《原著》あたらしい眼科34(2):283.287,2017cDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty(DSAEK)術後に遷延性角膜上皮欠損をきたした1例脇舛耕一*1,2稗田牧*2山崎俊秀*1稲富勉*2外園千恵*2成田亜希子*3木下茂*1,4*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学視機能再生外科学*3岡山済生会総合病院眼科*4京都府立医科大学感覚器未来医療学ACaseofPersistentCornealEpithelialDefectPostDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyKoichiWakimasu1,2),OsamuHieda2),ToshihideYamasaki1),TsutomuInatomi2),ChieSotozono2),AkikoNarita3)ShigeruKinoshita1,4)and1)BaptistEyeInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)OkayamaSaiseikaiGeneralHospital,4)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine背景:Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)施行時に作製した角膜上皮欠損から遷延性上皮欠損をきたしたまれな症例を経験したので,その臨床経過を報告する.症例:80歳,男性.他院にてチューブシャント手術を含む緑内障多重手術を受けた.術後の右眼水疱性角膜症に対して,2015年9月25日にDSAEKを施行した.手術時に角膜上皮.離を機械的に作製し前房内の視認性を向上させ,Descemet膜の.離後にDSAEK用ドナーグラフトを挿入した.DSAEKグラフトの良好な接着が得られたが,手術3日後より角膜上皮欠損の創傷治癒過程がほぼ停止し,最終的に遷延性上皮欠損を生じた.本症例では手術前に角膜上皮障害や角膜輪部機能不全,ドライアイは認めず,手術時に施行した角膜上皮.離の範囲も輪部に及ばず,基底膜も損傷させていなかった.手術後,リン酸ベタメタゾン点眼を塩化ベンザルコニウム無添加の製剤に変更,また抗菌薬点眼も変更,薬剤量を減量し加療を継続した.以後,徐々に角膜上皮欠損は修復し,手術75日後に上皮欠損は消失した.その後は上皮.離の再発を認めていない.結論:DSAEK手術後に遷延性上皮欠損をきたした本症例では,手術前に抗緑内障点眼薬の長期使用歴があり,手術後点眼の影響も加わって角膜上皮修復が遅延した可能性が考えられた.Background:WepresentacaseofpersistentcornealepithelialdefectpostDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).Case:An80-year-oldmaleunderwentDSAEKtotreatbullouskeratopathyduetorepeatedglaucomasurgery,includingatube-shunt,inSeptember2015.Duringsurgery,hiscornealepitheli-umwasmechanicallyremovedtoobtainbettervisibilityintheanteriorchamber,andalthoughtheDSAEKproce-durewassuccessfullycompletedtherewasdelayedhealingofthecornealepithelialdefect.Therewasnoepithelialstem-cellde.ciencyordryeye,noranydamagetothecorneallimbusorepithelialbasementmembraneduetoepitheliumremoval.Thepostoperativeeyedropmedicationwasthereforechangedfrombetamethasonewithben-zalkoniumchloridetothatwithout;antimicrobialeyedropswerealsochangedandreducedinfrequency.Theareaofepithelialdefectgraduallydiminished,eventuallydisappearingat75dayspostoperatively.Sincethentherehasbeennorecurrenceofepithelialdefect.Conclusion:PersistentcornealepithelialdefectpostDSAEKwithnopre-existingcornealepithelialabnormalitymayoccurduetodrugtoxicity,sochangeandreductionofpostoperativeeyedropmedicationshouldbeconsideredinsuchcasesfromtheearlystage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):283.287,2017〕〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KoichiWakimasu,M.D.,BaptistEyeInstitute,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPANKeywords:DSAEK,遷延性上皮欠損,薬剤毒性,緑内障.DSAEK,persistentcornealepithelialdefect,drugtoxicity,glaucoma.はじめにDescemets’strippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)は1998年にMellesらがposteriorlamellarkearto-plasty(PLK)として報告1)した後,次第に発展を重ね2,3),現時点では2006年にGorovoyが報告したマイクロケラトームでドナー作製を行うDSAEKが角膜内皮移植術のもっとも一般的な術式となっている4).DSAEKではDescemet膜.離やグラフト挿入・接着,層間スペースの確認などの前房内操作が必要であるが,ある程度進行した水疱性角膜症では角膜上皮,実質の浮腫により透見性が不良となっており,前房内操作が困難な場合がある.そのような症例においては,上皮浮腫を起こしている上皮を.離することで視認性を向上させることが一般的である.水疱性角膜症では上皮接着不良が生じており容易に上皮.離を作製することができるが,その際に上皮.離を6.8mm径程度として角膜上皮基底膜を損傷しないように機械的に.離すれば,1週間以内に被覆される.角膜上皮欠損部は,周囲の上皮細胞が伸展,移動し,その後細胞増殖,分化することで修復される5)が,その過程のいずれかが障害されると上皮の創傷治癒が滞り,遷延性上皮欠損をきたす6,7).遷延性上皮欠損を生じる背景としては糖尿病8)や神経麻痺性角膜炎9)などによる角膜知覚低下,化学外傷やStevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡などによる角膜輪部機能不全などがある.一方,水疱性角膜症では角膜上皮の接着不良から再発性角膜上皮びらんを生じるものの,角膜知覚や角膜上皮の創傷治癒機転は通常維持されており,遷延性上皮欠損をきたすことはまれである.しかし,今回,術前に角膜上皮欠損を認めず,術中の上皮.離操作後に上皮欠損が遷延し,上皮治癒に長期間を要した症例を経験したので報告する.I症例80歳,男性の右眼水疱性角膜症.既往歴として,他院にて1990年に右眼の水晶体.外摘出術および眼内レンズ挿入術を施行された.その後2005年頃より両眼の落屑症候群による緑内障を発症し,右眼に関しては2008年に線維柱帯切開術,2009年に複数回の線維柱帯切除術を施行された後,2014年4月にエクスプレスR(アルコン)を用いたシャント手術を施行された.その後2014年9月頃より角膜浮腫が出現し,水疱性角膜症に至った.右眼視力は0.01(矯正不能),右眼眼圧は7mmHgであり,角膜内皮細胞密度は測定不能であった.手術前の涙液メニスカス高は0.2mmと正常範囲内であった.本症例に対し,2015年9月24日にDSAEKを施行した.DSAEK手術時は前房内の視認性を向上させるために約8mm径の上皮欠損を作製し,前房メインテナーを設置,約7mm径のDescemet膜.離を施行後,BusinglideRを用いた引き込み法にて8.0mm径のDSAEKドナーグラフトを挿入した.手術中,あるいは手術後に特記すべき合併症を認めず,グラフトの接着を得た.角膜上皮.離は上皮基底膜を損傷しないようにMQARスポンジを用いて鈍的に.離し,.離した角膜上皮をスプリング剪刀で切除した.図1本症例におけるDSAEK術後の前眼部OCT所見上段は手術1日後,中段は手術2週間後,下段は手術1カ月後.図2本症例における遷延性角膜上皮欠損の治癒過程左列はディフューザー,右列はブルーライトフィルターにより撮影した前眼部写真.上皮欠損面積(mm2)5045403530252015105013579111315171921232527293133353739414345474951535557596163656769717375(術後日数)図3本症例および通常のDSAEK術後症例における角膜上皮欠損の面積変化上皮欠損面積(mm2)はImageJを使用して計測した.1)は本症例,2)はDSAEK術後164眼での平均値.手術翌日から,ガチフロキサシン(ガチフロR)点眼,塩化ベンザルコニウム含有リン酸ベタメタゾン(リンデロンR)点眼,オフロキサシン(タリビッドR)眼軟膏点入をそれぞれ1日4回ずつ施行した.ドナーグラフトの接着は手術1日後から良好で,角膜浮腫も軽減を認め,手術2日後以降もドナーグラフトの接着不良部位を認めなかった(図1).角膜上皮欠損は手術2日後にはやや縮小を認めたが,手術3日後から上皮欠損の修復が遅延してきたため,手術4日後の時点でリンデロンR点眼を1日3回に減量した.しかし,上皮欠損の修復はわずかで遷延性上皮欠損をきたしてきたため,手術12日後にリンデロンR点眼から塩化ベンザルコニウム無添加のリン酸ベタメタゾン(リンベタPFR)点眼へ変更し,同時にガチフロR点眼とタリビッドR眼軟膏も1日3回とした.しかし,その後も改善は緩徐で,手術16日後よりガチフロR点眼を1日2回,タリビッドR眼軟膏点入を眠前のみとし,手術19日後からは自家調整したBSSR点眼を1日3回で追加した.その後抗菌薬点眼を手術39日後からタリビッドR点眼1日2回に変更し,以後は点眼内容を変更せず加療を継続したところ,上皮欠損は次第に縮小し,術75日後に上皮欠損部は完全に被覆された.以後は上皮欠損の再発を認めていない(図2).当院最終受診時の右眼視力は0.02(0.04×sph+8.0D),右眼眼圧は3mmHgであった.残存した淡い角膜上皮下混濁のため角膜内皮細胞の撮影部位はわずかであり,角膜内皮細胞密度は測定できなかったが,約1,500個/mm2と推定された.グラフトの接着は良好で角膜浮腫を認めず,前眼部OCT(Casia,TOMEY)で測定した中心角膜厚は562μmであり,角膜内皮細胞機能は十分に機能しているものと考えられた.当院で2007年8月.2015年12月に施行したDSAEK症例533眼のうち,本症例を除き,術中に上皮.離を作製し術後治療用ソフトコンタクトレンズを装用せず上皮.離が治癒するまでの期間が確認できた164眼での治癒日数は3.2±1.3日(平均±標準偏差,2.10日)であった.全例が2週間以内には上皮欠損が消失しており,遷延性上皮欠損をきたした症例は本症例以外には認めなかった.また,上皮治癒速度も,通常のDSAEK眼では1時間当たり平均0.53mm2であったが,今回の症例では1時間当たり0.017mm2であり,1/30以下に低下していた(図3).II考察DSAEK術中の視認性を向上させるために角膜上皮欠損を作製することは一般的であり,欠損部の範囲が角膜輪部に及ばなければ術後の角膜上皮創傷治癒は速やかに行われるはずである.実際,筆者の知る限りでは,DSAEK術後に遷延性上皮欠損を合併した報告は以下の例だけである.これは,全層角膜移植術後の移植片機能不全例に対するDSAEK術後で遷延性上皮欠損を発症した報告であり10),全層角膜移植術後の神経麻痺の状態に伴い,遷延性上皮欠損を発症したと考えられる.今回,遷延性上皮欠損をきたした症例は,チューブシャント手術を含めた緑内障多重手術後の水疱性角膜症であり,2014年4月のシャント手術以後は抗緑内障薬点眼が中止されていたものの,それ以前まで多種類の抗緑内障薬を長期間投与されていた.抗緑内障薬による角膜上皮への影響については,ラタノプロストとbブロッカーの併用による角膜上皮障害などについての報告11)がなされているように,抗緑内障薬による角膜上皮への毒性が指摘されている.そのため今回の症例でも,多種類の抗緑内障薬を長期間投与されていたことにより角膜上皮層の薬剤透過性が亢進し,角膜実質内の薬剤濃度が著しく上昇することで,手術3日後まで治癒傾向にあった角膜上皮の創傷治癒が低下し,遷延性上皮欠損をきたした可能性が考えられた.今回,術後のステロイド点眼薬を塩化ベンザルコニウム無添加の製剤に変更し,ニューキノロン点眼薬も角膜上皮細胞毒性がより少ない種類へ変更,減量することで,角膜上皮の創傷治癒を阻害する薬剤の角膜実質内濃度が軽減し,治癒が得られた可能性も考えられた.本症例ではSchirmer試験による涙液検査や角膜知覚検査を行っていないが,手術前後の涙液メニスカスは正常範囲内であり,少なくとも涙液減少型のドライアイは生じていなかったと考えられる.また,上方結膜に水晶体.外摘出術や線維柱帯切開術による結膜瘢痕を認めるものの,明らかな結膜血管侵入は認めず,POVも比較的保たれていた.しかし,抗緑内障薬による薬剤毒性以外に,過去の内眼手術既往が角膜輪部機能をさらに低下させた可能性も考えられた.今回,本症例に対し,治療用ソフトコンタクトレンズの装用は行わなかった.遷延性上皮欠損に対する治療法の一つとして治療用コンタクトレンズの連続装用の有効性が指摘されている12).一方で,治療用ソフトコンタクトレンズの連続装用による角膜感染症のリスクが懸念されている13,14).本症例は80歳の多重内眼手術後であり,日和見感染を生じる可能性が危惧されたため,治療用ソフトコンタクトレンズを使用しなかった.神経麻痺性角膜炎,角膜輪部機能不全,ドライアイなどの既往がない症例においても,本症例のように遷延性上皮欠損と同様の病態をきたすことがあり,とくに緑内障手術後眼でのDSAEKではその可能性が否定できない.遷延性上皮欠損は治療に時間を要し感染の危険性が増加するだけでなく,遷延性上皮欠損部位に浅い潰瘍形成や角膜上皮下混濁が生じて視機能低下の原因となりうる.DSAEK術後に角膜上皮欠損の治癒遅延を認めた場合は漫然と経過を観察するのではなく,可及的速やかに点眼内容の変更や点眼回数の減少などの対応を行い,角膜実質内の薬剤濃度を軽減させ治癒を図ることが必要と考えられた.文献1)MellesGR,EgginkFA,LanderFetal:Asurgicaltech-niqueforposteriorlamellarkeratoplasty.Cornea17:618-626,19982)TerryMA,OusleyPJ:Deeplamellarendothelialkerato-plastyinthe.rstUnitedStatespatients;earlyclinicalresults.Cornea20:239-243,20013)PriceFWJr,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendo-thelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcorne-altransplant.JRefractSurg21:339-345,20054)GorovoyMS:Descemet-strippingautomatedendothelialkeratoplasty.Cornea25:886-889,20065)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Z,hypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1441-1443,19836)BetmanM,ManseauE,LawMetal:Ulcerationiscorre-latedwithdegradationof.brinand.bronectinatthecor-nealsurface.InvestOphthalmolVisSci24:1358-1366,19837)McCullyJP,HorowitzB,HusseiniZM:Topical.bronectintherapyofpersistentcornealepithelialdefects.Fibronec-tinStudyGroup.TransAmOphthalmolSoc91:367-386,19938)HyndiukRA,KazarianEL,SchultzROetal:Neurotroph-iccornealulcersindiabetesmellitus.ArchOphthalmol95:2193-2196,19779)LambiaseA,RamaP,AloeLetal:Managementofneu-rotrophickeratopathy.CurrOpinOphthalmol10:270-276,199910)中谷智,村上晶:全層角膜移植後角膜内皮機能不全への角膜内皮移植術.日眼会誌117:983-989,201311)小室青,横井則彦,木下茂:ラタノプロストによる角膜上皮障害.日眼会誌104:737-739,200012)SchraderS,WedwlT,MollRetal:Combinationofserumeyedropswithhydrogelbandagecontactlensesinthetreatmentofpersistentepithelialdefects.GraefesArchClinExpOphthalmol244:1345-1349,200613)SainiA,RapuanoCJ,LaibsonPRetal:Episodesofmicro-bialkeratitiswiththerapeuticsiliconehydrogelbandagesoftcontactlenses.EyeContactLens39:324-328,201314)BrownSI,Bloom.eldS,PearceD:Infectionseiththetherapeuticsoftlens.ArchOphthalmol91:275-277,1974***