherYes日本開業severeNPDR.PRPNo昔はS-PC施行していた日本開業severeNPDR.PRP/otherYes日本開業severeNPDR.PRP/otherYes日本開業severeNPDR.PRP/otherYessevereNPDRへのPCはHbA1C10%以上のときなど日本開業severeNPDR.PRP/otherYes日本開業severeNPDR.PRP/otherYes日本開業severeNPDR.PRP/otherYes日本開業severeNPDR.PRP/otherYesFA:.uoresceinangiography,HbA1C:GlycohemoglobinA1C,NPDR:non-proliferativediabeticretinopathy,PC:photocoagulation,PDR:proliferativediabeticretinopathy,PRP:panretinalphotocoagulation,S-PC:selectivephotocoagulation.2.光凝固についての回答1)の光凝固をはじめる時期については,欧州では英国の3名とフランスの1名の計4名はNon-High-RiskPDR以降と答えた.念のため口頭で確認したがsevereNPDRは否定したので,この4名は「常にPDR以降でしか施行しない」と思われる.他の5名はsevereNPDR以降と答えた.日本では17名全員がsevereNPDR以降と答えた.「常にPDR以降でしか施行しない」ことに関して,日欧間で有意な差を認めた(p<0.01:Fisher’sexacttest).2)の光凝固の方法については,欧州では9名全員がPRPのみであったのに対し,日本では17名全員がPDRに加え他の方法も選択し,日欧間で有意な差を認めた(p<0.01:Fisher’sexacttest).3)のS-PCについては,欧州では9名全員が明確にNoと答えた.このうち,フランスの1名とデンマークの1名(両者ともにEASDecの幹部)は,それぞれsegmentalPC,sectionalPCという具体的な用語をあげたうえで,すなわちS-PCに類する凝固法を明らかに認識したうえで否定した.しかし,他の欧州の回答者の多くではS-PC的な光凝固法についての概念自体をもっていないのではないか,という印象を受けた.日本では,17名中16名がS-PC施行を考慮することがあると回答し,S-PC考慮に関して日欧間で有意な差を認めた(p<0.01:Fisher’sexacttest).日本で現在はPRPしかしないとした開業医の1名も,以前はS-PCを施行していたと答えた.III考按今回の,PDRまたはその前段階への光凝固法(対黄斑浮腫以外)についての日欧でのアンケート調査からは,日本ではPRPの他にS-PC施行を考慮するのに対し,欧州ではPRPしか考慮せず,両者の間に差が認められた.また,欧州での凝固開始時期は日本より遅い傾向で,これらから欧州では,日本に比べ糖尿病網膜症がある程度進行するまで光凝固を行わず,凝固するときは「いきなりPRPを施行」している可能性が大きい.前述の米国眼科学会の糖尿病網膜症ガイドライン4)にはS-PCに類する光凝固法への言及はないため,併せて考えると,少なくともS-PCに関しては日本と欧米で光凝固法に差があることが推測される.今回の調査では,まったく面識のない欧州の眼科医に学会場で短時間のうちにアンケート調査を行うという制約があったため,サンプル数が特に欧州で9名と少ないことが問題で,結果の解釈には注意を要する.しかし,通常のアンケー(87)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131431ト調査では比較的多数の対象者に質問紙を渡し文章だけでのし広く調べてみると,必ずしも「欧=米」ばかりではないよ質問に対し自己記入で回答してもらうことが多いため,語句うにも思われる点である.たとえば,英国王立眼科学会の糖や言い回しの解釈の違いによる質問の誤解や回答者の集中力尿病網膜症ガイドライン7,8)をみると,TheNationalScreen-の低下などによる信頼性低下の問題がある.これに対し,今ingCommitteeのスクリーニング用網膜症分類(NSC-UK回はすべて1人の検者が個別面接・聞き取りの方法で追加のclassi.cation)で用いられるBackground/Preproliferative/説明・質問を適宜しながら行ったため,誘導尋問的効果の危Proliferativeという用語は,日本で使われる改変Davis分類険性はあるものの,回答の内容についての信頼性はかなり高と同じで,これについては「日≒英」⇔米である.また,いと思われる.EASDecは参加者約120名と小規模で,ア2005年版の同ガイドライン7)では,光凝固(=PRP)の適応カデミックななかにも非常にfriendlyな集まりであるためかと推奨されている網膜症病期はPDRのみで,この前段階と欧州の眼科医も皆集中して真摯に回答してくれたが,かなり思われるverysevereBDR(backgrounddiabeticretinopa-念を押して尋ねてみても,S-PCあるいはS-PCに類する凝thy)に対しては明確にNoと記されていた.PDRより前の固法については拍子抜けするほど9名全員がはっきりと否定病期での光凝固開始の余地がある日米3,4)と違い,これに関した.なお,このうち4名はオピニオンリーダー的な眼科医しては英⇔「日≒米」であったのではないかと思われる(なと思われた.日本では,出身教室や勤務施設で回答が異ならお,2012年12月に出された2012年版8)では,PRPはpre-ないかと注意して調べたが,少なくとも今回の範囲ではこれproliferativeに対して考慮されるべき,と米国のガイドライらにかかわりなく,予想どおり国内でS-PCが広く考慮されンと同じ表現4)に変更されている).考えてみれば当然のこていることが確認された.とだが,単に「日本と欧米」というわけではなく,「日」とアンケート調査をしてみて特に感じたのは,欧州では日本「欧」と「米」のそれぞれの間で違いや同じところがあり,で常識的なS-PCの概念自体があまり認識されておらず,知また,同じ英国内でもスコットランドでの網膜症分類が上記っているが施行しないのではなく,そもそも選択肢として意のNSC-UKclassi.cationと微妙に異なっている7,8)ことをみ識すらされていないことが多いのではないか,という強い印ると,「欧」のなかにも同様に多様性がありそうである.こ象であった.Francoisらは1977年に,無作為に汎光凝固すれらから類推すると,日本や欧米に限らず,さらにアジアやるrandomizedPRPに対比したdirectedPRPという名称でその他の地域を含めた世界中で,糖尿病眼科診療における考S-PC的な考え方を発表している5)が,筆者らが調べた限りえ方や方法にいろいろな差があり,しかも,互いにその差がでは,その後欧米ではこの方向での研究は進まなかったようあることに気がついていない可能性がある.日常診療におけである.米国をはじめ現在多くの国々で糖尿病網膜症ガイドる診断や治療の方法については,個々の医師がそのすべてのラインの重要な根拠となっているEarlyTreatmentDiabetic最適性を検証することは不可能なため,地域やグループごとRetinopathyStudyにおいても,PRPに関しては凝固密度をに意識されないまま同一化・慣例化してゆく傾向があると思変えた群間で比較したのみで,S-PC的に凝固範囲を変えてわれる.こうした状況のなかでは,他との差異を知ることにの比較はしていない6).現時点でS-PCはかなり日本独特のより,はじめて自分の位置を知り,自分では常識の,または方法である可能性が高く,隔離された環境で独自に進化し他常識だと思い込んでいる日頃の方法について改めて再確認やの世界とは異なっているという意味で,日本はガラパゴス化改良する機会が得られるわけで,この意味で「比較糖尿病眼しているのかもしれない.蛍光眼底造影検査施行への積極性科学」的な感覚を持つことが大切なのかもしれない.の違いが影響している可能性も考えられる.S-PCには,必最後に,協力して頂いたすべての回答者に深く感謝申し上要性が少ない症例に対し安易に施行されてしまうという欠点げます.も危惧される半面,PRPより侵襲が少ないため比較的早期からきめ細かく施行しやすいことによる利点も考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし少なくとも,光凝固に際してS-PCという選択肢をもっておくことは,糖尿病網膜症に対するより良い治療を考えるうえできわめて重要であり2),今後さらにS-PCについてのエビ文献デンスを示していくことが必要であると思われる.1)MohamedQ,GilliesMC,WongTY:Managementofdia-今回の結果をみるとき,もう一つ大事な点があげられる.beticretinopathy:asystematicreview.JAMA298:902-われわれはともすると無意識に欧=米と考え,「日本と欧米」916,2007すなわち日⇔「欧=米」と捉えがちで,確かに今回のS-PC2)TheJapaneseSocietyofOphthalmicDiabetology,Subcom-mitteeontheStudyofDiabeticRetinopathyTreatment:の結果に関してはそのとおりかもしれない.しかし,網膜症Multicenterrandomizedclinicaltrialofretinalphotocoag-の分類や光凝固の適応など糖尿病眼科の診療に関してもう少ulationforpreproliferativediabeticretinopathy.JpnJ1432あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(88)Ophthalmol56:52-59,20123)清水弘一:分担研究報告書平成6年度糖尿病調査研究報告書.厚生省,p346-349,19954)AmericanAcademyofOphthalmologyRetinaPanel,Pre-ferredPracticePatternGuidelines.DiabeticRetinopathyPPP-2008(4thprinting:October2012)(米国眼科学会糖尿病網膜症ガイドライン)http://one.aao.org/CE/PracticeGuidelines/PPP_Content.aspx?cid=d0c853d3-219f-487b-a524-326ab3cecd9a2013.2.11アクセス5)FrancoisJ,CambieE:Argonlaserphotocoagulationindiabeticretinopathy.Acomparativestudyofthreedi.er-entmethodsoftreatment.MetabOphthalmol1:125-130,19776)TheEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Techniquesforscatterandlocalphoto-coagulationtreatmentofdiabeticretinopathy.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyReportno.3.IntOphthalmolClin27:254-264,19877)TheRoyalCollegeofOphthalmologists:GuidelinesforDiabeticRetinopathy2005(英国王立眼科学会糖尿病網膜症ガイドライン2005年版):www.rcophth.ac.uk/core/core_picker/download.asp?id=3412012.11.19アクセス〔文献8)の2012年版公開後はアクセス不能〕8)TheRoyalCollegeofOphthalmologists:GuidelinesforDiabeticRetinopathy2012(英国王立眼科学会糖尿病網膜症ガイドライン2012年版)http://www.rcophth.ac.uk/page.asp?section=451&sectionTitle=Clinical+Guidelines2013.2.11アクセス***(89)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131433

33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例

2013年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科30(7):1034.1038,2013c33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例森秀夫大阪市立総合医療センター眼科ProliferativeDiabeticRetinopathyinPatientsVitrectomizedunder33YearsofAgeHideoMoriDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital目的:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績の報告.方法:2002年から10年間の硝子体手術症例を後ろ向きに検討した.年齢は22.33歳(平均29.4歳),糖尿病の発症は4.16歳(不明3例)で,1型5例8眼,2型8例14眼,発症から手術まで14.24年であった.ほとんどの症例で術前数年間にヘモグロビン(Hb)A1Cが10%以上の時期があり,高血圧,腎症,貧血の合併を多く認め,さらに網膜症発症前からうつ病などの精神疾患合併も多かった.結果:術前視力は光覚弁.0.7(平均0.13)であり,術後は失明.1.2(平均0.64)で,2段階以上の視力改善80%,悪化15%であった.牽引性網膜.離を57%に認めた.水晶体は71%で温存した.視力不良は非復位の網膜.離2眼,血管新生緑内障1眼,黄斑萎縮1眼であった.結論:症例の大半は血糖コントロール不良例であり,合併症として高血圧,腎症,貧血などの全身疾患に加えてうつ病など精神疾患も多かった.視力予後は黄斑.離のない症例ではおおむね良好であった.Purpose:Toreporttheresultsofvitrectomyforproliferativediabeticretinopathyinyoungadults.Methods:Casesvitrectomizedbetween2002and2011werereviewedretrospectively.Patientagerangedfrom22to33years(mean29.4years).Ageatdiabetesmellitus(DM)onsetrangedbetween4and16years(threecaseswereundetermined).Type1DMwasfoundin8eyesof5patients,type2DMin14eyesof8patients.PeriodfromDMonsettovitrectomyrangedbetween14and24years.Inmostcases,hemoglobinA1Cvaluewasover10%duringseveralyearsbeforetheoperation.Commoncomplicationswerehypertension,nephropathyandanemia.Psychologicaldiseasessuchasdepressionwerefoundinmanycasesbeforeretinopathyonset.Results:Preoperativevisionrangedbetweenlightperceptionand0.7(mean:0.13).Postoperativevisionrangedbetweennolightperceptionand1.2(mean:0.64).Postoperativevisionimprovedbyovertwolevelsin80%anddeterioratedin15%.Tractionretinaldetachmentwasfoundin57%.Thelenseswereretainedin71%.Thecausesofpoorvisionwerereattachmentfailureinseveretractionretinaldetachment(2eyes),neovascularglaucoma(1eye)andmacularatrophy(1eye).Conclusion:DMcontrolwaspoorinmostofthecases.Notonlysystematiccomplications,suchashypertensionnephropathyandanemia,butalsopsychologicaldiseases,suchasdepression,werecommon.Thevisualprognosiswasgenerallygoodincaseswithoutmaculardetachment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1034.1038,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,硝子体手術,若年者,血管新生緑内障,精神疾患.diabeticretinopathy,vitrectomy,youngpatient,neovascularglaucoma,psychologicdisease.はじめに近年,糖尿病(DM)発症の低年齢化が問題となっており,若年者の糖尿病網膜症(DMR)の増加も危惧される.増殖糖尿病網膜症(PDR)での網膜新生血管は,未.離の後部硝子体を経由して硝子体側に成長し,線維血管性の増殖膜を形成することで網膜硝子体間に器質的な癒着を生じる.若年者では老年者と比較して,増殖膜は血管が豊富で活動性が高く,また経年変化で起こる後部硝子体.離が進行していないため,PDRを発症すると網膜硝子体間の癒着が広範囲かつ強固となりやすく,増殖膜自体の収縮と硝子体の変性収縮によって接線方向と前後方向の両方向の牽引を生じることが多い1,2).既報の多くは「若年者」を硝子体手術時40歳までの〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通り2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-Hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity534-0021,JAPAN103410341034あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(152)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 症例としている2.7)が,今回の対象の手術時最高年齢は33歳であり,DM発症年齢が明らかな症例は,すべて小児.思春期のDM発症例であった.I対象および方法対象は2002年10月から2011年5月に大阪市立総合医療センター眼科にて同一術者が硝子体手術を施行した男性3例4眼,女性10例18眼,計13例22眼であった.それらについてDMが1型か2型か,DM発症年齢,DMコントロール状態,全身合併症,術中所見,術前後の視力などを後ろ向きに検討した.II結果(表1)手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,術後観察期間は10カ月.9年(平均5.6年)であった.糖尿病の病型は抗グルタミン酸脱炭酸酵素抗体(抗GAD抗体),抗IA-2抗体(antiinsulinoma-associatedprotein-2antibody),膵島細胞自己抗体(ICA)の値を基に判定した.1型DMは5例8眼(すべて女性),2型は8例14眼(女性5例10眼,男性3例4眼)で,2型の1例2眼は精神発達遅滞であった.DM発症年齢は1型で4.14歳,2型は8.16歳であり,2型の3例5眼は発症年齢不明であった.DM発症から手術までは,1型で14.24年(平均18.4年),発症年齢不明を除く2型で14.24年(平均16.8年)であった.今回の症例を思春期以前に発症した群(以前群)と,それ以降に発症した群(以降群)とで検討するため,発症年齢14歳未満群5例(以前群.1型4例,2型1例)と14歳以上群5例(以降群.1型1例,2型4例)とに分けると,手術時年齢(平均±標準偏差)は以前群27.6±4.04歳,以降群29.2±1.79歳で有意差はなかったが,手術までのDM罹病期間は以前群20.4±3.78年に対し以降群14.4±0.89年で,有意に以降群が短かった(Student’sttest,p<0.01).表1全症例一覧症例手術年齢(歳)性別1型/2型DM発症年齢(歳)DM罹病期間(年)手術時HbA1C(%)全身合併症左右眼術中所見術前ルベオーシス術後NVG術前視力術後最終視力硝子体出血増殖膜牽引性.離128女性114147.6高血圧,腎不全,うつ病右+++黄斑外.離──0.20.7左++++黄斑外.離──手動弁0.02232男性216165高血圧,腎症,統合失調症右++++──+0.01光覚なし329女性14257.5高血圧,腎不全左++++───0.040.7433男性2不明不明9.4高血圧右++++黄斑外.離──0.011.2526女性181814.7高血圧,腎不全,うつ病左++++───0.21.2633女性28246.9高血圧,腎症,統合失調症右++++黄斑.離──手動弁光覚なし左++++黄斑.離──0.010.2728女性214145.3精神発達遅滞,高血圧右+++───不明不明左+++───不明不明832女性2不明不明7高血圧右++++───手動弁0.2左++++───手動弁0.5930女性2141612.7高血圧右++++黄斑外.離──0.021左++黄斑外.離──0.511022女性14187.8高血圧,腎症,うつ病,神経性食思不振症,大食症右++++黄斑.離NVG+光覚光覚なし左++++黄斑.離──0.10.21128女性214147.1高血圧,うつ病右++++黄斑外.離──0.20.6左++++黄斑外.離──0.311228女性111179.7高血圧右++++黄斑外.離──0.21左++++黄斑外.離──0.021.21333男性2不明不明11高血圧,脂肪肝右++───0.71左+++───0.11〔硝子体出血〕+:乳頭透見可,++:乳頭透見不可.〔増殖膜〕+:限局性で処理には針先・鉗子使用,++:広範囲で処理には硝子体剪刀使用.NVG:血管新生緑内障.─:なし.(153)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131035 5%台10%以上6%台9%台7%台図1初回手術時のHbA1C値(%)硝子体手術前には網膜光凝固なしの症例が4例6眼,ある程度以上光凝固がなされたが病勢の止まらなかった症例が9例16眼あった.光凝固開始時の状態が増殖型7眼,前増殖型9眼であった.増殖型全眼と前増殖型の6眼(75%)は,光凝固開始後1年以内に硝子体手術が必要となった.全身状態に関して,手術時のヘモグロビン(Hb)A1C値は5.3.14.7%とばらついた(図1)が,10%未満の10例中9例は術前2カ月.1年2カ月の期間に10.0.15.0%と,10%以上の時期があった.また,全13例中,術前3年以内に15.0%以上の高値(最高17.6%)に達したものが3例あった.合併症として,手術時からすでに腎症(蛋白尿持続)ありは,1型で4例(80%),2型で4例(50%)であった.腎症は術後発生を含めると,1型は全例ありで,3例は腎不全(透析2例)であった.2型でも8例中7例に認め,2例は腎不全であった.そのほかに高血圧を全例で認め,貧血を6例(46%)に,高脂血症・高コレステロール血症・末梢神経障害を各4例(30%)に,心不全を2例(15%)に認めた.さらには網膜症発症前からうつ病などの精神疾患がみられ,1型は3例(60%)が,2型も精神発達遅滞の1例を除く7例中3例(43%)が合併していた.硝子体手術は20ゲージシステムで行い,硝子体・線維血管性増殖膜切除,網膜復位,眼内レーザー(ときに網膜冷凍凝固)を施行後,必要に応じsulfurhexafluorideガスまたはシリコーンオイル(オイル)を使用した.抗血管内皮増殖因子は使用していない.15眼(71%)は白内障がなく水晶体を温存したが,4眼は後日白内障手術を要した(2眼は白内障手術を単独で,2眼はオイル抜去時に施行).6眼は白内障と硝子体の同時手術を行った.そのほかの1眼はすでに白内障手術後であった.術中所見として,後部硝子体は未.離で増殖膜は広範かつ網膜との癒着が強く,牽引性網膜.離を12眼(57%)に認めた.光凝固は眼内内視鏡を用いて網膜最周辺部まで施行した.オイルは4眼で使用し1眼では抜去していない.硝子体手術回数は,1回のみが16眼(72%)で,1眼は網膜復位が得られず失明した.2回手術は4眼(18%),3回,4回手術が各1眼(5%)であった.2回手術の2眼はオイル1036あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131.210.80.60.40.20図2術前術後の視力抜去術,1眼は硝子体出血の再発,残りの1眼と3回手術の1眼は同一症例の左右眼で,代表症例として後に提示した.4回手術眼は重症の牽引性網膜.離で,僚眼はすでに失明しており,オイルタンポナーデ2回(輪状締結術併施)後,3回目の手術で抜去したが,その後また.離が再発し,3度目のオイルタンポナーデを行い,現在まで抜去できずにいる.視力測定は20眼で可能であったが,平均小数視力は術前0.13(光覚弁.0.7),術後は0.64で,1.0以上が9眼(45%),0.5.0.9が4眼(20%),0.2.0.4が3眼(15%),0.02が1眼(5%),失明3眼(15%)であった(図2).術前と比較して2段階以上の視力改善を「改善」,2段階以上の悪化および手動弁からの光覚喪失を「悪化」,その他を「不変」とすると,改善16眼(80%),不変1眼(5%),悪化3眼(15%)であった(図2).失明眼の術前視力は光覚.0.01で,術前視力0.1以上の症例での悪化はなかった.1例2眼は精神発達遅滞のため視力測定ができず除外したが,行動面から術後はよく見えていると思われた.血管新生緑内障(NVG)は,術前からありが1眼(代表症例として後に提示)で,これ以外に術前に虹彩・隅角にルベオーシスを認めた症例はなかった.術後に発症したNVGは1眼(結果的に失明)で,発症率は21眼中1眼(5%)であった.NVG以外の0.1未満の視力不良は,網膜が復位せず失明した2眼と,黄斑萎縮で0.02の視力に終わった1眼であった.〔代表症例(症例10)〕患者:22歳,女性.4歳発症の1型DM.高校時代「太りたくない」とインスリンを中断.うつ病・自殺願望もあり,自傷行為を繰り返す.眼科受診歴について,2003年8月(20歳)に当科にて眼底検査をしたが異常はなく,問診上では2004年10月,某病院眼科を受診したが異常を指摘されなかったという.同年11月HbA1C11.6%にて内科入院し眼科も併診.腎症,高血圧,高脂・高コレステロール血症も合併(154)術後視00.20.40.60.811.2術前視力 図3代表症例の右眼眼底写真乳頭周囲に著明な新生血管を認める.していた.血糖コントロールはきわめて不良であり,入院時の1日の血糖値(mg/dl)は500超から300弱の間を変動していたが,3週間の入院中にインスリンを調整して高値は300程度に抑えられたが,ときどき低血糖発作を起こしていた.初診時視力は右眼0.9,左眼0.8で,網膜出血には乏しいが網膜内細小血管異常を認め,蛍光眼底撮影(FAG)にて両眼に広い無血管野と乳頭上新生血管を認めたため,汎網膜光凝固を開始した.血管アーケード外の光凝固終了後も新生血管は増悪し続け(図3),FAGにて黄斑近傍までの無血管野を認めた(図4).硝子体手術の必要性を説明したが,「大学の夏休みまでは手術は受けない」とのことであった.2005年3月右眼隅角新生血管と周辺虹彩前癒着が発生し,周辺網膜に冷凍凝固術を施行した.4月右眼眼圧は29mmHgに上昇し降圧点眼を開始した.5月右眼の視力低下(0.04)と眼痛を訴え来院,NVGにて眼圧は58mmHgに上昇していたため,同日トラベクレクトミーを施行した.術後眼圧は正常化したが硝子体出血を生じて眼底透見不能となった.6月の超音波検査では網膜.離は認めず,8月に硝子体手術を施行すると,網膜は全.離で復位せず,再手術にても失明に至った.一方,左眼は7月に硝子体出血を生じて眼底の詳細不明となっており,右眼の重篤な経過を受け,急遽硝子体手術を施行した.術中黄斑中心窩に迫る牽引性.離を認めたが,復位を得てオイルタンポナーデを施行した.9月に下方周辺部に.離が再発し,再手術で復位させ再びオイルを注入した.12月にオイルを抜去し,翌年8月白内障手術を施行し,最終的に0.2.0.3の視力を残せた.III考按若年PDRに対する硝子体手術成績は,視力改善50.83%,悪化13.28%と報告され2.8),今回の改善82%,悪化(155)図4代表症例の右眼蛍光眼底写真黄斑部に及ぶ著明な無血管野を認める.14%はこれらと比べ遜色ない結果であった.また,45%の症例で1.0以上,65%の症例で0.5以上の視力を得た.術後合併症としてNVGは重要であり,発症頻度は10.23%2.4,7)とされている.NVG発症と硝子体手術時の水晶体同時切除との関連について,同時切除すると血管新生因子の前眼部への移行が容易となってNVG発症リスクが高まり4),一方,水晶体を温存すると網膜最周辺部への光凝固が困難となるリスクも指摘されている7).今回は眼内内視鏡を使用することで,白内障がない限り水晶体を温存し,かつ網膜最周辺部までの光凝固が可能であったことが,NVG発症の低さ(22眼中1眼5%)に寄与した可能性がある.手術時のHbA1C値は5.3.14.7%であったが,ほとんどの症例で数年以内のHbA1C値は10%以上であり,DMRの管理上血糖コントロールの重要性が再認識された.高血糖以外に高血圧,腎症,貧血,高コレステロール血症,高脂血症などが多くみられた.腎症・腎性貧血はPDRの術後視力不良のリスクとされ8),高血圧と腎症の合併はNVG発症のリスクであり2),加えて高コレステロール血症,高脂血症は血管障害のリスクとなる.若年者のDMRがその発症段階から,高血糖のみならずこれら複数の不良な全身因子の影響を受けている可能性がある.手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかった.1型DMは新生児期から発症が始まり,10.11歳でピークとなる.合併症は15歳ころまでは網膜症・腎症ともに非常に少なく,思春期から増加することが知られている9).思春期には生理的に性ホルモン・成長ホルモンが増加してインスリン抵抗性が増大し,インスリン需要が増加する.加えて,思春期では精神的不安定性から治療の中断や食餌療法のあたらしい眼科Vol.30,No.7,20131037 乱れが生じやすく,女性では肥満を嫌うことから過度な食事制限を実行することもある.これらの要因から,思春期以前に発症した1型症例では思春期以降に血糖コントロール不良となる危険がある9).2型DMは生理的にインスリン需要が増大する思春期から発症が始まるが,生活状況・肥満との関連が強く,自覚症状にも乏しく,思春期特有の精神的不安定性ともあいまって,思春期発症の2型DM患者は血糖コントロール不良となりやすい9).今回の症例で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかったことは,血糖コントロール不良の期間がおもに思春期以降に限られたことを示唆している.DM患者とうつ症状の関連では,成人DM患者を対象としたアンケート調査10)によると,視覚障害のない場合はうつ病疑い者は0.9%であり,軽度のうつ状態を含めても20%であるのに対し,視覚障害者の場合はうつ病疑い者は40%,軽度のうつ状態を含めると67%に及び,うつ症状と視覚障害との関連が大きいが,今回の若年者では,DMR発症以前からうつ病など精神疾患を合併する症例が多く認められた.これは,小児.思春期でのインスリン注射,カロリー制限などの必要性や,他の健康な子供との格差の自覚などが精神発達に悪影響を及ぼした可能性がある.精神疾患を合併してDMコントロール意欲が低下し,食餌療法やインスリンなどの中断に至れば,DMRの発症・進行に悪影響を及ぼす可能性も大きいため,小児科・内科・精神科と眼科の連携が重要と思われる.提示した代表症例(症例10)に関連して,DMR単純型の初期症例や,DMRを認めない症例が血糖コントロール(おもにインスリン)開始後短期間に増悪し,汎網膜光凝固を施行してもなお増殖型に進展する例が報告されており,比較的若年かつ罹病期間が長く,未治療期間が長い例に多いといわれる.また,危険因子の一つに治療開始後の低血糖発作もあげられている10,12).代表症例は4歳で発症した1型DMであり,長期間インスリン治療がなされてはいたが,インスリンを自己中断した期間が思春期の数年間あり,インスリンを再開した後も血糖コントロールはきわめて不良であった.3週間の入院によりインスリン治療法を改善することで最高血糖値を300mg/dl程度に下げたが,低血糖発作も伴っていた.この入院中の眼科受診によって網膜内細小血管異常,広範な無血管野,新生血管の発生が認められ,その直後から汎網膜光凝固を施行したが網膜症の進行は抑えられず,片眼は5カ月後にNVGを発症し,その後網膜全.離となって硝子体手術を施行したが失明に至り,僚眼は硝子体手術で0.2.0.3の視力が保持された.この増悪の1年前は当科診療録により網膜症は認めず,増悪1カ月前の某施設での眼底検査でも異1038あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013常は指摘されなかったとの問診結果であったので,長くても1年以内に網膜症のない状態から増殖型に進行したことがわかる.血糖コントロール開始後短期間に増悪する原因としては,①血小板凝集能の亢進,②赤血球の酸素解離能の低下による低酸素状態の発生,③網膜循環血量の低下などが考えられている12).このように急速な増悪所見をいち早く見出すためには最低2週ごとの眼底検査とFAG撮影が必要という意見もある11).今回の調査では,DM発症年齢が明らかな場合は,発症から硝子体手術まで14年以上を要していたので,DM発症後10年超の若年患者や長期にわたる血糖コントロール不良の若年患者は,急速に網膜症が悪化することがあるので慎重な管理が必要と思われた.本稿の要旨は第17回日本糖尿病眼学会(2011年)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岡野正:増殖糖尿病網膜症に対する後部硝子体.離と牽引の影響.眼紀38:143-152,19872)臼井亜由美,清川正敏,木村至ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療と術後合併症.日眼会誌115:516-522,20113)大木聡,三田村佳典,林昌宣明ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.あたらしい眼科13:401403,20014)野堀秀穂,高橋佳二,松島博之ほか:若年者糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.眼臨99:638-641,20055)伊藤忠,桜庭知己,原信哉ほか:若年発症の増殖糖尿病網膜症の手術成績.眼紀55:732-735,20046)山口真一郎,松本行弘,瀬川敦ほか:若年者増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績10年前との比較.眼臨100:93-96,20067)三上尚子,鈴木幸彦,吉岡由貴ほか:若年者糖尿病網膜症に対する白内障硝子体同時手術の成績.眼紀52:14-18,20018)笹野久美子,安藤文隆,鳥居良彦ほか:増殖糖尿病網膜症硝子体手術の視力予後不良への全身的因子の関与について.眼紀47:306-312,19969)川村智行:小児・思春期糖尿病の病態.糖尿病学─基礎と臨床(門脇孝,石橋俊,佐倉宏ほか編),p647-650,西村書店,200710)山田幸男,平沢由平,高澤哲也ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第9報:視覚障害者にみられる睡眠障害とうつ病の頻度,特徴.眼紀55:192-196,200411)関怜子,安藤伸朗,小林司:急性発症,進行型糖尿病性網膜症の病像について.臨眼38:253-259,198412)田邉益美,松田雅之,鈴木克彦ほか:急速に増殖網膜症に至った若年糖尿病の2例.公立八鹿病院誌11:17-22,2002(156)

糖尿病網膜症に合併した脈絡膜新生血管の2例

2011年10月31日 月曜日

1468(10あ0)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1468?1472,2011cはじめに糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管を合併することは比較的稀である1)が,最近わが国では,このような症例がいくつか報告されている2,3).今回,糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に,黄斑部に硬性白斑を集積し,その後に脈絡膜新生血管を併発した2症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕北垣尚邦:〒569-1192高槻市小曽部町1-3-13愛仁会高槻病院眼科Reprintrequests:TakakuniKitagaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TakatsukiGeneralHospital,1-3-13Kosobe-cho,Takatsuki,Osaka569-1192,JAPAN糖尿病網膜症に合併した脈絡膜新生血管の2例北垣尚邦*1荻田小夜子*1宮本麻起子*1光辻辰馬*1家久来啓吾*2鈴木浩之*2佐藤孝樹*2石崎英介*2植木麻理*2池田恒彦*2*1愛仁会高槻病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室TwoCasesofChoroidalNeovascularizationAssociatedwithDiabeticRetinopathyTakakuniKitagaki1),SayokoOgita1),MakikoMiyamoto1),TatsumaMitsutsuji1),KeigoKakurai2),HiroyukiSuzuki2),TakakiSatou2),EisukeIshizaki2),MariUeki2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,TakatsukiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege糖尿病網膜症に血管新生黄斑症を合併した2例を経験したので報告する.症例1:63歳,男性.増殖糖尿病網膜症に対し両汎網膜光凝固術,硝子体切除術を施行され,2008年10月20日,矯正視力は右眼0.4,左眼は中心窩硬性白斑集積のため0.05であった.同年12月15日,左眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認め,矯正視力は0.02に低下した.3カ月後に,出血は吸収されたが,矯正視力は0.01pである.症例2:60歳,男性.糖尿病網膜症に対し,両汎網膜光凝固術,黄斑浮腫に対し両トリアムシノロンTenon?下注射を施行し一時的に経過したが再発を生じたため,硝子体切除術を施行した.2009年4月26日,矯正視力は右眼0.3,左眼0.5であったが,右眼はその後黄斑部に硬性白斑の集積を認めた.同年6月20日,右眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血認め,矯正視力は0.1pに低下した.現在矯正視力は0.06である.2例とも黄斑部の硬性白斑集積後,脈絡膜新生血管を発症し,網膜下出血をきたした.黄斑部の硬性白斑集積は脈絡膜新生血管発生の一因となっている可能性がある.Purpose:Toreporttwocasesofneovascularmaculopathyassociatedwithdiabeticretinopathy.CaseReports:Case1wasa63-year-oldmalepatientwhounderwentpanretinalphotocoagulationandvitreoussurgeryforproliferativediabeticretinopathy(PDR)inbotheyes.InOctober2008,thepatient’scorrectedvisualacuitywas0.4righteye(RV)and0.05lefteye(LV),duetotheaccumulationofsubfovealhardexudates.InDecember2008,weobservedamacularsubretinalhemorrhageoriginatingfromsubfovealchoroidalneovascularization(CNV),whichresultedinLVdecreasingto0.02.ThesubretinalhemorrhagerecurredthreemonthslaterandLVremainedat0.01p.Case2wasa60-year-oldmalepatientwhounderwentpanretinalphotocoagulationforPDRandposteriorsub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonideandvitreoussurgeryformacularedema.IntheSpringof2009,RVandLVwere0.3and0.5,respectively,andanaccumulationofhardexudateswasobservedintherighteye.InJune2009,hisRVdecreasedto0.1pduetoasubretinalhemorrhageoriginatingfromCNV.CurrentRVis0.06.BothcasespresentedCNVandsubretinalhemorrhageaftertheaccumulationofcentralfoveahardexudates.Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowthattheaccumulationofcentralfoveahardexudatesappearstobeinvolvedinthepathogenesisofCNVformation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1468?1472,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,血管新生黄斑症,黄斑部網膜下出血,硬性白斑.diabeticretinopathy,neovascularmaculopath,subretinalhemorrhage,hardexudates.(101)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111469I症例〔症例1〕63歳,男性.既往歴:糖尿病,高血圧症,高脂血症.現病歴:両眼糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫に対し,近医にて経過加療を施されていたが,2001年4月2日,右眼硝子体出血をきたし,高槻病院(以下,当院)紹介となった.当院眼科初診時,両眼増殖糖尿病網膜症を認め,両眼の汎網膜光凝固術を開始した.一旦,右眼硝子体出血は自然吸収したが,2003年1月6日に再度,右眼硝子体出血をきたし,2003年2月4日に右眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.2004年1月13日に左眼にも硝子体出血を認め左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.その後,左眼は硝子体出血をくり返し,液-ガス置換を施行するも軽快しなかったため,2005年1月18日,再度,左眼経毛様体扁平部硝子体切除術を施行した.2008年10月20日の時点で,矯正視力は右眼0.4,左眼は中心窩硬性白斑集積のため0.05であった(図1).2008年12月15日,左眼の中心暗点を自覚して受診した.このとき,左眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認め,矯正視力は0.02に低下していた(図2).患者が積極的な治療を希望しなかったため,そのまま経過観察に留めた.2010年11月15日現在,網膜下出血は吸収されているが,血管新生黄斑症による瘢痕病巣のため矯正視力は0.01pに留まっている(図3).〔症例2〕60歳,男性.既往歴:糖尿病,高血圧症,狭心症.現病歴:2003年10月30日,視力低下を主訴に当院初診.初診時,前増殖糖尿病網膜症を認め,蛍光眼底造影検査にて両眼の広範な無血管領域を認め,両眼の汎網膜光凝固術を施図1症例1:2008年10月20日の眼底写真左眼眼底に硬性白斑の集積を認め,左眼硝子体出血の残存を認める(右).図2症例1:2008年12月15日の左眼眼底写真脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認める.図3症例1:2010年11月15日の左眼眼底写真網膜下出血は吸収されているが,血管新生黄斑症による瘢痕を認める.1470あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(102)図4症例2:2009年4月21日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)両眼硝子体手術後,右眼に硬性白斑の集積を認める.図5症例2:2009年4月21日のフルオレセイン蛍光眼底撮影写真(左:右眼,右:左眼)右眼黄斑部に過蛍光を認める.図6症例2:2010年11月29日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)右眼に脈絡膜新生血管を認める.(103)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111471行した.2004年7月6日の時点で黄斑浮腫の進行を認め,右眼矯正視力0.7p,左眼矯正視力0.4pであった.黄斑浮腫に対し,2005年8月16日に左眼,同年10月22日に右眼に対してトリアムシノロン20mg後部Tenon?下注射を施行したが,浮腫の改善を認めず,徐々に視力の低下を認めたため,2008年1月15日,左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術,同年8月4日,右眼左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.手術施行後2009年4月21日の時点で右眼矯正視力0.3,左眼矯正視力0.5であった.この時点ですでに硬性白斑の黄斑部への集積を認め,脈絡膜新生血管の発生が認められた(図4,5).右眼はその後,同年6月22日には脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認めた.症例1と同様に患者が積極的な治療を希望しなかったため,そのまま経過観察に留めた.2010年11月29日現在,出血は自然消退したが,右眼視力は0.06に留まっている(図6?8).II考按糖尿病網膜症に血管新生黄斑症が併発することは比較的稀とされてきた1).しかし近年,従来の蛍光眼底検査(フルオレセイン蛍光造影:FA,インドシアニングリーン蛍光造影:IA)に加えて,光干渉断層計(OCT)により網膜下病変をより詳細に観察できるようになり,糖尿病網膜症に血管新生黄斑症が合併することは決して稀ではないことがわかってきた2,3).奥芝らは糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管が発生する機序として,脈絡膜虚血,局所的脈絡膜血管障害,糖尿病黄斑症による網膜色素上皮障害などの関与,加齢黄斑変性症の合併などを指摘している3).糖尿病網膜症と加齢黄斑変性は両方とも発症頻度が高い疾患なので,単にこの2疾患が合併することも考えられるが,糖尿病が加齢黄斑変性症の危険因子とする報告は多い.Kleinらの報告によると75歳以上の685眼図7症例2:2010年11月29日のフルオレセイン蛍光眼底撮影写真(左:右眼,右:左眼)右眼脈絡膜新生血管に一致して過蛍光を認める.図8症例2:2010年11月29日のOCT画像(左:右眼眼底,中・右:右眼OCT)右眼網膜色素上皮下に脈絡膜新生血管を認める.1472あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(104)について検討したところ,非糖尿病患者の加齢黄斑変性症発症頻度は4.7%であったのに対し,糖尿病患者では9.4%と高い割合であったとしている4).また,以前より黄斑浮腫に対する光凝固(グリット光凝固)後の脈絡膜新生血管の発症の報告は多い.その機序としては黄斑部近傍の過剰な光凝固により網膜色素上皮が障害され,この部位から脈絡膜新生血管が生じるとされている5).また,びまん性糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後に黄斑部への硬性白斑集積が生じることはよく知られている6)が,その機序はいまだ明らかにはなっていない.丸一らは,硝子体手術後に硬性白斑が黄斑部に集積した増殖糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管が生じた1例を報告しており,脈絡膜新生血管の発症誘因として,硬性白斑を貪食するために集まってきたマクロファージが血管内皮増殖因子(VEGF)などのサイトカインを放出することを推測している7).また,高木らの報告によると硝子体手術時に摘出した黄斑部網膜下の硬性白斑に著明なVEGFの発現を認めたと報告している8).今回経験した2症例とも,黄斑浮腫に対する硝子体手術後に硬性白斑が黄斑部に集積した後,新生血管黄斑症を発症し,黄斑部網膜下出血をきたした.新生血管黄斑症の発症には上記のようなマクロファージによるVEGFなどのサイトカインの放出が関与した可能性がある.以前は新生血管黄斑症に対し,光凝固,光線力学的療法(PDT),経瞳孔的温熱療法(TTT),硝子体手術による脈絡膜新生血管抜去術などが行われてきた.また,網膜下出血に対してはガスタンポナーデによる血腫移動術の適応も考えられる.今回の2症例はいずれも,患者の希望で積極的な加療を行わなかったが,血管新生黄斑症の原因がVEGFなどのサイトカインであるなら,加齢黄斑変性と同様に抗VEGF薬の硝子体内注射が治療の第一選択になったのではないかと思われる.おわりに糖尿病網膜症に血管新生黄斑症を発症した2症例を経験した.黄斑部の硬性白斑集積を認める症例は血管新生黄斑症を発症する可能性があり,より注意深い眼底の経過観察が必要である.文献1)HenkindP:Ocularneovascularization.TheKrillmemoriallecture.AmJOphthalmol85:287-301,19782)宮嶋秀彰,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に伴う脈絡膜新生血管の臨床像と経時的変化.眼紀52:498-504,20013)奥芝詩子,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管を伴った15例.眼紀47:171-178,19964)KleinR,KleinBE,MossSE:Diabetes,hyperglycemia,andage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:1527-1534,19925)宮部靖子,竹田宗泰:糖尿病黄斑浮腫における網膜下繊維増殖.眼紀52:201-205,20016)舘奈保子,荻野誠周:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の成績.眼科手術8:129-134,19957)丸一みどり,南政宏,植木麻理ほか:糖尿病黄斑浮腫の硝子体手術後に発症した血管新生黄斑症の1例.眼臨95:1025-1028,20018)高木均,大谷篤志,小椋祐一郎:眼科図譜糖尿病黄斑症における中心窩硬性白斑の組織学的検討.臨眼52:16-18,1998***

統合失調症,HIV 感染症,糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1 例

2011年10月31日 月曜日

1464(96あ)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1464?1467,2011cはじめに統合失調症患者においては糖尿病や耐糖能異常が一般の頻度よりも高く1),また治療薬である抗精神病薬の副作用にも糖尿病や脂質異常症がある2?6).またヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症治療薬の副作用にも脂質異常症と糖尿病があり7?9),これらの疾患に糖尿病などのメタボリック・シンドロームが合併すると治療がむずかしくなる.今回,統合失調症・HIV感染症・糖尿病・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:34歳(1965年生),男性.主訴:眼科的精査.初診:1999年8月27日.現病歴:1998年にHIV陽性が判明した.また1999年に前病院で血糖値が150mg/dlで要注意と指摘されたが,医師との折り合いが悪く通院中断となった.精査希望で当院エイズ治療・研究開発センターを受診し,眼科検査目的に初診となった.〔別刷請求先〕武田憲夫:〒162-8655東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療研究センター病院眼科Reprintrequests:NorioTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Hospital,NationalCenterforGlobalHealthandMedicine,1-21-1Toyama,Shinjuku-ku,Tokyo162-8655,JAPAN統合失調症,HIV感染症,糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1例武田憲夫中村洋介国立国際医療研究センター病院眼科ACaseofDiabetesMellituswithSchizophrenia,HIVInfectionandDiabeticRetinopathyNorioTakedaandYosukeNakamuraDepartmentofOphthalmology,Hospital,NationalCenterforGlobalHealthandMedicine統合失調症・ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1例を報告する.症例は34歳,男性で,生活習慣改善ができず,受診中断が多く糖尿病のコントロールは不良であった.40歳時に食欲不振で血糖値と中性脂肪値が低下した.しかし以後,非定型抗精神病薬による治療開始および多剤併用療法の開始により血糖コントロールは再び不良となり,中性脂肪値も増加した.視力は良好であるが糖尿病網膜症は両眼とも福田分類A2で,黄斑症もみられた.医師-患者関係が不良で治療に対する十分な協力が得られず,また統合失調症とHIV感染症の治療薬の副作用および統合失調症の病状の変動により糖尿病の治療が困難であった.Acaseofdiabetesmellituswithschizophrenia,humanimmunodeficiencyvirus(HIV)infection,dyslipidemiaanddiabeticretinopathyisreported.Thepatientisa34-year-oldmalewithpoordiabeticcontrolwhocouldnotimprovehislifestyleandinterruptedhospitalvisitfrequentlyfromhisfirstvisit.Bloodsugarandtriglyceridelevelslaterdecreasedduetoanorexiaatage40,butafterinitiationoftherapywithatypicalantipsychoticsandhighlyactiveantiretroviraltherapy,diabeticcontroldeterioratedandbloodtriglyceridelevelagainincreased.Moderatenonproliferativediabeticretinopathyandmoderatediabeticmacularedemawerepresentinbotheyes,butvisualacuitywasgoodinbotheyes.Thelackofdoctor-patientrelationship,thepoorcooperationwithtreatment,thesideeffectsofthedrugsusedtotreattheschizophreniaandHIVinfection,andthechangeinthepatient’sconditionwithschizophreniamadethediabetesmellitustherapydifficult.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1464?1467,2011〕Keywords:糖尿病,統合失調症,HIV感染症,糖尿病網膜症,脂質異常症.diabetesmellitus,schizophrenia,HIVinfection,diabeticretinopathy,dyslipidemia.(97)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111465既往歴:小学生時に虫垂炎,喘息,22?23歳時頃に梅毒,30?31歳時頃に腹部?背部の帯状疱疹.1998年に顔面の粉瘤もしくは毛?炎とA型肝炎.社会歴:飲食店勤務で多量飲酒.同性間の性的接触.家族歴:父方祖父が高血圧・糖尿病.父方叔父がくも膜下出血.母方にも糖尿病の家族歴の疑い.緑内障.初診時眼科所見:異常はみられなかった.初診時内科所見:血糖値は184mg/dl,ヘモグロビン(Hb)A1C値は7.7%,中性脂肪値は172mg/dl,血圧は128/75mmHgであった.本人の申し出によると身長は180cm,体重は95kgであった.経過:HbA1C値と中性脂肪値の推移を図1,2に示す.腹部超音波検査では脂肪肝,胆?ポリープ,脾腫がみられた.2000年に口唇ヘルペス,2001年に足白癬,結膜炎に罹患した.またアルコール性肝障害もみられた.初診時以降2005年まで糖尿病に対しては食事療法を行ったが,生活習慣改善がみられず,また医師とのトラブルや受診中断が多く,HbA1C値は7.3?9.0%,中性脂肪値は224?699mg/dlであった.2005年には統合失調症の診断を受けた.この時点まで糖尿病網膜症はみられなかった.2006年に食欲不振・不眠・引きこもり・悪夢・幻聴が起こり,飲酒量は減少し,体重も10kg減少した.中断を経て受診したときのHbA1C値は6.1%,中性脂肪値は65mg/dlと低下していた.統合失調症に対しリスペリドン(リスパダールR)による薬物療法が開始された.2007年にHbA1C値は7.5%まで上昇し,右顔面帯状疱疹・口唇ヘルペス・尿酸値上昇・胆石・約半年前の転倒による頸椎症性神経根症・両眼の糖尿病網膜症(網膜出血,硬性白斑,福田分類A2)(図3)がみられた.またリスペリドン(リスパダールR)がオランザピン(ジプレキサR)に変更された.2008年にHbA1C値は9.1%まで上昇し,両眼底に硬性白斑の増加がみられた(図4).2009年にはミグリトール(セイブルR)が糖尿病・代謝・内分泌科で開始されたが,医師との折り合いが悪く1カ月後に自己判断で中止となった.血圧も130?150/90?100mmHgと上昇した.しかし再度引きこもりとなりHbA1C値は6.8%まで低下した.年次1999.62000.12001.12002.12003.12004.12005.12006.12007.12008.12009.12010.12011.12011.41098765HbA1C値(%)図1HbA1C値の推移年次1999.62000.12001.12002.12003.12004.12005.12006.12007.12008.12009.12010.12011.12011.47006005004003002001000中性脂肪値(mg/dl)図2中性脂肪値の推移図32007年2月19日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)1466あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(98)以後CD4陽性Tリンパ球数が233/μlまで低下したため,2010年にラミブジン・アバカビル硫酸塩(エプジコム配合錠R)・ホスアンプレナビル(レクシヴァR)とリトナビル(ノービア・ソフトカプセルR)による多剤併用療法が開始された.またオランザピン(ジプレキサR)がアリピプラゾール(エビリファイR)に変更された.HbA1C値は8.9%まで上昇し,10月にグリメピリド(アマリールR)がエイズ治療・研究開発センターで開始された.糖尿病・代謝・内分泌科を受診しておらず,整形外科とも折り合いが悪くなっている.2011年現在HbA1C値は8.0%であり,糖尿病網膜症は福田分類A2のままであるが,現在もなお経過観察中である.II考按統合失調症とメタボリック・シンドロームの関係について,渡邉ら10)は統合失調症患者では一般人口と比較してメタボリック・シンドローム発症のリスクが高くなると考えている.その理由として,統合失調症に罹患したことによって起こる脂肪摂取増加や運動量低下といった生活習慣の変化,視床下部-下垂体-副腎系の調節障害,統合失調症とメタボリック・シンドローム構成因子との間の共通の遺伝学的背景,内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性増大といった内分泌学的変化などの要因が,単独あるいは複合的に関与すると考えている.また金坂ら11)は統合失調症患者では,耐糖能異常と2型糖尿病のリスクが高まっていることは抗精神病薬出現以前から知られていたとしている.実際Subramaniamら1)は統合失調症患者においては糖尿病が16.0%,耐糖能異常が30.9%にみられ,一般の頻度より多かったと報告している.一方で抗精神病薬治療の副作用に糖代謝異常がある.フェノチアジン系のクロルプロマジンやブチロフェノン系のハロペリドールなどが定型抗精神病薬であり,日本では1996年に発売になったリスペリドン以降の第二世代の抗精神病薬が非定型抗精神病薬である.最近では非定型抗精神病薬がおもに使用されているが,耐糖能異常・2型糖尿病の発症や増悪・高血糖性ケトアシドーシスの発症が1990年に報告され,その後も非定型抗精神病薬内服中の糖代謝異常の報告が相次ぎ,世界中で統合失調症・抗精神病薬治療・糖尿病の関係が議論されるようになってきた11).本症例は初診時飲食店勤務で多量飲酒などの生活習慣を改善できず,また医師との折り合いも悪く受診中断も多く,血糖コントロールは不良であった.以後統合失調症による食欲不振や引きこもりなどにより,血糖値および中性脂肪値はともに低下した.しかし非定型抗精神病薬であるリスペリドンによる治療開始とともに再度血糖コントロールは不良となった.リスペリドンと糖尿病について,関連があるとするもの3,4),関連はないとするもの2)などの報告がなされているが,明確でない.以後リスペリドンがオランザピンへと変更された.オランザピンは糖尿病に影響するとの報告2?5)が多く,特に50歳未満の患者において危険性が高い4),異常な高血糖がみられる5),コレステロール値上昇にも関与する5)との報告もある.本症例もHbA1C値のさらなる上昇がみられた.以後オランザピンはアリピプラゾールへと変更された.アリピプラゾールは糖尿病や脂質異常症に対して影響しないとされているが,長期にわたるデータがないため注意は必要である6).これらの抗精神病薬の影響について金坂ら11)は,抗精神病薬治療と糖尿病リスク増大との関係は解明されていないが,インスリン抵抗性の増大など直接的な影響や,肥満など二次的な影響などが複雑に組み合わさっていると考えてい図42008年8月29日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)(99)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111467る.本症例においては統合失調症の治療開始後に食欲不振や引きこもりなどの解消されたことに加え,抗精神病薬の影響で血糖コントロールが不良となった可能性もある.しかしオランザピンがアリピプラゾールへ変更となったのと同時にCD4陽性Tリンパ球数が低下し,プロテアーゼ阻害薬を含む多剤併用療法が開始された.プロテアーゼ阻害薬の副作用として糖尿病7,8)・脂質異常症8,9)があり,Carrら8)は耐糖能異常が16%,糖尿病が7%にみられたと報告している.本症例も多剤併用療法の導入によりさらなる血糖コントロールの悪化がみられた.しかも糖尿病・代謝・内分泌科を受診しておらず,エイズ治療・研究開発センターで糖尿病の治療を行っているのが現状である.その他整形外科とも折り合いが悪くなっている.糖尿病網膜症は現在福田分類A2で進行はしていないが,硬性白斑が中心窩周囲にみられ,今後糖尿病黄斑症により視力低下をきたす可能性がある.幸い眼科は定期的に受診しているが,今後とも関係各科と連携をとりつつ診療にあたる必要があり,当センターで行われている生活習慣病症例検討会などを活用していく予定である.本症例では医師-患者関係が不良で治療に対する十分な協力が得られないことや,統合失調症の病状の変動や,統合失調症とHIV感染症の治療薬の副作用により,糖尿病の治療が困難であった.統合失調症・HIV感染症・糖尿病・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した場合には治療がむずかしく,精神科・感染症科・糖尿病科・眼科などの連携によるチーム医療が必要となる.本研究は「平成23年度国際医療研究開発費(22指120)」によるものである.文献1)SubramaniamM,ChongS-A,PekE:Diabetesmellitusandimpairedglucosetoleranceinpatientswithschizophrenia.CanJPsychiatry48:345-347,20032)KoroCE,FedderDO,L’ItalienGJetal:Assessmentofindependenteffectofolanzapineandrisperidoneonriskofdiabetesamongpatientswithschizophrenia:populationbasednestedcase-controlstudy.BrMedJ325:243-245,20023)SernyakMJ,LeslieDL,AlarconRDetal:Associationofdiabetesmellituswithuseofatypicalneurolepticsinthetreatmentofschizophrenia.AmJPsychiatry159:561-566,20024)LambertBL,CunninghamFE,MillerDRetal:Diabetesriskassociatedwithuseofolanzapine,quetiapine,andrisperidoneinVeteransHealthAdministrationpatientswithschizophrenia.AmJEpidemiol164:672-681,20065)LindenmayerJ-P,CzoborP,VolavkaJetal:Changesinglucoseandcholesterollevelsinpatientswithschizophreniatreatedwithtypicaloratypicalantipsychotics.AmJPsychiatry160:290-296,20036)AmericanDiabetesAssociation,AmericanPsychiatricAssociation,AmericanAssociationofClinicalEndocrinologistsetal:Consensusdevelopmentconferenceonantipsychoticdrugsandobesityanddiabetes.DiabetesCare27:596-601,20047)JustmanJE,BenningL,DanoffAetal:ProteaseinhibitoruseandtheincidenceofdiabetesmellitusinalargecohortofHIV-infectedwomen.JAcquirImmuneDeficSyndr32:298-302,20038)CarrA,SamarasK,ThorisdottirAetal:Diagnosis,prediction,andnaturalcourseofHIV-1protease-inhibitorassociatedlipodystrophy,hyperlipidaemia,anddiabetesmellitus:acohortstudy.Lancet353:2093-2099,19999)HeathKV,HoggRS,ChanKJetal:Lipodystrophy-associatedmorphological,cholesterolandtriglycerideabnormalitiesinapopulation-basedHIV/AIDStreatmentdatabase.AIDS15:231-239,200110)渡邉純蔵,鈴木雄太郎,澤村一司ほか:精神疾患とメタボリック・シンドローム.臨床精神薬理10:387-393,200711)金坂知明,藤井康男:非定型抗精神病薬と糖尿病.診断と治療95(Suppl):387-390,2007***

前房内へ脱出した眼内レンズループの整復により糖尿病網膜症が鎮静化した1 例

2011年10月31日 月曜日

1460(92あ)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1460?1463,2011cはじめに近年,小切開超音波白内障手術の進歩に伴い,糖尿病患者に対する白内障手術の適応は,内科的にも眼科的にも拡大している1).特に,血糖コントロールが良好で糖尿病網膜症が単純網膜症までの患者であれば,術後管理も含めて非糖尿病患者に準じてよいと思われる.しかし,熟練の白内障術者の執刀によっても予期せぬ手術合併症が生じる場合は必ずあり,そのことが糖尿病網膜症の増悪因子となる可能性には十分留意する必要がある.今回,白内障手術時に後?破損をしたため?外固定された眼内レンズ(IOL)のループが虹彩切除部から前房内へ脱出した時期を契機に,術眼のみ糖尿病網膜症が悪化し,ループの整復によって網膜症が鎮静化した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕福本敦子:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科Reprintrequests:AtsukoFukumoto,M.D.,NagataEyeClinic,1147Kitayamada,Hourai-cyo,Nara-city,Nara631-0844,JAPAN前房内へ脱出した眼内レンズループの整復により糖尿病網膜症が鎮静化した1例福本敦子松村美代黒田真一郎永田誠永田眼科ACaseofDiabeticRetinopathyImprovementafterRepositioningSurgeryforIntraoculerLensHapticProlapseintoAnteriorChamberAtsukoFukumoto,MiyoMatsumura,ShinichiroKurodaandMakotoNagataNagataEyeClinic?外固定された眼内レンズのループが前房内へ脱出した時期から糖尿病網膜症(DR)が進行するも,ループの整復によってDRが鎮静化した1例を経験した.症例は,60歳の糖尿病男性.左眼白内障手術中に後?破損を生じ,周辺虹彩切除(PI)が同時に施行されたが左眼の術後視力は問題なく,両眼底に単純DRを認めるのみであった.しかし,1年後,左眼はPI部からのループ脱出を認めると同時にDRの悪化を認め,黄斑浮腫,視力低下を伴っていた.ループ脱出後2年9カ月時,前房炎症,眼圧上昇,角膜内皮細胞数の減少(pigmentdispersionsyndrome)を認めたため,ループの整復を行ったところ,整復の時期を境に左眼の糖尿病網膜症は経過観察のみで鎮静化して黄斑浮腫も改善した.左眼矯正視力は,整復後14年の長期経過で(0.1)から(1.0)へと大幅に回復している.Wereportacaseofdiabeticretinopathy(DR)improvementafterrepositioningsurgeryforhapticprolapseofanout-of-thebagintraocularlens(IOL).Thepatient,a60-year-oldmalewithdiabetes,underwentcataractsurgeryandperipheraliridectomy(PI)inthelefteye,withposteriorcapsulerupture.Aftersurgery,best-correctedvisualacuity(BCVA)wasunremarkableinthelefteye;fundusexaminationrevealedbilateralsimpleDR.Oneyearlater,weobservedthattheIOLhaptichadprolapsedintotheanteriorchamberthroughthePI.Atthesametime,theDRinthelefteyehadworsened,withmacularedemaandvisualloss.Hapticrepositioningwasperformedinthelefteyeafter33monthsbecauseofpigmentdispersionsyndrome.ThissurgeryhappenedtoleadtoDRresolutionandgradualimprovementofthemacularedema.Atthe14-yearfollow-upafterhapticrepositioning,theBCVAinthelefteyehadsignificantlyimproved,from20/200to20/20.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1460?1463,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,後?破損,周辺虹彩切除,眼内レンズ(IOL)ループ脱出,IOLループ整復術.diabeticretinopathy,posteriorcapsulerupture,peripheraliridectomy,prolapseofintraocularlens(IOL)haptic,repositioningsurgeryofIOLhaptic.(93)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111461I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:1991年6月,左眼の白内障手術を目的に近医より当科を紹介受診した.既往歴:糖尿病〔ヘモグロビン(Hb)A1C7.1%〕があり,内服加療中であった.家族歴:特になし.初診時所見:視力は右眼0.9(1.2×+2.0D(cyl?1.0DAx90°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.両眼とも前眼部は異常なく,角膜内皮細胞密度は約2,700/mm2,眼軸は右眼23.6mm,左眼23.9mmで明らかな左右差はなかった.右眼の中間透光体,眼底に異常はなく,左眼にのみ成熟白内障がみられ眼底は透見不能であったが,外傷の既往はなかった.経過:1991年9月,左眼のみ超音波白内障手術が施行された.このとき,後?破損を生じたため,IOLは?外固定され,同時に前部硝子体切除術および上方の周辺虹彩切除術も施行された.1991年10月(白内障術後1カ月)再診時,眼底に左右同程度の単純糖尿病網膜症を認めた.左眼術後は視力1.2(1.5×(cyl?1.0DAx80°)で,前房炎症が遷延することなく経過良好であった.8カ月ぶりの再診となった1992年10月(白内障術後1年1カ月),左眼は虹彩切除部から前房内へのIOLループの脱出を認め(図1),軽度の前房炎症を伴っていた.糖尿病網膜症は,左眼のみ網膜出血の増悪と硬性白斑,黄斑浮腫の出現を認め,視力は(0.5)に低下していた.しかし,眼圧は16mmHgと正常で,隅角検査上,脱出ループと角膜内皮との接触はなく角膜内皮細胞数の減少もなかったことから,ループ整復を行わずに経過をみた.1993年10月(ループ脱出後1年),左眼視力は(0.1)で,脱出ループの所見は変わらず,前房炎症が遷延していた.糖尿病網膜症は左眼のみさらに進行し,蛍光眼底造影検査上,後極を中心に旺盛な蛍光漏出を認めた(図2)ため,網膜光凝固を施行することで経過をみた.1995年7月(ループ脱出後2年9カ月),左眼の眼圧が30mmHgと上昇し,隅角鏡検査上は脱出ループと角膜内皮が接触し,その部位に一致した角膜浮腫を認めた.角膜内皮細胞数も約1,000/mm2まで減少していたことから,同年8月,左眼脱出ループの整復を試みた.左眼の糖尿病網膜症は,網??????????????????????????????図1IOLループ脱出時の前眼部写真隅角検査上,ループと角膜内皮との接触はない.右眼左眼図21993年10月の蛍光眼底造影写真1462あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(94)膜光凝固後も所見の改善に乏しく,黄斑浮腫,硬性白斑,網膜出血が遷延し,視力は(0.1)のままであった.ループ整復後,速やかに左眼の眼圧は正常化し,角膜浮腫,前房炎症も消失した.さらに,長期経過で左眼視力および眼底所見にも改善がみられた.遷延していた左眼の黄斑浮腫および硬性白斑は整復後約2年で消失し,整復後約5年が経過して以降,左眼視力は(0.7)以上を維持している(図3).2010年1月(整復後14年)の最終受診時,視力は右眼0.9(1.2×+1.0D(cyl?1.25DAx100°),左眼0.3(1.0×+0.75D(cyl?3.0DAx80°),眼圧は両眼とも13mmHg,角膜内皮細胞数は右眼3,003/mm2,左眼1,176/mm2であった.糖尿病網膜症については,右眼は単純網膜症のまま加療歴はなく,左眼も停止性網膜症でループ整復以降の加療歴はない(図4).II考按虹彩切除部からのIOLループ脱出の報告は過去に散見する2?6)が,いずれも問題となった合併症は,IOLループと虹彩の機械的接触で生じた虹彩炎による角膜内皮障害,あるいは虹彩色素の散布によって起こる眼圧上昇とされるpigmentarydispersionglaucomaであった.本症例のように,片眼のIOLループ脱出時期に偶然にも両眼に同程度の糖尿病網膜症があり,同一患者における非術眼と比較しながらループ脱出が眼底にもたらす影響を長期に経過観察できたという報告は,筆者の調べた限りではこれまでにない.本症例でもIOLループ脱出時に注意した合併症は,前述のpigmentarydispersionglaucomaであったが,加えて,糖尿病網膜症眼であったことがIOL整復の手術適応時期を複雑にした.再手術の術式としては,IOLの整復,交換,縫着があるが,整復のみでは再脱出してしまい,IOL交換2,3)あるいは縫着6)を要した報告もあり,複数回の手術侵襲がかえって角膜内皮障害のみならず網膜症の増悪をきたす可能性もある.幸い,本症例はフックを用いてIOLループを虹彩下へ戻すという単純な整復により,以後の再脱出はみられなかった.仮に,ループの再脱出により複数回手術を要した場合,前房炎症はさらに遷延することとなり,その選択が糖尿病網膜症の増悪を招いたかもしれない.白内障手術後の糖尿病網膜症の悪化については,須藤1,7)が「どんなに熟練者が執刀しても術後に糖尿病網膜症が進行する症例は20?30%存在する」と述べているように,その原因は全身状態や術前網膜症の病期などが複雑に絡んでおり,白内障手術やその合併症が必ずしも網膜症の悪化につながるとは限らない.同一患者の手術眼と非手術眼を対照にして検討した場合,網膜症の悪化原因は手術侵襲よりも糖尿病自体の自然悪化によるものが多かったとの報告7)や,後?破損例においても非術眼との網膜症の差はなかったとの報告8)もある.これらの報告を踏まえて本症例の網膜症悪化要因を考察すると,周術期の血糖コントロール状態はHbA1C7.1%と比較図42010年1月の眼底写真右眼左眼00.20.40.60.81.01.219911992199319941995199619971998199920002001200220032004200520062007200820092010網膜光凝固ループ脱出ループ整復黄斑浮腫および硬性白斑の消失視力経過(年)図3左眼視力経過(95)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111463的良好であったこと,術前糖尿病網膜症は単純網膜症であったこと,左眼白内障術後もループ脱出を発見するまでは単純網膜症であり左眼視力は(1.0)以上を維持していたことから,後?破損という術中合併症よりも,術後長期にわたってIOLループが脱出することによって慢性炎症が遷延したことが主要因であった可能性がある.しかし,このことは,本症例が1990年代の古い症例であり,フレア値など前房炎症に関する客観的データの詳細に欠けることや,ループ脱出時の慢性炎症に対して副腎皮質ステロイドの後部Tenon?下注射など局所投与による積極的な加療もなされていないことから,あくまでも結果から遡った推測にすぎない.加えて,ループの偏位,脱出によるpigmentarydispersionglaucomaもまだ当時は国内の報告が少なく,現在とはその治療方針に些かの乖離があったことを,反省も踏まえて強調しておきたい.今回の報告は,一症例の経過にすぎず,白内障手術に伴う合併症が糖尿病網膜症の増悪にどれほど関与するかを統計的に論じることはできないが,術中合併症のみならず,IOLループの脱出などの術後合併症を生じた糖尿病網膜症眼については,特に積極的な消炎の努力と永続的な経過観察が重要であることを示唆する症例であった.文献1)須藤史子:糖尿病を合併する白内障手術のコツと落とし穴.IOL&RS21:155-161,20072)大鳥安正,真野富也:眼内レンズ偏位による緑内障.眼紀42:932-936,19913)今泉雅資,古嶋正俊,瀬口ゆりほか:壮年男性にみられた虹彩切除部からのIOLループ脱出2例.眼紀43:1448-1451,19924)斉之平真弓,吉田弘俊,細谷比左志ほか:後房レンズのループ偏位により生じた角膜内皮障害の1例.臨眼47:23-26,19935)服部貴明,藤田聡,山城博子:前房側に脱出した後房レンズ脚による角膜内皮障害の1例.眼臨101:259-261,20076)都筑明子,都筑昌哉,久保江理ほか:後房レンズのループが虹彩の孔を通して前房内に脱出した1例.眼紀55:311-314,20047)SutoC,HoriS,KatoSetal:Effectofperioperativeglycemiccontrolinprogressionsofdiabeticretinopathyandmaculopathy.ArchOphthalmol124:38-45,20068)大岩晶子,林敦子,小林晋二ほか:片眼白内障手術症例における術眼・非術眼の糖尿病網膜症の経過.あたらしい眼科26:973-976,2009***

眼底所見と対比した放射線および糖尿病網膜症の網膜の病理学的観察

2011年2月28日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(123)277《原著》あたらしい眼科28(2):277.285,2011c眼底所見と対比した放射線および糖尿病網膜症の網膜の病理学的観察木村毅*1溝田淳*2安達惠美子*3*1きむら眼科*2帝京大学医学部眼科学講座*3千葉大学大学院医学研究院視覚病態学Clinico-pathologicalChangesoftheRetinainRadiationandDiabeticRetinopathyTsuyoshiKimura1),AtsushiMizota2)andEmikoUsami-Adachi3)1)KimuraOphthalmologicInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,TeikyoUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicine,ChibaUniversity目的:眼底所見の類似する放射線網膜症(以下,RR)と糖尿病網膜症(以下,DR)の網膜の臨床病理学的研究を行い,両者を対比検討する.さらに両者に共通な毛細血管瘤の形態を観察しその成因を考察する.方法:実体顕微鏡,光学および電子顕微鏡観察.症例:(1)RR.54歳,男性.1977年7月,篩骨洞癌のため左眼を含む照射野に総量10,000rdsのコバルト照射を施行,1年後左眼球摘出を施行,実体顕微鏡下にRRが認められた.(2)DR.68歳,女性.コントロール不良の糖尿病患者.1976年左眼白内障術後,絶対緑内障を併発,やむなく左眼球摘出を施行した.実体顕微鏡下にてDRが認められた.結果:RRの眼底では乳頭から黄斑部にかけて浮腫状網膜混濁を認めるが,この本態は神経線維層内の神経線維の腫大,変性であった.そして内,外顆粒層,網状層,視細胞層の配列の不整や細胞要素の変性は両者にみられ,多様であるがそれぞれの特異性はなかった.血管内皮細胞の変化は扁平化,有窓化が両者にみられ血管閉塞も観察される.毛細血管瘤壁の構造は毛細血管類似であったが,なかには基底膜がきわめて菲薄で,内皮細胞は丈が高く,核が大きく幼若とみなされるものもあった.これらは血管瘤以外の毛細血管と異なり,基底膜に沿って並列に増殖した内皮細胞と推測された.結論:RRもDRも網膜各層の不整や細胞質内小器官の広範囲な変性など病態は多様性に富むが,それぞれの変化に特異性はなかった.血管内皮細胞の変性は顕著であった.毛細血管瘤壁には内皮細胞,その菲薄な基底膜ともに幼若なものとみなされるものも観察され,それらは基底膜に沿った増殖が推測された.Clinico-pathologicalchangesoftheretinawereexaminedinoneeyewithradiationretinopathy(RR;case1,54yearsold,male)andoneeyewithdiabeticretinopathy(DR;case2,68yearsold,female).Lightandelectronmicroscopyandbinocularmicroscopywereperformedonthetwoeyes.Theeyeincase1hadbeentreatedformalignantorbitaltumorwithX-irradiation(cobalt)of10,000radsdeliveredtothetumorarea,includingthefelloweye,overaperiodof3months.After1yeartheeyewasenucleatedandbinocularmicroscopyofthefundusrevealedRR,showingretinaledema,hemorrhages,softexudatesandmicroaneurysms.Theeyeincase2wasobtainedfromabsoluteglaucoma.BinocularmicroscopyshowedDR.Histopathologicalexaminationoftheretinasinthesecasesdisclosedthatthecytoplasmicorganellesinthecellsofthenervefiberlayer,innerandouterplexiformlayers,nuclearlayersandphotoreceptorshaddegeneratedanddecreased.Thenucleiofthosecellsappearedtoberelativelyresistanttoirradiation.Damagetotheendothelialcellsinretinalvesselswasprominent.Theseendothelialcellswerethinandfenestrated;somewerelost.Theendothelialcellsinthewallsofmicroaneurysmshadnumerouscytoplasmicorganelles,largenucleiandthinbasementmembranes.Thesefeaturessuggestthatthesecellswereyoungtypeandhadproliferatedinlinearfashionalongthebasementmembrane.Asaresultofthisproliferation,thecapillarylumenappearedtoenlarge.TheRR-relatedpathologicalchangesintheretinaweresimilartothoseofDR;itwasimpossibletodifferentiatethefindingsofRRfromthoseofDR.Theendothelialdamageappearedtohavecausedsecondarychangesintheretina.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(2):277.285,2011〕〔別刷請求先〕木村毅:〒421-0206焼津市上新田829-1きむら眼科Reprintrequests:TsuyoshiKimura,M.D.,KimuraOphthalmologicInstitute,829-1Kamishinden,Yaizu-shi,Shizuoka-ken421-0206,JAPAN278あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(124)はじめに放射線網膜症(以下,RR)と糖尿網膜症(以下,DR)は眼底所見がやや類似している.これらの網膜症の患者眼での病理組織学的観察は,トリプシン消化法による血管樹伸展標本が多く1)光学および電子顕微鏡(以下,光顕,電顕)を用いた研究は少ない2.4).特に眼底所見と対比した臨床病理学的報告はきわめて少ない5).今回眼底所見と対比したRRの網膜病変をDRのそれと比較し,光顕,電顕的観察からそれぞれ多様性に富む網膜病変と顕著な血管変化について検討した.そして毛細血管瘤の形態について観察しその成因についても考察する.I症例1.RR(症例1)54歳,男性.1977年7月弘前大学医学部附属病院耳鼻咽喉科にて篩骨洞扁平上皮癌と診断された.その後,同病院放射線科にて左眼を含む照射野に3カ月間総量10,000rdsのコバルト照射を受けた.照射前の検眼鏡所見ではScheie1の網膜動脈硬化症以外に異常所見はみられなかった.照射後より左眼角膜炎を併発,1年後重篤な角膜潰瘍のため眼痛,高度の視力障害を訴えやむなく左眼球摘出を施行した.摘出後の眼球は切半し前眼部は角膜,虹彩,水晶体が癒着し一塊となっていた.後極部は実体顕微鏡による眼底所見では図1に示したごとく,乳頭から黄斑部にかけての浮腫状混濁,綿花様白斑,網膜出血,毛細血管瘤などがみられ,RRの眼底所見であった.2.DR(症例2)68歳,女性.10年来コントロール不良の糖尿病に罹患.1976年糖尿病白内障のため某病院眼科にて左眼白内障手術を受けた.術後,左眼緑内障を併発.5年後弘前大学医学部附属病院眼科にて諸種治療にもかかわらず高度の視力障害,眼痛を訴え絶対緑内障の診断でやむなく左眼球摘出を施行した.摘出眼球は赤道部で切半し,後極部網膜の実体顕微鏡観察では網膜小出血,毛細血管瘤,硬性白斑が認められた.右眼の検眼鏡観察でも同様の網膜病変が認められDRと診断された.以上の症例は2例とも眼球摘出前,治療,研究に対するインフォームド・コンセントを行い同意を得たうえで施行している.II方法症例は1,2とも摘出眼球は前眼部と後極部に切半し0.1Mリン酸バッファーを含む2.5%グルタールアルデヒド溶液に前固定.実体顕微鏡による眼底写真撮影後,毛細血管瘤その他検索部位の病変部を小片に分離した.そして0.1Mリン酸バッファーを含む1%四酸化オスミウムで後固定,エタノール系列で脱水後エポン包埋しPorterBlumミクロトームにて1μmの準超薄切片,超薄切片を作製した.準超薄切片は1%トルイジンブルー染色を施行し,光顕用標本とし,超薄切片は酢酸ウラン,クエン酸鉛の二重染色後,日立電子顕微鏡にて観察した.III結果1.RR(症例1)図1のaのRRの眼底写真における綿花様白斑部とその近くの動脈の光顕所見を図2に示した.トルイジンブルーに濃染するcytoidbodyの集落と著しい神経線維の腫大がみられる.そして網膜各層配列の不整がみられる.この綿花様白斑の付近の動脈は内皮下組織が肥厚し内腔は狭細となっている.内皮細胞は扁平化している.図3はこの動脈壁の電顕所見である.肥厚した内皮下組織には高電子密度の小顆粒状物質の蓄積がみられ,扁平化した内皮細胞には有窓化が認められる.図4は図1のbにおける神経線維層であるが,神経線維は腫大し細胞質内小器官は変性,崩壊している.Densebodyもしばしば認められる.漿液の貯留も細胞間に少ないが存在する.図5はこの症例の小静脈の所見である.内皮細胞は扁平化し,外膜はやや肥厚している.このような内皮細胞は毛細血管にも広くみられる.図6は外層の視細胞層であるが,この部位では比較的細胞配列は良いが細胞質内小器官が広範囲に変性している.外境界膜には顕著な変化はみられ〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):000.000,2010〕Keywords:放射線網膜症,糖尿病網膜症,網膜毛細血管瘤,網膜血管病,電子顕微鏡.radiationretinopathy,diabeticretinopathy,retinalmicroaneurysm,retinalvasculardisease,electron-microscopy.図1RR(症例1)の実体顕微鏡による眼底写真乳頭から黄斑部にかけての浮腫状網膜混濁,網膜出血,綿花様白斑が認められる.(125)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011279図2図1のa部位の綿花様白斑部と動脈の光顕所見右側の綿花様白斑部ではトルイジンブルーに濃染される偽核をもつcytoidbodyの集落と神経線維の腫大が認められる.左側の動脈は内皮下組織(*印)の肥厚のため内腔は狭搾しており内皮細胞は扁平化している.(トルイジンブルー染色,×200)図3図2の部位の動脈の電顕所見肥厚した内皮下組織(*印)には左上挿図のごとく高電子密度の小顆粒状物質の蓄積が認められる.内皮細胞は有窓化(右下挿図)している.中膜筋層には顕著な変化は認められない.DB:高電子密度物質,G:グリア細胞,S:平滑筋細胞.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色)280あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(126)図4図1のb部位の神経線維層の電顕所見神経線維は腫大し細胞質内小器官は変性,崩壊している.Densebodyもしばしばみられる.細胞間質の漿液の貯留は比較的少ない.ILM:内境界膜,NF:神経線維.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,bar=1μm)図5RR(症例1)の神経線維層内の小静脈の所見内皮細胞は扁平化しており外膜はやや肥厚している.L:内腔.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,bar=1μm)(127)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011281図6図5と同一症例の視細胞層の所見細胞配列は比較的良いが,細胞質内小器官は広範囲に変性している.外境界膜(ELM)には異常はみられない.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,bar=1μm)図7DR(症例2)の網膜の光顕所見内層の層構造はほとんど消失しておりグリア細胞によって置換されている.外層の層構造は不整である.矢印は毛細血管瘤.V:硝子体.(トルイジンブルー染色,×200)282あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(128)ない.2.DR(症例2)図7は症例2の網膜の光顕所見である.網膜内層の層構造は消失しグリア細胞(Muller細胞)によって置換されている.外層は部位によって残存している.このような層構造の配列の乱れや消失は同一症例の網膜でも部位によってさまざまで多様性に富んでいる.図8は別の網膜部位である.内顆粒層,内網状層などの細胞要素の核,胞体,突起などに著変はない.細胞質内小器官の変性は広範囲に認められる.図9は同症例の網膜の光顕所見であるが,この部位では網膜下腔の形成が認められる.そして各層の配列は不整であり,内節,外節は変性,消失している.図10はこのような部位の外層の電顕所見であるが,内節は萎縮しミトコンドリアの変性がみられ外節は消失している.図11は同症例の毛細血管閉塞所見で内腔はMuller細胞突起が充満し基底膜も崩壊過程である.図12は毛細血管と毛細血管瘤との移行部付近の毛細血管像であり,内皮細胞はpinocytosisなど活性な所見を呈している.基底膜はやや肥厚し空胞形成がみられ,本例に普遍的な毛細血管基底膜を示している.図13は症例2の毛細血管瘤の電顕所見である.この所見で最も顕著なところはその菲薄な基底膜で空胞形成も認めないことである.このような基底膜は血管瘤を形成していない毛細血管にはみられない形態であった.そして内皮細胞は丈が高く核が胞体の割に大きく細胞質内小器官に富んでいる.内皮細胞は連続して基底膜に沿っており,管壁の内外に遊離したものは認められなかった.IV考按1.網膜病変の多様性RRの眼底変化は照射後通常数カ月から5年くらいまでに出現する.これらの変化は網膜出血,浮腫,毛細血管瘤などでDRに類似している.本例でも認められる乳頭および網膜浮腫は大部分神経線維の腫大,変性に由来するものであり,本質的には綿花様白斑と同じ性状のものである.その他漿液の貯留もしばしばみられる.このような変化は視束内神経線維も同様に障害される.神経線維の変性,崩壊はRRのみでなく,症例2のDRにも広くみられるが,この例は絶対緑内障眼のため,その影響も大きいことが考えられる.RRとDRも網膜の層構造の不整や細胞要素の変化は部位によってさまざまで多様性に富んでいる.そして各細胞の細胞質内小図8DR(症例2)の内顆粒層,内網状層(IP)の所見この部位では細胞の胞体,突起は比較的良いが各細胞質内小器官は広範囲に変性している.核は顕著な異常はみられない.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,bar=1μm)図9図7と同一症例の別の部位の光顕所見網膜各層の配列は不整で外節はほとんど消失している.マクロファージを含む網膜下腔(SR)が認められる.(トルイジンブルー染色,×200)(129)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011283図11DR(症例2)における毛細血管閉塞所見内腔は侵入したMuller細胞(M)によって閉塞され,残存する基底膜も崩壊過程となっている.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,bar=1μm)図12DR(症例2)毛細血管瘤との移行部近くの毛細血管所見内皮細胞(E)はpinocytosis(矢印)などやや活性の所見を呈している.基底膜(BM)は軽度に肥厚し空胞形成が認められる.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,bar=1μm)図10図9の内節(IS)の電顕所見内節は萎縮しミトコンドリアは変性している.外節は消失している.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,bar=1μm)284あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(130)器官の変性は広範囲であり,特に視細胞内節,外節の変性は顕著である.このような変化の多様性は両者に共通であり,それぞれの変化に特異性がなく,病態だけではRRとDRの区別は不可能である.2.網膜血管の変化図2に示した動脈壁の内皮下組織の肥厚であるが,この所見は硬化性変化とは異なる.弾性板のない網膜動脈では硬化性変化として一般にみられるアテローム変性による内膜肥厚はなく,中膜筋層の変化が主体である.中膜における膠原線維,プロテオグリカンの増加,平滑筋細胞の変性,崩壊を硬化の主病変とする6).図2,3の動脈壁にはそのような所見はなく,肥厚した内皮下組織に高電子密度の物質の蓄積があるのみである.この動脈内皮細胞は有窓型であり透過性亢進状態を表している.このような有窓型内皮細胞は硝子体内増殖組織内の血管にみられることはよく知られている7)が,病的状態では網膜動脈,静脈,毛細血管にも存在する8).このような内皮細胞の扁平化はDRにもRRにも認められることが報告されている5).そしてこれらの病変はすべての血管に及んでいるが,小血管ほど障害は著しく,内皮細胞障害から内腔へのグリア細胞侵入による血管閉塞所見が認められる.そして最終的には基底膜も崩壊する.近年,DRにおいて白血球が血管内皮細胞に密着して内皮細胞増殖因子を誘導するとする説9)が提唱されているが,今回の観察では血管内外に白血球増多は認められなかった.3.網膜毛細血管瘤つぎにRRにもDRにもみられる毛細血管瘤の構造についての記載は少ないが電顕的研究が報告されている2,4,10).しかし毛細血管瘤の成因に関しては一致した見解はない.現在までのうち最も注目され定説化されている説として毛細血管周皮細胞の変性,崩壊のためその部位が血流の圧力によって膨隆し,血管瘤を生ずるとするトリプシン消化法による血管樹伸展標本からの記載がある1).しかし,標本がトリプシン消化法によるものであり,周皮細胞に支持組織としての役割があるかどうか証明されておらず,周皮細胞の変性,崩壊は腎性高血圧網膜症でも多く認められ6),DRに特異的なものではない.本症例(DR)の血管瘤以外の毛細血管では内皮細胞はやや扁平な部位が多いが,基底膜は空胞形成のある通常の成人網膜毛細血管基底膜とほぼ同様である.このような毛細血管が血管瘤を形成すると,内腔拡張とともに図13に示したごとく内皮細胞は丈が高く基底膜は菲薄になり空胞形成はみられない.このような基底膜は既存のものが薄く伸展した状態とは考えにくく,内皮細胞の形態とともに幼若なものと図13DR(症例2)の毛細血管瘤の電顕所見内皮細胞(E)は丈が高く核が胞体に比べて大きい.基底膜(矢印)はきわめて菲薄で空胞形成はみられない.これらの内皮細胞は幼若なタイプとみなされ,内皮細胞が基底膜に沿って並列に増殖したかにみられる.挿図は毛細血管から急激に内腔が拡張し毛細血管瘤に移行する光顕所見.E:内皮細胞,P:周皮細胞.(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,挿図はトルイジンブルー染色,×400)(131)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011285みなされる.したがって内皮細胞は基底膜に沿って並列に増殖し,それによって内腔が拡張したものと推測される.本例の毛細血管瘤内皮細胞がすべて同じ形態をもつわけではないので,期間が経過すれば内腔はそのままでも内皮細胞も通常のものになると考えられる.以上の観察から,①RRもDRも網膜の層構造の不整や細胞要素の変性など病態が多様性に富んでいるが,それぞれの特異性はみられない.さらに各層を構成するどの細胞要素にも広範囲に細胞質内小器官の変性がみられる.②両者とも血管内皮細胞の変性がみられ,検眼鏡による網膜病変は二次的変化と考えられる.③毛細血管瘤のなかにはその形態が他の毛細血管のそれと異なり,菲薄な基底膜をもち丈の高い,核の大きな内皮細胞を有するものもあった.これらの内皮細胞は幼若なタイプとみなされ,基底膜に沿って並列に増殖する結果,内腔が拡張すると推測された.文献1)CoganDG,ToussaintD,KuwabaraT:Retinalvascularpatterns.IV.Diabeticretinopathy.ArchOphthalmol66:366-367,19612)KimuraT:Ultrastructureofcapillariesinhumandiabeticretinopathy.JpnJOphthalmol18:403-417,19743)KimuraT:Electronmicroscopyofhumanretinalhaemorrhagesinhypertensionanddiabetes.JpnJOphthalmol16:266-282,19724)YamashitaT,RosenDA:Electronmicroscopicstudyofdiabeticcapillaryaneurysm.ArchOphthalmol67:785-790,19625)ArcherDB,AmoakuWM,GradinerTA:Radiationretinopathy─Clinical,histopathological,ultrastructuralandexperimentalcorrelations.Eye5:239-251,19916)KimuraT,MizotaA,FujimotoN:Lightandelectronmicroscopicstudiesonhumanretinalbloodvesselsofpatientswithsclerosisandhypertension.AnnOphthalmol26:151-158,20067)木村毅,ChenCC,PatzA:硝子体内増殖組織の光学および電子顕微鏡的研究.日眼会誌83:255-265,19798)木村毅,松橋英昭,石井敦子:人眼網膜血管における透過性亢進の形態学的研究.特に有窓型内皮細胞とアテローム変性の存在について.日眼会誌87:1199-1211,19829)石田晋,山城健児,臼井智彦:網膜浮腫,虚血,血管新生を制御する白血球の重要性について.日眼会誌108:193-201,200410)宇賀茂三,清水敬一郎,林正雄:糖尿病罹患網膜における毛細血管瘤の電子顕微鏡的観察.日眼会誌81:1716-1722,1977***

黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体注入 ─糖尿病網膜症と網膜静脈分枝閉塞症─

2011年1月31日 月曜日

108(10あ8)たらしい眼科Vol.28,No.1,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):108.112,2011cはじめに糖尿病網膜症(DR)や網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)に伴う黄斑浮腫に対する治療として,硝子体手術1,2),網膜光凝固術3),不溶性副腎皮質ホルモン懸濁液であるトリアムシノロンアセトニド(TA)硝子体注入3)またはTenon.下注入2)などが行われてきた.近年は抗血管内皮増殖因子(VEGF)〔別刷請求先〕坂本英之:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:HideyukiSakamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体注入─糖尿病網膜症と網膜静脈分枝閉塞症─坂本英之山本香織堀貞夫東京女子医科大学眼科学教室IntravitrealBevacizumabforTreatmentofMacularEdema:DiabeticMacularEdemaandBranchRetinalVeinOcclusionHideyukiSakamoto,KaoriYamamotoandSadaoHoriDepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity目的:黄斑浮腫を伴う糖尿病網膜症(DR)と網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)に対するベバシズマブ硝子体注入(IVB)の効果を検討した.対象および方法:対象は経過観察期間中における最終治療がIVBであり,その後6カ月間黄斑浮腫の再発がなく追加治療をせずに経過観察できた32眼(DR18眼,BRVO14眼)であった.Logarithmicminimalangleofresolution〔以下,視力(logMAR値)〕,光干渉断層計で測定したfovealthickness(FT),totalmacularvolume(TMV)を術前と術後6カ月で比較した.視力(logMAR値),FT,TMVをDRとBRVOで比較し,また,術後視力改善の有無によっても比較した.結果:術後視力は術前視力に比べてBRVOで有意に改善し,FTとTMVはDRとBRVOで術前に比べて術後有意に改善した.DRにおける視力改善ありは術後視力改善なしと比べてTMVは有意に小さく,BRVOにおける視力改善ありは視力改善なしと比べて術前後視力は有意に不良であった.結論:DRとBRVOにIVB施行後6カ月間追加治療をせずに観察できた症例において,黄斑浮腫に対するIVB施行は,DRに比べBRVOにおいて効果が高い可能性が示唆された.Purpose:Tocomparetheeffectsofintravitrealbevacizumab(IVB)injectionformacularedemaindiabeticretinopathy(DR)withbranchretinalveinocclusion(BRVO).CaseandMethod:Thisstudyinvolved32eyes(DR18eyes,BRVO14eyes)thatunderwentIVBasfinaltreatmentduringtheinvestigationperiod,anddidnotrequireadditionaltreatmentforrecurrenceofmacularedemaduringthe6-monthfollow-up.Weexaminedlogarithmicminimalangleofresolution(logMAR)visualacuity,fovealthickness(FT)andtotalmacularvolume(TMV)viaopticalcoherencetomography,beforeandat6monthsafterinjection,andcomparedtheresultsbetweenDRandBRVO.Patientsweredividedinto2groupsbasedonvisualacuityimprovement,andtheresultswereanalyzed.Results:ImprovementinvisualacuitywasfoundonlyintheBRVOgroup,thoughimprovementsinFTandTMVwerefoundinbothgroups.IntheDRpatients,TMVinthegroupthatimprovedinvisualacuitywassignificantlylessthaninthegroupthatdidnotimprove.IntheBRVOpatients,visualacuityinthegroupthatimprovedinvisualacuitywasworsethaninthegroupthatdidnotimprove,bothbeforeandaftertreatment.Conclusion:ItissuggestedthatIVBformacularedemaismoreeffectiveforBRVOthanforDR,withouttheneedforadditionaltreatmentduringthe6-monthfollow-upperiod.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):108.112,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,網膜静脈分枝閉塞症,黄斑浮腫,ベバシズマブ,光干渉断層計(OCT).diabeticretinopathy,branchretinalveinocclusion,macularedema,bevacizumab,opticalcoherencetomography(OCT).(109)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011109抗体であるベバシズマブ硝子体注入(IVB)の効果が報告されている4~7).黄斑浮腫を伴うDRやBRVOに対してIVBを施行し,その治療効果を検討した報告は術後3カ月程度の短期成績が主である4,6,7).IVB後の視力改善や黄斑浮腫の改善の程度,黄斑浮腫の改善から再燃までの期間などに関しても報告によって結果にばらつきがある4~7).IVB後に黄斑浮腫が再燃し,IVB再施行の必要な例や,すでに他の治療歴があるものにIVBを施行する例を経験する.また,対象の症例によって効果が異なることも経験するが,IVB後のDRとBRVOにおける効果を比較した報告は,検索した限りではない.今回,黄斑浮腫を伴うDRとBRVOに対して経過観察中における最終的な治療がIVBであり,その後6カ月間追加治療をせずに経過観察ができた症例についてその結果や背景を検討することを目的に,視力や黄斑浮腫につき比較,検討したので報告する.I対象および方法対象は,2007年11月から2008年12月に黄斑浮腫に対してベバシズマブ1.25mg/0.05ml硝子体注入を施行した症例48例50眼(DR:32例34眼,BRVO:16例16眼)のうち,最終IVBから追加治療をせずに6カ月以上経過観察できた30例32眼である(50眼中32眼:64%).IVBにあたっては,本学倫理委員会の承認を得て,患者への十分な説明と同意のもとに施行した.男性18例20眼,女性12例12眼,年齢は68.0±6.0(平均±標準偏差)歳であった.DR:16例18眼,BRVO:14例14眼であった.治療歴があったものはDRでは11眼,BRVOでは11眼で,その内訳は硝子体手術,網膜光凝固術,TATenon.下注入,IVBであった.対象となった症例のIVB施行回数は,DRにおいては1回が12眼,2回が5眼,3回が1眼であった.BRVOにおいては1回が5眼,2回が6眼,3回が3眼であった.治療追加の基準は,原則としてlogarithmicminimalangleofresolution〔以下,視力(logMAR値)〕で0.2以上増加,または経過観察中に最も軽度であった黄斑浮腫が光干渉断層計(opticalcoherencetomography:Zeiss社製,OCT3000,以下OCT)による後述の計測で30%以上の増悪を認めた場合とした.視力(logMAR値)はlogMAR視力表(Neitz社製)で測定した.黄斑浮腫はOCTで測定した.測定にはfastmacularthicknessMAPを用い,fovealminimumとtotalmacularvolume(TMV)を測定した.Fovealminimumをfovealthickness(FT)とした.最終IVB直前とその6カ月後の視力(logMAR値),FT,TMVをカルテベースに調査し,術前と術後で比較した.同様にDRとBRVOで比較した.さらに,視力改善に共通する術前因子を検討することを目的に,術後6カ月でのDRとBRVOそれぞれにおける視力改善の有無に分けて視力(logMAR値),FT,TMVを比較した.視力改善ありは視力(logMAR値)が0.2以上減少したものとし,視力改善なしは視力(logMAR値)が0.2未満の改善,不変および悪化を含めた.検討はレトロスペクティブに行った.統計処理にはt検定を用い,有意水準をp<0.05とした.II結果1.DRとBRVOにおける術前と術後6カ月の視力(logMAR値),FT,TMV視力(logMAR値)は,DRで術前0.54±0.30,術後0.51±0.33,BRVOで術前0.43±0.33,術後0.22±0.17であった.術後視力はDRでは有意な改善を認めず,BRVOのみで有意に改善した(p=0.026)(表1).FTは,DRで術前481±115μm,術後366±163μm,BRVOで術前348±112μm,術後243±90.5μmであり,FTはDRとBRVO両者で術前より術後有意に減少した(DR:p=0.0022,BRVO:p=0.022)(表1).FTの術後の減少率はDRでは23%,BRVOでは29%であった.TMVは,DRで術前10.2±1.53mm3,術後9.00±2.09mm3,BRVOで術前8.83±2.56mm3,術後7.55±1.48mm3であった.TMVはDRとBRVOの両者で術前より術後有意に減少した(DR:p=0.0012,BRVO:p=0.038)(表1).TMVの術後の減少率はDRでは12%,BRVOでは14%であった.2.視力(logMAR値),FTおよびTMVのDRとBRVOにおける比較術前視力(logMAR値)はDRで0.54±0.30,BRVOで0.43±0.33で,両者間に有意差はなかった(p=0.27).術後表1DRとBRVOにおけるベバシズマブ注入術前後の視力(logMAR値),FT,TMV視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)DRBRVODRBRVODRBRVO術前0.54±0.300.43±0.33481±115348±11210.2±1.538.83±2.56術後6カ月0.51±0.330.22±0.17366±163243±90.59.00±2.097.55±1.48p値0.570.0260.00220.0220.00120.038t検定:術前と術後6カ月の比較.110あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(110)視力(logMAR値)はDRで0.51±0.33,BRVOで0.22±0.17で,DRと比較しBRVOで有意に良好であった(p=0.0026)(表2).術前FTは,DRで481±115μm,BRVOで348±112μmで,DRと比較しBRVOで有意に薄かった(p=0.0028).術後FTはDRで366±163μm,BRVOで243±90.5μmで,DRと比較しBRVOで有意に薄かった(p=0.022)(表2).術前TMVはDRで10.2±1.53mm3,BRVOで8.83±2.56mm3で,両者間に有意差はなかった(p=0.096).術後TMVはDRで9.00±2.09mm3で,BRVOで7.75±1.48mm3で,DRと比較しBRVOで有意に小さかった(p=0.038)(表2).3.DRとBRVOにおける術後6カ月での視力改善の有無による視力(logMAR値),FTおよびTMVの比較DRでは18眼中,術後6カ月での視力改善ありは7眼,視力改善なしは11眼であった.BRVOでは14眼中,術後6カ月での視力改善ありは6眼,視力改善なしは8眼であった.DRにおける術後6カ月での視力改善の有無により視力(logMAR値),FTおよびTMVを比較すると,術前視力(logMAR値)は視力改善ありでは0.63±0.35,視力改善なしでは0.48±0.27で,有意差はなかった(p=0.37).術前FTは視力改善ありでは430±108μm,視力改善なしでは514±112μmで有意差はなかった(p=0.14).術前TMVは視力改善ありでは9.46±1.62mm3,視力改善なしでは10.6±1.35mm3で有意差はなかった(p=0.14)(表3).術後6カ月での視力(logMAR値)は視力改善ありでは0.34±0.34,視力改善なしでは0.61±0.29で有意差はなかった(p=0.11).術後FTは視力改善ありでは293±92.6μm,視力改善なしでは412±184μmで,視力改善ありは視力改善なしに比べ術後FTは有意に薄かった(p=0.088).術後TMVは視力改善ありでは7.92±1.02mm3,視力改善なしでは9.69±2.35mm3で,視力改善ありは視力改善なしに比べ術後TMVは有意に小さかった(p=0.044)(表3).BRVOにおける術後6カ月での視力改善の有無による視力(logMAR値),FTおよびTMVを比較すると,術前視力(logMAR値)は視力改善ありでは0.72±0.21,視力改善なしでは0.18±0.04で,視力改善ありは視力改善なしに比べ術前視力(logMAR値)は有意に不良であった(p=0.00079).術前FTは視力改善ありでは404±140μm,視力改善なしでは307±67.8μmで有意差はなかった(p=0.16).術前TMVは視力改善ありでは10.5±3.02mm3,視表2DRとBRVOにおける視力(logMAR値),FT,TMVの比較術前術後6カ月視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)DR0.54±0.30481±11510.2±1.530.51±0.33366±1639.00±2.09BRVO0.43±0.33348±1128.83±2.560.22±0.17243±90.57.55±1.48p値0.270.00280.0960.00260.0220.038t検定:DRとBRVOの比較.表3DRにおける視力改善の有無によるベバシズマブ注入術前後の視力(logMAR値),FT,TMVの比較(n=18)視力術前術後6カ月視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)改善あり(n=7)0.63±0.35430±1089.46±1.620.34±0.34293±92.67.92±1.02改善なし(n=11)0.48±0.27514±11210.6±1.350.61±0.29412±1849.69±2.35p値0.370.140.140.110.0880.044t検定:視力改善「あり」と「なし」の比較.表4BRVOにおける視力改善の有無によるベバシズマブ注入術前後の視力(logMAR値),FT,TMVの比較(n=14)視力術前術後6カ月視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)改善あり(n=6)0.72±0.21404±14010.5±3.020.38±0.13216±88.68.01±2.16改善なし(n=8)0.18±0.04307±67.87.54±1.090.10±0.05264±92.27.21±0.62p値0.000790.160.0590.00280.350.41t検定:視力改善「あり」と「なし」の比較.(111)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011111力改善なしでは7.54±1.09mm3で有意差はなかった(p=0.059)(表4).術後6カ月での視力(logMAR値)は視力改善ありでは0.38±0.13,視力改善なしでは0.10±0.05で視力改善ありは視力改善なしに比べ術後視力は有意に不良であった(p=0.0028).術後FTは視力改善ありでは216±88.6μm,視力改善なしでは264±92.2μmで有意差はなかった(p=0.35).術後TMVは視力改善ありでは8.01±2.16mm3,視力改善なしでは7.21±0.62mm3で有意差はなかった(p=0.41)(表4).III考按今回,過去に治療歴のあるものを含む,黄斑浮腫を伴うDRとBRVOに対し,経過観察期間中の最終的な治療がIVBであった症例について検討した.DRにおいてはIVB施行6カ月後の黄斑浮腫(FTとTMV)は有意に改善したことがわかった.しかし術後6カ月の視力は術前に比べ改善傾向は認めたが,有意差はなかった.DRにおいて術後視力改善ありと視力改善なしを比較すると,視力改善ありにおいてFTとTMVは有意に改善しており,浮腫が改善すれば視力が改善することが確認できた.一方,術前視力や術前の黄斑浮腫の程度は術後視力の改善に関与する因子ではなかった.BRVOにおける術後6カ月での視力改善の有無により比較すると,術後視力改善ありは視力改善なしと比較して,術前後の視力が有意に不良であった.DRとBRVOの比較から,今回の検討の対象においてBRVOはDRに比べて術前ではFTは有意に薄く,術後では視力は有意に良好でFTは薄く,TMVは小さい結果が得られた.このことからDRでは術前の黄斑浮腫は高度であり,DRではFT,TMVは術後に改善したがBRVOに比べると黄斑浮腫の残存の程度が大きいことがわかった.FTの術後減少率はDRでは23%,BRVOでは29%,TMVの術後減少率はDRでは12%,BRVOでは14%であり,BRVOにおいてのみ術後有意に視力が改善した結果との関連が考えられた.今回の検討では,視力改善の点ではDRよりもBRVOにおいてIVBの効果は高いという結果であった.BRVOでは黄斑浮腫発症にあたりVEGFとinterleukin-6(IL-6)が関与するといわれている8).一方,DRでは黄斑浮腫発症の病態にVEGF以外にIL-6,intercellularadhesionmolecule1(ICAM-1)などの因子が関連するといわれている9,10).さらに,monocytechemoattractantprotein-1(MCP-1),pigmentepithelium-derivedfactor(PEDF)がDRに伴う黄斑浮腫おける黄斑部の網膜厚に関連する11)との報告がある.DRにおける黄斑浮腫の再燃にあたって,硝子体内のVEGFよりも,IL-6やMCP-1の関連が強く,黄斑浮腫の病因となる可能性が指摘されている12).以上のように,BRVOに比べDRでは黄斑浮腫発症の機序に,炎症に関連する数多くのサイトカインが関与するといわれている.BRVOでは黄斑浮腫発症の主因としてVEGFがあげられる一方で,糖尿病網膜症では病理組織学的に網膜毛細血管における周皮細胞・内皮細胞の変性,基底膜の肥厚があり,特に周皮細胞の変化と血管透過性亢進との関連がいわれている13,14).これらのことは,VEGFのみを標的とした抗VEGF抗体(ベバシズマブ)硝子体注入の治療効果をみた今回の検討において,BRVOのほうがDRに比べ効果が高いという結果になったことの要因と考えられる.Shimuraらの検討でもDRに伴う黄斑浮腫の治療としてIVBに比べ,抗炎症作用を併せ持つ副腎皮質ステロイド薬(TA)硝子体注入のほうが有効であり,ベバシズマブの効果はTAと比較して弱く,短いとしている15).黄斑浮腫に対する治療として,硝子体手術は長期間にわたり黄斑浮腫改善を維持できるとの報告1,2)やTA硝子体注入に比べ,局所/grid光凝固のほうがDRの黄斑浮腫における視力の長期予後が良好であるとする報告がある3).DRやBRVOに伴う黄斑浮腫発症機転に関してはいまだ明らかでない点が多い.その治療にあたり,硝子体手術,IVB,TAのTenon.下注入または硝子体注入,網膜光凝固などの選択肢のなかから,治療の侵襲,副作用,期待できる効果の程度や持続期間を考慮し,かつ患者の社会的背景も踏まえ適切な治療選択をすることが求められる.今回,過去に治療歴のあるものを含む,黄斑浮腫を伴うDRとBRVOに対し,経過観察期間中の最終的な治療がIVBであった症例において,DRに比べてBRVOでは術後視力は有意に良好で,術後FTとTMVは有意に小さく,術後減少率も高かった.黄斑浮腫に対するIVB施行は,DRに比べBRVOにおいて効果が高い可能性が示唆された.文献1)武末佳子,山名時子,向野利寛ほか:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の術後成績.臨眼62:1457-1460,20082)八木文彦,佐藤幸裕,山地英孝ほか:網膜静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫に対する硝子体手術.眼臨100:608-611,20063)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Arandomizedtrialcomparingintravitrealtriamcinoloneacetonideandfocal/gridphotocoagulationfordiabeticmacularedema.Ophthalmology115:1447-1459,20084)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Aphase2randomizedclinicaltrialofintravitrealbevacizumabfordiabeticmacularedema.Ophthalmology114:1860-1867,20075)大野尚登,森山涼,菅原通孝ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するベバシズマブとトリアムシノロンアセトニドの治療効果.臨眼63:307-309,2009112あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(112)6)澤田浩作,池田俊英,大八木智仁ほか:網膜静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体内投与の効果.臨眼62:875-878,20087)原信哉,桜庭知己,片岡英樹ほか:網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫に対するベバシズマブの治療成績.眼臨紀1:796-801,20088)NomaH,FunatsuH,YamasakiMetal:Pathogenesisofmacularedemawithbranchretinalveinocclusionandintraocularlevelsofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6.AmJOphthalmol140:256-261,20059)NomaH,FunatsuH,MimuraTetal:Vitreouslevelsofinterleukin-6andvascularendothelialgrowthfactorarerelatedtodiabeticmacularedema.Ophthalmology110:1690-1696,200310)FunatsuH,YamashitaH,SakataKetal:Vitreouslevelsofvascularendothelialgrowthfactorandintercellularadhesionmolecule1arerelatedtodiabeticmacularedema.Ophthalmology112:806-816,200511)FunatsuH,NomaH,MiuraTetal:Associationofvitreousinflammatoryfactorswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology116:73-79,200912)RohMI,KimHS,SongJHetal:Effectofintravitrealbevacizumabinjectiononaqueoushumorcytokinelevelsinclinicallysignificantmacularedema.Ophthalmology116:80-85,200913)WuL,ArevaloJF,BerrocalMHetal:Comparisonoftwodosesofintravitrealbevacizumabasprimarytreatmentformacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusions:resultsofthePanAmericanCollaborativeRetinaStudyGroupat24months.Retina29:1396-1403,200914)高木均,本田孔士,吉村長久ほか:眼と加齢加齢と網膜血管障害.日眼会誌111:207-231,200715)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Comparativetherapyevaluationofintravitrealbevacizumabandtriamcinoloneacetonideonpersistentdiffusediabeticmacularedema.AmJOphthalmol154:856-861,2008***

多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(97)97《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):97.102,2011cはじめに糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントの一つが,内科と眼科の連携である.多摩地域では,1997年に内科医と眼科医が世話人となり糖尿病治療多摩懇話会を設立させ,内科と眼科の連携を強化するために両科の連携専用の「糖尿病診療情報提供書」を作成し地域での普及を図った1).〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998八王子市館町1163番地東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji,Tokyo193-0998,JAPAN多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移大野敦梶邦成臼井崇裕田口彩子松下隆哉植木彬夫東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科ChangesinQuestionnaireSurveyResultsamongTamaAreaOphthalmologistsRegardingtheOphthalmologicalNotebookofDiabeticsAtsushiOhno,KuniakiKaji,TakahiroUsui,SaikoTaguchi,TakayaMatsushitaandAkioUekiDepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity目的:2002年に発行された糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)に対する眼科医の意識調査を発行7年目に施行し,発行半年目と2年目の調査結果と比較した.方法:多摩地域の眼科医に対し,1)眼手帳の配布状況,2)眼手帳配布に対する抵抗感,3)「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度,4)受診の記録で記入しにくい項目,5)受診の記録に追加したい項目,6)眼手帳を配布したい範囲,7)文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか,8)眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか,9)内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会,10)眼手帳の広まりについて調査し,各結果を3群間で比較した.結果・結論:眼手帳の配布率はこの5年間で10%上昇し,配布に対する抵抗感は有意に減少し,眼手帳を配布したい範囲は広がる傾向を認め,他院発行の眼手帳を見る機会は有意に増えているが,眼手帳の広まりに対する評価は厳しかった.Purpose:TheOphthalmologicalNotebookofDiabeticswasfirstissuedin2002;sevenyearshavepassedsincethen.Inthisstudy,weexaminedophthalmologistsregardingtheirawarenessoftheNotebook,andcomparedtheresultstothoseofsimilarsurveysconductedsixmonthsandtwoyearsaftertheNotebook’sfirstissuance.Methods:ThesubjectswereophthalmologistsintheTamaarea.Thesurveyitemswere:1)currentstatusofNotebookdistribution,2)senseofresistancetoprovidingtheNotebook,3)clinicalappropriatenessofthedescriptionof“guidelinesforthoroughfunduscopicexamination”,4)fieldsintheNotebookthataredifficulttocomplete,5)itemsthatshouldbeaddedtotheclinicalfindingsfield,6)areainwhichtheNotebookshouldbedistributed,7)whetherornottheNotebookcostnotcoveredbymedicalinsuranceisanobstacletoitspromotion,8)whetherornottheNotebookshouldbeprovidedtopatientsbyophthalmologists,9)frequencyofseeingtheNotebookissuedbyotherhospitals(includingattendingphysicians),and10)promotionoftheNotebook.Wecomparedtheresultsamongthethreegroups.ResultsandConclusion:TherateofNotebookdistributionhasincreasedby10%overthepastfiveyears,andthelevelofresistancetoprovidingithasmarkedlydecreased.ThemajorityofophthalmologistscommentedthattheNotebookshouldbedistributedoverawiderarea,andthefrequencyoftheirseeingitissuedbyotherhospitalshasincreased.Ontheotherhand,theyviewedthepromotionoftheNotebookasbeinginsufficient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):97.102,2011〕Keywords:糖尿病眼手帳,アンケート調査,糖尿病網膜症,眼科・内科連携.OphthalmologicalNotebookofDiabetics,questionnairesurvey,diabeticretinopathy,cooperationbetweenophthalmologistandinternist.98あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(98)またこの活動をベースに,筆者は2001年の第7回日本糖尿病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携─放置中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経て糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)の発行に至っている3).眼手帳は,2002年6月に日本糖尿病眼学会より発行されてから7年が経過し,その利用状況についての報告が散見される4~7)が,多摩地域では,眼手帳に対する眼科医の意識調査を発行半年目,2年目,7年目に施行したので,本稿では発行7年目の結果を半年目8),2年目9)の結果と比較した.I対象および方法アンケートの対象は,多摩地域の病院・診療所に勤務している眼科医で,発行半年目96名〔男性56名,女性24名,不明16名,眼科経験年数19.0±11.6(M±SD)年〕,2年目71名(男性43名,女性28名,眼科経験年数20.3±12.9年),7年目68名(男性38名,女性22名,不明8名,眼科経験年数20.6±8.5年)である.なおアンケート調査は,眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者が面接方式で行ったため,回収率はほぼ100%であった.またアンケート用紙の冒頭に,「集計結果は,今後学会等で発表し機会があれば論文化したいと考えておりますので,御了承のほどお願い申し上げます.」との文章を記載し,集計結果の学会での発表ならびに論文化に対する了承を得た.回答者のプロフィールを表1に示すが,年齢は40歳代が最も多く,3群間に有意差を認めなかった(c2検定:p=0.27).勤務施設は診療所がいずれも70%台で,3群間に有意差を認めなかった(c2検定:p=0.64).定期受診中の糖尿病患者数は,半年目に比べて2年目,7年目の患者数が増加していたが,有意差は認めなかった(c2検定:p=0.13).以上の背景ももつ対象において,問1.眼手帳の利用状況についてお聞かせ下さい問2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことに抵抗がありますか問3.眼手帳の1ページの「精密眼底検査の目安」の記載があることは,臨床上適当とお考えですか問4.眼手帳の4ページ目からの受診の記録で,記入しにくい項目はどれですか問5.眼手帳の4ページ目からの受診の記録に追加したい項目はありますか問6.眼手帳を今後どのような糖尿病患者に渡したいですか問7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことは,手帳の普及の妨げになりますか問8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいとお考えですか問9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳を御覧になる機会がありますか問10.【半年目・2年目】眼手帳は広まると思いますか【7年目】眼手帳は広まっていると思いますか上記の問1~10に関するアンケート調査を行い,各問のアンケート結果の推移を検討した.3群間の回答結果の比較にはc2検定を用い,統計学的有意水準は5%とした.II結果1.眼手帳の利用状況(図1)発行半年目の調査時は質問項目として未採用のため,発行2年目と7年目で比較した.その結果,眼手帳の利用状況に有意差はなかったが,7年目の回答において,「積極的または時々配布している」を合わせると63.2%を認め,発行2年目より約10%増加していた.2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感(図1)眼手帳配布に対する抵抗感は,「全くない」がこの5年間表1回答者のプロフィール回答者年齢構成年齢半年目(96)2年目(71)7年目(68)20歳代3.1%(3)5.6%(4)1.5%(1)30歳代28.1%(27)21.1%(15)14.7%(10)40歳代33.3%(32)38.0%(27)38.2%(26)50歳代17.7%(17)16.9%(12)29.4%(20)60歳代11.5%(11)9.9%(7)11.8%(8)70歳代3.1%(3)8.5%(6)2.9%(2)未回答3.1%(3)1.5%(1)回答者勤務施設施設半年目(96)2年目(71)7年目(68)開業医75.0%(72)71.8%(51)76.5%(52)大学病院9.4%(9)9.9%(7)10.3%(7)総合病院7.3%(7)11.3%(8)5.9%(4)一般病院7.3%(7)5.6%(4)2.9%(2)その他2.9%(2)未回答1.0%(1)1.4%(1)1.5%(1)糖尿病患者数患者数半年目(96)2年目(71)7年目(68)10名未満8.3%(8)11.3%(8)8.8%(6)10~29名31.3%(30)16.9%(12)19.1%(13)30~49名19.8%(19)19.7%(14)23.5%(16)50~99名14.6%(14)14.1%(10)14.7%(10)100名以上10.4%(10)29.6%(21)23.5%(16)未回答15.6%(15)8.5%(6)10.3%(7)(99)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201199で14%増加し,「ほとんどない」と合わせて約9割に達し,3群間で有意差を認めた(c2検定:p<0.05).3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度(図1)目安があることおよび記載内容ともに適当との回答が3群とも80%前後を占め,目安の記載自体混乱の元で不必要との回答は4~10%台,目安はあったほうがよいが記載内容の修正は必要との回答は4~7%台にとどまり,3群間に有意差を認めなかった.7年目の回答者において,修正点として「目安としてはこう書くしかないと思うが,増殖前と増殖に関しては参考にならない」「コントロール状態と眼のステージで決めている」「黄斑症についての記載が必要だと思う」の記載があった.4.受診の記録の中で記入しにくい項目(図2)記入しにくい項目を選択した回答者の割合は,半年目47.9%,2年目42.3%,7年目51.5%で,3群間に有意差を認めなかった.7年目の回答者が選択した記入しにくい項目としては,福田分類,変化,白内障が10%を超えており,福田分類は増加傾向を認めた.一方,次回受診予定日,糖尿病網膜症,黄斑症は減少していた.問1.眼手帳の利用状況問2.眼手帳を糖尿病患者へ渡すことへの抵抗感問3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%□積極的に配布している■時々配布している■必要とは思うが配布していない■必要性を感じず配布していない■眼手帳を今回はじめて知った■その他の配布状況■未回答□全くない■ほとんどない■多少ある■かなりある■未回答□適当■不必要■修正が必要■未回答2年目7年目半年目2年目7年目半年目2年目7年目c2検定:p<0.05c2検定:p値0.86c2検定:p値0.55図1問1~3の回答結果問4.受診の記録の中で記入しにくい項目■特にない■ある■未回答■半年目■2年目■7年目0%0%5%10%15%20%25%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目問5.受診の記録の中で追加したい項目の有無c2検定:p値0.46(未回答を除く)糖尿病黄斑症福田分類変化糖尿病網膜症白内障眼圧矯正視力次回受信予定日図2問4,5の回答結果100あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(100)5.受診の記録の中で追加したい項目の有無(図2)追加したい項目は「特にない」が3群とも大多数を占め,「ある」は半年目7.3%,2年目9.9%,7年目14.7%にとどまり,3群間に有意差を認めなかった.追加したい項目があると回答した者において,具体的にはHb(ヘモグロビン)A1Cを記載したものが最も多かった.6.眼手帳を渡したい範囲(図3)発行7年目において眼手帳を渡したい範囲は,すべての糖尿病患者との回答が半年目より18.5%,2年目より5%増加傾向,一方,網膜症の出現してきた患者との回答は,半年目の6割台が2年目と7年目では4割台に減少傾向を認めた.7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか(図3)全くならないが半年目28.1%,2年目21.1%,7年目33.8%,あまりならないが38.5%,43.7%,33.8%,多少なるが19.8%,22.5%,23.5%,かなりなるが5.2%,8.5%,8.8%で,3群間に有意差は認めなかった.8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか(図3)眼科医が渡すべきであるが半年目40.6%,2年目36.6%,問6.眼手帳を渡したい範囲問7.文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか問8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか0%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目■全ての糖尿病患者■網膜症が出現してきた患者■正直あまり渡したくない■その他■未回答■全くならない■あまりならない■多少なる■かなりなる■未回答■眼科医が渡すべき■内科医でも良い■どちらでも良い■未回答c2検定:p<0.10%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目c2検定:p値0.260%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目c2検定:p値0.51図3問6~8の回答結果問9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会問10.眼手帳の広まり■かなりある■多少ある■ほとんどない■全くない■未回答■【半年・2年目】かなり広まると思う【7年目】かなり広まっていると思う■【半年・2年目】なかなか広まらないと思う【7年目】あまり広まっていないと思う■どちらともいえない■未回答c2検定:p<0.052年目7年目c2検定:p<0.0050%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%2年目半年目7年目図4問9,10の回答結果(101)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20111017年目36.8%,内科医が渡してもかまわないが30.2%,28.2%,23.5%,どちらでも良いが26.0%,32.4%,39.7%で,3群間に有意差は認めなかった.9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会(図4)半年目は質問項目として未採用のため,2年目と7年目で比較した.その結果,他院で発行された眼手帳をみる機会は,かなりあると多少あるが増加し,ほとんどないと全くないが減少して,2年目より7年目においてみる機会が有意に増えていた(c2検定:p<0.05).10.眼手帳の広まり(図4)この設問において,半年目と2年目は眼手帳の広まりに対する予想を,一方,7年目は現在の広まりに対する評価を質問した.その結果,眼手帳はかなり広まる・広まっているとの回答は20%台で推移しているが,あまり広まらない・広まっていないが倍増し,一方,どちらともいえないが減少して,3群間に有意差を認めた(c2検定:p<0.005).III考按1.眼手帳の利用状況眼手帳の存在自体を今回はじめて知ったとの回答は2年目4.2%,7年目4.4%にとどまり,眼手帳の認知度は約95%であった.船津らにより行われた全国9地域,10道県の眼科医を対象にした,発行1年目の調査5)における認知度は88.6%,6年目の調査7)では95.3%であり,ほぼ同等の結果と思われる.一方,眼手帳の活用度は,積極的と時々配布を合わせて63.2%で,2年目より10%増加していたが,先の発行1年目5)と6年目7)の調査における活用度60.5%,71.6%と比べると,かなり低かった.診療が忙しくてほとんど配布していないとの回答が15~20%,あまり必要性を感じないので配布していないとの回答が10%前後認めており,今後活用度を上げるには「記入すべき項目数の限定」「コメディカルによる記入の協力」など,より利用しやすい方法を考える必要がある.2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感配布に対する抵抗感は,「全くない」がこの5年間で14%増加し,ほとんどないと合わせて約9割に達しており,時間的余裕と配布の必要性が確保されれば,配布率の上昇が期待できる結果であった.3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度「精密眼底検査の目安」の記載が臨床上適当であるとの回答は,3群とも8割前後の高い回答率であったが,一方,目安の記載自体混乱の元で不必要との回答も4~10%台認めた.この結果は,糖尿病の罹病期間や血糖コントロール状況を加味せずに,検査間隔を決めるむずかしさを示唆しており,受診時期は主治医に従うように十分説明してから手帳を渡すことの必要性を改めて示している.4.受診の記録の中で記入しにくい項目7年目の回答において,福田分類,変化,白内障が10%を超えており,特に福田分類は増加傾向を示した.眼手帳とほぼ同じ項目で作成された「内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書」の改良点に関する調査においても,削除希望項目として福田分類の希望が多かった1).また筆者が,非常勤医師として診療に携わっている病院における眼手帳の記入状況において,福田分類は最も記載率が低かった10).福田分類は,内科医にとっては網膜症の活動性をある程度知ることのできる分類であるためぜひ記入していただきたい項目であるが,その記入のためには蛍光眼底検査が必要な症例も少なくなく,眼科医にとっては埋めにくい項目と思われる1).一方,次回受診予定日は,記入しにくいと回答する者が減少していたが,眼科受診放置を防ぐためには,まず次回の受診時期を患者本人および内科主治医に知らせることが重要であり,今回の結果は望ましい方向に進んでいることを示している.5.受診の記録の中で追加したい項目の有無追加したい項目は特にないとの回答が約80~90%であったが,追加希望の項目としてはHbA1Cが多かった.HbA1Cが併記されれば,血糖コントロール状況と網膜症や黄斑症の推移との関連がみやすくなる,眼底検査の間隔が決めやすくなるなどのメリットが考えられ,今後の導入が期待される.6.眼手帳を渡したい範囲すべての糖尿病患者との回答は,半年目で27.1%にとどまり,船津らの発行1年目の調査5)での24.8%との回答結果に近似していた.しかし2年目40.8%,7年目45.6%と増加傾向を示し,6年目の調査7)での31.8%を上回っていた.一方,網膜症の出現してきた患者との回答は,半年目の60%が2年目と7年目は40%強に減少傾向を認めたが,6年目の調査7)での39.6%と近似した結果を示した.眼手帳は,糖尿病患者全員の眼合併症に対する理解を向上させる目的で作成されているため,今後すべての糖尿病患者に手渡されることが望まれる5).7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか普及の妨げに全く・あまりならないとの回答が計67.6%で,有意差は認めなかったが前者の比率がやや増えていた.従来連携に用いてきた情報提供書は,医師側には文書料が保険請求できるメリットがあるものの,患者側からみると記載内容を直接見ることができないデメリットもある.今回の結果は,「患者さんに糖尿病眼合併症の状態や治療内容を正しく理解してもらう」という眼手帳の目的を考えると,望まし102あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(102)い方向性を示している.8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか眼科医が渡すべきは比較的横ばいであったのに対し,有意差は認めなかったものの,内科医から渡してもかまわないが減少し,一方,どちらでも良いは増加していた.先に触れたように,精密眼底検査の受診間隔や眼手帳を渡す範囲などには眼科医によって差異があり,その点からも内科医からの配布には慎重な姿勢がみられたと思われる.9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会かなりあると多少あるが増加し,ほとんどないと全くないが減少していたが,眼手帳配布の協賛企業から日本糖尿病眼学会事務局への報告資料によると,東京都における眼手帳の医療機関への配布部数は2003年末で43,833部,2008年末で137,232部,眼手帳の申し込み件数は2003年末で656件,2008年末で2,099件と増加しており,この結果を支持していた.10.眼手帳の広まり眼手帳はあまり広まらない・広まっていないが倍増し,どちらともいえないが著減しており,前項の眼手帳をみる機会の増加と矛盾する結果であった.眼手帳の医療機関への配布部数ならびに眼手帳の申し込み件数は,先に示したように2003年末に比べて2008年末はそれぞれ3.1倍,3.2倍の増加を示しているが,同じく日本糖尿病眼学会事務局資料で東京都の眼科施設における配布率の推移をみると,病院の配布率が2003年末38%,2008年末62%で1.6倍,開業医の配布率が2003年末22%,2008年末30%で1.4倍の増加にとどまっている.すなわち,すでに利用している医療機関での各配布数の伸びが全体の配布部数の増加を支えており,利用施設数はパラレルに増加していないことになり,これが今回の眼手帳の広まりに対する実感につながっている可能性が考えられる.以上のアンケート結果の推移により,眼手帳の配布率はこの5年間で10%上昇し,配布に対する抵抗感は有意に減少し,眼手帳を配布したい範囲は広がる傾向を認め,他院発行の眼手帳をみる機会は有意に増えているが,眼手帳の広まりに対する評価は厳しかった.今後は,さらに多くの医療機関で眼手帳を利用してもらうために,眼手帳の目的を理解してもらうための啓蒙活動ならびに眼手帳のより利用しやすい方法の提案が必要と思われる.謝辞:アンケート調査にご協力頂きました多摩地域の眼科医師の方々に厚く御礼申し上げます.文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,20045)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティス23:301-305,20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳の5年間推移.日眼会誌114:96-104,20108)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の利用状況と意識調査.日本糖尿病眼学会誌9:140,20049)大野敦,粂川真理,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における発行2年目の糖尿病眼手帳に対する意識調査.日本糖尿病眼学会誌11:76,200610)大野敦,林泰博,川邉祐子ほか:当院における糖尿病眼手帳の記入状況.川崎医師会医会誌22:48-53,2005***

糖尿病網膜症術後に硝子体出血が遷延化した症例のVascular Endothelial Growth Factor濃度

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1260あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(00)260(122)0910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):260262,2009cはじめに増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に硝子体出血が遷延化する症例がある.活動性の高い症例や若年者などに多い印象を受けるが,その遷延化の原因として術後に新生血管が維持されている可能性も否定できない.新生血管の維持には血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が必要である1).VEGFはIL(インターロイキン)-1,TNF(腫瘍壊死因子)-aなどの炎症性サイトカインで誘導されることが知られており2,3),手術侵襲や術中の光凝固が炎症を惹起し,活動性の高い症例では術後VEGFが上昇し,新生血管が維持され術後の硝子体出血を遷延化させている可能性がある.しかし,硝子体術後に硝子体液のVEGF濃度を検討した報告は少なくその詳細は不明である.今回,糖尿病網膜症術後に硝子体出血の遷延化がみられた症例の初回手術時と再手術時に硝子体液を採取し,そのVEGF濃度を検討したので報告する.〔別刷請求先〕小林貴樹:〒020-8505盛岡市内丸19-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakakiKobayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,19-1Uchimaru,Morioka020-8505,JAPAN糖尿病網膜症術後に硝子体出血が遷延化した症例のVascularEndothelialGrowthFactor濃度小林貴樹早坂朗石部禎黒坂大次郎岩手医科大学医学部眼科学講座VascularEndothelialGrowthFactorLevelofVitreousHumorinPersistentVitreousHemorrhageafterVitrectomyinProliferativeDiabeticRetinopathyTakakiKobayashi,AkiraHayasaka,TadashiIshibeandDaijiroKurosakaDepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後にみられる硝子体出血の遷延化に血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が関与しているかどうかを検討した.方法:増殖糖尿病網膜症に対し硝子体手術を施行し,初回手術後に硝子体出血が遷延化した症例のうち,VEGF濃度の測定が可能であった5例5眼を対象とした.初回手術後,316週に再手術を行い,各手術時に硝子体液を採取し,VEGF濃度をenzyme-linkedimmunosor-bentassay(ELISA)法で測定した.結果:VEGF濃度は初回手術時1,510±1,518.1pg/ml,再手術時62.6±86.5pg/mlであり,再手術時のVEGF濃度は低下していた.結論:今回の症例では硝子体液中のVEGF濃度は術後316週の時点で著しく低下しており,硝子体出血の遷延化にVEGF濃度は影響していない可能性がある.Todeterminewhethervitreoushumorvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)levelisrelatedtopersistentvitreoushemorrhageaftervitrectomyforproliferativediabeticretinopathy,weevaluated5eyesof5patientswhounderwentvitrectomyforproliferativediabeticretinopathyandhadpersistentvitreoushemorrhageafterthepri-maryoperation.Thepatientsunderwentreoperationat3-16weeksaftertheprimaryoperation.Weobtainedvit-reoushumorateachoperationandmeasuredVEGFlevelbyusingtheenzyme-linkedimmunosorbentassaymeth-od.VEGFlevelwas1,510±1,518.1pg/mlattheprimaryoperationandhaddecreasedto62.6±86.5pg/mlatreoperation.TheVEGFlevelinthevitreoushumorofthesecasesdecreasedremarkablyat3-16weeksaftertheprimaryoperation.ThereisapossibilitythatVEGFleveldoesnotinuencetheprotractionofpostoperativevitre-oushemorrhage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):260262,2009〕Keywords:糖尿病網膜症,血管内皮増殖因子,術後硝子体出血,硝子体.diabeticretinopathy,vascularendothelialgrowthfactor,postoperativevitreoushemorrhage,vitreous.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009261(123)I対象および方法1.対象2004年10月2007年3月の間に岩手医科大学眼科で硝子体手術を施行し,術後に硝子体出血が2週間以上遷延化した糖尿病網膜症症例のうち,初回手術時と再手術時の硝子体液のVEGF濃度を測定しえた5例5眼を対象とした.内訳は男性3例3眼,女性2例2眼,年齢2864歳(平均46.4±14.2歳)であった.増殖糖尿病網膜症5例5眼,うち1例1眼で血管新生緑内障を伴っていた.初回手術の216週に再手術を行った.当科では硝子体術後に硝子体手術の遷延化がみられた場合,初回手術の23週後に再手術を行っているが,症例4ではしばらく再手術の希望がなかったために16週後に施行することになった.出血傾向,抗凝固薬の投与が行われている症例はなかった.2.方法VEGF濃度の測定はQuantikineRhumanVEGFimmuno-assayキット(R&DSystems社,MN,USA)を用いて,enzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)法で行った.すなわち,抗VEGFモノクローナル抗体が固相化されたプレートの各ウェルに検体および標準液を注入し,室温で2時間抗原抗体反応を行った.結合しなかった抗原を十分に洗浄した後,ペルオキシダーゼ標識抗VEGFポリクローナル抗体を加え室温で2時間反応させた.過剰な抗体を十分洗浄して除去した後,酵素反応基質液で発色させ,各ウェルの吸光度を測定した.標準液の測定値から検量線を作成し,各検体のVEGF濃度を算出した.硝子体の採取については,全症例でインフォームド・コンセントを得て行った.方法は,初回手術の場合は硝子体手術を行う際,毛様体扁平部に3ポートを作製した後,眼内灌流を行う前にポリプロピレンチューブを装着した硝子体カッターを眼内に挿入し,硝子体をチューブ内に吸引し,そこから0.20.6ml採取した.再手術の場合は,手術の際にツベルクリンシリンジ付き30ゲージ針を毛様体扁平部に刺入し硝子体液を0.10.2ml採取した.検体は速やかに冷凍し,測定まで80℃で凍結保存した.3.統計解析初回手術時と再手術時の硝子体液中VEGF濃度の統計解析にはMann-Whitney’sUtestを用いた.II結果各検体のVEGF濃度の結果を表1に示した.初回手術時の硝子体中VEGF濃度は64.33,080pg/ml(1,510±1,518.1pg/ml)であった.再手術時に採取された硝子体液のVEGF濃度は15.6134pg/ml(62.6±86.5pg/ml)で,初回手術時に対する再手術時のVEGF濃度の割合は7.825.5%であった.全例で初回手術時よりVEGF濃度は有意に低下していた(p<0.05).III考按糖尿病網膜症の硝子体手術後に硝子体出血が遷延化する症例では,手術時の網膜光凝固による網膜のablationが不十分でVEGF分泌が維持され,新生血管が消退していない可能性があるのみならず,手術侵襲により炎症が惹起され一過性にVEGF発現が増加し増殖性変化が高まっている可能性も否定できない2,3).Itakuraら4)はそれを裏付けるように術後536日の長期にわたり硝子体中にVEGFが高いレベルで遷延化して保たれていることを報告している.筆者らは術後再出血を起こす症例では,再増殖や前部硝子体線維血管増殖(anteriorhyaloidalbrovascularproliferation:AHFVP)に移行する例があり,そのような例では術中の徹底した網膜光凝固により網膜のablationを行っても術後VEGF濃度が上昇していることを報告した(第59回日本臨床眼科学会,2005).また,遷延化が長引けばVEGFが依然上昇しており,増殖性変化が進行するのではないかといった危惧も出てくると思われる.そこで今回,術後硝子体出血が遷延化した症例のVEGF濃度を調査し,初回手術時とどのように違っているかを検討した.しかしながら今回の症例では硝子体液中のVEGF濃度は術後216週の時点で著しく低下しており,そのレベルは初回手術時の4.324.5%になっていることが明らかとなっ表1各症例の概要と硝子体液のvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)濃度症例年齢・性疾患再手術までの期間初回手術時のVEGF(pg/ml)再手術時のVEGF(pg/ml)初回手術時のVEGF濃度に対する再手術時のVEGF濃度の割合(%)128歳・男性PDR2週1,87045924.5264歳・女性PDR3週64.315.624.3346歳・女性PDR2週1,4101107.8438歳・男性PDR2週38152.213.7556歳・男性NVG+PDR16週3,0801344.4PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障.———————————————————————-Page3262あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(124)た.このことから初回手術により再手術時にはVEGF分泌が大幅に抑制されていたことがわかり,硝子体出血の遷延化にVEGF濃度は大きく影響していないことが考えられる.今回の症例でVEGF濃度が低下したにもかかわらず硝子体出血が遷延化した原因については,消退途中の新生血管からや術中の網膜裂孔から術後も出血が持続した可能性が考えられる.今回検討した症例のなかにも術中裂孔が生じたものが2例存在した.出血傾向のある症例や抗凝固剤を服用している症例はなかったが,何らかの原因で止血しにくい状態にあったものと思われる.また,新生血管の維持にはVEGFの供給が必要である1)が,網膜光凝固によってVEGF供給が減少しても新生血管の消退までにタイムラグがあり,出血が遷延化している可能性もある.VEGF濃度は個々の症例によってバリエーションがあり,正常値を規定するのは困難であると思われる.たとえば,症例2では64.2pg/mlで増殖性変化をきたしていたのに対し,症例5では3,080pg/mlであった.VEGFは糖尿病網膜症を悪化させる主要因であるが,レセプターなどの感受性の問題や抑制因子の問題5,6),他の増殖因子の介入7,8)などでどの値までVEGFレベルを下げればよいのかは症例ごとに変化してくるものと考えられる.今回は糖尿病網膜症の主要因であるとされているVEGFのみを検討したが,その他の因子により新生血管が維持されている可能性は否定できず,今後の検討が必要である.今回対象になった症例はすべて初回手術時に網膜最周辺部まで徹底した光凝固を施行した.Itakuraらは術後長期にわたり硝子体中にVEGFが高いレベルで保たれていると報告しているが,そのなかで網膜光凝固をどの程度どの範囲まで施行したかについては触れられておらず4),光凝固による網膜ablationの程度の違いが今回の結果との違いになったことが考えられる.今回の結果より,硝子体出血が遷延化した症例の再手術を行う場合は,初回手術で最周辺部までの徹底した光凝固を施行したのであれば,明らかに不足している箇所への追加にとどめ,さらなる鎮静化目的の積極的な凝固斑の間隙への追加は必要ないものと考えられる.光凝固の追加でVEGFの分泌を減少させることには症例によっては限界があると思われ,過剰な凝固は視機能の低下を招くおそれも考えられる.また,超音波エコーなどで網膜離や再増殖が確認されない症例では再手術をせず,しばらく経過をみるのも選択肢の一つであると思われる.今回の症例でも,先に測定しえた症例2,3,5で再手術時にVEGF濃度が上昇していないことがわかっていたので,症例1,4では再手術時に明らかに少ない箇所に光凝固をわずかに追加するにとどめた.しかし,再出血や網膜症の再燃はみられず良好な経過をたどっている.今回の症例は術後遷延化した硝子体出血の症例であった.手術で硝子体出血が消退し,しばらく沈静化していたものに再出血を起こした場合は,今回とは異なりVEGFが上昇している可能性もあると考えられる.これについては今後の検討が必要であるが,AHFVPや強膜創血管新生など重篤な変化に移行している場合もあり注意が必要であると思われる.文献1)TolentinoMJ,MillerJW,GragoudasESetal:Vascularendothelialgrowthfactorissucienttoproduceirisneo-vascularizationandneovascularglaucomainanonhumanprimate.ArchOphthalmol114:964-970,19962)KvantaA:Expressionandregulationofvascularendo-thelialgrowthfactorinchoroidalbroblasts.CurrEyeRes14:1015-1020,19953)YoshidaS,OnoM,ShonoTetal:Involvementofinter-leukin-8,vascularendothelialgrowthfactor,andbasicbroblastgrowthfactorintumornecrosisfactoralpha-dependentangiogenesis.MolCellBiol17:4015-4023,19974)ItakuraS,KishiN,KotajimaMetal:Persistentsecretionofvascularendothelialgrowthfactorintothevitreouscavityinproliferativediabeticretinopathyaftervitrecto-my.Ophthalmology111:1880-1884,20045)SprangerJ,OsterhoM,ReimannMetal:Lossoftheantiangiogenicpigmentepithelium-derivedfactorinpatientswithangiogeniceyedisease.Diabetes50:2641-2645,20016)OgataN,NishikawaM,NishimuraTetal:Unbalancedvitreouslevelsofpigmentepithelium-derivedfactorandvascularendothelialgrowthfactorindiabeticretinopathy.AmJOphthalmol134:348-353,20027)FunatsuH,YamashitaH,NakanishiYetal:AngiotensinIIandvascularendothelialgrowthfactorinthevitreousuidofpatientswithproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthalmol86:311-315,20028)RuberteJ,AyusoE,NavarroMetal:IncreasedocularlevelsofIGF-1intransgenicmiceleadtodiabetes-likeeyedisease.JClinInvest113:1149-1157,2004***

糖尿病網膜症の治療段階と就業

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(117)2550910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):255259,2009cはじめに糖尿病網膜症(以下,網膜症)は,進行すると急速かつ高度な視力低下をきたし,個人の社会活動および勤労に多大な影響を及ぼす疾患であり,わが国における中途失明原因の第2位であると報告されている1).通常,網膜症発症前(nondiabeticretinopathy:NDR)や単純糖尿病網膜症(simplediabeticretinopathy:SDR)では経過観察,前増殖糖尿病網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:prePDR)および増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)では網膜光凝固,増殖糖尿病網膜症のうち硝子体出血や増殖膜形成による牽引性網膜離,続発性の血管新生緑内障発症例などでは硝子体手術が選択される2).近年,単純糖尿病網膜症や前増殖糖尿病網膜症であっても,高度の視力低下をきたす黄斑浮腫を生じた場合には硝子体手術が有効であると報告され3,4),硝子体手術の適応が拡大されてきている5).慢性疾患全般に共通することではある〔別刷請求先〕佐藤茂:〒591-8025堺市北区長曽根町1179-3大阪労災病院勤労者感覚器障害研究センターReprintrequests:ShigeruSato,M.D.,Ph.D.,ClinicalResearchCenterforOccupationalSensoryOrganDisability,OsakaRosaiHospital,1179-3Nagasone-cho,Kita-ku,Sakai,Osaka591-8025,JAPAN糖尿病網膜症の治療段階と就業佐藤茂恵美和幸上野千佳子澤田憲治澤田浩作大浦嘉仁大八木智仁森田真一坂東肇大喜多隆秀池田俊英大阪労災病院勤労者感覚器障害研究センターRelationbetweenMedicationalStageandOccupationinDiabeticRetinopathyShigeruSato,KazuyukiEmi,ChikakoUeno,KenjiSawada,KosakuSawada,YoshihitoOura,TmohitoOyagi,ShinichiMorita,HajimeBando,TakahideOkitaandToshihideIkedaClinicalResearchCenterforOccupationalSensoryOrganDisability,OsakaRosaiHospital糖尿病網膜症に対する各治療段階における視力,糖尿病コントロール状況,就業状況の変化を調査し,就業者の糖尿病網膜症に対する治療状況と治療の就業へ及ぼす影響を検討した.対象を調査開始時の治療状況で,経過観察群,網膜光凝固群,硝子体手術群の3群に分け各群間で比較した.1年後の視力は,経過観察群および網膜光凝固群では維持されており,硝子体手術群では有意に視力改善が得られていた.糖尿病コントロール状況は,すべての群で有意に改善が得られていた.また治療段階が進むにつれて,平均通院・在院日数は有意に増加していた.調査開始より1年間に眼の病気を理由に退職した例は,硝子体手術群のみにみられた.就業者における糖尿病網膜症の加療,特に硝子体手術を要する症例では,視機能の改善のみではなく,入院期間の短縮など経済的,社会的負担の軽減も考慮する必要があると考えられた.Toevaluatetheconditionsofworkerswithdiabeticretinopathyandtheeectoftheirmedicaltreatmentsonthecontinuityoftheirwork,weinvestigatedchangeinvisualacuity,diabeticretinopathycondition,diabeticcondi-tionandstatusofoccupation.Thesubjectswereclassiedintothreegroupsbystageofmedicaltreatment,i.e.,observation,retinalphotocoagulationandvitrectomy.Meanvisualacuitywasmaintainedintheobservationandretinalphotocoagulationgroups,andwassignicantlyimprovedinthevitrectomygroup.Diabeticconditionwassignicantlyimprovedinallgroups.Duringthetermoftheinvestigation,all4patientswhoresignedfromworkforeyediseasehadundergonevitrectomy.Whentreatingworkerswithdiabeticretinopathy,especiallythosewhoneedvitrectomy,itisimportantnotonlytoimprovetheirvisualacuity,butalsotoeasetheireconomicandsocialburden.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):255259,2009〕Keywords:糖尿病網膜症,網膜光凝固術,硝子体手術,就業.diabeticretinopathy,retinalphotocoagulation,vitrectomy,work.———————————————————————-Page2256あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(118)が,就業している網膜症患者では治療に時間を割くと失職してしまうリスクがあり,逆に治療に時間を割かなければ高度の視力低下をきたし失職するリスクがある.この就業と治療のジレンマの実態を調査することは,網膜症による失職のリスク軽減へ向けて有用であると考えられる.本研究では,就業している網膜症患者に限定し,各治療段階における視力,糖尿病コントロール状況,就業状況とその変化について調査した.調査開始から1年以内に眼の病気を理由として退職した個々の症例についての検討も行った.I対象および方法平成17年1月から平成19年10月の間に大阪労災病院眼科(以下,当科)を受診し,当科にて治療をうけた網膜症患者のうち,独立行政法人労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業」への研究参加の同意を得たのは508例である.これらの症例に対しては,本研究の内容や倫理規定に関する説明と,本研究への参加あるいは不参加が治療の方針に変化をもたらさないことの説明を担当医から十分に行い,理解と同意を得たのち,参加同意書にサインを記入していただいた.全508例のうち,調査開始時に就業しており,かつ1年後のアンケート調査が施行できた167例(男性130例,女性37例)を抽出し,今回の検討対象とした.対象を調査開始時の網膜症の状態により,経過観察群,網膜光凝固群,硝子体手術群の3群に分けた.経過観察群は調査開始時において,網膜光凝固術,硝子体手術などの治療を受けていない者(55例),網膜光凝固群は調査開始時に光凝固を開始した者(38例),硝子体手術群は調査開始時に硝子体手術を受けた者(74例)であった.各群に対して視力,糖尿病コントロール状況,就業状況を調査した.各群とも視力や病期など眼に関連するデータは,基本的に右眼のデータを採用した.ただし,網膜光凝固群や硝子体手術群で左眼のみ加療された症例に関しては,左眼のデータを採用した.視力測定は少数視力表を用いて行い,その結果をlogMAR値へ換算して統計処理した.糖尿病コントロール状況は,アンケートに加え,かかりつけ内科医への照会によって血液検査結果などの情報提供を受けた.就業状況は,アンケートにて調査した.アンケートは,診察および検査など医療行為に関わらない専属の調査員が行った.それぞれ,調査開始後1年の時点で再調査を行い,それらの変化についても検討した.就業に関しては,調査開始から1年以内に退職した例に対しては退職理由を調査した.本研究は,大阪労災病院における倫理委員会による承認を受けて行われた.II結果1.各群の内訳および背景各群の対象症例数は,経過観察群55例,網膜光凝固群38例,硝子体手術群74例であった.対象の年齢分布は,各群ともに5665歳の間にピークを認めた(図1).各群のDavis分類による病期の内訳を表1に示す.SDRやprePDRであっても,黄斑浮腫による視力低下をきたした症例には硝子体手術を施行した.硝子体手術は有水晶体眼(70例)に対しては全例超音波白内障手術を同時に施行した.各群の背景を表2に示す.調査開始時において各群間で明らかな有意差はな2520151050(例)年齢(歳)26303135364041454650515556606165667071757680:経過観察群(55例):網膜光凝固群(38例):硝子体手術群(74例)図1対象症例数の内訳および各群の年齢分布各群ともに5665歳にピークを認めた.表1各群の病期の内訳(例数)経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群NDR3000SDR1631prePDR92412PDR01161計553874NDR:nondiabeticretinopathy,SDR:simplediabeticretinopathy,prePDR:preproliferativediabeticretinopathy,PDR:proliferativediabeticretinopathy.表2各群の調査開始時の背景経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群症例数55例38例74例性別(男/女)47/832/651/23年齢(歳)ns58.9±10.254.1±10.656.9±8.6糖尿病罹病期間(年)ns10.0±7.812.0±9.012.3±8.1空腹時血糖(mg/dl)ns187.9±93.6196.8±97.5178.4±72.8HbA1C(%)ns8.5±2.18.2±1.58.0±1.6BUN(mg/dl)ns15.3±5.716.0±6.118.0±8.7Crea(mg/dl)ns0.8±0.30.9±0.41.1±1.7高血圧(+)38%39%47%(平均±SD)(ns;Kruskal-Wallistest,有意差なし)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009257(119)かったが,治療段階が進むにつれて腎機能の悪化,高血圧の合併頻度の上昇傾向が認められた(表2).2.糖尿病および糖尿病網膜症のコントロール状況調査開始時より1年以上前から継続して通院している症例を通院歴ありとした場合における各群の眼科通院歴,内科通院歴を示す(図2a).経過観察群では55例中27例,網膜光凝固群では38例中29例,硝子体手術群では74例中43例が眼科定期通院していなかった.また各群ともに内科には定期通院していても,眼科には定期通院していない症例が2430%存在していた.調査開始1年後では,各群ともに有意にヘモグロビン(Hb)A1C値が低下していた(Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05;図2b)が,各群ともに腎機能は低下傾向にあり,網膜光凝固群と硝子体手術群では高血圧の合併者が増加傾向にあった(データ未掲載).3.視力の変化調査開始時と1年後の群別平均視力を示す(図3).病期が進むに従い,調査開始時,1年後ともに平均視力は低下していた(Kruskal-Wallistest,p<0.05).経過観察群と網膜光凝固群では1年後の平均視力に有意な変化はなかったが,硝子体手術群では平均視力が有意に改善していた(Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).4.眼科通院日数と就業状況の変化1年間の眼科通院・入院日数を図4に示す.治療段階が進むにつれて有意に通院・入院日数が増加していた(Mann-Whitney’sUtest;p<0.05).調査開始から1年間に退職した症例数を表3に示す.眼の病気を理由に退職したものは硝子体手術群のみ(4例)であった.この4例の詳細を表4に示す.職種はトラック運転手2名,事務員2名であった.視力低下によって退職に至った具体的な理由として,症例2で(%)100806040200a(%)98.587.576.565.5b経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群経過観察群(55例)網膜光凝固群(38例)硝子体手術群(74例):眼科通院歴あり:内科通院歴あり:調査開始時:1年後HbA1C***図2糖尿病コントロール状況a:調査開始時より1年以上前から定期通院をしている場合を通院歴ありとした場合の内科,眼科通院歴.各群ともに眼科通院歴のある例がほぼ半数以下である.また内科通院歴があっても眼科通院していない症例が相当数存在する.b:HbA1C値の変化.各群ともに有意にHbA1C値が改善していた(*:Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).1.21.00.80.60.40.20経過観察群(55例)網膜光凝固群(38例)硝子体手術群(74例):調査開始時:1年後少数視力*****図3各群の視力変化硝子体手術群のみ1年後の視力が有意に改善していた(*:Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).また治療段階が進むにつれて調査開始時,1年後ともに視力が低下していた(**:Kruskal-Wallistest,p<0.05).統計処理は少数視力をlogMAR値に換算して行った.グラフはlogMAR値を再度少数視力に変換して表示している.2520151050経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群:入院:外通院・入院日数(日)***図4各群の通院および入院日数治療段階が進むにつれて,有意に通院および入院日数が長くなっている(*:Mann-Whitney’sUtest,p<0.05).表3調査開始より1年以内に退職した症例の退職理由退職理由眼の病気眼以外の病気病気以外経過観察群(n=55)012網膜光凝固群(n=38)001硝子体手術群(n=74)401———————————————————————-Page4258あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(120)は硝子体手術を受けることが決まった直後に解雇されたとのことである.症例3はコンピュータをおもに使用する仕事をされていたが,画面が見にくく作業ができなくなったとのことであり,症例4では,数字の3,6,8,9がすべて同じに見えて事務作業ができなくなったことを退職の理由としていた.1年間の通院および入院日数は4例ともに網膜光凝固群の平均通院日数を上回っていた.III考按視覚障害が顕著になると仕事の継続は容易ではなく,一度離職すると視覚障害者の再就職はむずかしい6).視覚障害の原因疾患を糖尿病とその他の疾患に分けて就業率を検討した過去の報告では,就業者の割合は糖尿病以外の疾患による視覚障害者が34.0%に対して糖尿病による視覚障害者は16.7%であり,糖尿病網膜症患者の就業率が低かった.視覚障害が原因で仕事を辞めた人は,糖尿病以外の疾患の人は33.0%に対して糖尿病の人は50.0%であった6).このように,視覚障害者の就労,特に糖尿病による視覚障害者の就労は厳しい状況にある.今回,就業している糖尿病網膜症患者における各治療段階での現状を調べ,それぞれの治療が就業の継続につながっているかを検討した.対象の年齢分布は調査開始時において各群ともに5665歳にピークがあり,いわゆる就労年齢の後期以降の症例が多かった.この年齢層においては,糖尿病網膜症がわが国における中途失明原因の第1位であると報告されている1).内科および眼科通院歴をみると,網膜光凝固群や硝子体手術群でも眼科通院歴のあるものは半数以下であった.網膜光凝固群は,軽度視力低下などの自覚症状が出現しはじめる時期にあたる(図3).硝子体手術を要する症例ではかなり視力が下がっている(図3).このことから就業者では,自覚症状が現れてはじめて眼科受診している症例,さらには自覚症状が出ても放置している症例が多く存在することが示唆される.内科通院歴と眼科通院歴の関係をみると,内科は定期通院しているが,眼科は定期通院していない症例が2430%存在した.そのなかには,内科以外の科を専門とする医師に糖尿病治療を受けている患者もおり,糖尿病患者における眼科定期検査の重要性を内科医だけでなく他科の医師にも広く啓蒙する必要があると考えられた.糖尿病のコントロールは,各群ともに有意に改善していた.これは,患者教育により,患者本人に病識が生まれ,血糖管理に注意を払うようになったこと,内科の管理下に置かれたことが考えられる.したがって今回の結果は,糖尿病治療における患者教育や社会的啓蒙の重要性を改めて認識させる結果と思われる.以前筆者らは,糖尿病網膜症に対する硝子体手術により健康関連qualityoflife(QOL)が改善することを報告した7,8).しかし,調査開始から1年以内に退職した症例の退職理由では,眼の病気によると回答した症例は硝子体手術群の4例のみであった(表3).これら4例ではすべて1年間の通院・入院日数が網膜光凝固群の平均通院日数を上回っていた.具体的な職業ではトラック運転手や事務員であり,高いレベルの視機能を要求される職業であった.全体の平均通院・入院日数をみても,硝子体手術群が他の2群に比し有意に長い.こうした背景から,硝子体手術目的に入院した時点で即解雇された症例もあり,網膜症患者の就業継続は視機能だけでなく,職場環境や社会的背景とも関連していることがわかった.近年注目されている低侵襲硝子体手術は,早期の視力回復だけでなく,入院日数や社会復帰への期間が短くなる可能性があり,就業継続のために今後ますます重要になると考えられる.抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrwothfactor:VEGF)抗体の硝子体内投与のような新しい治療法が,日本でも限られた施設のみではあるが開始されている.糖尿病黄斑浮腫に対しても効果が認められるという報告もあり9),通院・入院期間の短縮や社会復帰への期間が短縮される可能性を秘めているので,今後の展開が期待される.謝辞:本研究を施行するにあたり,大阪労災病院勤労者感覚器障害センターの北方悦代氏,廣瀬望氏,藤本妙子氏,瓜生恵氏,葛野ひとみ氏,谷美由紀氏に協力いただいた.なお,本研究は,独立行政法人労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業」によるものである.表4眼の病気を理由とした退職者の詳細調査時(術前)1年後通院日数入院日数職種具体的経緯症例160歳,男性IIO対象眼0.011.0710トラック運転手詳細不明反対眼0.80.8症例248歳,男性IIO対象眼0.060.71422トラック運転手硝子体手術受けることが決まった直後に解雇反対眼0.50.6症例360歳,男性IIO対象眼0.150.558事務員パソコンが見にくく作業が困難になった反対眼0.40.5症例459歳,女性IIO対象眼0.50.1138事務員数字の3,6,8,9が判別できなくなった反対眼0.80.7———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009259(121)文献1)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.平成17年度厚生労働省研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究.p263-267,厚生労働省,20052)永田誠,松村美代,黒田真一郎ほか:眼科マイクロサージェリー(第5版),p657-658,エルゼビア・ジャパン,20053)LewisH,AbramsGW,BlumenkranzMSetal:Vitrecto-myfordiabeticmaculartractionandedemaassociatedwithposteriorhyaloidaltraction.Ophthalmology99:753-759,19924)TachiN,OginoN:Vitrectomyfordiusemacularedemaincasesofdiabeticretinopathy.AmJOphthalmol122:258-260,19965)樋田哲夫,田野保雄,根木昭ほか:眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針.p81-85,文光堂,20066)山田幸男,平沢由平,大石正夫ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第8報視覚障害者の就労.眼紀54:16-20,20037)恵美和幸,大八木智仁,池田俊英ほか:糖尿病網膜症の硝子体手術前後におけるqualityoflifeの変化.日眼会誌112:141-147,20088)大八木智仁,上野千佳子,豊田恵理子ほか:糖尿病網膜症の片眼硝子体手術例における健康関連QOLへの僚眼視力の影響.臨眼62:253-257,20089)坂東肇,恵美和幸:抗VEGF抗体─糖尿病黄斑浮腫に対するBevacizumab硝子体内投与の効果.あたらしい眼科24:156-160,2007***