連載⑫二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科はじめに網膜に映る像をジグソーパズルの絵と考えてみる.一つずつのピースを受けもつ神経節細胞が情報を外側膝状体に送る.いくつかの細胞の反応が合成されることで後頭葉第一次視覚野(V1)に特定の方向の動き・線の傾き(方位)・色に反応する細胞が出現する(連載⑪参照).V1から高次に進むほどピースの統合が進み,曲線や突起をもつ図形など,もとの複雑な像の再現に近づいていく1,2).空間視の背側経路・形態視の腹側経路(連載⑩参照),両者の最終ステージで構成成分の異なるパズルが完成する(図1).空間視の最終ステージ後頭頂葉空間視情報は背側経路を進む(図1:→).神経節細胞Pa→外側膝状体M層→V1→V2→(V3)→V5/MT(.)→V5A/MST(.)→後頭頂葉postparietal(PP)cortex(.).V5/MT(middletemporalarea):この部位は初めて報告された論文でMTと命名され,別の論文ではV5とよばれた.ここでは両者を併記する(V5A/MSTも同様).V5/MTには多くの方向選択性細胞が存在する.細胞の受容野は狭く,受容野内の動きが周囲と異なるときに強く反応する(図2).中心の円が3時→9時に動くときに強く反応する方向選択性細胞(図2a)は,中心の円が動かず周辺が9時→3時に動くときにも同じように反応する(図2b).この細胞の最適方向は3時→9時である.視野の中心と周辺の相対的な動きが3時→9時という最適方向であれば強く反応する.しかし視野の中心と周辺が同じ方向に動くとき細胞の反応は減弱する(図2c).静止環境のなかでの物体の動きの検出に有効である..V5A/MST(medialsuperiortemporalarea):V5/MTに隣接する.方向選択性細胞のほかに,広い視野のパターンの動きに反応する細胞が多い.パターン図形の拡大や縮小あるいは回転(反時計回りに反応するが,時計回りには反応しないなど)に反応するものがある(図3).正面の家に向かって進むとき,家は視野の中心にあり網膜黄斑部に映り像は動かない.黄斑部近くの網膜上の像の流れは小さく,周辺網膜では大きくなる(図3a).動くときに生じる網膜上の像の流れをオプティカルフローとよぶ.家に近づくときオプティカルフローは拡大し(図3a’),遠ざかるとき縮小する(図3b).止まって頭を右に傾けると景色は反対方向に回転する.パターン図形の拡大や縮小(図3c,d)・回転(図3e,f)に反応する細胞はさまざまなオプティカルフローに反応し,空間内での自分の動きをつかむのに有効である..後頭頂葉:この部位で位置情報(空間内での自分の位置や対象物との位置関係)と運動情報(自分や周囲の動きやその方向・速度)が統合される.さらに体性感覚としての身体感覚,聴覚,平衡感覚も視覚と統合されていく.その働きから頭頂連合野と表すこともある1).a.円を3時→9時b.円静止.背景をc.円・背景ともに動かす9時→3時に動かす3時→9時に動かす図1空間視と形態視の最終ステージ…,①②③と高次に進むほど単純な刺激から複雑細胞の反応最大細胞の反応最大細胞の反応減弱な刺激に反応する形に変化していく.図2V5.MTの相対運動を検出する方向選択性細胞(87)あたらしい眼科Vol.34,No.5,20176890910-1810/17/\100/頁/JCOPYa.家に向かって進むとき,景色の流れは中心で小さく,周辺で大きい.網膜上の像の流れをオプティカルフローとよび,空間内の動きの把握に有効である.a’.前進→オプティカルフロー拡大b.後退→縮小c.拡大d.縮小e.回転―時計回りf.回転―反時計回り図3オプティカルフローと視覚刺激形態視の最終ステージ下側頭葉前部形態・色情報は腹側経路を進む(図1:.).神経節細胞Pb細胞.外側膝状体P層.V1(K層の情報も合流).V2.V4(①).下側頭葉inferiortemporal(IT)area(後部②.前部③)①V4,②下側頭葉後部:①と②については特徴が似ているため合わせて述べる.細胞の受容野は狭く,比較的単純な形に選択的に反応する細胞が多い.特定の傾きや長さの線分(─や/)や円,円弧の一部,十字や2本の線で作られた角∠などに選択的に反応する細胞がある.一部の細胞は色に反応する.③下側頭葉前部:①②に比べて受容野が広く,複雑な形に反応する細胞が多い.手のシルエットや多くの突起物を持った複雑図形(…など),形・色・表面のテクスチャー(凹凸やパターン模様,連載⑥参照),いくつかの視覚成分を併せもつような図形(…など)や顔に反応する細胞が現れるのも③の特徴であり,異なる成分が③で統合されることを示す1).視覚的記憶にも関係する.「恒常性」の力――大きさ・形・色網膜に映るものの像の大きさ・形・波長(色)は視的環境によって変化する.網膜像がさまざまに変化してもそれに惑わされず同じものは同じものと認識できる.これは「恒常性」とよばれる脳の情報補正の力である.V4や下側頭葉の障害で失われる.次回でも触れる.大きさの恒常性:路上のネコは近くで大きく,遠くで小さく見える.しかしネコそのものの大きさが変化したとは感じない.距離によって網膜像の大きさが変わっても同じ大きさとして知覚できる力を「大きさの恒常性」とよぶ.この感覚に逆らうような視覚刺激は脳に錯覚を起こさせる(連載⑥,図1b参照)形の恒常性:対象物を見る方向や角度の違いで網膜に映る像の形が変化する.正方形の紙が斜め上からは長方形に見えたり,円錐が上からは円,横からは三角形に見えたりなど形を変化させても,本来の形を認識できることを「形の恒常性」とよぶ.色の恒常性:一般的に色は物の反射する光の波長により認識される.しかしリンゴの反射する光の波長が明所と薄暗い所で異なっていても,私たちには同じ赤と認識できる.「色の恒常性」とよび,V1やV2の色選択性細胞にはなく,高次のV4で初めて出現する能力である.視覚情報の構成成分の違いから,背側経路(空間視)の障害では失行,腹側経路(形態視)の障害では失認と,異なる病状が認められる.次回で詳説する.文献1)田中啓治:脳はどのように認識するか.脳研究の最前線上(理化学研究所脳科学総合研究センター編),p228-280,講談社,20072)福田淳・佐藤宏道:V1以遠の視覚情報処理.脳と視覚─何をどう見るか,p232-259,共立出版,2002690あたらしい眼科Vol.34,No.5,2017(88)