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原発閉塞隅角緑内障の眼圧上昇機序とその対策-瞳孔ブロック

2012年5月31日 木曜日

特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):595.599,2012特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):595.599,2012原発閉塞隅角緑内障の眼圧上昇機序とその対策─瞳孔ブロックMechanismandTreatmentofPupillaryBlockinPrimaryAngleClosureGlaucoma栗本康夫*はじめに原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)もしくは原発閉塞隅角症(primaryangleclosure:PAC)の眼圧上昇機序は周辺部虹彩が線維柱帯に接触もしくは癒着して房水流出主経路を閉塞することによる.一般に,隅角が閉塞しているかどうかは線維柱帯(より正確には線維柱帯後部の色素帯)が虹彩で覆われているかどうかで判定されるが,通常は虹彩が線維柱帯を閉塞するのに伴って,あるいはそれよりも先に,隅角底の毛様体帯も虹彩で覆われてぶどう膜強膜路も閉塞されている.かくて隅角の閉塞によりすべての房水流出路が閉塞されることになる.虹彩の線維柱帯への接触はPAC(G)において眼圧上昇に至るファイナルコモンパスウェイといえるが,そこに至るパスウェイは一つではなく,虹彩を線維柱帯に接触させるメカニズムにはさまざまなものがある.かつては,Gorinの記載に基づき1),瞳孔ブロック,プラトー虹彩,水晶体虹彩膈膜の前進の3つのメカニズムに分類するのが一般的な考え方であったが,最近は,AIGS(AssociationofInternationalGlaucomaSocieties)のコンセンサスブックで採用された4つのメカニズム,瞳孔ブロック,プラトー虹彩,水晶体因子,悪性緑内障因子(第4のメカニズム)に分類されている2).この4つのメカニズムのうち,プラトー虹彩,水晶体因子,および第4のメカニズムについては本特集の他稿に譲り,本稿では瞳孔ブロックのメカニズムとその対策について述べる.I瞳孔ブロックとは瞳孔ブロックとは,房水の流れが瞳孔でブロックされることである.毛様体で産生された房水は後房から瞳孔を通って前房に流れ前房隅角から眼外へ流出するが,虹彩と水晶体が接触する瞳孔部においては房水流出に抵抗が生じる.この抵抗が強くて房水の前房への流れがブロックされると,後房にうっ滞した房水により後房圧は前房圧に対して高くなり,虹彩は前方に膨隆する(図1,2).房水流の瞳孔でのブロックが解消しないと前方膨隆した虹彩がついには線維柱帯に押しつけられ,瞳孔ブ房水の流れがブロック…………………………………………………………図1房水の流れと瞳孔ブロック毛様体上皮で産生された房水は後房から瞳孔を通って前房に流れるが,瞳孔部においては虹彩と水晶体が接触しており房水流出に抵抗が生じる.この抵抗により房水の前房への流れがブロック(瞳孔ブロック)されると,房水が後房にうっ滞して後房圧が前房圧に対して高くなり,虹彩が前方に膨隆する.前方に膨隆した虹彩はついには線維柱帯に押しつけられ,瞳孔ブロックによる隅角閉塞が成立する.*YasuoKurimoto:神戸市立医療センター中央市民病院眼科〔別刷請求先〕栗本康夫:〒650-0047神戸市中央区港島南町2丁目1-1神戸市立医療センター中央市民病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(15)595 ロックによる隅角閉塞に至る.瞳孔ブロックにおいて虹彩が水晶体に押しつけられる(あるいは水晶体が虹彩を前方に押すとも言い換えられる)力の強さは,Mapstoneのモデルで説明される(図3).瞳孔部において虹彩を後方に押しつける力のベクトルは水晶体前面が虹彩起始部よりも前方にあることに起因するものであり,水晶体の前面が虹彩起始部よりも前方に位置するほど,瞳孔ブロックの力は強くなる.水晶図2瞳孔ブロックの超音波生体顕微鏡画像瞳孔ブロックにより後房に房水がうっ滞し虹彩が前方に膨隆,隅角が非常に狭小化している.D+E虹彩虹彩Scosa水晶体b(D+E)cosb水晶体Sa図3瞳孔ブロックをひき起こす力〔図左〕S:虹彩括約筋による力のベクトル.Scosa:虹彩括約筋の力により虹彩が水晶体に押しつけられる力のベクトル,中等度散瞳状態で最も強い力が働く.〔図右〕D:虹彩散大筋による力のベクトル.E:虹彩の伸展により発生する力のベクトル.(D+E)cosb:虹彩散大筋の力と虹彩の伸展の力により虹彩が水晶体に押しつけられる力のベクトル,水晶体が前方に位置するほど強い力が働く.瞳孔ブロックをひき起こす力はScosaと(D+E)cosbの和であり,PACにおいては後者が主たる瞳孔ブロック力となる.(MapstoneR:BrJOphthalmol,1974より改変して引用)596あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012体が虹彩を前方に圧排することにより瞳孔ブロック力が発生するといってもよい.一般に,中心前房深度が浅いほど瞳孔ブロック力は強くなる.したがって,瞳孔ブロックメカニズムは他稿で述べられる水晶体メカニズムとは不可分の関係にある.II瞳孔ブロックの検出瞳孔ブロックは,細隙灯顕微鏡による観察では虹彩中腹部の前方膨隆として観察される.瞳孔ブロックによる虹彩の前方膨隆は中等度の散瞳時に最も大きくなる場合が多いが,虹彩の厚さや性状によっても異なる.細隙灯顕微鏡による瞳孔ブロックの所見は虹彩の前方膨隆が軽度な場合には必ずしも明らかではなく,瞳孔ブロックの有無と程度を検出するのに最も有用な方法は超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)の実施である.前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography:AS-OCT)検査をUBMに代えてもよいが,AS-OCTでは撮像の条件が悪いと虹彩Irisconvexity0mmIrisconvexity(虹彩膨隆度)0.4mm図4瞳孔ブロックの定量的評価虹彩裏面の虹彩起始部と瞳孔縁をつなぐ直線から前方に膨隆した虹彩裏面までの距離の最大値を測定しirisconvexity(白の両矢印)として瞳孔ブロックによる虹彩膨隆の程度を定量評価する方法.(NonakaA,KurimotoY:AmJOphthalmol,2007より改変して引用)(16) の裏面や水晶体の表面が明瞭ではなく,瞳孔ブロックの程度の評価がむずかしい場合もある.UBMを用いると虹彩膨隆の程度を定量的に評価することも可能である(図4).また,瞳孔ブロックによる眼圧上昇のリスクを評価する検査として,意図的に瞳孔ブロックを誘発する負荷試験がある.暗室試験および散瞳試験は瞳孔ブロックが一般に中等度散瞳下で強くなることを利用した試験であるが,散瞳によるプラトー虹彩メカニズムによる眼圧上昇のリスクと併せて評価される.うつむき試験は水晶体の前方移動により瞳孔ブロック力が強くなることを利用する試験であるが,水晶体メカニズムのリスクも同時に評価していることになる.散瞳と水晶体前方移動の両方を同時に検査する方法として暗室うつむき試験があり,隅角閉塞リスクの検出力がより高い.なお,これらの負荷試験の感度は必ずしも高くないので,負荷試験が陰性である場合のリスク評価には慎重でなければならないが,試験が陽性の場合には隅角閉塞の治療適応があると考えるべきである.III隅角閉塞における瞳孔ブロックメカニズムの意義瞳孔ブロックは,3つあるいは4つに分類される隅角閉塞のメカニズムのなかでも常に筆頭にあげられ,最も重要な隅角閉塞メカニズムと考えられている.そればかりか,しばらく前までは,瞳孔ブロックがPACGの隅角閉塞メカニズムのほぼすべてとも考えられ,PACGイコール瞳孔ブロック緑内障とする考え方もあった.しかしながら,UBMの登場により虹彩や毛様体の形態の詳細な観察が可能になり,現在ではPACの隅角閉塞は複数のメカニズムが重なって成立するマルチメカニズムであると理解されている.PACGの隅角閉塞メカニズムに瞳孔ブロック以外の要素が関与することは古くから教科書に記載されてはいたのだが,1980年代にレーザー虹彩切開術が普及し多くのPACG症例を比較的容易に治療できるようになったことが,その後の瞳孔ブロックメカニズムの極端な偏重に影響したのかもしれない.一時は,早期にレーザー虹彩切開術さえすればPACGは基本的に解決するとの眼科教育が行われていたが,そ(17)の後の長期経過の報告により,実際にはレーザー虹彩切開術の成績はそれほど良くはないことも明らかとなっている.PAC(G)はその臨床像により急性と慢性に分けられるが,急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangleclosure:APAC)あるいは急性原発閉塞隅角緑内障(acuteprimaryangleclosureglaucoma:APACG)では,瞳孔ブロックメカニズムが支配的で,瞳孔ブロックによらない急性発作はまれである.プラトー虹彩形状による隅角閉塞は隅角底から緩やかに進行し,線維柱帯の全域が閉塞に至ることはまれであるのに対し,瞳孔ブロックでは線維柱帯の全幅が容易に閉塞しうる.瞳孔ブロックによる線維柱帯全幅の閉塞が隅角全周にわたって生ずると,急激な眼圧上昇をきたしてAPACを発症する.APACの早期自然寛解や隅角全周の閉塞にまでは至らないマイナー発作を繰り返す病態は亜急性PAC(G)と称されるが,やはり眼圧の上昇時には瞳孔ブロックが隅角閉塞メカニズムの主役となっていると考えられる.一方の慢性原発閉塞隅角症(chronicprimaryangleclosure:CPAC)あるいは慢性原発閉塞隅角緑内障(chronicprimaryangleclosureglaucoma:CPACG)は急激な眼圧上昇には至らないものの間欠的あるいは部分的な虹彩と線維柱帯の接触により隅角閉塞が慢性化した病態であるが,多くの場合はプラトー虹彩形状など,瞳孔ブロック以外のメカニズムを合併している.瞳孔ブロックの解消だけでは必ずしも隅角閉塞が解消しないのはこのためである.歴史的に閉塞隅角緑内障の病型がAPAC(G)の記載から始まったこともあり,かつては,自覚症状を伴う急性あるいは亜急性がPAC(G)の代表的な病型と考えられていたが,近年の研究によりPACGの大多数は,自覚症状に乏しい慢性の経過をとることが明らかとなっている.注目される病型の主体がAPACからCPACに移行したことが,PACの病態における瞳孔ブロックメカニズムの重要度の見直しと関係しているといえるかもしれない.IV瞳孔ブロックによる眼圧上昇への対策緑内障の診療にあたっては,治療できる原因があればあたらしい眼科Vol.29,No.5,2012597 原因治療という大原則がある3).PAC(G)の眼圧上昇には隅角閉塞という明確な原因があり,瞳孔ブロックによる隅角閉塞には房水の瞳孔でのブロックという明確な原因がある.したがって,この原因への対策が治療の第一義である.当座の眼圧が高ければ薬剤による非特異的な眼圧下降治療も行う必要があるが,これはあくまでも補助的な治療手段と考えるべきである.PACは早期にその原因たる隅角閉塞メカニズムを解消してやれば事実上の根治が可能な緑内障病型であるので,この原因治療を決してなおざりにしてはいけない.瞳孔ブロックの解消を目的とした治療で最も広く行われてきたのはレーザー虹彩切開術である.レーザー虹彩切開術は長年にわたってPACの第一選択治療とされてきたし,現在も多くの教科書や診療ガイドラインで第一選択治療と位置づけられている.レーザー虹彩切開と観血的周辺虹彩切除は房水の後房から瞳孔を通る前房への流路をバイパスする治療法である.したがって厳密に言えば瞳孔ブロックを解消する治療法ではないが,瞳孔ブロックメカニズムに対しては根治的治療となる.瞳孔ブロックそのものを解消するためには瞳孔における房水流図5水晶体再建術による瞳孔ブロックの解消水晶体再建術前(左)には虹彩は瞳孔部において水晶体と接しているが,水晶体再建術後(右)には虹彩は眼内レンズとは離れ,瞳孔ブロックは完全に解消している.(KurimotoY:AmJOphthalmol,1997より改変して引用)出抵抗を解消することが必要であるが,水晶体再建術はほぼこれを達成できる治療法である(図5).また,レーザー虹彩形成術も瞳孔ブロックを解消する作用があるがその効果は必ずしも十分ではないので,APAC症例で一時的に瞳孔ブロックを解消する目的など補助的な治療法として用いられる.隅角閉塞のメカニズムがほぼ瞳孔ブロックのみに限定される症例については,治療が簡易に行えて患者負担も軽いレーザー虹彩切開術を第一選択治療としてよい.早期に正しく診断して早期に治療を行うことができれば根治的治療となる.APACの予防的治療についてもほぼ同じことがいえる.ただし,わが国ではレーザー虹彩切開術の長期的な合併症として進行性の角膜内皮減少が多数報告されており,このリスクについての配慮は必要である.瞳孔ブロックに限定すれば上述のごとくレーザー虹彩切開術で事足りるが,実際の臨床症例では,事はそれほど簡単ではない.多くの症例は瞳孔ブロック以外にプラトー虹彩形状など他のメカニズムを合併しているし,前述のごとく,瞳孔ブロックには水晶体メカニズムが不可分である.レーザー虹彩切開術がリスクフリーであれば,瞳孔ブロックを認める症例にはまず同治療を施行すればよいともいえるが,頻度は低いものの進行性の角膜内皮減少による遅発性水疱性角膜症という重大な合併症のリスクを無視することはできない.プラトー虹彩メカニズムや水晶体因子を合併していることが明らかな症例に対しては,両者の治療効果を併せ持つ水晶体再建術の適用を検討すべきである.表1に各種治療方法と隅角閉塞メカニズムに対する治療効果の関係をまとめたが,水晶体再建術はプラトー虹彩メカニズムを緩和でき,水晶体メカニズムも解消できるので,原発閉塞隅角の治療としては最も優れた治療方法である.特に加齢白内障の治表1機能的隅角閉塞の治療法と効果悪性緑内障因子瞳孔ブロックプラトー虹彩形状水晶体因子(第4のメカニズム)レーザー虹彩切開術◎×××レーザー虹彩形成術×.○○××水晶体再建術◎○◎×.?◎:著効,○:有効,×:無効.598あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(18) 療適応がある症例では第一選択治療とすべきであるし,PAC(G)に多い遠視かつ老視の症例については屈折矯正のメリットを併せて考慮すべきである.最終的にどの治療方法を選択するかは,その治療法のデメリットやリスクを吟味したうえで閉塞隅角治療上のベネフィットとのバランスを検討し,総合的な判断が必要となる.隅角閉塞は,虹彩が線維柱帯に接触しているだけの機能的隅角閉塞と,虹彩と線維柱帯が癒着してしまった器質的隅角閉塞の2つの状態に分けられる.通常は,機能的隅角閉塞が先行し,閉塞が持続することにより器質的閉塞を生じると考えられている.瞳孔ブロックの解除を含めて隅角閉塞メカニズムの解消治療はいずれも機能的隅角閉塞の解消にほかならない.機能的隅角を解消してもすでに器質的隅角閉塞をきたしてしまっている症例では,隅角癒着解離術による器質的隅角閉塞の解消を図る必要がある.さらに,機能的にも器質的にも隅角閉塞を解除しても,虹彩が線維柱帯に長期にわたり接触あるいは癒着していたために線維柱帯が二次的な変化をきたして房水流出能が低下することがある.このために隅角解放後も高眼圧が残る状態を残余緑内障とよび,二次的な開放隅角緑内障といえる.このような病態が残った場合には,開放隅角緑内障に準じて薬物治療を行い,薬物治療で十分な眼圧コントロールが得られなければトラベクロトミーあるいはトラベクレクトミーなどの緑内障手術治療が必要となる.おわりにPAC(G)は早期に正しく診断して正しく原因治療を行えば治癒させることが可能な緑内障病型である.一方で,適切な治療が行われなければ失明のリスクが高い病型でもある.瞳孔ブロックが存在する眼では,一見,点眼治療で眼圧がコントロールされているようであっても,何らかのきっかけで瞳孔ブロックが強くなれば点眼治療による眼圧下降作用では到底追いつかない.PAC(G)の症例にはその原因治療である隅角閉塞の解除を,瞳孔ブロックが存在する症例には瞳孔ブロックの解除を可及的に行わなければならないことを強調して本稿を終える.文献1)GorinG:Diagnosisandclassificationofangle-closureglaucoma.In:GorinG:ClinicalGlaucoma,p171-208,MarcelDekkerInc,NewYorkandBasel,19772)FosterP,HeM,LiebmannJ:Epidemiology,classificationandmechanism.In:WeinrebRN,FriedmanDS(eds):AngleClosureandAngleClosureGlaucoma.p1-20,KuglerPublication,Netherlands,20063)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,2012(19)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012599

原発解放隅角緑内障の眼圧上昇機序

2012年5月31日 木曜日

特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):589~594,2012特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):589~594,2012原発開放隅角緑内障の眼圧上昇機序MechanismofIntraocularPressureElevationinPrimaryOpenAngleGlaucoma田原昭彦*はじめに緑内障ガイドラインによると,原発開放隅角緑内障は眼圧が正常範囲を超えて(22mmHg以上)上昇する原発開放隅角緑内障(狭義)と,常に眼圧が正常範囲内である正常眼圧緑内障とに分類される.このうち狭義の原発開放隅角緑内障では,房水の流出路,特に線維柱帯の房水流出抵抗が上昇するために房水の流出が妨げられて眼圧が上昇すると考えられている.一方,正常眼圧緑内障では発症に眼圧の関与は低いとされ,病態的にも狭義の原発開放隅角緑内障とは異なると考えられている.本稿では,まず正常眼での房水流出路について述べ,その後に狭義の原発開放隅角緑内障(以後,原発開放隅角緑内障)で「なぜ眼圧が上昇するか」について記述する.I房水流出路の正常構造房水の流出路には,経Schlemm管流出路と経ぶどう膜強膜流出路との2つの経路が存在する.ヒトでは,全流出量の80~95%が経Schlemm管流出路から,残りの5~20%が経ぶどう膜強膜流出路から流出すると考えられている.1.経Schlemm管流出路経Schlemm管流出路は線維柱帯とSchlemm管,それに続く集合管からなる房水の流出路である.a.線維柱帯の構造線維柱帯は形態的に前房側から,ぶどう膜網,角強膜網,傍Schlemm管結合組織の3つの部分に分けられる(図1).ぶどう膜網は,最も前房側に位置する2~3層の紐状の線維柱索が交錯する組織である.角強膜網は多層の板状の線維柱層板で構成される.線維柱索,線維柱層板は似た構造を示し,中央部に存在する細胞外マトリックスの表面を1層の扁平な線維柱帯細胞が覆う.ぶどう膜網,角強膜網には線維柱間隙とよばれる比較的大きな孔が存在する(図1).Schlemm管傍Schlemm管結合組織角強膜網ぶどう膜網****図1正常隅角のSchlemm管および線維柱帯の光学顕微鏡写真線維柱帯は,ぶどう膜網,角強膜網,傍Schlemm管結合組織で構成される.ぶどう膜網と角強膜網には線維柱間隙(*)が存在する.*AkihikoTawara:産業医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕田原昭彦:〒807-8555北九州市八幡西区医生ケ丘1番1号産業医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(9)589 傍Schlemm管Schlemm管結合組織図2傍Schlemm管結合組織およびSchlemm管内壁の光学顕微鏡拡大写真傍Schlemm管結合組織は細胞が細胞外マトリックス中に包埋された構造を示す.Schlemm管の管腔は1層の内皮細胞で覆われ,その内壁には巨大空胞が存在する(矢印).傍Schlemm管結合組織はSchlemm管のすぐ前房側に存在する組織で,2~4層の線維柱帯細胞が細胞外マトリックス中に包埋された構造を示す.傍Schlemm管結合組織には線維柱間隙は存在しない.Schlemm管は1層の内皮細胞で被われている.傍Schlemm管結合組織に接する内壁には,内皮細胞の細胞壁がSchlemm管内に突出した巨大空胞が存在する.巨大空胞内は房水で満たされており,房水のSchlemm管への通路となる(図2).b.線維柱帯の細胞外マトリックス線維柱帯の細胞外マトリックスは線維成分と細胞外高分子とからなる.線維成分には線維性コラーゲンや弾性線維などがある.細胞外高分子は細胞や線維成分の間を満たすゲル状の無構造物質で,プロテオグリカン(グリコスアミノグリカンと蛋白質とが共有結合した物質)(図3),ヒアルロン酸,糖蛋白などがある.これらの細胞外マトリックスは細胞間隙で単独に存在するのではなく,集合し,接着して無定形物質を形成する.電子顕微鏡による観察で,線維柱帯の無定形物質には基底板,基底板様物質,細線維物質,細顆粒物質などが存在する1).c.房水流出抵抗ぶどう膜網および角強膜網では,房水は線維柱間隙を590あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012線維柱間隙図3クプロメロニックブルーで染色したヒト正常角強膜網の線維柱層板の電子顕微鏡写真プロテオグリカンを示す高電子密度の染色物(矢じり)が,コラーゲン(矢印)および基底板(BL),基底板様物質(BL-L)に多数分布している.EL:弾性線維.通って抵抗を受けずに流れる.眼圧調整に関与する房水流出抵抗は,房水が傍Schlemm管結合組織およびSchlemm管内皮細胞を通過する際2),特に傍Schlemm管結合組織の細胞外マトリックスの間を通過するときに生じると考えられている3).2.経ぶどう膜強膜流出路経ぶどう膜強膜流出路は,隅角底(角膜後面と虹彩前面との接合部)から毛様体実質に入り,上毛様体腔,上脈絡膜腔を経て眼外に流出する房水の流路である.毛様体の前端から毛様体実質に入った房水は,組織液と混じりながら毛様体筋束間を通過して眼球の後方へ向かい,脈絡膜と強膜との間隙に達する.その後,強膜の実質,あるいは強膜を貫く血管や神経の周囲の間隙を通って強膜の外へ流出し,眼窩内の組織に吸収される.プロスタグランジン関連薬が毛様体の細胞外マトリックスの代謝を促進させることで眼圧を下降させるとの報告などから,経ぶどう膜強膜流出路の房水流出抵抗には毛様体筋束間の細胞外マトリックスが関与すると考えられている4,5).II原発開放隅角緑内障の眼圧上昇機序原発開放隅角緑内障の眼圧上昇が,線維柱帯での房水(10) 流出抵抗の増大によることについては,ほぼ意見が一致している.しかし,その詳細な病態は不明であり,ここでは眼圧上昇の機序に関する説を紹介する.原発開放隅角緑内障の眼圧上昇機序に関する説は,大きく3つに分けられる.すなわち,①線維柱帯の細胞外マトリックスの異常,②線維柱帯細胞の異常,③線維柱帯の構造異常,である.1.細胞外マトリックスの異常前記のように,経Schlemm管流出路での房水流出抵抗には,傍Schlemm管結合組織の細胞外マトリックスが関与すると考えられている.原発開放隅角緑内障では線維柱帯の細胞外マトリックスが増加しており,そのために眼圧が上昇すると考えられる.a.細胞外マトリックス自体の増加原発開放隅角緑内障では,線維柱帯,特に傍Schlemm管結合組織にコラーゲン,弾性線維,長周期コラーゲン(long-spacingcollagen)などの線維成分や,基底板様物質,細顆粒物質などの無定型物質が多量に蓄積している(図4).これらの物質のなかでも,細顆粒物質(Rohenら6)が報告したsheath-derivedplaquematerialと同じ物質)が傍Schlemm管結合組織に蓄積することが原発開放隅角緑内障の眼圧上昇の主因とする考えがある6).また,原発開放隅角緑内障の線維柱帯では,正常に比べてグリコスアミノグリカンが増加している7),あるいはヒアルロン酸が減少し,コンドロイチン硫酸が増加しているとの報告8)があり,これらの細胞外高分子の異常が眼圧上昇に関与する可能性がある(図5).b.細胞外マトリックスの代謝に関与する物質の異常房水中のTGF(transforminggrowthfactor)-b2が,原発開放隅角緑内障眼では正常眼に比較して有意に増加していることが報告されている9,10)(図6).TGF-b2は細胞外マトリックスの蓄積を促す作用を有している.さらに,細胞外マトリックスを消化する酵素を抑制する物質(tissueinhibitorofmetalloproteinase:TIMP)が原発開放隅角緑内障では多い11).TGF-b2やTIMPが増加すると細胞外マトリックスが線維柱帯に蓄積し,房水流出抵抗が増大して眼圧上昇をきたす可能性がある.(11)***図4原発開放隅角緑内障眼の傍Schlemm管結合組織の電子顕微鏡写真細顆粒物質(sheath-derivedplaquematerial)(*)が蓄積している.Schlemm管前房図5抗ヘパラン硫酸系プロテオグリカン抗体で染色した,原発開放隅角緑内障眼の線維柱帯の光学顕微鏡写真線維柱帯にプロテオグリカンの存在を示す褐色の染色がみられる.量が多いか否かは不明.2.線維柱帯細胞の異常a.線維柱帯細胞の細胞骨格の異常原発開放隅角緑内障眼の線維柱帯細胞では,正常に比べてアクチン線維の量が少ない12).また,原発開放隅角緑内障では,Schlemm管の内皮細胞および傍Schlemm管結合組織の細胞のF-アクチンが絡み合って配列が乱れている13).このような収縮性蛋白の異常は,線維柱帯細胞の貪食能や細胞外マトリックスの産生,ホルモンなどに対する反応性に異常を生じ,緑内障の発症に関与する.あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012591 Schlemm管前房Schlemm管前房図6抗TGF.b2抗体で染色した,原発開放隅角緑内障眼の線維柱帯の光学顕微鏡写真線維柱帯にTGF-b2の存在を示す褐色の染色がみられる.量が多いか否かは不明.b.線維柱帯細胞の減少原発開放隅角緑内障の線維柱帯では,同年代の正常眼に比較してぶどう膜網,角強膜網の細胞数が減少している(図7).線維柱帯細胞の減少が原発開放隅角緑内障の眼圧上昇の原因となる14).つまり,線維柱層板を覆う線維柱帯細胞が消失すると,残った線維柱帯細胞が伸展して露出した線維柱層板を覆う.その結果,ぶどう膜網,角強膜網に線維柱間隙にも延びる線維柱帯細胞の層(膜)が形成される.また,角強膜網では露出した線維柱層板が互いに癒着する.さらに傍Schlemm管結合組織の前房側での房水流出に有効な表面積が減少する.このような変化が重なって房水流出路が狭くなり眼圧が上昇する15).原発開放隅角緑内障患者では抗酸化物質であるグルタチオンが減少している16).酸化ストレスは線維柱帯細胞の細胞骨格の再編成を誘発することで,細胞と細胞外マトリックスとの接着を脆弱化させる.その結果,線維柱帯細胞が減少することが報告されており17),酸化ストレスが原発開放隅角緑内障の線維柱帯細胞の減少,ひいては眼圧上昇に関係している可能性がある.原発開放隅角緑内障患者でミオシリン遺伝子の異常が報告されている18,19).Sohnら20)は,異常なミオシリン蛋白が線維柱帯細胞の機能障害を起こし,線維柱帯の構造変化をきたして房水の流出を障害する可能性を示して592あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012****Schlemm管強膜岬前房図7原発開放隅角緑内障眼の線維柱帯の光学顕微鏡写真線維柱帯細胞の数が少なく,強膜岬は肥大している前房側の線維柱層板(線維柱索)が肥厚している(*).いる20)(図8).しかし,後にSohnら自身21)が「ミオシリン遺伝子そのものが開放隅角緑内障に関与することはない」と述べているように,ミオシリン蛋白と原発開放隅角緑内障の眼圧上昇との関係は不明である.3.線維柱帯の構造異常a.傍Schlemm管結合組織が厚い正常に発達した隅角では毛様体筋の前端は隅角底に存在する.また,Schlemm管は隅角底より内側に位置する.原発開放隅角緑内障では,毛様体筋は隅角底にわずかに露出しているか,まったく隅角底に達していない.さらに,Schlemm管の一部が隅角底よりも周辺側に位置する22).4~40歳で発症する発達緑内障・晩発型では,隅角の発育が未熟で,毛様体の前面は隅角底に出ていない.さらに,線維柱帯の発育も悪く,房水流出抵抗のおもな存在部位である傍Schlemm管結合組織が厚く存在する.そのために房水流出抵抗が増大して緑内障が発症すると考えられる23).同様に,原発開放隅角緑内障で毛様体筋の前端が隅角底に達していないのは隅角の発育が未熟なためで,房水流出路の発達が不完全なことが眼圧上昇の原因となる可能性がある22).b.強膜岬の肥大原発開放隅角緑内障では,ぶどう膜網が変性し,毛様体に硝子化が生じて強膜岬は肥大している(図7).さら(12) Schlemm管前房Schlemm管前房図8抗ミオシリン蛋白抗体で染色した,原発開放隅角緑内障眼の線維柱帯の蛍光顕微鏡写真線維柱帯にミオシリン蛋白を示す蛍光がみられる.量が多いか否かは不明.に虹彩根部は萎縮している.このような変化は隅角組織の加齢現象が異常に進行したもので,経ぶどう膜強膜流出路からの房水流出を障害する.異常な加齢変化は線維柱帯にも生じていて,経Schlemm管流出路からの房水流出も障害される.この両流出経路からの房水流出障害のために緑内障が発症するとの考えがある24).c.線維柱層板の異常原発開放隅角緑内障では,角強膜網の線維柱層板およびぶどう膜網の線維柱索の肥厚や硝子様変性,さらに線維柱帯細胞の基底板の肥厚がみられる(図9)25).線維柱層板が肥厚することにより,線維柱間隙が狭小化あるいは消失して眼圧が上昇する可能性がある25).おわりに原発開放隅角緑内障は不可逆性の視機能障害をきたす眼疾患で,日常診療で遭遇する機会も多い.そのため,病態解明に向けた多くの研究がなされてきた.しかし,眼圧上昇の機序を含め,その本態はいまだ不明である.研究の手法の一つとして,緑内障患者からの摘出標本を調べることが行われてきた.しかし,進行例からの標本が多く,高眼圧などによる二次的な変化との区別が困難である.また,単なる加齢性の変化との鑑別がむずかしいことも,病態解明が進まない原因の一つと思われ(13)***▲▲▲図9原発開放隅角緑内障眼の角強膜網線維柱層板の電子顕微鏡写真線維柱層板を覆う線維柱帯細胞が一部欠損しており(矢印),基底板が肥厚している(*).長周期コラーゲンもみられる(矢じり).る.一方,培養線維柱帯細胞や培養線維柱帯組織を使用した研究も数多くなされているが,その結果を直接生体での現象と関連づけるには限界がある.最近,正常眼圧緑内障の動物モデルが作製された26).今後,原発開放隅角緑内障の動物モデルが作製されれば,invitroとinvivoとが結びつき,原発開放隅角緑内障の病態解明が急速に進展することが期待される.文献1)TawaraA,VarnerHH,HollyfieldJG:Distributionandcharacterizationofsulfatedproteoglycansinthehumantrabeculartissue.InvestOphthalmolVisSci30:22152231,19892)OverbyD,GongH,QiuGetal:Themechanismofincreasingoutflowfacilityduringwashoutinthebovineeye.InvestOphthalmolVisSci43:3455-3464,20023)EthierCR,KammRD,PalaszewskiBAetal:Calculationsofflowresistanceinthejuxtacanalicularmeshwork.InvestOphthalmolVisSci27:1741-1750,19864)WeinrebRN,KashiwagiK,KashiwagiFetal:Prostaglandinsincreasematrixmetalloproteinasereleasefromhumanciliarysmoothmusclecells.InvestOphthalmolVisSci38:2772-2780,19975)OhDJ,MartinJL,WilliamsAJetal:Analysisofexpressionofmatrixmetalloproteinasesandtissueinhibitorsofmetalloproteinasesinhumanciliarybodyafterlatanoprost.InvestOphthalmolVisSci47:953-963,20066)RohenJW,Lutjen-DrecollE,FlugelCetal:Ultrastructureofthetrabecularmeshworkinuntreatedcasesofpriあたらしい眼科Vol.29,No.5,2012593 maryopen-angleglaucoma(POAG).ExpEyeRes56:683-692,19937)瀬川雄三:緑内障前房隅角の微細構造─原発開放隅角緑内障の病理を中心にして─.日眼会誌79:1665-1686,19758)KnepperPA,GoossensW,HvizdMetal:Glycosaminoglycansofthehumantrabecularmeshworkinprimaryopen-angleglaucoma.InvestOphthalmolVisSci37:1360-1367,19969)TripathiRC,LiJ,ChanWFetal:AqueoushumoringlaucomatouseyescontainsanincreasedlevelofTGF-beta2.ExpEyeRes59:723-727,199410)InataniM,TaniharaH,KatsutaHetal:Transforminggrowthfactor-beta2levelsinaqueoushumorofglaucomatouseyes.GraefesArchClinExpOphthalmol239:109-113,200111)MaattaM,TervahartialaT,HarjuMetal:Matrixmetalloproteinasesandtheirtissueinhibitorsinaqueoushumorofpatientswithprimaryopen-angleglaucoma,exfoliationsyndrome,andexfoliationglaucoma.JGlaucoma14:64-69,200512)TripathiRC,TripathiBJ:Contractileproteinalterationintrabecularendotheliuminprimaryopen-angleglaucoma.ExpEyeRes31:721-724,198013)ReadAT,ChanDW,EthierCR:Actinstructureintheoutflowtractofnormalandglaucomatouseyes.ExpEyeRes84:214-226,200714)AlvaradoJ,MurphyC,JusterR:Trabecularmeshworkcellularityinprimaryopen-angleglaucomaandnonglaucomatousnormals.Ophthalmology91:564-579,198415)AlvaradoJA,MurphyCG:Outflowobstructioninpigmentaryandprimaryopenangleglaucoma.ArchOphthalmol110:1769-1778,199216)GherghelD,GriffithsHR,HiltonEJetal:Systemicreductioninglutathionelevelsoccursinpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.InvestOphthalmolVisSci46:877883,200517)ZhouL,LiY,YueBY:Oxidativestressaffectscytoskeletalstructureandcell-matrixinteractionsincellsfromanoculartissue:thetrabecularmeshwork.JCellPhysiol180:182-189,199918)StoneEM,FingertJH,AlwardWLMetal:Identificationofagenethatcausesprimaryopenangleglaucoma.Science275:668-670,199719)BruttiniM,LongoI,FrezzottiPetal:Mutationsinthemyocilingeneinfamilieswithprimaryopen-angleglaucomaandjuvenileopen-angleglaucoma.ArchOphthalmol121:1034-1038,200320)SohnS,http://www.atagan.jp/wp-admin/post-new.phpHurW,JoeMKetal:Expressionofwild-typeandtruncatedmyocilinsintrabecularmeshworkcells:theirsubcellularlocalizationsandcytotoxicities.InvestOphthalmolVisSci43:3680-3685,200221)SohnS,HurW,ChoiYRetal:LittleevidenceforassociationoftheglaucomageneMYOCwithopen-angleglaucoma.BrJOphthalmol94:639-642,201022)生井浩,岩城忍:狭隅角緑内障の成因に関する組織学的研究.日眼会誌63:2412-2428,195923)TawaraA,InomataH:Developmentalimmaturityofthetrabecularmeshworkinjuvenileglaucoma.AmJOphthalmol98:82-97,198424)FineBS,YanoffM,StoneRA:Aclinicopathologicstudyoffourcasesofprimaryopen-angleglaucomacomparedtonormaleyes.AmJOphthalmol91:88-105,198125)TengCC,KatzinHM,ChiHH:Primarydegenerationinthevicinityofthechamberangle.Asanetiologicfactorinwide-angleglaucoma.PartII.AmJOphthalmol43:193203,195726)HaradaT,HaradaC,NakamuraKetal:Thepotentialroleofglutamatetransportersinthepathogenesisofnormaltensionglaucoma.JClinInvest117:1763-1770,2007594あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(14)

眼圧上昇機序:総論

2012年5月31日 木曜日

特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):583.588,2012特集●眼圧上昇はなぜ起こる?あたらしい眼科29(5):583.588,2012眼圧上昇機序:総論IncreasingIntraocularPressureandBasicBackground澤口昭一*はじめに「緑内障は眼圧の上昇と上昇した眼圧による一時的あるいは永久的な視神経障害の現れである視機能障害を特徴とする眼疾患である.眼圧のレベルは,毛様体上皮からの房水産生と前房隅角からの流出のバランスに加えて上強膜静脈圧の高さにより決定される.したがって,理論的には眼圧の上昇は前房隅角がさばききれないほどの房水の過剰産生または房水流出障害あるいはその両者の合併のいずれかによっても生じうるはずであるが,日常われわれが遭遇する緑内障ではごくまれな例外を除き眼圧は房水流出障害の結果上昇するものである.また上強膜静脈圧上昇による緑内障もきわめてまれである」.以上の文章は緑内障クリニック第2版の緑内障の定義であり,同時に眼圧上昇の病因を述べたものである.いうまでもなく,眼圧は房水の産生量と流出抵抗の積で決定し,房水産生量の増加,流出抵抗の増加あるいはその両者は眼圧上昇に,逆に房水産生量の低下,流出抵抗の減少あるいはその両者は眼圧下降に帰結する.眼圧はこの房水産生と流出抵抗の絶妙なバランスの上にコントロールされており,日本人では平均値14.5mmHg,欧米では15.5mmHgであり,日本人では加齢とともに眼圧は下降し,欧米では逆に上昇することが知られている.本総論では眼圧に関係する解剖を中心に,生理,生化学,薬理についての基礎的な知識について概説する.I眼圧に関係する眼の解剖(図1)1.毛様体(房水産生)の解剖房水は毛様体突起で産生される.毛様体突起は虹彩裏面で虹彩根部の後方,毛様体扁平部の前方に位置し,ヒトでは虹彩裏面の瞳孔縁側から輪部-強膜に向かって放射状に配列する約70個の構造物である(図1,2).毛様体突起の血管系は前毛様動脈と後毛様動脈の吻合によって形成される大動脈輪(Zinn-Haller動脈輪)から供給され,この分枝が毛様体を栄養する.また,交感神経系,副交感神経系などの自律神経系やそれ以外のさまざまな神経伝達物質,神経作動薬を含む神経末端が分布し,房水産生に影響を与える.図1眼圧に関係する前眼部の構造:低倍率での隅角,線維柱帯,毛様体の組織所見*ShoichiSawaguchi:琉球大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕澤口昭一:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)583 毛様体突起虹彩ひだ部と扁平部の移行部毛様体突起虹彩ひだ部と扁平部の移行部図2毛様体突起の立体構造豊富な血管毛様体色素上皮無色素上皮図4高倍率での毛様体突起の組織所見毛様体突起内には豊富な血管が観察される.毛様体突起は中心部に豊富な血管を含んだ結合組織で,その外層を2層の細胞層が取り囲んでいる(図3,4).前房側(外側)が無色素上皮(nonpigmentedepithelium)でその内側(実質側)が色素上皮(pigmentedepithelium)である(図4).無色素上皮は基底膜を後房側に,色素上皮は実質側にそれぞれ有し,この2層の細胞層は表面側を互いに向け合うという特異な構造をしている.無色素上皮は前方では虹彩色素上皮に,また後方では感覚網膜に移行する.色素上皮は前方では虹彩筋上皮に,後方では網膜色素上皮に移行する.無色素上皮細胞は細胞内小器官に富み,側面は互いにタイトジャンクション(tightjunction)で接着し,血液房水関門を形成する.また,隣接する色素上皮細胞間はデスモゾーム(desmosome)により接合している.それ以外にもギャップ結合(gapjunction),などの細584あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012図3低倍率での毛様体突起の光学顕微鏡組織所見図5毛様体上皮の電子顕微鏡所見豊富な細胞内小器官と細胞間接着装置が観察される.胞間結合装置があり,房水産生や房水の出入りに関係している(図5).2.房水流出路の解剖房水は2つのルートで眼外へ排出される(図6).ヒトでは主流出路(conventionaloutflow)の線維柱帯Schlemm管路から約90%の房水が,また副流出路のぶどう膜-強膜路(uveoscleraloutflow)の毛様体筋とその隙間から約10%の房水が通過し眼外へ流出する.経Schlemm管流出路のうち,線維柱帯は前房側からぶどう膜網,角強膜網,傍Schlemm管結合組織に分けられる(図7).線維柱帯を構成するぶどう膜網と角強膜網の流出抵抗はわずかであり,正常人での流出抵抗はおもに傍Schlemm管結合組織とSchlemm管内皮細胞に存在している(図7.9).Schlemm管内側は1層の内皮細胞(4) 隅角線維柱帯Schlemm管導出静脈房水の90%が通過(経Schlemm管路)房水の10%が通過(経ぶどう膜・強膜経路)Schlemm管前房・隅角角・強膜網ぶどう膜網傍Schlemm管結合組織線維柱帯隅角線維柱帯Schlemm管導出静脈房水の90%が通過(経Schlemm管路)房水の10%が通過(経ぶどう膜・強膜経路)Schlemm管前房・隅角角・強膜網ぶどう膜網傍Schlemm管結合組織線維柱帯図6前房隅角からの房水の流出ルート図7線維柱帯の光学顕微鏡所見90%は線維柱帯-Schlemm管経由で,10%がぶどう膜-強膜経線維柱帯は前房側からぶどう膜網,角強膜網,傍Schlemm管路で排出され,全身血流に還流する.結合組織に解剖学的に分類される.前房側・表面断面像図8線維柱帯の立体構造走査型電子顕微鏡で観察した線維柱帯の間隙は広く,房水流出の抵抗は少ない.AC:前房,SC:Schlemm管.に覆われており,この内皮細胞の重要な機能は巨大空胞によって房水を傍Schlemm管結合組織からSchlemm管に流出させることである(図9).Schlemm管へ入った房水はさらに約30本の集合管に集まり,房水静脈を通過して上強膜静脈へと流れる.副流出路であるぶどう膜-強膜路は前房からぶどう膜(5)Schlemm管Schlemm管内皮細胞傍Schlemm管結合組織バキュオル図9Schlemm管近傍の電子顕微鏡組織透過型電子顕微鏡で観察した傍Schlemm管結合組織とSchlemm管内皮細胞を示す.Schlemm管内皮細胞は房水で膨らんで(バキュオル),ある一定の圧になると細胞壁に小孔が開きSchlemm管へ房水が流出していく.線維柱帯に入り毛様体筋束間を進み,毛様体筋と強膜の間に存在する上毛様体腔,上脈絡膜腔(図1)へと流れ,強膜のコラーゲン線維間または強膜を貫く血管や神経の通路にできた隙間を通り,眼窩へ流れ込んで眼窩組織に吸収される.ぶどう膜-強膜路の最大の抵抗の場は毛様体であり,毛様体の緊張は抵抗を増大し流出量を減少させる.また,経Schlemm管路は眼圧上昇に比例して房水流出は増加し,ぶどう膜-強膜流出路での房水流出は眼圧の影響は受けない.あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012585 II房水産生の生理と生化学1.毛様体上皮における房水産生(図10)房水のおよそ25%は限外濾過により,75%は毛様体上皮における能動輸送により産生される.限外濾過は眼圧により増減するが,能動輸送は生理域では眼圧に影響を受けない.限外濾過は毛細血管圧,血漿の膠質浸透圧と眼圧の3者により決定されている.通常,毛細血管圧上昇は限外濾過を促進する方向に,膠質浸透圧上昇と眼UnidirectionalsecretionStromaPENPEAqueous圧上昇はこれを抑制する方向に働く.能動輸送はNa,K-ATPase(アデノシン三リン酸分解酵素)が関与し,ATP依存性にNa+を後房に分泌し,イオンのバランスをとるために重炭酸イオンが同時に分泌される.これに働く重要な酵素が炭酸脱水酵素(CA)であり,この重炭酸イオン分泌の抑制薬であるアセタゾラミドにより房水産生は抑制され眼圧が下降する.このCAには多くのisozymeがあり,少なくとも7種類以上が同定されている.房水産生に重要な無色素上皮にはCAII型が細胞質に,CAIV型が細胞膜に豊富に存在している.アセタゾラミドはすべてのCAに対して抑制的に働き,この際房水産生は40%程度減少する.また,近年水チャンネル分子であるアクアポリン(AQP)が房水産生に関与している可能性が報告され,無色素上皮にはisozymeのAQP1,4の存在が確認された.H+HCO3-PotentialreabsorptionNa+3Na+Na+K+K+K+2K+Cl-Cl-Cl-2Cl-H2OH2OH2OCO2OuabainSwellingHCO3-CACA…..?StromaPENPEAqueous図10毛様体上皮における房水産生(分泌)(A)と再吸収(B)の経路PE:毛様体色素上皮,NPE:毛様体無色素上皮.(McLaughlinCWetal:AmJPhysiolCellPhysiol293:C1455-C1466,2007,Fig.1より)3Na+OuabainNa+Na+Na+Na+K+H+K+K+2K+Cl-Cl-Cl-2Cl-H2OH2OHCO3-Swelling..?2.房水の組成(表1)房水はおもに毛様体上皮(特に無色素上皮)で産生される透明な液体で,その産生量はおよそ2.5.3.0μl/分であり,これは前房容積のおよそ1%程度である.房水と血漿はいくつかの点でその組成を含めて大きく異なっている.そのおもなものとして①蛋白質の濃度が低く,5mg/dlであり,血漿濃度の1%未満である.②アスコルビン酸濃度が25mg/dlと血漿の約20.30倍ときわめて高く,これには毛様体の能動輸送が関与している.この能動輸送の影響で③水素イオン,塩素イオン,ナトリウムイオンが血漿に比較して高く,一方,グルコース,重炭酸イオンが少ない.脂質は接着するリポ蛋白が表1房水の組成(ヒト,サル)物質(μmol/ml)前房血漿Naイオン152146(サル)Caイオン2.52.6(サル)Kイオン3.6.3.94.0.4.1(サル)Clイオン124.8.131.6107.124(ヒト)重炭酸イオン20.227.5(ヒト)グルコース2.85.9(ヒト)乳酸4.51.9(ヒト)アスコルビン酸1.060.04(ヒト)蛋白質13.5.23.76,000.8,000(ヒト)(三島弘:眼科診療プラクティス10,文光堂,1994より改変)586あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(6) 血液房水関門を通過できないため房水中の脂質濃度はきわめて低く,また細胞成分は病的な状態を除いては存在しない.3.房水産生・流出に影響する諸因子房水産生と流出に関与する毛様体の能動輸送,線維柱帯の機能調節には神経支配を含めて複雑で不明な点が多い.房水産生・流出に関与する代表的なものとして,臨床上使用されている眼圧下降薬を中心に説明する.アセタゾラミドは前述のようにすべてのCAのisozymeを抑制し,これによって房水産生は40%減少する.近年,臨床応用された塩酸ドルゾラミドはCAII型の選択的な阻害薬である.コリン作動薬(ピロカルピン)は,機械的に線維柱帯間隙を広げ眼圧下降に作用するが,もう一つの作用として血液房水関門の破綻をきたし,Schlemm管内皮細胞抵抗を減少し房水流出を増加させ眼圧を下降させる.また,毛様体筋を収縮させるためぶどう膜-強膜路の房水流出は減少する.コリン作動薬自体の房水産生への影響は少ない.アドレナリン作動薬(エピネフリン)はb受容体を介する房水産生増大作用と,a2受容体を介する産生抑制作用がある.また,a2受容体に選択的に作用するブリモニジンは房水産生抑制とともにぶどう膜-強膜路の流出を促進する.プロスタグランジン製剤はぶどう膜-強膜路の流出抵抗を減弱させる.b遮断薬(チモロール)は房水産生を低下させる.就寝時の房水産生は覚醒時の50%に低下するが,これは毛様体上皮アドレナリン受容体のcAMP(環状アデノシン一リン酸)経路で調節されている.III眼圧変動に関与する因子と臨床での注意点(表2)眼圧は房水産生と房水流出のそれぞれの調節により血圧と同様,常に変動している.眼圧の日内変動は,房水産生の日内変動により生じるといわれている.この日内変動は,一般的には朝と夕方にピークのある二峰性のパターンが多いが,この変動は房水産生だけでは説明ができない.眼圧の日内変動幅は正常人でも3.6mmHgあり,緑内障患者ではこの差が大きくなる.正常眼圧緑内障(NTG)患者の診断にはこの点に注意する必要があ(7)表2房水産生を低下させる要因1.一般的要因加齢,日内変動,運動2.全身的要因血圧低下,内頸動脈血流低下,低体温,アシドーシス,全身麻酔3.局所的要因高眼圧,ぶどう膜炎,網膜.離,救後麻酔,脈絡膜.離4.薬理学的要因b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,a2アゴニスト,ほか5.手術毛様体破壊(レーザー,冷凍凝固など)(Adler’sPhysiologyoftheEye,11thed,2011,p282のTable11.2より抜粋,改変)る.眼圧は収縮期血圧と肥満度に相関し,欧米人では加齢とともに眼圧上昇が起こりやすく,日本人は逆に低下しやすいがその差は1.2mmHg程度である.また,肥満の人とやせた人の眼圧差は4mmHgにもなる.女性のほうが眼圧は高めであるがその差はわずかである.座位と仰臥位での眼圧差は2.6mmHgほどあり,緑内障患者と正常人では大きな差はないが,進行・悪化するNTG患者ではその差が大きくなるという報告がある.眼圧には季節変動があり冬は上昇し,温かくなると低下する.この変動幅は緑内障患者ほど大きくなり,冬期間,緑内障患者の眼圧がコントロール不良になることはよく経験する.この日内変動,季節変動の幅が大きい患者ほど緑内障は進行しやすい.運動は眼圧を低下させるが一時的な運動の眼圧への影響は一過性である.一方,継続的に運動を続けると眼圧のベースラインは低下し,もともと眼圧の高い人ではより低下しやすい.アルコール摂取は利尿作用があり眼圧を低下させる.しかし一気に大量の水分の摂取(ジョッキでのビールやスポーツドリンクの一気飲み)は体水分量を一時的に増加させ眼圧を急激に上昇させる.特に緑内障患者は眼圧の上昇幅が大きく,また持続時間が長いので注意が必要である.進行した緑内障患者で飲酒後に眼がかすむと訴えることがある.タバコやコーヒーは普通の摂取量では眼圧にはほとんど影響がない.副腎皮質ステロイドホルモンは内服,点眼,軟膏などいずれも中・長期的に眼圧上昇をきたし,一般的に若年あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012587 者,高眼圧・緑内障患者ほど反応が強くかつ早く出現する.特にステロイド軟膏や痔に使用するステロイド座薬の使用は見逃しやすく注意が必要である.一般的にはステロイドの減量や中止で可逆的に眼圧は下降する.全身麻酔薬は眼圧を下降させるので,小児の全身麻酔下での眼圧測定には注意が必要である.角膜厚が眼圧に影響を与え,薄い角膜厚では眼圧は低めに,厚い角膜厚では眼圧は高めに測定される.特にLASIK(laserinsitukeratomileusis)などの屈折矯正術後の眼圧値には注意が必要であり,換算値は約1mmHg/30μmであり,角膜厚は530μmが正常の平均値である.また,薄い角膜厚自体が緑内障進行悪化の危険因子である.参考文献1)北沢克明:緑内障クリニック(第2版).金原出版,19862)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20043)SommerA,TielshJM,KatzJetal:RelationshipbetweenintraocularpressureandprimaryopenangleglaucomaamongwhiteandblackAmericans.TheBaltimoreEyeSurvey.ArchOphthalmol109:1090-1095,19914)NomuraH,ShimokataH,AndoFetal:Age-relatedchangesinintraocularpressureinalargeJapanesepopulation.Across-sectionalandlongitudinalstudy.Ophthalmology106:2016-2022,19995)三嶋弘:房水産生機構.眼科診療プラクレス10,緑内障診療の進め方(根木昭編),p210-213,文光堂,19946)高比良雅之,杉山和久:房水産生と調節機序.眼科プラクテス11,緑内障診療の進めかた(根木昭編),p388-391,文光堂,20067)宇治幸隆:健常眼圧,病的眼圧,正常眼圧.新図説臨床眼科学講座4,緑内障(新家眞編),p31-32,メジカルビュー社,19988)McLaughlinCW,Zellhuber-McMillanS,MacknightADCetal:Electronmicroprobeanalysisofrabbitciliaryepitheliumindicatesenhancedsecretionposteriorlyandenhancedabsorptionanteriorly.AmJPhysiolCellPhysiol293:C1455-C1466,2007588あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(8)

序説:眼圧上昇はなぜ起こる?

2012年5月31日 木曜日

●序説あたらしい眼科29(5):581.582,2012●序説あたらしい眼科29(5):581.582,2012眼圧上昇はなぜ起こる?WhyDoesIntraocularPressureIncrease?栗本康夫*山本哲也**かつて,緑内障とは眼圧が異常に上昇する病気のことであった.たとえば,30年前に上梓された緑内障の代表的なテキストブックであるShieldsの“Glaucoma”初版本では,緑内障とは“thosesituationsinwhichtheintraocularpressureistoohighforthenormalfunctioningoftheopticnervehead.”であるとしている.「視神経が正常な機能を営むには眼圧が高すぎる状態」という簡明な定義である.こうした理解の下では,異常な眼圧上昇をきたす房水動態の異常を解決することこそが緑内障治療の核心であり,日々の臨床の現場でも個々の症例についてなぜ眼圧上昇が起こっているのかを考えることはあまりにも当然のことであった.一方,緑内障ではあっても眼圧上昇を認めない,すなわち房水動態に異常がない緑内障として正常眼圧緑内障という病型がある.正常眼圧緑内障は「低眼圧緑内障」の名で古くから指摘されてはいたが,かつては特殊なケースとして緑内障治療のメインストリームには上がってこなかった.その状況が一変したのはわが国の多治見スタディの発表以降であろう.多治見スタディやその後の他国での疫学調査の結果,従来の認識に反して正常眼圧緑内障の有病率が大変に高いことが明らかとなり,開放隅角緑内障患者と正常者の眼圧値の分布は大きく重複していることも明らかとなった.これをもって,緑内障とは房水動態の異常に基づく眼圧の異常な上昇による疾患であるという古典的な概念はすっかり崩壊してしまったのである.現在では,高眼圧の原発開放隅角緑内障と正常眼圧緑内障はシームレスな一連のスペクトラム上にのる単一疾患と理解され,両者の区別は統計学的手法による眼圧正常値の定義によってのみなされている.正常眼圧緑内障が緑内障治療のメインストリームに上ったことで,緑内障診療の様子は大きく様変わりした.眼圧が正常値であっても正常眼圧緑内障の治療には眼圧をさらに下降させるよりほかに確かな方法はなく,これには房水動態の異常を治すという考え方はあてはまらない.緑内障治療成績に関するエビデンスレベルの高い数々の前向き報告の結果を受けて,緑内障の治療においてはベースライン眼圧から20%あるいは30%の眼圧低下を目指すというような「目標眼圧」の考え方が一般化した.折しも眼圧下降効果の強力な点眼薬が次々と登場したことで,薬物治療によりそうした目標眼圧値を達成することも現実的になった.この結果,世の眼科医の視線はもっぱら眼圧をどれだけ下げるかということに収斂し,眼圧上昇の原因を治療するという意識が希薄になっているようにも見受けられる.少々乱暴な言い方をすれば,とにかく眼圧さえ下げられれば良い治療だという診療態度と言えよう.眼圧上昇の原*YasuoKurimoto:神戸市立医療センター中央市民病院眼科**TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)581 因が明白な緑内障病型である原発閉塞隅角緑内障に対してさえ原因治療とは無縁な濾過手術を第一選択とした前向き治療成績が権威ある眼科誌に掲載されていることがこうした風潮を端的に表している.しかし,正常眼圧緑内障はさておき,高眼圧緑内障は基本的には房水動態の異常に基づく疾患であり,房水動態の異常を治療により正すことができればそれに越したことはない.この点に異論の余地はないであろう.特に,原発閉塞隅角緑内障や続発緑内障など原因治療が緑内障治療の原則となる病型では,なぜ眼圧が上昇しているのかを理解することが最も重要なポイントとなる.眼圧が上昇している原因への正しい理解が適切な治療に直結し,ひいては患者の予後を左右するものとなる.また,原発開放隅角緑内障など原因治療を行うことがむずかしい病型であっても,眼圧が上昇している原因(房水動態に異常をきたしている原因)を理解しておくことは決して無意味ではなく,個々の症例の病態を理解して治療のストラテジーを考えるうえで大いに参考となる.さらに中長期的には,すべての眼科医が眼圧上昇がなぜ起こるかをしっかりと理解しておくことは今後の緑内障治療の進歩のためにも意味のあることであろう.本特集は,緑内障治療の原点に立ち帰り房水動態異常を理解するという観点から企画され,タイトルはずばり「眼圧上昇はなぜ起こる?」とした.本編では,眼圧上昇機序の総論を澤口昭一先生に解説していただいたうえで,眼圧上昇をきたす病型を網羅してそれぞれの病型に造詣の深い先生方に眼圧が上昇する機序とその対策について解説をしていただいた.特に眼圧上昇の原因治療が緑内障治療の主体となる原発閉塞隅角緑内障と続発緑内障には多くの項を割いている.本特集が,読者の先生方の日々の臨床現場において,眼圧上昇の原因を正しく診断して適切な治療ストラテジーを立てるための一助となれれば幸いである.582あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(2)

眼症状を主訴としたセネストパチーの1例

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):573.575,2012c眼症状を主訴としたセネストパチーの1例松本識子中馬秀樹直井信久宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野ACaseofOcularCenesthopathySatokoMatsumoto,HidekiChumanandNobuhisaNaoiDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki眼症状を訴えるセネストパチーの1例を経験した.51歳,女性.2年前に義母が使用した洗面器で洗顔した.翌日より両眼脂が出現,その後両眼の中を虫がもそもそ這うようになった.多数の眼科を受診するも有意な異常所見を指摘されず,ドクターショッピングを繰り返していた.当科受診され,特に眼科所見に問題ないため精神科・心療内科受診を勧めたところ立腹し,帰宅した.眼症状を訴えるセネストパチーは珍しいが,眼科医もセネストパチーの概念を認識して対応していくことが大切である.Weexperiencedacaseofocularcenesthopathy.Thepatient,a51-year-oldfemale,wasseenwithchiefcomplaintoftinyinsectscreepinginhereyes.Shehadsufferedeyedischargeandocularinfestationfromthedayaftershehadwashedherfaceusinghermother-in-law’swashbashin.Shehadconsultednumerousophthalmologists,butnonefoundanyevidenceofinfectiousdisease.However,convincedthatshehadaninfection,shehadcontinued“doctorshopping.”Whensheconsultedus,wefoundnoevidenceofinfectiousdiseaseandadvisedhertoconsultapsychiatrist.Shereactedangrilyanddidnotreturnforfurtherfollow-up.Ophthalmologistsshouldtoknowwhatcenesthopathyisandhowtohandlesuchpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):573.575,2012〕Keywords:セネストパチー,ドクターショッピング,眼科-精神科連携.cenesthopathy,doctorshopping,cooperationbetweenophthalmologistsandpsychiatrists.はじめに日常診療のなかで,強い自覚的異常を訴えるが他覚的検査で異常所見を認めない症例にしばしば遭遇する.そのなかに奇妙な異常体感を主症状とするセネストパチー(cenesthopathy)がある1).セネストパチーは,ありえない異物感を執拗に訴え,しばしば手術を要求するという非常に扱いにくい疾患で,その存在を知らないと,患者との間で大きなトラブルになる2).しかし,眼症状を主訴とするセネストパチーの報告例は少なく3),眼科医の間ではまだ十分に認識されていない.今回「両眼の中を虫がもそもそ這う」と訴えるセネストパチーの1例を経験したので報告する.I症例患者:51歳,女性.主訴:頻繁に両眼の中を虫がもそもそ這う,ティッシュで拭いても虫が取れない.現病歴:X-2年11月,義母が使用した洗面器で洗顔した翌日より,両眼性の眼脂が出た.その後,両眼の痒み,霧視,虫が眼の中をもそもそ動く感じが出現した.翌12月,近医眼科を受診した.以後数カ月ごとに居住県内の眼科を回り,慢性結膜炎やドライアイや異常なしの診断で点眼を次々に変更していった.X-1年5月,眼脂は改善したが,虫が動く感じは変わらなかった.X年9月,寄生虫の血液検査受けるも,異常なしであった.同月,某大学医学部附属病院眼科を受診し,異常なしと診断された.X年11月25日,症状が継続するため,当科を自己初診した.病歴を聴取中も「同居している義父母に眼脂・充血が強かった.同居している息子も眼脂があり,よく眼を擦っていて近視になった.別居している実母にも自分の眼脂が移ってしまい,申し訳なく思っている.虫が取れずにこんなに自分が〔別刷請求先〕松本識子:〒889-1602宮崎市清武町木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:SatokoMatsumoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake-cho,Miyazaki889-1602,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(139)573 苦しんでいるのに,今まで受診した眼科の医者は誰も理解してくれない.」涙を流しながら30分間以上訴えた.また,眼の中に寄生虫がいるに違いないから一部とって検査をしてくれと執拗に訴えた.既往歴:47歳時,左膝粉砕骨折手術時に心因性の喘息.家族歴:特記事項はなかった.眼科的所見:視力は右眼0.1(1.5×sph.3.25D(cyl.0.75DAx180°),左眼0.15(1.2×sph.2.50D(cyl.1.00DAx145°).対光反射,眼球運動に異常なし.前眼部・中間部透光体に異常なし,虫は観察されなかった.眼圧は両眼14mmHg.眼底は両眼異常なし.以上より,眼科的異常所見はないことを説明し,精神科・心療内科受診を勧めたところ「ここでも精神疾患で済ませようとするのですか.精神疾患のはずがない.」と立腹して帰宅した.以後当科は受診していない.II考察本症例は,両眼の中を虫がもそもそ這うという独特な体感異常の訴えが強いにもかかわらず眼科的異常所見を認めない,診断に納得されずドクターショッピングを繰り返している,精神科・心療内科受診を頑なに拒否し精神疾患であることを認めない,といった特徴より,セネストパチーと診断した4,5).セネストパチー(cenesthopathy)は,E.DupreとP.Camusによって1907年に初めて提唱された奇妙な異常体感を主症状とする病態である.米国精神医学会の疾患分類,DSM(TheDiagnosticandStatisticalManualofMentalDisorders)-IVではセネストパチーという病名は存在せず,あえて最も近いものをあてはめるとすると,妄想的要素に焦点を当てれば妄想性障害・身体型となり,異常感覚要素に焦点を当てれば鑑別不能型身体表現性障害となるだろう(表1,2)1,3,6).セネストパチー患者は身体の異常な感覚を,奇妙な得体のしれないものとしてさまざまな表現によって訴える.しかしその感覚は患者にとっても異様であるため表現しにくく,正確な言葉が見つからないため種々の言い回しを用いて,何とか自己の体験を伝えようと必死になる1).表1DSM.IV.TRの297.1妄想性障害の診断基準A.奇異でない内容の妄想(すなわち,現実生活で起こる状況に関するもの,例えば,追跡されている,毒を盛られる,病気をうつされる,遠く離れた人に愛される,配偶者や恋人に裏切られる,病気にかかっている)が少なくとも1カ月間持続する.B.統合失調症の基準Aを満たしたことがないこと注:妄想性障害において,妄想主題に関連したものならば幻触や幻嗅が出現してもよい.C.妄想またはその発展の直接的影響以外に,機能は著しく障害されておらず,行動も目立って風変りであったり奇妙ではないD.気分エピソードが妄想と同時に生じていたとしても,その持続期間の合計は,妄想の持続期間と比べて短い.E.その障害は物質(例:乱用薬物,投薬)や一般身体疾患による直接的な生理学的作用によるものではない..病型を特定せよ(以下の各病型は優勢な妄想主題に基づいてのものである)色情型妄想が他の誰か,通常社会的地位が高い人が自分と恋愛関係にあるというもの誇大型妄想が,肥大した価値,権力,知識,身分,あるいは神や有名な人物との特別なつながりに関するもの嫉妬型妄想が,自分の性的伴侶が不実であるというもの被害型妄想が,自分(もしくは身近な誰か)がなんらかの方法で悪意をもって扱われているというもの身体型妄想が,自分に何か身体的欠陥がある,あるいは自分が一般身体疾患にかかっているというもの混合型妄想が上記の病型の中の2つ以上によって特徴づけられるが,どの主題も優勢ではないもの特定不能型表2DSM.IV.TRの300.82鑑別不能型身体表現性障害の診断基準A1つまたはそれ以上の身体的愁訴(例:倦怠感,食欲減退,胃腸系または泌尿器系の愁訴)B(1)か(2)のどちらか(1)適切な検索を行っても,その症状は,既知の一般身体疾患または物質(例:乱用薬物,投薬)の直接的な作用によって十分に説明できない(2)関連する一般身体疾患がある場合,身体的愁訴または結果として生じている職業的障害が,既往歴,身体診察所見または臨床検査所見から予測されるものをはるかに超えているC症状が,臨床的に著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしているD障害の持続期間は少なくとも6カ月であるEその障害は,他の精神疾患(例:他の身体表現性障害,性障害,気分障害,不安障害,睡眠障害,または精神病性障害)ではうまく説明されないF症状は,(虚偽性障害または詐病のように)意図的に作り出されたり捏造されたりしたものではない574あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(140) 患者は精神障害とは決して考えず,器質的な異常として確信する.そのため可視的な検査方法を求める.ドクターショッピングをし,満足することができない.異常体感は生活の中心に居座り,それを周囲に向かって訴え続けるが,理解されず人格は保たれたまま社会から逸脱していくとされる3).本症例でも,義母からの眼脂が自分に移り,それを息子や実母に移してしまったという誤った妄想を信じ込んでおり,修正不能であった.義母への不満という精神的問題が背景にあるのであろう.「両眼の中を虫がもそもそ這う」という異常感覚を確信しており,症状を詳細に説明した.多数の病院をドクターショッピングして,眼科検査・寄生虫検査の他覚検査の異常なしという結果を否定し続けており,当科でも眼科検査を希望した.検査所見に異常がないことを不服とし,精神疾患であることを断固として拒否した.セネストパチーに対する効果的な治療法はまだ確立されていない.定期的な身体的診察,傾聴,薬物療法にて加療を行う.薬物はおもに抗うつ薬,抗精神病薬の報告が多いため,やはりこのような症例はいかにして精神科への受診をさせるかが困難で,重要であると考える.稲田は,精神科との連携がうまくいくためのポイントとして,患者と眼科医の間で信頼関係をもつということと,眼科医と精神科医が知り合いであるということをあげている(表3)7).まとめとして,眼症状を主訴とするセネストパチーの報告例は少ないが,眼科医もその疾患概念を認識しておくことが必要であろう.また,加療にあたっては精神科との連携が必要であるため,患者と良好な関係を構築したうえで精神科受診を勧めることが重要であると考えた.表3精神科との連携がうまくいくためのちょっとしたポイント患者と眼科医の間で信頼関係をもつ・患者に“見捨てられた”という印象を抱かせない・眼科での診療を続ける,あるいは戻ってきて良いと保証する眼科医と精神科医が知り合いである・精神科のアプローチ(原因を追求するよりも対処法を考える)を理解している・過大な期待を抱かせない.「別のアプローチを試してみましょう」くらいの説明が良い・どのように説明したか,精神科受診をどのようにとらえているかを知らせてほしい・心理的要因でわかっていることがあれば知らせてほしい文献1)松下正明:精神症候と疾患分類・疫学第1巻.p130-131,中山書店,19982)若倉雅登:心療眼科とは.実践!心療眼科,p3-9,銀海舎,20113)気賀沢一輝:長期経過を観察し得た眼科領域セネストパチーの1例.神経眼科25:358-364,20084)ShermanMD,HollandGN,HolsclawDSetal:Delusionsofocularparasitosis.AmJOpthalmol125:852-856,19985)大野京子:眼の周りに虫がいる.実践!心療眼科,p155156,銀海舎,20116)高橋三郎,大野裕,染矢俊幸(訳):DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院,20027)稲田健:連携がうまくいった例.実践!心療眼科,p157160,銀海舎,2011***(141)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012575

白内障水晶体前囊片の過酸化物質総量の測定

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):563.571,2012c白内障水晶体前.片の過酸化物質総量の測定岡本洋幸新井清美筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ConcentrationofHydroperoxideinCataractousLensHiroyukiOkamoto,KiyomiAraiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital目的:水晶体の過酸化度の判定に,過酸化水素,過酸化脂質の他,核酸や蛋白質の過酸化物も含めた過酸化物質総量を測定し,全身状態との関係を検討した.方法:白内障水晶体前.片の過酸化物質総量は,Freed-ROMs変法で測定し,糖尿病の有無,術前の総コレステロール,中性脂肪,尿酸,尿素窒素,蛋白質総量,年齢との関係を検討した.結果:水晶体前.中の過酸化物質総量は,diabetesmellitus(DM)>非DM,中性脂肪高値群>正常値群,尿酸高値群>正常値群で,各々有意差(各p<0.01)があった.水晶体の過酸化物質総量は,中性脂肪(r=0.41,p<0.05),尿酸値(r=0.50,p<0.01)と正の相関があった.その他は有意な相関および正常値群との差はなかった.結論:DM,中性脂肪高値群,尿酸高値群では水晶体への過酸化反応の密接な影響が今回新たに明らかになった.Weinvestigatedhydroperoxideconcentrationinanteriorcapsulesamples,includinglensepithelialcells(LECs)ofhumancataractouslenses.Theconcentrationofhydroperoxide,whosetotaloxidizedproductsincludehydrogenperoxide,lipidperoxide,oxidizedproteinandpolypeptide,oxidizednucleicacidandnucleotide,wasmeasuredusingaminormodificationoftheFreed-ROMstest(DiacronSrl).Westudieditinrelationtodiabetesmellitus(DM),cholesterol,triglyceride,uricacid,ureanitrogen,totalprotein,agebeforecataractsurgeryandhydroperoxideinthecataractouslens.ThehydroperoxideconcentrationwassignificantlyhigherintheDMgroupthaninthenon-DMgroup.Thehydroperoxideconcentrationinthehightriglycerideandinternaluseofhyperlipidemiatherapeuticagentgroup,andthehighuricacidandinternaluseofantipodagricgroupwerebothsignificantlyhigherthanineachnormalgroup(p<0.01).Thehydroperoxideconcentrationweresignificantlycorrelatedwithtriglyceride(r=0.41,p<0.05)anduricacid(r=0.50,p<0.01).Inothers,therewasnosignificantdifferenceorcorrelation.Itissuggestedthathydroperoxideinthehumancataractouslensisrelatedtopathologicallysystemicoxidation,suchasinDM;hightriglycerideandhighuricacidincreasesystemichydroperoxide.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):563.571,2012〕Keywords:過酸化物質,白内障水晶体,糖尿病,中性脂肪,尿酸,過酸化反応.hydroperoxide,cataractouslens,diabetesmellitus,triglyceride,uricacid,oxidation.はじめに白内障の発症と進行には過酸化反応が関与し1.4),水晶体における過酸化反応についての種々の報告がなされている.しかし,これまでの報告では,過酸化水素・superoxideなど活性酵素や,過酸化脂質,あるいはそれらに対する消去酵素などについて各々ターゲットを絞っての検討であり,全体的な過酸化の程度はいまだ判定されていない.近年,多価不飽和脂肪酸の過酸化物質の分解産物であるアルデヒドのmalondialdehyde(MDA)や4-hydroxyalkenal(HAE),4-hydroxynonenal(HNE)などを,組織中の酸化ストレスの誘導因子や過酸化脂質のマーカーとして使用した報告5,6)もあるが,水晶体中に存在するHNE,HAEの報告は筆者の知る限りヒトではなく,動物モデルのラットのみでの報告である.しかも,MDAやHAE,HNEは,あくまでも脂質過酸化由来のアルデヒド類(-COH)であり,脂質ではないため,過酸化脂質そのものの測定ではなく,また過酸化物質(-OOH)でもないため,脂質の過酸化を間接的に反映する物質にすぎず,過酸化反応全体を反映している物質で〔別刷請求先〕岡本洋幸:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:HiroyukiOkamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minami-Koshigaya,KoshigayaCity,Saitama343-8555,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(129)563 はない.また,水晶体のMDAやHAE,HNEと,血液中の脂質,尿酸などの値との関係を検討した報告はない.過酸化反応は脂質だけでなく,蛋白質・核酸など多様な物質に生じることが知られており7),水晶体の過酸化の程度を判定するためには,過酸化水素・過酸化脂質の他,核酸や蛋白質・ポリペプチドの過酸化物質も含めた過酸化物質総量の測定もまた重要と考えられる.そこで,過酸化水素,過酸化脂質の他,核酸・蛋白質・ポリペプチド・ペプチド・アミノ酸などの過酸化物質の総量の測定が可能な方法を用い,一部の過酸化物質に注目するのではなく過酸化物質総量を測定することで,白内障と過酸化反応の関連性の精査を目的とし,白内障眼の水晶体前.片における過酸化物質総量と,術前の糖尿病の有無,総コレステロール,中性脂肪,尿酸,尿素窒素,蛋白質総量,年齢との関係について,それぞれ検討を行った.I対象および方法1.対象対象は,超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した白内障眼の水晶体33例(71.3±8.1歳)で,研究の趣旨を説明し本人の同意を得たうえで研究を行った(獨協医科大学越谷病院生命倫理委員会承諾番号越谷22025).2型糖尿病(diabetesmellitus:以下DM)の有無の2群について,また総コレステロール,中性脂肪,尿酸,尿素窒素については,正常値群と,高値および治療薬内服群の2群に分けて比較検討した.術前に採血し,DM群は空腹時血糖126mg/dl以上,コレステロールの高値群は220mg/dl以上,中性脂肪の高値群はトリグリセライド150mg/dl以上,尿酸の高値群は8.5mg/dl以上,尿素窒素の高値群は22mg/dl以上とした.内訳はDM16例(69.6±8.1歳)・非DM17例(72.9±8.0歳),コレステロール高値および高脂血症薬内服16例(66.7±8.3歳)(そのうち高脂血症薬内服5例71.4±7.3歳,高脂血症薬非内服のコレステロール高値11例64.5±8.2歳)・正常値17例(75.7±4.8歳),中性脂肪高値および高脂血症薬内服20例(71.2±8.2歳)(そのうち高脂血症薬内服5例71.4±7.3歳,高脂血症薬の非内服の中性脂肪高値15例71.1±8.7歳)・正常値13例(71.5±8.2歳),尿酸高値および痛風治療薬内服5例(73.6±5.9歳)(そのうち痛風治療薬内服2例71.0±7.1歳,痛風治療薬非内服の尿酸高値3例75.3±5.8歳)・正常値28例(70.9±8.4歳),尿素窒素高値7例(71.1±7.7歳)・正常値26例(71.4±8.3歳)である.2.方法白内障手術時に摘出した水晶体の前.片は,速やかに窒素ガス充.し,.40℃で測定まで保管した.水晶体の前.片はビーズホモジナイザーのMagNALyser(ロシュ・ダイアグノスティックス社)でホモジナイズ後,遠心分離し,上清564あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012前.片に生理食塩水を500μl分注↓MagNALyserで破砕(6,500rpm50秒,1分冷却,6,500rpm50秒,2分冷却)↓17,000×g,4℃にて5分遠心分離↓上清を分取↓Freed-ROMs試薬(DiacronSrl社)で過酸化物質総量を測定上清(20μl)+Buffer(125μl)を注入し混和↓Roomtemp.,5分↓クロモゲン呈色液(2μl)注入し1.2秒混和↓37℃,経時的(0,3,5,10,20,30,45,60分)にOD545で測定図1水晶体前.片の過酸化物質総量の測定方法を過酸化物質総量の測定に供した.過酸化物質総量はFreed-ROMstest試薬(DiacronSrl社,Grosseto,Italy)8.10)を用いて測定した.この試薬は過酸化物質に反応して発色するクロモゲン(N,N-ジエチルパラフェニレンジアミン)10)呈色液を用い,血清中の過酸化物質の測定用に開発されているが,20μlの微量容量および5UCARR以下の微量の過酸化物質用に測定方法を一部改変し測定を行った.詳しい測定プロトコルは図1に記載した.この発色色素のクロモゲンは,過酸化水素・過酸化脂質の他,核酸や蛋白質およびポリペプチドの過酸化物も含めた過酸化物質全般に反応し,この原理を応用して過酸化物質総量の測定をしている.水晶体前.片の過酸化物質総量は,術前の糖尿病の有無,総コレステロール,中性脂肪,尿酸,尿素窒素,蛋白質総量,年齢との関係について検討を行った.術前血糖値はヘキソキナーゼ・グルコース-6-リン酸脱水素酵素法(リキテックRグルコース・HK・テスト,ロシュ・ダイアグノスティックス社)11),総コレステロールはコレステロールエステラーゼ・コレステロールオキシダーゼ・ペルオキシダーゼ法(コレステストRCHO,積水メディカル社)12,13),中性脂肪のトリグリセライドはリポプロテインリパーゼ・グリセロールキナーゼ・グリセロール-3-リン酸オキシダーゼ・ペルオキシダーゼ法(コレステストRTG,積水メディカル社)14),尿酸はウリカーゼ・ペルオキシダーゼ法(デタミナーLUAR,協和メデックス社)15),尿素窒素はウレアーゼUV・アンモニア消去法(デタミナーLUNR,協和メデックス社)16),蛋白質総量はビウレット法(アクアオートRTP-II試薬,カイノス社)17)で各々測定した.結果の解析については,2群の比較は対応のないt検定とPearsonの相関係数を用い,3群比較はKruskal-Wallisの検定を用い,その後の多重比較は(130) Scheffeによる分析を行い,危険率5%以下を有意とした.過酸化物質総量との相関関係ついては,治療薬の内服によりコレステロール,中性脂肪,尿酸の値は内服していない場合より低く抑えられている可能性があるため,コレステロールと中性脂肪は高脂血症薬内服の5例,尿酸は痛風治療薬内服の2例を各々除外して検討した.そのため,過酸化物質総量とコレステロールあるいは中性脂肪との相関関係についての対象は,高脂血症薬内服例を除いた28例(71.3±8.3歳),過酸化物質総量と尿酸との相関関係についての対象は,痛風治療薬内服例を除いた31例(71.4±8.2歳)である.II結果1.水晶体前.における過酸化物質総量の量的比較a.DMの有無での比較水晶体前.中の過酸化物質総量および術前血糖値は,非DM群に比べDM群で有意に高値を示した(p<0.01)(図2-a,b).b.血中脂質の異常の有無での比較①コレステロールコレステロール高値および高脂血症薬内服群の水晶体前.中の過酸化物質総量は,正常値群との有意差はなかった〔図a:過酸化物質総量b:術前血糖値****3.03000.5500DM+DM-**:p<0.010DM+DM**:p<0.01Mean±SD2.5250血糖値(mg/dl)d-ROMs(UCARR)2.0200図2DMの有無による水晶体前.中の過酸化物質総量(a)および術前血糖値(b)の変化1.51501.0100(1)a:過酸化物質総量b:コレステロール濃度**3.02.52.01.51.00.5300250200150100500コレステロール(mg/dl)d-ROMs(UCARR)図3コレステロールの違いによる水晶体前.中の過酸化物質総量0高値および高脂正常値群高値および高脂正常値群(a)および各群の血液中のコレ血症薬内服群血症薬内服群**:p<0.01ステロール濃度(b)の変化コレステロールMean±SD(1)コレステロール高値および高脂血症薬内服群と,コレステロール正(2)a:過酸化物質総量b:コレステロール濃度常値群との2群比較.****(2)コレステロール高値群(高脂血症3.0コレステロール(mg/dl)300*薬内服例),高脂血症薬内服群,コレステロール正常値群との3群比較.d-ROMs(UCARR)2.52.01.51.00.52502001501005000高値群高脂血症薬正常値群高値群高脂血症薬正常値群(内服例削除)内服群(内服例削除)内服群*:p<0.05*:p<0.05.**:p<0.01Mean±SDコレステロール(131)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012565 3(1)-a〕.しかし,高脂血症薬内服の有無について分け,コレステロール高値群,高脂血症薬内服群,コレステロール正常値群の3群比較を行ったところ有意差があり(p<0.05)〔図3(2)-a〕,その後の多重比較で,コレステロール高値群と高脂血症薬内服群,コレステロール正常値群と高脂血症薬内服群で有意差があり(各p<0.05),高脂血症薬内服群で水晶体前.中の過酸化物質総量が有意に高値であった〔図3(2)-a〕.各群のコレステロール濃度は,コレステロール高値および高脂血症薬内服群と正常値群の2群比較で有意差があり(p<0.01)〔図3(1)-b〕,コレステロール高値群,高脂血症薬内服群,正常値群の3群比較でもp<0.01で有意差があり,その後の多重比較で,コレステロール高値群と正常値群(p<0.01),高脂血症薬内服群と正常値群(p<0.05)で有意差があった〔図3(2)-b).②中性脂肪中性脂肪高値および高脂血症薬内服群の水晶体前.中の過酸化物質総量は,正常値群に比べ有意に高値を示した(p<0.01)〔図4(1)-a〕.また,高脂血症薬内服の有無についても分けて,中性脂肪高値群,高脂血症薬内服群,中性脂肪正常値群の3群比較では有意差があり(p<0.01)(図4(2)-a〕,(1)a:過酸化物質総量**3.0350その後の多重比較で,中性脂肪正常値群と中性脂肪高値群(p<0.01),中性脂肪正常値群と高脂血症薬内服群(p<0.05)の水晶体前.中の過酸化物質総量に有意差があった〔図4(2)-a〕.各群の中性脂肪の濃度は,中性脂肪高値および高脂血症薬内服群と中性脂肪正常値群の2群比較では,中性脂肪高値および高脂血症薬内服群が,中性脂肪正常値群に比べ有意に高値であった(p<0.01)〔図4(1)-b〕.中性脂肪高値群,高脂血症薬内服群,中性脂肪正常値群の3群比較で有意差があり(p<0.01)〔図4(2)-b〕,その後の多重比較で,中性脂肪正常値群と高脂血症薬内服群は有意差はないが,高脂血症薬内服群と中性脂肪高値群(p<0.05),中性脂肪正常値群と中性脂肪高値群(p<0.01)で有意差があった〔図4(2)-b〕.c.血中尿酸および尿素窒素の異常の有無での比較①尿酸尿酸高値および痛風薬内服群の水晶体前.中の過酸化物質総量は,正常値群に比べ有意に高値を示した(p<0.01)(図5(1)-a〕.尿酸高値および通風薬内服群のうち,尿酸高値群(痛風薬内服例削除)と,通風薬内服群では,過酸化物質総量の有意差はなく,尿酸高値群,通風薬内服群,尿酸正常値群の3群比較では,有意差があった(p<0.05)(図5(2)-a〕.b:中性脂肪濃度**中性脂肪(mg/dl)d-ROMs(UCARR)2.52.01.51.00.530025020015010050高値および高脂正常値群0高値および高脂正常値群図4中性脂肪の違いによる水晶体前血症薬内服群**:p<0.01血症薬内服群**:p<0.01.中の過酸化物質総量(a)およMean±SDび各群の血液中の中性脂肪濃度中性脂肪(b)の変化(2)a:過酸化物質総量b:中性脂肪濃度(1)中性脂肪高値および高脂血症薬内服群と,中性脂肪正常値群との2****群比較.**(2)中性脂肪高値群(高脂血症薬内服3.0350中性脂肪(mg/dl)d-ROMs(UCARR)例削除),高脂血症薬内服群,中300性脂肪正常値群との3群比較.25020015010050高値群高脂血症薬正常値群0高値群高脂血症薬正常値群(内服例削除)内服群(内服例削除)内服群*:p<0.05.**:p<0.01*:p<0.05.**:p<0.01Mean±SD中性脂肪566あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(132) (1)a:過酸化物質総量b:尿酸濃度3.5**3.02.52.01.51.00.5高値および121086420尿酸(mg/dl)d-ROMs(UCARR)0高値および正常値群正常値群図5尿酸の違いによる水晶体前.中の痛風薬内服群**:p<0.01痛風薬内服群過酸化物質総量(a)および各群のMean±SD血液中の尿酸濃度(b)の変化尿酸(1)尿酸高値および痛風薬内服群と,尿酸正常値群との2群比較.(2)a:過酸化物質総量b:尿酸濃度(2)尿酸高値群(痛風薬内服例削除),痛3.5**0高値群痛風薬内服群正常値群121086420尿酸(mg/dl)高値群d-ROMs(UCARR)d-ROMs(UCARR)風薬内服群,正常値群との3群比較.図6尿素窒素の違いによる水晶体前.中の過酸化物質総量(a)および各群の血液中の尿素窒素濃度(b)の変化3.02.52.01.51.00.5痛風薬内服群正常値群(内服例削除)*:p<0.05(内服例削除)*:p<0.05Mean±SD尿酸a:過酸化物質総量b:尿酸窒素濃度3.035**尿素窒素(mg/dl)302.52.01.51.00.52520151050高値群各群の尿酸濃度は,高値および痛風薬内服群と正常値群の2群比較では有意差はなかった〔図5(1)-b〕が,尿酸高値群,痛風薬内服群,正常値群の3群比較では有意差があり(p<0.05)〔図5(2)-b〕,その後の多重比較で,尿酸高値群(痛風薬内服例削除)が正常値群に比べ有意に高値であった〔図5(2)-b〕.②尿素窒素尿素窒素については,血液中の尿素窒素の濃度は,尿素窒素高値群と正常値群で有意差があった(p<0.01)が,水晶体前.中の過酸化物質総量は,尿素窒素高値群と正常値群で有意差はなかった(図6-a,b).(133)正常値群0高値群正常値群**:p<0.01Mean±SD尿素窒素2.水晶体前.中の過酸化物質総量と,血液中の脂質・尿酸など各測定項目および年齢との相関関係水晶体前.中の過酸化物質総量と血液中の各測定項目および年齢との相関関係については,水晶体前.中の過酸化物質総量と血液中の中性脂肪(r=0.41,p<0.05),過酸化物質総量と尿酸値(r=0.50,p<0.01)は,各々正の相関がみられた(図7-b,c).水晶体前.中の過酸化物質総量は,血液中の総コレステロール,尿素窒素,蛋白質総量,年齢との相関はなかった(図7-a,d.f).あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012567 abcd-ROMs(UCARR)3.02.52.01.51.00.500100200300400コレステロール(mg/dl)3.02.52.01.51.00.50d-ROMs(UCARR)0100200300400中性脂肪(mg/dl)3.53.02.52.01.51.00.50d-ROMs(UCARR)0246810246810尿酸(mg/dl)00102030403.02.52.01.51.00.50d-ROMs(UCARR)0e3.02.52.01.51.00.50d-ROMs(UCARR)405060708090100fr=0.41p<0.05r=0.50p<0.01d3.0d-ROMs(UCARR)2.52.01.51.00.5尿素窒素(mg/dl)蛋白質総量(g/dl)年齢(歳)図7血液中のコレステロール(a),中性脂肪(b),尿酸(c),尿素窒素(d),蛋白質総量(e)および年齢(f)と,水晶体前.中の過酸化物質総量との相関関係III考按糖尿病白内障の水晶体では高血糖の持続によりglycationが進行し,スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)など抗酸化酵素もglycationされて不活性化するため過酸化反応が進行しやすく,glycationの後期反応産物であるadvancedglycationendproducts(AGEs)のうち,glycationにoxidationが関与して産生されるglycoxidationの産物であるペントシジンの増加が報告されている18).また,糖尿病白内障では加齢白内障に比べ過酸化脂質や過酸化水素が高値であること1,19)や,水晶体の過酸化脂質は,糖尿病白内障では同年齢層の加齢白内障に比較して約2倍に増量している報告もある20).核酸も過酸化反応により非特異的な切断・変異などが生じることが知られており,核酸の過酸化物質としては,DNAの構成塩基の一種であるデオキシグアノシンの過酸化物の一種である8-OHdG(8-hydroxydeoxyguanosine)がよく知られている.8-OHdGは過酸化反応によるDNA損傷の指標としてさまざまな報告があり,ヒト水晶体上皮細胞でもDNA損傷のマーカーとして用いられている21).蛋白質・ポリペプチド・ペプチド・アミノ酸の過酸化物質については,システイン・メチオニン・チロシン・トリプトファン残基が,活性酸素による非酵素的・非特異的な変成,切断,凝集などによりさまざまな過酸化物が生じる.血液中には血漿蛋白質由来のadvancedoxidationproteinproducts(AOPP)11)などの他,さまざまな蛋白質の過酸化物が存在し,過酸化反応によるリジン・アルギニン残基のカルボニル化修飾も知られ,蛋白質だけでなく,酸化型のポリペプチドやアミノ酸も存在する.水晶体では,SH基を含む含硫アミノ酸のシステイン・メチオニン残基については,コントロール群に比べ白内障群のSH基の有意な低下22)や,過酸化反応による蛋白質・ペプチドの含硫アミノ酸の低下とS-S結合性架橋の増加と蛋白質の不水溶化,トリペプチドの還元型グルタチオン(GSH)から酸化型グルタチオン(GS-SG)への移行など,SH基の過酸化によるさまざまな報告23)がある.その他,トリプトファン残基の過酸化などによる水晶体の自発蛍光の増加と不水溶性蛋白質の増加23,24)や,リジン・アルギニン残基の過酸化によるカルボニル化修飾としてAGEs性架橋物質の一種のペントシジンも白内障眼の水晶体に存在18)し,過酸化反応によりS-S結合性架橋に加えAGEs性架橋も増加することが蛋白質の凝集による不水溶化など酸化変性を生じる一因と考えられている.このようにさまざまな過酸化反応の指標や現象が,各々個別あるいは数種を組み合わせての報告はなされているが,脂質・蛋白質・ペプチド・核酸などに生じたさまざまな過酸化物質の各々の値ではなく,totalとして全体的な過酸化の程度を捉えることも非常に重要であると考え,今回筆者らは白内障水晶体の過酸化物質の総量を初568あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(134) めて明らかにした.本研究結果から,DM群では,水晶体前.片における過酸化物質総量が非DM群に比較し有意に高値であることが確認された.そのため,水晶体の前.においても過酸化反応が進行し,過酸化脂質・過酸化水素だけでなく,核酸や蛋白質・ポリペプチドの過酸化物質も増加している可能性が高いと考えられる.「はじめに」に記載した水晶体中に存在するHNE,HAEについての動物モデルのラットの報告では,ストレプトゾトシン誘発の糖尿病ラットの水晶体中のMDA,あるいはMDAとHAEは,双方ともコントロールに比べ有意に高値であること5)や,抗酸化酵素の低下により活性酸素が発生しやすいラットで,水晶体中のHNEがコントロールに比べて有意に多く存在すること6)などが報告されている.そのラットは,ガラクトース白内障モデルのラットからグルコースの調節を上昇させて血糖値は正常であるが,ヘキソース輸送ポートの変異機能があり,活性酸素の亢進により細胞内にグルコースその他の六単糖が蓄積するといわれている.これらの報告と本検討では種が異なり,また前述のようにMDA,HNE,HAEは過酸化脂質の代謝産物のアルデヒドで,過酸化物質そのものではないため,過酸化物質の全体の量について検討した本研究結果と直接の比較はできないが,同様の傾向を示し,特に,その抗酸化酵素の低下しているラットでは,過酸化反応により断片化し変性したDNAの増加も確認されていて,細胞内の高レベルの活性酸素により,酸化された蛋白質,過酸化脂質,DNAの酸化変性によって細胞の構造や機能が障害され白内障になると考えられており6),本研究結果を裏付ける報告と考えられる.つぎに全身状態の水晶体に与える影響についてであるが,中性脂肪が高値である高脂血症や動脈硬化などでは過酸化反応が進行することが知られており25),今回の水晶体前.片の過酸化物質総量が血中の中性脂肪と正の相関を示し,中性脂肪高値・高脂血症薬内服群で正常値群に比べ有意に高値であるという結果は,血中の中性脂肪が高値であるほど水晶体前.片の過酸化物質総量が高値であり,水晶体の過酸化の程度は全身の過酸化反応の影響を密接に受けているものと考えられた.コレステロールについては,対象全体の検討では水晶体前.中の過酸化物質総量との相関はなかったが,高脂血症薬内服群で水晶体前.中の過酸化物質総量が有意に高値であるという興味深い結果が得られた〔図3(2)-a〕.高脂血症薬内服群では,中性脂肪に着目して分けた場合も,水晶体前.中の過酸化物質総量が正常値群に比較して有意に高値であるという同様の結果が得られており,高脂血症薬の内服が必要となるほど血中脂質が高値であった場合は,水晶体前.でも過酸化がかなり進行していることが示唆された.脂質の組織への輸送は正常な視機能の維持のために必須であるといわれ(135)ており,血液中の脂質は水溶性のアポ蛋白質と結合したリポ蛋白質として輸送され,リポ蛋白質のうちのHDL(高比重リポ蛋白質)はヒト房水中で存在が確認されている26).本学でも白内障眼の房水と水晶体でリポ蛋白質の一種のLp(a)の存在27)や,水晶体では加齢白内障に比べ糖尿病白内障でLDL(低比重リポ蛋白質)とVLDL(超低比重リポ蛋白質)が増加していることを報告している28).ヒトの血漿リポ蛋白質のおもな脂質はすべて房水中にも存在し,ヒト白内障眼の房水中では,中性脂肪のトリグリセライド2.0mg/dl,遊離型とエステル型を含めた総コレステロール10.7mg/dlの他,リン脂質2.5mg/dlや脂肪酸1.1mg/dlの存在が報告されている29).糖尿病では血液中の中性脂肪のコントロールが悪い例が多く30),高頻度に高脂血症を伴い,動脈硬化性疾患を合併しやすいこと31),健常者に比べトリグリセライドが有意に高いことも報告されており32),高カロリー・高脂質の状態では,肥大した脂肪細胞から遊離脂肪酸,TNF-a(腫瘍壊死因子a),resistenなどのインスリン抵抗性を惹起する分子の大量生産と分泌が生じ,肝細胞への脂肪蓄積によりインスリン抵抗性が増して肝機能および脂質代謝の異常を惹起することが知られ,糖尿病における高脂血症および肝機能障害33)も報告されており,これらの生活習慣病が水晶体においても,単独あるいは相互に水晶体の過酸化状態に影響を与えていることが本研究結果から明らかとなった.痛風など尿酸が高値であるものでは,過酸化反応の進行が報告されており34),本研究結果においても,水晶体の前.片の過酸化物質総量と血中の尿酸値が有意な正の相関を示し,尿酸高値・痛風薬内服群が正常値群に比べ過酸化物質総量が有意に高値であったことは,糖尿病,中性脂肪と同様に,尿酸についても全身の過酸化反応の影響が水晶体にも及んでいることが考えられる.例数が少ないため,参考資料としてであるが,尿酸高値群,痛風薬内服群,尿酸正常値群で有意差があったことも,尿酸と水晶体の過酸化反応との関連を支持する結果であると考えられる.一方,尿酸は抗酸化物質の一種ともいわれていて,尿酸の抗酸化の機序としては,尿酸はFe3+の鉄イオンと安定な複合体を形成して遊離のFe3+が触媒するl-アスコルビン酸の酸化や脂質の過酸化を阻止し35),遊離の鉄イオンが触媒するフェントン反応により発生するHO・や,一重項酸素などの生成の抑制も示唆されている.しかし,尿酸の抗酸化作用の報告はほとんどがinvitroの系であり,生体内でのinvivoの系としてはまだ見解が定まっていない.その大きな要因としては,尿酸はその生成段階で,フリーラジカルの一種のsuperoxideを産生してしまうため,単純に抗酸化物質として捉えることはできない.尿酸は,血液・尿・肝臓などに含まれる酸化プリンを尿酸に変化させる酸化酵素のキサンチンあたらしい眼科Vol.29,No.4,2012569 オキシダーゼによってヒポキサンチンやキサンチンから生成され,この過程で同時に産生されるsuperoxideや,さらにsuperoxideから派生した一重項酸素の過酸化反応により過酸化脂質の生成が認められており36),血清過酸化脂質量が多いほど血清尿酸値も高値を示すと報告されている34).水晶体では,鉄イオンだけでなく,同様に過酸化反応を進行させる銅イオンと白内障の混濁部位との関係が報告されており37),糖尿病者の白内障水晶体では,銅イオンの増加も報告されている38).銅イオンはグルタチオンと錯体を形成し,そのグルタチオンの銅錯体は糖尿病者の白内障水晶体からも検出されている39).遊離の銅イオンは,鉄イオンと同様に,HO・を生成するフェントン様反応やl-アスコルビン酸の酸化や脂質の過酸化反応を触媒するが,グルタチオンによる銅との錯体の形成でこれらの過酸化反応の進行が阻止され,尿酸による鉄イオンとの複合体形成による抗酸化作用と似ている.しかし,決定的に異なる点は,尿酸はその形成過程でsuperoxideが産生されてしまうが,還元型グルタチオンはそれ自体がsuperoxide消去物質の一種で,グルタチオン-銅錯体になるとさらに高いsuperoxide消去能をもつ強力な抗酸化剤である40)というところで,糖尿病白内障では還元型グルタチオンの低下も報告されている1,19).これらの報告から,尿酸は房水を介して,水晶体内で増加した鉄イオンに対処するため能動輸送,あるいは非能動的な流入が考えられるが,尿酸の形成過程でsuperoxideが産生され,そこから派生した一重項酸素などによりさらに過酸化反応が進行し,水晶体前.の過酸化物質総量と正の相関を示した可能性が考えられる.また,水晶体では尿酸だけでは増加した鉄イオンと複合体を形成しきれなくて遊離のFe3+が発生し,そのFe3+を介してl-アスコルビン酸の酸化や脂質の過酸化,フェントン反応によるHO・の発生や,一重項酸素の増加により,過酸化反応が脂質・核酸・蛋白質・ポリペプチドなど広範囲に進行した可能性も推察された.このことから,血液中の尿酸値と水晶体の過酸化物質総量が有意な相関を示したと考えられる.一方,血液中の尿酸がどのようにして血液を介さない水晶体に影響するかであるが,水晶体は,代謝維持のために物質を水晶体内で生合成するほかに,硝子体や房水の影響を強く受けている1).白内障ではなく,正常値群での検討であるが,尿酸の血漿中濃度は3.3.6.5mMで,房水中の濃度は4.1mMと報告されており41),正常時には,房水中の尿酸濃度は血漿濃度の範囲内にあるようである.また,正常者では房水中のグルコース濃度は血漿中の60.70%と報告されている41).しかし,房水は血液の影響を強く受けるため,種々の病的因子により血液成分が変動すると房水の組成も変化する42).血液網膜柵や血液房水柵が老化や炎症などにより破綻すると,硝子体,570あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012房水への物質移動調整機構は崩壊し,糖尿病では血液房水柵が破綻していることが多く,房水中に移行しやすいとも報告されている38),非糖尿病でも過酸化反応が進行すると,oxidationにより血液房水柵が破綻する可能性が高いと考えられるため,今回,血液中の尿酸値が高値であった例では,同様に房水中の尿酸値も高くなっている可能性が高いと考えられる.一方,血液房水柵が破綻していない場合としては,房水内あるいは水晶体内での過酸化反応消去過程の一環として尿酸が関与し,眼外への排出過程として血液中に尿酸が排出されている可能性も考えられる.水晶体内で進行した過酸化反応の程度を反映して水晶体における過酸化物質の総量が増加し,その過酸化反応に対するフィードバック作用として,l-アスコルビン酸の酸化や脂質過酸化を抑制するためにFe3+の鉄イオンと複合体を形成する尿酸の水晶体中の濃度が増加し,鉄イオンと複合体を形成した尿酸を,房水-血液を介して体外へ排出するための過程として,血液中の尿酸の濃度が増加していることも考えられ,水晶体中の過酸化反応の程度と血液中の尿酸の関連性がみられた可能性も推察される.以上,水晶体での過酸化物質総量は,DM群,中性脂肪・尿酸の高値群で有意に高値で,中性脂肪・尿酸値と正の相関があり,DM32)や中性脂肪25)・尿酸36)の高い例では,全身的に過酸化反応が進行しているといわれているため,全身的な過酸化の状態と,水晶体前.における過酸化物質の変動は密接に関与していることを本研究にて新たに明らかにした.稿を終えるにあたり,本研究において御教示賜りました獨協医科大学越谷病院眼科門屋講司准教授,原眼科病院原岳先生,ローマ大学のEugenioLuigiIorio名誉教授に深謝致します.本論文の要旨は第49回日本白内障学会総会において報告した.文献1)小原喜隆:活性酵素・フリーラジカルと白内障.日眼会誌99:1303-1341,19952)TruscottRJ:Age-relatednuclearcataract-oxidationisthekey.ExpEyeRes80:709-725,20053)BosciaF,GrattaglianoI,VendemialeGetal:Proteinoxidationandlensopacityinhumans.InvestOphthalmolVisSci41:2461-2465,20004)門屋講司:酸化ストレスと水晶体混濁.あたらしい眼科15:631-634,19985)ObrosovaIG,FathallahL:Evaluationofanaldosereductaseinhibitoronlensmetabolism,ATPasesandantioxidativedefenseinstreptozotocin-diabeticrats:aninterventionstudy.Diabetologia43:1048-1055,20006)StefaniaM,RudolfIS,CraigAetal:Cataractformationinastrainofratsselectedforhighoxidativestress.ExpEyeRes79:595-612,2004(136) 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緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第二報”

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):555.561,2012c緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第二報”高橋真紀子*1,2内藤知子*2溝上志朗*3菅野誠*4鈴村弘隆*5吉川啓司*6*1笠岡第一病院眼科*2岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学*3愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学*4山形大学医学部眼科学講座*5中野総合病院眼科*6吉川眼科クリニックQuestionnaireSurveyonUseofGlaucomaEyedrops:SecondReportMakikoTakahashi1,2),TomokoNaitou2),ShiroMizoue3),MakotoKanno4),HirotakaSuzumura5)KeijiYoshikawa6)and1)DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences,3)DepartmentofOphthalmology,MedicineofSensoryFunction,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,NakanoGeneralHospital,6)YoshikawaEyeClinic緑内障点眼治療のアドヒアランスに関連する要因を調査するため,広義原発開放隅角緑内障・高眼圧症を対象にアンケートを実施した.同時に年齢,性別,使用薬剤,眼圧,平均偏差(MD)などの背景因子も調べた.236例(男性106例,女性130例),平均年齢65.1±13.0歳が対象となった.点眼忘れは男性(p=0.0204),若年(p<0.0001),薬剤変更歴がない症例(p=0.0025)に多くみられた.点眼回数に負担は感じないと回答した症例では,眼圧が高く(p=0.0086),MDが低い(病期進行例)(p=0.0496)ほど点眼忘れは少なかった.しかし,薬剤数が増加すると,点眼回数に負担を感じる症例が有意に増え(p<0.0001),点眼を忘れる頻度は高くなった(p=0.0296).薬剤数ならびに点眼回数の増加は,アドヒアランスに影響を及ぼす可能性がある.Toevaluatethefactorsrelatingtoregimenadherenceinglaucomatreatment,weconductedaquestionnairesurveyofpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension.Backgroundfactorssuchasage,sex,medicineused,intraocularpressure(IOP)andmeandeviation(MD)wereexaminedatthesametime.Thesubjectscomprised106malesand130females,averageage65.1±13.0years.Eyedropinstillationwasneglectedmoreinmalesthaninfemales(p=0.0204),youngerpatients(p<0.0001)andpatientswithnohistoryofdrugchanges(p=0.0025).Inpatientswhodidn’tfeelburdenedduringtimesofeyedropuse,eyedropinstillationwaslessneglectedinthosewithhigherIOP(p=0.0086),andlowerMD(p=0.0496).Withincreasingnumberofeyedropinstillations,thosewhofeltburdenedduringtimesofeyedropuseincreased(p<0.0001)andmorefrequentlyneglectedeyedropinstillation(p=0.0296).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):555.561,2012〕Keywords:緑内障,高眼圧症,アンケート調査,アドヒアランス.glaucoma,ocularhypertension,questionnaire,adherence.はじめに緑内障治療においてエビデンスに基づいた唯一確実な治療法は眼圧下降のみである1).最近ではその進歩により有意な眼圧下降が得られるようになったため,緑内障点眼薬が治療の第一選択となっている.一方,緑内障は慢性進行性であるため,点眼薬は長期にわたり使用する必要がある.しかし,自覚症状に乏しい緑内障では点眼の継続は必ずしも容易ではない.ここで,最近,慢性進行性疾患の治療の成否に影響する要因として,患者の積極的な医療への参加,すなわち,アドヒアランスが注目されている.緑内障点眼治療においてもアドヒアランスが良好であれば治療効果に直結しうる2,3).さて,アドヒアランスを確保するための第一段階は患者の病態理解だが,このためには医療側から患者への情報提供が〔別刷請求先〕高橋真紀子:〒714-0043笠岡市横島1945笠岡第一病院眼科Reprintrequests:MakikoTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital,1945Yokoshima,Kasaoka,Okayama714-0043,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(121)555 必要である.ここで,情報提供の具体化にはアドヒアランスに関連する要因の分析が求められる.そこで,筆者らは緑内障点眼薬使用に関するアンケート調査を行い,「指示通りの点眼の実施」をアドヒアランスの目安とした際に,65歳以上の男性で「眼圧を認知」していれば「指示通りの点眼」の実施率が高く,他方,若年の男性では「指示通りの点眼」の実施率が低値に留まることを報告した4).すなわち,アドヒアランスには病状認知や性別,年齢などが影響する可能性が示唆された.一方,使用薬剤数5.8)などの点眼薬に関わる要因や緑内障の重症度8)もアドヒアランスに関連することが報告されている.そこで,今回,アンケート調査時に調べた症例ごとの使用薬剤数別に「指示通りの点眼」との関連を調べ,さらに,アドヒアランスの一面を反映すると考えられる「点眼の負担」や「点眼忘れ」に関するアンケート結果と,眼圧や視野障害の程度など背景因子の影響についても検討したので報告する.I対象および方法緑内障点眼治療開始後少なくとも3カ月以上を経過した,広義原発開放隅角緑内障・高眼圧症患者のうち,年齢満20歳以上で,かつ,アンケート調査に書面での同意を得られた症例を対象に,笠岡第一病院,岡山大学病院,愛媛大学病院,山形大学病院,中野総合病院の5施設においてアンケート調査を施行した.なお,1カ月以内に薬剤変更・追加あるいは緑内障手術・レーザーの予定がある患者,過去1年以内に内眼手術・レーザーの既往がある患者,圧平眼圧測定に支障をきたす患者は対象から除外した.調査方法は既報4)のごとく,診察終了後にアンケート用紙を配布,無記名式とし,質問項目への記入を求めた.性別,年齢,眼圧,使用薬剤などは,アンケート回収後にカルテより調査した.なお,両眼で使用薬剤が異なる場合は,薬剤数が多い側の情報を選択した.また,緑内障点眼薬以外の点眼薬使用の有無についても調べた.さらに,アンケート調査日前6カ月以内にHumphrey自動視野計のSITA(Swedishinteractivethresholdalgorithm)Standardプログラム中心30-2あるいは24-2による視野検査を施行された症例のうち,少なくとも3回以上の視野検査経験があり,信頼性良好な検査データ(信頼度視標の固視不良が20%未満,偽陽性15%未満,偽陰性33%未満9))が入手可能な症例では,その平均偏差(meandeviation:MD)も調査した.なお,罹患眼が両眼の場合は,MDが低いほうの眼の値を解析データとした.一方,罹患眼が両眼の症例で,組み入れ基準を満たした検査データが片眼のみだった場合は,解析の対象から除外した.データ収集施設において,回収したアンケートの記載内容に不備がある症例を除外し,あらかじめ作成したデータ入力用のエクセルシートに結果を入力した.入力結果はデータ収集施設とは別に収集し(Y.K.),さらに,アンケートの質問5(緑内障の目薬を指示通りに点眼できないことがありますか?),質問6(今の緑内障の目薬の回数にご負担を感じますか?)および質問8(緑内障の目薬をさすのを忘れたことはありませんか?)のそれぞれの回答結果と薬剤数,MDなど背景因子との関連をJMP8.0(SAS東京)を用い,c2検定,t検定,分散分析,Tukey法により検討した.有意水準は5%未満とした.なお,本研究は笠岡第一病院,山形大学医学部の倫理委員会の承認を得たうえで,ヘルシンキ宣言に沿って実施した.II結果1.背景因子と薬剤関連要因アンケートに有効回答が得られた236例(男性106例,女性130例)の平均年齢は65.1±13.0(22.90)歳であった.平均眼圧は13.8±2.9(8.0.23.0)mmHgであったが,男性は14.3±2.9mmHgで女性の13.4±2.9mmHgに比べ有意に高かった(p=0.0267)(表1).信頼性のある視野検査結果が得られたのは236例中226例(95.8%)で,その平均MDは.10.08±8.29(.33.00.0.99)dBであった(図1).なお,平均MDは性別(男性:.11.03±8.39dB,女性:.9.27±8.14dB,p=0.1127)や年齢層(65歳未満:.9.39±7.83dB,65歳以上:.10.61±8.62dB,p=0.2720)間で明らかな差は認めなかった(表1).対象の平均緑内障点眼薬剤数は1.7±0.8剤〔1剤:120例(50.8%),2剤:62例(26.3%),3剤:53例(22.5%),4剤:1例(0.4%)〕であった.また,緑内障以外の点眼薬剤を使用していたのは55例(23.3%)であった.平均緑内障点眼回数は2.3±1.5(1.6)回/日(図2)で,薬剤追加歴のある症例は96例(40.7%)であった.なお,平均緑内障点眼薬剤数と性別・年齢との関連はなかった(男性:1.8±0.8剤,女性:1.7±0.8剤,p=0.1931,65歳未満:1.6±0.8剤,653102029374674807060504030201007症例数(例)-35-30-25-20-15-10-505MD(dB)図1MDの分布556あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(122) 表1性別・年齢層別比較性別年齢層別背景因子男性(n=106)女性(n=130)p値65歳未満(n=102)65歳以上(n=134)p値眼圧14.3±2.9mmHg13.4±2.9mmHg0.0267*13.8±2.8mmHg13.7±3.1mmHg0.7822*MD.11.03±8.39dB※1.9.27±8.14dB※20.1127*.9.39±7.83dB※3.10.61±8.62dB※40.2720*緑内障点眼薬剤数1.8±0.8剤1.7±0.8剤0.1931*1.6±0.8剤1.8±0.8剤0.2074*緑内障点眼回数2.4±1.5回/日2.2±1.4回/日0.3229*2.1±1.4回/日2.4±1.5回/日0.0884*薬剤追加歴有42例(39.6%)無64例(60.4%)有54例(41.5%)無76例(58.5%)0.7657**有31例(30.4%)無71例(69.6%)有65例(48.5%)無69例(51.5%)0.0050**※1:n=104,※2:n=122,※3:n=99,※4:n=127.5回/日6回/日23例(9.7%)3例(1.3%)3回/日24例(10.2%)図2緑内障点眼回数1回/日109例(46.2%)2回/日45例(19.1%)4回/日32例(13.6%)歳以上:1.8±0.8剤,p=0.2074).薬剤追加歴がある症例は65歳以上134例中65例(48.5%)で,65歳未満102例中31例(30.4%)に比べ有意に高率であった(p=0.0050)(表1).2.アンケート質問5(緑内障の目薬を指示通りに点眼できないことがありますか?)との関連236例中236例(100%)で,アンケート質問5に対し回答が得られた.236例中185例(78.4%)が,指示通りに点眼できないことは「ほとんどない」と回答した.一方,「時々ある」は47例(19.9%),「しばしばある」は4例(1.7%)であった.すなわち,「ほとんど指示通りに点眼できていた」のは236例中185例(78.4%),「指示通りに点眼できないことがあった」のは51例(21.6%)であった(図3).緑内障点眼薬剤数と指示通りの点眼の関連を検討した.「ほとんど指示通りに点眼できていた」185例における薬剤数は1剤:98例(53.0%),2剤:44例(23.8%),3剤以上:43例(23.2%)に対し,「指示通りに点眼できないことがあった」51例では1剤:22例(43.1%),2剤:18例(35.3%),3剤以上:11例(21.6%)で,両群間に有意差はなかった(p=0.2434)(表2).「指示通りに点眼できないことがあった」のは薬剤変更歴がある103例中18例(17.5%),変更歴がなかった133例中33例(24.8%)で,両群間に明らかな差はなかった(p=0.1745).同様に,薬剤追加歴がある96例中25例(26.0%),追加歴がなかった140例中26例(18.6%)が「指示通りに点(123)*:t検定,**:c2検定.時々ある47例(19.9%)ほとんどない185例(78.4%)指示通りに点眼できないことがあった51例(21.6%)ほとんど指示通りに点眼できていた185例(78.4%)しばしばある4例(1.7%)図3質問5(緑内障の目薬を指示通りに点眼できないことがありますか?)への回答結果表2緑内障点眼薬剤数と「指示通りの点眼」の関連薬剤数ほとんど指示通りに点眼できていた(n=185)指示通りに点眼できないことがあった(n=51)p値1剤98例(53.0%)22例(43.1%)0.24342剤44例(23.8%)18例(35.3%)3剤以上43例(23.2%)11例(21.6%)c2検定.:ほとんど指示通りに点眼できていた■:指示通りに点眼できないことがあった薬剤変更歴なし(n=133)薬剤変更歴あり(n=103)75.224.882.517.5薬剤追加歴なし(n=140)薬剤追加歴あり(n=96)050100(%)81.418.674.026.0図4薬剤変更・追加歴と「指示通りの点眼」の関連あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012557 眼できないことがあった」が,有意差はみられなかった(p=0.1708)(図4).3.アンケート質問6(今の緑内障の目薬の回数にご負担を感じますか?)との関連アンケート質問6に対し回答が得られた236例中「負担は感じない」は196例(83.1%),「どちらともいえない」は28例(11.9%),「負担を感じる」は12例(5.1%)であった(図5).「負担は感じない」と回答した196例の使用薬剤数は1剤:112例(57.1%),2剤:49例(25.0%),3剤以上:35例(17.9%)であり,「どちらともいえない」と回答した28例では1剤:8例(28.6%),2剤:11例(39.3%),3剤以上:9例(32.1%)であった.これに対し,「負担を感じる」と回答した12例中には,3剤以上使用者が10例(83.3%)負担を感じる12例(5.1%)どちらともいえない28例(11.9%)負担は感じない196例(83.1%)図5質問6(今の緑内障の目薬の回数にご負担を感じますか?)への回答結果:負担は感じない■:どちらともいえないを占め,1剤使用で負担を感じた症例はなかった.薬剤数が増えるほど有意に「負担を感じる」症例は増加した(p<0.0001)(表3).一方,薬剤変更歴と点眼負担に有意な関連はみられなかった(p=0.5286)(図6).薬剤追加歴がある96例中「負担を感じる」と回答したのは11例(11.5%)で,追加歴がなかった症例140例中1例(0.7%)に比べ有意に高率であった(p=0.0002)(図6).4.アンケート質問8(緑内障の目薬をさすのを忘れたことはありませんか?)との関連アンケート質問8に対し回答が得られたのは236例中233例(回答率98.7%)で,そのうち127例(54.5%)が「忘れたことはない」と回答した.一方,「忘れたことがある」と回答した106例(45.5%)に対する付問(どの程度忘れられましたか?)については,「3日に1度程度」8例(3.4%),「1週間に1度程度」22例(9.4%),「2週間に1度程度」26例(11.2%),「1カ月に1度程度」50例(21.5%)であった(図7).緑内障点眼薬剤数と点眼忘れの有無には有意な関連はなかった(p=0.1587).しかし,「点眼忘れ」の頻度が「週1回以上」の30例の使用薬剤数は1剤:11例(36.7%),2剤:10例(33.3%),3剤以上:9例(30.0%)であったのに対し,「2週間に1回以下」の76例では1剤:47例(61.8%),23日に1度程度1週間に1度程度8例(3.4%)■:負担を感じる2週間に1度程度*p=0.0002:c2検定3.826例(11.2%)1カ月に1度程度50例(21.5%)22例(9.4%)忘れたことはない127例(54.5%)忘れたことがある106例(45.5%)薬剤変更歴なし(n=133)薬剤変更歴あり(n=103)85.011.380.612.66.80.7薬剤追加歴なし(n=140)90.09.372.915.611.5*忘れたことはない薬剤追加歴あり127例(54.5%)(n=96)050100(%)図7質問8(緑内障の目薬をさすのを忘れたことが図6薬剤変更・追加歴と「点眼負担」の関連ありませんか?)への回答結果表3緑内障点眼薬剤数と「点眼負担」の関連薬剤数1剤2剤3剤以上負担は感じない(n=196)112例(57.1%)49例(25.0%)35例(17.9%)どちらともいえない(n=28)8例(28.6%)11例(39.3%)9例(32.1%)負担を感じる(n=12)0例(0.0%)2例(16.7%)10例(83.3%)p値<0.0001c2検定.558あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(124) 剤:20例(26.3%),3剤以上:9例(11.8%)であり,薬剤数が増えるほど有意に「点眼忘れ」の頻度は増加した(p=0.0296)(表4).薬剤変更歴がない131例中「忘れたことがある」と回答したのは71例(54.2%)であり,変更歴があった症例102例中35例(34.3%)に比べ有意に高率であった(p=0.0025).一方,薬剤追加歴との有意な関連はなかった(p=0.8377)(図8).5.背景因子との関連(p<0.0001),眼圧低値(p=0.0086),MD高値(p=0.0496)の症例は点眼忘れが多かった(表5).点眼負担の回答別にも背景因子との関連を検討したが,性別(p=0.6240),年齢(p=0.4672)との関連は明らかでなかった.一方,「負担を感じる」と回答した症例のMD(.:忘れたことはない■:忘れたことがある*p=0.0025:c2検定薬剤変更歴なし「点眼忘れ」は,男性(p=0.0204)および若年(p<0.0001)(n=131)45.854.265.734.3*で有意に高率に認めたが,眼圧(p=0.0536)やMD(p=薬剤変更歴あり0.2368)との間に有意な関連は認めなかった(表5).(n=102)点眼回数に「負担は感じない」と回答した196例中,質問8(緑内障の目薬をさすのを忘れたことはありませんか?)薬剤追加歴なし(n=139)に対する回答が得られた194例(回答率99.0%)のうち,84薬剤追加歴あり例(43.3%)が点眼を「忘れたことがある」と回答した.点(n=94)54.046.055.344.7眼忘れの有無により分けて背景因子を比較したところ,若年050100(%)図8薬剤変更・追加歴と「点眼忘れ」の関連表4緑内障点眼薬剤数と「点眼忘れ」の関連点眼忘れ忘れる頻度薬剤数忘れたことはない忘れたことがある2週間に1回以下週1回以上(n=127)(n=106)p値(n=76)(n=30)p値1剤61例(48.0%)58例(54.7%)0.158747例(61.8%)11例(36.7%)0.02962剤31例(24.4%)30例(28.3%)20例(26.3%)10例(33.3%)3剤以上35例(27.6%)18例(17.0%)9例(11.8%)9例(30.0%)c2検定.表5「点眼忘れ」と背景因子の関連全症例「点眼回数に負担は感じない」と回答した症例背景因子忘れたことはない忘れたことがある忘れたことはない忘れたことがある(n=127)(n=106)p値(n=110)(n=84)p値性別男性49例(38.6%)男性57例(53.8%)0.0204*男性43例(39.1%)男性44例(52.4%)0.0652*女性78例(61.4%)女性49例(46.2%)女性67例(60.9%)女性40例(47.6%)年齢69.4±11.0歳59.8±13.3歳<0.0001**69.9±10.8歳59.6±13.7歳<0.0001**眼圧14.1±3.0mmHg13.4±2.9mmHg0.0536**14.2±3.1mmHg13.0±2.8mmHg0.0086**MD.10.72±8.48dB※1.9.40±8.11dB※20.2368**.10.46±8.63dB※3.8.12±7.18dB※40.0496**※1:n=120,※2:n=103,※3:n=104,※4:n=83.*:c2検定,**:t検定.表6「点眼負担」と背景因子の関連負担は感じないどちらともいえない負担を感じる背景因子(n=196)(n=28)(n=12)p値性別男性87例(44.4%)男性12例(42.9%)男性7例(58.3%)0.6240*女性109例(55.6%)女性16例(57.1%)女性5例(41.7%)年齢65.6±13.1歳62.5±12.0歳63.8±12.9歳0.4672**眼圧13.7±3.0mmHg14.4±2.7mmHg14.1±2.3mmHg0.4789**MD.9.38±8.06dB※1.10.25±6.68dB※2.20.77±7.93dB<0.0001**※1:n=189,※2:n=25.*:c2検定,**:分散分析.分散分析で有意差がみられた項目については,Tukey法により多重比較を行った.(125)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012559 20.77±7.93dB)は「負担は感じない」,「どちらともいえない」と回答した症例のMD(.9.38±8.06dB,.10.25±6.68dB)に比べ有意に低値であった(p<0.0001,p=0.0006)(表6).III考按緑内障点眼治療のアドヒアランスに関わる要因について多施設でアンケート調査を行い,病状認知度を高めることが良好なアドヒアランスを確保するうえで有用であることを前報で報告した4).患者の病状認知度を高めるにはask-tell-ask(聞いて話して聞く)方式により10)患者の理解度を確認しながら医療側から情報提供を行うが,その前提となるのがアドヒアランスに関わる諸要因の客観的な評価と考えられる.さて,アドヒアランスの良否に影響を及ぼす因子は多数報告されている4.8,11.16)が,点眼薬剤数も重要な要因の一つとしてあげられる.そこで,今回,まず点眼薬剤数とアンケート質問中,アドヒアランスの現状を反映すると考えられる「緑内障の目薬を指示通りに点眼できないことがありますか?」および「今の緑内障の目薬の回数にご負担を感じますか?」,「緑内障の目薬をさすのを忘れたことはありませんか?」の各項目との関連を検討した.その結果,薬剤数が増えるほど,点眼回数に負担を感じ,また,点眼を忘れる頻度は有意に高かった.このことから,薬剤数の増加により「患者負担」が増し,「点眼忘れ」の頻度も増加する可能性が示唆された.アンケート調査結果を評価・解釈するにあたっては,バイアスを考慮に入れる必要がある.まず,本研究は同意を得られた症例を対象としたため,調査に協力的な,比較的アドヒアランスの良い症例が抽出された可能性(抽出バイアス)が否めない.また,アンケートによるアドヒアランス評価は自己申告となるため,報告バイアスにより点眼遵守率が高値を示すことが報告17)されている.これは調査を無記名式で行うことにより,その影響を低減するよう企図した.さらに,点眼忘れを申告した症例は確実に「点眼忘れ」があると思われたため,今回はそのなかで解析し,薬剤数と点眼忘れの頻度の相関は確かであると考えた.一方,薬剤数の増加とアドヒアランスの関連は必ずしも直線関係にはないことが報告されており5.8),今回の検討でも,3剤以上の点眼使用例では「点眼忘れ」が少ない傾向にあった.これは,3剤以上処方する症例は眼圧高値,病期進行例が多く,結果的に「病状の認知」が高まり,アドヒアランスに反映されたものと考えた.しかし,「点眼回数に負担を感じる」と回答した症例のMDはそれ以外の症例に比べ有意に低値を示し,病期の進行に伴う薬剤数の増加が「患者負担」となっていることも確かであった.背景因子のうちで,性別,年齢がアドヒアランスに影響す560あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012る可能性についてはすでに報告した4).今回の結果でも「点眼忘れ」は男性,若年に有意に多かったが,眼圧,MDとの関連はみられなかった.しかし,「点眼回数に負担は感じない」と回答した症例に限ると「点眼忘れ」の有無に性別による差はなく,一方で,眼圧が高く,MDが低い症例(視野進行例)ほど有意に「点眼忘れ」は少なかった.すなわち,少なくとも「患者負担」が少なければ「病状の認知」は「点眼忘れ」を減少させ,アドヒアランスに好影響を与える可能性が示された.ここで,興味深かったのは薬剤変更歴がある症例は「点眼忘れ」が有意に少なかったことである.指示通りの点眼に関しても,統計学的な有意差はなかったが,薬剤変更歴がある症例は変更歴がない症例に比べ,「ほとんど指示通りに点眼できていた」症例の割合が高かった.同等の眼圧下降効果を有する点眼薬間の前向き薬剤切り替え試験で,切り替えにより眼圧が下降し18,19),さらに元薬剤に戻しても眼圧下降は維持された19)ことが報告されている.「前向き試験」では対象患者には特別な注意が向けられ,これを反映して患者自身の行動が変化し,薬効が過大評価される傾向がある(ホーソン効果:Hawthorneeffect)20,21)ためと考えられている.今回は後ろ向きに調査した結果であるが「薬剤変更」が治療に対して積極的に取り組む動機付けとなり,アドヒアランスにも好影響を及ぼしたものと考えた.一方,眼圧上昇や視野進行のために薬剤を切り替えた場合も多く,病状の進行が治療への前向きな取り組みを促進した可能性も否定できない.しかし,薬剤の追加群では「患者負担」が有意に増加し,アドヒアランスの改善もなかったことから,薬剤数の増加はアドヒアランスに対する阻害要因であることが推察された.さて,前報4)において高齢者のアドヒアランスは良好であるとの結果を得ているが,今回の検討では薬剤追加歴が65歳以上で65歳未満に比べ有意に多く,薬剤追加歴がある症例のアドヒアランスが過大評価されている可能性も考慮すべきと考えられた.しかし,薬剤追加によるアドヒアランスの改善はみられず,つまり,薬剤数の増加による「患者負担」の増加が影響を及ぼしたことは確実と考えた.点眼モニターを用いた過去の研究においても,プロスタグランジン製剤単剤投与でのアドヒアランス不良が3.3%であったのに対し,追加投与でアドヒアランス不良が10.0%に増加した6)と報告されている.薬剤の追加,薬剤数の増加はアドヒアランスを低下させる可能性があるため,慎重を期するべきと考えた.今回の検討により,薬剤数の増加ならびに点眼回数の増加が,アドヒアランスに影響を及ぼす可能性が示唆された.一方で,良好なアドヒアランスが保たれている症例のなかにも負担を感じながら点眼している症例がみられたことも軽視できない.視機能障害は患者のQOL(qualityoflife)を大きく損なうことになるが,他方,QOLを保つために行う薬物治(126) 療がQOLを低下させる原因ともなりかねない.今回の結果から,薬剤追加の前にはまず薬剤の変更を試みる原則1)を踏まえることの必要性が再確認され,また,追加投与の際にも薬剤数の増加を伴わない配合剤などを選択することが良好なアドヒアランスの確保につながる可能性が示唆されたため報告した.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:14-46,20122)ChenPP:Blindnessinpatientswithtreatedopen-angleglaucoma.Ophthalmology110:726-733,20033)JuzychMS,RandhawaS,ShukairyAetal:Functionalhealthliteracyinpatientswithglaucomainurbansettings.ArchOphthalmol126:718-724,20084)高橋真紀子,内藤知子,溝上志朗ほか:緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”.あたらしい眼科28:1166-1171,20115)池田博昭,佐藤幹子,佐藤英治ほか:点眼アドヒアランスに影響する各種要因の解析.薬学雑誌121:799-806,20016)RobinAL,NovackGD,CovertDWetal:Adherenceinglaucoma:objectivemeasurementsofonce-dailyandadjunctivemedicationuse.AmJOphthalmol144:533540,20077)DjafariF,LeskMR,HarasymowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-243,20098)仲村優子,仲村佳巳,酒井寛ほか:緑内障患者の点眼薬に関する意識調査.あたらしい眼科20:701-704,20039)鈴村弘隆,吉川啓司,木村泰朗:SITA-Standardプログラムの信頼度指標.あたらしい眼科27:95-98,201010)HahnSR,FriedmanDS,QuigleyHAetal:Effectofpatient-centeredcommunicationtrainingondiscussionanddetectionofnonadherenceinglaucoma.Ophthalmology117:1339-1347,201011)吉川啓司:開放隅角緑内障の点眼薬使用状況調査.臨眼57:35-40,200312)TsaiJC:Medicationadherenceinglaucoma:approachesforoptimizingpatientcompliance.CurrOpinOphthalmol17:190-195,200613)兵頭涼子,溝上志朗,川﨑史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,200714)FriedmanDS,OkekeCO,JampelHDetal:Riskfactorsforpooradherencetoeyedropsinelectronicallymonitoredpatientswithglaucoma.Ophthalmology116:10971105,200915)LaceyJ,CateH,BroadwayDC:Barrierstoadherencewithglaucomamedications:aqualitativeresearchstudy.Eye23:924-932,200916)高橋真紀子,内藤知子,大月洋ほか:点眼容器の形状のハンドリングに対する影響.あたらしい眼科27:11071111,201017)OkekeCO,QuigleyHA,JampelHDetal:Adherencewithtopicalglaucomamedicationmonitoredelectronically.Ophthalmology116:191-199,200918)NovackGD,DavidR,LeePFetal:Effectofchangingmedicationregimensinglaucomapatients.Ophthalmologica196:23-28,198819)今井浩二郎,森和彦,池田陽子ほか:2種の炭酸脱水酵素阻害点眼薬の相互切り替えにおける眼圧下降効果の検討.あたらしい眼科22:987-990,200520)FrankeRH,KaulJD:TheHawthorneexperiments:Firststatisticalinterpretation.AmSociolRev43:623-643,197821)FletcherRH,FletcherSW,WagnerEH(福井次矢監訳):臨床疫学.p148-149,医学書院,1999***(127)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012561

治癒までに長期経過を辿った水痘角膜炎の2 症例

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):549.553,2012c治癒までに長期経過を辿った水痘角膜炎の2症例萩原健太*1,2北川和子*1佐々木洋*1*1金沢医科大学眼科学*2公立宇出津総合病院眼科TwoCasesofVaricellaKeratitisRequiringLong-termTreatmentforCureKentaHagihara1,2),KazukoKitagawa1)andHiroshiSasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,UshitsuGeneralHospital水痘角膜炎の2症例を経験した.水痘発症後1カ月以内に2例とも右眼に発症している.症例1は3歳,女児で,眼瞼腫脹,結膜充血・濾胞,表層点状角膜症,円板状角膜浮腫がみられた.症例2は4歳,女児で,毛様充血,円板状角膜浮腫,虹彩炎がみられた.抗ウイルスIgG(免疫グロブリンG)抗体価は,単純ヘルペスウイルスは陰性で,水痘・帯状ヘルペスウイルスは陽性であった.水痘角膜炎と診断し,ステロイド,アシクロビル局所投与を主体に治療を行ったが,ステロイド漸減とともに再燃を繰り返した.治癒までに症例1では11年,症例2では2年間を要した.角膜病変はその後両者ともリング状となり,長期治療を要した症例1では瘢痕残存による不正乱視が残存し,ハードコンタクトレンズ装用で視力の改善をみた.2例とも最終矯正視力は1.0以上となった.経過中を含め角膜内皮細胞には異常はみられず,細胞減少もなかった.Wereport2casesofvaricellakeratitis,occurringinthepatient’srighteyeslessthan1monthaftersufferingvaricella.Case1,a3year-oldfemale,developedlidswelling,conjunctivalhyperemiaandfollicleformation,superficialpunctuatekeratopathyanddisciformcornealedema.Case2,a4-year-oldfemale,developedciliaryinjection,disciformcornealedemaandiritis.Sincetheanti-viralimmunoglobulinG(IgG)antibodytovaricella-zosterviruswaspositive,thoughthattoherpessimplexviruswasnegative,bothcaseswerediagnosedasvaricellakeratitisandtreatedmainlywithtopicalacyclovirandcorticosteroid.However,bothpatientsrepeatedlysufferedrecurrencesasthecorticosteroidwastaperedoff;ittook11yearsforcase1tobecuredand2yearsforcase2.Althoughthedisciformedemasresultedinring-shapedscar,bothpatientsrecoveredgoodcorrectedvision.Still,case1hadtowearahardcontactlensduetoremainingsevereirregularastigmatism.Specularmicroscopicstudiesshowednoabnormalitiesintheircornealendothelialcells.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):549.553,2012〕Keywords:水痘,円板状角膜炎,小児,ステロイド,再燃.varicella,disciformkeratitis,children,corticosteroids,recurrence.はじめに水痘は一般的な疾患であり,種々の眼合併症が報告されている.結膜炎(4%),眼瞼炎(7%),点状角膜症(12%),虹彩炎(25%)などが多い1)が,水痘に合併する角膜炎はきわめてまれであり,報告例も少ない3.8,10.12).水痘角膜炎は水痘罹患後に三叉神経節に潜伏した水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が1.4カ月後に再活性化し12),神経向性に角膜中央で免疫反応による病変をひき起こす病態であると考えられている.筆者らは,これまでに2例の水痘角膜炎を経験した.症例1は1999年に初期経過を報告9)したが,ステロイドの漸減による再燃を繰り返し,その後10年以上に及ぶ治療が必要であった.症例2も再燃を繰り返したが約2年間の経過で治癒した.この2症例の臨床経過とともに,わが国における水痘角膜炎の発症状況について考察したので報告する.I症例〔症例1〕3歳,女児.主訴:右眼瞼腫脹,流涙.初診:1997年11月21日.〔別刷請求先〕萩原健太:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学眼科学Reprintrequests:KentaHagihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinada,Kahoku,Ishikawa920-0293,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)549 既往歴:アレルギーなし.現病歴:1997年10月に水痘に罹患.11月6日より発熱,両側耳下腺の腫脹を認め,小児科で流行性耳下腺炎(以下,ムンプス)と診断され治療を受けていた.11月8日より右眼の羞明・眼痛・眼瞼腫脹・充血を自覚し,11月15日に近医眼科を受診.右眼中心部角膜混濁および毛様充血を認めオフロキサシン,プロラノプロフェンの点眼を受けたが改善しないため,金沢医科大学病院眼科(以下,当科)へ紹介された.初診時所見:視力は右眼:0.5(0.6×+0.5D),左眼:0.7(矯正不能).左眼は特に異常がなかったが,右眼には眼瞼腫脹,結膜の濾胞・乳頭,毛様充血,角膜実質全層にわたる広範囲の円板状混濁,びまん性表層角膜炎を認めた.前房,中間透光体,眼底には異常はみられなかった.検査所見:血清ウイルス抗体価は,抗VZV抗体価(蛍光抗体法):Ig(免疫グロブリン)M抗体10倍未満(陰性),IgG抗体640倍(陽性),抗ムンプスウイルス抗体価(enzymeimmunoassay:EIA法):IgM抗体13.01(陽性),IgG抗体40.5(陽性),補体結合法:8倍(陽性)であった.抗単純ヘルペスウイルス(HSV)抗体はIgG抗体,IgM抗体ともに陰性であった.経過:まず,角膜炎が水痘によるものか,ムンプスによるものかの鑑別を行った.ムンプスでは罹患後5日程度で発症し1カ月以内に自然治癒傾向があるのに対して,水痘では罹患後1カ月くらい後に円板状角膜混濁と浮腫が出現し,リング状瘢痕を残すことが多く,ステロイドが有効だが再燃傾向を認めることより,本例は水痘角膜炎と診断した.前報9)で詳細に鑑別を行っているが,今回はその後の長期経過の観察により,より確定的となった.抗体は両者とも陽性であり,感染既往の証拠とはなるが,鑑別の手段にはならなかった.治療としてベタメタゾン点眼1日4回,硫酸アトロピン点眼1日2回,アシクロビル眼軟膏1日4回を投与した.しかし角膜浮腫が出現してきたため(図1左),プレドニゾロン20mg,アシクロビル400mg全身投与追加した.その後角図1症例1の右眼前眼部写真(右:初診時,左:退院後)図2症例1における退院後の角膜内皮所見患眼(右眼)は左眼と比較して角膜内皮細胞数の減少は認めなかった.また変動係数(CV)の増大や,六角形細胞の出現頻度(6M)の減少も認めなかった.550あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(116) 図3症例1の治癒時の角膜形状リング状の混濁が残存し,強い角膜乱視が存在.膜混濁,角膜浮腫が徐々に改善したため,プレドニゾロン漸減中止し,治療開始1カ月後に退院となった.退院後,ステロイド点眼・アシクロビル眼軟膏漸減時に再燃を繰り返し,その都度,ステロイド局所投与の増量で対処したが,浸潤と瘢痕の混在するリング状病変となった(図1右).ステロイド緑内障の発症はなかった.また,右眼の弱視予防目的として健眼遮閉を一時併用した.経過中,角膜内皮細胞の異常や減少は認めなかった(図2).2009年になり点眼薬を中止しても炎症が消退した状態となり,治癒と判断したが,角膜にリング状の瘢痕による強い不正乱視(図3)が残存した.角膜不正乱視に対してハードコンタクトレンズ(HCL)装用を開始した(ニチコンうるるUV8.05mm/.3.00D/8.9mm).2011年現在まで再発はなく,視力は0.15(1.0×HCL)と安定している.〔症例2〕4歳,女児.主訴:右眼の充血.初診日:2002年7月27日.既往歴:気管支喘息.現病歴:2002年6月中旬水痘に罹患.2002年7月上旬より右眼の充血,右眼を擦るようになり,2週間経っても症状が改善しないことから近医眼科を受診,右眼内の炎症を指摘されレボフロキサシン点眼・ベタメタゾン点眼・トロピカミド点眼処方されたが,改善しないため当科へ初診となった.初診時所見:視力は右眼0.03(矯正不能),左眼0.4(0.6×cyl.1.5DAx20°).左眼に特に異常はなかった.右眼結膜に毛様充血,角膜中央部に円板状混濁,角膜裏面沈着物,角膜内皮障害,前房に中等度の炎症細胞の出現を認めた.中間透光体・眼底に異常はみられなかった.検査所見:血清抗VZV抗体価(蛍光抗体法)は,IgM抗体10倍未満(陰性),IgG抗体160倍(陽性)であった.抗図4症例2の右眼前眼部写真(退院後)図5症例2における治癒時の角膜内皮所見患眼(右眼)は左眼と比較して角膜内皮細胞数の減少は認めなかった.CV,6Mについても健眼との差はなかった.(117)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012551 HSV抗体はIgM抗体,IgG抗体ともに陰性であった.経過:本例も症例1と同様に水痘発症後1カ月程度で発症した円板状角膜炎であり,水痘角膜炎と診断した.抗VZVIgG抗体も陽性であった.入院後,治療としてベタメタゾン点眼1日4回,アシクロビル眼軟膏1日4回を開始した.円板状混濁および毛様充血が軽快したため,5日後退院となった.退院後はアシクロビル内服2週間併用し,ステロイド点眼・アシクロビル眼軟膏漸減を行っていったが,円板状混濁が改善するとともにリング状混濁が出現してきた(図4).ステロイド漸減により再燃が認められ,一時的にステロイド点眼を増量し,その後ゆっくり漸減を行ったところ,2004年10月に浸潤は消失した.その後,点眼治療を中止したが,2011年現在まで再発はみられていない.なお,経過中,ステロイド緑内障はみられなかった.角膜瘢痕や不正乱視はなく,最終視力は0.4p(1.2×+0.75D(cyl.2.0DAx170°)であった.経過中角膜内皮細胞の浮腫や減少は認めなかった(図5).II考按水痘罹患後数週間.数カ月に発症する円板状角膜炎はまれな疾患である.水痘罹患後約1週間に角膜実質浮腫を主体とし短期間で治癒する急性期発症の角膜炎とは区別される17,18).水痘罹患の既往が必ずあり,眼瞼周囲の水痘の皮疹の瘢痕が鑑別の助けとなることがある1,2,14).症例1はムンプスの罹患もあったが,それ以前に水痘に罹患していることが判明し,両疾患の鑑別が重要であると考えられた.ムンプスは通常角膜に瘢痕形成など残さず,平均20日以内に速やかに回復し,病変の再燃がみられることはない.また,病変の主座が水痘では角膜実質であるのに対して,ムンプスによる角膜炎では内皮炎であり,角膜内皮細胞密度の減少を認める点でも鑑別となる13).症例1では,発症時期,角膜所見,ステロイド治療依存性の長期間に及ぶ角膜炎があり,角膜内皮細胞の減少がないことから,水痘によるものと考えられた.症例2は発症の約3週間前に水痘の罹患の既往があり,VZVに対する抗体価も陽性であったこと,円板状混濁を認めたこと,再燃を繰り返したことから水痘角膜炎と診断した.角膜内皮細胞密度の減少もみられなかった.同様な円板状角膜炎をきたすHSVによる角膜炎との鑑別はむずかしいが,涙液PCR(polymerasechainreaction)や抗体血清価が鑑別の助けとなる1).今回は2症例とも抗HSV抗体価は陰性であり,その感染は否定された.水痘角膜炎の病態の主体はウイルスに対する免疫反応であると考えられる.症例1,症例2ともに,慢性期に角膜にリング状浸潤が出現しており,免疫輪と考えられることからⅢ表1わが国での水痘角膜炎における他施設との比較ステロイドアシクロビル発症までの期間発表年症例局所投与内服局所投与初診時視力治療期間治療後視力文献19885歳女児○──1カ月0.4約4カ月1.23)19925歳○──2カ月0.67年9カ月不明6)19922歳○──3カ月0.027年7カ月不明6)19925歳○──3週0.66年2カ月不明6)19929歳○──3週0.64年不明6)19923歳○──1カ月測定不能2年不明6)19924歳○──3週0.31年6カ月不明6)19925歳○──1カ月0.51年4カ月不明6)19923歳○──1カ月0.021年不明6)19881歳女児○○─2日測定不能不明※4)19905歳男児○──4日測定不能不明1.05)19902歳女児○─○1カ月測定不能不明0.055)199313歳女児─○○2週0.9約2週間1.27)19983歳女児○○○6カ月不明約2カ月0.98)20013歳女児○○○2カ月不明約1カ月1.010)20027歳女児○○○4カ月0.3約2週間2.011)20113歳女児○○○1カ月約11年1.5症例120114歳女児○─○1カ月約2年1.2症例2※10m先の母親の顔を同定できる.552あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(118) 型免疫反応の関連も示唆される.治療にはステロイド局所投与が有効との報告があるが,再発を繰り返し角膜混濁を残す症例も認められる12).治療は,アシクロビル眼軟膏とステロイド点眼の併用療法が推奨されている1).上皮病変を伴う場合には角膜上皮から蛍光抗体法によりVZVが検出されたとする報告もあり14),アシクロビル眼軟膏も必要であると考えられる.しかし,症例1のように炎症が重篤な場合にはステロイドの全身投与が必要となる場合もある.急性期以降ではステロイド点眼漸減時に再燃を繰り返し,ステロイド点眼からの離脱に難渋した.ステロイド離脱が困難となる場合もあり,漸減は慎重にゆっくり行うことが必要と思われた.表1にこれまでわが国で発表された水痘角膜炎についてまとめてみた3.5,7,8,10.12).性別は判明しているなかでは女児に多く(11例中10例),年齢は3歳前後が多かった.治療ではステロイドの局所および全身投与,アシクロビルの局所投与により治療期間は2週間.2年で,再発により視力低下を認める症例もあった.また,中川ら6)の水痘角膜炎症例8例8眼では,角膜所見の改善とともにステロイド点眼を漸減していったが,8例中4例において角膜実質の浸潤と浮腫の再燃を認めている.4回の再燃をきたした症例もあった.再燃時にはステロイド点眼増量が著効するが,ステロイドからの離脱時には再燃が多いため慎重を要する.角膜内皮細胞の減少を伴った強い障害例の報告6)もある.今回の2症例では治療期間は長期を要し,比較的強い実質病変を認めたが,角膜内皮細胞数の減少はなく,症例により内皮あるいは実質と炎症の首座が異なる可能性も考えられる15,16).また,消炎しても,瘢痕性の混濁やそれに伴う不正乱視による弱視の可能性もあり,アイパッチを用いた弱視訓練が必要となる.本症例1においても健眼遮閉とHCLの使用で不正乱視を矯正して良好な視力を得ることができたと考えられる.本症例は第47回日本眼感染症学会で発表した.文献1)井上幸次:〔眼感染症の謎を解く〕眼感染症事典強角膜炎水痘角膜炎.眼科プラクティス28:114-115,20092)石倉涼子:〔眼感染症Now!〕まれな眼感染症も覚えておこう水痘角膜炎について教えてください.あたらしい眼科26(臨増):118-119,20103)釣巻穰,大原國俊:水痘によると思われる小児角膜実質炎の1例.眼臨82:1092-1095,19884)八重康夫:眼障害のみられた小児水痘症の1例.眼臨82:1668,19885)井上克洋,秦野寛:水痘性角膜炎の2例.眼臨84:1443-1445,19906)中川裕子:水痘による円板状角膜炎─臨床像と角膜内皮所見─.眼臨86:1017-1021,19927)遠藤こずえ,津田久仁子,北川文彦ほか:水痘後に発症した角膜実質炎の1症例.眼臨87:904,19938)小野寺毅,吉田憲史,小林貴樹ほか:水痘性角膜炎の1例.眼臨92:1664,19989)永井康太,藤沢来人,北川和子:水痘,流行性耳下腺炎罹患後に出現した角膜実質炎の1症例.眼科41:101-106,199910)柴原玲子,皆本敦,中村弘佳ほか:水痘罹患後遅発性角膜炎.眼紀52:228-230,200111)中村曜祐,佐野雄太,北原健二:水痘罹患後に生じた角膜実質炎の1例.あたらしい眼科19:1203-1205,200212)井上幸次:VaricellaKeratitis.あたらしい眼科21:13571358,200413)笠置裕子:MumpsKeratitisの小児の角膜内皮細胞.眼紀35:198-202,198414)UchidaY,KanekoM,HayashiK:Varicelladendritickeratitis.AmJOphthalmol89:259-262,198015)KhodabandeA:Varicellaendotheliitis:acasereport.EurJOphthalmol19:1076-1078,200916)KhanAO,Al-AssiriA,WagonerMD:Ringcornealinfiltrateandprogressiveringthinningfollowingprimaryvaricellainfection.JPediatrOphthalmolStrabismus45:116-117,200817)Pavam-LangstonD:PrinciplesandPracticeofOphthalmology.JakobiecAed,Thirdedition,p661-663,Elsevier,Philadelphia,200818)ArffaRC:Grayson’sDiseasesoftheCornea.Fourthedition,p306-307,Mosby,StLouis,1997***(119)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012553

東北大学病院における深層前部層状角膜移植の術後成績

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):545.548,2012c東北大学病院における深層前部層状角膜移植の術後成績針谷威寛*1,2横倉俊二*2植松恵*2目黒泰彦*2佐藤肇*1西田幸二*3中澤徹*2*1東北労災病院眼科*2東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座・眼科学分野*3大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室PostoperativeResultsofDeepAnteriorLamellarKeratoplasty(DALK)atTohokuUniversityHospitalTakehiroHariya1,2),ShunjiYokokura2),MegumiUematsu2),YasuhikoMeguro2),HajimeSato1),KohjiNishida3)andToruNakazawa2)1)DepartmentofOphthalmology,TohokuRosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:東北大学病院(以下,当院)にて深層前部層状角膜移植(deepanteriorlamellarkeratoplasty:DALK)を施行した症例について術後成績と合併症について報告する.方法:対象は2006年3月から2009年8月までの期間に当院にてDALKを試みて3カ月以上経過観察できた連続症例48例49眼.平均観察期間は19.0±9.78カ月(3.37カ月),手術時平均年齢は56.4±18.4歳(20.80歳).疾患の内訳は,感染後角膜混濁20例20眼,円錐角膜14例14眼,角膜ジストロフィ9例10眼,翼状片術後角膜混濁1例1眼,原因不明角膜混濁4例4眼であった.術中Descemet膜穿孔率,術前術後の視力,角膜内皮細胞密度,合併症について検討した.結果:術中Descemet膜穿孔は49眼中12眼(24%)に生じ,11眼が術中に全層角膜移植術にコンバートした.つぎにDALK成功例38眼について解析した.透明治癒率は38眼中34眼(89%)であった.術前視力と比較して最終視力が改善したのが30眼(79%),不変が8眼(21%)であり,悪化した症例はなかった.角膜内皮細胞密度は術前平均が2,549±542/mm2,6カ月後で1,953±801/mm2,1年後で1,892±733/mm2であった.合併症では,一時的な眼圧上昇が8眼(21%),二重前房が3眼(8%)でみられた.結論:当院でのDALKの術後成績を報告した.これまでの報告とおおむね同程度の成績が得られており,有用な術式であると考えられる.Purpose:Toreportpostoperativeresultsandcomplicationswithdeepanteriorlamellarkeratoplasty(DALK)performedatTohokuUniversityHospital.Methods:Aretrospectivestudyof49consecutiveeyesof48patientsthattriedDALKbetweenMarch2006andAugust2009.Theaverageobservationperiodwas19.0±9.78months;averageagewas56.4±18.4years.Cornealopacitywasobservedafterinfectionin20eyes,keratoconusin14eyes,cornealdystrophyin10eyes,cornealopacitywasobservedaftersurgeryforpterygiumin1eyeandunknowncornealopacityin4eyes.Result:Descemet’smembraneruptureoccurredin12of49eyes(24%).WeperformedDALKin38of49eyes.Thegraftsurvivalratewas89%.Visualacuityimprovedin30eyes(79%),remainedunchangedin8eyes(21%)andworsenedinnone.Theaveragedensityofendothelialcellsatpre-operation,6monthafteroperationand1yearafteroperationwas2,549±542/mm2,1,953±801/mm2and1,892±733mm2,respectively.Elevationofintraocularpressureoccurredin8eyes(21%);doublechamberoccurredin3eyes(8%).Conclusions:Weachievedgoodresults,asinourotherreportonDALK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):545.548,2012〕Keywords:深層前部層状角膜移植,Descemet膜,hooking法,全層角膜移植術.deepanteriorlamellarkeratoplasty(DALK),Descemet’smembrane,hookingtechnique,penetratingkeratoplasty(PK).〔別刷請求先〕針谷威寛:〒980-8574仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座・眼科学分野Reprintrequests:TakehiroHariya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Seiryoucho,Aoba-ku,Sendai980-8574,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(111)545 はじめに角膜移植は長い歴史があり,他の組織と比べると高い成功率を誇ることから,多くの症例で行われてきた.角膜を全層にわたって打ち抜いてドナー角膜を縫合する全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PK)は広く行われきたが,いくつかの問題点を抱えた術式である.一つは約20%で起こるといわれている拒絶反応で,そのほとんどは角膜内皮細胞に対するものである1,2).術中にopenskyの状態になるという問題もあり,術後の炎症などにより虹彩前癒着が起こり不可逆的な眼圧上昇を生じたり,拒絶反応を抑えるためステロイドを長期間使用せざるをえなく,そのためステロイド緑内障をきたすこともある3).近年,角膜の上皮,実質,内皮の悪い部分だけを移植する角膜パーツ移植という考えが広まってきた.この考え方に基づいた術式の一つとして,ホスト角膜のDescemet膜と角膜内皮細胞のみを残して,ドナー角膜を移植する深層前部層状角膜移植術(deepanteriorlamellarkeratoplasty:DALK)が近年行われるようになった4).たとえば,円錐角膜では,DALKはPKと同等の視力が得られるといわれ5),その一方で角膜内皮細胞はレシピエント由来のものであるため,内皮型拒絶反応が起こりえない.術後の炎症も少ないため,早期にステロイドを離脱することが可能であるなどさまざまな利点がある3,6).しかし,Descemet膜と角膜内皮を合わせても厚さがせいぜい15.20μm程度の薄い膜であり,角膜をDescemet膜に至るまで深く削って切除し,そこにドナー角膜を載せるという手技は非常にむずかしい.術中Descemet膜穿孔率も10.30%といわれていて,決して低いとはいえない4,7,8).そのため,Descemet膜を露出するためのさまざまなアプローチの方法が考案され,治療成績の向上が図られている8.10).今回,筆者らは東北大学病院(以下,当院)にてDALKを施行された症例の術後の成績,合併症の種類や頻度について報告する.I対象および方法2006年4月から2009年8月までの間に,光学的手術を目的にDALKを試み,術後3カ月以上の経過観察が可能であった連続症例48例49眼を解析対象とした.平均観察期間は19.0±9.78(3.37)カ月,男女比は29例:19例,手術時平均年齢は56.4±18.4(20.80)歳であった.麻酔方法としては全身麻酔にて行ったのが5例5眼,局所麻酔にて行ったのが44例44眼であった.なお,女性の1例は両眼を手術されており,片眼を全身麻酔下にて,もう片眼を局所麻酔下にて行った.同時手術として,水晶体再建術を5例5眼,角膜輪部移植術を2例2眼に行った.術後経過中に,水晶体再建術を2例2眼に,YAGレーザーによる後発白内障手術546あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012翼状片術後角膜混濁,1感染後角膜混濁,20角膜ジストロフィ・格子状9眼・斑状1眼・アカントアメーバ1眼・不明1眼図1対象疾患を1例1眼に行った.対象疾患としては,感染後角膜混濁が20例20眼,円錐角膜は14例14眼,角膜ジストロフィ9例10眼,翼状片術後角膜混濁1例1眼,原因不明角膜混濁4例4眼であった.内訳としては,感染後角膜混濁のうち,角膜実質炎後9例9眼,ヘルペス後6例6眼,トラコーマ後2例2眼,麻疹後1例1眼,アカントアメーバ後1例1眼,原因菌不明1例1眼であった.角膜ジストロフィのうち,格子状角膜ジストロフィ8例9眼,斑状角膜ジストロフィ1例1眼であった(図1).DALKの術式としては,当初はhydro-delamination法を用いた.ゴルフ刀を用いて角膜に切れ込みを入れて,角膜層間に27ゲージハイドロ針などを用いて人工房水(BSSPLUSR)を注入し,角膜実質を混濁・膨化させ,これを目安に深部実質を切除していく方法である.その後はhooking法を用いて手術を行った11).これは2008年にYaoらによって提唱された術式であり,当院ではこれを一部改良して用いた.厚さ4分の3程度の角膜実質トレパンおよびゴルフ刀を用いて切除し,ボン大学式虹彩有鈎鑷子の先をhookのように使い角膜実質線維をより分けてDescemet膜を露出させ,ポケットを作製する.そこから前田式DLKスパーテルRを挿入してトンネル状に実質をDescemet膜から引き.がし,そこに粘弾性物質(ヒーロンVR)を注入して移植予定部位全体の角膜実質とDescemet膜を分離し,実質を剪刃で除去するという方法である.当院でのステロイド使用のプロトコールとして,リン酸ベタメタゾン10mg/日を術当日から点滴で3日間,その後内服で1カ月程度を目安に漸減中止している.リン酸ベタメタゾン点眼4回/日を術翌日から3カ月程度を目安に,0.1%フ(112)円錐角膜,14角膜ジストロフィ,10不明,4感染後角膜混濁・角膜実質炎9眼・ヘルペス6眼・トラコーマ2眼・麻疹1眼 ルオメトロン点眼4回/日に変更し使用し続けている.状況により適宜,コハク酸メチルプレドニゾロン点滴を追加したり,リン酸ベタメタゾン軟膏を使用している.基本的にDALKとPKによってプロトコールを変えてはいない.統計学的解析は,Fisher検定,およびMann-WhitneyU検定を用いて,p値が0.05未満を有意とした.II結果DALKを試みた全症例49眼のうち,術中Descemet膜穿孔は12眼(24%)に起こった.1眼については小穿孔であったため,そのままDALKを完遂した.その他11眼はPKにコンバートした.2007年12月までhydro-delamination法を用いて,2008年1月からhooking法を用いてDALKを行ったが,Descemet膜穿孔は前者が27眼中6眼(22%),後者が22眼中6眼(27%)と術式の変更にて穿孔率を下げる0.5000.511.522.5術後最終視力図3術前視力vs術後最終視力21.51術前視力結果ではなかった.両者に統計学的には有意差はなかった(Fisher検定p=0.76).つぎにDALK成功例37例38眼に対して,角膜透明治癒率,術後logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力,術後角膜内皮細胞密度の変化について解析した.移植された角膜の透明治癒率は,38眼中34眼(89%)であった.角膜透明性を維持できなかった4眼の詳細につき以下に述べる.原因菌不明の感染後角膜混濁1眼は術後にカンジダによる角膜感染症を起こした.トラコーマ感染後の角膜混濁1眼は術後カンジダによる角膜感染を起こした.角膜実質炎後の角膜混濁1眼は術後に外傷のため前房が消失し内皮機能不全に至り,移植片拒絶反応をきたしたためPKを行った.円錐角膜1眼は術後に上皮型移植片拒絶反応を起こし保存加療を行った.術前の視力に比べて,術後の最終視力がlogMAR視力に換算して2段階以上視力が改善したのは30眼(79%),不変が8眼(21%)であり,2段階以上悪化した症例はなかった(図2,3).なお,小数視力で指数弁を0.004,手動弁を0.002,4,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000角膜内皮細胞密度(/mm2)n=12n=19n=22n=13n=20**術前1M3M6M1Y光覚弁を0.001とした.角膜内皮細胞密度は,術前2,549±542/mm2(n=19),術1カ月後2,378±981/mm2(n=12),術3カ月後2,352±761/mm2(n=13),術6カ月後1,953±801/mm2(n=22),術1年後1,892±733/mm2(n=20)であった(図4).術前の角膜内皮細胞密度と比べて,6カ月後と1年後の時点で有意に角膜内皮細胞密度が減少した(Mann-WhitneyU検定それぞれp=0.01,p=0.003).合併症として,22mmHg以上の眼圧上昇は38眼中8眼(21%)に起こった.いずれも一時的なものであったか,もしくは緑内障点眼により1カ月程度で正常化した.二重前房は38眼中3眼(8%)に起こった.2眼は自然軽快したが,1眼は自然軽快せずに,前房内に空気を注入し軽快した.0%20%40%60%80%100%1Mn=383Mn=386Mn=341Yn=262Yn=14■:改善■:不変■:悪化図2術後視力の変化32.5図4角膜内細胞密度*p<0.05.III考察DALKの術後の眼圧についてHanらによると,PK群では10%に緑内障手術が必要であったが,DALK群では緑内障手術が必要な症例はなかったとのことであった12).当院でも21%に術後眼圧上昇がみられたが,いずれも一時的なものか,もしくは保存的にコントロールが可能であり,緑内障手術が必要であった症例はなかった.術後の二重前房はほとんどが自然軽快したが,前房内空気注入が必要であった症例もあり,初回手術時に二重前房がみられた場合は,前房内に(113)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012547 空気を入れて手術を終了することで,術後二重前房の出現を抑えることができるかもしれないと考えられた.当院でのDescemet膜の穿孔率は49眼中12眼で24%であった.他施設の報告によると,Sugitaらはhydro-delamination法を用いてDescemet膜穿孔した症例は120眼中47眼で穿孔率は39.2%であった4).Mellesらは鏡面法を用いて7眼中1眼で14.3%7),Shimazakiらはhydro-delamination法を用いて11眼中2眼で18.2%13),Anwarらはbig-bubble法を用いて186眼中16眼で9%8),Senooらは妹尾法を用いて22眼中5眼で23%9),Leccisottiらはbig-bubble法を用いて35眼中8眼で23%10),Yaoらはhooking法を用いて172眼中20眼で11.6%11)であった.当院での成績はこれらと比べても大差はなかった.また,術式の選択によってDescemet膜の穿孔率を下げることはできなかったが,生理食塩液の注入のみで実質とDescemet膜を選り分けていくhydro-delamination法に比べて,hooking法ではDescemet膜の露出と粘弾性物質による実質・Descemet膜間の.離は比較的容易であると考えられる.術前視力と術後最終視力を比べるとほとんどの症例で改善もしくは不変であり,2段階以上悪化した症例はなかった.角膜内皮細胞密度は術前に比べて有意に減少した.6カ月以降では角膜内皮細胞の減少率が緩やかになっていく可能性がある.杉田らの報告によるとDALKでは手術操作がDescemet膜まで及ぶからか,表層角膜移植などと比べると角膜細胞密度は減少しているという14).ShimmuraらによるとDescemet膜と角膜実質を.離する際に,粘弾性物質が残存することで角膜内皮細胞を保護する作用があるとしている15).いずれにしても,DALKではPKに比べて角膜内皮細胞の減少が緩やかであり,内皮機能不全による再移植の可能性を大幅に減らすことが可能であると考えられる.IV結論当院でのDALKの術後成績を報告した.これまでの報告とおおむね同程度の成績が得られており,有用な術式であると考えられる.文献1)BrieflySC,IzquierdoLJr,MannisMJ:Penetratingkeratoplastyforkeratoconus.Cornea19:329-332,20002)KirknessCM,FickerLA,SteeleADetal:Thesuccessofpenetratingkeratoplastyforkeratoconus.Eye4:(Pt5)673-688,19903)ShimmuraS,TsubotaK:Deepanteriorlamellarkeratoplasty.CurrOpinOphthalmol17:349-355,20064)SugitaJ,KondoJ:Deeplamellarkeratoplastywithcompleteremovalofpathologicalstromaforvisionimprovement.BrJOphthalmol81:184-188,19975)CohenAW,GoinsKM,SutpinJEetal:Penetratingkeratoplastyversusdeeplamellarkeratoplastyforthetreatmentofkeratoconus.IntOphthalmol30:675-681,20106)WilliamJR,DavidCM,DeborahSJetal:Deepanteriorlamellarkeratoplastyasanalternativetopenetratingkeratoplasty.Ophthalmology118:209-218,20117)MellesGR,LanderF,vanDoorenBTetal:Anewsurgicaltechniquefordeepstromal,anteriorlamellarkeratoplasty.BrJOphthalmol83:327-333,19998)AnwarM,TeichmannK:Big-bubbletechniquetobareDescemet’smembraneinanteriorlamellarkeratoplasty.JCataractRefractSurg28:398-403,20029)SenooT,ChibaK,TeradaOetal:Deeplamellarkeratoplastybydeepparenchymadetachmentfromthecorneallimbus.BrJOphthalmol89:1597-1600,200510)LeccisottiA:Descemet’smembraneperforationduringdeepanteriorlamellarkeratoplasty:Progress.JCataractRefractSurg33:825-829,200711)YaoYF:Anoveltechniqueforperformingfull-beddeeplamellarkeratoplasty.Cornea27:19-24,200812)HanDC,MehtaJS,PorYMetal:Comparisonofoutcomesoflamellarkeratoplastyandpenetratingketatoplastyinkeratoconus.AmJOphthalmol148:629-631,200913)ShimazakiJ,ShimmuraS,IshiokaMetal:Randomizedclinicaltrialofdeeplamellarkeratoplastyvspenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol134:159-165,200214)杉田潤太郎,近藤順子:表層角膜移植と深層角膜移植.眼紀45:1-3,199415)ShimmuraS,ShimazakiJ,OtomoMetal:Deeplamellarkeratoplasty(DLKP)inkeratoconuspatientsusingviscoadaptiveviscoelastics.Cornea24:178-181,2005***548あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(114)

中心角膜厚測定値の測定方法による違い

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):541.544,2012c中心角膜厚測定値の測定方法による違い古橋未帆福地健郎市村美香栂野哲哉樺沢優長谷川真理小林美穂本間友里恵阿部春樹新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)CentralCornealThicknessMeasuredby3DifferentInstrumentsMihoFuruhashi,TakeoFukuchi,MikaIchimura,TetsuyaTogano,YuuKabasawa,MariHasegawa,MihoKobayashi,YurieHonmaandHarukiAbeDivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduatedSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity目的:3種類の異なった測定方法による中心角膜厚測定値の差について検討した.対象および方法:対象は明らかな眼疾患をもたない正常眼62例124眼である.平均年齢は33.6±10.5歳で,男性60眼,女性64眼である.各眼の中心角膜厚を超音波法,スペキュラーマイクロスコープ(スペキュラー)法,前眼部光干渉断層(OCT)法の3種類の方法で測定した.すべての症例について同一機会に3種類の方法による測定を連続して行った.いずれの測定値も3回の平均値とした.結果:各方法による中心角膜厚測定値は,超音波法558.1±34.8μm,スペキュラー法553.8±33.7μm,OCT法538.2±32.0μmであった.OCT法では超音波法,スペキュラー法よりも薄く計測され有意な差がみられた(p=0.001および<0.001,Tukey法による多重比較検定).各測定方法間の相関に関する決定係数は0.5195,0.4532,0.7054と高度から中等度の相関を示した.角膜が厚いほど各測定方法間の差が大きくなる傾向がみられた.各方法の測定再現性は,変動係数でみると超音波法1.8%,スペキュラー法4.2%,OCT法2.4%と良好であった.結論:中心角膜厚測定値には3種類の測定方法で差がみられた.各測定方法の特徴を理解し,その測定値を評価する際には,それがいずれの方法を用いたものなのかという点にも留意する必要がある.Purpose:Tomeasureandcomparecentralcornealthickness(CCT)using3differentinstruments.Patientsandmethods:Subjectsofthisstudycomprised124eyesof62normalvolunteers(60males,64females)withnooculardiseases.Meanagewas33.6±10.5years.CCTwasmeasuredviaultrasoundpachymeter(UP),specularmicroscope(SP)andanteriorsegmentopticalcoherencetomograph(OCT)inrandomturnsatthesameexamination.Eachmeasurementwasrepeated3timesandaveraged.Results:CCTmeasurementwas558.1±34.8μmwithUP,553.8±33.7μmwithSPand538.2±32.0μmwithOCT.MeasurementswithOCTweresmallerstatisticallysignificantlythanthosewithSP(p=0.001,Tukey’smethod)andUP(p<0.001).Coefficientsofdeterminationforthemethodswere0.5195,0.4532and0.7054,respectively,showinghighormiddlecorrelationamongthe3methods.Differencestendedtobecomegreaterasthecorneabecamethicker.Reproducibilitywas1.8%withUP,4.2%withSPand2.4%withOCT.Conclusions:CCTmeasurementsdifferedamongthe3instruments.WemustunderstandthecharacteristicsofeachmethodandtakecareastowhichinstrumentisusedformeasurementinCCTevaluation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):541.544,2012〕Keywords:中心角膜厚,超音波法,スぺキュラーマイクロスコープ法,前眼部光干渉断層法.centralcornealthickness,ultrasoundpachymeter,specularmicroscope,anteriorsegmentopticalcoherencetomography.はじめに価,角膜内皮細胞機能の評価などの点で臨床的に重要であ中心角膜厚は角膜屈折矯正手術時の手術適応の決定,る1).緑内障に関しては,眼圧測定値のずれにかかわるだけGoldmann型圧平式眼圧計を用いた眼圧測定値のずれの評でなく,薄い中心角膜厚が開放隅角緑内障の発症や進行のリ〔別刷請求先〕福地健郎:〒951-8510新潟市中央区旭町通1-757新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)Reprintrequests:TakeoFukuchi,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduatedSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,1-757Asahimachi-dori,Chuo-ku,Niigata951-8510,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(107)541 スクファクターの一つである,との報告2,3)が散見され,その測定は緑内障診療の標準検査の一つとなっている.当初は中心角膜厚の測定に関して,超音波パキメータを標準として測定された.その後Scheimpflug法によるペンタカムR(OCULUSOptikgerateGmbH.,Wetzlar,Deutschland)やスリットスキャン方式を用いたオーブスキャンR(Bausch&LombTechnolasGmbH,Feldkirchen,Deutschland)などの新規の測定方法・機器が紹介され,これらによる測定値は超音波パキメータの測定値とほぼ一致し,中心角膜厚の測定方法として適している,という多数の報告がみられた4.8).しかし,最近では同一被検者の中心角膜厚を測定すると,測定方法によって測定値が異なる,という報告がされている9).そこで,今回,筆者らは,同一被検者の中心角膜厚を,3種類の異なった測定方法で測定し,測定値の差,およびその傾向について検討した.I対象および方法対象は正常被検者62例で,男性30例,女性32例である.平均年齢33.6±10.5(21.64歳),他覚的屈折値(等価球面値).3.8±3.2(+1.25..12.0)ジオプトリーである.いずれの被検者も視力は矯正1.2以上で,眼圧測定に影響を及ぼす角膜疾患,およびその既往はない.また,白内障などの中間透光体の混濁や,視神経乳頭,黄斑部を含む眼底の異常は認められなかった.同一被検者に対し,1)超音波法,2)スペキュラーマイクロスコープ法(以下,スペキュラー法),3)前眼部光干渉断層法(以下,OCT法)の3種類の測定方法により,中心角膜厚の測定を行った.同一検者が同一機会にそれぞれ3回以上測定し,全測定値のなかから無作為に選択した3種類の測定値の平均値を測定値とした.3種類の方法による測定の順番は,まず,非接触検査であるスペキュラー法もしくはOCT法による測定を行い,最後に接触検査である超音波法で計測を行った.スペキュラー法とOCT法の順番は症例によって異なり,ランダムに行われた.超音波法にはTOMEYPACHYMETER-2000R(トーメー社,日本)を,スペキュラー法にはTOMEYEM-3000R(トーメー社,日本)を,OCT法にはSL-OCT(HeidelbergEngineering,Heidelberg,Deutschland)を用いた.超音波法は点眼麻酔を行ったうえでプローブを角膜表面に対し垂直に当て測定し,スペキュラー法は撮影光の涙液層の反射と角膜内皮層の反射との距離で測定し,OCT法は計測光と参照光の干渉現象によって測定している.まず,3種類の測定方法による測定値の再現性を検討した.つぎに各測定方法間の相関と比較を行った.3群の平均の比較はTukey法による多重比較検定によって行った.危険率5%未満を統計学的有意差とした.II結果中心角膜厚測定値は,超音波法で558.1±34.8μm,スペキュラー法で553.8±33.7μm,OCT法で538.2±32.0μmであった(表1).Tukey法による多重比較検定の結果で,スペキュラー法と超音波法の間でp=0.501,超音波法とOCT法の間でp<0.001,OCT法とスペキュラー法との間でp=0.001で,超音波法とOCT法の間,OCT法とスペキュラー法の間で統計学的に有意な差がみられた.各測定方法間の相関に関する決定係数はスペキュラー法と超音波法の間でR2=0.4532,超音波法とOCT法の間でR2=0.7054,OCT法とスペキュラー法の間でR2=0.5195と,超音波法とOCT法の間では高い相関を示したが,スペキュラー法と超音波法,OCT法とスペキュラー法の間の相関は中等度であった(表2).回帰直線は,スペキュラー法と超音波法の間でy=0.6963x+172.52,超音波法とOCT法の間でy=0.915x+65.727,OCT法とスペキュラー法の間でy=0.7592x+145.24であった(図1).いずれの測定方法の間でも中心角膜厚のいわゆる正常範囲内では,角膜厚が厚くなるほど,違いが大きくなる傾向がみられ,その傾向はスペキュラー法と超音波法の間で最も顕著であった.3種類の方法の再現性は,超音波法1.8%,スペキュラー法4.2%,OCT法2.4%と,スペキュラー法が若干低いものの,比較的良好であった(表1).表1各測定方法の結果測定法超音波法スペキュラー法OCT法測定機器PACHYMETER-2000EM-3000SL-OCT測定値(μm)558.1±34.8553.8±33.7538.2±32.0再現性1.8%4.2%2.4%表2各測定方法間の相関・比較測定方法スペキュラー法と超音波法超音波法とOCT法OCT法とスペキュラー法回帰直線y=0.6963x+172.52y=0.915x+65.727y=0.7592x+145.24決定係数0.45320.70540.5195多重比較検定(Tukey法)p=0.501p<0.001p=0.001542あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(108) a:スペキュラー法と超音波法法の間の相関は中等度であった.また,それぞれの間の回帰y=0.6963x+172.52R2=0.4532直線の傾きは0.7592,0.6963,0.915であり,各方法によっ650.0て測定値に差がみられるだけでなく,各測定装置の特性と測超音波法(μm)定原理の違いを考慮する必要を示唆していると考えられた.今回,検討した3種類の測定方法の原理には以下のような600.0550.0違いがある.まず超音波法は,測定プローブの先端から超音波を発信し,角膜後面で反射した超音波エコーを測定してい500.0る.スペキュラー法は,涙液層の反射と角膜内皮層の反射と450.0450.0500.0550.0の距離で測定している.OCT法は,計測光と参照光の干渉現象によって測定される.いずれも角膜厚の測定原理がまったく異なる.超音波法には,プローブを当てる位置によっ600.0650.0スペキュラー法(μm)b:超音波法とOCT法て,周辺部を含めたさまざまな部位での測定ができる,測定y=0.915x+65.727R2=0.7054650.0に可視光を用いないため角膜混濁があっても測定可能であOCT法(μm)600.0550.0500.0450.0450.0500.0550.0c:OCT法とスペキュラー法600.0650.0超音波法(μm)スペキュラー法(μm)る,機器が比較的安価である,などの利点がある.スペキュラー法では,現在では非接触のオート撮影の機種が一般的であり,測定は簡便であるという利点がある.さらに,OCT法は,測定に赤外光を用いているため,羞明を最小限に抑えて測定することができ,混濁の影響を受けにくいことが利点としてあげられる.また,角膜厚だけでなく,前房深度や隅角の角度などの計測が可能な点も利点としてあげられる.一方,欠点としては,超音波法は接触検査であり,点眼薬による麻酔を要し,感染や角膜上皮障害の危険性を考慮する必要がある.正確な測定には角膜に対してプローブを垂直に接触させることが必須で,プローブの接触位置や角度によって測定値が変動する可能性がある.つまり,正確で安定した測定値を得るためには,ある程度の熟練が必要である.スペキュラー法は,角膜全層を透過する必要があり,したがって角膜混濁,浮腫のある症例では測定が不可能,もしくは不正確となることが欠点としてあげられる.また,OCT法は測定角度や位置のずれによって誤差が生ずる可能性がある.特に今回用いたSL-OCTは一般の細隙灯に付属し操作が容易である反面,患者が正面視していること,角膜中央を,かつ垂直に測定していることをモニターする装置は付属しておらず,650.0y=0.7592x+145.24R2=0.5195600.0550.0500.0450.0450.0500.0550.0600.0650.0OCT法(μm)図1各測定方法間の相関と比較相関は各機種間の相関係数を算出し,プロット.回帰直線,決定係数を示す.測定精度保証の点で若干の問題がある.これまでにも超音波パキメータを始めとするさまざまな測定方法,測定装置による中心角膜厚に関する報告がみられる.これらの報告のほとんどで,超音波法によって測定した正常眼の中心角膜厚は478.8.545.6μm8.11)で,スペキュラIII考按今回の研究では,正常眼の中心角膜厚を超音波法,スペキュラー法,OCT法の3種類の異なる方法で測定し,その測定値の差について検討した.結果として中心角膜厚測定値は3種類の測定方法によって差がみられ,特に超音波法に対してスペキュラー法では統計学的に明らかに有意に薄く計測された.いずれの方法の測定値の間に,当然,相関がみられるものの,超音波法とOCT法では0.7054と高い相関がみられ,スペキュラー法と超音波法,OCT法とスペキュラー(109)ー法では薄めに測定されるとの報告がある12,13).また,筆者らと類似の研究として,細田らは同様に3種類の測定方法で正常眼の中心角膜厚を測定,比較した.結果,超音波法では526.5±33.9μmに対して,スペキュラー法512.7±38.7μm,Scheimpflug法534.3±35.6μmで,やはりスペキュラー法で薄く測定されていた1).結果として,中心角膜厚測定値は測定方法によって異なると認識する必要がある.その理由としてはどのようなことがあたらしい眼科Vol.29,No.4,2012543 考えられるだろうか?厳密に考えると,これらの測定装置のいずれを用いたとしても,実際に測定されたポイントや角度のずれの再現性を保証する方法は付属していない.また,測定方法や装置に対する検者の慣れや熟練度が影響する可能性がある.たとえば,説田らは,超音波法はOCT法に比較して再現性が低いと報告している10).しかし,今回の筆者らの結果ではむしろ超音波法で最も再現性が高かった.同じ測定原理,方法でも装置(機種)の違いや検者の熟練度の差によって結果が異なる可能性がある.それぞれの方法の測定原理の特徴についても考慮する必要がある.たとえば,超音波法は測定プローブで涙液層を圧排し,角膜上皮層から角膜内皮層までを測定していると考えられている.それに対してスペキュラー法とOCT法は,涙液層から角膜内皮層までを測定すると考えられている.しかし,スペキュラー法に対して超音波法のほうが厚めに測定されるとの報告が多く,この理由の正否には疑問が残る.おそらく,測定方法や装置ごとの測定原理の差とともに,キャリブレーションの方法の違いなども考慮する必要があるかもしれない.さらに厚い角膜ほど測定値の誤差が大きい傾向がみられた.最後に,臨床の現場においては,中心角膜厚測定値は測定方法によって差があること,各方法の特性に違いがあることについて理解し,意識しながら中心角膜厚の評価を行うことが勧められる.可能ならば自ら用いている測定装置による平均値と正常値を自ら測定し,算出したうえで使用していくことが望ましい.文献1)細田進悟,結城賢弥,佐伯めぐみほか:非接触型前眼部測定装置ペンタカムRと超音波法,スペキュラ法による開放隅角緑内障患者の中心角膜厚測定値の比較.臨眼63:1777-1781,20092)BrandtJD:Centralcornealthicknessasariskfactorforglaucoma.FrontiersinGlaucoma10:198,20103)LinW,AoyamaY,KawaseKetal:Relationshipbetweencentralcornealthicknessandvisualfielddefectinopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol53:477-481,20094)坂西良彦,坂西涼子,坂西三枝子:Scheimpflug式前眼部3D解析装置と超音波測定法による角膜厚の比較.眼臨100:719,20065)田口浩司:各種中心角膜厚測定の比較.あたらしい眼科23:477-478,20066)鈴木茂伸:角膜厚の評価.眼科診療プラクティス89:98-99,20027)本田紀彦,天野史郎:角膜厚測定.眼科49:1307-1311,20078)川名啓介,加治優一,大鹿哲郎ほか:3種類の角膜厚測定方式の比較.眼臨97:1044,20039)相良健,高橋典久,小林泰子ほか:レーザー光線による非接触型角膜厚測定器の精度について.日眼会誌108(臨増):288,200410)説田雅典,吉田有岐,青木喬司ほか:4種類の角膜厚測定機器の比較.眼科52:1721-1725,201011)徳江裕佳,北善幸,北律子ほか:スペクトラルドメイン光干渉断層計と超音波角膜厚測定装置による中心角膜厚の比較.あたらしい眼科27:91-94,201012)藤岡美幸,辰巳泰子,楠原あづさほか:前房深度に対する機種間中心角膜厚の一致性.日眼会誌110(臨増):170,200613)天野由紀,本田紀彦,天野史郎ほか:各種角膜厚測定法の比較.日眼会誌109(臨増):172,2005***544あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(110)